届けさせてください! (賀楽多屋)
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序章 届け先には虎とマグマとフラミンゴ
prologue


ゲーマー、とうとう漫画にまで手を出す。

久しぶりにONE PIECE読んで、再燃してしまったのが悪いんです。


 最近は、洗濯日和が続いているのでメルの仕事は上々であった。

 

 順風満帆な仕事の始まりに、つい覚えたばかりの歌を口にしてしまう。

 

「よほほほ〜よほほ〜ほ〜」

 

 一週間前にとある海賊に教えて貰った海賊の歌。

 

 口が寂しくなると、メルは呑気な調子で紡がれるメロディと海賊の喜びを綴った歌詞が合わさったこの歌をついつい何気なしに歌ってしまうのだ。

 

 それ程、この歌をメルは気に入っていた。

 

 

「ビンクスの酒を〜届けに行くよ〜」

 

 メルの眼下に広がるは、穏やかな海一面。

 

 彼女は何故か宙を浮くデッキブラシに跨って、悠々と空を駆けてゆく。

 

 その姿は、正に寝物語で聞くような魔女そのもの。

 

 例え、彼女が跨っているものが箒で無く、デッキブラシだったとしても、黒のワンピースの裾を翻し、長く結った三つ編みを潮風に任せているその様は非日常の象徴とさえ言えるだろう。

 

 そんなメルは、ブラシに近い柄の先に小包を4つ程ぶら下げていた。

 

 そして、柄を握っている手の傍にぶら下がっているのは年季の入ったラジオで、そこからは大音量で流行りの歌謡曲が流れてきている。

 

 メルの口から響く呑気な海賊の歌とラジオの音楽がミックスされて無音な海上に響いていたのだが、番組がいつの間にか進行していたらしい。

 

 いつの間にやらラジオからは、壮年の男達の声ばかりが響いていた。

 

 

『我々は、市民の平和を守るために存在しているのです。近頃は、何も知らない若者が海賊に憧れ、犯罪に巻き込まれる事件が多発しています。皆さんには、どうか今一度海賊という悪を見直してもらいたい』

 

『センゴクさんの仰る通りです。我々の生活に海賊という存在が身近になって、もうどれくらいの年月が経つことか。その慣れが可笑しいことを、私達は今一度再確認せねばなりません。本日は海軍設立記念日ということで、海軍大将のセンゴクさんにお越しいただきました。それでは皆さん、明日もこの時間にお会いしましょー! あでゅー!』

 

 司会者らしき男の別れの声を最後に、ラジオは三秒ほど音を途絶えさせた。

 

 そして、少しの間を置くと今度は時報を告げた。

 

 

『午前、九時です。天気は晴れ、風は東向き』

 

 いつの間にか、メルは海賊の歌を口ずさむことを止めていた。

 

 今日はまだ初めてになる時報を聴きながら、メルは先程のラジオの内容に思いを馳せていたのだ。

 

「そっか、今日は海軍設立記念日かー。今度配達に行ったら、何周年になるのか聞いとこー」

 

 何を隠そう、この幼い彼女の超お得意先は、天下に名高い海軍である。

 

 海軍とはメルの足元に広がるこの海をメインに、世界に蔓延る海賊という悪を殲滅せんと日夜検挙に明け暮れる言わば、この世界のヒーローだ。

 

 そのため、お給金もこの世界で考えれば、公務員級。

 旦那にしたい職業ランキングは常に上位で、信用度も抜群だ。

 

 但し、これ程にも安泰とした職であるのにも関わらずランキングの一位に輝けないのには、殉死者が多く出ることや世界を股にかけた転勤職であるという大きな理由があった。

 

 

 しかし、ただの顧客である海軍のそんな涙ぐましい事情などメルにとってみればどうでもいい。

 

 「さぁ、今日も頑張らないと。荷物を皆、待ってくれてるんだもの」

 

 両手で拳を作り気合を入れ直す彼女に応えるように、少し離れたところで飛んでいる海猫がみゃうと鳴いた。

 

 

 

 

 メルの住むこの世界は、海軍なんかが取り締まっているのが分かるようにとっても物騒な世界だ。

 

 毎日毎日、街中では鉄砲の打つ音が聞こえ、刃物同士が鳴り合う音が日夜問わず反響している。

 

 力のない者は淘汰されていき、強き者だけが生き残る弱肉強食なのが、この世界。

 

 だが、近年。

 

 その弱肉強食な世界に拍車をかけた人間が居た。

 

 

 その者の名を、大海賊ゴール・D・ロジャーと言う。

 

 世界を船で一周し、名声と権威、それから誰よりも強い力を手に入れたその海賊は、数年前に処刑された。

 

 その出来事は、誰にとっても青天の霹靂で、世界は一時そのセンシティブなニュースで湧く事になった。

 

 だが、ロジャーというこの男。

 

 処刑台に登り、自分の首が切り落とされるその瞬間まで不敵な笑みを浮かべていたという。

 

 そして、問題なのは彼の今際の台詞であった。

 

 今や語り草となっているそれは、正に大航海時代を告げる鬨の声。

 

『おれの財宝か? 欲しけりゃくれてやるぜ・・・。探してみろ! この世の全てをそこに置いてきた』

 

 鬨の声は、世界中に向けて発信された。

 万民が万感の思いを抱いたのをロジャーが処刑台からしっかりと確認してから、彼の首は呆気なく切り落とされたのだ。

 

 

 そう、世界は正に、一人の男によって動き始める。

 

 

 市民は震撼する───今以上の乱世が訪れると。

 

 海軍は焦燥する───今以上に秩序が崩れると。

 

 海賊は歓喜する───海賊の最盛期が幕を上げたのだと。

 

 

 

 数多の人間が、ロジャーに促されるようにして海に出た。

 

 そして、死んでも尚災いしか齎さないロジャーによって一層増えた海賊を、海軍は年中無休で追いかけ回す羽目に陥った。

 

 

 彼の置き土産によって世界は再び荒れ狂い、幾つもの街が滅び、そして両手では数えられないほどのドラマがこの世界の住民によって紡がれる。

 

 

 

 しかしそんな乱世に生きるメルにとっては、海賊と海軍のいざこざも、世界政府の企みも、ましてや海底で起こっている暴動も関係ない。

 

 今日も愛用しているデッキブラシに跨って、ジョブである運送業をこなしていくだけである。

 

 

 そう、これは。

 

 ただの運送屋が仕事をするだけの話。

 

 

 

 

 

 

 

 





PS
センゴク氏の位をワンランクアップさせました。


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今度会ったら、丸焼きだッ!

早くも評価をありがとうございます。

宴を用意しなきゃ。


 グランドラインを越えて、イーストブルーへと渡ってきたメルは、あともう少しでお届け先に着くと、口角を上げる。

 

「この海は海賊船が少なくていいなー。あの人達、何でもかんでも飛行物体は大砲でガンガン打ってくるし」

 

 海賊も立派な顧客なのだが、奴らは障害物になることがしょっちゅうある。

 

 そんなにもブラシデッキで空を飛ぶメルが珍しいのか、彼等はメルを発見するや毎度毎度飽きもせずに目を飛び出させて、物は試しにと言わんばかりに大砲を打ってくるのである。

 

 

 こういう所は、海軍の方がまだ幾分か紳士的だ。

 

 何故ならば奴らは大砲を打つのではなくスピーカーで、

 

『そこのブラシデッキの少女、今すぐに降りてきなさい』

 

 と勧告するだけなのだから。

 

 

 ───まぁ、最近はメルの情報も出回ったようで、海軍から勧告を受けることも少なくなってきたため、海軍からの被害は減ってきている。

 

 

 以前に、海軍本部内でこれみよがしに愚痴ったのが功を奏したのかもしれない。

 

 やっぱり、泣き寝入りは駄目なんだなぁとつい遠い目をするメルの視線の先には、立派な城壁に囲まれた国を背負うドーン島。小さな港を抱えたあの閑静そうな村が確か目的地のフーシャ村だった筈だ。

 

 風車が立ち並ぶ平原は、正に平和そのもの。

 風車を回している風が平原を駆け、野花が花弁を揺らしている。

 

 時間とは、こんなにもゆっくりとしたものだったかとメルが穏やかな気持ちになっていると、フーシャ村の背景に鬱蒼と広がる山の裾が見えてきた。

 

 高くも険しいその山は、確かこの島のランドマークにもなっていたコルボ山だったか。

 

 メルが頭の中に入っている地図を引っ張り出して、ウンウン唸っていると段々と島の輪郭が鮮明になっていく。

 

 

「うわぁ·····今まで訪れた村の中でも住みたい村ランキングナンバーワンに輝けるほどの長閑そうな場所。ああ、とっとと隠居したいィィイイ」

 

 つい要らぬあれこれも思い出して、齢八歳にして隠居したい等と宣うメルにツッコミを入れるように傍で飛んでいたニュース・クーが鳴き喚く。

 

 カモメの癖に洒脱な帽子を生意気にも被り、首から新聞の入った袋を下げているニュース・クーはメルの同業者だ。

 

 

「なによー、文句ある? ってかアンタ、お昼前だって言うのにまだ配達してるの?」

 

 彼(?)の鞄の中に入っている新聞の数を確認して、意地悪くメルは失笑してみせる。

 

 今し方、絶賛心がささくれ立っているメルにツッコミなど入れたせいで、散々に言われているニュース・クーだが、反論出来ないのか円な目でメルを見つめ続ける。

 

 女の子らしく、メルも小動物の眼差しには弱いようで一瞬怯むように彼女は顎を引き、吃ったような声で新聞は買わないと首を振る。

 

「な、何? 言っとくけど、私はコレがあるから新聞なんか取らないよ」

 

 それから新聞の代わりだと言うように、手元でぶらぶらしているラジオをメルはニュース・クーに見せつけるが、このカモメは知らぬ顔をしてメルを見続ける。

 

 メルの海を閉じ込めたような見事な碧眼とニュース・クーの庇護欲唆る円な目がガチンと交わること一分。

 

 

 白旗を上げたのは────。

 

 

「言っとくけど、今日だけだからね。新聞は購読するなってジジィに言われてるの。なんかセイジテキシソーを植え付けられるとかナントカカントカで」

 

 肩から下げているショルダーバッグから掌サイズの財布を取り出し、ベリーを取り出したメルは、ニュース・クーの鞄に入れてやる。

 

 そして、新聞を一部貰って、ハァと息を吐いた。

 

『買ってくれてありがとう』とでも言いたいのか、ニュース・クーは翼で敬礼する。

 

 それを見やって、メルはハイハイと適当に手で返事をし、ニュース・クーに早く別の所に行ってと促した。

 

 ニュース・クーが自分から離れていくのを見やって、メルは新聞片手に前を向く。

 

 

 目前に広がるのは、大きな大きな山。

 

 メルの眼下に広がるのは密林達で、いつの間にやら目先からあの長閑な村が消え去っていた。

 

 山っていうかこれ、ジャングルじゃねとツッコみながらもメルは、慌てて後ろを振り向く。

 

 振り向いた先にあるのは、小さくなったフーシャ村。

 

 今から係留しようと錨を下ろし始めた1隻の船を目尻に、メルは「通り過ぎたー!」と足をばたつかせて喚く。

 

「あのニュース・クー! 次見たら丸焼きにしてやるー!!」

 

 お門違いなことでプンスカメルは怒ってみせるが、そんなことをしている暇はないと思い直して、直ぐにブラシデッキを旋回させようとした。

 

 刹那ゴンッと鈍い音がして、柄から振動が伝わってきたことに驚いたのがいけない───メルは、つい柄から両手を離してしまったのだ。

 

 ちらとブラシデッキが何にぶつかったのかと確認すれば、かなり大きな針葉樹がすぐ側で聳え立っていた。恐らくは、これの幹にでもブラシデッキが当たったのだろう。

 

「って、そうじゃなくて!」

 

 腰元には既に、ブラシデッキの感覚などない。

 頼りを失ったメルを引き寄せるのは重力だ。

 

「え? へ? ギャァァアアッッ!!!」

 

 自分の視界いっぱいに広がっているのは、海とはまた違う青が広がる空。

 

 臓器がふわりと浮いて落下していくこの感覚は、まだあのブラシデッキに振り回されていた時に感じたものとそっくりで。

 

 ───ああ、やっぱり振り落とされたんだと自覚する間も、落ちていく体。

 

 

 メルは体に何回も衝撃を受けながら、最後はボフッと音を立てて奇跡的に落ち葉の山に落下した。

 

 次いで落ち葉が何十枚と宙を舞うその光景はなんとも滑稽で、遠くでブラシデッキと小包がガタンと落ちた音が聞こえてくる。

 

 流れるような失態の連続になんだか笑けてきそうだが、全身の痛みに呻くことしか今のメルには出来そうにもない。

 

「くっ·····私としたことが目的地を通り過ぎ、しかもデッキブラシから落下するとか。ジジィにバレたら殺される」

 

 イタタタタと一番被害を受けたらしい腰を摩りながら、メルは落ち葉の山から起き上がった。

 

 生理的涙が目尻を伝って落ちていくが、それに構っている暇はない。

 

 荷物の状態を確認せねばと鈍痛を我慢して、デッキブラシと小包の元へ足を動かす。

 

 分単位の時間を捧げて、覚束無い足で漸く目的地へと辿り着いたメルは宛先と送り人の名前が書かれた小包を触って、状態を確認する。

 

 この小包の中身は食料品と手紙だと聞いていた。

 

 食料品は小瓶に入ったものではなく、ただの干物らしいので多分大丈夫だと思う。

 

「ハァ、無事っぽいね───良かったァ。誰も悲しまずに済む」

 

 小包を胸に抱えて、良かった良かったと頻りにメルは呟く。

 

 そんなふうにメルが小包の無事を喜んでいた時、彼女の背後で枯葉を踏みしめるような音がした。

 

 その音を聞き逃すような真似をメルはしない。

 

 安堵の次に嫌な予感を胸に抱える羽目になったが、ゆっくりと背後を振り返ってみせる───どうか、この予感が的中しませんようにと祈りながらだが。

 

 振り返り、その踏みしめたモノを確認しようと目を凝らすメルに、目を瞬かせたのは大人程の体長を持つ大きな虎だ。

 

 大きな口の周りに生やした髭をピクピク動かして、こちらの様子を虎は窺っているらしい。

 

 

 ───うわぁ、超危機的展開。

 

 あまりの急な展開に一瞬にして顔面が蒼白になる。そもそもなんでこんな山に虎がいるんだという疑問を八つ当たり気味に思い浮かべて。

 

 メルはやけっぱちな笑みを、虎に向かって浮かべて見せる。

 

「ハァイ! 虎さん。私食べても美味しくないよ」

 

 この世は乱世。

 

 武力が物言う時代に生まれたメルだが、言葉だって立派な武器だ。

 

 運送業って思ったよか危ない職業で、これまでにメルは海賊に捕まったこともあるし、よく分からない秘密組織に追いかけられたこともある。

 

 今や超お得意様である海軍にだって、マグマで殺されそうになったこともあるし、氷漬け1歩手前までにされたこともあるのだ。

 

 ───あれ、海軍って市民の味方じゃなかったけ? 殺意のレベルが海賊より高い気がするんだけど。

 

 

 

 

 まぁ、そんなことは気にせずに。そういう危機的状況で、メルがぶっ放した武器というのが言葉だ。

 

 この幼い体を使って同情を誘い、時には挑発的に煽り、敵の上司を抱き込んだり、たまたま見つけた弱みを精一杯突いたり。

 

 ───あれ、やっぱりこんな世界クソッタレだッ!! なんで市民の味方相手に私はあんなに頭を使わなきゃいけないんだろう!!

 

 

 しかし、虎には言葉が通じない。だって畜生なんだから、人語を理解することなど出来るはずがないのだ。

 

 

「どいつもこいつも·····子供に優しくしやがれやァァアアアア! 私はこんなに精一杯生きてるって言うのに、あの人達ときたら。うう、泣きそう」

 

 懇親のメルの叫びは、最早虎だけに向けられたものでは無い。

 

 その次にボソボソと続いた愚痴など、完全に宛先はイーストブルーより向こう側にいる人間だ。

 

 ───だが、その八つ当たりじみた叫びはメルに救いを齎した。

 

 

「おりャァァアアアッッ!!!」

 

 勇ましい叫び声が上から降ってきたかと思えば、虎の脳天に鉄パイプが必中していた。

 

 そして、息つく暇もなく振り下ろされる鉄パイプの雨は、的確に虎の急所ばかりを狙い打ちする。

 

 その手馴れた鉄パイプの妙技にメルはぱちぱちと間抜けに目を瞬かせるが、それ以上にメルには受け入れ難い事実がその光景にはあった。

 

 うねるような黒髪の鉄パイプの彼は、自分と歳の変わらない少年だったのだ。

 

 ソバカスを散らした顔はどう見たってあどけない少年のもの。

 けれど、その殺意は今までメルが対峙してきた海賊や海軍にも遅れを取らない。

 

 華麗にステップを踏んで、留めだと言わんばかりに虎の腹を打ち上げた少年は、虎が白目を向いて命を手放したことを確認してから、ふぅと息を吐いた。

 

 まるで、良い運動をしたとばかりに鉄パイプ片手に汗を拭うその姿はあまりにも日常的な動作で、虎を殺した少年という非日常じみた事実と合わさって頭の奥が痛くなってくる。

 

「おい、こんな所で何やってる」

 

 そして、口調鋭く詰問してくるこの少年に、メルは大人達に接する時と同じ対応をとることに決めた。

 

 メルはヘラっとやるせなく笑って、空を指さす。

 

 

「空から、落っこちてきた」

 

 少年の眉根が、ピクリと上へ動いた。

 

 

 

 

 

 



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最初はめちゃくちゃぶっきらぼうだったよね

「空から、落っこちたァ?」

 

 メルを虎から助けた少年は、何分とても口が悪かった。

 否、口のみならず目付きもかなり悪い。

 

 少年の三白眼でギロりと睨まれて、何を阿呆なことを宣っているのだと目力だけで彼は雄弁に告げてくるのでメルはひぃっと小さな声を上げた。

 

 まさか、子供相手にこんなに冷や汗をかくことになるとは·····。

 メルはまだまだ知らないことばかりだと、こんな時にどうでもいいことに思いを馳せる。

 

 そうやって、思考の世界へと現実逃避していたメルが暫く返事を返さなかったので、焦れた少年はとうとう行動に移すことにしたようだ。

 

 少年はメルの喉元にあの虎をメッタメタにした鉄パイプを向けて、早く言えと謂わんばかりに威嚇してきたのである。

 

 威嚇行為が完全にやり慣れている。

 メルは「オーマイガー」と芝居地味た声を上げた。

 

「いや、本当に嘘じゃなくて。あそこにデッキブラシが落ちてるよね? 今、偉大なる航路(グランドライン)じゃあデッキブラシに跨って、配達屋さんをするのが流行ってるんだよ」

 

『グランドライン』という名詞に、ピクリと眉が上がる少年。

 

 お、これは押せば押し切れる予感がする·····!と活路を見いだしたメルが、さらに口車を回転させる。

 

 恐喝し慣れた少年と、詐欺師とタメを張れるほどに嘘をつける少女を生み出したのが大航海時代だ。

 

 世は、世紀末にも等しいほどに荒れ狂っていると言っても過言ではない。

 

「まだこの辺は普及していないみたいだけどね。多分、もうちょっとしたらデッキブラシの配達屋さんが普及するんじゃないかな? 案外、こう見えて花形職業なんだよ」

 

「·····おれをおちょくってんじゃァねェだろうな」

 

「大恩ある君にそんなことをする訳ないよ。あ、そうだ。お礼がまだだったね。虎から助けてくれてありがとう! お陰様で、この仕事を続けられるよ」

 

 子供の癖になかなか疑り深いなーとメルは思いつつ、良い感じに話を摩り替えられそうだと話の流れをお礼の方に舵を取っていく。

 

 少年は未だにメルを不審そうに見ていたが、そもそも虎の一匹も倒せない程にか弱い小娘であったということを思い出したのか、漸くメルの喉元から鉄パイプを引いた。

 

「·····とっとと行けよ。もう二度と山に入ってくんじゃねェぞ」

 

 しかし、喉元過ぎればなんとやら。

 

 虎の方へと足を向け、メルのことなどもうどうでもいいと身を翻した少年に今度はメルが少し興味をそそられたらしい。

 

 いつもメルが見ているような街中にいる鈍臭い子供達とは違う異質な程に強い少年。

 

 平和の象徴と名高いイーストブルーに、どうしてこんなに戦闘力の高い子供がいるのだろうか。

 

 ───そう頭をぐるぐると動かしていたら気がつけば、メルは名乗りを上げていた。

 

「私はメル·····サルヴァーニ・メル! もし、君が配達を頼む時があったら、私が届けてあげる!!」

 

 いきなりの少女の自己紹介に、少年は面食らったらしい。

 

 体と同じくらい大きな鉄パイプを肩に掛け、首だけで振り返った少年は瞠目して自分に笑いかけるメルを視界に収めた。

 

「·····どうやって頼めばいいんだ? お前、グランドラインに居るんだろ?」

 

「うッ! そ、それは、お手紙とか·····」

 

「すげェ二度手間だな、それ」

 

 しかもこの少年、どうやらメルと同じくらいに口が達者のようだ。

 

 的確にメルを追い込むようにツッコンでいく少年に、焦るメルはワタワタと動作が大きくなっていく。

 

「た、確かに二度手間だよ。めっちゃくちゃ二度手間さ! でも、私は世界中の誰よりも早く配達出来る自信があるもん! それはもう、電伝虫と同じくらいのスピードで!!」

 

 それでも、少年との繋がりをここで断ちたくなかった。

 

 なんでこんなにも、この少年が気がかりなのかは分からない。

 

 

 ───イーストブルーだなんて、滅多に来ない場所なのに。

 

 恐らくは、次にこの島に訪れるのは何年後かの話だろう。

 人口もそこまで多くないイーストブルーの、これまた辺鄙な島の小さな村の背後にある山になんて、生涯用が無いかもしれない。

 

「んだよ、それ。普通、電伝虫と張り合うか」

 

 呆れた少年の口振りに、これはもう打つ手が無いかもしれないと落胆する。

 

 だが、嫌々ながらも見た少年の顔は口振りとは違って、何処か面映ゆそうな表情を浮かべていた。

 

「う、うん! だって、私、世界一の配達屋になるって決めてるもの!!」

 

 メルの高らかなその宣言は、とても子供らしい壮大な夢であった。

 

 世界一の配達屋という、何を持ってしてその称号を得るのかも分からないその夢を、少年は嘲笑しなかった。

 

 それどころか少年は、ニヒルに笑うと頷いたのだ。

 

「ああ、分かった。もし、配達して欲しいもんが出来たら、連絡してやるよ」

 

 

 こうして、メルは生まれて初めて自分と同じ歳の少年と繋がりを持つことになった。

 

 この少年が、これからメルの人生に複雑に絡んでくることなど全く想像せず、彼女は生まれて初めて出来た子供の知り合いに胸を高鳴らせてばかりいたのだが。

 

 まぁ、数年後に少年の起こす様々な事柄に対して、メルが悲鳴を上げようが、遁走しようがそれは別の話である。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「あと、おれエース」と気軽に言われた少年の名前を、メルは直ぐに頭に刻み込んだ。

 

 職種が職種なだけに、顧客第一なこの商売において人の名前と顔は叩き込んで置かなければならない。

 

 そのことに関してはメルはそこそこ得意であり、彼女は一度見た顔は必ず覚える。

 

 そのため、指名手配書なんかもすぐ覚えてしまって、とても賞金首とは言えない雑魚海賊すらもしっかりと記憶してしまい、事件に巻き込まれてしまうことが何度もあった。

 

 ───よし、エース君の名前はバッチリ。顔も覚えたから、もしあっちが忘れてても大丈夫。

 

 子供の記憶力をあまり信用していないメルは、エースに対してもそう思うらしい。

 

 もし、エース本人が聞いていれば火を噴くようなことになったのだろうが、メルはしっかりと胸中のみに零していた。

 

 それから、メルは徐に鞄から名前と仕事先兼住処の住所を書いた名刺を取り出すと、エースにそれを押し付ける。

 

「此処に手紙を送ってね」

 

「なんだこれ?」

 

 押し付けれられた名刺をペラリと持ち上げて、訝しげに覗き込むエースに「名刺だよ」とメルは告げる。

 

 名刺自体の意味を分かっていないらしいエースに、それの存在意義を教えるようにメルは名刺に刻まれた文字を丁寧になぞった。

 

「これが私の名前で、これが住所。あ、エース君て文字読める?」

 

「·····フン、俺を馬鹿にするなよ」

 

「じゃあ、手紙は此処に書いてある住所に送ってね」

 

 どうにも返事が怪しいが、最悪知り合いの大人にでも聞いてくれたらとメルは思いつつ、そろそろ此処も後にしなければ帰宅時間が遅くなると空を見る。

 

 幹にぶつかって落ちてくるよりも、太陽が下がってきている。

 

 幾らブラシデッキで空をかっ飛ばせると言えども限界だってあるのだ。

 

 帰るのが遅くなったらジジィが煩いのだとまで思い至り、メルはデッキブラシに颯爽と跨るや「じゃあね」とエースに手を振った。

 

 エースもエースでやはり、デッキブラシに跨って空を飛んで来たというメルの話を信じられなかったようで彼女の行動に目を丸くする。

 

 メルが両手いっぱいに力を込めて、「ふんんんんッ!」と声を上げると地面に生えている草がさざめくように揺れた。

 

 草のてっぺんだけがゆらゆらと揺れる中、嵐の前触れのような静けさがこの場に落ちて、知らずエースは固唾を飲んだ。

 

 

 そして───時が来たとばかりに一迅の風が吹く。

 

 デッキブラシがふわりと宙に浮いた。メルはこの風を逃がしやないとばかりにデッキブラシの柄を上へと向けると、一直線に上っていく。

 

 ブラシの部分が、バサァと毛羽立ち広がる様が酷く不思議なものに見えた。

 

「嘘だろ·····!」

 

 エースのポツリと零した台詞は強風に攫われ、拾われることなく消えていく。

 

 上へ上へと高く上っていくメルからは、「バイバーイ! 今度会う時は観光名所とか教えてねー」と呑気な言葉がいくつも降ってくる。

 

 エースはポカンと顎を落として、その珍妙な光景をただただ見送ることになった。

 

「グランドラインって、こんな奴ばっかなのか·····ってか、アイツ。ワンピースの下にズボンくらい履けよな」

 

 呆気にとられたのも束の間のこと。

 

 エースは初めて出来た女の子の知り合いに、ついぞじっとりとした目を向けていた。

 

 よもや、恥も外聞も気にしないのがグランドライン流ではあるまい。

 

 エースは落ち行く太陽を眩しそうに見やってから、山裾の方へと消えていくメルに背を向けて、虎でも剥ぐかと肩を回したのであった。

 

 

 

 

 

 

 




エース少年は、野犬って表現がぴったりだなぁと思います。

エース青年は、ワンコロって感じ満載ですが。


ONE PIECEって、結構犬属性が多いような気がするんですが私の気の所為かな。






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今日は友達がよくできる日

思ったよりも沢山の方々の目に止まる作品になったようで、様々なアドバイスを頂いております。

この出会いに、やっぱり宴をしなければ。

マスター! 私、ジントニックね!!


「んー、ちょっとラジオがヤバげかも·····そう言えば、新聞を彼処に置いてきちゃったか」

 

 お昼と夕方の中間の時間帯。コルボ山から無事、五体満足で脱出できたメルはデッキブラシの上で難しそうな声を上げていた。

 

 どうやら彼女は、丸焼きにすると心に決めているニュース・クーから受け取った新聞を山に置いてきてしまったらしい。

 

 だが、わざわざ取りに戻る程のものでも無いなと思い直し、まぁいいやと首を振る。

 

 今はそのどうでもいい新聞よりも、柄からぶら下がり不気味なノイズを響かせるラジオの方が心配だったからだ。

 

『ウィン──であるからして─ウィン──世界政府はより一層魚人達を───ピガーゴゴゴゴ───』

 

 これは、完全に落ちた衝撃で中身に不具合が起きている。

 

 メルはデッキブラシの柄からラジオを吊っている紐を外して、耳元でシェイクしてみたがやっぱり何処がどう悪いのか全く分からない。

 

「ジジィか、ラブに聞いてみるしかないよねー。多分、ジジィはこういうの得意じゃないんだよね··········となったらラブしか居ないんだけど、あの人今どこほっつき歩いてるんだろ」

 

 メルを雇っているのは、彼女がジジィと呼んでいる人物である。

 

 オーナー兼大家さんであるジジィには全くもって頭が上がらない筈のメルだが、彼女は存外このジジィを適当に扱っている。

 

 そして、彼女の部下のようなラブはと言えば、持ち前のとある体質のせいで、仕事も満足にできないどうしようもない後輩だ。

 

 ただ、ラブは案外手先が器用に動く。もしかしたら、ラジオぐらいであれば直すことが出来るかもしれない。

 

 ───だが、それも彼が職場にいればの話だが。このラブという後輩は困ったことに放浪癖が少々ある。それも、本人のせいではなく環境要因での放浪癖というのだからやり切れない。

 

 正直、メルもあそこまでの不幸体質をあまり見たことがない。

 

 

「と、ラブのことを考えててもしょうがないや。はぁ、やっとフーシャ村だよ」

 

 つい遠くなってしまう目は、今日一日の濃厚な出来事を見据えているようだ。

 

 さぁ、もうひと踏ん張りだとメルは気合を入れ直す。

 

「住所は、PARTYS BARね。宛先は───モンキー・D・ルフィ。うん、オーケー」

 

 小さな村だから、酒場も直ぐに見つかるだろうと高を括ったメルの読み通り、PARTYS BARは直ぐに見つかった。

 

 ちょっとずつ下降していくメルに、牧場で牛の世話をしていた住人が何か叫んでいるみたいだが、どうせ「空を飛んでいる·····!?」云々の話なので無視。

 

 

 デッキブラシからふわりと降り、ウエスタンドアを押し開けて酒場内へと入っていく。

 

 むわりと立ち込める酒の匂いに若干クラクラとしながらも、腕にデッキブラシと小包を落とさないようにと抱え直す。

 

 どうやら、昼下がりから一杯引っ掛けている客が沢山いるようで、店内はかなり賑わっていた。

 

 ギャハハハハと品のない笑い声がそこかしこで木霊し、カチンとグラスがぶつかり合う音が耳朶を打つ。

 

 店内にいる客の人相はほぼ全員悪く、しかも服装は穴が空いてたり、すす切れていたりとあまり良い出で立ちではない。

 

 ───海賊だ。

 メルはそう結論を出すや、早々にこの場を回れ右したくなった。

 

 届け先が酒場という時点であんまりいい予感はしていなかったのだが、この小包の差出人はかなりVIPな顧客なのだ。

 

 ちょっと暴力的で、短絡的でもあり、人の話をあんまり聞いてくれないお爺さんだが金払いだけは一級なのである。

 

 そのため、喜んで!と一も二もなく受けてしまった依頼で、よく良く考えれば目に眩んだメルの自業自得なのだが、そこは既に棚上げしてしまっている。

 

「おい、嬢ちゃん。嬢ちゃんが来るには十年ほどは早くねェか?」

 

 すぐ近くで杯を交わしていた海賊達がとうとうメルに絡んできた。

 

 からかってやろうと顔にデカデカと書いた男達に、メルは吐きたくなった溜息を堪える。

 

 いつも浮かべている営業用のスマイルを口元を貼り付けて、メルは海賊に答えた。

 

「配達のお仕事なんです」

 

「んあ? 配達ゥ? こんな小さいのにか?」

 

「今の世の中、働かなきゃご飯にありつけないのでー」

 

「しっかりした嬢ちゃんだなァ。オレんとこのチビと同じくらいだってェのに偉いもんだ」

 

 メルの健気な口振りに、厳つい顔の割には感心したような声を上げる海賊。近くに座っていた仲間だろう二人の海賊もメルに柔らかな笑みを向けてきた。

 

 まさかそんな反応を貰うことになるとは思わなかったと、アルカイックスマイルの下でメルは口元を引き攣らせる。

 

 思ったよりもちょろかった海賊に、メルの方がドギマギしてしまったのだ。

 

 気のいいおじさん達を相手にしているようなやり取りに、メルはこれ以上調子を狂わされては敵わないとヘラっとした笑みを浮かべて、「じゃあ、お仕事してきますー」と撤退を図った。

 

 背後で「配達終わったら、こっち来なァ」とかお誘いの声が聞こえてくるが、メルは訳の分からない好意に疑心暗鬼になりそうである。

 

 あれは海賊あれは海賊あれは海賊と心中で繰り返し、メルは漸くカウンターまでやって来ることが出来た。

 

 メルの登場に、カウンターの向こう側で忙しそうに手を動かしていた女性が「あら」と声を上げる。

 

 世界中を飛び回っているメルもあまりお目にかからない美女だ。お淑やかな微笑を浮かべて、「何かご用かしら?」と用を聞く女性に、メルは「お届け物です」と小包をカウンター上へと上げる。

 

「モンキー・D・ルフィさん。モンキー・D・ガープさんからお荷物です」

 

 酒場の店員はこの女性しか見当たらないから、宛先人はこの人だろうとメルはニコニコとそう告げる。

 

 しかし、メルの呼び掛けに声を上げたのはその女性ではなかった。

 

 隣の隣ぐらいから少年の高い声が聞こえてくる。

 

「じいちゃんがおれに?」

 

「え?」

 

 海賊たちの方から出てきたのは、ボサボサの黒髪が特徴的な少年だ。

 

 さっき会ったエース少年とは違って、何処も擦れていない普通の少年の登場にメルは混乱する。

 

「じいちゃん·····?」

 

「ルフィはガープさんの孫なの」

 

 メルの疑問に答えてくれたのは、あの麗しの美女である。

 

 ───そう言えば、ガープさん(金蔓)は依頼の時になんて言ってたっけ?

 

『これはわしの愛孫への贈り物なんじゃ。最近、あんまり構ってやれんくての』

 

 そう言えば、孫への贈り物だった。

 孫に干物への贈り物ってどうなんだろうって思っていたけど、酒場を経営しているお孫さんならそういうのもありなのかと思ったのだ。

 

「じゃあ、この子が将来有望の海軍·····」

 

「おれは海軍にはならねェ!!」

 

「うわァ·····物の見事に玉砕してるんだけど」

 

 この場合祖父の心、孫知らずと言うべきなのだろうか。

 

 いつも同僚や部下に怒られている所しか見ていないせいか、あんまり威厳とか感じないお爺さんなのだが、ああ見えて英雄と名高い著名人らしい。

 

 でも、だからこそ嫌なのかもしれない。

 

 英雄と呼ばれる祖父の壁はとてつもなく高いだろう。

 

 ───同じ道を歩むからこそ、その高さは余計に目に付きやすいだろうし。

 

 このルフィ少年は、本能的にその道の険しさを感じ取っているのだろうとまでメルは思い馳せて、ついそのボサボサ頭を撫でてしまった。

 

「変に力持っている家族を持つと色々大変だよね·····」

 

「プハッ·····!!」

 

 しんみりとした口調で、ルフィと自分の境遇を重ねていたメルの間に失礼なことに吹き出して割って入った者がいる。

 

 じろりとメルがその不届き者を見遣ると、メルとルフィのやり取りを面白そうに眺めていた赤髪の男が小さく肩を震わせていた。

 

 首から下げた麦わら帽子が目を引くその男は、何が可笑しいのか腹を抱えて静かに爆笑している。

 

「シャンクス、何笑ってるんだ?」

 

「い、いや。何やら面白い話してるなァと思って」

 

「そんな話してたかァ?」

 

 素直に首を捻るルフィの頭をポンポンと撫でて、目尻に溜まった涙を拭うシャンクスと呼ばれた男に冷え冷えとした視線をメルは送る。

 

 生憎、メルはそこのイーストブルー純粋培養のルフィとは違って、荒れ狂うグランドライン産のへそ曲がりだ。

 

 むっとした表情で、シャンクスを見続けるメルに彼は降参降参と言わんばかりに片手を上げた。

 

「悪ィ悪ィ。ルフィは、自分の祖父に気後れして海軍に入らないんじゃないんだ。この子は、海賊に憧れててね」

 

「そうだぞ! おれは海賊になるんだ!!」

 

 シャンクスに言われて嬉しかったのか、白い歯を見せて両手を突き上げそう宣言するルフィにメルはなるほどとゴチる。

 

 

 ───ガープさん、貴方の夢を破壊しかねない男がフーシャ村にいますよ。

 

 帰ったらガープにこのことをチクってやろうとメルは心に決めて、海賊になるんだと言って聞かないルフィを再度見やる。

 

 世界中を探せば、こんな少年は五万といるだろう。

 ルフィに注がれる酒場の女性の慈愛の詰まった視線を考慮するに、この少年は真っ直ぐな愛を源にすくすくと育っている真っ只中で、その他に特に注目する点もない。

 

 そう言えば結構前に、海軍設立記念日の時のラジオで海軍の人が、こういう無鉄砲な少年が事件に巻き込まれやすいと言ってた気がするとメルは思い出す。

 

 近頃は海賊に憧れる子供が多くて、犯罪に巻き込まれるケースが多いとか。海上で聞いたそのラジオのことをメルは何故かはっきりと覚えていた。

 

 そして、メルは隣でシャンクスに構ってもらっているルフィに視線を落とす。

 

 ───うん、このルフィ少年は絶対その口だ。

 そこにいる赤髪が牙を剥くのも時間の問題だろう。

 

 短いやり取りで、すっかりシャンクスに苦手意識を抱いていたメルはルフィの将来を思って密かに両手を合わせる。

 

 ガープさんにはしっかり伝えてあげるね。君は、案外海兵の方が向いているかもしれない。

 

 それは、完全にシャンクスに対する八つ当たりであった。

 

「ルフィ君。海賊になったってあんまり良いことなんて無いよ。だって、考えてもみなよ。お尋ね者になっちゃうんだよ? それに化け物海軍に日がな一日追いかけ回されるし、同業者は金と女と名声しか目がない海賊だし、お風呂にだって毎日入れる訳でもないし」

 

「お嬢ちゃん、海賊に随分と詳しいな」

 

「顧客になることもあるので」

 

「なァ、そろそろ謝った方がいいんじゃねェの、お頭。その子、かなり笑ったこと根に持ってるぞ」

 

「あんまり女の子にこうも怒られることないから面白くてな、ついつい」

 

 鈍い金髪の真ん中分けの男がシャンクスの隣で含み笑いしてそろそろ謝るべきだと促すが、当のシャンクスが面白がって謝る様子を欠片にも見せない。

 

 メルはそのやり取りだけでも、青筋立てられそうだった。

 

 今すぐにでも此処に海軍を呼んでやろうかとデッキブラシに跨りたくなったが、一応ここは顧客の家だ。

 

 ───絶対に帰ったらガープさんにチクってやる!

 

「お前、名前なんて言うんだ?」

 

 いつの間にやらルフィは、メルの立っている傍の椅子に腰掛けていたらしく、名を名乗れと声だけでなく体全体で申してくる。

 

 一応、ルフィは顧客なのでメルはショルダーバッグから名刺を取り出して、ルフィに差し出した。

 

「私はサルヴァーニ・メル。どうぞ、ご贔屓にね」

 

「おう! おれはモンキー・D・ルフィだ!」

 

 宜しくと握手を交わすとルフィはにししと歯を見せて笑った。

 

 胸のすくような笑顔をうかべる子だ。

 ルフィの笑顔は見ていて心地よく、まるで太陽のような子だなとメルはルフィに対する印象を改める。

 

 メルもお返しにと笑顔を振りまけば、ルフィは更に笑みを深めた。

 

 だがルフィとの親交を温めていたら、ルフィの後ろからにゅるっと邪魔者が顔を出してきた。

 

 ルフィと同じくらい目を爛々として見てくるシャンクスに、メルは凄く嫌な予感がした。

 

「よし、メル。俺とも友達になろう」

 

「ごめんなさい。この商売、信用が一番なの」

 

 予感通り、碌な提案をしてこないシャンクスをメルは一刀両断。

 

 そんな二人のやり取りにぐふっと変な音を上げたのは、あの金髪前開け男だった。

 

「さっき海賊も顧客になるって言ってたから、お頭はお断りだって言われてるぞ」

 

「なんでだ!? 久しぶりに断られたぞ」

 

「シャンクスさん、女の子って男の子と違って繊細なのよ」

 

 納得がいかないと声を荒らげるシャンクスに女性も苦笑いだ。

 どうやら、この大人三人組の中で一番女の子の心の機微に疎いのがシャンクスらしい。

 

 そんな中、渦中のメルはと言えば大人達の会話を無視して、ルフィと手を繋いでぶらぶらと揺らしていた。

 

 完全にシャンクスを視界から追い出している。

 

「マキノ、お頭はそもそもそれ以前だからな。先ずは、謝らなきゃいけないだろう」

 

 そして、漸く大人達の話も佳境を迎える。

 

 改まったようにメルとルフィの方に体を向けたシャンクスに、手遊びをしていた二人も流石に不審そうな目を向ける。

 

 そして───潔く頭を下げたシャンクスに、メルは目を見開くことになった。

 

「笑って悪かった。すまない」

 

 金髪男と美女に諭されて、漸くシャンクスはメルに謝罪することにしたらしい。金髪男とマキノが生暖かい目でシャンクスとメルの行く末を見守っている。

 

 まるで、子供達の喧嘩に大人が仲裁に入ったみたいな状況に、メルはなんでこんな展開になっているんだと事の元凶を見詰める。

 

 両膝に手を置いて、頭を下げるシャンクスは本当に申し訳ないと思っているらしい。

 

 シャンクスの頭と背後に垂れた犬耳と尻尾が幻視出来てしまい、メルは目の疲れだと目元を覆った。

 

 ───なんでこの海賊、子供相手にガチで謝っているんだろう? しかも、子供と友達になりたいっていうのも可笑しい。

 

 一体どういう下心があってそんなことを言っているのだろうと、メルが見定めるようにシャンクスを見ると、上手いこと顔を上げたシャンクスと目が合ってしまった。

 

 メルは男の思ったよりも端正な顔を見て、うっと声を詰まらせる。

 

 顔が良い海賊にあんまり良い思い出は無いのだが、しかしシャンクスの黒曜石のように綺麗な瞳は混じりっけがなくて。

 

 こんな目をそういえばさっき見たなと、メルはニュース・クーやエースの瞳を思い出す。

 

 庇護欲唆る円な黒。

 誰にも頭を垂れないと鮮烈に貫く黒。

 

 そして、この人の黒は───。

 

 そう、例えるとしたら誰も彼もを抱き込む冬の夜空。

 

 

「分かったよ。私なんかを友達にしたいなんて、変な海賊だよね」

 

「·····だははははッ! そうか、オレは変か」

 

 折れたのはメルだ。折れてあげたつもりでいるが、なんだかこの未来はシャンクスの思い描いた未来のような気がしてつい口を尖らせる。

 

 良いように転がされた感じがメルについて回るのだ。

 

 ───絶対、見た目通りの能天気な海賊じゃないよ、この人。

 

 そうメルに評価を下されているシャンクスと言えば、これまた可笑しそうに笑い声を轟かせている。

 

 本当によく笑う海賊だとメルが若干呆れを抱き始めた頃、そう言えばとメルはまだシャンクスから自己紹介を受けていないことを思い出した。

 

「で、貴方は友達に名前すら言わないの? あ、私はメル。グランドラインで運送業をしているよ」

 

 ルフィとも握手を交わしたのだからと、一応シャンクスにも片手を差し出してみる。

 

 すると、目を無邪気に輝かせたシャンクスが一も二もなくメルの片手を掴み、しっかりとした力強さで持って握手を交わした。

 

「オレはシャンクス。しがない海賊をしている。グランドラインも前半(楽園)後半(新世界)かによるが、子供にしてはかなり遠い所から来たんだな」

 

 確かに船旅であれば、そこそこの遠出になるだろう。

 イーストブルーの海賊にしてはよく知ってると思いつつ、その刹那メルの頭に何人かの人の顔が脳裏を過った。

 

 その顔は、平面で凹凸が無く。

 紙に描かれた顔のように平べったい。

 

 ───赤髪?

 

 まるで、写真越しに見たような顔にメルはつい額を打った。

 

 ───嗚呼、そうだ。思い出した。

 

 ───赤髪のシャンクス。

 

 どこかで見た顔だと思えば、それは指名手配書に載っていたものであった。

 

 ───この人、そこそこメジャーな海賊だ。賞金額だってそこそこの大台に乗っていたはず。

 

 そこまで思い至って、メルはつい霹靂とした表情を浮かべていたらしい。

 

 ルフィが目ざとくメルの表情の変化を見つけて、不思議そうな顔をして声を掛けてきた。

 

「メル? 腹減ったのか?」

 

 しかも、とんだ思い違いだ。だが、今のメルにとってはその思い違いがとても有難かった。

 

「うん、お腹すいたなー。だから、もう帰るよ」

 

「メルちゃん、良かったらご飯食べて言ったらどうかしら? 今日はこの人達の貸切だから、色々用意したのよ」

 

「ありがとう、マキノ! でも、そろそろ帰らなくちゃジジィに怒られちゃうんだよね」

 

「メルもじいちゃんがいるのか」

 

「いるいるー。ガープさんと違って守銭奴で、口煩くて、放任主義のジジィだけどね」

 

「メルも大変なんだな」

 

 この酒場の住人、凄く優しい!とメルが感動していても太陽は刻一刻と沈んでいっている───これ、帰還は夜中だわ。

 

 ジジィのお小言を考え始めると胃が痛くなってくるので、脇に避けることにしてメルはルフィ、マキノ、それから一応シャンクスと金髪男にも向かって手を振った。

 

「じゃあね! もし依頼があったらそこの住所で受け付けてるから!」

 

 メルはそう言って、慌ただしくデッキブラシを抱えてマキノの酒場を出ていく。

 

 背後では各々が手を振ってメルを見送っているが、それも満足に見もせず店の外へと出ていった少女の後ろ姿を見ながら、シャンクスはずっと浮かべていた笑みを消した。

 

「デッキブラシの配達便って、本当に存在したんだな」

 

 グラスに入った氷を揺らしてそうゴチるシャンクスには、先程までヘラヘラとしていた雰囲気がない。

 

 眼をすがめて酒瓶の並べられた戸棚をぼうと眺めるシャンクスは、海賊の頭の風格が漂っていた。

 

 触れたら、切り刻まれると錯覚しそうな程の威圧を纏う男は、何を考えているのか分からない顔で溶けた氷を啜っている。

 

 そして、そんなシャンクスに気後れしない金髪男───ヤソップが賛同するようにスルメを摘んだ。

 

「噂じゃあ、海軍の手先とも言われてたみたいだが、あんなちっこい餓鬼にそんなことが出来るとも思えねェけどな」

 

 ちろりとヤソップがシャンクスの方を見ると、シャンクスは麦わら帽子を目元に置いて椅子にもたれ掛かる。

 

 唯一見えているシャンクスの口元がニヒルな弧を描いた。

 

 それを見て、ヤソップは思う。

 ウチのお頭は、いつもこうなのだと。

 

 ───やっぱ。なんだかんだ言って甘ェんだよなァ、コイツ。

 

「さァな。オレはアイツと友達になった。それでいいんじゃないか」

 

 ───仲間、友達、それから女子供に。

 

 結局はその地点に落ち着くのだ、この男は。

 鷹が爪を隠すように、己の牙を見せないシャンクスは、自分の情けに忠実だ。

 

 ヤソップは空気を変えるように、杯を掲げた。

 よくよく見れば、あの構ってもらいたがりのルフィですら空気を読んでマキノと何か言い合っている。

 

「よし、折角だし新しい友達に乾杯しとくか!! 本人はいねぇけど!!」

 

「ああ、折角なんだ」

 

 ヤソップと笑顔を合わせて、シャンクスも杯を掲げる。

 

 新しい意地っ張りな少女との新たな縁が、これからもずっと続きますように。

 

「「新しい友情に乾杯!!!」」

 

 カチンと鳴った二人のグラスにマキノと口論していたルフィが「あー!ズリィーぞッ!」と騒いで、ヤソップとシャンクスの席の間に入ってくる。

 

「 おれもやるーッ! おれだってメルと友達になったんだからなー!!」

 

「勿論だ、ルフィ。よし、乾杯!」

 

「乾杯!」

 

 この日の友情がいつまで続くのかはともかく、彼らに幸あることを。

 

 

 




ONE PIECEの冒険の軸の一つに、ロジャーの旅を追体験することがあるような気がします。

尾田先生にとって、『赤』は貴色なのか主要人物は赤を纏う人が多いような。

主人公のルフィ、目的の一つでもあるシャンクス、あと最近元帥になった人などなど、思い入れのある色かしらと考察するのも楽しいです。

そんな訳で、次次回のネクストワードは『赤色』です。
次回はオリキャラ回ですので、ちょっと注意が必要かもしれません。



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ラジオが壊れた

 予想通りに深夜に帰還したメルは、己の職場でありながらも住処であるその家に入り込むのに、隠れて作成した合鍵を駆使して裏口から忍び込んだ。

 

 メルの気分は、すっかり押し入り強盗である。

 この家には、強盗するほどの金がないことを知っているが、それでも心臓が少しバクバクしてくる。

 

 ガチャっと音を立てる玄関口に、こういう時はラブがいればこんな思いをしなくても済むのにとメルはどうにもならない考えを頭の中で転がす。

 

 胸に抱えたデッキブラシを仕舞うために、バケツやちりとり等の掃除用具が詰まったロッカーを開く。

 

 仕事道具だが、デッキブラシは一応掃除道具だ。

 なので、この家ではそれもロッカーに仕舞うことになっている。

 

「今日も一日、お疲れ様」

 

 柄をポンポンと労わるように叩いて、暗闇の中をそろそろと移動するメルは随分と手馴れた様子だ。

 

 実を言うとこのメル、夜中の帰還を頻繁に果たす。

 あちこちを飛び回る仕事柄、仕方がないことであるのだが、しかしこの店のオーナーは「子供だから早く帰ってこい」の一点張りなのだ。

 

 じゃあ、もっと近くの配達仕事を斡旋しろよとメルは思ったりもするんだが、それはそれ、これはこれらしい。やっぱり、大人ってずるい。

 

 メルはちょろちょろと階段まで移動し、あと少しで自室だと顔を上げたところでカチリとスイッチを押す音が耳に入ってきた。

 

 瞬間に一階の照明が点き、メルは爪先立ちしたまま「あーあ」と零す。

 

 反射的に顔を向けた先には、耳を天井に向けてピント立てたジジィの姿がある。尻尾も攻撃的にゆらゆらと揺れているし、鼻周りに生えた髭は波打っていた。

 

「メル! 今何時だと思ってるんだ!? もう三時だよ!! 子供は寝る時間だよォ!!!」

 

「ジジィこそ、お目目が爛々としてるよ。もしかして、日中寝てた?」

 

「メルはいつもそうやって揚げ足取ってくる。君は、本当に口ばっかりだなァ」

 

 やれやれと首を横に振るジジィ。

 絶対この猫野郎、今日も仕事をほったらかして寝てたなと的確に推測したメルの目元は引き攣っている。

 

 メルのオーナー兼大家さんであるジジィは黒猫のミンク族だ。

 人間程の大きさで二足歩行の黒猫は、グランドラインでも早々にお目にかかれない。

 

 メルはショルダーバッグから本日の稼いだ分が入った継ぎ接ぎだらけの袋をジジィに向けて放り投げると、ジジィはそれを難なく受け取った。

 

「ネコババしてないよね?」

 

 メルにそう尋ねがらも、しっかりと中身を確認する辺りこのジジィもいい性格している。

 

「しないよ。別に今、お金に困ってないし」

 

「ならいいよ。最近、メルは稼ぎ良いもんね」

 

「良いガープさん(金蔓)見つけたもん」

 

「·····あんまり、変な人とつるんじゃダメだよ。それでなくとも、メルの力は目立つんだから」

 

 

 ジジィが大人らしく説教をかましてくるのはいつものことだ。

 この話も、何度も何度も繰り返し聞いている。

 

「分かってるよ。だから、ちゃんとスポンサーだって見つけたし」

 

「スポンサーねェ。海軍が市民を守るなんて当たり前のことだと思うんだけどな」

 

「それ、ジジィが言うの?」

 

 あ、と思ったのは一瞬。

 ジジィのまん丸な目がわかっているとでも言うように猫特有の長いまつ毛の下に伏せられる。

 

「確かにね。ミンク族の僕は彼らに守られることは無いよ」

 

「·····ごめん。ちょっと当たった」

 

 どれ程、メルとジジィが気の置けない仲だとしても言ってはいけないこともある。

 

 さっきの言葉は、明らかに言ってはいけないことだ。

 

 

「僕、メルのそういうところ好きだよ。さぁ、今日はもう寝た方がいい。イーストブルーは遠かったよね」

 

 メルはジジィの好意に甘えて、素直に「うん」と頷いた。

 

 店の方へとジジィは行くらしく、指には煙草が差し込まれていた。恐らくは、メルが帰ってくるまでも書類仕事でもしていたのだろう。

 

 猫のミンク族であるジジィは、夜目が効く。

 きっと、メルが裏口からこっそりと入ってくるのも承知で、暗闇の中で仕事を行っていたのだろう。

 

 メルは、ジジィに言われた通りに階段を上って自室へと戻る。

 

 『メルの部屋』と書かれた看板が扉にぶら下がっている。子供らしい拙い字で書かれているそれに、ちょっと微笑む。

 

 部屋に入れば、メルを出迎えるのは部屋の半分以上を圧迫する緑。

 

 天井から干すために吊るされた薬草は数十種類にも及ぶ。干物以外にも、鉢植えすらぶら下がっており、そこからも様々な草が生えていた。

 

 書き物机には、インクで記された書類が山のように積まれており。

 暖炉には、焦げ跡が目立つ大鍋が鎮座していて。

 床には星座の位置が記された絨毯が敷かれている。

 

 ベッド付近にも、プランターが所狭しと並べられており、成長経過が記された札が土にぶっ刺さっていた。

 

 そう、この部屋は何処からどう見ても女の子の部屋とは言い難い有様だ。そして、子供の部屋と言えるほど置かれている物に多様性もない。

 

 まるで薬師や医者の部屋のようなテイストだが、メルはそんな偏った部屋に躊躇なく入り込み、壁に埋め込まれた電気のスイッチを点けた。

 

 明るくなった部屋の中で、三つ編みにしていた自分の髪を解く。

 

 もう夜も遅いからとカーテンを閉めようと近寄った窓辺で、窓ガラスに映る自分と対面した。

 

 三つ編みにしていたこともあって癖がついたセミロングの髪。

 顔のサイズにあっていない大きな目と小ぶりの鼻、そして薄い唇。

 

 髪を一房掬いとってみると、それは夜の暗がりに溶け込むような黒で。

 

 メルは自分の髪色に不満でもあるのか、見たくないとでも言うように髪を後ろへと梳いて流す。

 

 それから、ベッド回りに鎮座しているプランターの傍まで行って、植わっている花や草の状態を確認するようにメルは丁寧に見渡していった。

 

「最近、調合とか全然やってなかったな」

 

 メルの本来の職業であれば空を飛び回るのではなく、薬の調合や星見に人生を注がなければならない。

 

 だが、それはもうこの時代には合わない。

 否、許されないことだと言った方が正しいか。

 

 メルは、就寝前だからとケープと黒のワンピースを脱ぎ捨てて、ハンガーに掛ける。

 

 仕事道具の詰まったショルダーバッグを書類が山積みとなっている書き物机の傍に置き、ホットミルクでも作ろうかと部屋に備え付けられている冷蔵庫を漁れば空のミルク瓶を発見してしまった。

 

 ミルク瓶を手に取って、若干の虚しさを噛み締めるのも程々にメルはベッドの上にダイブする。

 

「あ、ジジィにラブが帰ってきてるかどうか聞くの忘れてた·····」

 

 調子が悪いからと、帰りはショルダーバッグに詰めていたラジオに思いを馳せて、メルはぐっと背を丸めて頭上にあった枕を引っつかむ。

 

 そして、のそのそと枕を腹の傍まで持ってくるとギュッと抱きしめた。

 

 ───私、今日死に損なったんだよね。

 

 思い出すのは、メルを獲物としか認識していない虎の双眸。

 

 そして、殺気を振りまいて何度も打ち込まれる鉄パイプ。

 

 目つきの悪い少年。

 太陽みたいな笑顔を浮かべる少年。

 赤髪のヤバイ海賊。

 

「はァ。明日はゆっくりしたいな」

 

 

 取り敢えず、ガープさんにシャンクスのことはチクろう。

 

 そう心に決めて、メルは夜更けなこともあってあっさりと眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

「ねェ、ジジィ。ラブはまだ一回も帰ってきてないの?」

 

「うん。全然音沙汰無しだよ。今頃、何処の海にいることやら」

 

 

 メルの朝は、鶏の声と共に始まる。

 

 寝ぼけ眼で、井戸から水を組んできて、そこに布を浸して全身を拭く。

 さっぱりとした体になったら、昨日とは別の仕事着の黒のワンピースとケープを着込んで、ショルダーバッグを肩から下げる。

 

 そして、ドタドタと階段を勢いよく降りていって台所の方へと向かえば、ベーコンの焼けるいい匂いがしてきた。

 

 お腹の音を盛大に鳴らしながら台所へ飛び込めば、ジジィがエプロンをして火の元に立っている。

 

 ジュージューと肉が焼けるいい音がしてる。

 

 あとはメインディッシュだけらしく、テーブルの上にはサラダが盛られたボウルと焼きたてのパン、湯気を立てるオニオンスープと目玉焼きが並べられていた。

 

 メルは冷蔵庫の方へと向かうとミルク瓶を手に取り、棚からジジィとメルの分のコップを手に取る。

 

 テーブルの上に二人分の食事しかないということは、恐らくまだラブは帰ってきてないのだ。

 

 一体、どこをほっつき歩いてるのだろうと首を傾げながら、ミルクをコップに注いでいると背後から「ご飯、出来たよー」とジジィの声が聞こえてくる。

 

 メルはそれに返事して、二つのコップを両手で持ち、ジジィの所と自分の所に置く。

 

 やることが済んだ二人はそれぞれ席に腰掛ける。

 

 それから、早々に口を開いたのがメルであった。

 

 「ねェ、ジジィ。ラブはまだ一回も帰ってきてないの?」

 

「うん。全然音沙汰無しだよ。今頃、何処の海にいることやら」

 

 こうして、冒頭のような会話が交わされた訳だが、件のラブは行方不明だ。もっと的確な言い方をするのであれば、失踪中と言うべきかもしれない。

 

 

「また死に損なってなければいいけども」

 

 メルの独り言に、ジジィすらも神妙な顔して頷いている。

 

「ラブのあれは呪いかもしれないね。修行にはいいんじゃない?」

 

「嫌だよ。私、どんだけあの人に術を施してあげなきゃならないの」

 

「一応、使い魔じゃん」

 

 ジジィの口から溢れ出たその名詞は、あまり聞きなれないものだ。

 

 しかし、メルは眉間に皺を寄せてうむむと喉を絞っている。

 

 

「使い魔のくせに、主人の元をずっと離れているのはどう言う了見なんだろ」

 

「うーん。ラブの場合、離れたくて離れてる訳じゃないと思うけど·····」

 

 メルがこの世で一番した善行は、ラブだと胸を誇れる。

 

 ラブには文字通り命を分けてやって、しかも使い魔などという上等な立場まで用意してあげたのだ。

 

 そのため、メルは自分が死ぬその日までラブを使い倒してやろうと企んでいたのだが、これがなかなかそうも上手くいかない。

 

 

「古代の魔女の家系さえも翻弄するラブが凄いよね」

 

「ジジィ。その肩書き、私は捨てたって言ったよね」

 

「·····世界政府も馬鹿だねェ。魔女達を淘汰するなんて。『ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)』や『古代兵器』なんかよりもそっちの方がよっぽど凄いのにね」

 

「そんなこと言ったって仕方ないよ。もう魔女は居ないんだ」

 

 メルはこれ以上、その話はする気は無いと空になった食器を手早く片付けていく。

 

 そのメルの様子をジジィは両手でコップを持って、ぺろぺろとミルクを舐めながら伺うように見ていた。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 メルは掃除用具に入れていたデッキブラシを手に取って店の方へと顔を出せば、無人の受付用のカウンターの上に今日の分の小包が三つ程並んでいた。

 

 小包の住所を確認すれば、丁度タイミング良くガープ宛の小包を発見する。その隣の小包は海軍本部宛らしい。多分、いつも通りに門に駐在している海兵に渡せばいいのだろう。

 

 あとのもう一つは、ドレスローザ。

 

 メルはその国の名前を見た途端に口の端を下げた。

 

「うっわ、久しぶりの新世界じゃん。あそこ、此処よりも天候がめちゃくちゃだから嫌いなんだよね。で、差出人は王様で、宛名はデリンジャー·····ジジィ、また変な依頼受けやがったな」

 

 メルの小包の上に貼ってある依頼書をなぞる指が、ブルブルと震えている。

 

 名前を隠す差出人に碌な人間はいないと身をもって知っているメルは、この依頼はかなり面倒くさいやつだと早急に察した。

 

 そして、このデリンジャーとかいう人宛の小包は明日に見送ることにしたのだ。

 

 メルは二つの小包の紐をデッキブラシのブラシ部分の近くの柄まで通して、稼いだ金を入れるための簡素な袋をショルダーバッグに入れるのと引き替えに、ラジオを取り出す。

 

 そしてラジオの紐を柄に通すことで、メルの出立準備は完全となる。

 

「よし! じゃあ、ジジィいってくるね!」

 

 未だに台所にいると思われるジジィに向かって声を掛ければ、ジジィから「いってらっしゃーい」と返ってきた。

 

 ドレスローザの差出人については、帰ってきてから問ただそう。

 

 メルは帰った後の計画を簡単に立てて、店先へと出る。

 

 空を見れば、今日もバッチリ晴天。洗濯がよく乾きそうな風が吹いている。

 

 メルはデッキブラシに跨ると、いつもの如く「フンンンン」と柄を持っている両手に力を入れる。

 

 すると、ゆったりと吹いていた風が急に強くなってきた。

 

 向かいにある家の軒先からぶら下がっている風車がカラカラとよく回っているのを確認して、メルは柄を天へと向ける。

 

 その瞬間に地を蹴れば、メルの体はあっという間に地上を離れ宙に浮いていた。

 

 いつもの癖でラジオの電源を入れてチャンネルを回せば、耳障りなノイズが混じっているのが聞こえ、メルはああそうだったと回す手を止める。

 

「そういえば、君。壊れていたんだよね」

 

 問いかけたところで、ラジオはうんともすんとも言うはずがない。

 

 スピーカーから聞こえるのは、ノイズ混じりのニュースキャスターの声だ。

 

『今日未明──ピーガガガガ──ノースブルーで海軍の艦船が───ガガガガ───商船などを運行する場合は十分に───ザザザ』

 

「·····いっそのこと、これから行く先にいる人達に頼んでみようかな」

 

 色々と超技術を持っているらしい海軍ならば、ラジオの一つや二つは直せるだろうとメルは考え、デッキブラシの速度を上げる。

 

 メルの一日は、約三割程ラジオに占められていると言っても過言じゃないのだ。

 

 生活の相方とも言えるラジオが無いと、いつもの調子が出ないとメルは嘆息を吐く。

 

 「よほほほほ〜よほほーほ〜」

 

 取り敢えず、気分をこれ以上に盛り下げないようにとメルが口ずさんだのは、最近とうとうマイブームにまでなった海賊の歌だ。

 

 今から海軍本部に行くにしては随分な選曲であるのだが、今のところメルの気分を盛り立てる手段はこれしかないのだから仕方がないのだ。

 

 




一応モデルが『魔女の宅急便』なので、申し訳程度の成分補填です。

ジジィは黒猫のミンク族で、ロジャー世代の人です。
ちなみに出身は象の上ではありません。よって、ミンク族のあれこれをあまり知らないのです。

ラブは多分またいつか出てきます。



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マグマ鍋だけはご勘弁ください!

 グランドラインの前半にあるマリンフォードに、海軍本部はある。

 

 一点の曇りなき正義の白が塗りたくられた壁は日を照り返して眩く、ぞろぞろと巡回を繰り返す海軍の集団が海賊にとってはとても心臓に悪い光景だろう。

 

 天高く聳え立つ本部は立派な天守閣を持つ城だ。

 その城壁には達筆な字で『正義』の二文字がデカデカと書かれている。

 

 天守閣は、デッキブラシに跨って空を飛んでいるメルよりも高い位置にあり、ついふらふらとその周りを旋回してしまう。

 

 ───やば! こんなことやったらまたヤバい人達に連行される·····!

 

 前にも同じような事をやって、本部に奇襲仕掛けたやばい海賊と間違えられて大変な目に遭ったのだ。

 

 あれは、メルの心に深い傷を残した出来事として記憶に刻まれている。

 

 トラウマ、PTSDエトセトラ、詰まりメルは、未だにその出来事を引きずっているのである。

 

 

 メルは正義の門を超えた先にある大きな玄関口まで下降していく。

 

 直立不動で玄関口を守っている海兵が、空から現れたメルに気付いたようなので挨拶も込めて片手を振る。

 

「ご苦労様です」

 

 メルの挨拶を受けて、海兵もビシッと敬礼を決めた。

 

「そちらこそ、ご苦労様です!」

 

 本部所属なせいか、支部と比べて何割か硬い調子で返されて、メルはつい己も上げていた片手で敬礼をしてしまう。

 

「これ、本部宛の荷物です」

 

 地面に降り立ったメルはデッキブラシの柄から荷物を外して海兵にはいと渡す。

 メルから小包を恭しく受け取った海兵は、格式ばった礼を述べた。

 

 海兵の大層なお礼を適当に受け流しながら、メルは「ああ、そうそう」とさも今思い出しましたとでも言うような軽さで、本命の居場所は何処だろうと口にする。

 

「ガープさん、今日は大人しく本部にいますか?」

 

「ガープ中将でありますか! 今日はまだ自室から出られてないと思いますが·····」

 

「よし! じゃあ、あの呼んでもらってもいいですか? ガープさんにもお届けものがありまして」

 

「了解であります! 内線を入れますので、暫くお待ちください」

 

 

 今日はあのガープも大人しく執務を全うしているようだ。

 

 時たまあのお爺さんは、思い立ったように艦艇に乗り込んで遠征に出かけてしまうことがある。

 

 何度もその被害に遭い、空振りをし続けたことがあるメルからしてみればクソッタレな放浪癖めと野次りたくなる話なのだ。

 

 これが、まだ仕事での遠征であればメルとて心の整理がつく。

 

 ただ彼の同僚からの話によれば、ただの癇癪とのこと。

 

 なんで自分の周りには海に出たがる人間がこんなに多いのだろうとつい悲観したくなるが、それもこれも海賊のせい。

 

 そう、海賊のせいなのだ。

 

 

「ラブがなかなか帰ってこないのも海賊のせい。ガープさんが遊びに行っちゃうのも海賊のせい。ああ、もう! 海賊なんて滅んでしまえェェエエ工!」

 

 怨嗟の声が喉元から響く中、「ガープ中将と連絡が取れました。自室まで来るようにと仰せです」とあの海兵が戻ってきて、メルに用件を伝える。

 

「はい。ガープさんの自室ですね」

 

 カシコマリマシタと何故か気の無い声で了承するメルに、あの怨嗟の声をバッチリと聞いていたこともあってビクリと大袈裟に海兵は両肩を揺らす。

 

 ここまで海賊を嫌っている人間なんて、あの赤犬くらいのものだと思っていたが、どうやら海賊を心底毛嫌いしている民間人もいるらしい。

 

 さて、ここで一つ。

 とある諺を思い出して欲しい。

 

 噂をすれば影。そうこの言葉が今日の出来事にはピッタリだ。

 

 たとえ、それが一人の人間の中で完成されたことだとしても。

 

 

 ───そう、つまり。

 

「いい声で鳴くのォ、そこのお嬢ちゃんは」

 

 海兵の心中で噂されていた人物が、ひょこりと本部に通じる道から現れたのである。

 

 これに驚いたのは一人で噂をしていた海兵。

 

 あと、過去に散々な目に遭わされた被害者だ。

 

「ギャァアアアッ! で、出たァァアアアッ!!」

 

「相変わらず、騒々しいやつじゃのォ」

 

 メルが天敵に遭遇したかのような声を上げているが、それはまさしくその通り。

 

 この男は、メルにトラウマを刻み込んだ曰くある天敵なのだ。

 

 今日のように、本部の天守閣の周りを物珍しげに旋回していた当時五歳の無垢なメルを奇襲仕掛けた海賊と勘違いしたこの男は、あろうことか能力を大盤振る舞い使って、何度も幼いメルに死を覚悟させた。

 

 しかも、途中から同僚らしい氷人間の男も加わって、事態は海軍による大捕物へと変貌し、メルは本当に自分の命の軽さを何度も自覚することになった。

 

 メルは、震えで歯の音を鳴らさいようにしっかりと口元を引き締めて、その件の男と対峙する。

 

 海兵の帽子をしっかりと被りこみ、トレードマークのワインレッドのスーツを今日も今日とて着込んでいる姿はなんとも暑苦しい。

 

 強面の青年とおじさんの狭間をさすらっている顔をした男はメルの強がりを見てとっているのか、意地悪げに口の端を上げていた。

 

 ───羽織っている正義のコートが霞むほどに、悪魔のような微笑を浮かべてらっしゃることで。

 

 正直、海でドンパチしている海賊よりもメルはこの男の方が怖い。

 

 しかしこの男、実はその海でドンパチしているその海賊が滅茶苦茶嫌いなのだ。そりゃもう、この世の海賊を皆殺しにしてやろうと素で思っているくらいには。

 

「さ、ささささサカズキさん。なんで、こんな所にいらっしゃるんですか!?」

 

「わしァ、海兵だ。居たって可笑しなことは無いはずじゃけェ?」

 

 この底意地のひん曲がった返し、昨日までイーストブルーで優しさに塗れていたメルにとっては久々すぎて泣けてきそうだ。

 

「確かにおっしゃる通りです」

 

「それで、お主は?」

 

「ガープさんにお荷物を届けに来たんですよ」

 

 サカズキはほほぉと声を上げて、顎をつるりと撫でる。

 恐らく、メルがガープの使いで来たことを見越して言っているのだ。

 

 海軍の運び屋と最近噂されているメルではあるが、その荷物の殆どがガープのものなのだから予測は簡単につくというもの。

 

 しかし、だからこそ、この男の底意地の悪さが際立つ。

 

 メルがあの一件以来、サカズキを苦手と知っていて尚この口振りなのである。とても八歳児にする所業とは思えない。

 

「案内しちゃろうか?」

 

「いえいえ、そんな。サカズキさんのお手を煩わせるような真似は出来ませんよ」

 

 顔には出さないが、メルは胸中で盛大に舌を出していた。

 

 ───そんな風に心根が腐ってるから、脂の乗ったいい歳なのに浮いた話の一つも無いんだってば! この独り者! 永遠に所帯など持てると思うなよ!

 

 正直、メルにとってはブーメランのような罵声にも感じられるが、彼女の凄い所はそう思っていることを欠片も表情に出さない点だ。

 

 確実にメルの嫌っているサカズキのような人間へと育つ道が整ってきていることに自覚はないらしい。

 

「子供が謙遜することないのォ。ほれ、行くぞ」

 

 しかし、例え、メルの将来がサカズキ一直線だとしても、性根が腐っている人間の完全体には勝てない。

 

 手招きまでして、一緒に行くぞと無言で言ってくるサカズキにメルは完敗を喫したと項垂れる。

 

 

 ところで、その二人のやり取りを実は一番面食らって見ていたのがあの海兵なのだが、二人は全くそれに気付くことなく本部へと歩いていく。

 

「·····あの子、絶対いつか大物になりますよ」

 

 海兵も畏敬するあの赤犬に、子供の身ながらあそこまで抵抗して見せるのがそもそも普通じゃない。

 

「センゴクさんが、どうにかして抱え込んでくれと泣きついてくる意味が漸く分かった気がします」

 

 海兵は、おかきを食べながらも胃薬を手放さない器用貧乏な上司がいるであろう本部の方向へと足を向け、洗練された敬礼をしてみせる。

 

「メル殿の懐柔、この私めが必ずや果たしてみせます!」

 

 こうしてメルの世界一の配達屋さんへの道が狭まった瞬間である。

 

 もし、海兵のこの独白をメルが聞いていれば彼女は、ハリセンで渾身のツッコミをしてみせただろう。

 

『余計なことはしないでください!』と。

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 売られる子牛って、こんな気分なんだとメルが遠い目をしている間に本部に着いていたらしい。

 

 前を悠々と往くワインレッド色のスーツが憎らしいとつい歯軋りをしていれば、敏感に何かを察したらしいサカズキが首だけで振り返った。

 

「トロイのォ。何なら、それに乗って移動しても構わんけェ」

 

 威圧あるその独特な方言を聞いただけでも胃が痛くなる海兵がいるらしいが、今ならその気持ちがわかるよとメルは思う。

 

 いや、何ならあのワインレッド色のスーツを見ただけでもメルの胃腸はきゅうきゅうと痛くなりそうだ。

 

「流石に本部内でそんなことは出来ないです。私は見ての通り、手足が短くてとろいので、お気に障るようでしたら置いていってもらって全く構わないんですが·····」

 

「口ばかりは達者じゃのォ」

 

「一応、こう見えても商人ですので」

 

「フン。なら、もう少しまともな言葉を喋らんかい」

 

 ───あああああ! 血管ぶち切れそう!! マジで一生独身者の呪いをかけてやろうかな。ってかなんで、こんな性悪が海兵なんて公務員職つけるの·····武力至上主義は絶対やめたほうがいいと思うわ。くそう、こんなんでも公務員か。私よりたんまりお金もらってるんだろうな。

 

 ガープのようにサカズキさんも金蔓に出来たら、メルの将来は確実に安泰だろう。

 

 こんな男でも、地位は大将だと聞いている。

 

 海軍内の役職にはとんと疎いメルだが、その大将という地位がそこそこ高いことは分かっていた。

 

 ───この人の部下は、大変だろなー。可哀想に。私なら三日で謀反起こせる自信ある。

 

 と、サカズキについてメルがあれこれ思い馳せていたら、いつの間にか彼の大きな足元が動きをやめていた。

 

 メルはそのことに気付くのに遅れていたようであと少しで鼻先がぶつかりそうな所で、漸く足を止める。

 

 間一髪のところで、サカヅキとの接触事故を防ぐことが出来た。

 

 あっぶねェー!と心中穏やかじゃないメルを知らず、サカズキは背後で百面相しているメルを見下ろして、それから腕時計を徐に見やった。

 

「しょうがないのォ」

 

 ピンとメルの嫌な予感レーダーが起動した。

 

 しかもこの感じは避けたくても避けられないとんでもない厄災が身に降りかかってくる奴だとまでメルが把握していると、急に体が浮いた。

 

 デッキブラシが容赦なく毟り取られ、メルの視界が急に高くなる。

 

 ふわりと鼻先を掠めたのは、何故か懐かしい畳の匂い。

 

 

 

 これは───可笑しい。

 

 明らかに可笑しい。

 だって、視界を床に落とせばのっそりのっそり歩いているワインレッドのスラックスが動いてるのが見えるのだ。

 

 ぎぎぎと油を挿してないブリキ人形のように首を横に動かして見せれば、海兵の帽子に覆われた短い黒髪が見えるのだ。

 

 

「ひ、人攫いィィイイッ! ウワァァアアア!! やっぱりあの時から、マグマ鍋にして私を食べる気満々だったんだ!!」

 

「煩いのォ!ちーっとはおとなしゅう黙っとらんか!! バカタレェッ!!」

 

「どうせあの氷人間と卓を並べるんでしょ!? あのやる気なさそうな癖して、私を仕留めるき満々だったひょろ長モジャとォオオ!!」

 

 メルはとことん錯乱した。

 

 まさか天敵に担がれるとは思っておらず、しかもあのトラウマが否応がなく何度もフラッシュバックするのだ。

 

 メルのあらん限りの叫びがとうとうツボに入ったらしく、サカズキの様子が滅多なことになっているのだが、そんなことに錯乱中のメルが気づくはずもない。

 

「マグマでコトコト煮た次は、雲の上よりも冷たい氷でギンギンに冷やすんだ! 私は冷製パスタかなんかかこの野郎!! カニバリズム大反対!!! 」

 

 本部の廊下とはいえそこそこ人目があるのだが、必死に笑いを噛み締めているサカズキは勿論のこと、尋常じゃないメルが気遣えるはずも無く。

 

 ───あの赤犬が、女の子を担いで笑っている·····!!

 

 サカズキが歩いた分だけ、有り得ない光景に精神的ショックを受ける海兵が増えるのだが、彼らはそんなことは知らないと廊下を悠々と闊歩する。

 

 そこで、海兵達もこれ以上『赤犬』にトラウマを植え付けられぬようにと考えた。

 

 彼らは皆一様に口の端をヒクヒクさせてその劇物を視界から追い出すことにしたのだ。

 

 これ以上、あの狂気的なものを見ていたら人格を失いかねない。

 そこまで言われるサカズキも常日頃どの様な行いをしているのかと思えてくるのだが、海兵達は皆真剣な顔で精一杯自分の安寧を守ることに尽力していた。

 

 

 そんなとんでもない事態になっているとは、全く気付いてないサカズキとメルの二人連れはガープの自室へと進んでいった。

 

 




赤犬なんてめちゃくちゃ可愛らしい二つ名を持っているんだから、さぞ可愛らしいキャラクターなのだろうと見てみれば。

強面、ワインレッドスーツ、図体デカい、どっからどう見てもカープファンなおじ様で地に伏した苦い記憶があります。

この人の口調、山口弁なのか広島弁なのかちょっとよく分からない。

そうだよねェ、青雉と黄猿を見て察しろって話だよねェ。

そりゃ赤犬だってオッサンだよォ。


PS.サカズキ氏の位を訂正しました。30代で大将三人組は中将とか出世早すぎないですか。



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親の心、子は知らず

 叫びすぎで精神的に限界を迎えたメルは口から魂を放り出していた。ふよふよと出してはいけない魂魄を漂わせているメルを見て、あのガープですら「どうしたんじゃッ!?」と声を荒らげている。

 

 しかし、そんなガープの慌てようも無視して、サカズキはほいとメルをガープに手渡した。

 

 何食わぬ顔をして、自分を渡すサカズキにメルは言いたくって仕方なかった。

 

 ───ガープさん! 元凶は貴方の前で、「失礼します」とぬけぬけとお辞儀しているところですよ!!

 

 しかし、そんなメルの心の中の密告に通常の状態でさえ激ニブで様々なことに気付いてないガープが気づくはずもない。

 

 だから、アンタの息子は革命軍とか訳の分からん頭を張ることになったんだよと言ってやりたいが、相手はどう足掻こうとも英雄の称号を持った海軍のヒーロー。

 

 結局は胸の内に押し込まれて、忘れ去られるそのツッコミは今日も胸で潰えるのみ。

 

 

「大丈夫か? 顔面が蒼白じゃぞ」

 

「マグマ鍋がコトコト、氷人間がブリザードでジャブジャブ」

 

「えらく放心してるようじゃな」

 

 ガープはメルを応接用のソファに寝かせた。

 よっぽど酷い目にあったのか、未だにうんうんとよく分からないことをブツブツ呟いているメルに、ガープは可哀想にと憐憫を抱いた。

 

 ───メルがまともな言葉を交わせる程に回復したら帰してやろう。

 

 

 せめて代わりにと、ガープは自分にと運んでくれた荷物をデッキブラシから外す。

 

 メルの運んできた小包をいつもの力技でビリビリと破いて、包の下から現れた『ほっぺた落ちるおかき』と書かれた唐草模様の包装用紙に包まれた箱を今度は繊細な手つきで、ゆっくりと暴いていく。

 

「毎度毎度、これは肩が凝る」

 

 どうにか箱の周りにまとわりついていた包装用紙をガープは破くことなく、解くことが出来た。

 

 フゥと安堵の吐息を零し、ゴキゴキと心地よい音を首を回して立てる。

 

「今度は何じゃ·····ったく、もう少しあの阿呆息子も大人しくしておれば良いものを」

 

 唐草模様がプリントされている表面を裏に向けて、ガープは裏面にびっしりと綴られた革命軍についての報告書に目を通す。

 

 そう、これは海軍が放っている密偵による報告書だ。

 海軍の暗部にメルのような民間人の子供を巻き込むようなことは本当ならしたくない。

 

 だが、いつかメルが「電伝虫よりはやく配達することが出来る」と豪語したように、メルの配達速度は海軍の連絡網より早く伝達することが出来た。

 

 否、不幸にも出来てしまったと言うべきかもしれない。

 

 海軍とて良識は一応備えているつもりだが、それよりも彼らは実を取ることを選んだ。

 

 きっとメルはガープのお使いをしているだけだと思い込んでいるようだが、その実は巷で噂されているように海軍の手先に知らずなっていたのだ。

 

 ガープとしては、遺憾ともし難い事実なのだがメルのお陰で革命軍や海賊の検挙率が上がっているのも真実。

 

 申し訳ないと思いつつも、最早彼女を利用することを止められないでいた。

 

『斥候がマリンフォードにも入り込んでいる模様。注意されたし』

 

『ノースブルーにて不審な光を発見した。あれは、オーロラ?』

 

『革命軍、白ひげと接触あり。会議内容までは把握出来ず』

 

 ズラズラと書き並べられた流暢な文字は、読んでいて酷く疲れる。

 ガープは凝ってしまった眉間を解すように指で揉んだ。

 

 ガープの書類仕事に対する毛嫌いっぷりは筋金入りだ。

 

 元々、文字を読むことすら嫌悪していた公務員失格者なのだが、流石に何十年と業務をこなしていたら千文字など、10分と経たずに読むことができるようになった。

 

 そして、ガープは嘆息を吐く。

 

 いつの間にか白髪が混じるようになった頭と髭をガシガシと乱雑に掻いて、彼は己の回転椅子をくるりと回した。

 

「馬鹿息子が·····。いくら喚いた所で、世界なんぞそう簡単に変わるもんじゃねェってのにのォ」

 

 この世界が不平等に歪み切っていることなどガープとて、よく知っている。

 

 だが、知っていたとしても出来ないことはある。

 この長い人生の中で、ガープが強く思い知ったことの一つだ。

 

 どれ程力を手に入れても、名声や権威を掻き集めても、人々の根底にある認識は変えられない。

 

 胸糞悪いことを思い出してしまったと首を振る。

 気分を変えるために茶でも飲むかと、今、ガープの別の仕事でバタバタしているボガードを呼び寄せようと電伝虫を手繰り寄せた所で、「んー」と寝惚けたような女の子の声が聞こえた。

 

 そう言えば、此処にはメルが居たのだと今更ながら思い出したガープである。

 

 もし、ここにセンゴクやそれこそボガードがいたら、子供とはいえ部外者の前で機密文書を読むなとガミガミ叱っていたところだが、残念ながら此処にはガープとメルしかいない。

 

「折角じゃ。あいつには羊羹でも買わしてこよう」

 

 この瞬間にコートをバサバサはためかせて、ボガードが羊羹を買うために近くの商店街を走り回る未来が決定した。

 

 可哀想なボガード。

 だが、ガープの直属の部下である限り、彼には続々と苛烈な試練が降りかかり続けるのだ。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 この世界は、やけに海が広い。

 

 メルはいつものデッキブラシに跨って、眼下に広がる海面を見る度にそう思う。

 

 この広い世界に点在している島を全て寄せ集めても、きっと海ほどの面積は無い。

 

 これは、空を飛行できる人間にしか知りえない事柄だ。

 

 多分、デッキブラシに乗れる自分しかこの考えは思い浮かばないのだろうと思い、メルはそのことに少し優越感を抱いた。

 

 しかし、メルは知らない。

 

 この世界には生身で空を飛ぶ人間が数多と存在することを。

 悪魔の実という特殊な果実の恩恵に与って、空を悠々と散歩する輩がいることを。

 

 知らぬが仏。知らぬが花。

 

 

『でけでんでんでんー! どうもー、案外イルズです』

 

『なァなァ、オレ海軍やって見たい』

 

『じゃあ、オレは海賊な』

 

『そこの海賊、そこの海賊。その鴎の描かれた帆を畳みなさい。あと、その白い正義のコートめっちゃカッコイイね!』

 

『それ、海兵やないかい!』

 

『あーあー、テステス。そこの船そこの船。有り金全部全て献上しなさい。勿論、ネコババは許さない』

 

『それ、海賊や! スズキ!』

 

『はい、しゃがしゃがしゃがしゃが!!』

 

 

 昨日、メルはガープの部下───ボガードにラジオのことを聞いてみた。

 

 予測通り、ガープはラジオを直すことなんて出来ないらしく、ボガードが何処かから取り出した工具キットによって、淡々とバラされていくメルのラジオを見て、彼はほほぉと感嘆の声ばかり上げていた。

 

 ボガードは見た目通り器用にラジオの中身を弄り、外れていたらしい線と線を繋いだりして見事ラジオを直すことに成功した。

 

 

 ───ガープさん、部下さんがいる限りは将来安泰だね!

 

 ボガードの便利具合に、メルがガープの将来すら見通していたとは露にも知らず、ガープは「直って良かったのォ」とラジオの生還を我がことのように喜んでいた。

 

 あの孫にしてこの祖父あり等とまた失礼なことを考えていたメルの頭をガープは乱暴にかき撫でて、羊羹のご相伴にまで与ったメルは、帰りはホクホク顔でマリンフォードを出たのだ。

 

 因みに、シャンクスの件もこの時にメルはガープに告げている。

 可愛い孫を不埒者がたらしこんでいるのだと知り、かなりガープがお冠になって、今すぐにでも艦艇に乗り込んでドーン島に出発せん!と騒いでいたが、ボガードさんの体を張った押さえ込みのかいもあり、今回のガープ出奔は未然に防がれていた。

 

 なんだかボガードに、恩を仇で返してしまったような気がするとメルが謝罪すると「公私の区別がつかない中将が悪い」との慰めをいただくことになった。

 

 そんなこんなな昨日を経て今日。

 ボガードの手によって息を吹き返したラジオが、無音の海上中に響き渡らせるのはルーキーの漫才師によるコントのようだ。

 

 

「あははははッ! 海兵が海兵を襲うとか洒落になんないなー」

 

 メルは可笑しそうにデッキブラシの上で爆笑しているが、実はこの海兵が海兵を襲うという事柄は極たまに起こっている。

 

 そもそも、海兵から海賊に転職することもあるのだ。

 

 その逆で海賊が海兵になることもある。

 ちなみにこのケースは純粋に海兵を志したと言うよりも、スパイとして送り込まれたと言った方が正しい場合もある。

 

 海賊と海軍は、海上で派手に争うだけのみならず、その水面下でも盛大な化かし合いすらしているのだ。

 

 

 この様に身内同士で身を食いあってることもよくあることだとメルが知ったら、恐らく「救いはないのか、この世界」と黄昏れることだろう。

 

 

 そんなまだちょっとだけ純真であるメルはいつもより早く出立して、新世界に位置するドレスローザに向けてデッキブラシを運転中であった。

 

 今日の小包は『王様』という不審人物から『デリンジャー』という人に宛てた曰くのある小荷物である。

 

 中身すらも教えてもらえなかったのだから、段々と小包自体が禍々しいものに見えてくる。

 

 マリンフォードから帰った夜、手洗いも程々に早速ジジィにこの『王様』について問い質してみたのだが、そのジジィは知らないの一点張り。

 

 ジジィが依頼を受けつけたんだから知らないはずはないでしょーと詰問すれば、「あれは駄目だ。あれだけはメルでも駄目だよォ」と本気のジジィに諭されてしまった。

 

 ジジィがあんなに慌てふためく顧客って、どんな化け物なのだろうか。

 

 凪いだ海ばかりで丸焼きにしたいニュース・クーも飛んでない晴天の下、暇を持て余したメルの思考はどんどんその『王様』の方へと傾いていく。

 

 ジジィは、この世の上位に入れるほどの守銭奴だ。

 金の亡者という言葉ですら生温いと思える程に、金に対して執着している。

 

 そしてこれは純然たる事実として、メルをそこそこ大切に思っている。

 

 あんなふうにつっけんどんな所があるが、メルとジジィは、メルが物心つかない頃からの仲だ。

 

 メルに言葉を教え、物の道理を説き、生きる術を叩き込んできたジジィはメルにしてみれば、云わばアイデンティティの結晶とも言える存在である。

 

 

 娘にも等しいメルに危険な依頼を頼める程、ジジィはメルを軽くは扱えない。

 

 だからこそ、疑問なのだ。

 

 何故、この『王様』の依頼をジジィは受けたのか。

 

 ただ金払いが良いだけじゃないはずだ。

 もっとはっきりとしていて、明白な理由がジジィと依頼人の間にはある筈。

 

 

 ───まさか、命なんか握られてるんじゃないよね? あの黒猫。

 

 ふと思い浮かんだ『もしも』にメルはさっと血の気を引かせるが、これは仮にも『もしも』の話だと嫌な予感を振り払うように首を横に振る。

 

 

「なんか、今回の依頼は胸騒ぎがするんだよねー」

 

 こんなに乗り気になれない依頼もそうそうないとメルは肩を落とす。

 

 そうやって、一人悶々としていると前方から漸くお目当ての国が見えてきた。

 

 

 ドレスローザ。

 

 そこは、革命の足音が忍び寄る国。

 

 

 

 

 




モンキー家の中でも随一を誇る自由人ガープが結構好きです。

本当にワンピース世界って、この家の人間に散々に振り回されてますよね。

センゴクとイワンコフとナミは熱い会話を交わせそうです。

身内馬鹿で、直情的で、親愛の表現の仕方がとことん下手くそな元気おじいちゃんには是非天寿を全うしてもらいたい。



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おとぎの国はパンの匂い



ちょっとしたドレスローザ編(10年前)です。

凄い勢いで更新しているのもありますが、こんなに投稿して早々に読者の皆様から様々な反応を頂けるとは思わなくて少しドギマギしてます。有難いことです。


 ドレスローザは、綺麗に敷きつめられた煉瓦道と空に花びらが舞うおとぎの国の様な場所であった。

 

 いつもの如く、デッキブラシと荷物を胸に抱えたメルはこの国の壮麗さに心を奪われて立ち尽くす。

 

 メイン通りを歩く住人達の顔は皆、笑顔に満ちており。

 何処からともなく漂ってくる香ばしい料理の匂いは、早朝から何も食べていないメルの胃袋を柔らかく刺激する。

 城下町のあちこちで咲く花々が風に揺れるさまがどうしてか印象的で、メルはつい宛もなく城下町を歩き回ることにした。

 

「こんな綺麗な国·····初めて来た」

 

 神々が寵愛した国とでも言われそうな華やかな街並みは、絵本で見るお伽噺の国そっくりで柄にもなくメルのテンションが上がる。

 

 メルとて、女の子なのだ。

 綺麗なものや可愛いものに目が無く、普段からも本当は素直にそういうものを愛でていたい。

 

 だけども───それは出来ないことだから。

 

 お金も無くて、世界政府からも睨まれているメルの身の上じゃそんなことに現を抜かしてはいられない。

 

 ドレスローザの雰囲気に当てられて、珍しく胸が熱くなってきていたが、侘しい現実を目の当たりにしてメルの気分は冷や水を浴びせられたようなものだ。

 

 テンションの上昇下降が激しいメルはパンの香ばしい匂いにフラフラと誘われて、パン屋の看板を掲げるその店の軒を見上げる。

 

『あっち向いてホイ店』

 

 もうちょっとまともな名前は付けられなかったのかと思いながらと、ぐぅと鳴り響く腹の音に催促されて、メルは扉を押し開けた。

 

 店内は思ったよりも広くて、壁沿いに商品と思われるパンが並べられていた。

 

 新品の木の匂いと焼きたてのパンの匂いがメルの鼻腔に立ち込める。肩の力が抜けそうな柔らかなその匂いについ微笑んでしまっていると、カウンターの向こう側でそんなメルを面白そうに見ている女性と視線が合う。

 

「いらっしゃい。アンタは、初めて見る顔だね」

 

 この店の住民に相応しい亜麻色の短い髪とちょっと恰幅のいい体格がチャーミングな女性は、人好きしそうな笑顔でメルを出迎える。

 

 メルが女性を見ていると、ポーンポーンと振り子時計から玩具の鳩が飛び出てきた。

 時計の針を見ると正午丁度。

 

 パン屋に入ったのは、ナイスタイミングだったかもと頭の片隅で考えつつメルもお返しにと笑顔で女性に対応する。

 

「はい。実は仕事でこの街に来ているんです」

 

「そうかい、遠くからご苦労さまだね。ウチのパンがお気に召したら、買って行っておくれよ」

 

「そっちにトレーとトングがあるから」と女性に教えてもらい、メルはデッキブラシを傘立ての中に立てさせてもらってから、パンを選ぶことにした。

 

 壁際の机の上に並ぶのは色とりどりのパン達だ。

 美味しそうな焼き目がついていて、メルはつい喉をごくりと鳴らしてしまう。

 

 硬さと香ばしさを選ぶならベーコンエピ。

 表面にかかった砂糖と外皮と中身の対比を楽しむならメロンパン。

 ハムと卵のハーモニーを楽しむならサンドウィッチ。

 パリパリとした食感を味わいたいならクロワッサン。

 

 ───うわぁ、どれもこれも本当に美味しそう!!

