起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない (Reppu)
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第0話:0079/04/15 マ・クベ(偽)基地に立つ

朝起きたらマ・クベだった、訳が分からない。

久しぶりの連休に浮かれて酒を飲みながらガンダムのBOXを見ていたのが最後の記憶、次に気が付いたら、妙に古臭いSFチックな部屋に居た。

二日酔いに痛む頭を抱えながら何処だと見回している内に目に留まった姿見に映った姿は、血の気の悪い神経質そうな優男、僕らの良く知る壷の人、マ・クベその人だった。

一応現実逃避の為に変顔やら怪しい踊りなどを披露してみるが、まったく遅滞なくトレースして動く姿見の中の人、うん、これ俺だ…ナンデ!?

 

「いや、ええ?なんで?なんでマ・クベ?」

 

混乱して意味のないつぶやきを繰り返すが、勿論事態は好転するはずもなく、むしろ数秒後には悪化した。

 

「おはようございます大佐、朝食をお持ちしました」

 

聞きなれない電子音に続いて実直そうな声がドアフォンから流れる。どう対応するべきか悩んでいると、声の主が不審げに問いかけてきた。

 

「大佐、いかがなさいましたか」

 

「あ、ああ、すまない、体調が優れなくてな、今開ける」

 

そう言ってドアを開けると、これまた見たことがある顔が感情のこもらない表情でこちらに視線を向けていた。

 

「医師を手配いたしますか?」

 

顔の主、ウラガンはやはり感情のこもらない声で聞いてくる。

 

「ああ、いや、不要だ、ありがとう、下がっていいぞ」

 

「…は、失礼いたします」

 

そう言って無表情な副官を下げさせると、俺は盛大にため息をついた。

 

「一体、何がどうしてこうなった」

 

 

 

 

一礼し、部屋を辞したウラガンは足早に移動を開始すると、基地内でも閑散とした方向に足を向ける。無論こちらに用事は無いのだが、今はその人気が無い事が重要だった。

 

「ああ、私だ。すまないが何人か人を選抜してくれ、基準は基地内に居て不審に思われず、かつ閣下と面識が無い者だ」

 

何があったのか、それを決めるには情報が足りない。しかし彼は上官に何かがあったことを見抜いていたし、その事実に確信を持っていた。

 

「そうだ、監視目標は大佐ご本人だ」

 

問題が無ければそれに越したことは無い。だが何かあったなら。

 

「一度、キシリア様のお耳にも入れねばならんかもしれんな」

 

優秀な男の右腕もまた、優秀な男だった。

 

 

 

 

「さて、これからどうすべきか」

 

ワゴンに載っていた豪勢な食事を平らげ、少し落ち着いたところで考える。

これが夢ならいいのだが、ここまでの時間に感じたすべてが現実であると合唱している。

で、あるならば当然今後の事を決めねばならない。

 

「このままだとテキサスコロニーで死ぬか、いや、映画なら生存の可能性も…オリジンだったらどうしよう」

 

媒体によってブレがあるものの、マ・クベは大体良い終わり方をしない。

そもそもこのまま行けばたとえ生き残ってもジオンが負ければ軍事裁判待った無しである。

 

「ヤバイ、ロクな未来が思いつかん」

 

理想的なのは原作知識を活かしてジオンを勝利に導くことだが、はっきり言ってそんな才能は俺には無い。というか、その程度で覆るような戦局ならジオンは負けていないだろう。

 

「…とすれば、亡命か」

 

妙案に思えたが、これもまたあまり良い手ではないだろう、なにせこれから20年近く地球圏はゴタゴタするのだ。直近でもコロニー落としまで行われるような大戦が起こる。そして各地にジオン残党が潜伏している状態で、果たして早々に要衝をほっぽり出して寝返った人物を彼らが見逃してくれるだろうか、具体的には某ハゲの艦隊とか。

 

「よし、諦めよう」

 

あーだこーだ考えたところで、所詮三流工業大卒の脳みそではどうにもならんと判断した俺は、ベストエンドは早々に見切りをつけ、さっさとベターに移る事にした。

 

「とりあえず生き残る、んで条約違反とかしないで人道的に動けば、ちっとはマシ…になるはず」

 

具体的には水爆だな、うん、あれはヤバイ。あとギャン、MSの操縦は憧れるがまかり間違っても連邦の白いキラーマシーンとの戦闘なんて御免こうむる。プライドや面子などより命が大事だ。

 

「そうと決まれば情報収集だな」

 

都合がいいというかなんというか、アルコールが抜けてくるにつれてマ・クベ本人の記憶も色々と頭の中に入ってくる。おかげで右も左もわからない、なんて事は無さそうだと安堵しているところに、とんでもない記憶がぶっこんできた。

 

「…え?」

 

基地の中でも特に厳重に秘匿されている区画、水爆貯蔵施設の隣にあるそこそこ広い部屋、その部屋一面に並べられた壷、壷、壷…。それらが押収品どころか賄賂、だけでなく買い付けに軍資金を横領した記憶と共によみがえる、これ、あかんヤツだ。

 

「俺は、生き延びることが、出来るのか?」




多分続かない。


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第一話:0079/04/15 マ・クベ(偽)軍務をこなす

お気に入りが付いたのでちょっと追加


着替えて司令室に向かうとウラガンが直立不動で待っていた、結構ガタイいいし表情に乏しいのでちょっと気圧されるが、なんとか押し隠して椅子に座る。

そうそう、記憶が貰えたおかげで大体今のジオンの状況が解ってきたついでに階級も判明した。

幸い大佐、よかった黒海でエクストリーム水泳(MS着用)は免れた。

 

「今日の予定は?」

 

緊張で声が高くなるのに冷や汗をかきながら、いつもの問答を行う。

マさん、起きたらすぐ一日のスケジュールを自分で確認するんだが、執務に取り掛かる前に必ずウラガンさんにスケジュールの確認をしていた。どうもこれ部下が自身の行動を把握しているかとか、ダブルチェックとかの意味合いもあるようだが、大半は形式美に拘っての行動だったようだ。正直止めてもいいんだが、いきなりだと不審がられる。

実際朝食も普段は彼に給仕の真似事をさせていたようなので、調子が悪いと言ったところで急に一人で食べ始めたのは怪しかっただろう。ここからは極力怪しまれない動きをしつつ、原作を回避していかねばならん。

 

「は、本日午前は書類業務、13時より104採掘基地視察、17時よりヨーロッパ方面軍定時報告会議、19時より晩餐会となっております」

 

「わかった。では早速取り掛かろう」

 

記憶と齟齬が無い事に安堵しつつ、さっそく積み上げられた書類に目を通す。

しかし宇宙世紀だ何だと言っているのに未だに紙ベースの執務とは、まあ、無駄にホログラフィックとかにされても疲れるし手に馴染んだ分こっちの方が楽でいいんだが。

 

「……」

 

無言で書類を読み進めていく。大体は採掘資源の報告や鉱山基地敷設の進捗状況、後は不足している装備の陳情書などだ。

ふむむ、一見すると問題なく運営されている、流石マさん、政治方面はお手の物のようだ。

 

「ん?」

 

何枚かの書類に目を通している内にある事に気が付いた。

 

「ウラガン、随分とMSの補充パーツの要請が多いようだが」

 

パーツ補充の陳情だけで4件、MSそのものの陳情も2件ある。今は4月15日だから、オデッサ周辺、しかも守備隊がMSを喪失するような状況にはないと思うのだが。

 

「はい、先日の部隊転換で回されてきたザクⅠの稼働状況が芳しくないようです」

 

その言葉に記憶を探ると、成程、確かに一週間ほど前に施設の守備隊を前線部隊に引き抜かれている。本国連中頭数だけは揃えたようだが内容までは手が回らなかったようだ。

 

「旧式でも構わんとは言ったが、不良品までは許容できんな」

 

キシリア派閥の高官は政治屋が多い。おかげで装備が不足するという事態は少ないのだが、それはあくまで書類上数を満たしているという場合が多々ある。

しかも、内部で権力レースなんぞしている奴らばかりなので、失脚を恐れて連中失敗を秘匿する傾向が強い。今回もどうせ不足するとミスとなるからとりあえず動くものを送り付けたのだろう。こちらで動かなくなっても管理不備が問われるのは俺になるし。

 

「午後の視察は取りやめる。それよりキシリア様にアポイントメントを取ってくれ」

 

「宜しいのですか?」

 

「構わん、支障が出てからではそれこそ物笑いの種だ」

 

そう言いながら残りの書類を片付けていく。そこそこの量に見えたが、ほとんどが報告書だった事もあって予定よりも早い段階で手が空いてしまった。まだ昼まで一時間以上ある。

 

「かなり時間が空いたな、アポイントメントはどうだ?」

 

「はい、15時より10分程であれば可能との事です」

 

「解った。ではそれまで気分転換といこう」

 

そう言って俺は笑うと、執務室から出ることにした。

 

 

(いやぁ…でっけぇな、知ってたけど、これは迫力あるわ)

 

以前お台場で展示された等身大ガンダムを見た時もでかいとは思った。

だが考えてほしい。それより遥かに重厚なフォルムをしたザクが、それも大量に並べられている所を。正に威圧感満点である。

 

「如何なさいましたか?」

 

ウラガンを伴ってさっそく基地内の視察…と言う名の散歩に出かけた俺は、お目当てのMSハンガーでMSについ見入ってしまった。おかげで不愛想な副官の顔には怪訝の文字が貼り付いている。

 

「いや、装甲も良く手入れされている。ここのザクは問題なさそうだな」

 

適当な言い訳だったが、事実MSの表面は綺麗に清掃されており、被弾痕なども補修されしっかりと塗装も済まされている。

 

「た、大佐?如何なご用件でしょうか!?」

 

中尉の階級章を付けた男性が慌ててこちらに寄ってきた。多分ここの管理責任者だろう。

 

「ああ、構わん、ただの散策だ、楽にしてくれ」

 

「え、は、はい、承知いたしました」

 

まったく緊張の解けない顔と姿勢でそう敬礼を返す中尉に思わず苦笑しながら、取りあえずこの不幸な中尉に色々と質問してみる事にした。

 

「どうだ中尉、不足しているものは無いか?」

 

「はい、いいえ大佐、整備状態は完璧です、不足もありません」

 

「そうか?ここの所ザクⅠの部品陳情や補充陳情があったのでな」

 

その言葉に一瞬中尉は眉を顰めると、取り繕った笑顔で切り返してきた。

 

「確かに、第2中隊の連中がその様に申しておりました、しかし我が第1中隊は問題なく運営しております」

 

成程、そうきたか。まあ、自分の管轄外にまで口を出すのは憚られるだろうし、最悪それで上司の心証を悪くしたら目も当てられないからね。そう言っちゃうのは判らんでもない。

 

「そうか、良くやってくれている。だが隣は隣、という態度は頂けんな。プライドを持って切磋琢磨することは止めないが、それで状況が共有されませんでは困る」

 

そう言うと自身の発言が失言だと考えた中尉は顔を青くする。まあ、部下に厳しそうだもんね、俺。

 

「状況によっては部下の行き来もあるだろう。その時確執があってはいかん、出来る限り整備状況や部品の保有なども共有してくれ、この重力戦線は個々の能力だけで越えられるほど楽観できるものではないぞ?まあ、現場をよく知る中尉には釈迦に説法かもしれんな」

 

「は、申し訳ありませんでした!」

 

その最敬礼に軽く返礼して次の目的地へと向かう。といっても隣接した区画なので5分もかからなかったが。

 

「うん、こちらは酷いな」

 

正にMSの野戦病院といった風情の第2ハンガーをキャットウォークから確認する。

先程の第1ハンガーと違い、こちらにあるのは全てザクⅠだが、違いはそれだけではない。

まずハンガーに五体満足で待機している機体が3機しかない。

オデッサ基地の整備部隊は3個中隊でそれぞれが1~3のハンガーに割り振られ各ハンガーは1~2個中隊、つまり9~18機のMSを整備している。はっきり言って整備員の負担が大きすぎると思うのだが、この辺りどうも宇宙での編成がそのまま適応されているようだ。

さて、話を戻すとこのハンガーにあるのは書類上9機のザクⅠのはずなのだが、見る限り使えそうなのはさっき目にした3機だけだ。後の機体はと言うと両腕が無かったり、足が無かったり、全部あるけど装甲が全て取り払われていたりと、一言で言ってスクラップ一歩手前である。

 

「大佐、このような格好で失礼致します」

 

くたびれたツナギ姿の男性がそう言って疲労の濃い顔で敬礼してくる。こちらも階級は中尉のようだ。

 

「ああ、忙しいのにすまんな、陳情の事で幾つか確認したいと思ってな」

 

「は、有難うございます」

 

中尉は一瞬顔を歪めたが、それをおくびにも出さずそう返してきた。

まあそうだろう。今まで何度か陳情は受けているがそれについて一々現場を確認などしていない基地司令が急にやってきて確認したいなどと言っているのだ。

不手際でも疑われているのではないかと思っても仕方ないだろう。

 

「何、今日だけでMS自体の陳情まで2件上がっていたのでな。何が問題なのか、確認しなければならんと思ったのだ」

 

「…はい、お手を煩わせ申し訳ありません」

 

今度こそ渋面を作る中尉に、言葉の選択を失敗したことを悟った。ああ、そうね、普段の俺を見てれば、何か問題を起こしたんじゃないの?って言うようにも取れるよね。ぬう、上の立場でものを言うってのは存外難しいな。

 

「中尉、謝る必要は無い。今見ているだけでも君たちが最善を尽くそうとしている事は分かる。事故などの報告も上がっていない。であれば、単純に渡された物がハズレだった、そう推察したが?」

 

その言葉に中尉は驚きの表情を浮かべた後、再び悔しそうな顔に戻り口を開いた。

 

「はい、大佐、運び込まれた9機は初日の点検時点で6機が整備不足と判断いたしました。

恐らく月で使っていたのでありましょう。脚部の劣化が激しく4機は部品交換で何とか復旧のめどが立ちましたが、残る2機はフレームの歪みが深刻だったためパーツを交換しても最悪腰部から破断する恐れがありました。故に2機は復旧の見込み無しとし機体の補充を陳情致しました」

 

「…その他の4機も随分な有様のようだが」

 

「部品が不足しておりましたので、廃棄の2機からパーツを移植しております。ただどのパーツも摩耗しており、そのため全身の調整が必要でありましたのであのように調整している次第であります」

 

「つまり、今挙がっている補充部品が届くまであの4機はあのままという事かね?」

 

「はい、いいえ大佐、内2機はパーツが揃っておりますので明日までに戦線復帰可能であります」

 

「…これは思ったより深刻だな」

 

この問題の解決はかなり難しい。

まずMSは一定数確保しなければ守備に穴が出来てしまう、だからMSの数は減らせない。けれどMSの生産量には限りがあるから旧式も使わないと間に合わない。旧式も使えば消耗するからその部品は確保しなきゃならんし、古い奴ほどガタが来ている分整備の回数も跳ね上がる。そうなればただでさえ少ないリソースから割いて旧式機のパーツを生産しなければならないし、整備回数が増えれば整備班の負担は増加する。整備班の負担を減らすには人員を増強するのが手っ取り早いが、そもそもジオンに兵無しである。

これはちょっとオデッサで死ぬかもしれない、死ぬのは嫌だなぁ。

 

「中尉、確認したいが、整備用のMSはあるのかね?」

 

「は、整備用は各中隊に1機配備されております」

 

うん、足りないね。

 

「中隊のMS操縦資格者は何名いる」

 

「はい、我が隊には5名おります。どの中隊であっても5、6名は居るはずです」

 

「仮に整備用MSが増えた場合、整備効率は上がるかね?」

 

「はい、物資運搬、重量物の固定など仕事はいくらでもありますから」

 

成程、成程ね。

その言葉で素早く計算する。まあ、大分顰蹙は買うだろうが背に腹は代えられない。今回は宇宙の連中に泥を被ってもらおう。

 

「ありがとう中尉、参考になった」

 

それだけ言って踵を返す。やれやれ、休憩して仕事を増やすとか、どこのワーカーホリックだと言いたいが、まあ、死ぬよりはマシだろう。

何せここはオデッサ、数か月もすれば連邦の団体さんが血眼で襲ってくるのだから。

 

「ウラガン、守備隊のローテーションを組み直す、1カ月は現在稼働中の1個中隊のみで当たらせろ」

 

「宜しいのですか?」

 

「こちらが攻勢に出ている内は出来てもゲリラが精々だ、MSの出番は無い」

 

それだったらいっその事今あるザクⅠは整備部隊行きにして新しいザクⅡを強請ろう、最悪でも新品のザクⅠだ、出さないなんて言ったら直接メーカーに掛け合ってやる。

そんな事を考えているとポケット中の懐中時計がアラームを鳴らした、つうか凝った作りなのにデジタルかよ。

 

「ん、良い時間だな、いったん食事にしよう」

 

そう言って食堂へ向かおうとすると、ウラガンが怪訝な顔で付いてきた。ああ、そう言えばマさん、いっつも部屋で食ってたな。

 

「せっかくの機会だ、どうせなら食事も確認といこう」

 

昼丁度の食堂はかなり混雑していた、相応に雑然としていたのだが、俺が現れた瞬間、会話が止み、張り詰めた空気が漂った。まあ、いきなり基地司令とか現れたらそうなるよね。

 

「気にしてくれるな、食事に来ただけだ」

 

いや、あんたいつも一人で食ってたじゃん。という視線を食らいまくるが鋼の精神で無視し列に並ぶ。慌てて前に居た兵士が退こうとしたのでちょっとびっくりして反射的に止めてしまった。

 

「退く必要は無い、食事の順番に階級の上下は無いだろう。私より君が先に並んでいたのだ、君には先に食べる権利がある」

 

なんかめちゃくちゃな事を言っている気がするが、兵士君は納得してくれたらしく列に戻る。その様子を見ていた周囲がなにやらムズムズする視線を送ってくるがあえて無視を決め込む、べ、べつに恥ずかしかったわけじゃないんだからな!

あ、食事の内容はかなり良かったです、ご馳走様もちゃんと言ってやったぜ!

 

 

 

 

ありゃ一体何だったんだ。

午前の業務が終わって一息、麗し…と呼ぶには些か品の無い食堂で配食の列に並んでいたらいきなり基地司令が現れた。

何か食事に来たとか気にするなとか言ってるが、いやいや基地の最高責任者の前でリラックスしながら飯食えとか、普通の神経なら出来ない。少なくとも俺は無理だ。

なのにこういう時に限ってついてない、本当に食事をする気らしくよりによって俺の後ろに並びだした。思わず列からどいてしまった俺に落ち度はないと思うのだが、退かれた基地司令様はそうではなかったようだ。

一瞬驚いた顔をした後、苦笑しながら列に戻るよう言ってきた。アレ、貴方様ってそんなに気やすい方でしたっけ。

 

「俺はまだ寝てるのか?」

 

「奇遇だな、俺もそう思ってたところだ」

 

食事を受け取った後、そそくさと食堂の端に逃げた俺は、目の前の同僚につい聞いてしまったが、返って来たのはそっけない言葉だった。

 

「まあ、あれだろ、所謂人気とりじゃないのか?気さくな上官アピール?」

 

成程、と返しつつ幾分落ち着いた俺は気持ちを切り替えて目の前の食事に取りかかることにした、休み時間は短いのだ。

 

 

 

 

「食事は悪くないな、ウラガン、明日からは私も食堂と同じメニューでいい」

 

出来るだけ機嫌良さそうに仏頂面の副官に告げる、正直知識があってもコースメニューとかかったるくてボロが出そうだ。むしろお刺身定食とか食べたい。

 

「・・・承知しました」

 

「ああそうだ、酒保の方はどうだ?備蓄などに問題は無いか?」

 

疲労の貼り付いた中尉の顔を思い出しながらそう質問する。基地の初期稼働も一山越えたので、兵士達の気も緩む頃合いだ、目的に向かっている内はいいのだが、そこから解放されると緊張が切れて一気にストレスを感じたり、思わぬ疲労で体調を崩したりする。

嗜好品や娯楽用品があればそう言った事も緩和出来るだろう。

 

「消費は増加傾向ですが、現状問題無く運営しているとのことです」

 

「それは良いことだ、だが次の補給は今の最低倍は要請しておけ、近隣住民に手出しなどされては事だからな」

 

「アースノイドにそこまで配慮する必要があるでしょうか?」

 

明らかに怪訝を浮かべた表情でウラガンがこちらを見てくる。

 

「太古の為政者の言葉だよ、占領した民は徹底的に根絶やしにするか、深窓の姫のごとく甘く扱うか、二択しか無いそうだ」

 

いずれも中途半端だと潜在的な敵になる。ただでさえ我々は戦争を持ち込んできた侵略者なのだ。非協力的なだけならともかく下手にパルチザンになんぞなられたら連邦と戦う前に疲弊してしまう。そして本国からの補給だけで物事が回しきれない以上、彼らを根絶やしにする方法は不可能。故に残された手段はトラブルを起こさず、彼らに我々が良い統治者であると思わせるほかに無い。

 

「それにアースノイドと言っても彼らは宇宙に放り出されなかっただけの層だ、本質的には我々と大差ない存在だよ」

 

陰険眉無しの演説のせいで貧乏人はもれなく宇宙に放り出されたように勘違いされがちだが、地球にもかなりの量の貧困層が未だに残っていたりする。特に旧世紀以前の生活を営む少数部族などは移民の対象外だったし、環境低負荷農業などと言われる所謂オーガニック農法に従事している作業員などはコロニーの低賃金就業者と大差ない経済環境だ。オデッサ周辺は実は昔からの穀倉地帯なので当然住民も大半はそういった連中なのだ。

 

「皮肉ですな」

 

短い副官の言葉に思わず納得してしまう。スペースノイドの独立を掲げて起こしたはずの戦争で我々は同胞である筈のコロニー市民を虐殺しながら、地上に降りてからは倒すべき怨敵と呼んだアースノイドを本質的には同胞と呼び配慮する、何とも意味不明な行動だ。

 

「同感だ、だが戦争だ、始めたからには勝たねばならん。それこそ主義主張を犬に喰わせてもな」

 

書類を整理するウラガンはそれ以降口を開かなかった。



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第二話:0079/04/15 マ・クベ(偽)のそれなりに長い一日

ストック尽きましたので以後早くて月一投稿になります。
文字数も少ないです。


キシリア・ザビを君はどう思うだろうか。色々な意見はあるだろうが、俺の彼女に対する評価は、最悪のタイミングでやらかした紫ばばあである。年齢的には20代?しらん、あの一族の呪われた老け顔が悪い(人これを責任転嫁と言う)。

政治家としてのセンスは無い訳ではないし、新しいモノでも使えそうなら試してみるその姿勢は評価できるが、彼女には致命的な欠点がある。政治家や軍略家としては感情的すぎるのだ。

無論それが良い方面に作用する場合もある。例えばドズル・ザビも感情豊かな人物であるが、彼の場合それが兵との共感や弱者への慈しみとして発揮されることが多い。政治家として見ればやはり失格であるが、軍人、それも大隊の指揮官くらいなら魅力的な人間であろう。もっとも、そんな人物が方面軍の総指揮官なのは笑えないのだが。

対してキシリアは、感情の発露する部分が自身の理想や正義に寄る部分が多い。だからリアリストなギレンとはかなり相性が悪いし、理想や正義をギレンに預けているドズルも気に入らないのだろう。そして自身のそれを制御しきれないから、重要な最終局面であんなことをやらかすのだ。

長ったらしく分析したが、ようは癇癪持ちの潔癖症な小娘と言うことである。

こう考えるとデギン公は政治家としては一流だが父親としては精々二流だったんだなぁ、などとどうでも良いところに思考を飛ばしているのは、目の前で起こっている事にちょっと脳が追いついていないからだったりする。

 

「息災のようだな。火急の用件と聞いたが」

 

時間も僅かだし、多忙と言うことで音声だけだと思っていたら、思いがけず画像付きだった。

それはともかく、問題はモニターに映し出されている人物だ。切れ長だがやや垂れ気味でかわいらしさが抜けない目元、彫りは浅いが通った鼻立ちは典型的なモンゴロイド系美人の特徴を押さえており、亜麻色で丁寧に整えられた髪はつややかで絹と例えても違和感の無い、語彙の少ない俺では表現しきれず申し訳ないが、とにかくすっごいかわいい系美人が映っている。秘書官ですか?いいえキシリア本人です。…いやなんだこれ。

 

「ほ、本日はお忙しい所恐縮にございます」

 

「口上はよい、用件はなんだ」

 

声までかわいいでやんの、ほんと誰だこれ。

原作でキシリア相手に舞い上がっているマさん見て趣味わりいなとか思ってたが、どうしよう、キシリア様俺の超好み。これが本来のキシリアだとしたら、マさんと良い酒が飲めるか取り合って殴り合いかの二択である。いかん、思考があらぬ方向に飛んでいる。

 

「は、はい、先日受領しましたMSの件です」

 

「ああ、追加要請の。あれなら要求数を送ったと聞いているが?」

 

数はね。その言葉で漸く気持ちが落ち着いてくる。

 

「確かに数は届きました。即日2機解体処分するようなボロでしたがね」

 

その言葉にキシリアが眉を顰めた。だろうね、今までこんなクレーム入れたこと無いもんね。

 

「受領しました9機の内、稼働機は3機のみ、残りの6機は動かすことも出来ないガラクタ寸前でした。整備班の奮闘で4機は再生可能とのことですが、とても戦線で運用出来るとは言いがたい」

 

「…つまり?」

 

「ザクⅡの新品を寄こせとは申しません。しかし、せめてまともに動くモノを送って頂きたい。それから部隊の運用体制の見直し許可を。重力下では整備員の負担が極めて増大します。最低でも今の倍は人員が必要です」

 

「随分強請るじゃないか。他の戦線からそのような報告は上がっていない、貴様の工夫が足りないとは考えないか?」

 

国家のリソースは有限である以上、最小限のコストで目標を達成したいという気持ちは良く解る。そして自身の評価を考えれば、手持ちの戦力が十分でないから戦果を出せないとのたまうのは成程、無能と評価されても仕方が無いかもしれない。

 

「成程、であるならば重力戦線は一年と持ちませんな」

 

「何だと?」

 

「簡単な理屈です」

 

後方の採掘基地程度の指揮官ですら気づく程度に部隊が疲弊していると言うのに、もっとその辺りに敏感なはずの前線指揮官から増員の要請や兵站強化の陳情が上がっていない。つまりそれは相手をなめきっているか、上層部に期待をしていないか、はたまた最悪指揮官がその辺りに無頓着なのか。いずれの理由であっても戦力の根幹であるMSの整備能力が低下すれば早晩前線は維持できなくなり、崩壊すれば後は連鎖的に宇宙まで追い返されるのは明白だ。

そう伝えれば、キシリア様は形の良い眉を寄せ目を閉じた。うん、解りやすく悩んでいらっしゃる。

 

「マ大佐、MSの件は都合するが整備部隊については即答しかねる…が、興味深い意見だ、こちらからも動くことを約束しよう。では以上だ」

 

沈黙はほんの数秒だったろう。目を閉じたままそう言葉を放ち、通信は一方的に切られた。たっぷり10秒、伸ばした背を維持していた俺はゆっくりと背もたれに体を預け大きく息をついた。

 

「ああ、緊張した」

 

俺には骨董趣味なんて無かった筈なんだが、なんだか無性に壺を眺めたい。マさんも壺を癒やしにしていたんだろうか、などとどうでも良い事を考えて居たら、コンソール横の机にティーカップが置かれた。そこで初めて仏頂面の副官が居たことを思い出す。

あ、これやばいかもしれん。

 

 

 

 

通信が切れ、少し光度の落ちた部屋で、キシリアは目を閉じたまま自然と口角が上がっていることを自覚した。

考えているのはつい先ほどまで話していたマ大佐の事だ。自身より少し年上で如何にも文官肌の彼は部下としては優秀であり、自身に好意を向けていることも自覚していた。そしてその上で物足りない男であると言うのがキシリア個人としての評価であった。

望んだ答えしか返せず、嫌われることを恐れて自身の弱みも見せられない。その上で気取ってみせるのだから、幼少の頃遊んだあの金髪の坊やと比較すればどうにも見劣りしてしまう。それが今日までの正直な気持ちだったのだが。

 

「正面から文句を言ってくるとは、思ったよりも骨がある」

 

正面からこちらの不手際を指摘し、堂々と強請って悪びれない。部下として見れば扱いにくくなったが、イエスマンよりもよっぽど信頼の置ける存在になったとも言える。

そしてあの表情、露骨とも言えるうろたえぶりは、むしろ取り繕ったすまし顔よりも魅力的に見え、何処か可愛らしさすら覚えた、その事実にキシリア自身が驚いていた。

可愛いなど、あの爬虫類じみた男から最も遠い所にある言葉だったろうに。

 

「困ったな、存外に私もまだまだ女だという事か」

 

自嘲じみた笑いをひとしきり上げた後、マスクとヘルメットを身につける。

さあ、女の私は暫くお休みだ。部屋から出たらまずMSの件について担当者を問いたださねばならない。ふわふわとした気持ちを押し込め端末で秘書を呼ぶ、その頃には頬を赤らめていた部下の顔は記憶の隅に追いやられていた。

 

 

 

 

朝方から感じていた疑念は確信に変わった。この男は昨日まで仕えていた大佐では無い。

自分を狼狽しながら見上げる男に何時もの無表情を返しつつウラガンは思った。

普段ならキシリア閣下との通話後10分程は入室の許可が出ない、どころか今回自分は勝手に入室し側まで寄っていたのだ。本来ならば即座に叱責が飛び、最悪副官から下ろされる。そうなるくらいに大佐は神経質であったし、部下の無礼に非寛容だった…少なくとも昨日までは。

 

「ウラガン、入室を許可した覚えは無いが?」

 

どこか作ったような、不自然な仏頂面でこちらを咎めるが残念ながら取り繕えて居ない。大佐ならここは咎めるよりもまず退出を指示する。

 

「は、申し訳ありません」

 

そんな思考をおくびにも出さずぬけぬけと謝罪してみせる。すると男は視線を逸らした後、苦笑して見せた。

 

「見ただろう?」

 

沈黙を続ければ、男は続けて話し出す。

 

「気取ったところで私も男に過ぎんということさ。好いた女性との逢瀬の余韻に浸りたい、そんな理由で職務を放棄していた」

 

人間的な弱みを見せる、本物なら絶対にあり得ない仕草にウラガンは自身がこの男に好感を抱いている事を感じ動揺した。

この男は大佐では無い。どのような手段なのか容姿も知識すらも同様だが、思考・感性に決定的な差異がある。同時に疑念が生まれる。違うとして、ならばこの男の目的はなんだ。

最も短絡的な答えは連邦のスパイ。現在の整形技術なら容姿を偽装するくらいは出来るし、知識も覚えれば良い。だが、最も気を遣うべき仕草や言動がこうも乖離していては全く無駄だとしか言えない。第一こちらの警戒をくぐり抜けて基地司令一人をすげ替えるなどと言う離れ業が出来るとして、すげ替えたのがこれではお粗末すぎる。

さらに解らないのが行動だ。敵対的な行動どころか積極的に献策し、基地環境の改善に努める。昨日までの、鉱山の稼働状況以外に興味を示さず、兵に対し忌避感じみた感情を隠そうともしない大佐とは雲泥の差だ。今のところ兵士には困惑しか与えていないが、少なくとも以前より良好な関係になっていくことは間違いないだろう。

そこまで考えてウラガンは自身の思考に混乱した。

おかしい、副官として仕える人物が明らかに変わったのだから更に上に報告することは当然として、すぐに拘束すべきだ。だと言うのに自分は本物の大佐より、目の前の男の方が仕えるに値する男なのでは無いか、などと考えて居る。

そんな自分の葛藤などお構いなしに目の前の男は告げてきた。

 

「職務放棄を黙っていてくれるなら今回の無断入室は不問にしよう…君の紅茶が飲めなくなるのも困るしな」

 

その言葉にぞくり、と背中がむずがゆくなるのを感じる。大佐は優秀だ。優秀故に部下に求めるのは自身の任務を忠実にこなすことで、それ以外は何も求めない。部下に望みはするが期待はしない。それはつまり、任務さえこなせば誰であっても構わないと言うことだ。

軍人としてあってはならないことだが、それでもウラガンはこの男をもう少しだけ黙認することにした。

 

 

 

 

確実にばれた。ばれたはずなんだけど、何故かウラガンさん静かに一礼して部屋から出て行った。これはあれか、この場は下がって後で拘束するとかいうパターンか?…いや、今拘束しない理由が何も無い以上、これはもう俺の名演がすり替わっていることを隠し通したと結論せざるを得ない。ふふふ、己の才能が恐ろしいぜ!脳内の誰かがんな訳あるか、バカか貴様、とか言っている気がするが気にしない、俺の精神衛生の為に。

 

「さて、この後の予定は報告会議だったか」

 

偉い人たちが集まっての会議とか謹んで遠慮したいがそうはいかないだろうなぁ。まあ、ヨーロッパ方面軍の定時報告が主みたいだし、今回は大人しく様子見しておこう。け、決して怖じ気づいた訳じゃ無いんだからね!

 



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第三話:0079/04/15 マ・クベ(偽)は進み会議は踊る

楽しんで頂けているようなので、ちょっと頑張りました。



鉱山視察を止めたおかげで空いた時間を使って、地域の権力者に壺を送るだけの簡単な作業(含む証拠隠滅)に没頭していたら、あっという間に会議の時間になりました。くそう、壺が全然減らねぇ。ついでに壺渡すたびに言いようのない喪失感に苛まれるんだけど、これ何かの呪いじゃ無いだろうな。

 

「では、定時となりましたので会議を始めます」

 

円卓に11個のモニターが映し出されているが、何人かは欠席のようで副官らしい人が映されている。どうも作戦部の集まりが悪いみたいだ、何かあったのかな。

 

「取り敢えず現状の共有といこう。何人か居ないがどうも連邦の遅滞戦闘に手を焼いているらしい」

 

そう切り出したのは、軍人と言うよりは大きくなったガキ大将と言った風体のユーリ・ケラーネ少将だった。視線で促すと、代理人として参加していた副官の一人が口を開いた。

 

「バルカン半島方面では山岳地帯に隠蔽したAMS部隊による攻撃が頻発しております」

 

「AMS?歩兵ごときに後れを取っていると?」

 

そう噛みついたのは確か兵站担当の大佐だった、名前は何だっけ?

 

「確かに歩兵はMSに比べ脆弱です。しかし全く無力という訳では無い」

 

「その通り、宇宙と違い遮蔽物に事欠かない地上では低視認の小目標はそれだけでやっかいだ」

 

実際オデッサ攻略の際最も損害を出したのは機甲戦力で、むしろ歩兵は不運な逃げ遅れ以外殆どが戦力を保持したまま撤退に成功している。

んで周囲の平野部を押さえた後いざ進軍、と言う所でその歩兵達が厄介な障害物になっている。先ほどの副官が言うとおり武装は貧弱だし、機動力も高くない、しかし殊隠れるという点については極めて優秀であるし、何よりミノフスキー粒子下の戦闘において従来の戦術がそのまま適用できる貴重な兵科だ。オデッサ基地でも周辺地域確保の為に行なった掃討戦で少なくない数のザクが撃破されている。

 

「確か複数の発射機を用いての攻撃が主体でしたな。それでも関節部などを狙わねば撃破までは出来ないという事だったと思うのですが?」

 

重力戦線のムービーを思いだし思わず口に出してしまった。あかん、大人しくしていようと思ってたのに。

 

「ええ、撃破されている機体は今のところ一機も無いのです」

 

「撃破されていないのに何故進撃が止まるのか?」

 

理解できない、という意思を存分に乗せた不満の声が上がる。おいおい、兵站部でも軍人だろうに。

 

「攻撃の内容がハラスメントに変わっているのでしょうな。片足を集中的に狙えば損傷くらいさせられるでしょう。足が止まればザクはでかい的だ」

 

典型的な遅滞戦術だ、そして現在のジオンにとってこれほど有効な手も無い。

何しろ敵の機甲戦力、航空戦力に対応できる兵器はMSしかない。一応前線部隊にはドップによる航空支援や、補助戦力としてマゼラアタック等の配備などがなされているが、正直相手の庭で運用するには熟成が足りていない装備だ。必然欧州方面軍はMSへの依存度が高くなるのだが、とんでもない事に欧州方面軍にはMSの供給能力が無い。

そんな馬鹿なと思うかもしれないが、何せMSは軍の虎の子であった事に加え、地球降下作戦自体が南極会議のご破算から来る泥縄な作戦計画であったため、生産拠点を地上に降ろすなんて準備を一切していなかったのだ。おかげでなんとか第二次降下作戦にはある程度ユニット化して持ち込んだのだが、当方面は未だに準備が整って居らず宇宙からの配給を待つ身である。

 

「MSが運用出来ないというのは部隊にとって極めて重大なトラブルだ。兵への負担も激しい。物理的にも、心理的にもな」

 

腕を組みながら、そうユーリ少将が唸る。部下思いな点を除いても、強引に戦線を押し上げて徒に損耗を増やせば、それこそ占領計画そのものが頓挫する。

そこまで考えて手元の資料に目を移す。見ればオデッサを中心に東西南北全方向に部隊を動かしているのがわかる。これはちょっと難しいな。そう考えている間にいつの間にか報告会は現状打開を考える討論に移っていた。前線の各指揮官は意外にも積極的で、後方の部隊を転用してでも戦線を突破したいといった雰囲気だ。確かに遅滞戦闘と言うことは相手に積極的な反撃の手段が無いとも言える。そのため、出来ればここでヨーロッパから連邦軍を追い出してしまいたいと言うのが主な意見だ。一方で事態を聞いて消極的になったのが最初に噛みついた兵站部の連中だ。

彼らは、積極的攻勢で増大するであろう物資の消費量が到底賄いきれない量であることを先ほどまでの会話から計算できてしまっているのだ。そしてそこにジレンマが生まれる。

兵站部の任務は究極的に言えば前線が要求する物資を不足無く揃えて渡すことだ。もちろん量を精査はしても、そもそも必要な分が渡せないでは存在意義が無い。だがここで攻勢に否定的なことを言えば、占領作戦頓挫の責任が兵站部に回ってきてしまいかねない。

俯瞰してみれば、そもそも用意出来ない量を要求しなければ実現できない攻勢計画しか提示できない状況を作った軍令部に問題があるのだから、現場での責任の押し付け合いは不毛過ぎるのだが、行き詰まった頭の状況ではそこに思考が向かないらしい。

ユーリ少将あたりは気がついていると思うが、立場的に前線部隊よりの彼では言いにくいのだろう。先ほどから目を閉じて黙り込んでいる。

しょうが無いなぁ。

 

「無理でしょうな」

 

言い合いの間を突いて発した言葉は思ったより大きく響き、全員の視線を集めた。はっは、興奮した軍人の顔とか超怖い!

 

「今、なんと仰ったか?」

 

東部戦線担当の大佐殿が血管を浮かべながら聞いてくる。OKクールになれよ、怖いから。

 

「要求されているだけのMSを準備するのは不可能だ、と申し上げた」

 

俺の言葉に作戦停滞の責任を押しつけられると考えた者は、安堵や喜色を浮かべ。逆に押しつけられたと考えた者は青くなったり、憤怒の形相でこちらを見ている。一人だけ面白そうにこちらを見ている奴がいるが、本来ならこれあんたの仕事だからな?

 

「現状欧州方面軍が保有しているMSは払底に近い状態にある。兵站部の方も上に掛け合っているだろうが、正直四肢の欠損くらいまで損傷した場合、部品を宇宙から下ろす必要がある現状では、今以上の消費は我が国の補給能力を完全に超えている。MSだけでもそんな有様です。とてもでは無いが攻勢を維持し続けるだけの物資の調達は不可能だ」

 

つまるところだ。

 

「軍令部が提示しているスケジュールが無茶なのですよ。出来ないことは出来ないのです」

 

「命令に逆らうと?」

 

「では命令に従い無駄死にしますか?私とて軍人だ、兵士は死ぬことも任務だとわきまえている。しかし、死ぬならば、死なせるならば。有意義に死なせるべきだ」

 

今日、ちょっとだけ顔を合わせた連中が脳裏にちらつく。エリート然とした中尉、疲弊しながらも懸命に職務を全うするべく働いていた中尉、仏頂面の副官、驚いた顔をしていた基地の下士官。いずれ彼らに死ねと命じる時が来るだろう。

 

「現場を見たことも無い、そもそも大戦なぞ経験したことも無い連中の立てたスケジュールが重要だと思うのなら命じてみたらいい。スケジュールの為に死ねとね」

 

「…ご高説は結構だが、では貴官はどうするというのかね?時間を与えれば与えただけ我々は不利になる。理由は言うまでも無いだろう!?」

 

そうだよねー。なんで国力ウン倍もある相手に喧嘩売るかね?あれか、ジオンの連中はマゾなのか、苦しいのが嬉しい系か。

 

「やらないよりはマシ、程度の案ですが」

 

そもそもの問題は戦線が広すぎる事、その一点につきるのだから。

 

「戦線を整理しましょう、全部同時は少々欲張りすぎだ」

 

「簡単に言ってくれるじゃないか」

 

そうね、でも今の状況なら結構上手くいっちゃいそうなんだよね。

 

「まずヨーロッパ、旧EU圏は諦めます。現在の…ああ、旧ポーランド国境付近で止めておきましょう」

 

その言葉に唖然とした表情を向けられる。

 

「何を言っている!?正気かね!?」

 

20世紀だったらあり得ない判断なんだけどね。そうか、この辺りは結構知られていないのかな?

 

「欧州の殆どは観光都市化していますから占領してもうま味が少ない。ラインやルールといった工業地帯は遺産として保存されていますが、殆どがモスボールどころか鑑賞保存用で稼働しません。仮に復旧するにしても数年が必要な状態でしたので、おそらく生産拠点であるという情報自体が連邦側のブラフです」

 

その言葉に欧州担当のモニターがざわめき出す。裏取りでもしてるんだろう。独立運動が本格化した辺りから動かしてるフリしてたからね、騙されても仕方ない。ただまあ、あの潔いまでの逃げっぷりからある程度推察出来ても良いんじゃないかなとは思う。生産拠点があればもっと頑強に抵抗してるよ。

 

「東方はカスピ海西岸とアナトリア半島まで押さえれば御の字です。アラビア半島は魅力的ですが、あの環境は戦争に全く向いていない。現状で手を出せる場所ではありません」

 

自覚があるのか東方担当の大佐は黙ったままだ。

 

「北方はバイコヌールまでの回廊地帯とモスクワを落としている現在で上出来です。これ以上は負担になるだけでしょう」

 

「バルト海はどうする?」

 

「ブリテン島を攻略出来なければどのみち大西洋に出られません。現状の戦力で落とせる自信がおありで?」

 

返ってきたのは沈黙だった。まあ無理だよね。

 

「これらを整理して出来た余裕で早急にバルカン半島を制圧。地中海を進撃ルートとしイタリア、イベリア半島を攻略。地中海を聖域化しアフリカ方面軍と連携、余剰戦力で北大西洋へ進出しブリテン島を海上封鎖…まで行ければ上出来でしょうな」

 

北大西洋がある程度押さえられれば北米とのやりとりが船舶で可能になる。この恩恵は計り知れない。

 

「言いたいことは解った。だが取った後はどう維持する?」

 

「バルカン半島を押さえれば、それぞれ海路で補給は賄えます。そもそもそれぞれの半島は欧州と山脈で区切られています。大規模な侵攻は困難ですから、配置する戦力もそれ程必要にならんでしょう」

 

それこそ航空機と、山岳に砲台でも配置すれば即席の要塞が出来上がる。

少なくとも現状よりも見通しが立ちそうな提案、そう感じたのか場に沈黙が訪れる。それを破ったのは、それまで黙っていたユーリ少将だった。

 

「壮大な作戦だ。だが重大な欠陥がある。貴官は海をどう渡るつもりだ?まさかMSに泳げとでも言うのか?」

 

現在ジオンの海軍はキャリフォルニアに集中している。というか、鹵獲したユ-コンがそこにしか無いので実質キャリフォルニアにしか戦力が無い。だから俺の出したプランは今の状況ではただの妄想に過ぎない訳だが。

 

「伝手ならありますとも。それもすぐ近くに」

 

そう言って俺は地図を指さした。

 

 

 

 

ユーリ・ケラーネは目の前の出来事を黙って見守っていた。否、正確に言えば黙って聞く事しか出来なかった。

何だ、この男は。

同じ方面軍に籍を置く、かの大佐のことはある程度知っているつもりだった。晩餐会などで会ったこともあるし、その際幾度か言葉を交わしたこともある。気障で神経質、あまり付き合って楽しい人間ではないというのがユーリの率直な気持ちだった。ただ、南極条約をまとめた手腕やオデッサの運営状況から、政治に強い点は評価に値する。そういう男だと思っていた。

会議が前線組と後方組で対立するところまでは想定内、最後は誰かに泥を被ってもらい現状維持で調整する。おそらく累が及ぶのを嫌ってあの大佐が仲裁に出るであろうと予想して。

それが今日のこの男はなんだ。

軍令部の計画を非難したかと思えば次の言葉では攻勢計画を提示している。聞いていればやれそうだと考えてしまうから質が悪い。自然と口角が上がるのを自覚しながら自らの疑問を口にすると、想定済みだとすぐに返事が返ってきた。

なんだ、中々面白い男じゃないか。




工業地帯や観光都市化については完全な妄想です。
連邦軍の逃げっぷり(原作ではイベリア半島まで後退しています)と
地球環境を理由に宇宙移民を進めていたなら、環境負荷の高い重工業系は真っ先に宇宙へ行かされるだろうな、というのが主な理由です。

次から本当に月一です。


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第四話:0079/04/18 マ・クベ(偽)の誤算

予定より早く書けたので。


会議から3日が経った。あの後周辺地域の権力者を取り込むための晩餐会に出席したら、何故か居たユーリ少将にめっちゃフレンドリィに話しかけられ、相づちを打ちつつ何杯かブランデーを空けていたら、いつの間にか車に乗せられ欧州方面軍司令部にドナドナされていた。訳がわからないよ。

 

「貴様の話は非常に興味深かった。是非とも彼らと具体的な話をしてもらいたい」

 

訳:てめえが広げた風呂敷なんだからてめえで始末しろや、な?

 

おかげさまで連日神経質そうな軍人さん達と熱いミリタリートークで盛り上がっております。作戦計画概要の作成とその為の補給体制の調整計画の作成とも言う。

待って、マ・クベはただの基地司令なの。ちょっとこのお仕事は権限超えてると思うの。

まずいよね?ってユーリ少将に言いに行ったらいい顔で委任状渡されました。だから訳がわからねぇって。

 

「大佐、やはり戦力が足りません」

 

「前線への物資補給計画ですが集積地の選定についてご相談が」

 

「輸送計画の試算になります、やはり輸送車両が不足します」

 

「配置転換の計画になります、ご確認ください」

 

「大佐」 「大佐」 「「「大佐!」」」

 

「休憩!」

 

大声でそう言い部屋から飛び出す。やってられるかこんちくしょう!

この3日で憩いの場となった第二休憩室の自販機の隙間に体を滑り込ませ、購入したハンバーガーを同じく買った缶ジュースで流し込む。もっと良い物食えって?食堂は監視が居て食う前に連れ戻されるんだよ!飯寄こせって言ったら、無言で食ってた完全栄養食の箱渡されたわ。

ばれないように振る舞うとか言ったな?あれは嘘だ。嘘というかそんな余裕ないわ。

第一原作でこんなエピソード無いじゃん。いったいどうなってるんだってばよ。

 

「大佐、お時間です」

 

見上げれば2日目に補佐名目でつけられた中尉がにこやかな笑顔で見下ろしていた。コーカサス系の美人さんなのだが、今の俺には死神に見える。首を振り目一杯拒絶を示すと、笑顔のまま中尉が指を鳴らす。すると、彼女の背後から下士官服に身を包んだスキンヘッドと、笑顔がまぶしいマッチョメンが二人。有無を言わさず両腕をつかんで俺を持ち上げた。

 

「おかしい!明らかに隠れられないサイズだろう!?」

 

俺の抗議に白い歯のまぶしい笑顔で応えた二人はそのまま俺を参謀室へと運んでいった。

 

 

「お疲れですか、大佐」

 

「疲れていないように見えるか?」

 

司令部に急遽用意された個室でベッドに沈みながらそんな言葉を吐き出す。

計画なんて1日やそこらでほいほい出来るもんじゃねえんだから、お前らちゃんと休めよ!と切れ気味に怒鳴りつけ、存分に参謀達をドン引きさせた後、晴れて個室に籠城中である。24時間連続稼働なんて要求されたんだから俺に落ち度はないと思う。

尤も籠城しても実は休めていない。なぜならユーリ少将がオデッサに連絡も入れず俺をお持ち帰りしやがったので、良い感じに向こうの業務が溜まっているのだ。

幸いウラガンが優秀なので遅延は発生していないが、どうしても俺のサインが必要な書類はこうして休憩時間に処理しているのだ。おのれ少将、覚えておけよ。

 

「まあ、まあ、いい。それで、トラブルは起きていないな?」

 

「はい大佐。概ね順調に進んでおります」

 

そうか、進んでいるか…そうか。

 

「すまん、ウラガン。おそらく後数日は拘束される」

 

だからごめん、そっちはそっちで頑張って欲しい。

 

「承知しました」

 

静かだが迷いの無い返事にちょっと目頭が熱くなってしまう。良い副官だなぁ、俺は壺の配達人扱いなんてしないぞ。絶対、絶対だ。

 

「では、すまんが少し眠る。頼んだ」

 

そう言って意識を手放しかけた瞬間、空気シリンダー独特の音が響き扉が開いた。

 

「大佐、お時間です」

 

流れるような動作で、珍しく唖然とした顔の副官が映るモニターを消すと、コーカサス美人系死神が変わらぬ笑顔で指を鳴らした。

 

「死んじゃうから!」

 

「有史以来そう言って死んだ者は居ないと聞き及んでおります」

 

本日の籠城時間、1時間42分。戦争云々の前に過労で死ねるかもしれない。

 

 

宇宙世紀のエナジードリンクは優秀だ。さっきまで頭痛すら感じていた寝ぼけた脳がシャッキリ爽やかである…これ、覚醒するお薬とか入っていないよね?

 

「大佐、やはり現有戦力での攻勢となりますと、MSの被害が大きすぎます」

 

参謀長である中佐が苦り切った表情で口を開いた。

そらそうだ、他方面から引き抜いた戦力を使って、正面圧力を上げるだけの単純な方法だもの。戦術のせの字も無い、ただの数の暴力である。

 

「問題は地形と補給だな」

 

バルカン半島は山がちな上に大都市間を繋ぐような幹線道路も少ない。MSにしてみればあまり大差ない問題だが、兵站からすれば厄介だ。しかも丁寧に掃討していかないと山岳地形を利用してゲリラ化する可能性が高い。どーしたもんか。

 

「相手は歩兵ですし、ガウで爆撃しては?」

 

「難しいな。クレタの連邦空軍がいる限り制空権が取れん」

 

「揚陸して制圧しますか?」

 

「あそこが落ちれば地中海の制空権が一気にひっくり返る。向こうもそれは承知しているはずだから、それこそMSでも無ければ制圧は難しい」

 

そしてMSが海路で進撃できる事を教えてしまう代償としては、クレタ島攻略だけでは戦果が乏しい。その後ティレニア海を封鎖されたらイベリア半島は絶対に落とせなくなるからだ。

 

「つまり陸路で攻略するのが望ましい…そうしますとやはりMSの被害が軽視できません」

 

整備部隊を増員しても部品が無ければ直せないからなぁ。何か、何か無いかな。

そう悩んでいると18時を告げるチャイムが鳴った。定時なんて概念あったんだね!などと思いながら時計を見る。

 

「…中佐、今日は何日かね?」

 

「は?」

 

そう、俺は言ったじゃないか。出来ないことは出来ないと。

 

「やれやれ、やはり休息は必要だ。こんな事にも気づかんとは」

 

「あの?大佐?」

 

「簡単だ、全く簡単だ、中佐。手持ちでどうにか出来ないなら、他から持ってくれば良い」

 

そう言って俺は部屋から出る。ちょっと上層部におねだりだ。

 

 

 

 

この3日、ユーリ少将は中々に楽しい生活を送っていた。

大事な部下であるが司令部の連中は非常にネガティブな表情で会議をするので気が滅入る。そんな仕事を託した大佐は今までの気障ぶりが嘘であったかのように愉快な行動を繰り返し、今では一部の将兵から笑いを提供する癒やし要員のような扱いまでされている。おかげでこの所全体的に漂っていた緊張した空気がいくらか緩和され、兵士達が笑っている事が多くなったのだ。士気の改善を金も物資も使わずに行うなど、柔軟な将校を自認している自分ですら思いつかない事だ。もし計算してやっているならとてつもない男である。

秘書の尻を眺めるふりをしながら、そんなことを考えていたら。当の本人がアポイントメントを取ってきた。一昨日は職務内容の確認、昨日は待遇改善の嘆願。さて、今日はどんな愉快な話を持ってくるかと気楽に対応したら、いきなり爆弾を持ってきた。

 

「は?装備の陳情?それも試験部隊の奴をかっ攫う?」

 

「言い方は自由ですが、まあ端的に言えばそうなります」

 

そう言って大佐は端末を差し出してきた。黙って受け取り目を通すが、思わず聞き返してしまった。

 

「おいおい、正気か大佐」

 

装備を横からかすめ取るようなまねをすれば、大きな借りになる。所属する派閥が違えばそれはより顕著になるし、派閥内ですら弱みを作ったと立場を悪くするだろう。

これが新鋭の機体だとか、優秀なスタッフだと言われればある程度理解も示せるが。

そう言って試験部隊への配備指示書に目を通す。追加試験のための配備などと如何にもな名目は書かれているが、どうみても廃棄処分品を数あわせで現地に送る為の口実だ。

つまりこの大佐は、他の誰もが不要だと言っているモノを頭を下げて譲ってもらってこいと言っているのだ。

 

「戦争をやっている人間なぞ、皆正気を失っていると考えますが」

 

ぬけぬけと言い放つ大佐に、明確に不機嫌を伝えるべく言い放つ。

 

「哲学の問答じゃねえよ。こんなもんの為に俺に弱みを作れと言っている意図を話せといってるんだ」

 

そう睨み付けると、大佐は少し目をむいた後、可笑しそうに口を開いた。

 

「少将もそう言った事を気になさるのですな、良い勉強になりました」

 

「ふざけてんのか?それとも俺に対する嫌がらせか?」

 

そう言ったユーリを正面から大佐は見返す、その表情はここ数日の愉快な道化ではなく、怜悧な軍略家のそれだった。

 

「個人的な感情で無駄をするほど私は暇ではないし、ジオンに余裕も無い。必要だから必要だと言っている。委任状を寄こしたのは貴官だろう、ならば私が要求するモノをとっとと用意したまえ」

 

その物言いに思わず鼻白む。その表情に満足したのか、気障ったらしい悪い笑みを浮かべ大佐は言葉を続けた。

 

「大丈夫、悪い取引はさせませんよ。こういう事はそれなりに得意なのです」




暫く内政なターンです


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第五話:0079/04/24 マ・クベ(偽)は激怒した

今月分です


少将に啖呵を切った後。取り敢えず3日ほど使って計画書をまとめて参謀達に後の細かい調整を丸投げしつつ、いい加減本業に戻すか代理人オデッサに派遣しろよ、とユーリ少将に文句言いに行ったらあっさり解放された。オデッサに帰ろうとしたら何故か沢山の兵士達が見送ってくれた、解せぬ。

そして6日ぶりに帰ってきましたオデッサ。私は帰ってきたぁ!とか思わずガトーごっこを脳内でしていたら、ゲートでウラガンが恭しく迎えてくれた。昨日までのお付きとの差に思わず泣いてしまい見ていた一同にドン引きされたが、俺は悪くないと思う。

さて、そんな感動の再会から3日ほど経った本日、俺は自身の執務室で土留色した顔の男子達と楽しいおしゃべりに興じていた。

 

「よく来てくれた。早速だがこれを見て欲しい」

 

そう言って俺は目の前に並んだ男たちに紙の束を渡した。緊張のためか上手く掴めない彼らをせかさず、ゲンドースタイルで見守る。うんうん、超震えてるね。大丈夫、おいちゃんそんなに怒ってないから。

リラックスさせてあげようと微笑みかけたのだが、更に顔色が悪くなった。左端の神経質そうな兄ちゃんなんか、脂汗かきながら膝が笑い始めてるんだけど。まあ、かわいそうとは思うが逃がす訳にはいかない。

 

「これは?」

 

「見ての通り、君たちに最も必要なデータだ」

 

渡したのは旧世紀の航空機の資料、それも詳細な設計データだ。

そう、いま目の前に居る彼らは何を隠そうジオンの迷戦闘機、ドップの開発チームなのである。先日帰ってくると基地防空機として配備されていたので、早速文句をつけたら何故かキシリア様から有り難い言葉を頂いた。

 

「ふむ、では貴様主導で後継機を準備せよ」

 

どう聞いても無茶ぶりです、本当に(ry

通信から1時間後には開発チームの連中を3日後に送るから準備しとけとの有り難いメールが届いた。あ、これ逃げられないやつですわ。

しょうがないのでバイコヌール基地とかに連絡取ったんだが、どこもひどい状態だった。

正直、キャリフォルニアで潜水艦鹵獲出来たくらいだから航空機の設計図くらいあるんじゃね?と聞いてみたのだが、電子データ類は片っ端から削除され、基地施設もほとんどが壊されていたらしい、むしろ工兵隊とか来てくれないかと相談された、無茶を言いよる。

ユーラシア方面軍の勤勉さを呪いながらちょっとご近所(モスクワ)まで足を延ばす。

案の定地下シェルターやら軍事基地は全滅だったが、連中、旧公文書館までは手が回りきらなかったようだ、実に僥倖。

電子データこそ削除されていたが、保管庫をぶち破れば旧ロシアの兵器データが大群でお出迎えしてくれた。ええ、片っ端から押収して現在データベース構築中です。

んで、今渡したのはとりあえずコピーを取った数十年前の骨董品ジェット戦闘機の設計図である。

 

「正直君たちには悪かったと思っている」

 

青さを通り越して死人みたいな顔で資料を読む開発チームの面々に声を掛ける。

いやまさかMS開発できるような技術者と企業が戦闘機造れないとは思わないじゃないか。

なんか変だと思って調べてみたら意外に答えは単純だった。

航空機設計に必要なデータ類は全て連邦によって秘匿されていたのだ。これもなかなか徹底していて、コロニー向けのものは個人レベルの設計ソフトに至るまで項目が削除されていた。おかげでこの人たちは航空力学の基礎も全くない状態から戦闘機を造る羽目になったのだ。そりゃ、宇宙艇に羽をはやしたような愉快なものになるわな。

 

「ゼロからあれだけのものを造ってくれた、それは感謝する。しかし現在の性能では残念ながら我々の要求は満たせていない」

 

俺の言葉に幾人かは顔を上げこちらを見た。相変わらず顔色は悪い、だがその目は興奮でギラギラと輝いていた。正直ちょっと怖い。

 

「だからすまないが、もう少し力を貸してくれないだろうか」

 

俺の言葉に力強くうなずく男たち、いいねいいね、燃えてるね、じゃあにいちゃん燃料投下しちゃうぞー。

 

「ありがとう、では当面の目標としてこのスペックの機体を開発する、期限は1ヶ月だ」

 

そう言って俺が要求書を渡したら何人かが泡吹いて倒れた、解せぬ。

 

 

 

 

その連絡が来たのは地上でのD3用生産ラインがやっと軌道に乗り、連日の徹夜から久方ぶりに解放された日の午後だった。数ヶ月ぶりの定時退社で同僚とどこかで飲もうかなんてたわいない世間話をしていたところに、主任が血相変えて飛び込んできた。

 

「よ、よし、全員居るな、緊急事態だ」

 

え、聞きたくない、全力で逃げ出したい、そんな俺たちの顔を見て主任が再度口を開いた。

 

「今、軍から連絡があった。D3の開発チームは至急荷物をまとめて地球に降りろだそうだ」

 

その言葉に重大なトラブルかと考えたがそれにしてはおかしい。もし大事なら軍からでなく、まず現地のスタッフから連絡がある筈だ。それに降りる位置も解らない。なんでヨーロッパ?うちの工場はキャリフォルニアにあるんだが。

 

「・・・どうも、欧州方面軍の幹部がD3に激怒したらしくてな、話を聞くから開発チームをこちらに送って寄こせと言ったらしい」

 

制服を着たお兄さんたちに有無を言わせないエスコートを受けながら乗ったシャトルで主任が洩らした。確かにあの機体は完璧とは言いがたい。だが提示された条件の中で最大限努力はしたし、少なくとも軍の要求は満たしていた。そして正直に言えば、今の設備と環境ではあれ以上の機体を提供することは出来ない。D3の採用にはそう言ったある種妥協も含まれていたのだが、まあ、前線の指揮官にすればそんな事は関係ないと言うことだろう。

主任が飛び込んできてから僅か3日で俺たちはオデッサのオフィスに通されていた。

目の前には政治将校と言われても信じてしまいそうな剣呑な雰囲気をまとった優男が一人、

爬虫類に通じる捕食者の視線に早くも気の弱いジョーイが体を震わせていると、事務的な挨拶のあと、男は分厚い紙束をこちらに渡してきた。訝しげな主任の言葉に、人の悪そうな笑みと共に挑発ともとれる言葉を男が発した。

ためらいがちに皆書類に目を通すが、そんなのは1ページ目だけで、すぐさま全員貪るように読み始めた。

それは俺たちが欲しても手に入れられなかった、航空機の詳細な開発報告書だったからだ。内容自体は旧世紀のもので随分と古いが、そんなことは大した問題では無い。なにせ俺たちはその大昔の情報すら持たずに造ろうとしていたのだから。

間違っても権力者の前でするべきじゃ無い態度で資料を読みあさっている俺たちに、男、基地司令のマ大佐は告げてくる。さあ、今度こそ本物の戦闘機を造れと。

皆の目に強い力を感じる、ここで引き下がったら技術者じゃ無い。そう決意を固める俺たちに司令はにこやかに死刑宣告をしてきた。

 

「ありがとう、では当面の目標としてこのスペックの機体を開発する、期限は1ヶ月だ」

 

そこにはD3など話にならないトンデモ要求が書かれていた、あ、これ死んだわ。

真っ暗になっていく視界の片隅でジョーイが泡を吹いて倒れるのを見ながら、俺も意識を手放した。

 

 

 

 

うん、長旅で疲れてた人にいきなり仕事の話は不味かったね、反省反省。とりあえず控えていた兵士の皆さんに医務室に連れてってあげてと頼んだら、素早くお米様だっこで連れて行った。もうちょっと丁寧に運んであげても良いんじゃ無いかと考えたところで、そういえば担架とかそういうのが不足してるのかという所に思考が行き着く。後で確認せねば。

そんな事を考えつつ、もう一件の案件を片付けるべく、隣の部屋で待たせていた人物を呼び出した。

 

「待たせてしまったかな。すまないがちょっと立て込んでいてね」

 

「はい、いいえ大佐殿、問題ありません」

 

疲労を感じさせない返答に思わず口元をほころばせる。

 

「ならば良かった。デメジエール・ソンネン少佐、オデッサへようこそ。貴官の働きに期待する」




ガンダムなのにMSが活躍しません、と言うか戦闘描写が無いですね。
でも暫くこんな感じです。


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第六話:0079/04/24 マ・クベ(偽)と鋼鉄の巨狼

UA100K突破感謝投稿。
エタらないよう頑張ります。
注意!
誹謗中傷が含まれます。苦手な方はご注意ください。



軍人然とした物言いに我慢が出来なくなり、ついに喉を鳴らして笑ってしまった。無いわ、デメジエール少佐が優等生みたいに話すとか、ないわー。

 

「あ、あの。大佐殿?」

 

「楽にしてくれて良いよ、少佐。口調も普段通りで構わない」

 

そう言いつつ視線を送ればウラガンがマグカップを用意してくれる。

 

「飲むだろう?」

 

「は、はあ頂きます」

 

応接用のソファに移動すると、釈然としない表情で少佐も続いて座った。

 

「緊張するな。なんて言葉は信用出来ないだろうね」

 

その言葉に少佐が顔をこわばらせる。

無理も無い。折角手に入れたであろう蜘蛛の糸の持ち主がいきなり挿げ替わったのだ。しかもその先は政治屋きどりの大佐と来た。MTの名誉を取り戻し、再び一角の英雄に返り咲く為に命を預けるには、正直心細い相手だろう。だから、ここが肝心だ。

 

「少佐のことは調べさせてもらったよ。国防軍時代からの生え抜きの戦車兵、教導団も経験しているね。MTの開発時には技術部から請われて参加している」

 

黙ってマグカップを見つめる少佐に構わず話を続ける。

 

「転機は5年前のMS適性審査だ。隊の殆どの人間がパスしたために部隊は解散、残ったのは古参で退役間近の軍曹と君だけだった。目をかけていた新人も、相棒だと思っていた戦友も皆君を残して去って行った」

 

俯いた少佐の表情は判らない。

 

「それからは随分と荒れたようだね。表向きはMT開発に打ち込んで見せていたが私生活は荒れ放題。糖尿病を患ったのもこの辺りだ」

 

「…めろ」

 

「決定的だったのは2年前のMT開発中止だ。正しく全てを捧げていたMTの不採用は、君を軍で孤立させるのに十分すぎる内容だった。この辺りからMTへ執着する発言が増えているね。怖かったろう?自分が不要だと突きつけられるのは」

 

しゃべりきる前にマグカップを投げ捨てた少佐が胸ぐらをつかんできた。おお、凄い力だ。

躊躇いなく腰の銃に手を伸ばしたウラガンを手で制止しながら出来るだけおどけてみせる。

 

「ここの絨毯はそれなりに高いのだがね」

 

「大佐殿、あんたが良い性格をしているのは十分解った。で?俺をおちょくるために呼びつけたのか?地球方面軍ってのは随分と暇な所なんだな?」

 

ヒスパニック系は彫りが深くて怒った顔がすっげー怖いな!

 

「…それだけ怒っても発作が起きないようなら大丈夫だな」

 

ちびりそうになるのと声が震えそうなのを懸命にこらえて、そう口にする。声が小さかったのは胸ぐらを掴まれているせいだから許して欲しい。

 

「なんだと?」

 

「地球に降りても理解が追いつかない連中は沢山いる、という話さ少佐。取り敢えず放してくれるとしゃべりやすいのだがね」

 

怒りと困惑をない交ぜにしたままの顔ではあるが、つかみ上げていた俺の服を放してくれる少佐。ちょっと体が浮いてた、軍人怖い。

 

「実は先日、欧州方面軍内で部隊展開の見直しがあってね」

 

見直させちゃったのは俺のせいだけど。

 

「主攻面をイベリア半島に設定したまではいいが、どうにもMSでは力不足でね」

 

俺の言葉に驚きの表情を浮かべる少佐。察しが良い。彼はやっぱり優秀な軍人だ。こんな有能な人材を、たかがMSに乗れない程度の理由で冷遇するとか、ジオンは中々余裕があるじゃ無いか。

 

「必要なのは少々の攻撃など歯牙にもかけない装甲。立ち塞がる者を容赦なく粉砕する圧倒的火力。無理解な者達は言うだろう、失敗作が露払いに使われた。MSという主役を守るための前座だと。それがどうした、そんな連中の言葉など、先ほどの私の言葉と同じ無意味な雑音だ。気にせず見せつけてやるが良い、陸の王者の戦いというものを」

 

見れば少佐は再び俯き、肩を震わせている。

 

「試験もデータも取っている暇なぞ無いぞ、少佐。君には最前線で戦ってもらわねばならないからね」

 

涙を浮かべながら、少佐がもう一度姿勢を正し敬礼をしてくれた。そこには負け犬などでは断じてない、最高にかっこいい軍人が居た。

 

 

 

 

足裏に伝わる重みと、輸送機が巻き上げた風に混じる埃に、今自分が地球に立っていることを実感する。その事に僅かに興奮を覚えながら、デメジエール・ソンネン少佐はゆるみかける頬を引き締めた。

 

(ここからだ。ここからが本番だ)

 

MS適性無し。ただそれだけで、まるで不要品のような扱いを受けた。

待ってくれ、俺はまだ戦える!

証明するべく参加したMTは完成し、後はその力を見せつけるばかり。そう考えていた矢先に告げられた不採用通知。

戦う以前だ。自分はリングにすら上がる資格が無いと笑われたようだった。惨めさを忘れようと、元々荒れていた生活は更に荒れ、非常用のタブレット剤を用いねばならない程病が悪化した。

そして失意の中の開戦。宇宙を無尽に飛び回っていたMSは地球へと降り、瞬く間に戦線を広げていく。政府が頻りに伝える快進撃を聞くたびに、自分が取り残されている事を突きつけられているようで、酒の量が増えた。

戦車なんて時代遅れ、これからはMSの時代。隊から転属していく新兵が笑いながら言っていた言葉が耳から離れない。

だから、明らかに不要品の再利用兼体の良い廃棄処分だと解っていても、デメジエールは試験部隊行きの任務を承知したし、今回こそが己が負け犬などでは、時代遅れの不要品では無い事を示せる最後のチャンスだと考えていた。

 

「酒も止めた、医者の治療も受けた。情けないことに完璧には遠い。それでも今の最善は持ってきた」

 

予定が狂ったのはたったの6日前。唐突に呼び出されたかと思えば、現地試験の中止が言い渡され、同時に配備先の辞令を渡された。地球方面軍、欧州方面軍。試験などでは無い、実戦配備。1月近い繰り上げ出発だと言うのに、手際よく準備された大型輸送機にあらん限りの備品や機材が詰め込まれ、気がつけば機上の人になっていた。

夢じゃ無いかと思っていたのも、このどうしようも無いくらい伝わってくる地球という環境が現実だと教えてくれた。

 

「少佐のことは調べさせてもらったよ」

 

そう言って、痩せぎすの年下の大佐は、笑いながらデメジエールのここ数年を諳んじて見せた。自覚はしていたつもりでも、それを他者から聞かされるのは、また違った感情を揺り起こす。渡されたコーヒーに映っている自分のゆがんだ顔がひどく惨めに見えて、その状況を作っている目の前の男を殴り飛ばしたい衝動に駆られる。

 

「やめろ」

 

僅かに漏れた言葉は、しかし男に届かない。

 

「怖かったろう?自分が不要だと突きつけられるのは」

 

その言葉に、感情が理性を凌駕する。気がつけば持っていたマグカップを投げ捨て、男の胸ぐらを掴んでいた。

 

「ここの絨毯はそれなりに高いのだがね」

 

こぼれたコーヒーを見やりながら、困った表情を作る男に、階級も忘れて口を開く。

 

「大佐殿、あんたが良い性格をしているのは十分解った。で?俺をおちょくるために呼びつけたのか?地球方面軍ってのは随分と暇な所なんだな?」

 

「それだけ怒っても発作が起きないようなら大丈夫だな」

 

返ってきたのは予想外の言葉。表情を変えぬまま手を放すことを要求する大佐に、自身のしでかしたことの重大さにおののきながら、こわばりかけた指から力を抜く。そして、大佐の発言の意図に気づく。そうだ、この大佐は最初に言ったでは無いか、自分のことを調べたと。ならば、今までの発言はつまり、激昂した自分が発作を起こさないかを見ていたと言うことか。否、それだけでは無いだろう。大佐はこうも言った。地上に降りても理解の追いつかない連中がいる。それは他の兵士達の事だろう。考えてもみろ。戦線へと組み込まれれば、今までなど比較にならない程、MSパイロット達と接することになる。それどころか協同する事だって幾度もあるだろう。その時向けられるであろう嘲笑や中傷に、自身が冷静に対処できるかどうかを見ていたのでは無いか。

それは、リングに上がるかどうかではない、リングの上で十全に力を発揮できるのかという問い。その事実にデメジエールは目の奥が熱くなるのを自覚した。この大佐は、この方は。俺が戦える男であるという点に一欠片の疑問も抱いていない。

そして最後に掛けられた言葉、正に殺し文句だ。

MSには荷が重い、けれどお前なら、お前達なら。こんな事は造作も無い仕事だろう?

足に力を入れろ、胸を張れ。例え視界がゆがんでも、まっすぐに目を向けろ。

完璧にはほど遠い、それでも今できる最善を。

負け犬はもう居ない。




狼さん登場、してない。


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第七話:0079/04/29 マ・クベ(偽)と青いアレ

いつからヒルドルブの戦闘が見られると錯覚していた?


あれから5日が過ぎ、少佐は精力的に地上での慣熟訓練に励んでいる。今日も元気よく爆走するヒルドルブを窓から見ながら、俺はせっせと業務を片付けていた。時折カタカタと部屋が揺れたり、砂埃が酷いとコック長が怒鳴り込んできたり、連日のヒルドルブの整備で担当の整備員が泣いていたりするが、オデッサは概ね平穏である。ごめん、配置転換したらあの子お出かけするから後1週間くらい我慢して欲しい。

 

「失礼します。参謀本部より回答が届きました」

 

鉱山の稼働状況に目を通していると、ウラガンが端末片手に入室してきた。

 

「読んでくれ」

 

内容は先日頼んだオデッサの生産拠点化に対するものだろう。まさか断られる事は無いだろうが、結構時間がかかるとかだろうか。

 

「現在ジオニック社は生産に追われており、機材及び人員を送ることは困難である。ついては、OEMにてMS生産実績を持つツィマッド社より選定、送付する。以上です」

 

「…そうか」

 

「大佐?」

 

「いや、何でも無い。承知した旨を伝えておいてくれ」

 

いかん、ちょっと動揺して固まってしまった。ここでまさかツィマッドとつながりが出来るとか、これ死亡フラグとかじゃないよな?

 

「…しかし、ツィマッドか。正直に言えば、やりにくいな」

 

実はマさん、軍内でもとりわけ技術部門に嫌われていたりする。しかも一番嫌っているのがこのツィマッドだったりするのだ。ガンダム好きならこれは意外に思うかもしれない、正直俺もびっくりした。だってツィマッドってギャン造った会社じゃん。え、むしろ賄賂とか袖の下とかでズブズブドロドロじゃないの?と、思っていたら理由は簡単だった。

 

統合整備計画である。

 

某眉無しの野望とかだと、結構後半に提案されるため勘違いされがちなのだが、意外にもこれをマさんが提唱した時期は早く、79年の2月にはもう言い出している。この頃採用されているMSはザクⅠとザクⅡだけ。操作系に大差の無いこの二機しかない時期に何故そんな事を言い出したのか。その答えはとっても簡単。ジオニック社に便宜を図る為だった。

この頃ジオン軍では、今後増大するであろう地上戦に対応した新型機を求めていたが、ジオニック社はこの新型機開発でツィマッド社に後れを取っていた。というのも、主力であるザクに対する軍からの性能向上要求で、JだのFだのRだのとマイナーチェンジ機を造る羽目になったため、新型機開発を担当するはずだったザクの設計チームが集められず、開発が遅々として進んでいなかったのである。

一方ツィマッドは、ヅダの反省とOEMで吸収したノウハウを基に順調に開発を進め、試作機の完成までこぎ着けており、しかも性能も良好だったことから、軍も採用に乗り気だった。焦ったのはジオニック社の経営陣である。この頃戦場は地球に移っていたため、宇宙での戦闘は小康状態であり、宇宙機の発注は頭打ちになっていた。ここにきて新型機の採用を持って行かれた場合、MSのシェアを大きく奪われてしまうことになる。半分国営企業のくせに気持ちに余裕がなさ過ぎるジオニック社は何とか採用をもぎ取るため、様々な手段を講じることになるのだが、その一つが統合整備計画だったわけである。

性能的には難癖が付けづらいツィマッドの新型機であったが、コックピットのデザインがザクから大きく変えられていたのだ。そこに目を付けたジオニック社は一部の軍人に働きかけ、それが極めて重大な問題であるように仕向けたのだ。んで、その一部の軍人というのがマさんである。

曰く、大幅な変更はパイロットの機種転換を困難にする。前線でいくらMSがあっても誰も乗れないのでは意味が無い。教習に用いられているザクと異なっているのではパイロットの養成時間が更に増加してしまう。などなど。

意見そのものは間違っていないのだが、そこは程度というものがある。

確かにデザインは大幅にいじられていたが、実のところ、この新型機の操作系やモニターといったもののレイアウトは殆どザクと変わっておらず、MSに搭乗経験のある人間からすれば、乗用車とトラックほどの差すら無い程度だった。

不幸だったのは、問題を訴えられた総司令部にMS搭乗経験者が皆無だったことである。

加えて機械的な知識もあまり持ち合わせていなかった彼らは、渡されたコックピットの比較映像を見て、大きく違うと錯覚してしまった。マさんの見せ方やプレゼンの仕方が見事であったのも手伝って、この事は極めて重大な問題であると認識してしまった総司令部は新型機の仕様要求にとんでもない一文を追加する。

 

“コックピットはMS-06Jと同様ないし、差異は10%未満とする”

 

実機稼働まで行っていたツィマッドは大騒ぎである。

たかがモニターやコンソールのサイズが変わった程度で大げさな。と思うかもしれないが、少し考えてみて欲しい。あんな複雑な挙動をするMSを、僅か数枚のペダルと二本のジョイスティック、そして幾つかのスイッチだけで操作できるようにするためには、その裏にとんでもなく大量の機材が詰め込まれているのである。そう、それこそ全く隙間が無いくらいみっちりと。俗にモニター1つのサイズが変わるだけで配線経路を引き直すのに一日かかる。とまで言われるMSコックピットを、丸々替えろなどと言われたツィマッドは当然のように再設計を余儀なくされ、その間にザクを地上用に手直しする形で造られたヤツが完成する。

そう、ジオニックの青くてザクとは違うヤツ、MS-07グフである。

正直用兵側としては首をかしげたくなるコンセプトの機体なのだが、何故かパイロット、とりわけエースと呼ばれるような連中にバカ受けし、早期配備の嘆願書まで送られてくる始末。トントン拍子で話は進み、なんと統合整備計画提唱の1月後、3月には正式採用が決まってしまう。ツィマッド社にすれば悪夢のような決定だったことは想像に難くない。

もしかしたらこの時のトラウマのせいであんな近接特化のギャンなんて設計しちゃったのかな?とか、その上そんな仇敵にギャンを渡されたあげくロクな戦果も上げずにぶっ壊された史実の開発陣の心情を慮ると、技術者の端くれだった身としては涙を流さずに居られない。が、今は俺がマさんなのである。そんなこと言えば火に油、良くて拳でお話しされるのがオチだろう。

 

「…そういえば、グフも配備が始まっているのだったな」

 

オデッサには配備されていないが、前線部隊にはそれなりの数があったはずだ。

 

「ウラガン、すまないが欧州方面軍司令部にアポイントメントはとれるか?兵站部のミハエル大佐に聞きたいことがある」

 

 

 

 

「マ大佐から連絡?一体何だ?」

 

ミハエル・ヘラー大佐は副官の言葉に首をかしげた。仕事柄、それなりに接する機会の多い人物ではあるが、それ程親しくしている訳では無い。そもそも実直を人間に置き換えたようなミハエルと陰謀を体現したようなマでは、正直そりが合わない。

先日の会議では助けられる形になったが、未だ苦手意識は払拭されていなかった。

 

「何か補給状況で確認したいことがある、とのことですが」

 

「ああ、補給計画の件か、なら直接話した方が早いな」

 

書類のやりとりで済ませてしまいたいが、避けていると勘ぐられたりしては、後で何をされるかわからない。ここは丁寧に応対し、厄介事はさっさと済ませてしまおう。そう考えてミハエルは通信モニターのスイッチを入れた。

 

「お忙しい所申し訳ない。対応感謝するよ、ミハエル大佐」

 

「いえ、マ大佐も息災のようでなにより。本日はどのような用件です?」

 

フレンドリーさを演出したいのだろうか。猫なで声で話すマ大佐に言いようのない悪寒を感じながら、ミハエルは引きつりそうになる表情筋を懸命に制御し、笑顔で対応する。

 

「ちょっと気になったことがあってね、MSの補給に関する件なんだが」

 

「MSですか?」

 

先日提出された攻勢計画修正案に関する件だと考えていたミハエルは疑問に思ったが、そういえば会議の前後で軍令部からMSの件で叱責を受けたことを思い出す。

オデッサに送ったMSが故障だか損傷していただかで、目の前の男がキシリア少将に直接文句を言ったらしい。叱責を受けた軍令部の上司が輸送の際に不手際があったことにしたかったらしく、こちらにネチネチと嫌みを言ってきたのだ。その事に対する苦情だろうか?そう考えたミハエルは思わず顔をこわばらせる。

 

「うん、前線で運用しているグフについてなんだがね」

 

「は?はあ」

 

話が見えず、間抜けな返事をしてしまう。

 

「配備数と直近の補給状況を知りたいんだ。出来れば陳情の上がっている部品毎の詳細と、比較用にザクの資料があると助かるんだが」

 

「はあ、それくらいならすぐにでも用意しますが、一体どうしたんです?」

 

「ちょっとした罪滅ぼしをしようかと。すまないね、この借りはいずれ返させてもらうよ」

 

「壺なら十分頂いていますよ」

 

そう言って苦笑を浮かべながら視線を棚に送る。便宜を図ってくれたお礼、と称して何度も送られてきた壺で棚の上は一杯になっていた。尤も、ミハエルには壺の値打ちは解らないし、便宜を図ったのも自分では無く上司の命令なので、もらっても困ると言うのが本音なのだが。

その言葉に、マ大佐は一瞬考え込むと、朗らかな顔でこう返してきた。

 

「解った、次は皿にするよ。伊万里の良いのが手に入ったんだ」

 

違う、そうじゃない。

否定の言葉を言う前に、礼と共に通信は切られていた。




※あくまで作者の妄想です。


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第八話:0079/04/29 マ・クベ(偽)とツィマッド社

知らなかったのか?マ・クベは壺から逃げられない。


「やはりか」

 

連絡から一時間とかからず送られてきた資料に目を通しながらつぶやく。ここ2週間程の補給品のリストを比較すると、グフの問題点が見えてくる。

まず目を引くのが装甲補修剤の量だ。これは超硬スチールを使用したパテみたいなもので、被弾した場所に塗って補修したりするものだ。たまにツィンメリットコーティングみたいに塗られているのもこれだったりする。これの消費量がザクと同じくらいある。配備数は三分の一にもいかないのにだ。

つまりグフはザクに比べ明らかに被弾が多いと言うことになる。ただ今は相手の火力が低いので、ザクより装甲の厚いグフは損傷や行動不能に陥る事が少なく問題が顕在化していないのだ。

もう一つ目に付くのはアクチュエーターの陳情数だ。こっちはもう何で問題にならないか不思議なくらい差がある。その数驚きの5倍。ざっくり計算しても15倍故障していることになる。原因は明白。フィンガーバルカンのせいである。陳情理由を見ればとにかく左腕アクチュエーターが頻繁に損傷しているのが判る。そら、砲身なんて負担がかかる部分に駆動部なんか設ければそうなるわ。結構な部隊で左腕丸ごとの陳情があるのも絶対コイツのせいだろう。態々A型の腕要求してるし。

 

「そもそも、俺は格闘戦機が嫌いなんだ」

 

威力が高い事は、まあ、認める。大質量の物体をそれなりの速度で当てれば大きな威力を生み出すくらい中学生でも知っている知識だ。

しかし、しかしである。武器の進化に真っ向から挑みかかるその姿勢は如何なものか。

ミノフスキー粒子下における有視界戦闘への退化?全高18mの巨体が何を言う、地球が丸くても10km以上先から発見できるわ。ザクの速度が大体100キロ程だから、仮に同時に発見したとしても、殴れる距離まで行くのにかかる時間は6分、61式戦車の発射速度が毎分24発、余裕で蜂の巣である。そりゃ、ブーストを使ったり立体的な機動を取れば接近時間は減るし、射撃を躱すことも出来るだろう。だがそんなことを一々やっていたら推進剤なんぞあっという間に空になってしまう。ゲームじゃねえんだからブーストゲージが回復するなんて事は無いのである。

 

「やはりグフはダメだな」

 

多分に私情が挟まれている気がするが、データで裏打ちされればそれは最早正義である。そう言い張れる。しかし一方で問題もある。単純な性能は高い事に加え、部隊の精鋭に優先配備された都合から、前線パイロットに絶大な人気を誇る事だ。既に配備されている点も無視できない。

今更生産中止を申し立てても、前線からは不満が出るし、後方は製造ラインの置き換えで無駄にコストがかかってしまう。本当面倒くさいな、こいつ!

 

「理想はやはりドムなんだがなぁ」

 

前回の不採用が効いているらしく、ツィマッドは今元気が無い。史実でもドムが出て来たのはかなり後半だったことを考えると、案外このせいで開発が遅れたんじゃ無いだろうか。

加えて厄介なのが統合整備計画だ。総司令部に伝わったせいで、従来機とコックピットの仕様を変えねばならないホバータイプのMSは、難色を示される可能性が高い。

さっさとグフの生産を止めて、ドムを造ってもらってツィマッドにお詫びしようと思っていたのに、どうしたもんか。

 

「ホバー。ホバーのメリット…ぬう」

 

無論、ガノタを自称する身としては、ホバーのメリットなぞ簡単に挙げられる。

移動速度は上がるし、足回りの負担が減る。その結果部品の消耗も抑えられる。良いことだらけに見えるが、問題もある。第一にホバー機は採用実績が無い。今まで無いものというのを、軍組織、それも高官に有効だと理解させるのは非常に難しい。それが従来機より高コストであるなら尚更だ。歴史の後知恵をしている者から見れば、なんで有効な兵器を早期に配備しようとしないのか、不思議に思う事は多々ある。だが、それを実体験に置き換えると解りやすい。

例えばパソコンのOSだ、サービスが終了して新しいOSに乗り換えたとき、古い方が使いやすいと感じたり、設定をクラシックタイプにして使ったりしていないだろうか。これが開発と現場でも起きているのだ。開発側としてはより高性能なものを提供しているのだが、現場にしてみれば、それは経験を適用出来ない未知になる。解らないというのはそれを定量的に予測できないと言うことで、指揮官にしてみれば評価できない戦力になってしまう。おまけに、新しいということは今までに無い不具合を発生させるポテンシャルまで秘めている。このため、特に失敗の意味が重い軍では、既知の装備が尊ばれる事となるのだ。

この事から、前線の兵士にも受けが悪い事は想像に難くない。

誰だって自分の命を預けるなら、知らないものより知っている装備を選択するだろう。

加えて現状だと開発側ですらホバーのデータ収集は不十分だろうから、実績を作ろうにも、作る手段が無いのだ。あれ、これ詰んでる?

 

「現段階の欧州攻略プランが一段落したら、必ず戦線の拡大が検討される。その時ザクとグフでは対処しきれない」

 

動員できる人口が有限である以上、戦線の拡大に伴う必要戦力の増大は大きな障害になる。そこで先ほどの話に戻り、ホバーなら機動力が高い分、少数で広範囲を防衛できるので、必要な戦力を抑える事が出来る。史実でやたらとMAを開発しているのも、案外この辺りが理由かもしれない。MS十機で守る範囲をMA一機で守れれば、人的資源は十分の一ですむからだ。実際はそんなに単純な計算では無いけれども。

 

「実績…実績。何か無かったか」

 

こう考えると、史実でドム採用したのって英断だったんだなぁ、なんてことを思いながら背を伸ばす。すると、最近送られてきた壺が目に入った。何でも明代の頃の作品らしく、白磁に淡い青色の顔料で唐草模様が描き込まれている。オリジナルと違って壺の知識の無い俺ではあるが、なんとなくその淡い色合いが好きで飾っているのだが。

 

(青かあ、グフはグフでも、まだグフカスタムだったら…ん?)

 

マシだったのに。そう思いながら、重要な事を思い出す。

 

「そうだよ、ドムは何も急に造られた訳じゃ無いじゃないか!」

 

 

 

 

ツィマッド社が嫌いだと公言してはばからないものがある。料金の未払い、急な仕様変更、それとマ・クベ。

ジオンの重工業を支える大手である自負はあるが、ジオニックに比べればやはり一段劣ると認めざるを得ない。そんなツィマッドのMS部門が、全力を挙げて取り組んだ新型機採用に思いっきり土を付けてくれたのがマ・クベ大佐である。だからそんな相手から連絡が来た、と言っても誰も対応したがらず、散々たらい回しにしたあげく、対応したのが営業二課という所謂窓際部署の課長、ハルバ・ロウドであった。

 

「お世話になっております。ツィマッド営業二課、ハルバと申します」

 

「お初にお目にかかります。私はジオン突撃機動軍隷下、地球方面軍欧州方面軍隷下オデッサ鉱山基地司令、マ・クベ大佐と申します。長ったらしいのでオデッサ基地のマ、とでも覚えて頂きたい」

 

にこやかに挨拶してくる大佐に対し、ハルバは内心ため息を吐く。彼を知らない人間なんて、社には一人も居ないだろう。何しろハルバが対応しているのがそのせいなのだから。

 

「本日は我が社の商品に興味がある、との事でしたが」

 

「ええ、とても興味があるのです。御社が開発している熱核ジェットエンジンにね」

 

その言葉に思わず顔がこわばりかけるが、必死にそれを押し隠すと、ハルバはとぼけて見せた。あれはまだ社外秘の筈だ。

 

「開発…ですか?いえ、既に我が社は熱核ジェットを軍に納めさせて頂いておりますが」

 

「ええ、ガウ用のものを幾つか。ただ、私が言っているのは別のものです」

 

額に嫌な汗が浮かぶのを自覚する。これはまずい、おそらく自分の手には負えない案件だ。そう理解しても、急に通信を切る訳にもいかない。相手はコックピットの僅かな違い程度で新型機を不採用にする手腕を持っている。不用意なことをすれば、そこを突いて何をされるか解ったものではない。

 

「ガウ用以外ですか?申し訳ありません、開発品については門外漢でして。お役に立てますかどうか」

 

韜晦しようと口にした言葉は、大佐にあっさりと切り捨てられた。

 

「はっは。…社運をかけて開発中の新型MSの目玉になる推進器を、売り込むあなた方がご存知ない訳がない」

 

その笑顔にハルバは思わず悲鳴を上げた。社外秘を何故目の前の男が知っているのか。それと同時に己の不幸も呪う。今の仕草は完全に認めてしまった者の反応だった、もう知らぬ存ぜぬでは通せない上に、誰か別の人間に替わろうとも、この男はハルバから聞いたと言うだろう。そうなれば自分は社外秘を洩らした背任者として吊され、間違いなく追放される。

暗澹たる未来を想像し、うなだれるハルバにマは優しく語りかけてきた。

 

「御社の状況と、私への評価は相応に理解しているつもりです」

 

黙り続けるハルバに構わず、言葉は続く。

 

「先日の件については、実に不幸な出来事だった。ただ私とて、悪意を持って行なったのでは無い、そこは理解頂きたい。そしてその上で一つご提案したい」

 

聞くな、これは悪魔の言葉だ。そう理性が警鐘を鳴らすが、一方でハルバの商才が敏感に反応する。悪びれも無く話す目の前の男。あれは莫大な利益を生む顧客特有の空気だ。

 

「実は現在、ジオニックが御社の新型に近いコンセプトの機体を開発中です」

 

とてつもない爆弾発言にハルバは目を剥く。聞けばジオニックは採用された07、グフをベースにMS単独の飛行能力を有した機体を開発しているという。しかも既に試作機は実機が完成しており、キャリフォルニアにて稼働試験をしていると言うでは無いか。

これが事実ならツィマッドに勝ち目は無い。開発中の機体はあくまで熱核ジェットを使用した高機動機であって、とてもでは無いが飛行出来るものなどでは無い。当然、比較となれば、より地形的な制約を受けにくい飛行可能なジオニック社の機体が有利なのは明白だ。

そこまで考えたところで、ハルバは疑問を覚えた。ここまでの経緯から、もしジオニックの開発が順調ならば、目の前の男がツィマッドに接触してくる理由が無い。そして、男は言っていた。我が社が開発しているMS向けの熱核ジェットエンジンに興味があると。

 

「ご推察の通りです。ジオニックの機体は野心的に過ぎましてね。確かに飛びはするのですが、いかんせん距離は短い、飛行も安定しないと散々なものです」

 

「つまり、貴方は」

 

「はい、この機体開発に御社の技術協力をお願いしたい。手始めはMS用の小型熱核ジェットエンジンの提供ですな」

 

あまりにも勝手な物言いにハルバは溜息を吐いて見せた。

 

「成程、仰りたい事は理解しました。しかしそのお願いを聞いて、我が社になんの利益がありますか?」

 

ツィマッドにとって、推進器のノウハウは命綱だ。おいそれと開示出来るものでは無い。仮に提供の形にしても、MS全体と比べれば利益は下がる。ならば態々ライバル社に塩を送らずとも、自社の新型機完成を待てば良い。目の前の男はそんなことも解らない人物ではないと思うのだが。

 

「…自社の新型完成まで待てば良い、そういう顔ですな。利益を見るならそうでしょう。ほぼ間違いなくジオニックの新型は開発に失敗するでしょうしね」

 

こちらの心中を見透かすように大佐が目を細める。

 

「もっとも、その新型が完成するまで顧客がいれば、の話ですが」




装甲補修剤は某ロボ漫画からのパクリです。
本当のガンダム世界には多分ありません。


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第九話:0079/04/29 マ・クベ(偽)は斯く語れり

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「もっとも、その新型が完成するまで顧客がいればの話ですが」

 

俺の言葉に驚いたハルバ課長の仕草から、この交渉が上手くいく事を確信する。いやあ、マさんの弁舌スキルすげえわ、良くまあポンポン言葉が出るもんだ。自分のプレゼンすらどもって上司に苦笑させていた俺とは大違いである。

 

「…それは、どういう意味ですか?」

 

「言った通りですよ。御社の新型機が軍に売り込まれるのはいつになりますか?一年後?半年?全く新規の開発ですからデータ収集すら手間取っている状況だ。それともまさか一月後に出せるとでも言ってくれるのですかな?」

 

俺の言葉に、完全に気圧された表情になるハルバさん。素直なのは人として美徳だけど、政治家や営業マンがそれじゃ頂けないな。

 

「その前に軍は実績を積むでしょう。飛行型MSの開発失敗というね」

 

「それは…」

 

絞り出すように言うハルバさんにさらに畳みかける。

 

「得てして軍人というのは前例を尊ぶ気質です。トップメーカーが軍協力の下、失敗した兵器を御社が売り込んで、さてさて、誰が食いつきますかな?」

 

黙り込んでしまったハルバさんに最後の一押しとして、こちらの条件を提示する。

 

「ハルバ課長、これは投資だ。軍にホバー型MSの運用実績を積ませる、それも御社のエンジンを使って。それさえ出来れば後は新型機を売り込むだけです。ジオニックの機体は所詮改修機、元からホバーとして設計された御社の機体に比べたら完成度が違う」

 

目が泳いでる、これは落ちたな。

 

「だ、だが、我が社の新型にも実績は無い。カタログスペックだけでは納得しないでしょう。それに正直なところ、ホバー機のデータ収集は仰る通り進んでいないのが現状です」

 

「それなら心配要りません。ホバー機の試験データは全て御社にも開示させます。エンジンの調整が必要なのですから当然だとでも言いましょう。それに実機での実績ですが、それこそ簡単だ。ここでやれば良い。名目はそうですな、ホバー用練習機の実機試験とでもしておきますか」

 

机を指で叩きながら笑ってみせる。

 

「まあ、試験とは言えここは戦場ですからな。不幸な敵との接触もあり得るでしょう。そのリスクは承知頂きたいが」

 

俺の言わんとしていることを正確に理解したハルバさんは、視線を下げ考え込んでいる。恐らく、この話で得られる利益とリスクを懸命に計算しているのだろう。ウラガンが入れてくれていた紅茶をゆっくりと飲み干す頃、ハルバさんはゆっくりと顔を上げた。

 

「大変、大変興味深いお話でした。しかし、正直私では手に余るお話です。上に相談させて頂きたい」

 

迷いのないしっかりとした口調で提案してくるハルバさんに満足しながら、一応釘は刺す。

 

「当然ですな、御社の社運がかかっている。存分に相談ください。ああ、ただ、幸運の女神には前髪しか無いことは覚えておいてください」

 

 

通信を切り、深呼吸をする。うん、緊張した。俺やっぱ政治家や軍略家とか向いてないわ。平然とこういう事やれてるマさんマジすげえ。

 

「さて、もう一件片付けないとな」

 

居住まいを正し、次の連絡先へ繋げる。2コールほどで相手が出た。

 

「久しぶりだな、大佐。出陣式以来かな?壮健そうで何よりだ」

 

そう言って笑顔を向けてくるのはザビ家のお坊ちゃんこと、ガルマ・ザビ大佐だ。ちなみに階級は同じなのになんで上から口調かと言えば、ザビ家の人間は実際の階級より2階級上の権限を持つからだ。暗黙の了解と言う奴なのだが、ちょっと面倒である。

 

「お久しぶりです、ガルマ様。ガルマ様もお変わりないようで何よりです」

 

特に気にした風も無く、前髪をいじりながらガルマは口を開いた。

 

「それで、急な用件とのことだが?一体何があった」

 

「はい、実はガルマ様が主導しておられるMSについて相談がありまして」

 

そう言うと、一瞬考え込む表情になるガルマ様。おいおい、まさか知らんとか言うなよ。

 

「主導…ああ、もしかしてグフの飛行試験機の事か?耳が早いな」

 

顔をしかめながらの言葉は、正に苦虫をかみ潰した、と言うべき声音だった。まあ、開発が順調じゃ無いから、そんな顔になるのも仕方あるまい。

 

「はい、今後の地上作戦において重要な機体であると考えまして」

 

そう言う俺に、渋い表情をそのままにマグカップを持ちながらガルマ様が答える。

 

「大佐、君には悪いがあれは駄目だ」

 

だろうね。知っていてもおくびに出さず、発言を促す。

 

「駄目とは?」

 

「そのままさ。飛行時間も短く、制御も煩雑。おまけに大量に推進剤を積み込むおかげで被弾にも脆弱ときた。あれならザクをそのまま使った方がずっとマシだな。少なくとも落下事故の報告書を読まなくて済む」

 

そう言って憂鬱そうな瞳をマグカップに落とす。ああ、そういえば何度か落下事故起こしてたね。最後は空中爆発事故で殉職者まで出したんだっけ?

 

「しかし、現在のMSの展開能力ではこれ以上の戦線拡大は困難です」

 

「解っている。代案は用意しているさ」

 

「ド・ダイですか」

 

その言葉に目を見開くガルマ様。

 

「本当に耳が早い。そうだ、あれを再設計しMSを搭載する。これならMS側は何でも運べるしな」

 

確かに、展開能力だけ考えるならそれでも問題無い。ただこの方式には幾つか欠点がある。

 

「しかし、その方法ですとド・ダイ側の人員が必要になります。整備員も含めればかなりの人数になるでしょう。それでは展開力を上げる意味が無い」

 

そもそも省力化しようとしてるのに、手間を増やしてどうする。

 

「そうは言ってもな、大佐。あれは使い物にならんぞ?」

 

そりゃそうだろう、非可変のMSが空を自由に飛べるようになるまでは後20年近くかかるからな。

 

「要求が高すぎるのですよ。宇宙で使うつもりのものを地上に降ろして、今度は空まで飛ばそうというのです。それは無理があるでしょう」

 

そろそろ本題の切り出しどころかな。

 

「要求を下げるべきでしょう。少なくとも空を飛ばすのは無理です」

 

「下げてどうする。機動性の向上は必須だと君も言ったじゃないか」

 

「ええ、ですから、現行機より機動性に優れ、空を飛ばない程度の機体を造れば良い」

 

そう言うと、ガルマ様はポカンと口を開けた。え、思いつかなかったの?

 

「飛行試験型は地表効果試験時にどの程度の速度を発揮していましたか?そして滑走中の事故は何度起こしていますかな?」

 

その言葉に、慌てて副官に資料を持ってくるように指示するガルマ様。ちょっとからかってやろう。

 

「進捗が思うように行かない時は、誰しも否定的な気分になるものです。その中でも良い点、見るべき点を見つけるのが上に立つものの仕事ではないでしょうか。人であれば、褒めて伸ばす、と言ったところですか」

 

 

 

 

大佐の言葉に、ガルマ・ザビは顔が熱くなるのを自覚した。確かに自分は与えられた要件を満たすことだけにとらわれていて、それが実現可能かどうかの検討なんてしていなかったし、成果が出ないことについても装備側の不備だけで片付けていた。

成程、言われて資料を見れば、地上滑走時の速度は400キロに達しており、しかも事故は1度も起きていない。無論整地された滑走路をまっすぐ進むだけであるのと、複雑な機動を要求される戦場とでは勝手は違うだろうが、それでもこの機体は現状で従来機の4倍近い速度を発揮しているのだ。

 

「航続距離に関しても改善の策があります。つきましてはテストチームをオデッサに派遣頂きたい」

 

悪くない案だ、とガルマは思った。事故のせいもありキャリフォルニアでのテストチームへの視線は冷ややかだ。生産拠点も設置されるのなら、新しい拠点に移った方が彼らもやりやすいかもしれない。ついでとばかりに改修型のド・ダイも数機強請られた。輸送機として使えないか検討したいのだという。成程、確かに50トンもあるMSを乗せて運べるならそれなりの物資だって運べるだろう。

 

「それと、MSの数について少し気をつけた方が良いかもしれません」

 

そうして、テストチームの話が一段落したところで、思い出したように大佐は唐突にそんなことを口にした。どういう事かと問いただせば、とんでもない事を口走った。

 

「連邦どもですが、どうやらザクを鹵獲して戦力として運用しようとしているようなのです。暫くは物資集積所などの警戒を強めた方が良いでしょう、ゲリラの基本ですからな」




こんな投稿今回だけなんだからね。


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第十話:0079/05/09 マ・クベ(偽)と無理難題

通算UA200000越えちゃったよ有り難うございます投稿


ガルマ様との楽しい男子トークから10日が過ぎ、ヒルドルブが居なくなった基地は、少し静かに、寂しくなるかと思ったら全くそんなこと無かった。ツィマッドの生産設備と作業員の受け入れをしていたら(ハルバさんが頑張ったらしく、実機は持ち込まなかったが、熱核ジェットエンジンの開発スタッフが既に一緒に来ていた)、前線からお礼と共に愉快なものが送られてきたからだ。

 

「ヒルドルブの増産嘆願書か。デメジエール少佐が泣いて喜びそうだな」

 

実際の所、あれが活躍できているのは少佐の類い希なる技量による所も大きいのだが、そこまでは前線の指揮官には解らないだろうし、何よりMSの人員を減らさず強力な戦力が手に入るのが魅力的に映ったらしい。まだ何も言っていないうちに候補生とか言ってマゼラアタックの搭乗員を送ってきた。いや、そんな人だけ送られても困るんだけど。

取り敢えず説明しようと候補生(仮)達と会ったら、みんな超期待した目で見てくるの。この人達もどうやらMS適性試験に落ちた口らしく、ヒルドルブは彼らにとって所謂希望になってしまっていたようだ。帰れって言ったらすっごい落ち込むだろうなぁ、なんて思いながら喋っていたのが不味かったのだろう。気がついたらヒルドルブの追加生産をキシリア様にお願いすることを約束してしまっていた。これが4日前。

そうそう、ヒルドルブと言えば、デメジエール少佐を引き抜いたせいで、北米のフェデリコ君達がはっちゃけたら不味いと思って、ガルマ様に警戒するよう忠告しといたら、かなり張り切ったらしく襲撃を未然に防いだどころか返り討ちにした上に捕虜まで捕まえたそうだ。

おかげでガルマ様は、今度本国で表彰され、ついでに大々的にプロパガンダ放送もされるらしい。お礼に壺が贈られてきたときは正直困ったが、飾っていたら段々愛着が湧いてきた。…この壺変な成分とか練り込まれてないよな?そんな事があったのが昨日。

そんで、今日なのだが。

 

「ウラガン、あれは何だ?」

 

キシリア様に頼み込んだら、ヒルドルブの件は思ったより良い返事が返ってきた。予備機として仮組みしていた2号車と、環境耐久試験に使っていた3号車を送ってくれる事になったのだ。3号車の方はバラして部品取りだが、それでもほぼ完成している機体が1機手に入るのは大きい。ついでに開発スタッフも何人か降りてきていて、ツィマッドに間借りしつつ、最終的にはMIP社から生産設備を持ってきてヒルドルブを製造するらしい。どんどん大事になってるな。

んで、今日はその機体の受け入れだったんだが。

 

「は、添付された資料によりますと、グラナダで開発した新兵器、とのことです。地上での動作試験実施の指令が届いております」

 

大型輸送機から運び出されているのは、どう見てもジオンのビックリドッキリメカ、アッザムである。そういえばグラナダに配備されているルナタンクを改造して造ったって設定でしたね。落ち着け俺、大丈夫だ。コイツの時は確かにやばかったが、史実でガンダムに襲われてもマさんは生き延びた。つまりコイツは死亡フラグじゃない、大丈…駄目だ、自分が騙しきれん。

 

「趣味の悪いタマネギだな。いや、食えるだけタマネギの方がマシかもしれん」

 

携帯端末に送られた資料に目を通しながら思わず口にしてしまう。いやだって、これどうしろというのだ。

 

「連続飛行時間は約50分、時速16キロ?メガ粒子砲を搭載しているが出力不足な上、ドライブさせると飛行時間が減るため発射数に制限がある?技術部はアホなのか?」

 

ヒルドルブ不採用にしといてこんなの造ってるとかちょっと正気を疑うのだが。

頭を抱えながら執務机に戻ると、絶妙なタイミングで通信室から連絡が来た。

 

「…閣下、キシリア少将から通信が入っているとのことです」

 

幾分硬くなった声音でウラガンがそう告げてくる。質問の前に連絡来るとか、嫌な予感しかしないんですが。

 

「解った、すぐ行く」

 

大急ぎで通信室に入ると、画面越しの美女は優雅にお茶を飲んでいた。あれか、紅茶なんかキメてるからあんな愉快な兵器造っちゃうのか、英国面に堕ちちゃってるのか。

 

「お待たせ致しました、キシリア様。本日はどのようなご用件でしょうか?」

 

「先日連絡があった機体の件だ、今日辺り届くはずだと思ってな」

 

そう言って柔らかく微笑むキシリア様。今まで機体の補充で確認の連絡なんて無かったんだけどな。ああ、あれか?貴重な機体だから流石に気になったんかな?

 

「はい、たった今到着致しました。荷下ろしも確認しておりましたが、特に問題は無いかと。ご配慮頂きまして、このマ、感謝の念に堪えません」

 

「良い。この所精力的に働いているようだしな。聞いたぞ?ガルマへ忠告したのも貴様だそうだな?」

 

あれ、ガルマ様喋ったのか。自分で思いついたことにしとけば手柄になったろうに。素直な良い子に育っているんだなぁ。こりゃちょっとシャアに暗殺されちゃうのは可哀想になってきたな。

 

「そんな噂がある、と申し上げた程度です。実際に事をなしたのはガルマ様ですから、私が功績だと誇れる事など何処にもありません」

 

そう謙遜して見せると、面白そうにキシリア様は笑みを深めた。卵顔なせいもあってその表情は実に愛らしい。本当にこの人キシリア様なんだろうか。

 

「地上に降りて随分変わったな。そちらの水が合ったのかな?」

 

「食事は悪くありません。ただ埃っぽいのが頂けませんね、兵達も閉口しています」

 

そう言って肩をすくめると、ついには破顔して笑い始めた。

 

「貴様の口からそのようなジョークが出てくるとはな。地球は思ったより興味深い所のようだ。…近々そちらを視察しよう。私も直接確認したいしな」

 

最後の言葉に、すっと体温が下がるのを自覚する。え、もしかしてこれ史実イベントフラグ?

 

「し、視察でございますか?」

 

「ああ、今回の輸送であれも届いているだろう?」

 

アッザムですねワカリマス。

 

「あの大型兵器でしょうか?」

 

「うむ、技術部にルナタンクを地上用に再設計させた。MAという新しいカテゴリーの兵器になる」

 

同じ試作機でもどこかの白い悪魔と比較にならない残念さだけどね。

 

「MA…」

 

「今後のジオンにとって重要な機体だ。貴様に任せる。使いこなしてみせよ」

 

いや、無理だろ、って言えたら楽なんだけどなぁ。これ多分ガルマ様に功績挙げさせたご褒美感覚なんだろう。こんなん断ったら今後の陳情に響いてしまう。ただでさえこの所無理言ってたし。でも流石にそのままは危険が危ないから言質くらいは取っておこう。

 

「承知致しました。しかしここは月や宇宙とは勝手が違います。使いやすいよう手を加えることをお許しください」

 

「構わん、必要なのは使える道具だ。貴様の良いように使え」

 

はい、言質頂きましたー。

 

「有り難うございます。キシリア様のご期待に添えますよう全力を尽くさせて頂きます」

 

「ふふ、ではまた連絡する。それまで壮健でな」

 

そう言って機嫌良さそうな声を残し通信が切れる。さて、あれどうしよう?

 

 

 

 

デニス・フロウはご機嫌だった。ドップの設計主任だった彼は、一介の設計士だったはずが、紆余曲折を経て、ここオデッサ基地で働いている。

 

「始めは殺されるかと思ったけど。重力と埃に慣れたらここは快適だね」

 

部下のジョーイ・ブレンがそんな事を嘯いていたが、全くそうだとデニスも思っていた。

来た当初はとてつもない要求書を突きつけられたと絶望しかけたが、その後に渡された資料でそれも杞憂に終わった。何しろ提示されていた仕様は旧式の航空機をベースに現行のパーツや構造材を用いれば十分達成できる値であり、その再設計についても軍が用意していた高性能CADのおかげでデータを入力すればほぼ自動で設計してくれる。おまけに、必要だと申請した物は即座に届けられる。おかげで今までの残業まみれの人生が嘘だったように連日定時上がりの余裕のある生活を営ませてもらっている。強いて文句を言えば基地から外に出るのに手続きが大変なことと、必ず護衛が付くことだろうか。

 

「失礼します。新型機の進捗報告に参りました」

 

そんな訳で、大幅に親しみを増した基地司令に定例の報告を持って来た訳だが。そこには執務机に突っ伏し、頭を抱えるマ・クベ大佐の姿があった。横にはいつもの副官も居るのだが、こちらも暗い表情だ。

 

「…ん、ああ、すまないデニス主任。進捗報告だな、読んでおくから置いておいてくれ」

 

「あの、何かあったのでしょうか?」

 

保身を考えれば、こんな発言はすべきでは無い。そう思ってもデニスは自然と口を開いていた。その事を後に多くの人に尋ねられることになる。何故、自ら苦労を背負い込むようなことを言ったのかと。その度にデニスは笑って答えた。

 

「だって、大佐が困っていたんだ」




コンゴトモヨロシク


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第十一話:0079/05/09 マ・クベ(偽)の目にも涙

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「始めに言わせて欲しい。諸君、有り難う」

 

部屋に入り、スクリーンの前に立った後、俺はそう言って頭を下げた。事の発端は2時間ほど前。キシリア様からの素敵な無茶振りに頭を抱えていたら、ドップⅡ(仮)開発チームのチーフであるデニスさんが、心配したのか悩みがあるのか、なんて聞いてきた。丁度いいやと思って、アッザムのことを話してみたら、真剣な顔になって定時後に時間が取れるかと言われた。幸い予定は特になかったので承知したら、会議室を押さえて欲しいとかウラガンに言ってる。あれ、もしかしなくても大事になってる?

んで、定時過ぎて会議室に行ってみたら、おいちゃん驚いたね。ドップⅡ開発チームの全員にツィマッドの技術員、ヒルドルブ関係で出向してきていたMIPの技術スタッフと、オデッサに居る技術系スタッフのほぼ大半が会議室に集まっていたのだ。おいちゃん思わず目頭が熱くなっちゃったよ。

 

「忙しい所、済まないが知恵を貸して欲しい。聞いているかもしれないが、改めて説明させてもらう」

 

そう言って俺は、みんなの前で改めてアッザムについて説明する。ツィマッドの技術者さん達はまだ来たばかりだから今一解らない顔だったが、MIPから来ているドップⅡ組とヒルドルブ組は険しい表情だ。まあ、このチームには前線から返ってきた戦闘ログを全部開示しているから、アッザムが如何に使い道が無いか理解できるのだろう。一通り説明した後、さて、知恵を借りようと口を開こうとしたら、ドップⅡ組のジョーイ君が手を挙げて発言許可を求めてきた。

 

「何か質問だろうか、ジョーイ技師」

 

「はい、大佐。あの、これは何を意図して設計された機体なのでしょう?」

 

良い質問だね。

 

「技術部の出してきた資料によれば、敵陣地…ああ、トーチカ破壊用だそうだ」

 

その言葉に首をかしげるジョーイ君。

 

「破壊用…これが移動トーチカでなくて、攻撃に使うのですか?」

 

「と、資料には書かれている」

 

んな、馬鹿な。なんて呟いてジョーイ君は座ってしまう。だよね、全幅50m以上、全高20mを超えるデカブツがふよふよ浮いていて見つからない筈が無い。おまけに最高速度は16キロ、ミサイルどころか対空砲を避けられるかすら怪しい。加えて連続飛行時間が50分。いや、時間あたり15キロも動けない兵器を前線でどう使えと言うのか。

 

「これを見ると、装甲もあまり信用出来ませんね」

 

端末に配布された資料を見ながら唸ったのは、ヒルドルブ組のアサーヴ・バンダリ技術大尉だ。アサーヴさんはヒルドルブの装甲関係担当の技術者さんで、とにかく何でも重装甲化したがる愉快な人だが、その知識と知見は本物だ。

 

「この程度の装甲では、CIWSならともかく100ミリ以上の対空砲には全くの無力です。おまけにこの低い運動性では歩兵のAMSすら脅威だ」

 

「機体の形状も良いとは言えないな。元がルナタンクだから、極力弄らない事で設計時間や新規部品の追加を減らしたかったんだろうが…」

 

そう言って端末を小突くデニスさん、ここの所航空機だけで無く旧ロシア軍装備のデザインを熱心に研究しているから、コンセプトに合致していないデザインが不満なんだろう。

 

「移動能力からして、単独で陣地を突破する事は想定していないでしょう。なのに全周に砲塔を配置するのはナンセンスだ。しかも対地と対空が何で同じ砲なんだ?」

 

だよねぇ。主砲の性能を見てみると、弾速と連射力は悪くないし、威力は280ミリバズーカ並と、敵陣地への攻撃としては有力な火力なのだが、航空機に対しては威力が過大だ。加えて機体上側に装備された砲は射角が狭く機体の90度をそれぞれが担当するような形であるため、戦闘状態になれば全部の砲を常にドライブ状態にしておかないと防空に死角が出来てしまう。

 

「それよりこのアッザムリーダーというのは何なのでしょう。陣地攻撃には範囲が限定的過ぎると思うのですが」

 

理解できない、という顔で資料を見ているのはヒルドルブの火器担当技術者をしているタカミ・アリサワ技術中尉だ。狂気を感じる程度の火力主義者で、既に数回ヒルドルブの火力増強プランを提出してきている。艦砲クラスのメガ粒子砲なんかほいほい手に入らないからね?

 

「確かに、対人用としては有用だと思うが」

 

ただ、歩兵制圧なら焼夷弾でもばらまいた方が遙かにリーズナブルだと思う。ヒートロッドといい、技術部は電気信仰でも始めたんだろうか。

 

「この機体が少々残念なのは諸君の意見で良く解った。では、どうしたらいいだろう?忌憚の無い意見が聞きたい」

 

俺の言葉に会議室が静まった。ですよねー。

 

「…まず、形状の見直しからでしょう。飛行性能を上げるために、せめてリフティングボディにしたい」

 

そうデニスさんが言い出すと、次々に意見が出始める。

 

「対地用火器ですが、現在の出力ならば連装、出来れば単装のメガ粒子砲1基にするべきです。門数を減らす分威力の向上も必要ですから、長砲身化し収束率を上げましょう」

 

「装甲配置ですが、全周を均等に覆うより、より被弾の可能性が高い底面部を厚く、上部は航空機の攻撃に耐える程度に変更した方が効率的でしょう」

 

「推進器なのですが、我が社が製造しているガウ用熱核ジェットのサブエンジンを流用すれば、ペイロードをあまり圧迫せず運動性を強化できるかと」

 

「高速化するのであれば現状の降着装置は邪魔です。コムサイあたりのランディングギアを転用した方が良いかと考えます」

 

うん、全部聞いていくとこれって。

 

「つまり、ミノフスキークラフト以外はほぼ新造になるのかな?」

 

「「そーですね」」

 

これ、現地改修で通るかなぁ。

 

 

あれから3日ほど過ぎた。結局、会議の結果。ジョーイ君をチームリーダーに時間を見つけて再設計する事が決まった。幸いMS用の高性能CADが空いていたので、早速データを突っ込んで計算させているとのこと、フットワーク軽いっていいね。出来上がった図面については大体の部分はヒルドルブチームのラボで製造して貰えることになった。ただフレームそのものは造れないとのことで、どーしたもんかと思っていたら、デニスさんがキャリフォルニアのMIP製造部に問い合わせてくれて、そこで試作しているMAと並行で調達してくれる事になった。デニスさんには今度贈り物(壺)をせねば。

メガ粒子砲の方もタカミ女史が取り外したものを切ったりくっつけたりして絶賛改造中。どうも却下してた火力増強計画のフラストレーションをここで晴らしているらしい。ちょっと覗いてみたら、これで倍率ドン!更に倍!とか高笑いを上げながら砲身を弄っていたので、そっと扉を閉じて見なかったことにした。一緒にやってた作業員の皆さんが泣きそうだったが、彼らには強く生きて欲しいと思う。…PXの嗜好品を多めに陳情しておこう。

そうそう、この3日でグフ飛行試験型の開発チームさんもオデッサに目出度く合流しました。早速ツィマッドの人達に足回り分解されて涙目になってたのが印象深い。その後、熱烈な歓迎会やったらまた涙ぐんでた。話しかけたらキャリフォルニアより飯が美味い、天国かここは、とか言い出す始末。残念地獄の最前線(ちょっと後ろ)です。

後、一緒に送ってもらったMS搭載型のド・ダイで試験的に補給を行なったら、すげえ量の感謝状やらメールが届いた。んで、そのせいでちょっと問題が。

 

「専用機の生産許可書?なんだこれは」

 

ここ最近何故だか熱い視線を時折向けてくる副官が、興奮した面持ち(見慣れていなければ気がつかない程度だが)で書類を渡してきた。

 

「はい、この所の功績を本国は高く評価しているそうです。その功労賞として専用機の建造を許可するとのことです」

 

ああ、つまり勲章代わりにMSやるよって事か。随分太っ腹だな…と思ったけどそうか、勲章だと退役後も年金つくし、今の給料も上げなきゃならない。でもMSなら備品として製造で多く金を使っても資産としては軍に残る。おまけに年金や給料に反映する必要も無い。ルウム以降専用機持ちが増えたのは戦意高揚もあるけど戦争の長期化が避けられなくなって勲章や階級が足りないと言うのもあるんだよなぁ。

 

「うん、それは有り難いが、専用機か」

 

正直もらっても困る。乗る気は無いし専用とか言えば余計なカスタムとかされちゃったりしているのだろう。そうなれば整備部隊への負担が増える、乗りもしない面倒なカスタムMSなんて倉庫にあるだけ邪魔だろう。

 

「嬉しいが…」

 

「いけません大佐」

 

不要を告げようとした言葉を喰い気味にウラガンが否定してきた。

 

「大佐がお考えの通りそのような事態は起こりえないでしょう。しかしこれは拒否出来ません」

 

「政治だな」

 

「はい」

 

ここの所俺はそれ相応の成果は出しているが、まあ心証は悪いだろう。しかしそこまで噛みついている俺でも成果を出せば報いるという度量を示すことでキシリア少将は軍内部で将器をアピールしたいんだろう。

しかしそうなると困るのは割と俺である。大体、先日大佐に昇格したんだしひっきりなしに報酬与えんでも良いじゃ無いか、と思ってしまう一方でこの位明確に飴をぶら下げないといけないほど各地の士気が下がっているんだろう事が容易に想像できて憂鬱になる。

ド・ダイで輸送テストしただけで感謝の連絡が来る程度にはそこかしこで物資が停滞してるからなぁ。どうも補給計画で予定していた主要道路が使えていない。勤勉な連邦の工兵さん達が律儀に橋という橋を片っ端から落とし、ついでに道路にIEDをしこたま埋めてったらしい。おかげで、折角組み上がったヒルドルブ2号車は即席の地雷処理ユニットをくっつけて各地の補給路を絶賛啓開中である。おかげでヒルドルブの配備要請がまた増えた。お叱りを覚悟してキシリア様に連絡したらあっさり増産許可が出た。おかしいと思ってちょっと資料見てみたら、理由は実に簡単。ヒルドルブは安かったのである。価格確認したら、マゼラアタック8輌分の値段でした。これ、下手したらザクより安いぞ?

それはともかく、専用機である。これぞ死亡フラグの筆頭じゃねえか!しかも拒否したら上官の顔に思いっきり泥塗るから、実質拒否権無いじゃない。どーしたもんか。

 

「ザクⅠなどでは、ダメだろうな」

 

「はい」

 

正直高級士官がMSなんて使う機会無いんだから、それこそドップでも良いくらいなんだけど、俺がそんなのを選べばちょっと問題になる。

例えば前線に良く出られるガルマ様や、どっかの闇オオカミとかいう部隊の隊長みたいに負傷が理由で乗れないとかなら、旧式機なんかを使ってもプラスのイメージになる。戦場に出ている実績があったり、そもそも乗れない体でもいざとなれば戦う気概がある、というアピールになるからだ。一方マさんと言えば、基地の安全な区画でのんびり壺眺めながら部下を顎で使う、と言うのが一般的な評価だ。こんな人間が専用機を適当に選べば、ああこいつは戦う気無いんだな、と思われる。俺なら思う。いや、まあ、戦いたくは無いんだけれど!

幸いなのはアッザムと違って欲しい機体を選んで良いということだ。いきなりグフとかそれこそギャンなんか受領指示来たら逃亡するところだった。ギャンまだ無いけど。

 

「…よし、解った。ウラガン、有り難く受領させて頂くと返信しておいてくれ」

 

「承知しました、機種は何と?」

 

「ああ、ここには今の私に最適の機体があるからな。それにする」




アッザム(アッザムでは無い)


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第十二話:0079/05/14 マ・クベ(偽)と海

就職が決まりました故、今後本格的に亀進行、不定期となります。
楽しんで頂いている所大変申し訳ありません。



笑顔とは本来攻撃的なものである、と言ったのは誰だったか。今日も今日とて鉱石採掘に勤しんでいたら、ユーリ少将が訪ねてきた。お茶出して、良いでしょーこのカップ、コペンハーゲン製なんだぜー、とか言ってたら肉食獣みたいな笑顔でコミュに放り込まれた。

 

「なあ、大佐。俺はそんなに気が長くないんだ。あまりからかってくれるな」

 

笑顔で恫喝とか、もうおいちゃんこの少将がヤクザにしか見えないよ。ナイーヴなギニアス君と相性悪い訳である。そういや、ラサ基地も今月頭に稼働状態になったって言ってたな。気持ちに余裕がある内はギニアス君も比較的まともだったし、お話ししてみるのも良いかもしれない。

 

「ユーリ少将、クリミアの件は欧州方面軍の直轄という話だったと記憶していますが」

 

なんて取り留めのない事を考えながら外の景色を見ていたら、大体の行き先が解ったので、ユーリ少将に半眼で文句を言った。行き先は絶賛建造中の黒海潜水艦隊の根拠地であるクリミア半島のセバストポリだろう。

実はセバストポリには旧ロシアの軍艦が戦史博物館扱いで多数停泊していた。100年は経っている骨董品だから再利用は望むべくもないが、それでも一級の資料であるし、何よりジオンに本当に必要な兵器がそこにはあった。

その名をプロジェクト941戦略任務重ミサイル潜水巡洋艦アクーラという。まあ、長ったらしい本名よりNATOコードのタイフーン型原子力潜水艦の方が知っている人も多いかもしれない。

100年どころじゃ無い旧式艦であるコイツが何故ジオンに必要なのか。それは、現在運用しているU-コンがジオンのドクトリンに全く適していないからである。

そもそもU-コンは、連邦軍が運用していたU型潜水艦をそのままコピー、ミノフスキー粒子下では運用の難しい巡航ミサイルのVLSを一部廃してMSの搭載能力を持たせた艦である。一見すれば問題無いように見えるが、実はそもそもこの艦の設計思想自体が問題だったりする。採用当時、既に地球連邦海軍に比肩する敵対的海軍戦力が存在しなかった。必然、想定される任務は非対称戦が主であり、環境としては制海権、制空権は完全に確保された状況。あるいは、満足な対潜能力を有さない相手との戦闘だった。そうした中で採用されたU型潜水艦に求められたのは、強力な対地攻撃力と指定海域に迅速に展開する航続力と高速性だった。結果静粛性は重視されず、推進効率が優先されたため、移動時にアホみたいな騒音をまき散らす潜水艦が建造される事になったのだ。ちなみにそんな事考えもしていなかった地球方面軍によって設立された潜水艦隊の栄光ある配備1番艦と2番艦は慣熟訓練中見事に連邦の対潜哨戒網に引っかかり太平洋の藻屑になっている。この時の教訓から、潜水艦の航行は緊急時を除き最高速度の20%以下に制限されており、その速度は旧世紀の潜水艦と大差ない速度になっている。笑えねえ。

こんな艦のため、当初ジオン海軍が想定していた潜水艦とMSによる通商破壊や、沿岸基地への奇襲といった作戦は予定より遙かに低調となっている。さて、翻ってアクーラである。骨董品ではあるものの、古き海のニンジャと呼ばれていた時代の静粛性を重視した設計、加えて極めて巨大な弾道ミサイルを艦内に収容する必要があった本艦はU-コンと遜色ないペイロードを誇っている。つまりちょっと弄ればMSを搭載可能な静粛性に優れた潜水艦に早変わりするのである。

その事を教えて、ついでに公文書館から引っ張ってきた設計図やら操艦マニュアルやら渡した筈なんだけど。

 

「はっきり言えば、建造の進捗が思わしくない。大佐の方でどうにかならんか」

 

憮然とした表情で頬杖をつきながらのたまうユーリ少将。いや、何言ってんの。

 

「申し訳ありませんが、艦の設計開発など門外漢です」

 

「だが、ドップの後継機開発をしている。先日は不採用だったヒルドルブを再生してみせた。おまけに開発が難航している新型MS計画の誘致に、確か新兵器の改修も行なっていたな?なら、潜水艦だけ出来ない道理はないだろう」

 

うん、他人に言われると何その技術屋さんって言いたくなるね。でも俺何もしてないんだよね。

 

「望外の高評価ですが、私はどれも手出ししていません。精々働きやすいよう環境を整えた程度です」

 

だから潜水艦造れとか無理だから。

 

「そうか。なら潜水艦の連中の環境も整えてやってくれ」

 

そう言ってまた笑顔になるユーリ少将。俺この人苦手だな!

 

 

 

 

「解りました。可能な限り、善処してみましょう」

 

ユーリが笑いながら告げると、大佐は疲れたような、どこか諦めたため息を吐きながらそう答えた。その仕草はどこか旧友であるギニアス・サハリンを思い出させユーリの笑いを誘った。とりあえずこのままセバストポリに置いていこうと考えていると、それを察したのであろうか、大佐が据わった目で口を開いた。

 

「着いたらまずオデッサに連絡させて頂きたい。どうせ缶詰にするつもりでしょう?」

 

「ほう、俺のやり方が解ってきたじゃないか」

 

上機嫌に返せば、不快感を隠そうともしない表情で大佐が口を開く。

 

「承知しているとは思わないで頂きたい。それと艦の建造ですが仕様決定に関する裁量権を頂きたい」

 

「それは構わない、どうせこのままでは完成すらおぼつかんからな」

 

やはり大佐は切れ者だ。そう確信しつつも、わざととぼけてユーリは質問を投げかけた。

 

「しかし大佐、それで問題が解決するのか?」

 

返ってきたのは溜息と胡乱な視線だった。

 

「ええ、問題について大凡見当は付いていますから」

 

 

 

 

絶対貧乏クジだこれ。

面白そうに聞いてくるユーリ少将を半眼で睨みながら俺は答えた。この狸少将、どうせまた自分で解決するべき事柄も、方法も解ってるくせに俺に投げてきやがったな。仕様決定の裁量権なんかほいほい許可出す時点で語るに落ちてるわ。ただ、この人部下から人望あるし、戦い方も堅実だから、悪い指揮官では無いんだよね。ただノリが体育会系だから学者肌な人や文官系の人間とすこぶる相性が悪いけど。

 

「しかし、艦が出来ていないとなると今後の計画を修正する必要がありそうですな」

 

何しろ当初の予定ではそろそろ1号艦が完成しており各種試験を実施している予定だったのだ。乗組員の慣熟も考えると下手をすれば数ヶ月の遅延が出てしまうかもしれない。そう考えて背筋に冷たい汗が流れる。U型潜水艦が2週間くらいでぽこぽこ建造されていたものだから、そのつもりで計画立てちゃってるんだよ。

 

「建造数の心配ならなんとかなる。遅れが出た時点で本国の建造ドックを押さえてあるからな。ただ1号艦が出来ん事には起工する訳にもいかんだろう?」

 

ああ、ガウの時みたいにパーツ製造して地球で組み立てるのか、それなら工期も短縮出来るだろう。って言うか。

 

「…直ぐに2号艦以降も起工してください」

 

そう言うとユーリ少将は驚いた顔をした。いや、そこ驚くところじゃねえから。

 

「全体に手直しが必要だというならともかく。今回は大した内容で遅延している訳では無いですから、造れる所まで造ってしまって構いません」

 

大量生産の車じゃねえんだから、こんな事で一々建造止めるなよ。

 

 

 

 

困り果てていたセルゲイ・スミノフの前に、その男が現れたのは、日差しに強さが混じり始めた5月14日の事だった。MIP社で艦艇の設計部署にいたセルゲイに潜水艦設計のチームリーダーの話が来たのは偶然で、彼自身に何か特別な才能があった訳ではない。ただ、ここの所減っていた艦艇の受注と言うことで、それなりに期待はされていると彼は考えていた。

雲行きが怪しくなったのは、到着して早々の3日目だった。最初に聞いていたのは旧世紀に設計された潜水艦からVLSを撤去し、代わりにMS用の格納庫を取り付ける、と言うことだった。

 

「簡単な仕事だ、降りてくるまでも無かったんじゃないか?」

 

そう暢気に構えていたら、突然本社から連絡が入った。曰く、仕様に追加したい項目がある。

クライアントが突然こういった事を言うのはそれなりに経験していたセルゲイは、まだこの時は、いつもの事だとしか考えていなかった。そんな自分を叱りつけたくなったのはそれから二日後の事である。当初と全く異なる仕様書が届き、設計が進まなくなってしまったのだ。

一日目の訓令では、MSの射出用カタパルトを装備すること、とあった。次の日の朝には対地攻撃能力は維持するためVLSは半数を残しMSの搭載数を減らすという。かと思えば夕方にはやはりMSの数は減らすなと言ってくる。どうにかスペースを捻出していたら今度は部品共有化の為に推進器をU-コンと同一のものに替えろと言ってきた。とどめは昨日、防空能力向上のために対空ミサイルと機銃を追加する必要があるなんて意見書を見せられた。しかも書いているのがガルマ・ザビ大佐だから始末に負えない。さらに意見書には被発見率低減の為に艦形は小さい方が望ましいなんて一文があるものだから、サイズを大きくするどころか、むしろ小さく出来ないかと担当士官が聞いてくる始末だ。

 

「俺にどうしろってんだ!」

 

この不幸の発端は、欧州方面軍の担当士官が勤勉だったことに起因する。当初、欧州方面軍司令部経由でマ大佐の資料を手に入れた担当士官だったが、資料だけでは不十分と考え、実際に運用しているキャリフォルニアの潜水艦隊に問い合わせた。この時受け取った海軍士官は快く情報を提供してくれたのだが、当然新型潜水艦のコンセプトなぞ知るよしも無く、挙がっている改善提案などをそのまま送った。更にそのやりとりを聞きつけた突撃機動軍の司令部が、新たに造るならと、今まで挙げられていた陳情の内容を訓令として送ってくる。真面目な担当士官は、階級が高い人間の大雑把な意見より、現場が欲している兵器を建造することが重要であると考える程度には善人だったので、渡された内容を、全て要求仕様としてセルゲイに伝えてしまったのである。惜しむらくは、U型と新型ではそもそもの特性が異なっている事に気づかなかった事か。

結果、根本から設計し直さねばならなくなった図面を抱えてセルゲイは途方に暮れることになる。そんな彼の前にやってきたのは、ここの所良く聞く名前の大佐だった。

 

「お困りのようですな、どれ、手伝いましょう」

 

不機嫌そうに言うと、大佐は机の上にあった仕様書を片っ端からシュレッダーに放り込み始めた。セルゲイが呆然としていると、机の上をさっぱりさせた大佐は満足そうに鞄から新しい紙束を取り出した。

 

「最新の仕様書です。これを基に御設計ください。ああ、これより後の仕様変更要求は雑音なので無視して頂いて結構」

 

手渡された仕様書は当初指示された内容そのままだった。あまりの都合良さにセルゲイが困惑していると、大佐は笑いながら付け加えた。

 

「御安心ください、責任は私が取りますよ」




嘘みたいだろ?まだ作中1月過ぎていないんだぜ?
U-コンのデメリットは妄想です。あんな形の潜水艦が静かだなんて認めません(憤怒)


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第十三話:0079/05/15 マ・クベ(偽)と進捗

お気に入り7000件突破感謝です投稿


潜水艦問題は2日でスピード解決してやった。着いて速攻で担当士官を呼び出し、事情聴取とお説教、仕様書を徹夜で造り直させて設計者さんに渡した。帰り際、設計者さんから熱いまなざしと、握手を求められた…厳つい男にばかりもてまくっている。まあ、敬遠されるよりは100倍マシだけど。日帰りになったらユーリ少将が残念そうにしていた。多分一緒に来てた秘書さんと仲良くするつもりだったんだろう、リア充とか爆ぜれば良いと思う。

 

「お疲れ様です。大佐」

 

執務机に座ると、そう言ってウラガンが紅茶を出してくれた。正に副官の鑑である。

 

「有り難う。しかしユーリ少将にも困ったものだ」

 

別れ際も暑苦しい笑顔で肩を叩かれた事を思い出す。この調子でまた頼むじゃねえよ、おめえがちゃんと調整しろよ!とは思ったが、よく考えればあの人ちゃんとしてたわ、マネジメントに失敗してるだけで。

 

「仕方がありません。皆大佐ほど有能では無いのですから」

 

「買いかぶりだウラガン。私程度の男なぞ幾らでも転がっているさ」

 

そう言って紅茶を飲みながら報告書に目を通す。うんうん、オデッサ基地の各セクションは概ね順調。鉱山は現在108鉱山まで稼働中、指定ノルマ分は輸送できている。ただ、これ以上増やすには、人員の増員とHLVが追加で必要とのこと。

ドップⅡの設計は終わって現在1号機の組立作業中、来週頭には実機が出来るそうだ。本当に1月で開発しちゃうとかジオンの技術者はバケモノかな?

ついでにやっときました的なノリでド・ダイの方も再設計案が挙がってきている。これ、08で出て来たド・ダイⅡじゃね?と思ったけど、大型化したり翼面積を増やしたりして更にペイロードを増やしているっぽい。デニスさんがMSが2機乗ってもダイジョーブ!って良い笑顔で言ってた。

ヒルドルブの方は量産化に向けて各種調整を行なってる。と言うのも以前気になってたことを聞いてみたら、なんか俺の意見を取り入れて一部修正するらしい。

グフ飛行試験型の方もかなり順調のようだ。出力調整が繊細だった推進器を安定したツィマッド製に換えたおかげで、ぐっと安定性が増した。ただ最高速度は350キロ台まで落ちてしまったとのことだが、それでも現行機のほぼ3倍である。航続距離に関しても劇的に改善したのでもうすぐ実戦テストがしたい、なんて相談されている。ユーリ少将に適当に良いところを紹介してもらおう。

そうそう、ホバー練習機の名目でツィマッドに持ち込んでもらった新型機も確実に仕上がってきている。来た当初はザクとプロトタイプ・ドムの合いの子みたいな見た目だったが、今ではかなりドムに近い形状に変わっている。グフで取れたデータも反映されているので完成度もかなり高く、ちょっとグフ飛行試験型の開発チームは焦っているらしい。

性能的には、旋回性や加速性でグフに劣るが、耐久性と射撃時の安定性、直進時の安定性はツィマッドの新型機の方が上だ。もう少ししたら基地のパイロットから見繕って実際に乗らせてみるのも良いかもしれない。

ただ、MS用ビーム兵器は全然開発が進んでいないので、胸部の拡散ビーム砲はマルチランチャーに変更されていて、専用装備です!ってドヤ顔で言われたジャイアントバズ用の推進剤タンクは取り外させた。機体に態々爆薬仕込むとか正気かな?一緒にジャイアントバズの方も再設計してもらっているが、なんとなくラケーテンバズみたいになりそうだ。

アッザムは、うん、もうなんだこれみたいな状態だ。なんでもMIP社が試作している次のMAに飛行特性を加味してリファインしたフレームをキャリフォルニアにて作成してもらっていて、早ければ来週末くらいに送ってもらうとの事だが、なんかビグロマイヤーとヴァル・ヴァロの混ざったような機体にメガランチャーみたいなものが腹にくっついている完成予想図を見せられた。もう何処にもアッザム残ってねえ。ところで全長80mとか書いてあるんですけど何かの冗談ですかね?

ちなみに搭載予定のメガランチャーモドキはタカミ中尉の手で既に完成し、昨日試射を行なっている。射爆場の一部がガラス化してたのはこのせいだな。報告書によれば、威力はムサイの主砲並と言うから、中々ヤバイ代物である。ただ、強引に収束率を上げたため、排熱の問題から連射性能は低下、砲身も冷却ユニットだらけで大分重量が嵩んでおりサイズに比べて思ったほど威力は出ていないらしい。次は頑張るとの決意表明で報告書は締められていたが、まだ足りないと申すか。

まあ、おかげでコイツとミノフスキークラフトへのエネルギー供給だけで更新したジェネレーターと推進器からのエネルギー容量を食い潰すので、他の火器は全て実弾になるとのこと。ただそれも4連装30ミリ機関砲とか、175ミリ連装砲とか愉快な文字が並んでいる。やっぱりジオンの技術者は(ry

 

「概ね順調、良いことだ」

 

上機嫌になった俺は思わず手元にあった壺を指で弾く。澄んだ音に思わず口元がほころんだ。ふふ、良い音色じゃないか。明らかに磁器の音じゃ無いけど。

 

「失礼します。セバストポリのモラン少佐よりご相談したいことがあるとの連絡が入りました!」

 

執務室の前で元気な声が上がる。入室を許可すれば、元気が過積載気味な笑顔の少尉が、見た目通りの大きな声で報告してくれる。

 

「報告致します!モラン少佐より、潜水艦搭載用MSについてご相談したいため、お時間をいただけないかとの事です」

 

モラン少佐というのは、昨日OHANASHIした新造潜水艦の担当士官のことだ。オデッサに帰る間際までひたすら謝っていて、なんかこれからも色々助けて欲しいとかで連絡員としてこの少尉をくっつけられた。念願の若くて可愛らしい女性士官なのだが、俺には解る。この子絶対ユーリ少将と同じ人種だ。

 

「ご苦労、エイミー少尉。アラン少佐が良ければ直ぐ話せる」

 

そう告げれば、何がそんなに嬉しいのか元気良い敬礼と承知の言葉を放ち、颯爽と部屋から飛び出していった。嵐みたいな子だな。

 

 

 

 

予想外の早さで返ってきた返事に、慌てて居住まいを正しながらアラン・モラン少佐は大きく息を吐いた。

 

「やはり大佐殿は凄い方だ」

 

自身の失態で遅れが出てしまっていた潜水艦建造を、到着して半日も経たずに解決してみせた手腕は、まるで魔法のようだったとアランは思う。間近で見て居たエイミー・パーシング少尉など、最初のおびえは何処に行ったのか、というくらい心酔してしまい、連絡員を自ら買って出るほどだった。

 

「先ほどぶりだな、少佐。何かあったのかね?」

 

苦笑を浮かべながらそう聞いてくる大佐に、アランは感謝の念を覚えた。あれだけ迷惑を掛けたにもかかわらず、大佐殿は嫌な顔どころか即座に対応してくれる。これが突撃機動軍の司令部付きの連中なら、2~3日は待たされたあげく、会話の半分は嫌みとそれに対する謝罪で終わっていただろう。

 

「お忙しい所、何度も申し訳ありません大佐殿。少尉にも伝えたのですが、潜水艦搭載用のMSについてお知恵を拝借致したく思いまして」

 

現在、ジオン軍には水中用MSが2種類存在する。一つはザクを改修したザク・マリンタイプ。もう一つがゴッグである。ただし、マリンタイプは性能不足として試験用に僅かに製造されただけなので、選択肢はゴッグしかない。ところがここでちょっとしたトラブルが起きた。

ゴッグは現在整備中の太平洋艦隊に最優先で配備しているため、欧州へ回せないと言われたのだ。幾ら艦が出来ても載せるMSが無いのでは話にならない、土壇場まで回答してこなかった北米方面軍司令部に腹が立ったが、怒鳴ったところでMSが送られてくる訳でも無い。困り果てたアランは、恥を承知で大佐に泣きついたのだった。

 

「予定しておりましたMSの定数は2個中隊ですが、…ただの1機も回せないと断られまして」

 

「そうか。すまないがオデッサでも水中用機は製造していないな」

 

その言葉に、アランはやはり虫が良すぎたかと反省する。無い物を生み出すなど、それこそ魔法でもなければ出来ないのだ。魔法のような手腕はあっても、大佐は魔法使いでは無いのだから、いくら何でも無茶な願いというものだ。もう一度キャリフォルニアに打診し、それでもダメならユーリ少将に相談しよう。そう考えていた矢先、大佐が再び口を開いた。

 

「まあ、なんとかしてみよう。少々苦労を掛けるが、そこは許してくれよ?」

 

もしかして、本当に魔法使いなのかもしれない。アランは本気でそう思った。

 

 

 

 

大見得切って通信を終えると、ウラガンは驚きの表情で、エイミー少尉はアイドルか何かでも見るような表情でこちらを見ていた。何だよ、照れるからそんなに見るなよ。

 

「あの、宜しいでしょうか、大佐殿」

 

おずおずと手を上げながらエイミー少尉が口を開いた。

 

「ん、何かね?」

 

「大佐はゴッグを何処から手に入れるのですか?」

 

え、何言ってんの?

 

「いや?ゴッグを手に入れる当てなど無いが」

 

「ではマリンタイプを追加製造してもらうのですか?」

 

「あれは試作機だし、そもそも製造ラインも無い。手に入れるのは難しいだろう」

 

ザク・マリンタイプは、ザクの名こそ冠しているが、良く解らん仕様要求のため、殆どを新設計に置き換えられた別機体である。おまけに軍の要求を満たせず、開発が打ち切られたため、当然ながら製造ラインなんて存在しない。だから水中用MSを調達する事は、俺には出来ない。そう言い切った俺を前に、エイミー少尉は眉間にしわを寄せてうんうん唸っている。いや、そんなに難しい話じゃないぞ。

 

「考え方を変えたまえ、エイミー少尉。ウラガンの方はそろそろ解ったようだな」

 

俺が言う前にスケジュールを確認しだしたウラガンを見て思わず笑ってしまった。ほら、俺くらいの奴はここにもいるじゃないか。

まだ考え込んでいるエイミー少尉に、意地悪な教師のように指を立て、ヒントを口にする。

 

「我々が必要としているのは水中用MSではない。イタリア半島に上陸できるMSだ」

 

そう、何も水陸両用機を準備しなくても、防水処置さえすれば普通のMSでも海は潜れる。

無論運用に制限はかかるが、今回のように奇襲となれば相手の隙を突く分、性能が低くともやり様はある。後は必要な装備を調達するだけだが。

 

「大佐、ジオニック社にアポイントメントが取れました」

 

うちの副官は実に優秀である。

 

 

 

 

「はあ?マリンタイプの装備を再生産して欲しい?」

 

帰ろうとしていたハンス・シュミットを呼び止めたのは、地球からきた一本の通信だった。映っていたのは痩せぎすの不健康そうな男、ここの所営業界隈で聞くようになった、オデッサ鉱山基地司令の大佐その人だった。

 

「ええ、バラストタンクとハイドロジェットを取り敢えずそれぞれ30ずつ、関節部の防水シールも同じだけ欲しいのです」

 

その言葉にハンスは考え込む、用意するのは難しくない。タンクもジェットも下請けに作成してもらったので、本社の製造に負担はかからないし、関節用のシール剤もかなりの量が在庫で残っている。考え込んだのは、ただ販売する以上の金の匂いを感じたからだ。

 

「お売りする事は難しくありません、しかし失礼ながら貴方が本当に望まれているのは、別の物ではありませんか?」

 

 

「かないませんな」

 

そう言うと大佐は自身の計画を口にする。曰く、現行の陸戦機に簡易な防水処置と使い捨ての水中移動装置を付け、海から襲撃できるMSを造りたい。大当たりだとハンスは心の中で喝采をあげる。仮にこれが製品化できれば、現在参入に失敗している水中用MSの分野に食い込める。しかも装備は既に開発済みで、機体そのものも新規に造る必要が無い。しかも使い捨てなら、MSより安価でも多くの販売が見込めるから決して利益で見劣りしない。

 

「是非、是非我が社にお任せください。必ずご期待に添う商品をお届けしましょう」

 

満足そうに大佐がうなずき、通信が切れるのを確認すると、ハンスは大声を上げた。

 

「大至急06Mのスタッフを集めろ!全員だ!」




エイミー少尉の名前にピンとくる人は訓練されたおっさん(偏見)


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第十四話:0079/05/17 マ・クベ(偽)と専用機

今月最後の投稿になります


心地よい陽気が続く今日この頃、皆さんいかがお過ごしですか?こんにちは、俺です。マです。

一昨日連絡したジオニック社のハンスさんから連絡があって、マリンタイプの開発スタッフと、お願いしていた装備を在庫分だけ先に送ってきてくれた。早速最近増設したばかりの第4格納庫で一緒に持ってきた中古のザクⅡに取り付けて楽しんでいらっしゃる。用事のついでに顔出して、機雷対策にワイヤーカッターと既存の火器を運べるコンテナとかあったら便利だねー、なんて言ったら握手を求められた。はっは、褒めても何も出ないぞう?あ、これPXで使えるカードです。いえ、賄賂とかじゃ無いです、心付け、心付けですよー。

さて、何で今日は格納庫にいるかって言うと、ついに出来ちゃったからである。

 

「お待ちしておりました、大佐」

 

そう言って迎えてくれたのは第4整備中隊の整備班長を務めている中尉だった。以前強請っていた整備員の増員に伴って、第1~第3の補充人員と共にグラナダから遙々来てくれたいい人だ。

 

「出迎えご苦労、中尉。あれがそうかな?」

 

そう言って視線を向けた先には、ツィマッドが作成したドム試作型が鎮座している。グフ飛行試験型でホバーの稼働データを一気に集められたため、大幅に前倒しして完成したみたいだ。んで、こいつはラベンダーとガンメタルのツートンカラーに塗装されている。もう解るだろう、俺の専用機なのである。

まだ完成してない試作機、それも練習機を専用機に指定したときは司令部の連中に変な顔されたが、おかげでツィマッドに建造予算を付けることで完成が早まったようなので良しとする。ちなみにグフ飛行試験型の開発チームには、ナンデ?ナンデうちのじゃないの?ってハイライト消した目で詰め寄られた。ヤンデレ怖い。フィンガーバルカン取っ払ってから出直してこいって言ったら随分へこんでた、なんでそんなに指バルカンが好きなんだよ、鬼○郎か。

 

「はい、ツィマッドの方にも協力頂き完成致しました。しかしこれは、素晴らしいMSですな」

 

「MSを知り尽くした中尉から言われるなら、正に開発者冥利に尽きるな」

 

「では、早速お試しになりますか?」

 

俺の言葉に興奮した面持ちで搭乗を勧めてくる中尉。あー、うん、シャアとか大義ロンゲとかなら、ここで試してみるか!とか言っちゃうんだろうけど。

 

「その事だがな、中尉」

 

「はい」

 

「私はMSに乗れんぞ?」

 

今、俺はこの空間を支配したね。だって目の前の整備班の皆さんや、少し向こうで様子を窺ってたジオニックの皆さん。キャットウォークとかでこっちを見物してた兵隊さん達がみんな揃って、え、マジで?って顔で絶句してるもん。

うん、言いたいことは解る。解るけど無理だよ?…今は。

 

「期待させて済まない。だがMSの搭乗時間が合計100時間に満たない私が、今これを扱うのは無理だ」

 

俺の言葉に落胆しつつも納得する皆さん。だよねー搭乗時間100時間以下とか学徒兵並だもん。

 

「だが、約束しよう。私は必ずこの機体に相応しい人間になってみせる」

 

それだけ言って敬礼した後きびすを返す。ふ、マ・クベはクールに去るぜ。そして約束はした、約束はしたが、期日は言っていない…つまり、そういう事!

MS搭乗という死亡フラグをへし折った俺は上機嫌に格納庫を後にした。

 

 

のが、昨日のこと。俺は再び格納庫に来ている。何故って?どうしても見せたい物があるって、整備班の皆さんが言うからだよ。

 

「お忙しい所、お時間いただき有り難うございます、大佐」

 

「いや、良くやってくれている諸君らの要望だ、足を運ぶくらいどうと言うことは無い。それで、中尉。見せたい物があるとのことだが?」

 

「はい!あちらになります」

 

そう言って連れて行かれたのは格納庫の端っこ。そこには見知った機材が置かれていた。

 

「…何故、ここにMSシミュレーターが?」

 

実はこのシミュレーター、オデッサにも何機かある。パイロットの訓練で実機を使うには数が足りないので、これで代用しているのだ、まあ、もっぱら暇つぶしの対戦ゲーム扱いだが。けど、全部シミュレーションルームに置いておいたと思ったけど。

 

「先日の大佐のお言葉、感動致しました。整備班一同、大佐のお役に立てればと奮起致しました!」

 

うわぁ、すっごい良い笑顔。これ、拒否れない奴ですわ。

 

「大佐用に準備致しました。存分にお使いください!」

 

頬が引きつるのを自覚しつつも、俺は頷く以外の選択肢を持たなかった。どうしてこうなった!?

 

「早速お試しください。手前味噌ですが、良く出来ています」

 

断れない雰囲気に、色々と諦めてシミュレーターに乗り込む。士官学校のパイロット課程以来だから、ざっと2年、いや3年ぶり?中のレイアウトは変わってない…いや、ジョイスティックがちょっと変わってるか?でも大した差はないな。あ、統合整備計画のせいか!?

ツィマッドさん頑張ったんだなぁ。

そんなことを考えながら、もたもたとシートベルトを着ける。古い記憶を引っ張り出しながら、何とかシミュレーターを機動させた。

 

「APU、チェック。Cd、チェック。フューエルライン、チェック。…」

 

教え込まれた手順で各項目をチェックしていく、案外覚えてるんだなぁ、やっぱ頭のいい人は記憶力もいいのかなぁ。

 

「…オールチェック、オールグリーン、エンジンコンタクト。スタートアップ」

 

声と同時に、シミュレーターが僅かに揺れる。士官学校の時は設定が宇宙だったのでそれに比べると少し機体の動きが重い。ここまで再現するとか宇宙世紀凄いなぁ。

 

「テストシーケンス1、スタート」

 

戦場の絆の超豪華版っぽくて段々興奮してきた俺は、ノリノリでチュートリアルを進める。単純な前進、後退、左右旋回、移動。使ってみて思うのは、考えていたより操作が簡単だという事だった。後で聞いたら膨大な実戦データが集まったおかげでMSのOS自体が大幅に改善されているらしい。ただ、この時はそんな事知らなかったので、もしかして秘めた才能とか開花しちゃった?実は俺TUEEEEE主人公だった!?とか思いながらノリノリで遊ぶのだった。

 

 

 

 

「凄いな、本当に100時間以下なのか?」

 

航空機が飛べば飛ぶだけ様々な状況を経験し、それに対応した技術を身につけられるのに対し、配属されてしまえば宇宙のみ、地上のみと周囲環境の変化に乏しいMSは、搭乗時間数だけでは技能を評価できないことは事実である。OS自体も更新されているから、ブランクを埋めるくらいには扱いやすくなっているだろう。だがそれでも100時間以下となれば、そもそも機体を起動させるだけでもたつくし、操縦ももっとぎこちないものだ。動作は大体荒っぽくなるか、逆に出力を絞り過ぎて鈍くなるのだが、大佐の動きは機体の規定値にぴったりと当てはまる。ここまで合わせられるのは、テストパイロットでもそうはいない。

感心していると、同じく横でモニタリングしていた曹長が、眉間にしわを寄せているのに気づいて、中尉は声を掛けた。

 

「どうした、何かトラブルか?」

 

「いえ、そうでは無いのですが」

 

「では何だ?」

 

歯に物が挟まったような口ぶりにもう一度訊ねると、曹長は疑問を口にした。

 

「大佐は搭乗時間100時間以下、と仰っていましたよね?」

 

その言葉に、今更それがなんだと言いかけ、中尉は曹長の言いたいことに気づく。大佐は地上に降りてからMSの操縦を一度もしていない。当然、新型機も。

その事実に、背筋に悪寒が走る。シミュレーターとは言うが、環境設定や機体負荷は完全に現実に則している。つまり、大佐は初めてのMSをほぼ完璧に乗りこなしている。

 

「…ニュータイプ」

 

「え?」

 

思わず口から出た言葉に、曹長がこちらを向く。

 

「いや、何でも無い。忘れてくれ」

 

だが、その言葉は周囲の者の脳裏にしっかりと刻み込まれることになり、暫くしてまことしやかに囁かれるようになる。オデッサの基地司令はニュータイプだと。

 

 

 

 

豪華版戦場の絆、超面白い!

いやあ、死亡フラグの事もあってMSの操縦関連は敬遠してたけど、やっぱりね?心の何処かで引っかかってたんですわ。ガノタとして、折角MS乗れるのに、その機会を捨てちゃうの?って。へへっ、自分に嘘はつけなかったぜ。それによくよく考えればあれじゃない?ドムに乗ってガンダムと戦ったなんて史実には無かったんだから、このままドムを専用機にすればギャン搭乗フラグ折れて、テキサスアボーン回避余裕でしたじゃない?行ける、これはいけるぞ!

なんてテンションでにっこにこしながらシミュレーターから降りれば、なんだか皆さん、随分真剣な目でこちらを見ている。ああ、あれか。シミュレーターの出来とか感想とか求めてる感じかな?

 

「流石だ、中尉。これはとても良い物だ。これからも大いに活用させてもらうよ」

 

あ、でもずっとソロだと飽きるかも。

 

「ただ、一つだけわがままを言わせて貰えれば、他のシミュレーターと繋げて模擬戦が出来るようにして欲しい」

 

「はっ!承知致しました!」

 

軍人のお手本のような敬礼に、俺も笑顔で返礼し格納庫を後にする。いやあ、良い物もらっちゃったなぁ。後で整備班の皆さんには何か差し入れしておこう。

なんて、上機嫌だったのが昨日のこと。今俺は奇妙な書類と対峙している。

 

健康診断のお知らせ

 

…なんぞこれ?




ゲーム感覚でMS操縦できるとか正にチート主人公ですね!


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第十五話:0079/05/19 マ・クベ(偽)はニュータイプか

4月分です


トンネルを抜けるとそこはHLV発射場でした。

急に送られてきた健康診断のお知らせを片手に基地の医務室に行ったら、ここじゃ無いって先生が言う。え、ここ以外基地に医療施設無いよ?って聞き返したら、無言で天井を指された。

そんな訳でただいま衛星軌道でHLV回収部隊との合流待ちです。丁度良く打ち上げる便があったからって、レアメタルと一緒に基地司令を梱包するのは如何なものか。

30分ほど地球は青かった…とかブツブツとガガーリンごっこをしているうちにHLVが僅かに揺れ、通信パネルに着信が入った。

 

「お疲れ様です、大佐。久し振りの宇宙は如何ですか?」

 

映っていたのは回収部隊の確かジャック・スワローとかいう大尉だ。気密を確認した俺はヘルメットを脱いで挨拶する。

 

「出迎え感謝するよ、大尉。やはり宇宙は良いな、重しが取れた気分だよ」

 

ぶっちゃけ主観で言えば初宇宙なのであるが、何処か懐かしい感じを受けるのは、やはり体がマさんだからだろうか。そんなやりとりをしつつ、いざムサイに乗艦したら何故かスーツにサングラスなMIB風お兄さんに両脇を固められ、速攻でコムサイに移された。え、何事?

 

「大佐はサイド6にあります医療施設にて精密検査を受けるように、とのキシリア少将からのご指示です」

 

サイド6?なんでわざわざそんなところに?しかもキシリア様から直々に?心当たりはあれなあれだけど、でもあの機関はまだ設立されてないはずじゃ。

混乱しているうちに船旅は順調に進み、やって参りましたサイド6はパルダコロニー。これあれですわ、絶対フラナガン的な奴ですわ。

そう言えば今月頭くらいに、敵の弾めっちゃ避ける奴とかいたらリスト作って送れって命令書来てたな。あれ、ニュータイプ機関設立の為の検体集めだったんか…でも何で俺が呼ばれてるんだ?

 

「お初にお目にかかります、マ・クベ大佐。私はフラナガン・ロムと言います。以後お見知り置きを」

 

そう言って握手を求めてきたおっさんは、ゲームなどで良く見知ったDr.フラナガンその人だった。

 

「よろしく、Dr.フラナガン。早速だが検査とやらを進めてくれないか?こう見えてそれなりに忙しい身でね」

 

正直、ジオン優勢のこの時期にあれこれやっておきたいんだよね。大体、俺絶対オールドタイプだから調べるだけ無駄だし。まあ、上からのご命令ですから?拒否はしないけどさ。

そんな訳で、怪しさ満点のDr.フラナガンにホイホイついていっちゃうと、廊下の先から何やら言い争う声がする。視線を送れば、どうやら姉妹っぽい女の子のちっさい方が研究員らしい人にまくし立てているようだ。

ん?なんで姉妹って判るのかって?だって二人とも髪の色が一緒なんだもん。目の覚めるようなビビッドピンク、宇宙世紀の毛髪はどうなってんの?と思ったけど自分の毛も地毛で紫だったわ。いや、どうなってんだよ。

 

「Dr.フラナガン、あれは何かな」

 

またかよ、みたいな顔で別の通路へ行こうとする博士につい声を掛けてしまう。

 

「彼女たちはここの患者なのですが、よく治療を拒否してああして騒ぐのですよ。いつものことです」

 

ほーん。

 

「成程、いつもの事ですか」

 

話は終わりと踵を返す博士を無視して、騒いでいる人物達に近づく。慌てた様子で博士が追いかけてくるが、マさんそこは腐っても軍人。追いつかれる前に目的地に到着した。

 

「何をしているか」

 

不機嫌を隠さない声音で声を掛ければ、言い争っていた双方が驚いた様子でこちらを見た。

 

「お嬢さん、ここは医療施設だ。無闇に騒ぐものでは無いよ」

 

そう言えば、ちっさい方が憎悪を湛えた瞳でこちらを睨む。一方で助かったという顔をしている職員に俺は視線を送り注意を促す。

 

「見たところ、お姉さんの治療に妹さんが反対していると言う所かな?家族への十分な説明と不安の解消はスタッフとして当然の配慮だと思うが?」

 

「治療なんかじゃ無いわ!」

 

職員が何かを言う前に、目の前のちっさいのが噛みついてくる。

 

「マレーネ姉様は何処も悪くない!なのに薬とか変な機械に掛けられて、いつもぐったりして帰ってくるのよ!」

 

「ハマーン、私は大丈夫だから」

 

瞳一杯に涙を溜めている妹を諭すように姉が口を開く。うん、やっぱりそうだと思ったけど、実際に名前を聞くと動揺するね!

 

「と、言っているが?」

 

「…現在おこなっている治療は、ご本人にもすこし負担のある処置です。ですが本人の了解は得ています」

 

「私の体だって弄る、いやだって言っても止めてくれないわ!」

 

言葉だけ聞いてると完全に事案ですわ。

 

「だ、そうだが?治療行為にかこつけて一体何をしているのかね?」

 

「わ、私たちはいかがわしい事など一切していない!そもそもこれはキシリア少将のご指示で…」

 

「ならば君はキシリア様の名の下に、この子らに苦痛を与えていると。発言には気をつけるべきだな。その物言いはキシリア様の顔に泥を塗るに等しい行為だ」

 

「大佐、その辺りで」

 

顔を真っ赤にして今にもつかみかかってきそうな職員を制するように、俺の後ろから博士が声を掛けてきた。ち、今日の所はこのへんにしちゃる。でも覚えとけ、後で絶対赤いロリコン送りつけちゃるけんな!

深呼吸して気分を落ち着かせた後、少しかがんでちっさいのに視線を合わせる。泣かない彼女は、とても強い子だ。

 

「強い子だな、そして誰かの為に怒ることが出来る、優しい子だ。だが、無謀でもある。世界は君だけで抱えられるほど軽くは無い。大事なものを守りたいと思うなら、時には誰かを頼る事も覚えなさい」

 

おっちゃんなんて、頼って助けられてばっかりだ。

そう、胸の内で付け加えながら、メモ帳に連絡先を書き、身につけていたスカーフと一緒に渡す。

 

「とりあえず、頼る先その一だ。辛くなったらいつでも連絡したまえ、力になろう」

 

 

 

 

そう言うと大佐は立ち上がり、博士に案内を促した。少女達は少し落ち着いたのか、黙って職員の後についていく。それを見送ってフラナガン・ロムは小さく溜息をつくと、静かに待っていた大佐に口を開いた。

 

「困ります、大佐」

 

キシリア少将の覚えめでたい大佐のことだ、大凡この施設の意味を理解しているだろう。それは先ほどの職員とのやりとりからでも推察できた。だとしたら、彼女たちに施している実験の意義も十分理解していると思うのだが。

 

(女に甘い気障男か、結構だが研究の邪魔は困る)

 

大局より自身の矜恃に拘る男、そう評価を下方修正したところで、こちらを見ていた大佐と目が合う。その目はまるで虫か何かを見ているようで、自然とフラナガンは萎縮した。

 

「なあ、Dr.フラナガン。この施設について大体の想像はついている。その上で忠告だ。もっと上手くやりたまえ」

 

「上手く…」

 

「君たち学者の悪い癖だ。彼女たちを喋るモルモットくらいに考えているんだろう?今更直せとは言わん、直せるとも思えないしな。だがせめて、モルモットが気分良く実験に付き合える程度には配慮したまえ」

 

嫌々付き合うのと、進んで協力するの、良い結果が出るのはどちらか明白だろう。それだけ言うと、大佐は黙って再度案内を促す。

フラナガンは、あれだけ労る言葉を掛けながら、その少女がモルモットとして扱われることを許容するこの大佐に、言いようのない恐怖を覚えるのだった。

 

 

 

 

簡単な問診の後、体液を色々取られて、なにやら怪しいコードいっぱいの如何にもなヘッドギアを着けられて脳波を測定したら、以上ですお疲れ様でしたって施設から追い出された。この野郎、絶対赤いマザコン送りつけちゃるけんな!

心の中で中指を立てつつ、さて、折角だから観光でもしてこうか、ウラガンにお土産も買わなきゃ、サイド6クッキーとか売ってるかな?なんて考えてたら、またMIBちっくなお兄さんに両脇を固められた。

 

「ガルマ大佐より言伝です。グフⅡの完成パーティーを開くので是非参加して欲しい、とのことです」

 

そう言えば、宇宙に上がる前にグフ飛行試験型デキタヨーって連絡してたっけ。え、パーティーすんの?つうかグフⅡて、もう正式採用気分かよ。

 

「ちなみに聞きたいんだが、辞退とか出来るかね?」

 

「こちらです」

 

質問はあっさり無視され、ずるずると引きずられていく俺。ちょっと!マ・クベ大佐だよ大佐っ!?扱い悪くない!?などと言ってみたがやっぱり無視を決められた。解せぬ。




フラナガン「あ、これは違うわ」


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第十六話:0079/05/19 マ・クベ(偽)と女傑

びっくりするくらいネタがありません。


ジオン向けに開放されている港で、北米行きのシャトルを待ってたら軍艦の団体さんが入ってきた。腹減ったんで買ってきてもらったホットドッグをコーラ(グレープ味)でもぐもぐしながら、何の気無しに入ってきた艦を見る。あ、リリー・マルレーンじゃん、あれ。

接岸と同時にわらわら港湾職員にたかられて、発砲禁止テープを貼られているのを横目に見ながら、食べ終わったゴミを捨てようと立ち上がった瞬間、何故かブリッジに居た人物と目が合った。

否、合った気がしたと言うべきか。何せここからリリー・マルレーンのブリッジまでは200m以上離れている。相手の顔だって良く解らない距離、まして視線なんて言わずもがなだ。

それでも、俺は目が合ったと感じたし、どうも向こうもそう思ったようだ。待ったのはほんの数分。ゴミ箱に食べかすを放り込んだ頃には、黒い長髪の女性士官が目の前に立っていた。

 

「意外ですなあ。大佐のような方はそういった食い物がお嫌いだと思っていましたよ」

 

「男なぞ幾つになってもガキのままだよ少佐。そう考えればこういう物を食べていても不思議じゃ無いだろう?」

 

まあ、本物のマさんは嫌ってたみたいだけどね。

 

「お会いできて光栄です、大佐殿。突撃機動軍隷下511機動艦隊司令代理、シーマ・ガラハウ少佐であります」

 

「こちらこそ、突撃機動軍きっての精鋭である貴官に会えて光栄だ。突撃機動軍隷下地球方面軍欧州方面軍隷下オデッサ基地司令、マ・クベ大佐だ」

 

そう返礼すると、シーマ少佐は何とも言えない表情になった。

 

「精鋭ですか、喜んで良いのか迷う評価ですね」

 

まあ、ジオン内部でも悪名高くなっちゃってる海兵隊だからね。精鋭と言えば聞こえは良いが、それだけ過酷な戦場に投入され続けたという事でもある。美辞麗句の影で良いように使われてきた彼女には複雑な思いを起こす言葉だったようだ。むう、反省。

 

「含むところは無いんだがね。気を悪くしたなら謝罪しよう。すまなかった」

 

俺の言葉に今度は驚いた表情になるシーマ少佐。なにさ、俺が謝るのがそんなに意外かね?そう思いながら頭を上げると、シーマ少佐はバツが悪そうにまくし立てた。

 

「あたしみたいなはみ出し者に、下げて良い頭じゃ無いでしょう」

 

そんなこと言っちゃうのかい?

 

「自らを価値のないと思う者が、本当に価値のない者だ」

 

「は?」

 

唐突な言葉に、間の抜けた表情になるシーマ少佐、中々貴重なカットだ。撮影機材が無いのが悔やまれる。

 

「昔の偉人の言葉さ。人間、自分を小さく評価すればそれ相応の人間になってしまうものだ。少佐、他者の評価がどうであれ、君自身は、自らに誇りを持つべきだ」

 

俺の言葉にみるみる顔を歪ませ、暗い笑いを浮かべる少佐。多分気持ちに余裕が無いんだろうな、傍から見てても不安定だとわかる。

 

「はっ、コロニーに毒ガスを撃ち込んだ何を誇れって言うんだい」

 

「命じられた任務を忠実にこなし成功させた。軍人としてこれほど誇れる事が他にあるのか?少佐」

 

「その結果が今の悪名さね」

 

「そこが勘違いだ。その悪名とやらを背負うべきは命じた指揮官だよ。その為に我々はこんな大層な階級章をぶら下げて、君たちに命令するのだからね」

 

それでも彼女の表情は変わらない。

 

「大佐ほどの方ならご存知でしょう?あれは、私たちが独断でやったことだ、そうなっている。今更何を言っても…」

 

うーん、何言ってんだろ?

 

「それこそ、指揮官が無能の誹りを受けるだけだろう。部下の統制が取れないなど指揮官と呼べるかすら怪しい。まさか、そいつはそんなことも解らないアホなのかね」

 

さらっとディスったら何やら絶句してしまう少佐。丁度良いから言いたいこと言っておこう。

 

「他の誰がなんと言おうが、私にとって君は軍人の鑑だし、君と事をなした部下達は誇るべき精鋭だ」

 

まあ、それに。

 

「仮に、独断でやっていたとしてもだ。指揮官に察知もされず毒ガスを手配し、すり替え、運用出来るだけの工作が出来る人材など、厭うどころか私なら喉から手が出るほど欲しいがね」

 

 

 

 

この男は悪魔だと、シーマ・ガラハウは確信した。

疎まれ、避けられ、時には面罵までされたこともある。どこで狂ったかと言えば、間違いなく、今も夢に見るあの引き金を引いた瞬間だ。

コロニー市民を無差別に殺戮したジオンの面汚し。最初は弁明してみせた。けれど、地位も、金も、コネも無い。庇ったところでうま味の無い自分達の言葉を聞く者なんて一人も居なかったし、まして擁護する者など言わずもがなだ。ならばと被った悪役も、内についた棘で体を心を傷つける。

そんな抜けない棘がかさぶたで固まって、漸く痛みになれてきたその頃に、彼女は出会ってしまった。

 

(この男はなにを言っている?)

 

否定に慣れた頭は理解を拒む。理解してしまったら、もう悪役を纏えない、もう、あの痛みに耐えられない。

それが解らないほど目の前の男は鈍くないはずだ、それでも言葉を続けるのだから、間違いなく、彼は悪魔だ。全てを察した上での肯定は、今の彼女にとって猛毒に等しい。

本当は辛かった。誰かにすがりたかった。何よりも、背負わされた十字架を許して欲しかった。

男は言う。それはお前のものでは無い。お前は許されるべき罪など、最初から背負っていないと。

涙で視界が歪むのを彼女は自覚する。それは、もう悪辣な女傑に二度と戻ることが出来ない証だった。

 

 

 

 

下を向き、肩を震わせ始めたシーマ少佐を見て、完全に言い過ぎたことを自覚する。

やっべえ、超怒ってる。そうだよね、後方でのんびり壺集めてる俺になにが解るって話だよね!

 

「とにかく、私は君たちに含むところはない。もし、何かあれば気軽に訪ねてきたまえ、出来る限りだが力になろう」

 

だから機嫌直してくれないかな。と、視線を送るが、相変わらずの姿勢なシーマ少佐。うーん、なんかそこかしこで軍人怒らせまくってるなぁ、俺。絶対交渉とか向いてないわ。

気まずい沈黙に、耐えかねて視線をさまよわせていたら、MIBの兄ちゃん達がこちらに歩いてくるのが見えた。どうやらシャトルがついたっぽい。なんて僥倖。

あ、そうだ、せめて最後は小粋なジョークくらい言ってフレンドリーさをアピールしておこう!

 

「そうそう、今ウチで海兵向けのMSを作っているんだ。もし良かったら今度乗りに来るといい」

 

海兵隊だけにね!うん、全然上手くねえや。もう完全にやっちゃった空気に耐えられず、そそくさとシャトルへ向かう俺。シーマ少佐に後でお詫びの品送っておかなきゃ。

彼女、いつ頃の壺が好きだと思う?って聞いたら、MIBの兄ちゃんが初めてこっちを向いてなに言ってんだコイツって顔してた。解せぬ。

 

 

 

 

「はは、捨てる神あれば拾う神ありってやつかねぇ。ツキなんて何処に落ちているか解らないもんさ」

 

去って行く大佐を見送った後、ブリッジに戻ってきたシーマ・ガラハウは、明らかに上機嫌な声音でそう言った。久し振りに見る真っ直ぐな笑顔に、部下達も戸惑いつつも何処か浮ついた雰囲気を出し始める。副官を自認する大男が、居ない間に受け取った補給リストを渡しながら、原因を確かめるべく口を開いた。

 

「随分とご気分が宜しいようで。何かあの大佐とあったんですかい?」

 

その言葉に、シーマは目を細める。今までの境遇からすれば無理の無い言葉だ、だが、今後はそうはいかない。不安の芽は早めに摘んでおくべきだと考えた彼女は、それを伝えるべく口を開いた。

 

「口に気をつけな、デトローフ。飼い主には少しでも気に入られる方が良いからね」

 

それが、自分たちを正しく評価し、欲してくれるような相手なのだから尚のことだ。

 

「へ、へえ?」

 

いまいち理解が追いついていない大男は不思議そうな表情を浮かべる。しかし気分が高揚しているシーマは、気にせず言葉を続けた。

 

「シケたアサクラのご機嫌伺いは終わりだよ。もっといい男を見つけたからね」

 

「あの大佐殿がですかい?」

 

不信を顔に貼り付ける部下に、口角を上げながらシーマは言う。

 

「あたしらを丸ごと面倒を見ると言い放つ、中々のお大尽さね」

 

そう言いながら、件の男をシーマは思い出す。切れ者でありながら熱くもあり、それでいてどこか隙のある良く解らない男。けれど、今まで会ってきたどの男よりも好ましいと、シーマは素直に思った。

 

「あれだけ情熱的に誘ったんだ、精々甘えさせて頂きますよ、大佐」




いつからはにゃーんがヒロインになると錯覚していた?


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第十七話:0079/05/20 マ・クベ(偽)と重力戦線

ネット死んでました


「成程、やはり現状のミノフスキークラフトは扱いが難しいようですな」

 

「ええ、概念実証機の建造に入っていますが、やはり出力不足の解決が難しい。現状では実用的な速度で飛ばすだけで精一杯です」

 

晩餐会とか色々無駄じゃね?今晩は、マです。あの後シャトルに乗ってからはあっと言う間で、半日しないでロサンゼルスに到着である。うん、高速シャトルって凄いね、次から宇宙に上がるときは是非あれで送り迎えして欲しい。

んで、着いて早々にガルマ様からお小言頂いた。なんかグフⅡの開発責任者を名義変更しなかったのがご不満らしい。いいじゃん、どうせ責任者なんて名前だけで大した功績でも無いんだから。

どうも先の鹵獲ザクによるゲリラの件も含めて、俺がガルマ様に功績を譲ってると感じているようだ。いや、なんでそうなる?まあ、気になるって言うなら、ちょっと装備とかで融通してよ、具体的には今後のグフⅡ配備に向けてホバー練習機増産させてと頼んだら、なんか釈然としないといった顔で了承してた。あんま気にすんなよ。ハゲるぞ、遺伝的に見て間違いない。

そんな訳で俺より先に運び込まれていたグフⅡを昼間地球方面軍のお偉方の前でデモンストレーションした後、夜に開発記念晩餐会的な場が用意され、現在着飾った皆さんがキャッキャウフフしていらっしゃる。お偉いさんの前だから折角の飯も食えないし、酔っ払う訳にもいかんから酒も飲めない。来てる女の子はまず間違いなく現地企業とかのハニトラなんでお近づきにもなれないと、全然楽しくないので、壁にもたれてソフトドリンクをちびちびやってる…帰っちゃダメかな?

そんなことを考えてたら、目を¥マークにした女の子達にたかられてイケメンが困っていたので助けることにした。

 

「初めましてですね、ギニアス・サハリン少将。お噂はかねがね」

 

空気読まずにずかずか女の子バリヤーに突っ込んでいくと、あからさまに安堵した表情を浮かべるギニアス少将。そういやこの人かーちゃんのせいで軽い女性不信なんだっけか?

 

「これは、名高いマ・クベ大佐に知られているとは光栄だ。貴官とは是非一度話をしたいと思っていたのだ」

 

そんなわけで壁際のソファを陣取って楽しいボーイズトークである。内容は冒頭の通りだが。なんかユーリ少将とかの話を交えたらすっかり意気投合しちゃって、ギニアスさん敬語しゃべりになっちゃってる。立場上頑張って偉そうに喋っているけど、こっちが素らしい。一応俺大佐なんで…って改めるようお願いしたらすっごい悲しそうな顔されたんで、諦めて敬語OKにしてる。傍から見たら俺すっげえ態度悪くない?大丈夫かな?

 

「ここに居たのか、大佐。探したぞ?」

 

そう言って、女性の腰に手を回しながら話しかけてきたのはガルマ様、抱いてるのはイセリナ嬢だったかな?さっきまでテラスの方で乳繰り合っていたのだが、気が済んだらしく双方幸せそうな表情でくっついている。うんリア充もげろ、爆発しろは洒落にならんからNGで。

 

「紹介しよう、グフⅡ開発の功労者にして欧州方面軍の支柱、マ・クベ大佐だ。大佐、彼女は元ロサンゼルス市長エッシェンバッハ氏のご令嬢でイセリナ嬢だ」

 

「初めまして、欧州方面軍隷下オデッサ基地司令を務めております、マ・クベ大佐です」

 

「初めまして、イセリナ・エッシェンバッハと申します」

 

綺麗な会釈に感心する。流石いいとこのお嬢さん。

 

「このようなご令嬢に懸想されているとは、ガルマ様は幸せ者ですな」

 

「た、大佐!」

 

慌てるガルマ様に対して、嬉しそうなイセリナ嬢。ほんと、戦争中でなければ心から祝福したい。そんな気持ちで見て居たら、でも私怒ってるんです、的な表情でイセリナ嬢が口を開いた。

 

「でも、ここの所ガルマ様ったらお仕事ばかりで…ちっともお相手してくれませんの」

 

あれ、なんか嫌な予感。

 

「きっと、私よりお仕事の方が大事なんだわ」

 

うわ、初めてナマで聞いた、その台詞。

 

「そんなことは無い!君と一緒になれるなら私はジオンだって捨てる覚悟だ!」

 

「まあ、ガルマ様…」

 

そう言って抱き合う二人、自分たちの世界にはもう少し人気の無いところで入ってくれませんかね?

半眼で眺めていたら、赤い顔で咳払いしつつガルマ様が口を開いた。

 

「わ、私の事は置いておいて、マ大佐。話したいことがあるんだ、少し良いかな?」

 

ギニアス少将に視線を向ければ静かに頷いてくれた。うーん、大人の対応。

 

「はい、こちらでお伺いしても?」

 

「いや、人目が少ない方が良いな」

 

「では、あちらのテラスにでも。君、済まないがガルマ様と大事な話がしたい、テラスの人払いを頼めるかな?」

 

近くに居た警備の兵に頼むと、俺とガルマ様は連れだってテラスに出た。少し肌寒い風が、会場の熱気に当てられた体に心地よい。

 

「ガルマ様、お話とは?」

 

黙って外を見つめているガルマ様に声を掛ける。待ったのは一瞬、振り返ったガルマ様は真剣な面持ちで、口を開いた。

 

「正直に答えて欲しい。大佐、ボクは将の器か?」

 

「何故そのような事を?」

 

なんか怪しい雰囲気なんですけど。

 

「君が色々と功績を譲ってくれるのは、私に実績を付けさせようという姉上の心配りでは無いかと思っている。違うか?」

 

そんなん考えてもみなかったわ。びっくりして黙ってたら思い詰めた顔でガルマ様が続ける。

 

「…正直に、忌憚の無い意見を聞かせて欲しい。覚悟は出来ているつもりだ」

 

本当かよ。でもまあ言いたいこともあるし、ここは一つ言っちゃいますか。

 

「では、率直に申し上げさせていただく、ガルマ様は将の器ではありませんな」

 

言い放った言葉に一瞬呆けたあと、ガルマはみるみる顔を赤くし憤怒の形相を作り出した。いや忌憚の無い意見を言えと言うたじゃないか。しかも全然覚悟できてないし。

 

「それは、僕が親の七光りだと言いたいのか」

 

うーん、実に坊や。そらこれならぶっ殺しても大勢に影響ないかもとかシャアも思っちゃうかもしれん。ここは少し活入れるふりして丸め込もう、そうせんと俺今死ぬかもしれん。

 

「では、先ほどのお言葉は如何なお考えで仰られたのか。お答え頂きたい」

 

「先ほどの言葉だと?」

 

考え無しにしゃべってるとかー。

 

「小娘一人のためにジオンを捨てると仰いましたな?」

 

「あ、あれは、その言葉のあやと言うか」

 

「あやであれ本心であれ、その言葉が出たと言うことが既に問題です。解っておいでなのですか、貴方はこの重力戦線の最高責任者なのですよ?」

 

その言葉にはっとした表情になるガルマ様。いやいや、こんな事言われなくても気づいてください・・・無理か。士官学校出て今二十歳だっけ?大学生じゃん、そんな若造に一軍の将の自覚と所作を求めるのは、まあ酷だよね。

 

「望もうと望むまいと、貴方はザビ家の方でありその肩にはジオンの命運が乗っているのです。それを気軽に放棄するなどと言う者に将たる資格はありません」

 

「覚悟が足りなかったことは、認める。しかし私は・・・」

 

続く言葉が無かったのは矜恃か、羞恥か。それは俺には解らなかった。そして、その沈黙から察する事が出来るのは、彼の立場だろう。

ドズルはガルマに期待しているから、表だって対立はしていない、けれど重力戦線の総指揮官といいつつも、その重力戦線は機動軍主導、言ってしまえばキシリア隷下の部隊で行われている。簡単に言っちゃえば今のガルマは精々支店長、それもザビ家的には身内がいることをアピールしたい程度には重要だが、能力重視で選ばんでもいい程度の重要度の支店というわけだ。いやいや、ふざけんな。

 

「ガルマ様、我が国はサイド3が独立した、宇宙に浮かぶ国家です」

 

「いきなりどうした、大佐」

 

「お聞きください。宇宙に住まうが故に、ザビ家のお歴々は大きな勘違いをしておられる」

 

俺の言葉に、訝しげな表情を浮かべながら、ガルマは耳をかたむけている。うん、ここはしっかりと洗脳・・・もとい教育しておこう。

 

「今、我々は地球へと攻め込んでいます。つまり敵の領内で戦争をしております」

 

短期決戦が出来なかった事による泥縄の一手ではあるが、それでも地上に戦線を構築したのは、戦略的に見て極めて正しい。戦争を相手国でやれば、相手の国力に直接被害が出るからだ。だが、宇宙という広大な空間で生き、しかもその大半が無価値な空間で占められているスペースノイドには、どうにもそうした概念が希薄になるようだ。

 

(仮に地球における戦線が失敗して宇宙に撤退しても、それは元に戻っただけ、むしろ今度はこちらのホームグラウンドで存分に戦える)

 

頭が痛いことに将官クラスですらこんな認識を持っているのがゴロゴロ居るのだから始末に負えない。確かに兵站という観点からすれば負担は減る。しかし代わりに被るデメリットが大きすぎるのだ。

何せ自分の領内で戦争をすると言うことは、襲撃されてはまずい生産拠点が脅威にさらされる、最悪その拠点そのものが戦場になるからである。特にそうした拠点以外が極めて無価値な宇宙では、その傾向が尚のこと顕著だろう。

まさかおっさん、宇宙に移民までした世代の人類が総力戦を理解できてないなんて思わなかったよ、しかもその道で食ってるプロの皆さんが!

 

「我々の敗退は、戦場を宇宙に移すことと同義、そして戦場が宇宙になれば、必ず祖国は焼かれるでしょう」

 

何故って、それが総力戦だからだ。相手の国の生産力を奪いきらない限り止まらない、それが俺たちのやっている戦争。コロニー落としからの短期決戦が失敗に終わった今、勝たねば必ずそれは起こる。

 

「今は解らずとも、などと悠長な事は申せません。今すぐ、この瞬間覚悟なさっていただきたい。我々は祖国の剣の切っ先であり、そして最後の盾なのだと」

 

そう言い切ると、ガルマは顔を蒼白にして明らかに目を泳がせた。 我ながら酷なこと言ってるよなぁ。そう思ったらちょっとフォローしたくなった。

 

「ご安心ください。貴方には共に背負うと言ってくれる将兵がおります。彼らと共にあるならば、必ずやこの地に勝利をもたらせるでしょう」

 

それは、とても厳しい道のりではあるが、と心の中で付け加える。それでも少しは心が晴れたのか、ガルマは幾分表情を和らげ息をついた。

 

「解った、大佐、ここに私は誓おう、いかなる困難が来ようとも私は決して逃げ出さずこの務めを全うすると」

 

その言葉に、俺は黙って頭を垂れる、俺も覚悟を決めよう、ただ生き延びるだけの闖入者であり続けることは終わりにしよう。そう決めて顔を上げた先には、一端の男が笑っていた。

 

「ところで、大佐、君も一緒に背負ってくれるのかな?」

 

挑みかかるような言葉に、思わず笑いながら、俺も答えた。

 

「こんななで肩でよければ幾らでも」

 

 

 

 

パーティーに彼を呼んだのは、偶然では無かった。

ここの所姉上とのやりとりの中で増えた名前。扱いにくくなった、と評しながらも、珍しく喜色を含んだ物言いに興味がわいたからだ。

都合よく挙がっていた新装備開発の報告を理由に、わざわざ呼び寄せてみたが、最初は切れる男、と言った程度の感想だった。この程度の男ならそこらにとは言わないが、それでも傑物と称するにはいささか物足りないと感じたのは、やはりあの規格外の友人のせいだろうか。企画したパーティーが無駄になったと思いつつも、久しぶりに会えるイセリナのことを思いそれで相殺と考えた。

まさに節穴と言われても否定できない鑑識眼だ。

パーティーの合間を縫っての逢瀬、彼女の関心を引きたいがため、いや、偽るのは止そう。あのとき私は確かに彼女と暮らせるなら、今の立場など捨ててもいいと考えていた。

その気持ちを彼は正しく見抜いたのだ。

 

故に彼は言う、私は将の器では無いと。

 

自分で聞いておきながら、その評価に憤った。ああ、お前もほかの奴らと同じか。公王の息子、偉大な指導者の弟、身内、それは近しいとしながら、絶対にそれとは違うと告げる言葉。

ただただ生まれだけでこの場に座った男だと、私をそう呼ぶのだな。

怒りに傾く思考に冷や水をかけたのは、続いた彼の言葉だった。更に掛けられる言葉に、血の気が引いていくのを自覚した、それは正しく彼の言葉が理解できたからに他ならない。

成程、確かに私は、まったく将の器では無い。

責務を放り出して己の欲に走る人間が、一体どうして将を名乗れるというのか。

それに今気づけた事は全く僥倖であったし、それを伝えてくれる者と出会えた私は実に恵まれている。

 

成程、姉上が手放しに褒める訳だ。

 

今のジオンは危うい。

兄さん姉さんがなまじ才能があるものだから形にはなっているものの、最近の周囲の反応は2極化している。簡単に言えばザビ家に近づいて甘い汁を吸おうと考えるものと、勘気に触れぬよう貝のように口を閉ざすものだ。

正直これは国をまとめるためにギレン兄さんがダイクン派を中枢から排除したのが原因だが、あれが無ければ今頃ジオン公国は存在せず、最悪あの頃のサイド3首脳陣は片端から適当な理由で投獄されていただろう。そのくらい両派の関係は悪化していたし、解りやすい見せしめに出来る機会を連邦議会が見逃すはずが無いからだ。

経緯はどうあれ、兄さんは独裁者としての振る舞いを必要とされ、それに応えた結果、周囲は自ら望んだ独裁者を恐れ、追従しかしなくなってしまっている。

組織としてこれが健全であるはずが無い。

そんな中で、ザビ家に堂々と文句を言える人材のなんと貴重なことか。

この日私は、重力の底で、久方ぶりに光明を見た気がした。




本作のイセリナ嬢は適度に面倒な子です。ご容赦下さい。


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第十八話:0079/05/22 マ・クベ(偽)と戦車

いつも読んで頂き有り難うございます。


「お久しぶりです、大佐」

 

グフⅡ出来たよパーティーから宇宙経由で帰ってきたら、バルカン半島が一段落したとかでデメジエール少佐が帰ってきてた。大西洋渡るのに一々宇宙経由しなきゃならんとかホント面倒くさい。さっさと制海権と制空権取りたいなぁ。

 

「お帰り、少佐。大活躍だったようだね、叙勲申請が山のように来ているぞ」

 

「機会を与えて頂いてこそです。それに、ここに戻りまして改めて自分が意固地になっていたと実感しました」

 

うん?なんかあったん?寂しそうに笑う少佐が気になって少し聞いてみた。どうやら少佐、戻ってきてみたら演習場で見慣れないMSがいたもんで模擬戦をしたらしい。相手になったのは、自称練習機として目下増産中のドムだった。対戦してみたところ引き分けだったらしいのだが、その内容に思うところがあったらしい。

 

「運動性で始終圧倒され続けました。相手の弾切れを理由に引き分けなんて言われていますが、実戦ならあそこから格闘戦だって出来る。しかも聞けば乗っていたのは転換訓練中の新兵だそうで」

 

ホバーへの転換は始まったばかりのため、実は戦線から抜けても比較的影響の少ない新兵や、ザクⅠを与えられているような戦力評価の低い部隊から順次おこなわれている。ちなみにグフⅡの生産ラインは目下キャリフォルニアにて絶賛準備中であるため、オデッサでは代替として暫くドムを戦闘用に調整して使うことになっている。まあ、調整というのは予算取得の建前で機体は全く一緒なんだが。

そんな訳で少佐は戦闘用で無い練習機に乗った新兵にやり込められたと意気消沈していたようだ。

 

「あの機体相手なら、俺も受け入れることが出来ます。戦場の主役はMSに移ったんだと」

 

どこか憑き物が落ちたような、それでいて寂しげな顔で少佐は呟く。分からんでも無いが、ちょっと諦めるの早くね?

 

「なあ、デメジエール少佐。君の気持ちは解らんでも無い、実際ツィマッドは素晴らしい機体を作ってくれたしな」

 

俺の言葉に黙って頷く少佐。

 

「しかしな、何というか少佐には悪いのだが、今回の敗北はある意味当たり前なのだよ」

 

その言葉に驚きというよりは、裏切られたと言うような悲しみを顔に浮かべる少佐。まって、罪悪感が酷いから最後まで言い訳させて。

 

「考えてみたまえ。バルカンで連邦は少佐達から手痛い教訓を得た。今頃奴らは躍起になってMTを準備しているに違いない。だから、ホバー機転換の訓練内容には対MT戦闘を十分にやらせている。模擬戦の内容は聞いていないが、恐らく執拗に旋回機動で後ろを取られたんじゃないかね?」

 

機体に比べ反動が大きいヒルドルブは速射性能を確保するため、タンク形態では砲が前方にしか撃てなくなる。その弱点を突く戦法を俺自身提案していたのだが。相手の弾切れまで逃げ切るとか、デメジエール少佐ニュータイプなんじゃねえの?

 

「では、俺の敗北は必定だったと?」

 

「そもそも、ヒルドルブは自身より高機動で同等の火力を発揮できる相手との交戦を想定していない。むしろしっかり対策させたのに逃げ切れる方がどうかしているぞ?」

 

その言葉にどこかばつの悪そうに頭をかく少佐。やーい、照れてる照れてる。

 

「それにな、少佐。そんな悟ったふうに身を引かれても困る、まだまだ働いてもらわねば上に啖呵を切ってまで呼んだ甲斐が無いじゃないか。折角、新しい玩具まで用意したというのに」

 

「新しい…まさか、大佐」

 

「対策されたら、こちらだって対策する。兵器などというのはそれの繰り返しだろう?」

 

 

 

 

「MT-05B、兵達の間ではヒルドルブ改、と呼ばれているよ」

 

案内された格納庫に鎮座していたのは、確かにヒルドルブに似た車両だった。

 

「これは…その、大佐」

 

その威容に気圧されつつもデメジエールは口を開く。

 

「どうかな、少佐。ぐっと親しみやすい形になったと、我ながら自負しているんだ」

 

そこには、本来あるはずだった上半身を取り払われ、替わりに砲塔を載せた、巨大な戦車の姿があった。大佐は上機嫌で口を開く。

曰く、以前から主砲を旋回させるためにモビル形態に変形しなければならない事に不満があった。反動を制御仕切れていない上に、必要とされる敵接近時に装甲の脆弱な上半身を露出させねばならない。加えて折角ザクのマニピュレーターを使っているくせに携行火器はマシンガンを片手撃ち、予備マガジンのスペースすら無い。

 

「大体、モビル形態のメリットが気に食わん。砲位置を上げて遠距離で撃ちます?砲を不安定にしておいて精度が必要な長距離射撃をやれだと?」

 

設計当時はデメジエールも稜線射撃の機会が増加すると考え賛同していたものの、実際に地上で使ってみればその機会は殆ど無く、稀にあっても命中が期待できないため、榴弾を使用して61式などを攻撃する場合が殆どであり、曲射で十分対応可能だと判明した。むしろそんな大遠距離でも命中が期待できる相手など陸上戦艦くらいしかおらず、そちらはそんな距離では有効弾が望めないというなんとも残念な結論に至っている。

そうした実績を基に調整という名の再設計を受けたヒルドルブは大幅に仕様変更されていた。

まず、最初に述べたとおり、上半身が無い。代わりに主砲とモノアイは一回り大きな砲塔に納められ、複雑だった変形機構は取り外され、単純なターレットリングに置き換えられている。主砲は駐退機が増設された上で、砲塔には同軸機銃として120ミリマシンガンが装備されている他、連装の機銃塔が追加されている。見慣れない砲だと聞けば、先日送られてきた新兵器の余剰パーツになったビーム砲を転用したという。バズーカ並みの火力を高速かつ連射可能と言うから近接防御として実に心強い。その分マニピュレーターは取り外されてしまっていたので、接近された場合格闘戦が出来ないと言えば、大佐はあっさりと言い放った。

 

「MSと協同するのだから問題無い」

 

そもそも汎用性を求めるのであればMSで良い。ヒルドルブに求められているのは装甲と火力なのだから、それ以外の装備は不要である。とは、大佐の言である。そのためか、ドーザーブレードと、MS用の円匙とかいう愉快な装備が追加され、替わりにショベルアームも撤去されている。

 

「人的資源の少ないジオンの悪い癖だ。マルチロールと言う言葉に踊らされて本質を見誤ってしまっている」

 

大佐に言わせれば、そもそもMTの発端からして考え方が間違っているという。

 

「戦車に歩兵の役までやらせようとすれば、無理が出て当然だろう?」

 

その言葉は、新型MSの登場に諦観を抱いていたデメジエールの思いを木っ端微塵に打ち砕いた。そうだ、俺はここにMSの代わりになりに来たんじゃ無い。MSに出来ないことをやりに来たんだ。そう視界が開ければ、目の前の先祖返りを起こした機体は、成程魅力的な機体だ。

単純かつ分厚い装甲は被弾に強く、仮に損傷しても交換が容易だ。簡素化された機構は内部余裕を生み、その分大出力の機関やペイロードの増加に繋がる。機能の多角性を失ったと言えば聞こえは悪いが、それはつまり搭乗者へ複雑な操作を要求しないと言うことで、負担軽減だけでなく、新兵の練成時間短縮にもなる。そしてこれらを集約すれば、大佐の目論見も見えてくるというものだ。

 

「大佐は、MTの機甲部隊を本気で作るつもりですか」

 

興奮と期待に震える声を必死で押し殺し、デメジエールは大佐へ質問する。

 

「当然だ少佐。MSはまだ歩き出したばかりの未熟な兵科だぞ、対して地球環境はあまりにも過酷だ。灼熱の砂漠、極寒の凍土に、へばりつく泥濘。どれもこれも二本足や繊細な吸排気をもつホバーには過酷な環境だ。それらを踏みしめ戦線を押し上げるには、まだまだMTの力が必要だよ」

 

焚き付けるのが上手い方だ。そう感じデメジエールは苦笑しつつ、せめてもの意趣返しと、生まれ変わった巨狼を見上げながら口を開いた。

 

「しかし、これではMTでは無くただのでかい戦車ですな」

 

「でかい戦車が必要なのだよ。いかんかね?」

 

返ってきたのは満点の回答だった。

 

 

 

 

いやあ、少佐の居ないところで好き勝手に決めて作っちゃったヒルドルブ改だったけど、思っていたより気に入って貰えたみたいだ。実に僥倖。

すっげー乗りたそうにしてたから、一回いっとく?って言ったら速攻で演習場にすっ飛んでった。あれ、絶対ドムリベンジキメるつもりだ。まあ、MSも対MT戦闘、それもトップエースを相手に経験積めるし、デメジエール少佐も今後増大するだろうMSとの戦闘経験をがっつり積めてWin-Winなハズだから温かく見守ろう。ふふ、良い事をした日は気分が良いぜ。

なんて、思いながら増産するならまた格納庫増やさなきゃなー、とかいっそ地下設備も拡張するか?なんて考えながら執務室に戻ったら、ウラガンが困った顔で近づいてきた。なに、何かあったん?

 

「…大佐、先ほどからアサクラ大佐がお待ちです」

 

ウラガンの声に露骨な怒りが混じっている事から、内容は楽しいものじゃないんだろう。とはいえ、居留守を使う訳にもいかんので取り敢えず通信室へ向かう。ご用事なんぞ?

 

「こうしてお会いするのは初めてでしたかな。本日はどのようなご用件ですか、アサクラ大佐」

 

待たせていた分を差し引いても、明らかに嫌悪を滲ませているアサクラ大佐に、自然と口調が慇懃無礼になってしまう。まあいいだろ、アサクラだし。

 

「用件だと、よくもまあぬけぬけと!」

 

憤怒で顔が真っ赤になるアサクラ大佐。はっは、デザインも相まって軍服着たタコみてぇ。

 

「仰っている意味が解りかねる。一体何だというのです?」

 

「惚けるな!シーマ共の事だ!貴様から要請を受けたなどと抜かして勝手に地球に降りたのだぞ!?ご丁寧に転属申請まで出してな!」

 

え、初耳なんだけど。そう思ったところで、そーいえばサイド6で会ったときに力になるよ的な事を言ったのを思い出す。なんだよ、アサクラもうシーマ様に見限られたのかよ。

 

「確かにシーマ少佐と話したがね。必要なら力を貸すとも言ったが…失礼だが大佐、貴官は随分と部下に嫌われているようだ」

 

俺の言葉に赤を通り越して土留色になるアサクラ。うーん実に見ていたくない顔だ。

 

「聞けば随分な扱いだったようじゃないか。私がどうこうではなく、単に貴官が愛想を尽かされただけなのではないかね」

 

「貴様ぁ!本官を侮辱するか!」

 

ドヤ顔で言ってやれば、泡を飛ばして絶叫するアサクラ大佐。うわ、モニターに飛んでる、きたねえなあ。

 

「侮辱など、むしろこれは忠告だよ。部下を使い捨ての道具のように思っているようだが、少し自分の立ち位置も冷静に見つめてみた方が良い、存外体の良い捨て駒に自分も含まれているかもしれんよ?」

 

俺の言葉にあらん限りの罵倒を投げると、アサクラ大佐は一方的に通信を切った。やれやれ、あれで知恵者気取りとは恐れ入る。

アサクラ大佐は親ギレン派にもかかわらず突撃機動軍に籍を置き、大佐という立場にかかわらずコロニー奪取という極秘かつ重要な任務に従事している。加えて史実では決戦兵器であるコロニーレーザーの製造、運用を任されるなど、ギレンの腹心のような扱いだ。

だがしかし、そうだとすれば疑問が残る。まず腹心をキシリア派の突撃機動軍に入れる意図が不明瞭だ。キシリア様の監視や妨害なら、大佐という階級は不足だし、ただ単に手駒を送り込みたいだけなら、腹心を送る必要は無い。

そこから考えられる仮説だが、多分アサクラはギレンにとっての捨て駒なんだろう。キシリア派に送り込んでいるのは、おそらく何かあったときに他の派閥の人間として切り捨てるためだろう。そうであれば、機密になるような重要な任務を任せられるのに、他派閥に組み込まれ、しかも階級が低いことも頷ける。それに…。

 

「感情的で短絡的、かつ自己保身の為には外聞など気にしない。切り捨てても全く痛くない人材だからな」

 

通信の切れたモニターに向かい呟く。悪意だけで向かってくる相手に慈悲をやれるほど、俺は出来た人間ではないのだ。




アサクラ妄想回(誰得)


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第十九話:0079/05/23 マ・クベ(偽)と海兵隊

ちょっと早いですが連休と言うことで。


「いやいや、聞いてはいましたが、見れば見るほど混沌とした基地ですなぁ」

 

アサクラ大佐に罵倒された次の日、滑走路に大量の輸送機が来たというので何事かと見に行ったら、シーマ少佐が良い笑顔で敬礼してた。どうやら艦の乗組員まで全員ごっそり連れてきたらしい。来るの早いし、思い切り良すぎだろう。

 

「来る前には一言いってくれ、少佐。部下に野宿をさせるつもりかね?」

 

そう言いつつ、俺は昨日のキシリア様との会話を思い出していた。

 

 

アサクラ大佐の通信が切れて数分もしないうちに、キシリア様から連絡が入った。今更だけどこんなに頻繁に通信してて防諜とか大丈夫なんだろうか?そんなことを考えながらほいほい出たら、珍しく困り顔に頭まで抱えた姿のキシリア様がモニターに映った。

 

「困ったことをしてくれたな、大佐」

 

私怒ってます、と全力アピールされているキシリア様だが、見た目のせいで今一迫力が無い。むしろその手の人にはご褒美みたいな顔になってらっしゃる。後でコピー取っておこう。

 

「困ったこと、シーマ・ガラハウ少佐の件でありますか」

 

俺の言葉に盛大な溜息で応えるキシリア様。

 

「そうだ。海兵隊を1部隊丸ごと引っ張っていくなど、なにを考えている」

 

幸いにして宇宙は小康状態だったことと、装備は残していったので、グラナダで再編していた連中や本国からの増員で補填だけは出来たらしい。ただ、当然戦力価値が大きく下がってしまったので海兵隊から一般部隊に格下げされたようだ。それも含めて随分アサクラ大佐に噛みつかれたようだ。

 

「欧州侵攻に彼女たちの力が必要だと思いまして。申し訳ありません、事前に話を通しておくべきでした」

 

まさか、勝手に転がり込んできた。なんて言える訳もなく、しょうが無く苦しい言い訳を宣う俺。もう一度溜息をつきながら、半眼でキシリア様が問うてくる。

 

「で、本当のところは何だ?あれは引き入れるにしても厄介な連中だぞ?」

 

汚れ仕事をさせていたという自覚がある分、出来れば切りやすいアサクラの下で使いたいというのがキシリア様の考えなんだろう。この兄弟ほんと兵に対する接し方が極端だよなぁ。

 

「だからです。今までの冷遇があればこそ、ここで厚遇すれば彼女らは忠勇な兵として働いてくれるでしょう。多少の醜聞など比較にならない価値が彼女たちにはあります」

 

「他の部隊で手を打つ気は無いと、彼女ら以外にも海兵隊は居よう」

 

随分歯切れが悪いな。なんか相性悪いとかあったっけ?

 

「それこそ下策です。約束を反故にすれば、彼女たちの忠誠は永遠に失われ、上層部への不信は暴走すら引き起こしかねません」

 

熱心に説得すると、何故か不機嫌になるキシリア様。そんなにシーマ少佐を引き入れたくないのかな?

 

「だが、今いる部隊との軋轢もあろう、そこまでして彼女に拘ることは…」

 

「私が説得致します。もっとも、優秀な部下達です、それ程の労はないでしょう」

 

そう言い切ると、キシリア様は腕を組み鼻を鳴らした。

 

「貴様の考えは良く解った。転属申請は受理しておいてやる、以上だ!」

 

そう言って通信は一方的に切られてしまった。なんか不機嫌みたいだったけど、何だったんだろう?

 

 

「ご命令なら部下に野営準備をさせますが。テントくらいは貸して頂けるんで?」

 

そんなことを考えていたら、楽しそうにシーマ少佐が言うので溜息で答える。

 

「冗談は止してくれ。呼びつけておいて野宿をさせたなど私の沽券に関わる。私が外に寝てでも君たちには屋根付きの場所で寝てもらうぞ」

 

その言葉にころころと笑うシーマ少佐。いや、笑うところじゃないからね?

 

「…この度は、多大なるご配慮、感謝の言葉もございません。私め以下海兵隊総勢2000名、いかようにもお使いください」

 

不意に真面目な顔でそんなことを言ってくるシーマ少佐。見捨てられないよう必死なんだろうな。とりあえずジョークでも言ってリラックスさせよう。

 

「ああ、手間の分は存分に働いてもらうとも。といってもまだ準備が整っていなくてね。暫くは地球と基地の食事に慣れる所から始めてくれたまえ」

 

そう言って笑えば、破顔した敬礼を返してくれた。

 

 

 

 

「君たちにやってもらいたいのは、潜水艦からの強襲上陸だ」

 

施設を案内しながら、大佐は世間話のように任務の内容を伝えてきた。なんでも、簡易改造を施した陸戦用のザクを潜水艦から発進させて、敵地後方を破壊するらしい。成程、効果は絶大だが、万一失敗すれば敵中に良くて孤立、最悪文字通り全滅すらあり得るリスキーな任務だ。それでも、今までの公開すら出来ない非合法な作戦や、アサクラが指示してきた威力偵察に比べれば随分と飲み込みやすい仕事だとシーマ・ガラハウは思った。

 

「艦の方は新型の潜水艦になる。今月末までには2隻は受領出来るはずだから順次慣熟訓練に入って欲しい。ああ、規模は当面6隻で運用予定だ」

 

「そうなりますと、半数ほどは手空きになりますね」

 

シーマの下には現在ザンジバル級1隻、ムサイ級7隻、パプア級2隻分の部下がいる。MSパイロットだけでシーマ自身も含めれば45名になり、2個中隊である18名を潜水部隊に転換しても、半数以上残ることになる。

 

「ここで、人数分のグフⅡやドムが用意出来れば格好もつくのだが、あいにく新型は前線で引っ張りだこでね」

 

受領出来るのは機種転換で余剰するだろうザクかグフになるとのことだった。

 

「出来ればザンジバルだって用意してやりたいのだが、良くてガウだろう。すまないね」

 

その言葉に古巣のリリー・マルレーンを思い出す。良い思い出なんて無かった気がするのだが、それでも愛着が湧いてしまうのは人の性だろうか。

 

「…君が、君たちが失ったものを全て取り返す、などという約束は出来ない。だが、手の届く範囲くらいは何とかしよう、約束だ」

 

つくづく悪い男に引っかかったものだ。シーマはそう思い苦笑する。今まで散々に裏切られてきた自分が、何の保証もない口約束を本気で信じているのだから。

 

 

 

 

一通り案内を終え、執務室に戻る。取り敢えず開設予定だった新鉱山用の宿舎に割り当てたけど、労働者の募集も掛けちゃってるんだよな、工兵部隊にまた頼まなきゃならん。いや、いっそ近所の建設業者使うか?…ダメだろうな、単純労働ならともかく、基地設備を造らせるとかスパイのリスクが高すぎる。盗聴器くらいなら可愛いもんで、爆弾でもしかけられた日には目も当てられない。やっぱり工兵隊に頑張ってもらおう。

 

「ここまでする必要があったのでしょうか?」

 

いつもなら座ると黙って飲み物を出してくれるウラガンが、今日は珍しく苦言を呈してきた。

 

「頼ってきた兵士を無下に出来るほど、私は冷酷にはなれんよ」

 

苦笑しながら答えれば、益々渋面を作るウラガン。なんだよ、ウチの副官も海兵隊嫌い組か?今後一緒にやっていくんだし、なにが嫌なのかちゃんとここで聞いておこう。

 

「なあ、ウラガン。彼女たちは確かに無頼なところがある、それは認めよう。だが貴様がそこまで厭うのが理解できん。彼女達のなにが不満だ?」

 

俺の言葉にウラガンは驚いた表情を作った後、深々とため息を吐いた。

 

「彼女たちの行いを知らぬとは言わせません。ジオンの栄光に泥を塗った張本人達ですよ?」

 

え、まじか。

 

「ウラガン、それは本気で言っているのか?」

 

「無論、作戦であったろう事は承知しております。それでも拒否もせずコロニーにガスを流し込める者など、信ずるに値するとは小官は思えません」

 

いや無理だろ。そもそも少佐達は毒ガスだと知らされていなかった訳だし、事前に知らされたとして、抗命したら最悪その場で殺される可能性だってある。それにだ。

 

「解らんな。なあウラガン。核で吹き飛ばすのと毒ガスで殺すの、そこにどれだけの違いがある?」

 

コロニー落とし用にガスを使われたコロニーは数基あったが、それ以外と言えば避難勧告もなく核攻撃にさらされている。当然住人は断言できるが全滅だ。サイド1なんて残す気が最初から無かったからどのコロニーも酷い有様だったという。心情的には一瞬で死ぬ核より毒ガスの方が残虐に見えるかもしれないが、そんなものは殺した側の主観であって、殺された側にすれば、どちらも理不尽な死だ。そして、核攻撃は練度が必要ない分、一般部隊でも広く使用された方法だ。だと言うのに海兵隊だけ悪人呼ばわりされるのは、いささか不公平じゃないかと俺は思う。まあ、コロニー出身者がより想像しやすい毒ガスに嫌悪感を抱くのは判らないでも無いんだけど。

 

「断言するぞ、自身の故郷であるコロニーを武器に使った時点でジオンに栄光など無い。そしてその作戦を是とし、乗った我々に彼女たちを責められる道理など一つも無い」

 

「しかし」

 

「彼女たちを責めるというのはそういうことだ。手を下したものを責めるならば、それを認めた者も責められる。当然のことだろう」

 

「…大佐は、あれが信じられるのですか?」

 

尚も懐疑の目を向けるウラガンに俺は言い放った。

 

「当然だ。それになウラガン、よく考えてみろ。少佐などと言っても彼女は所詮末端の兵だったのだぞ?しかも上官はあのアサクラだ。任務内容を偽っていた可能性は高いし、仮に伝えていたのなら、拒否した場合彼女らの命はなかっただろう。始めから選択肢のなかった彼女たちに罪をなすりつける者こそ、真に忌むべき者だと思わないか」

 

ウラガンはなにも答えなかった。




皆様良い連休を。


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第二十話:0079/05/27 マ・クベ(偽)と親父

お気に入り登録9000件突破記念投稿。
いつもお付き合い頂き有り難うございます。



海兵隊がオデッサの愉快な仲間達に加わって4日が過ぎた。流石精鋭、1日もすれば重力に慣れて、元気よく訓練中の連中に因縁をつけては模擬戦を繰り返していた。行儀良くしろと言ったのに…なんて呟いて頭を抱えていたシーマ少佐を見て、思わず笑っちゃったら、顔を真っ赤にしてそっぽ向かれてしまった。ごめん、昼のプリンあげるから許してって言ったら、

 

「あたしゃ子供かい!?」

 

って怒って行ってしまった。むう、エビフライの方が好みだったんだろうか。その後どうやら怒りを鎮めるべく模擬戦をしようとしたら、丁度いたデメジエール少佐と鉢合わせたらしく、煽り合い、罵り合い、大人げない模擬戦を経て、昼の食堂では和気藹々と飯を食っていた。ちなみに声を掛けたらクリームコロッケを強奪され、それじゃ俺もとかいってデメジエール少佐にプリン取られた。俺この基地の最高司令官なんですけどぉ!?って切れたら食堂が爆笑の渦に包まれた、解せぬ。

その後、良く解んないが俺のあげますよー、じゃ俺もーって山盛りになったクリームコロッケを食い尽くし執務室に戻ると、ウラガンが呆れた顔で待っていた。

 

「大佐、最近緩みすぎです。少しは威厳を保ってください」

 

「善処はしよう」

 

飯くらいリラックスして食いたいじゃん。厳めしい表情で食ってたら食い物にも失礼というものである。そんな俺の気持ちを察したのか、ウラガンはしょうがねえなコイツ、という表情になりながら報告書を読んでくれた。緊急性高そうなのとか、厄介そうな案件を最近こうしてくれるので、実に政務が捗っている。良い部下に恵まれた俺は幸せだ。これで上司の無茶振りがなければ最高なんだけど。

 

「先日連絡がありました、MS製造ラインの設置に伴う人員受け入れの件ですが、本日先行してジオニックより技術者が派遣されるとのことです」

 

「そうか」

 

グフⅡは最優先生産機体としてキャリフォルニアだけでなく本国でも製造されているのだが、それでも地球方面軍全体の需要は賄いきれていない。そんなわけで、オデッサ基地を本格的に製造拠点にしようぜ!って意見が総司令部で出たらしく、既に出来ているツィマッド社の製造工場を増築、ついでにジオニックも降ろして欧州方面のMS供給はオデッサを中心にやりくりする方針になったそうだ。ちなみに俺の階級は変わらない。責任だけ重くなっていくとか、とんだ罰ゲームである。

また、ついでに増産に対応するために鉱物資源のノルマ増やすね、来月までに今の150%なって指示が来た時は、思わず端末壁に投げつけちゃったね。幸い端っこにひびが入るだけで済んだけど。

 

「まったく、現金なものだな?つい一月前は送れる人員など居ないと言っていたのに」

 

利益が出ると分かればそんなことおくびにも出さず人を送ってくる。まあ、体面気にして送らないと言われるよりは全然マシなので、こっちも大人の対応である。

 

「仕方ありません。ドムの完成度は高く、今は欧州方面軍限定ではありますがかなり好評です。このまま広まれば無理をしてまで手に入れた主力機のシェアを持って行かれてしまいますから、ジオニックも必死でしょう」

 

本当に気持ちに余裕がねえな。

 

「それで、その技術者はいつ到着予定だ?」

 

「15時に予定しております追加のHLVに同乗するとのことでしたが」

 

え、もうすぐじゃん。

 

 

そんな訳で一通り書類に目を通した後、HLV発着場に来た。ウラガンが留守番してくれると言うのでふらふら一人で行こうとしたら、お供くらい連れて行けと注意された結果、キラキラした目で訴えていたエイミー少尉についてきてもらう事にした。

 

「ジオニックの技術者の方って、どんな人なんでしょうか?」

 

歩きがてらそんなことを言うエイミー少尉。実は俺もあんまり知らないんだよね。

 

「ジオニック社の人間とは営業や経営陣としか面識がなくてな。私も想像できないな」

 

ただまあ、国でもトップの企業だし、普通にエリートエリートした人がくるんでないの?ツィマッドやMIPの人達みたく温和な人だと良いなあ。なんて思ったのが悪かったのか、着陸したHLVから降りてきたのは、想像していた人物からかけ離れた容姿だった。年相応に寂しくなった頭頂部、しわの刻まれた顔はふてぶてしくも鋭い眼光を放つ。背は中肉中背、少しくたびれて見えるツナギの上にドカジャンを羽織り、足はまさかのサンダルで固める。首元に引っかけたタオルはそれらを纏めるに相応しい完璧なコーディネート。どこからどう見ても、まさにステレオタイプの町工場のおっちゃんが大地を踏みしめていた。

 

「あっ、お迎えの方ですか?ジオニック社と業務提携しておりますホシオカより参りました、ミオン・ホシオカです!…ほらっ、父ちゃんも挨拶!」

 

横にくっついてきていた、同じく作業着姿(流石にこちらは汚れ一つ無い営業用のものだったが)の女性が元気よく声を掛けてくると同時、中年男の肩を叩く。

 

「…ゲンザブロウ・ホシオカだ」

 

俺を迎えの人呼ばわりしたことに、エイミー少尉が絶句しているが、俺もまた別の意味で絶句していた。

 

「初めまして。突撃機動軍隷下地球方面軍欧州方面軍隷下オデッサ鉱山基地司令、マ・クベ大佐と申します」

 

あかんちょっと震えてきた。ちなみにミオン女史はどうやら俺がどういう人物か理解したらしく顔を青ざめさせている。が、今の俺には気にする余裕はなかった。

 

「ゲンザブロウ・ホシオカ氏、お会いできて光栄です。ミオン女史も、ささ、立ち話も何ですからこちらへ。エイミー少尉、荷物をお持ちしてくれ」

 

俺の予想外の厚遇に唖然とする少尉。案内するべく歩き始めると、慌てて近づいてきて小声で聞いてきた。

 

「あ、あの、マ大佐。あの方達はそんなに凄い人なんですか?」

 

ああ、そうか。普通しらんわな。

 

「ホシオカ氏はあのザクの生みの親だ。ミオン女史はザクのモーションパターンの制作者であり、教導大隊でも使用したシミュレーションのエグザンプル・データも作成している。言ってしまえば全てのMSパイロットの教師、それどころか母と呼べるような人物だ」

 

「あれ、でも、ザクってジオニック社が作ったんじゃないんですか?」

 

「基本設計をした、と言う意味ではジオニックが作ったと言えるな。だが実用レベルに達する機体に仕上げたのはホシオカ氏だ」

 

もし、彼らがいなければMSの性能はもっと低いものとなり、戦争に耐えられなかったかもしれない。あるいは実戦に投入されても、今より遙かにグロい戦果になっていたか。そこまで説明したところで、エイミー少尉が首をかしげた。

 

「んんん?でも、今回のお仕事って製造ラインの立ち上げなのでは?」

 

その辺も知らんよね。

 

「そもそも彼らがMSに関わったのは、核融合炉を持つ作業機のライン試作をジオニックから受注したからだ。その後のザクⅡにも関わっていたはずだから、これほど経験豊富な技師は居ないよ」

 

そんなこんなでウキウキしながら応接室に通して、お茶を出したところで気付く、あれ?ゲンザブロウ氏なんか具合悪そう?

 

「失礼ですがホシオカ氏。お加減が悪いのですか?」

 

「…いや」

 

そう言ったきり黙ってしまう。仕方が無いので説明を求めてミオン女史の方を向けば、何かを言いかけた女史を制して、ゲンザブロウ氏が静かに口を開いた。

 

「俺ぁな、軍人さん。確かに金に目がくらんだってのもあるが、あくまで人類の発展の為にMSを作ったつもりだったんだ」

 

その声にははっきりとした憤りを感じた。ああ、そうか。この人は知らずに人殺しにされてしまったのか。

 

「なあ、解るか?自分が世に出した製品が、何千、何万、いや、何十億の人間を殺したと聞いたときの気持ちが。そんなことに社員を、家族を巻き込んじまった人間の気持ちが。…仕事はする、だが、それ以上はなにも求めねえでくれや」

 

成程、責任感がある、そして自分の作るものに確かなプライドを持つからこその発言だ。

 

「そこまで仰るなら、致し方ありません。ウラガン、シャトルを手配しろ」

 

俺の言葉に訝しがる二人、対して察したウラガンは表情を変えず、エイミー少尉は焦りと動揺で愉快な顔になっている。俺は結論を伝えるべく口を開いた。

 

「嫌ならやって頂かなくて結構。代わりの者に頼みます、どうぞお引き取りください」

 

告げた言葉に、二人の顔は正反対の色になった。ゲンザブロウ氏は真っ赤に、ミオン女史は真っ青に。

 

「仕事はするっつってんだろうが!」

 

胸ぐらを掴む勢いで立ち上がったゲンザブロウ氏がつばを飛ばしながら叫ぶ。だが、ここは俺も引けない。

 

「ええ、ええ。ふて腐れても職人気質の貴方だ、人並みくらいにはやってくれるでしょう。だが、人並みなら他の人で事足りる。態々貴方を使う必要なんて無い」

 

そして、こういうタイプの人間は気分が乗らないときは、どうやっても人並み以上の事はしない。出来ないのでは無く、しないのだ。

 

「降りてきた技師が貴方だと知ったとき、私は柄にもなく神に感謝した。何故か解るか?貴方がこの道において最高の技師だと知っているからだ。だが今の貴方はどうだ?ふて腐れ、倦厭し、おまけに無気力!そんな人間に部下の命を預けられるか!」

 

MSは恐らく、世界で最も乱暴に扱われる精密機器だ。ちょっとの狂い、加工の甘さ、そんなもので簡単に人が死ぬ。それを造る工場をやる気の無い人間なんかに任せられる訳がない。

 

「手前に俺の何が解る!?」

 

「解らないですとも、私は貴方ではない。立場も生き方も違う我々が、言葉も交わさずわかり合うことなど出来るはずが無い。だから私は、今の貴方からしか判断出来ない」

 

そう言い返すと、部屋は沈黙に包まれた。

 

「勘違いしないで頂きたいが、私は貴方達に悪意など持ち合わせていない。ただ、今の貴方達には頼めないと言っているのです」

 

その言葉に、倒れ込むようにソファへ腰を下ろしたゲンザブロウ氏が、打って変わって弱々しい声で返してきた。

 

「買ってくれているのは、解る。けど俺は、俺の造ったものが人を殺すのがどうしようもなく怖いんだ」

 

その言葉にため息を吐く。流石にそのくらいは俺でも想像出来るからだ。

 

「当然ですな、それに恐怖できない人間など、想像力の欠如した欠陥品でしょう」

 

戦争大好きなサイコパスなら違うかもしれんけど。

 

「軍人さん。あんたは怖くないのかい?」

 

怖いよ?

 

「恐ろしいですとも。ですが、ここで止めてどうなります。せめて独立を勝ち取らねば、それこそ我々はただの虐殺者だ」

 

本当に嫌になるね。冷めかけた紅茶を口にしていると、俯いていたゲンザブロウ氏がゆっくりと顔を上げた。

 

「すいません、改めてお願いします。この案件、是非私にやらせて下さい」

 

先ほどまでの何処か世捨て人のような雰囲気は消え、腹の据わった表情でゲンザブロウ氏はそう言い切った。

 

「宜しいので?」

 

多分、ここが彼にとっての分水嶺だ。だからこそ、改めて俺は問うた。

 

「始めたのは誰でも、乗っかったのは俺の意思だ。気に入らねえからって自分だけ逃げるのは筋が通らねえ。せめて自分のケツくらいは拭かんとでしょう」

 

そう言って悲しそうな笑みを浮かべるゲンザブロウ氏。俺は黙って握手を交わした。




嫌がるおっさんに無理矢理…正に鬼畜の所業。


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第二十一話:0079/05/27 マ・クベ(偽)と訓練

平成も終わるので記念に投稿。


握手を交わした後、ゲンザブロウ氏は早速ウラガンに案内され、工兵部隊の隊長と打ち合わせに行った。本格的に基地の規模がでかくなってきたから、連れてきてる設営隊だけじゃ手が回り切らん。守備隊も増強せにゃならんし、後でちょっとお強請りせんといかんな。あ、でもそろそろ連邦が宇宙でちょっかい出してくる頃だっけ。それが終わってからの方がいいかな?

 

「大騒ぎでしたなぁ、大佐。今宜しいか?」

 

そう言いながら入ってきたのは、何故か秘書官用制服を着たシーマ少佐である。アップに纏めた髪といい、眼鏡でも掛けさせればそのままキャリアウーマンと言っても通じそうだ。

 

「構わないよ。うん?少佐その服はどうしたんだ?」

 

「デメジエール少佐に階級に相応しい格好をしろと注意されましてね、PXに行きましたらこれしかなかったんですよ」

 

着の身着のままで夜逃げしたもんで。と俺の質問に苦笑しながら答えるシーマ少佐、そう言えば持ってきてた荷物みんな精々バッグ一個分くらいだったなぁ。

 

「そうか、よく似合っている。他の隊員の必要分も纏めてくれたまえ、後で支給しよう」

 

そう言うと、キョトンとした顔になるシーマ少佐。ふっ、油断だな、その顔録画させてもらう。

 

「古い言葉に、衣服の乱れは心の乱れと言うのがある。その理屈で行けば、お仕着せを着せておけば気持ちも整うやもしれん。良い機会だし、実証試験といこう」

 

俺の言葉に、ころころと笑うシーマ少佐。うんうん、人間やっぱり笑いながら仕事した方が良いね。

 

「承知しました、後で全員に伝えておきます。すみません、本題に移っても?」

 

俺が頷くと、小脇に抱えていたファイルを広げて報告を始めた。

 

「隊の慣熟訓練ですが、上陸班を優先し実施しております。先に選抜しましたが、今後他の隊員の成績も考慮しまして、入れ替えも考えております」

 

妥当だね。

 

「受領予定はザクⅡとのことでしたので、全員一度はそちらで適性を確認します。同時に水中機動の訓練も行いますが、こちらはシミュレーターの準備ができ次第、とのことですので早くて数日後になる予定です」

 

ゴッグもマリナーのデータも使えないからね、仕方ないよね。ちなみにザクフロッガー(仮)のデータはどう取ってるかと言えば、実機を黒海に沈めてみるという荒技で行なっている。数値見るなら実測が一番!とジオニックの面々が言っていたが、テストパイロットが涙目だったのを俺は見逃さなかった、そっとお酒を送っておいたので強く生きて欲しい。

 

「進捗は、大凡順調という所です。まあ我々は重力下での作戦も想定されていましたから当然と言えば当然なんですがね」

 

そう言って彼女は苦笑する。ああ、コロニーへの強襲制圧が海兵隊の主任務だったもんね。

 

「成程、結構だ。他に何か気になることはあるかね?足りないものは?」

 

そう言うと顎に手を当てて考え始める。いきなり給料足りんとかは勘弁してね?

 

「足りない、と言えば。あの新型、ドムでしたか。あれとやっていてザクでは火力が足りないと感じましたね。バズーカは当てにくいですし、マシンガンは火力が足りない。まあ、現状白兵戦で対応出来ていますが」

 

ん?今さらっと変なこと言わんかったか?

 

「待て、少佐。今なんと言った?」

 

「はい、ですからマシンガンでは火力が足りないと…」

 

「その後だ、ドムに白兵戦を挑んだのか?」

 

俺の質問に意味が解らないという表情で少佐は返事をした。

 

「はい、射撃をしつつ接近して来ますので」

 

なんてこったい…。

 

「た、大佐?お加減でも悪いので?」

 

思わず頭を抱えてしまった俺に、少し狼狽しながら声を掛けてくれるシーマ少佐。大丈夫だ、俺の体は、問題無い。

 

「すまないが、少佐。少し時間はあるだろうか?」

 

ちょっと、お勉強させなきゃいかん。

 

 

そんなわけで、シーマ少佐と仲良くシミュレータールームに到着である。適当に誰か対戦相手を見繕っといてって頼んだら、何故か少佐自らパイロットスーツに着替えてやる気マンマンである。しかも、ついでにできる限りの基地のパイロットに声かけといてって言っておいたらシミュレータールームはすし詰め、それどころか隣の会議室とかにシミュレーターの映像を流せるようにして、基地に居る待機中のパイロット全員が集められている。公開処刑じゃねえか。

正直腰が引けたが、ここまで大事にしてやっぱ無しとか言えないので、精一杯虚勢を張ってシーマ少佐に話しかけた。

 

「大事になってしまってすまないな、少佐」

 

「いえいえ、大佐も何かお考えがあるのでしょう?精一杯お相手を務めさせて頂きますよ」

 

うわ、玩具見つけた猫みたいな顔になってる。まあ、一流のパイロット相手に三流が粘るところを見せれば、かなりインパクトはあるし良い啓蒙になるだろう。

 

「では、よろしく頼む」

 

「はい、けれど宜しいので?ここには大佐の機体のデータが入っていませんが?」

 

「うん?ああ、問題無いよ。さあ、始めよう」

 

専用つってもあれ、塗装以外量産機と一緒なんだよね。

 

「っ!承知しました。海兵隊の腕、存分にご賞味くださいな!」

 

なんか、急に怒り始めた。俺、なんかしちゃったかな?

 

 

 

 

「問題無いよ。さあ、始めよう」

 

気負いもなく言う大佐に、シーマ・ガラハウはプライドを強く刺激された。

地上に降りて4日。決して長い時間ではないが、その間部下の訓練を見つつ、自身も地上戦に対応するべく準備をしてきた。新型機との模擬戦だって、最初こそその速度差に戸惑ったが、ただの1度だって土を付けられていない。その事を知った上で、あの大佐は言い放ったのだ。相手をするのに自分の機体を持ち出すまでもないと。

パイロットなんて人種は多少の差はあれど皆自信家で、自分が最も優れたパイロットであると考えている。だからシーマも大佐のその態度に、遊んでやろう位の気持ちから、少し恥をかかせるくらい良いかもしれない。と考えを改める程度にはプライドを傷つけられていた。

故に、シミュレーションが始まってからの状況は、彼女を存分に苛立たせていた。

ドムの運動性と装甲は非常に脅威だ。マシンガンは至近距離でなければ効果が無いし、バズーカは当てようにも高速で回避されてしまう。おまけに一気に距離を詰められる速度は熟練したシーマであっても武装の切り替えを見誤ればひやりとさせられる場面もあった。

そのため、ザクに乗った海兵隊員の基本戦術は、ドムが弾切れを起こすまで粘り、焦れて白兵戦に持ち込んだ所で仕留める。と言うものだったのだが。

 

「チョロチョロ逃げ回って!」

 

撃ち尽くしてしまったマガジンを取り替えながらシーマは悪態をついた。開始から5分程が経過しているが、未だに弾をかすらせてすらいない。大佐の動きは言葉にしてしまえば簡単だ。こちらの有効射程外の距離を保ち、じりじりと削ってくる。

装備は同じ120ミリマシンガンと280ミリバズーカだが、双方の装甲差によって生じる不均等を上手く利用しているのだ。狙おうとすれば必然足が鈍り、少しでも止まれば相手はマシンガンを撃ってくる。適当な射撃ではあるが当たれば損傷を免れない以上、回避を強要され、回避後の硬直を狙い澄ましたようにバズーカが襲ってくる。このバズーカを撃たせないため回避後に強引な射撃を行なうので徒に弾を消費し、マシンガンは既に最後のマガジンになっていた。

距離を詰めたくても速度差でそれも叶わない。一見すれば消極的な戦い方だが、ことMS同士での戦いであれば、これ程厄介な戦い方もないだろう。常に受け身に回らざるを得ず、緊張を強いられ続けるこの戦いは、パイロットの消耗も激しい。

結果、マシンガンを撃ち尽くし、バズーカを止められなくなったシーマは撃ち込まれた6発目を躱しきれず脚部を損傷。続く7発目が直撃し、見事に戦死判定を賜ることになった。

 

 

 

 

バズーカ弾遅ぇ!マシンガン使いづれぇ!

シミュレーターで何とか辛勝したものの、課題が多く見つかる結果になった。

最初はMS教本に載ってる、とにかく敵艦へ突っ込め!肉薄!って内容に従って突っ込んでるのかと思って、何してんだよと頭を抱えたが、これは納得ですわ。弾全然当たらねえ。

まずバズーカ。弾速が遅すぎて話にならない。停止目標ならある程度期待できるけど、動き回ってるMSとかマジ無理。マシンガンの有効範囲外からだと射撃されたの見てから回避余裕でしたが本気で出来る。しかも大気の影響をもろ受けるから弾道が安定しねぇ、これはキツイ。

んで、マシンガン。威力は悪くないけど、弾頭重量で稼いでるせいでこっちも弾道が悪く弾速も遅め、加えて反動を抑えるために発射サイクルまで低いから修正射撃で無駄に弾を使う。しかも1発あたりのサイズがでかいから携行弾数も少ない。おかげで咄嗟の牽制にも制圧射撃にも使いにくい、中々に産廃な性能である。

そもそもこいつらそれぞれ対艦用と対戦闘機用で作られてんじゃねえのかよ。なんで方向性統一してんだよ、そこは一緒にする意味何もねえだろ。

今回のシミュレーションみたいに悠長に1対1かつ時間無制限!とかならのんびり攻撃出来るけど、そら実戦想定したら短期決戦挑みたくなるわ。

しっかしマシンガンはともかく、バズーカはどうすんべ。これ速度弾頭に依存してるから下手すると強度問題とか出て丸ごと作り直しだぞ?ジャイアントバズ(仮)はどうにかなるけど…、280ミリの方は順次予備行きかなあ、それまでマゼラトップ砲でも増産して凌ぐしかないかな?マシンガンの方は取り敢えず本体を改良しつつMMPー80の早期開発かなあ。

しかしこれは恥ずかしいな、ドヤ顔してお手本見せちゃる!みたいなアトモスフィアで完全にマの空回り、しかも全員視聴の公開プレイ、出てって笑われるならともかく痛々しいものを見る目で見られたら…当分執務室に引き籠もらざるをえない。

そんな覚悟を決めつつシミュレーターから出てみれば、皆が真剣な顔で討論してた。おっと放置プレイは想定外だぜ。

 

「あー、一応。これが私の考えているドムの運用だ。問題点も多いと思う。出来れば参考の一助になれば嬉しい」

 

それだけ言ってそそくさと場を後にする。後日、シーマ少佐から何が何でもドムが欲しいとお強請りされた。が、頑張るから睨まないでつかあさい。




Q:ドム乗りはなぜあんなに突っ込んでくるのか?
A:多分ジェットストリームアタック症候群


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第二十二話:0079/05/28 マ・クベ(偽)と補給線

令和という元号がしっくりきません。
平成の時も同じ事言ってましたが。


模擬戦から1日が過ぎ、俺は昨日考えた火器の改善提案を関係各所に送りつけていた。ゲンザブロウ氏を受け入れた段階でオデッサは鉱山基地から正式に生産拠点に格上げされたので、これもちゃんとした業務の一環になった。おかげで突撃宇宙軍司令部付きの参謀連中から鉱物掘らないで何してんの、暇なの?馬鹿なの?みたいな厭味が減ったのは、非常に喜ばしい。仕事は倍以上になったがな!

