元勇者。現代日本でJKやってます (猫ニャンニャンニャンニャンニャン…etc)
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プロローグ①

 

 強力な魔法が飛び交い、鋭い剣戟が辺りに響き渡る。

 

 噎せ返るほど濃密な闇の魔力が漂う魔王の根城。

 

「はぁはぁ……」

 

 剣を支えに、一人の青年が息を荒げて膝を付いていた。

 限界などと言う段階はとうに過ぎ去り、青年の骨は軋み、筋肉は悲鳴を上げている。

 

 (いにしえ)の伝承より伝わる魔王の力は想像を絶するものだった。

 

 息を荒げる青年はボロボロで、鎧は一部が砕け散り、その隙間から血を滴らせている。

 

 朦朧としていく意識。

 その中で想起されるのは、辛く厳しいここまでの道のりだ。

 

 悲しい時。嬉しい時。

 そして、仲間達との絆。

 

 だが、その冒険もそろそろ終わりが見えてきた。

 

 青年は想いを胸に力を全身に込めて立ち上がろうとするも、しかしピクリとも身体は動かなかった。

 焼けるように体中が痛い。

 

 グラグラと暗転とする視界。

 剣の柄を放してしまいそうになったその時、後ろから鈴のように柔らかく、されど芯の通った声が青年にかけられた。

 

「勇者様…これが最後です! 主よ……ッ! 我らに癒やしを…キュアヒーリングっ!!」

 

 後方で聖女がボロボロに成りながらも最後の回復魔法を唱えた。

 送られる温かな光が青年を包み込み、再び戦う力が湧き出してくる。

 

「ありがとう……ラシル……」

 

 青年はヨロヨロと立ち上がり、再び剣を構えた。

 

「俺はまだ……戦える……ッ」

 

 今こそ決着の時!!

 

 痛みを無視し、青年は全身に魔力を(みなぎ)らせる。

 

 それに勇者の回復する時間を稼いでいた仲間が気が付いた。

 

「!…戻ったか勇者殿! 早くしろ! もう長くは持たんぞ!!」

 

 魔王の鉤爪を打ち払いながら剣聖が叫んだ。

 

「勇者…! 頼んだ…!!」

 

 魔王へ強力な魔法を打ち込む大魔導士が叫んだ。

 

「勇者様……どうか世界に平和を…!!」

 

 地面に倒れ伏す聖女が力なく叫んだ。

 

 そうだ……! 俺が…! 俺達が…!

 

 ……終わらせるッ!!!

 

「はぁぁ……【雷鳴纏化】!!」

 

 決意と共に青年から(みなぎ)った魔力が全て雷属性へ変換され、全身の筋繊維へ送り込まれる。

 

 髪の毛が逆立ち、青年の身体を激しく波打つ青白いオーラが覆う。

 同時に、青年の持つ聖剣も雷の魔力を帯び、周囲へバチバチッと威嚇するように青い稲妻が迸った。

 

「魔王ッ!! これで最後だッッ!!!」

 

 魔王の紅い瞳がギョロリと青年を捉える。

 

 全身を青黒い血に染める魔王は、片目が潰れ、頭部にあった二本の角が折れ、4本ある腕の内の1本を黒ずんだ煤の塊にしていた。

 まさしく満身創痍と言った様相。

 

 しかし、未だ蠢くように溢れ出す闇の魔力は激しい戦闘に衰える事を知らぬようであった。

 

 

『これで最後……だと?』

 

 

 喉から底冷えのする笑いをクツクツと魔王が上げた。

 

 魔王の全身から闇の魔力がゴオッとさらに激しく迸る!

 

「ぐおぉっ!」

 

 魔王に斬りかかろうとしていた剣士が魔力の余波に吹き飛ばされ、巨大な柱へ砂煙を上げながらめり込んだ。

 

「まだ…これだけの…力が……」

 

 絶望したように呻く魔法使いが杖を手放す。

 

 その隙を見逃す魔王ではない。

 すかさず呆然と立ち尽くす魔法使いへ炎の魔法を打ち込んだ。

 

「ああぁぁああぁぁぁ!!!」

 

 着弾した魔王の炎の球は柱となり、魔法使いを飲み込む。

 

「魔王ッ!! 貴様ァァ!!!」

 

 青年の怒りに呼応するように周囲へバチバチと雷鳴が轟く。

 

 青年は音を置き去りにして魔王へと斬りかかって行った。

 

 魔王が口から凍てつく吹雪を吐き出すも無視して青年は突っ切った。

 

「でああぁぁぁ!!!」

 

 ガキンッッ!!

 

 吹雪を切り抜け剣を振り下ろすも、しかし渾身の一撃は魔王の魔術防壁に阻まれる。

 

『その一撃……、最後の一撃と見た。我が手中で永遠(とわ)の眠りにつくがよい……人間!!』

 

「まだだ…! 魔王ッ!!」

 

 青年は凍り付き霜が降りた身体を酷使し、無理やり力を込めた。

 

「ああああぁぁぁ!!!」

 

 ビキリ……と魔術防壁にひび割れが入る!

 

『グヌゥ…! 馬鹿な…! これが勇者……!!』

 

 魔王が修復しようと腕を掲げて魔力を込めるものの、ひび割れは留まること無く広がっていった!!

 

『我は終わらぬ……!!』

 

 そう叫んだ魔王の胸部が膨らみ、口から熱風が漏れ出す。

 

 灼熱の炎が来る……!

 

 そう直感した青年は、血を吐き出しながら咆哮し、さらに力を振り絞った。

 

「ぐああぁぁぁ!!」

 

 次の時、魔王の口から業火が吐き出され、それに数瞬遅れて魔術防壁が小気味の良い音を立てて割れた!

