アイドルの世界に転生したようです。 (朝霞リョウマ)
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第一章『READY!!』
Lesson01 アイドル少年


やばいよ卒研終わってないよ就職試験も目と鼻の先だよりん可愛いよりんそれが終わっても試験始まるよこんなことやってる場合じゃないよ響可愛いよ響小説書いてる暇ないよじゃあいつ小説書くの書いてる暇ないでしょいや逆に考えるんだ寧ろ今でしょ!

書いた。



※お互いに不快にならないための注意書き(2014/08/14追記)
・主人公最強モノ故のご都合展開あり(作者の自己満足)
・主人公の思考が結構変態チック(主に番外編)
・世界観にあった設定の変更があるクロスキャラ多数(本当にモブ以外のサブキャラは大抵クロス)
以上のことを不快に思われる方はご覧にならないことをお勧めします。


 少年は、気が付いたら光の中に立っていた。

 

 一体ここは何処なのかと首を傾げていると、突如として頭の中に直接声が響いてきた。それはうら若き女性の声のようにも聞こえ、しゃがれた老人の声のようにも聞こえた。

 

 曰く、声の主は神様らしい。

 

 曰く、少年は不慮の事故でその生涯を終えてしまったらしい。

 

 曰く、少年の死は神様の予定にはなかったものらしい。

 

 曰く、代わりに何でも好きな能力一つと共に別世界に生まれ変わらせてくれるらしい。

 

 そこまで聞いた少年は、なるほどと頷いた。

 

(転生モノってやつだな、それもとびっきりのテンプレの)

 

 思い出すのは生前ネットで読み耽った、オリ主(オリジナル主人公)たちが「俺TUEEEE」などと言いながら原作キャラ相手に大立ち回りを繰り広げる転生モノの二次創作小説の数々。

 

 なるほどどうやら今度は自分がそのオリ主として選ばれてしまったらしい。

 

 あれって空想の話じゃなかったんだなーと心の片隅で思いつつ、それと同時に今更ながら死の直前のことを覚えていないことに気付く。しかしその疑問は口に出す前に解消された。

 

 曰く、余りにもむごったらしい死に方をしたため、ある程度記憶に補正をかけておいてくれたらしい。

 

 ただそのおかげで生前に対する未練みたいなものまで補正をうけてしまったそうだ。道理で死んでしまったことに対して何の感慨も沸かないはずである。

 

 ならばしょうがないとある種の諦めに似た感情と共に、少年は貰う能力について考え始める。

 

 神様から貰う能力というのはオリ主にとっての最大の武器であり、オリ主がオリ主たる理由となりえるものだ。

 

 しかし、貰う能力を選ぶにしてはやや情報が足りない。

 

 例えばの話である。転生オリ主のテンプレ能力である『王の財宝(ゲートオブバビロン)』を貰ってガンダムの世界に転生したとする。確かに数多の武器を大量にばら撒けばモビルスーツは倒せるかもしれないが、超遠距離からの広範囲殲滅兵器などの対処法が思い浮かばない。

 

 逆にモビルスーツに乗りこなす才能を貰って魔法の世界に転生してしまっては宝の持ち腐れ以外の何物でもなくなってしまう。才能ではなくモビルスーツ自体を貰った場合でも同じである。

 

 となると転生先に見合った能力の選択が必要となる。

 

 そこで自分の転生先の世界の情報を貰おうと尋ねてみるが、何故か反応がなかった。

 

(これは困った)

 

 貰える能力は一つ。転生先が分からないこの状況で最善の能力は何かと考え、とある一つの考えに至る。

 

 そしてその能力を口にした瞬間、少年の意識は暗転した。

 

 少年の願いは受理され、転生が始まった。

 

 

 

 

 

 『転生する世界で最も武器となる能力』と共に……。

 

 

 

 

 

   †

 

 

 

 ――ねえねえ、リョウ君リョウ君。

 

 ――ん? 何、母さん。

 

 ――リョウ君はアイドルに興味ない?

 

 ――……は? アイドル?

 

 ――そうそう。リョウ君、歌も上手いし運動神経もいいからアイドルに向いてると思うなー。

 

 ――いやいや、それだけでなれるほどアイドルなんて甘くないんじゃ……。

 

 ――母さんの言うとおり、お前はアイドルに向いてると思うぞ!

 

 ――父さんまで……。

 

 ――しかも顔は母さんに似て美形だしな!

 

 ――やだ、あなたったらー……美形なのはあなたに似たからでしょー?

 

 ――はっはっは、照れてる母さんは可愛いなぁ!

 

 ――……あのー。

 

 

 

 

 

 スパンッ!

 

「っ!?」

 

 随分と懐かしい夢を見ていたところ、乾いた音と鼻先に走る痛みに目を覚ました。

 

 敵襲か!? おのれジュピターこないだボコボコにしてやったお礼参りに来たか!? と飛び起きるが、目を開いても辺りは完全な暗闇で何も見えない。クソッ! 非常灯まで落として夜襲とは徹底してやがる!

 

「いいだろう! ならば戦争だ! 来いよジュピター! マイクなんて捨ててかかってこい! 俺の奥義は百八式あるぞ!」

 

「アンタの奥義(笑)の数はどうでもいいからさっさとアイマスク外しなさいよ」

 

 どうやらこの暗闇は部屋の電気が消されていたからではなく俺の頭部装備がアイマスクだったからのようだ。

 

 呆れたような声に従いアイマスクを外すと、そこにいたのはジュピターと同じ三人組は三人組でも男ではなく女の三人組だった。

 

「なんだお前らか」

 

「なんだとは随分なご挨拶ね。私達の方から出向いてあげたっていうのに」

 

 ふんっと鼻を鳴らしながら三人の先頭に立つ東豪寺(とうごうじ)麗華(れいか)がそんなことを宣う。その手には丸められた雑誌が握られていた。どうやらそれで文字通り叩き起こされたらしい。

 

「この私がわざわざ起こしてあげたんだから感謝しなさい」

 

「リテイク希望。次はりんかともみが優しく揺り起してくれ」

 

 やり直しを要求し再びアイマスクを付けてソファーに横になろうとするが、ズバンという先ほどよりも重い音で引っ叩かれてアイマスクを取られてしまった。

 

「私はあと何回殴ればいい? 私はあと何回アンタの目が覚めるまで殴ればいい? 教えなさい、良太郎!」

 

「目は覚めてる。でも起こされるならおっぱい大きい女の子の方が」

 

「歯ぁ食い縛りなさい」

 

「顔は止めろよ」

 

 ボディにしなボディに、と言ったところ麗華の体重の乗ったボディブローが鳩尾に突き刺さった。こいつは俺を起こしたいんだか寝かしたい(物理)んだか。

 

 このまま意識を飛ばすとエンドレスにループしそうになるので気合を入れて体を起こす。八回も殴られたら流石に生命の危機だ。

 

 とりあえず麗華の後ろの二人に声をかける。

 

「おっす、りん、ともみ」

 

「おっす! りょーくん!」

 

「おはよう、リョウ。脂汗が酷いけど本当に大丈夫?」

 

「大丈夫大丈夫、汗は青春の証だから」

 

「青春の証が脂汗ってなんかヤダな……」

 

「まぁ拳で語り合うっていう点で言えば青春には間違いないかもだけど」

 

 一方的に語られただけであって俺は一切語っていないがな。

 

 麗華(小乳(しょうちち))についてきていた朝比奈(あさひな)りん(大乳(だいちち))と三条(さんじょう)ともみ(中乳(ちゅうちち))に挨拶を済ませる。三人揃って1054(トウゴウジ)プロダクション所属の『魔王エンジェル』。961(クロイ)プロダクションのジュピターと同じく日本のトップアイドルの一角である。

 

「……今物凄くイラッときたんだけど何かふざけたこと考えなかった?」

 

「そんなわけないって」

 

 小さいことは悪いことじゃない。ただ大きいことが正義なだけだ。おっぱい。

 

「っていうか兄貴は?」

 

 今回の楽屋として宛がわれた部屋をぐるりと見回すが、俺のマネージャー兼プロデューサーの兄貴の姿が見えなかった。

 

「わたし達を楽屋に入れてくれた後、ちょっとよろしくねって言って今さっき出てったよ」

 

「あ、これお兄さんからの伝言」

 

 りんから四つ折りになった小さな紙切れを受け取る。そこに書かれていたのは間違いなく兄貴の字だった。

 

 

 

『するなら避妊! これ絶対!』

 

 

 

「ねーよ」

 

 いや、避妊をしないというわけじゃなくて当然避妊を必要とするような行為をしないというわけだが。

 

 というか、マネージャーがアイドルに不純異性交遊を推奨するなという話だ。

 

「それで? りんやともみはともかく、お前がワザワザ意味も無く陣中見舞いにくるようなタマに見えないんだが」

 

 事実タマは無いという下ネタは心の中に留めておく。後ろの二人にも無いし。

 

 兄貴(ひと)のこと言えないって? 俺は気にしてないから大丈夫。

 

「当たり前よ。何で私がアンタの陣中見舞いなんかしなくちゃいけないのよ」

 

「とか何とか言いつつも、ここに麗華が用意した菓子折が」

 

「お兄さんと一緒に食べてねー!」

 

「このツンデレー」

 

「ツンデレ言うな! こ、これはアレよ! 上杉謙信が敵に塩を送ったっていう有名な話をリスペクトして……!」

 

「なるほど……それで塩大福か。洒落が利いてるな」

 

「煩い!」

 

 再び放たれた麗華の拳をひらりと避ける。

 

「まぁお茶受けもあることだし、茶でも飲んでけよ」

 

「アタシはオレンジジュースで!」

 

「……コーヒー」

 

「紅茶お願い」

 

「茶だっつってんだろ」

 

 三人娘のバラバラな要望を無視し、備え付けのポットで四人分のほうじ茶を入れる。

 

 しばし塩大福を頬張りながら一服。

 

 

 

「そういやお前らは大学行くのか?」

 

 ふとここにいる四人全員がアイドル兼高校三年生だったことを思い出してそんな話題を振ってみる。

 

「行くわ。私は会社を継がなきゃならないから、その勉強をしなくちゃいけないし」

 

「アタシは未定かなー。特にやりたいことがあるわけでもないし」

 

「わたしもりんと同じ。リョウは?」

 

「一応行こうかなとは考えてる」

 

「あれ、意外。りょーくんだったら『受験勉強? そんなことよりライブしようぜ!』とか言うと思ったんだけど」

 

「いやまぁそういう考えも無きにしも非ずなんだが」

 

「? 何か考えがあるの?」

 

「いや、何も。ただ社会人として大学ぐらい出とかないと不味いかなと思って」

 

 おバカキャラならともかく、今時高卒でアイドルは流行らないと個人的に思う。

 

「じゃあしばらく活動休止するの?」

 

「そこらへんは兄貴とか先方のお偉いさんと要相談ってところだな。まぁボチボチ決めるさ」

 

「……それ、間に合うの? 受験勉強的な意味で」

 

「大丈夫だろ。多分」

 

「精々必死に勉強することね。活動休止なんかしたらその間に全力で干してやるわ」

 

「そんなことされたら俺も覇王翔○拳を使わざるを得ない」

 

「使わざるを得ないって……何をする気よ」

 

「具体的に言うならばお前達のライブ会場の目と鼻の先で突発的ゲリラライブを――」

 

「マジで止めなさい」

 

「四年前を思い出すねー」

 

「懐かしい」

 

 まぁデビュー当時ならいざ知らず、今それをやったらマジで警察沙汰になるだろうから流石にやらんけど。

 

「って、そろそろ本題を話しとくわ」

 

「おぉ、結局何だったんだ?」

 

「これよ」

 

 麗華は先ほど俺の顔面を二回叩いた雑誌を捲ると、とあるページを指し示した。内容は三人組のとある駆け出しアイドルグループの記事である。

 

「竜宮小町、か」

 

「アンタの目から見てどうよ」

 

「……いいと思うぜ。歌も上手いしキャラも立ってる。間違いなく『持ってる』奴らだ」

 

 神様の特典の一種なのか知らないが、トップアイドルになり得る素質のある奴は何となく分かる。

 

 まぁ小乳、大乳、小乳と若干バランスは悪い気もするが。いや、寧ろ均等が取れているのか?

 

「アンタが言うからには間違いないんでしょうね。忌々しいけど、アンタの目は」

 

「イチイチ言わなくても分かってるから。で? そんな評価を聞きに来たのか?」

 

「そんな訳ないでしょ。ここよ」

 

 んー? と麗華が指差したところに目を向けると、そこにはこのアイドルグループをプロデュースしたプロデューサーの顔写真が……って。

 

「これりっちゃんか?」

 

 そこに写っていたのは俺達四人と同期の元アイドル、りっちゃんこと秋月律子の姿だった。二本のエビフライのようなお下げは無くなっているが、この眼鏡は間違いない。

 

「へー、今りっちゃんプロデューサーなんかやってるんだ」

 

「引退してそのまま765(ナムコ)プロに就職したらしいわ」

 

「りっちゃんともう一人のプロデューサーの二人で十二人のアイドルをプロデュースしてるんだってさ」

 

「何それコワイ」

 

 プロデューサーの数に対してアイドルの数が飽和しまくってるじゃないか。高木さんは何を考えてるんだ。

 

「考えも無しに片っ端からスカウトしまくったとか」

 

「『ティンと来た!』とか言ってね」

 

「ありそうで困る」

 

 しかし765プロか。りっちゃんが引退してから目立ってなかったから全然気付かなかったけど、ちゃんと活動してたんだ。

 

「……よし」

 

「何が『よし』なのよ」

 

「知り合いが頑張ってんだ。なら、することは一つだろ」

 

 激励だよ。

 

 

 

「というか、昔の知り合いが頑張ってるからってわざわざ教えに来てくれる麗華はやっぱりツンデレ。はっきりわかんだね」

 

「煩い!」

 

 

 




・『転生する世界で最も武器となる能力』
アイドルとしての才能

・いいだろう! ならば戦争だ!(ry
よくあるネタ。二次創作なら一回はお目にする鉄板ネタ。

・私はあと何回殴ればいい?
教えてくれ、ゴヒ!

・ボディにしなボディに
元ネタは某○八先生。

・魔王エンジェル
アイドル三人娘。詳しくは次回。

・覇王翔○拳を使わざるを得ない
具体的な内容はこれまた次回。

・十二人のアイドルをプロデュース
普通に考えておかしい気がする。

・はっきりわかんだね。
言及しとかないと誤解されかねないから言っとくけど作者はノンケです。
女の子のおっぱい大好きです。



色々とリアルが大変なのでストレス発散を兼ねて筆と取ったらすごい勢いでかけたから思わず投稿。タグに魔王エンジェルをつけておけばコアなファンが釣れると信じている。


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Lesson02 魔王少女

続けて二話投稿。

※注意
魔王エンジェルのキャラが違うと思いますが、この小説の彼女たちはみんな良い娘です。



 

「知り合いが頑張ってんだ。なら、することは一つだろ」

 

 そう言いながら良太郎は湯呑に口を付ける。その表情は知り合いを思い浮かべて微笑んでいる訳ではなく、何かを企むようにニヤリと笑う訳でもなく。

 

 

 

 無表情。

 

 

 

 周藤(すどう)良太郎(りょうたろう)は笑わない。まるで一切の表情を持ち合わせていないかのように、良太郎は表情を変えることがない。本人は「表情の動かし方を母親のお腹の中に忘れてきた」と言っていた。

 

 花が咲くような満面の笑み、月の光のような儚げな笑み、甘く香るような妖艶な笑み、小悪魔のような挑発的な笑み。様々な形はあれど、アイドルにとって笑顔とは大きな武器である。それが一切ないというのは、アイドルとして致命的な欠陥であると言っても過言ではない。

 

 

 

 そんな欠陥を抱えているにも関わらず、周藤良太郎は日本のアイドルの頂点に立つ存在である。

 

 

 

 一切揺るがない端正な顔立ちから紡がれる言葉は意外にも軽く、そのギャップと自分を取り繕わない素の態度が男女共に高い評価を受けている。

 

 しかしそれ以上に、周藤良太郎を語る上で欠くことができないのは歌とダンス、つまりパフォーマンスである。紡がれる歌は心を震わせ、ダンスの一挙手一投足が観客の目を捕えて離さない。

 

 まるで自ら笑わないことをハンデとして背負ってまで、アイドルになるために生まれてきたかのような存在。トップアイドルになるための努力をあざ笑うかのような才能の塊。

 

 ふざけている。全くもって腹立たしい。

 

 

 

 しかし、そんなふざけた存在に私達は救われてしまった。

 

 

 

 四年前、私達が『魔王エンジェル』ではなく、まだまだ駆け出しの『幸福(ラッキー)エンジェル』だった頃。憧れていたアイドルにテレビ出演を奪われ失意のどん底にいた私達の前に現れたのは、同じくテレビ出演を奪われた駆け出しアイドルの周藤良太郎だった。

 

「泣いている暇があったら、少しでも早く立ち上がった方がよっぽど有益だと思うぞ」

 

 私達にそう言った良太郎が取ったのは、信じられないような行動だった。本来出演する予定だった番組の収録日、収録の時間に合わせてテレビ局の近くの公園でゲリラライブを行ったのだ。

 

 ただの駆け出しアイドルのゲリラライブ。しかし多くの人が足を止め、良太郎の歌とダンスに心を奪われた。その結果、本来番組観覧に参加する予定だった客の多くがそこで足を止めてしまい、生放送だったその番組は急遽内容を変更せざるを得ない状況になってしまったのだ。

 

 実はこの方法、今から十五年前にあの伝説のアイドル日高(ひだか)(まい)が取った一種のストライキの模倣だったそうだ。『日高ジャック事件』と呼ばれており、彼女以外誰も真似することが出来なかった業界の歴史に残る大事件。それを為してしまった良太郎も「あの日高舞の再来」と一躍注目を浴び、どんな圧力にも屈することが無い不屈のアイドルとして尊敬や畏怖の対象となった。あの有名な『一文字で鬼、二文字で悪魔、三文字で日高舞』という言葉の後ろに『四文字で悪鬼羅刹、五文字で周藤良太郎』と称されるほどだ。さらに二年に一度行われる『アイドルアルティメイト』、通称『IU』にも日高舞と並ぶ高得点で優勝を果たした。

 

 

 

 『覇王』。日高舞の『オーガ』という二つ名に対して付けられた良太郎の二つ名である。

 

 

 

 そんな同期の姿に、私達は自分達の弱さを恥じた。憧れていたアイドルに裏切られ、私達はただ泣いているだけだったことに悔いた。そして二度と引かないと心に決めた。絶対に追いつく決意を込めて自分達のグループ名を『幸福エンジェル』から『魔王エンジェル』に変えた。それまで断っていた実家である東豪寺財閥からのバックアップを受けて我武者羅に走り続け、私達は日本のトップアイドルと称されるまでになった。

 

 しかし良太郎がいる場所は、あまりにも高すぎた。私達は未だに『覇王』と比較されることすら叶わないのだ。

 

 ……きっと私は、良太郎のことを尊敬している。けれどそれを認めてしまったらきっと届かない。だから私は絶対に良太郎を認めない。

 

 

 

 私、東豪寺麗華には夢がある。

 

 

 

 かつて私達を救い、目指すべき場所に居続ける周藤良太郎と肩を並べること。

 

 

 

 その日が来るまで、私は決して諦めない。

 

 

 

 

 

「んっと、そろそろ時間だな。仕度しねーと」

 

 兄貴は戻ってこねーけどというりょーくんの言葉に顔を上げると、既に三十分近くの時間が経っていた。

 

「それじゃ、そろそろ私達は帰るわ」

 

「おう、大福ご馳走さん。今度俺も差し入れ持ってくわ」

 

「アンタにお礼を言われる筋合いはないわ」

 

「んじゃ、りんとともみにすることにする」

 

 ありがとうな、とりょーくんはアタシとともみに視線を向ける。

 

「いいよ、気にしないで」

 

「そうそう! 今度美味しいケーキを差し入れてくれたらそれでいいから!」

 

 いひひっと笑いながらりょーくんの鼻先を突く。

 

「あぁ、分かった。約束する」

 

 いつもと変わらぬ無表情で、りょーくんは頷いてくれた。

 

 ……大丈夫、アタシは笑えているはず。いつも通りの朝比奈りんをふるまうことが出来ているはずだ。それでも少し不安になる。顔は赤くなってないか、バクバクという心臓の音は聞こえてしまってはいないか、緊張で指先が微かに震えていることに気付かれていないか。

 

 

 

 アタシがりょーくんに対する恋心を自覚したのは、四年前のあの日がきっかけである。

 

 

 

「泣いている暇があったら、少しでも早く立ち上がった方がよっぽど有益だと思うぞ」

 

 憧れていたアイドルに裏切られて失意の底にいたアタシ達に、りょーくんはそう声をかけてきた。その時りょーくんに対して抱いた感情は、怒りだった。自分たちと同じ立場のくせに、どうしてこいつはこう能天気なんだ。こいつは一体何様なんだと。

 

 しかし、そんな怒りも簡単に吹き飛んでしまった。

 

 りょーくんが行った突発的なゲリラライブ。本来生放送に行くはずだった観覧客達の足を止め、敵うはずが無かったテレビ局という企業に対して反抗してみせた。

 

「……どうだ? 立ち上がったら、有益なことがあったろ?」

 

 ゲリラライブを呆然と眺めていたアタシ達を見つけたりょーくんは、やはり変わらぬ無表情でそう言った。

 

 アタシが恋に落ちたのは、きっとその瞬間。笑顔を向けられた訳でも、直接慰められた訳でもない。決して屈せず立ち止まることの無かったその強い意志を好きになったのだと思う。

 

 お互い駆け出しではなくなり、頻繁にテレビ出演やライブ活動などを行うようになってからは頻繁に交流するようになった。常に変わらぬ無表情にも関わらず発言とノリは意外にも軽く、アイドルであるにも関わらずアタシ達の胸の大きさについて弄ってくることまであった。そのギャップに思わずキュンとしてしまい、胸の大きさを褒められて嬉しくなってしまう辺りアタシも相当惚れこんでしまっている。

 

 

 

 しかし、そんなりょーくんも時折寂しそうな雰囲気を醸し出すことがある。

 

 

 

 ふと気付くとボーッと空を見上げている時があるのだ。麗華は「どうせ何も考えてないわよ」と言っていたが、アタシはそうは思わない。決して変わらぬ無表情と軽い発言に隠れて気付かないだけで、人に言えない何かを抱えているような気がしてならないのだ。

 

 りょーくんの力になりたい。りょーくんの抱えているものを、アタシも一緒に抱えてあげたい。そういう関係になれることを、アタシは望んでいる。

 

 

 

 アタシ、朝比奈りんは恋をしている。

 

 

 

 憧れであり、目標である周藤良太郎という男の子に。

 

 

 

 この思いを胸に秘め、いつの日にかきっと……。

 

 

 

 

 

 バタン

 

 リョウの楽屋を後にして、わたし達は関係者以外立ち入り禁止の廊下を歩く。もちろん今のわたし達は関係者ではないので本来ならば立ち入り禁止なのだが、ここのスタッフのほとんどと知り合いの上、大体のスタッフはわたし達がリョウと交友があることを知っている。故にこうして堂々と歩いていても何も咎められないのだ。

 

「それにしても、何で言わなかったの麗華」

 

「……何のこと?」

 

「もちろん、これよ」

 

 そう言ってりんが取り出したのは、一枚のチケット。わたしと麗華も持っているそれは、今日これから行われるリョウのライブのプレミアムチケット。元々わたし達はリョウのライブの観覧が目的で今日こうしてやってきたのだ。あの菓子折りは本当に陣中見舞いのためのものであり、竜宮小町の記事の話こそがついでの話。

 

「麗華も素直に応援したらいいのに」

 

「煩いともみ! 絶対に何があろうともあいつだけは応援してやんないんだから!」

 

 我らが『魔王エンジェル』のリーダー様は頬をわずかに赤く染め、羞恥を誤魔化すように大声を出す。周りのスタッフが何事かと視線を向けてくるので、何でもないですと手を振っておく。

 

「もー、りょーくんの何が不満だって言うのよー。麗華だってりょーくんに感謝してるんでしょー?」

 

「感謝なんかしてない! アイツがいなくたって私達はここまでこれた!」

 

 麗華とりんは足を止め、額をぶつけるぐらい顔を近づけて睨みあう。廊下のど真ん中で言い争っているので、行き交うスタッフが少し邪魔そうに、それでいて触らぬ神に祟り無しと言わんばかりに避けて歩いていくので、わたしは申し訳ないですと頭を下げる。

 

 

 

 二人は隠しているつもりのようだが、わたしは二人がリョウに対して特別な感情を抱いていることに気付いている。

 

 

 

 まぁ、普段からあれだけ露骨な態度を取っているのだ。少し長い時間一緒にいるわたしが気付かないはずが無い。最も、麗華とりんはお互いに気付いていないのが若干滑稽である。

 

 わたしはというと……正直、よく分からない。

 

 元々わたしは、大きな騒ぎやらそういう事柄が苦手だ。アイドルを始めたきっかけも、幼馴染である麗華とりんに押し切られてしまった結果であり、自分から進んでなりたいと言い出したわけではない。きっと二人に誘われていなかったら、わたしは何事も無い静かな人生を過ごしていたことだろう。もちろん今では真剣にアイドルの活動を行っているし誇りもある。

 

 だから四年前のあの日、わたしは二人ほどショックを受けていなかった。元々わたしの心は他の人よりも冷たく熱くならず、リョウが行ったゲリラライブも感動はしたが、二人のように強く心を囚われた訳ではない。二人を立ち直らせてくれたことに対しては感謝しているが、それ以上の特別な感情を持ち合わせていない。

 

 

 

 けれど、わたしは四人でいる時間が心地よいと感じている。

 

 

 

 リョウが無表情に軽口を叩き、麗華が反応して怒り、それを見てりんが笑っている。そんな三人と一緒にいられるだけで、わたしは心が暖かくなる。きっとこの感情は、尊敬や恋などといったものではなく、もっと簡単で、もっと単純な原始的な感情。親しい人の側にずっといたいという、安らぎを求める動物としての本能。

 

 面倒事は遠慮したいが、それでもこの三人のためなら少し頑張ってみようと思う。

 

 

 

 わたし、三条ともみは静かに暮らしたい。

 

 

 

 けれど、今こうして四人でいる時間は悪くないと思っている。

 

 

 

 願わくば、少しでも長くこの時間が続きますように……。

 

 

 




・周藤良太郎は笑わない。
・東豪寺麗華には夢がある。
・朝比奈りんは恋をしている。
・三条ともみは静かに暮らしたい。
良太郎とりんのフレーズが先に思い浮かび、「アレ何かこれジョジョっぽい」と思ったのがきっかけ。結果、麗華・ジョバーナと吉良ともみが完成してしまった。

・「表情筋の動かし方を母親のお腹の中に忘れてきた」
それでいいのかアイドル。

・周藤良太郎は日本のアイドルの頂点に立つ存在である。
物語が始まったと思ったら既に主人公はナ○・スプリングフィールドよりもビッグネームだったでござる的な。

・『幸福エンジェル』
『魔王エンジェル』の前身。設定では憧れていた『雪月花』というグループに裏切られたことがきっかけで闇墜ちしたが、この小説では違う理由での改名。

・『日高ジャック事件』
嫌な……事件だったね……。当然オリジナル設定。舞さんだったらこれぐらい平気でやってそう。

・『一文字で鬼、二文字で(ry
実はこのフレーズが作りたいがために主人公の名前は五文字にさせられたという裏話。

・『覇王』
厨二乙。

・いひひっ
りんが「いひひっ」で伊織が「にひひっ」なので間違えないように。ここテストに出ます。

・恋する少女朝比奈りん
りんちゃんマジ乙女。腹黒なりん? りんちゃんのお腹は白くてスベスベですよ。(妄想)

・胸のサイズを弄る主人公
本当にそれでいいのかアイドル。

・時折寂しそうな雰囲気を醸し出すことがある。
(アニメの最終回見逃した上に録画してなかった……)

・元々わたしは、大きな騒ぎやらそういう事柄が苦手だ。
なんかそういうイメージ。元々CVみのりんだし。



一話二話連続投稿。ヤローが考える女の子の心理描写なんてこんなもんだよ!

とりあえず次回は765プロのアイドルが登場予定。


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Lesson03 765プロ

書きあがったので即投稿。更新ペースが早いのはきっと今だけ。
調子がいいうちに出来るだけ多くのお気に入り登録を……!!

Q 主人公の容姿はどんなの?

A 特に決まってないので、皆さんが無表情でもアイドル出来そうな顔を想像して当てはめていただけたらなと考えています。


 

 

 

 ライブは間違いなく大成功と呼べる盛り上がりを見せた。全力で歌い踊るのはやはり気持ちがいい。プレミアムチケットの席に『魔王エンジェル』の三人娘を発見した時は驚いたが、感謝を込めて投げキッスをしておいた。

 

 ライブ終了後、三人からのメールを受信していた。

 

 麗華からは『コ○ス』というシンプルな脅迫メール。ツンデレも大変結構なのだが、四年の付き合いになるんだしもうそろそろデレの部分を見せてくれてもいいんじゃないかとお兄さんは思うんですが。……ホントに嫌われてるとかはないよね? 『イキル』と返しておいた。

 

 りんからは『今度オフが重なったら遊びに行こう』というお誘いメール。俺もあいつらもなかなか忙しい身だが、その場合俺の方が都合を合わせればいい。プロダクションに所属しないフリーアイドルはこういう風に身軽な点が素晴らしい。その分兄貴が大変になるのだが。『兄貴にオフの予定を合わせてもらうからそっちのオフを教えてくれ』と返しておいた。

 

 ともみからは『次はわたし達のライブにも来てね』というりんとは別のお誘いメール。三人娘の内ともみとだけ若干の距離を感じるのだが、ライブに来てくれるしこうして向こうのライブに誘ってくれるのだから悪い仲ではないだろう。『シリアルナンバー付きプレミアムチケット手に入れて行くぜ!』と返しておいた。

 

 

 

 ちなみに後日自宅にシリアルナンバー1のプレミアムチケット(三人娘のサイン入り)が届くことになる。ファンが見たら『こ○してでも うばいとる』を選択されるんじゃなかろうかと、若干素手で触ることを躊躇ってしまったのは全くの余談である。

 

 

 

 閑話休題。

 

 とある休日の昼下がり。俺はケーキの箱を手に街を歩いていた。目的はもちろん、この前言っていたように765プロへ激励をしに行くためである。午前中のレッスンを終え、予約しておいたケーキ(人数が多いので各種二個ずつ用意)を両手に抱えて765プロを目指す。

 

 ケーキの箱を二つ抱えると言う目立つ姿で街中を歩いていれば他の人に身バレしそうだが、そこは心配無用。俺には『伊達眼鏡をかけて帽子を被ると何故か誰にもバレない』という不思議能力が備わっているのだ! ちなみに親しい人には一発でバレるのだが、そう言う人は俺に気付いても騒がないので問題ない。

 

「確認確認っと」

 

 バス停のベンチに腰を降ろし、荷物を置いて地図を書いたメモを取り出すのだが。

 

「っ!? ……あっ!?」

 

 突然吹いた風にメモを攫われてしまう。とっさに手を伸ばしたが間に合わず、メモは遠くに飛んで行ってしまう。

 

 しかし。

 

「ほっと!」

 

 突如現れた少女が、ジャンプしてメモを捕まえてくれた。

 

「はい。気をつけなきゃダメだぞ」

 

 そう言いながら俺にメモを差し出してくる少女。その姿には見覚えがあった。黒髪のポニーテールに、小麦色に焼けた健康的な肌、笑う時にチラリと覗かせる八重歯、沖縄交じりの独特なイントネーション。そして何より、小柄な体躯らしからぬ、りんには及ばないがともみには勝る見事な大乳。

 

「もしかして……我那覇(がなは)(ひびき)?」

 

 昨日予習した765プロ所属のアイドル、我那覇響だった。

 

「お! 自分のこと知ってるのか?」

 

 いやぁ自分も有名になっちゃったな~とテレテレ笑う姿が大変微笑ましくて心の中ではニヤニヤ笑いっぱなしである。こういう時自分の無表情に感謝。

 

 そんな時、心の中にヒョッコリと悪戯心が芽生えた。

 

「丁度良かった。765プロの高木社長に頼まれてケーキを届ける予定だったんだ。もしよかったら事務所まで案内してくれるかな?」

 

「ケーキ!? もちろんオッケーだぞ!」

 

 俺の脇に置かれたケーキの箱を見るなり目を輝かせ、響ちゃんは快諾してくれた。俺の言葉に全く疑いを持っていないことが若干の不安である。変な人に騙されないか心配だ。今から騙そうとしている人間の言葉じゃないが。

 

「ありがとう。それじゃあ行こうか」

 

「あ、自分も一つ持つぞ」

 

「女の子に荷物を持たせるわけにはいかないよ。大丈夫、落とさないからさ」

 

「……分かった。でも気を付けるんだぞ」

 

「了解」

 

 見ず知らずの人間にも関わらず、随分と優しい子である。改めて何でこんないい子が未だに売れてないんだろうか。

 

 てなわけで現役アイドル(俺もだが)に道案内を頼み、765プロへと向かう。

 

 

 

「それにしても凄い量のケーキだけど、何かお祝いでもするの?」

 

 途中、そんな話を振ってみる。

 

「んー、何か大事な話があるから午後は全員集合ってピヨ……事務員さんが言ってた気がするぞ」

 

 一応高木さんには今日自分が行くことを伝えておいたのだが、どうやら高木さんはそれを所属アイドルには伝えていないらしい。

 

 なるほど、これは社長公認でサプライズしろという前振りですね分かります。ならばこの周藤良太郎、全力を持ってサプライズを完遂してみせようじゃないか!(使命感)

 

「あ、竜宮小町が凄い頑張ってるから、もしかしたらそのお祝いかも!」

 

「あぁ、なるほどね。確かに、最近すごい勢いで人気が出てるみたいだし」

 

 まぁ元々頑張ってるりっちゃんや所属アイドル全員の激励が目的だから、その考えもあながち間違いとは言えない。

 

「いつか自分も、竜宮小町の三人みたいに売れっ子になるんだ。今はまだ気付かれても兄ちゃんみたいにリアクションが薄いかもしれないけど、今度会った時は無茶苦茶驚かせてやるんだからな!」

 

 タタッと小走りに前に出ると、その場でクルリとターンを決めると、ビシッと俺に人差し指を向けてきた。

 

 どうやら俺が表情を一切崩していないことが気になっていたようだ。

 

「あぁ、期待してる」

 

「むー、全然そんな顔してないぞ!」

 

「してるしてる。ちょーしてる。今の国会と同じぐらい期待してる」

 

「自分、それについてコメントしたら色々と不味い気がするぞ……」

 

 ヤダナーチョーキタイシテルヨーメッチャキタイシテルヨー。ハヤクハツデンショナントカナンナイカナー。

 

 

 

「着いたぞ!」

 

 響ちゃんの声に視線を上げる。『たるき亭』と暖簾がかかった定食屋の上、小さなビルの三階のガラスにガムテープで張られた『765』の文字。これが765プロダクションの事務所か。

 

「こんなにたくさんケーキが届くなんて知らないから、きっとみんな喜ぶぞ」

 

「それは運んできた甲斐があったね」

 

 ケーキケーキとスキップしながら階段を駆け上がる響ちゃんの後を追って階段を上がる。姿は見えないが「みんなー! ケーキが届いたぞー!」という声が聞こえてくる。

 

 階段を上りビルの二階へ。開け放たれたままの扉を潜り、俺は765プロに辿りついた。

 

 

 

 

 

「ケーキッ!?」

 

「え、ケーキ?」

 

「どうしてケーキ……?」

 

「小鳥さんが言ってた大事な話と関係あるのかな?」

 

 自分がケーキが届いたことを伝えると、事務所にいた全員が反応した。みんな嬉しそうではあるが、理由が分からず訝しげである。

 

 そうこうしている間にケーキ屋の兄ちゃんが事務所に入ってきた。

 

「こんにちはー。ご注文のケーキをお届けにあがりましたー」

 

「ひ、男の人……!?」

 

「雪歩落ち着いて、大丈夫だから」

 

 ケーキ屋の兄ちゃんに早速雪歩が怯えていた。まぁ全く表情が動かないから怖がるのも無理ないが。

 

「ケーキなんて頼んだ記憶……え?」

 

 凄く不思議がっていたピヨコだったが、何故かケーキ屋の兄ちゃんの姿を見るなり目を見開いた。

 

「ご無沙汰してます。ご注文のケーキをお届けに上がりました」

 

「……あ、あぁ~! そういうことですか! 分かりました」

 

 どうやらピヨコとケーキ屋の兄ちゃんは知り合いだったようで、ご苦労さまです、と楽しそうに話しかけていた。

 

 一方みんなは机に置いたケーキにワラワラと群がり、一体どんなケーキなんだとかどうしてケーキなんだとか話し合っている。

 

「何か、凄く高そうなケーキだけど……」

 

「プロデューサーさん、このケーキのこと知ってたんですか?」

 

「いや、俺も何も聞かされてないよ」

 

 どうやらプロデューサーも知らないらしい。

 

「いやぁ、久しぶりだね! 話はよく聞いているが、こうして元気な姿が見れて嬉しいよ!」

 

「お久しぶりです、高木社長」

 

 今度は社長がケーキ屋の兄ちゃんに話しかけていた。社長とも知り合いなのか?

 

「社長、こんな高そうなケーキ、一体どうしたんですか?」

 

「あ! もしかして竜宮小町のヒットお祝い!? 社長ってば布団腹~!」

 

「真美、それを言うなら太っ腹よ」

 

「いやいや、実はこのケーキは私が用意したものではないんだよ」

 

 え? だってさっきケーキ屋の兄ちゃんが『高木社長に頼まれて』って……。

 

 視線をケーキ屋の兄ちゃんに向けるが相変わらずの無表情でそこから何も読み取ることは出来なかった。

 

「頑張っている竜宮小町や君達を激励したいと言ってくれた知り合いがいてね。その人が頼んでくれたケーキなんだ」

 

「わ、私達もですか?」

 

「嬉しいですー!」

 

「社長、一体どなたなんですか? その知り合いって……」

 

「それは全員揃ってから……っと、帰ってきたみたいだね」

 

 社長に釣られて視線を入口に向けると、四人の声が徐々に近づいてきているのが聞こえた。

 

「ただいま戻りました~」

 

「あー疲れた」

 

「たっだいまー!」

 

「こら亜美! まだ話は終わってないわよ!」

 

 仕事から戻ってきた竜宮小町と律子の四人だった。どうやらまた亜美が何かしたらしく、随分と律子はお冠のようだ。

 

「あ、何々!? ケーキじゃん!」

 

「亜美!」

 

「まぁまぁ律子君、少し落ち着きたまえ」

 

「ですが社長! ……え?」

 

 突然律子は言葉を止めて呆気に取られたような表情になった。その視線の先には、またしてもケーキ屋の兄ちゃん。その兄ちゃんは律子の視線に気付くと右手をピッと上げた。

 

「よう、りっちゃん。おひさー」

 

「な、な、何で!?」

 

 無表情の割には随分とフランクな挨拶をするケーキ屋の兄ちゃんに、律子はひどく驚いていた。またしてもケーキ屋の兄ちゃんと知り合いのようだ。

 

「どうしたの律子さん、いきなり大声出して」

 

「あの兄ちゃんがどうしたのー?」

 

「あ! もしかしてりっちゃんの彼氏とかー?」

 

 全員の視線がケーキ屋の兄ちゃんに向けられる。……もしかして、兄ちゃんはケーキ屋の人じゃないとか?

 

「さて、全員揃ったようだね。それじゃあ紹介しようか」

 

 社長がそう言うと、兄ちゃんは付けていた眼鏡と帽子に手を掛けた。

 

 

 

「……え?」

 

 眼鏡と帽子が取り払われ、兄ちゃんの素顔が露わになる。無表情は相変わらず変わらないが、その顔はよく知っているものだった。というか、ここにいる全員が知らないわけがない顔だった。

 

 

 

「今回、765プロダクションを激励するためにわざわざやって来てくれた――」

 

 

 

 アイドルである以上、一度はその名前を聞き、一度は憧れる存在。

 

 

 

「周藤良太郎君だ」

 

 

 

 アイドル界の生きる伝説、周藤良太郎がそこにいた。

 

 

 

『えええええええええええええ!!!??』

 

 

 




・三人娘からのメール
前回に引き続き、主人公と三人の関係性を表す1シーン。

・プロダクションに所属しないフリーアイドル
オリジナルの事務所 → オリキャラが増えすぎる。
既存の事務所 → 登場キャラが偏りそう。
DSで夢子ちゃんやサイなんとかさんがフリーだったようなので採用。

・「こ○してでも うばいとる」
アイスソード

・『伊達眼鏡をかけて帽子を被ると何故か誰にもバレない』という不思議能力
たぶんアニメのはるかっかもこの能力を持ってると思う。

・我那覇響
南国動物ガール。ハム蔵はたぶん事務所にいると思う。

・りんには及ばないがともみには勝る見事な大乳
結局最後はそこに行き着く主人公マジおっぱい魔人。

・チョーキタイシテルヨー
この小説は社会派小説です(キリッ

・765プロのアイドルのみなさん
次回が765プロの紹介回になるので意図的に名前を伏せるように書いたが、ちゃんと書き分けられてるかが超不安。

・アイドル界の生きる伝説
主人公の黒歴史にまた新たな一ページ……。



765プロでの激励会のための導入部のためネタは少なめ。主人公+アイドル12人+4人を動かさなくちゃいけない次回以降が地獄やで……。


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Lesson04 765プロ 2

日間ランキング 1位
ファッ!?(驚愕)

珍しく日付が変わる前に寝たから世界線を間違えたかと思った12月2日の朝のことでした。
今までもネット小説はちょくちょく書いていましたが、ここまで評価されたのは初めてです。本当にありがとうございます。

書き忘れてましたが、現在の時間軸はアニメ第六話後の話となっております。

あと感想でご指摘を受けたのでside表記を外してみました。


 

 

 

 ドッキリ大成功! イエイ!

 

 

 

『えええええええええええええ!!!??』

 

 

 

 ……耳を塞ぎそこなったおかげで俺の鼓膜にダイレクトアタック。みんなアイドルやってるだけあって良い喉してるよ。

 

「す、周藤良太ろ、きゃあ!?」ドンガラガッシャーン

 

「……!?」

 

「え、えっと、お、お茶、お茶入れないと……!!」

 

「雪歩落ち着いて! まずは冷静にサイン貰わないと!」

 

「亜美、これ夢じゃないよね!?」

 

「真美こそ、これ夢じゃないよね!?」

 

「す、すごいです……!」

 

「ほ、本物……!?」

 

「あ、あら~……」

 

「け、ケーキ屋の兄ちゃんじゃなかったのか!?」

 

「面妖な……」

 

 以上765プロのアイドルの皆さんのリアクション。いやぁ、これだけ驚いてもらえると驚かし手として冥利に尽きるね。というか、一人何も無いところですっ転んでる子がいるけど大丈夫だろうか。……あれ? 十一人?一人足りないような気がする……。

 

 みんなが呆然としている中、いち早く立ち直ったりっちゃんが凄い剣幕で詰め寄ってきた。

 

「な、何で良太郎がここにいるのよ!?」

 

「だから激励のためだって言ったじゃないかりっちゃん」

 

「りっちゃん言うな!」

 

「トレードマークのエビフライが無くなるまで頑張ってたなんて……今まで気付いてやれなくてゴメンな」

 

「誰の頭がエビフライか!」

 

「今ではすっかりパイナップルになっちゃって……」

 

「人の頭を食べ物で例えるな!」

 

「頭? いや、今のはおっぱいの話で……」

 

「天誅!」

 

 ズドムッという音と共に重い一撃が肋骨の下から肝臓を持ち上げるように突き刺さる。一応こちらがアイドルだと言うことを考慮しての腹部への攻撃なのだろうが、その優しさがあるなら攻撃をしないという選択肢を是非とも選んでほしかった。

 

「てか、現役の頃より威力上がってないか……?」

 

「プロデューサー業もアイドルと同じぐらい大変だってことよ。そういうアンタも、何で今の一撃貰って平気そうなのよ」

 

「いや、見てよこの脂汗。今にも倒れそうなぐらい辛いんだけど」

 

 それでも辛うじて立ってられるのは麗華に殴られ慣れてるからだろう。きっと日本で一番腹パンされてるアイドルなんだろうな、俺。

 

「って律子さん何してんのさ!?」

 

「あ、相手は周藤良太郎なんだよ!?」

 

 ようやくショックから立ち直った子たちが慌てた様子で律子の両腕を抑えにかかる。

 

「あー、別に気にしなくていいよ。スキンシップの一環だから、これ」

 

「え? す、スキンシップ……ですか?」

 

「えっと、思いっきり殴られてましたよね?」

 

「世の中には肉体言語ってものがあってだな」

 

「うちのアイドルに変な言葉教えないでくれる?」

 

 

 

 そんな話し合い(物理を含む)を経て、ようやく全員落ち着いたようだ。

 

「改めて。周藤良太郎です。よろしく」

 

「以前律子君がアイドル活動をしていた時に交流があってね」

 

「今回りっちゃんがプロデュースした竜宮小町が頑張ってるって聞いて激励に来たってわけ」

 

「え、律子さんアイドルやってたんですか!?」

 

「真美達そんな話聞いてないよー!」

 

「そうだよー! しかもあの良太郎と知り合いだっての何で黙ってたのさー!」

 

「い、言う必要なかったからよ」

 

 りっちゃんの意地悪~、と双子の二人に両側からウリウリと頬をつつかれていた。

 

「ホント元気そうで何より。いきなり引退した時は心配したんだぜ?」

 

 本当にいきなりだったから逆に理由とか聞けなかったし。

 

「……何も言わなかったのは、悪かったわよ。……ごめん」

 

 ……おぉ。

 

「赤くなってるりっちゃんマジペロペロ」

 

「あんたがそんなんだから言いたくなかったのよ!!」

 

「だから律子さん落ち着いて!」

 

「仲が良いのはわかったけど周藤良太郎殴るのは不味いって!」

 

 ハッハッハ。麗華は弄りすぎて慣れちゃった感はあるけど、りっちゃんはまだまだ弄りがいがあるなぁ。

 

「まぁりっちゃん弄りはまた今度ということにしておこう。今日アイドルのみんなの激励でもあるんだから」

 

 また今度ってどういうことよ! と叫ぶりっちゃんは置いておいて、竜宮小町の三人に向き直る。

 

「竜宮小町の水瀬(みなせ)伊織(いおり)双海(ふたみ)亜美(あみ)三浦(みうら)あずささん……だね」

 

 俺が視線を向けると、三人はビクッと体を震わせて背筋を伸ばした。

 

「そんなに強ばらなくても。あずささんは年上なんですし」

 

「い、いえ~、いくら年上だからって、芸歴でも人気でも良太郎さんの方が大先輩ですし~……」

 

「基本的に年功序列がモットーなので、年上には敬語を使うだけですよ。俺は芸歴とか特に気にしないんで」

 

 だから新人が調子に乗って突っかかってきても基本的に気にしないよ? 勝手に競って勝手に打ちのめされてくだけだし。

 

「え、えっとじゃあ……良太郎くん、でいいのかしら?」

 

「もちろん。年上の綺麗で可愛いお姉さんになら大歓迎ですよ」

 

「そんな、綺麗で可愛いだなんて……!」

 

 恥ずかしそうに身を捩らせるあずささん。……写真でも見たけど、やっぱりデカイ(迫真)。他の二人が小乳だから、余計にデカく見える。これはりんをも超える大乳やでぇ……!

 

「……私も年上なんだけど」

 

「そういう説もある」

 

「事実よ!」

 

「はいはいりっちゃんは後回し後回し!」

 

「次は亜美とついでに真美の番だよー!」

 

 再び詰め寄ってこようとするりっちゃんを遮るように、二人の少女が目の前に飛び出してくる。同じ顔の二人、双海亜美と双海真美(まみ)だ。

 

「というわけで!」

 

「亜美です!」

 

「真美です!」

 

「「亜美真美でーす!!」」

 

 よろしくお願いしまーす! と二人でポーズを決める双海姉妹。アイドルの自己紹介というよりは若手芸人の挨拶のように感じてしまった。

 

「元気一杯でなによりだ」

 

「ねぇねぇ、りょーにーちゃんって呼んでいーい?」

 

「ん、好きに呼んでくれて構わないぞ」

 

 『にーちゃん』ってのはまた新鮮な呼び方だな。愛ちゃんは『りょーおにーさん』だし。

 

「じゃありょーにーちゃん、りょーにーちゃんはりっちゃんと恋人同士だったりするの?」

 

「ちょっと亜美!?」

 

 おっと、これはトンだ爆弾が飛んできたな。しかしこれぐらいの爆弾なら慣れっこさ!

 

「いやいや、俺とりっちゃんはそんな簡単な関係じゃないさ。そう……しいていうならカレーライスとらっきょうの関係!」

 

「おお! なくてはならない関係ってこと!?」

 

「ただ最近は福神漬けに走ってしまったため、りっちゃんはおざなりになってしまっていたのだよ……」

 

「そんな……可哀想だよ、らっきょうに全然会いにこないなんて!」

 

「カレーライスには絶対りっちゃんだよ!」

 

「だからこそ、今日はカレーライスにりっちゃん……いや、らっきょうに会いに来たんだ!」

 

「あんた達三人はもうちょっと自分の言葉を整理してから話しなさい!」

 

 多分この場合、福神漬けは髪の色的にも麗華に間違いない。

 

 ふむ、この双子とはなかなか波長が合う。今後とも仲良くやれそうだ。

 

(ギリギリギリ……!)

 

「わわ!? 律子さんが人様にお見せできない凄い形相に!?」

 

「落ち着いて! 三人共律子が大好きなだけだから!」

 

 さて、それじゃあ竜宮小町最後の一人かな。

 

「………………」

 

 おっと、何か既に警戒されてるご様子。ウサギのぬいぐるみを隠すようにして抱き締めながらジト目でこちらを睨んでいる。取らないって。

 

「竜宮小町のリーダーだよね。どう? 『こちら側の世界』に足を踏み入れた感想は」

 

「……っ!?」

 

 伊織ちゃんは再び体を震わせる。数瞬視線が宙を泳いだが、キッと睨むように再び視線をこちらに向ける。

 

 

 

「す、周藤良太郎だろうが何だろうが、絶対に負けないんだからっ!」

 

 

 

 そして大きく息を吸うと、叫ぶようにそう言い放った。

 

 

 

 

 

(言っちゃった……!)

 

 叫ぶように言った直後、思わずそう思ってしまった。本心に間違いはないのだが、それでも激しい後悔に苛まれる。

 

 周藤良太郎。あの伝説のアイドル日高舞の再来と称される、正真正銘のトップアイドル。テレビで初めてその姿を見て、これがアイドルなのかと感動した。アイドルを目指すようになり、いつかこうなりたいと目標にするようになった。今日実際に会ってみて、こんなのが周藤良太郎なのかと軽く失望した。

 

 そして目の前から声をかけられて……その存在に恐怖した。

 

 アイドルという同じ立場になったからこそ分かる迫力と威圧感。表情から何も読み取ることが出来ず、ただ自分を見ているという事実だけで震えが止まらない。

 

 

 

 敵わない。そう本能的に悟ってしまった。

 

 

 

(……何を考えてるの、私は!)

 

 アイドルになると決めたとき、誰にも負けないと心に誓った。

 

 『こちら側の世界』に、私はまだ足を踏み入れたばかりなのだ。こんなところで負けを認めたくない。諦めたくない。

 

 だから私は、気がついたら叫んでしまっていた。周藤良太郎に喧嘩を売ったのだ。もう後には引けない。

 

「………………」

 

 周藤良太郎は何も言わず、スッとこちらに手を伸ばしてきた。

 

「っ……!」

 

 何をされるのか分からず、反射的に目を瞑る。

 

 

 

 ポンッ

 

 

 

「……え?」

 

 そんな柔らかな衝撃に、思わず目を開く。

 

 こちらに伸ばされた周藤良太郎の右腕は、私の頭の上に乗っていた。

 

「……いい啖呵だ。その気概を忘れなきゃ、君はきっとトップアイドルになれるよ」

 

 君にはその素質がある。そう言いながら周藤良太郎は二度ポンポンっと頭を軽く叩く。

 

「っ~……!?」

 

 顔から火が出るんじゃないかと思うぐらい熱くなり、慌てて顔を俯かせる。いつもだったら手を退かそうと躍起になるが、それもできない。

 

 自分の全力の言葉をまるで子供の癇癪のように軽くあしらわれたことに腹が立つが、それ以上に嬉しかった。

 

(認められた……!)

 

 正確にいえば認められた訳じゃない。けれど、認められる位置に辿り着くことができると言われたのだ。喧嘩を売った相手に誉められて喜んでしまうとは、不覚以外の何物でもない。それでも、嬉しいと思ってしまった。

 

「あれれ~? いおりん、顔赤いよ~?」

 

「照れてるのかな~!」

 

「う、うるさいうるさいうるさ~い!!」

 

 

 

 

 

「……ありがとう」

 

「何が?」

 

「伊織、初めてのリーダーでちょっと気負ってたのよ」

 

「さてさて、何のことやら」

 

「こんな時じゃないとお礼なんか言ってやんないんだから、素直に受け取りなさい」

 

「……じゃ、お言葉に甘えて。ら……りっちゃん」

 

「あんた今らっきょうって言おうとしたわけじゃないわよね?」

 

 

 




・あれ? 十一人?
「……なの~……zzz」

・今ではすっかりパイナップル
あずささんがスイカで貴音がメロン。
千早? 板チョコじゃないっすかね。

・肋骨の下から肝臓を持ち上げるように突き刺さる。
まっくのうち! まっくのうち!

・日本で一番腹パンされてるアイドル
???「可愛いボクをお呼びですか?」

・肉体言語
由緒正しき魔法少女の言語。「サブミッションこそ王者の技よ!」

・これはりんをも超える大乳やでぇ……!
作中一のデカさ。ちょくちょく引き合いに出されるりんはそれだけ良太郎の一番身近の大乳持ちだということ。

・愛ちゃん
日高愛。DS版のアイマス『Dealy stars』のメインキャラ。セーブするよー!!
この子と知り合いということは既にあの方とも知り合いというわけで……。

・カレーライスとらっきょうの関係
「鼻水がない○ーちゃんなんて、福神漬けのないカレーライスと同じなんだぞ!」
「福神漬けがないなららっきょうを食べればいいだろ!」
という某五歳児の会話が元ネタ。
ちなみにこれを書いた日の夕飯がカレーでびっくりした。

・おっと、何か既に警戒されてるご様子。
「いおりんが こちらを ジトめでみているぞ!」
くぎゅううううううううううううううう

・水瀬伊織は恐怖する。
ちょっとしたシリアスシーン。ちなみに何故伊織だけがこんなに威圧されてしまったのかというと、最初から喰ってかかるつもりがあると、良太郎の無表情から勝手に威圧感をアイドルとしてのカリスマから感じ取ってしまうという、重要そうにも関わらずたぶん本編でそんなに使われないであろう裏設定。



とりあえずりっちゃん+竜宮小町+真美はクリア。こんな感じで各個クリアを目指していこう。


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Lesson05 765プロ 3

卒業研究発表と就職試験が(終わってないけど)終わったよー!

というわけで久々に更新。

これからはもう少し頻繁に更新……出来たらいいなぁ。


 

 

 

 伊織ちゃんは双子にからかわれ、真っ赤になりながら追いかけていってしまった。

 

 これで一先ず最初の目標だったりっちゃんと竜宮小町の激励は済んだわけだ。

 

「さぁさぁ、いつまでも立ち話もあれだろう。せっかくソファーがあるんだから、座りたまえ良太郎君。今日はゆっくり出来るのだろう?」

 

「はい。午後から一日オフなんで」

 

「みんなも良太郎君と話したいだろうが、時間はあるんだ。一息付こうじゃないか」

 

 はーい、と全員が賛成したところで音無(おとなし)小鳥(ことり)さんに背中を押される。

 

「ささ、お客様はソファーにどっかりとどうぞ!」

 

「じゃあ、お言葉に甘えまして」

 

 実はりっちゃんのレバーブローがジワジワ効いてて立ってるのが辛かったんだよね。

 

 勧められるままにソファーに向かい、座ろうとする。しかし、どうやら先客がいたようだ。

 

 

 

「……なの~……zzz」

 

 

 

「み、美希!?」

 

「大人しいと思ったら……」

 

 影になっていて気付かなかったが、ソファーでは金髪美少女が涎を滴ながら幸せそうな顔で眠っていた。

 

 765プロで金髪と言えば星井(ほしい)美希(みき)ただ一人なので彼女がそうなのだろう。本当に中学生かと疑いたくなる見事なプロポーション、大乳。ゆったりとした服の胸元から見える谷間が大変ご馳走です!