 

 メルはこよなくパンを愛するパン愛好家だ。

 朝食は絶対パンとミルクじゃなきゃ嫌だし、おやつに食パンの耳を揚げて砂糖をまぶしたものが出てきたら、昔はその場をくるくると回ったものだ。

 

 ところが、そんなパン愛好家メルの下にご飯党が出現したのである。

 

 その不届き者の名前をラブと言う。

 パンなんかで腹が膨れるかと物申すその阿呆は未だに失踪中だ。

 

 ───まさか、自分の使い魔がパン嫌いだとは思わなかったなー。アイツ、朝から胃の重たくなるようなおにぎりばっかり食べるし。

 

 古来よりパン党とご飯党は相容れないと言うらしい。

 それは、紅茶党と珈琲党の争いと酷く似通っているのだとか。

 

 まぁ、結局は個人の嗜好に文句を言っていても埒が明かないということだ。

 

 己の価値観を押し付けてばかりいてはいけないということを、この不毛な争いは長い時をかけて人々に教え続けている。

 

 

 悩みに悩んだメルが漸くメロンパンとベーコンエピをトレーに取ったところで、けたたましい音を上げて店の扉が開かれた。

 

 ぞろぞろと入ってきたのは、頭にリボンをつけた可愛らしい女の子と店内に入るのも大変そうな体格のいい男の子だ。

 

「ベビー5ー。アイス買いたいだすやん」

 

「それは後でってさっきから言ってるでしょ? 若がここのパン食べたいって言ってるんだからちょっとだけ待ってて」

 

「若が待ってるなら仕方ないだすやん」

 

 パン屋の女性とこの子達は顔馴染みらしく、女性が「いらっしゃい」と片手を振ると二人は揃って手を振り返す。

 

 それから二人は、それぞれトレーを手に取ってあれがいいとかこれはどうだとかパンを見ながら話していた。

 

「若はサンドウィッチにしようかな。トレーボルはメロンパン。ディアマンテはそうね、チョココロネかな」

 

 パンを仲良く選んでいる光景は、パン愛好家にしてみれば微笑ましい以外の感想を思いつくことなどできない。

 

 ───ジジィとパン屋に行った時はなかなかパンを選ぶことが出来なくて、私が選び終えるまで外でよくタバコ吸ってたっけ?

 

 昔は今より稼ぎが少なくて、満足にご飯を食べられなかった。

 働き盛りであるジジィもミンク族だからと就ける職業が限られており、メルはまだ小さくて働きたくても店にお金を入れることなど出来なかったのだ。

 

『ごめんね、メル。僕がミンク族じゃなかったらもうちょっと楽出来るんだけど』

 

 過日の記憶が蘇る。

 いつもは耳をピンと立てて髭を震わせているジジィが、初めてどちらも垂らせてメルに弱音を漏らしたあの日。

 

 そう、あの日からメルは己の力を使って働こうと思ったのだ。

 

 ジジィのためだったら、この力が露見してしまってもいい。

 世界に捕まって命さえ奪われるかもしれないけど、それでもジジィが笑ってくれるならメルは幸せだと思えたから。

 

 だから───。

 

 

「どうしたんだい? ぼうっとして」

 

 我に返ると、トレーを持ったまま棒立ちになっているメルを心配してカウンターから女性が出てきていた。

 

 ふくふくとした体をしていると思っていたが、お腹の出方が妊婦のものであると察しメルは「あ」と声を漏らす。

 

「お腹に赤ちゃんがいるの?」

 

 唐突なメルの問いかけに女性は拍子を取られたような顔をしたが、数秒後には「うん」とそれはそれは幸せそうな母親の笑みを浮かべて、突き出たお腹を優しく摩る。

 

「もうすぐ生まれるんだよ。今もたまにポコってお腹を蹴るの。きっと元気な子だわ」

 

 メルは慈愛の篭った女性の眼差しに、胸が焦がれるような気がした。

 

 ───こんな人が私のお母さんだったらいいのに。

 

 メルには母親の記憶が無い。物心ついた時から記憶にあるのはジジィだけ。

 

 メルの母親も、メルが腹にいた時はこんな顔をしてお腹を優しく摩っていたのだろうか。

 

 こんな風に早く生まれてきてね、貴方に会いたいよと言葉を紡いでくれたのだろうか。

 

「クリームさん! 私もお腹触りたい!」

 

「おれもだすやん!!」

 

 ノスタルジックな気持ちに包まれていると、メルとクリームと呼ばれた妊婦の女性のすぐ側に、あの二人の子供達がやって来ていた。

 

 子供達のトレーの上にはそれぞれパンの山が出来ており、絶妙なバランスでもって保たれている。

 

 危なっかしい二人の手つきにハラハラしたのはメルだけでないらしく、クリームも危機感を抱いたようで「お腹を触るのは、そのパンを包んでからよ」と言い渡していた。

 

「あ、あの」

 

「うん?」

 

 そうと決まれば、さっさとトレーを置きに行こう!とカウンターの方へと向かっていった子供達を尻目に、メルは恐る恐るとクリームに声を掛けた。

 

「私も、お腹触っていい?」

 

 そろりとクリームの顔を伺うように、上目遣い気味に尋ねるメルへ女性がそんなことかいと声を上げて笑う。

 

「勿論さ。色んな人に構われてこの子も幸せ者だよ」

 

 ふふふと女性は笑い、「さぁ、アンタもカウンターまでパンを持ってきて」と促され、メルはパパっと顔を華やかせた。

 

「うん!」

 

 メルもあの二人の子供に続けとばかりにカウンターの方へバタバタ走っていく。

 

 逃げやしないよと女性は思いつつも、今日は可愛らしいお客さんだらけだねとまた自分のお腹を摩った。

 

 

 

 

 

 




申し訳程度の『魔女の宅急便』成分です。

幸せな話を書いてますが、この国のこれからを考えるとちょっとなんだかなぁと思ったり。

ドレスローザの街並みは、アニメ版で見ていて本当に心踊りました。
メルヘンを煮つめたような城下町に、絵本に出てきそうなお城は某コウモリのゴスロリチックな城よりも好きです。

ただし、某ミホークさんのルクセンブルクにありそうなお城も好きっちゃあ好き。



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この世に生まれる君に世界の祝福がありますように

★『マグマ鍋の回』にて、赤犬の位を大将に変更しています。
くそう、出世早すぎだよ三人とも。
★バッファローのコラさんへの思いの丈を少し修復しました。


 メルと女の子、それから男の子はクリームに購入したパンを包んでもらい、漸くお腹を触っていいよと許しが出たのでメルは珍しくドキドキと胸を高鳴らせて、女の子がお腹が撫でている様子を見ていた。

 

「あ! またポンって蹴った!」

 

 クリームは女の子のはしゃいだ声を聞いて目を細める。

 そのお腹の子は、確かに母親が太鼓判押すだけあって元気いっぱいだ。

 

「ベビー5ゥ、俺も触りたいだすやん!」

 

「駄目よ、バッファロー。だって、アンタまだ力加減下手くそじゃない」

 

「うぐぐぐぐ。そ、そうだすやん·····」

 

「この前は二人とも時間がなさそうだったから言わなかったけどさ、バッファロー君だって触りたいわよね。この子も私も子供に押されたところでビクともしないさ。だから、バッファロー君さえ良いなら触ってみないかい?」

 

「ほ、本当に良いだすやんか?」

 

「勿論さ。この子もきっとバッファロー君に構ってもらったら嬉しいんじゃないかい」

 

 光を見出したようにバッファローがベビー5の方へ顔を向けると、「クリームさんが良いなら」と渋々彼女は頷いてみせる。

 

「ありがとうだすやん!!」

 

 クリームからお触りの許可が出たのがよっぽど嬉しかったのか、バッファローが目を潤ませて小躍りする。

 

 もう調子いいんだからとベビー5がバッファローの浮かれ具合に物申しているが、そんな二人のやり取りを見てクリームはアッハッハッハーと大口を開けて笑った。

 

「本当に二人は面白いねぇ。まるで、漫才師のコントを見てみるたい。ねぇ、メルちゃん」

 

「う、うん。ボケとツッコミが成り立っているもんね」

 

 まさかこんな流れ弾がメルの方に向かってくるとは思わず、メルは慌てて首を縦に振った。

 

 二人のコントも勿論聞いているのだが、メルの目はクリームのお腹ばかりを捕らえていた。

 

 メルの碧眼が少し淡く光っていることには気づかず、クリームはバッファローの片手を取って、自分のお腹の方へと導く。

 

 徐々にクリームのお腹の方に近づいて行く自分の手に、徐々に怖くなってきたみたいでバッファローの手が一瞬動きを止める。

 

「大丈夫。怖がらないで」

 

 しかし、バッファローの手を掴んでいるクリームが安心させるように微笑みかけてきた。

 

 その微笑みに励まされるように、バッファロー片手から力を抜く。

 

 そして、クリームによって導かれた掌が彼女のお腹の上に当てられる。

 

 そっと触れたバッファローの掌は、自分のそれよりも暑い塊に少しだけ動揺したようにブレた。

 

 だが、このお腹の中にその熱を発しているだろう赤子がいるのだと思えばそれは凄く尊いように思えてきて、もっとよく感じようと彼は目を瞑る。

 

 バッファローは見たことがある

 若が商っている人身売買の中に、妊婦がいた事を。

 

 彼女達はクリームのような幸せそうな表情こそしてないが、一生懸命に自分のお腹の子供を生かそうと日々命の火花を散らしている姿は、素直に綺麗なものだなとバッファローは思っていた。

 

 若やトレーボルからあまり奴隷達のいる場所には近づくなと言われていることもあって、バッファローは彼女等を眺めることは出来ないが、たまに抜け出して彼処へ侵入することがある。

 

 刹那、物思いをしていたバッファローの手に何かが当たる感覚がした。クリームのお腹越しに小さな足が確かにバッファローの手を蹴ったその感覚に、彼は「うわッ!」と声を上げる。

 

「赤ちゃんがおれの手を蹴っただすやん! 凄い、お腹の中でもこの子は生きてるんだ」

 

 胸の中に込み上げるこの感情はなんだろう。

 バッファローはクリームに礼を言って、引いた手をそのまま自分の胸に当ててみる。

 

 胸の奥がじんわりと温かくなって、大好きなアイスを食べた時以上の喜びが体全体を覆っていく。

 

 その満たされた気持ちに、バッファローは少し泣きそうになった。

 

「コラさん──」

 

 不意に思い出したのは、嘗ての家族(ファミリー)の姿。

 男の癖に顔に化粧を施して、若とお揃いのモフモフのコートを羽織っていたその男は、裏切りの処罰を受けて死んだ。

 

 若を裏切ったのだから、当たり前の仕打ちだろう。

 ケジメをつけてあの世に逝けたのだから、最高の最期を迎えられたのだと言ってもいい。

 

 ───けれども、何故か胸の奥が痛む。

 

 コラソンが、まさか若のことを裏切るだなんて思わなかった。

 

 あの頃、常に海軍の追跡を受けていたことを疑問に思わなくはなかったが、本当に家族内に裏切り者がいるなどとはバッファローは思いもよらなかった。

 

 ローを連れて、コラさんが行方不明になったと知った時の若を思い出して、バッファローはまた胸の痛みを感じる。

 

 そして、しみじみとバッファローは思う。

 

 バッファローの顔を見れば、すぐド突くし蹴るし、あんまり良い目に遭わされなかったけど、それでも彼はコラさんのことが家族として好きだった。

 

 だから、もう一度───。

 

 

「·····温かい。無事に生まれたらいいな」

 

 バッファローと同じような感想を零すメルに、彼は初めてメルという人間を認識した。

 

 家族以外は興味のないバッファローにとって、メルはさっきまで生きようが死のうがどうでもいい生物であった。

 

 しかし、お腹の赤子に感嘆の声を上げるメルのその姿はさっきの自分と瓜二つで、少しだけ興味が出てきたのだ。

 

「二人は蹴ってもらったみたいだけど、私も蹴ってもらえるかな」

 

「ふふふ、どうかしらね。今日は皆に相手してもらってるからサービスしてくれるかもしれないよ」

 

「蹴ってもらえるといいね」

 

「うん。私もこの子が生きてるって感じてみたい」

 

 人見知りの気があるベビー5も、バッファローと同じ気持ちを抱いたのかメルとは普通の会話を交わしていた。

 

 そして、メルの目が驚きに見開かれる。

 

「蹴った·····」

 

 ポツリと零したメルの声は少しだけ掠れていた。

 

「良かっただすやん!!」

 

「これで皆、赤ちゃんに蹴ってもらったね」

 

 口々に良かった良かったとベビー5とバッファローが言うと、メルも「うん」と素直に頷く。

 

 頷いたメルの顔には雨が止んだ晴れ空のように清々しい笑顔が浮かんでいる。

 

 こんな笑い顔を見たのは、バッファローにとっても初めてのことだった

 

 ベビー5は今、どんな顔をしているんだろう。

 ついそんなことが気になったバッファローは、ベビー5の顔色を盗み見するように伺う。

 

 バッファローの視線の先にいるベビー5は、やっぱりバッファローと同じような笑いたいような泣きたいようなそんな顔をして、メルとお腹の赤子の交流を見ていた。

 

 ───多分、ベビー5の頭の中にもコラさんがいる。

 その憶測は、長年時を共にしているからこそ直ぐに思い浮かぶもの。

 

 二人が今は亡きその人物について万感の思いを抱いていると、メルがクリームのお腹の上に人差し指を滑らせて文字を書き始めた。

 

 そのメルの行為にクリームが「擽ったいよ」と声を上げ、メルはこれは「お呪い」なのだと三人に告げた。

 

「赤ちゃんが無事に産まれて、すくすく育ちますようにっていう祈りの呪いだよ。この子が世界の祝福を受けますように、世界に愛されますように」

 

 ───私は、世界に望まれなかった子だから。

 

 そんなドロドロとした思いに蓋をして、メルは小さな魔力をクリームのお腹の向こうにいる赤子に明け渡した。

 

 ベビー5やバッファローが過日に思いを馳せるように、メルもメルでこの一瞬で色々と考えたらしい。

 

 まだ人生の一部しか生きてない割には、三人ともがなかなかにヘビーな時間を生きてきている。

 

 まだまだこれからも沢山困難な降りかかるだろうけども、今この時は、赤子が無事に生まれるようにと三人が揃って居ないと思っている筈の神様に祈りを捧げた。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

「若は本当に凄いのよ。私が見てきた中で一番強いし、美味しいものをたくさん知ってるし、それから服のセンスもとても素敵なの! あと私をとても頼ってくれるのよ!!」

 

「あ、アイスが垂れただすやん。溶けないアイスとか売ってないだすやんかねー」

 

 パン屋の一件ですっかり仲良くなったメル達は現在、ドレスローザのメイン通りを歩いていた。

 

 口を開けば『若』の話ばかりするベビー5の話を適度に聞き流しながら、少し前に買ったはずのアイスをもう既に溶かしてスコーンをベチャベチャにしてるらしいバッファローをなんとはなしに眺めていた。

 

 それからベタベタになった両手に嫌な顔をしているバッファローに気が付いたらしいベビー5がまたかというように、ワンピースのポケットからフリルのついたハンカチを取り出す様もついでにとメルは視界に入れる。

 

「もう」と嘆息を吐きながらもどこか嬉しそうにバッファローの世話をしているベビー5に、結構息のあったコンビなんだなとそのまま二人の様子を静かに観察していた。

 

「それにしても、メルの仕事先がウチなんて凄い偶然ね。しかも、デリンジャー宛」

 

「その小包の中には、何が入ってる出すやん? もしかして、アイスか?」

 

「んー私は冷凍食品は扱わないからアイスは無いかな。中身についてはジジィに何にも教えてもらえなかったから分かんないけど·····」

 

 偶然とは怖いものである。

 

 三人が呑気に話しているように、メルの配達先は二人の住処であったらしいのだ。

 

 しかも、デリンジャーは家族とのこと。

 要するにこの二人は、メルの顧客先の子供達になるってことだ。

 

 否、デリンジャー自身も子供のようだから、顧客の兄妹ということになるか。

 

「あ、そうだ。じゃあ、『王様』って人にさ、覚えとかある? この人がこの荷物の差出人なんだけども」

 

 そう言えば、この荷物にはとある不気味な謎があったんだったと思い出したメルが二人にその事を聞いてみる。

 

「王様ァ? 」

 

 あまり頭の良くなさそうな声を上げて、首を捻るバッファロー。覚えなど無さそうなバッファローの反応にメルがこれは収穫無しかと眉根を下げていると、思わぬ伏兵が「なんだ、若からの荷物だったんだ」とさらっと申した。

 

 メルはすぐさま、ベビー5の方へと顔を向けた。

 

 その伏兵とは、可愛らしく微笑んでいるベビー5であったのだ。

 

「だって、若は王様なんだもの」

 

 ───なんだか、その若とやらは危ないヤツな気がしてきた。

 

 「なんだっけ、服のセンスが良くて、滅法強くて、物知りな人がベビー5の言う若だっけ」と右から左へと聞き流していた彼女の証言を頑張ってメルは掘り起こす。

 

 しかし、自分のことを王様と称する人物がマトモな人だろうか。

 

 メルはアイスでベタベタになったバッファローの口元を拭っているベビー5を見ながら考える。

 

 ───でも、こんなに凄くいい子達に慕われているのがその若だもんね。案外、お山の大将みたいな良い人なのかもしれない。

 

 そして最終的にメルが出した結論には、希望的観測が過分に含まれていた。

 

 こればっかりは会ってみなきゃ分からないとまで思い始めたメルは、半ばヤケクソだ。

 

 メルのシックス・センスは、今も確実にヤバイヤバイと騒いでいる。

 だけども、行かなきゃ仕事は終わらない。

 

 シックス・センスとベビー5達の板挟みになりながら、メルはデリンジャーが居るというベビー5達の住処へと歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




若とベビー5の間に起きた『街諸共婚約者滅んだ騒動』は未だに覚えています。結構ちょこちょここういう感じの事件がこの世界で起きていますけど、こんなモンペ事件が奴の手によって引き起こされるとは思ってなかった昔。

若についての話はまた次回にてしたいと思います。

ドレスローザ奪還ぐらいまでは毎週アニメを見ていたので、そこそこちゃんと覚えているつもりだったのですが、いざ調べてみると実はそんなに覚えていませんでした。

バッファローは何故か倒れる瞬間が印象的なんですよね。
ベビー5とちょっとお似合いなんじゃないかと邪推していたせいかな。



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こんなブラザーは嫌だよッ!

 今回ばかりは、メルのシックス・センスが打ち勝ってしまったらしい。

 

 ベビー5とバッファローに連れられてやってきたそこは港で、辺りには人気のない建物が幾つも経っているだけで、海の方には派手派手しい船が係留してあった。

 

 何処からともなくパチンと皮を打つような音が聞こえてき、知らずメルは両肩を震わせる。

 

 しかし、ベビー5達はいつもの事だと言うようにスイスイとこのあまり治安の良くなさそうな場所を歩いて行ってしまう。

 

 これ、置いていかれたら終わりなような気がすると咄嗟に英断を下したメルは二人に置いてかれないように歩くスピードを速めた。

 

 ベビー5達が歩を止めたのは、あのケバいとも言えそうな船の傍で鼻水を垂らしている大男の前であった。

 

「ねェ、デリンジャー知らない? トレーボル」

 

「デリンジャー·····? 今はラオGと訓練してるんじゃねェの? ん? ねーねー、それよりもそこの子は誰だい? もしかして奴隷?」

 

 まさか、此処で『奴隷』だなんてものを聞くことにはならなかったとメルは少し眉を顰める。

 

 ───嗚呼、やっぱりそういう系ですよねー。完全にアウトローな人達ですよねー。

 

 メルは今すぐにでも回れ右したくなる己の本能を押さえ込んで、トレーボルと呼ばれた鼻水大男を見上げた。

 

 分厚いサングラスの向こう側から、あまりよろしくない視線を感じているメルは此処で怯んだら負けだと顎を引く。

 

 もし、付け入る隙があるとトレーボルが察した瞬間、立場はあっという間に狩人と獲物に様変わりしてしまうだろう。

 

 メルはトレーボルの後ろで、波に揺れている自己主張の激しい海賊船にデッキブラシを持つ手に力を入れた。

 

「違うわよ、メルは配達屋さんなの。若からデリンジャー宛に荷物が届いたみたい」

 

 トレーボルとメルの間にバチバチと火花が散っていることも知らず、ベビー5はこれまたさらっとメルの立場を保護してくれた。

 

「配達屋ァ? 若とデリンジャーは同じ場所にいるのにィ?」

 

「·····そう言えば、そうね」

 

 だが、トレーボルの疑問にベビー5が考え込み始めてしまう。

 

 折角良い感じに救援してくれたのに、また雲行きが怪しくなってきたぞとメルは密かに冷や汗を流す。

 

 

「ウワァァアアアッ!!!」

 

 そんな風に四人で固まっていると、あのケバい海賊船の搭乗口から何かが悲鳴を上げながら転がり落ちてきた。

 

 何処か聞き覚えのある悲鳴を上げて、ゴロンゴロンと転がったそれは港まで落ちきて、ベビー5やトレーボルの足元までやってくる。

 

 そして、それは徐に立ち上がるや鬱陶しいほどに長い金髪を両手でかき流して、辺りを子犬のように見渡す。

 

それとは、ベビー5と同じくらいの男の子であった。

 

しかも、偶然なことにその姿はメルにとってとても見覚えるのある人物でもあった。

 

「もう無理だ·····! こんな船に乗り続けることなんて出来ない!」

 

 男の子は何があったのかは分からないが癇癪を起こしたように喚いたかと思えば、次いで泣き始めたらしい。ぐすっと鼻を啜る音が後ろにいるメルの下まで聞こえてきた。

 

 場所が何処であろうが相変わらず忙しなく動くらしい男の子に誰かの溜息が降り掛かる。

 

「またコラさんったら、船を抜け出したの?」

 

「ベビー5·····! しかも、バッファローとトレーボルもいるのか! クソッ、また失敗か」

 

「失敗っていうか、またドジって自分の首を絞めただけだすやん」

 

 バッファローにまで最もなことを言われているが、コラさんとか言う知らない名前をいつの間にか付けらているその男の子は「作戦のうちだ!」とか目に見えた嘘を叫んでいる。

 

 メルはつい顔を覆った。

 

 何処かの海にはいるだろうと思っていたが、まさか後半(新世界)に居るとは思わなかったのだ。

 

「ラブ·····アンタ、こんな所までほっつき歩いて何してるの?」

 

 男の子───ラブは、メルに背中を向けていたせいで、メルも此処にいるとは気づいていなかった様子だ。

 

 あからさまに背中を震わせて、パッとメルの方へと顔を向けたラブの顔は涙と鼻水でとんでもないことになっている。

 

 サルヴァーニ・ラブ。

 

 ベビー5達にはコラソンと呼ばれているその男の子は、メルの使い魔だ。

 

 

 

「メル───ッ!!!」

 

 水気しかない顔で不気味な笑みを浮かべたラブが、メルに抱きつこうと両手を広げて突進してきたが、メルはひょいっと彼の猛烈なアタックを躱す。

 

 

 しかし、メルが躱す必要もなく足場の少し突き出た煉瓦に足を取られて数歩も歩かないうちにラブは地面にぶっ倒れた。

 

流石、ミスターオブドジっ子。

ジジィとメルから超不幸体質と言われるだけはある。

 

 この二年で、ラブは何度地面にキスを送ったのだろうかと、実にくだらないことを考えてしまったメルは、余計な思考を振り払うようにラブに手を差し伸べる。

 

「たまたまだけど、迎えに来たよ」

 

「メル───!」

 

 どうやらメルの名前以外は喋られない呪いを掛けられたらしい。

 マトモな言葉がラブから一つも返ってこないが、ラブがポンコツなのは通常運転だ。

 

「·····コラさんとメルって知り合いだったの?」

 

 ───嗚呼、折角友達になれると思ったのに。

 

 不思議そうなベビー5の問いかけに、メルは「そうだよ」とラブが起きるのを手伝いながら返事をする。

 

 それからトレーボルに視線を走らせると奴は、ニタニタと奇妙な笑みをその鼻水たらした顔に貼り付けて、メルを面白そうに見下ろしていた。

 

 

 

「フッフッフ。お迎えが来たのか? コラソン」

 

 そして、場は整ったと言わんばかりに搭乗口から降ってきたのは人を食ったような笑い声。

 

 メルは喉を鳴らす。

 今から現れる者は、そこらへんの海賊とは天と地の差がある実力者だと分かったからだ。

 

 見なくてもメルがそう判断を下せたのは、男の笑い声と共に引き締まった空気を感じてのことだった。

 

「·····何度も言うけど、おれはそんな名前じゃねェ。おれはラブだ。ラブアンドピースのラブだ!!」

 

「いや、ハートパンツのラブだよ」

 

「嘘ッ!? おれの名前、まさかのパンツが由来ッ!!?」

 

 だが、ラブはそんなの知ったものかといつも通りに食ってかかる。

 しかも、なんか凄くカッコイイ見栄を張ろうとしたのでメルは即刻その見栄を叩き落とした。

 

 ガビーンと目を飛び出させてショックを受けているらしいラブ(ドジっ子)は置いといて。

 

 メルは搭乗口からゆっくりと降りてくる強者を見据えた。

 

 短い金髪と日に焼けた肌が健康そうなその男は、色つきのサングラスや肩から羽織ったピンク色の毛皮のコートが目に優しくない個性の塊だ。

 

 何故そのコートの下にダークスーツを合わせているのかは分からないが、完全にその姿は常人のものじゃない。

 

「ようこそ。ドンキホーテ・ファミリーへ。歓迎するぜ」

 

 ───ドンキホーテ・ドフラミンゴ。

 

 一瞬にして自分のステージを整えたその男は、最近巷を騒がせている海賊の船長だ。

 

 ちらりと隣に立っているラブを見る。

 

 ───ジジィもそうだけど、なんでこんな厄災の象徴みたいな男をウチの野郎どもは捕まえるかなー!?

 

 せめて捕まえるなら、ガープ(金蔓)のような身元もしっかりした単細胞にしてよねと思うメルも大概である。

 

 

「初めまして、『王様』。本日は『デッキブラシの宅急便』をご利用していただき誠にありがとうございます」

 

 メルがデッキブラシを肩に乗せて、荷物を小脇で抱えながらワンピースの裾を掴んでお辞儀をして見せれば、ドフラミンゴはくつくつと可笑しそうに笑う。

 

「本当にデッキブラシに乗って海を渡ってくるとは思わなかったぜ·····。噂に偽り無しだ」

 

「あと、ウチのラブもご利用いただきありがとうございます。ただ、この子の独占は当社のご利用プランに御座いませんので、本日をもって返還していただきますね」

 

「·····なんか物みたいに扱われてる気がするんだけど、おれ」

 

「気の所為よ」

 

 誘拐まがいの所業は水に流してやるから、今日はラブを連れて帰らせてもらいますとメルは先手を打つ。

何かラブが喚いてるがもちろん無視だ。

 

 だが、ドンキホーテはメルの先手を聞いても余裕綽々の態度を崩さない。

 あの舐めきった顔を見るからにして、恐らく自分の思い描いた未来通りに事は進むのだろうと信じて彼は疑っていない。

 

しかも、タチの悪いことにこの男。

今度はおれが主導権を頂くぜとばかりにとある事実を口にした。

 

「そいつは、オレの実の弟だ」

 

さらりと聞き流してしまいそうな程に、なんてことないように告げられた新事実。

 

「·····は?」

 

流石のグランドライン産のへそ曲がりもこれには間抜けな声を出してしまう。

 

「なァ、コラソン?」

 

 さぁ、どうやってこの俺様と平和的な話し合いをしようかとメルが乾いた唇を舐めたところで、ぽんと放り込まれたのは予想外の爆弾だ。

 

 思わず素で聞き返してしまったが、ドフラミンゴはそんなメルの態度に構わずラブに同意を求めている。

 

 メルは隣で歯を食いしばっているラブを見やった。

 

 

 ───このドジっ子(ラブ)があの天上天下唯我独尊野郎(ドフラミンゴ)の実の弟だってー?

 

「ラブ、アンタ·····男くらいまともな人間選びなよ」

 

「なんかすっげェ不名誉な勘違いしてねェかッ!? ちげェよッ!!? オレはアイツと何もねェから!!!」

 

「こういうの兄弟プレイ·····?っていうんだっけ?」

 

「メル·····何処でそんな巫山戯た言葉覚えてきたんだ·····ッ!」

 

「そんなの配達先に決まってるじゃない」

 

「メルが、段々穢れていく·····! オレ、結構頑張ってるのにな。可笑しいな」

 

「フッフッフ。お遊びはまだ続きそうか?」

 

 ついいつもの調子でラブと話し込んでしまったら、ドフラミンゴのことまで頭の中から消去していた───あまりにキャパオーバーなラインナップにそろそろ脳がストライキを訴え始めているようだ。

 

 ラブもドフラミンゴが口を挟んだことで、すっかり黙り込んでしまっていた。

 

「あの、お客様。正直、このラブが貴方の弟とはとても思えないんですけど」

 

 兄弟って、血が繋がっているのだからもう少し似通っていても良いはずだ。

 

 この二人の共通点といえば、金髪と服のセンスとそれから───。

 

「ロシー。オレはこれ以上待てねェが、どうする?」

 

 メルが一生懸命ドフラミンゴとラブの共通点を探そうと頭を捻っていると、さっきとはまた違う名前でラブのことをドフラミンゴは呼んだ。

 

刹那ピタリとメルの動きが止まる。

 

 ロシー。

 たった三文字のそれは、なんてことの無い愛称。

 

 そう、それは愛称なのだ。

 

 

「ラブ·····。アンタ、もうちょっとマトモなお兄ちゃん持ってよね」

 

「·····メル」

 

 メルが使い魔にしたラブの本体の名前は、ロシナンテ。

 

 使い魔にする時に、メルの心臓に刻み込まれたその名前は愛称ですらも次いでとばかりに伴ってきた。

 

「ベビー5、これデリンジャーに渡しておいてくれる?」

 

 メルは小脇に抱えていた小包を、近くでメルとドフラミンゴの顔を困惑したように見渡していたベビー5に差し向ける。

 

 だが、流石に心酔しているドフラミンゴと不和になりつつあるメルの頼みは聞きにくいのか、ベビー5は戸惑ったような声を出した。

 

「で、でも·····」

 

「お願い。多分、この中ならベビー5が適任だと思うから」

 

 ところがどっこい。

 メルの台詞の中にベビー5の目の色が変わる言葉が混じっていたようだ。

 

「え·····? め、メルは私が必要なの?」

 

 何故かこの状況下で、目をキラキラとさせ頬まで紅潮しているベビー5がメルに確認するように迫ってくる。

 

 これには、メルも困惑した。

 いきなり様子の変わったベビー5だが、取り敢えずは流れに乗っておこうかとメルは首肯する。

 

「う、うん? そうだね、今はとっても必要だよ」

 

「任せて! この荷物はちゃんとデリンジャーに渡しておくわ!!」

 

 一体何が彼女をここまで突き動かすのか。

 メルは小包を大切そうに受け取ったベビー5を尻目に、ドフラミンゴに顔を向ける。

 

 まさか変な調教でもしているのか、この男となかなかえげつい勘違いをし始めたメルだが、声に出してないだけに誰もその間違いを訂正しない。

 

「オレがロシーの兄だと漸く分かったか」

 

 どうやら『ロシー』が鍵だとドフラミンゴは目敏く察したらしい。

 ラブはその愛称で呼ばれる度に眉間に皺を刻んでいた。

 彼にとっては、ドフラミンゴにその名前で呼ばれることは耐えがたいことらしい。

 

「はい、バッチリ。だけど、もうラブにはそのロシーの記憶はないよ」

 

 ベビー5に荷物を渡したから、メルは任務完了と思うことにしたらしい。

 こんな顧客、もう二度と相手にしたくないと心に決めてしまえば、メルの口調はかなり砕けたものになった。

 

 ドフラミンゴがメルに反応して、器用に片眉を跳ね上げる。

 どういうことだと問うように、ドフラミンゴの口の端がへの字に曲がった。

 

「この子は、一回死んだの。私は、その死の直前にたまたま居合わせてね。この世によっぽどやり残したことがあるのか悪霊になりかけていたロシナンテを修行がてら調略することにした」

 

 思い出すのは、吹雪がもうもうと立ち込める冷たい北の大地。

 

 新雪の上に鮮やかに広がった血の上で死に絶えていたロシナンテに出会ったのは、メルが六歳の頃であった。

 

「·····やっぱり、魔女か」

 

「今はやってないけどね」

 

 メルの正体に予測がついていたらしいドフラミンゴ。

 確かにベビー5はドフラミンゴに心酔していたが、その評価はどうやら事実と掛け離れたものでは無いらしい。

 

「デッキブラシで空を飛ぶ魔女は子守唄代わりに聞いたことがあってな·····。確か、一度魔法を捨てた魔女だったか·····?」

 

「ラブ。君のお兄さん本当に何者? なんか一部の特級階級しか知らないことをさらっと言ってくれるんだけど。もうやだよ、この人。マジ超怖いんだけど」

 

「悪いな。ちょっと、この人普通じゃないから」

 

「それは心底思い知ったよ。もう当分喋りたくないわー」

 

「おいおい、随分ないい様だなァ·····もう少し遊んでいけよ」

 

 頭を使いすぎて幼児退行したらしいメルがラブーっとつい抱き縋ると、ラブがよしよしとメルの背中を撫でた。

 

 メルが大人ぶる事をやめたら、ラブがしゃきっとし始めるんだなと傍目でずっと観察していたトレーボルが胸中で零す。

 

 

「ねーねー若。この二人を此処に呼んだのはいいどさ。ねーねー結局どーすんの?」

 

 そして、そろそろ傍観するのも飽きたとトレーボルは今までずっと抱いていた疑問をドフラミンゴに告げる。

 

 ドフラミンゴは、トレーボルのその問いに不敵な笑みを携えた。

 まるで、その問を待っていたと言わんばかりに彼は両手を緩慢な動きで広げる。

 

「決まってるだろ·····家族に迎えるのさ」

 

 これが、ドンキホーテ・ファミリーの四人が始めて見せた隙だった。

 

 ドフラミンゴは、決め手だと思っているらしい台詞を吐いており。

 ベビー5とバッファローはそんなドフラミンゴを神々しそうに眺めて。

 トレーボルも自分の質問への回答だからと、ドフラミンゴに視線を向けている。

 

 その絶好の機会(チャンス)をメルは見逃さなかった。

 

「シルフ! 飛ぶよ!!」

 

死線を超えられるのはこの一瞬。

そう見極めたメルは、すぐ様行動に移した。

 

 デッキブラシに颯爽とメルが跨り、訳が分からないなりにもそのメルに続くように、ラブもデッキブラシに乗る。

 

 いつもは時間を掛けて風を呼び込むメルであったが、そんな悠長なことはしていられないと久しぶりにこのデッキブラシを住処にしている妖精の名を呼んだ。

 

 メルの呼び声に応えるように、メル達の周り一円に強風が巻きおこる。

 ワンピースの裾が巻上がろうと気にしないメルに変わって、ラブが慌てて抑えにかかっていたがそんなのはもうどうでもいい。

 

というか、そんなお節介を焼こうとして、デッキブラシから転がり落ちそうになるラブを間一髪でメルが留めおく。

 

土壇場でもドジを踏むのは、ラブの十八番だ。

その十八番のせいで実は悪霊になりかけていたのだがそのことについての反省は、これまでに積み上げてきた多くのドジによって埋もれてしまっている。

 

 メルの急く気持ちに背中を押されるように、ブラシの先を過去最高潮に毛羽立てて、デッキブラシは空へと飛び立った。

 

 ぶわりとまるでハリケーンが訪れたかのような風の暴力がこの場一帯に襲いかかる。体の小さなベビー5は、その風に巻き込まれないように託された荷物を胸に地面に倒れ込んだ。

 そんなベビー5を見兼ねてか、守るようにバッファローが彼女を背後にして強風に立ち塞がる。

 

「メル·····!!」

 

 ベビー5の声は、風に阻まれて遥か上空にいるメルにまで届かない。

 

 どうにかして二人を連れ戻さなければと頭を高速回転させていたトレーボルの尻目に、ドフラミンゴお気に入りの銃が彼の胸元から出てきたのを確認した。

 

 しかし、そこそこ良い腕前を持っているドフラミンゴとてこのハリケーンのような風を前にしては標準を合わせることも出来ないようで、舌打ちをかましている。

 

「オレを、何度裏切るんだ·····ロシー」

 

 答えを期待していないドフラミンゴの独白すらも巻き込んで、強風は天目掛けて吹き荒れた。

 

 

 

 

 

 




さて、勘のいい人は4話くらいで気づいていたと思いますが、ラブはロシナンテ君でした。

彼の話はまた後日に。

では予告通り、通称桃鳥野郎の話を少しします。

一時期、ピンク色のジャギーが流行したのを覚えているでしょうか。今は結構バリエーションに富んで、一重にジャギーといえども色んなものがありますが。

しかし、当時はそのピンク色のジャギーが流行りました。
ピンと来ない人のために言えば『ドフラミンゴが着てそうな服』のことです。

私も友達に言われて気付いたのですが、まぁドフラミンゴってサーフィンしてそうな七武海だったっけと思っていたのです。

そのため、まぁドレスローザ及び彼とローの過去編はめちゃくちゃ吃驚しましたね。

だって、あの掴み所のないちょっと不良っぽいお兄さんが、父親と弟殺ししてたとか、キャラ濃すぎっしょと絶句したのがもう遠い昔の話のよう。

結構苦労してたんだなぁ、あの結構すぐに茶々入れてこようとしたお兄さんもと思いつつ、年貢の納め時をもう一度見直したらちょっと虚空を覗いた気分に陥ったりしましたね。



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一日だけお邪魔させてください!

★『prologue』にて、センゴク氏の位がワンランクアップしております。ガープ氏は昇進蹴りまくってるので、彼だけはこの様な処置はないと思います。


 夕暮れ時は、どうしてこんなにも胸が切なくなるのだろうか。

 

 ラブはデッキブラシの上でメルの腰から落ちないようにとしっかり腕を回し、やることも無いからと水平線の彼方へと消えていく夕日をぼんやり見ていると、そんな感傷に襲われた。

 

 グツグツと煮えたぎるような夕日の表面は、一体何度の熱を持っているのか。

 

 触れられるほどの距離まで近づいたら、ラブはあっという間に真っ黒けになってしまうのだろう。

 

 ───自然って、偉大だな。

 

「メルはいつもこんな景色を見てるんだな。おれ、結構この光景好きだぜ」

 

 お腹の上に回している腕に更に力を入れて、そう楽しげにラブは口ずさんだ。

 

 メルの繰るデッキブラシにはいつか乗ってみたいとは思っていたが、まさかこんな形で乗ることになるなんて、人生とは全くもって分からないものである。

 

 ───そうだからこそ、面白いのだろうが。

 

 

「夕焼けって、日焼けするんだよねー」

 

 メルは元気いっぱいなラブに呆れた声を出すが、その目元は少し緩んでいた。

 

 

 いろいろな出来後が立て続けに起こりすぎて、ドレスローザではラブとの再会を実感出来なかったが、久しぶりの使い魔との会話だ。

 

 二年前に拾ったあの時から、ジジィの次に時を同じくしたラブはメルにとっては家族も同然。

 

 ───まぁ、そうなると実のお兄様とのご関係も少し気にしなきゃならないんのだけども。

 

 ラブ、もといロシナンテと血の繋がったドフラミンゴを思い出して、メルはげっそりとした顔になる。

 

「ラブ、私が言うのもなんだけどさ。お兄様の所に帰りたくなったらいつでも言いなよ。私はもう絶対会おうとか思わないけど」

 

 血の繋がった家族と縁がないメルには、血が持つ因果などはあまりよく分からない。

 

 古来よりも血は呪いにとって必要不可欠な素材だ。

 

 時には運命すらも縛ることが出来る血を、同じにする兄弟の関係はそう易々と断ち切れるものでは無い筈だ。

 

 よもやメルからそんな話を持ちかけられるとは思わなかったラブの目が大きく見開く。

 

 そして、彼は口篭りながらもバッサリ言い切った。

 

「アイツは、もう赤の他人だ」

 

 メル同様、実の兄だと知らされても尚、頑なにドフラミンゴには会いたくないとラブは訴える。

 

 気持ちはわからないでもないとメルは思うが、それでもと彼女は言葉を連ねた。

 

「でも、一応は実の兄じゃんか」

 

「もうそうとは思えねェんだ」

 

 ここまで、肉親でも縁が拗れるケースも珍しい。

 

 世は決して平和とは言えない大航海時代であるが、だからこそ同じ血を持つ家族にこそ揺らぎない信頼を置くのではないだろうか。

 

 メルの脳裏に良い例として思い浮かぶのは、超お得意先のガープだ。

 

 例え、息子が革命家だろうが孫が海賊になりたいとほざこうが、彼はどちらの家族も大切にしている。

 

 ───ガープさんって、そう考えると実際は良い父親でお祖父ちゃんなのかもね。仕事をほっぽりだしても、家族に会いに行こうとしたりするし。

 

 

 

 刹那、メルは急に背中に怖気が走るのを感じた。

 

 次いで、デッキブラシの柄を握っている手元から感覚が無くなっていくのが分かる。

 

 突如起きた体の異変にメルは顔を顰めた。

 

 ───やっぱり、家まで持たないっぽいと遣る瀬無い独白を胸中に吐いて。

 

 そして、事態は加速するように進んでいく。

 

 手始めにとブラシの毛がバサバサァと収縮を繰り返し始めて、メルの上体が大きく前後に揺れた。

 

「·····メル!?」

 

 流石にここまで大きな変化が続くと、ラブも異常事態が起きていることに気付いた。

 

「ごめん。もう魔力がスッカラカンみたい·····」

 

「ってことは、落ちるのか?」

 

「うん。だから、着陸出来そうなところをラブは探して。それまでは頑張るから」

 

 メルがいつも時間を掛けて風を呼び込むのは、魔力を節約するためだ。

 

 ここ二年ほど、メルは満足に魔力を補給していないので、実際は自由に使える魔力量がかなり少ないのだ。

 

 だが、現在魔女家業を休業しているメルとしては、魔力を補給する必要性がなかった。

 

 よって、デッキブラシに乗って配達屋をしている限りは少しの魔力でこと足りていたのだが、さっきのような妖精の強制使役をするためにはいつも使っている魔力の三倍が必要だ。

 

 そのため、メルは少し強引な手を使って新たに魔力を急拵えで作り出し、あの場から撤退した。

 

 

「あそこに船があるぜ·····海賊旗掲げてるけど」

 

「ほかに、島も見当たらないんだよね?」

 

「ああ」

 

 メルのお願い通りに着陸出来そうな場所をラブを見つけたようだ。

 

 しかし、それは海の無法者が沢山乗っている海賊船。

 

 けれども、他の手が見つからないのだから選択する余地は無いのだ。

 

 もう背後にいるラブの体温すらメルは感じられないでいた。

 これ以上無理を通したとしても、賭けに勝てる見込みは限りなく低い。

 

 そもそも、このデッキブラシに搭乗しているのは幸薄なメルとラブなのである。

 

 幸運の女神様が微笑んでくれる気が全くしない。

 

「だがあの海賊旗なら、もしかしたらいけるかもしれない」

 

 ラブは、懐かしくも思えるその海賊旗を見て一縷の希望を見出そうとしていた。

 

 旗のドクロの鼻の下に描かれているのは、下弦の三日月。

 

 ───いや、あれは下弦の三日月なんてものじゃない。

 

「よし、行くよ! 何時の方向!?」

 

「二時の方向だ」

 

「おっしゃ! こんな所でくたばってたまるか!! ラブ、到着したらとりあえずドジ踏まないようにじっとしててね!!」

 

「オレだってやる時はやるからな!!」

 

 ラブが着々とフラグを立てているようだが、残念ながらそれに構っている暇も気力もない。

 

 メルは最後の気力を振り絞って、ラブの案内通りにデッキブラシの方向を変える。

 

 カタカタと不気味な音を立てて、デッキブラシがもう無理だよと言いたげに訴えているみたいが、あともう少しだけもってとメルは優しく柄を撫でた。

 

 

 ───大丈夫。皆、五体満足でジジィの下に帰ってみせる。

 

 

 なんとかデッキブラシを宥めつつ、ラブが指さす方を飛んでいくと確かに一隻の大きな海賊船を見つけることが出来た。

 

 鯨を模したようなその海賊船は、素晴らしいことに甲板がそこそこ広い。

 

 見張り台にいる双眼鏡越しの海賊と一瞬、視線が交わったような気がするがメルは挨拶をする気力もないとそのまま着陸体勢に入る。

 

 

「おいおい!!? 空からデッキブラシ? に乗った子供がこっち来んぞー!!」

 

 メル達を発見した海賊が慌てた声を上げると、甲板で自由に過ごしていた他の海賊達も何を馬鹿なことをと思いつつも、空を見上げる。

 

 そして、メル達の姿を確認するや皆、顎を外して驚嘆の声を上げた。

 

「嘘だろ───ッ!?」

 

「マジじゃねぇか!! 空から子供が降ってくんぞ!!」

 

「き、奇襲ー!? いや、迷子か!?」

 

 かなり甲板が騒々しいことになっているが、メルは構いやしないとそのままデッキブラシを着陸させた。

 

 両足が甲板を踏むと、膝にも力が入ってないことが判明しメルはどてっとその場に倒れ込みそうになる。

 

 しかしそれを腰に腕を回していたラブが留め、手際よくメルの肩に腕を回してどうにか彼女を介抱しようとするが、そこで自分の足を誤って踏んでしまい、結局はメル諸共に甲板に伏すことになってしまった。

 

 流れるように見事、先程立てたフラグを完成させるラブである。

 

 何やらバタバタしていた子供が最後には自滅して、二人揃って倒れ込んだのを見届けた海賊達は困惑したように互いの目を見合わす。

 

「イッテテテ·····くそ。おい、メル大丈夫か!?」

 

「·····どっかの誰かさんが道連れにしてくれたおかげで、意識は正常になったよ」

 

 強かに打った鼻を抑えながらラブがメルに心配げな声をかけると、いつもより小さいが、しっかりとした返事がメルから返ってきた。

 

 どうやらラブは怪我の功名を体現してみせたようだ。

 そのことにちょっとラブが誇らしげな顔をしている。

 

 しかし、悠長に話し込んでいる暇は二人には無いようだ。

 

 二人に覆いかぶさった影に彼等はまだ気づいてないらしいが、降ってきた声に漸くメルもラブも顔を上げた。

 

「本当に子供が乗り込んできてるよい」

 

 そこには、特徴的な髪型をしている金髪の男がいた。

 子供とは言いつつも、ジロリと油断なくメル達を見下ろすその眼差しは鋭い。

 

「貴方が、船長さん?」

 

「違うよい。オレはクルーだ」

 

 これはまた、手厳しそうな人間に鉢合わせてしまったようだ。

 

 子供だからと加減をする気は全くないらしい海賊に、さぁどうやって話を持ち込もうかとメルは思案する。

 

「おい、マルコ。あんまり子供相手に威圧することはねェだろ?」

 

 すると、また別の海賊がメル達の前に現れた。

 

 今度はリーゼントヘアがキマッている海賊のお出ましだ。

 コックらしい服装をしていることから、恐らくこの海賊船の専属料理人なのだろう。

 

「ゼハハハハッ! サッチ隊長の言う通りじゃねェか。マルコ隊長、確かにこの餓鬼どもは空から飛んできましたが、そう威圧していたら何にも喋れなくなっちまうぜ?」

 

「ガキだからって、加減する必要はあるのか。此処が何処なのか分かっていての発言かよい」

 

 メル達を取り巻いている海賊達の中の一人が、マルコと呼ばれた目の鋭い男に野次を飛ばす。

 

 しかし、マルコは至って冷静なもので落ち着いた口調で隣に立っている料理人───サッチに問いかけていた。

 

「新世界だな」

 

「そうだよい。新世界を飛び回るガキだ」

 

「まぁ、新世界だからこそ、そういうことだってあるんじゃねェか?」

 

 サッチのいい加減な発言にマルコのこめかみに青筋が入るが、それをサッチは「まぁまぁ」と宥める。

 

「そう肝の小せェことを言うんじゃねぇよ。見ろ、このガキども、足だって覚束無い」

 

 サッチは軽薄そうな口振りだが、それでも海賊らしくしっかりとメル達のことは観察していたらしい。

 

 メルは魔力切れ───ラブに至ってはただのドジなのだが、確かに二人の足元はふらついていた。

 

 マルコが仕方が無いと言うように目を伏せた。

 これ以上此処で言い争っていても、仲間同士での結末のない喧嘩に発展すると察したのだろう。

 

「·····オヤジに聞いてみるよい。それでいいか?」

 

「勿論、異議なしだ」

 

「それには及ばねェよ。小僧共」

 

 二人の間で話がまとまったようで、その話の方向はメル達にとって悪いものじゃないと感じ、メルもラブも密かに胸をなでおろしていたのだが、そこで空気が一瞬にして張り詰めるような人物が出てきたらしい。

 

 たったの一言で、この場にいる海賊たちの浮き足立った雰囲気を引き締めたその人物は、甲板を大きく揺らしながらヌゥとメル達の前に立ちはだかった。

 

「お、オヤジィ」

 

 マルコの嬉しそうな声が遠い。

 

 否、その声に意識を向けられないほどにメルは動揺していた。

 

 同じ人間と思えないほどに、大きな巨体。

 巨人とも言い表せそうなその男は、口元にたっぷりと白い髭を蓄えていて黒いバンダナで白髪をまとめている。

 

 不敵な笑みを口に貼り付けて、立っているだけでもかなりの威圧を受けるその人物をメルは一方的に知っていた。

 

「·····白ひげ」

 

「おう。嬢ちゃん、オレのことをよく知ってたなァ」

 

 口元が無意識に引き攣っていた。

 小鼻がヒクヒクと動くのがとても目障りだが、そうなっても仕様がないとメルに思わせるほどに、白ひげの登場は衝撃的なことなのだ。

 

「ラブ、アンタ、地獄に行ってもこき使うからね」

 

「·····メル、覚悟をするのが早くないか?」

 

 何故かメルと違って、ラブは白ひげを見ても普通そうな顔をしている。

 

 もしや、このドジっ子。

 かの白ひげに纏わるあれこれを知らないのだろうか。

 

 だとしたら、どれ程この少年は幸せなことなのだろう。

 

ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)』に一番近い位置にいると言われているこの男は、ゴールド・D・ロジャー亡き今、次の海賊王と目されている生きる伝説。

 

 彼こそが海の覇者の呼び声名高い最強の海賊───白ひげだ。

 

 となれば、ラブはもう使い物にならない。

 

 白ひげの恐ろしさを知らないラブをあっさりと切り捨てて、メルはしっかりと白ひげを見上げた。

 

「お初にお目にかかります。私達は、グランドラインで運送業を営んでいるしがない商人です。今回は、ワケあって貴方がたの海賊船に不時着させて頂きました」

 

 心臓がどくどくと脈打つ音が、耳のすぐ側まで聞こえてくる。

 もう五感の感覚など曖昧になっているはずなのに、それでも早鐘を打つ心臓に少しメルは安堵した。

 

 ───私、まだ生きている。

 

「どうか一日だけでいいので、この船に滞在させてはくれないでしょうか? お金なら払わせて頂きます」

 

 メルはそこまで言い切ると深く頭を下げた。

 脳内には海賊相手に誠意を見せたところで、と嘲笑うもう1人のメルがいる。

 

 だけども持っている手札は、確実にメル達の方が劣っているのだ。

 

 今やメル達の命は風前の灯と言っても過言じゃない。

 

 なんて言っても、交渉相手はあの白ひげだ。

 交渉相手といっても向こうは、テーブルに腰掛けてすらいない。

 

 命運は白ひげのその大きな手の中に一方的に握られているのだ。

 

 白ひげは、メルとラブを見定めるように視線を動かした。

 その視線の一つ一つの動きに両肩が何度も飛び上がろうとしたが、メルは鋼の理性でもってその衝動を鎮める。

 

 白ひげの目が悪戯げに細められたのを見て、メルはゴクリと固唾を飲んだ。

 

「グララララ。肝っ玉の座った嬢ちゃんだ。良いだろう、部屋を貸そう」

 

 大気を震わせるようなその笑い声に続く待ち望んだ回答に、メルはついその場にへなへなと座り込んでしまった。

 

 白ひげがメルの言い分を飲んでくれたのだ。

 もっと色々と応酬が必要だと思っていただけに、呆気なく滞在してもいいと許可を下した白ひげの底は計れない。

 

「く、首皮一枚繋がった·····」

 

 しかし、何はともあれ勝ち取った生存権。

 今はそのことだけを手に取って、喜びに浸っても罰は当たるまい。

 

 ふとラブの方を見ると、嬉しそうな顔でピースサインを作り、メルに見せてきた。しかも、変顔付きだ。

 

 こやつは本当に能天気者だとメルは溜息吐きたくなるが、今はツボが浅くなってるので口から出てきたのは乾いた笑い声だった。

 

「ははは·····。なんか今回はラブに負けた気分だよ」

 

「ほら、白ひげから許しが出たんだから笑えよ、メル。お前は笑った顔が一番可愛いだから」

 

「明日の朝はパン祭りにしてやるからね」

 

「とんでもねぇ嫌がらせをサラッと口にしやがって·····」

 

 でも、確かにラブの言う通り、生き残ることが出来たのだ。

 

 メルは、目前でメル達のやり取りを面白そうに聞いている白ひげに向かってもう一度頭を下げた。

 

「ありがとう! 白ひげさん!!」

 

 ラブのおかげで自然に浮かべられた笑顔のままそうお礼を言うと、白ひげも笑みを深めて「かまやしねぇよ」とまた笑う。

 

 こうして、白ひげ海賊団にお邪魔することになったメルとラブ。

 色濃い一日の終わりを告げるように、ゆっくりと空が暗くなり始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




情深いワンピース世界の登場人物の中でも、随一の優しさと愛情を持った白ひげさんことエドワード・ニューゲートの登場です。

ですが、今回はまた予告通りにn番煎じのロシナンテandコラソンについて。

某世界政府の暗部の長官からドジっ子の椅子をもぎとった彼ですがあの小物とは違って、めちゃくちゃ良識人なので好きなキャラクターの一人です。

ですが、私はあの小物とて好き。親の七光りを躊躇なく振りかざしてバスターコールしちゃうあの人も良いキャラしてます。

本当はメルの使い魔もジジィのようにオリキャラにしようと思っていましたが、折角だから一キャラ運命変えてやろうと思い至り、彼をその生贄として選ばさせていただきました。

海賊と海軍に通じてるキャラなので、とても使い勝手のいいかたです。

ドフラミンゴとローの過去編ではかなり号泣したので、彼にはif物語ぐらいではハッピーエンドをと思いますが、ロシナンテにしたら原作もローが病をなおしたのでハッピーエンドなのかも。




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捜し物を見つけた夜

書き連ねるほどに思いますが尾田先生、本当にお話の構成とかギミックの張り方が凄すぎる。




 ラブが海賊船に乗るのは、これで何度目のことだろうか。

 

 一応こう見えて生前の頃、ラブは籍を海軍に置いていた。

 

 しかし、どれだけまともな道を歩こうとしても彼の人生は、海賊とは切っても切れない縁で結ばれているらしい。

 

 半月の掛かる夜空は、遮る雲もないせいかよく星々が見えた。

 

 船人達の目印と言われている北斗七星が、ラブが乗る賑やかな海賊船を見下ろしている。

 

 辺りは宴だなんだと浮かれており、肉はおろか時たま銃弾やナイフが飛び交うような有様で、おちおち静かにおにぎりも頬張っていられない。

 

 ラブは舳先に近い階段の隅っこで、サッチ率いる四番隊お手製の夕飯をゆっくり味わっていると、頭上でどんと酒瓶を置く音が聞こえた。

 

 誰が自分に用があるのだろうと思いつつラブが背後を振り返ると、そこではマルコとサッチが煙草片手に各々楽な体勢で座り込んでいた。

 

「やぁ、ラブ。気分はどうだい?」

 

 気楽な感じでサッチが片手を上げ、声を掛けてくる。

 コック服の前ボタンが開放的になってることから、本日の仕事はもう終了したようだ。

 

「ご飯が美味い」

 

「そりゃ、結構! オレの飯を食えるなんて幸せな野郎だ」

 

「もう一人の餓鬼は一緒にいないのかよい?」

 

 そして、次にラブへと言葉を投げかけて来たのは、未だに態度が硬いマルコだ。

 

 煙草を口にしながら、マルコはラブを見下ろしている。

 ラブはマルコやサッチの指に挟まっている煙草を見ながら、昔自分がヘビースモーカーだったことを思い出していた。

 

 ───久しぶりに煙草が吸いたいぜ。俺の吸っていた銘柄はまだあるだろうか。

 

「メルは力を使い過ぎてもう寝てるぜ。明日の朝まで多分起きない」

 

 どうやら、なんだかんだとメルのことがマルコは気掛かりらしい。

 

 彼はキツイ言葉ばかり浴びせてくるが、それもよくよく聞けば裏返った気遣いだと分かる。

 

 不器用に優しいマルコに、ラブは過去の自分とつい重ねてしまった。

 

 ドフラミンゴのそばに居たって碌な目に遭わないからと、子供達を力技で排除していたあの日が今やあんなにも遠い。

 

 それでも、覚えていることは沢山ある。

 

 難病に冒されながらも生きたいと足掻いていた愛しくて哀れな子供の泣き顔を、ほら今もこんなに鮮明に思い出すことが出来る。

 

 記憶が戻っていることは、まだメルには告げないつもりだ。

 でも、多分メルはラブが記憶を取り戻していることに気付いている。

 

 それでいてなお、追求してこないあの子供の優しさもとても不器用だ。

 

「メルの力も、悪魔の能力なのか?」

 

 軽い調子で聞いてくるサッチは、本当に興味本位で聞いているみたいで他意は無いようだ。

 

 ラブはメルのあの力をどう説明しようかと、宙を睨むがなかなかいい説明が降ってこない。

 

「メルは能力者じゃねェ。あれは、メルの生まれ持った力だ」

 

「·····異能を持つ人間。心当たりはあるよい」

 

 あまりに独特な髪型過ぎて、たまにパイナップル頭と言われるマルコだがこう見えて彼は頭脳派だ。

 

 何を隠そう、彼は此処の船医であり、また航海術も齧っていることもあって航路について口を出す時もある。

 

「マルコは物知りだもんなァ」

 

 揶揄うと言うよりは、素直に賞賛しているらしいサッチに「よせやい。滅多なことは言うなよい」とマルコが照れている。

 

「まぁ、たまにはいいじゃないか。そうだ、マルコ。お前、メルの体調をちょっと見てやれよ。どうせ、オレについてきたのもラブのことが気になったんだろ? 」

 

 そして、マルコを手放しで褒めたのには裏があったようで、サッチは素知らぬ顔をして二人の様子を見てやれと唆す。

 

 唆されそうになっているパイナップルが急に赤くなったのを見て、確かにサッチの見立ては間違っていないようだとラブは冷静に判断を下した。

 

 恐らくは、どちらも海賊なんて生業をしているが性根が真っ直ぐなのだろう。言い方を変えれば、お節介焼きのお兄さん達とでも言える。

 

「煩ェよい! おい、ラブ。そういう訳だから、ちょっとツラ貸せ」

 

「え?」

 

 メルの所に連れてけと言う意味だと思っていたら、読んで字のごとく顔面をマルコに掴まれる。

 

 目元を引っ張られて、下瞼の様子を見られたかと思えば、今度は首筋に手を当てられて脈まで計られる。

 

 あまりに手馴れた指の動きに、マルコが船医なのだと察してからはラブもマルコの診察を黙って受けることにした。

 

 けれども、ラブの胸中にはモヤモヤとした塊が蟠る。

 生前の苦い記憶が、医者という存在を拒絶しているのだ。

 

 だが、マルコはあの医者達と違って海賊だ。

 

 ラブはなんとか自分に言い聞かせて、平穏を保つことに心力を注いだ。

 

 

 マルコの診察を無事受け終えると、ラブの腹が膨れ、二人の煙草が吸い終わってから、一行はメルの寝る部屋へと移動した。

 

『モビーディック号』というこの海賊船は、世界屈指の海賊である白ひげの持ち物であるだけに船内もかなり広く入り組んでいた。

 

 メルとラブに与えられた部屋は、数ある部屋の中でも特に奥まったところにあり、一番最初に案内してくれたビスタ曰く「使われたことがない客間」とのことで、中は埃こそ被っていなかったが、据え置かれている家具のどれもが新品のように傷一つなかった。

 

 念の為ノックをしてみるが、返事はない。

 

 ラブはゆっくりとドアノブを回して押し開けると、真っ暗な部屋の中は小さな寝息だけが響いていた。

 

 月明かりに照らされた奥の布団が盛り上がっているのを見つける。メルが深く寝入っているのだとラブは見てとった。

 

サイレント

 

 そして、ついこの部屋の唯一の住人を起こさぬようにと能力を使ってしまった。

 

「どうしたんだ、ラブ?」

 

「メルを起こさない為にちょっと細工しただけだ」

 

 サッチが咄嗟に何をしたのかラブに聞いてきたが、ラブは曖昧に返事を濁す。悪魔の能力は、あまりひけらかして良いものじゃない───特にラブの能力は暗殺や偵察向きなものなだけに、能力のことは言いたくなかった。

 

 だが、これは興味のひかれることであるのか更にラブに問い直そうとサッチが口を開けかけたが、その前にマルコが颯爽と部屋の中へと入ってしまった。

 

 それに続くようにラブも中へ入ったので、サッチはラブの行動についての追求は止めることにし、二人の所へと足を動かすことにした。

 

 ぐっすりと眠りについているらしいメルの目前までマルコは行くと、彼女の額に手を当てる。

 

 それからラブにしたように首筋に手を当て脈を計ったかと思えば、マルコは布団の下にある腕を取ってもう一度脈を計りだす。

 

「脈が弱い。少し、熱もあるよい」

 

 険しい顔をして着々と簡易な診察をし終えたマルコは、今度は徐に部屋の外へと出ていった。

 

 急すぎるマルコの無言の外出にラブがポカンとしていると、サッチが苦笑いをして「聴診器とカルテを取りに行ったのさ」とマルコが出て行った訳を話した。

 

「なんか、見かけによらず医者なんだな」

 

「だろ? あんなパイナップル頭してんのにな」

 

 凄い余計なことを大きな声でサッチが言っていると、マルコがサッチの言った通りに聴診器を首を掛け、カルテ片手に戻ってきた。

 

 しかも、サッチが余計なことを言っていたことすら把握してるのか険の篭った一瞥を彼にくれている。

 

「リーゼント、親父が探してたよい」

 

「ああ、じゃあちょっと行ってくるわ」

 

 この二人、互いに髪型を野次り合ってるらしい。

 

 少しラブの頭上で火花が散っていたような気がするが、子供の手前だと思い出したのか二人はそれ以上は何も言わず、サッチは片手を上げて部屋を出ていった。

 

 サッチの代わりにマルコが今度はラブの隣にやってきて、手際よく聴診器を使ってメルの心音を聞く。

 

「·····過労か。いや、それにしては生命力がかなり摩耗してるよい。毒でも食べたのか」

 

「ど、毒!?」

 

「心当たりがあるのかよい」

 

「い、いや、オレが見てる限りメルはそもそも飯を食ってねェぜ」

 

 ラブは首を横にブンブンと振って、そもそも今日はご飯すらまともに食べてないと思うとマルコに申告する。

 

 すると、ますますマルコの眉間のシワが深くなった。

 ラブは何か失礼なことでも口走ったのかと、口元に手を当てたがそれが杞憂だったとすぐ知ることになる。

 

「飯は抜くもんじゃない。点滴も後で持ってきてやるよい」

 

「あ、ありがとう」

 

 ───本当にこの人、理想的な医者だな。

 

 さすが、白ひげ海賊団の船医とラブは感心してしまった。

 

 髪型は凄く不思議な形状で持って保たれているが、それでもそれが気にならなくなる程に腕が良い。

 

 ───もし、あの子のことをこの人が見てくれていたら。

 

「なァ、アンタ」

 

 ラブは気づけば、思うがままに口を動かしていた。

 本当はこんなこと、眠っているとはいえメルの前で言うべきじゃないと分かっているのに。

 

 記憶が戻っていることを見逃してくれるメルの好意を無碍にするようで、口にしたそれにラブは罪悪感を抱いた。

 

「珀鉛病って知ってるか」

 

 いきなりとんでもない病名について聞かれたマルコだったが、生憎彼はその病のことも知っていた。

 

「·····知ってるよい。オレたちにとっては禁忌に近い病気だ」

 

「やっぱり、アンタもそんなことを言うのか」

 

 漸く、まともな医者に出逢えたと思ったからこそラブの落胆は大きかった。

 

 あの病気を禁忌なんて言って、遠ざけないでくれ·····。

 

 言ってしまいたい言葉は数あれど、それを口にしたところでどうにもならないことは嫌って言うほどラブは思い知っている。

 

 いつの間にか噛み締めていた唇からは血が滲んでいたようで、ラブの唇がうっすらと赤く色付いていた。

 

 しかし、月明かりしか差し込まないこの薄暗い部屋ではそれも分からない。

 

「残念ながら、オレにもあれの治療法は分からないよい。何分、資料が少な過ぎる。馬鹿どものせいで、焼却されてしまったから」

 

 悔恨の残っているようなマルコの物言いに、ラブは俯けていた顔を上げる。

 

 すると、マルコのやけに真剣な眼差しがラブに注がれていた。

 

 そのマルコの決して目付きのいいとは言えない目の奥に、ラブは彼の言い知れぬ激しい青い炎が燻っているのを見た気がした。

 

「ただ、治らない病はないよい。求め続けていれば、いつか必ず治療法は確立出来る」

 

 ───なんで、この人がローの前に現れてくれなかったんだろう。

 

 マルコならば、嘗てのコラソンと共に治療法を必死に探してくれたはずだ。

 

 そして、そんなマルコに癒されるようにしてローの心の傷だって塞がったに違いない。

 

 ───どうして、どうして、アンタは。

 

 ラブは気づいたら流れていた涙をそのままに、ぐすっと鼻を鳴らした。

 

「オレッ! オレ、アンタみたいな人ともっと早く会いたかった·····。アンタに見て欲しい子供がいたんだ·····長くは生きられないって諦めたまだほんの小さなガキを」

 

 止めることの出来ない涙や鼻水で塗れた顔は、さぞ気持ち悪い事だろう。

 

 ラブは腕で顔を拭いながら、嗚咽を漏らす。

 喉がしゃっくりをする時のように痙攣して、段々とまともな言葉すら吐けなくる。

 

「ロー、ゴメンな·····! 一人にしてゴメンな·····!」

 

 片腕の袖だけでは足らず、結局は両方の袖を涙に濡らした。

 

 そんな風においおいと泣いていたら、カツンと額に何かが当たった。

 

 何が起きたのかと目から腕を退けてみると、マルコが口の端を吊り上げ、ラブの額に片拳をぶつけているのが見えた。

 

「そんなふうに言ってもらえるなんて医者冥利に尽きるよい」

 

 ニヒルげな顔で、ラブの額をそのままグリグリと拳でマルコは抉ってくる。

 これが地味に痛いのだが、ラブの抗議するような目をマルコは意図的に無視した。

 

「何年かかるか分からないが、やって見るよい」

 

 しかし、マルコの放ったそれにラブは目尻に溜まった涙を零しながら瞠目した。

 

「元々、研究には興味がある。それに、オレは不死鳥だよい。やれねぇことはない」

 

 マルコは言ったのだ。

 珀鉛病の治療法を模索して、確立させてみせると。

 

 二年前、コラソンとローが探し求めていたその言葉が漸く見つかった瞬間だった。

 

 

 

 




不思議なくらい不死鳥がトゲトゲしてますが、まだ若いから若気の至りってことだと思います。

現段階では、本当にマルコはお医者さんになっちゃいましたね。
医者になってもチャームポイントであるパイナポーヘアを保ってて良かったです。

サッチは、エースとの絡みが好きです。
ご近所のお兄さんがわんころに構ってる感じで、ほのぼのとします。

ちらっとだけ出たビスタも薔薇舞う戦闘が素敵です。下まつげの長さとカイゼル髭がとても麗しい。

白ひげ海賊団はあんなに濃いのに解散してしまってとても残念ですが、弔い合戦に敗けてしまったのなら仕方が無いですよね。

黒ひげもなぁ。
元白ひげ海賊団の一員だけに複雑です。



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家族とはなんて難しいものか

 部屋を貸りて気が抜けたのか、メルは案内してもらって直ぐに寝入ってしまっていた。

 

 そして次に目を覚ましたら、窓からは陽光が差していてメルはアレと首を傾げることになる。

 

 魚の大群でも船の下にいるのか、海猫が姦しく鳴いているのを覚醒しない頭で聞いて、メルは「そう言えば、此処は海の上だっけ?」と昨日のことをつらつらと思い出すが、まだ何処か他人事のような気分だ。

 

 隣にあるベッドでは、枕を抱え込んで可愛らしく寝ているラブの姿が見えた。彼は、そこそこ寝相がいいので掛け布団もしっかり被っている。

 

 メルの掛け布団は床に落ちていたが、まぁいいやと素知らぬ顔をしてベッドの上に直そうとして起き上がろうとしたら、腕にピリリと刺されたような痛みを感じた。

 

 何の痛みだろうと腕を見てみると、何故か点滴から繋がっている管が腕に巻きついている。メルの目が一瞬にして点になった。

 

 ───あれ、なんでか病人みたいな有様だ。

 

 しかし、まぁ邪魔なことに変わりないので、力任せに点滴の管を引っ張って腕に刺さっている針を抜く。

 

 じわりと引き抜かれたところから血が滲んだが、これくらい別に大した傷でもない。

 

 メルは、ワンピースのポケットに入っていたハンカチで傷口を塞ぎ、元々、やりたかった落ちた布団を元に戻す作業を行う。一応と、布団の表面を叩いておいた。

 

 そうやって朝の時間を無駄に過ごしていると、今日もカイゼル髭が麗しいビスタが二人を起こしに来た。

 

 誰だっけ、この人とビスタを一向に思い出せないメルだが、悪い人じゃないだろうと適当に納得することにした。どうやら、この段になってもメルは寝惚けているらしい。

 

 なかなか起きたがらないラブを揺すり起こし、ビスタに連れられて二人は食堂に向かう。

 

 乗組員が一体どれほどいるのかは分からないが、モビーディック号の食堂は街中にある大衆食堂と規模はさして変わらない大きさであった。

 

 自由席だと食堂に連れてきてくれたビスタに教えて貰い、比較的人が少ない出口側の席にメルとラブは陣取ることにする。

 

 メルはまだお腹が空いてないから取りに行きはせずぼけーと宙を見つめ、対して起きたら空腹を覚えたらしいラブは他のクルー達の見様見真似で朝食を確保する。

 

 そうこうしている内に、何故かメル達の席にマルコやビスタたちが着いていて、いつの間にか囲まれていたとメルは一瞬にして微睡みから覚醒した。

 

 どうやら、この場所が海賊船であることを漸く彼女は思い出したらしい。

 

 そして、その際に白ひげ海賊団達に構われているラブを見ることになったのである。

 

 

「ラブ、お前ェ、小さいんだからたっくさん食べとけよ」

 

「野菜が少ねぇんじゃないか。オレのを少しやるよい」

 

「マルコ、好意は嬉しいけどな。おれ、パンは嫌いだ」

 

「好き嫌いするんじゃねぇよい」

 

「お、メルも来てたんだな。朝飯は粥の方がいいよな?」

 

 

 それから頭にコック帽を乗せたサッチに声を掛けられるまでメルは、白ひげ海賊団に大層構われているラブに度肝を抜かれ過ぎて硬直が解けないでいた。

 

 少し反応に遅れたが、自分に話しかけているのだと分かったメルはサッチの好意に両手を振って、そこまでしてくれなくともいいと告げる。

 

「私も皆さんと同じもので大丈夫です。朝食まで用意してくださってありがとうございます」

 

「気にすんな。一人二人増えたところで、痛くも痒くもねェよ」

 

 確かにサッチの言う通りに、白ひげ海賊団全員の朝食を用意していたら子供が二人増えたところで大して量も変わりはしないだろう。

 

 実際、メルとラブは少食な部類だ。

 

 メルのご飯を持ってくると厨房の方へと行ったサッチにぺこりと頭を下げて、顔を食卓の方へと戻すとマルコがメルの方に眼を飛ばしてきていた。

 

 マルコの睨みにひっと声を上げなかったメルは、大した神経を持った女児だと言える。

 

「メル、お前ェ、持病とかあるのかい」

 

 しかも、メルは何かよく分からない事を唐突にマルコから聞かれた。

 なんでいきなりそんな話を振ってきたのかと思いグズグズ返事をしないでいると、段々とマルコの眉間に皺が寄っていく。

 

「い、いえ! 病気とかは特に無いです!」

 

 それが怖くてメルが咄嗟に返事をすると、それはそれでマルコの顔が険しくなっていった。

 

 一体、どんな返事なら正解だったんだとメルが冷や汗をかいていると、ラブが白ご飯を美味しそうに頬張りながら、メルにマルコはこの海賊船の船医なのだと教えた。

 

「せ、船医·····ってことは、お医者様?」

 

「そうだよい」

 

「実は昨日、メルが寝ている間にちょっとだけメルの診断をしてもらった。そしたら、マルコには気になることが出来たんだと」

 

 人は見掛けに寄らないものだと失礼なことをメルが考えていたら、ラブが聞き捨てならないことを口にした。

 

「診断? え、私勝手に診られてたの?」

 

 だから、今朝起きたら点滴が腕にぶっ刺さってたのかと思い返し、メルはそろりと再度マルコに視線を向ける。

 

「それにしては、脈の調子がちぃとばかし気になるよい。心臓が弱いとかそういうことは無いのか」

 

 ズバリと診断結果を聞かされたメルは、思い至ることが少し───実際は山のようにあるためか、しらーとマルコから視線を逸らした。

 

 心臓関連の不調ならば、身に覚えにあることが最近だけでも幾つかある。

 

 ラブを使い魔として自分に縛り付けたこととか、魔力が足りないからと命を少しばかり削って生み出したりとか、この目の前で般若のような顔になっている医師には言えないことがそれはもう沢山。

 

 メルのその態度から彼女自体も症状のことは自覚しているのだと知り、マルコは一息つくように珈琲を口に含んで、「体は資本だよい」と最もらしい説教を口にし始めた。

 

「人体には多くの急所が存在するが、その中でも心臓と脳は替えのきかない大事な器官だよい。頭の先から爪先まで流れている血を運行している心臓に支障が出ているなら、早急にきちんとした設備のある病院で検診してもらった方がいい。病っていうのは、早期発見、早期治療が大事なんだよい」

 

「うっわ、珍しく船医っぽいこと言ってんなァ、マルコ。ウチは健康しか取り柄のない人間ばっかりだからコイツはメルちゃんのことが心配でならねェんだな」

 

「そんなことないよい·····オヤジもそろそろ飲酒を控えないといけないから言ってみたが、聞いてくれないだけだ」

 

「オヤジは、酒が命だからな」

 

 メルの分のサンドイッチを持って帰ってきたサッチが、大袈裟に目を見開いて珍しいことをとマルコを弄ると、何処か哀愁を漂わせて白ひげが酒を辞めてくれないとマルコは嘆き始める。

 

 それにさっきまで静かに話を聞いていたビスタが同調すると、マルコはがくりと首を垂らしてハァと嘆息を吐いた。

 

 これだけのやり取りを見ていたら、本当にこの三人は家族のようだなとメルは思った。

 

 三人とも、全く姿は異なっているし、性格もてんでバラバラだが、白ひげを思う気持ちは皆同じだ。

 

 こんなにも血の繋がっていない人間に慕われている白ひげは、本当に凄い。

 

 血が繋がって居ても、心を通わせることに四苦八苦している家族もあれば、血が繋がっていなかったとしても心を通わせている家族もある。

 

 世の中には、真に様々な家族がいるものだ。

 

「皆さん、本当に白ひげさんのことが好きなんですね」

 

 サンドイッチを貪りながら、メルは素直に心に思っていたことを話してみた。

 

 これには3人共が何を当たり前のことをといった感じでメルを見てきたので、つい微笑ましくなって目元が細くなってしまった。

 

「なんて言うか、私の知っている海賊と皆さんは違うんです。こうもっとギクシャクしているというか、ギラギラしてるって言うか」

 

 拙い表現しかメルは思いつかなかったが、彼女が何を言いたいのかは三人ともが把握したらしい。

 

「そりゃあな」とサッチが口火を切ってマルコとビスタに目配せすると、ビスタがうおっほんと咳払いをして、「オヤジがいるからな」とそれが真実なんだと言うように言葉短めに発した。

 

 そして、殿を務めるようにマルコが二人の発言を纏めた総意見をメルとラブに伝えた。

 

「オレたちゃ、海賊っていうはみ出し者さ。そんなはみ出し物をオヤジは仲間に引き入れて、オレ達を息子にしてくれたんだよい。オヤジはオレ達を息子だからと大事にしてくれる。だから、オレ達はオヤジを大事にするんだよい」

 

 お互いに尊重し合い、愛情を注ぎあっているからこそ成り立っている関係なのかとマルコの話を聞いてメルは納得した。

 

 寧ろそれを聞いたからこそ、隣に座っている使い魔の兄弟関係の決定的な溝をメルは知ることになった。

 

 愛情という点ならば、ドフラミンゴとロシナンテは幾分かは互いに持ち合わせているだろう。

 

 ドフラミンゴは歪んでいるが、ロシナンテのことを弟として愛しているだろうし、ロシナンテも相容れない存在だとドフラミンゴを認識しながらも兄という肩書きだけで情を注いでしまう。

 

 彼は、心根が優しい人だからそれも仕方が無いことだろう。

 

 ただ、互いに尊重し合っているという点に関してはノーとしか言えない。

 

 ドフラミンゴからは、ロシナンテを常に手元に置いておきたいという独占欲が随所に垣間見えた。

 それに対してロシナンテと言えば、ドフラミンゴの性格に嫌悪感しか抱いていないから彼がやる事の殆どが受け付けられない。

 

 ───一言で表すなら、難儀な兄弟ってところかな。

 

「父親·····か」

 

 蚊の鳴くような声で零したラブにメルは知らない顔をして、サンドイッチを次々と消費して行く。

 

 家族の話というのは、やっぱりメルにはまだ難しいことだけがよくよく分かったのであった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 朝食を終えてメルとラブは客室に戻ってきた。

 

 メルは壁に立て掛けたデッキブラシを手に取り、柄の先からブラシの毛先まで指の腹でなぞって調子を見る。

 

「傷は付いてないね、良かった。シルフも昨日は急に使役してごめん」

 

 柄に額をコツンとぶつけて、「本当に助かったよ、ありがとう」とメルがお礼を言っていると、ブラシの方からシルフの上品な笑い声が聞こえてきた。

 

 そうやってデッキブラシを労わっていると、ベッドに腰掛け両足をぶらぶらとさせていたラブが意を決したような顔をして「なァ」と声をかけてきた。

 

 ラブの声に促されるようにそっちへとメルが顔を向けると、ラブはまるで処刑される前の罪人のような顔をして「心臓のことなんだけど」と切り出してくる。

 

「おれを使い魔にしたから、弱ってるのか·····?」

 

 随分と弱々しい声で聞いてくるものだ。

 

 マルコからあの診断を下された時にこのことをラブに聞かれるとは思っていたが、予想以上にタイミングが早かった。

 

 メルはもう一度、デッキブラシを壁に立て掛け直してからラブの隣に腰掛ける。

 

 メルの体重を受けてバウンドするベッドに、更なる追撃を与えんと彼女はバタンと後ろに倒れこむ。ふわりと鼻先を掠めた洗剤の匂いに、少し心が落ち着いた。

 

「別に、それだけじゃないよ。私、ちょっと魔法の使い方が下手くそだから体に無理がいってるだけ」

 

「·····悪い。おれが、あの時にメルの手を取ったばかりに」

 

「謝んないでよ。これは私が決めたことでもあるんだからさ。私がやりたいからやったんだ」

 

 ラブはこう見えて───いや、見ても分かるか。

 

 とても繊細な男なのだ。

 

 ナイーブになると、とことん根暗になってジメジメするものだから、メルはそのうち茸でも生えてくるんじゃないかと思ったこともあるほどだ。

 

 そして、今回もまたナイーブゾーンに入ろうとしているラブを見ていられなくなって、メルはすぐ近くにあるラブの手首を掴む。

 

 ラブの手を掴むとビクリと震えられた。

 

 まるでラブがメルに触れたら、壊れてしまうんじゃないかと恐れているような怯み。

 

 彼にそこまで心配されるほど、メルは弱くないと思っているのだけど、ラブはとても心配症だから。

 

「君は忘れてしまったかもしれないけど、私は君の強すぎる願いを知っている。ラブがそれを思い出すまでは、契約で教えられないけども。私はラブのその願いが叶うといいと思ったから手を貸したんだ」

 

 瞑ったメルの瞼に蘇るのは、顔に変なペイントを施した派手な服装の大男。

 

 ───アイツを、ひとりぼっちにしたくない·····!

 

 ───もっと、沢山愛してるって伝えたかった·····!

 

 

 ラブ───ロシナンテの本来の姿をしたその男の願いはまだ幼かったメルには、毒にさえなりそうな程に鮮烈で沈痛なものだった。

 

 あの吹雪の中、見つけてしまったのが運命だ。

 

 そう結論づけて、手を差し伸べたのがメルとラブの始まり。

 

 その時、一緒にいたジジィの決死な制止の声すら無視して、ロシナンテの遺体の中に埋まっている心臓を掴んだ。

 

「大丈夫。ラブが目的を果たすまでは死ぬ気ないから。ってか、この私が早々にくたばるわけないじゃん。まだ、ラブのこと使い倒してないしね」

 

 掴んでいるラブの手首から掌へと己の手を滑らせ、固くなっているラブの指をゆっくりと解いて繋げば、ラブがまた泣きそうな顔をしてメルを覗き込む。

 

「そうだな。まだメルには恩返しもしてねェし。死なれたら困るぜ」

 

 無理やり笑ったようなラブの顔がメルの視界に映る。

 

 本当にいつ見ても、作り笑いが苦手な男だ。

 

 

「·····あ、そうだ。ちょっと話変わるんだけどさ」

 

 唐突に、何かを思いついたようにメルはガバッと上半身を起こして、今までの会話の流れをぶった切った。

 

 いきなりの会話内容の変更だがラブも感傷に浸っているのか、「なんだ?」と随分と優しい声音でメルに問い返している。

 

 ただ、このメルの思い付きはラブにとって青天の霹靂のような話であった。

 

「多分、これから少しの間ね。お兄様が突撃お店訪問してくる予感がビシバシしてるんだよ。だからさ·····ラブ、アンタ当分ここにお世話になったら?」

 

「·····は?」

 

 ラブの口から気の抜けたような声が出てきた。

 しかし状況に追いついていけてないラブを察しても、放ることにしているメルは口を止めない。

 

「白ひげさんには、私から事情説明してお願いするからその辺は安心して。それに、マルコさん達とも上手くやってけそうだし大丈夫でしょ」

 

「え、おれとうとう解雇!?」

 

「違うよ、休業。ウチは副業オーケーだし、当分海賊やったらいいんじゃない?」

 

 突然の上司からの自主休業を勧められて、ラブは軽く混乱している。

 

 メルとて、この話があまりにも荒唐無稽なものであることは理解している。

 

 だがそれでも、これは彼女なりに考えての苦肉の策であったのだ。

 

 ドレスローザから逃げ出してきたあの空の上で、メルはラブのこれからの処遇について頭を悩んでいた。

 

 ドフラミンゴ(お兄様)がメルをああいう搦手で捕まえようとしたことを鑑みれば、これからも度々しつこく奴の来襲があることは予測できる。

 

 その時にラブがまたドジって哀れ攫われてしまったとしても、今回のように上手いことあの狂人を出し抜けると高を括ることは、メルにはとても出来なかった。

 

 だから、ドジっ子はどこか別の場所に追いや───避難させておこうとメルは考えたのだ。

 

 白ひげ海賊団に厄介になったのは成り行きだったが、ある意味これは神の天啓とも言えるのではないかと思えるほどに、タイミングが抜群である。

 

 しかし、それにしたとしても副業で海賊を勧める上司が普通居るだろうか。

 

 しかも、取引先の半分が海軍のメル。

 最近は、知らぬうちに手先にまでされているのだが、これは当人は知らない事実なので置いておくにしても、なかなかぶっ飛んだ提案だと言える。

 

 ガープ(金蔓)が聞いたら確実に落胆するだろう。

 因みに、サカズキ(トラウマ)が耳にしたら、確実に息の根は止められる。

 

「木は森の中に隠せって言うしねー」

 

 考えれば考える程に、段々とメルはこの計画が良案だと思えてきたらしい。かなり決行する気満々の顔つきだ。

 

 ラブの正直な本音を言えば、たかだか一日しか寝食を共にしていない海賊に託されたくなどないのだが、こうなったメルを説得することは彼にはほぼほぼ不可能だ。

 

 ───売られる子牛の気分って、こんな気分なのか。

 

 いつかのメルみたいな感想を抱いて目が遠くなるラブだが、時とは残酷な物で、思い立ったら即行動のメルがやる気を漲らせてベッドを降りるのが視界の端にチラリと見えた。

 

 自分の運命の行く末を見るために、一気に老け込んだ顔をしているラブもベッドから立ち上がった。

 




実は、この連載を始める前に『ドモドモの実』を使ってONE PIECE子供帝国連載を企んだこともありました。

映画『Z先生』のエンディングがもうとてもとても好きで、とち狂ってたら恐らく書いてただろう欲望の塊です。

皆、食べちゃいたいくらい可愛いんですが、特にハンコック様とドフィ坊やが琴線に触れてしまったんですよね。

ハンコック様の麗しい決意に満ちた描写が良いんですよね〜。幼いながらも姉妹を守るために凛とするハンコック様なら、何でもお願いごとを聞いてしまいそうです。

そして、もうひっくりかえって「楽しいだえ」とかドフィ坊やが言ってたら、私は彼の天竜人ぶりを許してしまうかもしれない。

あと海軍組も素敵でしたねぇ。ガープがルフィそっくりで、遺伝って怖いなって思いました。

麦藁組は今の状態でも十分可愛いんですが、子供だと更に可愛い。チョッパーは悶え死ぬかと思いました。なみすゎんとロビンちゃんにノックアウト。

今回はすごくお粗末なあとがきで申し訳ないです。




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ラブを引き取ってください!

「おはようございます、白ひげさん」

 

 客室の近くにいた見た目の性別と中身の性別がちぐはぐな色っぽい男性に白ひげの自室を尋ね、案内まで知ってもらったメルとラブは白ひげの部屋に朝の挨拶をしながら入室する。

 

 白ひげは、小さな来客達を歓迎しているらしく身の丈にあった椅子の上で朝っぱらから酒瓶を煽りながも「よォ」と声を上げる。

 

「確かにこの様子じゃあ、禁酒は無理そうだよね」

 

「マルコ達も案外苦労してるんだな」

 

 先程、「親父が健康に気を使ってくれない」と息子兼かかりつけ医が項垂れていた所だが、この白ひげの様子を見るに確かに禁酒なんて無理そうだ。

 

 一応、身体を診てもらった恩もあるからと、マルコのために一肌脱ごうと腕を捲ったラブは白ひげに近づこうと歩いた瞬間に床に敷いてある絨毯に足を引っ掛けて派手にすっ転んだ。

 

 しかも、ラブの無体なドジの仕打ちの数々にとうとう巻いていたズボンのベルトがお陀仏となったようで、転けた衝撃を受けてズボンがずり下がり、ハート柄のトランクスがおはようと姿を見せる。

 

 一日だけ部屋を貸しくれる関係となったあの白ひげ相手に、ここまで体を張った間抜け者が果たしてこれまでに何人いただろうか。

 

 確実にメルの使い魔がマイノリティ派であることは確実で、彼女は慌ててラブのだらしないズボンを引っ張りあげる。

 

「ラブ! アンタ、人様にそのセンスの欠けらも無いパンツ見せちゃ駄目だっていつも言ってるでしょ!!」

 

「わ、悪ィ·····! でもな、メル。少しぐらい男の下着を見て、動揺の一つはしといた方がいいと思うぜ」

 

「余計なお世話だっつーの! 誰がアンタの穴が空いたパンツを繕ってると思うの!! そんな口を叩く余裕があるなら裁縫ぐらい出来るようになってってば!!」

 

 まさかの白ひげの前で、メルはラブのパンツ事情を大暴露である。

 

 もう人前であることすらラブはこの時忘れていたが、それでも一人前に羞恥心はあったので顔が茹で蛸のように真っ赤になっている。

 

 実際、ベルトと同じ理由でパンツに穴を空けるラブなのだが、破く度にパンツを買っていては、金が出ていく一方だと突然裁縫道具をメルから渡されたことがあった。

 

 自分のドジは自分で拭えと言外に物申すメルの威圧に押し負けて、第二の人生にして初めて己のパンツを縫うということにラブはトライしてみたのだが、彼の異常状態(ドジ)が猛威を奮った結果、手が血だらけになるという成果しか得ることが出来なかったのだ。

 

 流石に、手に幾つもの血の玉を流すラブにこれ以上頑張れと鬼になる事も出来ず、結局は上司であるメルがラブのパンツの始末をつけることになったのである。

 

 

「ってか、本当に毎回毎回言おうと思ってたけど、ハート柄のステテコばっかり買ってこないでよ! そろそろ星柄とか縦縞が私は恋しいんだけど」

 

「一応、これでもメルが言うから他の柄にも挑戦しようと色々店では見てるつもりなんだぜ·····でも、レジに行ったらいつの間にか籠の中にはハート柄のパンツしか入ってねェんだよ」

 

「どんだけハートに執着してんの·····! 私、買うまではしたくないからね! そこまでやったらもう君と私の関係は完全にオカンだよオカン!!」

 

「·····面目ねェ」

 

 なんとかずり下がるズボンを引っ張ってパンツを見えなくし、その場から立ち上がることが出来たラブであるが、彼の上司は何かハート柄のパンツに恨みでもあるのかわーわー文句を言っている。

 

 ラブの名前の由来にもなってるらしいから、もう正直、一生ハート柄パンツでラブはいいんじゃないかと思っているのだが、メルにとっては深刻な問題であるらしいのだ。

 

「グララララ。お前ェら、人の部屋にまできたかと思えば漫才しに来たのか」

 

 そして、漸く部屋の主が二人の阿呆なやり取りに割って入った。

 

 この海賊団の頭でもある白ひげの御前にまで来て、とんでもないことをやらかしていたと我に返ったメルが、ハッと己の口を抑える。

 

 ラブのドジにつられて自分まで馬鹿をやらかしてしまったと後悔をし始めるメルだが、どちらかと言えば今回はメルもこの漫才の首謀者であるために、ラブばかりに責任があるとは言えない。

 

「ご、ごめんなさい。ここに来たのは、本当に全然違う別の用があってなんです」

 

 ラブのパンツ事情など最早、どうでもいいことである。

 

 今は、そんなことよりもラブの身の安全を確保するため、白ひげに直談判しに来たのだから。

 

 何をこの小娘は言いに来たのかと、楽しげにメルを見下ろす白ひげは、用を言ってみろと片手で誘うような仕草を取る。

 

 ───よし、私! 女は度胸! 前進あるのみ!

 

 片拳を作って、ラブのドジのせいで消えかけていたやる気をもう一度メルは取り戻す。

 

「白ひげさん、部屋まで貸して頂いて厚かましいお願いだと思うのですが、どうかラブを此処のクルーとして雇ってくれませんか!?」

 

 そうメルが口にした瞬間、部屋には冬が到来したかのように部屋内の温度が急速に下がり始める。

 

 体全身の毛穴が開いたかと思うほどの圧を放ち、部屋の気温まで下げている人物は、正しく今、メル達の前で酒瓶を弄んでいる白ひげで、彼は怖気が走るような目でメルを射抜いていた。

 

「生半可な気持ちなら止めておけ」

 

 刹那の間に場の空気を入れ替えてしまった白ひげに、やっぱりそう簡単にはいかないかと作った片拳を更に握り締める。

 

 歯の根が噛み合わなくてカチカチと音を鳴らしそうだが、そんな無様な態度を晒したら一瞬で、交渉が決裂してしまうことは目に見えている。

 

 これは、ラブの大切な人生の岐路の一つだ。

 

 使い魔の身の安全は、使役者である自分が確保しなければならないのだ。

 

 

 

 白ひげは己の特殊な覇気を受けても、目の光を無くさないメルにほうと内心で感嘆の声を上げていた。

 

 ───覇王色の覇気を受けてもまだ、突っ立ってんのか。

 

 正直、子供を乗せるほど白ひげ海賊団は人手に困っていない。

 

 寧ろ、身の危険と常に隣合わせであるから、子供をこんな所に留めおく気など白ひげにはサラサラないのだ。

 

 だが、しかし。

 

 目を逸らさず、如何にして白ひげを説得させようかと知略を練り上げるメルは、大した肝を持っていると言えるだろう。

 

 件のラブとて白ひげの覇気に怯むことなく、メルと白ひげの交渉の行方を静かに見守っている。

 

「ラブは、こう見えてある海賊団の船長の実の弟です。今は仲違いをしてその人とは一緒に暮らしていませんが、つい先日、その兄である海賊がラブを攫うという事件が発生しました」

 

 メルは、どうにか声を震わせずに交渉を持ちかける。

 白ひげの視線がまだ自分に向いているならば勝機はあると踏んで、果敢にメルは言葉を投げかけていく。

 

「そのラブの兄の名前はドンキホーテ・ドフラミンゴ。正直、今回は無事にラブを救出出来ましたが、次回からは出来る予感がしません」

 

「·····詰まりは、助けれてくれってオレに手を伸ばしてんのか、メル」

 

「はい、その通りです。でも、ただで助けてくれとは勿論、海賊相手には言いませんよ」

 

 笑みも浮かべられていない白ひげの無の表情が、何を考えているのか分からなくて恐ろしい。

 

 それでも、仕掛けてしまった交渉を取り消すことなんて出来ないわけで、メルはハッタリのふてぶてしい笑みを繕わないといけない。

 

 乾いた唇を湿らせるように舐めて、畳み掛けるべきポイントを見極める。

 

 この方、この世に生を受けて約八年。

 

 六十年は生きると言われている人間の一生の中で八年など、目を瞬く間の短い時間と同じくらいの価値しか無い。

 

 それでも、その八年間、メルは己の命を担保に言葉でいつも戦ってきた。

 

 配達先の厄介な顧客、自分の理解者でもある養い親、命を頂戴と虎視眈々と狙っている世界の悪意·····色んな人間が幾人も別々の思惑を抱いてメルの前に立ちはだかってきた。

 

 ───ラブの預け先くらい、華麗に勝ち取ってみせる!