 

 灼熱の炎が迫る。聖剣が魔王の脳天へ吸い込まれる。

 

 

 その瞬間、空間が崩壊した。

 

 文字通り崩壊していき、バラバラと虚無を押し広げるように空間が崩れ落ちていったのだ。

 

 

 そこへ青年は炎に焼かれながら落下していき……

 

 …………

 

 …………

 

 …………

 

 ジジジジジジジジジジジジ………

 

 目が覚めた。

 

 モソモソと布団から細く白い手が這い出す。

 

「……またこの夢か」

 

 少女は枕の横に置いてあるスマートフォンのアラームを眠気眼(ねむけまなこ)のまま止めた。

 

 



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プロローグ②

 ベッドから這い出た少女は、クローゼットに仕舞ってある高校の制服を取り出す。

 

 ワイシャツを着て、スカートを履き、リボンを付け、ベストを装着し、最後に黒いニーソを履いた。

 

 そのまま少女は2階にある自室から出て、1階のリビングへ降りて行く。

 リビングの食卓には少女の父親がスーツ姿で座っていて、コーヒーを啜りながらニュースを見ていた。

 

 その様子をチラリと横目に見た少女は、そのままテレビの前に立ち尽くし、ボーっと父親と一緒にニュースを眺め始める。

 

「何やってんの耀(ひかり)。早く朝ごはん食べちゃいなさい!」

 

 すると母親がキッチンから慌ただしく出てきて少女、もとい耀(ひかり)の朝食を食卓の上に置いた。

 

 耀(ひかり)は席にノソノソと着くと朝食を食べ始める。

 朝食はクロワッサンであった。

 

 これボロボロするから嫌なんだよなぁ……。

 

 耀(ひかり)は心の中で不満を漏らしながらもモソモソとクロワッサンを咀嚼する。

 

 まぁ、もちろん前世で食べていたものよりは断然マシなのであるが……。

 我ながら舌が肥えたものだ。クロワッサンも小さい頃は凄くおいしい、くらいしか感想がなかった気がする。

 

 耀(ひかり)がそんなことを考えていると、父親がコーヒーの入っていたカップを下げ、カバンを持った。

 

「そろそろ出る」

 

 母親がひょっこりとキッチンから顔を出す。

 

「いってらしゃい。忘れ物は大丈夫?」

 

「ああ」

 

 そのまま耀(ひかり)の父親はリビングから出て玄関へ向かっていった。

 

耀(ひかり)も急ぎなさい」

 

「ん」

 

 母親の矛先がこちらを向いたので耀(ひかり)はさっさと洗面所へ行くことにした。

 父親が家から出ていく音を聞きながら、最後の一欠けらを口に放り込むと野菜ジュースと一緒に胃に流し込む。

 

「ごっそさん」

 

 立ち上がり、洗面所へ向かおうとすると兄がリビングに入ってきた。

 

「母さん、俺のメシある?」

 

 兄の髪はいつも通りにボサボサで、眼鏡越しに見える目には隈がある。見るからに不健康そうな見た目だ。

 

「あんたは暇なんだから自分で作りなさい」

 

「えぇ……生活費とか多めに入れてるし良いじゃんか」

 

「黙れニート」

 

 そのやりとりを無視して耀(ひかり)はリビングから出ていく。

 耀(ひかり)の兄は大学を中退した後、定職に就かずに家に居座っているため両親から冷たくされているのだ。

 唯一の生命線はネットのサイト運営で稼いだ生活費を家に入れていることであるが、それでも自立出来ていないことへの両親の不満は大きい。

 

 洗面所に入った耀(ひかり)は顔を洗い歯を磨くと、少しだけ寝癖のあった長い髪を整えてゴムで二つに結ぶ。

 それは俗にいうツインテールというヘアースタイルだった。

 

 用事を終えた耀(ひかり)は洗面所から出ようとするが、ふと何となく鏡の方を向くと、ジッと自分を食い入るように見つめた。

 

 そこには小柄で気怠そうな表情をした少女が居た。

 日本人ばなれした碧い瞳に艶めく金髪。そして透き通るように白い肌。

 形の良いくっきりとした眉からは少しの凛々しさを感じられた。

 

 しばらく耀(ひかり)が鏡を見つめていると、ぼんやりと今の自分がかつての自分に重なった。

 

 思わず鏡に手を添えて、耀(ひかり)は無意識に呟く。

 

「オレは世界を救えたんだよな……?」

 

 その瞬間、ぼんやりとしていた焦点が合わさり、かつての自分はフワリと消え失せた。

 

 鏡の中の耀(ひかり)の顔は眉尻が下がり、なんだか泣きそうになっていた。

 

 それを自覚した耀(ひかり)は自嘲気味に頬を釣り上げる。

 

「くだらない……」

 

 そうだ。オレにはもう関係ないんだ。

 

 耀(ひかり)はツインテールを揺らしながら強く頭を振ると、そのまま洗面所を静かに立ち去った。

 

 




本作の主人公である『悠木(ゆうき) 耀(ひかり)』です。
元勇者で元男。

【挿絵表示】

Picrewの『かわいいおんなのこメーカー』を利用。
実は小説を書く切っ掛けがこのメーカーで勇者っぽい女の子を作ってみよう、と言う考えだったりします。
他にも髪を下ろした普段着スタイルと羞恥しているメイドスタイルがありますが、こちらは物語が進んだら掲載する予定です。

自分が調べた感じ大丈夫そうでしたが、メーカーの関係者に注意されれば掲載は取りやめるつもりです。
以下は『かわいいおんなのこメーカー』のリンクになります。

LINK:https://picrew.me/image_maker/16952


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歯車と歯車

気合い入れすぎて6000文字超えちゃったんですが…。

しおりの分布などによっては、そのうち分割して2話にするかも知れません…。


 金色のツインテールを靡かせて一人の少女が電車からホームへ降り立った。

 

 小柄な少女はセーラー服を着た小学生のようで……。実際、146センチしかない彼女はよく小学生に間違われる。

 