 

「……全てのおにぎりは……ミキのもの……なの……じーくおにぎり~……zzz」

 

「随分と愉快な夢を見てるみたいだな」

 

 おにぎりの独占とはなかなかの鬼畜。おにぎりが無くなったら世の小学生は遠足のお弁当に何を持っていけばいいと言うんだ!?

 

「サンドイッチとか?」

 

「普通にお弁当箱にご飯詰めればいいじゃない」

 

 それじゃあ、コロコロ転がるおにぎりを追いかけて、お池にはまってさぁ大変……あれ?

 

「混ざってる混ざってる」

 

 兎にも角にも、せっかく765のみんなと交流に来たというのに、一人だけ寝たままっていうのは寂しいものがある。独りぼっちは寂しいもんね。

 

 と言う訳で、ちょっとしたドッキリを敢行することにする。

 

 し~っとみんなに静かにしてもらい、そっと枕元に座り込んで軽く彼女の鼻先に触れる。

 

「……ん~……」

 

 美希ちゃんは軽く身動ぎするが、それでも起きる様子はない。ならば直接声をかけるまで。

 

「美希ちゃん、起きて。起きないと、美希ちゃんのケーキ食べちゃうよ」

 

「……ケーキがないなら……ババロアを食べるの……」

 

 マリー乙。じゃなくて。

 

「ババロアは無いけど、ほら、イチゴだよー」

 

 買ってきたケーキの中からイチゴのショートケーキを取り出し、上に乗っていたイチゴをつまみ上げて美希ちゃんの口元に持っていく。

 

「はい、あーん」

 

「……あ~ん……」

 

 どうやらイチゴの香りに反応したようで、口を開けた彼女の口にイチゴを放り込む。

 

「モグモグ……なの……?」

 

 あ、目が開いた。

 

 イチゴを咀嚼しながら美希ちゃんは眠たそうに目を開く。そして俺の顔を見るなりその目が徐々に大きく開かれていき、ゴクリとイチゴを飲み込んだ。どうやらしっかりと目を覚ましたようだ。顔がイチゴのように真っ赤である。

 

「おはよう。イチゴは美味しかった?」

 

「……っ~……き、きっ……!?」

 

 あ、これはマズい。

 

 

 

「キャアァァァァァァ!?」

 

 

 

 うら若き少女のつんざくような悲鳴が、至近距離から俺の耳の鼓膜を貫いた。

 

 

 

 

 

 

「嫌われちゃったかな」

 

 まだ耳は痛いものの、ソファーに座り自分で買ってきたチーズケーキをつつく。両脇は双海姉妹が陣取り、向かいのソファーには高木さんとりっちゃんとあずささんが座る。座れなかった子達も立ちながらではあるが、思い思いに各々好きなケーキに舌鼓を打っている。

 

 そんな中、美希ちゃんだけが壁の影に隠れながら、真っ赤な顔のままこちらを睨んでいた。

 

 どうやら寝顔を至近距離から覗かれていたことが相当恥ずかしかったようだ。

 

「しかもその相手が周藤良太郎なんだし、ミキミキが恥ずかしがるのも無理ないっショー」

 

「? 何で俺だと無理ないんだ?」

 

「何を隠そう! ミキミキはこの事務所で一番の周藤良太郎ファンなのだー!」

 

 え、そうなの? と視線を向けると、美希ちゃんは更に顔を壁に隠してしまった。……こう言っちゃ大変失礼だが、ああいう初心(うぶ)な反応をするキャラに全く見えなかったので意外である。

 

「りょーにーちゃんのCDは初回限定盤と通常盤の両方買ってるしー」

 

「コンサートのチケットの抽選が外れる度にチョー落ち込んでるしー」

 

「あ、りょーにーちゃんのブロマイドがお財布の中に入ってるの見たよー!」

 

 双子によって次々とバラされ美希ちゃんの顔は既に茹で蛸状態。聞かされてる俺ですら気恥ずかしいのだ、彼女からしたら相当だろう。やめたげてよー!

 

 しかし、ここまで恥ずかしがられると流石に悪いことをしたと思ってしまう。個人的にはちょっとしたジョークのつもりだったんだが。

 

「いや、美希じゃなくても良太郎さんにあんなことされたら誰だってああなると思いますけど……」

 

 そうだろうか? 以前魔王三人娘の楽屋に遊びに行った時、寝ていたりんに小さいチョコレートで似たようなことをしたことがあったが。

 

 

 

 ――も、もう一個食べさせてくれたら起きてあげる。

 

 

 

 と言って再び目を閉じられてしまったし、全員が全員こんな反応をするわけじゃないだろう。ちなみにその後もう一回やろうとしたらともみに止められ、りんは麗華に叩かれていた。

 

 そんなことより、今は美希ちゃんと仲直りすることが先決だ。仲良くなりに来たのに嫌われてちゃ話にならない。

 

「ごめんね、美希ちゃん。どうか仲直りしてもらえないかな」

 

 近寄りつつ手を伸ばす。美希ちゃんは逃げ出しはせず、まだ赤い顔のまま俺の顔と手を交互に見る。

 

「……りょーたろーさんを、嫌いになった訳じゃなくて……ちょっと驚いただけだから……」

 

 まるで小動物のようにオズオズと壁の影から出てきた美希ちゃんは。

 

「……こういうことはもうしないって約束してくれるなら……その、仲直りしてあげてもいいの」

 

 そう言って差し出した俺の手をキュッと握った。握ったと言っても、人差し指と中指に軽く手を添えるだけの、とても遠慮したような握り方だったが。

 

「ん。じゃあ仲直り。これからよろしく」

 

「よ、よろしくお願いしますなの」

 

 いやぁよかったよかった! 年下の女の子に嫌われたままとかお兄さん堪えらんないよ。

 

 また一人、765プロのアイドルと仲良くなったぞ!(テッテレー)

 

 

 

 

 

 

 美希ちゃんと仲直りしたところでケーキパーティー再開。ダメージは回復してきたのでソファーには座らず、立ったままだった子達に話しかける。

 

「えっと……剣崎(けんざき)真琴(まこと)ちゃんだっけ?」

 

「あの……菊地(きくち)(まこと)です」

 

 こいつは失敬。

 

「あの、もしよかったらサインいただけないでしょうか!?」

 

 真ちゃんは凄い勢い(風を切る音が聞こえた)で頭を下げると、色紙を差し出してきた。

 

「ん、それぐらいお安いご用だよ」

 

 何となくそんな気はしてたしねー。

 

 ならば私も私もと詰め寄ってくる少女達全員分のサインを書く。

 

「ってアンタらもかい」

 

「貰えるもんは貰えるときに貰っとく主義なのよ」

 

「今度は別バージョンをもらおうかと!」

 

「いやぁ、そう言えば貰ってなかったことに気づいてね」

 

「す、すいません」

 

 いつの間にか並んでいたりっちゃん、小鳥さん、高木さん、プロデューサーさんの四人にもサインをする。

 

「ありがとうございます! 我が家の家宝にします!」

 

 いや、アイドルのサインを勝手に家宝にしたらご家族の方々が困ると思うんだけど。

 

「ほら雪歩も! せっかく良太郎さんに会えたんだから!」

 

 真ちゃんは自分の後ろに隠れていた少女を前に出す。先ほどからズッとオドオドとしていた少女、会話の内容から萩原(はぎわら)雪歩(ゆきほ)だろう。

 

「……え、えっと……その……!」

 

 後ろ手に何かを隠しているようだが。

 

「せ、折角来て頂いた良太郎さんに……こ、これを……」

 

 お、何かな。雪歩ちゃんはお茶が好きってプロフィールに書いてあったけど……。

 

 

 

「お……お、お茶……と、焼き肉ですぅ~!!」

 

 

 

「焼き肉!?」

 

 え!? どっからこの鉄板出てきたの!?

 

「カルビロースタンハラミ各種取り揃えておりますぅ~!」

 

「ゆ、雪歩が焼き肉を出した!」

 

「し、知っているの、真!」

 

「雪歩はおもてなしにお茶を出す……けれど焼き肉はお茶以上の最高のおもてなしなんだ!」

 

 やべぇ。俺、自分がアレなキャラだってのは自覚してるけど、ここまでついていけないのは初めてだ。

 

 とりあえず焼き肉は美味しくいただきました。

 

 

 

 

 

 

「……美味い」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「よかったね雪歩!」

 

 雪歩が用意した焼肉を食べている良太郎さんから少し離れた位置で私はケーキを食べる。……何処から鉄板を出して、いつの間に用意したのかという突っ込みは止めておこう。

 

 周藤良太郎。日高舞と並んで、私、天海(あまみ)春香(はるか)がアイドルを目指すきっかけとなったアイドルの一人である。きっとこの二人に憧れてアイドルを目指した女の子は私以外にも大勢いるだろう。

 

 私が物心ついた時には既に引退してしまっていた舞さんとは違い、良太郎さんは現在進行形で私の青春を彩っているアイドルだ。デビューした時からずっと憧れていたトップアイドル。

 

 

 

 しかしこうして初めて会ってみて、抱いていたイメージはガラリと変わった。

 

 

 

 無表情から威圧感を感じてしまうが、その言動と行動は同年代の男の子と何ら変わりはなかった。冗談を言ったり、おどけてみたり。……女の子の胸に視線が行きがちだったり。まるでクラスメイトの男子生徒を見ているようだった。

 

「律子さん。良太郎さんって、昔からあんな感じだったんですか?」

 

「ん? あんな感じって? あのいい加減でふざけたむかつく態度のこと?」

 

「あ、いえ、そこまでは……」

 

 イメージが変わったと言えば、律子さんもそうだ。まさかここまで毒を吐く人だとは思いもしなかった。

 

「まぁ、そうね。初めて会った第一声が人の頭見て『いいエビフライですね』だったって言えば理解してもらえるかしら?」

 

「は、ははは……」

 

 キラキラと輝くアイドルとしての周藤良太郎像にヒビが入る。

 

 けれど、何故か幻滅したりはしなかった。寧ろ身近な存在に感じられて少し嬉しかった。

 

「……歌でも踊りでもなく、常に自然体で居続けるのが、アイツの本当の魅力なのかもしれないわね」

 

 そう呟いた律子さんは、呆れたような、嬉しそうな、それでいて寂しそうな複雑な表情をしていた。

 

「良太郎さんのこと、よくご存じなんですね」

 

「……一年以上付き合えば、アイツのことなんかすぐ分かるわよ」

 

 単純なんだから、と言った律子さんはほんの少しだけ顔を赤く染めていた。

 

 

 

「――ええ!? 律子がですか!?」

 

「うん。『次は負けないんだから!』って叫びながら顔真っ赤にしちゃってね――」

 

 

 

「……やっぱりもう一発殴る」

 

「だからダメですって律子さん! 真も話に夢中になってないで止めて!」

 

 

 

 これもきっと仲がいい証拠……だよね?

 

 

 




・本当に中学生かと疑いたくなる見事なプロポーション
冗談抜きでこの子本当に中学生なのかしら……。
巴まみ「信じられないわ」
桐ケ谷直葉「同感ね」

・ジークおにぎり
諸君、私はおにぎりが好きだ。諸君、私はおにぎりが大好きだ。梅干しのおにぎりが好きだ。鮭のおにぎりが好きだ。昆布のおにぎりが好きだ。おかかのおにぎりが大好きだ。ツナマヨのおにぎりが大好きだ。明太子のおにぎりが好きだ。(ここまで書いておにぎりの具を考えるのが面倒くさくなった)

・独りぼっちは寂しいもんね。
杏子のコスプレをした響が思い浮かんだんだが、これは髪形が一緒だったからなのか、それとも何か別のことが引っかかったからなのか……。

・マリー乙
【逆転の】パンがないならケーキ食えばいいじゃんwww【発想】

・「キャアァァァァァァ!?」
始めは「なのー!?」とかにしようかとも考えたが、こっちの方がガチっぽいからという理由で不採用となった。

・美希ちゃんだけが壁の影に隠れながら、真っ赤な顔のままこちらを睨んでいた。
こんな初な美希が見れるのはたぶんこの小説ぐらいですぜ旦那!

・も、もう一個食べさせてくれたら起きてあげる。
あざとい流石りんちゃんあざとい。

・「えっと……剣崎真琴ちゃんだっけ?」
「きゃっぴぴぴぴぴ~ん! キュアソードなりよ~!」

・「焼き肉ですぅ~!!」
雪歩の焼き肉好き設定は実はアケマスの頃から存在。それ以降ほとんど使われていなかったが『生っすかスペシャル05』にてその片鱗を再び垣間見せた。

・……女の子の胸に視線が行きがちだったり。
良太郎さん! バレてますよ!



まだまだ続く765プロ。早くりんちゃん再登場させたいお……。


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Lesson06 765プロ 4

今までちょっと真面目な主人公ばかり書いてたから今の主人公書くのが楽しすぎて困る。

ただちょっと今回は微シリアス。日本語が不自由かもしれないけど許してほしい。


 

 

 

 りっちゃんの愛が痛いなー。愛とは痛みを伴うものだって誰の言葉だっけ。

 

「それにしてもビックリしたぞ。てっきりケーキ屋の兄ちゃんなんだとばかり思ってたから」

 

 フォークをくわえながら響ちゃんが寄ってきた。

 

「そっちの方が面白いかと思ってね。ごめんごめん」

 

「まぁ、別にいいんだけどさー」

 

「響は良太郎殿をケーキ屋さんだと思っていたのですか?」

 

「だって貴音ー」

 

 ん、この銀髪の美人さんは……。

 

「ご挨拶が遅れました。四条(しじょう)貴音(たかね)と申します。以後お見知りおきを」

 

「これはこれはご丁寧に。周藤良太郎です」

 

 ふむ、これまた見事な大乳……。

 

「? あの、わたくしの胸に何か?」

 

「あ、いや、大きいおっぱいだなって思ってただけ」

 

「バカ正直に何言ってるんだ!?」

 

「そうでしたか」

 

「貴音も普通にスルーするなよ!?」

 

「どうしたの、響ちゃん」

 

「響、突然大きな声を出してはいけませんよ」

 

「自分がおかしいのか!?」

 

 貴音ちゃんと普通に会話してただけなのに何故か響ちゃんが凄い困惑していた。

 

「律子助けて! 自分じゃどうにもなんないぞ!?」

 

 響ちゃんはそう言いながら振り返るが、りっちゃんはソファーにぐったりと座り込んでいた。

 

「律子ー!?」

 

「私一人じゃ無理よ……麗華……せめてともみでもいいから……」

 

 連日のプロデューサー業の疲れが出たのだろう。今はそっとしておいてあげよう。

 

 クイクイッ

 

「ん?」

 

 服の裾を控えめに引っ張られ、振り返るとそこにはツインテールの少女が。

 

「えっと、高槻(たかつき)やよいちゃんだね」

 

「は、はい。今日はケーキを買ってきていただきありがとうございます!」

 

 頭を下げる勢いで両腕を振り上げるダイナミックなお辞儀をするやよいちゃん。うむ、元気があって大変よろしい。愛ちゃんと似たタイプだな。

 

「えっと、それでお願いがあるんですけど……私の分のケーキを持ち帰っていいですかー?」

 

「ん? そりゃもちろん構わないけど」

 

 うちに帰ってからゆっくり食べたいのかな? 体細いし、お腹いっぱいで食べきれないとか?

 

「こんなおいしいケーキは初めて食べたので、弟達にも食べさせてあげようかなーって思いまして!」

 

「………………」

 

「えっと、やっぱりダメですか……?」

 

「……ちょっと待って、お土産用に用意するから」

 

 弟達のためとか、何この天使。よーしお兄ちゃん、ポケットマネーで奮発しちゃうぞー! 支払いなら任せろー!(バリバリ)

 

「ええ!? そ、そんな、悪いですよー!?」

 

「いいからいいから。流石に同じところのは直ぐに用意出来ないけど」

 

 てなわけで知り合いのケーキ屋に頼んでケーキを用意してもらうことになった。持つべきは友人である。

 

「ほ、本当にありがとうございます!」

 

「先輩だしこれぐらいはね」

 

 お仕事沢山貰えるから貯金も結構貯まってるし。男の貯金は女の子のためにばら蒔くもんだってじいちゃんが言ってた。

 

 

 

 

 

 

「あの、少しいいでしょうか」

 

「ん?」

 

 双子にせがまれたのでりっちゃんの昔話をしていると、今度は青髪の少女が声をかけてくる。この薄いむ……線は。

 

如月(きさらぎ)千早(ちはや)ちゃんかな」

 

「はい。不躾ではあるのですが、周藤さんにお願いがあります」

 

「ふむ」

 

 俺にお願いねぇ。テレビ局やレコード会社のお偉いさんから独占契約の話とか色々あったけど、まぁいくら何でも彼女は違うだろう。

 

「とりあえず聞こうか」

 

「はい。私達のレッスンを見ていただきたいんです」

 

「……見るだけ?」

 

「見ていただいた上で、是非ご指導をいただけたらと」

 

 ご指導ね。真面目な子だなぁ。向上心があることは大変いいことだ。

 

「ごめん無理」

 

 まぁ無理なんだけど。

 

「っ……それは、私達が評価するに値しない、ということですか?」

 

 おっと、悪意的に捉えられちゃったかな。睨まれちった。

 

「勘違いしないでくれ。俺は評価できるほど君達をまだ知らない」

 

 今日訪れるにあたってある程度の予習はしてきているが、あくまでプロフィールを読んだ程度だ。

 

「それに、俺は自分の技術を他人に教えることが出来ない」

 

「どういうことですか?」

 

「そのままの意味。俺はほとんど頭で考えない。感覚だけで歌って踊るから、これを言葉にして伝えることが出来ないんだ」

 

「そう……ですか」

 

 俺がそう言うと、千早ちゃんはずいぶんと暗い表情になった。

 

「……教えることは出来ないけど、一緒のレッスンを受けさせてあげることなら出来る。そこから勝手に何かを盗めるなら……別にいいよ」

 

「! 受けます!」

 

 おおう、食い付き凄いな。

 

 じゃあ私も私もと再び群がってきた少女達相手に、今度一緒にレッスンを行う約束をする。また兄貴にスケジュール合わせて貰わないとなぁ。

 

 ……ただ、一つだけ気になることが。

 

 如月千早。なんというか……薄い。いや、胸とか体つきとかそういう物理的な意味じゃなくて。

 

 誰よりも上を目指そうとする意志は強い。想いも強い。

 

 

 

 けれど、薄い。

 

 

 

 彼女からは向上心は感じられるがその先が感じられない。彼女のように薄く『敗れて』しまった少女達は何人も見てきた。

 

「………………」

 

 はぁ、見て見ぬフリとか出来たら楽だったんだけどなぁ。

 

 気付いてしまった以上、それとなく気にかけておこう。りっちゃんの後輩なんだしね。

 

 

 

 

 

 

 あっという間に夕方となった。

 

「それじゃ、俺はそろそろ帰ります」

 

「うむ。今日は本当にありがとう。アイドルの諸君にもいい刺激になった」

 

「お土産もありがとうございます!」

 

 みんなと一緒に仕事が出来る日を楽しみにしてるよ、と言い残し、周藤良太郎君は帰っていった。

 

「いやー、ホント今日は凄かった!」

 

「まさかあの周藤良太郎と知り合いになれるなんてね!」

 

「これだけでアイドルになった価値があったね!」

 

 アイドルのみんなも随分と満足そうだ。モチベーションも上がり、本当にありがたいことだ。

 

 しかし頭の中では、別のことを考えていた。

 

 周藤良太郎。誰もが納得するトップアイドルで、アイドルを目指す全ての少年少女達の憧れ。業界人としても自分よりも大先輩。

 

 果たして、彼は一体何者なのだろうか。

 

 律子や真美達と話している時は、無表情故に分かりづらいが高校生らしい年相応の態度や喋り口調だった。しかし、時折見せる視線や雰囲気は到底高校生とは思えないようなものだった。

 

 

 

 まるで自分と同い年、いや、それ以上の大人のような。

 

 

 

「どうだったかね、良太郎君は」

 

「社長……」

 

「彼は昔から大人びた子でね……いや、子供っぽい大人だった、といった方があっているのかも知れないね」

 

「それは……」

 

 社長が言ったその両者は、似ているようで決定的に違う。大人びた子供ならそれは間違いなく子供なのだ。しかし子供っぽい大人ならば、それは『彼自身は最初から大人だった』という意味になってしまう。

 

 その言葉を選んだ意味を聞こうとして、けれど聞けずに口を閉じてしまった。

 

「他の人には見えない何かを、彼は昔から見ていたのかも知れないね」

 

「見えない何か……」

 

「これから彼と会う機会は増えていくことだろう。彼からは、我々も教わることが多い。しっかりと学んでくれたまえ」

 

 社長は、周藤良太郎に何を見たのだろうか。あの誰よりも明るく気さくで、それでいて心の内が全く見えない鉄の仮面を被った不思議な少年に。

 

「……はい」

 

 俺は、765プロのプロデューサーだ。目標は、アイドルのみんなを彼のようなトップアイドルにすること。

 

 これからも頑張ろう。

 

 

 

 

 

 

おまけ1『知り合いのケーキ屋さん』

 

 

 

「ご注文のケーキと、おまけのシュークリームだ」

 

「悪いな恭也、わざわざ持ってきてもらっちまって。桃子さんにもお礼言っといてくれ」

 

「そのこと何だが、母さんから伝言だ」

 

「ん?」

 

「『どうして最初からうちのケーキを選んでくれなかったの?』だそうだ」

 

「………………」

 

「………………」

 

「……どう弁解したらいいと思う?」

 

「知らん。自分で考えろ」

 

「ちょー翠屋に行きづらい……」

 

「たまには来い。なのはが会いたがってたぞ」

 

「ぐぬぬ、なのはちゃんに言われたならば会いに行かない訳にはいかないか……」

 

「あとフィアッセが一緒にコンサートが出来る日を楽しみにしてる、と」

 

「おお、いいね。ならその時はゆうひさんも誘って盛大にやろう」

 

「……伝言を伝えた俺が言うのもあれだが、さらりと億単位の金が動くようなことを簡単に決めようとしないでくれ」

 

 

 

 

 

 

おまけ2『765プロその後』

 

 

 

「律子、大丈夫か?」

 

「……多分だけど響、これからはアンタもこの苦労を味わうことになるわよ……アンタどっちかと言うとこっち側の人間だから……」

 

「え、えぇ!?」

 

「よかったじゃない、あの周藤良太郎と親密になれるわよ……」

 

「律子の顔が土気色じゃなかったら素直に喜べたんだけど……」

 

 

 

「りょーにーちゃん次いつ来るのかなー?」

 

「来ると分かってるなら、今度はチョースペシャルなおもてなしをしないとねー!」

 

 

 

「……みんなのモチベーション的にもレッスン的にも、良太郎に来てもらわないという選択肢はほとんど無い……けど、その度に私の胃が……胃がっ……!」

 

「……えっと……」

 

「お願いだから響……少しでもいいから肩代わりして……!」

 

「ひぃ!? り、律子が怖い! た、助けてくれ貴音ー!」

 

 

 

 

 

 

おまけ3『魔王三人娘に激励報告』

 

 

 

「てな感じで、りっちゃん頑張ってるみたいだった」

 

「へー」

 

「わたし達も今度行こうかな」

 

(……何か胃に優しいものを差し入れた方がいいかもしれないわね……)

 

「あ、りっちゃん麗華に凄い会いたがってたぜ」

 

「そ、そう」

 

「麗華、律子と仲いいもんね」

 

「それより、結局あんたの評価はどうだったのよ?」

 

「ん? サイズが大きい娘はたくさんいたけど、やっぱり中学生の娘達は小ぶりな……」

 

「誰が胸の評価をしろっつったか! アイドルの評価をしろアイドルの!」

 

「いやいや、スタイルだって立派なアイドルとしての評価の一つ……あ、ごめん」

 

「今お前は私の何処を見たぁぁぁぁぁ!? 何処を見てそんな申し訳なさそうな声を出したぁぁぁぁぁ!?」

 

「落ち着けって。怒りすぎると体によくないぞ? だからその手に持った灰皿(控え室に備え付けてあった)をそっと机の上に置こう。な?」

 

「………………」

 

「大丈夫、りんの胸は確実に大きい部類に入るから」

 

「だ、だよね! 大丈夫だよね!」

 

「うん、大丈夫大丈夫」

 

「うお! 危ない! そんなもの振り回しちゃいけません! で、殿中でござる! 殿中でござる!」

 

 

 




・愛とは痛みを伴うものだって誰の言葉だっけ。
「愛することとは、いつでも痛みを伴うところまでいくのです」
マザー・テレサの言葉です。

・「大きいおっぱいだなって思ってただけ」
クソ真面目な顔でこれを言い切る主人公が果たして何人いることやら。

・「そうでしたか」
何があってもお姫ちんだけは絶対に揺るがないと思う。

・今はそっとしておいてあげよう。
もしかして:お前のせい

・頭を下げる勢いで両腕を振り上げるダイナミックなお辞儀
通称「ガルウイング」

・「弟達にも食べさせてあげようかなーって」
(なんだ天使か)

・けれど、薄い。
ちょっと真面目な主人公。何度も言うけど胸のことじゃありません。

・プロデューサー視点
アニメ順守のプロデューサー。通称「赤羽根P」。元々は中の人からついた名前だが、この小説ではそのまま本名として採用させていただく形。

・『知り合いのケーキ屋さん』
とらハ3とのクロスオーバー。リリカルなのはの元ネタとなったギャルゲ。
どの辺の時期の話なのかは恭也が高校三年生という点から逆算していただきたい。
ただし士郎さん生存ルート。

・フィアッセとゆうひ
フィアッセ・クリステラと椎名ゆうひ。共にとらハシリーズにおける世界的に有名な歌手。
「舞さんとどっちが凄いのだろうか」と考えるのは「ルフィと承太郎どっちが強いんだろう」と考えるのと同じぐらい無粋なことなのでやめましょう。

・『765プロその後』
リッチャンハクロウニンデスヨ。

・『魔王三人娘に激励報告』
麗華さんご乱心。



 ようやく765プロ訪問編が終わった……。本編が短かったのでおまけを差し込む形で水増しさせてもらいました。

 次回からがようやくアニメストーリーに突入。ある意味ここからが本番です。


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Lesson07 結婚狂詩曲

※タイトルの読み方はそのままでもいいですができれば「ウェディング・ラプソディー」で一つ。

本文が短かったからまたおまけで水増ししようと思ったら、気が付けば六千文字近くになっていた。

今回オリキャラが二名ほど追加されますが、話の展開的に必須の人物なためご了承ください。


 

 

 

 とある日の自宅での出来事である。

 

「良太郎、次の仕事決まったぞー」

 

「んー? 何ー?」

 

 ソファーに横になりながら週刊誌を捲っていると、俺のマネージャー兼プロデューサーである兄貴、周藤(すどう)幸太郎(こうたろう)が電話を終えてリビングに入ってきた。

 

「結婚雑誌のモデル」

 

「りょーかい。……ん?」

 

 今なんつった?

 

「兄貴、俺の聞き間違い? 結婚雑誌って聞こえたんだけど」

 

「合ってるぞ。結婚雑誌のモデルだ」

 

「……いや、いいの? それ」

 

「いいの、というと、何が?」

 

「何がも何も、俺が結婚雑誌のモデルやること自体がだよ」

 

 モデルの仕事は今までにも何回かやってるが、結婚雑誌は初めてだ。というか、そういうのって未成年がモデルでもいいのだろうか。

 

 そもそも、笑顔が一切作れない俺が結婚雑誌のモデルになったところで、幸福感の欠片もない写真しか撮れなさそうだが。

 

「何でも『普段クールぶってるのに緊張で強ばってる』男性のイメージらしいよ」

 

「……さいですか」

 

 なんとも重箱の隅を楊枝でつつくような采配である。

 

 まぁ、こと仕事に関しては兄貴に任せておいて失敗したことないから疑ってる訳じゃない。ただちょっと不安なだけだ。

 

「それで、他の参加者は?」

 

 結婚雑誌のモデルと言えば、主役はもちろんウェディングドレスを身に纏った花嫁さんのはずだ。まさか花婿役の俺一人という訳もあるまい。

 

「いや、決まってない」

 

「おい」

 

 花婿一人!? まさか俺が花嫁役とかふざけたことをぬかすつもりか!?

 

「それが本当にまだ決まってないんだ。今回の企画が持ち上がったときに真っ先にお前の名前が上がったらしくて」

 

「それ本当に結婚雑誌なのかよ……」

 

 メインに据えるところ間違ってんじゃねーかよ。

 

「花嫁役は当日までのお楽しみだそうだ。ま、そんな変な娘は来ないだろ」

 

「何を持って変とするのかは言及したら各方面から叩かれそうだから触れないでおくわ」

 

 っとそうだ、結婚と言えば。

 

「結局兄貴どうすんの? 結婚」

 

 今年26になる兄貴だが、なんと二人の女性から求婚されているのである。マジ爆発しろ。

 

 一人は高校と大学の後輩だった和久井(わくい)留美(るみ)さん。もう一人はなんと先日激励に行った765プロの事務員さんである音無小鳥さんだ。まだりっちゃんが現役で765プロとの交流があった時に知り合ったらしい。

 

 兄貴はこの二人に同時に求婚され、あろうことか返事を保留してる真っ最中なのだ。マジ『だいばくはつ』しろ。

 

「う……三人には悪いと思ってるんだけどね。やっぱり重要なことだし……」

 

「正直な話、兄貴も二人もいい年なんだし、長く待たせ過ぎるのは相手に対しても……ん?」

 

 

 

 チョットマテ。

 

 

 

「三人!? 増えてんじゃねーか!?」

 

 あるぇー!? こないだ聞いたときは間違いなく二人だったぞ!?

 

「それが、この間街中でばったり早苗ちゃんに会ってな。このことを相談したら『じゃあ私も』って……」

 

「早苗ねーちゃんぇ……」

 

 今度は幼馴染みの片桐(かたぎり)早苗(さなえ)ねーちゃんだった。何やってんすか現役警察官。

 

「答えはもちろん?」

 

「保留……」

 

 マジ『すいじょうきばくはつ』しろ。

 

「いや、一応理由はあるんだ。今の俺はお前のプロデューサー兼マネージャー業で精一杯で、自分の結婚のことまで考えきれないんだ」

 

 う……それとこれとは関係ないだろと言いたいところだが、これは完全に兄貴の世話になってる俺にも少しは責任があるな……。

 

「だからお前の仕事がもう少し落ち着くまで待ってもらいたい、って……」

 

「そう言ったわけか」

 

「あぁ……だから、良太郎」

 

「分かってる」

 

 兄貴はともかく、女性三人の将来がかかってるんだ。より一層頑張って兄貴の手を煩わせないように……。

 

 

 

「これからも末長く忙しいままでいてくれ」

 

「お前一回地獄に堕ちろよ」

 

 

 

 先伸ばしする気満々じゃねーか!

 

 

 

 

 

 

「それで、次の仕事なんですけど、雑誌のモデルですね」

 

 とある日のこと。事務所の一室で休憩をしながらマネージャーがわたし達にそう告げた。

 

「雑誌のモデル……ですか」

 

「そう。しかも結婚雑誌のモデルです! ウェディングドレスが着れちゃいますよ! ウェディングドレスが!」

 

「「「ふーん……」」」

 

 テンション高めなマネージャー(25歳独身女性)の言葉に、わたし達三人は生返事を返す。

 

「あ、あれ? ウェディングドレスですよ? 女の子なら興味ないですか?」

 

「私は別にって感じ」

 

「わたしもかな」

 

「アタシは興味がないわけじゃないけど、結婚の予定も無しにウェディングドレス着ると婚期遅れるっていうしー」

 

「え、えぇー……?」

 

 わたしと麗華はそもそも興味がなく、唯一興味があるりんもウェディングドレスを着ること自体に乗り気じゃないようだ。

 

 困ったようにマネージャーの眉がハの字になる。

 

「お断りするわけにはいかないし、せめて誰か一人だけでも行ってもらいたいんですけど……」

 

「えー」

 

「……じゃあ、わたしが行こうか?」

 

「え? ともみいいの?」

 

「うん」

 

 麗華も乗り気じゃなさそうだし、婚期が遅れるという噂があるのに恋する乙女であるりんに着せるのも忍びない。

 

 わたしが行くことで丸く収まるなら、これでいい。

 

「それじゃあともみちゃん、お願いできますか?」

 

「はい」

 

「アタシは知らない人の花嫁役なんてやりたくないけどなー」

 

 まぁ、りんの場合の花婿役は一人しかいないだろう。

 

「そういや、当然花婿役もいるわけよね?」

 

 麗華がコーヒーのマグカップに口を運びながら尋ねると、マネージャーはハッとした表情になって手を打った。

 

「それがですね、今回はあの周藤良太郎君が花婿役なんですよ!」

 

「ぶふぉっ!?」

 

 マネージャーから発せられた新事実に麗華は噴き出してしまった。かく言うわたしも驚いて紅茶のカップを取り落としそうになった。

 

「麗華ちゃん、大丈夫ですか?」

 

「ゲホゲホッ……なんだってあの鉄面皮が結婚雑誌のモデルなんか……」

 

 

 

 バンッ!!

 

 

 

「「「………………」」」

 

 突然机を叩きながら立ち上がったりんにわたし達三人は押し黙ってしまった。

 

「……アタシが、行くね?」

 

「「「ア、ハイ」」」

 

 満面の笑みを浮かべるりんに、ただ頷くことしか出来なかった。

 

 

 

「りょーくんの花嫁……!」

 

 遠い目をしてウットリとしているりんを横目に、麗華やマネージャーと三人で額を合わせる。

 

「ねぇ、その撮影って良太郎だけなの?」

 

「いえ、他の事務所のアイドルにも声をかけるみたいな話をしてました。初めはウチだけじゃないなら、とお断りしようかとも思ったんですが……良太郎君が一緒なら喜んでもらえると思いまして」

 

「……まぁ、結果一人大喜びなわけだけど。アイツの花嫁役の何がそんなに嬉しいんだか」

 

 ここまで露骨なのにそれに気付けない麗華はちょっとズレてるような気がする。

 

「色んな事務所にオファー出してるのも、コラボレーション的な意味合いでオリジナリティーを出したかったんだろうね」

 

 まぁ、リョウとは結構色んなところで一緒に仕事してるから今更といった感じだが。

 

「それで? 良太郎以外は誰が来るの?」

 

「えっとですね……」

 

 

 

 

 

 

「結婚雑誌のモデルですか?」

 

「ふぁ~……なの……」

 

「僕達がですか?」

 

「あぁ」

 

 竜宮小町以外の予定がまだまだ少ない事務所のホワイトボードの前。あずささん、美希、真の三人を呼び出して次の仕事を告げた。

 

「二、三人来て欲しいとのことだから、この三人で行ってもらう」

 

「あらあら、ウェディングドレスが着れちゃうのねー」

 

「フリフリのドレスが着れるんですね! へへっ、楽しみだなー!」

 

「ふーん。カワイイドレスだといいなー」

 

 ……本当は真には新婦役じゃなくて新郎役をやってもらう予定なんだけど、当日まで黙っておこう。

 

「それと、今回は凄いぞ」

 

「何が凄いんですか?」

 

「なんと! 周藤良太郎君と一緒の仕事だ!」

 

「「えぇ!?」」

 

「りょ、りょーたろーさんと!?」

 

 予想通り、良太郎君の名前に三人……特に美希は驚いていた。正直自分もこんなに早く良太郎君と一緒に仕事が出来る機会が来るとは思っていなかった。

 

「よかったわね、美希ちゃん」

 

「良太郎さんと初仕事だよ!」

 

「う、うん……だ、大丈夫かな? ミキ、変なところないかな?」

 

 美希はそわそわと自分の格好を気にしだす。

 

「大丈夫よ、いつもの可愛い美希ちゃんだから」

 

「それに今からって訳じゃないんだから、今の格好を気にしたところでどうしようもないだろ?」

 

「う……そ、それもそうなの」

 

 真に指摘されて気付いたのか、ハッとなった美希はバツが悪そうに手を止める。それでもやはり気になるのか、壁に立て掛けられた姿見をチラチラ見ながら前髪を弄る。

 

 その姿はまるで恋する乙女のようで……。

 

(……やっぱりそうなのか?)

 

 あまり恋愛の機微に詳しくない自分でも何となく分かる。美希の良太郎君への反応は、ただのファンのそれにしてはやや過剰なような気がする。

 

 うむむ、アイドルにとって恋愛はいつだってスキャンダルの種で、プラスのイメージに働くことはほとんど無い。だからと言って、まだハッキリとしてない今のタイミングで注意するのもあれだし……。

 

(とりあえず、今は様子見するしかないのかな……)

 

 再び二人に変なところがないか尋ねている美希の姿に苦笑しながら、内心少し嘆息するのだった。

 

 

 

 

 

 

 三者三様の思いが行き交いながら。

 

 

 

(大乳な人だといいなー)

 

(りょーくんの花嫁役……!)

 

(変なとこは見せられないの……!)

 

 

 

 写真撮影の当日を迎える。

 

 

 

 

 

 

おまけ『将来の義姉候補1』

 

 

 

「『早苗ねーちゃん、兄貴に求婚したって本当?』……そーしんっと……って着信早っ!? しかもこれメールじゃなくて電話だ!? も、もしもし?」

 

『やっほー良! 未来のお義姉さんよー!』

 

「えっと……久し振り、早苗ねーちゃん」

 

『テレビではよく見かけたけど、こうして話すのは久し振りねー。元気そうでお姉さん嬉しいよ』

 

「ありがと。早苗ねーちゃんも元気そうで何より。それで、今しがたしたメールの話なんだけど」

 

『あぁ、失礼な話だと思わない? 幸の奴、こーんな可愛い幼馴染みが独身のままいるっていうのに、何処の馬の骨だか判んない女に結婚申し込まれてデレデレしてるのよ?』

 

「本気なんだよね?」

 

『流石のあたしでも冗談で結婚は申し込まないわ』

 

「だよね」

 

『っていう訳で、アンタもあたしに協力しなさい。良もあたしがお義姉さんになれば嬉しいでしょ?』

 

「いや、他の二人とも面識あるから、俺は中立を貫こうかと……」

 

『協力してくれたらおっぱい揉ませてあげる』

 

「是非! 喜んで協力させていた……だ、けた、らよかったんだけどな~……!!」

 

『ちっ、釣られなかったか』

 

「あっぶねー……」

 

『まぁいいわ。あたしはあたしの実力で幸を手に入れてみせるわ。良もアイドル活動大変だろうけど頑張りなさい』

 

「うん。早苗ねーちゃんも仕事頑張って」

 

『あんまりおっぱいおっぱい言い過ぎて、アンタの手首にワッパかける日が来ないことを祈ってるわ』

 

「俺も、早苗ねーちゃんが悪酔いし過ぎて懲戒免職にならないことを祈ってるよ」

 

『……大丈夫よ』

 

「え、その間は何?」

 

 

 

 

 

 

おまけ『将来の義姉候補2』

 

 

 

「『留美さん、兄貴のお嫁さん候補が増えたことは知ってたんですか?』……そーしんっと……だから着信早いって! しかもまた電話だし……もしもし」

 

『今晩は、良太郎君』

 

「こんばんは。お久し振りです」

 

『えぇ、久し振り。相変わらず大人気みたいね』

 

「お陰さまで。まぁ、兄貴の力もありますよ」

 

『そう……やっぱり先輩は凄いわね』

 

「それで、メールの話なんですけど」

 

『幼馴染みの女性に求婚されたって話よね。当然聞いてるわ』

 

「……あんだけ優柔不断な男ですけど、諦めたりはしないんですよね?」

 

『あら、良太郎君は私が義理の姉になるのは嫌かしら?』

 

「いや、嫌ってわけじゃないんすけど……」

 

『けど?』

 

 

 

「……えっと、留美さん、961プロダクションの社員さんですよね?」

 

『えぇ。それも社長秘書よ』

 

 

 

「……やっぱり色々とアレな気がするんすけど……」

 

『何も問題ないわ。愛は所属する会社なんかに縛られたりしないの』

 

「だからって……そもそも俺、黒井社長にだいぶ嫌われてますけど」

 

『敵対することになったら、アナタ達に情報をリークすることも辞さないわ』

 

「そこはせめて辞表を出すとか言いましょうよ!? 辞めるよりずっとタチ悪いじゃないっすか!?」

 

『あら、辞表を出したらアナタ達が私を養ってくれるの?』

 

「うぐっ……いや、辞めろって言ってる訳じゃないんですけど……」

 

『ふふ、冗談よ。ごめんなさいね』

 

「……その、こっちこそごめんなさい」

 

『良太郎君は中立なのよね?』

 

「はい。三人全員と面識があるもので」

 

『じゃあ、頑張ってあなたのお義姉さんになれるように努力するわ。お仕事、頑張ってね』

 

「留美さんも、頑張ってください」

 

『えぇ、あなたの仕事の邪魔をさせないように頑張るわ』

 

「……すまん、ジュピター……」

 

 

 

 

 

 

おまけ『将来の義姉候補3』

 

 

 

「……何かもう電話した方が早いかな……とりあえずメールが先か。『小鳥さん、兄貴のお嫁さん候補が増えたことは知ってたんですか?』……そーしんっと。どうせすぐ着信が……」

 

 

 

『……はい、小鳥です』

 

「電話ないんかい!!」

 

『ピヨッ!?』

 

「あ、すみません、ゴーストが囁きました。今大丈夫でしたか?」

 

『い、いえ、今返信を打ってたところだったのでちょうどよかったです』

 

「とりあえず、先日は失礼しました」

 

『ビックリしましたよ、突然ケーキ屋さんだなんて言うから』

 

「あれは響ちゃんが勝手に間違えてくれたのを利用させてもらっただけなんですけどね」

 

『次来る時は覚悟してくださいね、亜美ちゃんと真美ちゃんが何やら企んでましたから』

 

「おっと、そいつは気を付けないと」

 

『ふふ』

 

「それで、メールは見てもらえたんですよね?」

 

『あ、はい。見ましたよ。幼馴染みさんなんですよね?』

 

「はい。……あんな優柔不断な男ですけど、小鳥さんは本当にいいんですか?」

 

『はい。優柔不断でも、ちゃんと答えを出してくれるって信じてますから』

 

「……まだ当分かかりそうですよ?」

 

『うっ……!? ……ま、待ちます! 恋する乙女は強いんです!』

 

(……乙女って歳じゃないっていうツッコミは流石に出来ねぇなぁ……)

 

『良太郎君はやっぱり中立ですか?』

 

「はい。申し訳ありませんが……」

 

『いいんですよ、良太郎君も大変なことには代わりないんですから』

 

「ありがとうございます。今765プロは大事な時期だと思いますから、頑張って下さい」

 

『はい。良太郎君も頑張って下さいね』

 

 

 

 

 

 

「……ホント、みんな兄貴には勿体ないなぁ……」

 

「ん? 何か電話してたみたいだけど友達か?」

 

「………………」

 

「おぶっ!? ちょ、おま、無言で腹パンはやめっ……!?」

 

「大丈夫、壁ドンしてるだけだから」

 

「それは壁じゃなくて俺の腹だ……!?」

 

 

 




・周藤幸太郎
オリキャラ二人目。良太郎の兄で、プロデューサー兼マネージャー。かなり敏腕で、良太郎がここまでこれたのはこいつのおかげでもある。顔は良太郎と似ている。
なんか感想でハーレム展開を期待されたので、良太郎の代わりにハーレム野郎になってもらうことになった。マジ爆発しろ。
兄貴のヒロイン候補については下で解説。

・『だいばくはつ』
ノーマル ぶつり いりょく250 めいちゅう100 PP5
防御半減が無くなりジュエルも弱体化した今どうしろっていうんだよ……。

・『すいじょうきばくはつ』
マリオRPGにおけるみんなのトラウマ。
作者的にはこの戦闘の前のスターピースを奪われる場面で、「いいえ」を選択し続けたら町長が笑わなくなったことが印象に残っている。

・魔王エンジェルのマネージャー
オリキャラ三人目。名前はまだない。展開的に必要だったため急遽誕生。
幸福エンジェルだった頃は麗華が全て管理してたけど、忙しくなったために東豪寺の方から連れてきたという設定。

・「結婚の予定も無しにウェディングドレス着ると婚期遅れるっていうしー」
でも大体の結婚雑誌のモデルさんって未婚じゃないのだろうか、と思うんだが実際どうなんだろう。

・「ぶふぉっ!?」
※トップアイドルグループ『魔王エンジェル』リーダーです。

・ただのファンのそれにしてはやや過剰なような気がする。
作者的にも少しやりすぎた気がするけど……可愛いから別にいいか。(結論)

・(大乳な人だといいなー)
流石主人公ぶれない。

・片桐早苗
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。パッション(お酒)。
原作では28歳、この作品では現在26歳の現役警察官。
響と同じ身長にも関わらず胸はなんとあずささんを上回る92! でかい(確信)

・『協力してくれたらおっぱい揉ませてあげる』
よくぞ耐えた良太郎!

・『アンタの手首にワッパかける日が来ないことを祈ってるわ』
もっと腕にシルバー巻くとかSA!

・和久井留美
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。クール(愛が重い)
原作では26歳、この作品では現在24歳の社長秘書。
何となく面白そうだからというだけの理由でこの作品では961プロの社長秘書という設定になった。

・『アナタ達に情報をリークすることも辞さないわ』
ジュピターの件といい、既に961プロの敗北フラグがビンビンでございます。

・音無小鳥
言わずと知れた765プロダクションの事務員さん。
他作品では散々行き遅れだの腐ってるだの言われている彼女だが、この作品ではちょっと年上なだけの恋する乙女。是非頑張っていただきたい。
ちなみに作中では年齢不詳だが、この作品では27歳設定。



てな訳でついにアニメ本編開始&デレマスキャラの登場!
というわけでデレマスタグ入れてもいいよね? ね?


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Lesson08 結婚狂詩曲 2

予想以上に早く書きあがったぜー!
ヒャッハー! 我慢できねー! 早速投稿だー!

※今までのサブタイトルの表記を少し変更させてもらいました。


 

 

 残暑の暑さが陰り、暖かな日差しが心地よい平日の昼下がり。

 

 写真撮影の現場である教会の控え室で、俺は一人タキシードに身を包んで雑誌を捲りながら待機していた。一緒に来ていた兄貴は次の仕事の打ち合わせがあるからと言って既にここにはいない。……教会自体にあまり近寄りたがっていなかったのは多分気のせいではないだろう。全く、あんな美人三人に言い寄られて一体何が不満なんだか。

 

 コンコン

 

「はーい。どうぞー」

 

「し、失礼します!」

 

 何やら緊張した様子の声と共にドアが開かれた。

 

「本日撮影にご一緒させていただきます! 765プロダクションの菊地真です!」

 

「三浦あずさです。今日はよろしくお願いします」

 

 部屋に入ってきたのは記憶にも新しい765プロのアイドル、タキシードを着た真ちゃんとウェディングドレスを着たあずささんだった。

 

「おー、二人が参加者だったんだね。今日はよろしく。そんな固くならなくてもいいよ」

 

 何というか、真ちゃんから戦場へ赴くかの如く気迫を感じる。

 

「いえ、こういうのはしっかりとしたケジメが大事だと思いまして……」

 

「そう? まぁ、緊張してたらいい写真が撮れないから、リラックスしてね。無表情の写真は俺のだけで十分だから」

 

 それにしても、あずささん凄いな、おっぱい。清純な純白のドレスから溢れんばかりの母性に、なんか見ているだけで汚れた心が清められるような気がする。現在進行形で心が汚れているとかいうツッコミは無しの方向で。

 

 それに対して真ちゃんは……。

 

「なんでタキシードなの?」

 

「それが聞いてくださいよ! 僕も今日はフリフリなドレスが着れるって楽しみにしてたのに、来てみたら新郎役なんですよ! 酷いと思いません!?」

 

「あぁ……うん。そうだね」

 

 正直俺より似合ってる気がするから、ちょっと深く触れておくのは止めておこう。

 

「今日は二人だけ?」

 

「いえ、あと一人……」

 

「美希の奴、まだ入ってきてなかったの?」

 

 美希ちゃんも来てるの?

 

 開かれたままだった扉の方に視線を向けると、金色の髪がチラチラと見えていた。どうやらまた隠れてしまっているらしい。

 

「美希、ちゃんと挨拶しないとダメだよ。良太郎さんは先輩なんだから」

 

「大丈夫よ、美希ちゃん。折角可愛いドレスなんだから、良太郎君にも見せてあげましょう?」

 

「……うー……」

 

 二人の呼び掛けに、少しずつではあるが美希ちゃんが扉の影から姿を現した。

 

「……おぉ」

 

 純白のウェディングドレスはあずささんと変わらないが、美希ちゃんのは膝上10cmはある丈の短い今風のウェディングドレスだった。おっぱいも大変素晴らしいが、中学生の生足太ももとか最高だね!

 

「凄く可愛いよ。美希ちゃんによく似合ってる」

 

「え……ほ、ホント?」

 

「ホントホント」

 

 お兄さん、軽口は叩くけど嘘は吐かないよー。なんかこの間ケーキ屋さんのフリした気がするけどキノセイダヨー。

 

 顔はやっぱり少し赤いが、パァッと花が咲くような笑顔になり美希ちゃんはペコリと頭を下げた。

 

「あ、ありがとうございます! 今日はよろしくお願いしますなの!」

 

「うん、こちらこそよろしく」

 

 

 

 

 

 

「そろそろお願いしまーす」

 

 遅れて挨拶にやってきた765プロのプロデューサーである赤羽根(あかばね)さんも交えて話していると、スタッフさんが呼びに来た。

 

「ん、それじゃお仕事の時間だ。頑張ろうね」

 

「「はい!」」

 

「よろしくお願いしますね」

 

 スタッフの後に続き、撮影場所である聖堂へと向かう。

 

 立派な扉を潜り、広い聖堂内へと足を踏み入れたその時である。

 

 

 

「だーれだ?」

 

 

 

 ムギュ、という擬音が聞こえてきそうなぐらい柔らかな何かが背中に押し当てられると同時に視界が真っ暗になった。

 

 むむ!? この声と背中に感じる柔らかさ! 俺は、彼女を知っている!

 

「りん! 貴様、育っているな!?」

 

「えぇ!? な、何で知ってるの!?」

 

 ……なん……だと……!?

 

 視界を覆っていた手が退けられたので振り返ると、そこには顔を真っ赤にして自分の胸を隠すように抱えるりんの姿があった。隠しきれずにはみ出てるおっぱいが大変眼福です!

 

「え、マジだったの?」

 

 完全にノリで言った冗談だったのに。

 

「……えっと……春先に比べて、ちょっとだけ……」

 

 まだ……育っているというのか!? 麗華はとっくの昔に成長が止まってしまっているというのに!?(断言)

 

 具体的にどれぐらい大きくなったのか大変興味があったのだが、それ以上に気になることがあったので後回し。

 

「っていうかりん、その格好」

 

「あ、えっと……似合う、かな?」

 

 そう言いながらはにかむりんは、いつものツインテールではなく、髪を下ろしてウェディングドレスに身を包んでいた。普段の小悪魔的なイメージで言えば美希ちゃんのようなミニのドレスなのだが、今のりんはあずささんと同じような普通のタイプのウェディングドレス。しかしその清純さがいつものりんとのギャップを生み出していて素晴らしい(ベネ)! 強調すべきところ(胸)はしっかりと強調している点も大変素晴らしい(ディモールト・ベネ)!!

 

 オラ、ドキがムネムネしてきたぞ!!

 

「すげー似合ってる。髪下ろしてるのも大変ポイント高し」

 

「あ、ありがと。……も、もう、こんな可愛いりんちゃんが間近で見れるなんて、りょーくんは幸せモンだぞ! いひひっ!」

 

 うん、顔は赤いままだけど、いつものりんだな。というか、りんも今日の撮影に参加するのか。知らんかった。

 

「あ、あの―……」

 

 おっと、美希ちゃん達が置いてきぼりだった。

 

 

 

 

 

 

 突然物陰から現れて、りょーたろーさんに後ろから抱き着いた紫髪の女の子。髪形がいつもと違うようだが、彼女を知らないはずがなかった。

 

「多分みんな知ってるだろうけど、一応紹介するな。1054プロ所属、『魔王エンジェル』の朝比奈りん」

 

「いひひっ、よろしくねー!」

 

 『魔王エンジェル』。りょーたろーさんと同世代、所謂『覇王世代』を代表するトップアイドルグループ。りょーたろーさんがいなければアイドルの頂点に立っていたのではないかと言われ、駆け出しのアイドルがりょーたろーさんや日高舞の次に憧れるアイドル。

 

 765プロで一番ブレイクしている竜宮小町ですら叶わない存在が、今ミキの目の前で笑っていた。

 

「えーと、765プロ……だっけ? 竜宮小町の三浦あずさ以外は全然知らないから、自己紹介して欲しいなー?」

 

「あ、し、失礼しました! 765プロの菊地真です!」

 

「えっと、同じく三浦あずさです」

 

「……星井美希、です」

 

「今日はよろしくー! ま、これから先どうなるか分からないけどー」

 

「っ……!?」

 

「りん、あんまり意地悪な言い方するな」

 

「はーい。ゴメンねー」

 

「い、いえ……」

 

  随分とりょーたろーさんと仲がいいみたい……自然な動作で抱き付いてたし……今もすっごい近くに立ってて、りょーたろーさんもそれが普通みたいな感じだし……。

 

 むぅ……何か、ちょっとヤな感じ……。

 

 

 

 

 

 

(……ふーん……)

 

 目の前にいる少女達、765プロのアイドル達の姿を見定める。この四年間で調べたりょーくんの好みは、髪が長くて胸の大きな女の子。つまりアタシはドンピシャのはず!

 

 菊地真。えっと、タキシードを着ていて、男の子と見間違えそうになるくらいのイケメンっぷりだが女の子のはずだ。髪は短く胸も小さい……この子は問題ないわね。

 

 三浦あずさ。……ア、アタシ以上にデカイ。写真では見てたけど、こうして間近で見るとその存在感に圧倒される。……だ、大丈夫大丈夫! 髪も短いし、わ、若さでは勝ってるし! りょーくんが年上が好きかどうかは分かんないけど!

 

 問題は、こっちの子だ。

 

 星井美希。先ほどは全然知らないと言ったが、765プロで竜宮小町の次に有名であろうアイドル。顔も可愛くスタイルも抜群……これで中学生とか詐欺過ぎる。胸も大きく髪も長く、りょーくんの好みとも合致する。

 

 りょーくんに近付くアタシを険しい目付きで睨んできているし、少なからずりょーくんに特別な感情を持っている様子。

 

 今注意しなければいけないのはこの子だろう。こんなポッと出の少女に、りょーくんを盗られてたまるか!

 

 

 

 

 

 

 周藤良太郎ですが、女の子二人の雰囲気が険悪です。え、いきなり何この状況。美希ちゃんはりんのことを睨んでるし、りんはりんで美希ちゃんを見定めるような目で見てるし。

 

「……えっと、美希ちゃん、魔王エンジェルが嫌いだったりする……?」

 

「……いえ、そんなことなかったと思いますけど……」

 

「りんさんも、美希ちゃんを睨んでるように見えますけど……」

 

 真ちゃんやあずささんと額を合わせて話し合うが、どうにも答えは見えない。何だろう……二人とも虫の居所が悪いのかな?