 

 さぁ、やる気は底無し。気合いは十分。

 ぶちかまして見せろ、ラブを守るというのなら。

 

「先ず、これから確実に驚異になり得るドフラミンゴに切れる最高のカードにラブはなります。あんな狂人でも、ドフラミンゴはラブに弟としての執着があるみたいなので、ラブを使えば大抵の欲求は通るかと」

 

「フン、あんな小僧ども。そう回りくどい真似をしなくとも抑えられる」

 

「ええ、白ひげ海賊団として海賊であるドンキホーテ・ファミリーを取り押さえることは出来るかもしれません·····ですが、彼の別の顔となれば、話は変わってきます」

 

「·····何が言いたい」

 

「ドフラミンゴは海賊でありながらも、闇のブローカーです。人身売買を手始めとして、武器の横流しやフェイク情報の取り扱いまで実に様々なヤバいブツに手を出しています。海賊ではなく、商人としてのドフラミンゴは白ひげさんと言えども抑えることは厳しいのではないですか」

 

 一気に捲し立てるように続けたが、白ひげの態度はまだ崩れていない。

 だが少しずつでは有るが、彼の中で天秤は傾きつつあるはずだ。

 

「それにラブは能力者です。暗殺や隠密を得意とする能力を持っており、確かにドジが多い彼ですが、腕は確かです」

 

 チラッと何かアクションをしてくれないかとラブに視線をやると、メルに頼られたことがそんなに嬉しいのか、ラブは目をキラキラとさせている。

 

 そして、今回は披露用だとでも言うように指をパチンと弾いて、ラブは「(カーム)」の能力を発動させた。

 

 ラブは所謂、無音人間。

 ナギナギの実の能力者で、音の有無を自在に操ることが出来る。

 

 試しにとラブがその場で手を叩いたりジャンプしたりして見る。

 

 しかし、そのまま無事に終えることなくノルマのように足元を滑らせて転んでしまったが、その派手な一連の流れがあったとしても一切彼からは音が聞こえない。

 

 白ひげはそんなラブの愉快な様子を、じっと見極めるように見つめていた。

 

「白ひげさん達は縄張りを持っていると聞いています。ドフラミンゴが新世界で幅を利かせ始めた今、貴方達の縄張りだって何時狙われてもおかしくはありません。ただ、ラブならばそれらに対して秘密裏に処理をすることができます───この人、子供みたいな成りをしていますが、実際はもういい大人なので難しい任務もこなせるでしょう」

 

 

 そこで、ラブがメルの片腕を掴んできた。

 

 促されるようにしてラブの方を見てみると、ラブはそれ以上は言うなと言わんばかりに首を横に振っている。

 

 これからメルが話そうとしていることは、この世界では受理出来ないトップシークレット。

 

 世界政府が存在を抹消しようと躍起になっているほどの厄介事だ。

 

 言ってしまったら、白ひげ達をも巻き込んでしまうかもしれない。

 それでもと、メルは覚悟を決める。

 

 ラブと白ひげ達の身の安全を天秤に掛けてみれば、そんなことは一瞬にして判断が下せるのだ。

 

「ラブはこの世の人間じゃありません。彼は、私の使い魔です。悪霊となりかけていたラブをこの世に留めおくために私は自分の力を使いました」

 

 ラブが掴んでいるメルの腕に更に力を加えたらしく、腕が悲鳴をあげている。

 

 見かけによらず馬鹿力なのだから、少しは加減をして欲しいと思いつつも、メルは口を動かし続けた。

 

「私は魔女です。だからデッキブラシに乗って空を飛ぶことも、人間の魂を蘇らせることも可能です」

 

 自分が出せる最大のカードを見せることになってしまうが厭うもんか。

 メルと白ひげでは、持っているものに大きな差が有りすぎる。

 

 メルが持てるもので彼を落とすには、このカードを切らなくては始まらないのだと、彼女は交渉を持掛ける前から分かっていた。

 

 どれだけ抜群なハッタリをかましたとしても。

 ラブの宣伝が上手く行ったとしても。

 

 この男は、そんなことくらいでは首を縦に振るまい。

 

 そして、メルはこれが最後だと言わんばかりに白ひげに艶然と笑いかけた。とても八歳が浮かべるとは思えられない程の、毒が滴るようなその笑みに、後のラブは「あれは駄目だ」と語ったらしい。

 

「もし、ラブをこの船に置いてくれるというのならば───私はこの力を貴方達にも貸しましょう」

 

 魔女の誘惑に、海の覇者は凄絶な笑みを見せる。

 白ひげとて、こんな顔をまさかメル達相手に見せることになるとは思わなかったのだが、引き出されてしまっては仕方ない。

 

 ───マセ餓鬼は、間に合っているんだがな。

 

 だが、マセ餓鬼の相手は白ひげの得意分野の一つだ。

 

「面白ェ。子供と取引はする気は無ェが、魔女ならば良いだろう」

 

 こうして、ラブが白ひげ海賊団に在留することが決定した。

 




ONE PIECEってBGMやOP、ED、挿入歌のどれをとっても素敵なものが多いですよね。

今回執筆をするにあたって流しているのは『Share the World』、『エターナルポーズ』、『ADVENTUREWORLD』、『怒りをくれよ』、『BRAND NEW WORLD』などです。

他の曲も捨て難いのですが、私自身曲に心が引っ張られる質なので明るい曲調をメインに流しています。

因みにONE PIECE関連外の曲であれば、aikoさんやずっと真夜中でいいのにさん、星野源さんなどを聞いています。

ただ、aikoさんを聞いているとどうしてもしっとりラブロマを書きたくなるので自重がとても大変。

一応拙作は、恋愛に関してのオチは決めておりません。
まだメルが子供ですし、恋愛に興味が無いような気がするのでその辺は放置しています。

そういう流れになるまでは、ただただメルが配達屋さんとして奔走するお仕事ノベルとして書いていくつもりです。



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ハートパンツ以外も履いてよね!

 白ひげとメルの取引が無事取り交わされたあと、二人はラブ(本人)そっちのけで細々とした話を詰めた。

 

 ·····白ひげがやけに楽しそうだが、恐らく見間違いだろうとラブは一蹴する。

 

 何故だか、祖父が孫に構っているような光景に見えてしまってラブは気の所為だろうと目をしょぼつかせる。

 

 電伝虫の番号の交換、ラブの滞在中に発生する生活費は保護者(メル)がどれぐらい負担すれば良いのか、ラブの好みや苦手なものはどういうものがあるのかなどなど。

 

 ラブの挟む口が無いまま淡々と二人の間で話は煮詰められていき、いつの間にかその取引は正式な誓文書にまでなっており、気付けばラブは言われるがままに血判を捺していた。

 

「よし、これで完璧!」

 

「おれ、なんかメルの将来が怖い·····」

 

「グララララ。ラブ、お前ェも男だったら、んな小せェこと言うな。男なら、泰然と構えておけ」

 

 誓文書の控えを持つのはメルらしく、それを手に取ってムフムフと不気味な笑い声を響かせている彼女は、どう見てもヤバい奴にしか見えない。

 

 先程の白ひげ相手の交渉やその後の後処理も傍で見ていたラブは、このメルの子供離れした辣腕ぶりに相当恐れを抱いたようだ。

 

 道を違えたら立派な詐欺師になりそうなメルにラブが身震いしていると、そんな心配症な彼に白ひげが空気を震わせて笑う。

 

 

 メルがそんな白ひげを見て「男の中の男って、白ひげさんみたいな人のことを言うんだなー」と珍しく賞賛している。

 

 メルが人のことを手放しで褒めることはそうそうないので、ラブはつい口を開けっ放しにして驚いてしまった。

 

 確かにラブから見ても、白ひげは人格者だ。

 こんなにも器の大きな人間を見るのは、センゴクを入れて二人目だとラブも思う。

 

 だけど、ラブはメルにすごく言いたかった。

 メルが見習うべきは、『男の中の男』ではなく、『お淑やかな女性』なのだと。

 

 取り敢えず、空を飛ぶ時はワンピースの下に短パンぐらいは履いてくれとラブは密かに懇願しているのだが、未だにメルにその思いが届く兆しが見受けられない。

 

 何度か本人に直接伝えてみようかとラブも思ったことがあったのだが、如何せん相手は子供といえども女の子なのだ。

 

 注意してメルから虫けらを見るような目で見られたら、きっとラブの中の何かが死ぬ───男としての誇りとか、大人としての倫理とかその他エトセトラが。

 

 因みに、彼のこの葛藤は、かれこれもう二年ほど続いているので、ある意味積年の思いと言えるだろう。

 

 恐らくは、彼が決意を固めてメルに申告するまで、彼女がワンピースの下に短パンをはくことはない。

 

 ───まぁ、もう一人、極東でその事について呆れていた人物がいたが、さぁどうなるだろうか。

 

 あまり長居するのも良くないし、用件を終えたのだからさっさと出ていこうとメルは白ひげに暇を告げ、これからもラブのことをよくよく頼みますと頭を下げる。

 

 常識人らしい気遣いを見せたメルによってラブは手を引かれ、白ひげの自室を後にした。

 

 何か深刻な顔をして物思いをしているらしいラブにメルが不審そうな目をむけているが、彼は気付くことなく思考に耽っている。

 

 まぁ、ラブのことはいいやとあっさり彼について考えることをやめたメルは、ワンピースのポケットの中へ戦利品である誓文書の控えを折り畳んで入れる。

 

 そんな二人の前方でマルコとサッチ、それからあと何人かのクルーが洗濯物の籠を入れて歩いているのが見えた。

 

 むさ苦しい男所帯とは言え、衛生には気を使っているらしく、籠に詰まれている洗濯物はかなりの量だ。

 

「おっ、オヤジとの話は終わったのか?」

 

「はい。無事、恙無く終わりました」

 

 メルとラブが白ひげの部屋に行っていたことは筒抜けのようだ。

 そう言えば船長と話をしていたのに、白ひげの部屋には他のクルーはいなかったなとメルは唐突に気が付く。

 

 確かにメルとラブはまだ子供だし、相手があの白ひげなのだから無体を働くことなんて出来るはずがないが、それでも船長一人と客人二人が狭い部屋の中で話すことなど本来ならば実現しないことだ。

 

 ───もしかしたら、白ひげさんが事前に何か達しを出していたのかもしれない。

 

 脳裏に浮かんだ『もしも』に、メルは背筋が凍る。

 

 その憶測が本当だとすれば、メルが話を持ちかけることを白ひげは予想していたことになるのだ。

 

 そうなると、メルが取引に勝つことすら彼に仕組まれていた可能性もある。

 

 お膳立てされた試合に勝って、肝心な所はただただ踊らされていただけなんてことが真相であったら。

 

 ───ううん、ラブをスーパー安全な託児所に預けられたのだと思っておこう。これ以上勘繰ってたら、正気が削れてきそうだよ。

 

 そうやってメルがウンウンと唸っていると、前方から呆れが含まれたマルコの声が聞こえてきた。

 

「おい、ラブ。もしかして、ズボンがずってるのかよい」

 

 マルコの声にのせられて、メルの顔もラブの方へと向く。

 

 そして、メルは「あ」と零しそうになった。

 

 そう言えば、このドジっ子。

 あの場で、派手にベルトを壊してくれていたのだということをメルはすっかり忘れていたのである。

 

 ラブは未だに片手でずりそうになっているズボンを押し上げている。

 

 ラブが履いているこのズボンはジジィのお下がりなのだが、食が細くて腰周りも細いラブにはどうも大きかったらしい。

 

 ジジィがラブの腰周りを試しに測ってみたら、「ニャァアアアッ! ラブ、お前細すぎるよォ!」と騒いでいたので、もしかしたら奴はメルよりも腰が括れている可能性がある。

 

「さっきベルトが壊れちまって·····」

 

 眉根を垂らして無念そうにそう言うラブを、実は世話焼きなマルコは見逃せなかったらしい。

 

「あとで、昔使ってたベルトを貸してやるよい」と慈悲をラブに差し出していた。

 

 これにラブは、何とかこの情けない状況から脱せられると喜び、マルコにキラキラな笑顔を見せてお礼を言っていた。

 

 子供の純粋なお礼に対して免疫が無いらしいマルコが首筋を赤くして照れている様を見て、周りでやり取りを見ていたサッチや他のクルー達がニヤニヤと厭らしい笑みを口元に浮かべていた。

 

 恐らくは、これで当分からかい倒してやろうと算段をつけているのだろう。

 

 そんな意地汚い大人達を見ながら、メルはそう言えばとふと思い付いたらしい疑問を口にする。

 

「あの、皆さん。皆さんってどんなパンツ履いてますか?」

 

 そう、それはさっきのあの思い出したくもない間抜けな騒動の争点となったパンツ問題に纏わる疑問だ。

 

 メルとしては、ラブにはハート柄以外のパンツを履いて欲しい。

 

 だが、何度言ってもハート柄のトランクスばかり買ってくるのがラブだ。

 

 同じことを延々と繰り返していても無駄だと分かっているだけに、歯痒い気持ちを抱いていたメルは、ここでふと凄くくだらない天啓を獲得してしまったのだ。

 

 まぁ、他の男の人がどんな柄のパンツを履いてるのかもメルは個人的に興味があるのも事実であるが───。

 

 だが、それとは別にもう一つの思惑がメルにはあった。

 

 女のメルが勧めるからこれまでは効果がなかったのではないか。

 

 ってことはもしかしたら、他の男の人からハート柄以外を勧められたら、他の柄のパンツもラブは履いてくれるのでは?

 

 そんなメルの計算もあって、巻き込まれたのがこの男達だ。

 

 問題の核でもあるラブも含めて、皆が一様に固まっている。

 

 あの飄々とした風貌のサッチでさえ、ヒエヒエの実で凍らされたように硬直しているのであった。

 

 先ず不幸なことに、一番乗りで我を取り戻したのがマルコである。

 

「ぱ、パンツ?」

 

「そうです。パンツです」

 

 聞き間違えではないかと一縷の望みを抱いてマルコが聞き返すも、メルは至極真面目な顔をして頷く。

 

 マルコは更に頭が混乱した。

 

「分かった。パンツだな、マルコは縦縞───うおっ!」

 

 次に硬直から解けたのはサッチであったが、彼は躊躇なく隣にいた同僚を売ることにしたらしい。

 

 混乱していながらも自分のパンツを公表されるという脅威的な未来を防ぐために、マルコからは俊敏な蹴りがサッチに向かって繰り出された。

 

 それを危機察知能力でもって回避したサッチは、珍しく口の端を引き攣らせた顔でマルコを見返す。

 

 あと少し遅ければ、肋の一本は持っていかれていた。

 パンツ如きで、サッチはそこそこの重症を負いそうになったのだ。

 

 そのことを理解して、サッチのこめかみに珍しく青筋が立った。

 

 どう考えてもお門違いな怒りなのだが、頭に血が上っているサッチには最早、まともな判断を求めることが出来そうにもない。

 

 そんな二人のやり取りを見て、海軍相手でもマルコはあんな早い蹴りを繰り出すことは無かったよなとクルー達が目配せし合う。

 

 どうやら、唯一まともな思考が残っているのは彼らだけのようであった。

 

「おい、リーゼント。手前ェ、覚悟は出来てんだろォな」

 

「なに、ちょっとしたジョークじゃねェか」

 

「コイツの勝負下着は、無地の黒よい」

 

「おまっ!? 純粋な子供たちを前に何言ってくれてんだ!!?」

 

「サッチさんは、無地の黒っと·····ん? ショーブシタギ?」

 

 ラブとしては、メルの前でなんてことを言ってくれるんだ!と大変遺憾な気持ちであるのだが、メルの不思議そうな口振りにとてつもなく嫌な予感がした。

 

「ねぇ、ラブ。ショーブシタギって何か知ってる?」

 

 そして、ラブの嫌な予感は外れることなく見事的中した。

 どうして、こんな訳の分からない飛び火が自分の所に向かってきたんだろうかとラブは一瞬遠い目をした。

 

 しかし、なにそれ?と純粋そうに首を傾げて、メルはラブのアンサーを待っている。

 

 そんな子供の無垢な眼差しを受け、記憶を取り戻して、大人のあれこれもしっかり思い出しているラブの目は、挙動不審なくらいキョロキョロと泳いでいた。

 

 その反応を見て、他の大人なクルー達は察した。

 

 ───あの餓鬼、一丁前に色事に通じてやがると。

 

「お、おれもまだ知らねェよ」

 

 そして、洋々と無難にシラを切るラブにクルー達の冷たい視線が降り掛かる。ラブにしてみれば、奴らからそんな目で見られる筋合いは全くもってないのだが、今はメルを誤魔化すので精一杯なのでそこまで彼は気が回らない。

 

「んー、ショーブって勝負のことだよねーきっと。まぁ験担ぎみたいなものかな·····ラブ、その勝負下着くらいはマジでハートパンツは止めてよね」

 

 どうにかうまい具合に誤魔化せたと思っていたら、何故かとんでもないボールがラブのもとに返ってきた。

 

 ラブはもう半泣きである。

 何が悲しくて八歳の女児に勝負下着のことまで言われなければならないのだろうか。

 

 そんな風にラブがメルから一方的に男としてのあれこれを抉られているそばでどうしようもない大人二人(マルコとサッチ)は最早、子供の前だということも忘れて戦いをヒートアップさせていた。

 

「このっ、縦縞! お前のはいっつも思ってたんだけどな、オヤジくせェんだ!! 女の前で履く機会もないからあんな枯れたセンスなんだろうな!!」

 

「煩ェよい、この万年発情期が。俺には手前ェと違って節度があるよい」

 

「ハッ! 何が節度だ、笑かしやがるぜ。お前の好みはこの前にバッチリ把握してんだからな。意外とオーソドックスな趣味しやがって、このスケコマシが」

 

「·····女ならば、何でもいいお前とは違うだけよい」

 

 会話内容はとてつもなくくだらないが、彼らはこの阿呆丸出しな話をしながらも器用に殴ったり蹴ったり、躱したり受け流したりと動き回っていた。

 

 隊長というリーダー職に就いているだけあって、その身のこなしは実に洗練とされているのだが、会話内容があまりに残念すぎて、クルー達はなんだか悲しくなってきた。

 

「·····マルコさんもサッチさんも、もうそもそもの話を忘れているよな」

 

「あの二人もよくやるよ。あんな風に喧嘩するくせに、どうせあと少ししたらまた連んでるんだろうぜ」

 

「多分、あれも二人にとったら一種のコミュニケーションなんだろうよ」

 

 置いてきぼりの洗濯籠をちゃんとまだ抱えているクルー達は口々にマルコとサッチの複雑なようで、案外単純な仲について語らう。

 

 因みに、マルコとサッチが抱えていた籠はとっくのとうに壁の方へと置いてかれていた。案外、奴らもちゃっかりしている。

 

「あの、皆さんはどんなパンツ履いてますか?」

 

 ラブがこれ以上メルに変な知恵を付けさすまいと、メルの両耳を塞ぎにかかるが鬱陶しいとピシャリと跳ね除けられてしまい、彼は今、廊下の端っこでのの字を書いている。

 

 なんだか最近、メルが冷たいような気がするとラブは思う。

 もしや、早めの反抗期なのだろうか。

 

 いや、そう言えば、ローだってラブを邪険に扱っていた時期があった。

 

 子供というものは、とても心が移ろいやすいものだとラブはちょっと袖を濡らしそうになっている。

 

 場は混沌としているがクルー達は既にもう平常心を取り戻しており、たかだかパンツ云々で取り乱したさっきの自分たちの方がそもそも可笑しかったのだと思い直していた。

 

 よくよく考えれば、暑い気候が海上で続いた時はどいつもこいつもパンツ一丁で彷徨いていることもある。男所帯なことに甘えて、結構ラフな格好をしている輩も規律がしっかりと敷かれているこのモビールディック号にはいる。

 

 そういう事情も踏まえて彼らは、実に素直にメルに自分たちが今履いているパンツの柄について教えてくれた。

 

「オレは肉球柄」

 

「迷彩」

 

「海月だなぁ、今日は」

 

 そもそも、下半身事情には開けっぴろげなのが海賊である。

 わざわざズボンのゴムを引っ張って、パンツの柄を見せてくれたクルーもおり、メルは大層勉強になると喜んだ。

 

 大人のパンツを見て喜ぶ女の子というのも大層奇妙な光景である。

 しかし、ここは新世界。

 そういうこともたまにはあるのかもしれない。

 

「で、メルちゃん。これは普通に疑問なんだけどよ、なんで急にパンツの柄なんか聞いてきたんだ?」

 

 何故こんな質問をメルがするのだろうと、至極真っ当に気になったクルー達に、メルはまだ隅っこでのの字を書いているラブを指さす。

 

「ラブってハートパンツしか買ってこないんですよ。この二年間、大小色違い実に様々なハート柄を見せられて、飽きを通して何故か嫌気がさしてきたんですよねー」

 

「嗚呼。だから、オレ達に柄を聞いて、あわよくばラブにその柄を勧めてくれと」

 

「その読み通りです」

 

 クルー達はこの珍妙な事態の真相を聞いて、とても納得した。

 どうしてメルがラブのパンツに拘るほどに彼のパンツを見ているのかは分からないが、二人は実の兄妹のように仲が良いからまぁそういうこともあるだろうと流す。

 

 彼らは、それよりもとメル達から視線を離して、まだ互いに猛攻を繰り出しているどうしようもない大人達を見やる。

 

「大体、口説く時に料理を使う癖はそろそろ治したらどうだよい」

 

「お前も落とす時に、女の子の髪を触る癖を直した方がいいんじゃねェのか」

 

 まだまだ続きそうな終わりのないしょうもない戦いは、もう見るに見かねないとクルー達は判断を下して放っとくことにした。

 

「まだ、マルコさん達喧嘩するのかな。マルコさんだけ聞けてないんだけど」

 

「アイツは、縦縞だよ。基本シンプルなもんしか履かねぇから、マルコは」

 

「あー、それっぽい·····」

 

 そして、サラッとクルー達によってマルコは己のパンツの柄をメルに暴露されていた。

 

 当初はこれをバラされたくないがために喧嘩をおっぱじめた筈なのだが、既にあの泥仕合に守りたい大義などあるはずも無い。

 

「洗濯するなら、手伝いますよー」というメルの有難い申し出を受けて、クルー達は二人が放り出した籠をメルとラブそれぞれに任せることにした。

 

 ラブはまだ心の傷が塞がっていないようだが、これからお世話になるのだからと気力を振り絞ってメルと共に洗濯のお手伝いをすることになったのである。

 

 ───その日、マルコとサッチのパンツはメルの手によって仲良く横並びで干されることになった。

 

 




この話の一番恐ろしいところは深夜テンションではなく、朝のテンションで閃いてしまったところです。賀楽多屋、吃驚。

オヤジの次に包容力のあるマルコさんですが、多分30代前半はくだらない争いだってしていたはず。同じくサッチもそうだったはず。

ですが、久しぶりにここまでくだらない話を書けて楽しかったです。

マルコは絶対在り来りなパンツを履いてます。
サッチはトランクスっていうよりボクサーな気もしますね。
ビスタは腰巻って感じがするんですよね。案外、ヌーディストじゃないかと彼にとっては傍迷惑な印象を押し付けています。
あと、イゾウは褌だと信じてます。

白ひげにはステテコを履いていて欲しいです。
だって親父だもの。ステテコ姿でお酒を飲んでいたとしても、きっと格好良い·····はず!

今回だけで、何回パンツって打ったんだろ·····。

サッチとマルコファン、それから尾田先生には深く謝罪させていただきます。





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泣いちゃう時だってあるもの


これから暫くは休みが終わったのもあって、不定期更新となります。



 今日は昼から曇りのち晴れ、風は西向き、気温は二十度前後と、空を飛んで帰るのには丁度いい塩梅の天気模様だ。

 

 モビーディック号の甲板上は殆どのクルー達で埋まり、船長専用の座椅子にはかの白ひげも腰掛けている。

 

 白ひげ海賊団はこの昼寝にはぴったりの天気の中、一人の少女を見送るために皆甲板に出てきていた。

 

 クルー全員の視線の先にいる少女は黒髪のお下げ頭を潮風に靡かせて、デッキブラシを肩に掛け、目前で心配そうに目を揺らしている少年に別れの手を振っていた。

 

「じゃあ、時期が来たらまた迎えに来るから」

 

 ひらひらと手を振って軽い口を叩く少女に少年───ラブはうんと頷く。

 

「待ってるぜ。メルが迎えに来るの」

 

「そんなに心配しないでよ。多分、すぐだよすぐ」

 

 どれ程、メルが大丈夫だと言葉を重ねてもラブは不安そうで、今はしっかりとマルコに借りたベルトで締められているズボンのポケットを、何かを探すようにまさぐったりと忙しない。

 

 ───ジジィが煙草を探している姿とそっくりね。

 

 昔のラブは、喫煙家だったのだろうかと疑問に思いながらもメルは提げているショルダーバッグから一枚の紙を取り出す。

 

 そして、彼女はその紙を無造作にベリっと半分に千切った。

 

「これ、私のビブルカード。本当はラブのが欲しいんだけど、君のを作ってもらおうと思ったらいっつも何処かに行っちゃうから、代わりに私のを作ってもらったの」

 

 ビブルカード。

 

 それは別名「命の紙」とも呼ばれており、新世界のある店でしか作られていない特殊なものだ。

 

 この紙が特殊な代物だと言われる所以は、紙自体が持ち主が何処にいるのかをナビゲートしたり、持ち主の生存確認をすることが可能であるためだ。

 

ビブルカードを作る材料として差し出すのは、当人の爪だけである。

よって、メルとしては爪と何を掛け合わしたらそんな摩訶不思議なカードが出来るのか興味が尽きないのだが、製法は企業秘密とのことだ。

 

「私が死んだら、この紙は燃え尽きてなくなっちゃう。ほら、今は紙もピンピンしてるでしょ? ラブを迎えに行くまでにそんなことにはさせないから安心してよ、ね?」

 

 メルはビブルカードの説明をしながらつい困ったような笑顔を浮かべて、ラブの額にべちんとその半分に千切った紙を貼り付けた。

 

 ラブは、額に貼り付けられたメルのビブルカードを手にして、少しだけ何かを堪えるような顔をする。

 

「·····敵わねェよな。お前ェには」

 

「一応、君の上司だからね」

 

 ラブの考えていることなんてまるっとお見通しだよと、メルが今度はちゃんとした笑顔を浮かべる。

 

 そんなメルにつられて、ラブも笑った。

 

 ラブの本当の笑顔はいつ見ても綺麗なのだ。

 

 彼の心の底から浮かべる笑顔は、まるで陽だまりのよう。

豪奢な金髪と相まって時たま彼のことを貴族かと見紛うことがメルにはあった。

 

 そして、笑顔を見合わせる麗しい仲の子供達に、ついクルー達も顔を緩めてしまう。

 子供の友情とは、なんて美しいものなのか。

 

 穢れ切ってしまった大人達には眩くも尊い二人の別れに、感極まって涙を流す感動屋すらいた。

 

「メルちゃんって良いお姉ちゃんだよなァ」

 

 大勢のクルー達に混ざって二人を見ていたサッチが隣で煙草を吹かしているマルコに話し掛ける。

 

 つい数時間前までは目も当てられない醜い争いをしていた二人だが、今はすっかりと落ち着きを取り戻していた。

 

「オヤジにメル達の好きなようにさせろとは言われてたけどよ。まさか、ラブが此処に留まるとは思わなかったよい」

 

「オヤジはオヤジで考えがあるんだろうよ。オレたちゃ、それに従うだけさ」

 

「それもそうだよい」

 

 白ひげ海賊団の船に乗るということは、それ即ち彼らの家族になるということ。

 

 しかし、ラブはあくまで時期が来るまでの期限付きで乗船する客人という扱いになるらしい。

 

『親戚の餓鬼が乗ったとでも思っとくんだな。遠慮せずにこき使ってやれ』

 

 少し前の隊長会議で白ひげから伝えられた用件をマルコは改めて反芻し、はァと肺の中に溜まった煙を外へと吐き出した。

 

 細く靡く紫煙がゆらゆらと宙を舞う。

 

 まぁ、たまにはこういうイレギュラーもあるものだ。

 冒険に予想外は付き物である。

 

 訳アリで期限付きのクルーが増えることもあるだろう。

 

 そうして、デッキブラシに乗ってやって来た少女は広大な空へと旅立って行った。

 

「お世話になりました!」とぶんぶん片手を振って、大声で礼を言う彼女にクルー達も応えるように手を振り返す。

 

 彼女の使い魔も、その時には既に憑き物が取れたような顔をして、白ひげ海賊団には負けないと両手で手を振っていた。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 メルが店に着いたのは、真夜中になるほんの少し前だ。

 

 果てしなく長い仕事だったと店のオレンジ色の屋根を見ながら、メルは疲れ切った表情を浮かべて玄関前に降り立つと、そのままバタンとその場に座り込む。

 

 ───本当に、本当に濃くて心臓が痺れるような二日間だった。

 

 胸に手を当てれば、まだメルの心臓は動いている。

 

 この前の虎と遭遇した時とは、桁違いな命の危機を感じた。

 

 気の緩みに身を任せていると、目の奥がどんどん熱くなっていくのが分かる。

 

 

 怪しい依頼を受けてみれば、使い魔のお兄様に謀られ。

 

 どうにかそのお兄さまの魔の手から逃げ出せば、魔力の欠乏によりあわや海の藻屑となりかける。

 

 そして、運良く見つけた船は最強の海賊と名高い白ひげ海賊団の船で、考えた末にそこにラブを置いてきた。

 

 怒涛の二日間だった。もう二度と、あんな状況には陥りたくはない。

 

 当分は仕事をしたくないと、メルが珍しく仕事に対して怠惰な気持ちを抱くのも無理はないことだ。

 

「本当に、生きて帰って来れてよかった·····!!」

 

 そうして、心底からの言葉をメルが吐いたのと同時に彼女の眦から一雫の涙がこぼれ落ちた。

 

 守らなければならないラブが近くにいないこと。

 安全だと確信している我が家の前まで帰ってきたこと。

 心臓の鼓動を聞いて、生きているのだと実感したこと。

 

 諸々の要因が合わさって流れた涙は留まることを知らず、メルの頬を幾度も幾度も濡らし続ける。

 

 メルがどれ程、大人達に物怖じせず対峙出来たとしても、彼女はまだか弱く幼い八歳児であることに間違いはない。

 

 大人顔負けの頭脳と度胸を持っていても、精神はまだまだ未熟で柔らかく、彼女の心身は既に限界を迎えていた。

 

 大人でさえも根を上げるような一連の出来事に、よくぞ乗り切ったものである。

 

 

 バタンと扉が開く音がして、嗚咽を噛み締めていたメルが促されるように顔を上げると、そこには目を見張ったジジィが居た。

 

 もう夜も遅いと言うのに、仕事着であるスウェードのジャケットとスラックスを着たジジィは、メルの姿を認めるや扉の前から駆け出してくる。

 

 そして、メルはジジィの胸の中に抱かれた。

 ワイシャツに顔を押し付けられたメルは、ジジィが愛用している煙草の匂いを嗅ぐ。

 

 ───嗚呼、ジジィの匂いだ。甘くも、何処かエスニックな香りのするそれは、メルにとっては馴染みのもので、この匂いに包まれているだけでもメルは身が緩んでいくようであった、

 

「よく、よく無事に帰ってきたよォ。ごめんね、メル。ボクが、人間だったらこんな目にはあわさなかったのに·····。君を守るだけの力があったら·····」

 

 普段はふてぶてしいジジィが、こんな風に弱っている様をメルに見せることは少ない。

 

 だからこそ、それ程にジジィがメルをドフラミンゴの下へと行かせたことを悔いているのだと分かった。

 

 メルはこれ以上、ジジィの悔恨を聞きたくなくて彼のワイシャツに顔を当てながら首を激しく横に振った。

 

 何か、慰めるような言葉をジジィに言ってあげたいのに、嗚咽が邪魔をするから何も言えない。メルは、それが歯痒くて仕方がなかった。

 

 ───私を匿ってくれているだけでも、十分なんだよ。

 

 いつもなら、照れ臭くてなかなか言えないそれを今こそジジィに伝えてあげなければならないのに。

 

 魔女という厄介な身のメルをジジィは引き取って、今日まで育て上げてくれた。

 

 魔女の存在は害悪にしかならないと世界政府が判断し、今では迫害の対象にしかならないメルのことを今もジジィは大切にしてくれる。

 

そのことを、本当は感謝しているのだと伝えたい。

 

 だが、体はもうこれ以上動かせないと悲鳴を上げている。

 

 眠りにつきたいと訴える体に抗えず、メルの思考は徐々に微睡んでいく。

 

 体からは力が抜け切って、メルが体を起こしていることもままならなくなり、ジジィの胸に彼女は倒れ込んだ。

 

 ジジィはもう充電切れに近いメルの体を、久しぶりにあやすように抱き込むと背中をポンポンと叩く。

 

「本当はまだこんなにも小さいんだよ、メル。だけど、君に子供らしく生きることを教えられなかったボクが言えることじゃないんだよね·····」

 

 片腕にお尻を乗せ、肩にメルの顔を凭れさせて、強く握りこんでいるデッキブラシを優しくジジィは指を解いてからそれを持ってやる。

 

 メルを抱っこしてその場から踵を返すジジィは、ふと店の屋根に立って二人を見下ろしている白鳩を見付けた。

 

 こんな夜に鳩が外を彷徨いているのも可笑しな話であるのだが、ジジィはそうは思わなかったようで、口の端をニヒルに上げた。

 

「もし、飼い主がいるならば今は帰ってくれる? ボクはこの子を寝かしつけなければならないんだ」

 

 口元に笑みを掃いて話しかけるジジィは、傍目から見たらヤバい奴にしか見えない。

 

 だが、背後に月を浮かばせて立つ当の鳩は、そんな事情は知らないと首をかしげた。

 

「じゃあね」

 

 暇の台詞を最後に閉じられた扉は、今日はもう何人たりとも開けないと言うように固く閉ざされている。

 

 鳩は、今日はもう開くことの無い扉に目を向けながら「くるっくー」と一声鳴く。

 

 そして、仕方が無いなと言うように羽を広げるや夜空へと飛び立って行った。

 

 時間帯は既に草木も眠り、更ける夜。

 

 二階にある部屋の一角に電気が点り、その日は暫くの間窓から煌々と光が漏れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





これにて、ドフラミンゴあんど白ひげ編は一先ず終わりです。

目指すはコメディですので、また明るい話をどんどん書きなぐっていきたいなぁと思っております。


次回はまた魔女の宅急便成分を足すつもりです。


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第一章目 手招いているのは海軍とCP
ジジィとランデブー


 メルは今日、朝からとてもご機嫌だった。

 

「よほほほ〜よ〜ほほほ〜」

 

 いつも海上で歌っていた海賊の歌がするりと口から出てくるほどのご機嫌さんで、店の廊下をメルは端から端へと雑巾がけする。

 

 既に上から下へと棚をハタキで払ってあるし、箒で埃もさらってある。

 

 この雑巾がけさえ終われば、あとは井戸周りの掃除くらいだ。

 

 デッキブラシに乗りこなしているだけあって、掃除に関してメルは口煩く、掃除のいろはも分かっていないこの店のオーナーはこの店の掃除の全てをメルに一任していた。

 

 今日のメルの仕事は、店の掃除のみだ。

 配達業は明後日まで休みで、店の扉には『臨時休業』のビラが貼られてある。

 

 そのため、ジジィの仕事も今日はほぼ休みだ。

 

 カウンターに腰掛けて、今月の帳簿を纏めたらその後の時間は自由。

 

「ジジィと買い出しに行くなんて、久しぶりだよねー。仕事を始めてからは全然行ってなかったし」

 

「そう言えば、そうだったねェ」

 

 メルがこんなにも陽気に振舞っている理由がこれである。

 

 先日、とある厄介な依頼を受けてしまったジジィの尻拭いをするためにメルはドレスローザへと旅立ち、そこで文字通り死ぬような目に遭遇するも、なんとか一昨日無事店に帰還を果たしてみせた。

 

 そして、昨日は疲労で熱を出し、一日ベッドの上でメルは唸っていたのだが、今日の朝にはもうすっかり熱を引かせて元気一杯になっていたのである。

 

 流石、子供体力とジジィが舌を巻く傍で、仕事が無いから暇だーと病み上がりとは思えないパワフルさでメルが騒ぎ回るのでジジィはこれも良い機会と一計を思いつく。

 

 「じゃあ、店の掃除を終えたら久しぶりに買い物にでも行こうか」

 

そのジジィの提案に、メルは予想以上に乗り気であった。そんなにも買い物がしたかったのかとジジィは少しメルのことが不憫になったが、当のメルはと言えば何年ぶりかになるジジィとの買い物に心踊らせていたりする。

 

子の心とて、親には計り知れようのないものである。

 

 そんな訳で、午後からは二人で外出すること相なった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 今日のデッキブラシの乗客は乗り手であるメル以外に、もう一人。

 

 仕事着よりもラフな格好をしたジジィがメルの後ろに腰掛けていて、オレンジ屋根が連なる街並みを目を細めて見下ろしている。

 

 今日は私用で空を飛んでいるため、デッキブラシには荷物がぶら下がっていないが、メルの手元にはいつも通りラジオが柄に紐を通されていた。

 

 ラジオから元気よく響き渡るのは、女性レポーターの声のようだ。

 少し轟々と風の音が聞こえるので、もしかしたら野外で撮影をしているのかもしれない。

 

『グッドアフタヌーン! 本日もランチラインを聞いてくださるリスナーさんに愛を込めて! では、早速今日のテーマにいってみましょう。皆さんは今から十年ほど前に話題となったサー・クロコダイルを覚えていますか? アラバスタ王国の英雄と未だに名高い彼の人気は国内外を問わず人気が高く───私は彼が七武海入りを果たした頃はまだ子供でしたが、彼の所業は知っていますとも。海賊でありながらも、国の英雄となったサー・クロコダイル! ということで、本日はアラバスタからお送りしています』

 

 アラバスタ王国は、メル達が住む偉大なる航路(グランドライン)の前半、サンディ島にある先進国のことだ。

 

 世界政府加盟国の一つであり、世界会議(レヴェリー)にも参加出来る権限を保有している。

 

 世界を飛び回っているメルだが、まだアラバスタには行ったことがなく、砂漠と共存している国ぐらいしか知識が無い。

 

 

「サー・クロコダイル? 聞いたことないや 」

 

 しかし、メルが引っかかったのは中継地であるそこではない。

 本日の番組のテーマだと言い切られていたその人物に、彼女の関心は向けられていた。

 

 ジジィが、「あー」と何か思い出すような声を出す。

 

「確か一回だけ会ったことがあるんだよね。人相は悪人そのものだけど、中身は芯が通ってたかな。頭のキレるめんど───知恵の回る男だったよ」

 

「はぁ、ジジィにそう言われるってことは、なかなかのキレ者なんだろうなー。顧客にはしたくないかも·····」

 

「アハハハ! あの男を顧客に出来たら、当分お金には困らないんじゃないかな。彼、七武海だしお金は沢山持ってるでしょ」

 

「金蔓は、単純明快な人以外はしないって決めてるんだよね」

 

 何がそんなにツボにハマったのかは分からないが、ジジィが背後で爆笑している。

 

 メルは、辟易とした顔でそんな厄介極まりない男とは会いたくないなと口を曲げた。

 

 そう思うと、ガープは本当に理想的な顧客だと思う。

 

 孫馬鹿で、短絡的で、ちょっと暴力的な、放蕩癖のある頑固お爺ちゃんだが、腹芸はしないし、何を考えているか分かりやすい。

 

 分かりやすいのが一番だと結論を出したメルは、まだ密かに喉を鳴らしているジジィを驚かせてやろうと柄に力を込めた。

 

 すると、デッキブラシがメルの思いを受けて速度を加速させる。

 

「え」

 

 ジジィの困惑した声が絶叫に変わるまであと三秒前。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 女の子との買い物で逃れられないのは、服屋でのショッピングだ。

 

 例え、日常的に仕事着である地味な黒ワンピースを纏い、雨に濡れることを見越して防水加工を施したケープばかりを羽織っているメルと言えどもお洒落を楽しみたいお年頃だ。

 

 あのジェットコースターにも引けを取らない恐怖の空中散歩を終えたメルとジジィは、商店街の一角に店を構えるファンシーな服屋さんに来ていた。

 

「ねぇねぇ、ジジィ。どれが似合うかな?」

 

「おえっ……。ど、どれも可愛いと思うよ」

 

「そうかなー? 私としてはこっちの空色が可愛いと思うんだけども」

 

「メルの好きな方が一番だよ。君が着るんだからさ」

 

 まだ五臓六腑が暴れてると口元を抑えるジジィは、女の子と服屋に来てしまったツレの洗礼を只今絶賛受けている最中だ。

 

 それ、即ち、『もう買いたいものは決まっている癖に何故か判断を委ねてくる女の子の洗練』と言う。

 

 今日も今日とて、仕事じゃないのにメルは黒ワンピースを着ており、鏡の前で色とりどりの服を合わせている。

 

 頬を紅潮させて、どれが似合うかなと選んでいる様は年齢通りの顔付きで、まだまだメルも女の子だったんだなとジジィは再確認する。

 

 最近は大人顔負けの口の達者さで、女の子の成長ってこんなに早いんだとジジィは目元を拭っていたのだが、彼女の子供らしい様子に少し安堵してしまう。

 

 ───ずっと、こんな風に振る舞えるようにしてあげたいのに。

 

 無力な癖に、そんな大層な望みを抱いたってどうしようもないのに。

 

 それでも、そう願ってしまう。

 

 だって、この子は、まだこんなにも幼いのだから。

 

「あ、これも可愛い! 帽子とかも被ってみたいなぁ。ジジィ! どう? 似合うかな」

 

「うん、可愛いよ。折角だから、黒以外の服を沢山買おう。そうしたら、ちょっとは魔女から遠ざかるかも……」

 

 瞬間、さっきまで楽しそうに服を選んでいたメルの顔が曇った。

 

 ジジィはハッと口篭る。

 

 彼女を子供から引き離してしまう文言をさっきの自分は不用意に口にしてしまったのだと気付いたのだ。

 

「そういや、黒以外じゃ空は飛べないんだった……仕方ないね」

 

 両手一杯に持っている華やかに色づく服を、メルは肩を落として直していく。名残惜しそうに畳んでは仕舞うを繰替えすメルを見兼ねて、ジジィは慌ててメルを止めた。

 

「仕事以外に着たらいいよ。うん、たまにはこういうのも着ると気分転換になるし」

 

「黒のワンピース以外だと、空を飛べないの」

 

サラリと告げられたのは、今まで知ることのなかった事実だ。

内容を噛み砕けなくて、ジジィは頓狂な声を出して尋ね返す。

 

「え?」

 

飲み込みの遅いジジィを嫌に思うことも無く、メルは「あのね」と枕詞を置いた。

 

仕方がない話をするのだと切なげに目を細めるその姿は、ジジィが先程願った子供らしさなど欠片にも無い。

 

「魔女の掟の一つに黒色は魔女の証って言うのがあるの。私達はそういう小さな掟をいっぱい作って、力を使ってるんだ」

 

 どうして、いつも配達をする時の仕事着が黒のワンピースなのかとジジィは考えたことなどなかった。

 

 彼女の趣味嗜好なのだとばかり思い込んでいたから、その事について深くメルに尋ねなかったが、まさかそんな理由があったとは。

 

 最後の一着を惜しむように直そうとするメルの手をジジィはまた掴んで止める。

 

 何故、いきなり手を掴まれたのだろうとメルが顔を上げると、ジジィがメルからその服をもぎ取るや、ばさりとそれを広げた。

 

 それは、丸襟が可愛らしい空色のワンピースだ。

 腰元を引き締めるためのベルトが飾りとしてついており、メルの黒髪と碧眼によく映えていた。

 

「一着ぐらいは良いんじゃないかな」

 

「ジジィ……それ結構良い値段するよ……?」

 

 何か信じられないものを見るような目でメルがジジィを見ている。

 

 メルに促されて、たまにはこういう贅沢も必要だろうと少し心にゆとりを持たせてからジジィは値札を確認した。

 

「……5000ベリー」

 

 成長期真っ只中の子供は、すぐに背が伸びるので高い服を買うなんて馬鹿げていると常々ジジィはボヤいていた。

 

 だからこそ、いつものジジィであればこんな高い子供服は見て見ぬふりをして棚に直すのだが、今回は不覚なことに彼からメルに勧めてしまった。

 

 ちらとメルの方を見ると、やはり半信半疑な色を目に浮かべて、ジジィを凝視している。不安そうに両手まで組んでいる有様だ。そこまで、信用はないかと声を荒らげたくなったが、守銭奴である自覚はジジィとてある。

 

 ───ドフラミンゴの件の詫びも含めたら、上等だよね。

 

 メルには先日の件で、精神負担も掛けたからとジジィは自分に言い訳をして、空色のワンピースをレジへと持っていった。

 

「あの、金の亡者が高い子供服を買うとか……。明日は雨の槍が降るかもしれない」

 

 こんな青天の霹靂がよもや我が身に起こるとは思わなかったとしみじみ実感するメルである。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

「あ」

 

 商店街を目的もなく、店をあちこち冷やかしながらメルとジジィの二人は練り歩く。

 

 メルはジジィに買って貰ったワンピースの入った紙袋を前後に揺らしながらそうやって歩いていると、ある因縁の物を見つけてつい足を立ち止める。

 

「どうしたの?」

 

 いきなり立ち止まったメルにつられてジジィも足を止める。

 

 ジジィの片方の手にはメルのデッキブラシが握られ、肩にかけられていた。

 自分の相棒であるデッキブラシをメル自ら託すのは、ジジィだけだ。

 

 ジジィは親の仇でも見つけたような目をしているメルの視線の先を辿り、その先にワゴンの中に大量にいれられたハートパンツの山を見つけてしまった。

 

 ハートパンツの山からメルへと視線を戻したジジィの目が瞬く間に呆れを帯びる。

 

 メルとラブによる不毛なパンツ戦争を、同じ場所に住むジジィはよおく知っている。

 

「メル、ラブはきっと、あのハート柄じゃなきゃ気が落ち着かないんだよ」

 

どうしてこの小娘は、これほどに自分の使い魔のパンツに執着するのだろうか。

 

もしかして、自分の教育がどこか間違っていたのかもしれないとまで考え込んでしまい、その嫌な考えを直ぐにジジィは振り払った。

 

ジジィはメルに一度も男のパンツ教育などしていない。断じてない。

 

その証拠に、ジジィのパンツ事情にメルが口を出したことは無いのだから。

 

───まさか、ラブが何か不用意なことをメルに告げたのだろうか。

 

これはど壺への片道切符だと察していても、ジジィはその考察をなかなか止められないでいた。

 

「ラブはそうかもしれないけど、そのパンツを修繕するのは私なんだよ? この前、とうとうハートパンツに追われる夢を見ちゃったよ。しかもトドメとばかりに最後はパンツの雨が降ってくるし。私、もしかしてラブのパンツに呪われているのかな」

 

 げっそりとした顔で、あれは悪夢だったと重々しく宣うメルに、ジジィは最早なんと声をかければいいのかが分からない。

 

パンツの雨って何?と聞くことすら、薮蛇になることだろう。自分の養い子ながら、この子のこれからを考えると胃が痛くなってきそうだ。

 

 だが、ジジィはまだ幸いなことにメルがやらかしたあの騒動を知らなかった。

 

よもや、メルのこの重度のハート柄恐怖症がよそ様にまで迷惑をかけているなどとは知らないジジィは、まだ胃を痛めるぐらいで済んでいるのだ。

 

もし、ジジィがあの騒動を知っていたら、彼は渾身の力を込めて叫ぶだろう。

 

『男のパンツにこれ以上、興味を持つことなかれ!』と。

 

 

 そうして、どうでもいいことを考えながら二人がいつの間にか商店街から抜けると、辺りは少しずつ人々によって混雑してきていた。

 

 皆一様に目指す場所があるらしく、人の流れは海の方へと向いている。

 

 何か催し物でも開かれているのだろうかと二人が我に返って顔を見合わせていると、パーンと空に花火が上がった。

 

 その花火を皮切りに、次々と晴天の空に特大の花が咲いていく。

 

 白い硝煙が風に流されて靡いていく様を見上げていると、前方の方から大勢の人の歓声が上がったのが聞こえた。

 

浮いた周囲の様子に感化されたのか、メルがジジィを見上げる。

 

「ねぇ、なんか大きなイベントやってるっぽいよ! ジジィ、言ってみようよ!」

 

 あまりイベント物とは縁のないメルが、珍しく海色の目に星屑を詰めてジジィに行ってみようと誘っている。

 

 物心ついて少し経った頃からずっと仕事漬けだったメルのことを考えれば、ジジィは自然とデッキブラシを持っていない方の手でメルの手を握っていた。

 

「いいよ。でも、はぐれないように気をつけなきゃね」

 

 ジジィの毛に覆わられたふわふわの掌をメルは強く握り返して、うんと元気よく頷いて見せる。

 

 二人は、人の流れに身を任せるように足を進めていった。

 

 辺り一帯は、すっかりと人の群れだ。

 渋滞気味であるが、ゆっくりと前進していく人混みにメルは早々に飽き飽きし始めていた。

 

 周りはメルよりも背の高い大人達なので、ギュッと囲まれてしまえば、彼女は花火すらも満足に見れなくなってしまったのだ。

 

せっかくの催し物も、これじゃあなんにも見えないとメルは口を尖らせる。

 

「ジジィ、空飛んだ方が早いよこれ」

 

「でもそれは悪目立ちしすぎるよ、メル」

 

「何を今更。私はいっつも悪目立ちしてるもの。これぐらいなんてことないよ」

 

 あまり注目されたくないジジィからしてみれば、メルの提案は一蹴ものなのだが、普段から世界を飛び回り、行く先々で衆目を集めているメルをこの程度の言葉で説得出来るはずもない。

 

 それから激しい応酬を囁くような声で二人は繰り返したが、勝利の女神が微笑んだのは日頃から魑魅魍魎の類とも言える顧客を相手にしているメルだった。

 

 流石にこんなに沢山の人が密集している場所では飛べないと判断したメルは、ジジィの手を引いて人が疎らになっている場所まで引き返した。

 

 なんとか、人の流れに逆らって人混みから出たメル達であったが、そう直ぐに空へと運命は飛ばせてはくれない。

 

「ウワァァアアアッ!! だ、誰か止めて下さァァァアア亻ッ!!」

 

 劈くような悲鳴と共に二人の前に現れたのは、舗装された坂道を爆走する自転車であった。

 

 

 

 




この回は魔女宅成分補充も込めて、箸休め回です。

魔女の宅急便は角野先生による児童文学であり、宮崎監督によってアニメ映画化している超ド級のファンタジー作品です。

今思えば、よくこの作品二つを掛け合わせようなどと無謀なことを考えたものですね。

たまたまアニメ映画版の主人公が住む街が海に面していて、あ、ワンピース的な街だなとか思ったのがいけない。

角屋さんによれば御息女の魔女の絵から着想を得たとのこと。
そして、宮崎監督は一人暮らしを始めた女の子の気難しい思春期を表現したかったと述べられています。

この作品でも、等身大の女の子を書きたいなぁとは思っていますがこの治安のあまりよろしくないワンピース世界でどこまで子供らしいメルを書けるか……。

いや、尾田先生の理想の子供らしいルフィがあんなにも暴れられているのだからメルもやろうと思えば出来るか。




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今に見てろよ、海軍大将ども!

No.1突発的(不定期)前書き連載【新人の洗礼】

イゾウ「そう言えば、ラブ。お前、歓迎会のあれ考えたか?」

ラブ「……あれ?」

イゾウ「あれだ、あれ。一発芸」

ラブ「……一発芸?」

イゾウ「おう。歓迎会っつーのはお前らみたいな新人共のためにやるるからな。俺らが手前の個性を知るために毎回やって貰ってんだ。これが案外毎回盛り上がってな。親父も結構、楽しみにしてんだぜ」

ラブは 冷や汗が 止まらなくなってきた

イゾウ「だから、変なもん見せんじゃねぇぞ」

イゾウは ニヤニヤ 笑っている

クルー1「(あ、またイゾウさんが新人に歓迎会の無茶振りしてる)」

クルー2「(歓迎会の一発芸ってイゾウさんが言い始めたんだよな。故郷だと定番だったからつって)」

ハルタ「(俺も昔、やらされたな)」


 突如、メルとジジィの前に現れた爆走自転車。

 その自転車を既のところで人々が躱していることは、奇跡以外の何物でもない。

 

 そのトンデモ自転車の乗り手である男の子は号泣状態で、ハンドルにどうにかすがりついている様な有様だ。

 

 ブレーキは引っ張ったままのようだから、もしかしたら壊れているのかもしれない。

 

 あの様子では、自力で自転車を止めることも出来なさそうだ。

 

 ペダルから足を離していても、坂道のせいで減速することの無い自転車が向かう先は、爆走自転車に気づいていない人の群れである。

 

 どうしようと、完全に休日気分で頭が回らないメルの片手からジジィの手が離れる。

 

 あっと離れた手を惜しむようにメルがジジィに手を伸ばそうとしている合間に、ジジィはデッキブラシを地面に置いて、自転車の前へと立ちはだかった。

 

 ジジィは両手を前に突き出して、完全に自転車を止める構えを取っている。

 

 そして、爆走自転車がジジィのすぐ目の前まで来るや、ジジィは自転車の籠を両手で支え、足元は不協和音を響かせながら勢いよく自転車の反動を受けて下がっていく。

 

 歯を食いしばって自転車を止めようとするジジィの口からは猫特有の唸り声が響いており、乗り手の少年はそんなジジィを見て泣き腫らした目を見開いている。

 

 その刹那、ジジィの両腕から炎が上がったように見えたが、今や誰もそんな些細なことに目を取られておらず、ジジィと自転車の攻防を固唾を飲んで見守っていた。

 

 そして───人混みから数メートルという所で、爆走自転車が動きを止めた。

 

 子供用の小さな自転車の割には、良くもこれ程の力で道を爆走していたものだと実際に留めおいたジジィは冷や汗を拭う。

 

 靴が若干すり減っているような気がすると、靴の裏をジジィが確認していると例の乗り手である少年が、足元おぼつかなく自転車を降りてくるや、ジジィに勢いよく頭を下げた。

 

「と、止めてくださり、ありがとうございましたッ!!!」

 

 綺麗な九十度のお礼に、何故かジジィがたじろぐ。

 

「う、うん。平気そうで良かったよ」

 

 そのジジィの言葉を受けて、なにか感銘でも受けたのか少年は目と鼻から大量の汁を流した顔で、またうううと泣き始める。

 

 これ以上、目前で泣かれては構わないとジジィはポケットからハンカチを取り出し、少年の顔を拭ってやった。

 

 ジジィがそうやって少年を宥めていると、メルがふんすとご立腹顔で二人に近づいてくる。勿論、途中でデッキブラシを拾うことも忘れない。

 

「ジジィ! 例え、子供の乗った自転車といえどもね、あんなにスピード出てたら轢かれ兼ねないんだよ!」

 

 もうっと、地団駄踏んでまで怒っているメルに、ジジィが「そうだねェ」と気のない返事をするものだから、更に彼女の怒りが煽られる。

 

 ジジィからしてみれば、今すぐにメルの力を借りてこの少年を泣き止ませたいところであるのだが、如何せんそのメルが今は自分を必死に説教しているところだ。

 

 とんでもない八方塞がりだなとジジィは思いながらも、そのメルの怒りを無碍にするのもなんだか忍びない。

 

 それから、少年が泣きやんで落ち着いたのと、メルが我を取り戻して説教をやめるのはほぼ同じぐらいのタイミングであった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「ぼく、コビーっていいます。きょうはたまたまおばあちゃんの家に来てて、それで海軍のぐんかんが凱旋するっていうのをさっき聞いたから慌てて自転車にのって。そしたら、ブレーキが壊れてたみたいで全然とまらなくて」

 

「私はメルだよ」

 

「ボクはジジィ」

 

「え? ジジィって本名なんですか!?」

 

「そうそう、ちょっと変わってるよねー」

 

「変わってるところじゃないと思いますけど……」

 

 ピンク色の頭が可愛らしい、ふくふく顔のその少年は、コビーという名前だと言う。

 

 拙いながらもどうしてこんなことになってしまったのかを説明する少年によって、漸くメルとジジィはこの人混みの先にあるものを知った。

 

「それにしても海軍の凱旋かー。何かめでたいことでもあったのかな」

 

「ボクはそれを聞いて、一気に見る気が失せたよ」

 

 海軍を超お得意様にしているメルは、呑気に海軍ならこんな派手なことをしても可笑しくないと考え。

 

 色々と海軍に思うことがあるジジィは、うんざりとした顔で目元を覆っている。

 

 そんな二者二葉の反応にも構わず、コビー少年は夢見るように両手を組む。

 

「ぼく、将来は海軍しょうこーになることが夢なんです。なので、どうしてもそれが見たくて」

 

 コビーのその微笑ましくも子供らしい将来の夢は応援したくなるような無垢さで溢れている。

 

 だが、この場にいるのは海軍の酸いも甘いも見知っているメルと海軍を毛嫌いしているジジィだ。

 

 そんな少年の夢は、儚くも盛大に水を差されてしまう。

 

「海軍なんて止めた方がいいよ。海賊よりも悪魔みたいな人もいるし、直ぐに暴力で解決しようとする脳筋ばかりだし。彼処で成り上がれる人間は、かなりの根性曲がりだけだよ」

 

「そうだよ。止めた方がいいよ。世界政府とか海軍とか、真っ暗でドロドロした所じゃなくて、配達屋さんとかパン屋さんにした方が絶対いいと思うな」

 

「……あっ!! ね、猫がしゃべってる!!?」

 

「今更驚かないでよ!!?」

 

 コビーはかなり天然気質なのか、漸くジジィが猫のミンク族であることに気がついたらしい。

 

 目を見開いて、顎を落とし驚くコビーの様にジジィが間髪入れずにツッコんでいる。

 

 こういう驚かれ方はジジィよりもメルの方が慣れているらしく、「こういうことも世の中にはあるんだよ」と謎の諭し方をしていた。

 

「で、コビー。海軍の凱旋見たいの? 見たいなら連れてってあげるよ」

 

 あまりミンク族のことを引っ張られるとジジィの心が荒んでしまうので、手っ取り早く話の流れを変えようと彼の本命について尋ねてみるとあっさりと「そうだった!」と人混みの方へとコビーは顔を向ける。

 

 しかし、花火も多方上がり切ってしまっている今。

 これから、人ごみを掻き分けて海の方へと急いだところで間に合うだろうか。

 

 コビーの脳裏にそんな不安が一瞬にして過ぎる。

 

 そんな彼の葛藤を見て取ったメルがニヤリとイタズラ気な顔をした。完全にしょうもないことを思いついたような顔をしているが、まだメルと付き合いが浅いコビーにはそれが不幸なことに分からない。

 

「コビー君。私が海軍の所まで連れて行ってあげるよ」

 

 そして、立て続けにメルはデッキブラシに颯爽と跨って、コビーに「乗って」と声を掛けた。

 

 勿論、何故そんなことを言われたのかが分からないコビーは不思議そうに首を傾げる。普通の人間ならば、至極当たり前の反応だ。普通、デッキブラシに乗って空を飛ぶことが出来るなどとは思わない。

 

 どういうことなんだろうと思いながらも、此処はメルの言う通りにした方がいいのだろうかと目に見えて彼は悩み始める。

 

 そうやって、オロオロしているコビーに『時は金なり』と教育されているメルの目付きが段々と穏やかじゃなくなってくる。

 

 そして、全体的にノロノロと行動しているコビーに業を煮やしたメルは、とうとう声にドスを利かせて「乗って」と催促した。

 

 この八歳児の脅迫じみた声も五歳児には効くらしく、コビーは慌ててデッキブラシへと跨る。

 

「じゃあ、腰に手を回してよく掴まっててね」

 

「え、それはどういう……」

 

 メルの言葉の真意が分からなくて、聞き返すコビーの両足がふわりと地面から浮かび上がる。

 

 コビーの頭上に一瞬にして大量のクエッションマークが浮かび上がった。

 

「……へ?」

 

 コビーがモタモタしている間に風を呼び込んでいたメルは、柄の先に買ったばかりの紙袋を揺らして、デッキブラシを空へと旅立たせる。

 

 ぶわりと毛羽立つブラシの部分を下にして、その場から弾丸のように飛び出したデッキブラシに驚く暇もなくコビーはメルの腰元に縋り付く。

 

「え? え? メルちゃん!? 空を飛んでるんですか!?」

 

 恐る恐る開いた視界に映るのは豆粒となった人の群れで、前方には広大な海が広がっている。

 

 まさかこの角度から水平線を臨むことになるとは思わなかったとコビーが肝をキンキンに冷やしていると、更にメルが遊ぶように空飛ぶデッキブラシを蛇行させる。

 

「ウワァァアアアッ! し、死にます! 死んじゃいますよー!!」

 

「大丈夫だいじょーぶ。人間、こんなことじゃ死なないよ」

 

 一応、花火に当たらないように気をつけながらメルは運転しているのだが、半分ほど錯乱しているコビーは近くで鳴る花火に気が気じゃないらしい。

 

 メルの腰をぎゅうぎゅう締め付けながら、ギャーギャー喚いているさまがこれまた、あの静かに酔っているジジィと違って面白くて、メルはつい笑い声を上げた。

 

「わ、笑い事じゃないですよー!」

 

 そんなメルを見て、コビーが冗談じゃないと訴えてくるのまた面白くて。

 

 こんなにからかいがあるのは、ラブ以来だなとメルは遠くの海に置いてきた使い魔についつい馳せてしまった。

 

「ほら、彼処に海軍の軍艦があるよ───あの舳先に犬の顔を掲げた艦隊ってどっかで見たような」

 

 楽しい思いをさせてもらったからと、目的地である海軍の軍艦の方をほらと指さしてみれば、どうも見覚えのある軍艦も同時に見つけてしまった。

 

 しかし、そんなメルの思考を遮るようにコビーの嬉しそうな声が背後で上がる。

 

「本当だ! うわぁ、地上から見ても大きいとは思ってましたけど、空から見ても海軍のぐんかんって大きいんですね! あの先頭を行くぐんかんの帆にはなんて名前が書いてあるんでしょう? おそらく、あそこに乗っている人のがいせんだと思うんですけど」

 

 海軍の将校になりたいだけあって、色々と詳しいらしいコビーにメルはへぇと声を上げる。

 

 もしかしたらこの少年、そもそも海軍オタクなのかもしれない。海軍が市民のヒーローであることを殆ど忘れているメルからしてみれば、奇特な趣味である。

 

 コビーの詳しさに感嘆の声を上げながらも、あまり目が良くないらしい彼の代わりに、メルは読み上げてやることにした。

 

「モーガン、かな? 知らない人だ」

 

「ぼくも知らないです。あ、でも彼処の犬の顔を舳先に掲げたぐんかんなら誰のものか分かりますよ。あれはゴール・D・ロジャーと幾度も戦ったほまれたかき英雄、ガープ中将のものです」

 

「……あのおじいちゃん、流石に今回は普通に任務があって出歩いているんだよね」

 

 どこかで見た事のある軍艦だと思っていたら、ガープ(金蔓)のものだった。

 

 マリンフォードから此処まで来ているということは、また暫くはあちこちを流離う予定なのだろう。

 

 当分は荷物を届けに行っても居ないようだから、ガープ宛の依頼が無かったら良いんだけども。

 

「あ、あの。メルちゃん。かいぐんの人達がすっごくボク達を見て騒いでいるみたいです」

 

 メルが思考の海に潜っていると、水上では大きな動きがあったらしい。

 

 甲板上にいる雑用と書かれた服を着た海兵全員が、メル達を見上げては口々に何やら騒いでいるようだ。

 

 肩をコビーに叩かれて漸くその動きを把握したメルは、あの見慣れたスピーカーを構えた正義のコートを羽織った人物を見て、進路変更を余儀なくさせる。

 

『そこのデッキブラシの少女と少年。今すぐに此処まで降りてきなさい。これは、公務執行妨害に成り得る』

 

「なるほど、今回は凱旋だから公務執行妨害になり得るのか」

 

「メルちゃん! そんなにのんびりしてる場合じゃないですよ!」

 

 久しぶりに海軍の勧告を受けたと思えば、今回は少し質が違うようだ。

 

 確かに今日は海軍イベントの頭上を飛び回っているのだから、公務執行妨害とかいう長ったらしい罪状がついても仕方がないかとメルが納得している傍らで、背後のコビーが大変なことになってる!? と大騒ぎだ。

 

「まぁ、慌てない慌てない。今から、助けてくれそうな人の所にいるんだからさ」

 

「助けてくれそうな、人ですか?」

 

 しかしメルにもちゃんと策があるのだと宥められてしまえば、コビーもこれ以上言葉を連ねることも出来ない。

 

 本当にそれらしき当てがあるのかと穿った目を向けるも、前に居るメルは至って飄々としていた。

 

 コビーは、メルのその余裕綽々とした態度を信じることにして、彼女の肩口からこれから向かう先へと目を凝らした。

 

「……メルちゃん。もしかして、あそこに向かってるんですか?」

 

 コビーが平坦な声で指した先にあるのは、舌を出したブルドッグがでんと構える伝説の英雄が乗り込んでいる軍艦だ。

 

 そのコビーの言に、メルが「そうだよ」となんてことないように首肯した。

 

 どうやら、メルが当てにしているらしいその人はあの軍艦に居るようだ。

 確かにガープの軍艦に乗れるような人ならば、この絶体絶命の状況も助けてくれるだろう。

 

 これなら安心安心───と長いこと、現実逃避をしたコビーが待ったの声を上げた。

 

「め、めめめめメルちゃん!! あれ、ガープ中将のぐんかんですよ?」

 

「ちょっと強面だけど、どっかの独身貴族共と違って話の分かる人だからそんなに心配しなくともいいよ」

 

 やっぱり、信じちゃ駄目だったかもー!とまた一人祭り状態のコビーを置いて、メルはと言えば強面の上に根性曲がりな独身貴族共を思い浮かべてしまい、歯をギシリと鳴らしていた。

 

 ───いつか、絶対ギャフンって言わせてやるもんね。

 

 あのトラウマ達も、ここまで彼女から恨みを買ってるとは思うまい。

 

 今頃、自室で盆栽と戯れているか、それとも仕事をほっぽり出して水上自転車の旅を決行しているのかは定かではないが、二人は近年、くしゃみをする回数が増えたのだと零していたと言う。

 

 

 

 




本当はこの話で箸休め回は終わる予定だったのですが、無駄に長くなってしまいました。

さて、魔女宅成分にほんの少しだけワンピース成分を混ぜるためにコビー少年の登場です。まだ五歳だからトレードマークの眼鏡はしてないかなーってことで掛けさせてませんが。

トンボ少年の役をコビーにしてもらったのですが、完全に雰囲気と勘で選抜させてもらいました。


最近はそこそこ良い男になって、大佐にまで上り詰めたみたいですけど。

そう考えると本当に海軍って出世早すぎませんか?
だって、まだコビー君18歳だよ? 高校三年生だよ?

いや、年齢やら身長やら気になり始めたらキリがありませんね。

出世して強くなっても、感動屋で甘ちゃんなコビーが好きです。
お願いだから、現元帥に毒されないでくれと思いつつ。
ただ、あの元帥も私は好きです。早々に話の中にぶちこむくらいには好きですよ。

自転車繋がりでもうおひとり方も考えましたが、メルに会わせるとまた錯乱しかねないので止めました。




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海兵にはなりません!

突発的(不定期)前書き連載No.2【ラブの受難はまだまだ続く】

ラブは 思い詰めたような顔をしている

マルコ「どうしたよい?」

ラブ「あ、マルコ……マルコはさ、どんな一発芸を見せた?」

マルコ「(またイゾウの奴か……)オレは、フェニックス一本釣りだよい」

ラブは あまりの衝撃に 言葉が出ない

ラブ「(あのマルコがそこまで体を張ってんのか!?)」

ビスタは ニヤニヤしているマルコを見て 珈琲を飲んでいる

ビスタ「(マルコもあれで質が悪いからな)」





 メルの怒りをエネルギーに加速するデッキブラシの飛行に、コビーも振り落とされまいと必死にメルの腰に縋り付く。

 

 そして、やってきたガープの軍艦上。

 

 船首に仁王立ちして一等偉そうに腕を組み、犬の顔を模したような被り物を付けているのはどっからどう見ても見慣れたガープの姿である。

 

 そんなご機嫌なガープの姿に、なんであんな浮かれた格好をしているんだろうとついメルも小首を傾げてしまう。

 

 ガープはメルの到着を分かっていたようで、手を振ると振り返してくれた。隣に控えているボガードはいつもの如くポーカーフェイスで、メルがこんな所に居たとしても全く動じる様子がない。

 

 メルとコビーがガープ達の前まで来ると、やおらガープは口を開いた。

 

「もしや、わしにまた荷物が届いたのか?」

 

 ガープはメルが荷物を配達しに来たのだと勘違いしているらしい。

 

 いつもメルがガープの下に現れるのが仕事の時ぐらいなので、彼がそう思い込んだとしても仕方が無いことであった。

 

「違いますよー! 今日は、友達と海軍の凱旋を見に来たんです」

 

「ほほぉ、殊勝な心掛けじゃな。流石、メルじゃ。どうじゃ、煎餅でも食べるか?」

 

 メルが友達と遊びに来たと知って、一層嬉しそうな顔つきになったガープは、徐に胸元から『お得用煎餅』と書かれた袋を取り出すや、ほれとデッキブラシに乗って浮いているメルに向かって袋の口を向けてくる。

 

「あ、ありがとうございます。良かったね、煎餅貰えたよ、コビー」

 

「……いやいやッ!? これ、どう考えても可笑しいジョーキョーですよ!?」

 

「コビーってバリッ、子供なのに頭でっかちだよね。あと、そのバリッ、坊ちゃん刈り似合ってないから止めた方がバリッ、いいよ。それと、運動もね。海軍ってバリッ、超体力仕事だから」

 

「メルちゃん、さらっと毒づきますね……。せめて食べるか喋るかどっちかにしましょうよ」

 

 ガープからいそいそと煎餅を貰って盛大にツッコミを入れてくるコビーを貶すメルに、コビーが堪らずにボヤく。

 

 そんな二人のやり取りに、ガープはガッハッハッと笑い声を上げた。

 

「そこの小僧はバリッ、海兵になりたいのか」

 

「奇特なことにバリッ、そうらしいです。頑張れ、コビー。君の上司がマグマ人間か氷人間だったらご愁傷さまー」

 

 どうしても、メルはこの期に及んであの大将二人への愚痴が止まらないようだ。

 

 どんどん目が死んでいくメルを幸いなことに、背後に乗っていることもあってその姿を見ることが出来ないコビーはメルの目を見ずに済んでいる。

 

 そんなメルとは打って変わって、ガープはと言えばよしと齧りかけの煎餅をコビーに向けた。

 

「その心意気や良し! バリッ、海軍に来たらわしが指導してやろう」

 

 そして、まさかのあの英雄からの直々のご指名である。

 たとえ、ガープが単細胞で孫馬鹿で脳筋主義だとしても、コビーにしてみれば、彼は天上の人。

 

 コビーはあまりの光栄さに顎を外して、再度その意味を問うた。

 

「ガ、がががガープ中将自らですか!?」

 

「そうじゃ。小僧を立派な海兵にしてやる」

 

 そして、ガープからしっかりとした返事を貰ったコビーは急な展開についてこない頭をどうにか働かせて、何度もガープの言葉たちを胸中で反芻する。

 

 これぞ、棚からぼたもちと言うべきか。

 いや、ガープ中将がくれようとしているのは煎餅だけども。

 

 いきなり開けた海兵への道に、コビーは喉を詰まらせた。

 今日、あの壊れた自転車に振り回された時は、なんて最悪な日だろうと気分を落としたりした。

 

 だが今日この日は、最悪な日でありながらも最高の日という面も持ち合わせていた。

 

 だって、あのガープ中将と縁が結べた記念する日でもあるのだから。

 

 

 ガープの隣でボガードは、海軍の手先にされながらも大将二人にトラウマを持つ少女と、そんな少女にツッコミを入れながらもガープや自分に尊敬の念を飛ばしてき、純粋に海軍に憧れている少年をそれぞれに見比べていた。

 

 死んだ目をした少女と興奮に目を煌めかせている少年が不思議な縁で繋がって、空を飛ぶデッキブラシに乗ってこの軍艦にまでやってきた。

 

 こういう不思議なこともあるんだなと超常現象の塊であるガープの横に立ちながら、ボガードは思うのである。ちなみに、ガープ中将が調子のいいことをまた言っているが、これももう織り込み済みだ。

 

 ───どうせこの人は、この少年が入隊する頃には、この約束を忘れている。

 

 ガープの忘れっぽさをよくよく思い知っているボガードは、コビーに僅かの同情を抱いた。

 

「ぼく、頑張って海兵になります!その時は、どうぞ宜しくお願いしますね」

 

 コビーが拳を作り、ガープに頭を下げているのがボガードには不憫でならない。

 

 そして、コビーはさっきから八つ当たり気味に煎餅をバリボリ食べているメルヘと話相手を変えた。しかし、コビー少年はメルの背後にいるので、やさぐれている彼女には気付いていない。

 

 それどころか、このコビー。

 彼は、メルに対してとんでもない勘違いをしていたのだ。

 

「メルちゃんって、海軍に凄く詳しいですよね。ガープ中将とも知り合いみたいだし。もしかして、メルちゃんも海軍志望なんですか?」

 

「ぐはッ!」

 

「なんじゃ、メル? そうじゃったのか。道理でよくわしの仕事を引き受けてくれるとは思っとったが、そうか。メルは海兵になりたかったんじゃな。よし、直ぐに手配してやろう」

 

「ちょっ!? それ、誤解! 私、海兵ノーセンキュー!! なる気なんてさらさらありません!!」

 

 コビー少年による純粋な誤った推測に、メルはもう少しで煎餅を喉に詰まらせるかと思った。

 

 しかも、その誤ちを本当だと真に受けた大人が一名、早くも暴走し始めている。

 

 電伝虫を持ってこいとボガードに命令しているガープに、メルは慌てて割って入って顔の前で大きなバツを作った。

 

「私は、世界一の配達屋さんになるっていう夢があるんです。そりゃ、公務員職の海兵に憧れがないって言ったら嘘になりますけども。いや、やっぱり奴らが上司になるとか思ったら全然耐えられない……」

 

 殉職と世界規模の転勤さえ許容できれば、安泰したお給金を貰える海軍はとても魅力的だ。

 

 ジジィよりかはまだマシだとしても、お金に執着しているメルにしてみればその魅力に流されそうになったことは一回や二回どころじゃない。

 

 だが、その度にトラウマ達を思い浮かべて我に返るのだ。

 

 海兵なんかになったが最後、アイツらに扱き使われる羽目になるのだと。

 

 死ぬよりも酷い目に遭わされそうだと無意識的に察しているメルは、寸でところでいつも海兵入りを思い止まるのである。

 

 そんなメルの様子を見てガープは少々物言いたげだが、孫のように海賊になりたいと宣わなければいいやと思ったらしく大人しく口は噤み続ける。

 

 それに、ガープは配達屋の彼女にかなりお世話になっている身だ。

 だからこそ、その職を辞めろとも言い難く、彼はメルを海兵にすることは無理であると珍しく諦めようとしていた。

 

 だが、今日のガープは一味違うのだとでも言うように、ピシャリと彼の脳内にある天啓が思い浮かぶ。やはり、この男に『諦める』なんて三文字はそもそも辞書に記されていないようだ。

 

「そうじゃ。メル、お主、海軍専属の配達屋になれば良いんじゃ」

 

 さも良いことを思いついたと言わんばかりに、ガープは人差し指を立てる。

 

 そう、メルの配達業を邪魔出来ないのであれば、その職を尊重した上で海軍と結びつけたらいい。

 

 メルが海兵の帽子を被り、カモメ印のデッキブラシに乗っている様はなんて愛らしいのだろうか。

 

 そうすれば、メルに黙って色々とやばいものを運ばせていることにも罪悪感を感じなくとも済むとまで考えてガープはホクホク顔だ。

 

 そうやって一人悦に入っているガープに、メルはと言えばあからさまに口の端を引き攣らせていた。

 

 ───いつか、そんな末恐ろしい提案をされるだろうとは思っていたが、まさかよりにもよってこんな時に言い出すか、このお爺ちゃん。

 

 ガープがガープたる所以を目の当たりにして、メルは思い知るのだ。

 

 ───やっぱり海軍上層部には自己至上主義しかないんだ、と。

 

 何故か、ついでにと目前に開きかけている海兵への道に唖然としているメルを前にして、当のガープとボガードと言えば、それはそれは愉快そうに話をしている所だ。

 

「のう、ボガード。良案じゃろ」

 

「ええ。センゴクさんも泣いて喜ぶことでしょう」

 

「そうかそうか───ん? センゴク?」

 

 ガープがメルを丸め込めるとは露にも思っていないセンゴクは、メルをどうにか海軍に引き入れてくれとボガードの方に頼んでいた。流石、元帥にまで成り上がったセンゴクと言うべきか。最もな采配と言えるだろう。

 

 そして、その任務を快く引き受けていたボガードは、漸くその約束を果たせる時が来たかと両腕を組む。

 

 彼とて、ガープに引き目を感じずに対等に会話し、それどころかたまに彼を利用しようと上手にガープを扱うメルは欲しい人材だ。

 

 それに八歳にして、彼処まで頭が回るのなら上々。

 万年人材不足と言われている海軍にとって選り好みしている余裕などないが、それでも優秀な人材を手に入れたいと思うのが上司としての性。

 

 最早獲物にさえなっているメルは、味方の陣地に飛び込んだかと思えば、そこは敵の陣地だったのかと今更ながらに察して冷や汗を垂らす。

 

 ───あのボガードさんですら、今回は敵だよ……皆、私のことを買い被りすぎなんだよね。正直、戦闘になったら私なんて全然使い物にならないし。

 

 

「すごいですよ! メルちゃん! 海軍からの直接オファーですよ」

 

 しかも、背後ではしゃいでいる少年でさえ、今や敵も同然。

 

 いつの間に背水の陣なんか敷いていたんだろうとメルが眉根を垂らす暇もなく、ガープがさぁと言わんばかりに手を差し伸べてくる。

 

「海軍も悪くは無いぞ!」

 

 ガープの、その差し伸べた手を振り払われるとは思っていない傲岸さは、感服ものだ。

 

 メルは、ガープから差し出された手を勿論掴むことなく、デッキブラシを上昇させた。

 

「ごめんなさい、ガープさん! 私、まだ誰のものになる気は無いの!」

 

 お断りの言葉は、正々堂々と。そして、相手に期待を持たせないほどに完膚なきまでに叩きのめすのみ。

 

 天晴と空を仰ぎたくなるほどにコテンパンに八歳児に振られたガープは、あまりの衝撃的な事実に頭が追いついてないらしい。

 

 暫くガープは地蔵のように固まっていたが、メルとわーわー騒いでいるコビーの去りゆく後ろ姿を見て、彼は漸く我を取り戻した。

 

「わし、もしかして断られた?」

 

「物の見事に振られてました。現役の時でさえもあんな振られ方してないんじゃないですか」

 

「……ガッハッハッ! いやぁ、振られたわい。まだまだわしもいけると思ったんじゃがなァ」

 

 いや、一応事実の把握はしているようだ。

 

 それでもってなお、此処まで開き直れるのが彼の長所の一つでもある。

 

 振られた振られたと笑っているガープ中将とそんな彼を呆れたように見ているボガードの下に慌ただしい足音が近づいてきた。

 

 その足音の持ち主はこの軍艦に乗り込んでいるクルーの一人で、手馴れた手つきで二人に敬礼してみせると要件を述べた。

 

「中将! モーガン殿からあの少女について問い合わせが来ております!」

 

「手出しするなと伝えておけ。あれは本部も容認している子じゃ」

 

「はっ!」

 

 それは本日の主役である、モーガン大佐からの問い合わせだったようだ。

 

 昨日付でイーストブルーにある支部を受け持つことになった彼を祝うための華々しい凱旋には、もちろんそれ以外の理由が存在する。

 

「赤髪の奴ァ、まだいるじゃろうか」

 

「どうでしょう」

 

「わしの可愛い可愛いルフィを悪の道に引きずり込みおって、見つけたらただじゃおかんからのォ」

 

 平和の象徴であるイーストブルーにて存在が確認されたその海賊は、元海賊王であるゴール・D・ロジャーの海賊船に乗船していたクルーだと言う。

 

 賞金額もかなりの大台に乗り込んでいるし、何より見た目通りの優男じゃないことをガープは持ち前の野生の勘で見抜いていた。

 

「待っておれよ、赤髪。わしが捕まえるまで、下手な真似をすんじゃねェぞ」

 

 そう言って歯を剥き出しにして笑うガープには、既に子供達と喋っていた時のような好々爺さはない。

 

 可愛らしい被り物が気にならないほどの獰猛さを目に宿す様こそが、ゴール・D・ロジャーと何度も衝突したという英雄ガープの真の姿である。

 

 赤髪シャンクス、後の四皇にまで上り詰めたその男は、早くも厄介なことに生きる英雄に目をつけられていた。

 

 

 

 




前書き連載は、扉絵連載好きの作者による趣味の塊です。
そのため、表記もゲーマーの性でちょいドラクエ風。

扉絵ばかりを集めた冊子『ONE PIECE DOORS』も刊行されていますから、私のようなファンはかなり居るはずです。

特に扉絵連載で気に入っているのは、『ミーツバロック』と『CP9の任務外報告』です。どちらもヴィランサイドのアットホームなお話なのでとても好き。

BWの社長もラジオ出演なさったかは不明ですが、もう名前だけ出しましたね。
CP9はまだちょっと出す予定ないです。え? それっぽい動物が登場してる? きっと見間違いですよー。

なんとか砂野郎さんとか、なんとか鳩野郎さんが絡む話って絶対陰謀絡みだから構想を練るのが難しいんですよね。


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素直じゃなくてもいいや

とうとうお気に入りが100を超え、もしかしたらしおりも50に届くかというところまで来ました。

ユニークアクセスも10,000を突破致しまして、私としては日に日に恐縮で小さくなっていくばかりです。

しおり、お気に入り、感想、誤字報告、評価など本当に沢山のものをありがとうございました。

このような形ですが、ONE PIECEファンの皆さんと繋がれたことが私としてはとても嬉しいです。


「メルちゃん、折角のお誘いを蹴って大丈夫だったんですか?」

 

「いいのいいの。確かに私の稼ぎの半分は海軍だけども、もう半分の諸々の顧客達の稼ぎだって必要だもの」

 

 ガープの軍艦から逃げ出した時は、コビー少年がヤバいヤバいと姦しく騒ぎ立てていたが、何分経っても海軍からの追手がないと分かった途端、すんと落ち着いた。

 

 そして、漸く静かにコビーと会話出来そうだと把握したメルは、それまでは彼の賑やかな慌てっぷりを静かに傍観していたが、そろそろ話しても大丈夫だろうと口を開く。

 

「それに、私嫌いなんだよね。一所に縛られるの」

 

 その時の憂いを帯びたメルの声に、コビーは無性にドギマギとした。

 心臓が不思議な程に暴れ回っていて、メルの腰元に回している手が熱くなってくる。

 

 不自然な自分の状態をどうすることも出来ず、コビーはとりあえず潮風に当たって熱を冷まそうとメルから海の方へと紅潮した顔を背けた。

 

 

 

 デッキブラシは街まで無事送り届けることが出来、子供達は地に両足をつける。

 

 白昼夢を見ていたような浮き足立った気持ちを抱えながら、コビーは水平線の向こう側へと遠くなっていく海軍の軍隊を見詰める。

 

 軍艦のマリンフォードの文字とカモメを掲げた帆が追い風を受けて膨らんでいる様を眺めるコビーの眼差しは西日を受けて揺らめいている。

 

 また、あの軍艦に乗ろうと海兵になるための意気込みを新たにしているコビーはともかく、デッキブラシの持ち主は自分の養い親を探し回っていた。

 

「あれ、確かこの辺で別れたはずなんだけど……」

 

 キョロキョロと周辺を見渡しても、二足歩行の猫の姿は一つも見えない。

 

 ジジィの容姿はかなり目立つため、居たら直ぐに分かるんだけどなーとメルは首を傾げる。

 

 そしてコビーの自転車もジジィと共に姿を消しているため、もう少し港の方面へ探しに行こうとコビーに声をかけようとして彼の方を振り向くと───どう見てもガラの悪いお兄ちゃん達に絡まれているコビーがそこにはいた。

 

「おい、少年。オレ達にぶつかってくるとはいい度胸してんじゃねェか」

 

「ママンは何処かな? お兄ちゃん、君が突っ込んできた足が痛ェんだよ。慰謝料払ってもらわねェとな」

 

「すすす、すみません!! ぼ、ぼくわざとじゃないんですッ!!」

 

 ───なんで、ちょっと目を離した隙にあの子はあんなことになってるのかな。

 

 明らかに堅気には見えない男三人に囲まれているコビーは、滂沱の涙を流しながら許しを乞うている。

 

 男達もコビーから慰謝料を貰えるとは思っていないようで、保護者は何処にいるんだと問うているが、意外とコビーも強情のようで謝罪以外の言葉は口にしない。

 

 連れであるメルにも一切視線を寄越してこないし、五歳児でありながらメルを巻き込むまいと他人のフリをし通すつもりなのか。

 

 そうやって、コビーが引き起こした厄介な騒動を見詰めていると、コビーに絡んでいた男の一人がメルの視線に気付いたのか、目を向けてきた。

 

 メルがデッキブラシを持っているのに違和感を抱いたような表情をしたが、直ぐに企むようなニヤケ面へと様変わりし、「よぉ」と声を掛けてくる。

 

「なんだい、嬢ちゃん? もしや、これと友達かい」

 

 メルにも絡み始めた男に、頭を何度も下げていたコビーが分かりやすく血の気を引かせた。

 

 そして、男達から視線が外れたのをいいことにメルまで巻き込まれる必要は無いとばかりに首を小さく横に振っている。

 

 だが、コビーのそんな慎ましい努力はメルが一瞬にして灰へと還した。

 

「うん、そう。その子は、私の友達なの」

 

 メルの子供らしい返事を聞いて、男達が怪しげなアイコンタクトを交わしあった。メルに忠告を聞いてもらえなかったコビーが、呆気に取られたような顔をして突っ立っている。

 

「そうかそうか。嬢ちゃんは、この坊やの友達なのか。実は坊やにお兄ちゃんは怪我させられてしまってね」

 

「そうなんだ。大変だね」

 

「うん、大変なんだ。この怪我を治すためにはちょっとばかりお金が必要なんだけど……君だったら、お兄ちゃんの治療代を稼げるかもしれないね。嬢ちゃんはお友達を助けたくないかい?」

 

「うん、助けたい」

 

「じゃあ、オレ達と一緒に来てもらおうか」

 

 そう言って差し出された男の手を躊躇なく握ったメルに、コビーは声を張り上げた。

 

「メルちゃん! 行っちゃ駄目だよ!!」

 

 コビーよりもずっと頭が回るはずのメルが、明らかに危険な匂いのする男達の手を取ったことが、彼には信じられなかった。

 

 ───どうして、メルちゃんはあんな奴らの誘いに乗ったんだ……?