 彼女が初対面の人間とする会話は、身長の話題かハーフなのかと言う話題になる可能性はうんと高かった。いや、初対面でこの話題にならなかった事はもしかしたら一度も無いのかも知れない。

 

 そんな彼女の名前は悠木(ゆうき)耀(ひかり)

 現在、岩津高校に通う高校2年生。

 

 かつては人類最後の光として闇の勢力に立ち向かった異世界の勇者である。

 

 生前に身に着けた魔法などの技術は使えるが、だからと言って漫画のような事件に巻き込まれる訳でも無く。

 背が低くてハーフでもないのに金髪碧眼と言う大きな問題点はあるものの、耀(ひかり)はゲーム好きの女子高生として前世と比べれば平凡な生活を送っていた。

 

 そして春の温かさと平和の有難さを噛み締めながら、今日と言う耀(ひかり)の一日は平凡に過ぎ去っていく……。

 

 ……はずであった。

 

 

 ガラガラガラ。

 

 引き戸を開けた耀(ひかり)は教室に入ると、後ろ手で扉を閉めながら時計を確認した。

 時計はホームルームまで残り五分を指しており、いつも通りの時間。

 

 普段よりも何故か大きい教室の喧騒を聞きながら、カバンを仕舞うと耀(ひかり)は自分の席へ着席した。

 

 そして耀(ひかり)は隣の席に座る少女へ挨拶をする。

 

「おはよ、城咲(しろさき)

 

「おはよう」

 

 すると、その少女は微笑んで耀(ひかり)に挨拶を返してくれた。

 

 眼鏡をかけたショートボブの少女。

 見るからにおっとりとした雰囲気で、漂う優しいオーラからは柔らかな母性を感じる。

 身長は耀(ひかり)よりも10センチ以上高く、胸は母性があるせいかそこそこ大きかった。

 

 彼女の名前は城咲(しろさき) (めぐみ)

 

 その見た目通り城咲(しろさき)(めぐみ)の優しさは本物で、1年生の頃に教室でいつもぼっちであった耀(ひかり)に声を掛けてくれたのだ。

 以来、昼食などは城咲(しろさき)(めぐみ)と一緒に耀(ひかり)は食べていた。

 

 所属人数の少ない文芸部への入部を彼女から促されたりもして、城咲(しろさき)(めぐみ)とは同じ部活動の部員でもある。

 

 耀(ひかり)にとって、城咲(しろさき)(めぐみ)はこの学校唯一の友人と言って良い存在だった。

 

 耀(ひかり)は表情を柔らかくしながら彼女へ話題を振る。

 

「今日は騒がしいけど何かあったのか?」

 

「うん…なんかね、転校生が今日このクラスに来るらしいよ」

 

「転校生?」

 

 耀(ひかり)は少し不思議そうな顔をして続けた。

 

「こんな時期に? まだ5月の中旬だぞ?」

 

「うん…私も変だと思う。でも噂によれば高級車で登校していたみたいだし、家庭の事情とか凄いんじゃないかな?」

 

「こ、高級車で登校……。何処の世界の住民だよ。それって噂が独り歩きしてるだけじゃないだろうな?」

 

 耀(ひかり)の引き攣った顔を見て城咲(しろさき)は苦笑いをする。

 

「あはは…かも知れないね。私も聞き耳立てててただけだし……」

 

 他にも聞けば、凄い美少女でモデルのようなスタイルをしているらしい。

 どんどん噂の信憑性が怪しくなってきている。

 

「まぁ、何にせよ本人が登場すれば全て明らかになるか」

 

 耀(ひかり)がそう言うと、ちょうどよくホームルームの始まりを告げるチャイムが鳴る。

 するとチャイムを聞いたクラスメート達が疎らになって自分の席へ戻っていった。

 耀(ひかり)が学校生活でよく見るいつも通りの光景だ。

 

 少しして担任の教師が教室に入ってくる。

 耀(ひかり)達のクラス担任は体育系統の中年教諭で、短髪に灰色のジャージがトレードマークの男性だ。

 名前は黒沢である。

 

「突然だが今日はお前らに報告がある」

 

 教室が少しだけ色めき立った。

 

「ああっと…すでに知っている人も居るみたいだが、転校生が今日このクラスに来ることとなった。お前らに紹介する」

 

 そう言って先生は転校生を廊下から教室へ引き連れて来る。

 

 背中までかかる黒髪が漆のように艶めき、サラサラと絹のように揺れていた。

 

 おぉ…確かにこれは噂通りの……。

 

 耀(ひかり)は思わず息を飲んで納得した。

 ここまで噂されるのも無理はないな、と。

 

「今日からこのクラスで勉学を共にする漆羽(うるしばね)京子(きょうこ)です。皆さんどうぞよろしく」

 

 自信と覇気に溢れた表情で自己紹介をした彼女は間違いなく美少女と表現することができた。

 

 黒い瞳には力強さが宿っていて、キリッとした眉も相成り全体的に勝ち気な印象を覚える。

 そして何より特色すべきはそのスタイルである。身長は165〜170センチ程で有ろうか。平均よりも高い背にスラッと伸びた美脚。そして貧相すぎず豊満すぎないヒップとバスト。

 それはアジア人にとってまさしく理想的なスタイルだ。

 

 次にオーラ。

 教室の壇上に立ち、転校生特有の少しデザインの違う制服を着ている事を差し引いても、彼女からは異質な雰囲気が漂っている。

 影が濃すぎるとでも言うのだろうか。耀(ひかり)は彼女に意識が吸い寄せられる事を自覚する。

 

 今なら高級車で登校してきたと言う話も耀(ひかり)は信じられた。

 金持ち特有の英才教育。美少女と言うこともあるのだろうが、彼女から感じる独特なオーラにはそれしか説明が付かないからだ。

 

 しばらくシン……と静まり返っていた教室。

 