 

「あの―……そろそろ……」

 

 おっと、忘れてた。

 

「りん、美希ちゃん、仕事仕事」

 

「「はーい!」」

 

 ……ちょっとだけ笑顔が怖かった。

 

 

 

 

 

 

おまけ『周藤幸太郎』

 

 

 

「どうもこんにちは、良太郎君。今日はよろしくね」

 

「あぁ、赤羽根さん、こちらこそよろしくお願いします」

 

「……えっと、良太郎君は一人で現場に?」

 

「いや、兄貴の送迎で。当の本人は俺を置いてさっさと逃げちゃいましたけど」

 

「逃げたって……何で?」

 

「宗教が違ったんじゃないですかね」

 

「いや、それは……」

 

「もしくは神社仏閣関連の場所にいると気分が悪くなったとか」

 

「そんな、悪魔とかじゃないんだから……」

 

(悪魔みたいに酷い理由っていう点では間違ってないけど)

 

「一度、良太郎君のお兄さんとは話してみたかったんだけどね。周藤良太郎をたった一人でここまで成長させた名プロデューサーって、業界では有名みたいだから」

 

「兄貴のおかげでここまで来れたって言うのは否定しませんよ。まぁ、兄貴のおかげというか、兄貴のせいというか……」

 

「お兄さんの、せい?」

 

「俺がアイドルを始めたきっかけは、両親が食事の席で冗談交じりに『良太郎はアイドルに向いている』って言ったからなんです。それを真に受けた兄貴が勝手に俺の写真で俺の書類作っていきなりフリーのコンテストに応募しちまったんですよ」

 

「そういえばそんなこと雑誌のインタビューで答えてたね」

 

「んで、初出場の初コンテストで初優勝。色んな事務所からオファーが来て、さあこれからどうしようってなった時に……」

 

 

 

 ――俺が書類を勝手に送ったことが原因なんだから、俺が責任を持って最後まで面倒を見ようじゃないか!

 

 

 

「んで、現在まで兄貴と二人三脚でフリーアイドルを続けてるってわけです」

 

「なるほど……お兄さんは前々からそういったことに興味が?」

 

「いえ、俺のデビューが決まって、大学を卒業してから勉強始めてました」

 

(……なるほど、方面は違えど、やっぱり兄弟だったってことか……)

 

(私生活はあんなんだけど……マジどうしてこうなったんだか)

 

 

 




・見ているだけで汚れた心が清められるような気がする。
なんかあずささんの胸は「巨乳」っていうよりも「おおきなおっぱい」っていうイメージ。何だろう、この感じ。

・美希のウェディングドレス
アニメ見て思ったが、ミニ丈とはいえここまでウェディングドレスが似合う15歳って……。

・軽口は叩くけど嘘は吐かないよー。
常に本心が口からだだ漏れなため、嘘を吐く必要がない様子。

・「貴様、育っているな!?」
(言動が常に盛ってる)モンキーなんだよぉぉぉ!!

・「春先に比べて、ちょっとだけ……」
麗華・千早「」ドンッ

・りんのウェディングドレス
みんなすまねぇ、俺の力じゃここまでしか表現できないんだ……でも、みんなならできると信じている! お前たちの妄想力で、りんの純白ウェディングドレス姿を妄想するんだ! さあ目を閉じて! 俺には見えるぞ! 髪を下ろしたりんがウェディングドレスを着てはにかんでいる姿が!!

・「りょーくんは幸せモンだぞ! いひひっ!」
ちなみにりんのCVはアスミス。

・『覇王世代』
アイドル界の世紀末。ちなみにその前には『オーガ世代』があったりする。

・「ま、これから先どうなるか分からないけどー」
原作に近いちょっと黒いりんちゃん。
アイドルに対する嫌悪からではなく、絶対的な自信から来る言動。

・りょーくんの好みは、髪が長くて胸の大きな女の子
まぁ髪はともかく、あれだけおっぱいおっぱい言ってればねぇ?

・おまけ『周藤幸太郎』
両親との会話はLesson01冒頭にて。あの後速やかに書類を作成した幸太郎がコンテストに応募したことがきっかけでアイドル『周藤良太郎』が誕生したので、ある意味生みの親。
原作タイトルである『アイドルマスター』に最も近い人物なのかもしれない。



誰か純白ウェディングドレス姿のりんちゃんを描いてくれる人いないかな~(チラッチラッ)


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Lesson09 結婚狂詩曲 3

結構定期的に更新ができてる気がする。

今さらながら、いつも皆さんご感想ありがとうございます。
寝る前に更新し、朝起きてから皆さんの感想に返事を書くのが毎朝の楽しみです。
「こんなネタ思いついた!」「ここ何か変じゃない?」といったご意見も大変参考になっております。
これからもご意見ご感想お待ちしております。


 

 

 

 という訳でようやく始まった写真撮影。とりあえず個人の撮影から始まった。

 

「ではまずは良太郎君からお願いします」

 

「やっぱりメインの据え所間違ってる気が……」

 

 不満というか釈然としないものを感じたまま、俺の撮影を開始。

 

 写真のモデル自体は既に数多くこなしてきているので問題はない。とりあえずポーズを変え続け、同じポーズを取らなければいい。俺の場合は表情が一切無いが、ポーズ自体は何も考えなくても自然と取れる。多分神様の特典のお陰だろう。

 

 今回は新郎役なのであまり大きな動作はせず、服装をチェックするような動きと新婦に向かって手を伸ばす動きを数パターン撮影する。

 

「はい! オッケーです! 流石良太郎君! バッチリでしたよ!」

 

「どもっす」

 

 てな訳で、特に問題もなく撮影終了。短い? いやいや、描写してないだけで結構撮ってたから。ヤローの撮影の描写しても面白くないでしょ。

 

「それじゃあ次も新郎役で真ちゃん!」

 

「あ、はい!」

 

 入れ替わりで撮影を行うのは、同じくタキシードに身を包んだ真ちゃん。彼女も俺と同じく新郎役なので、やはり大きな動作はない。しかし彼女の場合は表情があり、幸せに満ちた結婚式の様子がイメージ出来る。……これ、やっぱり俺はいらなかったんじゃないかな。

 

「りょーくんの新郎姿、格好良かったよ」

 

 ススッと横に寄ってきたりんが顔を覗きこんできた。

 

「ん、ありがと」

 

 何かいつもより距離が近いような気がするが、まぁ間近で大乳が拝めるし問題ないか。

 

「はい! 真ちゃんもオッケーです! 次はじゃあ……あずさちゃん、行ってみましょうか!」

 

「はい。では、お先に失礼しますね」

 

 あずささんはりんに向かって頭を下げてから真ちゃんと撮影を入れ替わった。ウェディングドレスということもあり、大きな動きは取ることが出来ない。しかしお淑やかな雰囲気があずささんの大人っぽい美しさと色気を醸し出している。あれで俺と三つしか違わないとは。性別は違えど、俺はあずささんと同じ年齢になってもあそこまで大人っぽくなれるとは到底思わない。まぁ自重はしないけどね! 折角の二度目の人生なんだから楽しまないと!

 

「やっぱりあずささん綺麗だなぁ」

 

「……りょーくんは、ああいう大人な女性が好み?」

 

 ん? どうしたんだろうかいきなり。

 

「まぁ好みというか、男だったら一度はああいうお姉さんっていう存在に憧れたりするもんなんだよ(キリッ)」

 

「そ、そう……」

 

 逆に男の八割はロリコンだって言ってる人もいるが……まぁ、結局人の好みによりけりなんだけどね。俺の場合はどっちかと言うと同年代でプラスマイナス二歳ぐらいがベストかな。

 

(……と、年の差はどうしようもないし……大人っぽく? 普段から髪を下す? でも勝手に髪型変えると麗華が怒るし……)

 

 何やらりんが悩んでいるみたいだ。こういう時はそっとしておいてあげよう。

 

「あずさちゃんもオッケーです!」

 

 そうこうしている間にあずささんの撮影も終わった。

 

「それじゃあ、次は美希ちゃん!」

 

「……はいなの!」

 

 美希ちゃんはこちらを一瞥してから、意気込んだ様子で撮影に向かった。

 

「……おぉ」

 

 おしとやかな新婦さんではなく、天真爛漫な新婦さん。少女の様に大きく動き、新婦でありながら少女というミスマッチ感がいいね。元々ファッション雑誌のモデルとしての活動を多くしていただけあって、だいぶ撮影慣れしているみたいだ。

 

 飛んだり跳ねたりすると中学生とは思えないおっぱいが揺れて、さらに丈が短いので太ももがさらにチラチラと……。

 

「子供っぽいっていうとちょっとアレかもしれないけど、美希ちゃんらしいね」

 

「……ふーん」

 

 りんは先ほどの険のあるような表情ではなく、純粋に感心したような表情だった。

 

「はい、オッケーです! 美希ちゃんも凄い良かったよー!」

 

 ん、終わったみたい。撮影する方も乗っていたみたいで、結構撮ってたな。

 

「じゃあ、別々に撮るのはこれで最後かな。りんちゃん、お願いします!」

 

「はーい。それじゃ、行ってくるね。ちゃんと見ててよー」

 

「そりゃあもう」

 

 穴が開くぐらい見させていただきましょう。

 

 撮影に向かうりんと入れ替わりで美希ちゃんが近付いてくる。

 

「りょーたろーさん! ミキ、どうだった!?」

 

「凄い可愛かったよ。思わず見惚れちゃった」

 

「ほ、ホント? え、えへへ……!」

 

 ……こう、頭を撫でたい衝動に駆られるが、女の子の頭は軽々しく触っちゃいけないって前にりんに言われたしなぁ。その後「アタシならいいけど」とも言われたけど。何かしらの条件があるのかな?

 

 そうこうしている間にりんの撮影が始まっていた。

 

 なんと言うか……凄かった。

 

 普段のりんは小悪魔みたいな笑みで周りを魅了するタイプなんだが、今日のりんからはそれが一切感じられない。代わりに感じるのは、少女が愛する男性と結ばれることに対して幸せを噛み締めている、そんな幸せそうな雰囲気。見てるこっちが幸せな気分になる、そんな微笑みだった。

 

 こういうのを見るとやっぱり笑顔ってのは大事なんだなぁ、と思う。女の子の笑顔はそれだけで人類の宝だ。

 

 やっぱり俺もアイドルとして笑顔の練習するべきかな……。いや、今更笑うようになっても逆に無表情キャラが無くなるだけか。

 

 いや、それにしても凄いなぁ……おっぱいも。まだでかくなってるって言ってたが……将来的にはあずささんクラスになるのだろうか。美希ちゃんもまだまだ成長期だろうし、ホント将来が楽しみだ! 大変胸が熱くなってくるね! 胸が厚くなるだけに!

 

 

 

 

 

 

(……凄い)

 

 素直にそう感じざるを得なかった。

 

 朝比奈りん。いつもは蠱惑的な笑みでファンを虜にする彼女だが、今日はそのイメージとは一切違った。女であるミキが見ても綺麗だと感じる幸せそうな微笑み。恋に恋する純粋な乙女。こうなれたら幸せなんだろうな、と羨ましく思ってしまう。

 

「………………」

 

 りん……さんの撮影が始まってから、りょーたろーさんはいつもと変わらぬ表情でりんさんの撮影を眺めていた。

 

 今、りんさんの撮影を見て、りょーたろーさんは一体何を思っているのだろう。やっぱり、綺麗だと思っているのだろうか。

 

 そして……ミキの撮影をどう思っていたのだろうか。

 

 りょーたろーさんは凄く可愛くて見惚れてしまったと言ってくれた。その言葉は凄い嬉しかったし、疑いたくもない。けれど、今のりんさんと比べられてしまうと自信がない。既に先程のミキの撮影なんか忘れられてしまっているのではないかと不安になってしまう。

 

(………………)

 

 今のミキは、キラキラ輝いていない。

 

 でも竜宮小町なら。今一番765プロで輝いている竜宮小町なら、キラキラ輝ける。少しでもりんさんに追い付くことが出来るはず。プロデューサーは、頑張れば竜宮小町に入れてくれると言ってくれた。なら、今は竜宮小町に入れるように頑張ろう。

 

 そしていつか、りょーたろーさんと同じステージに……。

 

 

 

 

 

 

「はい、オッケーです!」

 

 おっと、心の中でニヤニヤとしてたら撮影が終わっていた。もちろん撮影はちゃんと見てたよ。

 

「これで個人撮影は終了です! 一旦休憩に入ります!」

 

 休憩か。個人撮影終了ってことは、休憩の後はペアでの撮影かな。

 

 ……今更ながら、男女比2対3(本当は1対4だけど)でどうやってペアを組むつもりなんだろうか。同じ新郎役に別の新婦役の写真だと色々と問題があるような気がするし。

 

 まぁ、その辺はスタッフがちゃんと考えてあるだろうし、問題ないか。

 

「りょーくん、アタシに見惚れちゃったりしてなかったー?」

 

「そりゃあもう、バッチリ見惚れてた。流石りんだな」

 

 帰ってきたりんを素直に誉めると、それまで自信満々だった表情が急に赤くなった。

 

「……やっぱりここまでストレートに誉められるのは、いつまでたっても慣れない……」

 

「どうかしたか?」

 

「な、何でもないよ? それじゃ、休憩行こっか」

 

「だな。美希ちゃんも」

 

「………………」

 

「美希ちゃん?」

 

「……え? あ、はいなの!」

 

 何やらボーッとしてたみたいだけど……まさか美希ちゃんもりんに見惚れてたとか? 女の子まで魅了するとは……りん、恐ろしい子!

 

 全員でそれぞれの事務所ごとの楽屋へと向かう。まぁ俺は無所属なんだが。

 

 しばしの休憩の後、再び撮影が始まる。

 

 

 

 ……と、思っていた時期が俺にもありました。

 

「あずささんが行方不明?」

 

 休憩も終わり、さぁ撮影再開だと意気込んだ矢先の出来事である。

 

「うん。真クンとプロデューサーもあずさを探しに行っちゃって……」

 

「それで765プロは美希ちゃん一人になっちゃった訳だ」

 

 ふむ、何があったのだろうか。アイドルが行方不明とかただ事じゃないぞ。

 

「あずさ、凄い方向音痴だから……」

 

「え、そんな理由なの?」

 

 なんというか、ただ事だった。ならそんなに心配する必要ない……のかな?

 

「それより、撮影すっぽかす方が問題だと思うけどー」

 

「だからりん、あんまりトゲのある言い方するなって」

 

「りょーくん、ジュピターが撮影すっぽかしたらどうする?」

 

「ねちねちと弄る」

 

 だって男だし。これは差別ではありません、区別です。(キリッ)

 

「あれだ、男女区別ってやつ」

 

「初めて聞いたけど……」

 

 それはともかく、どうしたものか。このまま三人だけで撮影を続けるべきなんだろうけど……。

 

 果たして何処で何をしているやら。

 

 

 

 一方その頃の真ちゃん。

 

「これが僕のッ! 殺劇舞荒拳(さつげきぶこうけん)!!」

 

「ぐわぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 

 とりあえず、あずささんと真ちゃんは赤羽根さんに任せておいて、俺達三人だけで撮影を再開することに。

 

「で、俺は結局どっちと一緒に写真を撮りゃいいんですかね?」

 

 新郎一人に対して新婦二人である。さっきも言ったが、同じ新郎役に別の新婦役っていうのは色々とアレだと思う。そう考えると、ペアの写真を撮るのは一人だけだ。

 

 んで、そのことをボソリと呟いた途端。

 

 

 

「「………………」」

 

 

 

 りんと美希ちゃんの静かな睨み合いパート2である。いや、アイドルである以上、より多く写りたいと思うのは分かるけど……ここまで険悪になる必要はないんじゃないかい?

 

「ねー、美希ちゃん。ここは先輩を立てて自分は引くところじゃないかなーって思うんだけどー?」

 

「あは、同世代のりんさんとりょーたろーさんが一緒に写るより、新人アイドルのミキと一緒の方が新しさがあるとミキは思うなー」

 

 え、ナニコレ怖い。二人共スッゴい可愛い笑顔なのが余計に怖い。

 

 ちょ、スタッフ!? 俺の影に隠れるな! グイグイと背中を押すな! 俺が何とかしろってか!?

 

「……えっと、それじゃあさ、とりあえず二人と一緒に撮って、良く撮れた方を採用してもらう……って形でどうかな?」

 

 振り向いてスタッフに確認すると、スタッフ側もそれでオッケーらしい。よし、これで丸く収まっ……。

 

「りょーくん、今はそんな問題じゃないの」

 

「りょーたろーさんが、りんさんとミキのどっちを選ぶかが問題なの」

 

 あるぇー!? 収まってないどころかこっちに飛び火してきたぞ!?

 

 だからスタッフ押すんじゃない! これフリじゃねーから! 『押すなよ? 絶対押すなよ?』ってやつじゃねーから!

 

「りょーくん?」

「りょーたろーさん?」

 

 あ、無理ポ……。

 

 

 

 一方その頃の真ちゃん。

 

「ゲム・ギル・ガン・ゴー・グフォ! 光になれぇぇぇ!!」

 

「ぎゃぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 




・ヤローの撮影の描写しても面白くないでしょ。
そもそもこの作者が描写が苦手という説もある。

・あれで俺と三つしか違わないとは。
これでこの人普通だったら大学三年生ですよ? 皆さんの大学構内にこんな素敵な女性歩いてますかね? 少なくとも作者の大学にはいない。

・ああいうお姉さんっていう存在に憧れたりするもんなんだよ(キリッ)
完全に作者の持論。シスコンですが何か。

・「アタシならいいけど」
りんさんがちゃくちゃくと主人公攻略を進めているようです。

・無表情キャラが無くなるだけか。
残るのは爽やかおっぱいキャラ……あれ、十分濃い?

・ホント将来が楽しみだ!
あずささんクラスのりんと美希……色んな意味でもう誰も勝てないような気がする。

・りょーたろーさんは一体何を思っているのだろう。
女の子のおっぱいのことを考えて内心ニヤニヤ。この作品の「勘違い」タグはほとんどこんなことにばかり使われる模様。

・男女区別
男は萌えないゴミ。女の子は萌える宝。
男の娘? ウチの地域じゃ回収してないんだ。

・殺劇舞荒拳
テイルズシリーズにおける代表的な奥義。真はダンスをやってるからな。
「剣」は男キャラで「拳」は女キャラが使うイメージが強い。今回はTOHよりコハクverを使用。

・『押すなよ? 絶対押すなよ?』
誰もが認める伝統芸。金爆みたいに、今の若手はもっと見習うべき。

・「ゲム・ギル・ガン・ゴー・グフォ! 光になれぇぇぇ!!」
勇者王マコト。
マママッ マママッ マッコマッコリーン!
マママッ ママママッ マッコマッコリーン!



話を書くために本編を見直しているのだが、やっぱり響と美希は可愛かった。


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Lesson10 結婚狂詩曲 4

アニメ本編を見たことない人への補足を。

前話であった真の戦闘シーン。
必殺技は流石にネタですが、戦闘シーンは『ガチ』です。
アイドルのアニメでまさかのガチ戦闘。是非本編をご覧ください。


 

 

 

 平和的な話し合いの結果、結局俺が提案したようにとりあえず二人別々にペアの写真を撮ることになった。え? 話し合いの内容? 平和的だったって言ったじゃん。

 

「んじゃ、まずはりんからかな」

 

 年功序列ってことで。

 

「おっ先ー!」

 

「ぐぬぬ……!」

 

 りんが凄い余裕綽々な笑みを浮かべ、それに対して美希ちゃんは凄い苦虫を噛み潰したような表情をしていた。

 

「それじゃあ、まずはオーソドックスに腕でも組んでみましょうか!」

 

 ふむ、基本だな。

 

「んじゃ、ほい、りん」

 

「う、うん。し、失礼しまーす」

 

 左腕を差し出すと、遠慮がちにりんは右腕を絡めてきた。なんかこうすることで、余計にりんが本物の新婦に見えてくる。きっと新郎の視点から見ているからだろう。

 

 ……結婚かぁ。俺より兄貴の結婚の方が先なんだろうけど、いずれは俺も……出来る、よな?

 

 あ、なんかおっぱいおっぱい言い過ぎて結婚出来るビジョンが一切浮かばない。

 

「えっと、りょーくん? どうかしたの?」

 

「いや、将来本当に結婚出来るのかなーって思ってさ」

 

 なんと言うか、前世でもそうだったが売れ過ぎたアイドルは逆に恋愛面で苦労しているイメージがあるし。

 

「……えっと、その……ほ、本当に困ったら……あ、アタシが……」

 

「はい! それじゃあポーズ変えてみましょうか!」

 

 何故か顔が赤いりんが何かを言おうと顔を上げた途端、スタッフからそう声がかかった。どうやら話してる間もしっかりと写真は撮っていたようだ。さっきはあれだったが、仕事はしっかりと出来るのね。

 

「………………」

 

「ん、次のポーズと言われてもな。……りん? どうかしたか?」

 

「……何でもない」

 

「?」

 

 妙に落ち込んだ様子のりんとは対照的に、何故か美希ちゃんは笑いを堪えていた。

 

 

 

「はい! オッケーです! 流石美男美女! 凄い絵になってましたよ!」

 

「ま、当然よね」

 

 あの後しばらくテンションが低かったりんだが、実際にバージンロードを歩いてみたり、指輪交換のフリをしたりしているうちに機嫌が良くなっていた。一体何だったのかさっぱりだが、まぁ、女心と秋の空とも言うし、男の俺が考えたところで分かるはずないか。

 

「それじゃあ、今度は美希ちゃんとお願いします!」

 

 と言うわけで選手交替である。

 

「「………………」」

 

 何の言葉も交わさないまますれ違うりんと美希ちゃんが怖い。

 

「よし、それじゃあまずは腕を組んで……」

 

「あの、ミキ、撮ってもらいたいポーズがあるの」

 

 最初はやっぱり腕組みかなぁと考えていたところ、美希ちゃんからそんな提案が。

 

「おっと、どんなポーズかな?」

 

 スタッフも興味があったようで、美希ちゃんの言葉に耳を傾ける。

 

「あの、りょーたろーさん」

 

「ん?」

 

「……お、お姫様抱っこして欲しいの」

 

「……ひょ?」

 

 驚いて変な声が出てしまった。

 

「ちょ、星井美希! アンタ何言い出すのよ!」

 

「外野は黙ってて欲しいの」

 

 りんが声を荒げるが、美希ちゃんはそれを一刀両断。なんか、美希ちゃん強くなったなぁ……。

 

「おぉ! いいね、それ! 良太郎君、お願いできるかい?」

 

「いやまぁ、いいですけど」

 

 スタッフもノリノリだし、断る理由も別に無いかな。

 

「美希ちゃんもいいんだね?」

 

「お、お願いします!」

 

 ふむ、それじゃあ失礼して。

 

「よっと」

 

「!」

 

 美希ちゃんの肩を抱き、膝裏に腕を通してそのまま抱き上げる。横抱き、通称お姫様抱っこだ。

 

「……!」

 

 腕を肩に回した辺りから赤くなっていた美希ちゃんは、抱き上げると更に真っ赤になって縮こまってしまった。

 

 ちなみに美希ちゃんのドレスは肩が出ている上にミニスカートなので、俺が触れている場所は当然美希ちゃんの素肌になる。

 

(……すべすべだなぁ)

 

 だから思わずそんなことを考えてしまうのは当然のことなのだ。我ながら変態チックな思考である。

 

「おぉ! これは絵になるね! ただ、美希ちゃんにはもうちょっと明るく笑ってもらいたいかなぁ」

 

「だ、そうだよ」

 

 ……美希ちゃん?

 

「……なの~……」

 

 あれ!? なんか美希ちゃん逆上せてない!?

 

 

 

 その後、美希ちゃん復活までに五分程費やした。

 

 結局、お姫様抱っこは無くなり、ほとんどりんと同じポーズでの撮影となった。

 

 「し、試合には負けたけど、勝負には勝ったの……」とは美希ちゃんの談。りんが凄い悔しそうな顔をしていたところを見ると、りんがその勝負の敗者なのだろう。さっぱり内容は分からないが。

 

「それじゃあ、今度は場所を変えてみましょうか」

 

「場所ですか」

 

 スタッフからそんな提案が出された。ふむ、確かに今までずっと聖堂内でしか写真撮ってなかったし、シチュエーションの変更も悪くないか。

 

「あ、じゃ、じゃあ、近くの噴水があった公園がいいと思う!」

 

 ハッとしてりんが挙手をしながらそう提案する。そういえば少し歩いた先にそんな公園あったっけ。

 

「よし! じゃあそこにしよう!」

 

 りんの意見は採用され、全員で公園に向かうことに。

 

 あ、移動するならその前に……。

 

 

 

 

 

 

「お待たせ」

 

 ちょっと待っててと言っていなくなったりょーくんは、いつもの伊達眼鏡をかけて戻ってきた。

 

「? どーしてメガネかけるんですか?」

 

「これでも結構有名人だからね。これかけとかないと身バレして大変だから」

 

 星井美希の質問に、りょーくんはそう返す。

 

 何でもりょーくんは帽子と伊達眼鏡を着けることによって正体がバレなくなるらしい……何故か。以前どれぐらい効果があるのか試してみようという話になった際、装着時は街中を歩いていても一切気付かれなかったにも関わらず、途中で外してみたところあっという間に気付かれて大変な目にあっていた。

 

 その二つを着けた状態のりょーくんに気付けるのは、本当に親しい相手のみだそうだ。それを聞き、更に気付くことが出来た時は凄い嬉しかった。

 

「眼鏡だけじゃ効果は半減だけど……まぁ、この格好に帽子は合わないからね」

 

 いつもは黒い中折れ帽も一緒に着けているりょーくんだが、流石にタキシードとは合わないと判断して赤い伊達眼鏡だけだった。

 

「これだけでりょーくんのことが分からなくなるなんて、他の人はホント見る目無いよねー」

 

「あったらあったで俺は困るんだけどな」

 

 夜中にコンビニとか行けなくなるし、とりょーくん。ま、まぁ、確かにそのお陰でりょーくんと二人で買い物に行っても騒がれないしね、うん。

 

「それじゃあ出発……あれ、良太郎君?」

 

「とまぁ、こんな感じで眼鏡だけでも認識が遅れるし、じっくり見られなければバレないから」

 

 準備から戻ってきたスタッフが、眼鏡をかけたりょーくんを見て首を傾げていた。

 

 

 

 

 

 

「何はともあれ、出発っと」

 

「そうだね」

 

「ん?」

 

 教会を出た辺りで、りんが自然な動作でスルリと腕を絡めてきた。

 

「ほら、りょーくんは花嫁を一人で歩かせるつもり?」

 

 つまりエスコートしろ、と。

 

「ず、ズルいの! み、ミキもエスコートしてもらうの!」

 

 今度は美希ちゃんがりんとは反対の腕を絡ませて……って、美希ちゃん!? 絡ませるっていうか抱き付いてません!? 腕におっぱいが当たってるんですが!?

 

「……美希ちゃ~ん? 新郎一人に新婦二人はおかしいって、アタシ思うなー?」

 

 りんが再び素晴らしい笑顔になって俺の腕に抱き付いてきて……って、ブルータスお前もか!? おっぱい当たってるって!

 

「ミキもそう思うの。やっぱり、新郎一人に新婦二人はいらないと思うの」

 

 二人の大乳が腕にムニッとなってて大変気持ちがいいのだが、それ以上に雰囲気が酷い。可愛い女の子二人に挟まれているのに、役得感が一切感じられない。

 

 へ、ヘルプミースタッフ! って何写真撮ってんだよ! いらないよこんなシチュエーションの写真! そういうことする暇あったら速やかに俺を助けようよ!

 

 

 

「ねー、りょーくんもそう思わない?」

「りょーたろーさんは、どっちの花嫁さんがいい?」

 

 

 

 ……俺、この撮影が終わったら、あずささんの写真集買いに行くんだぁ……。

 

 

 

 

 

 

 再び平和的な話し合いにより事態は収束した。争いなんて全くありませんデシタヨー。

 

 結局二人共俺の腕に抱き付いたままだったので、開き直って二人のおっぱいの感触を楽しむことにした。雰囲気さえ気にならなければ最高だね!

 

 てな訳で、歩いて十分ほどして公園に到着。

 

 って、あれ? あそこにいるウェディングドレスはもしやあずささん?

 

「って、人違いか」

 

 ……いやいや、何でこんな公園にウェディングドレス着た女の人がいるんだよ。現在進行形で俺の両脇にもいるけど、これは写真撮影のための衣装だし。

 

 何やら誰かを探している様子だけど……。

 

「……ん? りょーくん、何か聞こえない?」

 

「え?」

 

「ホントだ。何か……近付いてくるような音が聞こえるの」

 

 花嫁二人の言葉に耳を傾けると、確かにそんなような音が……音っていうか、地鳴り? 多分大勢の人間が一斉に走るとこんな音がするんだろうな。

 

「……あのー! ……すみませーん!」

 

 あれ、今度はあずささんの声まで聞こえてきた。方向は……こっちかな。

 

 音がする方に視線を向ける。

 

 

 

 ウェディングドレス姿のあずささんを筆頭に、こちらに向かって押し寄せる人々の群れがそこにあった。

 

 

 

「何事だよ!?」

 

 なんか人間だけじゃなくてゾウとかキリンとか交ざってるんですけど!?

 

「あ……! ねぇねぇ、カメラマンさん! あれ撮って撮って!」

 

 何やら美希ちゃんがスタッフに頼んでいるが、これそれどころじゃ無いだろ。よくよく見たら真ちゃんや赤羽根さんの姿もあるし。何やってるんだか。

 

「……りょーくん、これどういうことだと思う?」

 

「さっぱり」

 

 誰か三行で教えてください。

 

 

 

 あずささんが別の花嫁と間違えられて連れ去られる。

 間違いに気付いて解放されるが、花嫁に指輪を返すためにあずささん、街をフラフラ。

 あずささんを追いかけて人々の大行進。←今ここ

 

 ……なるほど、分からん。三行にまとめきれてねーよ、これ。一番気になる最後の大行進のくだりがさっぱりだよ。

 

 とりあえず、あずささんは指輪を花嫁に返して、花嫁はアラブの石油王と結婚してめでたしめでたし……ってことでいいのかな?

 

「すみませんでした。今からでも撮影に参加出来ますか?」

 

 ようやく戻ってきたあずささんが頭を下げる。

 

「まぁ、こちらは大丈夫ですが……」

 

「俺も別に構いませんよ」

 

 スタッフがこちらを窺ってきたので、そう返す。

 

「大丈夫なの! たった今、いい写真撮れたから!」

 

「?」

 

 自信満々な美希ちゃんに、俺は首を傾げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 という訳で後日談である。

 

「この間の結婚雑誌、ヤバいぐらいの売れ行きらしいじゃないか」

 

 居間で寛いでいるところに兄貴が例の結婚雑誌を持ってきた。

 

「まぁ自分で言うのもアレだけど、周藤良太郎と魔王エンジェルのりんと竜宮小町のあずささんが揃ってるからなぁ」

 

 今更ながら凄いメンバーである。

 

「凄い話題だぞ、この写真」

 

 そう言いながら兄貴が開いたページには、大勢の人達に追われるあずささんの写真が大きく見開きになっていた。あの時美希ちゃんが指示を出して撮った写真だ。直ぐ様写真を撮れたカメラマンも凄いが、これは使えると直ぐに判断した美希ちゃんも凄い。

 

「キャッチコピーは『走る花嫁!』か」

 

「凄い人数のエキストラだけど、撮影大変だったんじゃないか?」

 

「あぁ、うん。まぁね」

 

 多くを語る必要もあるまい。説明面倒臭いし。第一、俺自身未だに把握しきれてないし。

 

「それにこっちも。お前の写真にしては珍しく男の反響の方が大きいらしいじゃないか」

 

「どう考えても主役は俺じゃなくて両側の二人だしな」

 

 ペラリと次のページを捲る。そこに写っているのは、赤い伊達眼鏡を着けているが相変わらず無表情の俺をセンターに、俺の腕を引っ張るようにくっついた二人の美少女。言わずもがな、りんと美希ちゃんである。

 

 いつ撮ったのかと振り返ってみたところ、どうやら公園に向かう際のやり取りの時のようだ。まさかあの時撮っていた写真が本当に使われるとは思いもしなかった。掲載されたキャッチコピーは『周藤良太郎もタジタジ? 貴方ならどっちの花嫁を選ぶ?』だ。

 

 この写真の俺に対する反響ってのは、多分ヤロー共の怨嗟の声がエコーかかってる的な意味合いでの反響だと思う。

 

「お前はともかく、二人共いい表情じゃないか。女の子が一人の男を取り合ってるようにはとても見えないぞ」

 

「……うん、そうだな」

 

 写真からはあの時感じた恐怖感は一切感じられなかった。これはカメラマンの腕が良いからなのか悪いからなのか。

 

「何にせよ、色々と疲れた撮影だったよ……」

 

 

 

 

 

 

「……えへへ~」

 

 幼馴染みでありグループのメンバーでもあるりんが壊れました。

 

「あの写真貰ってからずっとあの調子よ……」

 

 リーダーである麗華が思わずため息を吐いてしまうぐらい、りんの壊れっぷりは酷かった。

 

「一体なんの写真を貰ったんですか?」

 

 実物を見ていないマネージャーが首を傾げる。

 

「ウェディングドレスを着たりんがタキシードを着たリョウにお姫様抱っこされてる写真」

 

 雑誌には掲載されていないが、撮影終了後に個人的に撮ってもらったらしい。

 

 手元にそれが届いた時以来、りんは度々写真を見てはニヤついているのだ。

 

「ホント、恋する乙女じゃあるまいし」

 

 やっぱり気付かない麗華はズレてるを通り越して何かが外れている気がする。

 

「でも気持ちは分かります! いいなぁ、結婚……私もいつか……相手はまだいないけど……」

 

 余りにも物悲しすぎるマネージャーの言葉を聞かなかったことにして、わたしは紅茶のカップに手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

「……えへへ~なの~」

 

 同じ事務所の仲間である美希が壊れました。

 

「まぁ、気持ちは分かるよ。こんな写真を撮ってもらえたら、誰だってこうなるって」

 

 自分の手元にある写真に視線を落とす。そこにはウェディングドレスを着て良太郎さんにお姫様抱っこされるボクの姿が写っていた。写真撮影終了後に良太郎さんに頼み、全員でお姫様抱っこの写真を撮ってもらったのだ。しかもボクは念願だったウェディングドレスまで着させてもらうオマケ付きだ。

 

「いいなー! まこちんとあずさおねーちゃんとミキミキ!」

 

「真美達もドレス着たいー!」

 

「へっへー! いいだろー!」

 

「うふふ、年下の男の子にお姫様抱っこしてもらうなんて、貴重な経験だったわ~」

 

 熱狂的なファンである美希を含め、全員大満足で終わった写真撮影だった。

 

 

 

 

 

 

「それで? 良太郎的にはどっちが本命なのかな?」

 

「そんなこと言ってる余裕が本当に兄貴にあるのかなっと」

 

 そう言いつつ、からかってこようとした兄貴にとある冊子を押しつけるように渡す。

 

「ん? 何これ」

 

「結婚式場のパンフレット。撮影現場の教会で貰ってきた」

 

「……えっと、俺にはまだ必要ないかな~……」

 

「大丈夫、それと同じものを三人に送っといたから」

 

「……その三人ってのは……」

 

 そう言いかけた兄貴だったが、丁度良く鳴りだした携帯電話の着信音に口をつぐんでしまった。

 

「さてさて、一番乗りに電話をかけて来たのは誰だろうな?」

 

 冷や汗を流して携帯電話を取り出す兄貴を見ながら、俺は内心でほくそ笑むのだった。

 

 

 




・話し合いの内容?
実に平和的でした。(棒)

・お姫様抱っこ
正式名称は横抱き。女の子の夢……らしい。知らないけど。
結構腕の力が必要なので男の子は将来のために腕立て伏せを欠かさないように。

・……俺、この撮影が終わったら、あずささんの写真集買いに行くんだぁ……。
『三浦あずさ First写真集 黒髪乙女 定価1980円』

・「何事だよ!?」
良太郎にしてはまともなツッコミ。今回良太郎のボケどころ少ない……。

・『貴方ならどっちの花嫁を選ぶ?』
すみません、両方ともテイクアウトで。



今回、話は長めの割にネタは少なめでした。申し訳ない。
なんかりんと美希に圧倒されて良太郎にボケさせる暇がなかった。

駆け足気味ですがこれで結婚雑誌撮影編は終了。次回からは新しい話です。
というわけでちょっとやってみたかった次回予告をどうぞ。



 竜宮小町を筆頭に快進する765プロに、一通の手紙が届く!

 それは「芸能人事務所対抗運動会」への招待状だった!

 希望と期待を胸に、アイドル達は新たなるステージに挑む!

 しかし! そこに待ち受けていたのは、律子のかつての同期の姿だった!



「でも、元気そうで何よりだわ」

「おっす、りっちゃん! 久しぶり~!」



 彼女達は、敵か!? 味方か!?

 そして! ついに『オーガ』と『覇王』が動き出す!?



「あ、いいこと思いついた」

「あ、何か嫌な予感がする」



 次回! 『アイドルの世界に転生したようです。』第11話!

 『ランナーズ・ハイ』で、また会おう!!



※誇張してます。過度な期待はせずにお待ちください。


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Lesson11 ランナーズ・ハイ

俺の成績が上がらないのはどう考えてもりん(の可愛さ)が悪い。

今回から運動会編になります。年末の忙しさも相まって難産気味ですが、頑張ります。


 

 

 

 芸能人事務所対抗大運動会。年に一度行われ、テレビによる生中継も行われる一大イベント。

 

 かつては芸能人紅白対抗大運動会と言い、各事務所が入り交じってのイベントだった。しかし某アイドルが大暴れし過ぎたため、どげんかせんといかんとスタッフが取った苦肉の策『対抗を事務所ごとにする』により、フリーアイドルだった某アイドルは参加出来なくなったという裏話がある。

 

 つまり何が言いたいのかと言うと。

 

「アンタのせいで俺まで参加できないってこと分かってます?」

 

『何よー、私の華麗な応援合戦に対抗できるアイドルがいなかったせいでしょー?』

 

「加齢な応援合戦(笑)」

 

『おいぶっ飛ばすぞクソガキ』

 

 現在その某アイドルこと『オーガ』日高舞さんと電話中である。

 

 舞さんと知り合ったのはデビュー僅か一年後。番組出演のためにテレビ局へと出向いた際、俺の楽屋で待ち受けていたのが舞さんだった。道理で楽屋に向かう途中のスタッフがやたら脅えてたわけだよ。

 

 

 

 ――へぇ、こんなガキが私の再来ねぇ。

 

 ――ふぅん、伝説のアイドルも随分と年喰っちゃったもんだ。

 

 ――あ゛?

 

 ――あ゛?

 

 

 

 とまぁ、そんなやり取りがあったりなかったり。そうした経緯を経て、こうして気軽に電話する仲になったという訳である。これまでに何回か自宅に招待されたりもしている。

 

「大体、応援合戦以外にも色々やらかしてるでしょーに」

 

 出る種目全てで一位。キャラ的にも圧倒的に目立っており、他のアイドルが完全に霞んでいた。

 

「過去のVTR見せてもらいましたけど、何ですかアレ。芸能人紅白対抗運動会じゃなくて完全に日高舞オンステージじゃないですか」

 

『目立った私が悪いんじゃない。目立てない他のアイドルが悪い』

 

「ひでぇ」

 

 まぁ、俺もそこまで人のこと言えた立場じゃないが。

 

 とにかく、同じフリーアイドルである俺も舞さんのせいで運動会に出場出来ないのでした、ということだ。

 

「そんなことより、聞きましたよ。今年は愛ちゃんも参加するらしいじゃないですか」

 

 電話をかけた理由である本題を切り出す。

 

 日高(ひだか)(あい)。舞さんの一人娘で、876(バンナム)プロダクション所属の駆け出しアイドル。元気で明るく、大きな声と豊かに育ち始めたおっぱいが特徴の13歳。自宅に招かれたときに紹介されて以来懐かれてしまい、今では良き妹分である。

 

 その愛ちゃんが所属する876プロが芸能人事務所対抗大運動会に出場するという話を小耳に挟んだので、今回電話をかけた次第である。

 

『えぇ。愛ったら『テレビ出演のチャンスだー!!』ってはりきっちゃって。今も外に走りに行っちゃってるわ』

 

「道理で携帯にかけても繋がらないはずだよ……」

 

 携帯不携帯とか意味ないじゃないか。応援のメッセージでもと思ったんだけど。

 

『未だに大きな仕事が無いみたいだからね。少しでもチャンスを掴みたいみたい』

 

「でも、あの運動会で目立つのは相当難しそうですけどね」

 

 何せ出場アイドル全員が同じ考えなのだ。ちょっとやそっとのことじゃ駆け出しアイドルは目立つ機会すら掴めない。

 

『まぁ、無理に決まってるわね』

 

「少しは娘を信じてやろうぜ」

 

 この母親、初めから娘に期待してなかった。酷すぎる。

 

『あの運動会では、って話よ。だってあの子達も出るんでしょ? 1054プロの』

 

「魔王エンジェルですね。確かにあいつらが出るとなると、ちと厳しいですかね」

 

 歌や踊りのパフォーマンスもさることながら、容姿的にもキャラ的にもハイクオリティな三人だ。りんだけ運動神経は正直アレだが、それでも目立つこと間違いないだろう。

 

「加えて、今年は765プロも初参加ですしね」

 

『あら、ようやくあの子達も参加なのね』

 

「彼女達も中々濃いメンツが揃ってますから。いいダークホースになると思いますよ」

 

 何かやらかしてくれるんじゃないかと俺は信じてる。

 

『とにかく、アレは愛が駆け上がるべき舞台じゃないわ。結局駆け上がらないといけないなら、もっとデカイ舞台の方が効率いいに決まってるでしょ?』

 

「それが出来たら苦労しませんって」

 

 普通は下積みをコツコツ重ねていくものの筈だ。

 

『今回はどうせ無理なんだから、大きな仕事っていうものの雰囲気を感じられればそれで良しよ』

 

「まぁ、それはそうですね」

 

『愛が駆けあがる舞台は、私がちゃーんと考えてあげてるから……!』

 

「ナニソレ怖すぎる」

 

 え、実の娘になにする気だ? この人我が子を平気な顔で谷底に叩き付けそうだから余計に怖い。……何かあったら少しぐらいフォローしてあげるか……。

 

 それはそれとして、そろそろ次の現場だ。とりあえず愛ちゃんに応援のメッセージでも伝えてもらって……。

 

 

 

『あ、いいこと思い付いた』

 

 

 

 あ、嫌な予感がする。

 

 

 

 

 

 

 芸能人事務所対抗大運動会当日がやって来た。

 

 これはこの世界の人間にとっては新たな活躍の場を得る格好のイベント。ここで目立てば世間の注目も集まり、人気も仕事も増えるはずだ。

 

 今までは参加出来なかったが、今年は竜宮小町が頑張ってくれたお陰で私達765プロも参加することが出来た。

 

 これは竜宮小町だけでなく、他の娘達の名を売る絶好のチャンス。全員気合いを入れて望まなければならない。

 

 ……だというのに。

 

「伊織! 真! ケンカしないの!」

 

「だって律子! 真が!」

 

「あれは伊織のせいだろ!」

 

 ホント頭が痛い。今更ながらこの二人を二人三脚のペアにしてしまったことを猛烈に後悔していた。

 

 まだ競技が始まってすらいないというのに、練習の時点で二人の息が全くあっていないことが判明。上手くいかないことを互いが互いのせいにしあって全く練習が進まない。

 

「ふ、二人とも、ケンカはよくないよー……」

 

「「雪歩は黙ってて!」」

 

「はぅ……!?」

 

「はぁ……」

 

 ホント、頭が痛い。

 

 さらに頭痛の種はもう一つ。

 

「美希! いつまでぶーたれてるの!」

 

「むー……何でアイドルの運動会なのに、りょーたろーさんがいないのー?」

 

「だーかーらー! これは事務所対抗の運動会だから、事務所に所属してないフリーの良太郎は参加出来ないの! 何回言ったら分かるのよ!」

 

 私の声に耳も貸さず、再びそっぽを向く美希。何でもアイドルの運動会と聞いて良太郎に会えるものだとばかり思っていたらしい。

 

 ウチの事務所への激励、そして結婚雑誌のモデルと二回の邂逅を経て、すっかり美希の良太郎熱が上昇してしまった。元々熱烈なファンだっただけあり良太郎と実際に会ったこと自体は良い影響になったらしく、今まで以上に仕事に気合いを入れるようになった。その点で言えば良太郎にしては珍しくグッジョブと言わざるを得ない。

 

 しかし、少々熱が強くなりすぎてしまったらしい。ことある毎に良太郎の昔の話を私にせがんでくるし、寝言でも良太郎の名前を呟くことが多くなった。ちなみにそれまでの寝言で一番多かったのはおにぎり。

 

 加えて、今回のこれである。

 

「はー……ホントにもう、アイツは居ても居なくても迷惑をかけるんだから……!」

 

「……プロデューサーになっても苦労してるみたいね」

 

 痛む頭を押さえていると、ふいに後ろから声をかけられた。聞き覚えのある懐かしい声、それでいてテレビでは何度も聞いた声だった。

 

「でも元気そうで何よりだわ」

 

「おっす、りっちゃん! 久しぶり~!」

 

 振り返った先にいたのは、アイドル時代の同期にして、現在のトップアイドルの一角、『魔王エンジェル』の麗華とりんだった。

 

「麗華!? りん!?」

 

「765プロが初参加って聞いたから、ちょっと顔でも出しといてあげようかと思ってね」

 

「……ま、魔王エンジェルの麗華さんとりんさん……!?」

 

「わわ、初めて間近で見た……!」

 

 現トップアイドルの突然の登場に、事務所のみんなも驚いていた。美希達、結婚雑誌撮影組だけはりんと会ったことがあるが、他のメンバーは初対面なので緊張した面持ちだ。

 

「わざわざありがとう。本当だったら、私達が挨拶に行かないといけないんだろうけど……」

 

「挨拶に行くべき人数が多すぎてやってらんないでしょ。気にしなくていいわ」

 

 昔のよしみだしね、と麗華は髪をかき上げる。

 

「そういえばともみは?」

 

 一人欠けていることに気付く。全くないことではないとは言え、このコンビだけというのも珍しかった。

 

「ともみだったら……」

 

 

 

『越えたー! 魔王エンジェルのともみ選手、160cmを跳びました!』

 

 

 

「競技の真っ最中よ」

 

「みたいね」

 

 というか走り高跳びで160cmって……よくまぁあんな軽々と跳べるものね。

 

「ともみは凄いなー、運動神経抜群で。アタシなんかコレが重くて運動苦手だし。スレンダーな麗華が羨ましいよ」

 

「オイコラ何が言いたい」

 

 自らの大きな胸を腕で下から持ち上げるりんに、麗華はこめかみに青筋を浮かべる。

 

「べっつにー? 細い麗華が羨ましいって話をしてるだけじゃん? ……あ、ウェストサイズはあんまり変わんなかったっけ」

 

「よしそのケンカ買った」

 

「ケンカなら余所でやって」

 

 

 

 麗華が落ち着いた辺りで、競技を終えたともみもこちらにやって来た。

 

「ブイ」

 

「さっすがともみ! ダントツで一位だったね!」

 

「うぅ、勝てなかったぞ……」

 

「それでも二位だったんだから、大健闘よ」

 

 薄い表情ながら満足そうなともみに対し、同じ走り高跳びに出場していた響が意気消沈していた。

 

「わたしは身長が高かっただけ。その身長で、しかも胸の重りまで付いてるのに155cmを跳んだ君の方がすごいよ」

 

「アンタまでそれを言うか!」

 

「?」

 

 恐らく純粋に響を慰めようと思ってかけたともみの言葉に、麗華が過剰反応する。ともみは何の話か分からず首を傾げていた。

 

「いくらなんでも気にしすぎでしょ」

 

「毎度のごとくアイツに弄られてるのに、気にしないってのが無理なのよ……!」

 

「麗華、胸を弄られてるってなんかヤらしー」

 

「うっさいわね!」

 

「……ともみのさっきの言葉もそうだったけど、アンタら良太郎に染まりすぎでしょ」

 

 もしくは毒されてると言うべきか。

 

「ホント!? アタシ、りょーくんに染まってる!?」

 

「うん、そうだね。りんはちょっと静かにしてようね?」

 

 爛々と目を輝かせるりんはともみに任せておく。

 

「何だかんだ言って既に四年の付き合いよ……何かしらの影響が出てても驚かないわ……」

 

 そんな台詞とは裏腹に、麗華は悲痛な表情を隠すように顔を手で覆う。

 

「目を付けられた以上、どうせアンタらも良太郎に染まる運命よ……」

 

「ホント!? ミキもりょーたろーさんに染まるの!?」

 

「うん、そうだな。美希はちょっとこっち来てような?」

 

 キラキラと目を輝かせる美希は響に任せておく。

 

「アイツは周りの人間に何かしらの影響を与えないと気がすまないのかしら」

 

「薬にも毒にもなる影響……いや、毒にしかならない薬ね」

 

「それ、薬は薬でも毒薬っていう劇物だぞ……」

 

 冷や汗を流す響を他所に、私と麗華は同時にため息を吐くのだった。

 

 

 

 ホント、今日は良太郎が居なくて良かったわ……。

 

 

 

(……あれ、これってフラグ?)

 

 

 




・芸能人事務所対抗大運動会
残念ながらアイドル以外の部門もあるのでポロリはありません。

・「俺まで参加できないってこと分かってます?」
まさかの主人公、運動会不参加である。

・日高舞
日高愛の母親にして伝説のアイドル。
わずか3年の活動期間で、16歳で引退したにも関わらず数々の記録を残した公式チートキャラ。
現在は13歳の娘を持つ29歳の母親。父親は明言されておらず、シングルマザー説が有力。
あまりのチート加減から、かの有名な地上最強の生物「範馬勇次郎」になぞらえて『オーガ』などと呼ばれている。

・「加齢な応援合戦(笑)」
そしてその舞さんにこんなことを言ってのける主人公もチートキャラ。
まぁ、二次創作ですし(メメタァ)

・『目立った私が悪いんじゃない。目立てない他のアイドルが悪い』
当たり前のことのはずなのに、この人に言われると何か釈然としないものを感じる。

・『あ、いいこと思い付いた』
悪 魔 の 閃 き

・「「雪歩は黙ってて!」」
鉄板のやり取り。……のはずなんだがアニメだとここ以外で見た記憶がない。

・「よしそのケンカ買った」
麗華のCVは今野宏美さん。主なキャラとしてアマガミの中多紗江……こんなところにも格差が……。

・「胸を弄られてるってなんかヤらしー」
実は第二話辺りからずっと思ってて、その表現を出来るだけ避けていたのだがネタとして採用。
今のところ良太郎のパイタッチイベントは考えておりません。

・「アタシ、りょーくんに染まってる!?」
ダメだこのりん、早くなんとかしないと。

・「ミキもりょーたろーさんに染まるの!?」
ダメだこの美希、早くなんとかしないと。

・(……あれ、これってフラグ?)
当然フラグです。



ついにみんな大好きオーガ登場。
現在どのタイミングで「ディアリースターズ」タグを入れるのか検討中。


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Lesson12 ランナーズ・ハイ 2

【悲報】主人公以外に既出キャラの出番なし


 

 

 

「……ハ……ハ……ハスターッ!」

 

 くしゃみです。誰かに噂されてるような気がする。これは知り合いの誰か、多分麗華かりっちゃん辺りだろう。

 

 現在俺は何処に居るのかと言うと、芸能人事務所対抗大運動会会場の、とある芸能人の楽屋前である。伊達眼鏡と帽子を装備中なので途中何人かのスタッフに止められたが、ちょっとお願いしたら快く通してくれた。いやー、人付き合いって大切だね。

 

 さて、この楽屋にいるのは俺の知り合いなので、激励を兼ねて今からサプライズを敢行しようと思う。別にいいよね? 答えは聞いてない!

 

 と言うわけで突貫!

 

 

 

「アァァァダァァァモォォォスゥゥゥテェェェ!!」

 

 

 

「おわぁっ!?」

 

 勢いよくドアを開けて中に入ると、驚き声と共にサプライズ対象の一人が椅子から転げ落ちた。どうやらサプライズは成功したらしい。ヤッタネ!

 

「誰だ!? って、おま、周藤良太郎!?」

 

「やぁやぁ、ジュピターのお三方、久しぶりだね」

 

 この楽屋の主こそ、現在人気うなぎ登りの男三人組ユニット、961プロの『Jupiter(ジュピター)』である。

 

「あ、りょーたろーくんじゃん。イェーイ!」

 

「おぉ、翔太。イェーイ」

 

「チャオ、良太郎君」

 

「おっす、北斗さん。今日もソフトモヒカン決まってるね」

 

 御手洗(みたらい)翔太(しょうた)とハイタッチをし、伊集院(いじゅういん)北斗(ほくと)と挨拶を交わす。何度か同じ番組で共演したこともあり、この二人とは比較的仲がいい。

 

 問題はこっちである。

 

「どうしたんだ、そんな椅子から転げ落ちたような格好で。……えっと、鬼ヶ島(おにがしま)羅刹(らせつ)

 

天ヶ瀬(あまがせ)冬馬(とうま)だ! いい加減覚えろ! 周藤良太郎!」

 

「さんを付けろよでこ助野郎。お前より年も身長も上なんだぞ」

 

「年はともかく学年は同じだし、身長も同じ175cmだろうが!」

 

「プロフィールの数字はサバ読んでるんだ。本当は182cm」

 

「オメーが北斗よりデカイ訳ねーだろ! 意味ねー嘘吐くな!」

 

 ジュピターのリーダー、天ヶ瀬冬馬。デビューした時から突っかかってくる困ったルーキー君だ。折れずに何度も噛みついてくるその姿勢は大変評価しているのだが、流石にそろそろ諦めてくれないだろうか。

 

 いや、噛みついてくること自体はいいんだよ? 麗華だって未だにヤル気満々だし。ただ、ところ構わず噛みついてくるのは少々マナー違反じゃないかとお兄さんは思うのですよ。

 

「それで、りょーたろーくんはどうしてここに?」

 

「ん? いや、暇だったから遊びにきた。知り合い沢山いるし」

 

「そんな理由かよ!?」

 

「わざわざ陣中見舞いに来たんだぞ? 早急なおもてなしを要求する。ほら、お茶くれお茶」

 

「この野郎……!」

 

 等と言いながらしっかりとお茶を用意してくれる冬馬。何だかんだ言って根は素直なんだろう。どうして俺にはこんな刺々しいんだか。

 

 冬馬が淹れてくれたお茶を飲みつつ四人で一息つく。

 

「三人は運動会自体には参加しないんだっけ?」

 

「あぁ。でもお昼のステージにゲストとして呼ばれててね」

 

「女の子達の前で歌うんだー!」

 

 大人気のジュピターなら観客や女性アイドルも大喜びだろう。

 

「本当は普通に出場する予定だったんだけど、社長の方針でこうなってね」

 

 そう苦笑いする北斗さん。

 

 ふむ、留美さんから聞いた事前情報とおんなじだな。……まさか本当に情報をリークしてくるとは思わなかったけど。なんか普通に世間話の流れで「実は社長の方針でうちのジュピターも参加せずに、ステージにだけ立つんですよ」と言われた時は思わず軽く流しかけたが、よくよく考えたらこれって結構不味いことのような気がする。これからはもう少し抑えるようにしてもらおう。

 

「俺は参加しようにもできないからなー。何処ぞの誰かさんが十年以上前にやらかしてくれたせいで、フリーアイドルには声すらかからない」

 

 出場出来たら八面六臂の大活躍間違い無しだったのに。

 

「そう言えばあんまりそういう番組に出てるの見たことないけど、りょーたろーくんって運動得意なの?」

 

「そりゃあもう。友達の家の道場で軽く剣の稽古つけてもらってたからな。体力には自信ありだ」

 

「剣だぁ?」

 

「あ、お前信じてないな。俺の友達の父親が喫茶店のマスターをやってる二刀流剣士でな……」

 

「まずその二刀流剣士っていう肩書の時点で信憑性がないんだよ!」

 

「別に二刀流剣士なんて珍しいもんじゃないだろ? なぁ、翔太」

 

「そこで僕に話を振る理由がよく分からないんだけど」

 

 え、翔太も二刀流剣士じゃなかったっけ? スターバーストなんとかっていうセリフが似合いそうな声をしてるけど。ちなみに冬馬は月まで届くパンチが撃てるロボットに乗ってそうで、北斗さんは……なんだろう、音楽教師の女性が昔ヘヴィメタルを始めるきっかけになった男の人みたいな声をしてる気がする。

 

「とにかく、剣術は教えてもらえなかったが基礎体力と基本的な剣の振り方はしっかりと身に付いたぞ」

 

 あの道場、俺以外の転生者なんじゃないかって思うぐらい身体能力がずば抜けた人達ばっかりだから、指導者に関しては一切事欠かなかった。おかげでそこら辺のダンストレーニングで得られる以上の基礎体力が付いたと思う。ついでにナイフを持った人間三人ぐらいに囲まれても対処できるぐらいにはなった。

 

 ……いや、俺もここまでする必要ないんじゃないかと思ったんだが、今の俺の立場って結構護身術重要だからね。前世にもファンに刺されてお亡くなりになられた有名人とかいたし。今となっては兄貴の方がこの護身術必要……あ、ダメだ、一人拳銃持ってる。

 

「りょーたろーくんがあれだけ激しいダンスを何曲も踊っても全然息切れしない理由はそんなところにあったのか……」

 

「まぁ、最近はあんまり行けてないんだけどな。受験勉強とかしないといけないし」

 

 結局兄貴や先方の方々と話し合った結果、出来るだけ近くてそこそこの偏差値の大学を受験することにした。おかげで受験終了までライブやツアーは一切出来なくなってしまったが。

 

「はっ、そんなことのんびりとやってたら、あっさり俺達が追い抜いちまうぜ」

 

「とーま君のこのセリフ何回目だっけ?」

 

「少なくとも十回は聞いたな」

 

「おめーらよぉ……!?」

 

 仲間からも弄られる冬馬は本当にジュピターの善きリーダーです。

 

「っていうか、お前はどうするんだよ」

 

「………………」

 

 おいこっちを見ろよ高校三年生。

 

「でもまぁ、うかうかしてられないってのは同意かな」

 

「お? ……その感じだと、新しく周藤良太郎のお眼鏡にかかった子でも現れたのかい?」

 

「まぁね。今日もこの後会いに行くつもり」

 

「もしかして『新幹少女(しんかんしょうじょ)』?」

 

「誰?」

 

「あ、うん、何でもない」

 

 聞いたことはある気がするが、いまいち記憶に残ってない。……テレビに映ってた……かな? 竜宮小町が出演する番組に変える前のチャンネルにチラッと映ってたような気がしないでもない。ダメだ、おっぱい大きな娘がいないアイドルグループは一切覚えていない。

 

「うーん、魔王エンジェルは言うまでもなく良太郎君のお気に入りだし……」

 

「他にいたか? 最近出てきた奴らでそんなの」

 

「もちろんいるさ。大粒の原石がゴロゴロと」

 

「原石ねぇ……」

 

 あ、冬馬が信じてない目をしている。

 

「いいか? 原石ってのは磨かないとただの石で、磨くと光る宝石になる」

 

 けどな。

 

「本物の原石ってのはな、宝石なんてちゃちなもんじゃねぇ。一回磨けば、後は自分の力で光り出すんだよ。周りから光を当てなくてもな」

 

 そういうの、何て言うと思う?