 

 行き場のない疑問がコビーの脳内を占めるが、彼女はコビーの方を見る気配がない。

 

「お前は黙ってろ!」

 

 男に連れられて何処かへ行ってしまおうとしているメルにあらん限りの声を上げて引き留めようとコビーは苦心するが、それを邪魔に思ったらしい三人のうちの一人に腹を蹴られ、転がされてしまう。

 

 小さな体をひっくり返してその場に転がったコビーだが、海軍を目指すだけあって正義心は人一倍強いようであった。歯を食いしばって、蹴られた腹に走る痛みに知らないふりをして、伏していた地面から立ち上がる。

 

 そして、コビーにはもう用はないとばかりに背を向けメルを連れ去ろうとしている自分を蹴ったその男の足元にコビーは縋り付くように抱き着いた。

 

「なッ!? このガキッ!?」

 

 片足を死んでも離さないとばかりに抱き締めているコビーに、男は血相を変えて何度も足元にいるおじゃま虫の背中を蹴りつけるが、それでもそれは一向に自分の片足を離す気配がない。

 

 コビーの執念を目の当たりにして、つい男は蹴ろうと振り上げた足を宙に迷わせた。

 

 そんな仲間と子供の茶番劇に、メルの手を引いている男は嫌気が差したらしい。

 

「そのガキも引き摺って連れてこい。ったく、余計なことをしやがって」

 

 はァと男が額に手を当てて、嘆息を吐いたその時。

 

 男達の周り一円に炎が走った。

 

「な、なんじゃこりゃ!?」

 

 メルの手を引いている男が、有り得ない光景に驚嘆の声を上げている。残りの男達も、何故自分達の周りを炎の筋が取り囲むように燃え盛っているのかが分からず、恐怖に顔を引き攣らせていた。

 

「何処にその子を連れていく気?」

 

 ゆったりとした足取りで、着心地を重視した綿のシャツの袖を捲りながら五人の前に現れたのは、大人程の体長がある二足歩行の黒猫だ。

 

 尻尾をゆらゆらと挑発するように揺らして、男達の前に立ちはだかったジジィは、己の両腕を炎へと変化させるやニヒルげに笑う。

 

「その子はボクの子だ。迷子を保護してくれたのであれば、とんだ手違いをしてしまって申し訳ないね」

 

 ジジィが炎になってしまった両腕を振り払うと、彼らを取り巻く炎の円陣が跡形もなく消え去る。

 

 ただ、舗装された道路の上には綺麗に彼らを囲むような焦げ跡が出来ており、先程の有り得ない光景が真であることを雄弁に語っている。

 

 男の片足に抱きついていたコビーもこれには吃驚していた。

 鼻水と涙塗れになっている顔を、口を開ききることでそれ以上に間抜けにさせてジジィを射抜くコビーの目は乾き切っていた。

 

「……あの馬鹿猫」

 

 ポツリとジジィに毒を吐いているメルの言葉など、最早脅威の御前では聞くに値しないらしく、メルの手を引いていた男はメルの手をささとジジィに差し出し。

 

 コビーに縋りつかれていた男は、コビーを丁寧にその場に立たせてからメルの横へと並ばせる。

 

 呆れを通り越して、感心すら抱かせそうな程の手のひら返しを披露した男達はそのままジジィの顔を上目遣いで見ながら揉み手をしつつ、「いやぁ、良かった良かった」と芝居がかった声を出す。

 

「二人共、貴方が見つからなくて途方に暮れていたんですよ〜。だから、オレ達見るに見かねてしまって、なァ?」

 

「人助けが趣味ですから〜。いつもこうやって、迷子の子供たちを見つける度に一緒に親御さんを探してあげるんですよ〜」

 

「本当に見つかって良かったです〜。じゃあ、オレ達はこの辺で〜」

 

「さようなら〜」と畳み掛けるように別れの挨拶を口にするや、これ以上はもうこの場にいられないと逃げ去るように海の方へと走っていく三人組。

 

 鮮やかな引き際に、ついメルもコビーも、ジジィでさえ見蕩れてしまい何の言葉も吐けないでいる。

 

 それから、一分程経ったであろうか。

 

 一番に我を取り戻したコビーが、体液で塗れた顔を拭っていたのでジジィがまたハンカチを取り出し、綺麗にするのを手伝った。

 

「ジジィさん、本当に今日はたくさんお世話になりました。ぼく、ジジィさんみたいに強くなりたいです」

 

 

 ありがとうございます!と顔を拭われながらもお礼を言うコビーに、ジジィが気にするなと首を横に振る。

 

 メルやラブの面倒を見ているので世話好きだとは思っていたが、まさかこんなにも世話好きな質だったんだなーと初めて知るジジィの一面をメルは伸びをしながら見つめる。

 

「コビー君って、多分自分が思っている以上に目が悪いと思うよ。眼鏡とか掛けた方が良いかもね」

 

「……ぼくも今回そう思いました」

 

「此処にまだ居る予定なら、いい眼鏡屋さん教えてあげるよ」

 

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!!」

 

 ただし、メルとてジジィのことをとやかくは言えない。

 

 どうしてか、ドジっ子を見ると手を差し伸べてしまう困った性分を彼女も持ち合わせているらしく、ショルダーバッグから紙とペンを取り出すとメルの知り合いである眼鏡屋の住所と名前を書いてやった。

 

 それをすっかり元通りになったコビーが受け取り、大事そうに手にするのだからメルはつい擽ったくなってしまって口元を緩める。

 

「また、此処に来てよ。私、あんまり友達いないから君が遊びに来てくれると嬉しいかも」

 

 コビーの素直さに当てられて、ついそんなことをメルは口走ってしまった。

 

 これには、言った本人よりもジジィの方が驚いている。

 コビーもそんなことを言われるとは思っていなかったようで、目を見開いて固まっていた。

 

 なかなかうんともすんとも言わないコビーに、やっぱりトロイと業を煮やしたメルが「返事は?」と催促する。

 

 メルから催促を受け、漸く我に返ったらしいコビーがうんうんと大袈裟な程に首を振って頷く。

 

「も、勿論です!」

 

「ありがとう。ジジィ、私また友達出来たよ」

 

 いえいとメルから小さなピースサインを向けられたジジィが、「良かったねェ」と後頭部を掻きむしって微笑む。

 

 

 姿を晦ましていたジジィによると道のど真ん中にコビーの自転車を置いとくのもなんだからと、道端に自転車を置きに行っていたようだ。

 

「結構、早くに戻ってきたんだねェ」と髭を震わせながら、ジジィは自転車の持ち主のコビーに場所を案内するために、二人の前を歩いて自転車の所まで先導した。

 

 ジジィに連れられて、あのブレーキの壊れた自転車の下に辿り着いたコビーは、今日発覚したそれの不調ぶりを思い出して眉根を下げる。

 

「この子とも、もうおさらばですね。おばあちゃんからのプレゼントだったから、もっと長くつかいたかったな……」

 

 コビーが、この島に来れることなんて年に一度あるかないかのことで、彼はたまにしか会えない祖母をとても大事に思っていた。

 

 そんなおばあちゃんから貰った自転車だって、もっともっと大事にしたかったのに───。

 

 年に一度しか乗れないその自転車は、定期的に点検していないこともあったせいか今年で寿命を迎えようとしていた。

 

 沈んだコビーの様子を見下ろしていたジジィが、彼から視線を外して口角を上げて不思議なことを呟く。

 

「───ブレーキ、もう一度確認してみたらどうかな?」

 

「……え?」とジジィの予想外な言を受けて、コビーが疑問の声を上げる。

 

 だって、ジジィはこの自転車の壊れ具合をよくよく知っているはずなのだ。

 

 体を張って、この自転車を止めたジジィの口から出た言葉には思えなくて、コビーは目を瞬かせる。

 

  「でも、ブレーキはもう壊れてしまってて……」

 

「いいからいいから。もう一度握ってみなって」

 

 しかし、ジジィはコビーをスルーして、彼の両手を取るや自転車のハンドルを握らせる。そして、ブレーキも握らせて前へと自転車を進ませようと力を加えた。

 

 この自転車のブレーキは壊れているから、本来ならばスムーズに自転車は前進するはずだった。

 

 だが、自転車はその場に踏んじばって一向に前進しない。

 

 まるで、ちゃんとブレーキが利いてるかのように全く進む気配の無い自転車が信じられなくて、コビーは慌ててサドルに跨る。

 

 コビーのやりたいことが分かったらしいジジィが彼と自転車から程よい距離を取った。すぐ近くから物言いたげな視線を感じて斜め背後を振り返ると、半目になったメルがジジィをずっと凝視している。

 

 ジジィが何をしたのかを正確に察したらしいメルの目が言っていた。

 

 ───『このお人好し猫が』と。

 

 一方、そんな配達屋親子の前で恐る恐るペダルを踏んで、自転車を漕ぎ始めていたコビーが一定の距離を進むとブレーキを思いっきり引いて自転車を難なく止めていた。

 

 耳障りなブレーキ音を響き渡らせることもなく、静かにその場に留まった己の自転車がやはり信じられなくてコビーが何度も確かめるように自転車を前進させては、ブレーキを引く。その度に、自転車のブレーキはちゃんと作動した。

 

「 ブレーキが本当に、本当に治ってる……!」

 

「きっと、お節介な自転車屋さんでも居たんだろうねェ。よかったじゃん、コビー。これで、おさらばしなくとも済むね」

 

 飄々とそう言ってのけるジジィは、既にコビーからは踵を返して帰路を歩み始めていた。立った耳をピコピコと揺らせて、いつの間にか指に挟んでいた煙草の紫煙を燻らせながら、メルと一緒に商店街の方に消えていくジジィにコビーはありったけの声で叫ぶ。

 

「また、この街に遊びに来ますから……! だから、その時はまた遊んでください!!」

 

 この日、コビーが出会ったミンク族の黒猫と魔女は、彼にとって生涯忘れられない人達であった。

 

 また近い未来で再会出来たらいいなと彼はまた詰まりかけてきた鼻を啜る。

 

 それから息を再び吹き返した自転車を見下ろして、コビーはニコリと微笑んだ。

 

 本来ならば、お別れをしなければならなかった自転車が彼等と出会った証拠だと思えば、更に思い入れが強くなる。

 

 おばあちゃんとメルと───それから、ジジィとの大切な思い出の品になったこの自転車をもう二度と壊さないように、実家に持って帰ろうとコビーは決意した。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「今日は、随分とお人好しだったね。自転車も直して、空へいつでも逃げることが出来る私のために能力まで使うなんて大盤振る舞いじゃん。こんな服も買ってくれるしさー」

 

「気紛れだよ。ボクだって、時には善行を積んどこうかなァて思っただけだよ」

 

「ふーん。善行ねー」

 

 夕日に照らされて、黒猫と女の子の細長い影が持ち主からゆらりと伸びる。夕日を浴びながら、ゆっくりと帰路を行く二人は誰が見ても親子には見えないが、しかしその親しみのある雰囲気は家族以外の何者にも見えない。

 

 黒猫と人間のチグハグな家族であり、はたまた雇用関係でもある大層複雑な仲である二人は、お互いに視線だけを絡ませて言葉を交わしていた。

 

 ジジィはメルの目を見ながらも、口が寂しくなったようで指に挟んでいた煙草を咥える。

 

 そして、息を吐くように紫煙を吐き出して、また煙草を吸うジジィの様子はやはりどう見てもいつも通りのもので───相変わらず、ポーカーフェイスがお得意なことでと胸中でメルは毒づいた。

 

「ジジィの能力って久しぶりに見たなー。滅多に使わないから、腕が鈍ってるんじゃないかって心配してたけど、そうでもなかったようで安心した」

 

「煙草の火を点ける以外は使いたくないんだけどねェ」

 

「……ラブも知ってると思うよ、ジジィの能力」

 

「別にラブに遠慮して、これを使わなかったわけじゃないよ」

 

 この世界には、メルのような遺伝的に不思議な能力を引き継げる魔女以外にも、ある特殊な実を食べて超常現象を引き起こせる能力を身につけた『能力者』が存在する。

 

 その実のことを、人々は畏怖を込めて“悪魔の実”という呼ぶ。

 

 ジジィが使ったあの火の能力も、この悪魔の実を食べて身につけたものだ。

 

 

 彼が食べたその実は“メラメラの実”。

 

 自然系(ロギア)に分類される能力をジジィはこの実によって付与された。

 

 メラメラの実と言うだけあって付与された能力は、自身を炎へと変化することであった。

 

 

 ラブをメルが使い魔にしてまだ一年も経たない頃、彼は異様な程にジジィのこの能力を怖がった。

 

 一度だけ、ジジィが能力を使った現場に居合わせてしまったラブは、当時錯乱したような断末魔を上げてその場で気絶してしまったのだ。

 

 それ以来、ジジィは火を恐れるラブに配慮して、その能力を使えることをやめた。

 

 気絶する程のショックを受けたこともあって、一連の出来事を忘れてしまったらしいラブは暫く、ジジィのその能力のことを本当に忘れていたのだが、最近は記憶が徐々に戻りつつあることもあって彼自身の観察力が増している。

 

 そのため、思い出すのではなく、彼は己の観察眼を持ってしてジジィの能力の正体を暴いたのだ。

 

「ただ、これは目立つから使いたくないだけだよ。変な輩に絡まれたくないしねェ」

 

 ジジィはメルのそんな憶測も知っていて、尚そう言い連ねる。

 

 能力を使いたくないのは、別にラブのためじゃない。平凡ライフを望む小心者の自分の為なのだと。

 

 素直じゃないジジィにメルはしょうがないなと両肩を竦めて、それ以上能力の話を振るのも面倒な気がしてきて、それ以上その話をするのは止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ジジィに盛大にフラグが立ちました。おめでとう。

以上で、コビーとの四方山話は終わりです。
新世界編ぐらいまで進んだら多分コビーも金蔓に出来るよ、メルちゃん。

次回からはまたお仕事話を再開です。
ステージは水の都、キーパーソンはスーパー変態とンマーさんかな?
あとあの武装国家。



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続きが気になるじゃんかー!

 故意か偶然か結ばれた縁が、時たま思い出したかのようにその存在を主張することがある。

 

 例えば、メルであれば血の繋がっていない家族との縁。たった一度しか会ったことがない顧客、或いは何度も時を重ねる常連の顧客。

 

 何度も絡まっては、薄くなったり濃くなったり、果てには腐ったりもする縁が、因縁の地に当人を引き寄せることもあるようで。

 

「メルー。君、W7(ウォーターセブン)のトムズワーカーズなんて何処で引っ掛けてきたんだい?」

 

 最近は、あまり遠出の仕事がなくていいなーと台所でダラダラ紅茶を飲んでのんびりしていたメルの下に飛び込んできたのは、ジジィのちょっと角張った声だ。

 

 何処か違和感のあるジジィの声に促されるようにメルは、腰を落ち着けていた椅子から立ち上がり、どうせ今日も店のカウンターで札束をジジィは数えているのだろうと当たりをつけて、店の方へと足を向ける。

 

 メルの読み通り、カウンターの椅子に腰掛けて札束を数えているジジィがそこにはいて、メルが奥から姿を見せると手元から顔を上げた。

 

「私、そんな所知らないよー。そもそも、彼処の住民の依頼なんて一回も受けたことないしー」

 

「……だよねェ。じゃあ、なんであんな大きな造船会社から連絡が来たんだろ?」

 

 よくよくジジィの前を見ると、カウンター上にはガープがイーストブルーへと旅立ってからは使われていない電伝虫が鎮座していた。

 

『デッキブラシの宅急便』の電伝虫の番号を知っているのは、ガープとボガードしかいない。

 

 この街の住民が配達をお願いする時はわざわざ店に足を運んでくるし、他の海の顧客や海賊には手紙でお願いするように住所と名前しか書かれていない名刺をメルは渡している。

 

「いよいよもって、私の名前が世界規模になったのかもしれないね!」

 

「メルはお気楽だねェ。まぁ、確かにこの会社は悪い所じゃないよ」

 

「ん? もしかして、ジジィは知ってるのここ?」

 

「ちょっとだけ行ったことがね……。社長も気のいい魚人だし、社員もそんな社長を尊敬している根のいい人達ばかりだったよ」

 

「ジジィって何気にあっちこっち行ってるよね……。まさか、昔は海賊だったりしない?」

 

「ハハハハ、ボクが海賊かー。だったら、世界中の美味しい魚を自分のものにするためにやってたかもしれないね」

 

「それ、海賊じゃなくて漁師じゃね?」

 

 すっとぼけたことばかりを言い始めたジジィに、メルがついツッコむ。

 

 ジジィは猫のミンク族なだけあって、魚が何よりも大好物だ。台所で秋刀魚を焼いてる時のあの幸せそうな顔ったらない。

 

 鼻をひくひくとさせて、尻尾をゆらゆらと楽しそうに揺らしいているジジィの後ろ姿に密かにメルはいつも微笑んでいたりするが、何分本人の前でそれを披露することは照れ臭くて出来ない。

 

「で、何処に何を配達したらいいの?」

 

 これ以上、話を脱線させたら、進むものも進まないと判断したメルがカウンターの上に顎を置いて尋ねる。

 

 ジジィも、メルと同じことを思ったようで仕切り直すように「ごほん」と喉を鳴らした。そして、ジジィの字で書かれた依頼書がメルへと差し出される。

 

「そのトムズワーカーズに、この街の工場で作られているいくつかの螺とボトル、それからなんか細々とした物をね。どれも特注らしくて、メルは工場でそれらが梱包された物を受け取ってから会社に行けばいいよ」

 

「へー、今回は彼処に配達かー! そこって、世界政府の管轄である大きな裁判所とかエニエス・ロビーとかがある島々で成り立っている所なんでしょ? ちょっと興味はあったんだよねー」

 

「……身の危険を感じたら、直ぐに逃げてくるんだよ」

 

「勿論。世界政府に喧嘩売るほど、馬鹿じゃないよ。私だってまだ命が惜しいもの」

 

「だったら、いいよ。彼処は観光都市としても有名だから、仕事の合間に色々と見回って来たら? 確か、キャッチコピーは『風光明媚な水の都』だったかな」

 

 

 ジジィの目の中に、W7の話をしながらも懐かしがる色があるようにメルには思えた。

 

 メルに会うまでのジジィを、彼女は知らない。メルが物心ついてから、この街で細々と生きていたジジィが、此処の生まれではないことを何となくだがメルは察している。

 

 少しだけ事情があってジジィと二人で旅をしていたこともあるメルは、その際に彼がとても旅慣れている所を目撃したのだ。

 

 ───色々と気になることはあるけども、ジジィが話してくれるまでは聞かなくてもいいかなって思ってるしね。ジジィの冒険譚は、私が成人した時にでも一緒にお酒を飲んでる時に聞けたら、それはすっごく最高な思い出になるような気がするから。

 

 メルはジジィに対する好奇心を消して、目前でこの前の掃除で見つけたフラミンゴ人形をボスボスと叩いているジジィに意識を戻す。

 

 いい塩梅に首が長いから、ウェルカムボードでもぶら下げてもらおうと配置したら、これがなかなかに良い絵面になったのだ。

 

 しかし、そんなフラミンゴ人形がどうにも気に食わないらしいジジィは、度々嫌なことがあるとああやってフラミンゴ人形をボスボスと叩く。

 

「ジジィ……それ一応、ラブの私物だからさ。あんまり叩いて、壊しちゃったらあの子も悲しがるだろうし」

 

「大丈夫じゃない? 今のラブは、あの目つきの悪くて隈のある愛嬌の欠けらも無いアザラシ人形にご執心だし」

 

「……本音を言うと、今にでもそのご本人様が扉の向こう側から出てきそうで気が気じゃないんだよね」

 

「止めてよ、メル。心臓に悪い……」

 

 体長、三十センチもあるそのフラミンゴ人形は、ピンク色のもふもふとした毛皮がなんとも愛らしい玩具だ。黒のつぶらな瞳も、濃いピンク色のおみ足も素敵なその人形はラブが最初に欲しがった物で、ジジィが初めてラブのために購入した物である。

 

 ───よもや、あの方の形代とは思いもしなかった……!とは、二人の途方に暮れた心の叫びだ。

 

「はァ。なんで、自宅でもオドオドしなきゃならないんだろう……仕事しよう」

 

 そうして、縋るようなジジィの視線から逃げるようにメルはそそくさと仕事に行く準備をするのであった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 トムズワーカーズが発注したらしいその工場で、お目当ての代物を無事受け取ったメルは、いつもの如くデッキブラシの柄に紐を通して荷物をぶら下げる。

 

 そして、いざゆかんとデッキブラシに乗って空へと飛翔し、ラジオのチャンネルをくるっと回す。

 

 さぁ、久しぶりの長距離運送だ。

 

 同じグランドラインにあるからそんなに遠くもないけども、気は抜けない。

 

 天候も潮の流れですらハチャメチャな此処は、『海賊の墓場』という異名すら持っているのだ。

 

 久しぶりにそんな凶悪な大海原の上を飛ぶのだから、油断することなく気を引き締めて挑まねばとメルは気合を入れる。

 

『本日は、かの国民的紙面漫画である“海の戦士ソラ”をご紹介したいと思います! 今や世界経済新聞の目玉となっていると言っても過言ではないその作品は、鴎を頭に乗せたヒーローが主役のヒロイック・ファンタジー。悪の軍団『ジェルマ66』を相手に、合体ロボに乗って大暴れするソラに魅了される老若男女は多いようです。今回はその漫画の魅力について根掘り葉掘り、掘り下げていきたいと思います!』

 

 そんな中、いつもの様にラジオから流れてきた内容にメルの意識が傾く。

 

「へー。鴎を乗せたヒーローか……なんか見てみたいよーな、見たら新聞を畳みたくなりそーな漫画」

 

 メルは以前にニュース・クーから渋々買い取ったあの新聞以外を手に取ったことは無い。

 

 その理由は至って簡単なもので、新聞に対しても偏見のあるらしいジジィが毛嫌いしているためだ。

 

 その癖、ジジィは毎日朝刊、夕刊と新聞を読んでいるのだからメルは意味が分からないと思っている。

 

 一度、ジジィにそのことを告げてみると『大人は、情報の取捨選択が出来るから』とのこと。

 

 まだいたいけなメルが偏った大人達の持つ政治的思想や宗教的思想に染まらないようにとのジジィの配慮なのだが、メルにはその気遣いが届いていないようだ。

 

「あ、あんな所にニュース・クーが飛んでる。前のアイツだったら丸焼きにして食べてやろうと思うけど、違うやつだったらちょっと新聞読んでみようかな……」

 

 なんだかんだと言って、さっきラジオで聞いた紙面連載の“海の戦士ソラ”がメルは気になってしょうがないらしい。

 

 ウキウキと浮いている両足を彼女はばたつかし、デッキブラシを加速させてメルはニュース・クーに追いついた。

 

 羽を優雅にはためかせて空上から淡々と客を探しているニュース・クーにメルは背後から声を掛ける。

 

「ハロー、ニュース・クー。どう? 売上は?」

 

「クー!?」

 

 まさか、グランドラインの空で人に声を掛けられるとは思っていなかったらしいニュース・クーが、羽を激しく振って首だけで後ろを振り返る。

 

 そこには何故か宙に浮いたデッキブラシに乗った少女が片手を上げているではないか。

 

 彼(彼女かもしれないが便宜上彼とする)は、自分の前へと回り込んできた彼女に足を止められるようにその場に留まる。

 

 メルの足の止め方が完全に荒くれ者のそれだが、不幸なことに彼女は徐々に脳筋海軍や悪の海賊達に思考が染まってきていることに気付いてない。

 

「あ、結構残ってるね……ねェ、君。私とイーストブルーで会ったことなんか無いよね?」

 

「クー?」

 

「……よし、多分君は違う」

 

 ニュース・クーの首からぶら下がっている鞄の中身を見てから、メルは試すような眼差しで彼にそう問いかけ見詰めるが、何を言ってるのか分からないと首を傾げられる。

 

 そんなニュース・クーの人間じみた態度に疑問を抱くことなく、メルはさっさとプライベート用の小さな財布を取り出して、新聞を購入するためのベリーを手に取る。

 

「一部、チョーダイ。足を止めたお詫びとして、その新聞買ってあげるよ」

 

「クー!!」

 

 色々とよく分からないことばかりを口にする小娘だが、客になるなら別だとばかりにニュース・クーはありったけの愛嬌を込めてその長い首を振る。

 

 それらしい建前をメルは言っているが、彼女の本音はただその新聞に載っている漫画が読みたいだけである。

 

 だが、そうとも知らないニュース・クーの鞄から一部新聞を抜き取って、代金をついでにメルは入れて上げた。

 

『買ってくれてありがとう!』と敬礼をしたニュース・クーを機嫌よくメルは見送って、さぁ読んでやろうじゃないかと新聞を開く。

 

 

 世界経済新聞と銘打っているだけあって経済情報が多く記されているが、世界的な歌手や王族のゴシップ情報も合間合間に載っている。

 

 ジジィが危惧していた海軍万歳的なコラムもあれば、世界政府を称える記者による苛立ちしか募らない特集もあったが、メルが思っていた以上に新聞には各地の情報が載っていた。

 

 しかも、街の掲示板に貼られている指名手配書も数枚新聞には挟まっていた。

 

 また会いたくない人間の数が増えると、メルは目を細めてその指名手配書を眺めていたのだが、その中に何人か見知った人間が紛れ込んでおり、つい口の端を引き攣らせる。

 

「うわァ、ラブを預けている間にあの人達は一体何をしたのかなー?」

 

 まだ駆け出しのルーキーに紛れて入っていたマルコとジョズ、ハルタの指名手配書にぐぬぬぬとメルは唸る。

 

恐らくは、元から指名手配はされているだろう彼ら。

何かをやらかして懸賞金の額が跳ね上がり、再発行されたのだろうと考えれば自然と額へと手が伸びていた。

 

「……副業で海賊になってもいいって言ったけども、指名手配されるのは別だからね、ラブ」

 

 いつかラブも指名手配されるのではないかと、密かにそんな危惧を抱いたメルは全ての指名手配書をぐしゃぐしゃと丸めて、そのまま海に放り捨てようと考えるも、タバコのポイ捨て厳禁!とジジィに注意しまくってるせいで思いとどまってしまう。

 

 そして、メルは結局、己の中にいる天使に屈服したこともあって、その丸めた指名手配書をショルダーバッグに乱暴に突っ込んで、楽しい漫画でも読もうと元々の本題を思い出す。

 

 何処にあるんだろうと新聞をペラペラと捲っていたら、一番最後の紙面にその漫画は小さく載っていた。

 

 前回のあらすじまでご丁寧に載せられているので、それを読んでから本編に目を通すメル。

 

 ───その後、続きが気になるじゃんかー!!と喚く子供の声を3キロ先にいるとある海賊は聞いたという。

 

 

 

 

 




あー、とうとうジェルマまで手を出したなー貴様の賀楽多屋です。

とうとう始まります、W7編! わーい、絶対トムズワーカーズ以外は出したくないよー。

まだ皆集まっていないから、動物園状態でもないでしょうし。多分、集まっていない……。

ちなみにジェルマはレイジュ様フアンです。
他の兄弟も好きだけど、やっぱりレイジュ様は格別。


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こんな時に来るんじゃねェ!

 水上都市、W7(ウォーターセブン)

 

 島の急な斜面に何棟もの家々が建ち並び、その頂上からは塔ほどもありそうな噴水が据え置かれている風光明媚な観光都市だ。

 

 離れた陸同士を等間隔に繋ぐ洒脱なデザインの橋の下を潜り抜けるのは、海王類の背中に取り付けられたゴンドラだ。

 

のんびりと橋の下をくぐっていくゴンドラ───ヤガラブルに乗っているのは観光客だけではないらしく、地元の住人達も活用しているようだ。

 

この水路が何本も張り巡らされている水上都市の欠かせない足ということなのだろう。

 

 

 そして、造船業が盛んなことで名を馳せている島だが実は芸術都市とも名高く、街ゆく人々の中には奇抜な髪型や服装を纏った者もいる。

 

豪奢な仮面を祭りの日ではないのに被っている者もいれば、真四角いアフロヘアーの女が往来を闊歩する。

 

有名なファッションショーのステージでも歩いているような優雅な足取りでこの街の女達が歩いている様を見下ろしているのは、デッキブラシに乗った一人の少女だ。

 

「わおー、なんかキラキラしい街ー!」

 

 普段通りの仕事着の黒のワンピースに、お下げ頭の如何にも田舎者といった装いの少女が、興奮して頬を紅潮させている。

 

彼女がほかの人間と明らかに違うところは、空飛ぶデッキブラシに跨っているところだ。

 

風光明媚なW7の上を、遠慮なしに飛び回るさまは正に異様。

 

しかし、何処か昔話に出てくる魔女を彷彿とさせるその姿は、非日常の象徴のようにも見えるのかもしれない。

 

 そんな少女───メルは片手で世界経済新聞を握り締め、物珍しそうに噴水の周りを周回する。

 

メルがあちこちへと楽しそうに目を向けている様は、ちょっと微笑ましい光景にも見える。

 

「これが噂に聞くW7! ドレスローザも素敵な所だったけど、此処も素敵そうだなー」

 

 ほんの少し前に訪れた花と情熱とパンの国であるドレスローザと比べても、全く遜色無いとメルは斜面に居並ぶ家々の屋根をなぞるように飛び越えていく。

 

 その際に、ベランダで洗濯を干していた壮年の女性と目が合ったので、メルは挨拶も込めて片手を上げた。

 

「ハロー! 良い街ですねー!」

 

「え!? アンタ、空を飛んで……!?」

 

 但し、メルの住んでいる街の住人達のように人が空を飛ぶ現象には慣れていないようで、女性は顎を落として驚く。

 

 洗濯物を持ったまま固まっている女性をメルは通り超えて、下へと落ちていく水路を辿りながら、依頼書で目的地の住所を確認する。

 

「確か、トムズワーカーズだったよね。んー、もしかして町外れにあるかな。地図を見た感じ」

 

 そこそこ大きな造船会社なので、看板の一つや二つは出ているだろうから上から見渡せば分かるだろうとメルは高を括っていたのだが、家を出る前にジジィからストップを掛けられたのだ。

 

『あの都市は、結構入り組んでるんだよ。見たら分かると思うけど、実は地盤沈下で年々島自体が海に沈んでいてねェ。そこで、どんどん上へ上へと家を建てるものだから一年経つとそもそもの都市の形自体が変わってしまってることなんてザラにあるんだよ。ってなワケで、もしかしたらもう場所自体も変わってるかもしれないけど、一応あの会社がどの辺にあるかを書いた地図を渡しておくね』

 

 最近、無性に優しさが振り切れているらしいジジィから渡されたその地図に目を凝らして、メルはデッキブラシの高度を上げる。

 

 確かにジジィの言う通りに、海の底に沈んでいる建物の群を発見したメルはこの都市が抱える災害の問題の大きさをよくよく目のあたりにした。

 

 そして、都市全体を囲う巨人よりも高い頑強な外壁に打ち付けられる海にかなり危ない均衡の上で成り立っている水上都市なんだと実感する。

 

「はー、なんていうか本当に凄い街だね。或る意味、この街の壮麗さは破滅の美みたいなものにも彩られているのかも……。形あるものは壊れるからこそ、美しい───だったかな」

 

 昔、読んだ本にそんなことが書いてあったと目を眇めていると、地図の通りの場所にトムズワーカーズの看板が立てられた造船工場が見えた。

 

 街の外れと言うよりかは、街そのものから離れているようなそこにメルはデッキブラシの柄を向ける。

 

 ───ジジィの知人に会うなんて初めてだ。どんな人達なんだろう?

 

 メルは今回の依頼を受けて、初めて行く水上都市に心を踊らせていたが、それ以外にも浮き足立っている理由があった。

 

 それが、ジジィの知り合いに会えるということ。

 

 これまで、約八年ほど一緒に衣食住を共にしてきたジジィの知り合いは、あの街の住人しか彼女は見たことがない。

 

 詰まるところ、メルの知っているジジィと親交のある人々だけしかメルは会ったことがなった。

 

 だが、今回の依頼をしてきた造船会社の社長はどうやら、メルがジジィと暮らすより以前に彼と親交のあった人物のようだ。

 

 ───めちゃくちゃ気になるよねー。しかも、ジジィが悪い人じゃないって言うからには本当に良い人なんだろうし。

 

 これは、ジジィの過去をほんの少しだけ垣間見ても良いよって神様が言ってるに違いない。

 

 勿論、詳しいあれこれはメルが成人した時に酒のつまみにしながら聞く予定だが、少しのつまみ食いくらいは許されるだろう。

 

 メルはそんな算段を心中で立てて、つい口元に意地の悪い弧を描く。

 

 

 まさか、そこで仕組まれた再会を果たした挙句に、大層な目に遭うことなどメルはまったくもって考え及ばず、メルは期待に胸をふくらませてばかりいた。

 

 

 ☆☆☆

 

 その日の造船会社───トムズワーカーズの造船場でも、ある男の怒声が響き渡っていた。

 

「ンマー! お前はまたこんな危ない物ばっかり造りやがって……! その辺に放置するなっていつも言ってるだろ!!」

 

 作業をするからと頭にタオルを巻いて、熱が篭もりやすい造船場で体調を崩さないためにタンクトップ一枚とかなりラフな格好をしているその男は、目元を強ばらせて本日も弟弟子を怒っていた。

 

「あーう! そう怒るなよ、バカバーグ。お前は船を造ってるってェのにつくづくロマンが分かんねェ男だな」

 

「誰がバカバーグだッ!? 相変わらず、海パン一丁でウロウロしやがって」

 

 兄弟子がふんすと怒っているのは、一向に懲りた様子も見せない海パンとアロハシャツだけを身にまとった弟弟子である。

 

 如何にW7が海上都市と言えども、海パン一枚でその辺を彷徨く変態はこの男しかいない。

 

 二人が毎度の如くお互いにメンチを切りあってバチバチに火花を散らし合っている様を尻目に、他の従業員達淡々と作業を進めていく。

 

 弟弟子が武器だらけの軍艦やガリオン船を造り、得意気に披露するのも毎度のこと。

 

 そして、兄弟子がそんな危機感の欠片のない弟弟子に雷を落とすのも毎度のこと。

 

 終いにはお互いに強情者だから、意見は譲らねェとばかりに膠着状態に陥ることすら毎度のことなのだ。

 

 驚く程に変わらない二人の関係に呆れも通り越して、今では大層微笑ましい光景のように従業員には思えてくるのだから慣れっていうのは恐ろしい。

 

「だっはっはっ!! お前ら、またじゃれ合ってんのか」

 

「ゲロゲロー!」

 

 そんな二人を止めに、社長が奥からのっしのっしと歩いて現れるのも毎度のことである。

 

 傍らに褌をつけ、何故か髪がある大きな蛙を従えてお出ましになったこのトムズワーカーズの社長───トムが二人の背中を荒っぽく叩いて気持ち良さげに大笑している。

 

 しかし、二人はそんなトムの言い分が理解出来ないと声を上げて、互いに糾弾するために指を指しあった。

 

「「ちげぇよ! この分からず屋が!」」

 

 だが、何処までも息がぴったりな二人にトムの笑い声は止まらない。

 

 眦に涙を浮かべて、いつまでたっても飽きもせずにこの様式美を繰り返す二人に、トムとて他の従業員同様に微笑ましさを抱いていた。

 

「仲がいいのは結構だ。なァ、ヨコヅナ」

 

「ゲロゲロ!」

 

 

 そこらの大男よりも大きいこのトムは、地上ではあまり見ることの無い魚人族だ。兄弟子同様、白髪をバンダナで纏めており、上から軽く羽織っている上着が身の丈に合ってないようで今にもはち切れそうだ。

 

「それより、アイスバーグ。アイツらの船は粗方、見終えたか」

 

 弟子同士で仲を深め合っているのもいいがと言いたそうにトムが目をむけたのは、赤いドラゴンを模した船首が特徴的なガリオン船だ。

 

 赤い眼帯をした髑髏と、その背後で交わる双剣が描かれた海賊旗(ジョリーロジャー)から、この船が海賊船であることが分かる。

 

「ああ。だが、やっぱり前に発注した特注品が届かねェと作業が進まない。正直、早くあの連中を出港させたいんだが」

 

「あーう! 確か、トムさんの昔の仲間だったか」

 

「そうだ。だからこそ、今のトムさんにとっては余り有難くない客だ。もうすぐ、裁判が開かれるっつーこんな時に……」

 

「仕方がねェさ。形あるものはいつか壊れる運命にある。だが、コイツはまだまだ仲間と他の海を渡りてェみたいだな。見ろ、致命傷ばかりはなんとか免れてんだろ。よっぽど、大事にされてるみてェだな」

 

 トムは、この世界で一番の腕を持つ船大工であると言えるだろう。

 

 造船業で盛り立ててきたこのW7で、右に出るものがいないと言われるほどの技術をトムは保有しているのだから、この見立ては間違いない。

 

 仕事柄、様々な船を造り、修理し、時には海へと水葬することもあるトムはやはり船が好きであった。

 

「分かってるさ、船に罪は無い。絶対直してみせるよ。トムさん」

 

「おー!この船! スーパーな砲台が乗ってんじゃねェか!? 」

 

「ンマー!お前はまたそんなもんばかりに興味を示しやがって!」

 

 兄弟子ことアイスバーグが、トムに言われるまでもないとこの船の修理に気合を入れ直している傍で、いつの間にか海賊船の近くまで行っていた弟弟子──フランキーに再度声を荒らげる。

 

 目をキラキラとさせて、備え付けられている砲台に熱視線を向けているフランキーにコイツはなんでこんなに物騒なものばかりに興味が引かれるのだろうとアイスバーグは思うばかりである。

 

「ウチの(やつ)を気に入ってもらえたようで何よりだ」

 

 そんなふうにして、トムズワーカーズの社員達が賑やかに騒いでいると、それを聞きつけたらしいこの船の持ち主が造船場内に現れたようだ。

 

 海には不似合いな漆黒のマントを潮風に靡かせて、颯爽とその場に足音を響かせたその男は、人懐っこそうな表情を浮かべている。

 

「だっはっはっ! こんな所まで酒でも探しに来たのか、シャンクス」

 

 元々、船の持ち主と知り合いであるトムが愉快そうに声を掛ける。

 

 それを受けてシャンクスと呼ばれた男もさらに目元を緩め、「いや、どこまで修理が進んでいるのかが気になってな」とトムの隣まで言いながらやってくる。

 

「必要最低限は終わったってところだな。だが、それもイーストブルーぐらいを航海するのであれば、だ。このグランドラインには、まだまだ出せねェ」

 

「まさか、この船の螺なんかがそんな特殊なモンだとは思わなかった。ま、良い女には手間暇が掛かるように、良い船にも掛かるってことだな」

 

「分かってんじゃねェか。お前のコレは、良い船だぜ」

 

「そりゃそうだ。なんたってオレが選んだ船なんだからな」

 

 だっはっはっ!とトムとシャンクスが笑いあってる傍で、ヨコヅナも楽しそうにちょっと出ている蛙腹を揺らしてゲロゲロー!と笑っている。

 

 旧知の仲を再び温め直している二人を、アイスバーグは喉に小骨が引っかかったような顔で見詰め、フランキーはそんなことより船だと何故か甲板上にまで侵入しており。

 

 それぞれが様々な思惑で行動している中、このトムズワーカーの造船場の空から突如、声が降ってきた。

 

「トムズワーカーズさーん! お届けものですー!」

 

 突如、上空から降りてきたのは少女の可憐な声だ。

 

 何故、こんな粗野な場所で少女の声が聞こえてくるのだろうとトムズワーカーズの従業員達が顔を上げる。

 

 トムもアイスバーグも、フランキーでさえ、不思議そうな顔つきで空を見上げる中、シャンクスだけが声の正体に向かって柔らかく笑いかける。

 

「やっと来たか……小さな友達が」

 

 彼女が久しぶりの再会を果たすまで、もう幾許もない。

 

 

 




そんな訳で、非常に敏感にならざるを得ないこの時期に奴らがW7にやって来ています。

アイスバーグはヒヤヒヤ、フランキーはあーう!、ヨコヅナはゲロゲロー!、トムさんはだっはっはっ!、シャンクスもだっはっはっ!

アイスバーグはきっと泣いていい。

この話を書くにあたって色々とまた見直しましたが、フランキーの過去もそう言えばえげつなかったなーと思い出しました。

W7編から政治色が近代化してきて、とても楽しいです。





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裏で糸を引いていたのはお前か!?

突発的(不定期)前書き連載No.3『元天竜人の意地を見よ』

イゾウ「じゃあ、新歓も佳境に入ってきた頃合いで恒例のアレだ!」

マルコ「(結局、ラブの奴は何をすることにしたんだよい)」

サッチ「(さぁな? 最近、かなり切羽詰まった顔をしていたが、今日は妙に晴れやかな顔をしていたから、良いものが見つかったんじゃねェか)」

甲板に ティーチが ズルズルと 古びたオルガンを 押してくる

ビスタ「ほほぉ、アレは倉庫にずっと眠っていたオルガンか」

ティーチ「(ま、そう気を張るな。オレは楽しみにしてるぜ)」

ラブ「(ありがとう、ティーチ。今日は、お前も楽しんでくれ)」

ラブは オルガンに腰掛けると 巧みな指使いで 曲を奏でていく

マルコ「おっ!? これは……」

サッチ「いいねェ、宴にはピッタリだ」

白ひげ「グララララ、いい音色じゃねェか」

皆「ビンクスの酒を〜届けに行くよ〜」

ラブは 新人歓迎会の試練を クリアした!


 漸く見つけたトムズワーカーズの造船工場。

 

 外の作業場には赤いドラゴンの船首をしたガリオン船が係留してあり、作業服やタンクトップ、中にはアロハシャツ姿の男達が工具を片手に群がっていた。

 

 あくせくと動き回っている彼らは、恐らくトムズワーカーズの従業員だろう。

 

 船を修理しているところなんて初めて見るなと、メルがしげしげそのガリオン船を眺めていると、その帆柱に掲げられた海賊旗(ジョリーロジャー)を見て、目元をつい引くつかせることになった。

 

 ───うわー、まさかの海賊船の修理だ……。もしや、アウトローな会社じゃないよね?

 

 過ぎる嫌な予感にデッキブラシの柄を握る手に力が入るが、いやいやと思い直す。

 

 此処は、あのジジィのお墨付きがある。

 結構人の好き嫌いがハッキリしている黒猫が悪い奴じゃないと言ったのだ。

 

 たとえ海賊相手に商売していようとも、その当人もアウトローな質をしていると考えるのは浅はかだ。

 

 ───私だって、海賊相手に商売してるしね。金だけの関係って割り切ってることだってあるある!

 

 よし、心は決まったとばかりにメルはいつもの到着を知らせる台詞を下にいる従業員達に向かって叫んだ。

 

「トムズワーカーズさんー! お届けものでーす!」

 

 メルの叫び声に促されるように、地上にいる作業員達が何事だと謂わんばかりに作業している手や足を止めて、顔を上げる。

 

 そして、ふよふよと自分達の上でデッキブラシに跨っている少女を見つけて、皆一様にして目玉と舌を飛び出させた。

 

「「「お、女の子が空を飛んでる──!!?」」」

 

 しかも、指を差して騒いでいる従業員もいる始末だ。

 

 つい最近では、あの白ひげ海賊団も似たような反応をしていたので、もしかしたらこの世界中の誰もが、空を飛ぶメルを見たら似たりよったりな反応をするのかもしれない。

 

 今日は体調も万全で、W7の壮麗さに心奪われて機嫌のいいメルが皆の驚きに応えるように笑顔付きで片手を上げる。

 

「ハーイ、デッキブラシの宅急便です」

 

 おまけとばかりにウインクまで付けるあたり、かなりメルは上機嫌だ。

 

 きっと、W7に着くまでに読んだ世界経済新聞もメルの機嫌の良さに拍車をかけていることだろう───正確には、そこに連載されていた漫画なのだが。

 

 

「あーう! スーパーにイカした登場じゃねェか! 滾るねェ」

 

 そしてえらく巻き舌が上手い男の声が、メルが危惧している海賊船の甲板の方から聞こえてきた。

 

 空を飛べることをこんな風に褒めてもらえることなどあまりないので、メルはその人物に興味が出たらしい。

 

 そちらの方へとデッキブラシを繰りながら下降していく彼女の前に、ひょっこりと現れたのは海パンを履き、アロハシャツを肌蹴させながら着用している特徴的な髪型をした男だ。

 

 あのマルコとタメを張れるぐらいにすんごい髪型をしているとメルが思うのも束の間で、彼女は男の全身を認識するとキャッと可憐に悲鳴を上げて、顔を両手で覆った。

 

「こ、この人ッ! 全然服を着てないじゃん!?」

 

 とても男に履いているパンツの柄を聞き廻り、挙句の果てにはパンツそのものを見せてもらった少女の言い分には思えないことをメルは言う。

 

 野郎ばかりのトムズワーカーズで働いているフランキーは、あまりに初心なその反応に「あーん?」と首を傾げている。

 

 どうもメルの反応に会得がいかないようで「モラルは守ってるぞ」と己の海パンを指さしているが、それは()()()()()のモラルであることを彼は自覚していないようだ。

 

 そんな二人のやり取りを見て、アイスバーグはとても叫びたかった。

 

『そういうことじゃねェんだよ!!』と。

 

 海パンを指さして、何の問題があるのだと下まつ毛の長い迫力ある目で問われたメルは、指の隙間から目を覗かせてはっきりと言ってやる。

 

「ジジィが言ってたの。肌色の多い男には気をつけろって! そういう奴らは総じて変態だから、あんまり近づいちゃだめなんだって!」

 

「あーう! 確かにオレは変態だな。ああ、オレは変態だとも!」

 

「……変態ってそんなに誇らしげなことだったっけ?」

 

 何故か変態と言われて、自信満々に胸を張っているフランキーにメルの中の常識が崩壊しようとしている。

 

「え? 変態って実は凄いの? そもそも変態ってなんだっけ」とどツボにハマりつつあるメルを見て、アイスバーグは哀れみの目でしか見ることが出来なかった。

 

 しかし、そんな憐憫抱くアイスバーグの目前で顔を見る見る間に赤くさせて、頬を膨らませている嫌な大人達がいる。

 

 そうして、時間をかけずに「プッ」と空気が抜けるような音が続いたかと思えば、あの問題の海賊船の持ち主が眦に涙を浮かべて爆笑し始めた。

 

「だっはっはっ! いやー、相変わらず面白ェな、メルは。ルフィと同じくらいオレを楽しませる才能がある」

 

「お前ェの呼んだ娘っ子はえらく愉快な質じゃねェか、だっはっはっ!」

 

 しかも、我らが社長トムまでシャンクスにつられて爆笑している。元々、笑い上戸であるが、顔を真っ赤にしてまで笑うのは滅多にないことだ。

 

 子供相手に大人気ない、とアイスバーグ以外の従業員も思い始めた頃、ひゅんと彼等の前で風を切ったような音がして、次いでふわりと前髪が浮き立った。

 

 まるで、隼が目前を飛んで行ったかのような風の軌跡を感じて、前を何かに横切られた男達が目を点にしていると「ぐわァアアア」とシャンクスの悲鳴が上がり、どさりと地に伏せるような音が続く。

 

 何が起こったのかとそちらを見れば、おでこに真っ赤な小さな足跡を付けて床に仰向けで転がっているシャンクスが居た。

 

 その姿は、とてもこの広大な海で名を馳せている海賊には見えない。もし、此処にシャンクスに憧れるイーストブルーの麦藁少年がいたら、やっぱりオレ海軍になろうかと前言撤回しそうな程に、無様な光景である。

 

「アー、ジメンニチャクチシヨートオモッタラ、ナンカブツカッチャッタ」

 

 テヘペロと悪びれもなく、シャンクスを一向に見ずにトムにそう言ってのけたメルは、デッキブラシから件の荷物を外して「はい」と彼に差し出す。

 

「貴方が此処の社長さんですよね? じじ……オーナーから此処の社長さんは魚人だって伺っているので」

 

「あ、嗚呼。ご苦労だったな」

 

「いえいえ。これが私の仕事ですから」

 

 きゅぴんと音がつきそうな程のサムズアップをトムにキメて見せて、やはりまだ地面に寝っ転がっているシャンクスには、一瞥もメルはくれてやらない。

 

 ───赤髪のシャンクスと言えば、あの海賊王のクルーだったと言われてるほどの傑物だぞ……。

 

 従業員の胸中には皆同じような感想が去来しているのだが、如何せん海賊王に対しての感情が一般の市民よりも薄いメルにしてみれば、だからなんだと言うようなものだ。

 

 確かに海賊王の偉業や彼が開幕させた大航海時代の余波をメルはそこそこ受けている。

 

 しかし海賊よりも、魔女の血を引くメルには、恐れているものがこの世界には他にも山とあるのだ。

 

 そう思えば、海賊なんて近寄らなければあまり害がないだけにまだマシと言える。

 

 流石に白ひげクラスになれば話は違ってくるが、赤髪(シャンクス)はまだこの時、海賊王のクルーであったという肩書きしかない。

 

 懸賞金はかなりの額になっているが、メルはシャンクスの成した偉業も、それこそ実力とて耳にしていないので彼の扱いがかなり雑なものであった。

 

「イッテテテ……。おい、メル。オレはお前の足場じゃねェぞ」

 

「あら、ごめんなさい、シャンクスさん。悪気はなかったんだよ?」

 

 実際は悪気しかないのだが、ジジィ譲りのポーカーフェイスでいけしゃあしゃあとメルは宣う。

 

 流石に海賊相手にこんなことをしてのけたらタダじゃ済まないだろうと、外野にいるトムズワーカーズの従業員達は肝を冷やしているのだが、シャンクスはそんな彼らの考えを裏切るように柔和な笑みを浮かべて「次からは気をつけてくれよ」と注意するのみだ。

 

 しかも、「メル、ちょっと背が伸びたんじゃねェか」と彼女のお下げ頭をわしゃわしゃと撫でている。

 

 その二人の様子は、完全にイベントぐらいでしか会わない親族の伯父と姪のそれで、不覚にも和んでしまいそうな一場面であった。

 

 シャンクスに撫でられて嫌そうな顔をしているメルが、より一層伯父に構われて嫌がる姪らしく、それっぽくなっている。

 

「なんでW7のトムズワーカーズさんから依頼が来たんだろうって思ってたけど、黒幕はシャンクスさんだったんだね」

 

「なんだ、黒幕って。オレはただ、仕事の早い配達屋がいないものかと頭を悩ませている友達にメルを紹介しただけだぜ」

 

「ウチの住所はルフィくんに渡した名刺から割れたとして……でも電伝虫の番号まで分かるはずが無いんだけどなー。どこから、嗅ぎとったの?」

 

「オレの仲間は優秀だからな」

 

 ジト目でシャンクスに疑問に思っていたことを投げ掛けてみるも、いい具合いにはぐらかされてしまった。

 

 なんで、W7に来てまでこの男と遭遇しなければならないのだと頭を振るメルの心中を察する気もない彼は「ちょっと女らしくもなったんじゃないか」とまだ親戚の伯父みたいなことを言い続けている。

 

 デリカシーのなさも相変わらずみたいで、メルは近くに大きな裁判所もあるからセクハラで訴えてやろうかとも考えた。

 

「えらくそのメルだったか───その子を気に入ってんだな」

 

 メルが弁護士をどうしようかとまで飛躍したことに思い悩んでいると、シャンクスの隣で二人のやり取りを興味深そうに見ていたトムが話に入ってきた。

 

 メルにしてみれば「とんでもない事を言わないでください!」と叫びたいところなのだが、当のシャンクスが寸分の猶予もなく「ああ」と頷いたものだから彼女は頭を抱える。

 

 ───いつ! どのタイミングで! 私はこんな失礼の塊の海賊に気に入られたんだ!?

 

「コイツ、面白いだろ。デッキブラシで世界を飛び回ってるのも面白いが、何より中身がぶっ飛んでいる」

 

「それ、シャンクスさんにだけは言われたくないんですけど。私みたいな子供と本気で友達になりたがった貴方にだけは……」

 

「何でだ? オレはメルを面白いと思って友達にしただけだが」

 

 それ以上にどんな理由が必要なんだ?───と本気で言ってるらしいシャンクスの真摯な眼差しで射抜かれて、メルはついぐぬぬと口を噤ませる。

 

 メルはどうにもシャンクスのこの目が苦手だ。

 

 冬の夜空みたいな真っ暗なあの目を見ていると、自分の意見が途端にあやふやと空中で分解しそうになるのだ。

 

 トムは、メルの悔しそうにシャンクスを見上げている様に口角を上げた。

 

 この子はとんでもない胆力を持った子だと、メルの竜骨よりも太いかもしれない図太い精神をトムは垣間見たのだ。

 

 例えシャンクスがひょろひょろとした優男を気取っていたとしても、ここまで散々に彼をこき下ろせる少女は、世界ひろしといえども他にはいない。

 

 それこそよっぽどの命知らずか、鈍感か───或いは世間知らずか。

 

 トムが太い指で顎を撫でながら、口惜しそうにシャンクスを見上げているメルを観察していると、そこへいつの間にかシャンクスの船から下船していたフランキーがぬっとメル達の間に割って入っていた。

 

「なーなー、イカした嬢ちゃんよォ。手前の空を飛ぶのは悪魔の実の能力か?」

 

 指を不自然にワキワキさせて、メルにずずいとその大きな顔で迫るフランキーは傍から見れば格好が格好だけに、ただの変質者にしか見えない。

 

 メルもジジィの教育の賜物で、裸に近い格好をしている男には忌避感があるのか顔を遠慮なく逸らして、フランキーから適切な距離を取ろうと努力していた。

 

「それは企業秘密ですー。もしかしたら悪魔の実による能力かもしれないし、このデッキブラシがスーパーテクノロジーの塊なのかもしれないしー」

 

 一部の察しのいい人間以外には、こうやってのらりくらりと魔女の能力のことを告げずに躱しているメルであるのだが、しかし今回は相手が悪かった。

 

 ()()()()()()()()()()の部分に反応したフランキーが、その迫力ある目に星屑を浮かべてデッキブラシに熱視線を送っている。

 

 やっべ、選んだ言葉が悪かったとメルが察した頃には、フランキーが「あーう! スーパーデッキブラシなのか!? 」と今にでもメルが肩に掛けているデッキブラシに触れたそうな手つきでまたまた迫ってくる。

 

 三十六計逃げるに如かず───ってどっかの兵法書で読んだ気がするとメルは脱兎のごとく、フランキーから身を翻して逃げると、そのまま風を呼び込んで横着にもデッキブラシの柄に両手でぶら下がったまま空を飛ぶ。

 

 ブラブラとラジオと一緒に揺られながら、どんどん上昇していくメルに「ンマー!? 危ない!!」とアイスバーグが悲鳴を上げ、メルに逃げられたフランキーは「スーパーイカしてるぜ!!」と益々顔周りに星を飛ばしている有様だ。

 

「あの変態も面白ェなァ。トムのところの従業員じゃなかったら仲間にしてェ所だ」

 

「いや、アイツはまだまだだ。まだ他所様に出せるほど腕が仕上がっちゃいねェ……ただ、ロマンを理解してる奴だから、良い船大工にはなるだろうが」

 

「そうか。それは楽しみだな」

 

 シャンクスはフランキーまでもお気に召したようだが、師匠であるトムが苦笑いを浮かべて首を横に振る。

 

 だが、将来は良い船大工になるだろうと告げるトムの横顔は親愛に溢れていて、シャンクスはそんなトムに胸の中が暖かくなるようであった。

 

 そして、トムはそのままふよふよと帰ってしまいそうな気配のあるメルを呼び戻すために口の横に手を当てて叫ぶ。

 

「おーい、嬢ちゃん。そのまま帰ってもらってもいいんだが、支払いがまだだぞー!」

 

「ゲロゲロー!!」

 

 ヨコヅナもトムと同じようなことを叫んでいるのか、メルに両手を振って戻ってこいというような仕草をしている。

 

 そう言えば、今回の依頼は電伝虫からだったと思い出したメルは、代金を回収するために渡されていた継ぎ接ぎだらけの財布が入っているショルダーバッグに触れて、いそいそと下降を始める。

 

 あの守銭奴のジジィに、代金を回収するのを忘れたなんて言ったら大目玉を食らわせられるだろう。

 

 最近、幾ら妙に優しいとはいえこの失態だけは許されないに決まっている。

 

 それに、せっかく良くなってきている我が家の食事事情を考えればそんな下手打つようなことは出来そうにもなかった。

 

 

 




思いもよらない再会は、シャンクスでした。

シャンクスは心の中に五歳児と三十路の自分を飼っているんじゃないかと思います。

私の中では、隠し子いるんじゃないか説第一位のシャンクスさんですが、はてさてその辺どうなんでしょう?

そう言えば、某ドラゴンさんはインペルダウンやそれこそW7で隠し子がいた事をバラされていましたね。いつかドラゴンの話も読んでみたいものです。


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新しい時代とやらへ、片腕と麦わら帽子の分は頑張ってよね

今日は三月九日です。
フランキー、シャンクス、ミホークの誕生日でございます。
奇しくも、今回のお話はこの中の二人がメインでしたのでプレゼントとして三本続けて更新させてもらいました。

Happy birthday!! Have a nice day!!

ミホークも多分、いつか出演してもらう予定です。





 トムは代金を支払うために、メルをドックの事務所スペースへと案内した。

 

 事務所スペースと言えども、三角定規やトンカチなど諸々の工具が散らばっているそこは、書き物も満足に出来なさそうな状態だ。

 

 メルは床に散らばっている設計図を踏まないように気をつけて歩き、何故か後ろからついてくるシャンクスもそんなメルに倣って慎重な足取りで進む。

 

 アイスバーグとフランキーは、メルが届けた特注の品々を使って早速作業に取り掛かるようだ。足場をテキパキと組み立ててるアイスバーグの傍で、フランキーが工具の詰まったウエストポーチを締めていた。

 

 あの仕事を手伝わないことで有名な不良弟子であるフランキーが今回の仕事に乗り気なのは、レッドフォース号の砲台がいたく気に入ったかららしい。

 

 そんな兄弟子と弟弟子に「取り敢えず、任せたぞ」とトムは声を掛けてから、代金を支払おうとドックの中まで来たのだが、如何せん金庫をどこに置いたかの記憶が無いらしい。

 

「ココロー! この前、金庫を何処に移動させたか覚えとるかー!?」

 

 タオルバンダナの上から髪を搔いて、困った困ったとトムが誰かを呼びつける。

 

 すると、ドックの別の部屋からなかなかインパクトある顔つきのおば様が姿を現した。

 

「今日は折角の休みだって言うのに……」

 

 しかも、そのおば様の出現と共に香るのは濃い酒精だ。

 どうやら、この女性。昼間から酒を煽っているみたいだと、メルが鼻をすんすんさせていると、酒には目がないシャンクスが「いい匂いだ」と目をうっとりさせている。

 

「トムさん、金庫ならこの前、その隠し壁の裏側に設置したばっかだろ」

 

 ビシッとココロと呼ばれたおば様が指した壁をトムが「そうだったか」と言いながら押してみると、壁がからくり屋敷の物のようにひっくり返って、ダイヤル式の金庫が出現する。

 

 その見事なからくり具合に、メルとシャンクスが「おー!」と感心したような声を上げて拍手する。

 

 流石、造船会社の事務所と言うべきか。

 たとえ、金庫一つを置くにしても大層な仕掛けを施さなければならないらしい。

 

 二人の反応に気を良くしたらしいココロが「んがががが!」と酒焼けでもしているのか、かなりチャーミングな笑い声を響かせている。

 

「なかなか面白ェ客人を連れて来たねェ、トムさん。もしや、そこの赤い髪の小僧が昔の仲間かい?」

 

「そうだ。なかなかの男前だろ」

 

「フン。まだまだ尻の蒼そうな小僧だ。優男は生憎、好みじゃなくてな」

 

 おおー! あの顔だけで人を誑かしてそうなシャンクスをこうも一蹴するとはあの人もよく分かってるー! とココロへの好感度を爆上げしているメルの隣で、けちょんけちょんに言われたシャンクスはと言えば、だっはっはっ!と笑っている。

 

「確かに、トムに比べたらオレなんかまだまだだな。その内、アンタを唸らせるような良い男になってみせるさ」

 

「……なかなか気構えだけは立派なようだな。んがががが!」

 

「嬢ちゃん、シャンクス。紹介が遅れちまったが、コイツはウチの美人秘書のココロだ。覚えてやってくれ」

 

 トムに紹介されながらも、景気良さそうな笑い声を轟かせているココロを見てメルはゴクリと喉を鳴らす。

 

 この人が、W7の美の権化。

 島が違えば、文化も違うとよく偉大なる航路(グランドライン)では言われているが、確かにその通りのようだ。

 

 メルの知っている美人とココロは少々掛け離れているが、彼女の立ち振る舞いは正しく海に選ばれた良い女にも見える。

 

 粗野な言葉を使っていても、酒精を撒き散らしていようとも、気品の残り香が漂うこの女性にメルはグッと片拳を作った。

 

 ───これが俗に言う淑女かー。私には到底、なれそうにもないなー。

 

 どうやら、メルはココロを女性のお手本にすることにしたらしい。

 彼女が人魚だということも知らずに直ぐに選択した点からして、そこそこメルの鼻は利くようだ。

 

 グランドラインの隅っこから使い魔の『いや、その淑女は目指さないでくれ!』と決死な叫びが聞こえてきそうだが、メルの耳に残念ながら入っていない模様。

 

 そうこうしている内にトムが金庫を開け、代金を支払おうとベリーの札束を数えている中、メルはそういえばと声を掛ける。

 

「あの、螺とかを作った工場からも請求が来てます。ですので、向こうの分の代金も受け取りますね」

 

 今回は運送代と発注代が全て電伝虫によって行われたので、その諸々の代金の支払いが後払いという形になっていた。

 

 そのため荷物を受け取った工場からも、トムズワーカーズから代金を受け取って来てくれとメルは頼まれていた。

 彼女はこれぐらいのアフターケアは勿論ですよと請負って、ちゃんとその伝票まで貰っていた。

 

 メルはショルダーバッグから工場の発注伝票を取り出して、トムに差し出す。

 

 トムもトムで、工場への支払いに頭を悩ませていたらしく、これは渡りに船とばかりにメルにその分の代金も託すことにした。

 

「それにしても、嬢ちゃん。運送代だが、本当にそんだけでいいのか? 配達速度を考えるともうちぃと上げてもいいんじゃねェか?」

 

 よもや、こんな大きな会社の社長から代金をもう少し値上げしてもいいんじゃないかと打診されるとは思わず、メルは目を丸くしてしまう。

 

 だが、トムも軽い気持ちで言った訳じゃないようで「嬢ちゃんのその技術はこの世界には二つと無いものだ。その有用性をあまり安売りするんじゃねェ」と真剣な顔で忠告してくる。

 

 メルはデッキブラシを抱え直しながら、トムの台詞を噛み砕いて脳に浸透させた。

 

 ───ジジィ、やっぱりこの人、すっごくいい人だよ。まだちょっとしか会ってない私にこんな嬉しいことを言ってくれるの。

 

 たとえ、シャンクスの無理やり繋げた縁だとしても、トムとの縁が繋がって良かったとメルは心底感謝する。

 

 そう、デリカシーの欠けらも無い、笑ってばかりで、子供相手にも本気でからかってくる、この大人気ないオジサン(メルから見れば)が繋げた縁だとしても。

 

 因みに、メルの会いたくない人ランキングで、マグマ人間と氷人間の次の次くらいにシャンクスはランクインしているのだが、恐らくこの人物はそれを知ってなお、余計にメルに会おうとしてくることだろう。

 

「ありがとう、トムさん。でも、この料金も一応考えての設定なんですよ」

 

「ん? そうなのか」とメルの言を聞いて、器用に眉根をトムは跳ね上げる。

 

 それにメルはニコニコとした笑顔で首肯して、人差し指を立てる。

 

「私、まだまだ子供じゃないですか。だから、それを考慮して低い信頼度を補うために料金はちょっと低めに設定してます───よって、私が十二歳くらいになったらその料金も徐々に上がっていきますからね。これは、所謂子供料金なんです」

 

 へへへと楽しそうにそう語るメルには、偏屈さだとかそういうものは一切感じられない。

 

 大人になったら搾り取ってやるからなという意気込みさえ彼女の言葉の端々から感じられ、その少女の逞しさに大人達はほほうと声を上げる。

 

「だから、そうなる前に『デッキブラシの宅急便』を沢山ご利用することをオススメしますよ。私のことをとても買ってくださるなら、融資ということでチップも受け取っています。弾んで頂けたら、結構融通しますよ」

 

 にかりと白い歯を見せて、堂々と自分を売り込んでくる様は並の商人にも劣らない図々しさだ。あのシャンクスを散々にコケにしてみせるのだから、その肝の太さは大層なものに違いないのだが、いやはやここまでのものとは。

 

 この子供の恐ろしいポイントは、まだ齢一桁でこういう所業をしてみせる所だと思い知る。

 

 シャンクスがああも高く評価しているわけが漸く分かった気がすると、トムは腹の底から笑い声を響かせた。

 

「その年で大したもんだ。よし、チップとやらも弾んでやろう。良かったら、これからもウチの依頼を受けてくれよな」

 

「ヤッター! ありがとうございます! これで、明日も箪笥貯金の残高を気にせず世界経済新聞を買えます!!」

 

 ───超有望な顧客ゲットだよ! もしかしたら、ガープさん並みのお得意先になるかも……!

 

 表の声も裏の声も全てメルの本音だ。子供らしい純粋な喜びと老獪さに塗れた打算的な喜びが混ぜ合わさっているが、そんなことには気付かずにトムが不思議そうな顔つきになる。

 

「……世界経済新聞? こんな小せェのにそんな小難しいものを読んでるのか」

 

 フランキーの野郎にも聞かせてやりたい話だなとトムがボヤいている。

 

 シャンクスもメルの喜びように目元を緩めていたのだが、それよりも台詞の内容が気になったようで小首を傾げた。

 

「そういや、此処に来た時も新聞握りしめてたな。そんなにそれは面白いのか」

 

 そのシャンクスの発言にメルは目を光らせる。

 

 メルの目は言っていた───これの面白さを聞いてくるなんて……!

 

 彼女の頭の中で、押してはいけないスイッチがカチッと鳴る音がした。

 

「いやいや、面白いなんてもんじゃないよ!? 次回はジェルマブルーによって街全体を人質に取られたソラが、どうやって街を救うかの回だよ!! 麗しのジェルマピンクも暗躍する回だって書いてあるし、これは読むっきゃないよ!!!」

 

 放った言葉は取り消せない───。

 

 メルはつい、シャンクスの疑問によって引きずり出されたあの漫画への熱い感想を口に出してから、ハッとよく動き回った口元を慌てて抑え込んだ。

 

 それから、己がとんでもない失態をしでかしたのだと瞬時に察してメルの顔から徐々に血の気が引いていく。

 

 ───一番、バレたくない奴に言っちゃったァァアアア!!?

 

 もし、メルが新聞の子供向け漫画にハマってるなんて知ったら、このデリカシーの無い心は五歳児なシャンクスのことだ。鬼の首を取ったような顔をして、散々にメルを嬲ってくるに違いない。

 

 タラタラと顔中から冷や汗を流して、徐々にシャンクスの口の端がひん曲がっていく様を眺めるメルは思った───あ、これ完全に終わった。

 

「なんだ、小娘も“海の戦士ソラ”にハマっているのかい」

 

 しかし、そんな絶体絶命なメルに救いの手を差し伸べたのは美人秘書のココロである。慈悲深き御尊顔で「ウチの連中も、あれにハマってる奴は多くてねェ」と言うココロがメルには仏のように見えた。

 

「そう言えば、そうだったな。そこの本棚に色々とあったか」

 

 トムも思い出したかのような口ぶりでココロの後に付け足す。

 

 トムとココロの顔が向いた方にメルも顔を向けると、そこには様々な雑誌や漫画、偶に真面目そうな船に関する専門書が混じっている本棚が鎮座していた。

 

 しかし、メルの節穴ではない目がちゃんとお目当てのものを発見する。

 

「え……あれって、単行本になってるの!?」

 

 なんと、メルがハマりにハマっているあの漫画の単行本がズラリと取り揃えられていたのだ。

 

 しかも、本棚のあちこちにはソラが乗っている巨大ロボや敵のガルーダのシールがぺたぺたと貼られていた。まるで子供部屋にある本棚のような有様だと思いつつもメルは一目散に本棚の前へと駆け寄って、一巻目を手に取る。

 

「うわー! 絵が今のとちょっと違う!!」

 

 どうやらメルが熱を上げているあの漫画はそこそこ長く連載しているようで、メルが丁寧に折りたたんでショルダーバッグに仕舞っている新聞に載っていた漫画の物と少々絵柄が違っていた。

 

 主人公の顔もかなりシャープだ。

 敵のジェルマ66も、今の姿の物よりも雑魚感が半端ない。

 

「へェ、メルは今コレにハマってるのか」

 

 思いもよらなかった単行本との出会いで、すっかりシャンクスが居たことを忘れていたメルは、肩越しから覗いてくるシャンクスにもうすぐで舌を打ちそうになる。

 

「そんなに気に入ったなら見ていきな。アイツらも同士が増えたと喜ぶだろ」

 

 ココロの粋な計らいに、メルは涙すら出てきそうだった。この淑女に一生ついて行きたいとメルが心に決めている中、メルの片手を取って器用にシャンクスは漫画を読み進めている。

 

「あー! ちょっ!? シャンクスさん! 私もまだ読んでないんだよ!!」

 

「待て、今、良いところだ」

 

 ───この人、あんなに人を馬鹿にする気満々の顔をしていた割には、すっごく真剣な顔をして漫画を読み進めているんですけど。

 

 

 メルの呆気に取られた視線も物ともせず、黙々とメルの両手で器用に頁を捲っているシャンクスに段々と腹が立ってくる。

 

 だが、それと同時に自分の片手だけに重ねられたシャンクスの手に、メルはやっぱりと己の中で転がっていたある疑問が、この瞬間にとうとう確信へと変わった。

 

「シャンクスさん。もう片方の手は、どうしたんですか」

 

 マントに隠れていることもあって、最初は全く気づかなかった。

 

 立っている時の体の重心も、五体満足の人間と寸分変わらない様子なので、そのふと擡げた疑問も気の迷いかとメルはドックの外にいた時に一度は一蹴したのである。

 

 だが、片手しか添えられない彼の手と、体を密着させたことで得た違和感によって、その一蹴した疑問も確信に変えざるを得なかったのだ。

 

 ───片腕をこの人はどこかで失くしてきている、のだと。

 

 メルの固い声での質問に、漫画に夢中になっているらしいシャンクスは「ん?」と気の無い返事をしたが、彼女に腹を肘で小突かれて漫画を読み進めるのを渋々中止する。

 

 そして、「あー、もう片方の腕だったか」と漸くまともに答える気になったらしいシャンクスがそう口にしながら漫画から顔を上げて、メルの顔を上から覗き込んできた。

 

 メルは息を呑む。

 

 あの苦手なシャンクスの双眸が、不思議なくらいに優しさを帯びていた。

 こんなにも目で気持ちを物語る人を、メルは初めて見た。

 

「新しい時代に懸けてきた」

 

 そう言えば、と彼女はシャンクスの頭上を見上げる。

 

 フーシャ村で会った時は被っていた麦わら帽子。

 今の彼は、そのトレードマークの赤髪を惜しみなく晒していて、首にすら引っ掛けていない。

 

 片腕と共にその麦わら帽子も、彼が言うように()()()()()()()()()()()のだろうか。

 

「全然、後悔してないんだね。失くしたの」

 

 シャンクスのその目を見返しながら、メルは彼から感じたことをそのままに口にする。

 

 普通ならば、自分の体の一部を失くした人間はこんなにも穏やかな表情でそのことを話すことは出来ないだろう。

 

 しかも、失くしてからまだ然程時間も経っていないのだ。

 まだ、その喪失感に心かき乱されていても全く可笑しくない。

 

 それなのに、この男は「ああ」となんて事ないような声音で肯定するのだ。

 

 ───やっぱり……変な人。腕を失くして絶対、色々不便なはずなのに。海賊の船長なんだから、きっと無くて不味いって思う場面が沢山あるのに。

 

 それなのに、どうしてこんなにも凪いだ海のように彼は話せるのだろうか。

 

 メルはシャンクスとこれ以上、顔を見合わせていられる気がしなくて彼の顎を強引に押し上げた。

 

「痛い痛い」と何か言っているが無視だと、メルはモヤモヤとした気持ちを持て余しながら、手元に開いていた漫画の頁をよっと最初へと戻す。

 

 そんなメルの暴挙に、「ああッ!?」とシャンクスが絶望的な声を上げているが、構うものか。

 

 どうせ、シャンクスが読み進めていたところまでまた頁を進めることになるのだ。その頁にメルが辿り着くまで、大人なら少し待っていて欲しいものである。

 

 そうして、二人はとうとうその場に座り込んで、二人羽織の姿勢で漫画を静かに読み始めた。

 

 二人共、今年一番の真面目な顔をして漫画に読み耽っている。

 

 窓から差し込む光が段々と橙を帯びてきて、そんな二人に降り掛かるのだが没頭しているでどちらも気づく気配がない。

 

 

 暫くして、船長の長い不在にとうとう業を煮やしたらしいベックマンがドックにまで乗り込んできて二人の下へとやってきたのだが、そのあんまりな光景に目を擦った。

 

「オレは夢でも見ているのか」

 

「いや、夢じゃねェよ」

 

 ベックマンの背後からひょいっと現れたヤソップは、未だに見ているものが信じられないと目を瞬いている彼とは違い、やれやれと見ているものを受け入れて肩を竦める。

 

「お頭が、子供好きなのは彼処で嫌ってほど知っただろ。まァ、今回は別の物にも夢中になったみてェだがな」

 

「……はァ。此処の社長以外には舟を看せたくねェと駄々を捏ね。ここは、この船が生まれた場所と違ェから素材が揃わなくて直せねェかもしれないと言えば、メルに届けさせればいいと癇癪を起こし。無理を通して来てみれば、何だかんだと船にとって最善の修理を施してもらえた……嫌になるな、本当に」

 

「頭ん中、どうなってるんだろうなァ」

 

 ベックマンが指折りシャンクスの諸々の所行を数えてみせるが、どの道最善の結果を生み出しているのだと結論を出してまたやるせなく溜息を吐く。

 

 そんな彼をヤソップは肩を叩いて励まし、そろそろ宴の用意でもするかと明るい声を出した。

 

「もう少しでまた海に戻れるんだ。パァーっとやろうぜ、パァーっとよォ」

 

 

 

 

 

 

 




初代美人秘書、ココロさんの登場です☆

カリファさんも、その次の天才子供秘書も勿論素敵なのですが、やっぱりココロさんに敵う秘書はいないと思ってしまいます。

今思えば、カリファさんを採用したアイスバーグさんに何割が顔採用だったのか聞いてみたいです。

アイスバーグさんは絶対助平。多分、フランキーよりもそれらしく変態だと勝手に思っています。アイスバーグさんの部屋からエロ本見つけて、パウリーが悲鳴を上げる話をいつか書いてみたい。

麦わら一味とか最悪の世代の過去回で出てくる師匠的なキャラって何で皆さんこんなに素敵なんでしょうね。

あの残虐な裁判シーンを見ると、パンダ野郎に怒りがふつふつ沸いてくるのですが、コーヒーが熱くて吹き出してるところ見ちゃうと不覚にも許してしまう……!

ワンピースのドジキャラって、なんでこんなに可愛いの!?


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スーパー滾るぜェ!

★バリバリの文化系ですので、船についての知識は完全に付け焼き刃です。あと、レッドフォース号をガリオン船にランク上げしました。


 メルが運んでくれた部品を使って、今日出来る作業を全て終えたアイスバーグは社長に出来栄えを確認してもらうために、彼を探してドック内を歩き回っていた。

 

「ンマー。トムさん、どこに行っちまったんだ……」

 

 あと半年内に彼の裁判が開かれることもあって、海列車の仕上げをトムズワーカーズの皆で行っていたのだが、そんな折にやってきたのが今にも沈みそうな船に乗った赤髪海賊団であった。

 

 社長のトムは己も今、大変な状況に陥っているというのにも関わらず旧友の頼み事を断れなかったようで、社員達が難色を示す中、皆を説得して回った。

 

 トム自らに頼まれてしまえば、それ以上言い連ねることも出来ない社員達は結局、その旧友の船とやらをとっとと直して、その後すぐに海列車の開発に勤しめばいいと結論を出し、今日も急ピッチで出来る限りの仕事を仕上げた。

 

 その旧友というのが、あの海賊王の元クルーだという赤髪のシャンクスなのだから、それこそ今すぐにでも出航して欲しいのが本音だ。

 

 善良なトムが裁判なんてけったいなものに掛けられるのも海賊王の船を造ってしまったからで、海賊王の偉業の手助けをしたと咎められてのことである。

 

 最悪、死刑も有り得るその裁判の結果を何とか覆したくてこれまでも頑張ってきたのに、此処に来て奴らに全てをおじゃんにされては敵わない。

 

 アイスバーグはどんどん早まっていく足で、次々とドック内の扉を開けて回り、その過程で事務所のスペースまでやってきた。

 

 そして、そこで彼は世にも奇妙な光景を見ることになる。

 

「はァー……ジェルマピンク、なんでこんなにカッコイイんだろ……。毒を使って相手を貶めたかと思えば、時にその毒を吸い出して助けてくれるミステリアスなお姉様……。素敵すぎる……!!」

 

「まァ、ボインなジェルマピンクも素敵だと認めよう。だが、真に格好いいのはソラのロボだ! 見ろ、メル! この全方位をカバー出来る隙のない戦闘ぶりを!! これこそ男のロマンだ!!」

 

「シャンクスさん……貴方もジェルマピンクによく視線が移っていたから同士だと思ってたのにまさかのそこか!? そういう女の人のお胸ばっかり見てる人のことをなんて言うか知ってる!? オッパイ星人って言うんだよ!!」

 

「男は皆そんなもんだ。ったく、これだからはガキは……」

 

「そもそも、女の人のおっぱいを見て何が楽しいの?」

 

「男のロマンさ」

 

 件の赤髪海賊団の船長が足の間に女の子を座らせて、女性の胸について語り始めている。これは完全に事案ではないだろうか。

 

「男のロマンって、変なのー」と段々と投げやりになっているメルに、「ガキには分からねェよ」と(かぶり)を振って、片手を天に見せるようなアクションを取っているシャンクスを見ているアイスバーグの目が、徐々に冷たさを帯びていく。

 

 悪い人物でないことは、ここ二日の滞在でよくよく分かってはいたもののこんな光景を見せられてしまえばその評価も揺らいでくる。

 

 フランキーとは違う種類の変態かもしれない───とアイスバーグが腕を組んだところで、彼の視線に気付いたらしいメルがシャンクスの肩越しから首と顔だけを見せた。

 

「あれ、トムズワーカーズの社員さんがこっち見てる」

 

「本当だな。何か用でもあるのか?」

 

 メルの発言に促されるように、シャンクスもアイスバーグへと振り返って、どうかしたのかと言うように問い掛けてくる。

 

 オレの方が何事だと聞きたい───とアイスバーグは思いながらも、当初の予定を思い出して何処かへ行ってしまったトムの行方について二人に尋ねる。

 

「トム? メルに代金を支払ってから見てねェな」

 

「ココロさんとどっかに行っちゃったもんね」

 

「嗚呼、もしかしたら二人で一杯やってるのかもな」

 

 二人によると、あの美人秘書のココロも大分前にこの場に居たらしい。

 

 最近の彼女による豆豆しい働きによって少し事務仕事が一段落ついたので、今日は確かトム直々にココロに休みを言い渡していた筈なのだが、恐らくは何か困ったことが起きて呼びつけたのだろう。

 

 休日はよく酒を嗜んでいるココロのことだから、酒精を巻き散らして此処に来たのだろうとアイスバーグは考えて、口元を溜息を抑える為に手で覆う。

 

 あまりシャンクスの意見に賛同したくはないのだが、トムとて海の男である。酒の匂いを嗅いで、じっとしていられる性分ではない。

 

 ドック内を歩き回っている間に、シャンクスの仲間たちが宴だなんだと騒いでいたのも見ていたので、その線が大分濃厚になりつつある。

 

「あッ! もう、すっかりこんな時間じゃん! そろそろ帰らないとジジィにどやされる」

 

 すると、窓の方を見て時間を知ったらしいメルがヤバイヤバイと声を荒らげているのが聞こえた。

 

「なんだ、今日は泊まっていかないのか」

 

「お泊まりはよっぽどの事がない限りは駄目なんだよねー。まだ私が小さいからって」

 

「厳しいお家なんだな」

 

 世界を飛び回っているような商売をしている割には、ごく普通のお家ルールに縛られているらしいメルに、アイスバーグはついしっかりとした親御さんに育てられているんだなと胸中で感想を漏らす。

 

 いつトムに弟子入りしたかも覚えていない頃から、アイスバーグは此処で働いている。

 

 弟弟子のフランキーも十歳の頃に海賊だったらしい両親に捨てられ、トムに拾われ此処へとやってきた。

 

 だからこそ、真っ当な両親に育てられているメルを新鮮に感じる。

 

 まだふくふくとした頬をして、顔から落っこちそうな程に大きな目を持つその少女は、その幼い外見からは不似合いな程にしっかりとしているから、てっきりアイスバーグはあの子も親無しなのだとばかり思っていたのだが。

 

 シャンクスの足元から抜け出したメルは、壁に掛けていたデッキブラシを引っ掴んで「それじゃ、帰るよ」と、二人を見渡して暇を告げる。

 

「最後にトムさんにも挨拶したかったんだけども、居ないならしょうがないや。えっと、社員さん。トムさんにまた次回もよろしくお願いしますって言っといてください」

 

「分かった。トムさんにはオレから伝えとく」

 

 アイスバーグはメルからの伝言を受け取ったと鷹揚に頷く。

 

 そして、「それから」と彼は言葉を続けて、親指を立てて自分へと向けた。

 

「オレはアイスバーグだ。これからも付き合いが続きそうだから、良ければ覚えといてくれ」

 

 ふっと口の端を引き上げて名乗る彼に、メルは一瞬虚を取られたような表情を浮かべたが、次いでにへらと微笑を繕って「うん」とピースサインをメルは作った。

 

「おっけー! なんかすっごく美味しそうな名前だから一発で覚えられたよ。アイスとハンバーグって素敵な組み合わせだね」

 

「あ、い、す、ばー、ぐだ! アイストハンバーグじゃねェからな!?」

 

 過去に同じようなことを誰かに言われたことでもあるのか、異常な程の反応を示すアイスバーグにメルはアハハハと笑い声を上げる。

 

 しかも、二人のやり取りを聞いていたらしいシャンクスも顔を真っ赤にしているのが尻目に見えてしまった。

 

 良い雰囲気だから、笑ったら悪いとでも思っているらしいあの余計なことしいの赤髪は必死に笑いを噛み殺そうと口元を手で覆っているが、指の隙間から段々と漏れてきていることには気づいてないのだろうか。

 

「分かってるよ、アイスバーグでしょ。バラ科のお花が名前の由来かな」

 

「……知ってるのか、その花を」

 

 今までトム以外には言い当てられたことのなかった名前の由来を、まさかこんな小さな子供から聞くことになるとは思い及ばず、アイスバーグは目を見張る。

 

 対して、メルは一応魔女の特許でもある薬術の関係で草花類には造詣が深いこともあり、彼の名前を聞いて一発でその花が脳裏に浮かんだのだが、ちょっと悪戯心が疼いてしまってあんなことを言ってしまった。

 

「“尊敬”が花言葉だっけ。いつか、そんな人になれたらいいね」

 

「そうだな。なれたらいいだろうな」

 

 随分と小さな配達屋に、心の奥底で眠っている自分の夢を応援されたアイスバーグはしかし、そんなに悪い気もしなかった。

 

 トムのような背中で自分の生き様を見せられるような男にいつかなりたい。

 

 ───この会社、否、W7全体からも尊敬の念を集めるようなトムのようにいつか。

 

 メルは何処か遠くを見ているアイスバーグに、「いやー、夢見る男っていいと思う。オッパイ星人より遥かにいいと思う」とシャンクスにだけよく聞こえるような独り言を呟いて、その場を後にした。

 

「メル、そいつだってそうかもしれないだろ」と心外なことをシャンクスが言っているのを聞いて、満足に自分の世界にも浸ることが出来ないアイスバーグは結局、溜息を吐くことになった。

 

 見送るつもりがあるのか、メルの背中をその男が追いかけていくのでアイスバーグもその後をついて行くことにする。

 

 ───窓から様子を伺っている影の存在にも気付かずに。

 

 三人が賑やか去っていたその場所に、窓からするりと入り込む影が二つあった。

 

「あの金庫だろうな、あるとすれば……」

 

「嗚呼、やっと見つけたぜ───プルトンの設計図をよ」

 

 黒服にサングラス、オマケにシルクハットを被った今にも夜会にでも繰り出しそうな正装姿の影達は、ニヤリと口元にふてぶてしい笑みを貼り付けて金庫が眠っているからくり壁の前へと近づいて行く。

 

 既に事は、動き始めている。

 

 血塗られた悲劇が起きるためのギミックは、もう既に仕掛けられようとしているのだ。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 シャンクスとアイスバーグ、それからフーシャ村の酒場で見たような気がする何人かの赤髪海賊団に見送られて、トムズワーカーズからメルは飛び立った。

 

「また会おうぜー! 次は、とびっきりのジュースを奢ってやるよ」

 

「メルちゃーん! 今度はゆっくりと話そうぜ! お頭ばっかりズリぃからな」

 

「ンマー、気をつけて帰るんだぞ!」

 

 色々な別れの言葉に背中を押されるように、グランドラインへと繰り出したメルは外に出て見送ってくれる全員に「ばいばーい」と片手を振る。

 

 シャンクスがまた会おうとか何とかほざいているが、今日から一年後ぐらいに会いたいものである。

 

 ───次会った時は、あの人にからかわれてもさらりと受け流せるような、それこそココロさんみたいな人になって驚かせてやるんだから。

 

 ふんすとやる気を漲らせて、やってやると意気込むメルだが、そう思うようではまだまだシャンクスに転がされ続けられることであろう。

 

「……ん? なんかえっさほっさ泳いでいる人達がいるね」

 

 ちょっと飛ばして帰らないとまた夜中に家に着く羽目になって、ジジィに怒られてしまうとメルがデッキブラシの柄に力を込めている下で、船とも呼べない簡易なボートを漕いでいる二人の男を見つけた。

 

 黒服姿のいやに目立つ格好をしたその二人組は、やけに慌てたように大きな動作で漕いでいるものだから水飛沫がバシャバシャと上がっている。

 

 ボートを漕いだことも無いのだろうか。

 あの水上都市で暮らしていたら、そんなにバシャバシャと漕いだ所で満足に前に進めないと分かっていそうなものなのに。

 

 そうやって、怪しげな二人組をメルが凝視をしていると───メルは見つけてしまった。

 

 漕いでいる一人の男の背後に、見覚えのある金庫があることに。

 

 あのドックのカラクリ壁から出現した金庫を持って、何処かへと急いでいるらしい男達にメルの目がすっと細まった。

 

「へー、盗みねェ。顧客先が泥棒に入られたっていうのは───見過ごせないかもね」

 

 メルは大きくその場でデッキブラシを旋回させて、進路方向を元来た道へと戻した。

 

 それからもう一度あの男達を見下ろして、あの調子であれば一回彼処へ行ってから戻ってきたとしても、海上でボートを漕いでいるだろうなとW7の市街地のある陸の方を確認して目測する。

 

 そして、善は急げとデッキブラシを最大限加速させて、メルは一直線にトムズワーカーズの造船所へと飛んで行った。

 

 

 メルが去ったトムズワーカーズでは、漸く見つかったらしいトムがヨコヅナを引き連れてレッドフォース号の中を隈無く確認していた。

 

 従業員達が修理を施した箇所を重心的に見回るトムからは仄かに酒精が漂っていたが、足元は存外しっかりしており、目付きも普段と全く変わりない。

 

 メルとシャンクスが言ったように、トムは先程までココロと酒盛りをしていたのだが、探し回っていたアイスバーグにとうとう捕まってしまい、今日の最終点検を頼まれてしまったのだ。

 

 明日でもいいんじゃねェかと、すっかり仕事を終えた気分でいるトムをアイスバーグと他の従業員達で押し出して、どうにかレッドフォース号まで連れてきたのである。

 

 流石に船のもとまで連れてこられたらトムも観念したようで、何処からふらりと現れたヨコヅナをお供に乗降口を上り、やるからには徹底的にとばかりに工具も使って彼は見始める。

 

 しっかりと打たれているかと槌で叩いて確認し、砲台の弛みは無いかと全身を使って僅かにも動かないかと目を光らせる。

 

「おい。甲板下層の方の物置部屋を改築して、大砲を五門増やした奴は誰だ?」

 

「あーう! オレだ。安心してくれェ、重量のことも考えてちゃんとその辺も改造しといたぜ」

 

「誰が、わざわざ、その改造工事を手伝ったと思ってんだ!?」

 

 トムがチラリとこの船の持ち主であるシャンクスの方へと顔を向けると、彼は「おー、大砲増えたのか。良かったな、ヤソップ」とあまり気にしていない様子であった。

 

 こういうことに一番目くじらを立てそうなベックマンも普通な顔をしてやり取りを聞いているので、もしかしたらアイスバーグが許可を取った上で改造したのかもしれないとまでトムは察する。

 

 ───大口径砲ばかりだったが、フランキーが勝手に付けやがった副砲で少しバランスは保てたかもしれんな。そもそも、この船が沈みかけていたのはその重量の掛かり方に問題があったって言うのもある。

 

 この船の大きな問題点は、右舷と左舷で重量のバランスが少し異なっていたことであった。

 

 海に浮かぶためには、その偏りも例え、1ベリー程の重さの違いであったとしても長く乗り続けていれば問題になってくる。

 

 そういう小さな綻びの数が増えていくと、それは繋がって、やがて大きな穴を作ることになる。

 

 もしや、他にも何か色々とつけ加えているんじゃないだろうなとトムが更に目を光らせていると、頭上から「すみませーん!」と聞き覚えのある少女の声が降り掛かってきた。

 

 本日二度目になるそれに、その場にいた全員の顔が空の方へと向けられる。

 

 果たして、そこにはやはり想像通りの少女がデッキブラシに乗って、頭上を舞っていた。

 

「あー? あの小娘、帰ったんじゃなかったのか」

 

 アイスバーグからメルは帰ったと聞かされて、スーパーテクノロジーで作られたかもしれないデッキブラシを見ることが出来なかったと盛大に悔しがっていたフランキーが、訝しげな表情を作る。

 

 その隣で、アイスバーグも不審そうにメルを見上げていた。

 

 ついさっきまで、帰るのが遅くなったら家の人に怒られると急いで帰路についたはずのメルが、どうしてまた此処に戻ってきたのかの理由が彼には思いつかないのだ。

 

 ただ、シャンクスとヤソップだけが、

 

「忘れ物でもしたのか……?」

 

「子供ってそういうのよくやるからなァ。何か置いてきちまったんじゃねェか」とのんびり話をし合っている。

 

 

 アイスバーグからしてみれば、あのしっかりした子供が到底そんなドジを踏むように思えなくて、彼等の憶測にも頷けないでいた。

 

 そんなふうにメルの再登場が地上でも騒ぎになっているのだが、彼女はトムの姿を見つけるやパチンと指を鳴らす。

 

「あ! トムさんがいる! グッドタイミング!!」

 

 そう言うや結構な角度を付けて降下してくるメルに、トムも何か渡し忘れがあったかと記憶をさらってみるが代金も全て渡してしまったのだから、それ以外にはとんと何も思いつかない。

 

 そしてレッドフォース号の甲板ぐらいまでメルが来ると、彼女は皆に聞こえる声で言った。

 

「大変なんです! さっき、トムさんが出してくれた金庫を乗せたボートをさっき見つけちゃったんです。私達が出ていったあの後に、多分泥棒に入らたんだと思います!」

 

 そのメルの火急の知らせは、陸にいる男達に驚愕を齎した。

 

「「「は─────ッ!!?」」」

 

 全く思いもよらなかった賊に忍び込まれ、その上金庫まで盗まれていたという凶報に全員が顎を落とし、目を飛び出させてまで驚く。

 

 このトムズワーカーズに押し入るような度胸を持った泥棒がいた事にも驚きだが、あのからくり壁の仕掛けを解いて金庫を盗み出したことにも驚きだ。

 

「その泥棒さん達の所まで乗せていくので、腕の立つ人は私のデッキブラシに乗ってください!」

 

 そして、畳み掛けるようにメルが全員を見渡して今から一緒に金庫を取り戻そうと言い出す始末である。

 

 超展開に次ぐ超展開の連続に、あの変態のフランキーまでが頭を抑えて固まっている。

 

 常識人のアイスバーグは勿論、規格外の事柄続きで頭に巻いていたタオルを取って、ぶんぶんと振り回していた。

 

 弟子達の随分な驚きようを見ながら、トムも頭をフル回転させる。

 

 幸いなことにあの金庫には、精々100万ベリー程しか入っていない。

 否、従業員達にとってみれば大層な話になってくるのであるが、絶対に奪われてはならないものはあの中に入っていないのだ。

 

 ───目を瞑っていられる被害では、あるか。

 

 トムとて、現状が決して騒ぎを立てて良い程、穏やかなものでは無いことくらいわかっているのだ。

 

 己の裁判まで、あと半年も無い。

 

 泥棒を追いかけてとっちめたとしても、もしかしたらトムをよく思っていない連中の良い餌になるかもしれない。

 

「よし、オレが行こう」

 

 各々、胸中では大層賑やかになっている筈だが、表面上は押し黙って密かに荒ぶっているだけであったため、その場は重たい静寂が支配していた。

 

 しかし、その静寂を斬り裂いて、メルに腕を伸ばす男が居る。

 

 片方しかない腕を伸ばして、名乗りを上げたシャンクスに誘った側であるメルが目を伏せた。

 

「シャンクスさん、相手は二人組だよ。ボートの上は結構狭いし……」

 

「メル、オレはお頭だ」

 

 とてもその体じゃあ、陸でもなく足場の不自由なボート上では立ち回ることは出来ないだろうと暗に述べるメルに、シャンクスの声音が変わる。

 

 いつも、その顔に似合った穏やかなシャンクスの声音しか聞いてこなかったメルは、初めて聞くその身も凍えるような声で言われ、身を固くする。

 

「舐めないでくれるか。賊二人ぐらい、片腕でもやって退けられるさ」

 

 メルを貫くシャンクスのその目は何処までも凪いでいるが、それは嵐の前の静けさのような不穏な色も含んでいた。

 

 赤髪が潮風に揺られて攫われてく様は、炎が轟々と燃え盛っているようにも見えて、彼の存在そのものを肥大化しているようだ。

 

「分かった」

 

 片腕が無いから連れていくのが不安だなんて、匂わすことすら彼には失礼なことであったのだ。

 

 メルは手早く自身の中にある蟠りを心の片隅へと片付けて、デッキブラシをシャンクスの方へと舵を取って急ぐ。

 

 メルの両足が地面に着いた所で、シャンクスが後ろへと乗り込んでくる。

 

「しっかりと捕まってね。私のお腹に腕を回したら、ワンピースをしっかり掴んで。遠慮なんかしないと思うけど、肉を掴むような感じでね」

 

「ああ、分かってる」

 

 メルの言う通りに、片腕で腹前へと腕を回したシャンクスはそのままメルのワンピースを鷲づかんだ。

 

 後は本人のバランス感覚によるが多分シャンクスなら、なんとかしてみせるだろうとメルは柄を両手で持って風を呼び込む。

 

「フンンンンンン!!」

 

 二人分の風を直ぐに呼ばなくてはと、気合を入れて力むメルの顔は真っ赤だ。

 

 メルの足元でワンピースが、集まった風に揺られて遊んでいる。

 シャンクスのマントも後方へと靡いていくのが、傍から見ているトムズワーカーズの従業員には印象的であった。

 

「飛べ!」

 

 メルの号令に従うように、その時一際強い風がこの場に吹き荒れる。

 

 彼女一人が飛び立つ時とは比べように無いほどの強風がこの場に舞い込み、海がさざめき、レッドフォース号に取り付けられている風車がぐるぐると回っている。

 

 ふわりと二人の足が浮いたかと思えば、メルはデッキブラシの柄を空へと向けて弾丸のように飛び出して行った。

 

 メルのワンピースがかなり捲れあがって、その下からドロワーズが姿を現しているが勿論、今回はラブが乗っている訳では無いのでそのままにしてある。

 

 シャンクスのマントもかなり上へと翻っているようで、耳元でそれがバサバサと肌蹴るような音がした。

 

「メルー! お頭をよろしく頼むぜー!」

 

「お頭、落ちるなよ」

 

 そんな二人に声援を送っているのは、ヤソップとベックマンだ。

 

「かっけェな、オイ!」と両手を振っているのがヤソップであり、煙草を口にしながらクールにキメているのがベックマンである。

 

 漸く、二人の小さくなっていく後ろ姿を見て我に返ったらしいトムが声援を送っている赤髪海賊団のクルー達に「悪ィな」と頭を下げた。

 

「ウチの厄介事に巻き込んじまった。詫びとも言えねェが、この船はキチンと直してやる」

 

「ああ、頼んだぜ。その船、お頭が気に入ってるからな」

 

 口元から紫煙を吐き出しながら、ニヤリと元々よくない人相を更に歪めてベックマンは笑う。

 

 そんなベックマンに「よし、お頭が帰ってくる前に酒が無くなったら拗ねちまうから、取りに行こうぜ」と彼の首に腕を回して、ドックの向こう側へとヤソップが連行しようとしている。

 

 何処まで行ってもマイペースな赤髪海賊団にトムは「そうしてやれ」と手を振って、また己の仕事に取り掛かるために船と向かい合った。

 

「やるぞ、ヨコヅナ。コイツァ、オレの誇りにかけてこのグランドライン一の船にしてやる」

 

「ゲロゲロー!」

 

 ヨコヅナも腕に拳を作って、任せろと仕草でやる気を示して見せる。

 

 そんな頼もしい蛙に、トムは口元を上へとひん曲げて作業に取り掛かった。

 

「あーう! スーパーだな! グレイト、いやエキセントォォオオリックッだぜ!! メルもあのシャンクスって奴も、トムさんまでオレを何処まで痺れさせやがんだ!!」

 

「……ああ、スゲェな」

 

「こうしちゃいられねェぜ! オレももう一度、トムさんが最初に書き起こしたあの船の製図を確認してくる」

 

「オレも行く!」

 

 男達と漢気に当てられて、トムの弟子達もやる気を漲らせていた。

 

 フランキーが居ても立っても居られないと、まるでメルの乗っているデッキブラシの如くその場を飛び出していくのに、アイスバーグも置いてかれ様についていく。

 

 走っていく二人の顔は、昼間に言い争っていた時とは比べようにもならないほどに、真剣な顔付きになっていて、人はそれをもしかしたら『プロの顔』と称するのかもしれない。

 

 まだまだ半人前であるトムズワーカーズの未来ある若者たちであるが、彼らの中にある船大工としての誇りが今まさに開花しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回は、一回でメルちゃんは帰りません。
でも、W7にメルを送り込んでいるジジィは今頃、家の中をぐるぐる回っていることでしょう。

本名はカティ・フラムとかいう、可愛らしいお名前をしたフランキーが今のところ、作中で一番よく出演している原作レギュラーです。

コーラが電池で、新世界編ではとうとう全身サイボーグになっている彼の変態さと変人さ、たまに覗く真人間な所が好きです。

そりゃ、あのアイスバーグとトムが思春期の時は常に傍に居たんだから、あの中では常識人の部類ですよ。

今の指名手配書は完全に人間離れしてますけどね。
それに「とうとう人間辞めやがった……」と驚いていたW7住民の扉絵がとても大好き。


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絶対に怒ったらすっごく怖いタイプ

「おおー! 海の上を飛んでみるのも面白ェな!!」

 

 目前で当の本人よりも落ちないかヒヤヒヤしているメルは、そんなシャンクスの気が抜ける台詞についガクッと肩を落とす。

 

 そのせいで、少々手元がブレてデッキブラシも傾きそうになったが自分の腹回りにある片腕の存在を思い出して、なんとか柄を元の場所に戻す。

 

 ───片腕でもバランスは保てるとは思っていたけどもさ。まぁ、こんなにも余裕綽々と乗りこなしてくれちゃって……。

 

 正直、よく乗せているジジィよりも乗せやすいと感じてしまう自分に、我ながらどうかしてるぜと頭を張っ倒したい所である。

 

 これが、凡人と天才の身体力の差か───いや、ジジィも猫なだけあってバランス力はそこそこあるのだ。

 

 ただ、この常に片腕で常人のようにバランスを保っている化け物が規格外なだけでとメルがなんとかジジィを誰かに向かって擁護している傍で、「なァ、メル。水面ギリギリまで近付けないか」とこんな時にも訳の分からん欲求してくるシャンクスに「ま、た、今度ね!」と声を張り上げる。

 

 さっきまでのシリアスさは何処へとやら。

 

 いつものお気楽シャンクスになったらしい彼は、「これなら、世界一周もあっという間だな」と海賊らしからぬことをボヤいている。

 

ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)も、メルならすぐみつけられるかもしれねェな」

 

「こんな反則技で見つかるものなの、貴方の元船長が隠したその秘宝ってのは」

 

「どうだろうなー。見つかるかもしれねェし、見つからねェかもしれないな」

 

「それって、結局どっちなの……」

 

 あやふやなことばかり言って、煙に巻かれてしまったメルは遣る瀬無い声を出す。

 

 この男のことだから、本当のことを言う気は無いだろうなと思っていたが、まさかこんなにも適当にあしらわれるとは。

 

 ───そもそも、そんな物騒な物を見つける気は無いから良いもんね。これ以上、余計なことには関わりたくないし。

 

 追い風に変わったこともあって、メルの足元まで伸びているマントを視界の端で捉えながら、彼女ははァと溜息を吐き出す。

 

 背後で無邪気に今度は近くで飛んでいる烏にちょっかいをかけようとしているシャンクスの手を抓ってから、視線を海上へと戻せば───。

 

「イッテェ!」

 

「静かに! 居たよ、泥棒さん」

 

 なかなか素敵なタイミングで声を上げてくれたものだから、メルは慌てて人差し指を口に当てて後ろへと振り返り、シャンクスにしーと注意する。

 

「手の甲が赤くなってるじゃねェか」とヒソヒソボヤくシャンクスは、それでも一応は目的を覚えてくれているようで、眼下へと視線を走らせる。

 

 そして、シャンクスも泥棒達を見つけたようで少しだけ目尻を上げた。

 

「奴らか」

 

 短く問うシャンクスにメルは小さく頷く。

 

 やはり、メルの見立通りに未だにえっちらほっちらとボートを漕いでいる二人組の泥棒。

 

 黒服にサングラス、シルクハットとかなりフォーマルな格好をしているため、正直泥棒らしからぬような気もするのだが、背後にある金庫は完全に盗品だ。

 

「このままボートまで行ってもいいの?」

 

「ああ───そのあとは、任せてくれ」

 

 シャンクスの戦闘スタイルが分からないため、見たところ狙撃手とかではないだろうから近接戦闘だろうなと思いながら声を掛けてみると、案の定想像通りの答えが返ってきた。

 

 しかも、頼りになるオマケ付きだ。

 

 シャンクスからこんな言葉を聞くことになるとは……とメルは背中をゾワゾワさせながら、デッキブラシを下降させていく。

 

 流石にあと数メートルという所で、泥棒達もメルの存在に気づいたようで一人が「おい!」とメル達を指さしてきた。

 

「女の子と、男がデッキブラシに乗ってこっちへ飛んでくるぞ!!」

 

 ただ、あまりにも信じられないような内容であったために相棒であるもう一人の男が「疲れで幻でも見てるのか」と半笑いを披露しながら、まともに取り合わない。

 

 相棒に邪険に扱われながらも、「マジだってば! お前も見ろよよ!!」とオールで漕ぐ手を止めてまで、指を振って空を男は指し続けるものだからとうとう相棒も観念したようだ。

 

 男の指差す方をサングラスを上げながら見上げた彼は、夕日をバックにして現れたメルとシャンクスに目を丸めて、口をぽかんと開けきる。

 

「な、な、なんだッ!? おめェら!!」

 

「やァ、賊ども。その後ろにある金庫を返してもらおうか」

 

 デッキブラシから軽やかにボートへ飛び移ったシャンクスは、丸腰のまま彼等と対峙する。

 

 男達は、サングラスを外してそれぞれ胸元に入れている得物へと手を伸ばし、突如夕空から現れたシャンクスに身構えた。

 

 だが、シャンクスに近い方にいた男が何かに気がついたかように「あ!?」と頓狂な声を上げる。

 

「お、お前は……あの船の船長の赤髪か!?」

 

「ほォ、オレが居ることを分かっていて盗みに入ったのか、CP(サイファーポール)

 

「なっ!?」

 

 正体を言い当てられた男達が、信じられないと固まっている。

 

 メルもその聞き覚えの組織の名前に目元を強ばらせた。

 

 緊張感が一気に最高潮へと高まるこの場であるが、シャンクスと海だけは穏やかなものである。

 

「この辺で、そんな畏まった格好をしているのは彼処くらいだからな。忍び込む時くらい変装をしたらどうだ?」

 

 しかも、世界を牛耳る世界政府の子飼いである諜報機関にこんな提言までしてみせる。

 

 世界お抱えの裏組織が海賊に泥棒の仕方を指南されるという前代未聞の有様に、彼等もとうとう沸点を超えてしまったようだ。

 

 スーツの裏側に隠していた銃をシャンクスへと勢いよく振り抜いた。

 

 だが───その刹那、彼等が引き金を引くそれよりもずっと前に、シャンクスの見の内側からは覇気が放出される。

 

 目元に影を作って、泡を吹いて倒れていく男達を見下ろすシャンクスは、先程までのんびりとやり取りしていた人物と同一とは思えない程に、纏う雰囲気をガラリと変えてその場に佇んでいる。

 

 シャンクスが何かする前に倒れていく男達をデッキブラシに跨って見ていたメルは、驚愕に目を見開き、有り得ない現象に信じられないと首を小さく振る。

 

 まるでメルが使うような魔法を使ったかのような不可思議な光景に、仕掛け人だろうシャンクスへと目を走らせる。

 

「お前らが何を考えているのかは分からねェ。だが、ただ金が欲しくて金庫を盗んだ訳じゃねェんだろ───話を聞かせてもらおうか」

 

 その声は無機質で、冷淡なものだ。

 

 ───シャンクスさんって、もしかして人間じゃないの?