 

「大佐、ジオニック並びにツィマッドへの提案書の決定稿になります。ご確認下さい」

 

「助かる、ウラガン」

 

ちなみに改善提案に関しては、火力崇拝者であるタカミ中尉に思ったことをふわっと伝えると、具体的な提案書にしてくれるという、極めて俺に優しい作成手順が出来ている。ただし油断すると、お前は一体何と戦うつもりだ?と言いたくなるような超兵器を提案してくるので最終チェックは欠かせない。

 

「マシンガンはヘビーバレル化と銃身の延長、ショートリコイル化。それと可能であれば装薬の増加。バズーカは単純に推進薬を増やした改良弾頭の生産か。無難だな、宜しい各社に送ってくれ」

 

そう言ってサインをした書類をウラガンに返す。おお、なんか司令っぽい。

 

「それから、MS部隊の各指揮官より昨日のシミュレーションデータを全員へ閲覧可能にして欲しいとのことです。同じ要望が技術部からも挙がっております」

 

技術部はこれまでバラバラだった各社からの出向組の皆さんを纏めて1つの部署にしたものだ。どうもアッザムの一件以来、連帯感が出来たらしく積極的に意見交換するためにもどうせなら1つに統合されようぜって意見が出たそうな。もっとも軍に引っこ抜く訳にはいかないので、立場的には今までと変わらないのだが。ただ資材の請求は通しやすくなったせいで、一部の連中が趣味に走っているからちょっと注意が必要だ。

 

「…あれをか。いや、うん、見たいと言うなら許可する」

 

そこまでさらし者にしなくても良いじゃないと思ってしまうが。

内容が良いか悪いかは別として、教材として使えるというのなら俺の恥くらい安いものだ。

 

「承知しました。もう一件、鉱山開設の進捗ですが、第114及び第115鉱山基地の開設が遅れています。鉱山作業者が募集員数に達しておりません」

 

114と115は鉱山採掘増産指令に伴って、新たに開設中の鉱山だ。一月で10個近く採掘基地増やすとか、どっかの地球外炭素系土木機械も真っ青なブラックぶりである。

 

「仕方ないな、募集範囲を拡大する。まだ旧ロシアの方には人が居るかもしれん。それと開設までは他の鉱山基地に増産を指示しろ、ノルマ超過分については特別報酬を出す」

 

そうため息を吐きながら増産指示の書類を作っていると、窓がビリビリと振動した。

 

「ウラガン、基地上空はもっと高度を取るように注意しておけ」

 

窓の外では、量産化へ向けての最終調整、という名目でドップⅡが楽しそうにアグレッサーのドップを追いかけ回していた。結局Mig1.44ベースの機体になったそれは、俺の常識からは少々外れた愉快な運動を見せながら、あっと言う間にドップを撃墜してしまう。うんうん、良く出来てる。これなら開発完了報告しても大丈夫だろう。

 

「失礼します。技術部より連絡です。第4格納庫へ搬入しましたアッザムですが、午後より艤装を開始するとのことです!」

 

元気よく入ってきたエイミー少尉が大きな声で報告してくれる。視線を送ると何故か少尉も秘書官向けの服を着ていた。なに、それ流行ってんの?

 

「報告有り難う、少尉。艤装中の作業内容についても全てデータとして残すよう言っておいてくれ。特にトラブル関係は重点的にな。可能であれば経験の浅い者を入れ、作業の疑問点ややりにくかった作業についても洗い出してくれると嬉しい」

 

量産するとは思えないけど一応ね。稼働データも取れたらギニアス少将にも送ってあげよう。アプサラス様が早くできれば戦局もかなり変わりそうだし。どう考えてもあれチート兵器だもんなあ。しかし、急な要請だったのに、連絡してきた期日通りに送ってくるとか、キャリフォルニアの製造部の方には感謝しかないな、ちゃんとお礼言っとこう、そうしよう。

 

 

なんて思ったのがつい1時間前。今俺は何故かジオンのスカーフェイスゴリラ、もといドズル・ザビ中将とお見合いをしている。キシリア様やガルマ様が同じ遺伝子で出来てるとか本気で信じられないんだけど。あっちはあんなに劇的ビフォーアフターなのに、何でこっちは史実を忠実に再現してるんだよ、めっちゃ怖いわ!

 

「先日は、世話になったな」

 

は?なんのこっちゃ。

 

「…マレーネの件だ。無理をしていたのを止めたと聞いた」

 

「ああ、はい。少々行き過ぎていると感じましたので。ご息災でしたら何よりです」

 

ハマーン様から連絡無かったからすっかり忘れてたわ。そういやマレーネさんはドズル中将の侍従のふりしたお妾さんだったっけ?ちっくしょう、なんでこの顔面凶器が美人に人気あるんだよ、人柄?人柄か?ギャップ萌えの類いなのか?

 

「ああ、ハマーンもあれ以来良く笑うそうだ。感謝する」

 

何だろう、昔彼女の家で初めて会った親父さんがめっちゃ脳裏にちらつくんだけど。多分あのしかめっ面と嫌そうな口ぶりのせいだな。

 

「勿体ないお言葉です。それで、失礼ですがドズル閣下、本日は如何様なご用件でしょうか?」

 

そもそも俺はガルマ様に用事があって連絡したはずなんだ。そしたらお礼言うのもそこそこにガルマ様がドズル兄さんが大佐に話があるって言ってたと有無を言わさず通信を回されたんだよな。

 

「実はな、近々行われる連邦の大規模な作戦を情報部が捉えた」

 

ああ、なんだっけ。ヘリオン作戦だったかな。忠告しようと思ってたけど、普通に察知してるじゃん。やるな情報部!

 

「申し訳ありません、閣下。私は宇宙で動かせる戦力を持っておりませんので、お力添えは難しいかと」

 

俺の言葉に、太い笑みを浮かべるドズル閣下、笑っても怖いってある意味才能だと思う。

 

「ガルマの言う通り良い耳をしている。そうだ、連中どうやら宇宙で仕掛けてくるらしい」

 

「狙うとすれば軌道上の制宙権でしょうな、地球方面軍にとって完全なアキレス腱です」

 

それを聞いたドズル閣下は、渋い顔になる。

 

「現状の戦力であれば、ルナツーの残存戦力全てを相手にしても勝つことは出来る。出来るが」

 

軌道上で戦うなら、純粋な戦力の潰し合いになる。未だにルウムの損失を補填出来ていない宇宙攻撃軍にとっては、非常に厳しい戦いになるだろう。

 

「失礼ですが、キシリア様へ支援要請をなさっては?」

 

そう言えば、ドズル閣下は首を振りながらため息を吐いた。

 

「恥ずかしい話になるが、こちらの部隊は自分たちの統制だけでも手一杯というのが現状でな。別の指揮系統が入った場合どんな混乱を起こすか想像もつかん、それでキシリアの所のパイロットまで失っては目も当てられん」

 

はて、そうなると俺にお願いしたい事って何じゃろか?

 

「…今度の戦い自体はこちらで始末を付ける。問題はその後よ、貴様には宇宙攻撃軍の再建に力を貸して欲しい」

 

は?何言ってんの?

 

「吝かではありませんが、閣下。その、そう言った事は総司令部の管轄では?」

 

少なくとも一方面軍の基地司令に直接要請するような事じゃないと思うんですけど。そう考えて質問してみれば、不機嫌さを隠さない顔で閣下は吐き捨てた。

 

「その総司令部に任せていたから今回のようなことになった!連中そのまま数を戻せば良いとだけ考えおって。兵士の質の低下や敵がこちらの戦術に対策してくるなど一切考慮しておらん!しかもその数すら戻せんでは戦いようが無いわ!」

 

言っている内にテンションが上がってきたのか青筋を浮かべるドズル閣下。たまってる、ってヤツかな?だからって俺に直接相談とか横紙破りも甚だしいと思う。まあ考えるくらいは良いけど。

しかしどうしたもんか。MSパイロットの質の低下はどうしようもない。何せ前線で不足する分速成で育てざるをえず、数を確保しようとすればするほどその傾向は強くなる。そうなると方法としては限られてくるよなあ。

 

「例えば、解決方法としては、少数でも多数に匹敵する高性能機による数的負荷の削減。あるいは現状と互角の戦闘力を持ちながら、より未熟なパイロットでも扱える機体の開発…後は現在二線化している戦力の見直しでしょうか?」

 

俺の言葉に、ゲンドースタイルを取り続きを促すドズル閣下、いやそんな、大したこと言わないですよ?

 

「1つ目は単純ですが、パイロットへの負担が大きくなる分、根本的解決は望めません。2つ目もこれが出来るならそもそも総司令部が送ってきているでしょう。で、あれば取れるのは既存戦力の見直ししかないかと」

 

「だが大佐。見直しと言ってもMSと艦を除けば後は精々戦闘艇や突撃艇だぞ?」

 

開戦当初、資源的な問題から生産能力の大半をMSに割いた分。これらの兵器は旧式だったり、コスト重視で質は求められていない。加えて搭乗員は大抵MSへの転換訓練に落ちた所謂落ち零れ扱いなので、部隊そのものが評価が低いのだ。だが、逆に言えば開戦当初からの練度を維持した部隊が多く残っていると言う意味でもあり、地上から鉱物資源を獲得することで生産に関して余裕が出来ている現状であれば、これらを更新し戦力化することは一定の価値があるのではないかと俺は思う。

 

「存外、そう言う価値の無さそうなものにこそ、現状を打破するきっかけがあると小官は愚考致します」

 

ヒルドルブだってそうだったじゃん?

 

「…成程な、では大佐。よろしく頼むぞ」

 

そう重々しく頷いて通信を切るドズル閣下、あれ?もしかしなくてもしくじった!?




皆大好きなあの子がアップを始めました。


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第二十三話:0079/05/28 マ・クベ(偽)と残念MA

連休最後の投稿になります。


「その、災難だったな。大佐」

 

暫く頭を抱えていたが、当然事態が好転する訳もないので、取り敢えず上司に相談することにした。ただし、流石にキシリア様だと軍同士の軋轢になりかねないと思ったので、双方が甘いガルマ様にチクる。

 

「ドズル閣下の仰ることは十分理解できるのですが」

 

「繋いだのは私だしな。姉上には上手く言っておこう。兄さんにも今後は姉上をちゃんと通すよう注意しておく」

 

「ご配慮有り難うございます」

 

先日の一件以来、ガルマ様は後方での執務に注力することが多くなっている。直轄にしていた部隊の幾つかも他の部隊に割り当てて、自身で戦果を上げるよりも、北米戦線全体が安定することに尽力しているようだ。おかげで最近は親の七光り、なんて言うヤツは殆ど居なくなり、どちらかと言えば虎の子はやはり虎、なんてゴマ擂る奴らが増えたらしい。先日苦笑しながらそんなことを言っていた。

 

「それで、大佐。今回の件についても断ることも出来るが、どうする?」

 

本音から言えば断りたい、すっごい断りたい。けど補給線の防衛を一手に引き受けている宇宙攻撃軍に弱体化されるのは、死んでも避けたい事柄なのである。

 

「言った手前というものもございます。それに断って補給線の維持に支障が出るなどと言うことになれば、それこそ兵達に顔向けできません」

 

ある程度考えてはいるしね。俺の表情から何か悟ったのか、楽しそうな表情に変わったガルマ様が問うてきた。

 

「大佐がそう言う顔をするときは、決まって我が軍に良いことがある。教えてくれ大佐、今度は何を思いついたんだ?」

 

「いつもの再利用でございますよ。つきましては、ガルマ様に骨を折って頂きたいのですが」

 

そう言えば、苦笑交じりにガルマ様は了承の言葉を口にする。

 

「補給線の事となればこちらも他人事ではないからな。それで?私は何を用意すれば良い?」

 

直ぐ動いてくれる上司って本当に素敵だと思う。

 

「では、そちらの倉庫で埃を被っている試作MAを開発スタッフごと送って頂きたい」

 

 

 

 

相変わらず妙なものを欲しがる男だと、ガルマ・ザビは内心苦笑しつつ了承の言葉を口にした。指定されたMAは開発計画の最初期に設計されたもので、性能不足から繰り返し再設計されたものの、要求を満たせなかったことから、搭載している拡散メガ粒子砲のテスト後に廃棄が決まっている機体だった。

 

「正直、あれはMAとしては性能不足だと思うのだが」

 

そう言えば笑いながら大佐は肯定した。

 

「そうでしょうな、しかし突撃艇として見れば、破格の性能だと思いませんか?」

 

「それはそうだが、調達コストが違いすぎるだろう?」

 

比較的高額のジッコでさえ、件のMAに比べれば十分の一以下だ。

 

「逆ですよ、その程度の価格でMSに代わる戦力が調達できるのです」

 

その言葉に、ガルマはつい渋い顔になってしまう。確かに現状、攻撃艇や突撃艇は数合わせくらいの価値しかなく、戦闘に用いれば手酷い損害を被ることは間違いない。確かに価格で言えばMSより割高であるが、これらがMS並の戦力として数えられるようになれば、今後の部隊の補充は随分楽になる。何しろこれらの搭乗員はMSに転科できない人員ばかりなのだから。そうなれば正面戦力不足から促成されているMSパイロットを余裕を持って補充できるようになり、国全体としても人的資源の浪費を抑えられるだろう。

気持ちが揺れ掛けている所に大佐は更に畳みかけてきた。

 

「考えてみて下さい。開戦当初と現在では我が軍の台所事情は変わっております。水や空気、鉱物資源の制限が大きかった当初とは異なり、地上からそれらを送れる分、資材という面での資源は余裕が出来ています。一方で人的資源の補充は絶望的です。我々にとって今最も失えない資源は、人そのものなのですよ」

 

 

 

 

と言う訳で、とりあえずデータだけ先に送ってもらいました、黄色くて丸くて憎い奴。ジオン屈指の色物枠ザクレロ君。アッザムの方が一段落して鼻歌歌ってたジョーイ君を見かけたので、次これベースで宇宙用MA作るよーって言ったら愉快な顔して開発室の方へ走っていった。ははは、ドップの時を思い出すなぁ。

正直最初はアッザム(仮)をベースに宇宙機も調達したいなと考えていたのだが、現段階での製造コストをウラガンに纏めてもらったら、かなりグロイ数字になっていた。うん、ムサイとお値段一緒とかちょっと良く解らない。量産化すれば多少はマシになるとはいえ、流石にそんなもんぽこじゃか作っていたら財布に穴が開いてしまう。おまけに技術者の皆さんが頑張ってくれたおかげで大気圏内運用に特化しすぎていて、仮にベースにしても互換できるパーツは50%くらいだという。それならいっそ安価な別の機体を用意しようと思った訳である。と言う事でガトルとジッコを調べてみたが、双方共に現状で設計限界ギリギリまで性能向上が図られており、これ以上となれば根本的な構造の変更が必要になるらしい。ザク並にするにはどの程度変えないとダメなの?って聞いてみたら、互換できるとしたらコックピットくらいとか返事がきた。それ、完全新型と何も変わらん。じゃあビグロの廉価版ならどうかと思ったんだけど、そもそもビグロがまだできてない。どころか俺がドムとかグフとかヒルドルブとかで予算食ったせいで宇宙用機体の開発は後回しにされてたらしく、どうも史実より開発が遅延しているようだ。ビグロ待ってたら数ヶ月先まで再建着手できん。なので、今あるもので間に合わせようと考えた結果、色物君の出番となった訳である。

まあ、今回は大体やりたいことが決まっているから、それを技術部にお願いする事になる。折角なので要望を纏めるついでにちょっと意見とか聞いてみようとデータをウラガンやエイミー少尉にも見せたら、二人ともこれは酷いって顔でこちらを見てきた。だが残念、マ・クベは引かぬ。

 

「言いたいことは、大体解っているつもりだ」

 

こいつデザインもさることながら運用方法も奇天烈だからなぁ。自分の中でかみ砕けなかったのだろう表情で、エイミー少尉が控えめに口を開いた。

 

「あの、艦隊の防空網に拡散ビーム砲を用いて穴を空ける、と言うのは解るのですが、その後の対艦戦闘をヒートナタにて行なうと言うのは?」

 

「ジオンの技術者はどうも白兵戦信仰の宗教にでもはまっているのだろう、忘れて良い」

 

MSより運動性に劣るMAではあり得ないからね。ウラガンの方は複眼が気になるのか、目を細めたり画面を近づけたり離したりして頻りに目の錯覚を疑っている。すみません、それ本当に複眼なんですよ。

 

「今回のコンセプトは高速、瞬間火力、そして一撃離脱を考えている。複眼式よりもモノアイを複数用意した方が理に適っているな」

 

恐らく拡散ビーム砲の残滓でセンサーに障害が出るのを数で補おうというつもりだったのだろうが、小型になる分センサーの性能は落ちるか、高価になってしまう。そしてそこまで頑張って拡散ビーム砲を搭載する意味があるかと聞かれれば、俺としては首をかしげざるをえないというのが本音だ。

そもそも、俺がこの機体に求めているのは先ほどの台詞に集約される。なのでそこに必要のない装備や機能は出来る限り減らすか限定する方針だ。ガルマ様には大見得切ったもののお値段が安いに越したことはないしな!

 

「防空網への対処は散弾砲で代替する。その分空いたスペースを利用してジェネレーターをアッザムと同じものにして、タカミ中尉の設計したメガ粒子砲を可能であれば連装で装備。出来ればパイロンを追加して対艦ミサイルを2発程度積めると尚よい」

 

確か、統合整備計画のせいでポシャったツィマッドの試作機に搭載予定だったショットガンが開発済みだったはずだから、それを流用する予定だ。高速突入、一撃離脱かつ攻撃目標が敵艦艇であることから、出来れば実弾とビーム両方の攻撃手段は持っていたいし、瞬間火力を考えれば砲門数は多いに越したことはない。まあ、機体のサイズからして2門積めれば御の字だろうけど。

俺の言葉に慌ててメモを取り始めるエイミー少尉。おお、技術部に伝えてくれるんかな?なら折角だし思っている事全部言っちゃおう。

 

「突入するという性質上正面装甲は厚くしたい。運動性についてはある程度諦める、と言うよりは旋回性を犠牲にして加速性を確保する」

 

「それでは被弾率が上がるのでは?」

 

「ある程度は装甲でカバーする。ただし、主砲、副砲クラスは避けられる程度の運動性は確保したい。たしかツィマッドがゴッグの関節に面白い構造を使っていたと思う。あれでメインブースターを連結すればある程度偏向させられるだろう」

 

推進器そのものを振り回せば、元の機体より大分運動性は上がるだろう。後はそうだな。

 

「ついでに牽引用のワイヤーとグリップなどあれば便利かもしれんな」

 

「ワイヤーとグリップですか?」

 

「うん。…唐突だが、ザクⅡのR型は性能は良いのだが配備数が少ない。何故か解るかね?」

 

「高いからでは?」

 

即答するエイミー少尉。うん、正解。

 

「その通り。軍は現状のR型の戦果では大量配備は割に合わんと思っている訳だ」

 

さて、ではR型が何故割に合わないのか?最大の問題はプロペラント容量不足による稼働時間の短さだろう。簡単に言えば推進剤を2倍使うなら、母艦から出撃して帰ってくる行動半径は半分。戦闘中も使うのだから戦える時間も半分、これでは使い勝手が悪いと思われても仕方がないだろう。では何故こんな機体が採用されているかと言えば、このあたりも総司令部の見通しの甘さから来ちゃっていたりする。

総司令部が想定していたMSの主任務は、所謂空母から出撃する航空機の役目だ。当初想定されていた戦闘は作戦に従い決められた地点へ侵攻、戦闘を行なうというものだ。この場合であれば、タイムスケジュールはしっかりと管理されているから、移動の大半を慣性航行に頼っても問題無かった。つまり移動中のプロペラント消費を殆ど考慮しなくて良かったのだ。

ところが、戦争の長期化が確定すると任務ががらりと変わった。大規模かつ綿密なスケジュールのもと行なわれる軍事行動はほぼ無くなり、その分遭遇戦や哨戒に引っかかった敵への緊急展開といったMSを迅速かつ柔軟に展開させる事が多くなった。加えて、当初想定されていたミノフスキー粒子散布下に於ける艦隊戦距離では、思っていたよりも母艦に対する艦砲射撃の脅威度が高いことが、一年戦争初期の連邦艦隊との艦隊戦の戦訓から明らかとなっており、母艦をより後方に下げる必要が生じたことからも、プロペラント消費増大の問題が顕在化してきたのである。

このため、優速であることは評価されたが、練度の低いパイロットではプロペラント管理のシビアなR型は現場から歓迎されなかったのである。ついでに言えばルウムでベテランを多く失った事もこの状況を後押ししている。

さて、そこでだ。ザクレロにサブフライトシステムの真似事をさせたらどうなるだろう?

 

「戦場への行き帰りを気にせず戦えるとすれば、R型の価値は一気に高まる。ザクが急に高性能になれば、面白いことになると思わないかね?」




ザクレロは頑張れる子…ザクレロ?

後イフリートは犠牲になったのだ。


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第二十四話:0079/06/02 マ・クベ(偽)と外人部隊

よく考えたら今週投稿してない事に気付いた。


6月に入り、いよいよイタリア攻略が迫ってきた。シーマ少佐は受領した潜水艦隊の慣熟訓練の為に部下共々セバストポリに移動、デメジエール少佐も陽動のため旧スロベニア首都、リュブリャナに移動している。俺はと言えば指示された鉱物資源の採掘ノルマをこなせなかったため、この二日は報告書と改善内容の書類作成に追われている。いや、一月も無いのに生産量1.5倍になんて出来る訳ねえだろ、って言えたら楽になるんだけどなぁ。

それから昨日、ハマーンちゃんからメールが届いた。困ったら連絡してって言ったので、お礼とかで連絡して良いか迷ってたそうな。スカーフのお返しって薔薇をあしらったブローチも届けられた。男が付けるには少々可愛らしいデザインだが、折角もらったので身につけていたら、ウラガンは妙なものを見る目で、エイミー少尉は物欲しそうに見ていた、やらないよ?

そうそう、アッザム(仮)もこの5日間で大凡組み上がっていて、後は武装の取付けと起動試験を待つ状態だ。パイロットをどうしようか悩んで、海兵隊とかに良い奴居ないかなーってシーマ少佐に聞いたら、すっごい渋い顔で言われた。

 

「能力的には、心当たりがあります。能力的には」

 

なんで二回言った?どんな奴かと聞けば、曰く別の海兵隊に所属している少尉とのこと。優秀だが極めて態度が悪く協調性が低い、おまけに言動に妄言が交じることがある。正直今居る部隊でも持て余していて、近々別の隊に転属させる予定らしい。え、それ本当に大丈夫な人材なの?

 

「言ったとおり能力は一級品なんですよ。他の所と軋轢を生まずに引き入れるとすれば、あれ以上は思いつきません」

 

シーマ少佐がそこまで買っているなら間違いなかろうと言う訳で、早速キシリア様にお強請りしたら、向こうの部隊がすぐ了承したとかで1週間ほどで転属してくる事になった。

ついでにドズル閣下の件について謝罪したら、むしろこちらは苦笑された。

 

「ドズルの兄上は軍政に疎いからな。まあ、あまり出しゃばり過ぎて向こうの連中と変な諍いでも起こさなければ構わん。宇宙攻撃軍が強くなって困ることもないしな、こちらからもある程度便宜を図ろう」

 

あれ、案外仲悪くないのかな?結構この兄弟サツバツしてるイメージなんだけどな。

 

「こちらからも伝えておくことがある。直ぐに指令書も行くと思うが、イタリア半島攻略支援にMS特務遊撃隊を1つそちらに回す。物資の補給を貴様の所に任せたい」

 

「承知しました。それで、到着はいつ頃に?」

 

「2日後の予定だ」

 

いや、もっと早く言ってよ!?なんてことがあった5月末。言われた通り連絡があって、遊撃隊の人達が基地にやってきた。出迎えておいちゃんビビったね。

正直、外人部隊なんて呼ばれて冷遇されているってのは知ってたから、ある程度は酷い状況なんだろうなーって想像してたけど。いや、これは想像以上だわ。

まず移動手段。全部サムソントレーラー。しかも現地の部隊から一々融通してもらっているらしい。どれも懸命に整備したのは解るが、あちこちパーツが欠けていたり、タイヤが足りなかったりと割と酷いことになっている。肝心のMSも3機だけで予備機は無し。こちらも装甲のあちこちがくたびれていて中にはクラックが入っている部分さえある。うん、これは酷い。

 

「これは、態々お出迎え頂き有り難うございます。大佐」

 

「いえ、名将であられる貴官を迎えられ、私こそ光栄です。ダグラス・ローデン大佐」

 

そう言って手を差し出せば、朗らかな笑顔で握り返してくるダグラス大佐。はっはっは、目が笑ってないぞう、このタヌキ親父め。

 

「お疲れでしょう、高級ホテルは無理ですが基地に部屋を用意しました。ひとまずお休み下さい」

 

「感謝します、大佐」

 

一旦別れて執務室に戻ると、俺はため息を吐きながらウラガンに確認した。

 

「ウラガン、確かフロッガーへ改修待ちのザクが何機かあったな?」

 

「調整済みで装備の取り付け待ちが6機、整備済みが3機、整備中が5機であります」

 

俺の言葉にすぐ詳細を答えてくれるウラガン。すげえ、全部覚えてるの?

 

「それと守備隊向けに陳情していたギャロップがあったと思うが」

 

「1機は第2駐機場で点検中、もう1機は明日の補給便で到着予定です。最後の1機は来週の予定ですが」

 

うん、決めた。

 

「整備済みのザク3機とギャロップ2機を遊撃隊に回す。ザクは予備パーツも3機分だ」

 

「宜しいので?」

 

一応確認するウラガンに笑って返す。

 

「折角支援に来てくれた部隊だぞ?装備が不十分で戦えませんなどと言われてみろ、送って下さったキシリア様の面子まで潰しかねん」

 

という建前だ。ダグラス大佐は親ダイクン派だったせいで冷遇されている。本人が優秀なせいで部隊が戦果を挙げれば挙げるだけ危険視されて、より冷遇されるという悪循環。身内で足を引っ張り合いながら戦争するとか、我が祖国は随分余裕のようだ。うーん、片っ端からミサイルに詰めこんでジャブローに撃ち込みたい。

それはさておき、他の遊撃部隊員達も随分と重たい背景を背負い込んでいる。家族を人質にとられていたり、旅行中に故郷を壊滅させられていたり、売春婦の私生児で国籍がなくて強引に軍に入れられたりと、よくもまあ集めたなと言うような訳ありばかりである。このまま冷遇し続けたらそれこそ連邦のスパイに鞍替えしてもおかしくないぞ?

そんな訳で懐柔の意味を込めて飴を用意する。本当はMSもグフⅡやドムを都合したいところだが、相手は文字通り世界中を飛び回っている遊撃部隊。うちでずっと面倒が見られるなら問題無いが、他の戦区に行ったら最悪MSを奪われかねない。良くても新鋭のホバー機の補給は渋られること請け合いである。であるならば、補給が容易なザクⅡの方が都合が良いだろうという判断だ。あとせめて物資は目一杯渡しておこう。ウラガン経由で挙がってきた補給品のリストを片っ端から上方修正してサインしておいたら、警戒心丸出しの顔でダグラス大佐が挨拶に来た。お礼なら別に良いよ?

 

「…格別の配慮、感謝しますマ大佐」

 

「当然の事をしたまでです、お気になさらないで下さい」

 

笑顔で告げたら益々顔が険しくなった。なんだよ、フレンドリィにいこうぜ?暫く見つめ合っていたが、不意にダグラス大佐は溜息を吐いて首を振った。

 

「私も狸を随分やっていますが、貴方の方が一枚上手なようだ。降参です、お答え頂きたい、我々に何をさせるおつもりか?」

 

え?イタリア半島攻略の支援だけど。つうかその辺りの指令は欧州方面軍司令部からもらってんじゃないの?

 

「何をも何も、あなた方にして頂くことは司令部から指令が届いているかと認識していましたが?」

 

「惚けないで頂きたい。私がダイクン派でザビ家から疎まれているのはご存知の筈だ。その私が率いる部隊にこれだけ便宜を図ったと知れれば貴方の立場も悪くなるだろう。そこまでする以上指令以外に何かやらせたい事がある、そう考えるのが自然でしょう?」

 

頭良いとそこまで考えちゃうんだね。

 

「そこまで深い考えはありませんよ。少し恩を売って反感を抑えられたら僥倖、くらいの浅知恵です」

 

正直キシリア閥の中だと俺もう結構微妙な立ち位置だしね!キシリア様が目を掛けてくれてなかったら、とっくに何処かの辺境基地に左遷されてると思う。

 

「解りませんな、冷遇されている我々に恩を売って貴方に何の得があるのです?」

 

ああ、もう面倒くさいなあ。

 

「むしろ優秀な部隊を機能不全にして何の得になるのか教えて頂きたいですな。私に言わせれば政治闘争など壺1つ分の価値もない。そういったことがやりたいのなら独立を勝ち取ってから存分にやられるが宜しい」

 

今はそんなこと言ってる余裕なんて無いでしょうよ。そう視線を送れば、面を食らった表情で息を呑むダグラス大佐。たく、どいつもこいつもお気楽だ。

 

「まだ信じられないと言うならこう考えては?悪辣な基地司令が物資不足やMSの不調を理由に作戦行動が消極的にならないよう、事前に逃げ道を潰したのです。精々渡した物資分暴れて頂きたい」

 

 

 

 

食えない男だ。素直にダグラス・ローデンはそう思った。キシリア少将の懐刀であるこの大佐の事だ。先ほどの言葉は無論本心ではあるまい。

考えられるとすれば、自身に恩を売り、それを足がかりにダイクン派を切り崩す、あるいはダイクン派そのものをキシリア閥に取り込もうという魂胆か。

正直借りは作りたくないが、はっきり言って部隊の方は限界に近い。ここで物資を受け取らないという選択は部隊が苦しくなるだけでなく、MS遊撃部隊は部隊の状況や戦局よりも思想を優先するなどという醜聞に繋がりかねない。そうなれば同じダイクン派からすら距離を置かれる危険がある。今ですら綱渡りの兵站なのだ、そうなれば早晩部隊は壊滅するだろう。

 

(始めから選択の余地のない選択肢か、あくどい事をしてくれる)

 

降参の意味を込めた握手を交わし、形だけの感謝を告げ部隊へ帰ってみれば、そこは既に基地司令の毒牙にかかった後だった。

殆どの隊員が久し振りに手に入った嗜好品を思い思いに堪能しており、主計に至っては陳情を遙かに超えた物資の補給に涙ぐみながらリストを持ってきた兵士に感謝を伝えている。今までの状況が状況だっただけに戸惑っているものも少なからず居るが、殆どは基地司令に好意的な感情を抱いているのは明白だ。

 

「お疲れ様です、大佐」

 

そう声を掛けてきたのは部隊の中核であるMS部隊長のケン・ビーダーシュタット少尉だ。横には秘書官のジェーン・コンティ大尉と整備班長を務めているメイ・カーウィン技術少尉もいる。ケン少尉は困惑顔、ジェーン大尉は眉間にしわを寄せ、メイ少尉は笑顔と反応は様々、その意見も随分と分かれていた。

 

「随分な対応ですが、一体どんな取引をなさったんです?」

 

「マ大佐はキシリア閣下の懐刀です、あまり借りを作るべきではないかと」

 

「ぴっかぴかのザクだよ!それも3機!でもどうせなら新型くれれば良いのにね?」

 

部下の反応を見て、ダグラスはため息を吐く。

 

(悪魔と契約する時の気持ちが分かった気分だ)

 

出来ることなら奪われる魂が自分のものだけである事を。ダグラスはそう願わずにはいられなかった。




流石基地司令!なんたる邪悪!


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第二十五話:0079/06/04 マ・クベ(偽)とエントリィィィィ!

今週も頑張らない。


2台目のギャロップを受領した後、MS遊撃部隊は元気よくアラビア半島に旅立っていった。史実では5月頃に行なっていたはずのスエズ運河攻略を目指したジャベリン作戦に参加するためだ。尤も、今回はイタリア半島を落とすための陽動作戦だから本気で攻撃はしないけど、それでもアフリカと陸路で連絡してしまうのは連邦としてはイヤだろうからそれなりの戦力で妨害してくるだろう。マルタの連邦空軍や地中海艦隊を引きつけてくれる事を密かに期待していたりする。

海兵隊の方は選抜が済んで半数が基地に戻ってきたので、取り敢えずドムへの転換訓練を受けさせることにする。当初はザクかグフの予定だったのだが、ゲンザブロウ氏のおかげで思ったより早くホバー機が充足しそうなので、それならば海兵隊にもホバー回しちゃおうと思った次第だ。後、ザクフロッガーがかなり好評でザクⅡやグフが思ったより余剰しないのも原因だったりする。

ちなみに当のゲンザブロウ氏は色々吹っ切れたのか、ここの所技術部に入り浸って何やら悪巧みをしているらしい、先日覗いたらツィマッド組と悪い笑みを浮かべていた。

さて、そんなこんなありながら、本日はついにアッザムの起動試験である。シーマ少佐から紹介された少尉も昨日着任し、今日の試験に参加する予定だ。流石に降りてきて直ぐだし、少し体を慣らしたら?って言ったら。

 

「慣らすなら動かすのが一番だ」

 

なんて、実にマッチョな答えが返ってきたので壊れない程度に頑張れって返しておいた。出来る限り機体も壊さないで欲しいな。たっかいから。

 

「ジェネレータ起動確認、ミノフスキークラフトへの送電を開始して下さい!」

 

緊張した声音でオペレートをしているのはジョーイ君だ。ほんの少し会話をしただけだが、大凡パイロットの性格を掴んでいるんだろう、左手は常に緊急停止ボタンに掛けられている。

 

「いいですか、ヴェルナー少尉!少しずつ、少しずつですよ!?最初は10%まで…少しって言ってるだろうがぁ!?」

 

甲高い吸気音と共に、明らかにジョーイ君の言っている以上の出力が注ぎ込まれているであろう挙動をするアッザム。屋外だったのが災いし、みるみる高度を上げていく。あれ、今止めたら墜落必至だな。

 

「はっはぁ!エントリィィィ!」

 

ゴキゲンな船出だってやつかな?なんて現実逃避をしている間にみるみる小さくなっていくアッザム。ジョーイ君の悲しい絶叫だけが青い空に響いていた。

 

「随分楽しんだようだな。少尉」

 

ヴェルナー少尉が戻ってきたのはたっぷり2時間後だった。通信を入れても馬鹿笑いが聞こえるだけで返事がないだけでなく、いきなり欧州方面軍総司令部が置かれているブカレスト方向にすっ飛んでいきやがった。当然フライトプランなんて提出してなかったから、オデッサ方面から所属不明の大型機が高速で接近していると防空部隊にスクランブルがかかる事態になってしまった。

大慌てで連絡してなんとか最悪の事態は防げたが、対応したのがよりによってユーリ少将だったもんだから、すっごい悪い笑顔で貸し1つなって言われてしまった。貸しの前に借りを返して頂けませんかね?

 

「なかなか良い機体だ、大佐殿。ただ、一人で操縦するにゃもう少し工夫してもらいたいもんだな」

 

おっと、こやつ何も反省していませんね?

 

「感想と要望はレポートに纏めて技術部に提出したまえ。それとな少尉、言葉遣いを直せとは言わんし、私に敬意を払う必要は無い。しかし軍人である以上、階級には敬意を払うべきだし命令には従え。それが出来んというなら直ぐに軍服を脱いで漁師にでも何でもなるといい、幸い海も近いしね」

 

俺の言葉に顔を強ばらせるヴェルナー少尉。

 

「君は随分とご祖父を尊敬しているようだが、かの御仁は勝手気ままに一人で生きているように見えたかね?君はそんな安っぽい人間に憧れたのかな?」

 

「爺さんは男の中の男だ!孤高の海の男だ!知らねえ奴が知った風に語るんじゃねえ!」

 

「君の願う姿が、今の行動に繋がると言うなら軍は不向きな職場だな。孤独になりたがる人間など軍には必要ない。君が今日乗ったMAだって多くの人間が多大な労力を結集して造り上げたものだ、それを個人の好き勝手にされてはたまらんよ」

 

俺の言葉に歯ぎしりをするヴェルナー少尉。これは駄目かもしれんなぁ。そう思いながらも、言葉を続ける。

 

「人は群れることで多くのことを成し遂げてきた。軍とはその最たるものだ。なあ少尉、もう1度だけ言うぞ。命令には従え」

 

群れは秩序があって、初めて群れとして機能する。そして軍での秩序とは階級であり、そこから発せられる命令だ。それが機能しなければそれは軍ではなく、ただの個人の集まりにすぎない。そして個人の力量で覆る戦争など、もはやおとぎ話の世界の出来事だ。

 

「以上だ、下がって良い。ああ、除隊届は何時でも受けてやる。一度よく考えてみたまえ」

 

ヴェルナー少尉に退室を促した後、そこかしこにお詫びのメールやら付け届けの手配をしていく。まったく、どうにもジオン軍人はそのあたりに妙に寛容な連中が多くて困る。軍人じゃなくて武将とでも名乗った方が良いんじゃないか?そんなことを考えていたら、レポート片手に笑顔のジョーイ君が入ってきた。

 

「本日の試験結果になります。ヴェルナー少尉、アレですけど腕は本物ですね」

 

提出された稼働データは3日くらいかけて録る予定だったものが全て取り終わっていた。まあ、ニュータイプ疑惑すらあるパイロットだからなぁ。

 

「だが、やれることとやって良いことの区別がつかんではな、最悪別のパイロットを選抜する必要がある」

 

なにせあれだけ言ったからなぁ。明日には除隊して黒海で魚穫ってるかもしれん。そう考えてキシリア様になんて謝ろうか考えていたら、ジョーイ君が益々笑みを深くして口を開いた。

 

「それなんですが、さっきヴェルナー少尉が来て俺たちに謝って行きましたよ。あんなに真面目に説教されたのは爺さんの銛を勝手に持ち出したとき以来だって笑ってました」

 

え、どゆこと?

 

「だから多分、あまり心配しなくて良いんじゃないですかね?」

 

 

 

 

ヴェルナー・ホルバインにとって、祖父は理想の男性像であり、目指すべき目標であった。曾祖父は古くから続く漁村の網元で、祖父も父達に呼び寄せられるまでは地球で漁師をしていた。子供の頃、幾度か遊びに行った祖父の家で聞いた武勇伝は今でも諳んじられるし、祖父の持って来た道具は今でも自室に大切に保管している。唯一持ち歩いているのは、お守りにと本人から手渡された銛の穂先だけだ。

 

「爺さんの魂は、まだ海にいる」

 

アルツハイマーを患ったとかで地球の家を引き払い、両親の住むサイド3へ来た祖父の晩年は、隔離された白い部屋で終わった。見舞いに訪れても自分を認識できず、海のことを呟き続ける祖父を見たとき、ヴェルナーはそう考えた。病気になったと告げられる前の最後の漁、そこで鮫に襲われ海に落ちたと言う祖父は、魂を海に残してきたのだ。サイド3の市民権を持ちながらヴェルナーが海兵隊に志願したのも、コロニー国家であるジオンで学のない自分がなんとか海に関わる仕事に就けないか考えた末の事だった。尤も、この選択は完全にアテが外れた訳だが。

そこまで思い返して、脳裏に浮かんだのはこの地に自分を招いた風変わりな大佐のことだ。神経質そうな容姿に反して今までのどの上官よりも寛容な言葉を発した大佐は、同時に最も真摯に叱責もしてきた。

祖父の事を話すたび、どこか腫れ物を扱うように距離を取られていた自分にあそこまでしっかりと向き合って話をしたのは、恐らく両親ですら無かったことだ。そして、大佐の言葉が理解できれば自分が如何に独りよがりであったかが解り、自らの行いを恥じた。

海の男は、孤高であっても孤独ではない。

幼い頃、祖父から聞いた言葉だ。あの頃の自分には不思議な言葉だったが、大佐と話した今なら解る。漁に出れば確かに己の技量と力のみを頼りにする。しかしそれは仕事への向き合い方だけであり、そも、その場にたどり着くまでに多くの人達と繋がり、支えられ、また祖父も支えて立っていたのだ。思い返せば、祖父の家には多くの人が出入りしていて、むしろ孤独とは無縁の人であった。

そんなことも思い出せないくらい、自分は理解されないという環境に甘んじて、いつの間にか殻を作り閉じこもっていたのだろう。

 

「悪い事をしたと思ったら、誠意を持ってしっかり謝る。だったよな、爺さん」

 

 

 

 

翌日、早速ヴェルナー少尉が訪ねて来たので、やっぱり除隊かな、とビクビクしながら会ってみたら、いきなり頭を下げられた。昨日の話で自分が悪いと思ったとのこと。うん、反省して次からちゃんとしてくれたら良いよ。

そう言って正式にアッザムのパイロットに任命したら、目を見開いて驚いていた。いや、そこで何で驚くよ?

 

「あの、自分で言うのもなんだが…ですが、宜しいんで…宜しいのでありますか?」

 

その言葉に思わず苦笑してしまう。

 

「宜しいも何も、元々君を呼んだのはその為だぞ、少尉」

 

それと俺には頑張って言葉遣いを直す必要は無いよ?他のものにはそうはいかんから俺で練習したいってんなら吝かじゃないけども。そう続ければ、少尉は益々変なものを見る目で俺を見てきた。なんだよ、変人だって自覚はあるよ。

 

「何というか、あんた変わってるな。大佐」

 

その言葉につい笑ってしまう。

 

「偉いのはぶら下げている階級章であって私ではないからな。そう思えば嫌な上官にも苦も無く頭を下げられるだろう?自分はこいつに頭を下げているんじゃない、階級章に頭を下げているんだとね」

 

そう言えば釣られてヴェルナー少尉も笑顔になった。

 

「成程、実に理に適った考え方だ。参考にします」

 

こうして正式にパイロットになったヴェルナー少尉の意見で、アッザムは幾つかの小改造が加えられる事になった。具体的にはパイロットが単独でもある程度火器管制が行えるように操作系統を修正、それと背面飛行やロール時などミノフスキークラフトによる揚力補助が受けられない場合における揚力確保の為の補助翼の追加だ。おまけに対地攻撃力がビーム砲一門では不満だと言うことで、底面にパイロンを増設する事になった。

改造に掛かる追加予算申請がされたけど、これで戦果を挙げられなかったら、俺、国民に殺されると思う。

何としてもモノにして戦果を挙げてもらいたい。そう切に願わずにはいられない6月頭、イタリア半島攻略まで後1週間の事だった。




出オチにも程があるタイトル。


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第二十六話:0079/06/09 マ・クベ(偽)のMS教室

お気に入り一万件突破有り難うございます投稿。


イタリア半島攻略作戦、通称トライデント作戦発動まで3日となり、ここオデッサも緊張した空気が漂っている。ウチを拠点としている幾つかの部隊も参加するので、このあたりは仕方の無い事だろう。ところで、三方から攻め込むからトライデント作戦らしいんだけど、そんな名が体を表す作戦名で大丈夫なんだろうか。情報部の防諜に一抹の不安を感じている身としては、もうちょっと解りにくい名前にして欲しいものである。

 

「転換訓練が終わったばかりの205大隊も参加か、全員無事帰ってきて欲しいものだな」

 

確認用のリストを眺めながらそう言えば、エイミー少尉が驚いた顔をしていた。なんぞ?

 

「あ、いえ、その。大佐でもそのようなことを仰るんだなぁと…」

 

何気に失礼なこと言うね、この子。

 

「当然だろう。彼らを一人前にするのに幾ら掛かっていると思う?…と言うことにしておいてくれたまえ、指揮官が見知った兵の死が堪えるなどと知れたら士気に関わる」

 

ドズル中将くらい真っ直ぐな人柄なら素直に好感を抱いて貰えるかもしれんが、マさんはどう見ても陰謀家ムーブなので、気の弱いただの軟弱者としか捉えられないだろう。そんな奴に命を預けて戦うなんてのは、俺だったら嫌だ。

俺の言葉にウラガンとエイミー少尉が微妙な顔で見つめ合っていたが、なにが言いたかったんだろう。つうかなに、いつの間にそんな視線で通じ合う仲になってんの?オフィスラブなの?

なんか微妙な空気を感じたので執務を切り上げて、今日は早めに日課に移ることにした。

 

「今日の書類は終わったようだな、では私はハンガーに行ってくる。何かあったら直ぐ呼び出すように」

 

そう言えば、二人は敬礼で見送ってくれた。執務室を退出するまでは我慢したが、廊下に出たら我慢しきれず俺は早足でハンガーへ向かった。

 

「やあ、中尉。今日も使わせてもらうよ」

 

責任者であるシゲル・チバ中尉にそう声を掛け、いそいそとシミュレーターに併設された簡易更衣室に入った。あれね、パイロットスーツ着て戦場の絆出来るとかもう贅沢の極みだよね。

 

「今日もバッチリです、大佐。存分にお使い下さい」

 

「有り難う、中尉」

 

更衣室から出れば、チェックと立ち上げをしてくれたのだろう、シゲル中尉が良い笑顔でサムズアップしてくる。そういやウチの基地タカミ中尉といいゲンザブロウ氏といいなにげに東洋系が多いな。なんか怪しい力でも働いてるんじゃろか、ガンダムって結構オカルトだし。

そんなしょうも無い事を考えながら敬礼を返しシミュレーターに座れば、早速幾つかのチャンネルが出来ていた。そう、俺の最近の日課は、こうして現職のパイロット達に交じって戦場の絆を楽しむことなのだ。実は随分前からネットワークには繋げてもらっていたが、流石に遊び感覚の俺が居るのは拙いと考え自粛していたのだ。ところが、先日のシーマ少佐との一件以来、むしろ参加して欲しいとの要望が多く来たので、晴れてデビューした次第である。ちなみに現在の戦績はサシなら無敗記録更新中、集団戦はシーマ少佐の率いる海兵隊に3対4で負け越し中、鍛えねば。

 

『お疲れ様です、大佐。宜しければ一手ご指南ください』

 

何処に入ろうか悩んでいたら、向こうから声を掛けられた。ふふふ、私は一向に構わんっ!

 

「承知した、ではシチュエーションはそちらに任せよう。よろしく頼む、トップ少尉」

 

 

 

 

「よう、アス。お前今日も行くだろ?」

 

そうアス・レジネット伍長に声を掛けてきたのは、同時期にドムを受領した同僚の伍長だった。所属している小隊こそ違うが、階級が同じで年も近いこともあり、基地内では良くつるんでいる。女だてらに少尉の隊長と真面目が服を着たような年上の軍曹と、あまり上手くいっていなかった事も無関係ではないが。

 

「おお、今日こそ撃墜だ」

 

実は今基地内では密かにある賭け事が流行っていた。それは、ここの所毎日のようにシミュレーターに参加している基地司令を誰が撃墜するか、というものである。

集団戦の方は既に海兵隊が土を付けているが、その内容は殆どの場合2個小隊以上の戦闘で、制圧や防衛といったシチュエーションでの勝利であり、未だに基地司令は撃墜されていない。おかげで賭け金は随分と貯まっており、撃墜したパイロットにはちょっとしたボーナス並みの報酬が約束されている。そして、撃墜の最有力候補がアス達のようなホバー機への転換組なのであった。

 

(まあ、最近はそんなことどうでも良いんだがな)

 

嘯いては見せたが、少し前からアスは大佐の撃墜にこそ拘るものの、賭け自体はどうでも良くなっていた。その変化は、間違いなくあの初めての対戦以来だろう。

アスは実のところ、未だに実戦を経験していない新兵だ。

降下作戦後の拡張作戦で欠員の出た2083小隊へ補充されたのがアスだ。ルウムからのベテランであるデル軍曹や、降下作戦に従事したトップ少尉とはどこか壁を感じていた頃、あの大佐と少佐の模擬戦を見た。

 

「なんでぇ、海兵隊なんて言ってもだらしねえでやんの」

 

自分ならもっと上手くやれる。薄ら笑いを貼り付けながらそう嘯いていたら、それを証明する機会はすぐ翌日に訪れた。

結果は手も足も出ずに、正しく完敗。後でログを見てみればたった一発のバズーカで仕留められていたと解る。それは、今までアスが持っていたプライドをへし折るには十分すぎる内容だった。

その頃アスは本国でのパイロット課程において、優秀な成績を修めていた。だから重力戦線に配属されたし、回された先もザクⅠや宇宙用を転用したような数合わせではなくJ型を装備した主力だった。

間違いなく、増長していたのだとアスは苦笑交じりに思い返す。部隊で一番状態が良いザクが回されるのは自分が最も戦力として頼りになるからだと考えていたし、不足した分として自機をザクⅠにしたトップ少尉を腕に自信が無いのだと密かに馬鹿にしていた。その後直ぐに隊がホバー機へ転換された時も、自分が優秀だからだと信じていた。

実際には大間違いだった訳だが。

状態が良い機体を優先して回されたのは、自分が未熟で、機体に不具合が出たときにフォロー出来ないから。トップ少尉がザクⅠに乗ったのも連携すればその程度の機体性能差を埋められるという判断から。何のことはない、自分は期待されていたのではなく、お荷物だと認識されていたのだ。それは個人戦の戦闘時間という、言い訳のしようのない結果として表れた。もしあの時、大佐の言葉がなければ自分はどうなっていただろう。

 

「3番機が最もホバーを扱えているが、経験が足りないな」

 

それは対戦後の何気ない感想。

 

「それぞれが、それぞれの足りないところを持っている。良いチームになるな」

 

それを聞いたとき、ふて腐れ掛けていたアスは自分の視界が晴れ渡るような感覚を覚えた。

そうだ、俺は何と戦っているんだ。そう思えば行動は早かった。今までの態度を詫び、トップ少尉に、デル軍曹に教えを請う。自分でも虫の良いことを言っている自覚はあったが、それでも笑って許し、知識や技術を教えてくれる二人に感謝を覚えた。

そうしてみるとそれまで感じていた壁なんてものは自分が勝手に作り上げていた虚構だと解ったし、優秀な二人を素直に尊敬すると同時に、自然と敬意を払うようになった。

変化はそれだけではない。なぜなら今アスは二人にホバー機の動作について教えを請われ、持論を教えているからだ。斜に構えた態度も、虚勢も、まして誰彼構わず粗暴な行動を取る必要も無い。なぜならアスは素晴らしい仲間に恵まれ、そしてその仲間に確かに認められているのだから。

 

 

 

 

そろそろ、1対3はいじめだと気付いて欲しい。

訓練は大抵1小隊単位か個人、多いとどっかの小隊同士の集団に交ぜてもらうのだが、ここの所のトレンドは個人戦だ。なのだが、何故かトップ少尉率いる2083小隊は小隊対俺の対戦を好み、自分たちの持ち分を全てこの形式で要求してくる。ちなみに何故か俺との対戦は人気があるらしく、対戦待ちまで現れ始めたので1小隊につき3回、個人であれば1日1回と限定している。それでも対戦出来ない面子が居るという現状に、少し俺は引いている。

なに、皆そんなに俺のこと撃ちたいの?

 

『ぬぁぁぁ!今日もダメだったぁ!』

 

モニター越しに絶叫しているのはアス伍長だ。トップ少尉の所に配属されている新兵さんだが、相性が良いのかドムの扱いが上手い。初見こそワンショットキルとかキメてやったんだが、ここの所どんどん動きが良くなっている。というか、どうもこの小隊、それぞれ意見交換しながら教え合っているらしく、どんどんクレバーさに磨きが掛かっているのだ。

最初はトップ少尉が指示を出して、アス伍長が好き勝手動いて、デル軍曹がフォローする、みたいなどこにでも居るような小隊だったのだが、最近では全員がトップ少尉並に地形を利用してくるし、アス伍長並にドムを扱っている、それでいて戦闘の駆け引きはデル軍曹のように手慣れてきていると中々始末に負えない。それでも最初は司令塔のトップ少尉を撃破すれば動きが乱れたのだが、ここ数日は指揮官をスイッチするということまでしだしたため、誰を倒しても連携が崩れない。これ、ケッテだけじゃなくロッテの訓練も相当してやがるな。

 

「欲をかいたな、アス伍長。あそこは味方の到着を待ったほうが確実だ」

 

単純な技量だけならそろそろ負けてもおかしくない奴がちらほら居るんだが、さすがはマさんの脳みそ。今回の模擬戦で言えば、バズーカが動作不良を起こしたように見せかけて、それに釣られて踏み込んできたアス機へバズーカを投げつけマシンガンでもろとも撃って爆風に巻き込み、カメラがホワイトアウトしている隙を突いてヒートサーベルで仕留めた。後は装備を奪って背後を取るために別れていたデル軍曹と二人をカバーできるよう高台に移動していたトップ少尉をそれぞれ各個撃破して勝利である。

 

「トップ少尉、気持ちは解らんでもないが狭い高台ではドムの機動性が殺されてしまう。ドムの速度ならギリギリまで待った方が賢明だったな」

 

『あの位置で狙撃し返されるなんて普通は想定しませんよ。と言うよりなんであの距離を初弾で当てられるんですか』

 

苦笑交じりにトップ少尉が反論してきた。ふふん、凄かろう、だが俺の腕ではないぞ。

 

「デル軍曹のマゼラトップ砲は調整が優秀だからな。私じゃなくてもあの砲なら誰でも当てられるだろう」

 

ちなみにマゼラトップ砲はマークスマンライフルの代わりに一部手直しをして運用している。最初は対艦ライフルを使おうと考えていたんだけど、既に地上にも弾薬の製造拠点があって、補充が容易な方が良かろうと思ってこちらにしている。重量があって反動を抑えやすいせいか、ドムパイロットの皆さんにはバズーカより便利と中々に好評である。

 

『お褒め頂き恐縮ですが、それで味方がやられては素直に喜べませんなぁ』

 

笑いながら帽子を脱いで頭をかくデル軍曹。そうね、ちょっとそのあたりは考えないとかも。

 

「うん、今後連邦がMSを投入してくれば、そうした事態も起こりうるな。何か対策できないか技術部に相談してみよう」

 

その後、一言二言交わした後、チャンネルを切ると、次の対戦待ちのコールが即座に鳴り響いた。俺、恨まれたりしてないよな?




何か記念の短いのとかも考えておきます。(書くとは言っていない)
今後ともよろしくお願いします。


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第二十七話:0079/06/12 マ・クベ(偽)と燃える長靴

いつもお読みいただきありがとうございます。
なんか、結構高評価いただいているみたいで、感謝の言葉もありません。
何とか完結できるよう頑張りますので今後ともよろしくお願いいたします。
この先全然ノープランなんですけどね!


「作戦開始1分前、時計合わせ、50、49、48…」

 

緊張から、喉の渇きを覚え水差しに手を伸ばした。いよいよ欧州攻略の大規模作戦、トライデント作戦が始まる。作戦の流れそのものは実に単純。アルプスを北壁にしてイタリア半島を北部の陸路、アドリア海を通り抜ける空路、そして地中海から南端へと上陸する海路の3方向から襲う。イタリア半島を落としたら、陸軍はそのまま西進しニースまでを確保、エクラン国立公園からニースまでに防衛線を構築し、その間に空軍の空爆でマルセイユの港湾機能を停止させる。そしてティレニア海の制海権を奪取している間にバレンシアへ上陸、橋頭堡を築き敵戦力を誘引したところで、ジオンのお家芸であるHLVによる衛星軌道降下で拠点制圧を行なう。この軌道降下にはシーマ少佐が参加を志願してくれた。

 

「ドムの宣伝としてはこれ以上無い舞台でしょう?」

 

つまり部隊分のドム用意しろって事ですねワカリマス。まあ、ドム自体は既に欧州戦線各所に配備されては居るんだが、実は国民向けにはまだ紹介されていない。欧州攻略の決定打とセットとか、さぞかし宣伝省にしてみれば美味しいネタだろう。これでツィマッドの株価でも上がれば一応罪滅ぼしにはなるかもしんない。

イベリア半島、というよりジブラルタルまでを落とすのが今回の作戦だ。いやあ、自分で提案しといてなんだけど、こんな壮大な作戦上手くいくのか不安になってきた。

 

「上手くいくでしょうか?」

 

時計を見つめながらエイミー少尉が呟いた。

 

「その為に準備をしました」

 

端末の資料を確認しながらウラガンが応える。その口調は普段と変わらない、なんて鋼のメンタルなんだ。

 

「物事に絶対はない。だがそれでもあえて言おう、この作戦は必ず成功する」

 

そう俺は言い切った。戦争、というより軍事行動はそもそも戦う前にどれだけ情報を正確に集めたか、そしてそれに従いどれだけ勝つ準備が出来たかで決まる。その意味では、今回の作戦は俺の知識というチートのおかげで史実よりも遙かに充実した状況で迎えられている。史実でも成功していたのだから、はっきり言って今回はイージーモードである…そのはずだ。内心ビクビクしているのだが、ここから先、俺が出来るのは精々物資を滞りなく送るくらいであり、今更オタオタしたところでもうどうにもならない。ならば、不貞不貞しい陰謀家を演じて少しでも周囲の不安を減らすのが俺に出来る最善だろう。

 

「3、2、1…作戦開始!」

 

「始まりましたなぁ」

 

司令室に置かれた自分の机に座って紅茶を楽しんでいたシーマ少佐が目を細めながらそう呟いた。ちっくしょう、俺が言いたかったセリフなのに!

 

「ああ、事前の連絡では地中海艦隊はスエズに張り付いたままだそうだ。デトローフ中尉達には楽をさせてやれそうだよ」

 

「楽をしすぎて鈍らないか心配ですよ」

 

「それは困ったな、幾ら私でも敵を増やすことは出来ないぞ?」

 

「これは凄い発見ですね、大佐にも出来ないことがあったとは」

 

シーマ少佐のおどけた台詞で司令室に笑い声が響いた。流石シーマ様、兵士の扱いを心得ていらっしゃる。

 

「少佐は私をなんだと思っているのかね。それから諸君、笑いたければ堂々と笑いたまえ。作戦は長い、だらけろとは言えないが張り詰めていては保たないぞ?」

 

そう言えば、皆が笑いながら了解の返事と敬礼をしてくれる。俺は本当に部下に恵まれてるなあ。

 

 

 

 

こちらの発言の意図を直ぐに察し、望んだ答えをさらりと言ってのける上司を見て、シーマは思わず頬を緩めた。全く、この大佐は何処までも出来る男だ。先日だって、イベリア半島への降下に使えないかと自分の小隊分のドムを強請ったら、何故か降下する海兵隊全員分のドムが支給された。既にチェックを済ませてHLVに積み込み終わっており、第二段階であるマルセイユ空爆が終わり次第、シーマ自身も乗り込んで軌道上で補給部隊と合流後、ジブラルタルへ再突入を行なう予定だ。

そんなスケジュールを反芻しながら件の大佐へ視線を送れば、しきりに水差しへと手を伸ばして居ることに気がついた。

 

(ははっ、流石に緊張してるかい)

 

人の評判など当てにならないものだ。大佐を見ているとつくづくそうだとシーマは思う。兵の気持ちなど解らない陰険な政治屋気取り。無頼だと言われる自分たちにすら対等に接し、己の不安で兵が動揺しないよう道化すら演じてみせる目の前の男が、どう伝わればそんな評価になるのかシーマは不思議でならなかった。

 

 

 

 

よく考えたら、ここで眺めててもする事ねえな。

水飲んだら少し冷静になってきて気付いてしまった。別に俺が指揮してる訳じゃないし、物資輸送とかの都合上指揮所要員には詰めて貰ってるけど、俺居る意味ねえや。かっこつけた手前どうしようかと悩んで周囲を見回したら、シーマ少佐は面白そうにこっち見てるし、ウラガンは一瞬視線が合ったが直ぐに逸らされた。ヤロウこの事に気付いてたな!?ちなみにエイミー少尉は俺の動きに不思議そうな顔を浮かべている、間違いなくこの子天然だ。

うん、ここに居るくらいなら鉱夫の求人書類でも作ってる方が遙かに価値があるな。

 

「よし、格好もつけたことだし私は仕事に戻る。ウラガン、すまないがここは任せる」

 

意を決して口にしたら、シーマ少佐が腹を抱えて笑いやがった。やめて!マの心の耐久度はとっくにゼロなのよ!

 

「承知しました」

 

「佐官が一人も居ないのはマズイでしょうから、一応私はここに居ますよ、大佐」

 

まだちょっと笑いながら、紅茶を片手にそう言ってくるシーマ少佐。まあ、なんだかんだ言って自分の手の届かないところで部下が戦っているから心配なんだろう。つくづく姉御肌なシーマ様である。俺は黙って頷いて、そそくさと執務室に逃げ帰るのであった。

 

 

「それで私と世間話ですか?」

 

そう言って画面越しに苦笑しているのはギニアス少将だ。どうでも良いけど完全に敬語で喋っちゃってるけど良いのかな、後で通話ログ聞いたどっかの忠臣職業軍人に襲われたりせんじゃろか。

 

「情報の共有は大事ですよ、少将。それにこれは世間話ではありません、我が軍の貴重な新兵器開発に関する意見交換です」

 

そう言う事にしておいて。そうお願いすれば、苦笑を深めて了承してくれるギニアス少将。ただ、断っておくけど会話の内容は殆ど先日送ったアッザムのデータについての質疑応答なので、俺の言い分もあながち間違ってないと思う。まあ、技術者の会話なんてプライベートでも50%以上仕事の話だから仕方ないね。後は何かって?30%が女の話で20%が趣味の話だな(偏見)

 

「データは拝見しました。いやはや、あの玩具をよくぞあそこまで引き上げたものです」

 

MA開発って事で元のアッザムやザクレロなんかのデータも閲覧済みだったらしく、俺がミノフスキークラフト搭載MAの試験データあげるよーって送ったときは微妙な顔してた。見た後の現在は随分評価が変わったようだが。まあ、稼働時間だけ見ても単独で1日以上の飛行可能、かつ高度10000mでマッハ4とかだから、最初のアレに比べれば随分足が延びたし速くなった。正直ジオン驚異のメカニズムすぎて引いている。

 

「だが、少将の考える到達点にたどり着くことはあの機体では不可能、ですかな?」

 

「敵いませんね」

 

まあ、ちょっと考えれば解るよね。単純な大気圏内での飛行を考えれば、態々ミノフスキークラフトなんて大仰なものは必要ない。しかも浮遊だけで無く推進器にまで使用すると言うのは、はっきり言って無駄である。

では何故そんなものを作るかと言えば、恐らく連邦が思い描いていたシナリオ、つまり宇宙空間を経由する弾道飛行で地球上のあらゆる位置に迎撃不能な速度でメガ粒子砲を送り込もうと言う訳だろう。多分、史実のアレは本当は完成途中で、起動出来る最低限の突貫工事だったんじゃなかろうか。何せあんなもんがふよふよ浮いててもただの良い的になるのが関の山だからだ。そもそもアプサラスⅡまでは高速での飛行試験を主眼にテストされているところを見れば、あの動きは明らかに意図していた運用とは違うだろう。

 

「弾道飛行となればジェットエンジンは使えませんからなぁ」

 

「かといってロケット推進はプロペラントの問題が付きまといます。十分な稼働時間を考えると最低でも巡洋艦クラスのサイズになってしまう」

 

その問題を解決するのが電力供給のみでほぼ無制限の飛行が可能なミノフスキークラフトなんだけども。

 

「雑な方法で良ければ、まあ手がない訳ではないのですが」

 

「雑?」

 

「ええ、仮にの話ですが。浮遊と姿勢制御のみに割り切れば試験機のミノフスキークラフトはどの程度のサイズになりますか?」

 

俺の言葉に少し考え込みながら、真面目に答えてくれるギニアス少将。

 

「それならば現状の半分以下、少なくともアッザムに搭載したものより小型化出来るでしょう」

 

マジか、この天才ちょっと凄すぎない?

 

「であれば、空いた容積にジェネレーターとジェットエンジンを積み込めば大気圏内の飛行はクリアできます」

 

おっと、それはお前のアッザムで解ってるよって顔ですね。まあ待ちなさいな。

 

「ちなみにですがギニアス少将、弾道飛行は連続で行なうのですか?」

 

「いや、そんな予定は…」

 

その否定で気付いた顔になるギニアス少将。ほんと、天才とか話が早くて助かるわ。

 

「ほら、雑な方法でしょう?」

 

そう言えば、苦笑しつつ少将は口を開いた。

 

「確かに。けれど実に現実的だ。正に大佐らしい提案ですね」

 

その言葉につい俺も苦笑してしまう。

 

「褒め言葉として受け取っておきます。では少将、せいぜい連邦に泡を吹かせてやって頂きたい」

 

「完成しましたら必ず貴方にも進呈しますよ。ユーリよりは大事に使ってくれそうですしね」

 

それは確かに、なんて言ってからは和やかな世間話が続き、ポットの紅茶が無くなったころウラガンが重苦しい表情で入室してきた。あ、これ絶対悪い知らせだ。

 

「大佐、友軍第一陣がイタリア半島に侵入致しました。北部の部隊は優勢に事を進めておりますが…」

 

そこまで言って言いよどむウラガン、止めてよ、聞きたくなくなるじゃん!

 

「空挺部隊に甚大な被害が出ているとのことです。ガウの3割が未帰還だそうです」

 

それ、ダメじゃん!




マッハ4は正直やりすぎたかなと思う、けど木馬がマッハ12とか言ってるし許してほしい!
ぜんぶミノフスキーの仕業なんだ。


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第二十八話:0079/06/12 マ・クベ(偽)と攻撃空母

累計UA100万超えちゃったよ投稿。
正直びびっています。


攻撃空母って不思議な名前だよね、攻撃しない空母ってあるんじゃろか?とか現実逃避しても渡された書類の数字は変わらない。出撃したガウ15機の内、実に4機が撃墜され、1機が被弾を告げて撤退したものの、未だ基地に戻っていない。恐らく途中で墜落したか、敵の航空機に墜とされただろうとのこと。実に幸先の悪いスタートである。マルタ島の空軍を完全に押さえ込んで制空権は確保できている筈だったので、この損害は完全に予想外だった。

不幸中の幸いは、どの機体もMSが降下し終えて空荷だったことと、墜落までかなり時間があったので、位置が不明な1機を除き恐らくかなりの人数が脱出しただろうと言うことだ。早速基地から救出部隊が出撃するらしいけど。

 

「ウラガン、救出機は確か…」

 

「はい、ファットアンクルです」

 

絶対ミイラ取りがミイラになるパターンだこれ。

 

「ウラガン、すまないがジョーイ技師とヴェルナー少尉を呼んでくれないか?」

 

「使うのですか?」

 

「全部しっかり整えて送り出したい、と言うのが本音だがね。仕方あるまい」

 

ただ、どちらかが無理だと言ったら諦めて別の方法を考える、そのつもりだったんだけど。

 

 

「問題ねえ」

 

「やりましょう」

 

「やらせて下さい!」

 

なぜか一緒に来たタカミ中尉まで鼻息荒く賛成してきた。え?つうかなんでタカミ中尉が居るの?

 

「アッザムは三人乗りですから。データ収集もかねて私と中尉も同乗してるんですよ」

 

最近報告書がいやに主観的だなあと思ってたらそう言う事か!?

ちなみにヴェルナー少尉がドライバー兼ガンナー、タカミ中尉がコマンダー兼サブガンナー、ジョーイ技師がオペレーター兼サブガンナーなんだって。ちがう、そこは重要じゃ無い。

 

「成程、つまり三人は実戦に耐えうると判断しているのだね?」

 

深く頷く三人に深く呼吸をした後、結論を告げる。

 

「解った。直ぐに出撃準備を。ウラガン、フライトプランを司令部に出しておいてくれ」

 

そう言って立ち上がると全員が怪訝そうな顔をした。どうかしたん?

 

「…失礼ですが。大佐、どちらにお出かけですか?」

 

え?

 

「ジョーイ技師は民間人だぞ?戦場に出す訳にはいかん。ならば一人分何処かから補わねばなるまい?」

 

なに当たり前のこと言ってんのさ。

 

 

 

 

こちらの疑問に対し、何故そんな質問をするのか。とでも言いたげに不思議そうな表情を浮かべる大佐に、ウラガンを含め、その場に居た全員が思わず絶句した。

 

「危険です大佐!」

 

「無茶を言わないで下さい!?」

 

悲鳴に近い否定の声を上げたのはエイミー少尉とタカミ中尉だ。自分も全くもって同感なのだが、困ったことに大佐を思いとどまらせる良い案が思い浮かばない。

 

「聞いていなかったのか、少尉?三人は先ほど実戦に耐えられると自信を持って言ったのだぞ。ならばそこに危険は無い。それからタカミ中尉、無茶と言うが民間人に戦闘行為をさせることの方が余程無茶苦茶だ。ジョーイ技師は南極条約の適用外なのだぞ」

 

即座に反論され言葉に詰まる二人に、ウラガンは小さく息を吐いた。相手はあの大佐だぞ、もっと頭を使って喋らねば止められない。

 

「基地司令が前線に出る方がよっぽど無茶じゃないですかい?」

 

「人手不足の悲しい所だな。残念だが大佐で前線に出ている連中はゴロゴロ居る。それに今基地で君たちを除けばアッザムに最も通じているのは私だ」

 

これで、階級を盾にするのと代わりの人員を出す案まで封じられてしまった。

 

「き、基地の運営はどうするのです!?」

 

「ちょっと行って直ぐ帰ってくる。それに2~3日空けてもウチの副官は優秀なのだよ、だろう?ウラガン」

 

「…はい、問題ありません」

 

やられた、ウラガンは周囲の視線で確信する。今の受け答えは内容的には数日間大佐が居なくても基地が運営出来るかという質問だ。その内容に対してのウラガンの答えは間違いなく発したとおりなのだが、会話の流れからすれば別の意味に捉えられる、今自分は大佐の出撃に賛成していると皆は認識してしまった。上手く止めるためにそれまで発言していなかったのも完全に裏目だ。事実皆自分から視線を外し必死で止めようと言いつのっているが、自分に意見を求める者は居ない。

 

「さて、議論も良いが私は命じたと記憶しているが?早くアッザムの出撃準備に入りたまえ」

 

反論を口にする前に会話を締められてしまう。この時ばかりは上官の有能さが恨めしいと感じてしまうウラガンだった。

 

 

 

 

渋々、という態度を全身で表しながら皆自分の作業に散っていく。残っているのはウラガンだけだ。

 

「私は反対です。大佐」

 

だろうね、ごめんよ。

 

「解っている、今回だけだ。直ぐMAのパイロット候補生を陳情する。だから見逃してくれ」

 

そう言っても晴れない副官の顔に罪悪感が募る。こんな俺をウラガンは本気で心配してくれているのだ。こんな偽物の俺を。思わず涙ぐみそうになりながら、努めて明るい声で言う。

 

「それにな、今回の件は大凡解っているんだ。だから危険は少ないし、対策も考えている。それにだ、今後もガウによる空挺降下は頻発するだろう。だからこそ貴重な搭乗員をこんな所で失う訳にはいかん」

 

だから、今回のリスクだけは許して欲しい。それでも晴れない副官の顔に、仕方なく切り札を使うことにする。

 

「大体だな、あれはキシリア様から私が名指しで頂いた物だ。随分アレンジしてしまったが、それでも一度も乗らずに部下に渡したとあっては、心証が悪すぎる。キシリア様に見捨てられてみろ、今度はアステロイドベルトに飛ばされても不思議じゃ無いぞ?」

 

そこまで言いつのると、ウラガンは漸く苦笑で顔をゆがめた。

 

「確かに、アステロイドベルトは嫌ですな。今更穴掘りだけの補佐では退屈してしまいそうです」

 

だろう?と笑い合って背を向ける。俺もパイロットスーツくらい着ておこう、アレにはサバイバルキットとか付いてるし。一応、一応ね?

そんなことを考えながら部屋から出れば、後ろからウラガンが声を掛けてきた。

 

「必ずお戻り下さい。私は貴方の副官以外やるつもりはありません」

 

俺は本当に良い部下に恵まれたと思う。

 

 

「まったく、本当に無茶苦茶な人だな、大佐」

 

コックピットに収まってしまえば腹も据わるのか、むしろ愉快そうな声音でヴェルナー少尉が話しかけてきた。いやいや、俺なんて大した事無いっすよ。つうかお前が言うなと声を大にして言いたい。

 

「無茶でも無いぞ少尉。今回の目的は高射砲陣地の破壊だからな、今居る戦力で最もリスク無く対処できるのがこのアッザムだった。それだけのことさ」

 

恐らく艦載用のメガ粒子砲あたりを転用した対大型爆撃機用の高射砲だ。確かガウ対策に北米や欧州で使われた奴だと思う。攻勢が遅れたのでイタリアやイベリアに建設が間に合ってしまったのだろう。これを今潰しておかないと連鎖して海兵隊まで孤立してしまう。

本当はヒルドルブで耕してしまうのが簡単なんだが、北部の戦力を拘束するために出払ってしまっている。後はマゼラアタック位だが残念ながら運ぶ方法が無い。

 

「しかし、高射砲と解っていて空から襲撃を掛けようと言うのですから、大胆だとは思いますよ」

 

各砲をチェックしながらそうタカミ中尉が苦笑した。でもあれは大型爆撃機、言ってしまえば対ガウに特化した砲台だから、今のアッザムなら全然いけると思うんだよね。相手もまさか超低空をマッハ超えでメガ粒子砲が突っ込んでくるとは思うまい。

 

「むしろアッザムには物足りない相手だと思うがね、まあ初陣ならそのくらいの方がかえっていいだろう」

 

それこそ初陣でどっかの白い悪魔とエンゲージなぞしたら有無を言わさずぶっ壊されかねんし。

 

「外観チェッククリアです。大佐、無事に帰ってきて下さいよ!」

 

最後まで機体の外周をぐるぐる回っていたジョーイ君から通信が入った。皆心配性だなあ。

 

「安心してくれ、ジョーイ技師。ヴェルナー少尉の腕は知っているだろう?機体には傷一つつかんさ」

 

「機体なんてどうでも良いから大佐が無事に帰ってきて下さい!いいですか!絶対ですよ!?」

 

「…了解した、必ず無傷で帰ってこよう」

 

ちょっと目頭が熱くなっちゃったじゃないか。全てのチェックを終えたことを確認し、ヴェルナー少尉へ向けて発進の合図をだすと、ヴェルナー少尉が不敵に笑った。

 

「任せてくれよ、大佐。クルーザー並みの快適な旅を約束するぜ…エントリィィィ!」

 

途端とてつもないGが体に掛かり、俺は意識が遠のく。それは口癖なのかとか、快適の意味を辞書で調べろとか、さっきまでの感動を返せとか走馬灯のように言いたいことが並んだが、結局何も言えないまま俺は意識を手放した。




段々ウラガンがヒロインなんじゃ無いかと作者も混乱してきました。


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第二十九話:0079/06/12 マ・クベ(偽)の出撃

年間ランキングトップ10到達記念。
いつもお読み頂き有り難うございます。
作者の考えているアッザム()はブラン(ビグロもどき)の手が無くなってバスターランチャーが吊された形を想像しています…アッザム?


「糞っ、随分手前で降りたぞ。死んでる馬鹿は居ないな!居たら返事をしろ!」

 

アルトゥール・レンチェフ少尉は、苛立たしげにマシンガンを放ちながら叫んだ。

 

「死んだら答えられませんよ、少尉。取り敢えず我々の隊は全員無事です」

 

溜息交じりの返事をしながら横に並んだマニング軍曹のグフⅡがジャイアントバズを放つと、先ほどから煩く射撃を繰り返していたトーチカが沈黙した。暫く警戒していたが、完全に沈黙している事を確認すると、構えていた盾を降ろしながら吐き捨てるようにアルトゥール少尉が口を開いた。

 

「アースノイド共が、調子に乗りやがって。おい、軍曹、伍長、我々の隊は前進してあの高射砲を叩くぞ」

 

「ま、待って下さい、少尉。墜落したガウから脱出ポッドが出るのを見ました。彼らの保護が優先では?」

 

慌てて意見具申する伍長に対し、アルトゥールは少し苛立ちを覚えながらも持論を話す。

 

「伍長いいか。ガウが墜落したことはもう司令部に伝わっている筈だ、救助部隊だって直ぐ来るだろう。その時に脅威になるアレは排除せねばならん、違うか?」

 

「し、しかし。まともな自衛手段の無い友軍を敵中に孤立させるのは危険では…」

 

その言葉にそれまで黙っていたイーライ・マニング軍曹が口を開いた。

 

「伍長、確かに我々は敵中に居る。しかし敵も戦力を北部の友軍に拘束され余裕は無い。だから優先して排除したいのは無力化したガウの搭乗員より我々無傷のMS部隊だ、私たちが暴れている限りは向こうも無事だろう」

 

だとしても、小隊だけであの高射砲陣地に挑むのは無謀だが。と付け加えるイーライ軍曹。

 

「俺たちに与えられた任務はあの高射砲陣地があるペルージア市の確保だ。他の隊の連中だって制圧のために向かっているだろう。ならばここでウダウダしているよりも前進した方が味方とも合流できる。ここに居てもミノフスキー粒子で通信もできんしな」

 

更にはっきり言ってしまえば、ペルージア市制圧後に補給を受けられる予定だったため、手持ちの弾薬が心許ないこともアルトゥールの懸念材料だった。自身とイーライ軍曹はともかく、接近戦の不得手な伍長は弾切れを起こせば負担が大きいからだ。

 

「とにかく移動…ん?なんだ?」

 

前進を促し掛けたところで赤外線センサーが高速で接近する巨大な熱源を感知した。

 

「全機散開!隠れろ!」

 

正体不明の何かに出遭うなどという不幸にうなり声を上げながらも、短く指示を飛ばす。

センサーを見れば東の方向から何か飛行物体が高速で接近しているようだ。

 

「一体何だってんだ」

 

「かなり大きい…それに凄い速度です!」

 

センサーの扱いに長けた伍長が動揺しながらもそう伝えてきた。尤も、正確な数字はどちらも解らないので、あまり意味が無かったが。

息を殺していたのはほんの30秒程度、みるみる近づいたそれは、速度を緩めること無く自分たちの頭上を通り抜けていく。そのあまりの巨大さと速度に、思わず口を開けてアルトゥールは何の指示も出せないまま見送ってしまった。

 

「なんだ、ありゃあ?」

 

「解りません。が、味方ではあるようです」

 

そう言って軍曹から送られてきた静止画像にははっきりとジオンのエンブレムが映されていた。

 

「あ、あの、聞いたことがあります。オデッサで新型の飛行兵器を開発していて、それが数日前試験飛行をしていたって」

 

慌てた様子で言いつのる伍長の言葉に、思わず軍曹とモニター越しに顔を見合わせたアルトゥールは、直ぐに決断した。

 

「なら急がんとな、どう考えてもアレはペルージアを目指していた」

 

今度は誰も反対しなかった。

 

 

 

 

気がつけばアドリア海上空でした。高度10mでも空の上なのは間違いないだろう。モニターに映し出される海面がすっごい近い上にやたらと上昇警報が鳴っている。ああ、この警報音がうるさくて目が覚めたのか。

 

「海面が、近いんだが。少尉」

 

「おお、お目覚めですかい、大佐。後1分くらいで着きますぜ」

 

もっと早く起こせよ!?じゃねえ、だから海面が近いんだよ!?

 

「そろそろ中尉も起こしてやって下さい。三十秒もしないでガウの撃墜ポイントを通過しますぜ」

 

その言葉に横で幸せそうに白目を剥いているタカミ中尉を揺すって起こす。俺の周りはギリギリまで言わない連中ばっかりだな!

 

「主砲メガ粒子砲、チャージ開始、ジョイントロック解除、FCS同期確認、トリガーロック解除」

 

そのままの速度でイタリア半島上空に突っ込む。一瞬見えた閑静な町並みは今頃酷いことになっているだろう。尤も目の前に迫り来る山脈に意識が行き過ぎていてそんなことに憐憫を感じる暇も無かったが。

 

「見えたぁ!大漁だぜぇぇ!」

 

アペニン山脈から飛び出せば、けたたましいレーザーロック警報と共に視界が180度回転する。と、先ほどまで機体があった辺りをぶっといビームが通り過ぎていった。同時にこちらからもビームが放たれ、不格好にそそり立っていた砲台が一つ吹き飛んだ。なんで撃たれたって解る?なんで回避行動中に当てられる?やっぱこいつニュータイプなんじゃねえの!?

 

「吹っ飛べ!」

 

隣では口角をつり上げたタカミ中尉が砲台への接近と同時に175ミリ連装砲2基から砲弾を景気よくばらまいた。搭載弾頭が対空用の散弾だったので倒壊させるまではいかなかったが、明らかに黒煙を噴き出し動作停止に追い込んでいる。貴方確か技術中尉じゃありませんでしたっけ!?

 

「大佐!迎撃機が上がってきます!対空防御!」

 

引き続きトリガーハッピーしている中尉が鋭く叫んだ。

 

「あ、はい」

 

あっれぇ、俺一番階級上だよな?なんて思いながら、割り振られていた4連装30ミリ機関砲のガンカメラをのぞき込み、慌てた様子で上がってきたTINコッドへ射撃を行なう。一昨日見ていたドップⅡとの対空演習の時みたいな異次元な動きでは無く、単調な直線運動だったので当てるのは非常に簡単だった。

 

「主砲冷却完了、もういっちょいくぜぇ!」

 

近くの人間がすっごいハイテンションだと妙に冷静になっちゃう事って無いかな。今正に俺がそれ。かっこつけて乗ったけど、うん、この二人居れば十分だったんじゃね?

交戦時間僅か3分。高射砲陣地を潰した俺たちは、追撃も受けず悠々と飛び去ったのだった。

 

 

 

 

後にジオン軍の新兵器として知られる事となるそのMAとの邂逅は、ペルージアの防衛を指示されていた連邦軍にとって、正に悪夢と呼ぶに相応しい被害だった。僅か3分の交戦後にもたらされた被害状況に、思わず指揮官であった大尉はうなり声と共に言葉を洩らす。

 

「6基のメガ粒子砲が全滅…しかも迎撃に上がった航空機も全て撃墜されただと!?宇宙人共め、なんて物を造りやがった!」

 

元々が対ガウ用に急遽準備された高射砲であったが、対地攻撃にもかなりの性能を示しており、事実南北米大陸ではガウの戦略爆撃を大幅に制限するだけで無く、攻略せんとするMS部隊にも甚大な被害を与えていた。ここペルージアに漸く配備されたときには、守備隊の士気も随分上がったのだが。

 

(不味いな)

 

指揮所内の空気を感じ、大尉は嫌な汗が流れるのを自覚する。何しろ防衛の要であると同時に、あの高射砲は守備隊にとってジオンとやり合えるという精神的な支柱でもあったのだ。

物的な喪失も痛いが、何より基地に広がってしまったこの絶望感の方が危険だ。おまけに観測班からの連絡が確かなら、先刻撃墜したガウはMSを降下済みだという。ならば先ほどの攻撃も無関係ではあるまい。

 

「…遺憾ながら、ペルージアは放棄する」

 

「大尉!?」

 

苦渋の決断に補佐官の少尉が悲鳴じみた声をあげた。ここを奪われればイタリア半島中央にぽっかりと防空の空白地帯が出来てしまうのだから当然の反応と言えた。しかし、肝心の高射砲が機能しない以上、留まっていてもそれは緩やかな自殺にしかならない。今の守備隊にMSに対抗できる手段はないのだから。

 

「少尉、君は小隊を率いて先行、本拠点陥落を司令部に伝えろ。軍曹聞こえたな、配置についている各隊に連絡だ。高射砲が沈黙している以上、連中のMSが直ぐに押し寄せてくるぞ、急げ!」

 

その言葉に二人は弾かれたように走り出す。その様子を呆然と見送っていた指揮所の他の要員にも大尉は大声で叫んだ。

 

「聞こえていただろう。書類及び機材は全て破棄、メモ一枚奴らに渡すな、それと高射砲の自爆コードを入力、済み次第我々も撤退する!急げ!」

 

後に大尉はこの時の行動が、応戦可能だったにもかかわらず職務を放棄したと査問委員会にかけられることになるのだが、戦後の軍事研究において、大尉の行動は極めて正しかったと評価されている。

なぜなら、この後の欧州戦線において彼の率いた部隊を除き撤退できた高射砲部隊は存在せず、また、拠点防衛の叶った部隊も存在しなかったからである。




アッザム設計技師「時速16キロだし対G機構とかいらんだろ」
オデッサ組「なんだこれ、対G機構ついとらんじゃん!取り敢えずMSの移植しとこ!」
アッザム()「マッハ4で飛べる俺HAEEEEE20Gくらいかかってるけど!」
対G機構「俺精々10Gくらいまでなんですけど…」

なにが言いたいかっていえば、マ(偽)の訓練不足、デスクワーク組だから仕方ないね!


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第三十話:0079/06/16 マ・クベ(偽)とお説教

月曜日の野郎、呼んでないのにやって来やがる。


イタリア半島は強敵でしたね。

色々としょんぼりしながら基地に帰ってきたら、なんか知らんけど基地のいろんな人が滑走路に集まってお出迎えしてくれた。真っ先に駆け寄ってきたジョーイ君なんか顔ぐちゃぐちゃにしながら抱きついてきて、ウラガンに速攻で引き剥がされていた。ウラガンの方はこっちを見た後、怪我はないようですなって一言言うとさっさと戻ってしまったけど、多分凄く心配してくれたんだと思う。

んで、問題はその後で、ユーリ少将から感謝の連絡と共に有り難い指令書が届いた。

要約すれば、敵の対空陣地が想定よりずっと堅牢でガウ部隊がヤバイのでアッザムで防空網に風穴開けて!もっと言えば対空陣地アッザムで吹き飛ばして!って内容だった。

しかも出し渋らないよう、キシリア様のところにアッザムべた褒めした上に、送ってくれて有り難う!的な感謝の連絡までしたらしく、その日のうちにキシリア様から上機嫌と解る文章でユーリ少将に助力するよう個人的なメールまで届いた。

しょうがないのでウラガンに、ごめん、今回きりと言ったな、アレは嘘だって頭下げてマルセイユとサルディーニャ島を空爆。ついでにティレニア海でクルージングしてらっしゃったヒマラヤ級に挨拶したら恥ずかしがり屋なのか水の中に隠れてしまった。まあ、行きがけの駄賃に撃沈したとも言う。

そんな感じではっちゃけていたら、どうもキシリア様に俺が乗っている事をチクられたらしく、思いっきり怒られた。ちなみに怒りそうな筆頭であるデメジエール少佐は未だにニース近郊を防衛中、シーマ少佐もジブラルタル攻略で現在は宇宙に居るのでお説教は回避されている。戻り次第順次怒られるとも言うのだが。

ちなみに、だって他に適任者居なかったんだもんしょうが無いじゃんって言ったら、翌日には補充人員の連絡が届いた。ついでに2号機も送るから使えって書いてあったんだけど、どうしようこれ。

 

「素直に話されるのが一番かと、小官は愚考致しますが」

 

溜息交じりに紅茶を淹れつつウラガンが口を開く。てか、キシリア様予算計上見てないのかな?

そんな訳で、正直に話すべく現在のアッザムのデータを用意しつつキシリア様に連絡を取った。んで、現在絶賛通信室の床の上に正座中である。膝が超いてえ。

 

「…なんだ、これは」

 

報告まだでしたよねー、今回の戦闘記録と機体のデータになりますー。なんて比較的軽くジャブから入ったのだが、キシリア様かなりショックだったっぽい。アッザムの写真見た瞬間ビシっって音が聞こえそうなほど固まって、漸く口を開いたと思ったら出て来た言葉がさっきのものでした。

 

「違うのです、キシリア様。お聞き下さい」

 

俺たちも頑張ったんだよ。元の機体はとても意義のある機体だし、決してあれが無駄だった訳じゃ無いんです。事実弄ったらほら、こんなに戦果挙げたでしょ?

 

「ほう?この機体の何処に元の装備が残っているのだ?」

 

ミノフスキークラフトはそのままですよ?そう返せばすっごい冷たい目で正座を言い渡された。

 

「他は?」

 

……外装の塗料とか?続きを促されたので仕方なく正直に話したら、今度は可哀想なものを見る目になった。はっはっは、キシリア様は感情豊かでいらっしゃる。

 

「一応聞くが、それで納得させられると思っていたのか?」

 

「はい、いいえ、キシリア様。しかし虚言を弄し今を切り抜けたとて、それは一時のしのぎにすらなり得ませんので」

 

大体嘘吐いて追加で送られてくるアッザムの改修なんかまたやってたら、面倒な予算申請やらメーカーさんへのお伺いで無駄に時間が食われてしまう。ただでさえザクレロの再設計までやってる上に攻勢中で忙しいんだから勘弁して欲しい。

そんな訳で素直にゲロったら、険しい顔で腕を組んで聞いていたキシリア様が盛大にため息を吐きつつ、先ほどの可哀想なものを見る目に再び戻るや口を開いた。

 

「貴様のことだ、製造用のマニュアルくらい作っているんだろう?2号機以降はグラナダが面倒を見てやる。直ぐにデータを送れ。ああ、追加人員はそのまま送ってやるからまかり間違っても二度とお前は乗るな」

 

使いこなせって言ったり、乗るなって言ったり。キシリア様の指示は難しいなぁ。

 

 

 

 

モニターの向こうで叱られた犬のような表情を浮かべる優男を見ながら、キシリアは頭を抱えたくなる衝動を必死で抑えた。

正直に吐いてしまえば、キシリア自身、件のMAはあまり期待できる兵器では無いと考えていた。だから安全に地上での運用データを取るために、わざわざ脅威度の低いオデッサを選んだのだ。使いこなせと言うのも基地司令として運用してみせろと言う意味であって、間違っても自分で乗りこなせと言う意味ではない。専用機を配備した後も、前線に出ることは無かったし、パイロットの補充を要請してきたのですっかり意図は伝わっているものと安心していたらこのざまである。

 

(シーマ少佐のことといい、地上に降りて随分現場よりになったじゃないか)

 

部下の顔ぶれからすれば下級士官に受けの良い将校は有り難いのだが、ここの所の大佐は少々やりすぎている。以前は派閥同士のパワーバランスを考えて、あえて戦果を挙げていなかったりする節があったが、地上に降りてからはそんなことはお構いなしだ。

おかげで大佐の居る派閥こそ力をつけているが、対抗するだけの能力がない派閥に所属する連中が足を引っ張る事で差を埋めようと蠢動し始めている。今はまだこちらで抑えられているが、これ以上ともなれば最悪どちらかの兄上やガルマに鞍替えされる可能性がある。

勝ちが見えている状況ならある程度許容も出来るが、今それをやられたら地球方面軍の攻勢が頓挫する事もありうる。

 

(最悪、ドズル兄上の所の将兵と入れ替えて貰うか?全く、汚れ仕事は私の領分だというのに)

 

世間ではギレンに対するザビ家内の政治的対抗馬と目されている自分だが、これはとんでもない勘違いである。独自のカリスマがあるギレンや武人気質な兵に高い支持を持つドズル、その若さや容姿で王佐の才を持つ者達を従えるガルマ。彼らでは取り込みにくい、あるいはギレンに対し野心を持つ連中をとり纏めるために、あえてそのように振る舞っているのだ。

アサクラが突撃機動軍に所属しているのも、戦後これらザビ家にとって不利益になる連中や、用済みになった輩を纏めて処分するためなのだが。

相変わらずしょげかえっている大佐に視線を送り、どうするべきか悩む。そして悩んでいた所で、ふとある事に気がついた。

 

「マ、そう言えば貴様は大佐だな?」

 

「はい、キシリア様。それが何か?」

 

突然の言葉に明らかに疑問を浮かべた表情で大佐が答えた。そうなのだ、この男はまだ大佐なのだ。

 

「なに、少々考えが浮かんだだけだ、気にしなくて良い。貴様は死なん程度にこれからも職務に励め、以上だ」

 

そう言って一方的に通信を切ると直ぐに別のチャンネルを開く。双方多忙の身ではあるが、今日は運が良いのか数コールで相手が出た。

 

「キシリア、珍しいな。お前から連絡してくるとは」

 

「はい、兄上に少々相談事がありまして」

 

そう言えばモニターの中の兄は手を振って人払いをした。全員が出て行ったのだろう、鉄面皮を脱いで、兄は本当の顔になる。

 

「まったく、独裁者なんぞやるもんじゃないな。早く終わらせて庭の手入れがしたい」

 

「難しいでしょう、父さんも隠居がしたいと先日嘯いていましたよ?」

 

そう言えばギレンは露骨に顔をしかめた。政治家として自身より長けた父が議会の手綱を握っていればこそ、俺程度が独裁者の真似事が出来ると常々言っている兄のことだ。父が隠居してそれらへの調整を自分がやることを想像してしまったのだろう。

 

「…最悪ガルマを呼び戻そう、あいつの為なら親父ももう暫く耐えられるだろ」

 

「それまでにドズル兄さんにも少しは政治の勉強をして貰いましょう。いつまでも猛将で居て貰ってはこちらの身が持ちません」

 

全くだ。その言葉で自然と二人は笑った。兄妹として、同じ苦労を知るものとして。

 

「さて、息抜きはここまでだ。それでキシリア、相談というのは?」

 

「はい、オデッサのマ・クベ大佐についてなのですが」

 

そう前置きし、自身の考えを話せば兄はよく見る鉄面皮になった。家族くらいしか知らない事実だが、あれは必死でものを考えている時の仕草だ。元の造形が悪相なせいでよく誤解されているようだが。

 

「…可か不可かと言われれば、可能だ。しかしそうなるとお前はどうする?」

 

その言葉に苦笑を浮かべながらキシリアは答えた。

 

「こちらはまあ、なんとかします。それよりご注意下さい、あれはかなりの厄介者です」

 

 

 

 

いつまで正座してれば良いんだろう?

良しの合図がないまま通信が切られたので止めるタイミングを逸してしまった。はっ、まさか次の連絡まで維持しろと言うのか?馬鹿な!ここは地球だぞ!?足が壊れてしまう!

 

「もう宜しいのではないでしょうか?」

 

俺の葛藤を見抜いたのか、通信後に入室してきたウラガンが、やっぱり残念なものを見る目で救いの一言を放ってくれた。だよね!よーしウラガンに言われたらしょうがないよねー。マ、仕事しなきゃだもんねー?免罪符を得て晴れ晴れとした気持ちで立ち上がる。ふふ、痺れてやがるぜ、この両足はよ。

そんな訳で、早速執務室に戻って仕事しようとしたら、ウラガンが爆弾を放り投げてきた。

 

「ああ、先ほどジブラルタル攻略のため海兵隊が降下準備に入ったそうです。シーマ少佐より通信がありました」

 

おお、もう降下すんの?めっちゃ早いな。つうか4日でイタリア半島奪っちゃうとかジオンの兵はバケモノかな?

 

「ついでに言伝を預かっております。戻ったら話があるので逃げないように。だそうです」

 

その言葉に俺は、基地の最高指揮官という言葉の意味について改めて考えさせられるのであった。




こんなのギレンじゃないと貴様は言う!
タグにあるとおり原作無視なのでご注意ください。


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第三十一話:0079/06/28 マ・クベ(偽)とジオンの娘さん達

今月も終わるのでちょっと更新


イベリア半島は強敵でしたね。ん、これ前も言ったかな?こんにちは、ご機嫌如何ですか?マです。

自分で立案しておいてなんだが、本当に20日間もかからずイベリアまで落とすとかジオン軍まじぱないな!と実感させてくれた。なんでこんなスピード解決したかと言えば、どうも連邦の皆さん高射砲依存症に罹っていたらしく、アッザムで片端から吹き飛ばしたら、みるみる士気ががた落ちし、抵抗らしい抵抗も出来ずに壊走するか降伏しちゃったらしい。

まあ、それよりも要衝のジブラルタルが海兵隊のせいで、僅か1日で陥落したのが最大の原因だと思う。あそこ落とされちゃうとイベリアを死守する価値が激減しちゃうからなぁ。

更に追撃を行なったので、散りぢりになった歩兵はともかくヨーロッパ奪還のために温存していた機甲戦力は文字通りの壊滅的打撃を被ったようだ。先に上がってきた報告書を見たけど海兵隊だけでも200輌近く撃破してる。こんなんされたらドム相手にPTSDになるぞ、いいぞもっとやれ。

さて、帰ってきたシーマ少佐に指揮官として軽挙妄動は慎むべきとか云々すっげえ怒られた翌日。トライデント作戦も残りは残敵掃討のみとなり、俺は比較的緩い時間を送っていた。ところがザクレロの進捗書類を読みながら心地よい陽気と戦っていたら、何かまたユーリ少将から連絡が入った。んだよ、鳥の巣頭、また厄介事か?すっごい嫌だけど階級は絶対である。諦めて通信に出たらなんか気まずげに用事を告げてきた。

 

「はあ、新兵の受け入れですか?」

 

「一応、そうなる」

 

何処か落ち着かない様子で、ユーリ少将が歯切れ悪く答えた。なんだよ、気になるじゃねえか。

 

「態度だけで厄介事だと解るのは良いですな。で、今回はどのような案件なのです?」

 

そう言えば、急に明るい笑顔になるユーリ少将。こんなに解りやすいのに、この人なんでこんなに高い地位になれたんだろう?

 

「受けてくれるか!いやあ、実はな?受け入れる新兵が曲者でな」

 

「何度も言いますが、納得しているとは思わないで頂きたい。それで、曲者とは?」

 

言われてぱっと思いつくのは懲罰部隊とかだけど、そう言うのならこんな風に言いよどんだりしないだろう。なんだかんだで兵士からの人望が厚いユーリ少将は、そう言う連中の扱いも心得ているからだ。

 

「うん、そのだな。その新兵なんだが…皆若い女性士官なんだ」

 

「はあ」

 

え、なに中年課長みたいな事言ってんの?いや、若い女性の部下が扱いにくいって、あんな秘書官連れててなに言ってんのこいつ。

 

「なんだ、その顔は。俺が若い女で困ったら可笑しいとでも言いたいか」

 

「自分の胸に手を当ててみれば宜しい。それで、その女性士官がどう問題なのです?」

 

近くに居ると手を出しちゃいそうなんて言ったら通信切るからな。

 

「簡単に言えば、彼女たちは人質なんだよ。元ダイクン派や新参のザビ派連中が忠誠の証にと差し出してきた訳さ」

 

「本国の連中は気楽で羨ましい。で、それがまた何故欧州戦線に?」

 

人質なら突撃機動軍の中核辺りで飼い殺せばいいだろうに。

 

「理由は2つだ。1つは彼女たちが勤勉でこの戦争へ積極的に貢献したがっていること。もう1つは、彼女たちに人質の自覚がないことだ」

 

それでも最初は主計課とか広報とかに回そうとしていたらしいが、志が無駄に高い若者特有の潔癖症なのか、自分たちが安全な所に置かれていると感じて無闇矢鱈と噛みついてくるらしい。ついでに言えば箱入りのお嬢様だけあって事務能力は壊滅的なため、仕事もろくに与えられなかったのが余計態度を硬化させた原因になったそうな。

そんなに前線が良いなら宇宙攻撃軍に送ってやればどうか?という意見も出たのだが、そこは箱入り(略)。体力も順当に低いため、あんな体育会系に放り込んだら動く的になるか、最悪自殺しかねないと言う訳で、戦線も落ち着いてきた欧州の司令部付きMS隊とかなら良いんじゃないかとユーリ少将に確認取らずに送られてきたらしい。まあ、確認したら確実に拒否するからね!

 

「実際の所、どの程度のものなのです?」

 

「やる気だけは、貴様のところの海兵隊並みだぞ」

 

やる気とか聞いてねえよ、大体その物言いはなにも誤魔化せてないからな?半眼で睨めば視線を逸らしながらユーリ少将は口を開く。

 

「あれならゲームセンター辺りでVRゲームでもやってる学生の方が役に立つな」

 

ああ、MS用シミュレーター作る隠れ蓑にジオニックがそんなん販売してたな。あれってMSじゃなくて戦闘機じゃなかった?え、つまりそう言う事?

 

「やる気はある、あるが自分で運転なぞ何一つしたことがないような子達なんだ、正直何がどうしてMSパイロットを志望しているのかすら俺には解らん」

 

奇遇だね、俺も解んないよ。

 

「それで、比較的安全かつMSにも触れるウチですか。妥当な判断ですな、全力で断りたいですが」

 

そう返せば、子供のような笑顔になるユーリ少将。こういう感情に裏表が無さそうな所とかが兵に人気なんだろうなぁ、人誑しめ。

 

「大佐ならそう言ってくれると信じていた。では明日にでもそちらに送る、頼んだぞ」

 

そう言って通信が切られる。俺は盛大にため息を吐いた。

 

 

それが、昨日の話。午前も早い時間からウラガンに連れられて早速着任の挨拶に来た娘さん達を見て、俺は動揺を隠せずに居る。

 

「お久しぶりです、大佐」

 

「ち、中尉!?君が何故ここに居る!?」

 

おもわず、げえ!中尉!?とか言いそうになった。すんでの所で堪えられた自分を褒めてやりたい。目の前に立っているのは欧州方面軍司令部のコーカサス系死神中尉だった。警戒して後ろに視線を送るが、今日はあのスキンヘッドスマイリー共は連れていないらしい。

 

「この度大尉に昇進致しまして。彼女たちを預かる中隊長として本日よりご厄介になりますわ」

 

そう言ってまぶしい笑顔を向けてくれる中尉改め大尉。やだ、帰れって言えたらどれだけ心の安寧がえられるだろう?

しかし現実は非情である。既に受け入れは了承してしまっているし、単純に俺の好き嫌いで中隊長の交換をするなんて、上に立つ者としての資質を疑われても文句を言えない。ただでさえ頼りないと思われている俺だから、ここで公正さも無いなんて認識されたら、それこそ誰も付いてこなくなってしまう。どっかのカエル型宇宙人も言っていた、隊長殺すに武器要らぬ、部下が全員辞めりゃ良いと。

 

「りょ、了解した。イグナチェフ大尉、よろしく頼む」

 

「嫌ですわ、大佐。エリオラとお呼び下さいな」

 

距離おきたいんだよ、解れよ!俺の周りに来る女性はこんなんばっかだな!

 

「承知した、エリオラ大尉。早速君達に任務を与える」

 

その言葉に大尉の後ろに並んだお嬢さん方は興奮した面持ちになるが、大尉は笑ったままだ。こいつ完全に解ってますね?やりづらいなぁ、なんて思いが顔に出るのを懸命に堪えながら、俺は窓の外を指さした。

 

「取り敢えず、良いと言うまで走りたまえ」

 

 

 

 

「まったくっ、あの、大佐はっ。見る目がありませんわね!」

 

隣を走っているジュリア・レイバーグ少尉が不機嫌を隠さないままそう吐き捨てた。尤もその速度は既に歩いている指導教官の伍長よりも遅かったが。

 

「思っていても、口にしない方が良い時もあると思うわよ?ジュリアちゃん」

 

そうのんびりした口調で咎めたのは、やはり同じ速度でよたよたと歩いているアリス・ノックス少尉だ。何でもそつなくこなす印象だったが、体力は人並みであったらしい。

 

「おう、元気があって宜しいな!ご褒美にもう一周追加だ。ほれ、走れ走れお嬢さん方!」

 

当然のように聞いていた教官が手を叩きながらノルマの追加を言い渡してくる。

勘弁して欲しい。セルマ・シェーレはうんざりとした気持ちで内心ため息を吐いた。教官の声が聞こえていたのだろう、先行していたB班のメンバーから恨みがましい視線が送られてくる。無理もない、既に運動場を5周、距離にすれば4キロ近く走っている。それなりに運動をしていれば少し長い程度の距離かも知れないが、半年前までエレカでの移動が当たり前だった身としては少々厳しい距離だ。おまけに班のメンバーと一緒に走る事を求められるため、自分のペースで動けないから疲労も大きい。

 

「納得いきませんわ!私たちMSパイロットでしてよ!?なんでこんなに走る必要があるのです!?」

 

そんなことを考えているうちにジュリア少尉が再び口を開き教官に食って掛かる。開き直って呼吸を整えていたら、教官が面白そうに口を開いた。

 

「何でって、そりゃ大佐に命令されたからだろう?良いと言うまで走れって」

 

その言葉に絶句してしまうジュリア少尉。

 

「知らなかったか?お嬢さん。軍じゃ命令は絶対だぞ?解ったらもう2周、頑張ろうな?」

 

その言葉に全員が無言の悲鳴を上げたのは、無理からぬ事だとセルマは思った。




新兵の訓練と行ったらやっぱり爽やかクソ兵隊さんマラソンですよね!


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第三十二話:0079/06/29 マ・クベ(偽)と新技術

6月の投稿になります、ちょっと短いです。


「では、大佐。行ってまいります」

 

HLV発射場でそう言って敬礼する曹長に俺も笑顔で答礼した。今日はオデッサで改修したザクレロを宇宙へ打ち上げるのだ。その後は、衛星軌道上に待機している第603技術試験部隊と合流、宇宙での実働試験を行なう予定だ。ついでに試作してた装備とかMAデサントの具合も確かめるために、グラナダにMSの配備も申請したら、ちゃんとR型を回してくれたらしく、良く解らんが603からお礼の連絡が来た。そういやヅダまでMS無かったんだっけか。そら宇宙の新鋭機回されたらお礼の一つも言いたくなるか。まあ、それで曹長やデニスさんがやりやすくなるなら、なにも問題は無い。

 

「デミトリー曹長。運用試験が終われば君はそのまま宇宙攻撃軍の教導隊に配属される。短い間だったが世話になった。向こうでも何かあったら連絡したまえ、出来る限りのことはしよう」

 

「はい、いいえ、大佐。私の方こそ、お礼を言わせて下さい。ザクレロを拾って頂き有り難うございました。必ず大佐のご期待に添えますよう、宇宙攻撃軍を再建して見せます!」

 

あれだけ弄ったから同じザクレロと言えるか微妙だけどね。最初鎌外すよって言ったらすっげえ悲しそうにしていた曹長がちょっと懐かしい。

 

「頼んだぞ。デニス技師、大変な仕事とは思うが、どうかよろしくお願いします」

 

「アッザムに比べれば楽な仕事です。さっと終わらせて直ぐ戻ってきますよ」

 

是非そうして下さい。俺だけじゃ技術部は制御出来ません。白く尾を引きながら昇っていくHLVを見上げて、ちょっとセンチメンタルな気持ちになりながら執務室に戻る。

途中第一駐機場をぐるぐる走ってるお嬢さん方から、すっごい視線で睨まれたが気にしない。俺が反応すると指導教官に任命したアス伍長達が嬉々として訓練のノルマを追加するからだ。あんましやるとその子達潰れちゃうよ?箱入りだったんだから。そう言えばトップ少尉が自信満々に返してきた。

 

「ご安心下さい、限界は見極めていますよ。まあ、限界まではやりますが」

 

ジオンの訓練はかなりスパルタなようだ。終わったころには精強な兵士に生まれ変わっていること請け合いだが、同時にその兵士に俺が恨まれると言うことでは無かろうか?ボディーガードとか付けるべきかもしれぬ。

なんてことを考えながら歩いてたら技術部の部屋の中からうなり声が聞こえてきた。ザクレロの仕様は纏めて送付済みだし、装備関連の生産準備も整えてある。そこまで考えて、そう言えば先日漸くこちらにも送られてきたゴッグが微妙な性能だったので手直ししたいね、とうっかり言っていたことを思い出した。覗いてみれば案の定スクリーンに映し出されたゴッグに対して技術部のメンバーが頭を抱えていた。

 

「だから、空冷の冷却ユニットを追加すれば排熱はマシになるだろ?」

 

「延びても精々数分ですよ、いっその事装甲へ逃がしては?」

 

「難しいですね、水圧に耐えられるようゴッグの装甲は分厚い。蓄熱容量は大きいですが排熱はあまり宜しくない、ついでに言えば容積的に伝達路の確保も困難だ」

 

「火力の低さも気になりますね、運動性能を考えれば拡散ビームにしたい気持ちは解りますが」

 

「そこはそもそもの機動性をあげるべきじゃ無いか?試して貰ったがヒルドルブ相手に手も足も出ない機動力は問題だろう」

 

正に侃々諤々、ただ、全員どちらかと言えば上陸後の性能を気にしている。現状水中の脅威が少ないから無理からぬ事だけど。そんなメンバーを見ていて、ふと思いついた事を口にしてしまった。

 

「装甲のスペースを減らせれば容積の問題は少し楽になりそうだな」

 

俺が来ていたことに気付いて居なかったんだろう。一斉に振り向かれてちょっとびびった。

 

「大佐、そらいったいどんな魔法です?」

 

中心になって喋ってたゲンザブロウ氏が、それが出来たら苦労しねえよって口調で聞いてきた。いや、ただの思いつき、と言うより原作知識のパクりなんだけどさ。

 

「我が軍のMSはモノコック構造を採用しているな?」

 

モノコック構造は機体の自重や運動時に発生する力を構造材、簡単に言えば装甲で受けるという考えの作り方だ。この方法の場合、軽量で同じ剛性を得る事が出来るため、MSにも採用されたのだが、ここにちょっとした落とし穴があった。

そもそもモノコック構造は構造材で力を受け止めるため、力を受け止めやすい形状を用いる必要がある。だから可動部が多いMSでは容積の確保が難しかったり、更に変形による剛性低下が大きい事から、被弾に耐えうる強度を確保していないと少しの被弾で分解事故に発展してしまうリスクがあった。強引にニコイチしたドラッツェなんかが、ぶつかっただけでバラバラになってるのは恐らくこのせいだ。で、これを解決するためにMSは装甲を厚くして解決を図っている訳だが、そのせいで軽量化のために採用した構造で却って重量が嵩む結果となってしまっている。これが、昔の戦車のように装甲で耐える事を前提としていれば大きな問題ではなかったのだが。

 

「していますが」

 

「機体の内部にフレーム構造を追加して、装甲は限界まで削る。その上でフレームにルナチタニウムを用いればかなりスペースに余裕が出来ると思う」

 

実はあまり知られていないが、チタニウム合金の研究については連邦よりジオンの方が進んでいる。じゃあ何故MSに採用しなかったかと言えば、まず大量のチタンを確保できる手段が地球にしか無かったことに尽きる。戦略物資としての価値は連邦も強く認識していたので、経済制裁以前から輸出量には大幅な制限が掛けられており、大量に製造するMSの材料に出来なかったのだ。

だがしかし!今ならこのオデッサ鉱山基地がある!

 

「それはまた斬新なアイデアですな。しかしそれでは根本から設計を変える必要がありますが?」

 

「当然そうなる。だが、現状の構造で行き詰まって居る以上、ある程度の冒険も時には必要だ」

 

まあ、正直に言えば後一月もせんとズゴックが開発されるはずだから、ゴッグはお払い箱になってしまう。つまり万が一開発に失敗しても従来通りで性能の約束された別プランが既にあるのだ。ならば多少投機的なプランであっても、実行してみるべきだ。

 

「大佐、そいつぁ大仕事ですぜ?今までのちょっとの手直しとは訳が違う。MSを根っこから変えちまおうって話だ」

 

俺の表情から本気である事を悟ったのだろう、ゲンザブロウ氏が確認するように口を開いた。そんな大それた事を、本当にするのかと。

 

「そうだな。だがゲンザブロウ氏、考えて欲しい」

 

そう言って周囲を見渡す。ただの鉱山基地によくもまあこれだけの人材が集まったもんだ。

 

「ジオニック、ツィマッド、MIP。恐らくどの会社でもこれを成し遂げるには数年を必要とするだろう。だが、ここなら?」

 

俺の言葉の意味を悟ったのだろう。静かに、けれど確かに興奮を湛えた視線が俺に集まる。

 

「企業の垣根を越え、目的のために力を束ねられる貴方方が居るここなら。それはどれ程の困難と言えるのでしょうな?」

 

 

 

 

もしこの男が軍人でなかったなら。そんな考えがふと頭をよぎり、ゲンザブロウは苦笑した。恐らく希代の革命家、あるいは今世紀最大の詐欺師。少なくとも誰かを誑かさずには居られない類いの人種であるとゲンザブロウは思った。

 

「良くまあ、あんな殺し文句がぽんぽん出るもんだ」

 

誰もが困難であると、そんな大それた事をするのかと後ずさる物事を目の前にして、この男は無責任にも言い放つのだ。お前達なら、こんな事は造作も無い事だろう、と。

これが、根拠もなにも無いならば、一笑に付して終わらせる。だが、ここには彼の言うように会社の利益や、しがらみから離れた、幸運にして大問題な技術者共が揃って居るのだ。

ごくり、と自分の喉の音が大きく聞こえた。

技術者ならば一度は考えてしまう笑い話の類いのそれは、しかしこの場所、この時に限ってはこの上ない魅力的な提案になっている。ならば、一人の技術者として、その誘いを断る理由は何処にも無い。

 

「そこまで買われて、やらんとは言えませんな。全く悪い人だ」

 

「知らなかったのですか?戦争をやっている偉い人間なぞ、みな極悪人ですよ」

 

そう韜晦してみせながら飾ってあった壺を指で弾く大佐は、正に映画にでも出てくる胡乱な悪役そのものだった。




作者の機械知識は嘘っぱちです。モノコック周りの話を本気にすると恥をかきます。


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第三十三話:0079/06/30 マ・クベ(偽)とニュータイプ

月一投稿と言ったな?
アレは嘘だ(今更)


昨日は結局あの後、色々な原作技術について仄めかしつつ俺の妄想を技術者に話してみた所、幾つかは実際に機体に盛り込んでみようかという話になった。技術界隈はすごいもんで、話してみれば、そう言えばそんな研究してた奴がいたとか、その技術会社で試作してるよ、なんて話が出るわ出るわ。まあ、技術なんて唐突に生まれるもんじゃ無いから、そら原作でこの後数年で形になった技術が研究中でも何ら不思議じゃ無いよな。

ただ想定外だったのは、殆どが会社の極秘研究だったもんだから、え、なにこの大佐産業スパイ?みたいな疑惑のまなざしを浴びまくった。正に雉も鳴かずばである。

さしあたってゴッグの改良計画と言うことで予算を計上するのと、生産設備を巻き込むためにツィマッド社へ連絡したら、ハルバさんから是非にと改良をお願いされた。ああ、そろそろ水中用MS第二次採用のお知らせが来てる頃だっけ。下手するとズゴックの情報とかも耳に入ってるだろうから、気が気じゃ無いんだろう。でもごめん、多分期待には添えないと思うよ?

技術と言えば、そろそろ連邦の白い奴が開発最終段階に入っている頃だったか。確か7月にビーム兵器の開発完了とプロトタイプが出来てた筈だから、もうちょっとしたらガルマ様に例の研究所をチクろう。上手くいけばV作戦への対応が根っこから変わるかもしれん。

ついでに被験者とか確保出来たら僥倖、なんて考えていたのが悪かったのか、何故かフラナガン博士から連絡が来た。なんだよ、オールドタイプな基地司令に何かご用ですかぁ?

 

「お久しぶりです大佐。その節はご迷惑をおかけしました」

 

モニターに映る博士を見て、危うく誰だお前って言いそうになった。以前会ったときは如何にもマッドサイエンティストと言った視線と仕草だったのに。今日の彼は、どう見ても近所の気の良いおじさんである。トレードマークのスーツや白衣も着ておらず、乳白色のカーディガンを着込み豊かなジェスチャーを交える姿は、以前を知っている俺には質の悪い冗談にしか見えない。

 

「は、博士も息災そうで。その、随分と印象が変わりましたな?」

 

そう言えば、博士は朗らかに笑い、手元にあったマグカップに口を付けた。マグカップにでかでかと可愛らしいキャラクタープリントがある事は、必死で見なかったことにする。

 

「以前、大佐がいらした時に仰ったでしょう?皆が協力的になる環境を作るべきだと。いやはや、我がことながらあの時はお恥ずかしいものをお見せしました」

 

ああ、言ったね、それがどうなると現状にたどり着くのさ?

 

「皆が協力的な環境。その為にまず皆に快適な環境を提供するべきでは無いかと考えたのです。そこで施設内で不満な点はどのようなところかを聞き取りまして」

 

ヒアリングをしてみたところ、もうこれでもかと不満が出たらしい。そら、モルモット扱いされてりゃ不満も溜まるわな。特に噛みついてたハマーンちゃんの要望は多岐にわたったそうな。研究員の格好が怖い、食事が無機質すぎて栄養補給以外の意味が見出せない。他にも沢山人が居るはずなのに会って話す場所や一緒に遊べるスペースどころか、そもそも他の人と会わせてすら貰えない。などなどなど。

そんな訳で思い切った改革に乗り出したらしい。まず、必要な場所以外で白衣を着ない。服装もスーツ限定だったのを私服も問題無いとし、中庭や図書室、更にまだ使っていなかった部屋を談話室に改造し職員、被験者の区別無く利用可能とした。食事も栄養重視のレーションではなく、一般に食べられているようなものに変更した。

するとどうだろう、今までおびえられるか嫌悪されるかしかなかった表情が笑顔になり、廊下ですれ違えば挨拶どころか寄ってきて会話をしようとする子まで現れた。人間好かれれば情も湧く。より親身に話すようになれば、どんな試験は辛いかとか、他の子の様子まで教えてくれる。更に言えば、今まで参加してもすぐ拒絶反応を示していたような試験でも頑張って受けるようになってくれた。それも遙かに成績は良好になるおまけ付きで。

 

「研究者以前に大人として恥ずかしい限りです。言われるまで子供にそんな窮屈な思いをさせて気にもしていなかったのですから」

 

いや、そんなん言われる前に気付けと言いたいが、無理だろうなぁ。今だって本当は子供に悪いとかじゃなくて、単純にこちらの方が研究に都合が良いからそうしているだけだと思う。

 

「それは良かった。博士の研究は我が国にとって重要ですからな」

 

まあ、現状誰も損をしていないので良いだろう。

 

「はい、更に面白い事も解りまして」

 

誰かに喋りたくて仕方ない顔をしているので黙って続きを促せば、どうもレクリエーションをしている被験者を見ていて妙なことに気付いたらしい。と言うのも、施設には比較用などという名目で、ザビ家の運営している孤児院からかなりの人数の子供がフラナガン機関に被検体として送られていた。ああ、なんか外伝に居た屍食鬼隊とかいう子達の事だな。確か他者との共感という事象を理解するために、まずその共感という機能を物理的に削除した人間を作ってみよう!なんてちょっとなに言ってるか解らない実験の被害者だったと思う。キシリアマジ外道!とか読んでて思ったけど、どうも聞いている限り今は行なわれていないっぽい。カマ掛けてみたらばつが悪そうに、そういう試験を行いたいと言う陳情は上がっていたが、却下したとのこと。ああ、つまり原作でもキシリア様は、何に使うか知らんで欲しいと言われた人間を都合良いところからほいほい送ったのね。もうちょっとマッド共の手綱をちゃんと握っておいて欲しい。

話を戻すと、その普通の子供達とニュータイプらしい子供達が交じってサッカーをしていたらしいのだが、あまり喋らず黙々とやっていたらしい。最初は気にもしなかったのだが、数回その光景を見た頃、妙だと気付いたのだそうだ。

 

「簡単に言ってしまえば、彼らは会話無しにコミュニケーションを成立させていたのです。ニュータイプ同士なら解りますが、そうで無い子同士でも、近くにニュータイプの子供が居るとそれが出来るようになるのです」

 

興奮した面持ちで告げるフラナガン博士。そらそうだ、今までの研究成果だと人工的にニュータイプを発現させることには成功していないし、そのアプローチも素養がある人間へ洗脳や薬物投与をして強引に引き出そうとする方法で、高確率で廃人、良くても情緒不安定な上に身体への負荷から寿命が短くなるといったデメリットが大きすぎる状況だ。これが仮に現状で発現しているニュータイプと長期間関われば能力が発現するとなれば、人工的にニュータイプを量産する事すら可能と言うことになる。多分違うと思うけど。

大方、無意識にニュータイプの子が他の子供の思考を読み取り、他の子に送り出しているんだろう。ただ、元々発現していなかった某赤いのとかがインド娘と一緒に居たら目覚めたくらいだから、現状高い能力を持つニュータイプに素養のある子を接触させていればそういう事も出来るかも知れない。

そうだとすれば、元になるニュータイプは多い方が良い訳で。研究のために使い潰すなんて論外だよね、と言う訳でフラナガン博士にちょっとチクっておこう。

 

「大変興味深い話でした博士。ところで、そちらの施設に居るクルスト博士でしたか?」

 

「はい、彼が何か?」

 

この頃はまだマッドな所あまり見せて無いんだっけ?だがこのマ、容赦せん!

 

「どうも彼はニュータイプに対し、少々過剰な危機感を持っているようだ。彼の行動には十分注意を払った方が良い」

 

その言葉に先ほどまでの緩い雰囲気は消え、真剣な表情になったフラナガン博士が聞き返してきた。

 

「それは、興味深いご忠告ですな」

 

「恐らく近いうちにニュータイプの能力について彼が幾つかの報告と、何らかの機材の開発を申請してくるでしょう。その内容には特に注意下さい。最悪施設にとって大きな損失を生むことになりかねません」

 

 

 

 

この大佐は本当にニュータイプではないのか?フラナガン・ロムは、モニターの向こうで何食わぬ顔をして紅茶を飲む男を注意深く観察した。以前検査をした時には確かにニュータイプの兆候は見られなかった。だが、あの時の忠告や今回の件を考えると、ただ勘が良いとか、知識が豊富だとかでは説明の付かない結果をこの大佐は起こしている。そう、まるで予め知っているかのように。そもそも行う事全てが良い結果を出すなど、たとえ天才でも不可能だろう。

今の言動だって奇妙な点は多い。施設の改革の際クルスト博士とも話したが、大佐と面識があるようではなかったし、大佐自身も以前訪れたときにそんなそぶりは見せなかった。

では、大佐はどうやって今日彼が提出してきた実験についての情報を得たというのか?一見緩く見えるが、ズムシティの首相官邸より厳重な警備とスタッフの身元が保証されているこの施設に、スパイはおろか盗聴器の類いだって設置することは不可能だ。おまけに今日報告書が上がるまで、クルスト博士はニュータイプの危険性について述べた論文や報告を一切出していない。にもかかわらずそれを言い当てるなど、最早超能力といったオカルトの世界だろう。

なぜならそれは、フラナガン自身が研究しているニュータイプ達でも出来ないことなのだから。

 

(少々の危機感、ですか。確かに、貴方に比べれば我々の研究対象など赤子のようなものかもしれませんな)

 

思わず信じても居ない神に感謝する程度には、目の前の男が味方である事の幸運を噛みしめるフラナガンだった。

 

 

 

 

前回の忠告が効いているらしく、クルスト博士への監視を付けることをフラナガン博士は約束してくれた。よしよし、EXAMとか微妙な装置のために貴重なニュータイプを消費できんからね。大体アレ機体性能上がるなんて言ってるけど、要はリミッター外してるだけじゃねえか。機体もオーバーヒートするわ、パイロットが死んじゃう動きするわって、兵器として欠陥品にも程がある。あんなのに関わらなきゃジオンの騎士マニアももうちょっとましな人生を送れたかもしれん。

博士との通信を終えてそんなことを考えていたら、急に部屋の外が騒がしくなった。そんで何事と聞く前に扉が開き、金髪のお嬢さんがずかずかと入ってくる。再三にわたって言うが俺は基地司令、この場所で一番偉い筈なんだけど。

 

「納得出来ません!待遇の改善を要求します!」

 

走らせ始めて三日目で怒鳴り込んできたか。お嬢さんにしては持った方と評価すべきか、軍人として根性足らんと叱るべきかチョット迷うな…なんて俺が甘い人間だと思うなよ?

 

「私は止めて良いなどと一言も言っていないが。何故走っていないのかね、少尉」

 

「ですから!納得が出来ないと!」

 

「君は一々納得しないと上官命令が聞けないのか。なあ少尉、私には我慢出来んものが3つある。壺をぞんざいに扱う者。ヒステリックに叫ぶ者。そして何より我慢ならないのは命令を聞かない部下だ」

 

睨め付けてやれば、短い悲鳴を上げて後ずさる少尉。惜しい、チョット遅かったね。

 

「そんなに納得したいなら教えてやる。お嬢さん方のような兵士と呼ぶのも烏滸がましい半人前以下のヒヨコに貴重なMSなぞ預けられん。せめてその軽い頭に被さっている殻が取れてから口を利きたまえ。大尉!」

 

部屋の外で控えていたエリオラ大尉に声を掛ける。この人いつ見ても笑顔だな、心に深い闇を抱えていそうで怖い。

 

「監督不行き届きに止められなかった連帯責任だ。隊の全員で第二駐機場を10周。終わるまで許さん、日が暮れてでも走れ」

 

ちなみに駐機場は一周5キロくらいだから大体フルマラソンくらいの距離だ、まだ昼だし今日中には終わるだろう。

 

「罰を受けるのは私だけで良いでしょう!?」

 

悲鳴に近い声で口を挟む少尉にもう一度解りやすく教えてやる。

 

「ここは軍隊なのだよお嬢さん。一人の勝手が皆の不利益に繋がる実に素敵な職場だ。解ったのなら駐機場を11周、とっとと走れ」




駐機場は一周五キロ。割と狭い!


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第三十四話:0079/07/02 マ・クベ(偽)は賞金首

やることがある時って、別のことがよく進みません?
つまりなにが言いたいか。

E-3の攻略が全く進んでいません。



地下だというのに、その場所は完全にコントロールされた照明と空調により極めて快適に保たれている。現状の地球環境からすれば非常に羨ましい環境ではあったが、それを加味しても部屋に居る男達の気持ちは全く上向かなかった。

 

「これで欧州は完全に連中の勢力圏か」

 

「大陸はもう無理だ。ブリテン島も先日の空襲でポーツマスが機能を失ったからな。攻勢どころか島を守れるかすら怪しい」

 

「北米は?」

 

「カリブ海周辺は維持している。と言えば聞こえは良いが連中が戦線の拡大を嫌って動いていないだけだ。何よりキャリフォルニアの失陥が大きい。装備も弾薬の補給もジャブロー頼りでは、攻勢など夢のまた夢だ」

 

そう言えば、隣で煙草を燻らせていた男が溜息と共に続ける。

 

「こちらも似たようなものだな。地中海の制海権を取られてから北アフリカの部隊の動きが活発化している。今日明日でキリマンジャロが落ちるとは考えたくないが」

 

「例の機動兵器か」

 

その言葉に男は黙って頷いた。先日の欧州におけるジオンの大攻勢において唐突に現れたその機動兵器は、巨大戦車の対応にすら苦慮している連邦にとって正に悪夢のような存在だった。防衛の中核であるメガ粒子高射砲をこうも簡単に潰されては、再びMSの空挺降下が行なわれてしまう。

 

「おまけにあの羽つきに骨董品だ。一体連中に何があったんだ?」

 

行動範囲を飛躍的に広げたホバー移動するMSに、旧ロシア軍機を模倣した戦闘機。骨董品などと蔑んでいるが、新鋭機であるセイバーフィッシュですら1対1では対処できないという頭の痛くなる報告が上がっている。現状それ程配備が進んでいないため何とかなっているが、これの量産が本格化すれば各地の制空権すら怪しくなってしまう。

 

「まったくレビルの奴め、何がジオンに兵無しだ」

 

確かに開戦以前、連邦政府とジオン公国には30倍近い経済力の差と、それに近い戦力差があった。だがそれは単純に艦が30倍あるとか、兵士が30倍存在すると言うような単純な話ではない。更に言えば各サイドが壊滅した事で経済は大幅に縮小しているし、地球もコロニー落としの影響で太平洋沿岸地域は甚大な被害を受けている。更に月面都市やサイド6が中立宣言をしたために、今は良くて3倍と言ったところだろう。

無論国家の危機である現在軍事は優先されているが、それでもそのリソースは有限だ。肥大化した組織を効率よく運営するための官僚機構の弊害で、食料や医薬品など共有可能な物資は余裕があるが、その一方で人員の確保や装備の生産とその予算の獲得については、各軍が必死でパイを奪い合う様相を呈している。特に開戦初頭で甚大な被害を被った宇宙軍と海軍は組織を立て直すべくそれらをかき集めているが、現在矢面に立たされている陸軍や空軍にすれば、いつになれば使えるか解らないマゼランを一隻建造する資源で一台でも多く戦車や戦闘機を寄こせと言うのが本音である。

更にジオンはMSという新兵器により、宇宙と地上を同じ人員で戦わせるという荒技まで使ってきた。おかげで陸軍同士で比べれば、宇宙軍に人的資源を多く奪われているため、むしろジオンの方が戦力は優勢という笑えない状況に連邦陸軍は陥っていた。

 

「その辺りは多少負い目を感じているようだぞ。例のV作戦で出来たMSの先行量産機をこちらに回すと打診があった」

 

「ふん、自分の持論を証明するのに俺たちを体よく使うつもりだろう?」

 

嫌悪感を隠そうともせずに男が口を開く。欧州方面を担当していた彼は、今回の件で出世コースを閉ざされたのだから無理からぬ事と皆考えた。

 

「だが、我々だって鹵獲頼りでは話にならん。寄こすというなら有り難く使わせて貰おうじゃないか。運用試験をこちらで行なうのだから、連中への貸しにもなるしな」

 

MSの譲渡を借りではないと明言しながら北米担当の少将が意見を述べた。キャリフォルニアからの撤退時にMSの脅威を存分に味わった彼は、何としてもあれを手に入れねばならないと確信していた。故にたとえ宇宙軍にどのような思惑があろうとも、陸軍にMSが手に入るなら許容すべきだとも考えている。ただ、それを素直に言えば面子に拘る者達の反発は必至であるため、先ほどのような物言いになってしまっているが。

 

「MSが手に入ったとしてもだ。あちらにイニシアチブがあるのは変わらん。そこはどうする?」

 

「その点については、情報部が面白い情報を持ってきたぞ。4月半ば頃からオデッサ近郊の通信量が大幅に増大しているそうだ」

 

「オデッサ…確か司令官はマ・クベか、あれが関わっていると?」

 

「確たる情報は無い。だが逆に言えば、情報部が探れん程度にはあそこが厳重に守られているのは確かだ」

 

更に偵察機の空撮画像によれば、ここ2ヶ月で基地の規模も劇的に拡大している。それも考慮すれば、その拠点の基地司令が無関係であると考えるのは楽観に過ぎるだろう。

 

「早々にご退場願いたい程度には厄介な男という所か」

 

「そちらの方面でも話を進めておこう。やれやれ、早く戦争など終わらせたいものだな」

 

「いっそのこと賞金でも懸けるか、10万ルーブルでどうだ?」

 

最後の言葉に皆が笑いながら同意し、男達は各々の執務室へと帰っていった。翌日、ジャブロー参謀本部の掲示板に紫髪の陰気な男の手配書が貼られることになるのだが、10万ルーブルの賞金が支払われたという情報は、現在に至るまで地球連邦の公式記録に存在しない。

 

 

 

 

「なあ、ウラガン。カーゴは何故丸いんだろうな?」

 

最近気に入っているのか、ワショクのテリヤキなる魚料理をつつきながら、大佐がまた妙なことを言い出した。

 

「はあ、申し訳ありません。考えてもみませんでした」

 

ウラガンは有能ではあるが万能ではない。兵器を手配することも差配することも出来るが、何故その形なのかなどは関心の埒外なので、何故丸いと言われても何か理由があるのだろうと思う程度でそれ以上の答えなど持ち合わせていない。同じ人種だった前の大佐と違い、今の大佐はそこが気になって仕方ないようだが。

 

「だっておかしいだろう。コンテナが丸いか?施設の部屋を丸く作るか?いや、意匠としてそうする場合がある事は解る。だがカーゴだぞ?運搬用の台車をなんで丸くするんだ?上の方とか絶対デッドスペースが出来るだろう」

 

言っている内に興奮してきたのか、付け合わせのナットウなる腐ったビーンズを執拗にかき混ぜながら大佐が喋る。食堂なのでエキセントリックな行動は控えて欲しいのだが、今のところ聞き入れて貰えたことはない。

 

「ああ、あれはちゃんと理由があって丸いんですよ、大佐」

 

フランクに話しかけてきたのはMIPから出向してきているジョーイ・ブレン技師だった。アッザム事件(オデッサ基地司令部要員命名)以来随分親しげに接するようになった彼は、当然のようにウラガンの横に座り説明を始めた。

 

「元々カーゴとギャロップは緊急展開用HLVとそれの運搬車両として設計されたものでしてね。前線部隊がギャロップで移動するところに、宇宙からカーゴで直接物資を送りつけようって算段だったんですよ」

 

なので、宇宙での運搬の利便性と生産性を確保するためにHLVの生産設備を流用したからあのような形になったらしい。ただ、実際に戦争をしてみれば頻繁に動き回る部隊にピンポイントで物資を投下するのは困難であったし、位置がずれた場合ミノフスキー粒子下では捜索が行いがたい事、加えて最悪物資が無傷で敵に渡ってしまうというリスクから、そうした運用を控えているとのことだ。

 

「成程、そういう訳だったのか。有り難うジョーイ技師、疑問が一つ無くなったよ」

 

「いえいえ、お役に立てたなら何よりです。今度はギャロップを弄るんですか?」

 

「あれを弄るとなると大騒ぎになりそうですな。ガウの方も苦労しているようです」

 

以前大佐が編纂した旧式兵器のデータは、現在ジオン全てで共有されている。そして運用の結果、能力に難があるとされたガウは現在キャリフォルニアベースにてガルマ大佐主導で改良が進められているのだが、その進捗はあまり芳しくないようだ。

 

「ガウは何でもかんでも詰め込んだ機体だからな。ある程度分業させたいが、そうするには単体コストが高すぎる」

 

ミソスープを気難しげに飲みながら大佐が答えた。爆撃機と輸送機と空母を一機でこなそうと言うのだから無理も出るだろうとのことである。ただ、単純に3機に分ければ整備面での負担は倍以上になるのは明らかだし、運用するための人員も相応に必要になる。加えてあのサイズだ、生産設備自体の調整も悩みの種だ。

 

「その辺りは今度ガルマ様とも話してみよう。それで何の話だったか…ああ、ギャロップだったな。それ程文句がある訳ではないが、言わせて貰えるならあの主砲が気にいらんな」

 

射界が限定的で気に入らないとは大佐の言葉だ。

 

「大体、カーゴを連結したら左右30度ずつくらいしか撃てないとか構造的欠陥だろう?」

 

ちなみに無くてもエンジンが邪魔で180度も撃てないと、苦笑交じりでジョーイ技師が補足した。では何故そんな所に付いているかと言えば、どうやらこれも軍からの追加要求が原因だったようだ。ギャロップの試作車が出来上がっていざ実走という段階で、見に来た軍関係者が自衛用の火器が105ミリ機関砲だけでは不足だと言いだし、急遽火力を増強するために取り付けられたそうだ。ちなみに105ミリ機関砲も175ミリ速射砲に変更された。

今まで大佐が文句を言わなかったのは、そもそもギャロップが移動用の足である事に加え、整備や作戦指揮を取る人員が搭乗する移動拠点だったからだそうだ。なまじ戦える火器があると人間は逃げるよりも戦うことを選択しやすくなり、徒に被害が拡大するというのが大佐の意見である。

 

「MSがやられるような戦力にギャロップで勝てる訳がないだろう」

 

だが現状を考えれば、MSの行動範囲拡大に伴いギャロップ本体の安全性が高まっているので、それならば火力支援が容易な方が良いと言うのが今回改善提案を出そうと考えた理由らしい。改善したい点としては、近接防御火器の充実と主砲の射界の向上の二つだそうだ。この件についてジョーイ技師によれば、ギャロップは出力にも余裕があるので、車体を少しサイズアップし形状を弄ればそれ程難しい改造ではないだろうとのことだった。

 

「言ったらギャロップもここで造ることになりますかね?」

 

オデッサに出向する原因となったドップのことを持ち出してジョーイ技師が大佐をからかう。すると口角をつり上げて、食後のグリーンティーを飲んでいた大佐が答えた。

 

「オデッサはもうかなりの製造拠点を抱え込んでいる。生産効率は良くなるが、一度の失陥で生産能力が激減するという事でもある。これは我々がキャリフォルニアで証明した事実だ。その教訓はちゃんと司令部も認識しているさ」

 

後日、資源増産指示と同時にギャロップの改良、生産施設設置の指令が送られてきて深い溜息を吐くことになるのであるが、それを知るものはまだ居ない。




さあ、梅雨入りです、今週も頑張らずに行きましょう。


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第三十五話:0079/07/04 マ・クベ(偽)とヒエラルキー

モチベーションが上がらない時って、あるよね(言い訳のつもり)


厄介なお嬢さん方を迎え入れて一週間が経った。ジュリア嬢は相変わらず今にも噛みつきそうな目でこちらを睨んでくるが、彼女が何かをすると全員にフルマラソンが待っていると理解した他のメンバーに必死に止められている。うんうん、そうやって是非連帯感を強めて欲しい。なんて気楽に考えていたら、困った顔になったエリオラ大尉が話しかけてきた。

 

「申し訳ありません、大佐。正直に申しまして、そろそろ限界です」

 

あれ?その辺りはトップ少尉達が上手くやってくれてんじゃないの?と思ったら。どうやら少尉達は肉体的な限界は見極めているが、精神的な限界についてちょっと甘かったらしい。そもそも志願して前線に来るような奴なんだから覚悟してきてるんだろ?とばかりにブートキャンプ(易)をしたものだから、精神的にタフなメンバーはともかく、使命感だけのメンバーがそろそろ鬱かノイローゼにでもなりそうだとのこと。病気になれば大手を振って実家に帰れるんじゃね、とか不謹慎な事も考えたが、責任感が強い分自傷行為や最悪精神病で後送になんてなったら自殺しかねないというのが大尉の見立てだ。その気遣いを何故俺にはしてくれなかったんでしょうか。

 

「大佐は壊れませんから」

 

そんな方向の信頼は要らない。ともかくそろそろ飴を与えて欲しいとお願いされた。正直教育状況はノータッチだったので、少尉に来て貰ってそんな話があるけどどう思うって聞いたらすっごいしかめっ面された。

 

「はい、大佐。正直に申し上げれば彼女たちは最低ラインにすら達していません。MSに乗るには、最低でも後3ヶ月は必要でしょう」

 

まず体力が足りない。次いで兵隊としての知識も無い。正直なんで軍服を着ているのか解らないレベルで軍に対する理解もない。MSに乗せるどころか、本音で言えばとっとと本国へ帰れと言いたいというのがトップ少尉の忌憚のない意見だそうな。奇遇だね俺も同意見だよ。まあ、残念な予行演習と考えてやるけどね。

 

「…予行演習?どういう意味でありますか?」

 

「あくまで私の推測だが」

 

そう前置きして、史実でのジオンが行った学徒動員の話をする。まあ、第二次大戦以降、便利な人殺しの道具が増えれば増えるほど、兵隊の若年化が進むのは歴史が証明している。ジオンだって余裕がある今だからこそまともな訓練をした兵士を乗せているが、余裕がなくなれば歩兵や旧世紀の戦闘機などに比べれば遙かに体力面での負荷が低いMSを、それこそ動かせるだけで良いと考えて彼女たち程度の人員が新兵として送られてくるようになるだろう。話し終えた後、少尉の顔を見れば嫌悪に歪んでいた。

 

「子供を戦場に送り出す、控えめに言って吐き気がしますね」

 

「そうだな。だが追い詰められれば何処の国でもそうする。無論我が国だって例外ではない。幸か不幸か、彼女たちはまだ時間があるうちに来てくれた。最悪の中でも最善の一手が打てるよう、精々我々も訓練させて貰おう」

 

「…大佐は、今次大戦がそうなるとお考えなのですか?」

 

どうかな。俺は未来が見通せる訳じゃないからね。保身に走ったせいで原作知識も何処まで通じるか怪しいし。

 

「ならないよう最大限の努力はする。だが、なってしまった時に後悔しても遅い。であれば最悪に備えるのもまた軍人の使命だろう」

 

子供を引っ張り出した時点で、大人としても軍人としても失格だけどね。

 

「であるならば、シミュレーターに乗せるくらいが妥当でしょう。大佐がお相手してくださればより励みになるかと」

 

そーなの?ご褒美になるって言うなら吝かじゃないよ。

 

「解った、それじゃあ午後はお嬢さん方とデートといこう」

 

 

そんな訳で、書類仕事を片付けて鼻歌交じりにシミュレーター室に向かっていたら、通路でばったりシーマ少佐に出会った。

 

「やあ、少佐。君もシミュレーター室か?」

 

イベリア半島攻略後受領予定だったガウが、例の高射砲のせいで別部隊への補充に回されたせいで海兵隊はちょっと暇を持て余している。まあ、そのおかげで精鋭である彼らがシミュレーターや実機で基地に居る部隊を手当たり次第に教育してくれているので、基地司令としてはそれ程悪くないとも思っている。当初の予定通り陸路でのアフリカとの連絡も可能となったし、北大西洋への襲撃準備も着々と進んでいる。このまま順調にいけばブリテン島を攻略出来てしまうかもしれない。

 

「ええ、ホシオカの親父殿から頼まれ事でして。そう言う大佐こそ午後一番からとは、今日は司令部のうるさ型からお小言がなかったので?」

 

はっはっは、そんな訳無いじゃない。

 

「彼らの小言が無くなる頃には戦争は終わっていると思うよ。例のお嬢さん方へのご褒美を頼まれてね、これからシミュレーターで相手をするんだ」

 

そう言ったらなんか笑顔のまま停止する少佐。え?なに?

 

「大佐が直接指導なさるんで?」

 

「そんな大それたものじゃない。2~3回模擬戦をしてやるくらいだろう」

 

まだ体力的にも微妙な様子だし、MSパイロットがそれなりに消耗する事が解るくらい乗れれば今日は十分だと思う。正直俺との模擬戦がご褒美になるってのは今一ピンとこないけど。

 

「…成程。ああ、ちょっと失礼します」

 

そう言って少し離れたところで携帯端末を取り出して何やら話し始める少佐。何だろゲンザブロウ氏からの連絡かな?それ程大した用事ではなかったのか、すぐに通話を終えると、少佐はにこやかな笑顔で戻ってきた。

 

「失礼しました、大佐。それでは行きましょうか?」

 

頷いて歩き出そうとしたら、今度は俺の携帯端末が震えだした。なんだよ、タイミング悪いな。

 

「ああ、大佐ですか?その、ちょっとご相談したいことがありまして」

 

連絡の主はゲンザブロウ氏だった。何だろ?あれかなゴッグのことかな?

 

「相談ですか。申し訳ないが少し後でも宜しいでしょうか?先約が…」

 

「ああ、その、結構急ぎと言いますか出来ればすぐ来て欲しいんですが」

 

何、もしかしてトラブルでも起きたん?そんな感じで困っていたら少佐が話しかけてきた。

 

「どうかなさったんです、大佐?」

 

「ああ、どうもゲンザブロウ氏が至急の案件と言ってきていてね。どうしたものか」

 

「…宜しければ、お嬢さん方の面倒は私が見ましょうか?」

 

え、いいの?

 

「しかし少佐も用事があるのだろう?」

 

そう言えば笑ったまま少佐が口を開いた。

 

「こちらはそれ程急ぐ用事ではありませんし、内容もホシオカの親父殿がらみですから。大佐の用事のために遅れるなら納得してくれるでしょう。私は大丈夫ですよ」

 

そう言ってくれる少佐。考えてみれば、シミュレーターばっかで実機チェリーな俺より、実戦経験豊富で兵の扱いにも慣れている少佐の方がずっと適任な気がしてきた。ついでに言えば、女性同士の方が色々悩みとかも打ち明けやすいかもしれない。よし、ここはシーマ様に頼ってしまおう。

 

「それなら、すまないがお願いできるか、シーマ少佐。後で埋め合わせをしよう」

 

「期待しておきます、大佐」

 

そう笑ってシミュレーター室へ歩いて行くシーマ様。ハードル上がったなあ。

 

 

 

 

シミュレーター室にパイロットスーツにて集合と大尉に告げられたとき、ミリセント・エヴァンス少尉は思わず歓声を上げ掛けた。

色々な基地をたらい回しにされたが、このオデッサは特に扱いが雑だ。何しろこの一週間ミリセント達はただ基地の中を走らされていただけなのだから。友人のフェイス・スモーレット少尉や、A班のジュリア少尉のようにメンタルが強いメンバーは良いが、同じ班のミノル・アヤセ少尉が夜泣いている所を見たし、ミリセント自身も少々気持ちが落ちていたので、ここで念願のMSへの搭乗許可は何物にも代えがたいご褒美だ。

 

「まあ、実機じゃなくてシミュレーターだけどねー」

 

隣を歩くフェイスがそう茶々を入れたが、彼女も口元の笑みは隠せていない。

 

「ふん!全く遅すぎですわ!私をMSに乗せないだなんてジオンにとって損失でしてよ!」

 

後ろではジュリア少尉が上機嫌で大佐を非難している。教官に聞かれるたびにランニングの周回が増えているのだから、いい加減学習して欲しいとミリセントは密かにため息を吐いた。

 

 

「よし、全員居るな。では良い知らせがある」

 

部屋で待機していたら、引きつった笑みを浮かべつつ、エリオラ大尉がそう言って入室してきた。何事かと見れば、何故か秘書官の制服に身を包んだ少佐殿が良い笑顔で後から入ってくる。

 

「お忙しい大佐殿に代わって少佐殿が本日貴様らの面倒を見て下さる。少佐はあのジブラルタルを攻略した英雄だ、存分に胸を借りるといい」

 

「ご紹介に与ったシーマ・ガラハウ少佐だ。お嬢ちゃん達に大佐は勿体ないからねえ、あたしが精々遊んであげるよ…覚悟しな」

 

素晴らしく良い笑顔の少佐殿を見て、ミリセントは正しく虎の尾を踏んだことを自覚したが、既に事態は如何様にもすることは出来ず、黙って敬礼を返すことしか出来なかった。ちなみにこの日ジュリア少尉が泣いて謝るという極めて珍しい事態が発生したと言われているが、関係者各位が口を噤んでいるため、その真実は定かでない。




読者の期待を裏切っていくスタイル。


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第三十六話:0079/07/06 マ・クベ(偽)の密告

感想二千件突破感謝投稿。
全て読ませて頂いています、有り難うございます。




ゲンザブロウ氏の相談はやはりゴッグに関することだった。今の状況だと試作機でノウハウが得られるツィマッド社が、他社に比べ提供する技術に対し見返りが大きすぎるのではないか、と言うのがゲンザブロウ氏の懸念だった。簡単に言えば、今の状況だとジオニックやMIPがへそ曲げちゃうよ、最悪出向しているメンバーを引き上げられた上にそいつらクビにされちゃうかもなんて問題に発展しかねないそうな。

え、こんな貴重な経験積んでる技術者切るの?なんでって思うかも知れないが、今回はアッザムの時とは違い、各社の独占している技術をかなり踏み込んで公開しないといけない。ツィマッドは大推力エンジンやジェネレーター系とその制御プログラム。ジオニックは構造材関連にMSの制御系。MIPはメガ粒子砲関連の技術と、ちょっと協力程度で提供するのは難しいものばかりだ。

んで、それを見返りも無しにべらべら喋ると言うことは、その技術者は会社の利益を著しく損なう行為を働いた事になる訳で、会社からそんなコンプライアンス意識の欠如した人間なんて危なくて使えないと言われても確かに文句を言えない状況である。

当然クビになれば、仮に軍で再雇用しても今までのようには行かない。各社のデータベースにはアクセス出来なくなるし、横のつながりだって切れてしまう。もしかしたら会社の方からそれらの技師に自社機体への接触禁止なんて要求も出るかもしんない。それは困る、大いに困る。

 

「ではツィマッドには悪いが、今回の開発過程は各社に完全公開と言うことにしよう。無論提供できる技術に関しては、会社からの承認のあるもののみとする。どうだろうか?」

 

そう言えば、ゲンザブロウ氏もそれなら会社も納得するだろうと残念そうな顔で答えた。

 

「それだと残念ながら各社の技術の粋を集めて!とは行きませんな」

 

多分それはジオンが負けるとこまで行っても無理だと思うよ?

 

「会社が営利団体である以上それはどうしようもない事ですな。苦労をおかけします」

 

それにしても、このくらいのことなら通話で良かったんじゃない?何で呼んだの?って言ったら、突然狼狽し始めるゲンザブロウ氏。何、他に何隠してるの。

 

「ああ、その、いや。そ、そう!実はツィマッドの連中から相談を受けてまして!その内容について大佐の意見を聞きたかったんですよ!ほら、通話ですとちょっと解りづらいかと思いましてね?」

 

明らかに何か隠しているが、そこまで言えないなら無理に聞き出すのは控えよう。

 

「そう仰るなら真意は問いません。基地や兵達に害が無い範囲で、ですが」

 

「それは誓って無いのでご安心を」

 

そう安堵するゲンザブロウ氏に溜息で返す。

 

「…ゲンザブロウ氏、もう少し腹芸も覚えて下さい。その答えでは隠している事があると自白しているようなものです」

 

俺の言葉に、ばつの悪い顔になりながらゲンザブロウ氏は図面を端末に映した。ああ、言い訳って訳じゃ無く本当に相談したいこともあったのね。

 

「あー、ゴッグなんですが、今のレイアウトですと、どうしても排熱がクリア出来ません。大佐の言うセミモノコックで試算してみましたが、それでも容積が足らんのです」

 

そう言って見せてくれた図面は、なんだか一回りほど大きくなって、更にずんぐりと丸くなったゴッグだった。何か出来の悪いカプルみたい。

 

「地上での活動時間延長のために空冷機構を背面に追加しています。ただ、重量が増す分負荷も増しますから、思ったより効果が見込めません」

 

図面横の試算を見てみると、確かに微々たる変化しか見られない。そうだなぁ。

 

「いっその事水冷機構を削除してしまったらどうです?」

 

そんでその分空水両用式の冷却機構を積むとか。

 

「難しいですね。水冷機構で一番容積を食っている貯水ユニットはバラストタンクと兼用しているので外せません。両用ですとサイズがむしろ大型化してしまいます」

 

俺が思いつく位のことはもう試してるよねー。…ん?ちょっと待て。

 

「貯水ユニットとバラストタンクを兼用しているのですか?」

 

「ええ、そうですが」

 

待て待て待て。

 

「この機体はどう浮上するのです?」

 

「それは当然排水し…あ」

 

気まずい沈黙が流れる。それを打開するべく俺は口を開いた。

 

「どうも、この機体の冷却機構には根本的な問題がありそうですな。失礼」

 

そう言って図面を見れば、兼用されているせいでバラストタンクが耐圧殻の中に納められている。そりゃでかくなるし重くもなるわ。しかも肝心の上陸時に十分な水量を確保するため余計にでかくなっている。断言しよう、この機構を考えた奴は馬鹿だ。

 

「…兼用を止めればバラストタンクは小型化出来ますし、空水両用なら貯水タンクは要りません。そうなれば耐圧殻も要りませんからかなり容積が空きませんか?」

 

「た、確かにこれなら…ああ、ダメか」

 

すぐに再計算してくれたが、まだ駄目なようだ。見れば空冷にした分ラジエーターの位置に制限が出てしまい、それが内部機構、はっきり言えばメガ粒子砲と干渉している。

 

「では、レイアウトを根本から弄りましょう」

 

俺の言葉に疑問符を浮かべるゲンザブロウ氏。ふふふ、忘れて貰っては困る。俺は原作知識持ちのチート野郎なのだよ!

 

「腹部に装備している武装を全て移動します。メガ粒子砲は腕に、ミサイル発射管は背中に持って行きましょう」

 

大体何で腹にミサイル詰め込んだと小一時間問い詰めたいが今は良い。

 

「ミサイルは解りますが、メガ粒子砲を腕にですか?随分バランスが変わりますね。それにクローへの動力伝達も考えるとかなり肥大化しそうですが…」

 

「クローに関して言えば、むしろ何故可動させる必要があるか私は聞きたい。他機種同様に携行火器を持たせられるならともかく、相手を殴りつける鈍器を強度を落としてまで動かしたい理由は何でしょう?」

 

「…ものを掴むとかですかね?」

 

「掴むだけなら五本も必要ありません。精々2~3本あれば良い。ついでに大型化して強度を上げれば尚よい」

 

そう言いながら図面を指先でつつく。

 

「ついでですから、MIPが次の水陸両用機に採用する予定のメガ粒子砲を寄こすように言いましょう。腕にあれば射界は広がるはずですから、拡散式を積む必要性は薄い」

 

「それで空いたスペースに冷却系を追加ですか。面白い、ちょっと計算してみましょう」

 

興奮気味に端末を操作するゲンザブロウ氏を見て、俺は満足しながら席を立った。ちなみにシミュレーター室にも行ってみたが、入口に立っていた大尉にお礼を言われたあと、すぐに追い返された。中で乙女の秘密が行われているなんて言われたら退散せざるを得ないと思う。一体なにやってるんだろ?

 

 

そんなことがあったのが二日前、以来良く解らんがジュリア嬢は真面目に訓練に励んでいる。ただ、俺を見ると悲鳴を上げて逃げるようになった。ちょっと傷つく。ちなみに暇なときは訓練に支障が出ない範囲ならシミュレーター使っていいよって中隊のメンバーに伝えたら皆引きつった笑顔になったが、横で聞いていたシーマ少佐が良かったねぇ?って一言言ったらすっごい元気な声で感謝の言葉を述べられた。どうも彼女たちの忠誠心はシーマ少佐に掌握されているようである。

 

「やあ大佐、久し振りだ。活躍は聞いているよ、姉上に随分絞られたみたいじゃないか?」

 

それはさておき、7月に入っていよいよ連邦も色々出来上がっている頃なので、原作知識を使って色々とちょっかいだそうとガルマ様に連絡を取ってみた。開口一番からかわれたけど!

 

「自身の不出来を恥じるばかりです。搭乗員の選定もしておくべきでした」

 

「それでスクールを開いているのか?こちらまで聞こえてきているぞ?是非ウチにも来てやって貰いたいものだな」

 

「スクール?」

 

なんぞそれ?訳が分からないよって顔してたら、ガルマ様が笑いながら教えてくれた。

 

「ほら、大佐がシミュレーターで兵達と訓練しているだろう?あのデータは各方面軍に開示されていてな。先日なんてウチの教導隊の教官がオデッサで研修を受けさせてくれなんて頼んできたぞ?」

 

「受け入れは吝かではありません。むしろ人材交流は積極的にするべきでしょうし」

 

せめて、横の連帯くらい強めないとね。おっと話がそれてるな。

 

「受け入れの件はまた後ほど。本日はガルマ様にお聞かせしたい情報がありまして」

 

「…暗号強度の高い専用のレーザー回線を使ってまで大佐がしたい話か。随分面白い話になりそうだ」

 

バレるとチョット厄介だからね、先に処分されても困るし。

 

「実は、連邦の新兵器及びその運用研究についての情報を入手しました」

 

「なっ!?」

 

驚いた?驚いたでしょ?情報部すら得てない情報だもんねー。

 

「規模や装備の詳細は判明していませんが、どうやら北米の基地で新兵器とそれを運用する兵士の育成が行われているようです。状況からすれば恐らく新兵器はMTあるいはMSかもしれません」

 

「まて、まて大佐。そんな話は聞いたことがない。第一北米だと?連中は我々の目と鼻の先でそんなことをしていると?」

 

混乱しているのも無理はない。なにせ北米の主要な都市はほぼジオンの勢力圏だし、残存しているカリブ海沿岸だって攻められればいつ失陥してもおかしくない。普通に考えればそんなところで新兵器の研究なんぞしないわな。

 

「その盲点を突いたのでしょう。情報部もまさか最前線で新兵器の研究などしているとは考えていなかったのでしょうな。私自身、とある我々のシンパから情報がなければ調べようとも思いませんでしたから」

 

そう平然と嘯いてみせる。無論シンパなんて居ないし、あくまで原作知識ありきで幾つかの古美術商などの伝手を使って食料とかの移動量を確認して貰っただけだ。でも、それだけでも解る事ってあるんだよね。

 

「一ヵ所だけ随分と羽振りの良い基地がありましてね。規模は大したことがないのに食料などが明らかに他所より多く搬入されている」

 

つまり、それだけ多くの人員がそこに居ると言うことだ。隠蔽のために複数の業者を使うまでは良かったが、ちゃんと身元を洗わなかったのは失敗だったな連邦さん。世の中には金をくれればアースノイドもスペースノイドも関係ないなんて連中は山ほどいるぞ?

 

「…成程、成程だ、大佐。確かにこれは秘匿回線を使わねばなるまい。それで、場所は?」

 

「ジョージア州オーガスタ基地。リスクは高いですが、今落とす価値があると小官は愚考します」




原作開始まであと一ヶ月。
と、思ったら後二ヶ月もあるじゃねーか!

更に訂正。
よく考えたらとんでもねえ構造だと編集に突っ込まれたので加筆です。


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第三十七話:0079/07/09 マ・クベ(偽)と相談

E-5終わった記念と言う名の今週の投稿。


「良くやってくれた、大佐!感謝するぞ!」

 

いきなりドズル中将から連絡があったと聞いて何事かと慌てて出てみたら、馬鹿でかい声で感謝された。そんなに大声出さんでも聞こえますよ。

話を聞いてみれば、例の連邦宇宙軍の作戦のためにあちらさんジャブローから増援を出したらしいのだが、運が悪いことに打ち上げた宙域で第603技術試験隊が評価試験をしていたそうな。そう、オデッサから送ったザクレロの。双方とも不期遭遇戦だったわけだが、今回はこちらの方が運が良かったようだ。対艦ミサイルは模擬弾だったが、それ以外は完全装備でのMS曳航試験だったせいで、連邦艦隊は碌な対空準備もままならないまま、外縁に位置していたサラミス二隻をザクレロに撃沈され、空いた穴に完全装備のR型を三機も投げ込まれたのだ。結果からするとザクレロは数カ所被弾したが装甲板の損傷のみ、R型の内1機が小破したものの、増援として送り込まれる筈だった戦艦3隻、巡洋艦8隻からなる艦隊を文字通り全滅させてしまったのだ。ザクレロと宇宙での試験を兼ねて送られていたジャイアントバズの戦果は即座に本国に届けられ、性能評価をしていた技術中尉が大絶賛の上、一秒でも早く生産するべし、なんて報告書を上げたらしい。ちなみに戦艦1隻と巡洋艦2隻を単独で、その後戦艦2隻を協同撃沈したデミトリー曹長は特進して准尉になった上でジオン十字勲章を授与されるそうな。すっげえ感謝の言葉だらけのメールが来たけど、頑張ったのは曹長なんだから胸張って貰っときなって返しといた。加えてザクレロにびびったのか、活発化していたルナツーの動きが途端に止まり、頻繁に動き回っていた艦隊も引き籠もってしまったそうな。おかげで装備の更新時間が出来たとドズル中将はゴキゲンで俺に連絡を送ってきた次第である。

 

「ザクレロも良いが、あのジャイアントバズだ!あれは良い。既存の機体でも即座に運用出来るところが気に入った!」

 

いや、MSなんだからそらそうでしょと言いたいが、案外ジオンの携行火器って互換性が無かったりするんだよね、ジャイアントバズも元々ドム専用で設計してやがったし、同じマニピュレーター方式を何で採用してるのか考えろと問い詰めたい。当然ではあるが、うちから開発要求を出した装備は、ザクⅠでも使えるようにしろよ!絶対だぞ!フリじゃねえからな?と口をすっぱくして言ってある。まあビーム兵器は無理だろうが、せめて実弾兵器くらいはそうしておきたい。

 

「お気に入り頂けたようで何よりです」

 

「ソロモンにも製造ラインを設置する。MMP79も評判が良いぞ。全く、お前のような部下がいるキシリアが羨ましいわ!」

 

不用意な発言は避けて頂けませんかねぇ!?ちなみにMMP79はごり押しして生産を前倒ししたMMP80の事だ。早く地上でも量産体制に入りたい。

 

「閣下の下にも優秀な者は幾らでも居るではありませんか。かの赤い彗星や青い巨星、将であればコンスコン少将やカスペン大佐も居られる」

 

そう返せば自嘲じみた笑いを浮かべてドズル閣下は声のトーンを落とした。

 

「確かに、優秀な部下だ。だがあいつらは俺に似過ぎて政に向かん。不甲斐ない話だが、総司令部の連中との折衝すら半分以上俺の強権と恫喝だ。これでは自ら軋轢の火種を作っているようなものだ」

 

いやまあ、作ってますけどね。

 

「確かに、予算面である程度衝突があるのは致し方ないとは言え、宇宙攻撃軍と突撃機動軍の間には壁を感じることがありますな。我々は謀を企む陰謀屋と謗られておりますし、そちらは武骨な猪扱いです。なんとも嘆かわしい」

 

どっちも無ければ戦争に勝つ事なんて出来ないと言うのに。まあ、武官と文官の軋轢は人類史始まって以来の伝統でもあるので、ある程度は許容するべきなんだろうが。

 

「全くだな。貴様のような奴が後十人も居れば、この戦争ももっと楽だったろうに」

 

そうですかね?最近のキシリア様の表情見てるとそうは思えませんけど。

 

「ご期待に添えず申し訳ありませんが、私も分裂は出来ません。精々教えを説くくらいが関の山です」

 

肩をすくめて言えば、それまで大仰なリアクションを取っていた閣下がピタリと止まり、真剣な目をこちらに向けてきた。はっきり言って猛獣並みの迫力なんですが。

 

「教えを説く、説くか。それはいい。いいな大佐。兄貴とキシリアにも相談してみよう」

 

なんか知らんがまた勝手に納得して通信が一方的に切られた。俺知ってるんだ、この後絶対無茶振りされるって。

 

 

「士官の交換配属による軍間の交流活性化と連帯の強化…ねえ。良いことだとは思うが、それを何故うちでやることになる!?」

 

即断即決、実にドズル閣下らしいが、他の二人があっさり承知したことに驚いた。まあ、キシリア様はドズル閣下を派閥内に取り込めれば国内での発言権も増すだろうから不思議じゃないが、問題はギレン総帥である。あの人的にはキシリア様の力が増すのは面白くないんじゃないのか?そもそも、やるならやるで本国でやれば功績は自分の所になるし、思想の植え付けだってやりやすいだろうに、何で態々ここでやる?そこまで考えて俺はある仮説を思いつく。

 

「…成程、そう言う事か」

 

そもそも今回の交換配属は上層部の思いつきで、士官からすればいけ好かない相手の場所へ放り込まれる訳である。つまりギレン総帥は今回のプログラムは完全に失敗すると踏んでいるのだろう。その為に自分のお膝元は避け、キシリア様かドズル閣下の所へ押しつけた。んで、不用意な発言をした俺がスケープゴートにされたというオチだ。また貧乏クジだこれ!?

 

「…今度こそ左遷かもしれん」

 

正直俺は良い。別に食うに困らなければ、月だろうがアステロイドベルトだろうが、木星だって行ってやる。だが、今はダメだ。

 

「ここまで巻き込んでおいて、俺だけ逃げる訳にはいかんよなぁ」

 

ため息を吐きながら送られてきた交換人員のリストを見て、危うく紅茶を吹き出すところだった。

 

「あ、アナベル・ガトー大尉にシン・マツナガ大尉?閣下もまた随分なのを送ってくる」

 

佐官じゃないのかと思ったが、ソロモンに居るので有名どころはコンスコン少将にラコック大佐、後はカスペン大佐くらいだったかな?どの人も俺より階級上か同じだから、下手なことにならんよう配慮してくれたのかもしれん。ついでに言えば、二人に実績を積ませて昇格させようという腹づもりかな?それにしてもステレオタイプな武人二人を俺に預けるとか、ドズル閣下は不安にならんのだろうか。キレて俺のこと殴ったりしたら問題になりますよ?

まあ、今回はちゃんとキシリア様も承知しているみたいなんで、俺に全く拒否権無いんですけどね!

 

「失礼します、補給物資の受け入れが完了致しました。こちらがリストになります」

 

そう言いながらファイルを渡してくるウラガンを見て、つい言ってしまう。

 

「なあ、ウラガン。貴様もちょっと偉くならんか?」

 

「は?どういう意味でありましょうか?」

 

優秀な副官が居なくなるのは正直困るが、これだけ有能な男を俺の副官程度にしておくのは正直人的資源の無駄遣いではなかろーか?

 

「いや、貴様が基地の副司令になってくれれば、私も色々とやりやすいと思っただけでな」

 

「…閣下、自分は少尉であります」

 

知ってる。俺が居ない間オデッサ切り盛りしてくれてるのにね。

 

「それだよ、副司令になれば態々私の承認を待たずとも貴様が片付けられるだろう?今のジオンには人的余裕が無い。貴様のような男を少尉程度で留めておくのは、はっきり言って損失だ」

 

そう言えばウラガンは胡乱な目でこちらを見てきた。な、なんだよ。

 

「それで身軽になった大佐は如何なさるのです?今度は専用機で散歩でもなさるおつもりですか?無理難題で逃避したいお気持ちは判らなくはありませんが、諦めて現実を見て下さい」

 

良いじゃないチョットくらい楽したってさぁ!なんて言える訳も無く、俺は溜息を吐きながら渡された書類にサインをした。さて、何教えたら良いんだろう?

 

 

 

 

与えられた部屋で私物を片付けながら、アナベル・ガトーは何度目か解らないため息を吐いた。突撃機動軍との連帯強化の一環として、士官を交換し一定期間相手のやり方を学ばせる。人的資源に余裕が無いジオンでは、今後軍の垣根を越えての協同が必要になる。それを見据えての事だと上官は言っていたが、アナベル自身が十分に納得出来るだけの理由にはならなかった。正確に言えば、そうした協力体制を作っておく必要性は理解できる。しかしその担当候補に自分が挙がったのが解らないのだ。

 

「ガトー大尉、宜しいか?」

 

開いたままになっていたドアを叩いてこちらに声を掛けてきたのは、同じく派遣されることになったシン・マツナガ大尉だ。その表情はリラックスした様子で、少なくともアナベルが抱えている悩みとは無縁に見えた。

 

「ああ、このような有様で申し訳ない。どうかされたか、マツナガ大尉」

 

「いや、貴官が思い悩んでいるとドズル閣下が心配なさっていてな。暫くは同じ預かりになる俺にそれとなく探るよう頼んできたのだ」

 

そう正面から言うマツナガ大尉に思わず苦笑してしまう。白狼の異名を持つ彼もまた、自分と同じく武人としての気質が強い。それとなく、と言われながら真っ正面から来てしまう不器用さなどにその辺りがにじみ出ている。

 

「悩み、と言うよりは疑問です。率直に申し上げて私は武に生きております。この独立戦争に、祖国のため微力を尽くす所存ですが、それは一兵士としてだった」

 

MSで戦えと言われれば、敵艦隊に先陣を切って切り込んでも見せる。戦場で勝つために知恵も絞る、しかし今回の指令で学べと言われたのは、それよりも一段上の政や謀の類いだ。それは自分には過ぎた領分だと思っているし、そもそも性に合わないと感じている。素直にそう言えば、マツナガ大尉も自分もそうだと、笑いながら答えた。

 

「しかしマツナガ大尉は、失礼ながら悩んでいるようには見えない」

 

「私は貴官より少しだけドズル閣下を長く見ているからかもしれん」

 

マツナガ大尉はそう言って口を開く。一週間戦争とそれに続くルウム戦役で矢面に立った宇宙攻撃軍は、今でも多くの部隊が定数割れや欠番を起こすほどの被害を被った。特に深刻だったのが、大隊の指揮に当たっていた大佐や中佐といった士官で、高濃度のミノフスキー粒子下で艦隊戦を行うためにルウムで多くの士官が前線に立った結果、開戦以前から軍を支えていたベテラン将校を多く失ってしまったのだ。そのため、MSパイロットで功績の高い者を強引に佐官にするなどしてある程度指揮系統の空白を補ってはいるものの、根本的に兵站や戦略を踏まえた知識を持つ佐官が絶対的に不足してしまっているのだと言う。

 

「ドズル閣下の陳情や交渉などを聞いたことがあるが、あれは酷いものだぞ?破落戸の恫喝と大して変わらん」

 

喉を鳴らすように笑いながら、そうマツナガ大尉は上官を評する。

 

「つまりなガトー大尉、なんてことは無い話だ。おいたをしている時間は終わり、俺たちが面倒を見る番が来た、ただそれだけのことなのさ…。まあ、ちょっと早すぎるだろうとは、俺も思うがね」




ちょっと悩み中です。


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第三十八話:0079/07/12 マ・クベ(偽)と敗北

お詫び投稿


その一報が入ったのは、夕食が終わりウラガンの紅茶を楽しんでいる時だった。慌てた様子で当直の少尉が部屋に駆け込んで来たのだ。ノックも何も無かったから、ウラガンが眉を顰めたが、少尉の態度から咎めるより先に話を聞くことにした。

 

「どうした少尉。何かトラブルか?」

 

はっきり言って悪い話だと全身からビシビシ伝わってくるから全然聞きたくないんだけどね!

 

「ほ、報告致します!先ほど北米大陸にて大規模な戦闘が発生!味方MS部隊に甚大な被害が出た模様です!」

 

その報告に思わず眉を顰める。いや、早い報告は大事だけど肝心なことが何も解らん。

 

「少尉落ち着きたまえ。その連絡はどこから来た?誰からだ?」

 

「は、はい。地球方面軍司令部のガルマ・ザビ大佐からであります!至急マ大佐に繋いで欲しいと」

 

そっちの方が大事な用件じゃねぇか。うーん、うちの連中勝ちに慣れすぎてるのかちょっと打たれ弱いのかなぁ。このくらいで動揺してたら、オデッサ作戦とか起きたら半分くらい失神しちゃうんじゃないか?

 

「解った。ウラガン、少尉を食堂にでも連れて行ってやれ」

 

そう言って早速通信室に向かうと、モニターには完全に落ち込んだガルマ様が映っていた。今にも失意体前屈を決行しそうな顔つきだ。

 

「やあ、大佐。呼び立ててすまないな」

 

「いえ、問題ありません。先ほどかなりの損害を受けたと聞きましたが」

 

そう言えば苦しそうな顔になるガルマ様。こりゃ結構な被害っぽいな。

 

「完全に私の落ち度だ。グフⅡを二個中隊、マゼラアタックも1個大隊失った」

 

「場所はオーガスタですか?一体何が?」

 

事前に高射砲の存在は確認していたはずだから、それでは無いと思うのだが。

 

「実に古典的だが効果的な方法をとられた。障害物だ」

 

曰く、航空写真などでは解らないように巧妙に配置された巨大なコンクリート塊によってホバー機の行動が著しく制限され、動きが鈍ったところをこれまた隠蔽されていたトーチカや塹壕からの集中砲火で撃破されたそうだ。機動力を過信して突入した部隊の殆どが盾を携帯していなかったのも被害が拡大した要因だという。

 

「マゼラアタック隊が決死の覚悟で支援砲撃を行なっていなければ、投入した攻略部隊全てを失っていたかもしれん。完全に私の慢心だ」

 

マゼラアタック隊は175ミリの榴弾では障害物の破壊が困難だったため、経路開設のためにAPHEによる進路上のトーチカへの直接照準を試みたそうだ。幸いマゼラアタックの分離機能のおかげで、搭乗員の多くは生還したものの矢面に立った中隊は全員が戦死、残る中隊も殆どが重傷という有様だそうだ。ちなみにグフ部隊はもっと酷くて実に10名も戦死してる。グフに乗っているのはベテランが多いから、これは数字以上に重い損害だ。

 

「敵は既にホバーMSに対する対策を取ってきた訳ですか。厄介ですな」

 

「だが、収穫もあった。まず、オーガスタ基地は制圧した。おかげで何を開発していたかも解ったぞ。大佐の読み通り、連中MTとMSを投入してきた」

 

「両方とも開発ですか。呆れる国力ですな」

 

まだまだ全然余裕なのかよ、洒落にならんな。

 

「だが、まだ両方とも熟成されていないと言うのが戦った兵達の感想だ。MSの方はザクやグフならともかく、グフⅡの相手にはならないそうだ。MTの方も中途半端にMSと掛け合わせたせいで防御力も運動性もどちらも半端すぎると言っていた。尤も搭載火砲の威力だけは侮れないとのことだが」

 

「つまり、装備面では我々の方が優越していると?」

 

「MS、MTに関してはな。事実今回の損害も敵が防御施設を十分に整えていたからこそだ。しかし楽観も出来ん、これを見てくれ」

 

そう言って大佐は幾つかの写真をモニターに映す。

 

「現物も回収したが損壊が酷くてな、解析には少々時間は掛かりそうだが」

 

「ガルマ様、これは」

 

解っては居たけど、もう実戦に投入してきているのかよ。

 

「ああ、連中はMSに搭載可能なビーム兵器を既に完成させている。これが量産されれば我が方のMSの優位は一気に崩れかねん」

 

「確かに。ここで手に入れられたのは僥倖でしたな」

 

ビーム兵器の前には現状のMSでは装甲の意味が無い。加えて軽視されがちだが、弾速の速さと反動の低さも無視できないメリットだ。弾数こそ少ないと思われがちだが、同程度の威力の兵器がバズーカである事を考えれば、サイズ的にもサブウェポンとして携帯しやすいビームライフルの方が優秀だ。

それに、原作で連邦がメインウェポンとして採用したことも納得出来る。なぜなら高濃度ミノフスキー粒子下では余程訓練をしていても連携は難しく、更に三次元戦闘となる宇宙空間では確実に乱戦になる。そうなるとそもそも射撃の機会自体が少なく、あってもその時間は極めて短い。すると必然高弾速かつ高威力の兵器が好まれるようになる。加えてMSは歩兵のように痛みで動きが鈍ったり、止まったりしてくれないし、装甲化された目標だからマシンガンの弾一発では余程運の悪い所にでも当たらない限り損害すら与えられない。しかも補給は潤沢な上に戦力でも上回っているから弾切れになったら後退すれば良いのだ。

末期のジオンがビームライフルの配備に拘ったのも、この当てやすさで新兵の練度の低さを補おうとしていたのでは無いだろうか。まあ敵が採用した兵器を欲しがったという可能性も捨てきれないのだが。

とにかく現在ジオンが手間取っているエネルギーCAPの実物が手に入ったのは、ある意味で連邦のMSを手に入れたことより意味がある。どこぞの白い奴をぶっ壊すより重大な功績になるんじゃ無かろうか。

 

「こいつを装備した黒いMSにグフⅡ2個小隊が食われている。あの場で仕留めてくれたランス中佐には感謝しかないよ」

 

「黒いMSですか」

 

「うん。どうも指揮官用の高性能機ではないか、と言うのが中佐の意見だ。オーガスタにも配備されていたのは1機だけのようだったしな。ただ、量産機もそれ程性能で劣ってはいないし、何より量産機ですらビーム兵器を装備していたという報告が上がってきている」

 

「ぞっとしませんな」

 

大陸から叩き出せた欧州や、今回の作戦でほぼ制圧し終えた北米はまだしも、目下攻略中かつ後方拠点が十全でないアフリカや東南アジアはかなり辛い事になりそうだ。

 

「そこで、相談なんだが大佐。君の基地の戦力を少し引き抜きたい」

 

その言葉に俺は思わず唸ってしまう。

 

「既に205大隊がアフリカへ、207大隊が東南アジアへ配置転換予定ですが」

 

おかげで生産していたドムとグフⅡを予備機として根こそぎ持ってかれた。そのせいで基地の倉庫は久し振りに寂しい事になっている。つうか、これ以上ってもう基地守備隊しか残ってませんけど?

 

「いや、MSとは別口だ。先日総帥から漸く許可を貰ってな。キャリフォルニアでもMTの生産を始める。ついては君の所からMTの小隊を教導隊として借りたいんだ」

 

おお、マジか。

 

「それとアフリカ方面軍が拠点攻略に手間取っていてな。出来ればアッザムを貸して欲しい…2号機はまだ暫くかかるんだろう?」

 

ザクレロの大量生産のせいでMIPの本社が悲鳴上げてますからね。おかげで一回試作しただけのフレームなんて片手間ですら造ってる余裕無いわ!って切れられたらしい。デニスさんもソロモンで死んだ目してるらしいし、量産体制の確立はまだまだ先になりそうだ。

 

「欧州方面軍司令部が承知していれば私としては異存ありません。送るメンバーはこちらで選抜しても?」

 

「構わない。むしろその辺りについて私には知識が無いからね、こちらこそお願いしたい」

 

後でデメジエール少佐に相談しよう。そう思っているとガルマ様が何やら画面外に向かって叱責した。どうも連絡員かなんかがいきなり入ってきたようだ。うちも言えないけど、結構司令部とか指揮所付きの士官の質が悪い気がする。そんな事を考えながら紅茶を飲んでいたら、報告書を受け取ったガルマ様の顔がみるみる怒りの形相に歪んでいった。

 

「…大佐。オーガスタ基地の調査が終わった」

 

ああ、それでその顔か。

 

「おかしいと思ったんだ。制圧時にかなりの人数を捕虜にしたんだが、中に未成年が多く交じっていてな。念のため捕虜に尋問をしたら大当たりだ!」

 

そう言って資料を床に叩き付けるガルマ様。正直何処まで捕虜が喋ったか解らないが、聞いていて気分の良い類いの話は出てこないだろう。

 

「あそこは新兵器のパイロットを養成などしていない。連中、兵器としての人間を作る研究をしていたそうだ…あの子らはその実験体だと、人間をなんだと思っている!?」

 

良かったな、フラナガン博士。史実路線だったらガルマ様に人誅されてたかもしれんぞ。

 

「定石ではありますな。気分の良い話ではありませんが」

 

「大佐、君はこの行いが許容出来るのか!?」

 

「理解と許容は全く別ですよ、ガルマ様。単純に一軍人として連中の心中は理解できると言うだけです。人と兵器の違いはあれど、私も同じようなことをしていますから」

 

使えないものを使えるようにして戦場に送り出す。単純な話だ。まあ、俺個人として言わせて貰えば、不安定かつ運用出来る期間も恐ろしく短い強化人間なんてメリットが感じられないんだが。そんなことに将来の戦力を使い潰せる連邦は随分とお大尽様だ。

俺の言葉をどう解釈したか解らないが、暫し俯いた後ガルマ様は俺に宣言した。

 

「大佐、私は決めたぞ。この戦争は絶対に勝つ。そして地球連邦という組織を完全に破壊する。これからの人類のために、あの組織は不要だ」




ご心配掛けまして申し訳ありません。
取り敢えず、あちら様から何らかのアクションが無い限りこのまま公開させて頂こうと思います。
沢山の応援メッセージ有り難うございます。拙い文ですがこれからも頑張りますので、どうぞ宜しくお願い致します。


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第三十九話:0079/07/17 マ・クベ(偽)のこうどなじょうほうせん

UA150K突破並びに年間ランキング5位有り難うございます投稿


点けられたモニターに勇壮な音楽と共にジオンのマークが映し出される。いつ見ても好きになれないそのマークを忌々しげに眺めながら、男は煙草に火を点けた。当初は高級将校になった際のステータス程度の意味で始めた喫煙だったが、今では精神安定に無くてはならない存在になっている。

 

「これは、軍が解析した基地内に残された映像です!ご覧下さい!連邦は国民の自由と安寧を守ると嘯きつつ、その国民に対し斯様な人体実験を行なっていたのです!」

 

感情的なアナウンサーの声と共に流されている映像は、計測器に囲まれた椅子に拘束され甲高い悲鳴を上げる少女だった。しかも暴れる彼女を押さえつけ、医師風の格好をした男が薬剤を打ち込む所まで映されている。頭が痛いのはその男の顔が個人を特定出来る解像度で入り込んでしまっていることだ。それなりに情報に詳しい人間なら、彼が脳科学者でつい最近連邦軍の医療施設にスカウトされたことにもたどり着くだろう。その対処を考えているうちに、動かなくなった少女を引きずっていく所で画像は途切れ、アナウンサーが声高に連邦軍を非難し始めた。コロニーを落とす連中が人道を語るか。男の中に憤懣やるかたない感情がわき上がるが、次の言葉でその方向は一気に変えられる。

 

「この基地の存在は、連邦軍内部のシンパより提供された情報であると地球方面軍司令のガルマ・ザビ大佐はコメントしており…」

 

アナウンサーの言葉は最後まで流れず、代わりに盛大な破砕音が室内に響き渡る。告げられた言葉に沸点を超えた男がモニターへ向けて灰皿を投げつけたからだ。それでも収まりがつかない男は、咥えていた煙草を床に叩き付けると、何度も踏みにじった。

 

「インテリ気取りの陰険野郎め!厄介事ばかり残しやがって!」

 

陸軍に所属しながらレビルの熱心なシンパだったオーガスタ基地司令の顔を思い出し罵倒する。本当ならば呼びつけて殴りたいところだが、残念ながら基地陥落の際に座乗していたヘビィ・フォーク級共々吹き飛んでしまったのでそれも叶わない。

それよりも問題なのは先ほどの発言だ。アナウンサーは連邦軍内部のシンパと言った。オーガスタは陸軍にとって北米に残存していた貴重な基地だし、宇宙軍にすればニュータイプ研究をしていた重要拠点だ。防衛ラインを構築している他の基地に対しても同時に攻撃があればまだしも、明らかにオーガスタだけが狙われた今回の軍事作戦は、情報のリークがあったという発言の信憑性を高めている。だが男はこれはジオンの仕掛けた情報戦だと考えている。軍内部で予算の奪い合いや人員の取り合いはあるにせよ、ジオンという喫緊の脅威が迫った状況で、他派閥の足を引っ張りたいというだけで利敵行為に走る人物が上層部に食い込めるほど連邦軍は緩い組織では無い。加えて敵に与えた損害からして基地の防衛体制を把握していたとは考えにくく、情報提供があったとしてはあまりに片手落ちだ。

だが、これだけ信憑性の高い状況が作られれば、派閥の上流はともかく下の連中は簡単に納得しないだろう。そうなれば形だけでも内部調査が行なわれ、今度は内部調査をしたという事実が派閥間に溝を生む。ただでさえ余裕が無い現状で、更に軍同士の歩調が合わないなど最早悪夢と言っても差し支えない。暗澹たる気持ちになりながら、男はソファーへと体を沈めた。

 

 

 

 

「大佐、ウチはいつから託児所になったんで?」

 

目の前に広がる光景を見て呆れ顔で聞いてくるシーマ少佐に、こちらも溜息を交えながら返した。

 

「受け入れ先が他に無いと言うのだから仕方が無いだろう。まさか処分する訳にもいくまい」

 

俺たちの前には基地の端に造成された庭があり、そこで何人もの子供が思い思いに過ごしていた。年齢はまちまちだけど一番年上でも19だと言っていたから子供でよかろう。んで、彼らが何者かと言われれば、先日襲撃したオーガスタで被験者をやっていた子達である。最初プロパガンダに使うために本国に送られる予定だったのだが、想定以上に不安定で、中にはシャトルに乗った途端に錯乱してしまうような子まで居たから、急遽地球にある施設で面倒を見る事になった…という建前だが、実際には本国の連中が渋ったのである。

 

「催眠処置の痕跡があります」

 

診断したキャリフォルニアベースの医師がさらっとそんなことを書いたもんだから、いつテロリストに変貌するか解らん連中をコロニーには入れられないとか言い出したのである。そしたらその物言いにガルマ様が激怒して、当初キャリフォルニアで面倒を見る!と言ったところでキシリア様が待ったを掛けた。如何に子供とは言え、敵軍の軍事訓練を受けた者を軽々に近くに置くべきじゃ無いとかなんとか述べていたみたいだが、本音で言えば連邦側の研究していたサンプルを有効活用したかったのだろう。事実こちらに相談という名の命令が来た翌日にはフラナガン機関からスタッフが送られてきたし。

 

「本来なら基地とは別に施設を設けたいのですが難しいでしょうな。彼らの肉体はかなり酷使されていましたから充実した医療設備は必須ですし、万一を考えれば戦力の近くに置いておいた方が安全です」

 

端末に映されたカルテっぽい資料を見ながらフラナガン博士が口を開く。そう、送られてきたスタッフの一番前に堂々とこのおっさんが居やがったのだ。施設放り出して何しに来てんの!?って問い詰めたら、あっちでの検証はほぼ終わって後は装置の実用化なんだけど、そっちは専門の部下がやってて手が空いたから来ちゃった。とか言い出す。おっさんが言っても全然可愛くねぇから!要するに向こうの被験者は調べ終わったから新しいサンプルを見に来たって事らしい。一応ここ前線なんですけど?って厭味を言ってみたけど朗らかな顔で護衛がいるから平気ですって返された。

 

「科学者らしい理屈だねぇ、お守りをする側はたまったもんじゃ無いってのに」

 

防衛目標の有無は行動に大幅な制限が掛かるから少佐の意見は極めて正しい。

 

「キャリフォルニアの戦力が回復するまでの辛抱だ。その間不便を掛けるが大目に見てやってくれないか?少佐」

 

そう、問題はここより安全な地上の拠点がない事なんだよね。アジアとアフリカはまだまだ戦ってるし、北米は先日の戦闘で戦力を減らしてる。必然欧州になる訳だけど、こっちで戦力や設備が充実してると言えばオデッサが一番だ。だからそこら中から厄介事が投げ込まれてくる訳だが。

 

「…仕方ありませんね。暫く待機小隊を増やしましょう、手当ははずんで下さいよ?」

 

「お手柔らかに頼むよ、少佐」

 

そんな話をしていたら、ファイルを小脇に抱えた兵士が二人、こちらへ近づいてきた。視線を送れば、先日交換将校として宇宙攻撃軍から出向してきたシン・マツナガ大尉とアナベル・ガトー大尉だった。

 

「失礼します、大佐殿。ご指示のありました鉱山運営についてご質問させて頂きたいのですが」

 

「ああ構わないよ、シン大尉…ガトー大尉も質問かな?」

 

それなりにキビキビしているシン大尉に対し、疲労が見て取れるガトー大尉にも声を掛ける。元々武人!サムライ!って感じだし流石にいきなり鉱山一個運営はきつかったか。ウラガンにサポートして貰ってるからいけるかと思ったんだがなあ。

 

「はっ、いいえ大佐殿。私の問題も同様でありますから」

 

「その思い込みは良くないな。同じに見えても原因は別にある事だって往々にしてあるものだ。決めつけずに話してみなさい…まず君は少し周りを頼る事を覚えるべきだ」

 

そうしないとどっかの武闘派ハゲに言いくるめられてテロリストになっちゃうかもしれないよ?ジオンの真面目な手合いはどうもそうやって道を踏み外している気がして仕方が無い。

 

「周りを頼る…ですか」

 

「そうだ大尉。第一君は我々のやり方を覚えに来たのだろう?ならまずは我々に頼るべきだ」

 

つうか、解んないとことか聞いてくれなきゃ、何教えたら良いかこっちが解らん。実際に教える立場になってみると学校の先生の偉大さが良く解る。何が解らないか解らない奴にものを教えるとか俺には到底出来ん。

 

「…では、マツナガ大尉の次にお願いします」

 

暫し思案顔になった後、何処か晴れやかな表情になったガトー大尉がそう言えば、横で少々オーバーアクション気味にシン大尉が落ち込んで見せた。こっちはオデッサの水が随分性にあったようだ。

 

「おいおい、アナベル大尉。他人行儀じゃ無いか、俺のことはシンと呼んでくれ」

 

「わかりま…あー、解った、シン大尉。これでいいかな?」

 

照れた顔でそう告げるガトー大尉を見ながら、取り敢えず提案する。

 

「ではじっくり話すとしよう。ついでだ、シーマ少佐も付き合ってくれ。艦隊運営なら少佐の方が経験豊富だからな」

 

「では立ち話もなんですし、場所を移すと致しましょう。そういえば、誰とは言いませんが先日良い酒が手に入ったと聞きましたなぁ」

 

ばれてーら。

 

「ぜ、全部は勘弁してくれよ?」

 

「ついでですからウラガン少尉に頼んでつまみも貰いましょう。いやあ、有意義な話し合いになりそうですなぁ」

 

本当に全部は勘弁して下さいませんかねぇ!?

 

 

 

 

慌てふためく大佐を見ながらアナベル・ガトーは思わず吹き出しそうになり、そんな自分に驚愕した。上官同士の物言いを見て笑うなど、アナベルの価値観からすればとんでもない行為だったからである。

 

「うん、良いな。しかめっ面よりそちらの方が何倍も良いぞ大尉。硬いところが君の美点だが、硬いだけの鉄は脆いものだ。うちで少し軟らかさも覚えると良い」

 

そう大佐が言うと、我が意を得たりという表情でガラハウ少佐が続いた。

 

「では、柔軟な流儀の手始めとして緊密な上下関係の醸成と行きましょうか。いやあ、ボルドーのワインが飲める日が来るとは思いませなんだなぁ」

 

その言葉に悲鳴を上げながら懇願する大佐を見て、今度こそアナベルは吹き出してしまった。そして自分に足りないと言われたものが何なのか、それがおぼろげにではあるが見えた気がした。故にアナベルは、大佐に向かって口を開く。

 

「成程、アルコールには筋肉を弛緩させる効果があると聞きます。これは是非とも頂いて柔らかさを手に入れねばなりませんな」

 

ガトー大尉、貴様もか。などと何処かのカエサルが発したような事を口走る大佐に今度こそ笑顔を向けながら、アナベルはふと疑問に思った。

この方は何故私だけ名前で呼んでくれないのだろう?




感想欄にちょくちょくニュータイプが現れてびびる。(自身の発想の貧困さを棚に上げる)


追伸
ボルドーワインが気になる方は ルウム戦勝記念ワインで検索してみよう!(ダイマ)


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第四十話:0079/07/18 マ・クベ(偽)とオデッサの仲間達(新入)

ガルパン最終章上映記念
つまり週末は更新しないと言うことさ!


注意!
本文にて極めて重大な原作無視が行なわれています。
原作の雰囲気でない描写に嫌悪感のある方はブラバ推奨です。
本稿より必須タグが追加されております。
嫌悪感のある方は今一度確認をお願い致します。


































良いんですね?
警告はしました。
ではお楽しみ下さい。



人は何故、この翌日の苦しみを知りながら痛飲するのか。はい、俺の意思が弱いからですね。見事に空になったボトル達と割かし地獄絵図な私室を見てため息を吐いた。

開始三十分はまだ相談というか、話し合いの体を保ってたんだけどなあ。

容赦なく開けられていくワインに気を取られていたなんて言い訳にもなるまい。俺は頭を掻きながら、昨日のことを思い返す。

 

「たいさどのわ!なんでわらしをなまえでよばないでありますか!?」

 

廻っていない呂律に据わった目、真っ赤になった顔と酔っ払いの条件を完全に満たしたガトー大尉が唐突にそう言い出した。誰だよ!こんなになるまで飲ませたの!そう視線を送るとシン大尉が申し訳なさげにジェスチャーしてきた。

 

(ワイン一杯でここまで酔うとは思いませんで)

 

下戸かよ!?

 

「きいてるんれすかたいさぁ!」

 

「聞いている。少し落ち着きたまえ大尉」

 

因みにウラガンとエイミー少尉は、ガトー大尉が不規則に揺れ始めた辺りでツマミを取りに行くといったきり戻ってこない。逃げたな、正しい判断だ。でも俺を置いていったのは許せん。なんてことを考えていたら、急に俯いた大尉が肩を震わせ始めた。この上泣き上戸だと!?冗談では無い!おっとこれ違う人のネタだ。

 

「また、よばない。たいさはわらしのことがきらいなんれすべぇ?」

 

なんれすべって何語だよ。

 

「誤解だ大尉。その、知人に大尉と同姓同名の男がいてね。それでどうにも呼びにくかったんだ」

 

まあ、俺が一方的に画面越しに知ってるだけなんだけどね。

 

「男なのにアナベルですか、変わっていますな」

 

人ごとのようにコメントするシン大尉。おい元凶、余裕だな…後で覚えとけよ。非難がましく睨んでいたら、シーマ少佐が残念なものを見る目で口を開いた。

 

「それは大佐。アナベル大尉が不憫ですよ、ちゃんと呼んであげなさいな」

 

その言葉に凄い勢いで顔を上げた大尉が潤んだ瞳でシーマ少佐の手を握りしめた。

 

「わらし、しょうさのことをごかいしてました。しょうさやさしいれす」

 

「今までどう思われてたんだろうねえ…」

 

ド直球な物言いに頬を引きつらせながら応じるシーマ少佐。ターゲットが移ったと安堵の溜息を吐いたのが悪かったのか、思い出したと首を捻って大尉がもう一度催促してきた。

 

「さあ、たいさ!ちゃんろわらしをよんれください!」

 

手を広げて全力でばっちこいアピールな大尉。なんだよ、呼びながらハグでもしろってのか。こちらが躊躇していると、また顔を歪めて目一杯に涙を溜める大尉。見守る二人からも面倒だからちゃっちゃと呼んでやれよという無言の圧力をひしひしと感じる。

 

「解った、解ったよ。これからはちゃんと呼ぶと約束する、アナベル大尉…これでいいかね?」

 

「たぁいさどのぉー!」

 

呼んだ瞬間、満面の笑みを浮かべて抱きついてくる大尉。俺は自分の中で大事な何かが音を立てて崩れていくのを自覚しつつ固まっていると、すっごい形相になった少佐が大尉を引っぺがしてくれた。

 

「飲み過ぎだよ大尉!チョットこっちでおねんねしてな!」

 

言うや少佐は素早く大尉を拘束すると寝室へと連行していった。閉まった扉の向こうから、そこはダメ!とかアンタ何処触ってんだい!?とか非常に探究心を擽られる声が聞こえてくるが、俺は紳士なので覗いたりはしない。決して覗いたのがばれて社会的に死ぬのが怖いからでは断じてない。紳士だからである。

 

「あー、申し訳ありません。大佐殿」

 

バツが悪そうに頭を下げるシン大尉に溜息を吐きながら返事をする。

 

「想定外の事は起きるものだ、次に気をつければ良い。良い経験になったな、大尉」

 

そう言って空になった大尉のグラスにワインを注ぐ。さっきのドタバタでコルクが何処かに行ってしまった、こりゃ今日中に飲んじゃうしかないな。そんなこと考えながら自分のグラスにも注いでいると、大尉が真剣な目でこちらを見て居ることに気付いた。え、なに?俺そっちのケは無いぞ?

 

「気持ちは解るが止めておけ大尉。少佐の格闘術は実戦形式だ、命が幾つあっても足りんぞ」

 

そう忠告すると大尉は含んでいたワインを吹き出した。汚え!もったいねえ!?

 

「ガフッ、ゴホッ…そんなこと考えていません!」

 

じゃあなんだよ、繰り返すが俺はそっちは嗜まんぞ。半眼で眺めていたら、大尉はワインに視線を落とし、語り出す。

 

「…以前、ルウム戦勝記念式典で大佐をお見かけしました。率直に言います、私には貴方があのマ大佐だとは思えない」

 

まあ別人だしね。多分、シン大尉はここでの生活をそれなりに気に入ってくれているのだろう。鉱山基地の運営にも積極的だし、ウラガンからの報告でも懸命にこちらのやり方を覚えようという姿勢が見て取れる。故に、俺に対し疑惑を持っている事への罪悪感から俺自身に告白してきたんだろう。もし本気で嫌疑をかけて拘束しようと思うなら、もっと人がいる場所、それも同じ疑問を持っている仲間を伴ってやるだろう。その正直さは美点だし、俺自身も好ましいのだが。

 

「大尉、それを私に伝えて君は何がしたかったのかな?」

 

そう言って俺はゆっくりと立ち上がる。

 

「君の言うとおり、私がすり替わった誰かであったとしてだ。それを君が気付いた事を私に告げた意図はなんだ?」

 

「私は…その、ただ、疑心を向けてしまったことを申し訳なく思い…」

 

「ここは懺悔室では無いし、私は神父でもない。それにだ大尉。今の今までが欺き、信用させ、致命の一撃を狙うまでの擬態なら…この先どうなる?」

 

そう言って俺はゆっくりと近づいたサイドボードの引き出しを開け、手を入れる。大尉は顔を強ばらせ、腰を浮かせた。彼が丸腰なのは確認済みだ。

 

「忠告だ大尉。将になるなら、簡単に人を信用するな。疑念を持ったなら、その最悪も想定して行動しろ。疑心を持った相手にそれを伝えるなど、問題外だ」

 

そう言うと同時、引き出しから手を抜き大尉へと振り返る。手を伸ばしきる前に大尉は床へと転がりソファを盾にした。

 

「そのソファは総帥府に置いてあるもののレプリカでね、防弾板を仕込んでない安物だ。座る分には不足無いがね」

 

俺がそう言って近づくと大尉は意を決したのかソファから飛びだし、俺に掴みかかろうとした所で目を点にし、動きを止めた。

 

「だから簡単に人を信じるなと言っている」

 

そう言って俺は大尉の口にチョコレートを突っ込む。ちなみに何故チョコかと言えば、引き出しは菓子入れで適当なサイズのものが無かったからである。

 

「か、からかったのですか!?」

 

「心構えのレクチャーだよ大尉。君を安心させてやろうかと思ってね。少しは君の思うマ大佐だったかな?」

 

そう言ってソファに座り直しワインを飲む。

 

「今回はたまたま私が敵で無くて良かったな大尉。本当の敵だったら今頃死んでいるぞ?」

 

俺の言葉に、同じく座り直した大尉が怫然とワインをあおった。もったいねぇな、高いんだから有り難く飲めよ。

 

「人が悪いですな」

 

「当然だろう。マ・クベ個人が詐欺に遭って財産を失う程度なら間抜けで済むが、オデッサ基地司令が騙されれば多くの将兵が死にかねないのだぞ?相手を信じるのと同じくらい相手を疑いたまえ。特に人を使うならな」

 

 

そこまで思い出して一人身もだえる。酔っ払った勢いでなんか滅茶苦茶した気がする!ウラガン達に見られて無くて本当に良かった。あんなん私は部下を信じていませんよって言ってるのと一緒じゃねぇか。

 

「そして、問題はそれだけじゃ無い」

 

サイドボードからチョコレートを取り出し口に含む。甘味とほのかな苦みが広がり、残念なことに自分が起きている事を証明してくれる。

 

「まったく、最悪を想定しろか。人のことは言えないな」

 

そう言って今頃寝室で寝息を立てているであろう彼女達を思い返す。そう、彼女達。

 

「アナベル・ガトー、宇宙攻撃軍所属大尉。…性別、女性」

 

始めの違和感はキシリア様、次いでキャリフォルニア基地の司令であるガルマ様、原作とはずれた作戦日時。そして極めつけは名前通り女性のアナベル・ガトー大尉。ここまで来れば間抜けな俺だって気付く。

 

「つまり、ここは。俺の知っているガンダムに良く似た違う世界と言うことだ」

 

震える手を必死で握りしめて誤魔化す。ここまでは上手く行っている、だがこれからは?原作知識というアドバンテージが怪しくなった俺に一体何が出来る?こちらに来てから関わった人達の顔が脳裏に浮かび、それがどうしようも無い重圧としてのしかかってくる。俺が間違えれば、彼らが死ぬ。

 

「俺は、生き延びさせることが、出来るのか?」

 

俺の疑問に答える声は無く、つぶやきは大尉の寝息の響く部屋に溶けて消えた。




本話作成までの経緯

作「ねえ、ガトーってなんでアナベルって呼ばれんのだろうか?」

友「アナベルって女性名だからじゃね?呼ぶとダッシュして殴りに来るんだよ」

作「カミーユかよwでもガトーも大概じゃね?フランス語でケーキって意味じゃ無かった?」

友「ケーキwww名前女で苗字がケーキとか完璧すぎるwww」

作「しかも銀髪ロングで武士。これは明らかにくっころヒロインですわw」

友「つまり、ガトーは女だった?」

作「また、宇宙世紀の謎を一つ解き明かしてしまったか…w」

ここまで素面かつ深夜でも無い時間。人これを馬鹿と言う。


追記
アナベル大尉の声は佐倉綾音さんでどうですか?お客さん!



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第四十一話:0079/07/21 マ・クベ(偽)とジオンの騎士

ガルパン面白かったので興奮して書いた。後悔はしていない。



結局、明確な答えにたどり着けていない俺であるが、残念ながら時間は平等に過ぎていく。そして忙しさにかまけている間に、ふと気がついた。

もう原作知識とか言えないくらい状況を滅茶苦茶にしているじゃん、俺。ついでに言えば、多少のずれはあるとは言え、ジオンも連邦もここまである程度原作と同じ流れである事も気持ちに余裕が持てた原因だ。何せ流れが同じと言うことは、基本的な行動指針や目標が同じであるという事だからだ。当然、情勢に合わせて作戦が行われたり行われなかったり、前倒しされたり遅延したりはあるだろうが、それでも相手が大凡でも何がしたいか解っているというのは非常に大きい。そんな訳で色々と開き直った俺は、取り敢えず目先の問題を片付けることにした。

 

「戦災者保護施設の防備拡充に関する陳情か」

 

シーマ少佐を交えて再度防衛体制について打ち合わせをした席での一幕を思い返す。

 

「相手がMSやMTできたらどうすんだい?」

 

当初ドヤ顔で護衛居るからヘーキ!とか嘯いていたフラナガン博士だが、こともなげにシーマ少佐に言われて絶句していた。外縁とは言え、オデッサ基地の一区画にある施設までMSが来るなんて想像していなかったようだ。

 

「こんな所までMSが入り込めるとは思えませんが」

 

そう苦し紛れに返せば、少佐は可笑しそうに笑った。

 

「ジブラルタルに降りた時、連邦の連中も同じ事を言っていたよ。敵中に降下するなんて正気じゃ無いってねぇ…つまり正気じゃ無い奴ならここにMSで入り込んでくるという証明でもあるわなぁ?」

 

その言い方だと提案した俺が正気じゃ無い奴みたいなんだが…。ちょっと敵だらけで、退路が無くて、友軍の支援が受けられないところに降りて基地制圧するだけじゃないか。はっはっは、正気じゃねぇ!?

 

「ありうるな。今の連中は猫に追い立てられたネズミのような有様だ。数人程度の命でこの基地が活動を数日でも停止すれば釣りが来るくらいは考えかねん」

 

ミデア辺りを使って超低空侵入でもすれば、運が良ければたどり着く機も出るだろう。何せ増築に増築を重ねているもんだから、防空態勢や防御設備の構築が終わっていないのだ。ミデア1機でもMS3機は運べる筈だから、損耗を前提に突っ込んでくれば十分MSが暴れる余地はある。ついでに言えば、博士達の居る場所は庭や植林した森でそれなりのスペースがありながら守備は薄いため、敵からすればさぞかし降りやすいポイントになっていることだろう。何度か高高度偵察機を追い払ったという報告も受けているから、基地の概観は完全に把握されているだろうし。

 

「守備を預かる者としましては、対空火器の設置、並びにMS隊の常駐を提案します。問題は手空きのパイロットが居ないことですが」

 

「でしたら、MSだけこちらに頂けませんかな?幸い護衛に連れてきた者はパイロットなのです」

 

博士の提案に対し指揮権は基地側、つまり俺に帰属するという条件ならと少佐が付け加え、それに博士が応じたことから増強小隊が組まれる事になった。

そんでMS渡す以上手順は必要になる訳で、それが目の前の書類である。配備するのはドム4機、小隊としては半端な数だが護衛が4人でしかもロッテに慣れているとのことでこの数になった。幸いドムの生産も順調だったのですぐに配備すると、早速慣熟訓練を開始した。

 

「回避は1番機、総合的な技量では2番機、3・4番機は今後に期待と言ったところかな、博士」

 

訓練を眺めながら時折メモを取っているフラナガン博士に声を掛けた。服装こそそこら辺に居る近所のおっさんだが、顔つきは研究者のそれだ。ちょっと時間が出来たから顔を見に来たんだが、中々良い動きだ。

 

「お解りになりますか?」

 

「MSの動きはそれなりに見ているからね。まあ、シミュレーションだが」

 

そう言って博士の隣に座る。訓練は小隊を2対2に分けての模擬戦形式だ。技量の上では1・2番機が圧倒しているが、3・4番機も息の合った動きで善戦している。ただ2番機の技量が図抜けているから、ちょっと勝つのは厳しいだろう。

 

「1番機に乗っているマリオン・ウェルチ少尉はモーゼス博士の研究に参加していたのですが、例の一件で手空きになりましてね。こちらの施設の話をしましたら同行を願い出てきたのです」

 

良い子なんだね。軍なんか入らないで看護師とかでも目指せば良かっただろうに。

 

「彼女はザビ家の孤児院出身ですから。3・4番機の兄妹もですが」

 

あそこのスタッフ熱心なザビ家信者だからなあ、尊敬と言うより狂信に近い思考だし。3・4番機の兄妹の方は例のヤバイ実験に使われそうだったが方針転換で助かった組で、既に軍属だった事と少尉の近くに居た為かニュータイプとしての片鱗が見えたため、本人達の希望もあって連れてきたらしい。

 

「あの兄妹はまだサイコミュに反応はしていません。しかし互いの考えや思いが極めて高い精度で認識できるのです」

 

鼻息荒く告げてくる博士。

 

「あのような逸材をただの確認試験で使い潰そうなどと考えていたのですから、我ながら視野が狭いとしか言いようが無い」

 

研究の為の研究だったと自嘲する博士。おお、結構改心してるんだなぁ。でも、完全に丸くなられても困るんだよね。彼女達が死んでしまうのは避けたい、けれどその為に他の兵士の屍の山が積まれるなんて、そんなことは許容出来ないからだ。

 

「博士、それは違う。貴方の研究があればこそ、それを使う事が出来るのです。研究の為の研究、大いに結構ではないですか。貴方が疑問に思い解き明かそうとしたからこそ、彼らはただの兵では無い存在になれたのです」

 

俺の物言いに言いたいことを悟ったのだろう。一瞬呆けたような表情になった後、博士は悲しげに笑った。

 

「申し訳ありません、老いぼれのセンチメンタルと笑ってください…。大佐、我々は地獄に堕ちますな」

 

「良いでは無いですか。それで多くの命が存えると言うなら安いものです」

 

そんな風におっさん二人でしんみりしていると、模擬戦が終わったのかドムがこちらに戻ってきた。見立て通り1・2番機が勝ったようだ。3番機はペイント弾まみれ、4番機は袈裟懸けにバッサリやられたらしく綺麗に一本線のラインが入っている。

MSから降りると何やら話しながら向かってきた。青みがかった髪の女性…というよりは女の子と表現した方が良いような小柄なパイロットがまず俺に気付き敬礼をする。続いて気付いた2番機のパイロットが、最後に3・4番機が慌てた様子で敬礼をしたところで俺も立ち上がり答礼する。

 

「良い動きだ。新型だというのにもう乗りこなしている、流石と言うべきかな?」

 

「はっ、いいえ大佐殿。まだまだ十全にはほど遠い状況であります。しかしドムは素晴らしい機体ですな」

 

そう言って乗機を見上げているのは2番機のパイロット、ニムバス・シュターゼン大尉だ。この大尉、俺もゲームやら何やらでお世話になったり敵対したりしたのでよく知っているつもりだったが、ちょっと話してみたら割と原作と食い違いがあった。正確には、よく知られる人物評に書かれているようなことをやっているにしては、真面目というか高潔というか、要は本当に騎士っぽいのだ。気になって聞いてみれば言われたこと自体はやっていると本人談。え、つまり上官ぶっ殺したり、撤退してきた友軍ぶった切ったりしたの?何それ怖い。そう伝えれば、毅然とした態度で事実だと認める大尉。なんか言い訳もしないしその態度に違和感を覚えて調べてみたら、何のことは無い。ぶっ殺したという上官は部下を見捨てて敵前逃亡しようとしたところを取り押さえようとしたら撃たれたんで、やむを得ず応戦。撤退してきた友軍を切り捨てたというのも、どうも撤退を偽装して連邦に寝返った部隊が襲撃してきたのを撃破したというのが真相のようだ。普通に考えれば上官殺して降格で済むとか、味方切ったのにお咎め無しとか変だと思ったがそう言う事なのね。噂が一人歩きして完全に悪人扱いなのに何で訂正しないの?と聞けば、

 

「彼らを私が手に掛けた事は事実ですので」

 

なんて真顔で言いやがった。あ、こいつもアナベル大尉系の武人さんだわ。俺が渋い顔してると笑いながら続けるニムバス大尉。

 

「それに、解ってくれる者は解ってくれます。私はそれで十分です」

 

…こやつも後で指導せんと、何かの拍子でテロ屋モドキになりかねんな、注意しておこう。

そんなやりとりを思い出しつつ、ヒートソードを握っているドムを俺も見上げる。連邦もMSを送り出してきたということは、格闘戦の機会が高まるだろう。ドムは優秀な機体だが、格闘戦、特に速度を殺された状態での立ち回りはザクと同程度だ。無論装甲の分ドムの方が生存性は上だが、連邦がビームサーベルを投入している以上、あまり意味が無い。この辺りちょっと相談してみようかなあ。幸いアテもあるし。

 

「気に入って貰えたようで何よりだ。だが大尉の特性的にはグフⅡの方が合っていたかな?」

 

そう問えば、やはり真面目くさった顔で大尉が答えた。

 

「はい、大佐殿。私個人の特性であればグフⅡの方が合いましょう。しかし我が隊で考えるならばドムこそが適正であると愚考いたします」

 

「確かにな」

 

マリオン少尉も含めて未成年の残り三人はやはり肉体的に一般の兵には劣る。その辺りも研究していたフラナガン機関から提出された食事やサプリは支給しているが、一朝一夕で効果が出るものでは無い。だとすれば、同じホバーでも加速が鈍く、またグフⅡより耐G対策がしっかりしているドムの方が扱いやすいというのは頷ける。そんな風に納得していたら、なんと無しに真面目な大尉をからかいたくなって、つい口を滑らせてしまった。

 

「所で大尉、コイツの肩は赤く塗らんのかね?」

 

俺の言葉に目を見開く大尉。え、嘘、このネタ通じるの?この世界あのむせるアニメ存在すんの!?ってびっくりしてたら、少し興奮した様子で大尉が最敬礼をしてきた。なんぞなんぞ?

 

「そこまでのご配慮、感謝の言葉もございません。このニムバス・シュターゼン、必ずや大佐のご期待に応える事をここに誓わせて頂きます!」

 

そんな大尉の予想外の反応に困惑しつつ業務に戻ったら、数時間後にキシリア様から呼び出しがかかった。曰く、勝手に部下に専用機を与えてるんじゃねぇとのこと。なんのこっちゃと思ったら、よくよく考えればあの肩を赤く塗るのニムバス大尉のパーソナルマークだった。その日、通信が切れるまでの凡そ10分間、俺はひたすら猛虎落地勢を繰り出し続けた事をここに記しておく。

本日の教訓、口は災いの元。余計なことを考え無しに口にするのは止めましょう。




ネタバレにつき詳細は控えますが、もうちょっと長くても罰あたらんのではと思いました。
ガルパンはいいぞ?(ここで言う台詞ではない


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第四十二話:0079/07/22 マ・クベ(偽)と新しい力

今週分です。


「こんな事もあろうかと!既に用意してありますぜ大佐ぁ!」

 

ニムバス大尉の件から格闘装備を保持しつつ射撃できたら良いよねって技術部に話したら、待ってましたとばかりに鼻息荒くゲンザブロウ氏が声を上げた。絶対それ言いたかっただけだろ。デニスさん早く帰ってきて、このままじゃ技術部がロマン研究会にジョブチェンジしちゃう。そっちは間に合ってるんだ、ジオン的な意味で。

 

「とは言え別に俺たちのオリジナルって訳じゃ無いんですがね」

 

そう言って見せてくれたのは、いつの間にか大型のバックパックと可動式のハードポイントを追加された俺専用ドムだった。最近格納庫で目にしていなかったから奥にでも仕舞われたのかなって思ってたら新装備のテストベッドになってたでござる。それぞれ別々に研究用として予算申請されてたから全然気付かんかった。

 

「ゲンザブロウ氏、お願いですから次からは一声掛けて下さい」

 

さすがにMSは軍の資産なんで勝手に弄られると困る。一時期エースが機体のリミッターを甘くして使うというのが流行って、それを真似する兵が続出。結果信頼性はかなり高いはずなのにザクⅡの稼働率が6割くらいまで落ち込んだことがある。あれのせいでチューニングまで一々申請が必要になったし、それどころかS型作るって事になったんだよなぁ。通達されたジオニックの設計部が頭を抱えていたのをよく覚えている。そんな訳で、部品が変わるくらいの改造まで来ると、上にちゃんと申請せんといかんのだ。大体は事後報告でも許してくれるけど。

 

「それでこれがお話しした内容への対策ですか。成程」

 

そう言って実機を見つつ、渡された資料に目を通す。うんうん、大体想定してたのと一緒だ。こんなのを仕事の片手間で思いついて作ってみたりしちゃうあたり、やはりジオン驚異のメカニズムである。

 

「作業機時代に使用していた補助アームとFCSを連動させ、保持した火器を運用する。さしずめ背面装備とでも言った所ですか」

 

俺がそう言えば笑いながら返事をするゲンザブロウ氏。

 

「まったく折角驚かせようと思ったのに。甲斐が無いですな、大佐」

 

そいつは失敬。

 

「十分驚いていますよ。ドムの実用化段階で私も提案しようとしたが無理だと諦めたのですから」

 

なんせ元になった補助アームはちょっとした固定の補助とか、材料の運搬とか簡単かつ負荷の掛からない作業にしか使えなかった。無理も無い、元々ザクのモーションは人間の動作をサンプリングして作っているのだ。つまり、ジオンのMSは基本的に人間に無い部位は動かせるように作られていないのである。それに補助アームを主腕並みに使おうとすれば、強度確保のために質量の増加は避けられない。AMBACの都合上複数の四肢を持てば、それだけ計算が複雑になる点もこれらの発展を阻害した要因だろう。

 

「しかし良く実機を組めるだけのデータが準備できましたね?」

 

なにせ重量バランスが完全に変わっているからザクのデータを弄ってと言う訳にはいかないだろう。恐らく一から構築し直しているはずだ。しかもFCSと連動させるなら、作業機時代のデータも使えない。あれ補助アームも完全にマニュアル制御してたからなぁ。

 

「そこは人海戦術で。本気でやりましたからむしろミオンの時より自信作ですわ」

 

声を掛けたら整備班のメンバーがノリノリで廃材から人が背負うダミーを用意して、手空きの海兵隊員やら基地パイロットやらが暇さえあれば背負ってサンプリングしてたそうな。え、俺一回も見てないんだけど。

 

「びっくりさせようと隠れてやっていましたからなぁ、エイミー少尉を味方に出来たのが大きかったですな」

 

最近ウラガンと一緒に秘書の真似事しててくれたからね!そら俺の行動筒抜けだわ。実際の動作チェックはシーマ少佐が入念にチェックしてくれたから、この世で一番完成度の高い制御OSだと自慢するゲンザブロウ氏。スイッチ入っちゃうと何処までも突っ走ってしまうのは技術屋の悪い癖だと思う。

 

「頼もしい事です。ちなみに現行機の改修は出来ますか?」

 

ワンオフですとか言われたらもういっそシーマ少佐にプレゼントしちゃおう。皆には悪いけど、どうせならよく使う人が良い機体に乗った方がこの機体のためでもあるだろう。

 

「そこは問題ありません。背中のパネルと推進器を引っぺがしてコイツに換えるだけです。ああ、後OSの入れ替えは必要ですが現行のコンピューターで全く問題無いそうです。チバ中尉が太鼓判押してましたよ」

 

まじか。

 

「ゲンザブロウ氏。このユニット組んで欲しいと言ったら、どのくらいで幾つ用意出来ますか?」

 

そう聞けばゲンザブロウ氏は悪い笑みを浮かべて端末を取り出した。

 

「製造ライン無しなら日に2~3が限度ですな、それも組むだけで取り付けは別になります…で、ここに製造ラインの図面と工期の試算がありますが、どうしますかね?」

 

このおっさんやっぱりチートだわ。

 

「素晴らしい。すぐに施工を始めて下さい。上の方には私が上手く言っておきましょう」

 

そう言った所で更に笑みを深めたゲンザブロウ氏が最後の爆弾を投げてきた。

 

「承知しました。それと大佐、ドムなんですがね。今の改修をすると内部容積が大分空きましてね。それでMIPの連中と検討したんですが…、MIPが試作している水陸両用のジェネレーターが載るんですわ」

 

え、それって。

 

「ジェネレーターと接続せにゃならんとか、まあ色々制約はあるんですが…積めますぜ、ビーム兵器」

 

とんでもねぇ事をさらっと言ってくれたゲンザブロウ氏に、直ぐに報告書を纏めるようお願いして、俺は慌てて報告の準備に入った。

まず背面装備の件はすぐに伝えなければならない。何せ既存の機体を改修可能だから、安価に戦力を強化できる。加えて今現在もドムは増産中だから、許可を得るのは早ければ早いほど後で楽になる。

一方ビーム兵装については幾つか問題がある。取り敢えず最大の課題はジェネレーターの確保だ。何せズゴックに使用予定のジェネレーターは最近開発が完了したばかりの大出力のものだ。で、問題なのはジェネレーターの生産性だ。何せ出力はドムの倍近いのにサイズはほぼ変わらないという奇跡の一品なのだが、おかげで複雑化しており従来のものに比べると価格も上がるし、工数もかかる。そうなれば当然ドムの生産性も下がるので、それを許容するかどうかは俺の一存では決められない。

ただ、総司令部の連中こういう事に疎いからなぁ。性能上がるなら良いじゃんくらいのノリで簡単に承認しそうだ。もしそうなったらMIPに頼み込んでウチかキャリフォルニアにジェネレーターの製造ラインも降ろして貰おう。出来れば両方だと尚よいが。

そうこうしている内にゲンザブロウ氏が改造計画の概要と大体の数字を纏めた報告書を持ってきた。ジェネレーターに直接接続する方式をとる必要があるから仮にビーム兵器対応にするならバックパックにビーム砲を装備した専用のパッケージになるとのこと。

 

「つまり背面装備とは選択式になると?」

 

「ですな。まあジェネレーターを載せ替えた機体に関してはですが」

 

既存の機体だとそもそもビーム兵器ドライブできんからね。しかしこう考えるとエネルギーCAPって偉大な発明だよな、ドムと同程度の出力でビーム兵器使えちゃうんだもん。

 

「加えてユニットコストは現行機の…2倍。2倍ですか」

 

「ジェネレーターとビーム砲の価格は現在の試算ですから、量産すれば多少はマシになるでしょう、それでも良くて2割ですかね?」

 

なんか、一部のエース向けとか言って少数生産される未来が見えるわ。

 

「エネルギーCAPが実用化するまでの繋ぎにはなりそうですかな」

 

正直総合的に見ればあまり良い機体とは言いがたいが、今このタイミングでビーム兵器を使用できるMSが存在すると言うことが重要だ。

 

「あちらさんはもう実用化しているんでしたか」

 

「ええ。ですからこちらも用意せねばなりません」

 

武装で優位に立てていないと錯覚させられれば、まだ戦力として十分な数のMSを用意出来ていない連邦は消耗を避けようとするだろう。そうなれば大規模な攻勢では無く小規模なゲリラ活動に変えるか、基地に引き籠もって防備を厚くするかのどちらかだ。そしてそのどちらを取られても今のジオンにはメリットになる。文字通り地球の半分近くを勢力下において居る現状、時間はこちらの味方だ。

 

「連邦に時間を浪費させる。今の我が軍にとってこれ程価値のあるものは無い」

 

 

 

 

「なあ、良い知らせと悪い知らせがあるんだが聞きたいか?」

 

食堂の窓側の席で食事を取っていた少尉に同僚が声を掛けてきた。双方共に基地では古参のMSパイロットであり、ホバーへの最後発の転換組だ。

 

「なんだ?レビルが死んで戦争が終わるのか?」

 

「はっはっは、それなら今頃基地を挙げてのお祭り騒ぎだろ。んで、どっちから聞きたい?」

 

聞かないという選択肢は無いんだな。鳥肉のソテーをつつきながら溜息交じりに応える。

 

「なら良い方から」

 

「おう、例のサブアーム付きがシミュレーターで解禁になるってさ」

 

「もうか、早いな」

 

確か検証が始まって一月も経っていない。試験をやっている連中以外にも使わせるという事は、今後はあちらが標準機として生産されると言うことだろう。

 

「海兵隊の連中から聞いた話だからな。間違いないだろう」

 

「やれやれ、俺たちの機種転換が終わる頃には連邦軍が居なくなっちまいそうだ。んで、悪い方はなんなんだよ?」

 

今の話からメリットしか感じられない少尉が首をかしげると、話題を振ってきた同僚は溜息交じりで口を開いた。

 

「悪い方はな、サブアーム付きにもう大佐が乗ってる」

 

「まだ強くなるのかよあの人!?」

 

次辺りチーム戦なら撃墜できそうだと考えていた少尉は思わず叫び、そして深々とため息を吐いた。賞金獲得はまだ随分先になりそうである。




日系技術者の言いたい台詞No1はこれだと確信しています(偏見)
サブアームはサンボル版リックドムを見て貰えば解りやすいかなと思います。


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第四十三話:0079/07/24 マ・クベ(偽)とオデッサファニーズ

病院が退屈なので投稿。
皆さんも病気にはお気を付け下さい。


「つまりカタパルトを撤去して軽量化と主翼の空気抵抗の削減を狙うと、そう言う事か大佐?」

 

「はい、以前のドップでは航続距離の関係で母機が必要でしたが、ドップⅡであれば問題無いでしょう。それと後部カーゴベイに降下用装置を設ければMS降下時の速度低下も最低限で済ませられます」

 

久し振りに連絡があったと思ったらガルマ様からガウについて意見を求められた。ガウは難しいよねー。大分難航していたのか随分お疲れの様子だ。

 

「だが今の機動性では例の高射砲を避けることが出来ん」

 

「戦闘機並みの機動性を確保しなければそれは無理な話です。爆撃機や輸送機に求められる性能ではありません。諦めるしか無いでしょう」

 

「…アッザムがもう少し安ければな」

 

そう言ってため息を吐くガルマ様。現在グラナダで懸命に生産しているアッザム改であるが、その生産速度は芳しくない。先日漸く3号機がロールアウトしたが、東南アジア攻略に持って行かれてしまった。比較的落ち着いていて自力である程度装備が生産できる分、欧州と北米は本国からの装備が後回しにされているのだ。オデッサは良いけどキャリフォルニアはユーコン造ったり、ゴッグ造ったり、グフⅡ造ったりと大車輪なのでちょっと厳しいようだ。先日もウチで生産したグフⅡ無心されたしな。

 

「例の移民計画は順調なのでしょう?であればそこまで焦る必要は無いかと愚考しますが」

 

実は先日のプロパガンダ以来、地球に住む低所得者層や環境悪化によって難民化した人々の連邦への不信感が高まっており、そうした民間人をサイド3へ移民させるという荒技をガルマ様が繰り出した。

正直、環境悪化を促進させたジオンに来るのは拒否感があるんじゃ無いかと思ったんだが、対象となった人々は大体が今日食う飯にも困っているような有様だったので、助かるなら敵にでも縋る状態だった。元々コロニーからの輸入で食料を賄っていた上に地上における食料生産地である北米はこちらの勢力下、オーストラリアはコロニー落としで壊滅と言った具合で、備蓄していた軍はまだ平気だが民間、それも元々難民になっていたような人達はとてもでは無いが食っていけないらしい。んで、そこにきてあのプロパガンダである。

 

「ああ、エッシェンバッハ氏が協力してくれているのが大きい。それに大佐のアドバイスもな。あれを周知した後は希望者が膨れ上がったぞ」

 

「お役に立てたのなら幸いです」

 

大したことじゃないんだけどね。ただ移民した人達は兵役を免除されるようにした方が良いよって伝えただけだ。正直難民と言ったって先日までは連邦市民だったわけだから、鞍替えしたからとすぐ銃を向けるのは心理的抵抗が強いだろうし、何より厭戦気分が非常に強いだろうから、戦争から離れられるという言葉は魅力的に映ると考えたのだ。ついでにスパイ対策でコロニー間の移動は制限されること、既存の住民も同じく移民組へのコロニーへの移動は厳しく制限することも公開した。変に隠さずにデメリットも伝えたことでむしろ希望者は増えた。うまい話は罠じゃ無いかと疑っちゃうと言うのはダグラス大佐で学習済みなのだ。

 

「当面は既存の住民を疎開させて空いたコロニーへ移民させているが、すぐに収容限界が来るだろうな。早期にコロニーを確保したいが」

 

「突撃機動軍の艦艇ならばいくらか余裕がありましょう」

 

戦争初期に壊滅的被害の出た各サイドだが、それでも修理すれば使えるコロニーも結構ある。ルウムのテキサスコロニーなんかが良い例だ。あれは条約で使えないが、それ以外の奴なら持って行っても構わんだろうと、移民計画が提案された段階でルウムからのコロニー移動も提案している。今頃総司令部はガルマ様と同じく頭を悩ませていることだろう。まあ戦争に勝つために是非頑張って頂きたい。

 

「そちらは兄さん達に任せるとしてだ。実は本件に関しては少々問題があってな」

 

そう言ってガルマ様が何やら資料を送ってきた。

 

「ここの所の大佐の活躍は本国…それも開発陣を刺激していてな。はっきり言うと刺激しすぎた訳だが」

 

送られてきたデータは所謂提案書で、読み進めていく内に頬が引きつるのを自覚した。

 

「ガルマ様、これは?」

 

「開発部が提案してきたものでな。ジャブロー攻略用MS群…だそうだ」

 

眉間のしわからガルマ様も否定的なようだ。良かった、大真面目にこれ量産しようとか言われたら吹き出していたかもしれん。

 

「水陸両用…兼地中侵攻用MSの開発並びにその支援MS群の提案?本国の開発部は酸素欠乏症にでも罹ったのですか?」

 

「割と大真面目だ。連中どうも大佐に強い対抗意識を燃やしているらしくてな…。ドズル兄さんが宇宙攻撃軍の再建でも大佐を頼っただろう?アレが決定打になってどうも危機感を持っているらしいんだ」

 

なんか総司令部から、予算は一丁前に持って行くくせに方面軍のたかが基地司令以下の仕事しか出来ないとか居る意味あるの?馬鹿なの?みたいな煽りを頻繁に食らっているらしい。それは正直すまんかったと思うが。

 

「隠密偵察、潜入工作用MSを中核とし、岩盤掘削用MS、経路開設用MSと火力支援MS…。偵察機と火力支援機は百歩譲って理解できますが、経路開設に態々専用MSを開発?それに岩盤掘削用MSですと?連中敵陣地のど真ん中で土木工事が出来ると本気で考えているのですか?」

 

やっぱり酸素足りてないな、今度の輸送は多めにしよう。

 

「ギレン兄さんも懐疑的なんだがね。他に有効な装備が無ければ検討も視野に入れるべきだと」

 

それでガウなのね。

 

「大真面目にジャブロー攻略用MAを開発しているギニアス少将に土下座で詫びろと言いたいですな。ギニアス少将はなんと?」

 

「最大限の努力はすると言っていた…が、努力しようとも出来ないものは出来ないからな」

 

現状の開発ペースだと切り詰めても3ヶ月は必要だと言われたらしい。そういやアプサラス計画もなんか無駄呼ばわりされたとか少将からメールが来てたな。総司令部全方位に噛みつきすぎだろ。あちらも何かフォローするとして、こっちも余計なリソースは食いたくないしなあ…。仕方ない、また貧乏クジだ。

 

「では、仕方ありません。時間を稼ぎましょう」

 

大体ガンダムの実戦データやら残骸やら本国に送ってあるんだから、さっさとそれの対応をしろと言いたい。具体的にはエネルギーCAP早く作れよ。

 

「時間を?どうするつもりだ大佐」

 

「ちょっと試してやるのですよ。設計図は送られてきて居るのでしょう?であればとりあえず1機、このアッグを送って頂きたい」

 

明らかに愉快な形状をしているイラストの描かれた資料を突く。そういやこれどうやって運ぶつもりなんだろう。ホバーって書いてあるけど水中の移動装備が一切無いぞ?

 

「アッグ?いや、試作の機体があるから送るのは構わないが、よりによってそれか?他のはいいのか?」

 

いいんだよ。時間稼ぐためなんだから。

 

「アッグが目的地までの岩盤を掘削するのでしょう?」

 

そう俺が言えば、理解したのか悪い顔になるガルマ様。なんか指揮官として頼もしくなったけどその分黒くなっちゃったな。イセリナ嬢に嫌われんといいが。

 

「やれやれ、大佐を見ていると自分が若造だと良く解るな。了解だ、よろしく頼む。ああ、それと例のバックパックなんだが、グフⅡにも取り付けられるようにならないかな?部下からアレのおかげでドムが欲しいという陳情が大量に来ていてね」

 

「技術部に聞いておきましょう。ガルマ様もMIP社の件、よろしくお願いいたします」

 

その後挨拶を交わして通信を切ると、俺は腕を組んで溜息を吐いた。

 

「さて、一応もう一手打っておこうか」

 

 

 

 

初日のランニングが準備運動に置き換わって一週間。始めこそひたすら走らされるだけの一日に不満も覚えたが、今では皆黙々と訓練に取り組んでいる。そのくらいシーマ少佐とのシミュレーター訓練は衝撃的だった。自慢では無いが、ここに居るメンバーは集められた中でも、特にMSの適性が高いと評価されていたのだが。

 

(お笑いだよね)

 

走りながらミノル少尉は思わず笑ってしまった。そもそもMSの適性試験が問題だったのだから。ミノル達が受けた試験は士官向けの適性試験、階級的には間違っていなかったが問題は自分たちの親の事情を忖度した事務官によって、練成課程をすっ飛ばして任官していたことだ。つまり、適性試験では当然クリア済みである筈の体力や持久力といった項目は存在せず、空間認識力や反射神経と言ったものと機材に対する基本的な知識の有無程度だった。

これまでの扱いを思い出してミノルは納得する。ここに送られてくるまでの担当者は、その誰もが自分たちがとてもMSに乗れるような人間でない事を見抜いていて、だから事務や秘書といった部署に就けようとしていたのだ。自分たちが考えていたのと真逆の意味での特別扱いだったのだと思い知らされた時の落ち込みは、ちょっと思い出したくない。

 

「よし、ラスト1周!急げ!」

 

その声にペースメーカーをやっているジュリア少尉が速度を上げた。元々体格的には恵まれていた彼女はここ一ヶ月でメンバー一の体力と持久力を獲得している。あのおっかない大佐が、本気で自分たちをMSパイロットにしてくれるべくカリキュラムを組んでくれていると指導教官の少尉から聞かされてからは、最初の頃の不満はなんだったのかと言うくらい態度が豹変し従順になっている。ちなみに訓練中たまに通りかかる大佐に以前とは別の意味での熱い視線を送っているが、シーマ少佐のあの態度から色々察した方が良いとミノルは思う。

 

「はい、はい、問題ありません大佐殿…承知しました。全員集合!」

 

何事か大佐と端末で話していたらしいトップ少尉が集合を掛ける。ペースアップどころか全員ダッシュに切り替えてノルマをこなすとトップ少尉の前に集合した。

 

「よし、クールダウンしながら聞くように。今大佐から連絡があり、貴様らにMSを預けるとのことだ」

 

一瞬呆けた後、その意味が理解できたメンバーが歓声を上げる。ミノルも態度にこそ表さなかったが、興奮で動悸が激しくなるのを自覚した。

 

「はしゃぐな、大佐が仰るには試作機のテストをして欲しいとのことだ。それが新人でも扱えるのかが知りたいらしい。つまり、まだまだ貴様らは一人前とは認められていないということだ」

 

そうは言うもののトップ少尉の顔も笑顔になっていた。当然だろう、大佐が自らテストを命じると言うことは、自分たちがMSを任せられると認められたと言うことなのだから。

 

(試作機、どんなだろう?ドムみたいな機体だったらいいな)

 

その後、数日で実機が届き機体説明を受けた際、ジュリア少尉が崩れ落ちる事になるのだが、それはまた別の話である。




ガウの改造なんて思いつきません(憤怒


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第四十四話:0079/07/28 マ・クベ(偽)の采配

今月分です


「大分形になってきましたな」

 

ツィマッド社のMS製造工場で仮組みの終わったゴッグを見上げながら、隣に居るエリー・タカハシ技師に話しかけた。一瞬子供かと思う程小柄な女性であるが、ヅダの頃からMSの開発に関わっていたり、ホバーMSの開発を提案したりとツィマッド社の秘蔵っ子である。

オデッサにはドムの生産ライン立ち上げの頃から居るのだが、実はあまり接触を持っていなかった。と言うより俺が避けてた。

 

「組み上がってからが本番です。何処かの素人さんが適当を言ってくれたのをここまで形に出来るのですから、流石は我が社ですね」

 

肩まで伸ばしたさらさらの銀髪を揺らしながらニコニコと毒を吐くエリー女史。うん、やっぱりまだ根に持たれてるな。

 

「頂いた報告書ですと既に3号機まで組み始めて居るんでしたかな?パイロットは海兵隊を使いたいと聞き及んでいますが」

 

「ええ、キャリフォルニアの連中がへそを曲げてまして。まあ、自分が作った機体をここまでいじり回されたら拗ねる気持ちも解らないでは無いですが」

 

水中用だって大目に見られてたコックピット周りもザクに合わせたからなぁ。最終的に共有出来る部品モノアイだけだったっけ?