 その空気を変えたのは担任の黒沢先生だ。

 

「どうしたお前ら! 歓迎の拍手だ!」

 

 それを聞いたクラスメート達は我に返ったように疎らに拍手が響いた。

 次第に拍手は力強くなっていき、クラスのお調子者達が「よろしく転校生!」などと野次を飛ばし始める。

 

 恐らく3つ隣の教室の方まで聞こえているだろう。

 凄い熱狂である。普通の転校生ではこうはなるまい。

 

 もちろん耀(ひかり)も適当に拍手しておいた。

 協調性が無い奴は村八分。前世で勇者になる前はしがない農民だった彼女は、その辺はよく心得ている。

 

「静かに! 静かにしろお前ら! それじゃ、漆羽(うるしばね)の席はそこの右後ろの空席にしたいと思う」

 

 教室の拍手と野次を止めた黒沢先生は漆羽(うるしばね)の席を指差した。

 昨日にはなかった最後部で右端の座席だ。

 

 耀(ひかり)は真ん中の方の席なので彼女とは余り近くない。

 ちなみに席はくじ引きで決められる。耀(ひかり)城咲(しろさき)と隣の席になったのは全くの偶然であった。

 

「じゃあ、赤坂。隣の席だから漆羽(うるしばね)に色々と教えてやってくれ。漆羽(うるしばね)は席に付いて良いぞ」

 

 再び「赤坂〜、VIPの案内まかせたぞ〜!」などと野次が飛んだ。

 それを聞いた赤坂と言う女子はオロオロと狼狽えている。

 

 そしてスタスタと指定された席で立ち止まった転校生…もとい漆羽(うるしばね)はニコリと笑って挨拶をした。

 

「よろしく」

 

「あ…は、はい! よろしくお願いします!」

 

 ガチガチに緊張する赤坂を見て漆羽(うるしばね)はクツクツとおかしそうに笑った。

 

「私達は同級生だろう? 敬語なんてよそうではないか」

 

「は、はい……あ…いや、うん…よ、よろしく漆羽(うるしばね)さん」

 

 何故か顔を赤くしている赤坂。

 

「ふふ……よろしく」

 

 漆羽(うるしばね)はそう言うと席に着いた。

 

 う〜ん、なんだアイツのねっとりとした喋り方は。

 随分と様になっているな……。

 

 そんな事を思いながらジーッと漆羽(うるしばね)を見ていた耀(ひかり)であるが、漆羽(うるしばね)がチラリと視線を向けてきた。

 二秒ほど目が合うと、漆羽(うるしばね)は口角を吊り上げた。

 

 その笑みに気後れした耀(ひかり)は目を逸らす。

 

 うっ…何だか迫力のある笑みだ……。

 美人だからかな……?

 

 再び視線を向けると漆羽(うるしばね)耀(ひかり)をもう見ていなかった。

 

漆羽(うるしばね)。荷物は後で俺が持っていくからな。と言う訳でみんな新しいクラスメートと仲良くしてくれ。そんじゃ、ホームルームを再開する。お前ら静かにして前を向け!」

 

 こうしてホームルームはいつも通りの諸連絡へ移っていった。

 

 

 

 ホームルームが終わり1限目の授業が始まる前の時間。

 

 ワイワイと漆羽(うるしばね)の周りを複数人が取り囲んでおり、質面攻めにしていた。

 よく見ると、取り囲んでいる人間の中には他クラスの者まで混ざっている。

 

「凄い人気だな……あの転校生」

 

「うん…人間って新しい何かは意識せずにいられない生き物だから」

 

 耀(ひかり)の呟きに、やや苦笑いをしながら城咲(しろさき)が答えた。

 クラスメート達のことを子供っぽいとでも思っていそうな態度に見える。

 

「それにしたって異常だよ。普通の奴だったらもう少し落ち着いた感じになるだろ」

 

「あはは…確かに…。彼女、凄いキラキラしてるもんね」

 

 こうして二人の会話通り、それからの学校生活は漆羽(うるしばね)京子(きょうこ)の話題で持ち切りになった。

 それを見た耀(ひかり)ははなんだか今まであったクラスの日常が無くなってしまったようだと思う。

 しかし、その非日常も続けば日常になる。

 

 そう言う意味で、耀(ひかり)漆羽(うるしばね)が転校して来た事をあまり気にしていなかった。

 

 

 ★

 

 

 そして1週間程が経ち、漆羽(うるしばね)がクラスに馴染み始めた日の放課後。

 学校の授業を終え、文芸部の部室へ向かった城咲(しろさき)と別れた耀(ひかり)は、昇降口前の下駄箱を開ける。

 

 すると、靴の上に一通の手紙がポンと置かれていた。

 

 その手紙を手に取った耀(ひかり)は辺りをキョロキョロと見回す。

 

「う〜ん、これまたベタな…。これってそう言う事だよな?」

 

 これがラブレターだと決まった訳ではないが、耀(ひかり)がこの手法で告白されるのは小学生以来の事であった。

 中学に上がってからは、殆どが通話かラインである。

 

 実は耀(ひかり)は転生してからそこそこ異性にモテていた。

 もっとも、本人は元男なのでこの事実には複雑な気分にさせられているのだが……。

 

「まぁ、そうと決まった訳じゃない。取り敢えず開けて見るか」

 

 耀(ひかり)は横長の白い封筒を開くと、中から手紙を取り出す。

 

 するとそこには『今日の放課後に屋上で待ちます』、と印刷と見紛う程の達筆な文字で、そう簡素に書かれていた。

 

「なんだこの綺麗な文字……どんだけ気合入れて書いたんだよ」

 

 それにしても屋上かぁ……。普通に閉まってるだろ。

 イタズラかな?