 

 馬鹿な感想を漏らしていることには、メルも気付いている。

 

 もしや、これはラブや海軍達がよく使っている悪魔の実の能力なのだろうか。だから、指一本触れずに人を昏睡させることが出来たのだろうか。

 

 あれこれ考えているせいか血の巡りが悪いようで、メルの顔からは血の気が引き切っていた。顔だけに飽き足らず、指や爪先まで、何処も彼処も酷く感覚が鈍かった。

 

 デッキブラシを握っているのか、はたまた本当にそこに跨っているのかも分からないメルは、ただただシャンクスのその玲瓏とした横顔をぼんやりと眺めていた。

 

 ───これが、海賊、なんだ。

 

 無意識に生唾を飲み込んだ。

 そうしたら、喉がカラカラに乾いていることに気づいた。

 

 だけど、今シャンクスに自分の存在を知らせたくなくて、メルはこれ以上唾を飲まなかった。

 

 そんな小さな音でさえも、今の彼には聞かれたくなかったのだ。

 

「メル」

 

 しかし、現実とは無情なものだ。

 

 メルがどれほどその存在を薄くしていたとしても、彼はあの声音のままで彼女の名を呼ぶ。

 

「な、に?」

 

 なんとか返事する声を上擦ったものにはしないようにと、努めて声を出したが若干震えてしまったような気がする。

 

 シャンクスは怯えているメルに気付いていないのか───気付いていたとしても無視しているのか、その事を咎めずに彼は頼み事をした。

 

「出来ればで良いんだ。この船を、トムズワーカーズまでそのデッキブラシで引いて行ってくれないか? もし、無理ならば仲間をここ迄呼んできてほしい。コイツらを連れ帰りたくてね」

 

 どうして金庫だけを持って帰って、終了ではいけないのか───そんなことは、彼等がCPであることを考えれば推し量れることだ。

 

 メルのシックス・センスが騒いだ。

 

 あのドレスローザの一件以来は静かにしていた筈なのに、今回も凄く嫌な予感がする。

 

 ───ううん、あの時以上に胸騒ぎがする。なんだか、このまま放っていたら誰かの運命が厄災に包まれるような、そんな嫌な予感。

 

 メルはショルダーバッグからロープを取り出して、ボートの先端とデッキブラシの柄にそれを括り付ける。

 

 簡単には取れないように縛ったところで顔を上げると、シャンクスがいつものあの気の抜けるような笑顔を浮かべて、メルを見下ろしていた。

 

 メルはその笑顔がどうもさっきからずっと見たくて、堪らなかった気がする。

 

 なんだかメルまで気が抜けてきて、ついへにゃりとだらしなく表情を緩め、胸の奥がぎゅうと引き締まるのをやり過ごす。

 

 あのシャンクスも、シャンクスだってことはメルも分かっている。

 

 それでも、メルはこっちのデリカシーがなくて、大人気もなくて、オッパイ星人のシャンクスの方がずっと好ましいのだ。

 

「お手柄だね。ちゃんと取り返せたから、トムさん達喜んでくれるかな」

 

「勿論だ。帰ったら、奴に良いものを食わせてもらおうな」

 

 歯を見せて、「もしかしたら、取り返せなかったかもしれねェ金だからな。景気良く使ってもらおうぜ」と悪戯っ子みたいな笑顔を貼り付けているシャンクスにメルも頷く。

 

 夕日が水平線にどっぷりと沈んでいく。

 

 辺りに帳が降りてきて、海は昼間とは違う顔を見せていた。

 

 青く透き通っていた鮮やかな水面は、夜空を今度は反射させて慎ましく飛沫を上げる。

 

 捕物を終えた二人のボートを魔女の先導を受けて、海は滑らかに運んでいく。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 メルとシャンクス、それから泥棒二人がトムズワーカーズに辿り着いたのはそれから三十分後のことであった。

 

 レッドフォース号もドック内に仕舞われたようで、外にあるのはフランキーが放置している完全武装のガリオン船や軍艦ぐらいのものだ。

 

 造船所に着いても気絶している泥棒を、デッキブラシとボートを繋いでいたロープを半分に切って、今度はそれで縛り上げる。

 

 メルの手馴れた縄術に、シャンクスが「見事なものだな」と感嘆の声を上げているが、メルとしては上手くなりたくてなったものじゃないと反論したかった。

 

 ジジィの教育の一つとしてなぜか盛り込まれていたこの縄術は、礼儀作法と同じくらい徹底的に仕込まれた。

 

 ジジィ曰く『絶対に身を助けるから』とのことで、メルとしてはそもそもそんな危ない状況に陥りたくないところなのだが、そんなメルの願望など知らぬとばかりにジジィは厳しく教えてくれた。

 

 メルの身の上では、危ない事柄事態が大手を振って向こう側からやってくるのだから、ジジィの心配も尤もなことである。

 

 しかし、メルはまだ凡人らしい人生を歩めていると勘違いしているらしく、その辺の意見については二人の間で大きな食い違いがあった。

 

「私、皆を呼んでくるよ」

 

 どうにか二人で作業場のど真ん中くらいにまで泥棒共を引っ張り上げたところで、メルはシャンクスに二人の見張りを頼み、ドックの方へと駆けていく。

 

 その役割配分にシャンクスも異議がないようで、彼は彼で泥棒の一人の腹に腰掛けて、黄昏れることにしたようであった。

 

 気絶していながらも「ぐえェ」と声を出す泥棒をシャンクスは冷たく見下ろして足を組む。

 

 そして、さっきよりかは元気になっている少女の駆けていく後ろ姿を見ながら、ふりふり背中で揺れるお下げに「あれ、引っ張りてェな」と碌でもないことを考えた。

 

 




今回は、作中で日頃から酷い扱いを受けているシャンクスが大立ち回りする回でした。

皆さんもよく知ってると思いますが、彼はやる時はやります。
物語でも超重要人物で、ルフィが海賊になった原因ですからね!

最近、『ONE PIECE Party』っていうスピンオフを見つけて何冊か見繕ってしまいました。

アレは本当に読んで欲しい。

あそこの海軍三大将の可愛さは異常です。サカズキ推しの輪よ、広がれ! いや、ボルサリーノもクザンも愛してますけど。身近にはサカズキだけ苦手な人多いので。バスターコールの時の中将サカズキ氏は、パーカー着てて本当に格好良いんだけどなぁ。

あとローと七武海もはっちゃけてて良いよね!
クロコダイルとドフラミンゴ、ミホークは人間で歳が近いから仲がいいのかな。

ただし、ローファンは注意が必要ですね。
作中ではクールキャラを脱ぎ捨てて、オチ要員になっているので情けないローが見たい人にはとってもオススメ。

ローとロシナンテが夢の中(?)で再開する話は四コマぐらいしかないけど普通に泣きました。


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CPって歩く死亡フラグだと思うの

 シャンクスと泥棒を置いて、帰ってきたことを知らせるためにドック内へと駆け込んだメルを出迎えたのは、レッドフォース号の見張り台でトンカチを握りながら大きな声で指令を出しているトムと、そんなトムに元気に返事をしながらも作業をしているトムズワーカーズの従業員達であった。

 

 そして、ドック内に隅の方では、夜になっても仕事に精を出しているトムズワーカーズをツマミにしながら赤髪海賊団達が酒を煽っているのが見えた。

 

 空き箱の上に何本もの酒瓶を並べ、空樽を椅子にしている彼らは新品のように修理されていくレッドフォース号を見て、「べっぴんさんになっていくなァ」と呑気なものである。

 

 流石、シャンクスを慕って仲間になったクルー達と言うべきだろうか。

 

 ───仕事している人の傍で、よくもこんだけ酒盛りできるなー。この人達。

 

 ゴーイングマイウェイな所が、あの船長にしてこのクルーありと、ついメルはボヤきそうになる。

 

「お、メルちゃん。帰ってきてんじゃねェか」

 

 船大工達が群がってトンカチや槌を振るっているレッドフォース号を前にして、立ち尽くしていたメルに早速気付いたのは、酒瓶を持ったまま片手を上げるヤソップである。

 

「ん? デッキブラシの嬢ちゃんが帰ってきたのかァ? お頭は?」

 

「いや、嬢ちゃんしか此処には居ねェな。おーい、メルちゃん。お頭は何処にいんだー?」

 

 ヤソップの隣で立ったまま両手にした骨付きを食らっているルゥが、メルの帰還の報せを受けて、シャンクスの所在をヤソップに尋ねる。

 

 ヤソップもルゥと同じことを思っていたようで、姿の見えないシャンクスに首を傾げていた。それから、悶々と考えていてもしょうがないからと早々に見切りをつけて、メルにそのことを尋ねる。

 

 シャンクスが居ない間に宴は決行されていたが、なんだかんだとシャンクスの様子が気になっていたらしい彼の仲間達は、金庫の奪還の有無よりも先に彼について聞いてきた。メルが思っている以上に、あの赤髪は仲間達から愛されているようである。

 

「シャンクスさんは今、外で泥棒を見張っているよー!金庫と泥棒、両方持って帰ることが出来たから、あとの処理とかそういうのをトムズワーカーズさんには頼みたいんだけど·····」

 

 そのことに気付いてちょっと心がポカポカしていたメルだが、泥棒の見張りをシャンクスに頼んでいたことを思い出して、口の横に手を当てるやこのドック内の全員に聞こえる声で用件を叫んだ。

 

 赤髪の仲間達はメルの言を受けて人相悪く笑い合っていたが、金庫を盗まれたトムズワーカーズの従業員達は皆一様に手を止めて、顰めっ面を拵えていた。

 

 甲板上で釘を咥えながら帆柱の修理にあたっていたトムも、手を止めるや昇降口から身を乗り出す。

 

「お前ェら、ワシァちっとばかし馬鹿共の所に行ってくるがサボるんじゃねェぞ」

 

 釘を咥えたまま器用に喋るトムからの命令を受けて、トムズワーカーズ達の力強い諾の声がドック内に響き渡る。

 

 勿論、その中にはフランキーやアイスバーグもいた。

 別々の場所で作業をしている兄弟子と弟弟子であるが、トムが居ない間に作業をかなり進ませておこうと意気込んでいる。

 

 性格は真反対のようにも見えるが、実際この二人は根が似た者同士なのである。

 

 トムが大きな体を振るって、甲板上から地面へとそのままダイブした。

 

 トムの体が宙を舞い、どしんと衝撃音を立てて着地する様は流れるような動きで、ついメルも呆気に取られて見惚れてしまった。

 

 口に咥えていた釘をこの段になって漸く取り除き、ポケットへとしまったトムは颯爽と外へと出ていってしまう。

 

 そんなトムに置いていかれそうになっていることに漸く気付いたメルが、「あ! 待ってください!」と追いかけていく。

 

「そろそろ、オレたちも行くか」

 

「嗚呼」

 

 先程まで、ぐびぐびと酒を煽っていたヤソップとベックマンは、既に一服ついたと手元を寂しくさせて酒樽から立ち上がる。

 

「オレは飯食ってるぜ。早く戻ってこねぇと、お頭の分も無くなるぞって言っといてくれよなァ」

 

 だはははと笑って、宴が始まってからずっと骨付き肉を食べているルゥが色付きサングラスを光らせて、早くシャンクスを連れて帰ってこいと述べる。

 

 それにヤソップが「ああ」と返事し、二人のやり取りを見ていたベックマンも口の端をニヒルげに上げる。

 

「今日は、まだ少しばかり仕事をしねェといけないかもな」

 

 今回のこの騒動に、何処までシャンクスが関わるつもりなのかは赤髪海賊団きっての才媛であるベックマンにも分からない。

 

 常に予想の斜め上を行きながら、そのまま何度も屈折してジグザグに動き回るシャンクスの考えなど分からなくて当然なのだが、その後処理を回されるのはいつも副船長であるこの男なのだ。

 

 ───平和な宴も、終わりだな。

 

 ヤソップと肩を並べて、外へと向かって緩慢に歩き始めたベックマンはそう心の中で穏やかであった二日間に別れを告げた。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 さて、シャンクスと泥棒の下へとやって来たトムとメルは、そこでシャンクスに虐められている正装姿の二人の男達という不気味な光景に遭遇することになる。

 

「司令官がスパンダムっていうパンダ野郎なのは分かった。だが、まだ言ってねェことがあるよな?」

 

「あひ·····あひゃひゃ……もう全部吐いた! 吐きました! あひゃひゃひゃはーひーッ」

 

「いや、まだだ。オレの勘まだあるって告げている」

 

 メルによって縄でぐるぐる巻きにされている二人の男達は、現在シャンクスに体を擽られていた。こちょこちょこちょと絶妙な手付きで脇腹を擽り回るシャンクスはその道のプロなのか、指の動きが傍から見ていてとてもキモイ。

 

 しかも、シャンクスの顔に貼り付いているのは完全にアウトな虐めっ子顔だ。心に五歳児を飼っている彼は、この状況を存分に楽しんでいる。

 

 顔を真っ赤にして「もう、ゆ、許してくれッ!!」と懇願しながらのたうち回る泥棒達に注ぐべき視線とは、どれが正解なのだろうか。

 

 メルは困惑を極めたような顔をして、その霰もない三人の光景を見ていた。

 

 そして、もう一人の魚人はと言えば、こちらもこちらで戸惑っていた。

 

 泥棒達の服装を見て、やはりCP(サイファーポール)が金庫を盗んだのかと会得したトムであったのだが、何故こんな摩訶不思議な状況になっているのかの説明が思いつかない。

 

 ゴール・D・ロジャーの下でクルーをしていた時から、突拍子もないことをやる小僧(シャンクス)であったが、その傾向は年を経てますます増加しているようであった。

 

 そうやって、二人仲良くこの状態の三人になんと声を掛ければ良いのか分からず、木偶の坊になっていると背後から足音が近付いてきた。

 

「やはり、こうなるか」

 

「まァ、たまには良いじゃねェか。こういう海賊らしいこと、最近全然やってなかったしなァ」

 

 メルとトムが声に促されて背後を振り返ると、ベックマンが片目を覆っていて、ヤソップがだはははと笑っている場面に鉢合わせた。

 

 二人の困惑した心中をベックマンは察しているようだが、そんなのは知るものかと謂わんばかりに「お頭」と声を掛ける。

 

「大体は、それで引き出せたのか」

 

 アヒャアヒャと笑い転げている二人の泥棒から顔を上げずに、シャンクスはベックマンの問い掛けに「ああ」と頷き、口元に掃いている笑みを深めた。

 

「コイツらの正体はCP5だ。今回金庫を盗み出したのは、その中にプルトンの設計図が入っていると勘違いしたからだ。司令を出した長官はスパンダム、どうやら五大老にプルトンの設計図を差し出す代わりに出世を確約させてるらしい」

 

「·····世界政府か」

 

「腕が鈍ってた頃合いだろ。相手に不足はねェな」

 

 シャンクスとベックマンの間で淡々と交わされている応酬に、事が赤髪海賊団にまで及びそうになっていることに気付いたトムが「待て!」とストップを掛ける。

 

「お前らにそれは関係ねェことだ。金庫を奪い返してもらったことには感謝しているが、それとこれとは別だ」

 

 これ以上、この海賊団に迷惑は掛けられないとトムが首を振る。

 

 だが、そんなトムの言葉を素直に聞き入れられるほど彼等も素直ではない。シャンクスが漸く、泥棒を擽るのを止めてその場から立ち上がった。

 

 海辺に吹く潮風に揺られて、シャンクスのマントが靡く。

 

「いや、そうでも無いんじゃねェか」

 

 先日に麦わら帽子を手放したことを忘れているようで、癖のように頭を抑えるような仕草を取るシャンクスにトムの片眉が跳ね上がる。

 

 そんなトムの怪訝な表情を確認することなく、シャンクスはトムに背を向けたまま言い放つ。

 

「お前はオレの友達だろう」

 

 それが理由になり得るのだと、シャンクスは信じて疑わない。

 なんて単純明快。なんて、簡単明瞭な理由なのだろう。

 

 これ以上の理由が要るのかと、背で語るシャンクスにトムは知らず拳を作る。

 

 ───ロジャーの意思を継いだと風の噂で聞いていたが───それは真実であったのだな。

 

 だがトムの背負っている咎を今、この時代に求められているシャンクスにまで背負わせる訳にはいかない。

 

 この老いぼれが、全てを背負ってそのまま潰えるべきなのだ。

 それが、世界の意思にもトムには思えた。

 

 旧時代の遺産は、この新時代には不似合いだ。

 

 自分が裁判で裁かれていくように、あの古代兵器もそろそろ役目を終えるべきなのかもしれない。

 

 トムは、この時をもって覚悟を決めた───プルトンの設計図を始末することを。

 

「ああ、友達だな。だが、友達だからこそ、お前のその言葉には頷けない」

 

「どういうことだ」

 

「W7を発展させることに血涙を注いできた。この目で、海列車が運行している様を見るまでは死ねぬと今日までドンとワシは足掻いてきた。それに、友達が手を貸してくれるってェのは有り難ェことだろう。だがな、ワシはもう、沈みゆく船だ。老耄の願いを若ェモンに手伝ってもらってるが、それももうあと少しのこと。これが終われば、ワシは───」

 

「トム。何の手当もされてねェ船が、沈みゆくのは当たり前じゃねェか」

 

 シャンクスの鋭い声に、トムは息を呑んだ。

 

 首だけで振り返り、トムを射貫くシャンクスの眼差しはよく研がれた刃物のように鋭い。その眼差しが、水平線をよく睨んでいたかつての船長のものとよく似ていて、トムは瞠目する。

 

「お前らしくもない。何故、沈むことに甘んじてんだ。そんな船大工に、オレは自分の船を任せたつもりはねェぞ」

 

 シャンクスの声が、言葉が、その眼差しがトムに鬼気迫るように語り掛ける。

 

 ───本当にそれでお前は良いのか、と。

 

 折角、固くした決意が一瞬にして揺らいでくる。海列車と向き合っている時、プルトンの設計図が世界政府にバレた時、あの日に司法船で判決を言い渡された時。

 

 トムは、何度も自分の最期を確認したものだ。

 

 そして、白くなった髪や昔よりも弛んだ腹回り、日に日に感じる体の衰えに無情な時間の流れを知って、ロジャー海賊団が解散した日に思いを馳せ、己の墓場を此処だと決めて。

 

 ───シャンクスの言う通りじゃねェか。ドンと構えて運命に挑むつもりだったが、いつの間にやら己の最期を受け入れていた。最悪の事態への覚悟だと言い訳しながら、心のどこかでワシはそれを望んでいたのかもしれん。

 

 ゆっくりと握っていた拳を開いて、トムは山になっていた眉間を解す。すると、己の血で真っ赤になった掌が視界に映った。

 

 とくとくと流れる鮮血を目にして、無性に腹の底から笑いが沸き起こる。

 

 嗚呼、自分はこんなにもまだ諦めたくなったのだと、トムは奥底に眠っていた自分の本心と漸く対面したのだ。

 

「だっはっはっ! こりゃ、ワシの負けだ! こんな小僧に言い負かされるとは、ワシも随分と耄碌したもんだ」

 

 トムは血塗れになった手に構わず、腹回りに腕を回して涙が出るまで笑った。

 

 笑い上戸なトムであるが、今の笑いはいつものものとは一味違う。

 

 顔の周りにかかっていた靄が漸く晴れたような、そんな気の晴れた清々しい笑い声が自分の腹底から響いてくるのだ。

 

 こんなに晴れ晴れとした気持ちは、一体いつ以来のことだろうか。

 

 爆笑というには、些かしみったれた響きのあるトムの笑い声にシャンクスは、足の向きを変えて過日の仲間へと手を伸ばす。

 

「トム、オレの手を取るか?」

 

 試す様なシャンクスの口振りにトムも挑発的に笑みを浮かべるや、足を動かして伸ばされた手をしっかりと握る。

 

 トムの血に塗れた手を気にせず、シャンクスは「任された」と歯を剥き出しにして笑うのであった。

 

 血塗れになるはずであった運命が新たな岐路を迎える。

 

 本来ならば、スパンダムの知略によってインペルダウンに送られはずであったトム。

 

 そして、彼の弟子達に大きな傷を残すはずであった未来が徐々に形を変えていく。

 

 世界的にもかなり大きな異変が今、この場で起こっているなどと露知らず、今は置物状態になっている事の発端(メル)はと言えば、二人の口からポンポン飛び出てくるとんでもない話にかなり冷や汗をかいていた。

 

 ───CP、古代兵器プルトン、世界政府·····関わったら完全にお陀仏な案件ばっかじゃん!!!

 

 ただ造船会社に荷物を届けに行ったはずなのに、なんでこんな超弩級のヤバい案件がめくるめく目の前で巻き起こっているのだろうと、胸中では既に半泣きである。

 

 海軍や海賊よりも、もっともっと出会いたくないCPがシャンクスの妙技によって笑い死にそうになっていることがとても心臓に悪い。

 

 取り敢えずもう当分はW7にも近付きたくないと、また行きたくない場所をメルは増やすのであった。

 

 

 

 

 




トムさんもトムさんなりに、フランキーやアイスバーグにプルトンの設計図を渡すまで沢山悩んだと思います。

今作では、あの名シーンを生み出す程に強いトムさんのお手伝いをシャンクスにして頂きました。

今回のW7編、本当はこんなにシャンクスが大立ち回りする感じじゃなかったはずなのに、いつの間にか主人公の座が脅かされている。

この人、本当に存在感の塊だと書いてて気付きました。一次でも二次でも時たまこういう人物に出会いますが、いやはや本当に怖い。

実はルフィ、エースもこの毛があります。
ONE PEACEの主人公格、半端なさ過ぎるよ。


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生きてるなら連絡ぐらいしやがれッ!

 トムとシャンクスが、彼ら曰く“クソッタレな”運命を前に結託した。

 

 シャンクスにこちょこちょの拷問に掛けられていた泥棒達は、漸く笑いが収まって互いにどうやってこの場を抜け出そうかと顔を見合わせたが、そんな二人に二つの影が覆い被さる。

 

 泥棒達は、ぬっと現れた二つの影に嫌な予感を抱きながらも、相手を知らねば何も出来ないと果敢にも揃って視線を上げた。

 

 そうして、二人のサングラスの向こう側にある目が見つけたものとは───。

 

「ウチが手前ェらの喧嘩を買うことになった、悪ィな」

 

「CPって、そこそこ丈夫なんだってな。久しぶりにやるから加減が下手になってるかもしれねェが、噂通りなら全部吐くまで持ってくれよ」

 

 黒髪のオールバックの男がズボンに両手を突っ込みながらかったるそうに言い、一方で前分けのドレッドヘアの男がニヤニヤと締まりのない顔で彼らを地獄に落とすような台詞をポンと告げる。

 

 泥棒達は、世界政府の子飼いと名高い諜報機関“CP”である。

 

 だからこそ、世間には出回っていない赤髪海賊団の()()()()()も彼等はよくよく存じている。

 

 ピースメインと言われているだけあって、義賊的行為が彼等の活動の半分以上を占めているが、しかし彼等とて海賊であることには間違いない。

 

 民間人にこそ手は上げていないが、歯向かってくる敵───特に彼等と仲のいい者を傷付けた連中は軒並み海の藻屑となっている。

 

 さっきまで自分達を擽っていた赤髪の船長も、あの『鷹の目』と何度も決闘をしたと他の仲間から伝え聞いたことがあった。

 

 泥棒達は縄で拘束されていたが、相棒を頼るように身を寄合う。正装姿の大の男たちが蓑虫状態で恐慌に陥っている様は見苦しくて仕様がないが、これも仕事だ。

 

「お頭ー! 飯だけでも先に食ってこいよー! ルゥに全部食われちまうぜ」

 

 シャンクスが仕事に精を出す前にルゥからの伝言を伝えておこうとヤソップは、トムとこそこそ話を詰めているらしいシャンクスの背中に声を張り上げる。

 

「おう! 食いっぱぐれるのは敵わんからなァ」

 

 そしてシャンクスは、キリの良いところまでトムと話を終えると、そろそろと亀の歩みで自分達の下から離れていく不審なメルを捕まえるべく行動に移した。

 

 

 メルはもうこれ以上、ヤバい物件に顔を突っ込みたくない。それはとても切実な彼女の願いだ。

 

 ヤソップとベックマンの二人が泥棒達の方へと行ったことを良いことに、メルはどうにか姿を眩ませようと四苦八苦していた。

 

 デッキブラシでバビューンと空を飛んで逃げていくのもいいのだが、何故かシャンクスから逃げ切れるような気がしなかったのだ。

 

 正直、もうメルの力を彼等は必要としていないのだから、「じゃあ、お疲れ様ですー」と夜空の彼方へと胸を張って消えていっても良いはずなのだが、例のシックス・センスがもっとしょうもない理由でこの場に居らされそうだと告げている。

 

 だから、メルは息を殺し、気配を消して、抜き足差し足忍び足と彼等の視界を抜け出ようと獅子奮迅していた。

 

 こんな時に、あの無音人間のラブが居てくれれば良いのにと都合のいいことを思わずにはいられない。

 

 ラブとは二日だけ、時間を共にしたくらいで、それ以降は全く会ってないため、メルにしてみれば半年以上、もう彼とは会っていないような気がする。

 

 ───元気にやってるかな。本当に指名手配なんかされなかったらいいのだけども。

 

 あの天下の白ひげ海賊団に置いてきたのだから、土台無理な話なのかもしれないが、それでもメルは願わずにはいられない。

 

 そんな風に考え事をしながら爪先立ちで歩いていたから、脇の下に手を差し込まれるという前代未聞の衝撃にメルは対応出来なかった。

 

「ひゃッ!?」

 

 視界が上昇したかと思えば、そのまま小脇に抱えられる。

 

 あまりの急展開に目をぱちくりさせていれば、だっはっはっ!と最早聞き慣れてしまった豪快な笑い声がすぐ側から聞こえてきた。

 

「メル、飯を食いに行くぞ」

 

 メルを脇に抱えて、何が愉快なのか笑い続けるシャンクスに当の彼女は顔を急激に青ざめさせていた。

 

「いやいや、なんか皆大変そうだから帰るよ。ほ、ほら子供がいたって邪魔にしかなんないじゃん」

 

「んな寂しいこと言うなよ。もうすっかり、辺りは暗いんだし今日は泊まってけって。な?」

 

「かーえーらーせーてー! 私、家に帰りたいよー」

 

「たまには、悪い子になったって罰は当たらねェさ。大人の世界って奴を見せてやる」

 

 バタバタと離してくれと懇願しているメルを物ともせずに、ドック内へと運んでいくシャンクスは完全にアウトだ。治安官がいれば、泡を食ってメルを助け出そうと駆け出すだろうその光景に、トムはおろか、ヤソップとベックマン、あとの泥棒二人組も冷めた視線を送る。

 

 クルー達は思う───いつから赤髪海賊団は、子供の誘拐まで生業にするようになったのだろうか、と。

 

「ルフィの時は、ルフィが男だってのもあってまだ見れたんだけどなァ」

 

 細まっていくヤソップの目が、アレはアカンと雄弁に告げている。

 

 ベックマンもヤソップの言外の指摘に鷹揚に頷く。

 

「嗚呼、ありゃ完全に自分の玩具だと思ってやがる。レッドフォース号を手に入れた時も日がな一日船首にかじりついていたが、それと一緒だな」

 

「メルちゃんが、ルフィと違って頭いいのがまた拍車掛けてんだろうな」

 

「·····確かにお守りしてるのは、メルって子の方だな」

 

 赤髪海賊団のクルー達は、ウチの船長が事案まっしぐら過ぎて辛いと溜息を吐きあっている足元で、泥棒達はこれから自分達の身に起きる悲喜交々を考えて、強く思うのだ。

 

 ───あの赤髪(糞野郎)の手配書に、ぺドリストって書いてやれ!!と。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 シャンクスに脇に抱えられながらドック内へと攫われたメルは、あのこじんまりとした宴スペースにあった空樽に座らされた。

 

 自分の話をひとつも聞いてくれないシャンクスに、メルは頬を膨らませて彼の顔を見ようともしない。

 

 肩に掛けているデッキブラシも、メルの怒りを汲み取っているようでブラシの毛先が怒った猫の毛のように逆立っている。

 

 流石にここまでメルがご立腹するとは思っていなかったようで、シャンクスはムシャムシャまだ骨付き肉を食らっているルゥに、「オイ、ルゥ。ジュースは何処だ?」と聞きに行く。

 

 メルのご機嫌を取ろうとジュースを探しているらしいお頭の姿に何とも思わないらしいルゥは口をもごもご動かしながら「お頭、遅かったなァ」とのんびり声を出す。

 

「ジュースなら、炭酸がそこにあったはずだぜ」

 

「ありがとう、ルゥ」

 

 ニヤニヤと可笑しそうに、シャンクスと頬を膨らませているメルを見比べて、ルゥは意味ありげに口角を上げる。

 

「お頭〜、漸く帰ってきたと思ったらまさかの女連れかよ。しかも、これまた超お冠のお嬢ちゃんじゃねェか。相変わらず、女の扱い方が下手くそだよな」

 

「本当にデッキブラシをもってんだなァ、その嬢ちゃん。それで空を飛ぶって言うんだろ。マジスゲェっつーか、夢物語みてェな話だな」

 

「お頭の趣味にはどうこう言わねェけどよ、せめて成人した女を選んでくれよなァ。こりゃ、犯罪だって」

 

 そうして、シャンクスがルゥと会話していると他のクルー達も船長のお帰りに気付いたようで、夥しい程の酒瓶を床に転がしていながらも、赤髪海賊団のクルー達がしっかりとした足取りで寄り集まってくる。

 

 しかし彼等の体から滲み出ている酒精は強烈で、メルは鼻を呻くように抑えた。

 

 そんなメルの様子に、大人達は漸く自分達が纏っている酒精に気づいたようで、全員「悪ィ悪ィ」と決まり悪気に笑っている。

 

 ルフィは酒場によくいることもあったり、そもそも鼻は良い癖に酒臭さより彼等の冒険譚の方に夢中になって酒精には頓着しなかったが、メルはそういうのは気になる質であった。

 

 ジジィも、酒よりマタタビの方を猫らしく好むので、そもそも酒自体に縁がなかったりする。

 

 そんなメルを見かね、あとルゥとシャンクスのやり取りを聞いていたのもあるのか、一人のクルーが炭酸水を綺麗なコップに注いでいるのを尻目にシャンクスは捉えた。

 

「いやァ、ちょっと無理矢理連れてきちまったからな·····嗚呼、ありがとう。メル、ほら、取り敢えず喉乾いたろ」

 

 そして、そのクルーから炭酸水を受け取って、シャンクスはメルにそのまま渡す。

 

 確かに彼の言うとおりに喉は乾いていたので、メルはシャンクスをムスッと睨みつけたまま、炭酸水がタプンタプンと揺れるコップを貰う。

 

 それを煽るように飲んで、メルは無言のままシャンクスに空になったコップを突き出した。

 

『もう一杯、頂戴』とメルから言外に告げられたシャンクスは、メルから待ちかねた応答があって顔を綻ばせる。

 

「嗚呼、待ってろ。すぐに注いでくるからな」

 

 すっかりメルの良いように転がされているシャンクスに、最初は面白がって見ていた海賊団達の目にも、段々と焦りの色が浮かび始めてくる。

 

「な、なァ。アレ、大丈夫だよな?」

 

「だ、大丈夫に決まってんだろ!? お頭は大の子供好きなんだ。お頭の好みは知ってんだろ、ボンキュッボンだ!」

 

「嗚呼、そうだったな! ボンキュッボンだ!」

 

 イエスボンキュッボン、ノーツルツルテンと頭上でハイタッチを交わしあっている大人達に、あんまり良いことで盛り上がっていないだろうなーとメルは吊りあがった眦で、どうしようもないクルー達を見上げる。

 

「·····ボンキュッボンって何だろ」

 

 ポツリと零されたメルの疑問に、ワイワイと謎のハイテンションで騒いでいたクルー達の動きがピシリと固まった。

 

 そして、皆の胸中に同じ思いが去来する

 

 ───こんなに無垢な子に手を出したら、マジで洒落になんないぜ!? お頭!!

 

 一方的に今後を本気で心配されているシャンクスは、氷もオマケしといてやろうと鼻歌を歌いながら空のコップに氷を入れている所であった。

 

 渦中のシャンクスにしてみればメルはからかった時の反応が面白いため、ルフィやバギーのような位置付けなのだが、これは相手が悪かったとしか言い様がない。

 

 男の女児への接し方は、昨今このグランドライン、否世界全体でも厳しくなっているのだ。

 

 あのマリンフォードでは、声を掛けただけでも事案になるということを恐らくシャンクスは知らないのだろうなと彼等は思う。

 

 それから、つい西の海(ウエストブルー)では子供法とか通用するのだろうかとクルー達は首を傾げてしまった。

 

 

「メル、今日はもう帰れなくなっちまったな。親御さんには、ワシから連絡しておこうか」

 

 シャンクスが氷で冷やした炭酸水をメルに献上している様を、クルー達が白い目で見ているという世も末な光景に響いたのは、トムの嗄れた気遣いの声だ。

 

 炭酸水を黙って受け取り、それをごくごく飲み干していたメルは、トムのその提案にクエッションマークを飛ばす。

 

「·····え? 連絡?」

 

「遅くなったら、親御さんが心配するんだろ。メルも今日此処に泊まるって言うのは言いづらいだろうから、ワシが代わりに言ってやろうかと思ってな」

 

 メルは一気に生気を取り戻した。

 

 今日は、恐らくこのまま一泊して明朝に此処を飛び立つことになるのだろうとメルも思っていた。

 

 如何に空を飛べると言えども、夜中の飛行がかなり危険だということを知っているので、流石にもう家に帰る意思など潰えている。

 

 だが、ジジィに生存を知らせることが出来るならしておくべきなのだ。

 いつも帰れなくなるのは、危機的状況に陥って連絡もままならないからである。

 

 しかし、今日はもうその状況を脱している。

「無事だから帰りを待たなくても良いよ」と一言だけでも言っておかないと、あのジジィのことだから下手したら徹夜しそうだしなとまで考え及んで、メルは俯けていた顔をガバりと上げた。

 

 そして、メルは一も二もなく「トムさん! 電伝虫を貸してください!」と頭を下げる。

 

 そんな親への報告もしなければならないメルを見て、クルー達のシャンクスを見る目がとうとう氷点下に達した。

 

「お頭ァ、メルはまだ子供だっていうことを忘れちゃ駄目だぜ」

 

 仕上げとばかりに事の核をついたのは、やっぱり口元から骨を飛びさせているルゥであった。

 

「オレ達とこの子は違う。それは、お頭も分かってんだろ」

 

 トムが電伝虫を持ってきてやるから待ってろと言うのを聞いて、すっかり気持ちがそっちに行ってるらしいメルはシャンクスとルゥのやり取りなどすっかり聞いていない。

 

 シャンクスが珍しく困ったように頭をかいて、ルゥから視線を逸らしているのをまさか見ることになるとは思わず、クルー達はこの天変地異もかくやという事態にアイコンタクトを取り合った。

 

 

 

 そう時間もかけずに、電伝虫を掌に置いて持ってきたトムが空箱の上に丁寧にそれを着地させる。

 

 眠たそうなやる気のない電伝虫を前にし、メルは少し気持ちを落ち着かせるように息を飲んでから、店の電伝虫に掛ける。

 

「プルプルプル·····プルプルプル·····ガチャ」

 

 電伝虫から他の電伝虫へと連絡をとっている間は、奴等は変な鳴き声を発生させる。一体、この鳴き声にはどんな意味が込められているのだろうかと少しメルは興味が湧くのだが、ジジィのかったるそうな声を聞けばそんな疑問もどっかに行った。

 

「もしもし、此方『デッキブラシの宅配便』。用件はなんでしょうか」

 

 電伝虫越しに聞くジジィの声は、とても変な感じがした。

 年齢に似合わない、変声期前の子供みたいな声をしているジジィは、そのことも実はちょっとコンプレックスに思っている。

 

 メルのオーナー兼大家は、実はかなりのコンプレックス持ちだったりするのだ。

 

 でも、電伝虫越しだとジジィのボーイソプラノも、少しだけ抑えられているような気がする。

 

 だから、メルは変な気持ちになってしまうのだろうか。

 

「ジジィ·····そのさ、もうちょっと、愛想良くしてくれない? うちの売り上げ悪いのってもしかして、それが原因とかじゃないよね」

 

 あんまりなジジィの接客態度にメルも、ついそんな諌言が口をついて出ていた。

 

「あのねェ、メル。大体、この店に掛けてくるのなんて、それこそどっかの海軍ジジィか淡々と用件だけ言ってくる面白みのない男だよォ。愛想なんか良くしたって···············め、メルゥゥウウウウッ!?」

 

 なかなかに長いノリツッコミだったが、ジジィは本当に素であれをやってのけたようだ。

 

 ガチャンと慌ただしい音が電伝虫越しにも聞こえてくる。

 

 因みに、ジジィの言う海軍ジジィはガープのことで、面白みのない男はボガードのことだ。

 

 

「ニャァアアアアッ!? メル、連絡してくるなんて何か大変なことが起きたの!? もしかして、CPに捕まったとか··········」

 

「ううん。どっちかと言うと、そっちは捕まったってよりかは捕まえたって感じ」

 

「何してるのォォオオオッ!? あんなのに手を出したら、物凄く厄介なのはメルも分かってるよね!! こんなことになるなら、やっぱりW7なんて行かせなかったら良かったよ」

 

 口惜しそうなジジィに、メルもそれは同感だとばかりに頷きそうになるが、トムが心底申し訳なさそうな顔で一人と一匹を見ているので、寸での所で思い留める。

 

 ───危ない危ない。顧客を減らしそうになったよ·····。

 

 と言うか、この場には赤髪海賊団とトムがいた事をジジィと話していることもあってすっかり忘れていたメルは、やばい話を聞かれてしまったような気がすると思いつつも、電伝虫の向こう側で錯乱しているジジィを止めるべく口を開く。

 

「あ、あのね、ジジィ。今日は、ジジィの知り合いだって言ってたトムさん所に泊まらせてもらうことになったんだ。だから、宿のことは心配しないで」

 

「·····ん? メルの親御さんはワシの知り合いなのか」

 

 そしたら、宥めようとしたジジィではなく、傍らで静かにメルとジジィのやり取りを聞いていたトムが不思議そうな顔をして口を挟んできた。

 

 メルもまさか、トムからその話をツッコまれるとは思わずにキョトンとした表情になる。

 

「え? ジジィからはそう聞いていますよ。トムさんが気の良い魚人で、会社の人達もそんなトムさんみたいに良い人だろうから、W7まで仕事をしておいでって送り出してもらったんです。あ、ジジィの話を聞くのをすっかり忘れてた·····」

 

「そうなのか。メルの会社に仕事の連絡を入れたのは、アイスバーグだから、気づかなかったな」

 

 トムはそれから、思案顔をして目を瞑ってしまった。

 

 電伝虫でメルとトムのやり取りをジジィは聞いていたらしく、電伝虫の顔付きが酷く苦々し気だ。

 

 まるで、トムにはそのことに気が付かれたくなかったのだと言いたげな表情を浮かべているジジィに、まさかこの場に赤髪海賊団達も居るとは思いもしないのでボロばかりを零していっている。

 

「·····メル、今回帰れないのもトムズワーカーズの事件があってなの?」

 

「うん」

 

「分かったよ。そっちでは、トムの言うことをよく聞いて迷惑かけないようにね。明日の晩御飯までには帰ってきたらいいから────じゃあ、トムに代わってくれる?」

 

「りょーかい。W7は流石にヤバそうだから、どっか別の島でお土産買って帰るね」

 

 次いで二人はおやすみと寝る前の挨拶を交わし合い、メルから場所を変わられたトム。

 

「アイスバーグか、フランキーにワシの家まで案内してもらえ。風呂や寝室もあの二人に聞いたら良い」

 

 あんまり夜遅くまでこの子を連れ回したら、今も若干電伝虫であるが目付きが剣呑である話相手を怒らすことになるだろうとトムは判断して、この場にある肉やおにぎりをパックに詰め込んだ。

 

 赤髪海賊団のクルー達もトムが何をしたいのかを汲み取ったらしく、パックにご飯を詰めるのを手伝い始める。

 

 メルはそれらを抱えさせてもらい、デッキブラシも器用に片手で握り締めてから、ペコりとトムと赤髪海賊団に頭を下げた。

 

「おやすみ、メル」

 

「おやすみ、良い夢を見るんだぞ」

 

 ジジィともやり取りをし始めてからは、黙々と酒を飲んでいたシャンクスがメルの頭を撫でて眠る前の挨拶を掛ける。

 

 そんなシャンクスに倣うようにトムもメルに声を掛けて、行ってこいと彼女の背中を優しく押した。

 

 他の赤髪海賊団のクルー達も口々に「おやすみなさい」と言ってくるので、メルは皆に「おやすみなさい」を返してからレッドフォース号で木屑塗れになっているフランキーとアイスバーグを呼びに行った。

 

 メルがこの場から居なくなると、赤髪海賊団のクルー達も空気を察してか伸びをしたりしてこの場を静かに去っていく。そこには、シャンクスの姿もあり、彼は片手でトムに暇を告げるや、外の方へと向かっていった。

 

 酒瓶を手にして、クルー達を引き連れ歩くシャンクスの背で揺れるマントの裾が翻っているのを眺める。

 

 恐らくは、あの泥棒達の様子を見に行ったのだろう。

 

 彼らにとってはこれからが仕事なのだろうが、その怠そうな足付きからはとても拷問に加勢する者達には見えない。

 

 トムは彼らの背中を見送るのも程々に、空箱の上で険しい顔を作っている電伝虫と対峙する。

 

 歳を重ねた分だけ散り積もった彼の記憶の中にあるらしいメルの親。

 

 一人だけ、思い当たる人物がいるにはいた。

 だが、その人物はもうこの世には居ないはずなのだ。

 

 居るとすれば、それはもう亡霊でしかない。

 

 この世に何の未練があって蘇ったのかもすら分からないその亡霊が、今は子育てをしているのだとすれば·····この世界は小説にも劣らないほどに奇妙奇天烈なことに違いない。

 

 ───だが、トムの記憶の中にいるとすれば、この電話の向こうにいる人物は彼しか有り得ない。

 

 知らず、緊張を解すように唇を舐めた。

 

「お前は───ハンゾウなのか」

 

 久しく紡いだその名は、約八年ぶりに口にしたというのに淀みなく出ててくる。

 

「··········記憶力の良い爺さんだよねェ、君も」

 

 電伝虫は否定をせずに、揶揄るような口調で応答する。

 

 トムは両手で顔を覆った。

 どうやら世界は、小説よりも奇妙奇天烈であったらしい。

 

 

 思い起こすのは、あの八年前の日。

 

 その頃からプルトンの設計図を持っていると疑われていたトムは、今よりももっと本腰入れてそれの在処を聞いてくるCPとよく舌戦を繰り広げていたものだ。

 

 そして、あの日。

 あの頃よく戦っていた諜報員ではなく、別の諜報員が取り立てにやってきたから、トムは軽く聞いたのだ。

 

『いつもの奴ァ、とうとうクビになったのか』

 

 どうせ他の任務でも入って代わりの奴が来たのだろうと思いながらも、彼等を逆撫でしたくて放った言葉。

 

 だが、その諜報員はそのトムの言葉に憤怒の形相を浮かべることも無く、無表情のままに事実を述べた。

 

『前の者は、任務を遂行出来ずに亡くなられました。これからは、本官が来ることになりますので』

 

 無機質に教えられたその事実を前に、トムはあの男の代わりにこれから来ることになったらしい男が去った後も立ち惚けていた。

 

 それから、八年が経ち───トムの前にメルという、デッキブラシで空を飛ぶ不思議な少女が現れた。

 

 そして、その少女は言う。

 

 自分の親は、トムの知り合いなのだと───。

 

「死んだんじゃなかったのか·····」

 

「残念ながらピンピンしてるよ」

 

「なんで人の親なんてやってんだ·····お前ェは、CPで猫のミンク族だろ」

 

「煩いなァ、魚人。ミンク族なのは関係ないよね」

 

 あの頃、いつもこうして減らず口ばかり叩いていたあの黒猫のミンク族が生きていた。

 

 今日は様々なことが身の上に巻き起こったが、この事実こそが今日一番の出来事だったろう。

 

「メルは、ボクが元CPってことは知らないんだ。だから、言わないで欲しい、あの子にだけは」

 

 まさか、ジジィ───ハンゾウから縋るようにお願いごとをされるとは思わず、トムは口を一文字に引き締める。

 

 トムの形相を電伝虫越しに見ているらしいハンゾウは尚もトムを説得するべく、言葉を連ねる。

 

「メルは───ううん。ボクとメルは、世界政府に追われていたことがあるんだ。彼女の一族は少し特殊でね。オハラのような末路を、彼女の一族も辿ったと思ってくれればいい。だから、あの子は世界政府の狗であるCPを毛嫌いしているんだ」

 

「·····お前が最期を遂げたと言われている任務と関係があるのか」

 

 妙に芝居上手な電伝虫が、忌々しそうに下唇を噛み締める。

 

 これ程までに相手の様子を再現することにこの虫(?)達が心血を注ぐ理由は分からないが、そのお陰でトムはハンゾウの心境をより深く理解出来る気がした。

 

「そうだよ。ボクはあの時、メルと出会ったんだ。まだほんの生まれたばかりのあの子を抱えて、世界政府から逃げ出した」

 

「だから、手前ェにCPは不似合いだっつったんだ。お前は優しすぎる·····!ワシの所で働けばいいって何度も───」

 

「え、アレって本当に勧誘してたの?」

 

「当たり前ェだろうが!」

 

 知らなかったーと腑抜けた声を出す過去の敵に、トムが重たい溜息を吐き出す。

 

 時たま抜けたところがあったが、まさかトムの引き抜きまで冗談だと勘違いしているとは思わなかった。

 

「ドンと真摯に勧誘していただろうが! アイスバーグとフランキーの奴も本気で言ってただろ!」

 

「いや、あの海パンの子はボクの生態の方に興味があっただけだと思うよ。まさか、猫じゃらしとマタタビだらけのガリオン船に放り込まれるとはあの時、思わなかったなァ」

 

 苦々しくもある、過日のトラウマにハンゾウが渋い声を出しているが、それはトムも同じであった。

 

 まだトムズワーカーズに来て二年しか経っていない頃のフランキーは、トムやアイスバーグくらいしか懐かなかった。

 

 親に捨てられたという心の傷が、大人達への反抗心に繋がったらしくよく他の従業員達に悪戯をして、彼らを困らせたものだ。

 

 そんな折に、ダークスーツをパリッと着こなして、シルクハットを小粋に被った二足歩行の黒猫がトムズワーカーズを訪れた。

 

 人間とは確実に違う大きな瞳と、小さな口元から生えている髭。

 ゆら〜りゆら〜りと気侭に揺れている尻尾を、子供がお気に召さないはずがなく。

 

「お前が来たからフランキーの奴は、まァ、今も大分可笑しな奴だが、性根は真っ当な人間になったんじゃねェのか───ワシやココロも魚人だから、彼奴にとって捨てた両親と一個も被らなかっただろうがな。それでも、子供の扱いは何倍もお前ェの方が上手かった」

 

「昔もそれについては言ったけどさ。あの海パンの子にとって、ボクはペットみたいな感覚だったと思うよ。ボクがあの子を手懐けていたようにトムには見えたかもしれないけど、それ逆だからね。アッチがボクを飼い慣らそうとしていたんだよ」

 

 指の間に煙草を挟みながら世界経済新聞を目で追うという、いつものスタイルを取りながらも、ハンゾウはカウンターの上でまだ納得してなさそうな電伝虫の表情を盗み見して、天井を仰ぐ。

 

 メルをトムの下に行かせるということは、こういうことになるだろうと分かってはいた───ただ、覚悟は足りなかったなとハンゾウは遅い自覚をする。

 

「もう、どれも時効だよ。それよりも、君の所の厄介事にメルが関わったんでしょ? その顛末を聞かせてよ」

 

 そう言って、ハンゾウが話の転換を図った頃に、ドックの鉄扉が慌ただしく開けられた。

 

 大きな音を立てて開いたこともあって、作業に没頭していた従業員達もつい顔を上げて、派手な登場をかましたその闖入者の顔を見てやろうと作業の手を止める。

 

 その闖入者とは───赤髪海賊団のクルーの一人であった。

 

「大変だッ!! あの泥棒共、エニエスロビーにいる長官にオレらが此処に滞在していることを子電伝虫でチクってやがった·····! 多分、夜が明けたら突入してくる·····!」

 

 今日は、本当に次から次へと珍事が舞い込む厄日である。

 

 満足に知人と会話することもままならない有様に、トムはレッドフォース号へと視線を飛ばす。

 

 あとどれ位で大方の修理を終えられそうかと目算をしてから「悪ィな」と電伝虫に断わりの口上を紡いだ。

 

「積もる話はまた明日でもいいか。少しばかり、ドンと急用が入った」

 

「分かったよ。明日の昼頃なら手は空いてるから」

 

 それから別れの言葉もそこそこに、トムはよっこらせと腰掛けていた空樽から立ち上がる。

 

 長いこと座っていたせいで腰が痛いと、腰を摩りながらCPの奇襲を聞いてオロオロしている従業員達に喝を飛ばす。

 

「男がカチ込まれるくらいで狼狽えんじゃねェ! 男なら、こういう時こそドンと構えな!─── お前ェらが、珍しく張り切ったせいで修理もそろそろ佳境に入ってんだろ」

 

 空気を震わせるような、その特大の叱咤に狼狽えていた従業員達も徐々に冷静になっていく。

 

「日が出る前に、レッドフォース号を出港させんぞ! 今日は寝られると思うな!!」

 

「「「おう!!」」」

 

 それぞれ工具を持って鬨の声を上げるトムズワーカーズに、報せに来た赤髪海賊団のクルーも頼りになるじゃねェかと口の端を上げて、その場から踵を返す。

 

 まだ泥棒達を絞り込んでいる己のお頭に、出航時間がかなり早まったことを伝えるべく彼はまた夜空の下を駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




シャンクスがぺドリストになりかけてますが、彼は純粋に子供が大好きなだけです。身のうちに五歳児を飼ってますからね。

ヤソップとベックマン、ルゥと赤髪海賊団も個性派揃いですよね。

ウソップの父ちゃんの鼻が長くなくて、ええっ!?と驚いたのも遠い思い出です。

そして、ベックマンって実はONE PIECE界でも随一のIQを持ってるそうです。どうしよう、彼の賢さとか書ける気が全くしないのだけども。

ルゥはお肉ずっと食べてて可愛いですよね。赤髪海賊団に入れよとルフィを誘っておいて、シャンクスにルフィが仲間になったらその一人分を此処に置いていくと言われて見事にテノヒラクルーした場面が好きです。

でも、ここの海賊って無人島漂着多いですよねー。
もしかして、ひとつなぎの大秘宝関連でしょうか。





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ドジっ子長官でいいの、世界政府




√無性に書きたくなって、こそっとでろ甘サカズキ氏を書き殴ってきました。勇気のある方だけご賞味ください。


 まだ月が夜空に上っている頃、満天の星がジュエリーボックスのように煌めいている様にほぉと感嘆の吐息を吐いて、アイスバーグは頭を覆っていたタオルを外した。

 

 月や星を照らし返して、水面を輝かせる海は昼間とは違って仄暗い。

 

 空も海も合わせ鏡のようになっていて、何処までも続く水平線が二つの境界を曖昧にしている。

 

 はァともう一度息を吐いたら、ほんのりとそれは白くて、空気中に溶けて消えてしまった。

 

 すぐ傍に海があるので、夜になると寒さが体を蝕む。

 鼻水が出そうになって上体を抱えながら啜っていると、「おい、アイスバーグ」と聞きなれた弟弟子の声が背後から聞こえてきた。

 

 アイスバーグは片眉を器用に上げて、珍しく声を掛けてくるフランキーに向き直る。

 

 こんなにも外の作業場は冷え切っているというのにも関わらず、この馬鹿な男は昼間と同じ肌蹴たアロハシャツと海パン姿だ。

 

 見ているのも寒いとアイスバーグが増々顔を顰めていると、フランキーが出航を控えたレッドフォース号に視線をやって、得意げに笑う。

 

「ありゃ、良い船だったなァ」

 

 珍しく、自分が造った完全武装の艦隊なんかじゃなくて、普通の海賊船を素直に褒めるフランキーが信じられなくてアイスバーグは瞠目する。

 

 突如、今日を含めて三日前になる日に、今にも沈みそうな勢いでトムズワーカーズに流れ込んできたレッドフォース号は、旅の最中に素人の応急処置を繰り返したこともあってか、誰が見ても沈没寸前であった。

 

 今にも傾きそうな船底や、継ぎ接ぎだらけの帆柱。

 キチンと掃除をされた砲台であったが、微妙に床にめり込んでいたりもした。

 

 正に満身創痍であったレッドフォース号は、色々な理由があってトムズワーカーズが本気を出して当たったこともあり、何処に出しても恥ずかしくない立派なガリオン船へと様変わりした。

 

 これならば、グランドラインの後半も無事渡って行けるだろうとトムが太鼓判を押すほどの出来栄えに、半分程の修理をやってのけたアイスバーグとフランキーは顔には出さなかったが、心中では小躍りしそうなほどの喜びようであった。

 

 弟子達の成長っぷりにはトムでさえも心にくるものがあったらしく、その時はこれまた珍しいことに二人の技量を手放しで褒め讃えた。

 

 そのため、普段から褒められ慣れていない二人は顔を真っ赤にして、アイスバーグは夜風に当たろうとドックの外へと出ていき、フランキーは工具を仕舞うからと奥へと引っ込んでしまったのである。

 

 そして───冒頭でアイスバーグが夜空を見ながら黄昏ていた所まで戻る。

 

 レッドフォース号には、この三日でいつの間にか集められていた食材や物資が手際良くクルー達によって積み込まれており、頭であるシャンクスと社長のトムは最後まで()()()()()()()()()()を煮詰めているところであった。

 

「よォ、青年達。此処にいる間は随分と世話になったな」

 

 ポンと二人は肩を叩かれ、まさか自分たち以外の人間がこんな所にいるとは思わず、頓狂な声を上げて身を寄せ合う。

 

 仲睦まじく身を寄せ合って、突如出現したヤソップを凝視しているフランキーとアイスバーグにだっはっはっと彼は笑い飛ばした。

 

「んな、怯えることはねェだろ。ただ、礼を言いに来ただけだ」

 

 キランとポーズを決めて調子のいい格好をするヤソップに、そういやこの人があの海賊団の狙撃手だったなと二人は思い出す。

 

 ドレッドヘアの厳つい顔立ちをしたヤソップは、その性格に違わず星を散りばめたようなマントを纏っている。

 

 頭上で光っている星に比べてどうも安っぽいようにも見えるが、あの赤髪海賊団の狙撃手が気に入っているのだから、あのマントは何か謂れがあるのかもしれないとアイスバーグは無駄に思案する。

 

「あの船の大砲の掃除をしていたのはアンタか?」

 

「ああ、そうだぜ」

 

 フランキーが話し掛けてもなお、キメ顔でポーズを取っているヤソップには最早呆れしか抱かないのだが、常識は最後になるまで使う気のないフランキーが流れるように無視して笑みを深めた。

 

「あの船はボロかったが、大砲だけは新品みてェにスーパー綺麗だった。そこそこ年季が入ってたから手入れも大変だろうが、オレはアンタのプロ魂って奴に熱く痺れたぜ」

 

 ドンと分厚い胸板を叩いて、凄まじい巻舌で喋るフランキー。

 

 飛び道具に並ならぬ熱意とリビドー、それから夢を抱いているフランキーにとって、狙撃手というのは存外近い存在であった。

 

 己の作った最高の道具を上手く使いこなすには、熟練の技を持つ人間も必要なのだ。

 

「嗚呼、副砲を備え付けてくれたのは手前ェだったか。アレ、ありがとうな。小回りが利きそうで使うのを楽しみにしてんだ」

 

 言葉もなくガッチリと握手を交わし合うヤソップとフランキーには、互いの心に直接言葉でも投げ掛けているのか、ブンブンと熱く握りあった手を振りあっている。

 

 そんな二人の周りには暑苦しい漢気みたいなものまで漂い始めたような気がして、さっきまであった寒さは何処へやら。

 

 アイスバーグはすっかり意気投合した二人の漢の熱量で暖を取れるようになったと喜んで、二人の間で交わされる暑苦しい飛び道具への思いの丈を右から左へと聞き流して暖を取る。

 

「そろそろ行くぞ、ヤソップ───なんで変なスイッチ入ってんだ、アイツ」

 

 出向の準備が出来たからとヤソップを呼びに来たらしいベックマンだが、燃えるような漢気が可視化出来そうなほどに白熱しているヤソップとフランキーの二人を面倒くさそうに見て首を傾げる。

 

 そして、そんな二人に両手を当てて暖を取っているアイスバーグを見つけるや、「なんだってこんなに、盛り上がってるんだ?」とその訳を尋ねた。

 

「バカンキーは、改造馬鹿で武器馬鹿で、そもそもメカ馬鹿だ。だから、アンタの所の砲台がいたく気に入ったみたいで、その砲台を管理しているお宅の狙撃手と意気投合したってわけだ」

 

「·····オレも武器は飛び道具だが、オタクではねェからな」

 

 アイスバーグは、武器を扱っている人間には二種類いると思っている。

 

 それは、武器を武器と割り切っている人間と、武器に熱を上げている人間だ。

 

 恐らく、この場合はベックマンが前者で、ヤソップが後者なのだろう。

 

 アイスバーグとて、どの道この武器が使われるのであれば、人や自然を傷つけるものになると、武器から一線を置いて扱っている所があるので前者に振り分けられるのだろう。

 

「あの海にプカプカ浮いてる物騒な船は、そのフランキーって奴が造った奴か」

 

「嗚呼、そうだ」

 

 顎の下に指を置いて、何や考えるような顔付きになったベックマンに声を掛けることも憚られて、アイスバーグは口を閉じることにした。

 

 何度も何度も、いつかアレは厄災を連れて来る羽目になるのじゃないかと、戦々恐々としているアイスバーグであるが、兄弟子のそんな思いは欠片にも弟弟子には伝わらない。

 

 そんなアイスバーグの諦観を読んだのか、不意にベックマンが不穏な言葉を口にした。

 

「あれはいつか、火種になるかもしれないな」

 

「·····え?」

 

 思案顔から、今度は強面を更に気難しげにしてフランキーが置きっぱなしにしている完全武装の軍艦達を目を眇めてベックマンは眺めている。

 

「子供が自分の片付けなかった玩具を誤って踏んでしまうように、あの船もいつか持ち主に牙を向くことがあるかもしれねェ」

 

「やっぱり、アンタもそう思うか」

 

 他の赤髪海賊団と違って知的な雰囲気を醸し出し、相応の口振りでもあるベックマンにそう言われてしまえば、アイスバーグの虫の知らせも更に賑やかになっていくようであった。

 

「あんなの、放置していて良いはずがねェんだ·····! なのに、彼奴は」

 

「もう少し、腹を割って話をし合うといい。そこの小僧と手前は、互いに言いたいことを満足に言えてねェんじゃないか」

 

 図星をさされたように、アイスバーグは二の句が告げないでいた。

 

 細く見定めるようなベックマンの視線には、何の感情も込められていない筈なのに背筋がスっと伸びていくようである。

 

「大人の言葉に耳を傾けといて損は無いぜ、若者」

 

 そして、アイスバーグの頭を撫でるように触って、ベックマンはレッドフォース号の方へと去っていった。

 

 後に残されたのは、飛び道具バンザイ同盟と惚けて声も出ないアイスバーグである。

 

 ───かっけェ·····!

 

 ベックマンの大人の魅力に魅了されたアイスバーグが、赤髪海賊団の活躍を密かに追い始めるのは、また別の話である。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 所変わって、レッドフォース号の搭乗口前でこれから起こるだろうCPの陰謀に向けて、トムとシャンクスは話を煮つめていた。

 

「裁判の日に、必ず此処に戻ってこよう。それまで生きてろよ、トム·····!」

 

 片手だけになってしまったその手で、トムの厚さのある肩をシャンクスは握り締める。

 

 トムと今日別れたとしても、半年と経たないうちに再会する手筈になっているのだが、それまでをこの魚人の男は凌いで生きていかなければならない。

 

 それはあの世界政府御用達の諜報機関と渡り合っていかなければならないことでもある。

 

 トムが海列車を開発し、完成させるまであと数歩の所まできていることはCPも把握していることであった。

 

 そのため、窮鼠猫を噛むという諺があるように、土壇場になって彼等が何かを仕掛けてくる可能性は十分にある。

 

 世界規模の巨大組織と真っ向から立ち向かうには、この造船会社はあまりにも小さ過ぎるのだ。

 

 だが、それもトムにしてみれば望む所。

 

 裁判にまで生き残れなかったとしたら、それは旧い自分がこの世界に排除されたということに過ぎないと彼は考える。

 

 そう、これはトムの一世一代の大博打。

 掛金は己の魂。イカサマで切るジョーカーはシャンクスこと、赤髪海賊団だ。己の手札にこれ以上の物は望めそうにもないと、トムは知らずに不敵な微笑を口元に貼り付ける。

 

「手前ェこそ、どこぞでくたばるんじゃねェぞ」

 

 

 二人の誓いが交わされたのを見届けたレッドフォース号は補給も終えて、出航出来る準備が整った。

 

 ベックマンに連行されたヤソップが、フランキーとアイスバーグに手を振って別れを告げ、搭乗口から二人も乗り込む。

 

 そして、いつの間にか残るはシャンクス一人を待つ状態になっていたらしく、クルー達から「置いてくぞーお頭ァ!」と催促の声が飛んできた。

 

 それにシャンクスも笑って応えて、ヤソップと違って彼は満足に「さようなら」も言わずにレッドフォース号に乗り込んだ。

 

「錨を上げろー!!」

 

 威勢のいい出港の声と共に、海へと通じているドックのゲートも上がりきり、そこからは切り取ったような満点の夜空が見えた。

 

 トムズワーカーズの従業員達もたったの三日間であったが、赤髪海賊団に馴染んでしまっていたらしく、最初の頃の邪険な対応からは想像もつかないほどの愛想の良さで彼等を見送る。

 

 フランキーとアイスバーグの二人も、手塩にかけて修理したレッドフォース号の出航を見届けるために、ドックの二階の踊り場を陣取り、特等席から手を振っていた。

 

「世話になった! また来るから、それまで元気にしてろよ!!」

 

 船首に座り込んで、一際大きな声でだっはっはっと笑うシャンクスの背後には、赤髪海賊団のクルー達が勢揃いしており、彼等はトムズワーカーズとの別れを惜しむのではなく、胸を張って外海へと旅立って行った。

 

 水面に飛沫を上げて、優雅に前進していくレッドフォース号は贔屓目もあるせいか、彼らが見てきたどんな船よりも艶やかで、壮麗な佇まいである。

 

 こんなにも夜空の下が似合う船もあるまいと、親馬鹿なことを各々が考えているのも、長い時を過ごしていることもあって全員がお見通しであった。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 本日のメルの目覚まし時計代わりは、鶏の鳴き声ではなく、かといって海猫の賑やかな騒ぎ声でもなく。

 

 片頬をムニムニと引っ張ってくる不埒者が、その日の朝の到来をメルに告げた。

 

「スーパーな触り心地だ·····! バカバーグ、手前ェと全然違うぜ」

 

「なんでッ、オレのまで引っ張るんだ·····バカンキー!?」

 

「見比べ───いや、触り比べないと比較出来ねェだろ?」

 

「オレ、もうコイツと全然やってける気がしねェよ」

 

 頭上からメルが寝ていることもあって一応抑えているらしい囁き声が降ってくるが、如何せん漫才をしていることもあってちっとも忍ばれていない。

 

 なんとなく声の主の正体を察しながらも、メルはうすらと薄目で自分の顔の上にある標準よりも大きなご尊顔と対面する。

 

 彫りが深いとかいうレベルじゃなく濃い顔に嵌っている双眸は、異常に長い下睫毛に縁取られている。

 

 定規で引いたように鼻梁の通った鼻筋と薄い唇が視界いっぱいに映って、メルは寝ぼけ眼のまま、なんて自己主張の強い顔面なんだ、この男とぼんやり思っていると───。

 

「おい! アイスバーグ、メルの目が淡く光ってねェか!?」

 

「どうせ、またお前の見間違い·····あ!? マジで光ってんじゃねェか!?」

 

「スーパーな色だなァ。まるで、海の水面みたいなクリアな色相をしてんじゃねェか」

 

「·····これ、大丈夫なのか」

 

 何やら自分の目を覗き込んで男二人が暑苦しくギャーギャー騒いでいるのをまだ覚醒しきらない頭で聞きながら、メルは男達のほっぺたを片頬ずつ抓り上げる。

 

「煩いよ·····。まだ、私寝起きなんだけども」

 

 メルの寝起きは、決して良いとは言えない。

 

 確実に起きるには、いつものルーチンである身支度という行為をしなければならないのだが、本日はフランキーとアイスバーグがメルのその行動の邪魔をしているために全くそのルーチンをこなせないのだ。

 

 殺意渦巻くメルの威圧に情けなく二人は押し負けて、メルの体の上から立ち上がる。

 

「·····もしかしてオレ、若干ヤバイことしてたんじゃねェか?」

 

 傍から見たら、完全に女児の寝込みを襲っていると勘違いされるような場面を作り上げていたことをもう少しでアイスバーグは自覚出来そうであったが、邪魔者が居なくなって漸く準備が出来ると布団から出てきたメルの出で立ちを見て、彼は呆気に取られたように顎を落とす。

 

 ふわぁと欠伸を噛み殺しながら、布団から出てきたメルの格好は白のタンクトップとドロワーズだけを着込んだものであった。

 

 何処からどう見ても下着姿のメルに、常識を最終手段にしているフランキーが気を遣うはずが無く、アイスバーグはそんな彼の大きな背を押して退出を図る。

 

 ただ、メルを態々起こしに来た用事も済まさなければ、ココロにどやされることが確定なので、まだ寝起きでぽやぽやしているらしい彼女にアイスバーグは捲し立てるように言った。

 

「もう朝飯は出来てるから、用意が済めば下に行けばいい。じゃあな、メル」

 

 そして、ドタンバタンと慌ただしくこの場を退出した二人をメルは、やっぱりぼんやりと見届けて、そう言えばあの二人の目の下の隈がかなり凄いことになっていたような気がすると思い返していた。

 

 髪を三つ編みに結って、黒のワンピースを被る様に着たメルは、アイスバーグの言葉を思い出して下へと降りていく。

 

 そして、香ばしいパンの香りにくんくんと鼻を動かし、この家の朝食はパンなんだとかなり気分を盛り上げた。

 

 パン愛好家のメルの朝は、パンから始めると言っても過言ではないのだ。

 

 W7オリジナルのパンとかあるのかなーと浮き足立って、その匂いのする方へと足を進めたメルは、見事トムの家のダイニングを嗅ぎ当てる。

 

 ダイニングには四人掛けのテーブルが真ん中にドンと据えられており、そのテーブルの上にはバスケットの中から湯気を立てるパンが幾つも顔を覗かせていた。

 

 ティーポットからも湯気が靡いており、スクランブルエッグや茹でたじゃがいもが皿の上に乗っている。

 

 何処から見ても、素敵なブレイクタイムの用意が整っているそのダイニングにはしかし、一つだけ問題点があった。

 

 メルは、涎が垂れそうな口元をギュッと引き締めて、まるでこの家の主であるかのように振舞っている正装姿の男に視線を留める。

 

 昨日の金庫騒動を巻き起こした泥棒達と同じ出で立ちのその男は、優雅にカップを揺らして珈琲の匂いを堪能し口をつけるや、次いでブフー!と行儀悪く珈琲の飛沫を口から上げる。

 

「アッチ───ッ!! んだ、この珈琲!? 滅茶苦茶熱いじゃねェか!?」

 

 そしてごく当たり前のことを、さも驚きの事実だとばかりに騒ぎ立てて始め、メルの視線の温度がどんどん急降下していくのにも気付かずに愚痴愚痴と男は文句を言い始める。

 

「クソッ! 赤髪海賊団を奴等が匿ってるって言うから来てみたものの、肝心の海賊が何処にも居ねぇじゃねぇか!? どいつもこいつも舐めやがって!! このオレを早朝出勤させておいて、ごめんで済むと思うなよ·····!」

 

 凄く悪者らしい愚痴を述べるその男は、大袈裟な身振り手振りで悲運を嘆いている最中に、己を含んだ視線で見詰める少女の存在に気付いた。

 

 いや、気付いたというよりかは、視線と視線ががちんと絡み合ったのである。

 

 何かもの言いたげな顔をしているメルを見詰めること三秒、男は腰を下ろしていた椅子から立ち上がり、少女の前までやってくる。

 

「この家にガキは居ねェ筈だが·····?」

 

 なんだか色素の薄さが幸の薄さに直結していそうな藤色の髪をオールバックにして、決して良いとは言えない目付きでジロリとメルを見下ろすその男は、トムズワーカーズの人事に通じているようだ。

 

 流石に昨日の今日なので、メルもこの男の正体には見当がついている。

 

 W7辺りで正装姿の人間を見たら、回れ右推奨とまで心に刻まれているメルは、こんな間抜けそうな奴とて恐らくCPと胸中で唱えて、油断しそうになる気持ちを引き締める。

 

「配達屋のメルです。今日は仕事が遅くなったこともあって、トムさんのご好意で泊まらせてもらっています」

 

 ワンピースの裾を摘んで、右足を引いてゆっくりとその場で腰を下ろす。

 

 淑女マナーも一応は、ジジィから叩き込まれている。

 生涯にまだ、数回程しか披露していない淑女の礼をこんな男にしなければならないのが少し癪だが、相手はCP。やむを得ない。

 

 男は、久しぶりに目上の扱いをされたこともあって瞬間でご機嫌となった。

 

「ほほう、殊勝な心意気だな。名前ぐらいは覚えてやろう」

 

 ───全然覚えてもらわなくて結構! ってか寧ろ忘れて欲しいんだけどなー!

 

 男とメルの気持ちがかなりすれ違っているが、メルのポーカーフェイスは定評があるため、恐らくこの扱いやすいご機嫌さんは暫くこのすれ違いには気付かないことだろう。

 

「それで、貴方は?」

 

「ああ、オレはCP5の長官であるスパンダムだ。ところで、メル。お代わりの珈琲を淹れてくれ」

 

 この世界は、秩序の根幹でもある世界政府の人間まで人相が悪いらしい。

 

 得意げに親指を当てて、自分はCPの中でもかなりの地位にいるのだと語る男───スパンダムは、図々しいことに珈琲のお代わりをこの家の客人であるメルに欲求してくる。

 

 しかし、人に命令だけはしなれているらしいこの男は、よもや自分の命令が聞き届けられないとは思っていないようで、優雅にまた椅子に深く腰掛けた。

 

 メルは、スパンダムを前に諸々の複雑な感情を想起するのではなく、この男のマイペースぶりに最早、呆れを抱いていた。

 

 ───どう見ても、ボンボンの坊ちゃんにしか見えないんだけどこの人·····。シャンクスさんとあんまり歳が変わらない筈なのに、この人から人生の厚みっていうか、年上らしさがビビるくらい感じられない。

 

 同じ年頃の人間でも、性格や育った環境で此処までの差が出るものなのだろうか。

 

 同じような髪の長さをしていたり、体型が似ていたりするため、スパンダムは不幸にもあの赤髪のシャンクスと見比べられていた。

 

 少年の頃から海賊王のクルーとして荒波に揉まれているシャンクスと、親の七光りを翳して出世街道を爆走してきたスパンダムでは、そもそも同じ土俵にすら臨めないことをまだ人生経験の少ないメルに分かるはずもない。

 

 取り敢えず、珈琲を淹れろと天敵様(スパンダム)が仰せなのだ。

 

 メルは、手早くスパンダムの手元にあるカップにポットから珈琲を注いで、少し逡巡したような顔付きで固まるが、まぁいいやとそのまま彼にカップを差し出す。

 

 そして、自然の流れのままにメルがパンが盛られたバスケットを胸に抱えたところで、スパンダムの珈琲噴射が再び繰り返さられる。メルのお陰で、どうにかバスケットは珈琲の飛沫から身を守ることが出来た。

 

「アッチィィイイッ! これ、さっきよりも熱くなってねェか!?」

 

 予想通りにリプレイしてみせるスパンダムは、舌を火傷したらしく「水、水!」と水差しからカップに水を注いで、口を濯いでいる。

 

 水差しから直接水を飲まない辺り、やはり育ちだけは良いようだ。

 

 

 ───前に赤ん坊の頃から大事に育てられている子は、猫舌になりやすいって聞いたことがあったけども、多分アレは本当だね。

 

 ポットを触った感じはそこまで熱くなったのだが、もしラブが飲むのだとしたら火傷するだろうなという温度だったので、もしかしたらスパンダムも駄目なのかもしれないとメルは憶測を立てた。

 

 だが、使い魔のラブでもない、寧ろ天敵であるスパンダムに慈悲をかけるほどの善人でもないメルは結局結果がどうであれ、朝食のパンだけが守れたらいいやとそのまま珈琲を出すことにしたのだ。

 

 そして、ズバリそのメルの憶測は正しかったようで、水で舌を冷やしながら親の仇みたいな顔をして熱々の珈琲が入ったポットを睨んでいるスパンダムに、メルのこの男への警戒度は増々降下していく一方である。

 

 これ以上、この男に関わっていたら朝食もままならないと思ったメルは、スパンダムの対面は危険だと判断し、右側に腰掛けた。

 

 何故、この近距離にメルが座ってくるのかが分からなくて、スパンダムが訝しげな視線を送ってくるが、メルはそれを慣れたようにスルーする。もうこの男を怖がっているのが馬鹿らしくなってきたのだ。

 

 食前の挨拶を口にして行儀よく手を合わせたメルは、早速とばかりにバスケットの中に入っているバゲットをナイフで切り分けていき、その表面にバターをたっぷりと塗る。

 

 とうとう自分の隣で朝食を摂り始めたメルに、スパンダムは「お、おい」と声を掛けるが、メルは予てから待ち焦がれていたブレイクタイムをこれ以上邪魔されるのは敵わないと思ったようで目だけで応える。

 

 しかし、口は急ぐようにバターの塗られたバゲットを含んでいた。

 

 その瞬間に、ふわりと口内いっぱいに広がる芳醇な麦の香り。

 そして、バターの香ばしい香りに、メルはすぐ様スパンダムのことなど忘れてパンに夢中になった。

 

「ん~! 美味しい~! あー、生き返るなー」

 

 咀嚼すればする程に、広がるパンの旨みの虜になってしまったメルの頭に最早、スパンダムのことなどない。

 

 人間の三大欲求の一つである食欲は、生存にも関わるためかメルのCP嫌い病も抑え込んでしまっているようだ。

 

 そんな風に、隣でモグモグと美味しそうに朝食を摂っているメルを見ているとスパンダムも段々と腹が空いてくるようであった。

 

 そもそも今日は部下のタレコミがあったせいで、普段の起床時間より二時間も早起きし、その上朝食も満足に摂れなかったのだ。

 

 空腹を自覚したら、メルの食事風景を物欲しそうにいつの間にかスパンダムは見ていたらしい。

 

 彼の視線を感じたメルは、頬にパンを詰めたままこてんと小首を傾げた。

 

「食べたいなら食べたらどうですか? 此処に通されてるってことは、頂いてもいいんじゃないですか?」

 

 そして、スパンダムの欲求を一言も間違えなく言い当てたメルは、彼が求める最良の回答を出した。

 

 真実を述べるのならば、彼はドックへと押しかけた勢いのままこんな所まで来てしまったのだが、都合の悪い事実は既に彼の中ではなかったことになっている。

 

 パンを食べることに執念を燃やしているメルによって、朝食を一緒に摂ることにしたスパンダムは、カラトリーを手に取ってココロかトムの朝食を勝手に食べることにした。

 

 そうやって二人で朝食を食べることにより、スパンダムのあまりの不器用さが露見し、その被害がメルの所まで及んだので、彼女は図らずともスパンダムの朝食の世話までしなくてはならなかった。

 

「あっま!? なんで、このじゃがいもはこんなに甘ェんだよ!!?」

 

「さっき、じゃがいもに砂糖振ってたじゃないですか·····もしかして、塩と間違えました?」

 

「おい、メル。オレにもそのバゲット切ってくれ·····のわっ!?」

 

「ちょ·····ッ!? スパンダムさん!! バゲットは切りますから、もう動かないでください! 落としたナイフは彼処に水道がありますから洗いましょう」

 

「ジャム瓶が開かねェなら、開けてやる」

 

「へ? わっ! あー、ありがとうございま───危なッ!? なんで、開けた瞬間に気を抜くんですか!? 危うくジャムを床にぶちまける所でしたよ!!」

 

「わ、悪ィ·····」

 

 あのドジっ子ラブ以上に、少ない時間の間に色々とやらかしてくれるスパンダム。

 

 あんまりなポンコツぶりに、徐々にメルはスパンダムを己の使い魔と重ね合わせるようになってきていた。

 

 ───これはとんでもない対抗馬が現れたよ、ラブ。

 

 メルの中のドジっ子選手権が「ファイッ!」と密かに開幕したのだが、夜の中には何故にこうも注意散漫な人間が多いのだろうかとメルは生涯の難問であろうその謎を前にウインナーを齧った。

 

 

 その後、朝食を食べていることがトムにバレたスパンダムは、居ずらくなったらしく、それでも育ちがいいせいかキチンと「ご馳走様」だけを言って、トムズワーカーズを後にして行った。

 

 彼等の部下も、よもや自分たちが必死に赤髪海賊団を匿っているのを確認するためという建前を持って、敵陣でプルトンの設計図を探している間に長官が子供と呑気に朝食を摂っていたとは思わず、転職にまで思い馳せてしまうことになる。

 

 だが、元々低かった信頼度が更に降下していることに気付かずに、能天気さが売りなスパンダムは、トムの裁判までの残り時間を数えて一人戦慄していた。

 

 プルトンの設計図を手に入れなければ、自ずと出世街道から外れることになってしまう·····!

 

 これではイカンと頭を抱えて悩み始めるのだが、だからといって発想力に乏しいスパンダムに名案など浮かぶはずも無く、彼はどんどん離れていく人心にも気付かずにウンウン唸る。

 

 こうして、メルとトムズワーカーズ、それからCPを巡る一連の騒動は、一応ではあるが幕を下ろした。

 

 それから、挨拶も無く出航していた赤髪海賊団のことをトムから申し訳なさそうに教えてもらったメルはこう言ったらしい。

 

『どいつもこいつも、好き勝手に生きすぎじゃね』と。

 

 それは、八歳児の口から出るには、あまりにも世辞辛い台詞であったと後にトムは話したらしい。

 

 




これにて、かなりの文量になってしまったW7編はお終いです。
此処までお付き合いくださりありがとうございました。

愛しのスパンダムまで出せて私はとても満足しています。
この人こそ、電伝虫は持たせちゃいけない親の七光り、スパンダム!
正直、ワンピース一の小物がCPに組み込まれていることこそが、世界政府の失態だと思います。いつか、スパンダムによって世界政府が滅ぶ結末書いてみたい。

次回は、箸休め回でお兄様のお話です。
次次回からは、ようやく満を持しての海軍と盃兄弟編!
レギュラーまでの道程が遠すぎる·····。



♪W7編のバタフライ・エフェクトまとめ⤵︎ ︎
・トムの裁判の日に赤髪海賊団が助けに来ると約束
・トムとジジィが各々の情報を共有
・フランキーが武器ばかりの船以外にも興味を持つ
・アイスバーグがベックマンに憧れ始める
・シャンクスが世界政府と喧嘩する気になる
・シャンクスが『ソラの戦士』のファンになる
・スパンダムの評判が朝ご飯事件で更に下がるand部下が二人減る

恐らく、ざっとはこんなものだと思います。
蝶がどれ程仕事するかは裁判時の時勢次第ですが、原作改変待った無しだと思われます。



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第二章目 立ちはだかるのは王下七武海
お兄様のご来店!


 トムズワーカーズへの配達が終わってから二週間が過ぎた。

 

 イベントの時期が過ぎたこともあって、閑古鳥が鳴いている『デッキブラシの宅急便』は、今日も今日とて客足の一つも聞こえてこない。

 

 普段はオーナーである黒猫のミンク族が陣取っているカウンターの席では、珍しく主戦力である少女が退屈そうな表情を浮かべながら新聞を広げている。

 

 しかも、カウンターの上には年季の入ったラジオが据え置かれていた。新聞とラジオに囲まれた少女というチグハグな図はしかし、様になっているせいか違和感を見ている者に抱かせない。

 

『今日のべッティの星占い~。先ずは一日ハッピーマンな獅子座の貴方。今日は好きな人とラブなハプニングが起こるかも。告白するにはうってつけの一日になるでしょう。ラッキーアイテムは牛丼です。続いて、二位は天秤座の貴方。今日は、気になっていた人の気持ちが分かるかも。でも、がっつき過ぎには注意が必要ですよ。ラッキーアイテムはぬいぐるみ───』

 

 ラジオから流れてくる今日の運勢に、メルの耳がピクピクと動く。

 漸く、メルも若者らしいものに興味を持てたようで、熱い視線を送っていた経済欄から目を離してラジオへと向ける。

 

 三月生まれのメルは魚座だ。

 よって、早く魚座が出てこないかなーと心持ちワクワクしながら、メルはラジオに耳を傾ける。

 

 昼下がりの店内は陽気な日差しが窓から差し込んでおり、長閑な様子である。

 

 とても二週間前まではやれCPだ、やれプルトンの設計図だとてんてこ舞いであったのが嘘のようで、こんな穏やかな日々を待っていたのだとメルは束の間の幸せを噛み締める。

 

 W7へ配達に行くまでは今日のような穏やかさに揺蕩たって居たはずなのだが、何処かのドジっ子長官と同じように都合の悪いことは脳内から消去しているようだ。

 

『七位は水瓶座の貴方。今日はお疲れ気味な気分を癒すために、リラックス出来る場所に行くと良いことあるかも。ラッキーアイテムは藁人形です』

 

 しかし、メルが穏やかな一時を過ごしているにも関わらず、ラジオからは全く『魚座』という言葉が出てこない。

 

 八位から下はあんまり聞きたくないとは思いつつも、悪いこと程耳にしたくなるのが人間の不憫な性である。

 

 少しラジオから意識を逸らそうと漫画の欄を探して新聞をバッサバッサと捲るのだが、こんな時に限ってお目当ての欄が見つからない。

 

 九位、十位と次々に星座が発表されていく中、メルの魚座だけが一言も出てこずに、運命の十一位が満を持して発表される───。

 

『十一位は射手座の貴方。今日は調子が良くない日かも~。早めに帰って休息を取ることをお勧めします。ラッキーアイテムは数珠です』

 

 その瞬間、バタンとカウンターに額をぶつけて、メルはそのままちーんと沈み込み続けた。

 

 たまたま星座占いを聞いた日に限って、十二位とか酷過ぎないかと既にお通夜モードに突入のメルを更に深淵へと沈めるべく、ラジオのお姉さんが畳み掛けてくる。

 

『ごめんなさーい、十二位は魚座の貴方。今日は、じっとしていも災いが貴方の元に舞い込んでくるようです。生き残るために踏ん張れば、輝かしい明日が見えるはず。ラッキーアイテムはフラミンゴです』

 

「この星座占い、とんでもなく不吉な予言を投下してくるんですけど·····ッ!?」

 

 十二位になったからには、それなりにツイてない日なのだろうなとは思っていたが、災いが向こう側からやってくるとか、生き残るために踏ん張ればとか、とてつもなく恐ろしいことばかりをお姉さんは言ってくる。

 

 メルはうへぇと蛙が潰れたような声を出して、たまたま近くにあったラッキーアイテムになるような気がするいわく付きのフラミンゴ人形を抱き締める。

 

『デッキブラシの宅急便』のマスコットになってから日が経つこのフラミンゴ人形も、大分カウンター上にいることが様になってきた。

 

 たまに訪れる常連客にも好評で、寧ろ従業員からは不憫な目(ジジィの八つ当たり)にしか遇っていないこの人形は、今日も今日とて長い首からウェルカムボードをぶら下げている。

 

 しかし例え、この人形があの男の形代だったとしても、今日だけはメルのラッキーアイテムだ。

 

 どうか降り掛かってくる災いから自分を助けてくれ! 調子のいいことを想いながらメルがギュウギュウフラミンゴ人形を抱きしめていると、早速効果が出たのか来店を知らせる鈴が鳴った。

 

 「早速、ラッキーアイテムの効果が·····!」と色めき経つメルは、顔を綻ばせて抱きしめていたフラミンゴ人形から顔を上げるや、とびっきりの笑顔でその人物を出迎えた。

 

「いらっしゃいま·····せー」

 

 しかし、その人物を目にした途端にメルの目からは生気が失われる。

 語尾もすっかり気の抜けたものになって、最早口からは魂さえ飛んでいきそうな有様だ。

 

 そこまでメルを一瞬にして追い詰めた人物は、扉の向こう側から軽く片手を上げる。

 

「久しぶりだな」

 

 金の短髪を柔らかな陽光が照り返し、色付きのサングラスがキラリと煌めく。

 

 前回見た時は搭乗口に居たこともあって本来の大きさを実感することはなかったが、数メートルの距離しかなければ否応無くこの男のデカさを思い知る。

 

 ジジィサイズの玄関を狭そうに潜り抜けて、尊大な足取り───ヤンキーステップとでも名付けられそうな歩みでメルの目前にまでやってきたその来客───ドフラミンゴは、呆然としているメルを見おろす。

 

「なかなか、良い人形で遊んでんじゃねェか」

 

 確かにあの星座占いはペテンじゃないらしい。

 これからは毎日、あの番組をチェックしようとメルが頭の片隅で決意している傍らで、ドフラミンゴはカウンターにその大きな上体で寄り掛かった。

 

 今迄で一番近い距離でドフラミンゴのご尊顔を眺めることになったメルは、思ったよりも疲労の色が濃いその顔にぐっと息を呑む。

 

 ───と、とうとうご来店しちまったよ、ラブのお兄様·····。

 

 いつか来る。絶対来るとは思っていた。

 

 ただ、ラブを白ひげに預けてからそこそこ経っても来ないから、実はただの取り越し苦労だったのではないかと一縷の光を見出していた今日この頃。

 

 しかし、その光はあっという間に握り潰されることになった。

 

 流石、あくどい事に片っ端から手を出している海賊団の船長と言うべきか。

 

 八歳児を絶望に突き落とすことはお手の物ということか。

 

 メルは十分前に買い出しに言ったジジィの顔を思い浮かべて、心中で盛大に歯軋りする。

 

 ジジィはルンルンと「今日はししゃもを焼くんだ」と張り切って買い出しに行ったため、あと小一時間は確実に帰ってこない。

 

 新鮮なししゃもを求めて商店街を冒険しているジジィが容易に想像出来てしまった。

 

 ───なんで、自分の家にいるのに死ぬ三秒前みたいな状況になってるんだか·····。

 

 トホホと両肩を落としたくても、この男の前でそんな隙なんか見せたら、分も掛けずに食べられてしまうことだろう。

 

「ほ、本日はどんなご入用で?」

 

 取り敢えずは用件を聞こう。

 メルは自分のペースを整えるための時間稼ぎとして、ドフラミンゴに来店の理由を尋ねる。

 

 そう、もしかしたら純粋に配達を依頼しに来たのかもしれない。

 ラブを探して態々、新世界から来ることも無いだろうとドレスローザからこの島の間に広がっている距離を思い出してメルは僅かな希望を見出すが───。

 

「コラソンを迎えに来た。そろそろ、奴もウチに帰りたくなった頃合いだろう?」

 

 そんなメルの希望をまたしても握り潰すドフラミンゴ。

 

 二度も崖から突き落とされるような心地を味わって、またしてもメルの目からは生気が失われていく。

 

 ───ですよねー。貴方がこんな辺鄙な何にもない島に来る理由なんて最愛(?)のラブ以外に有り得ませんよねー。本当にラブも、もうちょっと規格内のお兄様を持ってよ·····!