 

「……何だよ」

 

 

 

「……偶像(アイドル)じゃなくて、(スター)って言うんだよ」

 

 

 

 

 

 

「……勝てなかったよぉ……」

 

 気合い十分で挑んだ100m走だったが、結局三位。随分と中途半端な順位に終わってしまったため、目立つことすら出来なかった。

 

「ドンマイ、愛ちゃん」

 

「こ、声の大きさじゃ負けてなかったよ」

 

 876プロに宛がわれたスペースに戻ると水谷(みずたに)絵里(えり)さんと秋月(あきづき)(りょう)さんに出迎えられた。

 

「はぁ……少しは予想してたけど、全然テレビに映れませんね……」

 

「仕方がないよ。わたし達よりも有名なアイドルが沢山出てるんだから」

 

「出場出来たこと自体が奇跡だからね」

 

 本来、一定の知名度がなければオファーがかからないこの芸能人事務所対抗大運動会。まだまだ無名もいいところのあたし達が参加できたのは、本当に偶然参加者の空きが出来たから。社長がその枠にツテとコネを利用して無理矢理捩じ込んでくれたお陰である。

 

 社長曰く、一度くらい本物の世界を見てくるといい、とのこと。

 

 折角のチャンスに見るだけではダメだ。出るからには目立たなくては!

 

 あたしは、伝説のアイドルと呼び声高い日高舞の娘だ。とあるオーディションに行けば「あの日高舞の娘」と呼ばれ、別のオーディションに行けば「あの舞さんの娘さん」と呼ばれる。いつでもあたしにはママの名前が付きまとう。別にそれを疎ましく思っているわけじゃないが……それでも、あたしは「日高舞の娘」ではなく「日高愛」になりたいのだ。ママの名前ではなく、あたしはあたしの名前でアイドルになりたいのだ。

 

 

 

 あたしが憧れる、若き頃のママの姿。そして、尊敬するりょーおにーさんのような……。

 

 

 

 ……そう意気込んで出場したにも関わらず、結果はご覧の有り様だ。

 

「それに引き換え、765プロの皆さんは凄いなぁ……」

 

 人気上昇中の竜宮小町の三人を筆頭に、他の皆さんも最近ちょくちょくテレビや様々なメディアで見かけるようになった。この運動会でも様々な場面で目立っており、注目度はこれまた最近人気の新幹少女に負けていない。

 

「愛ちゃん、わたし達もまだまだこれからだよ」

 

「そうそう、みんなで頑張ろう」

 

「……そうですね! まだまだこれからですよね!」

 

 押してもダメなら、押し破っちゃえば何とかなる! こんなところで落ち着こむのは、あたしらしくない!

 

「それで、次の競技はなんですか!?」

 

「あ、次はチアリーディングだけど、お昼のステージの後だからしばらく休憩だね」

 

 早速出鼻を挫かれました……。

 

 

 

 

 

 

 コンコンッ

 

 一分近くジュピターの三人は黙ってしまっていたが、楽屋のドアがノックされたことにより我に返ったようだ。

 

「そろそろ準備お願いしまーす」

 

 外からそんなスタッフの声が聞こえてくる。

 

「おっと、そろそろお仕事の時間だな。是非とも頑張って来てくれ」

 

「……あ、うん。もちろんだよ」

 

「良太郎君も、よかったら僕達のステージ見ていってね」

 

 立ち上がった翔太と北斗さんに向かって手を振って見送る。

 

 しかし、何故か冬馬だけ顔を俯かせたまま立ち上がらない。

 

「どうした?」

 

「……一つ聞きたい」

 

「ん?」

 

「……お前は、どっちなんだ?」

 

 というと?

 

「お前は……アイドルか? ……それともスターか?」

 

 そう尋ねながら顔を上げた冬馬の表情は、いつのも挑戦的なものではなく、久しぶりに見た真っ直ぐで純粋な一人の少年の目だった。

 

「俺はアイドルか、スターか、ね」

 

 

 

 そんなもん、決まっている。

 

 

 

「俺は――」

 

 

 




・ハスターッ!
ここでSANチェックです。さらにアイデアロールで成功してしまうと、このくしゃみに隠された意味に気付いてしまい『一時的な狂気』に陥ってしまうのでご注意ください。

・答えは聞いてない!
この世界の良太郎には常にクライマックスなモモタロスと人の答えを聞かないリュウタロスの両方が憑依しているようです。

・「アァァァダァァァモォォォスゥゥゥテェェェ!!」
ハーニマカセ、ホニマカセー! ペイッ!

・『Jupiter』
アイマスに登場する唯一の男性アイドルグループ。
何か各キャラごとの絡みが原作ではあるみたいなんだけど、原作未プレイな作者は知らないのでそんなこと気にせず行きます。

・鬼ヶ島羅刹
公式ネタ。どう間違えたらこうなるんだか。

・182cm
具体的な数値が欲しかったので既存のモバマスキャラのものを使用。
にょわー。

・喫茶店のマスターをやってる二刀流剣士
Lesson06以来のとらハネタ。この世界の士郎さんもとりあえず強いです。

・え、翔太も二刀流剣士じゃなかったっけ?
所謂『中の人ネタ』
翔太は「ソードアート・オンライン」のキリト。
冬馬は「創聖のアクエリオン」のアポロ。
北斗は「けいおん」のさわちゃんの初恋の男子生徒。
……神原さん、俺の知ってるキャラ全然やってないんだよ。

・『新幹少女』
どうやら主人公の記憶には残っていないようです。

・偶像じゃなくて星
元ネタは「神のみぞ知るセカイ」での桂馬のセリフ。
賛否両論あるセリフだと思いますが、出来れば主人公の答えを聞いてからのご意見をお願いしたいです。

・876プロ
DS版『Dearly Stars』の舞台となるプロダクション。
この世界での愛ちゃん達の年齢は原作通りの年齢となっております。



ちょっとだけシリアスな感じ。今回の話はちっとだけ真面目なテーマで行きます。

メリークリスマス。


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Lesson13 ランナーズ・ハイ 3

難産のくせに短めでクオリティー低し。


「いいなぁ……」

 

 お昼のステージ。竜宮小町と魔王エンジェルが並んで立っていた。先ほど、108(テンハ)プロダクションの『アルトリ猫』も含めた三つのアイドルグループによるミニステージが行われ、今は三グループ並んで司会者からインタビューを受けている。

 

「魔王エンジェルの隣に並んでるってだけでも凄いのに、さらにその隣にはアルトリ猫の三人もいるよー!」

 

「えー? 私、あずささんの腕しか見えませんー!」

 

 765プロに宛がわれた位置は丁度ステージの裏側に近かったため、首を伸ばさなければステージの上の様子を覗うことが出来なかった。しかし声だけはスピーカーを通してしっかりと自分達に届いていた。

 

 

 

『あたしは運動苦手だからあんまり競技では活躍できないけどー、その分ステージも頑張ったし、後は足が速い麗華に全部お任せってことで!』

 

『アンタことあるごとにそれ言っているけど、私別にそう足が速い訳じゃないわよ?』

 

『え? でも空気抵抗は少ないでしょ? 重い荷物も持ってないし』

 

『私、さっきも言ったわよね? ケンカだったら買うって』

 

『大丈夫、麗華。胸が小さいことは悪いことじゃない』

 

『ともみアンタ言ったな!? 私のっ! 胸がっ! 小さいって言ったなぁぁぁ!?』

 

 

 

「何なんだこのコント」

 

 思わずそう呟いてしまった。先ほどもやっていた魔王エンジェル三人のやり取り。姿が見えずとも、般若の形相の麗華さんが何を怒っているのか分かっていないともみさんに詰め寄り、その様子を見てりんさんが笑っている、そんな光景が容易に予想できる。

 

 しかし会場の観客には大変受けていた。おかげで同じステージ上の竜宮小町やアルトリ猫達が若干霞んでしまっている。

 

「これが、トップアイドルの実力……!」

 

「いや、雪歩。こんなところにトップアイドルの実力を見出すのは何か間違ってると自分思うぞ」

 

 少なくとも、麗華さんは不本意以外の何物でもないだろう。

 

「しかし、観客の方々が大いに沸いているという点で見れば、雪歩の言っていることも間違ってはいないのではないでしょうか」

 

 むむ、貴音の言うことにもそれはそれで一理あるかもしれない。お高くとまっているアイドルよりも、こういうアイドルの方が確かに人気が出そうだ。というか、現に出ている訳で。

 

(……でも、こう、何か違うような気がするぞ……)

 

 これを認めてしまったら、律子や麗華さんを裏切ってしまうような、将来的に自分が割を食うような、そんな気がしてならない。

 

 その時、不意に会場の照明が暗くなった。

 

『ここで! 女性ファンに嬉しいゲスト! 『Jupiter』の三人の登場です!』

 

 次の瞬間、会場全体から黄色い声が上がる。ステージの上に現れたのは、人気急上昇中の男性アイドルグループだった。

 

「あ、ジュピターだ!」

 

「最近凄い人気だよねー」

 

「私、一回だけ会ったことあるよ」

 

「え? 春香、何処で?」

 

「えっと……テレビ局で、ちょっと」

 

 良太郎さん以外の男性アイドルにあまり縁がない765の仲間達は少し盛り上がる。

 

「……こんなアイドル出すぐらいならりょーたろーさんの方がいいの」

 

「美希、仮にもジュピター相手にこんなってのは流石に言い過ぎだと思うぞ」

 

 そしてそんなことを不満げに呟く美希は相変わらずだった。

 

 

 

 

 

 

『ジュピターのお三方、ありがとうございました! それでは――』

 

 バンッ

 

 それはジュピターのライブ終了と同時だった。突然、会場の照明が落ちたのだ。先程のジュピターの時と同じだが、全く同じ演出をするとは思えない。

 

『えっと……またしても暗くなりましたが、少々お待ちください』

 

 司会の人にも予想外の出来事だったらしく、明らかに狼狽えている。参加しているアイドルや観客もザワザワとしており、会場全体が突然の事態に混乱している様子だった。

 

 ……何だろう、自分、スッゴい嫌な予感がするぞ……。

 

 

 

 

 

 

 この時、嫌な予感がしていたのは響一人だけではなかった。

 

(((……嫌な予感……)))

 

 麗華、律子、冬馬の三人も、一抹の不安を感じていた。

 

 そして、その不安は的中することとなる。

 

 カッ

 

 スポットライトに照らされ、会場のど真ん中に一人の少年の姿が浮かび上がる。

 

 

 

『……会場の皆さん、人気急上昇中のジュピターのライブの後で既にお腹一杯かもしれませんが……』

 

 

 

「……え」

 

 それは、一体誰の呟きだったのか。

 

 

 

『デザートに、周藤良太郎はいかがですか?』

 

 

 

 そこに立っていたのは、現在の日本でアイドルの頂点に君臨する少年……周藤良太郎だった。

 

 

 

「「「何やってんだお前ぇぇぇ!?」」」

 

 

 

 三人の魂が籠った渾身の叫び声は、会場全体を包み込んだ爆発するかのような大歓声に掻き消された。

 

 

 

 

 

 

「マジ何やってんだよアイツ……!?」

 

 いつからそこにいたのか全く分からないが、良太郎が会場のど真ん中でスポットライトを浴びながら立っていた。どうやらスタッフも一切このことを知らなかったらしく、全員良太郎の登場に混乱していた。……一部の女性スタッフは我を忘れて歓喜しているようだが。

 

『どうも皆さん、突然お邪魔します。いや、本当だったら事務所に所属していないから参加出来ないんですけど、思わず来ちゃいました』

 

 マイクを通して聞こえる良太郎の声は、心なしか楽しそうに聞こえる。

 

 

 

 ――す、周藤良太郎!?

 

 ――おいマジかよ本物かよ!?

 

 ――ちょ、ちょっと私にもオペラグラス貸してよ!

 

 ――ちょ、馬鹿待て揺するなって!

 

 

 

 新幹少女を応援していた男性ファンも、俺達に色めき立っていた女性ファンも。会場に来ていた観客全員が良太郎の登場に沸き上がる。そこに年齢や性別は関係ない。勿論それはアイドル達も例外ではなく、自分達の頂点に立つ存在、憧れのトップアイドルの姿に歓喜していた。

 

 そんな周囲を他所に、混乱の張本人である良太郎はいつもと変わらぬ様子で周りに向かって手を振っている。途中、こっちに気付いてブイサインをかましてきやがった。あんにゃろう……!

 

『いやいや、飛び入り参加を許してくれたスタッフの皆さんには大変感謝してます』

 

 むしろお前は感謝だけで済ますつもりなのかと言いたい。

 

『感謝すると同時に、話をしてから十五分でここまで対応してくれたスタッフの迅速さにビックリしてます。いやぁ、随分とお仕事早いですね、ここのスタッフさんは』

 

「十五分!?」

 

「ってことは、俺達の楽屋出てから交渉始めたのかよ!?」

 

 やはりこいつ馬鹿なんじゃなかろうか。

 

『そんな優秀なスタッフさんに感謝しつつ……一曲、お付き合い願いましょうか』

 

 その良太郎の言葉に合わせるように、会場のスピーカーから音が流れ始める。

 

 

 

 その瞬間、会場は周藤良太郎に染め上げられた。

 

 

 

 曲は、良太郎の代表曲。何の才能もない少年が、生まれ変わってアイドルになる物語。話では良太郎自身が作詞したそうだ。

 

 

 

『声上げろ! Hey!』

 

『Hey!』

 

 

 

 良太郎の掛け声に合わせて会場全体が揺れる。その歌が、ダンスが、観客全員の心に叩き付けられる。

 

 照明が落ちた暗い会場で、良太郎は一人スポットライトを浴びている。

 

 それはまるで夜空に輝く(スター)のようで……。

 

「………………」

 

 

 

 

 

 

 ――俺は、自分にアイドルの才能があると自覚している。

 

 ――でも、持っているだけでそれ以外はそこら辺にいる人間と変わらない。表情を持ち合わせていないだけの、ただの人間。

 

 ――それでも俺が今ここにいるのは、笑顔になってくれる人がいるからだ。

 

 ――俺の歌を喜んで聞いてくれる人がいる。俺の踊りを楽しんで見てくれる人がいる。

 

 ――俺は、自分が誰かを照らしているなんて考えたことは一度も無い。

 

 ――誰かを笑顔にするために、歌う訳じゃない。

 

 ――誰かが笑顔になってくれると信じているから、歌う。

 

 ――だから、俺は偶像(アイドル)

 

 ――(ファン)に照らされて輝く、偶像(アイドル)なんだよ。

 

 

 

 

 

 

 良太郎は、会場のど真ん中で悠々と一曲を歌いきった。再び会場が大歓声に包まれる。

 

『今日は俺の我儘にお付き合いいただき、本当にありがとうございました! 急遽対応していただいたスタッフさんにも多大なる感謝を! ご来場の皆さん! そしてテレビの前の皆さん! 引き続き芸能人事務所対抗大運動会をお楽しみください! 以上、周藤良太郎でした!』

 

 割れんばかりの大歓声をその身に受けながら、良太郎は走って会場から退散していった。

 

「ホント、嵐のように去って行ったね……」

 

 ともみの言葉の通り、嵐のように現れて嵐のように去り、そしてこの会場にいる全員の心に爪痕を残していった。最近大人しかったと思ったら、こんなところでこんなでかいことを仕出かすとは……。

 

(……ん?)

 

 ふと疑問に思った。何故良太郎はこんなことを仕出かしたんだ? 「面白そうだったから」というふざけた理由も考えられるが、今回に限ってそれは無いような気がする。

 

 何故なら、この会場には駆け出しの若手アイドルが大勢いるからだ。

 

 最近の良太郎のお気に入りである765プロ。妹のように可愛がっている日高愛が所属する876プロまで参加しているこの運動会。あの周藤良太郎が飛び入りでゲリラライブなんて真似をしたら、注目を全てかっさらってしまうことはほぼ確実。そんなことをしてしまったら、他のアイドルが目立つ機会が少なくなってしまう。普段はアレだが、それが分からないほど良太郎はバカじゃないはずだ。

 

 世間では『覇王』やら『四文字で悪鬼羅刹、五文字で周藤良太郎』などといったイメージを持たれる良太郎だが、後輩アイドル達の出番をわざと奪うような真似だけは絶対にしない。

 

 なのに何故、今回このような行動に出たのだろうか。

 

「……ねぇ、どうして良太郎、こんなことしたと思う?」

 

「え? ……おもしろそうだったから?」

 

「やっぱり普通はそう考えるわよぇ……。りんはどう思う?」

 

「はぁ、りょーくん……!」

 

 あ、ダメだ、こいつまだトリップしてる。

 

「ほら、とりあえずまだ運動会は続くんだから、さっさと帰るわよ」

 

「この後は、チアリーディングだね。わたし達は参加しないけど」

 

 未だに目がハートのりんを引きずり、私達は1054プロのスペースへと帰るのだった。

 

 

 

 あ、マネージャー、携帯持ってきて、私の。

 

 

 

 えっと、『話があるから来い。逃げたらコ○ス』っと……送信。

 

 

 




・『アルトリ猫』
織香、ミシャ、シュレリアの三人で構成された108プロダクションのアイドルグループ。
ヒュムノスという特殊な言語を用いた謳を歌う。
元ネタはガストとバンダイナムコゲームスの共同開発したRPG『アルトネリコ』
数多くのアイドルキャラがいる中で、ここをチョイスしたのは完全に作者の趣味である。

・「何なんだこのコント」
良太郎がいなくても常に三人は結局この調子。麗華さんは不憫キャラで通っています。

・将来的に自分が割を食うような
※やはりフラグです。

・ジュピターのお三方、ありがとうございました!
オ ー ル カ ッ ト !

・『デザートに、周藤良太郎はいかがですか?』
晩御飯を食べたらデザートにホールケーキが一人一個出てきました的な。

・いやぁ、随分とお仕事早いですね
ジェバンニが十五分でやってくれました。

・良太郎の代表曲
ちょいとネタが仕込んであるのでここでは深く言及しません。

・俺は、偶像だ。
ようするに鶏が先か、卵が先かって話。
良太郎が輝くからファンが笑顔になるのか、ファンが笑顔になるから良太郎が輝くのか。
捉え方の違いですが、良太郎はこう考えています。

・何故、今回このような行動に出たのだろうか。
今回はちょっとシリアス続きになりそうです。

・『話があるから来い。逃げたらコ○ス』
可愛いアイドルからの呼び出しメール!
これには純情な男の子のハートも(恐怖で)ドッキドキだ!



若干遅くてクオリティが低いのはシリアス気味なせい。
ポケバンクが繋がらないことは一切関係ありません。


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Lesson14 ランナーズ・ハイ 4

まだまだ続く運動会編。ナガイナー。


 

 

 

「『だが断る』っと……送信」

 

 おぉ、直ぐ様反応があった。しかも電話だし。メールの返事に電話をかけることが最近の流行りなんだろうか。

 

 とりあえず通話っと。

 

「現在この電話は使われておりません。もしくは呼び出しに応じるつもりがありません。『ふざけんなコラ』という言葉と共に通話が終了しますので、しばらくした後にかけ直してください」

 

『ふざけんなコラ――!』

 

 ピッ

 

「さてと、これでオッケー」

 

 携帯電話の電源を落としてからポケットにしまう。後が怖いが、これでしばらくは自由だぞ。しばらくシリアスな空気とかやりたくないでござる。

 

 さてさて、現在俺は再び伊達眼鏡と帽子を装着して会場をウロウロしていた。大勢の観客がいるスタンド周りを歩いていても、相変わらず全く気付かれる様子がない。本当に便利だなこれ。

 

 売店で買ったアイスコーヒーで喉を潤しつつ、観客席側から会場のステージを見下ろす。

 

 ステージでは現在、様々な事務所のアイドル達によるチアリーディングが行われている。麗華達は参加していないが、765プロからは春香ちゃんと響ちゃん、876プロからは愛ちゃんと涼が参加している。

 

 いやはや、いいもんですなぁ、うら若き乙女達のチアリーディング。

 

 他の面子と比べてもちっちゃな響ちゃんと愛ちゃん。元気一杯にポンポンを振っている姿を見ると、保護欲が沸いてくるというか、グリグリと頭をなで回したい衝動に駆られる。あと揺れる乳とチラリと覗く太ももが堪らない。

 

 春香ちゃんも同年代の娘と比べたら結構胸ある方だと思うんだけどなぁ。……周りが化け物揃いなせいで影が薄くなりがちだが。それよりも、春香ちゃんの特徴はやっぱり笑顔だよな。なんというか、こう、正統派アイドルって感じがする。

 

 涼は……うん、たまに忘れそうになるけど、あれ男なんだよな。事前情報無かったら絶対分かんなかった。茶色のショートボブといい、ハスキーな女性のような声といい、男子校でモテモテという話も頷けるよ。微塵も羨ましくないけど。秋月家の方針だかなんだか知らないけど、りっちゃんも従弟に対して随分と酷なことするなぁ。

 

 さて、いい目の保養になったチアリーディングもそろそろ終わりだ。今から移動して、愛ちゃん達のところに顔出しに行くかな。

 

 ……って、あ! 春香ちゃんが響ちゃんを巻き込んで転んだ!

 

 チラリは!? ポロリは!?

 

 

 

 

 

 

 チラリなんてなかった。ちくせう。

 

 チアリーディングが終わり、アイドル達の昼休憩と相成った。俺も売店のホットスナックを軽く腹に入れ、愛ちゃん達876プロに宛がわれた場所へ向かう。当然関係者以外立ち入り禁止だが、堂々と歩いているため逆に怪しまれない。疚しいことがなければどうってことないさ! あ、あの娘おっぱい大きい。

 

「確かスタッフはこっちって言ってたよなー……っと、居た居た」

 

 既にチアの格好から着替えてしまっていたが、間違いなく愛ちゃんと涼だった。

 

「おーい! 愛ちゃーん! 涼ー!」

 

 手を振りながら二人の名前を呼ぶ。

 

 どうやらこちらに気付いたようだ。愛ちゃんは手にしていた大きな包みを涼に預けると、こちらに向かって満面の笑顔でダッシュしてきた。

 

 来るなら来い! 足を肩幅に開いて愛ちゃんを待ち受ける。

 

「りょーおにーさーん!!」

 

 ズドーンという擬音が聞こえてきそうな勢いで、愛ちゃんが突っ込んできた。いくら愛ちゃんがちっちゃくて軽いとはいえ、人一人が勢いよく突撃してきたらその衝撃は凄まじいものだ。

 

 だがしかし、高町ブートキャンプを乗り越えた俺に抜かりはない。衝突する軸を中心からズラし、クルリと回るように力を受け流しながら愛ちゃんを抱き抱える。

 

「りょーおにーさん久しぶりですー!!」

 

「久しぶりだねー、愛ちゃん」

 

 その場でクルクルと二回転ほどしてから愛ちゃんを下ろした。やわっこかったです。

 

「さっきのステージ格好よかったです!!」

 

「ありがと。愛ちゃんもチアリーディング可愛かったよ」

 

「ありがとうございます!!」

 

 うん、相変わらず愛ちゃんは元気がいいね。声の大きさも相変わらずだ。すぐ側にいるんだからもう少し声のボリュームを落として欲しいかなー。

 

「良太郎さん」

 

「涼も久しぶり。チアリーディング可愛かったぜ」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 愛ちゃんの頭をグリグリと撫でながら、近寄ってきた涼も褒めておく。それに対して涼は苦笑い。まぁ、男だって知っててわざと言ってるからな。

 

「いきなりだったからビックリしましたよ」

 

「サプライズなんだから当たり前だろ」

 

「律子姉ちゃんも怒り心頭ですよ、きっと」

 

「……やっぱりそうかな?」

 

 麗華もぶちギレてたみたいだし。これぐらいの茶目っ気は許してもらいたいもんだ。遊び心がなくっちゃアイドルなんてやってられないって。

 

「それはもう、いきなり殴りかかってくるんじゃないですかね」

 

 ん? 何やら涼の視線が俺の後ろに……はっ!? 殺気!?

 

「チェストォォォ!」

 

R+下弾き(きんきゅうかいひ)!」

 

 慌ててその場に屈むと、俺の頭があった空間を拳が通過していった。あの勢いは確実に俺をヤるための一撃だ。

 

「りっちゃん、流石に延髄への一撃は危ないと思うんだけど」

 

「アンタが迷惑をかけた関係各所全ての怒りよ」

 

 その場に屈んだまま振り返ると、そこには鬼の形相を浮かべるりっちゃんの姿が。下から見上げるとよく分かるけど、やっぱりりっちゃんもおっぱい大きいなぁ。

 

「律子姉ちゃん」

 

「涼、ステージよかったわよ」

 

 りっちゃんも涼達の陣中見舞いかな。

 

「ちょうど良かった、今から765プロの陣中見舞いに行こうと思ってたんだ」

 

「あたし達の出番は午前中で終わりなので」

 

 なるほど、涼が抱えてる包みは765プロへの差し入れだった訳だ。

 

「大歓迎よ。あの子達も喜ぶわ」

 

「じゃあ俺もついでに一緒に」

 

「あんたは来なくていいわよ。色々と面倒臭いから」

 

「つれないこと言わないでよ律子姉ちゃん」

 

「あ、気持ち悪いからそれ止めてくれる?」

 

 真顔で拒否られると流石に堪えるんですけど。

 

「……あの、三人とも、知り合いの人?」

 

「ん?」

 

 愛ちゃん達と一緒にいた女の子が首を傾げていた。えっと、この娘は……。

 

「水谷絵理ちゃんだよね。愛ちゃんや涼からよく話は聞いてるよ」

 

 今のままじゃ分かんないだろうから、伊達眼鏡を下にずらす。

 

「初めまして、周藤良太郎です」

 

「……え?」

 

 あ、ポカンとしてる。

 

「愛ちゃん達から話聞いてない?」

 

「……えっと、仲の良い『りょうたろう』って名前のお兄さんがいるとは聞いてましたけど……ほ、本物の周藤良太郎さん?」

 

「もちろん。周藤良太郎は二人もいないよ」

 

「こんな奴が二人もいたらたまったもんじゃないわよ」

 

 まぁ、同じような系統の元アイドルならいるけど。

 

「これからもアイドルを続けるなら、いずれ一緒に仕事する機会もあるかもね。是非とも愛ちゃんや涼と一緒に頑張って」

 

「……は、はい!」

 

 うんうん、小乳だけどいい娘じゃないか。愛ちゃん達と合わせて将来に期待かな? ただ今は熟成期間ってとこか。

 

 ホント、こういう若い子達が頑張ってる姿はいいもんだ。ホント。

 

 

 

 

 

 

「……ねぇねぇにーちゃん、何で真美達のお弁当ちゃっちいのー?」

 

「えっと……け、経費削減の折でな……は、ははは」

 

 はぁ、と全員のため息が一致する。他の事務所のアイドルが豪華な仕出し弁当を食べている一方で、私達のお弁当は幾分か見劣りがするものだった。

 

 まだまだ765プロは私達竜宮小町以外の仕事が少ない。この運動会で目立つことが出来れば、もっと人気が出て仕事も増える。そうすれば、私達はこんな寂しいお弁当のような存在ではなくなるはずだ。

 

 そんな中、一人美希だけがご機嫌だった。

 

「随分と美希はご機嫌ね」

 

「だって、良太郎さんが見てくれてるの! だったら頑張らない理由がないの!」

 

「あぁ、そう……」

 

 周藤良太郎のゲリラライブが終わった直後はトリップしてこの世にいなかった美希だったが、周藤良太郎が自分達を見ているのではないかという考えに至った途端、午前中にふてくされていたのが嘘のようにハリキリ始めた。全くもって現金なものである。

 

「……何というか、貧相な弁当を食べてるわね」

 

「げ、麗華……」

 

「げ、とは随分なご挨拶ね、伊織」

 

 今朝もやってきた麗華が再びやって来て、私は思わず眉を潜めてしまった。

 

 私と麗華は年は少し離れているものの、お互いがアイドルを始める以前からの知り合い、所謂幼馴染という存在である。出会いは、とある会社で開かれたパーティー会場。私は水瀬財閥の娘として、麗華は東豪寺財閥の娘としてパーティーに参加し、そこで親同士に紹介されたのが始まりだった。

 

 

 

 ――初めまして。

 

 ――初めまして。

 

 

 

 幼馴染とは言いつつ実際はそれほど仲が良いわけではなく、出会うたびに何かしらの言い争いをしていた記憶がある。好きな色、好きな花、好きな食べ物や飲み物。様々な小さなことで衝突しあい、お互いが一歩も譲ることなく決着が付いたことは一度も無かった。

 

 たった一回を除いて。

 

 

 

 ――私、アイドルになることにしたから。

 

 

 

 突如麗華から告げられたその言葉。何をバカなことをとその場は聞き流したが、その一年後に本当にアイドルとしてテレビに出ている麗華の姿を見た時は素直に驚いてしまい、そして羨ましいと思ってしまった。

 

 当時デビューしたばかりだった周藤良太郎と共にテレビに映っている麗華の姿は、大財閥の娘としての姿ではなく、一人の少女としての姿。あの周藤良太郎と一緒のアイドルをしているというだけでなく、自分がしたいと思ったことを自由にしている姿を羨ましく感じてしまった。

 

 それが、私の敗北。本人には口が裂けても言わないが、私が麗華に感じた初めての敗北。

 

 アイドルになった以上、周藤良太郎だけでなく麗華にだって二度と負けてやるものか。

 

 そんな生涯のライバルというべき相手が、私達のところにやってきた。

 

「それで? 何の用なのよ。律子ならいないわよ」

 

「別に律子一人に用事があったわけじゃないわ。アイドルの先輩として、陣中見舞いに来てあげただけよ」

 

「大したものじゃないけど」

 

 そう言いながら、麗華と一緒にきていた三条ともみが包みを差し出してくる。

 

「えー? 何々―?」

 

「なんか美味しそうな匂いー!」

 

 双子が嬉々として包みを受け取り、早速包みを開く。

 

「おー! 唐揚げだー!」

 

「卵焼きもあるー!」

 

 包みの中身は二段重ねの重箱で、中には様々なおかずと沢山のお握りが詰められていた。

 

「どうせ大したもの食べてないんじゃないかと思って、用意しといてあげたのよ。感謝しなさい」

 

「……ありがとう」

 

 実際にお弁当が大したものじゃなかったので、この差し入れは普通に嬉しかった。あの見下した笑みは腹立つが、正直にお礼を言っておく。

 

「それじゃあ早速――」

 

 

 

「お、この卵焼き美味い。誰の手作り?」

 

 

 

「あ、わたしが……って、え?」

 

 突然聞こえてきた男の声。おかしい、この場にはプロデューサー以外の男はいなかったはずだ。

 

 しかし聞こえてきた声は間違いなく男のもので、そしてさらに先ほど聞いたばかりの声で……。

 

「りょ、良太郎!?」

 

「おっす、陣中見舞いに来たよー」

 

 どうやら、この昼休憩は休憩にはならなさそうだ……。

 

 

 




・だが断る。
この周藤良太郎が金やちやほやされるためにアイドルをやっていると思っていたのかーっ!!

・うら若き乙女達のチアリーディング
衣装っていうと健全だけど、コスプレっていうと不健全な香りがする。

・あれ男なんだよな。
作中唯一の男の娘。作者は男の娘とかTSとかはあまり好きではないのだが、涼ちんだけは許容できる。何故だろう。声?

・疚しいことがなければどうってことないさ!
そうですね。(白目)

・高町ブートキャンプ
戦闘民族高町家で行われる間違いなく強くなれる特殊訓練。地獄以上の苦しみがあるが、可愛い女の子に囲まれているため、人によっては耐えられる……かも。

・「R+下弾き!」
その場緊急回避。決まると格好いいが、横緊急回避と比べるとあまり実用性はなかったような気がする。

・伊織と麗華
一応公式で知り合いということになっているらしい。前に絡ませるのをすっかり忘れていたため、今回いおりん視点となった。



 遅くなって申し訳ない。体育会編が終わったらしばらくオリジナルストーリーが続く予定なので、頑張って今年中にあと一回は更新したい所存。


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Lesson15 ランナーズ・ハイ 5

明けましたらおめでとう。


 

 

 

 765プロのみんながいるところに来たら、何やら美味しそうなお弁当が広がっていたので一つ頂戴してみた。

 

「いや、ホント美味いなこの玉子焼き。紅しょうががいい感じのアクセントになってる」

 

「ありがとう」

 

「あ! 唐揚げ! 唐揚げは作ったのアタシだよ!」

 

「お、マジで? んじゃこれも一つ……」

 

「アンタは何をやっとるかぁぁぁ!」

 

「ごっ!?」

 

 りんが作ったという唐揚げに手を伸ばそうとすると、麗華の膝が俺のこめかみに突き刺さった。直撃の瞬間、短パンの隙間からチラリと白い布が見えたような気がするが、激しい頭痛(物理)に悶える俺にそんなことを考える余裕は無かった。

 

 おっぱいの大きな誰かの胸元に倒れこむなんて素敵なイベントは起こらず、そのままビニールシートの上に倒れ伏す。主人公補正何処いった。貰った覚えもないけど。

 

「何する! お前は気付いてなかっただけかも知れないが、ちゃんと手は洗ったし、いただきますと手も合わせたぞ!」

 

 流石にこの世の全ての食材には感謝を込めてなかったが。

 

「誰もそんなこと気にしてないわよ! アンタ何してんのよ!?」

 

「あぁ、さっきのサプライズ? どうどう? 格好よかった?」

 

「格好よかった!」

「格好よかったの!」

「格好よかったです!」

 

「はい、りんはこっち来てね」

「美希はこっちだぞー」

「愛ちゃんも、大人しくしてようねー」

 

 ともみと響ちゃんと涼に引きずられていくりんと美希ちゃんと愛ちゃんを尻目に、麗華は俺の胸ぐらを掴む。

 

「やっちゃったことはもうどうでもいいわ。アンタの我が儘を通しちゃった運営側にだって問題があるんだから」

 

「ならこの手を離してほひいかなー」

 

「口の中の物をさっさと飲み込め!」

 

 りんが作った唐揚げジューシーでとっても美味ナリ。

 

 手を離してもらい、ゴクリと飲み込む。美味しかったからもう一個と手を伸ばすが、ビシッと手を叩き落とされてしまった。

 

「ほら、そこに正座」

 

「えー」

 

「「正座っつってんだろうが」」

 

「イエスマム」

 

 麗華とりっちゃんの二人に睨まれ、仕方がないから正座する。しかしビニールシートの上に座ろうとしたら蹴り飛ばされた。シートの下ですかそうですか。

 

 愛ちゃんが持ってきた包みはエビフライが詰められた重箱だったらしく、向こうではみんなが美味しそうに食べていた。俺も食べたいんだけどなー。

 

「それで? 今回の行動の理由は?」

 

「さっさと吐いた方が身のためよ」

 

「……言わなきゃダメ?」

 

 絶対に言えない訳じゃないけど、あんまり言いたくないな。

 

「……ちゃんとした理由はあるわけね?」

 

「そりゃあもう。俺は仕事に関してだけはいつだって真面目だぞ」

 

「真面目にふざけてるのよね?」

 

「ふざけてるんじゃなくて遊び心だって」

 

「「……はぁ」」

 

 同時にため息を吐かれた。

 

「もういいわ。どうせ今さら何言ったところでアンタは変わんないだろうし」

 

「これが周藤良太郎なんでしょうね」

 

 何だろう、理解されたというか見限られたような気がする。

 

「とりあえず許されたってことで足崩していい?」

 

「「本当に反省してんの?」」

 

「もちろんです」

 

 目が光っていたのは気のせいだと思いたい。

 

 

 

 

 

 

 とりあえず情状酌量の余地ありと判断されたようで、正座を崩すことが許された。

 

 またシートの上でみんなと一緒に、とも思ったのだが、女の子のアイドルの中に一人男が交じってご飯を食べてたら色々と不味い気がした。俺はバレないだろうけど、765や876や1054のみんなに変な噂が立っても困るし。

 

 今は壁際で赤羽根さんと並んで立っている。

 

「いやホント、いきなり良太郎君が出てきた時にはビックリしたよ」

 

「あれぐらいのサプライズはこの業界ではよくあることですって。いずれ765のみんなもやる機会が来ますよ」

 

「そ、その時は是非参考にさせてもらうよ」

 

 俺も舞さんのやったやつを参考にしてるんだけどね。あの人サプライズ好きだから。ドーム公演でパラグライダーで登場とか、呼ばれてない音フェスに勝手に乱入とか。

 

 ……やっぱりあの人俺以上だって。俺があの人の再来とか冗談だろ。

 

「それにしても、765のみんな大活躍じゃないですか。このまま行けば優勝もあるんじゃないですか?」

 

 電光掲示板に表示された得点を見上げると、そこには現在一位に輝く765プロダクションの名前が。二位との点差は小さいが、このまま維持できれば本当に優勝もありえる。ちなみに麗華達1054プロは五位。愛ちゃん達876プロは下から三番目だ。流石にこの二つが今から優勝を狙うのは難しいだろう。

 

 二位は……えっと、こだまプロダクション? あんまり聞いたことないんだけど、有名なアイドルグループとかいたのかな?

 

「ここで優勝出来ればきっと注目度も上がる。……最も、良太郎君が全部持ってっちゃったような気もするけど」

 

「そこら辺は心配しなくても大丈夫です。流石に考え無しにこんなことした訳じゃないですよ」

 

「……本当に?」

 

 あ、凄い訝しげな目。

 

「これはアイドルの先輩である俺から頑張ってる後輩達へのちょっとしたサービスですよ。この運動会で優勝することが出来れば、より一層の知名度を約束しましょう。周藤良太郎の名に懸けてね」

 

「……まぁ、元々優勝は目指してたからね」

 

「是非頑張って下さい」

 

 身内贔屓だけど、俺としては765か876に優勝してもらいたいかな。流石に優勝自体は自分達の力で掴んでもらわないといけないけどね。そこまではサービスしてあげられないから。

 

 しかし、まぁ。

 

(何事もなければ、だけどね)

 

 

 

 

 

 

「あの765プロとかいうプロダクション、ちょっと生意気じゃない?」

 

「ちょっとプロデューサー、あいつらなんとかしてよー」

 

「まぁまぁ、大丈夫大丈夫」

 

 ――優勝するのは、こだまプロって決まってるんだから。

 

 

 

 

 

 

 午後の競技が再開されると同時に、良太郎君は去っていった。

 

 ――イチオー部外者ですからねー。

 

 そんな今更なことを言いながら、引き止めようとする美希を華麗に躱していた。流石にファンのあしらい方は心得ているようだった。

 

 それで、良太郎君が見ているのだから頑張ろうと全員が奮起して挑んだ午後の部なのだが、ハプニングが起きた。それも良太郎君のサプライズ的な意味ではなく、本当の意味でのハプニング。

 

 二人三脚の途中、伊織と共に走っていた真が転んで膝を怪我をしてしまったのだ。応急処置は済ませたが、このままでは全員参加リレーに出場できない。果たして、一番足の速い真を欠いた状態で勝てるかどうか……。

 

「……やよい、どうしました? 先ほどから元気がないようですが……」

 

「え?」

 

 貴音の声に振り返る。確かにいつものやよいの明るさはそこになく、何かに思い悩むように顔を俯かせていた。

 

「……別に、何も……」

 

「何も無い訳ないでしょ。ずっと下向きっぱなしじゃない」

 

「やよい、何かあるなら言っていいんだよ」

 

「………………」

 

 伊織と真の言葉に促されて、やよいは躊躇いながらも口を開いた。

 

 

 

 ――ま、アンタみたいな足手まといがいたんじゃ、絶対に優勝なんてできないだろうけど。

 

 

 

 それが、やよいが新幹少女のメンバーから言われた言葉だそうだ。

 

「……765プロは絶対に優勝なんか出来ないって言われて……それで、負けたらって思ったら……」

 

 いつも笑顔のやよいの表情が悲しみに歪み、その瞳から大粒の涙が零れ落ちる。あずささんと亜美達が慰めるが、その涙は止まらない。

 

「……律子、僕も全員参加リレーに出るよ」

 

「真……」

 

 真は座っていたパイプ椅子から立ち上がる。その膝には痛々しい包帯が巻かれている。しかし、しっかりと真は立ち上がった。

 

「そんなこと言われて、黙ってられるか……!」

 

 ギリッと奥歯を噛み締める真の瞳には、見間違えようも無い怒りの炎が浮かんでいた。

 

「……律子。俺、ちょっと行ってくる。ここ任せたぞ」

 

「え? 行くって、プロデューサー、何処へ……」

 

 決まってる。

 

「ちょっと、こだまプロのところに」

 

 黙ってられないのは、俺だって同じなんだ。

 

 

 

 

 

 

「765プロさんだって、分かってるんでしょ?」

 

 こだまプロダクションのプロデューサーは、俺が765プロの人間だと分かると嫌な笑いを浮かべた。

 

「うちの新幹少女が優勝した方が、テレビ的に盛り上がるんだよ」

 

「では、ウチにわざと負けろと?」

 

「いやいやいや、そうハッキリとは言ってないよ。ちょっとだけ手を抜いてくれりゃ……ねぇ?」

 

「………………」

 

 それは、八百長をしろという簡単な話だった。より盛り上げるために、より話題になるために、より視聴率をあげるために。人気のある新幹少女を優勝させる。弱小プロダクションが、大きなプロダクションのために舞台を譲る。この世界では、暗黙のルールとされていることなのかもしれない。

 

 けれど、その場合、彼女達の頑張りはどうなる?今日まで頑張って練習してきた、彼女達の努力は一体どうなる?

 

 俺は、そんな彼女たちの努力を無駄にはしたくない。

 

「ちょっと、失礼します」

 

 けれど、俺一人の判断では無理だ。社長に話をしようと携帯電話を取り出して――。

 

 

 

「――テレビ的に盛り上がる……ねぇ?」

 

 

 

 声が、した。

 

「何か765プロの方でやよいちゃんが泣いてるみたいだったからまさかと思ってみれば、案の定だ」

 

 こだまプロのプロデューサーに連れてこられたロッカールーム。話を聞かれないために選んだ誰もいない場所だったにも関わらず、聞こえてきた第三者の声。

 

「こういう秘密の裏取引ってのは、人気の少ないところって相場が決まってるからねー。これだけ人が多い会場で人気が少ない場所ってのは少ないから、探すのは案外楽でしたよ」

 

 最近になってよく聞くその声。知らない人がいないその声。

 

 

 

「それで? テレビ的に盛り上がるってのは……この周藤良太郎のサプライズよりも盛り上がるんですかね?」

 

 

 

 先ほど分かれたばかりの良太郎君が、伊達眼鏡と帽子を外した状態でロッカールームの入口に立っていた。

 

「す、周藤良太郎っ!?」

 

「りょ、良太郎君……!?」

 

「どうも赤羽根さん、さっきぶりです。借り物競走での走り、お疲れさまでした」

 

 その口調は昼休憩の時と何ら変わらない気さくなもの。しかし、その表情はいつもの無表情ながらも、何処かプレッシャーを感じさせる、そんな雰囲気を纏っていた。

 

「それで、こだまプロさん……でしたっけ? なかなか素敵な裏取引をしていたようですね?」

 

「ふ、フリーアイドルの君が、別のプロダクションの事情に首を突っ込むつもりかい?」

 

 良太郎君の雰囲気に一瞬気圧されたこだまプロのプロデューサーだが、気丈にもそう言い返す。

 

「別に? この業界の裏側でそういったやり取りや暗黙のルールがあることぐらい、四年間もこの世界にいればいくらでも体験する話ですよ。今さらどうこういうつもりはありません」

 

「だ、だったら……!」

 

「でもね、こんな言葉聞いたことありませんか?」

 

 近寄ってきた良太郎君は、右手の銃の形にすると人差し指をこだまプロのプロデューサーの額に突き付けた。

 

「撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ。……撃たれる覚悟もねぇ癖に、会社の名前なんてちゃちなもん振り回してんじゃねぇよ三下」

 

「っ……!?」

 

 その冷たい言葉に、ぞくりと背筋が震えた。

 

「とはいえ、こだまプロさんが自分の実力で優勝したっていうんだったら勿論話は別ですけどね? そんな裏取引とか一切抜きにして、正々堂々と勝負しましょう。……せっかくの運動会なんだから、ね」

 

 表情が変わらない良太郎君の声は、既にいつもの明るい暖かな声に戻っていた。

 

 

 




・紅ショウガ入りの玉子焼き
作者にとっての母の味。玉子焼きは家庭の数だけ味があるから面白い。

・激しい頭痛(物理)
所謂シャイニング・ウィザード。顔じゃないからセーフです。
しかしおかげでせっかくのパンチラチャンスを逃す羽目に……無念、良太郎。

・主人公補正何処いった。
チートの分際で何を言うか。

・この世の全ての食材に感謝を込めて
いただきます(迫真)

・りんが作った唐揚げ
実はそんなに料理が得意じゃないりんちゃん。けれど何となく良太郎が来るんじゃないかという乙女の直感を頼りに自分も料理を作るとともみに相談をし、前日から仕込みを手伝って、火傷をしそうになりながらも頑張って作った愛情唐揚げ……とここまで考えたけど、今回の話は765メインのため割愛と相成りました。だってりんと美希を押しすぎっていう声があったんだもん……。
りんちゃんにはまだデートイベントなりなんなり残っているので、りんファンはもう少し待ってね!

・俺があの人の再来とか冗談だろ。
え?(驚愕)

・撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ。
byフィリップ・マーロウ

・「撃たれる覚悟もねぇ癖に、会社の名前なんてちゃちなもん振り回してんじゃねぇよ三下」
(え、誰こいつ?)※良太郎です。
なんか銀行員のドラマでこういうスカッとする感じが流行りみたいなので。



読み返してみて前半と後半の温度差がパない。
とりあえず滑り込みで年内更新の約束は守れました。
みなさん、是非ともよいお年をお迎えください。


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Lesson16 ランナーズ・ハイ 6

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。


 

 

 

「ったく」

 

 逃げるように去っていくこだまプロのプロデューサーの背中を見送る。これだけオハナシしておけば大丈夫だろう。

 

「えっと……ありがとう、良太郎君」

 

「んー?」

 

 振り返ると、赤羽根さんが頭を下げていた。

 

「別にお礼を言われるようなことじゃない……って言う場面なんでしょうけど、流石に無理があるから素直に受け取っておきますよ」

 

 頭を上げる赤羽根さんは、安堵した表情をしていた。

 

「言っておきますけど、これはあの娘達のためです。本来はプロデューサーであるあなたの役目であることをお忘れなく」

 

「っ! わ、分かってるさ!」

 

「分かっていただけているならいいんです」

 

 少しキツイ物言いかもしれないが、これだけはしっかりと言っておかなければならない。いつでも俺が彼女達を助けてあげることが出来るわけではないのだから。

 

「赤羽根さんはみんなのところに戻ってあげてください。今から頑張らないといけないのは彼女達なんですから、近くでしっかりと応援してあげてください。俺は765プロだけを応援することができませんので」

 

 麗華達や愛ちゃん達も応援してあげたいし。

 

「……あぁ。本当に、ありがとう」

 

 再び頭を下げて、赤羽根さんも足早にこの場を去って行った。ロッカールームには俺一人が残され、開け放たれたままの扉近くの壁に背中を預ける。

 

「という訳だから、あまり大きく事を荒立てるなよ?」

 

「……何でよ」

 

 誰もいないはずの空間からの返答。俺の背後の壁越しに聞こえてくる声。

 

「何でも、だよ。これで事を荒立てたら所属アイドルまで巻き込まれちまう」

 

「所属アイドルにはなんの責任も無いとでも? 私達のテレビ出演を奪ったあいつらと同じだって言うのに?」

 

 聞こえてくるその声には苛立ちが混ざっていた。きっとこのまま放っておいたら彼女は先ほどの会話を公表し、実家の力を使ってでもこだまプロを潰しにかかっていただろう。

 

「だからって、それで彼女達の未来を奪っちまったら俺達も同じ穴のムジナになっちまう。俺は、そんなお前を見たくねーな」

 

「………………」

 

 それに対する返答は無く、ただ去っていく足音だけが聞こえた。

 

「……ままならねぇなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 結果から言ってしまおう。

 

 芸能人事務所対抗大運動会のアイドル部門で優勝したのは765プロダクションだった。

 

 膝の怪我を押して全員参加リレーにアンカーとして出場した真ちゃんだったが、見事にトップを走っていた新幹少女を抜いてゴール。一位だった765プロはその順位を守りきり、見事に優勝を果たした。

 

 そして訪れた表彰式。アイドル部門優勝の765プロへ優勝トロフィーが贈られるのだが……。

 

 

 

『それでは! 見事アイドル部門で優勝を果たした765プロダクションに優勝トロフィーが……先ほどもサプライズで登場していただいた周藤良太郎君から贈られます!』

 

 

 

 ステージの上には再び俺の姿が!

 

 またスタッフさんにお願いをし、特別ゲストとしてこのトロフィー授与の役割を承ったのだ。ホント、ここのスタッフさんは優秀だわ。マジ感謝。

 

「はい、おめでとー」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 俺からトロフィーを受け取る伊織ちゃんの笑顔が引き吊っていたけど気にしない。またやりやがったなというりっちゃんや麗華の視線も気にしない。気にしないったら気にしない。

 

 何はともあれ、765プロ優勝おめでとう。

 

 

 

 

 

 

「や、ジュピターの三人もお疲れ様」

 

 運動会終了後。会場を後にしようと楽屋を出た俺達に良太郎が声をかけてきた。さっきまでステージでトロフィー授与やらコメントやら色々としていたはずなのに、随分と忙しい奴だ。

 

「ホント、やってくれたなコノヤロウ」

 

「全部りょーたろーくんがもってっちゃったねー」

 

「特別ゲストの立つ瀬がないね」

 

「いや、その点はマジでごめん。でもまぁ、君達新人じゃないし、何より男だし、ヤローだし」

 

 別にいいよな、と親指を立てる良太郎。お前が女の子至上主義なのは分かったっつーの。

 

「人聞き悪いな。フェミニストと言ってくれ」

 

「どっちでも同じだっつーの」

 

 女好きとまではいかないが、周藤良太郎は女性に甘い。例え相手が年下だろうが後輩だろうが、女性相手であればとにかく態度だけは甘い。

 

 ただいくつかの例外も存在し、良太郎を利用しようとしたり取り入ろうとしたりする奴らは何となく察知しているらしく、明らさまに避けたり遠ざけたりしている。何を基準にしているのかと以前聞いてみたところ「ゲ○以下の臭いがプンプンする」と言っていたから、どうせただの勘だろう。

 

「それで、何のようだよ」

 

「ちょっと言い忘れたことがあってな。一応言っとかないと、と思ってさ」

 

「言い忘れたこと?」

 

 わざわざこうして直接言いに来るってことは、それほど重要なことなのだろう。

 

「さっきの偶像(アイドル)(スター)の話だけどさ。俺は偶像(アイドル)が悪くて(スター)が良いって言った訳じゃないからな」

 

「……じゃあ、どういう意味だよ」

 

「俺は自分がアイドルであることを誇りに思ってる。それに――」

 

 周藤良太郎の表情は変わらない。しかし、その時は誇らしげな笑みを浮かべていたような、そんな気がした。

 

 

 

「――夜空の向こうで輝いてる(スター)より、すぐ手元で光ってる偶像(アイドル)の方が親しみ易いだろ?」

 

 

 

 ……あぁ、全く。

 

「……確かにな」

 

 ホント、コイツはスゲェよ。

 

 

 

 

 

 

『ちょっと地味だったんじゃなーい?』

 

「いやいや、結構派手にやりましたよ?」

 

 大運動会の翌日、今回の顛末の報告をするために再び舞さんに電話をかけていた。

 

『でも、とりあえず私の読み通りに事は進んだみたいね』

 

「まぁ、とりあえずそうですね」

 

 そう返事を返しながら今日の朝刊を捲る。そこには昨日の運動会の記事が二面の半分以上の面積を占めていた。これこそが、先日の舞さんの考え付いた『いい事』である。

 

 

 

 ――アンタ、ちょっと大運動会に潜りこんで盛り上げてきなさいよ。

 

 

 

 いくら芸能事務所が多く集まる大運動会とはいえ、ニュースとしてそこまで大きく取り扱われるものでもなく、大体新聞でも三面の片隅に記載されるぐらい。知名度が上がるとは言っても、所詮はその程度である。

 

 そこでこの周藤良太郎がサプライズゲストとして乱入することで無理矢理この運動会に話題性を持たせる、というのが舞さんの考えである。

 

 初めは俺も渋ったのだが「アンタが行かないなら私が行く」と脅されてしまった。引退したはずの元トップアイドルがサプライズで復活なんてことになったら流石に関係各所が大騒ぎになると引きとめ、しょうがなく俺がその役目を引き受けたのである。まぁ、やってる内に楽しくなっちゃったんだけど。

 

 結果、新聞にはサプライズライブを行った俺の写真、そして閉会式で優勝トロフィーを送る俺の写真が使われ、それに伴いアイドル部門優勝の765プロの写真も使われた。これが赤羽根さんと約束したより一層の知名度である。要するに「知名度のある俺に便乗してYOU達も知名度あげちゃいなYO!」という訳だ。

 

『それにしても、よく765プロが優勝出来たわね。私はてっきり二位のこだまプロ辺りが圧力かけてきて優勝するもんだとばかり思ってたんだけど』

 

「あれ、舞さんはそこら辺のこと気付いてたんですか?」

 

 どうやら舞さんはこだまプロのことを知っていたらしい。俺、あの時ノリで会社の名前使ってとか言っちゃったが、こだまプロって聞いても全然ピンとこなかったんだけど。

 

『当然でしょ。私が何年この世界にいると思ってるのよ』

 

「いや、当の昔に引退してるでしょ。しかも芸歴で言えば既に俺の方が上のはずですし」

 

『私は生涯現役よ』

 

「さっさと大人しく隠居しろよ」

 

 そんなのつまんないじゃーんと舞さんの軽い声。この人今でもちょくちょくテレビ局とかに顔出してるからなぁ。スタッフの皆さん、頑張ってください。この人の無茶ぶり聞いてるとその内並大抵のことじゃ動じなくなるから、いい訓練になるよ。

 

『それで? この765プロ優勝はアンタの仕業なの?』

 

「俺は上から降ってくる火の粉を振り払ってあげただけ。優勝したのは765プロのみんなの努力の結果ですよ」

 

 圧力云々を一切抜きにしてこだまプロが優勝していても、やはりその場合も俺は同じことをしたと思う。ただの身内贔屓ってのはあんまりしたくないから。どの事務所だって優勝して名を上げたいに決まっているんだ。だったら、その機会ぐらいはどのような地位にいる事務所にだって平等にあるべきだと俺は思っている。

 

「でも、やっぱりこういうのはいつまで経っても無くならないもんなんですね」

 

『当たり前よ。この世の中ってのはね、そういう権力のやりとりで溢れてるの。例えそれがアイドルっていうキラキラ輝いてないといけない職業の裏でもね』

 

 舞さんも、デビューしたばかりの頃は上からの圧力が多かったらしい。

 

『そういう権力に個人で対抗しちゃう私やアンタが異常で、普通は権力に押し潰されて涙を呑む。そんなアイドルはごまんといるわ』

 

 思い出すのは四年前。あの時の麗華達の涙を、俺は今でも忘れることが出来ない。

 

『だからこそ、私達が守ってあげないといけないのよ』

 

 舞さんは言う。

 

『権力なんていうくだらない大人の都合から、キラキラと輝く子供たちの夢を守るのが、私達『大人』の役目よ』

 

「……俺はまだ未成年なんですけどね」

 

『結婚できる年になったんだったら十分大人よ』

 

「いや、そのりくつはおかしい」

 

 それだったら既に765プロのアイドルの何人かも大人にカウントされるはずだ。いや、本当に大人にカウントされる人もいるが。あずささんとか。

 

 でもまぁ。

 

「言われなくても、最初からそのつもりですよ」

 

 俺は、頂点に立つと言われているトップアイドルだ。歌うことや踊ることだけでなく、新人アイドルを導くこともきっと俺の仕事なのだろう。

 

 君達が目指している場所は、こんなにもキラキラと輝くことが出来る場所なんだよと。

 

 君達が目指しているものは、こんなにも素晴らしいものなんだよと。

 

 

 

『頑張りなさいよ、後輩』

 

「分かってますよ、先輩」

 

 

 

 自分の意思で立ち止まらない限り、俺はみんなの目標たる偶像(アイドル)で居続けよう。

 

 

 

『……でもやっぱり私も飛び込みで参加すればよかったなぁ』

 

「止めてあげてくださいって」

 

 俺一人でもスタッフさん大変そうだったんだから。

 

 受話器の向こうで不満を垂れる舞さんに、俺は内心で苦笑するのだった。

 

 

 




・「フェミニストと言ってくれ」
女好きではないところがポイント。作者のモットー。

・「ゲ○以下の臭いがプンプンする」
おれぁ、14の時からずっと芸能界で生き、いろんな人間を見て来た。
だから悪い人間といい人間の区別は「におい」で分かる!
こいつはくせえッー! ゲ○以下の臭いがプンプンするぜッー!