 

 耀(ひかり)は手紙を裏返したりして観察しながら訝しむ。

 

 そして、どうするべきか迷った末に耀(ひかり)は……。

 

 

「ここに来た」

 

「どうしてそうなるの……」

 

 文芸部の部室で城咲(しろさき)耀(ひかり)にツッコミを入れる。

 

 城咲(しろさき)は長机に向かって小説を書いており、邪魔をされていることに少しだけ不機嫌そうだった。

 本棚に囲まれた部室には城咲(しろさき)耀(ひかり)しか居ない。

 

 部員はこの二人だけだった。

 

「まぁ…オレも一応、文芸部の一員だし別に良いだろ?」

 

「普段は顧問が居るときしか参加しない癖に……。早く屋上に行ってあげたら?」

 

「チッチッチ……そこが肝なんだ」

 

 耀(ひかり)は舌を鳴らして否定すると、パイプ椅子を持ってきて長机の端の方に座った。

 

 耀(ひかり)は部室にしばらく居座るつもり満々である。

 

「しばらく時間を空けて行ってもまだ居たら、そいつの本気度はそれだけ高いって事だろ? 幸いにも放課後ってだけで時間の指定はなかった。それに場所からしてイタズラかも知れないからな。その場合、早く行くと惨めだ」

 

 城咲(しろさき)は呆れたように眼鏡を掛け直した。

 

耀(ひかり)ちゃんって意外と面倒臭いよね。早く家に帰ってゲームすれば良いのに」

 

「あのな…告白を振るのは意外としんどい。ましてや面と向かってなんて、さらにしんどい。その儀式を避けられるのなら放課後のゲームを我慢するくらい余裕だ」

 

「本気度を確かめる割には振ること確定なんだね」

 

「まぁな…オレは恋愛とかに興味ないんだ」

 

「そう言ってる癖にモテモテで羨ましいよ」

 

「モテモテって言っても告白されたのは……たぶん30回くらいだぞ? 人生のトータルで」

 

「十分多すぎるよ」

 

 間髪入れない城咲(しろさき)の皮肉げなツッコミに、耀(ひかり)は親指をグッと立てた。

 

「さすが城咲(しろさき)…ナイスツッコミだ…」

 

「全く……居ても良いけど邪魔はしないでね」

 

 そう言って城咲(しろさき)は原稿用紙に再び向かい始める。

 

「やはり…持つものべきは友達…」

 

「はいはい友達友達」

 

 耀(ひかり)の呟きに城咲(しろさき)はペンを進めながら適当に答えた。

 

 それを見て耀(ひかり)は邪魔をするのを辞め、スマートフォンでゲームの情報サイトを閲覧し始めた。

 

 

 ★

 

 

「ホントに鍵が開いてるのか……?」

 

 時刻は夕焼け色の空が沈み始めた頃。

 

 耀(ひかり)は屋上への扉に手を掛けていた。

 城咲(しろさき)が部室を閉めて下校してしまったため、耀(ひかり)はこうして渋々と屋上へ足を運んでいたのだ。

 

 ガシャリと取っ手を捻り、扉を押すとあっさりと開いていく。

 外は東側がすでに暗くなっていた。

 

 屋上に来るのは初めてだな。

 いったい呼び出した奴はどうやって開けたんだ…。

 

 ヤバイ奴じゃなきゃ良いんだが。

 

 そう思いながら耀(ひかり)が屋上を見回すと、彼女は入り口へ背中を向けてそこに居た。

 

 夕日を浴びて煌めく黒髪。

 それが少しだけ風に揺られて棚引く。

 

 耀(ひかり)が予想外の人物に真顔で立ち尽くしていると、彼女はゆっくりと振り返る。

 

「あぁ…待ちくたびれた……」

 

 耀(ひかり)を射抜くのは、力強い黒の瞳。

 

 そこに居たのは果たして、今注目の的である転校生。漆羽(うるしばね)京子(きょうこ)その人であった。

 

「随分とこの私を待たせるではないか…悠木(ゆうき)耀(ひかり)?」

 

 バタン!と耀(ひかり)の後ろで扉が力強く閉まった。

 

 二秒ほどフリーズしていた耀(ひかり)であったが、重く口を開く。

 

「オレを呼び出したのはオマエか…? 転校生」

 

 それを聞いた漆羽(うるしばね)がクツクツと喉を鳴らした。

 

「私以外に誰が存在すると言うのだ? 悠木(ゆうき)耀(ひかり)

 

 謎の張り詰めた緊張感が耀(ひかり)を襲う。

 この緊張感は耀(ひかり)が前世で強敵を前にする時、必ず感じていたものだ。

 

 な、なんなんだよコイツ……。

 

 漆羽(うるしばね)を半分だけ西から夕日が染めるが、耀(ひかり)にはそれが逆に、彼女が半分だけ闇に染まっているように見えた。

 

 ツー、と耀(ひかり)の背中を冷や汗が伝っていく。

 

「……。……いったい何が目的なんだ? いや…オマエ…何者だ?」

 

「何者か……だと? クク…貴様は私を知っている」

 

 漆羽(うるしばね)が笑みを浮かべながら一歩、一歩、とゆっくりと近づいて行き、それに対して耀(ひかり)も後退りしていく。

 

 耀(ひかり)の顔は強張り、青い瞳は恐怖の色に染まっていた。

 

「し…知らない…。オレはお前とこの学校で初めて会ったはずだ…。そ、それ以上近付くと人を呼ぶ…!」

 

 ピタリ…と耀(ひかり)の言葉に漆羽(うるしばね)が立ち止まる。

 

「人を呼ぶ…か…。さては乙女だな」

 

 そう呟いた漆羽(うるしばね)が真顔で俯き、その瞳を閉じた。

 

「私…いや、我……と言えば分かるか……?」

 

 漆羽(うるしばね)が顔を上げ、閉じていた瞳を耀(ひかり)へギョロリと向ける。

 その瞳は紅く染まり、口元は好戦的な笑みに歪んでいた。

 

「選ばれし人間…勇者よ……」

 

「な……」

 

 耀(ひかり)は目を大きく見開き、絶句する。

 

「クク…ふふ…ふはははは…!」

 

 それを見た漆羽(うるしばね)は声を出して笑った。

 

「あぁ…! 随分と面白い顔をするのだな勇者よ! さては貴様! 完全にこの世界に馴染んだな!?」

 

 漆羽(うるしばね)の高笑いを背景に、ようやく耀(ひかり)の顔に理解と平常の色が宿った。

 

「ま…魔王……! ば、馬鹿な…! 有り得ん!!」

 

「ククク…何が有り得んのだ? 勇者よ」

 

 耀(ひかり)の全身から脂汗が吹き出る。

 

 コイツがなんでこの世界に…!!