 

 それ以外の理由があるとでも? と言いたげなドフラミンゴの様子に、メルは胸中で滂沱の涙を流して「ですよねー」と肯定する。

 

 ところが、遠路遥々新世界から来てもらったところ大変恐縮であるが、現在この店にラブは居ない。

 

 今頃当の弟と言えば、グランドラインの何処かの海洋を流離っているだろうモビーディック号の中で、白ひげ海賊団達に構われていることだろう。

 

 決して海軍には追われていないと固く信じているメルは、カウンターをトントンと催促するように叩いて返事を待っているドフラミンゴに事実を話した。

 

「その、こんな所まで来てもらったのにすっごく申し訳ないのですが·····ラブは今っていうか、お宅にお邪魔して直ぐにまた居なくなっちゃって。この家にラブは居ないんだよね」

 

 人差し指と人差し指を合わせながら、いや本当に悪いんだけどと躊躇いがちにメルはそう述べる。

 

 すると、余裕綽々と強者の微笑を貼り付けていたドフラミンゴの様子が様変わりした。

 

「ああん?」メルの話をイマイチ理解出来ないと、迫力ある無表情で聞き返すドフラミンゴにメルは本当の話なのだと繰り返す。

 

「マジで此処には、もうラブは居ません。あの子がドジっ子で、迷子になりやすいのはお兄様だって知ってるよね」

 

 確実に此方の話を一から十まで分かっているはずなのに、物分りの悪い振りをされては敵わない。

 

 メルが話を進めようと、多少強引にドフラミンゴに同意を求める。

 

 だが、そこで彼女は彼の数ある地雷のうちの一つを無意識に踏み抜いてしまったようだ。

 

 刹那、ドフラミンゴの手がメルの喉元に伸びた。

 

 メルには目指出来ない速さで飛んできたドフラミンゴの手がしっかりとメルの喉元を掴むと、そのままキリキリ絞り上げる。

 

「·····お前ェに、お兄様って言われる謂れはねェよ。いいか、もう一度聞く。コラソンを何処にやった?」

 

 への字に引き結ばれた不愉快そうなドフラミンゴの口元を見上げて、メルは己の仕出かした失態を悟った。

 

 サングラスに阻まれて、見ることが敵わない彼の目が最早、笑っていないことは確実だろう。

 

「どっか、の、グラン、はァ、ドライン、か、ンなぁ」

 

 子供相手にも容赦しないドフラミンゴは、メルの気道を遠慮なく狭めていく。そのせいで、彼女は満足に喋ることも出来ない。

 

 どうにか喉元に回っているドフラミンゴの手を外したくて、両手で彼の手の甲を引っ掻く。

 

 だが、ドフラミンゴにとってメルのその僅かな抵抗は子猫がじゃれてくるようなものだ。傷一つ付けられないメルの手を煩わしくも思えない。

 

 霞が掛かっていく頭を自覚しながらもメルは必死に息を吸おうと喘ぐが、ドフラミンゴはそんな行為も許さないとばかりに更に手に力を込めた。

 

「フッフッフッ。随分と手こずらせてくれるガキだな。利口なのは結構だが、己の力量を見誤っちゃアいけないな」

 

 ぎらりと色の付いたサングラスを窓から溢れ出る陽光が照らし返しているが、その光は異様な程に鋭い。

 

 軽薄な笑みをまた携えて、メルに早く降参しろと告げてくるドフラミンゴだが、メルとてモビーディック号が何処を泳いでいるのかは分からない。

 

 ───これは、ラブのビブルカードを持たなくって正解だったかも·····。下手したら、この人に奪われていた。

 

 視界が段々と暗くなってきて、飛蚊症まで発症し始めたメルの意識の繋がりは悪くなってきている。

 

 必死に動かしていた両手も徐々に上がらなくなってきており、メルは己の終わりの近さを否応なく思い知る。

 

 そこで、とうとうメルの脳裏には究極の二択が提示され始めていた。

 

 ───また、命を削って活路を見出すなんてことはしたくないんだけどなー·····。心臓も、連続で掛かる負荷に耐えきれなくなってるのに。

 

 起死回生を狙い、生命力をチップに魔力を生み出して、魔法をブッ放すか───それとも、自分の幸運に賭け、気絶だけで済む未来を手に入れるか。

 

 後者の確率は一分あるか、無いかだ。

 失敗に終われば、メルの人生はこのままジ・エンド。

 使い魔の兄上の手に掛かって、生を終えるというなんとも奇妙な終わりをメルは迎えることになる。

 

 ───本当にクソ喰らえ過ぎっしょ·····! 海賊なんて、やっぱり碌な奴がいない·····!

 

 だけども意識があるうちに、どちらかを決断しなければならない。

 気絶してしまえば、強制的に幸運の女神様に運命を委ねることになるのだから。

 

 だが───案外、メルの幸運値も捨てたものじゃなかったらしい。

 ドフラミンゴとの根比べはこの時をもって終焉を迎えたのだ。

 

 どさりと落とされる自分の身が椅子の上に用意なく着地して、お尻が衝撃を吸収しきれなかったと悲鳴を上げている。

 

「ゲホッ───ゲホッホッ」

 

 ヒューヒューと喉の奥から隙間風が差し込むような音が響いている。圧迫されていた喉周りが痛くて、メルはその部分を抑えながら勢いよく何度も咳き込んだ。

 

 チカチカと視界が点滅している。

 まるで、昼間に上がった星が瞬いているような視界に堪らず、メルはギュッと目を瞑り込む。

 

 ドフラミンゴは、そんなメルの満身創痍な有様に酷く不愉快気であった。

 

 彼は元天竜人ということもあって、魔女が何者であるかをよくよく知っている。

 

 だからこそ、魔女が持つ力を期待してメルをここまで追い詰めてみたのだ。

 

 しかし、結果はドフラミンゴが望んだものとは全く違った。

 寧ろ、大ハズレもいい所である。

 

 あのハリケーンのような強風に乗ってラブを連れ去った時とは比べようにない程に、この少女は無力であった。

 

 あの時のメルが、本当にこの少女と同一人物であるのかも疑いたくなるほどに、ドフラミンゴの目前で息を荒くして藻掻いている少女は無様な有様だ。

 

 まさか、空を飛ぶことしか能がある訳じゃあるまい。

 

 魔女というのは薬術や占星術に精通し、この広大な世界を飛び回った偉大な種族なのだ。

 

 悪魔の実で得られる能力より遥かに強力な力を使う筈の魔女が、ドフラミンゴのあんな柔い拷問で音を上げるはずがない。

 

「何故、力を使わない。魔女は魔法を使うんだろう」

 

 ドンと威嚇するようにカウンターを拳で叩き、こめかみに青筋まで立てて聞いてくるドフラミンゴの様子は明らかに尋常ではなかった。

 

 これではまるで───メルの力を試しに来て、予想通りの結果を得られなかったと駄々を捏ねているようだ。

 

 そんなドフラミンゴの理不尽な怒りを受けて、メルはピンと閃くものがあった。

 

 それは───ドフラミンゴにはコラソンを迎えに来る以外の理由があったのではというもの。

 

「言ったでしょ。魔女家業は休業しているの。だから、今の私には空を飛ぶことしか出来ないよ」

 

 この男、ドフラミンゴはオマケと言うように、実は魔女の実力も見に来ていたのだ。

 

 そこまで考え及んだメルは、つい顔を天井に向けて目元を覆う。

 

 本当に厄介過ぎる。

 ドンキホーテ・ドフラミンゴという派手派手しいこの男は。

 

 魔女を見定めに来るだなんて、それこそ狂人じゃなければ出来ない所業だ。

 

 ───いや、この人はそもそも狂人だった·····。出会った時から、ずっとお腹が減りそうなぐらいの気狂いの男。

 

 

 

「·····フッフッフッ。どうやら、そう簡単に魔女は取り合ってくれねェみたいだな」

 

 己の顎をさらりと撫でて、さっきまでの不満そうな雰囲気は何処へやら。

 今度は至極愉しそうに口元を緩めて、舌舐めずりしている気分屋のドフラミンゴに、メルは心底精神的な疲れを感じていた。

 

 驚く程に、彼は会話の主導権を手放さない。

 

 たとえ、想定外のことが起こったとしても、怒りに飲まれて我を忘れそうになったとしても、絶対にペースだけは相手にくれてやらないのだ。

 

 闇のブローカーなんて、とんでもない仕事をしなさってるだけはあるとメルは舌を巻く。見た目的に油断されやすいメル相手にも、最低限の警戒をしているドフラミンゴには、感心する程に付け入る隙が見つからない。

 

「まァ、良い。焦らされるのも悪かねェさ。今日こそ、コラソンを許してやろうと思ってきたんだが·····」

 

 あの独特的な笑いを響かせて、何故か背広の胸元からお気に入りの(ピストル)をドフラミンゴは取り出す。

 

 そして、美味しくもないだろうに銃口にその長い舌を伸ばした。

 

 恐らく、あのサングラスの向こう側は恍惚に滲んでいることだろう。

 

 ドフラミンゴの行動の意味が分からず、メルはその奇妙な光景を只管に見ることしか出来ずにいた。

 

 出来るだけ今の状態のドフラミンゴに姿を認識されたくなくて息を殺していたメルだが、ドフラミンゴが交渉相手を忘れるはずが無くて。

 

「あァ、そうだ。その人形をえらく気に入ってるみてェだが?」

 

 急に言葉を落とされて、ビクリと怯えるように震えたメルを気にせず、彼はカウンターの上に倒れているフラミンゴ人形を指さした。

 

 ウェルカムボードが長い首から外れかかっているそれは、ラブの部屋にある箪笥の隅っこから出てきたぬいぐるみである。

 

 それこそ、まだ此処に来て間もない頃のラブの極わずからな所持品の一つであったそれは、毎夜毎夜ラブに抱きしめられていたものだ。

 

「·····この店の看板ぬいぐるみなの·····だけども、この子は本当はラブの持ち物なんだよね。丁度いい大きさだったから、今は店の方に飾ってみたら、お客さんの評判が良くて」

 

 メルは縮こまる指を叱咤して伸ばし、どうにかフラミンゴ人形を起こしてやる。それから、ウェルカムボードもちゃんといつもの様に長い首からぶら下げてあげた。

 

 最近はジジィのストレス発散として使われていたりするが、流石に形代本人にその事も言えず、メルはそれ以上その人形の説明はしなかった。

 

 すると、メルは妙に畏まったようにフラミンゴ人形を凝視するドフラミンゴの姿を目にすることになった。

 

 色つきのサングラスのせいで、彼が今どんな形の目をしているのかは分からないが、思考の海に深く潜り込んでしまっていることは分かる。

 

「これを、アイツが·····?」

 

 口振りからして、メルの発言が信じられないらしい。

 

 メルは、そんな様子の可笑しいドフラミンゴを怪訝に思いながら軽く首を縦に振るが───そこで、彼女は思い出した。

 

 彼らの仲がそれはもう、海軍と海賊以上に拗れまくっていたことを。

 

 そのことに気付いてしまったメルは、これが生き残るための岐路じゃないかと注意深く見定めてから更に言葉を紡ぐ。

 

「この子の名前ね、“ドフィ君”って言うの」

 

 そうメルが言った瞬間に、ドフラミンゴの形相が形容し難い程に歪み切る。

 

 フラミンゴ人形を射殺せんばかりにギリギリと睨み上げて、メルの口から飛び出た事実をゆっくり噛み砕いているらしいドフラミンゴ。

 

 あのドフラミンゴが、やっとまともに動揺した。

 

 彼とて、一心だけで生きているわけじゃないはずだ。

 

 人間なのだから複雑な気持ちを持て余しながらも、ラブを歪に愛して、そして憎んで。

 

 その気持ちの色が混ぜ合って出来たものが、ラブへの執着なのだとしたら───今日のラッキーアイテムは正しくフラミンゴ、だった訳だ。

 

「良ければ、お譲りしましょうか? このぬいぐるみは確かにラブのものだけど、ラブの今の保護者は使役者の私なんだもの」

 

 本当はもうラブには愛想のないアザラシ人形があるのだけど、それを言うのも段々とドフラミンゴには酷なような気がしてきた。

 

 どうして、こんなにもドフラミンゴが気持ちを空回りさせているのかが、まだ子供らしい思考回路をしているメルには分からない。

 

 愛しているのなら、愛してると想いを重ねて告げればいいだけなのに、この男は、その努力さえも出来ないようなのだ。

 

 そう、例えば「ありがとう」と言えば、「どういたしまして」が返せないように。

 

 そこまでこじらせる程のよっぽどの理由が、この二人にはあるというのだろうか。

 

 ───駄目だ。なんか血が繋がっている家族の方が色々と面倒くさい気がしてきたよ。

 

「フッフッ。それで、今日は出直せってことか」

 

「配達の依頼が無いのであれば、是非に」

 

「·····使役者と使い魔、か。それは、思っていた以上に厄介な関係でもありそうだな」

 

 もう在りし日にも思えてくる記憶の中で、ベビー5がこの男をやたらめったらに褒めちぎっていたが、確かに頭がキレることはどうにもならない事実だ。

 

 ラブもドジさえ無ければそこそこにハイスペックなのだが───ドフラミンゴを見ながらメルは憂う。

 

 彼はあのドジ成分だけで全てを無に還しているのだから、そう思えば不幸体質も凄い特質なのかもしれない。

 

 ドフラミンゴは意外にも優しい手つきで、ウェルカムボードを首から掛けたフラミンゴ人形を胸元に抱えると踵を返した。

 

 メルとしてはあの射殺せんばかりのドフラミンゴの眼差しから、乱暴にがっと引っ掴んで持って帰るものだとばかり思っていたのだが。

 

 あれでは、まるで宝物を扱うような手付きだ。

 

 そんなメルの幼い疑問を置き去りにして、怪しげに笑い去っていくドフラミンゴは、羽毛だらけのコートをその広い背中から揺らして最後に特大の爆弾を落としていった。

 

「また来るぜ。その時には魔女業、復業させといてくれよなァ」

 

 ───嗚呼、またラブを迎えに行く日程が伸びていく·····。

 

 そろそろ、また使い魔が恋しくなってきていたメルはそのことに涙を流したくて仕方がなかったが、まだお兄様(ドフラミンゴ)はすぐそこに居る。

 

 メルからはドフラミンゴが背を向けていることもあって見えないが、彼はかなりその人形を気に入ったらしく、小さな頭や長い首の輪郭をなぞるように撫で回っていてメルにまで気を配れていないのだが、知らないものはしょうがない。

 

 そんなドフラミンゴのご機嫌な様子を伺えないメルは、心で涙を流しながら、彼から送られた面倒極まりない別れ台詞に口の端を戦慄かせるという器用な真似をして見せる。

 

「ゴヒーキー二ー·····魔女は、まだ準備中なので開店はいつになるかは分かんないけど」

 

 メルのそんな投げやりな挨拶でも、その時のドフラミンゴには及第点であったらしい。フッフッフッとあの笑い声を店内に響かせ、そしてバタンと扉の向こう側へと彼は消えていった。

 

 店の外へと予想以上にすんなり出ていったドフラミンゴに、メルは体全体の力が抜け切ったらしく、そのままデジャブ感が否めないがカウンターにちーんと突っ伏す。

 

「ラブ·····マジであのお兄様、どうにかしてくれないかな。私の手にも余るよ、あの狂人」

 

 それから、数分経たずにスキップかまして帰ってきたジジィにメルが泣きついたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なんで箸休め回の癖してこんなにも難産だったのか·····。

此処で、漸くラブことコラソンを探してモンペが店に突入かましてきました。そのモンペのSAN値が0なのは言うまでもない。

メルは疲労困憊です。私も何故か疲れ切ってますが。

そんなこんなですが、ジジィも完全に死亡フラグ立ってるけど、メルちゃんの受難はまだまだ続きます。

次回は、コルボ山with魔女宅成分補充回になると思います。
ネクストキーワードは、盃兄弟、ニシンのパイ、保護者ーズです。




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やっぱり人は見た目が百パーセント!

プレッシャーに弱いせいで、いきなり色んなものが増えてて頭の中真っ白になりました。

マスター、とりあえずこの店で一番強い奴ください。
日本酒よりも焼酎で頼みます。あ、冷で。
これはもう、どっかの赤髪の所よりも派手に宴かましますよ。

拙作を読んで下さり、本当にありがとうございます。
皆さんもお好きなお酒を頼んでください。
支払いはもちろん割り勘です。それかペイペイで。



 メルの住む家は、一応ジジィの私邸らしい。

 

 万年金欠のジジィであるが、何故か店を一階の隅に構えられるほどには大きな家を持っており、メルはそこの二階の角部屋を与えられていた。

 

 そこそこ古い家らしく、気を付けて上らないと階段はギィギィと耳障りな音を立てる。

 

 夜中に帰還を果たすメルにとって、ジジィに深夜帰りがバレたくないためにその階段はトラップ以外の何物でもない───ま、階段を上る前にジジィの獣並みの五感によって即バレするのだが。

 

 そして、今日はその階段を盛大に鳴らして上る人物がいた。

 

 天窓から差し込む陽気が映し出したのは、耳をピント立てた黒猫の姿である。

 

『デッキブラシの宅急便』のオーナーにして、この家の持ち主であるジジィその人が、神妙な顔つきで階段を足早に上っていき、目的地は決まってると迷いない足取りでメルの部屋の前に立つ。

 

 そして、躊躇なく扉を二回ノックした後に直ぐノブを捻って押し開ける。

 

「うぇッ!?」

 

 すると、ジジィの容赦ない乱入に気付いた部屋の主が、頓狂な声を上げて机上に散らばっていた()()()を隠すように両手を広げて、眠り込むような体勢を取る。

 

 あの桃色お兄様が来日した日から連日配達業は閑古鳥が鳴いているため、メルは今日も暇を持て余しており部屋の中に大人しく引きこもっていた。

 

 そのため、今日の装いはあのジジィに買って貰った空色のワンピースだ。

 

 丸襟が可愛らしいそのワンピースはメルの長いお下げ頭を引き立てており、黙っていれば良いところのお嬢様のようにも見える。

 

 だが、思春期の青少年の如く親に見られたくないものを隠すそうと四苦八苦している様相のせいで、その雰囲気も弾け飛んでいた。そんなメルにはジジィの目も自然と白くなっていく。

 

 ───君は、エロ本隠す思春期少年なの?

 

 ジジィにはしては珍しく低俗な感想である。

 

 そんな残念な娘に溜息の一つも零したくなったが、漸く手にした依頼を思い出して、彼は気分を返るように「ごほん」と咳払いをする。

 

「忙しいところ悪いけど、仕事が入ったよ。あの海軍ジジィが本部に戻ってきたみたいで、昼すぐに仕事を頼みたいからマリンフォードに来てくれって」

 

「え!? ガープさん戻ってきたの!?」

 

 コビーと友達になったあの海軍凱旋以来、音沙汰無かったガープがとうとうマリンフォードに帰ってきたらしい。

 

 今回もそこそこ長いこと、海を流離っていたガープからの久々の依頼にメルの海が現金な光を帯びる。

 

 ガープの依頼は、超お得意様なこともあって通常料金の三倍だ。

 しかも、チップもそこそこ弾んでくれるという素敵なおまけ付き。

 

 だからこそ、ガープの依頼は他のどんな依頼よりも優先してメルは受けているのだ。

 

 メルは頑張って体の下で隠していたものをすっかり忘れて、「早く準備しなきゃ!」と、良い値段した空色のワンピースを乱暴にその場に脱ぎ捨て始めた。

 

 家族とはいえ、一応は異性であるジジィの目の前なのだが、まだメルは女の子が一定の年齢になると罹患する『父親大嫌い症候群』を患っていない。

 

 そのため「えいやっ」と掛け声を掛けて、メルはとっとと下着姿に様変わり。

 

 そんなメルのとんでもない行動に、購入した当人であるジジィが「ニャァアアアッ!? メル、その服幾らしたと思うのォ!?」と守銭奴らしいお怒りの声を上げるが、すっかり目先の金に目が眩んでいるメルの耳には届いていない。

 

 目も追いつかないほどの早業で、カーテンレールに引っ掛けていた黒のワンピースを引っ掴んで被りこみ、一応と雨避け用のケープを羽織る。

 

 今日は少し、朝から嫌な風が吹いているのだ。

 遠出をしなければ降られることは無いだろうが、此処は偉大なる航路(グランドライン)上にある島。

 

 乙女の心よりも移ろいやすい天候がある種、名物なのだ。

 

 そんなメルのお着替えを気にすることなく、ジジィはメルがほっぽり出したワンピースを腕に抱え、皺になっている部分を伸ばす。

 

 何時になったら、この子のお転婆ぶりは鳴りをひそめるのだろうとジジィが再度、嘆息を吐いて────その拍子に、ジジィはメルの机の物をなんとはなしに見た。

 

 そして、目が点になる。

 

 その目は、まさかメルの部屋の中でこんなものを見ることになるとは思わなかったと雄弁に語っており、メルも自分の机の前で硬直しているジジィを発見する。

 

 ジジィの視線の先を追い、そこに自分が必死に隠したかったものがあると察したメルの顔は、瞬時に熟れたトマトのように真っ赤になった。

 

「そ、それは·····巷で流行ってるって言うから試しに買っただけだよ!」

 

 人差し指をビシッと向けて、吃るようにそう言うメルにジジィは「その言い訳は無理があるよォ」と胸中でツッコんでしまった。

 

 ジジィは再度、机の上で散らばる『海の戦士ソラ』のシールを見下ろす。量にして、目視で用意に数えられる枚数じゃない。確実に、コレクションを目的として集められたものであり、()()()()()()と言えるような数ではないのだ。

 

 しかも、その傍にはビーズの装飾が可愛らしい箱まで置いてあった。恐らく、普段はその中に仕舞っているのだろう。

 

 ───最近、ボクの新聞を隠れて見ているからとうとう世界の情勢なんかにも興味を持っちゃったのかと思っていたけど·····まさか、漫画の方が本命だったなんてねェ。

 

 笑っちゃいけないと思いつつも、ジジィの口元が緩やかに弧を描く。

 

 存外、まだ子供っぽい所があるメルに安堵しつつも、これを必死に見られまいと隠そうとしていた彼女の姿も同時に思い出してしまう。

 

 そして、笑いに対しての耐性が低いジジィはそのまま結局、「ふふふ」と笑ってしまって、暫くメルの頬は冬眠の準備をしている栗鼠の如く膨れ上がっていた。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 時刻は丁度、お昼時。

 

 偉大なる航路(グランドライン)に浮かぶ数ある島の一つのマリンフォードは、その脅威蔓延る地域(エリア)であるにも関わらず、欠伸が出そうな程に平和な場所であった。

 

 しかし、それも当然のことである。

 何故なら此処は、世界政府直属の治安維持組織である海軍の本部がある場所なのだ。

 

 そのため、この島の住民の殆どが海軍の身内によって構成されている。

 

 そんな島にこの三年間、仕事のためにと足繁く通っているメルは、しかし、今日は何故かいつものように一直線に海軍本部へと向かわなかった。

 

 彼女のデッキブラシはエスニックな街並みの方面へと向かっており、そのまま商店街の方へと降下していく。

 

 商店街を行く人々は突如頭上に現れたデッキブラシの少女に目を見開き、仰ぎ見ていた。中には、近くを巡回していた海兵を呼び止めて、少女を指差す者もいる。

 

 だが、海兵達はメルのことをよくよく知っているため、驚きの声を上げる此処の住民達に「あの子は、大丈夫ですよ」と宥めた。

 

 ガープ御用達の配達屋が空飛ぶデッキブラシの少女であることは、最早海軍の常識になりつつもある。

 

 そして、その少女を元帥のセンゴクが取り込もうしていることや大将二人がやけに構おうとしていることなど、様々な流言がまことしやかに流れていることもあって、彼女の存在は海兵達にとってかなり身近なものになりつつあった。

 

 よもや、外堀からジワジワ埋められているとは知らず、メルは何かを探すかのように顔を動かして、彼らの頭上を悠々と飛んでいく。

 

 そして、目の上に庇を作った彼女は漸くお目当てのものを見つけたのか、それはそれは嬉しそうな顔をして微笑んだ。

 

「あった·····!」

 

 よし!とガッツポーズを取るメルの背中では、普段は見られない大きなリュックが動きに合わせて揺れた。

 

 珍しくショルダーバッグを肩から提げていないが、その他は特段と変わったところは見られない。

 

 デッキブラシの柄からはラジオがぶら下がっているし、ワンピースの下がドロワーズだけなのも普段通りだ。

 

 早く降りたいと足をばたつかせるメルの気持ちを察しているのか、デッキブラシがいつもよりも速度を早めて下降した。

 

 地面に足をつけたメルの目前に聳え立つのは、年季の入った一件の駄菓子屋だ。

 

『駄菓子屋と煙草屋』と掲げれているその店は、木造作りなこともあって古き良き佇まいである。看板が少し傾いている所も味が出ていて、それを見上げるメルの顔は喜色に満ちている。

 

 漸く探し求めていたものに会えるかもしれない、と胸を高鳴らせるメルが開きっぱなしの店内に踏み込むと、番台でうたた寝をしていた店主と目が合った。

 

「おォ、いらっしゃい。よく見てってくれや」

 

 頬の下に十字傷のあるその店主は強面で、禿頭なこともあって話し掛けるには少々勇気のいる外見をしていた。

 

 シャツ越しにも分かる発達した胸筋や、半袖から除く丸太のような腕が何処からどう見ても堅気じゃないのだが、今のメルは視野が狭まっていた。

 

 彼女は暫し逡巡するようにシミのついた天井を睨んでいたが、背に腹はかえられぬと決心したようで、熱を持つ頬を自覚しながら本題を切り出す。

 

「あ、あの! 『海の戦士ソラ』のシール入りガムって取り扱っていますか!?」

 

 メルが態々、ガープの指定した時間より早めにマリンフォードへとやってきたのはこれが目的であった。

 

 今朝のジジィとのやり取りで分かるように、メルはすっかり『海の戦士ソラ』のファンになっている。

 

 あのW7へ行く途中で出会ってしまったのが運の尽き───ファンであるメルからしてみれば、祝福されるべき運命的な出会いらしいのだが。

 

 そんな風に短い期間ですっかり熱を上げ切っているメルは、また出会ってしまったのだ。

 

 ジジィに買い出しを頼まれた際にふと立ち寄った駄菓子屋で見つけた『海の戦士ソラ』のシール入りガムに。

 

 トムズワーカーズの本棚にぺたぺた貼られていたあのシールは何処で手に入るんだろうと密かに思っていたメルは、そこでとうとう念願の出会いを果たしたのだ。

 

 メルの住む島でも『海の戦士ソラ』はかなり人気のようで、その時にメルはガムを三つしか購入出来なかったのだが、こそこそと仕事中に買い集めたこともあってコレクションの数はそこそこに膨れ上がっていた。

 

 だが、しかし。

 それでも、メルはガムを購入することを止められなかった。

 

 その理由は至って簡単なものである。

 恐らくは、物語の中に“推し”と呼ばれる人物がいる者なら直ぐに推測出来るだろう。

 

 メルは『海の戦士ソラ』に登場するキャラクターをほぼ全員好んでいる。

 ただ、彼女は箱推しはしていない。

 

 ほぼ全員好きであるが、その作品の中でも一等愛しているキャラクターがメルにはいるのだ。

 

 ───ジェルマピンクを、今日こそ手に入れてみせるもん·····!

 

 彼女が愛してやまないそのキャラクターこそ、主人公の敵でもある『ジェルマ66(ダブルシックス)』に所属するジェルマピンクという妖艶な女性だ。

 

 毒を使って相手を攻撃し、時には気紛れで毒に侵された主人公ソラを助けることもあるミステリアスなヴィラン。

 

 格好良い女性に憧れてしまうお年頃であるメルは、すっかりそのジェルマピンクの虜になってしまい、最近はすっかり殺風景な部屋に少しでも彩をと思い貯金していた金も崩して貢いでしまっている。

 

「ああ、お嬢ちゃん。アレのファンか、すっかりこの辺は流行し終えたとばかり思ってたが·····」

 

「えー!? 今が作品史上の盛り上がりを見せてるって言うのに!? とうとうジェルマグリーンが女の人に騙されて無一文になってしまい、クビになりかけている所だよ! ジェルマピンクがソラに告白する一歩手前で、ソラの頭の上にいた鴎がソラたちの本当の司令官だってことも判明して胸熱だらけの展開盛り沢山なんだよ!」

 

「·····話が全く繋がらねェ。あれって海軍万歳と子供に洗脳する漫画じゃなかったか」

 

 片拳を握り熱く作品への愛を語るメルに気圧されたせいか、店主がポツリとマリンフォードでは思っていても到底口には出せない独り言を零す。

 

 だが、ファン特有の『好きな物を語っている時は誰の話も耳に入らない症候群』のせいで、幸いなことにもメルは店主の独り言を一つも聞いていなかった。

 

 店主も熱弁振るうデッキブラシを持った変な少女の話にこれ以上付き合わされては敵わないと判断する。

 

「分かった分かった。お前さんの熱意は十分伝わったさ·····ほれ、あっちにあるから見てこい」

 

 店主が面倒そうな表情で彼女のお目当ての品がある方向を指差し、行ってこいとまるで犬にフリスビーを投げるような言い草で告げる。

 

 しかし、すっかり気持ちが盛り上がっているメルはそんな店主の態度に文句も言わずに、直ぐに走ってそちらへと行ってしまった。

 

「嘘ッ!? 此処、滅茶苦茶沢山あるじゃん!!」

 

 投げやりな店主の指差す方へと、ガムが逃げる訳でもないのにすっ飛んで行ったメルの目前にはズラリとガムの箱が勢揃いしており、選り取りという様相である。

 

 タダでさえ暴走気味であるメルであるのに、この嬉しい誤算ですっかり理性が吹っ飛んでしまったらしい。

 

 ガムの値段を見ながら、リュックからプライベート用の財布を取り出した彼女はパカッと財布を開けてみるや、「ひーふーみーよー」と中に入っていたベリーを数え始める。

 

 デッキブラシを肩に下げて入ってきたのも驚いたが、ベリーの束を数えて何箱買えるか計算しているメルにすっかり店主もドン引き気味である。

 

 ───まさか、あのでけェリュックもアレを大量に買って持ち帰るためか·····?

 

 ジェルマ66の活躍頻度が増えてからは、『海の戦士ソラ』の人気も下火になっていた。

 

 此処は、海軍しかいないような街だ。

 悪の組織や海賊には自然と嫌悪を抱くように街の雰囲気が出来てしまっている。

 

 そんな中で、敵役のジェルマピンクが好きだと言って憚らないその少女は明らかに外の空気を纏っていた。

 

 少し少女の素性に興味が湧いてくるが、所詮はたまたま立寄った駄菓子屋の店主とその客の関係。

 

 あまり踏み込んでも良くないかと頭を搔く店主の座る番台が、ドンッと音を立てた。

 

 その音の正体は、目前でニコニコと満足気に笑っているメルが腕一杯に抱えていたガムの箱の山である。

 

 目視で数えることもままならないほどに積まれたガムの箱に、店主の口がポカリと開く。

 

 そして、呆気に取られていた店主が今日最も引けた指で、ガムの箱を数えてみると50箱あった。

 

 確かに子供の駄賃でも買いやすいようにと、ガム自体の値段はそこまで高く設定されていない。どちらかと言うと三つ四つと多く買えるような値段になっているため、この店にある商品の中でもかなり安い部類だろう。

 

 しかし、それもこれ程の数になればかなりの金額になる。

 到底、子供が払える額じゃないと店主が思っていることを読んだのか、メルはきっちりと金額丁度のベリーを差し出してきた。

 

「多分、計算違いは無いと思うけど·····」

 

「あ、ああ、丁度頂く」

 

 どうしてこんな大金を子供が持っているのだろうかと店主は頭を悩ませるが、当のメルはと言えば、こんだけ買ったのだから漸くジェルマピンクのシールを手に入れられるだろうと大層ホクホク顔である。

 

 どれにお目当ての物が入っているだろうと目をキラキラさせながら、一つ一つを大事そうにリュックへと詰め込んでいくメルには、最早店主には呆れしか残らなかった。

 

 

「おや〜、おやおや〜? かなり駄菓子を買い込んだ子供も居たもんだねェ。君ィ、もしかして親御さんに海軍将校でもいるのかなァ〜?」

 

 気配など無かったはずなのに出入口の方から聞こえてくる間延びした、独特な調子で紡がれるその声にメルと店主がパッと顔を上げる。

 

 すると、そこには店主にも負けず劣らずのヤバそうな空気を纏った壮年の男が一人、リュックにガムの箱を詰め込んでいるメルを色付きのサングラスの向こう側から面白そうに見ていた。

 

 色付きのサングラスを掛けている男に碌な奴はいないと、メルは先日も身を持って体験していたため、バチりと合ってしまった彼の視線につい嫌な顔をしてしまった。

 

 縦縞の入った真っ黄色の派手なスーツを着込んで、磨かれた革靴を履いている男はやっぱり何処からどう見てもマトモな商売をしているようにはとても見えない。

 

 なんで海兵蔓延るこの街に紛れているのかも分からないほどに、常人離れしたセンスをしているその男は、メルの嫌そうな顔を見て「ん〜?」と首を傾げる。

 

「もしや、わっしと知り合いなのかねェ。わっしには子供の知り合いは居ないはずなんだけどォ」

 

 メルの嫌そうな顔を見て、思わぬ方へと男は思考が飛んだらしい。

 もしかしたら、普段から人の顔をあまり覚えない質で、時たまこう言う反応を取られることがあるのかもしれない。

 

「ううん·····ちょっと、色付きのサングラス掛けてる人がトラウマで·····」

 

「あら〜、それは可哀想に。でもねェ、わっしはこれを取ると、海賊にしか見えないらしいんだよォ」

 

 否、それを取らなくても海賊には見える───とメルと店主の二人は意見を同じにしたのだが、彼が頑張って海賊に見えない努力をしているのだと思えばそれも口には出しにくい。

 

「ボルサリーノさん。アンタ、戻ってきてたんだな」

 

 メルがカチンと固まっているのを尻目に、店主は我に返るやこの店の常連に声を掛ける。

 

 暫くは厄介な案件が立て続けに起こったせいで、三月以上を海上で過ごさないとならないかもしれないと彼が愚痴っていたのが、つい先日のように思える。

 

 だが、確かに長いことこの男は店を訪れなかったなと店主が改めて思い直したところで、ボルサリーノは含むような笑みを向けてきた。

 

「やァ、店主。今日もいつもので頼むよ〜。夜に部下達と酒盛りをしようと思ってねェ」

 

「スルメに、ピーナッツ。あと、チータラとジャーキー。チーズも各種類揃えて、どれも10個ずつだな」

 

「流石だねェ。よく覚えてるもんだよ〜」

 

「ウチの数少ない常連だからな。アンタのお陰で、ツマミの仕入れが増えたもんだ」

 

「昔は此処、ピーナッツくらいしか無かったもんねェ。有難いよ〜」

 

 軽く頭上で交わされるのはただの店主と客の会話なのだが、如何せん二人共とても堅気とは思えないような居住まいなので、光景だけでもヤバい取引をしているように見える。

 

 実際はスルメやピーナッツといった、健全な代物しか会話には出てきていないのだが、メルにはそれも隠語に聞こえてくるのだから、やはり人は見た目が百パーセントという話は嘘ではないようだ。

 

 ポカンと大口を開けて、店主とボルサリーノのやり取りを見上げていたメルにボルサリーノは気付いたらしく、「どうしたのかなァ?」と微笑んだまま眉根を上げる。

 

 だが、その微笑みにも含みが感じられてしまう。

 

「な、なんでも、ないけど」

 

「君は、『海の戦士ソラ』が好きなんだねェ。わっしはあまりそれに詳しくないけど、かなり有名なんだろ〜、それ」

 

 店主が奥に引っ込んでボルサリーノの購入する物を見繕っている間は彼も暇らしく、メルを暇潰し相手に選んだらしい。

 

 メルはボルサリーノに話を振られてまた目を忙しく泳がせたが、リュックにガムの箱を詰めることを再開された。

 

「うん。この辺じゃあ、もう人気は無くなってきてるみたいけど·····。でも、今が一番面白いんだよ」

 

「へェ、嬢ちゃんはどれが好きなんだい〜?」

 

 ボルサリーノが現れてからは、ガムの箱をメルはスピードを上げて淡々と詰めていく。

 

 その最中に、ガムの箱に描かれているキャラクターの絵をボルサリーノは指差してきた。

 

 筋張って日焼けしたボルサリーノの指が自分の手の近くに現れて、またメルの心臓が暴れ回ることになるのだが、彼は全くメルの状態を察してないらしい。

 

 そのため、メルの気持ちなど知らないと、「これかな〜? それとも、こっちかな〜?」と楽しげに推測しているボルサリーノの姿が少し憎らしいと彼女は奥歯を噛んでしまう。

 

 ドフラミンゴの一件もあって、必要以上にボルサリーノへの警戒心がメルの中で高まっているのだ。

 

 実はボルサリーノの手を見た時、殺意を明確に持って伸ばされたあの手がメルの脳裏でフラッシュバックした。

 

 夢見が悪い時も、時たま繰り返されるあの忌まわしい記憶の再生はメルが思っている以上に彼女の心を蝕んできていた。

 

 だが、そんなメルの事情を知るはずもないボルサリーノは、なかなか答えないメルに首をまた捻っている。

 

 今は、あのお兄様のことを思い出している場合じゃないと我に返ったメルは、メルの返事を首を長くして待っている人相の悪い男のために口を開く。

 

「じぇ、ジェルマピンク·····」

 

 どうにか喉の奥から声を捻り上げて返答して見せればボルサリーノは「ピンクか〜。女の子はピンクが好きだねェ」と妙な納得の仕方をして見せた。

 

 そんなふうに少しずつボルサリーノと拙く会話しながらガムの箱をリュックに詰めていたメルだが、最後の一箱を苦労してリュックに詰め込む頃にはボルサリーノへの恐怖は何処かへ行っていた。

 

「そのガルーダっていうのが、ジェルマ66の黒幕だとメルちゃんは考えてるんだねェ」

 

「うん、そうなの! 何回かポロッとガルーダが人語を話した瞬間があってね。実はジェルマレッドも、そいつから司令を受けてるんじゃいかって思うんだよ」

 

「ボスってェのは、案外近くに居るからねェ·····」

 

「ボルサリーノさんも一回だけ、読んでみない? 面白いよー!」

 

「わっしはこう見えて、忙しくてねェ。光の速度で動けるせいで、かなり厄介な仕事ばかりまわされちゃうんだよ〜」

 

「うわ〜、やーな上司だねー。休息は大事だよ、本当」

 

「勿論、分かってるよ〜。だから、今日は部下達と酒盛りをしようと思ってねェ。此処のツマミは結構美味しいんだよォ」

 

 店主が全てを袋に入れて戻ってきた頃には、パンパンに膨らんだリュックを前にしゃがみこむメルと、そんなメルに合わせるように膝を折って、高い上半身を億劫そうに屈めているボルサリーノの姿があった。

 

 ───あの子、さっきまであんなにボルサリーノさんを怖がっていたのに·····。子供ってのは逞しいもんだな。

 

 ただボルサリーノが子供好きだったとは思わず、その不似合いな組み合わせに店主は意外な割にはしっくりとくる光景だなとも思い直す。

 

 元々のんびりとした口調で喋ることもあって、仕事以外では穏やかであるボルサリーノの人柄を知っているだけに、店主には近所の子供に構う強面の親父の図に見えてしまったのだ。

 

 店主が会った時のように、『海の戦士ソラ』をボルサリーノにも布教しているらしいメルには、もう彼を怖がっていた様子は欠片にも見受けられない。

 

 このまま、オッサンと子供のほのぼのしいやり取りを続けさせてもいいのだが、店長も仕事をしなければならないのだ。

 

「ボルサリーノさん。物を見繕ってきたから、会計を頼むよ」

 

 店長は楽しそうな二人の間に割って入ってボルサリーノに会計を告げると、彼らは揃って顔を上げて「早いお帰りだった」と口々に物申す。

 

 急なボルサリーノの来店に物を取り出すのにも、時間はそこそこ掛かっていたはずなのだが、二人の話にはすっかり花が咲いていたようで体感時間まで変わっていたらしい。

 

「って、うわ! もうこんな時間じゃん!! 仕事しなきゃ」

 

 だが、メルは窓の外に目をやって経過した時間の長さを知ったようだ。

 

 はち切れんばかりに膨れ上がったリュックに腕を通して、慌てたように彼女は立ち上がるが、思った以上に重たくなってしまったらしいそれに足を取られてたたらを踏む。

 

 そんなメルに、一瞬助けようとボルサリーノの腕が伸びるが、メルはどうにか一人で立つことに成功して、二人に満面の笑みで振り返った。

 

「今日はありがとう、店主さん! ボルサリーノさんもお話とっても楽しかったよ! また会えたらその時はよろしくねー!!」

 

 少女の去り際は、出会った時に比べて酷くあっさりとしたものであった。

 

 ぺこりと二人にお辞儀をして、軽やかな足音と共に店を出ていったメルに、彼等は顔を見合わせる。

 

「元気な子だったな·····。なんで、デッキブラシを持ってたのかが分かんねェが」

 

「いや〜、面白い子だったねェ」

 

 思い思いの感想を述べつつ、支払いを済ませたボルサリーノは購入した物を店主から受け取って、さぁ帰るかと両肩を回した。

 

 そして────光の粒子だけを残して、あっという間に目前から消えてしまったボルサリーノ。

 

 いつ見ても便利な能力をしていると思いつつ、店主は最近伸びてきた無精髭を撫でながら一連の出来事の感想を零した。

 

「海軍大将ってェのは、子供にまで愛想良くしねェといけないものなのかねェ·····」

 

 

 




これでメルちゃんは三大将コンプリートです。おめでとう。

そして、やっと出ました! ボルサリーノ!!

シャボンディ諸島では絶望を味わせてくれた彼ですが、果たして新世界ではどんな風に暴れてくれるのでしょうか。

しかし、いつ見ても田中さん(モデル)ネタをついツッコミたくなるようなご尊顔。
いつか絶対彼是やってやるからな·····。

最近、短編を書いたこともあってその際に彼を洗い直したりしたのですが、この人普通に良いキャラしてますよねー。

また布教を込めて短編書いてやろうかと思ったのですが、何故かボルサリーノ氏はバッドエンドしか書けないような気がします。

この人で一本やったら、絶対天竜人絡むもの。
R15指定ですね、得意分野だけど、私の心が抉られそう。

私の中で、実はコングさんの次に世界政府の重鎮になるのは彼かな〜と思ったり(もしかしたら、既にそうかも·····)。

実はダークホースかもしれないボルサリーノを書けるかが、今後の不安ですね。




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平和って、何だろう?

年度末って、どうしてこんなに忙しいんでしょうか。



 昼過ぎということもあり、海軍本部内は静寂に包まれていた。

 誰の声も聞こえず、息が詰まりそうな厳かな雰囲気の中、数ある廊下の上を二人分の足音が響く。

 

 しかも、そんな静寂を切り裂くように頓狂な声が上がる。

 

「へ·····? 厨房にガープさんがいらっしゃるんですか?」

 

 デッキブラシを肩から下げ、お下げ頭を背の上で揺らしているその少女───メルは、隣で歩いている海兵へと顔を上げる。

 

 いつものように執務室で煎餅を食べながら仕事をサボっているものだとばかりに思っていた人物が、意外な場所にいると聞かされメルの目が点になっていた。

 

 そんなメルの心境を凄く分かるよと肯定しているのは、海軍本部の玄関口に駐在しているあの礼儀正しい海兵である。

 

「そうなんですよ。何でも、おツルさんが急にストレス発散で料理を作りたいと言い出しまして·····それで、折角だったら、野郎一人暮らしで碌にひよっこ達も料理を作れないだろうから、料理教室でも開くかって流れになって、それからガープさんもそこに参加される運びになったみたいです」

 

 元帥であるセンゴク、英雄と誉高きガープ、そんな彼等と同じ世代であるツルが、ストレス発散ついでにと開催したらしい料理教室にメルが顎を落とすのも無理のない話であった。

 

 ───海軍って、そんなホワイト会社だったっけ·····? いや、公務員職なんだからホワイティーなのは違いないけども。じゃなくって、お料理教室とか開いちゃうようなとこだっけ?

 

 海軍は“政府直属の治安維持組織”とか言う、長ったらしくも堅苦しい肩書きを持っていることからも推測出来るように、世界の均衡を保っている言わば核の一つ。

 

 そのため上層部の顔面は、泣く子も見れば更に泣き喚くことになるだろう強面っぷり。

 

 しかも、上層部はすべからく脳筋であるとも言えそうな性根のものばかりで、そんな中に、時々謀略系という品揃えっぷりだ。

 

 常に血と硝煙の匂いを纏っていると言っても過言じゃない物騒海軍が、何をどうとち狂ったのか開催した料理教室。

 

 メルの嫌な予感レーダーが警戒音を発している。

 彼女が怪しくなってきた雲行きに目を細めたとしても全く可笑しくもない話で、それ程に『海軍』と『料理教室』の組み合わせは未知数過ぎる。

 

 果たして、このまま大人しく、日頃からお世話になっている海兵についていっても良いものかとメルが思案し始めたところで、残念ながらタイムリミットを迎える。

 

「此方が、厨房になります」

 

 五メートルは確実にありそうな、縦にも横にもデカいその観音扉はステンレス製だ。

 

 海軍には巨人族も何人かいるが、彼等のための大きさにしては些か小さいようにも思えるため、これは規格外に成長してしまった人間用なのだろう。

 

 この世界の人間の身長は、平均的にも一メートル八十センチ以上と言われている。

 それに、二メートル近くまで背のある女性も存在するため、この世界では巨人族云々の前にそもそも人間自体が規格外の背の高さを持っているのだ。

 

 

 そうなると、少し大きめにと作られる扉も大抵この高さになるようであった。

 

「ちょっと、待ってください」とメルが制止の声を掛けるよりも、早くに開かれたステンレスの扉の隙間から電気の光が差し込む。

 

 そして、その扉の先から現れたのは───やはり、メルの嫌な予感通りのものそのもので。

 

「フンンッ! おツルちゃん、わしもなかなかやるじゃろ?」

 

「そうだねェ。力馬鹿の為せる技と言うべきか、アンタにはピッタリの仕事だったみたいだ·····ホラ、ひよっこ共は火の粉や煤が掛からないようにクッキーを避けてくれるかい?」

 

「はいはい、おツルさんには本当に敵わねェよ·····アンタも、いつまでも落ち込んでないで避けるの手伝ってくれよ」

 

「·····この力は、料理をするためにありゃせんのじゃ。ほうじゃ、この力はゴミ屑共を屠る為のものじゃけェ·····。じゃけん、高々パイ一つ·····」

 

「しっかりせんか、サカズキ。パイ一つ上手く焼けんかったくらいで落ち込むな」

 

 一言で言い表すのであれば、そこは正に地獄絵図。

 

 年季の入った竈の前でパタパタと団扇を仰ぐガープとその隣で腕を組む老婆の姿があると思えば。

 

 彼等から少し離れたところにある作業台の上に置かれているクッキーの盛られた皿達を、竈から遠くの場所へと移動させる天パの背の高い男も目に入る。

 

 そして、そんな天パ男のすぐ近くにある別の作業台に両手をついて何やら意気消沈中であるサカズキと、彼をうんざりとした顔で宥めている丸眼鏡をかけた男の光景が次いで視界に入ってきて、これらが情報量過多気味にメルに迫ってきた。

 

 メルの顔がパッと明るくなったかと思えば、瞬時に顔面蒼白になる。見事な百面相っぷりだ。

 

 しかし、それも仕方が無いことと一蹴しても良い事柄だろう。

 

 何故なら───此処には、メルに曰くのある人物しか居ないのだ。

 

 

 先ず、本来の目的でもある金蔓のガープに出会えたことは、メルにとっては嬉しい出来事だ。どうして竈の前で火と向かい合っているのかは兎も角、彼との再会をメルは素直に喜べる。

 

 そして、その隣でガープにあれこれと火の加減を指示しているツルもメルは何度か顔を合わせたことがあり、彼女が気のいいガープの同僚だと分かっているから良い。

 

 あの丸眼鏡をかけた男もガープと女性の同僚であり、メルは何度か彼の相棒であるヤギを触らせてもらったことがあるから好感しか持っていない。

 

 そう、詰まり問題は残りの二人───トラウマ共であった。

 

 作業台で気落ちしているサカズキに会うものも遠慮したいことであるのに、更にそんなメルに追い討ちかけるように出現した天パ男。

 

 しかも、メルの到着に真っ先に気付いたのも、クッキーが盛られた皿を抱えたままのこの男であった。

 

「あら〜、メルちゃんじゃないの〜。久しぶりだな」

 

 メルの心に刻まれた三年前のトラウマが疼く。

 

 体の下半身を氷漬けにされた挙句に、鋭いアイスサーベルで顔の横を突かれたあの一瞬を思い出して───。

 

 メルは海兵の後ろへと忍者の如く素早い動きで移動して、彼女に何故盾代わりにされているのか分からず戸惑う彼のことをスルーしたまま、ひょこりと彼の背後から顔だけを出す。

 

 そんなメルの相棒であるデッキブラシがブラシの部分を最高潮に毛羽立たせて、ザワザワと蠢かせていた。完全にメルの恐怖心と警戒心がデッキブラシにまで伝播している。

 

 フーフーと目を光らせて、天パ男とサカズキを見比べるメルのその姿は完全に天敵を前にした猫のようである。

 

 ジジィですら、此処まで猫らしい反応はしない。

 

 そんなことはさておき、よもや未だにメルに怖がられているとは思わなかったらしい天パ男は、そんな彼女の警戒態勢を見て決まり悪そうに頬を掻く。

 

 そして、「まだオレが怖いのか」とゴチた。

 

 そんなメルと彼のやり取りを、竈から視線を上げて見ていたツルが溜息を吐く。

 

「ったく·····まだこんな卵の殻すら割っていないような子を怖がらせているのかい、クザン。悪いねェ、メルちゃん。ウチのが迷惑をかけっぱなしで」

 

 海兵の後ろから情けなく顔だけ出しているメルに、ツルは柔らかく笑いかけて「おいで」とそれから手招きした。

 

 元々銀や白に近いツルの髪は、年相応の色やコシになっているが彼女の上品さに更に拍車を掛けている。

 

 未だに現役で前線に出ていることもあって、曲がることを知らない背、若々しい水玉のネクタイを首元で絞めたツルは、メルが憧れる年上の女性像にピッタリと当てはまることもあって、彼女のその手招きに従わない道理はメルには無かった。

 

 天パ男───クザンとサカズキの動向を伺いながら、斥候さながらの俊敏さを持ってツルの傍まで移動したメルに、ツルがよく頑張ったと頭を撫でる。

 

 人を撫で慣れているのか、ツルの熟練の手つきの虜になったメルは、それだけであっという間に機嫌を取り戻した。

 

 すっかり猫らしい反応が板に付いてしまったらしいメルは、嬉しそうな顔をしてツルに撫でられている。

 

 そんなほのぼのとするツルとメルに、漸く火の調節に躍起になっていたらしいガープが気付く。

 

「おー! メル、来たんじゃな! もうすぐで焼き上がるから少し待ってくれ」

 

 パタパタと団扇に片手を当てながら、職人さながらに竈の火を操るガープはメルがこれまでに見てきた中で一番真面目な顔をしていた。

 

 彼の補佐官であるボガードが見たら、普段からもそんな風に真面目にやってくれと提言しそうな真剣な顔付きだ。

 

 こめかみに伝う冷や汗すらも無視して、この作業に命を懸けているとも言いそうなガープを冷ややかな眼差しで見ていると、とんとんとメルの肩が叩かれた。

 

 叩かれた方をメルが振り向くと、そこには丸眼鏡をかけた、ガープやツルと同じ年代の男が、にこやかな笑みを浮かべて立っていた。

 

 メルの顔が更に華やいで、ペコりと首を下げる。

 

「ご無沙汰してます、ヤギのオジサン! 最近めっきり会わなかったので、違う島に行っていたのかと思っていました」

 

「久しぶりだな。いや、私はずっと此処にいるのだが、如何せん阿呆のせいで仕事が溜まっておってな」

 

 ニコニコと浮かべた笑顔の裏側で、男───センゴクの鋭い目がガープやクザンに飛んでいるのだが、そんな裏事情を知らないメルは「大変なんですね」としみじみ相槌を打つ。

 

 どうも、センゴクからは“苦労”や“不憫”といったものを感じ取ってしまうのもあって、メルは彼にだけは優しい言葉を紡いでしまうようだ。

 

「·····うむ、このまま竈の蓋を閉めたら、上手いこと焼き上がるじゃろ」

 

 ガープがそう言いながら満足気に竈の蓋を閉めたところで、メルはようやっとこの光景の異常さについて考え始めた。

 

 此処には、ガープとツル、それから丸眼鏡の同僚であるセンゴクといった重鎮が何故か料理教室のために勢ぞろいしている。

 

 確かに、その中の一人であるツルが開催した料理教室であるため、彼女の同僚であるガープとセンゴクが参加していても可笑しくはないのだが、メルはこの三人が海軍のお偉いさんだと知っていた。

 

 ガープは海軍の英雄だし、残りの二人もこの海軍本部では絶対に道を開かれる立場にある。

 

 ということは、彼等は本拠地であるこの場でも頭を垂れられる立場であるのだ。この三人の上に立っている人間の数の方が、圧倒的に下々の数よりも少ないのは一目瞭然。

 

 そして、メルのトラウマであるクザンとサカズキも、あのトラウマである大捕物の時に指揮する立場であったからこそ、まぁそこそこの立場なのだろうと推測していた。

 

 実際は、立場だけであればガープやツルよりも上の“大将”という地位にいる二人なのだが、彼等がガープ達に頭が上がらないのも事実である。

 

 詰まり、メルが考えている以上にこの場は()()なのだ。

 

 海軍本部では最高司令官と言える元帥のセンゴクを筆頭に、大将のクザンとサカズキ、英雄とかいう名誉職であるガープ、中将位でありながら大参謀でもあるツルが勢揃いしているこの状況。

 

 海賊どころか、革命軍だって会いたくない面子だ。

 

 海軍オタクであるコビーが目の当たりにしたら、あまりの貴重な光景に涙を流すかもしれない。

 

 だが、しかし。

 メルにとってみれば、彼等は金蔓であり、その金蔓と仲良しの気のいいお爺ちゃん達、そして意地悪ばかりしてくるトラウマのオッサンらでしかない。

 

 意図的に彼女自身が海軍に深入りしないように情報を遮断していることもあって、メルはこの五人を近所でたまに見掛ける大人達と同じように接していた。

 

「メルちゃん。クッキー食べるかい? 焼いてる間は暇だろうと作っておいたんだけど」

 

 けれども、それは大人達も同じであるらしい。

 

 ツルがメルの頭の上から手を離して指さした先には、先程クザンが火の元から遠ざけていたクッキーの山がある。

 

 捕縛対象である海賊はおろか、身内の海兵にすら見せたことの無い柔らかい笑顔を浮かべてメルにクッキーを勧めるツルの姿は、完全に久しぶりに遊びに来た孫をもてなす祖母であった。

 

 そんなツルに衝撃を受けて、メルを此処まで案内してきた海兵と大将二人組───あの落ち込んでいたサカズキまでもが目を見開いて固まっている。

 

 ただ、ツルと付き合いの長いガープとセンゴクだけが普通の顔をして、そんな和やかな二人を見下ろしていた。

 

 それどころか、ガープに至っては「わしも食べたい」とツルに強請っている始末。

 

 しかし、そんなガープのお強請りを「アンタは煎餅食ってな」とツルに袖にされている。

 

 つれないツルの返事に、ガープは分かりやすく拗ねた。

 

 そんなコミカルなお爺ちゃん達のやり取りの傍で、メルはクッキーの山へととっとと飛び付いており、「いただきます」と言ったのと同時に口に頬張っていた。

 

 素朴な小麦粉と砂糖、少しコクのあるバターの風味が口内いっぱいに拡がって、なかなかお菓子を食べる機会が無いメルは瞬時に顔を綻ばせる。

 

「お、美味しいー!!」

 

 子供らしくお菓子が大好きなメルだが、最近は漫画に熱中していることもあって、お菓子とはここ暫く縁がなかった。

 

 シールのためにガムは沢山噛めたが、クッキーやシフォンケーキといった定番のお菓子はかなり御無沙汰であったのだ。

 

 締まりのない顔をしてクッキーを堪能しているメルに、平穏とは程遠い職業をしている彼等は、この子供とクッキーという実にわかり易い平和な組み合わせに思うのである。

 

『子供って、いいな』と。

 

 因みにこの場にいる人間は四十路以上。

 

 直属の上である世界政府や、捕縛対象である海賊、腹芸しかしない同僚に囲まれて三十年以上は鎬を削ってきた彼等は今日、『平和』を生み出す以前に自分達が『平和』とは程遠い存在であることをよくよく噛み締めることになった。

 

 

 

 

 




おつるさ────んッ!!!の初登場回でした。
本稿では、おつるさんのことをおツルさんと表記していますが、これは読みやすさを考えてのことです。

ですが、原作に準じて欲しいという声がありましたら訂正することも考慮しております。お気軽にお声がけ下さい。

あのお兄様すら一目置いているおツルさん。
今も凛として麗しいけども、若かりし頃はめちゃくちゃ美人だったおツルさん。
これはラブコメの波動を感じずにはいられませんが、ガープ氏とセンゴク氏の三角形って成立するのかしら·····?
矢印が皆一方通行だったら素敵だなーと思いつつも、今は戦友以上の固い絆で結ばれている御三方の関係も大好き。

腫れた惚れたじゃなくて、一個人を尊重し合っているこの三人、マジに憧れます。背中合わせで戦わせてみたい。

ラジオではなく、生身で漸くご出演果たしたセンゴクさん。
初回で台詞がチョロっと出ただけであとは名前のみだったのですが、20万文字ぶりの再出演です。
よく本当に此処まで訳の分からない物語を書けたなーと我ながら思います。


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実は、まだ門番の仕事に返してもらえない

新年度って、どうしてこんなにも忙しいんでしょうか。



 それは、正しく鶴の一声であった。

 

「あの坊やを追いかけ続けるのも骨が折れる····気晴らしに料理でもしようかね」

 

 大海原から生還を果たしたツルが、海軍本部のドックに足をつけるや早々に放ったその一言が、周囲の時を止めたのは言うまでもなく。

 

「料理·····?」と頭上にクエッションマークを飛ばしたまま固まる部下達を置いて颯爽と厨房に向かったツルは、そこにいたコック達を軒並み休憩するよう追い立て始める。

 

 コックと言えども、彼等も海兵だ。

 詰まるところ、上司であるツルに逆らえるはずもなく、コック達は作業していた手を止め、急に降ってきた暇を前にどうしようかと首を捻る。

 

 少々後ろ髪を引かれているコック長も、言いたいことや聞きたいことが山のようにあったのだが、ツルと目が合えばそんな気持ちも急に萎んでしまったようで、結局黙ったままこの場を後にした。

 

 そうして、厨房にはツルだけが残ったのだが、廊下を歩いている途中で思いついた『海軍お料理教室』を開催するために、慌ててツルの後を追ってきた部下達にそれの告知をするように全員を使いに出す。

 

 一目散に厨房に駆け込んでみれば、今度は『料理教室の開催』を言い触らして来いと言われて部下達は面食らったが、今日のツルは本当に疲れ切っているせいか、声にはいつもの覇気が無かった。

 

 ツルの部下達は全員、女性で構成されているレディース部隊である。

 母親のように慕っている上司が、珍しく駄々を捏ねているのだから、その願いを聞き届けてあげたいと全員が段々と思い始めた。

 

 そんな健気な娘魂に火がついたらしい彼女達は、ツルの命令に従うことにしてこの場をバタバタと出ていく。ツルの部隊が何処よりも纏まっていると言われる所以が、垣間見えた瞬間であった。

 

 

 正直、この様な傍若無人は、大参謀であるツルでなければ許されない所業だ。

 

 彼女の暴挙を止められるのは世界広しと言えども、同僚である元帥のセンゴクくらいだろう。因みに、もう一人の同僚はストッパー所か、面白がってツルのやることの殆どを肯定するので意味が無い。

 

 ツルは、見上げるほどに大きい冷蔵庫の中身を確認して、不意に口角を上げた。

 

「おや、ニシンがあるじゃないか·····若い頃は、よくこれでパイを作ったもんさね」

 

 在りし日を思い出すように、目を眇めるツルはそのまま立派に肥え太ったニシンを手に取る。

 

 まだ海軍のイロハも分かっておらず、我武者羅に体を鍛えていた海軍学校在学時。

 

 偶に与えられる休日で、手を小麦粉だらけにして作ったニシンのパイは同僚達にも好評で、何度か作成途中で同期につまみ食いされたこともあった。

 

 その度にツルの鉄拳が飛んだのだが、奴等は全く懲りた様子なく何度も忍び込んできては、ツルの目を盗んではつまみ食いしていた。

 

 ────今じゃあ、そんなロクでなしも元帥に、英雄だ。世の中、分かったもんじゃないね。

 

 フッと軽く息を吐いて、呆れた笑みを顔に貼り付ける。

 それは、母親が手のかかる息子達に向けるような笑みとも例えられるかもしれない。

 

 そんな風に彼等のことを考えていると、ステンレス製の扉がとんでもない力で押し開かれた。勢いよく壁に扉がぶつかって、ガシャンと大きな音を立てている。

 

 そんな音と共に聞こえたのは、先程まで思い馳せていたつまみ食い犯の一人である男の注文の声だ。

 

「おツルちゃーん! ワシゃあ、鯖の煮付けが食べたい!!」

 

「私はレストランじゃなくて、お料理教室を開催したんだ! 食べたいもんがあるなら、自分で作りな」

 

 今ではすっかり古参になったガープの昔から変わらない無邪気な注文に、ツルは慣れたように言い返す。

 

 ガープの髪にも大分白い物が混じってきて、今では孫もいるお祖父ちゃんなのだが、この男はまだ自分を少年と錯覚しているのか子供みたいなことばかり言っている。

 

「私ゃ、今日はパイを作るんだよ·····ああ、そうだ。ガープ、アンタ、そこにある竈がまだ使えそうか見てくれないか」

 

「おっ! おツルちゃん、もしかしてニシンのパイを作るのか? 久しぶりじゃのう。おツルちゃんが大参謀になってしまってからは、とんと食べてなかったもんじゃ」

 

 ガープはホクホク顔を浮かべながら、ツルの指示に素直に従って、灰が全く残っていない竈の調子を見るために膝を屈める。

 

 ガープ達が海軍学校に在籍していたあの頃から、文明の利器もかなり発達しており、その代表格とも言えるのがオーブンレンジの登場であった。

 

 あの頃は、冷蔵庫もまだ出てきたばかりで大将が乗る船ぐらいしか搭載されていなかった。

 

 だから、ツルがいつも使用していたニシンは朝市で仕入れた新鮮なもので、まな板に載せた時もピチピチとよく跳ねていたものだ。

 

「おツルちゃん、竈はまだ使えそうじゃぞ」

 

「じゃあ、薪さえありゃどうにかなるね。それは、部下達に探させるとして、私はまず下拵えをするか」

 

 昔と違って、今のツルには沢山の部下がいる。

 

 何もかもを一人でしなければならなかったあの頃も楽しかったが、今は学生ではなく、海軍本部の大参謀であるツルが使える自由時間は非常に限られているのだ。

 

 彼女は、手際よく電伝虫越しに部下達に今度は薪を探してくるように言いつけて、厨房に殆ど入ることの無いガープが物珍しそうにウロウロしているのも目障りなので、小麦粉や料理機器を取ってるくようにパシらせる。

 

 そして───四十年近くも作っている得意料理なこともあって、ツルは十分とかけずに下拵えを終わらせて、あとは焼くのみの状態までに終わらせた。

 

 しかも、パシリを終えて、またぞろ暇になったガープが一向に厨房から出ていかないもんだから、「此処に居るんだったら、アンタも何か作るんだね」と彼にクッキーの生地を作らせて、型抜きまでさせてしまった。

 

 流石、拳骨のガープと言われているだけあって、力だけは有り余っている老人だ。

 

 瞬く間にクッキーの生地を捏ねくり回してしまい、厨房に置いてあったハートや星型の型抜きでかなりの数のクッキーをくり抜いた。

 

 ツルと同じように、還暦を過ぎてもまだ前線で活躍しているガープは、その年齢に似合わず、背骨も伸びていれば、肩幅もそこいらの海兵とは比べようにならないほどに広いため、屈強な容姿をしている。

 

 そんな化け物みたいな見た目をした老人がちまちまとクッキーの型抜きをしている様は何ともシュールであった。

 

 しかも、よっぽど腹が減っているのかまだ焼いてもいないクッキーの生地をつまみ食いして、「不味い!」と言い捨てる始末。本当に、気持ちだけは誰よりも若々しい爺様である。

 

「そうじゃ、折角じゃから、このクッキーは孫に送ってやろうかの」

 

「良いんじゃないかい。子供はお菓子が好きだろうからね」

 

「そんで、ワシはおツルちゃんのパイを食うんじゃ。おツルちゃんのパイがこの世にあるパイの中で1番美味いからのー」

 

 躊躇なくガープの口から紡がれた賛辞に、ツルは一瞬手を止めたが、「そうかい。何でも食べるガープにそうまで褒められて嬉しいよ」と平坦な声で返答する。

 

 ただ、何事もに動じない不屈の大参謀であるのにも関わらず、その時のツルは一つもガープと目を合わせられそうになかった。

 

 この男は、単純明快が服を着たような存在であるために、何の含みもなく純粋にそう思ったからこそ、ツルのパイをこの世で一番美味しいと言ったのだろう。

 

 それが、どんな褒め殺しであるのかも深く考えずに、彼はやすやすとそういう照れ臭いことも真正面から言い放ってくる。

 

 ───この男は、英雄である前にそもそも海軍一の人たらしだったね。

 

 男女や階級問わずに、何故か傍迷惑な性格をしている割には誰からも慕われるガープ。

 

 その根源にある、彼の人たらしの才能の肝は純粋に人を賞賛出来る無垢さだ。

 

 海軍も中枢に近付けば、近付く程に魑魅魍魎が蔓延っている。此処は、謂わば伏魔殿だ。

 

 頭の螺が緩み切っている狂人、正義に取り憑かれた怨霊、自分を組織の駒と割り切っている異常者。

 

 そういう者達は、あまりにも自身がひねくれ曲がっているせいか、純粋で単純なものを好む質がある。

 

 要するに、自分に無いものを求めてしまうのだ。

 

 ガープは、そのニーズにすっぽりと当てはまることの出来た、所謂ラッキーガイなのだ。

 

 何度か、ツルはそのガープの世渡りの上手さに嫉妬したこともあった。

 だけども、結局はツルとて彼に絆されてしまい、取り込まれてしまった。

 

「薪がなかなか届かないね。時間が勿体無いことだし、あのひよっこにでも頼もうか」

 

 今日は、これ以上ガープと二人で居たくなくて、ツルは後輩を呼び出すためにまた電伝虫を取り出す。

 

 そして、他のどの後輩よりも早くに応答する彼に「パイを焼くために、その能力が必要だから早く来てくれ」と滅茶苦茶なお願いをして、暫くは困惑する後輩と熾烈な舌戦を繰り広げた。

 

 だが、結局はお世話になっているツルの頼みとあって、断りきれなかったその後輩が大層不服そうな顔つきをして厨房に現れることになったのである。

 

 

 

 

「そんな訳での、サカズキに竈の火を任せたんじゃが、やっぱりマグマは高熱過ぎたようでな。パイは炭にもならず、溶けてしまったんじゃ」

 

「色々と試行錯誤してみたけど、辛うじて成功したとも言えそうなのは、焦げ付いたクッキーだけなもんさ。あれは、入れた瞬間に焼けたから直ぐに取り出したみたが、それでも炭になりかけてた」

 

「で、一度竈の熱を取り払うためにってオレが呼ばれて、ヒエヒエの能力で竈の中を凍らしたって訳だ」

 

「その頃になって、漸く薪が届いての。もう一度、ニシンのパイをおツルちゃんが作り直して、その間にワシとクザンはまたクッキーを作ったんじゃ。その途中での、おツルちゃんが『人が増えたから、パイをあと五つほど作ろうか』って言い始めて、『折角だから、ガープの孫の分まで作ってやろうかね』って、孫達の分も作ってくれることになったんじゃ」

 

「·····で、その結果、配達屋である私に、そのニシンのパイとクッキーをルフィ君に届けさせようと急遽この場に呼び出したと」

 

「そういうことになるな」

 

 ガープ、ツル、クザンによって“料理教室が開催し、それからメルが呼ばれるまで”の経緯が説明された。

 

 三人の話を聞いてると、ガープを見る目がやはり冷え冷えとして来るのだが、このお爺ちゃんが規格外なことはいつもの事だと思い直す。

 

 パイを焼くために、マグマグの実の能力者であるサカズキを呼び出したツルも相当ヤバいが、多分、彼女は連日の激務で疲れ果てているのだろう。薪がないから、マグマを火種にしようというのもクレイジー過ぎる発想だ。

 

 そんなツルの一声によって、開催されることになったお料理教室は実質、“ツルのクッキングwith補佐の幹部達”であることが判明し、海軍ってやっぱりブラック企業じゃないかとメルは頭を悩ませる。

 

 公務員職って健全なイメージがあるけども、実情は民間企業も吃驚なブラックさに塗れているのかもしれない。

 

 

 

 現在は、ニシンのパイが焼き上がるのを待っている所で、全員が作業台に椅子を持ってきて腰掛け、まだ上手く焼けた方であるクッキーを摘みながら話し込んでいた。

 

 まだ、火種要員として呼ばれたサカズキは心の傷が癒えていないらしく、クッキーをバリバリと貪りながらも、心ここに在らずといった様子である。

 

 いつもなら、憎らしい程にメルをチクチクと虐めてくるのだが、今日はそんな気力もないのか、大人しく物思いに耽っている。

 

 まるで、牙を抜かれた狼みたいとメルが思ってしまうのも、無理のない話だ。

 

「それじゃあ、ヤギのオジサンはどうして此処に?」

 

 ガープはただ飯を食いに来ただけ、サカズキは火種要員、クザンは冷却要員だとしたら、メルの隣に腰掛けているセンゴクはどうしてこの場に居るのだろうか。

 

 メルのそんな疑問の声に、センゴクは、

 

「私は、仕事中にバタバタと走り回っている雑用兵がいつもよりも多いのが気になってな。何か事件でも起きたのかと、通りがかった者に聞いた所、おツルちゃんが『料理教室を開催して薪が必要になったが、一向に薪の保管場所が分からない』と言う。厨房も機械類が増えたから、燃料を置く場所を把握する者も少なくなったのだ。幸い、私は此処に長いこといるから薪の保管場所も把握していた。あと、おツルちゃんの料理教室の具合も確認したかったから、薪を運ぶついでに此処に来たのだ」

 

 とツルに命令されて、薪を探していた彼女の部下達の行方と一緒にこの場に居る理由を語った。

 

「しかし、来てみれば、ガープはやっぱりいるわ。それどころか、珍しく落ち込んでいるサカズキもいるし、クッキーの型抜きをしているクザンもいる。此処に一緒に来た雑用達が、おったまげてひっくり返るのも無理のない珍妙な光景であった」

 

 しみじみとそうゴチるセンゴクであるが、今はそんな彼も珍妙な光景に仲間入りしている自覚がないらしい。

 

 長い髭を撫でて、遠い目をしているセンゴクに「貴方も多分、その内の一人です」と口が裂けても言えないメルと、メルをこの場に案内してしまったせいで、元帥や大将たちと机を同じにしてしまった海兵が胸中でツッコミを入れる。

 

 

「ところで、メルちゃん。今日は大きな鞄を背負っているけど、もしかして他にも配達するところがあるのかい?」

 

 どうにかして、メルのトラウマを払拭したいらしいクザンがコミュニケーションを取ろうと例の物が入ってパンパンになっている彼女の鞄について聞いてくる。

 

 だが、メルとしては、この中に入っている物をこの場にいる人間に明かすつもりなど一切無かった。

 

 今朝のジジィの生暖かい目を思い出すと、今でも頬が熱を持って、背中がムズムズするのに、これ以上あんな反応をとる人間に出くわしたら、自分は羞恥のあまりに死んでしまうだろとまで、大袈裟なことをメルは思っていた。

 

「違うよ。これは、そう、仕事道具がいっぱい入ってるの。最近、色々と仕事内容が増えたから·····」

 

 何故か鞄の中身について、しどろもどろとした返事を返してくるメルにクザンが首を傾げる。

 

 顔は完全なるポーカーフェイスであるのにも関わらず、その口から飛び出してきた怪しい口振りがなんともちぐはぐで不審極まりない。

 

 ───十中八九、仕事道具じゃねェだろうな。突き続けたらボロが出そうだが、さすがにこれ以上嫌われるのは嫌だしなァ。

 

 三人いる海軍大将のうち、一番温厚的だと自分でも思っているクザンは子供好きでも有名だ。

 

『だらけきった正義』を掲げているだけあって、任務達成率は三人の中でも最下位であるが、実力は最高戦力と名高い大将なため申し分ない。

 

 ただ、気が乗らなかったり、自分の信条に反することをしてまで任務を遂行しようと思わない彼は、仕事をサボったり、放棄することでも有名であった。

 

 チラリと、同期である男に目配せしてみるが、彼はまだ自分の世界に潜っているようで、一つも視線が合わない。

 

 ───やれやれ。頭でっかちな分、予想外に弱いんだよな、この人。多分、パイを焦がしたことから思考が飛んで、能力を上手く調節できなかった自分が許せないんだろうな。

 

 クザンとは対称的に、件のサカズキは任務遂行率が大将の中でもナンバーワンだ。

 

『徹底した正義』という、クザンとは正反対な正義を掲げるサカズキは、海軍の中でもかなり生真面目な部類で、だからこそ二人はあまり反りが合わない。

 

 例えるならば、S極とN極のようにそれぞれ相反する性質を持っているために、顔をあわせれば嫌味が飛び交い、時には拳が出て、言葉よりも肉体言語で語ることの方が多かったりもする。

 

 そんなサカズキが、珍しく仕事以外で構っている存在がメルであり、普段ならば彼女の鞄について嬉嬉として質問攻めしそうなのだが、どうやら今日は、そんなことをする気力も残っていないらしい。

 

 ───まぁ、おツルさんやガープさんに良いところを見せられなかったのもあるだろうしな。

 

 長年に渡って、世話を焼いてもらっている先輩の期待に添えられなかったことも、粋の生真面目さ故に落ち込んでいるのだろう。

 

 憎くて仕様がない海賊が絡んでいるならばまだしも、プライベートな頼みでの失敗だからこそ、余計に拍車がかかっているのかもしれない。

 

 ───難儀なもんだよ、全く。

 

 そうして、メルの鞄への追求が頓挫仕掛けたその時。

 

 どうやら、メルの微笑ましい趣味をどうしても公表したいらしい神でもいるのか、控え目なノック音が響くや、その男は厨房の観音扉の向こう側から現れた。

 

「おツルさ〜ん。ウチの部下を私用で使うのを止めて貰えませんかねェ·····おや、おやおや〜。かなり豪華な顔触れだねェ。こんな所で、緊急会議か何かですかい〜?」

 

 縦縞の真っ黄色のスーツという、ハイセンスな服装をしたその男は、どうにもついさっき、見たような気がする顔をしている。

 

 もっと正確に言えば、お昼時の駄菓子屋で、膝を突合せて話した色付きサングラスの強面のあのオジサンが、不意に扉の向こうから姿を見せた。

 

「·····は?」

 

 メルの思考が一瞬にして、ショートを起こす。

 目が文字通りに点になって、開いた口が塞がらない。

 

 そして、大男たちに囲まれているチビ助なメルにその男が気付かないはずもなく。

 

「あら〜? 君は、確か『海の戦士ソラ』のお嬢ちゃんだねェ·····ん? なんでこんな所に君がいるのかな〜」

 

 互いに、それぞれどうして相手が此処に居るのだろうと疑問に思うが、ボルサリーノと違って、早々にバレて欲しくない海の戦士ソラのことを口にされて、メルはそこで思考回路が止まってしまう。

 

 しかし、そんな木偶と化したメルとは違って、この場所の異様な光景についての理由を明白にしたいボルサリーノは、「ん〜」と首を捻るや、数秒もしない内に「ああ」と会得したように拳で掌を叩いた。

 

「そっか〜。メルちゃんは、この中の誰かの隠し子なんだねェ」

 

「「「んな訳あるかァァアアアッ!!?」」」

 

 クザン、サカズキに並ぶ、最後の海軍大将ボルサリーノ。

 

 彼が掲げる正義は『どっちつかずの正義』。

 

 任務遂行率も温厚さも、彼等の真ん中を日々キープしており、少し世間離れした雰囲気を漂わせているボルサリーノであるが、その実は三大将一天然であるために、『何を考えているか分からない人』という評価をくだされがちである。

 

 

 




四十路三大将も書くのがとても楽しい。

ピシッとした過激なサカズキ、ぽやーっとして天然なボルサリーノ、ダラダラだけども熱いところもあるクザンのトリオはとても愉快だなぁとONE PIECEの二次創作を書き始めてから思うようになりました。

原作では、三人の絡みはあまりないままクザンが海軍を去ってしまいましたが、だからこそ捏造の余地ありと好き勝手しています。

しかし、どうして私が書くサカズキはこうもヘナっとしてしまうのか·····。原作の過激な感じをこの盃兄弟(ニシンのパイ)編では出していけたらなと思っています。

今回は、かなり更新が遅くなってしまいました。
拙作を待って下さり、ありがとうございます。



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ヤギさんじゃなかったら、キレていた

『実は、メルは海軍上層部の隠し子でした』という、天地がひっくり返っても有り得ないボルサリーノの誤解が解けるのには、少々の時間が必要であった。

 

「メルちゃんはガープさんが贔屓にしている配達屋で、今日もその仕事をこなすために此処に居るってことなんだねェ。わっしは、全くメルちゃんのことなんて知らなかったよォ」

 

 また一人、背の高い人間が卓を囲むことになったので、メルの周囲の密度が高くなった。

 

 まだ子供身長であるメルは、自分よりもずっと顔が高い所にある大人達を見渡すために、首を限界まで伸ばすようにして彼らの顔を見上げるが、そろそろ首が痛くなってきそうだ。

 

 しかし、見渡す限り一面の強面。

 皆、正義のコートを肩から羽織っているから海軍だと認識出来るが、逆に言えば、このコートが無ければ逆立ちしたって公務員には見えない。

 

 ───海賊のお宝会議って題名の方が、すんなりと受け入れられる光景だよね本当。

 

 メルがこの様に、失礼な感想を零すのも無理のないことであった。

 

「ボルサリーノ。おどれ、メルとガープさんのことは知っちょらんと言いよったが、じゃあ何処でコレのことを知ったんじゃ?」

 

「ん〜? ああ、メルちゃんとは今日、駄菓子屋で会ったんだよォ〜」

 

「駄菓子屋じゃとォ?」

 

 パイを炭に変えてしまったという、可愛らしい理由で不甲斐なさを嘆いていたサカズキが、メルとボルサリーノの接点に興味を抱いたのか、ジメジメすることをやめて、そのことを聞いている。

 

 “海の戦士ソラ”というバレたくない案件があるメルと違って、何の隠し事もないボルサリーノは易々と口を開いた。メルにしてみれば、いつその口で例のものをバラされてしまうのかと、肝を冷やすしかない流れができあがりつつある。

 

 これは良くない展開だと十分に自覚したメルは、なんとかボルサリーノに黙ってもらえないかと密かに小さく首を振ったり、アイコンタクトを取ろうとしたりと獅子奮迅したのだが、鈍いボルサリーノがそのことに気付くはずもなく。

 

 寧ろ、そういうことに目敏いクザンにサインが気付かれるという失態を彼女は犯していた。

 

「メルちゃんが駄菓子屋に居るって言うのも意外だな。君、そんなに散財するのは好きじゃない筈なのに」

 

 メルにこれ以上嫌われたくはない筈のクザンが、とうとう流れに加勢し始める。

 彼の中でメルが苦労してまで隠したい物が、好奇心を押し殺してまでスルーできるような案件じゃ無くなりつつあった。

 

 恐らくは、あの肥太ったリュックの中身と関係しているのだろうがとクザンはほぼアタリを付けていた。

 

 メルもメルで、クザンが正解にたどり着きかけていることを瞬時に悟っている。

 

 明らかにクザンの目が、メルの背負っているリュックの方へと向いているからだ。

 

 なんで、自分のリュックの中身にこうも彼が執着しているのかが分からない!とメルも半ギレしそうにもなっていると───。

 

「そうなのかい〜? わっしが会った時は、かなりの量のガムを買ってたけどねェ」

 

 とうとうボルサリーノが、例の物について語り始めていた。

 

「あ、あの!? ボルサリーノさんは何かおツルさんに言いたいことがあって此処に来たんじゃなかったけ!? 部下がどうたらこうたら〜って!!」

 

 刹那、白々しくも、メルは挙手までして急にボルサリーノがこの場に来た訳を尋ね始めた。

 

 突然のメルの行動に、ボルサリーノと会話していたサカズキから不審そうな目を向けられる。

 

 センゴクとガープは、ツルからクッキーを取り上げられていることもあって、ガープが常に懐に忍ばせている煎餅に舌鼓を売っている真っ最中であった。

 

 だが、彼等も彼等で、三大将とメルの会話の行き着く先が気になるようで、大人気なく目を緩ませて見守る体勢に入っていた。

 

 そんな馬鹿な男達に呆れた視線をやっているのは、この場においてはツル一人。

 

 こんな小さな子供に寄って集って、どいつもこいつも半世紀近くを生きているとは思えない幼稚さだと頭を振りたくなるが、それをどうこう言った所で思い直すような素直さなど、奴らにはない訳で。

 

 背水の陣を敷いた歴戦の武将の如く、孤立無援のまま息巻くメルの勢いに押されるようにしてボルサリーノが「ああ」と思い出したように顎を撫でる。

 

「そういや、その話をしに此処に来たんだっけねェ。確か、パイ専用保温機」

 

「ぱ、パイ専用保温機·····?」

 

「メルちゃんがガープさんの孫に運ぶっていうパイを、温かいまま届けさせたいっておツルさんがウチの部下に頼んだらしくてねェ。最近は、化学兵器しか作ってなかったと何故か泣いていたよォ」

 

 そう言って、一人でツボり始めたボルサリーノは「いやァ、やっぱり化学部の子達って変なのが多いねェ」と笑い混じりに頓珍漢な感想を述べている。

 

 そんなボルサリーノに二人の大将と二人の老人はドン引きしていた。

 

 因みにツルだけが「お前さん、文句を言いに来たのはいいが、肝心の物はどうしたんだい?」と冷静に手ぶらで現れたボルサリーノにツッコんでおり、ツッコまれた彼はといえば「ん〜? おや、忘れてしまったみたいだねェ」と呑気に頬を掻いていた。

 

 海軍って、ここまでマイペースじゃないと成り上がれないんだなと、メルはまた一つどうでもいいことを勉強した。

 

 

 

 一口に海軍と言っても、その内情は複雑に入り組んでおり、海兵は多種多様な部門ごとに配属されている。

 

 海軍は民営の企業ですら裸足で逃げ出すような縦社会である。

 そのため、階級、配属先、年功序列によって海軍内でのヒエラルキーが決まるので、実に色々と面倒臭い。

 

 ガープのような実力だけで中将に上り詰め、強い者が正義だと思えるような実力主義者の方がこの社会では逆に生きやすいらしく、実力もまあまあ、だけどもコネや贔屓で少尉や大佐にまで上り詰めたような半端な知恵者の方がヒーヒーと喘いでるのがこの業界の真実でもあった。

 

 そんな海軍の数ある部門の一つに化学部というものがあり、此処に所属する部隊の半分はボルサリーノを上司に持っていた。

 

 この部隊の直属の上司は、ベガパンクという天才科学者になるのだが、天竜人の護衛をよくこなすボルサリーノは、『彼等の警備は世界最高レベルで無ければならない』という世界政府からのお達しもあって、化学部隊を使うことの出来る権限を持たされていた。

 

 そんな故もあって、ボルサリーノの部下の半分が化学部(マッドサイエンティスト)なのだが、彼の部下の一人がツルに平和な家庭道具を作らされて、感涙を流したと言う。

 

 

 なんとか話を別の方角へ向けることに成功したと、メルは密かに流れていた冷や汗を拭う。

 

 しかし、此処はまだ敵陣。

 その油断が仇となった。

 

 ガムの箱でパンパンに膨らんでいるリュックを、ずり落とさないようにしっかりと背負っていたメルだが、冷や汗を拭う時にその手を僅かに離していた。

 

 刹那、リュックがギューッと後ろへと引っ張られるのをメルは感じる。

 

「あっ·····!」とメルがリュック紐を取り戻そうと手を伸ばすも、時すでに遅し。

 

 メルの背中から離れていったリュックは、床へと落ちるや盛大にガムの箱を中から撒き散らし、事態は最悪な結末を迎えることとなった。

 

 しかも、この大惨事には元凶が存在するらしく、()()は踊るような足付きでぴょこぴょこと飼い主の元へと戻っていく。

 

「メェ〜〜〜」

 

 センゴクの傍でよく侍っているヤギが、今回の戦犯であった。

 

 愛くるしい小動物の眼で、やってやったぜ!と言いたげな顔をしながら、小さなしっぽを振るその姿は正に小悪魔。

 

 ミンク族や新聞屋はともかく、小動物には滅法弱いメルは、偶に愛でていたヤギなだけあって怒るにも怒れず。

 

 複雑な心境を百面相で表現しているメルの周りでは、散らばっているメルの秘密に皆が皆(ボルサリーノ以外)、己が見ているものが信じられないと言った顔をしていた。

 

 ───これは、海の戦士ソラのシール入りガムか·····? 何故、こんなにも沢山の量をメルちゃんが·····。

 

 センゴクは思い悩む。

 何故、彼女はこれ程にこのお菓子を持っているのだろうか、と。

 

 ───この子も、そう言えば、まだ十歳にもなってなかったね。

 

 ツルはメルの年齢を再確認する。

 いっぱしに大人ぶった口調で、山千海千の海兵と渡り合っているが、まだこの子は働くのも難しい年頃であったと。

 

「メルちゃん、こんなにこのお菓子が欲しかったんなら、ワシが買ってやったのにのう」

 

 床で散らばる海の戦士ソラのシール入りガムを一つ手に取って、「今はこういうのが子供の内では流行っとるんか」と興味深そうにガープは眺めている。

 

「え·····!?」

 

「いつも世話になっとるんじゃから、当たり前じゃ」

 

 実際は、ボガードがまた商店街を走り回ることになるのだが、過程よりも結果重視派なので、その辺の細かいことは結局告げられることもない。頑張れ、ボガード。君の未来はきっと明るい。

 

「海の戦士ソラのォ。やはり、子供は子供。随分と愛らしい趣味をしとうことで」

 

「オレァ、別にいいと思うぜ。海の·····なんだったか。んー、まぁ、あれだあれ。オレはかっこいいと思うぜ。主役の飛んで、パンチする所とか超イカしてる」

 

 やっぱり、嫌な反応を取るのはトラウマの二人のようで、サカズキはニヤニヤと鼠を前にした猫のような顔をしており。

 

 なんとかメルの好感度を上げたいクザンは、海の戦士ソラを知らないのに適当なことを言っている。

 

 ───やっぱり、サカズキさんもクザンさんも大っ嫌い!!

 

 熱を持つ頬を自覚しながら、この大人気ない大将二人にメルはそう心中で吠えた。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 分厚い雲が天を覆い、海がうねり、飛沫を上げ、海面は大荒れ状態。

 

 横なぶりの雨が絶え間なく降り続け、鉛色の雲からはゴロゴロと雷が発生する音が聞こえる。

 

 航海中の船であれば、この大嵐に「クソッタレ!」と舌を打ち、波に持っていかれる舵にてんてこ舞いなのだろうが、空上の飛行はまた勝手が違ってくる。

 

「やっぱり、大(シケ)だよねー。これは、完全にまた日帰り出来ない予感たっぷり!」

 

 横なぶりの雨と轟々と吹く向かい風に、メルの乗るデッキブラシが勢いに流されそうになっているが、どうにかそれを堪えて前進を続ける。

 

 パタパタと羽織っているケープの裾がめくれ上がり、すっぽりと被っているフードもこの向かい風によって、その意味を無くそうとしておりメルの頬を雨が打つ。

 

 靴なんて既に水浸しになっているのだから、これじゃあ履いていても履かなくても、変わらないようなものだ。

 

「ここ一年はずっと嵐を避けてこれたけど、やっぱりそろそろ遭遇する頃合かなーとは思ってた」

 

 因みに、我が身と同じくらいに大事な例の物が入ったリュックは、しっかりとケープの下に雨から隠されている。

 

 配達物であるパイとクッキーは、海軍本部化学部のお手製である保温機の中に入れられているので、雨が降ろうが風が吹こうが中身には全く影響がないことを確認済みである。

 

 寧ろ、今、この場で一番安穏とできる場所がその中かもしれないと、雨風に晒されているメルは思う。

 

 目的地を見通すように、水平線の一点をメルは見つめるが、所々に出てきた体調の不良に気付き、無意識に舌を打った。

 

 手先が濡れてかじかみ始めたのか、感覚が無くなってきていた。

 足先も濡れた靴を履いているせいで、冷え切ったあまりに指が動かしにくい。

 

 ───配達先である、コルボ山のダダンって人の家まではあと見積もって一時間は掛かるんだよね。

 

 デッキブラシの速度を上げることも考えたが、己の残りの体力のことも考慮すれば、あまり無理な賭けは出来そうにもない。

 

 デッキブラシに住む風の妖精シルフを使役するのには、そこそこの魔力が必要だ。

 

 現在、魔女稼業を休業中であるメルは、僅かの魔力だけで遣り繰り出来るからと、その身には必要最低限の魔力しか蓄えていなかった。

 

 ───せめて、成人するまでは魔力を身の内に溜めたくはないんだよね。私自身が、知識に振り回されるうちは·····!

 

「シャンディアに幸あれー!」

 

「盗人であるスカイピア人達に天罰をー!」

 

 雷の轟音と風の呻き声に紛れて、天から誰かの叫び声が聞こえたような気もするが、メル以外にこんな大嵐の中、空を飛んでいる物好きがいるはずもないかと、彼女は聞こえてきたものを空耳だと一蹴する。

 

 よもや、この分厚い雲の上では、めくるめく領土争いが巻き起こっているなどとはいざ知らず、メルは口元をより引き結んでこの最悪な天候の中、風にデッキブラシの軌道を取られないように器用に繰る。

 

 メルが、こんなにも頑張るのは、配達屋の意地を見せるためだ。

 

 世界一の配達屋になって、自分にも他人にも誇れるように在りたいから。

 

 

 だから、今はあの太陽のような笑顔を浮かべる脳天気な子供にニシンのパイとクッキーを届けようと、メルは濡れそぼった体に鞭を打ってデッキブラシを飛ばし続けた。




拙作は、作者の調理が雑な故に度々原作と矛盾を生じることがありますが、この前魚人編を見返して、また矛盾を突きつけられることになりました。

どうやら、海軍大将が大将になったタイミングは原作開始から早くとも七年前になるみたいですね·····。

ですが、拙作ではもう大将になっています!
ってことは、拙作ではきっとバタフライ・エフェクトによって、大将在任期間が長くなるような出来事がきっと起こったんですね!

というスタンスで、これからは生じてる矛盾と向き合おうと思っています。因果ですら、作り出してこその二次だと思いたい。

新世界に入ってからの、はっちゃけてるセンゴクさんが大好きです。
元帥って大変だろって他人事のセンゴクさん、ドレスローザに物見遊山で来たおかきジジイなセンゴクさん。

ゴールド・ロジャーと渡り合ったり、頂上決戦の指揮を執ったりしたりと、その心労を考えるとこれ以上無理しないでくださいと言いたくなります。

残りの余生は、ヤギと共に世界の行く末をのんびり眺めて欲しいなと思うばかりです。


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私の名前くらい、覚えていてよ!