 

「どうせMIPの新型が出来ればお払い箱になる機体ですからね。名前が残るだけマシでしょう」

 

昨日、正式に水中用MSの次期主力としてズゴックが発表された。ウチで造っているこいつが間に合わなかったハルバさんは涙目になってたし、本格的にフロッガーが要らない子になったからジオニックの営業さんもちょっと残念そうな顔してた。ただ、ジオニックはアッガイの採用が決まって居るからそこまで辛く無さそうだった。

 

「そう言えばジオニックの水陸両用にも口出ししたとか。どうせならアッグみたいに開発中止に追い込んでくれればこの子の未来も明るいと思いませんか大佐?」

 

とんでもねえ事言いやがるなこの娘っ子は。

 

「無茶を言わないでください。そもそもアレとこれではコンセプトが全く違います。あちらは隠蔽重視の偵察機、こちらは精鋭向けの高性能機ですよ?」

 

「ならジェネレーターとかアクチュエーターとか専用にさせてくださいよー。そうしたら性能が後10%は向上する筈なんですよー」

 

裾ひっぱんな、子供か。

 

「おい、今子供かとか思っただろう?」

 

何故ばれたし。

 

「思っていません。重ねて申し上げますが無茶を言わないで頂きたい。貴方の言葉を借りるなら造ってからが本番でしょう。部品調達が難しくてメンテナンス性が悪い機体など問題外です」

 

「ちっ!」

 

早くデニスさん帰ってこないかなぁ、この子と直接やりとりするのきっついんだよなぁ。ゲンザブロウ氏はドムにかかりっきりでこっちは嬢ちゃんに聞いてくんな!って丸投げだし。

 

「調整も含めて起動試験は明後日辺りに出来る予定です。それじゃパイロットお願いしますねー」

 

そう言って手をひらひらさせると何処かへ消えてしまうエリー女史。本当に早くデニスさん帰ってこないかな。

 

 

 

 

「またあいつか!?」

 

総司令部経由で送られてきた開発中止命令を床に叩き付け、ネヴィル技術大佐は絶叫した。そもそものケチのつきはじめは彼が担当していた地球侵攻用兵器について、件の大佐からクレームが来たことだ。その後彼の関わった開発計画に口出しをすること数件、挙げ句の果てにはこちらがキャリフォルニアにて進めていた地上用MSの生産へちょっかいを出し、その結果大口の契約になるはずだったグフの調達数が大幅に削られてしまった。

幸いにして改良と並行で進めていた飛行型の有用性が認められたため、ジオニックとの関係もそこまでこじれなかったが、それについて口添えし、更には調整まで手伝ったのがあの男だと思うとネヴィルは実に苦々しい気持ちになる。

よくその事で厭味を言っていた宇宙軍の装備を担当している同期の大佐が、話も通されずに新装備の調達と運用が決まったと落ち込んでいた時は、久し振りに良い知らせだと気持ちが上向いたが、それを行なったのがあの男かと思うと癪に障る。

 

「なんなんだあいつは!?俺たちに何か恨みでもあるのか!ああっ!?」

 

飾ってあった観葉植物の鉢を蹴り倒し大人げなく暴れた後、応接用のソファへ身を投げ出し深々と息を吐く。この所、あの男のせいで技術本部の評価は下がる一方だ。肝心の本部長であるシャハトはいつもの日和見を遺憾なく発揮していて、幾らこちらが訴えても聞こうとしない。挙句、

 

「前線での評判は良い。つまり兵が欲しいと思っている兵器が届いて居るのだ。結構な事じゃ無いか」

 

などと言い出す始末だ。これだから政治の解らない技術屋は困る。

 

「ふん、だがアッグシリーズを中止したところで代替を用意出来まい。結局の所、我々技術本部が無くては話にならんのだ」

 

少々調子に乗っているようだがそろそろ高転びするだろう。その時に無様に泣きついてくるであろう事を想像して、ネヴィルは意地の悪い笑顔を作った。

 

 

 

 

激しい掘削音をBGMにアホみたいな顔でモニターを眺める。部屋には俺以外にウラガン、エイミー少尉、シーマ少佐に試験を直接監督していたシン大尉とアナベル大尉がいる。

 

「やはりダメだろう、これ」

 

「ダメでしょうなぁ」

 

「ダメではないかと」

 

「MSは乗るのが専門ですが、これは…」

 

ウラガンとエイミー少尉は慣れたコンビネーションで紅茶を淹れている。ちなみにデメジエール少佐も誘ったんだけど、

 

「MS?作業用?解らんからパスで」

 

と言って新たに送られてきた戦車兵の教練に行ってしまった。その行動、大正解です。

 

「報告書にも書きましたがとにかく騒音が激しいです。隣の坑道からクレームが出ました」

 

余程激しく文句を言われたのか、顔をしかめながら報告してくれるアナベル大尉。実際の作業映像を見ても確かに掘削音以外聞こえない。坑道戦術なんて中世から使われている古典的戦術だ。こんな馬鹿でかい音を出していたら速攻でアンダーグラウンドソナーに捕まるわ。更に横に居たシン大尉も続けて問題点を指摘した。

 

「ドリルも問題ですな。掘削量にもよりますが、かなりこまめに休ませませんと焼き付きます」

 

掘削ドリルと言えば冷却剤を掘削部に噴射して焼き付きを抑えるのが一般的なのだが、見る限りそんな機構は無い。そら休ませるしか無いわな。

 

「どのくらいかの目安はあるかね?」

 

俺の問いに顎をしごきながら困った表情になる大尉。

 

「穴掘りは専門外ですからなあ。お嬢さん方に聞いた限りだと完全に勘頼りのようですが」

 

「うん、後でゲンザブロウ氏にでも聞いてみよう。しかしどうにもならんな、これは」

 

「一応、掘削速度は従来の掘削機よりは速いですな。問題は排土が間に合わん事ですが」

 

そう、普通にウチで使っている掘削用の重機より掘るのは速い、けれど掘った土を排出するコンベアは既存のものなのですぐに土が堆積してしまう。あまり知られていないが掘削後は余計な隙間が増える分、掘る前より土の体積が増してしまうのだ。だから随時土を運び出さないと機体が生き埋めになってしまう。所で今はテストなので鉱山にある重機とコンベアで残土を運び出しているけれど、これジャブローではどうするつもりなんだろう?加えて突っ込むなら、粉塵が出まくる環境下でホバー移動なんてするもんだから、埃を巻き上げるわ、ホバーが強力で残土を吸い込むわで頻繁に吸排気機構のメンテナンスが必要になる。使用環境と仕様が全く合っていない。やっぱりコイツの設計者は酸素欠乏症なんじゃなかろうか?

 

「掘削は宇宙でもやっていただろうに、何故気付かん?」

 

「無重力の宇宙では掘り出した残土が勝手にある程度退いてしまいますからなあ。掘削現場でも採取した鉱物用の輸送コンテナはありましたが、排土用は無かったと記憶していますよ」

 

受け取った紅茶をかき混ぜながらそう言うのはシーマ少佐だ。ああ、幾つか小規模な採掘衛星とかの制圧してるから、それで知ったんかな?

 

「つまり、全く考えてなかったと。有り難う諸君、この話は上に上げておく」

 

「あー、それなんですが。大佐一つお願いしても?」

 

申し訳なさそうに手を挙げるシン大尉。何だい?言うてごらん?

 

「どうした、シン大尉」

 

「あの試作機、何機か都合出来ませんかね?」

 

なんですと?

 

「自分からもお願いしたいのですが。都合はつきませんでしょうか、大佐」

 

え、アナベル大尉も?

 

「待て待て、先ほどの話だと使えないという事では無かったか?」

 

その言葉に困った顔になる二人。

 

「地中侵攻には全く使えません。が、掘削用重機としては優秀でして」

 

「騒音を気にしなくて良いならドリルの冷却機構を追加すればいい訳ですから、露天掘りの鉱山などではかなり作業能率の向上が見込めます」

 

「でしたら足回りは履帯にした方が良いでしょうなぁ。ホバーはダメでしょう」

 

聞けば、操作感は戦前にリースしてた作業機械に近くて、そちらの操作経験がある作業員がかなりいるとのこと。搬入する際に見られて、あれ欲しい!って要望も出てるらしい。どうせ中止にするからって機密保持を徹底しなかったのが不味かったな。

 

「…解った、一応ガルマ様に問い合わせてみよう」

 

その後、ゲンザブロウ氏に見つかり、高性能重機として生まれ変わったアッグは採掘作業や陣地構築、更には戦後の復興にと大活躍する事になり。設計者と計画者は称賛されたものの、その話をすると途端に不機嫌になったという。




ガウのご意見、色々有り難うございます。
そちらもいずれ書こうと思います。まだ原作まで1月もあるしね!
…これいつガンダム出るんだろう?


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第四十五話:0079/08/01 マ・クベ(偽)と模擬戦

皆さんの一ヶ月が早すぎる件


「よし。デル、アス、相手の性能は頭に入っているね?」

 

「はっ!問題ありません」

 

「こちらも大丈夫です。行けます」

 

即座に返ってくる言葉を頼もしく感じながらトップ・スノーフィールド少尉は大きく息を吸った。

 

「機体の性能は大した事は無い…が、新型で乗っているのがあの人だ。油断するな」

 

声を掛けられたのは偶然で、例のお嬢さん方の訓練状況を報告に行ったら丁度良いとばかりに訓練相手に指名されたのだ。そこまで買い物に行くような気安さで話す大佐を思い出す。

 

「新型機の試験を頼まれてね。どうせならサンプルは多い方が良いだろう?」

 

何でも生産前に口出しした所、要求に合わせたシミュレーションデータが送られてきて、それを使って動作検証をして欲しいと頼まれたそうだ。

ただいくら自分が言い出した事とはいえ、基地司令が自らテストする必要は無いのではないか。そう聞けば横に居たシーマ少佐が疲れた声で答えをくれた。

 

「運用がなんというか独特でなぁ、取り敢えず提唱した人間が一番理解して使えるだろうという判断だ。…それから正直この基地で大佐より腕の立つパイロットが居ないからねぇ」

 

一月程前からアッザムでの失態を反省してとかなんとか言いつつ実機での訓練にも参加するようになった大佐は、現在正直手に負えない領域に達しつつある。先日遂に撃墜されたものの、その内容はシーマ、デメジエール両少佐を筆頭にシン大尉とアナベル大尉に加えニムバス大尉にマリオン少尉を加えたその戦力が居れば基地の一つや二つ落とせるんじゃないかというメンバーが揃って漸くだった。尤もその内容は戦闘と言うより、逃げ回る大佐を一方的に襲い続ける狩りのような状況だったが。ちなみに唯一撃墜されたシン大尉は随分落ち込んでいたらしい。

そんなことを思い出しながら相手のスペックをもう一度表示する。

出力はグフと同じ。装備に関して言えば頭部に内蔵された90ミリマシンガンが2基に、腕に装備された改良型のヒート・ロッド、それから280ミリロケット砲と、どれも訓練で馴染みのある装備ばかりだ。気になる点は二つ。

 

「いいか、相手はこちらより一回り以上小型の機体だ。目視だけに頼ると距離感を狂わされるよ、ちゃんと計器も確認しな。それと高い隠蔽性能とある、各センサーの値には常に気を配れ」

 

訓練の一戦目は相手に有利、と言うより想定された運用下での試験だ。沿岸基地で夜間。正直他の水陸両用とやり合うのでも嫌な条件だ。

 

「相手の装備はドム相手には貧弱だ。唯一近接装備が厄介だが幸いこちらの方が速度がある。常に動いて距離を取って対処する。いつも通りだ、いいな?」

 

「「了解」」

 

二人が返事をすると同時に訓練開始のアナウンスが流れる。緊張にやや身を強ばらせながら、慎重に海岸線付近まで移動する。シチュエーションは揚陸襲撃であるから、海から飛び出してくる瞬間を叩いてしまおうと言うのが三人の出した結論だった。何しろ小型とは言え10mを超える物体だ、海から上がろうとすれば当然海面が激しく動く。揚陸されて障害物の乱立する場所ではステルスも活きるだろうが、こうも見晴らしが良ければその恩恵も受けられない。

今日こそ一泡吹かせてやる。息巻きながらその時を待ったが5分以上経過しても動きが無い。それでも油断を誘うつもりかと更に5分待ってみるがやはり海面は静かなままだ。

 

「おかしいですな、揚陸するとすればここだと思うのですが」

 

この基地でMSがギリギリまで水中から接近できるのはこの岸壁だけだし、何よりここならすぐ倉庫街に入り込める。

 

「こちらがここで張るのを見越して裏をかいたんじゃ?」

 

アス伍長の言葉に迷いが生まれる。今回のあちらの目的はサボタージュであるから、無理にこちらと戦う必要は無い。移動指示を出すべきか逡巡していると、唐突に後ろの倉庫街で爆発が起きた。

 

「クソ!やっぱりもう入り込んでっ」

 

そう悪態をついてアスが機体を倉庫街へ向け、その背を無防備に海へと晒した瞬間、海面が一気に盛り上がった。

 

「アス!後ろだっ!!」

 

トップは叫ぶが、それはあまりにも遅かった。海面から低く、しかし鋭く飛び出したそれはアス伍長のドムで巧妙にこちらの射線を遮りながら接近、同時に放たれたヒート・ロッドが振り返り切れていないアス伍長のドムの胴体へと食らいつき、致命の電撃を流す。

 

「アス!」

 

射線を確保するべく動いていたデル軍曹が叫ぶのも虚しく、脱力したドムのコックピットへ腕が押しつけられる。

射突式ブレード、スペック表の中に書かれた見慣れない名前の武器を思い出す。そしてそれは目の前で正しく使用された。

 

「このぉ!」

 

軍曹の機体とは逆方向へ移動していたトップは、アス機に当たるのも構わずトリガーを引いた。書かれている通りの性能であれば、アス伍長は間違いなく戦死しているからだ。MMP-79から120ミリとは比べものにならない連射が襲いかかるが、相手を捉えることは出来ずアス機に傷を増やしただけだった。

 

「何処へ!?」

 

「右です少尉!」

 

軍曹の言葉に従って視線を送れば、目を通したカタログスペック以上の速度で移動する目標の姿があった。よく見れば、ヒートロッドの巻き上げ機能を利用して速度を稼いでいる。

 

「多芸な事ですね大佐!」

 

追撃するべくマシンガンを向けるが、それはあちらの射撃で防がれてしまう。回避行動を終えた頃には、目標は倉庫街に消えていた。

 

「デル、アスは?」

 

「コックピットへの一撃で死亡判定です。見事ですなぁ」

 

想定通りの言葉に溜息を吐きながらアス機を見れば、寸分のずれも無くコックピットハッチが貫かれていた。味方であれば称賛を送りたいが、今は残念ながら敵である。

 

「電波は当然としても、熱源も音響も反応無し。厄介だね」

 

「便利な道具に慣れたのが仇ですな、目視がこれ程頼りないとは」

 

ミノフスキー粒子下でこそ索敵手段が重要であるという提唱に賛同していた大佐によって、ドムにはザクより多くの索敵装備が盛り込まれている。敵の発見は格段にやりやすくなったが、それは一方で開戦時は当たり前だった目視のみによる索敵の機会が大幅に減ったことを意味していた。仮に今対峙している機体と同等のステルス性を持つ機体を連邦が用意すれば、古参の連中はともかく、新兵にはかなり厳しい戦いになるだろう。何せ地球は宇宙と違い隠れる場所に事欠かないからだ。

 

「厄介だな、残念だが一度仕切り直す。防衛目標まで下がるぞ」

 

「目標が狙われませんか?」

 

「倉庫街で見えない相手と戦う方が危険だ。あのやんちゃな大佐殿だぞ?何をしてくるかわからん」

 

「ですな」

 

そう言って二機は遮蔽物の少ない道を選んで移動を開始する。奇襲をしにくくするだけでも火力の低い相手にすれば厄介だろうという判断だ。

 

「それにしても大佐殿は何処であの様な機動を覚えてくるのですかな?」

 

頻りに左右へ視線を送りながら軍曹が口を開く。

 

「確かに。だがグフ乗りとは何度かやった時にヒート・ロッドを機動に使う奴は居たからな」

 

何かに打ち込んでアンカー代わりにするという奴はそれなりに居たから、案外それを見ていて思いついたのかもしれない。それをシミュレーションとは言えいきなりやってみせる技量には舌を巻くが。そんなことを言いながら防衛目標まであと少し、倉庫街の途切れるところまで来た瞬間それは起こった。

 

「なぁ!?」

 

後方を警戒しつつ後をついて来ていた軍曹が驚愕の声を上げると同時、盛大な転倒音が響いた。慌てて振り返れば、自分が通過するまで何も無かった場所にワイヤーが張られている。否、それはワイヤーなどでは無く。

 

「そこかぁ!」

 

ヒート・ロッドの根元、即ち敵の居る位置へ向けてマシンガンを撃ち込む。僅か10秒でマガジンが空になり、即座にリロード。おまけとばかりにもう一マガジン分たたき込んだところでデル軍曹が起き上がっていないことに気付く。

 

「デルどうした、早く起きろ」

 

油断なくマシンガンを構えながらそう呼びかけるが返事が無い。

 

「デル!どうした!?」

 

焦燥に駆られ視線を向ければ、そこには仰向けになり、アス機と同様にコックピットを一突きにされたデル機があった。

 

「ひぃ!?」

 

まるでホラー映画のワンシーンのようだなどと、どこか冷静な部分が告げてくる。そしてこれがホラー映画なのだとしたら。

 

『終わりだ、少尉』

 

大佐の声がコックピットに響く。シチュエーションと設定からして通信は入らない、MS同士の接触回線、すなわちお肌の触れあい以外は。

振り返った先、トップ少尉が最後に目にしたのは片腕を無くした大佐の乗るアッガイだった。

 

 

 

 

アッガイ、面白い機体に仕上がっているなぁ。確か造ってるのはスウィネン社だったっけ?なんか愉快な思想の社長さんだったと記憶しているが、MS開発に関しては優秀なようだ。

 

「シミュレーション終了。大佐お疲れ様でした」

 

オペレーターを買って出てくれたエイミー少尉がそう告げてくる。コックピットもほぼザクのままだし、海兵隊向けにオデッサでも生産するよう打診してみようかな?

 

「しかし少し出力を持て余しているな、動きがピーキーだ。それに武装も格闘に寄りすぎている」

 

小型化の弊害で内蔵火器を殆ど用意出来なかったからなぁ。ヒート・ロッド?あれは飛び道具とは言わん。

 

『十分扱えていたように感じましたが?』

 

どこか疲れた顔で通信を入れてきたトップ少尉に俺は返事をする。

 

「こちらに有利な条件を並べたからの結果だよ少尉。それに人員の少ない海軍はどうしても単一の機体で複数の任務に従事する必要がある。まあ、内部容積が小さいアッガイでは、ハードポイントを設けて任務に合わせて装備を調えるのが精々だろうな」

 

折角だしそっち方面のアイデアも伝えてみよう。一個でもものになればラッキーだ。

 

『…左様ですか』

 

なにやら深い溜息を吐くトップ少尉。おいおい、溜息なんて吐いてると幸せが逃げちゃうぜ?

 

「とりあえず、次はシチュエーションを変えてみよう。そうだな、昼間の隠蔽はどの程度かやってみるか」

 

俺の言葉に何故か顔を引きつらせるトップ少尉。具合でも悪いの?止めとく?って聞いたらやけくそな声で返事がきた。

 

『はい、いいえ大佐殿!最後までお付き合い致します!』

 

それから暫くして、基地に実機のアッガイが運び込まれたのだが、何故か一部のパイロットと海兵隊は近寄ろうとしなかった。なんだったんだろう、アレ?




サンボルアッガイはアッガイじゃないと思います。
大好きだけどね!


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第四十六話:0079/08/04 マ・クベ(偽)と始まる物語

感想通算3000件突破有り難うございます投稿。
こういうことしてるからストックが増えないのです!


「率直に言おう、レイ大尉。アレではジオンに勝てない」

 

態々暗号通信まで使って、軍の最高司令官が言うことがそれか。苛立ちと落胆を感じつつ、しかし軍人として最低限の節度を保ってテム・レイは応えた。

 

「オーガスタの件は聞いております。ジオンの新型にやられたと」

 

でっち上げの陸戦型はともかくとして、虎の子として送った1号機が撃破されたのはテム自身も少なからず衝撃を受けた。だが、辛うじて持ち帰られたデータを見れば、それが彼の生み出した傑作、RXー78ガンダムの性能に起因する敗北でない事は明らかだ。だと言うのに。

 

「ならば話は早い。大尉には更に高性能な機体を開発して貰いたい。また宇宙用機の開発は一時中断し、建造中の4~6号機は陸戦用装備の開発母体とする」

 

簡単に言ってくれる。頬が引きつるのをテムは自覚する。現行のガンダムですら部品に求められる精度が高すぎて十分な数が確保できていない。そもそも先の敗北は数による圧殺であり、間違ってもガンダムの性能のせいでは無い。尤も、10倍の敵に勝てなければ性能不足だと言われてしまえばそれまでだが。

 

「4~6号機の件は承知しました。しかし、ガンダムの更なる性能向上となりますと…」

 

「それに関してだが、オーガスタから脱出に成功した開発チームとジャブローで機体の性能向上を研究しているモスク・ハン博士をそちらに送る。仕様は改めて送るから取り敢えず受け入れを頼んだ、ではな」

 

言いたいことだけ言い切るとレビル大将は通信を切ってしまう。テムは我慢できず手元にあったマグカップを壁に投げつけた。

 

「負けたら装備が悪かったか!?これだから野蛮な戦争屋共は!!」

 

一頻り罵詈雑言を叫んだ後、椅子へ深々と座り込み力を抜く。その頃には既に技術者の顔に戻っていた。

 

「現実問題として、ガンダムの性能は完璧だ。しかし生産性はとてもでは無いが量産に向くとは言えない」

 

これは駆動系にフィールドモーター駆動を採用したことに起因している。エネルギー変換効率や容積と言った面で流体パルスシステムに勝るのだが、肝心のモーターが非常に高い加工精度を要求するため、ガンダムの要求を満たす製品を製造できるのは月に本社を置くアナハイムエレクトロニクスだけだ。ルナツーで製造されている物は要求値に届かず加工不良も多い。アレではガンダムの半分も出力が出ないだろう。更に悩ましいのが先日の衛星軌道での連邦艦隊の敗北だ。大々的に発表されたアレのおかげで、月との輸送ルートに使っていたサイド6が高性能な工業製品は戦略物資に該当すると言いだし、フィールドモーターを積んだアナハイムの輸送船を追い返すようになったのだ。アナハイム側も大人しくそれに従っている。何のことは無い、ジオンが優勢だからあちらに媚を売っておこうという見え透いた行動だ。

 

「ふんっ、所詮我が身が可愛いだけのコウモリか」

 

毒づいたところで事態が好転する訳では無いためテムは別の事柄へと思考を移す。

部品供給が絶たれればガンダムの生産は疎か既存機体の維持も難しいだろう。

 

「だとすれば、現在ある生産拠点で製造可能なパーツで組むしか無い」

 

出力の高いモーターの製造自体は不可能では無い。裕度を持たせて大型化すれば良いからだ。だがそうした場合、ガンダムが実現していたあの高い自由度は失われてしまうだろう。それに大型化に合わせて重量の増加は避けられないから、現状より装甲を薄くして重量を維持するか、あるいは運動性を捨てて重装甲化するかだ。そう考えてテムは頭をかきむしる。

 

(なんと言うことだ、これではRX77へ先祖返りじゃないか)

 

だが幾ら考えても駆動系の問題が解決しなければどうにもならない。いくら高性能にする方法があっても、作れなければそれは絵に描かれた餅と変わらないのだ。

 

「問題はそれを何処まであの大将様が理解しているかだ。全く、これだから素人は」

 

さしあたってガンダムを十全に活かす環境を作るためにも、機体の数を揃えねばなるまい。そんな算段を付けつつ慣れた手つきで端末を操作する。

 

「まずはコイツの改善からか。やれやれ、また暫く家には帰れないな」

 

最近ロクに会話すら出来ていない息子の顔を思い出し溜息を吐く。

 

「この仕事が終わったら、一度地球に帰ろう」

 

そう呟くと、テムは通信室を出て研究室へと向かった。

 

 

 

 

「ああ、大佐。久し振りですね」

 

そう言って通信に出たギニアス少将は、以前に比べかなり疲労しているように見えた。

 

「お加減が悪いようで。少将、どうされました?」

 

そう聞けばギニアス少将は深々と溜息を吐いた。

 

「…ここの所総司令部からの質問が頻繁に来ていましてね」

 

聞けば東南アジア戦線の戦力増強にアッザムを送って貰ったまでは良かったが、その際に総司令部の中でこんな発言があったのだとか。

 

「あれ?今秘密基地で造ってるMA、ア・バオア・クーの新型と同じじゃね?」

 

流石総司令部、報告書斜め読みでもしてんじゃねぇかと言いたくなる発言である。

曰く、現在ア・バオア・クーにて開発中のMAでアプサラスのコンセプトはクリアできる。であれば、貴重なミノフスキークラフトは全部アッザムにしちまえよ。なんて連絡がチクチクネチネチ送られてくるらしい。ただ、アプサラス計画は公王陛下の承認という国家最高権力のお墨付きなもんだから、それを総司令部が否定するという形を避けたいらしく、こんな陰湿な手段で自主的に開発中止を言い出すように仕向けているっぽい。

 

「軍としても徒に機種を増やすのは望ましくない。1月以内に何らかの成果物が提出できない場合、新型への統合を議題に掛けると…」

 

それで急いで開発してて疲れているそうだ。そりゃそうなるわな。少将にしてみれば家の再興とか自分の夢とか、色々詰まってるのがアプサラス計画だ。しかも自身の体の問題もあるから変に突くとすぐに暴走する。総司令部は頼むからちゃんと相手を見て手段を選んで欲しい。

 

「もっと早く仰ってくれれば」

 

助けることも出来たかもしれない。そう言いかけた言葉は少将に止められた。

 

「そうも行かなかったのですよ、大佐」

 

少将の所属は総司令部技術本部。簡単に言えば軍の兵器開発を統括して居る部署である。んで、ここの所良いところが無い中順調に開発を進めて居たのが少将だったわけだが、それだけに期待がかかり、あいつに絶対勝って!ギャフン言わせたって!!という激励がそれはもう山のように来たらしい。そんな少将が俺と繋がっているなんて事になれば、可愛さ余って憎さが天元突破した連中に何をされるか解ったものじゃ無く、言うに言い出せない状況になってしまったそうな。問題は激励以外でなんの役にも立たなかったことらしいが。

そんな訳でどうにもならなくなってしまった少将は、せめてけじめとして俺に連絡をしてくれたらしい。

 

「出来たら送るなどと言っておいて、このようなことになってしまい申し訳ありません」

 

いや、謝られても回答に困る。そもそも少将なんも悪くないし。それに俺は往生際が悪い事にかけては自信がある。

 

「謝らないで下さい。それに諦めるのはまだ早い、成果の提出にはまだ一ヶ月あるのでしょう?」

 

原作だとミノフスキークラフトの調整やら試験やらが難航したのか試作機の初飛行が10月下旬。そこから1月もしないでメガ粒子砲の搭載が出来ている。そしてこの世界では既に試作機はアッザムのデータを参考にした分、飛行テストをほぼ終えていたはずだ。

 

「しかし、現状の機体ではとても納得させる事が出来るとは思えません」

 

まじか。

 

「飛行試験はほぼ終わっているのでしょう?搭載火器の開発が遅れているのですか?」

 

「はい、射撃管制プログラムの開発が難航していまして」

 

それは確かにマズイかもしれない。他の火器積んで誤魔化そうにもそれこそそれではアッザムと変わらない機体になってしまう。

 

「肝心のメガ粒子砲が撃てないとなると確かに厄介ですね…」

 

俺が顎に手をやって唸ると、少将は不思議そうな顔をして口を開いた。

 

「いえ、撃てますよ?」

 

「は?」

 

思わず間抜けな声を上げてしまう。

 

「撃つだけなら出来るのですが、マルチロックや複数射撃時の目標追尾にまだ問題が残っていまして。射手が手動制御しなければならないのです」

 

その言葉に俺は肩から力が抜ける。そうでした、この人びっくりするくらい天才でしたね。

 

「…少将、それは最終到達点にしておきましょう。今回の報告はアプサラスがアッザムとは違うという点を提示できれば良いのです」

 

「しかしアッザムと違うだけでは納得しないのでは…」

 

そこはプレゼン次第かな。でもそんなに分が悪い賭けじゃ無いと思う。この時期にア・バオア・クーで造っているMAって言ったら、多分ビグ・ザムだ。だけどまだあっちは開発中、こっちは既に実機がある。ついでに色々と間に合わせなアッザムのとは違う専用のメガ粒子砲は文字通り桁違いの威力を持っている。だから俺は笑いながら少将に告げた。

 

「十分すぎる違いです。アッザムにはジャブローの岩盤を貫けるような装備は無いですからな。そしてジャブローの岩盤が貫けるような火器に耐えられる装備が、一体この世にどれだけあると思いますか?そして新型のMAとやらはまだ射撃どころか完成すらしていない。ならばむしろそちらをアプサラスに統合する方が合理的だ」

 

俺の言葉に目を白黒させる少将。技術者の人って往々にして自分が決めた到達点を下方修正するの苦手だからなぁ、仕方ない。

 

「射撃管制プログラムは未完成なのではない、複座にすればマルチロックすら可能なプログラムです」

 

「いや、それは…」

 

「大気圏突入にも耐えられる分厚い装甲と冷却システムは多少の攻撃などものともしません。速度が遅い?目標到達後のこの機体の役割は、居座り続けて大火力による破壊をまき散らす事です。移動などMSに随伴できれば本来十分だ」

 

「た、大佐?」

 

「機体容積にもまだまだ余裕がある様子。件のア・バオア・クーで開発中のMAに積む予定のIフィールドを送って貰いビームに対する防御を盤石にしても面白い…。連中がこの機体にどのような評価を付けるのか楽しみだ」

 

呆気を取られている少将に俺は笑いかける。

 

「少将、貴方は天才です。間違いない。だからもっと自分を大切にして下さい。貴方の存在はジオンの勝利に無くてはならないものです」

 

まあ、そんなことは抜きにして。

 

「それに、友人を失うというのはとても寂しいものです。私はそんな思いはしたくない」




七夕なのでちょっとしたサービス(のつもり)


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第四十七話:0079/08/05 マ・クベ(偽)と奴隷

今週分の投稿がまだだったなと気がついて。


基地のかなり奥まった場所、地下に設置されたそこは意外にも快適な空間だ。そこが捕虜収容用の独房である事を考慮しなければだが。

 

「やあ、ごきげんよう。トラヴィス・カークランド中尉、調子はどうかな?」

 

内容とは裏腹に微塵も友好を感じさせない声音で男が告げてくる。

 

「飯も寝床も不満は無いね。これでコイツと歩哨が居なけりゃ最高だ」

 

そう言ってトラヴィスは腕を持ち上げる。そこには厳めしい手錠が掛けられていた。

 

「私としてもそうしてやりたいのは山々だがここには怖い人が沢山居てね。君や君のご友人の安全を考えるとこれが最善なのだよ」

 

強化アクリル越しにトラヴィスは声の主へと視線を送った。陰気で胡散臭いその男は、この基地の司令だ。正直そんな大物が何故自分に関わるのか見当がつかないが、待遇はそれ程悪くは無い。先ほど言ったとおり食事は保障されているし、ベッドだって下手な士官室のものより上等だ。それ故に気味が悪いのであるが。

 

「それで、一体俺に何の用なんだい?」

 

オーガスタで降伏したのはトラヴィスの部隊だけでは無かった。だが武装解除された後、何故かトラヴィスの隊だけが極秘裏にこの基地へ連れ込まれ、こうして軟禁されている。

 

「では、単刀直入に。私の駒にならないかね?」

 

その言葉に思わず手にしていた水のパックを落としてしまう。

 

「おいおい、確かに俺はお世辞にも真面目とは言えないが…あんまり見くびってくれるなよ?」

 

殺気を込めて睨むとすぐ横に居た兵士がホルスターへ手を掛ける。しかし相手はそれを笑って制すると、そのままの口を開く。

 

「中々交渉の仕方を心得ている。そうだな、では君の欲しいものと交換ではどうだろうか?」

 

その言葉をトラヴィスは鼻で笑う。

 

「アンタに俺が欲しいものを用意出来るとは思えないな」

 

「そうかな。例えばサイド3でやっている食堂の話などは…君も興味があるんじゃ無いかね?」

 

その台詞に思わず立ち上がったところで自分の失敗を自覚する。目の前の男はこちらに向けていやらしい笑みを浮かべているのが目に映ったからだ。

 

「その様子だと少しは興味が出てきたようだ」

 

憮然とした態度でトラヴィスはベッドへ荒く腰を下ろした。非常に腹立たしいが、あちらの方が完全に上手だ。

 

「…彼女は、無事なのか?」

 

トラヴィスの言葉に相手は困った顔になる。

 

「おいおい、まだ私は君の返事を聞いていない。取引は公正にやるべきだろう?」

 

捕まえて閉じ込めておいてよく言う。内心毒づいたが最早状況は覆らない。せめてもの抵抗に精一杯不機嫌な声で答える。

 

「解った、アンタの狗になってやる。さあ、満足か?答えろよ」

 

トラヴィスの言葉に満足したのか、男は人の悪い笑みを浮かべて口を開く。

 

「結構、大変結構。では私も対価を払うとしよう。彼女は生きているし、無事だよ」

 

その言葉に安堵と悔しさ、そして少しの虚脱感を感じながら、これからの自分の処遇について漠然とした不安を覚えているトラヴィスに、男は爆弾を投げつけてきた。

 

「君の大事な人は二人とも無事だとも…今のところはね」

 

「どういう事だ!?」

 

いきり立つトラヴィスへ向かい、相変わらずの表情で男は口を開く。

 

「彼女の息子さんは今、地球に来ているよ。この意味は解るだろう?」

 

その物言いにトラヴィスは思わず歯ぎしりをしてしまう。戦争中の地球にジオンの人間が降りてきている理由など一つしか無いではないか。

 

「てめえ…!」

 

「サービスをしてやったご主人様に対する態度じゃないな?」

 

ぬけぬけと言い放つ男に殺意を覚える一方で、この男の立場を推察する。何故今トラヴィスにそれを告げるのか。その意図は?

 

「俺の態度次第では、息子を救ってくれる…そう言う事ですか?」

 

「残念だが確約はできん。彼も軍人だからね…まあ、君が協力的ならば手を尽くすことは約束しよう」

 

役者が違う。降参の意味を込めて手を上げながらトラヴィスはそう感じた。顔も見せなかった前の飼い主に比べ、コイツは大胆さも悪辣さも数段上だ。

 

「解った、いや、解りました。それで?俺は何をすればいいんで?」

 

そう聞けば、男が端末を操作し手錠を解除する。あまりにもあっけなく解かれた拘束に困惑していると。男はすました顔で口を開いた。

 

「まずは部下を掌握したまえ。ああ、説得に必要なものがあれば彼に言え、大抵のものなら揃えてくれる。それと誰か一人でも裏切れば、全員が死ぬ。それはしっかりと覚えておくように…後のことは追って知らせよう」

 

 

 

 

「宜しかったのですか?」

 

一通り彼と、彼の部下の経歴に目を通して貰っていたウラガンがそう聞いてきた。

確かに彼らの経歴は酷いもんである。何せスパイ容疑に味方の爆破、軍データベースへのハッキングと上官殺し、普通はお友達になりたくない類いの連中である。

 

「つまり、彼らはそれだけのことをしでかしても処刑せずに取っておきたい。それどころか貴重なMSを与えて戦力としたいほど有能であると言うことだな」

 

それに犯罪者扱いだがどうもその内容は不正確だ。折角捕まえたんで諜報部にお願いして洗って貰ったけど、どいつもこいつも状況的にこいつしかいないんだけど、証拠は無いとか証言だけなんて状態だ。多分、有能な連中を手駒にしたくて前の飼い主が色々手を回したんじゃなかろうか。

 

「それに罪人であっても問題ない。それならば遠慮無く使い潰せば良いだけだしな」

 

「しかし、いつ裏切るか」

 

その点も多分平気だと思う。

 

「元々あの連中は連邦への忠誠心が低い。まあ、あの仕打ちで高かったら正気を疑うが。加えてこちらには切り札がある。これが有効な内はおいそれと裏切れんさ」

 

特にトラヴィスは自身の事よりも家族である女性と息子を気に掛けている。その点を見誤らなければ、彼を通して部隊を掌握し続けられるだろう。

 

「さて、では彼らを有効に使う準備といこう」

 

 

 

 

「異動…でありますか?」

 

「ああ、オデッサからの援軍で戦線も安定しただろう?上はこの機会に部隊の整理がしたいようだ」

 

世話になっている重慶基地の司令は、そう言いながら命令書を渡してきた。

 

「貴様の隊もそうだが、開戦初頭から展開している遊撃部隊や選抜部隊は多くがザクのままだろう?こちらが有利なうちに新型へ転換させようという事だ」

 

遊撃、選抜などと特別な部隊であるような呼び方だが、要するにこれらの部隊は正式な大隊に組み込みにくい訳ありばかりだ。かく言うダグ・シュナイドが指揮している部隊もそんな訳ありの一つだ。

 

「正直に言えば君の隊は危ういからな。悪くない話だと私は思っている」

 

部隊内での競争による戦果の拡大。そんな素人の思いつきのような名目で集められた所謂エリートコースから弾かれた人間が集められた部隊がダグの預かるマルコシアス隊だ。競い合うこと自体は否定しないが、それが明確な待遇差に繋がっているダグの隊では完全に裏目に出ている。他の小隊どころか、自隊のメンバーすらライバルとしてしまうこの方式は、部隊間の連携どころか、小隊内ですらまともなチームワークが発揮できていない。しかも戦果を焦るあまり無茶な行動に出る者が多く、部隊の損害を増大させている。碌な戦果も挙げられず、損耗も激しいとなれば、斯様な評価でも仕方の無い事だろう。尤も殆どの隊員はそれすら不甲斐ない隊の他の連中に足を引っ張られたと感じているだろうが。

 

「正直有り難いです。ただの異動では不満も出るでしょうが、新型への機種転換ならばひよっこ共もそれ程不満を溜めないでしょう。ご配慮感謝致します」

 

ダグの言葉に一瞬目を丸くした後、笑いながら基地司令は否定した。

 

「いや、私の推薦じゃない。あちらからのご指名だ」

 

「指名?」

 

短く肯定の言葉を吐きつつ、基地司令は取り出した煙草に火を付け紫煙を吸い込む。

 

「オデッサの基地司令が直接言ってきたのだよ。そちらに居るマルコシアス隊をこちらに譲ってくれないか、とね。根回しの良い男だよ、寄こせと言うのとほぼ同時に異動の指示が上から来た。ああ、君達の代わりにオデッサに行くはずだった部隊がこちらに来るそうだから、存分に訓練が出来るとまで言っていたぞ?」

 

可笑しそうに告げる基地司令を前に、ダグは嫌な汗が背中を伝うのを自覚する。ここの所色々と有名なオデッサ基地の司令から直接のご指名、それも聞く限りは望外の好待遇だ。それだけに嫌な予想が頭から離れない。

その切れ者らしい大佐殿は、俺たちに一体何をさせるつもりなのだろう?




伏線を張っていくスタイル、尚回収出来るかは未定の模様。
次の話なんて遠い未来の事なんか解らないよ。


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第四十八話:0079/08/09 マ・クベ(偽)と疾る幻影

今週分です


「初めまして、マ大佐。お噂はかねがね」

 

シャトルを降りるなりそう言って敬礼をしてくる少佐に俺は笑顔で答礼しつつジャブを放った。

 

「こちらこそ会えて光栄だジャン少佐、言っておくが専用機は間に合っているよ」

 

だからヅダは要らん、持って帰れ。

 

「はっはっは、これは手厳しい。しかしヅダをご存知でしたか」

 

「採用試験については聞いていたからね。正直まだ開発を続けていたとは知らなかったが」

 

事の発端は先月の末に、キシリア様へゴッグ改良型の経過報告をした時だ。ズゴックとアッガイの量産が決定したので、取り敢えず概念実証機としての開発継続とそれについての予算を認めて貰ったから、ちゃんと凄いの作ってますよ!って張り切ってプレゼンしたんだが、その場でキシリア様から微妙な顔でツィマッドの開発部からアポイントメントが来ていると伝えられた。一応こいつはキシリア様主導で開発している事になっているから、そのせいで向こうに連絡が行っちゃったらしい。んで、お話ししたいから是非会って!という連絡がストーカーばりに来るもんだから、いい加減切れそうになってたらしい。

 

「と言う訳で貴様の所に連中を送る、対処しろ」

 

「あ、はい」

 

女性は怒らせてはいけない、上官なら尚更である。

そんな訳で何故か宇宙機の開発チームがオデッサに遊びに来る事になった訳だが、ツィマッドの宇宙機と言えばそう、木星エンジンのスピードスター。加速し過ぎるとパイロットと共にスターダストにジョブチェンジをキメてくれる憎い奴、ヅダである。そして、ヅダ絡みでやって来ると言えば、当然ながらこの男なのだ。

 

「改めてオデッサへようこそ、ジャン・リュック・デュバル少佐。この出会いが実り多いことを期待しているよ」

 

そう言って差し出された手を握り返す。さて、このヅダキチは一体何しに来たのやら。

 

 

 

 

こちらを値踏みするような視線にジャンは思わず背筋が粟立ったが、それをおくびにも出さずに笑顔で握手に力を込めた。正直に言えば、ジャンは政治や駆け引きが苦手だ。4年前の採用試験も、もっと上手く立ち回れていたらと幾度も後悔したが、それをしてしまえば自身が唾棄した連中と同じになってしまう。故にジャンは自らの信念を曲げずにヅダの汚名を返上する必要があった。

 

(しかしこの大佐は、聞きしに勝る。という奴だな)

 

ここの所技術者や開発部界隈を盛大に引っかき回しているオデッサの基地司令。ただの資源採掘基地だったはずのそれを、あっと言う間に地上屈指の製造拠点に仕立て上げ、欧州方面の勝利を盤石にした男。それどころかジオン国内の主なメーカー全てに太いパイプを持ち、特に地上で運用する兵器では、オデッサが関わって居ないと言うだけで運用部隊が渋い顔をするなどと言われる始末だ。この上宇宙軍の再建にも大きく貢献したと言うのだから、何も知らない人間に話せば、嘘と思われるか、頭を疑われるかのどちらかだろう。ジャン自身も直接会うまで余程優秀な開発チームを抱えているのだと考えていたが、恐らくその考えは間違いだ。

 

「正直なところ、私が少佐にしてやれる事は無いと思うんだがね?」

 

その言葉だけでこの大佐がただの調整役や優秀な人間を集めただけの人物でないと解る。つまりこの大佐はジャンが何に困ってここまで頼ってきたのかを理解していると言うことなのだから。

 

「そうでしょうか?大佐のお力添えがあれば、ヅダは再び飛べると私は確信しておりますが」

 

故にジャンは、挑みかかるようにそう大佐に告げるのだった。

 

 

 

 

鼻息荒く熱弁するジャン少佐に正直ちょっと引きながらどうしたもんかと考える。だってヅダだよ、ヅダ。いや、好きな人がいるのは知っているし、あの設定にロマンを感じちゃうのは否定しない。でもちょっと冷静になって欲しい。例えば自分が部隊の指揮官だとして、果たしてヅダは適切な装備だろうか?

無論その性能は認める。スペックで見ればザクのR型とほぼ同じ性能をたたき出し、稼働時間はF型並み。コストだってザクⅠと比べたらかなり高いが、R型と比較すれば1割くらい割高なだけだ。加えて機動のほぼ全てをAMBACと主推進器で賄って居るから、プロペラントをアポジモーター用に分散配置せずに済み、被弾時の誘爆といったリスクも少ない。

しかし、しかしである。それを補って余りあるリスクが暴走分解である。

そもそも教練を終えて正式配備されたと言っても、パイロットの腕なんて千差万別。部隊内にだって差が出る。そんなところに下手な使い方すると暴走するよ!暴走したら確実にパイロット死ぬよ!なんて機体を配備できる訳がないのだ。

加えてそんな信用が出来ない機体なんて、幾ら性能が良いと言っても好き好んで乗る奴は居ないだろう。

 

「しかし、こうしてみると不思議な機体だな。少佐」

 

取り敢えず執務室の応接セットに招いて端末に映ったヅダのプロフィールを見ながら、そう首をかしげる。流石にスペックまでしっかりと見ていなかったから、改めてザクⅠと比較してみたけど、なんかおかしいのだ。

 

「重量としてはザクⅠより10t近く重い、それでいて推力はおよそ20000kgの増加、単純な推力比で言えばほぼ同じだ」

 

むしろザクの方が推力比は高い。

 

「ああそれは間違いです、大佐。重量は浅宇宙運用時としているかと。つまりそれが全備重量になります」

 

なんですと?

 

「すると何かね。ヅダはザクより4t近く軽いと言うことかね?」

 

「はい、加えてザクの推力は各所に配置しましたアポジモーターを含めた合計推力でありますから、主推進器同士で比較すれば推力の差もより大きくなります」

 

うん、解った皆まで言うな。

 

「つまりこの機体の問題は至ってシンプルな訳だな。機体とエンジンの強度不足、それに尽きる。設計した奴は安全率という言葉を学んだ方が良いな」

 

「それに関しては否定しませんね。特にエンジン開発チームは頭のネジが外れてましたから」

 

そう言うなりジャン少佐の横にどっかりとエリー女史が座った。サイズ的にはちょこんと言った方が正しいが。

 

「おい、また私を小娘扱いしてないか?」

 

「気のせいでしょう。それより何故エリー女史がここに?」

 

そう聞けば眉間にしわを寄せ、腕まで組んで鼻を鳴らすエリー女史。

 

「ヅダには多少なりとも私も関わっています。幾らか助言でも出来ればと」

 

成程ね。

 

「それで、本音は?」

 

「私が手がけた作品を大佐が駄作呼ばわりしたら殴ってやろうと思いまして」

 

この娘っ子はもうちょっと大人しく生きても良いと思う。

 

「しかし、事実分解していては問題でしょう」

 

「指定された安全率は守っていたんですよ、むしろ機体の剛性的にはザクより上だと保証します」

 

じゃあなんで分解すんだよ?そう半眼になって視線を送れば、ジャン少佐は居心地が悪そうに、エリー女史は不機嫌さを前面に出して答えた。

 

「はっきり言ってエンジン開発チームの馬鹿のせいです」

 

元々推進器のメーカーとして身を起こしたツィマッド社は、社内の暗黙のパワーバランスでエンジン開発チームが非常に大きな発言権を持っているのだそうな。んで、問題の出発点は、搭載予定だったものよりも高出力のエンジンを開発チームが提示してきた事だと言う。

 

「要求したとおり作りゃ良いのにあのマッドサイエンティストが。新型エンジン開発中に一緒に吹き飛ばねえかなと何度思ったことか」

 

思い出したら腹が立ってきたのか、お茶請けに出したタルトをフォークで突き刺しまくるエリー女史。気持ちは解らんでもないが食べ物を粗末にするんじゃありません。

 

「しかもツィマッドの上層部は殆どがこの推進器開発部門から上がってきた人間でしてね。かの御仁を止めづらい空気がありまして…」

 

そう言って渋い顔をするジャン少佐。まあ、それで同僚殉職させられてるしたまったもんじゃないわな。

 

「それならば、私が次に言う事も解るのでは?」

 

欠陥を改善できんなら言うことは無い、お帰り願うだけだ。

 

「お待ちください。エンジンの改善のめどは立っているのです。後は機体の剛性問題さえクリア出来れば!」

 

わっかんねぇなぁ。

 

「何故そこまでヅダに拘るのです?今のジオンは優勢に事を進めているとは言え、先行きは不透明だ。プライドや道楽にリソースを割く余裕は無い」

 

俺の言葉に顔を強ばらせる二人。さあ、どう返す?

 

「私は、政治や駆け引きが苦手です。ですから正直に申しましょう。死んだヴェルター中尉のため、この機体をただの失敗機で終わらせられないという気持ちは、もちろんあります」

 

だろうね、でもそれじゃ俺は動けないな。

 

「ですが、それだけで動くほど私は軽率でもないつもりです。大佐も軍が次期宇宙用MSの選定について動いていることをご存知でしょう」

 

聞いてるよ。正直エネルギーCAPさえ実用化すればR型で良いんじゃねと言うのが俺の意見だが。

 

「ツィマッドではドムを宇宙用に改修する事を提案しようとしています。だが、アレは駄目だ」

 

質量がでかい分ドムは宇宙で使うとプロペラントをバカ食いするからね。

 

「それでヅダだと?私としてはR型で事足りると考えているが」

 

「確かにR型は悪い機体ではありません。しかし今後を考えれば少々心許ないのも事実です。違いますか?」

 

「中々見ているじゃないか」

 

少佐の言うとおり、R型はザクとしては高い性能を誇るが、元のザクを限界まで突き詰めているためこれ以上の性能向上は難しい。特にジェネレーターなどの中核になる部品を設計変更なしに載せ替えることはほぼ不可能だ。つまり、戦争が長期化し連邦が高性能なMSを繰り出してきた際に対応しきれない可能性が高くなる。

 

「迂遠な言い方は得意ではありません。大佐の進めておりますインナーフレームMSの設計技術を頂きたい。アレがあれば強度問題を解決できます」




久し振りのメインヒロイン登場ですよ!


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第四十九話:0079/08/15 マ・クベ(偽)と魔獣

累計UA2000K有り難うございます投稿。
色々外伝的なものも妄想するんですが文章になりません。


ジャン少佐の物言いに、開示は別に構わんけど、他の企業にも開示するよ?ってツィマッド本社に言質を取ってデータ渡したらホクホク顔で帰って行った。リックドムよりマシな物を作ってくれることを期待しようと思う。それから中央アジア方面に展開していたマルコシアス隊をキシリア様にお強請りしたら、なんか色々諦めた顔で承知してくれた。元々無駄に多くなっている特別編成の部隊を統廃合しようという動きが出ていたので今回は有り難く乗らせて貰った。ちなみにマルコシアス隊の戦果競争方式はキシリア様が思いついた方法らしく、思いっきり失敗したことについて落ち込んでいた。

 

「ダグ・シュナイド大尉なら上手く手綱を握れると思ったのだが…」

 

切なそうにそんなことを仰っていたが、まあ無理よな。各隊で戦果を競争なんてすれば、ライバルが失敗して喜びこそすれど、フォローしてやろうなんて思う奴は少数だろう。その辺も考慮して他部隊のフォローなんかも査定する筈だったのだが、つまりそれは助けられたらライバルが得をする訳で、その結果作戦中助けない、関わらないなんていう暗黙の了解が部隊内で出来てしまっていたという。何それ馬鹿なの?死ぬの?

そんな連中なので基地に来ても非常に態度が悪い。いや、上官に逆らうとかはないんだけど、とにかく他の隊にけんか腰というか攻撃的な態度なのだ。どうしようかと悩んでいたら、デメジエール少佐とシーマ少佐があっけらかんと言ってきた。

 

「馬鹿に言っても無駄です。体に覚えさせるのが手っ取り早いでしょう」

 

「大佐が相手をしてやれば宜しい。その後に我々と大佐の訓練を見せれば嫌でも解るでしょうなぁ」

 

「アレを訓練と呼ぶのかね…」

 

シーマ少佐の言っている訓練とは、実機を使ったものなのだが、その内容が俺VSデメジエール少佐、シーマ少佐、シン大尉にアナベル大尉、そこにニムバス大尉とマリオン少尉が加わった1対6の変則マッチだ。はっきり言う、アレは訓練ではなくて良くて狩り、悪く言えばリンチだと思う。内容としては、大体少佐ズに泣きそうになるぐらい砲弾たたき込まれてる中、鬼みたいな速度で肉薄してくるシン大尉とニムバス大尉の斬撃に追い立てられ、息を吐く間もなく情け容赦ないアナベル大尉とマリオン少尉の狙撃を受ける。今のところ10分以上生き延びられたことはない。先日キリマンジャロを落として戻ってきたヴェルナー少尉が加わりたそうにこちらを見ていたが勘弁して欲しい。こちとらとっくにオーバーキルされてんだよ、なんで味方が増えないんですかね!?

 

「大佐は大事なお体です。つまり死ぬことは許されません。故にあらゆる状況から生還する技術を身につける義務があります」

 

断言するが、あの戦力から生還できるなら天パ付きの白い奴からでも生き延びられると思う。いや、断じてやるつもりはないが。

 

「しかし、それなら他のパイロットでも良いんじゃないか?」

 

いや別に訓練が嫌な訳じゃないんだ、MS乗るのも楽しいし。ただここの所実機訓練してるとウラガンが冷たい目で何かを訴えてくるんだよなあ。

そう言えば二人は良い笑顔で言い放った。

 

「やるなら徹底的にやるべきです」

 

「寝ぼけてる馬鹿を起こすには刺激は強ければ強いほど良いですからなぁ」

 

そんな訳でダグ大尉を呼び出したら、え、何言ってんのこの人達、正気?って顔された。うむ、然もありなん。

 

「機種転換に向けての実技指導を兼ねる…でありますか。いえ、それは問題ありませんが、指導者が大佐と言うのは?」

 

割と当たり前の反応なのだが、残念ながらこのオデッサでは通じない。

 

「レクリエーションの一環さね大尉。それに自分たちの指揮官がMSに通じているとなれば指揮にも信頼が置けるってもんさ」

 

そら、知らないより知ってた方が良いに決まってるけど。俺は見てしまった、少佐の目が笑っているのを。アレ、完全に玩具見つけた時の目だ。

 

「は、はあ。しかし恥ずかしながら我が隊の者は加減というものが解らん連中でして…万一にも大佐殿にお怪我などをさせてしまっては」

 

そうダグ大尉が言えば、ツボにはまったのかデメジエール少佐が吹き出す。

 

「大丈夫だ、大尉。大佐にその心配は不要だ、ここに居る全員が保証しよう。ああ、もしかしてとても見せられたものじゃない練度なのか?ならば仕方ない、他の連中を見繕うが」

 

その言葉に明らかに怒気を発するダグ大尉、そらそうだ。

 

「見せられないほどであるなら仕方ないなあ?そうだ、丁度今訓練中の新兵がいる。あれなら良い勝負になるかも知れません。ねえ大佐?」

 

そこで、何で俺に振る!?ほら、ダグ大尉完全におこじゃんか。

 

「二人とも、あまり挑発するな。すまないな大尉、ウチの連中はこの手の事が大好きでね。断ってくれても構わない、それで君達に不利益になるような事はしない。約束しよう」

 

二人をたしなめた後そう言えば、何やら腹の据わった、ついでに目も据わったダグ大尉が低い声で答えた。

 

「いいえ、問題ありません。ただ、先ほど申しましたとおりウチの者は加減の出来ん連中です。本当に宜しいのですね?」

 

あ、これは完全にやる気完了してますわ。

 

「ああ、構わないよ。内容は実機での演習で良いかな?」

 

「はい、構いません」

 

おお、即答。これは相当頭にきてますね。

 

「結構。では1300時より実施といこう」

 

俺の言葉に素早く敬礼し、承知した旨を口にするダグ大尉。それを見ていたデメジエール少佐が楽しそうに口を開いた。

 

「午後なら隊の連中にあまり飯を食わないように言っておいた方が良いぞ大尉。掃除も大変だからな」

 

だから挑発すんなって!

 

「…っ!失礼致します!」

 

顔を真っ赤にして大尉が退出する。扉が閉まったところで俺は盛大に溜息を吐いた。

 

「二人ともからかいすぎだ。ダグ大尉まであれでは冷静さを失ってしまうぞ?」

 

そう言えば先ほどまでの雰囲気とは打って変わって冷静な顔になった二人が口を開く。

 

「ダグ大尉も少々難がありますな。あれでは指揮官ではなく親父です」

 

「ガキのお守りなら仕方ないとは思いますが、そのまま戦場に出て来ているのは頂けませんなぁ。あれはいずれ部下も味方も殺すタイプです」

 

これでまだ一般的な部隊なら大過なくやれるだろうが、兵士として半人前の連中が部下では確実に悪い方向に働くと言うのが二人の評価だ。曰く隊長ではなく親父として接しすぎているため、部下に甘えが生まれる。甘えは統制を緩め、独断や不服従の温床になる。特に精神的に未熟な若い兵士なら尚のことだ。

 

「おまけに例の評価方法ですからな。あんな方式は新兵に死ねと言っているのと変わりません」

 

実際原作だと統制しきれずに部下を戦死させているからなあ。

 

「死人が出ないうちに彼らがここにこられたのは僥倖です。ですからたっぷりと教育してやりましょう」

 

そう言って笑みを浮かべる二人を見て、じゃあ二人が教育したってよ、最近ウラガンがMSに乗ると冷たい目で見てきて怖いんだよ。なんて思いながら諦めの溜息を吐いた。

まあ、契約もある事だしここは必要経費と考えよう。

 

「では、歴戦の新兵君達の教育といこう」

 

 

 

 

「つまり、我々は完全になめられている。そう言う事ですか大尉?」

 

幾分悩んだが、ダグ・シュナイドは基地司令の執務室の会話を包み隠さず隊員に伝えることにした。挑発的な言葉だったため聞いた時点では随分と頭にきたが、少し時間が経ち冷静になり始めると少佐達の意図がおぼろげながら感じられるようになったのだ。

 

(あれは確実に試されていたな)

 

親子ほども年の離れた隊員に対し、自身は隊長として接してきたつもりではあるが、それが十全であったかと問われれば、返答に窮すると感じてもいた。

事実、ブリティッシュ作戦以降欠員こそ出してはいないが、幾度か危険な状況には陥ったし、地上侵攻に参加してからは隊員の突出を諫めることも多くなっていた。

 

「ふん!大佐だかなんだか知らないが、俺たち歴戦のベテランに新型に乗ったくらいで勝てると思っているのか?」

 

「だが、その大佐がオデッサデータの制作者だと言うぞ?」

 

オデッサデータとは2ヶ月ほど前から地球方面軍各地に配布されているエグザンプルデータだ。ホバー機が中心だが非常に有益なデータであり、その中でもMSの個人戦闘の最高難易度に設定されているドムは正に理不尽な強さで、勝つことよりどれだけ粘れるかが競われるほどだ。

 

「ここにはジブラルタルの英雄がいるんだぜ?あのデータはドムだし、大方手柄をその大佐が横取りしたんだろうさ」

 

そう言って鼻を鳴らすギー・ヘルムート軍曹を見てダグは少佐達の懸念が正しいことを実感すると同時に、取り返しがつかなくなる前にこのオデッサへ呼ばれたことを感謝した。

 

「相手にどのような意図があれ、俺たちのやることは変わらん。遠慮は要らん、大佐殿にお前達の実力を見せてやれ!」

 

故に、あえて煽るような台詞を吐く。今まで半端にしてきた事の清算をするために。

 

(これを機に俺も鍛え直そう。教え導くなど、俺にはまだまだ過ぎた領分だ)

 

密かにそう決意を固めつつ、息巻く部下達をダグは見回した。さて、この中で何人が心を折らずに兵士を続けられるだろう?




メインヒロイン脅威の2話連続出演!これでヒロイン人気もV字回復間違いなしですよ!


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第五十話:0079/08/17 マ・クベ(偽)の日常

早めに書けたので。


「あ、いたいた。ねえ、聞いた?」

 

定位置となった食堂の一角で遅めの夕食を取っていると、そう言ってフェイスが近づいてきた。

 

「お疲れ様、聞いたってどの話?」

 

ミリセントは眉を寄せながらそう聞き返した。何しろここオデッサは話題に事欠かない場所だ。聞いたかとだけ言われても一体何のことだか見当を付けるのも難しい。

 

「ほら、例の新しく来た選抜部隊の人達。早速大佐と模擬戦したらしいよ、しかも実機で!」

 

「何それ羨ましい」

 

戦士の表情でパフェと格闘していたミノル少尉が頬を膨らませながらそう不満を漏らした。

無理もない。シミュレーターこそ許可されているが、未だにミリセント達は戦闘用の実機の使用許可は出されていない。そのシミュレーターにしても正規のパイロットが優先されるから使える時間は少ないし、大佐と模擬戦が出来る事などめったに無いのだ。

 

「選抜部隊なんでしょ?即戦力だもの、私たちとは期待度が違うわ」

 

そう言いながら隣の席に座っていたセルマ少尉が抑揚のない声でマグカップを傾けながら答えた。悔しいけれどその通りだとミリセントも口には出さないが同意する。向こうはルウムから戦い続けているベテランで、こちらは速成と言うのも烏滸がましい半人前、扱いに差があって然るべきだ。

 

「でも私たちだって、目を掛けて貰っていると思うの。ほらぁ、隊専用のMSまで貰ってるじゃない?」

 

「その通りですわね。他人を羨んだところで知識も付かなければ技量も上がりません。今は与えられた任務を全力でこなすことですわ!」

 

そう言ってドヤ顔を作るジュリア少尉にメンバーは生温かい笑みを送った。先日基地の陣地構築の手伝いをした際にガテンファッションに加え土埃まみれになった姿を大佐に見られて奇声を上げた挙句、3日間生気の抜けた表情でハイとイエスしか言わなくなったのを全員が目撃していたからだ。恋する乙女は実に解りやすいのである。

 

「あー、でも、穴の掘りすぎで自分がパイロットなのか鉱夫なのか解んなくなってきたよ」

 

そう言って笑うフェイスにミリセントも頷き返すと、それを見ていたセルマ少尉が再び口を開いた。

 

「でも、学ぶ事も多いわ。最近は鉱山より基地の造成に参加することが多いでしょう?」

 

その言葉にフェイスが頷いた。最初の一週間こそ鉱山での掘削作業だったが、人数分の機体が揃うとそれぞれ基地の方々に派遣され、設営隊に頼まれるまま地面と格闘する日々だ。今日だって基地の西側に大規模な塹壕を掘るとかでフェイスは今まで作業に勤しんでいたのだから。

 

「工兵隊の皆さん、色々教えてくれるものねぇ。勉強になるわぁ」

 

アリス少尉の言葉に全員が深く頷く。工兵隊の人間は職人気質な連中が多いが、年頃の娘に弱いのか色々と教えてくれる。最初は効率の良い掘りかた程度だったが、今では有用な陣地構築についてや地形の読み方、中には爆発物を使った効率的な建物の壊し方まで伝授してくれる人まで居る。パイロットとしての技量に直接関わってくるとは思えないが、何がどう役に立つかなど今の自分たちが判断出来るものでは無いとミリセントは考え、教えて貰えることは何でも貪欲に聞いている。

結果、訓練が終わった後の食事や休日のお茶会などの会話も随分変わってきた。最初はどこそこのケーキが美味しかったとか、何たらのブランドの夏物のデザインがどうだとかだったが、ここの所は拡張工事の進捗具合や何処の隊の誰が何に詳しいかなんて会話ばかりだ。年頃の娘としては正直どうかと思うが、それを望んだのは他でもない自分である。尤も綺麗にタンクトップの日焼け痕が出来ている肌など本国の母が見たら卒倒するかもしれないが。

 

「それにしても選抜部隊かぁ。どんな演習だったんだろ?」

 

コーヒー色をした砂糖水を飲みながらミノル少尉がそう話を戻すと、鼻息を荒くしたフェイスが我がことのように自慢げに語り始める。

 

「それがね!最初は1対1だったんだけど、皆3分持たずにやられちゃったんだって!で、話にならないって人数増やしてって、最後は全員対大佐で戦ったって!」

 

「相変わらず無茶苦茶ですわね」

 

言葉こそ呆れ交じりだが、陶然とした表情で何一つ隠せていないジュリア少尉がそう評する。正直10倍以上の相手と渡り合うなど想像の埒外なのでミリセントもその言葉には同意した。

 

「マルコシアス隊って確か2個中隊でしょう?装備はザクだったと思うけど、それでもどうやったら勝負になるのかしら」

 

眉間にしわを寄せながら訳が解らないというセルマ少尉の言葉に、フェイスがまたも得意げに返した。

 

「『諸君らの連携は稚拙にも程がある。これではただの21連戦だ、ならば勝てんほどではないな』だって!」

 

「「その理屈はおかしい」」

 

大佐に認めて貰えるのはまだまだ先になりそうだ。ミリセントはこっそりと溜息を吐いた。

 

 

 

 

「ではこれより、MSM-03B…ゴッグ改の起動試験を開始します。シーマ少佐、いつでもどうぞ」

 

『あいよ!システムオールグリーン、ゴッグ改。起動するよ!』

 

シーマ少佐の宣言と共にゴッグは僅かに身を震わせた後、ゆっくりと動き出した。

 

「おお、動いた」

 

「当たり前でしょう、誰が設計したと思ってるんですか」

 

思わず感動して口を滑らせたらエリー女史に睨まれた。

 

「誰が設計していたとしても同じ感想ですよ。何せ今までと全く違う構造の機体ですからな」

 

絡まれると厄介なので視線は合わせずにそう答える。しかしすげえな、研究中のマモル・ナガノ博士に協力して貰ったとは言え、試作一号機だからもっとギクシャクするかと思ったんだが、その動きは実にスムーズだ。

 

「おい、あれを造れと言ったのは大佐だろう」

 

半眼になって突っ込んでくるエリー女史に俺は慌てて胡麻を擂った。

 

「いやあ、素人の思いつきを形に出来てしまうどころかここまでの完成度。ツィマッド社の、いやエリー女史の才能は驚嘆に値しますな。感謝します」

 

「ふ、ふん!まぁ、私無しではこの域に到達するまで後5年はかかったでしょうね!」

 

残念7年かかりました。照れて顔を赤くしつつも、視線は計測しているモニターをしっかりと見ている。ああは言うものの、やはり緊張はしているのだろう。そんな俺たちの不安を他所にゴッグ改は順調に試験項目をクリアしていく。いや、本当にすげえな。

 

「通常移動は問題ありませんね。少佐!ホバー移動に切り替えてください!」

 

『了解、熱核ジェットエンジン起動。行くよ!』

 

一瞬だけ減速した後、吸気系を解放したゴッグは独特の吸気音を響かせてホバー移動に移った。

 

「うんうん、新型のエンジンも問題無いみたいですね」

 

「原理的には先祖返りに近いですからな」

 

そう、何を隠そうこのゴッグ改はホバー移動を可能としているのだ。流石にグフⅡやドムに比べると格段に速度は落ちるが、それでも200キロ近い速度は出るし、足回りの関節への負担も少ない。特に上半身に重量が集中するゴッグにとって、脚部への負担軽減は陸戦能力向上の大きな課題でもあったので正に一石二鳥と言えるだろう。ちなみに他のホバー機に使っているターボファン方式はサイズの確保が難しかったので、ターボジェット方式を採用している。エネルギー効率が悪くなると技術者連中が渋っていたので、

 

「安心したまえ、どうせ先に人間の方が駄目になる」

 

と言ったら唖然とした顔をされた。大体現状で数ヶ月単位の稼働時間を誇っているのにそれが半分になったから何なんだと言いたい。そんな訳で小型かつ大出力で大食らいな新型エンジンは構造が単純化したことも手伝ってあっと言う間に完成、晴れてゴッグ改の足に納まっている。水中では完全にデッドウエイトになってしまうが、そこは致し方あるまい。

 

「機体の温度上昇も想定内ですね。良好です少佐、射爆場へ移動ください。メガ粒子砲のテストに移ります」

 

『はいはい、すぐ行くよ』

 

少佐の声も明るい。なんだかんだ言って基地にある機体は大抵乗ってるからなぁ。結構こういうのが好きなのかな?

 

「ターゲットは赤1、青1、緑1です。準備でき次第順次射撃を行なってください」

 

色はそれぞれ的の設置されたエリア、数字はエリア内に配置されている場所だ。今回で言えばそれぞれ射撃地点から200m、500m、そして1000mになる。一応その先に2000mと3000mがあるのだが、そちらは今回使わないようだ。まあ、初めての射撃だしね。

 

『了解、冷却機構解放確認。メガ粒子縮退、赤から行く。出力は50%…撃つよ!』

 

両腕のクローが開き射撃姿勢をとったと思った瞬間には、ゴッグ改の腕から光の奔流が吐き出され、赤の台に置かれていたターゲットを文字通り吹き飛ばした。

 

「出力50%でこれですか、すさまじいですな」

 

「悔しいですが流石MIPですね。良い仕事をします」

 

置いていたターゲットは黒いMS…プロトガンダムが持っていたシールドを模倣したものだ。モニターを拡大して見れば、見事に吹き飛んで後ろの固定具まで溶融させている。うん、これならジム辺りなら一発だろう、当てられればだけど。そんな事を考えている間に青、緑も当然のように吹き飛ばしたシーマ少佐が文句を言ってきた。

 

『こんな距離の固定目標なんざ目を瞑ってても当てられるよ。試験になるのかい?』

 

「動作テストですから今回は諦めて下さい。ちゃんと後で射撃テストもしますから」

 

『お楽しみは又今度って訳かい。期待してるよ博士』

 

そう笑いながら試験を続ける少佐に同じく笑みを返すエリー女史。二人を見て、俺も試験の成功を確信するのだった。

ちなみに、この日の試験結果を報告したところ、海軍からゴッグ改の配備要求が山ほど来てMIP社から涙混じりのクレームを受けたため、並行してズゴックのバージョンアップも手がけることになった。夕食の時エリー女史がすっごい目で睨んできたから黙ってプリンを差し出したのだが何故か鋭いローキックで回答された。解せぬ。




日常(ほのぼの)回


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第五十一話:0079/08/18 マ・クベ(偽)と古い友

いつの間にか年間ランキング3位じゃないですかー!ヤダー!
これは投稿せざるを得ない。


ブラジリアにある高級住宅街、その比較的外縁に位置する場所に彼の家はあった。要人向けに製造された特注のエレカから降りる彼を、壮年の家令が静かに迎えた。

 

「お帰りなさいませ、旦那様」

 

「ああ、1週間ぶりかな?まったく、あんな穴蔵で1週間だ、息が詰まって仕方が無い」

 

上着を脱いで家令に渡すと、水差しから水をグラスに注ぎ一息で飲み干し、大きく溜息を吐いた。

 

「全くもってお笑いだ。連中まだ勝てる気でいるぞ?」

 

黙って付き従う家令に返事は求めず、彼は言葉を続ける。

 

「今日の会合の話は何だったと思う?月面都市への経済制裁についてだ!アナハイムが非協力的な態度ならばこちらも相応の姿勢を見せねばならんだと?これ以上敵を増やしてどうする?あいつらの頭は飾りか!?」

 

ジャブローには軍需民需を問わず多くの物資が備蓄されている。だから開戦初頭で地上の全てが安全でないと叩き込まれた連邦政府の高官は我先にと疎開を理由にジャブローへと転がり込み、備蓄物資を貪って以前と変わらぬ優雅な生活を送っている。もっとも、天然もので無かったりワインのグレードが下がっている程度で彼らは随分と忍従した気になっているようだが。

 

(人口の流出は依然増加している。解っているのか?国民の多くが我々よりもこのような事態を引き起こしたジオンの方が頼れると考えているのだぞ!?)

 

特に深刻なのが北米だ。ガルマ・ザビという最高権力に近しい人間が正式な書類として安全を担保する。この魅力に勝るものは無いだろう。加えてあれだけの恐怖を味わっておきながら、未だに政治家連中はジオンとの戦いを戦争ではなく局地紛争だと考えている節がある。正直、彼からすれば楽観が過ぎるにも程がある。

 

「総人口の半数が死んだことをもう忘れたのか?」

 

自らの言葉に本当に忘れていそうだと考え、うなり声を上げた。開戦初頭で死亡した多くは選挙権の無いスペースノイドだったし、その後の死者もどちらかと言えば貧困層だったからだ。彼らにしてみれば自身の票にならない人間など居ないも同然であるから、それがどれだけ死のうともただの数字に過ぎないだろう。

 

「レビルもレビルだ。あの一週間で手打ちにしておけば良かったものを。人類が絶滅するまで続けるつもりか?」

 

ともすれば頑迷と思える程、総司令官に任命されたレビル大将は声高に徹底抗戦を叫んでいる。その様子は狂気すら孕んでおり、彼には人類を巻き込んだ凄絶な自殺行為にしか見えなかった。何しろジオン側からはサイド6を通して幾度か停戦の打診が来ていたのに、その条件を聞くことすらせずに追い返しているのだ。

 

「危ういな…うん?」

 

今後の身の振り方を考えつつ、溜まっていた郵便物を弄んでいると、中に変わった封筒が紛れ込んでいることに彼は気付いた。一見すると変哲も無い無地の封筒。消印も連邦の勢力圏内であり、しっかりと検閲済みのスタンプも押されている。しかし、それが余計にこの封筒を怪しくしている。

 

「…コロニーの公共機関用の封筒?」

 

再生紙を使用しているそれは手触りが悪く、好き好んで使う者はまず居ない。つまりこれは意図的に使われていると言うことだ。そしてそうした解る人間にしか解らない回りくどい意思表示を行なう人間を、彼はよく知っていた。

 

「やはりお前か、マ」

 

手紙は生存報告と、またチェスを指したいという変哲も無い内容だ。だが彼に決意させるにはそれで十分だった。

 

「すまない、紙とペンを。…どうやら俺の生き方は決まったようだ」

 

久し振りに見る主人の笑顔に家令は静かに頭を垂れ、要望をかなえるべく部屋を後にした。

 

 

 

 

「次の捕虜交換で君達を連邦へ戻す」

 

元スレイヴレイスの面子を呼び出してそう告げると、全員が目に見えて顔を強ばらせた。まあそうよな、向こうじゃ犯罪者扱いだもんね。

 

「君達の任務は簡単だ。教えたルートを使って連邦の情報を流す、それだけだ。ああ、安心して良いぞ、既に情報源のアタリはつけている」

 

俺の言葉に緊張を幾分緩めるメンバー達。ただ、余りなめられないように釘も刺しておく。

 

「はっきり言うが、私は君達を信用した訳ではない。だから保険も掛けさせてもらう。具体的には君達の誰かが裏切った場合、君達の誰かの家族が不幸になる。よく覚えておくように」

 

露骨にトラヴィス中尉の顔が憤怒に歪むが無視して続ける。

 

「情報源以外でも有益な情報があればボーナスを約束しよう、ちなみに目下最大の目標はジャブローの位置特定だ」

 

あの場所は原作でも明記されてないし、地名も架空だったから特定できんのよな。

 

「そんなことを俺たちに言っちまっていいのかい?」

 

「これでも人を見る目には自信があってね。君達を信用はしていないが、その能力は信頼している」

 

ついでに言えばその性格もね。

 

「どうせ君達に拒否権は無い。そのつもりで励みたまえ」

 

そう言って退出を促すと、入れ替わりでアナベル大尉を伴ったシーマ少佐が入ってきた。ここの所ゴッグ改の試験の傍ら、本人曰くマルコシアス隊の面々を色々からかっているらしい。機種転換をしている彼らを色々と面倒見てくれているようだ。何だかんだと面倒見の良い少佐は基地に居るMS部隊の親分的存在になってる気がする。例のお嬢さん達も真面目に任務に取り組んでいるし、件のマルコシアス隊だって俺は嫌ってるみたいだけど、少佐にはびっくりするくらい従順だ。

 

「もう彼らの使い道が決まったんで?」

 

出て行ったトラヴィス中尉達に視線を送りながらそう聞いてくる少佐。

 

「ああ、幸い伝手があってね。彼なら上手く使ってくれるだろう」

 

「…成程。まったく悪い人ですなぁ」

 

「もちろんだ、でなければ軍で出世などしている訳が無い」

 

善人なら戦う以外の道を選ぶだろう。

 

「まあ、それに肖っている私が言えたことではないのですがね」

 

そう言って笑う俺たちに向けて、何とも言えない表情になるアナベル大尉。

 

「大佐達は、この戦争に否定的なのですか?」

 

ああ、そう言えばその辺りは全然話し合ってなかったな。良い機会だからちょっと説教といこうか。…嫌われたらまあ、その時はその時だ。

 

「この戦争、と言うよりは戦争全てが無駄だと私は思っている」

 

「無駄…ですか?」

 

「無駄と言うより浪費と言った方が正確か。考えてみたまえ大尉。この戦争でどれだけの人間が死んだ?彼らがもし生きていれば、一体どれだけ経済に貢献したかなど子供でも解るだろう。それを各々の欲を満たすために投げつけ合ってすり潰したのだ、これを浪費と言わず何という?」

 

俺の言葉にしかめっ面を作るアナベル大尉。ここの所鉱山経営させたから、情とか抜きに人的資源としての人間の価値も大分身にしみているのだろう。

 

「そもそも、この戦争の発端は我々が独立したいという欲に端を発している。ああ、誤解が無いように言っておくがスペースノイドの扱いが適切だったと思っている訳ではないぞ?私自身も不当だと感じたから戦争に乗ったのだからね。だがそれだって根底は今より良い生活がしたいという欲だ」

 

欲を否定はしない。欲があったから人類はここまで進化したし、脆弱な体で宇宙にまで生活圏を広げられたのだから。

 

「つまりな、大尉。誰かが正しい戦争などというものは人類史上どこにも存在しないのだよ。そこにあるのは立場の違いと、我欲をたとえ相手を殺してでも貫こうとする意地の張り合いだけだ」

 

俺の言葉を黙って聞き続ける大尉。表情が強ばっているのは信念と今の会話の乖離のせいだろうか。

 

「だから大尉、戦争の本質を正義や大義などという甘美な言葉で覆う輩には注意したまえ。特にそれを本気で信じている人間は最も危険だ。信念とやらで動く者は理屈で動かん、彼らにとって損得は問題ではないからな。そういうのは大体周りも巻き込んで盛大な地獄を作る」

 

どっかのハゲとかね。

 

「戦争の、本質」

 

「君もここに来て見ただろう?我々が敵だと叫んだアースノイド達を。どうだった、彼らは?」

 

俺の問いに苦しそうな表情になりながら大尉は答える。

 

「ただの、人、でした。我々スペースノイドと何も変わらない、ただの人。それが私たちの敵でした」

 

その言葉に俺も静かに頷いて、口を開く。

 

「そうだ。ただ属する陣営が違う、立場が違う、それだけのことだ。だから大尉、戦争をするななどとは言わん、私だって軍人だからね。だがそれを正しいなどとは断じて思うな。正しい戦争をしているなどと考えたなら、我々は畜生にも劣る存在になり果てるぞ」

 

俺の言葉に、大尉はただ黙って敬礼を返してきた。その時の彼女の表情については、我々の名誉のために記さないでおくことにする。




古い友人…一体何ランなんだ…。
当然ですが本作の独自設定です。


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第五十二話:0079/08/22 マ・クベ(偽)と連邦軍

今週分です


「よし、お客さんおいでなすったぞ…」

 

緊張で乾く唇をしきりに舐めながらスコープ越しに敵を睨みつける。相手の戦力はザクが3機に随伴として戦車もどきが同じく3両、それにAFVが2両続いている。羽つきやスカートつきが含まれていないことに少々物足りなさを感じたが、部隊に新入りが入ってきていたことを思い出し、訓練には良い相手かも知れないと思い直した。

 

『第二分隊、準備良し』

 

『第三分隊、行けます』

 

『だ、第四分隊、射撃準備できました!』

 

緊張に声をうわずらせる第四分隊の分隊長を落ち着かせてやろうと彼は口を開いた。

 

「大丈夫だ、奴らとの距離は3000。絶対に見つからん。だから焦らず落ち着いて手順通りやれば良い」

 

『り、了解しました』

 

幾分和らいだ口調が返ってきたことに満足しながら、その一方で彼は苦い気持ちにもなる。もしあの時自分が今の半分でも戦闘というものを理解していたら、隊の皆は、隊長は死なずに済んだのだろうか?

 

『目標、速度変わらず、連中ピクニックにでも来てるつもりか?』

 

呆れを含ませた口調で第二分隊が報告してくる。

 

「でかいおべべで気もでかくなっているんだろうさ、地球がおっかない場所だと宇宙人共に教えてやるとしよう…距離1500まで引きつけて斉射、第二、第三分隊は一番前の一つ目、第一と第四で後ろの奴をやる。いいか、ヘマして動力炉に当てるなよ?」

 

短く返ってくる承知の言葉に満足しながら射手の肩を二度叩く。射手の軍曹は小さく頷くと安全装置を解除した。すぐに他の分隊員は後ろに下がり身をかがめる。僅かな間の後、無警戒に獲物達がキルゾーンへ入り込んだ。

 

「撃て!」

 

叫ぶと同時、4本の光線がザクを貫いた。残された1機は何が起こったのか理解する前に前後で起きた友軍機の爆発に巻き込まれ転倒する。

 

「第二射!1、2、3は戦車もどき!4は転倒した一つ目を仕留めろ!」

 

「装填!」

 

ジェネレーターを入れ替えた装填手が退避するのを確認し射手の肩を二度叩いて自身もその場に伏せる。すぐさま射撃が行なわれ、今度は弾薬にでも誘爆したのか、戦車もどきの砲塔が盛大に吹き飛んだ。スコープで確認すれば、倒れていたザクもしっかりと撃ち抜かれ脱力している。

 

「よーし、トドメだ!3、4分隊、AFVを始末しろ!」

 

了解の返事から僅か5秒、最後の射撃が行なわれ敵部隊は文字通り全滅した。

 

「ふう、やれやれ。各隊、損害報告!」

 

服についた土埃を払いながら、彼は一応の確認を取る。返ってきた答えは当然のように損害ゼロ、正に完全勝利である。

 

「これで、部隊合計撃破数21、赫々たる戦果と言う奴ですな」

 

防護用ヘルメットのバイザーを上げて射手の軍曹がそう話しかけてくる。

 

「コイツの性能のおかげさ。先輩方はこれを有線誘導ミサイルでやっていた」

 

彼の命を救ってくれた隊長などは、そのミサイルで死ぬまでに部隊撃破数13機を記録している。

 

「まったく、エネルギーCAP様々ですな」

 

そう言って軍曹は砲身を叩いた。ラーティM79対MS歩兵ビームライフル。対MS用ミサイル、リジーナの発射器を転用した歩兵携行式のビーム兵器だ。有効射程3000m、一基を運用するには一個分隊が必要、射撃時の輻射熱が激しいため、射手は宇宙軍のパイロットスーツを改造した専用の防護服を身につけねばならない、射撃のたびにエネルギーCAPのカートリッジを交換するなど制約も多いが、MSですら一撃で撃破しうるその火力は一級品である。宇宙軍のMS偏重にオーガスタでの一件以来疑問を持った陸軍が独自に開発した兵器だ。

 

「機甲師団の連中も新しい玩具を貰ったらしい。そろそろ宇宙人共にここが何処なのか解らせてやらにゃならんからな」

 

そう言いながら次の獲物を狩るべく部隊に移動の指示を出す。何しろここは地球、歩兵の隠れる場所には事欠かない。

 

「ヨーロッパで俺たちを殺さなかったことを後悔させてやるよ、ジオン野郎」

 

 

 

 

「スカンジナビア半島に居る連邦軍が厄介だ」

 

本日の定例会議はそんな重苦しいセリフでスタートを切った。

欧州での本格的な掃討が済み西欧地域はほぼ勢力圏となったが、今一船団攻撃が上手くいっておらず、おかげでスカンジナビアやブリテン島の連邦軍はまだまだ元気だ。まあ、ブリテン島の方は引き籠もって居るのでこれ幸いと周辺を機雷だらけにしてやったのだが。問題は北欧の連邦の動きが活発でこれを締め上げるべく輸送船団への襲撃を行なっているのだが。

 

「資料を確認したが、襲撃に参加できている艦が随分少ない。もっと潜水艦隊を増強すべきではないか?」

 

簡単に言ってくれる参謀殿に俺は横やりを入れる。

 

「難しいですな。潜水艦のクルーはそう簡単には育成できません。そもそも宇宙でも艦艇は不足していますからな、適性のある人間は引き抜き難いですし一からとなればかなりの時間が必要でしょう」

 

「俺も大佐の意見に同感だ。それに港湾設備の問題もある。地中海の確保でかなりの数は確保できて居るが、距離が離れているし、なにより信頼できる整備員の確保が難しい」

 

腕を組みながらユーリ少将が追認した。

 

「だが放置は出来んでしょう。既にカレリア地方で部隊にかなりの被害が出ています」

 

「例の『ゲシュペンスト』ですか」

 

『ゲシュペンスト』はここ一週間くらいで全戦域に現れた未確認兵器だ。撃破された残骸からビームによる攻撃であることは特定出来ているのだが、それ以上の情報が無い。それというのも遭遇した部隊は文字通り全滅しているからだ。ただ解っているのは少なくとも歩兵を含む戦力であるという事だ、何しろこちらの兵士をご丁寧に皆小銃で撃って回っていたからね。存在を徹底して秘匿するには地味だが効果的だ。今のところ軍は特定が出来ないので効果的な対策が立てられず、補給を締め上げて活動を鈍化させようという方針だ。ただ、現状の大西洋艦隊は力不足も良いところで、補給路の封鎖なんて夢の又夢である。まあ、潜水艦がたかだか20やそこらじゃこのくらいが限度だよなあ。

 

「アフリカ方面が落ち着いたのだからアッザムでやれんか?」

 

「難しいな、あちらさんは海軍すらない状態でインド洋を担当している。むしろこちらのアッザムをまた送ってくれと打診されているぞ」

 

「二号機以降の戦果が余り芳しくないですからな。教練をもう少し改善できませんかな?」

 

無茶を言いよる。

 

「正直難しいでしょう。ヴェルナー少尉はパイロットとしては優秀ですが教官としては半人前以下です」

 

まず操作説明に擬音が入る時点で普通の人はついて行けないと思う。

 

「ガウを転用するのはどうだ?初期型ならドップを積めるだろう?」

 

「難しいな、連中戦闘機にすらビーム兵器を搭載している。ドップの防空だけではとても防ぎきれん」

 

連中セイバーフィッシュの改良型を戦線に投入してきている。こいつは何というか簡易型のコアブースターみたいな奴で、ビーム砲を搭載している上にこちらのドップⅡ並みの運動性を持っている。単純な格闘戦ならドップⅡの方が有利だが、トータル性能では向こうの方が優れている上にどうも既存のラインが流用できるのか既に大量投入されている。航空機のパイロット数は元々連邦の方が多いから、こちらの航空隊はかなり苦戦を強いられているようだ。流石連邦空軍、悔しいが航空機に関してはあちらの方が一日の長がある。

 

「その点についてですが朗報が。先日我が軍もエネルギーCAPの実用化に成功したとの連絡がありました」

 

おお、遂にか。

 

「更に同技術を用いビーム兵器搭載型の対地攻撃機を設計中、遅くとも来月中には実機が配備予定とのことです」

 

「おいおい、ちゃんと使えるんだろうな?」

 

「なに、問題があったら大佐に渡せば良いさ。だろう?」

 

「皆さんは私を便利な修理道具か何かと思っておられるのか?」

 

憮然として返事をするが何故か会議は笑いに包まれた。いや、マジでその認識は勘弁して欲しい。

 

「しかし敵の防空能力は侮れん。特にヒマラヤ級だ、アレをどうにかしなければ悠長に船団襲撃など出来んぞ?」

 

あれ一隻で40機近く航空機を運用出来る上に、連中お大尽にも輸送船団に直掩として必ず随伴させている。艦自身の防空能力もかなりのものだから厄介だ。

 

「リスクを考えれば潜水部隊で処理するのが理想ですが」

 

「キャリフォルニアで建造中の水中型MAは如何なものでしょう?」

 

そう聞いてくるミハエル大佐に溜息交じりで答える。

 

「ズゴックの製造にかかりきりらしく、先日漸く1号機の仮組みが始まったそうです。これからテストと考えれば早くても9月下旬でしょう」

 

「一ヶ月か、長いな」

 

問題はそれだけじゃないんだよなぁ。

 

「問題は地上だけでは無いかもしれません」

 

俺の言葉に視線が集まる。なんかデジャブだな、なんて関係ないことを考えつつ口を開いた。

 

「サイド6経由でアナハイムからかなりの工業製品がサイド7に輸出されています。表向きは工作機械やそれ用の補充部品だとなっていますが…」

 

いやらしい顔で情報をリークしてきたアナハイムの常務の顔を脳裏に浮かべながら話をつづける。

 

「主な取扱品はフィールドモーターだそうです。…ところで連邦のMSはフィールドモーター駆動ですな?」

 

俺の言葉に皆がざわめき出す。まあそうなるよね。

 

「連中既に宇宙用MSを準備していると見て間違いないでしょう。最悪本国との補給が絶たれる事もありうる。地上だけである程度対応出来る準備が必要です」




連邦のターン


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第五十三話:0079/08/23 マ・クベ(偽)と技術開発本部

ここの所、本作が真面目な仮想戦記っぽく評価頂いておりまして、非常に光栄です。
でも待って欲しい。これがどういう作品だったかもう一度思い出して欲しい。
そう考えて書きました(嘘)


ネヴィル・シュート・ランウェイ大佐の朝は早い。朝の照明が灯火される丁度30分前に起床しポットを火に掛ける。湯が沸いて紅茶を淹れる適温になるまで20分。この間に彼はリビングへと移動し、日課となったサンドバッグへの打撃を始める。開始当初不用意に殴った結果手首を痛めた経験から、打撃手段はもっぱらカラテチョップだ。ネヴィルは学習する男である。

軍のデータベースから印刷した陰険そうな男の顔写真を慣れた手つきで所定の場所に貼りつけ準備が整うと、ネヴィルは大きく息を吸い込み腕を振り上げた。

 

「きぃぃええええええぃ!!」

 

甲高い絶叫とともに二度、三度と腕を振り下ろす。貼り付けられた男の顔は無残に歪んでいき、7度目の打撃で剥がれ落ちた。すかさず距離を詰め容赦の無いストンピングを見舞うこと10度、トドメの一撃とともにアラームが鳴り響き、時間が来たことを告げる。乱れた呼吸と服装を整え茶葉をポットへ投入、しっかりと3分蒸らした後完璧な姿勢でカップへと注いだ。

 

「ふむ、やはり朝はアッサムにかぎるな」

 

この日課を始めて以来、心なしか体調も上向いて居る気がするし、食欲も強くなった。朝から淹れた紅茶の味を楽しめなくなっていた自分に気付いた時は愕然としたが、それも最早過去の話である。

 

「地球難民の受け入れ拡大に伴い各サイドの遺棄コロニーを調査、か。上手くいくのやら」

 

玄関から取ってきた新聞を広げつつトーストを齧る。たっぷりと塗ったマーマイトの芳醇な香りと味を口いっぱいに楽しみながら、めぼしい記事を読み進めていく。

 

「なに?ヒミコ・モリグチの慰問コンサートだと!?ええい!抜かった!」

 

すぐに端末へ手を伸ばしチケットを購入しようとするが既に完売、仕方なく彼は部下何人かに連絡を取り、チケットの確保に成功する。

 

「ふう、まったく。慰問というなら我々技術将校は無料で、いや、むしろ招待するべきなんじゃないか?事務所は何を考えているのやら…おっと、もう時間か」

 

壁に掛けられた時計を確認すると針は7時30分を指していた。そろそろ登庁の時間だ。気象設定は夏であるため外も随分明るくなっている。玄関を開ければ既に温くなり始めた空気が部屋へと入り込む。今日も一日中々ハードになりそうだ。

 

「だが、休んでなど居られん」

 

ネヴィルの熱心なアドバイスが功をそうし、サハリン少将の開発しているMAは開発継続が決定。さらには先日実用化したエネルギーCAPを用いる対地攻撃機の開発命令も受けた。正に重力戦線の命運は彼自身の双肩にかかっているとネヴィルは確信している。

 

「ふふ、所詮政治屋気取りの素人が口出しした間に合わせなどではこの難局は乗り切れん。やはり最後に頼られるのは我々技術者なのだ」

 

さあ、今日も祖国へ貢献しよう。そして新型機開発の暁には長期休暇を貰うのだ。

 

 

「オデッサから水陸両用機の追加装備について相談がしたいと連絡が…」

 

「水陸両用はキャリフォルニアに移管した、あちらで話せと伝えろ」

 

登庁早々に聞きたくない名前を聞いて眉間にしわを寄せる。だが報告は義務であるし、それを行なった部下に罪はない。最大限の自制心を発揮し、努めて静かな声でするべき事を伝える。食い気味に言葉を発したくらいは大目に見て貰おう。

 

「大佐、昨日ご指示のありました追加装備付きド・ダイGAですが設計が終了しました」

 

そう言って手渡されたファイルを開き内容を確認する。概ね想定していた通りの機体の出来に満足して頷いていると、ファイルを渡してきた部下が何かを言いたそうにこちらを見ていた。

 

「どうした?何かあるのかね」

 

「はい、いいえ大佐。今回の追加装備が何を意図しているのかと、疑問に思いまして」

 

部下の勉強不足に思わず嘆きたくなるが、彼が解らないのも無理はないと思い直す。なぜなら全ての人間がネヴィルのように天才ではないのだから。先人であり偉大なる天才の義務として、優しく彼を教え導くことにする。

 

「先日挙がってきた地球方面軍からの報告は読んだかね?」

 

「はい。正体不明のビーム兵器により少なくない被害を受けていると」

 

その言葉に首肯を返しネヴィルは言葉を続ける。

 

「私は聞いた瞬間、これが何による攻撃かすぐに解った。故にそれに対する装備追加を命じたのだよ」

 

「ゲシュペンストの正体を看破なさったのですか!?」

 

その反応に満足しながら彼へ答えを教えてやることにする。

 

「実に簡単だ、連中は歩兵にビーム兵器を携行させているのだよ、熱や音源に反応がない上に目撃者を態々歩兵の小銃で始末しているのが何よりの証拠だ。小銃で止めをさしているんじゃない、持っている火器がビーム砲以外小銃しかないのだよ」

 

ネヴィルの言葉に部下が目を見開く、確かに歩兵に持ち運べるほどビーム兵器を小型化しているなど、とてつもない技術革新に思える。しかし状況から推察すれば、かなり無理をした兵器である事も容易に想像出来る事から、ネヴィルはそれ程脅威だとは考えていなかった。

まず攻撃されている射線が複数であることから連射は出来ない。加えて前線の歩兵が積極的に運用していないことから、運用には複数人が必要であり機動力に乏しい事も推察できる。恐らく歩兵に持てる限界まで軽量化を行なったために、エネルギーCAPの容量が低いのだろう。加えて射撃時に必要な電力を大型のジェネレーターで賄えないので、恐らく爆薬式発電機あたりで強引に電力を確保しているに違いない。

 

「つまりなんと言うことは無い。所詮間に合わせの急造品だよ、どこかの基地司令の作品よろしくな」

 

所詮凡人の考えだとネヴィルは鼻で笑う。そして自分の作品についても教示する。

 

「古来より歩兵の天敵は炎だ、故に新型ド・ダイには対地火炎放射器を装備させる。炎は遮蔽物や急造の陣地ごときでは防げんからな。連中自分の浅知恵の結果を知れば頭を抱えることだろうよ」

 

ちなみにこの火炎放射器付きド・ダイは欧州方面軍に支給された後、即座にオデッサへと送られ、火炎放射器は撤去されることとなる。その報を聞いて以降、ネヴィルの朝の日課が10分延長される事になるのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

 

アッガイの改良について相談しようとしたらすげなく断られた上にたらい回しにされたでござる。と思ったらどうもアッガイの設計者がキャリフォルニアに降りてきているらしい。なんだよ、嫌われてるかと思ったじゃねえか。絶対嫌われてるけどな!

 

「…どうも」

 

早速ガルマ様に連絡したら、なんかすぐ呼び出してくれた。そんな訳で何ともテンションの低そうな兄ちゃんが画面の前で体育座りをしている。なんで体育座り?

 

「初めまして、ヨハン・スウィネン技師…でよろしいかな?私は…」

 

「初めまして、クベ大佐。貴方のことは色々伺っています。アッガイの件も聞いています」

 

…うん、この人やりづらいな!

 

「ご存知頂いているとは光栄です」

 

「アッガイを好き放題弄って頂いたようで。おかげで社の評判も上々です。感謝していますよ?」

 

嘘くせえ!

 

「…あー、スウィネン氏、いや、ヨハン氏とお呼びしても?その件については謝罪する気はありませんよ?」

 

そう言うとヨハン氏は一回頷くと目を閉じて固まった。コイツ寝てねえか?

 

「…あれは元々私が設計したものを大幅にデチューンしたものです。愛着がない訳ではありませんが、より役に立つ形へと変わったなら技術者として喜ぶべきでしょう」

 

そう言って目を閉じながら何度も頷くヨハン氏。起きてるんだよね?俺達今ちゃんと会話してるよね?

 

「そう言って頂けると助かります。ついてはそのアッガイについてなのですが」

 

俺の言葉に一瞬体を強ばらせた後、ヨハン氏はゆっくりと目を開くと相変わらずの表情でこちらを見てきた。

 

「水中用装備を追加するには、あのアッガイ?では容積が足りません。…寝ていませんよ?」

 

それは態度で示しなさい。

 

「ええ、ですから、外部に接続する形を考えています…と言うよりはアッガイをコアモジュールとして小型の潜水艦を作りたい」

 

アッガイは小型とは言えMSだ。自力での航行能力を有しているし、動力は核反応。水中ならば冷却の問題も無いから電力は使いたい放題だ。ここに2~3人の居住空間と物資と魚雷発射管をくっつければ即席の潜水艦だ。

 

「現状一から潜水艦のクルーを養成するのは難しい。だが水陸両用のパイロットならそれなりの数が居ます。彼らが船団襲撃に加われば今より大分楽になる」

 

黙って聞いていたヨハン氏が初めて口角をつり上げた。

 

「我が社の理念はご存知で?」

 

「確か、『夢を形に』でしたかな?技術者らしい理念だと思いますよ」

 

そう返すと、ヨハン氏は今度こそ解りやすく笑顔になった。

 

「正直、協力する気は無かったのです。現実に即した、と言えば聞こえは良いが、クベ大佐の提案はどれも面白みに欠けましたから。ですが、気が変わりました。MSを使った潜水艦、中々に無茶苦茶だ、実に面白い」

 

はっはっは、褒められてると受け取っておこう。

 

「聞けば霊長類最強は達成したそうじゃないですか、ならばついでに海洋生物最強も頂いておきましょう」

 

そう言って俺たちはモニター越しに乾杯したのだった。




ごめんなさい、紅茶飲んでマーマイト食ってるネヴィルが書きたかっただけです。


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第五十四話:0079/08/25 マ・クベ(偽)とV作戦

今月最後の投稿です、ちょっと短め。


「よく来てくれた、ハン博士」

 

席を立って迎え入れてくれるレイ大尉に対し、モスク・ハンはぎこちない敬礼をする。技術者だからなどと言い訳せずに少しは練習しておくのだったな、などとレイ大尉の答礼を見ながら少し後悔しながら口を開く。

 

「こちらこそお会いできて光栄です、レイ大尉」

 

続くオーガスタから脱出できた研究員達も次々と挨拶を交わす。それが終わると、各人の仕事道具が次々と運び込まれる。港湾区画に置かれたこのオフィスは建前上コロニー建設用重機の管理、整備用と言うことになっているため、遠慮無くコンピューターだけでなくCAMシステムまで持ち込まれる。流石に工作機械類は隣の部屋に移されたが、それでもメンバー分のコンピューターと資料だけで部屋はあっと言う間に手狭になった。

 

「本当は歓迎会の一つもしてやりたいんだが、生憎上にせっつかれていてね。早速で悪いが皆にはこいつを仕上げてもらいたい」

 

そう言ってレイ大尉が壁掛けの大画面モニターへ映し出したのはモスク達も見慣れた機体だった。

 

「これは?大尉、どういう事ですか。我々はRX-78…、ガンダムを超えるMSを造りに来たはずですが」

 

モスクの言葉も無理はない。なぜならモニターに映っているのはジャブローでも見慣れた機体。RGM-79、ジムだったからである。同じ感想を抱いたのか、他の連中も周囲と話し始め、部屋は途端に騒がしくなる。その様子をモニターの横で眺めていたレイ大尉が、まるで見るに堪えないと言う風に溜息を吐いた。

 

「成程、君達の意見は良く解った。ではその上で聞くが、君達の言うガンダムを超えるとは何だ?」

 

レイ大尉の言葉にモスクは内心首をかしげた。

 

「あらゆるスペックで優越する機体を開発する。それ以外に何があるというのですか?」

 

オーガスタ組の一人が口を開く。モスクも同意見だが、その一方で違う答えにたどり着いているであろう目の前の男の回答が気になった。

 

「技術者としてならばその意見は賛成する。だが、兵器開発者としてならば落第だ」

 

大尉はそう切り捨てると手元にあった端末を操作し、今度はガンダムのパラメータと、その横に何か別のパラメータを並べて表示した。

 

「これはオーガスタでの戦闘画像から解析したガンダムの実働パラメータだ」

 

モスクを含め、その場に居た全員が息を呑んだ。何故ならそこに表示されている数値はカタログスペックを大幅に割り込んでいるどころか、ジムのカタログスペックにすら届いて居なかったからだ。

 

「そもそもガンダムの役割は何か、ジオンのMSより優れていること?違う、断じて違う。我々はMSでお人形遊びをしているのでは無い、ガンダムの役割はジオンに勝つことだ」

 

最早誰も口を開かず、ただレイ大尉の話に聞き入っている。

 

「確かに機体が優秀であることは重要だ。だがMSにおいてはその性能を引き出すためのファクターにおいて、パイロットの技量に対する依存度が極めて高い。この部分を是正するためにガンダムには学習型コンピューターを搭載したが、今回はこれが裏目に出てしまった」

 

最高の機体に自ら進化し続ける制御系。最適解に見えたそれはしかし、莫大な製造コストを要求することとなり、結果満足な学習をする間もなく数に押しつぶされた。しかも敵に鹵獲された現状では、こちらの手の内を完全に晒してしまったに等しい。

 

「もう裏道は使えない。ここからは正攻法で連中を打倒しなければならん」

 

「つまり、最初に拝見したアレが正攻法の答えだと?」

 

思わず口にしたモスクの言葉にレイ大尉は頷くと、軍人から技術者の顔になり説明を始める。

 

「そうだ、ハン博士。学習型コンピューターの優位性が失われる以上、我々も優秀なパイロットを生み出さねばならん。それもジオンより短時間で、大量に。故に我々が造るべき機体はパイロットを生還させる事を第一としたものだ」

 

その言葉と共にモニターの映像は最初のものに切り替わった。

 

「コックピットにオーガスタで研究していた脱出ポッドを採用する事で、コアファイターより機体容積を確保しつつ撃破された際の生残性を維持する。加えてコックピットハッチを含むバイタル部に部分的にルナチタニウム合金を採用し対弾性能を向上、ジェネレーターは防護隔壁で独立させ、緊急時には排出可能にする」

 

「仰ることは理に適っていると考えますが大尉。何故ベースをジムに?今後を考えればガンダムをベースにすべきでは?」

 

そう質問が発せられると、そちらの方向を一瞥しレイ大尉が答えた。

 

「繰り返すが軍が必要としているのはサラブレッドではなくワークホースだ。タフで従順、多少の損傷もすぐ直して戦線に復帰する。その為には高品質が要求される部品構成はむしろ害悪にしかならん。それに現状ガンダムの性能は完全に過大だ、使いこなせないカタログスペックなど絵に描いた餅と同義だろう」

 

よってパイロットが扱える水準まで機体性能を落とし、その余裕で部品の選定基準を緩和する。理想は町工場で作ったような部品でも問題無く組み込めるMSだ。そう言い切るレイ大尉に別の研究者がさらに質問を投げた。

 

「ですが、ガンダムならば元々高い仕様要求に応えるためにかなり余裕があるのでは?」

 

「ガンダムの余裕は構成される素材に依存したものだ。むしろ構造が簡略化された分内部容積に関して言えばジムの方が広い。加えて知っているかね?ガンダム1機の建造費でジムは20機造れる」

 

兵の多寡はそのまま戦局に直結する重要なファクターだ。

 

「さらに言えば、あの様な実働性能でもガンダムは敵MSを最低3機は撃破している。つまりジオンのMSはビーム兵器が運用出来ればその程度の機体でも十分対応可能な機体性能と言うことだ」

 

「ですが、それでは上層部の提示している条件をクリアできません」

 

他の技師が困惑を混ぜ込んだ声音で反論すると、レイ大尉が悪い笑みを浮かべた。

 

「この機体にはガンダムと同様のジェネレーターを搭載する。その上で重量は5%削減、更にスラスターもガンダムと同一のものにする。つまり出力で同等、加速性能では優越した機体になるな」

 

その言葉にモスクは詐欺だと内心で叫んだ。確かに同一のジェネレーターを搭載すれば見かけの出力は同じになる。だが実際には駆動するフィールドモーターの変換効率が関わってくるためジェネレーターの出力が同じならば同じトルクが出るという訳ではない。事実ガンダムとジムの出力差は10%程度だが、実効トルクにおいては倍以上の差が出てしまう。その事が顔に出ていたのであろう、レイ大尉はお前の懸念は解るとでも言うように笑顔を向け口を開く。

 

「当然のことだが、採用しているフィールドモーターの性能上ガンダムと同じトルクを出すことは不可能だ。だがその点に関して言えば、ここに居るハン博士が打開策を持っている」

 

突然の指名にモスクが固まっている間に話は進む。

 

「彼が研究しているマグネットコーティング理論は素晴らしいものだ。これを使えば低出力のフィールドモーターでも十分なトルクが得られる」

 

「い、いや。あの理論は反応速度を向上させるものであって…」

 

モスクの小声の反論は当然のように無視されレイ大尉の熱弁は続く。

 

「表題は反応速度の向上とあるが、ここで注目すべきは摩擦抵抗の低減だ。駆動時の抵抗を減らすことで必要なトルクを減らすことが出来る。射撃時は関節部に瞬間的なロック機構を追加すれば保持の問題は解決できる。これだけでコストの大半を抑えることが出来るのだ。正にこの機体の成否はハン博士に掛かっていると言っても過言ではないだろう」

 

降って湧いた重責に声ならぬ声で悲鳴を上げるが、乗りに乗ったレイ大尉は止まらない。

 

「この機体に求められる性質上学習型コンピューターの搭載は必須だが、ガンダムのものは複雑な上にコストも高い。そこでこの機体にはデータ収集機能だけを付与した簡易版を搭載する。データは随伴する中継機に送られ、これを各基地のサーバーで統合、最適化し前線へとフィードバックする。こうすることで万一機体が失われてもパイロットが生きていればすぐに同じ戦力として再投入が可能だ」

 

聴き入っているオーガスタ組の中には興奮して頬を紅潮させている者までいる。モスクもその気持ちは良く解った。ここに来るまで新型機開発という漠然とした指示に期待を膨らませる一方で多くの不安があったことも事実だ。だが、強力にリーダーシップを発揮しているレイ大尉を見ていると、これならばやれる、この人となら造り上げることが出来るという自信とでも言うべきものが湧いてくるのを感じた。

 

「さあ、諸君。議論は尽きないだろうが残念ながら時間は有限だ。今はまずコイツを造り上げる。そこから始めよう」

 

後にモスクはこの頃の自分たちを振り返り自伝にこう記している。

我々は正に狂奔の中であれらを生み出していった、と。




うわテムつよい。


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第五十五話:0079/08/26 マ・クベ(偽)の休日

感想4000件有り難うございます投稿。



徹夜明けのコーヒーを啜りながら最後の報告書にサインをした後、抜けるように青い空を窓から見上げて唐突に気付いてしまった。

 

「俺、最近休んでねぇな」

 

人間の体とは不思議なもので、あれこれやっている間は気にならないが、一度気がついてしまうと色々と押し寄せてきてしまう。具体的に言えば疲労とか、戯れたいという衝動とかだ。そして矮小な俺はそうなった時、自身を奮い立たせるより言い訳を見つけるタイプの弱い人間だ。

例えば、今日中に出さなきゃならない書類は終わってるよな、とか。

例えば、原作開始まであと一ヶ月切って、ここで休まんともう休んでる暇無いよな、とか。

…例えば、こんなに海の近くに居るのに、海水浴はおろかビーチでのんびり日光浴すら楽しまずに夏が終わるじゃねえか!とかである。

まって、解る。基地司令だし?大佐ですし?自分で言っちゃいますけど、マ、この基地の最高責任者だから?簡単には休めないよね?

 

「そんな訳ですので休みを頂きたい」

 

「早朝にたたき起こしておいて言う事はそれだけか、大佐」

 

ベッドから直行したのだろう、ナイトガウンに制服の上着という斬新なコーディネイトに寝起きで二割増しワイルドさの増したヘアスタイルを秘書官に直されながらユーリ少将が画面越しに溜息を吐いた。なんだよ、休みたいから上司に報告って当たり前じゃんかよ。

 

「いつも俺の頭を越えて地球方面軍司令や突撃軍司令にアポイント取ってる大佐が居るんだが知らないか?」

 

そいつぁ随分勇気のある野郎だね、とても俺には真似できないぜ的な事を丁寧に言ったんだけど、何故か秘書官の人からすら冷たい視線を向けられた、解せぬ。

 

「まあ、まあいい。それで?休みだったか?」

 

「はい、一週間ほど…」

 

「一週間!?」

 

「と言いたいところですが、そこまで強欲ではありません。今日明日の二日ほど頂きたい」

 

それだけあれば取り敢えず夏の楽しみを一周位できるだろう。ふふふ、浜茶屋の微妙な焼きそばが俺を呼んでいるぜ!

 

「無理だ、諦めろ」

 

「え?」

 

いまなんとおっしゃいました?

 

「無理だと言った。お前さんのことだ、イスタンブール辺りにでも繰り出して骨董品でも買いあさるつもりだろう?はっきり言って2日もお前を守るために兵は動かせん」

 

「は?いえ、ごく私的な行動ですので護衛などは必要ありませんが?」

 

俺がそう言うと呆れた表情でユーリ少将が深々と溜息を吐いた。なんだよそのバカかコイツはとでもいう態度は。

 

「バカか、お前は」

 

おっと口に出しやがりましたよ。

 

「いえ、当然ボディーガードには付いてきて貰いますよ?」

 

一応それなりに偉い立場だからね、従卒としてウラガンにもお供して貰うつもりだし。流石に俺だってそこまで不用心じゃありませんわー。

 

「おい、シンシア。ヤバイぞこの大佐、本格的にバカかもしれん」

 

こっちを指さしながら秘書官にそんなことを口にするユーリ少将、なんだよ!バカって言う方がバカなんだぞバカー!

 

「日数の問題ですか?ならばせめて今日一日でも良いのですが」

 

俺がそう提案すると今度は悲しそうな顔で秘書官の方を向くユーリ少将、ちなみに秘書官の人も痛ましい表情で首を横に振っている。なんだよそのコント、面白くねえぞ。

 

「バカで立場の解っていない大佐殿に俺が優しく教えてやろう。いいか?今お前は間違いなく連邦軍のぶっ殺したい奴リストのトップに居る」

 

はっはっは、ナイスジョーク。

 

「冗談じゃねえよ、ここの所欧州のスパイ関連の検挙数はオデッサ周辺が一番だ。つまり連中躍起になってお前さんの情報を収集している訳だ。情報部を悪く言うつもりは無いがスパイの検挙だって絶対じゃない。お前がその穴蔵から出て来たなんて知れてみろ、下手すりゃ行った町ごと吹き飛ばしに掛かってくるぞ」

 

自国民ごと吹っ飛ばしたいって俺どんだけ恨まれてるんだよ。そもそもそんなに恨まれるようなことしたか?…したか。

 

「あー、つまり」

 

「そうだ、休むのは許せるが基地から出ることは断じて許可できん。骨董市は終戦まで諦めろ」

 

すげなく言われると通信が切れた。がーん、ショックだ…なんていうと思ったか!一日休みの言質は取ったし基地内に居れば良いと言ったな?ふふふ、これは海水浴で決まりだぜ!

 

「何が、決まりなのでしょうか?」

 

ウッキウキで準備を始めようとしたら後ろから氷点下の声がした。振り向かなくても解る。ウチの副官様だ。

 

「…お早うウラガン。随分と早いじゃないか、朝食までまだ時間があると思うが?」

 

「そろそろ仕事が一息つく頃だと思いまして。差し出がましいようですが軽食をお持ちしました。…それで?何が決まりなのです?」

 

嘘を言ったら殺す、誤魔化しても殺す、素直に吐いたら考えてやる。そういう凄みを感じる声で問いただしてくるウラガン。嘘みたいだろ?俺の方が偉いんだぜ?

 

「あー、ウラガン…」

 

素直に謝ろうと思いかけたところで、俺は思い至ってしまった。いや、俺何も悪くないよな?偉い人も言っていた、すぐ謝るのが日本人の悪い癖だと、いや、マさんが何人か良く解んねぇけど。悪くないのだから自分の要求を堂々と言えばいいのだ。第一俺基地司令だし!繰り返すけどこの基地でいっちゃん偉いし!

 

「済まないが疲労が溜まっていてな、今日一日休みを貰うことにした」

 

俺のターン!正当な権利を主張!さあ、どう出るウラガン!?

 

「左様ですか、承知致しました」

 

あっれぇ?荒ぶる鷲のポーズで思わず固まってしまった俺を見てウラガンが怪訝な表情を作る。

 

「大佐?どうされましたか?」

 

「あ、ああ。いや、うん。そういう訳で、休むぞ?」

 

「はい、確認頂きました書類はこちらで処理しておきます。では、ごゆっくりお休みください」

 

そう言って一礼するとウラガンは部屋から出て行こうとする。なんだよー驚かせてさー。さて、PXに水着ってあったかな?なんて考えていたら、扉が開くと同時に思い出したかのようにウラガンが喋った。

 

「ああ、言うまでも無いことですが。休むのですからしっかりとお休みください。近くの骨董市などに出かけたら…解っていますね?」

 

「あ、はい」

 

俺、この基地で一番偉い、偉いんだけど…ちょっと自信無くなってきた。

 

 

「はっはっは!それで基地の中を散歩している訳ですか」

 

あの後PX行ったんだけど水着無いか聞いたらイタリア系の酒保担当者に、

 

「そんなもの、無いよ」

 

って言われたので、仕方なく海水浴は諦めて基地を散策することにした。いや、部屋で寛ごうとも思ったんだけど、部屋にいるといつの間にか一心不乱に壺磨いちゃうんだよな。なので一人の時はなるべく寝る時だけ私室に入ることにしている。んで気の向くままにエレカを走らせていたら、何やら木材をがっつんがっつんやってる音がしたもんで気になって近づいて見れば、古き良きテキサス親父スタイルのフラナガン博士が斧で丸太と格闘してた。因みに施設のお子さん達が窓から心配そうにこちらを見ている。

 

「間抜けな話です、いざ休もうと思うと休み方が解らないとは。大人失格ですな。それで、博士は何を?」

 

傍目からは木材を殴打してるだけに見えるんだけど。

 

「ああ、子供達にブランコを作ってあげようかと。少々手間取っておりますがね」

 

どう見てもウッドチップを量産しているだけだがそれは言わぬが花だろう。子供達もああしているところを見ると随分打ち解けているようだ。

 

「どうですか、彼らは?」

 

そう聞けば木材から視線をそらさないまま博士が答える。

 

「順調ですよ。幸い後催眠処置はされていませんでしたし、薬物汚染も軽度でしたから後遺症などはないでしょう。ただ…」

 

「ただ?」

 

「コロニー落としの精神的衝撃…言ってしまえばトラウマですな。それはどうにもなりませんし、負ってしまった記憶障害はどうにもなりません」

 

だからせめて楽しい記憶を。偽善だと自覚していても何かやらずにはいられなかったと博士は自嘲気味に笑った。

 

「良い思い出ですか、でしたら良い案があります。君達!」

 

窓から窺っていた子供達に声を掛ける。はっはっは、滅茶苦茶びびってるぜ。だがこのマ、容赦せん!

 

「ブランコを作りたいのだがね!生憎博士も私も不器用なんだ!手伝ってくれないかね?」

 

「た、大佐?」

 

何を驚いているのやら。あんな話されて放置できるほど俺はドライじゃねえよ?

 

「まあ、こんな休みも良いでしょう」

 

そう言って俺は腕をまくる。建物の方へ視線を向ければ恐る恐るといった雰囲気で子供達がこちらへ向かってきていた。さて、大工仕事なんて中学の図工以来だけどなんとかなるだろうか?そんなことを思いながら俺もノコギリを手に取った。

 

「さて、どうせならでっかい奴を作りましょう。皆で乗れるようなでっかい奴をね」

 

「それは些か手に余るのでは?大佐」

 

なーに、こういうのは志が重要なんだよ。

結局途中で見ていられなくなった設営隊の皆が乱入してきて、大騒ぎをしながら作っていたら、あっと言う間に日が暮れてしまった。設営隊の頑張りもあってブランコ以外もかなりの遊具が施設の一角に設置されたが、ブランコはいつも順番待ちが出来ていたことをここに記しておく。




真面目な話なんて何話も書けるか!


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第五十六話:0079/08/29 マ・クベ(偽)と牙無しの魔獣-前編

今月分です。



「つまり、サイド7で連邦がMSの開発を行なっていると?」

 

送った資料を見ながらそう確認してきたキシリア様に首肯しながら口を開く。

 

「信用出来る情報筋ですので間違いないでしょう。ついでに資料として納品しているフィールドモーターも譲渡したいと」

 

「グラナダへ入ることは許可できんが取引は前向きに検討する。それにしてもルナリアンと言うのは抜け目のない連中だな」

 

そう言ってキシリア様は鼻を鳴らした。それ、全く褒めてませんよね。

 

「つきましては、こちらでも研究用に幾つかフィールドモーターを送って頂きたいのです。それからフラナガン機関…失礼、フラナガン医療センターに入院しております娘を一人、寄こして欲しいのですが」

 

「…娘?」

 

怪訝そうに眉を顰めるキシリア様に経緯を話す。

 

「先日、基地におりますフラナガン博士から推薦がありまして。何でも機械構造に類い稀な才覚を示す娘だそうで。是非オデッサで学ばせたいとの事です」

 

「ふん…確かに学ぶなら貴様の所が好都合か。宜しい、手配しておく。他は?」

 

顎に手をやって考えるポーズを維持したまま聞いてくるキシリア様。今回はすんなり許可出たなぁ。

 

「はい、いいえキシリア様、申し上げたい内容は以上であります」

 

「うん、ではこの件はドズル兄上にも伝えておく。ああ、ガルマが何やらMSの件で相談したいと言っていたぞ。後で連絡しておけ、以上だ」

 

欧州方面軍の定例会議でついV作戦の事を喋ったら、そんな情報こっちに上がってきてねえぞ、キリキリ吐けとキシリア様からお叱り頂いた。俺はもう少し沈黙の価値を知った方が良いと思う。

 

「まあ、あのルナリアン達のことだ。どうせ連邦からも毟っているだろうな」

 

ジオン軍の攻撃で各サイドが壊滅している現在、月面都市の存在はジオン、連邦双方に大きな影響を与えている。連邦にしてみれば地球で精製、製造できない工業部品や合金の貴重な入手元だし、ジオンにしてみれば軍需優先のために不足しがちな民需物資の供給源だ。この戦争が長引けば長引くだけ儲かり、双方が消耗すればするほど立場が上がる。だとすれば連中のことだ、なるだけ戦争が長引くよう立ち回ることだろう。

 

「大方、作業機械あたりにでもフィールドモーターを民生品としてくくりつけて送っているかな?」

 

資材運搬用のトレーラーまでサイド6で流石に止めないだろうし。いや、下手すると独自の航路を使って送っている可能性もあるか。何せ宇宙世紀以前からの老舗だしなぁ。悪巧みさせたら文字通り天下一だろう。

 

「ひぃっ!た、大佐!?」

 

そんなことをつらつら考えていたのが悪かったのか、小腹が空いたので食堂へふらふらと向かっていたら通路で誰かとぶつかった。

おっとごめんよ、無事かい?なんて紳士に脳内で考えながら手を差し伸べたら悲鳴を上げられたでござる。

 

「…怪我はないかね?伍長」

 

「はい、大佐殿!問題ありません!」

 

お、おう。元気良いな。即行で立ち上がって不動の敬礼をしてくる伍長を眺めていたら、なんか一緒にいた連中が距離を取りつつコントを始めた。

 

「リベリオ…良い奴だったのに…」

 

「諦めろ。奴は運がなかったのさ…」

 

まったく、上官からかうのは良いけどちゃんと相手見てやれよ?世の中には融通のきかん奴だっているんだからな?…いやまて、もしかして俺もダグ大尉みたいに甘えられちゃってる?マ、なめられちゃってます?いかん、それはいかんよチミィ。

 

「…ふむ、どうやら教育が足りなかったようだな?」

 

俺の言葉に固まるマルコシアス君達、だが残念、ちょっと遅かったなぁ!

 

「丁度良い、食事前に少しレクリエーションといこうじゃないか」

 

 

「それで、何で俺たちが呼ばれてるんで?旦那」

 

「私はこれでも部下思いでね。折角だから本当の敵の実力を教えてやろうと言う訳さ」

 

研究用と称して引っ張ってきた陸戦型ガンダムのコックピットを模倣したシミュレーターを前に苦々しい表情のスレイブレイスの面々に悪い笑顔でそう返す。

 

「つか、何でこんなもんがあるんだ?」

 

「色々とあるのさ、色々とね」

 

不思議そうに首をかしげるフレッド君にそう笑いながら答える。相手の装備を十全に動かせる潜入工作員とか、どっかのジェームス君も真っ青じゃない?

 

「ついでに真面目に働いている君へのサービスさ、トラヴィス中尉。ほら、モニターの左から二番目、どことなく面影が残っていると思わんかね?」

 

近づいて小声でそう告げてやると、完全に人殺しの目で睨み付けられた。ふふふ、4月頃だったらちびってたな。

 

「しっかりと敵の怖さを教えてやりたまえ」

 

そう言って今度は別室で待機していたマルコシアス隊のメンバーの所へ向かう。

 

「さて、待たせたね諸君。今日のお相手は特別なのを用意したぞ?」

 

「特別…でありますか?」

 

代表して答えるダグ大尉に笑顔で答えてやる。

 

「ああ。先日連邦から亡命した義勇兵が今日の君達の相手だ。と言っても人数が少ないからね。小隊同士でやり合って貰うが残っている連中は私が面倒を見てやろう。心配するな、今日はこちらも小隊でやる」

 

ウラガンにちょっとマルコシアス君達と遊んでくるわって連絡したらでっかい溜息を吐かれて、お守りをつけられた。前回やった訓練後の執務で疲れて居眠りしたのが不味かったな。

 

「エリオラ・イグナチェフ大尉であります。本日は大佐の僚機を務めさせて頂きます」

 

「エイミー・パーシング少尉であります!同じく大佐の僚機を務めます!宜しくお願いします!」

 

流石ウラガン。俺に対してえげつない面子を寄こしてくる。ちなみにエリオラ大尉MS乗れたんだ?なんて言ったら、

 

「淑女の嗜み程度には」

 

なんて笑顔で返された。なに、サイド3の女学園にはMS道みたいな選択科目でもあんの?特殊なカーボンで安全なの?是非欲しいからあったらその技術ください。エイミー少尉もいつの間にって聞いたら、

 

「大丈夫です!大佐のデータは全て閲覧済みです!」

 

とか、実に不安を煽る発言をかましてくれた。うん、何が大丈夫なんだろうね?

 

「宜しい、即興ではあるが我々はチームだ。よろしく頼む」

 

そう言って俺はシミュレーターに乗り込んだ。

 

 

 

 

「…これが、敵のMS!」

 

ヴィンセント・グライスナー曹長はシミュレーションとは言え初めて遭遇する人型の敵に言いようのない恐怖を覚えた。

既に連邦がMSの開発に成功し実戦投入している。その事自体は前線に伝わってはいたものの、遭遇報告はごく稀、しかも大半はグフⅡに搭乗したベテランが対応していたためヴィンセント自身が正面から対峙する機会は今までなかったのだ。

 

「大丈夫だ、ヴィンス。ありゃ大佐よりは弱そうだ」

 

僚機のリベリオがそう軽口を叩いた。

 

「それって比較になるのかよ?」

 

シュナイド隊長まで含めての文字通りマルコシアス隊全員で挑んで見事に返り討ちにあった記憶は新しい。

 

「シミュレーションだからと気を抜くなリベリオ伍長!来るぞ!」

 

シュナイド隊長の叱責と共に敵機が動いた。カーキとオレンジに塗られたMSはジオンの機体に比べると直線的なシルエットで構成されている。こちらと同じ3機で編成された敵部隊は、それぞれ違った得物を握っていた。

 

「…コイツは!ヴィンセント!盾持ちを牽制しろ!リベリオは後ろのバズーカ持ちだ!無理に撃破を狙わず射撃を妨害しろ!二丁持ちを俺が片付ける!」

 

「「了解!」」

 

言葉と同時、ヴィンセント達は散開する。ザクとは比べものにならない加速を見せる乗機に軽い興奮を覚えながら、こまめなステップを挟みつつ近づいてくる盾持ちへ向けてマシンガンを放つ。しかしそれはサイドステップで躱されてしまった。

 

「っ!上手い!だが運動性はこちらが上だ!」

 

そう言って追撃を仕掛けようとした瞬間、リベリオが鋭く叫んだ。

 

「ヴィンス!」

 

その声を聞いたヴィンセントは咄嗟に機体の進路を強引に変えた。おかげで追撃の機会は失われたが、同時に自分が居た進路上をバズーカがかすめていくのを目にし、自分が盾持ちにまんまと誘われたことを理解した。

 

「腕はほぼ同じ、機体性能はこちらが上…連携は圧倒的に向こうが上か」

 

苦々しく思いながらもヴィンセントはそれを認める。部隊の中では比較的連携の取れているヴィンセントの小隊ではあったが、その多くはシュナイド隊長のフォローに頼っている部分が大きい。結果、要の隊長が拘束された途端部隊としての機能は著しく低下してしまい、交戦から数分と経たずにヴィンセント達は全員仲良く戦死判定を貰ったのだった。




ちょっと長くなったので前後編にしてみました。


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第五十七話:0079/08/29 マ・クベ(偽)と牙無しの魔獣-後編

年間ランキング2位有り難うございます投稿。
執筆速度が足りんのです!


『畜生!来るな!来るなぁ!?』

 

通信越しに相手の絶叫が聞こえる。スレイブレイス達との訓練がメインなので、俺とマルコシアス君達とは教習モード、つまり通信チャンネルが全員繋がった状態でやっている。

 

「よそ見は感心しませんね?」

 

接近する俺に気を取られて動きが単調になったドムをエリオラ大尉が175ミリで正確に撃ち抜く。さっきからこの人コックピットを一撃ばっかりしてるんだけど殺意高すぎませんかね?

 

「わっわっわ!なぁんとぉぉ!」

 

一方残りの一機を抑えているエイミー少尉は愉快なかけ声と共にチャンバラに勤しんでいる。射撃が素直すぎてバズーカを早々に撃ち切ってしまったからだ。これも性格なんだろうなあ。

 

『ああ、ジャン!くそっどけぇ!』

 

「うわっととと!?」

 

エイミー少尉の機体を強引に押し飛ばして、ドムがエリオラ大尉に迫る。だがそれはあまりにも無謀な選択だ。

 

「そう言う時は身を隠すんです」

 

どっかで聞いたような台詞を吐きながら狙撃砲を投げ捨てるやエリオラ大尉は、突っ込んできたドムの顔面に綺麗なストレートをぶち込み転倒させると、コックピットへヒートサーベルを突き刺した。こう、突き刺した後ゴリゴリネジネジ入念に潰してるんですけどエリオラ大尉マルコシアス君達に何か恨みでもあるんですかね?

 

「トドメはきっちりと。生き返られても困りますから」

 

それを笑顔で言える貴女が俺はとても怖いです。

 

 

 

 

撃墜され、ブラックアウトしたモニターを眺めながらセベロ・オズワルド曹長は溜息を吐いた。セベロは隊の中でも最も成績が優秀なメンバーで構成されたA小隊を率いている。つまりダグ大尉を除けば、部隊で一番腕が立つパイロットと言うことだ。だが、そんな自負や自尊心などここでは何の役にも立たないことを着任から数日で痛いほど思い知らされた。

 

「話にならん。君達は本当に軍人かね?」

 

21対1という、勝っても負けても恥をさらす戦いに見事敗北した後、対戦相手だった大佐から放たれた言葉だ。当初セベロは、自分たちの練度の低さを指摘されたと考え、その上で何も言い返せないと口を噤んだ。確かに大佐は新型機であるドムに乗っていたが、そんなことはあの物量差の前では些細すぎる違いだ。加えて大佐は落ち込むセベロ達に追い打ちをかけてきた。

 

「現時刻をもってマルコシアス隊は解散とする。特別競合についても即時廃止だ」

 

隊の何人かはその言葉に怒りをあらわにしたが、セベロはむしろ納得してしまった。本物のエースと自分の実力差を痛感してしまったからだ。同時に肩に乗っていた重しが取れたような感覚をセベロは味わっていた。部隊で最も優秀という事は、つまり常に追われる側であるという事だ。戦場でも、基地でも気を抜けない。追い落とされない為に常に走り続けていたセベロにとって、特別競合の廃止はそうした緊張の糸を切る意味を持っていたのだ。その事に彼は思わず自嘲してしまう。栄達の道が閉ざされたというのに、それに安堵するとは。祖国の独立に殉ずる覚悟は出来ていたつもりだが、思っていたよりも自分は弱い人間だったようだ。

 

「クソ!…すまん、セベロ」

 

「あ、ああ。いや、こちらのカバーが足りなかった。数的不利になった時点で仕切り直すべきだったよ。こちらこそすまない」

 

通信越しに聞こえてきたジャン・ルイ伍長の声で現実に引き戻されたセベロは、互いに自然と謝罪の言葉が出たことに密かに驚いていた。ジャンは総合成績では中の上と言った所だが、パイロットとしての技量はセベロとほぼ変わらない。以前であれば謝罪では無く援護が無かった事への不満を口にし、こちらの指示通りに動かなかったとセベロも言い返していただろう。

 

「それを言ったら私こそごめんなさい、あんなに簡単に墜とされなきゃ…」

 

そう言って最初に撃墜されたカルメン伍長が落ち込む。だが、セベロに言わせれば大佐を一人で抑えるべく戦っていたカルメンはむしろ良く持ちこたえた方だ。むしろその間に他の機体を落とせなかった自分たちが責められる事はあれど、カルメンに責任を求めるのは筋違いだろう。

 

『ドムはザクに比べ高速な分距離が離れやすい、その点に留意して早めに指示を出すと良い』

 

落ち込む二人にどう言葉を掛けるべきか悩んでいると、何処か気の抜けた声が通信に混ざった。

 

「た、大佐!?」

 

『三人とも既にドムの操作は掴めている。後はそれに合わせた戦術を覚えるだけだな』

 

流石は選別されるだけのことはある。そんな数日前とは真逆の評価に戸惑っていると大佐は笑いながら続けた。

 

『次にやる時はより手強くなっていることを期待する。では交代だ、曹長』

 

 

 

 

いやあ、A小隊のメンバーは中々やるじゃない。思わず興奮して声かけちゃったよ。技量や経験に関して言えばまだまだだけど、あの着任したての頃の破落戸みたいな戦い方に比べたら雲泥の差だ。さっきの戦いだってしっかりと作戦を立てて、お互いにフォローしあって戦っていた。元々選抜されるくらいだから技量は確かだし、これで連携の経験が増えれば一人前の部隊として戦えるだろう。やっぱり競合とかで変にライバル心が刺激されてそれが悪い方向に出てたんだろうなぁ。

 

「お優しいのですね、大佐」

 

「部下にやる気を出させるのも上司の務めだろう。それに彼らが強くなれば私にもリターンがある、サービスくらいするさ」

 

部隊が強くなればなるだけ全体の生存率が上がる。俺の目的を達成するにはこれ程価値のある事もあるまい。そんな事を考えながら通信チャンネルを弄る。G小隊とレイス達の模擬戦も終わったようであれこれ話している。なんか原作みたくトラヴィス中尉とヴィンセント曹長が何か探り探り喋ってて微笑ましい。あとフレッド君とダグ大尉は随分馬が合ったのか何か強敵と書いて友と読む的な雰囲気を出している。で、それ見てお互い苦労するといった苦笑を交えて射撃についてマーヴィン君とリベリオ伍長が話している。中々良い雰囲気だ。

…でもちゃんと躾はせんといかんよなぁ?

 

「さて、エリオラ大尉、エイミー少尉。そろそろ次の模擬戦に移るぞ」

 

「はい、大佐」

 

「りょ、了解です!」

 

うん、ちょっとエイミー少尉が疲れているかな?でもやるっつったからにはちゃんとやって貰う。

 

「エイミー少尉、疲れているな?君の操縦は常に全力を出しすぎている。もっと途中で休憩を挟みたまえ」

 

「はい!申し訳ありません!」

 

これはもう性格なんだろうなぁ。

 

「エイミー少尉、意地を見せるのは結構だが己の限界を見誤るな。むしろ抱え込み自滅する事を恐れたまえ」

 

この手の連中はどうも誰かの手を借りることを甘えや相手に迷惑をかけると考えている。

無論何でもかんでも手伝わせていればそうだろうが、自分に出来ない事を抱え込んでも同じ思考で乗り切ろうとしてしまう。学生の勉強ならそれもまた良いだろうが、残念ながらここは軍隊で、我々は兵士だ。己の成長も大事だが、それより先に問題の解決を優先しなければならない。そうしなければ死ぬからだ。

 

「しかし、それでは大佐達のご負担に」

 

「君の見ていた大佐とやらは部下のフォローもできんほど頼り無かったか。それはすまなかった。では、頼りない大佐のために口に出して教えてくれんかね?」

 

と言うか口に出して貰わんとこっちでも把握しきれない。この辺はソロプレイが多い俺の落ち度だよなぁ、むしろ隊の指揮は後方で射撃に専念しているエリオラ大尉に任せた方がいいかもしんない。

 

「私の能力不足だ。君達の状況を完全に把握しながら戦うのは難しい。そうだな、エリオラ大尉、悪いが次の模擬戦では指揮を頼む。後方に配置出来る分私よりマシだろう」

 

俺の言葉に息を呑む二人。何さ。

 

「…私が大佐に指示を?」

 

「指示通りに出来る保証はしかねるが、期待に添うよう努力しよう」

 

俺の言葉に一瞬間が空いた後、堪えきれないように笑い出す二人。だから何なのさ。

 

「了解しました。エリオラ・イグナチェフ大尉。本小隊の指揮を預かります」

 

「よろしく頼む。さて、まだ5戦も残っているんだ。テンポ良く行こう」

 

この日の模擬戦は前回と同様マルコシアス隊が全敗という記録だったが、終わった後の表情は前回とは全く違っていたと見た者達は語っている。




魔獣の調教無事完了


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第五十八話:0079/09/01 マ・クベ(偽)と赤い彗星

今週分です。
いよいよ奴が登場ですよ!


「大佐の送ってくれた新型ギャロップは中々好評だぞ」

 

上機嫌にそう言うのはガルマ様だ。北欧の攻略にガウを都合して貰った分、中米地域の火力支援にでもと先日完成した改良型のギャロップを送ったのだ。まあ、あれをギャロップの改良と言って良いかは微妙だが。

 

「いえ、ガルマ様にも随分と骨を折って頂いておりますので。少しでもお返しになったのなら幸いです」

 

北米の各都市を恭順させてくれたおかげで工業製品や民需物資なんかの確保がかなり楽になっている。特に北米に拠点を置いていた所謂中小企業の技術者や作業員をこちらに引き入れられたのは大きい。鹵獲していた連邦軍の装備、特に後方で運用するトラックや四駆などの軽車両を補修可能になったから、これらを一気に補充できたため補給面はかなり楽になった。更に割り振っていた生産のリソースを武器に使えるのも有り難い。

 

「しかし、最初は驚いたよ。改良されたら主砲が無くなっているんだからな!受領した補給担当の困り顔は今でも思い出せるぞ?」

 

ですよねー。でもしょうが無かったんだ。色々弄って貰ったんだけど、タカミ中尉以外全員がどう考えてもこの主砲ジャマって答えしか出さねえんだもん。そんで俺が火力は上げたいよねって言ったもんだから、皆困って迷走して危うくホバー式ダブデで良いんじゃねなんて結論にたどり着こうとしてたから慌てて突っ込んだのだ。

 

「いや、カーゴに積めば良いだろう?」

 

なんせギャロップ、本体がほぼ格納庫で埋まっているから移動拠点として使うにはカーゴを装備することが前提になる。そして忘れられがちなのだが、こいつ元々カーゴ牽引用として設計されていたから、複数のカーゴを連結・牽引出来る出力があるのだ。

 

「砲戦用カーゴという文字をリストで見た時は私も目を疑ったがね」

 

見てて、これ基本的にはホバーになった装甲列車だよなぁって思ったらつい口にしちゃったんだよ。それをガチで使える兵器にしちゃう我がオデッサ技術部の皆さんはちょっと練度が上がりすぎている気がする。いいぞもっとやれ。

 

「ビッター少将は後2ヶ月早く欲しかったとぼやいていたがね。…さて、話したいことは幾らでもあるが、本題に入ろう。赤い彗星は知っているかな?」

 

「…面識はありませんが。彼が何か?」

 

いきなり名前が出てきておもわず固まっちまった。

 

「先日情報部が大佐の情報を基に精査した結果、連邦がV作戦なる計画を進めていることが確定した」

 

判明、じゃなく確定か。こりゃ結構情報集めてたな?

 

「つまりサイド7がその計画の中心だと?」

 

「そこまでは解らん。しかし少なくとも有力な拠点である事は間違いないだろう。ドズル兄さんは、赤い彗星に潜入調査を命じたそうだ」

 

その言葉に嫌な汗が流れるのを感じる。おいおい、なんでこんな所で原作に忠実なイベントが発生してんだよ?

 

「…成程。しかし潜入ですか」

 

「うん?何か問題か?」

 

怪訝そうな表情を浮かべる。同期だし親友だしで彼の腕を疑っていない故の言動だろう。

 

「彼の技量を疑う訳ではないのです。ただ、潜入となれば個々の技量もですがそれ以上に部下の統率が重要になりましょう」

 

原作ではそこで失敗している訳だし。つうか、あいつパイロットに拘りすぎてると思うんだよね。アレでどうザビ家に復讐するつもりだったんだろう?俺ならもっと部隊を動かす立場になって同志を集めて反乱とか計画するけど。結局の所担がれるのも嫌だ、ザビ家も嫌だでやることが半端なんだよなあ。

 

「…確かに。幾らシャアが優秀でも周りが下手を打てば意味が無いか。人員の選定についてもう一度精査するよう兄さんに進言してみよう。やはり大佐に話して正解だな、これからもよろしく頼む」

 

そう笑顔で言うガルマ様を見て、俺は机の下で握った拳に力を込めた。頼むから、厄介なことになってくれるなよ?

 

 

 

 

「出撃中止命令だと?一体どうしたと言うのだ?」

 

補給を済ませ、いざ艦を発進させようと管制に連絡した矢先の命令にシャア・アズナブル少佐は首をかしげた。事前に知らされている内容からすれば、既にサイド7で宇宙用MSが開発されている事は明白だ。だとすれば出撃を繰り上げられることはあれど、遅らせる理由など無いように思えるが。

 

「はい、部隊編成について再考するため暫し待て。とのことです」

 

「兵は拙速を尊ぶと言うが…命令では致し方ないか」

 

手渡された命令書を読みつつ溜息を吐く。仕方が無いとは口にしたものの、シャアは内心安堵していた。潜入作戦と言う事で全員分のS型が支給されたものの、それ以外は既存の部隊と何ら変わらない編成だ。しかも現在部下として与えられているメンバーはお世辞にも練度が高いとは言い難い。特に新入りのジーン伍長はパイロットとしての技量は高いが、その分周囲の指示や忠告を軽んじるきらいがある。ベテランのデニム曹長はともかくスレンダー軍曹もよく言えば慎重、正直に言えば臆病で戦力として頼りないと言うのが本音だ。無論情報収集活動であるから戦闘にはならないとは思う反面、不測の事態への対処能力に乏しいというのは心許ない。ドズル中将にそれだけ信頼されている証と考えられもするが。

 

「しかしここまで来ての待機とは、ドズル閣下にしては珍しいな」

 

作戦開始前はあれこれと悩むタイプだが、いざ始まれば即断即決を絵に描いたような指揮をするドズル中将にしては珍しいタイミングに思えそう口にすると、事情をある程度収集していたのか副官のドレン少尉が口を開いた。

 

「何でもガルマ大佐から忠告があったとか。大佐は例の北米基地で手痛い思いをしていますから、それで我々の戦力に不安を持ったのではないか、という噂ですな」

 

「ほう、ガルマ大佐がね…いつまでもお坊ちゃんではない、と言うことかな?」

 

シャアがそう言うとドレン少尉は何とも言えない表情を作った。己の失言に気付き笑いながらドレン少尉の肩を叩く。

 

「いかんな、学生気分が抜けていないのは私も同様なようだ。すまないが聞かなかったことにしてくれ」

 

その言葉に安堵の笑みを浮かべつつドレン少尉は無言で敬礼を返してきた。その仕草に肩をすくめているとオペレーターが正式に出撃中止の指令書を手渡して来た。

 

「ふむ、これは今日明日では動けんな。ドレン、腕が鈍らんように訓練を行なう。10分後にMSハンガーへ集合するようデニム達に伝えろ」

 

そう言うと自身もハンガーへ向かうべくブリッジを出る。人通りの少ない通路を進みながらシャアは考えた。

 

(あのガルマが献策とは。…ここの所聞く評判も以前のようなお飾りというわけでは無い)

 

「…迷っているというのか。何を今更」

 

ザビ家への復讐。その為に最早救えない過ちすら犯した自分が今更躊躇してどうする。そう思うと同時に、スペースノイド、否人類のこの先を憂うなら私心を捨ててジオンの勝利に身を捧げるべきでは無いかという思いも確かに存在している。

 

「一度見極めねばならんか」

 

それは同時に、自らの行いを過ちであると認めるに等しい行為だ。

 

「ガルマ、君は良い友人止まりか?…それとも」

 

自らが本当に望むものはなんなのか。明確な答えを出せぬまま、シャアはハンガーへと入っていった。

 

 

 

 

「まあ、そうなるな」

 

大量に積み上げられた報告書という名の苦情の山を前に溜息を吐く。先日連邦の新兵器ゲシュペンストの対策として技術本部から装備が回されてきたんだけど。

 

「火炎放射器付き爆撃機って、何だ?」

 

頬を引きつらせながらそうユーリ少将が聞いてきたけど、そんなん俺に聞かれても困る。なんでこんなの送ってきた!?何でだ!?言え!って連絡したら、曰くゲシュペンストの正体を見破った上での対抗兵器だと返ってきた。え、解ったの?マジで?慌てて詳細聞いたら、何と連中歩兵でビーム兵器を運用してやがるとのこと。おいおい、連邦さんチートすぎんよー。エネルギーCAP出来てまだ一ヶ月じゃん、何歩兵がビーム撃ってくるとか。星戦争やヤ○トじゃねえんだから勘弁してくれよ。んで、歩兵は解ったけど何で火炎放射器?

 

「開発者曰く、状況からして運用状況は待ち伏せである事から高度に隠蔽、陣地構築を行なっている可能性が高く、通常の爆撃では効果が見込めない。また非誘導の燃焼弾頭では確実性に欠ける事から火炎放射器を選定した。とのことです」

 

ナルホドネー。実に天才な発想だね。所でその高度に隠蔽された歩兵をどう正確に見つけて炎を噴射するつもりだったか是非実践して頂きたい。

 

「どうします?これ」

 

ハンガーを占領する勢いで運び込まれたド・ダイGA型を前に頭をかいていたシゲル中尉に溜息を吐きながら答える。

 

「全部外して換わりに気化爆弾でも詰めといてくれ。目標の位置が特定できん以上面で制圧する方が現実的だ」

 

そもそもこれ、撃たれた後の対処であってこっちの損害が減らせねえじゃねぇか。いや、まあ、いずれ歩兵が全滅すれば被害は減るだろうけど、それまでMS部隊に撃たれ続けろとか温厚なデル軍曹でもダッシュで殴りかかってくるぞ?

 

「これは一度話さねばならんかもしれんなぁ」

 

俺の言葉に横に居たジョーイ君が震えた気がした。何だったんだろう?




イケメン仮面さんは難しい(色々な意味で)


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第五十九話:0079/09/04 マ・クベ(偽)とネヴィル

夏休み!


「これはこれは、誰かと思えばあのオデッサ基地司令殿ですか。随分と多忙と聞き及んでおりましたが、態々私ごときに時間を割いて頂けるとは光栄の極みであります」

 

通信に出たと思ったら何か早口で皮肉られたでござる。え、そもそもアポイントメント取ったの俺だよね?3回も拒否られたけど。

 

「初めましてネヴィル大佐。本日はお忙しい所を…」

 

「ええ全くです。時間は非常に貴重だ。大佐も同意見とはとても喜ばしいことです」

 

そう言って態々こちらの言葉を遮ってくるネヴィルさん。はっはっは、そっちがその気ならおいちゃんも考えがあるぞう?

 

「では、率直に。使い道の無い駄作はもう結構なので使える装備を送って頂きたい。ああ、あれこれ考えて頂かなくて結構ですよ。欲しいものはこちらで纏めてお送りしますから。あなた方は私たちが欲しいと言うものを黙って造っていれば宜しい」

 

俺の言葉に余裕たっぷりといった姿勢でカップを口に運んでいたネヴィル大佐が固まり、表情の抜け落ちた顔でこちらを見てくる。何だよ、そっちに合わせてやったんだぜ?煽り合いはここからだろうが。

 

「駄作…ですか。我々の作品が無ければ戦えもしないくせに大きく出る」

 

「確かに武器無しで戦えなどとは将として言えませんな。しかしまさか貴方のアレが武器だと仰るので?これは驚いた。是非とも前線で使い方を教示して頂きたい。何分前衛的すぎて誰も理解できませんでな。ところでド・ダイ以外は何をお造りになられたのです?」

 

因みにネヴィルさんの代表作はキュイだ。正直あれもどうかと思う、あとマゼラアタック。加えてあのアッグシリーズも手がけたらしいのでこのおっさんの脳味噌は絶対変色していると思う。

 

「おやおや、自身の無能を兵器のせいにするとは。流石は戦争屋ですなあ?道具の使い方も知らんとは」

 

余裕の笑みを浮かべているが残念、目が笑えてないよ。

 

「おや、ご存じないのですか?誰も使えないものは道具では無くガラクタと呼ぶのですよ。ああ、誰が使っても駄目なものも同じように呼ぶようですが。そう言えば先日正式にマゼラアタックの生産が中止になりましたな」

 

俺の言葉に口元に運んでいたカップをゆっくりとソーサーに戻すネヴィルさん。感情が抑えきれていないのか、はたまたそう言ったご病気なのか手が震えてカップとソーサーがガチガチと不協和音を奏でている。うんうん、こうかはばつぐんだ!

 

「…話がそれてしまっていましたな。それで、今日はどう言った御用向きですかな?」

 

二度ほど紅茶を一気飲みしたネヴィルさんがそう笑顔で聞いてきた。先ほどまでの会話は無かったことにするらしい。中々に紳士である。

 

「実はゲシュペンストに関する開発依頼なのですが」

 

俺も倣って笑顔でそう切り出すとネヴィルさんは眉間にしわを寄せた。

 

「アレでしたら先日対応する兵器をお送りしたかと。お気に召されなかったようですが」

 

お気に召さなかったと言うか。

 

「我々としてはまずMSの生残性を確保したいと考えております。ネヴィル大佐のおっしゃる通りでしたら、ビーム兵器さえ無力化できればMSで十分対処可能でしょう」

 

俺の言葉に考え込むネヴィルさん。流石技術将校、そっち方面の話になった途端表情が変わった。俺が黙ってみていると、考えがまとまったのか重々しい口調で確認してきた。

 

「つまり、MSに搭載可能なIフィールドジェネレーターを造れという事ですな?」

 

ちげえよ!いや、違くねえけど!

 

「出来るのですか?」

 

「MSのサイズが現在の3倍程度に出来れば可能です」

 

一瞬期待して聞き返してみたけど、やっぱり愉快な回答が返ってきた。3倍とかビグ・ザム並みじゃねえか!

 

「我々が欲しいのは現在運用しているMSに搭載可能な対ビーム装備です。安価で改造が容易であれば尚よい」

 

「…つまり、安価で取り付けやすい小型Iフィールドジェネレーターですか」

 

「出来るのですか?」

 

「今から研究すれば恐らく…10年後くらいには」

 

戦争終わってるよ!つうかそんなに戦ってたら人類滅ぶわ!

 

「一旦Iフィールドから離れましょう。対策は早急に行いたいのです。残念ながら10年は待てません。…そうですな、熱吸収率の高い物質を機体表面に塗布するとか、そう言った手軽な方法はありませんか?」

 

確かゲルググのシールドに耐ビームコーティング技術が使われてるとかいないとか、どっかで読んだ気がする。

 

「確かMIP社がそのような技術を開発していましたな。しかしアレは時間稼ぎにもならんでしょう」

 

曰く、先日鹵獲したビーム兵器と同等の出力のビームが直撃した場合、現状塗布されている塗料と同程度ではほぼ効果が無いとのこと。んじゃ、どんくらい塗れば良いの?って聞いたら。

 

「照射時間にもよりますが、最低でも20ミリ。複数回の射撃に耐えたいならその倍は必要でしょう」

 

そしてゲシュペンストに耐えるだけなら20ミリでも大丈夫かもしれないが、実機の数値が解らない以上確約は出来ないと言うのがネヴィルさんの意見だ。

 

「ついでに言えば現地での塗布処理もペンキを塗るようにはいきませんからな。専用の設備が必要です。簡単にはいきません」

 

異物が入っちゃうと途端に性能が下がるらしい。だもんで、企業側も使う場合は予め塗布して被弾したら丸ごと取り替える、あるいは最初から使い捨てる前提の盾に塗布する事を考えているのだそうな。ぬう、そう上手くはいかないか。

 

「難しいですな…、やはりミサイルの時のようにはいきませんか」

 

ミノフスキー粒子みたいなチートアイテムほいほい出て来たら苦労しないか。

 

「…今なんと言った?」

 

俺の言葉に、いきなりネヴィルさんが身を乗り出してきた。え、なになに、なにさ。

 

「いや、簡単にいけば苦労しないと」

 

「その前だ、なんと言った?」

 

ええと。

 

「ミサイルの時のようにはいかない。…でしたかな?」

 

そう俺が言うと、何故か考える人のポーズになって何やらブツブツ始めるネヴィルさん。おいおい、どうした。

 

「…大佐。急用が出来たから失礼させて頂く。ああ、先ほど言った対ビーム用の防御装置の件はこちらに上げておいてくれますかな?では」

 

そう言って席を立つや通信を切ってしまうネヴィルさん。多分何かを思いついたんだろう。大学の頃世話になった研究の教授がろくでもないことし始める時と同じ雰囲気だったし。

…出来れば今度はまともなのが良いなあ。

 

 

 

 

大佐の放った何気ない言葉にネヴィルは正に天啓を感じた。言った本人はそこに何も感じられていなかったようだが仕方が無い。口は多少回るようだし、戦争屋にしてみれば勉強している方ではあるが、それでもやはり天才である自分とは違うのだから。

 

「ふふん、だが素直に懇願してくるだけの可愛げはある」

 

そう、結局の所幾ら噛みつこうとも最終的にはこのネヴィルを頼らざるを得ないのだ。そう思えばあの態度も反抗期の子供のようなものに思えてなんとなし、微笑ましくも思えてくるから不思議なものだ。

 

「安価な対ビーム用装備、あるじゃないか」

 

そう言ってネヴィルはほくそ笑む。ミサイル、そしてそれを無力化したミノフスキー粒子。そのキーワードから彼の頭に浮かんでいたのは艦艇用の装備として配備されているビーム攪乱幕の存在だった。一定濃度さえ保てれば要塞砲クラスのメガ粒子砲すら減衰可能なこの装備を転用すればゲシュペンストの無力化など容易いことではないか。

従来のものは宇宙空間という360度、しかも防御目標が艦艇と巨大であるため相応の範囲をカバーする必要性から大型弾頭に搭載されているが、防衛対象がMSサイズ、それも防ぐのが艦砲より威力が低いビームなのだから散布濃度も大幅に下げることが出来る。つまり装置の小型化、ペイロードの確保も容易と言うことだ。後は撃たれたらそれを感知して適正な方向へ散布するシステムさえ組み込めば良く、そんなものはセンサーを機体に追加するだけでどうとでもなる。つまり対ビーム用のAPSを搭載してしまえば良いのだ。

 

「さあ、忙しくなるぞ」

 

ネヴィルは力強くオフィスへ向かう。さあ、今日も祖国に貢献だ。そしてこの戦いが終わった後には自伝を書こう。この戦争を勝利へと導いた英雄の記録を人々が記憶しないなど、人類にとっての損失に他ならないのだから。

 

 

後日、完成した防御装備を送りつけたところ、現地ではビーム攪乱幕を封入した増加装甲を独自に開発、配備していたため、

 

「は?撃たれたら即散布?こっちのビーム兵器も無力化されるじゃねえか」

 

とか、

 

「増加装甲じゃ関節保護できんだろ、アホか」

 

と言った意見で両大佐の意図しないところで代理戦争が勃発することになるのだが、それはまた別の話である。




今回はマーマイト少なめです。
じゃ、遊びに行ってきます!(投稿しない言い訳


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第六十話:0079/09/10 マ・クベ(偽)と別れ

何がとは言いませんがまた欧州行きらしいですね。
資源備蓄しなきゃ。そんな訳で今週分です。



鋭く突き出された光刃を無理矢理機体を捻って躱す。視界がレッドアウトしかけるが、そんなことに構っている余裕はない。舌打ちをしながらサブアームに装備した90ミリをばらまきつつ後退、何とか距離を取った瞬間、機体を今度は光条がかすめた。あっぶねぇ!乱数回避してなかったら直撃してたぞ!?

 

『アレを避ける!?相変わらず厄介な!』

 

向こうも驚いているようだが俺の方が驚きだ。今までなら得意な距離で戦おうと強引に距離を詰めてきたのに、今では当たり前のように射撃戦に移行してくる。

 

「いつの間に射撃を訓練したのかね。全く、ウチの連中は手加減を知らん!」

 

デスクワークばっかの大佐相手に酷い仕打ちだよ。

 

『その言葉そっくり返させて頂きます。さあ、今日こそその首もらい受ける!』

 

サブアームにビームが当たり、90ミリが吹き飛ぶ。既に反対側のアームに装備していたバズーカは撃ち切ってパージしている。こちらの射撃武装が無くなったのを好機とみたのだろう。残弾の少なくなったビームライフルを投げ捨て、シン大尉は再びサーベルを発振させながら肉薄してきた。

 

「詰めが甘いな、大尉」

 

だが褒めてやろう!この奥の手を使わせたことを!なんてノリノリで機体の胸を反らし、マルチランチャーを向ける。必殺!ドムフラッシュ!(実弾)

 

『なぁ!?』

 

撃ち出されたスタングレネードが最短距離で突っ込んできていたシン大尉の機体直前で炸裂し、メインカメラをほんの数秒だけ焼き付かせる。そしてその数秒は俺には十分な時間だった。

 

「切り札を使うなら奥の手も用意しておきたまえ、次までの宿題にしておこう」

 

オートバランスだけで突っ込んでくる機体にシールドバッシュをかまして倒し、コックピットへヒートソードを突き立てる。同時にシミュレーターが終了を告げてきた。

 

「やれやれ、最後くらい花を持たせてくれても良いでしょう?」

 

そんなことをぼやきながらシミュレーターから降りてくるシン大尉にドヤ顔で言い返してやる。

 

「大尉のようなエース相手に手を抜くなど、そちらの方が余程失礼だろう?」

 

俺の言葉に一瞬呆けた顔になった後、苦笑しながらシン大尉は肯定の返事をしてきた。そして感触を思い出すように手を閉じたり開いたりしながらシミュレーターを振り返った。

 

「しかし、R-2は素晴らしい機体ですな。汎用機であそこまでやれるとは」

 

そう、先ほどまで戦っていたのはジオニックがビーム兵器対応及び宇宙、地上両用機として制作したザクⅡR型の改良機、通称R-2型だ。今は地上でのデータ収集という名目で試作機一機とそのシミュレーターデータがオデッサに回されている。

 

「ああ、ジオニックも良い仕事をする。アレが量産されれば宇宙での我が軍の優勢は盤石な物になるだろう」

 

そう肯定すれば大尉も力強く頷いた。何だかんだでやっぱりパイロットの性分なのだろう。その顔はどこか少年のように輝いている。まあ、量産されないんだけどね!

何せコイツ本命のゲルググの為にビーム兵器と対ビームコーティングの性能を調べるためのテストベッドだし。おかげでR型の方は史実より増産されたけど、こっちは試作4機で終了予定だ。ただ、今後の部品供給を考えて消耗部品の多くをゲルググと共有する試験も兼ねていて、上手くいけば今のR型を順次このR-2モドキに更新していくらしい。折角だったんで、バックパックにドロップタンク追加したら?って言ったら、設計チームが何で最初に言ってくれない!?って発狂したらしい。ごめん、その頃まだ俺インストールされてなかったんだわ。

ちなみになんでウチで試験なんかしてるかと言えば、どうも連邦は躍起になってオデッサから情報を引き抜こうとしているから、ならオデッサで秘密っぽくテストしてりゃ本命のゲルググから目をそらせるんじゃね?という安直な考えらしい。あと、ジオニック社から直々にどうせデータ取るなら是非オデッサがいい!なんて要望もあったそうな。まあ、ウチの皆は腕が立つからね。

 

「宇宙…早いものです。先日こちらに来たばかりだと思っていましたが」

 

そう言ってちょっと寂しそうな表情になるシン大尉。そう、シン大尉とアナベル大尉は2ヶ月の研修を終えて今週末の定期便で宇宙へ帰る。戻り次第彼らは少佐に昇進しそれぞれの艦隊を与えられる予定だ。ちなみに彼らと交換で突撃機動軍からはキリング中佐とマレット大尉のイロモノコンビが送られており。体育会系なマレット大尉はそれなりに上手くやっていたらしいが、キリング中佐の方はあんまりにアレな発言をしまくったせいで、指導官だったコンスコン少将に顔の形が変わるくらい修正されたらしい。以前に比べれば男ぶりが上がったなんてキシリア様が愉快そうに言っていた。容赦ねえな。

 

「今よりちょっとばかり会うのが手間になる。それだけのことだよ大尉」

 

なんかしんみりしそうだったから、努めて軽く言う。今生の別れみたいに言うなよ。お互い兵隊なんだし縁起悪ぃだろ。

 

「はっはっは!ちょっとの手間と来ましたか。では、次の模擬戦まで精々腕を磨いておきましょう。ところで大佐、基地外の者が撃墜してもM資金は頂けるんですかな?」

 

は?なんぞそれ?

 

「おや?ご存じなかったので?ではあっちのレースも…これはまだまだアナベル大尉に頑張って貰わねば」

 

だから何だよレースって!?

 

「問題ありません。大佐の未来に少しばかり関係あることです」

 

その物言いで無視できる奴とか神経疑うんですけど!?笑いながら逃げるシン大尉を追いかけたが見事振り切られてしまい、一週間見事に逃げ切られアナベル大尉と二人仲良く宇宙へと帰っていくシン大尉をモヤモヤした気持ちで見送ることになった。ヤロウ今度職権乱用して呼び出しちゃるからな!

さて、そんなことがあった今週だが、それ以外大きな変化も無く基地は少し静かに…

 

「嘘は止めて頂きたい」

 

皆さんこんにちは、本日もオデッサはマの執務室からお送りしています。ただいまの発言は向かって左斜め前に増設された机に座る仏頂面、ウラガン大尉の発言です。おろしたての制服にキズ一つないピカピカの階級章という実にスタンダートなコーディネイト。全て無改造なのでマの改造制服が実に悪目立ちしますね。空気読んで肩にトゲくらい生やしてこい。

 

「ほらほら大佐。午後はアタシらと模擬戦なんでしょう?ちゃっちゃと済ませなさいな」

 

こちらは逆サイドに置かれた応接セットでのんびりお茶してらっしゃるシーマ中佐の発言。中佐になったのでちゃんと制服が届きました。普通に見慣れたあのSSっぽい服かなーと思ったら、またしても秘書官や本国の女性将校に大人気?のレディスーツタイプ。ヒールは低めだけどパンプスなんか履いちゃって、落ち着いた色のストッキングがこれでもかと強調されております。俺によーし。

 

「…ほほう、模擬戦ですか。ではそれまでにこちらの書類も処理してください。准将」

 

「……」

 

無言で対抗してみたら何故か良い笑顔になるウラガン。

 

「良い度胸です。そこだけは褒めておきましょう」

 

そう言って掴んでいた書類の束を倍プッシュ。俺は黙って席から立ち、ウラガンの前で土下座を敢行する。

 

「謝るくらいなら素直に最初から負けを認めりゃいいのに」

 

そう言って笑うのはデメジエール中佐だ。そう、何を隠そう我々、遂に昇進しちゃったのである。ウラガンに至っては何と二階級特進だ!まあ、申請したの俺だけど。ちなみに俺も晴れて准将になった訳だが。

 

「「なんか准将って呼び名、弱そう」」

 

なんて良く解らん理由で少佐ズ改め中佐ズにはいまだに大佐呼びされている。これ、混乱しませんかね?

 

「TPOは准将より弁えていらっしゃいますから問題無いでしょう」

 

うちの副官が辛辣な件。

そういや何処から知ったのかハマーンちゃんからもお祝いの連絡が来たんだよな。珍しくメールじゃなくて通信で。以前に比べるとかなり表情も明るく豊かになっておいちゃんほっこりしてしまいました。

 

 

 

 

「んっふふふふ~」

 

個人端末に移して貰ったデータを再生し、ハマーンはにんまりと相好を崩す。内容は3日程前に特別に許可のでたおじ様との通話ログだ。

 

「お久しぶりです、大佐!…あ、今は准将なのですよね、ご昇進おめでとうございます!」

 

「ありがとう、少し見ないうちに随分と綺麗になった。その服も似合っているよ、ハマーンさん」

 

穏やかに笑う大佐もとい准将は、ハマーンの、否この施設に居た全員の救世主だ。本人に言えば大げさだと笑うかもしれないが、少なくともハマーンはそう確信しているし、ほとんどの人間は賛同するだろう。今褒めてくれた服だって、以前だったら手に入れるどころか存在を知っていたかすら怪しい。週末に姉妹や親しい友人とウィンドウショッピングが出来るなんて、あの頃なら考えられない事だったからだ。

社交辞令が多分に含まれている、そう自分に言い聞かせても、頬が熱くなるのと鼓動が速まるのをハマーンは押さえられなかった。同年代の子達はアイドルの誰が良いとか素敵だと言うけれど、画面の中で当たり障りのない優しい言葉を紡ぐ男より、まず行動で示してくれた准将の方がずっと格好いいとハマーンは思う。少し目つきは鋭いけれど。

 

「それで、マレーネ姉様ったら食べ過ぎちゃったから試験の内容を増やして欲しいなんて言うんですよ?職員さんも困ってしまって。横で見ていて私、思わず笑ってしまって」

 

一方的に話し続けても、嫌な顔一つせず聞いてくれる准将。かといって適当に聞き流している訳でも無く、時折細かく内容を尋ねたり、自分の意見も述べてくれる。一人の人間として対等に接してくれているというのがよく伝わり、それが余計にハマーンを饒舌にさせる。そうなれば決められていた時間が経つのなど、正にあっと言う間だった。

 

「あ…。もう、時間」

 

「おや、そうなのかい?楽しい時間は過ぎるのが早いな」

 

その言葉が本心から発せられていると解ってしまうから、ハマーンの鼓動は益々高まる。故についそれが口から出たのは無理からぬ事だった。

 

「本当はもっと准将のお側でお話したいのですけれど」

 

その言葉に准将は困った顔になる。無理もない、今この人は地球で戦っているのだから。

 

「お願いを聞いてあげたいのだけれどね。ここはあまり安全じゃ無いんだ。私も長くは空けられないしね。けれど状況が落ち着いたら改めてこちらから伺うよ、約束だハマーンさん」

 

「…解りました。あの、准将。もう一つだけ、お願いしても良いですか」

 

「何かな?」

 

「ハマーンと呼び捨てて頂けませんか?さん付けはなんだか距離があって嫌です」

 

精一杯の言葉に准将は一瞬呆けた後、穏やかな笑みを浮かべ口を開く。

 

「解った。ハマーン、会える日を楽しみにしている」

 

この日を境に全力運転を始めた乙女心は、ハマーンのあらゆる能力を最大限に発揮させることになった。その結果、後日ハマーンはオデッサに降り立つ事に見事成功し大騒動となるのだが、そんな未来など知らぬ少女は無邪気に笑うのだった。




アクト・ザクは犠牲になったのだ…。


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第六十一話:0079/09/18 マ・クベ(偽)とガンダム

さあ今週も頑張らずに行ってみよう。


改めてV作戦調査のために招集されたシャアはソロモンの会議室の一つで顔合わせをしていた。入室し敬礼すると、既に到着していた相手が口を開く。

 

「ご苦労、シャア少佐。お互い上司の無茶振りで大変だな!」

 

快活に笑いながら返礼すると親しげに近寄ってきて肩を叩く男に、シャアは頬が引きつりそうになるのを必死に隠しながら返事をする。

 

「はい、いいえ少将殿。このような任務を与えて頂き光栄であります」

 

そう言うとコンスコン少将は一瞬目を丸くした後、声を上げて笑った。

 

「はっはっは!若いのに勤勉だな!その歳で少佐なのも頷ける。支援はこちらでやるから存分に暴れてこい…おっと潜入作戦で暴れるのはマズイか?」

 

以前見た時とのあまりのギャップに面を喰らいながら、シャアは曖昧な笑みを返した。以前の少将はどちらかと言えば慎重で消極的、よく言えば堅実な人柄だったが。

 

「とは言え、若い連中だけに苦労を掛けるのもマズイだろうと思ってな。心強い助っ人も連れてきた、大尉!」

 

その声に何処か憮然とした態度を崩さないまま、壮年の男が部屋に入ってくる。

 

「久し振りだな…、いや今は上官だったか。久し振りですな、赤い彗星。こうして会うのは月以来ですかな?ルウムでは部下が世話になったとか。おかげで皆無事に帰ってきました。感謝しとります」

 

形だけの敬礼をするのはランバ・ラル大尉だ。一週間戦争の際、ドズル中将と口論になって以降、勤務態度が悪いと閑職に回されていた筈だが。

 

「潜入ともなれば、相応に腕が立つ部隊が要るだろう。少佐の腕は信頼しているが、如何せんお前さんの部下は若すぎる。気分は良くないだろうがここは年寄りの老婆心と思って呑んでくれんか?」

 

この二週間の訓練でもあまり改善が見られない部下たちの顔を思い出し、シャアは素直に溜息を吐いた後、笑顔で答えた。

 

「とんでもありません、少将殿。おっしゃる通り我が隊はまだまだ未熟であります。大尉のようなベテランにフォローして貰えるならこれ程心強い事はありません」

 

「だ、そうだぞ、大尉。いい加減貴様も大人を見せろ」

 

そう少将が言えば、大尉は決まりの悪い顔になって鼻を鳴らした。

 

「最善は尽くしますが、何せ相手は未知数だ。確約は出来ません」

 

「なに、危険であればさっさとずらかるだけだ。その為の少数部隊なのだからな」

 

そう言って少将は端末を点ける。

 

「少佐の方がムサイ1隻にザク…S型が4機、こちらがチベ1隻にムサイが1隻。ルナツーの警戒網をすり抜けるならこの位が限界だろう。ここの所また連中の動きが活発化しているからな。MSはラル大尉の小隊にS型が3機、それから艦隊の守備にR型が6機とザクレロを1機都合した。ただ隠密行動のために補給が受けられんから、物資を積んだ都合上予備機はR型が1機だけだ。少佐の方は?」

 

「こちらは予備機がありません。補修パーツのみであります」

 

そう返せば大尉がうなり声を上げた。

 

「相手はMSなのでしょう?予備機が無いのは心もとないですな」

 

そう言う大尉に少将はかぶりを振る。

 

「いや、MS部隊に損害が出ている時点で作戦は失敗だ。その場合は先ほども言った通り即座に撤収する」

 

その言葉にシャアは確認を込めて発言する。

 

「露見した場合、戦力の多寡にかかわらず攻撃は行なわないのですね?」

 

「そうだ。何しろ俺たちはばれた後にもう一度ソロモンまで戻らなくちゃいかん。無理は出来んよ。他に質問が無ければ大まかな予定を決めてしまおう」

 

二人が頷くと、今度はコロニーの見取り図を映し出しながら少将が続ける。

 

「まず、貨物ゲート…ここではA2と書かれたゲートだな、ここからザク6機を送り込む。1機を残してゲートを確保。その後残りの機体でコロニー内を捜索する。俺のプランとしてはこうだ」

 

そう言って少将はザクを2機ずつに分け、港湾区、工業区、そして商業区へ割り振る。

 

「作業機械や部品製造を考えれば最有力候補は港湾区、次いで工業区だろう。最悪こちらに露見しても運び出すのも容易だからな。よってここにそれぞれ2機ずつ、恐らく無いだろうが万一のため残りの1機で商業区と居住区の偵察を行なう」

 

「MSを降りずにやるのですか?」

 

ラル大尉の意見はもっともだとシャアは感じた。潜入であるから、港湾区で全員MSから降りて生身で行なうと自然に考えていたからだ。

 

「隠蔽を考えればそうなるが。ラル大尉、君の部下で専門に生身での潜入訓練を受けた者は?」

 

「…私を含め居りません」

 

「シャア少佐の方も同じだろう?だが確かパイロット課程ではMSの隠蔽については学んでいるはずだな?」

 

その確認にシャアは黙って頷いた。確か4月の終わり頃だっただろうか?地球方面軍からの要請で、MSパイロットの教習課程に遮蔽物やカモフラージュ用の装備を用いたMSの隠蔽、隠匿に関する項目が加わったのだ。宇宙空間という遮蔽物の乏しい環境で戦うことに慣れているMSパイロットはそうした面に疎く、地上で容易に発見され空爆されたためだと聞いた。

まさか既存部隊のパイロットまで再講習になるとは思わなかったが。

 

「つまり降りて半端な知識で隠れるより、最低でも学んだ内容を活かせる状況で、と言う訳ですか。しかしそうなりますと施設に近づくのが骨ですが?」

 

「その辺りも考えてある」

 

そう聞き返す大尉に、悪戯の成功した子供のような顔で少将が答えた。次いで端末に映されたのは見慣れない装備だった。

 

「少将殿、これは?」

 

「偵察型のザクが装備しているカメラ・ガンという装備だ。視認範囲をこちらが手動制御してやる必要はあるが、ザクのモノアイの凡そ5~6倍の解像度がある」

 

問題は施設内に秘匿されていた場合確認出来ないことだが、そんな状況であればまだ生産数は大したことが無いと言う事だし、そもそも今回の人員では施設内への侵入は無理なのだから諦めるしかないと少将は言う。

 

「そうなればもう俺たちの手には負えん。スパイ活動は情報部の領域だからな…ただ、今回の件に総帥やキシリア少将が絡んでこないところを見れば、ドズル中将に一任された事に裏の意味があるんじゃ無いかと俺は思う」

 

「裏の意味…でありますか?」

 

シャアの返事に少将は重々しく頷く。

 

「既にガルマ大佐が連邦製MSのサンプルを確保しているからな。今更少数で潜入して情報収集をする事自体に意味は薄い、だから恐らく中将は我々に敵MSの撃破を望んでおられる」

 

敵の撃破という不穏なキーワードに思わずシャアは大尉と顔を見合わせた。

 

「ここの所宇宙軍は活躍していないからな。ここらで目立った功績が欲しいのだろう。実際最初は俺の艦隊の半数を送るつもりだったらしいしな」

 

少将の言葉にシャアは思い返す。コンスコン少将に話が行ったのは自分の偵察任務が中止になった後だろう。だとすれば本当に最初の命令が撤回された後、大きな心境の変化が起こったという事だ。

 

「だとすれば、今回の派遣で戦わないのは不味いのでは?」

 

大尉の疑問に追認するようにシャアも頷く。少将は先ほど戦力の多寡に関わらず偵察のみで交戦しないと明言したからだ。つまりドズル中将の思惑から外れた行動を取ることになる。

 

「兵の損耗を考慮しないなら戦えるがね。あるいはコロニーごと吹き飛ばすとかな」

 

その言葉に大尉が顔をゆがめる。情に厚く、軍人としてはあまりにも常識人な大尉にはどちらも許容し難い内容なのだから無理はないが。

 

「先ほども少し言ったが、ルナツーの動きが活発化している。だとすればサイド7は囮の可能性だってある。だから偵察はするが、恐らく連中の本命はルナツーだろう」

 

普通に考えれば幾ら自分の裏庭だからといって、満足に戦力を置いていないサイド7で自軍の命運を決める兵器の開発などしないだろうと言うのが少将の意見だ。

 

「しかし、だとしたら情報部が掴んだというV作戦は何なのです?MS開発用の物資も運び込まれていると聞きましたが?」

 

シャアが疑問を口にすれば面白く無さそうに少将は鼻を鳴らした。

 

「ルナリアン達の儲けの種だろう。ここの所我が軍は順調に勝ち進んでいるからな。このまま行けば年内にも戦争は終わる。大方そうならんよう連邦にてこ入れをしているんだろうさ」

 

つまり今回の情報でこちらの戦力をサイド7へ分散させ、消耗させるのが狙いであろうと少将は語る。第一ルナツーには工廠があるのだ。態々月から買い付けなくとも部品の調達が出来る。

 

「戦力が回復したとは言え、宇宙軍のみでルナツー攻略はまだ難しい。連中が戦力を増強しているなら尚更な。だからこんな所で不用意に兵を失う訳にはいかんのだ。特に貴様らのようなエースはな」

 

「…でしたら、潜入部隊に私も参加します。そうすればコロニー内の捜索を全てロッテで行えますから」

 

その言葉に少将は一度頷くと口を開く。

 

「解った、そうしよう。1時間後にブリーフィングを行い、その後1700標準時をもって出撃する。他に何かあるか?」

 

沈黙する二人を見てコンスコン少将はゆっくりと息を吸い太い笑みを作る。

 

「宜しい。では、かかるぞ」




サブタイの双方が出ていない件、酷いタイトル詐欺ですよこれは!
原作に比べコンスコン少将が男前なのは、指導官に選ばれて自身が認められていることを認識できているのと、シャアがほいほい大佐に昇進する前だからです。
有能じゃない人が少将になんてなれませんよね!(フラグ


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第六十二話:0079/09/20 マ・クベ(偽)と大地に立つ-Ⅰ-

いよいよ本編始動です。


「なあ、准将。グフとかもう要らないんじゃないか?」

 

真剣な顔でそう聞いてくるガルマ様に思わず固まってしまう俺。え、いきなりなんぞ?

 

「前々から話したいと思っていたんだ。前回はV作戦の件で言えずじまいだったがね」

 

重力戦線が安定してきている中、発展性に乏しいグフは生産数を絞っていくべきでは無いかという事らしい。

 

「例の機体のロールアウトも間近だろう?いっそグフのパイロットはそちらに移したらどうかと考えている」

 

例の機体というのはゲルググの事だ。正直劣勢になっていないからゲルググはもっと後になるか、最悪生まれてこないかと思っていた。ところがそれどころか一ヶ月近く早くロールアウトする見込みだ。不思議に思ってジオニックの技術者に聞いたら、ゴッグの一件以降3社の業務提携が進んで、結果史実では開発の遅延していたMS-11が順調に完成したらしい。この機体は既に多くの機種が投入されている現状を鑑みて設計されており、特に推進器関係や駆動関係の多くを既存の機体と共有しているのが特徴だ。しかも多くの部品をユニット化しているため、汎用機でありながら、地上・宇宙専用機と同様の構成に短時間で換装出来る。正に戦場の優等生、どっかのちょび髭伍長に見せれば、これだ!これが欲しかったんだ!と叫ぶこと請け合いのMSに仕上がっている。

 

「確かに、アレと入れ替えならばジオニックもそれ程煩くならないでしょう。ただ時期の見極めが重要ですな」

 

何せ地球全土にめっちゃ配備されてるからな、グフ。欧州と東アジアはウチのせいでドムが主力だけど他の地域はグフの方が多い。それにザクだってまだまだ元気に動いている。その点で見ると、補給の多くを宇宙に頼っているオーストラリアやアフリカなんかでは、ザクと部品が共用できるグフの方がゲルググより維持しやすかったりするのだ。

 

「さしあたって北米から順次入れ替え、余剰機体は暫くオーストラリアやアフリカへ回そうと思う。キリマンジャロの戦力化はまだかかりそうだしね」

 

何せ最後に自爆しやがったからなぁ、キリマンジャロ。ノイエン少将が半泣きでユーリ少将に工兵隊貸してくれって頼んでたし。おかげでキリマンジャロでは空前のアッグブームが起きているとかいないとか。

 

「まだ時間はこちらの味方です、焦らずに行きましょう」

 

先日の捕虜交換でレイスの皆も送り込んだしね。上手くいけば向こうのオデッサ作戦より先にジャブロー殴れるかもしれん。俺はこの時、まだそんな感じで悠長に構えていた。そう、正に慢心していたんだ。

 

 

 

 

漆黒の中を光一つ発さずにザクが泳いでいく。サイド7のある宙域はルナツーに近く、そのため頻繁にミノフスキー粒子による電波障害が起きる。それでも可能な限り発見されないよう母艦どころか僚機との無線すら封止されている。加えて発熱を限界まで押さえる為にジェネレーターも最低限まで絞っているため、コックピットの中も暗く、温度は氷点付近まで下がっている。パイロットスーツが無ければ皆凍えているだろう。既に最低限の航行システムのみで1時間。何もやることがない…出来ないコックピットの中でジーン伍長は溜息を吐いた。

 

「ったく、お偉いさんは何を考えているのかね?あんなコロニーさっさと吹き飛ばしちまえば早ええのに」

 

ジーンが不満を漏らすのは退屈なだけでなく、出撃前のブリーフィングの一件も含めてだ。

 

「今回の潜入は以上の通り変則であるがロッテで行なう。ラル大尉にはスレンダー、貴様が付いていけ」

 

そう言い渡され、デニム曹長とシャア少佐がロッテを組む事になる。つまりジーンは退路の確保という名の留守番だ。

 

「冗談じゃねえよ、敵を倒さなきゃ功績も何もあったもんじゃねえ」

 

エースであるシャア少佐の隊に配属されるだけあり、ジーンは新兵ながら腕が立つ方だ。しかし彼は兵士としてはあまりにも視野が狭かった。故に伍長でくすぶっているのだが、本人はそれを功績を挙げるチャンスがなかったからだと思い込んでいた。

陰鬱な環境に置かれ続けると人間はネガティブな方へと思考が偏る。モニターに映る代わり映えの無い宇宙空間、最低限の光源だけのコックピット、誰の声も聞こえず、発する声に返事は無い。否定も肯定も無い中で自らの口から発せられる言葉は、何処か呪詛のように暗くジーンの精神を苛んで行く。

 

「大体、何でスレンダーの野郎が選ばれるんだよ。あのチキンじゃ偵察どころか敵の近くに行っただけで動けなくなるに決まってる。シャア少佐はそんなことも解ってないのかよ?」

 

吐き出される不平不満がとうとうドズル中将にまで行ったところで機体に小さな接触音が響いた。

 

「全機聞こえているな?突入前に最終確認をしておく。何度も言うが今回の作戦目的は偵察だ。敵との交戦は避け情報収集に徹しろ」

 

少佐の物言いに先ほどまでの自身の思考を否定されたように思えて、ジーンは小さく舌打ちした。幸い少佐には聞こえておらず説明を続けている。

 

(やれやれ、この少佐殿は同じ話を何度すれば気が済むのかね?)

 

そう言えば少佐は良く三倍の速度で機体を操ると言われている。事実模擬戦では同じ機体とは思えない速度で動き回っていた。もしかしたらその速度に肉体がついて行けず脳に何か障害が出ているのかもしれない。俺とそう変わらない歳だろうに可哀想に、などと本人に聞かれたら殴られそうな事を考えている内に有り難い説明は終わったらしく、通信終了が告げられモニターに目標のコロニーがしっかりと視認できる位置まで近づいていた。

 

(要するに戦果を上げる。シンプルな理屈だ)

 

そして戦果は目の前に迫っていた。

 

 

 

 

鈍い眠気を感じ、テム・レイは時計を見た。

 

「ああ、こんな時間か…」

 

時刻は既に深夜と言って良い時間であり、部屋に居るのはテムだけだ。固まった肩をほぐすために伸びをすると目の前にマグカップが差し出された。

 

「少し休まれたらどうです?大尉」

 

眉間に皺を寄せながらそう言うのはモスク・ハン博士だ。確か少し前に帰っていたと思ったが。

 

「有り難う博士。だが今が正念場なんだ。おいそれと休んでは居られないよ」

 

「正念場ですか。…大尉、我々の機体は連邦を救えるでしょうか?」

 

各サイドが壊滅し、月面都市やサイド6は中立を表明しているため宇宙の拠点と呼べるのはルナツーのみ。地上も北米に続きハワイ、欧州、東アジア、アフリカが陥落、辛うじてブリテン島とスカンジナビア半島が残っているがこちらも海上封鎖が本格化したことで先行きは暗い。残存している拠点はインド亜大陸、南米、東南アジアと中央ロシア、そしてオーストラリアだが、南米とインド亜大陸以外は単独で拠点を維持できない所まですり減らされている。とても楽観できる状況では無いが、未だに連邦議会も軍も足並みが揃えられていない。不安になるのは無理からぬ事であるが、関わった以上やり遂げて貰わねば困る。

 

「救わねばならん。だから君達にはジャブローへアレと一緒に戻って貰う」

 

アレとは昨日入港した軍の新型艦のことだ。あれを無事にたどり着かせるためにルナツーの戦力の大半を使い派手に陽動を掛けたというのだから宇宙軍の本気具合がうかがえる。ハン博士を含む開発スタッフは一緒にジャブローへ戻らせて新型機の改善に従事して貰う予定だ。

 

「それに悲観しすぎることは無い。確かに我が軍の方が領土は少ないが、生産能力で言えばまだまだ互角だ」

 

開戦初頭のコロニー落としで太平洋沿岸は大きな被害を受けているし、欧州は元々製造拠点を持っていない。唯一ブリテン島が例外だが、あそこはこちらの勢力圏だ。北米の失陥は痛いが、こちらのゲリラやスパイを考えればキャリフォルニア以外で軍需物資の生産は難しいだろう。それらを考慮すればジャブローの生産能力だけでもまだまだやり合えるだけの力がある。何より今回開発した新型機は現存するどの拠点でも生産可能なように設計されている。性能を維持するためジムに比べれば倍以上の高コストになってしまったが、それでもカタログスペックだけはガンダム並みの機体を一割程度の調達価格に抑えたのだから上出来だろう。

 

「既に設計データは各拠点に送っているから、早晩量産が開始される。そうなればこの劣勢も覆るだろう」

 

間違っても容易になどとは言えないが、そう胸中で付け加えながら。

 

「そして戦力が均衡した後、如何に早く次の一手が打てるかが重要だ」

 

そう言って書き上がったデータを保存すると、送信の準備に入る。書き上げたのは高機動化と重火力化の設計案だ。更に入手していたアナハイム製のフィールドモーターの図面データもついでに送付する。

 

「さて、そういう訳で博士はもう寝た方が良い。明日はハードになるからね。コーヒーありがとう」

 

そう言って博士を部屋の外へ送り出すと、テムは再び机へと向かった。




宇宙の話になると主人公が全然絡んできませんね!
ごめんなさい暫くこんな話が続きます。


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第六十三話:0079/09/20 マ・クベ(偽)と大地に立つ-Ⅱ-

今回ちょっと短いです


「やはり、そう簡単には見つからんか」

 

カメラ・ガン越しの映像を確認しつつシャアはそう呟いた。時間は既に深夜でありコロニー内も殆どが闇に閉ざされている。

 

「こちらは空振りかもしれませんな。他の連中は上手くやっているでしょうか?」

 

コロニーに侵入したシャア達は事前の決定通りロッテ3組に分かれ偵察していた。シャアの隊は侵入した港から最も離れているが、一番確率が低いと目されている居住区であったため、僚機のデニム曹長もどちらかと言えば他の隊が気になっているようだった。

 

「ラル大尉はベテランであるし、部下達も同様だ。我々が心配するようなヘマはせんさ」

 

そう言いながらカメラ・ガンを今度は商業区へ向ける。まだ営業している店が幾つかあるのか、居住区に比べれば灯りはあるものの、やはりシャア達が望んでいる物は無さそうだ。

 

「しかし、考えましたな」

 

最低限のAMBACで姿勢を制御しつつデニム曹長が口を開く。コンスコン少将の考えた計画への称賛だ。

 

「コロニーの中央は無重力だから、ここならばコロニーの奥までMSで侵入できる。夜間を狙っていけばほぼ見つからんだろう、コロニー内をレーダー探査していなければな」

 

少将の言葉通り、障害らしい物は一切受けず最深部までたどり着いていた。恐らく他の隊も同じ状況だろう。

 

「だが、目的の物が見つけられんでは徒労だ。何か成果があると良いのだが…」

 

そう言って今一度索敵をしようとしたところで、遠方で何かが瞬いた。続いてセンサーが僅かに届いた空気の振動を検知する。それは、兵士には見慣れたものだが、ここではあってはならないものだった。

 

「爆発!?」

 

「しくじったのか!?」

 

最悪の状況を想定して姿勢を変えつつ手にしたカメラ・ガンを発光のあった方向へ向ける。瞬きは断続的に起こっており、それが攻撃であろう事は間違い無い。

 

「港湾区!?アコース少尉とコズン少尉が見つかったのか!?デニム曹長、残念だが作戦は失敗だ。戻るぞ!」

 

最早隠れる必要は無いとシャアはバーニアを吹かす。一拍遅れてデニム曹長の機体も了解の声と共に加速を始めた。大気をものともせずに来た行程の十分の一以下の時間で駆け抜ければ、問題の元凶が眼前に映った。

 

「ジーン伍長!何をしている!!」

 

港湾区に向けて攻撃を行なっていたのは、潜入した二人では無く退路を確保していたはずのジーン伍長のザクⅡだった。

 

「敵です少佐ァ!奴らのMSです!」

 

その言葉に釣られて射線の先へ目を向ければ、確かに人型であったであろう残骸が転がっていた。だが、それよりもシャアの頭の中では別の問題が警鐘を鳴らしていた。

あの機体はどれも搬入用のトレーラーに寝かされていて、ここは港湾区だ。そこから導き出される答えに背筋が粟立つ。

 

「止せジーン!作戦は失敗だ!味方と合流し撤退するぞ!」

 

思考にとらわれている一瞬の間に、ジーンの機体を取り押さえようとデニム曹長が接近する。

 

「何を言ってるんです!ここで見逃せば連中はつけあがる!アースノイド共にはMSは過ぎた玩具…」

 

「っ!避けろデニム!」

 

シャアの言葉にデニム曹長が反応できたのは奇跡に近かった。咄嗟に飛び退いたその装甲を掠めるように赤熱した光条が地面をえぐる。だが、それはデニム機を狙ったものでは無く、考え無しに足を止めて射撃を行なっていた、もう一機のザクから逸れたものだった。

数発の光条にコックピットを貫かれたジーンのザクが搭乗者の言葉が終わるより早く脱力し、バックパックの推進剤が誘爆し上半身を吹き飛ばした。

 

「ジ、ジーン!?」

 

唐突な仲間の死に混乱したデニム曹長が動きを止める。そしてそれは彼の人生を終わらせるのに十分な時間だった。

 

「デニム!動けデニム!!」

 

敵が居るであろう辺りへ向けて射撃を行ないつつシャアが叫ぶが、奇跡に二度は無い。先ほどより数は減ったが、それでも数条の光に貫かれたデニムのザクが、ジーン機の後を追うように爆発した。

 

「…やってくれる!」

 

そしてシャアが敵を眼前に捉えた頃、他の隊もまた危機的状況にあった。

 

 

「クソ!冗談じゃねえぞ!?」

 

最後のマガジンに取り替えながらコズン少尉が毒づく。偵察初期の段階で船舶用ベイに何か進入していることを確認した二人は、より正確に情報を得るべくベイに進入したのだが、それが敵の新造艦である事を確認した矢先に戦闘が始まってしまった。そして当然ながら戦闘が始まると敵が索敵を行なったために潜伏していた二人もあっさりと見つかってしまい、濃密な防御砲火に晒されている。逃げようにも艦内に収容されていたMSが展開し包囲してきているため迂闊に動けば蜂の巣だ。

 

「…こりゃ、覚悟を決めるしか無いかね?」

 

ミノフスキー粒子が散布されていないため、使えている通信機からアコース少尉の声が聞こえた。

 

「バカ言うな」

 

傍受されることを警戒して短く返事をする。投降して捕虜になるにせよ、ここで死ぬにせよ、せめて大尉が離脱するまでの時間は稼がねばならない。それにもしかすれば他の隊が救援に来てくれるかもしれない。そう考えていた矢先、外から爆発音が響く。どうやらまだ運は尽きていないようだ。

 

 

「爆発!?た、大尉殿、どうすれば…」

 

「狼狽えるな軍曹。作戦は失敗だ。貴様は全速で進入口へ戻って退路を確保しろ」

 

爆発した地点から即座に状況を察したランバ・ラルは僚機のスレンダー軍曹にそう指示する。コズン少尉は好戦的ではあるが、潜入作戦で不用意に攻撃するようなバカではない。同行しているアコース少尉が慎重な性格であるし、間違い無くあの攻撃は退路確保のために残してきた伍長だろう。

 

「た、大尉はどうされるのでありますか?」

 

一人で戻らされるのが不安なのかそんなことを聞いてくる軍曹に兵の質の低下を感じながら答えてやる。

 

「工業区画でひと暴れして陽動をかける。心配するな、進入口にまだ敵は気付いていないから安全なはずだ。だがお前さんの働きが俺たちの命綱だ、頼むぞ」

 

「っ!了解しました!」

 

そう応えて元来た方向へ加速していくザクを見送ると、ランバは慎重に機体を降下させる。

 

「120ミリを持ってくれば良かったな」

 

90ミリは初速と貫通力に優れる一方、遠距離での速度減衰が激しく長距離射撃に向かない上、弾頭の炸薬量も少ないため固定目標の破壊活動には向かないからだ。もっとも今回は偵察の筈だったのでそれで十分だったのだが。

 

「まあコイツならコロニーの壁に穴は開くまい。恨んでくれるなよ?戦争だからな」

 

そう言うとランバは敢えて速度を殺しきらずに着地する。派手に巻き上がった埃と飛び散った瓦礫の中でゆっくり立ち上がりながら手近な倉庫へ発砲すると、近くに設置されていたタンクが可燃物であったのか派手に誘爆し辺りをオレンジ色に染め上げた。

 

「さて、上手くいくと良いが」




ちなみにジーンが撃っていたのは分隊支援火器として配備されている120ミリのヘビーバレルモデルです。威力も弾速も優秀ですが宇宙で連射するには反動がでかくて不便という脳内設定です。


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第六十四話:0079/09/20 マ・クベ(偽)と大地に立つ-Ⅲ-

ジーン大人気ですね。もっと活躍させてあげたかった(棒)


突然の襲撃に連邦軍の指揮所は正しく蜂の巣を突いたような騒ぎだった。深夜であったことに加え、襲撃が指揮所にほど近い港湾区の集積所であったことも災いし、極秘裏に配備していた武装車両の大半を初撃で喪失してしまったのだ。

 

「お忙しい所失礼します、大尉。シェルターへご避難ください」

 

「解っている。だがせめてここの資料は破棄できるように準備させてくれ」

 

「は?いえ、大尉。既に迎撃部隊が出ております。そのようなことは…」

 

「迎撃部隊が負けたらどうする?敵の規模は?今居るだけだと考えた根拠は?軍人ならば君も最悪も想定して行動したまえ」

 

苛立たしくまくし立ててから相手を見ると、そこには年若い少尉が困惑した顔で立っていた。

 

「いや、すまんな。少し冷静さを欠いていた。それで悪いのだが人手が欲しい。手伝ってはくれないかね、少尉」

 

「あ、は、はい。お手伝いします!」

 

そう言って手近な資料を纏めて鞄に放り込む少尉を見て、テムは暗鬱とした気持ちになる。英国系の顔立ちの少尉は年の頃20と言ったところだろう。テムの息子とそう変らない年齢だ。そんな少年と言っても良いような者まで戦場に駆り出さねばならぬほど連邦は追い詰められているという事か。

そんなことを考えている間に、今一度大きな爆発が起こり、さらに数分後には慌ただしく廊下を兵士達が行き来を始めた。

 

「…状況が変わったか?君!」

 

「は?はい!大尉殿、何でありましょう!?」

 

走っていた下士官を呼び止めて事情を聞くと、襲撃してきたザクをMS部隊が2機撃破したものの残りの3機に翻弄されており1機が大破、更に工業区画に新たなザクが現れ破壊活動をしているとのことだった。

 

「工業区画だと!?」

 

「た、大尉?」

 

「…すまん少尉。やらねばならんことが出来た。シェルターへは行けない」

 

「そんな!」

 

「それより誰かパイロットを連れてきてくれ。私は工業区へ行かねばならん」

 

工業区にはMS増産のために製造設備を増設しており、製造中の部品どころか、製造用の設計データがそっくり残っている。プロテクトは掛けてあるが、最悪MSならば設備ごと奪っていくことだって出来てしまう。

 

「多機能CAMが仇になったな」

 

苦い表情になりながらテムは駐車スペースへ急ぐ。流石に全ての部品のデータを入力した装置は無いはずだが、それでも材料選定用のマテリアルデータや入力済みの部品からこちらの機体性能を類推するのは難しくない。

 

「それに、あそこにはあれがある」

 

データ収集後上層部の興味が新型に移ったために放置され、倉庫で置物になっているはずのガンダムが。

 

「流石に無傷で渡す訳にはいかん」

 

「大尉!こちらです!大尉!」

 

駐車場に着けば、野戦服を着た下士官が手を振って呼んでくれた。

 

「助かる。曹長、しかしもう少し良い車があれば良かったが」

 

「装甲車はみんな出払っていますよ。MS相手じゃコイツでも大差ありません」

 

そう言ってボンネットを叩かれた車両は市内でもよく見かけるエレカを軍用にリペイントしただけのものだ。

 

「確かにな。…後はパイロットだが」

 

「遅くなりました!」

 

そう言って駆け寄ってきたのは見慣れない顔の兵長だった。

 

「君がパイロットか?兵長」

 

「はい、大尉殿。ダニエル・シェーンベルク兵長であります。大尉の下へ向かうよう指示を受けました!」

 

先ほどの少尉より更に年若い兵長を見て、不安からつい口を開く。

 

「他の者は?戦闘中か?」

 

「はい、いいえ大尉殿。初撃で兵舎が攻撃を受けたため、現在安否確認中であります」

 

安否確認、などと言ったが絶望的なのだろう。握りしめられた拳が震えているのを見てテムは自らの失言に気付く。

 

「っ!そうか、すまん。兵長、RX-78…ああ、ガンダムの操縦経験は?」

 

乗車を促しながらそう聞けば、兵長は眉間に皺を寄せた。

 

「はい、いいえ大尉殿。自分は後発組でしたのでジムの操縦経験しかありません」

 

「だろうな、悪いが目的地に着くまでに出来る限り頭に入れておいてくれ。基本的にジムと変わらんが幾つかレイアウトが違うものがある」

 

特にジムではオミットされた為にコアファイターと共用化されていたペダルやスティックの位置が変っている点に注意するよう言いながらガンダムの操縦マニュアルを手渡す。

 

「では、行きます」

 

そう曹長が告げると車は蹴飛ばされたように加速し工業区へと走り出した。

 

「間に合ってくれよ…」

 

科学者として恥じ入る事かもしれないが、この時ばかりはテムは神に祈らざるをえなかった。

 

 

 

 

「そろそろ限界か」

 

コックピット内に響くアラームを聞き、ランバはそう呟いた。アラームは日の出2時間前を知らせるもので、本来ならこれを合図に全機が帰投する予定だったのだが。

 

「さて、あの怖がり軍曹がちゃんと確保出来ていれば良いが」

 

そう言いながら果敢にミサイルを撃ってきたバギーへ向けて容赦なく射撃を加える。カメラを向ければ未だに港湾区の方は断続的に発光が確認出来た。

 

「せめて一機くらい釣れるかと思ったが。上手くいかんものだな」

 

かなりの数の装甲車は破壊したが、本命であるMSは遂に現れなかった。これならば自分も向こうに加勢するべきだったかと悔やんだが後の祭りである。

 

「だが、成果もあった。コイツは良い土産になる」

 

破壊した工場の一部にあったCAMシステムを腕に抱えさせてランバはそう笑う。同じく破壊した倉庫に積まれていた部品からしても、コイツが連邦のMSを製造していたのは間違い無いだろう。これを持ち帰れば連中のMSを丸裸に出来るかもしれない。

支援出来なかっただけの価値はあったと確信しランバは機体を港湾区へ向ける。さて、ここからだとジャンプを含めても20分は掛かる。出来るだけ急がなければと考えたところで、不意の振動をランバの機体が拾った。

 

「爆発ではない?何だ?」

 

怪訝に思い振動の方向へ機体を向け直す。そこには爆発の煽りを受けて半壊した倉庫があった。

 

「センサーはダメか。ならば」

 

周囲の炎や爆発でサーマルも音響センサーも当てにならないため、ランバは最も簡単な確認手段として、倉庫へマシンガンを叩き込んだ。特に何の反応も返ってこないことに安堵しつつ、ランバは自分も少しナーバスになっていると考え、大きく息を吐くべく口を開いた瞬間、それは轟音と共に飛び出した。

 

「なんだと!?」

 

飛び出してきたのはブリーフィングで確認した連邦製MS、その指揮官用とおぼしき機体だった。データとは違い炎に照らされる装甲はくすんだグレーで統一されており、何処か無機質で冷たい雰囲気をまとっている。そしてその手に握られているものが自身に向けられていると自覚した瞬間、ランバは考えるより早くフットペダルを蹴りつけていた。

連邦は既にMSに搭載可能なビーム兵器を完成させていて、その威力は艦砲と同等である。

技術部の報告を思い出しながら、ランバは敢えて片足を倉庫へ引っかけて転ぶように建物の陰へ機体を滑り込ませた。しかしそれは失策である事をすぐに知ることとなる。倉庫を貫いた光条がザクの左腕を吹き飛ばしたからだ。報告通りの性能にランバは戦慄しながらも強引に機体を立て直し、着地寸前の敵機に対し90ミリをありったけ叩き込む。

 

「馬鹿な!直撃の筈だ!?」

 

左腕の喪失でバランサーに悪影響が出ているのか弾はややばらけたとは言え十発以上が確実に着弾したにもかかわらず、グレーのMSは平然と姿勢を正しこちらへ銃口を向けてきた。

ランバは舌打ちをしつつ銃口が向ききるより早く機体を後ろへとジャンプさせた。途中こまめにアポジモーターを吹かせて動きが直線的にならないよう細心の注意を払う。既に彼の中では、この機体を如何に打倒するかでは無く、どのようにして逃げ延びるかに思考は切り替わっている。スラスターによるジャンプが頂点にさしかかった時、赤熱したビームがランバのザクを掠めた。

 

「な!?コロニーの中だぞ!?」

 

自機に向けて躊躇いなく放たれたビームに思わずランバは叫んでしまう。自分たちが戦端を開いてしまったこととは言え、艦砲並みの威力を持つ兵器を躊躇いなくコロニー内で使用する連邦軍の行動に決して解り合えない思考の隔たりを感じ、そして今までの己は何だったのだと言う後悔の念が胸に湧き上がる。ランバは武人としても自尊心はあれどリアリストだ。故にダイクン派が失脚しようと、旧友にザビ家の狗と蔑まれても、最後にスペースノイドの独立が勝ち取れるならば、それを飲み込むつもりだった。あの一方的な、虐殺と言っても過言でない戦闘に、軍民を問わないコロニーへの攻撃を行なった一週間戦争までは。あの時コロニーを懸命に守ろうとする連邦軍をなぎ倒し、コロニーへ核を撃ち込む味方を見た瞬間、自身の中にあったほんの僅かな正義が完全に打ち砕かれた。だから自分はこの戦争から降りたのだ。不幸だったのは戦う以外の飯の食い方を知らなかったことと、自身が思っている以上に名が轟いていたこと、そしてドズル中将がそんな自分でも未だに手元に置いておきたいと考えていたことだ。それに何より自分に付いてこんな地獄まで来てしまった部下達の事がある。アコースは先日二人目の子供が出来たばかりだ。コズンには年老いた母がいる。クランプの妹は先端医療を受けなければ生きていくことが難しい。他にも色々と訳ありの連中がランバの部下には多くいる。そいつらはとてもでは無いが尉官や下士官の退役年金では食っていけない。今回の任務を受けたのは、偵察という直接手を下さないですむ内容であったのと、自身が上手くやれば民間への被害も抑えられるという自負からだった。

 

「引くも地獄、進むも地獄…か」

 

周囲への被害を全く考慮していない先ほどの攻撃で、ランバは痛いほど痛感してしまった。結局の所、連邦もスペースノイドを守っていた訳ではないのだ。コロニーを守っていたのも、敵に奪われまいとしてであり、スペースノイドの生命や財産を守るべく我々の前に立ち塞がったのでは無い。

だとしたならばこの戦争の正義などは無く、あるのは己の道理を通すという意地の張り合いだ。そして、連邦の道理が通った先にスペースノイドの独立は恐らく存在しないだろう。

 

「どうせ落ちる地獄ならば、せめて独立の一つも貰わねば割に合わん」

 

撃ち切ったマシンガンを投げ捨て少しでも機体を軽くする。グレーのMSは工業区を確保するのが狙いだったのだろう。二度目のジャンプをした時には追撃も射撃も行なわず、ただこちらを見送っていた。

 

「覚えておけよ。この借り、必ず返させて貰う」

 

その為に今はまずソロモンへ生きて帰ること。その為にはあらゆる手段をとる覚悟をしつつ、ランバは機体を港湾区へと走らせた。




ダニエル兵長の名誉のために書きますと、ここで使用されているビーム兵器は改良型のスプレーガンです。なので上空へ向けて射撃しても反対側に到達する前に拡散してしまいます。前話での射撃も同様ですからコロニーに被害は出ていません(ちょっと地面が削れましたが)。
ラルさんはこの事を知らないので以前鹵獲したガンダムのビームライフルで撃たれていると考えていたため、作中のような発言をしています。


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第六十五話:0079/09/20 マ・クベ(偽)と大地に立つ-Ⅳ-

今月分です。


「逃げた…いや、無理をせず引いたと言うべきか」

 

倉庫に駆け込み機体を起動させたとほぼ同時に砲弾を撃ち込まれた時はもうダメかと思ったが、終わってみればほぼ満点に近い結果だ。生産施設は損壊してしまったが、データが残っているから復旧は可能だし、2機あったガンダムも両方無事だ。コマンドの存在を警戒していた曹長も安堵の溜息を吐きながら銃を下ろす。

 

「ご苦労だった、兵長怪我は無いか?」

 

『はっはい、大尉殿。機体も自分も問題ありません…その、凄いですね、ガンダムは!』

 

「ああ、有り難う。すまないがそのまま警戒を頼む」

 

興奮した口調で返ってくる了解の返事にテムも漸く大きく息を吐いた。

ジムの演習で得られたデータを基にガンダムの学習コンピュータもアップデートを続けておいて正解だったと人知れず冷や汗を拭いながら、その実今回は運が良かっただけであるとも感じていた。何故なら相手はマシンガンのみの軽装で、その上CAMシステムを強奪しようとしていたために格闘戦に入る前に機体を損傷させていたからだ。

機体の動作からしてあのザクを動かしていたパイロットはかなりMSの操縦に長けた者だろう。仮に白兵用の装備を持っていてそのつもりがあればダニエル兵長の技量と今のガンダムでは撃破されていてもおかしくなかった。

 

「大尉、港湾区の指揮所からです」

 

そう言って曹長が通信機を渡してくる。どうやら敵はミノフスキー粒子を散布していなかったらしく、おかげで通信はクリアーだ。

 

『大尉、無事か?そちらの状況は?』

 

連絡をしてきたのは何故か入港していたペガサス級、ホワイトベースの艦長であるパオロ中佐だった。

 

「はい、中佐。工業区に侵入しましたザクは1機でありました、緊急措置としてガンダム3号機を起動、迎撃に当たらせました。設備の奪取は阻止しましたが敵機は逃走、詳細は不明ですが生産設備も被害を受けております」

 

『こちらは、サイド7守備隊を指揮していたディエゴ少佐が戦死したため臨時で指揮を預かっている。港湾区に侵入したザクは恐らく5機、4機は撃墜したが一機には逃げられた、こちらも詳細はまだ不明だが、積み込み済みだった第一、第二小隊のジムの内2機が大破、第三、第四小隊の機体は恐らく全機大破だろうとのことだ』

 

つまり少なくとも2機のザクが撤退に成功したと言うことだ。この事実にテムの思考は激しい警鐘を鳴らしていた。

 

「中佐、出来ればパイロットを一人寄こして欲しいのですが」

 

『残念だがそれは無理だ、大尉。正規のパイロットは全員警戒中か治療中、候補生の方はそこのダニエル兵長以外安否不明だ。寝ていた兵舎に敵の攻撃が直撃してな…運が悪かったとしか言えん』

 

「では、現場判断で民間人の徴発をご許可頂けませんか?」

 

『待て、待ってくれ大尉。一体何を焦っている?』

 

熟練の中佐とは思えない発言に舌打ちをしかけ、懸命に自制する。

 

「敵は既にこちらの戦力を確認したのですよ?もう一度コロニー内で仕掛けられたら次は守れません」

 

ベイに停泊している艦船などMSの格好の的だろう。

 

『だが敵は既に4機のザクを失っているのだぞ?』

 

「お尋ねしますがその内バズーカあるいはグレネードを装備した機体は何機おりましたか?」

 

『確認出来ているのは最初の1機だけだ』

 

「こちらに来たザクもマシンガンのみの軽装でした。その上で攻撃を仕掛けてきたという事は間違い無く威力偵察でしょう。むしろ本番はこれからだと」

 

その言葉に押し黙ってしまう中佐、一秒でも惜しいテムはダメ押しの一言を放つ。

 

「連中はコロニーに核を撃つ輩です。このままではコロニーごと吹き飛ばされかねません。中佐!」

 

無論南極条約はある。だがMSは核で動いているのだ。不幸な事故は起きないと言い切れないし、それを上手く言い訳にすることだって出来る。何せ敵にも味方にもMSはたっぷりとあるのだから。

 

『解った。すぐに出港の準備に入る、それと民間人の避難指示だ、現時刻をもってサイド7の生産拠点並びに軍施設を放棄する。大尉、そちらは任せるがくれぐれも無茶はするなよ?』

 

「はっ!了解しました!」

 

こちらの返事とほぼ同時に通信が切れる。何せ1日以上繰り上げての出港だ。クルーには負担を掛けることになるが死ぬよりはマシだと諦めて貰うほかあるまい。

 

「ダニエル兵長!すまないが2号機を倉庫から運び出してくれ!それからなるべく無事なコンテナをトレーラーへ!曹長、何度も悪いが今度は居住区へ向かってくれないか?」

 

「はい、大尉。しかし居住区でどうなさるのです?」

 

「私の住んでいる地区にはここの労働者もそれなりに居るから、トレーラーの運転手くらい見つけられるだろう…それと、足りないパイロットのアテがあってね」

 

そう言えば曹長は眉間に皺を寄せた。軍事機密であるMSのパイロットをどうして民間人から確保出来るのかという顔だ。もしテムも普通の軍人で、良識のある親であるのならそんな選択肢は浮かびもしなかっただろう。だが彼はとうの昔にそうしたものを捨てていた。

 

「何処にでもどうしようも無い悪ガキというのはいるものさ…例えば、親のPCを勝手に覗く馬鹿息子とかね」

 

「た、大尉まさか…」

 

「さあ、時間が無い。向かってくれ、曹長」

 

 

 

 

「おーい、アムロォ。誰か来たぞぉ?」

 

乱雑なノックと眠気の混ざった声に起こされたアムロは時計を見て溜息を吐く。時間は朝6時、今日が休日と言うこともあって昨夜は友人達と遅くまでゲームで遊んでいたのだ。ちなみに声を掛けているのはそのままリビングで寝ていたカイさんだろう。一月程前にコンボイレーサーの試合だかなんだかで怪我をしたメカニックの代理として呼び出されて以来、何が気に入ったのか良く家に遊びに来るようになったのだ。ちなみに真面目で付き合いの良い近所のハヤトもよく巻き込まれて遊んでいる。

 

「どうせフラウですよ、カイさん出といて下さい」

 

そう言って毛布を被り直すが、カイは食い下がってくる。

 

「いやぁ、どうも委員長ちゃんじゃねえみたい…だぜ?」

 

おびえを含んだカイの声を不審に思い、目をこすりながらドアを空ければそこには何故か武装した連邦兵に銃を突きつけられているカイの姿があった。

 

「な、何ですか貴方は!?」

 

「…アムロ・レイ君だね?私は連邦宇宙軍第4軍サイド7守備隊隷下第38パトロール小隊のリュウジ・サカタ曹長だ。君のお父さんであるレイ大尉より君を連れて来るよう頼まれたんだが…彼は?」

 

「へへ…あ、アムロ君のご学友のカイ・シデンです、はい」

 

卑屈に笑いながらそう告げるカイを一瞥した後視線で確認してくる曹長に肯定を告げると、曹長はゆっくりと銃を下ろし安全装置を掛けた。

 

「解った。カイ君だったね?すまないが君にも来て貰う…他にこの家に良く来る友人は居るのかな?」

 

何と答えるべきか迷っている内に事態は更に転じていく。玄関のチャイムが鳴り、若い男女が言い争う声が響いてきたからだ。こちらが何かを言う前に玄関へ向かってしまう曹長をカイと二人頭を押さえながら見送ること僅か2分。小柄な少年と勝ち気な少女が曹長に連れられてアムロ達の前に立たされていた。

 

「彼らは?」

 

「隣に住んでいるボウさんと近所に住んでいるコバヤシ君です」

 

結局都合の良い言い訳など思いつくはずも無く苦し紛れに最低限の内容を伝えると、曹長は肩をすくめた後、まるで世間話をするようにフラウとハヤトへ話し始める。

 

「怖がらせてすまないね、実はアムロ君をお父さんのレイ大尉から連れてくるように頼まれてね、ほら、今朝方騒ぎがあっただろう?」

 

「ええと、工業区で事故があったって、あと港湾区でしたっけ?」

 

「うん、それでちょっと荷物を届けて欲しいらしくてね、アムロ君に聞けば解るそうなんだが…」

 

「どんなものでしょう?私良くこの家の掃除をしてますから解るかもしれません」

 

「ちょっと!フラウ・ボウ!」

 

アムロとカイの雰囲気から何かを悟ったハヤトがそう割って入るが、その時には曹長は元の軍人の顔に戻っていた。

 

「…どうも君達にも来て貰わなければならないみたいだ。ハヤト君だったかな?君も彼らとやっていたんだろう?アレを」

 

射貫くような曹長の視線にハヤトが首をすくめる。アレ、という言葉に心当たりがあるからだ。

 

「待って下さい!誘ったのは僕です!彼らは関係ないでしょう!?」

 

慌てて止めようとするが、返ってきたのは冷たい返事だった。

 

「軍事機密を覗いた挙句、それを私的に使用していて無関係は難しいと思わないかい?むしろ関係ないなら彼らは拘束しなければならないんだが?」

 

「そ、そんな重要なものだなんて知らなくて!」

 

「普段から立ち入りを禁止されているロックのかかった部屋に侵入し、プロテクトされているPCの中身を引きずり出しておいてその言い草は厳しいんじゃないか?悪いが諦めて貰う。こちらとしても手荒なことはしたくない」

 

その最後通牒に言い訳など出来るはずも無く、アムロ達は曹長と父であるテム・レイのもとへ向かうのであった。




何時からテムが無事ならアムロはガンダムに乗らないと錯覚していた?


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第六十六話:0079/09/20 マ・クベ(偽)と大地に立つ-Ⅴ-

イベントです。
つまり筆が進む(人これを現実逃避という)


アムロ達の連れて行かれた先は、未だ煙の燻る工業区だった。大音量でゲームをやっていたアムロとカイは知らなかったが、昨夜自宅での待機命令がサイド7行政区から出ていたそうだ。もっとも、実情が全く異なることを残された弾痕や、起立するグレーのMSから察した。

 

「ええ、ええはい。お嬢さんの安全は間違い無く私が保証します。お二人もなるべく早くシェルターへ、いえ、簡易のものでは無く災害用の方へ…」

 

「とう…親父!」

 

何やら話しながら近づいてくるテムに対してアムロはつい声を上げてしまう。その声に気付いたテムが複雑な表情で近づいてきた。

 

「アムロ、お前が私のPCで何をしていたかは大凡知っている。だから私は今からお前に親としてでは無く、軍人として接する。アムロ・レイ、君は軍の秘匿していた情報を私的に閲覧、利用していた。本来であればスパイ容疑で拘禁となるのだが、軍には君と取引をする用意がある」

 

「と、父さん!?」

 

「良いから聞け!お前が軍属として今後連邦軍に参加し、責務を果たせばこの件については不問になる。そこの友人二人も同じだ。どうするね?」

 

「あ、あのー。アムロのお父さん?その、責務って…」

 

おずおずと手を挙げながらそう聞くハヤトにテムが黙ってMSを指さした。つまり、自分たちにアレに乗れと言っているんだろう。何しろアムロ達はテムのPCに残っていたMSのシミュレーターをリアルなゲームとして玩具にしていたからだ。

 

「無茶だ!僕らは子供だよ!?MSなんて操縦できる訳が無いじゃないか!」

 

そう言えば顔を強ばらせたテムが突然胸ぐらを掴み、頬を張ってきた。記憶にある限り初めて父に手を上げられた事への混乱や、自身に起きたことへの理不尽に混乱しながら涙目でにらみ返せば、そこには怒気を発した父の顔があった。

 

「良いかアムロ、私は出来るかどうかなど聞いていない。乗るか、捕まるか選べと言っている。解らなければいい、お前を拘禁するだけだ」

 

そう言って控えていたサカタ曹長を呼ぼうとする前に成り行きを見ていたカイが声を発した。

 

「お、俺、軍に入る!入ります!」

 

「カイさん!?」

 

思わず叫んだアムロにカイは涙目で応える。

 

「軍で拘禁されるって何年だ?一年?二年か?犯罪者になったら学校は退学だし、シャバに出たら前科者のジュニアハイなんて働く場所だってねえ!な、なら軍人になった方がまだマシだ!」

 

「戦争なんですよ!?死ぬかもしれないんですよ!?」

 

悲鳴のような声音で反論するが、今度は隣から静かに紡がれた言葉に制される。

 

「ぼ、僕も入ります!」

 

「ハヤト!?」

 

「僕が犯罪者になったら、父さん達にも迷惑がかかる。そ、それは出来ない」

 

拳を振るわせながら俯く友人を見て、アムロはもう一度テムを睨み付けた。

 

「解った、解ったよ!乗るよ僕が乗る!だから二人は良いだろう!?」

 

だが返ってきたのは無慈悲な言葉だった。

 

「残念だがアレを見ている以上二人をそのまま帰す訳にはいかん。だが、お前が頑張れば後方任務に就けるくらいは出来るかもしれん」

 

どうせ員数外の人間だしな、などとテムは耳元で付け足す。その言葉に思わず奥歯を噛みしめるが、残念ながらアムロに選択の余地は無かった。

 

「…解ったよ。それで何をすれば良いの?」

 

「助かる。まずは2号機…あっちのトレーラーに積んである青い機体だ、アレを立ち上げてくれ。その後はダニエル兵長の指示に従え、私はまだやらねばならんことがある。曹長!」

 

そう言って持っていたファイルを押しつけてくると、親父は周囲を警戒していたサカタ曹長に声を掛けた。

 

「すまんがそこの二人の面倒を頼む、適当に雑用をさせて構わん」

 

「了解しました!二人ともこっちだ。運び出さなきゃならんファイルが山ほどあるぞ!」

 

呼ばれて慌てて走って行く二人の背中から視線を移してファイルを開く。あのシミュレーターでは大凡ザクの倍程度の性能に設定されていたが、そこに書かれている数値はそれらを圧倒的に凌駕していた。

 

「すごい…親父が夢中になるわけだ…」

 

『アムロ君だったね?悪いが早めに手伝って欲しいんだが』

 

渡されたマニュアルを読み込んでいると、ダニエル兵長が申し訳なさそうにそう言ってきた。

 

「あ、はい。すみません!」

 

やっぱり親子だな、という呟きに見送られながら教えられたトレーラーへ向かうと、そこにはカラフルに塗装されたダニエル兵長の機体と同じMSが載せられていた。既に開いていたコックピットへ潜り込み、コックピットの中を見回す。レイアウトなどはPCにあったシミュレーターとほぼ同じであったため淀みなく起動できた。

 

「凄い、動きが滑らかだ。それにトルクも…」

 

搭載されている推進剤やジェネレーターのエネルギー容量に至ってはザクの5倍近くある。これなら補給なしでも1~2ヶ月は動けるだろう。

 

『起動できたみたいだな。大したもんだ、俺たちだって下手な奴なら3分はかかるんだが』

 

「あ、いえ、その…有り難うございます?」

 

『そんなに畏まるなよ。今からお前さんも戦友なんだ、よろしく頼むぜ…といっても、俺は臨時だから、この任務が終わった後はコイツに乗れるか解らんのだけどな』

 

そう言って笑うダニエル兵長にアムロは緊張感が薄れるのを感じた。軍人と言えば父かその近くに居た人間しか見ていなかったアムロにとって、高圧的でも威圧するでも無い軍人というのは酷く新鮮に見えた。

 

「あの、僕は何をしたら?」

 

『ああ、取り敢えずトレーラーに物資を積んでくれ、壊れていないコンテナがあるだろ?それを片っ端から積めばいい』

 

「解りました、やってみます」

 

慎重にペダルを踏み機体を前へ進める。そう言えば親父は何をしているのだろう?

 

 

 

 

「我々を見捨てるのですか!?」

 

行政区から来た事務官がパオロへ食って掛かるのを左右に居た警備兵が慌てて止める。彼の言いたいことも解るしパオロとしても何とかしたい思いはあるが、現実問題としてホワイトベースの収容能力でサイド7の住人全てを避難させるのは現実的では無い。仮に積み荷を全て放棄したとしても乗れて1万人が精々だろう。当然食料も施設も整っていない状況でそんなことをすれば悲惨な航海になることは火を見るより明らかだ。

 

「そうは言っておりません。直ぐにルナツーから支援が来ます」

 

「地球に逃げられないのですか?我々は今現在も連邦へ忠節を果たしているというのに、この扱いはあんまりではないですか!」

 

「無茶を言わないで頂きたい。500万近い人間を運ぶなどこの艦にはとても出来ません。先ほども申し上げたがルナツーから迎えの艦が来ます。それで月かサイド6へ避難するのが現実的です」

 

その言葉に事務官は苦虫をかみ潰した顔になり、俯きながら声を絞りだす。

 

「…せめて迎えの船が来るまで留まって頂く訳にはいきませんか?」

 

それで座してジオンになぶり殺しにされろというのか?その言葉が喉まで出かかるが、理性で押しとどめる。

 

「残念に思います。しかし今の我々にジオンを止める力が無い以上、ここに残っていても意味がありません。それにまだ時間はあるのです、出来る限りの私財を持ち出せるよう取り計らいます。どうかご容赦願いたい」

 

パオロの言葉に事務官は力なく笑うとゆっくりと踵を返した。その落ち込んだ背中にどう声を掛けるか迷っている間に、事務官は扉にたどり着き、振り返りながら口を開く。

 

「…連邦軍は、連邦市民の生命と財産を守るべく存在しているらしいですな。どうやら我々は連邦市民では無いようだ」

 

パオロが返事をする前に事務官は扉をくぐってしまう。何も言葉を返せずパオロは大きく溜息を吐くと、背もたれへ身を預けた。

 

「何のための連邦軍、否定出来んな」

 

守るべき国民を守れず、どころか彼らを置いて自分たちは逃げ出すのだ。無論それが任務である事は理解できている。だが、理解と納得は別の問題だ。

 

「中佐…」

 

「すまんな、年寄りのセンチメンタルだ。物資の搬入状況と兵の収容はどうなっている?」

 

パオロの言葉に顔を歪ませる真面目な少尉に詫びながら確認する。

 

「はい、中佐。港湾区に残っていました無事なMSのパーツは全て搬入が終わりました。残念ながら積み込み準備中であった6機は全て大破とのことです。兵士については緊急処置の必要な者は全員行政区にある中央病院へ搬送済みです。しかし負傷者が多く衛生兵のみでは対応出来ないため、現在行政区より派遣されております医療スタッフを加えて基地内に野戦病院を設置、治療に当たっています」

 

「無事な人員はどの程度かね?」

 

「ホワイトベースのクルーについては艦内待機であったため、ほぼ被害は出ておりません。パイロットについては、第三小隊メンバー全員の死亡が確認されました。第四小隊は全員の生存が確認されております。候補生は3名が生存を確認、14名が戦死、8名がMIAです。…基地守備隊に関してはまだ詳細が上がってきていませんが、大凡6割が戦死あるいはMIAとのことです」

 

目を覆いたくなるとは正にこの事だとパオロは思わず唸ってしまう。サイド7守備隊は800名の増強大隊ではあったが、あくまで歩兵が主体だった。しかも宇宙軍ではMSに注力した分他の装備は遅れており、陸軍のラーティのようなMSに対抗出来る装備も無かった。

 

「慢心のツケだな。無事な人員と負傷兵の収容を急がせてくれ。大尉の予想が正しければあまり時間は無い」

 

生産設備は惜しいがここに軍が留まればコロニーが再び戦場になってしまう。そして先ほどの事務官の態度からすれば最悪民間人が敵になりかねない。負傷兵も動かせないような者以外は出来る限り収容しルナツーへ預けるのが良いだろう。

 

「急ごう、敵は待ってくれはせんだろうからな」




サイド7の人数について。
一応建設中のコロニーなので定数以下かつ軍の人間が入り込んでも溶け込めるだけの経済基盤及び施設が運営出来る人数と言うことでかなり盛っています。
普通にホワイトベースに乗るきるような人数(それが全住民の数%としても)で社会が十全に回せるとは考えられないからです。


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第六十七話:0079/09/21 マ・クベ(偽)と頭上の悪魔

よし、ガンダム大地に立った。
次いくよー。


夕方のスコールが嘘のように、雲一つ無い星空が広がっている。コジマ大隊の駐屯しているダレイビル基地から北におよそ20キロ、旧パックク・タイガー保護区に仮設されている監視基地に勤務しているイ・スンウ軍曹は横で勤務中だというのにヘッドホンを外さない同僚に苦言を呈した。

 

「ホセ、真面目にやれ。いい加減隊長から殴られるぞ?」

 

東南アジア戦線は、4月頃の攻勢が嘘のようにここ数ヶ月は小康状態に陥っており、兵士の士気は非常に低くなっていた。

 

「はっ!勤務中に商売女を連れ込んでる隊長がなんだってんだよ」

 

そう言って取り出したガムを口に放り込むとホセは帽子を目深に被り直して居眠りの姿勢をとる。職務放棄甚だしい隊の連中に諦めの溜息を吐きながら、イ軍曹が監視用のスコープを操作していると、モニター横に設置されている音響センサーに微細な反応があった。

 

「ん?なんだ?」

 

ジオンの航空機は速度が音速を超えているため音響センサーの相手は主にヘリやホバー機だ。しかしセンサーの画面に表示されている数値は高度8000m、一瞬ガウかと背筋を凍らせるが、それにしては反応が微弱だし何より速度が遅すぎる。

 

「おい、おいホセ!ちょっと見てくれ!」

 

分析官としての才能を持った同僚に声を掛けると、億劫そうに起き上がったホセ軍曹は、何故かこちらを見て驚愕の表情を浮かべた。

 

「ホセ?」

 

その様子を訝しみ、振り向いたイが最後に見たものはモニターに映った空に浮かぶ幾つものモノアイの光と、そこから放たれた極大の光条だった。

 

 

 

 

今生において、今日という日は絶対に忘れられない日になると思う。ガルマ様経由で届いた報告を見て思わずガッデム!って叫んでしまい、ウラガンに可哀想な奴を見る目で見られたが俺は悪くない。いやね?だって、君が言った通り戦力増やして偵察したよ!増やした倍以上の敵MSが出て来てたこ殴りにされちゃったけど!なんて報告をどう処理しろと言うのか。

え、何、何なの?倍以上ってどういう事?しかも90ミリが効かなかったって、それってつまりガンダムをガチ量産してるって事?何だよそれ、ジオン驚異のメカニズムも裸足で逃げ出す悪夢なんですけど。

 

「敵新型艦はコロニーを出港。追跡するもルナツーに入港したため追跡を断念…か。赤い彗星も貧乏クジを引いたな」

 

「それにしてもこの報告は何です?宇宙軍はボーイスカウトでも雇っているんで?」

 

横から報告をのぞき込んでいたシーマ中佐が呆れた声を出す。指導員の言いつけを守れるボーイスカウトに失礼だろうなんて思いながら、ドズル中将の名誉のために口を開く。

 

「宇宙軍は先日漸く定数を揃えたばかりだからな、質の向上はこれからだったんだろう。実にタイミングの悪い事だがこればかりは仕方が無いな」

 

戦争だからね、全部こっちの都合でどうこうは出来ないよ。しかしこれちょっと不味いなぁ。

 

「報告が確かならコロニーの被害は軽微、だとするとこの新型艦を逃したのは危険かもしれん」

 

「どういう事です?」

 

「連中はあそこでV作戦とやらをしていた。これがMSの開発計画なら、この艦にはそれを造った連中も乗っていると言うことじゃないかね?」

 

もちろん最初の襲撃で死んでくれている可能性も無い訳ではないが、楽観は良くない。

 

「つまり、MSより厄介な荷物がその艦には積まれていると。しかしそうしますと不味いですね…」

 

「そうだな」

 

シーマ中佐の言葉に俺も同意する。ルナツーに逃げ込まれた以上簡単には手が出せない。それに地球に降りるにしても新造艦…恐らくホワイトベースだろう艦を使わなくてもいい。最悪複数の艦艇に分乗したりホワイトベースを囮にして自分たちはシャトルで移動、なんて方法だってある。ただ、読んだ限り普通に迎撃されたっぽいから、最悪の事態であるキリングマシーン入り白い奴は生まれていない。ならまだやりようはあるだろう。

 

「だがまだやりようはある。こちらは軌道上を押さえているからな。そこで待ち伏せすれば高確率で発見できるだろう」

 

報告を見る限り民間人も乗せていないだろうし、ここは景気よくでっかい流れ星になって頂こうじゃないか。

 

「衛星軌道…大気圏突入のタイミングで仕掛けると?かなりリスクの高い攻撃になりますね」

 

今の所大気圏突入能力のあるMSは無いからね。

 

「余計な事をして取り逃がしたのはあちらの失態だからな。そのくらいのリスクは承知して貰わねば困るよ。それに何も無策でやれと言う訳じゃ無い」

 

「そりゃまたどんな魔法を使うんで?」

 

魔法なんて大したもんじゃないよ。てか何で皆俺が何か言うと魔法魔法言うかね?…はっ!まさか30超えて清い体だとという都市伝説のせいか!?ど、どどどうていちゃうわ!

 

「単に近くに回収用のコムサイか何か、突入能力があってある程度荷物が運べる、連邦軍も使っている連絡艇があるだろう?あのあたりを先行させておいて攻撃後回収すればいい」

 

名付けてなんちゃってフライングアーマー作戦。ただし一回やると敵にも真似されて大気圏突入のリスクが跳ね上がる諸刃の剣、素人にはお勧めできないとか凄腕スナイパーが言ってくれるかもしれない。因みに聞いたシーマ中佐はドン引きしている。

 

「何というかジブラルタルの時も思いましたが…。大佐は頭のネジが幾つか無くなっていますなぁ」

 

はっはっは、褒めても何も出ないぞう?

 

「問題は現状衛星軌道に展開している部隊がMA主体である事だな」

 

流石にザクレロは回収出来ん。ついでにここで失敗するともう打つ手が無い。ジャブロー上空の制空権は連邦に握られているから大規模な迎撃部隊なんて送り込めんし、ジャブローへのハラスメントもガウでなくアッザムでやっているから爆撃していた頃に比べると対空システムがかなり復旧してるっぽいんだよね。ガルマ様からヴェルナー中尉貸してくんない?って何度も言われてるし。

 

「一度ガルマ様に話してみるか」

 

そう言った矢先にエイミー少尉が入室し、元気な声で報告をした。

 

「失礼致します!ラサ基地のサハリン少将より連絡が入っております!」

 

おや、またなんかあったんけ?まあ、通信室には行く予定だし丁度いいや。

 

「解った。ウラガン」

 

「はい、ガルマ様にアポイントメントをとっておきます」

 

「頼んだ、ではエイミー少尉、行こうか」

 

 

「お久しぶりです、准将。昇進の時はお祝いの連絡も出来ず申し訳ない」

 

前と顔色は余り変らないが、疲労を感じさせない口調でギニアス少将がそう切り出した。

 

「気にしないで下さい。そちらも開発が佳境だったのでしょう?アレの完成に比べれば私の昇進など些事に過ぎません」

 

「そう言って貰えるなら幸いです。今日連絡しましたのは、その不義理分を取り返そうと思いまして」

 

「取り返す…まさか!?」

 

「はい、まだ手直ししたい部分は多々あるのですが…完成です。今朝方全てのテストを終了し正式にアプサラスの完成報告を致しました」

 

まじかー。いや、ほんとまじか。だってまだ9月だよ?そら月の終盤だけど、それでも史実より2ヶ月近く早いじゃん。それも突貫工事じゃなくて、少なくともギニアス君が完成と言えるレベルの出来映えなんでしょ?これは正に天佑じゃなかろうか。

 

「おめでとうございます少将。遂に本懐を遂げられたのですね」

 

「有り難うございます、准将。約束通り、1号機はそちらに送らせて頂きます。…それと実はもう一件お話がありまして」

 

「はい、何でしょう?」

 

「実は、近々本国へ戻ることになります。アプサラスの改善と製造については引き続きラサのスタッフがやってくれますが、残念ながら私の戦争はここまでのようです」

 

その言葉に内心が表情に出てしまったんだろう、モニター越しのギニアス少将が慌てて言いつのる。

 

「ああ、勘違いしないで下さい。今日明日死ぬ訳ではありません…むしろこの先を生きるために私は本国へ帰るのですよ」

 

どうもアプサラスが完成したので本格的に本国で治療に専念するとのことだ。宇宙線被曝はスペースノイドにとって実はかなり身近な事だ。ギニアス君くらい重度になった人は少ないが、案外軽度の被曝だと薬の服用と遺伝子治療なんかで完治しちゃったりする。そもそも重度に被曝したギニアス君がここまで生きているくらいなんで、その医療レベルは油断したら人類をコーディネイト出来てしまうレベルやもしれん。なんか大人になった赤いのが議長とかになって全人類ニュータイプに改造します!これぞデスティニー計画!とか言い出しそうで怖い。

 

「そうですか、寂しくなりますが仕方ありませんな」

 

少将の命には代えられないもんね。

 

「後任はノリス・パッカード大佐にして貰う予定です。それでオデッサへのアプサラスの移動についてなのですが」

 

そう言われて俺はちょっとしたイタズラを思いついた。これ、もしかしなくても使えるんじゃね?

 

「ギニアス少将。つかぬ事をお聞きしますが、例のブースターも完成しているのですかな?」

 

「ん?ええ、所詮ただの化学ロケットですから。むしろ本体より先に完成していますよ」

 

「Iフィールドの搭載は?」

 

「そちらも完了しています。ただ冷却の問題から連続運転は10分です、その後は3分ほどのクールタイムが必要です」

 

成程、成程ね…。

 

「少将。申し訳ありませんが、オデッサへ送って頂く前に一度やって頂きたいことが」

 

「やって欲しい事…。准将のお願いなら断れません。一体何をすれば良いのですか?」

 

そう言う少将に俺は笑顔でこう告げた。

 

「ちょっとジャブローへ挨拶に行って頂きたい」




アプサラス本作のについて。
原作と同様のザク頭一つでマルチロック(つまり複数目標を追尾し続ける)が実現出来ずギニアス君が悩んでいたので、どっかの基地司令が
「1個で出来ないなら沢山付ければ良いんじゃね?」
などと言った結果、全身に多数のモノアイを持つイロモノMAになりました。
イメージは百々目。
モノアイレールの都合上、原作より装甲が弱くなっているという脳内設定です。


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第六十八話:0079/09/22 マ・クベ(偽)と追撃

たまぎれー


「こうも早く汚名返上の機会が頂けるとは思いませんでした」

 

大急ぎで補給が行なわれているファルメルを見ながらシャアはそうコンスコン少将に告げた。コロニー脱出後、機体は放棄したがパイロットは無事だったラル大尉の部隊に無傷だったシャアとスレンダーのS型と予備のR型を渡し、ラル隊は新造艦の監視に残り他の隊は全速でソロモンへ戻ったのだ。

 

「新兵の質の低下はお前さんだけのせいでは無いからな。ドズル閣下も強くは言えんさ。それに今回の作戦指揮官は俺だからな。責任があるとすればジーン伍長を外さなかった俺にもある」

 

これ以上は不毛な謝罪合戦になると察したシャアは話題を変えるべくもう一度ファルメルに視線を戻した。

 

「しかしとんでもない事を思いついてくれるものです。大気圏突入のタイミングで攻撃を掛けろとは」

 

そう口に出せば、コンスコン少将は鼻を鳴らした。

 

「サイド7の偵察情報からすればルナツー内の工廠はまだ十分に揃っていないのだろう。だとすれば開発者達がジャブローに逃げ込む可能性は大いにある。そして現状最もたどり着ける可能性が高いのがMSを搭載したあの新型艦だ。だからあの艦が出港するのをみすみす見逃す訳にはいかんよ。まあ我々からすればルナツーに引き籠もられるのが一番厄介だがね。少佐もそう思うからR型を強請ったんだろう?」

 

そう言う少将にシャアは肩をすくめて見せた。

 

「生憎R型は頂けませんでしたが」

 

「ルナツーの動きに釣られたのが痛かったな。予備機が全て出払うほどとは…しかしあれは大丈夫なのか?」

 

あれとは今まさに積み込もうとしている試作機の事だろう。最悪地上に降りる必要があることから汎用機、それもR型以上の機体をとドズル中将が用意してくれたのだが。

 

「カタログスペックは間違い無くR型より上ですし、何よりビームに対応しているとのことですから。まあ、以前の醜聞が払拭されていることを祈ります。それに地上でR型が厳しいのも事実ですから」

 

現状のR型は宇宙専用機として制御プログラムも専用の物になっている。このため重力下では満足に動けない。かといってS型では重力にひかれながらの軌道上での戦闘はリスクが高すぎる。推力不足が否めないからだ。当然だがF型に至っては論外だ。

 

「まあ、乗る本人が納得しているなら俺から言うことは無い。だが無理はしてくれるなよ?少佐にはまだまだ働いて貰わにゃならんことが幾らでもあるんだ」

 

そう少将が溜息交じりに言う。今回の作戦は試作機のテストパイロット達が参加してくれるが、その後に補充が予定されている兵士達はジーンより若い上に技量も低いらしい。配属前に貰ったプロフィールを見たドレンが思わず唸ったほどだから正直頭が痛いことになりそうだ。

 

「失礼します。ジャン・リュック・デュバル少佐であります。着任の挨拶に参りました」

 

そんなことを考えているとドアがノックされ、金髪をオールバックにした何処か几帳面さを感じさせる少佐が入室してきた。

 

「うん。この臨編艦隊を預かっているコンスコン・バルツァ少将だ。貴官の働きに期待する」

 

「シャア・アズナブル少佐であります。宜しくお願いします」

 

「おお、あの赤い彗星と轡を並べられるとは光栄です。こちらこそ宜しく」

 

ジャン少佐はそう笑って答礼の後握手を求めてきた。悪い人物では無さそうだと思いつつシャアは手を握り返す。

 

「早速で申し訳ないのですがデュバル少佐、機体についてご教示頂けますか?マニュアルだけではどうにも限界がある」

 

「問題ありません。バルツァ少将、宜しいでしょうか?」

 

「ああ、構わんよ。時間が無くて悪いが出来る限り頼む」

 

「承知しました、最善を尽くします」

 

コンスコンの言葉にシャアも敬礼をしジャン少佐と共に部屋を出る。

 

「せめて部下の敵くらいはとらせて貰うぞ。連邦のMS」

 

 

 

 

アプサラスでジャブローをノックしてもしもし作戦をガルマ様に伝えたら、お前は一体なにを言ってるんだって顔された。

いや考えてるんだって。端的に言ってしまえばコムサイがジャブロー上空に落下してしまった場合の保険にしたいのだ。無論コムサイには大気圏飛行能力があるから普通に行けば問題無いが、予想外のことは起きるものとシーマ様も言っていた。

流石にこちらから提案した作戦である以上、尻持ちくらいしなければ寝覚めが悪い。

 

「何事も無ければ飛ばさずに置けば良い訳です。まあ、準備してくれる兵には苦労を掛けますが」

 

「その位なら問題無いだろう。元々アプサラス1号機の運用はオデッサに任せる方針だったしね」

 

そう言えば普通にギニアス君にアゲルヨーって言われたからモラウヨーってしたけど、こんな戦略級の兵器基地司令同士の口約束で動かして良いもんじゃないよな。え、でも上で話ついてるとか初耳だし、他の方面の人達嫌な顔しなかったの?