 

「何もおかしな話では無い。貴様があの場で死に絶え、この世界へ転生した。ならばそれは貴様に限った話ではない。道理であろう?」

 

 魔王の言葉を無視し、耀(ひかり)は全身に魔力を漲らせる。

 

 すると耀(ひかり)を中心に激しく空気が乱れ、漆羽(うるしばね)耀(ひかり)の制服や髪がバサバサと風に揺られた。

 

「何が目的だ…! 魔王…!!」

 

「なに…我の目的は単純明快の一言に尽きる…」

 

 グワンッ…と漆羽(うるしばね)から可視化できる程に濃い闇の魔力が周囲へ迸った!

 

 ビキリ…と校舎のコンクリートにヒビが入り、屋上のフェンスがグニャリと反り返る!

 そして学校中の窓ガラスが割れる音が辺りに響き渡った!

 

 耀(ひかり)はと言うと、その闇の本流の中、自らの身体を魔力で包み込み身を守る事で精一杯だった。

 両者の間には隔絶された実力差が横たわっている。

 

 今の耀(ひかり)には聖剣も無ければ、仲間も居ないのだ。

 

「我の目的…それは勇者。貴様との再戦だ」

 

「くっ…さ、再戦だと…?」

 

 漆羽(うるしばね)はかつての出来事を思い出すように夜空を見上げた。

 すでに夕日は完全に沈んでいる。

 

「……前世で我は、脳天を聖剣に叩き斬られて死亡した。勇者よ。他ならぬ貴様自身の手によってな」

 

 漆羽(うるしばね)耀(ひかり)を紅い瞳でギロリと射抜く。

 

「貴様がここに居ると言うことは、最後の悪あがきである炎の吐息で相討ちとなったようだが…それでも屈辱である事には変わりない」

 

 それを聞いた耀(ひかり)は警戒しながら、魔力で身体能力を強化していく。

 まずは神経系。その次に筋肉だ。

 

「完璧であるはずの我唯一の汚点。貴様への敗北を今こそ払拭する…!!」

 

 漆羽(うるしばね)はバサッと両腕を広げる。

 それに対して耀(ひかり)の警戒心が一気に高まった。

 

 しかし漆羽(うるしばね)は何もすることなく、そのまま力無く腕を下ろした。

 

「はずであった……」

 

 漆羽(うるしばね)は眼をゆっくりと閉じて、再びゆっくりと開く。

 

 すると紅かった瞳は黒色に戻っていた。

 

「どうやら私は思い違いをしていたらしい」

 

 スタスタと歩いてくる漆羽(うるしばね)耀(ひかり)は身体を強張らせたが漆羽(うるしばね)は何かしてくる事もなく、そのまま耀(ひかり)と擦れ違った。

 

 耀(ひかり)は警戒を緩めず、振り返って彼女に決して背を向けない。

 

 しかし漆羽(うるしばね)耀(ひかり)に反応することなく、屋上の扉に手を掛けた。

 

「勇者…いや、悠木(ゆうき)耀(ひかり)。今の貴様を殺したところで私の目的は果たせそうにない」

 

 そう言った漆羽(うるしばね)は歪んで上手く開けなかった扉を強引にバキン!と取り外すと、そのまま立ち去って行った。

 

 そして屋上に1人残った耀(ひかり)は緊張の糸が解れたように、その場にペタンと座り込んだ。

 

「魔王も…こっちに来ていた…」

 

 しばらくボーッと座り込んでいた耀(ひかり)は…元勇者はそのうち少しだけ頬を無意識に緩めた。

 

「そうか…オレは世界を救えたんだな……」

 

 夜空に浮かぶ欠けた月が、地上を明るく照らしていた。

 

 




↓漆羽京子

【挿絵表示】

↓漆羽京子(赤目ver)

【挿絵表示】

前世ではオスでしたが人間ではないので、今世で人間として振る舞う以上は自分が女である事には違和感を覚えていません。

勇者を作ったんなら魔王を…と言うことで彼女を作りました。
驚いてくれた人が居たら、集客数が減ること承知であらすじにネタバレ書かなかった甲斐がありました…。

この画像も例によってPicrewです。
メーカーは『黒髪の女の子メーカー』を利用。
ギリギリアウトな気もしますが、執筆は個人的なことの範囲内だし…と言うことで載せました。
間違いなく書籍化はしませんので安心ですね。ハイ。

以下は『黒髪の女の子メーカー』リンクになります。
LINK:https://picrew.me/image_maker/26700


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そして歯車は回りだす

 その後、屋上が荒れ果て学校中の窓ガラスが割れていた件には警察が出動し、しまいには不可解な事件としてニュースに取り上げられるまでの騒ぎとなったが、1ヶ月も経つと事件の事について噂する人間は見なくなった。

 

 そんな今の時期は6月の下旬に差し掛かろうとしている頃。

 

 あれ以来、魔王こと漆羽(うるしばね)京子(きょうこ)耀(ひかり)に絡んで来ることはなく、耀(ひかり)と目を合わせることもない。

 彼女はすっかりクラスの中心的なポジションに居座り、人気者として日常へ溶け込んでいた。

 