・舞さんの考え付いた『いい事』
新人アイドルに目立つチャンスをあげるために考え付いた舞さんの粋な計らい。
一応自分が出張ることを自粛した辺り、彼女も大人である。

・『だからこそ、私達が守ってあげないといけないのよ』
弱きものを守ることが、強きものの責務。
本当はバトル物とかそこら辺で使うセリフを、まさかアイドルの小説で使う羽目になるとは。

・「いや、そのりくつはおかしい」
作者は大山○ぶ代世代。今のドラえもんはやはり慣れない。



というわけで長々と続いた運動会編終了です。
今回の話のテーマとしては「アイドルとは何か」でした。
良太郎は「ファンに照らされることでアイドルは輝く」と「トップアイドルである自分は他のアイドルを守ってあげないといけない」という二つの持論を持っており、この二つがアイドルとしての行動理念になっています。

……これだけ真面目なこと書いておいたんだから、当分ネタに走っても大丈夫だよね?

というわけで次回予告です。次回からはしばらくオリジナルストーリーが続く予定です。



 話は数週間前に遡る!

 良太郎が引き受けた一本の新たな仕事、それは彼の私生活を赤裸々にするものだった!



「……えっと、これはマジでやるんだよね?」

「当然。脚色なし……ってことにしておこう」

「おい」



 今、トップアイドルのプライベートが明かされる!

 次回! 『アイドルの世界に転生したようです。』第17話!

 『プライベート・タイム』で、また会おう!!



※当然の如く誇張してます。過度な期待はせずにお待ちください。


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Lesson17 プライベート・タイム

遅くなってしまい申し訳ないです。


 

 

 

 765プロが芸能人事務所対抗大運動会に優勝してから早数日が経った。

 

 運動会がもたらした反響は大きく、竜宮小町以外のアイドルの仕事も徐々に増えてきたようで、様々なメディアで見かけるようになった。中でも星井美希の活躍は目覚ましく、雑誌やテレビの出演は恐らく竜宮小町の次に多い。これは良太郎の影響も大きいのだろう。サプライズで登場した良太郎が各メディアで取り上げられ、それに便乗する形で765プロの名前もそこそこ知られるようになった。

 

 これをきっかけに、765プロは更なる躍進を遂げる。いずれ、私達1054プロの良きライバルとなるだろう。

 

 そんなとある日のことである。

 

「ただいまー!」

 

「あー、疲れた」

 

「今日も収録長かったね」

 

 歌番組の収録を終え、私達三人は東豪寺の本社に設けられた魔王エンジェル専用のレストルームに帰ってきた。この部屋は生活に必要なものは一通り揃えてあり、仮眠用のベッドも設けているためここで過ごす時間は意外と長い。今日も収録を最後に仕事は上がりなのだが、何も言わずとも三人でこの部屋に帰って来てしまった。みんな幼馴染三人で過ごすこの部屋がそれだけ気に入っているのだ。

 

「ねぇねぇ、今から二人とも何かテレビ見る?」

 

「ん? 私は別に何も無いわよ」

 

「わたしも。何か見たい番組でもあるの?」

 

 私とともみにそんなことを尋ねてきたりんは、いひひっと笑いながら鞄から一枚のDVDを取り出した。それは何のパッケージも印刷されていない全くの無地のDVDだった。

 

「何のDVDなの?」

 

「りょーくんの!」

 

 ライブのDVDということだろうか?

 

「昨日の深夜にやってた『熱情大陸』にりょーくんが出てたんだ! それの録画をDVDに焼いてきたからみんなで見ようと思って!」

 

「『熱情大陸』に?」

 

 『熱情大陸』は様々な職種の人の素顔に迫るドキュメンタリーで、多くの著名人の魅力や素顔に迫る長寿番組。つまり良太郎のプライベートということか。

 

 ……少し興味がある。プライベートでの付き合いが全くないという訳ではないが、良太郎の私生活までは流石に知らない。あの周藤良太郎がどのような環境で生活していたのかは気になる。

 

「私は別に構わないわよ。どうせ暇だし」

 

「わたしも」

 

「それじゃあ早速……」

 

「あ、じゃあお茶淹れるね」

 

 りんはいそいそと再生の用意を始め、ともみはお茶の準備をするために対面型キッチンの向こう側へ。ともみが用意するということは紅茶だろう。私はコーヒーの方がいいのだけど……まぁ、人に淹れてもらうものに文句は言うまい。

 

「準備できた!」

 

 準備を終えたりんは液晶テレビの目の前のソファーに座る。この三人掛けのソファーは左からりん、私、ともみの順番で定位置となっており、りんはいつも通り左端に座った。こういう時ぐらい真ん中に座ればいいのにと思うのだが、りんがそれでいいのならと私も自分の定位置であるソファーの真ん中に座る。

 

「ともみー! 再生するよー!」

 

「あ、うん。先に見てていいよ」

 

「それじゃあお言葉に甘えて……再生!」

 

 

 

 今夜の『熱情大陸』はトップアイドルの周藤良太郎。

 

 十四歳でアイドルデビュー。一切表情を変えないことから『鉄仮面の王子』とも呼ばれ、アイドル達の最高峰『アイドルアルティメイト』に初出場ながら最高得点で優勝を果たし、一躍世間にその名を知らしめた。

 

 十作品連続オリコン一位の記録は未だに更新され続け、その内五作品がミリオンを達成。代表曲である『Re:birthday』は昨年百五十万枚に到達した。

 

 また、表情を変えないことを逆手に取った独特のキャラクターでドラマにも出演。昨年は同名推理小説を原作としたドラマ『少年X』にて初主演を果たした。バラエティーにおいても、普段の無表情から想像し得ない陽気な性格で人気を博している。

 

 かの伝説のアイドル日高舞の再来とも称され、何人たりとも寄せ付けない圧倒的な実力は正しくキングオブアイドル。

 

 しかし、そんな彼も十八歳の少年。その日常は如何なるものか?

 

 本日は、そんなトップアイドルの素顔に迫る。

 

 

 

 ヘェーラロロォールノォーノナーァオオォー!

 アノノアイノノォオオオォーヤ!

 ラロラロラロリィラロロー!

 ラロラロラロリィラロ!

 ヒィーィジヤロラルリーロロロー!

 

 

 

「相変わらずこのオープニングテーマはウザいわね……特にこのギター引いてる女のキャラクター」

 

「え、そうかな? アタシは好きだよ?」

 

「良太郎がお気に入りのアンタの感性なんか当てにしてないわよ」

 

「えぇ!?」

 

 

 

 

 

 

 それは、三ヶ月程前に遡る。

 

「密着取材?」

 

 いつも通り次の仕事の打ち合わせをリビングでしていると、兄貴からそんな仕事が告げられた。

 

「あぁ。いくらお前でも『熱情大陸』ぐらい聞いたことあるだろ」

 

「そりゃあ」

 

 いくら多少世間に疎い俺でも『熱情大陸』の名前ぐらいは知っている。深夜にやっているドキュメンタリー番組だ。まさか俺がそれに出演する日がやって来るとは。

 

「何でもアイドルの出演は舞さんに続いて二人目らしいよ」

 

「それは名誉なことで」

 

 アイドルの日常なんて誰もが食い付きそうなネタを何故ほとんどやらなかったのだろうか。やはりアイドルのイメージ的にNGでもあったかな? ……逆に捉えると俺ならOKということだが、まぁ別にいいか。

 

「密着ってことは、朝からってことだよな? 何時?」

 

「えっと……」

 

 兄貴に言われた日付をスケジュール帳で確認する。

 

「あれ、この日普通に学校だけど」

 

「そりゃ、素顔に迫る密着取材だからな。お前の日常を撮らないと」

 

「えー……」

 

 よりにもよってこの日かぁ……。夜まで仕事が無い日だからノンビリしようと思ってたんだけどなぁ。

 

 ……いや、日常を撮るんだから別に普通にしてればいいか。

 

 

 

 そんなことを考えて迎えた撮影当日の朝。

 

「……は? 早朝ランニング?」

 

「あぁ」

 

 いつもの起床時間よりも早く兄貴に起こされた。

 

「いや、確かに前はやってたけど、最近はほとんどやってなかったじゃん」

 

 アイドルになる前は高町道場に通ったりして体力作りに力を入れていたけど、最近は忙しくて全然である。普通逆じゃないかとも思うが、忙しくてその暇もなかったのだ。そのわりにはオフが多くないかって? 気のせいだって。

 

 しかし、兄貴は再びそれをやれと言う。

 

「……えっと、これはマジでやるんだよね?」

 

「当然。脚色なし……ってことにしておこう」

 

「おい」

 

 どう考えてもこれは俗に言う『ヤラセ』って奴ではなかろうか。素顔に迫る密着ドキュメントどうなった。

 

「今もたまにはやってるんだから完全に嘘って訳じゃないだろ。それに、お前が毎日なんの努力もしてないって知ったら怒り狂う人がきっと何人もいるぞ」

 

「さらりと人をダメ人間扱いしないでもらいたいんだが」

 

 どどど、努力してるわ!

 

 しかし兄貴の言い分も理解出来る。普段から努力しているアイドルと努力していないアイドルとではその印象はだいぶ違うだろう。

 

「今さらそれぐらいでお前のイメージが大きく変わるとも思えんが、印象は良くしておいて損はない。嘘なら嘘で将来話のネタにもなる」

 

「……そこまで言うんなら」

 

「決まりだな。ほら、既に下でスタッフさん待ってるんだから着替えてこい」

 

「りょーかい」

 

 しょうがなく納得した俺は、運動用のジャージに着替えるべく自室に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 早朝五時半。トップアイドル周藤良太郎の朝は早い。

 

 ――おはようございます。

 

「おはようございます」

 

 紺色のジャージ姿の良太郎さんが自宅マンションの玄関から現れた。

 

 ――お早いですね。

 

「えっと、今からちょっと走りに行くので」

 

 どうやら早朝からランニングを行っているらしい。

 

 ――毎日やってるんですか?

 

「えっと……毎日って訳じゃないですけどね。時間があれば、出来るだけ走るようにしてます」

 

 やはりトップアイドルは日々の努力から成り立っているらしい。

 

「ちょっとペース速いですから、付いてくるなら頑張ってくださいね」

 

 準備運動を終えた良太郎さんは、そう言ってかなりのハイペースで走り始めた。我々スタッフも二人乗りバイクで付いていく。

 

 バイクのスピードメータを見ると、時速は約二十キロメートル。マラソンの選手のスピードとそれほど変わりがない。

 

 ――いつもこんなペースでランニングを?

 

「そうですねー。結構長いことやってますんで」

 

 良太郎さんは我々の問いかけに息一つ乱さず答えてくれた。その表情はまだ余裕そうである。

 

 周藤良太郎が歌う曲はしっとりとしたバラードもあれば、激しく体を動かすダンサブルな曲も存在する。それらの曲を立て続けに踊っても全く息を切らさないことで有名な周藤良太郎だが、こんな秘密が隠れていたようだ。

 

 

 

「はっや……」

 

「確かに、りょーくんが息切らしてるところって見たことないね」

 

「お待たせ。パウンドケーキがあったからお茶請けに切ったよ」

 

「お、ありがとーともみー!」

 

(あれ、これってマネージャーが買ってきてたやつ……まぁいいか)

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

「あ、おかえりーリョウ君。お風呂沸いてるからねー」

 

「うん、ありがとう母さん。それで風呂に行く前にこのテーブルの状況を聞きたいんだけど」

 

 十五分程の軽いランニングから帰ってきて俺をリビングでニコニコと出迎えてくれた母さんに、机を指差しそう尋ねる。

 

「今日はリョウ君の私生活を撮影するんでしょー? だからいつも通りの朝御飯だよー」

 

「いつもどころか一回もお目にしたことないような朝食なんだけど」

 

「お母さん頑張っちゃったー!」

 

「何で頑張っちゃうかな」

 

 テーブルの上にはいつも以上に手のかかった朝食が。この母親、いつも通りを全く理解していなかった。

 

「これ食ってるところを撮影すんのか……」

 

「えー!? リョウ君お母さんのご飯食べてくれないのー!?」

 

「いや食べるけどさ」

 

「お父さん、リョウ君がグレちゃったよー!」

 

 よよよ、と涙を流しながらリビングの一角に飾ってある父さんの写真の前に膝をつく母さん。写真の周りには花や父さんの好きなビールが備えてあり、我が家ではあの一角を『お父祭壇(とうさいだん)』と呼んでいる。

 

「けどお母さんめげないよー! もう大分立派に育ってるけど、まだまだコウ君とリョウ君はお母さんが立派に育てるから、お父さんは草葉の陰で見守っててー!」

 

「自分の旦那を勝手に殺すなよ」

 

 単身赴任中の父さんが不憫で仕方がない。

 

「というか、あれテレビの絵面的にどうよ?」

 

「変な誤解されるから当然アウトだ」

 

 という訳で撤収ー、と兄貴はお父祭壇を片付け始める。

 

「あー! コウ君、お父さんの写真片付けちゃダメー!」

 

「はいはい、後でちゃんと元に戻すから」

 

 兄貴(185cm)から父さんの写真を取り返そうと跳び跳ねる我が家のリトルマミー(150cm)、御年四十ピー歳。

 

「はぁ……」

 

 このため息はランニングの疲れかそれとも別の何かか。

 

 とりあえず風呂だとリビングを後にするのだった。

 

 

 




・『熱情大陸』
言わずもがな、情熱大陸のパロディ。

・『Re:birthday』
以前登場した良太郎の代表曲。アイドル五年目にして150万枚はちとやりすぎた感はある。

・『少年X』
様々な怪事件に「X」と呼ばれる天才的な頭脳を持つ鬼才が挑むサスペンス……という脳内妄想。
これといった元ネタがあるわけじゃないけど、イメージ的にはデスノートのLみたいな感じ。

・ヘェーラロロォールノォーノナーァオオォー!(ry
実は『熱情大陸』とは『情熱大陸』と『熱情の律動』の二重ネタだったりする。
気になる方は『熱情の律動 歌詞』で検索。

・『ヤラセ』って奴ではなかろうか。
ヤラセじゃないです。たまたまです。

・どどど、努力してるわ!
どどど、童t(ry

・周藤母
小柄で若く見える母親。昨今の主人公の母親のテンプレ。
名前は次話にて。

・『お父祭壇』
元ネタはWORKING!で山田が作った音尾祭壇。
ぽぷらは大乳だし出そうかなとも考えたが、よくよく考えたらワグナリアは北海道だったため断念。



というわけで密着取材編スタートです。この話は765アイドルは一切登場せず、良太郎のクラスメイトが主な登場人物になると思います。さて、どれだけカオスな顔ぶれにしてやろうか。
とりあえず新たなモバマスキャラも登場予定ですのでお楽しみに。


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Lesson18 プライベート・タイム 2

ちょっとだけだけどモバマスキャラ追加だよー!


 

 

 

 およそ十五分のランニングを終えた良太郎さんは自宅へ戻るとシャワーを浴び、その後家族揃っての朝食となった。

 

 父親、周藤(すどう)幸助(こうすけ)さんは単身赴任中で、今は自らのプロデューサー兼マネージャーの兄、周藤幸太郎さんと母親、周藤(すどう)良子(りょうこ)さんとの三人暮らしだ。

 

「それじゃあ、いただきます」

 

「「いただきます」」

 

 リビングのテーブルの上には良子さんが作った朝食がところ狭しと並べられている。ご飯に味噌汁、焼き魚に煮物、卵焼きにサラダと様々。

 

 ――いつもこのような朝食を?

 

「……えっと、まぁ、そうですね。朝早いのにちゃんと朝御飯を作ってくれる母さんに感謝してます」

 

「うふふ、いっぱい食べてねー」

 

 こうした家族からの支えも、トップアイドル周藤良太郎の形作るものの一つなのだろう。

 

「今日の八時からの生放送、入りって七時でよかったっけ?」

 

「いや、段取りが少し変わって打ち合わせがしたいからちょっと早めに来てくれってさ」

 

「んじゃ、六時半ぐらいでいいか」

 

 フリーアイドルである良太郎さんは事務所を持たない。代わりに、こうして自宅で打ち合わせをすることが多いそうだ。

 

「もー、二人ともご飯の時はお仕事のこと話しちゃメッ、だよー」

 

「とは言ってもなぁ」

 

「じゃあ兄貴の結婚相手についてそろそろ本腰を入れて討論するか」

 

「カメラ止めてください」

 

 三人で仲良く朝食を取る。いつも無表情な良太郎さんも、この時ばかりは楽しそうに笑っているように我々の目には映った。

 

 

 

「相変わらず良太郎のお母さんは若いわね」

 

「身長もそうだけど、見た目もねー」

 

「この間、夜に一人で歩いてたら補導されそうになったらしいよ」

 

 

 

 

 

 

 朝食後、一息ついてもまだまだ始業時間には早いが家を出ることにした。まだ終わっていない課題があったため、学校でこなす算段である。

 

 鏡の前で赤いフレームの伊達眼鏡を着用。いつもならここに帽子を被るのだが、流石に学校に帽子は被っていけないので断念。まぁ近所だからバレたところでそう大騒ぎにはならないし。

 

「今日は帰りに翠屋に寄るつもりだから、そこから直接現場に向かうわ」

 

「了解。欠席が多い分しっかりと勉強してこい」

 

「はーい」

 

「いってらっしゃーいリョウくーん!」

 

「いってきまーす」

 

 兄貴と母さんの見送りを受け、自宅を後にした。

 

 片道十五分程度の道を歩いて登校する。しかし当然カメラも付いてくるので落ち着かない。カメラを向けられること自体は慣れているのだが、こうしたプライベートでカメラを向けられるのは違和感がある。

 

 何か、今さらになってちょっと面倒になってきた……。

 

「ん? 良太郎か。久しぶりの登校だな」

 

「おぉ、恭也。グッモーニン」

 

 曲がり角でバッタリ出くわしたのは、喫茶『翠屋』のマスターにして高町道場の主、高町(たかまち)士郎(しろう)さんの長男、高町(たかまち)恭也(きょうや)だった。小学校からの友人で、今日も相変わらずムカつくぐらいイケメンである。

 

「おはよう。……それで、後ろのカメラは何だ?」

 

「あぁ、よくある密着取材とかだから気にしなくていいぞ」

 

「いや、気にするなという方が無理なんだが」

 

「気にしない気にしない。翠屋にだって何度かテレビの取材とか来てるんだろ?」

 

 喫茶『翠屋』は知る人ぞ知る名店である。外国で武者修行をしてきた恭也の母親、高町(たかまち)桃子(ももこ)さんが作るスイーツはどれも素晴らしく、中でもシュークリームは絶品中の絶品。以前、着物を着た男性が桃子さんのシュークリームを食べるなり「うーまーいーぞぉぉぉ!!」と叫んで口から怪光線を発するという珍事件があったほどだ。

 

 また士郎さんが淹れるコーヒーも美味く、さらに美人店員が複数人とまさに至高。あの世界的に有名な歌手であるフィアッセ・クリステラさんやSEENAこと椎名ゆうひさんもコッソリ訪れるまさに隠れた名店である。

 

「いや、それは全て店に対する取材で、俺自身は一回も取材を受けたことはないんだが」

 

「お前のことだし、将来のためのいい経験になるだろ? ご令嬢との結婚報告とか」

 

「生放送ではないんだろうがそういうことをカメラの前で言うのはヤメロ」

 

 ハハッ、リア充吹き飛べよ。

 

 翠屋といえば。

 

「そうだ、今日久しぶりに翠屋に寄らせてもらうな」

 

「……そのカメラを引き連れてか?」

 

「だから士郎さん達に連絡しといて。テレビの取材付きで行きますって」

 

 この間の765プロへの差し入れの件をこれで有耶無耶にしてしまおうという作戦である。

 

「別に構わないが……覚悟はしておけよ」

 

「え、俺何されるの?」

 

 

 

 

 

 

「ところでいつもより登校するの早くない? 俺もだけど」

 

「いや、課題で少し分からないところがあってな。教えてもらう予定なんだ」

 

 こうして友人と話しながら歩いている様子を見ると、やはり良太郎さんも高校生なのだと改めて実感する。プライベートではよくかけるという赤い伊達眼鏡を付け、ブレザーを羽織ってネクタイを緩く締めている姿は正しく今時の高校生そのものだ。

 

 小学校からの友人だという彼に尋ねてみた。

 

 ――普段の良太郎さんの様子はどんな感じですか?

 

「テレビで見る良太郎とほとんど変わらないですよ。いつも無表情で、口を開けば軽口ばかりです」

 

「お前だって仏頂面なんだから大して変わらんだろ」

 

「喧しい」

 

 ――普段もやはり表情は?

 

「無いですね。これは初めて会った時からずっとです。まぁ、喜怒哀楽の内、喜と楽しかないような奴ですけど」

 

「なぁ、俺何かお前に恨まれるようなことした?」

 

「気にするな。普段に対するただの『遺恨』返しだ」

 

「遺恨あるんじゃん」

 

 普段の姿がテレビで見る周藤良太郎と同じ。つまり、トップアイドルであるということが彼の普段の姿であると言い変えることができる。

 

 やはり周藤良太郎は、トップアイドルになるために生まれてきた存在と言っても過言ではないのかもしれない。

 

 

 

「どう考えても過言でしょ」

 

「りょーくんのブレザー姿、凄い新鮮ー!」

 

(……友達の人、ちょっと格好いいかも)

 

 

 

 

 

 

 教室には既に一人の女子生徒の姿があった。

 

「あら、周藤君じゃない。久しぶりね」

 

「おぉ、月村、久しぶり。相変わらずいいおっぱいですね」

 

「これは恭也のだからダーメ」

 

「リア充爆発しろよ」

 

「トップアイドルにリア充と罵られる謂れはないぞ」

 

 彼女は月村(つきむら)(しのぶ)、クラスメイトの長い青紫髪美人さん。そして恭也のガールフレンド(仮)である。

 

「ところで、後ろのカメラは……?」

 

「ただの背景か俺の背後霊か何かだと思って気にしないことが吉」

 

「最近の背後霊は朝早い内から見える上に随分と質量があるのね」

 

 とりあえず気にしないでおくわね、と理解が早い月村さん流石です。

 

「なるほど。恭也が勉強熱心になってるのは月村が勉強を教えてくれる予定だったからか」

 

「む、俺だって勉強ぐらい人並みにだな……」

 

「恭也には私と同じ大学に行ってもらわないといけないから」

 

 ね? と月村が問いかけると、恭也は頬を掻きながら恥ずかしげに視線を反らした。これで何でガールフレンド(仮)なのかが分からん。さっさと公表して恋人同士になれよ。

 

 というか、人が課題をこなすためにわざわざ朝早く学校に来たっていうのに、何で友人二人がイチャコラしてるところを見せつけられにゃいかんのだ。

 

「こうなったら腹いせに恭也の外堀を完全に埋めてやる。スタッフさん、ここら辺全部使ってください」

 

「おいバカヤメロ」

 

「ほらほら、話してないで始めるわよ。周藤君も、分からないところがあるなら一緒に見てあげるから」

 

「マジで? 忍びねぇなぁ」

 

「気にしないで。周藤君も普段頑張ってるみたいだし」

 

 そこは「構わんよ」って返して欲しかったけど。

 

「あ、今のは『忍びねぇなぁ』と『月村忍』が掛かっててだな」

 

「早く座れ」

 

 

 

 

 

 

「……それで、π=3.14だから」

 

「パイがなんだって?」

 

「集中しろ」

 

 始業時間より早く登校した良太郎さんは、クラスメイトと一緒に終わっていなかったらしい課題を始めた。こうして朝早く来て課題を進めることは少なくないらしい。

 

 ――やっぱり、アイドル活動と学業の両立は大変ですか?

 

「そりゃあもう。学生ながらもう就職してるみたいなもんですからね」

 

 アイドルとしての活動をしながら学校を続けていけるのかと、当初は定時制の学校に通うことも視野に入れていたそうだ。

 

 ――では何故、こうして普通校に通うことを決めたのですか?

 

「簡単な話ですよ」

 

 良太郎さんは伊達眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げる。

 

「こっちの方が楽しいからです」

 

 きっと人生は終わってから後悔することばかり。ならば、今をやり直すことが出来た人生だと思い、絶対に後悔しないように楽しむ。

 

 良太郎さんは我々に向かってそう語ってくれた。

 

 

 

「りょーくんってば不思議な考え方するね」

 

「『Re:birthday』の歌詞といい、まるで本当に人生をやり直してるみたい」

 

「まさか、そんなファンタジーじゃあるまいし」

 

 

 

 

 

 

 月村が手伝ってくれたおかげで課題は思いの外早く終わった。

 

 教室に入ってくるクラスメイト達に久しぶりと挨拶をしながらHRへ。みんなカメラに対して初めは驚いていたが、俺への密着取材ということが分かると「なるほど」と納得してくれた。理解力が高いクラスメイトで助かるよ。そしてそのまま一時限目が始まったのだが……。

 

「……しょっぱなから小テストとか聞いてないよ」

 

 一時限目が終了していきなり机に突っ伏す俺の姿がそこにはあった。

 

「天下のトップアイドル様もテストの前ではお手上げか」

 

「歌とダンスだったらいくらでも満点取ってやるんだが」

 

「小学校からやり直して来い」

 

 とりあえず小テストの結果は芳しくなかったとだけ言っておこう。

 

「こんなんで大学受験本当に大丈夫なのか心配になってくるわ」

 

「あれ、結局受験することにしたんだ」

 

「イチオーね」

 

 あげる、と紙パックのジュースをくれた姫川(ひめかわ)友紀(ゆき)にサンキューユッキ、とお礼を言いながら受け取る。

 

 兄貴や母さん達と話し合った結果、多少アイドル活動を自粛してでも大学受験を進めるという形で決着が着いた。今はまだ普通に仕事しているが、年を越した辺りから少し仕事を減らすことになるだろう。

 

「大丈夫ですよ、周藤君。センター試験はマークシートなんですよ?」

 

「だからなんだってのさ」

 

 ズゴゴーっと黒豆サイダーをストローで吸い上げながらムンッと握り拳を作る鷹富士(たかふじ)茄子(かこ)に尋ねる。

 

「五択なんですから、書けば当たりますよ!」

 

「そりゃお前だけだよ幸運チート」

 

 マジなんなのこの子。十分の一を一に変える能力でも持ってるのかよ。その乳か。俺が椅子に座ってて鷹富士が立っている関係上目の前に存在するこの大乳に強運が詰まっているのか。

 

「………………」

 

「えっと、何してるんですか?」

 

「いや、拝んでおけば何か御利益があるかと思って」

 

「あ、じゃああたしも来年のキャッツのために拝んどこ」

 

「じゃあ俺も俺も」

 

「私も私も」

 

「鷹富士の胸にご利益があると聞いて」

 

 俺達の会話を聞いてぞろぞろと集まってくるクラスメイト達。

 

 

 

 数分後、二時限目の担当教諭が教室に入ってきて目にしたのは、真っ赤な顔をして涙目になる鷹富士を取り囲みながら何処の宗教だと言わんばかりに拝みまくっている生徒達の姿だった。

 

 ノリがいいこのクラスが大好きです。

 

 

 




・高町桃子
血は繋がっていないが、恭也の母親。戦闘民族高町家においてヒエラルキーのトップに立つお方。
常に笑顔だがそれが返って怖いこともある。

・「うーまーいーぞぉぉぉ!!」
ミスター味っ子の味皇様。本当は雄山にしようかとも思ったが、あの人が料理を褒めているイメージが湧かなかったので却下となった。

・(……友達の人、ちょっと格好いいかも)
深い意味はありません(意味深)

・月村忍
とらハ3におけるヒロインの一人にして公式メインヒロイン。
原作では夜の一族という吸血鬼混じりだが、この世界ではただのお嬢様です。

・ガールフレンド(仮)
検索検索アメーバで検索ぅ!

・忍びねぇなぁ 構わんよ
もしかして:スキマスイッチ(偽)

・「パイがなんだって?」
良太郎は運動会編で自重してたため、学校でのびのびとしてます。

・姫川友紀
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。サンキューユッキ。
大の野球好き少女。キャッツという球団がお気に入り。
なお作者はそこまで野球に詳しくないためそれほど野球ネタは使われない模様。

・黒豆サイダー
学園都市謹製の飲み物。ちょっと飲んでみたい気もする。

・鷹富士茄子
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。クール。
モバマス界のラッキースター。「なす」ではなく「かこ」なのでお間違えないよう。
SRのおっぱいを見て「これだ!」と思った。何がこれだったのかは作者にも分からない。

・十分の一を一に変える能力
漫画版『魔王』より安藤潤也の能力。今さらながらあの漫画はわりと良作だったと思う。

・ノリがいいクラスメイト
クラスメイト達は無名ばかりだけど大抵こんなノリ。
なお他クラスの友人の方がくせ物ぞろいの様子で……。



最近更新が遅くなってしまい申し訳ありません。学校に九時まで拘束されると流石に疲れて。
とりあえず出したかったモバマスキャラをクラスメイトに二人投入。採用理由はほぼ年齢。茄子は加えておっぱい。

次回、多重クロス注意報が発令されます。お気を付けください。


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Lesson19 プライベート・タイム 3

※多重クロス警報発令


 

 

 

 朝のホームルームも終わり、通常の授業が始まる。

 

 どうやら良太郎さんは数学が苦手らしく、小テストの結果に項垂れる場面も見受けられた。勉強に苦悩する様子は、まさに高校生らしい年相応な姿である。

 

 しかし、英語の授業にて良太郎さんの意外な一面を垣間見ることになる。

 

「それじゃあ次の文を……久しぶりにリョータロー、読んでくれますカ?」

 

「イエース」

 

 英語の教師に指名され、その場に立ち上がった良太郎さんは。

 

『――――――。――――――』

 

 驚くほど流暢な発音で英文の朗読を始めたのだった。

 

『――――――?』

 

『――。――――――』

 

 さらに教師からの英語での質問に対して英語で返していた。

 

「相変わらずキレイな発音ですネ。Thank you、リョータロー」

 

「ユアウエルカーム」

 

 授業終了後に尋ねてみた。

 

 ――英語がお得意なんですか?

 

「まぁ、得意教科ではありますね」

 

 ――これは海外進出を考えてのことですか?

 

「いや、あくまで知り合いと通訳なしで話せるように勉強したもんですから、そういうのはあんまり考えたことないですね。それはそれでありかもしれませんけど」

 

 既に海外からも『サムライアイドル』などと呼ばれ注目されている良太郎さん。今のところ海外での活動はないものの、日本のキングオブアイドルが世界に羽ばたく日は近いかもしれない。

 

 

 

「りょーくん、英会話出来たんだ」

 

「海外進出か……わたし達はまだまだかな?」

 

「するとしたらアイツを天辺から引きずり下ろしてからね」

 

 

 

 

 

 

 昼休憩となり恭也達と弁当を囲む。

 

 弁当はもちろん母さん作。以前『別に学食でもいいけど』って言ったら子供のように拗ねられてしまい、それ以来ずっと弁当である。

 

 ただお母様。

 

「ハートは止めてくれって何度言ったら分かっていただけるのか……」

 

 弁当箱を開けるとそこには鮭フレークで作られたハートの模様が。朝食に気を取られててこれをすっかり忘れてた。ここ確実に使われるんだろうなぁ……。

 

「相変わらず可愛くて愛情のこもってそうなお弁当ね、周藤君」

 

「可愛いはともかく、愛情という一点ならそっちも負けてないだろ。なぁ、恭也」

 

「………………」

 

 俺以上の無表情になりながら、恭也は月村から渡された手作り弁当を黙々と食べていた。

 

 この際彼女云々の話はいいけど、女の子からもらった弁当を何の感想も無しに食べるのは些かどうかと思うぞ。

 

「いいのよ、周藤君。いつもはちゃんと美味しいって言ってくれるから」

 

「はいはい、ご馳走さまご馳走さま」

 

 何で弁当に手をつける前にご馳走さまをせにゃならんのだと嘆息しつつ、いただきますと手を合わせるのだった。

 

 

 

「ふぅ」

 

 適当に最近のことを話し合いながら昼食を食べ終え、缶コーヒーを飲みながら一服。

 

 今現在は昼休みなので、俺が久しぶりに登校してきたという話を聞いた友人が何人か俺を訪ねてきた。

 

「おっす良太郎! 久しぶりに会えて嬉しいぜ!」

 

 その内の一人、学ラン姿のリーゼントが勢いよく教室に入ってきた。トントントンッとテンポよくお互いの拳を打ち合わせる。

 

「おう、久しぶり。仗助」

 

「ちっがう! 俺は弦太郎だっての!」

 

「あ、わり」

 

 だってお前ら格好が似すぎだし、と如月(きさらぎ)弦太朗(げんたろう)の頭を見る。

 

「おいおい、そいつは聞き捨てならねぇなぁ~?」

 

「お?」

 

「こんな奴の頭より、この俺の髪の方がずっとグレートに決まってんだろ?」

 

 噂をすれば何とやら。弦太朗と並ぶ我が校の二大学ランリーゼントの片割れ、東方(ひがしかた)仗助(じょうすけ)が、自身の髪を撫でながら教室に入り口に立っていた。あの変な立ち方、疲れないのだろうか。

 

「む、この俺の気合いの入った魂の髪型が負けてるわけないだろ!」

 

「いいぜ~? 今日こそきっちりとどっちが真の魂を持ってるかはっきりくっきりさせてやるぜ!」

 

「こっちこそ! 今日こそお前と真のダチになってやるぜ! 喧嘩は心の語り合いだ!」

 

 こいつら基本的には害のない性格してるはずなんだが、変なところで熱くなるんだよなぁ。話のベクトルは見事に噛み合っていないけど。

 

「まずは第三者の意見からだ!」

 

「良太郎! 俺と如月、どっちの髪がグレートだ!?」

 

「俺には区別がつかんってさっきから言っとろーに」

 

 人の話を聞かない奴らである。

 

「というか、鷹富士とか恐がってる奴がいるから、やるなら教室の外でやってくれ」

 

 怯えながら俺の後ろに隠れるのは可愛らしくて大変よろしいんだが、思いの外握力が強くて掴まれてる肩が痛い。なんかミシミシいってる気がする。

 

 しかし、人の話を聞かない二人は更にヒートアップ。周りからは「お前何とかしろよ」という視線を向けられる始末。え、これ俺が収拾するの?

 

(ほら、さっさとしろよ)

 

(骨は拾ってファンの子達に高く売ってあげるからねー)

 

(そこはせめて嘘でも大事にして欲しかったです)

 

 というか、こいつら久しぶりに登校してきた多忙なアイドルを労るという考えはないのか。

 

 しょうがない、二人を止めるか。とりあえず鷹富士の手を肩から離させようとすると、更に来客が現れた。

 

「喧しいぞ、貴様ら!」

 

 お前も煩いよと心の中でツッコミながら教室の入り口に目をやる。

 

「どちらの髪が優れているだのどーのこーのと……」

 

 袴を履いた和服姿のツルツル頭、天光寺(てんこうじ)輝彦(てるひこ)がそこにいた。

 

「その学ランといい、少しは学生らしい格好をしたらどうだ!」

 

「「格好云々に関してお前にだけは言われる筋合いねぇよ!」」

 

 その点に関しては全くもって同意だとばかりにクラス全員が弦太郎と丈助の言葉に頷く。

 

「何だと!? この日本男子の魂が込められた和服の何がおかしいと言うつもりだ貴様ら!」

 

「指定制服着てねぇ時点でどう考えても同類だろ!」

 

「オメーはハゲてるからこのリーゼントに込められた魂が分かんねーんだよ!」

 

「ハゲではない! 剃っているだけだ!」

 

 わー、二人でも十分厄介なのに三人になった途端にさらに厄介になった。我が校が誇る変人の内の三人が揃うとこうも面倒くさいことになるのか。

 

「四人、の間違いだろ?」

 

「恭也、自分を卑下するのはよくない。ご両親や可愛い妹二人が悲しむぞ」

 

「ほう? つまりお前は何が言いたいんだ? 理解力に乏しい俺にも分かりやすく説明してもらえるか? 特に可愛い妹二人という点を重点的に」

 

「そうやって直ぐに小太刀を突き付けるところだよシスコン!」

 

 木刀とはいえ何処から出したんだよマジで!? お前の流派が暗器を使うことは知ってるけど、小太刀まで隠し持つとかどうなってんだよ!?

 

 それ以前に妹を可愛いって言われたら素直に喜んどけよコノヤロウ!

 

「可愛い妹と聞いて!」

 

「呼んでないからさっさと帰れハゲ!」

 

「ハゲではない! 剃っているだけだと何度言ったら……!」

 

「今のはお前じゃねーよハゲ天! 言われるのがイヤならそんな変な頭するな!」

 

「今俺のこの頭のこと何つった!?」

 

「お前のことでもねーよ!」

 

 いよいよ収拾がつかなくなってきたぞコレ。何だ何だと周りのクラスから何人も様子を覗きに来てるし、これ以上人が増えたらどうしようもなくなる。テレビ的には随分と面白いんだろうけど、そろそろ何とかしないといかんな。

 

 という訳で最終手段に出ることにしよう。

 

 

 

「とりあえずお前ら、俺の歌を聴けやぁぁぁ!!」

 

 

 

「学校名物『周藤良太郎ゲリラライブ』キター!」

 

「他のクラスの奴らも呼べ! 早くしねーと先生達が来ちまうぞ!」

 

 『色々なものが混ざってカオスになったならかき乱せば混ざりきるはず理論』の下、とりあえず場をかき乱すことにした。

 

 

 

 当然先生方に関係者全員怒られました。

 

 

 

 

 

 

「いやー、やっぱり学校は楽しいな」

 

「あれだけの騒動を楽しいの一言で済ます気かお前は」

 

 授業終了後、夜からの仕事に向かう前に寄るところがあると良太郎さんは言った。

 

 ――何処へ向かっているのですか?

 

「こいつの実家がやってる喫茶店です。昔からよくお世話になってるんで、今日は久しぶりに寄ろうかと思いまして」

 

 そう言いながら向かったのは、喫茶店『翠屋』。シュークリームが人気の巷で人気の喫茶店だが、なんと良太郎さんの友人の実家だそうだ。

 

「今さらだが、学校帰りの客が多そうだな。やっぱりテレビカメラ連れてくの止めた方がよかったか?」

 

「父さん達がOKを出してたから問題ないだろう。ウチの客ならそう大した騒ぎにもなるまい」

 

「了解。それじゃあ改めて……みどりキャロットへようこそ」

 

「勝手に人の店を改名するな」

 

 カランというドアベルの音と共に開いたドアを潜り、店内へ。

 

 

 

「あ、この店、良太郎が前に差し入れしてくれたシュークリームのお店ね」

 

「へー、りょーくんの友達のお店なんだ」

 

(……今度一人で行ってみようかな)

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませー。良太郎君、お久しぶりね。恭也もお帰りなさい」

 

「お久しぶりです、桃子さん」

 

「ただいま、母さん」

 

 あらかじめ連絡を入れておいたので、桃子さんは俺やスタッフ達に驚くことなく出迎えてくれた。

 

「にゃっ!? 良太郎お兄さん!? それにテレビカメラ!?」

 

 と思いきや、小さな店員さんが驚いていた。どうやら知らされていなかったらしい。

 

「やぁ、久しぶりだね、なのはちゃん」

 

「お、お久しぶりです! えっと、後ろのテレビカメラは……?」

 

「気にしなくて大丈夫だよー。なのはちゃんはお手伝い?」

 

「うん。今日は塾もなくて、アリサちゃんやすずかちゃんも習い事の日だったから」

 

「偉いなー、なのはちゃんは」

 

「にゃー!?」

 

 恭也の二人いる妹の内の一人、高町家次女の高町(たかまち)なのはちゃんの頭を撫でる。

 

「いらっしゃい、良太郎君」

 

「あ、士郎さん。今日はいきなりスミマセン、大勢で押し掛けることになっちゃいまして」

 

「別に構わないよ。いい宣伝になるし、何より良太郎君が顔を出してくれただけで満足さ」

 

 おぉ、なんやこのナイスミドル、いい男過ぎる。桃子さんみたいな美人さんと結婚出来たのも納得だ。

 

「それに、桃子も君に用事があったみたいだし」

 

「え?」

 

 唐突だが、世の中にはヒエラルキーというものが存在する。上下に序列化された組織構造を指す言葉だ。類義語にカーストというものがあるが、意味合いが若干異なるのでここではヒエラルキーを使わせてもらう。

 

 高町家のヒエラルキーのトップは当然士郎さん……と思いきや、士郎さんは上から三番目。二番目は意外にもなのはちゃん。そして頂点に君臨するのが、翠屋が誇るパティシエール、桃子さんである。簡単に言ってしまえば戦闘民族高町家のラスボス的存在だ。

 

 で、長々と語って結局何が言いたかったのかというと。

 

 

 

「良太郎君? この間の芸能事務所への差し入れの件について私とお話ししましょ?」

 

 

 

 桃子さん(ラスボス)からは、絶対に逃げられないっ……!

 

 

 




・『サムライアイドル』
あれでしょ? とりあえず日本人はサムライってつけとけばいいんでしょ?(適当)

・お弁当にハートの模様
可愛い母親がいる時点で主人公も十分リア充。

・如月弦太朗
『仮面ライダーフォーゼ』の主人公。フォーゼドライバーで変身したりしない。
短ランリーゼント姿だが好青年。学校の全員と友人になることが目標。

・東方仗助
『ジョジョの奇妙な冒険』第四部の主人公。スタンド能力は持っていない。
改造学ランリーゼント姿。頭のことをバカにされると凄い勢いでキレる。

・天光寺輝彦
『コータローまかりとおる』のメインキャラ。通称ハゲ天。
完全に作者の趣味。アイマスの二次創作でこいつが登場することはこの小説以外で未来永劫存在しないと断言できるほどドマイナーキャラ。分かる人はきっと作者とおいしいお酒が飲める。

・「可愛い妹と聞いて!」
ロリコンでハゲ → 井上準
出すつもりはなかったのだが、妹の話をしたら勝手に出てきたロリコン。執念半端ない。

・「俺の歌を聴けやぁぁぁ!!」
元ネタはバサラです。シェリルとか言うとにわか扱いされるのでお気をつけください。

・みどりキャロットへようこそ
4は……嫌な、事件だったね……。

・高町なのは
恭也の妹にして『魔法少女リリカルなのは』の主人公。決して魔王などではない。
何気にこの小説においても重要なポジションであるという伏線を張っておく。

・ラスボスからは絶対に逃げられない。
逃げるコマンドが逃げ出しました。探してください。



ハゲとリーゼントしかいませんが間違いなくアイマスの小説です。
これだけ多重クロスすることは当分ないと思います。
ただし次回は翠屋なのでリリなの小説並みの登場人物になると思いますがご了承ください。



          εεεεε ヽ( 逃げる)ノ


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Lesson20 プライベート・タイム 4

Q これはとらいあんぐるハートですか?

A いいえ、リリカルなのはです。

A 違います、アイドルマスターです。


 

 

 

「もう、どうして始めから相談してくれなかったの? 後輩の激励のためだって言ってくれたら、ちゃんと特別なケーキを用意してあげたっていうのに」

 

「いえ、その、先輩風を吹かそうと見栄を張って有名店のケーキを、と思いまして……すみません、はい」

 

 

 

 良太郎さんがカウンターの隅の席で店の人と仲良く話をしている間に、翠屋のマスターである高町さんに良太郎さんの話を聞いてみた。

 

 ――良太郎さんは昔からよくここに?

 

「そうですね、小学生の頃からになりますから……かれこれ七年近くになりますね。いつも今彼がいるカウンターに座って、コーヒーとシュークリームを注文してくれますね」

 

 ――昔からですか?

 

「えぇ。まだ小学生なのに美味しそうにコーヒーを飲んでいたのを覚えてますよ」

 

 もっとも表情は昔から変わったことがありませんが、と高町さんは笑う。

 

 ――高町さんから見た良太郎さんは、どのような人物ですか?

 

「……そうですね。少し、変わった少年です。けれど、他人のための思い遣りを持っている素晴らしい少年だと思っています」

 

 身内の恥を晒すようで恥ずかしいですが、と前置きをしてから高町さんは語り出した。

 

「四年前になりますかね。私は事故にあって、長い間意識不明の寝たきりになっていたことがありました。妻も息子達も店や私に付きっきりになってしまい、まだ幼稚園児だった末の娘をほったらかしにしてしまっていた時期があったんです」

 

 そんな時に娘さんの面倒を見てくれていたのが、良太郎さんだったそうだ。

 

「良太郎君も当時はアイドルデビューしたばかりで大変だったはずなのに、一緒に遊んでくれたり食事の面倒を見てくれたりしてくれたおかげで、娘に寂しい思いをさせずに済みました」

 

 良太郎君には感謝しきれませんよ。高町さんは、まるで自分の息子を自慢するかの様にそう語ってくれた。

 

 一切表情を変えることがないことから、『鉄仮面の王子』と称される良太郎さん。しかし、その仮面の下には人を思いやる暖かな心があることを我々は知ることとなった。

 

 

 

「……りょーくん」

 

「……ふ、ふーん、いいとこあるじゃない」

 

「助けられたって言うなら、わたし達と同じだね」

 

 

 

 

 

 

 桃子さんとの話し合いはおおよそ十五分ほどで意外に早く終わった。いや、体感時間的にはもうちょい長かったような気もするけど。

 

 お話が終わった後は、いつもの席でいつものコーヒーとシュークリームを注文。なのはちゃんや士郎さん達と談笑しながらまったりと過ごす。

 

「え、最近はなのはちゃんも道場で稽古してるの?」

 

「はい。苦手な運動を克服しようと思いまして」

 

 努力家だなぁ、なのはちゃんは。

 

「おかげでこんなことも出来るようになったんですよ!」

 

 見ててください、となのはちゃんはカウンターの上に紙コップを置いた。何も入っていないただの紙コップである。

 

 そしてティースプーンを手に取ると紙コップから少し距離を取った。左足を下げ、腰を少し落とし、右手は前に軽く持ち上げ、ティースプーンを持つ左手は後ろに引く。その立ち振舞いはまるで剣士のようで……。

 

「え、ちょ」

 

「……行きます」

 

 なのはちゃんがそう呟いた次の瞬間、スパーンッという音が響き……。

 

 

 

 ……突き出されたティースプーンが紙コップを『貫通』していた。

 

 

 

(……いやいやいやいや!?)

 

 待て待て。ティースプーンが紙コップを貫通すること自体はいいんだ。いや本当はよくないが。ティースプーンは金属で、紙コップは文字通り紙なのだから、貫通しない道理はない。物理的には。

 

 問題は『中身が何も入っておらず固定もされていない状態の紙コップを貫通した』という点だ。普通、軽い紙コップを突くだけではただ吹き飛んでしまう。それを貫通したという事実が、今の突きの鋭さを物語っていた。

 

「出来た! 良太郎お兄さん、どうですか!?」

 

「あ、あぁ、うん。凄いね、なのはちゃん。頑張ったんだね」

 

「えへへ!」

 

 褒めて褒めてと言わんばかりに寄ってくるなのはちゃんの頭を撫でる。いやー、子犬みたいでカワイイナー。

 

(おい、今のって……『射抜(いぬき)』だよな? お前らの流派の)

 

 士郎さんにも褒められているなのはちゃんを横目にこっそりと恭也に尋ねる。

 

(あぁ、その通りだ)

 

(え、何、ただの体力作りだとばかり思ってたんだけど、あんな本格的な修業してるの?)

 

 いくら何でもあの大往生レベルになのはちゃんが付いていけるはずがないと思うが。

 

 いや、と恭也は首を横に振った。

 

(……どうやら、見て覚えたらしい)

 

(……お前マジで言ってんの?)

 

 門前の小僧習わぬ経を読むってレベルじゃねーぞ。何というか、流石士郎さんの娘というか、恐るべし高町の血族というか。戦闘民族高町家ってのもいよいよ現実味を帯びてきたな。

 

「大体、なのはが体力を付けようと言い出したのは、お前が原因でもあるんだからな」

 

「俺?」

 

 新たにやってきたお客さんの接客に向かったなのはちゃんの後ろ姿を見送る。俺、なのはちゃんに影響与えるほど何かしたっけ?

 

「小さい頃からトップアイドルのお前や、世界的な歌手のフィアッセやゆうひさんを側で見てきたんだ。……憧れもするだろう」

 

 ……えっと、つまり、なんだ。

 

「なのはちゃん、コッチの仕事に興味があるってこと?」

 

「アイドルか歌手かは分からんがな」

 

 はぁー、なのはちゃんがねぇ。何というか、不思議な気分。

 

 ……もっとも、アイドルになるのに『射抜』は必要無いが。

 

(そういや、フィアッセさんは? 今日はシフト入ってないの?)

 

(テレビカメラが来ているのに表に出られるはずがないだろ。今は奥に入ってもらっている)

 

(それもそうか)

 

 歌手フィアッセ・クリステラさんは現在諸事情によりその活動を休止し、高町家に居候をしつつ翠屋で働いている。別に隠している訳ではないが、テレビに映ると面倒くさいことになるだろうから、賢明な判断ってところかな。

 

 さて、と。

 

「そろそろ時間かな」

 

「仕事か?」

 

「あぁ。八時から歌番組の生放送だ。見てくれてもいいんだぜ?」

 

「一週間前にお前が出ると知ってから、その時間のテレビの視聴権はなのはが予約済みだ」

 

「それはそれは」

 

 それじゃあ、小さなファンのために頑張ってくるとしますか。

 

 

 

 

 

 

「周藤良太郎さん、入られましたー!」

 

「お、おはようございます良太郎さん!」

 

 おはようございます、と挨拶をしながら良太郎さんが歌番組のリハーサルのためにスタジオに入ると、新人アイドルは良太郎さんに向かって頭を下げる。

 

「――それで、このタイミングでライトが点灯しますので……」

 

「この時のカメラはどっちに動いてますか?」

 

 先程まで友人と楽しそうに談笑していた良太郎さんの雰囲気はなく、真剣に段取りを確認するその姿はまさしくアーティストのそれであった。

 

 ちなみに、良太郎さんのマネージャーでもある幸太郎さんの姿はない。別の仕事があるらしく、こうして良太郎さんが一人で現場、ということも珍しくないとのことだ。

 

 全ての段取りを何の滞りもなく済ませた良太郎さんは、足早に楽屋へと戻ってしまった。

 

 ――もう戻られるのですか?

 

「えぇ、まぁ。今日は新しい子が何人もいましたし、あんまり長々と俺があそこにいたら落ち着けないでしょうから」

 

 個人的には新しい子とも仲良くやりたいんですけどね、と呟く良太郎さん。

 

 トップアイドルであるということは、我々には分からない孤独というものが存在するのかもしれない。

 

 楽屋に戻った良太郎さんに、普段の本番前の過ごし方を聞いてみた。

 

 ――本番前は楽屋で何をしていらっしゃるのですか?

 

「えっと……そうですね、そんな大したことしてないですよ。段取りをもう一回確認したり、軽く身体を動かしたり」

 

 あとは仮眠とか、と言いながらアイマスクを付けて良太郎さんはソファーで横になる。

 

「………………」

 

 ――良太郎さん?