 

「むしろ准将のところを経由しないで来る新型の方が嫌がられると思うぞ?」

 

そりゃ随分な高評価。

 

「有り難うございます。これも優秀なスタッフを集めて頂いたおかげです」

 

そう俺が言うとガルマ様は変な顔をした後、何故か苦笑した。

 

「君はそう言う奴だったな。そうそう、話は変わるがMS-11、正式に名前が決まったな。ゲルググだそうだ」

 

「開発中のペットネームをそのままですか。ジオニックの自信が窺えますな」

 

「本国の生産はこちらへ全てシフトするそうだ。姉上からキャリフォルニアでも生産ライン立ち上げ準備に入るよう打診があった。そちらには来ていないか?」

 

オデッサは抱え込んでるからなぁ。

 

「まだ来ておりません。ですがそう言う事なら時間の問題でしょう。またスペースを確保しなければなりませんな」

 

今の内にジオニックの技術者経由で組立マニュアル入手してグフとザクのラインあたりに配布しとこう。どうせどっちか閉じなきゃ作業者確保できん。そうなるとスペースもそこでいいのかなぁ?ああ、でもゲルググってザクよりでかいんだっけ?ダメだ、情報が足らん。

 

「こちらでも行うが、恐らくゲルググの重力下仕様のフィッティングは准将のところがメインになるだろう。ああ、もしかしてあの件も込みで通達があるのかもしれないな?」

 

あの件?

 

「おっといかん。まだ軍機だった、忘れてくれ准将。はあ、私もまだまだだな」

 

すっげえ気になるんですけど!?しかし軍機と言われれば逆らえぬ、哀しきは宮仕えよ。その後2~3適当な世間話をした後通信を終える。エッシェンバッハ氏からの婚約発表まだですかオーラが凄まじいとかガルマ様の恋路は順調のようだ。幸せになって欲しいものである。そんなことを考えつつ、その一方でどうにも拭えない不安を俺は感じていた。

サイド7の偵察から始まった一連の物語。それと報告書に書かれた、新兵の暴走による偵察の失敗と新型艦のサイド7脱出。日付も装備も変わったというのに何故こうも同じ事象が起きるのか。歴史の修正力?冗談じゃない、ここは良く似た別の世界だろう?そう自分に言い聞かせても不安は拭い去れない。だったらするべき事は決まっている。

 

「不安を拭う方法はただ一つ。対策し行動する、それだけだ」

 

 

 

 

「殺人的な加速だな!これは!」

 

出航直前に、一度くらい実機を動かしてみるべきだというコンスコン少将の忠告に従いソロモンの演習宙域で模擬戦をする事になったのだが、機体を加速させたシャアの最初の感想はそれだった。ルナチタニウムを惜しみなく使い強度を引き上げつつ軽量化を果たしたヅダの加速は正しく規格外であり、何時もの調子でパイロットスーツを着ずに出たシャアはその事を若干後悔した。しかし相手はそんなことはお構いなしにこちらへ照準してくる。

 

「ちぃっ!」

 

機体をバレルロールさせ射線から逃れるが、今度はその回転Gで視界がブラックアウトしかける。そしてそのせいで動きが直線的になり、バレルロールからほんの数秒でシャアは撃墜されるという不名誉を賜った。

 

『ですからパイロットスーツを着るべきだと言いました』

 

「申し訳ありません。デュバル少佐」

 

若干呆れを含んだ声音がスピーカー越しに流れる。その声にシャアは何故か懐かしさを感じ、疑問に思った。ジャン少佐とは今回が初めての出会いであるし、彼の声が誰かに似ていると感じた訳では無かったからだ。

 

『とにかく一旦戻りましょう。これでは訓練にならない』

 

「はい、お手数をお掛けします」

 

そう言って戻るジャン少佐のヅダの背中を見てシャアは得心した。

ああ、そうか。誰かに注意されるなど、何時以来の事だろう。

元々何においても優秀な部類だったシャアは注意を受ける事が幼少期から少なかった。それが地球に亡命してからはより顕著だったように思う。義理の両親は逃れてきた幼子を温かく迎えてくれたが、あまり怒るという事は無かったし、自称後見人だったあの歪な妄念に駆られた老人の叱責はシャアの心に何ら響くことは無かったからだ。身分を偽って軍に入った後も成績優秀な自分は称賛こそ受けたが、誰かにその身を案じて注意を受けるという事には終ぞ会わなかった。そうしてみると、自身が反省し注意を真摯に受け止めるべきだと感じたのは何時かと思い返せば、幼少の頃庭の木に登り見事に落ちて危うく怪我をする所だったのを、ラル家の青年に助けられ思い切り怒られた時しか思い出せず、思わずシャアは吹き出してしまった。

 

『アズナブル少佐?』

 

「ああ、いえ、申し訳ありません。少しむせてしまいまして」

 

『体調が優れないなら一度医師の診察を受けた方が良いのでは?』

 

「有り難うございます。ですが問題ありません、パイロットスーツを着たら直ぐ再開して下さい」

 

そう言ってシートに身を沈めると、シャアはゆっくりと息を吐いた。我ながら随分と歪に育ったものだ。こんな自分を母も妹も許さないだろうし、間違っても人の上に立つべき存在ではないだろう。誰からも教えられず、導かれなかった者が、どうして人を導けるというのだ。

だがそれでいい、自分はただ自分の思いを遂げられればそれでいい。それで人類がどうなろうが知ったことではないからだ。

 

「愚かな復讐者、私にはその位がお似合いだ」

 

格納庫は目前に迫っていた。




嘘みたいだろ?この数話で2日しか進んでないんだぜ?


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第六十九話:0079/09/23 マ・クベ(偽)と衛星軌道

通算UA3000K突破記念。
頑張ったよ…俺…。
イベント?知らない子ですね?


「護衛も無しに地球へ降りろだなどと…ルナツーの引きこもり共は本艦の重要性が理解できていないのではありませんか?」

 

出港以来何度目になるか解らない副長の不満声にパオロは溜息を吐きながら同じく何度目になるか解らないセリフを返す。

 

「無茶を言うな、アンドリュー大尉。ワッケイン少将はよくやってくれている。それにこの件については話し合った結果だろう?隠密性を考えれば単艦での行動の方が察知されにくい」

 

「小官は一般論を申した上げただけであります。それを少将個人への誹謗と捉えられるのは心外です」

 

大尉の物言いに腹部が重くなるのを感じながらパオロは考える。そもそも攻撃があるとすればMSの襲撃になるだろう。そうなった時にサラミスやマゼランがどれだけ頼りになるかと言われれば正直疑問だ。特にルナツーに残っている艦艇は大戦前に建造された艦ばかりだから、防空の大部分をミサイルに依存しており、ミノフスキー粒子下の戦闘ではその性能を大幅に落としてしまっている。

 

「しかし的が増えれば本艦への攻撃も相対的に減少します、どうせまともに戦えない旧式などいっその事…」

 

「大尉!」

 

「本艦の重要性に比べればそのような旧式艦の損害など考慮に値しません!小官の言うところは誤っておりましょうか!?」

 

「大尉!!」

 

味方を平然と捨て駒扱いする副長に頭痛を覚えながらそれ以上言わせないために声を上げる。この大尉は士官学校を首席で卒業したらしいのだが、人格、能力面に些かどころではない問題を抱えているようにパオロは思う。訓練や慣熟航海の際に問題を起こさなかったために認識できていなかったが、その思考は柔軟性に欠け自己中心的発言が目立つ。典型的な勉強だけ出来るタイプの軍人だ。こんなのが首席とは士官学校の質も随分落ちた、などと密かに溜息を吐きながらパオロはせめてブリッジの気まずい空気を変えるために大尉に命じた。

 

「…レイ大尉と打ち合わせをしたい。悪いが呼んできてくれ」

 

「そのような些事に小官が携わる価値があるのでしょうか?それよりも通信機の使用を許可頂きたい。小官が説得すれば頑迷なるルナツー司令部の敗残兵達も必ずや我が崇高なる使命に感涙し、その命を悉く捧げることでしょう!」

 

頭痛を通り越し目眩を覚え始めたパオロ艦長は、必死で体を支えながら言葉を絞り出す。

 

「残念だが敵に発見される恐れがあるので通信機の使用は許可できない。それよりも君には重要な任務がある。大尉を呼ぶのと一緒に艦内の被害状況や兵の様子を確認して欲しいのだ。こんな事は優秀で職務に誠実な副長である君にしか頼めん」

 

そう言ってやれば、先ほどまでの不機嫌が嘘のように大尉は上機嫌で敬礼すると周りの雰囲気など気にもとめずにブリッジから出て行った。

 

「寒い時代か、少将の言う通りだな」

 

 

「曹長!伍長!貴様らさっきの動きは何だ!」

 

テム大尉を呼ぶために格納庫へやって来たアンドリューが見たのは据え付けられた鉄パイプを掴み足を必死に回す--所謂自転車漕ぎと呼ばれるシゴキ--パイロット達の姿だった。あれは確か第一小隊の隊長のブルース・ブレイクウッド中尉だ。先の戦闘で部下2名が負傷しその乗機も大破したため、候補生でありながら実戦でザクを撃退したシェーンベルク兵長を戦時昇進で伍長に、更に以前からレイ大尉の下でシミュレーターのサンプルデータ作成に携わっていたという子息のアムロ・レイ曹長の2人と倉庫で埃を被っていた試作機を与えられていた。陸軍上がりの典型的な脳筋的行動をとる中尉の行動に蔑んだ視線を送った後、周囲を見回せば、件の試作機に張り付いて何やら忙しげに動いているレイ大尉を見つけた。

 

「レイ大尉、艦長がお呼びです。ブリッジへ上がって下さい」

 

そう近づいて声を掛けると、レイ大尉は振り向きもせず応えた。

 

「すまんがガンダムの整備が難航していて手が離せん。艦内通信で良いだろうか?」

 

その如何にも技術屋らしい物言いに内心溜息を吐きながら、鋼の自制心でそれを表に出さず、アンドリューは口を開く。

 

「承知しました、では可及的速やかに対応をお願いします。小官にはまだ任務がありますのでこれで失礼します」

 

そう言って踵を返す。途中艦内の様子を見たが艦の損傷はともかく兵の状況はかなり悪い。皆自身がどれだけ重要な任務に就いているかまるで理解が出来ていない。

この艦の命運は自身の双肩にかかっている。アンドリューはそれを確信しつつ足早に視察を続けるのだった。

 

 

 

 

「何とか間に合いそうですな」

 

「ええ、ですがかなりシビアな戦いになるでしょう」

 

シャアの返事にジャン少佐は黙って頷いた。装備の慣熟こそパイロットの才覚から短時間で完了したが、戦力としては軽巡洋艦2隻にMSが2個小隊、現地で合流できる艦艇も精々軽巡2隻にMAが2機、そしてMSが1個小隊だ。この内こちらのMS1個小隊と合流する部隊はR型であるから敵が降下を開始したら戦闘には参加できない。艦艇数では上回っているが大気圏突入能力の無いムサイを低軌道まで進出させるのはリスクが高すぎる。おまけに敵は最低でも5機のMSを搭載しているらしいので数的有利で戦える時間は限りなく短くなる。

 

「おまけに90ミリの効かないバケモノMSですか、頭の痛いことです」

 

装弾数も多く高初速な90ミリは対戦闘機や対空火器を潰すには極めて有効であったが、今回の件で威力不足が懸念される事になった。

 

「開発部もまさかザクの倍近い装甲厚は想定していなかったのでしょうな」

 

実際90ミリはジオンのMSであれば全ての機体を1000mにて貫通可能だ。報告によればそのMSは200mでも貫通出来なかったというのだからその装甲は驚嘆に値する。

 

「用意出来たビームライフルは1挺。それも試作型で装弾数は10発、残りの者はバズーカで対応するしかありませんね」

 

現状提案されているプランはこうだ。まずMA2機による高速一撃離脱を実施する。ここで仕留められれば良いが、仕損じた場合R型の2個小隊、そしてムサイ4隻を持って敵MS部隊を誘引。この際ヅダの内ビームライフルを装備したシャア機もこちらに参加し、出撃してくるであろう敵指揮官型を処理する。この間にバズーカを装備した残りのヅダとMAで敵艦を攻撃、撃沈を狙う。これでも敵艦が仕留められなかった場合、ムサイ及びMAは離脱、コムサイを降下させ低軌道においてMSによる最終攻撃を行なう。撃沈が理想だが、不可能と判断した場合、味方占領地域へ降下ポイントをずらすことでジャブローへの降下を阻止する。これを僅か30分でやれというのだから、どれだけタイミングがシビアか解るだろう。

 

「あの時仕留められていれば…」

 

サイド7から出港する直後、ランバ大尉だけを残さず残存戦力全てで攻撃していたならあるいは。そう考えながら、恐らくそれは困難であっただろうとシャアは思う。あの時残存していたMSは3個小隊、MAも1機あったが武装面ではかなり貧相だったのだ。バズーカは2挺だったし、他の機体は全て90ミリで武装していたから指揮官機の対応にバズーカを振り分ける必要があった。しかもその指揮官機のパイロットはあの青い巨星に手傷を負わせるだけの技量があったのだ。その上量産機でさえこちらの機体を一撃で撃破出来る火力を有しているとなれば、あの新型艦を沈めるために、恐らく部隊は全滅していただろう。

 

「済んでしまったことは仕方ないでしょう。それに軌道パトロール艦隊は精鋭揃いと聞きます。技量で言えばそれ程分の悪い賭けにもならんでしょう」

 

確かに軌道パトロール艦隊に所属するパイロットは、その任務の性質上現在の宇宙軍の中でも最も実戦経験が豊富な連中だ。だがそれは対艦対戦闘機に関してであり、対MSについては正直未知数だ。それにあくまで彼らは打ち上がってきた敵艦を仕留めているのであって降りようとしている艦との交戦経験は無い。

 

「嫌な気分ですな、戦場の霧に包まれた中での戦闘とは」

 

ルウムで初めてミノフスキー粒子下での戦闘を経験した連邦兵も同じ事を考えたのだろうか?そんな答えのない疑問にシャアは思考を飛ばしながら、近づいてくる友軍艦艇を見つめていた。

 

 

 

 

「難しいでしょう、ジムに大気圏突入能力はありません」

 

パオロ中佐の問いにテムは顔をゆがめながら答えた。当初機体の整備状況や損傷機体の復旧状況を聞かれていたのだが、声を潜めたパオロ中佐が唐突に聞いてきたのだ。

こちらのMSは大気圏に突入しながら戦えるか?

無茶苦茶を言ってくれる。テムは内心で頭をかきむしった。確かにガンダムには開発時に提示された、単独での大気圏突入能力の付与という馬鹿げた要求を満たすための装備がある。しかし当然であるがそれは単に突入できる能力であって、戦いながら突入出来る能力ではない。加えてジムはコスト削減のため装甲材をダウングレードしたので同じ装備では当然ながら大気圏突入は出来ない、なのでそれならばと装備その物を取り外してしまっている。

 

「つまり突入中はこちらのMSは無力化される訳だな大尉?」

 

「はい、ですが我が方のMSはジオンのMSよりも耐熱性において優越しております。こちらが手を出せない状況ならばあちらも手を出せないのでは?」

 

「普通に考えればそうだ。だがな大尉、襲撃してきた敵機に赤い機体が居たという報告があった」

 

「赤い機体?」

 

「聞いたことがあるだろう、赤い彗星だ。ルウムでの戦闘記録を見たがあれは普通の相手ではない。あれはこちらの常識の裏を掻くタイプの人間だ。つまり我々が大気圏突入時に攻撃は無いと考えているなら、奴は確実にこのタイミングで仕掛けてくるだろう」

 

何故そこまで確信できるのか。それが表情に出ていたのだろう、パオロ中佐は説明を付け加えた。

 

「ルナツーを出た際にサイド7から追跡していた敵艦の反応が消えた。つまり今連中は我々の位置が解らん。仮に宙域の何処かで仕掛けるつもりなら、私なら接触を絶たん。ならば確実に捉えられる、我々が絶対に現れる位置で待ち伏せをしていると考えるべきだろう」

 

「では突入先を変えるのはどうでしょう?マドラスや東南アジアならばまだこちらの勢力圏では?」

 

「残念だがそちらを選択しても数分の時間稼ぎにしかならん。そして衛星軌道上にはアレが居る」

 

「…あのグレムリンですか」

 

グレムリンとはジオンが2ヶ月ほど前から投入してきた大型兵器で、あちらではMAと呼ばれているものだ。

軌道上には艦を墜とす悪魔が棲んでいる。

誰が言い出したか知らないが、事実打ち上げられる艦艇や護衛の高高度迎撃機を、一切の区別無くたたき墜とすその所業は正しくグレムリンの名に相応しい。

 

「時間を掛ければ掛けるだけ我々は不利になる。そしてどのみち戦わずに地球へは降りられんだろう。すまんがMSの準備は万全で頼む」

 

「…技術大尉として確約は出来かねます。ですが最善は尽くします」

 

「すまんな」

 

その言葉を最後に通信が切れる。テムは大きく溜息を吐くと、小隊長にしごかれているアムロ達に近づいた。

 

「中尉、すまないが曹長を借りても良いかな?次の作戦で彼に使って貰う装備の説明がしたい」

 

「大尉殿。…仕方ありませんな。今日の訓練は終了!解散!」

 

訓練を邪魔された中尉は渋い顔になるが、テムの様子から本当に重要であると察してくれたようだ。

 

「た、助かったよ、父さん」

 

その場にへたり込むアムロの腕を掴みガンダムへと投げる。空中に放り出されたアムロは手足をばたつかせるが、それは何の効果も生まずガンダムへぶつかった。

 

「ここでは大尉と呼べ、曹長。それに助けたのでは無い、必要だから呼んだだけだ」

 

そう言ってふて腐れた顔になるアムロへ地面を蹴って近づく。

 

「いいか、アムロ。お前が甘えれば甘えるだけこの場に居る全員が死に近づく。不平不満も言いたいこともあるだろう。だがそれは生きて帰ってからにしろ」

 

そう言ってテムはアムロをコックピットへ押し込む。

 

「もうすぐ敵が来る。それまでにお前がこれをどれだけ使いこなせるようになるかで我々の生死が決まる」

 

その言葉に不安な顔になるアムロにテムは努めて笑顔を作り口を開いた。

 

「心配するな。軍は厳しいが出来ん事をやれとは言わん。あの中尉だってお前が出来ると信じているから出来ない事を怒るんだ」

 

「とう…大尉もですか?」

 

そう聞くアムロにテムは大きく頷いて肯定を返す。

 

「もちろんだ。第一お前は私の自慢の息子だぞ?」

 

小さく、だがしっかりと頷くアムロに満足しながらテムは準備を始める。地球はもうすぐそこまで迫っていた。




正規の軍人が皆有能な訳ではない。(言訳のつもり)
旧式艦の防空がミサイル依存は独自設定です。
だって対空機銃少なすぎるし!(WW2脳)


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第七十話:0079/09/23 マ・クベ(偽)と重力の井戸

まだだ、まだ焦る時間じゃあ無い。
あ、今週分です。


『緊急警報!緊急警報!軌道上にて友軍より支援要請!フライダーツ各機スクランブル!これは訓練では無い!繰り返す!これは訓練では無い!』

 

「ジャブロースペースコントロールよりフライダーツ各機へ、護衛対象はSCV-70。対象は現在有力な敵戦力の攻撃を受けている。可及的速やかに…」

 

鳴り続ける警報と矢継ぎ早に繰り出されるオペレーターの指示を聞きながらヨハン・イブラヒム・レビルは椅子へ深く座り直した。

 

「なんとか、無事にたどり着いて欲しいものだ」

 

無論それが容易でないことはヨハン自身も十分理解している。だが一方で僅かでもその希望が感じられればこそ、彼はなけなしの高高度迎撃機を増援として送り出したのだ。

レーダーが使えない今日は指揮官にとって非常に歯がゆい戦闘になる。作戦室の中央に置かれている戦術モニターはその役目を放棄して久しく、今では監視用の偵察機から送られてくる光学映像を映し出すだけの贅沢なテレビに転職している。はっきり言ってその映像から詳細な戦況分析なぞ出来る訳もなく。大凡の雰囲気で増援や撤退を指示する程度、戦闘は完全に前線の指揮官任せとも言える。

 

「条件は相手も同じ、後は兵の練度と装備か」

 

光の入り乱れるモニターを睨み付ける。自然手に力が入り、持っていた報告書が潰れて音を立てた。

 

SCV-70、ジオン軍と会敵。接触せる敵大型兵器2機中1機を撃墜せり。されど敵は増援としてMS9機を投入、当艦単独での迎撃は困難。至急救援を請う。

 

読み上げたオペレーターが興奮していたのも解る内容だ。何しろ撃墜した大型兵器は今までこちらの艦艇を好き放題撃沈しつつ、ただの一度も撃墜報告が無かったのだ。それを初見で撃墜して見せたのだから期待もしてしまう。

 

「頼むぞ」

 

誰に言うでも無くヨハンは小さく呟いた。

 

 

 

 

「ザクレロを一撃だと!?戦艦並みの火力だとでも言うのか!?」

 

格納庫で出撃の準備をしながら報告を聞いたシャアは思わず声を荒げた。ザクレロが撃墜されたこともそうだが、何よりその方法だ。

敵のMSによる迎撃。それはこちらの目論見が看破されていたことを意味する。作戦を立案した者を罵倒したくなったが、一方で自身も同じ考えに至っていたという事実から口を閉ざした。

加えてそうしている間にも事態は悪い方へと推移していく。監視班が地上から上がってくる光点を複数確認したのだ。

 

「迎撃機か!」

 

性能で見ればMSと比べるべくもない機体であるが、決して無視できる存在では無い。特に防空能力に乏しいムサイにとってはほんの数機でも脅威になる。

 

「やむをえん。ムサイは高度を上げ自衛に徹しろ、MS隊は全機発進。予定どおり木馬を叩くぞ!」

 

そう叫んでヘルメットのバイザーを下げる。その時初めて、シャアは自分の手が僅かに震えていることに気がついた。

 

(怯えている。この私が?冗談では無い!)

 

苛立ちを隠すようにシャアは続けて指示を飛ばす。

 

「オデッサに連絡しろ、少々予定が狂ったと」

 

『宜しいのですか?』

 

「あちらが提案してきた作戦だ、少しくらい強請っても罰はあたらんさ。ヅダ、出るぞ!」

 

そう言ってハッチから出ると、シャアはスロットルペダルを思い切り踏んだ。今まで使っていたS型とは比較にならないGが体へとかかるが、今はその負荷が頼もしく思えた。

 

「見せて貰うぞ、連邦のMSの性能とやらを!」

 

 

 

 

迎撃艦隊からの支援要請が思ったより早く届いた。確認したらどうもジャブローが本気で援護してるっぽい。高高度迎撃機なんてあったっけ?ギャプラン?あ、フライダーツか、MSVとか詳しくねえんだよいい加減にしろ、なんて思いながらさっさとラサ基地に連絡したら、ギニアス少将が興奮しながら了解してくれたとほぼ同時にアプサラスの打ち上げ報告が来た。準備万端過ぎるだろう。もしかしなくても作戦開始前からコックピット待機してやがったな?

 

「そう言えばお聞きしていませんでしたが、アプサラスのパイロットは何という者なのですか?」

 

アイナちゃんは多分まだ宇宙だろ?まさかノリス大佐とか乗ってねえだろうな。

 

「はい、私の妹のアイナ少尉が搭乗しております。身内を贔屓する訳ではありませんが腕は確かですよ、アプサラスの搭乗時間も軍で一番です。ガンナーはヨンム・カークス大尉ですね。射撃の腕は軍でもトップクラスです」

 

乗ってんのかよ!?

 

「妹さんですか。いや、少将の選抜を疑っている訳ではないのですが。むしろ良くお乗せになりましたね?」

 

自分でお願いしといてなんだけど。

 

「あれも軍人ですから、身内なればこそ贔屓は出来ません。それにあれとアプサラスなら必ず帰ってきます。まあ、万一傷物にでもなったら准将に責任をとって貰うのでご安心を」

 

あっはっは。アカン、目がマジだ。

 

「私もアプサラスを信じていますよ」

 

そう言うと何と無し残念そうな顔になるギニアス少将。おい兄ちゃん、妹を生け贄にすんじゃありません。

そんな馬鹿なことを言っている間にアプサラスが作戦エリアに到達したとの報告が入った。よし、勝ったな。

 

 

 

 

マ・クベやギニアスの予想に反して戦況は芳しくなかった。まず到着した時点で事前に聞いていたザクレロ一機に加えMS2機が被撃墜、ムサイ一隻が大破し、もう一隻がエンジンを損傷し退避に移っていた。その原因を認識しアイナは悲鳴のような声を挙げた。

 

「指揮官型が2機!?」

 

友軍のMS部隊と戦っているグレーの機体に、敵艦を守るように戦っている機体。試験用かなにかだったのか胴が青く塗られたその機体は、巫山戯たその色と真逆に正に戦場を支配していた。

 

「残り2分!」

 

ガンナーシートに座ったヨンム大尉が叫ぶ。想定していたより敵の進入速度が速い。しかも対艦装備で出ていた友軍のMSは、青い機体と高高度迎撃機に阻まれて射点に着けていない。

 

「このまま敵艦を狙います!」

 

大尉の返事を待たずに軌道修正をする。元より今回の目標はあの敵艦だ、あれさえ墜とせば味方も撤退できる。そう考え機体を向けた瞬間、目の前が光った。

 

「効きません!」

 

青い機体が放ったメインカメラを狙った射撃はIフィールドに弾かれる。装置の搭載を進言してくれた准将や手配してくれた技術部の大佐に感謝しながら更に接近する。

 

「無駄だという事が解らないのですか!?」

 

執拗に繰り返される射撃に苛立ち叫んだ瞬間、こちらの放ったビームが虚空を切り裂く。初撃は大きく上へと逸れた。

 

「機体が揺れて照準が付けられん!拡散モードでやる!」

 

大尉の言葉で敵の狙いを悟ったアイナは、この極限下で冷静にその選択肢をとれる青いMSのパイロットに舌を巻いた。時間は既に40秒を切っている。

 

「この距離では!もっと近づきます!」

 

そう叫んだところで再び機体を震動が襲った。だがそれは先ほどまでとは違う事を、損傷を知らせるアラームが教えていた。

 

「増援!?まだ出てくるのですか!」

 

モニターを確認すれば下から機銃を発射しながら上昇してくる敵機が見えた。機銃はともかく対艦ミサイルを貰えばアプサラスでも無事ではいられないだろう。死の恐怖が胸からせり上がってくるが、アイナは奥歯を噛みしめ機体を加速させる。再び青いMSが射撃をし機体を揺らすが、その程度では今度の攻撃は防げない。

 

「喰らえっ!」

 

有効射程を知らせるアラートが鳴ると同時、大尉が再びトリガーを引く。先ほどとは違い、まるでシャワーのように広がったビームが敵艦の後部を包み込んだ。

 

「やった!?」

 

機体を旋回させつつ敵艦を見れば、右側のエンジン部と思われる部分が大きく損傷しているのが見て取れた。だが相手は未だ降下を続けている。既に味方のMSはコムサイに回収され、敵機も降下中の艦に次々と帰還している。しかし敵の青い指揮官型だけは船外に出て未だこちらを警戒していた。作戦の失敗を感じ取りアイナは奥歯を噛みしめる。その瞬間だった。

 

『まだ…だ!…まだ…終わらんよ!』

 

ノイズ混じりのその叫び声が聞こえたかと思うと、友軍の内1機が敵艦へ肉薄していく。それはシャア少佐の乗ったヅダだ。それを見た瞬間、アイナの中で覚悟が決まった。

 

「大尉、このまま私達も突入します!お覚悟を!」

 

「何時でも」

 

その言葉に思わず笑顔になりながらアイナは機体を降下シークエンスへと移行させた。

その瞬間である。

ヅダの放ったビームが敵艦の艦橋を掠め小さな爆発を起こす。僅かではあるが船体が傾き、上に乗っていたMSも必死でバランスをとっているのが確認出来る。一瞬の歓喜はしかしその後に続く衝撃的な映像で塗り替えられた。

 

 

 

 

「冗談では無い!」

 

エンジンが制御不能となり暴走する自機を必死に操作しながらシャアは叫ぶ。既に機外温度は1000度を超えており、機体の各所が警告を発している。

最後の瞬間、降下する敵艦に追いつくためにシャアはエンジンのリミッターを解除した。それはエースであるという自負と、S型ですら時折行なっていた所謂悪癖であったが、今回はそれが裏目に出た。

開発チームの名誉のために言えば、ジャン少佐からリミッターは絶対に外さないよう注意されていたし、宇宙空間で仮にそのような場合に陥っても問題無いように設計も見直されていた。だが、その設計こそが今回の不幸へと繋がる。

 

「な!?」

 

異音、そして衝撃。機体の管理モニターに映し出されるエンジン喪失の文字。一瞬理解が追いつかず頭が真っ白になる。その中でも機体を制御し減速を試みているのは流石赤い彗星である。現在進行形で彗星から流星にクラスチェンジしそうだが。

重ねて言うが、開発チームが悪いとは言いにくい。そもそもリミッターは外さないことが大前提である上、大気という抵抗を受ける状況に最大加速を超える速度で突っ込むなんてことは想定していない。そして更に事態を悪化させたのが件のエンジンである。

リミッターを外すバカが絶対出てくる。

そう確信していた開発チームは機体にとある仕掛けをした。それは暴走状態と解る信号をエンジンが一定時間発した場合、機体から強制的にパージする機構だ。単発機?であるヅダからエンジンを切り離せば減速する方法はアポジモーターだけとなるが、少なくとも機体と一緒にパイロットを宇宙の彼方へエスコートするよりマシだろうという判断であったが、シャアの場合状況が最悪であった。

当然であるが推力の大半をメインエンジンに依存しているヅダがそれを失えば、重力に逆らえる道理は無い。

上がる機外温度、下がり続ける高度、言う事を聞かなくなり始める機体。

いよいよコックピット内の温度が300度を超え、シャア本人が死を覚悟したところで、ヅダが最後の力を解き放つ。

再び降りかかる衝撃。

見れば機体から次々とパーツが剥がれ落ち、フレームもブロックごとに吹き飛んでいく。僅か3秒の早業でコックピットブロックだけになったヅダだったものは最後の抵抗とばかりに逆噴射をかけるが、それは地球という偉大な存在の前にはあまりにも非力だった。

しかしシャアの悪運は尽きていなかった。

 

『だから!リミッターを外すなと言ったでしょう!?』

 

三度の衝撃と共にミノフスキー粒子下とは思えないクリアーな通信が入る。声の主はジャン少佐だ。

 

「デュバル少佐?」

 

激昂と言って差し支えない声音であったが、その声を聞いた瞬間自らの命が繋がったことを理解したシャアは、意識を手放した。




赤い流星へのクラスチェンジ、失敗!


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第七十一話:0079/09/23 マ・クベ(偽)と運命

感想5000件突破有り難うございます投稿。


散々な被害を出すことになったホワイトベース救援の状況を作戦室で見続けていたヨハンはオペレーターから報告を受け取り深々と溜息を吐いた。

 

「…これは厳しくなるな」

 

損傷し北に流されつつも降下してきたホワイトベースは、とんでもないものを一緒に連れてきた。濃緑色に塗られたその丸い何かをこちらが確認すると同時、上空に展開していた空軍の部隊の内4個飛行隊が一撃で全機撃墜、更に続く射撃でホワイトベースは左エンジンユニットを大幅に損傷する。そしてその後に起こったことは正に悪夢と言えた。対象の大火力を目の当たりにしたジャブロー防衛指揮官のアントニオ中佐が全力での迎撃を命じてしまったのだ。結果、偽装カタパルト12基、対空砲58基、VLS6ヵ所に加え新鋭機であったビルフィッシュ二個飛行戦隊64機を喪失するという散々な結果をもたらした。何より今回の戦闘で防衛施設の分布状況が把握されたであろうから、ジャブローの位置が特定されるのも時間の問題だ。

おまけに戦闘の間に地上に降りてくれれば良かったものを、何故か逃亡を図ったホワイトベースは進路を北にとり、どうやら北米に降りてしまったらしい。

更に安全だと思っていたジャブローが損害を被ったことで、政治家連中が蜂の巣を突いたように騒ぎ出した。中には降伏するべきだと言い出す連中まで居る始末だ。

 

「馬鹿が、今止めるなら何故南極で止めなかった」

 

そもそも何故連邦が戦い続けているのか。それは人類初となる全人類の統一政体を維持するためでは無かったのか?武力による独立など認めれば人類は再び泥沼の内戦をそれこそ滅びるまで続けるだろう。故にヨハンは神輿としてあの様な道化まで演じて見せたのだ。

 

「後10…いや5年あれば」

 

戦争など起こらず各サイドが発展していたら。地球とのパワーバランスはサイド側へ傾き、自治権の拡大や、連邦政府への参政権だって交渉で獲得できたかもしれない。だがそれも最早空想の世界にしか存在しない。

 

「せめて、武力での独立だけは阻止せねばならん」

 

それがたとえ後世に外道として記されようとも。ヨハンは静かに決意し部屋を出た。

 

 

 

 

なんでホワイトベース北米に降りてしまうん?

降りる場所なんて他に一杯あるだろ、太平洋とか、大西洋とか、カリブ海とか!!

おまけに死にかけたらしいどっかの赤いのも一緒に北米だそうですよ奥さん。ヤダ、嫌な予感しかしない。自機が吹っ飛んだのになんで生きてるの?って聞いたら、アイナちゃんが感極まった声音で、ジャン少佐が危険を顧みずにシャアを救出、コムサイへ帰還した事を褒めちぎっていた。おのれ少佐、余計な事をしおって。

 

「だがそんなことは問題じゃない」

 

何せ直近にとんでもねえ爆弾があるからね。それに比べたらヅダの件とかジャン少佐の事とかは割と些事である。自室で壺を抱えて精神の安定を図りながら、これからどうするか考える。

報告によると何とガンダムが2機現れたらしい。グレーの方…多分3号機はシャアとの戦闘で左腕を肩から失った上に頭部も半分吹き飛んだらしいから暫くは復帰できないとしても、もう一機、胴体が青い方というのが滅茶苦茶気になる。そもそもいきなりザクレロ撃墜したのはコイツらしいから、どっかのキリングマシーンが乗って無くても相応にヤベーのがインしているっぽい。しかも無傷で降下したらしいから、量産機も含めると原作よりヤヴァイ部隊になっている気がする。そいつが北米に居て、さらにおまけでシャアが居る。

これはフラグですわ。しかもホワイトベース、テキサスに墜ちたんだって。

 

テ キ サ ス 。

 

何、何なの?大いなる意思なの?イデってるの?死闘しろってフラグなの?残念ギャンありませーん!

 

「などと言っている場合では無いな」

 

思いっきり溜息を吐くと俺は執務室へ向かう。良いだろう、運命とやらが避けられんと言うならぶち当たって吹っ飛ばすだけだ。覚悟決めたオタクの力を思い知るがいい。

 

「ウラガン、出かける。ヴェルナー中尉を呼んでくれ。シーマ中佐、1個中隊を選抜しろ。済み次第ガウに搭乗。デメジエール中佐、悪いが午後の教練は中止だ。すぐガウにヒルドルブを積んでくれ」

 

矢継ぎ早にオーダーを出す俺に、執務室に居た全員の目が点になる。

 

「准将?何処の基地を攻めるおつもりですか?」

 

なんでそうなる。

 

「向かうのは北米だ」

 

「北米?また連邦の秘密基地ですかい?」

 

だからなんでそうなる?

 

「北米に例の新型艦が墜ちた。それを仕留めにいく」

 

俺の言葉に一瞬沈黙するが、その後は全員何言ってんだオメエって顔になる。何度も言うけど俺ここの司令官なんだけどなぁ。

 

「北米から支援要請は出ておりません」

 

「勝手に別の戦線へ行くのは不味いでしょう」

 

「せめてガルマ大佐に確認してからの方が…」

 

「手遅れになってからでは遅い!」

 

皆の反論を大声で封殺する。嫌だな、これで皆との良好な関係も壊れるかもしれない。部下の正論を威圧で潰すなんて上官のするべき事じゃないよな。

 

「…未確認情報だが、一部の過激なダイクン派がガルマ様の暗殺を企てているとの情報が入った。無論連邦の流したデマかもしれん。しかし情報がある以上何らかのアクションがあってもおかしくはない。そこに来てあの新型艦。不確定要素は早急に排除しなければならん」

 

俺がしっかりと言い切ると、全員が目を合わせたかと思うと直ぐに動き出した。

 

「すまない、ヴェルナー中尉を頼む。訓練中?大丈夫だ基地司令が呼んでいると伝えてくれ。それからアッザムの出撃準備を。装備?1号でいい」

 

「1~3小隊出撃準備。仕事の時間だ。基地司令直々のオーダーだよ!気合いを入れな」

 

「おう、俺だ。悪いが午後の教練は中止になった。直ぐに出撃準備に入ってくれ、弾種は2番、済み次第ガウに載せてくれ。ああ、ちょっと司令とお出かけだ」

 

「自分で言っておいて何だが…信じてくれるのかね?」

 

そう俺が言えば可笑しそうにシーマ中佐が笑う。

 

「胡散臭いことこの上ないですなぁ。でも大佐は信じてらっしゃるのでしょう?」

 

それに続くようにデメジエール中佐も笑い出す。

 

「大佐が信じたなら仕方ない。ジャブローにだってお供しますよ」

 

そんな事を平然と言う二人になんと言ったらいいか解らずに居ると、ウラガンが首を振りながら溜息を吐く。

 

「お二人とも准将に甘過ぎです。それと准将、もっと早くお伝え下さい。横紙破りをするにも相応に手順を踏まねばなりません」

 

憮然とした表情でウラガンが言えば、二人は今度こそ大笑いした。

 

「いやはや、気をつけるよ大尉。でもお前さんも大概だなぁ?」

 

「全くだ。どうもオデッサに居るのは馬鹿ばかりのようだ」

 

そんな皆に俺は黙って頭を下げた。

 

 

 

 

「少佐の容態はどうか?」

 

病室へ直ぐ向かいたい気持ちを抑えてガルマ・ザビは担当医に質問した。

例の新型艦…コードネーム「木馬」の迎撃作戦は残念ながら失敗し、軌道上での撃沈は叶わなかった。それだけに留まらず参加した味方にも無視できない被害が出ている。加えてシャア少佐が死にかけるなどかなり危うい場面もあった。幸い少佐は救出されたが、地上に降りてきた時には意識不明で病院に担ぎ込まれることになったのだ。ガルマ自身親友の安否を直ぐに確かめたかったが業務を放り出す訳にもいかず、訪れたのは日も落ちて随分経った頃だった。

 

「軽度の脱水症状は見られましたが基本的には疲労による体力の低下です。意識も戻っておりますし、明日には退院出来るでしょう」

 

その言葉に胸をなで下ろす。些細とは言わないがこんな任務で大切な友人を失いたくないし、軍人として彼ほどの才能をこんな所で喪失するのははっきり言って戦果に見合っていない。

報告を聞きながら個室のドアを開ければ、懐かしいサングラス姿の友人の姿があった。

 

「久し振りだな、シャア少佐」

 

「ああ、久し振りだ。ガルマ…いや、地球方面軍司令ガルマ・ザビ大佐…かな?」

 

あの頃と変らない友人の物言いが懐かしく、つい頬が緩む。

 

「今はプライベートだ、ガルマで良いよ。流石に兵達の前では控えて貰うがね。しかし連邦の新型は相当だな。正直君が仕損じるとは思いもしなかったよ」

 

その言葉に苦々しい表情になったシャアが口を開く。

 

「ああ、連邦もとんでもないMSを造ったものだ。確かにあれを仕留めればジオン十字勲章ものだろう」

 

「かもしれんな。何しろ青い巨星と赤い彗星を退けたのだからな。正直厄介だな」

 

ガルマの言葉にシャアは複雑な顔をする。

 

「正直、君は手柄が飛び込んできたと喜ぶかと思ったよ。例のMAのおかげで手負いになったとは言え、墜とせば功績は君のものだ」

 

その言葉にガルマは笑って返した。

 

「手柄に興味が無い訳じゃ無いがね。北米は漸く安定してきたんだが、まだまだ連邦支持者は多いしゲリラだっている。そういう輩が勢いづくかと思うと素直に喜べんだけさ」

 

「…迷惑だったかな?」

 

いつになく弱気に聞こえる友人の声にガルマは驚きを覚えた。シャアと言えば自信家で、その自信に見合った成果を出してきた男だ。けれど考えてみれば彼だって自分と大差ない若造なのだ。それに軍でも順調に功績を重ねてきた彼にしてみれば、今回の一件は初めての挫折になるのかもしれない。そう考えると自分は随分とシャアに甘えていたと思え、ガルマは彼を労るべく笑顔を作った。

 

「君が北米に墜としたのは私を信用してくれているからだろう?それに応えられないほど狭量では無いつもりだ。まあ、今はゆっくり休めよ。どうせ君のことだ、ここ数日はロクに寝ていないんだろう?明日からまた忙しくなるんだ、今日くらいはドズル兄さんだって文句を言わんさ」

 

「…そうかもしれないな。有り難う、ガルマ。少し休ませて貰うよ」

 

どうにも調子の出ないようである友人をなんとか元気づけようとガルマは戯けてみせる。

 

「君とも長い付き合いになるが、礼を言われたのは初めてな気がするな。もう行くよ。おやすみ、シャア」

 

「ああ、おやすみ」

 

そう言って個室を出ると丁度端末が着信を伝えた。

 

「ダロタか?どうした?」

 

『マ・クベ准将のお連れの部隊が到着致しました』

 

「そうか、ご苦労。ご足労頂いた精鋭に失礼の無いようにな」

 

部下からの連絡に短く返し、通信を切るとガルマは獰猛に笑う。

 

「友人を殺しかけてくれたんだ、手加減なんて期待するなよ?木馬め」




バカばっか(褒め言葉


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第七十二話:0079/09/23 マ・クベ(偽)と少女の戦場

読者の期待を裏切っていくスタイル


時計の針は少しだけ巻き戻る。準備を終えたマ・クベ達が飛び立ったオデッサに1機のシャトルが着陸する。停止から直ぐにドアが開きタラップが展開されると、周囲の風景に全くそぐわない白を基調としたワンピースに身を包んだ少女が飛び出してきた。

 

「ふっふっふ!この風、この肌触りこそ戦場よね!」

 

シャトルから降りるなり仁王立ちになった少女はドヤ顔でそう言い放つ。

 

「いや戦場しらんでしょ、お嬢。それより退いて下さい、この鞄結構重いんですよ」

 

いまいち覇気の感じられない声音で後からついてきた少女がつっこむ。少女の言うとおりその手には大きなキャリーバッグが握られていて、相当の重量なのか僅かに震えている。

 

「むー、ノリが悪いよナナお姉ちゃん。こういうのは最初が肝心なんだよ?」

 

「その肝心な最初とやらに、もうすぐ上から落ちてきたバッグに潰されるって事象が加わるけど…私は悪くないわよ?」

 

その言葉に少女が慌てて退くと、ナナと呼ばれた少女はよたよたとタラップを降り、地面に足を着けたところで盛大に顔をしかめた。

 

「…埃っぽい、なんか臭い。絶対これババ引いたよ」

 

ナナはつい最近までニュータイプとしての才能を認められず、あの施設でも特に過酷な試験を多く受けさせられていた。そのため絶望から一時期重度のうつ病を発症しており、今でもその頃の影響で全体的に気怠げな雰囲気をまとっている。

 

「だいたいなんなのよ、あのダルマジジイ。何がオデッサでの経験は君のためになるよ。自分に都合良くなったからって手のひら返しやがって…」

 

「ほら、ほら!ナナお姉ちゃん!お迎え来たから!皆引いてるから!」

 

慌ててフォローする少女の前には、引きつった笑みを浮かべる女性の少尉と仏頂面の大尉が並んでいた。

 

「…ハマーン・カーン特別候補生、それからナナ・フラナガン技術少尉で宜しいでしょうか?私はエイミー・パーシング少尉です。基地司令のマ准将からお二人の案内を言付かっております」

 

そう言って笑顔になる少尉を見て、少女…ハマーン・カーンは心の中の警戒レベルを一段階上げた。

そう、ここはもう戦場だ。

以前の会話でよく聞いていた海兵隊の女中佐、最大の障害は彼女であるという認識は変わらないが、ここにはまだまだ猛者がひしめいている。他にも最近地球方面軍のアイドル中隊などと呼ばれて本国で紹介されたオデッサのとある中隊。全員が良いところのお嬢さんだけで構成されているこの中隊は、尊敬する人物に准将と言っていたがハマーンには解る。インタビューを受けていたあの少尉、あれは完全に恋する乙女の顔だった。他の隊員達も多少の差はあれど同じようなものだろう。他にも技術士官の中尉、基地守備隊の少尉とヨーロッパ方面のニュースで出てくるオデッサゆかりの女性は誰も彼もが油断できない相手だ。ある意味銃やMSで戦うより遙かに厳しい戦いになるだろう。目の前の少尉だってそうだ。僅かではあったが准将の名を呼ぶ時、声に喜色が混じった。ナナお姉ちゃんやモアイみたいな大尉さんは気付いて居ないみたいだけれど、このハマーンには隠せない。挑みかかるように少尉に挨拶をした後、視線を移した先に居た大尉を見てハマーンは雷に打たれたような衝撃を受けた。

 

なんだ、こいつは。

 

空気が重く感じるほどのプレッシャーにハマーンは一歩後ずさった。それを見て怪訝そうな表情で進んでくる大尉に思わず拒絶の言葉が出そうになるのを必死で押さえ込む。

人類が同性同士で婚姻関係になれるようになってもう百年以上経つ。そう言う関係がある事をもちろんハマーンは知っていたし、マレーネ姉様の秘蔵のコレクション--具体的に言えば本棚の後ろの隙間に隠してある薄い本だ--からある程度具体的な学習も済ませている。そしてハマーンは己の浅慮に歯ぎしりをする。准将は素敵な方だから、性別程度が障害にならないことくらい考慮に入れておくべきだったのだ。女中佐が最大の障害?冗談じゃ無い、目の前の大尉に比べれば中佐など初恋に浮かれる少女に等しい。

 

(でも、負けられない!そう言う愛があるのは知っている。でもそんなの自然の摂理に反しているわ!准将は私が正しい道に戻してみせる!)

 

ハマーンとの恋愛関係が成立する場合、それはそれで今度は病気を発症する事になる訳だが、そんな都合の悪い事実は少女に届かない。決意を新たにしたハマーンは颯爽と迎えのエレカに乗り込む。少女の戦争は始まったばかりだ。

 

 

 

 

「…彼女は一体どうしたんでしょうか?」

 

盛大な誤解をされているなど想像の埒外であるウラガンは、ふらつきながらエレカに乗り込んだハマーンを心配そうに眺めながらエイミーに問うた。

 

「さあ?長旅で疲れたんじゃ無いでしょうか?」

 

そう言う方向についてはどこぞの基地司令と同様に鈍いエイミー少尉もウラガンと同じく疑問符を顔に貼り付けている。

 

「それはいけません。お二人は初めての地球です。ちょっとしたことが大事になりかねない。今夜は食事なども別途用意しましょう」

 

基本的に肉体労働である軍の食事はハイカロリーだ。体力の落ちた少女達には些か酷な食事になってしまうだろう。

 

「特別…お肉ですね!」

 

目を輝かせるエイミー少尉に、それで体力が戻るのは貴女くらいだと心の中で突っ込みながら、ウラガンは用意するメニューを考え始めた。出来る副官はマメな男なのである。

 

 

 

 

「急に救援要請を出せとは、一体どうしたんだ准将?また極秘施設でも見つけたのか?」

 

移動中に流石に独断専行が過ぎたと冷静になった俺は、取り敢えずガルマ様にお願いして救援要請をオデッサに届けて貰った。日付は今日だから何も問題無い。今頃貰ったウラガンが色々頑張ってくれていることだろう。ちゃんとお土産にチリビーンズの缶詰買っていくからな。そんなことを考えながらアッザムから降り立つ俺を態々出迎えてくれたガルマ様が聞いて来る。正直皆の中で俺がどんな人物像なのか非常に問い詰めたいが、今は時間が惜しいので置いておく。

 

「以前、お約束したでしょう?ガルマ様が困難に立ち向かうなら、それを支えると」

 

俺がそう言うと、驚いた表情になるガルマ様。おいおい、まさかリップサービスとでも思ってたのかい?俺はそんなに口先だけの男に…見えるな。いっつも口であれこれ丸め込んでるもんね!

 

「准将、君はあの連邦の新型艦がそれ程の相手だと確信しているのだな?」

 

間違い無くね。

 

「当然でしょう。我々は張った罠を見事に食い破られたのですぞ?赤い彗星のおかげで辛うじて機会が残りましたが、そうで無ければ今頃奴らはジャブローの穴の中です」

 

こちらが優勢にもかかわらず、あんなものを開発できる技術陣をこのまま放置したら何をしでかすかわからん。しかもここで放置して補給部隊と合流でもされたら、ガンダムのモーションデータが連邦に渡ってしまう。そうなったらあのジムモドキだってどんなバケモノになってしまうか解らない。

 

「現在落下した周辺を包囲している。シャアの回復を待って仕掛けようと考えていたが」

 

「シャア少佐の様子はどうなのです?大気圏で機体が四散したと聞いていますが」

 

俺の言葉に頭を振るガルマ様。

 

「執務があったからな。まだ詳細については聞けていない。少なくとも命には別状は無いらしい」

 

「そうですか。彼が抜けるのは痛いですが時間との勝負です。落下地点は連邦も掴んでいるでしょうから、何時救出部隊が動き出すか解りません。手負いの内に仕留めるべきです」

 

そう言うとガルマ様は顎に手を当てて考え込む。ここまで追い詰めてくれたシャアに手柄を横取りするようで悪いとか考えているのかもしれない。

 

「正直なところ、あまり戦力を動かしたくないと言うのが本音だ。北米は漸く安定してきたからな。ここで大げさに軍が動けば市民にも動揺が走るだろうし、そうなれば折角収まってきたゲリラも再発しかねん」

 

「少数部隊での攻略となれば、確かに赤い彗星の離脱は痛手ですな」

 

「降りてきたデュバル少佐達の機体も補給は必要だし、アプサラスも整備が必要だ。即応の為にランス中佐が率いているグフ1個中隊があるが、流石に彼らだけではな」

 

同意して俺も頷く。

 

「勝てないとは申しませんが厳しい戦いになるでしょうな。ですので私も戦力を連れてきました」

 

そう言って参加メンバーを告げると顔を引きつらせるガルマ様。だよねー、本当は海兵隊全員連れて来たかったんだけどね。

 

「おいおい、オデッサの守備は大丈夫なのか?」

 

そっちかい。

 

「守備隊が残っておりますし、まだジャブローも立て直せていないでしょう」

 

「つまり今をおいて好機はない、か。良いだろう准将。オデッサの部隊はいつ頃着ける?」

 

「遅くとも今夜中には」

 

俺の言葉に頷くと、ガルマ様は決然と宣言した。

 

「解った。では明朝06:00を以って敵新型艦への攻撃を実施する。准将にも骨を折って貰うぞ?」

 

その言葉に敬礼をするとガルマ様は笑顔で答礼し、口を開く。

 

「さて、准将。悪いが私は今から2時間ほどプライベートだ。友人を見舞いに行くのでね」

 

「承知しました。では向かわれる前に一つお願いが」

 

「何だろうか?」

 

大したことじゃ無いっすよ。

 

「ギャロップを幾らかお貸し下さい。少し歓迎の花火でも撃ってやろうと思いますので」

 

そう言うとガルマ様はあんぐりと口を開けた。はっはっは、まだまだだなぁ。

 

「こちらが準備をしている間、相手を休ませてやる必要はありませんので」

 

俺はドヤ顔でそう言った。




ハマーンちゃんは恋愛乙女脳になっていますので、敬愛、尊敬、思慕の区別が今一ついていません。
また、正しい道云々もあくまでハマーンちゃん個人の思想です(責任回避)


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第七十三話:0079/09/24 マ・クベ(偽)と荒野

今週分です。


『連邦軍将兵に告ぐ、諸君らの勇戦は敬意に値する。しかし既に諸君らは我が軍によって包囲されている。救援の望みは無い。速やかに武装解除し…』

 

大音量で流される放送をモーニングコールに、ゆっくりと目を開ける。うん、すっげえ五月蠅ぇ。

 

「お早う、何時かな?」

 

「0500ですよ、もう一眠りしますか?」

 

そう言ってマグカップを差し出してくれるシーマ中佐。うん、テキサスのコーヒーは苦いな、早く帰ってウラガンの紅茶が飲みたい。

 

「いや、止めておこう。状況は?」

 

「木馬に動きはありませんね、静かなものです」

 

「夜の内に逃げ出しましたかね?そしたら今頃ミンチでしょうから楽になるんですが」

 

起き抜けに中々ブラックな台詞を聞かせてくれるデメジエール中佐に笑って返す。

 

「夜間に何度か通信を試みていたからな、残念ながらその線は低いだろう。味方はどうか?」

 

ミノフスキー粒子撒きまくりながらそんなことをしている辺り、あちらさん相当混乱しているようだ。

 

「アプサラスは補修が間に合いませんでした、飛べんそうです。それからヅダのデュバル少佐とスレンダー軍曹の両名が是非との事でガルマ大佐の指揮下に組み込まれています」

 

仕様とはいえまた分解しちゃったからね。ここらで手柄を立てておきたいのだろう。

 

「赤い彗星は?間に合わなかったのか?」

 

「それが回復はしたようなのですが、搭乗機が無いと揉めているようでして」

 

ヅダぶっ壊しちゃったからね。しかも地上の機体はほぼホバー機だ。流石に転換訓練無しに乗りこなすのは難しい。そうなると残りはザクかグフだが、こっちはもうライン閉じる気満々だからOS以外殆どアップグレードしてないんだよね。はっきり言って今の戦力なら足手まといだ。…なのでここでカードを切ろう。

 

「無駄にならんで済んだようだな。運んできたR-2をシャア少佐にお貸しすると伝えてくれ。あれならホバーよりはマシだろう」

 

「宜しいんで?あれはジオニックからの預かりものでしょう?」

 

「どうせ量産もせん試作機だ。壊れたらすまんと謝るさ。それよりも今は少しでも戦力が欲しい」

 

正直北米の戦力を片っ端から突っ込んで欲しいのだが、そんなことしたらガルマ様の言う通りまた北米大陸が混乱してしまうだろう。なので参加可能な戦力は可能な限りかき集めたい。

 

「…それに、前線に居てくれる方が都合が良いしな」

 

「…?今何と?」

 

「いや、何でも無い。とにかくガルマ大佐に連絡を、それと私のドムの起動準備も頼む」

 

「は?いやいや、何言ってんです大佐!?」

 

慌て出すシーマ中佐に訳が解らないよ?って首をかしげ返すと、デメジエール中佐が頭を掻きながら続ける。

 

「総大将が前線に出てどうするんです。大佐は、ここで、どっかり構えてて下さいよ」

 

そう言って床を指さすデメジエール中佐。だがそのりくつはおかしい。

 

「今回の総指揮はガルマ大佐が執られる。故事曰く船頭多くして船山に上ると言う。つまり指揮系統の一元化の意味でも私がMS隊に参加する方が望ましい」

 

どうよ、この完璧な理論。

 

「ガルマ様の横で補佐でもしてて下さいよ…」

 

「訓練じゃないんです、危険すぎます」

 

ほーん。

 

「つまり君達は、私が死ぬかもしれないから後ろに居ろ、と言うのだね?」

 

俺の質問に無言で肯定を返す二人。おいおい、そりゃ無いぜ。

 

「笑えん冗談だ。私の曖昧な情報でその危険に君達を送り込んでおいて、私は後ろで眺めている?それでは筋が通らんだろう」

 

「ご自身の立場を考えて下さい!アンタはあたしらと違って替えの利かない人間なんだ」

 

バカ言うなよ。

 

「デメジエール中佐。今からMSに乗って海兵隊を指揮出来るか?」

 

シーマ中佐の言葉に頷くデメシエール中佐にそう聞いてやる。

 

「…出来ません」

 

「シーマ中佐。ヒルドルブに搭乗しデメジエール中佐と同じく支援を行なえ、出来るか?」

 

「それは!」

 

はっはっは、どうせ反対されるなんて想定済みだよ。だからウラガン置いてきたしな!

 

「誰かの代わりになるような人間など一人も居ない。それにな、私の勘が告げているのだよ、ここが命の懸け時だとね」

 

ヨーロッパ方面軍のお偉いさん達に啖呵を切ったのが随分前に思える。

 

死なせるならば、死ぬならば有効に。

 

無論死ぬつもりも死なせるつもりも毛頭無いが、なればこそ、ここで俺が出ない訳にはいくまい。何故ならこれは俺のフラグなのだから。

 

「…解りました。ただ、あたしが危険だと感じたら殴ってでも下がらせます。覚えておいて下さい」

 

「そんときゃ俺が殿をします。忘れんで下さい」

 

「覚えておこう」

 

そう言って俺たちは出撃準備に入った。

 

 

 

 

「ジャブローからの返答はまだなのか!?モグラどもは何故早く本艦に援軍を寄こさないのか!」

 

被弾時の破片で傷ついたキャプテンシートに座りながら、アンドリュー大尉は苛立たしげに爪をかんだ。敵の追撃を振り切り、何とか北米の丘陵地帯まで逃げ込んだが、そこでホワイトベースが力尽きてしまった。8基あるエンジンの内まともに動くのは僅か1基。機関長は大気圏突入時に戦死しており、代理となった副長は、進捗を聞いても全力で復旧中としか返してこない。MS部隊も同じようなものだが、数字と時間を言ってくるだけまだマシだ。それでも現状を鑑みれば到底許容出来ない報告を挙げてくる。

 

「どいつもこいつも役に立たん」

 

おまけに昨日の日暮れ頃から始まった敵の砲撃で、艦外に偵察を出すのすらままならない。更にアンドリューを苛立たせるのは、この状況に至っても北米市民やゲリラから何の接触も無いどころか、後方攪乱のために動いている兆しすらない事だ。

 

「連邦軍の艦が苦境に陥っているというのに、奴らは何をしているのか。こういう時こそ崇高な使命のために命を投げ出し、連邦政府の恩顧に報いようとするはずでは無いのか!?」

 

静まりかえった艦橋にアンドリューの声が響く。視線を合わせないようにしていたオペレーターが、意を決した表情で口を開いた。

 

「副長」

 

その言葉にアンドリューはオペレーターを睨め付ける。

 

「発言は正確にしたまえ。パオロ中佐が指揮能力を喪失した現在、私が艦長だ」

 

「…申し訳ありませんでした。艦長、敵軍が先ほどより降伏勧告を行なっております」

 

オペレーターの言わんとしている事を察しアンドリューは溜息を吐いた。どうもこのオペレーターは連邦士官としての自覚に欠けているらしい。

 

「降伏などありえん。それよりも全チャンネルを通して北米に呼びかけろ、敵の情報封鎖で我々のことが民衆に伝わっていない可能性がある。解放者である私の存在を認識すれば必ずや民衆は大義のために立ち上がり、脱出のチャンスが訪れるだろう」

 

思わず立ち上がりそう熱弁を振るうと、気圧されたのかオペレーターは敬礼を返し席へと戻った。この程度の事は言わずとも理解するべきだとアンドリューは考えたが、士気の維持のため今は言うべきでは無いと口を噤む。ただ、ジャブローについたのなら艦からは降ろそうと考えながら。

 

「それより砲撃がやんだなら偵察隊を組織して周囲を確認しろ。情報が欲しい」

 

「敵が展開を終えているとすれば、偵察隊が危険すぎるのでは?」

 

臨時の副長となったブライト・ノア少尉がそう質問してくる。パオロ中佐のお気に入りだったようだが、何時までも自分が特別扱いと思われては困る。

 

「リスクばかりに気をとられるな。それに展開を終えていると言うのは君の憶測に過ぎない。敵を過大評価し必要以上に恐れるのは武人として恥ずべき行為だ。しかもその結果が味方に不利益を与えるならば敵に利する行為だと言わざるを得ない。私の言うことは何か間違っているかね?」

 

「…しかし」

 

なお言いつのる少尉にアンドリューは自らの策を伝える。

 

「いいかね少尉、偵察はMS部隊にやらせる。それならばたとえ敵が展開しているにしても即座にやられるような事は無い」

 

「それでは本艦の防御が手薄になるのでは?」

 

「何故そのように考えるのか私には理解しかねる。MS隊を無視して我が艦を攻撃すれば敵はその後背をMS隊に晒すこととなる。さすれば敵は前後から挟まれ集中砲火を浴び悉く屍をさらすことは疑いない。貴官の言う事は取るに足らない危険だと解ったかね?さあ、MS隊に偵察に出るよう伝えてきたまえ」

 

そう言ってブリッジから送り出すとアンドリューはシートに深く座り直す。前任者の血がこびりついたヘッドレストが些か不快ではあるが贅沢は言えない。何故ならアンドリュー以外にこの席に座る資格を持つものがこの艦には居ないのだから。

 

「私が、私こそが連邦に勝利をもたらす英雄なのだ。このようなところで足止めされる訳には・・・、ジオンめ・・・」

 

戦いは目前に迫っていた。




見切り発車過ぎて話の着地点が迷走中。


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第七十四話:0079/09/24 マ・クベ(偽)と攻防

年間ランキング2位復帰有り難う更新。


「敵艦より応答ありません!」

 

「だろうな、部隊の準備はどうか?」

 

元より木馬が降伏などしないとガルマは確信していた。だが一方で人間が弱い生き物である事もこの数ヶ月の地上で学んでいた。昨夜に実施したマ准将のハラスメントにより、相手は心身共に疲弊している。その状況下で助からないとなれば、人は文字通り死に物狂いの抵抗を見せるが、武器を捨てれば助かる、降伏すれば生きられる、そう言われてなお死ぬまで抗えるものは少ない。そこへ個人の生死の価値観も加われば、兵の足並みを揃えるだけでも指揮官は苦心することになるだろう。

更に敢えて広く周囲を砲撃することで、発見しにくい歩兵や小型車両による偵察も妨害したので、相手はこちらの戦力を把握できていない。そのため情報が不十分な状況で判断を下さねばならないが、そうなれば必然具体的な方策が立てられなくなり、それは兵の指揮官への不信に繋がる。

 

「各隊配置完了しています。それからシャア少佐より電文です」

 

「読んでくれ」

 

「『勝利の栄光を君に』以上です!」

 

少しは調子の戻ったらしい友人に内心安堵しながら、ガルマは口を開く。

 

「返電しろ」

 

「はい、内容はいかが致しましょう?」

 

「勝利より無事に帰ってこい、それと今度は壊すなよ。以上だ」

 

「はい!承知しました!」

 

そう命じたところで、ガルマはふと気がついた。

 

(ああ、私はもう、シャアと同じ戦場に肩を並べることは無いのだな)

 

その事に寂しさと、自身と同じような立場にありながら、前線に出ている准将を思いその不公平さに少しの不満を覚えた。ガルマは出撃前の准将との会話を思い出す。

 

「MSで出撃するだと?冗談は止してくれ准将。君に何かあったら姉上に何と報告すればいい!?」

 

既に勝手に移動した件についてキシリア少将からは叱責を受け、欧州方面軍のユーリ少将からは厭味を言われているにもかかわらず、准将は朗らかに笑っている。

 

「もう十分怒らせましたから今更怒りの種が一つ二つ増えても変わりませんよ。それにあの艦を沈める作戦を考えたのは私です。私の策に文字通り命をかけてくれた者達のために、あれは必ず仕留めねばなりません」

 

「それは解る。だがそれと准将が前線に出るのは別の話だろう?」

 

本音で言えば参謀として自分を支えて貰いたい。だが、それはこの場の最高指揮官として口に出すのが憚られた。

 

「ではもっと単純な話です。一機でも多くMSが参加した方が作戦の成功率は上がります。ガルマ様が指揮を執られるのならここに私は不要、なれば一兵士としてお役に立つ所存です」

 

頑なに前線へ出ようとする准将にガルマは最後の手段を使う。

 

「君は自分の部下を信じていないのか?」

 

だが、准将にしてみればその程度の言葉は想定の範囲内だったのだろう。動揺するどころかむしろ笑って口を開いた。

 

「無論信じております。彼らなら必ず木馬を仕留めるでしょう。ですが私は欲張りでしてね。勝利の美酒は全員で飲みたいのですよ」

 

 

 

 

「3…2…1…。ゼロ、時間だ、行くよ野郎共!」

 

「大気データ、周辺磁場修正完了。初弾焼夷榴弾、びびらせて動きを止める。次弾も同じ!」

 

「はっはぁ!大物だなぁ!だが今日の銛は研ぎ澄まされてるぜぇ!!」

 

作戦開始のアラームと同時にそれぞれがそう叫び自分の務めを果たすべく進んでいく。俺も大きく深呼吸を一度終えると、ゆっくりペダルを踏み込んだ。

 

「さあ、戦争の時間だ」

 

轟音を響かせながら滑り出す友軍機の頭上を、次々と光の尾が飛び越えていく。ギャロップに搭載されたMLRSが惜しみなく吐き出した対地ロケットだ。その飛翔音に紛れて遠雷のような砲声が轟いた。

 

「大盤振舞いですなぁ」

 

直ぐ近くを移動していたシーマ中佐から通信が入る。部隊の規模からすれば、こんな射撃は2分も出来ないからだ。

 

「出てくる前に艦ごと沈められればそれに越したことはないからな。それでも確かに思い切りが良い」

 

オーガスタ以降ガルマ様は堅実で慎重な戦い方をしていたから、ちょっと意外だ。

 

「先生の前で良いところを見せようとしていますかな?微笑ましい」

 

そんな良く解らんことを言うシーマ中佐。先生?どっちかって言うとシャア少佐に見せたいんでないかな?

 

「ご学友が居るんだ。力も入るだろうさ」

 

そう言った所で一つ先の稜線の向こうが光った。確かあそこはランス中佐の担当だ。

 

「こちらの都合通りには行かんか!シーマ中佐はこのまま木馬を目指せ!指揮官型が居ないか確認する」

 

「了解!」

 

短い返事と共に9機のドムが一気に加速する。それを横目に俺はランス中佐率いるグフ隊の様子を確認するべく稜線を越える。その先に見えたのは悲惨な戦場だった。

敵の数は3機、全て量産機で構成された小隊だ。対してこちらはグフが9機、あっと言う間に包囲した後、袋だたきにしている。ビーム兵器が実用化されるってんで先行して用意していたのか、ランス中佐の機体を除き全員ゲルググのシールドを装備しているから相手の射撃も押さえ込まれてしまっている。あ、ランス中佐が突っ込んでぶった切った。

 

「おや?准将どうされました?」

 

続けて左右に居た機体をヒートロッドで行動不能にした後、手足を切って達磨を作った中佐が尋ねてくる。うん、何でも無いよ。君のデタラメさに引いてただけだから。

 

「いや、ここに指揮官機は居ないようだな。その確認がしたかっただけだ、邪魔したね」

 

「いえ、折角ですから同道しましょう。どうせ行く先は一緒です」

 

そう言うと部下の小隊にダルマジムを運ぶよう指示し、さっさと動き出すランス中佐。所でこの人も熱心なダイクンシンパなんだよな。取り敢えずシャアがキャスバルだって露見しない内は平気だろうけど、一応要注意人物にリストアップしておこう。

 

「しかし流石十字勲章受章者は違いますな、相手のMSがまるで赤子のようだ」

 

数で勝っていたとはいえ敵を3機瞬殺とかちょっとこの人もおかしくありませんかね?

 

「はっはっは、日々鍛えられていますから。…本当は牽制のつもりだったのですよ、オデッサデータでは避けられる程度の攻撃でしたからね」

 

そう意味ありげな声音で笑う中佐、何この人。原作だとわりかし人格者っぽかったのに、なんかバーサーカー的な人斬りオーラビンビンなんですけど。

 

「一度実際に手合わせ頂きたいものです。おっと、見えましたな」

 

中佐の言葉と同時に俺も含め全員が散開する。周囲どころか艦上のあちこちが燃えているホワイトベースは、その名に反して赤々と夜明け前の大地にその身を映し出していた。

 

「ふん、流石新型。燃え方も綺麗じゃないか」

 

辛うじて無事だったのだろう幾つかの対空機銃が健気な反撃を行なっているが、既に接近したドムによって即座に潰される。非情なんて言わせないぞ、こっちは降伏勧告までしてやったんだ。

特徴的な主翼の左は根元から吹き飛んで地面に落下しており、同じく左側の格納庫も上半分のハッチが脱落していて、バズーカでも撃ち込まれたのか黒煙を上げていた。正に撃沈寸前といった風体だが、それ故に俺は攻撃しているドムのパイロットへ尋ねた。

 

「シーマ中佐はどうしたのか?何故1個小隊しか居ない!?」

 

「准将!?あ、いえっ失礼しました!シーマ様は途中で指揮官機と遭遇したシャア少佐の救援に向かいました!」

 

その返事に背筋に冷たいものが走る。あのシーマ中佐が2個小隊を率いて、おまけに赤い彗星まで居るのにこちらに合流できていない?

 

「ランス中佐、すまんがコイツの始末を頼む。私はシーマ中佐の方へ向かう」

 

「宜しいのですか?」

 

母艦を沈めれば、MSは降伏するかそれこそ死ぬまで戦うしか無い。ここでMSに向かうのはリスキーだし、手柄も中佐のものになるだろう。だが、そんなことは俺には些事だ。

 

「構わん。私は手柄が欲しくて戦っているのでは無い」

 

そう言って俺は返事も待たずに機体を翻す。喋っている間に気を利かせた海兵隊の隊員が、シーマ中佐の向かった最終ポイントを送信してくれる。ランス中佐の居た丘陵とは逆側の窪地、ちょっとした耕作地がある辺りだ。

 

「間に合えよ!」

 

300キロを超える速度で動くはずのドムが、この時は随分と遅く感じた。




嘘みたいだろ?70話以降で2日しか経っていないんだぜ?
一年て長いなあ(白目


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第七十五話:0079/09/24 マ・クベ(偽)と死神

今週分です

戦闘シーンをスキップしますか?

▷YES ・ はい





出撃命令を受けた瞬間、ブルース・ブレイクウッドはヘルメットを床に叩き付ける衝動を必死に押さえ込んだ。

 

「あのエリート気取りの疫病神め!」

 

横に居た第二小隊を受け持っているジョイナス・ジョリアスカ少尉も腕を組んで溜息を吐く。

 

「敵の情報が欲しいと言うのは解らない理屈では無いですが」

 

言っていることはそれなりに正しい。敵の戦力や布陣、これらを確認もせずに戦うのは自殺行為だ。だがその情報を得るために、戦力の中核であるMSを母艦から離すのは納得がいかない。そもそも昨夜の砲撃でエンジンユニットの修復が出来なかったから、たとえ布陣が解ったところでホワイトベースは今の位置から動けない。なので悪戯に戦力を分散するより、防御を固めて迎え撃つべきではないかと意見具申もしてみたが、件の艦長殿は鼻で笑い却下してきた。

 

「現状は極めて不利な状況だ。この状況を打破するには積極的な行動あるのみ。既に我々の存在は通信にて北米に知れ渡っている。今正に敵の後方は蜂起した市民達の手によって攪乱されているに違いないのだ。浮き足だった敵軍を撃滅すれば補給も容易になる。さすれば我が艦を起点とし北米奪還の大攻勢に転ずる事も出来る!」

 

熱弁を振るう大尉を見てブルースはモニターを殴りたくなるが、何とか敬礼をし通信を切ることに成功する。即座に横のパネルが鈍い音を立てて歪んだが。

 

「お前さんのところはまだマシだがな、ウチのボウズ共はダメだ。昨日の砲撃で完全に参っちまってる。無理もないがな」

 

正規の軍人であり、相応の訓練を受けている人間でもPTSDになるのだ。数日前まで民間人だった少年達に耐えて寝ろと言う方が無理というものだとブルースは理解していた。おまけに大気圏突入時にダニエル伍長が負傷したため、3号機のパイロットはアムロ曹長と同じく臨時徴募されたカイ・シデン伍長だ。技量自体は悪くないが如何せん状況が悪すぎる。しかも3号機は補修部品が足りないため、試作パーツやジムのパーツを寄せ集めてでっち上げている。一応突貫で作成されたシミュレーションデータで練習させたが、現場でどのような不備が出るか解らない。その点も考慮しガンダム2機はホワイトベースに残すことも進言したのだが、こちらも反応は悪かった。

 

「どうせ正規採用もされんような試作機の再利用だ。ここで使い潰しても問題無い」

 

民間人が、それも子供が乗っているんだぞ、そう喉から出かける言葉をブルースは飲み込んだ。自分たち大人の軍人が不甲斐ないから彼らは戦場に立っている。その時点でキャプテンシートでふんぞり返っている大尉と自分にさして差が無いと思ったからだ。

 

「中尉、ここに居たか。3号機の調整はなんとか終わった、一応数合わせくらいにはなるだろう。それから損傷していたジムも1機は稼働できる。ただ、腕周りの装甲が払底したので左腕は装甲無しだ」

 

ひどいクマを作りながら、汗と埃で汚れた顔を拭いもせずテム大尉が近づいてくる。整備班長になし崩しに収まった人物であるが、その知識と技術は確かだ。サイド7を出て以来無茶な運用を続けているMS隊が破綻しないのも偏にこの大尉の奮闘に寄る所が大きい。だが、そんな大尉でも流石に物資が無ければどうしようも無いようだ。

 

「お疲れ様です、大尉。これで稼働機は7機。何とか2個小隊は維持できますか」

 

「…偵察命令が出ているのだろう?」

 

無意識に顎の傷を撫でて考え込んでいたブルースにテム大尉が声を潜めて聞いてきた。

 

「はい。艦長代理殿は大分錯乱していますよ。この戦力で威力偵察しろなんて言ってますからね」

 

「…中尉、最悪の場合に備えてこれを渡しておく」

 

「これは?」

 

「ウィルスだ。ジムの機体そのものは資料価値が低い。既にガンダムが鹵獲されてしまっているからな。だが制御プログラムは別だ、コイツが知れるとこちらの手の内が丸裸にされてしまう」

 

そう言ってディスクを渡してくる大尉にブルースは聞き返した。

 

「つまり、プログラムをぶっ壊すウィルスですか?」

 

「そうだ。すまんが降伏する際にはコイツを入力してくれ」

 

大尉の物言いにブルースは驚愕する。

 

「降伏って、大尉は俺たちが負けると思っているんですか!?」

 

「逆に聞くが、この状況でMS隊を母艦から離すような指揮官の下で君は勝てると思っているのか?」

 

ブルースが返事に窮していると、テム大尉は苦い笑みを作り続ける。

 

「私は今残酷なことを言っている。何せ死ぬことを許さないんだからな。とは言えそれ程酷い目には遭わんと私は見ている。連中は攻め手こそ苛烈ではあるが道理は守りそうだからな」

 

「コロニーを攻撃して地球に落とすような連中がですか?」

 

ブルースの故郷はオーストラリアだ。直撃こそ免れたが経営していた農場はコロニーの破片で使い物にならなくなったし、知人にも死者が出た。そんな事をする連中をどう信じろと言うのか。

 

「中尉、彼らがコロニーを攻撃したのは、他のコロニーが地球連邦に与したからだ。その点からすれば駐留艦隊を置きながら自国民を守り切れなかった連邦軍の不手際だ。それに当時は質量兵器の使用も禁止されていない。その点で言えば、条約制定後に彼らは一度としてコロニーどころか隕石一つ落としていない。制宙権を握っているにもかかわらずだ」

 

「勝っているからでしょう?」

 

「そうかも知れない。だがそれを言えば、連邦軍だって追い詰められても禁じ手を使わないなどという保証は無い。後は今朝方の降伏勧告だな。連中のプロパガンダを信じるなら少なくとも北米を治めているガルマ・ザビは人道的な人物だ。捕虜を無体にはせんだろうよ」

 

少なくとも味方を捨て駒にする人物に従って戦うよりは生きられるチャンスがある。それが大尉の意見だった。

 

「楽観論ですな」

 

「打算と計算と言って欲しいね。パイロットは今の連邦にとって最も価値のある財産だ。簡単に死なれては困る。捕虜交換もある以上、君達には泥を啜ってでも生き延びて貰わねばならん」

 

酷い話だ。だが大義のために死ねと言われるよりは遙かにマシだとブルースは笑った。

 

 

 

 

「なんて装甲だい!?120ミリでも効かないなんて!」

 

グレーの指揮官機はこちらの撃った弾を避けようともせず平然と射撃に耐えると、背中に装備したキャノン砲で反撃してくる。おまけに右腕には例のビームライフル、左腕にも連装のビーム兵器と、まるで動く砲台となった指揮官機は圧倒的な火力を発揮している。

 

「クソ!被弾した!」

 

厄介なのはそれだけでは無い。例の胴体の青い指揮官機は赤い彗星とジャン少佐達相手に大立ち回りをしてあちらを押さえ込んでいるし、グレーの指揮官機にぴったりとくっついている量産機はフォローが上手く、指揮官機の死角を埋めてしまっている。その上時折隙を突いて射撃を行ない、こちらに被弾を強要してくる。

 

「クルト中尉!無理せず下がりな!あたしらはこいつらを捕まえているだけでいい!」

 

だが一方でシーマにはまだ気持ちに余裕があった。あの巫山戯た胴体の青いトリコロールの指揮官機は厄介だが、こちらが相手をしているグレーと量産機は、上手いが勝てないと言う相手ではない。部下が被弾こそしているが、それは弾速の速いビームで、こちらの機体は対ビーム用モジュール装甲を装備しているので大した被害は出ていない。おまけに足も数もこちらが上だから距離をとって射撃戦に徹すればまず負けない。

 

(懐かしいねぇ、あんときゃ立場が逆だったけどね)

 

シミュレーションで初めて准将に負けた時を思い出し、戦場だと言うのにシーマは思わず笑ってしまった。そう考えればこの連中相手に全員が余裕を持って戦えているのも、普段からこのシチュエーションに慣れているからだろう。

 

「びびるこたぁ無いよ!准将の方がよっぽどおっかないからね!」

 

部下に発破をかけつつシーマは時計を確認する。交戦を始めて10分。随分粘られているが、それはこちらが無理をせずにいるからだ。それこそ誰かが死んでも構わないなら、こんな連中1分とかからず倒せるだろう。だが、それをすればあの人は表面上湛えても、酷く悲しむだろう。そう思えば自然と隊の誰もがそうした意見を言わなくなっていた。

 

「はっ!海兵隊も随分甘っちょろくなっちまった。責任とって貰わなきゃねぇ!」

 

撃ち切ったマシンガンを投げ捨てると予備のバズーカに持ち替える。初速に劣る分命中させるのは難しいが、これなら回避を強要出来る分他の奴のチャンスが作りやすい。

 

「さあ、じっくり付き合って貰うよ、あんたらの母艦が墜ちるまでね!」

 

 

 

 

「畜生!畜生!当たれ!当たれよぉ!」

 

スピーカーにはカイ伍長の絶叫が響く。ブルースは何か声を掛けてやりたかったが、状況がそれを許さない。

 

(何が敵は混乱しているだ!冷静そのものじゃねぇか!しかもこいつらは間違い無く精鋭だぞ!?)

 

完全に足止めされていることが理解できても、ブルースは動けなかった。こちらが連携を崩した瞬間、ブルースもカイ伍長もこの世にいないであろう事が、相手の動きから十全に伝わってくるからだ。今こうして自分たちが生きながらえているのも、出来る限り無傷でこちらの機体を鹵獲したいからだろう。自分たちが拘束されている以上ホワイトベースは丸裸だから、墜とされるのは時間の問題だ。そうなれば自分たちは降伏するしか手が無くなるだろう。

 

『高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処せよ』

 

敵部隊との遭遇に際し、指示を仰いだら返ってきたのがこの台詞だ。その後はミノフスキー濃度が上がりすぎて通信出来ていない。援軍は望めない以上、このまま行けばホワイトベースが墜ちるより先に3号機の弾が切れて自分たちが死ぬ方が早そうだが。

 

「臨機応変に対処ね…。テム大尉、こんな予言は当ててくれんで良かったんですがね?」

 

そう言ってブルースはディスクを差し込んだ。




ラーティさんの思いがけない失態。
ジオンビーム対策済み。


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第七十六話:0079/09/24 マ・クベ(偽)と交渉

さあ、対決の時間だ。


人を払った執務室で三人の兄妹がモニター越しに今後の打ち合わせをしていた。

 

「では、ドロスとドロワの両艦は宇宙軍に引き渡すと言うことで良いな?」

 

「おう」

 

「問題ありません。その代わり初期生産のゲルググはこちらという事で」

 

「例の特別大隊か?あっちこっちからエースを引き抜いているらしいじゃないか」

 

「戦況は優勢で小康状態…と言えば聞こえは良いですが、攻めきれずに膠着しているのが実情でしょう?あの馬鹿がシーマ中佐を引っ張ってしまいましたから使いでの良い部隊が無いのですよ。そろそろルナツーにも退場して貰いたいですし」

 

その言葉に下の兄が顎を扱きながら応える。

 

「オデッサデータは宇宙では使えんからなぁ。漸く数が戻ってこれから練度と言うところで…連邦もやってくれる」

 

その言葉に長兄が溜息を吐いた。

 

「万事思い通りになっていれば戦争なぞしておらんさ。それでキシリア、ゲルググのシミュレーションデータの作成は順調なのか?」

 

その言葉にキシリアは苦々しい顔になる。

 

「順調とは言い難いですね。集めた連中は腕は良いのですが、如何せん人に教えると言う能力が低い。まともなのはガイア大尉の小隊くらいでしょう」

 

黒い三連星の異名を持つ彼らは当初大隊への参加に難色を示していたが、後進を育てて欲しいというキシリアの要請に折れる形で参加している。黎明期からMSに関わってきた彼らのアドバイスは的確で、いっそこのままパイロット養成課程の教官にしたいくらいだ。

 

「こっちでもガトー少佐を中心に戦技研究などをしているが、あまり芳しくないな。やっぱりその辺りは専門にやらせんとな…どこかの馬鹿は基地司令の片手間でやっていたようだが」

 

呆れを多分に含んだ物言いにギレンが肩を震わせて笑う。

 

「その馬鹿は今ガルマの所か。確か例の新型艦を攻撃するのにガルマから支援要請を受けたのだったか?」

 

からかい混じりの問いにキシリアは憮然とした態度を崩さず答える。

 

「命令書の発行時間と到着時間が逆ですがね。どうにもあの艦が気になるようです」

 

「あのオデッサの怪物が執心の艦か。さて、鬼が出るか蛇が出るか」

 

「どちらが出てもアレなら仕留めましょう」

 

確信を持ってキシリアはそう言い切った。

 

 

 

 

「そこまでだ!連邦のパイロット!」

 

状況は実に危なげだ。シーマ中佐以下海兵隊は距離をとって量産型とグレーの機体、ガンダム3号機を完全に抑えていたが、シャア少佐とジャン少佐のザクヅダ混成隊は2号機…忌々しいトリコロールのガンダムに苦戦したのか、ヅダの一機が危うく落とされかけていた。完全に他の機体の意識外から乱入できた俺はガンダム3号機の脚部をバズーカで吹き飛ばし、

ランス中佐に倣ってMSダルマを製造すると、それを掴んで今正にヅダのコックピットをビームサーベルで貫こうとしていたガンダム2号機に向けて、俺は無線の全バンドで叫んだ。

 

「武器を捨てて投降したまえ。さもないとお仲間が不幸になるぞ?」

 

そう言い俺は左腕を持ち上げると、ガンダム3号機だったもののコックピットへヒートソードを近づける。既にダルマ作成に使用された刀身は赤熱し、装甲をジリジリと焼いている。動きの無いガンダムを少し脅してやろうと装甲を少し溶かしたところで、とんでもない発言が3号機から飛び出した。

 

『う゛ぁぁ!あづ、熱い!嫌だ!嫌だ死にたくない!助けて!助けてくれアムロォ!?』

 

…いま、なんと、いった?

 

すっと体感温度が数度下がる。おかしいなぁ、パイロットスーツ着てるから温度調節は完璧なはずなんだけど。おまけに手まで震えてきた、あれれー?急にアル中にでもなったかなぁ?明後日の方向に意識が飛びかける中、それでもリアル戦場の絆で鍛えられた俺の目は誤魔化されなかった。

 

「動くな連邦のパイロット!動けば人質の安全は保証できない!」

 

そう言ってヒートソードを更に押し込む。内部構造まで溶融が始まって、よりコックピットに熱が伝わったのだろう。中のパイロットが更にやかましく騒ぐが、それに構ってやる余裕は無い。動きが無い?冗談じゃ無い。あの野郎あの体勢からこちらへの刺突を狙ってやがった。

 

『准将!危険です!』

 

悲鳴に近いシーマ中佐の声が響くが、残念ちょっと遅かった。ここ、あいつの間合いだわ。

 

「連邦のパイロット、アムロ…と言うのかね?悪い事は言わない、投降したまえ。君達の母艦は墜ちた」

 

『准将!』

 

体勢を立て直したシャア少佐とジャン少佐がそれぞれ武器をガンダムへ向ける。だが何でだろうね、二人の攻撃が当たる未来が微塵も想像出来ねぇ。

 

『た、助けて下さいシャア少佐!ろ、ロックアラートがっ!奴は俺をロックして!?』

 

ヅダのパイロットが悲鳴を上げる、大丈夫、お前さんは大事な人質だから殺されないよ…今は、なんて言って安心させてやりたいが、乗っているのがアムロなら多感でナイーヴな15歳。ちょっとの刺激でガンダム盗んで走り出しちゃうような奴の自制心とか計算高さとかは期待しちゃ駄目だと思う。ちっくしょうヴェルナー中尉ホワイトベースに送るんじゃなかったなぁ!

 

「アムロ君、君は優秀なパイロットだ。だが考えてみたまえ、母艦が墜ちた今、補給も整備も無しにその機体で何処までやれる?しかもここは我々の領地だ、逃げ切れるものではないぞ?」

 

ガンダムは動かない。ホワイトベースが墜ちるのは時間の問題だが、まだ墜ちていない。それが解ったら、ホワイトベースを救うために目の前の機体は鬼神すら裸足で逃げ出すバケモノになるだろう。緊張で乾き、粘つく舌を懸命に動かす。

 

「今なら全員命は助かる。悪い取引では無いと思うがね?」

 

『…お前は自分の利益を言わない。こちらの利益ばかり強調するのはそうされないとお前達の方が困るからじゃないのか?』

 

静かに、けれど明確な殺気の籠もった声がスピーカから響く。鋭いね、もしかしてもうニュータイプに目覚めてんの?止めてよね、本気になったお前さんに俺が勝てる訳無いだろう?

 

「中々心得ているようだ。我々の利益は単純だよ。君の乗っている機体を出来るだけ無傷で鹵獲したい。見たところそれがV作戦の集大成なんだろう?」

 

どっちかと言えばあのジムっぽい量産機の方がそれだと思うが、敢えてガンダムに価値があると考えている振りをする。ガンダムに価値があると俺が思っていればいる程、この交渉に真実味を持たせることが出来るからだ。

 

『…ジオンは信用出来ない。僕がこいつを解放した途端撃ち殺すつもりだろう?』

 

「そのつもりならこんな迂遠な方法はとらんよ。それよりも早く決めた方が良い、私は余り気の長い方では無いからね」

 

そう言って再度左腕の3号機を揺すって強調してみせる。それでもガンダムは動かない。

 

「…最後の譲歩だ。周囲にいる各機は武器を下ろせ」

 

『准将!?』

 

密かに狙撃準備に入っていたシーマ中佐から秘匿回線で悲鳴が上がる。ごめん、でも多分ここの全員が生き残るのはこれしか無い。

 

「さあ、どうする?まだ信用出来んかね?」

 

俺の言葉にゆっくりと、しかし確かに戦闘態勢を解くガンダム。ビームサーベルが発振を停止したところで周囲にいたドムが両脇から押さえつけた。

 

『うぁっ!』

 

「手荒に扱うな!彼は投降したのだぞ!」

 

『は、はい!申し訳ありません!』

 

そう言った矢先、北の方から大きな爆発音が聞こえ、一拍遅れて信号弾が上がった。

 

『確認!青3発!敵艦撃沈!』

 

その言葉に俺はゆっくりと3号機を地面に降ろし、大きく息を吐いた。

こんな疲れること、もう二度とやらんからな!

 

 

 

 

スコープから顔を離し、デメジエールはゆっくりと深呼吸をした。最後に彼の放った徹甲榴弾は木馬の艦橋を直撃し、白い巨艦はそれを境に抵抗を止めた。

 

「やれやれ。トンデモねえな、宇宙艦てのは」

 

ビッグトレーですら容易く撃ち抜く距離から射撃を行なったというのに、結局艦橋以外の場所では有効打を与えることが出来なかった。

だがこれはデメジエールの早とちりであり、連邦軍の艦艇でもここまで高い防御を誇る宇宙艦艇はこのペガサス級だけであった。MSの運用母艦として設計されたこの艦は運用側の無茶苦茶な要求に応えるため、極めて高い防弾性能と各部の偏執的なまでのブロック化、ユニット化により驚異的なダメージコントロール性能を獲得していた。

その代償として一隻当たりの製造コストはマゼラン級の数倍、維持コストに至っては10倍以上となっている。当初V作戦と連動して行なわれたビンソン計画で本艦は数十隻を建造する予定だったのだが、あまりに高額な予算申請に某軍政系大将が頬を引きつらせた挙句、何人かの財務担当が辞表を出してきたために、その規模を十分の一に縮小されたという愉快な経歴を持っている。

 

『お疲れさんです、中佐殿。そいじゃ俺はもう一仕事してきます』

 

上空をゆっくり旋回していたアッザムからそう通信が入る。機体容積の大きいヒルドルブやアッザムには短距離用ではあるがレーザー通信機が装備されているため、ミノフスキー粒子下でも通信は良好だ。

 

「おう。こっちはランス中佐と片付けとくから気にせずに行ってこい」

 

そうは言ったが、向こうも戦闘が終わっているのは先ほどルッグン越しの無線で確認している。シーマ中佐が言うには少なくとも参加したパイロットは全員無事、准将も怪我一つ無いそうだ。ただそれなりにやらかしたらしく帰ったら説教だと息巻いていた。後で詳しく聞く必要があるな、そう思いながらもう一度木馬へ視線を向ける。艦橋に直撃弾を出す1~2分前に囮でも買って出ようとしたのか、連絡機が一機飛び出し、即座にヴェルナー中尉に撃墜されていた。当たり所が良かったのか墜落で済んだようなので、海兵隊の機体が回収に向かったはずだ。艦橋が破壊された後は、それまでの抵抗が何だったのかと言うほどあっさりと降伏してきたので少し拍子抜けしたが。

 

「まあ、楽に仕事が終わるのは良い事だ」

 

捕虜の拘束と装備の接収は歩兵の仕事、それが到着するまで変な気を起こさないよう恫喝するため、敢えて木馬にもう一度砲口を向け、デメジエールはシートに深く座り直した。戦車兵の出番はここまでなのだから。




男子の面子が傷つこうとも勝てば宜しい!


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第七十七話:0079/09/24 マ・クベ(偽)と事後処理

今月最後の投稿&今週分です。


「さて、ウチの大将は何を言ってきたのかね?」

 

戦闘が始まる前に准将から直接渡された紙をパイロットスーツの内ポケットから取り出しヴェルナーは目を通した。そして思わず声を上げ掛け、慌てて口を押さえた。

 

(おいおい大将、こりゃちょっと笑えんぜ?)

 

そこに書かれていたのは、今回の作戦に参加しているシャア・アズナブル少佐がガルマ・ザビ大佐暗殺の実行者である可能性が高いこと。そしてもし彼が不審な動きをしたなら、即座に問いただし、場合によっては准将の責任の下無力化するよう指示されていた。

 

「こりゃ穏やかじゃねえな?」

 

そう言って眼下に目を向ける。スクラップ寸前の量産機にグレーのこれまた手足を失った指揮官機、そしてそんな状況下に関わらず五体満足で残っている胴体の青い指揮官機。シャア少佐のR-2はその指揮官機の横で周囲を窺っているようだ。

 

(見たところ殺気は感じねぇな…。むしろ何か迷っているような?)

 

R-2から放たれる雰囲気をそう読み取ったヴェルナーは、トリガーへ安全装置をかける。准将の言葉を信じない訳ではないが、その一方で自分の勘が違うと言っている相手に砲口を向けられるほどヴェルナーは盲目ではなかった。

 

(俺に指示したってこたぁ、そう言う事でしょう?准将?)

 

これが中佐達やウラガン大尉ならこんな指示が出された時点で躊躇いなく少佐を拘束しているだろう。それは万一の場合、自身が泥を被り、准将へ累が及ばないように出来るという計算を含めての行動だが。

 

「やれやれ、俺もちったあ偉くならんといかんかね…なんだよ?」

 

UMAでも見たような表情でこちらを見るガンナーとコパイに問うが、応えは返ってこなかった。

 

 

 

 

「勝った…のか?」

 

シャアにとってその終わりは呆気なく釈然としないものだった。胴体の青い指揮官機。出会ってからたったの二日だと言うのに、間違い無く終生のライバルになるであろうと直感した相手はしかし、純粋な闘争では無い盤外の力で屈服させられ、今は目の前で立ち尽くしている。

 

(道化だな…)

 

一体自分は何をしているのだろう?復讐のためとジオンに潜り込んでいながら、具体的な行動など何一つ出来ていない。ガルマに近づいた?戦功を挙げて少佐になった?

それが何だ。別の軍に配属されれば、会うことなどそれこそ今回のようなイレギュラーでも無ければあり得ない。最年少の少佐だなどと言われても、任されているのは艦が一隻にMSの小隊が一つ。その部下にしても腹心などと言えるような信頼関係は築けていないし、まかり間違っても反乱など起こすには数が足りない。かといって同僚や上司に覚え目出度いかと言えば、否と答えるしか無いのが現状だ。

 

「愚かだな、私は」

 

でかい口を叩いておいて、この体たらく。もっとやれることも、やるべき事もあっただろうに、結局自分は復讐という言葉に酔っ払った青二才だったのだ。ダイクンの名を捨てた瞬間から、自分はそんなちっぽけな存在になったのだろう。戦闘終了後の処理もせず所在なさげに立っていると、目の前で例の指揮官機が武装解除され、コックピットを開くように促されていた。

 

『両手を上げてゆっくりと出て来い、変な気は起こすなよ?』

 

シーマ中佐がそうスピーカーで告げるのを聞き流しながら、虜囚の身となった指揮官機のパイロットに興味を覚えカメラを向ける。たった二度の戦いだが、その二回で信じられない程の技量を見せた相手に興味があったし、自分をここまで思い詰めさせた相手の顔くらい見ておこうという、大した覚悟も計算も無い行為だった。それが自分の人生を大きく狂わせるとも知らずに。

 

「子供だと!?」

 

ジオンでも成人前の兵士というのは居ることは居る。特に一週間戦争で多くのパイロットを失った後は顕著で、実戦部隊はともかく、後方の兵站部隊やソロモンでも整備班や伝令などの雑務に新兵が宛がわれている。しかしそれでもハイスクールを卒業した18や17が精々で、目の前に居る明らかにジュニアハイすら出ていないような年齢の者は一人も居ない。その事にも驚いたが、その少年がこの状況でも決して屈さず、こちらを睨み付けている事にシャアは動揺した。

 

『…っ!連邦のパイロット、所属と階級、IDを提示しろ』

 

感情を抑え込んだ声音でシーマ中佐が告げるが、相手の反応は芳しくない。当初は反骨心からかと思ったが、どうやら違うようだ。シーマ中佐が語気を強めて再度促すと、少年は躊躇いがちに口を開いた。

 

「地球連邦宇宙軍所属、アムロ・レイ曹長…です。…IDは解りません」

 

冗談のようなセリフに言葉を失う。軍人であれば自分のIDが解ら無いはずがない。それの意味するところを正確に理解したであろうシーマ中佐は、怒りを押し殺した声音でパイロットにMSから降りるよう指示し、機体を回収するべく部下に指示を出している。それを他人事のように見ながら、シャアは思わずヘルメットを脱ぎ捨てた。

 

「なんだ、この不快な感覚は!」

 

それが義憤である事に、まだシャアは気付かない。

 

 

 

 

戦いが終わったんだからさっさと戻れ。言外に含まれる意思を存分に受け取った俺はすごすごとガルマ様の待機している仮設指揮所へ向かった。まあ、指揮所というかギャロップなんだけど。

 

「お帰り准将。無事で何よりだ」

 

コーヒーの満たされたマグカップを差し出しつつそうねぎらいの言葉をガルマ様が口にする。本心2割、残りは皮肉とからかいって所かな?中々成長されているようである。

 

「お役に立てたようで何よりです。…捕虜の方はどのような状況ですかな?」

 

一足先にホワイトベースの方は武装解除されていたから、捕虜はもう移送開始されているはずだ。

 

「ああ、移送はもう開始している。連中大人しいものだよ。まったく、あの抵抗は何だったのかね」

 

そう言ってコーヒーを飲みながら溜息を吐くガルマ様。合理的に判断すれば確かに降伏しか無いんだけどね。

 

「何やら通信をしていましたし、何かしらの策があったのやもしれません。一応注意した方が良いでしょう」

 

状況的に確率は低いが、潜伏している連邦軍やゲリラが呼応するかもしれない。ただ、レーザー通信は使っていないようだったから、ジャブローからの救援は出ていないだろう。まあ、出ていても今なら美味しく頂くだけだが。そんなことを話していると、副官らしい男性が声を掛けてきた。

 

「失礼致します。捕虜のリストが作成出来ましたのでお持ちしました」

 

「ご苦労」

 

そう言って早速リストへ目を通すガルマ様。行儀は悪いが俺も横に移動してリストを見る。

おや、これは。

 

「君、このリストは間違い無いのかね?」

 

「はい、間違いありません。降伏してきた指揮官にも確認をとってあります」

 

直ぐに答えてくれる中尉。ほうほう、向こうにも確認をね。

 

「確認したのは、このパオロという中佐かね?」

 

「はい、いいえ准将閣下。パオロ・カシアスなる中佐は負傷により意識不明でありました。艦の統括者はこちらのブライト・ノア少尉になります」

 

「少尉があの艦を指揮していたというのか」

 

同じくリストを読んでいたガルマ様が納得したような声を上げる。大気圏突入まではともかくその後の迷走ぶりはこちらからしても良く解んなかったからね。でもブライトならもっと無難な動きになりそうなんだけどなぁ。まあいいや、今はそこは重要じゃ無い。

 

「ガルマ大佐、どうやら幸運の女神はまだこちらに居るようです」

 

「ほう…。察するに准将のお目当ての人物が居たようだね」

 

その言葉に俺は力強く頷いた。

 

「はい、彼を捕らえたことはあの艦を墜とした以上の意味をこの一戦に与えるでしょう」

 

そう言ってリストの名前をもう一度見た。そこに書かれているテム・レイの文字。相応の人物どころかいきなり大当たりを引いてやったぜ。実に僥倖。しかも状況からすれば色々と面白い事になるかもしれぬ。

 

「そこまでか。…どうだろう准将。良ければその捕虜の尋問を君に任せたいと思うのだが」

 

何やら考え込んだ後、そんなとんでもねえ事を言ってくるガルマ様。いや、正直有り難いけど良いんですの?

 

「重要な人物なのだろう?あのレビル将軍の時には父上が面会もしている。なら准将が話を聞いても問題は無いだろうさ。条約に捕虜への尋問は将官がしてはならんとも書いていないしね」

 

第一、並みの尋問官では上手く情報を引き出せないだろうから准将に期待させて貰う、なんて言われたら、ちょっとおいちゃん張り切っちゃおうかな!

 

「そこまで買って頂いて断る訳にはまいりません。非才の身ですがご期待に応えられるよう全力で当たらせて頂きます」

 

そう言うと何故かちょっと引いてやりすぎないようにと忠告してくるガルマ様。皆の中で俺は一体どんな邪悪な奴になっているのか、今度一度ちゃんと聞いておこう。俺はそう固く誓うのだった。




シャア、迷走中。


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第七十八話:0079/09/24 マ・クベ(偽)とテム

今月分です


通された先は良く掃除がされてはいたが、物は無く照明で光量は足りているものの換気窓一つ無い殺風景な部屋だった。これならホワイトベースの独房の方がまだ飾り気があるな、などと埒外の事を考えながら、促されるままテムは中央に置かれたパイプ椅子へ腰を下ろした。

 

(呼び出されたのは私とノア少尉か。…彼も災難だな)

 

パオロ中佐が負傷した後艦の指揮はアンドリュー大尉が執っていたのだが、彼は敵の攻撃が激しくなると、艦の指揮をノア少尉に執るよう指示し、自分は逃げ出してしまったのだ。同じ車両で運ばれたオペレーター曰く、囮となってホワイトベースから敵の注意を逸らすためと言っていたそうだが、聞こえていたオペレーターと指示されたノア少尉以外に一言も言わずに出て行く辺りに本心が透けて見えると言うものだ。

ただ、その際しっかりとモーションデータのコピーも持っていったようだから、彼がたどり着けていれば残された側としては業腹であるが、相応に意味のある行動になっただろう。残念ながら飛び出して1分と経たずに撃墜されたそうで、以降の安否は不明である。

 

「やあ、お待たせしてしまったかな?お会いできて光栄だ、大尉」

 

待つこと数分、そう言って後ろのドアを開けて入ってきたのは、随分と階級の高い男だった。癖のある髪にどこか不健康そうな肌色、目元は怜悧で口にした言葉と裏腹に感情というものが含まれているようには見えない。薄く三日月を作る口元は、友好よりも嗜虐の愉悦によるゆがみだとテムは思った。

 

「ああ、待ちくたびれたよ。私の記憶が確かなら、南極条約で捕虜の待遇は規定されていたかと思うがね?」

 

ちょっとした意趣返しのつもりで皮肉を言うと、目の前の椅子に座った男は楽しそうに笑った。

 

「ええ、ええ。良く存じていますよ。何しろあれを纏めた席に私も居ましたからね」

 

その言葉に目の前の男が大凡誰なのか、遅ればせながら気付いたテムは警戒心を一気に強めた。

 

「ここの所は忙しかったでしょう?有能な大尉のことだ、それこそ眠る暇も無かったのではないですか?」

 

嫌がらせの砲撃をあれだけしておいてぬけぬけと言い放つ男に怒りを覚えるが、ゆっくりと息を吐き、怒りを吐き出す。煽って平静を失わせるつもりだろうがそうはいかない。

 

「誰かさん達がはしゃいで明け方まで砲弾をばらまいてくれたからね。少々煩かったが、なに、大したことでは無かったよ」

 

「それは良かった。少し長い話になるので、お疲れだったらどうしようかと思っていたのですよ。では、早速本題に入るとしましょう。大尉、貴方にはここでこの戦争から退場して貰う」

 

天気でも語るような気楽さで飛び出た言葉にテムは一瞬呆けるが、その意味を察して身を強ばらせる。

 

「ほ、捕虜の殺害は条約違反だ!」

 

思わず叫んだテムを可笑しそうに見る男は、テムの態度に気にした風も無く、近くに居た兵士に飲み物を持ってくるように指示を出す。そのあまりにも泰然自若とした姿勢がテムの焦燥を煽る。その時テムの脳裏には、出撃前の中尉に語った言葉が浮かんでいた。ガルマ・ザビは人道主義者だ、捕虜の扱いは悪くないはずだ…だが、それはガルマ・ザビに限ったことであって、決して地球に侵攻してきたジオン軍の総意では無いし、コロニー落しについても法的善悪でなく、人の良心に訴えるならば、それを是とし実行した人間達の心理状況を自分はあまりにも楽観的に捉えすぎていたのでは無いか。嫌な汗が浮かぶのを自覚しながら、テムは相手の真意を探るべく睨み付ける。その視線に男はテムの思考を理解したのか、可笑しそうに笑う。

 

「はっはっは。我々は無頼では無い。約束を守るくらいの良識はありますよ。貴方達の守る連邦政府とは違ってね。私の要求は単純です。貴方自らの意思で我々に降って欲しい」

 

その言葉にテムは目を剥く。

 

「…正気かね。腐っても私は地球連邦軍の士官だ。その私に寝返れだと?」

 

随分と安い男に見られたものだとテムは内心憤慨する。だが、返ってきた言葉にその熱は一気に奪われることとなる。

 

「頷いてくれれば貴方のご子息の安全を約束できます。そちらにとっても悪い話では無いと思いますが?」

 

「何のことかね?」

 

一応韜晦してみせるが当然ながら効果は無かった。

 

「あのトリコロールの機体に乗っていたご子息の生命の保障は、貴方の言葉如何で決まると言っているのです」

 

「人質とでも言う気か?条約を守るという言葉は何だったのかね?」

 

侮蔑を込めて紡いだその言葉は、思わぬ形で崩される。

 

「条約?なにを言っているのです。我々が結んでいる条約は貴方達連邦軍との間だけだ。ゲリラは適用の範囲外ですよ」

 

「そちらこそなにを言っている!アレは連邦軍に所属したっ!」

 

「したことにする予定だった、でしょう?急いでいたとは言え正規の任官手続きが済む前に戦場に出したのは失敗でしたな」

 

返ってきた言葉に己の失態を悟り、テムは舌打ちをする。徴募した息子やその友人達は書類こそでっち上げたが、ルナツーでは採用の権限が無いとされ、ジャブローで正式に任官するはずだったのだ。つまり目の前の男の言に反論する言葉をテムは持ち合わせていない。

 

「ゲリラの処遇は捕縛した国の刑法によって裁かれるのでしたな。我が国では二人以上の殺害、それも過失で無く故意ですから…間違い無く死刑が判決されるでしょうなぁ」

 

兵士が持ってきたお茶を暢気に啜りながら、世間話のように息子の死を持ち出す男。テムは思わず逆上し殴りかかるが、触れる間もなく側に居た兵士に拘束されてしまう。

 

「貴様!息子に指一本触れて見ろ!必ず殺す!絶対に殺してやる!どんな事をしても必ず!必ずだ!!」

 

そう叫ぶテムに男は癪に障る表情で肩をすくめて見せると、変らぬ口調で口を開いた。

 

「やれやれ、野蛮ですな。だからそうしなくて良い提案をしているでしょう?私だって好き好んで子供を手にかけたいなどと思っていません。どうです大尉?貴方の採るべき選択が解ったのでは無いですか?」

 

「…息子の安全は、確かに保障されるんだろうな?」

 

「それは貴方の態度次第ですな。まあ、可能な限り命の保障は致しましょう。尤も戦争ですし軍の施設には収容するでしょうから、そちらの軍が核でも使ってコロニーごと吹き飛ばされたらどうにもなりませんがね」

 

 

 

 

テム大尉が出て行って暫くしてから、入れ替わるようにガルマ様が入室してくる。その表情はお世辞にも優れているとは言いがたい。

 

「准将、言ったはずだぞ。やりすぎるなと」

 

何を仰る。

 

「捕虜ならば連邦に返さないことは出来るでしょう。しかし彼の価値をそれだけに留めるのは我が国にとって損失でありましょう。手に入れたならば最大限利用せねば殉じてくれた兵に申し訳が立ちません」

 

そう返すと渋い顔のまま黙り込んでしまうガルマ様。デギン公は人を見る目があるな、軍人にゃ向いてないよ、ガルマ様。

 

「ガルマ様、将は時として私的な正義を忘れねばなりません。その正義のために己が将兵が如何に害されるか、まずそれを考えるべきです」

 

優しい理屈だけで世界が通せるなら、戦争なんて起きはしない。そして人としての正義を通したいなら軍人などやらず、政治家でもしていた方がずっと近道だろう。

 

「だから子を人質に親を顎で使えと?子供を道具にするなどあの連邦と同じではないか!」

 

「公国将兵200万の命を悪戯に危険に晒すより、たった一人の敵国民の命を贄にする方が幾らかでもましな選択肢だと考える次第です」

 

そう机を叩きながら激昂するガルマ様に返せば、凄い形相で睨み付けてくる。こりゃ、今までの関係もご破算かな。

暫くにらみ合う形になったが、こちらの考えが変わらない事を理解したのか、ガルマ様は乱暴に椅子に座ると、大きく息を吐いた。

 

「…今回の件は全てキシリア少将、ひいてはギレン大将に報告する。もう一度聞くが准将、意見を変えるつもりは無いのだな?」

 

その言葉に黙って頷く。

 

「解った。捕虜と民兵の移送はキャリフォルニアが責任を持って行なう。他に何か言いたいことはあるか?」

 

それじゃ、お言葉に甘えて。

 

「それでは幾つか。まず指揮官機に乗っていたあの少年達はフラナガン医療センターへ送って頂きたい。あの年齢であれだけの戦闘力です。オーガスタでの研究の成功例かも知れません。それと万一にも捕虜を奪還されないためにも護衛を。宇宙に慣れた者が良いでしょうからシャア少佐とジャン少佐が適任かと。また、彼らを徴募し正規の軍籍を与えること無く戦線に投入したことを大々的に批難するべきです。それから最後に、この件の発案、責任者は私にして頂きたい」

 

「…一応聞いておこう。何故か?」

 

「人にはそれぞれ役というものがあるからです。ガルマ様は慈悲深く人道的な将であらせられる。ならば誰か泥を被る者が必要でしょう」

 

幸い表向きの階級は俺の方が上だからね。仮にこの件が問題になっても俺に全てまとめておけば軍全体のイメージダウンは避けられる。最悪俺を糾弾して軍籍を剥奪するなり独房にぶちこむなりすれば、けじめが付けられるからだ。その為にも指示し実行した人間を明確にしておく必要がある。

 

「これが戦争か」

 

吐き捨てるようにそう口にするガルマ様に、俺はただ黙って頷いた。




黒マムーヴ


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第七十九話:0079/09/26 マ・クベ(偽)と凱旋

ちょっと早いですが今週分です。


細々としたガルマ様との打ち合わせで一日が終わり、明けて翌日俺は機上の人となっていた。そういやガウで移動するのってなにげに初めてだな。餌食い過ぎた金魚みたいな形してるくせになかなか快適な乗り心地じゃないか。技術部の連中もやりおる。そんな埒もないことを考えながら揺られること凡そ半日。帰ってまいりました、欧州オデッサ。日はすっかり傾いて風も少し肌寒い。おーし、皆ご苦労様会やろうぜー!今日は奮発して私物のワインとか振る舞っちゃうぞ!とかキャッキャしながらタラップから降りると、目の前に人影が。

 

「お帰り、准将。楽しんできたようだな?」

 

怒気を隠そうともせず仁王立ちされるその方は、麗しの上官であるキシリア少将その人だった。

 

ナンデ!?

 

状況について行けず周囲を見回す。先ほどまでニコニコとついてきていた中佐ズは笑顔を崩さぬまま距離をとっている。キシリア様の後ろには仏頂面のウラガン。は、謀ったな!?

 

「どうした?何か言う事があるんじゃ無いか?得意の弁舌で私を楽しませてみろ、准将」

 

全く笑っていない目でそう聞いてくるキシリア様の前で俺は正座をするとゆっくりと頭を下げた。日の暮れたオデッサの土は中々に冷たかった。

 

 

「お前は!悪いと思っているなら!何故実行に移すんだ!?」

 

取り敢えず話を聞くと、連行された自室にキシリア様の怒声が響いた。その勢いのままに一息でワインを呷ると即座にグラスを突き出してくるので、俺は黙っておかわりを注ぐ。ああ、当たり年と言われた56年もののボルドーが減っていく。

 

「聞いているのか?んん?」

 

据わった目で淑女がしてはいけない声音で聞いてくるキシリア様。

 

「聞いております、ですから髪を離して下さい、痛いです」

 

やめて!三十路近い男の頭皮はデリケートなのよ!?

 

「反省の色が見えんなぁ、解っているのか?お前のおかげで私がどれだけ苦労しているのか。調子づく連中を抑え!足を引っ張ろうとする連中をなだめながら!お前のエキセントリックな行動をフォローする苦労が解っているのかと聞いているんだ!」

 

完全に絡み酒だこれ!言いながら興奮してきたのだろう、髪を掴んだまま腕を振り回すため俺の上半身もアグレッシブに運動している。あ、いまプチプチって嫌な音と痛みが。

 

「すみません、ごめんなさい、すみません、ごめんなさ…いたいいたいいたい」

 

「なぁーにぃ?聞こえんなぁ?准将は反省していますかー?」

 

ぱ、ぱわーハラスメント!その晩、俺の頭髪はチョットだけ寂しくなった。

 

 

 

 

「それではガルマ大佐、お世話になりました」

 

そう言ってシャアは執務机に向かうガルマに敬礼をした。その姿はシャアの中にある将というイメージそのものであり、それが言いようのない焦燥感を生む。それが態度に出ないよう、静かに奥歯を噛みしめた。

 

「ああ、もうそんな時間か。すまないな少佐。面倒ごとを押しつけて」

 

「いえ、私こそお役に立てず申し訳ありませんでした。せめて荷運びくらいはやらせて下さい」

 

そう返すとガルマは一瞬表情を強ばらせたが、直ぐに笑顔を作り応えてきた。

 

「うん、少佐になら安心して任せられる。運ぶ荷物はこの戦いにおいて極めて重要な意味を持っている…くれぐれも粗略に扱わないで欲しい」

 

荷物。自ら寝返ったとされる連邦の大尉とその子息、そしてその友人達と例の無傷で鹵獲した指揮官機だ。もっとも既に大尉からの情報で機体の名前はガンダムであること、指揮官機では無くただの試作機である事などが判明している。子供達はただの徴募された民間人だと言うが、あの戦闘能力を見た後では信じろと言う方が難しい注文だ。

そのため機体と大尉はグラナダへ、子供達はサイド6にあるフラナガン医療センターへ送られる事になっている。

 

「承知しております。しかしそのフラナガン医療センターとは一体何なのでありましょうか?」

 

その存在自体はシャアの耳にも届いていた。自分の周りには居なかったが、ソロモンからも何名かの人員がその医療センターとやらで検査を受けたと聞いていたからだ。そう問えばガルマは一瞬顔を強ばらせた後、普段通りの声音で副官へ命じた。

 

「…ダロタ。すまないが暫く席を外して欲しい。また暫く会えなくなる友人とプライベートな会話をしたい」

 

その言葉に黙って副官の中尉は頭を下げると部屋から出て行った。それを確認するとガルマは椅子から立ち上がりキャビネットの水差しからグラスへと水を注ぎ口を湿らせると、努めて平坦な声で話し始める。

 

「シャア、今から私が言う事はただの独り言だ。…以前私がオーガスタにあった連邦の施設を攻略しただろう?ジオンにも同じような施設が存在している。無論非公式にだ」

 

その言葉だけでシャアは正確に意味を理解した。つまりフラナガン医療センターとは。

 

「正確には連邦のような人間を兵器に仕立て上げるような研究では無く…特別な能力、施設ではニュータイプと呼んでいる能力を強化、戦闘能力へ転用する研究だと言っていたが、どれだけ違いがあるかは解らん。あそこはキシリア少将の管轄で情報統制されているしな」

 

「つまり、あの少年達はモルモットとしてその施設に送られる、そう言う事か?」

 

シャアの問いにガルマは否定も肯定もせず、ただ視線を窓へと向けた。だがその沈黙こそが答えである事は誰の目にも明らかだった。

 

「…今回の作戦に参加したマ准将の話では、少なくとも人体に有害な試験は行なわれていない、とのことだ。いずれにせよ医療施設にでも入れなければ、彼らはテロリストとして処罰されてしまう。これは彼らの生命を守ることでもあるんだ」

 

「自分も誤魔化しきれない詭弁なら口にしない方が良い。ガルマ、君はそれで良いのか!?」

 

「良い訳がないだろう!」

 

怒声がそれ以上の言葉を遮る。

 

「子供をモルモットのように弄くりまわすなど正気の沙汰では無い!そんなことは解っている!だがなシャア、あの子は、あのたかだか15の少年は!君と互角に渡り合って見せたのだぞ!?彼がただ個人として特別ならば良い。だが彼が造られた特別であったら?その可能性がある以上、私は准将の意見に賛同する」

 

「…だがそこに正義は無いぞ」

 

「受け売りだがね、私個人の正義のために部下を徒に危険に晒す訳にはいかん」

 

自身の良心と部下数十万の命。そんなものは比べるにも値しない、憤怒の形相でそう言い切るガルマに、シャアは驚きと共に言葉に出来ない不快感を感じた。あの甘ったれの坊やと見下していた相手は一人前の将器を身につけつつある。それを直に目の当たりにし、シャアはガルマに嫉妬していた。だが常に先頭にいた彼は、それが何という感情であるか理解できていなかった。

 

「そうか、君がそこまで言うなら、私は従おう」

 

そう言って再び居住まいを正し、シャアはガルマへ敬礼すると踵を返す。部屋を出て扉が閉まる最後の瞬間まで、ガルマから声を掛けられることは遂に無かった。

 

 

 

 

「昨日は済まなかったな、准将。その、私もどうかしていたようだ。忘れてくれると助かる」

 

のんびりと流れる外の景色を眺めながら、そんなことをキシリア様が言ってきた。ただいまオデッサ上空1000m程を飛行中のアッザムよりお送りしております。アッザムデートはフラグだが、白っぽ番長がいなくなった今、もう何も怖くない!

 

「昨日?申し訳ありません。何かありましたでしょうか?」

 

「っ!そうか。いや、何でも無い。気にするな」

 

あからさまに安堵の声を出すキシリア様、え?なんで表情じゃねえのって?そらあの不思議な紫ルックにマスクとヘルメットで完全防御してるからだよ。容姿が原作より幼い分すっげえ似合ってないけど、それを指摘するほど俺はエアーの読めん男では無い。

 

「今回の一件は上層部も高く評価している。特に木馬を仕留めたソンネン中佐とガーフィールド中佐の2名はジオン十字勲章が授与されるだろう。指揮官機…ガンダムだったか?アレを鹵獲するのに貢献した者達にも何らかの報奨を考えている」

 

おお、やったじゃん中佐。何個目か解らんけど勲章に貰いすぎはあるまい。しかし報奨かあ、結構海兵隊の連中即物的だからなあ。金一封とかが一番喜ぶかもしれん。

 

「有り難うございます。兵達も励みになるかと」

 

そう返すと。視線をこちらに戻し、キシリア様はここからが本題だと切り出してきた。

 

「ついては代表として貴様にも一緒に表彰式に参加して貰う」

 

「承知しました」

 

また基地空ける事になるなぁ。ウラガンにお土産買わなきゃ。

 

「それから今の内に知らせておくが、表彰式後貴様の所属がかわる」

 

は?

 

「はっきり言う、今回はやりすぎだ。最早私では調整しきれん。なので貴様にはギレン総帥の所へ移って貰う」

 

「それは作戦本部へ異動という事でしょうか?そうしましたらオデッサはどうなりましょう?」

 

宮仕えだ、命令されたら嫌とは言えぬ。そう言いたいところだが、ここを放り出せと言われるなら徹底的にごねるぞ。

 

「…立場的に言えばラサ基地のギニアス少将に近いな。オデッサ基地は規模が大きくなりすぎている。欧州方面軍管轄では不適当であるため、総司令部預かりとする…と言ったところだ。つまり貴様はオデッサ基地司令からは外れん」

 

その言葉に俺は胸をなで下ろす。

 

「そう、ですか」

 

「まあ、精々上手くやれ。ギレン総帥は私ほど寛容ではないぞ?」

 

「…肝に銘じておきます。それからキシリア様、連絡を頂いておりませんが、表彰式はいつになりますでしょうか?」

 

あれこれお世話になった人に連絡しとかなきゃいけないからね。そう思って聞いたらキシリア様は不思議そうな顔でこちらを見てきた。なんぞ?

 

「連絡は今しただろう?表彰式は明後日だ」

 

だから!もっと早く言ってくれよ!項垂れる俺をキシリア様は不思議そうに見てくるが、そこ不思議がる所じゃありませんから!

この日の視察はつつがなく終了したものの、昨夜の出来事を何処から聞きつけたのか、夜の私室にハマーンが襲来し色々と騒動が起こったのだが、それはまた別の話。




ねんがん の アッザムデート を じっし したぞ!


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第八十話:0079/09/27 マ・クベ(偽)と胎動

一方その頃、的なお話。


連邦の艦艇を横目に見ながら、ベイへと誘導される。現金なものだとシャアは思わず苦笑した。開戦当時は入港まで数時間待たされた挙句、ジオンの艦艇は貨物用や作業船用のベイへ回されたものだが、今では連絡から数分でタグボートまで出てくる優遇ぶりだ。これで中立を名乗るのだから連邦政府もさぞや臍を噛んでいる事だろう。

 

「ザンジバル級は快適ですな。降りるのが惜しいくらいだ」

 

横に並んだジャン少佐が冗談めかして言う。事実ムサイやチベに比べ艦内容積に余裕のあるこの艦は部屋が広いという単純な部分だけで無く、通路や格納庫なども余裕があるため移動や整備などのストレスが少ない。本来であればオデッサへ回す予定の艦だったらしいが、暫く使うアテが無いと准将がガルマへ口添えしたため、今回の任務の間だけではあるが借用できることとなった。

 

「…ええ、お貸し下さったガルマ大佐には感謝をしなければなりません」

 

連邦軍によって徴募された不幸な民間人の移送。今回の任務に従事している大半の兵士がそう聞かされているはずだ。故郷へと送還しないのは、既に実戦に出てしまったためにゲリラという扱いになってしまっている事に加え、再び連邦軍によって戦場へ連れ出されないようにするための配慮。医療機関へ連れて行かれるのも、戦場のストレスによるPTSDの兆候が見られるためだ。そう言う事になっている。

 

(周到な事だ…考えたのはあの准将殿か)

 

そう思い至り、シャアは強い不快感を覚えた。どうにもあの准将の手の内で踊らされているような感覚に陥ったからだ。

そもそも事の始まりであるV作戦の偵察からして、あの准将が口を挟んでいる。結果から見れば状況は良い方向へ転がってはいるが、その一方で自身の思惑も邪魔されているように感じる。墜とせなければ北米に降りさせる予定だった木馬もジャブローへ降りてしまったし、その後幸いにして北米に移動したにもかかわらず、ガルマに近づく間もなく木馬は討ち取られ、大した手柄も立てずに自分は再び宇宙へと帰っている。この護衛に選抜されたのも准将の提案だと言うから面白くない。

 

(まるで私とガルマを離すように動いている…まさか気付いているとでも言うのか!?)

 

そう考え、しかし即座に否定する。復讐について誰かに話したことは疎か、態度にも出ぬよう細心の注意を払って来たのだ。それに気付いているなら地球を出立する前にガルマと二人きりになれたのは不自然だし、あの時のガルマの様子は、自分に何か含むところのある態度では無かった。

 

「シャア少佐、どうかされたのか?」

 

黙ってしまった事を訝しんだジャン少佐が怪訝そうに聞いてくる。

 

「いえ、何でもありません。手続きも早そうですから、そろそろ彼等に伝えた方が良いかと考えていただけです」

 

そうシャアが返すとジャン少佐は何か言いたげではあったが、賛同の返事をし近くに居た少尉に声を掛ける。親身になってくれるジャン少佐へ嘘をつくことに若干の罪悪感を感じながら、シャアはレイ少年のことを思い返した。

精神的に追い詰められていたこともあってか、言葉こそ丁寧だが、非常に攻撃的な態度を隠そうともしない彼に自分と同じ無鉄砲さや、親に振り回される身上といった共通点から何となくシンパシーのようなものを感じる。加えてあの才能を見せられれば、俄然興味も湧くというものだ。

 

(連邦の作り出した強化兵と言うが、彼の話にそう言った施設での経験は一切無い…だとすれば彼は本物のニュータイプかもしれない)

 

その可能性はシャアを強く刺激するものだった。彼の存在は正にジオン・ダイクンの唱えたニュータイプの発現、宇宙という環境に置かれて人が覚醒するという事例そのものだからだ。加えて生まれながらにスペースノイドで無くともそうした力に目覚めるとするならば、ギレンの提唱する優性人類生存説の否定にも繋がる。それはシャアの手元に極めて強力な手札が来たことを意味している。

 

「…欲しいな」

 

呟いた言葉は、誰にも拾われること無く虚空へ溶けて消えた。

 

 

 

 

「…あら?」

 

ティーカップを傾けていた褐色の少女はふと気がつき視線を遠くへ向けた。

 

「どうしたの?ララァさん?」

 

「マレーネ様、私はララァと呼び捨てて頂いて構いませんと…」

 

目の前に座る品の良い娘に向かいそう言ってララァは眉を寄せた。対等の友人として扱ってくれるのは嬉しいしその人柄は好ましいのだが、周囲の目というものもある。一方は公国の重要人物の娘であるのに対し、もう片方は借金の形に捨て値同然で売られた娘。人は平等だと謳われて久しいが、厳然とした身分の差は存在するとララァは知っている。

 

「ララァさんが様を止めてくれれば直ぐにそう呼ぶわ。それでどうした…ああ」

 

そこまで言った所でマレーネも気付いたのだろう。同じ方向へ視線を向け、何処か困った顔になる。

 

「とても強い力を持った子ですね。でも今にも押しつぶされそう。不安、焦り、怒り…哀しい気持ちで心が一杯だわ」

 

施設の訓練により、ララァは極めて敏感に他者の感情を読むことが出来るようになっている。けれどそれを置いても今、思いを発している少年は規格外だ。同意するように頷くマレーネがその証拠だろう。マレーネは伝える力こそララァと比肩するが、思いを読み取ったり受け止めたりする力に関しては数段劣るからだ。その彼女が知覚できるのだから、その少年が如何に強い力を持っているかが解る。

 

「でも珍しいわね、准将が口を利いて下さってから、こんな強い負の感情を持ってやって来る子なんて居なかったのに」

 

マレーネの疑問に、その少年の周囲にいる者の感情まで読み取れたララァが応える。

 

「もしかしたら、ジオンの方では無いのかもしれません」

 

「どういう事?」

 

返ってきた言葉にララァは頭を振る。

 

「周囲の方から同情と哀れみ…それから多分に恐怖を感じます。連邦の施設で保護された被験者の子かもしれませんね」

 

「…だとしたら、優しくしてあげないと。この世界は辛いことだけでは無いのだから」

 

そう言うマレーネに頷いて見せたが、ララァの意識はもう一つ感じ取った感情へ向けられていた。少年のそれに比べれば普通の人間より少しだけ強いかどうかというものだが、そこから発せられる感情に、ララァは何故か強く惹かれた。それは道を見失った迷い子のような、痛いほど懸命で、けれど哀しいほど無力な己に打ちひしがれた心。純粋で、故に傷だらけの、誰かが抱き留めてやらねば今にも消えてしまいそうなその青年を、ララァは救ってあげたいと思った。

 

「純粋なのですね…少佐」

 

ララァの呟きをマレーネはただ不思議そうに見ていた。

 

 

 

 

連行された施設を見て、アムロは拍子抜けしていた。周囲のジオン兵があまりにも気遣ってくるので、このまま怪しい人体実験の道具にでもされるのかと身構えていたというのに、連れて行かれたのはサイド6にある、至って普通の医療施設のようだった。

 

(そう言えば、PTSDがどうとか言っていたっけ)

 

自分はそれ程憔悴していないが、友人のカイとハヤトは心が折れているようだった。ここまで来る間も酷く怯えていたし、明らかに口数も減っている。それに二人とも物音に過敏になっていて、移送されている途中でもちょっと大きな音がすると取り乱したり、遠くで砲声がすると、それだけで震えたりしていた。その事を思い出し、こうして医療施設へ送る事をするジオンは案外悪い奴らでは無いのかもしれない、アムロはそんなことを考えて慌てて頭を振った。

 

(騙されるなアムロ!懐柔するために飴を用意するなんて常套手段じゃないか!)

 

そもそも二人がこうなったのも連中が攻めてきたからだ。ならばそのケアを連中がするのだって当然のことだろう。そう考えて平静を保とうとするが、その目論見は目の前に現れた人物によってあっさりと覆される。

 

「貴方達が新しい入所者さんかしら?初めまして、私はマレーネ・カーン。こちらはララァ・スン、私達はここに来て長いから、解らないことがあったら何でも聞いてね?」

 

そう言って微笑む彼女を見てアムロは思わず呆然と立ちすくんでしまう。先ほどまで怯えていたカイもハヤトも同様に顔を赤らめて彼女に見入っていた。そんな二人を見て、自身も見入っていたことに羞恥を覚え慌てて視線を逸らすと、彼女達は可笑しそうに笑った。その様子に危うくもう一度見とれそうになるが、その一方で浮かんだ疑心が寸前の所でアムロの思考を保たせる。

 

(この人達はここに来て長いと言った。どう見ても普通の人だし、体や心が病んでいるようには見えない。じゃあ、この施設は何なんだ?)

 

思わず身を固くするアムロに向かい、ララァと紹介された少女が微笑みかけてくる。

 

「大丈夫、怖がる必要なんて無いわ。ここには貴方達を傷つける人も、恐れる人も居ないもの」

 

その物言いにアムロは思わず口元を手で隠しながら、気まずそうに聞き返した。

 

「心配してくれて有り難う。僕、そんなに不安そうな顔をしていましたか?」

 

そう聞くと、彼女達は視線を交えた後、今度こそ声を出して笑った。

 

「解るわ。だって貴方、とても大きな声で怖がっていたもの」

 

「ええ。私にも聞こえたくらい。あら、もしかしてここがどういう所か教えられずに来たのね?」

 

二人の言葉に釈然としないものの、重要な手がかりが掴めそうであったことから、アムロは質問を優先した。

 

「医療センターとしか。ここは一体何の施設なんですか?」

 

そう聞くと、ララァは悪戯に成功した子供のような顔で応えた。

 

「ここはフラナガン医療センター…新しい人達の力を研究する施設と言った所かしら?」

 

意味不明な回答にアムロが返答に窮していると、マレーネが助け船を出してきた。

 

「もう、あまりからかっては駄目よ。そうね、ここはね、ニュータイプを研究している施設なの」

 

それを聞いて、カイとハヤトが青くなる。何故なら今民間に知られているニュータイプ研究と言えば、あの悪名高きオーガスタを映したジオンのプロパガンダ放送だけだからだ。その様子を見て、自身の失敗を悟ったマレーネが慌てて言葉を続けた。

 

「ああ、心配しないで?あのオーガスタみたいな事はもうしていないから。ほら、私達はずっといると言ったでしょう?」

 

自分たちが壊れているように見えるかと言外に言われ、アムロは首を振る。だが、その一方で自分たちが同じ待遇となる保証など無いと思っていた。何故なら自分たちは死刑判決の代わりに送り込まれているのだから。

 

(上手くやれ、アムロ。何としても生き延びるんだ)

 

その覚悟が、良い意味で裏切られることをアムロ達はまだ知らない。




ニュータイプの会話は難しい。


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第八十一話:0079/09/28 マ・クベ(偽)と表彰

連休だそうですよ。

本文中にヘイト表現が含まれます。
嫌悪感のある方はお読みにならない事をお勧めします。


「斯様にデメジエール中佐、並びにランス中佐の奮戦は我が軍の誇りであり…」

 

表彰式の挨拶とかスピーチって凄く眠くなると思いませんか?ムンゾからこんにちは、マです。視察から明けて翌日、朝もはよから高速艇に詰め込まれてやってまいりました我が故郷サイド3。なにげに俺主観だと初めてなんだよね、それでも懐かしさを感じるのはマさんの記憶のせいだろうか。

 

「では、両中佐。前へ!」

 

盛大な歓声に包まれながら、礼装に身を包んだ二人が無駄にでかい壇上へ登っていく。身内で授与されるのが自分だけだったので渋っていたデメジエール中佐も、今は余裕を帯びた笑顔で式に臨んでいる。ちなみに十字勲章受章2個目だって、流石教導隊所属は違う。

ギレン総帥自ら声をかけ、肩に手をかけて気さくな司令官アピールをした後、手ずから勲章を二人の胸に着けた辺りで会場のボルテージは最高潮に。この後俺も部隊の代表で表彰状貰うんだけど、ちょっとこのハードル高くないですかね?

 

「皆様!勇敢に戦い、そして見事多大な戦果を上げました両中佐に今一度盛大な拍手を!」

 

司会者さんの見事な煽りもあって、正に万雷の拍手。もう部屋に帰りたい。その後心を無にして素数を数えていたら、式はつつがなく終了し、そのまま俺は総帥府へとドナドナされた。辞令の件ですよねーってほいほい付いていったら何故かギレン総帥の執務室に連れ込まれたうえ、何故か人払いされたでござる。え、なに、なんぞ!?

 

「ガルマから報告を受けている。キシリアからもな。随分と好き放題しているようだ、准将」

 

何が可笑しいのか邪悪な笑み(※あくまで個人の感想です)を浮かべてそう仰るギレン閣下。うん、何この顔面凶器、超怖いんですけど。

 

「お二人には格別の配慮を頂きまして、このマ、感謝の念に堪えません」

 

そう言って直立不動を貫く、ただなんだろう?思っていたよりこの人人間ぽいな(スゴイシツレイ)。

 

「ふむ、だが軍紀違反は見逃せんな?功績大なりといえど規則を破ったものには相応の罰を与えねばいずれ組織は崩壊する。そうは思わんかね?准将」

 

「…仰る通りかと」

 

ド正論を持ち出されたらぐうの音も出ねえや。信賞必罰はちゃんとせんと、また功績挙げれば命令無視しても良いじゃん!って暴走するバカが出るからね、誰とは言わんけど。

 

「つまり覚悟の上での行動だったわけか?」

 

良かった今回の北米行きの事だ、壺はばれて無い。俺は内心安堵し堂々と言い放って見せた。

 

「はい、ですが部下達は私の命令に従っただけであります。何卒寛容な裁可をお願い致します」

 

「くっくっく、良かろう。貴様がそう言うのであれば今回の問題は貴様一人の責任と言うことにしよう」

 

俺の言葉にギレン閣下は肩を揺らすとやはり邪悪な笑みを浮かべながら応えた。

 

「有り難うございます」

 

俺がそう言って頭を下げると、閣下は机から書類を取り出して読み上げた。

 

「突撃機動軍所属マ・クベ准将、貴官の発案により連邦軍の作戦を頓挫させたことを我々は高く評価している、故に貴官の貢献大なりとし、一階級特進、少将に任ずる。また、過日の戦闘における功績からジオン十字勲章を授与するものとする」

 

そう言って階級章を机に置くギレン閣下。

 

「承知…は?」

 

まともに聞かんで頭を下げようとした所で変だと気付く。あれ?今昇進しませんでした?

 

「おめでとう少将、君も晴れて正式に将の位だな。また本日付で貴様は総司令部所属特別遣欧部隊の指揮官に任ずる。内容はオデッサにおける資源収集、並びに同地域にて地上用兵器群の試作製造、そして地球方面軍の後方支援だ」

 

「閣下、それは」

 

「つまり今までやっていたことをそのままやれと言うことだ。ああ、オデッサの連中はそのまま残してやる。群狼は群れでこそ価値があるのだからな」

 

やっべぇ、何このイケメン、顔面凶器とか言ってごめんなさい!

 

「格別のご配慮、感謝の念に堪えません。このマ、これからも祖国のため粉骨砕身する所存です」

 

そう言うと満足そうに頷くギレン閣下。やべえ、親衛隊の気持ちがちょっとわかっちゃう、これが本物のカリスマってやつか!そんな風に思っていたら、ギレン閣下は笑みを崩さぬままもう一枚書類を取り出した。

 

「よろしく頼む。さて、少将。総司令部に正式に所属が移ったので、改めて評価をしよう」

 

…ん?

 

「総司令部所属、特別遣欧部隊司令マ・クベ少将。貴官は突撃機動軍所属時、司令官であるキシリア・ザビ少将から度重なる警告を受けたにもかかわらず、戦力の無断収集、無申請の装備改造を行なっていたな?更に地球方面軍司令ガルマ・ザビ大佐に命令書の偽造を行なわせ、挙句司令部へ連絡も無しに勝手に戦力を動かした。この件について何か弁明はあるかね?」

 

ちょ、ま。

 

「この件について総司令部は極めて重大な背任行為であると考えている。この件に関して我が軍が出した裁可は反乱の意思ありとして即時拘禁、軍事裁判の予定であったが、キシリア少将、ガルマ大佐の報告を考慮し、処分を決定した」

 

え、もう決まってるの?確定事項よ!ってやつなの?

 

「此度の重大な背任行為は本来厳罰に処するべきであるが、これまでの少将の働きに免じ、2階級降格の上、十字勲章剥奪を以って処分とする。では、受け取りたまえ」

 

そう言って大佐の階級章を少将の階級章と入れ替えるギレン閣下。イケメンに見えたと言ったな?あれは嘘だ、この陰険顔面凶器め!

 

 

 

 

人事に関しての連絡を終えて少し気分の上向いたギレンは、式典後のパーティー会場に向かった。会場に入って暫くは綺麗どころや繋ぎを作りたいであろう連中から囲まれていた大佐だったが、それらを躱してつまらなそうに壁に張り付いたところに声を掛け、執務室横の応接室へと入る。キャビネットから適当なウィスキーを取り出して机へ置いた。

 

「まあ、サービスはこの位で十分だろう。ここからはプライベートだ、楽にしてくれていい」

 

そう言って自ら酒を注いでやるが、大佐の表情は優れない。無理もないことだとギレンは思う。自覚するほど悪相であるギレンはそのせいで人間関係の醸成に何時も苦労しているから、大佐の反応を見てもいつものことだと苦笑が漏れるだけだった。

 

「これからより近い上司と部下になるのだ。少しくらい胸襟を開いても罰は当たらんと思うがね?」

 

言いながらグラスを傾ける。大半の人間は無難に返事をするか、ただ微動だにせず嵐が過ぎるのを待つのだが大佐は違った。同じく酒が注がれたグラスを持ち、一口味を確かめた後、一息に呷ったのだ。その行動にギレンはちょっとした喜びを覚える。こうして誰かと酒を飲むのはいつ以来だろう。そんなことを考えていると、大佐は顔を顰めて口を開いた。

 

「美味くありませんな。熟成が足りていません。これではただの強い酒だ」

 

その言葉にギレンは思わず笑ってしまう。酒を酌み交わすのも久し振りだが、用意した酒を不味いと言われたのは初めてだ。

 

「それはすまなかった。私は酔えれば良い質でな、あまり味には拘っていないのだよ」

 

「個人の嗜好に口を出すのは無粋ですが、あまり良い飲み方ではありませんな。酒と付き合うコツは美味いものを楽しんで飲むことだと小官などは愚考する次第です」

 

「美味い酒ね。オススメなどはあるかね?」

 

「…そうですな」

 

キャビネットへ移動し幾つかの酒瓶を前にどれが良いかなどと埒もない話に花を咲かせる。流石に肝の据わった男だと思いつつ、ギレンはそれとなく本題を切り出した。

 

「なかなかの博識ぶりだな。これで文化にも技術にも明るいとなると、君に私がついて行ける話は政治くらいになりそうだ」

 

「ご冗談を、閣下の博識ぶりは国民皆が知るところでありましょう」

 

「そうかな?例えばジオニズムについて、君はどう考える?」

 

そう聞くと大佐は顎に手を当て、目の前の酒瓶を眺めながら口を開く。

 

「宗教ですな」

 

「宗教?」

 

「誰もが心強く生きられる訳ではありません。故に拠り所が必要です。スペースノイドにとってのそれがジオニズムであった、その程度のものでしょうな」

 

「内容についてはどう考える?」

 

「それこそ耳心地の良い言葉を並べただけです。そもそも過酷な環境下にあればより高次の精神を会得できると言うなら、原始人類の方が過酷な環境で生きていたでしょう。スペースノイドは過酷な環境で生きていると謳っていますが、完全に環境のコントロールされたコロニーで生きていてそれはないでしょう。せめて真空中で生きられるようになってから出直してきてほしいものです」

 

歯に衣着せぬ物言いが痛快であり、思わずギレンは更に踏み込んだ質問を放つ。

 

「では、私の書いた優性人類生存説については?」

 

「優秀な人間がリーダシップを発揮し、集団をまとめるのはある意味当然でありますし、そのことに疑問はありません。ただジオン公国国民がそれに当てはまるかと言えば疑問です。第一優秀であるならば一人の人間に全ての権限を与えるなどと言う構造が歪である事など解りそうなものですし、その先が自身の責任と権利の放棄による家畜化であるのは明白です。そこに思考がたどり着かない時点で連邦市民との間に差など無いでしょう。むしろ有権者として政治の失敗が自身に返ってくる分、連邦市民の方がまだ頭を使っているやもしれません」

 

「大佐、君は随分連邦よりの思想なのだな?私の前でよく言える」

 

そう聞けば大佐はつまらなそうに応えた。

 

「別に連邦が正しいと言っているのではありません。ただ、閣下であっても完全で完璧な指導者たり得ない。そうであったなら、我々は戦争などせずとも独立を勝ち取っていたでしょう。故に少しでもマシな政治体制はどちらかと言っているに過ぎません」

 

「だが、衆愚政治と腐敗はどうなる?それを続けた結果、人類は故郷たる地球を失いかけている」

 

「それで滅びるなら所詮それまでの種であったという事です。自己を律せず滅びまで突き進むなら、そんな種族はいっそいない方が地球のためでしょう」

 

あっさりと言い切る大佐に一瞬呆気にとられた後、ギレンは久し振りに盛大に笑った。あまりの事だったので隣にいた大佐は目を剥いてこちらを見ている。

 

「大佐、君はなかなか愉快な人間のようだ。君のような者と出会えて私はとても嬉しい。これからもよろしく頼む」

 

そう言って手を差し出すと、大佐は躊躇いがちに握り返してきた。これが二人の長い付き合いの第一歩になるのだが、それが理解できる者はまだだれも居なかった。




こんなのジオニズムでも優性人類生存説でもねえ!
と双方について詳しい方居ましたら是非ともご教示下さい。


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第八十二話:0079/09/28 マ・クベ(偽)と仕事

今週分です。



「地上は暫く落ち着いているだろう。少し顔つなぎをしていけ」

 

眉無しオールバックがそんなことを宣いまして。おかげでマ、何故かア・バオア・クーに居ます。そして目の前にはやり手の銀行マンみたいな初老の紳士が紅茶を楽しんでいる。

 

「良くおいで下さいました准将…いや、少将?おお、大佐でしたな。これは失敬」

 

はっはっは、喧嘩なら高価買い取り中だぞこの野郎。

 

「転属の上に降格と、正に東洋で言うところの泣いた顔に蜂、と言う所です。この上欠陥品の面倒まで見ろと言われては。少しは休まる日が欲しいものです」

 

そう言い返すと、笑顔のまま頷くネヴィル大佐。相変わらず額に血管浮きまくっているのに器用なものだ。

 

「お察し致します。ですがご期待に添えず申し訳ありませんが、工廠での開発は順調ですよ」

 

おいおい、忘れたのかい?今俺は総司令部直下の部隊司令なんだぜ?キメ顔で輝く歯を見せてくれるネヴィル大佐の前に態々印刷した紙束を放り投げる。副官不在の宇宙の間だけ貸してやると言われてつけて貰った秘書官の大尉はエキゾチックな美人さんで、目配せだけで察してくれる優秀な人だ。良いなあ、このままオデッサに来てくんないかな。

 

「…これは」

 

「見ての通り、開発中のMAの中間報告書です。こんなガラクタの開発許可が下りるとは、総司令部の連中の怠慢は強く諫めねばなりません」

 

私、哀しいですって顔で首を振ってやると、ネヴィル大佐のカップがソーサーと不快な接触音を放つ。うーん、実にデジャヴ。

 

「確かにアプサラスが完成している今、コンセプトの似た本機の開発に疑問を持つ方も居るでしょう。しかし、同一の目的に異なったアプローチを行なう事は技術的に大変有意義で…」

 

「ああ、ネヴィル大佐。勘違いしないで頂きたい。私は造るなと言っているのでは無いのです。造るなら使える物にしろと言っているだけです」

 

俺の言葉に完全に機嫌を損ねたネヴィル大佐は鼻を鳴らす。

 

「使える物ですか、流石オデッサの怪物は仰ることが違いますな。使いこなすという思考は無いのですかな?」

 

「我が軍が求めているのは天才の扱う名機では無い。誰でも使い戦果を出せる兵器です。それがご理解頂けていないなら、就職先を間違えていると言わざるを得ませんな」

 

「そこまで仰るなら逆に聞きたいのだが、これの何処が不満なのです?アプサラスを超える火力と装甲!そして常時稼働のIフィールド!これが使えないなら一体何が使えるというのか!?」

 

鼻息荒くまくし立てるネヴィル大佐に、俺は紅茶を一口含んで言い返す。

 

「連続稼働時間20分、致命的な問題です。もしかして技術部では戦闘は全て1時間以内で片づくと言う宗教でも流行っているのですか?」

 

格闘を信仰したり電気を信仰したり、宗旨替えの激しい連中だな。

 

「ついでに言えば、全周配置されたビーム砲、何を想定した配置ですかこれは。ああ、配置と言えば対空防御用の誘導弾をつま先として装備と書かれていたのですが…何かの冗談ですか?」

 

全地形適応型MAとかって書いてあったから、コイツ地上で歩かせるつもりなんだよな?

 

「稼働時間に関しては宇宙での全力稼働時ですから、想定されている地上での運用なら問題ありません。砲配置ですが、本機は運動性が低く、今後想定されるMSを主体とする敵との戦闘には全周配置が望ましいと結論づけました。対空誘導弾がつま先となる点も心配在りません。無くても歩行可能です」

 

何というかこの人技術者より弁護士とかの方が向いてるんじゃねえの?語られた内容はどれも一見回答になっているようだが、俺の懸念を何一つ解消していない。言ってしまえば、宇宙で全力稼働させられないし、砲配置の脆弱性への対策について答えになっていない。対空誘導弾に至っては、レイアウト上使用に難がある点に一切触れていないし、歩行可能と戦場に必要な機動性が確保できているとには雲泥の差がある。対ビーム兵装とか造れちゃうから知識と技術は本物なんだけど。…これはアレだな。ダメ出ししても絶対意見変えないヤツだな。よし、作戦変更。

 

「成程…所で話は変わるのですが大佐。フラナガン医療センターが開発中の装置をご存知ですか?」

 

「フラナガン…ああ、確か脳波や神経の電気信号を用いた義肢の開発を行なっているとか。医療分野は門外漢ですが、義肢が生身と変わらず使えるようになれば公国にとって大きな福音になるでしょうな」

 

四肢欠損したベテラン退役兵とか山ほど居るからね。首都防衛大隊とか規模もう連隊並みに膨れ上がってるんだっけ?それは置いておいて。

 

「流石大佐、良い耳を持っていらっしゃる。実は知人から聞いたのですが、どうやら既に脳波で操作可能な所までは来ているそうなのですよ。まあ、人体ほど精密な動作はまだまだだそうですが」

 

「はあ」

 

俺の言わんとしている事がまだ良く解っていないネヴィル大佐は気のない返事をした。ふふふ、その余裕、何時まで続くかな?ほくそ笑みつつ俺は声を潜めて続きを話す。

 

「ここだけの話ですが、突撃機動軍ではこの研究に強い興味を示していましてね?兵器に転用出来ないか独自に研究していたのですよ」

 

「ほう…。宜しいのですかな?そんなことを仰って」

 

いいんだよ、だって総司令部承認の下でやってんだから。物が物だから極秘になってて、連邦にでもばれたら俺の首が物理的に飛びかねんが、少なくともネヴィル大佐相手にその心配はあるまい。

 

「大佐のような方に有効活用されなければ技術も意味が無いでしょう。…詳細は資料を取り寄せねばなりませんが、内容は有線操作式のメガ粒子砲だそうです」

 

「ほう!それはそれは!」

 

俺の言葉で直ぐに察してくれるネヴィル大佐。うん、やっぱこの人頭は良いんだよな。

 

「それからMIPが艦艇用の新型放熱板を試作しているとか。後はそうですな、アナハイムからフィールドモーターの購入について検討依頼が来ていました、流体パルスシステムはトルクは高いが場所を取る。フィールドモーターに置き換えられれば足回りの容積もかなり余裕が出来るのでは?」

 

「成程、そうなれば対空兵装を搭載するスペースも生まれる」

 

「後は素人考えなのですが、ザクレロのように推進ユニットをフレキシブルベロウズリムで取り付けるのは如何でしょう?推力の高いユニットをそのまま振り回せればかなり運動性の向上が見込めるのでは無いかと」

 

そう言うとネヴィル大佐は眉に皺を寄せ唸ってしまう。

 

「魅力的な案ですがそれですと推進ユニットが外装式になりますから、防御を考えると余り得策では無いでしょう。それに足回りをフィールドモーターにするならば2系統の動力が必要になります。それでは折角空いた容積を食い潰してしまうでしょう」

 

ぬう、そう上手くはいかんか。ならこっちはどうだろう。

 

「でしたら偵察機向けに開発されております推進器付きのプロペラントタンク…たしかシュツルムブースターでしたか、それを大型化して装備しては?」

 

「推力は向上するでしょうが運動性の解決にはなりませんな…いや?確かオデッサで研究していた例の構造、インナーフレーム構造でしたか。アレを使えば…」

 

そう言って考え込んでしまうネヴィル大佐。おお、良い感じにエンジン掛かったな。

 

「失礼、マ大佐。用事が出来たのだが」

 

そわそわとそう切り出すネヴィル大佐にティーカップを掲げる。

 

「ええ、大佐。良いものを期待しています」

 

 

 

 

挨拶もそこそこに部屋を出たネヴィルは、端末を取り出すと直ぐに開発チームへ連絡を入れた。

 

「ああ、私だ。フラナガン医療センターで試作中の装置について大至急資料を取り寄せろ。総司令部付の大佐殿から聞いたと言えば向こうも突っぱねられんだろう。それとMIPから艦艇用の放熱板と対MS用誘導弾の資料を。そうだ、マ大佐の名前を使え、何としても情報を開示させるんだ」

 

言いながら先ほどの大佐を思い出し、食えない男だとネヴィルは口角を上げる。本来2階級の降格ともなれば関わることを躊躇うほどの失態だ。だと言うのにあの男はどうだ。確かに階級は下がったが、実際に指揮する部隊の規模は変わらず、むしろ総司令部付になったおかげで、突撃機動軍所属では閲覧できなかった情報や、施設へのアクセス権限を得ている。つまり権力的にはむしろ強化されているのだ。仮に敵であったなら厄介この上ない相手だが、少なくともあの大佐には政治的にこちらを蹴落とそうであるとか、権限を奪おうと言った意図は見えない。

つまり味方では無いが、同じ方向…ジオンの勝利に向かって行動をしている内は、ネヴィルにとって利益をもたらす相手と認識して間違い無いだろう。多少跳ねっ返りな所はあるが、そこは度量を見せ、受け止めて見せるのも年長者の務めであろう。

 

(下手に張り合うよりこちらに取り入れた方が有益だ)

 

既に彼が各企業やそこから派遣された技術者と強いつながりを持っていることは周知の事実だ。それに最近は、地上へ送る兵器は一度オデッサで確認を取るよう総司令部直々にお達しが出ている。腹立たしい反面、現場の意見をとりまとめて最初から盛り込めるならば、余計な改修の手間が省ける。無論その調整は膨大な物になるが、それをあの大佐がやってくれるというならネヴィルにとって何一つ不利益は無い。何故ならどれ程彼が注文を付けたとしても、それを造り、世に送り出した人物はネヴィル自身に他ならないのだから。

 

「それにしてもだ、大佐。最後の言葉は頂けんぞ?」

 

誰にとも無くネヴィルは呟く。良い物を頼むとは何事か、ネヴィルは今まで良い物しか世に送り出していないと言うのに。




紅茶と和解せよ。


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第八十三話:0079/09/30 マ・クベ(偽)はエース(笑)

感想6000件突破有り難うございます投降。



「くっ!こ、のぉ!?」

 

連続して放たれたビームが機体を舐める。戦闘開始から3分、直撃こそ貰っていないが、既に幾つかの装甲が蓄熱限界を超えてゆがみを発生させていて、コックピットにはそれを知らせる警告音が洪水のように流れている。クソッ!宇宙戦でビームってこんなに厄介なのかよ!?

 

『どうしたどうしたぁ!噂の怪物はこんなもんかぁ!?』

 

テンション高い煽りを叫びながら、後ろから迫る黒いゲルググが更に射撃を加えてくる。完全に遊ばれてんな。つうか宇宙戦なんてこちとらパイロット訓練過程までなんだよ!どころか体感的には初めてだわ!絆じゃ無重力ステージなんて無かったからな!

 

「すき…ほうだ、い…やってくれる!」

 

強引に機体をひねりこちらも射撃を行なうが、あっさりと躱される。畜生この機体重いぞ!?

 

『貰ったぁ!』

 

「やらせんよ!」

 

強引な方向転換で速度の落ちたこちらへ黒いゲルググは一気に距離を詰めてきた。コンパクトなモーションで振られるビームサーベルをシールドで受け、こちらもお返しに蹴りを見舞うが、シールドで防がれる。だがその反動で相手と距離が開いた。

 

「墜ちろ!」

 

思わず叫びながらトリガーを引く。しかし撃ったビームは機体を捉えらえられず虚空へ消える。でもここまでは想定内。

 

「そこだ!」

 

ビームサーベルを受けたせいで半分に断ち切られていたシールドを放棄し、左腕の固定武装である90ミリ機関砲を撃ち込む。回避を強要し機体が制御のために硬直するタイミングを見計らっての射撃、これならば避けられまい!

 

『欠伸が出るほど教科書通りだ』

 

その言葉と同時に機体が激しく揺れ、続いてメインモニターが光で一杯になったかと思ったら、撃墜判定のメッセージが出た。アカン、また死んだ。

 

 

 

 

「ふん、思ったよりは良い腕じゃねえか」

 

ノーマルカラーのゲルググを唐竹に切り裂いたと同時、演習プログラムの終了が告げられ、オルテガ中尉はヘルメットのバイザーを上げ大きく息を吐いた。

戦い方は教本そのもの。だが、書かれている内容をあそこまで正確に実行できる人間は少ない。最後の攻撃だって奥の手――装備している武装を投棄して意図的にAMBACの到達点をずらす――を使わされた時点で、オルテガにしてみれば勝利とは言い難い。何しろ相手はパイロットでは無く基地司令が本業なのだから。

 

「お疲れ、しかし怪物とやらも大したことは無いな」

 

シミュレーターから降りると、戦友のマッシュ中尉が労いの声を掛けつつ、そう対戦相手の大佐を笑った。今の所三戦三勝と自分たちが圧倒しているように見える。だからマッシュは気付いていないのだろうか?

 

「止せマッシュ、あちらさんは本職じゃ無いんだ」

 

横で腕を組んでいたガイア大尉がそう窘める。指揮官として相手の動きを分析する癖があるせいだろう。どうやらガイアの方は気付いているようだ。

 

「流石、名高い黒い三連星。正に手も足も出ないとはこの事だな」

 

固まって話していると、隣のシミュレーターから降りてきた大佐がそう言いながら近づいてきた。

 

「足は出ていたようですが?」

 

「見事に防がれたがね」

 

ガイアがそう言えば応えて肩をすくめて見せる大佐。その負けに痛痒を感じさせない姿を見て、マッシュが不機嫌な表情になったことにオルテガは気付いたが、すでに手遅れだった。パイロットとは皆自身の腕にプライドを持っている。故に負ければ悔しがり、勝利すればそれを喜ぶというのが自然な感情の動きだ。逆に言えばそういう感情を表さないなら、勝ち負けに拘泥していない、更に突っ込めば技量の上下など眼中に無いと言外に表しているとも取れる。それはパイロット、それも腕だけでここまでのし上がってきた者達のプライドを強く刺激する行為だった。

隊のリーダーとしての自覚のあるガイアや、自身の中では辛勝であったオルテガはまだ素直に受け入れられたが、最初に対戦し、あっさりと撃墜したマッシュはネガティブな方向へ捉えた。

 

「へっ。噂の大佐殿がどれ程の物かと期待したんですがね?」

 

「そうか、それは済まないことをした。ああ、そうだガイア大尉、出来ればこの後チームでやってみたいんだが…」

 

「は、はあ」

 

別のことに気が行っているのだろう、マッシュの煽りをあっさりと流す大佐に、更に機嫌を損ねるマッシュは、とうとうそれを口にした。

 

「全く、この程度の腕の奴に勝てないなんて、オデッサのパイロットは随分と腕が悪いようだ」

 

その言葉に、先ほどまで楽しげに喋っていた大佐の雰囲気が一変する。

 

「…ほう、面白いことを言うね、中尉」

 

「いやいや、真面目な話でありますよ、大佐殿。地球方面軍の連中がこの程度の腕をありがたがっているなんて悪い冗談です。なんせ、あいつらが失敗すりゃ、次は宇宙が戦場になっちまうんですからねえ?」

 

「おい、マッシュ!」

 

そう挑発を止めないマッシュをガイアが慌てて制するがそれはあまりにも遅すぎた。

 

「成程、一理あるな。しかし、私の部下を見もせずにそこまで言ってくれたんだ。相応に覚悟はあるんだろうね?」

 

「へっ。キシリア様にでも泣きついて営倉送りにでもするかい大佐殿?こっちは命がけでMSに乗ってんだ、お偉いさんの道楽に付き合わされちゃ迷惑なんだよ」

 

歯をむき出しにして鼻で笑うマッシュ相手に、大佐は無表情になった後、ガイアへ向けて視線を送り、ゆっくりと口を開いた。

 

「大尉、済まないが少し付き合って貰おう。部下の責任は上司の責任だからね、嫌とは言わせん。オルテガ中尉も連帯責任だ。いいな?」

 

「た、大佐。その、これは!」

 

ガイアが弁明するべく口を開くが、それより先に口角をつり上げた大佐が言葉を続ける。

 

「なに、別にとって食おうと言う訳じゃ無い。ちょっとしたレクリエーションさ。そうだな、君達が勝ったら欲しいものを進呈しよう。私の権限で出来る物なら何でも良いぞ?」

 

その言葉にオルテガは思わず身を乗り出す。マ・クベ大佐と言えば、突撃機動軍時代から羽振りが良い事で有名な士官だった。その気になればグワジン級だって手に入れられると噂された男が何でも良いと言う。それは一介のパイロットにしてみれば、正しく何でも手に入るチャンスだという事だ。

 

「…そいつは、魅力的な提案ですがね、大佐殿。俺たちが負けた時はどうなるんで?」

 

ガイアがそう聞くと、大佐は爬虫類のような笑みを浮かべこう応えた。

 

「その時は君達のプライドを頂いていくよ。マッシュ中尉の機体をもらい受ける」

 

 

 

 

「目を離している内に何をなさっているのですか、大佐」

 

機体のセッティングにあれこれ注文をつけていたら、お付の秘書官様にばれました。

 

「レクリエーションだよ、オデッサでは良くやっていることだ」

 

そう言うとイネス・フィロン大尉は腕を組み半眼になる。軍人として鍛えられた長身の彼女がそれをやると威圧感がパナいのだが、このマ、引かぬ、媚びぬ、顧みはする。

 

「レクリエーション。軍の備品を賭けてとはオデッサの風紀は随分緩んでいるのですね?」

 

チッ、そっちもばれてんのか。だが残念、根回しは済んでいる。

 

「問題無い。昨日受領したテスト用のゲルググを代わりに置いていく。宇宙用装備のままで地上でどの程度動くのか実機でテストをする、とでも言えば言い訳くらいにはなるだろう」

 

俺の言葉に眉を寄せて、しょうがねえなコイツ。という表情になるイネス大尉。凄みのある美人に睨まれてると、なんか変な扉開きそうだな。

 

「…言い訳。では本心は?」

 

は?んなもん決まってんだろ。

 

「中尉は私の部下を愚弄した。喧嘩をする理由などこれだけで十分だろう?」

 

男には殴らにゃならん時があるのだ。

 

 

 

 

止める間もなくシミュレーターへ乗り込み、模擬戦を開始する大佐をモニター越しに見ながら、イネスは盛大に溜息を吐いた。

 

「成程、エリオラ。コイツは確かに問題児だ」

 

監視役としてこの後オデッサへ異動となることが正式に告げられた彼女は、副官代理を務めるに当たって、オデッサに勤務している同期へ連絡を取った時のことを思い出した。

 

「一言で言えば、とっても頭の回る馬鹿な悪ガキかしら?」

 

「矛盾しているぞ。頭が回る馬鹿とはなんだ」

 

上官に対する評価としてはあまりな内容に思わず眉を顰めるが、その自分をエリオラは可笑しそうに見ながら、言葉を続ける。

 

「だって他に言いようが無いんですもの。ああ、先達として忠告。大佐からは1時間以上目を離さない方が良いわよ?」

 

その忠告を冗談と流した自分が腹立たしい。尤も、目を離したのは半分の30分だったのだが。

 

『オルテガ!マッシュ!ジェットストリームアタックをかけるぞ!』

 

ガイア大尉の声にモニターへ意識を戻せば、3機のゲルググ相手に何故か戦えている大佐のゲルググが映った。

 

『その戦法は現状に合っていないよ、大尉』

 

黒い三連星の代名詞とも言える技をそう言って大佐は崩してみせる。ほんの一時間前は一機相手にも負けていたというのに。

 

「なあ、少尉。大佐は何かしたのか?」

 

ほんの数分で技量が上がるなど、イネスの常識からすれば考えられない事だ。だから、彼女は最初に機体パラメータを弄ったのでは無いかと疑った。しかし、モニターしていた担当官の少尉は困った顔でこちらを見てきた。

 

「はい、いいえ、大尉殿。ああ、いえ、したと言えば…したのかな?」

 

歯切れの悪い言葉に若干苛立ちながら続きを促すと、少尉は続ける。

 

「簡単に言いますと、ゲルググは高機動の機体を練度の低いパイロットでも扱えるよう、旋回速度や反応速度をザク並みに落としているのです」

 

加速性能やそもそもの耐G性能が向上しているため、直線加速や制動といった面でザクを優越するが、事運動性能となると現在運用しているザクR型とあまり差が無いとのことだ。だがむしろそれは驚嘆すべき性能である。何しろR型はその稼働時間もだが、その運動性能を十全に発揮できるパイロットが少ないことも採用を遅らせていた原因なのだから。

 

「それで、つまり大佐は何をしたんだ?」

 

その質問に返ってきた答えは単純なものだった。

 

「はい、今の大佐殿の機体はガイア大尉と同じセッティングになっています」

 

何のことは無い。つまりあの大佐は。

 

「エースと同じセッティングにしただけ?」

 

その事実にイネスは興奮に背筋がぞくりと疼いた。

 

『俺を踏み台にしたぁ!?』

 

「覚えておきたまえ、大尉!数的優位と火力優勢を確保したなら小細工などせず正面からすり潰すのが最適解だ!」

 

叫びながらマッシュ中尉の機体を袈裟斬りに、続くオルテガ中尉の機体に右腕を破壊されながらも左腕の機関砲でコックピットを撃ち抜いた大佐の機体は、振り向きざまに引き抜いたビームサーベルを同じく振り返り刺突の形で突っ込んでいたガイア大尉のコックピットへ突き立てると同時、ガイア大尉のビームサーベルにジェネレーターを切り裂かれ、盛大に爆発した。

 

「成程、確かに頭の回る馬鹿らしい」

 

次は絶対に目を離さないようにする。イネスはそう固く決心しつつ、リアルファイトに移行しようとしている大佐を止めるべく、シミュレーターへと足を進めた。




イネス大尉は身長180越えのワガママボディ(攻撃力的な意味で)さんという脳内設定。
それとゲルググの近接装備はビームサーベルになりました。ナギナタさん落選。


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第八十四話:0079/10/01 マ・クベ(偽)帰らず

今週分です。


明けて翌日、速攻で呼び出しを食らった俺は、グラナダにあるキシリア様の執務室で直立不動の姿勢を取っていた。

 

「お前はあれか、何か問題を起こさんと死ぬ病気にでもかかっているのか?ん?」

 

そう言って苛立たしげに机を指で叩くキシリア様。うんうん、今日もお美しい、でもその表情は頂けないね。ほら笑った方が貴女は魅力的ですよ。

 

「はい、いいえ、少将閣下。自分は指定されました任務を実施しただけであります」

 

「…ほほう?訓練相手とMSを賭けた模擬戦の挙句生身で殴り合うのが任務か。私が知らない内に随分と総司令部は斬新な指示を出すようになったな?」

 

ばれてーら。まあ、顔面に馬鹿でかい湿布やら青たん作ってるから隠せる訳も無いんだけど。因みにリアルファイトの勝者はイネス大尉。良く解らんダンスみたいな足技で俺に馬乗りになっていたマッシュ中尉を一撃で気絶させ、片腕で俺を持ち上げたかと思ったら即チョークで落とされた。女って怖い。

 

「はい、いいえ、マッシュ中尉とのあれはレクリエーションであります。訓練相手との相互理解の醸成に努めておりました」

 

「お前はなにを言ってるんだ?」

 

すっごい残念なものを見る目で頭を抱えるキシリア様。おっかしいなあ、連邦軍ならこれで一発解決なのに。

 

「まあ、いい。それで、マッシュ中尉から機体返還の嘆願書が来ているが…」

 

「それはお断りします」

 

キシリア様経由ならなんとかなると思ったか?残念だったな中尉、その程度で俺は引かん。大体機体の入れ替えについては閣下も承知済みですしー、しかも持っていく機体どの機体とは指定されなかったしー。ならどれでも持っていかせろ。

 

「…今ほどお前を送り出して良かったと思ったことは無い。もう良い、今日は例の博士との面談だったな。それが終わったらさっさと出て行け」

 

嘘みたいだろ、ほんの数日前まで上官だった人の言葉なんだぜ?

俺は敬礼すると部屋から退出し、工業区へ向けて移動を開始した。亡命したと言うことになっているテム・レイ氏は大尉待遇でグラナダに迎え入れられた後、2日ほど厳ついお兄さん達と楽しいおしゃべりに興じ、その後抜け殻のような様子で開発部で働いているらしい。あまりにも元気が無いのでちょっと様子を見てくるよう言われたのだが、正直俺が行くのって逆効果じゃ無いですかね?

エレカで横に座ったイネス大尉にあんな格闘技何処で覚えたの?とか聞いていたら、あっと言う間に工業区に到着。交渉材料も特にないのにどうしろと…なんて思っている内にテム大尉のラボへ着いた、着いたんだけど…。

 

「イネス大尉、本当にここで間違い無いのか?」

 

「はい、大佐。ここで間違いありません」

 

まじかー。イネス大尉の肯定を受けて改めてラボを見る。感想、すっげえ警戒厳重な廃材置き場とその事務所用のプレハブ。オイオイオイ、宇宙世紀よ?月よここ?何だよプレハブって!?周囲は侵入というより脱走防止を主眼にしているとしか思えない壁に囲われ(ご丁寧に上には有刺鉄線が張られている)入口には歩哨が可愛いペット(噛みつかれたら腕ごと食いちぎられそうな大型犬)同伴で油断の無い視線を周囲へと送っている。こっちと目が合ったら直立不動で敬礼された。うん、身のこなしが完全に戦闘マシーンだこの人達。

 

「…誰かと思えば、何をしに来た?」

 

汚れた作業着にくぼんだ眼孔、顔もオイルやら汚れにまみれていて、声には張りが無い。うん、完全に疲労困憊してるね。

 

「成果が上がっていないようなので様子を見てくるよう指示があったのですよ」

 

「成果、成果ね?資材も、道具も、人も無しに、技術者に一体何をやれというのかね?」

 

そう言ってテム大尉は持っていた機械をその辺りに放り投げ、色がくすんでくたびれたソファへ寝転んでしまう。横柄な態度にイネス大尉が顔を顰めるが、それを手で制しながら俺は考える。どうもテム大尉、思ったより仕事人間っぽい?少なくともこの環境を幸いにサボろうとか考えない辺り、あまり器用な人じゃないみたいだな…なら交渉の余地はある。

 

「確かに、この環境で成果を出せと言うのは無茶ですな。そこで提案ですが大尉。何人か監視を受け入れませんか?」

 

寝返った理由が理由だし、ほいほいと信用は出来ないだろう。だから解りやすい首輪をつけて彼に叛意がない事を示させる。逆に言えばこれを受け入れないなら、テム大尉は信用出来ない事になる。そうしたら残念だが、この場でこのまま朽ちて貰おう。

 

「もう監視なら山ほど付いていると思うが?」

 

「あれは精々脱走防止用の監視カメラです。提案しているのはもっと踏み込んだ監視…端的に言ってしまえば、連邦軍に極めて強い敵意を持つ技術士官を助手につけます」

 

俺の言葉に露骨に顔を顰めるテム大尉。だろうね。今の見張りの皆さんじゃ大尉が何をやっているのかすら解らないだろう。だが、技術士官なら大尉の行動をより正確に監視できる。

 

「加えてその者へ毎日実施した内容の報告を義務付けます。ああ、一緒にスケジュールの提出もしましょうか」

 

「まるで入りたての新人だな。私がそこまで信用出来んのなら、態々翻意させることも無かっただろう」

 

そう言って苦笑する大尉に肩をすくめて見せる。しょうが無いでしょ?裏切り者が信用されないのは世の常だよ。その人物が優秀なら優秀な程ね。

 

「貴方をあのまま連邦に残す方があり得ない選択です。そして手に入れるなら最大限活用するのが私のポリシーなのですよ」

 

 

「宜しかったのですか?」

 

あれこれごねていた大尉だったが、結局の所今後もジオンで飯を食ってくんだから今の内に心証を良くしといた方が安全だよ?ご家族も含めてって言ったらスゴイ顔で承知してくれた。

 

「良いのだよ。彼にはそれだけの価値がある」

 

俺がそう返すとイネス大尉は釈然としない表情で後ろを付いてくる。そう言えば話してて思い出した。フラナガン送りにした後確認してないけどアムロ君達無事だろうな?別に連邦に忠誠誓ってる訳じゃ無いだろうし、戦後ちゃんと家に帰れるって保証すれば大人しくしててくれないだろうか?あ、折角だし通信制の学校とか通えるようにしてやったら良いかもしんない。

 

「…正直、そこまで大佐が肩入れする理由が解りません。優秀なMS開発者ならば我が国にも多数在籍していると思うのですが」

 

そら沢山居るけどね。

 

「古い軍略家の言葉に、敵国の糧食を一つ奪って食べるのは、自国の糧食を食べる数倍の価値がある、と言うモノがある。これは人間にも言える事だと私は思う。敵国の開発者を一人こちらに引き入れればその差は二人分だ。しかもそれが、計画を主導している立場の人間ならば、その価値はただの一人ではあり得ない」

 

無論、無理矢理やらせているから、純粋に同じパフォーマンスは発揮してくれないし、こちらとしても、計画の中核には据えられない。けれど、今のジオンにとって、そのデメリットは限りなく小さい。

 

「それに、今だからこそ彼を引き入れる最良のタイミングだとも言える」

 

「最良…ですか?」

 

「大尉、簡単な話だ」

 

現在ジオンで使用しているMSは流体パルス駆動を使っている。このシステム、安価に高トルクを発生させたり力を保持するのには向いているのだが、如何せんスペースを大量に使う。ザクⅡなんかでは機体内に収まりきらずに外装になってしまっている部分があるほどだ。

更に問題なのが、このシステム、被弾に非常に弱い。力を伝達するために当然ながら流体の入った配管を全身に巡らせる必要がある訳だが、おかげで全身何処を撃たれても動作に支障を来す事になる。無論重要部分は並列化するなどしているが、それがまた余計に容積を圧迫する事に繋がっている。

 

「兵器の進化などどれも一緒だ、最終的には小型で高出力、そして多機能を目指す」

 

その流れに置いて流体パルスシステムはフィールドモーターシステムに対し大きく差を付けられている、むしろ今後のニーズから言えばはっきり言って勝ち目が無い。

 

「それ程ですか?」

 

それ程ですとも。

 

「例えば彼が造ったガンダムだが。アレは上下で分割されていて、戦場でパーツの入れ替えすら出来るそうだぞ?」

 

その言葉に絶句するイネス大尉。そらそうだよね。ザクだったら壊れた下半身入れ替えますなんて言ったら部品揃って居ても一日仕事だもん。流体パルスシステムを使う以上、パーツのブロック化なんて言うのは、とてつもなく高いハードルになってしまうのだ。

 

「故に、今後に向けてフィールドモーター機の開発は進めねばならん。ジオニックが提案してきているから、その辺りにねじ込めればいいんだが」

 

正直この戦争はもう長くないはずだし、戦争が終われば大幅な軍縮が起きることはまず間違い無い。当然開発予算なんて真っ先に削られるから、予算の出る今の内に研究を進めておくのだ。俺がそう言うと、なんか感心した顔になったイネス大尉が何度も頷きながら口を開いた。

 

「大佐はとても遠くまでお考えなのですね」

 

「心配性で臆病なだけだよ。さて、そろそろ予定は終わりかな?」

 

いい加減オデッサ帰りたい。どうせ仕事すげえたまってるだろうし。

 

「…その件なのですが、大佐」

 

なにさ。その歯切れの悪いしゃべり方。

 

「まだ何かあったかな?すまない記憶に無いんだが」

 

そう言うとイネス大尉は申し訳なさそう応える。

 

「グラナダの視察が終わり次第ソロモンに来て欲しいとドズル中将から連絡が、ギレン総帥の承認も済んでいます」

 

…俺、いつになったら帰れるの?




アクト・ザクがUPを始めました。


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第八十五話:0079/10/03 マ・クベ(偽)とソロモン

一話目:お、変な電波受信したぞ、書いたろ!
~十話前後:結構人気だわ、頑張っちゃうぞ!
~三十話前後:うん、そろそろネタ切れてきたな。
~五十話前後:結構書いたな、まあ八十話行く前に終わるだろ!
今:はて、書いても書いても終わらないぞ?



グラナダからソロモンってさ、地球と全然違う方向なんだよ。それなのにさ、なんか気軽に帰る前に顔出していけよ!とか、良い笑顔で言われても困るんだよ。特に拒否権の無い俺とかはな!

 

「これは、随分様変わりしたようだ」

 

宙域に入って驚いたのは、ソロモン周辺に幾つものコロニーが浮かんでいたことだ。どれも継ぎ接ぎだったり、半分くらいしか無いのを無理矢理塞いだりと一見残骸にしか見えないが、どれもしっかりと稼働しているようだ。

 

「はい、大佐。以前ガルマ様が提案していたコロニー移送計画の副産物です。民間の居住用には使えなくても、ちょっとした生産拠点になるような物を運んできて再生しています」

 

あー、ハゲ艦隊が戦後に造ってた茨の園みたいなもんか。資材も人員も段違いだから、かなり短時間で整備できたんだな。

 

「生鮮食品のプラントなども動いていますから、夕食も期待できますよ」

 

「それは素晴らしい。良い食生活は心も豊かにしてくれる」

 

俺の言葉に管制担当の中尉は力強く頷く。

 

「来週には新型MSの生産ラインも稼働するそうです。完全稼働すればこの先10年は戦える計算だそうですよ」

 

何処かで聞いたことのあるセリフに思わず苦笑してしまう。

 

「それは勘弁して欲しいな。そんなに戦っていたらおちおち骨董市にも行けん」

 

そう返せば中尉は笑顔になり口を開いた。

 

「では、手早く勝たねばなりませんね。チェック完了しました、大佐殿。6番ゲートへお進み下さい」

 

その言葉に横に居る艦長へ視線を送れば、彼は静かに頷いて艦を進める。ちなみに今回乗せて貰っているのは改パゾク級大型輸送艦。前後に付いたカーゴスペースを二段重ねにして中央に連絡通路とトラス構造の補強を増設したという、実にやっつけな仕事である。ぶっちゃけ制宙権取れてるから速度なんてそれなりで輸送量多い方が使いやすいよね!という発想らしい。これを考えた奴とは話が合いそうだ。ちなみに正式名称はまだ無いんだって。

 

「では、世話になりました艦長。機会があればまた頼みます」

 

艦が接岸したのを確認してそう礼を言うと、渋いおじさまな客船上がりの艦長は帽子を脱いでイケボで応えてくれた。

 

「次のご利用を楽しみにお待ちしています、大佐。では良い旅を」

 

 

地球へ戻るならどうせだから借りてたザンジバル取りに来いよ。そんな理由で呼ばれるとは思いませんでした。まあ、ゲルググとかも持っていくから安全面を考えればこれの方が良いんだけどね、HLVとか割と怖いし。

 

「お疲れ様です大佐!」

 

運んできたオデッサへのお土産をザンジバルに移しているのを眺めていたら、そんな風に後ろから声を掛けられた。

 

「やあ、アナベル少佐。息災そうだね」

 

「はい、御陰様で。その、大佐の方は随分と楽しんでいらっしゃったとお伺いしておりますが」

 

うん、ちょっと今回はやりすぎたね。マ、反省。

 

「言い訳のしようも無い。むしろこの程度で済ませてくれた軍には感謝しているくらいだよ。まあ、暫くは反省して大人しくしているさ」

 

そうキメ顔で言った矢先に目の前を通り抜けていく黒いゲルググ。ちょ、空気読めよ!

 

「…大人しく?」

 

「ちゃうねん」

 

いきさつを丁寧に説明したんだけどアナベル少佐は疑いの半眼を止めない。

 

「解りました、そういうことにしておきます。さ、大佐。中将がお待ちです。こちらへ」

 

絶対解っていない返事をして案内を始めるアナベル少佐に弁明を続けるが、結局ドズル中将の執務室まで態度が変わることは無かった。うん、日頃の行いって大事だね!

 

 

「相変わらず貴様は退屈させん男だな!だが多少は手加減してやれ。あれでキシリアは繊細だからな!」

 

豪快を絵に描いたようなドズル中将が、部屋が震えそうな程の大笑いをしながらそんなことを言ってくる。俺も繊細さなら負けてねえんだけどその辺少し斟酌して頂けませんかね?

 

「今後留意致します。閣下申し訳ありません。まったくの別件なのですがお伺いしたいことが」

 

「おう、なんだ?」

 

そう言ってそれジョッキじゃね?というサイズのマグカップを口に運ぶドズル閣下。中身は俺と同じなら紅茶の筈だが、入れていた砂糖の量が尋常では無かった。多分砂糖の味しかしねえんじゃねぇかな?

 

「本日私は如何な用件で呼ばれたのでありましょう?正直に申し上げれば艦の受け渡し程度で閣下が動かれるとは思えませんので」

 

それなりに想像はつくんだけどさ。

 

「…なあ、大佐。今のソロモンをどう思う?」

 

やっぱりそこだよねぇ。

 

「本国やグラナダに比べればまだまだではありますが、既に前線要塞とは言いにくい状況ですな」

 

俺も紅茶を飲みながら返事をする。

 

「おう、そうだ。これだけ抱え込むともうここは防衛用の盾として使えん。だから早急に宇宙の安全を確保したい、が」

 

「ザクレロですか」

 

俺の言葉に黙って頷くドズル閣下。

 

「基地運営の官僚についてはギレン総帥がかなり融通してくれたからな。まだなんとかなるだろうが、問題はルナツーよ」

 

マグカップを覗きながらそう忌々しそうに言葉を紡ぐ。戦力が充足してきた今、さっさとルナツーを落としてしまいたい。そう思った矢先に連邦が送り出してきたガンダム。無論アレそのものは量産化されていないが、装備と量産機の方は別だ。少し目を離した隙に連中MSの量産を成し遂げていて、出撃してくる艦艇には常にMSが随伴している。しかもビーム兵器をひっさげてだ。

 

「ビーム兵器は正直厄介ですな」

 

「例の耐ビーム塗装を使っているが、あまり芳しくない。そもそもザクレロでは運動性が足りん。MSの交じっている防空網を突破するのは至難の業だ」

 

前面装甲へ限定的に施された耐ビームコーティングのおかげで1~2発は耐えられるが、損傷率が以前の比では無い。渡された資料を見る限りだと、MSが運用される前と比べ、拠点で修復出来る程度の軽微なものは凡そ10倍。メーカーへ送り返さねばならないくらいの損傷も4倍近くに膨れ上がっている。当然ながら修理待ちも出てしまうので、部隊の稼働率もかなり下がってしまっているようだ。

 

「保有機体の4割が修理待ちで稼働不可とは…頭の痛くなる数字ですな」

 

「何とかならんか?」

 

こちらに顔を近づけながらそんなことを仰るドズル閣下。いや、俺22世紀から来た青い狸じゃねえからね?

 

「元々ザクレロは対艦攻撃を主眼とした員数合わせですから、本格的な対MS戦闘は厳しいでしょう。いえ、言い方が悪いですね。今のザクレロで対処するのは不可能です」

 

そう言うとドズル閣下はふて腐れた顔になって背もたれへ思い切り体重をかけた。結構頑丈そうなソファが不協和音の抗議を上げる。

 

「言われんでもそれくらい解る。それをなんとかしろと言っているんだ」

 

おっと、相談から命令にクラスチェンジしましたよ?まあ、一応総司令部付だし、今回の顔つなぎである程度便宜を図っても構わないってお許しもあるし、ちょっと無茶してみようかね?

 

「では、申し訳ありませんが、レーザー通信を使わせて頂いても?」

 

 

 

 

「マ大佐から連絡?宜しい繋ぎたまえ」

 

ネヴィルの下へ火急の用事と通信が入ったのは午後のお茶を楽しんでいた時だった。折角のティータイムであるが、ネヴィルは分別のつく大人である。断腸の思いで3杯目を断念し通信室へと向かう。

 

「お忙しい所失礼します。ネヴィル大佐」

 

「失礼だなんてとんでもない。マ大佐の頼みなら直ぐにでも駆けつけますとも。それで、一体どうされたのです?」

 

少なくとも利益がある内は、心の中でそう付け加えながら続きを促す。こちらの友好的な態度に安心しきっているのだろう。緊張の和らいだ表情でマ大佐は口を開く。

 

「実は今ソロモンに居りまして」

 

「ああ、成程」

 

その言葉だけで大凡の見当がついたネヴィルは内心溜息を吐く。大方損害の増えているMAの対策について、ドズル中将あたりに泣き付かれたのだろう。

 

「私ではどうにも手に余る案件でして。ネヴィル大佐のお知恵をお貸し頂けたらと」

 

「ザクレロは良い機体だが、何でも詰め込むには少々設計が古い。私はMIPが進めている新型を早期配備するよう進言したのだがね」

 

「新型、確かビグロでしたか?」

 

その言葉にネヴィルは素直に感心する。やはりこの男は耳が良い。

 

「うん。アレならばザクレロと同じ加速性能を維持しながらペイロードは倍近い。運動性はさほど変わらんが、推進器と装甲を増設すればMSが携行できるサイズのビームなら倍近く耐える機体になるだろう」

 

そう言うとマ大佐は満面の笑みを浮かべて賛同の意思を示してきた。

 

「素晴らしい。ビグロの生産が始まれば我が軍の制宙権は確固たるものになりますな。そうなれば後はルナツーから連中を蹴り出すだけだ。それで、大佐。ビグロの配備はどれくらいになりそうなのでしょうか?」

 

「出来て直ぐという訳にもいかんから、それなりの数が揃うのは早くても来月末くらいかと」

 

そう答えればマ大佐は顎に手を当て思案顔になる。正直今答えた数字でもかなり厳しいスケジュールだ。ドズル中将など聞いた瞬間話にならないと怒鳴ったくらいだから、彼も似た意見なのだろう。

 

「であるならば、2ヶ月ほど時間を稼ぐ必要がありますな。大佐、実はちょっとした玩具をでっち上げて欲しいのですが」

 

やはりこの男は有益だ。ネヴィルはマ大佐の腹案を聞くと満足して頷いた。




教訓:物事は計画的にやりましょう。因みに作者は夏休みの計画をただの一度も成功させたことがありません。そう言うとこだぞ!


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第八十六話:0079/10/04 マ・クベ(偽)と教導

今週分です。


「随分楽しんでいらっしゃるご様子。承知致しました、皆様にはそう伝えておきます」

 

各所に相談の連絡をしたら、最終的な調整お前がやれよ?ってドズル閣下に丸投げされた。仕方が無いので暫くソロモンに居るわ、お土産沢山貰っていくから許して?とオデッサのウラガンに連絡したら、返って来たのが冒頭の台詞である。俺は悪くねえ!

 

「ご連絡終わりましたでしょうか、大佐?終わっていますね。では訓練しましょう!」

 

通信室の扉を開ければ、通路ですっごいキラキラした目で待っていたアナベル少佐にそんな台詞と共に速攻で捕まる。キシリア様のところでエースな皆さんと遊んだことは既にドズル閣下に伝わっていて、その流れでなんか、

 

「調整している以外は時間があるだろう?少し揉んでやれ」

 

とかドズル閣下が言いやがった為に、何故か戦技研究チームと楽しい模擬戦をする事になった。俺宇宙用の機体無いけどってやんわり断ったんだけど、基地にいたジオニックの方々が、ザンジバルに放り込んであったシャア少佐に貸してたR-2を一時間も掛からずに宇宙用に仕立て直してくれました。今はその優秀さが恨めしい。そんな訳で取り敢えずと言われてシミュレーターで1時間、その後調整をかねて実機で1対1の模擬戦を1時間、そして気がついたら対小隊での模擬戦を2時間近くやっていました。死ぬわ!

 

「相変わらずお強いです!宇宙なら勝てるかと思っていたのですが」

 

ちょっとスポーツでいい汗かいた的なノリでそう宣うアナベル少佐。いや、実際はかなり際どかったよ?黒い三連星と大人げない喧嘩してなかったら多分負けてたと思う。個々の技量でもそうだけど、兎に角連携した時の練度が彼等とここの部隊じゃ段違いだからなぁ。

 

「…あそこまで完全に避けられたのはガトーとマツナガ少佐以来です」

 

声音こそ静かだが、明らかに高揚した様子でそう告げてきたのは同じ研究チームでMAを担当しているというケリィ・レズナー大尉だ。元々はMSのパイロットだったんだけど、高速運動時の耐G能力が飛び抜けて高かった事から、MAパイロットに転向したそうな。

 

「いや、小回りの利かないザクレロで良くもあれだけ動ける。素晴らしい技量だよ大尉」

 

「ケリィ…んん!レズナー大尉は今まで15回出撃しておりますが、機体にかすり傷一つ負わせたことが無いのです!」

 

我が事のように自慢するアナベル少佐をちょっと微笑ましく思いながら。そんな大尉に聞いてみる。

 

「どうだろうか、大尉。率直な意見として、ザクレロでまだ戦えるかね?」

 

俺がそう聞くとケリィ大尉は真面目くさった顔で口を開く。

 

「やれと言われるならやるのが軍人であると自分は考えております」

 

なんて模範的回答。でも今はそう言うの良いから。思わず苦笑しながら俺も返す。

 

「確かに、君の技量ならばやれてしまうかもしれないな。では聞き方を変えよう。技量の未熟なMAパイロットに、あの機体で対艦攻撃を君は命令できるかね?」

 

俺の台詞に大尉は一度押し黙ると、難しい顔になって答えた。

 

「難しいでしょう。技量云々の問題で無くこれは基本的に肉体の問題ですから訓練でどうなる物でも無い。あの防空を突破するのは多くのパイロットにとって非常に難易度の高い任務です」

 

「成程。だが現実問題として連邦に好き勝手にされる訳にはいかない。で、あるならば…だ。大尉、どんな機体があれば安心して攻撃出来る?」

 

そう質問すると、意図を察したのであろう大尉は真剣に悩み出す。俺としては忌憚の無い意見が聞ければ良いだけなんだけどね。こやつもアナベル少佐同様真面目すぎるなぁ。

 

「そんなに悩まなくて良いよ大尉。こんなものはただの世間話だ。第一聞いたからって私に君達が欲する物を準備できる保証なんて何も無いんだ。取り敢えず一番欲しいものでも聞かせてくれ」

 

「ならば良いセンサーと高火力の砲です」

 

「つまり、敵の射程外から圧倒的火力で吹き飛ばす…と言うことかな?それなら良いのだが」

 

言葉の意味が理解できなかったのか、怪訝な表情で聞いてくるケリィ大尉。

 

「良い?どう言う意味でありましょうか、大佐?」

 

「そのままの意味だよ大尉。頼んでいる装備は無駄にならずに済みそうだ」

 

これで運動性を上げて欲しいとかだったら、恥さらしも良いところだったな。そう内心安堵していたら、何故か少佐からは尊敬の眼差しを。大尉と黙って後ろにいたカリウス軍曹の二人は驚愕の視線を貰った。

 

「失礼ですが、大佐。既に対策を取られていると仰ったように聞こえたのですが」

 

困惑を滲ませた声音でそう聞いてくる大尉。あー、そうだよね、現場のヒアリングも十分しない内に対策として装備準備しました!とか言っても何言ってんだコイツってなるよね。でも言い訳させて貰えば、ドズル閣下のところに挙げられている陳情や戦闘詳報は大体目を通したし、ネヴィル大佐とディスカッションもしてるんだ。だからほら、欲しがっている物とほぼほぼ合致した装備が用意出来ているでしょ?

 

「満額の回答を出せないのは心苦しいのだが、今できる精一杯は用意したつもりだよ」

 

そう言って端末に準備している装備を映してみせる。

 

「9月頭くらいだったかな?アプサラスやア・バオア・クーの新型MAが高額な事に総司令部が難色を示してね。もっと安価にジャブローを打撃出来ないかとか言い出したんだ」

 

まったく無茶苦茶言ってくれる。そんなの簡単に出来れば最初から作ってるわ。

 

「まあ、結局どれも火力不足と言うことでお蔵入りになったんだが…中々面白いものもあってね」

 

そう言って見せた画像にはLWCを用いた軌道攻撃という文字が躍っている。史実だとゼーゴックという素敵ガラクタに使われていた装備だが、こちらでは戦況が優勢な為に基地攻撃用として提案されたようだ。

 

「元々は使い捨ての制御ユニットにこれまた使い捨ての武装コンテナをくくりつけて大気圏へ突入、突入時の運動エネルギーと実弾兵器の質量をもって攻略するというプランだったらしいのだが」

 

母機が大気圏突入してるから条約で禁止された軌道上からの質量攻撃にならん!セーフ!という実にグレーなプランだったせいで待ったがかかり、それならと弾頭を対艦ミサイルやら多連装ロケットやら挙句ビーム砲にしてみたらしいのだが、どれも試算の段階でアプサラスの半分も火力が出せない事が判明したらしい。さもありなん。

 

「面白いのはこれだ」

 

「…28連多連装ロケットシステム、R-1?」

 

「岩盤に連続してロケットを当てて突破する予定だったそうだ、問題は多連装ロケットが一点に集弾しないことに設計中に気付けなかった事だな」

 

正直なんで気付かんというミスなのだが今は置いておく。重要なのはこのロケットが岩盤に損傷を与えられる程度には大火力で、かつウェポンベイがあれば装備可能という点だ。

 

「ロケット本体も安価に抑えるために接触信管だけだったが、技術本部に掛け合って時限信管を追加して貰っている。…これをザクレロに積めば、多少は大尉の願いも叶えられるんじゃないかと思うのだが」

 

散弾砲の代わりにコイツを積むため、近接防御用の火力は当然下がる。けれど今後は突入せず、あくまで遠距離から飽和攻撃で押し切る方針だ。ザクレロの速度にMSは付いてこれないのだから、徹底して防空圏外からロケットを垂れ流してやれば良い。

高度な電子装備も長距離ミサイルも役に立たなくなるミノフスキー粒子散布下に於いては、近距離での格闘戦術以外は効果が低いというのが今次大戦での常識だ。ジオンも連邦も、今の所その常識に囚われて兵器開発を進めている。しかし、それは20世紀末から進んだ所謂スマートキルが根底にある志向と言える。だが態々連邦のお綺麗なやり方に倣ってやる必要はあるまい。どうせ連中ももうすぐ物量に頼んでくるようになるしな!

 

「…運用が今までと完全に変わります。しかしこれなら格闘戦の機会は大幅に減るでしょう。素晴らしい案だと自分も思います」

 

「大尉がそう言ってくれるなら心強い。ではもう一つの隠し球だ」

 

そう言って俺は別のファイルを開く。そこにはザクレロが映されている。

 

「…大佐、これは?」

 

それを見て怪訝な顔になるアナベル少佐。横で見ていたケリィ大尉は気付いたようで口を開いた。

 

「いや、良く似ているがこれは違う。ザクレロじゃあ無い」

 

大正解。

 

「やはり乗っているパイロットの目は誤魔化せんか。そうだ、これはMA-04-B、量産型ザクレロだ。造った連中はホルニッセ、と呼んでいるがね」

 

「量産型?」

 

「端的に言えばザクレロの各部を簡素化し生産性を高めた機体だ。おかげで運動性は30%減、正面装甲は凡そ半分の厚さ、ビーム砲も1門になっている」

 

その説明を聞き、カリウス軍曹がつい、と言うように洩らす。

 

「量産と言うよりは廉価、と言った方が適当に感じます。あ、その、申し訳ありません!大佐」

 

言った後に俺の階級を思い出したのか慌てて謝罪する。

 

「構わない、正にその通りなんだからね。重要なのはこれがザクレロの約半分の時間と値段で製造可能という点、そして見た目はザクレロと変わらない…少なくとも一目で判別できる程の差異が無いという事だ」

 

ここまでの話で理解が追いついたのだろう、悪戯を思いついたような顔になったアナベル少佐が答えを口にする。

 

「成程、不足分のザクレロをこの機体で補い、遠距離から飽和攻撃。相手からすればザクレロの大部隊な訳ですから、仮に損害が少なくても迂闊に手出しは出来ない。しかもこちらは安全に出撃が繰り返せる訳ですから、練度の低いパイロットでも頭数に入れられる…これは実に嫌らしい手だ」

 

「装甲を削った分、積載能力と加速性能はザクレロと同様だ。運動性が低下したと言えば聞こえは悪いが、その分安定性は向上している」

 

つまり未熟な新兵やあまり腕の良くない連中はホルニッセに乗せ、腕の良い連中がザクレロで護衛も兼務すれば大量のMAを一度に投入出来るという算段だ。

 

「物量戦や飽和攻撃が連邦の専売特許で無い事をしっかり教えてやる良い機会だ」

 

そうドヤ顔でキメてやると、感動に頬を紅潮させるアナベル少佐。はっはっは、褒めてくれても良いのよ!

 

「流石です大佐。しかし、やはり未熟なパイロットを幾ら安全だからと言って安易に出撃させることはリスクが高いと愚考します」

 

ん?

 

「ああ、それは勿論だな」

 

「特に、今回お聞きしました内容からしますと、今までの訓練とはまったく異なった機体運用になります。中には戸惑う兵も出るかと」

 

「尤もな意見だと思う」

 

その瞬間、背筋に悪寒が走った。原因はただ一つ。口元に笑みを浮かべながら、何故か猛禽のような目でアナベル少佐がこちらを見ているからだ。自身の発言の失態に気付くがもう遅い。完全に獲物を捕まえた狩人の顔でアナベル少佐は喜色を隠さぬ声音で言葉を続ける。

 

「ならば、ここは訓練しかありません。カリウス、手空きのパイロットを呼び出せ、特にMAパイロットは余程のことが無い限り全員参加だ。オデッサの怪物と手合わせできるまたとない機会だぞ!」

 

いや、あの。

 

「承知しました」

 

しないで!?

 

「先ほどお話しした戦術が一流相手にどれ程効果があるのか検証できる良い機会です。是非自分も参加させて頂きたく」

 

「なにを言っているケリィ!貴様には何が何でも参加して貰うぞ!ああ、そうだ。教導隊のデミトリー准尉にも声を掛けよう!これは実に良い訓練になりそうだ!」

 

この子ちょっと宇宙に戻って魂解放しすぎじゃないですかね!?

俺の控えめな抗議も虚しく、この後3時間しっかり訓練をすることになる。死ぬわ!




と、言う訳で正解はザクレロモドキをめっっちゃ量産するでしたー。実に面白みの無い解答ですみません。
あと、ガトーが若干アホの子に見えますが、作者のアヤネル補正です。
嘘です、あれです、大好きな方と遊べてテンションが振り切れているのです。大佐の居ない場所ならもっと真面目で落ち着いた行動をとっているでしょう…多分!
LWCはLogistics Weapon Container(兵装輸送コンテナ)のことです。どんなの?って解らない人はゼーゴックで検索してみよう!
…今回は言い訳が多いな。


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第八十七話:0079/10/09 マ・クベ(偽)と宇宙軍

通算UA4000k突破感謝投稿。
これからもよろしくお願いします。


やあ、皆、ご機嫌いかがかな?マ・クベだよ。ちょっと寄り道の予定が早くも一週間が経ちまして、そろそろオデッサで積み上げられているであろう仕事が不安になっています。ただ、そんな不安が気にならないくらい、今とても規則正しい生活を送っています。

具体的に書くと、朝起きて訓練して飯食って訓練して、技術部と打ち合わせして訓練して、昼飯食って訓練して運び込まれた装備のテストして訓練して、夕飯食って訓練して風呂入って寝る。なんて生活をこの三日続けています。

一日の半分以上がコックピットで終わっている気がするし、昼飯もサンドイッチをコックピットで食っていた気がするが、スケジュール的には規則正しい生活である。規則正しいが健康的であるとイコールで無い事を俺は改めて実感した。

 

「お早うございます大佐!さあ、今日も一日頑張りましょう!」

 

「ああ、お早う。今日も元気だね、少佐」

 

ホント早いよ、起床時間ジャストにドアノックするとか一緒に来てたイネス大尉すら顔引きつらせてたからな。それにしても少佐もほぼ俺と同じスケジュールの筈なんだが、まったく疲れている様子は無い。いかんな、俺も上官としてしっかりしないと綱紀に関わる。

それどころか、ぐったりなんてしてて、え?あのくらいでへばってんの?やっぱ総司令部付とかヒョロガリ陰キャの集まりですわー、プークスクス!とか笑われてみろ。ギレン総帥の耳に入ったら俺の査定に響きかねん。ただでさえ評価がマイナススタートなのだ、少し無理をしてでも挽回せねばならぬ。そんな埒もないことを考えている間にも、キビキビした動きで斜め後ろから付いてくるイネス大尉が、あれこれと連絡事項を伝えてくれる。でかい声では無いのに良く通る聞きやすい声だ。こういうのも才能なんだろうな。基地に帰ったらエイミー少尉に是非伝授して貰おう。

 

「ランウェイ大佐より改良型のロケットが届いたと兵站部より連絡が来ています」

 

「流石大佐は仕事が早い。例の機体の方は?」

 

「試作機が現在動作試験中です。設計データは既にソロモンの工廠へ送付済みとのことです。その件でフロウ技師より相談したいとの連絡が来ています」

 

デニスさんと会うのも3ヶ月ぶりか。しかも会って早々無茶振りの打ち合わせとか、少々胃腸に悪いんじゃないだろうか?

 

「承知した、朝食後向かうと伝えてくれ。それから例のロケットの試験もしておきたい、第2演習場の使用許可と、適当な標的の準備を頼む」

 

「その後は昼食を挟んで教導隊との実技訓練、夕食になり、その後2100までシミュレーターでの新兵教導となります!」

 

そうか、また訓練か…ん?

 

「アナベル少佐?何故君が私のスケジュールを管理しているのかね?」

 

俺がそう聞くと不思議そうな顔で首をかしげる少佐。うん可愛い、けど今それは重要じゃ無い。ちょっとした沈黙の後、アナベル少佐は、得心がいったのか良い笑顔でハキハキと答えてくれた。

 

「大佐がソロモンに滞在する間、大佐のお世話をするようドズル閣下より命じられております」

 

ああうん。まあ、宇宙軍の中じゃ君とシン少佐が一番近しい間柄だからね。その人選は不思議じゃ無い。デミトリー准尉は従兵としての教育は受けてないだろうし。

 

「でありますから、大佐にお力添えをするべく、微力を尽くしております!外部や司令部とのスケジュール調整はイネス大尉が担当しておりますから、ソロモン内の事柄につきましては私が担当しております!」

 

お 前 が 原 因 か 。

 

「少佐、少佐。ドズル閣下の仰っているのは、私がソロモン内の生活で不都合の無いようサポートをしろ、と言う意味に見受けられるのだが?」

 

まかり間違っても訓練漬けにしろなんて言ってねえだろ。良かった、よーし今日はゆっくりデニスさんとホルニッセ談義で盛り上がっちゃうぞ!あ、折角だからネヴィル大佐にも声かけてビグロの件も併せて話したら良いかもしれない!ふふ、そうだよ、俺は事務方なんだからこうやって裏でコソコソする方が似合ってるんだって。

そんな風に一人決めてニヨニヨ笑っていると、困った顔になったアナベル少佐が口を開く。

 

「はい、大佐。しかしドズル閣下より可能な限り大佐を訓練に参加させるよう指示が出ております。それからイネス大尉からも、空き時間を与えるとトラブルを起こすので、可能な限り訓練で拘束するよう提案されております」

 

イ ネ ス 大 尉 お 前 も か 。

 

「…君達は私を歩くトラブルメーカーだとでも勘違いしているのじゃ無いかね?」

 

「はい、いいえ大佐殿。正しくトラブルメーカーであると認識しております」

 

「目を離した隙に、夕食の食堂でホットドッグの早食い競争などをして兵士を三人医務室送りにしたのはどなたでしたでしょう?二度とやらせるなと医療部と主計課から苦情を頂いていますが?」

 

「…レクリエーションだよ」

 

イルマリ・ユーティライネンなる中尉は強敵だった。彼がホットドッグにはコーラという信念を持っていなければ、医務室に運ばれていたのは俺の方だっただろう。強敵(とも)との熱い接戦を振り返っていると、二人はみるみる半眼になっていった。なんだよ、そのダメだコイツ的な視線は。

 

「少佐、申し訳ありませんが、引き続きソロモン内でのスケジュールについてはお願い致します」

 

「承知した、大尉。なに、ここ数日で大佐のオレンジ色は兵士達の間で大人気だからな。訓練を組む相手に困ることは無い」

 

おっかしいなあ。大佐って大尉や少佐より偉い筈なんだけどなあ?俺が不満げに見ると二人は笑顔で振り返り同時に口を開いた。

 

「「何か問題が?大佐?」」

 

ハイ、ナニモ、モンダイアリマセン。

 

 

 

 

「ふん!流石良い動きをする!」

 

逃げ回るオレンジ色のザクを見ながら、ランバ・ラル大尉は獰猛に笑った。成程、これだけの腕ならば、レクリエーションとは言えあの三人と引き分けたのも頷ける。

 

「クランプ!釣られるな!」

 

叫びながらビームライフルでザクの向かっていた先のデブリを撃つ。即座に鋭い応射と爆発したデブリから離れるスラスター光が確認出来た。

 

『た、助かりました。大尉』

 

そうクランプが安堵した瞬間、同じ場所から再度ビームが放たれ、クランプに随伴していたアコースのザクが吹き飛ばされた。

 

「ちっ!小癪な!」

 

そう叫んだ瞬間、ランバ自身のゲルググにもロックアラートが鳴り響き、瞬間的にスラスターペダルを蹴り飛ばした。即座に先ほどまでいた場所が上方向からのビームによって薙がれ、カメラを向ければ3機のゲルググがこちらに向かって突っ込んでくる。

 

『大尉!』

 

「ロッテを崩すなステッチ!ギーン!ステッチをカバーしろ!」

 

ゲルググの性能を把握できていないステッチ伍長がこちらのカバーに動いたためギーン軍曹との連携が崩れる。そこを見逃してくれるほど教導隊は温くない。こちらが別働隊の3機に拘束されている内に、一般機のそれを大幅に上回る速度で突入してきた緑とブルーで塗装されたゲルググがすれ違いざまにギーンのザクを切り捨て、追う形で慌てて旋回したステッチのザクをビームライフルで撃ち抜いた。

 

「こりゃあ、負けたな」

 

何とか1機をランバが仕留めた時には、既にクランプの小隊は全滅。一般カラーのゲルググを伴ったオレンジ色が、ツートンカラーのゲルググと挟むようにこちらに迫っていた。

 

 

 

 

「青い巨星の隊をこうもあっさり墜とせるなんて…流石ガトー少佐だ」

 

ここ数日研究チームに参加している大佐のおかげで、小隊戦では留守番を言付かることの多いビスレイ伍長は、ソロモンでも上位を争っているランバ・ラル大尉の隊が、一方的に撃破される一部始終を管制室で見ることとなり、戻って来たメンバーの前で思わずそう洩らした。

 

「バカ、ビスレイ伍長。お前管制室に居たのに解らなかったのか?」

 

「ありゃ、少佐が好き勝手動けるよう、もう片方の小隊を押さえ込んだ大佐の腕だよ」

 

そう言って訓練に参加していた先任達は笑った。正直に言えばビスレイは、あまりにも鮮やかにゲルググを操るアナベル少佐の機動に見入っていて、大佐の乗るR-2にはあまり目がいっていなかった。

 

「いや、でも少佐もすげえわ、あの高機動用バックパック、受領したの昨日だぜ?もう使いこなしてるよ」

 

「昨日の夜大分遅くまでシミュレータールームに籠もってたからなぁ…大佐と」

 

「そうか…ちょっと後ろから大佐撃ってくる」

 

「止めとけ、俺らの腕じゃ返り討ちに遭うだけだぞ」

 

「大佐って、そんなに凄いんですか?」

 

あまりにも先任が褒めるものだから、ビスレイもついそう聞いてしまう。その台詞に返って来たのは盛大な溜息と残念なものを見る目だった。

 

「あのなぁ、ビスレイ。お前が少佐一筋なのは知ってるがもっと広くものを見ろ、じゃないとあっと言う間に死んじまうぞ?」

 

「宇宙じゃ全方位に気を配るもんだ。お前の一途さは美点だが、パイロットとしてやっていくならそれじゃ駄目だぞ」

 

「お前がそんなんだからいつも少佐の小隊に配置されるんだよ、妬ましい」

 

散々な言われようにビスレイがむくれていると、一足先にこちらへ戻って来たカリウス軍曹が笑いながら口を開いた。

 

「どうしたんですか?またビスレイ伍長をからかっているんですか?」

 

「いやいや、コイツがあまりにも少佐の尻ばかり見ているからちょっとパイロットの心得をね」

 

「コイツ、大佐のすごさが全然理解できてないんだ、カリウスからもなんか言ってやってくれ」

 

その言葉に顎へ手をやって思案顔になると、カリウス軍曹はシミュレーターのリプレイを流すようオペレーターへお願いし、穏やかな口調で話し始めた。

 

「まず初動、必要以上に派手な動きで敵の小隊に接近していますね?これのおかげで私と少佐は相手に気取られる事無く狙撃ポイントへ移動出来ました。この時動きながらラル大尉の小隊へ何発かビームを撃っている点も見逃せません。これのおかげで2小隊も有利な位置を占位出来ています」

 

さらにリプレイは続く。画面では激しいスラスター光を引きながらオレンジのR-2が派手に動き回っている、けれどここまで命中弾は一発も無く、むしろその射撃精度は低いようにビスレイには見えた。

 

「あれも中々嫌らしいよ」

 

「ああ、当たらないと思って距離詰めたくなるんだよな」

 

「わざと引き込むために外していますからね。実際終盤のクランプ中尉は2発で仕留めています。流石に少佐ほどの射撃精度では無いですが、十分脅威ですね」

 

「どうだ?ビスレイ。ちったあ怪物のすごさが解ったか?」

 

「はい、とても」

 

そうは言ったが、ビスレイは技量以外で大佐のすごさを実感していた。管制室へ向かってくる一団の中に居る、銀髪の美しい女性が屈託なく笑っている。それを向けられているのはかの大佐だ。そしてビスレイは少佐が今までそのように笑うところを一度も見たことが無かったのだ。




ほのぼのギャグ回。


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第八十八話:0079/10/12 マ・クベ(偽)の帰還

今月分です。


量産型ザクレロの一号機がソロモンへ配備されたのをこれ幸いに、んじゃ、仕事終わったから帰るわ!ってとんずらして帰ってまいりました、懐かしのオデッサ。かれこれ二週間近く離れていたが、基地は相変わらずである…俺の扱いとかな!

 

「あれですか、貴方は宇宙へ上がったら兵士を拾ってくる習慣でもあるのですか?」

 

帰って早速執務室で正座させられています。嘘みたいだろ?俺この部隊の司令官なんだぜ?

 

「申し訳ない、ウラガン大尉。エリオラ大尉の忠告通り目を離さなかったんだが…」

 

「いえ、イネス大尉。貴方の落ち度ではありません。むしろMS小隊一つで済ませたのですからよくやって下さいました」

 

そんなことを言いながら既に往年の戦友であるかのような空気を醸し出す大尉ズ。んむ、仲良きことは良いことだ。出来ればその気遣いを少し俺にも分けて欲しい。

 

「二人ともその辺にしといてあげなさいな、大佐もこうして反省しているようだし。大佐も大佐なりに何か考えがあるんでしょう?ねえ大佐?」

 

そうチェシャ猫のような目でこちらを見ながら擁護してくれているのはシーマ中佐だ。必要以上に大佐を連呼されている気がするが、決して意図的にからかっている訳では無いと俺は信じている。

 

「どうかな?案外大佐のことだから、彼等の境遇を見てつい拾ってきた、と言われても俺は驚かんぞ?」

 

そう笑いながら正鵠を射っているのは、一足先に帰ってきていたデメジエール中佐だ。流石の洞察力ですねと言って差し上げよう。

 

「しかし、私が言うのも何ですが、また厄介な連中を連れてきたもので」

 

件のパイロット達についてのファイルを読み、眉間に皺を寄せながらそうシーマ中佐が溜息を吐く。そんな彼女達との出会いは、ほんの1日前に遡る。

 

 

「治療が受けられないとはどういう事でありますか!?」

 

更に仕事を押しつけられないよう、大急ぎでリリー・マルレーンに乗り込もうとした矢先にその声がベイに響いた。視線を向ければ直ぐ横の桟橋で帰ってきた部隊の者と、担当官が何やら言い合っているようだ。

 

「大佐?」

 

立ち止まった俺に何か予感が働いたのか、不安そうに声を掛けてくるイネス大尉。そんな彼女を無視して俺は言い合いを続ける連中へ向けて桟橋を蹴った。

 

「別に受けさせないと言っているんじゃ無い。ただ今は部屋が満員で入れられないと…」

 

「見て解らないのですか!?直ぐに治療を受けなければ危険な状態だ!それを待てだなんて、貴官はハキム伍長に死ねと仰るのか!?」

 

「だから、今治療が出来るか確認中で…」

 

「そんな悠長なことを言っている場合では無いだろう。イネス大尉、リリー・マルレーンに直ぐ手術の準備をするよう伝えろ。そこの中尉、手を貸せ。彼を運ぶ」

 

ストレッチャーの上には苦しげにうめく青年が乗せられている。先ほどの中尉の言葉を聞く限り彼がハキム伍長なのだろう。

 

「た、大佐!?」

 

「ぐずぐずするな、人の生き死にが掛かっている!」

 

そう言うと弾かれたように行動を開始するイネス大尉と中尉、担当官の大尉は状況に戸惑っているのか立ちすくんでいる。おいおい、素人じゃねえんだからさ。

 

「艦の治療設備では処置できない可能性もある。大尉、直ぐに手術室の確認をしたまえ。それとも君は戦友が死ぬのを指をくわえて見ているつもりかね?」

 

「は、はい、大佐殿!直ぐに確認いたします!」

 

おせえっての。しかしこういう時無重力は有り難いな。段差や角度を気にせずに患者を運べるし、何より移動の選択肢がずっと多い。そう言えば基地でこうした負傷者の運搬についてしっかり検討したこと無かったな。帰ったら是非やろう。そんなことを考えていたら、一緒に伍長を運んでいた中尉が涙ぐみながら礼を言ってきた。

 

「有り難うございます、大佐。本当に、有り難うございます」

 

「礼はまだ早いぞ中尉、それは彼が助かるまで取っておけ。それと君もちゃんと傷の手当てをしたまえ。左腕、怪我をしているだろう?」

 

俺の言葉に驚いた顔になる中尉。いやいや、そんだけ庇っていれば馬鹿でも気付くって。艦の入口で待機してくれていた医療スタッフに伍長と中尉を預け、一応俺も付いていく。治療に貢献は出来ないが、俺の階級が何かの役に立つかも知れないと思ったからだ。

 

「大佐、先ほどの大尉から手術室の空きが確認出来たと連絡が」

 

呆れを含んだイネス大尉の物言いに、俺も思わず鼻を鳴らしてしまった。

 

「せめて嘘でも満室にするくらいの機転は利かせるべきだな。幾ら彼等が訳ありとはいえ、これは問題だ」

 

「お気づきだったのですか?」

 

そんなに驚くところじゃ無いだろ。損傷だらけのパプアに負傷兵、それだけでも十分なのにトドメはあの中尉だ。

 

「あれで訳ありで無いのならソロモンはとうの昔に死体で埋まっているだろうさ。彼女達のエンブレム、確か義勇兵のものだったはずだ」

 

俺の返事に苦い表情になるイネス大尉。仕方ないことだろう。彼等は戦争が始まってから、ジオンに寝返った連中だ。言い分こそジオンの理念に共感してとか言ってはいるが、誰かを裏切って来たという事実は重い。裏切り者という侮蔑と、裏切られるかもしれないという猜疑が混じり合い、行動も、言葉も、その全てに疑いが掛かる。その結果彼等は厄介者の捨て駒のような扱いを受け、今に至っているのだろう。

 

「今回の件に関しては、偶発的なものであったと説明するべきかと」

 

俺とソロモン司令部の今後の事を考えて、敢えてそんな提案をしてくれるイネス大尉。まだ、出会ってちょっとだって言うのに、俺のことを真剣に考えてくれている。いい人だ、けれどその頼みは聞けないね。

 

「有り難う、大尉。だがそれは駄目だ」

 

戦争において正義や理念なんて毛ほどの価値しかない。だがそれは、毛ほどの価値はあるという事だ。

 

「出自がどうであれ、我が軍に籍を置き戦ったならそれは立派なジオンの軍人だ。彼等を戦わせるならば、その働きに報いるのは軍の当然の義務である。組織の秩序は誰もがその責務を果たして初めて機能する。そこに例外はあってはならない」

 

そう、大尉の説得を試みて居ると、機内の通信端末が鳴り、オペレーターがドズル閣下からの連絡だと告げてきた。イネス大尉に止められるより早く受話器を取った俺の耳朶を、何とも情けない声が叩く。

 

「おう、大佐。やってくれたな?」

 

「はい、閣下。お困りのようでしたので、微力ながらお力添えさせて頂きました。お役に立てたなら幸いです」

 

そう言うと、弱々しい声で絶対解ってやっているだろう、とかドズル閣下が呟いた。知らんなぁ?

 

「ふん、おかげで俺の執務室は苦情の山だ。あの馬鹿がお前に脅されたのなんのと言って医療班を脅しおって、無理矢理手術室のスケジュールを変えられたの、休暇中に呼び出されたの、患者がいないのと大騒ぎよ」

 

「最初から真摯に対応していれば起こらなかった問題です」

 

「少しは奴らの面子も考えてやってくれ」

 

そんな情に訴えるようなことを言うドズル閣下。はっはっは、巫山戯んじゃねえぞ。

 

「ほほう…面子、ですか。良いですとも、ベテランパイロットの命よりそんなものが大事だというのなら、この頭、幾らでも下げさせて頂きますとも。その代わり彼等は貰っていきます」

 

俺がそう言い放つと、イネス大尉は絶句し、受話器の向こうでドズル閣下が慌てて立ち上がったのだろうか、派手に何かが倒れる音がした。

 

「何を言っているか解っているのか!大佐!」

 

「はい、閣下。私の頭を下げるより安い連中なのでしょう?しかも私が居なければ死んでいた。なら貰っていっても構いますまい。ああご安心を、装備は置いて行きますので」

 

ボロッボロのパプアと、スクラップ同然のザクⅠにどれだけ価値があるかは知らんけど。

 

「…この事はギレン総帥に正式に報告させて貰うぞ?それでも連れて行くと言うのだな?」

 

その位で撤回するくらいなら最初から口にしていませんよ、閣下。

 

「どうぞなさって下さい。報告の手間が省けるというものです。ただ、聡明なギレン総帥のことです。十分に考えて報告を為さることをお勧めしますよ」

 

「…もういい、解った。とっとと帰れ」

 

こうして俺はオデッサへのお土産として義勇兵1個小隊を手に入れたのだった。

 

 

 

 

「くっくっく、私の所で少しは大人しくするかと思ったが、相変わらずの切れ味のようだな?」

 

「笑い事では無いぞ、兄貴」

 

渋面でそう言うドズルへ向かい、ギレンは意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「だが、おかげでお前も助かったのだろう?」

 

そうからかえば、ドズルはうなり声を上げた。宇宙攻撃軍の将兵はドズルの人柄によって集まっている人間も多い。良く言えば真面目で実直、悪く言えば融通が利かず、潔癖だ。そんな連中だから、当然裏切り者の義勇兵への風当たりは強く、人員で言えば多数派である彼等をまとめるため、ドズル自身苦々しく思いながらも義勇兵を捨て駒のような扱いをしていたのだ。元々情に厚い弟のことである、正直あの様な采配は苦痛だっただろうとギレンは思った。

 

「兄貴からは何か言わんのか?」

 

「やりすぎるなとは言ったがね、見事に言い返されたよ。実に痛快だ」

 

そう言ってギレンは大佐の言葉を諳んじてみせる。

 

「正義の為に戦うのは愚かなことですが、正義無くして戦えぬのも人というものです。連邦を否定し彼等の行いを悪と断じたのなら、同じ行いをしていては話になりません…だそうだぞ」

 

自らを特権階級とし、スペースノイドからの搾取を行なう連邦と、自らを選ばれた民と呼称し、それ以外を下に見て過酷な労役を与えそれに報いない。そこに如何ほどの違いがあるのか。実にあの男らしい物言いだとギレンは笑う。

 

「しかし軽々に兵を引き抜かれては示しがつかん」

 

「それについても提案してきた。あれで中々保身にも気が回るらしい。まあ、随分とバランスは悪いがな」

 

目を通していた書類を、ギレンは楽しそうに机へ放る。表紙にはこう書かれていた。

 

“MS部隊を中核としたタスクフォース構想並びにその人員の選定に関する意見具申”




兵隊さんが気持ちよく戦える環境を整えるのが指揮官のお仕事です。
だから二枚舌も自己欺瞞も余裕でします、戦争ってイヤですね。


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第八十九話:0079/10/14 マ・クベ(偽)と汚泥

テコ入れ回


閑散とした山麓に建てられた施設内を、異形達が闊歩する。最初は慎重に、けれどそれが徒労である事を、異形を操る男達は直ぐに知ることになる。

 

「一足遅かったか、ミーシャ、そっちはどうだ?」

 

『こっちも何もねえな。なあ、情報がガセって事はねえのか?』

 

研究所と思しき建物に併設された、まるで不釣り合いな倉庫群を端から覗いていたミハイル・カミンスキー中尉が不信の声を上げる。

 

「例のスペシャル情報らしいからな、その線は低いだろう。事実施設はある訳だしな…アンディ、そっちは?」

 

MSで確認出来る範囲での情報収集を諦めたハーディ・シュタイナー大尉は、研究棟らしき建物の内部に侵入している部下のアンディ・ストロース少尉にそう通信を送る。幸いにしてミノフスキー粒子の影響は少なく、通信はクリアだ。

 

『今の所は特に収穫は無いですね…。ただ、数日前までは間違い無く使われていたでしょう。何処も人の手が入った形跡がある…。ん?どうした?何かあったのかガルシア?』

 

「どうした、トラブルか?」

 

通信中に慌てて移動を始めたアンディにハーディはそう問いかける。

 

『いえ、ガルシアの奴が何か見つけたと騒いでいて、今着きますっ…。こ、こいつは!?』

 

「どうした?何があった?アンディ報告をしろ!」

 

驚愕の声を上げた後、黙り込んでしまった部下に、少し語気を荒げながらハーディは報告を促す。するとアンディは苦しげに言葉を紡いだ。

 

『当たり、当たりです隊長。ここは間違い無く連中の研究施設ですよ…連中、必要なものだけはしっかり持っていったみたいです』

 

そう吐き捨てると同時、アンディから静止画像が送られてくる。そこには部屋一杯にうち捨てられた死体の山だった。死体など嫌と言うほど見てきたハーディも思わず顔を顰める。死体の多くは明らかに子供だと解るものだったからだ。

 

『連中、いよいよなりふり構わなくなってきたみてえだな…。どうするんで?隊長』

 

吐き捨てるようにガルシアが言いながら指示を求めてくる。ハーディは一度大きく呼吸をし、自身を落ち着けると、口を開いた。

 

「画像を撮っておけ、情報部連中が喜ぶ。それから一応生存者の確認を。まあ、絶望的だろうがな」

 

そう言ってハーディは、画像を切り煙草を胸から取り出した。

 

(地球はロクな場所じゃ無いが、気兼ねなく煙草が吸えるのだけは有り難いな)

 

そんなことを思いつつ、二本取り出した片方を咥え、もう片方を火を付けて灰皿の上に置く。それは友人や戦友が死んだ時にハーディが行なう彼なりの供養だった。

 

「この島じゃ、死んだ奴は敵も味方も皆ホトケって奴になるんだってな。…まあ、こうなったのも何かの縁だ、悼むくらいはしてやるさ」

 

誰にとも無く呟き、暫し目を瞑る。その思いが奇跡を起こした、などとハーディは今でも信じていないが、その直後にアンディから信じられない報告が告げられる。

 

『隊長!隊長!生存者です!生きています!生きている奴がいます!』

 

その声に目を見開いたハーディは直ぐに指示を飛ばす。

 

「ダッキー直ぐに向かえ!ニック、ダッキーのカバーだ!残りは周囲を警戒、いいか、貴重な証人だ!絶対生かして連れ帰るぞ!」

 

その行動がいかなる未来を生むか、それはまだ誰も知らない。

 

 

 

 

「…そうか、テム・レイ大尉はジオンへ亡命したか。ご苦労、下がって良い」

 

憔悴した部下を下がらせ、渡された報告書を机へ投げ出すと、ヨハンは椅子へ深く体を預けた。状況は芳しくない。一見膠着状態に見えているが、こちら側のリソースはジリジリと目減りしている。幸いにしてルナツーに残留していた技術者達が居たため、V作戦そのものは頓挫していないし、MSの量産化も始まっている。だが、先の連続しての敗北は、既存兵器支持派を勢いづかせ、開発兵器が多岐にわたったため、連邦最大の強みである物量を活かせなくなっている。そして何よりも誤算だったのが、ジオンの地球方面軍の精強さだ。当初の予定では、ある程度拠点は奪われるものの、6月終盤には侵攻速度が鈍化、8月には補給線が完全に延びきり進撃限界を迎える。それが開戦初頭に総司令部が出した結論だった。故に少数の戦力で失血を強いつつ、戦線を縮小。相手が補給で手一杯になったところへ渾身のカウンターを撃ち込む。その為のV作戦だったのだが。

 

「最大の誤算はキャリフォルニア…そしてオデッサか」

 

どちらも失陥までは想定されていたが、そこからの復旧、あるいは拠点としての増築が予想を遙かに超える速度だった。まるでやり慣れているかのような侵略は、守護者の連邦と悪のジオンという図式を崩し、今ではむしろ連邦が戦争を持ち込んでくる厄介者扱いだ。

 

「…時間が無いな」

 

恐らくこの数ヶ月が連邦にとっての分水嶺となるだろう。少なくとも年内にある程度の巻き返しが図れなければ、後は時間と共に国力差が埋まっていき、1年もすれば逆転されている可能性すらある。尤も、その前に政治家連中が保身のために停戦を叫び始めるだろうが。

 

「失礼します。極東管区よりムラサメ博士、並びにクルスト博士を乗せた便が到着いたしました」

 

「そうか、無事着いたのかね?」

 

「はい、全員無事とのことです」

 

「解った。直ぐに必要な物資のリストを提出するよう伝えてくれ」

 

彼等の研究が完成すれば、質的な不利を覆すことも夢では無い。たとえそれがどれだけ人の道に反するものであったとしても。既にそれを拒絶するだけの余裕は連邦に無く、またヨハン自身の軍人生命も残っていなかった。

 

 

 

 

「遅かったか!」

 

サイクロプス隊からの報告を読んだ俺は、報告書を机に叩き付ける事で鬱憤を幾らか晴らす。事の発端は、フラナガン機関にアムロ君達の様子を確認した時だ。ケアも順調に進んでいて、アムロ君はすっかり打ち解けたようだし、他の二人もかなり回復しているのを見て安心したことから、世間話にと施設の様子を聞いたらトンデモねえ爆弾が飛び込んできた。

 

「様子と言えば、先月頭あたりからクルスト博士が体調不良で長期療養していますね」

 

純粋に同僚を心配する口調でそうシムス中尉が話してくれたのだが、俺にはどう聞いても凶報にしか聞こえなかった。慌てて状況を問いただせば、もう完全に真っ黒。療養していたはずの家はもぬけの殻で、博士は何処かに消えていた。

仕方が無いのでユーリ少将に頼んでサイクロプス隊を借り受け(ちゃっかり彼等の装備はオデッサ持ちにされた上、全部ゴッグ改に更新させられた)、最有力候補であるムラサメ研究所を襲撃して貰ったのだが。

 

「クルスト博士ってのはそんなに厄介な御仁なんですかい?」

 

俺の様子を腕を組みながら見ていたデメジエール中佐が、そう問うてくる。うん、はっきり言って今世紀の危険人物トップテンに必ず入れると思う。

 

「端的に言えば、目的のためには手段を選ばない天才だ」

 

「成程、でもそんな連中ごまんと居るのでは?」

 

そうね、ジオンも連邦も見ているとそんな連中ばかりだね。

 

「彼の場合問題になる点は二つ。一つ目は目的がニュータイプの抹殺というあやふやなものであること。もう一つは、それを実行するための装置を実際に作り出しているであろう事だ。我々にとって厄介なのは二つ目の方、つまりニュータイプを抹殺するための装置の方だな」

 

俺の言葉があまりにも突飛なため、聞いているデメジエール中佐は理解が追いつかず、何とも言い難い表情になっている。うん、人にものを伝えるって難しい。

 

「ええと、特殊な装置…なんですかね?」

 

「具体的にどう言った仕組みかは知らんが、彼の残した資料からするとMSの性能を大幅に向上させるものらしい」

 

その言葉で納得したのか腕を組み頷く中佐。

 

「成程、それは解りやすい。しかも連邦が保護していると言うことは…」

 

「うん。既にものは出来ていると見るべきだろう。どころか報告から察するに、既に量産体制に入りつつある」

 

言いながら俺は机の上の資料を見るように促す。勿論そこには、サイクロプス隊が撮影した被験者だったものの写真も添付されている。それを見て中佐は不快そうに顔を歪めた。

 

「大佐、こりゃ一体何です?まさかその博士ってなぁ、怪しい儀式でもやるんで?」

 

「…これは、極秘情報だ。聞いたことも忘れて欲しい。クルスト博士が開発していた装置はニュータイプの能力、言ってしまえばマリオン少尉の回避能力などだな、それを誰でも使えるOSに落とし込むというものだったのだが、その過程でどうやらその人物の精神を装置内に取り込み、制御システムそのものに出来る方法を思いついたようだ」

 

史実では偶発的な事故の結果生まれているが、こちらではフラナガン機関でその手の実験は止められたから、サンプルはあくまでその前段階。そしてあの写真からすると連邦で制御システム…EXAMは完成し、膨大な実験の結果、量産化に成功したと見て良いだろう。

 

「理屈はまったく解りませんが、つまり連邦の機体はこれから全てマリオン少尉みたいに攻撃を避けるって事ですか?そら恐ろしく厄介ですな」

 

「性能について正確には解らん。なにせ材料にされた被検体の能力に依存しているらしいからね。だが、間違い無く今までより高性能になっているのは確かだ」

 

そこまで言って俺は机から書類を取り出す。

 

「賭けは嫌いなんだがな。前倒しでコイツを提出する必要がありそうだ」




連邦が邪悪な存在であるように必至にアピールしていくスタイル。
正にジオン。

サイクロプス隊の見知らぬメンバーについて
戦況が優勢なので史実より損耗していないので1個中隊分の戦力が居るという設定です。
キャラクターの名前は海軍犯罪捜査班から借用です。


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第九十話:0079/10/16 マ・クベ(偽)とハマーン

ちょっと早めのですが。


「大佐!私にもMS下さい!」

 

デメジエール中佐と固茹でちっくなお話をした翌日。ギレン閣下からタスクフォース構想について、試験的にオデッサでやってみ?取り敢えず装備更新中の部隊からなら幾らか引き抜いて良いよ、というお許しを頂いた。ついでとばかりに強請ったザンジバル級を受け入れる準備をしていたら、部屋に飛び込んできたハマーンが頬を紅潮させながらそんなことを言ってきた。いやいや、冗談は止せ。

 

「ハマーン、残念だが軍人でないものにMSは渡せない」

 

第一まだ君は子供だろう。そう言いかけて口を噤む。彼女の才能をフラナガン博士に研究させるために基地への滞在許可を俺は出している。利用はしておいて都合が悪いと子供扱いではいくら何でも失礼すぎる。

 

「でもジョーイさんはアッザムに乗っていますよ?大佐」

 

「あれは調整のためで専属のクルーでは無い。それに戦場には絶対に出させない。と言うよりハマーン。何故MSを欲しがる?随分と急じゃないか」

 

そう聞くと、ハマーンはドヤ顔で健康診断書らしき書類を突きつけてきた。ちょっ、BWHの数字とかくらいは隠しなさい!女の子でしょう!?

 

「昨日の測定結果です!見て下さい、軍のMS搭乗要項の最低身長を上回りました!」

 

MSのコックピットは既存の兵器に比べると非常に調整幅が大きい。これは少しでも多くのパイロットが欲しかった軍がメーカーに体格の許容値を大きく取らせたからだ。おかげで史実では、人手不足を良いことに子供をほいほいと戦場に送り出せる土壌になっていた。

 

「成程な。だが、先ほど言ったように軍人で無い者にMSを渡す訳には行かない」

 

玩具じゃ無いからね、なんて思ったらハマーンが急に怒り出す。

 

「私、玩具が欲しくて強請っているんじゃありません!少しでもおじさまの役に立ちたくて!」

 

そう言って涙ぐむハマーン。やっべぇ、流石ニュータイプ。こっちの考え筒抜けじゃん!だったらおいちゃんの気持ちも解っておくれよ。

 

「泣かないで欲しい、ハマーン。君がそう言う気持ちでは無いのは良く解ったし、私の力になってくれようとする事はとても嬉しい。けれど、私にもちっぽけだがプライドはある」

 

俺は椅子から立ちハマーンの側へ行くと、膝を折って視線を合わせる。泣き顔も可愛いね、けどやっぱり女の子は笑っている方が魅力的だと思うんだ。

 

「君達のような若者を戦場へ送らない、それが私にとっての精一杯の強がりなんだ。だからハマーン。私のために我慢してくれないだろうか?」

 

子供って言うのは、未来で、希望だ。俺たちはより良い未来のために武器を取った。だが、その良い未来のために未来そのものをすり減らしたら本末転倒もいいところだ。だから俺は子供を戦場に出さないし、子供を戦いに巻き込む人間を軽蔑する。まあ、つまりもうここにハマーンが居る時点で俺はどうしようも無いクソ野郎という事だ。だからせめて、彼女が武器を持つことだけは阻止したい。

 

「私、もう大人です。子供だって産めるんですから!」

 

顔を真っ赤にして、そっぽを向きながらそんなことを言うハマーンに、俺は一瞬呆気に取られた後、思わず吹き出してしまった。その様子に頬を膨らませてこちらを睨むハマーンに俺も負けじと言い返す。

 

「はっはっは、何か理由を見つけて大人だと言い張るのは子供の証拠だよ」

 

この話は終わりという意思表示に俺が立ち上がると、上目遣いでハマーンが問うてきた。

 

「じゃあ、どうしたら大人だって認めてくれますか?」

 

「君が戦う理由になるのなら、ずっと子供のままでいいんじゃないかな?」

 

意地悪くそう言えば再びハマーンは頬を膨らませ応接用のソファへ乱暴に腰を下ろした。俺は端末でエイミー少尉にお茶の準備を頼むと、ハマーンと反対側のソファへ腰を下ろす。さて、この可愛らしいお姫様はどうしたら機嫌を直してくれるだろう?