もうすぐで、ブルーノ、カリファ、ペンギンの誕生日なので二本続けてお送りします。

あと、海軍ターンが予想以上に長かったですしね。


 ルフィは暇だった。

 

 朝からずっと降り続けている大雨のせいで外に出ることも出来ず、兄のエースが鼻ちょうちんを高くして寝ているのを観察することしかすることが無い。

 

「暇だぞ〜。高町に行ってラーメン食べたいし、試合もやりたいぞ。暇だ、おれは暇だー! 暇だー! エース!!」

 

 最終的にエースに相手してもらうことにしたらしいルフィは、グーグーイビキをかいて寝ているエースのほっぺたを引っ張り始める。

 

 暇潰しの相手として、ルフィはエースを選んだようだ。

 

 しかし、幾らルフィがほっぺたを捻りあげようが、甲高いボーイソプラノでエースの耳元で喚こうが、終いには脇腹をこそばせても、彼は一向に起きる気配がない。

 

 一度眠り込んだら、象に踏まれても起きないと養い親である山賊達が評するように彼の眠りはとんでもなく深かった。

 

「ルフィ、暇ならオセロやろうぜ。海賊は、腕力だけじゃなくて、此処も必要だからな」

 

 ギシギシと床を軋ませて、ルフィとエースの元へとやってきたのは、シルクハットを被った金髪の男児で、彼は人差し指でこめかみを突いている。ルフィに頭の体操も必要だと告げているのだ。

 

 そんな彼は、首元でクラバットを締めており、品の良い白シャツと短パンを履いているが、そのどれもに穴が空いていたり、すす汚れていたりするせいで、没落寸前の貴族の子供といった風貌だ。

 

「えー、オセロォ〜? サボとやるとぜってぇ勝てねェから嫌なんだよな」

 

 猪突猛進、単純明快に一家言あるルフィは、サボとの頭脳比べは大の苦手であった。

 

 策略を張りめぐらせることが苦手なルフィは、腕力で押し通らないボードゲームが殊の外、苦手なのだ。

 

 口元を尖らせて、そんな目に見えた勝負はしたくないと駄々を捏ねるルフィに、サボはあからさまな溜息を吐く。

 

「んな事言ってるから、おれやエースに試合でも勝てねェんだ。このコルボ山ならまだしも、おれらが繰り出す偉大なる航路(グランドライン)には、腕力じゃどうにもならない輩が沢山いるんだぜ。そいつらに勝てねェようじゃ、船長なんて務まるはずがねェ」

 

「おれは船長になるんだ! だから、そいつらには敗けねェ!!」

 

「だったら、オセロでもおれに勝たねェとな」

 

 とうとう口元を尖らせるだけに飽き足らず、ルフィは頬を風船のように膨らませる。

 

 まだ七歳であるのだから、子供のような振る舞いをしても可笑しくないのだが、此奴は何歳になってもガキっぽいんだろうなァとサボは彼の行方末を見抜いていた。

 

「わーわー、人が寝ている傍で騒ぐなよ。くわぁ、起きちまっただろうが」

 

 上体をムクリと起こして、背伸びをしながら特大の欠伸をかましたのは、ルフィがどうしても起こしたかったエースである。

 

『暴力』と書かれたハイセンスなタンクトップを着込み、ただでさえ、うねりの酷い天パが、寝癖で更に酷いことになっている。

 

「エース、お前ェ、髪がワカメみたいになってるぞ」

 

「いや、これは古より聞くメデゥーサだな。人や物を石化する化け物の挿絵がこんな感じだったはずだから」

 

「テメェら、寝起きの人間捕まえて、何失礼なことばっか抜かしてくれとるんじゃ!?」

 

 神妙な顔を並べて、ワカメ、メデューサと散々に言うルフィ達には、温厚で通っているエースも怒りを爆発させる。因みに、エースの温厚という評価は、勿論自称であるので悪しからず。

 

 結局、大雨で外に出られずとも家の中で三人は暴れ回るのだから、普段とやることは違わない。

 

 掘っ建て小屋とも言えそうなこの家が、更に子供達の喧嘩によって荒らされていく様を、元の住人である山賊達が涙を浮かべて見ているが、それに三人が気づくはずもなく。

 

「ただめし食らいが家壊すんじゃねェよッ!! ガキがもう一匹増えてから、こちとら更に迷惑被ってんだ!! ったく、あのクソジジイの血縁にゃあロクなのがいねェっての·····」

 

 最終的に三人に怒鳴り声を響かせたのは、この家の持ち主である山賊のリーダー、ダダンであった。しかも、ダダンの怒りの声と共に、何処か近くで雷も落ちた。

 

 

 小さな窓から差し込んだ雷の明かりに映し出されたのは、横にも縦にも大きい朱色の巻き髪が特徴的な女性である。

 

 簡素な綿シャツとズボンを履いた妙齢のこの女性こそが、掘っ建て小屋の大黒柱。

 

 エースとルフィという、二匹の問題児をガープに押し付けられた悲劇の女性と言っても過言ではない。

 

 世話らしい世話は焼いていないが、必要最低限の生活は保証しているため、なんだかんだと気の良いおばさんである。

 

 そんな風に、ギャースカ騒いでいると玄関の扉がノックされる音が響いてきた。

 

 ドンドンと扉が何度も叩かれるのを聞いたのは、ダダンの愚痴が一通り終わってからだ。

 

 こんな天候の中、一体誰が、どんな用で山賊のアジトにやってきたというのだろうかと、山賊達がそれぞれの顔を見合わせる。

 

 夜も更けて来た時間に、大雨の中で響く一定のノック音は多少不気味だ。

 ゴクリと誰かが生唾を飲んだ音すら、今は鮮明に聞こえる。

 

 ダダンを始めとする山賊達に緊張感が迸る中、子供達も子供達で犯してきた悪行の数々を思い返して気を張り始める。

 

 「ブルージャムの奴等か?」

 

「もしかしたら、食い逃げの方かもしれねェぞ」

 

「端街の不良共かもな」

 

 エース、サボは今年で十歳。

 ルフィは漸く七歳になったところである。

 

 まだ人生の酸いも甘いも見知らないはずの子供達であるのに、犯してきた罪は窃盗、傷害、不法侵入エトセトラエトセトラと数え始めたらキリがない。

 

 ヒソヒソと自分達に用がありそうな連中達をピックアップしている間にも、扉は連続的にノックされ続ける。

 

 そして、ガチャっと扉が開く音がした。

 

 全員が床につく頃くらいにしか閂を差さないので、今回はそれが裏目に出たのである。

 

 蝶番がさび切っているせいか不協和音が鳴り響き、何でこんな大雨の夜に扉を開けっ放しにしてたんだとお怒りであるダダンに、他の山賊達がヒーヒー言いながら謝罪する。

 

 しかし、そんな謝罪も後の祭りだ───扉の向こう側から現れたのは、彼等が最も恐れているガープ(厄災)でもなければ、子供達が推測していた不良や海賊(被害者)でも無かった。

 

「ルフィくーん! 荷物をお持ちしましたー!!」

 

 水滴ばかりが目立つケープと、その下から伸びる真っ黒なワンピースは、絞ったらかなりの雨水が出てきそうだ。

 

 海面のように光り輝く碧眼の上にあるおでこは、水を吸った前髪がぺたりと張り付いており。

 

 肩から提げているデッキブラシも、今日は力を無くしているようにブラシの毛先には艶がない。

 

「·····お前ェ、誰だっけ?」

 

「おまっ!? あん時のデッキブラシ女!?」

 

 同じ日に遭遇したのにも関わらず、正反対な声を上げる兄弟には、メルもおやと目を見開いた。

 

「あれ、ルフィ君、この人達は? ってか、なんでエース君がここに?」

 

 掘っ建て小屋の中へとずんずん入ってきたメルは、フードをぺいっと外しながら、ルフィ達の周りで怖い顔をしている山賊たちを見渡す。

 

「ん·····? ってか、さっき、ルフィ君。私の事、誰って言わなかった·····?」

 

「おう。言った。で、誰だ? お前ェ?」

 

 考える間もなく即答するルフィに、ニシンのパイとクッキーが入った保温機を両手にしていたメルが、脱力したように両肩を落とす。

 

「こ、これだから、子供の記憶力ってアテにならないんだよねー。確かに一年近く会わなかったかもしれないけど、こんなに簡単に忘れられるものなの·····」

 

「おい、デッキブラシ女。ルフィに荷物ってどういうことだ?」

 

 ずーんと沈み込み始めたメルのことなど知らないとばかりに、ルフィの代わりにエースが用件を聞く。

 

 エースに声を掛けられて、ちらりと目線をメルは上げるが、その目はかなり疲弊しきっていた。

 

「エース君も、全然私の名前なんて覚えてないみたいだし·····。はァ、ルフィ君にガープさんからお届け物があるの。中身は保温機開けたら分かるよ」

 

 はいと両手にしていた保温機をメルがエースに渡すと、ルフィは「飯か!?」と黒の双眸をキラキラとさせて、保温機の蓋を開ける。

 

 食欲に関する嗅覚が凄いらしい彼は、保温機の中に入っているニシンのパイとクッキーを見つけて「うっひょー!」と嬉しそうな声を上げた。

 

「見ろよ、エース、サボ! 大きなパイだ!!」

 

「·····久しぶりにこの家で、手の凝った料理を見たな」

 

「家の飯に文句があんなら、とっとと出ていきゃいい! ってか、出てっておくれよ!!」

 

「パイとクッキーか。いい匂いがするな」

 

 保温機を囲んで、嬉しそうな顔をしている三人を見ていると運んだかいがあったというものである───因みにダダンの決死な願望は、残念ながら三人の耳を素通りしている。

 

 これ以上、心労を掛けないであげてよと、したまつ毛の濃い男が涙を拭いながら言っているが、それすらも子供達はスルーである。

 

 しかし、ルフィ達に聞く耳を持たれないのは何も今に始まったことではない。

 

 早々に気を取り直したダダンは標的を客に変えて、じろりとその細い目でメルを見下ろす。

 

「お嬢ちゃん。アレはクソジジイからの届け物だって聞いたが、なにか他に伝言とかはねェのか。例えば、ダダンって奴に礼があるとかさ」

 

 ルフィを迎えて半年以上、エースに至っては十年も養い続けている。

 

 そろそろ一言あってもいいんじゃないだろうかと思っていた矢先に現れたのは、パイとか言う洒落たものを運んできたメルという少女であった。

 

 これまで、あのクソジジイが孫の為にと何かを送ってきたことなど無かったために、もしやこのパイはカモフラージュで、漸くダダン達に褒美を与える気になったのではないか、とダダンは甘い妄想を抱いた。

 

 十年だ───苗木だって、立派な木の実を付けるほどの年月を山賊達は、エースに注いできた。

 

 真正面からは礼を言うのも恥ずかしいからと、パイの配達というカモフラージュをしてまで、ダダン達にお礼をしようと奴は考えているに違いない。嗚呼、そうだとも。あの偏屈ジジィも、流石にそういうことを考えるはずだ。

 

 だが、しかし───。

 

「そんなことは一言も聞いてないよ。ダダンの家にルフィが居るってことは聞いたけども」

 

「あんのクソジジイッ!! 相変わらず、舐め腐った真似しやがる!!」

 

 孫にお菓子を寄越すくらいならば、教育諸々押し付けられているダダン達にも何かお礼のような物があって当然なのだが、常識に唾を吐いて生きているような人間であるガープがそこまで頭が回るはずがやっぱり無かったようだ。

 

 甘い幻想はすっかりと有耶無耶になり、腹立たしいだけの現実がダダンの両肩に伸し掛る。

 

「彼奴こそ、死んだら地獄行きだ! ロクな死に方しねェからな、あのクソジジイ!!」とダダンが喚き散らしている傍らで、彼女の部下である山賊達も頻りに頷いている。

 

 ───何なんだろ·····ここ。

 

 ガープから一切の説明を受けていないメルは、この家の不可思議な有様に首を傾げる。

 

 そんなメルの目前では、ニシンのパイを巡って、食い意地の張った子供達による熾烈な争奪戦が行われていた。

 

 フォークを持ってくるのもタイムロスになると、両手でパイを掴んでは口に放り込むという作業を繰り返す子供達は、淑女としての教育をジジィから受けていることもあって、メルにはとても汚い食事風景に見える。

 

「おれの魚ー!」

 

「んなもん、食べたもん勝ちだ!」

 

「クッキーもしっとりしてて美味ェな!」

 

「それもおれのクッキーだぞ!」

 

 でも、必死に口元を汚しながらパイとクッキーを奪い合うように食べる彼らを見ていると、少し前の自分達の懐事情も思い出した。

 

 ミンク族のジジィがなかなか職にあり付けず、メルもまだ配達業をしておらず、収入が皆無に等しかったあの頃。

 

 そこら辺に生えている草や木の根さえも食べて、どうにか生き長らえていたあの頃を思い出せば、まぁまだこの食事風景も見れないことは無い。

 

「はァ。頭がグルグルしてきたな」

 

 ジジィと身を寄せあって生きていた過去と、目の前で必死にニシンのパイを食べているルフィとエース、サボの三人組の光景が混じり合う。

 

 ズキズキと頭の端が痛んできたのは、長い間雨風に晒されて、風邪でも患ったからだろうか。

 

 熱くなってきた体に、喉が乾きを訴える。

 

 でも、それ以前に。

 

 どさりと物が倒れるような音がしたので、流石の三人も、一旦食べる手を止めた。

 

 音がした方に促されるままに見てみると、そこには両手足を投げ出して、床に伏しているメルの姿があった。

 

「お、おい·····!」

 

 一目散に駆け寄ったのは、エースだった。

 

 続いて、ルフィとサボもメルの傍へと走り寄ってくる。

 

 エースがメルの体を揺さぶるも、彼女は両目を固く閉じて、うんうんと唸るだけである。

 

 そんなエースとメルのやり取りを見ていたサボが、もしやと思い至り、メルの小さな額に片手を当ててみると、そこは温石のように熱かった。

 

「エース! この子、熱があるぞ!!」

 

「んだと·····!? ったく、こんな雨の日に空なんか飛ぶからだ·····!」

 

 エースは意識のないメルを背負い、取り敢えずは寝室の方へと足を向けた。このまま、床に寝かしておくよりかは茣蓙の上の方がまだマシだろうと判断したのだ。

 

「おれ、ダダンに話してくるよ。ルフィは氷水の用意を頼む!」

 

「分かった!」

 

 オロオロと狼狽えているルフィにも、サボは仕事を与える。

 

 テンパったまま、ウロウロされても邪魔なので、サボのこの采配は的確であったと言えるだろう。

 

 本当だったら、オセロをして、あとは寝るだけとも言えるような退屈な一日なるはずだった今日。

 

 しかし、そんな今日は雨雲の向こうからやってきた配達屋によって、ニシンのパイと共に騒々しさも舞い込んだようであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ようやっと出せました!
ダダン!と盃兄弟!!

三国志好きとしては、盃交わしたら、このまんま黄巾党と一戦させて、虎牢関とかにぶち込みたいのですが、我慢我慢。

となると、劉備はエース、関羽はサボ、張飛がルフィになるのかな(生まれてきた月順になると)。

ドーン島は、マキノさんといい、ダダンといい、母性溢れる女性が多くて良かですね。

牢屋にぶち込むぞ!とガープに脅されながらも、エースとルフィを育て上げたんだから、ダダン一家は本当に良い人ばかりだなと思います。

普通の子供ならともかく、札付きの不良二人を世に送り出してるんですから立派なものです。


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妾は妾のものですわ!

私の十連休は何処にあるのでしょうか?


 遠い遠い過去の記憶。

 

 まだ、メルが彼女の体内にいた頃のその記憶が、ふとした拍子に蘇る。

 

「私の夫を返して頂戴·····愚かな人間ども」

 

 聖地マリージョアの中心地。

 世界政府の本部があるその場所には、誰も()()()()()()()()()()()玉座があった。

 

 天竜人を束ねるあの五大老も、その玉座まで伸びる(きざはし)に上ることすら出来ない。

 

 しかし、この日、その階に畏れ多くも足を掛ける女人がいた。

 

 体のラインが浮き上がる黒い襟詰めのドレスを纏った妖艶なその女は、腰ほどもあるウェーブの掛かった黒髪を背中で揺らし、十センチはありそうなピンヒールで階を踏み締め、高らかにヒール音を鳴らして上っていく。

 

 スリットの入ったドレスから覗く艶かしい脚が、女が上る度に姿を現し、階の袂では、五大老達があわあわと忙しなく動き回っていた。

 

 

「ま、魔女よ·····! 貴様ッ、己がとんでもない罪を犯していると分かっているのか!?」

 

「ああ、あんな者を通してしまうなんて·····私達も無事では済まされないぞ!」

 

「降りてこい! そこは、お前のような下賎の者が足を付けて良い場所ではないのだ」

 

 五大老達は血の気が引き切って、顔面蒼白になっている。

  今にも血液の循環が滞って気絶してしまいそうな彼等であるが、諌めている相手が全く聞き耳を持っていない。

 魔女と呼ばれたその女は、この世界の頂点に近い五大老達を取るに足らない存在だとでも言いたげに、歩みを止めずに前進していく。

 

(アタシ)に指図するなんて、お馬鹿ね。妾は誰にも屈しない。頭も垂れない。そんなことは、そなたらも分かっていますわね?」

 

 魔女の熟れた林檎のような赤さを誇る唇が、ニヒルげに歪む。

 紡がれる声は蜜に塗れたような甘さを持っており、それは妖魔(インプ)が奏でる調べの如く。

 

 

 虚の玉座まであと数段という所で魔女は歩みを漸く止め、足元よりもずっと下にいるこの世界の権威である五大老達を、不遜にも見下ろした。

 

 魔女に見下ろされている五大老達は、揃って彼女の美貌に当てられたように惚けた顔を浮かべる。

 

 だが、一瞬にして魔女の魔性から抜け出した彼等は、気を取り直すように奥歯を噛み締める。二人程、気まずそうに咳払いもした。

 

「さぁ、返しておくれ、妾の(つがい)を·····でなければ、今、ここでそなたら全員を地に還してやってもいいのですわよ?」

 

 パチンと指を鳴らした魔女の手元には、何故かガラス棒が握られていた。

 

 ガラス棒とは、一般的に液体をかき回す時に用いられる化学器具だ。他の器具に液体を移す時も活躍する。

 

 しかし、五大老達は知っている。

 このガラス棒が、ただの化学器具では無いことを。

 

 一瞬にして、また血の巡りを悪くした五大老達の背中を走り抜けるのは悪寒だ。本能的に、彼等は生命の危機を感じ取ったのだ。

 

 だが、魔女の独壇場はここで終焉を迎える。

 

 いつの間にか虚の玉座に腰掛けていた、仮面を付けた男によって、彼女は主導権を手放さざるを得なかったのだ。

 

「ようこそ、原始の魔女よ」

 

 誰も腰掛けることの出来ない筈の虚の玉座に深く腰掛け、鷹揚に両手を広げて魔女を歓迎するその男は、人間とは思えないほどに無機質な声を出した。

 

 魔女は、五大老達を見下ろすことを止めて、その仮面の男と向き合った。ワノ国のオペラとして親しまれている歌舞伎で使われるその面は、般若の形をしている。見る物に威圧を掛ける、憤怒の形相を浮かべた般若の仮面を前にしても、魔女は動じることすらしなかった。

 

「ようやっと、お出ましなのね。この世が自分の物だと勘違いしている大うつけ者が」

 

「随分な言い様だな。それは、お前もだろう……? ヒュパティア」

 

 まるで、この男こそが本命だとでも言うように。

 ヒュパティアは、イレギュラーな登場を果たした仮面男に憎まれ口ばかりを叩く。

 

「ええ、そうよ。この世界は妾のもの。そう思える程の力だって持ってるわ。違いなくて?」

 

「傲慢な魔女だ。お主が、()()()()()()()()()()でなければ、茶に誘いたいぐらいなのだがな」

 

「ふふふ、ふふふ。妾を茶に誘うと……? 面白い冗談を言うのね。死んでもゴメンですわ」

 

「それは、残念だ」

 

 刹那、魔女───ヒュパティアの胸元から夥しいほどの鮮血が飛び出した。

 

 目に見えぬ何かがヒュパティアの胸元を抉ったのだろうが、彼女は心臓を損傷したにも関わらず「ふふふふふふ」と不気味な笑いを響かせるだけだ。

 

 痛みに怒号を上げたり、胸元を抑えたりなど、普通の人間ならばとって当たり前のアクションを彼女は全くしない。痛みなどを感じてもいないように振る舞うヒュパティアの足元は、彼女の血で濡れていた。

 

 それどころか、彼女は真っ赤な唇から鮮血を溢れ出させ始めていた。

 ごふっと血塊を吐き出しながらも、これは幻覚なのだとでも言うように飄々と口を動かすヒュパティアは、正しく魔女の名にふさわしき禍々しさを纏っている。

 

「ねぇ、夫を返して。妾の番、妾の片割れ……。嗚呼、コンラート。妾のコンラート、今、何処にいるのかしら」

 

 そんな狂気じみたヒュパティアに、すっかり傍観者と成り果てた五大老達は、己の血で赤くなっていてもなお、笑い狂いながら、自分の夫を返せと言い募る彼女に恐怖を植え付けられていた。

 

 あれは、狂気に取り憑かれた女だ。

 

 ───番である夫が殺されていることを、あの女は知っているのに。

 もうこの世に、コンラートが居ないことも分かっているはずなのに、マジョーリアにまで乗り込んできた気狂いが、甘い甘い笑い声を四方八方に反響させる。

 

「あれは……魔女なんてものじゃない……! この世に顕現した悪魔だ……!!」

 

 一人の五大老の決死な声に、ヒュパティアの血で仮面を汚した男が溜息を吐く。

 

「そんなこと、とうに分かっていたことだろう」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 小雨ほどになった雨が、屋根にパラパラと当たるその音には、程よい心地良さがある。

 

 ふと、まだ夜中にも関わらずに目をぱちくりと開けたエースは、四方から聞こえてくる多種多様な鼾と寝息を耳にしながら身を起こす。

 

 一緒に寝ているルフィが、エースの分の毛布まで奪っていたらしく、道理で体が冷えている訳だと察する。

 

 少し腹いせにルフィのほっぺたを指で弾いてみたが、ゴムの弾力に阻まれてあまり威力が出なかった。

 

 ルフィとは逆の位置で眠っているサボは、お行儀よく毛布に包まって眠っていた。乳歯の欠けた歯を見せて、気持ちよさそうに寝息を立てるサボの頭上には、お気に入りのシルクハットが置かれている。

 

 ───少し、あの女の様子でも見てくるか。

 

 折角、目が覚めたのだしと誰かに言い訳しながら立ち上がったエースは、その辺に転がっている山賊の足を時に踏んだり、腹を無意識に蹴ったりして、どうにか雑魚寝部屋を後にする。

 

 エースが向かったのは、物置だ。

 

 ぺたぺたと音を立てて、物置へと向かうエースを見咎める者はおらず、難なくメルが眠るその場所へと入ることが出来た。

 

 だが、その部屋にいたのは、熱に魘されているメルだけではなかった。

 

「誰だ、お前ェ」

 

 警戒するように、強ばった声で誰何するエースに、その女はニコリと微笑む。

 

「そなた、(アタシ)が見えるのね。おほほほほ、稀有な体質をしていること」

 

 エースの短いこの人生でもお目にかかったことの無いほどの美人が、蠱惑的な赤い唇を手で隠して、上品に笑う。

 

 体の線がくっきりと浮き出るほどのタイトなドレスを身に纏い、ウェーブの掛かった長い黒髪は座り込んでいることもあって、床にまで届いている。

 

 エースを見つめ返すその目は、メルと同じ見事な碧眼であった。

 海を溜めたようなその瞳は、キラキラと不思議な光を湛えている。

 

 そんな女のすぐ側には、顔を熱で真っ赤にして、鼻をグスグスと鳴らすメルが寝苦しそうに顔を歪めていた。これは、完全に雨に濡れて風邪を引いている。

 

 一体、メルの傍に侍って、この女は何をするつもりなのだろうか。

 

「誤魔化すんじゃねェよ。お前は誰だっておれは聞いてる」

 

「せっかちな男は嫌われますわよ〜? ああ、そんな今にも殺しそうな顔で見ないでちょうだい。ゾクゾクしちゃいますの」

 

 あ、これ完全にヤバい(ヤツ)だとエースは察した。

 

 エースの殺意に塗れた鋭い眼差しを受けて、体を怪しくクネらせるその女に、二歩ほど足が後ろに下がる。

 

 ドン引きしているそんなエースを全く気にも留めていないその女は、そろそろ遊ぶのも程々にしないとでも思ったらしく、漸く己の名を口にした。

 

「妾はヒュパティア。ふふふ、そなたは妾の姿が見えるようだから、特別に“ティア”と呼んでも良いわ。さぁ、今度はそちの番よ」

 

「おれはエースだ……ヒュパティアは、なんでこんな所にいる? 」

 

 愛称で呼ぶ気が一切無いエースに、ヒュパティアがまた体を怪しくクネらせる。やはり、あまり良い性根をしていないようだ。

 

「なんでこんな所に? そうですわね、妾はこんな所()()()居られないのだけども。まぁ、良いわ」

 

 ヒュパティアと名乗ったその女は、質問しているエースをそっちのけにして何やらブツブツ呟いていたが、気を取り直すように一度口を閉じた。

 

 そして、彼女は蜜を落とし込んだような甘いその声音で告げる。

 

「この子を癒すためですわ。元々体が弱いのに、命を削ってまで魔力を生み出しているせいで、更に免疫が弱っているの。だから、雨に打たれたぐらいで風邪を引いてしまうのね。嗚呼、可哀想なMy girl(我が子)

 

 あやす様にメルの柔らかな髪を梳いて、囁き歌うように紡ぐヒュパティアの顔は、どこからどう見ても母親のものだ。

 

 今のエースには毒にしかならないその母親の顔に、彼はヒュッと息を呑む。

 

「ふふふ、怖がらなくて良いのよ、人の子よ。そなたの運命も、とても可哀想ね。世界の悪意に良いように弄ばれて───鬼の子だなんて、大違い。そちは、哀れな人の子なのに」

 

「……知ったような口を利くんじゃねェよ! テメェ、どこでそれを……!?」

 

 まさか初対面の女に秘密がバレているとは思わず、理性の箍が外れたエースは大声で威嚇する。

 

 しかし、ヒュパティアは手元で眠っているメルを慮るように、口を大きく開けるエースに「しっ」と諌めた。

 

「大声を出さないでちょうだい。この子が起きてしまうでしょう? 妾は原始の魔女よ。そちの運命を読むなんて簡単なこと」

 

「おれの、運命を読むだって……!?」

 

 有り得ない事を飄々と口にするヒュパティアのせいで、張っていた緊張の糸が緩んでいくのをエースは感じる。ぱかりと大口を開けたまま固まったエースにヒュパティアは、肯定するように「ええ」と頷いた。

 

 普通ならば、気狂いが馬鹿なことを騒いでいると一蹴するようなレベルの戯言だ。

 

 しかし、それもヒュパティアが言えば、何故か真に受けてしまう。

 

 この女には、理に外れたこともやってしまえるような、そんな人外じみた説得力があるのだ。

 

「そなた、己の運命の行く末を知っていますのね。父親が残した因果が、その身に引き継がれてしまったことを理解しているだけあって、利発ですわね」

 

 目を伏せて、エースの運命についてヒュパティアは語る。

 

 ぐっと、またエースの喉が鳴った。

 

「やっぱり、おれは、あんな奴のせいで……」

 

 どんなに我武者羅に足掻いても、あの男が敷いたレールの上からは抜け出せないのだと察して、エースは自分の身が底無しの奈落へと落ちていくような感覚に陥った。

 

『鬼の子だよ!!? 万が一、政府が嗅ぎつけてみなよ。あたしらは一体どんな目にあうと思う!!?』

 

『ゴールド・ロジャーにもし子供がいたらァ? そりゃあ“打ち首”だ!!!』

 

『世界中の人間の恨みの数だけ針を刺すってのはどうだ?』

 

 数え切れないほどに海賊王の息子と言うだけで降り掛かる悪意は、まだ十年しか生きていないエースが背負うにはあまりにも重すぎた。

 

 どうして、この世に生まれて、息を吸っているだけで、こんなにも世界から嫌われなければいけないのか。

 

 何度も何度も子供ながらに繰り返した自問自答に、結局満足のいく答えが出るわけが無く、神経を無駄にすり減らすだけであった。

 

 養い親の山賊は、犯してきた罪に目を瞑ってもらうためにエースを引き取っただけで、エースを受けて入れているとは到底言い難い。

 

 自分を生かしているガープとてそうだ。

 エースを愛しているのではなく、何かしらの利益があって、彼を育てているに決まっている。

 

 もしかしたら、自分が成人を迎えた日に、ギロチン台のある広場へと引き摺り出して、皆の憂さを晴らそうと企んでいるのかもしれない。

 

 考えれば考える程に疑心暗鬼になっていくエースの心を世界の悪意が蝕み、立派な人間嫌いとして彼を成長させていく。

 

「まぁ、そう悲観することもありませんわ。そちには、妾の愛子がついていますもの」

 

「え?」

 

「それに対人運は良好ですのよ、そなた。幸運値はびっくりする程、下に振り切れているけども」

 

 急にエースを励ますような言葉を投げかけて来たヒュパティアに、エースはひっくり返ったような声しか出せなかった。

 

 しかし、そんなエースの反応をびた一文も気にしていないらしい彼女はその後も淡々と言の葉を紡いでいく。

 

「この場所は、やがてそちにとって、なくてはならない生家になるようよ。それに、血の繋がらない兄弟が出来るという暗示もありますわ。成人後には、もっと多くの家族を得られるでしょう」

 

「全然意味が一つも分かんねェんだけども!?」

 

「今は意味が分からなくとも、覚えておいて損はなくてよ。なんてたって、妾の占いは百発百中。そこらの紛い物とは質が違うのですわ」

 

 どこまでもゴーイングマイウェイなヒュパティアに、ずっと調子を狂わされまくっているエースは悔しさに地団駄を踏むが、踏む前に件の人物から「メルが起きてしまいますわ」と注意を受ける。

 

 素直にヒュパティアの注意を聞きいれた限定的に良い子になっているエースは、怒りの矛先が何処にも向けられずに臍を噛む。

 

 そんな彼はこの激しい葛藤をこれから先、かなり長いこと胸に抱えて生きていくことになるのだが、それはまだ未来の話だ。

 

「ということで、占い料として、そちの狂気を少し分けてもらえないかしら?」

 

「何が、『ということで』なのかが、おれにはさっぱり分かんねェよ!? 意味わかんねェことばっかり好き放題に言いやがって……!」

 

「妾は何にも悪くなくてよ? 理解力のないそちが悪いの」

 

 ヒュパティアのペースに巻き込まれ過ぎて、段々と彼女の言うように、理解力のない自分が本当に悪いのではと思えてくるのだが、エースは寸でのところで首を振って正気を保つ。

 

 ペースを乱されるのはまだいいが、自分の心まで奴に明け渡す訳には行かない。

 

 そこでエースは、己の身を守る為にも潔く匙を投げることにした。

 

「もう好きにやればいい。おれは疲れた」

 

 どうせ何を言ってもこの女は、自分のしたいように振る舞うのだ。

 

 ならば、それに反抗する方が骨折り損というもの。

 この短い時間で、エースはヒュパティアとの付き合い方の極意を掴みかけていた。

 

 エースから匙を投げられたヒュパティアは、「殊勝な心掛けよ。メルの友人にしては、及第点」とこれまた言いたい放題である。

 

 その場にどかりと胡座をかいて、ヒュパティアとメルを眺めることにしたエースは、この女が帰ってから寝に戻ろうと決意していた。

 

 一応、自分の住処に得体の知れない女が居座っているというのは、気持ち良くないことだ。こやつが帰るところを見るまでは、眠ることすら出来なさそうだとまで考えて、重たい溜息を吐く。胡座の上で頬杖をつくと、少しだけざわついていた心が落ち着くようだった。

 

 そうやって彼が一服をついていると、何を思ったのか、ヒュパティアがその場から立ち上がって、エースに近付いてくる。

 

 好きにしていいと言った瞬間に、妙な動きを見せたヒュパティアにエースは身構えるが、彼女の姿が一瞬にしてたち消える。

 

 どこに行った……? とエースが目を配る前に、ヒュパティアはエースの目前に姿を現した。

 

 艶やかな笑みを浮かべて、かがみ込むことでエースの顔がある位置と同じ位置に顔を据えたヒュパティアは、目元を引きつかせるエースの口元へと何の断りもなく指を伸ばした。

 

 とんと、エースの薄い唇に彼女の白魚の如くしなやかな指が触れる。

 いきなりのヒュパティアの行動に、エースの瞳が驚きで伸縮を繰り返した。

 

 刹那、彼の中で燻っていた負の感情が質量を無くしたように消えていくのを感じる。

 

 その負の感情が消えた場所に、代わりとして埋められたのは、陽だまりのような温かさを持った何かだ。

 

 真冬に白湯を流し込んだ時に感じる喉元の熱さと似たそれに、エースはまた目を白黒させる。

 

「あら、あらあら。なんて素敵な絶望なのかしら。この歳にしては、上等ね」

 

「お前、おれに何をした……?」

 

 驚き固まるエースと対をなすように、ヒュパティアはかなり嬉しそうだ。彼女の話していることの半分は、要領の得ない意味不明な事柄であるが、流石に自分の身に起きたことまでさらりと流す訳にはいかない。

 

 ヒュパティアは、片頬に手を当ててうっとりと微笑む。

 妖魔が捕食対象に浮かべるような魔性のその笑みは、まだ幼いエースには効かなかったが、彼とて美しいものに心惹かれないはずはない。

 

 つい、ヒュパティアに目が奪われていると、彼女の血のように赤い唇が可愛らしく動き始めた。

 

「そちから、少しだけ絶望を貰いましたの。魔力を低コストで作るのに一番手っ取り早い方法が、絶望を魔力変換すること。メルはこれが下手くそなのよねぇ。大食いさんだから、必要以上に絶望を引きずり出してしまうの」

 

「可哀想なメル。でも、そんな所が愛しいわ」と親バカなことばかり口にしているヒュパティアの言は、最早エースの耳に入ってなかった。

 

 彼は、先程彼女が述べた説明を噛み砕くので精一杯だったからだ。

 

 彼女がエースの唇に触れて取り出したのは、彼の中で燻っていた絶望の一部だと言う。

 

 かれこれ何年も無造作に転がっていたそれを、いとも簡単に取り出してみせたヒュパティアの異常な行為に、エースの脳は最早プスプスとエントスを起こし始めていた。

 

 ───この親子のことを考えていたら、こっちが参っちまう。もうやめるか。詮索したって、おれの頭じゃ理解出来ねェさ。

 

 そして、エースは考えることを放棄した。

 野生児の割には、なかなかの英断を下したと言えよう。

 

 天竜人が束になって考えても思い及ばなかった事象が、ヒュパティアなのである。

 学もない、経験値もない、まだほんの十年しか生きていないエースが彼女を把握することなど土台無理な話なのだ。

 

 そんな散々な言われ様のヒュパティアと言えば、エースにしたようにメルの口元にもその指を当てていた。

 

「元気になって、また世界を駆けてちょうだい。愛子の行き先に、幸があらんことを」

 

 そして、ヒュパティアの手元が淡く緑色に光ったかと思えば───瞬きをする程の時間で彼女の姿は消え去っていた。

 

 エースは、惚けたような顔をして、さっきまでヒュパティアが座り込んでいたその場所を凝視する。

 

 ほんのさっきまで、愛娘の幸せを祈っていた母親が、そこには居たはずなのに。

 一秒にも満たない時間の合間に、姿をたちまちにして消え去せたヒュパティアに、エースは信じられないと目を腕でゴシゴシと擦る。

 

 だが、何度見たって、そこにはもうヒュパティアの姿は無かった。

 

「おれは、夢でも見ていたのか……」

 

 狐につままれたような、拍子が抜けたような虚空をエースは抱える。

 

 そのため、暫くその場からエースは動けなかった。

 

 

 




とうとう出ました、狂気じみたお母様。
最早、『魔女の宅急便』のお母様の原型は、薬術を得意としているという一点しかない。

お母様はちゃんと死んでいます。
ですが、何故現れたのでしょう……?
不思議ですね。

そして、この人はイム様と同等にやり合うほどには、力があります。
魔女として迫害されてるので、権力とかはありませんが、魔法を使って天竜人を成敗(大コケ)にしていたので、政府にもかなり恐れられていました。

メルのお父さんについては、またいつか書きます。

ヒュパティアは、古代エジプトの女性学者から借りています。
なかなか凄い人なので、興味を持った方は調べてみてください。

エースが盛大に振り回されていますが、恐らくヒュパティアならあのフッフッフ桃鳥お兄様も手玉に取れるので致し方無いのです。


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あの女、一体何だったんだ!?

平成最後ってことで、ちょっと頑張ります。


「……ねェ……れ……きろ」

 

 体が、怠く重い。

 深く水底に潜っているような意識の繋がりの悪さを感じて、指を動かすのも億劫だ。

 

「……ろ……きろッ!」

 

 誰かが何かを喚いているが、耳の中に水泡が詰まっているのか、とても聞き取りにくい。

 誰が言っているのかだけでも見ようと、開きたがらない瞼をどうにか押し上げたところで、その誰かの言葉が漸く理解出来た。

 

「起きろッ! お前ェが起きねェと、飯が食えねェんだ!!」

 

 薄ぼんやりとした視界に映ったのは、首から麦わら帽子を下げているあどけない顔立ちの少年だ。

 

 左目の下に痛そうな傷跡がある。

 きちんとした処置を施さずに放置していることもあって、それは古傷として残りそうであった。

 

 ───と、メルはしみじみその少年こと、ルフィを観察していると、このままだと埒が明かないと思ったらしいルフィに両脇に手を差し込まれる。

 

「……へ?」

 

「世話が焼ける奴だなァ。お前、体調悪いんだろ? 飯食え、飯。飯さえ食えばどんな病気も治るんだ!」

 

 自他ともに認める程に朝が弱いメルは、まだまともに動いていない思考回路でものを考えられないまま、ズルズルとルフィに居間に引き摺られていく。

 

 ───此処、自分家じゃない。

 

 昨夜、ガープに頼まれて、ニシンのパイとクッキーを孫であるルフィに届けたことをすっかり忘れているらしいメルは、何故自分の家じゃない所で目覚めたのだろうと若干パニックになる。

 

 しかし、ルフィに運ばれることで居間に近づいていくと、チーズの焼けるいい匂いがしてきた。

 

 鼻腔を擽るこの匂いにメルは、ごちゃごちゃとした頭を整理することを一旦中断した。理性が本能に押し負けた瞬間である。

 

 

「やっとお嬢ちゃんは、お目覚めかい」

 

 居間に着くと、この家に住んでいる全員が勢ぞろいしているのが見えた。

 

 囲炉裏の火の傍では、鉄の串にぶっ刺した特大チーズが炙られている。

 火の元から離れたところでは、広げた風呂敷の上に熊や兎の焼いた肉が豪快に置いてあって、それを山賊達は涎を垂らして見下ろしていた。

 

 そんな中でも、とりわけ年少組であるエースとサボの口元が不自然に動いているが、どうやら誰も気付いていないようだ。

 

 流石、盗み食いで名を響かせているだけあって、山賊達が相手であっても二人は余裕綽々らしい。手癖の悪さだけは一流だ。

 

 段々と己の置かれている状況を把握出来てきたメルは、囲炉裏の前で新聞を広げるダダンにぺこりと頭を下げる。まともに挨拶が出来る子供に出会ってこなかったダダンは、メルの真意が掴めないと言いたそうな顔だ。彼女の苦労が忍ばれる。

 

「お、おはようございます。すみません、仕事中に風邪なんて引いてしまって。お世話をお掛けしました」

 

「全くさ。此処にやって来るガキは、迷惑ばっかあたしらに掛けるんだから困ったもんだ」

 

 はァと朝から重たい溜息を吐き出すダダン。

 最近は特に子供達による心労のせいで、肌ツヤも無くなってきているのだ。

 

「お頭、デッキブラシのガキが来たんすから、そろそろ朝飯を食べましょーよ」

 

「そうだぞッ! メルを連れてきたら朝食にするって言ったんだから、約束は守れよな!!」

 

 頭に布を巻いている小男ドグラと、メルをまだ引き摺っているルフィからダダンは朝食の催促を食らう。しかも、ルフィに至っては「ぐぎゅるるるる」と腹から文句を言う始末だ。

 

「どいつもこいつも、食い意地ばっか張りやがって……」とダダンが呆れて目元を抑えるのも、無理のない話だ。

 

「じゃあ、飯にしようか」

 

 そして、ダダンから朝食開始を知らせる言葉が出たのを切っ掛けに───居間はたちまちにして戦場となった。

 

 

 

 白ひげ海賊団と摂った朝食が、メルの人生において最も賑やかな朝食であったのだが、どうやらその記録も此処で塗り変わるらしい。

 

 骨が、肉が、何故か人までが宙を飛ぶダダン一家の朝食は、良くいえば豪快、悪く───否、事実を言えば、かなり節操がない。

 

 カトラリーが用意されていない、コップも満足な数が揃っていない、そもそも取り分けるための皿すらないのだ。無礼講にも程があるのでは……というレベルの朝食にメルが固まっていると、「はい」と鶏冠頭の男が横からチーズが乗ったパンを差し出してきた。

 

「ぼんやりしてると、食いっぱぐれちまうよ。特にエース達の胃袋は底無しだからなァ。皆、空きっ腹で仕事なんてしたくないから、いつも飯食うのに命懸けなんだ」

 

「……ありがとうございます。なんか、人間の根源を見ることが出来たような気がします」

 

 鶏冠頭の男、マグラから受け取ったチーズ乗せパンを口に含むと、パン自体がかなり固くて、一瞬歯が折れるかとメルは思った。

 

 ───この乾燥しきって固いパン……! 極限時代に食べた奴だ!!

 

 一目見て、この山賊達はあまり稼ぎが良くないんだろうなとは思っていたが、どうやらメルの読みは当たりだったらしい。

 

 恐らく、質落ちしたパンを安値で購入したのだろう。

 溶けたチーズの塩分が無ければ味すら無くて、飲み込むのにも苦労したはずだ。

 

 どうしてこんな劣悪な環境に、BARで暮らしていたルフィが居るのかが分からない。ルフィの保護者であったマキノとは何故、一緒にいないのだろうか。

 

 ───極めつけは……あの麦わら帽子。あれは、シャンクスさんの帽子だよね。ってことは、シャンクスさんが腕を無くした原因は……。

 

 

 次から次へと湧いてくる疑問に明確な答えを出せないまま、メルはもそもそと唾液でパンを湿らせながら咀嚼する。

 

 メルがルフィの現状を推理している目前では、ダダンと肉を取り合っている当人の姿があった。

 

 片方の手でダダンの肉を掴みながら、もう片方の手は自由自在に伸縮を繰り返して、遠くにある肉を引っ掴んでは口元に運び込んでいる。

 

 まるで、ゴムのような人外の動きをしてみせるルフィの片手を見ながら、メルは己の中にある常識が瞬く間に崩れ去っていくのを感じた。

 

 因みに、そんなルフィの隣では、栗鼠のように頬袋を作っているエースと、肉に齧り付いて幸せそうな表情を浮かべているサボがいる。

 

 彼等もルフィに負けず劣らずに、さっきから肉ばかりを食べているのだが、よくも朝っぱらからあんなに重たいものばかり食べられるものだ。

 

 飲み物は主に水であるらしく、彼等は水が入っている瓶に直接口をつけて飲み干していた。もしかして、メルもそんなワイルドな飲み方をしなければならないのだろうかと思っていると、マグラがちゃんと古ぼけた木のコップを持ってきてくれたので、そこには少し安堵した。

 

 そんな山賊式朝食が終わりを告げたのは、それから三十分後のことである。

 

 

 ☆☆☆

 

「おれの自己紹介がまだだったよな。おれはサボだ。前までは、不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)に住んでいたんだけど、ちょっと色々あってな。今は、ダダン一家に世話になってる」

 

 二っと乳歯の欠けた前歯を見せて笑うサボは、子供にしてはかなりしっかりとした言葉を喋った。

 

「ご丁寧にありがとう。私は、サルヴァー二・メル。偉大なる航路(グランドライン)で、配達屋をしているよ。もし、運んで欲しいものとかあったら『デッキブラシの宅急便』をご贔屓にね」

 

 サボは後々に上客になるかもしれないと、青田買いもやってみせるメルは、ポケットから名刺を取り出して彼に渡す。

 

 店の住所とメルの名前が入った名刺を受け取ったサボは、「デッキブラシの宅急便かー」と声を上げた。

 

「エースから聞いたよ。今、グランドラインではデッキブラシで荷物を運ぶのが流行ってるんだろ。ってことは、その空を飛ぶっていうのは、メルの悪魔の能力じゃ無いんだよな」

 

「……さ、さぁ、どうかな?」

 

 やらかした。

 

 メルの脳内は、今その一言で埋め尽くされていた。

 

 約一年前についた嘘に、まさかこんなにも早くに苦しめられるとは思っていなかったとメルは深い後悔に沈む。

 

 ───あの時、あんなテキトー言わなければ良かったー!! これからは、もっと慎重に喋ろう。

 

 恐らく、喉元過ぎればなんとやらというレベルの後悔をしているらしいメルの傍では、そんな彼女とは正反対な能天気さを誇っているルフィが「おれも空を飛びてェな〜」とデッキブラシを振り回していた。

 

 そんなルフィを相手にしていられないと、素早く距離を取ったエースは、木の枝の上で寝そべって悠々とメル達を見下ろしている。しかし、エースのその横顔は何処か浮かない。

 

 さて、話はメルに戻る。

 

 東の海(イーストブルー)の中でも、かなり端にあるドーン島。しかも、そのドーン島の中でも辺鄙な所にあるフーシャ村、の更に裏にあるコルボ山を、そう何度も来訪することになるとメルが予想できなかったのも無理のない話である。

 

 メルは主に、グランドライン地域(エリア)を担当している。

 その主な例が、海軍本部のあるマリンフォード、それからトムズワーカーズのあるW7(ウォーターセブン)である。

 

 しかし、超お得意先であるガープの依頼となれば、別である。

 そのガープからの依頼も、ほぼグランドラインで完結していたのだが、彼の孫宛の依頼だけは、イーストブルーに出向かなければならない。

 

 ───いっそのこと、ルフィ君もマリンフォードに住んだらいいのに。

 

 

 

 

 と、現時逃避するのもそろそろ止めにしなければならない。

 

 何故なら、まだサボがメルの返事を静かに待っているからだ。

 心無しか、目の前にいるサボの目の中は、星屑でいっぱいになっているような気がするが、多分気の所為だ。

 

 ───そんなに興味深げに見られても、種も仕掛けも“魔法”しか無いんだけどなー。

 

「そ、空を飛ぶ技術は、秘伝なの。 もしかしたら、デッキブラシがスーパーテクノロジーの産物なのかもしれないし、貴方の思いもよらない悪魔の実の能力によって、宙に浮くのかもしれないし」

 

「おおッ! ますますそれっぽいな! 」

 

 サボの興奮を落ち着かせようと、いつものように、空を飛ぶ理由を聞いてくる客に対して言っているデマカセを口にしてみるが、いつかの船大工のように余計、好奇心を煽っただけになってしまった。

 

 ───船大工はオタクだったけど、この人は、学者って感じだよね……。オタクと学者って何処に好奇心スイッチが埋まっているか分からないから、あんまりこういうことで相手したくないんだけども。

 

 因みに、件のデッキブラシは、未だにルフィがブンブンと振り回している。段々とブラシの部分が堪忍しきれなくなったのか、猫が怒った時のよう毛羽立たっている。これは完全に、シルフもお冠になってきている。

 

「なぁなぁ。どうやったら、おれも空を飛べんだ?」

 

「もう! 乱暴に扱っちゃ駄目だよ! シルフが目を回しているでしょ!?」

 

「し、るふ? お前、デッキブラシに名前なんて付けてんのか。痛いやつだな」

 

「商売道具なんだから名前ぐらいつけても良いでしょ! ったく、ルフィ君もルフィ君だよ! 君、なんでこんな所に居るの!?」

 

「……おれ?」

 

 目を吊り上げて、デッキブラシを乱暴に振り回すルフィをメルが注意すると、彼は鼻をほじりながら、冷めた目で見てきた。

 

 シルフは正確に言えば、デッキブラシに住む風の妖精のことなのだが、流石にそこまでルフィに明かすつもりがないメルは、逆上したふりをしながら、朝食の時間中ずっと抱いていた疑問をぶつけた。

 

「だって……一年前は、フーシャ村でマキノさんと暮らしてたじゃん。それが、今じゃあ山賊と同居って……謎過ぎだよ」

 

「しゃーねぇだろ。じいちゃんがおれを無理矢理、此処に連れてきたんだ」

 

「ガープさんが……?」

 

「此奴、なんでもフーシャ村で海賊に会ったみたいでさ。その海賊に憧れて、海賊王になるってじい様に宣言したもんだから、じい様がカンカンに怒ったらしい。んで、根性を叩き直してやるって張り切ったじい様は、もう一人の孫であるエースを預けてたダダン一家にルフィも任せたって訳だ」

 

 

 メルはサボの説明を受けて、つい「なるほど」と掌に拳を打ち付けた。

 

 ルフィがシャンクスに、海賊の道へと誘われているとチクったのは誰であろうメル自身である。

 

 ガープはメルのそのタレコミを受けて、結局事の真相を確かめるためにフーシャ村に来襲していたようだ。

 

 ───ってことは、ルフィがダダン一家に預けられた元凶は私になるってことね……まぁ、本人はなんか楽しそうだからいっか。

 

 それよりも、メルは他にも気になることが出来た。

 ルフィは話に飽きているらしくて、今度はエースがいる木をスルスルと登っていっている。

 

 振り回していたデッキブラシは、その辺に放っておかれていた。

 自由人過ぎるルフィの所業には最早言葉も出ないが、シルフが漸く解放されたと喜んでいるのがメルには見えたので、暫くデッキブラシはそっとしておくことにした。

 

「エースもガープさんの孫なの?」

 

 ガープに孫が二人もいるなんて、メルは聞いたことも無い。

 

 質問の答えが欲しくて、頭上で此方を見下ろしているエースと視線を絡ませる。

 

 別に勿体つける話でもないと、エースは容易に口を開いた。

 

「……ああ。ワケありって奴だがな」

 

 エースに肯定されてしまえば、それ以上メルが言葉を連ねるわけもいかない。

 

 ようやっと、エースの傍まで登ることが出来たらしいルフィは、エースに勝負を挑んでいたが、ひょいっと上手いこと拳を躱されて、かなりの高さのある枝の上からひゅーんと落ちていった。

 

 しかし、ルフィはこんな展開には慣れていると言わんばかりに腕をゴムのように伸ばして、エースの座っている枝よりも低い位置にある枝を掴んで事なきを得ていた。野生児というよりかは、ルフィは自然の一部になりかけているのかもしれない。

 

「ガープさんの所も複雑だねー……ま、いいや」

 

 ルフィとエースは同じ親元に産まれたのかなとか、

 

 いや、見た感じ従兄弟の方が近そうかなとか、

 

 モンキー家ってそんなに家族が居たんだとか、

 

 脳内を実に様々な思考が過ぎっていったが、結局は他人事だし、これ以上、メルが突っ込んでも良いことはないかと切り上げることにする。

 

 メルも、血の繋がらないミンク族を養い親としているが、それはそれで幸せなのだ。

 

 それに、血の繋がった家族と暮らしているから幸せだとは限らない。そんなことは、部下の複雑な家庭事情に巻き込まれた時に、嫌っていう程に知ったのだから。

 

「おい、メル」

 

「なあに?」

 

 メルの質問が終わったことを見計らって言葉を発したのは、受け答えをしていたエースである。今度はこっちの番だと言いたげな顔をしている彼に、メルは何を言われるのだろうと首を傾げる。

 

「お前の母親って、どういう奴なんだ」

 

「……え? 私の母親?」

 

 しかし、よもや、エースの口から自分の母親を問う言葉が出てくるとは思わなくて、間抜けな顔をメルはつい披露してしまう。

 

 そんな惚け顔のメルと違って、エースは至って真剣な表情だ。

 

 メルの前で一緒に話を聞いていたサボでさえも、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。一体全体、何がこのコルボ山で起きてるんだと言いたげだ。

 

 

 メルには、母親の記憶はない。

 物心着いた頃には、既にジジィがいて、気がついたらラブも増えていて。

 彼女の記憶は、血の繋がらない家族だけで埋め尽くされているのだ。

 

「私、生まれて直ぐに母と生き別れてるからさ。ちゃんとした記憶はないんだけど……ジジィ───養い親の人からはどんな人だったか、聞いたことはあるよ。唯我独尊が人間の形をした、愛に生きた人だったって」

 

「生き別れたってことは……お前の母親、もう死んでんのか?」

 

 エースが何故かそれを聞いてギョッとしたような顔をしている。

 どうして、メルの母親が死んでいると知って、エースがそんなアクションを取るのかが分からないが、メルは事実は伝えねばと頷く。

 

「うん。もう九年も前ぐらいになるけどね」

 

「嘘だろ……」

 

 エースが異様な程に、メルの話を聞いて取り乱している。

 サボに訳を尋ねるように目を向けるが、彼も分からんと両手を天に見せた。

 

 そんな変になったエースに、もう勝負を挑むつもりは無いらしいルフィが、今度は標的をまたメルに戻したようで、彼女の傍までやってくる。

 

「メル! おれも空が飛びたいぞ! 」

 

 どうやら、デッキブラシに乗って空を飛ぶことをまだ諦めていなかったらしい。

 

 ルフィから再び指名を受けて、あからさまにデッキブラシがビクリと動いたが、サボもエースも他のことに気を取られていて気付いていないようだ。

 

「そんで、おれをグランドラインに連れて行ってくれ! 海賊になるための下見だ!」

 

「……なんか、ルフィくん見てるとすっごく落ち着くよ」

 

「此奴は、本能だけで生きてるからな」

 

 色んなことが一気に身の回りに起きすぎて、メルも少し気疲れを感じていた。サボも、異様なエースについて考えることに頭が痛くなったらしく、空を飛びたいと分かりやすく欲求するルフィに癒されたらしい。

 

 いい子いい子と頭を二人から撫でられるルフィの「子供扱いすんじゃねェ!」という吠え声がコルボ山中に木霊した。




なんか最後らへんがグダってるような気がするので、また編集するかもしれません。

文字の中でも好き勝手にちょこちょこ動くルフィ。
エースは死んだ魔女と喋ったことにカチンコチン。
まともなサボはデッキブラシにロマンを感じています。

原作では、革命軍に入って大暴れしているサボ君ですが、彼が盃兄弟順だと関羽の立ち位置にいる理由に最近納得しています。

なんかすごく、華麗に散りそうな予感がするんですよね。
なんでこの兄弟は皆して死に急ぐのでしょうか。

三人の中でもダントツにツッコミポジで、コアラちゃんと双子コーデしてて、兄弟が居ないと大☆暴☆走するサボ君が好きです。

幼い盃兄弟本当に可愛い。可愛いしかない。
でも、大人になった三兄弟も書きたいから、頑張ります。



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ドッキリ大成功!

あっという間に五月が終わろうとしています



「うっひょー! すっげ────っ!!」

 

「潮風が気持ちいいな! お、見ろよ。海賊船だ」

 

「何処の海賊だ……? 赤っ鼻の海賊旗(ジョリーロジャー)か。変なデザインだな」

 

「君達、少しは遠慮ってものを覚えた方が良いよ……」

 

 メルのデッキブラシは現在、過去最大の定員を乗せて、海上を飛んでいた。

 

 空を飛んでからというもの、一向に落ち着きが見えないルフィはメルの前で、落ちないようにメルの腕に挟まれている。

 

 しかも、このルフィ。好き勝手に頭を動かすものだから、メルの顎を何度か襲撃しているのだ。なんでこの男を目の前に座らせたのだろうと、メルは遅い後悔をさっきからずっとしていた。

 

 そして、メルの腹前に腕を回しているのはエースである。

 彼は、ルフィに比べて比較的穏やかにこの海上の旅を楽しんでいる。

 

 そのエースの後ろにいるサボも、ルフィに比べたら全然落ち着いている。

 

 ───やっぱり、前にルフィ君を持ってくるのは間違ってたかなー。んー、でも後方ばっかり並べるのはバランス的にヤバいし。他の二人は私より背が高いから、そもそも前に座らせることが出来ないし。

 

「あ! 鴎だ! アイツら、焼いたら美味ェかな」

 

「空を飛んでる時は、自由行動厳禁って言ったよね?」

 

「鴎を取るのも駄目なのかー?」

 

「駄目ですー。これ以上、デッキブラシに掛かる重量が増えたら、落ちちゃうよ」

 

 流石に海に墜落するのは嫌らしく、ルフィは割かし簡単に鴎漁を諦めてくれた。若干、後ろに座っている二人も鴎に手を出したそうな雰囲気が出ていたので、特大の釘を刺しておくことにしたのだが、効果は抜群のようだ。

 

「なぁ、メル。グランドラインに向かうのはいいんだけどさ、何処かに降りたりってことは出来るのか」

 

 ワクワクとした気持ちを声に滲ませて、楽しそうにサボはそう問うてくる。

 

 やはり、グランドライン上を飛んだだけで「はい、終了」とはいかなかったかと、メルは己の先見の明に拍手を送って、片手で立てた親指をサボに見せる。

 

「勿論。だから、私は一旦帰って、漸く今日皆を迎えに来たんじゃないの。今日はちゃんとプランも考えてきてるから、楽しみにしてて!」

 

「へー、メルの割りには気が利くじゃねェか」

 

 ───ただし、そのプランが決して、君達が目指す()()に役立つかは分かんないけどね。まぁ、受け取り方次第かな。

 

 心中で、てへと舌を出すメルの思惑を知らず、彼等はまだ見ぬ地に思いを募らせて、デッキブラシはそんな子供達を乗せて悠々と空を駆けていく。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 この『グランドラインの旅行ツアー』をメルが計画することになった発端は、一週間前のルフィによるこの発言である。

 

「おれをグランドラインに連れて行ってくれ! 海賊になるための下見だ!」

 

 ルフィ達三人は、メルにとっては理解出来ないが、海賊を目指しているらしい。

 

 本気で海賊を目指している三人は、あまり大きな声では言えない方法で貯めた海賊貯金を使って、ゆくゆくはグランドラインへと出航するつもりのようだ。

 

 そのために日夜、修行と言って、険しいコルボ山を駆けずり回り、大自然を相手にその身一つで戦いを挑んでいるらしい。大人でもなかなかやり通せないことを、まだ日の浅いルフィは半年、エースやサボに至っては五年以上やっているというのだから、その執念や凄まじい。

 

 素直に彼らの海賊への思いにドン引きしたメルであるが、ルフィの首に引っかかっている麦わら帽子を見ていると、「海賊なんて、なったって一つも良いことは無いよ」と軽々しく否定も出来ない。

 

 あれが、彼の麦わら帽子であると断定はまだできていない。

 

 けれども、彼が腕を無くし、麦わら帽子を託した時間を考えると、ルフィが譲り受けていても可笑しくは無いのだ。

 

「新しい時代に懸けてきた……か。カッコつけちゃってさ」

 

「ん? なんか言ったか、メル?」

 

「なんでもないよー。ちょっと、勿体つけてるオジサンに文句言ってるだけ」

 

「お前って、結構変な奴だな」

 

「変人代表のルフィ君にだけは言われたくないよ……」

 

 本当は、こんなこと、メルにする資格はないのだろう。

 

 デッキブラシを握る手に、知らず力が入る。

 

 シャンクスが懸けたという男が、まだ幼いルフィっていうことが少しばかり不満だって言うのは、メルの我儘なのだから。

 

「さあて、もうすぐで目的地に着くよ。グランドラインは目と鼻の先!」

 

 だけど、少しだけでいいから、意地を見せて欲しい。

 シャンクスに認められたその所以を、欠けらだけでいいから、メルに提示して欲しいのだ。

 

 そんなメルが一週間かけて計画した『グランドラインツアー』。

 いよいよもって、開幕である。

 

 

 

 メル達が降り立ったのは、敷き詰められた白磁の煉瓦の上だ。

 

 依頼でもう何十回と訪れた───メルにとっては、通い慣れた場所。

 

 白いキャップと制服を着こなした海兵たちが隊列を作って巡回している傍をメルの繰るデッキブラシは通っていき、通い慣れた大きな玄関口を前で停止する。

 

 思いもよらない場所に連れて行かれて、あんぐりと大口を開けているコルボ山の三人は、白目さえ剥きそうな程に目もかっ開いている。

 

 どうやら、ドッキリは大成功みたいだとメルが一人ほくそ笑んでいると───いつもの門番兵が親しげな表情を浮かべて、メルに敬礼した。

 

「おはようございます。メル殿。今日は、お友達を連れているようですが、此処にどのような御用が?」

 

「あー、友達っちゃあ、友達なんだけども、()()でもあるんですよ」

 

「に、荷物ですか?」

 

 友達を荷物と言い切るメルについ海兵も狼狽えてしまうが、次のメルの発言で漸く要領を得る。

 

「ガープさんに伝えてもらえますか? お孫さんが届きましたよと」

 

 メルのあんまりな物言いに三人は反抗する間もなく、メル(元凶)と駐在している海兵に連れられるがままに、海軍本部の中へ踏み居ることになった。

 

 

 

 

 




今回はかなり短いですが、キリが良いので投稿しました。

幼少期に海軍本部に彼等を突っ込んでみたら、どんな化学反応が起きるでしょうか。
そんな阿呆な企みの上に出来たのが今回のお話でした。
ニシンのパイは、実はおまけ的な要素です。

この三人はバランスが良いので、とても書きやすい。
メルも盃兄弟とは年が近いのもあって、遠慮をしないのでよく絡んでくれます。






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お願いだから、じっとしてて!

ここ二月程、本業に忙殺されておりました。


 戦というものは、先ず、敵を知ることから始まる。

 

 戦前の情報戦で勝敗が決するとも言われていることから、敵陣から情報を持ち帰った間者には、戦場で活躍した将軍と同等の報奨を齎されることもあったようだ。

 

 さて、今回のツアーの主役であるコルボ山の三人が目指す“海賊”の最大の敵と言えば、やはり海の保安の番人でもある海軍だろう。

 

 よって、海賊の下見として偉大なる航路(グランドライン)へと赴くのであれば、その海軍の本部を見学することはかなり重要なことかもしれない。

 

 ───しかし、敵陣地に生身で。 しかも、高々子供四人で乗り込むというのは些か無謀な所業と思えないだろうか。

 

 

「「「……は!」」」

 

 目を飛び出させ、大口を開けたまま、メルに手を引かれるようにして海軍本部を闊歩していたエース・サボ・ルフィの三人は、漸く我を取り戻したらしく、間抜け面を引き締めた。

 

 そして、

 

「てめぇっ! なに考えとんじゃ! くぅらぁっ!!」

 

 先ず、エースはメルの背後で拳を握り締め、

 

「オレらを殺す気か!? なんでよりによって……海軍の、しかも本部なんだよッ!!」

 

 サボは顔を左右に振って状況を確認し、

 

「おおー、なんかいい匂いがするなー、ここ。飯にしようぜ」

 

「「ここ来る前に飯食っただろうが!!」」

 

 ルフィだけが、普段通りのマイペースっぷりを披露する。

 

 常識破りな身体能力している癖に、なんでこういう所は常識的なんだろうとメルが二人の抗議を聞き流していると、やはり自然の一部となって、人間らしさを忘れてしまったルフィが「飯だ飯だ!」と言い出すのを聞く羽目になった。

 

 それに律儀に二人はツッコんでいるのだから、あれは最早『とぼけた弟を持つお兄ちゃん病』を患わっているのかもしれない。

 

 

 と、つらつら『初めて海軍本部にやって来た海賊志望の田舎の子供達』の様子を見ながら物思いに耽っていたメルなのだが、この分だとまぁすぐにこの異様な状況に彼等も慣れるだろうと結論を出して、

 

「これって、海賊として偉大なる航路(グランドライン)に繰り出す前の下見になるんだよね? じゃあ、先ずは敵を知らなきゃだ。海賊となった君達の、最も強大な敵をさ」

 

 口角を上げて、最もなことを告げるメルに、エースは不審そうに目を細め、サボは一理あると言いたげに口を噤む。

 

 そして、問題のルフィはと言えば、話を聞かずにフラフラと匂いの元へと歩き出していたため、メルが早々に手を繋いで捕獲した。この問題児は、本当に予想外のことばかりやらかすから目が離せない。

 

「お前、何考えてんだ?」

 

 エースの厳しい追求に、メルに手を繋がれているルフィの視線が不思議そうに彼女に向けられる。どうして、兄達とメルが不穏な空気を醸し出しているのかが分からないようだ。

 

「私は、君達のツアーガイドだよ。そして、ガープさんからの荷物の依頼も遂行する」

 

「……ジジィの差し金か」

 

「たまには祖父孝行をするのも大事だよ。愛と家族は喪ってからは、取り戻せないもの」

 

 少し前にメルの家族事情を聞いたエースと、家族関係を拗らせているサボは、そんなメルの言を聞いて顔を俯かせる。

 

「けどよ、こんなに簡単に海軍本部に入ることが出来るんだな。海兵達も全然おれらに声掛けてきたりしねぇし」

 

 ちょっと物思いにふけそうだった兄ーズの一人であるサボは、他にも疑問があると、こちらをちらりとも見ないすれ違う海兵達に首を傾げた。

 

「よく此処に来てるからね。子供があと二人や三人闊歩していても不思議じゃないんじゃない?」

 

「んなわけないでしょー、メルちゃん」

 

 

 不審なくらい、メルたちに無関心な海兵達についての推理はあると、メルが滔々と語っていたその時、彼女達四人の背後から間延びした声が聞こえてきた。

 

 ビクリとメル、エース、サボの三人の両肩が上がる。

 メルに手を取られているルフィは暇そうに鼻をほじりながら、その声の主に振り返った。

 

「この前、久しぶりに会ったと思ったら、今度は知らない子達が三人も増えてるし。此処は遊び場じゃねェんだよ」

 

 放置させた天然パーマがメル達の頭上高くで揺れ、どこか軽薄そうな印象が見受けられるその男は、長い足を折って、メル達に顔を近づける。

 

「げっ、なんでこんな所に氷人間が……」

 

 まさか、前回に引き続きトラウマと邂逅を果たすとは思っていなかったメルはつい、本心が口から飛び出す。

 

 あんまりなメルの態度に、トラウマ───クザンが重たい溜息を吐き出しながら、天然パーマに手を突っ込む。

 

「そろそろ名前ぐらい覚えてくれないかなァ? 折角の取引相手だよ〜」

 

 もう一人のトラウマであるサカズキのことは名前で呼んでいるのに、どうして自分だけは一向に名前で呼ばれることがないのかをずっと疑問に思っていたクザン。

 

 メルの口から自発的に言われることを気を長くして待っていたのだが、そろそろそれも我慢の限界であった。

 

 サカズキよりもずっと温和で、なんなら子供好きで、人当たりも良いと自負している彼は、あの赤犬(朴念仁)よりもメルと距離があることを気にしていたのである。

 

 立っていた時よりかは距離が近くなったとはいえ、上半身もひょろりと高さのあるクザンから見下ろされているメル。

 

 海軍大将の一角を担うクザンに見下ろされて、圧を受けない人間の方が少ない中、やはりメルもその圧に屈するしかない者の一人であった。

 

「……クザンさん」

 

「よし、上出来」

 

 苦々しそうに自分の名を呼ぶ少女に、どうして此処まで嫌われてしまったのだろうと過去の所業を棚上げするが、それでも素直に呼んでくれたことが嬉しくてポンポンと頭を撫でる。

 

 クザンの撫でる手の下で、親の仇でも睨めつけるような目をしているメルに、コルボ山の子供達も尋常ではない事情を感じとったらしい。

 

「オッサン、揶揄うのもそれぐらいにしてやってくれ」

 

 メルとクザンの間に、両手を広げて割って入ったのはエースだ。

 そもそも、人見知りする質であるエースは初対面のクザンには、初っ端から喧嘩腰である。

 

「そうだぞ。コイツ、嫌がってんだろ」

 

 そして、そんなエースの補佐をすると言いたげに普段より低い声を出すルフィは、メルに手を繋がれていることも忘れて臨戦態勢。

 

 まさかこの二人が守ろうとしてくれるとは思ってもおらず、メルは焦る。

 

 ちらりと残りのサボを見ると、こちらは両腕を組んでクザンを睨み付けていた。三人の中でも、特に頭が回るサボのことだ。下手をすると、とんだ悪巧みをしている可能性がある。

 

 確かに、目の前で二人の少年のこの抗議を面白そうに見ているクザン(おっさん)はいけ好かないが、だからと言って、三人が立ち向かっていい相手じゃない。

 

 幾ら大人顔負けの体力と体術を身に付けていようとも、所詮は一般人のモノサシで測れるレベルだ────クザンは、そんなレベルでは語れもしない程の超人の域にいることをメルは嫌という程、思い知っている。

 

「あらー、友達思いな子達じゃないの。あと、オレは()()()()じゃなくて、()()()()()だから。そこの所、よくよく注意してくれないと微妙なお年頃であるオレのガラスのハートにヒビが入っちまうよ」

 

「……入っちゃえばいいんじゃないかな」

 

「なんか言ったかな? メルちゃん」

 

「何も言ってないよー。空見だよ」

 

 エースとルフィを止めないと───そう思いつつも、反撃のチャンスがあればいつでもジャブぐらいは食らわせてやるつもりはあるメルとクザンの間で小さな火花が上がる。

 

 

 

 

───子供達と大将による、仁義なき戦いが幕を開けようとしたその刹那。

 

沢山の足音が廊下の奥から聞こえてきた。

 バタバタと忙しないその足音達からは、緊迫した空気が感じられる。

 

 次いで、すぐ様怒号が廊下中に反響した。

 

「くっそ! どこ行った、アイツ!? まさか、ロージーがスパイだったなんて……! こんな失態、バレたら事だぞ!!」

 

 ライフルを抱えて、曲がり角から現れたその海兵の一団の先頭で走るリーダー格らしき男が、とんでもない珍事を大声で叫びながら現れる。

 

 あんまりな出来事に子供達が目を白黒されている束の間。

 

「スパイねェ……。どこのか、分かってる?」

 

「こ、これはクザン大将……! 奴が電伝虫で祖国のラジリア王国と話している現場と証拠を抑えることが出来まして、しかもあの男は……ラジリア王国所有の海賊団の一員であったらしく……」

 

 クザンは、風の如くその一団のリーダーの傍に現れるや、一緒に走りながら彼等に事情を聴き始めた。

 

「へェー、ラジリア王国って言ったら、一月後に世界政府がガサ入れする予定の国じゃねェの。確か、そのガサ入れ、ウチも一枚噛むんだっけか」

 

「仰る通りです。サカズキ大将主導の元、行われる予定です」

 

「なるほど。つーことは、その無謀屋が行く先と言えば、一つしかねェだろうな」

 

「く、クザン大将……!」

 

 事情を聴いたら、クザンはそのスパイの行く先を推測し終わったらしい。

 

 あっという間に、メル達を通り越していくその一団から外れたクザンは、何故かメル達の元へと帰ってくる。

 

「メルちゃん! サカズキの執務室は本部の中心に立つ城だ。天守閣の下にオレらの執務室がある……!」

 

 今、メル達がいるのは本部と言えども、外郭の廊下だ。

 ガープやサカズキの執務室がある本丸には程遠い場所にいる。

 

「でも、サカズキさんなら、そんな一スパイに殺られるなんてことはないんじゃ……」

 

 メルの言う通り、サカズキは『最高戦力』と名高い三大将の一人だ。

 そのため、一海兵に扮していたスパイが少し動けるからといって、やられてしまうような軟弱さは無いはずだ。

 

 しかし、メルのその指摘にクザンが大きく被りを振った。

 

「あの阿呆じゃねェよ……。そのスパイが、殺られちまうんだ!」

 

 ───サカズキに。

 

 続いたクザンの言葉に、メルは彼の異常な程の海賊への嫌悪を思い出した。

 

 そのスパイは、ただの王国が派遣した間者じゃない。

 ラジリア王国が所有している()()()()()なのだ。

 

 

 そんな彼が獲物として狙っている男は、海賊には極度の潔癖さを発揮する。

 

 サカズキが掲げる正義は、『徹底的な正義』。

 

 恐らく……死体が残っただけマシ、と言えるような事態に陥るだろう。

 

「当日料金は、割増ですからね!」

 

 ルフィと繋いでいた手を離して、メルはもう片方の手で持っていたデッキブラシをいつものように跨ぐ。

 

 すると、静かに状況を把握しようと黙っていたエースが、メルの行動を契機に慌てたように口を動かした。

 

「おい! 何が起こってんだ……!? たかだか、馬鹿な海賊が忍び込んできたって話だろ!?」

 

 なんで海軍のゴタゴタにメルが巻き込まれなくてはならないと息巻くエースに、メルも達観したような目をする。

 

「そう、馬鹿な海賊が忍び込んできたって話だよ。でも、その馬鹿な海賊も捕らえて話を聞かないとまた大きな事件が起きちゃうの」

 

 エースとメルの問答に、サボも恐る恐ると言うように加わる。

 

「だからって、メルが向かうことは無いだろ」

 

 両手に拳を作って、厄介事に進んで関わることないと訴えるサボに、 答えたのは、メルを厄介事に巻き込んだ張本人であった。

 

「普通だったら、オレも一般人を巻き込みたくはねェよ。だが、その馬鹿が行った先が問題なんだ。オニイサンの同僚は、とかく海賊が嫌いでねェ───このままだと、話も聞かずに殺されちまう。本当なら、インペルダウンに送らなきゃいけないんだけどな」

 

「「な……!」」

 

 あんまりな話の結末に、エースとサボが息を呑む。

 

(それじゃあ、海軍も海賊と何一つ変わらねぇだろ!)

 

 エースが目指す海賊は、ただロマンと夢を追いかけるだけのお綺麗な職業じゃない。

 

 時には、村を壊滅させ、民から大切なものを根こそぎ奪い、取り返しのつかない命まで無慈悲に奪ってしまう者達が海賊だ。

 

 だから、それを取り締まる海軍達が、海賊だからという理由で、彼らと同じように問答無用で命を奪っていくこともあるのだという事実が、コルボ山の閉鎖的な空間で生きる少年達には衝撃的であった。

 

「オレは、奴のその凶行を止めるためにメルちゃんの力を借りたい」

 

「分かってます。全速力で行きますから、振り落とされないでくださいよ」

 

 デッキブラシに跨ったクザンが、メルの細い腰に腕を回したのを確認すると、メルは急いで風を呼び込んだ。

 

「フンンンンンン!」

 

 デッキブラシがメルの力む声に合わせて、少しずつ宙に浮いていく。

 

 そんな最中、柄とブラシの付け根の部分に人の腕がゴムのように巻き付いた。

 

 デッキブラシに住むシルフが、バサァとブラシを広げて、その痴れ者の愚行を知らせようとするが、それはいつもの魔力をデッキブラシ全体に行き渡らせている行為にしか取られず。

 

「飛べ!」

 

 メルの号令に逆らえずに、デッキブラシは弾丸のようにその場を飛び出していく。

 

 体全体に降り掛かる風圧に堪えきれず、クザンは背を丸めて、目を閉じようとしたが、自分の足元でブラブラと子供が揺れているのを見つけて、ギョッと細いその目を見開いた。

 

「おいおい、メルちゃんや。とんでもないおまけが付いてきちまったよ」

 

「へ? おまけ??」

 

「振り返って、デッキブラシの下を見てみな」

 

 呆れ返ったクザンの声に促されるように、最短距離のルートを探りながらも、首を下方へと逸らしたメルのその視線にはぶらんぶらんと揺れるルフィがいた。

 

「これ、おっもしれぇな! メル、もっと速く飛ばしてくれよ!!」

 

 にしししと白い歯を見せて、楽しそうに遊覧飛行を楽しむルフィ。

 彼の伸び切った腕の先がデッキブラシへと続いてることから、恐らく柄の何処かに例の悪魔の実の力で巻きついているのだろう。

 

 一瞬にして、メルの顔が真っ赤になった。

 それはもう、火山が噴火する前のごとく。

 

「このお馬鹿─────!!!」

 

 

 これから先、切っても離せない子供達と海軍の縁はこうして紡がれ始めたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




吃驚するくらいプロットから外れてますが、それは録画していたワノ国編を見てしまったせいです。見惚れるぐらい画が綺麗ですねー。監督が変わったのかしらとつい思ってしまうレベル。

さてはて、盃兄弟編〜海軍をそっと添えて〜でありますが、今回はクザンのターンでした。やっぱり、付き合いが長いせいか大将と言えば三大将と思ってしまう自分がいます。緑牛もやっと出てきましたが、まだキャラが掴めてないせいかしら。

クザンは、総帥の座を賭けてサカズキと戦い、最終的には敗れてしまい海軍を去ってしまいますが、去った後の行動もミステリーで目が離せないキャラクターの一人だなと個人的に思っています。

組織で飄々としていたお兄さんが、一匹狼になって暗躍する展開とか胸熱じゃないですか。

スパイのロージー君の未来や如何に?
チャージイン!


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死ぬ時は、三人一緒だ!

 メルがぶら下がりルフィにガミガミと怒り、その背後でクザンが呑気に欠伸を噛みしている頃。置いてきぼりをくらった年上ーずは、互いに視線を絡ませてから、メル達が行った方を見据えていた。

 

「サボ、あいつら追うぞ」

 

「ああ。ルフィもついていっちまったしな」

 

 メル達の行先は、確か本丸だと言っていた。

 そして、天守閣の下辺りだとも。

 

 サボは、廊下に面している窓から身を乗り出し、彼らの行く先であろう、外壁に達筆な字で『正義』と書かれたエキゾチックな城を見つける。

 

 そして、目的地は分かったとばかりにサボがその窓から飛び出したのに続いて、エースも窓枠を足にかけて飛び越えていく。

 

 危なげなく地面に着地した二人は、得物になりそうなものが無いかを探しながら、目前にある城を目指して走る。走る。ひたすらに走る。

 

「あのオッサン、オレら三人がかりでいったら勝てたと思うか?」

 

 脈絡なく問い掛けられたエースの言に、サボは「んー」と思案するような声を出す。それから、数秒も経たないうちに笑顔を滲ませて一言紡ぐ。

 

「無理」

 

「だよなァ。どうしたって、勝てる未来が思い浮かべねェんだ。つーか、戦おうとした瞬間に、背中が凍える」

 

「お前らのじい様と戦った時みたいな感じがした。いつも相手にしているヤツらみてぇに殺意を浴びなくても、飛びかかろうとした瞬間に身が竦んじまう。本能で分かっちまうんだろうな、勝てねェってのがさ」

 

「ああ、だが、海に出て海賊になるってことは、そういう奴らとも渡り合っていくしかねェんだ。勝てねェからって、諦めることだけはしたくねェ」

 

「……エース。そろそろ逃げるってことも、戦略の一つだってこと覚えといた方がいいぜ。敗けることはわるいことじゃねェ。命あって、こそなんだ」

 

「……考えとく」

 

「今はそれで十分だ」

 

 喋りながら走る二人の前に、ゆっくりと巡回する海兵達が現れる。

 

 恐らく、まだこの本部内でスパイが逃げ回っているなどという緊急事態が起こっているとは知らない呑気者達だろう。

 

 エースとサボは素早くアイコンタクトを取って、彼等の背後に忍び寄る。だって、この海兵たちは、タイミングの良いことに二人組なのだ。

 

 そして───その場には、荒々しい諍いの音が鳴り響いたのがものの一分の事。

 

 両足を地面につけているのは、野生児特有の生意気な笑みを浮かべた二人の少年であった。

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 年上ーずが暗躍しているその頃、サカズキの執務室へと急行しているメル達一行は、ぶら下がるルフィをそのままに本丸目掛けて飛行している所であった。

 

「メルちゃん、あそこがオレ達の執務室がある階だ!」

 

 鋭く指差したクザンに導かれるように、デッキブラシが急上昇していく。

 それにつられて、「うぉぉおおおおっ!」とゴム腕一本で繋がっているルフィがあっちへこっちへと振り子のように揺れているが、デッキブラシ上の二人は無視である。

 

 だが、

 

「窓は枠が嵌ってるし、何より私達が入れる大きさじゃないよ」

 

 その階の高さまで来てみると、意外と下から見た時よりも小さな窓が三人の前に立ちはだかる。

 

 強行突破とはいかないか、とメルがもう一つ上───天守閣を見上げる。

 

 天守閣は大きな窓が嵌められており、現在は締め切られているが、ダイミックお邪魔します───つまり、ガラスを割って入り込めば───をやれば、中に入ることは出来る。

 

 と、メルが考えていると背後と下から不穏な声が聞こえてきた。

 

アイス塊暴雉嘴(ブロックフェザントベック)

 

ゴムゴムの(ピストル)! 

 

 ───なんだか、とても、そう、嫌な予感が……!! 

 

 瞬間、入ることは叶わないと諦めていた小窓に向かって、氷の形をした鳥と伸び切ったゴムの拳が降り掛かる。

 

 ドゴォンと盛大な爆発音をたてて土煙が上がったそこは、過剰な威力であったと抗議するように二メートル近くの大穴が出来上がっていた。

 

「あ、あ……」

 

 胸中に渦巻いていた嫌な予感が現実となってしまい、放心してしまったメルとは打って代わり、事を成し遂げた馬鹿どもは大喜びである。

 

「ルフィ君、アンタ、いい拳してるじゃないの」

 

「オッサンこそ、さっきのすっげぇじゃねぇか!! なぁなぁ、もう一回やってくれよ!! おれ、あんな鳥、初めて見た!!」

 

「褒めたって何にも出ないぜ。だが、そこまで請われると断りずれぇな。ようし、よく見とけよ。オレのアイス塊暴───」

 

 キラキラと目を光らせる、大はしゃぎのルフィに褒めそやされて、クザンは満更でもなさそうに片手を掲げる。

 

 良い大人が、子供にのせられてまた大層な大技を炸裂させようとした瞬間、クザンの頭にピコピコハンマーが降ってきた。

 

 それも一つや二つじゃない。三個、四個と立て続けに降ってくるピコピコハンマーにクザンが「いてっ、いてっ」と地味に痛そうな声を上げる。

 

 その突然の災いを引き起こした犯人は、勿論、彼等の前でデッキブラシの舵を取るメルである。

 

 目元に影を作って、「何してくれちゃってんの!? 君達!!?」と呆然と怒りと衝撃がまぜこぜになった、とても子どもがするとは思えない複雑な面持ちを浮かべている。

 

「海軍本部の象徴であるこのお城壊しちゃったら、もうインペルダウン(豚箱)送りじゃ済まなくなるよ! 完全に死刑だよ!!」

 

「まあまあ、そう慌てなさんな。上手いこと、オレが言っといてやるからよ。一応、オレ、海軍大将なのよー」

 

 ここぞばかりに使われる大将位。本来ならば、もっと重要な場面で使用しなければならないのだが、『だらけきった正義』を掲げるこの男には土台無理な話なのだろう。

 

 しかし、クザンの想定を遥かに越していく言葉がメルの口から続く。

 

「大将だか、総長だか知らないけどさ! こんな大事しといてクザンさんの首だけで免除なわけないじゃん! そりゃ、クザンさんもそこそこ偉いんだろうけどさ。そんなこと言っても、どうせ平なんでしょ! ちょっと凄い平なんでしょ!!?」

 

「あらら。いや、マジでオレ、実際はかなり凄いんだけどなァ」

 

「そんなに騒ぐなって、メル。どうにかなる」

 

「ルフィ君にだけは言われたくないよー!!」

 

 どうやら、今のメルには何を言っても無駄のようだ。

 きっと、五歳の頃の悪夢が再び彼女を襲っているのだろうが、その元となったトラウマが今回は味方になっていようとも関係ないらしい。

 

 そんなに大将っていっても偉くないでしょ───と遠回しにメルに伝えたられたクザンが、項垂れるように首を落としている。

 

 年の割にはかなり早い出世をしたクザンは、この手の言葉の暴力に晒された記憶があまりなかった。詰まるところ、位の割には、平だと罵られる経験が異常に少ないのである。

 

 とまぁ、わーわー騒いでいても、お金を貰っている以上はしっかりと熟すプロのメル。

 

 半泣きになりながらも、デッキブラシを操作してサカズキの執務室へと向かって行く辺りが、なんだかんだ社畜だ。

 

 

 そして、サカズキの部屋が段々と近くなってきた頃合。

 

「ウワァァアアアアッ!!」

 

 けたたましい男の悲鳴が廊下中に響き渡ったのである。

 

 取り乱していたメルも、偉い人であることを信じてもらえず項垂れていたクザンも、ブラブラと振り子運動を楽しんでいたルフィも、その悲鳴を受けて瞬時にスイッチが切り替わる。

 

「行くよ!」

 

 デッキブラシの速度を上げて、漸くサカズキの執務室へと乗り込むことが出来た三人の目に入ったのは、半分焼失した畳の上で雑用海兵を片腕で締め上げているサカズキの姿であった。

 

 

 ふよふよと宙に浮くデッキブラシに乗っている意外な組み合わせの二人と、見知らぬ少年が自室に特攻かましてきたのに、サカズキの既に歪められている顔が更に険しさを増す。

 

「おどれら、何しに来た? ここへ」

 

「それ以上は駄目だ。そいつからは、聴かなきゃならねェことが山とある」

 

「んなの、十分に聞いてやったわ」

 

 白目を向きながらも、サカズキの黒く変色した腕を叩き続ける裏切り者である海兵は、声ともならない唸り声を上げる。

 

 それにサカズキは、屑を見るような温度のない一瞥をくれる。

 

「まさか、この海軍本部に虻虫が混じっとったとはのォ。こっちから出向く手間が省けるからそれはええが、やはりこの神聖な場所に土足で上がったことがわしゃァ、許せんくての」

 

「サカズキ!」

 

 海兵を締め上げる腕を更に上げていくサカズキに、クザンが怒気を孕んだ声で呼び掛ける。

 

 その目は、珍しく怒りに燃えていた。

 

 普段は、根無し草のように放浪し、緊張感の欠けらも無いちゃらんぽらんであるが、それだけが彼の一面ではない。

 

 人よりも力があるだけでは、海軍大将にはなれないのだ。

 

「此処で、殺しは厳禁だ。自己防衛の殺しなら仕方ねェが、手前ェのそれは、ただの自己満足だ! それは、ただ暴れ回っている海賊と同じだろう!!」

 

 クザンがそれを言った瞬間、サカズキの目の色が変わる。

 サカズキの逆鱗に触れた。それは、傍から見ている子どもの二人にも理解出来ることであった。

 

「わしをあんなゴミ屑共と一緒にするんか、おどれ。あんな、害虫共とわしを……!」

 

「人の命を奪う点では、一緒だろ!!」

 

 それが、口火が切られた合図だったのだろう。

 

 サカズキの手から、海兵が不意に落とされる。まだ生きていたらしいその海兵は腰を追って、ゴホゴホと詰まるような咳を繰り返す。

 

 どうにか命は助かった───と思いたいが、サカズキの様子を見る限り、そうとも言い難い状況がまだ続くようだ。

 

 彼の肩口がボコボコとマグマと化し、黒煙がもうもうと上がっている。

 

 サカズキの感情に応えるように彼の肩からドロドロと溶岩が溶けていき、畳に幾つ物穴を空けていく様は、自然災害にも等しい。

 

「な、なんだありゃあ……!」

 

 あんまりな超常現象に、流石のルフィも度肝が抜かれたようで頓狂な声を上げている。

 

 久しぶりのトラウマによる能力の発動に、またもやメルはパニックを起こしそうになったが、サカズキの足元で今にも死にそうになっている海兵と、不覚ながらもヤバイ事態に巻き込んでしまったルフィの二つの(かすがい)がメルを現実に留めおく。

 

「マグマグの実の能力だよ。君が食べたゴムゴムの実と同じ、悪魔の実の能力」

 

 そして、と言うようにメルが次に視線を向けたのが、体の半分を凍らせているクザン。確実に、今ここで殺りあおうとしている二人が動き出したのは瞬きする程の短時間。

 

氷河時代(アイスエイジ)! 

 

大噴火! 

 

 氷とマグマが交差する。

 

 それは、あまりに非現実的で、しかし、不思議な程にマグマの黒煙と氷の煌めきが幻想的であった。

 

 島一つが消し飛びそうな威力が両者間に生まれているが、その衝撃をも上手く利用している二人の間から爆風が生まれる。

 

 轟々と唸るような衝撃波が執務室内に渦巻き、床の間に飾られていた花瓶が堪えきれずに割れ、卓上に置かれていた書類が花吹雪の如く舞い上がっていく。

 

 どんどんと破壊されていく家具や壁達に、メルの本能が撤退せよと脳内でサイレンのように鳴り響いている。

 

「このままじゃ、死んじゃうよ……! 早く逃げなきゃ!!」

 

 超人達の決闘に一般人が巻き込まれては、タダでは済まないことは明白。

 

 メルは、衝撃波から身を守るために顔の前で手をクロスしながら、ルフィの状態を探ると、彼は放心したような顔をしながらも食い入るようにマグマ人間と氷人間の戦いを凝視している。

 

「ルフィ君! 逃げるよ!!」

 

「あ、ああ」

 

 メルは超人達の戦いに魅せられているルフィをなんとかデッキブラシに乗せることに成功する。

 

 それから、サカズキとクザンから少し離れたところで未だに蹲って身動き取れない海兵に視線をやる。

 

 メルは瞑想するように目を閉じた。

 一秒一秒の行動が、全て生か死に関わる。

 

 ───私に出来ることなんて、ほんの少ししかない。

 

 ───けど! むざむざ、見捨てることなんかも出来ないよ!! 

 

 世界に捨て置かれ、迫害され続けているメルに、彼を放っておくことなど出来るはずがなかった。

 

 何故なら、まだ選択の余地はあるのだから。

 

「一瞬だけでも、あの二人の行動を制限出来たら……!」

 

 目まぐるしく動くメルの脳内の傍らで、「メルッ!」と、とても聞き覚えのある声が飛び込んできた。

 

 声に引き戻されるようにして、背後を振り返るとサーベルを手にしたエースとサボがいる。

 

 年上ーず達は、メル達を追って、こんな所まで来てしまったらしい。

 

 所々に傷を負っているのが気になるが、二人の晴れやかで自信に満ち溢れている顔を見ていると、やるべき事は決まった。

 

「うわっ! 暑っ! 寒っ! なんだこの部屋!?」

 

「ってか、はぁぁあああッ!? なんか化け物みてェなのが、戦ってんじゃねェか!? とっととずらかった方がいいな」

 

 タンクトップ姿のエースは舌を出して暑がったかと思えば、今度は剥き出しの腕を摩って寒い寒いと零す。かなり忙しそうな身振りだ。

 

 対して、サボは超人達の戦いにいち早く気付いたようで、かなり大変な事態になっていることを把握したようだ。

 

 早く逃げようと泡を食ったように提案するサボに、メルが「待って!」と制止の声を掛ける。

 

「彼処にいる人を放って逃げることなんて出来ない。助けたいの」

 

「助けるって……。おれらじゃ、あんな化け物の戦いの中に入った瞬間に消し炭になっちまうぜ!」

 

 妄言とも言えそうなメルの言葉に、サボが正気かと言いたげな顔つきをするが、彼女もそんなことは分かっていると強い意志を秘める碧眼を愚直にサボに注ぎ続ける。

 

「あの人たちの気を、一瞬でも引けたらいいの」

 

「気を引くたって───」

 

「メルには良案があるんだろ? 教えてくれよ。やれるだけ、やってみようぜ」

 

 メルとサボの間に、エースが入る。

 まさか、エースまでもが馬鹿なことを言い始めるとは思わず、サボはつい声を荒らげてしまう。

 

「エース!」

 

「おれ、あのマグマになっているオッサンに聞いてみてェことがあるんだよ。どうして、そこまで海賊を嫌うのかをよ」

 

 だが、エースの眼差しを受けてしまったら、サボは何にも言えなくなってしまった。

 

 彼の顔は完全に、いつもの『逃げられないエース』になっていたからだ。

 

 こうなったエースには、何を言っても無駄である。

 何なら、メルだってそうだろう。此処には、嫌になるほど頑固者しかいない。

 

「なァ、サボ。いっちょ、海軍とやってみようじゃねェか。おれ達三人なら、なんでも出来るんだろ?」

 

 そして、極めつけは泣き虫だったルフィのピカピカな笑顔だ。

 

 最初に出会った頃は、あんなにも泣いてばかりだったのに。

 今じゃ、エースと肩を並べて闘気を漲らせている。

 

 絶対に勝てないと分かり切っている相手に立ち向かえることに、どうしてか喜びを見出しているような気さえするのだ。

 

 無謀な三人から説得を受けて、サボはガシガシと乱暴に頭を掻いた。

 まともな者は自分しかいない───けども、自分だって決して、まともとは言い難い。

 

 だって───。

 

「っしゃー! こうなったら、やるっきゃねェよな。死ぬ時だって、おれたちゃ一緒だ」

 

 覚悟を決めたサボは、ごめんねと笑うメル、一発目にものを言わせてやると息巻くエース、楽しみだと脳天気なルフィを見渡して、一つ頷く。

 

 ───もし、この戦いが終わったら、あの誓いを交わそう。

 今のおれ達だったら、必ず遂げられるあの義兄弟の誓いを! 

 

 サボの胸中には、もう一つの覚悟が生まれていた。

 

 遠い昔に物語で読んだ三人の英雄達の物語。

 理想郷を作ろうと国を興した、三人の男達の軌跡を自分達も辿るのだ。

 

 同じ年、月、日には生まれなくても、死ぬ時は同じ年、月、日に死のう───例え、血が繋がってなくても、その誓いが自分達の運命を繋いでくれるのだと信じて。

 

 

 

 

 こうして、子どもたちによる第三勢力が出来上がったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 




大人気ない大人達の傍らで、子ども達が本来の目的を成し遂げようと頑張ってます。

別の作品でも書いてますが、サカズキとクザンの溝は深くて、しかも横にも深いですよねー。私の見解は、完全に22年前のバスターコールが引き金だろうなって感じです。

だけども、書いてて血湧き肉躍るのはこういう亀裂です。驚く程に筆が進む。

ONEPIECE本編では、この辺どうなるんでしょうね。

パンクハザードで、二人の争いは一度蹴りがついてまして、サカズキの勝ちで幕を閉じてますが、絶対そんなに簡単に終わらないはず。

クザンの巻き返しを楽しみに待ってる所です。
サカズキが元帥として死ぬのか、元帥から転がり落ちて死ぬのかとても楽しみです(性悪)。

あと、ピコハンは某テイルズRPGからお借りした魔法です。


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ガープ! 貴様、またやりやがったな!!