 

「……zzz」

 

 どうやら横になってほんの数秒で本当に寝てしまったらしい。しかし、十分後に突然ムクリと起き上がった。

 

「とまぁ、こんな感じですね」

 

 ――随分と寝付くのが早いんですね。

 

「今は落ち着きましたけど、デビューしたての頃は本当に忙しかったですからね。僅かな合間を見付けては寝ている内に何処でもすぐに寝てすぐに起きれるようになりましたよ」

 

 おかげで授業中の居眠りもバッチリです、と良太郎さんはそんな冗談を言いながら親指を立てていた。

 

 

 

「……絶っ対に冗談じゃないわね」

 

「リョウのことだから、ホントに寝てるんだろうね」

 

「もう、りょーくんってばお茶目さんなんだからー!」

 

 

 

 

 

 

「間もなく本番でーす!」

 

「はーい」

 

 スタッフさんの質問に答えている内に時間になってしまった。

 

 本当は段取りとか曲とかダンスとかの確認は早々に済ませてずっと寝てるつもりだったんだが、よもや全国放送で「待ち時間はずっと寝てます」と言うわけにもいかない。流石の俺も自重した。

 

「あ、良太郎さん、本番前のこのタイミングで最後の質問いいですか?」

 

 今朝からずっと俺に質問を投げ掛けてきていたスタッフさんが、そんなことを言って俺を呼び止めた。

 

「これで最後なんですか?」

 

「はい。ここを番組の最後に持ってくる予定なので」

 

 なるほど。

 

「それでは手短に。今の良太郎さんが思うがままにお答えください。……良太郎さんにとって、アイドルとはなんですか?」

 

 ……あー、このタイミングで来るのね。いやまぁ、確かにこの手の質問は一番最後に持ってくるのが定石か。

 

 どうせ聞かれるだろうと思っていたので、特に困ることもない。

 

 その答えは、俺がアイドルになってから一度たりとも変わったことがないのだから。

 

 

 

「俺にとってのアイドルとは、ファンの笑顔で光り輝く存在。……誰かが笑顔になってくれている証明、ですかね」

 

 

 

 

 

 

『そう言い残し、良太郎さんはステージへと上がっていった。きらびやかな、アイドルという世界のステージへ』

 

『周藤良太郎。若くしてトップアイドルに登り詰めた彼は、今日もまたファンのために歌い、ファンのために踊るのであった』

 

 

 

 テーレーレレー、とエンディングテーマと共にスタッフロールが画面下部を流れる。

 

「オープニングは微妙だったけど、エンディングは相変わらず良いわね」

 

「何て曲だっけ? 何とかになりたかったペンギン、とかそんな感じの名前だったような……?」

 

「……ハシビロコウになりたかったペンギン?」

 

「少しでも空を飛びたかった気持ちは分からないでもないけど、何でよりによってそこチョイスしちゃうのよ……」

 

 ほとんど動かないじゃないのよ、あの鳥。

 

 三十分の番組を見終わり、私達三人は一斉にぐぐっと伸びをする。……上体を反らしたことにより、両脇の二人の胸が揺れて少しイラッとしたが、グッと堪える。

 

「何というか……まぁ、別段と何かがある訳でもない普通の日常って感じだったわね」

 

 クラスメイトはあんまり普通な面子ではなかったが。

 

「アタシはりょーくんの制服姿が見れただけでも満足かな」

 

「新鮮ではあったね」

 

 そう言いながらりんはニコニコと笑い、ともみは私達が使ったコップやお皿をお盆に乗せてキッチンへと持っていく。

 

「あ、片付けは私がやるわよ」

 

「大丈夫。それより、もうそろそろ遅いから帰り支度しないと」

 

 ともみに言われて時計を確認してみると、現在時刻は既に午後九時を回っていた。確かに、今日はこの辺りでお開きだ。

 

 おのおの帰り支度を終え、荷物を持つ。

 

「りょーくんのことが更に知れた有意義な時間だったなー」

 

「はいはい」

 

「電気消すよ?」

 

 パチリと部屋の灯りが消えて室内は暗闇に包まれる。

 

 まだまだ良太郎のいるところまでの道程は長い。

 

 明日もまた、頑張ろう。

 

 パタンという音と共に、ドアを閉めた。

 

 

 

 

 

 

おまけ『高町家長女』

 

「ただいまー! 恭ちゃん、良太郎さん来てる!?」

 

「おかえり美由希。良太郎なら、たった今帰ったぞ」

 

「えー!? 久しぶりに学校に来てたって話聞いたから、ウチにも来てるだろうと思って急いで帰ってきたのに!」

 

「残念だったな」

 

「もー! 私だって久しぶりに良太郎さんと話したかったのにー!」

 

 

 




・四年前の事故
以前士郎さんは最初から堅気だったという話をあとがきでしたが、諸事情により変更。
そっちの仕事の最中に怪我をして入院、退院後は引退して喫茶店に専念という、リリなの√を採用。

・なのはの面倒を見る良太郎
ロリコンじゃないです。おっぱいの方が大好きなんです。

・なのはの『射抜』
漫画版『魔法少女リリカルなのはINNOCENT』のワンシーン。
漫画版の経緯は分からないが、この小説のなのはちゃんは良太郎に憧れてアイドルを目指し、真面目に運動をするようになった結果こうなった。恐るべし高町の血族。
※追記
あれは射抜ではないとご指摘をいただきました。マジ未プレイにわか作者乙。

・大往生レベル
具体的には七年と五カ月かかるレベル。御神の剣はそれ以上な気もするが。

・「……zzz」
瞬間睡眠。現実世界のトップアイドルにも実際に必須のスキルだったそうなので。

・ハシビロコウになりたかったペンギン。
実際の情熱大陸のEDは『エトピリカ』。
『咲-Saki-』の作中の作品「エトピリカになりたかったペンギン」より。
ハシビロコウは各自ググってください。

・両脇の二人の胸が揺れて少しイラッとしたが、グッと堪える。
三人はこんな配置 ↓
       山 谷 山

・おまけ『高町家長女』
高町美由希。恭也の妹でなのはの姉。みつあみ眼鏡の文学系剣士。
様々なリリなの小説において不憫キャラとして扱われており、例に漏れずこの小説でも不憫だった。



というわけで密着取材編終了です。最後駆け足になった感は否めない。

次回からは本編……と思いきや、番外編です。
こんな番外編みたいなやつをやっておいてさらに番外編かよ、とお思いのそこのあなた、ご安心を。

皆さんお待ちかねのイチャラブですよイチャラブ!

ヒロインは秘密ですが、外伝として良太郎と恋人になったアイドルとの話にするつもりです。
ただ、ここで選ばれたアイドル=本編ではヒロインにならないということですのでご了承ください。

次回予告はお休みですが、適度にお待ちください。


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番外編01 もし○○と恋仲だったら

良太郎がフルスロットルです。


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

「……私は、帰ってきたー!」

 

 空港を出て、ぐぐっと大きく伸びをする。

 

「よーやっとワールドツアー終わったぜ……」

 

 いくら体力に自信があったからとはいえ、世界一周ツアーは無茶があったと今更ながら反省。しかし面白かったので後悔は一切していない。要するにいつも通りのステージをする以外は海外旅行みたいなもんだし。

 

 ただまぁ、一つ不満があるとするならば、最愛の恋人との触れ合いがお座なりになってしまっていたという点か。移動と仕事ばかりで全然会うことが出来ていないのだ。

 

「なぁ、兄貴」

 

「ダメだぞ」

 

 続いて空港から出てきた兄貴に、提案する前に却下されてしまった。

 

「せめて内容ぐらい聞いてくれよ」

 

「どうせ『このまま会いに行く』とか言うつもりだろ? 明日からオフなんだから今日ぐらいしっかり身体を休めろって」

 

「今の俺に必要なのは身体の休息じゃない、恋人との触れ合いなんだ」

 

 エロ的な意味ではなく、要するにイチャイチャしたいのである。

 

「ダメなもんはダメだ。あんまり無理を言うようだったら、お前が隠してる本のこと言っちまうぞ」

 

「既にバレてお説教を経て正式に所持を許可されているから一向に構わん」

 

「オープン過ぎるだろお前……!?」

 

 バレた時はマジで焦ったが、男だからしょうがないと許されたのだ。俺の恋人マジ寛大。おっぱいだけじゃなくて心もデカイ。

 

 ただ、その際に「あまり自分以外の女性は見ないでほしい」と可愛らしいお願いをされてしまったので、それ以来ほとんど買っていない。

 

 なお、隠してるのはグラビアの写真集であって決してR18的な物じゃナイデスヨー。

 

「というか、もうこんな時間だぞ? 今から行ったら向こうにだって迷惑がかかるだろ」

 

「む、それもそうか……」

 

 現在の時刻は既に午後九時を回っていた。言われてみれば、確かに兄貴の言う通りである。

 

「しょうがない……明日にするか……」

 

「そうしておけ」

 

 ガラガラとキャリーバッグを引っ張りながら、俺と兄貴はタクシー乗り場へと向かうのだった。

 

 

 

 タクシーで一時間弱揺られ、俺達は実家マンションへと帰ってきた。

 

「「ただいまー」」

 

「コウ君リョウ君おかえりー!」

 

「おかえりー、コウ、リョウ」

 

 玄関を潜ると我が家のミニマムマミーと、今では兄貴の嫁となった早苗姉ちゃんが娘のカナちゃんを抱き抱えながらリビングからパタパタと走ってきてお出迎えしてくれた。

 

「世界一周お疲れ様」

 

「いや、ホント疲れたよ。カナー、パパ帰ってきたよー」

 

 早苗姉ちゃんからカナちゃんを受け取ってデレッとする兄貴。すっかり父親の顔になっちゃってまぁ。

 

「お土産はー?」

 

 お母様は二言目がそれですか。

 

「土産は後日郵送されてくるから、今日は我慢してくれ」

 

 子供のようにまとわりついてくる母さんを軽くあしらいつつ、リビングの片隅のお父祭壇にて父さんに、兄貴と二人で帰宅報告をする。……父さんの写真に向かって手を合わせているが、しっかりと父さんは健在である。何というか、既に習慣である。果たして我が家の父上様はいつになったら帰ってくることやら。

 

「お風呂沸いてるよね?」

 

「沸いてるけど、リョウはまず自分の部屋に行きなさい」

 

「何ゆえ」

 

 風呂に行こうとしたら早苗姉ちゃんにストップをかけられた。早く風呂に入って寝たいんだけど。

 

「部屋でお客さんが待ってるよー」

 

「お客さん? ……っ!?」

 

 母さんの言葉にまさかと思い、急いでリビングを後にする。

 

「うんうん、愛だねー。……うわーん! お父さーん! コウ君に続いてリョウ君まで親離れしちゃって寂しいよー! 結構早い段階でしてた気もするけどー!」

 

「あぅあぅ」

 

「うぅ、おばあちゃんを慰めてくれるのー? カナちゃんは優しいねー……」

 

「……相変わらず、お義母さんの見た目でおばあちゃんってのは無理があるわね」

 

「本人はおばあちゃんってフレーズが大層気に入ってるみたいだけどな」

 

 母さんの泣き声が背後から聞こえてくるが、今はスルー。自分の部屋の前に着くと、そのまま勢いよくドアを開けた。

 

 俺の部屋の中では、一人の女性が俺のベッドに腰を掛けていた。

 

 彼女こそ、俺が今一番会いたかった女性。俺の最愛の恋人。

 

 

 

「……ただいま、貴音」

 

「お帰りなさいませ、あなた様」

 

 

 

 四条貴音が、優雅に微笑んでいた。

 

 

 

「……会いたかった貴音ー!」

 

「きゃ」

 

 なんか感動の再会的なモノローグになったが、そんなのお構いなしに荷物を放り出して貴音に抱き着く。

 

「ほふぅ、貴音ー……」

 

「ふふ、まるで甘えん坊の子供のようですね」

 

 貴音のやーらかい身体に顔をグリグリと押し付けてモフモフしていると、貴音は優しい手付きで頭を撫でてくれた。

 

 あー、癒される……。

 

「って、どうしてここに?」

 

「今日帰ってくるという話を聞いていましたから、帰ってくるあなた様をお出迎えしたいと思ったのです。それで、お母様と早苗殿にお願いをして……」

 

「俺の部屋で待っててくれた訳か」

 

 なんともまぁ可愛らしいサプライズである。今日は会えないとばかり考えていた俺には最高のサプライズだ。

 

 

 

 なお、ここまでの会話は全て貴音の胸に顔を埋めている状態で進めている。しかしエロ的な考えは一切起きず、ただただ貴音の包容力に癒されるばかりである。

 

 

 

 いつまでも押し倒している状態も辛いだろうと一旦離れ、今度は膝枕をしてもらう。貴音の大乳が間近で堪能できる素晴らしい体勢だ。思わず全国の貴音ファンに「どうだ羨ましかろう」とドヤ顔したくなる。表情はやはり動かないけど。

 

「ワールドツアー、お疲れ様でした。どうでしたか?」

 

「移動の連続で疲れたが、楽しかったぞ。貴音に会えなかったのは辛かったけど」

 

「ふふ、わたくしもです。あなた様とこうして再び触れ合える日を心待ちにしておりました」

 

 手を伸ばして貴音の頬に触れると、貴音は目を細めて俺の手を取り更に頬を刷り寄せてくる。

 

「……んっ」

 

 指先が耳に触れると貴音の身体がピクリと僅かに跳ね、大乳が目の前で揺れる。恋人同士になって知ることになった貴音のウィークポイントだ。

 

「もう、おイタはダメですよ」

 

 内心でニヤニヤしているのがバレたらしく、メッと注意と呼べない注意を受けるが一向に反省するつもりはない。

 

「……それで、あなた様。話をする時はしっかりと人の顔を見ていただきたいのですが」

 

「ちゃんと見てるぞー」

 

「先ほどから胸に視線が固定されているようですが」

 

「胸の先にある貴音の顔を見てるんだって」

 

「わたくしからはあなた様の顔が見えていると言うのに、目線が合わないのは面妖な話ですね」

 

「面妖だね」

 

 全く、と困ったように眉根を寄せる貴音。胸を見ている事に対してはお咎めはない、というか特には気にしてないみたいだ。胸を凝視されていることよりもちゃんと目を見てくれないことに拗ねている辺り、俺の恋人すげー可愛い。

 

 貴音はこういった性的な事に対する認識が少しばかりズレている。以前、ちょっと好奇心を抑えきれなくなって「おっぱい触らせてください」と素直に頭を下げたらあっさりと了承されてしまい、逆に困惑してしまった。「恋仲だから問題ない」って、いやまぁ、貴音がいいならいいけど。個人的には大変ありがたいし。

 

 とてもやーらかかったです。(キリッ)

 

 その後も見ている見ていないだのと言い合いながらイチャイチャと頬をつつき合う。これだよ、こういうイチャイチャが今の俺には必要だったんだよ。

 

「……こうしてあなた様と恋仲でいられることが、まるで夢のようです」

 

「夢じゃないさ。貴音のために頑張ったんだぜ? 俺」

 

 

 

 少しだけ、過去語りをさせてもらうことにする。

 

 恋人同士になって初めて明かされたことなのだが、貴音は母方の祖母が日本人のクォーターで、ヨーロッパのとある小国の貴族の出身らしい。直系ではないらしいが由緒正しき身分とやらだそうで、色々と決まりごとがあったらしい。しかし成人の義までは自由に過ごすという約束を取り付けて、わざわざ日本に来てアイドルをしていたそうだ。

 

 それでここからが問題なのだが、貴音には親に決められた許嫁がいたらしいのだ。今は日本で自由にしているが、いずれ貴音が帰ってしまえば俺達は別れなければならなくなる。

 

 

 

 ――俺の貴音を渡してたまるか!

 

 

 

 要するに、貴音の実家に俺がその許嫁よりも価値がある人間だと認めさせればいい訳だ。そこで俺は兄貴や知り合いと話し合って一つの結論に至った。

 

 

 

 とりあえず世界でも獲ってみるか、と。

 

 

 

 世界で活躍している友人や知り合い――フィアッセさんとティオレさんのクリステラ親子、スティーヴ・パイやカイザー・ラステーリなど――に協力してもらい、周藤良太郎海外進出計画を決めて即実行に移した。当時十九歳の話である。

 

 とりあえず持ち歌を全部五ヶ国語(英語、中国語、フランス語、ドイツ語、ロシア語)で歌い直し、各国の様々なメディアに出演して、色んなコンクールやら賞やらを総なめにしまくった結果。

 

 

 

『本年度『NMU(ナショナルミュージックアルティメイト)』アイドル部門最優秀賞は……リョウタロー・スドウ!』

 

 

 

 二年後のそこには、元気にトロフィーを受け取る俺の姿が!

 

 『NMU』。文字通り、世界一の音楽を決める式典。そこで最優秀賞を取るということは、文句なしに世界一だと認められるということだ。

 

 そのNMUに乗り込んだ俺は、日本人初にして歴代最年少で最優秀賞を勝ち取って見せた。あの日高舞ですらなし得なかったことを、ついに成し遂げたのである。(あの人の場合、活動期間が短かっただけで、普通に活動していたら分からなかったが)

 

 『He is the IDOL.』

 

 それは、世界に認められた俺への最大の賛辞。

 

 長く苦しい戦いだった……!

 

 何とか期限である貴音の成人の義に間に合わせることができたので、授賞式の帰りの足でそのまま貴音の母国へ突撃。貴音の両親に「お前らの娘寄越せやフォラァ」とトロフィーを投げ付けたのだった。

 

 すみません、意味がない嘘吐きました。帰りの足で実家に行ったことはホントだけど、普通に「娘さんをください」って頭下げました。

 

 その際、貴音の許嫁が突っかかってきたりするハプニングもあったが、誠心誠意オハナシをしたらちゃんと分かって貰えた。いやいや、イイヒトダッタナー。

 

 以上が、今に至るまでの簡単なダイジェストである。

 

 

 

 

 

 

 わたくしは、足を紐で結ばれた鳥でした。

 

 空を飛ぶことを許されても、いずれ再び鳥籠に囚われることが定められた一羽の鳥。

 

 許嫁との婚姻までの僅かな時間を自由に生きようと、祖母の故郷である日本でアイドルになりました。しかし自らに残された時間はごく僅か。

 

 そんなわたくしを救ってくださったのが、良太郎殿でした。

 

 

 

 ――俺の貴音を渡してたまるか!

 

 

 

 恋仲となった良太郎殿は宣言通りにNMUで頂点に立ち、わたくしが欲しいと言ってくださった。

 

 嬉しかった。こんなわたくしのために世界一になると言ってくれて、さらに実現してくれたことが。

 

「……貴音?」

 

 今こうして、わたくしの膝の上に頭を乗せているこの方が愛おしい。

 

 

 

 あぁ、この方を好きになって良かった。

 

 

 

「……愛しております、あなた様」

 

「……俺も愛してるよ、貴音」

 

 

 

 わたくしの頬に添えられている良太郎殿の左手に、自分の左手を重ねる。

 

 お互いの薬指にはめられた銀のリングが、カチリと音を立てた。

 

 

 




・周藤良太郎(22)
21の時にNMUアイドル部門で最優秀賞を獲得し、名実ともに「世界一のアイドル」の称号を手に入れた。良太郎が本気を出すとこうなる。全ては愛の力。
なお世界進出を決めたため、大学には行っていない。

・四条貴音(21)
三年前から突如としてその美しさが増し増しになり、文句なしにトップアイドル。今では女優としての仕事が多い。
良太郎との交際は一応秘密ということになっているが、世間を騒がす日も近い。
なお、付き合う理由は特に無し。というか考えてない。大事なのはイチャラブするっていう事実だから、そこは重要じゃないよね?(暴言)

・「……私は、帰ってきたー!」
再び貴音をモフモフする為に、貴音をクンカクンカする為に!
日本よ、私は帰って来たっ!

・「オープン過ぎるだろお前……!?」
健全な写真集なので問題はないです。(棒)

・今では兄貴の嫁となった早苗姉ちゃん
早苗さん大勝利UC。なおあくまで番外編なので、他の世界線では嫁役が変わる模様。
ちなみに娘の名前は 早苗 → 風神録 → 神奈子 という連想ゲームから。

・貴音の胸に顔を埋めている状態
・「どうだ羨ましかろう」
・「おっぱい触らせてください」
既に恋人なので自重しない良太郎。マジ炉心融解しろ。

・貴音は母方の祖母が日本人のクォーター
オリジナル設定。いくら髪色が若干おかしい世界でも、純粋な日本人があの銀髪は流石に……。
故郷に関しても当然オリジナル。別に月出身というわけではない。

・スティーヴ・パイやカイザー・ラステーリ
共に『コータローまかりとおる!』における世界的に有名なギタリスト。
クロスはお休みといった矢先のこれである。

・NMU(ナショナルミュージックアルティメイト)
オリジナルの世界大会。都合のいい大会がなかったので。

・『He is the IDOL.』
彼はアイドルであり、アイドルとは彼のことである、的な意味合いのはず。(英語弱者)

・長く苦しい戦いだった……!
この良太郎はTASではなくチートです。



というわけで、遅ればせながらの誕生日おめでとう記念的な意味も含めて番外編ヒロインのトップバッターは貴音でした。お姫ちんマジお乳ちんでお尻ちん。
主人公(作者)の言動から何となく予測してた人はいるんじゃなかろうか。なんだかんだ言って765プロの中で一番の『美人』は誰かと問われたら貴音だと思う。異論はしょうがないから認める。

ラブコメとか長らく書いてなかったからちゃんと書けてるか不安。確かこんな感じでいいはず。

次回からは今度こそ本編に戻ります。といってもアニメ本編からは外れ、様々なアイドルにスポットを当てたオリジナルの個人回になります。
てなわけで久しぶりの次回予告です。



 良太郎の下にかかってきた一本の電話!

 それは、新たな事件の幕開けだった!



「兄貴が病院に運ばれた!?」



 今、兄と弟、姉と妹の絆が試される!



「これでも、真美は亜美のおねーちゃんだしね!」



 次回! 『アイドルの世界に転生したようです。』第21話!

 『兄弟姉妹』で、また会おう!!



※若干の虚偽が含まれておりますのでご注意ください。


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Lesson21 兄弟姉妹

遅くなった言いわけは後書きにて。



「………………」

 

 ゆっくりと瞼を持ち上げる。目の前に知らない天井が広がっている訳もなく、いつも通りの見慣れた天井だった。

 

「……なんだ、ゆめか」

 

 何か凄い幸せな夢を見ていた気がする。具体的には誰か大乳な女の子とイチャイチャする夢。

 

「あんな可愛い嫁さん貰って退廃的に暮らしてみたいもんだよ」

 

 まぁ、顔は覚えていないので本当に可愛い嫁さんだったかどうかは定かではないのだが。

 

 とりあえず上体を起こし、ベッドの縁に腰を掛けて大きく欠伸をかく。

 

「……起きるか」

 

 現在時刻は午前七時過ぎ。部活も何もしていない高校生の土曜日の起床時間にしてはやや早いかもしれない。しかし俺の休日の起床時間は大体こんなもの。

 

 特に日曜日の朝は戦隊ヒーロー、ライダー、魔法少女の三連コンボを視聴するために大体この時間だ。内容や名前はやや違うが、まさか転生したこの世界でもこの番組の流れが確立しているとは思いもよらなんだ。

 

 ちなみに俺の初主演作はゴールデンタイムに放送されていた『少年X』だったが、初出演作はこっちの世界のライダーである『覆面ライダー(ドラゴン)』だ。覆面ライダー天馬(ペガサス)に変身するライバル役で、最終回直前に敵にやられて退場してしまうが、ラスボスを倒すためのヒントを主人公に残すというなかなか美味しい役どころだった。

 

 劇場版とか特別編とかでまた出番ないかなーと思いつつ、寝間着から普段着に着替えて洗面所へ向かう。

 

 ガラッ

 

「「あ」」

 

 洗面所の引き戸を開けると、そこには着替え中で上半身裸の人物が。

 

「誰得だよ」

 

「言ってる意味は分からんがさっさと閉めてくれ。寒い」

 

 まぁ、兄貴なんだが。キッチンから母さんの鼻唄が聞こえてきている時点で兄貴以外にはありえないし。

 

 兄貴はどうやら朝イチでシャワーを浴びていたらしく、バスタオルでガシガシと頭を拭いていた。

 

「ほら、洗面台前からお退きなさい。イケメンが今から顔を洗うんだから」

 

「お前と俺はほとんど瓜二つだろ」

 

「いやいや、よくよく見れば違うって。目と口と鼻の数とか」

 

「造形は違えどそこだけは基本的に変わってたまるか」

 

 などと互いに軽口を叩きながら朝の身支度を整える。

 

「というか、兄貴は今日も休日出勤?」

 

「自営業みたいなもんだからな。休日も何もないさ。お前だって同じだろ」

 

「まあな」

 

 今日は雑誌の取材と来週の番組の打合せがある。夕方からはフリーになるが、残念ながら受験生らしくお勉強である。模試の合格判定はBと上々であるが、他の奴等より勉強の時間を取れない分油断が出来ないのだ。

 

 なお、本日の恭也は月村と二人きりでお勉強だと昨日月村本人から聞いた。嬉しいのは分かったから俺に惚気るのは止めていただきたい。何かもう妬みを通り越して悲しみを背負うことが出来てしまいそうになるから。

 

「全く、たまには丸々一日休みにしてデートにでも行ってくりゃいいのに」

 

「……いや、まず誰を誘うのかという問題点があるし……」

 

「四人で行きゃいいじゃん」

 

「死ぬわ! 精神的に!」

 

 美女(一名外見美少女)を三人も侍らせてたら社会的にも死ぬかもな。もしくは物理的に。

 

「あんまりウダウダやって、いい加減刺されても知らんぞ」

 

「い、いや、あの三人はそんな性格じゃ……」

 

「別にあの三人だけだとは限らんだろ」

 

 人知れず兄貴が好きだった人とか、あの三人を好きだった人とか。

 

「まぁ、もし刺されたら枕元に菊か百合の花でも持っていってやるよ」

 

「墓前はともかく、まだ息がある状態では止めてくれ……」

 

「腹切りの後は介錯して首を落とすのが常識だろ?」

 

「今日のお前ちょっと容赦なさ過ぎやしないか!?」

 

「うるせぇ! 幼なじみが今日知り合いの女の子と二人きりでイチャコラやってるのに対して『俺って何でアイドルやってるんだろうなぁ……』とか自分の考えがブレるぐらい考えちまった俺の切なさが分かるか!」

 

 二人のギャーギャーとした喧しい言い争いは、朝食が出来たと母さんが呼びに来るまで続けられた。

 

 

 

 

 

 

 とまぁ、そんなことを話したのがつい今朝のこと。

 

「ウチの兄貴がヘタレで困ってます」

 

「奇遇ね。私も楽屋に変な奴が来てて困ってるわ」

 

 雑誌の取材が問題なく終わり、昼食を取ってから訪れたテレビ局にて竜宮小町の楽屋を発見したので遊びに来た。

 

「りっちゃんが冷たいなり」

 

「わざわざお茶淹れてあげたでしょ」

 

「りっちゃんのお茶温かいなりぃ」

 

「さっさと飲んで帰れ!」

 

 最近りっちゃんからの風当たりが厳しい気がする。解せぬ。

 

「それにしても、良太郎君は本当にお兄さんと仲良しなのね」

 

 俺の話を聞いていたあずささんが頬に片手を当ててあらあらと微笑む。

 

「まぁ、悪くはないですね。もちろん、それなりに喧嘩することもありますけど」

 

「あら、それは意外ね。何だかんだ言って仲良く二人三脚でやってるのに」

 

 まぁ、デビュー当初からずっと二人でやってここまで来たんだ。仲が悪かったら到底無理だな。

 

「二人三脚だからこそ喧嘩することもあるんだよ。それに、喧嘩しない兄弟なんぞいないだろ」

 

 ねぇ、と兄や姉がいる二人に視線を投げ掛けてみる。

 

「……まぁ、そうね。私も、時々だけどお兄様と喧嘩することあるし」

 

「亜美も、真美とおやつの取り合いで喧嘩とかよくするよー」

 

 伊織ちゃんと亜美ちゃんも同意してくれた。亜美ちゃんは何となくそんな気がしてたけど、伊織ちゃんもするんだ。まぁ、水瀬財閥の御令嬢がアイドルをやってると色々あるんだろうな。麗華もデビューしたての頃は実家と揉めてたらしいし。

 

 兄弟姉妹なんて同じ穴から産まれても結局は別人なんだから喧嘩ぐらいするさ、と言おうかと思ったけど流石にこのメンツで言うと完全にセクハラだから自重する。おっぱい発言? あれは俺なりの愛ですよ。

 

「私は一人っ子だったから、兄弟や姉妹がいる三人が羨ましいわ」

 

「分かりました。年下ですが、僭越ながら俺があずささんの兄になりましょう。『お兄ちゃん』でも『お兄様』でもお好きにどうぞ」

 

「アンタの変な趣味にあずささんを巻き込まないでくれる?」

 

「りっちゃんは『にー様』で頼む」

 

「ふんっ」

 

 立ち上がったりっちゃんから鳩尾に(ニー)様を貰ってしまった。響ちゃんの沖縄弁みたいに『にーにー』を頼んでいたら連続膝蹴りだったかもしれない。危なかった。

 

 というか、プロデューサーをやってるストレスか知らないが、アイドル時代よりもりっちゃんの手が早くなってる気がする。これもスキンシップの一貫だと考えてはいるが、物理的ダメージは普通に辛いからもう少しなんとかならんもんか。

 

「そういえば、千早達がまだなのかって焦れてたわよ」

 

「ん?」

 

 千早ちゃんが?

 

「忘れたの? ほら、一緒にレッスンするって約束してたじゃない」

 

「あぁ、あれね」

 

 何かと思えば、どうやら以前激励に行った日に約束したことだった。

 

「スケジュールの帳尻会わせが終わって、何とか765プロのみんなの仕事がない日にレッスンをねじ込めたよ」

 

 こっちの都合で多少スケジュールが弄れるのも、俺の実力と兄貴の手腕の賜物である。まぁ、元々受験勉強という名目で仕事を減らしていたからっていう理由もあるんだけど。

 

「おー! りょーにーちゃんとレッスン! いついつー?」

 

「えっと……」

 

 手帳を取り出して日付を確認する。

 

「……ついこの間、その日に仕事が入ったわ」

 

「あり?」

 

 何というバッドタイミング。売れっ子の竜宮小町はやはり忙しかったか。

 

「えー!? じゃあ亜美たちはりょーにーちゃんとレッスン出来ないのー!?」

 

「しょうがないでしょ、仕事なんだから」

 

「ぶーぶー!」

 

「あらあら~」

 

「……まぁいいわ。アンタとのレッスンなんかなくたって、元々私達は優秀なんだから」

 

「お、言ってくれるねー」

 

 個人的には竜宮小町がどんなものか直接見てみたかったんだが、それはまた別の機会に、ってとこかな。

 

「そろそろ時間ね。みんな行くわよ」

 

「「「はーい」」」

 

「んじゃ俺もそろそろ行くかな」

 

 打合せまでの暇だった時間も丁度潰せたし。

 

「お茶ご馳走さま。今度はシュークリームでも差し入れるよ」

 

「おー! この間のシュークリーム? あれ美味しかったんだよねー!」

 

「その時は是非極上のオモテナシを頼むよ」

 

「ぶぶ漬けを用意しといてあげるわ」

 

「帰す気満々ですね分かります」

 

 

 

「ん?」

 

 りっちゃん達の後に続いて楽屋を出たところで携帯電話が着信音を奏でた。

 

「失礼。……母さんか」

 

 どうせまた「今晩のおかずは何がいいー?」とか、そこら辺の用事だろ。

 

「はい、もしもし」

 

『リョウ君リョウ君!! 大変なの大変なの!!』 

 

「……っ!?」

 

 突然の大音量に思わず携帯を耳から遠ざけてしまった。あまりの音量の大きさに、りっちゃん達も何事かとこちらを見てくる。

 

「……とりあえず落ち着いて母さん。何が大変なんだ?」

 

『えっと、さっき電話がかかってきて……』

 

 

 

「……はぁ!? 兄貴が病院に運ばれた!?」

 

 

 

 涙声の母さんの口から発せられた一言は、確かに仰天するに値する一言だった。

 

 

 




・目の前に知らない天井
伝説になるかもしれないけど神話にはならない。

・「……なんだ、ゆめか」
前回からの続き。夢落ちです。

・日曜日の朝
おかげで作者は日曜日も七時半起きです。
なんだかんだ言ってキョウリュウジャーもドキプリも面白かった。
次が不安、というかハピネスは……いや、えりか臭がしておもしろそうだけどね、プリンセス。

・ラスボスを倒すためのヒントを主人公に残すというなかなか美味しい役どころ
この覆面ライダー天馬に! 精神的動揺によるミスは一切ない! と思っていただこう!

・「誰得だよ」
ホモと腐ってる乙女に媚を売っていくスタイル。

・悲しみを背負うことが出来てしまいそうになる。
「この私も心を血に染めて、悲しみを背負うことができたよ!」
byラオウ ※エキサイト再翻訳

・「腹切りの後は介錯して首を落とすのが常識だろ?」
菊は花がポトリと落ちることから「首落ちる」と縁起が悪い花です。お見舞いに持っていくと正直洒落にならないので気をつけましょう。
※追記
「首落ちる」は菊ではなく百合などの下向きに咲く花でしたので、訂正させていただきます。

・「りっちゃんのお茶温かいなりぃ」
能面ダブルピース。

・連続膝蹴り
第何回だったか忘れたけど『杉田智和のアニゲラ!ディドゥーーン』にて杉田さんが語った「響が言う『にーにー』の意味を問うクイズの選択肢に『連続膝蹴り』があった」というエピソードより。

・ぶぶ漬け
要するに「帰れ」という意思表示です。他には壁に箒を立て掛けるなど。



短い上に遅くなり申し訳ありません。しかしおかげでようやく大学卒業が確定しました。
国家試験が控えているので時間に余裕ができたわけではありませんが、肩の荷は一つ下りた感じです。

次話にてあの三人がついに初の顔合わせになります。さてどうなることやら。


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Lesson22 兄弟姉妹 2

修羅場(導入編)



 

 

 

 ――ねぇ、どうして?

 

 ――お、おい。

 

 ――ねぇ、どうしてなの? どうして貴方は私に振り向いてくれないの?

 

 ――ま、待てって。

 

 ――私はこんなにも貴方を愛しているというのに、貴方は他の女のことばかり……。

 

 ――落ち着け! 冷静に話し合おう! な!?

 

 ――でも、もういいの。貴方を私だけのアナタにする方法、思い付いちゃったから。

 

 ――ま、待てって……なぁ、頼むから……!

 

 ――大丈夫……すぐに私も行くわ。

 

 

 

 ――ダカラ、イッショニ愛死アイマショウ?

 

 

 

 

 

 

 なーんて展開があるわけもなく。

 

「全く、車に引かれそうになった子供を助けて怪我するとか、何処の転生オリ主だよ。チートな特典でも貰う気かっつーの」

 

 なぁ、と同意を求めると、目の前のつぶらな瞳は「わふっ」と小さく鳴いた。

 

「だよなー、ハナコもそう思うよなー」

 

「でも、凄いですよ。見ず知らずの他人のために道路に身を投げ出せるなんて」

 

「もちろん悪いことだったとは言わないよ。けど、やっぱり家族としては危険なことはして欲しくないんだよ」

 

 ハナコ(犬)を抱き上げ、花屋の小さな店員さんに向き直る。

 

 たった今言ったように、兄貴は女の子を助けて怪我を負った。右足を骨折して頭も少し打ったため、しばらくの入院を余儀なくされてしまったのだ。フラグ立て乙である。

 

 思わず電話で母さんに「誰に刺された!?」と聞いてしまったのも既に昨日の出来事で、日付は変わって日曜日。命の無事は昨日確認したので、今日は着替え等を兄貴のところに持っていく予定だ。

 

 それで、ついでだし見舞いの花でも買っていってやるかと、現在花屋で店員さんに見繕ってもらっている最中である。ちなみにこの花屋はいつもお父祭壇に飾る花を買っている馴染みの花屋だ。

 

 なお、母さんは一足先に病院へ向かっており、俺はスーパー戦隊、ライダー、魔法少女を視聴してからのんびりと家を出た次第である。

 

「まぁ、こう言っちゃなんだけど丁度良かったっちゃー丁度良かったんだよね」

 

「え?」

 

 俺の言葉が意外だったらしく、小さな店員さんは作業の手を止めて顔を上げた。

 

「最近兄貴あんまり休み取ってなくてさ。これ以上働いてたらどのみち過労で倒れてたね、きっと」

 

 俺達は兄貴が簡単な基本方針をいくつか提示し、俺がその方針に沿う形で動き、その後のフォローを兄貴が行うというスタンスで今までやってきた。基本方針以外は割りと自由にやらせてもらっている俺に対し、周囲との折り合いをつけている兄貴の苦労は推して知るべし。

 

 むしろ今までよく倒れずにいたものである。

 

「都合よく命に別状はないけど入院することになったし、ちょっと早い冬休みに入って貰うことにするよ」

 

 まぁ、ある程度の調整は必要だから荷物の中には仕事用のノートパソコンも入ってるんだが。それでも元々仕事は減らしてあったし、しばらくは俺一人でも何とかなるだろう。

 

「はい、出来ました」

 

「お、ありがと」

 

 話をしている間に花束が出来上がったようだ。花の名前はよく分からないが、全体的に明るく見ているだけで元気が出てくる気がする。

 

「いや、兄貴には勿体無いぐらい綺麗な花だよ。ありがとう、凛ちゃん」

 

「いえ。幸太郎さんに、お大事にって伝えてください」

 

「あぁ」

 

 お代をカウンターに置き、花束を受け取って代わりにハナコを返す。

 

「それじゃ」

 

「え? 良太郎さん、お釣り……!」

 

「家のお手伝いを頑張ってる凛ちゃんに足長お兄さんからお小遣いだよ」

 

「で、でもこれ一万円札……」

 

「翠屋っていうシュークリームが美味しい喫茶店があるから、友達を誘って行ってくるといいよ。もしくは俺の新曲のCDを買ってくれると嬉しいかな」

 

「……あ、ありがとうございます!」

 

「じゃあ凛ちゃん。ハナコもまたな」

 

「わふっ」

 

「また来てくださいね!」

 

 首元に引っ掻けておいたサングラスをかけ直してからボストンバッグを肩にかけて、花束をしっかりと手に持ち、ハナコの前足を持って一緒に手を振る店員さんに見送られながら『渋谷生花店』を後にした。

 

 

 

 

 

 

 普段あまり浪費することもない小遣いを贅沢に使ってタクシーに乗り、やって来た市民病院。サングラスを外したせいで正体が看護士さんにバレかけ、しかしその看護士さんが他の看護士さんに「あ~さ~く~ら~!」と怒られている隙に逃げ出したりと、少々ハプニングもあったが無事兄貴の病室の前まで辿り着いた。

 

 ……辿り着いた、のだが。

 

「……何か、嫌な予感」

 

 何というかこう、病室のドアの隙間か不穏な空気が廊下まで滲み出てきていた。

 

 え、何、部屋の中で黒魔術の儀式でもやってるの? レベル8をリリースして儀式召喚でもするの? 汝が我がマスターなの?

 

 非常に中に入りたくないのだが、このまま荷物を持って帰るわけにもいかないので、覚悟を決めて中に入ることにする。だ、大丈夫大丈夫。軽いノリで入っていけばいつもみたいにギャグ補正がかかるはずだから。

 

 世界の大いなる意志を信じて、ドアをノックする。

 

「はーい」

 

 聞こえてくるのは母さんの声。よし、母さんがいるならきっと大丈夫……と信じたい。

 

 意を決して、俺はドアを開けた。

 

「おーっす。現役アイドルが着替え一式をお届けに来た、ぜ……」

 

 言葉を元気よく発することが出来たのはそこまでだった。

 

 兄貴が入院する個室の中にいたのは。

 

 

 

 いつも通りのニコニコ笑顔の我が家のミニマムマミーと。

 

 昔から変わっていない快活な笑みを浮かべる早苗ねーちゃんと。

 

 相変わらずクールで大人な微笑みを浮かべる留美さんと。

 

 765プロのみんなを見るような暖かな眼差しの小鳥さんと。

 

 顔面蒼白を通り越してやや土気色になりながら冷や汗をダラダラと流す兄貴であった。

 

 

 

「……すみません、部屋間違えました」

 

「間違ってない! お前の兄貴の病室は間違いなくここだ! だから帰るな! 回れ右をするな!」

 

 素早く離脱しようとしたが兄貴に呼び止められてしまった。

 

(呼び止めないでください。私と貴方の関係はアイドルとプロデューサーです。お互いのプライベートには干渉しないと決めたじゃないですか)

 

(血の繋がりを否定するほど嫌か!? いやまぁ気持ちは分からないでもないけどお願いしますいかないでください何でもします)

 

 ん? 今何でもするって言ったよね? と返す余裕もなく、そんなアイコンタクトをしながら離脱を試みる。

 

「リョウ君ごくろーさま! 荷物持ってきてくれてありがとー!」

 

「あら良、久しぶりね」

 

「そんなところに立ってないで、入ってきたらどうですか?」

 

「荷物持ちますね?」

 

「……はい」

 

 離脱に失敗してしまった。兄貴を無視してさっさと出ていけばよかった。

 

 ニッコリと笑う小鳥さんにボストンバッグを渡し、中に入る時とは別の覚悟を決めて俺はドアを閉めた。

 

 

 

 

 

 

「え!? りょーたろーさんのお兄さんが事故!?」

 

「あぁ。命に別状はないらしいが、しばらく入院だそうだ」

 

「ミ、ミキもお見舞いに行った方がいいのかな!?」

 

「落ち着きなって美希」

 

 良太郎さんのお兄さんが入院したと聞き、オロオロとしだした美希の肩を春香が押さえてソファーに座らせる。

 

「まだ俺達はお兄さんの方とは直接的な面識はないんだから、いきなりお見舞いに行っても迷惑になるだけだ。だから、うちの事務所からは小鳥さんが代表してお見舞いに行ってくれている」

 

「え? なんで小鳥さんが?」

 

「何でも、律子が現役でアイドルをやっていた時からの知り合いだったらしい。今朝いきなり電話がかかってきて、お見舞いに行くから今日は午後から事務所に行くってさ」

 

「だから今日は小鳥さんの姿が見えないんですね」

 

 ただ、かかってきた電話越しに凄まじい熱意というか何というか、意気込み的な何かを感じたんだが、一体あれはなんだったのだろうか。

 

「それはそうとお前達、今日は午後からの予定じゃなかったか?」

 

「えっと、ちょっとでもテスト勉強ができたらなって思いまして……」

 

「ミキも同じくテスト勉強なの」

 

「「え」」

 

 美希の口から予想外の言葉が発せられたため、思わず声が裏返ってしまった。

 

「……二人とも、その反応はなんなの?」

 

「え? あ、ご、ごめん」

 

「ちょ、ちょっと意外だったから、つい」

 

 こう言っちゃなんだが、美希と勉強が素直には結びつかない。事務所で起きていること自体が珍しいのに、その上勉強をするというのだから、思わず耳を疑ってしまったのも無理はないはずだ。

 

「しつれーなの、二人とも。ミキだってちゃんと真面目に勉強ぐらいするの!」

 

「ご、ごめん、別にバカにするつもりはなかったんだけど……」

 

「……ん?」

 

 もしかして。

 

「美希、お前この間の『熱情大陸』を見たのか?」

 

「もちろんなの! りょーたろーさんが出てる番組を見ないという選択肢を、ミキは持っていないの!」

 

「やっぱり」

 

 どうやら『熱情大陸』で受験勉強を頑張っている良太郎君の姿を見て影響されただけらしい。

 

「それに、今度のテストで結果がよかったら次のライブのプレミアムチケットをプレゼントしてくれるって良太郎さんと約束したの!」

 

「えぇ!? 美希、いつの間に良太郎さんと!?」

 

「この間仕事の現場で同じになって、学校の話になったの。それで、次のテストで頑張ったら良太郎さんがご褒美をくれるって言うから、プレミアムチケットをお願いしてみたらオッケーだって!」

 

「い、いいなぁ! ね、ねぇ美希、それ、私の分もお願いできないかなー?」

 

「いーやーなの! 春香も自分でお願いするといいの!」

 

「仕事の現場で良太郎さんと一緒になる前にテストもライブも終わっちゃうよー!」

 

 ま、まぁ、動機は何であれ、勉強することはいいことだ。

 

 勉強の前にお茶を淹れようと席を立った春香を見送りながら、俺はホワイトボードに小鳥さんが午前中不在の旨を書き記す。その際、聞いていた病院の名前を書いたのだが、そこで一つ引っかかることがあった。

 

(……あれ?)

 

「プロデューサー、どうしたの?」

 

「いや、この病院の名前、何処かで聞いたことがあると思ってな」

 

 もちろん、そこの病院の存在自体は前々から知っていた。しかし、つい最近聞いたばかりのような気がしてならない。一体何処で聞いたのやら……。

 

「おまたせー。って、あれ? 良太郎さんのお兄さん、そこの病院に入院してるんですか?」

 

「え、春香、この病院に何かあったか?」

 

「何かあるもなにも……」

 

 春香はカチャリと人数分の湯のみが乗せられたお盆を机の上に置く。

 

「そこの市民病院って確か――」

 

 

 




・何処の転生オリ主だよ
おま言う

・「誰に刺された!?」
感想ではどちらかというと「やっぱり刺されたか」という反応の方が多かった。
兄貴は愛されてますね(棒)

・「足長お兄さんからお小遣いだよ」
後輩の女の子に物を奢るのが好きな作者。野郎? 水道水でも飲んでろよ。

・渋谷凛
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。クール。
ニュージェネレーションの一人で、最も有名なモバマスキャラと言っても過言ではない。
原作では15歳だが、この作品では何と亜美真美と同い年の13歳である。まさにロ凛ちゃん。

・「あ~さ~く~ら~!」
『ナースのお仕事』と聞いてアレな感じなものを思い浮かべてしまうのは、心が汚れている証拠。

・レベル8をリリースして儀式召喚でもするの?
『カオス -黒魔術の儀式-』
混沌の黒魔術師の帰還はよ(バンバン

・汝が我がマスターなの?
このセリフでロリロリィなセイバーがピーカブースタイルで上目遣いになっている所まで妄想した。

・SHURABA!
どうだお前ら! これか!? これがお望みだったんだろ!?

・ん? 今何でもするって言ったよね?
女性三人に求婚されているのにはっきりしない兄貴は○モ。はっきりわかんだね。

・「良太郎さんと約束したの!」
兄貴のことをどうこう言いつつ、自分は自分でちゃっかりアイドルとのフラグを立てていた模様。
結局兄弟である。

・「そこの市民病院って確か――」
次回に続く!



色々と書いてるうちに修羅場は次回になってしまった。申し訳ない。

※前回のあとがきで拾い忘れていたネタを一つ追記しました。


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Lesson23 兄弟姉妹 3

遅ればせながらハッピーバレンタイン。


 

 

 

「いやー、幸が事故に遭ったって聞いておねーさんびっくりしちゃったわよー」

 

「本当に。あまり無茶はしないでくださいね」

 

「貴方が怪我することで、悲しむ人は大勢いるんですから」

 

「あ、事故った原因は居眠り運転で、相手は全面的に非を認めてるらしいから、後処理はスムーズに進みそうよ」

 

「それはよかったです」

 

「最近先輩も忙しいみたいですし、これ以上面倒ごとが増えたら更に大変なことになっていましたからね」

 

 

 

「………………」

 

 周藤良太郎ですが、義姉候補三人の会話が和やかすぎて逆に怖いです。

 

 留美さんは兄貴の側の丸椅子に座り、小鳥さんは俺達全員にお茶を淹れ終えてからは留美さんの後ろに立っていて、早苗ねーちゃんは幼馴染みという気安さから留美さんとは兄貴を挟んで反対側のベッドの端に腰をかけていた。ちなみに俺と母さんは少し離れた位置の丸椅子に座っている。

 

 こうして会話の内容と部屋の配置を羅列すると、兄貴のことが好きな女性三人が和やかに談笑するハーレムラブコメ的な一場面に見えないことはない。見えないことはないのだが……。

 

 

 

 三人共、目が笑ってないんだって。

 

 

 

 何というか、三人共「深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ」と言わんばかりに目のハイライトが無くなっていた。

 

 その真っ只中にいる兄貴本人は土気色を更に通り越してなんかもうアニメみたいな紫色をしているような気がするし。三人の会話に対しても「ハイ」とか「ウン」とか「アァ」とか片言でしか返せてない。

 

「それにしても幸、最近ずっと忙しかったらしいじゃない?」

 

「そうですね。良太郎君がもうすぐ大学受験で仕事の調整に追われているのは分かりますが」

 

「顔色悪いですよ? ちゃんとご飯食べていますか?」

 

 多分その顔色の悪さは以前からのものではなく、現在進行形で悪くなっているためだと思われます。

 

「しゃきっとしなさい! なんなら、可愛い幼馴染みがビシッと気合い入れてあげるわよ?」

 

「それより先輩には、仕事の面できちんとサポート出来る優秀な後輩が必要だと思いますよ?」

 

「幸太郎さん、料理もしっかりと出来る家庭的な女性ってどう思います?」

 

 兄貴からゴリゴリと精神が削られる音とキリキリと胃に穴が開く音が聞こえてくる気がする。かく言う、見ているだけの俺も……いあいあ……くっとぅるぅ……。

 

「はは、幸は普段からきちんと出来てるんだから、仕事のサポートなんていらないっしょ? 家庭的なって言ったって、家庭に入っちゃえばみんな家事はするわけだし」

 

「何を言っているのですか? 日常のお世話なんて誰にだって出来ます。仕事の負担を共に背負ってこそ、真のパートナーというものです」

 

「片桐さんこそ、少し具体性に欠けているんじゃないですかね?」

 

 ニコニコと素敵な笑顔で女性三人の会話は続く。

 

「いやー、ホント早苗ちゃん達は仲良いねー」

 

「ソーデスネ」

 

 しょうがない。胃潰瘍にでもなって入院期間延ばされても困るし、そろそろ助け船を出すことにしますか。

 

「あー、そう言えば兄貴、母さんに話したいことがあるって言ってたよな?」

 

 ゴホンと咳払いしてからそう言うと、全員の視線がこちらを向く。あのハイライトが無い目をこちらに向けられると凄く怖いのだが、少し我慢。

 

「少し家庭内の事情なので、お三方は俺と一緒に席を外してもらいますよ。何か飲み物でもご馳走しますから」

 

「「「………………」」」

 

 三人は互いに視線を交わす。

 

「というわけで、ちょっと俺達は出てくから、後は二人で話し合ってくれ」

 

 

 

 

 

「……で、三人共、さっきのわざとやってたでしょ?」

 

 病院内に設けられた喫茶店にて好きな飲み物を注文し、それぞれが自分の手元に来てから俺はそう切り出した。

 

「あ、バレた?」

 

「良太郎君の目は誤魔化せませんでしたか」

 

「流石ですね、良太郎君!」

 

 すると三人は目に光を戻しながらケロッと笑った。……さらっとやってるけどどうやったら目のハイライトって消せるんだろうか。

 

 まぁ簡単な話、今までのやり取りは兄貴を担ぐための演技だったというわけだ。大体、つい最近参入したばかりの早苗ねーちゃんはともかく、留美さんと小鳥さんは普通に仲良かったはずだから、いくらなんでもあそこまで険悪になるはずがない。

 

「早苗ねーちゃん、いつの間に二人と仲良くなったんだよ」

 

「この間ちょっと三人で女子会をしてねー」

 

「お母様にお願いして、早苗さんに連絡を取ってもらったんです」

 

「それで、幸太郎さんのことをアレコレ話している内に意気投合しちゃいまして」

 

「はぁ……」

 

 なんというか、なんじゃそりゃ、である。

 

 いやまぁ、三人三つ巴のキャットファイトとか見たくな……いや、ちょっとだけ見たいかもしれない、主に早苗ねーちゃんの大乳的な意味で。留美さんと小鳥さんもそこそこ……って話が逸れた。

 

 兄貴を巡って争われても困るが、だからと言って一人の男を好きになった者同士でこうも和気藹々と出来るものなのだろうか。

 

 あれか、兄貴にはハーレムラブコメ系主人公補正がかかっているとでもいうのだろうか。みんな仲良く円満に収まるように神の見えざる手が働いているとでもいうのか。

 

「今回は全然ハッキリしてくれない幸に少しお灸を据えてやろうと思ってね」

 

「最近はずっとメールでのやり取りばかりでしたから」

 

「まぁ、病院の前で偶々鉢合わせて即興で決めたことなんですけどね」

 

「ソーデスカ」

 

 兄貴にお灸って話なら納得出来ないこともないが、兄貴の忙しさの主因となっている身なので何とも言い難い。今回はこっちに被害がなかったことが唯一の救いだが。

 

「それにしても、困り顔の幸も結構可愛かったわねー」

 

「普段はしゃきっとしてますが、あの表情もなかなか……」

 

「ちょっと写真撮っておきたかったですね……」

 

 ダメだこいつら、早く何とかしないと。

 

「何はともあれ、あんまり苛めてやらんで下さい」

 

「優しいわね」

 

「あんなんでも俺の兄貴なんで」

 

 むしろ兄であること以外に庇う要素が一切無い。もし他人だったら嫉妬の炎で邪王炎殺黒龍波を放つところだ。

 

「さて、それじゃあ俺は行きますね」

 

「もう帰るんですか?」

 

「荷物を持ってくる役目は終わってますし、このまま現場に向かうことにしますよ。三人はゆっくりしていってやってください。何だかんだ言って、三人が来てくれて兄貴も喜んでるでしょうし」

 

 むしろ喜んでなかったら殴る。お見舞いに神の見えざる手(ゴッドハンドクラッシャー)をお見舞いしてくれる。

 

 机の上に置かれていた伝票を手に取って立ち上がる。

 

「あら、ホントに奢ってくれるんですか?」

 

「そんな、悪いですよ!」

 

「気にしないで下さい。どうせ俺がこの中で一番の高給取りですし」(トップアイドル)

 

「言ってくれるじゃない……」(警官)

 

「私もそれなりに貰っていますが、良太郎君と比べられては流石に……」(社長秘書)

 

「ぴよぉ……」(事務員)

 

「まぁ、美人のおねーさんのためにお金を出すのが男の役目ってことで」

 

 男は格好つける生き物なんですよー。

 

「あ、じゃあケーキ追加するからちょい待ち」

 

「では私も」

 

「モンブランが美味しそうですね」

 

「ちょ」

 

 

 

 

 

 

 お茶だけのつもりがいつの間にかケーキを追加されたでござる。いやまぁ、別にいいんだけど、最近財布の中身の減りが激しい気がする。ちと調子に乗って使いすぎたな……自重せねば。

 

 もうしばらく話をしていくと言う三人を残して、喫茶店を出た俺は病院の出口を目指す。

 

 今日は日曜日なので外来患者はおらず、院内を歩いているのは入院患者と見舞いに来た人、それに病院関係者のみ。しかし先程身バレしそうになったことを踏まえて早めにサングラスを着用する。おかげで先程の看護師さんにも気付かれず、別の人に「せ~ん~ぱ~い~!」と怒られている横を華麗にスルーすることが出来た。

 

 それじゃあ、またロータリーでタクシーを掴まえて……。

 

 

 

「ちょっとそこのおにーちゃん。もしかして、トップアイドルの周藤良太郎だったりしない?」

 

 

 

「っ!?」

 

 嘘、バレた!? この四年間一度もバレたことなかったのに!? 某夢の国で一日中遊んでても一切バレなかった俺の変装が!?