 

 

 

 

「これで基本的な施設の説明は終わりです。ハキム・オバディ伍長は残念ですが長期療養が必要なため本国へ戻ることになりますから、暫く貴女の小隊は2機での編成になります」

 

副司令だと紹介された仏頂面の大尉に説明を受けながらも、エンマ・ライヒ中尉は、自身の身に起きたことが未だに信じられなかった。捨て駒のような威力偵察に出撃し、運悪く部下のハキム伍長が対空砲の直撃を貰った。這々の体で逃げ帰れば、医療施設が使えないと補給担当の大尉から言われ、食って掛かっていたら、見慣れない改造軍服を着た大佐が話に割り込んできて、今自分たちはオデッサに居る。ここに至って漸く、あの大佐が近頃名を轟かせているマ・クベ大佐だと理解し、その大佐が何故か自分たちを拾ってくれたことを目の前の大尉から教えて貰った。やはり訳が解らない。

 

「地上での戦闘経験は無し、当然ホバー…どころか今までずっとザクⅠですか、武装については何を?」

 

「はい、私は105ミリマシンガンと135ミリライフルを、ハキム伍長とリョウ軍曹はそれぞれ120ミリと280ミリバズーカを運用しておりました」

 

「待って下さい。確か宇宙攻撃軍は武装を全てMMP-79とジャイアントバズーカに更新している筈ですが?」

 

そう訝しむ大尉に、エンマは思わず苦笑しながら答える。

 

「はい、主力部隊は全て置き換わっていたはずです。ですが補給隊の自衛用ですとか、私達のような部隊には更新の際余剰した旧式装備が充当されておりました」

 

「…ライヒ中尉の隊は実働部隊であったはずですが?」

 

「訳ありですから」

 

そう言ってエンマは笑ってみせる。あの大佐の部下だけあって、この基地の人達は皆良い人のようだ。得がたい環境であると考えると同時、自分たちを簡単に信用する彼等の危機管理の甘さに不安も覚える。

 

「成程、では武装の方も慣熟が必要ですね。…何か?」

 

不安が顔に出ていたのだろう。説明の途中で大尉は眉を顰めるとそう聞いてきた。

 

「はい、大尉。私達は先ほど申しました通り訳ありです」

 

「存じています」

 

「ではお聞かせ下さい、何故私達を他の部隊と同様に扱うのですか?自分で言うのも何ですが、私達は一度祖国を裏切った者達です。また裏切るとは思わないのですか?」

 

そう聞くと、仏頂面の大尉は可笑しそうに口元をゆがめると、口を開いた。

 

「裏切るのですか?」

 

「毛頭そのようなつもりはありません。私が問うているのはその危機管理についての…!」

 

そうエンマが思わず席から立ち上がり言い募ろうとした矢先、大尉は傍らに置いていた鞄から分厚い紙束を取り出し、机に置いた。相応の重量によって重い音を立てた紙束に視線を向ける。

 

「エンマ・ライヒ中尉、貴官の忠告は尤もですし、別に貴女を無条件に信じているのではありません。ただ我々は貴女が裏切らない事を知っている。それだけのことです」

 

そう言って押し出された紙束をめくれば、それはエンマ達についての調査書だった。信じられないことに出生、家族どころか友人関係、ジュニアスクール時代の作文までファイリングされている。その詳細な報告は、確かにエンマ達が裏切らない、裏切る要素が存在しないことを示していた。

 

「我々は知らずに怯えるような無能ではありませんよ」

 

大尉の言葉に、エンマは恐怖を感じた。成程、彼等は我々が裏切らないことを知っている、けれどそれは信頼していると同義では決して無いのだ。

 

 

 

 

一時間に及ぶ激闘の末、ハマーンはシミュレーター訓練への参加という、本来の目的を大佐に認めさせることに成功していた。そのまま交渉しても成功させる自信はあったが、恐らくこれだけ早く認めさせることは出来なかっただろう。

 

(フラナガン博士には感謝しないと!)

 

最初に無茶な要求を出し、譲歩する形で本来の要求を飲ませる。交渉の初歩中の初歩と言うべきテクニックだが、それだけに効果は証明されている。エイミー少尉が用意してくれたお菓子と紅茶を機嫌良く口に運びながら、早速今夜訓練に付き合って貰えるよう追加の交渉に挑んでいると、ブザーの音が響き、インターフォンから聞き慣れた男性の声がした。

 

「失礼します、大佐。こちらにカーンさんが来ていませんかな?そろそろ試験の時間なのですが」

 

フラナガン博士の声に、大佐はエイミー少尉へ視線を送りつつ博士へ入室を促す。乳白色の薄手のセーターに身分証を首から提げ白衣を羽織ったその姿は、博士のここ最近定番のスタイルだ。椅子に座るよう案内されれば、一緒についてきた少女と共に腰掛けた。その時さりげなくハマーンの対面の席へ座ることで、大佐がハマーンの横に来るよう誘導していることに気付き、ハマーンは心の中で博士に感謝した。

 

「うん?こうして会うのは初めてでしたね。ジオン軍総司令部隷下特別遣欧部隊司令、マ・クベ大佐です。無駄に長いのでオデッサのマ、とでも覚えて下さい」

 

そう言って大佐は目の前に座った女性…ナナ・フラナガンへ向かって朗らかに笑う。因みに笑いかけられたナナは、小さいが確かに短く悲鳴を上げていた。大佐の笑顔は初見だと悪い魔法使いが何かを企んでいるようにも見えるので仕方が無い。地味に落ち込んでいる大佐を後でどう慰めようとハマーンが考えていると、挨拶をされたナナも控えめに口を開いた。

 

「あー、ナナ・フラナガン、です。えっと、一応フラナガン医療センター所属で、博士の助手?みたいです」

 

その自己紹介に興味を引かれたのか大佐が疑問を口にした。

 

「ナナ?もしかしてご家族の方にニホンの方がいらっしゃるのかな?しかもフラナガン博士と親類とは、優秀なご家族で羨ましい」

 

ちょっとした世間話のつもりだったであろうそれが、盛大に地雷を踏み抜いたことに大佐が気付いたのは直ぐだった。何しろ聞かれた本人は微妙な顔になっているし、横で博士は気まずげに視線を逸らしているからだ。

 

「…あー、すんません。孤児なんで家族はよく解らないです。ここに来るのにしっかりした身分が必要だろうってことで、博士が養父になってくれまして」

 

「そうだったのですか、これは失礼。ん?博士、まさかナナという名前は…」

 

その言葉から察したのであろう、大佐が半眼になって博士を見る。博士の方はと言えば言い訳もせずソファで小さくなっていた。

 

「…検体番号7番だからナナ、まあ、解りやすいですよねー」

 

そう笑ってみせるナナに対して、ハマーンは完全に火に油を注いでいると心の中で叫んだが、表面上は手にしたカップを傾けることで顔を隠し悟られないようにした。

 

「博士…人を数字で呼ぶようになったら終わりですよ、ナナ君もそんな扱いに慣れてはいけない。断固抗議したまえ」

 

「でしたら、大佐がナナお姉ちゃんに名前をあげたらどうでしょう?」

 

ふと思いついて、ハマーンはそんな提案を出す。全員が一瞬呆けた顔になった後、それぞれ別々の表情になった。ナナは面白そうに、フラナガン博士は意趣返しが出来そうだとほくそ笑み、大佐は明らかに狼狽していた。

 

「わ、私かね?いや、こういう事はまず本人の意思が」

 

「私ならいいですよ。少なくとも数字よりマシな名前になるでしょうし、博士のセンスはアレですしね」

 

「ですな、どうも私はセンスが無いので、ここは大佐にお任せできませんかな?」

 

「素敵な名前をお願いしますね!」

 

楽しくなってハマーンもついそんな言葉を発してしまった。大佐は色々と言い訳を呟いていたが、逃げられないと理解すると腕を組み目を閉じた。そして非常に長い1分を終えると、真剣な顔でナナを見る。

 

「では、君に名前を付けさせて貰おう。アデルトルート、今日から君はアデルトルート・フラナガンだ」

 

古い言葉で貴婦人を意味する名前に、本人は面はゆそうに、良い名を付けてくれたとフラナガン博士はほっとした、けれどどこか悔しそうな顔でナナ改めアデルトルートを祝福している。ハマーンもその様子をにこやかに見守っていた。…先ほどまで大佐と二人で食べていた菓子がアルレットであったことは、墓の中まで持っていく秘密にしようと固く誓いながら。




女の子は逞しく賢いのです。


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第九十一話:0079/10/16 マ・クベ(偽)と義勇兵

秋刀魚漁終了記念投稿


アリス・ノックス少尉は変わり者だと良く言われる。面と向かって言われて怒るならまだしも、そうだろうかと首をかしげる辺りにその片鱗を見せるが、残念ながら本人は気付いていない。ただ、彼女の名誉のために言えば、それはあくまで余人とは違う判断基準で生きていると言うだけで、知恵が足りないであるとか危機管理意識が欠落していると言う訳では無い。

尤も、近しい友人であっても見ていて不安になるらしく、何処かへ出かける時は必ず誰か――大抵はジュリア少尉――が付いてくるのだが。

さて、長々とそんなことをアリスが考えたのは、いつものごとく現在の状況がアリスの行動に端を発しているからである。当人としてはまったくそんなつもりは無いのだが。

 

「あら、初めましてですよね?中尉」

 

基地に居る人間は正に膨大と言える人数だが、それでも特定の業務についていれば自然と顔ぶれは偏ってくる。MSのシミュレーターに参加するなどと言うのはその解りやすい一例で、更に特定の時間となれば、シフトの関係もあって殆どが顔見知りになる。だから、シミュレーター室の前で偶然会って敬礼した相手が、初めての相手である事は意外であり、アリスはつい口に出してしまったのだ。元々人懐っこく物怖じしない性格もこの発言を誘発した原因であろう。問題はその話しかけた相手が、義勇兵のエンマ・ライヒ中尉であったことだ。

 

「うん?ええ、初めまして。私に何か用かしら?少尉」

 

何故か警戒心を発揮する中尉を見て。アリスのとなりに居たジュリアが二人の間に割り込んだ。

 

「失礼しました、中尉。この子初めての方にはいつもこのような感じですの」

 

その言葉でこちらも面倒ごとを避けたいのだと察した中尉は、体から力を抜いて友好的に微笑みかけてきた。アリスはそう気を回してくれたジュリアに内心感謝しながらも、自身の欲求に逆らえず、つい口を開いてしまう。

 

「失礼しました。中尉、わたくしはアリス・ノックス少尉であります。失礼ですがお名前をお伺いしても?」

 

身のこなしと目的地から、この中尉がパイロットである事は間違い無い。そして先日帰還した大佐が、宇宙攻撃軍に喧嘩を売ってまで腕利きを引き抜いてきたというのは、今オデッサで最も話題になっている噂だ。

 

「…エンマ・ライヒ中尉よ。随分と私に興味があるようね?少尉」

 

「はい、とても」

 

新構想の戦術ユニットを編成するために大佐が直々に兵士を集めている。そして宇宙攻撃軍から引き抜かれてきた中尉、これで興味を持つなと言う方が難しい。自然と自分がそう考えている事に気付き、アリスは随分と自分もパイロットらしくなってきたと胸の内で笑った。

 

「成程、申し訳ありません、わたくしも非常に興味があります。中尉」

 

「確かに変わった基地だわ。悪いけれど貴女達の期待しているような人間じゃ無いわよ?だって私は…」

 

「何か問題かね?」

 

中尉が何かを言いかけたところで、予想外の人物が現れる。象牙色の軍服に癖のある髪、鋭いその目で見据えられれば、今でも緊張してしまう。隣に居るジュリア少尉は別の理由で体を強ばらせていたが。

 

「はい、いいえ大佐。初めてお会いしましたので、ライヒ中尉と少しお話をしていました」

 

そう微笑みながらアリスが答えれば、そうか、と短く応え、大佐はあっさりと納得してしまう。規律や規則にはとても厳しいのだが、こういった所で大佐は大らかだ。それが自分への強い信頼の表れであると感じられるからこそ、皆大佐について行きたがるのだろう。

 

「エンマ中尉はまだ地上に降りて間もない。良ければ色々とサポートしてやって欲しい」

 

「しょう「了解しました!」」

 

兵士としてはほぼ100点、しかし恋の駆け引きとしては赤点の返事をするジュリアに苦笑しながらアリスは大佐に敬礼をする。その様子に満足げに頷いた後、答礼した大佐は、表情を和らげ言葉を紡ぐ。

 

「さて、私はこれからシミュレーターの予定だが君達はどうする?」

 

「是非ご一緒させて下さい!」

 

「はい、是非。中尉も如何ですか?」

 

「なら、見学させて頂いても宜しいでしょうか?」

 

その言葉に中尉の実力を見る機会を失ったアリスは少し残念な気分になったが、直ぐに気を取り直してシミュレーター室の扉をくぐった。時間が合っているなら、焦らなくても機会はまた来ると考えたからだ。そして何より、もっと上等なご馳走が誘ってくれているのだから。

 

 

 

 

「取り敢えず基地に慣れる所からでしょう。機体は準備もありますから暫くはシミュレーターで訓練して下さい」

 

副司令にそう言われ、エンマは夕食を終えた後シミュレーター室へ向かった。それが全ての間違いだったと今彼女は激しく後悔している。

 

「冗談でしょう?」

 

義勇兵は軍内の情報に疎い。他の兵士が距離を置きたがる事が多く、自然と義勇兵同士でかたまることが多いため、どうしても情報が手に入りにくいのだ。そんな自分たちでも、オデッサは優秀なパイロット揃いだと知っているくらいだから、相応の腕なのだろうと考えていたのだが。

 

(基地司令と、自分用の機体も貰えていないひよっこ少尉って聞いたんだけど…)

 

目まぐるしく位置を入れ替えながら4機のドムが戦っている。大佐と訓練が出来ると部隊のメンバーをジュリア少尉が呼んだためだ。横ではもう一つの小隊のメンバーがモニターを見ながら会話に花を咲かせていた。

 

「やっぱり大佐は強いねー、ジュリア少尉達三人がかりで遊ばれてるよ」

 

「そこそこ、セルマ少尉。今なら背後から…あ、駄目だ、気付かれた」

 

「フォワードがジュリア少尉だけだと足りないわね。6人なら私とフェイスもフォワードで行かないと厳しそう」

 

「6対1で良い勝負って。うう、正規パイロットへの道は険しい…」

 

話を聞く限り、どうやら彼女達への機体を用意する条件が小隊単位で大佐に勝利することらしい。確かに3対1で勝てないようなら、普通3人の方の技量不足を考えるだろう。だが断じて違うとエンマは確信した。

 

(絶対にあの大佐がおかしい!)

 

少尉達の練度は非常に高い。少なくとも個々の技量でもエンマと同等か、得意分野では勝っている。その上で連携もよく取れており、正直お前達のような新兵が居るかと叫びたくなるが、本人達にその自覚はないようだ。

 

「どうですか中尉。中尉なら大佐をどう攻略しますか?」

 

大真面目にそんなことを聞いてくるミリセント少尉に、エンマは正直に話す。

 

「無理よ、私の腕なんて貴女達と大差無いもの。そもそもなんで私が大佐とやり合える前提なのよ?」

 

そう聞き返せば、横に居たミノル少尉が気まずげに答えてくれた。

 

「新設の部隊員として、大佐が宇宙軍と喧嘩をしてまで引き抜いてきたと聞いていたので…」

 

その返答に盛大な溜息を吐くと、エンマは事の真相を伝える。友好的だった人間から嫌悪の目で見られるのは嫌だが、誤解をそのままにして後に露見した方が揺り戻しが大きい。今ならまだ出会って数分の間柄だ、それ程堪えないだろうと思いながら。

 

「私達は義勇兵…連邦からの寝返り者なのよ。宇宙攻撃軍で風当たりが強かったのを大佐が見かねて拾ってくれたの」

 

「なんだ、そうだったんですね」

 

「私達と同じくらい…失礼ですが中尉、よくお使いになる装備はありますか?」

 

「宇宙だと対艦戦闘が多いイメージですけど、実際はどうなんですか?」

 

覚悟を決めて話した内容をあっさりと流されてしまったことにエンマは面を喰らった。しかも変わらずに話しかけてくる少尉達に戸惑い、思わず口を開く。

 

「え、え?聞いていなかったの?私は義勇兵なのよ?」

 

「それは聞きましたよ中尉」

 

「もしかして鹵獲した装備をお使いだったのですか?大丈夫です中尉。聞きたいのはポジションとそこで使っていた装備の種類です」

 

「ええと、義勇兵の方は戦場に出ないなんてことありませんよね?あ、支援任務が多いという事ですか?」

 

「そうじゃない!」

 

見当外れの回答に思わずエンマは叫ぶ。そしてその様子に漸く察したミリセント少尉が、真面目な顔になり言葉を紡ぐ。

 

「出自が何処でも、中尉はジオンのために命がけで戦ったのでは無いのですか?であれば中尉は私達と何も変わりません。勿論、疑う方も居るでしょう。けれど私達はその必要が無いと思っています」

 

尤も、戦場に出ていないような私達と一緒にするな、と言われれば返す言葉もありませんが。そう苦笑しながら告げてくるミリセントの表情に、嘘偽りは見受けられなかった。故にエンマは絞り出すように質問を繰り返す。

 

「…何故?」

 

「簡単です。貴女が大佐に連れられてここに居るからです。あの人が信じたのなら、貴女は裏切れません」

 

その自信に満ちた物言いに思わず唖然としてしまう。大佐が見定めたから裏切らない、と言うならまだ解る。だがミリセントの言葉はそうでは無い。大佐の信頼を失うこと、それに繋がる行動をエンマは出来なくなる。そう言っているのだ。

 

「とんでもない所に来ちゃったみたい」

 

「ええ、間違い無くそれは保証します」

 

一介の少尉にそこまで言い切らせる大佐に目を付けられた。エンマはそれを喜ぶべきか、それとも嘆くべきか考える必要がありそうだと、溜息と共に胸中で呟いた。




夢見る少女では居られない。
すみません言いたかっただけです。


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第九十二話:0079/10/17 マ・クベ(偽)と暗躍

今週分です。


「ほら大尉さん、飯だよ」

 

「おお、有り難い」

 

差し出された包みを受け取ると、早速開いて中身にかぶりつく。質も量も足りないが、贅沢は言えないとアンドリュー大尉はボソボソのパンを咀嚼した。

 

「なにか、情報は?」

 

「駄目だな、メディアは完全に宇宙人共の言いなりだ」

 

そう言って一緒に持ってきていた新聞を男は放ってきた。机に投げ出されたそれの見出しは、どれも連邦に対して非難声明の演説をするガルマ・ザビの写真で飾られている。手元にあったリモコンを操作しテレビを点けてみても、やはり同じような内容を自称評論家達が、偉そうに語っていた。

 

「嘆かわしい…。彼等には良心が、連邦への恩義に報いようという心が無いのか?」

 

「所詮メディアなんて無責任で自己保身に固まった連中さ。だが、そんな奴らに影響力があることが問題だ」

 

「襲撃して止めることは出来ないだろうか?」

 

そうアンドリューが提案すると男は眉間に皺を寄せ、口を開く。

 

「難しいな。ここの所取り締まりが強化されていて、同志も随分捕まってしまった。正直大尉をジャブローへ送り届けられるかも怪しくなってきている」

 

「…っ!そうか。いや、無理を言ってすまない。そうならば遺憾だがリスクは避けるべきだろう。しかし、君達のような戦士に支援一つ出さんとは、ジャブローは何をしているのだ?それに私が居るというのに救出部隊が動く様子も無い。せめて我々の支援のために前線を動かし陽動くらいはすべきでは無いのか?」

 

そう漏らすアンドリューは、男がその様子を冷たい目で見ていることに気付かない。一頻りそれが続き、不満が和らいだ頃合いを見計らって、男が口を開く。

 

「色々と当たっているんだが、どうも大尉さんにジャブローへ戻って来て欲しくない奴が居るようなんだ」

 

「なんだと!?」

 

突然の告白にアンドリューは思わず立ち上がり男へ詰め寄る。その勢いに男は後ずさりながら続きを口にした。

 

「知っているだろう?ほら、ゴップ大将だよ。あいつは今ジオンとの和平工作に動いているらしくてな。連邦の英雄に戻られて主戦派が息を吹き返したら、あちらさんには厄介だろうからな。ジオンの手で大尉を消せれば僥倖とくらいは考えているだろうさ」

 

「和平だと!?馬鹿な!そんなもの敗北と同義では無いか!」

 

「ああ、だから、何としても大尉にはジャブローに戻ってもらって、ゴップを止めて貰わにゃならんのさ。さて、もう行くよ」

 

そう言って男は部屋を出て行くが、既に自分の世界に入り込んでいたアンドリューが気づく事は無かった。

 

 

 

 

「宜しいのですか?」

 

報告書の内容に満足していたオサリバンにそう秘書が問いかけてきた。質問の意図は察していたが、機嫌の良い彼は敢えて秘書のために口を開いた。

 

「質問をするのなら、何がどう疑問であるのか明確にしたまえ。上位者ならば察するが、下の者には伝わらん」

 

「失礼しました。あの連邦の大尉です。アレを戻すのは時期尚早では無いでしょうか?」

 

戦争の特需、それも両軍に物を売りさばいているアナハイムにとって、今は正に我が世の春だ。役員会でも施設の拡充、特に軍需向けの工場を増設すべきだという意見が日増しに強くなっている。だがオサリバンの意見は違った。

 

「浮かれているが、所詮特需は特需。熱狂はいずれ終わる。その時深みに踏み込んでいれば、それは人生の汚点にもなり得る」

 

この戦争はもう長くない。仮にあの大尉を使わず、主戦派の政治的支柱であるゴップ大将を排除しなければ、おそらく後1年は続けさせることが出来るだろう。しかしその頃までに上げられる利益は大したものでは無く、そしてその為の投資は間違い無く回収出来ない負債となる。

 

「軍需物資の増産?馬鹿げている」

 

戦争は変わった。新兵器であるMSが台頭したこの戦争。仮に連邦に勝機があれば、あるいは連邦に与する選択肢もあっただろう。しかしたとえ引き延ばしても、この戦争の結果は覆らない。ならばいつまでも熱狂に浮かれている場合では無い。戦後を見据えた準備こそ、今の社に最も必要な事柄であるとオサリバンは確信していた。

 

「MSは確かに魅力的だ、だがこの分野で先行するジオンのメーカーを我が社が出し抜くことはまず不可能だ。蓄積しているノウハウの量が違いすぎる。だが民需ならば我が社の一人勝ちだ」

 

ジオン側のメーカーが全力で軍需に傾倒している今、戦争を終わらせることが出来れば、戦後の需要はほぼ独占できる。そうなれば後は簡単だ。戦後に経営のおぼつかなくなったメーカーを資金力で買いたたけば良い。そうすれば労せず技術を獲得でき、双方が揃ったアナハイムは正しく地球圏を支配する企業として君臨するだろう。

 

「刹那的な大金に縋るのはビジネスではない、博打だ。そうは思わんかね?」

 

 

 

 

「全く運が無い、運が無いぜ、そう思うだろ?ベルデ?」

 

任務中だというのに全く口数が減らない兄にベルデ伍長は苦笑しながら返事をする。

 

「北米とアフリカ沿岸は完全にこちらの勢力圏だからね。船団を送るならこのルートしか残っていないから仕方ないよ」

 

大西洋のほぼ中央、連邦が唯一制空権を確保出来るそのルートに身を潜めていた彼等は、後数分で交代という所で敵の輸送船団を捉えた、捉えてしまった。

 

「交代前のちょっとしたサプライズだよ。幸い魚雷はたっぷり残っているし、華々しく戦果を挙げて基地で自慢をしてやろう?」

 

「お前は変なところで前向きだよな…。アップトリム3、方位修正…ターゲット、照準に捉えた」

 

「狙いは輸送艦?」

 

「いや、ヒマラヤだ。全部やるにゃ魚雷が足りんし、アレが居なくなりゃ味方の航空隊がやってくれるだろ」

 

ベルデの言葉に明日の天気について話すくらいの気楽さでノルトが返してくる。自分が前向きだというのなら兄は楽観的なのだ、だがそれで自分たちは上手く行っているとベルデは思った。

 

「射角30、1番から8番まで全発射管注水確認。3、2、1…発射!」

 

それまでの静けさが嘘のように、轟音を立てながら魚雷が放たれる。シュナーベルと名付けられたそれは、旧ソ連で製造されたスーパーキャビテーション魚雷と呼ばれる装備だ。その改良型である本装備は最高速度が400ノットを超え、射程である10000mを僅か1分で走破する性能を誇る。

そしてその速度こそ欺瞞手段にあふれた今日の海戦において、最も命中の望める手段だ。

 

「おし!逃げるぞ!」

 

言うなりメインタンクへ一杯に注水し、急速潜行を始めるアッガイ。今頃魚雷の航跡に敵も気付くだろうがもう遅い。程なくして弾頭重量600キロを誇るシュナーベルの着弾した音が水中に響き渡り、続いて重く鈍い金属の破砕音が海を満たしていく。

 

「おし、撃沈確実。ヒマラヤ1におまけで何か…多分駆逐が2、大漁だな」

 

念のためソナーで確認していたのであろうノルトの明るい声が届き、ベルデは大きく息を吐く。そして、自分が待機していた船室を撫でる。

 

「シュナーベル様々だね。それにこのゼーフントも。これを造ってくれたオデッサには感謝しなくちゃね」

 

「旧世紀のパクリだなんていう奴も居るけどな、使えるなら何だって良いさ」

 

海軍の設立初期――と言ってもまだ半年も経っていないが――から水中用MSに乗り続けているベルデはそう笑う。もしこれが旧式のゴッグやマリンタイプであったら敵船団にここまで近づけないだろうし、仮に近づいたとしてもゼーフントと呼ばれるこの外付けユニットが無ければ、あの様に一方的に攻撃する手段が無い。何しろ海軍の保有しているMSは全て水陸両用で、あの様に大型の魚雷を搭載する事が出来ないからだ。おかげで戦果はうなぎ登りだが、海軍MS隊、特にアッガイ乗りは休む暇も無いほど大車輪で出撃している。

 

「軍が海軍のシップエース基準を引き上げるのも解るよな。たしかあれだろ、こういうのをターキーシュートって言うんだろ?」

 

「また兄さんはそんな連邦かぶれな事を…」

 

轟音に紛れ、悠々と戦場を離脱しながらそんなことを嘯く兄を注意しながらベルデは考える。ここの所仲間内で戦果を挙げた者が増えている。それ自体は誇らしいことだと思う。一方で戦果が増え続けているという意味をベルデは冷静に捉えていた。

 

(装備が良くなったのは確かだ。けれど僕たちの技量が劇的に上がった訳じゃ無い。ならば、この戦果の増加は、即ち襲撃した回数の増加を意味している…)

 

それがどういう意味なのか。そんなことは子供でも解るとベルデは思った。

 

「これは、少し厳しくなるかもね、兄さん」

 

「あん?いきなりなんだ?ベルデ?」

 

ベルデの予想は的中し、その後海空問わず連邦の輸送部隊が激増する。

宇宙世紀0079、10月17日、連邦軍反攻作戦の炎は、既に燻りを見せていた。




年間ランキング1位になりました。いつも読んで頂き有り難うございます。
これからも無理せずやっていきますので、最後までお付き合い頂けますと幸いです。


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第九十三話:0079/10/20 マ・クベ(偽)の戦い

年間ランキング1位ありがとうございます投稿。


「なかなか良い艦みたいじゃないか。乗り心地は如何かな?シーマ中佐」

 

「リリー・マルレーンとはそれなりに勝手が違いますからなぁ。人員の練度もあまり高くないですし、暫くは慣熟に努めますよ、大佐」

 

「潜水艦隊に異動したクルーを戻せれば良かったんだが」

 

そう言って報告書を眺める。先日到着したもう一隻のザンジバル、正確にはその発展型でネームシップになっているケープタウン型一番艦、ケープタウンは、大気圏内での運用を主眼に手が加えられている艦だ。グリップと片足で射出されていたカタパルトはガンダムでおなじみの両足+カタパルトデッキに変更され、主砲も艦底側に二基配置されている。何より大きいのがミノフスキークラフトを搭載したことで、この図体で空中で静止出来たりするのだ。ちなみにリリー・マルレーンも後々こちらに改装される予定だが、現在はそのまま運用している。

 

「それは難しいでしょう。今じゃあいつらは海軍のホープですからね、引き抜いたら艦隊襲撃がおぼつかなくなるんじゃ無いですか?」

 

仰る通りです。ユーリ少将に一応聞いたら、持っていかないでくれって頭下げられたからな。

 

「暫くはアフリカへの物資輸送などに従事して貰おう。MS隊も同行して連携の確認もして欲しい」

 

「そうしますとあたしも彷徨くことになりますね。基地の守備が心配です」

 

「教導隊の方もあって、デメジエール中佐も常駐はできんからな。そうなると基地守備隊長が欲しくなるか」

 

簡単なのは今居る中隊長を昇進させて据え付けることなのだが。

 

「ダグ大尉かエリオラ大尉辺りを昇進させては?」

 

「二人とも固辞している。大隊長など分不相応だそうだ」

 

そこは見合った人間に成長して下さいと指揮官としては言いたいが、本人達が嫌がっているのを無理強いするのは良くないだろう。となれば。

 

「いつものだな」

 

 

 

 

「特務遊撃隊を寄こせ!?」

 

「ダグラス・ローデン大佐の部隊がキャリフォルニアで再編中であったと記憶しております。その隊を頂きたい」

 

必殺、上から許可は出ているぜ攻撃!タスクフォース編成のために人事権貰っているからね!これは存分に行使させて頂く。そもそも大佐に実働戦力MS1個小隊だけってのがおかしいだろ、正に宝の持ち腐れである。

 

「無理だ、諦めてくれ」

 

「はい、では早速…無理?」

 

「ダグラス大佐には再編の後、北米で大隊の指揮を執って貰う。想定よりも北米出身者や他のコロニー出身者に志願者が多くてね。彼等の受け皿になって貰うんだ。元々そう言った連中の面倒を見ていたダグラス大佐なら適任だろう?」

 

それは確かに。しかしそうか、ガルマ様は派閥に拘らずに人を使うことにしたか。まあ、支配地域が拡大してそんな悠長なこと言っている余裕が無いのかもしれんが。どちらにせよ良いことだ。

 

「成程、それでは無理ですな。さて、どうしたものか」

 

「大佐が兼任すれば…冗談だよ、だからそんな目で見ないでくれ」

 

いいや、今のは本気と書いてマジと読む目だったね。これ以上兼務とか死んじゃうよ?

 

「冗談はともかく、こうしてみるとやはり我が軍は人が全く足りていませんな」

 

兵士は恐らく連邦と良い勝負になってきているだろう。速成はされているが、それ程酷い内容ではないし、少なくともまだ徴兵になっていないというのが大きい。おかげで物が生産できないとか、生産できても精度が酷いなんてこととは無縁だし、配属される新人だって特別な理由でも無い限り、ちゃんと教育されて軍人になってから寄こされている。

けれど指揮官となると話は別だ。何せ出来てからの時間と規模が、文字通りに桁が違う。兵士より遙かに育成の難しい士官は、その積み上げてきた時間と規模こそがものを言う。そして天才1人が秀才100人に勝てるなんてのは、物語の戦争だけなのだ。

 

「正直地球方面軍はどの戦線も指揮官が不足している。引き抜きは難しいと思うぞ?」

 

ですよねー。

 

「お時間を取らせてしまい申し訳ありません。この件については総司令部にも相談してみることにします」

 

「構わないよ。人を送って貰えるなら是非ウチにも頼む。ではな」

 

さて、どうしたもんか。

 

 

 

 

「昇進…でありますか?」

 

唐突な辞令にガデム大尉は、生真面目な顔でモニターに映っているドズル中将へ問い返した。

 

「そうだ、本国で二日間の研修後、貴様は少佐に昇進。その後総司令部付の部隊へ配置転換になる…なんだ、その顔は?」

 

そう言う中将にどう返すべきか悩んだが、結局の所駆け引きが得意で無いガデムは率直に疑問を口にすることにした。

 

「はい、中将閣下。私は開戦以来特に戦果らしい戦果は挙げとりませんし、軍にとって特別評価頂けるような功績もありません。そんな私が何故突然昇進するのでありましょうか?」

 

ガデムの真っ直ぐな物言いが幾分感情を和らげたのだろう。愉快そうに口角を上げながらドズル中将が口を開く。

 

「軍が貴様の軍歴を評価した、では納得できんか?」

 

「年をくっただけで昇進できるなら、今頃総司令部は老人クラブになっているでしょう。これでも私は軍に一生を捧げてきました。その軍がそのような旧弊な存在だとは思いたくないのです」

 

批判とも捉え兼ねられない言葉を堂々と言い切る様に、ドズルは堪えきれなくなったのか笑い声を洩らした。

 

「貴様も損な性分だな。もう少し利口なら、もっと若くにこういう話もあったろうに」

 

言われたガデムは肩をすくめる。

 

「それが出来ていたら万年大尉などやっとりゃしません」

 

その返しが気に入ったのか一頻り笑った後、ドズルは呼吸を整えて説明を始める。

 

「貴様のそういう所を評価する奴も居るという事だ。安心しろ大尉。こいつは降って湧いた幸運でも無ければ、お前さんが訝しむような政治的駆け引きなんてもんじゃ無い。強いて言えば貧乏クジを引かせるための慰謝料というところか」

 

何一つ安心できない不穏なセリフを吐く上官に、ガデムがなんと返せば良いか迷っている内に話は進む。

 

「先日オデッサ基地が総司令部預かりになったのは知っているか?今そこで新規の部隊を編成しているのだが、生憎手が足りておらんらしくてな。貴様にはそこでMS部隊の指揮を執って貰いたいそうだ」

 

「お、お待ちください!閣下!」

 

現在の境遇からあまりにもかけ離れた待遇を提示され、ガデムはつい声を上げてしまう。

 

「MS隊の指揮ですと!?老いぼれを捕まえて一体なにを言っているのです!?」

 

そう叫べば、ドズルは意地の悪そうな笑みを浮かべ、口を開く。

 

「正直に言えば、俺も最初乗り気では無かったよ。だがな、聞いてみればこれは決して悪い話では無いように思えてな」

 

「どういう意味でありましょう?」

 

「面と向かって言うのは礼儀に反するが、正直に言って貴様はもう長くは務められんだろう?このまま行けば予備役でも後方の事務仕事が精々だ。だが、貴様の経験をそれだけで終わらせるのは如何にも惜しい」

 

退役時の階級が尉官で終わるか、佐官で終わるかは年金以外にも差が出てくる。佐官であれば指導教官だけで無く軍学校の講師としても働けるし、そうなれば教えられる内容も多岐にわたる。それこそMSの動かし方から部下の扱い、部隊の管理の仕方まで、ガデムがこれからの若者に伝えられることは幾らでもあるだろう。

 

「一兵卒から部隊指揮まで経験した貴様の経験は、軍の宝だ。みすみす捨てるのは正に損失だし、それを見逃したとあっては上に立つ資格は無いそうだ。どうだ、大尉。この仕事、受けてくれんか?」

 

「軍も中々に人使いが荒い。この歳でまだ学べと言われるとは思いませなんだ。閣下、是非ともその任務、このガデムにお任せ頂きたい」

 

そう言ってガデムは太い笑みを浮かべる。今から学べ?まだまだ楽はさせない?結構では無いか。老人としてただ隅で大人しくしている事を望まれるより、遙かに充実した人生だ。そう腹をくくったところで、ガデムは先ほどのドズルの言葉を思い出し、更に笑みを深める。

 

「しかし、閣下にそこまで啖呵を切るとは。オデッサの司令は随分肝が据わった男ですな」

 

「いや、思うにアレは少々ネジが外れているのかもしれんな。啖呵を切ったのは俺にでは無い、ギレン総帥に対してだ」

 

その返答に堪えきれずガデムは声を上げて笑った。どうやらこれからは、刺激的な生活になるようだ。そんなことを思いながら。




増え続ける登場人物。君は覚えきることが出来るか?
(作者は無理です)


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第九十四話:0079/10/26 マ・クベ(偽)と流転

今週分です


「大佐。暇を貰います」

 

入ってくるなりそんなことを言うエリー女史に俺はどう言うべきか迷ったが、取り敢えず思ったことから口にすることにした。

 

「女史、もう少し言葉のキャッチボールをしてください。それでは全く解りません」

 

良くそれで許可が下りると思ったな。そして何故そんな不思議そうな顔してんだよ。

 

「解りにくかったですか?」

 

ちげえよ!

 

「要求は理解できています。ですがそれでは許可できないと言っているのです」

 

「察しが悪いですねえ。そんなんじゃ…」

 

「もてなくても結構ですよ」

 

「いえ、気付きませんよ」

 

何言ってんだこの娘っ子は。まあいいや、それより何だって?

 

「それで、何故暇が欲しいと?開発関連は一息ついていますから融通は利かせられますが、理由も無しにとは言えませんよ?」

 

そう聞くと女史は窓の外へ目を向ける。つられて俺も外を見ると、真新しいゲルググが訓練場へ向けて移動している所だった。

 

「良い機体ですよね、ゲルググ。ネーミングセンスはどうかと思いますが」

 

それは言ってやるな。

 

「ええ。少々値は張りますが、それだけの価値はあると思いますよ」

 

新兵からベテランまで幅広く対応出来る癖の無い操作性に、高い基本性能。ジオンのMSとしては信じられない程余裕を持った設計であるため、拡張性も高いのに整備面も良好と、ぼくのかんがえたさいきょうのもびるすーつ!を地で行っている。尤もおかげでお値段はザクの倍近いのだが、経済規模の拡大に伴う国家歳入の増加によって、大きな問題になっていない。むしろ議会で早期戦争終結のために臨時予算の編成が可決されるくらいである。

 

「そのせいです」

 

「成程」

 

ゲルググの配備に伴い今後ドムの調達数は絞られていくだろうし、損耗した部隊はゲルググに置き換えられて行くだろう。つまりツィマッド社は看板商品が一つ消える訳だ。

 

「おまけに誰かさんが引き抜いてきた元連邦の技術者を使って、何やら企んでいるらしいじゃないですか?おかげでウチの首脳陣が顔真っ青にしてましてね。結局ヅダも不採用を覆せませんでしたし」

 

性能的にはゲルググと互角くらいまでは行っていたけど、ヅダは兎に角操作性が悪すぎるからなぁ。おまけに地上じゃホバーが出来ないから確実に機動力でゲルググに劣るし。

 

「それで女史を召還して新型の開発ですか?正直手遅れな気がしますが」

 

「どちらかと言えば、開発費がふんだくれる今の内に進められるだけ技術開発しておこうという狡っ辛い発想ですね」

 

この子は本当に物言いに容赦が無いな。

 

「ツィマッドには返しきれないほど恩があります。承知しました、明日の便で本国へ戻れるよう手配しましょう」

 

そう言うと女史は困った顔で頬を掻いた。

 

「あー。宇宙へは上がるんですが、行き先が違います」

 

何ですと?

 

「本国で無い?ではどちらへ?」

 

「ペズンです」

 

そう応えると、まだ荷造りが残っていると言ってエリー女史はさっさと部屋から出て行ってしまった。むう、そうか、ペズンか。

小惑星ペズン、ラグランジュ4、サイド6のご近所にあるジオンの工廠の一つだ。元々はサイド2建設の際にアステロイドベルトから引っ張って来た資源衛星だったのだが、一週間戦争で同宙域が暗礁化したのを良い事に接収。軍主導のMS開発拠点になっている。史実だと膠着した戦況打開という無茶振りに応えるために、良く解らんビックリドッキリメカの産地になっていたが、こちらでは普通に研究拠点として稼働しているようだ。先日ジオニックが、フィールドモーター方式の試作機を組んだのも確かここだったと記憶している。

 

「しかし、ツィマッドの新型か…」

 

もうね、これあれだって解っちゃいますわ、鈍い俺でも楽勝ですわ。…どう考えてもギャンなんだよなぁ。けど試作機ですし?ペズンで造ってるなら、まず俺に関係してくることは無いですし?何より白っぽ番長はパイロットごと鹵獲済みだ!勝ったな!ガハハ!

 

「邪魔するぞ、大佐殿…。どうした、頭でもイカれたか?」

 

腰に手を当てて高笑いをしていたら、部屋に入ってきたガデム・フォン・ベルガー少佐に可哀想な物を見る目で見られた。呼んだのはこちらとは言え、この爺様馴染むの早くないですかね?

 

「いや、少々愉快なことを考えていてね。何かトラブルかな、少佐」

 

「覚えることが多い以外は特に問題は無いな。まさか今更新型に乗ることになるとは思わんかったがね」

 

肩をすくめながら戯けてみせる少佐に、俺は笑いながら返事をした。

 

「性能も解らずに指揮はとれんだろう?それに少佐の腕も買っているんだ。是非その技術を広めて欲しい」

 

俺の嗜好からは外れるが、MSパイロットが白兵戦技能を持つことは絶対にプラスになる。特にガデム少佐は無手での格闘術すらMSでやってのける上に、その動きはパイロットに負担が少ないものが多い。恐らく加齢による体力の低下を無意識に庇ってのことだと思うが、それが却って体力の低いパイロット達が覚えるのに適したものになっている。ニムバス大尉やシン少佐のモーションデータは体力自慢ですらついて行けないからなあ。

 

「構わんよ。ここの連中は真面目で勤勉だからな。積極的で教え甲斐もある」

 

最近また賭けの繰越金が増えたらしいからね。

 

「それは結構。足りないものがあれば言ってくれ、なるだけ揃えよう」

 

 

 

 

真面目な顔でそう返事をする大佐へ敬礼し、ガデムは退出すると同時にこみ上げてくる笑いを抑えることが出来なかった。国防軍時代から軍に身を置いてきたガデムであるが、このオデッサは今までの経歴の中で間違い無く最高と言える環境だ。精強で勤勉な兵士に、充実した装備。物資も潤沢で飯も美味い。何かを教えるにしろ、指揮して戦うにしろ、これだけ与えられて結果が出せなければ、無能の誹りは免れないだろう。

 

「やれやれ、とんでもない男の下に来てしまったな」

 

そう口にはするものの。ガデムは実に良い気分だった。補給艦の艦長だった頃とは比べものにならない多忙さではあるが、自身が必要とされているという実感に繋がり、あの日以来、ぽっかりと空いていた胸に、灯がともる思いだ。

 

「悪いなゴードン。暫くそっちには行きそうに無い。愉快な話を沢山持っていくから、もう少しだけ待っていてくれ」

 

亡き友に呟きながら廊下を進むと、前からやって来た若い連中が、ガデムに向かって笑顔で敬礼をしてきた。

 

「こちらにおいででしたか、少佐殿。申し訳ありませんがお時間を頂けますでしょうか?」

 

聞いてきたのは禿頭のダグ・シュナイド大尉だ。後ろに居るのは同じ隊の若い連中だろう。先日ドムに乗り換えたばかりと聞いていたが、基地では最初にゲルググを受領した部隊だ。元を辿れば突撃機動軍の腕利きを集めた選抜部隊だという。正直どんな経緯があればこんな曲者揃いの部隊が出来上がるのか興味があったが、その中に自分も含まれていることにガデムは気付いていない。

 

「構わんよ大尉。何の用だ?」

 

「後ろに居るのはヴィンセント・クライスナー曹長とギー・ヘルムート軍曹であります。この二人は隊で最も白兵技能が優秀なのでありますが、是非少佐殿の技術を伝授頂けませんでしょうか?」

 

真剣な表情で聞いてくる大尉に思わずガデムは吹き出しそうになり、既の所で飲み込んだ。

 

(ほら見ろ)

 

指導を言い渡すどころか、先に向こうからやって来る。若い連中を見れば、どちらもやる気と期待に満ちた表情だ。ガデムは喜びを噛みしめるように口角をつり上げ、不敵に言い放つ。

 

「伝授は良いが、俺は見ての通り古い人間だ。当然教え方もそうなるが、その覚悟があるんだな?」

 

「はっ!少佐殿!」

 

「望むところであります!少佐殿!」

 

「言ったな!良し直ぐやるぞ!付いてこい若造!」

 

そう言ってシミュレーター室へ先陣を切って歩き出す。その道中でガデムは密かに決意する。老人と逃げるのは今日までにしよう。この若者達が一人でも多く生き延びられるよう、教えるという事を自らも学ぼう。自分はその為にここへ呼ばれたのだから。

 

(かかってこい、若者よ。わしの全部をくれてやる)

 

後にガデムの格闘術はその性質から、特に格闘技術を苦手とするものこそ覚えるべき技術として軍に普及していくこととなり、更にはMS教習課程における必須項目に追加されることとなるのであるが、それはまた別の話である。




バイバイ エリー。


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第九十五話:0079/10/26 マ・クベ(偽)と小康

そろそろですね。


「君の意見を聞きたい」

 

朝っぱらから軍の最高責任者とお話とか正直心臓に悪いと思うんですよ。出来れば次から午後の遅い時間にして下さいませんかね?数日前から連絡しておいて頂けるとマ、喜んじゃいますよ?

 

「徴兵への移行は宜しくないかと。確かに人的不足は問題ですが、今軍の求めている人材は頭数ではありません。プロフェッショナルです」

 

「それは解る。しかし現実問題として現有戦力では戦線の維持が手一杯だ。例の陳情は読んでいるだろう?」

 

陳情とは先日回ってきた海軍からのものだろう。端的に言えば敵の輸送が増大してるからもっと戦力と装備ちょうだい!って内容だった訳だが、その意味するところは深刻だ。何せ今の連邦軍が物資を貯めるのなんて攻勢準備以外にあり得ないからだ。

 

「一度や二度なら欧州も北米も耐えられよう。しかし三度四度となればどうか?」

 

「厳しいでしょう。現状確認されている輸送量から推察できる規模となりますと、二度の攻勢でこちらの予備戦力は払底します」

 

他の戦線から引き抜こうにもそんなことすれば今度はそちらが狙われる。

 

「それが解っているからこそのタスクフォースと例の作戦計画なのだろう?だが、アレは博打が過ぎる。成功すれば良いが、失敗すれば最悪地上での主導権を取り返されかねん」

 

ですよねー。

 

「つまり、どうあっても戦力の拡充は必須でありますか」

 

「そうだ、現在でも志願者は一定数確保出来てはいるが、必要数には到底足りん。特にMSパイロットは深刻だ」

 

MSは軍の中核だから兎に角数が要る。けれど旧世紀の戦闘機ほどでは無いにしろ、相応に適性を求められる上に、戦場での損耗も激しい。俺の知っている時代に比べて遙かに医療技術は進歩しているが、失った腕を生やしたりは出来ないし、死んだ人間を蘇らせることだって不可能だ。まあ、それ以外だと割となんとかなるあたり宇宙世紀の科学力はパナい訳だが。

 

「体力があればそれなりに務まる、と言う訳にはいきませんからな」

 

まあ、そんなのが通じたのは精々戦列歩兵くらいまでだろうけどね。そんな埒もない事に思考を飛ばしていると、窓の外をゲルググが通り過ぎていった。シールドに付いていたマークからして元マルコシアス隊の機体だ。あんな感じでギスギスしていたけれど、相応に隊に愛着があったようで、マーキングだけは残させてくれと懇願されたのだ。元々MSの適性重視で選抜されただけあって、今や基地でも海兵隊か元マルコシアスかと言われるほど技量の高い部隊になっている。おまけに何でも器用に乗りこなすので、新型が配備されると真っ先にまわされるようになっている。さっきのゲルググもセンサーとか追加した改良モデルだったし。

 

「…例えば犯罪者を集めた懲罰部隊はどうか?」

 

物思いにふけっていると眉無し閣下がとんでもねえ事言ってくる。

 

「人格面に問題がある方が練度の高低より悪いでしょう。特に地球はスペースノイドにとってストレスの多い場所です。現地住民に対し再犯などされては統治どころの話では無くなります」

 

「人の居ない地域に送り込めば良いだろう?」

 

ええ、史実の俺がそんなことしてましたね!

 

「最悪野盗になっても良ければ使える手ですな。自軍の補給線も危険になりますが、それならばまだ目の届くところで歩兵でもさせていたほうが…」

 

「どうした?」

 

ちょっとまてよ?

 

「閣下、MSの適性試験は今どのようになっていますでしょうか?」

 

「変わっていない。君もよく知る…成程、中々面白いことを考えるじゃ無いか?」

 

なんでその質問だけで俺の考えが解るんですかね?天才怖い。

 

「まずは私の所、それから出来ればキャリフォルニアでも試して頂きたい」

 

俺がそう言うとギレン閣下は顎に手を当てて目を瞑る。沈黙は僅かで直ぐに口を開いた。

 

「既存の資格と分ける必要があるな。やれやれ、まるでドライバーライセンスじゃないか」

 

「言い訳のしようがありませんな。ですがそれで戦力が増えるなら安いものです」

 

 

 

 

「お久しぶりです、ギレン大将。ご息災のようで小官も嬉しく思います」

 

そう逞しい笑顔で告げるガルマを見ずにその後ろへと視線を送る。自分が見られていることが解ったのだろう。副官と思しき青年は緊張で僅かに震えていた。

 

「ガルマ大佐、そのような挨拶は不要だ。それより大事な案件だ、人払いを」

 

「承知しました」

 

ガルマが視線で退出を促すと、青年は明らかに安堵した様子で部屋から出て行く。その様子を眺めていたギレンへすかさずガルマがフォローを入れた。

 

「すみません、兄さん。あれで普段は優秀なのです。総司令に目を向けられれば誰だって緊張します。どうか許してあげてください」

 

「ガルマ、お前の優しさは美点だが、優しさと甘やかすのは別だぞ?地球方面軍司令の副官をやらせるならば、もう少し精神的にも鍛えさせろ」

 

解りにくい言い方ではあったが、自分を心配してくれている事が解ったガルマは苦笑を返した。

 

「後で叱っておきます。それで、今日はどうしたのですか?」

 

「例の戦力増強についてだ。アレがまた面白いことを思いついたぞ?」

 

「またですか?普段何を考えて生きていれば、そうぽんぽん思いつくのか。一度コツを聞きたいですね」

 

「あれは趣味人だからな。案外お前も壺集めをしていれば閃くかもしれんぞ?」

 

「それも考えておきましょう。それで、彼の面白い案とは?」

 

ガルマの言葉にギレンは口角をつり上げる。

 

「限定免許、だそうだ」

 

「は?」

 

理解の追いつかない顔のガルマへギレンが語る。現在行なわれているMSの適性試験は宇宙空間での戦闘を想定した空間把握能力、認識力に対するテストが主である。しかし、地上限定ならばこれらの能力は大幅に緩和される。であるならば、本来の適性試験に落ちた兵士でも地上限定ならパイロットとして戦えるのでは無いか、と言うのだ。

 

「曰く、地上なら飛び跳ねこそしますが操作は車と大差ありません。だそうだぞ?あの化物の感性が一般人に何処まで通用するか解らんが、少なくとも徴兵する前に試す価値はありそうだ」

 

「成程、既に地上に降りている他の兵科に所属するものなら、最低限地上戦の常識もある。そして歩兵ならば比較的容易に兵士の補充も出来ますね」

 

「ああ、特に古参の多いキャリフォルニアとオデッサには選考に落ちた者も居るだろうからな、案外良質な金脈になるかもしれん。こちらでも希望者にはそちらのテストも受けられるよう取り計らう。ついてはお前達でテスト内容の選定をして貰いたい。出来るな?」

 

不敵に笑いながらそう命じてくるギレンにガルマは笑顔で応じる。

 

「承知しました。ですが宜しいのですか?マ大佐だけに任せれば、功績は彼だけのものになるのでは?」

 

その物言いにギレンは愉快そうに笑った。

 

「お前を巻き込むよう進言してきたのは他でもない大佐だよ。何故か解るか?」

 

そう言われガルマは一呼吸考え、持論を口にする。

 

「キャリフォルニアも同時に進めれば早期に戦力の拡充が進められます。自身の功績よりも軍の実を取った…でしょうか?」

 

「だけでは無い。地球方面軍司令のお前を無視して戦力についての拡充計画を立てたとなれば、面白く思わん連中が要らん騒ぎを起こすだろう。そうなれば導入も時間が掛る上に、参加者も減る可能性がある。アレは嫌われ者だからな」

 

笑いながらそう話す兄に、ガルマは溜息を吐いた。事実マ大佐は敵も多い。何しろ気に入らなければ、この兄にすら噛みつく男である。相手が誰であろうと平気で批判するし、部下を不当に扱っていると感じたら部隊ごと引き抜いていくような事をするものだから、やられた連中からは蛇蝎のごとく嫌われている。しかも大抵被害先はこちらの派閥に属している連中だから、中には大佐を親ダイクン派の急先鋒だと批難する者まで居る。冷静に見れば、気に入らないものに手当たり次第噛みついているだけだと解るし、噛まれている連中は、元々素行に問題がある者ばかりだ。加えて大佐の行動が軍のデメリットになったことは(信じられないことに)今まで一度も無い。そのため兄達も姉も大佐を庇っているのだが、その庇われているという事実さえ、マ大佐が嫌われる要因になっている。

 

「口さが無い者にはザビ家の狂犬などと呼ばれているようですからね。一番噛みつかれているのは我々だと思うのですが?」

 

特によく噛みつかれる姉と一つ上の兄などは通信のたびに愚痴をこぼしている。

 

「だから狂犬なんだろうさ。なに、ああ見えて弁えて噛みついている。致命傷になる傷はつくまいよ」

 

その返事に再びガルマは溜息を吐く。致命傷寸前までは噛みつかれそうだと考えながら。




衝撃の事実:マ・クベ、嫌われ者だった。


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第九十六話:0079/10/29 マ・クベ(偽)と選定

今月分です


提案が承認されて早くも三日が経ちました。思いついた次の日には実施命令が来るとかフットワーク軽過ぎませんかね?

 

「基本的にゃあ、月面制圧プログラムを基にすりゃあ良いだろう。重力設定を1Gにしてだな」

 

「特殊部隊の選抜じゃないんだ。基本さえ押さえておきゃいいんだよ。地形への対応?そんなの所属基地で変わるんだから配属後の追加課程にしな」

 

本日、オデッサはシミュレーターの管制室からお伝えしております。地球用のMS適性試験プログラム作るよーって話したら、ガデム少佐とシーマ中佐がノリノリで付いてきた。ちなみにデメジエール中佐は絶賛シミュレーターの中である。

 

「いや、今更MSと言われても…」

 

なんて言っていたが、始まってみればなかなかノリノリである。

 

『大佐の言うほどじゃないですが、確かにこれなら一応動かせますな』

 

最初こそおっかなびっくりゲルググを動かしていたが、今ではホバー機動から射撃までやっている。相手は静止目標だし中佐も動きが単調だが、少なくとも動かせてはいる。尤も、MS組の二人はあまり満足していないようだが。

 

「ホバーは、平面での運動ですからね、選択肢が増えただけで基本的に何か車両にでも乗っている経験があればそれほど難しくはないでしょう」

 

「三次元に比べりゃ縦軸の選択肢が大幅に制限されるしな。上下への警戒が少なくなるだけでかなり負担は減る。拠点間も基本的には平面だし、何より目標になるものが地上は多い」

 

MSの適性において、最も重視されるのが空間把握能力だ。何故かと言われれば、当然戦闘中、相手と自分の位置を正確に判断できる方が有利だからと言うのもあるが、それより重要な意味があったりする。

 

「「いやあ、地上は楽で良い」」

 

MSは兎に角動き回る。戦闘機でも巴戦は発生するが、その比ではないくらい複雑に運動するMSは殊更空間識失調を起こしやすい。おまけに戦闘中はミノフスキー粒子を溺れるくらい撒くのが現在の常識なので、電波による誘導が受けられない。しかも宇宙だと自分が静止しているのか、移動しているのかすら認識できなくなる場合すらあるため、この空間認識能力が高くないと、あっという間に迷子になってしまうのだ。ちなみに、ベテランでも相応にこの状態になるのだが、その場合どう帰るのって聞いたら、天測だって返された。地味にアナログである。

 

「地上ならMSもなかなか悪くないですな、俺は戦車の方が性に合ってますが」

 

シミュレーターから降りてそう笑うデメジエール中佐を見ていた二人が半眼になって突っ込んだ。

 

「中佐、ありゃ完全に戦車の動きだよ。縦軸への機動なんて障害物を避ける以外使ってないじゃないか?」

 

「お前さんの動きじゃ、ここの連中なら5分とかからず蜂の巣じゃよ。まあ初回と考えれば及第点だがね」

 

「…いいんだよ、俺は戦車乗りなんだから」

 

「まあ、人間誰でも得手不得手はあるからな。しかしこれで適性試験に一度落ちた者でも、地上限定ならやれそうだと証明できたわけだ」

 

そう言ってむくれる中佐に笑いかけながら結論づける。

 

「技術そのものは訓練次第である程度どうとでもなりますからね。しかし我が軍も贅沢な軍になりましたなぁ」

 

「だな、まさかMSより人が足りないなどと言える日が来るとは」

 

史実でも同じような事言ってましたけどね。向こうは人的資源が払底してだから全く意味が違うけど!

 

「暫くは歩兵部隊を中心にパイロットへの転換試験を受けてもらう。本人の希望は可能な限り聞くつもりだが、基本的には適性があればMSパイロットになってもらう予定だ」

 

「歩兵はかなり過酷ですからなぁ、基本的には転向するでしょう」

 

「そうなると補充は基本的にパイロット以外が多くなるのかの?歩兵部隊からあまりベテランを引き抜くと都市制圧が難しくならんか?」

 

市街地の占領や、占領後の都市の維持など、どこまで行っても歩兵は必要な兵種だ。けれど現状からすれば、ある程度縮小しても問題ないというのが総司令部の見解だ。

 

「欧州と北米の統治がかなり良好だからね。歩兵部隊はかなり余裕があるのだよ。何より例の放送で大半の地域はこちらに友好的だ」

 

北米なんて現地民の元警官とかに武器を返して治安維持に参加してもらってるらしいからね。ユーリ少将がうちじゃまだ無理だってぼやいていた。クルスト博士は割と死んだ方が良いMADだが、少なくともこの件ではジオンは感謝すべきだろう。

 

「今後戦線にMSが充足すれば、次いでパトロール隊を対象にする予定だ。その次は砲兵隊だな」

 

パトロール隊は、降下作戦当初、偵察部隊として連れてきた軽車両を装備した部隊だ。しかし、戦線の拡大に伴って空いてしまった隙間を埋めるためにその軽車両のまま哨戒任務についている。中でも信じられないのがワッパとかいう不思議装備に生身の人間を乗せて走らせまくっているのである。パイロットスーツは優秀であるが、ライフル弾に対する防弾能力なんて無いし、機体も非装甲。下手しなくても相手に見つかれば命はない感じである。モーター駆動で静かで小さい!偵察に最適!みたいな売り文句らしいが、人一人と機体を浮かせるだけの風圧は滅茶苦茶埃を巻き上げるので、正直同じモーターでバイクかバギーあたりを動かした方が見つかりにくいと思う。地形対応能力は認めるが。

 

「元々パトロール隊はMSの不足を補うためですからね」

 

「砲兵隊はどうなんです?ありゃ替えがきかんでしょう」

 

「砲兵隊に関しては、むしろ装備をMSに更新する予定だそうだ。うちにも試作機を送るからテストするように連絡が来ている」

 

そう言って俺はガデム少佐に端末を見せる。そこには680ミリ単装砲とかいうタカミ中尉が見たら喜びそうな文字が並んでいるが、見たガデム少佐は顔を引きつらせていた。

 

「MSにダブデの主砲を載せるのですか?」

 

「正確に言えば、砲弾を共有するだけで砲そのものは新規開発だな」

 

最初から射程を割り切って軽量化している。

 

「機体名は…YMS-16、ザメル、ですか。これの運用なら今までとそう変わらんでしょうな。とすると、転向させるパイロットはこれの護衛ですか?」

 

「一応砲戦用MSに乗せてひとまとめで運用、と言っているがそうなるだろうな。現状砲戦用となるとドムのキャノンタイプだが、あれは曲射が出来んし、出来る装備を積んだとしても680ミリと射程を合わせることは無理だろう」

 

「うへ、こりゃまた派手なMSですな?」

 

「せっかくですからデメジエール中佐、乗ってみたらいかがです?今日のシミュレーターで限定資格は貰えるんでしょう?」

 

面白そうに言うシーマ中佐に俺は頭を振った。

 

「大口径砲の搭載という点以外この機体とヒルドルブの共通点はないよ、シーマ中佐」

 

そもそも砲兵向けと言うだけあってザメルはほぼ装甲が無い。重量の大半は主砲とその砲弾で正に古き良き砲運搬車である。無論ヒルドルブのように装甲も持たせようと思えば持たせられるだろうが、その場合重量は今の数倍になるだろうし、そうなれば推進器も大型化する。となれば機体サイズがさらに大きくなって…という悪循環が始まるわけだ。ヒルドルブの場合、これを搭載砲の口径という形で妥協している。ザメルの半分の口径というのは、あのサイズと重量で抑える上で選択しうる最大級のサイズだったのだ。

 

「全高も高いし、装甲も無い。正に自走砲ですな。まあ、100キロで動き回る680ミリと言うだけで十分な脅威ですが」

 

「成程な、そりゃ破城鎚のヒルドルブとは勝手が違いますな。さしずめこいつは遠投投石機と言うことですか」

 

そんなことを言いながら何度も頷くガデム少佐。古めかしい例えだけど、そういうの好きなのかな?

 

「さて、世間話はここまでだ。シーマ中佐、ガデム少佐、すまないが引き続き調整を頼む。デメジエール中佐はシミュレーターの感想をまとめてほしい。思ったことや感じたことは些細なものでも挙げてくれ。君たちの働きが兵士の命を左右するぞ?」

 

 

 

 

「今度はMSの適性試験?おいおい、うちの軍はずいぶん羽振りがよくなったじゃないか?」

 

貼り出された通達を読みながらギャル軍曹は口笛を吹いた。パトロール隊唯一のMSパイロットである彼は先日ドムを受領したばかりだ。

 

「転向は歩兵部隊から優先らしいですけどね。適性だけ先に見て、シミュレーター訓練だけ先行するみたいですよ」

 

「相変わらず耳が良いなソル」

 

「パトロール隊は規模は変えずに純粋にMS配備数を増やす方針みたいですね。ワッパ乗りが減らされるってクワラン曹長がふてくされてましたが」

 

クワラン曹長は開戦直後からワッパに乗り続けているので、その分愛着も強いのだろう。その様子が容易に想像できてしまい、ギャル軍曹は思わず苦笑した。

 

「まあ、MSに乗れるかは試験結果による訳だしな。それに乗ってみれば案外気に入るかもしれないぞ?特にドムは最高だ」

 

そう言いながら自機であるドムが如何に良い機体であるか熱心に語ってくれるギャル軍曹に笑顔で対応しながら、ソル伍長はクワラン曹長のことを考えていた。

 

(曹長、変な方向に突っ走らなきゃ良いけど)

 

後日、彼の心配は的中し、暴走したクワラン曹長がより高性能なワッパを陳情し、何故かそれが巡り巡ってオデッサ基地司令を悩ませることになるのだが、見事テストに受かったソルには関係の無い話なのだった。




ワッパとか怖くて乗る気になりません。あんなんで走り回るジオン兵マジクレイジー。


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第九十七話:0079/10/31 マ・クベ(偽)と試験

感想7000件突破有り難うございます更新。


ガウから降ろされるパーツ群を眺めながらため息を吐く。何でうちの開発部は、こう、満点をつけられない装備を送ってよこすのか?

 

「資料通り馬鹿でかいですなあ」

 

俺の間抜け面が可笑しかったのか、楽しそうに笑うシーマ中佐。今は部下の訓練と言うことで中佐不在でも問題なく部隊が動けるよう、わざと基地に残留している。時折通信室で彼女の叱責が聞こえるから、まだまだ向こうも時間がかかりそうだ。

 

「笑い事では無いよ中佐。連中はこれをどう使うつもりだったのか」

 

そう言って手元の端末を立ち上げ、もう一度ザメルのスペックを確認する。全備重量121.5t、最高速度99km/h。ここまでは良い。

 

「全高、27メートル。台無しだな」

 

ザメルは重い、そして遅い。いや、この巨体を100キロで動かせるのだからすごい技術力ではあるのだが、三倍以上の速さのドムだって戦場までわざわざ自力移動なんてさせない。つまり輸送機なりなんなりに積むわけであるが。

 

「分解しないと載せられない?しかもでかくて通常のハンガーでは組めない?何がどうなったらこれで開発承認を通るんだ!?」

 

いかん、最近ゲルググとかで順調だったから完全にノーマークだったわ。なんかワッパの改善もしろとか訳わかんねぇ命令も来てるし。あれか、開発部は俺に恨みでもあるのか?

 

「取り敢えず組んで性能試験だけでもしておきましょうかね?改善要望はそれと一緒でも遅くないでしょう?」

 

「正直乗り気がせんな」

 

さて、オデッサはこう見えて新兵器の運用試験を任されると同時に、それの評価や運用方法の模索、果ては機体そのものの改善まで担当している。そんなところへ他の開発チームが設計製造した機体が持ち込まれるとどうなるか?

 

「この!砲を!造ったのはだれだぁ!!!」

 

ザメルは優秀な整備班が組み上げてくれました。整備班のMS全力稼働でも半日掛かったけどな!こんなん絶対戦場じゃ組めねえよ。ぐんにょりとした気持ちになりながら取り敢えず射爆場へ運んで一発撃った途端。ニコニコと付いてきていたタカミ中尉が般若の形相で絶叫した。うむ、さもありなん。ぶっ放した瞬間チャンバー付近のあちこちから吹き出す燃焼ガス。どうやら射撃時の制御用に意図的に漏らしているっぽい。しかも無反動砲と見紛うほどあちこちへガスを盛大にばらまいているせいか、長砲身の割に随分初速が遅い。にもかかわらず発砲した瞬間、砲全体が盛大にぶれるものだから、初弾はあさっての方向へ飛んでいった。

 

『大佐、この砲まっすぐ飛ばんぞ?』

 

砲撃NTのデメジエール中佐でも無理か。

 

「取り敢えず当たるまで撃ってくれ」

 

『どんな罰ゲームだ…』

 

切なそうな声で返事をした後、中佐は黙々と射撃を行う。射爆場にでかい穴が9個ほど出来たところで漸くターゲットに命中する。

 

「威力は申し分ないですな」

 

「威力はな。デメジエール中佐、次は曲射を試してほしい、いけるか?」

 

のんびりそんなことを言うシーマ中佐にため息混じりの返事をしながら、そうデメジエール中佐に聞くと、中佐はなんとも言えない声で返してきた。

 

『あー、大佐。すみませんが弾薬がありません。補給願います』

 

俺は黙って持っていたクリップボードを地面に叩き付けた。

 

 

「よし、諦めよう」

 

一応あの後、走行試験や模擬戦なんかもしてみたが、結論からすると、何をやらせるにも中途半端、という答えで落ち着いた。落ち着いてしまった。

長距離砲撃をさせるには精度が足りず、かといって近距離で使える装甲は無い。そして中距離で撃ち合うには携行弾数が不足している。まあ、最後のは砲口径がでかい分仕方ないのだが。

 

「兎に角砲が問題外です。あれを造った奴は火砲をなめてますね」

 

研究こそしてたけど、実際に陸戦兵器を運用するのは今回の戦争が初めてだからね。トンチキな発想にたどり着くのも解らなくは無いが。

 

「今回の件はこちらからの要望も悪かったな」

 

正直今回は全てのタイミングが悪かったと言えよう。元々地球方面軍は、戦力の不足を補充では無く、兵士の多能化で補おうと考えていた。つまりMSを多機能化することで一人で歩兵から戦車、砲兵までこなさせてしまおうという考えだ。本当にマルチロールが好きな連中である。んで、MSに砲兵の仕事をやらせようと、件のザメルが出来上がるわけだが、ここで重大な落とし穴があった。近代史を紐解くと解るのだが、技術の進歩で境界があやふやになったり、兼務できるようになったりもするが、実は砲兵とくくられている連中も細かく分けることが出来る。大雑把な分け方をするならば、前線で戦う味方を支援して敵を吹っ飛ばす直接支援砲兵と、長距離砲や長距離ロケットで敵の後方を直接叩く全般支援砲兵に分けられる。同じ砲兵と言っても運用が全く違ってしまうのだ。話をザメルに戻すと、開発部は砲兵と聞いて後者を想像した。だから最低限不足しない機動性以外は砲火力に全振りした、文字通り動ける砲を造ったのだ。ところが、前線が欲しがっていたのは違う物だった。MS部隊に随伴して直協支援してくれる、砲兵の仕事も出来るMS、言うなれば突撃砲のような物が欲しかったのだ。オイオイ、何だいこいつは?こんなでかくてノロマな塊がMSだって?ムンゾでキドニーパイを焼いているママだってもうちょっと面白いジョークを言うぜ?HAHAHA!と、言われたかは知らんが、兎に角軽量化、小型化、装甲化と開発部が思っていたのと全く違う要求が追加され、今に至るという訳だ。正直初期設計案のものなら、砲兵隊の装備としてかろうじて及第点が出せそうなのだが。

 

「ガウで運べないのでは展開力が致命的だな、これならギャロップでいい」

 

「直接支援には、絶対的に装甲が足りません。ヒルドルブの砲塔を固定式にして突撃砲仕様でも造った方がマシでしょう」

 

そうなんだよなあ。このサイズなら砲兵としてはギャロップがあるし、前に出すならヒルドルブがある。自走砲として使うにしても、ガウに搭載できるヒルドルブを改造した方が、遙かに使い勝手が良いだろう。…うん、決めた。

 

「アサーヴ大尉、タカミ中尉。ヒルドルブベースの自走砲を検討して欲しい。砲はこれと同口径、それ以外は君に任せる」

 

「「了解であります」」

 

「あのー、大佐。するってえとコイツはどうするんで?」

 

それまで黙って聞いていたゲンザブロウ氏が、そう言ってザメルの映されているモニターを指さした。うーん。どうしよう?

 

「ここに有っても場所を取るだけですし、キャリフォルニアに送り返そうかと考えていますが。どうしたのです?」

 

「いえね?これだけ余裕のあるプラットホームはそうそう無いもんですから、出来れば技術検証用に頂けないかなと」

 

以前言ったとおり、本来機体の改造に関しては軍の承認が必要なのだが、ウチは総司令部預かりになったと同時に、陸戦兵器限定ではあるが、機体の改造が認められている。当然報告は必要であるが、基地所属になった機体に関しては割と好き勝手に出来るのである。ここの所ひたすらゲルググの受け入れとドム、グフⅡの改造ばっかだったから完全に失念してたわ。

 

「確かに試作装備の試験なら使えますか…」

 

足回りは基本的にドムからの流用だし、ジェネレーターや制御系もまんまっぽいな。つうかこいつ、この形でジェネレーター1080kWしかねえのかよ。本当に砲戦特化なんだな。

 

「良いでしょう。ついでですからどうせなら一回り小さくなりませんか?」

 

一々運ぶときにばらさにゃならんとか面倒すぎる。

 

「はあ、一応やってはみますが期待せんでくださいよ?」

 

はっはっは、何をおっしゃる。

 

「ゲンザブロウ氏達の腕はよく知っていますからね。存分に期待させて頂きますとも」

 

 

 

 

「おう、ハカセ、嬢ちゃん。前話してた装備の件なんだけどよ。機体の方、都合付きそうだぜ?」

 

シミュレーターの対戦結果を相手であるマリオン少尉と、同伴していたフラナガン博士の二人とハマーンが食堂で話していると、中年の男性、ゲンザブロウ・ホシオカ技師が話しかけてきた。見た目も性格も文字通り頑固親父なゲンザブロウであるが、年若い女性には弱いらしく、いろいろとお願いを聞いてもらっている。先日などオーガスタの子供達が退屈だというので、彼にお願いしてフラナガン医療センターオデッサ支部の内部にMSのシミュレーターを設置してもらったほどだ。順番待ちが出来るほど人気なので、正規のシミュレーターを使えるハマーンやマリオンはこうして基地のものを使っているが。

 

「随分急ですな?確か、今のMSではサイズが足りないと言う話だったのでは?」

 

「ええ、大佐が面白いもんを貰って来ましてね。それが使い物にならんってんで、折角だから貰っちまおうって寸法です」

 

そう悪戯小僧のような笑みを浮かべながら喋るゲンザブロウに、フラナガンはむしろ納得したような表情になっている。

 

「成程、物も人も集まるオデッサは開発者にとって実に良い環境ですな。早速地上用の試作ユニットを送らせましょう」

 

「こっちは先に頂いてる図面で大凡の調整をしときます。やったな嬢ちゃん。専用機だぞ?」

 

「はい!ありがとうございます!おじさま!」

 

そうハマーンは満面の笑みで応える。その様子を黙って眺めていたマリオンは、密かにため息を吐き、これからのことを考えた。

 

(さて、どう報告すれば、大佐の胃に一番負担が掛からないだろう?)

 




ザメルの燃焼ガスについてはロボ魂を検索してみよう!
全く関係ないですがクロスレイズ攻略中です。え?イベント海域?何に事かなあ?


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第九十八話:0079/11/02 マ・クベ(偽)と波及

連続更新なんてしない!
もうすぐ百話とか全然実感がありません。


「彼女の容体は如何です?」

 

集中治療室に入れられた女性をガラス越しに見ながら、俺はフラナガン博士にそう聞いた。

 

「良くありませんな。生きていますが、それだけとも言えます」

 

全身にチューブやらコードやらを取り付けられている彼女は、先日ムラサメ研究所を襲撃した際に見つけてきた、唯一の生存者だ。年の頃は10代後半から20代前半。アッシュブロンドの長い髪、個人を示す物は一切持っていなかった上に、この通りずっと意識が戻らないので、名前すら解らない。

 

「かなり投薬の形跡があります。検査の結果では肉体より精神…言ってしまえば脳へ影響のある薬物が多く使われています」

 

「続けてください」

 

俺が促すと、博士は一度深呼吸をして口を開いた。

 

「以前、私たちの研究所でも行っていた施術です。脳内伝達物質の受容を意図的に阻害して鬱状態にし、人為的に高ストレスな状態を作るのです。この状態になりますと、ニュータイプの素養を持つ者は特定の脳波…我々がサイコ・ウェーブと呼称しているものを強く発生させます。この状態を長時間維持する事で、人為的にサイコ・ウェーブの出力を上げることが出来るのですが…」

 

聞いてるだけで体に悪そうだ。

 

「当然ですが、脳に負荷をかけ続けるわけですから、記憶障害や人格障害、最悪脳死もあり得ます。残留量からするとギリギリまで投薬されていたようですね。覚醒しても重い障害が出る確率が高いですし、最悪このまま目覚めない可能性もあります」

 

「何とかしたいですな」

 

やつれてはいるが美人さんだ。彼女を実験の被害者としてメディアに登場させることが出来れば、ますます反連邦の気運が高まるだろう。お手軽に敵の士気をくじけるなら、彼女の治療に掛かる費用なんて安いもんである。

 

「正直これ以上となると本部の施設を使う必要があります。それでも快復する保証はありませんし、その、言いにくいのですが費用もかなり掛かります」

 

「できる限りのことはして頂きたい。それに費用と言いますが、まだMS1機分も掛かっていないでしょう?費用の話は軍艦クラスになってから考えましょう」

 

偽善だって解ってるけどさ。最後が実験動物として使い捨てなんて、あんまりじゃ無いか。

 

「…では、その前に一つ試させて欲しいことがあります」

 

決意をした表情でそう口にする博士に、俺は少し緊張しながら問い返す。

 

「何か方法がある、しかし相応にリスクがある…と考えてよろしいですかな?」

 

「はい。さらに言えば成功の保証もありません」

 

「しかし、博士が提案する程度には賭けてみたくなる方法であると。お聞かせ願えますか?」

 

続きを促せば、博士は重々しい口調でその内容を話し始める。

 

「ニュータイプが、サイコ・ウェーブを用いて知覚を行える事はお話ししましたね?それを使います」

 

成程、ニュータイプ同士の共鳴現象を応用して、失われている彼女の人格に呼びかけようって訳か。でもちょっと待って欲しい。

 

「失礼ですが、それは実行するニュータイプも危険なのでは?」

 

「はい、昏睡状態になるほどの負荷を受けた人格にアクセスするわけですから、極めて強いストレスを受ける事になります。さらにニュータイプとしての能力も相応のレベルが要求されるでしょう」

 

ニュータイプの能力は大まかに伝える力と受け取る力の二種類が確認できるらしいが、その両方が高くないと難しいとのことだ。ちなみに今オデッサにいる人間だとギリギリハマーンが候補になるかならないからしい。ただし彼女の場合精神的に未成熟なので感応した段階でストレスに耐えきれず、ハマーン自身が精神崩壊してしまうリスクが高いという。おいおい、そんな危ない方法、誰にやらせるって言うんだよ。

 

「心当たりは一人居ます。本部に所属している、ララァ・スン少尉です。彼女なら、あるいは」

 

 

 

 

「こんにちは、少佐。今日もパトロールですか?」

 

そう言ってララァは、ロビーで待っていてくれた少佐に笑顔を向けた。週に一度、補給のために立ち寄るついでに顔を出してくれる彼の来訪を、指折り数えていることは秘密にしている。

 

「ああ。一週間ぶりだ、元気にしていたかな?ララァ」

 

そう笑いながらシャアは手に持っていた箱を渡してくる。受け取ったララァの鼻孔をバニラの甘い匂いがくすぐったので、おそらくケーキか何かだろう。

 

「ここはとても平和ですから。でも、いつもお菓子を頂いていているから少し体重が増えてしまいました」

 

「そうなのか?とてもそうは見えないが。迷惑だったかな?」

 

そう言って本当に不安を滲ませるシャアにララァは慌てて言葉を続ける。

 

「迷惑だなんて!こうして来て頂けるのをとても楽しみにしているんですよ?」

 

「それは良かった。本当はもっと顔を出したいのだがね。任務がある以上そうもいかない」

 

それでも以前に比べれば余裕があると、シャアは口にした。表向き中立となってはいるが、既に例の放送で世論は親ジオンに傾いており、特に宇宙ではその傾向が顕著だ。さらに言えば軍でもサイド6に寄港することを奨励している。軍人が上客として金を落とすことで、サイド6の経済が活性化するのを期待してだ。当然慈善事業でも何でも無く。活性化した経済が消費を増大させ、その需要にジオン本国が応えることで経済的に取り込もうという魂胆があるわけだが。ともかく金払いが良いジオン軍人はサイド6で人気者だ。シャア自身もいくつか得意先と言える店があるし、今日買ってきた焼き菓子もその店の新商品だ。ただ、同じ宙域は幾つかの艦隊がローテーションで哨戒しているため、シャアが寄港出来るのは週に1回だ。

 

「良いんです、少佐。ただ、お辛いときは言ってくださいね?私でも愚痴を聞くくらいは出来ますから」

 

「君にそんなことをしたら施設の職員ににらまれそうだ」

 

「まあ」

 

そうシャアが肩をすくめれば、ララァは可笑しそうに笑顔を返す。戦時とは思えない穏やかな空気は、しかし一本の連絡で破られる。

 

「失礼します、ララァ少尉。フラナガン博士から緊急の相談があると連絡が来ております」

 

「所長から?珍しいですね、何かしら?」

 

「なんでも、例の施設で保護した女性の治療を手伝って欲しいとか。詳しくは直接お話しください」

 

「了解しました。少佐、折角来て頂いたのにごめんなさい。少し席を外しますね?」

 

「いや、私のことは気にしなくて良い。早く行ってやりなさい」

 

たった一本の連絡、一人の女性を救う。そのために取られた行動が、後の歯車を大きく狂わせることになることに、今は誰も気づいていなかった。

 

 

 

 

「滞在期間を延長して欲しい?いきなりどうした?」

 

勤務時間終了間際に入ってきた部下からの連絡に、ドズルは怪訝な声を発した。赤い彗星からの連絡だというので出てみたが、その内容が休暇申請であるとはいささか肩すかしを食らった気分だったからだ。だが、シャア少佐はいたって真剣な表情だった。

 

『申し訳ありません閣下。実はフラナガン医療センターである実験が行われるのであります。その実験に是非立ち会わせて頂きたく、このような願い出をした次第であります』

 

「ふん…実験な?」

 

ドズルは情の厚い人間であるが、軍人としてはリアリストである。戦いに信条はあれど美学は求めないし、ましてオカルトに縋るような事は恥ずべき事だとすら考えている。故にキシリアがニュータイプの研究を始めたと聞いたときは、思わずその予算で艦の一隻でも造れと不平を漏らしたほどだ。

 

『はい、ニュータイプの相互理解能力を応用した実験…正確には医療行為とのことです。例の研究所で保護した女性の治療に使うとのことです』

 

「つまり?」

 

『この実験が成功するのならば、ミノフスキー粒子下での通信問題がクリアー出来ます。これは我が軍に取って極めて重大な事柄であると愚考いたします』

 

少佐の言葉にドズルは腕を組み考える。シャアの言うとおりならば、MS単位での連携も容易に行える。その恩恵はミノフスキー粒子をよく知るジオンの軍人ならば痛いほど解るだろう。何しろこちらだけが一方的に組織だって戦えるのだ。これほど魅力的なことはあるまい。

 

(問題はそれがどの程度の範囲で、如何程の精度があるかだな。確かに興味深い)

 

事後でも技術報告は回覧されるだろうが、現場主義のドズルとしては、部下、それも経験の豊富な者が直接見て感じた感想が重要だと考えた。ここの所戦果の振るっていないシャア少佐であるが、洞察力に優れているのはドズル自身が信頼を置くところであるし、そうした部下に多くの経験を積ませて高級士官を育成する事の重要性は痛感済みだ。そのことを考慮すれば、ルーチンワークである哨戒任務に多少のずれが出る程度は、十分許容の範囲内だとドズルは思った。

 

「良いだろう。実験に立ち会えるよう俺からも話を付けておく。貴様は使用に耐えるかどうか、しっかりと見極めろ。期待している」

 

『はっ!有り難うございます!』

 

そう言って敬礼をするシャアへ答礼しながら通信を切ると、ドズルは詰め襟のホックを外し、大きく溜息を吐いた。

 

「ニュータイプ、人類の革新、スペースノイドの進むべき未来…。そんなものまで戦いにつぎ込むのだな、俺たちは」

 

果たして自分たちはジオンを名乗る資格があるのか、そんな誰にも言うことが出来ない悩みを胸中奥深くへしまい込み、ドズルは仕事を再開した。戦いに勝つために。




銀髪ちゃんはオリキャラです。某グリーンリバーなゼロ君と同期の被検体という設定。
はい、どうでも良い情報でしたね。


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第九十九話:0079/11/03 マ・クベ(偽)の悩み

今週分です。


銀髪ちゃんの治療のため、早速宇宙へ戻る博士を見送った翌日。俺は執務室で正座をするゲンザブロウ氏とハマーンの前で、腕を組んで立っていた。

 

「申し開きがあるなら、今のうちに聞いておくが?」

 

俺の言葉に口をとがらせてそっぽを向くハマーン。ちなみにゲンザブロウ氏は居心地が悪そうにもじもじしている。

 

「先日私は言ったはずだね?ハマーン。君にMSは渡せないと。それなのに何故、君専用MSの開発申請が私の書類受けに紛れ込んでいるのかな?」

 

そう言って机の上に置かれた書類を持ってこれ見よがしに振ってみせる。ちなみに申請者の名前はゲンザブロウ氏。先日頂戴したザメルをベースに何やら企んでいたようだ。

 

「どうしたのかな?反論が無いというのなら、この書類は却下ということで良いのかな?」

 

そう俺が勝利宣言をした瞬間、ハマーンが立ち上がり、毅然とした表情でこちらを見ながら口を開いた。

 

「マ大佐。今回の件に関して、このような仕打ちを受けることに強く抗議いたします」

 

「え?」

 

あ、やべ。素の声が出た。だがそんな事にかまわずハマーンの口上は続く。

 

「ゲンザブロウ技師の提案している機体は、ニュータイプ用試作MSです。私専用のMSではありません」

 

ほほう?

 

「面白いことを言う。ここには搭乗者としてハマーン・カーン、君の名前が記載されている。ニュータイプである君が乗るニュータイプ用MS。しかも選考理由が現在基地で適応しているのが君だけだというじゃないか。その状況で君のMSでは無いとするのは、いささか苦しいのではないかね?」

 

俺がそう返せばハマーンは口角をつり上げる。その顔は正に獲物を罠にかけた狩人の笑みだ。

 

「その認識が既に間違っているのです、大佐。よくお読みください。どこにその機体のパイロットが私であると記載されていますか?」

 

なん…だと!?慌てて書類を見直すが、確かに搭乗者としてハマーンの名前がある。だが、そこで俺はこの書類の落とし穴。否、彼らの使った抜け道を理解する。

 

「そういうことか!」

 

思わず声を上げる俺に、勝ち誇った顔になるハマーンと、安堵の表情を浮かべるゲンザブロウ氏。俺は確かにハマーンをパイロットにさせないと言った。その一方でニュータイプとしての研究への参加は許可していたし、それに関連する機材の使用は許可している。そしてザメルは二人乗りのMSだ。つまりパイロットではなくニュータイプ用の装備を運用するガンナーとして乗り込むとなれば、少なくとも俺の出した条件に抵触していない。だがまだだ、まだ最後の条件がクリアー出来ていない!そうにらみ返す俺の視線に、ハマーンは柔らかい笑みを返しながら、再び口を開いた。

 

「おっしゃいましたよね、おじさま?私にMSは渡せない。その時確かこう言いました。調整員ならば民間人でも搭乗させるし、軍人ならば戦場に出すと」

 

言った言葉は違うが、内容は間違っていない。俺が沈黙していると、ハマーンは胸元のポケットから真新しい階級章を取り出した。

 

「本日付でフラナガンニュータイプ研究所付、特務少尉を拝命しました。ごめんなさいおじさま。私、こう見えて悪い子なんです」

 

「…本当に、悪い子だ」

 

オデッサに出向しているが、フラナガン機関の面子はあくまで突撃機動軍傘下であり、その人事権はそちらに帰属する。つまりハマーンは俺の許可なんて取らなくても軍人になれるのだ。俺は深くため息を吐くと、降参の意味を込めて、書類へサインをする。無論拒否することも出来るが、ここまでした彼女の覚悟に対し、それはあまりにも不誠実過ぎるだろう。書き終えた書類をゲンザブロウ氏に直接手渡すと、一度深呼吸をし、ハマーンへと向き直る。ハマーンの瞳は自身の望みが叶った喜びと、俺との約束を破ったという罪悪感で揺れていた。だから俺は、今度こそしっかりと約束する。

 

「ハマーン。君がそこまで覚悟を決めたのなら、私はもう止めない。だがこれだけは約束して欲しい」

 

「何でしょうか?」

 

「死なないで欲しい。例え臆病と、卑怯と誹られようと生き延びて欲しい。そしていつか、君が大人になって、その時子供を守れる人になって欲しい。…だから間違っても、我々のような大人のために命を粗末にするな」

 

子供に戦争をさせるようなクソ野郎に使うには、君たちの命は上等すぎる。

 

「おじさま…」

 

「そう呼べるのは今が最後だ、ハマーン特務少尉。プライベート以外ではちゃんと上級者への態度を取るように。では、退出したまえ」

 

「承知しました、大佐。お心遣い、感謝いたします、では、ハマーン・カーン少尉、退出いたします!」

 

そう言ってぎこちない敬礼をするハマーンを、俺は答礼とともに見送った。

 

 

「だましましたね!おじさま!!」

 

翌日、今日も今日とて大量の書類と格闘していると、そんな叫び声とともにハマーンが駆け込んできた。俺はニヤニヤと笑いながらハマーンに注意をする。

 

「公私の混同は感心せんな、ハマーン特務少尉。それと開口一番に上官を侮辱するとは良い度胸だ」

 

そう言ってやると、言葉を詰まらせ、一瞬ひるんだハマーンだったが、すぐに俺がからかっていることが理解できたのだろう、勢いを取り戻し、手にしていた個人端末を突きつけてくる。

 

「MSのローテーション!どこにも私の名前がありません!」

 

そう言うハマーンに、俺は先ほど書き上げた書類をつまんで見せてやる。

 

「ああ、まだ辞令が届いていなかったのかな?ハマーン特務少尉、君はYMS-16改、仮称ザメル改の専属ガンナーに任命する。当然であるが、他の機体は貸与しない、是非任務に集中してくれたまえ。ああ、ちなみにザメル改の完成予定は今月下旬だそうだよ?」

 

「な!?」

 

基地にある機体は原則俺の指揮下にある。そしてフラナガン機関に渡している機体はあくまで貸与であり、何を渡すのか、搭乗権を誰に出すかは俺が決められる。ふはははは!恨むならお役所仕事の軍を恨むんだな!

 

「完成までは存分にシミュレーターで訓練すると良い。どうしたね?不満があるなら聞くぞ?」

 

聞くだけだけど。

 

「ずるいです!大佐!」

 

「そうだ、大人は狡いぞハマーン。一つ賢くなったな?」

 

その一言で完全にへそを曲げたハマーンは、しばらく休憩時間になると現れてはお茶請けを強奪していくという所業を繰り返したが、イネス大尉に首根っこを捕まれて給湯室へ連れて行かれた。暫くして戻ってくると、借りてきた猫よりおとなしくなっていたから、何があったのか聞いてみたが、結局答えは分からず終いだった。ただ一つ言えることは、イネス大尉もエリオラ大尉と同様に逆らうべき相手ではないと言うことだけが俺の記憶に残ることになった。

 

 

 

 

「大佐、こりゃ本気ですかい?」

 

ザメルの改造許可が下りた翌日。開発室で図面をにらんでいたゲンザブロウの下へ、大佐はやってくるなり笑顔で書類を手渡してきた。

 

「大真面目です。造る機体はワンオフになるでしょう、ならばできる限り意義のある物にしたい」

 

そう言いながら大佐は手近な椅子へ腰を下ろすと、ゲンザブロウへ向かって口を開く。

 

「現状読ませて頂いた改造案ですが、はっきり申し上げてこれでは弱い。既にサイコミュ兵器を搭載した試作機ならばグラナダで完成しています。MSへの搭載もア・バオア・クーの工廠で進められていますから、今更ザメルに出来合いの装置を載せるだけでは価値がない」

 

大佐の物言いにゲンザブロウは沈黙を返した。大佐の言葉通りであれば、事実ザメルの技術的価値は低い。差異を挙げれば地上での稼働データが取れることだが、それならばわざわざ改造機を造らずとも、完成したサイコミュ搭載機を地上用に仕立て直した方が早い。

 

「それにしてもコイツは随分と欲張りましたね?」

 

サイズ指定はガウに載せられる事を前提にしているが、逆に言えばガウに載せられるギリギリが指定されている。間違いなく全備状態ならばこの1機だけでガウの腹は一杯になるだろう。武装面も当初想定されていたような申し訳程度の自衛用ではなく、まるでハリネズミのように取り付けるよう指示されている。

 

「メガ粒子砲にロケットポッド…サブアームを4本追加して全身にウェポンラッチを追加?これでMSって言うんですかい?」

 

辛うじて四肢を持っているためAMBACは可能であるが、その性能が低く、回避や機動はスラスターに依存することになる。加えて大量に取り付けられた装備はとてもではないがパイロット一人に扱いきれるものではない。

 

「そのための二人乗りでしょう?まあ、正直分類は気にしても仕方がないでしょう。どうせ書類上の無意味なものです。それに…」

 

「それに?」

 

「これが出来上がれば、あの子が戦場に出ることになる」

 

その言葉の意味を理解してゲンザブロウは頭を掻いた。機体の完成が遅れれば、それだけ出撃する時間は少なくなる。完成した物が煩雑であれば慣熟に時間が掛かり、戦場は遠くなる。そして、万一出撃したときも、圧倒的な高性能機であれば、生きて帰れる確率は高くなる。どうやら大佐は、まだ彼女を戦場に出さないことを諦めていないらしい。

 

「できる限りはしますが、期待せんでくださいよ?」

 

技術者として手抜きはしない。その宣言に大佐は笑顔で応えた。

 

「ゲンザブロウ氏の腕は良く知っています。だから、期待しますとも」




<事案>最近少女と戯れてばかり居る基地司令が居るらしい。


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第百話:0079/11/04 マ・クベ(偽)と分水嶺

ふと気づきました。当初の予定の8年分更新している。


「だから私は言ってやったんだ。それで、地球を死の星にした後、君たちは何がしたいのかとね!」

 

地上限定パイロット資格について状況の共有をしようとガルマ様に連絡したら、いきなりそんなことより聞いてくれ大佐よ!って語られたでござる。なにさ、近所の吉野家でも混んでたのかい?なんて誰も解らないネタを胸中でつぶやきつつ、ウラガンの紅茶を楽しみながら話を聞いていたら、とんでもねえものをぶっこんできた。

 

「あの馬鹿共、良い笑顔で巫山戯たことをほざきおって!」

 

なんでも、ジャブローってジャングルにあるんですよね!じゃあジャングル無くしちゃいましょう!コイツを数発撃ち込めば一月もせずに丸裸ですよ!なんて笑顔でアスタロスを紹介されたらしい。

アスタロス。うろ覚えの原作知識だが、確か他の植生を食い尽くして強力に繁殖する植物を応用した環境破壊兵器とか言う、非常にグレーな兵器だ。元々はコロニーという限られたスペースで高収益の作物を作る研究だったらしいのだが、出来上がったのは、異常に繁殖して、おまけに肝心の可食部分が何もないという出来損ないだったそうな。しかも成長に多量の養分を必要とするため、周囲の植物を軒並み枯らしてしまい、そこにコイツが広がっていくという、正に迷惑この上ない雑草が出来上がったのである。んで、それをどっかの馬鹿が、これ地球に撒けば生態系ぶっ壊して戦争どころじゃ無くなるんじゃね!?とか考えて軍事転用した訳だが。

 

「既存の生態系を壊すだけで無く、コイツはそこに組み込まれて居ない異物だ。おかげで繁殖するだけした後は、枯れて何も残らん。確かにジャングルは無くなるだろう。だがそれが意味するところを、奴らはまるで理解していない!」

 

コロニーに住んでいたって、植物が二酸化炭素を酸素に交換してくれる事くらいは知っている。だが、生活空間におけるその大半を機械に依存したスペースノイドにとって、植物の浄化作用なんてものは補助的なものでしかない。特に密閉型で植生なんてものは観賞用以外殆ど配置されていないサイド3の人間ならば、循環系を破壊することの重大さなど、言葉は理解できても、実感を持つことは不可能だろう。何しろ彼らにとって植物は、良いところ小遣い稼ぎのタネくらいな立ち位置だからだ。

 

「…実に今更だが、大佐。私はサイド3に掛けられていた水税や空気税が適切であったと理解したよ。あの規模のシステムを国家の保障でなく、貿易として行うなら、無理の無い数字だ」

 

深々とため息を吐きながらそんなことを言うガルマ様。そうなんだよね。実のところ共和国だ独立だと騒ぎ出すまで、サイド3の生活は言うほど酷くなかった。というのも、重工業コロニーとして建設されたサイド3は、他のサイドの建設用資材や工業製品の受注で利益を上げていたし、連邦政府からも優遇措置を受けていて、他のコロニーと同額でこれら環境システムの運営を行っていた。システムの負荷は倍以上だったというのにだ。んで、独立だなんだと騒いだもんだから、連邦政府が、ウチの国民じゃないって言うなら、政府が生活保障してやる必要ないよね?これからはシステムの管理は適正価格で請け負うよ。と言いだした訳だ。もちろんそんな事がばれたら国民が思いっきり反発するのは目に見えていたから、当時の政権は、全ての問題が連邦政府にあるように仕向けるため、水税、空気税が不当に搾取されているという印象操作をしたわけだ。

ちなみに経済制裁の方も、蓋を開ければ簡単な話で、独立して他国になるって言うなら国内企業保護のためにちゃんと関税掛けるし、他国の経済事情まで鑑みてやる必要ないから要らない物は買わないよ?コロニー建造もひとまず終わるしこの先受注減るよ?それでも独立すんの?って言う圧力だったわけだが、サイド3側が本気で独立したもんだから、単純に関税を掛けられたと言うのが正解である。今次大戦において他のサイドがサイド3に同調しなかったのは、外交努力の不足も大いにあるが、根幹の部分はこの社会保障の差による連邦政府へ対する温度差のせいだろう。

 

「正に今更ですな。そして始めてしまった以上、国民の生活の保障は我々の義務です。あちらの道理とこちらの道理がぶつかるならば、致し方ないことでしょう」

 

今更やっぱり独立はなしで、元の一地方に戻して?なんてどの面下げて言って来やがった!と面罵されても仕方ない物言いだ。国民の皆さんには申し訳ないが、これもどこかのアジテーターに唆されてしまった己の不明を呪って頂きたい。こちらとしても、飢えて死ねとは言えないしね。

 

「大体、今地球を住めない星になんてしてみろ。難民が大挙してコロニーに押し寄せるぞ?地球に住む人間全てを養う体力なんて我が国にはとても無い」

 

「どころかそれを使えば、貴重な水と空気の供給源すら自分たちで破壊することになりますからな。控えめに言って人類は滅びるでしょうな」

 

もしそうなれば、次の戦争は水と食料を奪い合う生存競争だからな。相手を殺すための戦争になる。太古の昔ならいざ知らず、高度に複雑化した現代において、人口が減少することは、インフラの衰退に直結するから、呼吸すらそれに任せているコロニーでそんなことをすれば、確実に人類は滅びるだろう。

 

「私は我が国の人間が選ばれた優良種だとはとても思えなくなってきたよ。大佐」

 

そう再び溜息を吐くガルマ様に、俺は肩をすくめて返事の代わりにした。

 

 

 

 

医療行為、それも施術と呼ばれるような行為から想像していたものと乖離した部屋へ通され、シャアは仮面の下で眉をひそめた。

 

「治療への立ち会い許可は頂いていたと思ったのだが?」

 

案内してくれたシムス中尉にそう問いかけると、至って真面目な表情で中尉は返事をした。

 

「はい、少佐殿。本日の治療はこの部屋で行います。患者にも少尉にもできるだけ心理的に負担の無い環境で実施するのが最善であると、博士からの指示です」

 

「…どうにも、私の考えているような医療行為とは隔たりがあるようだ」

 

そうシャアが口にすると、シムスが苦笑しながらフォローを入れる。

 

「無理もありません。まだまだ手探りの多い分野ですから」

 

「成程。門外漢は口を慎むとしよう。しかしそうなると施術の成功如何はどう判断するのかな?」

 

「隣室に計測器類は待機しております、医療スタッフもですね。少佐にもそちらに居て貰う予定だったのですが」

 

ララァ少尉からの希望でシャアにはこちらの部屋に居て貰うことになったとシムスは続ける。少尉のコンディションができるだけ良くなるよう配慮した結果だと聞き、シャアは疑問を口にした。

 

「私が居るだけで少尉の助けになるというなら、マレーネ嬢や施設の他のニュータイプの者達が助力は出来ないのか?」

 

そう問えば、シムス中尉は困った顔で答えた。

 

「例えばですが、感動的な光景を見たとき、あるいは目を覆いたくなるような陰惨な場面でも良いですが、大人数で見たから感動が薄れたり、一人で見たからショックが大きくなりますか?精神に対する衝撃とは物理的なそれとは異なります。受け取る側を増やしてもあくまでやりとりは一対一の出来事になりますから、少佐の仰るような助力は難しいでしょう」

 

仮に複数の精神を統合して一つにまとめられる。そんな装置があれば話は変わるとシムス中尉は続ける。

 

「そうしてみると、私の意味は何だ?」

 

「子供が怖いときに、お気に入りのぬいぐるみが有れば我慢できたりするでしょう?」

 

「つまりお守りと言うことか…。いいさ、それで少尉の不安が薄れるというのなら、甘んじて受け入れよう」

 

少佐なら上手くやれますわ、根拠はありませんけれど。そんな身も蓋もないシムス中尉の激励にシャアが苦笑を浮かべていると、入り口が大きく開かれ、病人用の大型ベッドとスタッフが数人、そしてララァ・スン少尉が入室してきた。時計に目をやれば伝えられていた治療の時間まで10分を切っていた。

 

「我儘を聞いて頂き有り難うございます。少佐」

 

そう言って頭を下げる少尉にシャアは笑顔で返した。

 

「いや、こちらこそ無理を言っている。君たちの力を間近で見たいなどとね。それに女性に頼られて悪い気がする男は居ないよ」

 

「まあ」

 

そう笑ってみせるララァだったが、その顔がわずかに強ばっているのをシャアは見逃さなかった。

 

「なあ、少尉。この通り私は役に立たん男だ。だが、頼られた以上できる限りのことはするつもりだ。だから、して欲しいことがあれば何でも言って欲しい」

 

それはシャアの口から出た、打算の無い純粋な言葉だった。故にそれを聞き、ララァは顔を綻ばせた。

 

「役に立たないなんて。少佐が居てくれると言うだけで私は心強いですし、何より少佐はご自身を過小評価しすぎですわ。貴方はまだ、自分の本当の力に気づいていないだけです」

 

「それは…」

 

シャアの中に仄かな期待が灯る。彼女の言う通り、自身もまたニュータイプと呼ばれうる人間ならば。今は無き父が口にした、次のステージへと至った存在だとするならば。

 

(あるいは、復讐よりも見るべき先があると、見ることが私に出来るというなら)

 

それまでの子供のような好奇心と打算、そしてわずかに入り交じった男としての好意を超え、シャアはララァに感じていた憧れが思慕、そして崇拝へと変わっていくのを自覚する。

 

(ならば、ララァ。どうか私を導いてくれ)

 

一言も発していないが、全てを悟った表情となったララァ少尉が、微笑みながら手を差し伸べてくる。シャアは迷わず、その手を取る。壊さぬよう包むように、離れてしまわぬようしっかりと。

 

『時間です、少尉。宜しいですか?』

 

気がつけばスタッフは全員退出しており、シムス中尉も見当たらない。壁に据え付けられたスピーカーから、中尉の声が聞こえて、初めて二人は自分たちの世界に浸っていたことを自覚し、思わず顔を見合わせ苦笑した。

 

「だそうだ、少尉。いけるかな?」

 

「はい、少佐」

 

そして二人は歩き出す。施術が終わる最後の時まで、その手が離れることは無かった。




世間話回、子供の頃ガンダムを見ていて、MSが出てこない回は詐欺だと思っていました。
ええい!ガンダムだ!ガンダムを映せ!


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第百一話:0079/11/04 マ・クベ(偽)と刻

今週分です


サイド6での暮らしは、アムロ・レイにとって、拍子抜けするほど平穏な毎日だった。宣言通り何かと気に掛けてくれるマレーネとララァの存在も大きく、ほんの一月前に殺し合いをした人間とすら、挨拶を交わすほどだ。そして、彼らと触れ合う事で、自身の世界が如何に小さく閉じたものであったのかをアムロは理解した。

 

「ジオンだ、連邦だ、なんて言ってもよ。結局のところ、どっちもただの人間なんだよな」

 

食堂のテラスから中庭を眺めていると、そんなことを言いながら、向かいの席に誰かが座った。

 

「カイさん」

 

座ったのはアムロと同じく連邦に徴募され、ジオンに捕まりこの施設へ連れられてきたカイ・シデンだった。連れられてきたのはもう一人、ハヤト・コバヤシも居るのだが、今日は一緒に行動していないようだ。

 

「解りやすく悪者がいてさ、そいつをぶっ倒してハッピーエンド、とはいかんよな。現実は」

 

そう言ってカイは持ってきていたマグカップを傾ける。その言葉にアムロは静かに頷いた。住んでいたコロニーが襲撃され、当初は日常を壊したジオンを恨みもした。否、正確に言えば今でも恨んではいる。しかし、この施設で敵と呼んだ彼らと交わってみれば、害意を持ち続けることは難しかった。

 

「ここでスパイ映画だったら、気をつけろ!ハニートラップだ!とか先輩や上司が言うところだな?」

 

そう言って肩をすくめておどけてみせるカイにアムロは苦笑を返す。地上での一件で少しぎこちない関係になっていた二人だったが、この施設でカウンセリングを受け、軍務経験者と話す機会を経て、関係は修復されていた。

 

「じゃあ、トラップに引っかからないようそれぞれ担当を決めて相手を見張りましょう。取り敢えず僕はマレーネさんを見張りますね?」

 

「狡いぜアムロ!こういうのは公平にじゃんけんでだなぁ?」

 

そうじゃれ合いながら、この後の予定を決めようかと話題を振りかけたその時、唐突にそれは起こった。

 

「なん…これっ!」

 

不快、恐怖、嫌悪。明確な負の感情が間近から放たれ、アムロは思わず頭を押さえた。

 

「お、おい!アムロ!?クソッ!なんだよこのザワザワした感じは!?」

 

アムロ達には知らされていなかったが、丁度その頃ララァ・スン少尉による施術が始まっていた。不幸であったのはララァ少尉の能力が予定よりも好調だったことと、被験者の意識に想定以上のストレスが残留していたことが相まって、想定外の事態、すなわち負の思念が周囲に拡散されたのだ。

 

「こんな…人が…人が呑まれて…。だ、だめだ、そんな闇は、有っちゃいけない闇だ!?」

 

唐突に流し込まれた負の感情、それをアムロのニュータイプとしての感受性が、その根源を垣間見る。繰り返される投薬と、憎悪をひたすらすり込むような催眠処置、幾人もの仲間が壊れ、錯乱し、廃棄される。その悪夢を抜けた先に待っていたのは、輝かしい栄光などではもちろん無く。冷たい床と、無造作に転がされた、かつて友と呼んだもののなれの果て。

仮にララァ・スンがもう少し才能に乏しかったなら。あるいは偶然その場に彼女の心の支えとなる男が居なければ、治療は失敗に終わり、このようなことにはならなかったかもしれない。だが、歴史にもしもが無いように、起きてしまった事実は覆らない。

 

「おい、おい!アムロ!しっかりしろよ!?誰かっ、誰か居ないのか!?」

 

自身もふらつきながら、カイが声を張り上げる。アムロは地面に倒れ込み、か細く言葉を漏らし続ける。既に意識は混濁し、それは呪詛としてアムロの脳裏に刻み込まれた。

 

「…これが…敵。倒すべき…本当の…」

 

 

 

 

(これがニュータイプの見ている世界!?)

 

エメラルドに輝く不確かな世界。それはスペースノイドの隣人にして死の象徴である宇宙空間と似ながら、温かく包み込む光にあふれた世界だ。

優しい世界、そんな言葉がシャアの脳裏に浮かんだのもつかの間。世界は突然表情を変える。黒く塗りつぶされた視界は、心地よい浮遊感を寄る辺の無い不安に、温かかったはずの空気は絶対零度の刃となって皮膚を裂く。

 

「何なのだ!これは!?」

 

粘性を持って体にまとわりつく気配はわかりやすいとすら感じる殺意。ただ一つ確かな存在を見失わぬよう、シャアはララァと繋いだ手を強く握る。その瞬間、わずかだがシャアの鼓膜を無数の悲鳴が震わせた。

 

「これは彼女の記憶、でもそれだけじゃ無い。彼女の中に残った、彼らの残滓。…守ろうとしているのね?」

 

その声と共に、黒一色だった世界に光が戻る。それは押しつぶそうとする漆黒に比べとても小さなものだった、だが間違いなく世界に穿たれた希望だった。

 

「辛かったのね?苦しかったのね?代わってあげることも、貴方たちを助ける事も私には出来ないけれど、貴方たちが守ろうとしている彼女を守ることは出来るわ。だから、もう一度だけ、彼女をこちらに戻してあげて?」

 

この世界は、優しい光も確かにあるのだから。ララァの言葉に闇が揺らめき、うねると、小さかった光は応えるように大きく、暖かな流れを放ち出す。

 

(これは、ララァの…心か)

 

傍観者となっていたシャアを強い興奮と震えが襲う。これがニュータイプなのだ。解り合い、この暖かさで宇宙を包む者。正に亡父の語った人の革新に相応しい力を目の当たりにし、シャアは己のなすべき事を理解した。

 

「こ、こ、は?」

 

「成功です、少佐」

 

いつの間にか周囲は元の部屋に戻っており、ベッドに寝ていた女性がわずかに瞳を開き、乾いてかすれた声を上げている。シャアと繋いでいた手と反対の手で、彼女に触れていたララァが、そう安堵の声を発したことで、シャアは己の居る場所と目的を改めて思いだし、大きく息を吐き、ララァへ告げた。

 

「ララァ、私にも見えたよ。本当に成すべき事が」

 

 

 

 

「さあ、大佐。理由を言いたまえ」

 

「申し訳ございません」

 

モニターの向こうでゲンドーなスタイルの顔面凶器さんがそう聞いてくるので、取り敢えず開口一番謝ってみた。

 

「君のジョークのセンスは今一つだな。私は謝罪など求めていない。この時期に、ガルマが危険だと判断した、戦略兵器の資料を取り寄せようとした。その真意を尋ねているのだ」

 

「申し訳ございません」

 

もう一回謝ったら、総司令様のこめかみがわずかに動いた、これはアカン。

 

「大佐?」

 

いや、あのね?実は俺、結構動植物の資料とか読むの好きなんだよ。どんな生態してるかとか、どうしてそう言う生存方法に行き着いたとか、そう言うのって読むの楽しいじゃん?だからね?ちょっと愉快すぎる生態を持ってるアスタロスにも興味がわきまして…。なんて言ったら殺されるかな?

 

「実は、今次大戦とは全く関係ない点で、件の兵器に興味がありまして」

 

「謝る前にそれを話したまえ。それで、何が貴様の琴線に触れたのだ?」

 

よーしよし、取り敢えず兵器利用する気は無い事は理解して貰えたぞ。このまま思いついたことを言ってみよう。もしかしたら戦後に役立てられるやもしれんからね。

 

「ガルマ様から伺いましたあの兵器、何でも爆発的な繁殖力と同時に大量の水と栄養を消費するとか」

 

「ああ、報告書によれば試験に使ったプラントが完全に使い物にならなくなったそうだ、それがどうかしたか?」

 

「つまり、大量の水と栄養を吸収する能力がある、と言うことです」

 

「それは解っている、何に使いたいのだ?」

 

「水質の改善です」

 

「続けたまえ」

 

俺の言葉に片眉をつり上げた後、そう促すギレン閣下。よし、エコはどの時代でも批難しにくいコンテンツだよね!

 

「資料によれば荒地であってもなけなしの養分を吸い取って繁殖したとあります。そして同じ報告で土中の有毒物質…報告書では重金属も取り込んでいたと。現在の地球、とりわけ海洋は汚染が進んでおり、除塩しても農業ならばともかく飲料に使うことは出来ません」

 

「つまり貴様は、あれで海の浄化を考えたと?」

 

「これは空気や水の多くを地球に頼っている我々にとって、極めて意義のあることだと愚考いたします」

 

いや、本国に空気や水送ってて思ったんだ。これ、除塩しただけで飲用に出来たら随分楽だなと。何しろ移民の件も含めて輸送量は右肩上がりで、通常の水源だけではとても供給が追いつかない。そもそも海水の淡水化設備だってこの需要をまかなうための苦肉の策なんだよね。今は戦時と言うことで目を瞑っているけれど、これこのままだと絶対採算取れないんだよなぁ。

 

「…一考の価値はあるだろう。少なくとも兵器として使うよりは遥かにな。宜しい、君の意見は理解した」

 

後で追加の資料を送る。そう言って通信を切るギレン閣下。まったく、いつ話しても心臓に悪いな。もう報告とか全部メールで処理出来ないかな?出来ないよなぁ。

そんな埒もない事を考えていた数日後。追加の資料と称して大量の紙束と微妙な顔をしたオカマ口調な少佐殿に率いられた一団がオデッサに転属してきた。微妙な顔したいのはこっちだよ!




ギリギリ間に合った。全てGジェネが悪いのです(責任転嫁


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第百二話:0079/11/07 マ・クベ(偽)とオデッサ

さあ、いよいよきな臭くなってまいりますよ?


「地球は我々が思うより遙かに広大で過酷だ。物も人も際限なく飲み込んでいく…か」

 

誰の言った言葉だったろう?欧州方面軍本部から送られてきたMS補充要求書をにらみながら、俺はそんな言葉をつい口にした。どこの戦線も100機単位でMS寄越せとか鬼かな?おかげでまた在庫が空になった上、基地の予備機も持って行かれた。当然それでも足りなくて、目下増産中である。まあ、無理も無い。何せオデッサ作戦が近いみたいだからな。ただ、戦力は集結していて欧州の何処かが狙われているんだけど、あちらさんの情報統制が厳しくて、情報部はおろか、俺のオトモダチにも目標地点が開示されていないそうだ。おかげで何処の戦線も自分たちが襲われたらたまらんと、必死に戦力を増強しているのだ。

 

「先日のテストの結果は劇的でしたからね。整備班の連中が悲鳴を上げてましたよ」

 

理由を知らないこともあるだろうが、そう言って笑いながらコーヒーを飲むデメジエール中佐から、以前のような焦燥感は感じられない。折角集めたMT乗りからもかなりの人数が合格してMSに転換したから、正直落ち込んでいるかと思ったが。

 

「俺が落ち込んでいないのが不思議って顔ですね?大佐」

 

「正直小言の一つくらいは覚悟していたよ。どういった心境の変化かな?」

 

そう返せば中佐は笑ってマグカップの残りを呷った。

 

「正直に言えば、寂しい気持ちはありますよ。手塩にかけた教え子で、苦楽を共にした戦友です。ですがね、あの時とは決定的に違うんですよ」

 

マグカップにおかわりのコーヒーを注ぎながら、気負った風もなく中佐は続ける。

 

「開戦前のあの不確かな中、地上でどれだけ戦えるかも解らなかったMSと、今重力戦線を支えているMSでは選択の価値がまるで違う。それに…」

 

「それに?」

 

中佐はもう一度ソファへ座ると、苦笑を浮かべながら続きを口にした。

 

「連中ね、悩んでたんです。折角パイロットになれるってのに、ヒルドルブとどっちが良いかって、真剣に悩んでるんですよ。それだけで、俺は十分ですよ」

 

そう言う中佐に俺は黙ってティーカップを掲げる。現状でもヒルドルブ隊は第二次大戦のドイツ重戦車部隊のように、オデッサを拠点として欧州全域に緊急展開する形を取っている。開戦初頭のように戦線で常に必要とされるほどの需要は今は無く、まとまった数を維持するとなるとMSより場所を取るヒルドルブは、こうした火消し役に落ち着いた形だ。まあ、今後全数退役が決まっているマゼラアタックの代替が残っているから戦場から姿を消すのはまだまだ先になりそうだ。砲兵仕様の件もあるし、案外MSより長生きするかもしれない。

 

「失礼します、大佐。特務遊撃部隊から補給を受けたいと連絡が入っております」

 

中佐とそんなほろ苦い会話を楽しんでいると、困った顔になったウラガンが入室してきた。

 

「特務遊撃隊?どこの隊だ?」

 

ここの所、再編や統合でほとんどの遊撃隊は解体されてるはずなんだけど。

 

「ウルフ・ガー隊です」

 

「…成程。理解した」

 

ウルフ・ガー隊。史実ではマ・クベが地球侵攻作戦に向けて、使い捨ての部隊とするべく編成した特務部隊だ。主な任務は偵察と後方攪乱となっているが、偵察とはMSを使っての威力偵察だし、後方攪乱もHLVで敵地に放り込むとか、コムサイで高高度から落っことすとか、もうどう考えても死ねと言っている任務ばかりである。当然であるが、人員も損耗して問題ない人間…端的に言えば犯罪者やそれに準ずる者で構成されており、特務部隊の中でも特に扱いの悪い部隊である。…ちなみにこっちの世界でも提案、編成を俺がやっている。どうしよう、顔見せた途端刺されたりしないよな?

 

「兎に角、補給の準備を。私も行こう」

 

 

 

 

「まさか補給申請が受理されるとは思わなかったな?」

 

「まだ油断できんでしょ?あれこれ言って物を渡さないなんて、連中の常套手段じゃないですか」

 

マーチン・ハガー曹長の言葉にレスタ・キャロット伍長は鼻を鳴らしながら返す。ウルフ・ガー隊の背景は地球方面軍全体に広まってしまっているので、補給は受けられても最低限、下手をすれば拒否されることもある。

 

「ですが、廃棄コンテナからの補給では限界があります。サキのザクはもう限界だし、予備部品も無い、次に誰かの機体が損傷したらもう直せませんよ」

 

部隊のメカニックを兼任しているレイ・ハミルトン伍長がそう泣き言を漏らす。

 

「定期便そのものがこっちは大分減っているからね。新型とは言わないけど、せめて機体の補充はさせて欲しいわ」

 

「まあ、あとはヘンリーの交渉次第だ。期待して待つとしようぜ」

 

 

その頃部下達の話の種になっていたヘンリー・ブーン大尉は、自身の置かれている状況に困惑していた。

 

(何故、この男が出てくる!?)

 

補給について話が聞きたいと、定番の台詞で呼び出された場所は、まさかの倉庫前で、しかも待っていた男はあのマ・クベ大佐だった。

 

「久しぶりだね、ヘンリー・ブーン大尉。息災のようで何よりだ」

 

ぬけぬけと言い放つ大佐にヘンリーはつい皮肉を口にしてしまった。

 

「お陰様で地球観光を堪能させて貰っていますよ。まあ、タイガと砂漠ばかりでそろそろ飽きてきましたが」

 

「大尉、君たちの腕は信頼している。だがはっきり言おう、君たちの人格まで信用できるほど私は楽観的では無い」

 

申請したリストに目を落としていた大佐は平坦な声でそう応じる。そこには嫌悪も嘲笑も無い。ただ、事実を事実として伝えるという事務的な感情のみがあった。大佐は続ける。

 

「貴官とその盟友であるマーチン・ハガー曹長の件は残念だと思う。あれは誰か人身御供が無ければ収まらん類いの話だったからな。だが、君の部下達は違う」

 

その言葉にヘンリーは顔の傷が疼いたような気がした。かつてキシリア・ザビの親衛隊に所属しながら、反ザビ派のクーデターに加担したと嫌疑をかけられ、政治犯に仕立て上げられたヘンリー。マーチンは無謀な訓練で新兵を8人殉職させたとなっているが、何のことは無い、当時責任者だった軍のお偉いさんが中止指示の書類を紛失したために起きた事故だった。マーチンはトカゲの尻尾にされたのだ。

けれど、他の部下はそう簡単では無い。レイ・ハミルトン伍長は間違いなく訓練学校で同期2名を殺害しているし、レスタ・キャロット伍長はどのような理由があるにせよ、強盗殺人を犯したという事実は事実だからだ。唯一サキ・グラハム軍曹が経歴に傷は無いが、死んだ兄の復讐という、危なっかしい動機で入隊している。

 

「確かに地上に降りてから今まで大人しくしている。だが人間の本質が簡単に変わる事は無い。おのれの名誉を傷つける者を殺せる。家族を守るためなら無関係な他者を襲える。…復讐の為に武器を取る。こうした人間が力を持ったとき、持たざる者へどのように振るまうか、それほど難しい予想ではあるまい?」

 

その言葉に、異を唱えるのは簡単だった。だが、唱えることにどれだけの価値があるのか。動かぬ過去の事実の前に、当事者の口から発せられる言葉は、あまりにも軽い。自然、ヘンリーは拳を握り絞めていた。軍務に忠実であった、部下にも規律を守らせた。だがそれが、規律を破れない環境であったからでは無いかと問われれば、彼自身沈黙以外の答えを持たなかったからだ。

 

「だから証明して見せたまえ、大尉」

 

下をむきかけたヘンリーへ向かい、そんな言葉と同時にファイルが放られる。慌てて受け止めてみれば、補給申請書にサインがされていた。ただし、一点だけ訂正がされている。

 

「悪いがウチには、ザクの在庫は無い。稼働機はアジアとオーストラリアに送ってしまったし、残っているのは整備隊が使っている物だから渡すわけにはいかん。だから君たちには今後、ドムに搭乗してもらう」

 

「…は?」

 

「ああ、安心したまえ、転換訓練についてはこちらから司令部に連絡しておく。訓練期間中、君の隊はオデッサ預かりになる、後で基地内用のパスを用意するから受け取りに来るように」

 

話の変化について行けず、ヘンリーは思わず困惑の声を上げた。

 

「あ、あの大佐殿?」

 

「何かな?」

 

変わらぬ鉄面皮で応える大佐に、ヘンリーは改めて確認するべく口を開く。

 

「先ほど大佐殿は我々を信用していないと仰いました。しかし、今のお話ではオデッサへの帰属に、機体の更新を許可して頂いているように聞こえるのですが?」

 

そう問えば、大佐は初めて表情を崩し、不思議な物を見る目で聞き返してきた。

 

「そう言っているつもりだが、別の命令に聞こえたかね?」

 

「訳がわかりません!信用していない私達に何故そのようなことをするのです!?」

 

ヘンリーの叫びに、大佐は先ほどの表情のまま、再び応えた。

 

「当然だ、たかが紙切れ数枚の報告で相手が解るわけ無いだろう?故に、今の私は君たちを信用しない。先ほど私はこう言ったぞ?人の本質は簡単には変わらない。だがそれは容易ではないが変化すると言うことだ。ヘンリー・ブーン大尉。君たちは地上で、過酷な戦場を生き抜いて、何も変わらずにいるのかね?」

 

意地の悪い笑みを浮かべる、信用されたいのなら、その行動で証明して見せろ。言外にそう語る大佐へ、ヘンリーは敬礼を返す。そこにははぐれ部隊の隊長はもう居なかった。

 

 

 

 

今更ザク寄越せとか何の嫌がらせかな?消耗部品は整備隊用に生産しているけど、もうライン自体は閉じちゃってるから新規で寄越せとかゲルググ準備するより手間なんですけど。まあ、そんなこと前線の人には解んないよね。とりあえず一番確保しやすいドムに乗り換えて貰うとして、暫くは基地に滞在させてある程度ガス抜きしておこう。ついでにオデッサでちゃんとしてましたよってユーリ少将あたりに話せば、他の基地の対応もいくらかマシになるはずだ。ウチでしかまともに補給受けられないとか非効率にも程があるからね。一応釘も刺したし、いきなり問題は起こしたりしないだろう。

…なんて気楽に構えていたら、欧州方面軍司令部から連絡がありまして。

 

「機体更新するなら、ついでに部隊再編でお前のところで面倒見ろ、代わりに増員予定だった守備隊の件はチャラな?」

 

などと鳥の巣頭が言いやがりまして。それ聞いたウラガンとイネス大尉が、

 

「また拾ってきたのですか?返してきなさい」

 

とか言いまして。少々、まあまあ、それなりにゴタゴタするのだが、このときの俺は知るよしも無かったのだ。




でも平常運転。


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第百三話:0079/11/10 マ・クベ(偽)と道具

今週分です。


「失礼、大佐。少し相談したいことがあるのだけれど?」

 

入ってくるなりそんなことを言ってくるニアーライト少佐に一瞬視線を送った後、俺は書類仕事を再開しつつ口を開いた。

 

「何だろう、少佐?」

 

持ってきて貰った書類も一通り目を通したが、ぶっちゃけアスタロス以外の研究している奴の方が実用性が高そうだったから、そっちの改良を提案しておいた。スペースノイド的には昆布が雑草扱いだったのが地味にショッキングな事実だった。昆布美味いじゃん。閑話休題。俺の態度に明らかに不機嫌な気配を放つオカマ野郎が、表面上はそれを隠し、柔やかに告げてきた。

 

「あたしのMS、こちらで受領するはずなのだけど、未だに何の連絡も無いのよ。何かの手違いかしら?」

 

はっはっは、あたしのと来たか。

 

「少佐、今の欧州の状況は理解しているかね?」

 

ここの所沈静化していたスカンジナビアやウラルの連邦軍の行動が活発化しているし、かなりの頻度でブリテン島にも物が送られている。間違いなく近日中に欧州のどこかが戦場になるだろう。そのため、少しでも多くのMSを前線に送り出している真っ最中なのだ。

 

「ええ、存じているわ。でも、それとこれとは別問題でしょう?」

 

成程、さてはこやつ馬鹿だな?

 

「同じ問題だよ、少佐。前線でMSが足りない。後方の兵站拠点に回されてきた手ぶらの部隊。どちらに優先してMSを回すかなんて、子供でも解るだろう?」

 

そう鼻で笑ってやると、解りやすく頬をひくつかせる少佐。何だよ怒りっぽいな、乳酸菌摂ってないのか?

 

「あたし達戦技研よ?大佐の言いたいことは解ったけれど、それなら尚のこと準備して欲しいわね?あたし達の仕事が前線で多くの兵を救うのだから」

 

ほうほう、一応理論武装くらいは出来るのか。だが甘いなあ。ドヤ顔で折角だからゲルググがいい、もちろん最新モデルの奴!とかドリームを広げている少佐の前に報告書を放る。訝しむ少佐に顎をしゃくって報告書を見るように促すと、拾った途端顔色が悪くなった。

 

「君たちが地上に降りてからの活動記録だ。身に覚えはあるだろう?それで?MSの戦技研究がなんだって?」

 

局地戦戦技研究特別小隊、なんともご大層な名前が付いているが、実のところ彼らは全くその任務を遂行していない。当然である、なぜなら彼らは反ザビ派を監視、どころか場合によっては粛正することを目的に集められた人員で、小隊の名称も要は何処に送り込んでも言い訳の立つ名前程度の価値しかない。そう、今までは。

 

「そろそろあれも整理せねばならん」

 

気になる相手の掃除が粗方終わったらしい眉なし独裁者様が世間話のついでみたいに漏らした言葉だ。つまり用済みだからお前のところで処分しろと総帥閣下は仰っておられる、勘弁して下さいホント。溜息を吐きたくなるのをこらえて目の前の現実に向き合う。ニアーライト少佐を含め、マッチモニードの皆さんは能力こそ悪くないが、割と残念な連中が集められている。この辺同じような境遇で、更に悪い環境に置かれながらも腐らず軍人として職務を全うした海兵隊のメンバーは、それだけで称賛に値すると俺は思う。

話を戻そう。目の前で青くなったり口元を痙攣させたりと忙しいニアーライト少佐は、割と今分水嶺に立っている。ここで軍人としての価値を示さない場合、彼らに待っているのは、戦死か、軍事裁判の何れかだ。総帥の口調からすると戦後に処理すると面倒だから戦死させろと言っている。流石人類が半分死ぬ作戦を承認出来る男は、命に対する価値観が違う。まあ、割と俺も同類な訳だが、流石に後ろ弾は寝覚めが悪い。

 

「君たちの状況は理解している。これでも総司令部付だからね。その上で言わせて貰うが、君たちの立場は今非常に危うい」

 

「…どういうことかしら?」

 

「この手の感性は君の方が良く解ると思うが?使い道の無くなった道具を、今まで君はどうしてきたのかな?」

 

「嘘よ!」

 

「嘘?」

 

「あたしは認められたの!優良種であるジオン国民の中でも更に最優な存在として!そこらの有象無象とは価値が違う!そのあたしが捨てられる?ゴミと同然に?そんなわけ無いじゃない!?」

 

敵意をむき出しにした目でニアーライト少佐がそう叫んだ。俺は、思わず我慢が出来なくなって笑いながら口を開いた。

 

「優秀?笑わせてくれる。権力に近づいた後、君は何をしていた?まだ君が同じ弱者を守る為に働いたのなら評価できるが、違うだろう?君はただ、虐げる側に回って、自分がされた事を繰り返しただけだ。そんな男が最も優良な人類だと?冗談にしても笑えんな」

 

「お前に何が解る!?奪い続ける、虐げ続ける側に居続けたお前に!あたしを対等の人として扱ってくれたのはザビ家だけよ!」

 

「解らんよ、だから私は思うしか無い。だがこれだけは言える。誰かに認められるためだけに、その者の言葉に盲目的に従う者は人ではない、道具だ」

 

そう言って俺はシミュレーターの使用許可とゲルググのマニュアルを机に放り投げた。俺は神様でも聖人でも無いからね。求められれば手を貸すくらいは吝かじゃないが、嫌だという人間にお節介を焼いてやれるほど暇人じゃない。

 

「今日まで本基地で収集された各データとパイロットの報告だ。局地戦戦技研究特別小隊隊長、ニアーライト少佐。貴官にこのデータの編纂及びゲルググの地上での戦技研究を命ずる。言っておくがこれが最後のチャンスだ。道具などではなく、本当に人間になって見せろ。自分の手でな」

 

 

 

 

目の前の男の言葉が理解できず、ニアーライトは混乱する頭で必死に思考する。自分は人間になった、あの地獄から這い上がり、優良種の最高峰たる者達に人と認められた。だから人間として当たり前の行動を取ってきた、そのはずだ。

 

(人間になって見せろ?この男は何を言いたいの?)

 

己の利益を確保し、弱者を踏みにじる。目的や欲望のために平然と他者を切り捨てる。それが出来る者が力を持った人間の証明では無いか。だって、自分たちは常にそうした人間達に虐げられて来たのだから。本心で言うならばニアーライトはザビ家を盲信してもいなければ、彼らに忠義の気持ちも持ち合わせていない。ニアーライトが人として振る舞う事と、ザビ家が権力を持ち続けることが不可分であるからこそ、彼はザビ家に有益な様に働いているのだ。

だが男は言う。その考えは間違っていると。巫山戯た話だとニアーライトは思う。生まれながらに人間だった者が、人間になった者の事が理解できるのかと。だが、その一方で彼の頭脳は別の仮説も組み立てる。人間から見て、今の自分が人に見えないと言うのなら。やはりそれは人に到って居ないという事ではないだろうか。

 

(馬鹿な事を!)

 

浮かんだ疑念をニアーライトは必死で振り払う。自分は人間、特別な人間だ。成程、ならば凡俗な者には人に見えぬ事もあるだろう。そう自己を肯定しようとすればするほど、疑念は膨らみ不安が心をかき乱す。そしてある答えにたどり着いた瞬間、ニアーライトは足下が崩れ去るような衝撃に襲われる。ザビ家も、目の前の男も、誰かに認められたから人なのでは無い。ならば、誰かの承認を以って自らを人と定義することはあまりにも不自然では無いか。だとすれば。

 

(あたしは…人じゃ無い?いえ、それどころか…人に、なれ、ない?)

 

「人は一人では生きられん。だから、誰かに認められたい、誰かの役に立つ事で無価値で無いと証明したい。それは自然な機微だろう。だがな、少佐。自らの理由を誰かに預けてはいかん」

 

混乱の頂点に達し黙り込んだニアーライトへ、男は語りかけてくる。

 

「誰かのために生きる。それは尊い言葉に聞こえるだろう。だがな、少佐。それは、己の行う全ての責任を、その誰かに背負わせると言うことだ。自らの行いの責任から逃れる者が、何故人間を名乗れるか?」

 

その言葉は、遠い記憶を呼び覚ます。父だったのか、母だったのか。辛く苦しい記憶に埋もれたそれは、もはや誰から聞かされたかも定かで無いが、しかしそれを聞いた事だけは、その言葉だけははっきりと思い出せた。

 

「良いじゃないか、ニアーライト。世界の全てがお前が人では無いと叫んでも、お前がお前を人だと知っている。だから、お前は、お前に誇れる自分でありなさい」

 

何故今思い出すのか。そう思うより先に、何故その言葉を今まで忘れていたのかとニアーライトは衝撃を受けた。

そうだ、だから自分は必死に学んだのだ。いつからだろう、学ぶことが力を付けることと同義になったのは。いつからだろう、自分で自分を人と思わなくなったのは。

そう思うと、ニアーライトは自然と自身の口元がほころんで居ることに気がついた。何故自分は必死に人間になろうと思っていたのか、自分は最初から人間だったと言うのに。

 

(成程ね、確かにあたしは人間じゃなかったわね)

 

だがそれは、先ほどまでの話だ。

 

「言ってくれるじゃない。大佐ともなるとご高説もお手のものなのかしら?」

 

これからの難儀をどう捌こうか。そんなことを考えながらニアーライトは言いたい放題に言ってくれた目の前の男を、そうからかう。そこに先ほどまでの焦燥も、敵意も無く、ただ目の前の男ともう少しだけ話をしてみたい。そんな欲求からでた言葉だった。

 

「そのくらい覚悟をするべきだという自戒だよ。何せ私は君たちの命を預かっているんだからね」

 

そう言って笑う男へ、ニアーライトは好感を覚え、驚きを感じた。見下すでも、顎で使うでも無い。ただ、たわい無い与太話を誰かと楽しむなど、今まで想像すらしていなかったからだ。

 

「成程、じゃあ精々使い潰されないようにあたし達が有能であることをアピールするとしましょうか」

 

そう言ってニアーライトは机に置かれた資料をつかむ。まずは部下達との関係の改善、それから部隊内の意識改革。やることはいくらでも思いつくが、ニアーライトにとってそれは今までで最も心が躍る任務になる確信があった。今日から自分たちは、人間へと戻るのだから。




マッチモニード更生という誰得回。


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第百四話:0079/11/10 マ・クベ(偽)と戦況

累計UA5000K突破有り難うございます投稿。


「やれやれ、レビル君にも困ったものだね」

 

明るく照らされた廊下を歩きつつ、幾つかの提出書類にサインを書き込みながらゴップはそう零した。制空権こそ確保しているが、輸送の要である制海権は十全とは言いがたく、少なくない規模の被害が出ている。情報部によれば小型の潜水艦による攻撃だと言うことだが、ゴップにとってはあまり意味の無い情報だった。なぜならそれらを考えるのは作戦本部の参謀であって、ゴップの仕事は彼らが要求する物資をそろえることだからだ。だからこそ、具体的な対策を立てぬまま、輸送量を増やして強引に量を確保するという方針は、ゴップにとって頭の痛くなる方針だった。

 

「輸送船一隻の人員が100人に満たないとは言え、船が沈めば相応に被害も出る。まったく、兵隊だってタダじゃないなんて、今更言わせないで欲しいんだが」

 

現在の連邦軍の作戦はどの軍であっても物量を前提とした作戦計画を行う。これはそもそも高度に発達した通信技術と、連邦軍自身より有力な敵勢力は存在しないという前提があったために少数精鋭での戦闘に特化していたからだ。しかし開戦初頭から通信面は崩壊。戦力においても想定していたような非対称戦ではなく、正に国家同士の殴り合いの様相だ。そのために連邦軍は、物量で戦う事を余儀なくされており、その結果、連邦軍の持つリソースですら各軍の要求に応えきることは困難だ。壊滅的打撃を受けた宇宙軍だけで無く、現在主力として対峙している陸空軍。太平洋艦隊の再建もままならないまま、シーレーンの維持に奔走する海軍、その全てが声高に物資と人員を要求するのだ。これであの演説の通りジオンの動きも鈍化していれば、まだやりようもあるだろうが、その気配は見られない。どころかこちらの動きに合わせて前線の戦力は更に増大しているという。

 

(国力30倍が聞いて呆れるね。こりゃそろそろ考えねばならんかな?)

 

ゴップは自身が人類という種の寄生虫であると考えている。己から積極的な社会貢献をした覚えは無いし、一見そう見える事業も自身の懐に十分見返りがあるから行っているのだ。そしてゴップにしてみれば戦争という状況は宿主が病魔に冒されているのと同義であり、宿主が快癒する、すなわち戦争を終わらせ、以前の状態に戻って貰うことが重要だった。故に連邦軍の勝利を前提とした行動を取ってきたのだが。

 

(壊死した腕を惜しんで、命を落としては笑い話にもならん)

 

当然腕を失えば元の姿には戻れない。不都合だってあるだろうし、以前ほど豊かな滋養をゴップの人生に与えてはくれないだろう。だが、それを惜しんで宿主が死んでしまっては意味が無い。ウィルスと違い、ゴップに次の宿主は居ないのだから。

 

「失礼いたします。ゴップ大将閣下!」

 

問題はどうこの提案をレビルに呑ませるかだが。そんなことを考えていると、ゴップ達の行く手を阻むように一人の士官が立ち塞がった。すぐに護衛の少尉がゴップの前に体を滑り込ませた。

 

「突然何かな?君は?」

 

言葉こそとげを含んでいたが、ゴップはそれほど警戒心を抱いていなかった。ジャブローの、それも中央施設であるこの区画に入ることが出来るのは、身元が保証された者だけだからだ。

 

「連邦宇宙軍所属、アンドリュー大尉であります。本日は現場復帰の嘆願に参りました」

 

そう名乗る大尉に覚えが無く首をかしげると、参謀の一人が耳打ちをする。

 

「先日カラカスで保護されたペガサス級の生き残りです」

 

そう言われて、ゴップは2~3日前に目を通した報告書を思い出した。北米に墜落したペガサス級、ホワイトベースの生き残りが自力でカラカスにたどり着き保護されたと言う内容だった。しかし、その報告と現状は齟齬がある。

 

「君はまだ、療養待機中ではなかったかな?」

 

確か末尾に心身の衰弱から1ヶ月程度の療養の必要性を認める旨の記述があったはずだとゴップは記憶していた。

 

「…治療は中断して頂きました。体調に問題はありませんでしたので。それに現状を鑑みれば、私のような実戦経験者が悠長に休んでいる場合ではないと考えました」

 

理屈は破綻していないと思いながら、ゴップはしかし間違いを正すべく口を開いた。

 

「大尉、君の意見は尤もではあるが、幾つか問題がある。第一に君が回復しているかどうかは軍医が判断するべき事だ。第二に私に君を現場復帰させる権限は無い。故に君が自分の願いを叶えたいのなら、速やかに医療施設に戻り、医師に診断書を書かせ、それを人事部へ提出することだ」

 

「それでは遅すぎるからこうしてお頼みしています!」

 

「何度も言うが私にそんな権限は無い」

 

「そんなはずはありません。閣下ほどの人脈と権力があれば造作も無いことでありましょう!?」

 

「口を慎め大尉!」

 

我慢できなくなったのか、後ろで聞いていた参謀の一人がそう叫んだ。それを手で制しながらゴップは子供を諭すよう言い聞かせる。

 

「大尉、私はこれでも軍の上層に居る。つまり模範となるべき人間だ。その私が権力に任せて好き勝手をやればどうなる?連邦軍は猿の集団ではない。今のは聞かなかったことにしておこう。さあ、もう行きなさい」

 

黙って俯く大尉へそう言って、ゴップは彼の横を通り過ぎようとする。しかしそこで、ゴップは疑念を感じた。ジオンと戦おうとする強い使命感を持っていて、かつこの区画まで入れるだけの階級と権限が与えられている人間が、人事権について理解していないわけが無い。

 

(ならば、何故彼は私の前に現れた?)

 

ゴップの運命を分けたのは、この人に対する嗅覚であろう。魑魅魍魎ひしめく軍政において、大将まで上り詰めた彼の感性は他者の行動と、その望む先を見ることに長けていた。その彼から見て、大尉の行動は明らかに目的と一致しない、つまり彼には別の目的があるということだ。

 

「いかん!」

 

言うやゴップは床へ身を投げ出した。ここは軍の重要区画。だが、軍人ならば武器の携帯は制限されていない。

 

「逆賊ゴップ!覚悟ぉ!」

 

そう叫ぶや、大尉はホルスターから抜いた拳銃の引き金を引く。ゴップ達にとって不幸だったのは、その凶弾の最初の犠牲者が護衛の少尉だったことだ。他の者達は射撃訓練などやらなくなって久しいどころか、銃を携帯すらしておらず、また咄嗟に自身の安全を確保しようと動いた。

 

「ぐぅっ!?」

 

衝撃と熱さがゴップの背を叩く。ああ、自分は撃たれたのだ。そう思うと同時にゴップは叫んでいた。

 

「取り押さえろ!」

 

その命令に動いた参謀の一人が犠牲となるが、そこで大尉の持つ銃が弾切れとなった。それを見て残った参謀たちが全員で飛びかかり大尉を床へと引き倒す。

 

「宇宙人と結託し連邦を敗北へ誘う奸臣め!このアンドリューがある限りそのような企みが成功するとは思うな!連邦は!連邦は私の手によって輝かしい勝利へと導かれるのだ!」

 

(まったく、最後に聞く言葉が罵声とは、私もついていない)

 

薄れ行く意識の中で、ゴップはそう一人ごちた。

 

 

 

 

「はっはっは!どうした若造!?そんなではこのワシ一人捕まえられんぞ!!」

 

「ハッスルしすぎよこのジジイ!サカギ!」

 

ガデム少佐の乗るゲルググに翻弄された事に苛立ったニアーライトが、もう一小隊を率いているサカギ中尉にそう支援を要請するが、返ってきたのは情けない声だった。

 

「無茶言いなさんな少佐!こっちだって手一杯ですぜ!?」

 

サカギ達が戦っているのは、基地に所属しているドムの小隊だ。しかし装備は同じはずなのだが、その戦況は一方的だ。何しろ2機のドムに3機がかりで挑んで翻弄されているのだから。尤も、3機がかりで1機のゲルググに押されているニアーライト達が責められる立場では無いのだが。

 

「これがドムの動きかよ!?」

 

思わず叫ぶ部下の言葉に、サカギも激しく同意したが、それを口に出す余裕は彼には無かった。何故なら。

 

「アス、時間だ」

 

「あいよ少尉」

 

まるで緊張感の無い言葉と共に、左右に分かれたドムの間から光条が走り、彼のドムを貫いたからだ。

 

「び、ビーム兵器ぃ!?」

 

絶叫するブラッド少尉へ向けて、相手のドムから呆れの滲んだ声がかかる。

 

「あんたらのドムにも積んであるだろう?まあ、全部ガデム少佐が押さえちまってるみたいだけどさ。それより、驚いてる暇なんてあるのかい?」

 

台詞が終わるのを待っていたように、再びビームが戦場を照らし、マッチモニードのドムが1機撃破される。その後の展開は戦術も何もない、包囲して全火力をたたき込むという、見る側からすれば実に酷い戦いだった。

 

「おう、大佐。こいつら弱いぞ?」

 

管制室で一部始終を見ていた大佐へ向かい、ガデム少佐がそう結論を口にする。

 

「あんたらが強いのよ!?」

 

ニアーライトの渾身の叫びは、大佐の溜息を生むという結果しか引き出すことが出来なかった。




ゴップ タイショウ >フショウチュウ 9T


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第百五話:0079/11/12 マ・クベ(偽)と欧州戦線

今年最後の投稿になります。


「なあ、正直なところ、お前さんは何処が狙われていると思う?」

 

MSの供給の相談をしていたら、必然そう言う話になるよね。ユーリ少将は酷く真面目な顔でそう俺に問うてきた。

 

「現状ではなんとも。何しろ情報が無い。もしかすれば攻勢準備がブラフで、こちらの動員能力や、物資の流れを調査している。なんてことだってあり得ます」

 

先日から始まったMSの大規模増員で欧州の抱えている戦線はどれもジオンが優勢だ。あちらさんの増強も満遍なくおこなっているから、当初は全域での大規模攻勢、ぶっちゃけオデッサ作戦だと考えたのだが、今それをやるのは博打が過ぎるだろう。

 

「どうしてもやるというなら、私なら欧州西岸の港湾…ブレスト辺りを狙いますな」

 

そう言うと面白そうにユーリ少将が聞き返してくる。

 

「ほう?歴史好きのお前さんだから、てっきりカレーかノルマンディーと言うかと思ったが?」

 

いつの時代の話をしているんですかねぇ?

 

「カレーは攻略後全周囲から圧力がかかります。こちらの展開できる平地に事欠きませんからな。ノルマンディーもブレストもこの点は同一ですが、ブレストならば撤退時に即座に南米を目指せます」

 

「撤退が前提とは随分後ろ向きな理由だな?」

 

「仮にブリテン島が十分な兵站拠点として機能しているならどちらも選択肢に挙がります。しかし、現状ブリテン島の戦力は損耗した場合、補給をジャブローに頼らざるをえない。万一にもブリテン島の航空隊が全損したら欧州攻略に採用できる選択肢が極端に減ります」

 

だから見せる戦力としてブリテン島は残して置く必要がある。それがあるだけでこちらの航空隊や地上戦力の動きを牽制できるからだ。そうなると、上陸時に使える航空戦力は大西洋艦隊の空母群になるが、こちらもそう簡単に喪失するわけにはいかない。そうなればできる限りこちらの航空戦力の範囲外に配置したいというのが心理だろう。つまり、万一の場合ブリテン島から航空支援が受けられて、かつ空母打撃軍のリスクが低く、それでいて橋頭堡を確保したら迅速に物資を運び込める大規模な港湾施設が有る場所が望ましい。こちらのゼーフントの活動範囲はそろそろばれているだろうから、北海に進出するのはリスクが高いことはあちらも承知しているとすれば、カレーはそもそも攻略が難しいし、港湾施設がシェルブールかル・アプールになるノルマンディーへの上陸はドーヴァーの制海権が確立出来ないとその後の輸送が難しい。今あの辺りは両軍の機雷まみれで、MSですら航行が困難だ。あるいはイベリア半島の奪還も考えられるが、こちらほど水陸両用の重戦力を有していない連邦では、トライデント作戦の巻き返しは難しいだろう。いくら何でもビッグトレーとファンファンやホバートラックだけでは地上戦はできんだろうし。

 

「もしくは、これだけ欧州に目を向けておいて、アフリカへ上陸、などという手もありますな」

 

「石っころと砂漠ばかり、後はジャングルがせいぜいの場所を命がけで取り返すと?」

 

「そう馬鹿に出来ません。アフリカは我が軍第二のチタニウム採掘拠点ですよ。そしてあちらのMSはチタン製ですからな、それこそ喉から手が出るほど欲しいでしょう」

 

問題はアフリカが非常に広く、ユーリ少将が言う通りインフラが極めて脆弱かつ水資源が乏しい点だ。水が無くてもMSは動くが、兵隊は無理だ。となれば確保した後の物資輸送の難易度は欧州の比では無い。大規模な港湾施設を持つ都市が離れているのもマイナスだ。ただ、もしアフリカを奪還出来れば、ジブラルタルを無視して地中海方面から欧州へ侵攻することも可能になる。これは非常にやっかいだ。

 

「アフリカにアッザムを優先して送っていたのはそのせいか。連中アプサラスももっと寄越せと言っていたが。まったく贅沢な奴らだ」

 

「仕方がありません。あの砂漠を防衛するのにMSは全く向いていませんからな。速度と打撃力のあるMAを主軸に据えるのは自然でしょう」

 

むしろMS神話に縋らずに航空機とMAを重用する事に躊躇しなかったあたり、ノイエン・ビッター少将も優秀な人だ。デラーズのハゲに共感できちゃうとか、思想面では危なっかしいけども。

 

「やれやれ、怪物でも連邦の考えを見通すことはできんか。しかしそうなると動ける部隊が欲しいな。大佐、忙しいところ悪いが砲戦カーゴの増産も頼む」

 

相変わらずさらっととんでもねえ事言いやがるな、この鳥の巣頭!

 

「最大限努力はしましょう」

 

史実を考慮すれば今一番有力な候補はこのオデッサだけど、欧州から完全に連邦をたたき出しているから、同じようにやってくる確証は無い。と言うより、仮に狙われていても絶対別の方法で来るだろう。

 

(さて…、地中海、バルト海、カレリア。ああ、マドラスからアラビア経由でカスピ海西岸なんてルートもあるか?)

 

もしオデッサ作戦をやるつもりなら、後1~2週間がリミットだ。何せ旧ロシア領に展開している連邦の第4軍はウラル近郊に引きこもっているから、ロシアで冬季攻勢とかいう自殺願望でも無い限り、そのくらいで身動きが取れなくなる。正直こちらもミノフスキー粒子で溺れながら更に吹雪の中で戦争とか絶対したくない。ユーリ少将との通信を終えて、そんなことを考えながら執務室へ向かっていたら、丁度部屋に入ろうとしているウラガンと鉢合わせた。

 

「失礼します、大佐。ご友人から手紙が届いております」

 

「珍しいな」

 

受け取った手紙を見て、思わず俺は口に出した。これまで慎重に動いていて、送ってくるタイミングすら不定期にしていた彼が、今回に限っては速達で送ってきている。しかも前回の手紙からまだ一週間も経っていない。そのことから、これが極めて重要な情報であると察した俺はすぐに封を切り部屋に入りながら紙面に目を通す。そしてその推察は見事に的中していた。

 

「ウラガン、まずいぞ。近日中に連邦軍が大攻勢に出る可能性が極めて高い」

 

 

 

 

唐突に語られた内容にウラガンは一瞬思考が止まった。大佐は、今なんと言ったのか。

 

「申し訳ありません、大佐。今なんと?」

 

そう聞き返すウラガンに、大佐本人もそれを認めたくないのだろう。苦虫を口いっぱい噛み潰した様な顔で、もう一度口を開いた。

 

「近日中。少なくとも今月中に連邦軍が欧州へ攻撃を掛けてくる可能性が極めて高い。いや、間違いなく攻撃を掛けてくる」

 

大佐はそう断言すると、言葉を続ける。

 

「だがこれで少なくともブラフの線は消えたし、進撃ルートもかなり絞られる。アフリカからの迂回と…中央アジアからの進撃は考慮しなくて良い」

 

そう言って大佐は送られてきた手紙を机へとしまう。あの場所に手紙をしまっているのを知っているのはウラガンだけで、そのウラガンであっても、手紙の内容について見たことは無い。

 

「彼くらいになると、少々代えがきかん」

 

以前手紙の中身を見せて欲しいと頼んだ際、防諜を理由に断る大佐が言った台詞だ。それだけでその手紙の人物が、連邦軍に深く、しかも相応の地位で存在していることが理解できる。以来、ウラガンは配達してくる人間から直接受け取り、自分以外基地の者でも触れさせずに大佐へ届けている。

 

「理由は不明だが、連邦軍のゴップ大将が襲撃され重体だそうだ。何処の誰が考えた演出か知らないが余計なことをしてくれる」

 

敵とは言え大将クラスともなれば、自然と耳に入るものだが、あまり聞き慣れない名前にウラガンは眉を寄せた。

 

「あまり聞き及ばない名前の方ですが。その大将の負傷と攻勢にどのような関係が?」

 

ウラガンの質問に大佐は一瞬呆けた顔になった後、真顔に戻り質問に答えた。

 

「ウラガンでも耳にしない程度には用心深い人物だ。そして連邦きっての兵站屋だな」

 

「兵站屋…ですか?でしたら彼の負傷で今後の物資輸送に影響が出るでしょうから、むしろ攻勢は延期されるのでは?」

 

そう疑問を返せば、大佐は首を振り否定する。

 

「彼ほどの男だ、恐らく今回の攻勢分の手配は抜かりないだろう。そして、その後が混乱することに気づいているのは私達だけではない。間違いなくレビル大将もそのことを考慮した行動を起こすはずだ」

 

だとすれば、そう大佐は続ける。今回の攻勢を維持するだけの物資と、その輸送手段は確保できているが、仮にここで攻勢を延期した場合、連邦による攻撃は来春までずれ込む公算が高いのだと大佐は言う。冬季になれば北方に展開している連邦軍は動けなくなるためだそうだ。コロニーで育っているウラガンには、人が動けなくなる程の寒さというものが、頭では理解しているものの実感としては無い。だが、その寒さの中で数ヶ月兵を養うと言うことのやっかいさは理解できた。何しろ過ごしやすい今のオデッサですら、部隊を大過なく維持し続けるのは結構な仕事なのだから。

 

「つまり先延ばしにすればするだけ、連邦軍の予定は狂っていくと?だからといって博打のような戦いを仕掛けるものでしょうか?」

 

「常識的に考えればな。しかしそうしたくても状況が悪すぎる。あれだけでかい口をきいておいて、ここまでレビルは勝利らしい勝利を提示できていない。総司令から降りるにしろ降ろされるにしろ、一度も判りやすくやり合わずには引けまいよ。だとすれば想定内の戦いが出来る内に殴りかかった方が良い、とあの老人が考えても不思議ではない。何しろ停戦を蹴り飛ばして戦争を続けるような御仁だからね」

 

実際南極条約後もジオンの優勢は崩れておらず、ウラガンからすればレビルは自ら泥沼の戦争へ飛び込んだように見える。そしてそのような選択をする人間ならば、攻撃が難しくなったからと言って和平へ舵取りをするとは考えにくかった。

 

「そう言う意味ではゴップ大将の離脱はこちらにとってもマイナスだな。彼の思考は軍人より政治家、政治家より商人に近い。採算のとれない戦いになれば、彼を中心に和平交渉すら出来たかもしれない。まったく、本当に余計なことをしてくれたものだよ」

 

その言葉にウラガンは深く同意した。戦争など、所詮外交の手段に過ぎない。そうであるならば、そこにつぎ込むコストは少なければ少ないほど良いのだから。




皆さん良いお年を。


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第百六話:0079/11/15 マ・クベ(偽)と前夜

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。


「ふん、レビルも無茶をする」

 

オトモダチの情報から、連邦が本格的な欧州での大攻勢を計画しているのが明らかになって3日、欧州方面軍の偉いさん達とあーだこーだ言い合った結果、狙いはオデッサで間違いないだろうという結論に至った。まあ、ある程度身動きが取れる司令部と違って、生産拠点も鉱山も抱えて逃げるなんて出来ないからね。ここまで史実より前線を押し上げていたので起きない事を期待していたのだが、あのヒゲ爺強引に作戦を実施したようだ。

しかし本当に無茶してきやがった。史実では欧州方面軍が確保できて居たのは地中海沿岸部とバルカン半島、それとアナトリア半島の一部分で、実際のところ欧州のほとんどはまだまだ連邦の勢力圏と言えた。特にバルト海および北大西洋を抑えきれなかったために、ブリテン島に退避したビッグトレーなどの陸上戦艦に堂々と再上陸されている。つうか集結地点がワルシャワって目と鼻の先じゃねえか。この上東欧、旧ロシア領からも進撃って、完全に包囲されてるってレベルじゃねえぞ。

対してこちらでは欧州の全域を確保した上、黒海で好き放題作った潜水部隊を存分に送り出して、大西洋で散々船団襲撃してやったんだが。

 

「出来れば、集結までにある程度削りたいが。まあ、無理だろうな」

 

相変わらずバルト海は連邦の勢力圏だし、ブリテン島周辺は偏執的なまでの対潜防御網が構築されている。史実はよく知らんが、情報からすると船団襲撃が相当頭にきたらしい。攻撃は難しいがそれだけ手間を掛けさせたし、何より輸送路はまだまだ隙だらけだ、潜水艦隊は無理せず引き続き船団襲撃を続けていく方針だそうだ。

史実より装備も数も増えている欧州方面軍だが、支配地域が史実の倍以上あるので正直戦力密度的には史実とそれほど変わらなかったりする。おまけにどうも敵の主力はスカンジナビア半島に集結しているようで、こちらの航空戦力では爆撃も難しい。フィヨルドに引きこもるとか、お前らはティルピッツかと言いたい。仕方が無いので、使わなくなった280ミリや175ミリなんかをバルト海沿岸の上陸しやすそうな位置にトーチカとして設置。ついでにアッガイで機雷をばらまいておいた。現地の人たちの疎開準備や、戦闘後の補償なんかを考えると今から頭が痛いが、戦闘に巻き込んで余計な死人を出すよりは幾らかマシだろう。おまけに欧州全域で敵の活動が活発化している。奇襲効果を完全に捨て、こちらの前線部隊を拘束するつもりだろう。なんかブリテン島も騒がしくなっているし、最近大人しかった中東も活発化しているし、ウラルの第4軍もバイコヌール辺りに頻繁に出没するしで、もう何処の戦線も蜂の巣をつついたような大騒ぎだ。おかげで狙いはオデッサだって解っているんだけど、何処の部隊も自分たちの前面が主攻だと確信していて戦力はこちらに送れないと申し訳なさそうに謝ってきた。まあ、敵が目の前に居る状態で戦力下げるなんて無理だよね。

 

「主力が居なければ後方の拠点くらい簡単に落とせるとでも?あまりなめてくれるなよ?」

 

チート野郎の底力を存分に堪能させてやろう。

 

 

 

 

「集積状況は?」

 

「はっ、現状で目標値の98%を達成しております。揚陸部隊の準備も問題なく」

 

「ヘビィ・フォーク級、ハルツーム及びアシガバード、並びにウェリントン、キャンベラへの弾薬並びに燃料補給は完了、両日中にその他物資の搬入も終了致します」

 

次々に参謀から返ってくる報告にヨハンは深く頷くと、秘書官の一人に小声で確認を取る。

 

「バターンの方はどうなっている?」

 

「昨日ベルファストにモルトケ、マルケッティアと共に入港、現在対機雷装備の増設中とのことです。作業終了は明日1500予定です」

 

「…エルラン中将からは、何かあるかね?」

 

「今のところ、掃海艇の増員要請のみです」

 

「…そうか」

 

本音からすれば、ヨハンはエルランがあまり信用できていなかった。何しろ派閥内で和平論を唱える程度には、今大戦に否定的であるし、サイド3へ駐留武官として赴任していた期間も長い。思想的にジオンに染まっていないとは言い切れないのだ。ヨハン自身の同期や後輩からジオン公国へ移り――当時は共和国だったが――国防軍の発足どころか、現在でも軍の重鎮として職務に当たっている者がいるくらいだ。

故にバターン号を使った囮部隊の指揮を任せている。敵戦力を引きつけられればよし、例え出来なくとも、本部に居なければ徒に意見を衝突させ、本隊の行動を邪魔する事も無いという考えだ。加えてジオンが以前流したプロパガンダ放送だ。連邦軍高官にシンパ、すなわちスパイが居るとした放送であったが、エルラン中将に不審な動きや通信記録などは無く、潔白は証明されている。ヨハン自身追加の調査を各上級士官相手に行ったが、結局誰一人不審な点は見られなかった。

 

(つまり、この疑心暗鬼による相互不和そのものが連中の望みか)

 

理解したつもりであっても、簡単に割り切れるものではない。普段から意見が対立していれば尚のことである。

 

「…敵はこちらの作戦に掛かるでしょうか?」

 

「安心したまえ、便宜上主攻、囮とは言っているが、実のところこの作戦は二正面作戦だ。薄く欧州全域に広がっているジオンではこちらと当たったとき、どうやっても戦力の逐次投入となる。ゴップ君のおかげで少なくともこの攻勢中に物資に困る事は無い。ならば後は前へ進むだけだ」

 

切り札も用意してあるしな。口には出さず、ヨハンはそう胸中で付け加える。更に言えば、ビンソン計画を縮小したため、陸戦兵器並びに物資に関しては余裕があった。仮に今回が失敗したとしても、相応の損害をジオンに与えれば、立ち直るのはこちらの方が早いという目論見もヨハンの中にはあった。ゴップ大将の負傷は手痛い損失だが、それでも一度彼が行った事を、もう一度やるだけなら、効率は落ちるものの参謀だけでもやれないことはないからだ。

 

(そう、最低限あの男だけは、ここで始末する必要があるだろう)

 

写真のみで知る敵将を思い起こし、ヨハンは静かに決意する。嵐はもう、目前に迫っていた。

 

 

 

 

オデッサ鉱山基地、最初は3つ程の採掘所からスタートしたのだが、いつの間にやら鉱山だけで20近く、MSの製造工場やらのあるオデッサ郊外の基地を中心に10近い駐屯地を持つ地球でもキャリフォルニアベースに次ぐ大拠点だ。その防衛ラインは直径にして200キロにも及ぶ範囲の総称になっている。

欧州方面軍の心臓である本基地は、中央と呼ばれる司令部の置かれている基地にMS一個大隊。周辺基地に分散して2個大隊が駐屯する他、ヒルドルブⅡで構成された一個戦車大隊を擁する。これに加え、砲兵火力としてギャロップ20両が各MS隊に配備されている。空に関しても爆撃機二個飛行隊と戦闘機四個飛行隊を隷下に持ち、更にガウを4機保有する。ここに特別遊撃部隊としてザンジバル級及びその発展型であるケープタウン級機動巡洋艦をそれぞれ1隻、そこに搭載されるMS2個中隊を指揮下に置いている。

しかもこれらは、あくまで機動力を有する戦力を挙げたのみであり、歩兵で構成された警備隊を始め、高射砲やミサイルで武装した防空隊、移動式のレーダユニットも配備されている索敵隊なども有し、基地一つがコンパクトな軍としてまとめられている。

 

「その気になれば、あいつは一人でも戦争が出来る」

 

オデッサ基地の部隊配備について報告を受けたユーリ・ケラーネが抱いた感想がそれだった。同じ勢力圏に在りながら、指揮系統が異なる上に自らのみで完結した部隊。これがもしあの大佐以外が指揮を執っていたなら、ユーリは全力で戦力の引き剥がしと、信頼できる部下を送り込むことに腐心していただろう。しかし、今のオデッサに感じるのは頼もしさと安堵だ。仮に欧州軍司令部を動かすような事態になっても、オデッサが健在である限り巻き返しが出来る。

 

「用意周到で結構な事だ。おかげでこっちは気にせずやれる」

 

そう言いながら、先ほどまで話していた大佐との会話を思い出す。

 

 

「折角来てくれるのです。引き込みましょう」

 

揚陸地点に防御陣地を作れと提案しながら、大佐は平然とそう言い切った。

 

「おいおい、正気か?万が一にもオデッサが落ちたらどうする!?」

 

「水際で叩く、言葉は魅力的ですが有史以来出来た試しはありません。そうなるとこの戦争は長引きます。ここは一つレビルに退場して貰いましょう」

 

「解りやすく説明しろ。誰も彼もがお前さんと同じ脳みそをしている訳じゃない」

 

憮然とそう聞き返すユーリに、一瞬目を見開いた大佐は、至極真面目な顔になって謝罪を口にした。

 

「失礼しました。恐らく今回の作戦は、連中にとって乾坤一擲の作戦になるでしょう。何せ欧州を奪還出来ればミリタリーバランスが大きく巻き返せますからな。そうなると、恐らく指揮官としてあのご老体が出しゃばってくる可能性は極めて高い」

 

「だろうな」

 

ミノフスキー粒子による通信妨害という問題もあるが、もう一つ。ヨハン・イブラヒム・レビルの政治生命が今や風前の灯火と言う差し迫った状況にあることも大きい。この状況下で作戦が失敗すれば当然更迭だが、仮に勝っても部下に任せていた場合、少々問題がある。いくら指示を出したのがレビルであっても、勝利した人物が別に生まれればどうなるか?落ち目の老人を切り捨てて、新たな英雄を担ぎ上げようとする者や、これ幸いにとレビルを糾弾し、力を削ごうとする連中が必ず出てくるだろう。そうした連中に付け入らせないためにも、レビルは陣頭指揮を執る可能性が高い。

 

「連邦の主戦派を切り崩すためにも、ここでレビル共々その主力を平らげてしまいたい。そのためには連中が逃げられないところまで引き込む必要があります」

 

「それなら揚陸地点も綺麗にしておいてやった方が良いんじゃないか?」

 

「それはこちらが罠を張っていると宣伝しているようなものです。むしろ労力を払って突破してこそ見事に罠に掛かってくれるでしょう。人間、自分の苦労が徒労だったとは思いたくないものですからな」

 

ついでに砲弾も消費させれば、後々の戦いがやりやすくなる。平然とそう言う大佐に、ユーリはつくづくこの男が敵側に居なくて良かったと感じた。

 

「北部に展開している部隊は最低限の警戒部隊を残し欧州中央まで下げます。丁度連中は二正面作戦をしてくるようですからな。精々慌てて配置転換して見せましょう。そしてオデッサに噛み付いた所で後方を遮断します」

 

「簡単に言ってくれるが、どうやってだ?」

 

そう聞き返せば、強い笑みを浮かべながら大佐はそれを口にした。

 

「お忘れですか?ここにはジブラルタルの英雄が居るのですよ」




冒頭の台詞、実は0話書いた時点で決まっていました。台詞だけ。
まさか回収するのにここまでかかるとは…。


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第百七話:0079/11/15 マ・クベ(偽)と嵐

連休ももうすぐ終わり、皆覚悟は良いか?俺は出来てない。


「イヤです」

 

「イヤですじゃないが」

 

連邦軍が動き出したので呼応する形で部隊を移動させるべく、シーマ中佐を呼び出して作戦を伝えたら思いっきり拒否されたでござる。

 

「連中の狙いはオデッサなのでしょう?なら、後方遮断は欧州方面軍に任せて、私達は基地の守りに徹するべきです」

 

敵は何しろ軍団規模、それこそオデッサを確実に落とすべく数十個師団を擁しての進撃だ。対して基地の防衛戦力はかき集めても二個旅団相当。それも広い範囲に展開しているから、数的劣勢は覆せない。故に機動力のあるシーマ中佐隷下の任務部隊を予備戦力として取っておき、敵の突破戦力を吹き飛ばす事で防衛を堅固なものにしようと言うのが中佐の考えだ。成程、オデッサを守り抜くだけならば、確かにその方が確実だ。でも、俺は欲張りなんだよね。

 

「基地を維持するだけなら中佐の意見は正しい。…だが私は欲張りでね。そろそろこの戦いに決着をつけたいと考えている」

 

「決着?」

 

「中佐、私はね、今回の作戦でレビルの首が取りたいんだ」

 

俺がそう言うと中佐は目を見開いた。はっはっは、驚くのはまだ早いぞう?

 

「君の隊は名が売れているからね。“ジブラルタルの悪魔”が後方、自身の生命線たる物資集積所に現れたと知れば、一個師団は確実に釣れる。釣れなくても物資を焼き払えばあちらさんは大損害、実に割の良い取引だ。まあ、おかげでメインディッシュは欧州方面軍に渡す事になるがね」

 

「そうは言いますが、連中が私達だと気づかなければ意味がないのでは?でしたら…」

 

「気付くよ、それも確実に」

 

俺がそう言って笑って見せると、訳が解らないと言う表情になる中佐。うん、そろそろ良いかな?

 

「一月程前だったかな?亡命してきた技術士官が居たんだ、連邦の新兵器の情報を持ってね」

 

丁度ホワイトベース落とした辺りだったから、タイミング的には中々迫真に迫っていたんだが、彼はどうも運がなかった。何せ潜り込む先であるオデッサが、入り込もうとした矢先に総司令部付きに変更。おかげでいつもは丸投げしてくるユーリ少将が、一応発送手続きの前に連絡を入れてきたのだ。

 

「亡命してきた技術士官、そっちに送るぞ?」

 

「そいつスパイだからノーセンキュー」

 

あの時の少将の顔は中々に傑作だったなぁ。因みに持ってきた資料は強襲型ガンタンクだと思ったら、普通のガンタンクだった。ほほう、つまりあいつは対ヒルドルブ用か何かで隠しておきたいと言うことだな?折角だから有効活用してやろうと言うことで、欧州方面軍司令部の技術部――と、言う名の偽部署、中身は情報部のエージェントさんしかいません――に放り込んで、無い事無い事それから無い事を吹き込んで盛大に情報流して貰っている。具体的には、欧州のMS配備数は実際の3分の1くらいとかね。

 

「そういう訳で、私達に都合の良いスピーカーが居てくれるのでね、中佐の存在を敵に教えるのも教えないのもこちらの胸三寸なのだよ」

 

それにしても、よく考えたらあの情報を基に攻めてくるのか、ちょっと連邦軍将兵には同情するな、手は抜かんけど。

 

「それにそう悲観することもない。MS部隊は無理だが、歩兵部隊は北方と東方合わせて20師団が防衛戦に参加してくれる。つまり、基地のMS部隊は完全に機動戦力として暴れられる訳だ」

 

俺がそう言ってみせれば、中佐は複雑な表情で口を開いた。

 

「…もしかして、今回の攻勢そのものが大佐の書いたシナリオですか?」

 

いえいえ、それは流石に買いかぶりすぎですよ。

 

「そこまで操れるなら、そもそもここを戦場にするなんてプランは作らんよ。余計なリスクを負うほど、私は酔狂ではない」

 

死ぬのも死なせるのも、ご免だからね。

 

 

 

 

「それでは、お世話になりました。ビッター閣下」

 

「それはこちらの台詞だ。こちらこそ世話になった。大佐によろしく頼むぞ、大尉」

 

初めて会ったときとは比べものにならないほど綺麗な敬礼をするヴェルナー大尉に向けて、答礼をしつつノイエン・ビッター少将は感嘆と憧憬の混じった感情を覚えた。ヴェルナー大尉――初めて会ったときは中尉だったが――の出会った頃と言えば、誰にも飼い慣らせない野生の獣の様な男だった。そんな男を従えているという事実に、飼い主たる大佐の評価を上げたのは記憶に新しいが。あれから半年も経たないと言うのに、ヴェルナー大尉の更なる変わりように、ノイエンは大佐という人間の面白さを実感した。

 

「少しは偉くなりませんと、大佐を守ることもままなりません。あれで危なっかしい人ですから」

 

笑いながらそう心変わりの理由を話すヴェルナー大尉は、どこから見ても立派なジオン軍人だった。残念な事に教官としての技量は相変わらずだったが。

 

「しかし、決戦か。ヴェルナー大尉の言う通り、確かに思い切りの良い男だ」

 

アッザムの借用で何度か連絡も取り合ったが、出陣式で会った頃に比べ、随分と精悍な男になっていた。以前の大佐は用兵家でありながら、どこか現場の人間を下に見ている所があったが、今の彼からはそれは感じられない。どころか、部下が彼を守りたいと言うほどには好かれているようだ。

 

「おまけに覚悟もある。良い将だ、いずれは軍の中核を担う男になるかもしれんな」

 

「閣下も随分と買われているのですね」

 

副官の大尉がコーヒーを差し出しながら、そう話しかけてきた。礼を言いつつマグカップを受け取ると、ノイエンは己の持論を口にする。

 

「兵に生きろと言うのは、実のところそれほど難しくない。誰だって死にたくはないのだから、命じなくてもその為に全力を尽くす。だが、死ねとなれば話は違う。それがどれほど崇高であろうと、意味のあることであろうと、拒絶したくなるのが人だ、それを命じて気分の良い者など居るはずがない。まして命じる相手が己を慕ってくれる者であるなら尚のことな。…だから、将の器とは、その部下に死を命じられるかどうかで決まる、そう私は考えている」

 

そこまで言ってノイエンは、表情を緩め、肩を竦ませてみせる。

 

「もっとも、これは私の様な凡将の持論だ。彼のような戦略家ともなれば、こう言うかもしれん。部下に死ねと命ずる状況を作る時点で将失格だ、とかな?」

 

冗談のつもりで口にした言葉であったが、コーヒーの味を楽しむ内、ノイエンは彼なら本当にそう考えるかもしれない、そんな確信をどこかで得ていた。

 

 

 

 

「失礼します。大佐、カークス大尉より出撃時間の確認が来ております」

 

「またか、今日何度目だ?」

 

端末とペンを置き、ガルマ・ザビ大佐は盛大に溜息を吐いた。確認しているのはカークス大尉、あのアプサラスのガンナーだが、発信源は間違いなくアイナ・サハリン少尉だろう。アプサラスの開発、そして何より兄の命を助けてくれたに等しいマ大佐に彼女は並々ならぬ感謝の念を抱いている。故に大佐から支援要請、それも名指しでアプサラスを指定された際の高揚は、ちょっとした暴走を引き起こしていた。

 

「やる気になっているのは結構なことだがな」

 

午前中だけで3回も出撃時間の確認をされれば、多少落ち着きを身につけたとは言え、まだ年若いガルマには苛立ちの対象にもなる。

 

「仕方が無い。この手はあまり使いたくなかったのだがな。ダロタ、アイナ少尉に伝えろ。君たちの出撃タイミングはマ大佐から細かく指定されている。つまり早すぎても、遅くても大佐の思惑から外れるのだ。大佐にとって君たちは只の増援ではない。切り札なのだよ。だから、その瞬間まで己を律したまえ。とな」

 

「承知しました」

 

そう言って退出する中尉を見送りながら、ガルマは再び端末へ向き直り書類整理を始める。だが、視線こそ文章を追ってはいるが、頭の中では大佐との会話を思い返していた。

 

「増援は問題ないが、直ぐに送るなとはどう言うことだ?」

 

そう聞けば、大佐は至極真面目な顔で口を開いた。

 

「アプサラスは高い攻撃力を誇ります。おまけに重装甲とIフィールドによって半端な攻撃はものともしません。ですが、それ故に戦場に現れれば最優先の目標になります。あれが浮いているだけで被害の桁が一つ変わっても不思議ではありませんから」

 

「つまり、連中がオデッサに食いつく前に警戒から進撃を止めると?」

 

「はい、そうなれば包囲は難しいでしょう。オデッサは陣地を利用して金床の役割は果たせますが、ハンマーにはなれません。いかんせん数が足りませんからな」

 

「それこそアプサラスを押し立てれば良いじゃないか?」

 

大佐の言う通りアプサラスの火力は圧倒的だ。ジャブローを岩盤ごと打ち抜く事を想定した火力は、地上のあらゆる兵器をなぎ払える。ならばそれを前面に押し立てれば十分に働いてくれるとガルマは考えた。

 

「問題はそれだけではないのです。包囲した後方は当然陣地としては損壊していますから、金床としては不足ですし、何よりここを落とすために準備された戦力です。当然航空兵力も相応の規模が予想されます。正直前進するアプサラスを守り切れるだけの航空戦力はオデッサにはありませんし、今後の事を考えれば、欧州方面軍の航空機も余裕はありません」

 

故に最高のタイミングで、全力で横面を殴りつける拳に使うのだ。そう言って笑う大佐を見て、ガルマは心底彼が敵にいないことを感謝すると同時に、彼が守る拠点へ攻撃を仕掛けねばならない連邦兵に同情を禁じ得なかった。




オデッサ作戦の概要を見ながら、この設定を作ったのは誰だ!と雄山ごっこをする連休でした。


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第百八話:0079/11/17 マ・クベ(偽)とオデッサ作戦―1―

懲りもせずまた連話の投稿ですよ。


日の出を数時間後に控える暗がりの中を、多くの将兵が蠢いていた。11月のスカンジナビアは、既に肌を切り裂く気温で吐き出す息も白い。

 

「諸君。おはよう」

 

その声に、ざわめきが静まる。一拍空けて再び声は発せられた。

 

「既に承知のことと思うが、今日、我々は欧州の土を踏む。今から3時間後、諸君らは未だかつて人類が経験したことがない上陸作戦の尖兵として、欧州を進むだろう。今、一人の権力者の我欲によって蹂躙されている、故郷を取り戻すために」

 

声は続く、それは集まった将兵全てに隔てなく響いた。

 

「かつて千々に分かたれていた彼の地を、我々の先達は多くの血を流し楽土とした。多くの犠牲の上に、我々は安寧を築き上げた。肌の色、言葉、信じるもの…ありとあらゆる事柄を理由に刃を向け合った時代を過去として、我々は今日を生きている。だが、それを再び甦らせんと目論む者が居る。己の欲望のため、刃を振るい、再び人類を混迷へと誘おうとするかの者は、その欲望を満たすため多くの尊い人命を平然と奪った。そのような者に我々は屈する訳にはいかない」

 

言葉は響く。その場に居る全ての人間が、声も発さず、それに聞き入った。

 

「我々は戦う、再び平和を取り戻すために。我々は戦う、誰もが明日を疑わぬ世界のために。後の戦史において、今日という日は大きな意味を持つことになる。再び連邦が欧州へ舞い戻った日として、そして何よりかの独裁者が打ち倒される始めの一歩として。諸君ら個人にとって、今日の只の一歩は、人類史において偉大な一歩として人々に記憶される事になるだろう。諸君、地球連邦軍将兵の諸君。これよりオデッサ作戦を開始する」

 

歓声が轟き、空気が震え、それに呼応するように次々と陸戦艇のエンジンが呼吸を開始する。航空機が甲高い吸気音と共に、次々と空へと舞い上がり、素早く列を組む。人類が手にした最大規模の暴力装置が、今、解き放たれたのだ。

 

 

 

 

「防衛ラインへの配置転換、及び民間人の避難、完了いたしました」

 

「地雷原の敷設及び対戦車障害物の増設は、予定通り本日1200にて完了いたします」

 

「臨編MS大隊の名簿と使用機体のリストだ、確認を頼む」

 

「シーマ・ガラハウ中佐より電文、「予定通り」以上です」

 

軌道上のパトロール艦隊から連絡が入ったのが一時間ほど前。連邦軍出撃の報を聞いて、ここオデッサも慌ただしくなってきた。

 

「皆、気持ちはわかるが少し落ち着け。敵がここまで来るにはまだ一日以上あるんだ、今から張り詰めていては体が持たんぞ?」

 

報告を見る限り、当初想定していた準備時間より2時間以上予定が繰り上がっている。早い、安い、美味いは良いことであるが、それが負担になってはいけない。地下のチンチロ班長も言っていた、無理は良くない、無理は続かない、至言である。

 

「お前さんはもうちょっと緊張した方が良いんじゃないか?」

 

「私が慌てれば連邦の戦力が減るのなら幾らでも慌てるがね。打つ手は全て打っている以上、後はそれを十全に動かすだけだよ」

 

そう言って送られてきた報告を端末に映し、チェックする。全て指定通り、本当ウチの皆は優秀だなぁ。

 

「そんなもんかね。それで、一応聞いておくが臨編大隊、あれは本当に良いんだな?」

 

良くはないんだけどね。

 

「状況が状況だ、使える戦力は多いに越したことはない。本音を言えば欧州本部の護衛にでも出したかったんだがね」

 

「まあ、あれだけ乗れていればそうそう後れは取らんだろう。指揮官のニアーライトも優秀だし、副官のヘンリー大尉もベテランで戦況把握も良く出来ている。そうそう悪いことにはならんだろうさ」

 

指名したとき二人ともすっげえ驚いてたけどね。まあ、両方とも転換訓練中だったからそうもなるわな、正直すまんかった。

 

「基本的に臨時編成大隊は本部付の予備戦力扱いだ。投入のタイミングは少佐に任せる。上手くやってくれ」

 

「任されよう。…それで大佐、正直なところこの戦い、勝てると思うか?」

 

佐官以上とウラガン、イネス大尉には敵の規模を大凡だが教えているからだろう、少し気まずそうな表情でガデム少佐が言葉を続けた。

 

「オデッサで勝つのは難しいな」

 

相手はこちらの倍じゃ済まない数で来てるもの。そう言うと実に微妙な顔になる爺様。

 

「そこはお前さん、嘘でも勝てると言うところだろう?」

 

はっはっは、冗談じゃない。

 

「指揮官が嘘を吐くなど問題外だ。第一私は小心者でね、嘘に人の命を賭けるなど、とても出来んよ」

 

「今部隊の士気は高い。だが、例の件を知っているのはここに居る者だけだろう?敵を見たとき、何処まで士気を保てるか正直解らん。だからな、何か拠り所が必要だとワシは思う」

 

あんま、そう言うことはしたくないんだけどなぁ。仕方ないなぁ。

 

「ウラガン、すまんが放送の用意を」

 

そう言うと何故か皆嬉しそうに動き出す。本当、こう言うの柄じゃないと思うんだけどな。

 

 

 

 

「皆、おはよう。少しばかり語るので、手を止めず聞き流して欲しい」

 

ノーマルスーツに着替え待機室で寛いでいると、そんな声がスピーカーから流れ出した。どうにも大佐は、この手の演説が苦手らしく毎回微妙な入りをするのだが、それが却って面白いと兵達の間では意外に好評だ。

 

「今週末こそ、私はイスタンブールの骨董市に赴き、文化財の保護に邁進するつもりだった」

 

あまりな始まりにあちこちで笑い声が上がる、同じく彼女も苦笑してしまった。大佐の外出が軍の命令で禁止されているのは周知の事実だからだ。

 

「だというのに基地に脅威が迫っている。ご苦労なことにたかだか基地一つを落とすために軍団規模での攻勢だそうだ。まったく、その労力をもっと有意義に使えと言いたいね」

 

軍団ともなれば、少なくとも基地にある戦力の10倍は下らない。だと言うのに最初の評価が労力の無駄遣いとは。

 

「しかも笑えるのは、たかだかその程度の戦力で、この基地を本気で落とせると思っていることだ。そのような指揮官の下で戦う兵士には同情を禁じ得ないが、相手は本気だろうから、こちらも本気で相手をして差し上げよう、手加減など偉大な連邦軍に失礼だからね?」

 

その辺りで我慢の限界が来たのだろう、スピーカー越しにも笑い声が聞こえてきた。ひとしきり笑い声がこだまし、それが収まった頃、再び大佐が口を開いた。

 

「今回の客人は少々多い、だが特別なことなど何もない、普段通りだ。訓練通りに業務をこなす。君たちはミスをしない、私もミスをしない。それだけ出来れば全て上手くいく、簡単だろう?普段通り、訓練通りに業務をこなし…世界の守護者などと思い上がっている連中を教育してやれ。以上だ」

 

瞬間、歓声が基地を揺らした。その振動を心地よく感じながら、彼女は微笑む。酷い演説もあったものだ。勇ましさの欠片もない、鼓舞と言うにはあまりな内容だ。だが、それでこそ司令らしいと、あの人らしいと笑ってしまう。

 

「聞いたわね?初陣だからって怖がることも、緊張することもないわ」

 

そう、エリオラは表情を和らげていた部下へ話しかける。

 

「大佐の仰る通り、普段通りやりなさい」

 

「「はい、隊長!」」

 

元気の良い返事に満足しつつ、ただしかし、エリオラは一つ懸念があった。果たして、大佐の動きに慣れてしまった彼女たちが、普通の相手に増長してしまわないだろうかと。

 

 

 

 

「大体だな、私達に求められているのは勝つことではない、負けないことだ」

 

これについては十分に説明したつもりなのだが、今一爺様は理解できていないようだ。

 

「お、おう?」

 

「少佐、解らないなら聞いてくれて構わない。意思の疎通は指揮官にとって重要だろう?」

 

「ならば聞くが、この状況では負けない事すら難しいと思わんか?」

 

「物資の集積状況からすれば、最低でも200万前後は動員しているな、歩兵なら凡そ100個師団という所か?」

 

尤も、機甲戦力やMSなどに航空機などもあるから実際にはもう少し師団の数は減るだろう。

 

「ひゃっ!?正気か!?こちらの20倍以上ではないか!?」

 

「数だけならな。だが、敵の多くは旧来の兵器を運用した部隊だ、戦力比で考えるならばそこまで酷いことにはならん。こちらには防御陣地もあるしな。何より敵はこちらがMSで完全充足した師団を複数所持していることを知らん。北部方面軍にはばれないよう適宜遅滞戦闘をするよう要請してある」

 

なんせドムの大隊を止められる陣地だからなぁ、戦車だと正に鴨撃ちになりかねん。

 

「後は主攻である欧州方面軍が伸びた脇腹を食い破るのを眺めるだけだ」

 

俺はそう不敵に笑う。

 

「指揮官もそうだ。歴戦などとうそぶいているが、所詮奴らは非対称戦ばかりで国家間の正規戦の経験は今次大戦が初めてだ。おまけにミノフスキー粒子下での大規模戦闘など言わずもがな。ならばそんな肩書きなど、どれほど恐れる必要があるというのか」

 

唖然とする爺様に俺は一口紅茶を飲んで、もう一度先ほどの言葉を繰り返した。

 

「言ったろう?普段通りやれば上手くいくとね」




オデッサ作戦はーじまーるよー。


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第百九話:0079/11/17 マ・クベ(偽)とオデッサ作戦―2―

「へっ、呆れるような物量だね」

 

日の出と共に始まった連邦軍の攻撃は、港湾施設と市街地を傷つけぬよう細心の注意の払われたものだった。それ以外は全てを灰燼に帰す勢いではあったが。

 

「まったく、オデッサの魔法使い様々だな」

 

ジャイアント・バズのスコープを利用して状況を確認していた兵士がそう返した。彼らは欧州の北方方面軍に所属する兵士であり、今現在更地に均されている海岸の防衛を指示された部隊の一員だった。もし、オデッサからこの地域への攻撃が警告されていなかったら、あるいは、その後誘引することが提案されていなければ、間違いなく自分たちはあの火力と正面からぶつかっていたと言う事実が、安堵と共に今の軽口を誘発していた。

 

「来たぞ」

 

たっぷり30分掛けて行われた準備砲撃の後、航空機の援護の下、揚陸艦が次々と海岸に殺到する。砲撃を免れた幸運なトーチカや市街地の屋上に設置された対空砲が健気な反撃を行うが、次々と投下される爆弾によって無力化されていく。

 

「こりゃだめだな」

 

幾つかの揚陸艦が触雷し座礁したり、吐き出された61式戦車が生き残っていた地雷で吹き飛ばされるが、全体の数からすれば、正に微々たる損害だ。

 

「連中が市街地に入ったら合図だ、間違えるなよ?」

 

「了解」

 

返事をした兵士は、市街地に敵が十分入ったことを確認するとドムの左腕を操作し、信号弾を打ち上げた。

 

「よし、逃げるぞ!」

 

敵を前に、戦いもせずに背を見せる。軍人として無能にも見える行動を取りつつ、彼らはしかし、笑顔のままだ。

 

「まあ、最初くらいは花を持たせてやるとするさ」

 

捨て台詞を残し、兵士達の操るドムは、連邦軍に見とがめられることなく撤退していった。

 

 

 

 

「報告します。パウル少将より入電!第35師団は橋頭堡を確保、損害は軽微!引き続き地点の防衛及び索敵を継続する、以上です!」

 

その言葉に控えていた参謀達が安堵の溜息を漏らすと、口々に好き勝手なことを言い始める。

 

「まずは成功、ですな」

 

「これで、ゴップ大将の警告は杞憂だったと証明されました。閣下、進撃のご指示を」

 

「連中はこちらの陽動にかかりました。この上は迅速な行動こそ作戦の趨勢を決定します、閣下!」

 

「しかし、あまりに簡単に過ぎないか?こちらが上陸するのをまるで妨害できていないではないか。何か裏があるのでは?」

 

「だがこちらの陸上戦力をみすみす上陸させるメリットは無い。ならば本当に迎撃したくとも出来なかったのではないか?事実多少は抵抗があったのだろう?」

 

「その抵抗も急ごしらえのトーチカと地雷原だと言うではないか。明らかに手抜きの戦力だぞ?やはり何かあるのでは…」

 

「事前偵察によれば、ある程度の港湾施設のある港は全てこれらが増設されていたそうだ。つまり連中はこちらの進撃ルートを読めていないし、何よりこちらが本命だと気付いていない」

 

「例の欺瞞情報に上手くかかってくれたか」

 

「エルラン中将の方は揚陸すら手間取っているそうじゃないか。戦力を完全に囮部隊へ差し向けているとみて間違いあるまい」

 

「決めつけるのはまだ尚早だ」

 

静かに、だが通る声でヨハンは告げる。

 

「作戦は最初も最初、我々はまだ欧州に足すら付けていない」

 

それに、あの男が易々とこちらの策にはまるとも思えない。口にこそ出さなかったがヨハンは胸中でそう付け足した。

 

「兎に角確保出来たのなら各部隊の揚陸を開始させよう。強力な陸戦兵器も運んでいる内はただの的だからね」

 

そう言って望遠モニターに映る町並みに視線を向けた途端、激しい炎と巨大なキノコ雲がモニターを焼いた。唖然としてそれを眺めていると、幾らか遅れて爆発音が届いた。

 

「なっ!?」

 

言葉に詰まっていると、慌てた様子でオペレーターが駆け寄り、参謀の一人にメモを手渡す。それを見た参謀は肩をふるわせながら、怒りを押し殺した口調でヨハンに報告をしてきた。

 

「報告、いたします。先ほどの爆発は敵の仕掛けたブービートラップとのことです。市内のあちこちに仕掛けられている模様。安全確保のため、今暫くお待ち頂きたいとの事です」

 

「パウル少将に伝えてくれ。まだ始まったばかりだ、焦らんように、とな」

 

結局、その後揚陸するまで3時間を要する事になり、その間繰り広げられる参謀の実の無い議論にヨハンは大いに悩まされることになるのだが、沈黙を貫く以外にヨハンは選択肢を持たなかった。

 

 

 

 

「まずは予定通り、と言うところでしょうか?」

 

報告書を読み上げ、そんなコメントを添えてくれるウラガンに俺は黙って頷いた。

 

「集積した物資を運ぶ都合上、どうしても相応の規模の港湾施設が必要になる。大部隊になればなるほどな。レビルはあれで堅実な戦いを好むからな、安全が確保されるまで全ての部隊を安易に上陸はさせない。先行する部隊もその分足が鈍れば、それだけ彼らが罠に飛び込んでくれる確率が高まるというものだ」

 

「掛かるでしょうか?」

 

「来るよ、間違いなくね」

 

戦い、と言うよりも人間には流れや勢いがある。そして動く人員の数が増えるほど、それを統制する事は難しくなるものだ。たとえレビルが危険を察知したとしても、大多数の指揮官を騙せれば、攻勢を止めるという選択肢は採れなくなる。どうせ出撃前に散々檄を飛ばしているだろうしな。

 

「連中は必殺を狙ってその巨躯を動かした。だがその巨体こそが自らの首を絞める。物量戦に持ち込もうと考えた時点で、彼らは失敗しているのさ。アレでは頭が止まろうとしたところで、手足が勝手に動いてしまう」

 

連邦軍は強い。特に個々の連絡が十分にでき、少数で有機的に動けるような状況を整えられたなら、ジオン軍は為す術もなく食い散らされていただろう。その意味で言えば、物量戦しか選択できなくなっている時点で、彼らの強みの半分は潰せている。まあ、その半分でも史実では蹂躙されたわけだが。

 

「しかし、指揮官はあのレビルなのでありましょう?流石に最高司令官の言ともなれば、従うほか無いかと」

 

「そうなれば、戦うことすらなく、レビルは表舞台から消える。この戦いが始まった時点で、彼らは欧州に分け入らずに帰るという選択肢を自ら潰しているのだよ。将の都合で背水の陣とは、いやはや、連邦の兵には同情を禁じ得んな」

 

最悪、あの勘の良い髭爺がNTのような感性でこちらの罠を看破したとして、強権を発動して逃げたとしてもだ。その場合連中はあれだけの兵員を動かしておいて、碌な戦果も挙げずに逃げ帰る事になる。もちろん士気は下がるだろうし、行動に消費した資材も人員も完全に無駄にする事になる。ついでに付け加えるなら既にゼーフント付の潜水部隊をバルト海に移動させたから、万一撤退するにしても、さぞかし愉快なことになるだろう。つまり逃げ帰っても髭爺は引きずり下ろせる。戦死よりも効果は薄いだろうが、それでも和平派が勢いづくのに十分な要因になるだろう。

 

「精々、久しぶりの欧州を堪能して貰おうじゃないか。たっぷりとな?」

 

 

 

 

漸く上陸の叶ったヨハン達を待ち受けていたのは、頭の痛くなる報告だった。

 

「空港施設は軒並み破壊されております。格納庫すら機能しておりません」

 

「市街地の掃討は完了しました、こちらも大型の施設はインフラのみならず施設そのものも破壊されています。接収は困難かと」

 

「港湾施設ですが、倉庫は無事でしたが、クレーンがどれも爆薬を仕掛けられております。現在解除作業を続けて…」

 

そこまで言ったところで、港湾区画から爆発音が轟いた。

 

「…焦らなくて良いから、確実に解除するよう徹底させてくれ」

 

ヨハンは顔を覆いたくなるのを懸命にこらえながら、そう指示を出した。

 

「敵はハラスメントに頼っております。先行しておりますパウル少将からの連絡でも、殆どの部隊が碌に交戦もせず後退していくと。ただ、撤退時に地雷等の嫌がらせは受けているとのことです」

 

「では、予定地点までの進出は難しいか」

 

スクリーンに映し出される地図を見ながらそうつぶやくと、別の参謀が端末を操作しながら口を開いた。

 

「はい、いいえ閣下。35師団は当初の予定通りに移動しております。このまま行けば想定通りに進出可能です」

 

「どう言うことか?」

 

「はい、敵の抵抗が想定より少なく、その分早く進めているとのことです」

 

「想定よりも、少ない?」

 

怪訝な顔になるヨハンに対し、報告をした参謀が続ける。

 

「当初の想定では、敵がこちらの囮に掛かっていないことを前提としておりましたから、現在の状況は不自然ではないかと考えますが」

 

「エルラン中将は何か言ってきているか?」

 

その言葉に別の参謀が応じる。

 

「はい、揚陸した第32師団が敵長距離砲により甚大な被害を受けたと。どうやら連中、ダブデも向こうへ回しているようです」

 

その言葉に興奮の混じった小さな歓声が上がる。ジオンの陸上戦艦であるダブデの存在は、欧州を打通する上で、極めて大きな障害だと考えられていた。それが、囮部隊の方へ現れたのだ。

 

「ダブデの機動力はビッグトレーの凡そ半分。我々を阻みたくとももはやこちらへ向かうことは叶いません。航空機による報告では少なくとも2隻が確認できています」

 

「閣下!これはまたとない好機です!今のうちに35師団に陸上打撃群を合流させ、一息に敵防衛線を打通するべきでは!?」

 

積極的な攻勢を進言する作戦参謀に対し、渋面を作ったのは航空参謀だった。

 

「待ってくれ、先ほど報告にあった通り空港が破壊されていてエアカバーが出来ない。航空機の支援無しに徒に突出しては、敵の思うつぼだ。連中、もしかすればそれを狙って空港を破壊したのかもしれん。陸上打撃群はこちらの最高戦力だからな」

 

上手い言い方だとヨハンは航空参謀の評価を上げる。単艦でも相応の防空能力を持つヘビィ・フォーク級ならば多少の航空攻撃に対しても十分に対応できる。しかし、ガウクラスの空爆に耐えるのは難しいし、何より例のデカブツの件もある。

 

「航空参謀の言う通りだ。私も艦の性能は信頼しているが過信は良くない。第一オデッサはあのアッザムが初めて目撃された場所だ。油断は出来ん」

 

ここの所北米とアフリカでしか目撃情報は無いが、色々と引っかき回してくれたあの男のことだ、何機か隠してタイミングを窺っていないとも限らないとヨハンは考えた。

 

「スケジュール通りに進んでいるなら、問題ない。焦らず、確実にいこう」

 

まずは、確実に足下を固める。そう胸の内で決定しつつ、ヨハンは帽子の位置を正した。戦いは始まったばかりである。




まだだ、まだ焦る時間じゃない(フラグ


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第百十話:0079/11/17 マ・クベ(偽)とオデッサ作戦―3―

話が全然思い浮かびません。全部艦これって奴の仕業なんだ(責任転嫁のつもり


「何故でありますか!閣下!」

 

「何故も何もない。地上は地球方面軍の担当だし、こちらに支援要請も来ていないのだ。ならば戦力を送る理由は無い」

 

視線を端末から離そうともせずそう応える司令官に、アナベルが激昂しつかみかからんと一歩踏み出したところで、隣に居たシン少佐に肩を掴まれ押しとどめられる。

 

「突撃機動軍からは戦力が送られると聞き及んでおりますが?」

 

「ああ、欧州担当のユーリ・ケラーネ少将から支援要請があったようだぞ。まあ、地球方面軍は突撃機動軍の傘下だからな、不思議はあるまい」

 

「…閣下、我々は大佐に並々ならぬ恩を受けております。オデッサの将兵にもです。今ここでそれに報いず、いつ報いると言うのですか!?閣下、まさか先日の件をまだ…!」

 

義勇兵部隊がオデッサに引き抜かれたのは、ソロモンに駐留している将兵の記憶には新しく、その過程でドズル中将とマ大佐の間に一悶着があったことは周知の事実だった。それ以来ドズル中将がオデッサに対して連絡を入れていないこともだ。だが、仮に事実がそうであっても、上官に向ける言葉ではないと、シンが鋭く叫ぶ。

 

「口が過ぎるぞ!アナベル少佐!」

 

「止めるなシン少佐!私は」

 

そこまで口にした瞬間、部屋は派手な衝撃音に包まれる。発生源に目を向ければ、ドズル中将の右腕が、思い切りデスクを打ち付けている。よく見れば重厚な木目に細かいヒビが入っていた。

 

「ここは感情発露の場ではなく、俺の執務室だ。喚きたいなら外でやれ」

 

「失礼、しました。しかし、納得がいきません」

 

ここまで叱責されようとも、そうにらみ返してくるアナベル少佐を視界に収め、ドズルは密かに胸中でため息を吐いた。

 

(まったく、アレに関わるとどいつも冷静さがなくなる。それだけあいつが魅力的だと言うことか?)

 

同時にあのことを根に持って支援を渋っているなどと思われた事に、ドズルは計画が順調に進んでいることを感じながらも、地味に傷ついた。自分はそれほど狭量な人間に見えるのだろうか。

 

「支援を送らないのは、あちらから要請が無いだけでは無い。こちらからの提案も断られたからだ」

 

そう言ってドズルは引き出しから紙束を取り出すと、机の上に放った。

 

「連邦が反攻作戦を企てていると言う時点でこちらからも話はした。その時渡されたのがそれだ」

 

見ても良いのかと視線で問うてくる二人に、ドズルは黙って頷き肯定を返す。躊躇いがちに近づいた二人が、表紙を見て固まったのに満足し、ドズルは口を開く。

 

「あの阿呆、相手が殴りかかってこようとしているのに、守るなんて発想は端からないぞ」

 

ルナツー攻略提案書。表紙に堂々と書かれた文字に二人は絶句する。恐る恐る中身を確認するが、その内容も実に過激なものであった。曰く、地上での反攻作戦に物資を集積しているなら、宇宙への支援は最小限まで絞られるはずである。特に攻勢が発生したのであれば、その支援にジャブローも動くため、その傾向は顕著となる。故にそのタイミングを待ち、宇宙攻撃軍は、障害たるルナツーを排除するべきである。事実ここ一月、ルナツーの艦隊は基地に引きこもっており、接敵するのも軌道上にハラスメントとして機雷を散布に来る程度だった。唖然としている二人に、中将は悪戯の成功した子供の顔で結論を告げる。

 

「解ったか?貴様達の師匠は、弟子に心配して貰う必要は無いということだ。そして、解ったなら直ぐに準備にかかれ、この機を逃すことこそ、あいつの顔に宇宙攻撃軍が泥を塗るに等しい行為だ」

 

返ってきた敬礼は、見本にしたいくらい素晴らしいものだった。

 

 

 

 

夜はイイヨネー夜はサー。誰が言ったか知らんが、今日は実に良い夜である。厚く掛かった雲は月明かりをすっかり隠し、しっかり撒かれたミノフスキー粒子は元気に電波妨害に勤しんでいる。何が言いたいかと言えば。

 

「絶好の夜襲日和だな。状況は?」

 

「グフ3小隊より報告が上がっております。敵の哨戒部隊と交戦、損害を与えましたが撤退。今のところ敵本隊への攻撃を成功させた部隊はありません」

 

「投入戦力は?」

 

「グフ3個小隊とマゼラアタック2個小隊です。マゼラアタックは砲撃後即座に撤退していますため、損害はありませんが戦果は不明です」

 

うんうん、順調順調。

 

「うん、初日から上出来だ。マゼラアタックも良い働きをしてくれている」

 

本当に良い働きだ。無人機としてはほぼ満点ではないだろうか。

 

「しかし、お聞きしたときは耳を疑いました」

 

「うん。私もそうだ。ネヴィル大佐の発想には脱帽させられる」

 

あれは、地上限定MS資格が制定された翌日だっただろうか?かねてから生産も停止して台数が絞られていたマゼラアタックが本格的に退役することになったのだが、軍として少々困っていた。何せ、お安い機体だった上に地上侵攻作戦当初は他に有効な支援火力が無かったものでどの戦線でも大量に抱え込んでいたのだ。今でこそ余裕のある台所事情だが、それでも長年染みついた勿体ない精神(貧乏性とも言う)は中々抜けず、廃棄以外に何か使えないかと皆頭を悩ましていた。何せ廃棄にも金は掛かるのだから、ある意味当然なのだが。ちなみにガルマ様は支配地域の自警団に景気よく配ろうとして、流石にキシリア様に怒られていた。南無。閑話休題、欧州はと言えば鳥の巣頭が実に安直な解決方法を提示していた。

 

「全部オデッサに回しておけ、あいつが上手くやるだろう。ああ、代わりにヒルドルブを貰うのを忘れずにな?砲戦仕様のドムでもいいぞ!」

 

あの野郎しばらく喉でも潰れねぇかな?余計なことばかり言いやがって!ちなみにヒルドルブは自走砲用の車体確保が優先されたので、ドムが代わりに配られることになった。ツィマッドの生産ラインに務めていた皆さんの死んだような笑顔は暫く夢に出た。

さて、そんなわけでおよそ500両近いマゼラアタックがオデッサに回されてきたのだが、当然だが乗り手は居ないし、補修部品もラインが閉じられているため在庫分だけ、鋳つぶそうにもそんな溶鉱炉持ってねえよというわけで、暫くそこら中に野ざらしにされていたのだが、ある日そんな状況を見かねたネヴィル大佐が救いの手を差し伸べてくれた。

 

「使い捨てるなら、せめて兵器として使い捨てましょう」

 

100両くらいはパーツ取り用に分解(割とこれが一番大変だった)、残りの内100両はベースとトップに分けられて改造を受け、警備車両や簡易攻撃機に。んで、残った300両はと言うと。

 

「乗り手がいないなら、無線操作で複数台まとめて使用すればよろしい」

 

「何言ってんだおめえ」

 

ミノフスキー粒子撒きまくってる戦場で無線操作?何?レーザー通信機でも積むの?車体と同じくらいの値段しますけど?そう聞くとネヴィル氏は笑いながら答えてくれた。

 

「はっはっは、大佐に教示出来るとは中々貴重な経験だ。積むのはもっと安価なものです…受信マイクですよ」

 

「あ」

 

方法自体は至って単純。超音波で単純な命令を発信出来る装置を母機であるMSに搭載。マゼラアタック側には受信マイクと制御装置を組み込むだけ、それこそミノフスキー粒子用のシールドがしていなければ、子供の小遣いでも買えてしまうような安価な装置だ。当然シールドしたところでレーザー通信機などに比べれば圧倒的に安い。問題は音を受信出来る距離だが。

 

「水陸両用機のソナーが転用できますから、それなりのものになるでしょう。大気中なら精々4~500mと言ったところですかな。まあ、母機を隠して運用するくらいは出来るでしょう」

 

ついでに機体同士で特定の音を出しておけば、複数をまとめて運用も出来ると言う。うん、貴方は神か。

 

「何、オデッサに恩を売っておけば後々良い思いが出来そうだという浅知恵ですよ。頑張って下さい」

 

おいちゃん、大佐の事誤解してたよ。マーマイト中毒の重度紅茶患者なんて思っててご免なさい。

 

「感謝致します。ネヴィル大佐の期待に応えるためにも、このマ、全力を尽くしましょう」

 

「ええ、ええ。ああ、そうでした。一緒に対大型兵器用の兵器も考えたのです」

 

「ほう!連中が攻めてくるとなれば間違いなくあの陸戦艇も現れるはず、是非お聞かせ下さい!」

 

「実は、我が先祖の祖国が開発していた揚陸用の兵器を参考にしていましてね?元の名前はパン…」

 

そこで突然通信が切れてしまい、以後時間の折り合いがつかずこうして攻勢の日を迎えてしまった。あの時ネヴィルさんが言っていた秘密兵器があれば、案外水際防御とか出来ちゃったかもしれない、実に残念だ。

 

「大佐?」

 

ネヴィルさんとの楽しい会話を思い出していたら、ちょっと意識が明後日の方向に飛んでいたようだ。眉間にしわを寄せたウラガンが心配そうに声を掛けてきた。

 

「ん?ああ、すまない。現状で問題は無い。兎に角こちらが手一杯であるフリを続けるよう徹底してくれ。連中が釣り針を完全に呑み込むまで、しっかりとな」

 

オデッサ作戦が始まった初日は、こうしてどちらもたいした損害も出さずに更けていった。無論、これが嵐の前の静けさである事は、誰の目にも明らかだったが。




英国紳士は有能、イイネ?


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第百十一話:0079/11/18 マ・クベ(偽)とオデッサ作戦―4―

皆がパンジャンパンジャン言いすぎて感想8K超えちゃったよ有り難う(半ギレ
投稿。


オデッサ作戦の始動から一日が経ち、明けた翌日を洋上で迎えた囮部隊の士気はお世辞にも高いとは言えなかった。作戦の中核は、あくまでレビル大将率いる主力部隊。自分たちはそれを支える立場だと理解しているとは言え、同等の戦力を与えられつつも満足に戦果を出せない現状は軍人として歯がゆいものがある。そう感情が邪魔をするのだ。

 

「タイミングだよ。レビル大将の侵攻に敵は必ずしびれを切らす。その時こそが我々の真価を発揮するときだ、だから今は徒に兵を失うべきではない。第一当初の予想ではあれほどの抵抗は想定されていない。上陸するならば想定内まで敵を漸減してから行うべきだ」

 

事実敵の抵抗は極めて苛烈であり、強引な攻撃は兵の損耗を跳ね上げるだろう。だが参謀達の反応は芳しくなかった。

 

「中将は予想外の事態に消極的になっている」

 

その言葉の意味するところは臆病風に吹かれて、攻撃を躊躇っているという批判だ。この不用意な発言以降、囮部隊の参謀は意見が真っ二つに分かれることになる。すなわち、エルラン中将の意見を支持する以前から付き従っている参謀と、今回の作戦のために軍団から派遣されている参謀である。

攻勢を提案する参謀側にもそれなりの言い分はある。第一に当初のスケジュールでは、囮部隊も一日目で上陸、橋頭堡を確保している予定だった。加えて艦隊は多くの輸送艦を抱え込んでいる。北大西洋の制海権は拮抗しているものの、船団襲撃の実績から考えれば、人員も物資もできるだけ早く陸に送りたい。いくら護衛の艦艇が居ると言っても完璧は無いのだから。

 

「閣下は陸の兵に海で溺れろと仰るのか!?」

 

「溺れさせるか、無駄死にさせるかなら、溺れる方が幾分ましだろう?溺れた者は救えば良いが、死んだ者は生き返らん」

 

「この件は司令部に報告させて頂く!」

 

そう捨て台詞を吐き、足音も荒く艦橋から出て行く参謀を、エルランは溜息と共に見送った。

 

(まったく、レビルも付けるならもう少しマシな人間を送り込んでほしいものだな)

 

無論彼が、只の連絡参謀で無い事はエルランも判っている。状況も弁えずに徹底して攻勢を主張して、レビルの進撃を補助する事に固執するなど、どう考えても司令部から送り込まれた監視だろう。エルランの行動全てに猜疑の目を向けているのだから、意見が対立するのは無理からぬ事であるが、状況の見極めくらいはしてほしいものだ、とエルランはため息を吐いた。

 

「これは長い戦いになるな」

 

 

 

 

前線から送られてきた報告書を眺めながら、ユーリ・ケラーネは意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「ここまで嵌まると笑いが止まらんな?」

 

その言葉に話しかけられた秘書官のシンシア大尉は困ったように眉を寄せる。連邦が動き出してからの行動は、正にこちらの手の中で踊る人形だ。味方どころか敵の損害までコントロールしている現状は指揮官にしてみれば理想的といえるだろう。故に出た軽口であるが、シンシアは敢えて諫言を口にした。

 

「思い込みは危険ですわ閣下。マ大佐の予測がここまで当たっているとしても、敵も人なのですから」

 

予想外の事は起きるもの。相手が経験豊富な指揮官ならば、それは十二分に起こりうる事であるし、それがあの大佐の想定を超えないなどという保証は何も無い。それはユーリ少将も十分理解しているのだろう。叱られた子供のような顔になったユーリ少将は手早く書類にサインを済ませると、端末を放り出し机へ脚をのせた。

 

「まあ、保険は掛けてあるさ。だから前線には弾をケチるなとよく言っておいてくれ、この後の分はちゃんと大佐が用意してくれるだろうからな?」

 

そう言いながら壁に掛けられた地図をユーリは眺める。連中の主力が揚陸したグディニャからオデッサまでは凡そ1200キロ、抵抗らしい抵抗がなくとも、たどり着くまでに数日は掛かる見込みだ。何しろ敵は未だに旧式の兵器を多く投入してきているという。それでは進撃速度を上げたくとも、上げられないだろう。

 

(もしこちらもザクやマゼラアタックで戦っていたなら、ぞっとせん話だな)

 

速いというのは、戦場において極めて大きなアドバンテージだ。その価値は戦術だけで無く、戦略の域ですら意味を持つ。その点においてMSのホバー化を強力に推し進めた大佐が居たことは、ジオンにとって幸運であった。

 

「先の無い球っころ…か。中々どうして、俺も見る目がねえな」

 

ユーリは元々地球侵攻に対して否定的だった。地球というものを嫌悪していたと言っても過言では無い。思い通りにならない気象、空気には常に何かの匂いや埃が混じり、水は微生物だらけ。更に資源の多くを宇宙に依存しておきながら、そんな場所にへばりついている連中がエリート気取りで金をむしり取っていく。それが面白いはずが無い。ユーリにとって、地球とはそんな憎悪の向く先だったのだ。だが、地球そのものが、スペースノイドにとって極めて価値があるものであることを、あの大佐は示した。成程、確かにこれだけ優秀な水と空気の浄化装置は太陽系の何処にも無いだろう。ならばそれを手中にすることは大きな価値がある。この戦争に勝ったなら、人類は全員が宇宙へと移民することになるはずだからだ。その時地球を管理している存在が、他者より有利な位置に立てることは、今日の状況から見ても明らかだ。

 

「水と空気を押さえる戦争。まったく、恐ろしいことを考えやがる」

 

あの男は一体何処までを見て戦争をしているのか。この戦いが終わったら一度問いかけてみるのも面白いかもしれない。ユーリはそんな事を考えながら、地図を眺め続けた。

 

 

 

 

「なあ、ソル。俺は確かワッパの陳情をしたよな?」

 

格納庫へ次々と運び込まれる機体を見ながら、クワラン軍曹はそう震えた声で問いかけてきた。

 

「あー…、して、いました、ね?」

 

「だよなぁ…。じゃあ、なんで今あるワッパまで全て運び出されて、その代わりにマゼラトップが運び込まれてるんだ!?」

 

我慢できなくなったのかそう叫ぶクワラン軍曹の頭に端末が叩き付けられたのはその瞬間だった。

 

「いつまで現実逃避をしている。他の隊はとっくに訓練を開始して居るぞ?それとも、私が苦労して受領した新型ワッパに不満があるとでも言うのかな?」

 

「キャ、キャメロン大尉。その、いえ、そんなわけではなくてですね?」

 

「では、さっさと慣熟訓練に移れ。敵の大規模侵攻の件も考えれば悠長なことはしていられん。あのオデッサの大佐が使う当てもなく装備を送ってくるとは思えないしな」

 

その言葉にクワランとソルは喉を鳴らした。何しろ彼らはMSへの転換試験に落ちているからだ。

 

「これで偵察は少々無理がありませんかね?」

 

ソルに手渡された端末に映し出された機体のマニュアルを横からのぞき込みながら、クワランは頬を引きつらせた。型番こそPVNを受け継いでいるが、その姿は何処をどう見てもマゼラトップだ。そしてジオンの兵士なら、マゼラトップが5分しか飛行できない事を知らない者は居ないだろう。元々の機体は戦場までマゼラベース、所謂車体が運んでくれていたわけだが、受領した装備にベースの方はない。つまり偵察どころか、出撃出来るかすら怪しいと言うことだ。

 

「流石にそこは改善されているとも。貴様だから言うが、今回の攻勢はかなり本気だ。乗りこなせなければ、お前達は最悪生身で敵と対峙する事になる」

 

「鳴いて知らせる番犬じゃ足りんと言うわけですか」

 

「そうだ、噛み付いて狼藉者を追い払える番犬を上はお望みだ。その為に今までも増強されているわけだしな」

 

事実配備されているMSはザクからドムに、その数も1機から6機に増やされている。クワランはそれを見ても任務の性質は変わらないと考えていたが、どうやらアテが外れたようだ。

 

「あまり時間は無い。死にたくなければしっかり訓練しておけ」

 

そう言って去って行くキャメロン大尉の後ろ姿をしばし眺めていたクワランだったが、その横で興味深げに端末を操作しているソル伍長へ視線を移すと、口を開いた。

 

「簡単に言ってくれるぜ。なあ、ソル?」

 

「ええ。でも、案外これ、僕らみたいな人間には合っているかもしれませんよ?」

 

「おいおい、幾らいじったってマゼラトップはマゼラトップだろう?」

 

「いえ、少なくともカタログスペックは別物ですね」

 

そう言ってソルは端末を差し出してくる。クワランは半眼になりながらも、それに目を通した。

 

「えーと、何々?」

 

まず目に入ったのは複座の文字、どうやら偵察に使うことも諦めていないらしく、ガンナーシートには光学式の双眼鏡も装備されている。加えてワッパではサイズの問題から搭載出来ていなかった各種センサー類もしっかりと追加されているようだった。そして次の項へ進んだ段階でクワランは思わず声を上げる。

 

「はぁ?連続稼働時間2400時間?最高速度420キロだと?嘘だろ!?」

 

「代わりに最高高度が死んでますね、最高でも3メートルですか」

 

「あれだな、地面効果を利用して機体を浮かせてるんだろ。成程、エンジンをドムの熱核ジェットに置き換えてるのか。それならこの数字も納得だ。連続稼働時間もメーカーの推奨メンテナンス時間じゃねえかよ」

 

「武装は機首固定式175ミリ滑腔砲…ああ、可動を犠牲にしてその分通常砲弾を運用できるようにしているのか。それと35ミリ機関砲が2門、こいつはベースのパーツを流用したのかな?」

 

「ボディは大型化して揚力を確保しつつ、装備を積み込むペイロードを確保してんのか」

 

「これ、超硬ジェラルミンって…、装甲と言うよりエアロパーツですよね」

 

追加されたボディのおかげで機体の形状は大きく変わっていた。主砲の生えた小型機といった風体ではなく、全体がカウルに包まれているため、航空機のデルタ機に近い形だ。

 

「つまり地面すれすれを高速でかっとんで、敵に砲弾を食らわせるってか?これを考えた奴はイカれてるな」

 

「偏向ノズルもついていて運動性は悪くない…らしいですけどどうなんでしょうね?」

 

「そんなもん乗ってみなきゃわかんねえよ。おし、ソル行くぞ!」

 

そう言ってクワランは倉庫へ駆け出す。先ほどまでの腐った気分はどこかへ消え、今はまだ触れぬ新しい相棒との邂逅に心が躍っていた。

後にあらゆる部隊に襲いかかり食い散らして去りゆく姿から、908機動偵察小隊は、連邦から、通り魔、あるいは区別無く襲ってくる事からマンイーターと呼ばれ恐れられることになるのだが、そんなことはクワランのあずかり知らぬことである。




在庫切れにつき、来週の更新はありません。違いますよ?豆集めてるせいじゃないですよ?


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第百十二話:0079/11/20 マ・クベ(偽)とオデッサ作戦―5―

Q:オデッサ作戦は何話で終わりますか?
A:神様に聞いて下さい。

今月中に終わらせると言ったら友人に笑われましたよ?


「状況は?」

 

ここ数日の決まり文句を口にしながら、ヨハンは席に腰掛けた。作戦開始から4日が経過し、ヨハン率いる第三軍の主力はワルシャワに到達していた。

 

「昨夜0200時に前衛部隊がルブリンを解放。攻略の際敵の強い抵抗に遭い、機甲戦力の3割を喪失、補給のため第41師団と交代しております。第35師団には本隊の503、504、508戦車大隊を補充する予定です」

 

「うん、敵の状況はどうか?」

 

「ルブリンにて確認されたMS部隊は、羽つきとスカートつきが合計で2個中隊です。交戦後クラクフ方面へ逃走、この際にスカートつき2機を撃墜しております」

 

「その先は?」

 

その言葉に参謀は報告書へ視線を落とす。

 

「航空偵察にてリヴィウ、コシツェをそれぞれ確認しました。歩兵による防御陣地が主体であり、MSはルブリンと同程度です、キエフへも偵察を実施しましたが敵の防御に阻まれ確認できておりません」

 

その言葉にヨハンは深く頷く。

 

「補給が済み次第35を41へ合流させる。それから38も併せて合流させてくれ。合流後35を中核にリヴィウを攻略するようにと」

 

「閣下、61式では損害が無視できません。901か902大隊を投入しては?」

 

901と902大隊は今回の作戦における対MS戦闘の中核に位置する部隊の一つだ。本命は量産化されたRGM-79-D、ホワイトベースが運用した改良型ジムの発展型であるが、それだけでは数を確保出来なかったために、陸軍が以前から増強していた対MS用機甲戦力を強引に引っ張ってきたのだ。この大隊は東南アジアで高い評価を受けているアヴァランチと呼ばれる機体の改良モデルで、陸軍ではTYPE-79C、スーパーアヴァランチと呼称されている機体で構成されている。ガンタンクをベースとしているとされるが、どちらかと言えば61式を拡大し、そこにMSで採用された有視界戦闘用の各種センサーを追加、主砲をビーム兵器に変更すると同時に、近接用防御火器を追加した形になっている。ジムに比べれば汎用性は大幅に劣る一方、装甲と火力は圧倒的で、特に連装砲を4連装に換装したスーパーアヴァランチは単機でジム2個小隊分の火力に相当するという報告まで挙がっている。これを借り受ける代償として陸軍へ予算を都合するのに、ビンソン計画の予算を絞る事になったが、その価値はあるとヨハンは考えている。故に今は動かせないとも。

 

「これまで遭遇したMSは合わせても精々2個大隊、どう考えても敵はオデッサで待ち構えている。ならばここで901と902を消耗させるわけにはいかない。敵は歩兵が中心なのだろう?陸上打撃群からウェリントンとキャンベラを付ける、早急に攻略するように伝えたまえ、それと42、43、45、46、及び47に進撃命令を。リヴィウの攻略状況の如何に関わらず、オデッサへ向けて前進するようにと」

 

「それらの師団はファンファンⅡ主体で構成されております、敵部隊と接触した場合、十分な対応が出来ないのでは?」

 

ファンファンⅡは、サイド7での反省から宇宙軍が急遽増産した機体だ。といっても基本的な構造は全く変わらず、MSに効果の薄いロケットポッドを廃して、代わりにラーティビームライフルを両側にそれぞれ4基づつ搭載した間に合わせの兵器だ。射撃回数の少なさは機体の数で補うという、強引なコンセプトであったが、そもそものファンファンが脆弱で戦場に留まる性質の機体で無い事、再設計もウェイトの調整のみで即座に生産に移れたこと、そして何より安価で運用する地形を選ばないことに加えエレカが操縦できれば誰でも扱えることから、補助戦力として大量に生産されている。

 

「だが機動力はある。今連中は時間稼ぎをしている。恐らくこちらの囮部隊を撃退した主力が戻ってくるまで粘る腹づもりだろう。つまり寡兵で持久しようと言うのだ、ならば話は簡単だ」

 

恐らく敵は歩兵でこちらを拘束し、その間に機動力のあるMSでこちらの突破を阻むつもりだ。ならば、対処できないほど突破してやれば良い。

 

「身動きが取れなくなったところで、こちらの主力をオデッサに叩き付ける。その為にもエルラン中将にはもう一働きして貰う必要があるのだが…。あちらの状況は?」

 

「昨夜2100時に再度上陸を敢行、ブレスト周辺を確保したとのことです。現在は全方位に向けて部隊を前進させ、敵部隊の拘束をはかるとのことです」

 

「…もう一手、欲しいな。すまんが通信の準備を頼む」

 

敬礼をして直ぐに出て行く参謀を見送りつつ、ヨハンは帽子を脱ぎ独りごちた。

 

「損害に構わず前進せよ…か。私は地獄に堕ちるな」

 

その言葉に応える者は、誰も居なかった。

 

 

 

 

「やれやれ、大将殿は人使いが荒い」

 

通信を終え、深々とため息を吐きながら、そうエルランは参謀達へ肩をすくめて見せた。

 

「大将はなんと?」

 

「作戦機動群を編成して浸透させろだそうだ。まあ、3日も海の上にいた身としては耳の痛い要求だな」

 

作戦機動群とは単独で敵地深くまで侵攻し、敵の後方や戦術核などの破壊を目的として編制される部隊だ。その性質上精強かつあらゆる事態に柔軟に対応できる戦力が求められ、かつ補給が受けられない事を前提として編成されるのも特徴だ。

 

「しかし中将のお考えが間違っていたとは思えません。確かに予定より遅れはありましたが、部隊の被害は想定を遥かに下回っております。敵の防衛状況から考えれば、これは得がたい結果です!」

 

「我々にとっての正解が他者の正解とは限らんよ。特にレビル大将は今回の作戦を今次大戦の決戦と考えている。であるならば多少の損害よりも時間が重要だと考えても不思議ではない。特に我々は彼にとって手元で使えない兵力だからな。どんな被害が出ても敵を拘束しておけと考えても何ら不思議はないさ」

 

エルランの言葉に参謀は露骨に顔を顰めた。それだけで大将の求心力が損なわれていることが良く解り、エルランは苦笑する。

 

「出向組の前ではその顔はするなよ?それとすまないがケンプ大佐とトラヴィス少佐を呼んでくれ」

 

「作戦機動群を編制されるのですか!?」

 

名前を挙げただけでそう参謀は返してくる。ケンプ大佐は非常に好戦的な人物で、彼の性格に倣うように指揮する部隊も非常に攻撃的だ。ただし、その練度は確かで、どこかを攻撃するのであれば、まず始めに名前の挙がる人物だ。一方のトラヴィス少佐は一時ジオンに捕虜として捕らわれていたことがあるため、部隊内で正直冷遇されている人物だ。だが指揮能力に優れ、彼自身も大戦の最初期からMSに搭乗していたためその技量は確かだ、その点については誰もが認めている。

 

「機甲戦力で突破浸透となればケンプ大佐しかおるまい。トラヴィス少佐は…まあ、こういった時のために囲い込んでいた所もあるしな」

 

彼の指揮する部隊はMSのみで構成された一個大隊だ。だが、その大半はジオンからの亡命者や恩赦をエサに集められた犯罪者などで構成されている。大隊という規模に対し、指揮官であるトラヴィス少佐の階級が低いのも、他の部隊と共同する際、上下関係を明確にするための措置だ。貴重なMSをそのような連中にあてがっている事に、疑問の声もあったが、今回の件で参謀は得心した。成程、確かにこのような任務には、彼らのような存在が適任だ。

 

「承知しました。直ぐに両名を呼び出します」

 

 

 

 

突然の呼び出しに慌てて出頭したトラヴィスを待っていたのは、まさしく死ねという命令だった。横にいた大佐は、戦える事に興奮して良く理解できて居なかったようだが、どう聞いてもその内容は、主力が目標を攻略するまでの時間を稼ぐための捨て駒だ。

 

「君たちには第33師団と49師団の開けた突破口からそれぞれのルートを通って主力本隊の居るワルシャワへ向かって貰う。ケンプ大佐の34師団には南ルートを、トラヴィス少佐の特務MS大隊には北ルートを担当して貰う」

 

つまり死ねと?そう喉まで出かかった言葉をトラヴィスは懸命に呑み込んだ。現在までの情報によれば、バルト海沿岸を防衛していたはずの敵MS戦力の大半が、こちらの囮―つまりこの部隊だ―に引っかかり、ライン川中流付近に集結している公算が高いという。その鼻先にのこのことMSで姿を現せば、どのようになるかなど火を見るより明らかだ。

 

「そう悲観するものでもないぞ、少佐。主力は現在リヴィウを攻略中とのことだ、あそこが落ちればオデッサまでの空域を戦闘機がカバーできるようになるから、今頃連中は大慌てで救援に向かう準備をしているだろう。事前偵察によれば敵のMS部隊はほぼ払底していて、リヴィウには只の一機も居なかったと言うからこの可能性は極めて高い。つまり君はそれを背後から適度につついてやれば良いわけだ」

 

その言葉にトラヴィスは腕を組む。成程、移動準備中の不意を突けば反撃を受ける前に離脱も容易であるし、自分たちの存在がいると言うだけで全戦力を差し向けることは出来ない。どころかある程度見つかりながら移動すれば、こちらを追撃するために戦力を割く必要も出てくる。自分たちのリスクが高いのは気に入らないが、確かに有効な選択だとトラヴィスは思った。

 

「怖いなら替わってやってもいいぞ?少佐?」

 

鼻で笑いながらそう言う大佐に、トラヴィスは笑顔で返す。

 

「有り難い申し出ですが、61では足止めにもならんでしょう。ここは我々が引き受けるしか無さそうですな」

 

「そこまでだ」

 

顔を赤くして掴みかかろうとする大佐を中将が言葉で制した。

 

「ケンプ大佐、君の部隊には欧州に点在するミサイル基地を破壊して欲しいのだ。そうなるとトラヴィス少佐の隊では手が足りん。私が考え無しに君たちとルートを選定していると思っているのかね?」

 

明確な警告にケンプ大佐は息を呑み、居住まいを正す。その姿に満足した様子で、エルランは続けて口を開いた。

 

「この任務は柔軟な対応が求められる。よって行動中の全ての判断を君たちに任せる。私からの命令は一つ、ワルシャワへたどり着くこと、それだけだ」

 

その言葉に二人が敬礼で応じると、エルランは大きく頷き、通る声で命じた。

 

「宜しい、君たちが上手くやることを期待する。ではかかりたまえ」




連邦のターン:きょうりょくな もびるすーつ ぶたいが しゅつげん!


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第百十三話:0079/11/23 マ・クベ(偽)とオデッサ作戦―6―

今週分です


「確かなんだな?」

 

最優先で届けられた報告書を読みながら、俺は確認の言葉を口にした。

 

「はい、敵陸上戦艦2隻を含む2個師団がリヴィウへ向けて侵攻中です。また、同時に機械化歩兵師団と思われる戦力が後方へ浸透を行っております」

 

「機械化歩兵と思われるとはどう言うことか?それから数は?」

 

「はい、部隊の大半がホバー式のテクニカルで構成されているとのことです。数は5個師団が確認されております」

 

「リヴィウを包囲するつもりか?」

 

次々と表示される敵部隊の位置を睨み付けながら、隣で聞いていたガデム少佐がそう唸る。うん、それだったらどんなにマシだったかね。

 

「違うな、それならまともな機甲師団を使う。連中の狙いは浸透突破だろう」

 

目の前に解りやすく置かれたリヴィウ攻略部隊はこちらを釣り出すエサだ。リヴィウをおとせばオデッサ周辺の制空権を確保出来るから、大兵力で攻め立てればこちらも応じざるを得ない。その間に機動力のある部隊で、空き巣よろしくオデッサを突こうという魂胆だろう。

 

「ふん。あれだけ大仰に部隊をそろえておいて、中々狡っ辛い事をする」

 

「どうする?リヴィウの戦力であれは少々骨だぞ?」

 

駐留しているのは欧州方面軍のMS2個中隊か。陸上戦艦の事も考えれば増援を出すのが常識だが。

 

「…いや、基地の守備隊は浸透してきた敵師団の対応に回す。ここまで飲み込んでいるならもう隠す必要もあるまい。デメジエール中佐に連絡を、喰って良しだ。それから欧州方面軍に連絡を、最早忍従の必要は無い、存分に暴れてくれて結構と」

 

 

 

 

「やれやれ、やっと出番かよ」

 

興奮を隠しきれない弾んだ声が通信に響く。聞いた男達は皆苦笑しつつも、その言葉に同意した。

 

「このまま化石にでもなっちまうかと思ってましたよ」

 

「違えねぇ。まあ、敵さん陸上戦艦まで引っ張ってきたんだろう?体をほぐすにゃ丁度良い相手じゃねえか」

 

「ソンネン中佐、お気持ちは解りますがご注意下さい。こいつらは調子に乗りやすい、折角の機会にヘマなどしたら少将にも大佐にも顔向けできません」

 

そう言って苦笑するボーン大尉に、デメジエールはそのままの声で応じた。

 

「緊張するよりゃずっといいさ。良し、中隊各車ポイントA-01に移動、手はず通りにやるぞ」

 

そう言いつつ大佐から最初に告げられた任務をデメジエールは思い返す。

 

「敵主力正面を占位し火力発起点となる陸上戦艦群および正面敵部隊を撃破せよ、だと?正気じゃねえ、少なくともMSじゃあこんな任務死ねと言われているようなもんだ」

 

興奮で乾いた唇を舐めながら、そう呟いた。

MSは強い、あの汎用性は間違いなく強力な武器であるし、ホバータイプの機動力はMTではどう足掻いても獲得できない。だが一方で、彼らにはない強さをこのヒルドルブが持っていることも中佐は確信していた。

第一に火力、単純な単発火力だけならMSでも互角の兵器は積める。しかしそれが継続となると話は変わってくる。そもそも大口径砲を運用することを前提に設計されたMTと運用も出来るように設計されたMSではペイロードが違いすぎる。持続的な火力投射を考えればMTの方が圧倒的に有利だ。

第二に射程、遠距離に正確に砲弾を送り込みたければ、大質量、高初速であることが望ましい。だがそれを実現するためには大重量の砲が必要であり、また反動を抑えるために機体そのものにも相応の重量が求められる。無論ソフトウェア側で制御することで解決出来ないわけではないが、それよりも機体の重量を増やした方が手っ取り早いし確実だ。しかし、機動力を確保したいMSではその点で妥協が必要になる。重量増加は運動性の低下に直結するし、二本足などと言う履帯より遙かに狭い面積に自重がかかってしまうMSでは、当然各部にかかる負荷も増大してしまうからだ。

そして、第三に装甲。第二にあげた長射程の重砲を扱うに際し機体の重量を増やすという解決策は、同時に機体の装甲強化も容易にした。実際、YMTだった頃に比べこの正式採用モデルでは車重が30t近く増加している。あの基地司令が余計なもの呼ばわりした変型機構を取り外され、構造的には大幅に簡略化してむしろ軽くなっているにもかかわらずだ。鹵獲した兵器で試したところ、連邦の61式の主砲では500mまで詰めても装甲を貫徹出来なかったので、正面方向に関して言えば、それこそ陸上戦艦の主砲くらいしか脅威にならない。

 

「さて、アースノイドどもに戦車戦を再教育してやる」

 

敵はもう目の前に迫っていた。

 

 

 

 

ゆっくりとマグカップを傾けながら、パウルは腕時計へと視線を送る。

 

「時間だな。これよりリヴィウ攻略を開始する。アーレイバーク大佐にはこちらの突撃にタイミングを合わせるように連絡してくれ」

 

幾ら歩兵が主体と言えど、MSが居る以上ファンファンで正面から挑みかかるのはあまりにも愚かだ。リヴィウ攻略の指揮を任されているパウルは地図を眺めながら頭を悩ませる。北と西は開けているためこちらの戦力を十分に展開できるが、問題はその間に広がる森林と小規模な都市だ。リヴィウも含めて住民の避難は済んでいるようだが、そうであるなら今までと同様、あちこちにトラップが仕掛けられた悪辣なジオンのおもちゃ箱にされていることだろう。一瞬、41師団を西に迂回させ、二方向から攻撃する事も考えたが、増援が現れた場合、41単独では対処しきれないと判断し、その考えを打ち消した。何しろリヴィウに航空基地を設営できれば、欧州中央の敵制空圏に大きな穴を空けることが出来るのだ。敵もその事には気付いているだろうから、確実に増援が送られてくるだろう。無論こちらも後続が控えているとはいえ、徒に戦力を消耗させるのもおもしろくない。

 

「数的有利は確保している。ならば小細工を弄さず素直に攻めかかるべきだな」

 

「はい、機甲部隊の両翼に配置し、敵MSの側撃に備えるのが宜しいかと」

 

まるで古代のファランクスだな、そんな事を思いながらパウルは参謀の意見を採用する。そして、41師団から返事がきたことを確認すると、砲兵隊へ向けて指示を出した。

 

「良し、準備射撃の終了と同時に機甲師団を前進させる。陸上戦艦並びに本艦は位置を維持、支援要請に備えろ!」

 

パウルの声に応えるように、空を茜色に染め上げ、幾重にも重なったロケット弾の濃密な弾幕が大気を切り裂き突き進んでいく。その圧倒的な光景に、ある者は息を呑み、またある者は歓声を上げた。無理も無い、オデッサ攻略の号砲が今打ち鳴らされたのだから。

 

 

 

 

報告書を受け取ったユーリは思わず立ち上がり、副官へ向けて叫んだ。

 

「遊びは終いだ!第28師団に通達!可及的速やかにリヴィウを救援せよ!それからキエフの北部方面軍へ連絡、内容は良く耐えた、釣りを返してやれだ!」

 

矢継ぎ早に指示は出されるが、それに混乱する様子は司令部の誰からも見られない。むしろこの時を待っていたとばかりに目を炯々と輝かせ、指示を伝えるべく動き回っている。

 

「それからフランクフルトで待機しているシーマ中佐に伝えろ。出番だ、派手にやれとな!」

 

そう言うと獰猛な笑みを浮かべながら、ユーリは荒々しく椅子に座る。その視線の先は欧州全体を映した戦略用のモニターだ。ミノフスキー粒子のおかげで、幾らか情報に粗さはあるが、その情報の価値は高い。

 

「ランスで見失った連邦のMS部隊はどうなった?それからル・マンで捕捉している機甲師団の状況は?」

 

「MS部隊に関しては、残された形跡から幾つかに分かれて移動している模様です、投入する偵察部隊の数を増やし対応中ですが、捕捉できておりません。機甲師団には第22師団よりMS2個大隊を抽出、迎撃に当たらせております」

 

「西部方面はこのまま維持だ。無理はしなくて良い、どうにも敵さんやる気がないようだしな。ああ、MS隊の捕捉と例の突出した部隊の撃破だけは確実にな?」

 

「フランクフルトの26、27師団は如何なさいますか?」

 

副官の発したその問いに、ユーリは目を閉じ思考する。わずかな間を置いて、副官に対しはっきりとした声でユーリは告げた。

 

「まだだ、中佐にゃ悪いが、彼女たちにしっかり食いついたところで送る。大佐もその為にあんなものを用意させたのだろうしな」

 

その案を聞いたとき、ユーリはまた大佐がおかしな事を言いだしたと考えたが、そもそもその案はMSの飛行試験と並行して進められていたプランだったという。

 

 

「はあ?ド・ダイにMSを載せて運ぶ?」

 

モニターに映された大佐は、普段通りの顔で口を開いた。

 

「輸送用に用いているド・ダイⅡですが、アレならばドムを2機同時に運べますし、何よりMS側から操縦が可能です。速度もマッハ1は出ますから、まとめて運用すればそれなりの規模のMSを緊急展開可能です」

 

VTOL機であるド・ダイは滑走路も必要としない。成程大佐の言う通り移動速度が3倍になれば、取れる選択肢も大きく変わってくる。だが、幾つかの懸念から、ユーリは否定的な言葉を吐いた。

.