「この前の体育の授業、漆羽(うるしばね)さん凄かったよね〜。サッカー習ってたの?」

 

「特に習っていた訳ではないな。単純に運動神経が良いだけさ」

 

「凄い! 漆羽(うるしばね)さんって何でも出来て欠点がないみたいだね!」

 

「ふふ…ありがとう。でも私にだって欠点はいくつかある。たとえば、辛いものが苦手だったりね」

 

「あははは! 漆羽(うるしばね)のそれは欠点って言わねぇよ! お茶目ポイントだな!」

 

 耀(ひかり)は休み時間中の漆羽(うるしばね)をジッと見つめる。

 

 ああして楽しそうに談笑しているが、耀(ひかり)には彼女が人間と言う化けの皮を被った怪物にしか見えなかった。

 前世で 耀(ひかり)は、人々が魔族の手によって苦しむ姿を嫌というほど見せられているのだ。

 

 漆羽(うるしばね)が何か妙な気配を見せれば、耀(ひかり)は刺し違えてでも漆羽(うるしばね)を殺そうと覚悟を決めていた。

 流石に漆羽(うるしばね)と言えども近代兵器が配備された軍隊に敵う訳はないだろうが、前世のように好き勝手はさせられない。

 

耀(ひかり)ちゃん。どうしたの?」

 

 と、ここで城咲(しろさき)に声を掛けられ、耀(ひかり)は現実に戻された。

 

「ふぇ…? な、なんだ城咲(しろさき)?」

 

「なにって…前から気になってたけど耀(ひかり)ちゃんって時々凄い怖い顔で漆羽(うるしばね)さんのことを見つめてるよ?」

 

 城咲(しろさき)が心配そうに耀(ひかり)の顔を覗き込む。

 

「そ…そうか? そんなことないと思うが……」

 

「嘘だよ。もしかして漆羽(うるしばね)さんに何かされたの?」

 

「えっ…それは……」

 

 耀(ひかり)は眼を泳がせた。

 

 確かに耀(ひかり)漆羽(うるしばね)に何かされたと言えばされた。

 主に前世での話にはなるのだが……。

 

「ほら、やっぱり。いったい何されたの?」

 

 城咲(しろさき)が少しだけ怒った様子で問い詰めてくるのに対して、耀(ひかり)は慌てたように否定した。

 

「だ、大丈夫だ! 城咲(しろさき)が心配するような事じゃない!」

 

 流石に「実はオレには前世があってさ…」などとは切り出せない。

 完璧に痛い奴である。

 

「……。……」

 

 ジッと目を見つめて来る城咲(しろさき)に、申し訳なさそうに 耀(ひかり)は手を合わせた。

 

「ごめん城咲(しろさき)! 心配してくれるのは有り難いけど本当に大した事じゃないんだ…」

 

「……。……」

 

 無言で見つめ続けてくる城咲(しろさき)であったが、やがて溜息を吐くと口を開いた。

 

「はぁ……今みたいな耀(ひかり)ちゃんは頑固だからね。分かった、これ以上は追求しない。…だけど大変な時は必ず私を頼るんだよ?」

 

 そう言われた耀(ひかり)はニッコリと微笑えむ。

 

「ああ! 分かった! ありがとう城咲(しろさき)!」

 

「全くもう……約束だからね?」

 

 つられて城咲(しろさき)も優しく微笑んだ。

 

 

 ★

 

 

 放課後。

 

 いつも通り部室へ向かう城咲(しろさき)と別れた耀(ひかり)は、昇降口で下駄箱を開けた。

 するとそこには靴の上に置かれている白い封筒。

 

 耀(ひかり)はそれを手に取ると、辺りをキョロキョロと見回した。

 

「凄いデジャヴだ…まさか奴じゃないだろうな?」

 

 耀(ひかり)は例の転校生の顔を思い浮かべながら、封筒を開く。

 するとそこには、やはりと言って良いか印刷と見紛う達筆な文字で、『放課後、体育館裏で待ちます』と簡素に書かれていた。

 

「あの野郎…。今度はいったい何を企んでやがる…」

 

 また学校中の窓ガラスを割られては堪らないので、今度ばかりは話し合いの意思を見せようと耀(ひかり)は思う。

 漆羽(うるしばね)には質問したい事も山ほどあったから良い機会だ。

 それに学校中の窓ガラスが割れてしまった件については、自分にも責任の一端があると耀(ひかり)は罪悪感を感じていた。

 何の用があるかは知らないが、なるべく漆羽(うるしばね)を刺激しないように耀(ひかり)は話し合いを進めることを決意した。

 

 

 ★

 

 体育館裏とは校舎と体育館の間に出来た閉鎖的な空間の事である。

 耀(ひかり)が体育館裏へ向かうと予想通り漆羽(うるしばね)はそこに居た。

 

 彼女は胸の下で腕を組み体育館の壁へ背を預け目を閉じている。

 厨二臭い格好ではあるが、彼女のプロポーションでそれをやられると絵になっていた。

 

 漆羽(うるしばね)の少し前で耀(ひかり)は立ち止まると、睨み付けながら口火を切った。

 

「オマエ…今度はいったい何の用なんだよ…」

 

 それに対して漆羽(うるしばね)は瞼を緩慢に開いて耀を見ると、愉快げに笑みを浮かべた。

 

耀(ひかり)、貴様もか…するとこれは中々に興味深い状況だな」

 

 よく分からない事を呟く漆羽(うるしばね)に、耀(ひかり)はさらに強く目尻を立てた。

 

 それに耀(ひかり)って何だよ耀(ひかり)って…!

 人を下の名前でサラッと呼ぶな気色悪い…!!