すごくお待たせしたので、やれる所まではやっておきたい。


「皆、作戦は把握出来た?」

 

 マグマと氷の戦いは激しく、半壊していく部屋の状況を見る限り一刻を争う。こんなに破壊しといて、誰も様子を見に来ないというのは、もしやこの城は今、無人なのではないかとも思えてくる。

 

 もし、そうなのだとしたら、なんて間の悪いタイミングで起こってしまった悲劇なのだろうか。

 

「当たり前だ」

 

「勿論だ」

 

「早くやろうぜ、にししし」

 

 捲し立てるように説明した作戦を、果たして三人が理解出来ているのかが若干不安だが、もう時間もない。

 

 三人揃って自信満々に頷くのだから、情報は共有されたのだろう。

 

 エースとサボが執務室を慌てたように出ていくのを見届けて、メルは手に持つデッキブラシに力を入れる。

 

 ───チャンスは、一回きり。

 

 ルフィの方をちらと盗み見すると、肩をぐるぐると回して準備体操をしていた。

 

 なんだか、肩の力が抜けてしまうその光景に、段々と一人だけ肩肘張ってるのも馬鹿らしくなってきて、メルはふふふと笑みを零した。

 

 そして、幾分もしない内に作戦が始まる。

 

 

 バタバタと部屋の外で立てられた軽快な足音が、いつもの()()()で部屋内に響く。

 

 籠るように反響するその音は、メルがいつも空を飛ぶために舞い込んでいる風を使って響かせているものだ。

 

 足音の次に聞こえるのは切羽詰まった人の叫び声───計画の要が実行される時が来た。

 

「た、たたたた大変だ────ァ!! おツル中将が、おツル中将が、結婚するって大発表が出たぞぉォオオオッ!!!」

 

「しかも相手は、まだ海軍将校にもなっていない若造だ! 話によると、デキ婚かもしれないと!!」

 

「かなりの高齢出産ということもあって、今、上が会議を開いてるみたいだァァアアアッ!!!」

 

 

 戦いに割って入ることも出来ない。

 子どもの制止の声くらいじゃ止まれない。

 誰も助けには来てくれない。

 

 そんなナイナイ尽くしならば、相手の急所をえぐるしか出来ることはないだろうとは、メルの言である。

 

 海賊、海軍、世界政府、秘密結社エトセトラエトセトラを相手にしてきたメルだからこそ提案できた『母親代わりが自分よりも年下の男と結婚、しかも授かり婚』計画。

 

 海軍内部で決行するには、あまりにもセンセーショナルな計画だ。

 

 これを真顔で、しかも真剣に、真面目に、恐れずにやってのけるのは、様々な意味での命知らずである。

 

 さあ、この誤報に二人が引っかかってくれなければ、計画は此処で詰んでしまうのだが───。

 

 エースとサボによるボーイズソプラノでの喧伝も、メルの風の魔法によっての誘導や、そもそもサカズキとクザン(当人達)が冷静でないことも加えて反応があった。

 

 マグマと氷が一瞬にして、動きを止めたのだ───恐ろしい程にタイミングを合わせて。

 

「今だ!」

 

 メルとルフィは作戦通りにデッキブラシに急いで股がって、さっきまでゆらゆらと部屋内で静かに吹いていた風を魔法で総動員させ浮かせる。

 

 そして、いつもの如く弾丸のように、しかし繊細にデッキブラシを動かして、グツグツと煮え立っているマグマや部屋の四隅にまで届く氷上を飛び越え定位置までメルが来ると、ルフィの両腕がゴムのように伸びて、失神しかけている裏切り者の海兵を掴む。

 

「うし!」

 

 ルフィの短い掛け声と共にしゅるしゅると手元に戻ってきている海兵をそのままに、メルは一も二もなく部屋を飛び出していく。

 

 手が戻ってきたルフィは、そのまま付属品のようについてきた海兵を横抱きに抱える。すると、その男が何かお守りのような物を大事そうに両手に持っていることに気づいた。

 

「なんだ、これ?」

 

 ルフィはこんな状態にまでなって海兵が大事そうに握り締めている物に興味が出たようで、彼の掌を無理やり開こうとする。

 

 すると、少しだけその物が姿が見えてきた。

 

「石で出来たナイフ?」

 

 瞬間、体から何故か力が抜けて行くのを感じてルフィは、気だるさを覚える体に喝を入れる。まだ、目の前では自分より一つだけ上の女の子が頑張ってるのだ。

 

 ルフィの体に異常が起きている中、運転手であるメルはアクセル全開でデッキブラシをかっ飛ばすことに全集中していた。

 

 メル達は稲妻のごとく部屋の中から無事飛びしてきた。幸いなことに、メル達が出て行った後も諍い中に響いていた轟音が聞こえてこないことから、まだあの二人はセンセーショナルな誤報に惑わされているのだろう。

 

 驚く程に効果覿面である。

 

 部屋から猛スピードで飛び出してきたデッキブラシに、外で演技をしてくれていたエースとサボが喜色を浮かべる。

 

「上手いこといったみてェだな! まさか、あんなので上手いこといくとは」

 

「……やってから言うのもあれだけどな。メル、お前鬼過ぎるぜ」

 

 純粋に勝利を喜ぶエースと、自分が犯した罪の重さに戦慄くサボという正反対な光景が繰り広げられているがメルはなんのその。

 

「使えるものは、使わないとね!」

 

「悪魔だ。此処に女の子の皮を被った悪魔がいる……!」

 

 キュピンとウインクするメルに、サボがドン引きしたように後ずさる。勝利の余韻を一緒に味わえないなんて残念なことだ。

 

「メル〜。此奴、めっちゃ重いぞ」

 

 デッキブラシに乗りながら、なんとか海兵を横抱きしていたルフィがへばったような顔をしているのをエースがふんと鼻を鳴らす。

 

「軟弱なこと言うんじゃねェ! まだ修行で持ち上げる岩の方が断然重いだろ」

 

「そうなんだけどよ、なーんか力が入んねェんだ」

 

 ヘロヘロとメルの肩に頭を乗せて、しんどそうに項垂れるルフィにエースが目元を引き攣らせるが、流石に彼のこの様子は変だと思ったメルは、一先ず床にこの男を置こうと提案する。

 

 メルの提案にこくこくとルフィが頷いたこともあって、そうそうにデッキブラシから二人は舞い降り、エースとサボの手を借りながら海兵を床に寝かす。

 

 そうやって、子どもたちがエッサホッサ頑張ってると、急に旋風が吹いた。

 

 ───否、それは旋風ではなく、全速力で駆けて行くサカズキとクザンであった。

 

 あんなに慌てふためく二人を見るのは初めてのことであったので、メルはつい目を点にして、土埃を立ててすっかりと姿を消してしまった彼等を呆然と眺め続けてしまう。

 

「……なんだありゃ? さっきのオッサンら、すっげェ剣幕で行っちまったぞ」

 

「そりゃ、母親代わりの上司が何処の骨とも知れねェ男と結婚するって聞かされてるんだ。しかも、デキ婚。必死になって確かめに行っても可笑しくねェさ」

 

「そんなもんなのかァ?」

 

「ダダンが若いイケメンと子供が出来たから結婚するってなったら、お前らどうする?」

 

「「ぜってぇ騙されてる」」

 

「そういうこった」

 

 この計画のえげつなさを自覚したらしいエースとルフィから、冷ややかな視線を送られることになったメル。サボは達観の笑みを見せてくるというおまけ付きだ。

 

「世の中って、世知辛いものなのよ」

 

 物言わず非難してくるコルボ山の子ども達を無視して、メルは海兵の衣服を着々と検めていく。

 

 あまりに慣れたように意識のぼんやりとした海兵の衣服をまさぐっていく配達屋の少女に、年上ーずはかなりドン引きした面持ちになっているが、尻を上げて「力がぬーけーるー」とへたっているルフィのことも段々と心配になってきて、気忙しいことこの上ない。

 

 

 メルの手によって暴かれていくこの男の制服の下からは、じゃんじゃか多種多様な暗器が出てきた。

 

 小刀、バタフライナイフ、毒針、手裏剣、手榴弾、催涙弾、銃などなど。

 

 そして、男が大事に握り締めていた物の正体は、海楼石で加工したナイフであった。

 

 最後まで、サカズキを仕留めようとしていたその男の執念に、メルはぐっと眉をひそめて、男の手からナイフをもぎ取る。

 

「ルフィ君の力が抜けてしまったのって、多分この海楼石製のナイフが原因だね。ルフィ君のことだから、気になってそれを触ったか。それとも、運んでる時に触れてしまったかしたんだ」

 

「かいろーせき?」

 

「そう。海と同じエネルギーを持っている石のことだよ。かなりの深海で発掘されるって聞いたことがある」

 

「ってことは、悪魔の実の能力者にとっては厄介な代物ってことだな」

 

「そーゆーこと」

 

 ルフィはそれを聞いてから、海楼石製なナイフを嫌そうに見詰めた。自分の力を抑え込む存在に、自然な嫌悪を覚えているのだろう。

 

 エースとサボも、そんな対能力者向けの道具があるとは知らなかったようで、悪魔の実とはなんの関係もないこともあって、興味深そうに眺めている。

 

「とと、此処で立ち止まっているわけにもいかないよね。取り敢えず、ガープさんの所に行こっか。なんか執務室にはいなさそうな気がするけども」

 

 この海兵は、不当に命を奪われて良い人間ではないが、もしかしたら、これからこの世界に大混乱を起こすかもしれない人間ではあるのだ。

 

 一国の間者を子どもだけでどうにか出来るはずもないのだから、一分でも早く海軍に引渡したいところである。

 

 三人と間者は再び、デッキブラシの空中散歩をすることにし、ガープの執務室に向かってみたら案の定、誰も居るはずもなく。

 

 仕方ないから、誰か適当な人でも探そうとウロウロしていた所をセンゴクによって発見される。

 

「君たち、こんな所で何をしているんだ?」

 

「あ、センゴクさーん! ラジリア王国ってとこの間者さんで、サカズキさんを殺そうとしていた人を今、預かってるんですー! 引き取って貰えませんかー?」

 

 漸く、まともな大人と会うことが出来たとメルが、ピカピカの笑顔でとんでもないことを言い続ける。

 

 それを聞いたセンゴクは「うむ」と頷き、

 

「ガァァアアプゥウウウウッ!! あんの脳筋爺ッ!! なんてものを子ども達に処理させてるんだ!!!」

 

 いや、処理させたのはガープの爺ちゃんではなく、城を沈めようとしていたマグマと氷───と四人は言いたくて仕方なかったが、これ以上センゴクに心労をかけてはいけないと、無意識に察した子どもたちは固くその口を慎むことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 




ガープは紛うことなき冤罪です。
プチパンクハザードが起きてたとは知らないセンゴク氏。
恐らく天守閣に帰った瞬間にひっくり返ることでしょう。

そして、メルのあまりに酷な計画。
私としてもあんな非道なことをしていいのかと思いましたが、ポチッとやってしまいました。後悔はしていない。

拙作にしては、珍しく能力が大盤振る舞い使われた熱い展開の終焉があれで良いのかと思ったりもしますが、この作品、コメディなのよね。

次回はこの大騒ぎに蹴りが着きます。
あと1、2話でこの長かった盃兄弟編は終わりです。


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海賊王におれはなる!!!

お盆休みが見当たらないんですけど、課長。


 メル達は、取り敢えず自分達ではどうすることも出来ない裏切り海兵こと、ロージーをセンゴクに渡す。

 

 しかし、「ガープは何処にいる!?」と怒りのボルテージが最高潮のセンゴクから離れることも出来ず、今度はガープを探す旅が始まるのかと四人の子供たちがうんざりしていると、「元帥───!! 大変です!!」と正義のコートをはためかせて海軍将校が廊下の奥から姿を見せる。

 

「サカズキ大将とクザン大将が、おツル中将の男は何処だと訓練所にまで入り込んできて大暴れしています! このままだと、寮にまで突っ込んでいく勢いかと……」

 

 実力者が集まる海軍本部であるため、問題事が起こるのは日常茶飯事だ。

 だが、この問題事には、流石のセンゴクも予想外であったらしく、声がひっくり返る。

 

「お、おツルちゃんの、男……?」

 

「はい。しかも、そこへなかなかお孫さんが来られないと徘徊していたガープ中将が合流し、ガープ中将は『おツルちゃんがそんな尻の青いガキと結婚するはずがない』と一笑に付しまして」

 

「あ、ああ。そうだとも。あのおツルちゃんに限って、そんなことがあるものか……!」

 

「『なんの根拠があって、そんなことが言いきれるんですかい?』『オレらもそう信じてますが、世の中にはそういうあんまりな事だって起きるものでしょう』とサカズキ大将とクザン中将が言い返し、それにガープ中将が癇癪を起こしてしまって、あわや大乱闘にもつれこむ一歩手前という状態にあります!」

 

「な、何故、そんな奇怪なことになっとるんだ……!」

 

 センゴクが乱心するのも可笑しくない話である。

 

 癖になっている眉間の彫りに指を置いて、頭が痛いと言わんばかりに被りを振る彼を前に、説明していた海軍将校もいっぱいいっぱいなのか、「早くお越しになってください!」とせっつくばかりだ。

 

 この展開の流れに、一人の命を助けたとはいえ、大二次災害を引き起こしていると知った事の元凶達は、気まずげにアイコンタクトを取り合う。

 

「これ、すっげぇ大変なことになってるんじゃねェか?」

 

「大変も何もめちゃくちゃヤバい事態だよ」

 

「急所は急所でも、一撃必殺になりかねない急所は外すべきってことだよな」

 

 エースは元より、まさか此処までとんでもない事態が偶発するとは予想出来なかったメルでさえ呆気に取られている。

 

 そんな四人の中でも、深謀遠慮を身に付けつつあるサボが、今回のことはある意味勉強になったとしみじみ呟く。

 

「まさか、そこまであの人たちに情があるとは思わなかったよ。誤算だったわ……」

 

「メルはさ、絶対あの人たちに色んな偏見混じってると思うぜ」

 

 一体、あのとんでも超人達とメルの間に何があったのだろうかとここまで来ると段々詮索したくなってくるが、それを言った瞬間にメルの碧眼から光が無くなることは予測出来るので、サボはぐっと堪える。

 

 この少女は自分達とそう歳は変わらないのに、時たま不確かな物の終着駅(グレイターミナル)にいる浮浪者よりも、酷く淀んだ目付きをすることがあるから驚きだ。

 

 聞いた話だとメルには親はいなさそうだから、恐らくエースやサボと似たような苦労をしているのだろうが、やはり各々この年までに居た環境が違うため、あまり細かい所までは推し量れない。

 

 そうやって、メルも含んだ年上ーずが色々と言葉短く反省会を開催していると、ずっと静かに皆の様子を見ていたルフィがセンゴクに向かって口を開く。

 

「あのオッサンらが暴れてんのって、メルがそこのオッサン助けるために罠にかけたからだぞ」

 

 そして、それはあまりにも簡潔過ぎる事実の報告であった。

 

「「「「……は?」」」」

 

「そうじゃねェかよ。っつーか、おれ腹減ったぞ。エースもあのマグマのオッサンに用事があるんだろ? だったら、じいちゃんに会うついでにオッサンとも喋りに行こうぜ。早く用事済ましちまおう」

 

 普通、そんな大それたことを伝えるならば、前置きだとか言い訳だとかを用意してしかるべきなのだが、この少年にはそう心積りは一切無いらしい。

 

「どっかに肉落ちてねェかな〜。今なら、草も食べられそうだぞ」と呑気に、勝手にどこかへ食べ物を探しに行こうとしているルフィを子ども達は捕まえに行こうとしたが、そうは問屋が卸さない。

 

 エース、サボ、メルの肩に置かれる手。

 

 ぎこちなく三人が油の差されていないブリキ人形のように拙く振り向けば、そこには黄金色に輝き始めているセンゴクがいた。

 

 しかも、三人の肩に置かれている手は、背中から生えている何本かの手の内の三本である。それだけでもなかなかに恐怖なのに、それよりもっと畏怖を感じるのは、そのご尊顔に浮かべられている微笑であった。

 

 センゴクの悪魔の実はヒトヒトの実、モデル“大仏”。

 

 ゾオン系の悪魔の実もかなり珍しいと言われているが、それよりも特に珍しいと言われている動物系幻獣種に分類されるその能力を顕現させて、センゴクは三人に命じる。

 

「何があったのか、ちゃんと話してくれるね? 三人とも」

 

「「「……はい」」」

 

 

 

 それから、子ども達に事情を聞いたセンゴクは、ピカーンと輝いていた己の発光を押し留め、いつものアフロで奇抜な髭をしたお爺さんに戻ったが、そのまま膝を付きそうな勢いで項垂れる。

 

「掲げるものが反対なのだから、折り合いの悪いこともあるだろうとは思っていた。しかし、それが過ぎて抗争までしかねないとはな。己らがどれ程、周りに影響を与えるのかも分からんはずが無いだろうに」

 

 センゴクが地に伏しそうになっている原因は、二人の後輩の間に広がる深く大きな溝であった。

 

 

 そこまで、物分りの悪い部下達ではないと思っていた。

 行き過ぎた正義と、柔らかすぎる正義。

 

 どちらもこの海軍には必要不可欠だということを、まだあの二人は理解出来ないらしい。

 

 ───この状態が続くようならば、私もいつか選ばなければならないのだろう。どちらの“正義”が正しいのか、を。

 

 センゴクは遠くない未来に起きるだろうその岐路を透かし見て、両拳を握る。嗚呼、人生とはかくも侭ならぬものなのだ。

 

 一人、そうやってセンゴクが中に篭もっていると、外から子どもの高い声が問いかけてきた。

 

「あのオッサンら、そんなに仲悪いのか?」

 

 ソバカスを散らした、生意気そうな目付きをしたその少年は、少し気になったというふうにそうセンゴクに聞いてくる。

 

 どこかで相見えたことのある眼差しだなと、センゴクは一瞬、眼を眇めたがそれもほんの数秒のこと。彼は、何処か遠くを見るように顔を逸らして言葉を発する。

 

「ああ、学校におった頃から、馬は合わなさそうであったな。だが、当時は一定の線引きをしておった。それが、徐々に曖昧になったのは……奴らが大将に上がる前だったか」

 

 化け物だと言われて入ってきた“赤犬”。

 

 おツルに連れられて入ってきた“青雉”。

 

 二人共、生まれた環境も、人格も全く違うのに、胸の奥に眠るこの世界への怒りだけは一緒であった。

 

「色々あるんだなァ。海軍も海軍で」

 

 シルフハットを被り直しながら、乳歯の欠けた歯でしみじみそう言う少年にセンゴクは可笑しそうに口の端を歪める。

 

「そりゃあるとも。海軍とて人間だ。善良でお綺麗で、潔癖な程に正しい人間などいない。私達と海賊の違いと言えば、秩序と正義が心にあるかどうかだ」

 

「秩序と正義ねェ……」

 

 硬いものをよく噛んで飲み込むようなエースの口振りにセンゴクは、はっと息を呑む。

 

 昔のあの二人の幻影とその少年がピタリと当てはまったのだ。

 

 生まれた時から、世界の理不尽に晒されてなんとか生きてきたのがこの世に生きる人間達の姿だ。

 

 だが、その中でも一等理不尽に、生まれた時から振り回されている人間がいる。

 

 生まれた時に親を失った。

 親が精算せずにいた罪を背負った。

 誰の庇護も得られずにただ必死に生きるだけ。

 守るということがどれ程、大変なのかを知った。

 

 そんな子どもが成長して、大人になって、今この世は荒れ狂っている。

 

 その負の連鎖はいつまでたっても断ち切られることは無い。

 この世界に安住の地が生まれない限り、永遠に人は世界を憎み、隣人を恨み、怒りを抱き続ける。

 

 それを無くしたくて。

 海軍の門戸を叩いたのだ、センゴクは。

 

「だが、海賊は悪だ。人の生活を脅かし続ける海賊を掃討しなければ、この世界が平和にならぬのも事実。理不尽に略奪されることのない、市民達が日々の安寧に揺蕩うことの出来る世界を作ることが海軍の本分である。海賊が同じ人間であることは、百も承知だ。その上で、私達は彼等に引導を渡し続ける───長くなったな、そろそろ訓練所へ参ろうか。あそこまで壊されては敵わないからな」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 訓練所に向かったメル達一行がそこへ辿り着いた頃。

 

 因みに、例のロージー海兵は、センゴクを呼びに来た将校に引き渡されている。意識も朦朧としている今の彼から引き出せる情報は無いだろうとのことで、取り敢えずは牢屋に繋がれることになった。

 

 訓練所は世紀末に突入してしまったのかと思わざるを得ないほどに、阿鼻叫喚の事態に突入していた。

 

 マグマと氷と地盤沈下が入り乱れるこの状況の中で、仲裁に入ったらしい多くの海兵や海軍将校の骸が転がっている。実際には、気絶をしているだけであろうが、その体は満身創痍だ。

 

「間に合わなかったか。はァ……此処を直すのにどれ程の時間がかかるかることか」

 

 悪魔の実の能力を多く使うであろう場所なので、他の所よりかは海楼石をふんだんに使っていることもあって、マグマや氷で破壊されている箇所は意外に少ない。

 

 但し、ガープの純粋な破壊力には勝てなかったようで、幾つ物クレーターが出来ている。サカズキやクザンの攻撃に耐えられなかった箇所も多々あるらしく、窓は全部割られていた。

 

 死屍累々、廃屋待った無しの訓練所はあと、屋根も崩れ落ちてきたら確実に家屋ではなくなるなといったところである。

 

 此処まで訓練所を破壊尽くした当の男達はといえば、丁度丸く縁取られた試合場のど真ん中で三つ巴を披露していた。

 

「おツルさんの体じゃ、出産は耐えられませんよ!」

 

「とんだ命知らずがいたもんじゃ……たとえ、センゴクさんが許してもわしは許さんけェの。こそこそと付き合っとることも公表出来ん男は……!」

 

「おツルちゃんが……わしのおツルちゃんがそんな何処ぞの馬の骨と付き合うわけないじゃろうが!!」

 

「「ガープさんのおツルさんじゃねぇっすよ(ないですけ)!!」」

 

「五月蝿いわい!!」

 

 アイスサーベルがガープの胸元を掠めるが、それをガープは躊躇なく腕で払い除け、マグマの拳が隙ありとばかりに鳩尾を狙ってくるので、爪先で蹴りあげる。

 

 大将VSガープという、なんとも珍妙な構図でバトルは白熱しているが、彼らの周りには呻き声しか上げられない海兵たちの無残な姿が南国に生息する海鼠(ナマコ)の如く転がっている。

 

 真剣に拳を交じらせ、歯を剥き出しにしている男達の乱闘のレベルは、流石『最高戦力』や『英雄』と称えられているだけあって、子ども達がこれまでに見てきたものとは格段に違う。

 

「すっげェ……」

 

 ポツリ溢れ出た本音にルフィは気付かず、その乱闘を食い入るように凝視する。

 

 それは、エースやサボにも言えることで、彼等は瞳を震わせて、一瞬たりとも見逃すものかと言わんばかりに彼らの動きを目で追うが、如何せん大人達の動きが俊敏過ぎて、なかなか目が追いつかない。

 

 一秒一秒の行動が、全て無駄のない洗練とされたものだ。

 

 しかも、その一つ一つの攻撃が確実に決定打になり得るものばかり───それは詰まり、一回でも綺麗に攻撃がキマれば、即戦闘不能に陥るということである。

 

 喧嘩と言うには、あまりにも殺意が迸りすぎている乱闘に、センゴクも何処から手を出して良いのか考え倦ねているらしく、その目元はストレスに耐えきられずに激しく痙攣している。

 

「わぁー」

 

 そして、事の大元凶たるメルの口から飛び出てくるのは、呆然とした声である。言葉にもならないそれは乱闘騒ぎと重複し、あっという間に掻き消える。

 

 あの中に入ってしまったら、生きて帰ること───死骸すらも残せるかも怪しいと思ってしまうような喧嘩っぷりは、最早大災害とすら言えるだろう。

 

 少年三人は、非常にキラキラとした輝く眼差しで大人気ない大人達の戦いっぷりを観戦しているが、メルにはその心境こそが分からない。

 

「センゴクさん、ごめんなさい」

 

 だが、自分と同じように死んだ目をしているセンゴクには、事の元凶として謝っておこうと、彼女は誠実な気持ちを抱いたらしく、ぺこりと小さな頭を下げる。

 

 長いお下げを飛び跳ねさせて謝るメルに、センゴクは「いやいや」と片手をあげる。

 

「ここまで来たら、あ奴らの自己責任だ。そもそも、子どもの策に引っかかっている時点で嘆かわしい」

 

「でも、多分、此処のお掃除するのはセンゴクさん達ですから」

 

「此処の掃除は暴れた当人達にしてもらうつもりだ。そして、修理にかかる費用も馬鹿共の給料から天引きしてやるぞ……! 海軍は人手不足でもあるが、予算不足でもあるからな」

 

 自分の尻は自分で拭け! と言い放つセンゴクには後光が差しているように見えた。いや、確実に悪魔の実の能力が怒りに誘発されて、顕現してきているのだろう。

 

 顔色がどんどん黄金味を帯びていっている。

 

 センゴクまで、あのどんちゃん騒ぎの渦中に仲間入りしてしまえば、最早誰も、歯止めの効かない上層部を止めることは出来ないだろうと、唯一この状況の背水の陣っぷりをメルが感じていると───満を持して、今回のキーパーソンが現れる。

 

「おや、とんでもない騒ぎになっとるじゃないか」

 

 正義のコートをはためかせて現れたその人の声は、正に鶴の一声。

 

 水玉模様のネクタイをしっかりと締めて、伸縮性のあるスラックスに包まれた両足を動かして現れた老女がこの場の大惨事っぷりを見回して、「ふむ」と頷く。

 

「とんでもない騒ぎになってるって聞いたから来てみたけども、おっそろしい〜ことになってるねェ。一体、これはなんの騒ぎなんだい〜?」

 

 その女性の傍らでわのっしのっしと長い足を動かしているのは縦縞の黄色スーツが独特なボルサリーノである。

 

 怪訝そうな笑みを浮かべて緩慢に首を捻る彼の言葉を皮切りに、彼女を知らない少年達以外の声が揃った。

 

「「「「おツルさん(ちゃん)!!!」」」」

 

 その場で激闘を繰り広げていた大将とガープ、彼らの周りで海鼠になっていた満身創痍海兵。そして、どうやって場を収めようかと思案していたセンゴクやメルの熱い呼び声がくわんとボロボロになっている壁が反響する。

 

「おやまぁ。私に用かい、小僧共」

 

 よもや、ほぼ全員から暑苦しく名前を呼ばれることになろうとは思っていなかったおツルの目は真ん丸である。

 

 こんなにも驚いているおツルを見るのは、初めてかもしれないと傍で様子を見下ろしているボルサリーノは思う。

 

 だが、衝撃的な展開は次々に投下されていく。

 

「おツルさん! わしゃあ、認めませんぞ!! 世の中の酸いも甘いも知らぬような乳臭いェガキが貴方の夫君になるなんぞ!!」

 

「そうですよ。オレらにも何の話もなく、勝手にそんなことになっているなんて……。水臭いじゃないっすか。勿論、話してくれていたとしてもそうやすやすとは認めませんけどね」

 

「おツルちゃーん! なんで、わしらの代の奴じゃなくて、子どもよりも年の離れたガキなんじゃ!! そんなにも若い男が良いもんかの!?」

 

 試合場から届く、悲痛な叫び声には、海鼠になっていた海兵達も雷に打たれたかの如く固まる。

 

 どうして、あの三人が暴れていたのかが漸く分かった今、彼等もその一大事に脳がプスプスとショート音をたてたようで、暗澹たる顔付きでおツルの方を見る。

 

 そして、当のおツルはと言えば───。

 

「え〜、おツルさん、ご結婚されるんですかい〜?」

 

「んな訳ないだろう。わたしゃ、此処で大参謀になってから、そんなものとはとうの昔に縁を切ったよ」

 

「じゃあ、皆、なんであんなにも取り乱してるんだろうね〜」

 

「暑さにやられたか、船に乗りすぎて脳に悪影響でも出たんじゃないかい?」

 

「そっか、そっか〜。皆、働き過ぎなんだねェ」

 

 ボルサリーノと和やかに会話をして、そもそも話自体が大嘘だと真実を告げる。

 

 

「……嘘?」

 

「あれもこれも、全部嘘ってことですかい?」

 

「どういう話なのかが、私にはさっぱり分かんないけど、多分全部嘘なんじゃないかい」

 

 本当に心当たりのなさそうなおツルの口振りに、サカズキとクザンが能力を使うことをやめて、その場に崩れ落ちる。

 

 安堵と釈然としない気持ちが混ぜこぜになった、奇妙な顔付きで黄昏れる二人であるが、そんな彼らと対峙していたガープはといえば、一人だけ晴れやかな表情を浮かべる。

 

「そうれ見てみろ。わしのおツルちゃんが若いもんにうつつを抜かす筈が無いんじゃ」

 

「誰がアンタのだって? 冗談はその顔と剛力だけにしとくんだね」

 

「はい」

 

 ピシャリとおツルに釘を刺されたガープが間髪入れずに返事をする。

 

 それに、ケラケラと笑い声を響かせるのは彼の孫であるルフィだ。いつもガミガミと五月蝿いガープがやり込められているのが、よっぽど面白いらしい。

 

「あの婆さん、強ェなァ〜」

 

「ああ。お前んとこのじい様も、すっかり萎びたキャベツみてェになってる」

 

 ガープの実力は気紛れにコルボ山に来襲し、「家族団欒じゃ!」と言いながら、大砲よりも威力のある拳で語りあおうとしてくることから、よくよく知っている。

 

 流石、お前らのじい様。思考回路が常人じゃねェと、上品な世界で幼少時を過ごしていたサボは思うのだが、ルフィとエースからしてみれば、たまったものじゃない感想である。

 

『まだ、おれらの方が常識的だ!』と口を揃えて言うのだろうが、彼らを養っているダダン率いる山賊たちにしてみれば、どっちもどっちだ。

 

 

 ルフィとサボがしげしげとおツルとガープのやり取りを見ていると、エースが何か決意したような面持ちをして、試合場で蹲るサカズキとクザンの方へと歩み寄っていく。

 

「なァ、おっさん」

 

 エース少年が言葉を投げかけたのは、サカズキだ。

 ガープに殴られたのか、赤くなっている頬をそのままに顔を上げるサカズキは、この少年は自分に何の用があるのだろうと目を眇める。

 

 そしてエースが放った疑問に、彼はその頑固そうな瞳を曇らせた。

 

「なんで、海賊が嫌いなんだ?」

 

 久方ぶりに、そんな分かり切った疑問を尋ねられた。

 

 だが、少年はそんな簡単なことも分からないとばかりに、真っ直ぐな眼差しでサカズキに問い掛けてくる。

 

 ───どうして、そこまで海賊を目の敵にするのかと。

 

 ならば、教えてやる迄だ。

 まだ、人生を歩み始めたばかりの、この幼く無垢で、無知でしかない子どもに。

 

「───あヤツらが、どれ程、この世界に混乱と破壊をもたらしているか、知っちょるか? 年に50近い街や村が海賊によって滅ぼされる。亡くなる市民は、一万にも及ぶんじゃ。して、取り締まる海兵は五千近く。友も家族になるはずだった人間も、何もかもを奪い、犯し、死体さえ冒涜するのが奴らじゃ!!」

 

 荒廃した街並み、悪戯に蹂躙されていく命、死者としての尊厳すらも冒涜される死体。

 

 建物の郡から上がる火の手は、一向に衰えを見せず。

 人々は諦観を抱きながらも、必死に助かろうと走り続ける。

 

 しかし、そんな市民達の足掻きも余興とばかりに、哄笑しながら一刀両断する海賊達。

 

 もう飽きる程見たその光景は、どれ程時間が経っても色褪せない。

 血腥い記憶のフィルムは、その悲惨な現場に出会う度に更に継ぎ接ぎされて、大長編になっていく。

 

「嫌い───そんななまっちょろい言葉で言い表せるもんじゃないけェのォ。あの虻虫共が海を飛び回れないようにするのが、わしの本望」

 

 握り締める拳が、怒りに震える。

 グツグツと片方の肩から、またもや黒煙が上がっていく。

 

 この悪魔の実の能力を得た時、サカズキはつい皮肉げに笑ってしまったものだ。

 

 ───怒りだけを胸に生きている自分には、なんてピッタリな能力なんだろうと。

 

「あの男のせいで、その望みも一度遠ざかるかと思うたが、逆に予備軍が炙り出せたのだと思えば都合が良かった」

 

 積年に振り積もった、衰えることの無いその激しいサカズキの怒りにあてられて、エースの子どもらしいまろい顔からはすっかり血の気が引いていた。

 

「……ゴールド・ロジャー」

 

「はや、あれから十二年が経つが、まだおどれらのような子どもでさえも知っている名になっていることすら腹立たしいのォ。じゃが、わしがいる限り、もう二度とあんな阿呆は現さないと決めておる」

 

 まだ三十を過ぎた頃に起きた、ゴールド・ロジャーの処刑。

 

 海軍学校に入った頃は、あの男の最盛期であった。

 ずっとこの手で始末してやると意気込んでいたが、その最期はあまりにも呆気ないもので。

 

 だが、最期の最期に残してくれやがった負の遺産が、この大海賊時代だ。

 

 死んでも許しきれないあの男の所業を思い出して、サカズキは知らず奥歯を擦り合わせていた。

 

 棒立ちになること以外、何にも出来なくなっていたエースに、静かに成り行きを見守っていたガープはそっと視線を外す。

 

 彼の事情を知っている人間は、今、この場にはガープとサボしかいない。

 

 顔も知らない父親から業を背負わされた友人のその背中は、なんとも小さく───嗚呼、アイツは、いっつもあんなものと戦っていたんだな。

 

 何故かサボの目頭が熱くなる。

 重たい。まだ十年しか生きてない自分達には、あまりにも重たすぎる代物だ。

 

 だが、エースはずっとそれを一人で、それこそ物心つかない頃からずっと背負ってきたのだ。

 

 ───そんな、鉛よりも重たい空気を切り裂いたのは、最年少の怒号だった。

 

 

「おい、オッサン! 海賊には悪いヤツばっかじゃねェんだぞ。良い奴だっているんだ!!」

 

 両肩を怒らせて、草履の音を響かせ、エースとサカズキの間に割って入ったのはルフィだ。

 

 眦をつりあげ、サカズキを見据えるルフィからは、何故か気圧されるような迫力を感じ、サカズキもついその小さな子どもと目を合わせる。

 

「お、おい、ルフィ……」

 

 後ろで見ていられなくなったサボが、エースとルフィの傍に駆け寄ってきて、ルフィに声を掛けるが、勿論そんな制止の言葉くらいで止まる人間じゃない。

 

「あと、オッサン」

 

 刹那、全て割られた窓から春節前のような激しい風が吹く。

 

 その風に、何故か激しく嫌な予感を抱いたのは全員らしく、皆風に攫われる髪や衣服に気を払わず、ルフィの次の一言に耳を澄ませる。

 

 そして、ありったけに腹の底から紡がれたその叫び声。

 

 鬨の声が再び、放たれた。

 

「おれは海賊王になる男だ!! オッサンがなんと言おうが、海賊王におれはなるって決めてんだ!!!」

 

 両手を上げて、風に浮く麦わら帽子をそのままに叫ぶその少年に、この場にいる人間全員がその背に大海を幻視する。

 

 うねるような歴史という海の唸りの声。

 まだ何にも持たない小さなその存在が、ゆくゆくは世界に新しい波をもたらせるような予感が全員の胸に去来した。




すごい大☆暴☆走した自覚があります。でも、反省はしない。これからは、もっと暴れ回る予感しかないプロットばかりだもの。

ルフィのこの台詞を書いた時、本当にワンピ二次創作書いてるんだなと実感しました。あと、この台詞が物語の空気を変えることもよくよく理解しました。



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ルフィくんって凄い人たらし

遅くなってしまい、申し訳ございません。
お気づきの方もいらっしゃると思いますが、某高校生探偵にうつつを抜かしていました。


「よし。サカズキ、クザン。貴様らの此度の処分だが、この三人の教育にしよう」

 

 海軍本部のど真ん中で、『海賊王になる!』と大胆不敵に言い放った少年に多くの人間が度肝を抜かれていた中、センゴクがさらりととんでもない処遇を下した。

 

 その内容は、確かに海軍本部に向けられた宣戦布告に対応するものであるが、問題は彼等を教育する人選だ。

 

「「「……は?」」」

 

 これには、事の渦中にいるサカズキやクザンだけでなく、おツルとガープでさえも目を剥く。

 

 だが、センゴクはこの決定を覆らさないと言いたげに背を向けた。

 そろそろ、仕事に戻らないと海軍としての機能が止まってしまうと、仕事場の天守閣に戻ろうとしているセンゴクに待ったをかけたのはエースだ。

 

「お、おい! 何勝手なこと言ってんだ!!?」

 

 いつの間にか、額にびっしょりと脂汗を浮かべていたエースの悲鳴のような声からは、「じょうだんじゃねェ!」と副音声すら聞こえてくる。

 

 その声にピタリと足を止めて、首だけで振り返ったセンゴクは、酷く冷めた目をしていた。

 

 ここに来るまでに浮かべていた好々爺そうなセンゴクの顔は、白昼夢で見たものではと疑いたくなる程の玲瓏とした横顔に、知らずエースは息を呑む。

 

「聞いておると、君たちは海賊になりたいんだろう。だが、流石に悪の芽を見過ごせる程、我々も弛んではないのだ」

 

「───おれは、絶対海軍にはならねェ! 人に指図されて動くのは、むかっ腹が立つ!!」

 

 ただでさえ、生まれた頃からロジャーのせいで、制約の多い人生なのだ。

 それなのに、今度は海軍に縛られることになるなんて、それこそ耐えられそうにない。

 

 誰にも、これ以上の干渉なんてさせてなるものか。

 

 

 ───おれの人生は、おれが決める……! 

 

 憤るエースの近くで、ルフィも「おれもぜってェ、海軍にはならねェ! 海賊になるんだ!!」と追撃する。

 

 ついルフィの方にエースが顔を向けると、こんな横暴な決定には従えないと澄んだ黒の眼で必死に訴える弟分の健気な姿がある。

 

 だが、この決定に一人だけ諾を唱える人間がいた。

 

「おれは…………この人たちに学びたい」

 

 まさかの声に、エースとルフィが信じられないものを見るような顔をして、その人物に目を向ける。

 

 嘘だと言いたげに目を向けた先にいるのは、両拳を握って、何かに堪えるように顔を俯かせるサボがいた。

 

「な、なんでだ───」

 

「おれは、今よりもっと強くなりてェ。もっと、もっと早く強くなって、そして、おれは……!」

 

「「サボ!!」」

 

 咎めるようなエースとルフィの叫びが、生憎にも揃う。

 

 だが、そんな二人の仲間の声を受けても、サボは言葉を紡ぐことを止めない。

 

「ブルージャムの連中でさえ、俺たちは手一杯だ……! けど、おれらが目指す海には、あんな連中よりも強ェ奴らがゴロゴロいんだ。おれは、そいつらに負けねェ強さが欲しい!! 最短でその力が手に入るなら、たとえ、相手が海軍だろうと教えを乞う!!」

 

 その強い思いは、エースやルフィだけでなく、師になろうとしているクザンやサカズキ。

 

 そして、この酔狂な顛末を言い渡したセンゴクに向けて放たれる。

 

 少年の鬼気迫る覚悟を聞いて皆が一様に口を閉ざす中、センゴクは薄らと笑った。

 

「力が欲しい。それは真に結構だ。だが、此処で力を蓄えれば、自ずとその夢は書き変わることだろう……! 海賊という悪がどれ程、この世界にとっての癌なのか。それをしかと見るが良い!!!」

 

 刹那、センゴクの体から重苦しい風圧が解き放たれた。否、それはただの威圧で巻き起こった風ではなく、先天的なものでしか得られない覇王色の覇気によるものだ。

 

 センゴクの周りで一人、また一人と海兵たちが泡を吹いて倒れていく。歴戦の猛者である三大将やおツル、ガープでさえも正気を保つのが精一杯な暴力的な力が崩れかけている訓練所内に吹き荒れる。

 

「ルフィ、さ、ぼ……!」

 

 そして、その力に子どもたちが適うはずもなく。

 

 傾いて行く視界の中で、エースはルフィとサボが白目を剥いて地に伏す瞬間を捉えていた。一体、何がこの場で起こっているのかを知る術もないまま、着実に混濁していく意識の中で声なき声で吼える。

 

 エースの意識がプツリと途切れたのは、それから幾許も経たない頃であった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「ってことがあってね。センゴクさんったら、怒髪天を突く勢いで激おこプンプン丸。気付いたら、養護室みたいな所で寝かされていたの。あれも悪魔の実による何かなのかなぁ」

 

「にゃるほどなァ。だから、メルが連れてきたこの子達はこんなにやけ食いをしてるんだね」

 

「いや、それは通常運転。この三人、フードファイターも驚きの大食漢だから」

 

「この子達の爺様から必要以上の大金を貰ったって言うのはコレを見越してって事だったわけだね……足りるかなぁ」

 

 ところ変わって、此処はメルとジジィが住む職場兼住居の一軒家。時刻は、空に星々が輝く夕飯時。

 

 いつの間にか気絶していたメルが海軍の養護室で飛び起きたのが二時間前のことだ。その部屋で一緒に寝転がされていたコルボ山の三人達を前に状況把握を努めたが、まだ頭が起きたばかりで上手く動きはせず。

 

 結局、様子を見に来たボガードに事の仔細を聞くことになり、メルは子どもたちに冷え冷えとした視線を送ることになった。

 

 海軍の総本山で海賊になる宣言をした馬鹿共に送るにはこれ以上にないものだろう。あの無表情がデフォのボガードが、変な感心をするほどだ。「流石、ガープさんのお孫さんだ」っていうのは褒め言葉なのだろうか。

 

 そして、まだ気絶しているらしい彼等を容赦なく叩き起して、まともに記憶を取り戻さないうちに箒に括り付けて、メルの家に連行したというわけだ。

 

 今回の騒動に巻き込まれた詫びや彼等の一日の世話代をボガードから遠慮なく受け取って帰還を果たした頃には、彼等も気絶するまでの記憶を取り戻していたようで、頗るテンションが低かった。

 

 予め、メルが友人を連れてくると聞いていたジジィは、初めて養い子が友人を連れてくると張り切り、我が家のどこにこれ程の食材があったのかと目を疑うほどに料理を作って待っていたのだが、しょんぼり顔で続々と入ってくる子どもたちにジジィは目が点になる。

 

 流石にこんな有様の子どもたちの状況を大家兼オーナーのジジィに話さないわけにもいかず、メルはこうなった経緯を夕飯の席で語って聞かせたというわけだ。

 

「海軍の孫でも海賊になりたいって子がいるんだねェ」

 

「黒猫、おかわり」

 

「オジサン、おかわり!」

 

「飲みもん、何処だ?」

 

「君たち、遠慮ってものは無いのかい……?」

 

 栗鼠の様に頬袋をパンパンにして、おかわりの催促をする子どもたちにはジジィでさえもドン引きしている。彼もそこそこに肝が座っている質の筈だが、どうやら子どもたちの個性の強さには押し負けるようだ。

 

 椅子から立ち上がって、明日の朝食用に取っておいたシチューやバゲットを冷蔵庫から取り出しているジジィの後ろで、エースが漸くまともに口を開く気になったらしい。

 

「先ずは、あのくそジジィ共を倒さねぇとまともに航海も出来なさそうだな」

 

 だん! とテーブル上でフォークを持ったまま拳を打ち付けるエースを後目に、サボも深く考え込む。

 

「……ああ。あいつら、多分海軍の上層部だろ。どれくらいの位置にいるのかは分かんねぇけど、グランドラインに行けばあのレベルがゴロゴロいるんだろうな」

 

「強かったなァー、あのオッサン共。マグマに氷に、風……? どうやったら勝てんだろうな」

 

「まだ諦めてないんだ……。凄いね、君たち」

 

 あれ程の実力差を見せつけられたら、普通は心がポッキリと折れるものでは無いだろうか。リベンジ戦にコトコトと闘争心を燃やしつつある三人に、メルもつい本音がポロリと出てしまった。

 

「でも、成り上がるのには不屈の精神も必要だよ。強くなろうと思ったら、それくらい貪欲じゃないとねェ」

 

 おかわりをよそい終わったジジィがそれぞれの前に皿を置いて、再び席に着く。子どもたちはまた皿を手に取るやがっつき始めた。

 

「ボク達も海賊と取引することもあるから、正直なるなって強く引き止めることも出来ないしねェ。海軍のこともそんなに信用していないし」

 

「ん? そうなのか?」

 

 意外なジジィの台詞に、エースが不思議そうな表情を浮かべる。海軍に不信感を募らせる市民を彼はこれまで見たことがなかったのだ。

 

 サボは、ジジィの容姿で薄々は分かっているらしく、視線だけをちらりと獣じみた耳と尻尾に向ける。彼らの末っ子はご飯を食べるので忙しいらしく、聞いているのかも定かではない。

 

 

「君達は意外と反応が薄かったけど、ボクの姿は此方では珍しいからね。多分、聞いたことがないと思うけど、ミンク族っていう部族なんだ。ミンク族はボクみたいに動物の姿をしているけど、生活や生態はほぼ人間と変わりない」

 

「それ、着ぐるみだって思ってた……」

 

「本当だ!? オジサン、猫ちゃんじゃねぇか!!?」

 

「「「今頃気づいたんかい!!」」」

 

 ルフィの目が驚く程に節穴だったが、これ以上言っても詮無い。彼は、ジジィが猫のミンク族だとちゃんと認識したら、ご飯を口いっぱいにしたまま尻尾にじゃれついてきた。

 

 これは面倒なことになったと言わんばかりのジジィが尻尾をふりふり、ルフィを適当にあしらいながら、海軍への不信の理由を語る。

 

「ミンク族は、この世界では差別対象なんだよ。天竜人が一番上で、その下に人間がいるっていう構図は君たちも知っているよね。その人間の下にミンク族はいる。手長族や魚人族も僕達と同列だ。この世界は、毛が短く、手足のバランスが取れた、エラのない人間が優位に立っている」

 

「詰まり、天竜人や人間を保護するので手一杯の海軍は、ジジィさん達を後回しにしているんだな」

 

「後回しにするぐらいなら、まだいい方さ。ボクらには、人権なんてものは無い。無理矢理奴隷にされても捨て置かれる。人間が犯罪を犯しても、近くにボクらがいれば、いつの間にか罪を擦り付けられている。最悪、殺されても無かったことにされるだけだよ」

 

 子どもたちには、随分と刺激の強い話だ。口を開けたまま瞠目しているエースと目を伏せて唇かを噛むサボにジジィも話したことを少し後悔した。

 

 メルと話すように言ってしまったが、まだこんなにも幼い彼等に話して良い内容じゃなかったと後頭部を掻き掻き、この凍った空気をどうしようかなと思案する。

 

 だが、此処にはシリアスブレーカーを誇るルフィ少年がいた。

 

「なァ、猫ちゃん! お前、おれの仲間になれよ!!」

 

 恐らく、話の内容が難しすぎて何にも聞いていなかっただろうルフィ少年が唐突に勧誘し始めた。これには、ジジィを抜く他の一同が固唾を飲む。彼がこの勧誘にどう対応するのかが気になるからだ。

 

「ルフィくん。ボクは猫ちゃんだよ。君の海賊に入っても何の活躍も出来ないと思うなァ」

 

 ───凄い。いけしゃあしゃあと嘘を吐いてらっしゃる……。

 

 ジジィの戦闘力を知っているメルからすれば、息を吐くように紡がれた彼の嘘は失笑もんなのだが、実力を知らない彼らにしてみれば、確かに見た目猫なだけであって、とても強そうには見えないだろう。

 

 しかし、ルフィは二っと白い歯を見せて屈託なく笑った。

 

『なんだ、そんなことか』とでも言いそうなルフィの笑顔に、ジジィの方が気圧されるように吊り上がった目を見開く。

 

「そんなのどうでもいーよ。おれが誘ったんだから、猫ちゃんは役立たずなんかじゃねェ! 飯も上手いし、猫ちゃんだし、メルの家族なんだからそんなつまんねェこと気にすんなよ!」

 

 ジジィの長い生の中で、生まれて初めて掛けられた掛け値なしの勧誘だ。こんな褒め殺し、今日という日まで彼は自分とは無関係であったはずなのに、急に陽のあたる場所に連れ出されたようなむず痒さが身体中に走る。

 

「そっか。君は、“ボク”をちゃんと見てくれるんだね」

 

 どうしても付き纏うこの容姿への差別に、誰かに自分自身を見てもらうことなんて遠い昔に諦めていた。

 

 容姿への劣等感は、世界政府に拾われたあの頃に培われ、彼処で成長するにつれこびりついて落ちないカビのようにずっとこの身を支配している。

 

 だが、そのカビが少しだけ小さくなった。

 この少年の無責任で、柔らかで、目も眩むような言葉によって。

 

「ジジィ、良かったね。私の友達は多分、すっごく変人だからジジィも気にいると思ったんだけど、どうかな?」

 

 いつの間にかメルがジジィの隣までやって来て、ニヤニヤと彼の顔色を伺っていた。

 

 彼の感情など、ユラユラと嬉しそうに揺れている尻尾を見れば簡単に分かることなのだが、ジジィのこんな姿を見ることなんてあまりない機会だ。メルの顔には、揶揄い倒してやろうという魂胆が透けて見える。

 

 それが分かっていて、ジジィもつい綻びそうになる口元に手をやって必死にメルから感情を隠そうと無駄な努力をした。

 

「うん、最高だね」

 

 だが、その声音から喜びが滲み出ている。

 

 ───ああ、ジジィもルフィくんに落とされちゃった。

 

 人たらしな友人が気難しいメルの保護者を陥落した。これには、「よくやった!」とルフィをわしゃわしゃと撫でまくりたい気持ちになる。

 

 ジジィの人間嫌いにはメルも度々手を焼いていたし、何よりもメルとラブだけの狭い世界で十分と言いたげな厭世的な保護者を常日頃から心配していたからだ。

 

「よし! やっと猫ちゃんの尻尾捕まえられたー!!」

 

 ルフィ少年がようやっと、ジジィの尻尾捕獲に成功したらしく皆にピースサインを見せている。相変わらず、陽だまりのような笑顔を浮かべる彼に影響されてか、いつの間にか皆の顔にはそれぞれの笑い顔が出来上がっていた。

 

 

 ☆☆☆

 

 珍しく赤の他人を思いやることにしたらしいジジィにより、コルボ山の三人は、ジジィの部屋にある大きなベッドで寝ることが出来た。

 

 ジジィはラブの部屋を拝借することにしたらしく、既に部屋の中に引きこもっている。

 

 メルは軽い水浴びを済ませたら、ジジィの部屋にいる三人の元へと向かった。今日は珍しく寝間着を着ている。

 

 冬が近いせいで夜が冷え込んできたのだ。ドロワーズと下着だけで寝ていたら風邪を召しそうだとジジィに注意され、彼女はいやいや寝間着を着て寝ることにしたのである。

 

 コンコンとあまり入ることがないジジィの部屋の扉をノックすれば、サボが「しー」と唇の前に指を立てながら開けてくれた。ただ、見慣れないメルの姿に暫く目をぱちぱち瞬いていたが。

 

 メルの「どうしたの?」という呼び掛けに、漸く見慣れぬ少女がメルであると同定出来たらしいサボが部屋の中へと手招く。

 

 なんで静かにしろとサボに言われたのかがメルには謎だったが、それも部屋の中に入った瞬間に聞こえてきた二つの寝息によって解明された。

 

 ジジィのキングサイズのベッドで、揃って臍を出して寝ているルフィとエースが居たからだ。彼らは寝る時でさえもポーズを一緒にしているらしい。流石、兄弟と言うべきだろうか。和やかな光景に知らずクスクスと笑ってしまう。

 

「今日は、色々あったからな。飯食って、横になったらすぐに寝ちまいやがった」

 

 サボも微笑ましい気持ちを抱いているのだろう。楽しそうに二人のことを話す彼につられて、メルもまた口角を上げる。

 

 唯一の光源であるランプがジジィの書き物机の上に置かれているので、二人はその周りで腰を下ろして話に興じることにした。

 

「ジジィさん、読書家なんだな。壁いっぱいに見たことも無い本が沢山ある」

 

 ジジィの部屋は、元々書斎室だったらしい。壁一面の本棚にぎゅうぎゅうと詰められた書籍の群れは迫力がある。この書籍たちは、ジジィが片っ端から集めたもので、それらに規則性は見られなかった。

 

「ジジィは真面目だからねー。昔は学者さんに憧れたこともあったみたい。酔っ払った時にそんなことを言ってたから本当になりたかったんだろなぁって思うよ」

 

 あまり自分自身のことを話さないジジィだが、意外とお酒に弱いという一面を持っており、べろんべろんに泥酔した時は、過去の話をぽつりぽつり話してくれるのだ。

 

 今からでも学者になったら良いじゃないかと思ったりもするのだが、そこがジジィの気難しいところ。恐らく、メルが生まれるずっと昔にその夢を捨てたのだろう。彼は頑なにその夢から距離を取っている。

 

「メルって、子どもなのに妙に大人びているからおれらみたいに苦労しているんだろうなって思ってた。だから、ジジィさんに会って、おれが思っている以上に色んなものを見知っていても可笑しくないなって納得したんだ」

 

「サボくんってさ……教養あるよね。ルフィやエースみたいな野猿と違って、何処か別の場所で身に付けたって感じする」

 

「そうだな。おれ、貴族なんだ」

 

 サボの立ち振る舞いや夕飯での正しいカトラリーの使い方を見て確信に至った推理を披露してみれば、彼はあっさりとネタばらしをした。

 

 きっと、そこで寝ているエースやルフィも知らない事実を打ち明けられて、軽く動揺しそうになる。だが、言った本人はあっけらかんとしていた。

 

「本当は、なんとなくメルの正体も勘づいている。おれ、ゴア王国の王族と結婚するために生まれてきたから、この世界の神話も色々と知ってるんだ」

 

「うわぁ……。サボくんの人生も波乱万丈そうだね」

 

「それはお互い様だな」

 

 サボは、話しながらクラバットを解いたかと思えば、頭の上にあったシルクハットも書き物机の上に置く。

 

 そして、近くにあった窓のカーテンを引いて鍵を開けた。窓を少しだけ開くと夜風の冷たい空気が部屋の中へと舞い込んでくる。

 

「もうすぐ、新しい年が来るな。星座が全部冬のものだ」

 

 窓の隙間から冬の星座をなぞりあげて、楽しそうに名前を呼んでいく彼は、とてもあの過酷な野山を駆け巡っているような野生児には見えない。

 

 貴族の令息然とした、世間知らずそうな彼の後ろ姿にメルは「この人、本当に子ども……?」と自分のことを棚に上げて思う。メルと1つほどしか年が変わらないはずなのに、彼はその年齢で沢山の顔を持っている。

 

「新しい年が来たら、すぐエースの誕生日なんだ。彼奴、1月1日生まれで、直ぐに年上になっちまうんだよなー」

 

「あー、なんか日の出と一緒に生まれたって感じがする」

 

「だよな! 彼奴、太陽みてぇな感じがするだろ!」

 

 エースのことを語るサボの横顔は、既に野生児に戻っていた。あの高い教養に裏打ちされた気品なんて今のサボにはない。

 

 楽しそうに友人のことを自慢する彼は年相応で、王族との結婚を蹴ってまであの盗賊達の下で世話になったのは、彼にとって幸せなことなのだろうと思わされる。

 

「来年は、メルも祝ってやってくれよ。彼奴、メルが来ると楽しそうだからさ」

 

 サボのその申告には、メルも懐疑的にならざるを得ない。

 何故なら、大体再会を果たした時、エースはいつも仏頂面でいるからだ。

 

「そうかなー? なんかいっつも、来た瞬間ぶすっとしているような顔をしているような気がするんだけど」

 

「あー、あれはエースの癖みたいなもんだ。彼奴、素直に嬉しがることあんま出来ねェからさ。あれでも、昔よりかは大分丸くなったんだぜ」

 

 難儀な性格をしているエース少年の照れ隠しが右腕的存在であるサボによってあっさりとバラされたのだが、それでもメルは納得してなさそうなジト目のまま。

 

 恐らく、エースと違って、ルフィがいつも全身でメルの訪問を喜ぶことも要因の一つだ。あの裏表のない人間と比較されたエースも可哀想である。

 

「……しょうがないなー。多分、ジジィも会いたがるだろうから、ドーン島でお祝いした後はウチにも来てよ」

 

「勿論! おれもジジィさんと話したいしな」

 

 まさか、翌年の約束をするなんて思ってもいなかった。

 

 毎日を必死に生きていたメルにしてみれば、それはかなりの出来事であり、そんな約束をする友人が出来たことにも驚きだ。

 

 二人、約束を交わすために小指を絡めて、小さく指切りげんまんをする。すると、そんな彼等を祝福するように夜空に一条の光が流れた。

 

「あ、流れ星……」

 

 サボの囁くような声がそれの正体を明かす。

 

 一つの星の終わりになんだか感傷的になって、少しだけその余韻に少女達は感じ入る。その後は少しだけジジィの蔵書の話をして、解散となった。

 

 

 

 

 

 




これにて、『盃兄弟VS海軍上層部編』は終了で御座います。

☆バタフライエフェクトまとめ
・盃兄弟、三大将とセンゴク・おツルとエンカウント
・海軍式教育を受けることが確定(情操教育込み)
・サカズキとクザンがプチパンクハザードやらかして、仲の悪さが表面化する

★これからの問題
・エースがいつロジャーの息子とバレるか
・サボの残された時間の少なさ
・これから更に刺々しくなるだろうマグマと氷(に挟まれて嫌気が差しそうなボルサリーノ)

それに加えて、ラジニア王国とか言うオリジナル国が出張ってき、近々世界政府と一部海軍のガサ入れがあります。ロジーくんの処遇が気になる方は覚えておくと良いかもしれません。

ジジィ(メラメラの実持ち)とエースが出会っちゃいましたが、物語は着々と進んでいきます。

次回から、『メル、バイト探し編〜ブラックバイト、ダメ絶対〜』をお送りします。


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最近、色付きサングラスさんとの遭遇確率が高いと思う

 モビーディック号は、相変わらず新世界の上を揺蕩う。

 気侭に移り変わる天候にも負けず、滅茶苦茶な潮の流れにも対抗して海路を突き進む船体では、今日も今日とて船員たちが走り回っていた。

 

「おい! 面舵いっぱいだ! このままだと潮に持ってかれるぞ!!」

 

「おら! くらいやがれ!! 雑用仕事で身につけたオレの腕力を!!」

 

 忙しそうに船員が仕事をしているが、この船に理由(わけ)あって居候している少年には別の仕事があった。

 

 横殴りで降り続ける雨の中、気持ち程度に合羽を羽織ったラブとマルコは、船の縁に腰掛けて釣り糸を垂らしている。若干、荒波に揉まれて船体が傾いているような気もするが、体幹には定評がある二人とっては瑣末事だ。

 

「こんな大嵐(おおしけ)じゃ、何にも釣れないねい。海王類でも引っかかったら食料庫も潤うんだが……」

 

「そろそろデカウツボは食べ飽きたぜ。赤身の魚が食べてェなー」

 

「まぁ、確かにな。そろそろ鉄分を摂取したい気持ちは分かるよい」

 

 先日、デカウツボの群れに遭遇した白ひげ海賊団は、普通ならば絶望したくなるような凶事に歓声の声を上げて、デカウツボを釣りまくった。

 

 彼等は、世界に名を轟かせる天下の白ひげ海賊団だ。

 高々、海王類の群れとの遭遇で臆したりはしない。寧ろ、願ってもないチャンスとばかりに食料の確保に奔走した。

 

 そのせいで、連日に渡り食卓にはデカウツボを使った様々な料理が並んだのだが、それに目を輝かせたのは五日目までだ。

 

 三食全てデカウツボということもあって、コック達のレーパトリーも尽きようとしていたのだ。船上ということもあって、調味料の種類も限られている。

 

 そんな故あって、数少ないお楽しみの時間である食事時も苦行になりつつあった白ひげ海賊団なのだが、変な海域にでも入ってしまったのか、デカウツボ以来食料を確保することが出来ずにいた。

 

「メルは、ちゃんとご飯食べてると良いが……」

 

「そういや、一向に迎えに来ねぇよい。若しかしたら、忘れ去られてるんじゃ無いだろうねい」

 

「オレの兄上がしつこいんだと思うぜ」

 

 メルとラブの絆の深さを知っていて、こういう揶揄い方をするのだからマルコも人が悪い。微塵にもメルのことを疑っていないラブに、彼は「相思相愛で結構なことだよい」と謎の発言を発した。

 

 それに一瞬にして、ラブの顔色が変わる。

 なんて言っても、見た目は子ども、頭脳というか中身は三十手前の良い大人なのだ。実はマルコとそう年も変わらないのだが、今のところ言っても信じてはくれないだろう。

 

「やめてくれ。オレとメルはそんなんじゃない。あの子は妹みたいなもんだ」

 

「……どちらかと言ったら、姉なんじゃないかい?」

 

「妹だ!!!」

 

 恐らく、己のドジっぷりの世話をされているからそんなことを言われるのだろうが、実年齢を考えたらマルコの論を罷り通したくない。メルは本当の八歳。己は二十七歳だ。

 

「面白ぇ話をしてるじゃねェか。それより、飯は釣れそうか?」

 

 今度は逆に船体が傾いたなと思い重心をずらしていれば、背後から船体がどっちに傾こうが知ったこっちゃないとばかりに、下駄音を響かせてイゾウが現れた。

 

 綺麗に結われたかせ髷が土砂降りの雨に晒されても一向に型崩れをせず、薄そうな着物も水を吸うだけで依れたりはしない。

 

 オリエンタルな格好って言うだけでも目立つなのに、その上女装をしているらしい彼には謎が深まっていくばかりである。本人曰く「癖みたいなものだ」らしいが、やっぱり理解不能だ。

 

 マルコが釣り糸を繰って、何にも掛かってない針先を見せる。たぷんたぷんと泡立つ海面を見ていると、これ以上の釣りは無駄のように思えてしまう。

 

「そろそろサッチが、デカウツボを滅多刺しにしかねんからな。寝ても醒めてもデカウツボのレシピについて悩んでいるせいで、目の下に凄い隈が出来て───あ! そうか。すり潰せばいいじゃねェか」

 

「良案が思いついたんなら、サッチに教えに行ってやってくれい。彼奴、昨日風呂でもデカウツボに取り憑かれていたからねい」

 

「サッチをそこまで追い詰めるデカウツボが逆にすげェな」

 

 剽軽なキャラクターを誇る彼は、この白ひげ海賊団の数少ないコメディアン要員だ。マルコとも口先だけで渡り合っていける鋼の心を持つあの男が相当に追い詰められているってことに驚きだ。しかも、食材であるデカウツボに。

 

「まぁ、この調子ならあと一日したら縄張りに着くよい。それまでの辛抱だ」

 

 この船の航海士も兼ねているマルコがそう言うのだから本当なのだろう。派手な頭をしているが、このパイナップルは頭脳明晰な肉体派だ。

 

「さっき、変なことを考えただろいラブ。罰として、後でオレの論文書くのを手伝ってくれよい」

 

「んな理不尽な言い掛かりがあるか!?」

 

 妙に勘が冴え渡っているマルコによって、過酷な罰が課されてしまった。しかも、ラブがお願いした例の病についての論文の手伝いなのだから、断ることも出来ない。

 

 この船に来て半年、ラブはこうやってマルコにパシられていた。

 最近では、一人で完璧な応急処置が出来るほどに医学の知識がついてきている。

 

 なので、ただでさえ少ない治療要員として、ラブは更に手厚く白ひげ海賊団に囲われることになってしまったのだ。もし、メルが迎えに来たとして、自分は本当にあの家に帰ることが出来るのだろうかとちょっと心配になりつつある。

 

 半年も世話になったこともあって、充分に白ひげ海賊団への愛着は育っているのだ。乞われれば、残ってしまいそうな自分がいる。

 

「マルコ隊長ー。サッチ隊長がデカウツボって唱えながら、包丁振り回してるぜ」

 

「とうとう錯乱したみてェだな。しょうがない。オレの故郷のレシピを教えてくる」

 

 この大嵐に帆柱が負けないように補強していたらしいティーチが大きな太綱を肩に提げながら、愉快そうにサッチ錯乱を伝えてきた。完全に面白がってるティーチもマルコと同様人が悪い。

 

 流石に二人ほど良心を捨てていないらしいイゾウがサッチを回収に向かった。ラブにしてみれば、この二人はイゾウの爪の垢を飲んだら良いとさえ思ってしまう。

 

 つい二人をジト目で見渡していれば、ラブの隣にティーチが予告無く腰掛けてきた。彼もその巨体に似合わず、バランスを取るのが非常に上手い。

 

 釣れもしない釣竿を持っているラブの華奢な肩にティーチは腕を回して、ずずいと顔を寄せた。こうやって馴れ馴れしくティーチが近寄ってくる時は、何かお願い事があるのだとこの半年でラブは学んでいた。

 

「なァ、ラブ。またオルガンで一曲弾いてくれよ。オレはこう見えて、感性豊かな人間だ。テメェの曲を聴きながら飲む酒が美味くてよ」

 

 予想通りお願い事をしてきたティーチに苦笑を浮かべて、ラブは頷く。

 

「構わないぜ。それはオヤジにも頼まれてたしな」

 

「ゼハハハハハ! オヤジも良い趣味をしてやがるぜ」

 

 ☆☆☆

 

 白ひげ海賊団が新世界で荒波に揉まれている頃、メルはと言えば、楽園にある自室で一枚の紙片手に頬杖を付いていた。

 

 その紙に書かれているのは、『優秀な配達屋さん大募集! 交通費も支給しています!!』という求人だ。

 

 目がチカチカするようなレインボーフォントが何故か胡散臭く見える。初心者の手作り感が苦笑いを誘うそれは、新聞の折り込みチラシとして入っていた。

 

 ───よくもこんな怪しげなチラシを新聞に折り込んだよねー。

 

 ニュース・クー達が適当に折り込んでいるのであれば、それも致し方ないような気もする。確かあの新聞社の社長は、ニュース・クー達の親玉だったような……。

 

 そんなことを思い出していると、一階の作業場からジジィが「買い物に行ってくるよー」と声を掛けてきた。

 

「あ! 私も今からちょっと外に出てくる!!」

 

 ジジィが買い出しに行くなら、どうせ今日はもう仕事は入ってこないだろう。商売への嗅覚が冴え渡っているジジィが外へ出るということは、詰まり今日は開店休業ってことだ。

 

 慌てて一階へと駆け下り、ロッカーから相棒のデッキブラシを手に取って作業場へと入れば、ジジィが既に外へと出ていた。

 

 玄関扉を開けて待っているジジィに礼を言って外へと飛び出すと、彼は何やらモゴモゴと物を言いたそうに口を開いては閉じてを繰り返している。不思議なジジィの行動に首を傾げていれば、意を決したような顔つきで話し始めた。

 

「その、あの子達がこれから海軍に通うことなんだけどね」

 

「ん? ルフィくん達が一月に一度、海軍本部に通うことがどうしたの?」

 

 何か言いたげにしているかと思えば、どうやらメルの友人達のことらしい。態とメルの顔を見ないように、玄関の鍵をもったりとした動作で掛けがら、捲し立てるようにジジィは用件を告げる。

 

「トンボ帰りは可哀想だから、その日はウチに泊まっていくといいよ。あの子達、恐ろしく大食いだから、事前に連絡を貰わないと準備は出来ないけど」

 

「……へー。ジジィがそこまで気に掛けるとか珍しいね。あの三人もジジィとまた会いたいって言ってたから喜ぶよ」

 

「ふ、ふーん。そうなんだ」

 

 つれない返事をしている割には、尻尾が嬉しそうに揺れている。なんなら耳もピコピコ動いている。今にもゴロゴロと機嫌良さそうに喉を鳴らしそうなジジィに、見ているメルも嬉しくなってきた。

 

「もし、ルフィくん達が本当に海賊を作ったらジジィも一緒に冒険したら良いんじゃない? 楽しそうだよ」

 

「それはしないよー。ボクの場所は、此処だから」

 

 冗談交じりに、だけど少しだけ本音を混ぜた提案をジジィにしてみれば、意外と迷いない返答があった。この家こそが、自分の居場所だと告げるジジィの真摯な目が何故かメルには直視出来ない。

 

 かぁああと頬が熱を持っているのが分かる。身を捩りたくなるような擽ったさに急に襲われた。

 

 メルは、「そ、そっかー。じゃあ、いってくるね」と上擦った暇の声を最後に、箒があることも忘れてその場を走り去っていった。

 

 様子の可笑しいメルの姿に暫くジジィは呆気にとられていたが、あまり無駄に時間を浪費してはお目当ての食材があっという間に売り切れてしまうと思い出して、市場の方へと足を向ける。

 

 こうして、その日の昼、二人は行動を別にした。

 

 

 コルボ山の子どもたちによる海軍本部騒動(ほぼ原因はマグマと氷、時々ガープ)から一週間が経った。

 

 センゴクが下したサカズキとクザンの処分に巻き込まれたルフィ達は、これから一月に一度、メルのデッキブラシに乗って海軍本部に顔を出すことが義務付けられた。

 

 彼等に教育を施すことが海軍大将二人の罰になったのだが、おツルは「体術は兎も角、あのひよっこ共に情操教育なんて任せてもいいのかねェ」と心配していた。

 

 それは地味にセンゴクも気にしているらしく、補佐としてモモンガという海軍将校も加わることになったようだ。時間が空き次第、おツルやボルサリーノも様子を見に行くとのこと。

 

『これが次の世代への布石になるといいのだが……。海賊を志す少年達を正義の道に戻す教育が施せれば、我々は新しいステージに立つことが出来るだろう』

 

 この処罰にはセンゴクの思惑も混じっている。智将と名高い彼は、教育を使った新しいプロジェクトを企てており、今回の処罰はその実験の一環も兼ねていた。

 

 しかし、『近年、センゴクが海軍学校の大きな改革を目論んでいる』という噂が蔓延っていることもあり、若しかするとあの三人は良いモルモットになるかもしれないなと、ボルサリーノを含めた何人かの海軍上層部も察しつつある。

 

 これは、海軍を巡る一波乱を生み出す一歩でもあった。

 

 だが、その小さな芽もまだ芽吹いたばかりで、誰も重要視などするはずもない。

 

 

 

 

 そんな魑魅魍魎っぷりを発揮している海軍の裏事情は置いておくとして、メルはダブルワークに挑むためにチラシの地図を見ながら目的地へと向かっていた。

 

 その新たな副業先は路地の奥まった場所にあるらしく、地元住民でなければとても辿り着けるところでは無い。この時点でどうにも嫌な予感がメルにはしてきていたが、取り敢えず行ってみて損は無いだろうと走り続ける。

 

 箒を肩から提げてえっさほっさと走っていれば、如何にもな店に辿り着いた。おどろおどろしい廃屋寸前の外観といい、浮浪者が溜まりそうなアングラな区画にあることといい、確実にこの店は裏稼業的な奴だ。

 

 ───引き返そっかなァ……。

 

 ただでさえ、今でもグレーゾーンのギリギリを攻めているのだ。

 

 まさか海軍の運び屋になっていることなんて知らないメルは、自分がどストライクでレッドゾーンに突入していることに気付いていない。

 

 そろりそろりと後ろ足でその場から下がっていると、背中に何かが当たった。

 

 メルの全身を受け止めたそれがどうも碌なものではないような気がするが、流石に振り返らない訳にもいかない。

 

 覚悟を決めて恐る恐る振り返れば、オレンジと白を丁度体の真ん中で半分にしたような奇妙な格好をした男が色付きのサングラスで見下ろしていた。

 

「ぎぃぃいいいやぁぁああああ!!!?」

 

 少女の可憐とは言い難い絶叫がその場に響いたのも無理の無い話である。

 

 

 ☆☆☆

 

「取り乱してすみません。色付きサングラスには良い思い出があまりなくて……」

 

「こちらこそ、不躾に見下ろしてしまい申し訳ない」

 

 オレンジと白のツートンカラーがチャーミングな奇抜な青年───名をイナズマと言う───が腰を折って紳士然とした態度で謝罪するものだから、メルもアワアワしながら頭を下げまくる。

 

 未だに使い魔のお兄様によるトラウマにメルは苦しめられているが、彼からしてみれば本懐ものだろう。

 

 彼はそろそろ夜道に気をつけた方がいいかもしれないと少女は思うが、時既に遅し。桃色のお兄様は、そんなちゃちな恨みなんて買っていない。もっと途方も無い恨みを躊躇なく買い込んでいる。

 

 まぁ、その件のお兄様は脇に置くとして。

 

 聞くところによれば、イナズマがチラシの発行人だと言う。このあばら家の主人らしい彼に、「実は面接を受けたくて……!」と頼んでみたところ、あっさりと家の中へと入れてもらえたのだ。

 

 あばら家の内装は、意外にもしっかりとしていた。

 今にも崩れ落ちそうな外観をしていた割には基本的な家具類は揃っており、壁や天井に穴が空いていることも無ければ、部屋の四隅に蜘蛛の巣が張っているなんてこともない。

 

 普通に人の営みが感じられる内装だ。

 下手をしたら、メルの家よりも掃除が行き届いている。

 

 イナズマはメルを応接間へと案内し、ご立派な革張りのソファに腰掛けるよう勧めた。

 

 奇抜な見た目はともかく、ジェントルマンっぷりが板についている彼が主人であればヤバい仕事じゃないだろうと判断したメルは、デッキブラシを壁に掛けさせてもらってソファに腰掛ける。すると、颯爽とローテーブルの上にどこからとも無く紅茶が現れた。

 

 イナズマの手には、いつの間にかワイングラスが握られている。

 

 赤ワインをクルクルと回すように揺らして、「では、面接を始めようか」と彼は告げた。

 

「先ずは、『カマバッカーネ社』に興味を持って頂きありがとう御座います。弊社が今回募集しているのは、配達員だ。それに間違いはないだろうか?」

 

「はい! 私自身、本業で配達員をしています」

 

「それは心強い。だが、弊社が求めている配達員は世界各地を飛び回ってもらわなければならない」

 

 要するにイナズマは『こんなに幼いのに、世界を渡り歩くことなんて出来るのか?』とメルに問うているのだ。

 

 だが、それこそメルの強みだ。

 

 彼女が目指しているのは『電伝虫にだって負けない配達屋さん』で、しかも世界一になることを目標としている。世界を股に掛けることくらい造作もない。

 

「ちょっと外に出てもらってもいいですか? 私が世界各地を渡り歩くことが出来るってことを証明してみます」

 

 メルの提案に、イナズマが片眉を跳ね上げた。

 まさか、メルからこんな話を持ちかけられるとは思ってもいなかったようだ。

 

 イナズマの視線がついとメルの背後へと向けられる。そこにあるのは、メルが肩から提げていたデッキブラシだ。

 

「それは、もしかして君が持ってきたデッキブラシが関係しているのか?」

 

「ご明察です。是非、その所以をご覧下さい」

 

 なかなか良い勘をイナズマは持っているらしい。

 話している感じ、彼はちゃんとした人間性を持っているようだし、見た目はただの子どもでしかないメルの話に耳を傾けてくれる。

 

 これは、なんとしてでも此処で働きたい……! と珍しくやる気を漲らせたメルは、イナズマを誘って外へと再び繰り出した。

 

 再び、アラレもない悲鳴を響かせた路地へと二人は出る。高い建物に囲まれており、日が余り差さないその場所は、隙間風が通るせいでメインストリートよりも温度が低いように感じられる。

 

 昼間にも関わらず薄暗いその路地でイナズマが見守る中、メルはデッキブラシの柄に跨った。いつもなら、柄の先でぶらつかせているはずのラジオが無いことに今更ながら気付いて、持ってくることを忘れたのだと気付く。

 

 最近、まともにラジオを聞いていないなァなどと思いつつ、普段の要領でシルフに風を呼び込むのを手伝ってもらう。

 

 流れるように吹いていた隙間風が足元に集まってくるのが分かる。怒った猫の背のようにブラシが毛羽立つ。仕事着のワンピースの裾が激しくはためけば、空を飛ぶ合図だ。

 

「いっきますよー! フンンンンン!!」

 

 大きく膨らんだスカートの裾を放置して、パンプスで舗装された煉瓦道を蹴る。角度をつけた柄に従って、引き絞った弓が放たれるようにメルが跨ったデッキブラシが空を飛んだ。

 

 勢いよく空へと飛び立ったメルを見送ったイナズマは、色付きサングラスの下で目を見開いていた。

 

「いやはやこれは……。これがイワさんが言っていた“デッキブラシの宅急便”」

 

 ポツリと溢れ出たその言葉と一緒に、デッキブラシに跨った少女が逆さまになって笑っている。

 

 長い二つのお下げ頭とワンピースが重力に従って落ちる。ドロワーズ丸出しのその姿ははしたないことこの上ないが、メルの子どもっぽい笑顔のを見てしまえば、咎めた此方が疚しいように思えてくる。

 

「メルちゃん、ようこそ。()()は貴女を歓迎しますよ」

 

 




そんなわけで、『メル、バイト始める〜ラブもちょこっと出るよ〜』の幕開けで御座います。

センゴクさんが何故か海軍改革に乗り出してます。こんなはずじゃなかったんだけどなぁ。

ラブは元気、マルコ達もピンピンしてます。桃鳥お兄様はまだラブの居候先を特定していません。そんなことよりもドレスローザの革命で大忙ししてます。

メルは変な世界新聞の折り込みチラシで、しれっと革命軍に引っ掛かってしまいました。あの新聞社、金さえ積めば清濁併せ呑むタイプでしょう。



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結局、『ヒーハー』って何の呪文なんだろ

HAPPY HALLOWEEN! には全然間に合いませんでした。


「ラブ、オメェ。針の扱いは元から上手いねい」

 

 モビーディック号の船医室で、マルコは迷いなく輸血の針を刺すラブに感心していた。この居候は来た時から最低限の医療の心得を知っていることもあり、針を刺す手には迷いがない。

 

 一週間前にデカウツボに横っ腹を齧られた船員は意識を取り戻していたが、満足に栄養も取れない船上ということもあって体が十分に血を作れない状況下にあった。そのため、輸血を定期的に施しているのだが、その役割は専らラブが行っているのだ。

 

 マルコの論文の手伝いをするには、それなりの医学の知識が必要となる。よって、ラブはマルコから医者の免許が取得出来るほどの知識をこの短期間で与えられていた。

 

 元々、海軍将校に成り上がることの出来る地頭を持っているラブは、マルコから与えられた知識をスポンジの如く吸収していき、今ではマルコの次に医学を心得ている居候となっている。

 

 そんな訳で、今では、海賊団の誰かが怪我をした時にマルコが医者として駆り出されれば、その補佐をラブが務める光景が当たり前になりつつある。

 

「メルに仕込まれたからな。彼奴、本職は医者みてェなもんだから」

 

「そうなのかい? あの子は、空を飛ぶのが仕事だとばかり思っていた」

 

「今はその本職を休業している」

 

 空飛ぶデッキブラシを難なく使いこなし、大人顔負けの交渉術で白ひげすらも丸め込んだあの少女が、マルコと近い職種に就いていたと聞いて驚く。

 

 だが、それと同時に顰めっ面が顔中に広がった。

 

 メルの弱々しい脈と、人よりも動きが少ない心臓を思い出したのだ。

 

 彼女に医学の知識があるとすれば、己の不健康さをよくよく知っているということになる。

 

 けれども、メルはそれを知っていてあの状態を放置している。

 年齢に見合わない知識量を保有する少女が取る行動とは、とても思えない自殺行為だ。

 

 まるで───生き急いでいるようで。

 見ていて酷くやきもきする。

 

「そういえば昔、メルの部屋の箪笥を開けたことがあった。確か、あの子がおれのパンツを隠したから探しててな。メルの部屋にあるんじゃないかって思って箪笥を開けたら、中いっぱいに輸血パックが入ってた」

 

 なかなかにホラーだろ? って可笑しそうに笑うラブには悪いが、マルコにはそのブラックジョークのような話をとても笑えそうにはなかった。

 

 齢一桁の女の子の箪笥の中が他人の血液でいっぱいとか、巷で流行しているホラー小説でもお目にかかれないシチュエーションだろう。

 

「何故、そうもラブのパンツにご執心なんだ」というツッコミすら思い付かず、マルコは極めて凡庸な質問をする。

 

「なんで、そんなに血液ばっかり集めてやがるんだよい。何かヤバい商売でもやってたのか……?」

 

 マルコの中で、メルは大人顔負けの頭脳を持つ少女というよりかは、立派な商人という印象が強いらしい。

 

 ラブはマルコのそんなメルの印象像に笑いだしたくなったが、どうにか堪えた。

 

「ジジィならやってそうだが、真相は違う。ジジィ───おれ達を養ってくれるオーナー兼大家は、世界的にも珍しい血液型だ。だから、メルはジジィに万が一があった時に備えて大量の輸血パックを蓄えていた」

 

「……意外とガキらしいところもあるじゃねェかい」

 

「だろ?」

 

 感情表現が豊かな白ひげ海賊団は、話していてとても気持ちがいいからラブ───コラソンは彼等に対して友情が育みつつあった。

 

 同じ海賊でもこうも気風が違うと、海軍将校だった頃の“海賊憎むべし”とい気持ちが萎んでいく。育て親のセンゴクには、顔向け出来ない有様だ。

 

 彼らとの居候生活は、センゴクに拾われて、海軍として働いていた時のような“人間らしい生活”が出来ていると実感出来る───兄の元で潜入捜査していた時には感じられなかった充実感があるのだ。

 

 海賊は皆、ドフラミンゴのような輩ばかりだとラブは思っていた。

 

 人間を商売道具や虫けらのようにしか認識していないあの海賊団で暮らした数年は、ラブが心を凍らせて生きた歳月だ。

 

(ただ、そんな歳月で見つけた可哀想なあの子と旅をした一時だけは、自分らしくあれた瞬間だった……)

 

 ローのお陰で、コラソンは最期に人間として死ねたのだ。

 

 

 元気にしているだろうか、コラソンが愛した子どもは。

 

 出会った時のように生きることを諦めていなければいい。

 この世界の滅びを望むばかりの子どもでなければいい。

 

 己の幸せをあの子が願えれてばいい。

 

 そうやって、感傷に浸っていたのがいけない。

 シリアスがそろそろ帰りたいと思って、コラソンの足元に悪戯でもしたのか。

 

 己のドジレベルを束の間忘れていたラブは、その場で自分の足を間違って踏んであわや、怪我人の上に雪崩込みそうになる。どうして場所を少しずらそうとしただけでこんな低確率な失態をしてしまうのかは本人も謎である。

 

 だが、しかし。

 

 ラブの注意散漫っぷりをよくよく知っているマルコが咄嗟にラブのシャツを鷲掴み、猫の子のように摘み上げた。

 ぶらんぶらんとマルコの手元で揺れるラブ。

 

 掴みあげているパイナップルとラブは揃って安堵の息を吐く。

 

「これがなけりゃ、テメェだけに治療をさせるんだがな」

 

「これは……態とだ」

 

「そろそろ別の言い訳を考えろよい」

 

 ドジる度に雑い言い訳をするラブに、コツンと拳骨を下ろす。せめて言い訳も、これまでに引き起こしてくれた数々のドジっぷりと同じくらいのバリュエーションに富んでくれとマルコは宣う。

 

 そもそも、ドジるのを止めてくれと言いたい所であるのだが、気をつけろと言ったそばから訳の分からんおっちょこちょいぷりを発揮してくれるのがラブクオリティだ。

 

 そんな希望のない願望を口にするのは、彼が居候して三日経った頃よりマルコは諦めたのであった。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

「では、最初の仕事をお願いしよう。先ずは私を運んでもらいたい」

 

「……へ? イナズマさんを運ぶんですか……?」

 

 カマバッカーネ支社であるあばら家の中へと戻ったメルが座り心地を気に入りつつある革ソファへと座ったのと同時に、イナズマから大仕事の依頼をお願いされた。

 

 まさかの最初の仕事が、オーナーであるイナズマの配達でメルは驚く。

 

 しかし、メルの前に腰掛けているイナズマはまたぞろ何処からともなく現れたワインをくるくると回している。その彼の顔色は一つも変わらない。

 

「ええ。目的地までのルートは此方で指定する。ただ、異例の仕事内容であるため、報酬額もこれくらいにしようかと」

 

 ワインを片手に持ちながらイナズマが器用にツートンカラーのコートの内側から算盤を取り出したかと思えば、彼はそのままパチパチ算出し始めた。

 

 そして、算盤を弾き終えたイナズマはメルの前に突き付ける。

 

 突き付けられた算盤の一の桁から順にメルの視線が横へと流れていけば───彼女の目は瞬時にベリーになった。

 

「こ、こんなに頂けるんですか!?」

 

「勿論。私も初仕事なのに、かなりの大仕事を任せることは分かっているので」

 

 イナズマが提示した報酬額は、超お得意さまであるガープが出す金額と遜色ないものであった。こんなにも割のいい仕事を守銭奴のジジィに育てられたメルがみすみす見逃せるはずも無い。

 

「りょーかいです! 今直ぐに飛び立ちますか!?」

 

「ふむ。そうだな……。少し、待っていてくれるか。折角だから、手土産を持って行きたい」

 

「外で準備していてくれ」と言われたメルは、奥の部屋へと引っ込んだイナズマの背中を機嫌よく見送って、相棒であるデッキブラシを片手に玄関前にスキップで向かう。

 

「シルフー! まさかの副収入だよ!! これで、ジェルマピンクの顔入りサイン色紙が手に入るよー!!」

 

 ルンルン気分でデッキブラシに住む妖精に語り掛けるメルに、デッキブラシが心無しか呆れたようにブラシの毛を草臥れさせたように見えた。

 

 メルがいきなりダブルワークを始めたその理由は至って簡単だ。

 

 オタ活をもっと豊かにするために。

 その一点に尽きる。

 

 今回のターゲットである“ジェルマピンクの顔入りサイン色紙”は、ガム箱に付いているシールを十枚集めて新聞社に応募したら、抽選で当たるという応募商法の景品であった。

 

 ジェルマピンクの特別絵が手に入ることを愛新聞(海軍万歳コラムは読み飛ばしている)で知ったメルは、抽選ということもあり数打ちゃ当たる戦術で臨むことにした。

 

 そのためには、ガム箱を買い込む金がいる。

 けれども、普段の収入は生活費と貯金で全て消えてしまい、僅かにも銭は手元に残らない。

 

 この機会を逃せば、日々のモチベーションが急転直下することはわかりきった話だ。オタクとして、生きるためにも絶対色紙を手に入れなければならない……! 

 

 

 ───そこで、メルは副業に踏みきることにしたのだ。

 

 これも全ては愛しのジェルマピンクのため。

 

 まさかこんなにも熱烈なファンを獲得しているとは原作者、ましてや本物でさえも知らないだろう。

 

 このメルの熱の上げっぷりには、デッキブラシの住人もほとほと呆れ果てていた。人間とは価値観の違う妖精でさえも、メルが非生産的なものにのめり込んでいることが分かっている。

 

 だが、『海の戦士 ソラ』にハマってからのメルは、人生が今まで以上に楽しそうなのも事実だ。

 

 人生を思い存分謳歌しているようにも見えるメルに水を差すのも野暮なような気がして、シルフは気侭な妖精に有るまじきことに空気を読むことにした。

 

「お待たせした。では、参ろうか」

 

 小包を抱えて現れたイナズマがすっかりベリーに見えるらしいメルは、浮き足立っていることを隠しもせず、元気よく返事をして彼を後ろに乗せる。

 

 そして、空へと飛び上がったデッキブラシは二人を乗せて、偉大なる航路(グランドライン)へと飛び出したのであった。

 

 

 

 天候が女の気分と同じくらい移気なグランドラインの空模様は、幸いにして快調であるらしい。四方に怪しい雲が無いことに安堵して、メルはいつもの癖でラジオのチャンネルを回そうとし、今日は持ってきてないことを思い出した。

 

「あー、そうだった。今日は、ラジオを忘れてきたんだった……」

 

 ガクッと首をしょげさせて、今度からはもう少し忘れ物をしないように注意しようと決意を新たにする。そんなどんより少女の背後では、珍しげに周囲を見渡しているイナズマの姿があった。

 

「なかなか空を飛ぶというのは、不安定なものだな。内臓が落ち着かない」

 

「……凄いまともな感想を久しぶりに頂きました。普通は、この感覚に慣れるのに時間がかかるもんですよ」

 

「と言うことは、よくこのデッキブラシに人を乗せるのか?」

 

「そうですねー。たまに、程度です。それも友達とか、養い親を乗せたりとか」

 

 イナズマに言われて改めて考えてみると、メルが乗せるメンバーと言えば、友達やジジィばかりであった。

 

 彼女自身、自分の生命線であるデッキブラシに容易く他人を乗せるタイプでないので、それも然もありなんという話なのだが、それを自覚するのもなんだか気恥しい。

 

 海軍凱旋で仲良くなったコビー少年は、いつメルの島に来るのだろうか? 

 

 会う度につい可愛げ無いことを言ってしまう大きな友達のシャンクスは今頃、どこの海を漂っているだろう? 

 

 もう一週間は経つが、海軍で暴れ回ったルフィやエース、サボは今、何をしているのだろう? 

 

 たった一年で、こんなにも沢山の友達が出来るとは思いもしなかった。

 それぞれの顔を思い浮かべただけで顔が温かくなる。こんな感情も一年前までは知ることも無かった。

 

 家族以外の幸せを望めるようになった幸せを堪能していると、突然「プルプルプル……」と聞き覚えのある鳴き声が聞こえてきた。

 

「失礼、メルちゃん」

 

「あ、どうぞどうぞ」

 

 どうやら、イナズマの電伝虫によるものらしい。

 

 メルの許しを得て電伝虫の一部を手に取れば、瞑っていたはずの目を電伝虫は上げて「イナズマッ!? 遅いじゃないッシブル!!」と甲高い怒りの声を飛び出させた。

 

 男性が無理矢理裏声で喋っているようなその声に、メルが好奇心に負けてちらりと首だげで振り返る。

 

「すみません。今、丁度空を飛行中でして」

 

「あーら、そうなのォ? ってことは、ヴァナータの前に例の女の子がいるのねェ……。聞いているかしらァ、メルちゃァアン?」

 

 ねっとり絡みつくような男声に、背中が何故か粟立つ。

 気付けば、メルの喉がか細い悲鳴を上げていた。

 

「ひっ……。き、聞こえてます」

 

「ちょっと、なんでビビってるのォ、この子。まだヴァターシは何にもしてないっブル!!」

 

「イワさんの迫力が電伝虫越しでも伝わるみたいです。子どもには刺激が強いのでしょう」

 

 声だけで怯えられるのは心外とばかりに訴える電伝虫相手に、通常運転のイナズマがさらりと宥めている。やはり、顔色一つも変えずにやってのけるのだから、メルはイナズマの太い肝に羨望の眼差しを向けたくなった。

 

「まぁ、いいわ。ヴァナータの行先は、このヴァターシが案内するわよ。今はどこら辺を飛んでいるのかしら?」

 

 この大迫力な声を持つ主は何時の間にやら、デッキブラシの運行ルートまであっさり握ろうとしている。メルのこめかみをたらりと冷や汗が伝った。

 

「は、はい……。ところで、あの、貴方は───」

 

「もぉぉおおおっとチャキチャキ喋りなさいよッ!! ヴァナータ、まだ子どもでしょうがッ!?」

 

「はいいいい! ごめんなさい! 貴方のお名前をお聞かせくださいお客様ー!!」

 

 しどろもどろに名前を尋ねてみれば、怒号のようなツッコミを電伝虫が降らしてきた。あまりの声量に耳がキーンとする。

 

 姿形が分からないこともあって、変に恐ろしく感じられる通話先の相手にメルは間髪入れずに良い子お返事を返す。顔は既に血の気が引き切っていた。

 

 そんなメルの状況を知らぬ存ぜぬとばかり、電伝虫は「あら」と気の抜けたような声を出す。

 

「そんなことだったのね……いいわ。心して聞くがいいわ! イナズマ!!」

 

「仰せのままに」

 

 急に名前を呼ばれたのにも関わらず、イナズマは平然と受け答えをしている。さも、声の主からお声が掛かることをわかっていたとでも言うようなスマートな対応ぶりだ。

 

「ヴァターシは、この世界の美の化身(カリスマ)……エンポリオ・イワンコフッ!!! さぁ、皆さんご一緒に────ンンン────ヒーハー!!!」

 

 電伝虫とイナズマが『ヒーハー』という謎の掛け声と共に両手を斜め上に上げる。電伝虫越しだと此方の様子を見ることが出来ないのをすっかり忘れて、イワンコフのお怒りを恐れたメルも両手を上げる。

 

 マトモな自分の理性が頭奥で叫んでいた。

 

 ───一体、これはなんの儀式だと。

 

「さぁて。人に名前を聞いているんだから、ヴァナータも名乗りなさいよォ」

 

 だが、意思疎通の出来ない人では無かった。

 名前を呼ばれていたから、名乗るのを忘れてしまっていた。先に客から名乗ってもらうなんて三流商人がやることだ。

 

「す、すみません! 私───」

 

「ま、知ってるんだけど。ヒーハー!」

 

 遮られるように被されたノリツッコミ。またもや、無駄に睫毛の長い電伝虫が両手を上げて決めポーズを取っている。

 

 そして、つい忘れてしまいがちな影の薄い刺客がトドメとばかり放った。

 

「知ってるんかーい!!! ヒーハー!!」

 

 イナズマの口から出たとは、とても思えないツッコミがしぃんと静まり返った海上で吃驚する程に響き渡る。追い討ちをかけるように無駄に鴎が泣き喚いているのが聞こえた。

 

 ───もうメルのキャパは限界だった。

 

 あまりにも情報量の多すぎるこの状況に、メルが土気色の顔でイナズマの表情を伺ってみれば、彼はやはり仏頂面であった。この男、どうやらさっきのツッコミを無表情のままでやってのけたらしい。

 

 メルの疑問でいっぱいの心内を察して、イナズマはグラサンを太陽光に照り返したまま答えた。

 

「あれは、決め台詞だ」

 

「……サルヴァーニ・メルです。今日から『カマバッカーネ社』にお勤めさせてもらっています』

 

 もしかしたら、早まったかもしれない……。

 

 イナズマの申告にどう返したら良いのかが、まだ齢一桁のメルには分からなかった。

 

 だから、サラリと聞き流して、イワンコフに自己紹介し、心中でほろりとこぼれそうになる涙を堪える。

 

 ───なんで、最近のお客さん、こんな訳のわかんない人ばっかなんだろ……。

 

「さぁ、目的地はまだまだ先だわよー! 折角の空中散歩なんだから、楽しまなきゃ損っブルー!!!」

 

「はい。このまま、取り敢えず西へと向かいますね」

 

 運行ルート権をバッチリイワンコフに奪われたメルは、死んだ目をしたままその後、デッキブラシを繰ることになった。

 

 彼女は、心に誓った。

 

 無闇矢鱈にデッキブラシの後ろに人を乗せるものかと───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




船上勢

ラブ「二人とも。今は子どもだが、あっという間に大人になっちまうんだろうな」

マルコ「ラブの奴・・・。また考え事してるねい・・・あ、落ちてたバナナの皮を踏んですっ転んでやがるよい」


デッキブラシ勢
メル「イナズマさんよりイワンコフさんは偉いみたいだけど、どういう関係なんだろ・・・」

イナズマ「イワさん。メルちゃんを我が軍に引き入れる計画は年単位で実施しますね」

イワンコフ「イナズマも引きが強いわねェ・・・。まさか、あの子を手元に置くだなんて・・・」


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