 

「MSから動かすと簡単に言うが、飛行機の操縦経験なぞ無い連中ばかりだぞ?まともに動かせるものか?それに敵戦闘機に襲われたらどうする?」

 

その質問に対し、想定内だとばかりに笑顔を作った大佐が答える。

 

「これまで行った物資輸送のフライトデータから機体操作の大半は自動で行えるようプログラムを作成済みです。敵機の対応はそれこそ輸送時の戦訓をそのまま適用出来ます。端的に申し上げれば、低空を高速で突っ切るだけですが。それに襲うと言いますが戦闘機側も容易ではありません。何せ、MSは2機搭載出来るのですから。片方が防空に徹すれば、そうそう簡単には墜とされません。この辺りはオデッサで検証済みです」

 

「お前の所で出来るから、欧州の兵士全員が出来ると言うのは無理があるが。…だが、選択肢として、そういうのがあるという事は覚えておく」

 

 

そして実際に試させると、何故今まで誰もやらなかったのかと頭を抱える位には有用である事が証明され、今回の首刈り戦術の鍵として大量にしかし極秘に集められたのだった。

ユーリは知らない。それが起こりえた数年後の戦争では常識として運用されたサブフライトシステムが、この世界で産声を上げた瞬間であったことを。




皆様絶対失念されていると思いますので、言い訳させて頂きますと、
本作の世界ではグフとド・ダイの連携運用が確立される前にホバー機の運用が開始されたため、ド・ダイでMSを運搬するという方法が取られていません。
以上今回の言い訳でした。


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第百十四話:0079/11/24 マ・クベ(偽)とオデッサ作戦―7―

書くことが、書くことが多い!


覚悟をしていた。そのつもりだったと、ハルキ・トオノ一等兵は真っ赤に染まる空を見上げながら思った。所謂理想に燃えた青年であった彼は、その青さ故に軍の門を叩き、その未熟故に歩兵としてこの地球に降り立った。一握りのエリートが住まう楽園、そんな彼の中にあった地球への幻想は、降下して数分で降りかかってきた戦友の臓物とともに消え失せた。

そしてこの数ヶ月で彼が学んだのは、如何に自身が浅慮だったかと言うこと、理想より腕の中に収まっている、貧相な小銃の方が自分にとって大切であること、そして、地球に降り立って数分で挽肉になった戦友のように、自分もいつかこの大地に赤いシミとなって消えるであろうと言うことだった。それを諦観と共に受け入れたはずだった。

 

「馬鹿野郎!とっとと隠れるんだよ!」

 

怒声と共に体が引っ張られ、それに引きずられる様にハルキの意識は現実に引き戻された。鍛えられた体が、意識とは別に走り出す。リヴィウ周辺に配置された塹壕は、敵の偵察に対する偽装として貧相な外見をしているが、その全てに掩体壕が準備されており、こちらはバンカーバスターの直撃にも耐えられるよう作られていた。何でもあのオデッサの大佐が、周辺都市の防御を執拗に訴え、基地の工兵部隊すら借り出して作らせたらしい。既に閉め始められていた扉に先を走っていた小隊長と共に体を滑り込ませるとほぼ同時に、外では激しい着弾音が鳴り響く。その瞬間、自分がまた生き延びたのだと理解し、ハルキは思わずへたり込んでしまった。

 

「本格的な砲撃だな。ロケットまで使ってるってこたぁ、奴さん本気でここを落とすつもりだな。直ぐに敵の部隊が来るぞ、各員装備点検!」

 

ジオン軍の歩兵にとって救いであったのは、連邦軍が未だに旧式のMBTを戦力として投入していることだ。おかげで携行式の対戦車誘導弾やトラックなどを改造したテクニカルなどでも、十分戦力として数えることが出来る。仮に連邦もこちらと同じようにホバー式のMSを大量配備していたなら、為す術もなく蹂躙されていたことだろう。

 

「いいか!今本部から通達があった!敵の攻勢に対し、方面軍司令部付の第28師団がここへ向けて救援に向かってくれている!到着は1630!つまり6時間ほど粘れば俺たちの勝ちだ!」

 

最早数など忘れる程繰り返した装備点検をしていると、小隊長が力強い声でそう叫んだ。その声に周囲から喜色を含んだ溜息が漏れる。第28師団は、欧州方面軍の中でも最初にMSのみで完全充足した師団であり、その技量も極めて高いことで有名だからだ。旧式の装備で挑んでくる連邦軍など、文字通り蹂躙するだろう。

 

(問題はそれまで俺たちが生きているかだけどな)

 

リヴィウに駐留しているのは歩兵1個師団とMSが2個中隊、それから師団付の砲兵大隊だ。陣地もあるので全くの無力ではないが、それでも戦力として寡兵であるし、機甲師団を止めるのに十分とは言いがたい。最悪、都市の防衛は叶っても歩兵部隊は全滅などという事だって有りうるのだ。

 

(それこそ、生き延びられればおめでとうってか?クソッタレ!)

 

そう内心毒づいていると、小隊長が声を掛けてきた。

 

「トオノ一等兵。貴様確かスーツが使えたな?1着回されてきているから貴様が使え、セルの確認は怠るなよ?」

 

スーツというのは、戦前の連邦軍で試作されていた歩兵用外骨格だ。元々歩兵に重装備を運用させるというニーズはあったのだが、大々的に配備される前にMSが登場、更にその技術を応用した所謂プチモビと呼ばれる小型機が世に出ると、スーツの存在自体が疑問視されるようになり、一部で試験的に運用されるに留まった。だが、そんな装備が何故かジオンの欧州方面軍では幾らか量産され、歩兵部隊用の増加装備として支給されていた。加えて連邦軍が運用していた歩兵用ビームライフルの改良品―と謳われているデッドコピー品―がオデッサから送られてきており、スーツは専らこれの運用母体として扱われている。ちなみに機構部は連邦のものに比べ3割ほど大型化、起動用のジェネレーターに至っては再現できず、基地施設から有線で供給という有様で、連邦のように満足に持ち運びすら出来ないという、中々に難物な装備だ。しかし、MBTを正面から撃破できる歩兵装備というのはやはり魅力的らしく、意外にも配備要請が多く寄せられ、増産命令を出されたどこかの大佐が悲鳴を上げたというのはよく聞く噂である。

 

「はい!小隊長!」

 

現在歩兵をやっている連中は、全員がMSの再試験に落ちた連中なので、少々特別感のあるスーツの着用はちょっとした自慢話のタネだ。どうやら上層部もそうしたモチベーションの部分もあって、敢えて正式名称である歩兵支援用機動外骨格、という長ったらしい名前をMSに似せた名前で呼ばせているようだ。ちなみにスーツは使用するのに一切資格が要らないため、使える、とは使ったことがあると言うだけの意味しか持たなかったりする。

装備を受領し、重たい足音を響かせながらハルキが戻ると、部隊は既に準備を終えて出撃の直前だった。

 

「いいか、貴様ら!さっきも言ったがたった6時間粘るだけだ!居ないと思うが、もしも死ぬようなヘマをする奴は生き返らせて俺が直々にもう一度殺してやるからな!特にトオノ!さっきみたいに呆けてやがったら月までケツを蹴り上げるぞ!覚えておけ、いいな!?G小隊、出るぞ!」

 

「「了解!」」

 

人生で最も長い6時間になりそうだ。ハルキはそう考えながら駆け出した。

 

 

 

 

『すげえ砲撃だったな。見ろよ、もう殆どガレキの山だぜ?』

 

『本当だな、もう敵なんて皆吹っ飛んじまったんじゃ無いか?』

 

部隊内のローカルネットワークとはいえ、あまりにも暢気な物言いに、小隊長のホプキンス少尉は怒鳴りつけたくなるのを懸命にこらえた。無理も無いのだ、車両こそミノフスキー粒子下の戦闘に対応するべくアップデートされた最新のM61A6に乗っているが、彼らは戦車兵になってまだ2ヶ月も経たない新兵なのだ。

 

(精強で鳴らした503戦車大隊の8割が新兵、全くもって笑えない)

 

欧州に展開していた中でも、503は不運な部隊だったと言えるだろう。オデッサに最も近い部隊の1つだった彼らは、当然のようにあの一つ目達と碌な対策も無いままに戦い、甚大な被害を被った。それでも半数近くはイベリアまで後退出来たのだが、そこで待っていたのは、あの悪魔のようなスカート付だった。もしあの時、部隊長が車両を放棄して撤退する事を決断していなければ、今頃ホプキンスも戦死者のリストに名を連ねていただろう。尤もそのおかげで部隊長は査問委員会に掛けられたあげく、教育課程の教官に栄転してしまったが。

 

「無駄話はそこまでだ、小隊前進。味方の制圧射撃に合わせて突破する。Aフォーメーション、全車続け!」

 

自車を先頭にする隊形を指示し、ホプキンス少尉はモニターを注意深く確認する。A6はセンサーに頼っていた視界をカメラに置き換え、通信機の出力を上げた車両だ。軍のお偉方は大げさにミノフスキー粒子環境対応型、などと呼んでいるが何のことは無い、旧世紀のMBTよろしく車長の目視に頼る形に先祖返りをしただけだ。しかも搭乗人員は2人のままだから、車長が索敵をしている間は射撃が出来ないし、逆に射撃をしている間は周囲の警戒が疎かになるという、なんとも片手落ちな車両だ。それでも車長の視界が砲塔正面のみであったA5に比べれば雲泥の差ではあるのだが。

 

(通信が出来ても、ひよっこ共じゃものの役に立たん)

 

ホプキンスに言わせれば、彼らが出来ることとは辛うじて車両を動かし、砲を撃つことだけだ。味方との連携など望むべくも無いし、地形や敵陣地を考慮した警戒など出来るはずも無い。必然、それらが出来るホプキンスの車両を中心にカモの子供のごとく付いてこさせるのが部隊の標準的な運用になってしまっている。まあ、その状況はこの小隊に限らず、503の部隊全体がそうなのだが。もし、部隊長が以前のままであれば、こんな編成にはならなかっただろう。生き残ったベテランを纏めた隊と新人の隊に分け、状況に応じて使い分けたに違いない。だが新しく着任した少佐は、そういった柔軟さに欠ける上に、部下に意見されることを嫌う人物だった。

 

(せめて後1年、いや半年有れば形になったんだがな)

 

十分な訓練期間を設けられるなら、この編成も間違ってはいない。ベテランと新兵が積極的にチームとして交流することで、知識や技術の伝達が円滑になるからだ。だが、戦場で学ばせるにはまったく不適切だった。

 

「光った!」

 

運転手が叫んだと同時、前方の未だ晴れない土煙を切り裂いて一条の光がホプキンスの乗る車両を貫く。幸いにして少しだけそれた為に、一撃で死ぬことはなかったが、左側の履帯が完全に融解、車体は横滑りしながら停止してしまった。

 

「ビームだと!畜生!全車散開!スモークを展開しつつ蛇行して的を絞らせるな!」

 

言いながらホプキンスは砲塔を旋回させビームの放たれた方向へ榴弾を連続して撃ち込んだ。射撃された位置からして、ラーティのような歩兵用ビーム兵器で有ろう事が推察出来たからだ。同時に敵の度胸に舌を巻く。連中はあの砲撃の中頭を上げて、その上攻撃まで行ってきたのだ。それが蛮勇でないならば、恐ろしい練度の敵兵が目の前に待ち構えていることになる。

 

「各車!とにかく敵陣地に突っ込め!ここじゃ狙い撃ち―」

 

命令を最後まで伝えることなく、ホプキンスは再び放たれた光によって分子へと分解される。故に小隊が一台もたどり着けずに撃破されることを彼が知ることはなかった。

 

 

 

 

「畜生!バカスカバカスカ撃ちやがって!連中底なしかよ!?」

 

「うるせえ!それより動くんじゃねえよ!装填出来ねえだろ!」

 

引っ切りなしに降り注ぐ砲弾と土砂に涙目になりながらハルキが叫ぶと、着弾音に負けない大声でカートリッジの装填を担当していたイン上等兵が怒鳴る。基地のジェネレーターと接続する必要があることから、歩兵用ビームライフル――正式名称、パンツァーシュタンゼン――は塹壕内で射撃できる位置が決まっており、大型化したカートリッジも随伴の装填手が運ぶのではなく、近くの保管庫から取り出す仕組みになっている。連邦製のものに比べ収束率の良い砲身が採用されているため輻射熱の問題は無くなった反面、カートリッジの小型化が出来なかった事に対する、ある種苦肉の策と言えた。

 

「ふっぐ…ぎ…。そ、装填!」

 

イン上等兵の声に、ハルキは身を乗り出すと、轟音と共に迫ってくる敵戦車に照準を合わせる。先頭の車両を撃った時は、至近距離に落ちた砲弾で姿勢を崩し二発も使ってしまった。保管庫には再充填機能などという上等な装備はないので無駄撃ちは出来ないのにだ。

 

「吹っ飛べ!」

 

叫び声と共に放たれた光は、今度こそ綺麗に敵戦車の正面に吸い込まれ、一撃で爆散させる。どうやら最初に撃破した車両が隊長車だったらしく、他の車両は動きが単調で、碌に射撃もしていない。見れば隣に陣取った小隊から放たれたビームも同じように別の戦車を吹き飛ばしていた。

 

「はっ!見かけ倒しのハリボテ共が!幾らでも来やがれ!皆吹き飛ばしてやる!」

 

その言葉通り、この後も雲霞のごとく押し寄せる戦車と文字通り戦い続けることになり、余計なことを言ったとハルキが後悔するのは、それからわずか数分後の事だった。

 




強化外骨格がどんなものか気になる人は、近藤先生の著書、バニシングマシンを是非読んでみて下さい(ダイマ
歩兵用ビームライフルは連邦軍から鹵獲したものを、オデッサの火力フェチの中尉が改造したという誰得設定です。カートリッジをジオンのものに置き換えた結果、性能はそのままにサイズは一回り大きくなりました。ビーム技術は連邦の方が進んでいるので仕方が無いですね!


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第百十五話:0079/11/24 マ・クベ(偽)とオデッサ作戦―8―

今月分です


ヒルドルブは快速な兵器だ。そう口にすれば大抵の人間は困惑する。300tに迫る自重に、陸上兵器として見れば、上には陸上戦艦くらいしか存在しないサイズ、双方から来るイメージと快速という言葉が結びつかないからだ。だが、数値はその力を雄弁に語る。連邦軍のMBTである61式が最高時速90kmであるのに対し、ヒルドルブの最高時速は110km、改良型であるヒルドルブⅡに至っては、主機の性能向上も手伝って120kmに達している。更に接地圧に関しても見逃せない。大型で幅広の履帯を用いることで歩兵並みの接地圧を実現しているため、戦車と聞いて想像するよりも、遥かに移動における制限は少ない。

そんなヒルドルブであるから、かねてよりリヴィウを要衝とみていたオデッサ基地司令によって、カルッシュ近郊に潜伏指示が出ていた事も踏まえると、リヴィウの防衛戦にブダペストから出撃している欧州方面軍主力より先に到着するのは、極めて当然の帰結であった。

 

「リヴィウが…畜生!連邦め!」

 

望遠レンズ越しに捉えた町並みは、既にガレキの山に様変わりしていた。それを見て、ルネン伍長が悔しげに叫んだ。のんびりとした風貌と、断れない性格に隠れがちであるが、ルネン伍長は人一倍正義感の強い男だ。任務で何度か訪れたことのあるリヴィウの住人を思い、義憤に駆られているのだろう。

 

「落ち着け、伍長。疎開は既に完了している。建物ならまた建てれば良いんだ、今は目の前に集中しろ」

 

そう諫めつつ、デメジエールもモニターを確認する。センサー類もMSと共有化を名目に更新されているため、その映像は試作車に比べ遥かに鮮明だ。

 

(都市全体を満遍なく吹き飛ばしていやがる。連中、都市機能を捨てて完全にこちらを排除するつもりだな)

 

今なお続く砲撃がそれを物語っている。都市機能を惜しんで時間を掛けることを嫌ったのか、それとも今までの都市での経験から最初から諦めたのか、デメジエールにその心中は見通せなかったが、発生している状況への対処は即断出来た。

 

「各車、進路を北北東へ、グリッドC8から西へ突っ込む」

 

「敵前衛の後方を突くのでありますか?」

 

指示に対しボーン大尉がそう質問してきた。戦術マップを見れば、デメジエールの指示した地点は、味方の防衛線よりも5キロほど前進した位置であり、現在送られてきている偵察情報からすれば、防衛線に取り付こうとしている敵機甲師団の丁度中央付近であったからだ。

 

「いや、どうもそう簡単な話じゃないようだ。見ろ」

 

そう言って、デメジエールは北の空を映した映像を送る。そこには幾つもの黒いシミが浮かんでいた。

 

「これは…爆撃機!?」

 

「ああ、それもデプロッグとか言う重爆だ」

 

「この上空爆までしようってんですかい!?」

 

通信に入ってきたバリー軍曹にデメジエールは自身の推察を語った。

 

「違うな、それなら護衛の戦闘機が居るだろう。連中が狙っているのは恐らく縦深攻撃だ。どうもウチの司令官様も一杯食わされたみたいだな、今リヴィウを攻撃している連中は都市制圧を狙った囮なんかじゃない。大規模侵攻の先触れだ」

 

デメジエールの言葉に誰もが沈黙した。ある者は想像を超えていたため、またある者はその可能性を目の前の光景から十分に理解したため、そしてある者は、その上でデメジエールがやらんとしていることの意味を察したためだった。それを肯定するように、獰猛な笑みを浮かべつつデメジエールは口を開く。

 

「そうだ、これから連中は雲霞のごとく押し寄せてくる、そいつらの脇腹を思い切り食い破ってやるのさ。さあ、行くぞ!」

 

「「応っ!!」」

 

異議を唱える者は誰一人居なかった。

 

 

 

 

「畜生!連中どれだけ居るんだよ!?」

 

前線において、末端の兵士が知り得る情報などほんの僅かでしかない。何故なら兵士に求められるのは思考する事ではなく、目の前の敵を倒すことだからだ。故に彼の言葉に解答を持つ者はこの場に存在せず、返ってきたのは有り難い罵声だった。

 

「口の前に手を動かすんだよ!とっとと撃て!」

 

保管庫内のカートリッジは接敵から10分と掛からず撃ち尽くしており、今は予備として持ってきていた対戦車ロケットを構えている。尤もこれでは敵戦車の撃破など出来ないため、履帯を狙っての足止めが主体になっている。必然撃破のペースは目に見えて落ち、足回りを破壊されても健在な砲で攻撃が加えられるため、満足に顔を上げることすら出来なくなっていた。

 

(冗談だろう?)

 

敵の応射から逃れるために塹壕に頭を引っ込めた瞬間、ハルキは誘惑に負けてバイザーに現在時刻を表示した、してしまった。

 

「無理だ、こんなの耐えられる訳がない…」

 

何が6時間耐えればいいだ、この程度で死ぬなだ。配置についてたったの20分でこの有様ではないか!不満が膨れ上がり、口から飛び出ようとした矢先、激しい衝撃を受けてハルキの体は吹き飛ばされる。それは今でも覚えている降下したあの日と同じ暴力的な土砂と爆圧の共演、幸いであったのはスーツのおかげで同時に飛び散っていたであろう金属片から守られていたことだ。だが、彼の幸運は他者にまで及ばない。

 

「うっぐ、つぁ…」

 

詰まる息を無理矢理吐き出し、体を起こせば、そこには塹壕を削り取った穴があった。

 

「…駄目だろ、そこに穴が開いてちゃ」

 

拒絶の言葉はむなしく響く。そこに穴があっては駄目なのだ、だってそこにはイン上等兵が身を隠していた。だからそこに穴があってはいけないのだ。

 

「イン上等兵?」

 

インカムに向けて呼びかける、周波数は先ほどから変えていない、響くのは自分の情けない声、こんな声で話しかければ、イン上等兵は直ぐ怒鳴り返してくる。だが、返ってきたのは沈黙と周辺に降り注ぐ敵弾の着弾音だけだった。

 

「上等兵!?イン上等兵!!?」

 

もう解っているだろう?そう誰かがあざ笑った気がした。あの時と同じなら結果も同じ、お前も覚悟をしていたじゃないか。いずれ大地の赤いシミになる、今日は彼の番だった、それだけのこと、今更それを拒絶しても手遅れだ。

 

「…兵…一等兵!おい!トオノ!生きて居るのか!?」

 

怒鳴り声と共に誰かが駆け寄って来て、強引に自分を押し倒した。定まらない瞳でそちらを見れば、額から血を流した小隊長だった。

 

「た、たい、ちょう。インが、イン上等兵が…」

 

「解っている、こちらもロイ伍長が死んだ。敵の砲撃は完全にこの塹壕を捉えているようだ。先ほど本部より指令が届いた、俺たちを含めここの守備についていた小隊は第二塹壕まで後退する、準備しろ。ああ、ビームライフルを忘れるなよ!」

 

そう言って走り去る小隊長を見ながら、回らない頭で半分土に埋もれたビームライフルを地面から強引に引き抜く。ロイ伍長が死んだ、イン上等兵も死んだ。次は誰が死ぬ?隊長か?それとも…。

 

「巫山戯んな!俺は!生きて!帰るんだ!!」

 

そうあらん限りの声で叫ぶと、ぼやけていた視界が定まり、遠のいていた爆発音が戻ってくる。理屈や意味なんて生き残った後に存分に考えれば良い。ハルキは力の戻ってきた足で、塹壕の中を駆け出した。

 

 

 

 

「ザコが!邪魔だ!!」

 

敵軍の脇腹を突こうと突撃を始めたデメジエール達をまず迎えたのはホバークラフトで編成された部隊だった。戦車に比べ小型かつ快速、おまけに限定的だが三次元の機動を取れるこの兵器にビームという装備はデメジエールをして警戒心を抱かせたが、直ぐにその考えは杞憂であることが解った。まず最も警戒すべきビーム兵器の射角と射程が警戒するに値しないと解ったからだ。射角は前方のみにしか撃てず、射程もこちらの副砲以下、つまり射撃を行うには機首を必ずこちらに向け、尚且つ肉薄する必要がある。さらに搭載している車体もお粗末だ。確かホバー式のテクニカルで、ファンファンと呼ばれる機体だったと記憶しているが、元々ミサイルキャリアー、それもARH方式、所謂撃ちっ放し式ミサイルの運用を前提にしているから非装甲であり、自衛用の火器も対歩兵用のものしか搭載していない。

 

「各車!向かってくる奴だけ対応しろ、動きに惑わされるな!」

 

一応警告は発したが、既に部隊の各員はそれに気付いており、むしろ突入を誘って返り討ちにしている。中には奇跡的に射撃までたどり着ける機体も居るが、ビーム攪乱幕封入式のモジュラー装甲に阻まれて有効弾は出せていない。そんな部隊であったため、デメジエールは大胆な指示を出すことにした。

 

「全車、対応は最小限、突入を優先しろ!」

 

常識的に考えればあり得ない指示に、しかし誰一人として反論も無くデメジエールに付き従う。

 

「見えた!敵MBTを確認!弾種焼夷榴弾!壁を作って足止めをする!次弾榴弾、派手に行け!」

 

命令に一拍遅れて吐き出された砲弾が、大地を紅蓮の炎に染め上げる。現代のMBTはNBC対策は十分に成されているから兵士が焼け死ぬなんてことは無い。しかし内燃機関を搭載している以上、酸欠でエンジンストールを起こす可能性は否定できないし、なにより人間の本能的に燃えさかる火炎に突っ込むというのは躊躇いが生じる。それが十分に訓練されていない兵士なら尚更だ。案の定、突然出来上がった炎の壁に敵は急停車をし、後続と衝突や渋滞を起こす。その塊はデメジエール達の駆る巨狼にとって最高のごちそうだった。

 

「撃て!」

 

躊躇無く発せられた発砲命令に従い吐き出された榴弾が、敵中で炸裂する。教科書に載せたいほど見事に撃ち込まれた砲弾はその力を十全に発揮し、一瞬で地獄を作り出したが、その時には既に巨狼たちは走り去り、次の獲物に狙いを定めていた。

 

「…居た。ウォードック00より08、グリッドA2、デカブツだ!支援射撃要請!」

 

目当てのお相手を見つけ、デメジエールはレーザー回線を躊躇無く開いた。ヒルドルブだけで編成されているこの部隊には、今日の戦場において正に圧倒的な優位が存在する。それが各車両に搭載されたレーザー通信機だ。これによって遠方に配置された砲兵に対し、即座に支援要請を送ると同時、自分たちが着弾観測を行えるのだ。

 

『08了解、初弾発射。着弾まで15秒』

 

「00了解、このまま回線を維持」

 

そしてその時は訪れる。大気を大口径砲弾が切り裂く独特の擦過音を集音マイクが捉えたほんの3秒後、前線指揮に当たっていた連邦軍第35師団の司令部であるビッグトレーの至近に砲弾が着弾した。

 

 

 

 

突然の衝撃にパウル少将は混乱した。

現在の位置はルブリンから130kmほど南東に進出した地点であり。事前の偵察によって判明している敵の前線からはまだ20km以上の距離があった。

状況が狂い始めたのは先鋒部隊の後方に敵の巨大戦車が現れた辺りからだ。跳躍攻撃のために送り出した後続の機甲部隊を文字通り蹂躙し、今も戦場で暴れ回っている。こちらから支援射撃を行おうにも友軍のど真ん中に居るため誤射の危険が高すぎて躊躇してしまった。それが彼の命運を分けることとなる。

 

「な、なんだ!ダブデの砲撃か?連中あれを前線まで引っ張り出してきたのか!?」

 

そう口にしたものの、前線部隊はおろか、後方爆撃のために送り出された飛行隊からもダブデ発見の連絡は受けていない。混乱しつつも、回避運動を命じ、ダブデの捜索を命ずる。同時に指揮のためとはいえ前線に近づきすぎた自身の迂闊さを呪った。

20キロは陸上戦艦にしてみれば十分に交戦の距離だ。実際ビッグトレーやヘビィ・フォークに搭載されたロケットアシスト砲弾は最大射程200キロであり、現在の地点から敵前線どころか後方への砲撃が行える。ただし、あくまで最大射程は最大射程であり、命中を望むなら約半分、それも人工衛星とのデータリンクが十全に機能して、という但し書きが付く。

それでも物資が十分にあれば、気にせず飽和攻撃で敵陣を均してしまえたのだが、十分に集める前に司令官の忍耐がつきてしまった。否、忍耐と言うより猶予だろうか。

ジオン地上軍は実に強敵だ。MSという新兵器もやっかいだが、本質は違うところにある。奴らはこちらが何をされたら嫌なのかを十分に理解している。まるで持久戦になることを想定済みで、しかもやりなれているかのような用兵でこちらの輸送網を寸断、前線部隊を孤立させたかと思えばあっという間に包囲してくる。おかげでヨーロッパに展開していた第四軍は半数が新兵という有様だ。これが世界各地で起こっているというのだから笑えない、先日流れていたジオンのプロパガンダでは、連邦の脅威の戦術として大量の捕虜を送り込み我が国の国庫に圧力を掛けるつもりだなどとからかわれていた。

度重なる敗北に経済界からは多くのクレームが寄せられ、元々継戦に消極的だった陸海空軍からは宇宙軍、というよりレビル閥を切り捨てて講和にもちこむべきでは無いかという意見まで出ている。つまりこのまま行けば遠からずレビル将軍は失脚し軍内で発言権を失う。そうなれば初戦での敗退を挽回できない宇宙軍も連鎖的に軍内での発言権を失う、だからまだやれそうなうちに一か八でもジオンを一撃しなければならない。

何のことはない、この戦争は一人の老兵の権力欲によって続いているのだ。

二度目の衝撃が走り車体が傾斜する、舌打ちしたい気持ちをどうにか抑え応戦の指示を出そうとしたその瞬間、砲弾が艦橋に飛び込み、パウル少将は永遠に言葉を発する機会を失った。




※あくまでパウル少将個人の感想です


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第百十六話:0079/11/24 マ・クベ(偽)とオデッサ作戦―9―

レビル擁護コメが増えて嬉しかったので投稿。


日が傾き始め、リヴィウへ第28師団が合流すると戦況はジオン側に傾く。ヒルドルブの乱入で前線指揮官であったパウル少将が戦死していたことも大きく、代理で指揮を執っていたアーレイバーク大佐がMSとの交戦経験が浅かったことも災いし、連邦軍の先鋒は文字通り壊滅的な被害を被っていた。しかし、この間に浸透した爆撃機によって後方の主要幹線道路が寸断されただけでなく、幾つかの補給部隊が捕捉され壊滅、両者は予断の許さぬまま大規模衝突一日目の夜を迎える。

 

「ちっ、やるもんだね連邦も。だけど後方破壊を狙ってんのはこっちも同じさ」

 

欧州方面軍航空部隊の献身的な戦いにより、敵の戦闘機はワルシャワに張り付いている。更に夜になって視認性の低下した今こそ、最高の襲撃タイミングとシーマは考えた。

 

「本当ならワルシャワを落としてやりたいけどねぇ。欲のかきすぎは良くないからね」

 

口にしたものの、それが現実的でない事は、シーマ自身が十分に自覚していた。何しろこちらの手勢はMS2個中隊に巡洋艦が2隻、複数の師団が待ち構えている場所を襲撃するには些か手が足りない。

 

「中佐、目標地点まで残り30分です」

 

真面目が服を着たような艦長の言葉にシーマは頷く。

 

「解った、ではここから先は手はず通りにな。艦の方は貴様に任せる、上手く使え」

 

「承知しました。はい、オデッサまでしっかり送り届けさせて頂きます」

 

その返事に笑顔で頼む、と返し、シーマはブリッジを出て更衣室へ向かう。慣れた手つきでパイロットスーツに着替えていると、それが新品である事に気がついた。

 

「ああ、そういや、少し前に大量発注したんだっけね?」

 

それは10月に入るかどうか、といった頃の話だったように思う。唐突に大佐が言いだしたのだ。

 

「そろそろ寒くなるな」

 

言うや歩兵用の寒冷地装備を一式届けさせた大佐はそれを自分で着込み、しばし腕を組んだ後、唐突に総司令部に連絡を取った。

 

「兵を殺す気ですかな?」

 

その時シーマも初めて知ったのだが、ユーラシア大陸の内陸部…所謂旧ロシア領の冬は非常に厳しく、場所によっては-50度の低温になる場所もあるという。軍の用意していた冬期装備は当然ながらそんな気温は想定されておらず、顔に至ってはむき出しという状態だった。因みにそんな状況で歩哨などすれば1時間も経たずに凍傷になること間違い無しだ。問題は解ったものの、対応した装備を準備する時間はあまりにも少なく、連絡を受けた兵站部が頭を悩ませていると、何の問題も無いとばかりに大佐が解決案を提示した。

 

「ノーマルスーツなら保温機能もありますし頭部の保護も出来ます。とりあえず代用するには十分では?パイロット用のものなら戦闘も問題なく行えるでしょう」

 

そんなわけで各基地に保管されていたパイロットスーツが急遽集められ、防寒具として寒冷地に送られることになったのだった。

 

「一体あの人は何処でそんな知識を仕入れてくるのかねぇ?」

 

機会があれば是非聞いてみよう。自分が生きてオデッサに帰ることに何の疑問も持たず、シーマはそう考えながらハンガーへと向かった。

 

 

 

 

日が落ちてもグディニャの港湾施設は煌々と明かりが灯され、多数の艦艇から続々と物資が荷揚げされていた。北欧に集積された物資は膨大であり、欧州の窓口となったグディニャは文字通り休む暇も無く送られる物資を受け入れ、前線へと送り出していた。

 

「追加のトレーラーはまだなのか?こっちはミデアまでかり出して運んでるんだぞ?」

 

VTOL機能やその大きなペイロードでごまかされがちであるが、ミデアの輸送能力は決して良好とは言いがたい。何しろ運べる量がそれなりであっても、数は少ないし、何より移動のための手続きが煩雑なのだ。積み込み物資の確認と行き先さえ指定すれば後はある程度裁量の利く陸路と異なり、フライトプランの提出やら、搭載物資の複数回にわたる確認立ち会いと、実に面倒極まりない。これはひとえにミデアの管轄が複数の部署にまたがって居ることが原因なのだが、今のところ改善の兆候は見られない。

 

「聞いたか?なんだか前線の方で手ひどくやられたらしいぞ?」

 

「ここまでが順調すぎたんだろ。おかげでこっちは徹夜続きだよ、ジオンの連中も少しは気合いを見せてみたんだろうさ。ま、最後の悪あがきかもしれんがね」

 

「違いない、あれだけの大部隊だし、今度はこっちにもMSがあるんだろう?土俵が同じならスペースノイドなんかに負けやしない…」

 

タブレットを確認しながらそんな話をしていた二人が違和感を覚える。先ほどから妙な音がするのだ、地なりのような、その音はだんだんと大きくなり、はっきりと耳に捉えられるようになる。

 

「お、おい。この音は何だ?」

 

「解らん、陸上戦艦か?受け入れの話なんてきてない―」

 

そう言って外を見た男が固まる、つられて窓から外を見たもう一人は、その事実に気付き悲鳴を上げた。

 

「て、敵だぁ!!」

 

部屋に備えられていた緊急警報用のスイッチを押し、未だに固まっている友人を思いきり揺さぶる。

 

「おい!避難だ!シェルターへ逃げるぞ!」

 

「お、おお!?」

 

慌てて飛び出すふたりの眼前に敵はその姿を浮かび上がらせていた。

 

 

 

 

「はん、今更気付いたのかい?遅いね!野郎共準備はいいかい!」

 

「何時でも!」

 

「何処でも!」

 

威勢良く返ってくる部下達の声に、高揚を隠すことなくシーマは続けてブリッジに通信を送った。

 

「よし、艦長!MS隊出るよ!投下後は洋上に退避しつつ任意に攻撃!特に船は一つも残すな!」

 

「了解しました。ご武運を、中佐」

 

「あいよ!」

 

カタパルトへ続く隔壁ではなく、艦底にあるハッチ――本来帰還用に設けられたものだ――が開きそこから次々とMSが飛び出していく。空中に出るや、シーマはこちらを慌てて照らしているサーチライトへ向けて次々と砲弾をたたき込んだ。

 

「そんなに狙って欲しいのかい!?お望み通りくれてやるよ!」

 

低空での降下であったので、直ぐに地面へ降り立つと、背中のキャノンを手近な倉庫へ撃ち込んだ。MS-09-D改、ビームキャノンを搭載した改良型のドムをシーマは愛機としていた。ゲルググも良い機体だが、シーマはこの機体が気に入っている。ドム自体が十分にブラッシュアップが行われて安定した機体である事に加え、搭載されたビームキャノンはエネルギーCAP方式のものと違い弾数の制限が非常に緩い。加えてジェネレーター出力の向上によりトルクも増しているから、予備の武装や増加装甲を付けても運動性の低下が少なくて済む。その分操作性はやや悪化しているが、それも許容の範囲内だ。実際、海兵隊出身者は自機にこのD改を選ぶ者が大半で、残りはバックウェポン式のノーマルのD型を選んでいる。ちなみに一部の馬鹿が、シーマがドムを選んでいるのは大佐とおそろいだからと寝ぼけたことを言っていたので、しっかりと教育しておいた。世の中には言わなくて良いことも存在するのだ。

 

「張り合いがないねぇ…おっと」

 

適当に辺りを破壊していると、漸く守備隊が準備を整えたのか、ジムが数機こちらへ射撃をしながら近づいてくる。やっと出てきた遊び甲斐のある相手に、シーマは自然と口角を上げた。

 

「こういう時はなんて言うんだったか。…ああ、一手指南してやる、だったかねぇ?」

 

言うやシーマは機体を加速させ距離を詰める。本来搭乗しているドムは砲戦で威力を発揮する機体であるが、状況が悪かった。他の隊員はそれぞれ戦闘を行っているし、ミノフスキー粒子濃度が高すぎて短距離通信も難しい。連邦軍のように専門の中継車両があれば別だが、生憎と基地の強襲にそんな贅沢品は持ち込んでいなかった。故に火力的劣勢を埋めるべく、シーマは機体を前へと進める。

 

「格闘は苦手なんだけどねぇ!贅沢言ってらんないね!」

 

手持ちのマシンガンをサイドスカートに装備されたヒートソードに持ち替えつつ肉薄すると、相手は慌てて散開しながら後退を始める。その動きから数を活かして包囲してこちらを仕留めるという相手の策を即座に看破し、シーマは自機の進行方向を唐突に変える。片足を敢えて接地させ、急激に機体を旋回させたのだ。オデッサのホバー乗りならば全員普通に使う技術だが、敵は十分に驚いたようで突然狙われた最初の一機は足を止めて慌ててビームサーベルを引き抜いた。だがシーマは格闘に付き合う気など毛頭無く、動きの固まった一機に容赦なくビームキャノンをたたき込む。

 

「両手が塞がってりゃ撃たれないとでも思ったのかい?甘いんだよ!」

 

更にその横に居た機体にスラスターを併用し急接近すると、シーマは鋭くヒートソードをコックピットへ突き立てた。瞬く間に2機を失い、動揺したのか逆サイドに展開していた3機が慌てて射撃を行ってくるが、これは突き刺した敵機を盾にして防ぎ、射撃が弱まった隙を突いて射撃姿勢のまま固まっている二機を再びビームキャノンで撃ち抜いた。それを見て残りの一機は慌てて回避行動を取る。

 

「笑えないね、あのカイって坊やの方がずっと強かったよ!」

 

盾にした敵機をそのままに、再び最初の一機に接近する。相手は躊躇していたが、覚悟を決めたように後退しつつ応射してくる。せめて残りの一機と挟み撃ちにしたいのだろう。だがその連携はあまりにも稚拙だった。

 

「覚えときな、射撃の時は敵と味方を同軸に置かないようにするもんだ」

 

後方からのロックアラートが鳴り響いた瞬間、横の倉庫へ抱えていた敵機を思い切りぶつける。必然その反動でシーマの機体はその場で1機分横に逸れた。元いた場所を通り過ぎる光条を、シーマは他人事のようにカメラ越しに見送った。

 

「悪かったねぇ、楽に勝たせて貰ってさ」

 

味方を誤射したことで呆然と立ち竦んでいる最後の機体にビームを撃ち込むと、シーマはそう笑った。そうして振り向き、誤射によって擱座した機体にもビームを放ち、辺りを紅に染め上げる。接敵から僅か2分で6機を屠ったこの戦果は、グディニャの悪魔として連邦で語られることとなる。




だが内容はシーマ無双である。


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第百十七話:0079/11/24 マ・クベ(偽)とオデッサ作戦―10―

今週分です。もうオデッサ作戦はじめて10話ですよ。


困ったことになっている。ただいま夜の8時、軍隊的には2000時と表現すべきだろうか。とにかく、もう日が暮れてそれなりに時間が経った訳だが。

 

「リヴィウの状況は?」

 

「日暮れ前に到着した28師団のおかげで持ち直しましたが、未だ攻勢が続いております。それから戦車大隊から補給の要請が」

 

「テルノビリに1個中隊が居ただろう?それと入れ替えをさせろ、テルノビリの物資は駄目か?」

 

「集積所は優先して狙われたようです、絶望的かと」

 

「制空圏も取らずに強引に突っ込んでくるとはな、連中、よほど人が余っていると見える」

 

敵の攻勢が全く弱まりません。おまけに爆撃機がアホみたいに現れちゃ手当たり次第都市やら車列やらを空爆しやがる。こちらの飛行隊も迎撃に上がっているのだが、何しろ数が多すぎる。これでフライマンタやジェットコアブースターみたいに爆弾一つだけとかならまだマシだが、あのデプロッグの野郎2~3機でガウ並みに爆弾落としていきやがる。

地味に防空用に改造された奴とかが交じってて迎撃に行ったら逆に撃ち落とされた機体まで居る。その上大規模な編隊ではなく少数をとにかく同時に複数箇所へ送り込んで来るものだから、完全にこちらの飛行隊は手一杯だ。欧州方面軍から回して貰おうにもあっちはワルシャワの航空戦力とガチってるから、あそこから引き抜くとフライマンタやらまで出てきてそれこそ手に負えなくなる。

 

「申し上げます、308大隊が敵師団を捕捉、これを撃退致しました」

 

朗報に聞こえるだろう?

 

「それは重畳、これで幾つ目だったかな?」

 

「3個師団だな、そろそろ下がらせんとパイロットが持たんだろう、弾薬も尽きる頃だ」

 

渋面でガデム少佐が答えてくれた。一緒に出撃した309大隊も4個師団を捕捉、撃退している。既にあちらは弾薬窮乏の連絡が入っていて、予備の臨編大隊と交代、補給のため帰還している。圧倒的に見えるだろう?ところがどっこい、連中こちらの部隊とぶつかるとちょっと戦って直ぐに逃げてしまうのだ。しかも纏まらずに分散して逃げるものだからこちらの数が足りずに追い切れない。おかげで勝っているし、確かに損害も与えているが、それが労力に見合っているかと言われれば全然見合っていない。

 

「309の補給状況は?」

 

「機体整備、並びに弾薬補充共に済んでおります、ご命令頂ければ直ぐにでも」

 

自分も疲れているだろうに、そう言ってくれる309の大隊長、でも長い付き合いだ、嫌でも解る。

 

「マルティン少佐、君がそう言うということは、パイロットの疲労が全く抜けていないのだろう?」

 

「…はい、ですが戦友が戦っているのですから、我々だけが休むわけにはいきません」

 

真面目だな。でもその考えは危険だ。

 

「それは違うな。万全でない君たちが出撃し、万一損害を被ってみろ、そのしわ寄せは君の言う戦友に降りかかる。そして君の戦友が疲弊し、君たちが万全に休めない状況を作っているのは、この私だ」

 

リヴィウ後方に入り込んだ敵師団と航空機によって補給線と第一防衛ラインの維持用に準備していた物資の大半が消し飛んでしまった。おまけに増援を送ろうにも入り込んだ敵師団の対処に追われて居る現状では、それこそ最後の守りであるマルコシアス隊を送り出すしか無い。更に悪いことに28師団が合流したリヴィウの防衛は叶っているが、既に突破した師団が多数出ており、リヴィウは敵中に孤立しかけている。いくら彼らが優秀でもこれ以上は無理だ。

 

「遺憾ではあるが、リヴィウを放棄、戦線を第二線まで縮小する。夜間であれば敵の爆撃も多少は大人しいはずだ。生存者は一人残らず連れて帰れ。それから戦車大隊に連絡を、友軍撤退までの2時間リヴィウを死守せよ、だ」

 

「…了解しました」

 

悔しそうな顔で伝令に走ってくれるエイミー少尉に、心の中で謝罪をしていると、気遣わしげな顔でガデム少佐が口を開いた。

 

「いいのか?」

 

「良くはない。だがこのまま付き合うのは相手の策にはまり続けることと同義だ。仕切り直してもう一度イニシアチブを取る必要がある。すまんが少し席を外す、欧州方面軍と今後について話しておきたい」

 

「解った、暫くはお前さんの判断が要る場面もないだろう。しっかり検討してこい」

 

「頼んだ」

 

俺はそう言うと直ぐに通信室へ向かう。指揮所で話して、変な形で情報が拡散、混乱したら目も当てられないからだ。まあ、戦闘の真っ最中に指揮官が不在になるのだって大概だと思うが。

 

「おう、手こずっているようだな、大佐」

 

向こうも大凡予測が付いていたのだろう、こっちが連絡を入れるとユーリ少将が1分とかからず対応してきた。

 

「ええ、レビルを過小評価していました。もう少し無理の出来ない男だと思っていたのですが」

 

「現段階であっちの損害は10個師団を超えている…が、相手にしてみればまだ戦力の1割ほどだからな。全部使い潰すつもりなら、まだまだ元気に突っ込んでくるだろう」

 

「ワルシャワ襲撃は?」

 

「先ほど任務部隊の作戦成功が確認できた、後30分ほどで出撃する。到着は2200時というところか」

 

「二時間ですか」

 

「限界だろう?28師団からも報告は来ている。そちらの戦線が縮小してももう問題ない範囲だ。戦力の保全に努めてくれ、出来れば歩兵部隊も可能な限り回収してくれると助かる」

 

そう言ってむしろ頭を下げてくるユーリ少将。畜生汚えな、そう言うことするから、この人のことを嫌いになりきれないんだ。

 

「そこは誓って全員を」

 

こうして俺は、防衛線を一段下げることを決定し内心安堵した、してしまったのだ。

 

 

 

 

「後退命令!?まだやれるのに!」

 

命令が出たのは正に唐突で、予備大隊が丁度二つ目の敵師団を捕捉、敗走させたところだった。相変わらずその編成はファンファン主体の部隊で、大隊とは言え全てMSで編成されたジュリア達にとって敵と呼べるほどの脅威にはならなかった。だが、攻撃すれば弾薬は減るし、たとえ戦わなくとも長時間の操縦は体力を奪う。

 

『まだ行ける、はもう危ないのよ、お嬢ちゃん。指揮官が無理だと判断したことに兵士が口を挟まないの』

 

やんわりとした口調で叱責してきたのは、この大隊を任されているニアーライト少佐だ。噂では碌でもない連中の隊長というものだったが、会ってみれば物腰の落ち着いた、優秀な指揮官だ。少々MSの腕が頼りないのと、自分たちをお嬢ちゃん呼ばわりする点だけは不満だが。

 

『それに戦闘って言うのは後退が一番大変なのよ?何しろ戦えない味方を守りながら下がるんだから。つまりどう言うことか解る?』

 

その質問にジュリアが答えられず窮していると、助け船を出してくれたのは副隊長であるヘンリー大尉だ。こちらも犯罪者を集めた懲罰部隊という触れ込みからは信じられないほど紳士である。

 

『大佐殿はこう言っているのさ、これから逃げてくる味方をお前達が守ってやれと。痛快な話じゃないか、鼻つまみ者、犯罪者、おまけにお荷物呼ばわりの集まった寄せ集め部隊が、そう馬鹿にしていた連中を守るんだ』

 

『それも只守るんじゃないわ、オデッサの基地司令に命じられてそれをやるのよ。解る?マ大佐が、私達ならばそれが出来ると信じているの』

 

そう最後に続けたのは、自分たちの中隊長であるエリオラ大尉だ。その言葉にこらえきれなくなったようにニアーライト少佐とヘンリー大尉が笑う。

 

『兵隊冥利に尽きるじゃない!成功させれば間違いなくあの大佐に感謝されるわよ』

 

『だな、あの男に感謝されるなら勲章並みの価値がある』

 

『年金はつきませんけどね?』

 

そうエリオラ大尉が混ぜ返し、笑いがあふれる通信を聞いていると、それまでの興奮が引いて、ジュリアは少し周囲を見る余裕が出てきた。

戦線を縮小、リヴィウを放棄。守備隊は歩兵部隊が中心だった、彼らが後退するならば、移動は非装甲の輸送車両、あるいはファットアンクルなどの輸送機だ、自分たちにはなんと言うこともない敵のテクニカルの1個小隊であっても十分な脅威となる。

 

『大隊各員、いい?これからあたし達は前進してリヴィウに向かう、後退してくる友軍と合流したらBC中隊は護衛、A中隊は残っている戦車大隊と合流して遅滞戦闘に加わるわ、宜しい?』

 

「「了解!」」

 

そう部隊の皆が返事をした瞬間だった、最初に反応したのはミノル少尉、部隊の中で最も北寄りに居た彼女が鋭く叫ぶ。

 

「11時より高速で接近する熱源を確認!この反応…ICBM!?」

 

その言葉に全員がセンサーを確認する、次に声を上げたのは部隊で最もセンサー類の性能が良いゲルググB型を受領していた小隊、サカギ中尉だった。

 

「いや、それにしちゃあ弾道が低すぎる!それにこの熱量、サイズもずっとでかいぞ…まさか特攻か!?」

 

その言葉にニアーライト少佐が叫んだ。

 

「オデッサに緊急連絡!詳細不明の大型物体が高速でそちらに接近中!迎撃されたし!とにかく空にありったけぶっ放すよう伝えなさい!」

 

その叫びが終わり、対空迎撃の準備を慌てて始めたジュリア達の頭上をそれが通り過ぎた。それはMSに迎撃出来ない絶妙な高度であり、だが、カメラで姿を捉えられる程度には近かった。

 

「MS?」

 

ジュリアのその言葉に答えるものは居なかった。夜はまだ終わらない。




なのに全然まとまりません。


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第百十八話:0079/11/24 マ・クベ(偽)とオデッサ作戦―11―

一月中に終わらせるといったな?
アレは嘘だ。(今更)


ノイズ混じりの緊急連絡が届く頃、オデッサの指揮所も蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。監視衛星が件の物体を捉えていたからだ。

 

「発射地点はスカンジナビア半島!ブリテン島!それも複数箇所からです!」

 

「監視は何をやっていたんだ!?」

 

「昼の戦闘でミノフスキー粒子濃度が高く、レーダーが…」

 

「御託は後で良い!とにかく高射砲部隊をたたき起こせ!そうだ!全員だ!なんとしても基地への落着は阻止しろ!」

 

「最終落着点!算出出来ましたモニターへ出します!…え?これは?」

 

「今度は何だ!」

 

そう防空担当の大尉が怒鳴ったが、オペレーターによって落着地点が映し出されたモニターを見て、同じく懐疑的な顔になる。

 

「計算を間違えたのではないか?もう一度計算を…」

 

「…いえ、間違いありません。ボギー1、落着を確認、爆発光も確認できず!不発?」

 

「ボギー2、3、同じく落着、こちらも確認できません」

 

指揮所の空気は一気に弛緩し、そして疑問に包まれる。表示されている落着地点はどれも基地から離れた位置で、仮に被害を出そうとするならば核弾頭、それも戦略核が必要となる位置だからだ。しかし次々と落着するそれらは、一つとして爆発することなくその飛翔を終える。

 

「何だったんだ?連邦は何がしたかったんだ?」

 

仮にこの時、大佐が指揮所に居たのなら、落着地点へ即座に部隊を派遣していただろう。だが、欧州方面軍との折衝で離れていたために、その初動がほんの少しだけ、臨編大隊からの次の連絡が入る僅か3分だけ遅れた。それは悪意が動き出すには十分な時間で、もし大佐が居たとしても防げなかっただろう。

 

 

 

 

「なに?」

 

それに最初に気付いたのは、基地司令から無理矢理待機命令をもぎ取ったハマーン・カーン特務少尉だった。最初は弱々しかったそれは、だんだんと明確な不快感となり、今は確信を持って言える。

 

「悪意が来る…ここに!?」

 

横を見れば、同じくこの不快感を感じ取ったのだろう、マリオン少尉が顔を強ばらせ、僅かに体を震わせていた。

 

「大丈夫か、少尉」

 

その様子に同じく待機していたニムバス大尉が気遣わしげな表情で聞いた。

 

「来ます、大尉。多分これはあの人の…」

 

「っ!!クルスト・モーゼスか!」

 

大尉が激昂する様を見て、ハマーンは正直に言えば驚いた。表情が硬く、口数も少ないためあまり知られていないが、ニムバス大尉はとても高潔な色をした人だ。そして同時に自分に厳しく、弱者を労る事の出来る正におとぎ話に出てくる騎士のような人でもある。そんな彼がここまで露骨に敵意を示す相手とはどんな人だろうと思い、そして同時に合点がいった。不快感の中に混じっている恐怖、悲しみ、つまりその人物は、味方にすらそんな感情を振りまく存在なのだろう。

 

「行きましょう、大尉。あの人の生み出したものなら、ここに私が居ては皆が危険です」

 

その言葉にハマーンは、以前偶然聞いた大佐と博士の話していた内容を思い出す。

 

「ニュータイプを見つけて、殺す機械?」

 

思わず出た言葉に、マリオン少尉とニムバス大尉が驚いた後、真剣な表情で頷いた。

 

「そうだ、カーン少尉。愚かな男の妄執の果てに生み出された殺人機械。あれを止めねば、彼らが危ない」

 

彼ら、今この基地で最も安全と思われる地下シェルターに避難している子供達だろう。シェルターにはHLV発射機が隣接していて、万一の場合はそれで彼らだけでも宇宙へ逃がす手はずになっている。当初はハマーンもそちらに護衛の名目で加えられていたのだが、自身の階級と任務を盾に基地に残留したのだ。

 

「でしたら、私も戦います」

 

そう言うと大尉は頭を振った。

 

「駄目だ、危険すぎる。君も今からあちらに合流しなさい」

 

「出来ません」

 

「少尉」

 

困った顔でこちらを見る大尉に毅然とハマーンは答える。

 

「その方が作り出した機械がニュータイプを殺すというのなら、私も無関係ではありません。そしてそのような場合に守られるのではなく、守る場所に立つ覚悟を持って私はこの階級章を得たのです。それに」

 

「それに?」

 

「大佐に言われたんです。子供を守ってやれるような人になれって」

 

ちょっと早い気もしますけど、そう続ければ、あっけに取られた顔になった後、俯いた大尉は肩をふるわせ、最後には大笑いを始めた。

 

「はっはっは!流石だよ少尉。あの大佐と渡り合うのだから、私とは役者が違いすぎる!良いだろう、君も立ちたまえ」

 

「大尉…」

 

「だが死ぬことは許さん。そのような場合私が君の盾になろう、それを忘れるな」

 

「はい!」

 

「…あのー、盛り上がっているところ悪いんですけど、私の意思とかは関係無いのかしらね?」

 

そう、壁際に立ちながら恨めしそうに声を上げたのは、ハマーンとコンビを組んでいるエディタ・ヴェルネル中尉だった。トリッキーな動きと上半身を銀色に塗装した機体を駆っていた事からシルバーフォックスの異名を持つパイロットだ。

 

「ちゅ、中尉!?別にのけ者とかそう言うんじゃなくて!?」

 

「いいんです、いいんです、私はしがない運転手ですからねー。お嬢様の行きたい場所にお連れしますとも。ええ、ええ、地獄でも天国でも言って下さいなー」

 

そう言ってよよよ、と泣き真似をするエディタ中尉。だがハマーンは騙されない。手で隠している口元は明らかに笑っているし、何よりあそこまで口を挟まなかったと言うことは、中尉もとっくにその気なのだ。ただ、皆があまりにも決意に身を固くしていたから、緊張をほぐそうと敢えて道化を演じているのだ。

 

「もう!じゃあ命令しちゃいますよ!さあ、私を戦場へ連れて行って下さい!」

 

そう笑顔で言い切ると、中尉もにっこりと笑顔を返し、堂々と宣言した。

 

「ええ、喜んで。未来を信じられない哀しい機械なんて、みんなここで壊しちゃいましょう!」

 

その言葉をきっかけに、全員がハンガーへ駆け出した。

 

 

 

 

「無茶苦茶だぞお嬢!コイツはまだ未完成なんだぜ!?」

 

純白に化粧直しをしたザメルを前に、ゲンザブロウは反論する。

 

「あら?嘘は良くありませんよ、ホシオカのおじ様。この子の何処が未完成なんです?」

 

笑顔でそうハマーン少尉に言い返され、ゲンザブロウは言葉を詰まらせる。否、未完成なのは事実なのだ。取り付ける予定の主砲が届く前に戦いが始まってしまったために、今は適当な砲…アッザムに搭載されていた試作砲を代わりに載せている。しかし、言ってしまえばそれ以外は全て出来上がっている。繰り返しシミュレーターで取られたデータを基に調整は完璧だと自負しているし、機体そのものの出来において不満のある部分も無い。つまりハマーン少尉の言う通り、この機体が未完成だとゲンザブロウが言い張るのはただ一点、自身の造り出した機体に、自分の子供より年若い少女が乗って鉄火場へ征くという事に、ゲンザブロウが耐えられないからだ。

 

「おじ様、どうか我儘を聞いて下さい。私は私であるために、私が納得できる未来を歩くために。私は、今この子が必要なんです」

 

「5分…いや、3分だけくれ。機体の最終チェックをする」

 

何とか絞り出した答えに、ハマーン少尉は深くお辞儀をした。その姿を見て、ゲンザブロウは深くため息を吐く。子供というのは、こちらの気持ちなんてお構いなしに大人になっていく。

 

(いや、違うな)

 

彼女が大人になるのは彼女のせいでは無い。周りの大人が、彼女が子供である事を許さなかったのだ。ならば、そのうちの一人として、せめて己の務めだけは完璧にこなさねばなるまい。そう決意したゲンザブロウは大声を張り上げる。

 

「お前らいいか!これからコイツを出すぞ!」

 

「ちょ、ちょっと父ちゃん!ほ、本当に?多分大佐、すっごく怒るよ!?今度こそクビになっちゃうかも!」

 

慌てた様子でそう止めてくるミオンに、ゲンザブロウは正面から応じる。

 

「大佐には俺が言っておく。おら、お前ら!お嬢の花道だ!ヘマしやがったらムンゾまで蹴り返すぞ!気合いを入れろ!」

 

「「応!!」」

 

「まったく、若い子には甘いんだから…」

 

聞き捨てならない台詞を娘が吐くが、ゲンザブロウは敢えて無視した。出撃まで3分の約束を守るために。




アッザム1号機の砲は量産化に伴い正式生産されたものに換装されています。
以上今回の言い訳。

「ザメルを出すのか!?」

「今出さないでいつ出すんだよ!」

も使いたかったなあ。


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第百十九話:0079/11/24 マ・クベ(偽)とオデッサ作戦―12―

最近ね、また、思うんですよ。
ちょっと皆さん、この作品の骨子を忘れちゃってるんじゃないかって。
だからね、思い出して貰う為に頑張りました。


ユーリ少将とお通夜みたいな寒いトークを繰り返した後、司令室に戻ってきたらとんでもねえ報告が次々と舞い込んできた。10分目を離した隙にこれかよ!?本当に戦場は地獄だな!?

 

「VOBとはやってくれる!」

 

「V…?なんだそれは?」

 

「ん?あ、いや、なんだ」

 

やっべえ、思わず異世界の知識が口から出ちまった。なんとかフォローしないと。

 

「そう、その、以前何かのノベルだかで出てきた単語だったと思う。大型のブースターで兵器を敵地に送り込む…とても非現実的な手法だと印象に残ったからつい口に出てしまったんだ」

 

その言葉に今一納得のいかない顔で首をかしげるガデム少佐。

 

「そうなのか?まあ、出所はいい。しかしお前さんをして非現実的と言う方法を連中が取ってきている。落着したのは20、つまり推定20機のMSが基地周辺にばらまかれたと言うことか。しかし…」

 

ガデム少佐の疑問ももっともだ。確認されている20機はおよそマッハ10と言う高速で飛翔し、ほぼ減速の無いまま地面に落着した。科学技術がいくら発展した宇宙世紀でも、そんな速度で地面にぶつかって、パイロットを無事に生かしておける装置は無い。

 

「っ!だからこそのEXAMか!」

 

俺の中で線がつながる。先ほどゲンザブロウ氏からハマーンの出撃許可申請が届いた。同時にニムバス大尉からも当該目標の迎撃の意見具申。つまり彼ら、否恐らく彼女たちが、落着したそれから、そう言った何かを感じ取ったのだろう。俺が焦っているとガデム少佐が不機嫌な顔で口を開く。

 

「さっきから何一つ解らんぞ、司令。俺に守備隊を指揮させる気があるなら解るように説明しろ!」

 

その怒声で、頭に上っていた血が引いていく。そうだ、俺は今基地司令なんだ。騒ぐのも悔しがるのも後にしろ、そうしなければ部下が死ぬ。

 

「…恐らく敵は無人のMSを開発、投入してきている。以前亡命したクルスト・モーゼスと言う博士がそれに類する研究をしていたから、あちらで完成させたのだろう」

 

「つまり、20機のMSは問題無く稼働して、これから攻撃に来ると言うことだな?」

 

「そうだ、注意すべきは無人機故に機体の性能ギリギリまでの動作をしてくる。つまり恐ろしく高性能な機体だという事だ。反応速度もマリオン少尉並みと考えてくれていい」

 

「ふん、そいつは随分と厄介だ、そうなると俺も気合いを入れねばな」

 

は?

 

「お嬢ちゃんが出撃するのに、爺がこんな所でふんぞり返っていては示しが付かん。陣頭指揮を執らせて貰う、ああ、マルコシアスの連中を使うぞ」

 

いやいやいや、何言ってんのこのじじい!?

 

「無茶を言うな、指揮官が前線に立つなど、古代の戦場ではないんだぞ?」

 

「北米」

 

「ぐっ、う、ウラガン!?」

 

駄目だよね!?

 

「大佐は駄目ですよ」

 

そうじゃねえ!?

 

「そんなにワシが心配かね?年の割には動けていると思うがね?」

 

ああああ、もう!どいつもこいつも!

 

「…以前の情報を信じるならば、EXAM搭載機は優先してニュータイプ、ウチで言えばマリオン少尉やハマーン少尉達を優先して襲うようプログラミングされているらしい。基地は多少壊しても構わん、上手く彼女たちを使え。…そして絶対に死なせるな」

 

「任されよう」

 

そう言って指揮所から出て行くガデム少佐の後ろ姿を追っていたら、横に来たイネス大尉が口を開いた。

 

「ガデム少佐の実力は本物です、信じましょう。ですから大佐は駄目です」

 

俺、信用なさ過ぎませんかね!?

 

 

 

 

「スカイアイとのデータリンク確立。戦術モニター、FCS同期開始。エコーロケーションアクティブ。グランドソナー、システムオフ。ジェネレーター圧、正常、マスターアーム、ロックリリース。中尉、射撃角度修正+3、お願いします」

 

「はいよ」

 

ハマーンの言葉に応じたエディタ中尉が素早く機体を操作し、機体を僅かに動かす。

 

「ターゲット…捕捉。発射!」

 

トリガーを引くと同時に、主砲として据え付けられたメガ粒子砲から一条の光が放たれる。それは真っ直ぐに闇を切り裂き、そして遙か彼方で爆発を起こした。

 

「当たった?」

 

エディタ中尉の確認に、ハマーンは頭を振って答える。

 

「いえ、外れました。センサー外からなら行けるかと思ったんですが」

 

「流石にあの大佐が化け物呼ばわりするだけの機体って訳ね」

 

「でも、マリオン少尉のように撃つ前から回避に移っては居ませんでした、あくまでセンサーで捉え、その後避けられたみたいです」

 

「それはそれでどうすんのよ?」

 

その質問に、ハマーンは首をかしげながら答えを返す。

 

「簡単ですよ?避けられないだけ火力をたたき込めば良いだけです」

 

幸いにして周囲にはマルコシアスの1個中隊が随伴してくれている。おまけに。

 

「所詮、知恵も知能も無いコンピューター、しかも向こうから態々突っ込んできてくれるんです。あんなの大佐に比べたら足下にも及びません」

 

鼻息も荒く胸の前で握りこぶしを作るハマーンにエディタ中尉は呵々と笑う。

 

「いやいや、やっぱ少尉は大佐の弟子だ。そうだね、大佐より確かに弱いわ」

 

どう言う意味か聞きたいところだったが、それより先に敵が接近を開始した、どうやら漸くこちらをセンサーで捉えたらしい。それを理解してハマーンは冷たい笑みを浮かべる。

 

「連携も何も無い、身体能力しか取り柄の無いバーサーカー。可哀想ね、本当の貴方たちはもっと手強い相手だったでしょうに。ガデム少佐、こちらはお伝えした通りに動きます。でも気をつけて、あの子とても怯えているから、手当たり次第噛み付くかもしれません」

 

その警告にガデム少佐は溜息を漏らす。

 

「やれやれ、戦争と言うより猛獣駆除だな。承知した、上手くやろう。少尉達も怪我せんようにな?」

 

その言葉に笑顔で返事をすると、ハマーンの乗るザメルは基地へ向けて移動する。その後を高速で追撃してくる連邦の機体、その動きが大佐から事前に教わっていた行動と一致したことで、ハマーンは勝利を確信する。

 

 

「情報が確かならば、連中の機体は連携をしない。いや、出来ないと言うべきか」

 

大佐の言葉に聞いていた全員が疑問符を浮かべる。しないのも意味がわからないが、出来ないとはどう言うことか?

 

「あのOSは機体性能を引き出すが大きな欠点があってね、強い感情に反応するようなんだ」

 

「強い…感情?」

 

ますます解らないという表情になるガデム少佐に苦笑しながら大佐は続ける。

 

「この辺りは凡人の私には説明が難しいな。だから、専門家の知恵を借りよう。ハマーン少尉」

 

「え?私ですか?」

 

突然の指名に心拍数が跳ね上がる。

 

「ああ、まあマリオン少尉でも良いのだがね。君たちはある程度感情を見ることが出来ると聞いている、どうかな?」

 

マリオン少尉でも良いと言う言葉に少し傷つくが、即座に否定が頭に浮かぶ。どちらでも良いのに自分を先に選んでくれた。つまり自然に先に選ぶほど、私に親しみを感じてくれていると言うことではないか。恋する乙女の思考は極めてポジティブである。

 

「はい、私の場合ですと人から漏れる光のように見えます。思いの強さは光量、その気持ちは色と言った具合でしょうか?」

 

「え、マジで?」

 

本気で驚いているエディタ中尉に笑顔で返す。

 

「本当ですよ、今中尉は凄く驚いているでしょう?」

 

その言葉におお、と驚きの声が上がる。

 

「話を戻そう、彼女たちのような力を件の機体も持っているのだが、そこまでが機械の限界なのだろうな。連中はそれが誰のものであるのかが区別できない。そして所謂ニュータイプと呼ばれる者はこの光が元々強いらしくてな、その光量で相手がニュータイプであるか否かを判別しているようなのだ。そしてその力を再現している機体も、同様の光を発しているらしい」

 

「あー、つまりなんだ?連中は自分たちもピカピカ光っていて、少尉達と見分けが付かんと?ああ、それで連携が出来ないか!」

 

敵か味方か区別できないのだから連携など出来るはずが無い。

 

「ただしこれは古い情報だし、今の配置もその心理的な隙を突くための罠かもしれん。あちらも我々が奴の研究について知識があることは承知しているだろうからな」

 

「では、どう判断する?」

 

そう腕を組むガデム少佐に、大佐は笑いながら答えた。

 

「簡単だよ」

 

 

(センサー外からニュータイプが狙撃、こちらが単独行動であると認識した際、仲間を呼ぶかどうかで判断。なんでそんなの直ぐに思いつくのかな?やっぱり大佐は凄い!)

 

もしそれが欺瞞であっても、物理的に連携できないだけ引き離せば後は一体ずつ狩るだけだ。そう何でも無いことのように言う大佐を思い出し、ハマーンは頬が緩むのを感じた。今、確かに自分は大佐の役に立っている、その確信と共に。




ニュータイプの云々は作者の勝手な妄想です。
連続更新でガス欠してるので、次はちょっと待ってて下さい。


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第百二十話:0079/11/24 マ・クベ(偽)とオデッサ作戦―13―

今週分です。


「成程!確かにこりゃ危険だわ!」

 

横薙ぎに放った120ミリは、敵を捉えること無く空を切る。エディタは舌打ちをしたくなるのをこらえて、盾を突き出した。直後、盾に連続して敵弾が吸い込まれ、機体を僅かに揺らす。負けじと応射するが、やはり弾は空を切った。

 

「思っていたよりも速い!それに少しずつ動きが良くなってる。この子、学習しているの!?」

 

ハマーン少尉が驚愕の声を上げるが、それに付き合っている余裕は無かった。何しろザメルはでかくて鈍重だ。サイズ的に言えば素早いと言えるだろうが、現実問題として敵に捕捉され、命中弾を出され続けている現状の何の慰めにもならない。被弾を減らす意味合いも含めて、エディタは回避を強要するべく射撃を継続する。

 

「参ったね!もう少し楽な相手かと思ったが」

 

120ミリの弾が切れた瞬間、両肩に接続された75ミリガトリングが即座に起動、弾幕を形成する。しかしこちらも敵を捉えるには至らず、弾だけが消費されていく。

 

「ですね、油断しました。一対一はちょっと欲張りすぎでしたね」

 

ガトリングの発射音が響く中、120ミリのマガジンを交換しつつエディタは内心ため息を吐いた。欲張りすぎと言うより、ここまで戦闘になっている時点で規格外だ。仮に自分一人が通常のMSで戦ったなら、最初の弾切れからリロードの機会を与えられず、格闘戦に持ち込まれて磨り潰されて居ただろう。それに悔しいが自分が放つ120ミリよりもハマーン少尉が操作する75ミリの方が敵の回避が激しい。つまり、それだけハマーン少尉の射撃が正確だと言うことだ。無論自分は機体を操作しながらで、彼女が射撃に専念していると言う差はあるだろうが、それでもその未来を知っているかのような射撃は、パイロットとして頼もしくも恐ろしく感じた。

 

「爺様達はどんなだろうね?くたばった?」

 

エディタの言葉にハマーン少尉は困ったように眉根を寄せる。一機目をつり上げた後、比較的至近にもう一機基地方向に向かう機体が居たため、ガデム少佐達はそちらの対応に当たっている。

 

「中尉、流石に少佐相手にその物言いは。皆さん無事ですよ、向こうも撃破出来て居ないようですが」

 

「おいおい、爺様と魔獣共の1個中隊で仕留められないのかい?ホントとんでもない化け物を造ってくれたもんだ!」

 

言いながら再び飛来した敵弾を盾で防ぐ。ザメル専用に作成されたこの盾は、基地司令が何をとち狂って要求したのか、ヒルドルブの主砲に耐えられる防弾性を与えられている。おかげで敵の撃って居る90ミリだか100ミリだかは全く効かないが、MSパイロットにとって敵に撃たれ続け、それが当たり続けるという状況は大きなストレスだった。

 

「ペチペチペチペチうざったいったら!少尉何とかならない!?」

 

「ですね、この子だけに時間を掛けているわけにも行きませんし、一気に行きます。中尉、お願いします」

 

「任された!」

 

言うや、それまで一定の距離を取っていたザメルが急速に距離を詰める。その突然の動きに敵機は動じる事も無く手にしていたマシンガンを放棄するとビームサーベルを引き抜いた。

 

「可愛げ無い!ちったあ驚きなよ!」

 

ザメルはその速度を補うために幾つかの装備が追加されている。例えば今はリアスカートに内蔵されている緊急用ブースターを展開して、通常の倍近い速度で突撃している。はっきり言って大佐以外に見せていない奥の手を披露しているのだが。

 

「所詮無人機、どんなに性能が良くとも燃えないね」

 

戦闘狂とまでは言わないが、エディタもパイロットである。戦うことに高揚は覚えるし、強敵と対すれば興奮もする。けれどそれはやはり、生の感情があってのものなのだ。人間の持つ狡猾さ、死力を尽くして戦おうという意思。それらを持たない機械ごときに、負けてやるほどジオンのパイロットは弱くない。

 

「ここ!」

 

こちらの動きに合わせ、正に計算上最適の場所で敵機がスラスターを吹かせて突撃する。こちらの予測通りに。ハマーン少尉が叫ぶや、エディタは機体に急制動を掛ける。既に最大加速に入ってしまった敵機は軌道を変える事無く、最短距離でこちらへと肉薄する。だが、それこそが狙い、それこそが望む状況。ハマーン少尉の意思に呼応するように機体に取り付けられたサブアームが蠢動し思い思いの武器を構える。普通の兵士では同時に複数、それもバラバラの位置に取り付けられた装備を全てコントロールし使いこなすなど不可能だ。だがこの機体と、ハマーン少尉ならば別。展開した6本の腕に握られたそれぞれの火器が、正に理想的と言えるタイミングで敵機を包み込むように火を噴いた。そこから先はエディタの目では追えない世界。後から戦闘ログを確認したところ、こちらの射撃を強引に避けようとした敵機は、しかし避けきれずに被弾、急激な進路変更と重なり機体側が物理的制御限界を迎え転倒する。そして、その転んだ先は、ザメルの主砲の目の前だった。

 

「さようなら、次は本当の貴方と会えることを期待します」

 

エディタには解らない言葉をつぶやきながらハマーン少尉がトリガーを引き、戦いはあっけなく幕を閉じた。

 

 

 

 

一方、ハマーン達と別れて、付近に居たもう一機を相手取っていたガデムとマルコシアスは正に大捕物と言った様相だった。相手は獣でも盗人でも無く、MSという違いはあったが。

 

「ギー!そっちへ行ったぞ!」

 

「おうよ!くっそ!はええな!?」

 

「足を止めずにとにかく囲め!」

 

部隊全機がゲルググであり、装備がビームライフルで統一されていたことも災いした。威力と弾速に優れる反面、弾数が少なく発射サイクルの長いビームでは、弾幕を形成する事が難しく、更に今回のように密集した状況であると威力が過大であり、外した際の周辺被害が大きい。必然射撃機会は限られ、その分敵機の接近を許すという悪循環に陥っていた。

 

「セベロ!ギー!タイミングを合わせろ、格闘で行くぞ!」

 

このままではいずれ損害が出る。そう確信したガデムは、即座に部下の中から格闘に秀でた二人を選びビームサーベルを構える。敵の動きそのものは稚拙としか言い様がない。攻撃目標の選定も適当だし、攻撃の一つ一つが連続性を無視したものだから、どうしても一動作ごとの隙が大きい。

 

(問題はそれを補ってあまりある反応速度と機体性能!)

 

そのアンバランスさは敵が人では無く機械である事をガデムに強く意識させる。そしてそれは、MSの開発に携わった者への侮辱にしか見えなかった。

 

「なめるなよ、人形ごときが!!」

 

鋭く放った刺突は背後からであったにもかかわらずあっさりと躱される、だがそれは予定通り。切っ先を振り下ろし、その反動で浮き上がる足を相手の上半身めがけて放り出す。目の前に迫った足を敵は躊躇無く手にしたビームサーベルで切り裂いた。ガデムの思惑通りに。

 

「やれやれ、始末書ものだな」

 

内蔵された熱核ジェットエンジンが切り裂かれたことで、内包していたプラズマが敵機の頭部を焼き、視界を奪った次の瞬間には想定通り、二本のビームサーベルが敵機に突き立てられた。これがMSであれば勝負はここで付いていただろう。

 

「いかん!セベロ!ギー!離れろ!!」

 

ガデムが叫ぶが既に遅く、二人がビームサーベルを離すより先に、敵機が大爆発を起こした。

 

「爆発!?」

 

「セベロ!ギー!ねえ!返事をして!?」

 

泣きそうな声で確認しているのはカルメン伍長だろうか、ふらつく頭を振って、ガデムは取敢えず口を開く。

 

「状況…、報告!」

 

「少佐!ご無事ですか!?」

 

「ワシはいい、状況は?」

 

「せ、セベロ機とギー機が直撃を…、機体は大破、パイロット応答ありません!」

 

「落ち着け、コックピットに損傷は?」

 

震える声で告げるカルメン伍長にそう告げると、慌てて確認を始めたようだ、ガデムも完全に機能を失った自機から這い出し、目視で二人の機体を確認する。未だに爆発の余波で煙を上げているが、見る限りコックピット周りに致命的な損壊は見られない。もしこれがゲルググでなくザクだったなら、今頃自分たちは死んでいただろう。二人の安否が確認され、機体に助けられたという思いが強くなり、それ故MSにあのような無様な動きと行動を強いる連邦への反感を呼び起こす。

 

「何処の誰だったか忘れたが、覚えておけよ。いずれMSの強さをたたき込んでやる」

 

そう言いながら、今後どうすべきかガデムは頭を悩ませる。何しろ敵はまだ10機以上残っているのだから。

 

 

 

 

「思想の違いだな」

 

以前、テム博士とした世間話を俺は思い出していた。疑問だったのは学習型コンピューターと言う存在。言っては何だがジオンのOSにだって学習機能はある。だからパイロットは乗れば乗っただけ機体が最適化され、それこそ一部の異名持ちなど、自身の手足と同等に機体を操れる。ジオンが専用機を多用するのはこれが原因だ。

 

「思想の違い?」

 

「ジオンのOSはパイロットの能力を最大限発揮できるようサポートする、文字通りのOSだ。だから学習もそこに焦点が置かれている。だが、連邦の学習型コンピューターは違う。学習型コンピューターが目指しているのは、誰が乗ってもその機体の最高性能を発揮できる事を目的としている」

 

「無理でしょう、それは」

 

博士の言葉に、俺は否定を口にした。パイロットの技量差は究極的には身体能力の差だ。思考の速度、判断力、何よりも肉体の強度。個々の限界点で機体を操作するのだから、そこにばらつきが生じるのは当然で、機体の最高性能に合わせる、というのはその限界を無視することに他ならない。それは、肉体的に耐えられないパイロットにとって死を意味するのだが。

 

「うん、人間が乗っていては無理だ」

 

博士に言わせれば、今の連邦パイロットは全員学習型コンピューターの教育係なのだという。膨大な情報を集め、最適のモーションを生み出すための踏み台。その先に生み出されるであろう、学習を終えたコンピューター、それが搭載されたとき、初めて連邦のMSは完成するのだとも。

 

「連邦は最終的にMSを無人運用するつもりだと?」

 

「少なくともガンダムを設計した私はそのつもりだった。MSにとって最もデリケートで不安定な部品はパイロットだったからね。幾ら高性能な機体を用意しても、それの能力が発揮されなくては意味が無いことは、北米で君たちが証明しただろう?」

 

そう言って博士はマグカップを傾ける。

 

「ただまあ、今次大戦中に完成させるのは難しいだろう。何しろ収集出来る母体が少なすぎる。精々誰か優秀なパイロットのモーションを誰が使っても実行できるようにする程度だろう、君の言う通りパイロットの負担を無視してね」

 

そこまで言って、博士は意地の悪い笑みを浮かべて付け足した。

 

「ただまあ、例えばであるけれど、高度な自立判断が出来るAIあたりと組み合わせれば、あるいは脅威になるかもしれないね」

 

今更思い出した言葉に頭をかきむしりながら、ガデム機大破の連絡を俺は受けた。まだ夜は明けそうにない。




70年代ではコンピューターが勝手に学習してくれるなんて、未来の技術だったのでしょうね。50年掛からず達成されてしまいましたが。
なので本作では本文中のような仕様の違いであると解釈し、学習型、と言う名前を付けたとしました。
無理矢理だって?うん、知ってる。


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第百二十一話:0079/11/24 マ・クベ(偽)とオデッサ作戦―14―

通算UA600万突破有り難うございます投稿。


続けざまに届く報告に、ヨハンは帽子を脱ぎ額を押さえた。

 

「パウル少将の戦死は間違いないのだな?」

 

「はい、現在先鋒はアーレイバーク大佐が指揮を代理しております」

 

アーレイバーク大佐は元々ジャブロー配属であったために今次大戦でも実戦経験が乏しい。空爆成功と特別降下部隊の展開成功の報告を受け、直ぐにヨハンは増援を決断する。

 

「レオニード少将の第71師団を前線に合流させてくれ、敵が拘束されている今がチャンスだ。902大隊も71師団に合流、突破しオデッサを目指すよう伝えろ。それから…ああ、残っている機甲師団は幾つか?」

 

「現在待機中の部隊は36、37、60、61、62、63の6個師団です」

 

「…致し方あるまい。第72師団をグディニャに向かわせろ、それから36、37、60、61、62、63師団へも前進命令を、パウル少将の挺身を無駄に出来ん。今のうちに前線を押し上げる。73にも出撃準備に入るよう伝えてくれ、しかし、EXAM…だったか、幾ら高性能とは言え、暴れるだけでは戦果は見込めんか」

 

そう報告書に目を通し、ヨハンはため息を吐く。投入された20機の内、既に3機が反応を消失している。しかも最終手段であった自爆が出来たのは僅かに1機だけだ。画期的な無人MSという触れ込みとRX-78の性能を完璧に引き出すという売り文句に期待し、オデッサの直接攻撃に使用してみたが、その内容はあまり芳しくないようだった。だがこれはヨハンのあずかりしらぬ事だったが、相対した敵の技量が極めて優れていたためであり、仮に投入されていた先が欧州方面軍司令部であったなら、その半数であっても配備されていた部隊ごと司令部をこの世から消し去っていただろう。

 

「閣下、それでは本営の守備戦力がMSとMTそれぞれ1個大隊以外、機械化歩兵になってしまいます。本営から戦力を抽出しすぎでは?」

 

その懸念にヨハンは目を閉じながら答えた。

 

「後方遮断に現れたのは多くても大隊規模のMS部隊、しかも母艦を伴ってだそうじゃないか。つまりそれ以上先行して送り込める手段が敵に無いと言うことだ。ならば敵の移動速度を考慮すれば、今夜中にここへ戦力を投入することは難しい。今の戦力でも過大なくらいだよ。むしろ西部戦線に増援を送りたいくらいだ」

 

本営に残る戦力以外は東西の前線構築で出払っている。確かに陸上戦力の接触が今のところ無いため、ここには無傷の機甲師団が居るが、配置転換には最低でも半日は掛かる。何より囮部隊の上陸が3日遅れた結果、想定よりもあちらの前線が拡大しておらず、敵戦力が予定より拘束出来て居ない。特に北方から転進した部隊が拘束出来て居ない事は、ヨハンにとって大きな懸案事項になっていた。

 

(想定より遥かにMSの数が多い。ならば西側から機甲戦力は引き抜けない)

 

現在ウッチ、ビドゴシュチの両都市を基点に30個師団が配置されている西部戦線だが、この大半は機械化歩兵師団であり、機甲師団は3個師団のみだ。状況からして彼らには逆襲してくるであろうジオンの欧州主力を受け止めて貰わねばならないのだから、引き抜くどころかむしろ増やしたいくらいである。情報ではホバー機は配備が進んでいるものの稼働率が低く、頻繁なメンテナンスを要するため物資面でもジオンを圧迫しているとのことだった。だが蓋を開ければどうか?戦場で見かける機体はどれもこれもホバー機で、戦闘中も故障どころか、被弾しても平然と逃げ帰っていた。ならば、事前に情報部が掴んだあの補充部品の多さはどう言うことか?認めたくない現実にヨハンは頭を抱えたくなる。整備の頻度が従来と変わらず、稼働率が維持できるなら、その部品量が示す事実は一つしか無い。

 

「ビルフィッシュのスクランブル機を増やすように伝えてくれ、最低でも現在の倍だ。それから可能ならフライ・マンタの飛行隊も何時でも出せるように。今夜の西部戦線は修羅場になるぞ」

 

 

 

 

「なあ、フィクサー、本当に良かったのか?」

 

「トラヴィス少佐、だろ?マーヴィン中尉。俺たちはもうレイスじゃない」

 

「代わりにコウモリ、いや、騙しているんだからキツネか?まあ、それはともかく俺もボマーの意見に賛成だ。このタイミングで連邦を裏切る理由は何だ?フィクサー」

 

「私も聞きたいわね。少なくともグレイヴが消えた以上、連邦内でも私達の安全は保証される。ここで態々あの大佐に義理立てする理由はなに?」

 

そう部下達に問いただされ、トラヴィス・カークランド少佐は覚悟を決めた。彼らとはスレイヴ・レイス隊の頃からの付き合いだ。嘘は吐きたくなかったし、ここから先は自身の事情があまりにも比重を占めすぎている。

 

「あの大佐が、俺たちを送り出す時に言った言葉を覚えているか?」

 

「誰かが裏切れば、別の誰かの家族を殺す…だったか?中々に性格の悪い脅し文句だったよな。まあ、俺にゃあ関係無い話だが」

 

そうマーヴィン中尉が鼻を鳴らす。元々孤児出身で身寄りと呼べる者が居ない彼ならば、確かにどうでも良い脅し文句だ。

 

「あれは、全員に向けて言った言葉じゃ無い。俺にお前達を裏切らせるな、という意味で言った脅しだよ」

 

「つまり、フィクサーの家族が人質にとられている?」

 

「何か証拠は?」

 

その言葉にトラヴィスは諦めの混じった笑顔を作る。

 

「証拠もなにも、本人とご対面させられたよ。…俺の子供は、今あのクソ野郎の部下としてあの基地でMSに乗ってる。脅し文句なんかじゃ無い、あいつはやろうと思えばいつだって…」

 

殺せる、その言葉を口にするのが躊躇われ、トラヴィスはそこで言葉を切った。しかし彼のその姿こそが雄弁に真実をものがたり、部隊は気まずい沈黙に包まれる。それを最初に破ったのは、フレッド・リーパー曹長だった。

 

「いいぜ。俺はフィクサーに付く」

 

「おい、マジかよリッパー!?」

 

慌てるマーヴィン中尉に、溜息交じりでドリス・ブラント准尉が声を掛けた。

 

「リッパーがウソなんて言えるわけ無いでしょう?それと、正直生き延びたいならフィクサーに乗る以外無いと思わない?今はまだ目こぼしされているけれど、ジオンに攻撃を仕掛けたら確実に追撃されて、間違いなく殺されるわよ?」

 

「…連邦のオデッサ攻略が成功すれば、逃げ道はあるだろう?」

 

しかめっ面になりながら反論するマーヴィン中尉にドリス准尉は笑いながら首を振る。

 

「ここで私達が頑張っても、多分失敗が2~3日延びるだけね」

 

「何故言い切れる?」

 

その問いに対し、ドリス准尉は最大級の爆弾を放った。

 

「連邦側に内通者が居て、その人物がエルラン中将だからよ。接触を嫌って電子データで情報の受け渡しをしてくれて助かったわ」

 

おかげで比較的簡単に協力者を特定できた、そうドリス准尉は笑った。それを聞いてマーヴィン中尉は頭を押さえた。

 

「オイオイ、ホント、マジかよ。じゃあ、なんだ?俺たちがここに居るのも、あの蛇野郎の差し金ってことか?」

 

「多分な。でなきゃこんなに都合の良いタイミングで重要なポイントへ俺たちが送られているはずがない。しかもワルシャワへ行くまでのあらゆる判断を自分たちでしろ、なんて都合の良い命令まであるとなっちゃ、もう確定だろ」

 

「んで?どうするの?マーヴィン中尉。私としては戦後も身の安全が保証されるなら、連邦が勝ってもジオンが勝っても良いのよね」

 

その問いに、マーヴィン中尉は不承不承とした声で答える。

 

「ここで意地張っても敵中に一人取り残されるだけじゃねぇか。つまりお前ら二人が付いてくって言った時点で俺に選択肢なんかねえよ」

 

マーヴィン中尉の答えに、トラヴィスは内心安堵のため息を吐くと、もう一度改めて指示した。

 

「おし、じゃあこれから俺たちの方針を伝える。本隊はこれより東進し、予定の合流ポイントまで移動、散開した各隊の合流を待ち、合流後、その場で待機する」

 

命令の意味を理解したドリスが呆れた声で問うてきた。

 

「他の連中も誘う気?」

 

「一時でも、連中は俺の部下になった。そして今俺の命令で命を張ってる。なら、そいつらを見捨てる訳にゃいかんだろ。筋は通さねえとな」

 

「拒否したら?」

 

あくまで確認なのだろう、明日の天気を聞くような何気ない口調のフレッド曹長に、トラヴィスはいつもの何時もの調子で返した。

 

「黙って行かせてくれれば良し。無理なら…やるしかないな」

 

そう言いつつも、トラヴィスは楽観していた。配置された部下は、ジオンからの亡命者や、トラヴィス達と同じ恩赦目的の懲罰兵だ。その上今回あてがわれている装備も彼の考えを後押ししていた。

 

(態々全員別機種をあてがったって事はつまり、これを手土産に寝返れって事だろう?俺たちは急編成だったから言い訳も立つしな。嫌になるね、蛇の友人もやっぱり蛇かい)

 

できすぎた状況に顔が引きつるのを懸命に押さえ、トラヴィスは口を開いた。

 

「他に何かあるか?無いなら5分後に移動を開始する。各機、機体のチェックを怠るなよ!」

 

彼のその選択が歴史の歯車を大きく動かすことになるのだが、それを知るのは戦後のことである。




だが主人公は出てこない


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第百二十二話:0079/11/24 マ・クベ(偽)とオデッサ作戦―15―

1周年記念投稿。


「クソが!ジオンの連中調子に乗りやがって!」

 

響き渡る警報に毒づきながら、ディーター・ボッシュ中尉は愛機へと走る。既に管制機が離陸し、戦闘機隊も上がれる機から片端に離陸している。前線の対空監視所から緊急の連絡が入ったのはグディニャへ敵MSが現れたという連絡から30分もしない内だった。

 

(昼間の攻撃はこのための囮か!?)

 

ワルシャワを攻略して数日、敵航空機による襲撃は毎日発生していたが、今日の攻撃は非常に大規模であった。当初これはオデッサ上空の防空支援のためにこちらの戦闘機や攻撃機を拘束する事が目的だと考えられていたが、グディニャが襲撃されたことでその為の陽動であったと聞かされていた。更にこの状況を突いて西部戦線に敵MSの襲撃が予測されたことから、航空隊にも即応待機が命じられていたのだが。

 

「フライ・マンタは出せないのか!?」

 

「全機対地攻撃装備に換装しています!最低でも1時間は…」

 

「相手は攻撃機なんだろう!?ならバルカンが撃てれば牽制くらいにはなる!とにかく数を上げろ!」

 

整備班や管制官の怒号を横目に、コックピットへ収まると、素早く機体を立ち上げた。周りの言葉から察するに、昼間のミノフスキー粒子でレーダーが殆ど使用不能となった状況で夜襲、それも攻撃機のみで低空侵入をジオンは試みてきたようだ。ガウ迎撃用に待機していたビルフィッシュはともかく、対MSを想定していたフライ・マンタ隊は対地攻撃装備のまま出撃するとさえ言っている。

 

『進路クリア、滑走路の各機は順次発進!繰り返す、滑走路の各機は順次発進!ジオン共をたたき落としてやれ!』

 

発進許可を示す緑のガイドビーコンが滑走路に浮き上がる。ディーターは苛立つ気持ちを懸命になだめながらスロットルを解放した。

 

(落ち着け、空じゃ冷静さを失った奴から死ぬ)

 

舞い上がった機体が次々と編隊を組み、臨時の飛行隊が組織される。その様子を無線で聞いていたディーターは胃の辺りが重くなるのを感じた。ミノフスキー粒子下では当然のように通信に支障が出る。日頃から行動を共にしている僚機ならばその状況下でもある程度の連携が可能だが、この状況では難しい。その上視界も制限された上に、連中は地上ぎりぎりを飛んできているという。低空での戦闘となれば、当然リスクは跳ね上がる。

 

「たいした度胸だが、ここは地球の空なんだよ」

 

自分達の庭で好き勝手はやらせない、そう決意を固める彼の耳に管制機から悲鳴が届いたのは、未だ敵機を捉えていない内からだった。

 

『何だ?ブリップが増えた!?光学観測はどうなっている!?』

 

『冗談だろ!連中倍以上に増えやがった!どんなトリックだよ!?』

 

どうやら状況は加速度的に悪い方向へ進んでいるらしい。ディーターは覚悟を決めて操縦桿を握り直した。

 

 

 

 

「ああ、生きているって素晴らしいな」

 

そんな言葉を口にしたのは欧州方面軍第54飛行隊に所属するオットー・キッテル少尉だった。作戦のためとはいえ、自機のコントロールを他人に明け渡し操縦せずに空に居る据わりの悪さは幾ら乗り慣れた愛機のコックピットでも拭えなかった。

 

「だがそれももう終わり!」

 

スロットルと操縦桿を握り締めれば、愛機は貪欲に大気を吸い込み、飛翔のための咆哮を上げる。周囲では同じく、ド・ダイからの曳航ワイヤーから切り離され、次々と高度を上げる味方機の姿があった。

 

(昼間の作戦に参加させて貰えなかった分はきっちり取り返させて貰うぜ)

 

彼の所属する第54飛行隊は欧州方面軍の中でも第52飛行隊に次いでドップⅡを受領した飛行隊であり、文字通り桁の違う飛行時間を誇っている。司令部は昼の航空戦に自分たちを敢えて投入せず、この取っておきを送り届けるためのエスコートに指名してきたのだ。

 

「各…ロッテ…繰り返…機、ロッテ…」

 

濃密に撒かれたミノフスキー粒子によって通信は不明瞭、レーダーも当然のように使えない。だが個々の技量、そして機体に設けられた、その為の装備が現代の闇夜にあって、オットー達を猛禽たらしめていた。

 

「オウルアイ正常作動中…、警告!二時方向に光点確認!」

 

オウルアイ、それがドップⅡに設けられた強力な武器の名だ。元々はMA用に設計された小型モノアイだったのだが、本機の開発にあたり夜間の作戦行動能力は必須であるとした開発担当の大佐が取り付けさせたものだ。これのおかげでドップⅡは夜間であっても昼と遜色ない視界が得られるだけで無く、複数配置されているために、本来死角となる機体下方や後方に対しても視界が通る。更に高い画像処理能力で肉眼では確認できないような遠距離も視認範囲に入れることが出来る。尤もそのせいでHMD越しの視界は、空に体一つで放り出されたようになるため慣れるまで時間が掛かった。だが、一度慣れてしまえばその利便性は計り知れない。現に今、オットーはドップでは確認できないような遠距離の光点を即座に発見することが出来た。即座に発光信号を送れば、味方機は一糸乱れぬ動きで機首を敵へと向ける。

 

「長っ鼻に…膨れ面も若干。足の遅い輸送機じゃどちらも脅威になる!」

 

ならば、取るべき行動は単純明快、全てたどり着く前に喰えば良い。オットーの思考に賛同するがごとく、隊長機が加速を始める。長っ鼻の性能は高いが、格闘戦ならばドップⅡの方が上だ。…それに。

 

「今日は大盤振る舞いでね。まだいるんだよ!」

 

その言葉を肯定するように数条の光が敵編隊に向けて放たれる。見上げれば編隊を組んで更にドップの護衛まで引き連れたガウが4機、夜間迷彩に塗られた機体を空に浮かび上がらせていた。この4機は欧州方面軍に残存する最後の初期型で、唯一ドップの搭載能力を残す機体であったことから今回の任務にかり出されていた。

 

「こちらガウ249、これより対空管制を担当する。各機指示に従わられたし」

 

ガウの一機からミノフスキー粒子を強引に突破して通信が届けられる。あれはガウの腹を全て通信装置に置き換えて無理矢理高出力の短距離通信を行っているのだ。つまり限定的ではあるが、こちらは通信も使える状況で戦える事になる。ダメ押しとばかりに残る3機がミノフスキー粒子を散布し、敵の通信を妨害する。管制機との通信状況が悪化したことに浮き足立ち、幾つかの敵編隊が列を乱す。それを見逃してやるほど54飛行隊は優しくない。

 

「こういう時に数を減らす!」

 

オットーも例に漏れず、搭載していたミサイルを撃ち込む。敵機も即座にフレアーをまき散らし回避行動に移るが、判断の遅れた何機かがミサイルの爆発光に飲み込まれた。

 

『249より各機。ボギーは42、尚も増加中。こちらはVIPがたどり着けば勝ちだ、攻撃コースに乗った機体から最優先で処理しろ』

 

簡単に言ってくれる。オットーは思わず口元をゆがめる。事実、敵機を幾ら落とそうとも、エスコート対象が一定数を割れば作戦は失敗だ。おまけに今回のエスコート対象――信じられないことにMSを2機も乗せた輸送機だ――は見た目通りに鈍重なのだ。

 

(だが、要はやりようだ)

 

輸送機を落とすべく高度を下げた敵機に素早く照準を合わせトリガーを引く。ビーム兵器を搭載する敵の長っ鼻は機銃を装備している従来の機体に比べ攻撃コースに入ってから射撃までが非常に短い上、射程も遥かに長い。だが、大前提である予備動作は変わらないし、何より別の目標に集中している相手など、高い運動性能と高速性を有するドップⅡにとってはカモでしかない。

 

「俺たちを相手によそ見とはな!」

 

同じく攻撃コースを取った別の機体も、僚機の放った機関砲の連射を受けて火だるまになる。それを確認しつつ、オットーは即座に上昇し、攻撃位置を確保する。

 

「さて、次の獲物はどいつかな?」

 

自らを鼓舞するため、敢えてオットーは不敵に言い放つ。何しろ戦いは始まったばかりなのだから。

 

 

 

 

「戦闘機隊の奴ら、俺たちを囮にしているぜ!?」

 

隣に乗った僚機からそんな不満が発せられ、緊張しながら操縦桿を握っていたナム・ヨンジュ少尉は舌打ちしたい気持ちを堪えて口を開く。

 

「そっちは撃ってこないから敵機を気にして!」

 

確かに気分の良い方法では無いが、元々航空機の数はこちらの方が少ないのだから、ある程度リスキーな方法でも取らなければ劣勢は覆せない。開戦前はガトルの部隊に所属していたナムには戦闘機乗り達の気持ちが良く解った。MSとの性能の差で侮られることが多いが、連邦のパイロット、特に戦闘機乗りの技量は非常に高い。幸いにして今上がっている部隊はあまり連携が取れて居ないので何とかなっているが、それでも個々の技量は決してこちらのパイロットに劣るものではない。

 

(昼間に消耗させていなかったら、危なかったね)

 

これで昼の内に主力同士が削り合った後なのだから笑えない。戦場もこちらが有利となるよう仕向けたが、それでも現場に居る人間からすれば綱渡りと思えるような采配だ。加えて操作しているド・ダイⅡも緊張を強いる要因だ。小型輸送機としてなじみの機体で、コンテナを背中に搭載するという構造上、上に何かを載せるというのは不思議な発想では無かったが、まさかその荷物に自分がなる上に、操縦までやれと言われるとは思わなかった。幸いにして今までの飛行データの蓄積から、高度にさえ気をつけていれば墜落することはまず無いが、安定性を重視した操作性なので運動性は期待できない。その分を二機載せたMSの片方に対空監視をさせることで補うという発想らしいのだが、MSはともかくド・ダイの方は30ミリの機銃でも簡単に墜ちてしまう脆弱さだ。幾ら高度が50mを切っているとはいえ、時速900kmを超えた状態で地面に無事に降りられる自信は無い。

 

「クソ!また来た!今度は膨れ面かよ!?」

 

「喋ってないで撃ちなさいよ!」

 

組んだ相手の悪さを呪いながら、操縦桿を倒したくなる誘惑をナムは懸命に堪える。今、ド・ダイで移動しているこの部隊は所謂コンバットボックスと言う編隊を維持している。簡単に言ってしまえば相互に援護射撃が出来る位置で飛行し、防空能力を高めているのだ。だから狙われたからといって好き勝手に動くわけにはいかない。味方を信じるしかないのだが。

 

(帰ったら、絶対転属願いを出す!少なくともコイツとは別の場所に!)

 

ワルシャワはまだ遠い。




いつもご愛読有り難うございます。
おかげさまで1周年を迎えることが出来ました。
これからもエタらぬよう頑張っていきますので、最後までお付き合い頂けますと幸いです。


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第百二十三話:0079/11/24 マ・クベ(偽)とオデッサ作戦―16―

今週分です。


戦場が大きく揺れている中、ここオデッサも一つの戦いが収束に向かっている。

 

「敵MSの自爆を確認!これで12機目です!」

 

「こちらの被害は?」

 

「MS大破16、中破2、小破が1です」

 

「パイロットは?」

 

「8名が重傷で現在治療中です、また負傷者が9名、こちらは軽傷とのことです」

 

「大佐、軽傷者の中に再出撃を志願している者がおりますが」

 

申し出は実に有り難い。少なくともまだ敵は8機残っていて元気に基地を破壊中だ。EXAM機相手じゃ無駄に死人が出るだけだと砲台を全部自動迎撃にしてるから、全く役に立たずにぶっ壊されている。破壊のために弾薬を消費させているのがせめてもの救いか。

 

「ガデム少佐はなんと?」

 

少佐も機体が大破して戻ってきているはずだ。この数日で何とか数機のMSは予備機として準備出来たが、あくまで工場から出荷されたまっさらな機体だ。大破した機体は放棄されたままだからOSのデータも移せないし、結構リスクが高いと思う。なのでガデム少佐の意見を聞いておきたい。

 

「は、その。出撃許可を求めているのはガデム少佐であります」

 

…じじいェ。

 

「大佐、エディタ・ヴェルネル中尉より補給の申請が」

 

「再出撃志願者はガデム少佐だけか?」

 

「はい、いいえ大佐。セベロ・オズワルド曹長並びにヴィンセント・グライスナー曹長、それからギー・ヘルムート軍曹の三名も志願しております」

 

算数弱い俺でもそいつらが負傷者だってのは解るぞ。

 

「彼らについてガデム少佐はなんと?」

 

「問題無いと申しております」

 

「…ザメルを戻す間ガデム少佐にその3人を付けて出撃させろ。だが極力交戦は避けるように。それからハンガーに連絡を、腹を空かせたお姫様がお帰りになる。丁重にもてなすようにと」

 

そう言って俺は時計を見る。無機質に数字を映すデジタル時計の数字は2203、予定では欧州主力がレビルの本隊に突入を掛けているはずだ。つまりここが正念場。

 

「そろそろ決着をつける時間だ。ヴェルナー大尉に出撃命令を、前線の部隊を蹴散らせ、見かけ次第撃って良し。それからガルマ様に連絡を、天女の身支度をお願いすると」

 

モニター上を移動する光点をにらみながら俺はそう命じる。しかしレーザー通信機能もった人工衛星って凶悪だな。ミノフスキー粒子下でこれだけ前線の状況が確認できると、とんでもない価値がある。事実連邦は今一前線と連携が取れていないところがあるし、こちらでも通信が出来ない機体の動きは大分悪い。史実のように軌道上の制宙圏を取れなかったらと思うとぞっとする。

 

「…通信用の専用機も用意した方が良かったな」

 

そうすりゃ各大隊がもっと連携を密に出来たはずだ。何が出来る限りの事はしただ、まだまだ幾らでも出来ることは有ったじゃないか。

 

「大佐?」

 

「いや、何でも無い。欧州方面軍の一撃が決まることを願おう」

 

信じるだけってのは、辛い。MSで飛び出したくなる気持ちを必死に抑えて、俺は指揮を執り続けた。

 

 

 

 

「ここまで来て!」

 

敵前線をほぼ無傷で突破したナム達第26師団だったが、敵の新兵器による猛烈な迎撃を受けていた。その機体は戦車の下半身にMSの胴体をくっつけたような不格好な見てくれだが、火力だけは本物だった。

 

「ああ!また墜ちた!?」

 

自分たちの前を飛んでいた機がまた一機撃墜される。空中に突然放り出されたMSもすぐに光の雨に飲み込まれ火の玉に姿を変える。

 

(このままじゃ…)

 

墜とされる、そう焦燥感を募らせるナムの目の前で中隊長のドムが片手を上げる、その意味を理解したナムは、隣に乗っているデジレ伍長に叫んだ。

 

「降りるよ!しっかり掴まりな!」

 

「おりっ!?」

 

返事を聞くより先に機体を地面すれすれまで更に降下させる。接近警報ががなり立てるがナムは気にせず更に機体を加速させる。他にも中隊長の意図に気付いた何機かが同じく降下していた。

 

「前方戦車モドキ!とにかく撃て!」

 

「後で覚えとけ!」

 

罵声を上げながらデジレ伍長は、サブアームに装備されたバズーカを連続して敵へ放った。こちらの攻撃に気付き、何機かが慌てて迎撃に移ったが、くぐり抜けた弾頭が前面に居た一機の上半身を吹き飛ばした。

 

「はっ!ジャイアントバズの名は伊達じゃねえぞ!」

 

高揚して叫ぶデジレ伍長を尻目にナムは冷静に次の行動を告げる。

 

「そろそろ降りるよ、3、2、1」

 

「ちょ!」

 

カウントの意味を正確に理解したデジレ伍長が慌てて機体を操作し、ド・ダイとの接続を外す。防空の時もそのくらいキビキビ動けば良かった、などと他人事のように考えながらナムはド・ダイに感謝を告げる。

 

「ここまでありがとね」

 

言葉を紡ぐと同時、スロットルを最大で固定。即座にド・ダイから飛び降りる。一瞬遅れてデジレ伍長の機体が飛び降り、乗り手を失ったド・ダイは最大速度のまま敵中へ突っ込んだ。誘爆こそしなかったものの、その身を質量兵器へと変えたド・ダイは、回避の間に合わなかった敵機の左上半身をもぎ取りながら後方へと転がっていく。それを見届ける間もなくナムは無事な敵機に狙いを定め90ミリをフルオートでたたき込む。その見た目に相応しく、運動性は低かったのであろう敵機はその全てを余すこと無く受け止める。

 

「やっ!」

 

撃墜を確信しあげかけた言葉は、しかし返礼とばかりに撃ち返されてきたビームの洪水にかき消された。仮に彼女が機体を加速させていたならば、この時点でこの世から蒸発していたことだろう。だが偶然はナムに味方した。敵のビームが増設されたビーム攪乱幕封入式装甲を吹き飛ばし、その内容物を飛散させる。本来であるならば機体の移動に追いつかず、覆うことが無いはずのそれは、偶然足を止めていた為にナムの機体前面に想定外の防御壁を形成する。自身の幸運をかみしめる間もなくナムはバックウェポンを起動し、装備されていたジャイアントバズをありったけばら撒いた。

 

「墜ちろ!墜ちろぉ!」

 

その攻撃の殆どは当たらないか迎撃されたが、それでも眼前に居た不幸な一機が絡め取られ、弾薬に誘爆でもしたのか大爆発を起こす。そうして敵の対空砲火が弱まった隙に、後続の部隊が次々とナム達の上を通過していった。

 

「頼んだよ…」

 

それを視界の端に収めながらナムは誰にとも無く呟き、操縦桿を握り絞めた。奇跡はもう残っていない、ならば後は実力で生き残らねばならないのだから。

 

 

 

 

「部隊の突入率は?」

 

「現段階で1割がワルシャワに達しています」

 

直ぐに返ってきた報告にユーリ・ケラーネはうなり声を上げた。想定より遥かに敵の迎撃が激しく、突入できている部隊が少なかったからだ。

 

「部隊の損耗も1割か。とはいえ残りが全て成功しても3個大隊…こいつは厳しいな」

 

この迎撃は双方の意図から外れた偶然であったが、状況としては連邦側に有利に働いていた。特にジオンにとって想定外であった大型戦車―アヴァランチのことだ―の出現と、その高い防空能力は、当初予定していた敵司令部までの肉薄を阻止し、ワルシャワに到達できた部隊も市街地に取り付けず攻めあぐねて居る。更にここから市街戦となれば、歩兵だって無視できない戦力になることは明白だ。その事実にユーリは頭をかき、切り札を切る決断をする。

 

「やれやれ、この手は残しておきたかったんだがな。グラナダに連絡を、月の加護を欲すると。それから北米へ、今夜は晴れている、だ」

 

ユーリの言葉にオペレーターが即座に暗号を送る。それを見届けてユーリは椅子へ深く座り直すとため息を吐いた。

 

「やれやれ、この失点はでかすぎるな」

 

「面子に拘って失敗するよりは宜しいでしょう?」

 

事前にあれだけ情報を掴んでいながら、欧州方面軍のみで対処しきれなかったという事実は、その司令官であるユーリの経歴に大きく傷を残すことになるだろう。しかし秘書官の言うとおり、失敗などすれば失点どころの話ではない。オデッサの再奪還は難しくないだろうが、そこから再建するまでにどれだけの時間と労力が必要になるのか、考えるだけでも恐ろしい。

 

「今でさえ、後の補償で頭が痛いって言うのに。だがまあ良い宣伝にはなるな。また宣伝省の連中が喜びそうだ」

 

それぞれから返ってくる了解の言葉に勝利を確信し、ユーリはそう口角をつりあげた。




後ちょっと。


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第百二十四話:0079/11/24 マ・クベ(偽)とオデッサ作戦―17―

マスドライバーだと思った?残念!


赤く染まるモニターを眺めながら、ジョニー・ライデン少佐はこれを考えついた奴は間違いなくイカれていると確信していた。

 

「コムサイやHLVを用いた降下は、降下後搭載機側の人員に対するリスクが大きい。本装備はこれらを解決するべく制作されたものである」

 

そう言って部隊に回されてきたのは、どう見ても半分に切っただけのシャトルの腹だった。

 

「これに乗っかって大気圏に突っ込む?イヤイヤ、冗談だろ?」

 

「突入そのものはMS側でオート制御か、的が小さくなる分HLVよりはマシ…か?」

 

結局の所、一パイロットに過ぎない自分たちに拒否権など有るわけも無く。出撃命令と共に愛機に収まった部隊の面子は次々と大気圏へ降下していく。幸いにしてトラブルを訴えてくる機体は一機も居ないが、正直生きた心地がしないと言うのがジョニーの本音だった。

 

(本当に制御された降下なんだよな!?)

 

疑いたくなる程度にめまぐるしく下がっていく高度計の数字と機体を襲う振動に、叫びたくなるのを懸命に抑えていると、センサーが高速で接近してくる物体を捉えた。

 

『でかいぞ!?』

 

叫んだのは第3小隊の小隊長を務めているジーメンス・ウィルヘッド大尉だった。それは一瞬で自分たちを追い越し、地上へと降下していく。突入の熱をものともせず、アプサラスはその巨躯を敵前へさらけ出す。

 

『随分と雄々しい天女様だ』

 

軽口を叩いたのは自小隊の2番機、ロッテを組んでいるジャコビアス・ノード大尉だ。同じ感想を抱いていたジョニーは思わず笑いながら軽口を返した。

 

「だがいい女だ」

 

あれは間違いなく自分達を意識した動きだ。あの機体のパイロットは自らが前進することで敵の火力を自機に集中させ、後続の自分達が少しでも容易に突入できるようにしているのだ。MAの装甲はMSより遥かに分厚いし、アプサラスにはIフィールドというビームを無効にする装置が積まれていると聞くが、だとしても敵の集中攻撃を自ら受けるというのは勇気がいる。

 

(機体への信頼か、それとも命を懸けるだけの価値がこの戦いにあると思っているのか)

 

どちらであっても、その決断には敬意を示すべきだとジョニーは思った。そしてそれは他の連中も同じであったらしい、可能な限り各機が密集しアプサラスを盾にする。

 

「各機予定通り1500で開傘。ヘマして地面にキスするなよ?」

 

部隊長のガイア少佐が落ち着いた声でそう告げた。既に高度は9000をきり、突入ユニットは緩やかではあるが減速を始めている。迎撃は想像していたより遥かに少なく、ジョニーは作戦の成功を確信した。

 

「折角降りるんだ、せいぜい手柄を立てさせて貰うとするか!」

 

大地は目前に迫っていた。

 

 

 

 

「やってくれる」

 

モニターに映し出される巨躯を睨み付けながらヨハン・イブラヒム・レビル大将は、即座に迎撃とビーム攪乱幕の展開を指示する。情報部の報告でアプサラスと呼称されるMAの存在は、本作戦における重要な課題だった。直撃すれば間違いなく戦艦ですら破壊可能なメガ粒子砲を上空に投入できるこの兵器は、遭遇した者が言うとおり正に頭上の悪魔だ。こちらの防空能力が弱まったところを突いてくると予想は出来ていたが、実際にやられると肝が冷える。

 

「攪乱幕を絶やすな。高射砲は全て上空の敵機に集中、MT、MSは地上の敵に集中させろ、機械化歩兵も展開させる。正念場だぞ」

 

言いながらヨハンは自らの失策に歯がみする。MSが飛んで侵攻してくるなど完全に想定外であったからだ。おかげでHLVの降下に備えて都市内に展開させていたMTは現在遊兵になってしまっている。しかもこの機体はビーム主体であるため、アプサラスとは極めて相性が悪い。おまけにあれが居座る限りビーム攪乱幕を維持し続けねばならないから、素早く撃墜出来ない場合、降りてくる攪乱幕の影響で戦力として使い物にならなくなる危険性さえある。

 

(だが、早まったな。その手札はもう見ているよ)

 

ジャブロー上空での手痛い教訓から、アプサラス迎撃のために専門の部隊を用意していたヨハンはその事実を以て精神の安定を図る。だがその試みはオペレーターの悲鳴で無情にも打ち消された。

 

「そ、空からMSが!?滑走路が破壊されています!」

 

「対空監視何をしていた!?」

 

「HLVもコムサイも確認できておりません!れ、連中MSを単独で大気圏降下させたのか!?」

 

驚愕の声は司令室まで届く振動に遮られる。

 

「状況報告!」

 

参謀の一人が声を張り上げる。続いた言葉は文字通り悪夢のようなものだった。

 

「か、滑走路に複数の質量弾が着弾!更に敵MSが降下中です!」

 

「航空隊の発進は!?」

 

「発進は確認されておりません…」

 

その言葉に参謀はその場にへたり込んでしまう。ぶつぶつと条約がどうとか呟いているがヨハンとしては構っている暇はない。

 

「艦長、Mk-53の使用を許可する。すまないが、全軍に通達してくれたまえ」

 

「な!?」

 

あり得ない命令に絶句する艦長に対し、ヨハンは静かに繰り返す。

 

「ここで倒れる訳にはいかんのだよ。悪逆と罵られようとな」

 

その目には確固たる意思が宿されていた。

 

 

 

 

「狂ったか!レビル!?」

 

届けられた暗号を握りつぶし、エルラン中将は思わず叫んだ。

 

「し、司令?レビル大将はなんと?」

 

あまりの形相におののいた様子で、暗号を持って来た以外の参謀が問うてくる。それに対しエルランは憚る事無く口を開いた。

 

「Mk-53の使用許可だそうだ!あの爺め人類を無理心中させるつもりか!?」

 

Mk-53とは、ビッグ・トレーやヘビィ・フォーク級の主砲から発射する核砲弾である。サイズの問題からICBMなどに比べれば威力は劣るものの、それでも間違いなく核兵器、条約に抵触する装備だ。

 

「閣下、しかし現状を打開する為には多少の事は致し方ないかと」

 

そう口にしたのはヨハン大将から送られてきた参謀だった。その顔には醜悪な笑みを浮かべている。

 

「多少?多少だと!?貴様解っているのか?こちらが条約を破ればジオンは遠慮などしないぞ!それこそ損壊したコロニーなど幾らでもあるんだ。奴らは地球をいつでも死の星に変えられるのだぞ!?」

 

「そこはやり方次第ではありませんか?幸いMSもMTも核で動いています。艦砲は敵を正確に狙えません。不幸な直撃があっても何ら不思議ではない」

 

参謀の言わんとしている事を理解し、エルランは頭を抱えたくなった。敵のMSやMTを狙い核砲弾を撃つ。至近弾でも十分破壊力のある核ならば容易に撃破し、MSの炉を誘爆させられるだろう。そしてその事を追及されたら、あくまで通常砲弾で撃破したMSの炉が誘爆したと言い張れば良いと言っているのだ。

 

(そんな子供も騙されんような嘘が通じると、コイツは本気で思っているのか?)

 

「どうされました?既に賽は投げられたのです。そもそもここまでレビル長官が苦戦しているのは、閣下の采配による敵拘束が不十分であったことに端を発しているのは明白です。これ以上は背任の疑いを掛けられても致し方ないですぞ?」

 

「貴様ぁ!言わせておけば!!」

 

「兵を死なせぬ?大いに結構。だがそれで作戦自体が破綻しては意味が無い。雁首そろえてそんなことも解らんからこのような事態になっているのだ!」

 

エルランを置き去りに舌戦にもつれ込む参謀達に対し、エルランは内心で喝采をあげていた。今、この瞬間こそ最高の機会であると確信したからだ。

 

「…撤退だ」

 

その内心を悟られぬよう、低い声でそう口を開く。

 

「…何ですと?」

 

「撤退だと言った。条約違反を連邦軍の総意とする訳にはいかん。我々は連邦軍人として先ほどの暗号から今作戦は失敗したものと判断する」

 

「馬鹿な!まだ味方が戦っているのだぞ!?」

 

なおも食い下がる参謀を睨み付けながらエルランは続ける。

 

「ならばこそ余計にここで引かぬ訳にはいかん。軌道上の制宙権はジオンが握っているのだ。核など使ったら降伏も認められず吹き飛ばされるぞ?」

 

無論、軌道上の敵部隊が準備しているとは限らない。しかし自分達が戦場へ核兵器を持ち込んでいるのだ。敵が同じ事をしていない保証など何処にもない。最悪艦艇の数隻でも落とせば、各戦線は簡単に地獄へと様変わりするだろう。

 

「つまり、中将はレビル長官の命令に逆らい、持ち場を放棄すると言うのですな?…手を上げろ!エルラン中将!貴官を敵前逃亡の容疑で拘束させて貰う!」

 

そう勝ち誇り銃を向ける彼は、自分がどのような立場にあるか理解できていなかった。

 

「それでどうするのかね?命令に従い核を撃ち、人類史終焉の引き金にでもなるつもりかね?」

 

そう問えば、男は嘲りの表情で言葉を吐く。

 

「勝てば良いのだよ!歴史は勝者が紡ぐのだ!そのような些事は勝てば全て解決する!」

 

「度しがたい男だな、君は」

 

その言葉が合図となり、密かに近づいていた護衛がテイザーを放つ。

 

「あぎ!?」

 

悲鳴と共に痙攣し男が倒れると同時、同じくヨハン大将から派遣されていた参謀達が素早く拘束される。その様子こそこの部隊の総意であると確信し、エルランは再び口を開いた。

 

「前線部隊に連絡!作戦は失敗、我々は撤退する!各部隊は可及的速やかに後退せよ!」

 

「了解しました!」

 

返ってきた言葉に満足しながらエルランは椅子に体を預けた。




キマイラ参戦。


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第百二十五話:0079/11/24 マ・クベ(偽)とオデッサ作戦―18―

今月分です。


「核!?条約違反だ!」

 

アプサラスへ撃ち込まれた砲弾が火球を生み出すのを目の当たりにし、ジオン軍の兵士達に浮かんだ感情は恐怖よりも怒りであった。

 

「約束を守ることすら出来なくなったか。アースノイド共め!」

 

だが解らなくは無いとも思う。彼らにとって空に浮かぶ味方のMAは、あらゆる手段を以てしても排除しなければならない厄災だ。しかも頼みの綱であった航空機が文字通り基地ごと吹き飛ばされれば、取れる手段も多くない。更に言えば、MAに気をやっている内に降下を許したMSも凶悪だ。何しろ全ての機体が色付き、幻獣の名を冠するジオンのエースパイロット部隊だ。

 

「おい、見ろよ!あのゲルググ、黒い三連星だぜ!」

 

「三連星?二機しか居ないぞ?」

 

「三機目は正直者にしか見えないって話だぜ?」

 

降り立った時の緊張感は薄れ、短距離通信で雑談が飛び交うほど部隊は弛緩する。無理もない。色とりどりのゲルググが縦横無尽に暴れ回り、敵の戦力を次々と食い散らかしているからだ。その様子は戦闘と言うにはあまりにも一方的に過ぎた。

 

「貴様ら!何を呆けているか!欧州の精鋭たる第26師団に泥を塗るつもりか!」

 

その言葉に、全員が戦場の空気を取り戻す。

 

「敵は攪乱幕のせいでビームが使えん。つまりあの厄介な歩兵も休業中だ、全機市街地へ突入、全兵装自由。幻獣に後れを取るな!」

 

その叫びと共にドムが次々と市街地へなだれ込む。ここに戦闘の趨勢は決定した。

 

 

 

 

「確かなのだな?」

 

EXAM共の制圧が何とか終わり、基地の被害状況を確認させていたら、ウラガンが大慌てで小さな紙を持って近づいてきた。何事かと確認したら、連邦軍が核をぶっ放してきたという。オイオイオイ、あのジジイ死んだわ。

 

「欧州方面軍本部でも画像解析を行いましたが、間違いありません。連中は核を使いました」

 

「馬鹿め…」

 

レビルの爺め、本気でジェリコのラッパを吹くつもりか?

 

「如何なさいますか?」

 

なさいますかって言われても困る。今までのあれこれはルール内でやってきたことだ。しかしこの件は条約違反という政治的判断になる。そんなこと一介の基地司令がするもんじゃない。

 

「他の敵部隊が運用しないとも限らん、各師団に最優先で警告を出せ。それから整備班にもノーマルスーツを着用するように指示を」

 

確認されているのは核砲弾だと思われるが、ワルシャワからここまでなら巡航ミサイルで十分届く距離だ。万一も有りうる。

 

(それにしても、皮肉なものだな)

 

正直に言えば、俺はどこかで連邦軍を甘く見ていた。いや、ある意味で信頼していたと言うべきか。だって、ここは連中の土地、連中の故郷だ。そんな場所を核で焼くなんて選択肢をそう簡単に取るとは思えなかったからだ。

 

(戦争をなめていたんだな、俺は)

 

思えば簡単なことだ。既にコロニーという人工の大地を生み出すことが出来て、宇宙線の中で容易に活動可能な安価な宇宙服もある。更にミノフスキー粒子を用いた技術で、地上、宇宙間の移動すら容易なこの世界だ。放射能汚染に対する忌避感が極めて薄くなっていても不思議では無かったのだ。無論、それは使う側の理屈であって、使われる土地に住む者の心情は考慮されていないのだが。

 

「そういえば、レビルは宇宙移民肯定派だったな」

 

つまり、恐らく彼自身は連邦という政体が維持できれば、住む場所にさしたるこだわりも執着もないのだろう。故に、躊躇無くこんな手段が執れる。

 

「少々、買いかぶりすぎたな。…人はそこまで大人になれていないよ、レビル」

 

もし、人が彼の思うとおりだったら、地球はここまで汚染されていなかっただろうし、ジオンが生まれる事も無かっただろう。そう言う意味で言えば、彼は人というものが見えていなかったのかもしれない。

 

「万一がある、歩兵師団は可能な限り下げさせろ、それから除染設備の準備を」

 

不幸なのか幸いなのか、MSが核で動く都合上、そうした設備も基地には準備されている。もっとも、事故なんてそうそう起こらないので大抵は埃をかぶっているのだが。

 

「しかし、そうなりますと防衛戦力が不足致します」

 

そう眉を寄せるウラガンに俺は笑って返した。

 

「その分は欧州方面軍にもう少し骨を折ってもらおう。確か司令部付きの師団が1つ2つは残っていたはずだ。こちらから持って行った分は働いて貰わんとな?」

 

「ですが、ヨーロッパ方面の防衛もありますから、そう簡単にいくでしょうか?」

 

「行くとも。そろそろ頃合いだろうからね。増援については私からユーリ少将に直接要請しよう」

 

そう言って俺は再び通信室へと向かう。どうせだから核についてもある程度すりあわせをしておこう。

 

 

「ああ、こちらでも確認した。間違いなく核だな。まったく直す側の事も少しは考えろと言いたいな」

 

「コロニーを落とした我々が言えた義理ではないですが、その意見には同感ですな。これで補償費が跳ね上がります。最悪本国への疎開もお願いすることになるでしょう」

 

「いっそそのまま永住してくれれば有り難いが」

 

「難しいでしょう。現在受け入れを行っているコロニーは間に合わせの修理品ばかりです。永住させるならば最低でも完全な整備が、欲を言えば新規製造したコロニーが欲しいところです」

 

大体、下手すればニコイチしたコロニーとかまであるんだ、そんなのにずっと住めとか絶対不満が出るぞ。そしたら今度はスペースノイド同士で格差による戦争が起きても不思議じゃない。というか絶対起こる。

 

「そのあたりは、本国の政治家共に任せよう。それで、戦力を回せとのことだったな?」

 

「はい、核攻撃のリスクがある以上、歩兵での防衛計画は破綻したと考えます。申し訳ありませんがMSを送って頂きたい」

 

そう切り出せば、口角を上げながらユーリ少将は口を開く。

 

「核攻撃の前後で旧フランス領に侵攻していた敵部隊が進撃を停止、どころか戦線を下げている。おかげで戦力に余裕が出来たが、一体どう言うつもりなんだろうな?」

 

「一枚岩ではないと言うことでしょう。核使用はデリケートな案件だ、忌避感から任務を放棄する部隊が居てもおかしくはありません」

 

探りを入れるような言葉に、俺はそう惚けてみせる。

 

「ほほう、随分上の人間が任務を放棄したものだ。そういえば核についても意見があると言っていたな?」

 

「はい、今回の件については箝口令を敷き、判断を総司令部に一任すべきかと」

 

「陰謀屋のお前さんが珍しいじゃないか。ここぞとばかりに追及して尻の毛までむしり取るかと思ったが?」

 

俺の事なんだと思ってるんですかね?

 

「問題はジオンと連邦だけに留まりません。これ以上民衆が熱狂すれば、それこそ我々は地球が死の星になるまで止まれない。それはあまりにも不毛に過ぎる」

 

「確かにな」

 

「加えて言うなら落としどころも問題です。勝利のために相手を追い詰める必要はありますが、追い詰めすぎればどうなるか解りません。それこそ手段を選ばないなら、我々は相手を全滅させられるだけの手段がある。使えばこの後がどうなるか、正直想像したくありませんな」

 

今、ジオンは戦局を極めて優位に進めている。そして恐らくここでレビルも討ち取れるだろう。だが、それでもまだ連邦軍には十分な戦力が残っているのだ。そして、我々が容赦の無い殺戮者として彼らの目に映ったとき、間違いなくジオン本国への核攻撃が実施されるだろう。何せ向こうは核装備をしたパブリクの数機でもたどり着くだけでいいのだから、やりようは幾らでもある。

 

「戦いに勝ってみたら、どちらの国も焼け野原。だけならまだしも、国民が一人残らず死んでいましたでは話にならんからな。まあ、本国で椅子を磨いている連中にたまには苦労させるのも一興だ。了解した、援軍は直ぐ送る。その他のことは総司令部に丸投げだ」

 

「出来ればガルマ様に知らせるのも後が宜しいでしょうな。あの方は民思いですから」

 

知ったら、ジャブローに突撃を掛けかねん。俺の言葉に大凡同じ結論に達したのだろう、ユーリ少将は笑いながらそちらも快く受け入れてくれた。これで言い残しは無いかと、マグカップを傾けながら少し思考していると、インターフォンが鳴り、慌てた様子のウラガンが映った。

 

「失礼します、大佐。緊急です」

 

どうしたのか聞く前に目の前のモニターに映っていたユーリ少将の下にもなにやら慌てた様子の秘書さんがメモを持って来ていた。

 

「大佐、たった今、前線から連絡が入った。レビルが乗艦していたと思われる陸上戦艦を撃沈したそうだ。どうやら俺たちの勝ちのようだな」

 

長い夜が、もうすぐ明ける。




レビル君、アウトー。


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第百二十六話:0079/11/25 マ・クベ(偽)と収束

今週分です。


全身を襲う激痛に意識を覚醒させられたヨハンの視界に飛び込んできたのは、有り体に言って地獄だった。

 

(酷いな、これは)

 

乗艦していた艦を墜とされるのは二度目だが、アナンケの時もブリッジはこのような有様だったのだろうか。いや、宇宙であったからもっと寒々しい光景だったかもしれない。そんな埒もない事を考えながら、何とか身を起こし、ヨハンは自分の席に再び座る。

 

「ああ…、負けた、な」

 

辛うじて生きていた幾つかのモニターに映し出される光景は、最早戦闘では無く、戦いの後始末だ。投降するものは捕らえられ、なお抵抗するものは容赦なく建物ごと吹き飛ばされる。だが大半は投降を選んでいる様子だった。

 

「見誤った…いや、間違ったと、言うべきか」

 

込み上がってくる不快感から、無作法と思いながらも床へ口内にたまった血を吐き捨てる。大きく息を吐き、ヨハンは席に座り続ける。その胸中はこれからの暗澹たる未来で占められていた。

 

「最早止められん。ここから先は競争と、闘争の時代だ。それが解らん男では無かっただろうに」

 

遠く月の裏側に居るであろうデギン・ソド・ザビとギレン・ザビの顔を思い出しながら、ヨハンはそう呟いた。その言葉は間違いではない。ただ、軍人として、リアリストであり続けた彼には、民衆の心理と、そこから生み出される不条理に対する思考が致命的に不足していた。人は、最適解であれば従えるほど単純ではないのだ。

 

「次は十年と保つまい」

 

だが、最早彼にはどうにも出来ないことだ。故に最後の希望を残すべく、そして己の職務を全うするために、残る全ての力を使い、椅子から立ち上がる。敗北は決まった、ならば一人でも多くの兵を生きながらえさせねばならない。霞んで暗さの増す視界で懸命に無事な通信機を探す。幸いにして最奥、最も自身の席から近い通信機が稼働していた。最後の力を振り絞り、ヨハンは口を開いた。

 

「全軍に、告ぐ。作戦は、失敗した。直ちに撤退せよ。繰り返す、直ちに撤退せよ」

 

言い切った後、返事を待つこと無く彼の意識は深く沈んでいった。

 

 

 

 

空が白み始め、外部の様子が視覚として捉えられるようになる。無論暗視モニター越しにも見えていたが、天然色に切り替わると、その光景はより現実のものとして俺の視線を奪った。

 

「手酷くやられたな」

 

ワルシャワ攻略と前後して敵の攻撃は弱まり、多くの部隊は後退。中にはオデッサに近づき過ぎたために退路を塞がれ降伏する部隊も居た。どうにも軍としての統制が取れておらず、その対応は部隊によってばらばらだ。組織的な抵抗能力を失ったと見た欧州方面軍は、この機を逃がさず追撃の構えだ。

 

「シーマ中佐の撤退は完了しているな?」

 

追い立てられたとはいえ、連邦軍の戦力はまだまだ残っている。流石に2個中隊で道を塞ぐのは危険すぎるだろう。

 

「はい、既に部隊は母艦に収容されヨーロッパ方面へ迂回しつつこちらへ向かっているとのことです。それからデメジエール中佐が追撃の許可を求めていますが」

 

散々暴れ回ったろうに元気だな。まあ、目立った損害は受けていないようだし、中佐がやれると判断したのなら是非も無い。

 

「承知した、ヒルドルブの力を存分に刻み込んでやれと伝えろ。ああ、アッザムの方はどうか?」

 

「ヴェルナー大尉は出撃許可を求めています」

 

困った顔になるイネス大尉に聞き返す。

 

「…ヴェルナー大尉は?」

 

「サブパイロットとガンナーが過労で倒れました。現在治療中です」

 

それでどうやって出撃する気なんですかね?

 

「一人でも砲撃くらいは出来る、と」

 

「却下だ。趨勢は決まったのだ。欲張って不必要なリスクを負う必要は無い。むしろヴェルナー大尉も医務室に放り込んで検査を受けさせろ。ウラガン、アプサラスはどうなった?」

 

「不時着は成功しております。パイロット、ガンナー共に無事である事も確認できました。ただ、例の砲弾の影響で装甲が溶融し外に出ることが出来ないようです」

 

「…まだ周囲は汚れているだろうからな、無理に出すことは無いだろう。生命維持装置にトラブルが無ければ、暫くは我慢して貰え」

 

「承知いたしました」

 

そう言いながら、そっと差し出された端末を受け取る。そこには今のところ判明している損害が纏められていた。俺は思わず渋い顔になってしまう。

 

「酷い数字だな」

 

死者約1000名、負傷者は3万超え、喪失装備はMSだけでも30機以上。これがオデッサの指揮下だけの数字だから、欧州方面軍全体だと5倍ではきかないだろう。そうため息を吐いていると、イネス大尉が口を開いた。

 

「確かに無視できない喪失です、ですが取り返せないほどではありません」

 

諫めるような言葉に俺は一瞬息を呑む。これは俺が始めた戦い、そして彼らの献身によって勝ちを拾えたのだ。その結果に不満を口にするのは、あまりにも不遜が過ぎる。

 

「そうだな、まずは勝利したことを喜ぼう。尤も、しっかりと勝ってからだが。ウラガン」

 

「はい」

 

俺が呼ぶと、直ぐに返事がくる。相変わらずの仏頂面だが、その変わらぬ姿が頼もしい。

 

「ワルシャワを制圧した部隊にレビルの死をしっかりと確認するように伝えろ。あの爺は前科持ちだからな、また逃げられて勝利演説などされたらたまったものではない」

 

こんな面倒ごと、二度とご免だからな。

 

「承知致しました。それからガデム少佐から連絡が入っております。全員無事だそうです」

 

「っ、そうか。ご苦労、ゆっくり休めと言っておいてくれ」

 

俺は静かに安堵の溜息を吐いた。全員とは少佐を含め、元マルコシアスとハマーン、それにニムバス大尉達の事だ。特に元マルコシアスのメンバーの中には、自爆に巻き込まれ、かなりの重傷を負った者も居た。今も集中治療室で治療中だが、少なくとも峠を越えたという事だろう。大体の状況が収束し、事態が落ち着き始めたと感じた途端、俺は視界が暗くなるのを感じ、そのまま意識を手放した。

 

 

 

 

「過労ですね」

 

診察結果を聞き、イネス・フィロン大尉は大きく息を吐いた。視線を横にそらせば、不健康そうな肌色の大佐が、静かに寝息を立てている。大佐が倒れた。その事実は連邦軍が攻めてきた以上の混乱をオデッサにもたらした。一晩でエースの階段を駆け上がった少女が泣きながら突撃してくるわ、普段冷静な副官は錯乱してオペの手配を始めるわ、待機命令を出していたはずのパイロット達が医務室に押しかけるわで、もし仮にこのタイミングでもう一度あの無人機が一機でも送り込まれていたら、ひょっとしなくてもオデッサは陥落していただろう。

 

(由々しき問題ですね)

 

短い付き合いながらも、大佐が優秀であることはイネスも認める所である。問題は優秀故に多くの仕事が舞い込む人物が、同時に基地の精神的支柱も兼任していることだろう。しかもその依存度は思ったよりも深刻だ。

 

「まさか、ウラガン大尉もあそこまで依存しているのは想定外でした」

 

普段大佐が居なくても問題無く業務を回せていたから、気付くのに遅れてしまった。あれは信頼を通り越して、ある種の崇拝や依存に近い。離れていても健在であると確信できている分には問題無いのだが、万一行方不明や最悪戦死などした日には、迷走どころか暴走しかねない。実務能力と信頼を勝ち得ている優秀な副官が暴走するなど、組織としては悪夢である。

 

「良い機会です、もう少し人員を増やして貰いましょう。ついでに親離れもして貰わねば」

 

ベッドで眠っている大佐をもう一度見て、イネスはそう決める。何しろここの連中は、あの副官が暴走するような事態になったなら、諫めるどころか嬉々として手を貸すような連中ばかりなのだ。加えて異常とも言えるだけの戦闘能力まであるのだから、その相乗効果が生み出す結果など、想像したくも無い。

 

「さしあたって、基地の再建についてある程度纏めておきましょう」

 

変な気を起こされる前に仕事を与えておけば、ある程度時間は稼げるだろう。その後は大佐が起きてから話し合えば良い。そう結論づけたイネスは、医務室の前でまだたむろしていた者達を追い散らすと、執務室へ足を向けた。この後、基地外からも安否確認の連絡が殺到し、イネスは頭を悩ませることになるのだが。それはまた別の話である。




オデッサ作戦、終わり!


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第百二十七話:0079/11/25 マ・クベ(偽)と祭りの後

否が応でも世界は廻る。目を開けたら横になっていて、知らない天井を見上げていました。どっかのナイーヴな少年ごっこをする間もなく、気がついた看護師さんがダッシュ、先生襲来、怒濤の診察を終えるとにっこり笑って先生が一言。

 

「過労ですから本日は一日お休み下さい」

 

そいつはとっても魅力的な提案だね、だが却下だ。戦闘の主導権は欧州方面軍に移ったとはいえまだ作戦は継続中だ、指揮官がのんびり寝ていていい時間じゃない。そう言って起き上がろうとした瞬間、先生は笑顔のまま俺の肩を掴んだ。馬鹿な!?体が動かん!

 

「先生?」

 

「健康に問題があれば、兵士の行動を制限する権限が軍医には与えられています。無論、司令官であっても例外ではありません」

 

あかん、目が笑っていない。

 

「…了解だ、先生。今日は大人しくしている、それでいいかな?」

 

「私が回復したと判断するまでです」

 

有無を言わさぬその台詞に、俺は黙って両手を上げて降参を示した。

 

 

 

 

「では、肉体に重大な欠陥が生じたという訳ではないのだな?」

 

繰り返し念を押す最高権力者に、いつも通りの声音でウラガンは返す。

 

「はっ、過労による一時的なものとのことです。念のため精密検査をしておりますが、間違いないと診断されております」

 

ウラガンの物言いに何がおかしいのか冷笑を浮かべたギレン・ザビ総帥は手を組んだまま言葉を発した。

 

「うむ、奴も人の子だったか。宜しい、オデッサ基地の指揮は暫く貴様が代行しろ。それから検査結果は総司令部へ上げるように。ではご苦労だった、大尉」

 

言葉と同時に消えるモニターへたっぷり二秒かけて敬礼を続けた後、ウラガンは大きく息を吐いた。

 

「やれやれ、全く我が大佐殿は人気者だな」

 

状況の報告を入れて半日も経たない内に、まさか総帥から確認の連絡が来るとまでは予想が出来ていなかったウラガンは、もう一度深呼吸を行い心拍数の制御を試みる。

 

(しかし、今回は肝が冷えた)

 

これまでも幾度かそうした場面はあったが、今回のように目の前で倒れられるというのは衝撃の度合いが違う。イネス大尉が冷静に動いてくれなければ、まだオデッサは混乱していたかもしれない。

 

「これでは副官失格だ」

 

それどころか、ウラガンはオデッサ基地の副司令でもある。大佐に万一があった場合、基地の統括を任される立場であり、その権限は大尉でありながら、戦闘部隊の指揮官であるシーマ、デメジエール両中佐やガデム少佐よりも上位に位置するのだ。その自分が肝心なときに動けていなかったと言うのだから笑えない。これ以上の無様はさらせない、そう気を引き締めながら指揮所へ戻ると、イネス大尉とガデム少佐が話し合っていた。

 

「おう、お疲れさん」

 

「少佐、お加減は宜しいのですか?」

 

そう問えば、ガデム少佐は面白く無さそうに鼻を鳴らした。

 

「ふん、この程度怪我の内に入らんよ。それより大佐はどうなんだ?」

 

「過労だそうです。精密検査も今のところ異常は見当たらないと」

 

「油断したな」

 

「はい」

 

考えるまでも無くオーバーワークであった大佐を、基地の誰一人として諫めることは無かった。それまでの言動や行動から、本当にダメならば自ら口にすると、誰もが思い込んでいたからだ。

 

「大事になる前に解ったのは幸いでした。今後は監視を強めると同時に、万一の場合に備えておく必要がありますね」

 

端末を操作しながら告げてくるイネス大尉の言葉の意味を正確に受け取ったウラガンは顔を顰めた。言外に今回の醜態を諫められたからだ。

 

「お見苦しいところをお目に掛けました。今後はそのようなことが無いよう努めます」

 

「それも大事だが、そもそも大佐がぶっ倒れる状況が悪いんだ。日頃からもう少し業務を分散すべきだろう」

 

ウラガンの謝罪にイネス大尉が応じる前に、ガデム少佐がそう口を挟む。確かに緊急時を想定することは大切だが、そうならないよう普段から対処するのは重要だ。

 

「そうなりますと、もう少し裏方が欲しいですね。私とウラガン大尉だけでは余裕がありません」

 

イネス大尉の発言に、ガデム少佐は腕を組んで唸る。

 

「確かに。鉱山基地の運営だけでもかなりのものだし、何より生産と開発まで含めるとな…。なあ、うちの大将はなんで大佐なんだ?明らかに役職と業務が釣り合っとらんぞ?」

 

「…総司令部に掛け合ってみましょう。問題が発生した以上、司令部も理解を示してくれるでしょう」

 

露骨に視線と話題をそらすイネス大尉に、ウラガンは迷わず続いた。

 

「そうですね。参謀とまでは言いませんが、何人か事務官を派遣して貰うだけでも違うでしょう。直ぐに連絡してみます」

 

「お、おい?お前ら?」

 

ガデム少佐の言葉に答えず、二人はそそくさと自分の仕事へ戻る。世の中には言わない方が良いこともあるのだ。

 

 

 

 

端末から報告書まで全て取り上げられた俺は、ぼけっと窓の外を眺める。天気は生憎の曇りで、この時期らしいどんよりと重たい雲が一面を覆っている。そういやコロニー落としの影響で粉塵とか大量に舞い上がったはずだから、これから下手すると数年は冷夏になるんだよな。下手しなくても飢饉とか発生するんじゃねえの?

 

「食料の補填、住居の再建、しかもまだ続く戦争か」

 

おまけに今回は一発だけとはいえ核が炸裂したからな、東欧の穀倉地帯にも影響があるだろう。そうなると、今回直接損壊しなかった地域も補償しないと不味いよな。下手に被爆者なんて出たら、今までの苦労が全部無駄になる。

 

「取敢えず、MSか何かが誘爆したことにして帰還制限か?」

 

MSと言えば概算だけど今回の作戦で喪失した機体数出てたんだよな。確か、全部で319機。実に1個師団分のMSがスクラップにジョブチェンジしてくれたわけだ。

 

「それより痛いのが、戦没者だな」

 

死者数、28938名、投入された師団数と、対峙した敵の数からすれば奇跡的とも言える少なさだ。作戦は大成功と言っても良い位に終わっているのは、報告してくれたイネス大尉の興奮した面持ちからも理解できた。だが、それで彼らが生き返るわけではない。

 

「いかんな、天気のせいか?」

 

どうにも気持ちが持ち上がらない。それだけでなく手持ち無沙汰のせいで思考だけが空回りする。窓の外の寒々しい曇天が、物言えなくなった誰かの批難を形にしたようだと感じる。

 

「…寝るか」

 

多分、気が抜けてしまったのだ。そのせいで疲れが出て、その体の不調に精神が引きずられているに違いない。ならば、まずは体力を回復させる。そうすれば、このささくれだった苛立ちも、無力感も少しは消えてくれるだろう。

 

 

 

 

「勝ったな」

 

宇宙攻撃軍、そして地球方面軍からの報告を読み終えたギレン・ザビは口角をつり上げながらそう呟いた。目論見通り欧州方面軍はオデッサの防衛に成功し、同時に宇宙攻撃軍はルナツーを陥落せしめた。宇宙の勢力図は完全にジオンに染まり、地上もその大半を押さえた。

 

(誤算は奴が倒れたことだが。まあ、ここからは最悪奴抜きでも何とかなるだろう)

 

マ大佐自身は数日で復帰できるにしても、戦火にさらされたオデッサ基地の再建はそうはいかない。周辺住民への補償も含めるならばそれこそ年単位の時間が掛かってもおかしくないだろう。しかし圧政ではなく、善政をもって統治しようと考えるならば必要な経費だ。

 

「しかしレビルめ、やってくれる」

 

意図したことではないだろうが、それでもあの一発は軍に大きな波紋をもたらした。今のところ、不幸な事故、MSの動力炉誘爆という言い訳で済ませることになっているが、もし真実が知れ渡れば世論を押さえ込むのは難しくなる。そうなれば後はなし崩しに南極条約は反故となり、その先に待っているのは人類絶滅への一本道である。

 

「使った側でなく使われた側が配慮せねばならんとは、皮肉なものだ」

 

だが老将は死に、残る主戦派で彼に代わる人材はいない。ならば早晩、連邦は交渉のテーブルにつくだろう。ずるずると引き延ばされた戦争の終わりを予想し、ギレンは自然と頬を緩めた。



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第百二十八話:0079/11/28 マ・クベ(偽)と再建

ドクターストップから三日が過ぎ、漸く先生のお許しが出て業務に戻ったわけだが、その僅かな時間で、今回の作戦の後始末は殆ど終わっていた。

 

「次は帰還不能エリア原住者の本国への移送計画になります」

 

こんな感じにほぼ全てが準備されていて、後は俺がサインすれば良いだけと言う感じだ。楽なんだけど…、なんて言うかこれ、俺いらなくない?

 

「如何なさいました?」

 

俺の手が止まった事を訝しんだのか、怪訝そうな顔でウラガンがそう聞いてくる。

 

「ああ、いや。住民への説明をどうすべきかと思ってな」

 

流石になんの説明も無く宇宙に上がれではまずいだろう。そう考えていると横に居たイネス大尉が口を開いた。

 

「そちらについては既に説明済みです」

 

聞けば、当面は軍が全面的に面倒を見ることで解決しているそうな、しかも総司令部のお墨付き。説明としてはMSの動力炉誘爆で落ち着いたらしい。箝口令も敷かれたから、少しはましだろう。本当余計なことをしてくれたもんである。そうそう、核と言えばレビル将軍の戦死が正式に確認された。遺体を辱める趣味は無いのだが、現在冷凍保存して本国への移送待ちである。多分プロパガンダにでも使うんだろう、正直気分は良くないが、内外に彼の死を知らしめることには大きな価値がある。どうせなら一気に停戦交渉くらいまで行けないかなぁ。

 

「MSの生産ラインは…、暫くは無理か」

 

「はい、最優先で復旧を続けていますが、最低でも2週間はかかるとのことです」

 

「ジオニック側のラインが無傷だったのが不幸中の幸いだな。ゲルググの増産が可能か確認してくれ、最悪ゲルググのラインを拡張して戦力を補填する」

 

長期的に見れば、ちゃんとツィマッド側も直して生産体制を復旧させるべきなんだが、唯でさえMSが不足している上に今回の戦闘でこちらのMSの実数が情報より多いことが露見している。だとすればもう一回が来る前に、戦闘前の水準までは戻したい。

 

「本国に補給を申請しては?」

 

そうしたいのは山々なんだけどね。

 

「難しいな。本国からの分はガルマ様のところへ送られている。あちらも数を絞るわけにはいかん」

 

キャルフォルニアベースは地球方面軍屈指の生産拠点だが、実はMSだけに絞ればオデッサと大きな開きは無い。何故なら地球方面軍で運用している通常兵器の、ほぼ全てを受け持っていて、その分もカウントされているからだ。おまけに水陸両用MSのラインも殆どがキャリフォルニアに集められているから、グフやドムはともかく、ゲルググは生産ラインが漸く立ち上がったところだ。このため今ジオン国内でゲルググの生産量が最も多いのは、実は本国だったりする。

 

「殴られた分は、しっかり殴り返さねばならんからな」

 

ルナツーが落ちても、未だ連邦から交渉の打診が無い。ここで厄介なのが、こちらから安易に交渉を持ちかけられないことだ。武力では無く外交にシフトするのは軍人としては歓迎したいのだが、ここに落とし穴がある。我が国のように軍と政治のトップが同一であるならばともかく、連邦は文民統制を旨とする民主主義国家だ。つまり、戦場という現場の情報は、報告書というフィルターを通して交渉者たる事務官なり政治家に伝わることになるわけだが、これによって齟齬が生じる場合が多々ある。例えばこちらから交渉を打診した場合、軍事的優位にもかかわらず武力での決着を選ばず、政治的解決を選択するわけだが、それは相手にしてみればこうも見える。

 

“軍事的優位を確立しながら、連中は自身から交渉を持ちかけてきた。これは連中も疲弊し、余力が無いのではないか?であるならば最も不利な今交渉してやることはない”

 

信じられない思考に思うだろう。だが、報告書の上でしか戦争を認識していない人間には十分あり得ることだ。何しろ連中にとって損害は全て数字であり、その数字は自身の生活に影響の無いものなのだ。故に少しでも条件が良くなる事を期待して、ずるずると戦争を引き延ばすという最悪の選択をしてくれる。これを防ぐ方法は単純にして、明快。政治家連中に人ごとでは無い命の危機を味わわせてやればよい。今次大戦で言えば、コロニー落としが良い例だ。他の親連邦派サイドが全滅し逃亡先が無い状況下で、核シェルターでも逃れられない致死の攻撃は、さぞ彼らの肝を冷やしたことだろう。ただこの手はもう使えないので、ジャブローに潜り込んでしまった政治家さん達をもう一回脅かすために、ガルマ様の所に戦力を集めているわけだが。

 

「核攻撃を公表すべきだったのでは?」

 

遠回りかつこちらの人的損害も無視できない計画にそんな言葉をウラガンが漏らす。

 

「冗談では無い」

 

確かに短期的に見ればそちらの方が効率は良いだろう。戦争自体ももしかすれば早く終結するかもしれない。だが、長期的に見ればリスクが高すぎる。双方が条約を破ったという事実が生まれる場合、仮に戦争を終結させたとしても何処までも疑心は残る。何故ならどちらも約束を破ったからだ。そうなれば終戦時の条件を無視して攻撃を仕掛けて来ないと誰が証明できるだろう?特に敗戦した側は、軍事的に制限が掛けられるであろうから、確実に相手より不利な状況に戦後置かれる事になる。その時、どれだけの人間が理性的に自らを制御できるだろうか?しかもこの条件の場合、ジャブローは吹き飛んでいる訳だから、連邦軍が管理していた情報の多くが一緒に消えている事だろう。当然その中には保有している核兵器の数だって含まれている。既に戦争という、どうあがいても遺恨が残る外交を選択した以上、その後について最大限配慮した行動をするべきだ。

 

「難儀なことです」

 

そうため息を吐くウラガンに、俺は笑いながら書類を手渡した。本当に、早く終わらねえかな、この戦争。

 

 

 

 

「…以上が、オデッサ作戦に関します作戦部の報告になります」

 

一通りの報告が終わった会議室は、重苦しい空気に包まれていた。言い逃れようのない敗北、しかも神輿すら失った上にそれは最悪の置き土産までしてくれた。その不満をぶつけるように、男が口を開く。

 

「報告によれば、撤退命令が出るよりも前に貴官は撤退を命じたとあるが、相違無いかな、エルラン中将?」

 

「はい、間違いありません」

 

「つまり任務を放棄したと?」

 

「はい、いいえ。通信ログを確認頂ければ解りますとおり、あの時点で全軍に核使用の許可が出ておりました。連邦軍の総意として核使用を是とするわけにはいきません。故に撤退を命じたのであります」

 

「核を使えば、作戦は成功したのではないかな?」

 

初老の中将の言葉にエルランは笑って見せた。

 

「仰るとおり、オデッサは落とせたかもしれません。しかしその後はどうなります?如何に重要だと嘯いたところで、オデッサは所詮一拠点、それも連中からすれば敵の領地に造った橋頭堡のようなものだ。潰したところで致命にはなり得ないどころか、連中は嬉々としてもう一度コロニーを落とすでしょう。それこそ、今度は地球が滅びるまでね」

 

「逃げ帰ってきて英雄気取りとは恐れ入る。報告が確かなら貴官は陽動の為の揚陸を3日遅延させているな?この遅れが作戦全体に重大な影響を与えたとは考えないのかね?」

 

皮肉げな笑みを貼り付けた情報部の中将が端末を指先で叩きながらそう指摘する。情報部も今回の作戦では少なくない被害が出ている。欧州方面のスパイがほぼ一掃されてしまったため、再度情報網を構築するにはかなりの時間を要するだろう。だがそんなことはエルランの知ったことではない。

 

「考えませんな。戦闘詳報をご覧頂ければ解るとおり、我々は極めて頑強な抵抗に遭っておりました。情報部が提示くださった戦力分析からすれば、十分に敵戦力を誘引出来ていると判断したのです。言いたくはありませんが、貴官らが敵戦力を三分の一などに誤認していなければ、我々の対応も違ったのですが。ああ、失敬。このような“たられば”は今言うことではありませんでしたな?」

 

「責任転嫁は止めて頂きたい!」

 

「笑わせてくれる。そもそも今回の作戦は貴官らの情報を基に立案されたのだ。その根底が覆されているのに、失敗は作戦部の怠慢とするその発言こそ責任転嫁ではないか!」

 

加熱した舌戦は議長の咳払いで止められる。

 

「…問題は今後だ。ルナツーも落ちた今、政治屋どもの中に和平を唱えるものが増えてきている」

 

座り直したエルランは面白く無さそうに鼻を鳴らした。

 

「言いたくはありませんが当然でしょうな、連中の関心は票と自己保身だけだ。己の命が危ぶまれるなら、独立でも何でも好きにさせてやれと言うのが本音でしょう。全く、良い迷惑だ」

 

そう口にする一方でエルランは彼らの心情が理解はできる。政治家が発言権を得るためには議席に座る必要があるが、民主主義国家において、その席に座る権利は如何に票を集めたかによって決まる。どれほど崇高な理念を持とうが、全人類の幸福につながる政策を考えていようが、選ばれなければ意味が無い。そして選ばれると言うことは、選んだもの達にとって最大の利益誘導者であると目されるからこそ選ばれるのだ。何故なら大多数の民衆にとって、1000年先まで続く人類の存続などより、今日支払われる賃金の多寡の方が重要だからだ。結果、有権者の利益の為ならば、幾らでも戦争を続けるし、損だと見れば手のひらを返して和平を唱える。だがそれは悪では無い、なぜならば大衆に国家の方針を決定する権利を与えると言うことは、そのリスクを受け入れた上で是とする政治形態だと言うことだからだ。尤も、それによって血を流す軍人にしてみればたまったものではないのだが。

 

「こと、ここに至ってはそれもやむを得まい。だがそうなるとレビル君の死は痛い」

 

言葉の意味を正確に理解したエルランは目を細める。最高司令官が戦死した以上、後任を決めなければならない。だが、その席は間違いなく地球連邦軍の敗北を認めるだけの酷く屈辱的な役回りだ。そんなものに好き好んで座る奴はいないだろう。エルランを除いては。

 

「大任ですな」

 

「良いのかね?」

 

「良くはありません、ですが誰かがやらねばならんでしょう。ならば切っても痛くない人間がやるのが道理かと」

 

階級や権能的に言えば、ジーン・コリニー大将や艦隊派の首魁たるグリーン・ワイアット中将が妥当であるが、彼らが進んで生け贄になるとは考えにくい。何より、戦後の連邦を率いて行くのに必要な人材だ。コリニー大将は保守派だが、それ故にエリート気質の将校に受けが良く、階級相応の分別はある人物だから、間違っても自軍より強大になった相手に対し不用意に仕掛ける事はない。それによって発生するであろう軍内の不満も、上手くエルラン達改革派を使って発散させ、致命的な状況を作ることはないだろう。そう考え、エルランは口を開いた。

 

「貧乏くじは慣れました。この程度どうと言うことはありません」

 

平然と言い切るその姿は一角の人物に見えるが、なんと言うことはない。そもそもエルランはジオンでの栄達が約束されているのだから。



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第百二十九話:0079/12/04 マ・クベ(偽)と準備

朝の冷えも一段と強まるなか、皆様如何お過ごしでしょうか?マです。オデッサは本日も相変わらずの曇り空、吹き抜ける風は冷たく乾燥していて、びっくりするくらい外に出たくありません。でもワタクシ、基地司令ですから、そうも言ってられない事もあるのです。

 

「全く、こんなもの預けられても困るのだが」

 

ため息を吐きながら、基地の最外苑に設けられた施設を眺める。施設なんて言っているが、そこにあるのは大量のテントとそれを囲むように建てられた有刺鉄線を使ったフェンスだ。そう、ここはオデッサ作戦で降伏した捕虜達の収容施設だったりする。知っての通り作戦は一応成功したわけだが、ここでちょっとした誤算があった。

 

「既に第一、第二収容所は収容限界。仮設も間に合わず、取敢えずテントで雨風を防いでいるが…。本国の回答はどうか?」

 

連邦軍は先の作戦で、こちらが想定していなかった浸透戦術を行ってきた。それによる直接的な被害は軽微だったが、問題はこちらの作戦が成功した後だった。予定ではもう少し纏まって後退している筈だったのだが、こちらの勢力圏に深く食い込んでしまったが為に、多くの部隊が師団や旅団規模で、酷い部隊だと大隊規模で撤退不能に陥ってしまった。中には文字通り全滅するまで戦った部隊もいたようだが、殆どの部隊は退路を断たれた時点で降伏、結果として我が軍は100万に達しようかという捕虜を抱え込む事になってしまった。最大の失敗はグディニャで輸送船を片っ端から沈めたことだな。あれで撤退が遅れて殿をしていた20個師団近くが降伏してきた。追撃したのは欧州方面軍だから、捕虜も欧州方面軍で面倒を見るもんだと思っていたら、ここで安定の鳥の巣頭登場である。

 

「どうせ基地の再建で区画整理するんだろ?こっちからも工兵派遣するから収容所そっちに作ってくれ」

 

そら纏めて作った方が効率良いけどさ!ご丁寧に総司令部の許可まで取り付けて居やがったから拒否も出来ん。哀しきは宮仕えの身よ。

 

「準備は進めているようですが、難しいでしょう。移民用のコロニーですら不足していますから」

 

眉を寄せて報告してくれるイネス大尉に、俺は溜息を吐きながら言葉を返した。

 

「そうか、しかし困ったものだな」

 

南極条約で捕虜の扱いは定められていて、当然虐待や拷問は出来ない。嗜虐趣味なんてないから好き好んでしたいとは思わんが、ここで重要なのが虐待に強制労働が含まれることである。大昔なら鉱山とスコップ鶴嘴辺りで仲良くして貰えただろうが、上記の理由からそれも出来ない。つまりオデッサは、100万人規模の無駄飯食らいを抱え込んだことになる。更に恐ろしいのは、間違いなく今後も捕虜が増える事である。何せいまだに潜伏、逃走している部隊が居るからだ。折角直してるのにサボタージュされたり、最悪帰郷させた市民相手に略奪なんぞされたらたまったものではない。治安維持も支配者の大事なお仕事だ。

 

「取敢えず、簡易宿舎の追加を陳情するか」

 

捕虜を凍死させましたなんてなったら、総帥閣下に何を言われるか解ったもんじゃ無い。冬期装備を配布していなかった連邦軍を恨みながら、俺はもう一度溜息を吐いた。そういえば移民で思い出したけど、核の被害は思っていたよりも遥かに軽微で、幸いにして俺が思っていたような穀倉地帯への被害や、汚染による帰還困難者とかは出なかった。それでもワルシャワは壊滅状態だし、リヴィウなんて文字通り更地にされたからな、復旧には年単位の時間が掛かる上、冬期に入った今の状況で仮設住宅暮らしは堪えるだろう。それぞれの市長さん達に謝罪と説明をしたら、結構多くの住民から宇宙移民の申請があった。まあ、仕事も住む場所も補償されるわけで、いつまた戦火に晒されるか解らない故郷よりマシだと考える人も居るだろう。そうでなくてもこのまま順調にジオンが勝利すれば、地球居留者への風当たりが強くなっていくことは間違いないのだ。ならば出来るだけ早く宇宙へ移った方が安全だという判断かもしれない。

 

「移民の方が当然優先だからな、暫く連邦将兵諸君には耐えて貰おう」

 

 

 

 

「トラヴィス中尉、お戻りになっていたんですね!」

 

その声に一瞬体を強ばらせたトラヴィス・カークランドであったが、それをおくびにも出さず笑顔で振り向いてみせる。声の主は違わず、トラヴィスがその生存を切望した人物だった。

 

「おう、久し振りだな曹長。お互い無事で何よりだ。ん?悪い、昇進したんだな。おめでとう少尉」

 

真新しい階級章に目を細めながら、そうトラヴィスが祝いの言葉を口にすると、階級章の持ち主であるヴィンセント・グライスナー少尉は照れくさそうに笑顔を浮かべた。

 

「はい、ありがとうございます。と言っても自分は、ガデム少佐殿の尻にくっついていただけなのですが」

 

「生き延びているだけで上等さ。…死んじまったら、何もできないんだからな」

 

降伏後、今作戦におけるヴィンセント少尉の任務について基地司令から伝えられていたトラヴィスは、苦笑しながらそう口にする。トラヴィスの思考は、基地司令との会話に引き戻された。極めて危険な戦いだった。そう前置きを置いて説明する大佐の顔は、信じられないことに強い後悔があらわれていた。

 

「君との約束を破る形になった。本当にすまない」

 

謝罪の言葉が飛び出たときは、最早何が起こったのか解らなかったほどだ。思わず真意を尋ねれば、不思議そうな顔で大佐は答えた。

 

「君と私は約束をした。約束とは契約だ、ならばそれを守るのは当然のことだろう?」

 

あまりに当然の事のように喋る大佐を見て、トラヴィスは益々混乱する。

 

「…まさか、あんたは本当に約束を守るつもりだったのか?」

 

そう口にすれば、大佐は眉を寄せて答えた。

 

「当然だろう、第一取引を持ちかけたのは私だぞ?私は悪人だが、それ故に契約の重要性は理解しているつもりだ」

 

随分とお人好しな悪人も居たものだ。その時の大佐の顔を思い出し、こみ上げてきた笑いを堪えていると、不思議そうな顔になったヴィンセント少尉が問うてきた。

 

「中尉?どうされたんですか?」

 

「ああ、愉快な大佐殿を思い出していたんだ。良かったな、少尉。兵隊の最大の不幸は上官を選べないことだが、幸いにして俺たちの上官はまともな部類だ。随分と変わり者だがな」

 

「その点は完全に同意致します。中隊規模の戦力と互角にやり合える一個人など、同じ人間かも疑わしい」

 

「おいおい、上官侮辱は良くないぞ?聞かれたらどうするつもりだ?」

 

「正論だな、問題は既に私が聞いていることだが」

 

笑おうとした顔が引きつるのを自覚する。振り返ればそこには想定通りの人物が立っていた。

 

「歓談中の所すまないが、君の連れてきた連中について相談がある。良いかな中尉?」

 

笑顔で問う大佐に対し、トラヴィスはただ頷くことしか出来なかった。

 

 

 

 

上官の悪口は軍の定番とは言え、注意してほしいものである。古き良き時代ではないので鉄拳制裁なんかはしないけど。執務室のソファに向かい合って座ったところで、俺は溜息交じりに中尉へ告げた。

 

「中尉、意見交換を止めるつもりはないが上手くやってくれ。聞いてしまったら咎めん訳にはいかん」

 

大体なんだよ、人間じゃねぇって。強化ガラスより繊細な俺のハートが傷つくじゃないか。

 

「はっ!申し訳ありません」

 

皮肉を言ったらすっごい真面目に返されたでござる。大佐知ってるよ、これ絶対反省してないやつだ。まあ、作戦指揮への懐疑や、方針への不満でなければ、騒ぎ立てるほどのことでもない。この程度許容してみせるのも上に立つ人間の度量の内だろう。

 

「宜しい、では本題だ。君たちが持ち帰ってくれた機体は量産型を除き、全て本国での解析に回す。幸い先の作戦で量産機の部品はそれなりに回収できているから、君たちには残した機体でアグレッサーを務めて貰う」

 

「アグレッサー…、まさか実弾演習の的になれとかは言いませんよね?」

 

こやつは俺のことをなんだと思ってんだ?

 

「心配しなくとも普通の任務だよ。まあ、それなりに風当たりは強いだろうが、少なくとも前線で戦うよりは安全だろう。ついては君を特務少佐に任ずる、連れてきた連中は君に預けるから上手くやりたまえ」

 

特務少佐というのは、言ってしまえば限定免許みたいなものだ。基本的な権限は元の階級のまんまだが、専任している部分、今回のトラヴィス中尉であれば、アグレッサー部隊としての任務においてのみ少佐相当の権限を与えられると言うものだ。正式な任官と違って、俺みたいな基地司令や艦隊司令なんかが任命出来るという使いやすさの反面、給料は元の階級と変わらないという、軍の暗黒面を垣間見ることができる制度である。ウラガンが作ってくれた名簿を見ながらそう告げたら、何やら複雑な表情になるトラヴィス中尉。いや、気持ちは解るが、流石に佐官にはねじ込めないぞ?

 

「大佐は、俺たちがまた寝返るとは思わないので?」

 

「あるいは、私を騙してダブルスパイを働くとかかね?」

 

そう言って俺は腕を組む。正直彼らの能力ならそれくらい出来るだろうが、出来るとやるには大きな乖離がある。そして彼らの現状を考えれば、その答えは明白だ。だから俺は笑いながらそれを告げる。

 

「確かに君たちの能力ならそれも可能だろう。だが、それで君たちにどんな利益がある?」

 

今の状況で連邦軍に与するにしても、彼らへのリターンはあまりにも少ない。無論法外な報酬でも用意すれば解らないが、少なくともトラヴィス中尉に関して言えば、金銭や地位より明確に優先するものがある。故にそのカードがこちらの手の内にある以上、彼が寝返るという選択肢は存在しない。そして察しの良い中尉が、連帯責任を理解できていない訳がなく、その状況で共にこちらへ身を寄せたと言う事実が全てを語っている。

 

「以前、信用するが信頼はしないと言ったね?訂正しよう、君の人となりを私は信頼している。だから君は裏切らないと私は確信する」

 

ドヤ顔で言い放つと、トラヴィス中尉は諦めた笑みを浮かべ両手を上げた。



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第百三十話:0079/12/07 マ・クベ(偽)と親子

端末に送信された大量の報告書のリストを見ながら、コンスコンは密かに溜息を吐いた。ルナツー攻略の指揮という大任を果たした後に待っていたのは、叙勲とそのままルナツーの指揮を執るようにしたためられた命令書だった。

 

「まったく、ドズル閣下も人使いが荒い」

 

ルナツーの攻略自体はさして問題にならなかった。事前に知らされていた通り援軍も無く、物資も十分でなかった連邦軍は、こちらの攻勢が本気であると見るや、早々にサイド6へ向けて撤退してしまったからだ。駐留艦隊の半数以上を取り逃がしたが、この件についてコンスコンはお咎めも無く終わっている。無理もないだろう。戦闘艦は言うまでもなく大飯喰らいであるし、弾薬は撃てば減る。既にサイド6は中立と嘯きつつ、明確にジオン側へ便宜を図っているから、たとえ受け入れたとしても満足に補給は受けられない。しかも既に同じ宙域にこちらの拠点であるペズンが控えている。念を入れて、ルナツー攻略部隊から抽出した部隊を合流させたため、艦艇の数すらほぼ互角、MSに至っては圧倒的な差を付けている。仮に逃げた連邦艦隊がルナツー奪還を目論んでも、悲劇的な結末を迎える事になるだろう。それを思い出し、少しばかり溜飲を下げたコンスコンは、再び報告書との格闘に戻る。攻略における被害は少なかったが、一方で接収したルナツーは問題が山積みだった。施設の多くは破壊されていたし、電子データも多くが削除されていただけでなく、物資も殆どは運び出され、残っていたものは丁寧に破壊されていた。極めつけは要塞内の至る所でスーパーナパームが使用されていたために空気まで持ち込む必要があった。おかげで単純に駐留できるようにするだけでも一週間近い時間が掛かった。現在は港湾区画を中心に施設の復旧を行っている。

 

「データベースの復元は思ったより順調か、だとしたらMSの製造ラインを優先して復旧させるよう指示しろ」

 

「艦艇用の生産設備の方が損傷しておりませんが?」

 

コンスコンの指示に副官がそう問い返す。拠点としての機能を取り戻すならばそちらの方が確かに効率は良い。しかしコンスコンの考えは違った。

 

「既に性能の割れている連邦艦艇よりも情報の少ないMSを裸にする方が先決だ。それに連邦が宇宙の拠点を全て失った今、艦艇の補充は優先度が低い。いずれは必要になるだろうがな」

 

「承知致しました」

 

そう言って頭を下げる副官に満足しつつ、コンスコンはふと思い出す。攻略の際に運良く鹵獲できたMSは、そろそろペズンに着いた頃だろうか?

 

 

 

 

「このレイアウトはショーンの仕事だな。相変わらず詰め込みすぎる癖は直っていないようだ」

 

装甲を取り外された最新型のジムをキャットウォークから眺めながら、テム・レイはそう呟いた。あの大佐との面会の後、翌日には助手という名の監視が付けられ、その3日後にはペズン行きのシャトルに乗せられて今に至る。ここでのテムの仕事は、主にフィールドモーター駆動式のMSに対するアドバイスと、今目の前で行われているような鹵獲した連邦製MSの分解への立ち会いだ。

 

「どうでしょう、博士?」

 

隣に並んでタブレットを操作していた助手、マーガレット・シュナイダ技術少尉がそう聞いてきた。今回送られてきた機体はルナツーで最近鹵獲された機体だと言うから、以前の機体との差異を問うているのだろう。

 

「根本的な部分は今までの機体と変わっていないな。強いて言えばアポジモーターの出力を若干上げているんだろう。フューエルラインが太くなっているし、タンクも若干だが大型化している。ジオンの新型に対抗するための措置だろうね」

 

そう言いながら視線を機体に戻せば、関節部のカバーが取り外されているところだった。

 

「フィールドモーターの方は外観上の差異は見られないな。まあ、可動部だから手が入れづらいと言うこともあるだろうが。ただ、少しずつだが性能が落ちているね」

 

テムの言葉にマーガレット少尉が驚いた表情を作る。テムとしては寧ろ気がついていないことが驚きだったが。

 

「貸してみたまえ。ほら、これが私と一緒に鹵獲された機体に使われていたものの数値、次が十月初頭に確保されたもの、そしてこれが今回のものだ、それぞれは2~3%程度の差異だが、確実に低下している」

 

「部品の個体差とは考えられませんか?」

 

「ガンダムのものならそれも考えられたがね」

 

端末を返しながら、テムは腕を組む。ジム用に準備したフィールドモーターは連邦軍の製造拠点ならば何処でも生産出来る事を念頭に置いたため、大型化と重量増加を代償に均質化がなされている。特に出力に関しては厳しく管理されており、個々の差異が0.1%以内に収められている。工業製品として見れば非常に高い精度を要求しているが、それはフィールドモーター機の宿命とも言えた。機体の中核となる流体パルスエンジンからの伝播を用いて駆動する公国軍のMSと違い、大小数十からなるモーターで駆動させる方式は、モーターの出力差が機体バランスに強く影響を及ぼしてしまう。特に不安定な二足歩行という構造を持つMSではこれが顕著な問題になってしまうのだ。OS側でかなりの部分を安定させる事が出来るのだが、それはあくまで戦闘での損傷や高負荷を想定してのことだ。納入された段階からOS側で補正しなければならないようでは、とてもではないが荒事には使えない。テム出奔後も基準が改定されていなければ、前回と今回のモーターは規格外として弾かれているはずである。それが可動機に組み込まれていたと言うことは、推察出来る状況は多くない。

 

「連邦側の工作精度が低下している?」

 

「あるいは代替材料が使われているか、基準そのものを下げてより生産性を上げたかだな」

 

だが、最早間に合わないだろう。テムは確信を持ってそう考える。公国軍が配備を進めているMS-11、ゲルググと呼ばれている機体は量産機でありながらガンダムと互角の性能を有している。無論従来機に比べれば高額ではあるが、それでも軍が量産を躊躇したガンダムに比べれば遥かに安価であるし、何より生産性も良好だ。遺憾だがガンダムの廉価版であるジムでは荷が重い。

 

(その上、この状況ではな)

 

ジオニックがゲルググと並行して開発した、フィールドモーターの技術実証機。開示された仕様書に記載されていたフィールドモーターの提供元は、あのアナハイムだった。ガンダムの製造時ですら散々に足下を見られ、ふっかけられた経験を持つテムにしてみれば、それと同等か、それ以上の性能を持つパーツを惜しげも無く彼らが供与しているという事実に、怒りよりも先に笑いが来てしまうほどだった。

 

(おかげで3号機が修復できたのは、なんとも皮肉だが)

 

ジオニックの技術実証機が完成に近づくと、性能評価の対象としてゲルググだけで無く、ガンダムも選ばれた。戦闘データの回収とハードウェアとしての学習型コンピューターの研究用としてコアファイターはジオン本国へ送られてしまったが、他の部分は2号機共々全て新品同様に修復されて、このペズンに置かれている。そこまで飛ばした思考が、今日の予定と交差したのはその時だった。

 

「そう言えば確か今日だったか?ガンダムのパイロットが着任するのは」

 

「はい、午後の1便目とのことでしたから、そろそろ司令に着任の挨拶をしているんじゃないでしょうか?」

 

「そうか、まあジオンのパイロットは優秀だからな、ガンダムも乗りこなせるだろう」

 

特に意識もせずに口にした言葉が裏切られたのは、それから2時間後のことだった。

 

 

「フラナガン研究所より出向して参りました、アムロ・レイ特務少尉です」

 

「同じく、カイ・シデン特務少尉です」

 

ガンダムの機付整備主任も兼任しているテムの前に現れた二人は、ジオンの制服を違和感なく着こなしていた。

 

「アムロ!?それに、カイ君!?どう言うことだ。研究所?それに特務少尉とは!?」

 

テムは愚鈍な人間ではない。それでも自身の想定外過ぎる事態を前に、混乱は避けられなかった。

 

「志願したんだよ、父さん。僕はやるべき事を見つけたんだ」

 

「何を、何を言っているんだ、アムロ!?」

 

「前に父さんが言っていただろう?人は宇宙を知るべきだって。今なら解るよ、人は地球から巣立つ時なんだ。だからそれを邪魔する奴は、巣立った人々を食い物にしようとする奴らは倒さなきゃならない」

 

「なに…を…」

 

それだけの言葉を発する事がテムに出来る精一杯だった。確かに以前、アムロに向かいそのような言葉を発した覚えがある。だがそれはコロニー建設という人類の英知と可能性を見せることで、閉塞した地球で未来に厭世感を持って欲しくないという、親が子供に出来る愛情表現だった。間違っても今アムロが口にしたような、コントリズムや選民思想に根ざしたものではない。

 

「カイ君」

 

横に並ぶ息子の友人へ視線を移す。何処か社会に対し斜に構えていた節のある彼も、目に確かな意思を宿らせながら口を開いた。

 

「親父さん、俺たちはね、知っちまったんですよ。偉そうに統治者だ守護者だと言っていた連中がしていたことを。あれを知ったら、もうダメだ。どんな御託を並べられても、俺たちの気持ちは変えられねえよ」

 

「何を、何を言っているんだ。アムロ、カイ君、お前達は何を知ったと言うんだ!?」

 

当然の事ではあるが、テムはEXAMの被検体となった少女の悲劇を知らない。だがその一方で、少年である彼らもまた、地球から巣立ちきる事の出来ないスペースノイドを連邦政府が如何に保護してきたかを知らない。

 

「人は宇宙でニュータイプになれる。でもそんな新しい人たちを認められない、認められないだけじゃ無く私欲のために道具にしようとする奴らがいる。その存在を認めているのが今の連邦政府だ。だから、連邦は壊さなきゃいけない」

 

アムロがそう決然と言い放ち、テムはめまいと共に今一度我が子を見る。この子は、自分の愛する息子は、いったい何を知ってしまったのだろう?

 

「大丈夫だよ、父さん。僕たちが勝って直ぐに戦争なんて終わる。そしたら母さんを迎えに行ってまた三人で暮らそう?」

 

久しぶりに見る息子の笑顔に、テムは得体の知れない恐怖を感じるのだった。



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第百三十一話:0079/12/09 マ・クベ(偽)とこれから

「これで捕虜の移送計画は一段落か」

 

一仕事を終えた気持ちになり、俺は大きく息を吐いた。オデッサ近郊に収容所を3つ作ったものの、10万人も収容したらあっさり限界を迎えたもんで、この方法じゃ無理だと悟った俺は、移民に伴って放棄された町や村を幾つか整備、町をまるごと収容施設にすることで解決することにした。え、脱走?周囲をぐるっと30メートルほどの空堀にしてあるから、出入り出来るのはゲートのある正門だけですよ?アッグは偉大なり。連日かり出されていくお嬢さん方の目は死んでいたが。後は欧州方面軍に怒鳴り込んでアナトリア半島の居留区に収容所を併設させた。輸送船の中に詰め込んどけば良いんじゃね?とか恐ろしい提案もあったが、貴重な艦艇をそんなことに使えるかと却下した。つうか、洋上に護衛も無く輸送船なんか放置してみろ、連邦空軍さんが喜んで爆撃に来てくれるぞ?あれ?もしかしてこの提案ってそういう…。うん、見なかったことにしよう。

 

「ウラガン、収容所の状況はどうか?」

 

「今のところ問題は起きておりません。ただ、監視の兵達の間で不満が出ております」

 

「それは、仕方が無いな」

 

監視を担当しているのは、欧州方面軍から借りている歩兵部隊だ。当然先の作戦に参加した部隊だから、色々と思うところもあるだろう。

 

「仕方あるまい、欧州方面軍に追加を要請しよう。ローテーションを長くして兵の休憩時間を増やす。それと本国に連絡だ、可能であれば慰問団を幾つか派遣して貰おう」

 

捕虜虐待なんかされて、下手に暴動でも起こされたらたまったものじゃない。

 

「暫くは注意しておいてくれ」

 

そう言って俺は次のファイルを開く。それはフラナガン博士からの報告書だった。先日銀髪ちゃんことフランシス・ル・ベリエさんとオデッサに戻ってきた彼は、精力的に基地に残っていた子供達のメンタルケアに努めている。ハマーン程では無いものの、それなりに素養のあった子供達の中にはEXAMにあてられて不安定になっている子も多く居るようだ。ケアについてはまったくの門外漢なので、とにかく博士が必要だと言うものは優先して取り寄せている。大体は玩具や本なので大した負担にもならんしね。報告の内容はザメルが正式に完成したことと、アデルトルートさんが装甲材について実験がしたいというもの、それから件の子供の中にシミュレーターに搭乗するのを拒絶する子が出てきたというものだった。うーん、この辺りはちゃんと話し合っておいた方が良いだろう。フランシスさんの経過も気になるし、一度様子を見に行くべきかな?

 

「一度お話に行かれては如何でしょう?」

 

俺が固まっていると、ウラガンがそんなことを言ってくる。なんだ?明日はコロニーでも降ってくるのか?冗談にならんからヤメロ。

 

「残りの案件は基地の再建状況についての報告ですから、私でも処理出来ます」

 

え、マジでどうしたの?

 

「大佐が書類仕事を続けたいと仰るなら、無理にとは言いませんが」

 

そう言われ俺は、そそくさと執務室を後にするのだった。

 

 

「はっはっは、部下に思われておりますな。良いことです」

 

「急に変わられるとそれはそれで居心地悪く感じるのですから困ったものです。どうにも私は素直でないようで」

 

そう世間話をするおっさん達の横で、アデルトルートさんは居心地悪そうにティーカップに口を付けている。その横には柔和な笑みを浮かべながら同じく優雅にカップを傾けるフランシスさんがいた。見た感じ平気っぽいけどどうなんだろう?

 

「ベリエ女史は大分加減は良いのかな?」

 

「大佐、私のことは是非フランシスとお呼び下さい。お陰様で心身共に良好です、その節は格別のご配慮を頂きまして感謝の念に堪えませんわ」

 

そう言って笑みを深めるフランシスさん。話を聞いたらこの人、中々凄絶な人生を送っておられる。お家はオーストラリアの資産家だったのだが、北米をフィアンセと旅行中にコロニー落としで両親が他界。更に避難した先がジオンに占領されたためにフィアンセと連邦の勢力圏に逃走したのだが、その途中であろうことかフィアンセが彼女の金品を奪って逃げた。どうもこの辺りからニュータイプみたいな感覚が出てきて、それで良く口論になったのが遠因だと思われる。んで、捨てられた彼女は何とか連邦の勢力圏にたどり着いたが、身分証やら何やらを全て奪われていた彼女は不審者として拘束される。そして事情聴取中にニュータイプお得意の感性全開な話をしたもんだから精神病院に収監、ニュータイプ研究していた連中に目を付けられ人体実験を施され廃人寸前まで追い込まれたようだ。

 

…思いっきりジオンの被害者じゃねえか!

 

背中に嫌な汗が流れるのを表情に出さぬよう、必死に取り繕ってカップを傾ける。そんな俺を見て益々笑顔になるフランシスさん。正直に言おう、彼女の笑顔が凄く怖い。どう返すべきか悩んでいると、先にフランシスさんが口を開いた。

 

「そんなに怯えられては傷つきますわ」

 

「無理もないでしょう、私はジオンの軍人だ。貴女の話を聞いて怯えぬ者の気が知れません。むしろ何故貴方は私に笑顔を向けられるのです?ジオンが憎くはないのですか?」

 

俺の問いに一瞬驚いた顔になった後、手に持っていたカップへ視線を落としながらフランシスさんはしゃべり出す。

 

「ジオンの方から直接そのような言葉が聞けるとは思いませんでした。…正直に申し上げれば厭う気持ちがある事は確かです。ですが私の大切なものを奪い取ったのは連邦も同じ事。ならばより多くを奪い、その事に罪悪感を覚えている方々に身を寄せた方が賢い選択だとは思いませんか?何しろ今の私は国籍すら存在しない小娘なのですから」

 

「…成程、筋の通った話です」

 

彼女はとても聡明で理知的な人物だ。故に自身の環境を理解し、俺たちにこう言ってくれている。許さない、けれど贖罪の機会を与えてやると。もしこれが許しの言葉だったなら、俺は彼女への疑心を捨てられなかっただろう。全てを奪われて、奪った相手を憎まない人など居ないのだから。

 

「承知しました、フランシス女史。貴女の要望に最大限応えられるよう配慮します。さしあたって何か希望はありますか?」

 

俺がそう聞けば、彼女は少し首をかしげた後、とんでもねえ事を言ってきた。

 

「では、MSの操縦資格を取りたいのでシミュレーターの使用許可をください」

 

「…博士?」

 

思わず半眼になってフラナガン博士の方へ視線を向ければ、気まずそうに視線をそらして博士は口を開いた。

 

「その、ジオン国籍を得るにはどうすれば良いかと相談されまして…。手っ取り早いのが私の研究機関に軍関係者として所属させる事だったものですから」

 

「博士を責めないであげて下さい、大佐。私の希望を聞いて下さっただけなのですから。それにこんな時代ですもの、技術を身につけていた方が良いでしょう?」

 

そう笑う彼女に俺は溜息で降参の意思を示した。

 

 

 

 

「あーっと、フランシスさんのお話も済んだみたいですし、私の方もいいですかね?」

 

微妙な雰囲気となった場を壊すように口を開いたのは、アデルトルート・フラナガンだった。この種の沈黙は長引けば長引くだけ空気が悪くなる。故に少しばかりはしたないとは思いつつも、彼女は空気の読めない風を装って自分の案件へと皆の意識を誘導する。

 

「ああ、そうだな。アデルトルート女史、確か装甲材についての検証試験がしたいとの事だったが?」

 

意図を直ぐ察したのだろう、大佐が直ぐに話へ食いつく。

 

「名目は装甲としたのですが、正確に言えば構造材についての実験になります」

 

「続けてくれ」

 

「現在公国のMSはほぼ全てが超硬スチールを採用しています。開戦前の鉱物資源の供給状況であれば最も無難な選択ですが、それが最適でない事は明らかです」

 

アデルトルートの言葉にマ大佐は腕を組んで視線を下げた。先の作戦で確保された連邦軍側のサンプルはほぼ全てがチタン合金製であった。当然それを知らない訳ではないだろうから、アデルトルートが続けるであろう言葉への疑問を整理しているのだろう。

 

「確かに連邦製のMSはチタン合金製だったな。だがアデルトルート少尉、言っては何だがチタン合金は高額だし、生産量も少ない。元々航空機産業の需要から大量生産していた連邦のようには行かんと思うのだが?」

 

「大佐の仰るとおりです。ですが、それを踏まえましても今から研究を進めることが重要だと考えます」

 

断言するアデルトルートに興味を引かれたのか、大佐は無言で続きを促した。

 

「連邦、そして我が軍でもビーム兵器の普及が進んでいます。今後もこの傾向が変わらないのであれば、現行のような装甲は意味をなさなくなります。そうなればMSの防御手段は回避に重点を置いたものになるでしょう。その場合、超硬スチールは構造材として適していません」

 

体積当たりの強度において超硬スチールにチタン合金はやや劣り、ルナチタニウム合金はやや上回る性能を持つ。問題はルナチタニウムやチタン合金が、超硬スチールの凡そ半分の重量と言うことだ。当然軽ければ軽いだけ駆動系への負担は減るし、推進剤の消費も少なくなる。そして何よりアデルトルートが確信しているのが、今後のMSの進歩の方向についてだ。

 

「ゴッグに採用されていますインナーフレーム構造。今後間違いなくMSの構造はあれが主流となるでしょう。そうなればルナチタニウムの需要は確実に高まります」

 

実は注目されていないのだが、インナーフレーム構造はモノコックよりも遥かに広い可動域を有しているし、装甲を着せる構造である事から、追加のスラスターやアポジモーターを増設するのも容易だ。この特性は機体の運動性を確保する上で非常に大きなアドバンテージとなる。問題は内部容積を確保するためには高強度の構造材が必須であり、そのフレームが機体の重量において大きな比重を占めていることである。

 

「既存のルナチタニウムと比較して、同程度の強度でより生産性に富んだ合金。更に強度の向上を図る合金の二種類を作り出したいと考えております」

 

そう言い切ると、静かに聞いていた大佐は人の悪そうな笑みを浮かべ、懐から端末を取り出した。

 

「非常に興味深い内容だった、アデルトルート女史」

 

言いながら端末を操作した後、アデルトルートへと差し出してきた。

 

「好きな数字を書きなさい。君が必要とする分は私が用意しよう」

 

確実に大事になっていると心のどこかが叫んでいるが、アデルトルートは目の前の誘惑に勝てなかった。



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第百三十二話:0079/12/09 マ・クベ(偽)と新兵

「アンネローゼ・ローゼンハイン曹長です!部隊着任の挨拶に参りました!」

 

「アルバート・ベル伍長です。同じく部隊着任の挨拶に参りました」

 

そう言って最敬礼をする子供達を前に、思わず俺は顔を顰めてしまう。そんな俺の脇腹を横に居たガデム少佐が肘でつついた。

 

「うん、当基地の司令を任されているマ・クベだ。挨拶ご苦労、諸君の働きに期待する」

 

「「はっ!」」

 

うん、元気良いな。割とおいちゃんの気分は最悪だが。

 

「まあ、楽にしたまえ。そんなに力を入れていては体が持たんぞ?既に体感済みとは思うが、地球環境は我々にとってまったく優しくない。まずはしっかりと体を慣らすところからだ。少佐、大尉」

 

「「はい」」

 

声を掛けると、これまたかしこまった顔でガデムの爺様とダグ大尉が一歩前に出る。こうしていると真面目で実直な士官に見えるな。

 

「紹介しよう。君たちの上官になるガデム少佐とダグ大尉だ、何かあったら彼らを頼りたまえ。幸い欧州方面は小康状態となっている、焦らずに出来る事を増やせ。ではダグ大尉、後を頼む」

 

「承知致しました!」

 

そう敬礼するダグ大尉に連れられて2人は退出する。それを見送った後、俺は憚ること無く溜息を吐いた。

 

「あんまり溜息ばかり吐いていると幸運が逃げるぞ?」

 

そうからかってくるガデム少佐だが、その顔は俺と同じく曇っていた。その顔から視線を逸らすように、俺は机に置かれた端末に映されたプロフィールをもう一度見る。

 

「アンネローゼ曹長にアルバート伍長。それぞれ16と15か、ジオン軍はいつの間にかジュニアハイになったようだね?」

 

「ルウムの後、志願年齢を15まで引き下げたからな。そろそろ出てくるとは思ったが、こんな重力戦線にまで配属されるとは」

 

志願年齢引き下げ後も、実際には18歳未満は書類で落とされるのが暗黙のルールだった。これは別に彼らを思ってのことでは無く、単純にコストの問題だ。肉体も精神も未成熟な彼らを一人前にするのには時間も金も掛かる。加えて能力の低さが露骨に死傷数に表れる軍にとって、彼らに数合わせ以上を期待することは難しい。だったら兵隊にするより、銃後で国家に尽くしてくれた方が幾らか生産的であると言うのが大多数の意見だったが。

 

「事前の適性検査で最優、訓練中の成績も悪くない。速成ではあるが、カリキュラムもかなり考えられている…ね。例の少年が悪い追い風になったな」

 

アムロ少年の件はプロパガンダに使われたが、思っていた方向と違う層に受けてしまった。端的に言えば、連邦も未成年を戦場に送っているのだから、優良種であるジオン国民に同じ事が出来ないはずはない、むしろ今こそ愛国心を示す時だ!みたいな事を街宣していやがる極右団体とかである。人事部にもシンパが居るのか、送られてきているプロフィールは実に美辞麗句で埋め尽くされているが、どうにも胡散臭い。いや、俺が受けていたパイロット課程より実機搭乗時間とか、シミュレーター搭乗時間は大幅に増えているけど、その分軍隊教育とかごっそり減っているのだ。おかげでMSを動かすのは幾分マシだが、それ以上はまったく期待出来ない。正直これならフラナガン博士に調べて貰っているEXAMの行動データでもAI化して突っ込んだ方が人死にが出ない分マシではなかろうか?

 

「とは言え、正式に軍人として来てしまったなら否応はない。すまんがよろしく頼むよ、少佐」

 

「良いのか?鍛えるにしても突貫になるぞ?」

 

良くはないな。

 

「やらんよりはマシだろう。最低限少佐が戦闘に耐えうると確信できるまでは基地で訓練だ」

 

俺の言葉に、何故か悪い笑みを浮かべるガデム少佐。なんぞ?

 

「俺が使えると判断するまで、ね。承知したよ大佐」

 

そう言って出て行く爺様を俺は見送る。なんとなく意見に食い違いがある気もするが、実際に指揮をする者の考えの方が優先されるべきだろう。少佐なら悪いようにはしないという確信と共に、俺は書類仕事を再開した。

 

 

 

 

「では、暫くは実機の配備は保留でありますか?」

 

執務室を出て、兵舎へ向かう途中に再び合流したダグ・シュナイド大尉と今日やってきた新人について話しながらガデムは足を進める。

 

「うん、正直お前さん達の所への補充だから、もう少し経験のある奴が来ると思ったんだがな。どうにも我が軍の台所事情は思っていたより随分と寒いものらしい。半端に数だけ合わせても被害が拡大するだけだろう」

 

「それは同意しますが。そうなりますと、動けるのは4小隊になります。実質的には戦力は半減したと言って差し支えないでしょう」

 

先の作戦で突入してきた無人機との戦いで、元マルコシアスのメンバーは実に10名が重傷を負い本国に後送されている。人的資源の喪失もそうだが、何より歯抜けになった小隊を再編したために、以前に比べ小隊内の連携が大幅に低下しているのだ。

 

「だからさ、今更新人が2人増えたところで半端な1小隊が増えるだけだ。ならば無理せず充足するまでは練度の回復に努めるべきだろう。この調子なら追加の補充兵もどんなのが来るか解ったものじゃない。ならベテラン組と新人組で分けてしまった方が戦力として勘定がしやすいだろう」

 

尤も、人員の追加については確約が無いのだが。

 

「最悪、後送した連中が再配属されるかもしれんな」

 

「あいつらがですか?部下に向けて言う台詞ではないとは思いますが、厳しいのでは?」

 

本国に後送された隊員は、先の作戦で重度の負傷――端的に言えば四肢の欠損――をした連中だ。当然MSの操縦には支障が出るし、機体を放棄した際にも大きな負担となる事は明白だ。故に負傷した兵の大半は後方の事務職などに回されれば良い方で、最悪僅かな傷病年金と共に軍を去る事になる。だが、そう懸念を示すダグ大尉にガデムは頭を振って答えた。

 

「それが最近事情が変わったらしいぞ?ほれ、うちの基地に博士が居るだろう?彼の医療機関でどうも新型の義肢が開発されたそうでな。サイコ…何だったかな?まあとにかく既存のものとは比べられん程思い通りになるそうだ。首都防衛隊の方で試験運用しているそうだが中々好評のようだぞ?」

 

首都防衛大隊は負傷兵の再配属先として編成された部隊だ。負傷兵の中でも戦功著しく、軍として閑職に回したり、軍から放り出すには外聞が悪い者達が集められた、所謂慰労部隊である。規模は事務方を含めて800名ほどで、MSも大隊定数を確保している。義肢のデータ収集という点において、非常に都合の良い存在だ。

 

「そう、ですか」

 

僅かに嫌悪の含む声を返すダグ大尉にガデムはどう声を掛けるべきか悩んだ。責任感の強い彼のことだ、負傷した部下達が仮初であっても四肢を取り戻せることに喜び、即座にその原因を自分の指揮だと認識し自己嫌悪したのだろう。加えて年若い彼らに消えない傷を負わせても、なお戦場へ駆り立てる事に憤っているのだ。

 

(本人の評価通りだな、指揮官には向いとらん)

 

指揮官にはある意味冷徹な思考も必要となる。部隊を生かすために誰かを犠牲にする、損害を最小化するために助けられない相手を切り捨てる。そんな人として嫌悪すべき判断であっても、指揮官は戦力維持の為には下す必要があるのだ。そしてその判断において、自身を最初に切り捨てる対象としては断じてならない。何故なら指揮官とは部隊の頭脳であり、意思決定権を持つ唯一の存在だからだ。故に手足は頭脳を守る為に使用されるべきであり、頭脳は最後まで彼らを十全に導く義務を持つ。そこには厳格な価値の差があり、命は平等であるというヒューマニズムは紙切れほどの意味も無い。それが頭で理解できても、ダグ大尉はいざその場面に直面したのなら、真っ先に自分を犠牲にする。ガデムは確信を持ってそう判断する。何しろルウム以前の見知った、今は話すことすら出来ない戦友達の多くが同じ顔をしていたからだ。

 

「難しいだろうがあまり気に病むな、大尉。あの戦闘では誰が死んでもおかしく無かった。それでもお前さんの教え子達は全員生き残ったんだ。損害ばかりに目を向けるのは精神にも良くないぞ?」

 

無論、この程度の言葉でどうにかなるのなら、最初から思い悩むことはない。だが一方で誰かが肯定してやらなければ、致命的なタイミングでやらかしてくれる危険がある。故にガデムは言葉を続ける。

 

「言えた義理じゃ無いんだが、お前さんももう少し大人になれ。いつまでも子離れ出来ないのは問題だぞ」

 

「…はい、少佐」

 

(こりゃ、若い連中より難物かもしれん)

 

ガデムは密かに溜息を吐き、予定を修正する。当初は新人達をダグ大尉に見させる予定だったが、これ以上彼に子供を増やすべきでは無いと判断した。

 

(特に今回は本当に子供だからな)

 

彼らが危機に陥ったなら、彼は自分が死んででも2人を助けるだろう。だが新兵2人を生かすために、ダグ大尉ほどのベテランを犠牲にしていたらとてもでは無いが帳尻が合わないのだ。

 

「大尉には今いる連中を掌握してもらう、とりあえず元の練度まで戻せ。新人の方はワシが見ておこう、幸い時間もあるようだしな」

 

言いながらガデムは大佐の言葉を思い出す。彼はガデムが実戦に堪えうると確信するまで新兵を鍛えろと言った、しかも明確な期間を指定せずにだ。つまりそれは、新兵を戦場に出す判断をガデムに一任したに等しい。そして彼らが配備されたのは、よりによってオデッサの守備隊なのだ。当然求められる基準は、理不尽なものとなる。

 

「さしあたって、アッグの嬢ちゃん達と模擬戦だな。あの辺りに勝てんでは話にならん」

 

順調に染まった結果、自身の判断基準がおかしな事になっていることを自覚せずにガデムはそう呟く。それを見たダグ大尉が何か言いたげな表情をしたのだが、彼の内心はついぞ言葉として表れなかった。



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第百三十三話:0079/12/15 マ・クベ(偽)と怨恨

大変不本意な事であるが、エイミー・パーシングは鈍感であるとの評価を受けることが往々にしてある。エイミーからしてみれば、寧ろ何故迂遠な表現や態度を用いねばならないのか甚だ疑問であり、故に彼女の行動は自身の感情に極めて忠実だ。

 

「…悩ましい」

 

「あら、どうされたのです?パーシング少尉」

 

食堂の入り口でエイミーが唸っていると、後ろから声を掛けてきたのは先日基地に――正確にはフラナガン医療センターオデッサ支局に――配属されたフランシス・ル・ベリエ伍長だった。エイミーは振り返ると眉間のしわを崩さず、しかし最低限の礼節は守るべく口を開く。

 

「こんにちは、ベリエ伍長。伍長もこれから食事ですか?」

 

「申し訳ありません、少尉。その、わたくしは伍長ですから、敬語など使って頂かなくても結構ですわ」

 

困り顔でそう返してくる伍長に、若干首をかしげながらエイミーは続ける。

 

「でも、伍長の方が年上ですし。それに何というかこう、丁寧に話さなきゃいけないオーラを感じると言うか…」

 

「そう言えば何か悩まれていたようですが?」

 

これ以上の問答の無駄を悟った伍長はそう話題を戻す。エイミーも直ぐに思考を戻し、悩んでいた内容を口にした。

 

「今日のデザート、クレープとタルトなんですよ。どっちにしようかと」

 

クレープは以前出たときに食べていて、大変美味だったことを記憶している。一方でタルトはオ・プラリーヌという新メニューだ。ここで問題なのが新メニューが全てローテーションに組み込まれるわけでは無いという事だ。人気が無くて外される場合が多いが、一方で材料の入手が難しく、再登場の機会を失うものもある。つまり一期一会になる可能性が高いが、ハズレの場合も存在するのだ。安定を取るか、リスクを負っても挑戦するか。割とどうでも良いことをエイミーは真剣に悩んでいた。

 

「…プラリーヌはアーモンドに砂糖を絡めたものを使ったお菓子ですね。タルトですと出しているお店によってプラリーヌの使い方が違うことがあります」

 

なんと言うことだろう、エイミーは衝撃を受ける。つまりこの機会を逃した場合、ローテーションに組み込まれなければ、二度と味わえないと言うことではないか。

 

「ぬう…、ここはタルト…。いや、しかし」

 

思い悩むエイミーを救ったのは、見かねた伍長の一言だった。

 

「少尉が宜しければ、食事をご一緒させて頂きますが?」

 

思わぬ福音に、衆人環視の中でありながら、伍長の手を握って感謝の言葉を述べたのは無理からぬ事であった。

 

 

「ベリエ伍長はもう基地に慣れましたか?」

 

半分に分けられたタルトへスプーンを入れつつ、エイミーは恩人たる伍長へ問いかけた。

 

「ええ、良くして頂いています。正直もう少し拒絶されるかと思っていましたが」

 

想定外の言葉にエイミーは首をかしげる。確かに彼女は元連邦の被検体という、非常にデリケートな出自を持っている。けれどそれはフラナガン博士の施設に居る他の子供達も同様であるし、何よりその経緯は同情こそすれ、嫌悪や拒絶につながるとは考えもしなかったからだ。故にエイミーはその疑問をそのまま口にする。

 

「拒絶…ですか?」

 

漏れ出た言葉にベリエ伍長は得心したらしく、苦笑しながらエイミーの疑問に答える。

 

「お忘れでしょうか。私は貴方達が敵と呼んだ特権階級のアースノイドだった人間なのですよ?スペースノイドを搾取し惰眠を貪る憎むべき相手、それが私達への評価だったと思いましたが」

 

その言葉にエイミーは顔を顰めてしまう。それは間違いなくジオン、否スペースノイドに巣くう根源的な忌避感であろう。まさかその当人に指摘されるとは思わなかったが。

 

「そうですね。憎悪が無いと言えば嘘になります。でもそれは、もう口にする資格が無い事を私は学びました」

 

もし彼女と出会ったのが地球降下直後であったら、もっと言ってしまえば、オデッサを知らぬまま出会っていたなら。そんなもしもを想像すると、エイミーは表情を曇らせた。あの頃のままの自分であったなら、彼女の境遇を聞きどう感じただろう?…きっと当然の報いを受けたアースノイドの1人として、その境遇を嗤ったに違いない。

 

「私は、アースノイドが憎かった。私達にとって当たり前で無い事を、当然の権利として享受する貴方達が憎かった。だから軍に入ったし、独立戦争に身を投じる事もしました」

 

だが、しかし。

 

「憎悪で武器を取り、相手から武力で奪うことを是とした瞬間、私は貴方達を糾弾する権利を失ったのです。それはだって、私達がされた事をやり返したのですから」

 

同様の手段をとった、ならばそれは相手と同じ立場になったと言うことだ。ならば最早、その事で恨み言を言う資格など、ジオンには存在しない。

 

「…大佐の受け売りですけどね。でもこの基地に来て、大佐の言葉を聞いて良かったと今では思っています。あのまま戦い続けていたら、私は人ではなくなっていたでしょうから」

 

奪うことを厭わず、虐げる事に疑問を持たない。それが、それこそが、私達が憎んだ敵の姿だったではないか。きっとそんな戦いを続けていれば、自分はとても醜い何かになっていたことだろう。

 

「だから、私は貴女を恨めません。多分、この基地に居る皆は同じ気持ちなんじゃないでしょうか」

 

そう口にすると、フランシス伍長は寂しそうに笑った。

 

「酷い人達ですね。この上私から恨む相手すら奪っていくなんて。でも、そうですね。私は自分の当然が、誰かの犠牲の上に成立していると知っていて然るべきだった。それを怠ったのですから、貴女の言うとおり、恨むのは筋違いなのでしょう。…それにしても」

 

そう続けるフランシス伍長の言葉にエイミーは耳を傾ける。

 

「少尉達の意識を変えてしまったのは大佐の言葉ですか。確かに不思議な殿方でしたね。あの方はどんな未来を思っているのかしら」

 

「それなら知っていますよ」

 

フランシス伍長の言葉に、得意げな表情でエイミーが口を開く。

 

「次の戦争が来ない未来です!」

 

 

 

 

『ロ、ローゼ!左!』

 

『嘘!?なんでそっちに!?』

 

息抜きにシミュレーターに来てみたら、何やら楽しそうな事をやっていらっしゃる。見ている連中の顔は思いっきり顰めっ面だが。

 

「やあ、ニアーライト少佐。随分面白い取り合わせだな」

 

ガデム少佐にダグ大尉、それにニアーライト少佐とエリオラ大尉、おまけにトラヴィス中尉にマルコシアスの面々だけでなくお嬢様隊も全員集合とか、一体何が始まるんです?

 

「真面目に仕事してる部下に言う台詞じゃないわよ、大佐。新顔がゲルググ使うって言うから、どの位乗れているか確認してるんじゃないの」

 

そう言って半眼になるニアーライト少佐。そういやゲルググの陸戦運用のマニュアル作成させてたっけ。そんで新人がちゃんと出来てるか確認してると。皆仕事熱心だなぁ、遊びに来てる俺が悪い子みたいじゃないか、これはいかん。

 

「それで、どんな具合だね?」

 

遊びに来たのをおくびにも出さず、しれっと話に交じってみる。部下の能力把握も指揮官の務めだからね!只聞いているだけの実に簡単なお仕事です。

 

「まあダメよね」

 

そう言ってモニターへ視線を向けるニアーライト少佐に倣って、俺もそちらへ視線を向ける。モニターには二機のゲルググが市街地で何故かザクに翻弄されている所が映されていた。うん、あの動きはミリセント少尉だな。

 

「遮蔽物が多い場所ではセンサーを有効に使うためにホバーの使用を抑えること。確かにそう書いたわよ?でも使うななんて書いてないし、何より状況を考えなさいよ…」

 

見れば、遮蔽物を盾に動き回るミリセント少尉のザクに対し、新兵2人のゲルググはホバーを切り、グランドセンサーで慎重に位置を特定しようとしている。問題は、MSに搭載出来るセンサーはそこまで高性能ではないので、高速で動き回られると特定に時間が掛かる上、僚機の音が入るとノイズで更に時間が延びる。なので極力動かない事を選んでいる2人は、圧倒的に優位な機体と数にもかかわらず、敵に機先を取られ続けるという愉快な状況に陥っている。

 

「マニュアル、もうちょっと詳細に書く必要がありそうね」

 

「そうだな、敵戦力の判定と併せて細分化してやればもう少しマシになるかもしれんな。まあ、真面目にマニュアルを実行できるだけ有望だろう」

 

「まあ、相手が悪いっていうのもあるしね」

 

見れば、ミリセント少尉は完全に視界が途切れるタイミングでスラスターを併用した横方向へのジャンプを駆使して、新兵組のセンサー予測位置から大幅にずれた所に現れたり、逆に一瞬だけ吹かした後、敢えてその場で止まって位置を欺瞞したりと完全に2人を翻弄している。ああ、あの手、最初のハンデ戦で良く使ったわ。

 

「そう言えば、他の対戦相手は?」

 

俺がそう聞くと、エリオラ大尉が困った顔で答えてくれた。

 

「2対2ですと片方に気が取られているうちに狙撃で片付いてしまいますから、1対2のハンデ戦です」

 

後で増長しないよう、大佐が相手をしてあげて下さい。そんなことを言う大尉に無言で頷く事で、俺はシミュレーターで遊ぶ大義名分を手にしたのだった。




Q:お嬢様達は何故アッグを使わなかったのか?

A:ゲンザブロウが悲しむから。


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第百三十四話:0079/12/16 マ・クベ(偽)と目標

『目標への命中を確認、全スケジュール終了です。お疲れ様でした、中佐』

 

「はいよ、お疲れ」

 

終了を告げる言葉に、シーマ・ガラハウ中佐は気負い無く応え、自機をハンガーへと向かわせた。開いたままの通信からは、なじみとなったタカミ中尉の声が引き続き発せられている。技術部にもMSを扱えるものは居るのだが、こと新装備や試作機になるとシーマへ良く声が掛かる。

 

『どうです中佐、新型ライフルは?』

 

「威力と装弾数を増やすのは良いんだけどねえ、これじゃ重すぎるしでかすぎる。標準装備にするにゃ少々不満だね」

 

ゲルググの配備と共に進められているビーム兵器の標準化であるが、量産して配れば終わりとは行かなかった。連邦側のエネルギーCAP技術を入手したことで早期配備が叶ったものの、装弾数の少なさは継戦能力に直結する問題であるため、不満の声も大きい。事実、シーマを含む海兵隊の面々はMMP-79を好んで使用している。

 

『冷却ジャケットなんかを外して軽量化はしているんですけどねぇ。あまり弄りすぎてもウェイトバランスが悪くなるし、困りました』

 

「サイズもだよ。こうでかくちゃ市街地じゃ碌に取り回せない、90ミリとまでは言わないけれど、せめて120ミリくらいまでは小さくならないもんかね?」

 

『一応ショートバレル化すれば可能ですね。ただその場合収束率が最低でも20%程低下しますから、威力も射程も同程度に下がると考えて下さい』

 

「上手くはいかないねぇ」

 

『なのでゲルググはキャノンパックを標準化出来ないか検討中みたいですね。コストを考えなければ悪くない案だと思います』

 

ドムD型において採用されたジェネレーター接続式のビームキャノン付バックパックは手直しを加えられゲルググにも選択装備として採用されている。だが補助ジェネレーターを含むこの装備は、有用であるが機体コスト高騰の観点から採用時に選択式にせざるを得ないと言うのがジオンの台所事情だ。しかし、宇宙での決定的優勢が確保された現在、宇宙攻撃軍へも振り分けられていたリソースが地球方面軍へ移っている。結果として地球方面軍限定ではあるものの、全てのゲルググをキャノンパック装備にすると言う案が本気で検討されているのだ。

 

「お大尽だねぇ。まあ、貧乏に悩まされるよりはずっと良い。中尉、実戦での運用データも欲しいのだろう?2~3丁見繕ってウチの方へ回しておくれ」

 

『いいんですか?』

 

厳しい評価を受けただけにそれを運用させる事に抵抗があるのだろう。申し訳なさげに問うてくるタカミ中尉にシーマは笑いながら答えた。

 

「多分もう欧州じゃ碌なデータは取れないからね。MS相手のデータまで欲しいとなれば、ウチ以外じゃ無理だろう」

 

その意味する所を正確に酌んだタカミ中尉が思わず息を呑んだことに気がついたシーマは、益々笑みを深めて言い放つ。

 

「中尉、これは私の勘だけどねぇ、この戦争はもう長くないよ?」

 

 

 

 

「報告は読んだ。戦力の集結は予定通りのようだな?」

 

「はい、総帥。既に南米への橋頭堡を構築、攻略はスケジュール通り進行中です」

 

「結構なことだ。だがガルマ、解っているな?」

 

送られてきた資料から目をそらさずにそうギレンは口にする。その様子にガルマ大佐は一瞬顔を強ばらせるが、次の瞬間には変わらぬ声で返事をする。

 

「…はい、適当なところで降伏勧告を行います。交渉相手まで吹き飛ばしてしまっては、停戦交渉もままなりませんから」

 

「…宜しい。セシリア、ここからは弟と話をしたい」

 

「承知しました」

 

ギレンがそう告げると、秘書官は一礼し部屋を出る。タイミングを同じくしてガルマ大佐の副官も退出を促されていた。2人が部屋から出てたっぷりと一呼吸を終えると、ギレンは素早くパネルを操作し、待機していたチャンネルを接続する。

 

「おや、随分とお早い。もう少し紅茶が楽しめるかと思っていたのですが」

 

「こうして全員が顔を合わせるのも久しぶりだな。どうだガルマ、困っていることはないか?」

 

モニターに映し出される弟と妹の顔を見て気が抜けたのか、ギレンは深々とため息を吐いた。それを見てガルマ大佐は苦笑を浮かべる。

 

「お疲れ様です、兄さん」

 

「全くだ、議会の連中どもめ欲をかきおって。このままひと思いに連邦を潰せだと?中央という統制を失った存在がどれほど厄介か連中は知らんのか?」

 

同意するように眉を寄せたキシリア少将がカップから口を離してしゃべり出す。

 

「少々薬が効きすぎましたね、その最後の一手こそ最大の難関だというのに」

 

「1号機はやはり使えないのか?兄貴?」

 

ドズル中将の問いに、ギレンは忌々しげに答えた。

 

「駄目だな、内部機構まで溶融が進んでいて造り直した方が早いそうだ。一応4号機が7割程まで完成しているから、作戦期間中に3機目を投入することはギリギリ可能だろう、ビグ・ザムの方はどうなっている?」

 

「おう、今ソロモンで分解中だ。運用人員も含めて19日には地上に降ろせる。だがアプサラスの代わりにはならんだろう」

 

「だろうな」

 

そう言ってギレンは資料に映し出された地図を睨む。その意図を理解したキシリア少将が腕を組みながら口を開く。

 

「結局ジャブローの正確な位置は特定できませんでしたからな。となればジャブロー攻略は南米をしらみつぶしにとなります。掛かる戦費は考えたくもありませんね」

 

「軌道上からの質量攻撃も封じられている以上、地表の迎撃施設すら無力化するのは困難だ。そして仮に出来たとしても敵は地下に逃げ込めるからな、迎撃戦力が無傷のままでこちらと相対することが出来るわけだ」

 

「おまけにこちらは遠征軍。正直、コロンビアまでの兵站維持でも悲鳴を上げています、さらにその先は文字通りのジャングルと大河に阻まれるとなれば、最早能力を完全に超えています」

 

疲れた顔でガルマ大佐が追随する。対ジオン戦を前提に建設されたジャブローは、元より軌道上からの攻撃を前提として建設された拠点である。その想定は、地球上の全ての拠点が壊滅したとしても残存、反撃を行えると言うもので、極めて高度に完結した機能を有している。それは軍事的な生産設備に留まらず、コロニー建設において蓄えられたノウハウを存分に活かしたアーコロジーとしての機能も有しており、ある意味でジャブローは地球地下に建設されたコロニーのような存在であった。故に他の拠点と連絡する大幹線を有しておらず、それがジオンの兵站を苦しめる要因となっていた。

 

「海路は駄目なのか?」

 

ドズル中将の質問にガルマ大佐は首を振る。

 

「今の海軍では輸送船団の護衛など夢のまた夢ですよ、兄さん。我が軍の海軍は名前こそ一人前ですが、規模は地球方面軍の支援部隊が良いところです。第一碌な空母どころか水上艦艇も無い組織で連邦の勢力圏に挑むなんて、自殺行為以外の何ものでもありません」

 

つまりジャブローを本気で攻略しようとするならば、膨大な時間と莫大な物資、そして人的資源を湯水のように消費する必要があるという事になる。そしてその見返りは、連邦軍司令本部を叩き潰してやったという自己満足だけだ。しかも未だ各地には連邦軍の勢力が残存している。中央の統制を失った後、これらの戦力が素直にこちらに従うと考えるほど、ギレン達は楽観的ではなかった。

 

「連邦軍本部を攻略したとなれば、我々は戦争に勝利したことになるだろう。だがその後だ、連邦政府を潰した場合、各地の連邦軍がどのように動くか。正直想像したくない」

 

顔色を悪くしながら、ギレンはため息を吐く。

 

「まあ、間違いなくゲリラ化するだろうな。そして戦争が終われば疎開していたアースノイドも帰還を望むだろう。つまり俺達は一大決戦をやらかして疲弊した軍で、その後の非正規戦を戦う必要があるわけだ」

 

断定するドズル中将の言葉を引き継いだのはキシリア少将だった。

 

「それどころか戦後となれば復興を優先したいのが人情でしょう。予算が有限である以上、当然どこかがその分削られます」

 

その先が額面上の役目を終えた軍である事は間違いなく、その意味を正確に理解したドズル中将は盛大に顔を顰める。看板が軍から反乱勢力に掛け替えられても、中身の能力は変わらない。それを相手に予算も人も減らされては、手足を縛って戦えと言われているようなものだ。

 

「しかもその場合、我々は終戦協定を結ぶ相手が居ない訳ですから、彼らを止める方法は事実上武力制圧以外無くなります」

 

ガルマ大佐が暗い顔でそう付け加える。連邦政府を潰したその瞬間、彼らへ戦闘停止を命じられる上位者が存在しなくなることを意味する。そうなれば彼らが降伏するまで――場合によっては一兵残らず――戦争を続けなければならない事になる。

 

「無理だな。一年二年ならまだしも、だらだらと何年も連邦相手に喧嘩を続けられるような体力は我が国には無い」

 

そう結論付け、ギレンは場の総意としてガルマ大佐へ命じた。

 

「現行の連邦政府の存続は我が国にとって必須事項だ。我が国の独立と利権が侵されない範囲ならば後は譲歩して構わん。出来るな、ガルマ?」




ザビ家家族会議回、独裁国家はこれだから怖い。


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第百三十五話:0079/12/19 マ・クベ(偽)と子供

吹き抜ける乾いた風にアンネローゼ・ローゼンハイン曹長は思わず顔を顰めた。12月の風は冷たく持久走で火照った体には心地よいが、如何せんオデッサの風は多分に砂埃を含んでいる。おかげで髪も顔も砂だらけ、学生時代の友人が見たら間違いなく引くだろう。

 

「思ってたのと、違う!」

 

重力戦線にありながら総司令部直轄の軍事拠点であり、軍事的要衝、集められた兵士は一騎当千の兵で、与えられる装備も最新鋭。ブートキャンプの同期達の間でも、オデッサへの配属はステータスとして語られていて、配属が発表された時には2人とも羨望と嫉妬交じりの視線と激励で送り出されたものだ。

 

「ロ、ローゼ、寝てると、不味いよ」

 

辛うじて気合いだけで立っている。全身からその様子がありありと見て取れるアルバート・ベル伍長がそう忠告してくるが、残念ながら聞き入れられるだけの体力がアンネローゼには残っていなかった。

 

「アル、ごめん、むり」

 

パイロットスーツに小銃、サバイバルポーチという、歩兵からすれば散歩にでも行くような軽装であっても、慣れない人間にしてみれば思いのほか負担になる。特にパイロットの速成課程では、このような持久走は大幅に短縮されていて、フル装備で走った経験などほんの数時間ほどだ。すでにアンネローゼの腕は悲鳴を上げていて、その職務を放棄して久しい。

 

「おう、今日もお疲れだな、がきんちょ共!ところでそりゃ何の冗談だ?」

 

そう言って絶妙なタイミングで声を掛けて来たのは教官の1人を務めている伍長だった。服装こそ野戦服を着崩したラフなものだが、その肉体が戦士として鍛えられたものであることは服の上からでも良く解る。そんな肉体的にも上下関係的にも勝ち目の無い人間に笑っていない目で問いかけられたなら、精神の未熟な2人が萎縮して言葉を発せないのも無理からぬことだった。だがこの場合、沈黙はさらなる悲劇の引き金にしかならない。

 

「どうした?俺は、それが、何の冗談かと聞いているんだが?」

 

そう言って伍長が指さす先には、アンネローゼが放り出した小銃が土埃にまみれていた。今更ながら己の犯した致命的失敗に気付き、彼女は声にならない悲鳴を上げるが、最早裁定は覆らない。目だけが笑っていない笑顔で伍長が小銃へと近づいて、無造作に拾い上げる。

 

「どうやらおこちゃまにはまだ銃は早すぎたみたいだな。あーあー、こんなに汚しちまって…、コイツは俺が掃除しておいてやる。そうだな、だいたい2時間くらいかかるかな?」

 

その言葉にアルバート伍長が目を見開く、渡されている小銃はジオン軍の一般的なものであり、新兵の訓練にも使われる物だ。ジオンの軍人ならまず間違いなく全員が触ったことのある銃で、整備に1時間も掛ければ教官から拳が飛んできても文句が言えないとまで言われるほどメンテナンス性も良い。つまり伍長が発した2時間という数字は。

 

「予定が狂った分訓練は延長だ。2時間後に点呼を取るから、それまで訓練を継続するように。ほら、走れ!」

 

倒れていたアンネローゼも無理矢理立たされると、背中を殴られるような勢いで叩かれ、のろのろと歩き始める。そして彼女は不満をぶちまけるように叫んだ。

 

「思ってたのと、違う!」

 

 

その後たっぷりと3時間走った2人は、疲労を隠せないまま食堂で突っ伏していた。食べなければ体が持たない、だが食べる気力がわかない。ブートキャンプに比べたら遥かに質の良い食事を恨めしげに眺めながら、アンネローゼは弱々しい声で恨み言を呟く。

 

「…なんで銃を持って走らなきゃいけないのよ?私達パイロットでしょう?」

 

「お願いだからそれ、教官の前で言わないでね?ローゼ」

 

連帯責任という麗しい友情により、同じく体力を根こそぎ奪われたアルバート伍長が半眼になりながらそう注意を促してきた。

 

「シミュレーターですら触らせて貰えるのは1日に1回、それもたったの1時間!機体なんて受領すらしてないのよ!?これじゃ訓練校と変わらない、ううん!実機に触れただけあっちの方がマシじゃない!」

 

「ローゼお願い、抑えて!?」

 

ピークは過ぎているために食堂は閑散としているが、決して人が居ないわけではない。無論指導教官の3人が居ないことは確認済みのアルバート伍長だが、彼らがどのような人間関係を持っているかなど解らない以上、この発言が耳に入らない保証は無い。そうでなくても基地に着任したての新兵が自身の待遇に不満を叫んでいるなど、他者に悪い心証を与えることは間違いない。疲れた体に鞭を打ってアルバート伍長がアンネローゼの口を塞ごうと身を乗り出すと同時、2人の隣に複数人の兵士が近づいてきた。

不満を漏らしていたことを注意されるのだろうか?また一緒に叱責されるであろうアルバート伍長に心の中で謝罪しながら、近づいてきた兵士達へアンネローゼは顔を向ける。そこにはここ数日シミュレーターの相手をしてくれている少尉達が困った顔で立っていた。

 

「そんなの食べられないでしょう」

 

メンバーの一番前に居たジュリア・レイバーグ少尉がそう言って夕食のプレートを退かし、代わりにスポーツドリンクのボトルとゼリー状の補給食を置いた。

 

「とりあえず水分と電解質、そんで砂糖の補給!慣れるまではどうせ食べても戻しちゃうから、こっちの方が体力維持出来るよ!」

 

そう言いながら当たり前のようにアンネローゼの横にフェイス・スモーレット少尉が座り、自身も取り出したスポーツドリンクを飲み始める。それに倣うように他の面々も席に着いた。

 

「あ、あの。有り難う、ございます。少尉殿」

 

「気にしなくて良いわ、懐かしい台詞も聴けたしね」

 

そうすました顔でセルマ・シェーレ少尉が言うと、怪訝な顔でアルバート伍長が問い返した。

 

「懐かしい台詞?」

 

「ほら、言っていたじゃない。パイロットなのに何で銃を持って~って」

 

「セルマ!?それにフェイス少尉も!」

 

面白そうにフェイス少尉が諳んじると、慌てた様子でジュリア少尉が止めに入る。そして頬を赤らめながら咳払いをすると、真面目な表情でアンネローゼ達に向き直る。

 

「アンネローゼ曹長、MSの部品で最も換えが利かないパーツが何か解りますか?」

 

アンネローゼは愚図ではない。故に少尉が言わんとしている答えも察することが出来た。

 

「パイロット、ですか?」

 

アンネローゼの答えに満足したジュリア少尉は顔を綻ばせながら口を開く。

 

「なんだ、解っているではないですか」

 

そう言うと満足げに椅子に座り直し、自身もスポーツドリンクに口をつけ始める。それを横で見ていたミノル・アヤセ少尉が、付け足すように口を開いた。

 

「地球は宇宙と違う。片足が吹き飛べばMSは簡単に行動不能になる。私達はパイロット、生きて帰るのは義務。あの訓練はその為のもの」

 

「私達は多くの人に支えられ、教えられ、莫大な時間と費用を費やされてMSに乗るわ。そんなパイロットがたかだか一回の撃墜で簡単に死んでは申し訳が立たないでしょう?」

 

柔やかにそう続けるアリス・ノックス少尉の言葉に、アンネローゼは沈黙せざるを得なかった。祖国のために戦いたいと願った、その為なら戦場で散る覚悟もしてきた。だが彼女達は言う。そんなのは覚悟などではない、甘っちょろい自己陶酔だと。本当にするべき覚悟とは、どんなにみっともなくとも、泥にまみれようとも生き抜いて戦い続けることを言うのだと。

 

「まあ、私達もここで教えて貰ったんだけどね。トップ少尉達が言ってたよ?私達よりずっと優秀で助かるって」

 

苦笑しながらそう告げるフェイス少尉に、思わず2人は驚きの表情を浮かべる。ここ数日日替わりで訓練の相手を務めて貰っている少尉達の技量は、自分達など足下にも及ばない。そんな彼女達より自分達が優秀だなどと言われても何の冗談だと困惑するだけだ。

 

「信じられないという顔ですね、ですが事実ですよ。着任当時、つまり半年ちょっと前まで私達は4キロも走れない小娘だったんですから」

 

それも装備も何もない状態で。そう笑うミリセント・エヴァンス少尉の表情に偽りは見て取れない。アンネローゼは思わず絶句してしまう。何しろ2人は初日からパイロットの携行装備一式を身につけて40キロ近くを走っているからだ。

 

「そんな私達ですら、ここまで来られた。なら貴方達ならもっと上へ行ける。だから腐らずやると良いわ、ここでは無駄な事なんて何一つないのだから」

 

 

 

 

飛び去っていくケープタウンとリリー・マルレーンを窓から眺めながら、俺はゆっくりと息を吐いた。

 

「なんとか、間に合ったな」

 

まったく、エルランももうちょっと解りやすくデータを渡してくれたら良かったのに。おかげでジャブローの位置が判明するのがギリギリになっちゃったじゃ無いか。

当初トラヴィス中尉達に確認したんだけどそれらしい情報は無かった、だからてっきり入手出来ていないと思っていたのだが。

 

「MSの行動ログに隠すとはね」

 

投降してきたMS部隊の機体のログ内に周辺マップとして分割して隠されていた。おかげで気付くのが遅れてしまったが、幸いまだ侵攻は始まっていないから、データを提供すればガルマ様が上手くやってくれるだろう。本当は俺も行こうとしたのだが、ギレン総帥直々に止められては否応ない。

 

「貴様には万一に備えて貰う必要がある。それにガルマにも乳離れをさせねばならん」

 

「乳離れですか、些か過酷な巣立ちになりそうですが」

 

そう俺が言うと不敵な笑みを浮かべるギレン総帥。

 

「兵にとって過酷な戦場だろう。だが指揮官にしてみればそうでもあるまい?」

 

確かに相手が完全な籠城を決め込んで居る以上、余程のことが無い限り後方は安全だ。問題はそれにガルマ様が耐えられるかだが。俺の懸念に笑みを消し、真面目な顔でギレン総帥が続けて口を開く。

 

「あれもザビ家の男だ。何より貴様が鍛えたのだ、少しは信用しても罰は当たらんだろう?」

 

「はっ、申し訳ありません」

 

俺が謝罪すると、再び笑みを作りギレン総帥はとんでもねえことを言ってくる。

 

「良い。降伏させる所まではガルマの仕事だが、その後の交渉には貴様も働いて貰う、上手く纏めて見せろ」

 

オイオイオイ、冗談だろう?

 

「恐れながら閣下、私は南極での停戦交渉を纏められませんでしたが?」

 

「知っている。だから今度は失敗するな、以上だ」

 

良い笑顔で無茶ぶりをするギレン総帥。俺は表情が抜け落ちるのを自覚しながら黙って頭を下げたのだった。




ジャブロー攻略にマ・クベの席ねぇーから!


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第百三十六話:0079/12/22 マ・クベ(偽)と攻略

警備艇から連続して発射される魚雷が水面を叩くと、間を置かず巨大な水柱が上がる。暗闇を濁ったあかね色が僅かに照らし、収まると同時に探査を再開したソナー手が喜色を浮かべつつ叫んだ。

 

「駆動音消失!ざまあ見ろジオンの一つ目野郎が!」

 

コロンビアの前線にジオンの戦力が集結しつつあり、そんな報告から僅か3日と経たずにアマゾン川流域は激戦区になっていた。ジオンの水中型MSが連日押し寄せ、警備に当たっていた沿岸部隊は連日全力出撃を繰り返している。今し方魚雷を撃ち込んだ821号艇も今日二度目の出撃であり、既に魚雷を撃ち尽くしていた。

 

「ジオンの奴ら底なしかよ、後から後から湧いて来やがる」

 

「今だけさ、この3日で何機仕留めたよ?」

 

「だな、今頃連中損害の多さに顔を青くしているだろうさ」

 

その言葉には確かな自信が見て取れた。事実821号艇だけでも既に2機を撃沈しており、警備隊全体で見れば40近い数になる。正しく大戦果と言える数字であり、彼らの言葉も無理からぬことだった。

 

「よし、一度補給に戻る。各員警戒を怠るな!」

 

艇長の言葉と共に艇は闇を裂いて基地へと帰還した。

 

 

 

 

「…行ったみたいです」

 

「鼻の悪い番犬だな」

 

警備艇が去った後、僅かな間を置いて近くの水面が盛り上がった。濃緑色のまだら模様に塗装されたアッガイが頭部だけを水面に出しせわしなく周囲を確認する。

 

「敵影無し、パッシブにも反応ありません」

 

「よし、上陸だ」

 

言葉と共に3機のアッガイが次々と上陸を開始する。それぞれの機体は思い思いの追加装備を施しており、一目で重武装である事が見てとれた。

 

「それにしても楽勝過ぎて変な気分だぜ、そう思いませんか?赤っパナ隊長?」

 

「ノルト軍曹、お前は腕は良いが態度が最悪だ。少しはベルデ伍長を見習え」

 

ため息を吐きながらアカハナ少尉はそう年若い部下を窘める。無論それが軍曹なりの親愛の表現であると理解しているからこその発言ではあるが。

 

「さて、2日も我慢したからな、今日は存分にお返しと行こう。ここからはランで行くぞ」

 

「「了解」」

 

アカハナの言葉と共に滑るように3機は動き出す。静粛性の高いアッガイとは言え、12mを超える巨体が殆ど音も出さずに動く様は、パイロット達の確かな技量によって実現されていた。機体を動かしながらアカハナは改めて部下2人に作戦を説明する。

 

「繰り返すが、俺達の仕事は本命の攻略部隊のための掃除だ。明朝0600までに哨戒艇とその拠点を潰す。その後は可能な限り周囲の防衛拠点を破壊して撤退だ」

 

「最優先は哨戒艇ですよね」

 

ベルデ伍長の言葉にアカハナは頷いて応える。

 

「そうだ、攻略部隊の使っているゴッグやズゴックはアッガイほど隠蔽能力が高くない。しかも大所帯で動き回るからな」

 

勿論水雷対策も行っているし、双方とも純戦闘用であるためアッガイより高い防御力を誇っている。哨戒艇から発射される魚雷では損傷はしても撃破には至らないだろう。だが問題は、哨戒艇はノルト軍曹の称した通り、この河川における番犬でしかないと言うことだ。それらが吠えれば、今度は厄介な番人の相手をする必要が出てくる。いくら水陸両用とは言え、上陸中や回避しにくい河川内で攻撃されては損害を覚悟しなければならない。

 

「破壊工作に陽動、攪乱。ここは連中のお膝元だ、確実にMSも出てくる。適切に対処しろ」

 

「無茶言ってくれるぜ」

 

そうぼやくノルト軍曹にアカハナは笑いながら告げる。

 

「なんだ、ノルト知らんのか?コイツのテストパイロットは、あのオデッサのMS小隊相手に単機で勝利しているぞ?それも追加装備の無い状態でだ。それに比べたら連邦のMS程度、俺達でもやってやれん事はないさ」

 

 

 

 

「真っ赤なおっ鼻のー…」

 

「ご機嫌だな大佐?」

 

虚ろな目でクリスマスソングをヘビロしていたら皮肉を言われたでゴザル。もうすぐクリスマスだというのに俺はこんな所で何をやって居るんだろう?戦争ですねワカリマス。…いかん、灰色の社会人時代が長すぎてこの時期はどうも精神が暗黒面に堕ちるな。ウラガンの淹れてくれた元気の出る紅茶を口にして気分のリセットを試みる。

 

「ガルマ様の作戦は順調のようだな。こうもなるといっそ敵の司令官達が哀れなほどだ」

 

余剰していたフロッガーユニットやグフをあるだけ送ってくれと言われたときは、強襲揚陸でもかますのかとびびったが。

 

「確か、潜入部隊の欺瞞に使っているんだったか?」

 

ガデム少佐の言葉に頷いて返す。

 

「ああ、おかげでアマゾン川流域は完全にこちらの勢力圏だよ。既に1個大隊分のアッガイが展開、周辺施設を荒らし回っているそうだ」

 

中には敵MS部隊と交戦、これを撃破した隊も居るという。殺意高い連中である。

 

「それで、お前さんは何の悪巧みをしているんだ?」

 

何その評価。

 

「失敬な、基地司令としての職務を全うしているだけだよ」

 

具体的にはガルマ様から要請のあった物資の供給だろ?後、欧州方面軍がブリテン島邪魔だって言うから空爆の準備だろ?どうせだからベルファストも落としちゃおうぜ!とか鳥の巣頭が言うから潜水艦隊の準備だろ?もう、なんて言うかここ数日ひたすら物資と弾薬用意して味方に叩き付けるマシーンと化してますわ。お嬢様部隊とのシミュレーターが唯一の癒やしである。

 

「全うね、まあいいさ。シーマ中佐もデメジエールも居ないんだ、あまり根を詰めてくれるな?お前さんに倒れられると仕事が増えてかなわん」

 

「普段から受け持ってくれても一向に構わんよ?」

 

「そういうのは他を当たれ、わしは新兵の面倒を見るのに忙しいからな」

 

そう言うとさっさと出て行ってしまうガデムの爺様。あの人本当に書類仕事嫌いだよなぁ。俺もだけど。

 

「失礼します、大佐。キシリア少将から通信が入っております」

 

ガデム少佐を見送って再びサインをするだけのマシーンになっていたら、珍しい連絡が入った。総司令部に放り出されてから全然接点無かったけど、どうしたんだろう?

 

「久しぶりだな、大佐。元気なようで何よりだ」

 

「はっ、キシリア閣下もお変わりないようで」

 

何だろう、こんな時どんな返事するのが正解なの?