 

 一体どうして、という疑問と共に振り返る。出来るだけ穏便に、周りに騒がれないように黙っていて貰えるようにお願いしようと……。

 

「……って、君か」

 

「むー、やっぱり無ひょーじょー。りょーにーちゃんの驚いた顔は見れなかったかー」

 

「いや、滅茶苦茶驚いてるから。更なる変装の小道具に付け髭を真剣に考えるぐらい驚いたから」

 

 振り返ったそこにいたのは見知った顔。どうやら身バレしたのは知り合い補正を受けたからだったようだ。周りの人達にもバレてなかったようなので、一先ず安心する。

 

「『真美』ちゃんは、どうしてここに?」

 

「ここで働いてるパパに忘れ物を届けに来たんだー。なんと『亜美』達のパパはお医者さんなのだ!」

 

「……それは、本当のお父さんだよね?」

 

「? 本当じゃないパパっているの?」

 

「いや何でもない。戯れ言だと思って聞き流してくれ」

 

 『真美』ちゃんにパパと呼ばれてみたいと思ってしまった俺の心は穢れているのだろう。

 

「疑問に思っても決して誰か別の人に聞かないように。お兄さんとの約束だ」

 

「よく分からないけど分かったー」

 

 でないとお兄さん死んじゃうから。主に社会的に。早苗さん辺りにワッパかけられて。

 

「……って、あれ? りょーにーちゃん、今『亜美』のこと『真美』って言った?」

 

「言ったけど?」

 

 何かおかしかっただろうか。

 

「もー! やだなー、よく見てよー! 髪の毛を右に縛ってるから『亜美』だよー!」

 

 そう言いながら右側に縛った髪の毛をピコピコと動かす。

 

 いや、だから。

 

 

 

「君は『亜美ちゃんの髪型をした真美ちゃん』だろ?」

 

 

 

「……ちぇー、こっちでも驚かせられなかったかー」

 

 諦めたように縛っていた髪の毛をほどき、左側で結び直す真美ちゃん。その表情は困惑に満ちている。真美ちゃんのこの表情はだいぶレアだな。普段悪戯して困らせる側の人間が困っている表情はだいぶ新鮮だ。

 

「でもどうして分かったの?」

 

「声で」

 

「……声?」

 

「そ。普段話す時、真美ちゃんは亜美ちゃんより少しだけ声高いでしょ?」

 

「うん。だから意識的に変えてたんだけど……」

 

「その無理してる感じに違和感があってね」

 

「……すっごーい! そこで判断しちゃう人初めてだよー!」

 

「ハッハッハッ。もっと褒めてくれていいぞ」

 

 本当は亜美ちゃんより真美ちゃんの方が若干胸が大きい辺りでも気付いたんだが、そこを正面から指摘したら冗談抜きにワッパをかけられるだろうから黙っていよう。

 

「それで、亜美ちゃんの方は? 何処かで隠れてるとか?」

 

 この双子のことだし、突然現れて驚かしにくるつもりかと周りを見渡す。しかし亜美ちゃんが隠れている様子はない。

 

「……亜美は竜宮小町の仕事。今日オフなのは真美だけだよ」

 

 そう教えてくれた真美ちゃんの表情は若干の曇り模様。

 

 ……ふむ。

 

「真美ちゃん。これから時間ある?」

 

「え? えっと、家に帰るだけだけど……」

 

 

 

「よし。それじゃあ、お兄さんとデートしようぜ」

 

 

 




・深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ
「怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ。」
フリードリヒ・ニーチェの『善悪の彼岸』の一節です。
漫画版『魔王』でこの言葉を知った人も多いのでは。作者もその一人。

・……いあいあ……くっとぅるぅ……。
久々のSAN値チェックです。

・ハーレムラブコメ系主人公補正
そんな「みんなで一緒に恋人になろう!」なんて都合のいい展開が本当にあると思ってんのか!(憤怒)

・ダメだこいつら、早く何とかしないと。
今さらながらデスノートはネタの宝庫。「L、知っているか」やら「ジョバンニが一晩でやってくれました」やら「計画通り……!」やら。
なお肝心の内容は何回読み直しても理解できない模様。作者はどうやってニアがキラを追い詰めたのか未だに分かっていない。

・邪王炎殺黒龍波
飛影はそんなこと言わない。

・ゴッドハンドクラッシャー
エクスカリバー「ハムドオベ怖いわー超怖いわー」
プライム「攻撃力4000を戦闘破壊しないといけないとかないわー」
ネオタキオン「出来たとしても手札消費パないわー」

・お見舞いに神の見えざる手をお見舞いしてくれる。
??「お見舞いにお見舞い……ふふっ」

・「せ~ん~ぱ~い~!」
どうやら第四期だった模様。

・「本当じゃないパパっているの?」
いるわけないじゃないですかねぇ?(目逸らし)

・亜美ちゃんの髪型をした真美ちゃん
漫画版だと亜美はウィッグをつけて真美のフリをしてたけど、逆はあれどうなってたんだろうか。

・「真美ちゃんは亜美ちゃんより少しだけ声高いでしょ?」
若干亜美の方がダミ声っぽくて低い感じ。その他に見分け方としては
「可愛い方が亜美」「可愛い方が真美」
ね? 簡単でしょ?

・「お兄さんとデートしようぜ」
リアル女子中学生をデートに誘う高校生。
早苗さん、こいつです。



凄い久しぶりの更新。ホントちょっとずつしか書けなかった。
今週末には再び時間ができると思うが……。


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Lesson24 兄弟姉妹 4

真美登場! と思いきやもう終わりでござる。


 

 

 

 中学生をデートに誘うって言葉だけで見ると何か犯罪臭しかしないけど、俺も高校生だから問題ナッシング。

 

 さてさて、真美ちゃんと一緒にタクシーに乗ってやって来たのは、テレビ局近くの公園。四年前に例の覇王翔○拳を行った、そこそこの規模を誇る公園である。

 

 えー!? デートで公園ー!? デートで公園が許されるのは小学生までだよねー! などと言うなかれ。ここに来たのは当然理由があるのだ。

 

「わ、何か人多いね」

 

 真美ちゃんが驚きの声を漏らす。公園の広場一杯に丸テーブルと椅子が並べられ、大勢の家族連れ等でごった返していた。

 

「みんなこの屋台目当てだからね」

 

「え……屋台っていうには規模が大きくない?」

 

「全国チェーンの屋台だから」

 

「屋台で全国チェーン!? どういうこと!?」

 

 というわけで、やって来たのは全国展開しているにも関わらず未だに屋台というスタンスを貫き通している拘りの中華料理屋台『超包子(チャオパオズ)』である。以前知り合いからその存在を聞いていて、一度来たいと考えていたのだ。

 

「とはいえ、流石に日曜日だけあって人が多いなぁ」

 

 丁度お昼時だし。

 

「だいじょーぶなの? りょーにーちゃん、バレたりしない?」

 

「逆にこんなところで堂々と周藤良太郎がご飯食べてるなんて誰も思わないって。ホレ」

 

「わっ」

 

 被っていたいつもの中折れ帽を真美ちゃんの頭に乗せる。

 

「真美ちゃんも一応身バレ対策しとかないと。アイドルなのは、俺や君の妹だけじゃないんだぞ?」

 

「……うん、ありがと」

 

 えへっと笑いながら頭上の帽子を押さえる真美ちゃん。

 

「帽子ブカブカー。りょーにーちゃん頭大きくない?」

 

「失敬な。いくら何でも中学生と頭のサイズが一緒なわけないだろーに」

 

 そんなことを話しながら空いたテーブルを探していると、丁度よく屋台近くのテーブルが空いたのでサッと確保する。

 

「よし、真美ちゃん何がいい?」

 

「んー……りょーにーちゃんのおまかせで!」

 

「オッケー」

 

 さてさて、何にするかなー。

 

 

 

 無難にラーメンやら青椒肉絲やら回鍋肉やらを注文し、あっという間に出てきた料理を受け取ってテーブルに戻る。

 

「おー! 美味しそー!」

 

「それじゃあ、手を合わせてー」

 

「「いただきまーす!」」

 

 二人してズルズルとラーメンを啜る。うむ、美味い。

 

「美味しー! りょーにーちゃん、ちょー美味しーよ!」

 

「ホント。なんと言うか、ラーメン屋にはないアッサリ感がいいな」

 

 他の料理もあるのでこれぐらいのアッサリが丁度いい。

 

「それで、真美ちゃんは亜美ちゃんのことで何かお悩みかな?」

 

「っ!?」

 

「はい、お水」

 

 慌てて俺の手から水の入ったコップを奪うように受け取り、一気に煽る真美ちゃん。

 

「んぐっ……ふぅ……」

 

「落ち着いた?」

 

「……りょーにーちゃん、このタイミングでそれ聞くの?」

 

「逆にこっちの方が話しやすいかなって思って」

 

 静かな落ち着いた場所で悩みなんか話しちゃうから重苦しくて変なふいんき(何故か変換できない)になっちゃうんだよ。こうやって明るくて人が大勢いるような場所で話した方が重くならずに済むんだよ。たぶん。

 

「さて、急遽開設良太郎お兄さんのお悩み相談室。本日の相談者はこちら、F・Mさん(13)です」

 

「何か真美の名前がラジオみたいになってる」

 

「双子の妹さんのA・Mさんについて何やらお悩みがあるそうで」

 

「本格的にラジオになっちゃった!? A・MじゃなくてF・Aだし、そもそもM・FとA・Fじゃない!?」

 

 とまぁ、軽いジャブはこの辺にしといて。

 

「亜美ちゃんが一歩先に進んじゃってて、悔しい?」

 

「……そーいうこと、普通真正面から聞いちゃう? しかもラーメン食べながら」

 

「だって麺が伸びちゃうし」

 

 中学生のジト目で興奮する趣味は無いので出来ればそんな目で見ないでください。

 

「……悔しいよ、やっぱり」

 

 箸を置いて俯く真美ちゃん。

 

「昔から何をやる時も一緒で。……でも、最近はずっと亜美ばっかりお仕事で。真美と亜美はマリアナ海溝よりもずっと深い絆で結ばれてるはずなのに……」

 

 喜びたい。けれど、悔しい。

 

「その気持ちは、俺もよく分かるよ」

 

「え?」

 

「俺も、兄貴に嫉妬してた時期があるから」

 

「りょーにーちゃんのにーちゃんに?」

 

「そそ」

 

 

 

 今でこそ、周藤良太郎とその兄、みたいな括り方をされることがある俺と兄貴。自慢とかではなく純然たる事実なのであしからず。

 

 しかし、俺がアイドルになる前は逆で、周藤幸太郎とその弟という括りだった。

 

 今現在病院で三人の美女に言い寄られて顔を青くしているであろう兄貴。ただのヘタレと思いきや、その正体は『天才』と称される人間である。小中とテストでは満点を取り続け、流石に高校からは満点続きとはいかなかったものの、全国模試では常に上位三人に名を連ねていた。大学も「近くて有名だから」という理由だけで選んだ東京大学の理3に難なく入学を果たしてしまうほどだ。

 

 俺自身も小学校では前世の記憶を頼りに上位の成績を取り続け、流石は周藤幸太郎の弟だと言われていた。しかし流石に中学校は覚えておらず、それでも何とか上位に食い込んでいたものの俺の成績は衰退の一途を辿る。

 

 十で神童、十五で才子、二十過ぎればただの人。この言葉は「神童と称される者は現時点で秀でているだけであり、ただ同年代の者よりも成長が速いだけという場合がある」という意味でできた言葉だ。まさしく俺自身のことを指し示す言葉である。

 

 片や、表情豊かな天才。片や、一切の表情を失った凡才。明晰な頭脳を持つ兄貴に対し、俺はその時未だに自分の転生特典に気付いておらずただただ迷走する日々を送っていた。これの何処に嫉妬しない要素があるというのか。

 

 

 

 

 

 

「――そんな感じで、昔の俺は劣等感の塊だったよ」

 

「………………」

 

 はっきり言って、信じられなかった。あのアイドルの頂点である周藤良太郎が、劣等感なんてものを抱いていたなんて。

 

「……でも、今は違うんだよね? ……やっぱりそれは、りょーにーちゃんがトップアイドルになったから?」

 

「別に?」

 

「え?」

 

 俯いていた顔を上げる。りょーにーちゃんはこんな話をしているのにも関わらず未だに箸を止めておらず、モシャモシャと回鍋肉を食べていた。

 

「俺がトップアイドルになったから兄貴に対する劣等感が拭えたとかそういう話じゃなくて、もっと単純で簡単な話。俺は俺で、兄貴は兄貴で、俺は兄貴の弟で、兄貴は俺の兄だった。ただそれだけの話だよ」

 

「……どういうこと?」

 

「兄貴には兄貴の進んだ世界がある。ならきっと、俺にも進むべき世界がきっとあるって、そう思ったんだ」

 

 進むべき、世界……。

 

「真美ちゃんは、亜美ちゃんのお姉ちゃんであることが嫌になった?」

 

「そんなこと――もが」

 

「はい落ち着いてー」

 

 身を乗り出して大きく口を開いたところで焼売を頬り込まれた。程よい温かさで凄く美味しかった。

 

「なら、それが答えだよ」

 

 ナプキンで口元を拭ったりょーにーちゃんは箸を置いた。

 

「きっと真美ちゃんと亜美ちゃんは双子だから、俺達以上に比べられちゃって余計に劣等感を感じちゃうのかもしれない。でも、真美ちゃんは真美ちゃんで、亜美ちゃんは亜美ちゃんだ。真美ちゃんもきっと、昔の俺みたいにあっという間に劣等感を感じなくなるところまでいけるかもしれない。だから、今はちょっとだけ我慢。美味しいもの食べて、ちょっと頭切り替えたらまた頑張ればいい」

 

 そうすれば、きっと君もいつかトップアイドルだ。

 

 頬杖をついたりょーにーちゃんは、トンっと真美のおでこを優しく突いた。

 

「……ありがと」

 

「いえいえ、どーいたしまして。ほら、料理冷めるよ?」

 

 そうだった。ラーメンが伸びちゃう、と慌てて箸を掴む。

 

(……あれ?)

 

 そこでふと気づいてしまった。

 

 さっきりょーにーちゃんが真美に焼売を食べさせてくれた時、確かにりょーにーちゃんは箸を使っていた。けれど真美の箸はしっかりとここにあり、余分の箸があるわけでもない。

 

 ということは。つまり。さっきの箸はりょーにーちゃんが使っていた箸という訳で……。

 

(か、間接キ――!?)

 

「んー、いい香りのジャスミン茶……って、真美ちゃん!? 顔真っ赤だけどどうしたの!?」

 

 

 

 

 

 

「いきなり顔真っ赤になって固まっちゃうんだから、何事かと思ったよ」

 

「え、えへへ、ごめんね」

 

 美味しい中華で腹を満たした俺達は、少し公園内を歩いていた。屋台から離れることでだいぶ喧騒からも離れることが出来た。

 

「それで、良太郎お兄さんのお悩み相談室はどうだった?」

 

「うん。ちょっち難しかったけど、何となくりょーにーちゃんが言いたいこと分かったよ」

 

「それは重畳(ちょうじょう)

 

「頂上?」

 

「『余は満足じゃ』って意味だよ」

 

「へー。うんうん! 真美もちょうじょうだよ!」

 

 二人でちょーじょーちょーじょーと言いながら、俺は真美ちゃんの頭に預けてあった帽子を自分の頭に移す。

 

「……ん? 何?」

 

 隣を歩く真美ちゃんが俺の顔を覗きこんでいたので問いかけると、彼女はえへへっと無邪気な笑みを浮かべる。

 

「真美ね、りょーにーちゃんみたいなお兄ちゃんが欲しかったんだー」

 

「俺も、真美ちゃんみたいな妹が欲しかったよ」

 

 ヤローの兄弟とかいいから、こういう可愛い妹か綺麗なお姉さまが欲しかったと切実に思う。

 

「……ねーねー、りょーにーちゃんの呼び方変えていい?」

 

「唐突だね」

 

「りょーにーちゃんだと亜美と同じっしょ? だから、真美は『りょーにぃ』って呼ぶの」

 

「おぉ、いいんじゃない?」

 

 これは新鮮な呼び方。兄の呼び方は十二種類以上あるって言うし、こういう呼ばれ方もいいかもしれない。

 

「だからりょーにぃも、いつまでもちゃん付けはブッブー! なんか他人行儀なんだよねー」

 

「君がそれで良いって言うんなら」

 

 ……何だろう、兄貴は年上のおねー様にモテているというのに、俺には年下の女の子ばかり集まっているような気がする。双海姉妹とか愛ちゃんとか凛ちゃんとかなのはちゃんとかテスタロッサ姉妹とか。

 

「何なら、ホントに俺の妹になってみる?」

 

「んー、それもいいんだけど、今はいいかな」

 

 『真美』はそう言ってにししっと笑った。

 

「これでも、真美は亜美のおねーちゃんだしね!」

 

「………………」

 

 

 

 ――これでも、俺はお前の兄貴なんだからな。

 

 

 

 ――お前は幸太郎さんの弟だ。けれど、周藤良太郎でもあるんだろ?

 

 

 

「どうしたの?」

 

「……いーや。モテモテの兄貴と幼馴染のことをちょっと思いだしてただけだよ」

 

 

 

 ……ヤローの回想で締めとかないわー。

 

 

 

 

 

 

おまけ『兄貴へのお見舞いの花は……』

 

 

 

「いやー随分と話しこんじゃったわね」

 

「幸太郎さん、ただいま戻りましたー」

 

「良太郎何処行きました!?」

 

「え?」

 

「仕事だからと言って、そのまま帰られましたよ?」

 

「何かあったの?」

 

「あいつ、見舞いの花にこんなもの仕込んでやがった」

 

「『早く怪我治して退院しろ』……普通のポストカードですね」

 

「問題は写真の方ですよ」

 

「……あれ、これって百合?」

 

「あの野郎、本当に実行しやがるとは……」

 

「何だかよく分かんないけど、あんたら兄弟も相変わらずね」

 

 

 

 

 

 

おまけ『某ネット掲示板にて』

 

 

 

【トップアイドル】公園の屋台で周藤良太郎が飯食ってた【目撃情報】

1:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

何か竜宮小町のちっちゃい子と二人だった

 

2:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

あのプライベートが一切不明なことで有名な周藤良太郎が簡単に見つかるわけないだろwww

 

3:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

嘘乙

 

4:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

りょーたんprpr

 

5:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

マジだって

こないだの熱情大陸の時にプライベートでかけてた赤い伊達眼鏡かけてたし

 

6:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

赤い伊達眼鏡かけてりゃ全員周藤良太郎かよ

 

7:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

竜宮小町のちっちゃい子っていおりん?

 

8:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

デコじゃない方

 

9:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>8 屋上

 

10:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

竜宮小町は今日テレビ局で収録だからそんなところにいるわけないだろ

 

11:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>10 何故知ってるし

 

12:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>10 お巡りさんこいつです

 

13:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>11 >>12

これぐらい765板行けばいくらでも情報あるから

 

14:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

りょーたん!りょーたん!りょーたん!りょーたんぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!!!あぁああああ…ああ…あっあっー!あぁああああああ!!!りょーたんりょーたんりょーたんぅううぁわぁああああ!!!あぁクンカクンカ!クンカクンカ!スーハースーハー!スーハースーハー!いい匂いだなぁ…くんくん!んはぁっ!周藤良太郎たんのつやつや黒髪をクンカクンカしたいお!クンカクンカ!あぁあ!!間違えた!モフモフしたいお!モフモフ!モフモフ!髪髪モフモフ!カリカリモフモフ…きゅんきゅんきゅい!!ドーム公演のりょーたんかわいかったよぅ!!あぁぁああ…あああ…あっあぁああああ!!ふぁぁあああんんっ!!ライブDVDも良かったねりょーたん!あぁあああああ!かわいい!りょーたん!かわいい!あっああぁああ!新曲十枚目も発売されて嬉し…いやぁああああああ!!!にゃああああああああん!!ぎゃああああああああ!!ぐあああああああああああ!!!新曲なんて現実じゃない!!!!あ…ドームもライブもよく考えたら…り ょ ー た ん は 現実 じ ゃ な い?にゃあああああああああああああん!!うぁああああああああああ!!そんなぁああああああ!!いやぁぁぁあああああああああ!!はぁああああああん!!東京都ぁああああ!!この!ちきしょー!やめてやる!!現実なんかやめ…て…え!?見…てる?アルバムジャケットのりょーたんが私を見てる?アルバムジャケットのりょーたんが私を見てるぞ!りょーたんが私を見てるぞ!ブロマイドのりょーたんが私を見てるぞ!!ライブのりょーたんが私に話しかけてるぞ!!!よかった…世の中まだまだ捨てたモンじゃないんだねっ!いやっほぉおおおおおおお!!!私にはりょーたんがいる!!やったよとーまくん!!ひとりでできるもん!!!あ、新曲のりょーたぁああああああああああああああん!!いやぁあああああああああああああああ!!!!まっまこままっままこま真様ぁあ!!ほ、ほくほく!!しょうたぁああああああん!!! ううっうぅうう!!私の想いよりょーたんへ届け!!ライブ会場のりょーたんへ届け!

 

15:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>14 りょーいん患者は鉄仮面板に帰ってどうぞ

 

16:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>14 周藤良太郎は間違いなく現実だっつーのwww

 

17:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

いや、あまりに笑わないこととプライベートで見つからないことから一時期「周藤良太郎は実在しない説」が流れてだな……

 

18:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

あぁ、「実は周藤良太郎はホログラフィーなんじゃねーか」って奴だな

 

19:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

あれ本当だよ。

だってこの間、向こう側が透けて見える周藤良太郎が俺に向かって笑顔で手振ってたから

 

20:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>19 妄想乙

 

21:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>19 残念、そいつは俺のお稲荷さんだ

 

22:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>19 また一人りょーいん患者が……

 

23:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

おいお前ら>>1の話題にもうちょい興味持ってやれよ

 

24:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>23 本人乙

 

25:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>23 本人乙

 

26:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>23 本人乙

 

 

 

「……いやまぁ、確かに本人なんだけどさぁ」

 

 スレタイの話題からドンドンと遠ざかっていくレスをスクロールしつつ、頬杖をつく。

 

「バレないことは素直に嬉しいんだが……何、俺ってそんなに現実味ねーの?」

 

 ある意味アイドルとしては正しい姿なのかもしれないが、それはそれで複雑な気分になった。

 

 

 




・覇王翔○拳
この作品でこの言葉が出たら『日高ジャック事件』のアレを指す言葉だということで一つ。

・『超包子』
「~ネ」と話す中国人中学生が経営しているとかどうとかいう噂がある中華料理屋台。
料理長まで中学生だともっぱらの噂だが眉唾ものである。

・良太郎お兄さんのお悩み相談室
主人公のポジションがポジションなだけに今後も色々なアイドルが対象に行われる可能性大。
説教フェイズとかまじ無~理~……。

・東京大学
東大出身で留美さんもそこの後輩。この設定だけで、勘のいい読者様ならば今後登場するであろう作品が思い浮かぶことでしょう。ほら、あったでしょう? 東大目指すラブコメが。

・俺は俺で、兄貴は兄貴で
A つまり何が言いたいの?
Q ちょっと作者にも分かんないですね^q^
※冗談です。まぁ個人的解釈なので、そこら辺は皆様にお任せします。

・(か、間接キ――!?)
この作品において初の良太郎との間接ちゅーを成し遂げたのは朝比奈りんでも星井美希でもない!
この双海真美だぁぁぁ!

・重畳
作者もリアルでたまに使う言葉。
わざと古臭い言葉を使いたがる辺りまだまだ作者も厨二患者。

・兄の呼び方は十二種類以上
「お兄ちゃん」「お兄ちゃま」「あにぃ」「お兄様」「おにいたま」「兄上様」「にいさま」「兄貴」「兄くん」「兄君さま」「兄チャマ」「兄や」「あんちゃん」

・テスタロッサ姉妹
リリカルなのはより名前だけ登場。果たして本編で出てくるのはいつになることやら。
一応「アイドルマスター」としての本筋の話の中でなのはと共にメインになる話を予定していることだけここに明記しておく。

・おまけ『兄貴へのお見舞いの花は……』
Lesson21での伏線回収。

・おまけ『某ネット掲示板にて』
前々からやりたかった2ちゃんネタ。本編より書いてて面白かった。

・ルイズコピペ
クンカクンカジェネレータなるものを活用させていただいて作成。
間違いなくこの話の分量が増えた原因。

・りょーいん患者
良太郎病と呼ばれる釘宮病的なものに感染した入院患者



あっけなく終わってしまいましたが、こんな感じでこの話は終了です。やめて! 石は投げないで!

次回から原作の流れを組んだオリジナルストーリーになります。
では次回予告。



 ついに良太郎と765プロアイドル達の合同レッスンが幕を上げた!

 しかしそのレッスンは少女たちの遥か斜め上を行くものだった!



「名付けて『ランニングボイスレッスン』」

「もう名前からして嫌な予感しかしないぞ!?」



 そしてそんなレッスンの最中、少女達はついに知ることとなってしまう!



「まさか、良太郎に喧嘩売ったアイドルが辞めていった理由って……!」

「……十中八九、これ以外にあり得ないわ」



 周藤良太郎が『覇王』と呼ばれる由縁となった驚愕の事実を!



 次回! 『アイドルの世界に転生したようです。』第25話!

 『地獄のレッスン!?』で、また会おう!!


 


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Lesson25 地獄のレッスン!?

遅い上に短め。


 

 

 

 それは、少し肌寒い秋晴れのとある日のことだった。

 

「何だろうね、大事な話って」

 

「さぁ?」

 

 自分達765プロ所属のアイドル全員が事務所に集められた。普段は別の仕事が多い竜宮小町の三人も一緒である。

 

 全員が何事だろうかと話し合っていると、社長室から社長達が出てきた。出てきたのは社長、プロデューサー、律子、ぴよ子の四人。四人は横に並び、自分達アイドル側と相対する形になる。

 

「おほん、今日諸君に集まってもらったのは他でもない」

 

 咳払いをしつつ社長がそう切り出すと、何事かと話していた全員が口をつぐむ。

 

 そして、社長の口から放たれた言葉に自分達は驚愕することになるのだった。

 

 

 

「この度、765プロ感謝祭のライブが決定した!」

 

『え、えぇー!!?』

 

 

 

 ライブ。それはテレビでの放送とはまた別の、アイドルとしての通過点の一つ。その舞台に、自分達も立てる日が来たのだ。

 

「メインは竜宮小町なんだが、それでも全員で挑む初めての大仕事だ!」

 

「是非とも、諸君には全力を持って挑んでほしい」

 

 社長とプロデューサーの言葉に全員のボルテージが上がる。

 

「それで、その時発表する全員の新曲も出来上がったんだが……」

 

「えー!? にーちゃんホント!?」

 

「聞かせて聞かせてー!」

 

「残念ながら、今はお預けよ」

 

「「えー!?」」

 

 律子の言葉に亜美と真美が不満そうな声を出す。声に出していないものの、他のみんなも不満そうである。かく言う自分も不満である。自分達が歌う新しい曲を、早く聞いてみたいと思うのはアイドルとして当然だ。

 

「君達が新曲に気を取られてしまうということは無いと思うが、それでも、君達には真剣に明日の予定に取り組んでもらいたくてね」

 

「明日?」

 

「明日の予定って確か……」

 

「りょーたろーさんとのレッスンなの!」

 

 何があったかと予定が書かれたホワイトボードに全員が振り向くよりも早く、美希が真っ先に反応した。美希の言葉の通り、明日は以前良太郎さんと約束した765プロ全員との合同レッスンの日だった。

 

「良太郎君とのレッスンで得られることはきっと多いだろう。諸君には存分に学んできてほしい」

 

「竜宮小町の三人は以前から言ってたように不参加だけどね」

 

 竜宮小町は番組の収録などの仕事が入っているため不在。明日のレッスンに参加するのは自分を含めて九人だ。

 

「りょーにぃってどんなレッスンやるだろうねー?」

 

「どんなレッスンって言われても、普通以外のレッスンが何なのか分からないけど……ん?」

 

 真美の言葉にそう返すが、ふと引っかかる部分があった。

 

「あれ!? 真美、何でりょーにーちゃんのこと『りょーにぃ』って呼んでるの!?」

 

 そう、そこだ。確か前までは亜美と一緒で良太郎さんのことを『りょーにーちゃん』と呼んでいたはずだ。それがいつの間にか『りょーにぃ』になっていたため引っかかったんだ。

 

 言われてみればと全員の視線が真美に集まるが、当の本人はそんな視線を気にする様子もなく自慢げに笑っていた。

 

「んっふっふ~! この間デートした時に「りょーにぃって呼んでいい?」って聞いてオッケーもらったんだー!」

 

『デート!?』

 

 これには亜美だけでなく全員が驚きの反応を見せた。特に自他ともに認める良太郎さんファンの美希は背後に雷が落ちたかのような驚愕の仕方だった。

 

「どどど、どういうことなの真美! りょーたろーさんとデートってどういうことなの!?」

 

「いーなー真美! じゃあ亜美もりょーにーちゃんのこと『りょーにぃ』って呼ぶ!」

 

「ダーメー! これは『真美』だけの呼び方! 亜美は今まで通り『りょーにーちゃん』って呼んでればいーじゃーん?」

 

「ずるーい! そっちの呼び方の方がすっごい仲良さそうじゃん!」

 

「ずるくないじゃーん?」

 

「いいから早くりょーたろーさんとのデートのことを包み隠さず一片たりとも残さず話すのー!」

 

 ヒートアップしているのは亜美と美希だけだが、何と言うか大騒ぎになってしまった。他のみんなも「良太郎さんとデートかー。いいなー」「りょーにぃって呼び方、なんかいいねー」などとキャイキャイと騒いでおり、先ほど社長から告げられた感謝祭ライブのことがすっかり頭の片隅に追いやられてしまっている様子だった。

 

「はっはっは! 随分と良太郎君は人気者だね」

 

「いえ社長、周藤良太郎が人気なのは割と昔からの話では」

 

「はぁ……社長、プロデューサー殿、今はそういう話をしている場合では」

 

「おっと、そうだったね」

 

「ほらほらアンタ達、まだ話は終わってないんだから少し静かにしなさい!」

 

 律子がパンパンと手のひらを叩いて全員の視線を集める。

 

「おっほん。という訳で、感謝祭のライブが決定した。明日は良太郎君と共にレッスンを受けて、ライブに向けて各自レベルアップしてもらいたい。良太郎君のレッスンはかなり厳しいものだと聞く。みんな、頑張って来てくれたまえ」

 

『はい!』

 

 

 

 

 

 

 その話題は兄貴への定期的な連絡中に触れられた。

 

「へー、765プロが感謝祭ライブねぇ」

 

『あぁ、小鳥さんが凄い嬉しそうに話してくれたぞ』

 

「……留美さんといい、少しは情報の漏洩について危機感を持ってもらいたいなぁ」

 

 はぁ、と思わずため息をついてしまう。普通はそんな重要な話、他のアイドルの関係者に話したりしないものなんだが。それだけ俺達が信用されているということでいいのだろうか。

 

『だから明日はしごき過ぎず、適度にレベルアップする程度のレッスンをお願いしたいそうだ』

 

「どうやったらそんな器用なレッスンが出来るんだよ」

 

 肩と頭で携帯電話を挟み、パチンパチンと足の爪を切りながらそう聞き返す。

 

「大体、俺がレッスンする訳じゃないぞ? 普段俺がしているレッスンやらトレーニングやらを一緒にやって、その中から得るものがあればいいな程度の考えなんだから」

 

『お前のレッスンは世間一般のアイドルのレッスンとは一線を画しているからな。みんなにはいい刺激になるんじゃないか? 特にトレーニングと称した地獄の所業は』

 

「俺のトレーニングが地獄なら高町ブートキャンプは大焦熱を遥かに通り越えて無間地獄を突破するんだが」

 

『お前よく生きてたな』

 

「なのはちゃんという大天使が間一髪のところで蜘蛛の糸を垂らしてくれたおかげだよ」

 

『天使なのか仏なのかどっちかにしろよ』

 

 寧ろ蜘蛛は誰だよ、という兄貴の突っ込みはスルー。

 

 あの頃は今以上になのはちゃんが俺に懐いてくれていたから、俺が恭也にしごかれているところを目撃する度に「りょうたろうさんをいじめちゃダメなのー!」とストップをかけてくれたのだ。あの子がいなかったら今頃八大地獄ライブツアーを敢行していたことだろう。

 

「とりあえず、明日はそこそこしごいて、ライブに向けての意識を高めるぐらいのことをすればいいってことだな?」

 

『そういうことだ。もちろん、将来のライバルが成長するのが嫌だって言うなら手を抜いていいんだぞ?』

 

 珍しく兄貴がそんな挑発的な言葉を向けて来た。度重なる早苗ねーちゃん達のお見舞いという名の牽制合戦にストレスでも溜まってんのかな?

 

「そんなことする訳ないだろ? 俺だって765プロのみんなのファンの一人なんだ。彼女達がレベルアップしてくれたら俺だって嬉しいさ」

 

 それに。

 

「『殻も割れていない卵』を危険視するほど怖がりじゃないよ、俺は」

 

『慢心し過ぎてると、あっという間に足元掬われるぞ』

 

 慢心せずして何が王か、ってね。

 

「慢心じゃなくて自信だよ。相手が誰であろうと、例えそれが舞さんやフィアッセさんであろうとも、俺は負けるつもりはない。もちろん、男女の違いってのはあるけどな」

 

『……デビューしたての頃の良太郎とは大違いだな。こんなに成長してくれて、ホントお兄ちゃんは嬉しいよ』

 

「やっかましいわ!」

 

 あの頃の事は今でも若干黒歴史なんだよ!

 

「とにかく、明日のことは了解した。こっちからの報告も済んだし、そろそろ母さんに代わるな?」

 

『あぁ』

 

「てな訳で、ほい」

 

「ありがとー、リョーくん!」

 

 先ほどから俺の後ろで今か今かと待ち構えていた母さんに携帯を渡すと、満面の笑みで受け取って兄貴との会話を始めた。相変わらず子離れ出来ていない母親である。

 

「コウくんどう? 元気してるー? 病気してないー? ちゃんとご飯食べてるー?」

 

 それは入院患者に対して聞くことではないという突っ込みは兄貴に任せて、俺は爪切りを片づけるためにその場を立つのだった。

 

 

 

 

 

 

おまけ『真美の秘密』

 

 

 

「なーんだ、デートって言っても二人でご飯食べただけなのね」

 

「む、それでも二人っきりでなんだから十分デートっしょー!?」

 

「ずるいの! 真美ずるいの!」

 

「それでも美希にとっては十分みたいだけど」

 

「そ、それに、か、かか、かん、間せ、かんせ……!!」

 

「わ!? 真美どうしたの!? 顔真っ赤だよ!?」

 

「……何でも無い! やっぱり言わない!」

 

「?」

 

「どうしたんだ?」

 

「むむむ……なんか真美から魔王エンジェルのりんさんみたいな雰囲気を感じるの……」

 

「何のことだ?」

 

「ふふふ、女の子には色々あるのよ、響ちゃん」

 

「いやあずさ、自分も女の子なんだけど……」

 

「亜美ー、双子のテレパシー的な何かで分からない?」

 

「流石にわかんないよー。真美ー、隠し事は無しっしょー?」

 

「これだけは絶対に誰にも言わない! 真美だけの秘密!」

 

 

 




・「俺のトレーニングが地獄なら」
八階層に分かれる地獄。ぬ~べ~読者ならば説明不要だと思われるが。
大焦熱地獄 → 絶鬼が来たところよりも深いところ
無間地獄 → 絶鬼が送り返されたところ

・蜘蛛の糸
地獄に落ちた人が依然助けた蜘蛛の糸をよじ登って地獄から出ようとするが、一緒に地獄から出ようとする人たちを蹴落としているところを見た仏様に見限られて結局地獄に落とされてしまう話。
ちょうど良くテレビで簡単に説明せよって問題が出ていたので。

・慢心せずして何が王か
良太郎もカリスマは慢心王と同じぐらいありそう。

・あの頃は今でも若干黒歴史
現在進行形で黒歴史を量産しているという説も。

・おまけ『真美の秘密』
いつもの調子で自慢しようとして自分の地雷を自分で踏みぬいちゃって真っ赤になる真美prpr



ネタ少なめですが、レッスンが始まればもう少しネタがつぎ込めると思うので今回はご勘弁を。


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番外編02 外伝嘘予告

こんなもんばっかり妄想してるから本編の執筆が進まn(ry


 

 

 

 俺は、神様から『転生する世界で最も武器となる能力』を貰って転生した転生者である。

 

 我ながら随分と曖昧な特典を貰ってしまったなぁ、と後悔したものの、その特典の内容は転生五年目にあっさりと気付くことが出来た。

 

 

 

 ――お、良太郎君も興味があるかい?

 

 ――まだ五才なのに有能だねぇ。

 

 ――それじゃあ、おじさん達と一緒に打ってみようか。

 

 

 

 俺が貰った特典は『麻雀の才能』だったようだ。

 

 五才で初めて親戚と卓を囲み、結果東三局で全員を飛ばして俺がトップとなった。これだけだったら、まぁビギナーズラックで済ませたことだろう。だが、これが十回、二十回と続けば信じざるを得ないだろう。

 

 加えて、この世界だ。

 

 

 

『中学生達の熱い夏! 全国中学生麻雀大会!』

 

 

 

 前世の世界では考えられない、この麻雀という遊戯に対する認知度と認識の違い。麻雀と言ったら大人の男性の遊戯といったイメージで、こんな中学生がインターミドルで競い合うようなものじゃなかったはずである。

 

 こんな世界なんだ、俺の『転生する世界で最も武器となる能力』が『麻雀の才能』だったとしても何の疑問もない。

 

 こんな世界でこんな能力を貰ったなら、使わない手はないだろう。

 

 

 

『決まったぁぁぁ! 男子個人戦優勝者は! 突如現れた超新星! 横浜第二中学一年! 周藤良太郎だぁぁぁ!』

 

 

 

 で、使った結果がこれである。

 

 流石に連続天和や役満連発とかは無かったものの、なんとなく次の牌が感じ取れたり、なんとなく相手の当たり牌が分かったり、『あること』をすると格段に運が良くなったり。あれよあれよと勝ち続け、気付けば男子中学生で日本一になってしまった。サクセスストーリーもあったものじゃない、ただ俺が麻雀に強かったという結果しか残らなかった。

 

 

 

 だからなのかは分からないが、『さめる』のも早かった。それが『冷める』なのか『醒める』なのかは分からないが。

 

 

 

 あぁ、自分の才能はこんなものか。こんな才能なのか。

 

 

 

『それでは! 優勝者の周藤君にインタビューをしてみたいと思います! 周藤君! 今のお気持ちは!』

 

 

 

 こんな才能のせいで『涙を流す』人がいるのか、と。

 

 

 

『……自分は』

 

 

 

 自分というイレギュラーがいるせいで、涙を流す羽目になる人がいるならば。

 

 

 

『周藤良太郎は、今日をもって普通の男の子に戻ります!』

 

『……え?』

 

 

 

 俺の才能は、もう充分だ。

 

 

 

 

 

 

 初のインターミドルで優勝を果たした俺は、両親に頼み込んで転校することにした。麻雀から離れ、普通の生活を送りたかったのだ。

 

 転校した先は、長野県の片田舎。最初こそ騒がれたものの、たった一度優勝したことがあるだけの若造は、あっという間に騒がれなくなった。ありがたいことだ。

 

 その後、何事もなく中学の三年間が終わり、俺は高校生となった。

 

 そして現在。

 

 

 

「リョーくん、はい、あーん!」

 

「あーん」

 

 周藤良太郎。リア充街道まっしぐらである。

 

 

 

「どうっすか? リョーくん」

 

「うん、旨い」

 

「へへ、頑張ったっす」

 

 テレテレと笑う美少女、東横(とうよこ)桃子(ももこ)の手作り弁当に舌鼓を打つ。色々と距離感がおかしい気がするが、これでも女友達である。

 

 何故このようなことになっているのか簡単に説明すると。

 

 

 

1.友達とどんな乳が好みかという話になる。

 

2.これだ! と思うクラスメイトの乳を話すと、誰それ? という反応をされる。

 

3.ほらここにいるだろ! と肩を叩くと、酷く驚かれ、泣かれる。

 

4.お友達になってください! と懇願され、友達になる。←今ここ

 

 

 

 3の部分が何のこっちゃといった感じだが、実際にこうだったのだから仕方がない。

 

 何でも彼女は影が薄く、周囲の人間からほとんど認識されないらしい。こんなナイスな乳を持つ美少女を認識出来ないとは、人生の八割は損してるな。

 

「リョーくん、今度一緒に遊びに行きたいっす」

 

「ん、じゃあ電車で街まで出ますか」

 

「うん!」

 

 いやぁ、友達とはいえ、こんなリア充でいいのだろうか。高校の三年も、こんな感じで過ごせたらいいなぁ。

 

 

 

 なんて考えてた時期が、俺にもありました。

 

 

 

「昼休み中失礼する。三年の加治木(かじき)だ。このクラスに、周藤良太郎という男子生徒はいるだろうか?」

 

 

 

 一度は閉じた筈の麻雀の扉は、どうやら向こう側から勝手に開けられてしまったようだ。

 

 

 

 

 

 

「君には、是非私達の監督になってもらいたい」

 

「学生なんですが」

 

「頑張るっすよ、リョーくん!」

 

 

 

「ワハハー、頼んだぞ、提督君」

 

「監督です。そっちはマジ門外漢なんで」

 

「……提督?」

 

 

 

「……自分も影が薄いんだが」

 

「人生相談されても……」

 

「私よりマシだと思うんすけど?」

 

 

 

「みっつずつみっつずつ……えっと、こうですか?」

 

「すごく……四暗刻(スーアンコー)です……」

 

「無知って怖いっす……」

 

 

 

 

 

 

 そして再び始まる、俺と麻雀の繋がり。

 

 

 

 

 

 

「ピンク髪に大乳……だと……!?」

 

「な、なんですか?」

 

「リョ、リョーくんは自分の胸を見てればいいっす!」

 

 

 

「リョータローリョータロー!」

 

「何? 衣先輩」

 

(リョーくんと子供がいたら、こんな感じなんすかね……)

 

 

 

「うわ、おっきいっす」

 

「周藤君、ちょーファンだよー! サイン欲しいよー!」

 

「俺のでよければ」

 

 

 

「私は高校百年生!」

 

「じゃあ俺五百年生ー」

 

(変なところで張り合うリョーくん可愛いっす)

 

 

 

「だ、大乳リアル巫女……だと……!?」

 

「?」

 

「だ、だからリョーくんは自分の胸を見てればいいっす!」

 

 

 

「乳だ!」

 

「太ももや!」

 

「不毛な言い争いっすねぇ……」

 

「ときぃ……」

 

 

 

「おねーちゃんのおもちに目を付けるとは……なかなか見所がありますね!」

 

「男として当然のことだ」

 

「……もう何も言わないっす。最後に帰ってきてくれればそれでいいっす」

 

「さむーい……」

 

 

 

「久しぶりだねぇ、良太郎。知らんけど」

 

「……知り合いの方っすか」

 

「従姉のねーちゃん」

 

 

 

「近寄らないでください。アラフォーが移ります」

 

「移らないよ!? っていうかアラサーだよ!?」

 

「……そこは否定しなくていいんすか?」

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

「良太郎も山登りに行こう!」

 

「……えっと、今から?」

 

(……あのジャージの下、本当に……履いてる……んすよね?)

 

 

 

「麻雀って楽しいよね!」

 

「……否定はしないけどさ」

 

「リョーくん……」

 

 

 

 これは転生した少年と、麻雀に青春をかける少女達の物語。

 

 

 

 

 

 

『麻雀の世界に転生したようです。』

 

 

 

 

 

 

「……じゃあ、俺もちょっとだけ頑張ってみようかな」

 

「私も一緒にっすよ、リョーくん!」

 

 

 




 もちろん嘘です(キリッ

 すみません、明日には本編上げるんで今日のところはこれでご勘弁を……。

 現在更新停止中の咲小説の代わりに考えたこんな妄想ネタ。こんな感じのストーリーにすれば対局シーンを考えなくて済むのではなかろうか。

 セリフのみの場所で誰が誰なのかは皆さんで考えてみてください。何この知らない人に優しくない番外編。

 しかし、ただ番外編を上げるだけではアレなので、皆さんの感想欄で聞かれたこと+αを改めてここで記載したいと思います。



Q 主人公のプロフィールは?

A 簡単なものですが。

名前 周藤良太郎 男 AB型 18歳(Lesson25時点) 四月二日生まれ

身長 175cm 体重 未設定 体脂肪率は一桁

容姿 皆さんのご想像にお任せします。作者はギャルゲのように前髪で目が隠れた男をイメージして書いています。

裏話 最近視力が落ち気味なため、コンタクトレンズの購入を検討している。



Q 色んなアニメのキャラがいるけどなんで「転生した世界で最も武器となる能力」が「アイドルの才能」なの?

A 実は一度も「この世界はアイドルマスターの世界だ」とは言っておりません。言ってないはずです。あくまで「アニメに似たキャラがいる世界」というだけです。神様も「アニメの世界に転生させる」とは言っておりません。では何故「アイドルの才能」が最も武器となるのかというと、神様が捉えた世界とは「自分が転生した人生」という意味での世界だからです。この世界は「兄によってアイドルデビューさせられる」という世界線であったために最も武器となる能力が「アイドルとしての才能」となりました。もし「士郎や恭也と共に真剣に剣術を納める」という世界線であったら、最も武器となる能力は「剣術の才能」となっていました。つまり自分に関係する事柄にしか能力は変化せず、例え良太郎の知らない場所で異能力バトルが始まっていたとしても、良太郎が関わる世界線でない限りそれらは良太郎の世界には含まれない、ということです。

 良太郎は「物語」に転生したのではなく、「世界」に転生したのですから。



Q 普通の神様転生でよかったのに、なんでこんなめんどくさい設定にしたの?

A 主人公に「アイドルマスターの原作知識を持っていない」という設定をつぎ込むためです。「あいどるますたー? アイドルの世界かな? じゃあアイドルの才能を」という主人公にしたくなかった、という理由です。あとついでに、幼女女神や老人神様の土下座から始まるテンプレ描写を書きたくなかったというのもありました。



Q 最近クロスネタが多すぎるけど。

A 調子に乗りすぎました。すみません。ただ自分としては「折角の二次創作なんだからオリジナルキャラをあまり出しくない」と考えており、「オリジナルキャラを作るぐらいだったら既存のキャラクターをサブキャラとして採用しよう」と思い至ったためこうなりました。気になる方がいらっしゃれば全員チョイ役のオリキャラ程度の認識で読んでいただけると幸いです。



Q 更新遅くない?

A マジですみません。登校時間が無くなったことにより逆に執筆に向かう時間が減ってしまっていました。出来るだけ早い更新を心がけます。



Q 劇場版はやるの?

A 一応ストーリー上には組み込んであります。……しかし結局見に行けていなかったという罠。もし上映終了までに間に合わなかったらDVDが出る構成も出来ない状況に……。



 こんな感じですかね。他にも質問があればご感想で個別に返信しておりますのでよろしかったらどうぞ。

 先ほども書いたとおり、明日には本編を更新したいと思います。

 それでは。


 


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Lesson26 地獄のレッスン!? 2

デュエってたら遅くなったのは内緒。


 

 

 

 さて、日付が変わって今日は良太郎さんと合同レッスンの日だ。

 

「ふんふふ~ん!」

 

 なんかもう予定調和のように朝から美希がご機嫌だった。というか、現在進行形でご機嫌である。格好こそトレーニングウェアであるが、鼻唄を歌いながらレッスン場の壁の鏡に向かって髪を整えている。

 

「美希さん、すっごいご機嫌ですねー!」

 

 そんな美希にやよいが話しかける。なんとなく話しかけづらかった美希に話しかけるとは空気が読めていない……と言うには少し語弊がある気もする。

 

「当然なの! りょーたろーさんと一緒にレッスンなんだから!」

 

 うん、知ってた。というか、みんな知ってる。

 

「ねぇやよい、今日の美希どう? キラキラしてる?」

 

「はい! とっても可愛いですよ!」

 

「あはっ、ありがとー!」

 

 そんな二人のやり取りを横目に、自分達は準備運動を続ける。

 

「………………」

 

「千早、どうしたのですか? 先程から怖い顔をしていますが」

 

「四条さん……別に、何でもないです」

 

 今回の合同レッスンの発端となった張本人たる千早は随分と難しい顔をしていた。本人はボーカルレッスンを期待していたんだろうが、集合場所がダンスレッスン場と聞いてからずっとあの調子である。

 

 逆にダンスが得意な自分や真はダンスレッスンということでワクワクしていた。あの周藤良太郎に自分達のダンスを見てもらえるのだ。自信のあるダンスが周藤良太郎にどう評価されるのかとても気になる。

 

 さて、折角良太郎さんに見てもらえるんだ。美希じゃないけど、今日はいつも以上に頑張らないと。

 

 

 

 と、意気込んだのも四十分前。

 

「……りょーたろーさんが来ないの……」

 

「来ないなー……」

 

 集合時間を三十分ほど過ぎても、未だに良太郎さんがレッスン場に姿を現さなかった。

 

「美希ー、真美ー、良太郎さんから連絡来てない?」

 

「来てないのー……」

 

「んーん、来てないー」

 

 この中で唯一良太郎さんと連絡を取ることが出来る美希と真美に尋ねてみるが、どうやら二人の携帯電話にも連絡が来ていないようだ。ちなみに何故この二人だけなのかというと、美希は以前現場で一緒になった時に、真美は先日のデートの時にそれぞれちゃっかりと携帯電話の番号とアドレスを交換していたらしいのだ。その他に765プロで良太郎さんと連絡が取れるのは律子とぴよ子、それに社長だけである。

 

「何かあったのかな?」

 

「それだったら連絡があると思うけど……」

 

「もしかして事故とか?」

 

 全員で何かあったのではないかと話し合い始める。

 

「………………」

 

「? 千早?」

 

 そんな中、ずっと黙って座っていた千早が立ち上がってレッスン場の入口へと向かい始めた。

 

「……いつまでもこうしていては時間の無駄だから、私は帰るわ」

 

「ちょ、千早ちゃん!?」

 

 帰ろうとする千早を、慌てて春香が引きとめる。

 

「良太郎さんもきっと何かあったんだよ。だからもう少し待とうよ。ね? 今回のレッスンだって、私達から是非お願いしますって言って頼んだんだから」

 

「……でも」

 

「りょーたろーさんが信じられないなら、千早さんだけさっさと帰ればいいの」

 

「み、美希もそんな言い方しないの!」

 

「つーん、なの」

 

 しかも良太郎さん至上主義な美希がそんな千早に突っかかるものだから、一気にレッスン場の雰囲気は最悪なものに。特に春香と雪歩とやよいが目に見えてオロオロとしだしてしまった。

 

 その時、そんな微妙な空気になってしまったレッスン場の扉が突然開かれた。

 

 

 

「みんな、遅れてごめん!」

 

 

 

 飛び込んできたのは、たった今まで話題になっていた件の人物、周藤良太郎さんだった。

 

 

 

 

 

 

 765プロのみんなとの合同レッスン当日。約束の時間に三十分ほど遅刻して俺はレッスン場に到着した。

 

『良太郎さん!?』

 

「いや、ホントごめん、ちょっと連絡が入れられないぐらいのトラブルに巻き込まれちゃってて」

 

 途中でばったり出くわして共だって歩いていた後輩の上条(かみじょう)綾崎(あやさき)と共にトラブルに巻き込まれたというか、あいつらのトラブルに俺が巻き込まれたというか。マジ何なのあいつら。毎回毎回律儀に付き合う俺も俺だけど、もうそろそろあいつらとの距離感を考え直すべきかもしれない。

 

「大丈夫だったんですか!? け、怪我とかしてないですか!?」

 

「あぁ、うん、そこら辺は全く大丈夫。心配してくれてありがとう、美希ちゃん」

 

 しっかりと心配してくれる美希ちゃんはええ子やなー。

 

「それじゃあ、早速始めようか。ここまで走ってきたから、丁度俺の身体も温まってるし。みんなはもう準備体操終わってるよね?」

 

『はい!』

 

「オッケーオッケー。あ、千早ちゃん、ちゃんとダンスレッスンだけじゃなくてボーカルレッスンも用意してるから安心していいよ」

 

「え!? あ、えっと、その……あ、ありがとうございます」

 

 千早ちゃんは多分ボーカルレッスンを期待して俺に話を持ちかけたんだから、ちゃんとそっちもやらないとね。もちろん最初からやるつもりだったけど。

 

「ふふーんっ」

 

「……どうして美希が自慢げなの」

 

「べっつにー!」

 

 さて、始めよう!

 

 

 

「さて、それじゃあ今からみんなのレッスンを始めるんだけど、その前に何点か」

 

 ずらりと並んだみんなの前に立って少し話を始める。いやぁ、トレーニングウェアってのも新鮮でいいなぁ。

 

「感謝祭ライブの話を聞いたよ。これも、765プロのみんなが一丸となって頑張ったおかげだね」

 

 おめでとう、と素直に祝福すると、それぞれ照れたような笑みや誇らしげな笑みを浮かべる少女達。

 

「それで、これが君達の初のライブになるわけだ。ライブってのは、とにかく歌って踊り続ける体力勝負だ。当然途中途中にトークを挟んだり、君達の場合は十二人でやるわけだからその分休憩できると思うけど、それでも生半可な体力じゃ最後まで乗り切ることは出来ない」

 

 正直、高町ブートキャンプに参加していなかったら三時間の単独ライブは乗り切れなかったと思う。

 

「これは君達のトレーナーからも言われたけど、しばらくはライブに向けてのレッスンと並行して体力作りも頑張っていこうか」

 

「えっと、私達のトレーナーからもって……?」

 

「ん? あぁ、今日レッスンをするにあたって色々と話をしておいたんだよ。丁度知り合いだったし」

 

 いくら指導することが出来ないとはいえど、どんなレッスンやトレーニングをするのかということは専属のトレーナーに話しておかないと色々と支障をきたす恐れがあるからね。

 

「大丈夫! 今日やるメニューはトレーナーさんから渋い顔でオッケーサインを貰ったから」

 

「渋い顔で!?」

 

「ちょ、本当にそれ大丈夫なんですか!?」

 

「大丈夫大丈夫。俺は四年間続けてきたけど問題は一切無かったから」

 

 あと高町家での恭也や士郎さんの扱きに比べたら何でもないから。

 

「んじゃ、今度こそ始めようか!」

 

『は、はい……』

 

 アッレー? さっきと比べて元気がないぞー?

 

 

 

 

 

 

「さて、まず最初は持久力のトレーニング」

 

 普段振り付けの確認をしている部屋から場所を移して、良太郎さんに連れられてやってきたのはトレーニング機器が置いてある部屋。自分達はランニングマシーンのある一角にやってきた。

 

 まぁ、ランニングマシーンの時点で持久力関係なんだろうなということは予想がつくが。

 

「これは俺も普段からやってるトレーニングでね、名付けて『ランニングボイスレッスン』」

 

 しかし自分の予想から斜め上に吹き飛んでいた。もう名前からして嫌な予感しかしないぞ!?

 

「それでは簡単に説明します。一つ、ランニングマシーンの上に立ちます」

 

「はい」

 

「二つ、ジョグ程度のスピードで走ります」

 

「は、はい」

 

「三つ、歌います」

 

『えぇ!?』

 

 予想通りだったけど、予想以上の予想通りだったぞ!?

 

「え、えっと良太郎さん、それはちょっと、キツすぎるような……」

 

「そう? みんなもダンスをしながら歌うでしょ? 体を動かしながら歌うっていう点では一緒だし、振付に気を取られない分楽だと思うけど」

 

 そ、そう言われてみればそんな気がしないでもないけど、何かが大きく間違ってる気がするぞ……!?

 

「ランニングマシーンは五台あるから、四人と五人に分かれようか。最初は四人で、お手本を兼ねて俺も参加するから」

 

 話し合いの結果、最初は右から順に春香、真、雪歩、美希、良太郎さんの順番に走ることになった。……良太郎さんの隣になろうと美希と真美が静かに争っ(ジャンケンし)てたけど、そこまで必死になることなのか? 走ってる間は隣のことなんか気にしてる余裕なんてないはずなのに。

 

「曲はどうしよっかなー。個人の持ち歌とかじゃなくて、みんなが一緒に歌う曲がいいから……これかな。それじゃあみんな、始めるよ」

 

 良太郎さんがそれぞれのランニングマシーンの設定を行い、四人は走り始める。最初に良太郎さんが言ったように、それぞれジョグ程度のスピード……で……。

 

「え!? ちょ、良太郎さん、これ本当にジョグ程度ですか!?」

 

 慌てた様子の春香の声。それもそのはず、明らかに四人が走っているスピードは世間一般の認識のジョグと呼ばれるスピードよりも速いものだった。

 

「え? ジョグでしょ?」

 

 って、あぁ!? そう言えば良太郎さんって走るスピードかなり速かった気がするぞ!?

 

「それじゃあミュージックスタート。俺も一緒に歌うから、頑張ろー」

 

「ちょ」

 

 その焦りの声は誰のものだったのか。

 

 良太郎さんがセットしたカセットテープから流れて来た音楽、自分達が全員で歌う『ザ・ワールド・イズ・オール・ワン』と共に五人は走り始めるのだった……。

 

 

 




・空気が読めていないやよい
ちゃうねん、やよいは天使なだけやねん。

・良太郎の携帯電話の番号とアドレス
みんな恐れ多くて聞けなかった中、美希と真美だけちゃっかり入手。
こいつら……やる……!

・帰ろうとする千早
ちょっと感じ悪い感じになってしまったが、この頃の千早はまだこんな感じだった気がする。
ちゃんと改心するイベントが後であるから、作者は嫌いになってもみんなちーちゃんを嫌わないでください。

・後輩の上条と綾崎
それぞれフルネームは上条当麻と綾崎ハヤテ、共にアニメ界において最強格の不幸の塊。
巻き込まれた不幸はそれこそ単行本一冊分にもなりそうな出来事であったが、割愛。
というか、よく生きてたな良太郎。

・『ランニングボイスレッスン』
単純だが正直洒落にならないほど辛い。昔バラエティー番組で走りながらブラスバンドをするコーナーがあったのを思い出して思いついた。
※本当に効果があるかどうかは保証しません。

・『ザ・ワールド・イズ・オール・ワン』
なんか曲名を使ったらマズイとかいう話なので、表記を英語から片仮名に変更。今後も曲名は実際の曲名と何らかの変更を加えて使っていきます。



 てなわけで始まった地獄の特訓に、765プロのアイドル達はついていけるのか?