 

「あ? オマエ何いってんだ。呼び出したのはオマエだろ?」

 

「ん…? あぁ…私も呼び出された側だ」

 

 そう言って漆羽(うるしばね)は先程から手に持っていた紙を耀(ひかり)にピラッと見せた。

 するとそこには耀(ひかり)が貰った手紙と同じ内容が書かれていた。

 構図なども同じで、まるでコピーしたようである。

 

「な、何いってんだよ。この字ってオマエのだろ?」

 

 耀(ひかり)はそう言ってポケットから手紙を取り出した。

 

 その様子をチラッと見た漆羽(うるしばね)が腕を組み直す。

 

「よく見ろ。それは印刷された文字だ」

 

 言われた通り耀(ひかり)は指で触ったりして、よく確かめた。

 

「ホントだ…。印刷されてる…」

 

 だとすれば一体誰がオレとコイツを…。

 

 耀(ひかり)の頭の中が疑問で埋め尽くされた。

 

「ふん…完璧すぎる文字と言うものも罪か…」

 

 漆羽(うるしばね)が少しだけドヤ顔で呟く。

 彼女の整った顔はドヤ顔でさえも絵になっていた。

 

 それを見た耀(ひかり)の額に血管が浮き出る。

 

「オマエは存在自体が罪だから安心しろよ魔王」

 

「そう目くじらを立てるな耀(ひかり)。私が完璧すぎると言う事実はすでに把握している」

 

 漆羽(うるしばね)耀(ひかり)をクツクツと喉を鳴らしながら言った。

 

 な…コイツは大陸で何百万人の命が犠牲になったのかを知っているのか!?

 

 耀の胸の内からフツフツと怒りが湧いてくる。

 

「な…おま…こ、この…」

 

 プルプルと震える耀(ひかり)の顔がみるみる赤くなっていく。

 

「少しからかっただけだろう? 面白い奴め。しかし…戯れもそろそろ中断しなくてはな…」

 

 そう言って漆羽(うるしばね)は壁から離れ腕を組む事を辞めると、先程に耀(ひかり)の来た方を向く。

 耀(ひかり)も釣られて見ると、そこにはコチラへ向かってくる人影があった。

 

「どうやら私達を招待したホストがお出ましのようだ」

 

「クソ…胸糞悪い奴だオマエは」

 

 耀(ひかり)はそう呟くと、人影を観察する。

 

 人影は中等部の白いセーラー服を着用した少女だった。

 癖っ毛のあるショートボブに隈のある目元。

 眉根は神経質そうに歪んでいる。

 

 見るからに面倒臭そうなタイプであると耀(ひかり)は思った。

 

 やがて、耀(ひかり)漆羽(うるしばね)に近付いて来たその少女はビシッとコチラを指差すと高圧的な金切り声を上げる。

 

「1ヶ月前にこの学校を荒らした犯人は貴方達ですね!!」

 

 そう言われた耀(ひかり)は全く表情を変えなかったが、内心では酷く動揺していた。

 

 な、なんでそのことを…いや、実行犯は隣に居るコイツだけなのだが問題はそこじゃない。

 まさか目撃されていたのか…!?

 

 少女が言う1ヶ月前の出来事とは、屋上で漆羽(うるしばね)が行った魔力放出のことだろう。

 あれのせいで学校中の窓ガラスが割れて、警察が来る騒ぎにまでなったのだ。

 

 問題はどうしてこの少女はその事件の中心人物が耀(ひかり)漆羽(うるしばね)である事を知っているのかである。

 

 耀(ひかり)がどうして良いか分からずに身動きが取れないでいると、漆羽(うるしばね)がお得意なニヤケ面を顔に貼り付けて肩をすくめた。

 

「さぁ…なんのことやら…」

 

 どうしてオマエは何かを知ってそうな悪役風に(とぼ)けるんだよ!!

 B級映画か!!

 

 耀(ひかり)漆羽(うるしばね)を横目に内心でそう叫んだが、漆羽(うるしばね)がその方針で戦端を切ってしまった以上は耀(ひかり)もそれに乗るしかなかった。

 

「ああ…漆羽(うるしばね)の言う通りだ。君が何を言っているのかオレ達には理解出来ない」

 

 漆羽(うるしばね)と同じように知らない振りをする耀(ひかり)

 しかし少女は予想通りとばかりに強気の姿勢で糾弾を続けた。

 

(とぼ)けても無駄です!! 貴方達があの日、校舎の屋上で魔力を使ったことについては証拠が出ています!!」

 

 魔力…そのことを知っているなんて何者だ?

 前世の関係者か…あるいは別の存在か…。

 

 それに魔力に証拠なんて物が残るのか?

 魔力とは物理的な存在ではない。

 

 耀(ひかり)が数巡していると、またも勝手に漆羽(うるしばね)が話を進めてしまった。

 

 クツクツと伏せた顔に左手を添えて笑う漆羽(うるしばね)

 

 厨二くさい。

 

「な、何がおかしいんですか!? どうやら事の重大さが分かっていないようですね…!!」

 

「いや…愉快でな。なかなかどうして…現世も捨てたものではない」

 

「い、一体なにを…」

 

 少女は不気味なものを見る目で半歩だけ後ずさっだが、瞳に力を戻して踏みとどまる。

 

「なにを言いたいんですか…!!」

 

「ククク…いや、私達が犯人だが?」

 

 顔を上げた漆羽(うるしばね)が不敵な笑みを浮かべながら、それがどうしたのかと言わんばかりにあっさりと真実をカミングアウトした。

 

 そう…耀(ひかり)を道連れにして…。

 

「……今日は両名共に私の家へ来てもらいます!! 拒否権はありません!!」

 

 少女は耀(ひかり)漆羽(うるしばね)を交互に睨みながらそう言った。

 

 オマエ…絶対に後で覚えておけよ。

 大変なことになったら呪ってやる。

 

 耀(ひかり)は魔王の再討伐を静かに決意した。

 

 



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