 

「ああ、やんちゃな誰かがいなくなったおかげで突撃機動軍も落ち着いているよ、その分面白みは無いが。今日は貴様の部下を借り受けたくて連絡をした」

 

「私の部下…ですか?」

 

まあ、ウチは元々突撃機動軍から移籍したようなもんだからな、引っ張りたい人材も居るだろう。出来ればイネス大尉やエリオラ大尉、エイミー少尉あたりは勘弁して欲しい。あの辺りの事務スキル持ちが居なくなると、俺かウラガンのどっちかが確実に死ぬ。

 

「そうだ、貴様の所に居るエディタ・ヴェルネル中尉をこちらに送って欲しい。正確に言えばペズンへだが」

 

「エディタ中尉でありますか?」

 

予想外の人物の名前に俺は思わず聞き返す。中尉はザメル改のパイロットで先の作戦でもハマーンとコンビを組んで多大な戦果を出している。そんな彼女だから教導部隊にでも引き抜きたいのかと思ったが、それだとペズンに行かせる事に繋がらない。内心首をかしげていると、察したのだろうキシリア様が、何気ない口調で話し始めた。

 

「現在、突撃機動軍隷下でニュータイプ部隊の編成が進んでいる」

 

おっと、いきなりぶっ込んできましたよ。

 

「か、閣下、それは私が聞いても良いお話でしょうか?」

 

「良い、フラナガンと懇意にしている貴様のことだ、凡そ理解しているのだろう?」

 

答えられずに沈黙していると、楽しそうに続けるキシリア様。

 

「今次大戦には間に合わんだろうが、戦後彼らの存在は我が軍の象徴となるだろう。ついてはその部隊で運用予定の装備の試験に彼女を借りたい。パートナーの方は既に承知済みだ」

 

つまり、本命はハマーンの方と言うわけか。これは良い機会かもしれない。ペズンならサイド6も近いからマレーネ女史とも会いやすいだろうし、何より地上より遥かに安全だ。オデッサが襲撃される事は無いとは思うが、地上である以上絶対は無い。はっきり言ってどっかの馬鹿がICBMを使わないなんて保証は無いのだ。おのれ髭爺、悪しき前例を作りやがって。

 

「そう言うことでしたら、私は問題ありません。中尉も快く引き受けてくれるでしょう。しかし、ニュータイプ用の兵器ですか」

 

まだジオングは出来てないだろうから、順当にエルメスだろうか?真っ白なエルメスとか、ちょっとステキじゃないか。

 

「ああ、グラナダで製作していたMAでな。そうだ、ついでだから貴様の意見も聞いてみたい、データを送ろう」

 

え?

 

「サイコミュ兵器によるオールレンジ攻撃を主眼に置いた機体だ。名前をブラウ・ブロと言う」

 

ドヤ顔でジオンのお家芸たるビックリドッキリメカの資料を送って下さるキシリア様。とてつもなく面倒な事に首を突っ込んでしまった事を自覚し、俺はこっそりと溜息を吐いた。これ、絶対奴がらみだ。




ビックリドッキリメカには奴の影。


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第百三十七話:0079/12/22 マ・クベ(偽)とブラウ・ブロ

「さて、やるか…」

 

仕事を終えて普段ならシミュレーター室へ向かっている時間だが、未だ俺は執務机に向かっていた。先ほどの通信の後、本当に送られてきたブラウ・ブロの資料について確認するためである。

技術部に丸投げしようかとも思ったが、一応名指しされた以上、頭に入れておく必要があるだろう。そもそもあれは実験機の筈だから、実戦配備するのに修正が加えられているかもしれないし。

 

「なんて思っていた事も有りました」

 

記載されている内容は大凡俺の知識と合致していた。分離機構、有線式メガ粒子砲、鈍重な本体を強力なスラスターで強引に駆動。うん、ブラウ・ブロだね。

 

「コンセプトが野心的に過ぎるだろう」

 

サイコミュを使用したオールレンジ攻撃の概念実証機、それは解る。パイロットが貴重だから脱出機構で生存性を確保したのも納得だ。ただ、動作チェックをするだけで良いはずのオールドタイプによる操作機能を態々サブコックピットにしたのは何でかと問いたいし、分離後の独立行動機能を加えた理由もわからん。ついでに言えば、脱出用のブロックである中央部に搭載されたメガ粒子砲。これ、分離後サイコミュユニットが切り離されるから固定砲としてしか使えない上、ジェネレーターも大幅に出力が落ちるから、数発撃つと射撃不能になる。

 

「そもそも、何故脱出ユニットに武装を付ける!?」

 

前世において、富士の総合火力演習を見学した際の事だ。演習後の展示場で偵察ヘリを間近で見る機会があったのだが、その時不思議に思い隊員の方へ質問したことがある。

 

「何故、戦闘ヘリのようにチェーンガンやバルカンで武装しないのか?」

 

同機にはハードポイントがあり、対空ミサイルを搭載出来ることを知っていたため、余計疑問に思ったためであったが、隊員の方の説明は実に納得できるものだった。

 

「偵察機は生きて帰り、情報を届けるのが最も重要な任務です。ところが、人間は心理的に逃げ回る事に強いストレスを感じます。だから戦う手段があると、逃げるより相手を排除しようという方向に思考が向いてしまうのです。だから最初から戦う装備を持たせないのです、そうしたら逃げる以外の選択肢が無いでしょう?」

 

至言である。そしてその方の意見が正しいのなら、脱出ユニットに武装を施すなど論外だ。そんなことをするくらいなら少しでも機体を軽くして、1秒でも早く逃げ出せるよう工夫するべきだ。

 

「ついでに言えばパイロットを逃がさねばならない状況だというのに、分離した他のブロックに継戦能力を付与してどうする?捨て駒にでもする気か?」

 

原作だと確か、他のブロックが破壊された後、生き残っていた右ブロックだけ逃げたんだっけ?実際の運用だとコアモジュール以外に人乗らんのだから、完全に無用な機能だろう。ちょっとやりたいことを詰め込みすぎだ。実験機ならばいいが、これを実戦投入するのは問題だろう。俺は通信機のボタンを押し、イネス大尉を呼び出した。

 

「すまない、本国のネヴィル大佐と話がしたいのだが連絡は付くだろうか?」

 

 

 

 

ネヴィルはここの所気分が良かった。先のルナツー攻略戦において彼が主導したMA、ビグ・ザムが多大な戦果を上げ、更にジャブロー攻略へ投入されることが決まったからである。既に機体は現地に届けられ現在組み立て中とのことであるから、早晩ジャブローはビグ・ザムによって陥落するだろう。自伝に書くべき内容が増えてしまったな、などと考えながら、部下の提出してきた図面のチェックをしていると、通信担当の職員から声を掛けられた。

 

「大佐、オデッサのマ・クベ大佐より通信が入っております」

 

「大佐から?解った、直ぐに出よう」

 

通りかかった部下に通信室へ紅茶を持ってくるように伝えると、ネヴィルは足早に通信室へと入る。チャンネルを繋げば、そこには久しぶりに見る陰気な男が映っていた。

 

「お忙しいところ申し訳ありません、ネヴィル大佐」

 

「いえいえ、他でもないマ大佐の話となれば最優先で聞く必要があるでしょう。今日はどのような御用向きですかな?」

 

何時もとは違う態度に、ネヴィルは気を引き締める。目の前の男は良き同僚ではあるが、同時に油断ならない宿敵でもある。しおらしい態度もこちらの油断を誘う手かもしれない。

 

「実は、ネヴィル大佐に折り入ってお願いがありまして。ブラウ・ブロはご存じですか?」

 

「ええ、存じています。アレが何か?」

 

身に覚えのある名前が出たことで、ネヴィルは訝しげに聞き返した。知っているも何も、ブラウ・ブロの開発チームを統括していたのはネヴィルだ。キシリア・ザビ少将の提唱するニュータイプ部隊が運用することを目的とした、サイコミュ主体の機動兵器。ブラウ・ブロはそのテスト機だ。

 

「ご存じなら話は早い。早急に機体の回収並びに改善を…」

 

「待って頂きたいマ大佐、一体何の話ですかな?回収?それに改善とは?」

 

製造した試作機2機は、それぞれグラナダとペズンでテストをしているが、現地からトラブルの報告は来ていない。第一あれはあくまでサイコミュ兵器のデータ収集を目的としたテスト機で、本命は別にある。そちらも既に1号機はほぼ完成していて、後はパイロットに合わせて機材の調整をするだけだ。かみ合わない会話にネヴィルが待ったを掛けると、同じく察したのであろうマ大佐は、事の発端を端的に説明してきた。

 

「実はあの機体が実戦部隊に配備されるようなのです」

 

「馬鹿な!そんな決定を一体誰が…!」

 

そう言いかけて直ぐにネヴィルは下手人に思い至った。当初2機ともグラナダで試験をするはずであった所を、追加の指示でペズンへ送り出した男。そもそもネヴィルにそんな指示が出せる人物は多くない。

 

(アアールゥベェルトォ!!あの、日和見の昼行灯がぁ!!)

 

事の真相は調べてみれば実に単純だった。ジャブローの攻略が開始され、戦争の終結が現実味を帯びた現在、総司令部内にニュータイプ部隊の創設を強く主張する者達が居た。曰く、ジオニズムの体現者であるニュータイプを陣営に参加させることは、宇宙移民に対する格好の宣伝材料になる他、そうした者達を差配できる立場にジオン軍を置くことで、自らが優良種であることの証明となる。と言うのが彼らの主張である。本当のジオニストに聞かれれば殴りかかられても文句の言えない主張であるが、少なくとも彼らは大真面目にそれを本気で言っている。当初はそれほどでも無かったのだが、ここ1ヶ月ほどは特に精力的に活動していた。ブラウ・ブロや本命となるニュータイプ専用機、エルメスの開発についても彼らから非常に強力な支援があったこともネヴィルは記憶している。彼らはどうしても今大戦中に部隊を創設したいのだろう。なぜなら戦争が終われば確実に大規模な軍縮が行われる。そうなれば部隊の新設など話にもならないだろう。そうなってしまえば、彼らの手からニュータイプ部隊設立の立役者、という功績がこぼれ落ちることになる。それを避けるために部隊としての様式、つまりは人員と装備が揃っている事にして無理矢理部隊を発足させようというのだ。つまりブラウ・ブロは本命が揃わないが故に、間に合わせとして部隊に配備されたのだ。

 

「ああ、つまり?その崇高な使命に燃えたジオン軍人どもの功績の為に間に合わせで送られた機体だと?」

 

「…ここの所、開発本部へかなりの資金や物資が融通されていましたからな。その辺りを交渉材料にシャハト少将を口説いたのでしょう」

 

黙り込み、両手で顔を覆うマ大佐を見て、ネヴィルは自身も奥歯を強く噛みしめた。彼は自信家であり、自身の手がけた装備に問題があるとは一切考えていないが、それはあくまで、彼が想定した運用を行っている範疇での事だ。車を作ったのに、水中を走らせようとしたら止まった、問題だと騒がれても困るのである。何より、自身の作品が誤った使い方で不当な評価を受けるのは我慢ならなかった。故にネヴィルの思惑と、マ大佐の考えは目的は違えど方向は一致する。

 

「ブラウ・ブロは試作機です。故に実戦で運用するとすれば、性能不足は否めません。これらを解決するためには幾らかの時間が必要でしょう」

 

「ネヴィル大佐の仰る通りかと」

 

こちらの意図を理解したのだろう。マ大佐が妖しく目を輝かせながら追認してきた。

 

「幸い、開発に携わっていた者達は手が空いております。機体をグラナダに持ち帰るのは難しいですから、ペズンに彼らに向かって貰い、現地改修というのは如何だろうか?」

 

「名案かと。どの位の期間が掛かるでしょうか?」

 

白々しい問いに、ネヴィルも平然と言ってのける。

 

「さて?あれはあくまでテスト機ですからな、実戦に耐えうるだけの改修となると、かなり手を入れる必要があるでしょう」

 

現地改修という名目ならば、機体は当該部隊の預かりとなる。これならば体裁上は部隊を名乗る事が出来るだろう。当然改修中の機体を使用させるつもりはネヴィルには毛頭無い。

 

「成程、そうなると随分時間が掛かりそうだ…。それこそ、本命の機体が間に合う程度には」

 

「ええ、連中は不満かもしれませんが仕方がありません。技術者として、要求水準に達していない機体を渡すわけには行きませんからな?…ああ、そうです。どうせですからマ大佐の所見も今のうちにお聞かせ願えますかな?前線での経験の長い大佐のご意見なら反映しない訳にも行きませんからな?」

 

ネヴィルの言葉の意味を正しく察した大佐が頬をゆがめた。

 

「そうですか、では、遠慮無く。まず気になるのは武装の少なさです。特に主砲を切り離した後、本体が丸腰なのは問題だと考えます」

 

その言葉に、ネヴィルは黙って頷いた。事実それは開発部でも問題視されており、後継機であるエルメスでは母機に主砲が追加されている。尤もこれは、有線式よりも更に武装を喪失する可能性が高い無線式であることも鑑みての決定だが。

 

「特にこの機体のような大型機であれば、近接防御火器の装備は必須と言えるでしょう。運動性が低い事も考慮すれば、狙って当てることは難しいですから面で相手を押さえ込む装備が理想的です」

 

「散弾、あるいは濃密な弾幕を形成できるだけの火砲が必要だと?」

 

「はい、欲を言えばそれすらくぐり抜けて来る敵機を想定した装備も欲しい。例えば、全身をカバーできるアームなどで取り付かれても掴んで投げ飛ばせる、そんな物があると良い」

 

「アームですか」

 

「引き剥がせれば何でも構いませんが、使用回数に制限がない方が理想的ですね。また、連邦軍はビーム攪乱幕を多用します。これに対抗するためにビーム兵器以外の武装もあると心強い。逆に防御面ではこちらも対ビームを想定した機構が必須であると考えます」

 

「道理ですな、両軍共にMSですらビーム兵器を有して居る以上、対策は必要でしょう。ただそうなると機体容積が不足する公算が高い」

 

顎に手をやり考え込むネヴィルにマ大佐は笑いながら答える。

 

「現状で既にでかいのです、今更多少大きくなったところで大した差は無いでしょう。ならばいっそ、サイズには拘らず必要な装備を積むべきです」

 

事実、現在のブラウ・ブロは格納出来る艦艇が無く、自力で航行するか曳航されるかで移動している。ならばマ大佐の言うとおり、サイズに拘る必要は薄く感じられた。

 

「そうなると運動性は諦めることになりそうですな?」

 

「元々あのサイズに回避を要求するのがおかしいのです。それならばいっそ装甲とIフィールドあたりで耐える構造にした方が現実的だ。私からはこんな所です。如何でしょうネヴィル大佐?」

 

そう言って微笑むマ大佐に、ネヴィルはゆっくりと紅茶を一口飲んで答えた。

 

「大変貴重なご意見でした。全て仰る通り…、などと大言は吐きませんが、可能な限りご希望に沿えるよう努力しましょう」

 

言いつつ、ネヴィルの頭は激しく今後のスケジュールを組み立てていた。今回の意見はブラウ・ブロだけで無く、エルメスにもある程度反映させる必要があるだろう。既に機体が出来上がっている1号機はブラウ・ブロと同じく現地改修とするにして、2号機以降は出来れば設計段階から手を加えたい。

 

(やれやれ、容易では無いことだが、致し方あるまいな)

 

残りの紅茶を楽しみながら、ネヴィルはそう不敵に笑う。さあ、今日も祖国に貢献だ。書くべき自伝の項目がまた増えてしまうがそれも仕方が無いことだ。ジオンの明日はネヴィルの双肩に掛かっているのだから。




引っ越しのため暫く更新不能となります。


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第百三十八話:0079/12/30 マ・クベ(偽)とベルファスト

ただいま。


ジャブロー攻略が開始されて既に10日が経過した。前線では弾薬が湯水のごとく消費されているが、戦況は芳しくない。

 

「ガウを止められたのが痛いようだな」

 

1回目の空爆でいきなり本拠地上空を狙ったのは失敗だった。おかげでこちらがジャブローの位置を掴んでいる事を知られてしまい、防空システムが全力稼動してしまっている。2回目の空爆に参加したガウは実に半数が未帰還だそうだ。20機近いガウの喪失とか正直ゲボ吐きたくなる損害の報告書を読みながら、追加の弾薬とギャロップの派遣にサインをした。おかげでオデッサの砲兵部隊は文字通り空っぽである。

 

「大佐、欧州方面軍司令部より報告書が届いております」

 

「有り難う、大尉」

 

内容はまったく有り難く無いんだけどね。

 

「ユーリ少将はオデッサを魔法のポケットか何かと勘違いしているんじゃないか?」

 

俺は溜息を吐きながらガデム少佐を呼び出す。通信機が数回コールした後、画面いっぱいに汗だくの爺様が映し出された。正直目の保養にはならんな。

 

「どうした大佐?わしは今忙しいぞ?」

 

「知っているよ。そして残念な知らせだ、少佐。今からもっと忙しくなる。守備隊で動かせるMS部隊はあるかね?」

 

「どの程度必要だ?」

 

「空挺経験があって最低でも1個中隊だ。機種は問わん」

 

まあ、このリクエストに合致しているのは連中だけなんだけどね。爺様もその辺りは心得たもので凄く嫌そうな顔をしてくれる。

 

「解ってて言っとるだろう?そんなのここじゃマルコシアスしかおらんわ」

 

シーマ中佐が居れば良かったんだけどねぇ。彼女達は今ジャブローへ遠足中だ。一昨日連絡が来て全員無事で元気にやっているらしい。出発の少し前にゲルググに乗り換えたから心配だったが、流石海兵隊である。ちなみに砲兵が足りないからダブデ送ってくれとか言われた。無茶言うな。

 

「なら彼らに訓練の中止と出撃準備に入るよう言ってくれ。欧州方面軍司令部からの要請でな、ベルファストを孤立させるために後方の基地を強襲して欲しいそうだ」

 

自分達で何とかして欲しいものだが、残念な事に彼らの手持ちの特殊部隊は全てジャブローへ送られている。それにオデッサ基地に与えられた任務は欧州方面軍の支援なので、要請されたら余程のことでない限り断れない。おのれ鳥の巣頭め。

 

「新入りの方は使えんから1個中隊だ、後はウルフ・ガーくらいか?」

 

「ああ、後は義勇兵が使える筈だ。…自分で言っておいて何だが、凄い取り合わせだな」

 

普通に聞いただけならとてもではないが一つの部隊として動けるとは思えん。

 

「まあ、連中なら問題あるまい。義勇兵はトラヴィス特務少佐の小隊だろう?あいつらならどの部隊とも上手くやるさ」

 

「少佐がそう言ってくれるなら大丈夫だな、では彼らにも出撃の準備をさせてくれ」

 

「構わんがガウが足りんぞ?ファットアンクルを使うのか?」

 

何せジャブロー攻略で整備中だった機体以外全部持ってかれたからな。残っているガウは2機、爆弾倉とドップの運用能力を排して搭載能力を向上させたタイプだが、それでも積めるのは6機だ。ファットアンクルも悪い機体ではないが、敵地へ空挺降下を行うには性能が足りていない。

 

「なに、もっと便利な物があるさ。今回はそちらを使う」

 

しかし訳ありの部隊に員数外の装備とか、末期感半端ないな。

 

「ガルマ様を批難するわけではないが、早くジャブローを落として貰いたい物だな」

 

そして俺を書類の山から解放して下さい。割とマジに。

 

 

 

 

「まさかこっちに来てまでコイツの世話になるとはなぁ…。エドワード伍長、いけるか?」

 

「レイアウトが少し古いですがOSのバージョンは最新ですし、整備はしっかり出来てます。問題ありませんよ!」

 

インカムから聞こえてくる伍長の返事に満足しながら、トラヴィス・カークランド特務少佐は目の前の機体を見上げた。スカイグレーに塗られたミデア輸送機の翼と機首横にはジオン軍のエンブレムがしっかりとマーキングされており、その所属を宣言している。聞いたところによると、マ・クベ大佐がその利便性に着目しオデッサ作戦で放棄された連邦の機体を鹵獲、再生したらしい。

 

「小回りの利く空挺用の機体として申し分ない」

 

ジオンの使用しているファットアンクルも性能的には同程度だが、あちらは旧型のガウと同様に機体前面のハッチから降下するため、降下時に機体速度を制限する必要があった。また、揚力を大型のローターに依存しているため被弾に弱く、お世辞にも空挺降下に向いた機体とは言いがたかった。一方でMSを直立状態で搭載出来る立体的な格納庫は運搬時の自由度が高く、オデッサでは専ら救難用や緊急展開可能なMSのメンテナンスベースとして小改造が施されて運用されている。

 

「どうせなら機体も乗り慣れた奴を使わせてくれりゃ良いのによ」

 

そうぼやいたのは転換に苦労しているマーヴィン少尉だった。元々重装甲な分、運動性の低いガンキャノンに搭乗していた彼は、一転して高速機動を主眼とするゲルググの運動性を扱いきれず苦慮しているのだ。

 

「俺は逆に安心できたがね」

 

ミデアへ積み込むリストを確認しながらトラヴィスはマーヴィン少尉の愚痴に応える。

 

「どう言うことだ?」

 

訝しげに首をひねるマーヴィン少尉に、苦笑いを浮かべながらトラヴィスは持論を披露した。

 

「ジオン製のMSを回すって事は、少なくとも生きて帰ってきたときにしっかりと補給も整備もしてくれる気があるってことさ」

 

そもそもMSと一括りに呼称しているが、連邦とジオンでは機体の駆動方式がまったく違う。このため装甲ならばともかく、機体の内部まで損傷した場合、トラヴィス達が亡命の際に持ち込んだ連邦製MSはほぼ修理が出来なくなる。各種データの収集を終えているから、これらの機体には既に技術的価値はなく、戦場で失われてもまったく問題ない。ならばこれらの機体で出撃させられた場合、文字通り使い潰れるまで戦うことになるだろう。

 

「ぞっとしない話だぜ、整備も補給も満足に受けられていない機体で出撃するなんざな」

 

「同感だ、その意味じゃあの大佐は良い上官だな。少なくとも俺が十全に戦えるよう準備をしてくれるわけだからな」

 

「フレッド軍曹、調整は終わったのか?」

 

割り当てられた格納庫から出てくるフレッド軍曹にそう聞き返す。部隊の中で最も連邦への執着が薄かった事もあり、オデッサへ最初に馴染んだのはこのフレッド・リーバー軍曹だった。MSの慣熟についても同様で、ゲルググを既に乗りこなしている。

 

「ああ、ピクシー程じゃないが中々ご機嫌な機体だよ」

 

フレッド軍曹へ与えられている機体は接近戦を重視した構成だ。腕部に90ミリマシンガンを内蔵し、高機動用のバックパックを追加、更にヒートソード用のラックが増設されている。これは、ビームサーベルと異なり、エネルギー伝達が不能になっても戦えるようにと軍曹自身がリクエストした結果だ。

 

「要望には直ぐ応えてくれるし、俺の好みも尊重してくれる。口ばかり出すだけで役にも立たん無能よりはよっぽど良いな」

 

様々な理由で集められた元グレイヴの私兵部隊はその大半が所謂冤罪だったが、スレイヴ・レイス隊のドリス・ブラント曹長とフレッド・リーバー軍曹は間違いなく罪を犯した側である。特に軍曹は上官殺しという極刑に値する罪を犯しているが、その事についてトラヴィスは彼の言動から、やむを得ぬ理由があったのだろうと推察している。フレッド軍曹の経歴や、問題となった上官殺しの件についてドリス曹長が調べているようだが、今のところそれについて聞く気も無いし、その必要もないと思っている。

 

「こう言っちゃなんだが、よくまあお強請りなんか出来るよな」

 

若干引いた口調でマーヴィン少尉がそう言うと、不思議そうな顔でフレッド軍曹が返す。

 

「必要な物は遠慮無く言えと言ったのは向こうだろう?なら最大限有効に使ってなにが悪い?」

 

「いや…、悪いとかじゃなくてな?」

 

2人のやりとりを見ていたトラヴィスは思わず苦笑しながら口を開いた。

 

「あの大佐の事だ、利口な飼い犬をしている内はエサもちゃんとくれるだろうさ、…用済みになったときはどうなるか解らんが。まあ、その時はその時で上手くやろう」

 

連邦時代からある程度資金や物資を蓄えているし、今もドリス曹長が上手く増やしている。もしもの時のセーフハウスも複数あるし、少なくともトラヴィス以外は逃げおおせることが出来るだろう。個人情報が戦乱で混乱している今ならば、他人になるのだって難しくない。

 

(俺には、出来んがな)

 

視線を移せば、滑走路脇でガウへゲルググの積み込みが行われていて、その近くには幾人かの若いパイロットが楽しげに談笑している。その中に目的の人物を見つけ、自然とトラヴィスの表情は引き締まった。

 

(もうすぐだ、もうすぐこの戦争も終わる。それまで死ぬな…。いや、俺が死なせない)

 

決意する彼らが機上の人となり、オデッサの地から離れるのはそれから12時間後の事だった。




ご心配おかけして申し訳ありません。ちょっと国内で東から西に移動したので手間取りました。全部コロナって奴が悪いんだ。


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第百三十九話:0079/12/30 マ・クベ(偽)とジャブローに散る

ベルファスト攻略が読めると思ったかね?


「支援要請!グリッド、C6!」

 

「支援要請了解、初弾発射、着弾まで9秒」

 

ここ数日繰り返されているやりとりを見ながら、デメジエール・ソンネン中佐は呆れと共に、その底なしにも見える物量に戦慄していた。

 

「また大佐に弾薬の追加を頼まにゃならんな」

 

現在デメジエールの指揮下には、2個中隊18両の自走砲型ヒルドルブがおり、その全てがジャブロー攻略に投入されていた。

 

「着弾確認、誤差修正0、-2、0、効力射求む」

 

「誤差修正了解、…射撃開始」

 

僅かに砲を動かすと、巨狼達は猛然と射撃を始めた。毎分8発という数字に違わぬ砲弾の雨が目標地点へ次々と殺到する。投入されてから9日が経過した現在、アマゾン川流域にはこうしてヒルドルブが耕した焼け野原が幾つも生まれていた。

 

「中々思うようには行かないな」

 

地球連邦軍本拠地ジャブロー、難攻不落と言うのは伊達では無いとデメジエールは改めて納得した。アマゾン全域に広がる防御陣地は、その外縁ですら並の軍事施設を凌駕する防衛設備が張り巡らされ、それに湿地と密林が彩りを添える。空爆による漸減は敵の手厚い防空網に阻まれ、切り札であったはずのアプサラスは、作戦参謀が偏執的とまで評した濃密なビーム攪乱幕の展開により頓挫した。結果、正攻法として外縁から目標までを砲兵で耕しながら進むという、一体いつの時代だと嘆きたくなるような戦いが繰り広げられている。

 

「こうもドロドログチャグチャじゃあ、あたし達の出番は当分先かねぇ?」

 

そう通信を入れてきたのは、同じくオデッサから派遣されているシーマ・ガラハウ中佐だった。

 

「折角新しいおべべに着替えたのにな。どうだい、新型の調子は?」

 

シーマ達が乗っているゲルググはマリーネと呼ばれる改良型だ。オデッサの戦いの後にロールアウトした文字通り最新の機体である。基本的な構造やコンセプトはゲルググを踏襲しているが、キャノンパックを運用する事を前提とした設計であるため、従来機より高出力なジェネレーターを採用しているほか、換装式であった脚部の推進器を熱核ジェット・ロケット方式としたことでOSのセッティングのみで地上、宇宙に対応可能となっているなど、より汎用性を向上させた機体になっている。

 

「性能は間違いなく上がってるんだけどねぇ。プロペラントの管理がシビアな分、新米や腕の悪い奴にゃちょっとばかし厳しいかもね」

 

シーマ中佐曰く、操作性も素直で扱いやすいが、耐G性能の向上で簡単にスラスターを吹かせる分、注意が必要だと言うことだ。ドロップタンクが追加されているが、戦場では切り離すことが前提であるため過信は出来ないということらしい。

 

「ライフルの方も新型なんだろう?」

 

この大一番に強気なことだと内心思いながら、デメジエールは会話を続ける。

 

「悪くないよ、威力も速射性もいい。けど、ここで使うにゃ最悪だね」

 

何でも新型のビームライフルはマシンガン式のものなのだそうだ。集弾率、単発火力、銃身の放熱とどれも良く纏まっているが、ことこのジャングルではデメリットが目立つ。一般的なライフルよりも延長されたバレルは取り回しを悪くし、連射機能は目標外への誤射の確率を高める。何よりアプサラス対策で撒かれたビーム攪乱幕のせいで、安定した火力の発揮が難しい。データ収集のため、シーマ中佐はまだ使っているが、他のパイロット達は早々に諦めてバズーカやマシンガンに持ち替えている。

 

「地下なら多少はマシになるだろう。まあ、それまでの辛抱だな」

 

「その間は精々そっちの護衛に励むとするさね」

 

カラカラと笑うシーマ中佐の声を聞きながらデメジエールはシートへ体を深く預けると、大きく息を吐き頭を切り替えた。まだ戦闘は終わりを見せていないのだ。

 

 

 

 

「流石としか言いようがないな」

 

戦術マップを確認しながら、ガルマ・ザビ大佐は思わず溜息を吐いた。攻撃を開始して数日が経つが、未だ連邦の防衛線は綻びを見せない。加えて対砲兵射撃も実施してくるので、こちらの砲兵部隊も少なくない被害が出ている。

 

「ですが、地上防衛施設の排除は順調です。このまま押し切れるのでは?」

 

データが更新され、新たに無力化された敵陣地が追加されるのを見て、副官のダロタ中尉がそう口を開く。それに対しガルマはむしろ咎めるように言葉を続けた。

 

「楽観は良くないぞ、ダロタ。これを見ろ」

 

そう言ってガルマがマップの横に開いたのは、戦闘開始から消費した弾薬の量だった。

 

「ビームが無力化されたのが大きかった。弾薬の消費が想定の1.5倍近い。このまま粘られればこちらの弾が先に底をつく」

 

そもそも今の弾薬消費の数値ですらマ・クベ大佐からの進言により当初の5倍に相当する分量である。

 

「確かに…。如何なさるのですか?」

 

ダロタ中尉の不安は実に解りやすかった。何しろ攻勢限界を迎えた後に待っているのは敵の逆撃なのだから。しかも現在ジオンが叩けているのは敵の防衛施設であって、戦車や航空機と言った敵の戦力ではないのだ。だが、その言葉にガルマは意地の悪い笑顔で応える。

 

「楽観は出来んが、悲観するほどでもない。足りなければあるところから持ってくれば良いだけだからな。少々皆には骨を折って貰うがね」

 

段々とどこかの大佐に似てきた主を見て、ダロタ中尉はほんの少しだけ顔を引きつらせつつ、その真意を問う。

 

「そう申しましても、ガルマ様。各方面軍は今回の作戦に合わせて各地で連邦軍へ攻勢を仕掛けております。これ以上の物資の抽出は難しいのでは?」

 

「確かに地球方面軍の台所は実に寒い状態だ。こんな状況は1ヶ月と続けられんだろうな」

 

平然と言ってみせるガルマへ更に困惑の度合いを強めたダロタ中尉が、どう言うべきか思案顔を作る。それを見てガルマは悪戯の成功した子供のような表情を浮かべ口を開いた。

 

「難しい問題では無いだろう?これは我がジオン公国の独立戦争なのだぞ?」

 

 

 

 

「ガルマの奴、俺を顎で使うつもりだぞ!」

 

嬉しさを隠しきれない表情でそう笑う兄を見て、キシリアは思わず苦笑を浮かべた。常々ガルマへの期待を口にしていたドズルであったから、その心境は手に取るように理解できたのだ。

 

「兄上だけではありませんよ。私の所にも物資を送れと連絡が来ました。まったく、どこの誰に毒されたのやら」

 

以前のガルマであれば、自分達に頼ることを良しとしないどころか、その発想へたどり着いたかすら怪しい。自身で功績を立てることに拘っていた頃のガルマをよく知る2人からすれば、今回の申し出は中々に衝撃的な事柄だった。

 

「だが、悪くない判断だ。ガルマからの要請ならばこちらから大手を振って援軍も送れるし、何より兵達の面子も立つ」

 

「こちらとしてもガルマの存在は大きくなっていましたから有り難いですね。これでまだ私の制御下にあると考えてくれるでしょう」

 

戦争の終わりが見えてくるにしたがい、キシリアは難しい舵取りを迫られていた。ダイクン派の中でも比較的穏健、良識があるとされる連中は地球方面軍へ移動させていたから、彼女の下に残されているのは叛意を隠しきれないような能なしか、キシリア本人を神輿として自分達が主流派になろうとする野心の強い人間が大半だ。無論、側近はその限りでは無いが、突撃機動軍全体を俯瞰してみれば、あまり楽観は出来ないと言うのが忌憚の無い感想である。

 

(まあ、あの男が動かん限りは纏まりはすまい)

 

そう胸中でキシリアは吐露した。先日全軍から選抜される形で編成されたニュータイプ部隊。多分に政治的意味を含んだその部隊は、部隊長としてあの赤い彗星を迎え入れていた。戦場をよく知り、かつニュータイプの少女とも近しい関係であるだけでなく、その運用についても具体的な提案を出せるかの少佐は、ノウハウを積む上で得がたい指揮官である事は間違いない。ガルマとも良い友人関係であるという点からもドズルが推薦するのは自然な流れだった。彼の出自について知っているキシリアとギレンは気が気では無かったが。

 

「しかし連邦の奴らも粘るものだな」

 

「面子があるでしょうからね。流石に良い所無しに終われないなどと考えているのやもしれません。まあ、時間の問題でしょう」

 

マ・クベ大佐からもたらされた情報により攻撃目標を大幅に絞り込めた結果、弾薬の消費こそ想定を上回るものの、その他の物資に関して言えば予定の半分近くで済んでいる。それに加え今回の想定はあくまで地球方面軍の備蓄で実施する予定でスケジュールが組まれていた。宇宙攻撃軍と突撃機動軍から物資を提供するならば、弾薬の消費に関しても十分対応出来る範囲だろう。

 

「だろうな。それに加えて今回の物資輸送だ。連中腰を抜かすだろうよ」

 

「ついでに欧州や北米を思い出して降伏してくれると面倒が無くて良いのですが」

 

ガルマからのリクエストはコロンビアへのHLVによる物資の直接輸送だった。これは南米――少なくとも北部は――の制空圏をジオンが掌握していることの証明であり、本拠地近郊においてその意味は極めて大きい。特にキシリアが口にした通り、欧州や北米でHLVによる強襲を受けた兵士であれば、その心理的効果は言うまでもないだろう。

 

「弾薬が届き次第ガウの空爆も再開するとのことですから、これは随分強請られそうですな」

 

「それで一日でも早く戦争が終わるなら安いものだろう?」

 

そう笑うドズルにキシリアは微笑んで返した。

 

「違いありません。さっさと終わらせてまた皆で食事に行きましょう」




ジャブローに、散ってない。


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第百四十話:0079/12/31 マ・クベ(偽)と箱

色々と引っ張っておいて、唐突な主人公のターン。


「初めまして、で宜しかったですかな?本日は急な話に応じて頂き感謝しています」

 

柔やかにそう告げられ、サイアム・ビストは緊張に体が強張るのを自覚した。もうすぐ百を数えようという割には壮健な身であるが、思うように自由の利かない体が、この男の前では酷く頼りなかったからだ。

 

「こちらこそお声を掛けて頂き光栄です、マ・クベ大佐。お噂はかねがね」

 

「文化保護に力を入れられているビスト財団の長に名を覚えて頂いているとは、実に光栄です。ああ、申し訳ありません。どうぞお寛ぎ下さい」

 

笑顔を崩さぬ大佐へ更に警戒を一段階引き上げながら、サイアムは出された紅茶へ口を付ける。一瞬毒という言葉が頭をかすめたが、そんな短絡的な男であれば、態々呼び出して会うなどと言う手間は掛けないだろうと振り払った。

 

「年を取ると、どうにも体が言うことを聞きませなんでな。不躾でありますがクベ大佐、本日はどのような御用向きでしょうか?」

 

そう体調を理由にサイアムは切り出した。穏やかな表情の裏で、彼は思考を巡らせる。現在の情勢はほぼ確定したと言って過言では無いだろう。既に地球の大半はジオン公国に占領されており、これに抗う地球連邦軍は本拠地であるジャブローを攻撃されている真っ最中だ。しかもその情報が、一般市民でも容易に手に入れられると言うことは、最早状況は覆しようが無い所まで進んでいるということだろう。故にサイアムは、目の前の男に呼び出されているという事実から、彼の欲するものがなんであるかを正確に読み取っていた。

 

「私としても回りくどいことは苦手でして。単刀直入に申し上げましょう。ビスト財団の保有する箱、それを譲って頂きたい」

 

「箱…ですか」

 

驚きは無かった。過去にも幾度かそこまでたどり着いた者は居たし、そうスペースノイドから要求された事も一度や二度ではないからだ。

連邦政府を転覆するほどの秘密をもつ『ラプラスの箱』。

その力を以って目の前の大佐は連邦政府の息の根を止めるつもりなのだろう。そう理解したサイアムはゆっくりと頭を振った。

 

「申し訳ありませんクベ大佐。心当たりが無いのですが…。一体どのような箱をお探しでしょう?」

 

サイアムの言葉に男は口にしていたカップの動きを止め、片眉を僅かに動かした。そして先ほどより笑みを深めると、サイアムを見据えてもう一度口を開いた。

 

「これは、言葉足らずで申し訳ありません。では改めて申し上げましょう。ビスト財団…、いえ、貴方が持つラプラスの箱を渡して頂きたい」

 

「ああ、一部でそのような噂があるようですな。連邦政府を転覆させる力を持つラプラスの箱…。それを持って居る故に私が連邦政府に目こぼしをいただいている。でしたかな?」

 

「根も葉もない与太話だと?」

 

「はい、箱などという物は…」

 

存在しない。今まで通りの対応で事を収めようとサイアムがそう口にする前に、男は笑顔を崩さぬまま言葉を発した。

 

「では、貴方がラプラスを破壊した際に入手した石碑。地球連邦憲章のオリジナルを渡して頂きたい」

 

特大の爆弾にサイアムだけでなく、室内に居た全員が目を見開いた。

 

「な、なにを」

 

「おや、覚えていらっしゃらないとは言いますまい?79年前、連邦政府初代大統領であるリカルド・マーセナス氏を暗殺するために、首相官邸であった宇宙ステーションラプラスの破壊を行ったテロリスト。その唯一の生存者が貴方だ」

 

言葉を紡げず、ただ口を動かすサイアムを尻目に男は続ける。

 

「その時に拾ったでしょう?いやはや、運命というのは実に数奇と言うほかない。連邦政府が自分達の大統領を殺してまで消し去りたかった物を、貴方のような使い捨てのテロリストが手に入れるとは、実に幸運と言えるのでしょうな」

 

自身以外、誰も知り得ないであろう事実を突きつけられ、動顚した気を意図して深く呼吸することで静めたサイアムは、意を決して口を開いた。

 

「…そこまでご存じならば、最早隠す意味はありませんな。ですがこれだけは言わせて頂きたい、あれに貴方の望むような力はありません」

 

そう言い切るサイアムに対し、大佐はゆっくりと頷いた。

 

「そうでしょうな、あれが力を発揮するには少々時間が経ち過ぎている。もう二十年、せめてジオン・ダイクン氏が存命中であればそう言った使い方も出来たでしょうが」

 

サイアム自身も一度は考えた事を男は口にする。

 

 

――宇宙に適応した新たなる人類が誕生した場合、政府運営への優先的参加をさせる――

 

 

それがどのような意図を持って綴られた文言であったのか、書いた当事者達が全て死んだ現在、最早知ることは叶わないが、それが宇宙世紀において力を発揮しうる瞬間は確かにあったとサイアムは思う。直近で言えば、目の前の男が言うジオン・ダイクンの提唱したジオニズムだ。あの宣言の中、もし『箱』が開示されていたならば、人類はアースノイドとスペースノイドという巨大な枠組みで戦い、そしてもしかすれば独立を勝ち得ていたかもしれない。

 

(だが、それはあまりにも危険な賭だった)

 

仮に実行していれば、全てのコロニーを巻き込んで、あの独立運動は連邦政府の主権請求という形へと変貌しただろう。それだけの狂奔を生み出せる力がジオンにはあった。だからこそサイアムは『箱』を明かすことが出来なかった。

 

(不満はあった。だがそれに見合う準備は誰もしていなかった。当事者であるジオンでさえも)

 

成程、税金は高かった。多くの天然素材が嗜好品として、市民の高嶺の花になった。だが、それだけだ。十分な法整備ができていないまま開拓者となった移民第一世代、その背を見ていた第二世代ならばまた違う思いもあったかもしれない。しかし、移民から半世紀以上が経過し、隔壁一枚先の真空が死と隣り合わせと同義で無くなり、明日が来る事に疑問を抱かなくなった大多数の世代にとって、地球連邦政府への不満とは、日々のちょっとした不快を吐き出すための丁度良い矛先であり、本気で打倒する相手でもなければ、自身が成り代わりたい存在でもなかったのだ。

その中にあってジオン・ダイクンはアジテーターとしては稀代の傑物であったのだろう。その程度の不満を煽り、燃やし、最後には一つのサイドを連邦から切り取って見せたのだからその才能は間違いない。しかし哀しいかな、彼は政治家としては三流だった。

 

(独立した結果、率いた者達を困窮させるなど、無能の誹りは免れまい)

 

それに、ジオン・ダイクンが本当にスペースノイドの自主独立を望んでいたかさえ、サイアムは懐疑的だった。何故か、それはジオン・ダイクンが元々連邦政府の議員であり、スペースコロニーへ渡るような基盤の無い弱小だったからである。

民主主義における政治家の立場は極めてデリケートだ。如何に立派な志があろうと、支持者に利益をもたらさない政治家は当選しない。あるいは同志を集め政治の場へ立てたとしても、またその場に存在する数のルールに圧殺される。これが繰り返される内、多くの政治家は捻れ始める。即ち、志を実行するための手段であった政治家という立場にまずなるために、そして政争の場で自身の意見を多数派とするために、所属する団体を選択し、自身の公約を掲げるようになるのだ。尤も、これを政治家だけの原因とするのは誤りであろう。何故なら彼らを選ぶ者こそがそうした土壌を醸成している大元であり、それは他ならぬ国民達なのだから。

 

(逆に言えば、如何に暗愚であったとしても解りやすい利益の提供者は強権を持てる)

 

それらを鑑みれば、ジオン・ダイクンの行動にも別の側面が見えてくる。スペースノイドの現状を憂い、自らの立場を捨て、彼らのために活動する政治家。だがこうも考えられないだろうか。人類の過半数に達しているスペースノイド、もし彼らに参政権を与える事が出来れば、それは圧倒的な支持母体となる。それも最初にそれを提言し、先頭に立ったのなら、成功の暁には有権者の半数を掌握したに等しいのだ。そうなれば連邦政府において最大の派閥を形成する事も夢物語ではないし、その長ともなれば権能は絶大だ。それだけではない、それだけの議席を独占できるなら、連邦政府の頂点たる大統領の席すら十分視野に入れることが出来る。相応に野心を持ち、政治に疎い夢想家にはさぞ魅力的な未来図に見えたことだろう。

 

「…伺いたい、そこまで解っていると言うのなら、何故今更『箱』を求めるのですかな?」

 

あの時の判断が間違っていたとはサイアムは思わない。それが正解であった事は共和国樹立宣言から今までのサイド3が身を以って証明してくれている。もし、全スペースノイド規模で起こっていたならば、桁違いの餓死者を出し、行き場のない憎悪は容易にそうした人々をテロリズムへと駆り立てたことだろう。その先に待つのは果ての無い非対称戦か、地球連邦軍による弾圧によって実現される、文字通りのアースノイドのスペースノイド支配だろう。尤も、その先に起こったのがこの大戦なのだから、死者の数という意味で物事を測るならサイアムに正しい答えなど用意されていなかったことになるのだが。少なくともこの戦いでスペースノイドは『箱』など必要とせず、独立を勝ち取るだろう。だからこそ、無意味となった『箱』を目の前の男が望む理由をサイアムは見つけることが出来なかった。

 

「どうやら、ビスト氏も少々宇宙世紀に浸り過ぎているようですな。『箱』を連邦を倒す鍵としか見ていない」

 

そう笑う男に、サイアムは眉を寄せた。

 

「他に何があるというのです?」

 

「あるでしょう、もっと面倒な意味が。それは、地球連邦政府が、スペースノイドへ隠した傷なのですよ?」

 

その言葉を飲み込み理解した瞬間、サイアムは愕然とした。そしてそれを表情から正しく読み取った男は、満足そうに言葉を続ける。

 

「此度の戦いで、我々は勝利します。だが、少々勝ちすぎた」

 

国力差を覆しての大勝、軍人としてこれ程の誉れは無いだろう。しかし、終わった後が本番である政治家にとって、これ程頭を悩ませる勝ち方もあるまい。

 

「辛勝ならば良かった。相応に譲歩したところで騒ぐ者も少ないですし、互いの疲弊は相応に共感も生まれる。少なくとももっと相手を殴りつけろ、などという言は忌避される空気が出来るでしょう。だが、今回は違う。我々は明確な強者と弱者を作り出した、それも今までの立場を逆転させるという、考え得る限り最悪の状態で」

 

立場を入れ替え、力を振るえるようになった者が、相手を鑑みることが出来ると考えるのは希望的観測だろう。やられていた分をやり返すことは、正当な権利であると誰もが思うからだ。そして、入れ替わる際の痛みが少なければ少ないほど、人は躊躇なく力を振るえるようになる。

 

「故に、我々はこれ以上の理由を持つべきでは無い。お解りいただけるでしょう?『箱』は次の争いの火種にもなり得るのですよ」

 

男の言葉にサイアムは静かに頷いた。ジオン公国が連邦の代替を出来ない以上、今後の地球圏の維持の為に連邦政府はどのような形であれ存続するだろう。その際『箱』は連邦政府、延いてはその支持者であるアースノイドを批難する格好の材料たり得るのだ。その先にスペースノイドとアースノイドという格差と軋轢が生まれることは間違いない。

 

「つまり、クベ大佐。貴方は…」

 

興奮に掠れる声で何とか言葉を紡ぐサイアムに、男は堂々と言い放った。

 

「言い方が悪かったことは謝罪しましょう。私の望みはただ一つ、この世界からあの『箱』を消していただきたい。文字通り、完全に」




一年戦争もそろそろ終わり。


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第百四十一話:0079/12/31 マ・クベ(偽)の未来

コメント10K突破有り難うございます投稿。


サイアムの爺様と固い握手の後、俺はぐったりとソファーへ身を預けた。間一髪とまでは言わないものの、中々に際どいタイミングだった。

 

「終戦交渉の前に気づけたのは僥倖と言わざるをえんな」

 

戦後交渉用の資料を纏めている間にふと思い出した自分を褒めてやりたい。更に文化財のやりとりでビスト財団と懇意にしている商会と伝手があったのも運が良かった。持つべきものは壺友である。

 

「しかし、宜しかったのでしょうか?」

 

淹れ直した紅茶を置きながら、ウラガンがそんな言葉を投げかけてきた。まあ、割と独断専行ではあるわな。あれが露見した場合、ギレン総帥は上手く使うだろうが、問題はその後だ。

 

「何を言っているんだ、ウラガン。私はビスト財団から壺を買い付けただけだぞ?」

 

少なくとも今日の面会理由はそうなっているし、公式記録にもそう記載される。後日財団に指定された場所で壺を受け取り、その場で厄介な石っころが粉々になるのを眺める事になるだろうが、そんな事は歴史には記されない事なのだ。

 

「大体だな、私がした与太話の様な物があったとしてだ。そんな物を主戦派の連中や、タカ派の議員が手に入れたらどうなる?あいつら嬉々として戦争を再開するぞ?」

 

今でもアースノイドをぶっ殺したくてしょうがない連中のことだ、そうなれば素敵な民族浄化戦争を間違いなく始める。今度はスペースノイドかアースノイド、どちらかが居なくなるまで止まらない最高にクソッタレな戦いの始まりというわけだ。超止めて欲しい。

 

「そもそも私はあの文言が気に入らんのだ。何なんだ、宇宙に適応した新人類というあやふやな定義は。そんなもの言った者勝ちではないか」

 

政治家という人種は元々明言することを嫌う性質を持っているが、これは正直ないと思う。それこそ、拡大解釈すれば、宇宙空間に自己の生存可能な空間を構築、そこに永住出来る人類は宇宙に適応出来たと言い張ることだって出来るのだ。そう、ジオニズムだニュータイプだなどと謳う必要すらない。そこから先は果ての無い解釈と認識の泥仕合である。そして往々にしてこの手の話は力を持つ者が都合の良いところで線引きがされ、軋轢と対立の温床となるのだ。本当に学ばないな!人類!

 

「それに人ごとではないぞ、ウラガン。あれは我々への攻撃材料にもなり得る」

 

「我々?スペースノイドへ対してですか?」

 

困惑するウラガンに俺はドヤ顔で言い返した。

 

「言っただろう?幾らでも解釈できる言った者勝ちな定義だと。確かに我々はスペースノイドだが、別けようと思えば幾らでも細分化出来る」

 

例えば世代。移民した第一世代は生まれが地球だから根源的にはアースノイドである、なんて言い張れるし、思想において連邦政府下で教育を受けている世代は思想的アースノイドだ、なんて難癖だってつけられる。そしてそんな言い訳以前に、我々はもっと近くに解りやすい区分が存在するのだ。

 

「なあウラガン、例えばだ。ハマーンやマリオン少尉、フランシス伍長やフラナガン博士のところに居る子供達でも良い。彼らが自らを新しい人類と言い始めたとして、同じ能力を持たない我々は果たして宇宙に適応した新人類を名乗れると思うかね?」

 

「それは!?」

 

「無論、我々の知る彼らは聡明だ。徒に混乱を招くような言動はしないだろう。だが、彼らと同じ能力を持つ者全てがそうだと、どうして言い切れる?これから先もそんな事は絶対に起きえないと誰が保証出来る?ウラガン、私はな、禍根になりそうな芽が眼前にちらついていて、摘み取らずに放置できる程でかい器は持っていないのだよ」

 

そもそも優秀な知覚能力や相互認識能力があったとしてだ、人が人を形成する上で施される教育から逃れられない以上、それらを処理する下地は我々と大差ない思考回路ということなる。ならばそれに過度の期待をするのは些か無責任に過ぎるだろう。

 

「しかし、ニュータイプとは誤解無くわかり合える人類だと聞き及んでおりますが?」

 

その言葉に俺は思わず笑ってしまう。以前同じ言葉をそのニュータイプの少女から投げかけられたことがあったからだ。

 

「それへの答えは案外単純だと思うのだがな。さて、いつまでも休憩している訳にもいかん。そろそろ、あちらも決着がつく頃だろうしね」

 

 

 

 

「工業区第3ゲート破壊されました!」

 

「宇宙港区第1並びに第4ゲートの爆破処理を実施!防衛に当たっていた部隊は第2ゲートへ移動させます」

 

「居住区より連絡です、全ての医療センターが収容限界を迎えました。以後の負傷者は別区画へ移送して欲しいとのことです」

 

「工業区は第3ゲートから2区画を放棄、後退して防衛線を構築するように伝えろ。緊急用の野戦病院設備がまだ残っているはずだ、スタッフと合わせて居住区へ。宇宙港の第2ゲートは隔壁が損傷していたはずだ、残存戦力は第3へ回して第2も爆破処分だ」

 

濃い疲労に鈍くなった頭をカフェインで強引に動かしながらエルランはそう指示を出した。もうすぐ日付も変わろうとしているが、未だジオン軍の攻撃は緩まず、また連邦政府から停戦の指示も無い。

 

「ついでだから、歩兵部隊はもう下げた方が良いよ。あっちはその辺りを勘定に入れて戦っているようだ」

 

声のした方へ視線を送り、エルランは目を見開き慌てて席を立った。

 

「ゴップ閣下!?お体は宜しいのですか!?」

 

駆け寄りそうになるエルランを手で制しながら、ゴップ大将は苦笑いを浮かべる。

 

「やっと一般病棟に移った矢先だよ。爺がベッドを占領しているのも気が引けてね、リハビリがてらというわけさ」

 

事実ゴップ大将はまだ車椅子に乗っており、副官とおぼしき大尉がそれを押していた。

 

「病棟の方は火傷をした歩兵で一杯だ。連中良く解っているね、とてもここ数年で出来たにわか軍隊とは思えないよ」

 

その言葉にはエルランも深く同意した。開戦当初、特にMSが投入されている戦場では、ジオン軍は小隊や分隊規模で連携はするが、総じて個人の技量に頼った戦い方だった。攻撃目標の選定や撃破についても、こちらがどうすれば困るかよりも、解りやすく戦果として見える方法が好まれていた。そうした点から考えれば、宇宙が主戦場だった一週間の頃のジオン軍はスタンドプレーの優劣に依存したある意味烏合の衆だったわけだが、地上へ戦線が移って以降の彼ら、取り分け欧州方面の軍隊は民主主義国家の軍隊が嫌がる戦闘を徹底的に実行している。相手をさせられる連邦軍人としてはたまったものではなかった。

 

(大方あいつの入れ知恵だろうが。厄介なことだ)

 

歴史に明るく元々策士なあの男である。その気になって戦史を幾らか読み込めば連邦軍にとって、物量というものが最大の武器であると同時に最大の泣き所である事もすぐに理解できただろう。プロパガンダであれだけこちらを挑発しながら、未だにオデッサ作戦での捕虜返還について提案すら無いのが良い証拠だ。

 

「連中、突入前に徹底してナパームで焼いてきますからな。こうなると対MS戦技兵は弱い」

 

地下洞窟や坑道といった隠れる所に事欠かないジャブローにおいて、対MS戦技兵は一定の戦果が期待されていた。何しろ敵の突入出来る場所も限られているのだから待ち伏せには向いているのだ。それが甘い見通しだったことはジオン軍に幾つかのゲートを押さえられた時点で大量の負傷者と共に証明された訳だが。

 

「軍施設で収容しきれずに居住区まで使ったのが痛いね。おかげで士気は最悪、まあ、我々としてはそちらの方がやりやすいかもしれないが。するんだろう?降伏」

 

「閣下っ!?」

 

目を剥くエルランにゴップ大将は肩を揺らしながら笑う。

 

「そんなに驚くところじゃないだろう。私は君をサイド3の駐在武官に推薦した1人だよ?ルウムからこっち、君が反戦派だったのは明白だったしね」

 

「それを今私に伝えて、閣下は如何なさるおつもりですか?」

 

「こうするのさ。君、すまないが平文で通信を開いてくれないか?」

 

そう言ってゴップ大将は近くに居たオペレーターに準備をさせると、気負い無い声音で口を開いた。

 

「ジオン軍へ告げる。私は連邦軍大将ゴップである。我が軍はこれ以上の戦いを望まない。貴軍の誠意ある行動を望む」

 

唖然と成り行きを見ていたエルランへ、ゴップ大将は意地の悪い笑顔で告げてくる。

 

「悪いな、エルラン中将。私と一緒に敗軍の将になってもらうよ?」

 

時計はいつの間にか0時を過ぎていた。




※あくまで作者個人の考えです。
正直、ラプラスの箱って、そんなに騒ぐ物か?と言うのが作者の考えです。
宇宙世紀憲章のオリジナルだなんだと騒いでいますが、冷静に考えるとおかしいんです。
だって、連邦政府が憲章として制定してるなら、連邦議会に承認されている訳ですから、それが刻まれた石っころなんてただのモニュメントで、議会の記録なり、公式文書なりで残っているはずなのです。
そうした記録が出てこない、つまりそれが無いという事は、あれにいくら大統領のサインが入っていようが、内閣のサインが入っていようが、連邦政府の意思決定権を持つ議会の意向を無視したリカルドおじさんの落書きになってしまい、あのオリジナルと呼ばれる石碑の法的な根拠は無いとなります。
強いて使い道があるとすれば、リカルド氏暗殺直後にリカルド氏の同士が回収、公表し、敵対派閥を一掃するくらいでしょうか?
そんな事が起きた宇宙世紀も見てみたい気がします。誰か書いてくれないかなぁ。


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第百四十二話:0080/01/02 マ・クベ(偽)の終戦交渉―Ⅰ―

世間話回。


宇宙世紀0080年。この年の始まりは宇宙世紀に記録として残るだろう。前年から続いていた我々ジオン公国と地球連邦との戦争は、1日未明に発せられた連邦軍側の声明によって一時的に停止した。後の歴史にゴップ大将の英断と記載される降伏を示唆する内容の通信に対し、ジャブロー攻略の総指揮官であったガルマ・ザビ大佐が即座に対応。幾つかの条件を提示すると、連邦政府高官は驚くほど素直に交渉のテーブルに着いた。

 

「驚きました。良くあのような提案を総帥がお許しになりましたね?」

 

明けて翌日。なる早で、とかいう無茶ぶりでコロンビアはボゴタの前線司令部に呼びつけられた俺は、準備していた資料を纏めつつガルマ様にそう告げた。

 

「拘ってあのチャンスを流すより、そちらの方が賢明だと思ったのだがね。正直サービスしすぎたかなとは思っている。先生ならどうしたかな?」

 

そう面白そうに聞いてくるガルマ様に俺は笑いながら返す。てか、先生ってなんだよ。

 

「私も出すとしたら同じ条件でしょう。民主主義国家の政治家をよく理解した条件だったと思いますよ」

 

ガルマ様が出した条件は三つ。即時停戦するならば、という前置きの下、ジャブロー内に居る全ての人員の生命の保障、軍と政府要職に就く者の免責。そして地球連邦政府存続の保証だ。何しろ地球連邦軍は地球連邦政府の軍である。たとえジャブローで総司令官が降伏を宣言しても、それは一基地の指揮官が降伏したに過ぎず、戦争を終えるには政府要人、端的に言えば連邦議会が降伏を宣言しない限り終わらないのだ。その点で言えばガルマ様の出した提案は勝利国が出す停戦の条件で言えばなめられるほど譲歩したものであったが、恐らくあれ以外では即時とは行かなかっただろう。

 

「そう言って貰えるなら、私の努力も意味があったというものだ」

 

そう言ってガルマ様は笑う。いや、実際良い条件でしたよ?連邦議員にしてみれば、軍は敗北寸前、しかも総司令…正確に言えば最上級士官がだが、戦闘放棄の意思を示した時点で、ジャブローは安全地帯では無くなってしまった。そして自分達が恨まれているという自覚はあるので、あのまま無条件降伏を言い渡したら多分ジャブローを犠牲にして逃亡。またどこぞに潜伏して連邦政府を名乗りつつ、ひたすら交戦してきたことだろう。何せ負けて政府が解体されたら、生活の保障が無くなるどころか、それこそ戦犯として命すら危ういのである。

ジオン公国的には戦後統治として連邦政府を解体するなんて政治的にも経済的にもあり得ないんだが、そこまで見通せるような人間はどうも居なかったようだ。ついでに言えばこの内容に飛びついた連中ははっきり言ってこの先長くないと思う。

何故かって?だって我々が保障したのは今現在の生命の安全と、今次大戦の責任追及の放棄、連邦政府の存続なのだ。ちょっと頭が回る人間なら、政府の存続と自身の政治生命の存続がイコールでは無いと解るだろうが、残念ながらジャブローへ逃げこめたような高官達は、親から基盤を受け継いだ大物が殆どだ。人間、自分が当たり前に持っているものが唐突に無くなるなど、想像する事は難しい。特にそれが自身の努力の如何に関わらず与えられたものであるほど、その傾向は顕著になる。

 

「次の選挙は荒れるでしょうな。まあ、他国の政治体制に口出しなど内政干渉も甚だしいですから、我々の知ったことではありませんが」

 

精々我が国と仲の良い人物が当選してくれることを祈るくらいだ。是非我が国の政治家の皆さんには、そう言う人間が当選できるよう努力して頂きたいものである。

 

「そうだな、この交渉が終われば後は政治の領分だ。…大佐はそちらへの転身は考えていないのか?」

 

ガルマ様はザビ家の人間だからね。今でこそ軍人なんてやってるけど、後数年もしないでそっちに移動することになるだろう。俺はって?

 

「今ですら手に余るのです。魑魅魍魎跋扈する政界など私ごときではとてもとても」

 

本物のマさんならむしろそっちの方が合っていたんだろうけどね。俺ごときじゃ、精々この戦争のネームバリューで1年、次の選挙の時までにメッキが剥がれて落選するのが目に見えている。それに今ですらこんなに疲れるんだ。これ以上を背負うなんてのは俺には身に余る。

 

「これからそっちに行く人間に言う台詞じゃないな。まあ、それもこれもこの交渉が無事済んでからだが。頼りにしているよ、大佐」

 

あまりプレッシャー掛けないで下さいますかね?

 

 

「…揃ったようですな。始めましょう」

 

向かいの席に座っていたのは、軍服が3人に背広が3人。南極条約の事を思い返せば、随分と寂しい陣容だ。まあ、だれも敗戦の責任なんて取りたくないだろうから、押しつけあって限界まで人数が絞られたんだろう。軍服組はともかく、背広組なんて始まる前から燃え尽きたように真っ白だし。静かに開始を宣言したゴップ大将に視線を送りつつ、俺は挙手した。

 

「では、最初に宜しいか?」

 

「どうぞ」

 

「まず確認しておきたい。これは終戦に向けての事前交渉という認識だが宜しいか?」

 

俺の言葉に一瞬軍服の1人が体を強張らせるが、気にした風も無くゴップ大将が答える。

 

「我々としてもそのつもりだ」

 

「成程、承知した。では、端的に。我々の要求は5つ、我が国の独立の承認。地球での資源収集権。地球残留者の退去。今大戦の賠償。そして貴国の軍事力の制限だ」

 

俺の言葉に息を呑む背広組。前回は強気に行って失敗しているからな。ここは謙虚に行くぜ。

 

「こちらとしても、人類が滅びるのは本意ではない。まあ、そちらにはそうでない方も居たようだが…。今は違うのでしょう?」

 

南極条約は守り続けているからな。その辺りの誠意は示せているだろう。

 

「独立については確約致しましょう。しかしそれ以後の要求については、それだけの言葉では明言は致しかねます」

 

当然だね。

 

「では詳細に。1点目の資源収集権ですが、今後地球は連邦並びに我が国の共同管理とします。その上で我が国の領有内での開発並びに資源の収集をさせて頂く」

 

俺の言葉に、軍服の1人が思いっきりガン付けて来る。てか、なんであんたがそこに座ってんだよ?

 

「共同管理?冗談は止して頂こう。地球は我が連邦政府の領土である。禍根を残さぬ為にも領土は戦前への回復が妥当だ」

 

三白眼に鷲鼻、既に頭髪はほぼ真っ白。手元の資料に一回だけ視線を向けて、間違いなく彼である事を確認しながら口を開いた。

 

「そちらこそ何を言っているのかな、ジャミトフ・ハイマン大佐。不完全なコロニーを我々に押しつけておいて、その生命線は握って離さぬなどという言葉の何処に、我が国の独立を保証する意思を見つければ良い?少なくともコロニーがアーコロジーとして完成するまでは、我が国独自の水、空気の採掘権を確保するというのがそれ程出鱈目かね?」

 

「だが、此度の大戦で地球は随分と傷ついた。貴殿の言う正当な権利で過度な開発をすれば、それこそ地球は死の星になる。そうなれば連邦市民は如何すればよい?国民の安全が保障されない内容は容認出来ない」

 

そうなれば、また戦争だぞ?解ってんのか?そんな言葉を視線に込めつつこちらを睨むジャミトフ大佐。おーおー、過激派エコロジストの割には頭使ってくるじゃねえか。だが残念だったな、お前さんが会議に出てくるって確認出来た段階で対策済みだ。

 

「今のように地球に住み続ければ、でしょう?」

 

「何?」

 

「次に出した要求を覚えておいでかな?」

 

「貴様…」

 

はっはっは、伊達に一年近く軍人やってねえぞ。お前さんくらいのガン付けなんて屁でもねえぜ!どっかのスカーフェイスゴリラや陰険眉なしの方がよっぽど怖いわ!物理的に俺を殺せるからな!そんな事を思いつつ俺はニンマリと笑って見せる。

 

「そう、地球残留者の退去だよ。確かに現状の居留地を残したままであれば不可能だろう、まさか連邦市民に増えるなとも言えないしね。ならば我々と立場を同じにして頂けば良い。無論、直ぐには難しいだろうから、今後50年を目安に退去を実施して頂きたい。一度やったこともあるのだし、それ程難しい事ではないだろう?」

 

「そ、それは!?」

 

思わずと言った形で声を上げるスーツのお一人。おっとまだ俺のターンだぜ?

 

「そもそもの話、此度の大戦も貴方がた連邦政府が当初の公約を反故にしたのが遠因でしょう?次の諍いを起こさぬ為にも、ここは互いの立場を合わせておくのが賢明だと愚考しますが?」

 

まあ、心理的にはキツイだろうが正直悪い話ではないと思うんだよね。今回の戦争でうちが勝ったという事実は、他の宇宙移民だけでなく、ルナリアンや木星圏にも影響を確実に与える。具体的に言えば連邦政府の軍事力という権威の失墜だ。そうなれば、地球居留者に対する風当たりは確実に強くなる。具体的には地球環境の保全全般に関わる資金は全て居留者負担とされてもおかしくない。加えて、彼らが元々提唱していた環境保護の観点からすれば、重工業や化学産業はいずれコロニーが主導していくことになるから、いずれ地球の産業は農業と資源輸出になる。それにしたって、既に農業コロニーやアステロイドベルトからの資源採掘がある程度採算が取れている状況を考えれば、明るいとは言いがたい。残るは金融とITくらいだろうが、それだってインフラの維持を考えれば態々地球に残っている意味は薄い。はっきり言って今後地球にしがみつけばしがみつくほど立場は悪くなっていくわけだ。何しろ独立さえ認められてしまえば、こちらはコロニーだって造りたい放題、人口だって増やし放題である。まあ、簡単に増えるとは思えんが、そこは福祉の充実に血道を上げる政治家にでも期待するとしよう。

 

「第一、重要な事ですが。仮にこれを蹴ったとして、戦後貴国は大過なく運営できるとお考えですか?」

 

俺の言葉に言葉を詰らせる背広さん達。でーすーよーねー。何せ敗戦国として賠償しつつ国内を復興させ、国民を食わせていくわけだが、どれをするにも先立つものが必要だ。ここで重要なのが、地球連邦政府が、今回独立したジオン公国を除けば人類の統一政体という点である。そう、彼らには金を無心する相手が、自国民以外存在しないのだ。無論巨大な彼らであるから内需だけでも相応に経済は回せるだろう。しかし今回の戦争で、彼らは一番都合の良かったコロニー在住者という低所得者層をジオン軍に粗方殺されきっている。おまけに軍事力というカードの価値が下がった状態で、残ったルナリアンや文字通り裏切り者のサイド6が果たして戦後の増税に首を縦に振るだろうか?下手をしなくても第二、第三の独立を誘発するのは目に見えている。何せ課税の理由が、特権階級の生活復興なのだから。少なくとも俺なら切れる。

 

「宇宙移民を再開するとして、貴国からはどの程度援助が期待出来るだろうか?」

 

細めた目でそうゴップ大将が口を開いた。さあ、ここからが正念場だ。




もうちょっとだけ続くんじゃ。


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第百四十三話:0080/01/02 マ・クベ(偽)の終戦交渉―Ⅱ―

世間話二回目。


「ゴップ大将!?」

 

世間話の気安さでそう告げるゴップ大将に背広さんが悲鳴を上げるが、俺は無視して言葉を紡ぐ。

 

「我が国も厳しい状況ですから、過度な期待にはお応え致しかねます。が、先達として後輩のために一肌脱ぐというのもまた正しいあり方でしょう。条件を呑んで頂けるのであれば建設用資源は安くお譲り出来るでしょうし、賠償に関してもかなりの減額を約束しましょう。それから、保有する軍事力に関してもね」

 

そう告げると苦笑いをするゴップ大将。俺の横でガルマ様が目を見開いているが、どれも実のところジオンの懐は痛まない内容だ。建設用資源はそもそも生産量を増やせば単価が安くなる。元々自国でもコロニーを増産する予定なのだから、むしろ資材の調達コストが下げられてお得なのだ。戦中に貯めた鋼材も放出出来て実に懐に優しい内容である。次いで賠償に関しても、そもそも自国に被害が出ていないから、賠償金の取得自体が実のところ努力目標だ。無論戦死者が出た分を国として補償しなければならないから、全く取らないという訳にはいかないが、元々連邦からすれば国力が30分の1しかない貧乏国家である。国家歳入の倍程度を要求してもそれこそ連邦なら一括で払えてしまうくらいの金額だ。なのでこれを移民の期間に分割払いとすれば、国民への影響は微々たるものだろう。請求金額的には常識的な賠償額の倍を請求するわけだから、ジオン国内にも言い訳は出来る。

 

「特に軍は平時では金食い虫ですからな。復興に賠償にと考えれば、今の規模は些か荷が勝ちませんかな?」

 

ここでこちらも規模を縮小すると宣言すれば、いくらタカ派の軍人や議員が軍拡を叫んだところで国民が納得しないだろう。…まあ、装備の内容についてはがっつり制限させて貰うがな!取敢えずAMBAC機構を有する機動兵器の開発制限と、母艦機能を持つ艦艇の保有制限だ。その分戦艦に関しては一切制限を掛けない事で、軍内部で予算の奪い合いをして貰う。どこぞの紅茶大好き提督には是非とも頑張って貰いたいものである。

 

「随分とお優しい。そちらも苦しい、という事ですかな?」

 

背広組の一人がそう挑発的な口調で告げてきた。ほほう、中々職務熱心な事じゃないか。だがその態度は頂けないな。

 

「あまりなめないで頂こう」

 

「…は?」

 

「勘違いしているようだから伝えておこう。君たちがこの場に座っているのはガルマ様の温情によるところが大きい。私としてもこの場を任せて下さったガルマ様の意向を最大限尊重するつもりだが、君たちの態度如何によっては考え直す事になる」

 

そこでゆっくり一人一人と目を合わせた後、件の発言をした背広君を見据えて言ってやる。

 

「はっきり言おう、本国にしてみれば連邦が降伏しようが無くなろうが、どちらでも一向に構わんのだ。やりたいというなら是非もない、力での会話を再開するとしようじゃないか」

 

「そ、それは!?」

 

「マ大佐。交渉相手は怯えさせるものではないのではないかな」

 

腕を組んで黙っていたガルマ様が、目を閉じ静かに言い放つ。その一瞬出来た沈黙に言葉を続けたのはエルラン中将だった。

 

「無作法な失言を謝罪致します。アルトワ氏、気持ちはわかるが落ち着いて下さい」

 

停戦こそしているが、その内容はかなり我が軍に有利だ。何せこっちは武装解除してないし、ジャブロー内に部隊も入れている。それだけでなく、地球上の重要拠点は殆ど包囲しているのだ。ここで決裂して戦闘再開などとなれば、連邦軍は文字通りなぶり殺しにされるだろう。まあ、その後の怨恨とか考えたらとても出来んがな!

幸いと言うべきか先ほど名前の出たアルトワ議員も含め、連邦の議員さん達は軍事に疎いようで、今の会話で顔を真っ青にしている。うんうん、釘はちゃんと刺さったな。俺は少し大仰に頷いて口を開いた。

 

「謝罪を受けましょう。冷静な方が居て幸いだ。交渉は理性的に行わねばなりませんからな?」

 

恫喝した口でしゃあしゃあと言い放ち、言外にエルラン中将やゴップ大将の発言以外聞く気がないアピールをする。おかげで背広組は、顔を青を通り越して真っ白にしているが、俺は気にしない。と、言うか今の交渉でかなり甘いこと言ってるんだから察しろと言いたいが。

 

「成程、我々はどうやら運の良い敗軍らしい。先ほどの内容で大筋は合意したいと考えます。宜しいでしょうかな?ガルマ・ザビ大佐」

 

ゴップ大将がそう頷きながら水を向けると、しかめ面になったガルマ様が突き放すように答えた。

 

「今回の交渉はマ大佐が纏めることになっている。彼の言葉が我々の総意と受け取って貰って構わない」

 

そう明言を避けた上で、俺を横目で見てくるガルマ様。ふふふ、遂に末っ子まで俺に無茶ぶりはじめやがりましたよ、おのれザビ家め!

 

「承知した。では改めて、クベ大佐。我々としては貴官の提示した内容で合意したいと考えている」

 

「待ってください。クベ大佐、賠償金に関してはどの程度をお考えだろうか?それに宇宙移民再開となれば当然コロニーの建造が必要になるが、資材だけで造れるような物ではない。この辺りについて貴国の協力が無ければ疲弊した我が国では50年という期日は難しい」

 

そう話を進めようとするゴップ大将の言葉を遮るように、横に座っていた背広組の一人が悲愴感一杯の顔で口を挟んだ。ああ、今のまま呑んだら背広組は何も成果無い事になっちゃうから、何がしかの交渉した結果が欲しいのね。全くワガママさんどもめ。

 

「賠償金に関しては我が国の国家歳入の20倍、コロニー建設に関しては適正価格で受注しましょう」

 

「高すぎる」

 

俺があっさりそう言うと、ジャミトフ大佐がしかめっ面になり唸った。俺もそう思うが、残念ながらこれは駆け引きなのだよ。

 

「高い?面白いことを言う。これでも貴国の国家歳入の一年分にもならない額だ。過去の戦後賠償の金額を知っていれば、むしろ温情にあふれた金額だと思うがね?」

 

俺の物言いに表情を変えぬまま腕を組むジャミトフ大佐。その横で質問した背広さんが、覚悟の完了した顔で再び口を開く。

 

「仰りたい事は理解できます。しかし、大佐の想定には大きな問題がある」

 

「問題?」

 

敢えて惚けてみせるが、背広さんはひるむことなく言葉を続ける。

 

「ええ。先ほどから大佐は我が国の国家歳入を貴国の30倍と見積もっている。成程、確かに戦前であれば近い数字だったでしょう。しかし、今は違う。コロニーに加え地球の領土まで失っている我々にそれ程の体力はありません。大佐、貴方は過去の戦争を語りましたが、ならば過度の賠償が何を引き起こしたかもご存じでしょう?」

 

存じていますとも。少ない賠償では政府の弱腰と取られ、自国民が戦争を欲する様になる。多すぎる賠償は債務国を疲弊させ、結局踏み倒された上に怨恨を育て上げ、次の戦いを引き起こす。

 

「大佐、私も彼の言葉に理があるように思う。我が国は苛烈な支配者ではないのだ」

 

そう横からガルマ様が助け船を出し、それに乗る形で今度はアルトワ氏が震えながらも提案してきた。

 

「ではコロニー建設の費用を賠償金に含めて頂くというのはどうだろうか?その上で返済期間を50年ではなく半分の25年とし、それを超過するごとに追加の支払いを行うというのは?」

 

その言葉に俺は顔を顰めて見せる。

 

「随分とそちらに都合が良い話ではないですか?」

 

「そうは思いません。返済期間を考えるならば、コロニー建設は間違いなく最優先に進められるでしょう。返済に充てられるならば、できる限り多くそちらへ発注することになる。そして短期間に工事が集中すれば資材の価値は跳ね上がる。…だぶついている鋼材を適正価格より高値で卸しても、十分に買い手が付くくらいには」

 

成程、伊達に民主主義国家の政治家はしてないって訳だ。この提案を呑んだ場合、コロニー建設の受注費用が丸々損するように見える。しかしそれは間違いだ。連邦からすれば、発注したらしただけ賠償金として支払うことになるから、むしろコロニー建設を積極的にジオンへ発注するだろう。これが別なら、ある程度建設が軌道に乗った後は国内のメーカーへ優先して受注を出し、内需を拡大させつつ、資金の流出を抑えに入る。そうなるとジオンにしてみれば賠償金は取れるが、製品が外に売れない状況になりかねない。無論こちらも内需を拡大すれば良いのだが、そもそも人口という分母が違う分、連邦に差が付けられるのは明らかだ。つまり、宇宙移民が完了しても、埋めがたい経済格差が出来上がってしまう。これを避けるには、連邦の経済にジオンが十分食い込み、欲を言えば何か必須な分野で独占的に技術を確保すべきだ。その意味で今の提案は実に魅力的だ。サイド6を除く各サイドが壊滅している現在、連邦政府の運営していたコロニー公社も大幅に人員やノウハウを失っている。その間にジオンは破損したコロニーの修復や新規の建造などを行って、ノウハウも人員も増やしている。連邦の企業がコロニー建設の技術を再取得する前に受注を独占出来れば、コロニー建造そのものが、ジオンの目玉商品になり得るのだ。ついでに短期的に見ても、戦後の物資のだぶつきによるデフレを連邦が購入することで抑えることが出来る。特に船舶や鋼材といった分野は泣いて喜ぶ事になるだろう。

 

「…成程、中々魅力的な提案だ。ではその方向で調整しましょう。我々も好き好んで悪魔と呼ばれたいわけではないですからな」

 

最大の焦点だった賠償の問題が終わると、話は実にスムーズに進んだ。面子からも予想はしていたが、連邦政府側も完全宇宙移民の実施はやむなしという雰囲気になっていたようだ。最終的にジオン、連邦双方から人員を選出した地球管理公社を設立し、相互監視をしつつ環境再生と水や空気の採集をしていくことで合意を得る。軍事関係は保有制限こそすんなり決まったが、逆にAMBAC機の開発制限に関してはかなりごねられた。まあ、事実上MS、MAの開発禁止しているようなものだからな。なので、機動兵器の保有量を緩和する代わりに、関連技術の開発は全て提案段階からジオンにも開示する事で合意を得た。ついでに民間企業との合同開発はMSの性質上、テロリズムへの容易な転換が可能という難癖を付けて一切禁止とした。え?ジオンはしてる?良いんだよ、ウチは戦勝国だから!

 

「では、最後に捕虜の返還に関して」

 

俺の言葉に少し和んでいた空気が再び固まる。はっはっは、だが容赦しない。

 

「心配なさらずとも、全員お返ししますとも。まあ、ご滞在頂いた期間のツケはしっかり払って頂きますが」

 

俺が笑顔でそう告げると、今度こそ背広組の皆さんが力なく崩れ落ちる。

時に、宇宙世紀0080、1月2日。後にジオン独立戦争と呼ばれる事となる一年に及ぶ戦いは、俺の知るそれよりも遥かに静かに幕を閉じたのだった。




騙して悪いが、本当に後数話で終わる予定ですよ?


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第百四十四話:0080/01/04 マ・クベ(偽)と燠火

「ああ、終わったなあ」

 

明けて翌日、あてがわれたホテルの部屋で、俺はのんびりとソファに伸びていた。だらしない?いいじゃん、戦争終わったんだから。

 

「終わってみればあっけないものですなぁ。あたしゃてっきり、この戦争の何処かでくたばるものだと思っていましたが。いやはや、人生とはどうして解らないもので」

 

そう言いながら楽しそうにキャビネットからウィスキーを出しつつシーマ中佐が笑った。どうでも良いが、その酒後で俺が支払うんですけど。

 

「全くだ。俺なんていよいよジオン柏葉付星十字章持ちだぞ?一体どんな冗談だって話だぜ」

 

とは言いつつももの凄い良い笑顔でルームサービスを片っ端から頼んでいるのはデメジエール中佐だ。日も高いどころか、まだ10時も回っていないのに、二人は完全に酒盛りの態勢だ。だから、そのルームサービスも俺が後で支払うんだけど!?

因みにデメジエール中佐が授与される勲章はジオン国防軍発足から数えても100人も貰っていないという有り難い勲章である。話を聞いた時、後ろでビグ・ザムのパイロット達が切なそうにしていたのが印象的だった。ビーム攪乱幕のせいで全く仕事が出来なかった彼らは、完全にジャングル観光に来ただけになってしまった。うん、強く生きろ。

 

「くれるというなら貰っておけばいいさ、名声も年金も増えて困ることはそうそう無いからね」

 

「年金ですか。…そういえば、大佐はこれからどうなさるんで?」

 

どうするって。

 

「明日の調印式が終わったらオデッサに戻るよ。捕虜の移送もあるし、何より基地を縮小するからね。近隣住民への仕事の斡旋や、出来ればジオンへの移民を勧めたいと思っているが」

 

「と言うことは、軍に残るのですか?」

 

そう聞いてくるデメジエール中佐に、俺は首を横に振る。

 

「いや、今ある仕事が片付いたら退役するよ」

 

この一年近く戦争に参加してきたわけだが、正直もうお腹一杯だ。生活は不規則だし、命は狙われるし、何より我慢ならないのは気楽に買い物へ出かけることもできない事だ。文明的で文化的な人間がやるべきでない仕事である事は間違いなかろう。

 

「幸い、父が店を残しているからね。それを継ごうと思っている」

 

「店?パン屋ですか?」

 

何でだよ。

 

「いや、古物商だよ。生憎父はその手の才能に乏しくて、祖父から継いだ店を傾けてしまったから、私は食うために軍に入ったというわけだ。ここなら食事も給料も出るし、図書館も使いたい放題だからね」

 

まあ本物のマさんは、そこで文化より政治に興味を引かれたみたいだけど。

 

「ははあ、前々から色々と知っているとは思いましたが、そう言った背景で。しかし、大佐が辞めるとなると、私も考えねばなりませんなぁ」

 

グラスの中のブランデーをくゆらせながら、ちょっと遠い目をしたシーマ中佐がそんなことを言ってくる。

 

「ん?中佐は何も心配ないだろう?オデッサでも屈指のMS部隊を率いてるエースなんて、むしろ軍が手放してくれないさ。むしろ身の振りを考えるのは俺だよ。流石にヒルドルブもお役御免だろうからな」

 

交渉の結果、ジオン側が得た領土は北米とヨーロッパ周辺、それからアフリカの北部だった。占領していた範囲からすれば、実に3分の1程まで縮小しているが、その分環境再生に支払う分担金も少ない。その辺りを報告したら、今後のためにギレン総帥は昆布をベースとしたアスタロスの改品種の研究を指示したらしい。絶対連邦に恩を売るつもりだろう。まあ、海なんてどこも繋がっているから、こちらの近海だけ水質改善しても意味ないしな。ナイス判断と言って差し上げよう。

話がそれた。そんなこんなで、当然ながら地球方面軍は規模を縮小する事になったので、大幅な人員整理がなされる予定だ。ちなみに欧州方面軍は現在の半分まで縮小される。ジャブロー攻略に便乗しようとしたが、結局ベルファストを落とせなかった上に、部隊に損害を出したユーリ少将は本国に栄転、代わりに返還される東南アジア方面からノリス大佐が准将に昇進した上で着任する事になっている。アジア方面軍のバウアー少将が、大佐を引き抜かれて嫌そうな顔をしていたのが印象的だった。オデッサも当然規模を縮小するのだが、どうもデメジエール中佐は、もう自分に出番は無いと思っているようだ。だが残念、ジオンは兵無しなんだなぁこれが!

 

「その意見に関しては、双方考えが甘いと言うのが私の評価だな」

 

そう言って俺は、二枚の書類を二人に差し出す。

 

「大佐、これは?」

 

訝しげに視線を向けるシーマ中佐に、運ばれてきたクラッカーをつまみながら笑って答える。

 

「シーマ中佐にはガルマ大佐直轄に編成されるタスクフォースへの転属要請、デメジエール中佐には欧州方面軍の特務大隊への転属要請だな」

 

規模が小さくなる分を練度と装備で補おうというのは、誰もが考える定番である。そして重力戦線における文字通りの最精鋭である二人が、そう簡単に地球から足抜け出来るわけがないのだ。ふはははは!君たちは私の様な幾らでもすげ替えの利く人材ではないのだよ!

 

「シーマ中佐はともかく、俺もですか?」

 

「ジャブローでの戦果から、ヒルドルブは砲兵としてかなり注目されているのだよ」

 

何せダブデと同じ火力を補給を含めて10数名で発揮できるのだ。しかもガウや下手すればコムサイでも運べるという手軽さで。今次大戦から、ガルマ様は砲兵の必要性を痛感したらしく、ダブデやギャロップの削減に烈火のごとく怒り狂った。んで、困った総司令部は、本来同時に削減、というより解体予定だったヒルドルブの部隊を全て残存させることで何とかガルマ様に削減を認めさせたのである。ギャロップこそ少数残されるが、ダブデは全て解体、新たなコロニーの礎となる予定である。そんな訳で、ヒルドルブの第一人者たるデメジエール中佐は間違いなく定年まで地上暮らしになるだろう。最悪その後もオブザーバーとかで縛り付けられるかもしれん。

 

「つまり、軍はまだまだ中佐達を必要としていると言うことだな。その事は頭の片隅にでも入れておくと良い。…これまで割を食わされたんだ、ちょっとくらいたかってやっても罰は当たらんさ」

 

そう言って笑うと、俺もキャビネットからグラスを取り出し酒を注ぐ。うん、日の高いうちから飲むアルコールは最高だな!

 

 

 

 

「久しぶりだな。一体どんな風の吹き回しかね?」

 

声に棘が混じることを自覚しながらも、ダグラス・ローデン大佐は態度を改めることなく、そう来客に問うた。

 

「なすべき時が来ました」

 

些かの動揺も見せずにそう答える相手に、更に苛立ちを募らせながら、ダグラスは手を止めて相手を見据える。

 

「時が来た?これは滑稽だ。全てが終わった今、何を成すと言うのだね?」

 

ジオン・ダイクンの望んだスペースノイドの自主独立。その悲願は既に達成されたのだ。たとえそれが、自らと違う派閥に属するものの手によってもたらされた結果であっても、ダグラスは歓迎すべき事だと考えていた。

 

「仰る通り、事はなりました。…故に次はその事実を正しき意思の下へ戻すときです」

 

「正しい、意思?…まさか、貴様ら!?」

 

地球に亡命したダイクンの遺児。その内兄の方は不幸な事故により死亡したが、妹はまだ健在だ。本人は名前を変え、こちらからの干渉が無いため忘れられたと考えているようだが、未だに周囲にはダイクン派の人間が密かに護衛に付いている。尤も、ダグラスのようなダイクン派でも穏健な者、端的に言えばザビ家の命令に従っている人間には、その所在すら開示されていないのだが。

 

「このたびは大佐にご協力頂きたく参りました」

 

こちらの意思などまるで考慮せず言いつのる相手に、ダグラスは自然と拳を握った。友人であるカーウィン議員が投獄された際。彼が何とかその娘の安全を確保するべく奔走していたとき、彼らはその手を差し伸べることは遂になかった。そして彼が少女の安全の見返りにザビ家へ協力すれば、今度は裏切り者と後ろ指を指す。そのような態度を取りながら、いざ必要となれば仲間だと言って平然と無心するその姿勢に、ダグラスは彼らから急速に心が離れているのを自覚した。

 

「お引き取り願おう。今の話は聞かなかったことにする。それが私が出来る最後の譲歩だ」

 

「…残念です」

 

そんな感情を微塵も見せずに、男は席を立つと静かに退出していった。その後ろ姿を見送り、ゆっくり1分程閉まった扉を睨み続けた後、ダグラスは深くため息を吐き、眉間を指でほぐした。

 

「…正しい意思の下へ、か。もっと早くに聞きたい言葉だった」

 

そう呟きながら、ダグラスは切り捨てた未来を思う。ガルマ・ザビ大佐に請われ、北米の治安維持部隊を統括しているダグラスの手元にはMS2個大隊を中核とした1個師団程度の戦力がある。規模としては大したことがないように思えるが、この構成員の大半は北米在住者を中心とした義勇兵だ。土地に詳しく、また近隣住民が極めて協力的であるため、少人数であっても治安維持が可能であるが、同時に彼らは敵となった場合、対処が困難という性質も持っていた。何しろ周辺の住民はほぼ間違いなく味方になる。そうなれば、相手は文字通り街一つを相手に戦うことを強いられるのだ。住民との軋轢を徹底して避けているガルマ大佐にとって、これほどやりにくい相手はいない。仮にダグラスが敵に回ったなら、最低でも一ヶ月は北米方面軍を行動不能にする自信がある。

 

「宜しかったのですか?」

 

執務室に併設された秘書室から音もなく入ってきたジェーン・コンティ大尉が、静かに問うてくる。表向き、ザビ家からの監視という立場にある彼女だが、その内実が異なることは、外人部隊の頃の古参達には周知の事実だった。努めて明るくなるよう、喜劇俳優のように肩をすくめながらダグラスは口を開く。

 

「軍人なんぞ長くやるものじゃないな。何でも殴って解決しようとする」

 

そう言いつつ思い出したのは、どうにも食えないオデッサの基地司令の言葉だった。

 

「政争だったら幾らでも付き合ってやったんだがな。私も有権者の一人だ、貴重な一票を投じたとも」

 

「大佐…」

 

目尻を下げるジェーン大尉に、苦笑しながらダグラスは続ける。

 

「我々には言葉があり、それを伝える手段が幾らでもあるんだ。私は彼らと同じ道は歩けんよ」

 



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第百四十五話:0080/01/05 マ・クベ(偽)とビジネス

今月分です。


「お爺様も余計なことをしてくれる。老いて事の分別も付かなくなったのか?」

 

苦々しく顔をゆがめながら、マーサ・ビスト・カーバインは報告書を放り投げた。現状は彼女にとって実に好ましくない。社の影響力を伸ばす格好の機会に思われた戦争は終結。派閥の人間をたきつけて行った設備投資は利益を出す間もなく無用の長物に成り下がっており、ライバル派閥の恰好の攻撃材料となっている。おかげで派閥を鞍替えする連中まで出てくる始末だ。そうした中でもたらされた、ビスト一族の鬼札とも呼べる箱の廃棄という情報は、マーサにとって到底見過ごすことの出来ない案件だった。

 

「確かに連邦に昔日の力を取り戻すことは不可能でしょう。だが、それでも使えるカードをむざむざ捨てることはない。あれはまだまだ我々に利益をもたらせるだけの価値が残っているのだから」

 

そう呟きながら、箱の確保をするべく部下を呼び出す。面倒ではあるが、このような秘事は宇宙世紀になっても口頭でのやりとりが続けられている。むしろ高度に複雑化した通信という存在は、一個人が足跡を消すにはあまりにも荷が勝ちすぎているのだ。

 

(しかし箱が手に入ったとしても…。このままでは先は見えているわね)

 

軍需部門への参入はアナハイムにとって大きなチャンスであると同時に賭けでもあった。誤解されることが多いが、軍需産業はけっして旨味のある商売ではない。購入単価が高額な事や、前世紀の死の商人というイメージからそのように思われる事が多々あるが、企業からしてみれば純粋な商品としての利益は、むしろ低いとも言える。何しろ戦時は大量に発注があるが国家協力を傘に買い叩かれるし、平時は金食い虫だからと調達を絞られる。企業にしてみれば、年間数十機の受注のために製造ラインを維持するなど、悪い冗談にしか聞こえない話だ。だが、そこで得られる技術は魅力的だ。何しろ殺し合いのためであるから、技術開発に投じられる費用は、一企業が民生品を開発するのとは文字通り桁が違う。しかも顧客の財布で出来るというのだから、開発費という永遠の厄介者に頭を悩ませる経営者にしてみれば正に福音とも言える。特にアナハイムの様な裾野の広い企業ならば、その技術転用は文字通り無限の可能性であり、そこから生み出される利益は計り知れない。故の投資であったのだが。

 

「忌々しい宇宙人共っ!」

 

この戦争でアナハイム、それもマーサのような地球連邦に近い位置にいた者は、目を覆わんばかりの被害を受けていた。開戦初頭の各サイドへの攻撃で失われた顧客から得られていたであろう利益の喪失は試算もしたくない様な額であるし、その補填のために投資した地球連邦軍はたった一年で敗北してしまった。何とか投資分だけでも回収出来ないかと頭を悩ませている所に、今度は兵器の共同開発禁止という通達が届けられる。おかげで完了していた分に関しては支払われるものの、研究中のものに関しては連邦政府は関知しないとすげなく袖にされ、これまた大きな負債となってしまった。しかもサイド3のジオニックやMIP、ツィマッドといったライバルメーカーは当然のようにその権利を保障されたため、今後宇宙開発関連においてアナハイムが劣勢を強いられるのは間違いない。それどころか既に社内でもジオンに近かった連中が蠢動を始めている始末だ。このままでは遠からず、アナハイムはジオンの走狗に成り下がるだろう。それはマーサにとってあまりにも不愉快な事だった。

 

「コーウェンの奴も存外使い物にならない。…では、どうする?」

 

レビル派であった横幅の広い技術少将は、ヨーロッパでの一件以降すっかり発言権を失ったらしく、昨日の連絡会でも、まるで抜け殻のように力なく俯きながら座っているだけだった。あのような状態の男にこちらへの配慮を期待するのは、絵本に出てくる姫君くらい頭が軽くなければ無理だろう。そしてマーサはエコノミストでありリアリストだった。

 

「…ならば、次の手を決めるべきですね」

 

利益のためならばマーサに躊躇はない。どんな相手だって蹴落とすし、誰とだって手を結ぶ。たとえそれが、昨日まで殺し合った相手であっても。入室してきた部下達の顔を見ながら、マーサはそうほくそ笑んだ。

 

 

 

 

私室に備え付けられたテレビに映されている、式典の様子を硬い表情で見ながら、シャア・アズナブルはグラスを傾けた。どのチャンネルも似たような映像が流れている。今日一日は、ずっとこのような感じだろう。そう思いながら、シャアは空になったグラスへ酒を注ぐ。ペズンでも士官室は重力が与えられているため、気にせず飲み物が口に出来るのは有り難かった。

 

「…ガルマ。君は結局、ザビ家の人間だったのだな」

 

停戦、そこから数日と経たずに決まった終戦。テレビの中では、連邦軍の高官と、ガルマ・ザビが固い握手を交わしている。そこにはあの連邦の非道に憤っていた様子は見られない。友人に感じていた羨望が、嫉妬が、安堵と暗い歓喜に変わっていることに気付かないまま、シャアはグラスを煽る。

 

「君は、良い友人だったよ」

 

そう言いながら、シャアは連邦軍との停戦を告げたときの部下達を思い出す。中でもアムロ・レイ少尉の態度は苛烈だった。

 

 

「停戦!?停戦ってなんですか!」

 

言葉どおりの意味でないことは、彼の目を見れば明らかだった。

 

「落ち着きたまえ、少尉」

 

そう声を掛けながら、視線をその横に立つ青年へと送った。アムロ少尉と同じく、連邦からジオンへ寝返った彼は、ニュータイプとしての能力はララァやアムロ少尉に劣るものの、理性的であり、アムロ少尉の押さえ役にして良き理解者という立ち位置だ。故にシャアは彼のフォローを期待したのだが、その当ては外れていたようだ。件の青年、カイ・シデン少尉もアムロ少尉と同様の表情でこちらを見ていたからだ。

 

「…戦争に正義はない、そう言うんでしょう?それとも軍人になったなら命令に従えですか?確かに少佐殿の言うとおりなんでしょーさ。でもね、俺達はそれでもましな方をと信じてジオンについたんだ。だってのに、そりゃあ無しでしょう?」

 

表情こそ笑顔を取り繕っているが、その目は明確に訴えていた。見ただろう、お前もあの所行を。それを知ってなお、彼らの存在を許すのかと。

 

「戦争なのだ。許す許さないの話ではない」

 

自らの言葉が酷く空虚にシャアは感じた。この終わりに彼自身全く納得が出来ていないからだ。

 

(ニュータイプに触れて、私は人の可能性を知った。その優しさも。だが、同時に人は何処までも残酷である事も理解した)

 

ならば、己に出来る事は何か。そう迷ったシャアは自然と視線をララァへと送っていた。ララァは少し首をかしげながら、小さく微笑む。その瞬間、シャアは己の成すべき事が理解できた気がした。

 

「通達は以上だ、全員別命あるまで自室で待機。…ララァ・スン少尉は、すまないが私の執務室へ出頭してくれ。解散!」

 

 

もう一度グラスを傾けようとしたところで、その手はやんわりと小さな手に止められる。その小さな手の主が、自身すら歯牙に掛けない程の力を持った人間であるなど、一体誰が想像できるだろうか。だがその主は、ただ静かに微笑んでこちらを優しく窘める。

 

「自棄になって飲むなんて、少佐には似合いませんよ。それに何かお話があるんでしょう?私、聞くなら酔っていない少佐の言葉が良いわ」

 

「…ララァには敵わないな」

 

そう返せば、ララァ少尉は笑みを深くする。誰かと居るのを落ち着くと感じたのはいつ以来だろう。そんな埒もないことを思いながら、シャアは口を開いた。

 

「ララァ、ララァはどう思う?」

 

聞かれたララァは困った顔で首をかしげる。

 

「そんな難しい事を聞かれても、私解らないわ、少佐。けれど…」

 

「けれど?」

 

「優しい人が傷つくのは、悲しいことだわ。少佐」

 

「そうか、…そうだな、そんな世界が来るといいな、ララァ」

 

そうシャアが口にすると、ララァは不思議そうな顔をする。そして次の瞬間、運命を決める言葉を口にした。

 

「あら?でもそんな世界を少佐は作るのでしょう?」

 

静寂の中、机に置かれていたグラスの氷が溶け、澄んだ音を立てる。深く呼吸をしたシャアは、遂に覚悟を決めた。

 

「なあ、ララァ」

 

「なんでしょう、少佐?」

 

「私が何になっても、ララァは側にいてくれるかい?」

 

シャアの言葉にララァは静かに微笑んだ。




ちょっと短め。


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第百四十六話:0080/01/06 マ・クベ(偽)と滅びるもの―Ⅰ―

久しぶりにあの子が登場。


ツィマッド社がペズンに与えられている混沌としたラボに、思い詰めた顔の客人が来たのは少佐が終戦を全員に告げてから1日が経過した後だった。本来であれば基地を挙げてのお祭り騒ぎになっていても不思議でないのに、基地内は物々しい空気に支配されていて、一部のふてぶてしい連中を除けば何処か落ち着きのない様子だ。戦争は終わったというのに、ここだけが臨戦態勢を解かずにいるように思える。ただ、その中で実働部隊の人間には自室待機が命じられていたので、客人の行動は明らかに命令違反であり、本来ならば部隊長である少佐へ連絡すべき事柄であったのだが、状況は客人に味方した。否、彼女の能力を考えれば、最善の状況で動いたというのが正解だろう。

 

「どーしたんです?少尉」

 

顔馴染みであり、体格も――本人は極めて不本意に思っているが――似ているエリーが、来客に尋ねる。その表情から、普段の世間話で無いことは容易に想像がついた。故に入室と同時に入り口をロック、更に監視カメラや集音機器に対してダミーデータを走らせる。この程度が出来なければ、ツィマッドの技術者は名乗れない。

 

「先に謝っておきます。ご免なさい、皆さん」

 

そう言って桃色のツインテールを大きく振りながら、少女は深く頭を下げた。この時点で全員がただ事ではない事態に巻き込まれたと自覚する。何故なら。

 

「すっごく聞きたくないですが、もう聞かないって選択肢はないんでしょーね。それで、魔法使いの愛弟子は一体どんな厄介ごとを持ち込んできたんです?」

 

半眼になりながら、エリーはハンドサインで即座に部屋にあるPCからデータの消去を実行できるよう用意させる。常に身につけて持ち運び可能な小型端末にバックアップを取っておくのは、彼女達にとっては常識だ。即座に実行された作業により、部署にあったPCはどれも実行キーを押すだけで、只の箱に成り下がる準備を整えた。その様子を困った笑顔で見ながら、ハマーン・カーン少尉は口を開く。

 

「皆さんには、私と脱走して貰います」

 

「…何だって?」

 

厄介ごとは覚悟していたが、自分の命が掛かっている事実に頬が痙攣するのをエリーは自覚する。相変わらず彼奴の関係者はツィマッドの厄介者のようだ。

 

「多分、アズナブル少佐は反乱を起こします。今逃げないと、良くて拘束。最悪協力を強要されて、拒否すれば命はありません。まあ、仮に生き残っても反乱に加担したら国家反逆で死刑ですけど」

 

笑いながらそんなことを平然と口にするハマーン少尉に、頭を押さえながらエリーは特大の溜息をもって返事とし、大声で叫んだ。

 

「プランD!持てるものは全部リュッツォウに積み込んでください!店じまいですよ!」

 

ペズンから一隻のムサイが出港したのは、それから1時間後の事だった。

 

 

 

 

「順調な滑り出し、とはいかんか。ままならんものだな」

 

「しかし脱走した者はごく僅かです、実働部隊からは2名のみ。それ以外の人員は全員総帥へ帰順しております」

 

その一人が、よりにもよってニュータイプ部隊の人員である事が、極めて重大な問題なのだが、シャアはそれを口にすることが出来なかった。動くと決めた以上、迷いは傷口を広げるだけの行為だからだ。

 

「機材の喪失についてはどうか?」

 

「はい、改造中でありましたMAが一機、それからツィマッド社へ提供していたムサイ一隻が。それからムサイに搭載されていました、ツィマッドの試作機が奪取されたようです」

 

その言葉にシャアは眉を寄せる。

 

「待機中の機体に喪失は無いのか?」

 

「は、はい。逃げるのに手一杯だったのでありましょう。破壊の形跡はありませんでした」

 

(やはり、オールドタイプではこの辺りが限界か)

 

付き従っている部下へ、失望しながらシャアはそれを隠して告げる。

 

「相手を甘く見ない方が良い。ラボは蛻のからだったのだろう?それだけの手際だ、ソフト面でトラップを仕掛けている可能性が高い」

 

「それは…、申し訳ありません、少佐。直ぐにチェックをいたします」

 

自身の思いつかなかった可能性を指摘され、部下の中尉は萎縮してしまう。それを見てシャアは再び口を開いた。

 

「それからビームライフルの充電器をよく確認しておいてくれ、今後の補給を考えれば、我々にとってビーム兵器が戦力の生命線になる。敵がそこに手を出さないとは思えん」

 

「…はい、重ね重ね申し訳ありません。この失態は必ず挽回してみせます!」

 

表情を強張らせる中尉にシャアは敢えて笑って見せる。

 

「そう硬くなるな、中尉。誰にも得手不得手はあるものだ。私だって口では言っても、実際の機器がどう細工されたかなど考えつかん。だが君たちは出来る、つまるところ我々は互いに補いあい、同じ目標へ向かう者。正に同志というやつだ」

 

そんな言葉を受け、中尉はその目に尊敬の色を浮かべる。シャアは自身の言葉が期待通りの成果を上げたことに満足し、彼の肩を叩くと移動用のアームを掴んだ。

 

「さて、私は来客の相手をせねばならん。中尉、ここはよろしく頼む」

 

返ってきた敬礼に笑顔で返礼しながら、シャアは次のことを考える。

 

「さて、ルナリアンが私に何の用事かな?」

 

 

 

 

マーサ・ビストは通された応接室で、出された茶に手も付けず静かに相手を待っていた。

 

(これでカーディアスとの対立は決定的になった。けれど所詮あれは走狗、主が死んだ今、大した事は出来ないでしょう。さて、問題はダイクンの忘れ形見がどれほどのものかということだけれど)

 

後が無い、とまでは言わないが、それでもこの失点が大きいことは確かであり。役員会では既にマーサとその夫について退陣させるべく画策している連中がいる。その急先鋒であるオサリバンの顔を思い出し、マーサは僅かに眉を寄せた。

 

「お待たせして申し訳ない、カーバイン女史。本日は私に火急の用件だと伺いましたが」

 

「それ程待ってはおりません。お目にかかれて光栄ですわ、赤い彗星、シャア・アズナブル」

 

そう言って手を差し出しながら、その顔を見る。そして以前タブロイドで見た姿との相違に、マーサは己の投資が成功することを確信した。しかし勇み足とならぬよう、その点についても確認を行う。

 

「普段されているマスクもミステリアスで素敵ですけれど、今のサングラス姿もお似合いですわね、何かご心境に変化でもあったのかしら?」

 

「…ええ、あれは戦友が作ってくれたものでして。実は私は光彩異常なのですが、戦場でサングラスでは不便だろうと。以前は常在戦場のつもりで普段から着けていたのですが、終戦しましたから、それを戦友にも伝えようと思いまして」

 

「そうなのですか」

 

入手していた情報と合致する当たり障りの無い言葉を口にする相手に、微笑みながらマーサは少し困った表情を作った。

 

「だとしたら、私は無駄足だったようですね」

 

「無駄足?」

 

「ええ。実はそのお姿を見た瞬間、柄にも無く心が躍りましたの。ああ、いよいよキャスバル・レム・ダイクンが立つ日が来たのかと」

 

「…何の事だろうか」

 

明確に放たれる殺気を、マーサは平然といなして見せる。この程度で怯んでいては、アナハイムの重役は務まらない。

 

「ですから、勘違いです。シャア・アズナブル少佐?」

 

そう言って席を立つマーサに、シャア少佐は剣呑な視線を向けてきた。

 

「この場で私にそれを告げて、無事に帰る事が出来ると思っているのかね?」

 

その言葉にマーサは艶然と微笑んで見せた。

 

「出来るでしょう。敵を討つことを諦め、名を捨て、別人に成り代わった腑抜けの貴方が、どのような理由で私を殺せるのです?」

 

「言ってくれる。そのような小物であればこそ、衝動的に凶行に及ぶとは思わないのかな?」

 

「無理でしょう。私が死ねば、最初に疑われるのが最後にあった貴方だわ。仮に小物であったとしても、そのリスクが解らないほど愚かではない。だからこそ、私は貴方をパートナーにと考えたのですから」

 

そう嗤うマーサに、厳しい表情のまま、少佐はため息を吐くとソファへ深く身を預け、告げてきた。

 

「つまり、貴女はシャアである私には用はなく、キャスバルの私に商談を持って来たと?」

 

「ご理解頂けて何よりですわ」

 

十分な回答にマーサは再び席へ着く。そして切り札となる端末を机の上へと置いた。

 

「今がお父上の無念を晴らす最後の機会。名を明かせば立場は手に入る。力だって持っている。けれど貴方にはまだ足りないものがあります」

 

「伺おう」

 

「大義です」




年齢的にマーサが結婚してねえのはないな。と考えてケッッコンさせました。


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第百四十七話:0080/01/06 マ・クベ(偽)と滅びるもの―Ⅱ―

赤い人回。


「大義…」

 

シャア・アズナブル少佐の呟きに、マーサはゆっくりと頷いてみせる。独立戦争に勝利したことでザビ家の権威は確固たるものとなった。仮に今、彼が復讐心のみでキャスバルの名乗りを挙げても、ついてくる者はごく近しい人間と狂信的なダイクン信者だけだろう。残念ながらそれでは足りない。マーサの思い描く成果を得るには全くもって足りていない。故に彼女はこのキャスバルという器に投資する。望む未来を引き出す為に。

 

「此度の戦争で、ザビ家は確固たる地位を築きました。ダイクン氏暗殺の確たる証拠が無い以上、彼らをその事で糾弾する事は難しい。ですから、今の貴方には彼らを排斥するだけの大義がない」

 

「つまり、貴女の言う商品とは、その大義だと?」

 

「お話が早くて助かりますわ。そうです、私がお売りするのはこちらですわ」

 

そう言って素早く端末を操作すると、マーサはその画像を見るよう少佐へ促す。

 

「これは…。石碑、ですか?」

 

恐らく箱の存在を知らなかったのだろう。怪訝そうにそれを見る少佐へ、マーサは説明を始める。

 

「ええ、殆どの人間にとって、これは只の石に過ぎない。けれど持つべき者が持てば世界を覆しうる力となります」

 

「随分と大きなことを言う。そして、私がそうだと?」

 

そう聞き返す少佐にマーサは大仰に頷いてみせる。

 

「この世界に貴方以外居ないでしょう。尤も、貴方が…」

 

「ダイクンである事を示せば…、でしょう?」

 

未だに迷う男に少し焦れながら、それでも努めて冷静にマーサは説く。

 

「では、このまま歴史に埋もれますか?お父上を、母君を手に掛け、貴方から全てを奪い去ったザビ家がスペースノイドの解放者として記憶に刻まれるのを、ただ指をくわえて見ていると?」

 

「それは…」

 

「今、今なのですよ、キャスバル・レム・ダイクン!ご家族の無念を、ダイクン氏の理想を、スペースノイドの真なる独立を成すのは今をおいて他に無いのです!」

 

最後の一押しとばかりに声高にマーサが主張すると、少佐は暫く目をつぶった後、低い声で尋ねてきた。

 

「成程、貴女の言い分は理解できた。だがそこに貴女達の利が無い。商人から出た利の無い話。これを私はどう考えるべきかな」

 

「私達の利ならありますわ」

 

そう言ってもう一度端末を操作する。

 

「私達が乗ってきました輸送船。もう中身はご覧になったでしょう?」

 

そう言って見せたが、マーサが乗ってきたのは元々連邦から発注のあった改造船舶だった。コロンブス級を連結して簡易空母として運用できるようにしたものであり、制宙圏がジオンに掌握されたために、アナハイムのドックに放置されていたものだ。その中にMSと可能な限り武器弾薬を満載してペズンへと赴いていた。

 

「投資ですわ、キャスバル・レム・ダイクン。代わりに貴方が勝った暁には、ジオニックとツィマッド、それにMIPを頂きたいわ」

 

「成程、そして全ての兵器をアナハイムが握ると?まさしく死の商人そのものだ」

 

苦々しく答える男に、マーサは艶然と嗤う。

 

「考え方を変えるべきですわ。私がその立場につけば、戦争は全て経済でコントロール出来る。そして、私が選んだパートナーは貴方だわ」

 

「…了解した。貴女方の支援を有り難く頂こう。暫くはこちらに?」

 

僅かな沈黙の後、そう聞いてきた男にマーサは、営業用の顔に戻り否定の言葉を口にする。

 

「まだまだ物が入り用でしょう?今回はお暇させて頂きますわ。次に会うときは、是非素顔の貴方と向き合いたいですね」

 

「善処しよう。中尉、客人がお帰りだ。シャトルを用意してくれ」

 

 

 

 

「良かったのですか?少佐。あの人、とても危ない人だわ」

 

中尉と連れだってマーサ・ビスト・カーバインが出て行った部屋に、暫くしてララァ・スン少尉が現れる。その姿に微笑みを返しながらシャアは告げる。

 

「世界を変えるには、どうしても力が要る。そして私達の力はあまりにも小さい。なに、一時のことさ。彼らもまた、我々の目指すべき先には不要な人々なのだから」

 

その言葉に、ララァ少尉は小さく微笑んだ。

 

「可哀想な人ね」

 

「ああ。だが、必要なことだ。人は愚かだからね、痛みが無ければ変われんのさ。…さて、そろそろ始めるとしようか」

 

そう言うとシャアはサングラスを置き、席を立った。

 

 

終戦を告げたハンガーには多くの人間が詰めかけており、その興奮と緊張で否応無しに場の空気は暖まっていた。それを肌で感じつつ、急遽用意された演説用の壇上へ登ると、シャアはゆっくりと周囲を見回し、口を開いた。

 

「この放送を聞く、全ての方へ。私はジオン公国軍総司令部隷下、ニュータイプ特別編成部隊を預かる、シャア・アズナブル少佐であります」

 

そう言いながら、シャアは敢えて身につけたマスクを取り払う。

 

「だが、同時に知って貰わなければならないことがある。それは私がもう一つの名を持つことだ。…キャスバル・レム・ダイクン。かつてスペースノイドの独立を夢見た男、ジオン・ズム・ダイクンの息子。それが私だ!」

 

場の空気は既に熱い程で、身につけたグローブの中は少しだけ湿り気を感じさせる。その空気に後押しされながら、シャアは次の言葉を紡ぎ出す。

 

「私は今、ジオンの意思を示す者として語らせて貰う。無論、ジオンとは、簒奪者によって歪められた公国のことではない。父の語った、より正しき人類のあり方を、その有り様を体現した新たなる人類の一員としてである。顧みて欲しい。此度の戦争で多くの人間が傷ついた。その根源が何であったのか」

 

こちらを見るアムロ・レイ少尉やカイ・シデン少尉の視線に不敵な笑みで応えつつ、演説を続ける。

 

「それは、一部の古き人々の欲望に根ざしていたことは疑いようのない真実である。地球に住まい、スペースノイドを邪魔者だと宇宙へ放り出し、惰眠を貪る連邦政府は言うまでもない。彼らが戦火に焼かれたのは、時代の必然であったと言えるだろう。だが、その裏で嗤う者達を見逃してはならない!これを見ろ!」

 

そう言ってシャアは後ろに置かれていたシートを掴み、力任せに引く。一瞬、白いシートが宙を舞い、その後ろから幾らかの傷の入った石碑が姿を現わした。

 

「これは地球連邦憲章、そのオリジナルである石碑である。そしてこれこそが、連邦政府のスペースノイドへの考えそのものであり、簒奪者たるザビ家の悪意を示す、確たる証拠なのだ!」

 

そう言いながらシャアは石碑の一点を指す。

 

「本来宇宙移民とは、来たるべき未来を担う新人類の揺り籠と期待されていた。それはこの文章からも明らかであり、良識ある人々が肯定していたことは、石碑に刻まれている事実から疑うべくもない。しかし!この真実は連邦政府自身の手によって闇へと葬られた!それが暗黒の80年を生み出した罪は重い。そして!」

 

シャアは自らを映すカメラへ向かい指を指す。

 

「その悲しみを巧みに操った者達が居る。ザビ家だ!父を弑逆し、サイド3の権力を欲するだけに飽き足らず、全スペースノイドを支配するべく全人類に未曾有の戦火をもたらした!だけでなく!スペースノイドの独立を謳いながら自らの意に沿わぬと見るや、多くの同胞を抹殺した!そして見ろ!」

 

強く握り絞めた拳が演台を叩く。だがシャアは痛みを感じなかった。

 

「この石碑を以てすれば、此度の戦争は全く不要だった!我々はただ、本来あるべき権利を主張すれば良かったのだから!それを彼らは、自らの権力を確固たるものにするという私欲のために、戦争という災禍を引き起こした!これを邪悪と呼ばずなんとするのか!彼らを見ろ!」

 

そう言うや、シャアはアムロとカイを壇上へと招く。

 

「戦況に窮するや、連邦軍は非道なる人体実験を少年少女へ施し戦場へと引きずり出した!彼らはその生き証人である!にもかかわらず!ザビ家は自らが勝利すると手のひらを返し、それまで悪と呼んだ連邦と手を結ぶという!このように人類に罪を犯した人々を免責するとまで言う!その意図がザビ家の権力を確固たるものにするためである事は明白である!これは、この戦禍を身に受けた人類に対する明白な裏切りであることは疑いようがない!」

 

歓声が耳朶を打つ。その高揚に背を押され、シャアは拳を掲げる。

 

「諸君!人類諸君!今後このような愚かな行為が行われないため!このような悲しみが生まれないために、私はここに誓う!スペースノイドでも、アースノイドでもない。真なる邪悪を討ち滅ぼし、人類恒久の平和を実現すると!」

 

次々に突き上げられる拳、鳴り止まぬ歓声。それを受けながらシャアは両手を広げ、声高に宣言した。

 

「我々は偽りのジオンではない!古き欲望に決別し、人類の未来を開くものである!我々はネオ・ジオン!全ての古く悪しき者達を打ち払う剣である!諸君!心ある人類諸君!共に世界を変えようではないか!誰もが悲しまぬ、未来のために!」

 

 

 

 

基地の食堂で優雅にソバ食ってたら、見知った赤いのが突然テレビに現れて、いきなり演説かまして来やがった。ゆっくりとどんぶりを持ち、汁をすする。うん、ちゃんとウドンとソバで汁を別けているな。その細やかさが嬉しいね。なんて現実逃避をしてみても、いつまで経っても赤い奴が消えやしない。

 

「野郎!やりやがった!!」

 

厄介事は、まだ終わりそうにない。




カツオ出汁だけなのでやや片手落ち。


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第百四十八話:0080/01/06 マ・クベ(偽)と反乱

今週分です。


「状況は?」

 

「良くありません。総司令部も混乱しているようです」

 

「閣下の温情が仇となったな」

 

現状はあまり宜しくない、赤いのの演説で軍部は完全に揺れている。実のところ、ジオン軍という組織は非常に脆弱な組織だ。連邦に勝っておいて何を、と言われるかもしれないが、この軍隊、共通の敵が居る内はそれなりに纏まるが、居なくなったら統制なんてまず無理だ。何しろ軍内のあらゆる部署が人手不足の結果、能力面で妥協するか、思想面で妥協して人員を充足させているからだ。結果、総司令部という最高権力者直轄の組織でさえ、ダイクン派を完全に排除できていない。

正直に言ってあの演説でシャア、いや、もうキャスバルか、彼の反乱に直接参加すると即決出来る人間は極少数だろう。だが、僅かでもダイクン派が反乱に合流したという事実が生まれた場合。間違いなくジオン軍は機能不全に陥るだろう。

 

「そう言う意味では、あの演説は成功だな」

 

ダイクン派、それも過激な連中は軍の閑職に在籍している。そう、軍内に地位も権力も持ったまま、まだ居るのだ。確かに力は微々たるものだが、そんな彼らでも無力ではないし、反乱に現役の軍人が呼応したという事実は残る。加えて最も厄介なのは、そもそもジオン軍がザビ派とダイクン派に分かれていることだ。無論、派閥に分かれていると言うものの、その忠誠心は個人によってまちまちだ。それこそハゲみたく死んだ後まで操を立ててテロっちゃう奴から、俺みたいに地球で壺が買いやすいからという奴までいる。派閥内でもヒエラルキーやパワーゲームは当然のように起こっているわけだが、それは内部での理屈であって、外から見ればハゲも俺もザビ派である。さて、問題は反乱軍に参加した実績のあるダイクン派の、どのラインまでは信用できて、どこからはアウトなのか。そんな判断を一体誰が出来るのかと言うことだ。俺は端末に人員のリストを表示しながら、思わず頭を抱えてしまう。

 

「オデッサに居る将兵にしても、全員に思想チェックなどしていない」

 

第一したところで意味がない。誰かが確認すると解っているアンケートに自分は危険人物ですと正直に書く馬鹿は居ないだろう。よって、今表面的に穏健派と呼ばれていたとしてもその内心は解らないし、どころか最近になって鞍替えしてきた新興のザビ派なんて、下手すればスパイの可能性だって否定できない。

 

「何より不味いのが、宇宙攻撃軍、突撃機動軍、双方から離反者が出てもおかしく無いという状況だ」

 

キシリア様は意図的にそうした連中を集めていた節があるが、問題はドズル中将だ。能力主義だのなんだと言って思想なんて気にせず集めているから、誰がどう動くか予測できない。おまけに長兄の眉なしまで“能力的には一級品だけど思想的に使いにくい人材”なんてものを勿体ないの精神でプールしていやがるから、そいつらへの警戒も必要だ。まったく、独裁するならちゃんと粛正もきちんとやって欲しい。味方にならない有能な手駒なんて害悪以外の何者でもなかろうに。

 

「ウラガン、本国と通信は繋がるか?」

 

「試みておりますが、回線が圧迫されております」

 

「どうせ連邦にもばれているんだ、軍用回線に拘る必要はない、とにかく総司令部に繋げろ」

 

そうウラガンに指示していると、慌てた様子でエイミー少尉が駆け込んできた。ちなみに彼女、軍再編の際、正式にオデッサ付になっている。まあ、今はどうでも良い話だ。

 

「大佐!北米のガルマ・ザビ大佐より緊急です!」

 

「ガルマ様か。解った直ぐ行く。ウラガン、繋がったら私の所へ回してくれ」

 

そう言って俺は通信室へ急いだ。

 

 

「大佐、私は悪い夢でも見ているのか?」

 

ガルマ様が顔を手で覆った。明らかに憔悴しており、顔色が悪くなっているのがモニター越しでも解る。

 

「だとしたら奇遇ですね、私も同じ夢を見ています。全く嬉しくありませんが」

 

そう返したら、ガルマ様は指の隙間からこちらを一瞬にらむと盛大にため息を吐いた。

 

「その態度を見るに、どうも私が寝ぼけているわけではないようだな。…だとすると、シャアが本当に反乱を?」

 

「今はキャスバル・レム・ダイクンを名乗って居るようですな」

 

「知っている、私もあの演説は見たからね。だが、その、本当にシャアは…」

 

そうガルマ様は言いよどんだ。公式な記録では独立運動の後期にキャスバルと妹のアルテイシアは行方不明となっている。ただ、ザビ家の人間なら、ジンバ・ラルと共に地球へ亡命、エドワウ・マスと名前を変えて生存していたことは知っているだろう。その足跡も74年のシャトル事故で途切れるわけだが。

 

「公式記録では、キャスバル・レム・ダイクンは幼少期に行方不明になっております。年齢や容姿に類似点は見受けられるようですが、何しろ顔や声など幾らでも変える事が出来ますからな、DNA鑑定でもしないかぎり、本物と断言することは難しいでしょう」

 

「かたりだと?」

 

記録を正とするならばそうなる。俺は原作知識があるから同一人物だと言い切れるが、今の彼に自身の出自を保証するものは何一つ無い。

 

「事実であるかどうかはこの際大した問題ではないと言うべきでしょう。重要なのはダイクンを名乗る者が反乱を起こした。その一点です」

 

俺の言葉に、ガルマ様は苦虫を噛み潰した顔になる。

 

「連邦軍のジーン・コリニー大将から連絡があった。我が国との終戦に伴う武装解除についてだ」

 

終戦協定後、宇宙やジオン領に残留していた部隊は原則武装解除され本国に送り届ける事になっている。ところが、連邦軍から今回の演説を受けて内容の修正が打診されたのだそうだ。曰く、貴国の誠意ある対応には期待するものであるが、先程の放送から鑑みるに発生した反乱から、貴国の統治能力に疑問を感じる。遺憾であるが、我が方では貴国正規軍と反乱勢力の判別は困難である。ついては自衛のため武装状態での通行許可、並びにサイド6残留艦隊誘導の為、艦艇を派遣する事を了承願いたい。

野郎、軍事通行権としれっとサイド6への進駐を打診して来やがりましたよ。艦艇の誘導なんて言ってるけど、あーだこーだ言ってうやむやの内に駐留する実績作ってサイド6を連邦宇宙軍の拠点にするつもりだろ。騙されんぞ!

 

「国家に真の友人は居ないと言いますが、我が国の友人関係も順調とは言いがたいですな」

 

今回の件はそもそもこちらの身内が暴発、明確に連邦軍を敵として批難しているから拒否もしにくい。いや、出来ないわけじゃないけど、万が一被害が出た際にどんな要求されるか解ったもんじゃない。

 

「併せて反乱鎮圧のために部隊を派遣すると言って来ているが」

 

冗談じゃない。

 

「我が国の問題に軍事介入させるなどあり得ません。第一、兵達の心理的にも難しいでしょう」

 

蜂起したとは言え、元戦友を昨日まで敵だった連中と仲良く攻撃。そこまで切り替えの良い連中ならそもそもジオン公国の軍人になんてなっていないだろう。大体、大多数のジオン兵も連邦兵も敵憎しで軍人になったような連中ばっかりなんだぞ?“不幸な事故”がいつ起きても不思議じゃない。目の前の敵より、隣に並んでいる奴の銃口の方が気になる戦場なんて嫌すぎる。

 

「今回の件はあくまで一部将校の暴走、我が国の内政問題です。連邦へ介入の隙を見せるわけにはいきません、とにかく我々としてはダイクン派の監視、最悪は拘束もせねばならないでしょう」

 

「それこそ反感をもって反乱に与する連中が出るんじゃないか?」

 

どうかな、地球方面軍の連中は比較的我慢強いから、心配は無いと思うが。

 

「連邦へのアピールですよ。それにダイクン派の者にとっても悪い話では無いのです。素直にこちらへ従えば反乱幇助の疑いは晴れますし、何よりダイクン派があのような過激思想の危険分子でないというポーズにもなる。戦力としては期待出来ませんが、敵が増えないだけ良しとしましょう」

 

「敵、か。彼は、キャスバル・レム・ダイクンは、私達の敵なんだな」

 

噛みしめるように口にするガルマ様に、俺は沈黙以外の答えが出せなかった。物語として、2人の関係は知っている。けれどそれは、ただ知識として俺の頭に入っているだけだ。そこにどんな感情があるかなんて、当人達にしか解らないだろうし、それに俺が口を出すのは違うと思ったのだ。そうして黙っていると、ガルマ様の口からどうしようもない思いとして言葉がこぼれた。

 

「でもな、大佐。あいつはな、私にとってはシャアなんだよ。…私の、友達なんだ」

 

重い沈黙が場を包む。本当なら、直接乗り込んで説得したい。そんなことを考えている顔だ。だが、地球方面軍司令としての立場がそれをさせない。地球にはまだ多くのジオン軍人が残っているし、何より終戦における窓口になったのはガルマ様だ。本国が不安定な現状で連邦との折衝を放り出す訳にはいかない。せめて気休めくらいは口にしようと、努めて明るい声音を意識して俺は口を開く。

 

「そう悲観する事もありますまい。キシリア様の隷下には対NTを想定した組織が編成されていたはずです。彼らなら無用な人死にを避けるくらいの技量はあるでしょうから、鎮圧後にゆっくりと話せばいいのです。こんなことをした以上、軍籍は剥奪でしょうから、向こうも時間はたっぷりあるでしょう」

 

そうおどけてみせると、俺の意図を察したのだろう。うつむき加減だった顔を上げて、ガルマ様は笑った。

 

「ふっ、そうだな。聞きたいことが沢山ある。長期休暇が必要になるだろうから、ここはしっかり務めて余計な仕事を増やさんようにしなくては。大佐、欧州担当はまだユーリ少将だったかな?」

 

「引き継ぎが終わっていなければそのはずです。ある意味良いタイミングでしたな。パッカード准将に引き継いでからでは少しごたついたかもしれません」

 

少し無理をしてでも、普段の調子を通す。こういう時は特別に悩んでもどうせ良い方向には向かない。それよりも普段通り動いて気持ちに余裕を作る方が大事だ。

 

「失礼します!」

 

ルーティーンのように紅茶を飲もうとしたら、慌てた様子のウラガンが通信室に駆け込んできた。危うくカップを落としそうになりながら、努めて平静を装って俺はウラガンを叱責した。

 

「騒々しいぞ。ガルマ様の御前でなんたる態度か。一体何があった?」

 

そこで落ち着いてカップを再び持ち上げる。まだだ、まだ慌てる時間じゃない。優雅に紅茶を含み、ウラガンの言葉を待つ。

 

「緊急事態です!本国との通信が途絶。首都ズム・シティにてクーデターが発生した模様です!同時にグラナダとの通信も途絶しております!」

 

俺は盛大に紅茶を吹き出した。




ダイクン派大はしゃぎ。


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第百四十九話:0080/01/06 マ・クベ(偽)とルナツー

注意!
夜と砂糖による悪乗りした話になっています。
過度のオマージュ(パクリ)描写があります。嫌いな方はブラウザバックを推奨致します。


「ドズル閣下、第11パトロール艦隊より決別文です」

 

「そうか」

 

普段より幾分低いトーンで短く返してきた主にラコック大佐は躊躇いがちに言葉を続けた。

 

「これでソロモンの戦力の3割が離反しました。宜しいのですか?」

 

ラコックは宇宙攻撃軍設立当初からドズル中将を支え続けた副官だ。主が政に疎く、謀を嫌う性質である事は十分承知していたが、それでも口に出さずには居られなかった。

 

「俺もザビ家の男だ、良いとは言えん。だが、奴らの気持ちがわからんではないのだ」

 

「気持ちですか」

 

「そうだ、武人として武器を取るなら、命を賭けるなら、己の信じた旗の下がいい。…奴らにとってのそれが、俺でなかったことは残念だがな」

 

そう寂しげな表情を作った後ドズル中将は大きく息を吐き、そして厳しい表情になるとラコックに命じてきた。

 

「今は出て行く奴は追わんでいい。混乱を収めるのが先決だ、いっそそう言う奴らには出て行って貰った方が話が早い。それから少数でいいから本国、グラナダ方面へ偵察部隊を出せ。後はシン少佐を中心に歯抜けになった防衛隊を再編しろ。流石に直ぐには襲ってこんだろうが、備えは必要だ。ルナツーの状況はどうか?」

 

「二時間前に連絡があったきりです。観測班によりますとミノフスキー粒子が戦闘濃度で散布されている公算が高い、とのことです」

 

そしてルナツーから発せられた最後の連絡は、所属不明の艦隊の接近を知らせるものだった。幾ら察しの悪い人間であっても、この状況で答えにたどり着けないとはラコックは思わなかった。

 

「…とにかく、偵察隊の人員の選別を急がせろ」

 

送った連中が寝返ったなどとなれば目も当てられない。連邦と戦うために払ったツケは思いの外大きく、宇宙攻撃軍を苛んでいた。

 

 

 

 

「非戦闘員の退避は完了したのだな?なら次は戦えない連中を放り出せ」

 

矢継ぎ早に報告を捌きながらコンスコンは時計を睨んだ。降伏勧告から1時間と少し、突きつけられていた回答の期限まで残り30分を切っている。

 

「連中に武人としての誇りが残っているのを祈るしかないとはな」

 

基地内の説得という理由で引き出した時間を使ってコンスコンは可能な限りの人員をルナツーから送り出していた。旗下の艦隊も護衛という名目で既に撤退済みだ。今残っている連中は、例の放送後不穏な動きをしていたために拘束した連中と、撤退命令を聞き入れず最後までコンスコンを手伝っていた者だけだ。

 

「仮にも大義を掲げているのです、無体な真似はしないと思いたいですが。良くて五分と言うところでしょう」

 

展開している敵のムサイを睨みながらそう口にしたのは、アナベル・ガトー少佐だった。

 

「そんなに低いかね。少佐?」

 

元友軍、それも同じ宇宙攻撃軍に所属していた者達に対する辛辣な評価に、コンスコンはつい苦笑してしまった。アナベル少佐はそれに気付いた風もなく、モニターを険しい表情で見つめたまま口を開く。

 

「反乱に参加した者の多くは若年でした」

 

その言葉にコンスコンも顔を苦くする。大戦中期から増員された若い兵士は、大戦初期の凄惨な戦いを見ていない。おまけに参加できた大規模戦闘もルナツー攻略のみで、その内容は戦闘とは言いがたいほどの圧勝だった。彼らの経験では連邦は取るに足らない相手であり、戦闘とは非常に簡単かつ一方的なものなのだ。そして、若者特有の身勝手な正義感と狭窄した視野が、あの演説から何を感じたか、それを手に取るように理解できてしまったのだ。

 

「護衛を付けたのは失敗だったかもしれんな。連中逃げ出した卑怯者とか言いだして追撃しかねん」

 

「付けていなくても一緒でしょう。要は気分良く拳を振るえる相手を探しているだけです。実に性質が悪い」

 

求めていた言葉を口にしてくれたことに内心安堵しながら、それをおくびにも出さずコンスコンは言葉を続けた。

 

「そうなると問題だな。もうすぐ離脱する最後の艦が出るが、護衛が心許ない。少佐、貧乏くじで悪いが、貴様の隊で護衛を頼まれてくれんか?」

 

「少将。お言葉ですが、現在基地に残っているMS部隊の最上位者は私です。少将閣下の才覚を疑う訳ではありませんが、艦隊相手に基地を防衛しつつMS隊の指揮を執るのは些か荷が勝つのではありませんか?」

 

鋭い視線で、今更放り出すのはなしだと言外に伝えてくる少佐へ、コンスコンはコメディアンのように肩をすくめてみせる。

 

「ところがそうでもない。なんせ残っているMS隊はお前さんの部隊だけだからな。その隊が居なくなれば指揮の必要も無いという寸法だ」

 

「MS隊無しに基地の防衛など不可能です!」

 

「今更遅いよ。堅物のお前さんがそう言うだろうと思ったから、他の連中を先に出したんだ。少佐の腕は信じているが、それでも一個中隊であの数は如何とも出来まい?」

 

そう言ってモニターへと視線を送る。敵は既に展開を開始しており、映っている範囲だけでも大隊規模のMSが見て取れる。

 

「やりようはあります。持久戦に持ち込めば、ソロモンから増援が!」

 

「来んよ」

 

なおも食い下がる少佐の言葉を、コンスコンはあっさりと切って捨てる。

 

「脱出した連中にも指示してある、援軍は無用だとな。それにウチの基地でもこの状態だ、大所帯になっているソロモンの方が混乱は酷いだろう。連中が動いていると言うことは、その辺りも確信しての事だろう」

 

「では、尚のことここを離れるわけにはいきません」

 

「それは困る」

 

「困る?」

 

言葉の意味が理解しきれなかったのだろう。眉間にしわを寄せながら困惑するアナベル少佐に、笑顔でコンスコンは己の考えを告げた。

 

「お前さんは強いからな、ここで戦えば多くの人死にが出る。そして死ぬのは、若い奴らだ」

 

「少将、それは」

 

「確かにあいつらは、国家に弓を引いた度しがたい馬鹿かもしれん。だがあれもまた、我々が守るべきスペースノイドの1人なのだ。折角苦労して生き残らせたというのに、自分達で殺してしまってはあまりにも甲斐が無いじゃないか」

 

コンスコンは言葉を続ける。

 

「連中の拠点はペズンだけ、性急にここを攻めたのは、少しでも物資と生産設備を確保したいからだ。つまり、設備さえ渡さなければ、こんな石ころの一つくらいくれてやってもかまわんのさ。そして時間が経てば経つほど、あいつらは先細る。何せ金も物も無いんだからな。飯も食えなくなれば、流石の馬鹿も頭が冷える。そうなれば殺す必要だって無い」

 

「しかし、それでは少将が…」

 

見目麗しい女性に、憂いを帯びた表情で心配される。思いもよらなかったシチュエーションに少し照れながら、コンスコンは己の考えを曲げない。

 

「無謀と失敗は若い奴の特権だし、その尻を持ってやるのは上司の仕事の内だよ。まあ、全員が全員、許してやるとはいかんだろうがね」

 

俯いてしまった少佐に、できる限りの威厳を持ってコンスコンは命じる。

 

「アナベル・ガトー少佐、貴官に離脱する機動艦隊の直掩を命ずる。一隻たりとも失わず、そして一機たりとも失わせずソロモンへ撤退せよ。困難な任務であるが、貴官とその配下である精鋭ならば成し遂げてくれると私は確信する」

 

コンスコンの声に少佐は瞳を僅かに揺らせたまま、それでも素晴らしい敬礼を以って返事をする。

 

「アナベル・ガトー少佐、拝命致しました!必ず、全員送り届けます!」

 

返礼しながら、コンスコンは頷いて見せる。

 

「宜しい。では少佐、時間がないぞ。直ぐに出発したまえ」

 

「はい、閣下もお元気で」

 

「はっは、私は小心者のコンスコンだぞ?心配せんでも大丈夫だよ」

 

振り返ることなく去って行く少佐の背を見ながら、残っていたオペレーターや司令部要員に向けて、コンスコンはもう一度口を開いた。

 

「と言うわけで諸君、悪いがルナツーは今日で閉店だ。君たちも脱出したまえ」

 

「しかし、閣下」

 

言いつのろうとする中尉へ煩わしそうにコンスコンは手を振ってみせる。

 

「お嬢さんの手前格好付けたが、私だってさっさと逃げたいんだ。お前さん達が居ちゃ逃げられん。ほら、行け」

 

その言葉に皆一様に涙を浮かべ、敬礼をしながら足早に退出していく。最後の1人が扉をくぐり、圧縮空気が扉を閉めると、部屋は電子機器の静かな駆動音に支配された。

 

(まあまあ、上等じゃないか)

 

『時間です、少将。答えをお聞かせ願いたい』

 

浸っていた余韻を台無しにするタイミングで電子音が鳴り響き、高圧的な口調の男がモニターに映し出された。

 

「何度見ても、信じられんな。まさか貴様が公国を裏切るとは思わなかったよ、カスペン大佐」

 

『私としてもこのような事になったことは残念です。さて、そちらの都合には十分付き合わせて頂いた。返答は如何?』

 

真剣な表情で問うてくるヘルベルト・フォン・カスペン大佐に、コンスコンは椅子の背もたれへ深く体を預けながら、ゆっくりと問い返した。

 

「その事なんだが、もう一度確認したい。ルナツーを明け渡せば、私の生命の保障はしてくれる。確かそうだったな?それから、シャア…、キャスバル様に取り次いでくれると」

 

『ええ、キャスバル閣下は少将の事を高く評価しておいでです。参加の暁には中将として方面軍を任せたいとのことです』

 

方面軍とは大きく出た。そう思いコンスコンは思わず笑ってしまう。

 

「くっくっく、この私に方面軍か。…シャア少佐はこれを見ているのかな?」

 

こちらの意図を測りかねているのだろう。訝しげな表情になったヘルベルト大佐が答える。

 

『いえ、閣下は現在ペズンで指揮を執られておいでです。少将とのお目通りは降伏後、日を改めてとなります』

 

「そうか、そいつは残念だ。…面と向かって言ってやりたかったんだがな」

 

視線の隅に入っていたモニターには最後のシャトルが脱出していくのが見える。その映像を満足げに見届けたコンスコンは、ふてぶてしい笑みをヘルベルト大佐へ向けた。

 

『少将?』

 

「イヤだ」

 

『…は?』

 

「お前達に協力するなんてまっぴらご免だと言ったんだ」

 

そう言ってこれ見よがしにコンスコンは手を挙げてみせる。そこに握られているものが何であるか、ルナツーに所属していたヘルベルト大佐は理解したのだろう。先ほどとは打って変わって焦りを含んだ声で制止してくる。

 

『おやめ下さい!少将!』

 

その顔に笑み崩さぬまま、コンスコンは言い放つ。

 

「そんな頼みは聞いてやれん!」

 

握っていたスイッチを強く押し込むと、ルナツーは轟音に包まれた。




拒否からの自爆は男のロマン(錯乱


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第百五十話:0080/01/07 マ・クベ(偽)宇宙へ

今週分です。


ガルマ様との打ち合わせを終えて基地内の事を確認していたら、あっという間に日付が変わっていた。幸いなことに基地内から離反者は出なかった。正直、寄り合い所帯だし、ザビ家に良い印象を持っていない人間も多いから最悪の場合も考えていたが、杞憂に終わって何よりである。そうして基地の掌握が済んだら直ぐにでも宇宙へ上がりたかったのだが、ここで俺の立場が問題になった。そう、オデッサと俺の指揮下にある戦力は総司令部直轄の戦力なのだ。おかげで地球方面軍のガルマ様からの指示では動けないし、勝手に動くのはもってのほかである。何せ二回目だからな、今度は降格じゃ済まないだろう。どうしたものかと悩んでいたら、唐突に鳥の巣頭から連絡があった。

 

「よう大佐。そっちの調子はどうだ?」

 

苛立っているのか、口調はともかく目つきが悪いユーリ少将がそんな風に聞いてきた。多分、俺も同じような顔をしているだろう。

 

「良くはありませんな、最悪と言うほどではありませんが。欧州方面軍も比較的落ち着いているようですな」

 

「ああ、ウチは元々ザビ派の連中ばかりだからな。増員された連中も古参が上手くまとめてくれたよ。だが、問題はここからだ」

 

そう切り出すユーリ少将に頷き返し、俺は考えを口にする。

 

「本国の通信途絶、グラナダも繋がらない。となれば、間違いなくクーデターでしょう」

 

「状況的にはな。だがあの金髪坊やにそれだけの根回しが出来たとは思えないんだが」

 

そらそうよ、多分してないからね。演説の後、月のビスト財団へも確認をとろうとしたが門前払いをくらった。マーセナス氏が裏切るとしてもシャアに石碑を渡すとは考えられないから、何らかの政変があったのだろう。だとすればアナハイムがネオ・ジオンに付いている可能性が高い。資金や物資はある程度そこから都合出来たとしても、本国に人員を送り込むことは難しいだろう。そして、原作知識持ちとしてはどうしても気になる人物がいるのだ。

 

「首都防衛隊を指揮しているアンリ・シュレッサー准将は熱心なジオニストだったと記憶しております。いっそ狂信的と言って良いほどの。彼があの放送に呼応して動いたとすれば、この状況も不思議ではありません」

 

「まてまて!?首都防衛隊は名誉職だろう!?あんなお飾り部隊に何が…」

 

残念だがその情報は少し古い。

 

「ところがそうでもありません。元々彼らは負傷したベテランですから、体さえ満足に動けばその戦闘能力はジオンでも有数の隊なのです。そして、最近彼らの隊で熱心にテストされていた装備があります」

 

リユース・サイコ・デバイス。サイコ、なんて入っているからサイコミュ関連の技術と勘違いされているが、これはニュータイプなんかとは全く関係無い装置だ。端的に言ってしまえば、人が自身の体を操作する上で脳裏に描いている理想の動作を義肢側が受け取ることで、通常の神経接続以上に柔軟かつ本人の思った通りに義肢を動かそうというものだ。ただ、現実には理想と自身の肉体の限界という現実に差があるから、原作のように未成熟な状態だと残っている四肢と齟齬を起こす。なので何処かの凄腕狙撃手は、これを解消するために、理想に追いつけない現実を全部取り外すという方法で解決したわけだが。

 

「千を超える人員によるデータの蓄積は良好な結果に繋がったようですな。報告によれば大半の人間が実戦レベルの動作に十分耐えられる結果を出しているそうですよ」

 

傷病兵が一人でも多く社会復帰出来るという点は非常に喜ぶべき所なのであるが、それが敵勢力を強くしているのは実に残念である。

 

「おいまて、じゃあ何か?首都防衛隊はお飾りどころかベテランばかり揃った精鋭部隊になっているということか!?」

 

「確実ではありませんが、現状から考えるにそう仮定しておいた方が良いでしょう」

 

俺の言葉にユーリ少将は頭をかきむしった後、深々とため息を吐いた。そして少し視線を落とし、俺に問うてくる。

 

「で、お前はどうするんだ?」

 

どうするかね。

 

「正直に申し上げれば、動きたくとも動けません」

 

そう返す俺に、半眼になったユーリ少将が皮肉げに煽ってきた。

 

「横紙破りの常習犯が、何を今更迷っている?ここに至って動かんなどという選択肢は無いだろうに」

 

「無論、私には動く理由があります。しかし、部下には無い。これは戦争では無いのです。敵と戦って死なせるのはまだ責任の取りようもあるでしょう。しかし…」

 

連邦を抑える為には、今政府が動揺している事を見せてはいけない。既に赤いのがやらかしてくれたせいで足下を見られているのだ。国が割れているなどと認識されたら、それこそ連邦も参戦しての三つ巴から終戦協定の反故まであり得る。だから、彼らの反乱への対処に大兵力を注ぎ込むわけには行かない。おまけに事を小さく収めるためには、報酬だって少なくなる。つまり部下達にしてみれば、徒に危険だけが勝る戦場に放り込まれることになるわけだ。しかも、俺の我儘で。俺がそう言いよどんでいると、もう一度ユーリ少将がため息を吐く。

 

「お前は本当に…、何というか面倒な奴だな」

 

そう言ってユーリ少将は一枚の指令書をモニターに映した。

 

「これは」

 

「本国への帰還命令書だな。明日までに俺は本国へ戻る必要がある」

 

「しかし、少将。状況が状況ですが」

 

「だが、帰還中止の命令は受けておらん。つまり最新のこの命令書が有効というわけだな。さて、そこで問題だ。俺は帰らにゃならんが、如何せん道が物騒でな。出来れば護衛が欲しいところだと思わんか?」

 

そう悪戯に誘うガキ大将みたいな顔になった少将に、一瞬呆気をとられるが、直ぐに俺も返事をする。

 

「そう言えば、我が隊の主任務は欧州方面軍の支援でしたな。その指揮官である少将が命令を単独で遂行できないと仰るなら。成程、お助けするのが道理ですな」

 

詭弁?良いんだよ。動けるだけの理由があれば!

 

「そう言ってくれると思ったぜ。こっちからはザンジバルを1隻回す。上げられるのはお前さんの所の2隻も含めれば、その辺が限界だろう」

 

地上からザビ派を引き抜きすぎる訳にはいかないし、何より帰還命令で移動するには、3隻でも多いくらいだ。

 

「ですな。そちらの人員は?」

 

そう聞くとユーリ少将は楽しげに笑いながら告げてくる。

 

「艦の運航要員はデトローフ大尉以下、海兵隊の連中だ。他に乗るのは俺とシンシアだけになる。それと俺は面倒はご免なんでな。移動中の艦隊の指揮はお前さんに任せる」

 

つまりユーリ少将は大義名分を俺達に提供する以外、何もしないことになる。それも自分の命を賭けてだ。正直に言って割に合わない選択だと思うんだが。

 

「実に有り難い申し出です。ですが宜しいのですか?」

 

問い返すと、ユーリ少将は苦笑を浮かべ、口を開いた。

 

「俺自身も驚いている。祖国の為になんてのはガラじゃないからな。だがよ、大佐。そんな俺でもあの金髪坊やに未来を預けるべきじゃないと、その為なら危ない橋も渡るべきだと思うんだよ。…疑うなら、監視を付けてくれてもいいぜ?」

 

「いえ、ご無礼をお許し下さい。私は貴方を侮っていたようです」

 

俺も見る目が無いな。伊達や私欲の人間が、いくら人手不足のジオンでも少将にまで上れるわけがないじゃないか。俺が改めて敬礼と共に謝罪をすると、ユーリ少将は真剣な顔になり、俺に命じてきた。

 

「さあ、時間が無いぞ大佐。直ぐに出発の準備に掛かってくれ」

 

 

 

 

威勢の良い返事と共に暗転したモニターへ向けて取っていた答礼の姿勢を崩すと、ユーリは近づいてきた秘書官を抱き寄せた。

 

「まず第一段階はクリア、でしょうか?」

 

にこやかにしなだれかかってくる秘書官の臀部を強く掴みながら、ユーリは返事をする。

 

「おう、正に思った通りに進んだ。ここまで来ると怖いくらいだぜ」

 

「マ大佐はああ見えて忠義に篤く、それでいて部下思いの方です。このような状況では自縄自縛になる事は明白でしたわ」

 

秘書官の進言を聞いたユーリは自身の状況にとって、これが福音である事を確信した。本国への栄転などと言われているが、ベルファスト基地攻略失敗に関する処罰人事である事は間違いなく、待っているのは本国勤務とは名ばかりの窓際だ。自分を落ち目と見て離れていく人間も少なくなく、このまま行けば面白くない未来が待っていることは明らかだった。

 

「大佐が動けばこの状況も持ち直す。そして、動かした者は間違いなくこの反乱を抑えた功労者になるだろう・・・。つまり、この俺がな」

 

ザビ家にとっても、今回のクーデターが長引くか否かで今後の舵取りは大きく変わる。しかも連邦も絡んでくるとなれば、可能な限り早期に鎮圧したいことは間違いない。その時、あの大佐を動かしたという実績は、ユーリに大きな発言力を与えてくれることだろう。

 

「金髪坊やも良いタイミングで立ってくれたぜ。精々俺の為に踊ってくれ」

 

多分に打算を含んだ行動であったが、ユーリはそこになんら恥じる点は無いと考えていた。何しろザビ家にとっても、戦争を終えたい人々にとっても、そして何よりユーリにも利のある行動だからだ。

 

「さて、俺達も行くとしよう。勝ち馬に乗り遅れるのはご免だからな」

 

立ち上がったユーリは既に、この反乱が終わった後のことを考えていた。



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第百五十一話:0080/01/07 マ・クベ(偽)と奴

連休初日から読めると思った?


「エリー女史、エリー女史。一体この艦は何処へ向かっているのかね?私の記憶が確かなら、本国へ帰るのにこんなルートは取らない筈だが」

 

苛立たしげに端末を叩きながらそう告げてくる技術本部の大佐に、エリーはつい溜息を返してしまった。逃亡開始からそろそろ24時間が経過するが、この大佐の小言は二桁を優に超えている。中にはよくそれだけ不満を思いつくなどと感心している者もいたが、その全てを聞かされている身としてはたまったものではなかった。艦に乗り込んだ瞬間紅茶が無いと文句を言い、自販機に案内すれば淹れ立て以外を飲めというのかと文句を言う。あげくスコーンが無い、ミルクが無い、三時なのに誰も茶を飲まないと文句を言い出す始末だ。顔に缶入りの茶葉を投げつけたエリーはいまだに自身の行動は正当であったと確信している。

 

「当たり前です。本国ヘは向かっていませんから」

 

「成程、グラナダか。だがあそこのツィマッドの設備はあまり役に立たんと思うが?」

 

その言葉にエリーは、この大佐が優秀である事は認めた。事実ツィマッド社の宇宙における拠点は本国に集中しており、各地にあるものの大半は艦艇のメンテナンスベースだ。それも移動可能な浮きドックが精々で、部品に関しては幾らかの在庫を持つのみで、生産は完全に本国の本社に集中させていた。これは主力商品であった艦艇に用いられているエンジンは殊更耐久性と整備性を重視して設計されていたため、部品交換やメンテナンスの回数が極端に少なくそれでも対応出来てしまったこと。MSの販売において陸戦機が主であった事もあり、宇宙における各拠点の拡張は最小限に抑えられた事が原因だ。原作であれば、戦況の悪化やゲルググの配備遅延などからリック・ドムが誕生し、更に艦艇の損耗率が激増したことから、殆どの拠点においてMSのラインや下手をすれば艦艇の建造用ドックまで拡張されたのだが、そんなことはエリーのあずかり知らぬことである。

 

「グラナダにも向かっていませんよ。ハマーン少尉が月は止めておいた方が良いと言っていましたし」

 

「では何処に…。まさか女史、地球に降りるつもりか!?いかん、いかんぞ!それでは私のブラウ・ブロはどうする!?」

 

遠慮の無い大佐の発言に、元々沸点の高くないエリーが限界を迎え怒鳴り返す。

 

「その!あんたの!でっかい玩具が邪魔でっ!本国にもソロモンにも逃げられないんですよ!」

 

「玩具!?あれの素晴らしさが解らんとは!所詮エンジン狂いのツィマッドか!」

 

「おい、言って良いことと悪いことがあるぞ?あんなマッドどもと一緒にするのは止めて貰おうか」

 

「すまない、興奮して言い過ぎたようだ。許して欲しい」

 

謝罪する大佐に、エリーは頷いてそれを受け入れる。自称英国紳士である彼は、悪いと思えば素直に謝罪できる。これに関しては大佐の数少ない美点であるとエリーは思った。ただし謝罪は女性限定である。

 

「私も玩具は言い過ぎました。それから大佐の考えるように地上へ降りるつもりはありませんからご安心下さい」

 

「だとしたら、このコースは?」

 

荷を満載した都合上、リュッツォウは追っ手のムサイより足が遅くなることは明白だ。故に加速の回数が増え、それに伴う軌道修正で推進剤が更に目減りする。結果、たどり着ける先は最寄りのルナツーかサイド6だけであり、それ以上となると途中で反乱軍に捕まる可能性が高かった。故に、エリーはハマーン少尉の勘に賭けることとした。

 

「軌道上までなら、追いつかれずに逃げ切れます。そしてそこまで行けば、彼がいるでしょう?」

 

彼が動くかも、それどころか連絡すら取っていない。本来であるならば合流できるかなど考えるまでもなく絶望的なのだが、何故かエリーには妙な確信があった。

 

「態々MSを持って来たんです。受け取りに来ないなんて失礼なこと、あの大佐ならしませんよ」

 

 

 

 

「揃ったな。忙しいところ悪いがブリーフィングだ」

 

会議室の中を見回し、主要な面子が揃っているのを確認した俺はそう切り出した。

 

「先ほど、ユーリ・ケラーネ少将から本国までの護衛の依頼が来た。我々の任務が彼らの支援である以上これは断れん。少しばかり、上の方も騒がしいようだしね」

 

俺の言葉に幾人かが笑い声を漏らす。ただ、幾人かは表情が強張っている。うん、ちょっと良くねえな。少々不安を感じるも、それを飲み込んで話を続ける。

 

「有り難いことにユーリ少将は本国までの移動に関して、こちらに一任してくれた。よって、まず我々はソロモンへ向かう」

 

そう指針を示すと、顔を強張らせていた一人、ウラガンが手を挙げ発言許可を求めてきた。無言で頷くと、案の定ウラガンは否定的な言葉を口にする。

 

「本国への護衛、とのことですが未だ十分な情報が得られておりません。ここは今暫く情報収集に努めるべきでは?」

 

そうしたい気持ちは良く解る。が、悠長な事を言っている場合じゃ無いんだよな。

 

「これから話す内容は極秘情報だ、他言するな。昨夜ルナツーが落ちた」

 

これはガルマ様がドズル中将と連絡を取って得た情報だ。

 

「詳細な被害は不明だが少なくともあそこを押さえられた以上、地上から今後宇宙へ上がるのは難しくなることは間違いない。故事曰く拙速は巧遅に勝るという、事実今のんびりしていては、連中に迎撃態勢を取る時間を与えることになる。それは避けたい」

 

「しかし、ソロモンでは離反者が多く出たとか。それならば独力でグラナダへ向かった方が良いのでは?」

 

ウラガンの横に座っていたイネス大尉が続いて聞いてくる。そこが悩ましい所なんだよ。

 

「宇宙に出るなら今がいい、しかしウラガンの言うとおり我々の持つ情報は少ない。連邦を刺激しない為にも戦力はなるだけ抑えたいが、そうなるとグラナダの状況次第ではかなり厳しい戦いになるだろう。そのリスクはなるべく抑えたい。幸いドズル中将は本国とグラナダに偵察を出しているそうだから、今後の連携も含めて繋ぎを作っておきたいのだよ」

 

「戦力を抑える。具体的にはどの程度をお考えで?」

 

顎に手を当て確認してきたのはシーマ中佐だ。

 

「ザンジバル級を3隻、MSは1個大隊を考えている。済まないが中佐は貧乏クジだ。諦めてくれ」

 

宇宙での実戦経験者、それも相応の腕利きとなると海兵隊に頼らざるをえない。

 

「成程、確かに大隊規模で拠点一つは少々厳しいですなぁ。まあ、やってやれんことはないと思いますが、少なくとも4つは潰す必要がある以上、出来れば情報は欲しい」

 

最悪味方を装って近づいてきてぶすり、なんてのも起きかねないからね。ついでに宇宙で補給を受けるためにも、最大の支援者の顔を立てる必要もある。

 

「うん、だからソロモンへ行くのは確定だ。その後のことは状況と相談になるが、まずは本国のギレン閣下を確保、その後各拠点を順次解放することになるだろう。宇宙へ上がる人員は送付した名簿通りだ、残った者は基地を頼む。では掛かれ」

 

俺の言葉に慌ただしく全員が席を立ち、部屋を出て行く。それを見届けていたら、最後に一人、思い詰めた顔をした男が残った。なんとなく解ってたけど、さて、どーしたもんか。

 

「解散だぞ、ヴェルナー大尉」

 

「大佐、お願いがあります」

 

うん、知ってる。

 

「時間があまりない。何だね?」

 

「俺も、俺も連れてって下さい。大佐!」

 

そう言うと思ったよ。

 

「ダメだ」

 

「お願いします!大佐!」

 

食い下がる必死のヴェルナー大尉に、俺はため息を吐きながら答える。

 

「何度も言わせるな、ヴェルナー大尉。第一、アッザムは宇宙で使えんだろう?」

 

「やりようはあります!」

 

イヤねえだろ、何言ってんだ。

 

「無茶を言うな。一体どうしたと言うんだ?」

 

敢えて解らないふりをしてそう聞けば、ヴェルナー大尉は顔を逸らし、苦しそうに答える。

 

「今の状況は、俺のせいです。あの時、俺が、俺が撃っていればこんな事にはっ!」

 

やっぱり北米のことか。だけどそれは抱え込みすぎってもんだろう。

 

「あの時少佐が不審な動きをしたのか?していないだろう。なら大尉の判断は何も間違っていない」

 

「ですが!あそこで撃っていれば!大佐もこうなると予測していたからこそ、あの時射撃の指示を出されたんでしょう!?」

 

おいおい、そりゃ買いかぶりって奴だぜ、ヴェルナーさんよ。

 

「馬鹿なことを言うな。第一こうなると解っていたら、大尉に指示などせん。自分で撃っている」

 

「しかし!それでは自分の責任が!」

 

「そう思うなら尚のこと基地に残れ、大尉。シーマ中佐達が居なくなれば、基地で緊急展開できる戦力は大尉のアッザムだけだ。終戦したとは言え、万一の備えは居る。頼まれてくれないか?」

 

それにだ。

 

「それから、責任と言ったがね大尉。命じたことの責任を取るのが、私達の仕事だ。もし責任が取りたいと言うのなら、せめて私より偉くなってからにしたまえよ」

 

そう言って俺は、大尉の肩を叩いた。




話のストックが無いんです!許して下さい!


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第百五十二話:0080/01/07 マ・クベ(偽)と合流

ごめん、数話じゃ終わらない。


「面倒な事になったな」

 

ファルメルの艦橋で大映しになった地球を横目に光る僅かな光点をドレンは睨んだ。哨戒任務を終えて帰還したドレンを迎えたのは、自身の所属する部隊が反乱を起こしたという事と、脱走者の追討命令だった。

 

「こういうデリケートな事はベテランにしか任せられん。少尉、立て続けで悪いが頼まれて貰えないだろうか?」

 

(頼む、ね)

 

マスクを外した年若い上官は、微笑みながらそう言った。成程、確かに若い連中の士気は高いが、その行動は短絡的だ。敵味方が不透明な現状、先んじて元友軍を撃つなどという任務を与えれば、不要な敵対者まで増やしかねない。丁度今のような状況はベテランでなければ無駄に戦禍を拡大させただろう。

 

「軌道艦隊の連中に連絡しろ。内容は移動中の反乱軍艦艇を発見だ」

 

「は?宜しいのですか?ドレン少尉」

 

そう問い返してくるオペレーターに、ドレンは不敵な笑みを浮かべながら説明する。

 

「近づいてくる軌道艦隊の艦がこちらに友好的なら、まずあの艦に接触してくるだろう?だが奴らは逃亡者だ、気付けば攻撃に移る。逆に敵対的なら簡単だ。最初から警告射なりなんなりで恫喝、あるいは初手で沈めようと動く。連中がそれで沈めば良し、手間取るなら俺達が横から攫ってさっさと逃げる。こんな所で無駄は出来ん」

 

現状に対してドレンは悲観的だった。ペズンは旧サイド2のあったL4宙域にあり、ソロモンと同じく比較的拠点化は進められていたものの、その規模はけして大きくない。日用品や水・空気など生活に直結するものこそ周辺のデブリから回収しているから、数年は持つだろうが、それも今まで通りに回収作業や、装置の保守が出来てという但し書きが付くし、何より武器弾薬はどうにもならない。残った技術者達が一週間戦争で撃破され、同宙域に滞留している残骸から再生を試みるなどと言っていたが、出来たところで艦艇はミノフスキー粒子散布下での戦闘に未対応であるし、戦力の中核になるMSは良くて初期型のザクⅡだ。とてもではないがジオンの正規軍を相手取れる内容ではない。

 

(協力者がいるなどと言っていたが、何処まで信用出来るか解らん。ならば手持ちの戦力は軽々に扱えん)

 

ドレンの任されている部隊はファルメルと初期型のムサイ2隻とそこに搭載されているMS3個小隊である。戦訓を取り入れて改修が施されたモデルであるが、MSの運用に関して言えば、カタパルトが追加され、格納庫も大型化している後期型に比べると心許ない。ただし搭載機は全てゲルググであるし、何よりクルーもパイロットもルウム以来のベテランだ。総帥が直率するニュータイプ部隊を除けば、ネオ・ジオンでも屈指の精鋭である。だからこそ彼は損害を忌避し、策を弄した。それが、運命を分ける数分を稼ぎ出すなど思いもせずに。

 

 

 

 

「後方のムサイから暗号通信が発信されてます!こりゃぁ…、連中良い趣味してるぜ」

 

オペレーターシートに座っていた技術者が心底嫌そうな声を上げた。リュッツォウは外観こそ標準的なムサイであるが、新型MS開発の各種試験を受け持つ担当艦として各種センサーや通信機器が増設されている。そこに一部の悪乗りした技術者が独自に手を加えたことで、本来なら不必要な無線傍受や暗号解析といった機能まで追加されていた。追跡してきたムサイが使用した通信は一般的な軍用の暗号通信であり、傍受と同時に解析されていた。だがこれは立派な違法行為であり、たとえベテランであってもそこまで想定して行動しろと言う方が無理があるだろう。

 

「共食いさせるつもりですか、居場所の特定を恐れて無線封鎖していたのが裏目に出ましたね。もうちょっと見つからない予定だったのに」

 

「ふむ、あの艦影はファルメルだな。ペズン組の中でもルウムを経験しているベテランだ。厄介なのが来たな。女史、艦載機は使えんのかね?」

 

デジタル解析されたモニターを睨みながらネヴィル大佐がエリーへ向かってそう聞いた。対して聞かれたエリーは渋面を作る。

 

「1機だけなら、何とか」

 

「あの数だと少なくとも10機以上搭載している筈だ。すまない、誰か紅茶の用意を。死ぬ前に一杯飲みたい」

 

「まだ死ぬとは決まっていないでしょう?」

 

半眼で諦めたような事を口走る大佐をエリーが睨むが、相手は涼しい顔で勝手に指定席にした副長用のシートへ深く腰掛けると足を組み口を開いた。

 

「事態は既に我々の手から離れている。この状況を覆すには外的要因が必要だ。ならば最早何をしていても同じだ。同じなら私は紅茶を楽しむ。ああ、スコーンも用意してくれよスプレッドもたっぷり頼む」

 

本気でお茶の準備を始める大佐を見てエリーは頭をかきむしった。

 

「あれか、ジオンの大佐というのにはまともな奴はいないのか!?」

 

地団駄まで行動がエスカレートする前に、オペレーター席の技術者が叫んだ。

 

「前方に光点確認!友軍のムサイだ!」

 

「まだ友軍じゃありません!」

 

「大丈夫です。エリーさん」

 

咄嗟に言い返したエリーをなだめるように、落ち着いた少女の声が艦橋内で発せられる。エリーが振り返れば、そこにはノーマルスーツすら着ていないハマーン・カーン少尉が、柔らかい笑みを浮かべていた。

 

「ヒーローや王子様はピンチに駆けつけるものですけれど、おじ様は軍人ですから。ネヴィル大佐、私も頂いて宜しいでしょうか?」

 

「淑女の願いを断る輩は紳士ではないよ。君、ハマーン少尉にもお茶を」

 

そう言って本当にお茶を楽しみだす二人を見て、エリーが色々と諦めた瞬間、紅茶に視線を落としたまま、ハマーンが小さく微笑んだ。

 

「来ました」

 

 

 

 

「上がってくる艦艇!?このタイミングでか!?」

 

自身の見通しの甘さにドレンは臍を噛んだ。ソロモンまで逃げ切れない彼らが地球を目指した時点で、当然のように地球へ逃げるものだと考えていた。ブラウ・ブロについては同道したあの技術大佐が聞き入れなかったため、仕方なく曳航しているのだろうと。

 

(救援を要請している様子はなかった。偶然?このタイミングの良さで?そんなことがありえるのか!?)

 

歯ぎしりを懸命に隠しながら、ドレンは自身の策が破綻したと判断し、命令を下した。

 

「遺憾ながら作戦は失敗だ。だが、連中を逃すわけにはいかん。MS隊を出せ、せめてあのムサイは仕留める」

 

 

 

 

「中佐、戦闘準備は出来ているな?」

 

「勿論です。しかしミノフスキークラフト様々ですなぁ。一年前にあの艦があったら、ひょっとしてジオンは負けていたかもしれません」

 

俺の声に直ぐシーマ中佐が答える。確かにね、マスドライバーや増設ブースターで加速が必要な従来の艦では上昇中の艦内で出撃準備などとても出来ない。精々MSの中にパイロットを押し込んでおくくらいで、武装どころかMSそのものをハンガーにしっかり固定していなければ大事故は必至だからだ。だが、ミノフスキークラフト搭載艦は姿勢も上昇速度も任意で行えるから艦内で即応状態で待機させることが出来る。中佐の言うとおり、ペガサス級がマゼラン並みに準備出来ていて、たとえガンキャノンでもMSを充足させていたら、ひょっとしてコロニー落としは成功しなかったかもしれない。なんか、そんなIF戦記とか流行りそうだな。このまま人類が滅びなければだけど。

 

「それで大佐。目標はどれですか?」

 

中佐にそう言われ、俺はモニターへ視線を移した。現在上昇の真っ最中であるザンジバルの前方にいる1隻のムサイを挟んで、その正面から3隻、そしてその後方、主砲射程のギリギリ圏外に3隻のムサイが留まっている。実に解りやすい。

 

「後ろの3隻だ、あちらの方が性格が悪そうだからね」

 

「了解」

 

自分でもあんまりな理由だと思ったが、シーマ中佐は躊躇なく了承すると出撃していく。ちょっと信頼がオーバーフローしていませんか?まあ、ちゃんと理由はあるから後で聞かれたらちゃんと答えよう。その為にも自分の仕事を満足させねば。

 

「オペレーター、ムサイ前方より接近するパトロール艦隊へ通信を入れてくれ。味方同士で撃合いなどは馬鹿らしい」

 

「了解です。しかし味方なのですか?」

 

「味方だとも」

 

元々軌道艦隊に選抜されている部隊はドズル中将の配下でも特に信用されている人員で構成されている。何せ彼らの働き如何ではガルマ大佐が困窮する事になるからだ。将という身分から考えれば私情も良いところで、はっきり言って問題なのだが、そのおかげで地球方面軍全体が利益を得たわけだから黙認されていた。今もこうして恩恵に与っている事を思えば、これはこれで有効な差配なのかもしれない。俺には出来ん理由だけど。

 

『こちらは宇宙攻撃軍地球軌道艦隊所属、第13パトロール艦隊』

 

「任務ご苦労、我々は総司令部隷下特別遣欧部隊司令、マ・クベ大佐だ。久しぶりだね大尉、元気にしていたかな?」

 

『周囲が少々騒がしいですが、我々は相変わらずですよ。今日も地球を肴に一杯やる予定だったのですが。ああ、確認が取れました。お帰りなさい、大佐』

 

そう言って帽子を脱ぎ、一度頭をなでたのはジャック・スワロー大尉だ。実を言えばオデッサは、宇宙へ物資を上げる都合上軌道艦隊とは頻繁にやりとりがあり、多くのパトロール艦隊と懇意にさせてもらっている。今回だってギリギリではあったがフライトプランは提出しているし、それについて受領の返事も貰っている。問題となるのは目の前にいる不審ムサイとその後ろに陣取っている連中だ。

 

『上がってきて早々部隊を展開とは穏やかではありませんな?あちらは大佐のご友人ですか?』

 

先ほどこちらでも暗号通信を確認した。内容までは解らないが取敢えず軌道艦隊向けになにやら密告があったのは間違いない。その真偽を確かめているのだろう。だから俺は堂々と言い切った。

 

「前方の1隻は私の大事な仲間だよ。それを付け狙っているのだから、まあ、後ろの連中は敵だな」

 

『成程、承知しました。援護は必要ですか?』

 

「あれに乗っているのは小さなレディでね。怯えているかもしれないからエスコートを頼みたい。無頼共はこちらで処理するとも」

 

既にシーマ中佐達が向かっているしね。

 

『承知しました。ご武運を』

 

そう言って通信は切れる。さて、後は中佐の戦果を聞くだけだが。

 

「何もしないのは芸がない。艦長、艦首を敵ムサイへ指向。少々驚かせてやれ」

 

俺は指揮官席でそう笑って見せた。




合流…出来てない!?
この計画性の無さよ。


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第百五十三話:0080/01/07 マ・クベ(偽)と会敵

今月最後の投稿です。


「色付き!?」

 

舌打ちしたくなる衝動を懸命に抑え、ドレンは素早く計算する。

 

(あれは海兵隊か!?しかもゲルググだと?この交戦は想定外すぎる)

 

何処で間違えたのか、そんな思考の迷路に迷い込む暇すらなく、事態は進行していく。

 

「敵MS部隊接近!」

 

「弾幕を張れ!MS隊は各個に迎撃!相手は海兵隊だ、単独で当たるな!」

 

だがその指示もむなしく響く、何故なら敵はザンジバル級が2隻である。そもそもの搭載数が倍以上違うのだ。ミノフスキー粒子が撒かれるまでの僅かな時間で確認された敵機は、10を超えており、既に2対1の構図は難しい。しかも更に状況は悪化していく。

 

「パトロール艦隊よりMS発進しました。これは…、パトロール艦隊機目標の護衛に付きます!」

 

この時点でドレンの思惑は完全に破綻した。それを理解し、撤退のための指示を出そうとするが、それはあまりにも遅すぎた。

 

「て、敵ザンジバル級がこちらへ向かってきます!?」

 

「ぜ、全艦各個に応戦しつつ撤退だ!」

 

それが絶望的な命令であることは自覚していたが、他の選択肢は既にドレンの手の内には残されていなかった。

 

 

 

 

「やる気がないなら最初から出てくんじゃないよ!」

 

そう吐き捨てながらシーマが放ったビームは続けざまに敵機のシールドへ吸い込まれ、それごと相手の左腕を吹き飛ばした。反動を制御しきれず無様に回転する敵機に肉薄し、左腕に装備したシールドを今度は相手の右腕へ叩き付ける。左腕に続き、右腕の肘から先も失った敵機は、慌てて背を向ける。その行動はあまりにもお粗末で、シーマは失望すら覚えた。

 

「腑抜けかい!」

 

即座に照準、発砲。推進剤の詰まったバックパックへビームマシンガンの直撃を受けた敵機は、脱出ポッドを吐き出す暇もなく爆散した。

 

「クルト、ここは任せる!第一小隊ついてきな!艦を食うよ!」

 

「「了解!」」

 

言うや、シーマは機体を更に加速させる。宇宙での戦闘は数ヶ月ぶりの筈であるが、海兵隊の動きにブランクは感じられない。それというのも宇宙から戻った大佐に請われて、シミュレーションのシチュエーションが専ら空間戦闘になっていたからだ。

 

(本当におっかないね、ウチの大将は。これも想定の内って訳かい?)

 

敵の対空砲火をバレルロールで鮮やかに避けながら、バックパックのメガ粒子砲を照準。艦橋の真下というムサイの死角に潜り込み、エンジンを支えているアームを吹き飛ばす。支えを失ったエンジンが船体にぶつかり、派手な爆発を起こした。推力のバランスを崩し、爆発で姿勢すら崩した敵艦の艦橋へ向けて、シーマは苛立ちを覚えながらトリガーを引いた。

 

「覚悟や思いなんてもので勝てるほど甘くないんだよ!あの世で後悔しな!」

 

爆発の破片からシールドで自機をかばいつつ次の目標を見定める。相手は僚艦が沈められた事に動揺したのか、シーマの機体へ向けて対空機銃を集中させてきた。それが致命的な隙となる事など考えもせずに。

 

「まさか自分達は沈められないなんてお花畑で出てきたのかい!?おめでたいねぇ!」

 

AMBACとスラスターを組み合わせてシーマはジグザグに機体を振りつつ、敵艦の腹側へ移動する。慌ててロールを始める敵艦の艦橋へメガ粒子の光が続けて2発突き刺さった。一瞬発砲元へ視線を送れば、随伴してきた第一小隊の僚機2機が確認出来た。

 

「クルト達が手練れとは言え、無様なもんだね。艦隊防空も満足に出来ないのかい」

 

数的不利の中で艦隊を守ろうとするならば、MSの動きは極端に制限される。とは言えそれを律儀に守れていれば、これ程易々と艦を失うことはない。そう結論づけたシーマは不快感を吐き出すようにスロットルを蹴りつけて次の艦へ向かう。狙ったのは独特な艦橋をしたムサイ。最後に残ったそれは、この艦隊の旗艦だ。

 

「敗軍の将は責任を取らなきゃねぇ!安心しな!直ぐにお仲間も送ってあげるよ!」

 

ファルメルが轟沈したのは、この僅か1分後の事だった。

 

 

 

 

「ああ!?ファ、ファルメルが!」

 

自機の後ろからきた爆発光に思わず振り返ったフランシィ曹長が見たのは、跡形もなく消し飛んだ味方艦隊だった。

 

『ゲルググのパイロット!お前の艦は沈んだぞ!諦めて投降しろ!』

 

目の前で切り結んでいた海兵隊のゲルググから、接触回線を通してそう告げられる。既に僚機も全て落とされており、残っているのはフランシィだけだった。彼らの名誉のために付け加えるなら、パトロール艦隊は敵艦隊へ向けてMSで先制攻撃を加え、火力が漸減されたタイミングで艦隊が突入、敵艦隊を屠る事を基本的な戦術として採用していた。連邦側にMSが少なかった事も手伝って艦隊を防空するという意識は低く、訓練も十分ではなかった。対して海兵隊は対艦戦闘など飽きるほどやってきたし、集団戦のシチュエーションではマ大佐の率いる艦隊を襲撃する内容までやっている。それも小隊で連邦の戦艦を含む6隻以上の艦隊相手なのだから、数の劣ったムサイの防空など小雨ほどにも感じていなかった。仮に海兵隊で行われていた対艦戦闘のシミュレーションデータが全軍に開示されていれば、ゲルググ全機の喪失の代わりに一隻くらいは逃がすことが出来たかもしれないが、そんなもしもは今の彼女にとって何の慰めにもならなかった。

 

「い、今更投降したって…」

 

フランシィ自身は特別ダイクン家を信奉していた訳でもないし、あの演説を聴いても特に心を動かされることもなかった。しかし、隊の連中がネオ・ジオンへの参加を表明し、基地内での出来事を聞いた後では、とても自分だけ参加しないとは言い出せなかった。

 

「どうして、どうしてこんな事に…」

 

ネオ・ジオンへの不参加を表明した人間に対する私的制裁。総帥に隠れて行われていたそれにより、僅かとは言え死者まで出ていた。そして女性であれば、直接的な暴行以外にも苦痛を与える手段は存在する。戦場を経験していたが故に、そうした生々しい現実を知っていたフランシィに、それを受け入れるだけの覚悟は存在しなかった。

 

『聞いているのかパイロット!』

 

「と、投降したって銃殺じゃない!」

 

『女!?』

 

フランシィの叫びに動揺したのか、相手のゲルググの動きが僅かに鈍る。その瞬間を見逃さずフランシィは相手を殴りつけ、更に右腕に搭載された90ミリ機関砲のトリガーを引く、しかし砲弾が発射されるより早く、ゲルググの右腕にビームが降り注ぎ、その機会は失われた。

 

『遊んでんじゃないよ!』

 

叫び声と同時にフランシィの体は激しい衝撃に襲われた。激しく流れる警報音から自機の四肢が切断されたことを理解し、そして次の衝撃と同時にメインカメラ一杯に映った機体を見て、彼女は自身の死を自覚した。

 

「グディニャの鬼神…ジブラルタルの、英雄。はは、こんなの、勝てるわけない」

 

『解ってんならさっさと投降しな、胸くそ悪いことさせてんじゃないよ!』

 

苛立ちを隠そうともせず、そう言ってくる相手に向かい、フランシィは先ほどの言葉を繰り返す。

 

「投降しても、銃殺でしょう?いっそここで殺してよ」

 

返ってきたのは深い溜息と、怒気を押し殺した声だった。

 

『あんた達はテロリストだ。捕まれば法的に裁かれるが、戦場で捕虜として扱う条約は存在しない。つまり私達はあんたらに投降を促す必要も無いんだよ。なのに手間暇掛けてそんなことをやっている時点で、少しはこっちの気持ちも酌んだらどうなんだい?それからどうしても死にたいって言うなら自分で死にな。あんたみたいな連中の願いを聞くために手を汚すなんてまっぴらご免だよ!』

 

英雄の言葉を聞き、フランシィは嗚咽交じりの降伏を申し出た。

 

 

 

 

「終わったか。流石海兵隊だな」

 

安堵と共に、俺は気付かれないよう息を吐いた。宇宙での実戦はブランクがあるから少し心配だったが、杞憂だったな。

 

「中佐もお見事ですが、大佐の深謀遠慮にも感服致しました。あの訓練はこのような事態も想定しての事だったのですね!」

 

興奮した面持ちでそう告げてきたのはケープタウンの艦長をしているウィリアム・キャラハン大尉だ。なんか海兵隊のせいで船乗りは荒くれ者というイメージが強い中、銀縁めがねを掛け、端末を常に小脇に抱える彼は、どちらかと言えば作戦参謀とか秘書官といった風体だ。もっとも、その勇猛さはシーマ中佐のお墨付きで、

 

「あれは頭のネジが数本抜けていますね」

 

だそうである。実際グディニャ攻略の際は艦を接近させるどころか上空を旋回してガンシップのように動き回り、停泊していた艦艇を片端から沈めるという戦果を挙げている。ちなみに彼が言っている訓練とは、多分海兵隊とやっていた艦隊戦闘や、空間戦闘のシミュレーションの事だろう。

 

「備えあれば憂い無し。良い言葉だと思わんかね?」

 

口角を上げて自信満々という風を装ったが、実際はそんなこと全然考えていませんでした。空間戦闘のシミュレーションは黒い3兄弟のリベンジ対策だし、艦隊戦の方は絶対体験できないシチュエーションだからやってみたかっただけです。シーマ中佐達がノリノリで付き合ってくれたからつい熱が入っていたけど、基本的にあれは遊びである。背中を嫌な汗が伝うのを自覚しながら、俺は言葉通り尊敬のこもりまくったウィリアム大尉の視線から目をそらし、次の命令を口にする。

 

「さ、大尉。お嬢さんを待たせるのは失礼だ、艦をあのムサイへ」

 

「お嬢さん?」

 

不思議そうに聞き返してくる大尉に今度こそ笑いながら俺は答えた。

 

「あのMAの色を見たまえ、何処かで見たことがあると思わんか?」




主人公、見てただけである。


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第百五十四話:0080/01/07 マ・クベ(偽)と方針

今月分です。


「大佐!」

 

パトロール艦隊に護衛されつつ逃亡してきたムサイへ接舷し人員数と安否を確認するべく乗り込んだら、いきなり良い匂いに抱きつかれた。

 

「久しぶりだね、ハマーン。怖い思いをさせてしまったようだ」

 

俺がそう言うと、ハマーンは頭を振ったかと思えば、愛らしい笑顔で否定してきた。

 

「いいえ。大佐が来てくれると解っていましたから、ちっとも怖くなかったです」

 

そんなことを言って頬を胸元に擦り付けてくるハマーン。なんだろ、前世の実家にいた猫を思い出すな。一人暮らしをするようになってから年に数回しか帰らなかったけど、それでも覚えていて喉を鳴らしながらすり寄って来たっけなぁ。そんな懐かしさも手伝って思わず頭を撫でようとしたタイミングで、ハマーンがやんわりとつままれ俺から離された。

 

「少尉、気持ちはわからんではないのだが、今は急を要する。感動の再会は落ち着いてからにしてくれないかい?」

 

お前もだぞ、仕事しろ。無言ではあるが冷たいジト目で雄弁にそう訴えてくるシーマ中佐に向かって、俺は咳払いをして誤魔化しつつ、口を開いた。

 

「そうだな、今は仕事を片付けよう。ハマーン少尉、ブリッジへ案内してくれるか?」

 

「はい大佐。こちらです」

 

頬を膨らませたハマーンは恨めしげにシーマ中佐を見ながらそう言うと踵を返して移動を始めた。直ぐに付いていこうとしたら、何故かシーマ中佐に割って入られた。

 

「大佐、少しはデリカシーと言うものを覚えて下さい」

 

え?俺なんかしちゃいました?

 

「…ええ、ええ。そう言う方でしたなぁ。まあいいから私が先です」

 

どうにも解らんから、後ろから付いてきてくれていた海兵隊の隊員に聞いたら、気まずそうに答えてくれた。

 

「あー。ほら、思い出して下さいハマーン少尉の恰好。…スカートだったでしょ?」

 

唐突であるが、ムサイは公国軍の台所事情が思い切り反映された艦である。何が言いたいかと言えば、基本的に重力ブロックなどという部分は存在せず、艦内の移動は移動用グリップに掴まって動くことになる。当然引っ張られるのは腕なので無理のない姿勢を取れば、水の中を泳いでいるような恰好になるわけだ。つまりあのまま付いていけば、眼前に少女の神聖なるデルタ地帯が!…危うく性犯罪者になるところだった、後でシーマ中佐に酒でも差し入れよう。

 

 

 

 

「つまりここからソロモンを目指すと?」

 

「パトロール艦隊から推進剤の補給は受けられますし、MAもザンジバル級で牽引すればそれ程無茶な行程ではありません。何より現状明確な宇宙の味方拠点はソロモンしかないのです。他に選択肢はないでしょう」

 

「こちらは安全なら何でも構いませんが、お客様はどうなんです?」

 

ブリッジに集まったメンバーは各拠点の位置を示したモニターを眺めながら、それぞれの意見を出しあう。中心になっているのはマ大佐で、その脇にシーマ・ガラハウ中佐、逆側にはエリーとネヴィル大佐が陣取っている。そしてマ大佐の希望でハマーン少尉も同席していた。エリーの口にしたお客様とは、遅れて合流してきたザンジバル級に乗艦していた少将の事だ。この場にいる最上級階級の人間として行動指針の場にくらい出てきても良いのではないかとエリーは思うのだが、それをマ大佐が口にしたところ嫌そうな顔で拒絶していた。

 

「今いるメンバーは俺以外全員オデッサ組じゃねぇか。そんなところに階級だけぶら下げた俺が出て行っても無駄に混乱させるだけだ。出発前に言ったろう?移動中は全部お前に任せる」

 

職務放棄に等しい発言であったが、何故かマ大佐以外の面々はとても良い顔をしていた。

 

「こちらに任せると仰った以上文句は言わんでしょう。少将はあれで兵思いの方ですから」

 

あれだけ無茶振りされていてそう流せる辺りに、やはりジオン軍の大佐という人種はどこか欠陥を抱えているのではないかと不安になったが敢えて指摘はしなかった。どうせしたところで首をかしげられるだけで終わるのが目に見えていたからだ。

 

「ならば何も問題はないな、急ぎソロモンへ向かうとしようじゃないか。今のままではブラウ・ブロが満足に整備も出来ん。ああ、それとマ大佐。済まないがそちらの艦に移っても良いかな?牽引する艦にいた方が何かあったときに都合が良いだろうし、そろそろこの艦の茶葉が切れるのでね」

 

マ大佐は最後の言葉をジョークと受け取ったようだが、エリーは最後の言葉こそネヴィル大佐の本心であると確信していた。そして緊張感のないやりとりに不満さえ覚え始めた頃にマ大佐が笑いながらエリーへ向かって口を開いた。

 

「その様子ならもう緊張は解けましたかな?エリー女史、今更ではあるが礼を言わせてください。貴方の英断によって我々は大事なものを守ることが出来た」

 

その言葉の意味を、ハマーン少尉の命だと解釈したエリーは面白くなさそうに鼻を鳴らす。

 

「知らない仲じゃないんです。見捨てるほど薄情だと思っていたんですか?」

 

そう返せば、大佐は頭を振り否定する。

 

「薄情だなどと思っていません。だが自身の命も秤に乗ると理解した上で、なお行動できる人間は少ない、驚くほど少ない。だからこそ未来を救った貴方に感謝を述べるのです」

 

「未来なんて大げさな」

 

頬が熱くなるのを自覚したエリーは大佐から視線を逸らし、敢えて斜に聞こえる声で言い返す。だが大佐は不敵な表情で答えた。

 

「大げさでも何でもありません。ニュータイプとしてダイクンの名を継ぐものが口にした台詞を聞いて、なお否を唱えた少女。ハマーン少尉という存在は、文字通りニュータイプと呼ばれる人々の未来を救ったに等しいのです」

 

「ニュータイプの、未来?」

 

言葉の飛躍に、エリーは困惑しつつ大佐の言葉を待つ。

 

「あの男の宣言がニュータイプの総意であるとされたなら、この先に待つのはニュータイプとオールドタイプの絶滅戦争です。そして絶対数で劣る彼らは必ずオールドタイプに屈し、皆殺しにされるでしょう。文字通りにね」

 

「そんな、こと」

 

「ご存じないのですか?今貴方の目の前にいるのは50億の命を奪った惨劇の片棒を担いだ男です。その私が断言する、人は恐怖から逃れるためならば、欲のためならば何処までも残酷になれる。私自身、奪った命に対して大した痛痒を感じていないのが何よりの証拠だ」

 

狂気と呼ぶには、大佐の目はあまりにも冷え切っていた。だからこそ、彼の言葉がどこまでも本心であると嫌でも理解できてしまう。

 

「ハマーンはあの演説に異を唱えた、その行動を以ってね。つまりダイクンが口にしたようなニュータイプと彼らは異なる存在だと言う生きた証拠だ。ハマーンが賛同しなかったという一事を以って、彼らはわかり合えてなどいないという事実を世界に突きつけることが出来るのだから」

 

「興味深い意見だ。だが大佐、彼女達の特別な力はどう説明する?私は見たぞ、サイコミュによる超人的な力を。あれがニュータイプではないと?」

 

黙って聞いていたネヴィル大佐が、そう口を挟む。それに対しマ大佐は肩をすくめて皮肉げに頬を歪めた。

 

「それこそたちの悪い冗談です。一体いつからニュータイプの定義がサイコミュに反応することに置き換わったのです?誰が言い出したのかは知らないが、そう勝手に名付けて本来の全く関わり合いのない二つを混同している可能性は?ダイクンの提唱した曖昧なニュータイプの定義のどこにサイコミュに対応しそれを扱えることが証明であるなどと解釈できる文言が?」

 

あまりな物言いに、エリーはその定義においてニュータイプとされた少女を思わず見てしまう。靴のマグネットを切って無重力に身を任せていた少女は、エリーと目が合うと苦笑を返してきた。

 

「特別な力を持った人間、認めましょう。だがそれは断じてニュータイプと同義などではない。故に我々は彼を否定し、拒絶し、そしてニュータイプという意味をもう一度返さねばならない。曖昧で、あやふやで、そして人々の希望となった言葉へとね」

 

「待って下さい、大佐。つまり貴方は」

 

その言葉の意味を理解したエリーは、慄きながらも確認せずにはいられなかった。そしてそれが間違っていないことを、大佐は宣言する。

 

「キャスバル・レム・ダイクン。彼には偽りのニュータイプとして死んで貰う」

 

 

 

 

「そうか、少将は亡くなられたか。惜しいな」

 

報告書に目を通しながら、そう呟くキャスバル・レム・ダイクン総帥へ向け不動の姿勢のままヘルベルト・フォン・カスペンは報告を続ける。

 

「拘禁されていた同志は無事でしたが、造船ドックとMSの生産設備は絶望的との事です。外的な損傷は無く、内部も生産設備とドック以外は無事でしたから、少し修理をすれば駐留くらいは出来るだろうと技術部が申しております」

 

「つまり現状では戦略的価値のない手間だけ掛かる石ころという事かな?」

 

「…申し訳ありません」

 

謝罪するヘルベルトに対し、キャスバル総帥は微かに笑いながら否定の言葉を口にする。

 

「いや、大佐は良くやってくれた。少将の忠節を見誤った私の落ち度だ、気に病まないで欲しい」

 

「はっ、有り難うございます」

 

あっさりと掛けられた言葉に内心歯がみしながら、それをおくびにも出さずにヘルベルトは敬礼をしてみせる。如何な理由があれど主君として仰いだならば忠義を尽くすのが軍人であると彼は考えていたからだ。

 

「ふむ、しかし拠点としては使えないか。かといってただ懐に置いても無駄に体力を持って行かれる」

 

「しかし、放棄も容易ではありません。連邦の行った要塞化でルナツーは想像以上に頑強です。地力が違う以上、そのまま放り出せば、奪取された後再建されるのは目に見えています。それに…」

 

「それに?」

 

「次にルナツーの指揮官になる者が、コンスコン少将ほどの傑物であるという保証はありません」

 

目先の功績のためなら後のことなど考えない、そんな輩が居座ったなら目も当てられない。そうなれば少将の死はまさしく無駄なものになってしまうだろう。

 

「ままならんな。容易には捨てられず、持ち続けるには重すぎる。因みに無能な指揮官が入ったとして、連中が基地機能を復旧させた後にこちらが再奪還することは出来るかね?」

 

「不可能とは申しませんが難しいでしょう。自爆するという方法が既に取られた以上、次の指揮官も不利と見れば躊躇いますまい。いたちごっこになれば、先に息が上がるのは我々です」

 

「成程良く解った、有り難う大佐。ではルナツーは上手く捨てることにしよう」

 

碌でもないことを思いついた者特有の表情を浮かべる総帥の言葉に、不安になったヘルベルトはつい聞いた、聞いてしまった。

 

「上手く捨てる、でありますか?総帥、如何なお考えが?」

 

「外観は無事だと言ったな、ならば残っているだろう?移動に使った核パルスエンジンが」




何がとは言いませんがまた増えているみたいですですね。皆さんもお体にお気をつけ下さい。俺?先日食あたりして上司に呼び出されましたよ!


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第百五十五話:0080/01/07 マ・クベ(偽)と邂逅

ちょっと早めの更新。


「大佐、大佐。話が終わったところで少し見せたい物があるんですけど」

 

キメ顔でキャスバルぶっ殺す宣言をした俺に対して、ふよふよと浮きながら近づいてきたエリー女史が、そう切り出してくる。おい、さっきまでの慄いた雰囲気は何だったんだ。切り替え早くね?ポーズまで決めちゃったこの俺の道化っぷりをどうするつもりだ。

 

「見せたい物?」

 

なんだよ。地球破壊爆弾でも持っているのか?持ってるなら見せなくて良いぞ、使わないから。

 

「ええ、今の大佐には必要な物だと思います。ハンガーへ来て頂けますか?」

 

「ちょっとまちな博士。大佐の仕事は部隊の指揮、MSに乗って戦うのは私らの仕事だ。変な物あげないでおくれよ。飛び出して行っちまったらどうするつもりだい」

 

そう横から口を出してきたのはシーマ中佐だ。彼女はエリー女史が見せたい物がなんなのか判っているらしい。すげえな、俺なんて皆目見当がつかないぜ。だから女史、ちょっと見せてみ?

 

「大佐!」

 

「保険だよ、使える戦力は多いに越した事はない」

 

何せ予備で持って来たゲルググを俺用にセッティングしてくれと頼んだら、パイロットやら整備員やらが総出で、予備機に手を出すなとか、お前のじゃねえ座ってろとか言って近づくことすら許してくれなかったんだよな。専用機はドムだから持ってこられなかったし、この際贅沢は言ってられん。試作機であっても目をつぶろうじゃないか。…どうせヤツだって判っているしな!

 

「では早速」

 

そう言ってエリー女史と連れ立ってハンガーへ向かう。何故かついてきたハマーンとひたすら考え直すように諫言してくるシーマ中佐を侍らせながら移動していると、なんて言うかまるでハーレムみたいだななんて思えてくる。力関係的に言えば俺が最下層だけど。…あれ?俺階級一番上だよな?

 

「どうかなさったんですか?大佐」

 

顎に手を当てて唸りだした俺を心配したのか、ハマーンが首をかしげながら聞いてきた。

 

「いや、己の立場というものを改めて考えてしまってね」

 

本音を話すわけにもいかず言葉を濁したが、どうも色々筒抜けらしく、曖昧な笑顔を返された。うん、やっぱ思考が読み取れる程度じゃ人間わかり合うなんて無理だな!改めてそんなことを実感している内に格納庫へたどり着く。目の前に鎮座した巨人を前に、エリー女史は実にゴキゲンだ。

 

「どうです!これが我が社の技術力を結集して生み出したYMS-15、ギャンです!」

 

知ってた。でもなんだこれ。

 

「YMS-15。MSを試作していたのは存じていましたが。これはまた…」

 

なんて言うか、宇宙世紀のMSに見えないフォルムである。

 

「素晴らしさに言葉も出ませんか!良いでしょう、この私自らご説明致しましょう!そもそもこのMS-15はMSの原点に立ち返った機体です」

 

「この奇妙奇天烈なMSがかい?」

 

良かった、シーマ中佐から見てもこの機体は愉快なデザインらしい。あとYは何処行った。だが興奮したエリー女史には効かなかった。

 

「そもそもMSの出発点は全域対応作業機です。まあ、プロパガンダであった部分は多分にありますが、それでもジオンの求めた兵器としての能力もそれ程乖離していません。あらゆる戦場で、あらゆる武器を扱い戦える。その汎用性こそMSのMSたる原点です」

 

おかげで地上侵攻にも使ってえらい目にあったがな。

 

「当機はカテゴリーとして全域支配型MSを標榜しています。宇宙は当然地上、水中。軍の征くあらゆる戦場へ投入可能な性能を誇るのがこのMS-15なのです!ご覧下さい!」

 

そう言って女史はいつの間にか取り出したタブレット型の端末にでかでかとギャンのスペックを表示する。そこに書かれた冗談のような数値に思わず目を剥いてしまう。

 

「ふっふっふ。その表情が見たかった!どうですスゴイでしょう!!」

 

いや、確かにこりゃ凄いわ。基本構造にはインナーフレーム――俺が提案したムーバブルフレームモドキだ――を採用。オデッサで研究していた仮称ルナチタニウムβを惜しげもなく使っているため機体重量に対して驚くほど高い耐久性と剛性を持っている。駆動方式はフィールドモーター式、おそらくアナハイムから調達したと思われる最新型でその出力は軽くガンダムを超えている。おまけにマグネットコーティングまで試しているらしく、反応速度も従来機の比では無い。ただ、その、何というか。

 

(トールギスF?)

 

唯一俺の思考が察知できるハマーンだけが、俺の方を見て顔に疑問符を乗せている。まあ、この世界に存在しない機体の名前なんて出されりゃそうなるわな。いやでもこれ似すぎだろ。版権とか大丈夫?あ、版権元同じか、違うそうじゃねえ。

 

「フレームの構造上推進器は外部に接続する形になりました。まあ、おかげで容積を考えずに済んだので丁度エンジン部門が持て余していた土星改良型、冥王星エンジンを2基搭載しています。理論上、片肺でも飛行可能な推力を確保していますよ!」

 

うん、馬鹿みたいにでかいブースターがくっついているね。ところでそれ全力でふかしたらぷちっと逝くんじゃないだろうか?畜生!やっぱりツィマッドの技術者はエンジンキチばっかりか!

 

「そして何よりの特徴はこのフレキシブルアーマーです!ゲルググに搭載される耐ビームコーティング付シールドをより発展させたもので、耐久力は実に倍!上手く使えば艦砲だって防げます!」

 

それが一番気になっていたんだ。機体正面を覆う様に被さっているアーマーは丁度、どこかのゼロでカスタムなガンダムの羽を彷彿とさせる。あれに比べれば表面は平坦で複雑なスタビライザーも無いから、こっちの方が装甲しているが、こんな発想どこから出てきたんだ?はっ!?まさか俺の脳内を思考盗聴したのか!?

 

「最後に主兵装ですが…、実は格闘武装以外造っていません。マニピュレーターが共通ですから、火器関係は既存の物が全て使えますし、ウチよりMIPのビームライフルの方が性能良いので、そっちを使って下さい。使えればですが」

 

なんか、今不穏な事を言いませんでしたか?

 

「女史。使えれば、とは?」

 

ドヤ顔から一転してつまらなそうな表情になったエリー女史が口を尖らせながら説明してくれる。

 

「連邦のMS以降、MSがビーム兵器を携行するのが当然になりました。故にこの機体は最大限その脅威から自機を守る構造を採用しています。フレキシブルアーマーの下には例の攪乱幕封入型追加装甲を取り付けて居ますし、両肩にはネヴィル大佐謹製の噴射式防御システムを取り付けています」

 

成程、本気で全部使えば、本当に艦砲を一回くらいは防げそうだ。いや、やらんけど。しかしそうなると、こちらの火器は実弾になるのか?90ミリは当たるが威力が足りんし、かといって新型の120ミリは反動がでかくて宇宙じゃ使いにくい。バズーカは言わずもがなだ。これ、ひょっとしなくてもビームで遠距離から削られて終わりじゃない?俺がそう考えていると、エリー女史がドヤ顔を取り戻す。その目は雄弁にお前の考えなどお見通しだと言っていた。

 

「火器類は基本的に実弾兵器を使うことになるでしょう、特に威力を考えれば当てにくい。そこでこの機体の加速性です。当てにくいなら、当たる距離まで詰めればいいのです!」

 

おいまて馬鹿野郎。

 

「女史、女史。宇宙では急制動は掛けられないのですよ。加速して詰めれば、そのまま敵中に飛び込むことになるではないですか」

 

「だから、専用の近接武装を用意していると言ったでしょう?射撃を当てて、そのまま突っ込んで敵を倒し、突き抜ける。正に完璧な戦術です!」

 

ちゃうとおもいます。興奮気味に床を蹴ったエリー女史が、ギャンの横に置かれていたシートへへばりつくとそれを強引にひっぺがす。中から現れたのはMSより長いランスだった。

 

「試製対MS用重騎槍!ギャンの突進力を加えたなら貫けないMSなど存在しません!おまけでヒート機能も付けておきましたから多い日でも安心です!」

 

女の子がそんなこと言っちゃいけません!?何なの?何でこんな尖った機体を嬉々として紹介できるの?俺格闘戦嫌いだって知っててやってんの?最早これは嫌がらせでは?俺が渋い顔をしていると、やれやれ我儘さんめ、こいつは特別サービスだぞ?とでも言いたげな表情でエリー女史が口を開いた。

 

「大丈夫、ランスレストもついてますから」

 

「違うそうじゃない」

 

「冗談です。ちゃんと大佐向きの装備も準備してありますよ」

 

そう言ってギャンを挟んでランスとは反対側へ飛ぶエリー女史。な、何だよ、脅かしやがって。あれだろ?思いつきで喋ったマシンガンとビームライフルの切り替え可能な携行火器とか、そういうの造ってるんだろう?まったく女史も人が悪い。あんまり虐められると、マすねちゃいますよ?心底ほっとしながらふよふよと泳いでいくエリー女史を視線で追う。そして、俺はその先に気付いてしまう。おかしい、重火器を覆っているような長いシートが無い。そんな俺の不安など気にした様子もなく、目当ての物にたどり着いた女史は、先ほどと変わらぬ豪快さでシートを剥ぎ取る。そこには俺のパーソナルカラーにペイントされ、あろうことか表面一杯にでかでかとジオン公国のエンブレムの入ったMS用のバックラーが置かれていた。

 

「盾?」

 

流石にこれは予想外だったらしく、シーマ中佐も疑問の声を発する。だが、悲しいかな俺はオチが読めてしまった。

 

「これは盾ではなくPDWです!ほらこのように!」

 

そう言って女史が端末を操作すると、パーソナルディフェンスなんたらはあっさりと盾の役割を放棄、三等分に分かれる形で左右がスライドしびっしり並んだ砲口を見せる。

 

「近接防御用のクレイモアランチャーです!そしてこちらが!」

 

もう一度女史が端末を操作し元の形に戻ったと思ったら、今度はシールドの前側からぶっとい砲身が飛び出す。

 

「マルチランチャーです!通常の榴弾だけでなく機雷や爆導索なんかも発射できるんですよ!搦手大好きな大佐にぴったりですね!」

 

そうやりきった笑顔で宣言するエリー女史。俺は膝から崩れ落ち自らの発言を後悔する。いかん、これはちょっと死ぬかもしれない。




おかしいんです。作者の予定だと、この辺りまで2話で終わる予定だったんです。


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第百五十六話:0080/01/08 マ・クベ(偽)と絆

今週分です。


「大佐達はもうソロモンに着いたでしょうか?」

 

溜息と共にそう口にしたのは、同じく待機任務に就いているジュリア・レイバーグ少尉だった。大佐本人や、最大の強敵であるシーマ・ガラハウ中佐に絶対出会わない事を良いことに、朝から乙女モード全開である。

 

「着いたら連絡の一つもくれるでしょう。それよりジュリア少尉、あと何回その話をするつもりですか?」

 

「何回とは?」

 

「自覚がなかったのですか。せめて覚悟くらいはさせて欲しかったのですが」

 

恋する乙女というヤツはこれ程までに恐ろしい兵器になるのか。そうセルマ・シェーレ少尉は戦慄した。ちなみに冒頭の台詞は、セルマが数え始めてからでも既に20回を超えている。

 

「それにしても、シャア・アズナブル少佐は一体何を考えているのでしょうか?」

 

凍りかけた空気を変えるように、ミリセント・エヴァンス少尉が事の発端となった人物の名を挙げた。それに直ぐ反応したのはフェイス・スモーレット少尉だ。

 

「え、言ってたじゃん。邪悪な人たちを粛正したいんでしょ?その邪悪な人がどこに居るかは知らないけどね」

 

「私は全部が全部判らないって訳じゃなかったな」

 

「どう言う意味ですの?ミノル少尉。まさか貴女」

 

フェイス少尉の物言いに反応して呟いたミノル・アヤセ少尉にジュリアは剣呑な雰囲気を振りまく。マ大佐の子飼と認識されている彼女達は、基地内で特別な扱いは受けていない。だがそれはこの場所だからの幸運であると言うことも理解できていた。何しろ彼女達の実家はダイクン派から鞍替えした者や、新興でザビ家に近づいた者達だからだ。実際終戦直後の辺りを境に実家から連絡の頻度が上がったり、もっと直接的に自身の元へ使いがやってくることもあった。そういう接触があったという事実だけでも十分監視対象にはなるし、最悪拘束されても文句は言えない。平時の民間であるならば人権がどうだという問題にもなるだろうが、ここは軍隊で彼女達は殺傷能力を有した兵器の担い手である。疑わしきを罰さなかった代償が友軍の命となるのだから予防は健全な行動だ。事実、そうした者から接触があったと自己申告した北米のダグラス・ローデン大佐は謹慎を言い渡され、一時的にではあるが任務を解かれている。接触してきた反乱軍であるランス・ガーフィールド中佐は近しい人間と姿をくらませてしまったが。

 

「だって見たでしょ、あの極東の研究施設の映像。自分がされる側だと思えば、あれが出来る連中を邪悪と言っても不思議じゃないよ」

 

「彼らが正しいと?」

 

「言い分に否定できない部分はあるってだけの話。大体、結論が相手の排斥ならやっていることは一緒じゃない。でも問題は、あれを聞いたのが軍人だけじゃないって事だよ」

 

その危険性については、全員が良く理解していた。非常に滑稽な話であるが、ジオン公国はああ見えて民主主義国家だ。何しろギレン総帥は国民の支持を得て今の役職に就いたし、国民から選出された議員とそこから組織される内閣によって国家は運営されている。それがたとえギレン・ザビの傀儡に過ぎないとしても、形は民主主義である。そしてその国民の多くが政治に対し真剣であった事も悪い方向へ向かった。紐解けば独裁者の多くは現状に不満を持った民衆が、強力な指導者を求めた結果誕生するのである。そんな民衆の前に弱腰の現政権を批難し、敵対者を徹底的に叩くなどという指導者が現れればどうなるか。国民が困窮していたなら冷笑と罵倒に迎えられただろう。正義より実利が勝るのだから。だが今のジオンは?

 

「聞き心地の良い言葉に煽動されるのは証明済みって訳かぁ。…あれ、結構笑えない状況?」

 

「大佐が動いた時点で察そう?フェイス」

 

「…それに、私達が思っている以上にダイクン派の手は長いと思う。私達みたいなのにまで声が掛かるのが良い証拠」

 

オデッサ基地に所属している兵士が軍内でも一目置かれているのは事実だが、かといって発言権があるわけでも、他の兵権を握っているわけでもない。あくまで彼女達は他から見て腕の良いだけのパイロットに過ぎないのだ。その程度の人間まで把握し連絡をつけられる、それは軍内部の文字通りあらゆる場所に同調者がいることを示していた。本国との通信も未だ回復していおらず、彼女達は一様に表情を暗くする。それを吹き飛ばすように宣言したのはジュリア少尉だった。

 

「心配ありませんわ!大佐が何とかしますもの。私達は普段通り、己の務めを果たせばいい。そうでしょう?」

 

 

 

 

「認識の甘さを痛感したな。私も所詮小娘か」

 

キシリア・ザビ少将の立てこもった先は、グラナダでも最深部に位置する緊急避難用の司令部施設だった。同市が建設された当初から備えられていたそれは、外部から侵入を防ぐと言う点に於いて非常に有効であったが同時に問題も存在していた。ミノフスキー粒子環境下での運用を想定されていなかったが為に、外部への連絡手段がなかったのだ。

 

「申し訳ありません、閣下。このような事態となってしまい…」

 

そう謝罪したのはノルド・ランゲル少将だった。グラナダにおける公国軍戦力の中核であるグラナダ艦隊を統括する立場にある彼は、多数の離反者を出した現状に責任を感じているのだろう。そんな彼に対し、キシリアは苦笑交じりの言葉を返した。

 

「いや、仕方が無いだろう。私もよもやルーゲンス少将が裏切るとは思わなかったからな。…むしろ裏切るとすれば私は貴様達の方だと思っていたよ」

 

公国でも屈指の基盤を持つグラナダは、施設全般を統括している基地司令であるルーゲンス・バリチェロ少将と艦隊戦力を指揮するノルド・ランゲル少将の二人に権力が分散していた。キシリアを含め一つの拠点に少将が3人といういびつな権力構造は、しかしノルド少将が一歩引き、キシリアがザビ家の人間として上に立つという構造で問題無く機能していた。その姿勢からノルド少将がザビ家と一定の距離を保とうという考えであると認識していたキシリアにしてみれば、自身が信頼していたルーゲンス少将が裏切り、むしろノルド少将に助けられた現在は自身の不明を突きつけられているに等しい。そしてその気分を助長させているのは少将の存在だけではなかった。

 

「外部に繋がる連絡路は全て押さえられています。流石はルーゲンス少将と言うべきでしょうか、厄介なものです。それから申し訳ありませんが特戦隊の人間から陸戦経験のある者を数名抽出致しました。万全とは言えませんが、少なくとも無手よりは幾分ましでしょう」

 

しきりに端末を操作しながらそう報告してくるのはキリング中佐だ。彼自身はザビ派で間違いないのだが、その中でも厳密にはギレン派と呼ばれる人間であり、少なくとも表向き政敵となっているキシリアに味方をする理由は少ない。だが現実は反乱発生直後からキシリアに付き従い、士官の交換研修で知己を得たグラナダ特戦隊のマレット・サンギーヌ大尉を伝手に同隊を掌握。現在キシリアの周囲では最も実働部隊を確保している人物となっている。

 

「助かる。しかし良いのか?中佐。私を助けたなどと知れたら兄上に叱責されるやもしれんぞ?」

 

礼と共に思わずキシリアはそう聞いてしまった。思いのほかルーゲンス少将の離反が効いており、精神的にささくれ立っているからだろう。失敗を自覚したが、既に発してしまった言葉は消えない。どうフォローすべきかキシリアが悩んでいると、面白く無さそうにキリング中佐が口を開く。

 

「私はジオン公国軍人です。反乱に対処するのは当然の事ですし、その為に最上位者を護衛することは当然でしょう。今回は偶々その対象がキシリア閣下であったと言うだけのことです。むしろ、この状況下で上官を見捨てて逃げる人間がどこで信用されるというのですか?」

 

凡そ上官に取るべき態度ではなかったが、それが何処かあのオデッサの大佐を思い出させ、キシリアは頬を緩めた。

 

「失言だった中佐、許して欲しい。…しかしこのままではジリ貧だな」

 

緊急用の施設だけあり、日用品や医療物資は相応の備蓄があるが、如何せん武器弾薬はほぼ存在しない。思えばこうした施設の陸戦隊用軍需物資備蓄を廃止し維持費の削減を提案、実行したのはルーゲンス少将だった。どうやら彼らは随分前から相応に準備を進めていたらしい。集めて監視をしているつもりが、まんまと一杯食わされたキシリアは思わず唇を噛みしめるが、それで事態が好転するわけでもない。そんな彼女を見て溜息交じりに口を開いたのは、キリング中佐だった。

 

「そう悲観する事ばかりではありません。連中が蜂起するならばまず頭、即ち閣下とギレン総帥を押さえにかかるはずです。流石にその二つが音信不通になれば、ある程度の戦力が独自に動くでしょう。特に裁量権があるドズル閣下が座視するとは考えられません。あのような演説を見た後では尚のことでしょう。それに」

 

「それに?」

 

視線を上げ問い返すキシリアに、キリング中佐は冷たい笑みを浮かべて言い切った。

 

「何も裏切るのはあちらの専売特許ではないのですよ」

 

 

 

 

「艦隊の連中はどうかね?大佐」

 

そう聞いてきたルーゲンス少将に対し、フォン・ヘルシング大佐は背筋を伸ばし答えた。

 

「はい、若干名の抵抗は出ましたが現在は大人しくしております。艦と切り離したのが大きいでしょう」

 

「ランゲル少将は良い指揮官だからな、部下がそうなるのも無理はない。艦隊の掌握は大佐に任せる」

 

ルーゲンス少将の言葉に、ヘルシングは眉を寄せた。

 

「申し訳ありません、説得には時間が掛かります」

 

現在ルーゲンス少将の下で艦隊を指揮しているのはヘルシングだ。その彼が説得に回った場合、どうしても部隊の即応性は低下する。無論、基地守備隊として幾らかの戦力は有しているが、これらはあくまでMS部隊を中核とした基地の直掩部隊である。相手が艦隊を投入してきた場合、十分な対応が取れるとはヘルシングには思えなかった。

 

「構わんよ。今、大佐が考えていることを当ててみるかね?貴官は説得に時間を掛けている間に敵が来たらどうするか、と考えてるのだろう?問題無い。何故ならこのグラナダに艦隊を送れる戦力は居ないからだ。正確には、貴官の考えるような即応せねばならない艦隊がだがね」

 

「理由をお伺いしても?」

 

更に問えば、不敵な笑みを浮かべてルーゲンス少将が持論を口にする。

 

「あの演説の後、本国との通信が途絶えている。おそらくアンリ・シュレッサー准将がクーデターを成功させたのだろう。ならばア・バオア・クーの連中はギレン大将と首都の奪還を優先する。故にここグラナダを先に攻撃する可能性は低い。それよりも我々が警戒すべきはソロモンの宇宙攻撃軍だ。これと相対するには現在の戦力ではとても足りない。ドズル中将の事だ、こちらの戦力が少ないと見れば、躊躇無く潰しに来るだろう。それをさせないためにも数が要る」

 

鮮やかと言って良いほど素早くグラナダを手中に収めた指揮官とは思えない消極的な策にヘルシングが表情を曇らせると、ルーゲンス少将は真剣な表情で言葉を続ける。

 

「積極的にザビ家を討たないのは不満かね、大佐?確かに今回の戦争、ザビ家は勝ちすぎた。今の我が国は正にザビ家の思うままだ。この姿の何処にジオンがある?だが、あのキャスバル・ダイクンの言葉もまた軽い。若者の主張ならば良い、麻疹のようなものだからな。だが、国を背負う者としては落第だ」

 

「少将は反乱に与さぬと仰るのですか!?」

 

思わず声を上げたヘルシングに対し、ルーゲンス少将は変らない声音で返してくる。

 

「逸るな大佐。私はこの基地の司令として、ジオンの軍人として最善を尽くす必要があるのだ。キャスバル・ダイクンが器を示せば良し。示せぬのであればグラナダは本国を奪還する友軍を支援するだけだ。…どちらにせよキシリアには舞台から降りてもらうがね」

 

反乱に合流する場合、大兵力を有するグラナダの意向をキャスバル・ダイクンは無視できない。逆に討った場合でも、基地を纏め公国の窮状を救った自分達をザビ家は軽視出来なくなる。どちらに転べどルーゲンス少将、延いてはダイクン派の権力強化に繋がると言うのが少将の考えだった。

 

「上手くいくでしょうか?」

 

「その為の戦力掌握と、身柄の確保だ。頼んだぞ大佐」

 

その言葉にヘルシングは黙って敬礼をした。




いつもの世間話回。


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第百五十七話:0080/01/10 マ・クベ(偽)と計略

お盆ですね。


俺達がソロモンに到着したのは、日付も変わる寸前だった。移動している間反乱軍との接触もなく順調だったが、その代わりとでも言うようにひたすら続けられたネヴィル大佐のお茶攻勢には心が荒んだ。ティーポットで頭をぶん殴ってやろうと試みたのだが、奇妙なことに手に取ると体が動かなくなり、ポットが破損する可能性で脳が占領されるという不思議な事態に陥った。しかし、そうなるとネヴィル大佐への怒りが薄れることに気付いた俺は、腹が立ったらティーポットを掴むことで道中を無事乗り切ったのである。まあ、事が全て済んだ暁には、ネヴィル大佐へ絶対仕返ししてやろうとは思うが。

 

「随分と混み合っている。ルナツーが落ちたというのは事実のようだな」

 

「その割には損傷した艦が見当たりませんが?」

 

部屋に居ると紅茶が突撃してきて落ち着かんから、ブリッジに意味も無く居座って入港手続きの間、シーマ中佐とそんな世間話に興じている。中佐の指摘通り、損傷している艦は見当たらず動きも統率が取れている。少なくとも敗残兵といった雰囲気はなく、むしろ完璧な撤退に成功した部隊と言った様相だ。

 

「ルナツーの司令はコンスコン少将だったか」

 

ルウムの後にやった戦勝記念パーティーで見たのが最後の記憶だ。確か士官交換の教官もしてたんだっけ?宇宙攻撃軍では珍しい慎重な人だから、反乱軍との直接戦闘を避けたのかもしれない。あれ?そうなるとルナツーどうなったんだ?まさかまんま明け渡してきたとかじゃあるまいな?そんなことを考えているうちに俺達の番になり、疲労を隠せていない管制官の誘導の下ソロモン入りを果たす。ベイの方も混んでいたが、何というか全体的に雰囲気が重い。気になって誰か捕まえて聞こうとする前に、見知った顔が近づいてきた。

 

「大佐、お久しぶりです」

 

「ああ、アナベル少佐、久しぶりだね。そちらも息災のようで何よりだ。…一体何があったのかね?」

 

本人は普段通り振る舞おうとしているようだが、全然出来ていない。なんと言うか全身が強張って怒っているのがありありと感じられるし表情も硬い。どう声を掛けるべきか悩んでいるうちにドズル中将の執務室に着いてしまい、俺は諦めてドアをノックする少佐を黙ってみていた。ちなみに本来ならユーリ少将が挨拶をするべきなんだが、ドズル中将からすっ飛ばして俺が呼び出された。流石に少将も笑い顔が引きつっていたのが記憶に新しい、なんかごめんよ。

 

「失礼します、ドズル中将。マ・クベ大佐をお連れしました」

 

「…おう、入れ」

 

部屋の中から聞こえてくる声も怒気を孕んでいるが、努めて表情に出さず俺は部屋に入り、そこで絶句した。怪獣でも出たんですか?言いかけて俺は口をつぐむ。不用意な発言は現在進行形で破壊衝動と戦っている部屋の主を刺激するだけだと考えたからだ。激怒するドズル中将の顔にびびったとも言う。

 

「失礼致します。受け入れ頂き有難うございます、ドズル中将閣下」

 

そう言って俺が敬礼すると、中将は嫌そうな顔になった後手を振りながら口を開いた。

 

「今更取り繕わんでいい、気味が悪い。時間も無いしな。クーデターだ、大佐。知りたいことは?」

 

なんかスゴイシツレイな事言われた気がするが、俺は気にせず質問する。とにかく情報が要るのは間違いないからだ。

 

「では、失礼ながら。本国とグラナダはどのような状況でしょう?」

 

「どちらも解りやすかったぞ。封鎖だ、双方とも出るのも入るのも軍が制限している。これで兄貴やキシリアから何か発表でもあれば話はわかるが、それがないと言うことはクーデターが成功したと判断して問題無いだろう」

 

おいおい、不味いぞ。開口一番がそれと言うことは。俺の表情から何かを読み取ったのか、憮然とした態度で中将が続ける。

 

「察しが良いな。そうだ、お前さんが思っているとおり、クーデターを起こした連中の規模は不明。声明と取れるものも、あのシャアの奴の巫山戯た演説きり何もない。よって暫定的ではあるが、本国並びにグラナダはネオ・ジオンを名乗る武装集団に占拠されているという事になる」

 

事前に判明していたペズンの戦力がおよそ大隊規模、そこにソロモンから少なくとも1個師団程と艦艇が合流している。ちょっと笑えない数だが、それでもソロモンとルナツーの戦力からすれば十分対応可能な戦力だ。だが、ここで一気に敵の戦力が解らなくなった。確か総司令部直轄の部隊の大半は、最終防衛ラインである宇宙要塞、ア・バオア・クーに駐留しているから、本国の戦力は多くて1個師団ほどだ。だがグラナダは本当に解らない。地球方面軍に戦力を多く出していたのは突撃機動軍側だから、流石にソロモンと同等とは行かないだろうが、それでも俺が転属する前で5個師団は保有して居たはずだ。しかも地上限定資格などの影響で地球方面に抽出されずに済んでいるから、殆どの戦力は手つかずで残っているはずだし、継続して拡充もしていたはずだから俺が知っている頃より増えている可能性すらある。

 

「厄介、ですな」

 

グラナダのおかげでこちらは全力で動くのが一気に難しくなった。ソロモンから何処へ向かうにせよ、最低限ソロモンにグラナダの戦力とやり合えるだけの部隊を残さなければならないし、かといって出撃する部隊も相応の数を用意しなければならない。ソロモンから見て本国まではグラナダからの方が近いし、ルナツーまでの距離はこちらの方が近いものの、圧倒的に有利なほどではない。むしろ攻略に手間取れば挟撃される恐れすらある。故に位置的に言えばグラナダを攻略するのが堅実なのだが、厄介なのはグラナダの価値である。要人の確保という名目で言えばキシリア様はギレン総帥よりどうしても一歩下がってしまうし、ネオ・ジオンの攻略として見た場合、本拠地でも要人がいるでもない拠点である。恐らく連携などしていないから、キャスバルからすれば落ちてもまったく痛くない場所だ。むしろ俺達が攻め込めば戦力を消耗してくれたと喜ぶかも知れない。

 

「ああ、だがコンスコンの奴のおかげでまだ楽だ。これでルナツーまであったら完全に身動きが取れなくなっていた」

 

そう言われて俺は違和感に気付く。そういやそのコンスコン少将はどうしたんだ?ルナツーの再攻略もありうるんだから呼ばれててもおかしくないよな?

 

「閣下、失礼ですがコンスコン少将はどちらに?ルナツー放棄の際の状況などをお聞きしたいのですが」

 

「死んだ」

 

「は?」

 

間抜けな声を俺が漏らすと同時、ドズル中将は拳を机に叩き付ける。非常に重厚そうに見える机が嫌な音と共に破片を飛び散らせながら真っ二つに折れる。非現実な光景がドズル中将の怒りを明確に示していた。

 

「馬鹿が恰好をつけおって!」

 

それきり俯いて肩をふるわせるドズル中将に代わって口を開いたのは、案内してくれたアナベル少佐だった。

 

「少将は、我々をルナツーから逃がすために囮としてルナツーに残られました。そして最後の艦が脱出した後、ルナツーと共に自爆を…っ!」

 

そこまで言ってアナベル少佐も俯いてしまった。俺はといえばソロモンに漂う雰囲気の原因を理解し、そしてなんとも重苦しくなった部屋の空気に思わず溜息を吐きかけて強引にそれを飲み込んだ。成程ね、少将もなんとも軽率な事をしてくれたもんだ。多分、ルナツーを放棄する上で、一番被害が双方少ない方法を選んだのだろう。周囲の状況から察するに将兵からの信頼も厚く、基地を任される程には手腕もあった筈だ。だが、最後の最後で読み違えたな。多分、コンスコン少将は自分を過小評価していたんだろう。宇宙攻撃軍で見ても後進は育ちつつあったし、もしかしたら自分がルナツーの司令に抜擢されたのも、単に空いている将官が自分くらいだったなんて考えていたのかもしれない。だから想像もしなかったのだろう、自分の死が宇宙攻撃軍を弔い合戦に引きずりこむなんて。

 

「…大佐が来てくれたのは僥倖だ。本国の守備戦力は約1個師団だが、MSは多くても2個大隊程だ。ア・バオア・クーの親衛隊と合流すれば当たれない数ではないだろう。そちらは貴様に任せ、俺はシャアの首を取る」

 

いやいやいや、お待ちになって下さいよ。

 

「ア・バオア・クーは健在なのですね?でしたら閣下が出向き直接指揮を執られるべきです。あそこの部隊を統括しているのはエギーユ・デラーズ大佐であったと記憶しております。大佐の私では彼らも容易には首を縦に振らんでしょう。それよりもソロモン時代に知己があり、階級が上、そして何よりザビ家の閣下が向かわれた方が混乱が少ないのでは?」

 

そう俺が返すと、不機嫌さを隠す事無くドズル中将は口を開いた。

 

「既に偵察の時に接触した。兄貴達が音信不通な以上、俺が軍を統括するから指揮下に入れとな。なんと返ってきたと思う?自分達は兄貴の親衛隊であり、他軍の指揮下に置かれる謂われは無いのだとよ。しかも離反者を大量に出した宇宙攻撃軍と連絡していては敵に情報が筒抜けだからと無線封鎖をしやがった!この状況で俺が向かえば三つ巴になりかねん」

 

は、ハゲェ!?デラーズお前なにしてくれてんだよ!

 

「親衛隊とは名ばかり、それではギレン総帥の私兵ではないですか。ますます、ドズル閣下に向かって貰わねばなりますまい」

 

「おい、味方の銃口を気にしながら俺に戦えと言うのか?」

 

その通りでございます。

 

「こちらと協調するつもりがないなら親衛隊も敵と考えた方が楽ですな。なにより伺った限りでは連中がまともな奪還作戦を採るとは考えにくい。…最悪ギレン総帥さえ無事なら、それ以外の犠牲を一切考慮しない作戦を考えても不思議ではありません」

 

死人に付き従ってテロリストにまでなれる人間だからな。それでいて軍才もあるのだから始末に負えん。シーマ中佐達が連中に劣るなんて絶対にあり得ないと確信しているが、それでも倍で済まない数と乱戦では何が起きても不思議ではない。これに対する対応は単純至極。連中より多い手勢で圧倒するのが一番だ。そして宇宙の拠点でソロモン以上に戦力を有している場所はなく、それを十全に動かせるのはドズル中将だけなのだ。

 

「それに、今回の事でお解りになったかと。ダイクンの名は未だ多くの人々を惹きつけ、一方でザビ家は彼らから怨敵と認識されております。ここで閣下がキャスバルの首を取ったなら、この関係は修復不可能となりましょう。それは避けねばなりません」

 

ダイクン派にとって、信用出来るザビ家は今のところドズル中将とガルマ大佐だが、ガルマ大佐はダイクン派擁護という実績においてドズル中将に遠く及ばない。戦争前から彼らを受け入れていたドズル中将がキャスバルを討てば、穏健派として動いていないダイクン派の拠り所を奪ってしまう可能性が高い。だらだらと内ゲバなんぞやっていたら、連邦だって黙っていないだろう。宇宙移民が完了した時点でまた統一政権とか言い出すに決まっている。

 

「大々的な発表がないと言うことは、まだ連中も纏まれておらず、総帥も捕まっていない証拠です。ここはまずルナツーの戦力を糾合し、戦力を整えて…」

 

そこまで俺が口にしたところで、執務室のドアが騒々しく開かれた。思わず振り返ると、そこには顔を青くしたラコック大佐が端末を片手に立っていた。

 

「し、失礼致します。監視班より緊急連絡です。ルナツーにて敵が活動を開始、敵は核パルスエンジンの修復を行っているとのことです!」

 

俺は、想定していたプランが音を立てて崩れていくのを自覚した。隕石落としは10年はえーよ!?



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第百五十八話:0080/01/10 マ・クベ(偽)とメギドの炎

「順調のようだな」

 

ヘルベルト・フォン・カスペン大佐から送られてきた報告を確認しながら、キャスバル・レム・ダイクンは微笑んだ。

 

「はい、ですがやはり推進用の核ペレットが不足しております。エンジンの修復も含めますと地球落着まで1ヶ月は掛かることになりますが?」

 

「構わない。むしろもう少し遅くても良い、カスペン大佐には時間が掛かっても確実にエンジンが動作するよう作業を進めさせてくれ」

 

首を傾げる副官に、キャスバルは笑って見せる。

 

「ルナツーの質量は膨大だ、先の戦争で落下したコロニーとは文字通り桁が違う。はっきり言ってしまえば、動き出した時点であれを止める手段は一つしかない。だが公国にはその手段すら残されておらんのだよ」

 

外的な破壊での対応は落下までの時間ではとても足りない。故に落下を防ごうとするならば直接ルナツーを制圧し、再加速による軌道修正しか方法はない。そして開戦初頭の軍事作戦で、手持ちの核ペレットを核攻撃用に軍事転用し使い切ってしまった公国は、たとえルナツーを確保しても肝心の軌道修正に用いる推力が確保出来ない。そうなれば核ペレットを保有している連邦政府に泣きつかざるをえない。だが、それすらも不可能な状況に公国は陥っている。

 

「アンリ・シュレッサー准将、同志とするに申し分ない能力だ。おかげでこちらは戦いに集中できる」

 

昨日、本国から合流した艦艇に乗っていた首都防衛師団の使いを名乗る大尉から齎された情報は、キャスバルの計画を大きく後押しするものだった。本国の政治的機能の麻痺、そしてギレン・ザビの暗殺。残念ながら後者は親衛隊によって阻まれているが、既に居場所は特定しており成功は秒読みだということだ。また、グラナダは沈黙しているが、こちらもダイクン派の人間が動いていることは間違いなく、少なくともネオ・ジオンにとって不利益となる行動は暫く起こさないであろうという事も同時に伝えられていた。

 

「現段階で我々が最も警戒すべき相手はソロモンだ。だがそれは相手が万全に準備を整えてのことだ、故に不十分のまま出てこざるを得ない状況を用意する」

 

「それでルナツーを…」

 

「動き出したら止められないのなら、動き出す前に止めるしか方法はない。せいぜい慌てて出てきてくれる事を期待しよう」

 

出てこないならばそれまで、ルナツーを本当に落とせば良い。少なくともそちらの対応で戦力を拘束出来る。それからもう少ししたら親切な情報提供者を月から地球に送ってみるのも面白いとキャスバルは考えた。

 

――ネオ・ジオンの行動を公国は自国の利益となるため黙認している。ルナツー落としを妨害していないのもその為だ――

 

少しでも頭が働けば笑ってしまうような内容だ。だがアースノイドとスペースノイドという立場の差が、そして敗戦という事実が大いに連邦の目を曇らせてくれる事だろう。そうなれば現状の構図も大きく揺らぐ、理想的なのは公国と連邦が相互不信により、再び磨り潰し合ってくれることなのだが。

 

「ふふ、欲張りは良くないな。まずはソロモン、あれをどうにかするとしよう。それよりドレンからの報告は無いのか?」

 

追撃に出て既に4日、相手にニュータイプがいた事を含めてもドレンの艦隊が敗北するとは考えづらい。しかし、現状を考えるとそれが最も現実味のある答えだった。

 

(ドレンが連絡する間も無く全滅するような相手。にわかに信じがたいが…)

 

「はい、まだありません。追加の部隊を編成いたしますか?」

 

そう返してくる副官に、一瞬キャスバルは悩んだが、首を横に振り別の指示を出した。

 

「いや、今ではあの程度の部隊は捨て置いて構わない。基地内の結束も十分に示されている。それよりもルナツーへ増援を送る。…カイ少尉を呼んで貰えるかな?」

 

 

 

 

シャアがルナツーを動かそうとしている。その事態に対応するべくこちらも大慌てで準備を進めているのだが、問題はいつでも来て欲しくないときにやってくる。

 

「馬鹿をお言いでないよ、博士。百歩譲って大佐の分のMSは用意するが、それでもそいつはあり得ない。大体YMSって事は試作機だろう?試験も終わっていないような機体に大佐を乗せるわけにゃいかないよ!」

 

突っぱねるシーマ中佐の声に猛然とエリー女史が噛み付く。因みに乗る本人である俺は蚊帳の外だ。はい、そうです。俺も前線に出るにあたり、MSを準備すると言うことになったわけですが、その機体を何にするかで絶賛討論中なのです。

 

「この2号機は量産検証用の機体です!試験全般とトラブル出しは1号機で済ませています!第一ソロモンで用意出来る機体なんてゲルググのB型が精々じゃないですか!相手と互角の機体の方がよっぽどリスクが高いと考えますが!?」

 

「良いんだよ!大佐は出撃しないから!」

 

「アレが出撃しないわけ無いでしょう!」

 

「……」

 

シーマ中佐なんで黙ってしまうん?いやまあ、出撃する気だけども。

 

「ふむ、それだけ自信のある機体ならば、1機こちらに回して貰えないだろうか?大きく機体性能が離れていてはロッテも組みにくい」

 

そう横から入ってきたのはアナベル少佐だった。ところで少佐が僚機発言をしたところで何やら寒気がしたんだが。空調の調子でも悪いのかな?

 

「…少佐は部隊の指揮があるだろう?博士、僚機はあたしがやるから機体はこっちに寄越しな」

 

「問題ありません中佐殿、オデッサでの経験を活かし、教導隊の指揮は大尉以上の者であれば誰でも問題無く可能です。むしろ大隊を指揮なさる中佐の方が指揮に専念なさるべきでは?」

 

「はっはっは、そのオデッサが根城の海兵隊があたし抜きになったら木偶になる連中だと?ここは上官を立てときな、少佐?」

 

オールドタイプの俺でも解るくらい、何故か火花を散らす2人。なんだ、あんだけ言っといて本当は新型が欲しかったのか。まったく素直じゃないなぁ。そう思いながら視線をさまよわせると、こちらを見ていたハマーンと目が合った、一瞬間の抜けたような顔をしていた気がするが、直ぐに彼女は微笑むと訳の解らない事を口走る。

 

「大佐はそのままでいて下さい。その方がライバルが増えそうにないので」

 

あれ?もしかしてハマーンもギャン狙い?すげえな、大人気じゃん。

 

「あー。申し訳ないのですが、1号機は渡せません。…正確に言えば誰にも動かせないんですが」

 

申し訳なさそうに口を開いたのはエリー女史だった。所で今聞き捨てならん事を口にしませんでしたかね?

 

「技量を疑われているのかな、博士。これでも色付き程度には信頼されているのだが?」

 

「…いやまて少佐。オデッサじゃ良くあたしが実機のテストをしていたんだ。博士もあたしの腕はよく知っている。その上でその物言いと言うことは、その1号機、言葉通りの意味ってことかい?」

 

シーマ中佐の問いに黙って頷く博士。

 

「…1号機はコックピット周りをゲルググから流用したんですが、耐G機構の性能不足で、その、パイロットへの負担が少々大きくてですね?」

 

視線を逸らしながらそう答える博士に、半眼になったアナベル少佐が質問を続ける。

 

「具体的には?」

 

「最大加速試験でテストパイロットを務めていたデュバル少佐の肋骨が折れました。重傷だそうで、現在本国で入院中です。あ、でも2号機は大丈夫ですよ!ネヴィル大佐が協力してくれまして、MAに搭載する高耐Gモデルのコックピットを採用してます!理論上問題ありません!」

 

問題大ありなんですけど。

 

「中佐、やはり大佐には部隊の指揮に専念頂くべきではないでしょうか?」

 

「そうだねぇ。座席に鎖で繋いどくかい?」

 

「待つんだ2人とも。何事も憶測で決めるのは良くない。ここは一つ試しに乗ってみて決めるのはどうだろうか?」

 

何やら怪しい方向に話が纏まりだしたので慌てて口を挟む。すると俺の提案に、何故か非常に冷たい目を返してくれる2人。オイオイ止めろよ、美人に睨まれるとか変な扉開いちゃったらどうしてくれる。

 

「ではこうしましょう。これから私達と演習をして、それに大佐が勝ったなら全て大佐の言う通りに致しましょう」

 

ほう、いいのかい?

 

「いいだろう。それで君たちの気が済むのなら付き合おう。どうせなら慣らし運転もしたいしね」

 

「成程、では教導隊からも私と第一小隊を出しましょう」

 

え?

 

「安心して下さい、艦艇は2隻までにしますよ。お前達聞いたな?MS乗りは全員シミュレーター室に集合、今日こそは負けられないよ!」

 

「「応っ!!」」

 

そう威勢良く返事をすると即座に部屋から出て行く小隊長の皆さん。俺、敵と戦う前に殺されるかもしれん。




お盆が…終わる。


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第百五十九話:0080/01/10 マ・クベ(偽)とギャン

「うぐぇっ」

 

殺しにかかっているとしか思えない加速に無様な声が口から漏れる。それを必死で飲み込みながら、俺は一気にケープタウンへ肉薄した。

 

『敵機下方!弾幕薄いぞ!』

 

おう、反応良いな。だが遅い。

 

「ゲルググ相手ならば間に合ったがね!」

 

弾幕を掻い潜り、俺はケープタウンの底面に肉薄すると、すり抜けざまにジャイアントバズーカの砲弾を4発たたき込む。最後の1発は機体が速すぎて側面に命中したが、そんなものは誤差とばかりにケープタウンは不自然に盛り上がった後、大爆発を起こした。

 

「次!」

 

『なんて速さだい!?』

 

驚愕に苛立ちが多分に混ざったシーマ中佐の声と同時に機体の後方をビームが通り過ぎる。フットペダルを更に踏み込み加速しようとした瞬間、機体が激しく揺れた。

 

『直撃したはずだぞ!?』

 

当たっているよ。6層で構成されているフレキシブルアーマーが、直撃した右側だけ3層まで抜かれている。つかロックアラート鳴らなかったんだけど。目測で当てるとかアナベル少佐の射撃技能どうなってんだよ!?

 

「頂く!」

 

先ほどの攻撃でコースは逸れたが問題無い。相手はムサイだから防空能力はザンジバル級より遥かに劣るし、構造も貧弱だ。俺の放った弾頭は、ムサイの2番砲塔の右横に連続して着弾。最後の着弾と同時にムサイは船体をくの字に折りケープタウンの二の舞となった。

 

「の・こ・る・は、MS!」

 

撃ち切ったバズーカを投棄しつつ、機体を強引に捻る。包み込むように放たれたビームに反応して両肩の対ビーム防御システムが攪乱幕を噴射、ビームマシンガンと思しき光条が目の前で霧散する。

 

『囲め!』

 

『撃ち続けろ!休ませるな!!』

 

海兵隊と戦技教導隊のゲルググがこちらを包み込むように動いている。ご丁寧にしっかりロッテは崩さず、全員射撃も緩めてくれない。たまには接待試合とかしてくれて良いのよ?特に今日みたいな日はさぁ!

 

「ならここだ」

 

機体を前転するように操作し、推進器の方向を180度変更。レッドアウトしかけるが、それを気合いで堪えて再加速。包囲の最奥に居たロッテへ向かい突撃する。

 

『俺かよ!?』

 

「君だよ」

 

はっはっは、予想外の事態に機体を硬直させてしまうのは悪い癖だぞ、クルト中尉。良い勉強になったなぁ?御代は戦死判定だ。左腕に構えていたランスを躊躇無く突き刺し、貫いたゲルググごと包囲を突破する。速度差が縮まった事でビームの密度が上がるが、攪乱幕に加えて振り落としたクルト中尉のゲルググを盾にして再度距離を確保する。もう一度同じ方法で、今度は教導隊の機体を突き刺した辺りで、海兵隊の機体の動きが目に見えて悪くなった。頃合いだな。

 

「そろそろ推進剤が切れてきたかな?さあさあどうする?教導隊の諸君はお荷物片手にまだやるかね?」

 

『言ったな!』

 

『馬鹿っ!お前ら挑発に乗るんじゃない!』

 

露骨に戦力外扱いしたことに激昂した海兵隊の機体が2機、加速しながら突っ込んでくる。惜しいな、そこで冷静に動けていれば無駄に死なずに済んだのに。

 

『なぁ!?』

 

機体を襲う突然の爆発に突っ込んできた2機は機体の制御を失い、俺の放ったマシンガンをモロに喰らって爆散した。彼らは気付かなかったが、挑発する前に進路上へ機雷を撒いておいたのだ。可視光を極限まで吸収する塗料を惜しげもなく――とは言えMS用の塗料に比べたら大した額でもない――塗りたくったそれは、ミノフスキー粒子戦闘下において極めて厄介なトラップとなる。事実ベテランの海兵隊ですら気付かずに躊躇無く突っ込んできた。

 

「さて、まだやるかね?」

 

参加した艦は全滅、今ので3機を撃破。しかも推進剤の問題から、残っている機体でまともに動けるのは教導隊の4機とシーマ中佐くらいだ。こちらは被弾してこそいるが、戦闘には全く支障は無い。はっきり言って海兵隊のゲルググがまともに動けなくなった時点で詰んでると思うんだけど。

 

『無論!』

 

『引けませんなぁ!』

 

アナベル少佐とシーマ中佐の咆哮を聞いて俺は僅かに溜息を吐く。こりゃ全機落とすまで終わりそうにないな、なんでこんな事になっちゃうかなぁ。

 

 

 

 

「まだでしょうか、ネヴィル大佐?」

 

「落ち着きたまえ、ハマーン少尉」

 

シミュレーションを見て我慢が出来なくなったのだろう。始まるまでは大人しくしていたハマーン・カーン少尉が、珍しくネヴィルにせっついてきた。当のネヴィルはと言えば、シミュレーションが行われると言われた瞬間から、ブラウ・ブロをシミュレーターへ接続するべく作業を行っていた。少尉がマ大佐に好意を持っているのは明白であったから、訓練への参加を表明するのは目に見えていたし、なによりネヴィル自身も己の造り上げた機体に対し、マ大佐がどのような戦闘を行うか興味があった。

 

「エディタ中尉、各データリンクをチェックしてくれたまえ」

 

「了解です」

 

最後の接続作業が終わり最終確認をするべく、ネヴィルはパイロットのエディタ・ヴェルネル中尉へそう告げた。返事と同時に素早く機体を立ち上げた中尉が機体を操作し、それに合わせてチェック項目へ次々とクリアの文字が書き込まれる。一番の懸念材料であったサイコミュも問題無くシステム側で認識できていた。

 

(ふん、これで私も地獄行き確定だな)

 

ネヴィルは柔軟な男である。能力があればたとえ年下の少女であろうとも敬意を払うし、仕事を任せる事もする。しかし、同時に古風な成人男性の価値観も同居している。故に少女を本当の戦場に出すとするマ大佐の意見に正面から噛み付いたのも彼だった。苦い表情になりながら、ネヴィルはマ大佐との会話を思い返す。

 

「ブラウ・ブロを使う!?大佐、言っている意味が判っているのですかな?もし理解した上での言葉なら、私は貴方を軽蔑するが?」

 

相談があると近づいてきたマ・クベ大佐の言葉を聞き、ネヴィルは思い切り顔を顰める。その表情から正確に内容を察したマ大佐は、能面のような顔のまま口を開いた。

 

「やはりサイコミュの動作にはハマーン少尉が必須ですか」

 

「残念ながらその問題点は克服できておりませんからな。そして今彼女以外にニュータイプ…いや、スペシャルとでも言うべきですかな?そうした人材はソロモンに居ない。ならばアレを使うというなら、当然ハマーン少尉を戦場へ出すことになる」

 

「そうなりますな」

 

感情のこもらない短い言葉に、ネヴィルは頭へ血が上るのを自覚する。

 

「ではもう一度伺いましょう。あの少女が戦場へ出るというリスクを承知した上で、貴官はブラウ・ブロが使えるかと問うているのですな?」

 

「はい、どうでしょうかネヴィル大佐。ブラウ・ブロは使えますか?」

 

「軍人として答えるならば、使えますな。だが、人として伺っておこう。貴官にモラルは無いのかね?」

 

「手厳しいですな」

 

「当然の思考だと考えるがね。逆にお聞きしたいが、何故そこまであれに拘る?確かにブラウ・ブロは強力な機体だ、造った私がそれは保証しよう。だが、決して代替不能な戦力と言うわけではないだろう?」

 

そうネヴィルが問うとマ大佐は初めて表情を揺らし、そして諦めを多分に含んだ声音で答えた。

 

「仰る通り、単純な数字で見たならば他の兵士で補えましょう。ですがこれから赴く場所を考えた場合、彼女はどうしても代替不能な戦力となる。居るのでしょう?彼女とあのMAが。あれらを死人無しに阻むには、どうしてもハマーンの助力が要る」

 

マ大佐の言う相手を正確に理解したネヴィルは深い溜息を吐いた。彼の言う通り、あのMAとララァ・スン少尉の組み合わせを普通の兵士が押さえ込むには、文字通り命が幾つあっても足りないからだ。

 

「成程、だが言っては何ですが大佐ならお一人でも落とせてしまうのでは?」

 

「買いかぶりですよ。それに奇跡的に落とせたとしても、私には余裕が無い。言ったでしょう?誰も死なせずに阻むのはハマーンにしか出来ないと。それに」

 

「それに?」

 

「私にはもう一つ仕事がありましてね。悪戯小僧共を叱りつけてやらねばならんのですよ」

 

そう笑う大佐の顔には、拭いようのない慚愧の念が浮かんでいた。

 

「お待たせしました、大佐!さあ、ここからが本番ですよ!」

 

『ハ、ハマーン!?ええい!ウチの連中は加減を知らん!』

 

ハマーンの宣言に狼狽した声を上げるマ大佐を見て、ネヴィルは思わず苦笑してしまった。今の姿から、あの時の雰囲気は微塵も感じられない。だがそれで良いのだろう、ああいう男だからこそ、彼らは大佐のために命を張れるのだろうから。

 

「ふん、まああれとなら地獄もそれなりに楽しめるだろうさ」

 

冷めた紅茶を飲み干し、ネヴィルは誰となく呟いた。




お決まりの無双回。天丼過ぎてそろそろ飽きられるな。


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第百六十話:0080/01/10 マ・クベ(偽)と無謀

今週分です。


「どう言うことよ!これは!?」

 

受け取った通信を数回読み返し、マーサ・ビスト・カーバインが放った第一声はそれだった。ネオ・ジオンによる隕石落とし。その内容を含む通信が送られてきたのは日付も変ろうかという時間で、マーサ自身ももうすぐ帰宅するというタイミングだった。

 

(あの小僧!余計なことをしてくれる!!)

 

マーサにとって、ネオ・ジオンとは、言ってしまえばカンフル剤だった。戦勝国であるジオンを疲弊させると同時に、連邦内部へ軍事的危機感を与えMSの調達を拡大させる。彼らはその為の撒き餌であり、まかり間違っても後援するべき相手でもなければ運命共同体でもない。手頃な神輿を持った丁度良い泡沫組織、故に多少のてこ入れとして投資はしたが、それも連邦からの受注が復活すれば十分に取り返せる程度の事だった。

 

「なんて馬鹿なの、人類を滅ぼすつもり!?」

 

コロニーを落としても連邦は戦い続けた。ならば彼らを滅ぼすならより強力な力を用意すればいい。幸運なことにマーサは富裕層であり、カーバインに嫁ぐまで地球で過ごしていた。だから不幸なことに、スペースノイドの抱く地球への憧憬とそこへ住まう人間への憎悪を理解することが出来なかった。無論スペースノイドであっても、それなりの立場の人間であるならば、己の住む人工の大地がどれほど地球に依存しているかを理解している。公国が終戦交渉の場で地球に領地を欲した事からもそれは明白だ。だが、多くの無思慮な人間は自分が呼吸し、水を飲むという当たり前が如何に多くの事柄によって成立しているかなど想像の埒外であり、コロニーという切り離された場所にいるという先入観が、それらに地球が関わっているなどと理解できないのだろう。だからこんな馬鹿な事を思いつける。戦争で落ちたコロニーとルナツーでは説明するのすら馬鹿らしいほど質量に差があるのだ。仮に落ちれば、シドニーが消えたなどという生やさしい結果で終わらないことは明白だ。

 

「直ぐに連邦へ連絡を…いえ、それでは間に合わない可能性もある。では公国に?」

 

数分の逡巡は時間にして僅かであったが、マーサの運命を決めるには十分すぎる時間だった。

 

「欲を掻いたな、マーサ・ビスト」

 

荒々しい足音と共に武装した男達が部屋へと押し入り、それを連れてきた人物が不釣り合いなほど落ち着いた声音でマーサへ告げる。

 

「メラニー会長っ!」

 

マーサは思わず腰を上げかけるが、向けられた銃口によってその行動は阻まれた。その様子を見ながら、表情を変えること無くメラニー・ヒュー・カーバインが口を開いた。

 

「残念だよ、マーサ・ビスト。君がもう少し欲望を制御できる人間だったなら、このような終わりではなかったのだが」

 

「まだです!この情報を連邦へ渡せば―」

 

「そうだな、今の君が助かるにはそれしかない。だが残念ながら、君には二つの視点が抜けている」

 

そう言いながら男は態々片手を持ち上げ二本の指を立ててみせる。

 

「一つ目は我が社。テロリストと内通した人間を連邦の要人へ臆面無く送りつけるなど、我が社の信用に関わる。故にそのような行動は社の最高責任者として看過できない」

 

丁寧に指をおりながら、男は変らない口調で淡々と話す。それが純粋なる事実のみを突きつけている事をマーサは否応なしに理解し、彼女は目の前が暗くなるのを感じた。

 

「もう一つは公国だ。君はまさか、あれだけ簡単に終戦交渉を終えた彼らが連邦内に伝手が無いと、この事態を何一つ知らせず動いているなどと、本気で思っているのかね?」

 

その言葉に愕然となるマーサを見て、男は初めて表情を崩す。そこにあったのはマーサへの怒りでも憐憫でもなく、ただただ落胆だけが刻まれていた。

 

「私も耄碌したな、ものの価値を正しく計れないとは。…連れて行け」

 

「会長っ!私は!」

 

素早く近づいてきた男達に拘束されながら、それでも諦めきれずにマーサはメラニーへ声を投げかける。だが返ってきたのは完全な拒絶だった。

 

「ああ、それから彼女はサイアム・ビスト氏の殺害へ深く関与している疑いがある。入念に取り調べてくれ、これも我が社を守る為だからね?」

 

 

 

 

「成程解りました。大佐はやはり馬鹿なのですね?」

 

模擬戦を終え、今後の作戦についてブリーフィングをしたらいきなりディスられた。アナベル少佐も言うようになったな、以前なら上官に馬鹿とか絶対言わなかったのに。一体誰だ、彼女をこんなにしたのは。

 

「よく言ったよ、少佐。そして残念だが大佐は平常運転だ。あれは本気で言っているねぇ」

 

「成程。やはり馬鹿なのでは?」

 

こやつら本人の前で言いたい放題だな。

 

「言うほどおかしいかね。私としては最も効率の良いプランを提示させて貰っているつもりなのだが」

 

言い返す俺に対して、半眼になったシーマ中佐とアナベル少佐が即座に反論してくる。

 

「ええ、ええ。それが出来れば効率的でしょうなぁ?MS1機と駆逐艦でルナツーを攻略する、なんてことが本当に出来ればですが」

 

「大昔の英雄譚ではないのですよ?指揮官先頭どころか単騎駆けなど、非常識と言われても仕方ないでしょう」

 

そうだね、俺もドズル閣下が一人でペズンに行くとか言ったら止めるわ。ぐう正論ってやつだな。だがこのマ、引かぬ、媚びぬ、顧みぬ。

 

「なに、少しばかり先行するだけだよ。君たちには後詰めをして貰うとも」

 

現段階のルナツーの修理状況は不明だ。だがほんの10年前に使用したことを考えればあまり楽観は出来ない。それに、

 

「相応の規模を用意して出撃となれば相手に察知される可能性が高い。彼らがこちらに敵わぬと考え、計画の前倒しなどされては目も当てられん。それに私だって正面から殴りかかるほど無謀では無いさ」

 

そう言って俺は端末に今回使用する装備を表示させた。

 

「敵の戦力とやり合う必要など、今回に限れば何一つ無い。我々の目的はルナツーの移動阻止であって、制圧でも守備戦力の撃滅でもないのだからね。だから、連中の一番して欲しくない事をしよう」

 

ドズル中将と報告を聞いた後、俺は違和感を覚えていた。仮に本気でルナツーを地球に落とすつもりなら、もっと上手くやるんじゃないかと言うことだ。文字通り成功すれば乾坤一擲どころか人類滅亡まっしぐらという強力な武器を扱うにしては、些か行動が雑に過ぎる。そもそもエンジンの修復をこちらに察知されている時点で事を隠蔽する気が無いように感じられるし、報告によればルナツーの守備戦力が増強されている気配もない。うん、これ絶対ソロモンから戦力引きずり出すための囮だわ。問題はあの脳みそお天気な金髪坊やが囮でも実際に動かしかねない事である。だから、戦力を送らねばならないのは間違いないのだが、ご丁寧に向こうの思惑通りに動いても面白いことにはならないだろう。そして状況から推察すれば、恐らく彼らが狙っているのは、こちらの隙を突いてのソロモン攻略であろうと言うのが俺とドズル中将の結論だった。

 

「連中の狙いはこちらの戦力が整わない状態でルナツーへ引きずり出し、その隙に手薄となったソロモンを攻略すると言ったところだろう。恐らく落下作戦に真実味を持たせるために小規模な増援があるだろうが、基本的に狙いは隕石落としでは無く戦力の誘引だ。だから、それに態々付き合ってやる必要は無い」

 

そう言って俺は画面をつつく。

 

「幸いにして諸君が証明してくれたとおり、ギャンの速力をもってすれば敵の防空網を突破することも難しくない。何せ連中は君たちより遥かに格下なのだからね。そして接近してしまえばコイツの出番だ」

 

画面には追加のプロペラントタンクと不格好に280ミリバズーカを鈴なりに取り付けたギャンが映されている。

 

「大佐、これはまさか…!?」

 

察しの良いシーマ中佐が驚いて目を見開いた。おう、そうだよ。

 

「ソロモンへ来たのはやはり正解だったよ中佐」

 

既にジャイアント・バズが実弾装備としては主流となっている現在、なぜこれがソロモンに残されていたのか。答えは単純にして明快、ソロモンに配備された核武装がコイツだけだったからだ。南極条約で核の使用は禁止された?そうだね、連邦との戦争に核兵器を使うのは御法度だ。けれど、条約には何処にも新たな弾頭の製造禁止とは記されていないし、まして弾頭の廃棄や貯蔵についての取り扱いの項目もない。地上のオデッサ基地ですら水爆をミサイルの弾頭に入れたまま放置していたのだ、放射能汚染に対する意識の薄い宇宙空間ではもっと扱いはぞんざいだ。この装備にしても、通常の武器庫の奥に何の封印処置も無く放置されていたしな。そして、ネオ・ジオンとの戦闘を考えた場合、相手は連邦ではないから、そもそも条約の適用外となってしまうのだ。なんと言うかこの条約色々と不備がありすぎると思うんだが、締結した連中はなんでこれで平気だと思えたのだろうか?

 

「今の連中は食い詰めの海賊と大差ない。この状況でエンジンを破壊した場合、彼らに再度修復するだけの物資も時間も残っていないのだよ。空き巣狙いを働かねばならぬほど、既に彼らは弱っているのだからね」

 

周囲を見回しながら俺は言葉を続ける。

 

「故に我々は少数でルナツーを襲撃、エンジンのみを破壊し離脱する。施設の制圧も敵の排除も必要ない。むしろ精々戦力分散の足かせとしてルナツーをしっかり守って貰おうじゃないか」

 

俺の言葉に幾人かは頬を引きつらせた。それを無視して俺は自分の考えを口にする。金髪坊やが何を思って反乱を起こしたのか、彼の中にどのような葛藤があるのか、今の俺には正直に言ってどうでも良いことだ。興味も無い。だから、

 

「人類の平穏を邪魔するというのなら、容赦しないとも。たとえそれがどんな存在であってもね」



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第百六十一話:0080/01/10 マ・クベ(偽)の出撃

「ここに居られたか、大尉」

 

見知った男の呼びかけに、ランバ・ラルは重くなっていたまぶたを少しだけ開けた。

 

「…なんだ、シン少佐。俺に何か用か?」

 

彼の座る席の周辺にはおびただしい量の酒瓶が放置されており、そしてランバはその席の主に相応しい風体となっていた。呼びかけたシン・マツナガ少佐は表情筋を動かすことなくランバへ言葉を続ける。

 

「ネオ・ジオンに対して反攻作戦が実施されます。大尉にはソロモン守備隊として残って貰う予定です」

 

その説明を聞き、ランバは口角をつり上げた。

 

「守備隊?素手で連中と戦えと言うのかね?それともまさか、俺をMSに乗せると?」

 

ラル家の長男。その肩書きはランバの思いも立場も踏みにじり、ダイクン派の人間を惹きつけた。ザビ家の手から幼いジオン・ダイクンの忘れ形見を守った忠臣、その息子が自分達と手を取り合わないなど考えもしなかったのだろう。離反者の多くと接触したランバはその誘いを断ったが、要監視対象としてMSから離され、謹慎処分とされている。尤も、ドズル・ザビ中将の同情もあって重要区画以外は自由に動ける立場を手に入れているのを良いことに、連日ソロモン内のバーに入り浸っているのだが。

 

「手が足りないのです。MSを渡しても問題無く、それでいて腕の立つ人間を遊ばせておく余裕がないほどには」

 

「成程な、それで俺にも手伝えと。だが知ったことか」

 

「大尉」

 

「知ったことか、知ったことかだ、少佐殿!何がスペースノイドの独立だ!何が新たなる人類だ!そう言ってお前達は何人殺した!?後何人俺に殺させるつもりだ!?ザビ家もダイクン家もクソくらえだ!そんなに殺し合いがしたいならお前らだけで勝手にやっていろ!」

 

荒れて近場の酒瓶を蹴り飛ばすランバに対し、シン少佐は溜息を吐きがら再び口を開いた。

 

「仕方の無い事でしょう。貴方はラル家の人間だ、その立場は自らの言葉以上の意味を周りに示してしまう。望もうと、望むまいとね」

 

「貴様がドズルの腹心と思われているのと同じにか?」

 

「ジンバ・ラルはダイクン家の忠臣でしたからな」

 

シン少佐の言葉にランバは鼻で笑ってみせる。

 

「ふん、あの親父が忠臣だなど。節穴ここに極まれりだ」

 

成程、確かにランバの父であるジンバ・ラルはジオン・ダイクンの忘れ形見である兄妹にその命尽きるまで仕えた。適当な美談にするには十分な行動だっただろう。だが、内から見ていたランバの目にはそう映らなかった。自他共に認めるダイクンの忠臣、その立ち位置は、ジオン・ダイクンに何かがあった場合、後継者に最も近い位置だった。そしてその最高の機会は見事にその手からこぼれ落ちた。ランバは思う、もし父が本当の忠臣だったのなら、名を捨てた兄妹にするべき事は過去の栄光を語り、あれはお前達のものなのだから取り返せと吹き込むのではなく、彼らが思うように生きられるよう静かに見守るべきだったのだ。それが出来なかった時点で父は忠臣などではなく、ただ権力者に返り咲きたいだけの政争に敗れた老人だったと言うことだ。

 

「どうしても戦えませんか?」

 

「くどいぞ、俺にはもう戦う理由が無い」

 

そう言ってグラスを呷るランバを、顎に手を当てながら見ていたシン少佐は、しばし目をつぶった後、何でも無いようにしゃべり出した。

 

「では、仕方ありませんな。戦う理由を準備しましょう。大尉が戦わないと言うのなら、貴方の部隊は私の部下に預ける事としましょう。少々血の気が多く、ザビ家への忠誠心に篤い男ですが、ここで経験させておくのも悪くない」

 

その言葉にランバはアルコールにふらつきながらも慌てて立ち上がる。シン少佐の言う人物に心当たりは無い。だが熱心なザビ家信奉者から、ランバの部隊にいたものがどのような目で見られるか、そしてどのように扱われるかは容易に想像がついたのだ。そして最後の少佐の言葉、それが単純な部隊指揮のみを指した言葉で無い事は明白だ。

 

「マツナガ!脅迫するつもりか!?」

 

指揮を執らねば部下を殺す。あまりにも解りやすい脅迫に、上官である事も忘れランバは叫ぶ。しかし、言い放った当人はコメディアンのように肩をすくめると、ヌケヌケと言い返してきた。

 

「言いがかりは止して頂きたい、大尉。ソロモン守備隊の編制は私が一任されておりますから、戦力を適切に配置するというだけのことです。経験不足の士官にベテランの下士官をつけるのは当然でしょう?」

 

まさしく体裁だけは整った回答にランバは思わず歯ぎしりをする。しかしそれで事態が好転する筈も無く、しばしの沈黙の後、根負けしたランバは深く溜息を吐くとシン少佐を睨んだ。

 

「守備隊に参加すれば、部下全員の指揮権は俺が貰えるんだな?」

 

「誓って必ず」

 

真面目くさったシン少佐の顔を見てもう一度溜息を吐き、ランバは口を開いた。

 

「俺のゲルググも返してくれよ。それにしても白狼も随分と悪辣になったな。狼よりは狐が似合いじゃ無いか?」

 

「私の小賢しさなど、あの大佐に比べればとてもとても。白狐どころか小狐ですよ」

 

士官交換制度は失敗だったのではないか。機会があればドズル中将にそう提言しようとランバは心に決めて、最後の注文をする。

 

「済まないが水をくれ、思い切り冷やした奴だ。酔いを醒まさなきゃならんのでな」

 

 

 

 

 

「そりゃね、話はわかりますよ?ソロモンに残っている駆逐艦はこのペルル・ノワール一隻だけ。特急での配達って言うならうちら以外あり得ない」

 

テンガロンハットを被ったチョイ悪風味のおっさん少尉が心底嫌そうにそう答える。うん、正直すまんかった。だがもう遅い、何せ最高指揮官の承認まで貰っちまったからな!まあ、その最高指揮官殿も同じ顔していたが。俺は予備の酸素ボンベやら万一のためとシーマ中佐とアナベル少佐が競うように詰め込んでくれたサバイバルキットで少々手狭になったギャンのコックピットで、彼の不満をなだめるべく口を開いた。

 

「後の事を考えると、少々プロペラントが不足する計算でね。何、ちょっと途中まで送ってくれれば良いだけだ。それ程危険じゃないよ、少尉」

 

「はあ、因みに大佐殿的にはどの程度の見積もりなんです?」

 

そうだなぁ。

 

「全力で防空しているソロモンに比べたら遥かにましだとも」

 

「えっ…」

 

俺がそう言うと、横で聞いていた副官君が顔を真っ青にしてしまう。おっと、ジョーク、ジオンジョークですよ、少年。皆ガチガチに緊張してるからちょっと和ませてみたんだけど、お若いのにはちょっと刺激的すぎたかな?

 

「安心したまえ、冗談だ」

 

本当はかなり危険だろうからな。だが、やって貰わねばならん。連中がソロモンを狙っているなら、こちらが慌てて部隊を出撃させれば喜んで来てくれることだろう。何せ設備拡充の為に周辺をしっかり掃除したもんだから、ソロモンの動向は友軍拠点から丸見えである。流石に連中も馬鹿ではないから、偵察部隊の一つ二つは出している。その都度追い払っているが、今回はわざと幾つかの部隊を見逃した。出撃準備に追われて、監視がおざなりになっているように見せかけてだ。無論これは陽動で連中がほいほいと空き巣に来たら反転、ソロモン守備隊と挟撃し殲滅するという作戦だ。それなりに経験を積んだ将校には通じないだろうが、少なくともソロモンから離反した連中の中で該当しそうなのはカスペン大佐くらい。グラナダや本国から人員が移動していたら看破されるだろうが、今の連中の動きを見るかぎり、統一された動きを見せていない事からその可能性は低いと考える。それでも動かなかった場合は、出撃したソロモン艦隊はグラナダへ向かいこれを解放する。同時にドズル中将を中核とする選抜部隊を本国へ派遣、ア・バオア・クーのハゲを牽制しつつ、首都も奪還して貰う。その場合、俺は後詰めを頼んでいる海兵隊とアナベル少佐に協力して貰いルナツーを再奪還する。金髪坊やには飢えて巣穴から飛び出して死ぬか、それともそのまま餓死するか、素敵な二択をプレゼントという寸法だ。

 

「降ろした後はソロモンへ帰還、配達ってよりは不法投棄だな…」

 

余計なことを考えている間に、少尉の気持ちも固まったらしい。彼らの操るペルル・ノワール、こいつはジオンが運用していたガガウル級と呼ばれる駆逐艦だ。大戦初期こそそれなりの数が運用されていたが中期に入ると次々と除籍され、今では軍全体でも10隻程度しか運用されていない。それというのもこの艦実に中途半端なのである。MSの搭載数は2機となっているが、露天繋止という使いづらい事この上ない仕様だ。砲門数こそムサイと同等だが、短砲身のため収束率が悪く射程が短い上、艦の火器管制装置が旧式だから命中率も悪い。なので、万一サラミスに出くわしたらとにかく逃げるしか無い。おまけにMSへの搭乗にはチューブを使うのだが、これがザクにしか対応していないという不親切さである。結果、見事にザクレロにお株を奪われ、不要品のレッテルが貼られてしまったのである。じゃあ、なんで残っているかと言えば、この艦がジオンの軍艦の中で最も快速だったからだ。極秘の要人移動や、データでは送れない極秘の指令書なんてものは案外存在していて、そいつらを運ぶのに使われていると言うわけである。ドズル中将の場合、その多くは家族向けの嗜好品とか子供向けの玩具だったようだが。中将職権乱用すぎんよー。

 

「これが成功すれば人類を救った英雄だ。君たちの功績についても正しく報告させてもらうよ、少尉」

 

「テロリスト掃討に、軍は勲章をくれますかね?」

 

どうかなぁ。連邦には勝ったとは言え、ジオンの財布も随分軽くなってるからな。

 

「どうだろうな。まあ、せめて恩給に色が付くくらいは保証しよう。それに」

 

「それに?」

 

俺の言葉に少尉が少し帽子のつばを上げ聞き返してくる。なので俺は精一杯ドヤ顔を作り言い返した。

 

「折角の人生だ。一度くらい世界を救うのも、男のロマンだとは思わないかね?」




ランバさん荒れる。


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第百六十二話:0080/01/11 マ・クベ(偽)強襲

(正念場だな)

 

ソロモン艦隊出撃の報せを受け、ヘルベルト・フォン・カスペン大佐は義手となった左手を数度握り直した。

 

「質の差が出ていますな。満足に偵察も出来ておりません」

 

その様子を見てヘルベルトへ声をかけたのは、彼の僚機を務める大尉だった。

 

「練度だけの問題ではない、ソロモンには頭の回る連中が残っているのだ。必要な分だけ知らせて、都合の悪い部分は隠したのだろう」

 

ソロモン要塞より多数の艦艇が出撃。ヘルベルトへ伝えられた内容はそれだけだった。もしこれが正規軍であったなら、今頃報告した者を呼び出し叱責していたことだろう。多数とは何隻なのか、艦の種類は?向かったのはどちらへか。それらを含まないからっぽの報告では、ヘルベルトの取れる手段は限られてくる。更に言えば彼は大隊指揮官であり、要塞守備の経験など皆無だった。しかし将校と呼べる人材はネオ・ジオンにとって希少であり、要塞戦の知識を持つ人間など片手で足りる程度しか居なかった。それが教育課程の知識だけであったとしてもである。尤も、ジオン全体を見ても、宇宙空間における要塞防衛の経験を持つ者など皆無なのだが。

 

「どちらにせよ、連絡があった以上対応しなければなるまい。部隊の展開を急がせろ」

 

「了解しました」

 

この時ヘルベルトは、部隊を従来より広く薄く展開するよう指示した。ジオン軍の基本的な防御ドクトリンは先手必勝である。何故そのような防御という言葉からかけ離れた戦術にたどり着いたのかと言えば、想定される敵が連邦軍であったという一点につきる。連邦に対し人的・物的資源に劣ったジオン軍では、例え要塞に籠もろうとも数的不利を覆すことは難しく、守勢に回れば短時間で無力化される可能性が高かった。更に問題となるのが組織間の不和である。籠城とは自力での敵撃退が困難な場合に採用される戦術であり、最終的な解決は他拠点からの援軍に頼むこととなる。この点について、進撃ルートの自由度の高い宇宙空間は守備側に有利なのだが、それはあくまで友軍が来援する事が大前提である。ジオン軍は宇宙における重要拠点をそれぞれの軍が確保していた。士官交換制度の制定後こそ多少は緩和されたが、現状でもそれぞれの軍は足並みが揃っているとは言いがたい。端的に言ってしまえば、他の拠点からの援軍が期待出来ないのだ。そこに加えて宇宙空間という場所が防衛という選択肢を制限する。地上における要塞防御とは、堅牢な要塞の防御力を用いて兵力を保護し、戦力の消耗を避けつつ敵に消耗を強いる戦術である。ところが宇宙ではこの要塞の防御力があてに出来ないのである。隔壁の隣は死の空間。スペースノイドの常識は要塞にも当てはまる。こと軍事において攻撃力というものは防御力に対して往々にして優越するものであり、メガ粒子砲が実用化された現在も同様だ。要塞などと言っても所詮天然の岩盤である。火砲を集中されれば容易に破壊されてしまう。そして破孔が形成されてしまえば、その区画の気密は失われ人間を拒む領域となってしまう。このため、スペースノイドは潜在的に攻撃を受け止めるという行為を苦手としており、防御よりも回避、回避よりも先制による敵の攻撃機会の喪失を好む傾向にある。ヘルベルトの指示も、不足している情報をなるだけ早期に手に入れる事を意図したものだった。尤も、部下には言えない理由もあるのだが。

 

(ソロモン艦隊とやり合うなど不可能だからな)

 

報告に多数とあった以上、侵攻してくる艦隊はこちらより数が上だろう。勝てる見込みは無いが、かといって直ぐに逃げ出す訳にもいかない。主力であるペズンの部隊がソロモンを攻略するまでは少なくとも粘る必要がある。その為には敵の早期発見・攻撃・撃破が必須となる。展開している部隊は士気は高いが技術の拙い連中で編成されており、彼らには発見次第連絡とルナツーへの撤退を指示してある。所謂鳴子の代わりであるが、その程度の技量ならば辛うじて有していると言うのがヘルベルトの忌憚の無い評価だった。

 

「使い物になるのは我が第一中隊のみか。無様だな」

 

戦争後期にヘルベルトの大隊は大きく人員を入れ替えていた。急速に再建された宇宙攻撃軍は士官が慢性的に不足しており、これを補うためにベテラン部隊を細分化し、その下に新設の部隊をつけることで戦力の向上を計画したのだ。当初は信用出来る手札が減ることに難色を示したドズル・ザビ中将であったが、ザクレロやザクR-1型の戦力化といった装備面の充実により、想定よりも戦力が低下しないことが解るとむしろ積極的に推し進めた。ヘルベルトの預かるカスペン戦闘大隊も例外ではなく、開戦以来の人員は本人を含め1中隊のみであり、残りの2中隊は速成栽培で送り込まれた熱意ある若者である。連邦討つべしと意気軒昂していた彼らにとって連邦との終戦は祖国の裏切りであり、自ら暴走を止められるほど軍人として完成していなかった彼らが反乱へ身を投じたのは必然だったのだろう。ヘルベルト自身とて、公国の政治には思うところがある。しかし軍人として禄を食むならば国家の方針に私心から反旗を翻すなどもってのほかであるし、そうしたいならば軍人ではなく政治家になるべきだと考えている。軍とは国家に付属する暴力装置であって、自らの行いに決定権など存在しないのだから。

 

「仕方がありません。放ってしまう訳にもいかんのですから」

 

古今暴走した若年の軍人が起こすことなど知れている。その結果がどのような事になるのかもヘルベルトは十二分に理解していた。故に一人でも多くを生き残らせるには、不器用な彼にはこの方法しか思いつかなかったのである。

 

「そうだな。せめて、連中が私の死に何かを学んでくれる事を期待しよう」

 

 

 

 

アラームが鳴り響き目標宙域に達したことが解るとほぼ同時に、船体に僅かな振動が走った。

 

『それでは世話になったね。君たちの航海が無事終わることを祈っているよ』

 

接触回線が開きそんな簡単な挨拶を済ませると、あっけなく積み荷となっていた大佐は出撃していった。彼は本当に同じ軍人なのだろうか。光る尾を引いて艦から遠ざかっていくMSを操舵席から見送りながら、ウエスト伍長はそんな事を考えた。ウエストは所謂学徒志願組と呼ばれる軍人だった。志願年齢の引き下げにクラスの友人と喜んだのを彼は今でも覚えていた。そんな彼が幸運であったのは志願した先が宇宙攻撃軍であったこと、そしてMSの操縦適性が低かった事だろう。戦闘部隊への配属希望は却下され輸送部隊、旧式の駆逐艦というなんとも冴えない部署へと回されたのだが、それが結果として反乱への参加を踏みとどまらせた。

 

「やれやれ、煽てられて危ない橋を渡っちまった」

 

不機嫌そうな声と裏腹に笑みを浮かべるレオニー・ベルナール少尉を見て、ウエストは思わず声をかけてしまった。

 

「意外でした。少尉はてっきり断るかと」

 

ウエストから見たレオニー少尉は一言で表すなら不真面目であった。軍への忠誠心は無いに等しく、普段の態度も良くない。輸送艦であるペルル・ノワールは本国との行き来が多いのだが、その際に嗜好品やいかがわしいデータなどを買い付け、ソロモンで売りさばくなどという軍規すれすれの事をやるのもしょっちゅうだ。そんな彼であるから、ウエストはこの件を断るだろうと考えていた。ガガウル級のブリッジクルーは最大で5人だが、動かすだけなら一人でも出来る。ペルル・ノワールもレオニー少尉とウエストの2名で運用されていて、艦の運航も交代でやっていたからウエストだけでも足りたのだ。

 

「俺の事をなんだと思っているの、ウエスト君」

 

「ですが、普段の仰りようですと…」

 

戦闘部隊など大ハズレ、そう公言してはばからない男がレオニー少尉である。

 

「あのね、ウエスト君。もうちょっと広い目で世界を見ようよ。あの大佐が誰かくらいは知っているんだろう?」

 

「はい、総司令部のマ大佐ですよね?色々と噂が絶えない方です」

 

曰く地球方面軍の戦略を根本から立て直した、曰くあのオデッサデータの制作者である、曰く。何処まで本当か解らないが、噂の一割でも真実ならば傑物と呼べる人物だろう。

 

「じゃあ解るでしょ。あの御仁は突撃機動軍から総司令部に栄転した上に、ソロモンがあれだけの戦力を無条件で受け入れるほどドズル中将の信頼を勝ち取っていて、その上終戦交渉の参加をガルマ大佐に請われる人物だよ?どれだけザビ家に気に入られてるんだよ。そんな人間の提案を断る?そんな度胸俺には無いよ、まだ生きていたいからね。まあ、それに」

 

「それに、何です?」

 

「ちゃんと相手を見ているところが気に入ったよ。俺の冗談に直ぐ乗ったろう?正義や大義だけしか見えてない奴じゃああはいかない。俺はあのキャスバル・レム・ダイクンより大佐に付いた方が得だと考えたのさ。さて、世間話も良いがそろそろソロモンへ帰ろうぜ、ウエスト君。俺達のターンは終わり、後は基地で大佐が届けてくれる朗報を待つとしようじゃないか」

 

 

 

 

「なんだ?」

 

最初に気付いたのはソロモン方面に展開していたムサイだった。ミノフスキー粒子散布下ではレーダーが使えない分、光学的な索敵が重視される、簡単に言ってしまえば高感度の監視カメラを準備し周囲を監視するのだ。このカメラで撮られた映像は常に解析が掛けられており、不自然な光や大型のデブリなどがあれば即座に警告が出るようになっている。当然であるが、元となるデータ収集には単純に大型のレンズを多く必要とするため、索敵能力は艦艇がMSに勝る。報告も上げずに首を捻っている索敵員の所へ移動してきた艦長は、その画像を見て一瞬顔を強張らせた後、即座に叫んだ。

 

「MS隊は即応待機していたな!?直ぐに出せ、コイツは噴射光だ!ルナツーにも連絡しろ!」

 

「ですが映っているのは1つだけですが?」

 

復唱より先に寝ぼけたことを言う観測員の胸ぐらを掴んで艦長は怒鳴りつけた。

 

「馬鹿が!つまり敵は一発でルナツーに打撃を与えられる装備を使ったと言うことだろうが!」

 

幸いにして横で聞いていたオペレーターは既に己の任務を遂行していた。苛立ちを抑えきれないまま艦長は自分の席へと戻る。自分達は同志だ。ルナツーへ赴く前に出撃する全員へ向けて掛けられたキャスバル総帥の言葉が思い出される。ザビ家のような独裁は行わぬというパフォーマンスだろうが、それを真に受けた者達の態度は悪化した。総帥をして同志と言うのだから、それより格の下がる部隊長や艦長が一方的に命ずる事へ不満を持つものが現れ始めた。観測員の少尉もその口だ。彼の中でまだ定まっていないものを艦長が勝手に断定し、こちらの意見を聞くこと無く行動を指示した。それは彼にとって大いに不満の残る対応だったのだろう。今も納得のいかないという顔でモニターへと視線を向けている。こんな部下が幾人も居るのだから、艦長の心労は増すばかりだ。

 

(いかん、今は迎撃に集中を…)

 

思考が逸れ始めていることを自覚し、艦長は頭を振る。そして次の瞬間、信じがたい報告を耳にした。

 

「あ、アンノウンが進路を変更!これは、MSだと!?」

 

「MSぅ!?カミカゼか!迎撃しろ!艦をぶつけてでも止めるんだ!」

 

「そ、相対速度が速すぎて間に合いません!」

 

混乱するブリッジをあざ笑うかのように、その光は進路に割り込もうとするムサイをすり抜けてルナツーへと飛んでいく。その異様な姿を目の当たりにし、艦長は確信した。あの敵は必ず墜とさなければ、我々の計画に致命的な一撃を加えるに違いないと。

 

「MS部隊に追撃させろ!あれを絶対にルナツーにたどり着かせてはならん!」

 

MS隊が次々と発艦し、異形のMSを追いかける。それを祈るような気持ちで艦長は見送った。彼らの願いが見事に打ち砕かれたのは、その僅か数分後の事だった。



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第百六十三話:0080/01/11 マ・クベ(偽)は踊る

今月分です。


「まるでザルだな」

 

解っていたつもりだが、実際に目の当たりにすると作戦が楽に進むという喜びよりも憐憫の方を強く感じた。装備が揃えられないから監視網が荒く、物資が無いからMSを常時展開出来ない。そして組織を育てる時間も無いから、人員の質も悪いと来ている。これで何故反乱を起こそうなどと考えたのか、俺には不思議でならない。

 

「やはり速成は百害あって一利無しだな」

 

アンネローゼ曹長やアルバート伍長が真面目で素直だから油断してたわ。あの時胡散臭いと考えていたプロフィールだが、人事の連中割と本気で書いていたのかもしれない。

 

「さて、もう遅いぞ?」

 

こちらの狙いを理解したのか、進路上にあるルナツーに据え付けられた砲台がまばらに射撃を始める。だが、文字通り散発的でロクに照準もされていない。多分コンスコン少将が何か細工をしていたのだろう。色々と抜け目ない御仁だ、それだけに実に惜しい。

 

「貴様らは、彼の死から何も学ばなかったのだな!」

 

ペダルを蹴飛ばし更に機体を加速させる。全身がシートへ押しつけられるような圧迫感の中で、俺は機体の両腕に握られた武装の最終安全装置を解除した。ルナツーの地表近くまで接近した機体が接近警報をがなり立てるが無視して直進、目標が見えたのは直ぐだった。

 

「頂く!」

 

眼前に現れた巨大なお椀のような核パルスエンジンのノズルへ向けて、躊躇無くトリガーを引いた。ルナツーの核パルスエンジンは大小8基のエンジンが十字になるように取り付けられている。事前の計算では、メインとなる4基が使用不能になれば動かすことは出来ないそうだ。ただしくせ者なのが、メインは1基でも残っていれば時間はかかるものの動かすこと自体は出来てしまうから、破壊するなら必ず全て使用不能にしなければならないと言うことか。まあ、こんな状況なら楽勝だけどな!

 

「次!」

 

馬鹿みたいにでかい火球が生まれ、並べられたエンジンノズルを飲み込んだ。流石にサイズがサイズなので一発では足りず2発目も打ち込んでえぐり取る。それを確認する間も無く、即座に持っていたバズーカを放棄し、フレキシブルアーマーにくくりつけられていた次発用のバズーカを装備、照準もそこそこに向かって右側のノズルへ発射する。先ほどの射撃が重なり気味だったのを考慮して間隔を空けて、ただし同時に発射した。思い描いた通りに火球が進むのを確認しながら、更にバズーカを取り替える。

 

「ラスト!」

 

最初の火球が作り出した大穴に飛び込み、最後に残った左側のノズルへ砲弾を放つ。強引なロールで左腕の動きが制限されたため、今度はバラバラの射撃になった。だが、何とか双方とも命中し、残ったノズル部分も徐々に崩壊している。既に機体はノズルを通り過ぎ、ルナツーを離脱する段階に入った。だが、簡単には終わらせてくれないらしい。

 

「綺麗に片づけろというのがオーダーだったな!」

 

突入方向の最奥にあったノズルが、半壊しているもののまだ原形をとどめている。あれを残しておいたら、もしかしたら他のノズルの残骸で修復されてしまうかもしれない。俺は保険のためにサイドスカートにくくりつけておいた最後のバズーカを装備して狙いをつける。角度が悪い、このまま撃てばルナツーにも被害が出るだろう。一瞬躊躇し、だが俺はトリガーを引いた。

 

「恨み言は地獄で聞いてやる、先に行っていたまえよ」

 

火球がノズルだけでなくルナツー本体を炙るのを確認した俺は、機体を翻し離脱に移る。そして次の瞬間、異音と共に左側の追加ブースターが火を噴いた。気がつかなかったが何処かで被弾でもしたのだろうか。

 

「お、おおおおおっ!?」

 

考える暇も無くネズミ花火のように急速なスピンを始めるギャン。一応全力でAMBAC制御を実行してくれているが、何しろ相手はMSを数機纏めて運べる推力を持つブースターである。傍目には暗黒舞踏を踊りつつ高速回転する滑稽なMSにしか見えないに違いない。因みに乗り心地は最悪だ。

 

「こんな、死に方は、流石に出来ん!」

 

強制パージを実行し、背面の懸架ユニットごと追加ブースターを捨てる。直後、盛大に爆発してくれた。うむ、間一髪。…と思っていた時期もありました。

 

「メインブースターに損傷!?出力が上がらんだと!?」

 

おまけに先ほどのスピンを止めるために、アポジモーターは殆ど推進剤を使い切っている。そして俺はとんでもない事に今気付く。ギャンに搭載されている冥王星エンジンは、ヅダに搭載されていた木星エンジンの発展型、つまり亜鉛や鉛といった重元素を推進剤として使用するのだが、姿勢制御用のアポジモーターは一般的な推進剤を使っている。なんでこんな事になっているかと言えば、重元素を用いる推進器は大出力を得やすい分、細かな出力制御に向いていないからだ。さて、もうお解りだろう。推進剤は無いが無事なアポジモーター、推進剤は残っているが動かないメインブースター。あ、これは死にましたね。

 

「いかんな、シーマ中佐達に怒られる」

 

幸か不幸か、機体は地球の周回軌道に乗りそうだ。速度もあるから大気圏に突入する心配も無い。まあ、逆に言えば見つからない限り、永遠に衛星軌道を回り続けることになるわけだが。そんなことより問題なのは。

 

「不味いな。シーマ中佐とアナベル少佐がいるから、まず負けることは無いだろうが」

 

だが相手はあの赤い彗星と白い悪魔、宇宙世紀における文句なしのトップエースだ。おまけにララァ・スンにエルメスまでセットと来ている。そちらもハマーンが万全なら問題無いと思いたいけれど。

 

「俺が行方不明では、余計な心配を掛けるだろうな」

 

うぬぼれで無ければ、それなりの信頼関係は築けていると思う。彼女は軍人なんかに全く向いていない優しい子だから、ちょっと近しいだけの俺なんかでも居なくなれば動揺するかもしれない。そんな事が原因で彼女に、信頼して命を預けてくれた皆に何かがあったら死んでも死にきれん。

 

「…冗談にもならん。こんな所で死んでやるわけにはいかんのだ!」

 

何か、何か手は無いか!?

 

『お困りですか、大佐殿?』

 

唐突に繋げられた通信に俺は思わず体を強張らせた。ルナツーからはそれなりに距離が離れたとは言え、まだミノフスキー粒子の影響は濃い。その中でノイズ混じりとは言え、十分聞き取れる状態で通信が入ったのだ。相手は余程近くに居るらしい。

 

『ああ、擬装解いてねえや。ウエスト君よろしく』

 

言葉と同時に、少し地球寄りに浮いていたデブリの一つが弾け、中からガガウル級駆逐艦が出てきた。って、あれは。

 

「ペルル・ノワール?何故、ここに?」

 

予想外の友軍の登場に、一瞬頭が働かなくなる。

 

『予想外の事は起きるものってね。困るんですよ、こんな所で死なれたら。約束の恩給を誰が交渉してくれるんです?』

 

『万一の際、回収出来る艦が居ないのは不味いと少尉が言い出しまして!』

 

『ちょっと、ウエスト君。こういうのはスマートにやるから格好がつくの、そう言う熱い部分は敢えて見せないのが基本なわけ。まったく、副長なんだからそのくらい感じとってくれよ?』

 

「ふふ、ふ、ははははっ!」

 

緊張感の無いやりとりに、俺は思わず笑ってしまった。

 

『ほら見ろ、笑われてしまった。台無しだよウエスト君』

 

『じ、自分は少尉の良いところを知って頂こうとっ!』

 

「十分伝わったよ、レオニー少尉、ウエスト伍長。救援感謝する、君たちは命の恩人だ、個人的にも出来るかぎりの礼をさせて貰うよ」

 

『お役に立てたのなら何よりです!』

 

『そいつは期待しています』

 

『少尉!』

 

戦いの後とは思えない賑やかさの中で俺はルナツーを後にした。

 

 

 

 

時間は、マ・クベのルナツー襲撃より少しだけ巻き戻る。ソロモン艦隊出撃の報を聞き、ペズンでは艦隊が次々とゲートから吐き出され、出撃の命令を待っていた。

 

「本当にいいのかい、総帥?」

 

最小限の戦力を残し、陣形を整え命令を待つペズン艦隊を眺めながら、カイ・シデン少尉はそう疑問を口にした。

 

「増援自体がソロモンから戦力を引き出すためのものだったからね。既存の戦力で事が済んだのなら送る必要は無い。カスペン大佐にもあれは用済みだと伝えてある。こちらがソロモンを攻略すれば彼がルナツーで戦う理由は無くなるのだ、ならばソロモンを落とすことに戦力を集中した方が良い。特に君たちは我々の切り札なのだからね」

 

「見殺しにするわけじゃないんだな?」

 

アムロ・レイ少尉やララァ・スン少尉に比べ、ニュータイプとしての能力に劣るカイではキャスバル総帥の内心までは読み取ることが出来ず、そう念を押す。返ってきたのは柔らかい笑みだった。

 

「無論だ。むしろソロモンを攻略することこそ彼らへの最大の支援になる。後方を突かれて動揺しない軍など無いのだからね」

 

「…了解だ。信じるよ、総帥」

 

こうしてペズンに配置されていた軍艦は、僅かな守備隊が脱出時に用いる為に残された数隻のパゾクを残し、全て出撃することとなる。行先はソロモン。反乱発生以来、最大となる戦いが始まろうとしていた。



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第百六十四話:0080/01/13 マ・クベ(偽)とソロモン攻略戦-Ⅰ-

「生産設備の作業員達は全てシェルターへ退避しているな?防衛用衛星並びに各砲台を起動、射程に入ったら撃って構わん」

 

「宜しいのですか?」

 

副官の言葉に防衛の指揮に当たっていたラコック大佐は顔を顰めた。

 

「全くもって宜しくないとも」

 

もし今の言葉を聞いたのが、自分達の司令官ならばコンソールの一つもたたき割っていただろう。そんな事を考えながらラコック大佐は答えた。

 

「好き好んで友軍を撃つ馬鹿がどこに居る?尤も、向こうは友軍などと一切思っていないだろうがね」

 

望遠で捉えた艦隊は戦闘用の陣形に移行しており、間違っても降伏をしにきた訳では無い事を明確に示していた。本来ならば降伏勧告の一つもするべきなのだが、その暇は無いだろうとラコックは考えていた。そもそもこれで降るような者ならばもっと前に、そう、手遅れになる前に反乱から身を引いていただろう。

 

(あるいはそんなことも解らん程度に頭が足りていないのかもしれないが、どちらにせよ結果は同じだな)

 

コンスコン少将の死は、彼らにとって最後のターニングポイントだったのだ。故意では無いが将官を殺傷してしまったという事実は非常に大きい。損害を被った以上、軍は躊躇無く武力行使に踏み切るからだ。目端の利く者ならばコンスコン少将が自爆であった事を理由に投降するという手段も思いついただろうが、そんなことも想像できないのが目の前の連中である。ならば、空き巣だと思っているソロモンから発せられる降伏勧告など、精々鼻で笑うのがオチだろう。

 

「副司令、敵艦隊より発光信号です!これは、連中正気か?」

 

「どうした?」

 

「はっ、敵艦隊より発光信号を確認しました。降伏勧告です」

 

「……」

 

遠い目でモニターに映る敵艦隊をラコックは見る。成程、確かに何やらしきりに発光信号を送っている。これも彼らなりに“優しい世界”とやらを作るための努力なのだろうか?

 

(違うな、あれはもっと即物的な思考だ)

 

内部的には、未だザビ家に囚われている同胞への慈悲とでも言っているのだろうとラコックは推察した。だが本音は、単純にソロモンの設備を無傷で手に入れたいと言ったところか。事実ルナツーの時とは違い、即時の降伏を求めている。一応多少は学ぶらしいと、ラコックは頬を歪めて笑った。

 

「オペレーター、返信してやれ」

 

「はっ!内容は如何致しましょう?」

 

「そうだな、“馬鹿め”とでも言ってやれ。対艦隊戦用意!ソロモンが要塞である事を連中に思い出させろ!」

 

「「了解!」」

 

返信と同時に敵艦隊が動きを見せる。こうして、宇宙攻撃軍最悪の一日は始まった。

 

 

 

 

「ラル大尉、始まったようですよ」

 

外部のモニターに繋げていたのであろう。コズン・グラハム少尉がそう告げて来たので、ランバ・ラル大尉はコックピットに持ち込んだ小説から目を離さずに返事をした。

 

「ああ、余程自信があるのだろうさ。まあ、あの腹黒大佐がそう仕向けたんだろうがな」

 

ランバの言葉に、オープンチャンネルであった事から部下達が次々と感想を口にする。

 

「敵とは言え兵には同情を禁じ得ませんな。馬鹿な指揮官に付くと死ぬことになる」

 

「我々のようなパイロットはまだしも、艦のクルーは逃げることもままならんでしょう。ぞっとしない話です」

 

「それにしても、連中凄い度胸ですよね」

 

「どう言うことだ、ステッチ?」

 

同情色の強い発言の中でそう口にしたステッチ伍長に興味を引かれ、ランバは小説を閉じると発言を促した。ランバの言葉に苦笑を浮かべながら、ステッチ伍長は口を開く。

 

「ソロモンにはラル大尉を始め、マツナガ少佐やガトー少佐といった名だたるエースが揃っているんですよ?それに教導隊もです。自分はあの大佐と訓練した連中と戦場で殺し合うなんてまっぴらご免です、命が幾つあっても足りません」

 

「ああ…」

 

「あの御仁は連中とは別の方向に頭がおかしいからな。何だよ、あの最後に言い渡された訓練は?」

 

肯定を示すアコース少尉の溜息に、呆れを多分に含んだ声音で続けたのはギーン伍長だった。彼の言うマ・クベ大佐から指示された訓練とは、アナベル・ガトー少佐の動作数値を入力された機体テクスチャの存在しない目標から発射される射撃をひたすら避けるというものだった。しかも目標は10機も存在しており、今のところ撃墜されるまで1分以上粘れているのはランバとシン少佐だけである。

 

「マツナガ少佐の説明を聞いていなかったのか?あれは対ニュータイプ隊向けの訓練だ」

 

そう言って、ランバは自機に保存されていた映像ファイルを各機へ送る。そこにはペズンで行われていたMAN-08、ペットネームエルメスの射撃試験の様子が記録されていた。その内容を無言で見続けた後、隊員達はあの訓練の意味を正しく理解し息を呑む。何故なら間違いなくエルメスはこの戦場に居るからだ。

 

「クベ大佐の作戦が当たればやり合うことは無いとのことだが、あんな訓練をさせるくらいだ、万一の時は俺達に抑えろと言っているんだろうさ」

 

「やれますかね?」

 

ランバの推測に、引きつった声音でクランプ中尉が問い返す。対してランバは不敵な笑みを浮かべ、全員へ言い聞かせるように言葉を発した。

 

「なあに、びびることは無い。見た限り射撃精度はガトー少佐に比べれば雲泥の差だ。それに考えてみろ、こっちは小隊、それも2小隊で当たれる。そうなれば一人頭に割り振れるビーム兵器の数は幾つになる?俺達は回避に専念すれば倍以上の数に数十秒耐えられるんだ。それだけあれば、本体を抑えるなんてのは楽勝だろう?あのMAはでかいしな!」

 

無論言うほどそれは簡単な事では無い。だが、彼らには精鋭としての自負があったし、何より相手の手の内が事前に知れていることは精神的な余裕を生み出した。そして、対する事を想定した訓練を積んだという事実が自信をもたらす。ランバの機体のモニターに映し出される部下の表情は、どれも兵の表情であった。それに満足しながら、しかしランバは空気を和らげるために更に口を開く。

 

「尤も、あの腹黒大佐の作戦だからな。存外本当に俺達に出番は回ってこんかもしれんぞ?」

 

 

 

 

「拒絶か、致し方あるまいな」

 

防衛施設も無傷で確保したいと考えていたキャスバル・レム・ダイクンであったが、残念ながらその目論見は達成出来なかった。尤も当初からあまり期待していなかったため、キャスバルは大して気にせずにララァ・スン少尉へと通信を繋いだ。

 

「ララァ少尉。残念ながら交渉は決裂してしまった。すまないが風通しを良くして欲しい。彼らが我々のお願いを聞きやすいようにね」

 

『承知しました。総帥』

 

そうララァ・スン少尉は柔らかく微笑み、エルメスをゆっくりと母艦であるティベ級グラーフ・シュペーから発進させた。両軍はまだ砲の射程内に相手を捉えていないが、このタイミングこそ、MAエルメスの真価を発揮する瞬間であった。

 

「流石だな」

 

モニターではなく、艦橋からそれを直接見ていたキャスバルは感嘆の声を上げる。エルメスから吐き出された6基のビット――無線誘導式無人攻撃ポッド――が瞬く間に戦場を駆け、敵の前衛を形成していた砲台や攻撃衛星、観測ポッドを次々とビームによって沈めていく。そして実戦で証明されたニュータイプの力は部隊の士気を大いに高めた。その光景に満足しつつも、キャスバルは若干の不満を覚えていた。

 

(グラナダの2号機が手に入れば文句なしだったのだがな)

 

時間は開戦のおよそ半日ほど前に遡る。ソロモンまでの最短距離を進むキャスバルの艦隊に近づいてくる艦影があった。

 

「突撃機動軍のムサイ?こちらに近づいているのだな?」

 

「はい、確認出来ました範囲で4隻。何れもグラナダ所属の艦です」

 

「グラナダか、警戒は怠るな」

 

暫くすると、こちらを捕捉したのか、向こうから通信が入った。

 

『我々はグラナダ艦隊所属の義勇艦隊であります。ネオ・ジオン軍の末席に加えて頂きたくはせ参じました』

 

聞けばグラナダはキシリア・ザビを追い詰めたものの未だ抵抗が激しく、艦隊の掌握も十分に出来て居ないのだという。しかしペズンが艦隊出撃の兆候を見せたため、少しでも加勢出来ればと、彼らが送り出されたそうだ。元々所属していた艦隊もバラバラであった事から、艦隊の名称も無く、暫定的に義勇艦隊と名乗ったのだという。

 

「心遣い痛み入る。ソロモン攻略の暁には、必ずグラナダを助勢しよう。それで、君たちの戦力は如何程だろうか?」

 

キャスバルの質問に、代表者と名乗った少佐が答える。

 

「はい、我々の戦力はご覧のムサイ4隻と搭載機としてザクR型が予備機含め20機であります」

 

「ザク?ゲルググではなくか?」

 

キャスバルが聞き返すと、少佐は悔しそうに答えた。

 

「我々はどの艦も基地守備隊に所属しておりました。敵との遭遇自体も希でしたので、ゲルググはパトロール艦隊に優先配備されておりまして。し、しかしパイロットは皆ベテラン揃いですからザクであってもゲルググ並みの、いえ、それ以上の活躍をお約束します!」

 

質問に対し、勘違いした発言を返す少佐にキャスバルは笑いながら返事をする。

 

「ああ、勘違いさせてしまったようだ。我が軍が貧乏所帯である事は知っているだろう?R型のパーツは予備が無いから、それが気になっただけだよ。君たちの活躍を疑う所ではないさ。ところで、グラナダからと言うことだが、あちらで調整されていたエルメスの2号機については何か知らないかな?」

 

話題を変える意味も含めて、キャスバルは自らが知りたかった事へと話題を変えた。

 

「エルメス?ニュータイプ用の新型MAでありますか?いえ、ルーゲンス少将から特に言伝は頂いておりません」

 

その言葉にキャスバルは落胆を覚えると同時に、ルーゲンス少将を友軍から保留へと戻す。恐らくルーゲンス少将は自分とザビ家を天秤にかけているのだろう。エルメスに関しても出し渋っているか、もしくは彼の精神性を見抜かれ協力を拒否されたのであろう。

 

(確か、調整に携わっていたのはクスコ・アル少尉だったか)

 

最悪彼女が拘束されている可能性すらある。ソロモン攻略後は、そちらも対処する必要があるだろう。そう決めながら、キャスバルは少佐と握手を交わすのだった。



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第百六十五話:0080/01/13 マ・クベ(偽)とソロモン攻略戦-Ⅱ-

最外周に配置された砲台や人工衛星群が次々と信号を途絶させ、存在の喪失を告げてくる。その数が50を超えた辺りから急速に減少速度が鈍るのを見て、ラコックは笑みを浮かべた。

 

「予定通りというわけか。しかし金のかかる戦い方だな」

 

出撃前にふらりと現れたかと思えば、件のMAエルメスの対策を伝えていったマ・クベ大佐の言葉をラコックは思い出す。

 

「なに、ニュータイプだなんだと嘯いた所で所詮人間とそれの操る兵器です。神話に出てくる怪物のように武器が効かぬわけでも死なぬ訳でもない。ならば倒し方など幾らでもありますとも」

 

曰く、連中は膨れ上がったとはいえジオン軍全体を相手取るには戦力が全く足りていない。ならばソロモンを攻撃する際も可能な限り喪失を抑えようとするはずである。その為、エルメスが出撃するならば戦闘開始の最序盤、両軍が射程外のタイミングで出撃し、一方的に損失を与えようと考えるであろう。

 

「しかし、あのMAにはまだまだ欠点が多い。攻撃の要であるビットは数が増えればそれだけパイロットへの負担が増大します。パイロットを使い捨てにする気ならばまだしも、最高戦力である彼女を継続して運用する事を考えれば全力での出撃は難しい。加えて装弾数です。火力こそMSの携行ビーム兵器に勝りますが、一基辺りの弾数は10発。最大で120発を発射すれば、あの機体は補給に下がらざるを得ないのです。しかも現状それだけの継戦にパイロット側が耐えられない。ならば話は早いでしょう?」

 

相手が無視できず、そしてこちらが失っても許容できる戦力を用意し撃ち切らせてしまえば良い。勿論敵も馬鹿では無いのだから、ある程度消耗した段階でMAを下げるだろう。だが、少なくともその間は無力化できる。

 

「初撃はくれてやり、大いに戦果を挙げさせてやりましょう。聞けば連中は随分と統制が甘いようだ。気の大きくなった兵は喜び勇んでこちらの懐に飛び込んでくれるでしょうな。そして乱戦になればこちらのものです」

 

敵味方が入り乱れる戦況ではエルメスは十全に働けない。仮に軍が構想していたエルメスとニュータイプパイロットのみで構成された戦闘単位であれば、ニュータイプ同士の相互ネットワークによりあるいは運用できたかもしれない。しかし彼らの主軸となるMS戦力は彼らの言うオールドタイプによって構成されているのだ。ビットの操作難易度は飛躍的に増大する。そうなれば最早想定された戦闘能力は望めない。

 

「出てきたならば猟師を放ち、出てこなければ挟撃するソロモン艦隊で母艦ごと仕留める。人工衛星100基は少々高い買い物ですが、安全にあれを狩れる代金と言うことでご容赦願いたい」

 

そう笑うマ大佐を思い出し、ラコックは頼もしさより先に安堵を覚えた。

 

「彼が味方である事は僥倖だな」

 

岩石に偽装されたセンサーが次々となだれ込んでくる敵MSを捉える。その動きもまた、彼が想定したとおりの動きだった。作戦が順調に推移していることを確信しながらラコックは強く拳を握り絞めた。

 

 

 

 

「エルメス、最終射撃を終了。後退します」

 

「敵陣地外縁に突破口を形成、第3戦隊前進を開始、ヴィクトリア・ルイーゼ及びヘルタ、フライア、ウィネタが射点に着きます」

 

「ヴェッティン並びにメクレンブルクよりMS隊出撃します!同じくオイローパ、ポツダムからも出撃!」

 

「ソロモン表面に噴射光を確認!ミサイルによる迎撃と思われます!数50!更に増加します!」

 

「全艦対空防御、艦隊の陣形を乱すな。ミサイルの次はMSが来るぞ、MSの発進を急がせろ」

 

矢継ぎ早に上げられる報告を聞きながら、キャスバルはモニターを眺める。既に艦橋の窓には防御用のシャッターが降りており、それ以外外部を確認する方法がなかったからだ。

 

「エルメスの収容作業、完了しました。パイロットは医務室へ向かうとのことです」

 

「一人で動けているのだな?」

 

「はい、医療スタッフが付き添っておりますが意識の混濁や錯乱などの兆候はみとめられないとのことです」

 

「そうか、ならば良い。想定よりも敵の戦意が高い。再出撃もあり得るから十分に休むよう伝えろ。それから良くやってくれたと」

 

今すぐ医務室へ向かい自らそう伝えたい衝動を堪えてキャスバルはそうオペレーターへ命じた。総司令官として、今艦橋から離れるわけにはいかなかったからだ。

 

「第3戦隊発砲を開始!続いて第4戦隊も開始!弾着まで3…2…ソロモン表面への着弾を確認!更に爆発光を確認しました!敵防衛施設へ着弾した模様!」

 

ソロモンへ次々と撃ち込まれる艦砲をモニターで確認しながらキャスバルは命令を発する。

 

「こちらは火力に劣るが機動力で勝る。MS部隊にはこのまま外縁の防衛設備群の処理を進めさせろ。艦隊は移動しつつソロモンへ火力を集中、MSが出てくるまでに可能な限りソロモンの火力をそぎ落とせ。第5戦隊と第7戦隊は対MS戦闘準備、第3、第4の直掩に当たらせろ」

 

第3、第4戦隊はチベ級を含んだ編成となっており若干ではあるが他の戦隊よりも砲撃能力に秀でている。一方で第5と第7は戦争中期に製造された戦時標準型と呼ばれるムサイを運用しており、MSの運用能力は高い一方で砲塔が減らされているため火力に劣った。その一方で対空装備は増強されていた為、こうして専ら他戦隊の防空を担う役割を与えている。

 

(言うだけのことはある。第7のザクは動きが良い)

 

更に言えば第7はあのグラナダから送られてきた義勇艦隊だった。新参と言うことでどのように配置するか悩んだキャスバルに、隊長である少佐自ら先陣に加えるよう進言してきていた。逆に言えばそれ以外に配置のしようが無かったともいえる。第1戦隊は総帥直轄の部隊であり、その防衛と予備戦力を担う第2戦隊、そして補給艦を纏めただけの第6戦隊と来れば、要塞攻略の成功率を上げるために少しでも突入戦力を増やしたかったからである。突然参じた部隊と言うことで不安が無かったわけではないが、そもそも現在のペズン艦隊自体が離反者を糾合した寄り合い所帯である。アムロ・レイ少尉やララァ・スン少尉の保証も後押ししたことで部隊の中でも急速に歓迎されたことが、更に良い方向へと向かったようだ。モニターを確認すれば、彼らは率先して艦隊前面に展開してミサイルの迎撃に当たっている。

 

「艦隊正面部の敵迎撃設備の排除を確認!要塞からの迎撃も弱まっています!」

 

「頃合いだな。艦隊前進、敵生産設備を盾としつつソロモンへ接近する。MS隊警戒を怠るな。ここからだぞ」

 

 

 

 

「第23砲台沈黙!第6ミサイルサイロも反応ありません!」

 

「外縁砲台群との通信途絶!中継衛星が破壊された模様です!」

 

「第6ゲートに至近弾!外壁が損傷!空気の漏出を確認!気密隔壁作動します!」

 

「好き放題やってくれる。迎撃状況は?」

 

「敵ムサイ1隻に着弾を確認しましたが、撃沈には至っておりません。敵の防空能力が高くミサイルは完全に防がれております」

 

「ふん、戦いだけは一人前か。速成の弊害だな」

 

とにかく死なない人材を。その為に構築された兵学校のカリキュラムは間違いなく機能していた。年若く軍人としての意識に欠ける反面、ベテラン達が新人と軽んじていた者達は技量においてのみ、互角といえる結果をたたき出す。否、むしろ

 

(友軍へ銃口を向けているという心理が働かない分、こちらより躊躇が無い。厄介だな)

 

基地守備隊の上位に位置するパイロットならば、それを踏まえても優位は揺らがないだろう。だが、そう断言できる人数は決して多くは無い。更に艦隊による支援を考慮するならば、現状が楽観できないものであることは間違いなかった。尤も、ラコック自身は負ける気持ちなど微塵も持ち合わせていないのだが。

 

「連中の切り札が出てくるまでに出来るだけ数を減らす。マツナガ少佐に繋いでくれ」

 

ラコックの言葉にオペレーターが素早く動き、ヘッドセットを差し出してくる。

 

『思ったより早い呼び出しですな、大佐』

 

「ああ、連中を過小評価していたよ。すまないが対応を頼む」

 

『了解しました』

 

生真面目な返事と共に通信が切れると同時、オペレーターがMS部隊の出撃を告げてくる。ラコックはモニターを睨みながら、次の手を打った。

 

「ミサイルを攪乱幕に切り替えろ」

 

これは事前にシン少佐から提案されていたことだった。マ大佐がソロモンに合流する前に捕らえた反乱軍兵士から得た情報の中に、彼らの装備に関する内容が含まれていた。それによると弾薬の製造設備を持たないペズン側は装備の大半がビーム兵器なのだという事だ。この情報は、ソロモン守備隊にとって非常に得がたい内容だった。

ビーム攪乱幕は大戦において、その役割を大きく変えた装備だった。従来想定されていた運用は、攻撃側が要塞攻略などの際、取り付くまでの時間を稼ぐために要塞砲を無力化する、言わば攻撃側の武器だった。しかし、連邦がMSと言う最小の戦闘単位に対してビーム兵器を配備したことでその認識は大きく変わることとなった。それまでのMSや戦闘機では要塞施設に対し十分な火力を持たなかった事から、防衛側は接近される前に如何に敵艦を撃滅するかが主眼であり、その点で艦載砲よりも射程、火力に勝る要塞の砲台を無力化してしまう攪乱幕は邪魔であるという認識だった。しかし、防御側にとってMSが艦砲と同等の脅威となってしまった現状では、守備側にとっても攪乱幕は重要な防御用装備になっていた。むしろ、補給が潤沢で迎撃に実弾兵器を憂い無く投入できる防御側の方にメリットが生まれる装備といえるだろう。問題はソロモンに備蓄されている攪乱幕が多くない事だろう。先日のジャブロー攻略戦の補給物資としてかなりの量を供出した後、補給前に反乱が発生してしまったからだ。

 

「機先を制すればシン少佐の仕事も楽になる、ここで使い切るつもりで使え。砲台は後何基残っているか?」

 

「無事なものは残り28基です!」

 

「ミサイル換装まで撃ちまくれ、一隻くらいは沈めて見せろ!」

 

叫びながらラコックはモニターを睨み続ける。その口から彼の思いが漏れ出したのは無理からぬ事だった。

 

「さあ、正念場だぞ」




ちょっと入院しますので暫く更新はありません。
直ぐ死ぬ病気とかではないので気長にお待ち頂けると幸いです。


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第百六十六話:0080/01/13 マ・クベ(偽)とソロモン攻略戦-Ⅲ-

ただいまー


砲撃の集中していた第3戦隊のムサイが遂に2発の直撃弾を受け、船体を火球へと変える。

 

「ヘルタ轟沈!続いてミサイル12波接近!」

 

「あれは、攪乱幕か!?」

 

それに反乱軍の中で一番最初に気付いたのはアリソン・ジーヴ少佐だった。彼女の所属していたグラナダは開戦初頭より数度、連邦艦隊によるハラスメントを受けていた。その際に連邦側が多用したのがこの攪乱幕と旧式の実体弾砲を用いた手法だったのである。

 

「不味いぞ、旗艦に繋げ!」

 

艦長席のステップを蹴ってオペレーターに近づいたアリソンは自らヘッドセットを付ける。

 

『こちら旗艦グラーフ・シュペーです』

 

「第7艦隊司令アリソン・ジーヴ少佐だ、総帥へ意見具申。ソロモン要塞は攪乱幕によるビーム兵器の無効化を実行中。我が戦隊のMSを前進させ友軍部隊の支援を行うべきだ」

 

現在先鋒として投入されている第3、第4戦隊のMS部隊はゲルググで構成されており、その全てがビーム兵器のみで武装していた。軍事的に柔軟性の欠ける編成だったが、これはネオ・ジオンの台所事情からすれば無理からぬ事であった。

 

『ジーヴ少佐、出来るかね?』

 

意見具申に対して即座にキャスバル・レム・ダイクン総帥が対応し確認を取ってきた。アリソンはその問いに対し、堂々と言い放つ。

 

「はっ、問題ありません。しかしその間艦隊直掩機が不足致します。そちらの対応を別部隊にお願いしたいのですが」

 

『承知した、艦隊の守備にはエルメスを回す。同志の救援を頼む』

 

「はい!お任せ下さい!」

 

通信を終えると、アリソンは大きな声で再度宣言した。

 

「聞こえたな?今頃ピーピー泣いているだろうひよっこ共を救援する!ミサイル斉射後にMS隊を突入させろ」

 

『宜しいのですか?』

 

抑揚の無い声で問うてきたのはMS部隊の隊長を務めている大尉だった。その言葉に酷薄な声音でアリソンは返事をした。

 

「ふん、志も理解できぬ愚物だが総帥の盾くらいにはなる。限りある資源は有効に使わねばなるまい」

 

アリソンを含め義勇艦隊の者達は極めて狂信的なジオニストだった。彼らの忠誠はダイクン派のような思想にも、ましてジオンの名を騙った国家にも向いてはおらず、純粋にダイクン家へと向けられている。彼らにとって優先されるものは何を措いてもダイクン家の人間の示した意思であり、そこから派生する結果に対しては何ら興味を抱いていない。それでいて自らを穏健なダイクン派と擬態する程度には知恵が回り、またそれを周囲に悟らせない程度には有能であった。そんな彼らにしてみれば、演説の内容が気に入ったなどと言う程度の理由で参じる者など生死を考慮するにも値しない存在なのだが、総帥にとって有益であるうちは同胞と躊躇無く呼ぶし、危険を顧みず助けることも厭わない。

 

「注意しろ、少なくとも相手はあのバカ共よりは頭が回る。ダイクン家に弓引く反逆者だとはいえ油断はするな」

 

『了解』

 

その返事と同時に第7戦隊の各艦からミサイルが放たれ、展開していたザクが光の尾を引いて戦場へ突撃していく。その様子に漸く笑みを作りアリソンは呟く。

 

「真の忠臣に思考など不要、ただ主の求める結果を齎すのみで良い。そんなことも解らぬから貴様は臣ではなく狗なのだよ、青い巨星」

 

炯々と光るその瞳には狂気の炎が宿っていた。

 

 

 

 

「増援?いや、艦隊の直掩を捨てて突っ込んでくる!?思い切りの良いことだ!」

 

敵機に突き立てたヒートサーベルを引き抜きながら、シン・マツナガ少佐は忌々しげにそう吐き捨てた。攪乱幕と武装で優勢を取ったソロモン守備隊だったが、この部隊の投入でソロモン側に傾いていた天秤が一気に戻されたからである。

 

「おまけに腕も悪くない!厄介な!」

 

機体こそザクであるが、その動きは先ほどまでのゲルググより遥かに良い。だがこれは当然の事ともいえた。元々ゲルググの運動性能に関しては、新兵が搭乗した際に標準的なザクR型と同等の能力を発揮できる事を目指して設計、調整されている。無論シンが搭乗している機体のようにチューンされていれば話は変わるが、反乱軍のゲルググ乗りの大半は新兵であり機体側をパイロットに合わせねばならない程の技量を持つ者はごく希だ。一方でザクはと言えば、旧式と侮れるものではなかった。何しろプロペラントの問題とビーム兵器を搭載出来ない点を除けば、その性能はゲルググと遜色ないのだ。そして殆どの場合ザクにはベテランが搭乗している。これはゲルググが正式化された際に新設の部隊へ優先して充当され、既存の部隊へはザクが回されたからである。可能な限り戦力を低下させずに軍備を拡張しようとしたが故の事だった。

 

「だがソロモンをくれてやる訳にはいかん!」

 

叫びながらシンはゲルググを守るように前進してくるザクを迎え撃つ。更にシンは敵の意図を理解し味方へと指示を飛ばした。

 

「各機、ゲルググを狙え!」

 

護衛という重しを付けられた場合の戦闘の難しさをシンは熟知していた。更に彼我の機体の差がこれを助ける。

 

「ザクとの距離は1500を維持しろ!そうすればバズーカ以外は無視できる!」

 

この時反乱軍のザクは艦隊直掩任務から直ぐに投入されており、武装が防空用のままだったため、武装はMMP-79とジャイアントバズーカで統一されていた。対してソロモン守備隊はMSとの戦闘を前提としていたので、多くが120ミリを装備しており、一部には対艦ライフルを転用した135ミリライフルで武装している機体もあった。これに加え、ザクに対するゲルググの優位性が露骨に表れた。前に述べたとおり、運動性で比較した場合ゲルググとザクに大きな差はない。だが一方で優劣が明確な部分も存在する。それが装甲だった。

ザクに比べ余裕のある台所事情の中で採用されたゲルググは、従来のジオン系MSに使われていた超硬スチール合金ではなく、より軽量かつ強靱なチタン・セラミック複合材を用いていたのである。この差は戦闘において安全戦闘距離という目に見えた形で現れる。

 

「ロッテを崩すな!釣り出して撃破しろ!」

 

やられた側はたまったものではない。だがそれはけして一方的なものではなかった。

 

『死ねぇぇぇ!』

 

『こ、コイツっ!?うわぁぁっ!』

 

友軍機という意識が拭い去れなかったのだろう。直撃を避けていたソロモン守備隊のゲルググへ反乱軍のザクが被弾しながらも肉薄、体当たりを敢行する。もつれるように絡み合った2機は更にゲルググの僚機を巻き込んだところで変化を見せた。生き残っていた右腕を強引に動かし、ザクが自機のジェネレーターへヒートホークを押し当てたのだ。内包していたエネルギーを解き放ったザクは、もつれ合った2機のゲルググをも巻き込み素早くその身を火球へと変じる。それを見たシンは恐怖を覚えた。

 

(躊躇無く自爆した!?不味いぞ、こいつらは他と違う!)

 

不快な汗がにじみ出すのを自覚しながらシンは声を張り上げた。ミノフスキー粒子は戦闘濃度で散布されているため、何処まで通信が届くか解らない。それでも口にせずにはいられなかったのだ。

 

「各機!ザクはカミカゼを仕掛けてくる!躊躇するな!逆に食われるぞっ!!」

 

言いながら近くに居たザクへ向けてトリガーを引く。十分に狙いを付けていなかったそれは敵機に回避を強要するに留まった。今までのシンであれば、この後即座に白兵戦へ移行していただろう。だが先ほどの光景がその選択を躊躇させた。

仕方の無い事だろう。既に多くの兵士にとって戦争は終わったものであり、今の反乱軍との戦闘はあくまで自衛に過ぎない。言ってしまえば連邦との戦争が終わった時点で、多くの兵士は命が惜しくなっていた。故に躊躇が生まれ、それは戦闘に対する消極的な態度として表れる。僅かだが明確に生まれたその隙は、結果として多くの反乱軍兵士の後退を許すことになった。敵部隊の拘束に失敗したシンは内心歯がみするが、残念ながらこれを覆す方策を彼は思いつかなかった。

 

 

 

 

「敵MS部隊、攪乱幕圏外へ離脱します!」

 

「追撃は…難しいか、今のうちにMS部隊の態勢を立て直させろ、エルメスの様子はどうか?」

 

「再出撃を望遠で捉えました。艦隊と行動を共にしています」

 

「積極的には出てこないか」

 

マ大佐の言葉を信じるならば、負荷を受けたエルメスは最早十分な働きは出来ないはずだ。しかし、出撃してきたという事実がある以上、安易に決めつけることは危険であるとラコックは考えた。

 

「とにかく態勢を立て直す。攪乱幕の濃度に気をつけろ、要塞の状況はどうか?」

 

「ゲートの仮復旧は終了、損傷しました砲台並びにミサイルサイロは残念ながら再稼働の目処が立っていません。それからMA部隊が出撃許可を求めています」

 

その言葉におもわずラコックは頭を掻く。

 

「駄目だ。現状での対艦攻撃はリスクが高すぎる。機会を待てと伝えろ」

 

そう口にしながらラコックは時計を睨む。

 

「…後3時間といったところか」



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第百六十七話:0080/01/13 マ・クベ(偽)とソロモン攻略戦-Ⅳ-

「冷却急げ!済んだ機体から推進剤の補給と武装の交換だ!」

 

「損傷機は後に回せ!とにかく動かせる機体を増やすんだよ!」

 

「冗談だろ!?こりゃ旧式の120ミリじゃないか!?」

 

「ビーム以外じゃこれしか無いんだよ!丸腰よりはマシだろう!」

 

帰還したMS部隊を受け入れた第3と第4戦隊は混乱の極みにあった。ジオンの艦艇は基本的には戦闘艦でありながら同時にMSの母艦でもある。元々人的資源で連邦に劣ったジオンでは、可能な限り装備の多機能化が求められていた。そのためムサイやチベといった本来艦隊戦闘を行う巡洋艦にもMS運用能力が付与されている。これまでの戦闘においてこれが問題視されることはなかったのだが、そのしわ寄せが今になって噴出していた。機体の収容作業はMSの運用の中でも特に神経を使う作業だ。従来のマニュアルによれば、戦闘中の艦での収容は避け後方の艦艇に向かうか、あるいは戦闘そのものが終わる、ないし小康状態になるまで待機するようにと書かれている。当然リスクは高くなるが、危険な場合は機体の放棄が認められていた。MSよりもパイロットの喪失を恐れたが故の指示である。

そして不幸の原因は、ジオンがこのマニュアルで独立戦争を乗り切れてしまったことに起因する。ルウムまでの大規模戦闘は綿密に計算された戦闘計画の基に実施されていたため、戦闘中の収容作業はマニュアル通りに実施されていた。そしてそれ以降、MS部隊の再補給が必要になるような大規模戦闘を経験しなかったジオンはマニュアルの改定の必要を感じなかったのである。

当然パイロットの教練はマニュアルに則って行われていたから、ほぼ全てのパイロットが戦闘中、それも艦隊運動中の艦艇への着艦経験などないし、艦側でも受け入れの経験は皆無だった。更に混乱を助長させたのが反乱軍の陣容である。反乱に合流した多くは戦闘部隊であったため正面戦力こそ充実していたが、補助艦艇は元々ペズンに配備されていたものが大半を占めていて、その数はお世辞にも十分とは言いがたかった。それに加え、今回の作戦ではこれらの艦艇にペズンから持ち出した物資と人員が満載されていたため、MSを収容こそ出来るが補給も整備もままならないという状態だった。

もし仮にキャスバル・レム・ダイクンに艦隊指揮の経験があったなら、この点を考慮し何隻か帰還機の収容を想定したパプアないしパゾクを用意していたかもしれない。しかし、軍務経験の多くをパイロットとして過ごしていた彼はそこまで思い至ることが出来なかった。

 

「馬鹿野郎!大破した機体なんて収容するな!」

 

第4戦隊に所属しているメクレンブルクの艦内もまた例外ではなく、格納庫は特に混乱を極めていた。通信端末に張り付きながら懸命に指示を出す整備班長に無慈悲な通信が入る。

 

『整備班長!作業はまだ終らんのか!?もう限界だぞ!』

 

MSを着艦させるにはある程度艦の針路を一定に保つ必要がある。このため敵と交戦中にもかかわらず行動を制限された艦艇側は酷いストレスを受けていた。収容に要するほんの数分がそれこそ永遠に感じられるほどに。

 

「意見具申だ艦長!損傷機は諦めて後方の艦隊で対応して貰え!」

 

『しかし戦線に穴を開けるわけには…。何?そうか!解った!』

 

「どうした?」

 

突然声に喜色を滲ませた艦長に整備班長が怪訝そうな声を上げる。

 

『第5戦隊の装備換装が終わって前に出てくる。こちらの損傷機には後退許可が出た』

 

「成程、それならもう一踏ん張りと言うところかな?」

 

『ああ、よろしく頼む』

 

艦長の言葉とほぼ同時に収容作業完了の報告が整備班長へ届けられる。報告しようとした整備班長へ頭を振ると同時に艦長との通信が切れる。聞いていたから報告の手間を省いたのだろう。直ぐに艦が揺れ、回避行動へ入ったことを格納庫の全員が理解した。

 

「ぼさっとするな!機体の冷却急げ!」

 

安堵に緩みかけた頬を引き締め整備班長が叫ぶ。戦いは未だ終わりを見せないでいた。

 

 

 

 

その頃反乱軍の旗艦であるグラーフ・シュペーの艦橋では、キャスバル・レム・ダイクンが渋い表情でモニターを睨んでいた。

 

「そうそう思い通りには進んでくれんな」

 

「予定外のことが多すぎた。ちょっとばかし見積もりが甘かったんじゃないかい?総帥?」

 

席の直ぐ横で無重力に身を任せていたカイ・シデン少尉がそう口にする。

 

「手厳しいな。だがソロモンの戦力は確実に削れている。要塞砲の優位を捨ててまで攪乱幕を使用しているのが何よりの証拠だ。それにMS同士の戦闘も負けてはいない」

 

「だが悠長にやってる場合じゃないんじゃないか?ルナツーに行った艦隊のこともあるだろう?カスペン大佐からは連絡は無いのかい?」

 

「難しい、こちらがルナツーを落とした時点で通信中継用の衛星を掌握されている。ある程度戦闘が決着するまで連絡は来ないだろう」

 

「なら尚更急がなきゃならないんじゃないか?」

 

そう眉間にしわを寄せるカイ少尉に対してキャスバルもまた同じ顔で答える。

 

「時間は惜しい。しかし無理に攻めて戦力を失ってしまっては本末転倒だ」

 

「なあ、総帥。不安があるなら言ってくれよ。俺はアムロやララァ少尉みたいに聡くないんだ。それでも今あんたが悩んでるくらいは解る」

 

事実カイ少尉のニュータイプとしての能力は高いとは言えず、サイコミュも反応こそすれど操作はできなかった。一方で周囲から一歩引き俯瞰した視点を持ちながら物怖じせずキャスバルへ進言できる人材は貴重であり、その事をキャスバル自身も好ましく思っていた。

 

「正直に言えば予定より厳しい戦いになっている。元より簡単に落とせるとまでは思っていなかったが、ここまでとはな」

 

「部隊の連中の中には参っちまってる奴も出てる」

 

「ある程度予想はしていたが、ここまでとはな」

 

アムロ・レイ少尉や目の前のカイ・シデン少尉を除くニュータイプ部隊は、元々ララァ・スン少尉の搭乗するエルメスを護衛する目的で編成された部隊だ。人員に求められたのはサイコウェーブに対する高い受信能力であったが、これは同時に戦場における負の感情に強く影響されることを示していた。初めての実戦で生の感情を受け取った部隊の隊員は、戦う前から体調不良を訴え、PTSDに近い状態となっていた。

 

「見てるだけの遠足でこれじゃあな。編成した連中はこれで戦えると思っていたのか?」

 

小声でそう愚痴をこぼすカイ少尉に向かって、キャスバルは口を開く。

 

「彼らについては今後に期待しよう。今のところは厳しいとはいえこちらが優位に進んでいる。ただもう一押しが必要だ」

 

そう言ってキャスバルは手元の通信端末を操作した。

 

「私だ。ララァ・スン少尉の状態はどうか?」

 

2回のコールで繋がったのは、ニュータイプ部隊専属の医療スタッフだった。キャスバルの問いに緊張した声で医療スタッフが答えた。

 

『は、はい総帥。現在モニタリングを継続しておりますが、規定値を外れた値は出ておりません』

 

「そうか、少尉には繋げるか?」

 

『お待ちください。…出来ました、どうぞ』

 

『如何されましたか?総帥』

 

「何度も済まない、ララァ。頼まれて欲しいのだが」

 

そう言ってキャスバルは自身の考えを口にした。

 

 

 

 

「もう少しだ、持ちこたえてくれよ」

 

しきりに時計へと視線を送りながら、ラコック大佐は呟いた。自爆すらやってみせる反乱軍のザクによって、勢いを殺されたソロモン守備隊のMS部隊は劣勢に立たされていた。元々の想定では、武装を無力化する事で反乱軍の兵士の士気を下げ数的不利を補う予定だったのだが、ザクとそれに続く実弾装備のゲルググによって当初の予定は崩れつつあった。それでも戦線が崩壊せず維持出来ているのは、MS部隊の士気と技量の高さ、そして撃ち続けている攪乱幕のおかげだろう。勢いこそあるものの、反乱軍の投入できているMSは守備隊の数より若干少ない。しかも中には旧式化してソロモンには残っていないような初期型の120ミリマシンガンを装備した機体まで存在していた。

 

「情報は正しかったと言うことだな。ならばここを乗り切れば…」

 

想定よりも敵艦隊が前進しているのが気になったものの、ミサイルの残弾数や戦況を鑑みれば、想定時間まで持ちこたえることは可能であると結論づけ、ラコックは内心安堵した。だが、その瞬間ソロモンを振動が襲う。

 

「な、何があった!?」

 

振動で浮き上がりかけた体を、椅子の肘掛けを掴んで強引に戻しながらラコックは叫んだ。

 

「て、敵艦隊正面に配置されていたミサイルサイロが…」

 

「どうした!?はっきり言え!」

 

いつになく強い口調で言葉を発するラコックに顔を強張らせながらオペレーターが報告する。

 

「敵艦隊正面方向に配置されていたミサイルサイロが…、ぜ、全基反応消失しました!全滅です!」

 

「12番から22番までのメガ粒子砲も損傷、全門使用不能です!」

 

「…やられたな」

 

モニターに映ったその機影を見て、何が起こったのか悟ったラコックは苦々しく呟く。敵艦隊の奥に座していたエルメスの周辺には、ビットが1機も無かった。乱戦と攪乱幕の併用で完全に無力化したつもりになっていた為に、ラコックはエルメスへの警戒を完全に失念していたのだ。

 

「MS部隊を要塞まで下がらせろ。ミサイルと砲台が無力化された以上このままでは磨り潰される。それから陸戦隊の準備を、要塞内部に引き込んで交戦する」

 

ソロモン攻略戦は終局を迎えつつあった。




ごめんなさい。ちょっと立て込んでいまして、更新が不定期になります。


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第百六十八話:0080/01/13 マ・クベ(偽)とソロモン攻略戦-Ⅴ-

遅くなりました、今月分です。


「思い切りの良さは相変わらずか」

 

「は?何か仰いましたか、大尉?」

 

ランバ・ラルがそう呟くと、同じく近くのバリケードの裏に機体を潜ませながら待機しているステッチ軍曹がそう聞いてきた。彼はランバの部下としては新人であり、独立戦争の際に部下として加わっていた。故にランバが幼少のダイクン兄妹を地球に逃したことを知らないし、その際にキャスバルが起こした騒動も知らない。あの件は表向き独立派のテロという事で処理されていたからだ。尤もたとえ真実を語ったところで与太話の類いと思われるのが関の山だろうが。

 

「連中も思ったよりやるなと言ったんだ」

 

はぐらかす意味もあって、ランバはそうステッチ軍曹に応える。

 

「はい、正直ここまで押し込まれるとは思いませんでした」

 

事実当初の想定では要塞内での白兵戦は想定されていなかった。

 

「腹黒大佐も全て見通せる訳ではないと言うことだな。それよりステッチ、気を引き締めろよ、連中の中にはソロモンからの離反者も居る。こちらの手の内はばれていると考えろ」

 

反乱が発生してからまだ一週間。防衛体制こそ整えられてはいたが、バリケードの位置や物資の備蓄場所を変更するまでには至っていない。

 

「了解であります」

 

注意を促せば軍曹は幾分緊張した声音で応えた。MS戦技パイロットという括りで見れば軍曹は古参に数えられる。それでも部隊の中では若造と言える年齢だし、何より場数と言う面では反乱軍の連中より少しばかり多いだけと言った体である。これは元々国防軍時代から付き従っていたメンバーと異なり、MS戦力を増強するために部隊へ加えられた人員であったためである。部下の緊張を和らげるため、ランバは敢えて軽口を叩いた。

 

「注意はいるがびびることはない、奴らより貴様の方が腕は確かだ。普段通りやれば何も問題ない」

 

そう口にしたところでランバの操るゲルググに振動が届くと同時に、幾らかの破片と煙が通路の先から流れてくる。申し訳程度に仕掛けておいたブービートラップが見事に役割を果たしたようだ。

 

「さあ、おいでなすったぞ!」

 

ランバの部隊が配置されたのは敵艦隊の正面方向に当たる第6ゲートからMS格納庫まで続く通路だ。ゲートを制圧された場合を想定し、通路はゲートの直後で90度に曲げられており、そこからは比較的長い直線になる。相手が要塞に突入してきた場合、突入速度のまま格納庫まで侵入できないよう、またゲートから直接射撃を行えないようにとの設計である。

 

「撃て!」

 

通路の角から飛び出してきた敵機に向かい、ランバはそう部下に命じながらトリガーを引いた。シールドを構える暇もなくビームライフルの直撃を受けた敵機が、後ろに続いていた僚機を巻き込んで爆発を起こす。後続は慌てて身を隠し、角から腕だけを突き出して射撃を行ってくる。当然ながらろくに照準のつけられていない砲弾は見当違いの方向に飛び、通路やバリケードに弾痕を残すに留まる。

 

「戦い方を教えてやる!」

 

言うと同時にランバはビームライフルの下に装着されていたグレネードランチャーから連続して砲弾を撃ち出す。空中炸裂モードで放たれた砲弾は碌な迎撃を受けることもなく通路を直進し角を過ぎた時点で炸裂、敵のビームライフルを吹き飛ばす。射撃武器を失った敵機は慌てて後退していった。

 

「ふん、まるで素人だな」

 

「大尉に比べられては連中が可哀想ですよ」

 

おもわずランバの零した言葉に苦笑しながらギーン曹長が合いの手を入れた。ソロモンから出た離反者の多くはパトロール艦隊。言ってしまえばソロモン周辺を巡回するのが主任務であり、当然訓練もそれに即したものになっていた。

 

「皮肉だな、軍の効率化に俺達は助けられているわけだ」

 

MSは既存の兵器と比較にならない汎用性を誇る。特にゲルググに至っては性能の低下を考慮しなければ、それこそ全く設定も機体も弄らずに宇宙空間から水中でまで使用可能なほどだ。しかしそれはあくまで機体が対応しているというだけである。

 

「MSは自分の体と同じ、自分に出来ないことがMSに出来るはずがない。でありますね?」

 

それは教練の際ランバが良く口にした言葉だった。思わず苦笑をしながらランバは返す。

 

「そうだ、そんなことも解らん連中に負けてやる訳にはいかん。貴様ら気合いを入れろ!」

 

「「了解!」」

 

応えた声は強い自信に満ちていた。

 

 

 

 

「取り付いたか」

 

「はい、現在第5戦隊のMS部隊が突入路を確保すべく要塞内に侵入中です。また突入機からの連絡によりますと、要塞内部には攪乱幕の散布は無いとのことです」

 

「そうか、再出撃の準備をしている機にはビームを携行させろ。それから艦隊を前進させる。突破口が形成され次第陸戦隊を投入するから第6戦隊に準備をさせろ」

 

「了解しました」

 

要塞表面に咲く爆発の閃光を見ながら、キャスバルの胸中に去来したのは興奮でも高揚でもなく安堵だった。ネオ・ジオンを立ち上げその総帥と名乗ったキャスバルであったが、これまで目立った功績も実績も示せていない。むしろここまではあくまで父ジオンの名声に頼り切った形であり、それ故に十分な賛同者が得られていないと彼は考えていた。

 

(アナハイムからの連絡も無い、当然サイド6も他の月面都市も同様。無理もない、しかし今後もそうでは話にならん)

 

それらに大きな期待は寄せていない。むしろこれまでの経緯を考慮すれば裏切り者に等しい彼らへ心を許すのは下策だろう。しかし弱小組織であるネオ・ジオンに仲間を選ぶなどという自由は今のところ存在しない。

 

「ソロモンを入手すれば我々を無視することは出来なくなる」

 

単独で各種生産設備を整えているソロモンという存在は組織の拠点として極めて大きな価値がある。宇宙軍の最大拠点を攻略したと言う実績も踏まえれば、革命への参加を躊躇しているダイクン派の心も大きく動かせる事だろう。

 

(もう少し、もう少しだ)

 

多くを諦めてきた、幾つも失った。闘争に負けた権力者の落胤として歩んだ生は、最初から望めるものなどほんの僅かだった。そんな自分が初めてかも知れない、己のためでなく、誰かのために何かをしたいと考えた、その第一歩が漸く踏み出せる。その思いに思わずゆるみかけた頬を明るい光が照らした。

 

「…何?」

 

光の次に襲ってきたのは振動。それが近くを航行していた第1戦隊に所属するムサイ、スケッギョルドの爆発であると認識出来たのは、乗艦の船体を飛び散ったデブリが激しく叩いたからだった。

 

「攻撃!?どこからだ!」

 

慌てた様子で叫ぶカイ・シデン少尉を理解の追いつかない頭で見る。

 

「ほ、本艦隊後方に複数の艦影!こ、これは」

 

「どうした!何が居る!?」

 

「照合出ましたソロモン艦隊です!」

 

「馬鹿な!?早すぎる!」

 

当然の反応だった。ルナツーまでの道程を考えれば、途中引き返したとしても時間が合わない。

 

「監視は何をしていた!?」

 

叱責が飛ぶが無理からぬ事だった。周囲は戦闘中ということもあり、極めて濃密にミノフスキー粒子が散布されており、突入している味方MS部隊との通信すら満足に出来ない状況だ。それに加えてソロモン艦隊は、かなり遠距離から慣性航行に切り替えていたようで、光学監視にも引っかからなかったのだ。ソロモンの攻略が順調に進んでいたこともあり、艦隊に広がる動揺は大きなものだった。

 

「敵艦隊、平文で通信を行っています!」

 

「内容は!?」

 

「読み上げます!『水天の涙は流れず』繰り返します、『水天の涙は流れず』以上です!」

 

「ソロモン要塞の抵抗が激化しております!あ、あの通信は一体!?」

 

「落ち着け!」

 

何とか叫んで見せたが、キャスバル自身も大きく混乱していた。そして通信の意味は判らなかったが、少なくとも敵にとって朗報であったことは間違いない。ならば考えられる内容は多くはない。

 

(大佐がしくじったか!)

 

「そ、ソロモンからMSが出撃しています!更に後方の艦隊より機影多数!友軍機の反応が消失していきます!?」

 

次々と上げられてくる凶報に、キャスバルは思わすシートの肘掛けを叩いた。

 

「撤退しましょう。総帥」

 

混乱の最中にあり、その声は不思議とかき消されること無くキャスバルの耳に届いた。

 

「アムロ少尉」

 

「残念ですけど、この作戦もうダメです」

 

「しかし、まだ友軍が戦っている」

 

そう返すとアムロ・レイ少尉は苦虫を噛み潰した表情で言葉を返す。

 

「戦ってなんていませんよ。皆死にたくないとか逃げようって気持ちばかりで、自分が助かりたいって思っている人ばかりです。あの人達、連れて帰ってももう戦えないと思います」

 

「だとしても私は彼らを率いた将だ。その責任は取らねばならない」

 

「なら余計撤退するべきです。貴方が死んだら誰が地球連邦の粛正をするんですか?彼らの犠牲に責任を取るのなら、その方法はここで死ぬことじゃない、彼らの志を全うさせることです」

 

アムロ少尉の言葉に幾度かキャスバルは視線を宙に彷徨わせ、最後に俯きながら絞り出すようにそれを口にした。

 

「…オペレーター、撤退信号を上げろ。友軍は可能な限り回収するよう、それから私のMSを用意してくれ」

 

「総帥!?」

 

「せめて退路を切り開くくらいのことはさせてくれ。散っていった者達に申し訳が立たん」

 

「大丈夫です、僕たちもお供しますから。総帥には傷一つつけさせません」

 

動揺するオペレーターを尻目に艦橋から出て行ってしまう二人。それを見届けたカイ・シデン少尉は深々と溜息を吐いた後、周囲を見回し、己に視線が集まっていることに気付く。

 

「オイオイ、マジかよ」

 

総帥直属のニュータイプ部隊。特に普段から側近のように振る舞っているアムロ・レイ、カイ・シデン、そしてララァ・スン少尉はその階級に見合わぬ発言権を知らぬ間に手にしていた。端的に言ってしまえば、旗艦の副長である大尉ですらカイ少尉に指示を求める視線を送る程度には。

 

「とにかく撤退の合図だ。それから各艦を順次反転、牽制射撃を忘れるな、ああ、それからララァ・スン少尉を呼んでくれ。総帥の援護を頼むって言えば伝わる」

 

開戦と同時に行った先制攻撃後、頭痛を訴えララァ少尉は医務室で休養しているが、今彼女の力が必要だと感じたカイ少尉はそうオペレーターへ告げた。

 

 

 

 

「間合いが遠いわ!」

 

慌てて振るわれたビームサーベルを躱しながら、手足を切り飛ばし無力化した反乱軍のゲルググにランバ・ラルは吐き捨てるように叫んだ。

 

「連中、完全に戦意を失ってますね。信じられない脆さだ」

 

呆れた口調でそう通信を入れてきたのは合流したコズン・グラハム少尉だった。MSが戦場に出現する以前から軍人をやっている彼らからすれば、反乱軍の行動は哀れを通り越して怒りすら覚える程だ。

 

「素人に道理も教えず武器なんぞ持たせるからこうなる」

 

「つまり身からでた錆というやつでありますか。これは耳が痛い」

 

逃げようとする敵機を押さえつけながら無力化するアコース少尉もそう口を挟んでくる。その言葉にランバは自身の憤りの本質を理解し大きく息を吐いた。

 

(俺のこれも八つ当たりか。…連中のことを笑えんな)

 

なんと言う事はない。彼らという存在を生み出したのはジオン公国であり、その公国を生み出す一助となったのは間違いなく自分達大人の選択だったのだ。今ならコンスコン少将の行動も少しは理解できる。あれは相応の立場に就いてしまった彼なりのけじめの付け方だったのだろう。

 

「子供に責任を問うならば、まず大人が責任を取らねばならんな。小隊各機!追撃戦に移行する!解っていると思うが」

 

「なるだけ殺すな、でありましょう?」

 

その言葉にランバは笑いながら返す。

 

「そうだ、そして本当の軍人というやつを見せつけてやれ、二度と馬鹿な気を起こさないようにな」

 

こうして多大な犠牲を出しながら、ジオン宇宙攻撃軍最悪の一日は終わりを迎えた。



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第百六十九話:0080/01/13 マ・クベ(偽)は待つ

時は少しだけ遡る。ルナツー襲撃に成功した俺は多少のトラブルに見舞われたものの、無事シーマ中佐率いる別動部隊と合流していた。

 

「落ち着いてください。話せば解ります」

 

「問答は無用だ、タカハシ博士」

 

般若の形相でエリー女史を壁際に追い詰めているのはアナベル少佐だった。その後ろでは苦虫をダース単位で噛み潰した様なシーマ中佐が頭を掻いている。

 

「た、確かに2号機はトラブルを起こしました!それは認めます!ですがこれは直ぐに解決する問題なんです!大体追加のプロペラントブースターの破損が大元の原因なのですからそれについて私が怒られるのは筋違いではないでしょーか!?」

 

ギャンが予定よりもズタボロの状態で戻って来たものだから、ケープタウンの格納庫に収容されると同時に二人ともすっ飛んできた。随分心配させたようだ、反省。

因みに今回のトラブルの原因は、何でも量産化に伴うコストダウンの弊害だそうな。試作機では複数用意されていた制御系を安価にするために数を減らした上、工数の短縮のため配置を集中させたらしい。その分配する根元とも言うべき部位に運悪く爆発したプロペラントブースターの破片が直撃、見事制御不能と相成ったわけである。因みにプロペラントブースターの製造元はジオニック社だったもんだから、原因がわかった時点でツィマッド社のメンバーが殺気立ったのは言うまでもない。

 

「博士、勘違いをしている。私は機体がトラブルを起こした事を問題視しているのではない。そのようなリスクを承知の上で事前説明もなく大佐に乗らせた事を問題だと言っている」

 

いかんな、これは良くない流れだ。そう感じた俺は横やりを入れるべく口を開いた。

 

「その辺りで良いだろう、少佐。聞けばプロペラントブースターの問題は無茶な機動によるものだそうじゃないか。だとしたら女史を一方的に責めるのは間違いだ」

 

「はい、当然この後は大佐の番です。少しお待ちください」

 

まて、そうじゃない。

 

「少佐、アナベル少佐。落ち着きたまえよ。今回の件については必要な事だった、それはここに居る全員が納得した上での事だっただろう?」

 

それにここでもう乗るなと言われても困る。何せここが、こここそが決戦の地になるのだから。

 

「しかし!」

 

「第一戦場である以上、軍人が命がけであるのは当然のことだ。いつも後ろでふんぞり返っている私が偶々適任で、お鉢が回ってきただけの話だ。故にこの件については誰の落ち度でもない、いいね?」

 

「いやいや、大佐。それで煙に巻こうと言うのは私らを甘く見すぎでしょう?」

 

ここまで黙って聞いていたシーマ中佐がそう口を挟んでくる。

 

「この試作機がトラブルを起こしたのは動かしようのない事実でしょう?どうしてそこまでMSに拘るんです?もう大佐の出番は終わりで、ここからは私達の手番でしょう?」

 

「ならば良かったのだがね」

 

「…どう言う意味です?」

 

「どう言うも何も、そのままの意味だよ中佐。まさか私が適当にこの場所を指定したとでも?」

 

今現在俺達が居る場所はL1宙域。そう、戦前にはサイド5ルウムが存在した場所で、今は壊れかけのコロニー一つを残してデブリの巣となっている場所だ。

 

「大佐は奴らがソロモンから逃げおおせられるとお考えなのですか?」

 

そうだね。

 

「ほぼ全ては捕まるか死ぬだろう。だが、連中だけは必ず逃げ延びるだろうね」

 

「…ニュータイプ部隊、ですか」

 

腕を組んで難しい顔になるシーマ中佐。

 

「大規模な戦いになればなるだけ、少数が逃亡する隙は大きくなる。特に個人の戦闘能力に優れる者なら尚更だ。そして悲しいかな我々の探知能力に限界がある以上、ソロモンで連中を仕留めることは不可能に近い。あちらも死に物狂いだろうからね」

 

「つまり少数で脱出し、追っ手を振り切って安堵した瞬間を狙って仕掛けると?仰ることは解るつもりですが」

 

「同感ですね。仰ることは解るのですが、連中ここに来ますか?」

 

「来るとも、必ず来る」

 

渋い顔になる二人にドヤ顔で言い切って見せる。

 

「ソロモン艦隊はルナツー方面から艦隊を包囲する形で動く。そうなると連中としてはルナツー方面への離脱は非常にリスクが高い、何しろ待ち構えているこちらの艦隊を正面から突破しなければならないからね。故に包囲が完成する前にソロモン要塞と艦隊の包囲網の間を抜けるのが最も賢いやり方だ。その上で向かう先は3カ所になる。本国、グラナダ、そしてペズンだ。しかしこの選択肢も難しい」

 

何故なら本国とソロモンの間にはア・バオア・クーが控えているし、グラナダは玉虫色の態度。よってペズンに逃げ帰った後、ルナツー方面の部隊を戻して何処かに逃亡なり潜伏が無難な所だ。だがこの帰り道だって限られている。地球周辺の航路はパトロール艦隊が見張っているので使えないし、真っ直ぐ戻ろうにもソロモン艦隊の追撃を振り切るのは難しい。元から挟撃からの追撃に備えて推進剤を節約しているこちらの艦隊に対して、あっちは遠征から無補給での逃走だ。兵の疲労も考慮すれば、ペズンへ直接逃げ帰るのは現実的ではない。

 

「負け戦から長時間の逃亡は著しく士気を下げる。だから大体の人間は安全そうな場所で身を潜めて安心したくなるものだ。そう、例えば暗礁宙域とかね?」

 

俺が言葉を終えると、苛立ちを吐き出すようにシーマ中佐が大きく、とても大きく溜息を吐いた。

 

「短くない付き合いです。大佐がそう仰る場合はこっちの話を聞いてくれないと相場が決まっています。ですが、前にも言いましたが」

 

「解っている」

 

俺が危険になったら、代わりに死ぬって言うんだろう?

 

「だがそんなことは絶対にさせんよ。その為にはあの機体が要る。エリー女史!」

 

「ひゃい!?」

 

「機体の修復は可能ですかな?それも特急で」

 

「1号機を持って来ていますから、損傷したモジュールを付け替えれば直ぐです!」

 

「素晴らしい、直ぐに作業に掛かって下さい。ああ、それと中佐、何人か人を借りたいんだが」

 

「それは、まあ構いませんが。一体何をするんです?」

 

そんなん決まってるじゃないか。

 

「折角お客が来てくれるんだ。精一杯もてなすのは当然のことだろう?」

 

俺がそう笑うと、シーマ中佐は引きつった笑みを返してきた。解せぬ。

 

 

 

 

「残念だが、親の七光りに過ぎなかったようだな」

 

ソロモン方面へ偵察へ出していた部下からの報告を受け、忌々しげにルーゲンス少将は呟いた。その表情には明確な焦りが見て取れる。

 

「ヘルシング大佐は何をしている?」

 

「はっ、現在も艦隊の説得に当たっておられますが…」

 

副官の言葉にルーゲンスは思わずデスクを叩いた。

 

「一体いつまで掛かっている!?陸戦隊もだ!武器も満足に持たない連中をまだ始末できんのか!?」

 

遅々として進まない自分の策に、ルーゲンスは追い詰められていく。

 

(何処だ!何処で狂った!?)

 

ネオ・ジオンが勝てそうならば、グラナダを土産に組織内で発言権を獲得する。勝てなければ反乱の罪をノルド・ランゲル少将へなすりつけ、グラナダを守った忠臣として公国内での発言力を高める。どちらにせよ最大戦力である艦隊の掌握と真実を知るキシリア・ザビとその周辺の殺害は必須であったのだが、その二点が間に合わぬ内に事態は収束しつつある。

 

(このままでは私は逆賊だ。いや、それよりもキシリアを殺害しようとしたことが露見したら…)

 

ルーゲンスの背に冷たい汗が流れる。ザビ家がジオン・ダイクンを暗殺したというのは事の真実はさておいて、大きな攻撃材料だった。何しろ強く否定するなら証拠を出せと迫れるし、沈黙するならば真実だから言い返せないのだと叩くことが出来る。政争の場に於いて非常に使い勝手の良いカードだった。だが、ルーゲンスの所業が露見したならば価値は地に落ちる。そうなればダイクン派は政争におけるカードを失うだけでなく、支持基盤からの支援すら失いかねない。ダイクン派の多くは、ザビ家は悪辣でダイクン家は潔白にしてスペースノイドの代弁者であると信じているからだ。故にそのような事態を引き起こしたならば、ダイクン派はルーゲンスを決して許しはしないだろう。

 

「少将、遅くなりまして申し訳ありません」

 

沸き立つ焦燥感を懸命に抑えているルーゲンスの元に、待ち望んだ言葉と共にヘルシング大佐が現れたのは、もうすぐ日付も変わろうかという時間だった。

 

「随分と掛かっているな、大佐?」

 

胸中を悟られぬよう、努めて冷静に振る舞おうとするが、焦りからルーゲンスはつい嫌味を口にした。

 

「はっ、申し訳ありません。しかしおかげで艦隊の意思は無事統一できました」

 

「おお、そうか!良くやってくれた!」

 

待ち望んだ吉報に頬を緩ませながら、ルーゲンスは鷹揚に頷いてみせる。

 

「はい、艦隊の意思は統一されております。私の意思の下に」

 

「な!?」

 

ヘルシング大佐の言葉と同時にルーゲンスの執務室に兵士がなだれ込む。手にした火器はどれもしっかりとルーゲンスへと向けられていた。

 

「ど、どう言うことだ!大佐!?」

 

「以前から思っていましたが閣下は人を見る目がありませんな。だから私の様な裏切り者を見抜けないのです。いや、この場合どちらが裏切り者なのでしょうな?」

 

続いて僅かな振動が執務室を揺らす。

 

「ああ、どうやら向こうも片付いたようです。幾ら精強な陸戦兵でも流石にMSの相手は荷が重かったようで」

 

窓の外へ視線を送るヘルシング大佐へ、ルーゲンスはあえぐように言葉を吐き出す。

 

「大佐…、一体、いつから…」

 

「いつから?最初からですよ、閣下。私はいやしくも公国に忠誠を捧げた軍人です。その私が、このような無益な争いに加担するとでも?そう思われていたならば、実に心外です」

 

力なく崩れるルーゲンスに冷たい視線を送りながらヘルシング大佐が口を開いた。

 

「少将を拘束しろ、キシリア閣下暗殺計画の首謀者だ。それから救護班をキシリア閣下の元へ、護衛も忘れるなよ」

 

椅子から引きずり降ろされ、引き立てられながら部屋から連れ出される間際。消沈したルーゲンスへとヘルシング大佐が別れの言葉を告げた。

 

「気高い理想も結構ですが、貴方達は大きな間違いを犯した。もう誰も戦いなど望んでいないのですよ、貴方達以外はね」




さあ、ドンドン(風呂敷を畳んで)仕舞っちゃおうねー。


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第百七十話:0080/01/14 マ・クベ(偽)と宿命

「進路はL1で良いんだな?」

 

「そうだ、あそこにあるテキサスコロニーは損傷しているが気密は保たれているし、環境維持装置は生きている。ある程度物資の補給も望めるだろう。アムロ少尉、ララァ少尉の様子はどうかな?」

 

「かなり疲れているみたいですね、敵艦隊を振り切るのに随分頑張ってくれましたから」

 

「ああ、おかげでかなりの数が脱出できた」

 

そうキャスバルが口にした所で、ブリッジは重い沈黙に支配された。誰もが表情は暗く沈んでいる。だが現状を考えれば無理のない事だった。

 

「…参加した艦艇で、逃げられたのは8隻だけか」

 

個として極めて強大な力を持つ彼らであったが、決してその力は万能ではない。特に経験の浅い彼らにとって、誰かを守る戦いというのは荷が重かった。相手がこちらの倍以上の戦力であれば尚のことである。それは参加艦艇の7割を喪失するという厳然たる事実として全員の目の前に示される。

 

「とにかく傷を癒やし状況に備えることだ。残念だが今の戦力では主体的な行動は難しい。ここからは少しばかり厳しい戦いになるだろう」

 

「具体的には?」

 

「本国とグラナダの動きに合わせる必要がある。一度ペズンへ戻りルナツーのカスペン大佐と合流する。ソロモン艦隊の様子からすれば、大佐の部隊はほぼ無傷だろうから、ある程度戦力は回復出来る。その後本国とグラナダへ使者を立てて…」

 

「グラナダへの連絡はオススメできません」

 

「どう言うことだろうか、ジーヴ少佐?」

 

今後の予定を口にするキャスバルの言葉を遮ったのは、それまで黙っていたアリソン・ジーヴ少佐だった。彼女は撤退中乗艦を失っていたがコムサイで脱出、その後ネオ・ジオン軍の旗艦であるグラーフ・シュペーに身を寄せていた。

 

「ルーゲンス少将は信用出来る人物ではありません。閣下の立場が不利となれば平然とザビ家に閣下を売り尻尾を振るような男です。こちらが弱っているタイミングでの連絡はするべきではないでしょう」

 

「成程、ではグラナダは敵に回ると考えて良いのだな?」

 

「はい、いいえ閣下。申し上げました通り、少将は閣下の立場によって態度を変えるのです。情報を与えなければ今まで通り中立を気取るでしょう」

 

「成程。ならばその間に本国のシュレッサー准将と連絡を取り、戦力を盛り返せば再びこちらになびくと?」

 

キャスバルの言葉にアリソン少佐は頷きつつも表情は厳しいままだった。

 

「はい、ですが一度我々はソロモンの攻略に失敗しております。故に何処か一つでも自力で拠点を確保してみせる必要があるでしょう」

 

「我々の力を理解させるためか。…厳しいな」

 

「攻略の可能性があるとすればア・バオア・クーでしょうか?」

 

この時点でア・バオア・クーには親衛隊の戦力が僅かに駐留するのみであり、大半は技術部の擁する試験部隊や、各社から出向しているテストチームなどであり、ソロモンの戦力と比べれば与しやすい相手とも言えた。ではネオ・ジオン軍が何故ソロモンより先に攻略しなかったのかと言えば、旨味が少なかったからである。本国の最終防衛ラインとして想定されていたア・バオア・クーは戦中に接収改造したソロモンに比べ要塞としての完成度が高く、防衛機構も充実していた。加えて内容的にも本国からの補給を前提とした要塞だったので、内部に備える工廠の規模が小さく、仮に確保したとしても戦力の増強に時間が掛かるのは明白だった。

 

「詰めている戦力こそ少ないが、ア・バオア・クーの防衛設備はソロモンの比では無い。消耗した我々には荷が重いな」

 

そう唸るキャスバルに対して、またも口を開いたのはアリソン少佐だった。

 

「閣下、でしたらもっと容易に落とせる拠点を確保しては如何でしょう?」

 

「少佐の言い分は尤もだが、そんな都合の良い拠点が何処にある?」

 

「あるではないですか、フォン・ブラウンが」

 

その言葉に一同が愕然とする。だが、そのようなことを一切気にせずアリソン少佐は続けた。

 

「中立宣言のおかげであそこには連邦も公国の艦も存在しません。それでいて艦艇のドックからMSの製造ライン、果ては武器弾薬にいたるまで備えています。これほどの物件は無いでしょう」

 

「しかし、それじゃぁアナハイムと事を構えることになるんじゃないかい、少佐?」

 

引きつった笑みを浮かべながら、カイ・シデン少尉がそう聞けば、アリソン少佐は鼻で笑いながら返事をする。

 

「元々事をたきつけたのはあの会社でしょう?不利になったからといって手を引こうとするような連中の事情など考慮に値しません。自ら鉄火場へと身をさらしたのですから、相応の代価は払って頂いて然るべきかと」

 

それでも難しい顔を止めない周囲へ向かい、アリソン少佐は言葉を続ける。

 

「我々の優先すべきはネオ・ジオンが今後存続し続ける為に何が必要かです。閣下の下正義をなす我々の行いの前に、それ以外のことは全て些事に過ぎません。そのようなことに拘っていては、成せることも成せませんよ?」

 

キャスバルは少佐の口上が終わるのを待ち己の考えを口にする。

 

「少佐の考えは良く解った。私としても戦力の確保は急務である以上、それも視野に入れるべきだと考える。だがまずはカスペン大佐との合流が先だ。そこで部隊を別ける。艦隊はこのままL1へと向かい予定通り身を隠す。この間にヨルク単艦でペズンへ向かって貰いカスペン大佐をこちらへ呼ぶ。最終的な判断は大佐が到着してからとする、以上だ」

 

 

 

 

次々と膨らむバルーンを見ながら、俺は満足して頷いた。

 

「さて、外の飾り付けはこんな所だろう。あとは内装も凝ってやらねば」

 

『こう言っては何ですが、連中には心底同情しますな』

 

『仕方が無いだろう?あいつらは我らが大佐殿に喧嘩を売ったんだ。相応の覚悟はすべきだろう』

 

なんか褒められているような、いないような微妙な発言が通信に飛び交っている。何をしているかと言えば、敗走してきた反乱軍の皆さんをお出迎えするために、L1宙域を絶賛ブービートラップで飾り付け中である。暗礁宙域は広大でその範囲は数百km以上になるから、本来ならトラップを仕掛けるなんて現実的では無い。が、今回ばかりは別である。

 

『コロニー内も仕掛けるんですか?』

 

「私は心配性でね、やれる準備は出来るだけやっておきたいのだよ」

 

『成程、しかし狐を狩るにしては随分と大仰に感じますが?こんなものまで持ち出すなんて』

 

そう言いながら海兵隊員の軍曹は俺がソロモンからパクってきた装備を設置する。元々は対艦ライフルの更新用として開発されていたビーム兵器だが、高出力化に伴う大型化と冷却機構の問題で携行するのが難しくなったから巨大なバイポッドを付けて設置型にしたという、なんとも産廃臭あふれる装備である。まあ、原作知識持ちとしては非常に頼りになることは解っていたので、埃被らせてるくらいなら有効活用してやんよ!とかっぱらってきた。因みに射手はアナベル少佐の予定、開発時に何度か試射をしたことがあるらしく、快く引き受けてくれた。それにしても反乱軍へのなめっぷりは少しばかり危険ではなかろうか?多分、軌道上で交戦した経験からのせいかなぁ、思いっきりシーマ中佐が蹂躙してたし。でもちょっと良くないな。

 

「彼らを甘く見ない方が良い」

 

『はあ』

 

なんとも気の抜けた声を出す海兵隊員を、ちょっとだけ脅してやることにする。

 

「あれは狐などではない、追い詰められて殺気だった熊のようなものだ」

 

そう言いながら俺は機体を近づけ、接触回線に切り替える。後で通信ログなんかを漁られたら厄介だからな。

 

「このような物言いはどうかと思うが、少なくとも私と互角と考えろ。いや、それ以上を想定して居た方がいい」

 

「そ、そんなにですか?」

 

「ハマーン少尉を見ろ、軍務経験など殆ど無い彼女ですらあれだけ戦える。そんな能力に目覚めている赤い彗星が、弱いなんて事はあり得ない。そしてもう一人はその赤い彗星に土を付けかけた男だぞ?」

 

なめてかかれる要素なんて何処にもないだろう。まったく、何だってそんな連中と戦わねばならんのだ。俺の思いが伝わったのか、海兵隊員君は息を呑んだ後、緊張した声音で了解の言葉を返してくれた。うん、今度は脅しすぎたか?加減が難しいな。

 

「大丈夫だ、私達はそれを問題無く倒すためにこのような事をしている。侮ることは出来んが、かといって絶望する相手ではない。普段通りだ、普段通りやれば上手くいく。これまでだってそうだったろう?」

 

「大佐…」

 

「こんな厄介ごとはさっさと片付けて、皆でオデッサへ帰るんだ。解ったかね?解ったなら手を動かそう、時間は有限だからね」

 

そう言って俺は機体を翻し、この宙域に唯一残っているコロニー、テキサスコロニーへと機体を進めた。…もし運命というものがあるなら掛かってこい、相手になってやる。



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第百七十一話:0080/01/14 マ・クベ(偽)とブービートラップ

今更ですがUA9000K突破有り難うございます投稿。


「本当に来たな」

 

アナベル・ガトー少佐は呆れと驚きのない交ぜになった声を発した。確かに説明を聞く限り彼らがこの宙域に現れる公算は高いと感じたが、それでも実際に言葉通りに敵がやってくれば驚きを感じるのは無理からぬ事であった。

 

「まったく、これで落ち着いてくだされば言うことはないのだが」

 

トリガーへ指をかけながら、彼女は思わずそう呟いた。件の人物はと言えば、意気揚々とMSに乗り込んでコロニーの中へと入っていった。当然のように最前線へ大佐が出る事に全員が難色を示したが、当の本人は平然と言って返してきた。

 

「どうせ戦闘が始まれば全体の指揮など執れはせん。ならば艦に残っていても私など壺一つ分の価値もない、見ていて楽しいものでも無いしね。艦の扱いはウィリアム大尉の方がずっと上手いのだから、ある戦力は有効に使うべきだろう?」

 

これは何を言っても聞かない奴だな。先日の格納庫での大佐と中佐のやりとりを思い出しながら、その場に居た全員が説得を諦めた。そもそも部隊の総指揮官であると言う点に目をつぶれば、大佐は間違いなく個人としてこの部隊の最高戦力である。特に――本人は何故か嫌な顔をしていたが――あのギャンという試作機に乗ってからの大佐は文字通り隔絶した戦闘能力を有している。

 

「成程、思っていたよりも数が多い」

 

ソロモンでの挟撃の作戦を聞いた段階で、大半の人間は逃げられて2~3隻、悪ければ旗艦1隻が何とか逃げてくる程度であろうと考えていた。

それがどうか。アナベルの前に現れた艦隊は10にこそ届かないものの、8隻という相応の戦力を有したまま逃げおおせていた。

 

「尤も逃げるだけで手一杯、…ほう?」

 

覗いていたモニターの中で敵艦隊の動きが急に活性化するのを見て、アナベルは思わず口角を上げた。オデッサでの経験から随分鳴りを潜めているが、彼女は本来武人と言った類いの人種である。暗礁宙域に入っているのに警戒用の直掩機も出さずに居る敵艦隊に内心蔑みすら覚えていた。その相手がそれなりに骨があると理解し強者と戦える喜びに思わず笑ってしまったのだ。

 

「成程、確かにマリオン少尉並みに勘が良い。だが遅かったな」

 

そう呟くと同時にアナベルはライフルのセーフティを解除する。試製対艦用ビームライフル、通称ビッグ・ガンと呼ばれるこの装備は、本を正せば公国が独自に開発していたビームライフルである。エネルギーCAPシステムの開発に難航していた公国がメガ粒子砲をそのままサイズダウンする形で設計したため、MSの標準装備とするには大型かつ重量が過大であり、その上発生する熱を逃がすために取り付けられた冷却ユニットからの排気が激しく、MSの挙動を邪魔してしまうという携行火器としては全く使い物にならない代物だった。開発に失敗したとは言えない技術陣がその大出力と長射程を強調し、一応狙撃銃としてソロモンに数挺が納められたが、要塞に設置して運用するのであれば固定の砲台で十分であったし、艦艇で運用するにも艦砲の方が優秀と、どうにも使い道が無く倉庫に押し込まれていた物である。見つけた大佐が嬉しそうに運び出しているのを見た時、なんとも言えない気持ちになったのをアナベルは覚えている。それがどうだ、状況が整えられればこの装備は何処までも厄介な牙となる。

 

「貰った!」

 

叫ぶのと同時にトリガーを引けば、極めて高く収束された光条が砲身から吐き出される。試射の経験もあるアナベルは既にその光景を見ていたが、それでもその研ぎ澄まされたと言っても過言ではない鋭さと弾速は思わず見惚れるほどだった。単縦陣から慌てて回避行動に移っていた最後方のムサイ、その左エンジンに狙い通り着弾したビームはその力を十二分に発揮し、エンジンを跡形も無く吹き飛ばした。爆発と推力の突然の偏向に制御を失ったムサイは、近くに浮遊していたデブリにぶつかる。そして二度目の爆発がムサイを襲った。

 

「ここはもう私達の庭だぞ?さあどうする!」

 

僚艦の爆発を見て正しく状況を悟ったのだろう。デブリを気にせず動こうとしていた他の艦は慌てて周囲のデブリを機銃で撃ち始める。幾つかはそのまま破壊されるが、中には明らかに不自然な爆発を起こしたり、はたまた機銃が当たっただけで破裂するバルーンまで存在する。ここで漸く最初の損傷を負ったムサイからMSが出てくるが、即座にアナベルの放った射撃が無力化する。彼女の技量であれば一撃で吹き飛ばすことも容易であったが、敢えて損傷機を増やすように射撃を続ける。6発目のビームが隊列の中央に位置していたチベの一番砲塔を吹き飛ばした所でビッグ・ガンがぐずり始めた。見れば冷却剤が尽きかけており、砲身が過熱でゆがみ始めていた。

 

「潮時か」

 

最初に覚えた蔑みも、敵の動きから感じた興奮も消え失せ、アナベルの心中には強い憤りのみが残っていた。当初の大佐の想定では、ビッグ・ガンは撃てて1~2発という事だった。敵艦もビーム攪乱幕を持っている筈であったし、何よりビームでの射撃は位置を特定しやすい。射程が長いと言ってもMSの装備としての範囲の話であるから、敵艦砲の応射を受けることは必至となってしまう。それらを踏まえて出された答えが、先制で2発、敵の最後尾2隻を行動不能とすることで敵艦隊の後退を妨害すると言うものだった。

 

「想定より損害を与えてしまったが、問題あるまい。敵の戦力が減って困ることは無いからな」

 

呟きながらアナベルはビッグ・ガンとの接続を切り、有線チャンネルへ呼びかける。

 

「さあ、第二段階だ。獲物を追い立てるぞ、全機起動!奴らに悪夢を刻みつけてやれ!」

 

アナベルの檄を受けて、周辺のデブリに潜んでいたMSが次々と飛び出す。ほんの数秒前まで待機モードどころか、主機すら落としていたとは思えない素早い動きで敵艦隊へと向かう。それに続きながら、アナベルは憤怒の形相となりながら呟いた。

 

「コンスコン少将の思いは無駄には出来んからな。命は勘弁してやろう。だが、戦士としてはここで死んでいけ!」

 

 

 

 

「少佐、お願いします。出撃許可を」

 

「ララァ、無茶を言うな。君は明らかに疲弊しているし、何よりエルメスも限界だろう?」

 

格納庫にたどり着いたララァ・スン少尉は、愛しい思い人へ向けて懇願していた。

 

「グラナダが恭順すれば、あそこで造っている2号機以降が手に入るでしょう。なら今は出し惜しみをするべきではないのでは?本人も望んでいるのですから許可しては?」

 

助け船を出してくれたのは、撤退中に乗り込んできたアリソン・ジーヴ少佐だった。正直気味の悪い色をまとった彼女がララァは苦手だったが、今はその援護を素直に受ける。

 

「ジーヴ少佐。あの機体は君が思うほど容易なものではないのだ。ここまでに彼女は予定より大幅に出撃を重ねている。これ以上は彼女自身の身が持たない」

 

「…そうなのか、少尉?」

 

「いいえ、少佐。しょう…、キャスバル総帥はお優しいですから、過保護になられているのです。私の体調はなんら問題ありません」

 

「と、本人は申しておりますが。戦力的にもエルメスはコロニー内で使えません。損傷艦の護衛を考えれば彼女が適任と愚考しますが」

 

「だが、エルメスは万全ではあるまい?」

 

苦しげにそう言い返すキャスバル総帥に若干の罪悪感を抱きながら、しかしララァは言い切った。

 

「確かにビットは消耗しております。ですがまだ8機残っておりますし、本体に損傷もありません。行けます」

 

強い焦燥感に襲われながら、それでもララァはキャスバルの言葉を待った。彼の能力ははっきりと言ってしまえばララァの足下にも及ばない。だから先ほどから露骨に送られてくるプレッシャーも、良く解らないがなんとなく嫌な感じがする程度にしか感じていないだろう。そのくらいのことでも、自らの身を案じて出撃指示を躊躇ってくれるキャスバルにララァは確かな愛情を感じていた。だからこそ彼を守る為にララァは口を開く。

 

「総帥が私の事を案じてくださっているのは良く解っているつもりです。ソロモンでも私の負担にならないようにあのようなご指示をしたのでしょう?おかげで負担も少なく頭痛もありません。守って頂いた分、私も守りたいのです」

 

無人の砲台や人工衛星のみを指定した攻撃指示。おかげで覚悟していたような手に掛けた相手からの感情にさらされる事無くこの場に立っていた。故に彼女は、本当の意味で戦うと言うことを理解しないまま、再び戦場へ出ることとなる。なってしまう。

 

「解った。残ったものを頼む。ララァ」

 

キャスバルの言葉に笑顔で頷くと、ララァは機体に素早く乗り込み即座に出撃した。艦隊は既にテキサスコロニーの宇宙港に侵入していたので、後続の艦の横をすり抜けて宇宙空間へ飛び出せば、そこには損傷した味方のムサイを嬲るように攻撃しているゲルググ達の姿があった。

 

「退きなさい!」

 

エルメスの後部に設けられたハッチが開き2機のビットが飛び出す。本来12機のビットを機体内に、更に改修で主翼に設けられたパイロンへ左右3機ずつ搭載できる能力をエルメスは持っていたが、先のソロモン戦で何機かのビットを喪失しており、現状動かせるのは報告したとおり8機。しかも損傷したビットを回収した際にエルメス側のエネルギー充填機構が損傷してしまい、機内に搭載出来るのは4機となってしまっていた。幸い主翼のパイロンは無事だったので残りのビットも持ち出せてはいるが、パイロンには充填能力が無いため撃ち切れば機内に収容する必要があった。これ以上のビットの喪失を嫌ったララァは先に機内のビットを使うことで収容スペースを空けておこうと考えたのだ。

だがここで思わぬ事態が彼女を襲う。ララァはスペースを空けるために、機内のビット全てを射出するつもりだったが、反応して飛び出したのは2機。機体のトラブルを疑うが、特にエラーは表示されていない。彼女は気付いていなかったが、実は護衛も無しに敵の攻撃が届く範囲に身を置いたのはこれが初めてであり、更に露骨なプレッシャーを浴びながらなどという状況は文字通り未知の世界だった。彼女にとって同じ能力を持つものは常に仲間だったからだ。

 

「駄目ですよ、ララァ姉様?」

 

かけられた言葉に反応し、ララァは射点に着いていたビットを強引に退避させる。射撃の機会は失われたが、おかげでビットを失う事は避けられた。機体を翻し、ララァは声のした方向、即ちプレッシャーを放ち続ける相手へと向き直る。果たしてそこには彼女の思っていた通りの相手が隠れる事すらせずに虚空に身をさらしていた。

 

「ブラウ・ブロ。やはり貴女なのね?ハマーン」

 

浮かび上がる異形に、ララァは震えそうになる手を必死で押さえる。配備された当初から奇天烈な形状をした機体であったが、ペズンからいなくなった時の姿、即ち今目の前にある姿は更に禍々しさを増しており、ハマーンのプレッシャーも踏まえて周囲の空間がゆがんでいるようにさえ錯覚する。

 

「はい、大佐にララァ姉様を止めるよう頼まれたんです。姉様、素直に投降してくだされば怖い思いはさせなくて済みますよ?」

 

言いながら、機体の中心に上半身だけを生やしたゲルググが、その手に持っていたビームライフルをエルメスへと向ける。それを合図に、ララァは無言でエルメスを加速させた。ブラウ・ブロの悍ましい姿が眼前一杯に広がる。まるでおとぎ話に聞いたキメラのようだとララァは思った。大元となったブラウ・ブロに巨大なスカートのようなものが下から生えており、コアユニットのあった部分には先ほど述べたとおりゲルググの上半身が生えている。以前は唯一の攻撃手段だった有線式メガ粒子砲はそれぞれ一回り大きな旋回砲塔式のメガ粒子砲に変更されていて、巨大なスカートにはドラム缶のようなものが左右に幾つもくくりつけられている。そのどれもが、以前は単体の兵器であった事が察せられるため、そのような感想になるのだろうと、場違いな事を考えながらその横を通り過ぎる。エルメスよりも火力の充実したあれを艦隊に近づけさせるわけにはいかない。ララァの決死の陽動が始まった。



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第百七十二話:0080/01/14 マ・クベ(偽)と戦う少女達

当たり前のように提督用の席に腰掛けたネヴィル大佐が、モニターを面白く無さそうに眺めながらまるで他人事のように口を開いた。

 

「ふむ、やはり戦闘艦で飲む紅茶は風情にかける。何よりティーカップで飲めんから香りが楽しめん」

 

言いながらパックの紅茶を口にするネヴィルに対し、エリー女史が苛立たしげに口を開いた。

 

「良く落ち着いていられますね?ハマーン少尉が戦闘に入っているんですよ?」

 

「相手はエルメス1機なのだろう?ならば何も問題無い。私のブラウ・ブロ・スキュラは絶対に負けんよ」

 

余裕を持って返すネヴィルに頬をひくつかせながらエリー女史は言葉を続ける。

 

「絶対とは随分大きく出ましたね?」

 

「事実を述べているだけだよ、エリー女史。マ大佐の提案を取り入れた2号機ならまだ可能性はあったが、あの1号機では誰が乗っていても結果は揺るがん」

 

「理由を聞いても?」

 

エリー女史の質問にネヴィルは姿勢を崩すこと無く答える。

 

「なに、単純な話だよ」

 

そもそもの設計思想が違うのだとネヴィルは口にした。

元々、エルメスを含むニュータイプ用MAはマンパワーの省力化を目指した兵器だった。可能な限り少ない人数で、可能な限り多数の敵と戦える兵器。パイロットの希少性から誤解されがちであるが、オールレンジ攻撃用の兵器はあくまで多対一において有効な兵器として制作されており、母機を後方に配置しての遠距離攻撃能力は副次的なものに過ぎない。事実単純に遠距離攻撃能力のみを望むのであればMAなどではなく、艦艇にでもサイコミュを搭載した方が効果的だろう。何故そうしないかと言われれば、攻撃に用いられる人員の数を可能な限り減らしたいからに他ならない。軍からしてみれば所詮ニュータイプパイロットも一般兵に比べれば高価ではあるが代えのきく存在として運用する事が前提であった。その為のフラナガン機関である。それ故エルメスはパイロットへの負担よりも、人員の省力化が優先された機体だった。

 

「つまり、コンセプトからして既にエルメスはスキュラの敵ではないのだ」

 

対してブラウ・ブロ・スキュラはその異形を単独で操縦することを最初から放棄している。特に機体の操縦とサイコミュ兵器の同時使用は極めて負担が大きいことはこの類いの兵器の宿命と言えた。元よりサイココミュニケーターを内蔵する必要上大型化する機体の鈍重化は避けられず、その機体を十全に運動させようとするならば高い操縦技能が求められることは明白だ。エルメスの場合サイコミュで機体の操作もまかなうことでこれを緩和することを目指したが、現在のサイココミュニケーターでは、未だパイロットの思考通りに機体を制御出来るとは言い難く、実用にはまだ時間を必要としていた。結果大出力のスラスターによる加速で振り切るという方法を採ることで、そもそもパイロットに要求される操作難易度を下げるという解答に行き着いていた。

 

「だがそれは妥協であり、また重大な問題点をクリア出来ておらん」

 

加速して逃げる以上どうしてもパイロットに高いGがかかる。既存の開発機体よりフィードバックされた耐G機構により幾らかの改善はされているものの、正規パイロットであっても疲弊は免れない。それが大した訓練も積んでいない、年端もいかない少女であれば言わずもがなである。

 

「おまけにあの無線式だ。見てくれは良いかもしれんが、あれは実戦で使うには早すぎる。しかも1号機は見栄え優先でビーム兵器しか搭載していない。あれでは負ける方が難しいと言わざるをえんな」

 

 

 

 

「デブリが多くてご自慢の足が活かせていませんね!行けっ!」

 

強い意志と共に響いてくるハマーン・カーン少尉の声を聞きながら、ララァ・スンはきつく下唇を噛んで、強引に機体をロールさせる。エルメスとララァにとって、この場所は最悪の環境と言えた。とにかく障害物が多く、開発時に想定されていたような加速で敵機を振り切るという戦法が使えない。かといって容易に隠れられる場所が見つかるほどエルメスは小柄では無く、また仮に隠れる場所があったとしても、相手がニュータイプのハマーン少尉である以上、確実に見つかってしまう。相手のブラウ・ブロはエルメス以上の大型機で条件はあちらの方が悪い様に見えるが、あちらは複座でパイロットが移動に専念出来る上、圧倒的な火力でデブリを吹き飛ばしながら迫ってくるから、攻撃と操縦を同時にこなすララァとは疲労蓄積の度合いが違う。更に悩ましいのが装備の差だった。

 

「きゃっ!」

 

至近距離のデブリを直撃したバズーカの弾が激しい閃光と共に破砕したデブリをばらまく。被害がないとは解っているものの、装甲をデブリが叩く甲高い音はララァの精神を殊更すり減らした。続けざまにビームライフルの光条とバズーカの砲弾が次々と周囲へばらまかれ、ララァはたまらず攪乱幕散布のスイッチを押した。

 

「残念ですねララァ姉様?それではこの子を止められませんよ!」

 

ブラウ・ブロの下に追加されているスカートのような装備――ララァは名前を知らなかったが、それはラングユニットと呼ばれるものだった――の左右から再び4基のドラム缶の様な物が放たれ、それぞれが装備したバズーカを放ってくる。それは元々は連邦軍のモビルポッドと呼ばれる装備を参考に簡易戦力として検討されていた兵器を改造し、有線式のビットとしたものだった。専用装備として開発されたエルメスのビットに比べ、如何にも急造といった雰囲気を持つこの装備を、ニュータイプ部隊の多くの人間が馬鹿にしていたが、実際に戦う事となったララァは嘲っていた連中を叱りたい気持ちだった。

 

「専用などと言っても所詮攻撃力は通常のビームライフルと大差ない。ならばビームライフルを転用した方が合理的じゃないか。ついでに接続規格をMSのものと同一にすれば他の携行火器まで使える。これの何処が不満なのかね?」

 

心底理解に苦しむ。そう言った顔で説明していた設計者の大佐を思いだす。その上この装備の厄介なところは他にもある。まず、有線方式としたことで使用者にかかる負荷が低いので同時操作数がビットよりも多い。加えて元々単体の機動兵器として設計されていたためか、推進剤の搭載量も多く長時間稼働する。また機体容積がビットより大きいため、有線式の問題点であった使用範囲の問題も改善されている。これはビット本体内にMS並みのジェネレーターが搭載出来ていることから、旧式の有線式ではエネルギー供給のために太かったケーブルが大幅にスリム化しているからだ。おかげで逃げても逃げても追いかけてくる。そして極めつけが。

 

「捕まえた!」

 

ビットから展開して伸びたアームがエルメス後部のスラスターの一つを掴む。そして次の瞬間たぐり寄せるように自身をスラスターへ引き寄せたかと思えば盛大に自爆した。そう、構成パーツの大半を既存の兵器から転用した為に、このドラム缶型のビットモドキはエルメスのビットに比べて安価で替えが利く。そのためハマーンは躊躇無くビットモドキ自体を誘導の利く質量弾として使ってくるのだ。

 

「ああっ!?」

 

振動と共に、コックピット内に複数の警告ランプが灯る。できる限り素早い動きでそれらをチェックするララァの目に入ったのは一際大きな画面に映されている警告だった。

 

―後部射出口損傷、開閉不能―

 

上げてしまった悲鳴に後悔しつつも、ララァは懸命に考える。現在周囲に展開しているビットが2機、主翼のパイロンに懸架されているのが4機、展開している2機はそろそろビームを撃ち尽くしてしまう。本来ならばエルメスに収容しエネルギーを再充填するのだが、先ほどの攻撃でそれは不可能になってしまった。おまけにブラウ・ブロにはIフィールドが装備されているようで、先ほどから全ての射撃を防がれてしまっている。

 

「だったら!」

 

エルメスを護衛するように飛んでいた2機が一気に加速しブラウ・ブロへ迫る。以前の構造がそのまま用いられているならば、サイココミュニケーターはブラウ・ブロ本体の容積を食い尽くしている。だとすれば。

 

(狙うのは、あのスカート!)

 

現在の双方における最大の不均等を生み出しているIフィールド。それを破壊するべくララァはビットへ体当たりを命じる。機体下部にラング・ユニットを増設した構造上、本来四方に配置されていた有線式メガ粒子砲は撤去されており、代わりに伸びたアームの先には旋回砲塔のビーム砲が据えられているが、それにしても下方のものはユニットと干渉するため完全に撤去されている。つまり機体直下方向には大きな死角があるとララァは考えた。

 

「あら、レディのスカートを覗くなんて。マナーがなっていませんよ?ララァ姉様?」

 

まるで悪戯をした子供を優しく窘めるような口調。渾身の一撃に対する回答として不釣り合いなそれを受け、ララァは怖気が走るのを感じると共に、それが正しい感覚であった事を理解する。

ぞわり。

まるでそう聞こえるかのように、ブラウ・ブロに取り付けられたラング・ユニットの装甲が分割部から蠢き、一部の装甲がめくれ上がる。そしてその中から飛び出したのはマシンガンを握ったフレームむき出しの腕だった。

 

「―――!」

 

ララァの声にならない悲鳴を無視するように、飛び出した8本の腕に握られたマシンガンが一斉に火を噴く。最短でたどり着くよう動いていた2機のビットはその火線に絡め取られ、たどり着くこと無く火の玉へと姿を変えた。

 

「投降することをお勧めします、ララァ姉様。少佐も今頃は…」

 

拘束されている。そう続けようとしたであろうハマーンの言葉は、ララァの絶叫によって遮られる。追い詰められ、強いストレスに晒され続けたララァの精神はとっくの昔に限界を迎えていたのだ。

 

「少佐はっ!殺させない!!」

 

「っ!その思慕の強さには敬意を表します」

 

残る全てのビットを射出しエルメスを正面から突っ込ませる。ブラウ・ブロは圧倒的な火力と高い防御を持った反面、運動性が原型機と比較しても大幅に低下していた。それを理解したララァはせめて自機と道連れにブラウ・ブロをここで破壊しようと考えたのだ。

 

「けれど、それだけで勝てるほど戦場は甘くないですよ」

 

しかし渾身の一撃は冷たい言葉と共に否定される。スカートの接続部付近、大きく盛り上がった丸みを帯びた外装が弾けるように飛び出し、エルメスの左主翼をたたき折った。

 

「あぐぅぁ!?」

 

急激な制動による衝撃で制御を失ったエルメスが、ブラウ・ブロの横を通り過ぎる。さらに射出された有線式クローアームがその爪を大きく開き、掌部分に装備されたメガ粒子砲で、更に残った右の主翼を吹き飛ばす。朦朧とするララァへ向けて、憐憫を滲ませた声音でハマーンが告げてきた。

 

「道を見誤りましたね、ララァ姉様。貴女は戦いに身を置くべきではなかったんです」




スキュラの名前を言い当てられるとは…。


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第百七十三話:0080/01/14 マ・クベ(偽)とテキサスコロニー

「予定通りに追い込んだね。お前達仕事だよ!」

 

そう発破をかけながらシーマ・ガラハウ中佐は自機を宇宙港へと向かわせた。既に宇宙側の出口は味方艦隊によって封鎖されており、コロニー側への隔壁もぎっしりと詰め込まれた機雷によって封じられている。文字通りネオ・ジオンの艦隊は袋のネズミとなっていた。思惑通りに進む状況に。シーマは作戦開始前のブリーフィングを思い出す。

 

 

「連中の技量で最も脅威なのは何か?それは回避と射撃精度だ。自由に動き回れる宇宙空間での射撃戦において彼らは無類の強さを誇る。ならば、だ。動き回れない閉鎖空間に押し込み、腰を据えての撃ち合いをしてやれば良い。こちらは数で勝り、あちらは艦という防衛対象まで抱えている。ならば磨り潰すだけだ」

 

そう語る大佐に対し、シーマの放った言葉は単純だった。

 

「でしたら大佐は後ろで見学ですなぁ」

 

閉所での戦闘となれば高い連携が要求される。その点に於いて海兵隊とマ大佐は万全とは言い難かった。何しろ最も技量に優れた個人と基地屈指の精鋭である。戦闘訓練は必ず相手同士に振り分けられるから連携訓練など全くやっていない。

 

「おまけにギャンは高機動格闘戦型のMSでしょう?交じられても歩調が合わせられません」

 

何より腰を据えての撃ち合いとなれば、単純に手数の多い方が有利だ。その点で言えば少しでも火力を持ち込みたいシーマとしては、ギャンよりもゲルググマリーネを選ぶのは当然であった。無論、そこに大佐を徒に危険な場所へは連れて行けないという気持ちが働いたことは否定できないが。

 

「それに万が一があります。金髪坊やとその側近は手練れでしょう?艦を見捨ててMSだけでならあるいはこちらを突破するかもしれない。その時に後詰めが要ります」

 

断固として引かない姿勢を見せるシーマに大佐がゆっくりと息を吐く。

 

「…任せるのも信頼の証か。そうだな、中佐達にはこれまでも散々な注文をしてきた。それに全て応えてくれているのだから、私が信じないのは侮辱に等しい。承知した、私は後詰めに回ろう」

 

「どうせなら、MSからも降りて艦の方で眺めていて頂いても構いませんよ?」

 

シーマは嘘偽り無い本心を口にする。それに対し笑いながら大佐は答えた。

 

「それはイヤだ」

 

 

その時の笑顔を思い出し、思わず顔を顰めながらシーマは通信に向かって更に檄を飛ばした。

 

「いいかいお前ら、ここでしくじるとあの馬鹿な大佐が飛んでくるよ!」

 

『泣く子も黙るシーマ海兵隊が、基地司令に助けられたなんて言われた日にゃ、パイロットを廃業しなきゃなりませんな!』

 

『そいつは困るな!これ以外の飯の食い方なんざ知らんぞ!』

 

軽口を叩きながらも海兵隊のゲルググは淀みなく、滑るように宇宙港へと向かう。当初は港内部での待ち伏せも検討されたのだが、それはハマーン・カーン少尉の発言により却下された。

 

「ララァ・スン少尉の感知能力は非常に高いです。少なくとも私くらいの能力者が待ち伏せていれば即座に気付くでしょう。そしてその能力が普通の方々相手にどこまで対応しているのかは未知数です」

 

「例の人の感情が見えるってヤツかい?厄介だね。それじゃあそもそも待ち伏せなんて出来ないじゃないか」

 

「そうとも言い切れません。私達が感じているものは皆さんから解らないように、私達からも普段の皆さんの感情は解りにくいんです」

 

「けれど個人差があるんだろう?少尉よりよく見えてたらやはり難しいんじゃないかい?」

 

そう聞き返すシーマにハマーン少尉は少し思案顔になった後しっかりとシーマを見ながら答えた。

 

「おね…姉から聞いた話になるのですが、研究所にあの元連邦軍の二人が送られてきたとき、ララァ少尉は入港した辺りで気がついたそうです」

 

それもあくまでニュータイプ同士の話であるから、宇宙港から10キロほど離れればほぼ感知できないのでないか。と言うのがハマーン少尉の考えであり、更に確実を期すための行動を進言してきた。

 

「逃げ込んだ段階で私が全力で相手を狙います。そうすれば私の方に気を取られて中佐達のことに気がつかなくなる可能性が高いと思います」

 

そして少尉の言葉通りに事態は進み、シーマ達は気取られること無く接近した。

 

(あれはもう一端の兵士だ。やってらんないね)

 

シーマの目から見たハマーン少尉は既に一流の戦力だ。あれこれと周囲の人間が妨害しているが、もし軍に彼女が兵士として戦えるかと問われれば、シーマは可能としか答えられないだろう。それは酷く危うい未来をシーマに想像させた。そしてその一瞬の注意散漫が、彼女に状況変化への対応を遅れさせた。

 

「っ!?全機隔壁から離れろ!!」

 

叫べたのは彼女の能力の高さ故だったが、それでもそこまでが限界だった。熱と内圧で大きく歪んだ隔壁が、次の瞬間ビームによって破孔が穿たれ、更に誘爆した機雷によって激しい爆発と共に、宇宙港へ侵入しようとしていた海兵隊のゲルググ諸共コロニー内へと吹き飛ばされる。巻き上がった爆炎と煙は、気圧差によって直後に宇宙港へと吸い出され、その中をかき分けるように大破したチベがコロニー内へと侵入してきた。

 

「艦を盾にして主砲で隔壁を吹き飛ばしたのか!?」

 

損傷艦を壁にしたのだろう。チベは無人らしく、突入して直ぐに制御を失い近くの島へと落下を始めた。その先にいた海兵隊はたまったものではない。

 

「逃げろ!」

 

この時ほどシーマは部隊の機体がゲルググに統一されていることを感謝したことは無かった。脱出装置が標準装備されているおかげで、隔壁の爆発に巻き込まれ機体が動かないほどの損傷を受けた者でも素早く離脱することが出来たからだ。爆発こそしなかったものの、地面をえぐりながらチベが味方の放棄したゲルググを挽き潰す姿はシーマに冷や汗を流させた。

 

「後先考えてない奴らは厄介だね!滅茶苦茶しやがる!」

 

態勢を立て直すべく声を上げようとしたシーマは、次の瞬間咄嗟にスラスターペダルを蹴り飛ばすように踏み込んだ。搭乗者の意思をくみ取るように、ゲルググはその推力を存分に発揮し、弾けるように後方へとその身を動かした。

 

『ちぃ!』

 

混線した通信に入り込んできたのは、聞き覚えのある少年の声だった。ゲルググを追いかけるように放たれる光条を躱しながらシーマは毒づいた。

 

「はっ!つくづく妙な縁もあったもんだね!こんな事ならあの場で撃ち殺しときゃぁよかったよ!」

 

言いながらシーマは空を睨み付けた。巻き上がる砂埃の先、砲口を向け双眸を光らせたMSが再びビームを放った。

 

『そこ!』

 

「調子にのんじゃないよ!」

 

言い返しはしたものの、シーマは内心舌を巻いていた。相手の射撃は非常に正確で回避するのが精一杯だったからだ。しばしば創作の世界では正確な射撃は読みやすく回避がしやすいと描写されることがある。しかしそれは間違いだ。狙っている位置に正しく弾が飛んでいくなどと言うのは当然の前提で、本当に正確な射撃とは、撃たれている側が避けにくい、避けられない射撃のことだ。その点において目の前のMSが放つ射撃は、嫌になるほど正確だった。こちらの動きが解っているかのように飛んでくるビームが二発目には機体を掠め、三発目には機体を捉える。以降は直撃を受け続け、シールドと追加装甲が無ければ既にやられているであろう程だ。故に相手がわざと直撃を出さぬよう戦っている事がシーマには解った。

 

「遊んでるつもりか!」

 

反撃の為に持ち上げたライフルが、即座に撃ち抜かれ爆発する。その余波で体勢が崩れた隙に放たれたビームが、今度はシールドを破砕した。シーマが舌打ちしつつ機体を岩陰へと滑り込ませる。その瞬間、再び通信に苛立たしげな少年の声が響いた。

 

『悠長にしている暇なんて!』

 

その余裕の無い声音に危機感を覚えたシーマが機体を動かそうとするが、それはほんの少しだけ遅かった。

 

「やめ―!」

 

制止する間も無く連続で行われた射撃が、シーマを援護するべく集まっていた海兵隊のゲルググを次々に撃ち抜いて行く。次々と部下の機体が行動不能となっていく中で、敵の艦隊が悠然と姿を現わした。それを確認するように相手のMSは振り返ると、こちらへの攻撃を止め、艦隊を先導するようにコロニー内を進んでいく。

 

「クソがっ!」

 

直ぐに追いかけたい気持ちを必死に抑え、シーマは作戦失敗の信号弾を打ち上げた。

 

(不甲斐ないったら無いね。けどまだ負けちゃいないよ)

 

そう自然と考える自分にシーマは驚いた。そして同時に口角を釣り上げる。

 

「簡単には行かせないよ。何せウチのとっておきがまだ残っているんだからね」

 

シーマの台詞に応じるように、一条のビームが空を貫く。それは先頭を進んでいたティベ級のエンジンを捉え、派手な爆発を引き起こす。それを確認したシーマは通信に向けて叫んだ。

 

「お前達、生きてるね!?機体を損傷した者は一旦引いて艦隊と合流しろ!無事な者はこのまま追撃!海兵の意地を見せな!」



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第百七十四話:0080/01/14 マ・クベ(偽)とアムロ

「信号弾を確認。色は…赤です!」

 

「赤か。中佐がしくじるとはね」

 

敵が入ってきた宇宙港と逆側の宇宙港に待機していた俺は努めて冷静に聞こえるよう言葉を口にした。既に敵艦が散布したミノフスキー粒子によって通信は出来なくなっている。損害は?中佐は無事なのか?他の連中は?不安が胸の内で鎌首をもたげ、思考を奪おうとしてくる。それを強く手を握りしめることで強引に抑えつけ、俺は設置したビッグ・ガンへ機体を接続した。

 

「中佐がしくじったのならば仕方がないな?」

 

念を押すようにもう一度口にして、俺はスコープを覗く。最大望遠に設定されたスコープの中には、緩やかにバレルロールをしながら進んでくる敵艦隊が見えた。衝動的に一番前を進むティベ級、グラーフ・シュペーを吹き飛ばしてやりたい気持ちに駆られるが、大きく息を吐いてそれを静める。作戦が失敗したと言うことは、付近に生身で脱出している人員が居るかも知れない。その近くで軍艦を爆発させるリスクを避けるためだ。

 

「だが、逃げ足は奪わせてもらう」

 

宣言と同時にトリガーを引き、ティベ級の後部、張り出したエンジンユニットへビームを当てた。ついでとばかりにもう一発放ち、反対側も撃ち抜いておく。2発目でこちらの位置を特定したのだろう。艦隊の前に居たMS、ガンダムがこちらへ向けて突進してくる。怒ってるのかい?奇遇だね、俺もだよ。

 

「さて、征くか。諸君準備はいいかね?」

 

そう言って俺が飛び出せば、預けられた小隊の海兵は皆黙って付き従ってくれた。

 

 

 

 

「こざかしい真似を!」

 

苛立ちに任せてアムロ・レイ少尉はトリガーを引いた。父の手によって強化されたガンダムは、最初に乗った時と比べ随分と姿を変えていた。両腕には連装のビームライフルを装備し、バックパックにはメガ粒子砲を備える。全身に装甲とアポジモーターが追加されており、装甲を増やしながらも、運動性の低下を最小限にとどめている。機体名称は変更されていないが、戦っている大佐に機体の名を問えばこう答えただろう。

 

―フルアーマー・ガンダム―

 

性能向上を果たした機体であるはずのそれは、しかしアムロにとって十分な機体ではなかった。

 

「またっ!?機体の動きが鈍い!!」

 

ビームを避けられた苛立ちに、思わずアムロが叫ぶ。性能向上を果たしたはずのガンダムに彼が満足出来ない最大の理由。それが、反応速度の遅さだった。

 

「ガンダムが完全なら、こんな奴ら!」

 

戦後ジオン勝利の象徴としてプロパガンダに用いられる予定だったガンダムは、亡命してきたテム・レイ博士主導の下修復されたものの、軍が幾つかの技術や装備について博士の要望を拒否したものがあった。それがマグネットコーティング技術の採用と、本来搭載されていたコアファイターの、厳密に言えば学習コンピューターの返還拒否である。モーター自体の反応速度は高出力のものを採用することである程度改善はされたが、制御側の性能不足は機体の操作性の悪化に直結した。この結果、博士はガンダムが本来持ち合わせていた柔軟な運動性の発揮が困難であると結論づけた。故にそれらを補うための大火力重装甲化であったが、今この瞬間では明確な足かせとなっていた。それらの発端となったやりとりをアムロは思い返す。

 

「なるべく撃墜せずに、損傷機を増やすよう戦って欲しい」

 

「情けをかけるんですか?そんな必要、ないと思いますけど」

 

露骨に顔を顰めながらそうアムロが返すと、総帥は困った顔をした。その横で露骨に怒気を発していたアリソン・ジーヴ少佐が、総帥の代わりに口を開く。

 

「勘違いするな少尉。連中に情けをかけるのではない、ここから脱出するのに必要な措置だからだ」

 

言いながら側まで近づいたアリソン少佐が、アムロの肩に手を置きながら続ける。

 

「死んだ兵士は捨て置けるが負傷者や要救助者は別だ。総帥は足手まといを増やして連中の追撃を鈍らせるおつもりなのだ」

 

「怪我をした生身の人間ならともかく、MSがやられた程度で動きを止められるのですか?」

 

そう問えば、今度はキャスバル総帥が口を開いた。

 

「そこはやりようだ。例えばある程度修復すれば戦力になりそうな程度に破壊するとかな。見る限り連中も単独で行動しているから、戦力を補給するには拠点へ戻る必要がある。だが追撃は時間との勝負だ、戻る事は難しい。そんなとき目の前に使えそうな機体があれば、人間は欲が湧くだろう?ザンジバルは収容機体数が多いが、逆に言えば一隻あたりのMSを運用する比率が高いと言うことだ。損傷機収容の為に一隻でも残れば、撤退はより容易なものになる」

 

総帥の言葉に納得してアムロが艦橋から出ようと振り返る瞬間、アリソン少佐が身を寄せて耳元でささやいた。

 

「ついでだ少尉、コロニーに幾らか穴を開けろ。空気が流出すれば生身での脱出はより困難になる」

 

安易に頷いた自分をアムロは殴りたい気分だった。慣熟訓練は済ませていたし、訓練の成果も良かった。しかし、加減して戦うという未経験の行動は考えていた以上にアムロの精神をすり減らした。更に言えば相手にしている連中だ。訓練の相手より上手く避ける彼らに適度な損傷を与えるのは、アムロの技量を以ってしても高い集中力を要求する。

 

(おまけにこの機体!)

 

訓練中からも抱いていた違和感は、先の撤退戦で確信に変わっていた。アムロの反応速度にガンダムが付いてきていないのだ。その中で大出力のビームを扱うのは非常に神経を使う作業だった。

 

「手間取らせて…」

 

それは一瞬の気の緩み。だが、運命はそれを見逃さない。

 

「な!?」

 

打ち上がる信号弾、直後にあのビームが人工の空を裂き旗艦のエンジンを捉える。それを行った者の気配を察し、アムロは怒気をみなぎらせる。

 

「また、また貴方か。いつもいつも僕の邪魔をして!」

 

サイド7の襲撃、そこから続く追撃戦、そして正に運命の分かれ道となり、直接出会った北米での戦い。アムロは思わずにいられない。だからあらん限りの声で叫んだ。

 

「貴方は敵だ!僕の本当に倒すべき敵だ!貴方は、これからの人類に必要ない人なんだ!!」

 

機体を加速させる、少しでも早く敵にたどり着くために。スラスターペダルを思いきり踏み込む、一秒でも早くあの男をこの世から消し去るために。

 

 

 

 

「散開しろ!」

 

僚機に叫びながら俺自身も強引に機体を捻る。先ほどまで居た空間を太いビームが通り抜け、後方で派手な爆発を起こした。

 

(フルアーマーガンダム!?仕事をしすぎだテム博士!!)

 

こちらを追いかけるように次々と襲いくるビームをギリギリで躱しながら、俺は指示を飛ばした。

 

「コイツは私が受け持つ!貴様らは艦をやれ!足を殺せば我々の勝ちだ!」

 

即座に敵艦へ向かう俺の僚機に、目の前のガンダムは僅かに動揺し動きを鈍らせる。はっはっは、場外戦術は苦手かな?

 

「迷いが見えているぞ?アムロ少尉!」

 

僅かとはいえ隙を見逃してやるほど俺はお人好しじゃない。機体を加速させると同時にランスを加熱させ突き出したが、これは無理な体勢からだったため左肩を掠めただけで終わる。けれど効果は抜群だ。ガンダムは艦へと向かうゲルググを見逃して俺へと向き直った。

 

「追わなくて良いのかね?艦が落ちれば君たちはここから逃げる術を失う。正に袋のネズミと言うヤツだ。救援が来るまで粘れば良いとか思っていないかね?だが残念。先ほどまで君たちが派手にやったからね。破れて穴だらけのこのコロニーが後何時間保つと――」

 

思う?と続ける前にビームが飛んできた、随分と頭にきているらしい。好都合だ。

 

「おっと、話もできんとは余程余裕が無いと見える!そんなことで大事を成せるのかね?」

 

『ごちゃごちゃと!』

 

放たれたビームを再度避ける。いいぞ、彼はまだギャンの速度に対応しきれていない。中佐達が被弾したであろう相手に俺が立ち回れているのはそう言う理由だ。緊張で渇く喉を、つばを呑んで強引に動かす。揺さぶれ、かき乱せ、冷静な対応など1秒だってさせてやらん。

 

「粋がった割にはなんて様かね。正に竜頭蛇尾と言うヤツだ!人類の粛清?君たちに出来るのは精々人類の敵としてテロリズムを行うくらいだ!ルナツーが本当に落ちたらと考えたか?その後どうなるかを想像したか?人類全員で涅槃に渡るのが君たちの言う誰も悲しまない世界とやらかね?成程良い着眼点だ!人類が残らず居なくなれば確かに悲しむ人も存在しないな!?」

 

『貴方みたいなのが居なくなれば!』

 

言葉と同時に撃たれたビームに反応して攪乱幕散布ユニットが即座に起動、散らされて残滓となったビームが僅かに届くが機体には傷一つ付いていない。お返しとばかりにこちらもショットガンを放つが見事に避けられる。まだだ、まだ足りない。

 

「無理だよ」

 

放たれるビームを無視して最短距離で接近、文字通りぶつかりながらガンダムごと上側の地面に激突する。

 

「アムロ君、君は自らの行いを樹木の剪定のように考えているようだが、それは違う。君がやっているのは、ここまでは平気と線引きをして四角いケーキを切り分けている行為に等しい。今の君には私が端に見えるだろう?だが切り分けて私を食べれば、次の端が目に映る。そして一度でもその味を知った者は納得するまでケーキを切り続けるのさ、自分が許容出来るのは自分一人だと最後の最後に気付くまでね」

 

『そんなっ、こと、僕は!』

 

「やった人間は誰も皆最初はそう思うのさ。自分は間違えない、自分は正しく力を振るえるとね。問わせてもらおう、アムロ少尉。君は本当に邪魔な人間が全ていなくなれば、世界は平和になると思っているのか?その過程でどのような犠牲が払われようとも、残った者達が納得すると?」

 

『僕たちはわかり合えるんだ!貴方達とは違う!』

 

もう一押し。

 

「では君は許容出来るのだな?我々と同じ君の父や母が切り落とされる側になったとしても。想像してみろ、少尉。ルナツーが落ちれば地球は確実に滅びたぞ。あれの重量はコロニーの比ではないからな、地球の何処に居ても確実に死んだだろう」

 

俺の言葉にガンダムの動きが止まる。

 

『僕たちは全ての人を殺そうとした訳じゃ…』

 

バカじゃねえの。

 

「その頭は飾りかアムロ少尉?あの状況下で逃げられる人間は君たちが粛正するとほざいた権力者だけだ。力を持たない一市民など何十年待とうと脱出のチケットは回ってこないよ。解るかね?君たちのやろうとしたことは、君たちが批判した虐殺とやらと何一つ変わらない。いや、目標を達成出来ないのだから計画どころかテロリズムにすらなっていない分それよりも遥かに劣る。ただの子供の癇癪だ」

 

俺の言葉に沈黙を続けるアムロ・レイ少尉。いいぞ、もう少し、もう少しだ。

 

「どうする?今ならまだ引き返せるぞ?細く頼りない帰り道ではあるが、まだ――」

 

そう言いつのろうとしたところでロックアラートが鳴り響いた。攪乱幕散布ユニットが即座に起動して機体を薄もやが覆うと、次の瞬間には機体の中心を狙った正確なビームが連続して降り注いだ。

 

『甘言に惑わされるな!アムロ少尉!』

 

ガンダムとギャンの間に赤いゲルググが飛び込んできて、躊躇無くこちらへビームサーベルを振るってくる。こんなバカみたいな機体に乗っているのは、間違いなくヤツだろう。

 

『ええい!攪乱幕かっ!』

 

残留していた攪乱幕で収束を散らされたビームサーベルはこちらのフレキシブルアーマーを浅く切り裂くのみに留まった。

 

「対話もせずにいきなり殺しに来るとは!ダイクンの掲げるニュータイプとやらは随分と野蛮だな!赤い彗星?いや、キャスバル坊やとでも呼んだ方が宜しいかな!?」

 

邪魔ばっかりしやがって、恨み言の一つも言って罰は当たるまい。どうせ俺は地獄行きだしな。

 

『貴様だったか、マ・クベ大佐!』

 

まったく、紅白そろい踏みしやがって。目出度いのは色だけにしとけと言うのだ。

 

「私だとも。さあ、説教の時間だぞ小僧共。きつい灸を据えられる覚悟は出来て居るんだろうな!」

 

叫ぶと同時、俺はショットガンをぶっ放す。そして運命との決戦が始まった。



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第百七十五話:0080/01/14 マ・クベ(偽)と死闘-Ⅰ-

「MSの性能差が戦力の決定的差となる事を教えてやろう!!」

 

『このぉ!』

 

『当たらなければどうということはない!』

 

連続して吐き出される散弾はどれも空を切る。MSサイズに大型化したとはいえ、所詮散弾だから射程が短い上に、弾体をルナチタニウムなんかで作っているから距離減衰も激しい。必然距離を詰めることになるのだが、相手もそれが解っているからこちらが突っ込むと回避に専念してしまい、結果弾薬だけが消費されている。あまり楽しくない状況だ。

 

「ちょこまかとよく逃げる!む!?」

 

向かって右側へ回避したガンダムへ射撃を加えるが、1回撃っただけで右手に収まっていたショットガンは沈黙してしまう。その瞬間を待っていたようにゲルググが動きを止めてビームを放ってきた。

 

『大言の割には底が浅いな大佐!己の武器の弾数も知らずに使っているのかね!?』

 

「この程度で喜んで頂けるとは、サービスのし甲斐もあるというものだね!」

 

『減らず口をっ!』

 

体勢を立て直したガンダムからも射撃が飛んでくる。二人の連携と攻撃は流石としか言いようがない。全く休む暇が無く、攪乱幕散布ユニットと分厚い装甲が無ければあっという間に落とされているだろう。やはりMSの性能は大事だ。

 

「ちっ!こうも一方的では!」

 

左腕に持っていた予備のショットガンも撃ち尽くした俺は、ヒートランスに持ち替えながら強引に後ろへ飛ぶ。

 

「私一人にかまけていいのかな?ウチの海兵は優秀だぞ?」

 

『下手な揺さぶりだな。先ほどまでの威勢は何処に行ったのかな大佐殿?頼りの味方とはあのゲルググのことだろう?残念だったな、行きがけの駄賃で墜とさせて貰ったよ!』

 

『立場が弱くなれば直ぐに口に逃げる、そんな時点で貴方はパワー負けしている。もう止めたらどうですか?』

 

クソガキ共が言ってくれるじゃねえか。

 

「私にも面子があるのだよ!」

 

言いながら俺は左腕のPDWからグレネードを撃ち出す。咄嗟に回避する二人だが、残念それじゃそいつには不足だぜ。

 

『うぁっ!?』

 

『閃光弾だと!?』

 

一瞬のブラックアウト、だがそれで十分。おまけとばかりにスモークも展開し俺は予定通りに距離を取った。

 

「さて、来て貰おうか。二人とも」

 

 

 

 

「おまけに煙幕とはな、見失ったか?」

 

「こんな手を使って。あの人、小賢しいと思います。どうしますか?一度皆と合流した方が」

 

アムロ・レイ少尉の言葉にキャスバルは視線を艦隊へと向けた。グラーフ・シュペーの損傷は深刻なようで移動の目処が立っていない。チベ級アルコナを放棄したため既にどの艦も限界近くまで人員が乗り込んでおり、これ以上の艦の喪失は事実上味方を見捨てる事となる。戦意を失った者達には辛辣であったアムロ少尉も、戦い続けようとしている仲間を見捨てられるほどには冷酷にはなれなかった。

 

「…逃げる間際、マ・クベ大佐はウチの海兵と言っていた。つまりここに居る連中は彼の子飼だけとみて間違いあるまい」

 

装備も練度も一級品、しかもコロニー内で待ち構えていた連中の中にはシーマ・ガラハウ中佐の機体もあったので間違いないであろうとキャスバルは考える。そして彼は賭けに出ることにした。

 

「アムロ少尉。我々はこのままクベ大佐を追う。そして身柄を拘束するのだ」

 

「人質ですか?」

 

「交換してもらうのさ。大佐の命と彼らの艦をね」

 

正直に言って分の良い賭けとは思えなかった。海兵隊の以前の扱いを思えば、大佐とも打算的に付き合っている可能性は否定できないし、外に居る戦力が未知数であることも気がかりだ。第一今いるのが目の前に現れた戦力だけとは限らない。だが、悩めるだけの時間は彼には残されていなかった。

 

「時間が経てばソロモンからの追撃部隊が追いついてくる。そうなってはもうどうにもならない。今逃げるには連中の艦が必要だ」

 

「了解しました。総帥、これは勘なんですけど、この場を演出しているのはあの大佐な気がします。だから盤をひっくり返すには、あの人を倒すのは間違っていないと思うんです」

 

そう告げてくるアムロ少尉にキャスバルは笑顔で答える。

 

「君にそう言って貰えると心強いな。では行くとしよう」

 

晴れ始めたスモークから抜け出て、二人は小高い岩山へと登る。テキサスコロニーは通常の居住用コロニーと異なり、所謂観光用として設計されたコロニーだ。その名の通り中世のテキサスを模した造りで、周囲には景観用として小高い岩山や渓谷が造成されていた。

 

「厄介な物だな、これでは隠れる所に事欠かん…む?」

 

周囲を探るべくカメラで周囲を映している内に、キャスバルは異変に気付く。

 

「ふん、臆病者が身の丈を弁えんからそうなる」

 

明らかに広範囲に撒かれたスモークは今も視界を遮ってはいるが、アムロ少尉が開けた穴によって随分と流れてしまっている。だからその中で動く影を見つけることも不可能では無かった。

 

「行くぞ、アムロ少尉。こんなところで立ち止まる訳にはいかない」

 

「はい、総帥」

 

そして、2人の乗ったMS達は動き出す。

 

 

 

 

「掛かった」

 

グランドソナーの波形を確認して、俺は成功を確信した。正直偽装撤退は賭けに近かったが、俺というエサの価値をそれなりに買ってくれているようだ。

 

「さあ、ここからが本番だぞ?」

 

連中は俺を侮っている。MSの性能に頼りきって、満足な装備の知識も無いプライドだけの男。今まで彼らの前で戦ったことはないが、それなりに有名人になっている俺が露骨に逃げたら訝しがるだろう。だからアムロ少尉と戦ったとき、俺はできる限り手の内を見せず、逃げを優先してひたすら口で揺さぶった。あれで少しでも俺が口先だけの男と思って貰えたなら僥倖だ。馬鹿にされる?蔑まれる?プライドはどうなるって?そんなもん犬にでも食わせとけ。こっちは負けられないんだ、そんなことくらいで勝率が1%でも上がるなら喜んで何でもやってやる。口角を上げながら、俺は手元のスイッチを押し込んだ。

 

「ラウンド2だ」

 

煙った視界の先で爆発が起きる、薄れていたスモークが再び濃度を増し、同時にそこかしこでバルーンが膨れる。

 

「目が良いのも考え物だな?」

 

時折スモークがピンク色に染まり、そのたびにバルーンの反応が消える。恐らくどちらかが影に反応してビームを撃っているのだろう。俺はギャンにグレネードランチャーを構えさせると適当にその辺りへと弾丸を放り込んだ。スモークチャージャーに紛れさせて配置していたミノフスキー粒子散布装置がここで仕事を始める。艦艇やMSに搭載するような大型の物は持ち込めなかったが、小型の実験室で使う程度の物が都合出来たのだ。散布量も大した事は無いから濃度も範囲も今ひとつだが、それでも視界不良の中、レーダー関連が十分に機能しないのは負担が大きい。問題は。

 

「おっと、早速か」

 

ギャンの近くを太いビームが通り過ぎる。やはりアムロ少尉の方は気配とかそんな物を感じて動けるようだ。金髪坊やの方は撃たないのか撃てないのか微妙な所だが、恐らく後者だ。射撃の技量はほぼ同じなんだから、片方だけに弾薬を消費させるのは好ましくない。にもかかわらず撃たないのだから、これは撃てないと見て良いだろう。そんなことを考えながら、俺は次のコンテナに移動し、中身を取り出す。

 

「てけてけーん、ろーけーらーんー」

 

どこぞの青狸の真似なぞしながら、MSが持てるように持ち手の付けられたR-1ロケットランチャーを構え、再び光っている辺りへたたき込む。当然のように着弾観測などせず、次のコンテナへ向けてとっとと移動を開始すると、先ほどのコンテナの辺りがビームで吹き飛ばされた。結構念入りに撃ってくるな、相当頭にきてるかな?だがここからだぜー?

 

「おっ!」

 

言った傍から煙の中で複数の炸裂音が鳴り響く。恐らくワイヤートラップのクレイモアでも引っかけたんだろう。ヨーロッパでは良く連邦軍に仕掛けられてザクを失ったものだ。

 

「金髪坊やの方は歩兵の経験もあったと思ったが。宇宙暮らしが長くて忘れてしまったようだな?」

 

まあ、仕事が楽なのは良い事だ。俺は最後のコンテナにたどり着き中身を取り出す。それをギャンに装備させ終わると、俺は一度大きく息を吸った。恐怖で指先が震えているのが解ったからだ。時間にしてほんの数秒だろう。今度は大きく息を吐いて、目の前のモニターを見据え、覚悟を決めるためにその言葉を敢えて口にした。

 

「吶喊」



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第百七十六話:0080/01/14 マ・クベ(偽)と死闘-Ⅱ-

「このぉ!」

 

「落ち着けアムロ少尉!」

 

冷静さを失い執拗に撃ち続けるアムロ・レイ少尉をキャスバルは窘める。しかし完全に頭へ血が上った少尉の耳には届かない。

 

「先制しなければ相手の思うつぼです!」

 

相手の気配を感じ取れるが故だろうか、アムロ少尉は酷く焦り攻撃的になっていた。その豹変ぶりにキャスバルは驚くと同時に苛立ちを覚える。

 

「相手もこちらは視認出来て居ない!面制圧用の装備を多用しているのが解らないか!射撃で徒に位置を教えるなと言っている!」

 

声を荒げると、アムロ少尉が攻撃を漸く止める。しかしそれは事態の好転を意味してはいなかった。

 

「…さっきの大佐の言葉、あれは本当に嘘だったんですか?」

 

「どう言う意味かな?」

 

僅かに生まれた隙に機体の状態をチェックしていたキャスバルは、アムロ少尉の言葉に眉を寄せた。

 

「ルナツーを落とすのはブラフ、それで動いた連邦高官を粛清する。総帥はそう仰いましたよね?あれは本当だったんですか?」

 

「勿論だ。私は無益な殺生を好む質ではないよ」

 

キャスバルの答えに対し、アムロ少尉の声は冷淡だった。

 

「嘘です、総帥。僕ら相手にそんなごまかしが通用すると思ったんですか?」

 

「そうか、そうだな。君たちはニュータイプだものな。ならば正直に言おう、あの作戦で私はルナツーが本当に落ちたとしても構わないと考えていた」

 

「何故そんな事を!?」

 

「解らないのか!?地球連邦政府とは地球に住む人間達の代表者に過ぎない!たとえ彼らを排したところでまた別の誰かに挿げ替わるだけだ!人が地球に住み続ける限りアースノイドとスペースノイドの確執は消えず、争いは永遠に消える事が無い!そして争いが無くならない世界において、ニュータイプは戦いの道具としてしか価値を見いだされない。だから地球が滅びようとも人類を全て宇宙へ上げる必要があるのだ!」

 

「じゃあ、地球に住む善良な人たちはどうなるんです!?」

 

「逆に聞こう、君はスペースノイド搾取の上に成り立つ現在の生活を享受し続けるアースノイドに、その善良な人間とやらが本当に居ると思っているのか?」

 

アムロ少尉は言葉を失った。目の前の男が本心からそう口にしていることを正しく理解できてしまったからだ。

 

「あ、貴方は!」

 

思わず銃を向けかけたアムロ少尉だったが、その銃口は即座に別方向へ向けられた。視界の片隅では総帥の乗るゲルググも同様に同じ方向へライフルを向けている。

 

『戦争の最中に口喧嘩とは余裕じゃないか!』

 

 

 

 

「シデン少尉、頼みがある」

 

向かってくる敵機を迎撃した後通信の途絶えてしまった総帥の代わりに、艦の指揮を執っていたアリソン・ジーヴ少佐が真剣な声音でそう告げてきた。

 

「な、なんでしょうかね?少佐?」

 

一見、見目麗しく能力もある彼女のことがカイ・シデンはどうにも苦手だった。他の人間が比較的階級に緩い中、それを前面に押し出した物言いをするところもそれに拍車をかけており、つい卑屈な物言いになってしまう。その様子を見たアリソン少佐が、苦笑しながら言葉を続ける。

 

「君が私を嫌っているのは知っている。だが今だけは頼まれて欲しい。機体と一緒にバーデンへ移乗してくれ」

 

バーデンは第一戦隊に配属されていたムサイで後期生産型に属する艦だ。戦時量産型や初期型よりも様々な面で性能向上が図られていたため、万一の際に旗艦の代艦とするべく準備されていた艦だった。

 

「駄目なんですか?」

 

カイの問いかけに、アリソン少佐は頷いて事情を口にする。

 

「ああ、エンジンの復旧は絶望的だそうだ。残念ながらこの艦はここで放棄せざるをえないだろう。だが総帥が逃げ延びるためには艦も人員も必要だ、そちらを君に任せたい」

 

真剣な表情でそう伝えてくるアリソン少佐にカイは戸惑いを覚えた。確かにソロモンからの撤退の際、一時的にではあるが艦隊を指揮する事にはなった。しかし訓練も受けていない自分より少佐の方が間違いなく適任であるし、何よりここで彼女の言葉を受け入れてしまえば、カイは一兵士ではなく指揮官として皆を率いていく立場になる事は明白だ。

 

「まって下さいよ。これからもっと敵の追撃は厳しくなるんでしょ?だとしたら、指揮官は優秀なヤツじゃないと駄目なんじゃないですかね?」

 

カイは慌ててまくし立てる。今までのようなうやむやではない、明確な立ち位置を得てしまうことに尻込みしたのだ。無理もない事だろう。自身に責任が降りかからない立場であれば、人は幾らでも饒舌になれる。その言葉に自らが代償を払う必要が無いからだ。ここまでの彼はそうだった。最終的な判断は総帥がした、あるいは不在でやむなく行った。それらの責任は全て総帥へと帰結するからだ。だが、そんな甘えとも言える発言を、アリソン少佐は切って捨てる。

 

「駄目だ、私はこの艦を使って敵の追撃を少しでも遅らせる。君には無理だろう?」

 

追撃を遅らせる為ならば何でもする。そう目で語るアリソン少佐に対し、カイは口を噤むしかなかった。そして同時に自身の覚悟の甘さを指摘されたようで、羞恥に頬を染めた。そんな彼にアリソン少佐は笑いながら肩に手をかけ言葉をかける。

 

「総帥の望む世界には君のような人間が必要だ。ニュータイプ部隊の者達と装備は全て持っていけ、MSも動かせるものは全てだ。頼んだぞ」

 

 

 

 

「宜しかったのですか?」

 

カイ少尉を退艦させるのと同時に、可能な限りの人員を脱出させるという名目でブリッジクルーも送り出したグラーフシュペーの艦橋に抑揚の無い声が響いた。艦に残っているのは負傷兵と、残留を志願したという名目で残された第7戦隊の生き残り達だった。頭に包帯を巻き、左腕も半ばから失った大尉を面白く無さそうな目で見た後、アリソン・ジーヴは鼻を鳴らした。

 

「ふん、総帥が生き延びるにはまだ戦力が必要だ。あれらは頭は悪いが腕はある、今暫くは使い道もあろう。それに」

 

「それに?」

 

「ここから先はあのヒヨコ共では刺激が強すぎるだろうからな、邪魔をされては敵わん」

 

そう言ってアリソンは拡大されたモニターの一つを見ると、つまらなそうな声音で告げた。

 

「撃て」

 

 

 

 

精神面での揺さぶりは思った以上の効果を上げてくれた。まさかこの土壇場で仲間割れまで起こしてくれるとは思わなかったよ。どうだい、わかり合うってのがどれだけ難しいか身をもって知れただろう?良い勉強になったなぁ?

辛うじて放たれたビームは2発、問題は高速でこっちも移動しているから、攪乱幕の展開が出来ないことだ。ガンダムの方のビームを強引に避けた結果、ゲルググの放ったビームはフレキシブルアーマーを直撃する。

 

『馬鹿な!直撃の筈だぞ!?』

 

「言ったろう?MSの性能が戦力の決定的差になると!そら、くらいたまえ!」

 

言いながら俺はガンダムへと一気に距離を詰める。テム博士も苦肉の策だったんだろうが、最後の一歩で親としての情が勝ってしまったんだろうな。自分の子供が乗る機体に、装甲を削ってまで軽量化することで高機動を達成するという決断を下せなかったんだろう。おかげで首の皮一枚繋がったよ。

 

『このぉ!』

 

強引に振られる腕を躱して、こちらもお返しとばかりに右手を振るう。その先に握られていた武器はしっかりとガンダムを捉えた。

 

『ああっ!?』

 

ガンダムの足へと絡みつく円形の連なり。チェーンマインと呼ばれるそれは最後の一発が取り付くと同時にその力を解放する。

 

『アムロ少尉!』

 

近づこうとしてくるゲルググへ向けて連続してグレネードを放つが、全て90ミリで撃ち落とされ、代わりにビームが返ってくる。そういや腕に内蔵火器があったっけな。にしてもあの瞬間で咄嗟に全部撃ち抜くとか、赤いのも覚醒し始めてるんじゃねぇか!?

 

「寝ていたまえ」

 

チェーンマインのグリップを投げ捨て、代わりに握ったビームサーベルと左腕のヒートランスをガンダムへ遠慮無く振るう。どこぞのNT-1のような分離式の増加装甲でないのが幸いだった。しっかりと脚の内部まで損傷していたガンダムは避けられずに両腕を失う。さあ、あと一人!

 

『そんな!何で!?』

 

俺の意識はその声に思わず反応してしまった。アムロ・レイの驚愕した声、一瞬だけ頭の中にイメージのようなものが流れ込んでくる。ああ、すげえ、これがニュータイプの感応ってやつか?こんな事出来たら、そら自分が特別だと思っても不思議じゃねえわ。

 

「ウラガン、壺のことは黙っていてくれよ?」

 

咄嗟にそんなことを口走り、俺は振り返る。眼前一杯に広がるビームの光条。ああ、これ艦砲射撃だ。避けたら、ガンダムに当たっちまうよなぁ。

 

「この機体は、伊達ではないのだよ!」

 

フレキシブルアーマーを重ねるように交差させ、攪乱幕を全力で投射する。そして俺の視界は閃光に呑み込まれた。



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第百七十七話:0080/01/14 マ・クベ(偽)と死闘-Ⅲ-

降り注ぐ艦砲射撃に耐えきれなくなった地面が崩壊し、キャスバル・レム・ダイクンは宇宙へと投げ出された。

 

「どう言うことだ!これは!?」

 

体勢を立て直し、今自らが吐き出された破孔を睨む。既に砲撃は止み、穴からはコロニーの内容物が次々と吐き出されていた。

 

「カイ少尉ではないな。ならばジーヴ少佐か?なんと言うことを!」

 

クベ大佐の乗った機体はビームに対し高い防御力を持っていた。しかし動けぬ状況で艦艇からの砲撃に晒されても無事だとはとても思えない。つまりそれは、パイロットの生存も見込めないと言うことだ。加えてもう一つの事実が彼の焦燥感を駆り立てる。

 

(アムロ少尉の機体は損傷していた、あれでは満足に動けんはずだ!)

 

考えの行き違いは確かにあった。そして未だ相手を感じ取ることが出来ないキャスバルは、まだアムロ少尉を説き伏せられると考えていたのだ。だがそのアムロ少尉もあの砲撃から生還出来るとは、彼には思えなかった。幸か不幸か、ニュータイプと呼ばれる者達の死に直面していない彼には、常識的な価値観でしかアムロ・レイの生死を判断出来なかったのだ。一度に有力な交渉材料と強力な手札を失ったキャスバルは、迷わず次の行動に出た。

 

「艦の奪取が叶わんのなら、せめて数を減らす!」

 

コロニーへ目を向ければ、採光用の透明な構造区画――通称川と呼ばれる部分だ――から断続的にビームの光が見て取れた。敵艦隊が追撃に移ったのだろう。そしてそれは、彼に認めたくない事実を突きつける。それらしい事を口にしつつも、彼の胸中は全く別の事柄に占められていた。

 

(敵艦隊が動けている。私はララァまで失ったのか!)

 

その瞬間、彼は全てがどうでも良くなってしまった。未だに戦っている部下のことも、己の立場も、そしてこの先のことも。だから彼は胸中からあふれ出る破壊衝動に身を任せるべく、力を振るう相手を睨み付けると、スロットルペダルを思いきり踏み込み機体をコロニーへと向ける。幸いと言うべきか手元の武装はまだ十分に弾丸が残っていたし、相手は逃げるこちらの艦隊に集中している。艦隊への攻撃に手慣れたキャスバルにとって、自身に注意を向けていない艦など、正に射的の的に等しい。筋違いな憎悪と嗜虐の喜びに顔を歪ませた彼が、もう少しでコロニーの外壁へと届くという寸前。唐突にその声が届いた。

 

『どこへ行こうというのかね!』

 

 

 

 

光が収まった瞬間、俺を出迎えたのはけたたましい警告音の洪水だった。やれ損傷度が危険値を超えた、動作に深刻なエラー、残弾ゼロ、戻ってきた視界でモニターをチェックし、俺は警告の元凶をまるごと取り外す。緊急パージ用の炸裂ボルトの振動が機体に響く中、俺は後ろを振り向き、ガンダムだった物がちゃんと残っている事を確認して安堵と共に声をかけた。

 

「生きているかね?アムロ少年」

 

酷い有様だが、見たところ俺が付けた傷以外は増えていない。勿論コックピット周辺はまるごと残っている。もっとも最後のあれは運が良かったとしか言いようがないけれど。それにしても味方ごと撃つとか向こうの指揮官は正気か?

 

『なんで…、助けたんですか?』

 

酷い有様だったが通信機能は生きていたようで、恐らく宇宙に放り出されたであろう金髪坊やを追うべく動こうとした俺に、アムロ少尉から弱々しい言葉が投げかけられた。味方に撃たれたのが余程ショックだったらしい。ところで君もついさっきまで同じ事してたんだけど、それについてはどう思うよ?

 

『っ!』

 

通信越しに息を呑む音が聞こえたところで、俺は大きく息を吐き出し答えてやることにした。

 

「これでも私は大人でね、物事を自身の好悪だけで判断出来るような自由は無いのだよ」

 

俺の言葉を理解できないのかしたくないのか、益々混乱した様子になるアムロ少尉に、仕方なくはっきりと告げてやる。

 

「テム・レイ博士と約束しているのだよ。彼が我が軍に協力する見返りとして、君の身の安全を保証するとね。父上に存分に感謝しておきたまえよ」

 

でなきゃ、お前みたいなクソガキ相手に命なんて張ってられるか。俺は聖人でもなきゃ、博愛主義者でもないんでね。命の価値が皆同じなんて欠片ほども思っていない。もし仲間か知らない誰かの命のどちらかを選べと言われれば、その数に万の開きがあろうと仲間を選ぶだろう。

 

『それ…だけの、事で?』

 

あ?

 

「約束というのは、人が人として生きる上で最も重要な事柄だ。たとえ同じ時代、同じ場所で生まれても人は絶対に同じにはならない、工場で作られた製品ではないのだからね。故に約束だ。何を思い考えているか解らない相手と手を取り合い共に生きていく為には、それを守ることが何よりも大切なことなのさ。わかり合えるらしい君たちニュータイプには、解らないかもしれんがね?」

 

最後に皮肉を込めてそう言うと、アムロ少尉は押し黙ってしまう。本当はもっとゆっくりと説教してやりたいところだが、今はタイミングが悪い。

 

「後は父上に教えて貰うといい、だからそこで終わるまで大人しくしていたまえ」

 

言いながら俺は、念のために拘束用のトリモチ弾をコックピット周りへと撃ち込んでやる。

 

『な、何を!?』

 

「逃げ出されてこれ以上手間をかけさせられてはたまらんからね、保険だよ」

 

ついでに言えばトリモチ弾はどぎついピンク色をしている。拘束対象をMSから発見しやすくするためだ。派手にペイント出来たから、これなら後で海兵隊が拾いやすいだろう。壊れたガンダムの横に奇跡的に無傷で残っていたヒートランスを引き抜いて、俺は破孔から機体を宇宙へと進める。デブリの量が少なくなっていたから、赤いのからの狙撃を受けないかヒヤヒヤしたが、それも杞憂に終わる。どうもあのお馬鹿さんは俺が死んだものと考えたらしい。あんな派手な機体に乗っておいて、身を隠しもせずに浮かんでいたかと思えば、何を思ったのか突然機体をコロニーへ向けて加速させ始めた。おいおい、まだ俺とのラウンドは終わってねえぞ?

 

「どこへ行こうというのかね!」

 

嘲るように、煽るように口を開く。フットペダルを踏み込んで機体を加速、漏れそうになるうめきは、歯を噛みしめて強引に飲み込んだ。

 

『生きていただと!?』

 

「なっていないな。状況の正確な判断は指揮官の必須とも言える技能だぞ?」

 

突き出したランスがシールドで逸らされる。だがそれは想定内、俺は機体が流れる方向へむしろ加速した上で、右足を後ろへ向けて跳ね上げた。

 

『ええいっ!小癪な真似を!』

 

逸らした後の背中を撃とうとしていたのだろう、上手いことギャンの踵にビームライフルが引っ掛かり銃口を跳ね上げる。この隙に俺は前転の要領で機体の体勢を整えて再び加速を行う。

 

「おまけにMSの腕まで悪いのか?所詮旧式兵器相手に調子に乗っていただけということかね?名前も偽りなら、中身も空っぽだったと言うことか?その挙句がこの様ならば、いやはや相応しいと言うものだなキャスバル・レム・ダイクン!」

 

『何を!』

 

突き出したランスは、今度は正確にシールドで受けられる。半ばまで潜り込むものの本体には届かない。舌打ちと同時にランスから手を離すが、ランスレストのパージが一瞬遅れる。その瞬間を見逃してくれるはずも無く、ゲルググの放ったビームが左腕を掠めた。警告音が響き、PDWの開閉機構が動作不能になったことを告げてくる。

 

「口では大層な事を並べても、貴様は只のガキだと言っているのだよ!」

 

残っている射撃用火器はマルチランチャーのみ、これでビームライフル持ちのエースとやり合うのは自殺行為だ。艦砲射撃を防ぐために使ったアーマーは動作不良を起こしたからパージしてしまったし、攪乱幕投射装置も残量ゼロ。故に俺は距離を詰めるしかない。

 

『知った風な口を利く!貴様こそ地上の人間をその目で見たのだろう!?あの腐敗を見てなお何故奴らのために戦う!?』

 

そんなの答えは簡単さ。俺は、お前さんやニュータイプと呼ばれる人間達ほど、人間というものに希望を持っちゃいないからさ。だが、言ったところで伝わるまい。ならば今は問答では無く只煽る。

 

「それで、ニュータイプだけの幸せな国でも作るというのかね?その為に邪魔なオールドタイプは皆殺しか?随分な理想だな!ダイクンの忘れ形見よ!そんな程度で自らニュータイプと名乗るなど片腹痛い!」

 

一太刀目は空振り、返す振りでライフルを捉える。これで相手の射撃武器も潰した。

 

『ザビ家の片棒を担ぐ貴様が言えた言葉か!』

 

応じる様にサーベルを抜き、こちらとつばぜり合いを演じるゲルググ。良い感じにゆだっているじゃないか。

 

「言うともさ!誤解無くわかり合えた結果が他者の排除である貴様らなど、進化の先などでは断じてない!そんな連中がきれい事を宣いながら人類を抹殺するというのだ!ならば私は人類として貴様らを排除しよう!」

 

『我々を、我々を偽物とでも呼ぶつもりか!?』

 

「相手を解ると言いながら、自身の理屈に合わない者を排斥しようとする連中などニュータイプである訳がない!貴様の言うとおり偽物で十分だ。人類存続のため、私の安寧な老後のためにここで死ね!キャスバル・レム・ダイクン!!」

 

『こ、の、俗物がぁ!!』

 

叫びながら膝蹴りをゲルググが仕掛けてくる。相変わらず足癖の悪い奴だ。避ける為に機体を捻った結果、推力の方向が逸れ、力の均衡が崩れる。いつの間にか向けられていたゲルググの左腕を見て、俺は咄嗟に左腕を上げてしまう。

 

「私は、格闘戦が、嫌いなんだ!」

 

そこにあったものを思い出し咄嗟にPDWをパージ、至近距離ではあったが、幸いにしてギャンは最新のガンダリウム合金を惜しげも無く使った機体だ。蜂の巣にされて盛大に爆発するPDWの破片をものともせず、機体は十全に動いた。

 

「だが出来んとは言っていない」

 

実は、オデッサで色々なデータをサンプリングする中で、一つだけ俺のデータを使わせなかったものがある。表向きは俺が格闘戦に否定的で、そんなモーション使わなきゃいけないくらいならさっさと後退しろと言う事になっていたが、実は違う。

ビームサーベルを両手にそれぞれ装備したギャンでゲルググへ斬りかかる。このデータはオデッサの中の、俺専用シミュレーターの中にしか存在しないモーションだ。整備員のシゲル中尉に皆に秘密で隠しモーションとかあったら面白いよね?と吹き込んでノリノリで完成させたものである。まさかガンダムじゃなくてゲルググに使う事になるとは思わんかったがな!

 

『冗談では無い!』

 

流石に意表を突けたらしい。振られた右腕のサーベルは止められたが、左腕のものはゲルググの肩装甲を切り飛ばす。そして調子に乗ってもう一歩踏み込んだ瞬間、背中が粟立つのを感じる。それに気づけたのは正に僥倖。だが、少しばかり遅かった。

 

『大した腕だな大佐。だが、慢心したまま倒せるほど私は安い男ではない』

 

ゲルググの左腕に握られた、もう一本のサーベルがギャンの左大腿部を深々と突き刺していた。




前回の感想にもあったんですが、ダムAで転生ものをやるそうですね。
本家がそれやるのは狡いなぁと思ってしまう反面、内容が楽しみすぎて仕方有りません。


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第百七十八話:0080/01/14 マ・クベ(偽)と死闘-Ⅳ-

「貴方もニュータイプでしょう!?何故少佐の気持ちが解らないの!?」

 

破壊したエルメスから、脱出装置ごと引きずり出され、アームに掴まれたララァが叫ぶ。そんなことを戦場で言い放つ相手に、ハマーンは自然と口角が上がった。

 

「解るわ、ララァ姉様。解るから戦うの。だって貴女の少佐が作る未来にはあの人が居ないもの」

 

研究所で自分がニュータイプだと言われ、持ち上げられていたときに、あの人が言った言葉は今でも忘れない。

 

「ハマーン、良く覚えておきなさい。相手を理解することと、わかり合えること、そして他者と争わなくて良いという事象は全てイコールで結べるものでは無い」

 

何故かと問えば、あの人は苦笑しながら答えた。

 

「人間が欲深い生き物だからさ。だから人は争いを止められない」

 

「でもおじ様。わかり合えたら争わなくても解決できるのでは無いですか?」

 

そう言うと、困った顔で言葉を続ける。

 

「皆がハマーンのように強く、優しければ、あるいは出来るかもしれないね」

 

今なら解る。美味しいものを食べたい、綺麗な服を着たい、快適な生活がしたい。相手が何を望むのか、自分が何を望んでいるのか、それが互いに解るなら譲り合って解決できない問題などあるのだろうか?幼心にそう疑問に思ったが…今なら解る。

あるのだ、譲れないものは。

 

「少佐は解った風にして、本当は人を何も解っていないわ。だから、自分が解らない人を人じゃ無いって平気で殺せるんです」

 

それは解らないと嘯いて、けれど誰よりも皆のことを考えている、とても愛しいあの人と正に真逆の姿だ。

 

「ニュータイプだとか、わかり合えるかどうかとか、そんなことだけで相手を殺せる人に幸せな世界なんて作れる訳が無いじゃないですか」

 

訪れた沈黙を今度はハマーンが破る。

 

「姉様だってそんなこと、解っているでしょう?なのに何故少佐に付いたんですか?私にはその方が解りません」

 

そう問い返せば、ララァ・スン少尉は苦々しい声で答えた。

 

「少佐は、優しかったの。私だけに優しかったの。貴女達には解らないわ、祝福され、愛される事を当たり前として生きてきた貴女達には!」

 

今度はハマーンが沈黙する番だった。それを理解したララァ少尉がまくし立てる。

 

「具合が良いからと殴られながら犯されたことはある?そっちの方がお金になると親に売り飛ばされたことは?私はずっと、ずっと人として扱われなかった!私を人として愛してくれたのは少佐だけなの!」

 

「そんなの、大佐だって!」

 

そう言い返すハマーンに嘲りをふくんだ声音でララァ少尉は更に言いつのる。

 

「解らないって幸せね?あの人は私達を憐れんだわ、でもそれは可哀想な動物にエサと寝床を与えただけよ。それも、貴女達を救うついででね!」

 

再び沈黙するハマーンへ向けて、いっそ優しいとまで感じられる声音でララァ少尉が問いかける。

 

「ねえ、私にも教えて、ハマーン。私を玩具やゴミのように扱った連中を、貴女は人と呼ぶの?助けを求めても汚いものを見る目で避ける奴らを、貴女は同じ人間だと言うの?そんなのが当たり前に居る世界で、私にどう生きろと言うの?ねえ教えて?ハマーン!?」

 

「姉様、世界に人が何人居るか知っていますか?」

 

「え?」

 

叫ぶララァ少尉に対し、ハマーンが口にしたのは見当違いとも言える言葉だった。突然の質問に思わずララァ少尉は戸惑いが声に出た。

 

「先の戦争で沢山亡くなりましたね。けれどまだ人類は50億くらいいるらしいですよ?姉様はその中で、一体何人の人に出会ったのかしら?」

 

意地の悪い問いだと自覚しながらも、ハマーンは言葉を続ける。悪意とは連鎖するものだ。人は群れを作り生きる存在だ。そして群れとはえてして同類が集まり出来上がるものである。誰かに害意を持つものに目を付けられ、その周囲の人間と関係が出来上がれば、瞬く間に周囲は己への悪意であふれかえるだろう。そして、余裕の無い小娘は世界の全てが敵なのだと結論づける。そう、研究所へ来たばかりの頃のハマーンのように。けれど、それは違うのだ。

 

「そんなのっ」

 

なおも否定の言葉を口にしようとするララァ少尉へ向けて、笑いながらハマーンは自らの思いを口にする。

 

「今まで出会った人が悪人だから他も全て悪人だなんて、子供でももう少しマシな言い訳を思いつきますよ。それに自分自身で言ったじゃないですか。少佐は違ったって。ほら、もう姉様に優しい一人目に会っています」

 

「でも…だって…」

 

「それにマレーネ姉様や私だって、姉様と仲良くしたいと思っていました。私達の心も嘘だと仰るんですか?」

 

再び沈黙するララァ少尉へ向けて、ハマーンは堂々と言い切った。

 

「貴女達の失敗は、自分を言葉にする前に武器を持ったこと。解ってくれないと言いながら、他の誰も解ろうとしなかったこと。…そんなに辛かったなら、なんで口に出してくれなかったんですか?姉様?」

 

スピーカーからは、静かな嗚咽だけが返ってきた。

 

 

 

 

「ここまでだな」

 

サブエンジンも破壊され、完全に行き足の止まったグラーフ・シュペーの艦橋でアリソン・ジーヴは溜息を吐いた。

 

「残念です」

 

感情を含まない副官の言葉にアリソンは笑って返す。

 

「なに、今回は上手くいかなかったと言うだけのことだ。総帥が生きている限りネオ・ジオンは必ず甦る。その時のために我々も最善を尽くすぞ」

 

言うやアリソンは通信機を取り、全バンドへ向けて口を開く。

 

「こちらはネオ・ジオン軍旗艦グラーフ・シュペー。アリソン・ジーヴ少佐である。交戦中の機体に告げる、我々は降伏する。繰り返す、我々は降伏する」

 

打ち上げられた降伏の信号弾を前に敵の動きが乱れなかったのを見て、アリソンは成功を確信した。

 

(元海兵隊が随分と良く躾けられている。だが、だからこそ手が出せまい?)

 

つり上がる口角を隠そうともせずに、アリソンは続ける。

 

「こちらに継戦の意思はない。また本艦には多数の負傷兵が乗っている。寛大な処置をお願いしたい」

 

横からする物音に視線を送れば、大尉が肩をふるわせて笑いを堪えていた。無理も無いとアリソンは思う。アリソン達がなんと言おうと敵からすれば自分達はテロリスト以外の何者でもないのだ。故にそもそもこちらが降伏を申し出たところで、相手がそれに応える義務は無い。辛うじて法的根拠を示すならば、交戦の意思がないと明確にするために武装を放棄し、丸腰で目の前にでも出て行けば多少の言い訳にもなるだろうが、現在彼らは軍艦の中から一方的に告げているだけである。これで相手が止まると考える方が異常だ。しかしアリソンには勝算があった。

 

(連中は明らかにこちらに被害が出ないように戦っていた。全く、オデッサの怪物様々といったところだな?)

 

何も知らない凡愚ならば、慈悲深い高潔な軍人とでも称えるだろう。だが、軍人として評価するならば只の馬鹿である。敵味方どころか誰彼構わない慈悲などと言うものは害悪でしかない。誰もが命を救えば頭を垂れ、感謝に支配されるとは限らないからだ。

 

「そうして高いところから見下ろしていい気になっていろ、最後に笑うのは我々だ」

 

策の成功を確信し、アリソンは聞こえぬよう呟く。負傷者が満載されているなどと言えばもう連中は攻撃できない。どころかこちらが救助を求めれば貴重な追撃の人員すら割く事になるだろう。後は口先で丸め込み、自身の命を長らえ次の機会を待つだけである。ザビ家がジオンを名乗る限り、必ずダイクン派の叛意は残り続けるのだから。ダメ押しとばかりに哀れを装いアリソンは強請る。

 

「可能であれば医薬品の提供を。重篤な者も多いのだ、このままでは助からない」

 

『…こちらはオデッサ基地所属特別任務部隊、カーウッド・リプトン少尉だ。貴艦の要請を確認した。即時機関を停止し、戦闘を中止せよ。でなければ要求は承諾できない』

 

「ああ、解っているとも」

 

笑いをかみ殺しながら、アリソンは各砲の動作を停止させるべく指示を出そうとした。だが、それより一瞬だけ早く事態は動く。

 

『助けに来たぜ、アリソン少佐?』

 

予想外の通信と共に動きを止めていた海兵隊の機体をすり抜けて、ザクを彷彿とさせる緑色にペイントされたガンダムがグラーフ・シュペーの一番砲塔上にたどり着く。

 

「なっ!?」

 

友軍の来援。本来歓迎すべきそれは、今のアリソンにとって最悪のタイミングだった。しかもその相手が、追い出したはずの中核人物であれば尚更である。

 

『ほら、やっぱりさ。友軍は見捨てちゃ駄目だと思うわけだ。指揮官としてはさ』

 

軽薄に聞こえる声音、しかしその声は全く温度を伴っていない。アリソンが制止する間も無く、ガンダムは手にしたライフルを海兵隊のゲルググへと向ける。

 

『レーザー照射を受けた!敵は交戦の意思を失っていない!攻撃!攻撃!』

 

「ま、待て―」

 

言い切るよりも早く、グラーフ・シュペーの艦橋へビームの光条が連続して突き刺さり、アリソンは文字通りこの世から消え去った。




ちょっと私生活が忙しく、更新が不定期になります。ごめんなさい。


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第百七十九話:0080/01/14 マ・クベ(偽)と死闘-Ⅴ-

艦橋を吹き飛ばされ、煙を噴きながら漂うグラーフ・シュペーをぼんやりと眺めるカイ・シデンの操るガンダムへ向けて、1機のゲルググが近づいてくる。

 

『ちゃんと始末はついたようだね?』

 

接触回線で語りかけてくるシーマ・ガラハウ中佐に対し、カイは素直に口を開いた。

 

「有り難うございます、中佐。おかげで皆を無駄死にさせなくて済みます」

 

グラーフ・シュペーから退去した直後、カイは強い思念を感じ取った。それがアムロ・レイ少尉のものであることはすぐに解ったが、同時に解ってしまった故の絶望を彼らは味わうことになる。総帥への不信、そして味方と思っていた少佐からの砲撃、自分達が信じた正義が都合の良い妄想であった事を突きつけられ、彼らの意志はくじけてしまった。

 

(なんて馬鹿だよ俺は。自分で言ったじゃないか、この世に解りやすい悪なんて居ないって。なら、解りやすい正義だって居るはずがないだろう?なんで俺は、そんなものに自分がなれるなんて思っちまったんだ)

 

後悔の念が頭の中を渦巻く。アリソン少佐を殺したのだって、正義などではない。カイ達を追撃してきた、シーマ・ガラハウ中佐と取引をしたのだ。これまでの戦闘の経緯から、シーマ中佐はアリソン少佐の事を非常に危険視していた。そして、状況からすればどのような手段を使ってでも逃げ延びるであろう事が予測できたのだろう。カイ達の命を保障する代わりにこの場でアリソン少佐を殺害する片棒を担ぐよう提案してきたのだ。既に心の折れていたカイにその条件を蹴るだけの気力は残っていなかった。

 

『さて、こっちは片付いたとして。なあ、少尉。お前さんこれからどうすんだい?』

 

「どうするって…」

 

『アムロ少尉の方もそうだけどね。あんた達は他の騙された連中と違って、指導者側に居た人間さ。都合の良い人身御供を奪っちまった私が言うのもなんだが、騙されてましたじゃ済まない立場に居たわけさ。このまま戻っても、多分あんたらは極刑だよ』

 

「です、よね」

 

突きつけられる現実に、喚きたくなるのを懸命に抑えてカイは何とかそれだけを口にした。サイド7の時とは違う。あの蜂起の瞬間、自分は間違いなく自分の意思で武器を取ったのだから。

 

『敗軍の将は潔く、なんて言いたい所だけどねぇ。そいつは少しばかりあたし達としても都合が悪いのさ。だからあんた、ここで死にな』

 

「へ?」

 

天気の話でもするような気安さでかけられた言葉と、モニター一杯に広がる銃口に間抜けな声を出しながら、カイの視界は暗転した。

 

 

 

 

『成程良い腕だ、だが惜しかったな大佐。もしその機体が完璧なら、あるいはもう少し貴方がMSに慣れていたならば、違う未来もあったかもしれん』

 

煽られたのが余程頭に来ていたのか、ここぞとばかりに煽り返してくるキャスバル坊や。だが甘いな、おっさんの煽り耐性をなめるなよ。

 

「君のようにMSだけに乗っていれば良いほど暇ではなくてね」

 

それに。

 

『!?』

 

言いながら俺は素早く腕を伸ばしゲルググの両腕を捕まえる。サーベルが突き刺さったことで、左足は致命的なエラーとやらをがなり立てているが問題ない。どうせここから複雑な動きなんて必要ないからな。

 

「総大将自ら戦場に出る。その時は敵を倒すだけでは足りんのだ。何故か解るかね?」

 

『は、放せ!』

 

はっはっは、ギャンをなめるなよ小僧。伊達に金が掛かっていない、コイツの実効トルクはゲルググの1.5倍だ。多少暴れたところで逃げられるものか。

 

「大将は軍全体の面倒を見る義務と責任がある。故に必ず生きて戻らねばならん。ああ、ところで君は必ず生きて帰ると言う信念の下に、ノーマルスーツを着ないそうだね?」

 

最善を尽くさねえとか馬鹿じゃねえの?

 

「是非ともギャンの素晴らしい加速を体感してくれたまえ。遠慮は要らんよ、私も付き合おう」

 

返事を待たずに、俺はスラスター用のフットペダルを思い切り踏みつける。ツィマッド謹製の冥王星エンジンは正に絶好調。文字通り殺人的な推力を存分に発揮し、ゲルググを抱えたギャンをあり得ない速度まで加速させる。

 

『んぅぐう!?』

 

接触回線越しに金髪坊やのくぐもったうめき声が聞こえる。なに心配するな。重量がざっくり2倍だから、デュバル少佐のようにはならんよ。

 

「お、た、のしみ、は。これからだ!」

 

俺の叫びと同時に機体を衝撃が襲う、見ればゲルググの右足が膝から吹き飛んでいた。なにせここは暗礁宙域、ぶつかる障害物には事欠かない。

 

『正気っ…か!?』

 

俺の考えを正確に察したらしい赤いのがそんなことを口走る。おいおい、今更何言ってんだ。

 

「言ったろう?ここで死ねとね」

 

『!?』

 

更に加速してやると、とうとう言葉を発する事も出来なくなったのか、くぐもったうめき声だけが接触回線越しに響いてくる。だが、騙されんぞ。

 

「これも言ったな?何処に行くのかね。逃がさんよ」

 

掴んでいた腕を一気に伸ばして機体同士を密着させる。ゲルググに搭載された脱出ポッドは史実のゼータや逆シャアに出てきたものほど性能が良くない。機体の上半身か下半身、あるいは背面の装甲板のどれかを全て投棄しないと緊急脱出が出来ないのだ。ついでとばかりに残っていたトリモチ弾を全部バックパックと装甲の隙間に撃ち込んでやる。さあ、これで離れられないな。

 

『は、放せ!』

 

脱出不能となった瞬間、狂ったようにゲルググがギャンを殴り付けて来る。まったく往生際の悪い奴だ。だがその間にもデブリが次々と機体を襲い、ゲルググもギャンも極めて前衛的なオブジェ、端的に言えば派手に壊れたスクラップへその身を着々と変化させている。今し方振り上げられたゲルググの左腕も肩から綺麗にもぎ取られた。破損部から流体パルスシステムの根幹である伝達流体がまき散らされ、いよいよゲルググから力が失われていく。

 

「残念だな、もう遅い」

 

漂っていた巨大なビルの残骸に俺は突き進み、そしてとてつもない衝撃を全身に受けたのだった。

 

 

 

 

「爆発光?まさか、大佐!?」

 

投降してきた兵士達を監視していたアナベル・ガトー少佐の機体内にその音が響いたのは、戦闘が始まってから1時間が過ぎた頃だった。宇宙空間で音が聞こえる。その不思議な現象の理由は、MSの機能によるものだ。カメラで捉えた映像に対し、あらかじめ設定された効果音を当てることで、コックピットの中に音を響かせているのだ。人間の外部情報の取得における大部分を担っているのは視覚であるが、人体の構造上どうしても死角が出来る。これを補うのが聴覚であり、その存在は決して小さいものではない。特にレーダーによる補助が望めないミノフスキー粒子散布下ではその傾向が顕著である。ともかく、そのような理由でコックピット内に響いた爆発音に対し素早く情報解析を実行したアナベルは、即座に位置を特定すると足場にしていた敵のムサイを蹴りつけながら部下へと指示を飛ばした。

 

「確認してくる。貴様らは現状を維持しろ、カリウス!」

 

『はっ!』

 

声をかけた僚機が随伴する位置に付いているのを確認したアナベルは、迷うことなく機体を加速させる。彼女の機体は通称A型と呼ばれる初期生産機体だ。ただし試作品から回された高機動用装備を追加している上、専用にカスタマイズされている。そのため運動性と加速性だけに限定すれば、最新モデルである海兵仕様のF型すらも凌駕している。このため普段ならばカリウス曹長の機体に合わせてある程度速度を調整するのだが、この時はそのような事を一切考えず、目的地へ向けて最短、最速で移動を開始した。

 

「そんな…、大佐!大佐っ!?ご無事ですか!返事をしてください!大佐ぁ!」

 

爆発の現場で彼女が見つけたのは、変わり果てた姿の大佐の機体だった。文字通り原形をとどめていないその姿は、元が人型であるが故についパイロットの状態と混同しがちになる。無論そのような事は無いと頭では理解できるはずであるが、焼けただれた上に残っている箇所の方が少ないひしゃげた装甲や、はみ出した配線が絡みついているむき出しの折れ砕けたフレームがどうにも人体を想像させて、彼女の冷静さを奪っていた。

 

「大佐っ!大佐ぁ!」

 

『そん…聞こえて…しょう…』

 

聞こえてきた声に文字通りぶつかる勢いでアナベルは機体を接触させた。一瞬接触回線越しにうめき声が聞こえ、それが彼女の焦燥を暴走へと変える。

 

「お怪我はありませんか!?体調は!?痛みやめまいなどは…」

 

『大丈夫、大丈夫だよアナベル少佐。見ての通り酷い有様ではあるが、私は無事だ。エリー女史に感謝しないとね』

 

その言葉で漸く落ち着きを少しだけ取り戻したアナベルは、自身が周囲の警戒を完全に失念していたことを思い出し、慌てて武器を構えた。

 

「申し訳ありません、醜態をさらしました。大佐、状況は?」

 

『取敢えず、決着という所だね。2時方向の残骸だ』

 

大佐の答えに視線を送れば、徐々に遠ざかりつつある巨大なデブリに埋没した赤い機体を確認することが出来る、それがあの赤い彗星の乗機である事は誰の目にも明らかだった。

 

「終わったのですか」

 

『ああ。得るものは無く、失ったものはあまりにも多いがね。取敢えず軍人の役目はここで終了だ。さあ、帰ろう』

 

宇宙世紀0080、1月14日。後にネオ・ジオンの反乱と呼ばれる僅か2週間ばかりの内戦は、こうして幕を閉じたのだった。




反乱、終わり!


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第百八十話:0080/01/15 起きたらマ・クベだったんだが、ジオンはもうダメかもしれない

お久しぶりです。遅くなりまして申し訳ありません。


「私の勝ち、と言うところかな?准将」

 

ソファで寛ぎながら、チェスボードを挟んで座る老年にさしかかっている将軍へ向けてギレン・ザビは口を開いた。反乱発生後、即座に目の前の男に身柄を保護されて以降、ネオ・ジオンを名乗る反乱軍の動向は全て准将の部下を通して彼の耳に伝えられていた。当然、昨夜遅くに中核であるキャスバル・レム・ダイクンを含む戦力が壊滅したこともである。

 

「そのようですな、やはり閣下は運をお持ちでいらっしゃる」

 

「冗談は止せ」

 

手にした駒をもてあそびながらそう返してくるアンリ・シュレッサー准将へ向けて、ギレンは露骨に眉をひそめ言い放つ。

 

「私が本当に強運の持ち主だったならジオン・ダイクンは死んでいないし、父上は公王になどなっていない。そして私は人類史上に残る大虐殺者などではなく、共和国の外務大臣辺りに納まったデギン・ソド・ザビの秘書官あたりで悠々自適に暮らしていたさ」

 

その言葉に肩をふるわせ、笑いを堪えながら准将が応える。

 

「ままならぬものですな」

 

「内側から見ていた准将に言うのもなんだがな、連中にもう少し分別があればこんな事にはならなかったのだ」

 

眉間にしわを寄せながらギレンは鼻を鳴らす。ジオン・ダイクンが急死したあの瞬間、父が指名されたのは必然でありザビ家にとっての不幸であった。ダイクン派はジオンの下でこそ一つに纏まっていたものの、多くは権力の拮抗した政治家達で構成されていたため、明確な指導者を失った瞬間、それぞれが後継者は自分だと主張を始め権力闘争を開始したのだ。そんな彼らの最大の不幸は、政治的な中心人物であったジンバ・ラルと経済的な中心人物のローゼルシア・ダイクンが正面から対立してしまった事だろう。結果として派閥は千々に分かたれ、急速に力を失っていく。そして悪化していた連邦との関係は、サイド3にその弱体化を許せる状況ではなかった。陰鬱な表情で父から告げられたこれからを聞いた時の事を思い出し、ギレンは顔を顰めた。人よりも記憶力に優れた頭脳は彼を大いに助けもしたが、このように忘れたいことまで克明に刻み付いて消えてくれない。それを振り払うようにギレンは皮肉げな表情を浮かべるとアンリ准将へ問うた。

 

「しかし、良かったのかね?」

 

言葉の意味を正確に理解したのだろう。アンリ准将は肩を竦める。アンリ・シュレッサー准将はダイクン派でありそれを隠そうともしない所謂過激派に属すると目されていた。その上軍部に強い影響力を持ちながら、その能力と人脈故に閑職へ送ることもままならない、ザビ派とすれば正に厄介者の代名詞と言える人物であった。そんな人物であるから、ネオ・ジオンの蜂起に呼応しクーデターを起こしたことを誰も疑いもしなかったし、反乱軍の人間はその関係者であるというだけで信頼しきっていた。その全てが最大の敵と定めたギレンの下へ全て提供されているなど夢にも思わずに。ダイクン派と言うべき人間からすれば明確とも言える背信行為をやって見せたアンリ准将の今後は容易な道ではないだろう、ダイクン派は当然として、現体制側からしてもこの大一番で裏切ったという事実は大きい。あれだけ忠誠を誓っていた相手すら裏切った人間が、それ以外の人間を裏切らないと安易に信頼できる人間などいないのだから。

 

「良かったも何も、私は今でもダイクン派ですが?」

 

平然と言い切るアンリ准将へギレンは愉快そうに尋ねた。

 

「ほう?ネオ・ジオンの首魁はあのキャスバル・レム・ダイクンだぞ?貴様ほどの男なら、あれが本物である事は当然知っていたと思うが?」

 

「そうですな」

 

「では何故?」

 

自身でもたどり着いている答えを敢えて本人に言わせるという悪趣味に、アンリ准将は鼻を鳴らしながら答える。

 

「むしろ私が問いたいくらいです。私達はジオン・ダイクンの思想に共感しその下に集ったのであって、彼個人を崇拝したのではない。ましてやただ血縁であるというだけでその家族を神聖視するなど正気の沙汰とは思えません。一体彼らはあの小僧の何処にジオンを見いだしたのでしょうな?」

 

アンリ准将の答えに、今度はギレンが肩をふるわせる番だった。

 

 

 

 

「それで、私は何故まだ生きているのかね?」

 

「私もまったく同感だとも。だが私の雇用主は違う考えらしくてね」

 

殺されないと解ったせいか、非常になめた態度を取ってくる金髪坊やに俺はそう言い返した。ルウムでの戦いから早くも一週間が経過した。極秘裏に捕まえたこの坊やをサイド3に運び込んだり、全員から放置されてソロモンの片隅で小さくなってたユーリ少将をやっぱりサイド3に運んだり、グラナダへ先鋒として送り込まれたりと多忙な日々を送っていた筈なんだが、正直ケープタウンのあてがわれた士官室で説教されていた記憶しか無い。てか酷いんだぜ?会う人全員開口一番反省しろって説教してくんの。あんまり言われるもんだから、グラナダでキシリア様に呼ばれたときは部屋で反省のポーズして待ってたんだけど、そしたらグーで殴られた。グーである。アムロ少年ですらビンタだったのに。

俺の言葉を聞いて金髪坊やは不快そうに眉をひそめつつ、大きく溜息を吐き口を開いた。

 

「つまり大々的に罪人として裁いて殺すと言ったところか。この後は吊るし上げられて銃殺、いや、絞首刑かな?」

 

残念、違います。

 

「そんな綺麗な終わり方など君はもう出来んよ」

 

そう言いながら俺は雇用主たる、陰険眉なし総帥との会話を思い返す。

 

「私は反対です」

 

言い切る俺に、ギレン総帥は閉じていた目を片方だけ僅かに開きながら落ち着いた口調で返してきた。

 

「ほう?意外だな。貴様はむしろ助命を請うてくるかと思っていたが」

 

そう言いつつ総帥は手元の資料へと目を落とす。そこには反乱に加わった者達、特に指導者側だった者の表向きの処遇と、これからの本当の処遇についてが記されていた。

 

「他の者達はいいのです。どれ程の力を持っていても、それは一個人の範疇に収まるものだ。だが、彼だけは違う。あれは組織を生み出す力を持っている」

 

確かにアムロ少年やララァ・スン少尉は隔絶、いや、最早理不尽な強さを持っている。だがそれは国家という組織にとってすればあまりにも小さい力だ。生身の人間である以上、生理的束縛から逃れることは叶わないし、何より力の根源であるMSもMAも彼らは個人で維持出来ない。彼らの力とは使われる側での力であり、そういった者の対処は非常に簡単だ。彼らに力を与える人間を排除してしまえばいい。だが、キャスバル・レム・ダイクンは違う。何故なら彼の周りには、彼を中心に人が集まるからだ。その力の怖さは原作を少しでも見れば理解できる。あれだけ人を裏切り、放り投げ、唐突に行方をくらませても、いつの間にか彼は組織の長へと上り詰め、個人の趣味でそれを振り回す。しかもそれが武装勢力なのだから始末が悪い。最早生きたテロ組織製造機である。

 

「成程、貴様の意見は理解した。だが大佐。忘れているかもしれないが、これはジオン公国総帥である私の決定であり、君はその部下だ」

 

つまり俺の意見なんて聞いてねえよって訳ですね。

 

「解りません。何故そこまで彼に温情を与えるのですか?」

 

「貴様こそ随分と頑なではないか。ここで私が意見を翻したとして、ガルマとの約束はどうするつもりだ?」

 

そんときゃ頭を下げて殴られるさ。

 

「私一人の信念のために、未来に禍根は残せません」

 

それはアンタだって一緒だろう?そう睨み付ければ口角を吊り上げる総帥。俺、そんなに面白いこと言いましたかね?

 

「とても人類の半分を殺した男とその部下の会話ではないな。いいだろう、では貴様の呑み込みやすい理由を用意してやろう」

 

そう言って机から取り出した書類をこちらへ放ってくる。黙って拾い上げて目を通した俺は絶句した。

 

「流石の貴様もそれは知らなかったようだな?」

 

「…総帥もお人が悪いですな」

 

言い返す俺に総帥は目に見えて笑いながら口を開いた。

 

「知らなかったかね?私はザビ家の男だよ」

 

総帥のあんな笑顔は、今生二度と見ないだろう。そんな事を思いつつ、懐からあの時渡された書類を取り出し、金髪坊やの座る机へと置く。訝しげにしていた彼に顎をしゃくって読むように促せば、彼も驚愕の表情を浮かべた。俺もこんな顔してたんかな?

 

「…これが事実であるという保証が何処にある?」

 

「何処にもないよ。私自身が確かめた訳でもないからね。だが」

 

「だが?」

 

「状況証拠くらいは口にしてやれる。例えばだ、君はドン・テアボロに保護されている時、暗殺者に命を狙われたな?」

 

黙って続きを促すキャスバルに俺は言葉を続ける。

 

「その襲撃で後見であったジンバ・ラルは死亡し、庇護者であったテアボロ氏は負傷。君たちは地球での居場所を失い再び宇宙へと逃亡する、より接触のしやすいルウムへね。だが変だとは思わないか?」

 

「変とは?」

 

「簡単なことだよ、当時の君は何歳だ?確かに君は優秀で利発な人物だが、一つのサイドを文字通り掌握している一族に本気で命を狙われて生存出来るほど希有な才覚を持っていたと自負しているかね?」

 

襲撃者は銃器で武装していた、それはジンバ翁の死因やテアボロ氏の負傷原因からも間違いない。ここで疑問だ、サイド3を掌握しているザビ家の手駒には当然軍事力も存在し、その中には暗殺だって行える部隊が当然存在する。彼らが本気でジオンの遺児達を邪魔な障害だと排除しようと考えたなら、これらを使わないどころか、肝心のターゲットを狙う人間に火器を持たせず、しかも単独で事に当たらせるなどという杜撰な計画を立てるだろうか?

 

「では、あれはなんだったというのだ!?私の妄想とでも言いたいのか!」

 

「いや、襲撃はあったんだろうさ。だが、恐らく手配した人物が異なる」

 

ジンバ・ラルの動向を監視出来る程度には情報収集能力があり、非正規の武器弾薬を調達できる程度の権力を持ち、かつ正規軍を動かせない程度の立場しか持たない存在。

 

「あれは恐らく、君たちをジンバ・ラルの手から奪いたかった別のダイクン派の仕業だろうね」

 

そして、その最有力候補がローゼルシアの派閥だ。それを裏付けるかのように、キャスバル達が地球にいる間はしっかりと生かしていたアストライア様を、彼らがルウムに移った途端、用済みとばかりに処分している。まあ尤も、それは俺の知る歴史の話な訳だが。

 

「それが、それがどう母の生存に繋がると言うのだ!?」

 

「君が思っている以上に権力者と言う連中の力は強大だと言うことだよ。相手の派閥の弱点付近に間者を潜り込ませるなんて大昔から使われる手じゃないか。例えば、病気療養する女性の主治医とお付きのメイドとかね?」

 

まあ、この場合相手がアストライア様であった事も状況を助けたことは想像に難くない。悲劇の国家指導者の本当の妻にして遺児の母、それを飼い殺しあまつさえ道具として使い潰そうなどとする者を見れば、それを救おうとする者とどちらに付きたいかと聞かれて前者を選ぶ者は少ない。更に後者が現在の支配者であるならば、最早皆無と言って差し支えあるまい。

 

「これでは…道化じゃないか」

 

うつむきそう呟くキャスバル。そんな彼に、俺は再び胸元から今度は二枚のチケットを取り出して差し出す。

 

「ご愁傷様というヤツだ。さて、落ち込んでいるところに悪いが、ここで君には今後の人生を決めて貰う。と言ってもあまり楽しくない事は決まっているのだがね」

 

チケットを振って意識をこちらへと向けさせると、俺はそれを机に置き指を一本立てた。

 

「一つは私達の提案を拒否してここで一生を過ごす。ああ、食事くらいは出るようだがそれ以外は期待するなよ?何せ我が国の温情は無限ではないからね。限られたリソースはより友好的な人間に振り分けるべきだろう?」

 

言いながら俺は、立てた人差し指で今度は机の上のチケットを叩いてみせる。

 

「二つ目は、キャスバルも、エドワウも、シャアという名前も捨てて、家族と密やかに暮らす、君の傑出した才能が世界を動かすことは二度と無く、君を祭り上げていた連中の思うような国家指導者としての地位は永劫に訪れない。火星という文字通り辺境で余生を過ごすだけの人生だ。さあ、好きな方を選びたまえ」

 

俺の言葉に唖然とした彼はしばし沈黙し、答えを告げてきた。その答えに俺は大きな溜息で応えると、用事は以上だと告げて部屋を出ることにする。だが、部屋を出る間際、伝え忘れたことがある事に気がつき、首を捻って俯く彼に告げた。

 

「ああそうだ、忘れるところだったよ。君がこれからをどう選んでも絶対に一緒に居ると言って聞かない難儀な娘が居てね。そのチケットは君と妹さんの分だから、彼女の分はサービスしておいてやろう。だがその先は君が何とかしたまえ、男だろう?」

 

言いたいことを言い切った俺は、今度こそ振り返らずに部屋を出て歩き出す。まったく、こんな疲れる事二度とやらんからな!取敢えずは溜まりにたまった休暇の申請をどうするべきか悩んでいると、ポケットの端末が震える。戦争が終わり、ミノフスキー粒子の影響が大幅に改善されたサイド3ことジオン共和国ではこうした携帯端末が再び当たり前のように使えるようになっている。

そう、ジオン共和国だ。

反乱鎮圧から3日後、久しぶりに国民の前に姿を現わしたデギン公王とギレン総帥は唐突に語り出した。曰く、連邦より独立を勝ち得たことで、公国という存在は一応の役目を終えたと考えること、そしてそれに続く反乱によって、一部の優秀だとされる人物に全権を委ねるという政治構造が如何に歪で危険な思想であるかと言うこと。そしてその最後に特大の爆弾をぶっ込んできた。

 

「故に私、ギレン・ザビは総帥の座を永久に放棄するとともに、ここにジオン公国の解体を宣言するものである。これより我が国はジオン共和国として共和国議会主導の下、国家を運営していくものとする」

 

言い放ったギレン総帥とそれを横で黙って聞いていたデギン公王の晴れやかな笑顔は翌日の朝刊どころかその日の夕刊から週刊誌の表紙を総なめにしていた。暫く町中にあの顔があふれかえり、ある意味ちょっとしたホラーだった。

 

「はい、如何しましたでしょうか、総帥?」

 

そんなことを考えながら連絡してきた相手にそう俺は口にした。

 

『…謀ってくれたな?大佐』

 

「何の事でしょうか?」

 

『貴様が議会を唆したのだろう?ダルシアはとっくに吐いたぞ?』

 

野郎!堕ちるのがはええよ!叫びたいのを懸命に堪えて俺は努めて冷静に口を開く。

 

「仕方ないでしょう。これから大変になるという時に、優秀な人間が国政から逃げだそうとしているのです、有権者としては見過ごすわけにはまいりません」

 

そう、あの宣言であのハゲジジイとこの眉無しはいきなり公職から逃げだそうとしていやがったのである。突然丸投げされそうになって、ダルシア・バハロ首相が泣きそうになっていたから、総帥が辞めるって言ったのは総帥って役職でしょ?じゃあ議会で首相に推薦しちゃえば?え?デギン公王?旧体制の国家じゃ首相と大統領の併設なんて普通だったヨ?って教えたら嬉々として二人にその役職を押しつけた。ちなみに本人は副首相として月面都市との交渉で忙しく飛び回っている。

 

『ほほう、そうか。では、その上でこれはなんの冗談だ?』

 

「それは!?」

 

決して大きくない端末であるが、そこに映された映像のギレン総帥もとい首相が手にしていたのは、間違いなく2日前に総司令部へ提出した俺の辞表だった。

 

「馬鹿な!何故貴方がそれを!?」

 

『くっくっく、少しばかり情報収集に手を抜いたな?辞意は表明したがまだ正式な手続きは履行されていない。つまり私はまだジオン軍総司令であり貴様の上司と言うわけだ』

 

言いながらゆっくりと辞表を細切れにしていく陰険眉なし。畜生!神も仏もないとはこのことか!?

 

『貴様にはまだまだ働いて貰わねばならん、人に押しつけたのだ、自分だけ逃げられると思うなよ?取敢えず今後は私の秘書官として―』

 

そうゲンドースタイルをキメつつ笑ってない目でそう告げてくるギレン首相の声がけたたましい音と共に遮られる。

 

『お待ちください兄上。ヤツの外交手腕は今後の共和国外務省になくてはならないものです。秘書は既にセシリア嬢がいるのですから、これは私に頂きたい』

 

『待ってくれ!唯でさえ軍は予算が削られるんだ!この上優秀な将まで持って行かれては話にならん!ヤツは国防省が貰うぞ!大体兄貴もキシリアも戦中に部下にしただろう!なら今度は俺の番の筈だ!』

 

『そうは行きません。地球での統治は未だ盤石とは言い難い、ここで現地からの信頼も厚く、地球文化に精通した大佐を引き抜くなど、共和国の屋台骨を切り倒す所業です。ここは資源管理省預かりとさせて頂きたい』

 

入ってきた長女やら三男やら末弟やらがまくし立てて明らかにカオスとなる通話、こっちを放り出して交渉という名の取り合いをはじめる兄妹を見て、俺はそっと通信を終了し、天井を見上げた。人生とは実にままならんものである。そんな事を考えていたら、ふと、一つの言葉が頭をよぎる。

 

「…起きたら、マ・クベだったんだが、ジオンはもう駄目かもしれない」

 

呟きは空気に溶けて霧散する、俺は苦笑すると再び通路を歩き出した。骨董市へ行ける日は当分先になりそうである。

 

 




以上を持ちまして、起きたらマ(略)は完結となります。
大変長い間お付き合い頂き有り難うございました。
皆様に応援頂き、何とか完結まで来る事が出来ました。
それでは、また何か思いついた時にお会いしましょう。
さようなら。

ADMIRAL様よりイラストを送って頂きました。
秘書官なシーマ様!

【挿絵表示】



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