 あと前回の嘘予告が思いの他反響が良かったことに吃驚しました。しかし今はこちらを優先するため、妄想の粋を出ませんが、今後もこのような嘘予告は続けていくかもしれません。


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Lesson27 地獄のレッスン!? 3

ラブライブ見ようかなぁと考え始めた今日この頃。


 

 

 

「……一人……は、出来……こと……」

 

「……仲間……なら……る……と……」

 

「……乗り……られる……は」

 

「……ユニティー……ストレングス……」

 

「ほらほら、みんな声出てないぞ。普段のステージでもそんな声でやってるのか?」

 

「うわぁ……」

 

 思わずそんな声が出てしまう。「ちゃんと声が出てないなー、じゃあもう一回」と良太郎さんの声と共に繰り返される曲のリピートは既に三回目。一回目はまだマシだったと言えたが、二回目、三回目と回数を重ねるごとに息も絶え絶えになり歌詞も途切れ途切れになっていった。

 

 一方良太郎さんは四人よりもさらに速いペースで走りながらも普段と変わらぬ声量で歌いつつ、一切息を切らしていない。というか、自分達の『The world is all one!!』を完璧に歌えることに対しても驚いた。自分達の歌をちゃんと練習してくれたことが若干嬉しかったりする。

 

「よーし、じゃああと一曲歌ったら休憩にするよ。最後だからちゃんとお腹から声出していこう」

 

 

 

 

 

 

「四人とも、お疲れ様」

 

「「「「………………」」」」

 

 床に倒れ伏した四人から返事の言葉は無い。比較的真ちゃんはマシみたいだけど、春香ちゃんと雪歩ちゃんはもう満身創痍といった感じだ。美希ちゃんも辛そうに仰向けに倒れている。いやぁ、息が荒い女の子って何かエロいね! 呼吸に合わせて上下するおっぱいが大変眼福です。……真ちゃんはまぁ、うん。

 

「それじゃあ、次は残りの五人ね。見てたからどんな感じかは分かったよね?」

 

「は、はい……」

 

 あれー? ダンスが得意で運動も大丈夫そうな響ちゃんの顔が引きつってるぞー? 他のみんなの表情も似たり寄ったり。貴音ちゃんの苦々しい表情ってのも新鮮だな。

 

「………………」

 

「踊らなかったとしても歌うのだって体力いるし、肺活量が上がれば声量だって上がるでしょ? 千早ちゃん」

 

「っ! わ、分かっています!」

 

 そっぽを向いてランニングマシーンに向かう千早ちゃん。……個人的には気遣ってるつもりなんだけど、どうにもいい感情を持たれている感じがしない。この間のゲロゲロキッチンを見る限りでは何と言うか千早ちゃんはお堅い性格っぽいから、多分俺が遅刻して来たことに対しても内心では激おこぷんぷん丸だったんだろう。いやまぁ、表情からして凄い怖い顔してたけど。フォローしようとボイスレッスンもあることを伝えておいたけど、効果無かったみたいだし。言葉だけ聞けばツンな女の子がデレた一場面だったんだけど、実際には凄いジト目だったし。

 

 以前も言ったように、千早ちゃんは薄い。何度も言うが体つきのことではない。『歌う』ことに対して固執し過ぎているというか、まるでそれが全てみたいというか。その思いは彼女の中でとても大きいのだろう。けれど薄すぎる。多分プライベートで何かしらがあったんだろうけど、そこに踏み込む訳にはいかないし。うぅむ、こういうフォローはしたことがないから勝手が分からない。誰かに相談した方がいいんだろうか。いやでも、余計なお世話だよなぁ……。

 

(ままならねえなぁ……)

 

 

 

 

 

 

 周藤良太郎。本家の歌手にも勝る歌唱力を持つ実力派アイドル。そんな彼と共にレッスンが受けられることが決まり、始めは嬉しかった。あの周藤良太郎の歌に少しでも近付くことが出来る。歌うことしか残されていない私が今一番に望むこと。

 

 けれど今日、彼に対する見方が変わった。トラブルに巻き込まれたからとはいえ、何の連絡も寄越さないまま三十分も平気で遅刻するような人だとは思わなかった。

 

 本当に、今日この合同レッスンに意味があるのだろうか……。

 

 

 

「よーし、それじゃあ後半のみんなも同じ曲で行ってみようか。ちゃんと声出てなかったらやり直しだから最初からちゃんと声出していこうねー」

 

 

 

 ……別に、今から走ることに対して文句があるわけでは、ない。

 

 

 

 

 

 

「はーい、みんなお疲れ。十分間休憩するから、しっかりと体休めてねー」

 

『………………』

 

(返事がない、ただの屍のようだ)

 

 じゃなくて。

 

 前半後半に分けて九人のランニングボイスレッスンが終了した。後半の五人も四回連続で歌い、その後今度は『GO MY WAY!!』を再び四回ずつ走りながら歌ってもらった。

 

 終わった頃には当然のように全員満身創痍を通り越して死屍累々といった感じだった。特にヤバそうなのが雪歩ちゃんとやよいちゃん。この二人だけはほんの少しだけ他のみんなよりスピードを落としてあげたけど、それでもやはりキツいものはキツかったらしい。なお俺の視覚的にヤバそうなのは美希ちゃんと貴音ちゃん。二人の呼吸に合わせて大乳が動く動く。あと貴音ちゃんの荒い呼吸エロすぎぃ!

 

 っとと、ちゃんと水分補給させなきゃいかんな。ここで用意しておいた飲み物をさっと出せたらカッコ良かったんだけど、来る途中のトラブルで買ってくる暇がなくなっちゃったし。自販機でスポーツドリンクでも買ってくるか。

 

 九人に体を冷やさないように言った後、トレーニング室を出て自販機コーナーに向かう。何か最近女の子に物を奢ってばかりのような気もするが、女の子だから問題ない。

 

「さて、スポーツドリンクを九本っと……」

 

「りょーたろーさん」

 

「ん?」

 

 財布からお札を取り出して自販機に入れたところで声を掛けられたので振りかえると、そこには笑顔の美希ちゃんがいた。汗を拭ってから来たようだが、それでも薄っすらと汗が滲んでいる。

 

「美希ちゃん、もう大丈夫なの?」

 

「はい! だからりょーたろーさんのお手伝いに来たの!」

 

「それはありがたい」

 

 よくよく考えたら九本もペットボトルを持っていくのは大変だったし。なので美希ちゃんの好意をありがたく受け取ることにする。

 

「それにしても、美希ちゃん頑張ってるね」

 

 ガコンガコンと排出されるペットボトルを取り出し口から出しては美希ちゃんに手渡していく。

 

「うん! 竜宮小町に入るために頑張ってるの!」

 

 ふーん、向上心があることはいい事……うん?

 

「竜宮小町に?」

 

「プロデューサーが、頑張ったら美希も竜宮小町に入れてくれるって約束してくれたの!」

 

「へー……」

 

 美希ちゃんを、竜宮小町に? 本当に、そんなことを約束したのだろうか?

 

 竜宮小町は今の三人で完成されているユニットだと思う。こう言ってはアレだが、あの三人の中に入れるには美希ちゃんは『色』が強すぎてバランスが悪くなる。それが分からないりっちゃんじゃないと思うんだが……。

 

「よし、人数分買えたな。美希ちゃん、ちょっとだけ先に戻ってくれる?」

 

「うん!」

 

 四つだけペットボトルを持たせて美希ちゃんを先に戻らせる。

 

「……さてと」

 

 別に美希ちゃんの言葉を疑う訳じゃないけど、少し気になったから確認を取っておこう。携帯電話を取り出して、りっちゃんに電話をかける。

 

 コールを聞きながら、先ほどのレッスンを思い出す。やよいちゃんは年齢的にまだこれからだろうが、他のみんなはもう少し体力をつけた方がいいと思う。ライブとて常に全力で動き続けるわけではないが、それでもあれだけ動いても平気な体力と根性は欲しいところである。やはりあのメンバーだと真ちゃん、響ちゃん、美希ちゃん辺りが有望だろう。こう、ダンサブルな曲が似合いそうである。特に響ちゃんと美希ちゃんの大乳! こう、リズムに合わせて……。

 

『もしもし、良太郎? 何の用よ? レッスンはちゃんと進んでるの?』

 

「大乳の縦揺れって素晴らしいよね!」

 

 あ、声に出ちった。

 

『ブツッ』

 

「あ」

 

 切られたでござる。いやまぁ当然の反応と言えば当然の反応だが。リダイヤルリダイヤル。

 

『おかけになった電話番号への通話は、お客様のご希望によりお繋ぎできません』

 

 着信拒否された!? 自業自得だとは理解してるけど対応が早いよりっちゃん!

 

 むむむ、しょうがない。りっちゃんには後で直接謝りに行こう。今回ばっかりは俺が全面的に悪いし。

 

 残りの五本のペットボトルを抱えてレッスン場へと戻る。

 

 ただ……何となく気になるんだよなぁ。りっちゃんのことだから何の考えもなしに竜宮小町に入れるって言ったわけじゃないだろうけど……大丈夫、だよな? フラグとかじゃないよな?

 

 

 

 

 

 

「ったく……」

 

「どうしたのよ律子、良太郎からの電話だったんでしょ?」

 

「口に出すのも嫌なぐらいくだらない悪戯電話だったわ」

 

「へ?」

 

 麗華にそう返しながら向かい側の椅子に座る。とりあえず着信拒否したけど、後で殴る。グーで殴る。今までの鬱憤も含めて殴る。アイドルであることを考慮して顔はやめるが、三十六連続で釘のように殴る。

 

 竜宮小町の番組収録に来たテレビ局にて、同じく収録に来ていた魔王エンジェルの三人と会った。今は空き時間なので、魔王エンジェルの控室にお邪魔して一緒に休憩中だ。私達の控室と比べるとややグレードが高い控室である。確か良太郎もいつもこのレベルの控室が宛がわれていたはず。……こんな些細なところでもトップアイドルとの違いを見せつけられた気分だ。

 

「ったく、あんな調子で本当にちゃんとしたレッスン出来てるのかしら……」

 

「ん? どういうこと?」

 

「今日、うちの事務所の他のアイドルが良太郎と合同レッスンをしてるのよ」

 

「えー! りょーくんと一緒にレッスンとかアタシもやりたかったー」

 

「また今度リョウに頼めばいいよ」

 

 ブーブーと文句を言うりんの頭をともみが撫でる。

 

「それにしても、よく駆け出しアイドルに良太郎と一緒のレッスンなんてさせる気になったわね。現役の中堅アイドルでも折れちゃうかもしれないのに」

 

「えっと……それは、良太郎のレッスンがキツイっていう意味で、よね?」

 

「……あれ、律子、あんた良太郎の『アレ』知らなかったっけ?」

 

 え?

 

「そういえば、りっちゃんは『アレ』未体験だっけ」

 

 あ、『アレ』?

 

「……律子は『アレ』の前にアイドルを辞めちゃったから」

 

「あぁ、そっか」

 

「ね、ねぇ、『アレ』って何? すっごい不安を掻き立てられるんだけど」

 

「んー……まぁ、簡単に言うと……」

 

 溜息を一つ挟んでから、麗華は言った。

 

 

 

「……私達『覇王世代』のアイドルが極端に少ない理由、かしらね」

 

 

 




・『The world is all one!!』
前回のラストに出た曲の正式名称。何やら曲名だったら大丈夫みたいだったので。その代わり歌詞は途切れ途切れにして対策させていただきました。

・呼吸に合わせて上下するおっぱいが大変眼福です。
81あるのに自分のことをちんちくりんと称す雪歩は他の小さな子を侮辱しています(憤慨)

・千早の心情
今回で一番頭を使った場面。こんなの千早じゃないという声も聞こえてきそうですが、そこら辺はご容赦ください。

・『GO MY WAY!!』
ノンストップで行ってみましょう(物理)

・あと貴音ちゃんの荒い呼吸エロすぎぃ!
はらみーはエロイ(確信)

・「大乳の縦揺れって素晴らしいよね!」
口から欲望が漏れ出てしまった図。

・着信拒否された!?
ある意味当然の結果である。しかしそのためりっちゃんに伝えることができず、良太郎の予想通りフラグになりました。

・三十六連続で釘のように殴る。
置鮎さん、ぬ~べ~役も一緒にJスターズビクトリーバーサスにご出演おめでとうございます。



 前話の投稿した後に劇場版を見に行きました。公開終了間際の滑り込みセーフでした。感想は活動報告で書きましたので省きますが、おかげで劇場版編の構成が練れそうです。アニメ本編終了後の話になりますが、そこまでは絶対に書きたいと思います。


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Lesson28 地獄のレッスン!? 4

謎の腹痛と吐き気に苛まれながらも何とか更新。


 

 

 

「はぁ……」

 

「ようやく体が起こせるようになったぞ……」

 

 スポーツドリンクをみんなに配って十五分ほどしてようやく床に倒れ伏していたみんなが体を起こした。平気そうにお手伝いに来ていた美希ちゃんも、先ほどからずっと腰を降ろしているところを見ると少し無理をしていたようだ。流石に今の状態のみんなに「それじゃあそろそろ次のトレーニングに移ろうか」と言うほど鬼畜なつもりはない。

 

 ……ふむ、ならば久しぶりに『アレ』をすることにしよう。『アレ』を見せるだけなら休憩しながらでも出来るし、彼女達の参考になれば万々歳だ。何より、今のところ一番距離がある千早ちゃんともう少し仲良くなれるかもしれないし。

 

「それじゃあみんなの休憩中に一つ、俺の独自のレッスンを見せようかな」

 

「良太郎さんの独自のレッスン……ですか?」

 

「うん。とりあえず、レッスン場に戻ろうか。みんな立てる?」

 

「りょーにぃー! 真美疲れて立てないから抱っこー!」

 

「な!? 美希の目が黒いうちはそんなことさせないの!」

 

「流石にしないから。ほらほら、流石に移動するぐらいなら出来るでしょ?」

 

 ペタンと座り込んだ状態からこちらに向かって両腕を広げて抱えるようにせがんでくる真美の額を軽く小突く。ここにいる全員を抱えて往復するぐらいだったら全然余裕だが、流石に色々と不味いと思うし。第一、運動した直後の女の子には不用意に近付き過ぎるなと以前麗華やりんからお説教(物理を含む)されたことがあるから今でも若干距離を取っている。げに難しきは女心かな。

 

 よろよろと立ち上がる少女達と共に、レッスン場へと移動するのだった。

 

 

 

 

 

 

「……えっと、麗華? それだと微妙に分かりづらいんだけど……」

 

「う、そうね……。じゃあ、一から説明するわ。その前に質問。アンタ達は、どうして私達『覇王世代』が少ないと思う?」

 

 麗華は姿勢を正すと、私達に向かってそんなことを尋ねて来た。他のことをしながら耳だけをこちらに傾けていたあずささんや亜美、伊織もそれぞれの手を止めてこちらを向く。

 

「んー、りょーにーちゃんと同期のアイドルが、ってことだよね?」

 

「言われてみれば、少ないわねぇ」

 

「ふん、周藤良太郎に気圧された臆病者が多かったってだけでしょ?」

 

「ちょっと伊織、言葉が過ぎるわよ」

 

 あまりな伊織の言い草を咎める。

 

「まぁ、あながち間違いではないわ」

 

 しかし、麗華はその言葉を肯定した。

 

「良太郎がその一因となったことは間違いないと思っているわ。けれど疑問に思わない? 一体周藤良太郎の何を恐れ、アイドル達は辞めていったのかって」

 

「それは……」

 

 言われてみれば、確かにそうである。周藤良太郎が他の追随を許さないトップアイドルだからとは言え、あくまで他のアイドルは他のアイドル。そんな良太郎と同期だからとはいえ、いくらなんでも辞める理由としては些か弱すぎる。

 

「しかし現に多くのアイドルが良太郎を恐れて辞めていった。その原因と言っていい『アレ』は、良太郎の特技なのよ」

 

「特技?」

 

「ええ。それで、その特技っていうのが――」

 

 

 

 

 

 

「よし、それじゃあ始めようかな」

 

「あの、結局何をするんですか?」

 

 目の前で他の少女達と横並びになりながら体育座りをする真ちゃんが控えめに手を上げる。

 

「まぁ、俺独自のレッスンでね、他人の歌を歌うっていうのがあるんだ」

 

「他人の歌を、ですか?」

 

「うん。俺は見ての通り表情による感情表現が苦手でね。曲に込められた感情を歌とダンスで表現するしかないんだ」

 

 普通のアイドル、というか歌手は表情によっても曲に込められた感情を表現する。しかし俺は生まれつき表情が無いので、それ以外のもので表現するしかないのだ。

 

「そんなわけで、他の人の曲を歌うことで感情表現のレッスン、というか訓練をしている訳なんだよ」

 

「はぁ~」

 

 数人の子が感心した様子の声を出してくれる。ええ子達やなぁ。

 

「てなわけで、今から千早ちゃんの『蒼い鳥』を歌わせてもらおうと思います! ごめんね千早ちゃん、歌借りるよ?」

 

「……別にいいですけど」

 

 わぁ、凄いジト目。く、この余興を兼ねた特訓で千早ちゃんの興味を引ければいいんだが。

 

「という訳で、歌わせていただきます」

 

 

 

 

 

 

「……え」

 

 それは、誰の声だったのか。誰かが私を見ているような、私を呼んでいるような気がする。

 

 しかし、今の私にそんなことを気にしている暇はなかった。

 

 あの周藤良太郎に自分の歌を歌われて嬉しいような、こんな人に歌われて不快なような、複雑な気分だった。

 

 しかし、アカペラで歌い始めた途端、そんなものは全て吹き飛んでしまった。

 

 私の目の前には、あの周藤良太郎がいる。大勢の人を惹き付けるトップアイドルが。

 

 

 

 でも。

 

 

 

 その口から紡がれる声は。今、私の鼓膜を震わすその声は。

 

 

 

「……わ、たし……?」

 

 

 

 紛れもなく、『私』の声だった。

 

 

 

 

 

 

「――か、『完全声帯模写』!?」

 

「そう。アイツは、一度でも聞いたことがある声だったら老若男女問わず完璧に模写することが出来るのよ」

 

 麗華から明かされた衝撃の事実に開いた口が塞がらなかった。今さら何があっても驚かないと思っていたのに、再び驚かされることになるとは思いもよらなかった。

 

「あ、あいつはホント何でもありね……」

 

「何か昔に知り合った黒羽とかいう奇術師からコツを教わったとか言ってたわ」

 

「良太郎も良太郎だけど、その奇術師も何なのよ一体……」

 

 あいつの周囲にはクセがある人間しか集まらないというのか。

 

「それで? 結局何でその特技が原因で辞めることになるのよ?」

 

「よく考えてみなさい」

 

「……完全声帯模写……他のアイドルが辞める理由……」

 

 まさか。

 

 考え付いてしまったのは、あまりにも恐ろしい事実。

 

 

 

「そう。周藤良太郎は『他人の歌』を『他人の声』で歌えるのよ」

 

 

 

 本来、他人と比べた歌の評価というものは出来ない。何故なら、例え同じ歌を歌ったとしても『声』そのものが違う為、直接的に比べることが出来ないのだから。

 

 しかし、周藤良太郎の前ではそれすら言い訳にならない。何故なら『同じ声』で『同じ歌』を歌うことが出来てしまうのだから。

 

「あいつは表情がない分、それ以外のことでの感情表現が他のアイドルよりも長けている。例えその曲が、他人が歌うことを前提に作られていたとしても、あいつは本人以上のクオリティで歌ってしまうのよ」

 

 あの本家の歌手にも勝る周藤良太郎の前では、同期のアイドルなど相手にもならなかったのだろう。

 

「おかげで心折れたアイドルが激増しちゃってさー。ダンスメインの奴らはともかく、歌メインの奴らは特に」

 

「例え心が折れなくても、自分が周藤良太郎に劣っているということに気付くことすら出来なかったアイドルは遅かれ早かれフェードアウトしていった」

 

「そ、そんな話一度も聞いたことないわよ!」

 

「当たり前よ。良太郎自身はただの一発芸程度にしか考えてないし、実際にアレをやられた人物は思い出したくもないとばかりに口を閉ざすのがほとんど。進んで話したがらない連中ばっかりよ」

 

「「「………………」」」

 

 あまりの事実に、伊織達は言葉を失ってしまった。

 

「あ、アンタ達は大丈夫だったの?」

 

「ん? 私達? まぁ、大丈夫ではなかったけど」

 

「あの頃のアタシ達は一回心折れたところをりょーくんに助けられたところだったからねぇ。思ったよりダメージは少なかったよ」

 

「それでも、三人分を別バージョンで歌われた時はかなりショックだったけどね……」

 

 そう言った三人の顔は暗い。ギリギリトラウマにはなっていないものの、それでもあまり思い出したくない様子だった。

 

「覇王世代のアイドルで心が折れなかったのは、そうね。私達を除けば、水蓮寺(すいれんじ)ルカや沖野(おきの)ヨーコ。良太郎でも真似では上回ることが出来なかったフィアッセ・クリステラやSEENA、佐野(さの)美心(みこころ)……ぐらいね。あと、世代は下になるけどジュピターも大丈夫だったって聞いたわ」

 

「んー? 沖野ヨーコちゃんって女優さんじゃなかったっけー?」

 

「ヨーコお姉ちゃんは昔は地球的淑女隊(アースレディース)っていうアイドルグループで活動してたのよ~」

 

「へー……って、ヨーコお姉ちゃん?」

 

「うふふ、実は実家が近所で、昔はよく遊んでもらってたの」

 

「あら意外な接点……じゃなくて! そ、それじゃあ今レッスンしてる連中が危ないじゃない!」

 

 バンッと机を叩きながら立ち上がる伊織。しかし麗華は落ち着いた様子で紅茶のカップを持ち上げる。既に湯気が立たないほど冷めてしまっているが、麗華は紅茶の表面を揺らすようにしてカップを回す。

 

「それで心折れてしまったのならば……そのアイドルは所詮そこまでの存在だった、ということよ」

 

 

 

 

 

 

「――はい、ご清聴ありがとうございました」

 

 いやー、やっぱり女の子の声を真似るってのは難しいな。特に千早ちゃんは新人アイドルの中でも格段に歌が上手いから。

 

「千早ちゃん、どうだった?」

 

 今回こうして千早ちゃん本人の前で歌ったのは、もちろん俺のレッスンも兼ねていたのだが、千早ちゃんのためでもある。俺が聞く限りでは千早ちゃんの『蒼い鳥』は幾つかの修正点がある。しかし俺は直接どこをどうすればいいといった指導が出来ないので、こうして実際に聞いてもらって何処を修正すればいいのかを気付いてもらいたかったのだ。まぁ、千早ちゃんのレベルならば問題無く気付いてくれるだろう。

 

 ……というか、何故にみんな黙っていらっしゃるのでしょうか?

 

 何か全員呆けた様子でこちらを見ているし、春香ちゃんは千早ちゃんを心配そうに見ているし、千早ちゃん自身は顔を俯けているし。……何かマズイことしたのだろうか。

 

「えっと……ち、千早ちゃん?」

 

 恐る恐る声をかける。アカン、何が悪かったのかが分からない。よかれと思ってやったのだが、千早ちゃんはお気に召さなかったのだろうか。

 

 内心オロオロとしていると、無言のまま千早ちゃんはすくっと立ち上がった。

 

「ち、千早ちゃん……?」

 

 春香ちゃんが声をかけるも、千早ちゃんは一歩前に出てくる。俯いたままなので表情が見えず、思わず一歩後ずさりしてしまう。

 

「ど、どうしたのかな、千早ちゃん……」

 

「………………」

 

 バッと勢いよく顔を上げた千早ちゃんは、先ほどよりも険しい表情をしていて――。

 

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

 

 ――そしてそのまま、勢いよく頭を下げた。

 

「大変参考になりました! それと、これまで失礼な態度を取ってしまい申し訳ありませんでした!」

 

「……えっと、別に気にしてないよ。参考になって良かったよ」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

 お、おう、千早ちゃんが熱い。まさかここまで気にいってもらえるとは思いもよらなんだ。

 

 ば、万事オッケー……かな?

 

 

 

 




・げに難しきは女心かな。
前回の美希はちゃんと汗を拭いて制汗スプレーを使ってから手伝いに来ていました。

・『蒼い鳥』
千早の代表曲。第四話のエンディング曲としても使われたが、あのテレビアレンジはある意味衝撃的だった。
なお春閣下が歌うREM@STER-Aは……。

・『完全声帯模写』
後付けとかじゃないよ! ちゃんと最初から考えてた奴だから!

・黒羽とかいう奇術師
フルネームは黒羽盗一。『まじっく快斗』の主人公、怪盗キッドこと黒羽快斗の実父にして、先代怪盗1412号の正体。
なお『名探偵コナン』本編においてシャロンと有希子に変装術を教えた張本人である。

・水蓮寺ルカ
『ハヤテのごとく!』に登場する、1億5千万の借金を抱えるアイドル。
なおこの作品では借金もなく、最初から親子仲は良好な模様。

・沖野ヨーコ
『名探偵コナン』に登場する、元アイドルの女優。毛利小五郎が彼女の熱烈なファン。
調べてみてこの人が22歳だったことに吃驚した。

・佐野美心
元はアケマスに登場する、魔王エンジェルよりも手ごわい(場合もある)最強のCPU。
この作品でもDNAプロダクションに所属し、麗華達とも普通に交流している。

・よかれと思って
「ジャンジャジャ~ン! 今明かされる衝撃の真実ゥ!」

・「ありがとうございます!」
ちーちゃんの心境は次回で。



 本当だったら終わる予定が、予想外に長引いてしまったため次回に続きます。


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Lesson29 地獄のレッスン!? 5

ご愛読、ありがとうございました!(4月1日)


 

 

 

 休憩時間が終わり、魔王エンジェルの三人と共にスタジオへ向かう。

 

「でも、やっぱり少し可哀想じゃないかしら」

 

 眉根を潜め、あずささんは頬に手を当てる。先ほど話に上がった心折れてしまったアイドルのことを言っているのだろう。

 

「そうは言うけどね、三浦あずさ。アイドルとして大切なものに気付けなかったから心折れたわけであって、それに気付けない時点でアイドルとしては赤点なのよ」

 

「アイドルとして大切なもの?」

 

「まぁ簡単に言うと、自分自身の『売り』ね」

 

「『売り』?」

 

「例えば、水蓮寺ルカ。身軽なあの子はライブやコンサートにバック宙みたいなアクロバティックなパフォーマンスを取り入れてる。もちろん、バック宙ぐらいだったら良太郎でも軽く出来るでしょうけど、男の良太郎と女のルカがやるのでは意味合いや反応が変わるのは当然。これが水蓮寺ルカの『売り』よ」

 

「あと沖野ヨーコの場合はー……笑顔、になるのかな? 歌やダンスは二流でも、見てるだけで癒される笑顔って奴? 声や身振りだけの感情表現だって限界があるし、やっぱり見て分かりやすい表情での感情表現の方が評価されるんだよ?」

 

「リョウは笑顔がないっていうアイドルとして致命的な欠陥を抱えている。良太郎が持っていないものを持っているアイドルなんて、それこそいくらでもいる」

 

「アンタ達だって、笑顔だったら良太郎に勝ってるでしょ?」

 

 確かに、言われてみればそうだ。言い方はアレかもしれないが、アイドルはファンに笑顔を向けることも重要なことだ。技術だけでなく、存在そのものがアイドルの魅力の一つなのだから。

 

「そんな簡単なことに気付かずに、ただ歌やダンスが敵わないってだけで辞めていくなら、所詮アイドルとして大成しないわよ。アンタらは歌手にでもなりに来たのかっつーの」

 

 ふん、と麗華は鼻を鳴らす。

 

「そもそも、良太郎がアレをやらなくても律子みたいに辞めていったアイドルだっていくらでもいるわ。理由なんてそこら辺にいくらでも転がってるんだから」

 

 ――そろそろ、アンタ達の事務所でも出始めたりするんじゃない? 辞めたいって言いだす奴。

 

「………………」

 

 そんな奴私達の事務所にいる訳ないじゃない! と麗華に反論する伊織を余所に。

 

 私は、麗華のその言葉が心の何処かに引っかかったような気がした。

 

 

 

 

 

 

 周藤良太郎。遅刻や軽い言動とは裏腹に、その実力はやはりアイドルの頂点の名に恥じぬものだった。

 

 その口から紡がれた私の歌。それは今の私には届くことができない領域。しかし私に新たな可能性を教えてくれた。

 

 自分の声で自分以上の技量で歌われたことは確かにショックではあったが、それ以上に得られることがあるならば私はそれを喜んで受け入れよう。それは私の歌が成長する可能性があると言うことなのだから。

 

 そう、だから――。

 

「……例えここで倒れようとも……私に、悔いは……ガクッ」

 

「ち、千早ちゃんが自分で『ガクッ』って言いながら倒れた!? し、しっかりして千早ちゃん! 傷は浅いよ!」

 

「んー、歌メインの千早ちゃんにはダンスレッスンはきつかったかな?」

 

「……あの、僕や響にも十分きついんですけど……」

 

「その割には雪歩ちゃんとやよいちゃんは随分と余裕そうだけど」

 

「え? 本当に……って、あ、あれ、雪歩? やよい?」

 

「ち、違う! 意識が朦朧とし過ぎてて表情が動かなくなってるだけだ!」

 

 あぁ、春香……時が見える……。

 

「千早ちゃーん!?」

 

 

 

 

 

 

「――とまぁ、そんな感じで昨日のレッスンは概ね予定通りに終わったよ」

 

『今朝小鳥さんから焦った声で電話がかかってきた時は何事かと思ったぞ。ほどほどにって言っただろーが』

 

「ギリギリを攻めたつもりなんだけどなぁ……こう、インベタの更にインをつく空中に描くライン的な感じで」

 

『お前は何処を走っているんだよ』

 

「じゃあ複線ドリフトで」

 

『泣き別れっつー事故だからな、それ』

 

 今日も今日とて兄貴との定期連絡である。

 

 昨日の個人レッスンは、竜宮小町以外の765プロのみんなの実力を見ることが出来たので個人的には大変有意義なものだった。やはり歌唱力では千早ちゃんが頭一つ抜き出ており、続いて貴音ちゃんや雪歩ちゃんが優秀。しかし雪歩ちゃんとやよいちゃんは体力の無さがネックで、ダンスは響ちゃんと真ちゃんが秀でている。そして全てをひっくるめた総合的な評価で言うと、美希ちゃん。そして後一人、今後が凄く楽しみな少女が一人……。

 

『あと、律子ちゃんがえらくご立腹だったそうだけど、またお前何かしたんだろ』

 

「凄いナチュラルに俺の責任だって断言されたな」

 

 いやまぁ、俺なんだけど。

 

「今回は間違いなく俺が悪いから、りっちゃんには直接謝るつもりだよ」

 

『お前が悪くなかったこと何てなかっただろーが』

 

「失敬な。りっちゃんのライブで一番前の席になったのは俺じゃなくて高木社長の手引きだぞ。俺は並んでチケット買うって言ったのに向こうから送られて来たんだから」

 

『そこで他の律子ちゃんファンと意気投合してしっかりと振り付けをしてなかったら律子ちゃんも怒ってなかったと思うぞ』

 

「同じりっちゃんファンと仲良くなって何が悪いのか」

 

 というか、素直に応援していたのに怒られた俺は本当に悪くないと思う。

 

『とにかく、しっかりと謝ること。いいな?』

 

「了解」

 

 話は変わって。

 

「765の感謝祭ライブの日はオフってことでいいんだよな?」

 

『いや、残念ながら午後から収録だ』

 

「えー」

 

『えー、じゃない。結構無理してオフにした日の代償みたいなもんなんだからな』

 

 結構無理して? ……あ、りんと出かける日の話か。だいぶ前に話をしていたのだが、なかなか予定が噛み合わずここまでズルズルと来てしまっていたのだけれど、おかげで二人とも一日オフの日を合わせることが出来た。女の子と二人でお出かけとかテンション上がるね!

 

 話を765感謝祭ライブ当日のことに戻す。

 

「ライブの時間には間に合うのか?」

 

『そこはお前の頑張り次第だな』

 

 確か感謝祭ライブは夕方からだから……まぁ、何とかなるかな。

 

『というか、気付かれないように気をつけろよ? りんちゃんとのデート』

 

「大丈夫だって」

 

『お前は大丈夫かもしれんが、りんちゃんの方が普通に気付かれる可能性があるんだからな?』

 

 確かにそっちの可能性はあるわけだ。

 

「そこはほら、補正的なアレで」

 

『ギャグ補正か』

 

「ギャルゲ的主人公補正持ちの兄貴には負けるけどな」

 

 母さんが風呂から上がってくるまでずっとくだらない話題を続けるのだった。

 

 

 

「リョウくーん、お風呂上がったよー! あ、コウ君から電話ー!?」

 

「うん。あー、まだ頭乾いてないじゃねーか。ほら、乾かすからここ座って」

 

『……相変わらず、母親というか妹というか』

 

「今さらだよ」

 

 

 

 

 

 

「1! 2! 3! 4!」

 

「へぇ……」

 

 良太郎との合同レッスンから三日。果たしてみんなにどのような影響を与えたのかと気になったので、全員のレッスンの様子を見に来た。丁度感謝祭ライブでお披露目予定の新曲のダンスの練習をしていたのだが、全員しっかりと出来ていた。真や響はともかく、雪歩ややよいは厳しいレッスンに音を上げているかと思っていたのだが、全員しっかりと付いていけている様子だった。

 

「随分と頑張ってるじゃない。こう言っちゃなんだけど、何人か音を上げてる子がいるかと思ってたわ」

 

 トレーナーからオッケーを貰い、休憩しているみんなに話しかける。

 

「これぐらいなら全然大丈夫です~!」

 

「はい!」

 

 懸念していた雪歩とやよいから頼もしい返事が返ってきた。

 

『何より、良太郎さんのレッスンと比べたらどうってことないですし』

 

「……そ、そう」

 

 一言一句違わずに揃った全員の声に、思わず頬が引きつるのが分かった。何か得るものがあればと思って受けさせた良太郎との合同レッスンだったが、どうやら厳しいレッスンに対する『根性』を得て来たようだった。何人か目のハイライトが消えているような気もしたが、そこら辺は気にしないことにする。厳しいレッスンをモノともしないということは大変良イコトダ、ウン。

 

 とにかく、良太郎のレッスンから帰ってきた次の日は全員顔色が悪かったから何事かと思ったが、この調子なら大丈夫そうね。

 

 プロデューサーにこの場を任せ、私は竜宮小町のレッスンに戻る。

 

「律子……さん!」

 

 するとその途中、美希に呼び止められた。

 

「ミキのダンス、見てくれた!?」

 

「えぇ、頑張ってるじゃない」

 

 まるで子供が親に褒めてもらいたがっているような様子に内心苦笑しつつ、しかし口にした言葉は本心である。

 

 最近の美希の成長は目まぐるしいものがある。良太郎とのレッスンで気合が入ったのか、もしくは元々良太郎の影響を受けていたのか。間違いなく765プロの中でもトップクラスの実力を得たと言っても過言ではない。

 

 

 

 ――この時のことを、今になって思い返す。

 

 

「私達竜宮小町も、うかうかしてられない――」

 

 

 

 ――あの時、良太郎の電話を切らずに話を聞いていたら。

 

 

 

「それじゃあ! 今のミキなら竜宮小町に入れてくれるよね!?」

 

 

 

 ――何か変わっていたのだろうか、と。

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 ――しかし今となっては、意味のない例え話であるのだけれど。

 

 

 




・『売り』
例えば、リアルで関∞がコントやパフォーマンスを多く取り入れているように、ただ歌って踊るだけがアイドルではないと麗華さんは言いたい。アイマス世界だとVi(ヴィジュアル)Vo(ヴォーカル)Da(ダンス)で評価されるため、ある意味革新的な考えなんじゃないかと。

・「傷は浅いよ!」
元ネタを調べていたら何やら演劇の題目が出てきたんだが、これじゃない感が。

・……時が見える……。
春香「千早ちゃんは私の母になってくれるかもしれなかった女性だ」

・『お前は何処を走ってるんだよ』
いろは坂だと思われます。

・複線ドリフト
『電車でD』で検索。ネタ自体はハヤテのごとくでも使用された。

・今後が凄く楽しみな少女が一人……。
ナイショ。

・りんとのお出かけ
Lesson03参照。

・シリアス……?
ヒント:投稿の日付



 前書きはもちろん嘘です。4月1日なので。

 今回の次回予告は短縮版になります。



 ようやく実現した良太郎とりんのお出かけ。

 しかしのんびりしている暇はない!

 一人の少女のアイドル人生が、お前たちに託されたのだから!



「……ミキは……もう……」

「アンタそれ本気で言ってんならマジでぶっ飛ばすわよ」



 次回! 『アイドルの世界に転生したようです。』第30話!

 『キラキラ』で、また会おう!



※果たして嘘か本当か?


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Lesson30 キラキラ

全国一億五千万(独自調べ)のりんファンのみんなお待たせ!
ようやくりんとのデート回だよ!


 

 

 

 快晴である。ものの見事に雲一つ無い秋晴れの空である。風は秋らしく冷たいが降り注ぐ日光は暖かく、今日は厚手の上着が必要なさそうだった。そんな快晴の日曜日は絶好のお出かけ日和であり、駅前の広場は多くの人々が行き交っていた。家族連れやカップル、友達同士のグループなど、様々な人間模様が見て取れる。

 

 しかし駅前のベンチに座り、絶賛待ち合わせ中の俺にかかってきた電話は何やら雲行きが怪しかった。

 

「美希ちゃんが練習に来てない?」

 

『えぇ……』

 

 謝りに行く機会がなかなか訪れず今度直接事務所に謝りに行こうと考えていたりっちゃんからかかってきた久しぶりの電話は、先日合同レッスンを行った一人の少女についてだった。

 

『念のためアンタにも連絡したんだけど、美希から何か連絡が来てたりしない?』

 

「残念ながら来てないよ。……美希ちゃんが来なくなった理由に何か心当たりは?」

 

『それがあの子、頑張れば自分も竜宮小町に入れると思っていたみたいで、その勘違いに気付いたことが原因なんじゃないかと思うんだけど……』

 

「あー……やっぱり勘違いだったんだ」

 

『? やっぱりってどういうことよ』

 

 簡潔に、合同レッスンの時の美希ちゃんとの会話の内容を説明する。

 

「――で、俺も少し変だなと思ってりっちゃんに確認取ろうと連絡したんだけど……」

 

『一体それがどうなったらあんな悪戯電話になるのよ……』

 

「いや、アレはマジごめん。直前まで考えてたことが思わずポロっと口から零れ出ちゃって」

 

 人の口に戸は立てられないって言うし! とか普段なら言うところだが、今回は自重する。たった今目の前をナイスな大乳のお姉さんが通って行ったが、当然こちらに集中する。

 

『私もすぐに切っちゃったし、おあいこってことにしといてあげるわ』

 

「面目ねえっす」

 

 ともあれ。

 

「俺からも連絡取ってみるし、見かけたら声かけてそっちに連絡入れるよ」

 

『悪いけど、お願いするわ』

 

 りっちゃんとの通話を終了し、携帯電話をパタンと閉じる。……昨今スマートフォンやらタブレット型端末などが流行っている中、現在俺が使用しているのは俗に言うガラケーである。もうそろそろ契約期間が終わるし、これを期に買い替えてもいいかもしれない。今日ついでに見に行ってみようか。

 

 まぁそれはともかく。

 

「……美希ちゃんが、ねぇ」

 

 俺の目から見た美希ちゃんは、非常にやる気に満ち溢れた子だった。自惚れる訳ではないが、それが俺に対する憧れから来るものだということは何となく理解している。そしてその実力は765プロダクションの中でもトップクラスで竜宮小町にだって負けていない。

 

 それなのに、どうして美希ちゃんは竜宮小町に対する強い思い入れがあるのだろうか。何か竜宮小町に入らなければならない理由があったのだろうか。そんなこと、俺は星井美希じゃないので分かるはずが無いのだが。

 

 竜宮小町のことを楽しそうに語る彼女の笑顔が、何か引っかかった。

 

 

 

(……頭を切り替えよう)

 

 もちろん美希ちゃんのことは気がかりだが、その事ばかりを考えていたらわざわざ一日のオフを使って俺を誘ってくれた相手に失礼だ。とりあえず、今はそれらのことは頭の片隅に保留しておく。

 

 さて、今日は一体何なのかというと以前から話していたりんとのお出かけである。夏の終わり頃に誘われて以来ずっと二人のオフが重ならず、今回ようやく実現したのだ。いやマジ長かった。あと仕事の現場で顔を合わせる度にそわそわといつ頃になりそうかと尋ねてくるのが非常に心苦しかった。これも全部周藤幸太郎って奴の仕業なんだ。もしくはゴルゴムかディケイドのせい。

 

 という訳で、いつもの伊達眼鏡と帽子を着用した状態で待ち合わせ時間の三十分前から待機中である。女の子を待たせるとどうなるかは幼少の頃の兄貴と早苗ねーちゃんのやり取りを見ているので、女の子だけは待たせてはいけないというのがポリシーである。まぁ、合同トレーニングの時はアレだったけど。

 

 チラリと腕時計を除くと既に待ち合わせ時間の五分前になっていた。もうそろそろ来てもいい頃ではないかと、今まで背を向けていた駅の入口に向かってベンチに座ったまま振り返る。

 

「え?」

 

「あ」

 

 振り返ったその先、というかすぐ背後にりんがいた。以前の結婚雑誌の撮影の時と同じツインテールを降ろした髪。真っ白なワンピースに上着を羽織り、ショルダーバックを肩に下げた姿はまるで良家の令嬢のようにも見える。

 

 そんなりんが何故後ろから静かに近寄って来ていたのかと考えて、以前背後から目隠しをされたことを思い出した。恐らく今回も同じことをしようとしたのだろう。しかしあと一歩というタイミングで俺が振り返ってしまった、と。……つまり前回みたいに「背中にムギュ」があったかもしれないと……何で振り返ったんだよ俺のバカ!

 

「「………………」」

 

 お互いにどうしたものかと微妙な空気が流れる。こういう場合どう反応したのものか……。

 

「え、えい!」

 

 反応に困っているとりんがそんな掛け声と共に両手で俺の両目を覆い隠した。

 

「だ~れだ?」

 

 真っ暗になった視界で、まるで何事も無かったかのようなりんの声が聞こえてきた。

 

 

 

(……何この可愛い子お持ち帰りしたい!)

 

 

 

 じゃなくて。

 

 あまりにも可愛い反応に一瞬思考が飛んだ。割と普段からぶっ飛んでいる思考だが今のは間違いなく飛んだ。

 

 さて、こんな可愛い反応をされてしまったのだから、俺も紳士的な対応をしなければならない。

 

 

 

「この背中に広がる柔らかさは、りんだな!」

 

「今回は当たってないよ!?」

 

 

 

 しかし口から出た言葉は願望を含んだ妄想的な何かだった。りっちゃんとの電話での反省が全く生かされていなかった。何と言うか、これはもはや呪いなんじゃなかろうか。もしくは兄貴が言っていたギャグ補正がかかった作為的な何か。

 

 ぱっと手を離したりんはずさーっと後ずさる。その顔は真っ赤に染まり、胸を隠そうとしているのだろうが当然のごとくはみ出ている。眼福眼福。

 

「よっ、りん。おはよう」

 

「お、おはよう。……何事もなかったかのように話進めちゃうんだ……もう、女の子に向かってそういうこと本当は言っちゃダメなんだからね?」

 

「おう、大丈夫大丈夫」

 

「凄い目線泳いでるけど」

 

 心当たりがありすぎてどうにも……。

 

 何はともあれ、仕切り直すことにする。

 

「改めておはよう、りょーくん。ゴメンね、待たせちゃった?」

 

「全然。りんとデート出来るならこれぐらい安いもんだよ」

 

 世の中には車を売ってでもりんとデートしたいと思う野郎はいくらでもいるだろうし。

 

「えへへ、ありがとう。それじゃあ、今日は一日よろしくお願いします」

 

「おう、任せておけ」

 

 りんと並んで駅前の商店街を歩き始める。俺達のデートは、これからだ!

 

 

 

 とまぁ、そんな変な打ち切りフラグはともかくとして、デートである。

 

 本日の予定としてはまず映画を見に行き、昼食を食べた後にりんの秋冬物の服を見に行くというのが簡単な流れである。そして先ほども少し触れたが俺が買い替えるスマートフォンを見に行く予定も追加された。ここまでくれば相手の自分に対する好感度がどうであれ十二分にデートと呼んで差し支えないだろう。流石にここまで来てこれをただのお出かけ呼ばわりするつもりはないぞ。月村とのデートを「デート? いや、ただ一緒に買い物に行っただけだ」などと抜かしおる二年前の鈍感野郎とは違うのだよ! 鈍感野郎とは!

 

 なお好感度云々に関しては、高いことは何となく分かるのだがイマイチその方向性は分からない。多分、仲のいい男友達ぐらいだとは思うのだが。

 

「……ん? 何? アタシの顔に何か付いてる?」

 

「あ、いや、何でもない」

 

「ふーん? それで、今日は何の映画見に行くの?」

 

「『紅の翼(アラ・ルブラ)戦記(サーガ)』って奴。知ってるだろ?」

 

「スプリングフィールド夫妻が主演のアレ? 丁度見たかったんだよねー!」

 

 俳優のナギ・スプリングフィールドと女優のアリカ・スプリングフィールドのハリウッド夫妻が主演のこの映画は以前から話題になっていた。俺も以前来日時の先行上映の時に本人から誘われていたのだが、仕事の都合で行けなかったため今回丁度いいと見に行くことにしたのだ。

 

 その事をりんに話すと、酷く驚かれた。どのくらい驚いたのかというと、コーヒーショップで買ったカフェラテを危うく噴き出す寸前だったぐらいだ。こらこら、美少女がはしたない。

 

「え!? りょーくん、スプリングフィールド夫妻と知り合いだったの!?」

 

「俺だけじゃなくて、麗華もだぞ。ほら、だいぶ前の何とかっていうパーティーだし、知り合ったの」

 

 何のパーティーだったかは覚えていないが、世界中のセレブや芸能人が一堂に会する集まりで知り合いの社長に招待されたのがきっかけだった。そこで社長令嬢として参加していた麗華と会い、スプリングフィールド夫妻や様々な有名人と知り合いになったのだ。

 

「そ、そうだったんだ、りょーくんもあのパーティーに行ってたんだ。……聞いてないわよ、麗華」

 

「っ!?」

 

 一瞬りんの方から凄く低く冷たい呟きが聞こえて来たような気がしたが、当のりんはニッコリと笑顔だったので気のせいだったということにする。たまには「え? 何だって?」という鈍感野郎でもいいと思いました。

 

 

 

 

 

 

おまけ『ともみさんが行く!』

 

 

 

「っ!?」

 

「? どうしたの、麗華」

 

「い、いや、ちょっと寒気がしただけよ。それより、今日はりんの奴、良太郎と出かけてるんだっけ?」

 

「うん。昨日散々楽しそうに話してたし」

 

「全く、あいつらはホントにアイドルとしての自覚があるのかしらね」

 

「あの二人ほどアイドルとしての自覚があるアイドルはいないと思うけど」

 

「それで? 完全オフの日にアンタは何で本社のレストルームにいるのよ。何処か出かけたりしないの?」

 

「今から出かけるつもり。リョウがよく差し入れに持ってきてくれたシュークリームを売ってる『翠屋』っていう喫茶店に行ってみる。麗華も行く?」

 

「私は午後から用事があるから遠慮しておくわ。でもお土産のシュークリームだけはお願いしておくわ」

 

「分かった」

 

「でも急ね。何かあったの?」

 

「……別に」

 

「?」

 

 つづく……?

 

 

 




・ものの見事に雲一つ無い秋晴れの空
ちょっとプロットを見直していたら季節が完全に間違っていたことが判明。でもまぁ直すのもアレなのでこのまま行きます。サザエさん時空的なアレだということでよろしくお願いします。

・昨今スマートフォンやらタブレット型端末などが流行っている中
アニマス放送時は既にスマフォが普及していた、というか作者もスマフォだった。なのに全員ガラケーだったのは何故だろうかというちょっとした疑問。

・これも全部周藤幸太郎って奴の仕業なんだ。
「何だって! それは本当かい!?」
なお本編でそんな言葉は一度もなかった模様。

・もしくはゴルゴムかディケイドのせい。
「おのれゴルゴム……ゆ”る”ざん”!」
「おのれディケイドォォォ!」

・(……何この可愛い子お持ち帰りしたい!)
非売品です。みんなで愛でましょう。

・「この背中に広がる柔らかさは、りんだな!」
紳士的対応()

・世の中には車を売ってでも
売っちゃったホンダのオデッセイ

・「デート? いや、ただ一緒に買い物に行っただけだ」
鈍感系主人公のテンプレの反応。ナ、ナルシストでもない限り普通こういう反応ですし(震え声)

・多分、仲のいい男友達ぐらいだとは思うのだが。
良太郎は好感度は分かるけどそれがライクなのかラブなのかの区別がついていません。

・スプリングフィールド夫妻
ナギ・スプリングフィールドとアリカ・アナルキア・エンテオフュシア。『魔法先生ネギま!』の主人公ネギ・スプリングフィールドの両親で、最強の英雄と亡国の王女。
この世界ではイギリスが生んだ超大物俳優と女優。一人息子もちゃんといる模様。

・「え? 何だって?」
難聴兄貴おっすおっす。

・おまけ『ともみさんが行く!』
つづく(続くとは言っていない)



 ついにやってきたデート編です。満足いってもらえるように頑張ります。

 あと全くの余談ですが、先日仮面ライダーとプリキュアの映画を見に行ってきました。一人で。……なんかもう、この年になると割と色々吹っ切れますね。久しぶりに喋る六花たんが見れて大満足でした(小並感)。自分もフランケンシュタイナーがされたかったです(願望)。


 


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Lesson31 キラキラ 2

まるでラブコメのようだ……(驚愕)


 

 

 

 

 

 

『フフ……フはは、ははははは! 私を倒すか人間!! それもよかろう!』

 

『だが、ゆめ忘れるな!』

 

『世界が滅びゆくことに変わりはない! いずれ彼らにも絶望の帳が下りる!』

 

『それは、貴様とて例外ではない――!』

 

 

 

「グダグダうるせぇえええ!!」

 

 

 

「たとえ明日世界が滅ぶと知ろうとも、諦めねぇのが人間ってモンだろうが!」

 

 

 

「人! 間! を!」

 

 

 

 ――なめんじゃねぇえええー!!

 

 

 

 

 

 

「「満足!」」

 

 三時間に及ぶ大作映画を見終わり、丁度いい時間なので昼食を取ろうと近くのファーストフード店に入った俺とりん。

 

「いやぁ、流石ハリウッド。CGといいキャストといい、お金の掛け方のスケールが違うね」

 

「ハリウッド一仲がいいって言われる夫婦が演じる大英雄と王女の仄かな恋。あぁ、あの二人どうなるだろー?」

 

「二部構成みたいだし、そっちの方で掘り下げていくんだろうなぁ」

 

 何かまだまだ伏線が残ってたみたいだし、と言いながらフライドポテトを摘む。

 

 結論から言って、今回の映画は前評判通りに大当たりだった。まぁあの二人が主演なんだから、よっぽどストーリーが悪くない限りこうなることは予想されていた結果であるのだが。

 

「そう言えば、りょーくんってドラマには結構出てるけど映画には全然出てないよね」

 

 ちゅーっとイチゴシェイクをストローで飲みながらりんが上目遣いにそんなことを尋ねて来た。

 

「別に何かこだわりがある訳じゃないぞ? たまたま予定が噛み合わなかったから出てなかっただけで、オファー自体は何回かあった」

 

 しかし、それらオファーがあった映画はいざ公開されてみたらイマイチな評価を受けるものばかりだった。これはそういう映画を回避した俺の危機回避能力的なものなのか、それとも俺が出演しなかったから評価が振るわなかったのか、どちらなんだろうか。

 

「まぁぶっちゃけると映画の出演は決定したんだけど」

 

「え!? 初耳だけど!?」

 

「一般にはまだ出回らないようにしてる話だからな」

 

 だからりんもオフレコで頼むと人差し指を立てる。

 

 ちなみにオファーを受けた映画は二本。一本は俺の初出演作品である覆面ライダーの劇場版で、後輩ライダーに力を貸す先輩ライダーというポジションになる。もう一本はなんとあの竜宮小町との共演、俺の初主演作品である『少年X』と竜宮小町の初主演作品である『美人姉妹探偵団』との奇跡のコラボレーションだ。正直自分でもどんな作品になるのか分からないのでちょっとワクワクしている。

 

「そういうお前らはどうなんだ? ドラマとか映画とかそういう話全く聞かないけど、あんまり興味無い感じ?」

 

 魔王エンジェルは歌番組やライブ、コンサートに重点を置いて活動するアイドルであり、その点は俺も同じだ。とはいえ、それにしたってこいつらは俺以上に演技関係の話を聞かない。

 

「んー、あたしは別にどっちでもいいんだけど、麗華とともみがあんまりいい顔しないんだよねー」

 

「あら」

 

「二人とも猫被るのはそれなりに上手だけど、演技となるとあんまり得意じゃないみたいで」

 

「最近完全にその猫が剥がれてるみたいなんだが」

 

「それは間違いなくりょーくんのせいだから」

 

 俺のせいかどうかはともかくとして、確かに幸福エンジェルだった頃は麗華やともみもアイドルらしく愛想良かったからなぁ。最近では、麗華は毒舌キャラに見せかけた弄られキャラ、ともみは表情に乏しいクールっ娘っていうイメージで定着してるし。ちなみにりんも今では猫が若干はがれて腹黒キャラが見え隠れしているとファンの間でもっぱらの噂である。

 

「また詳しい話決まったら教えてね?」

 

「あぁ。つっても、正式な発表や撮影は来年の四月になってからになるだろうなぁ。受験あるし」

 

「そういえばりょーくんにはまだ言ってなかったけど、あたしも大学受験することにしたよ」

 

「あ、そうなん?」

 

 以前聞いた時はまだ悩んでたみたいだけど、ついに決めたのか。

 

「何処受けるの?」

 

「いひひっ」

 

 頬杖をついて実に楽しそうにはぐらかされてしまった。むぅ、秘密って奴か。ただ、何となく麗華と同じ大学を選択するんじゃないかと思う。なんだかんだいって古くからの仲良し三人組みたいだし。

 

「しかし、これからはオフの日は勉強せにゃならんのだよなぁ」

 

 何度も言うようであるが、俺は受験生である。「あれ何呑気にアイドルとデートしてるの?」とか突っ込まれたらぐうの音も出ないが、紛れもなく受験生である。本来ならば今日の一日オフも勉強に当てるべきなのだろう。ただでさえ勉強に割いている時間が少ないと言うのに。

 

「あ! じゃあじゃあ! 今度一緒に勉強会しようよ!」

 

「勉強会?」

 

「うんうん! 一人でするより絶対いいよ!」

 

「今のセリフもう一回お願い」

 

「え? ……一人でするより絶対いいよ?」

 

「ありがとうございます」

 

 もう一度言ってもらったことに深い意味なんてありません。

 

「で、一緒に勉強か。いいかもしれんな」

 

「でしょでしょ? 勉強のためだったらあたしももう少し時間取れると思うし」

 

 ふむ、確かに。

 

「じゃあまた予定合わせるか」

 

「うん!」

 

 ついでだし、恭也や月村の勉強会に交ざってもいいかもしれんな。何と言うか……りんを含め、魔王エンジェルの三人って友達少なそうだし。

 

「りょーくん、今何か失礼なこと考えなかった?」

 

「気ノセイデス」

 

 

 

 

 

 

 昼食を終えた俺達はりんの服や俺の携帯電話を見るために街を歩く。当然休日の今日は駅前並みに人が多いために俺はもちろんのこと、りんも伊達眼鏡と帽子を被って絶賛変装中である。最も、現在のりんはいつのもツインテールではないのでそうそう身バレはしないだろうけど。

 

「どっちから見に行く?」

 

「服はゆっくり見たいだろうから、俺の方から済ました方がいいだろ」

 

 という訳で家電量販店へ。

 

 携帯電話を取り扱っている一角に向かうと、そこには様々な会社が発売しているスマートフォンが並べてあった。

 

「うわぁ、今スマートフォンってこんなに出てるんだね」

 

「りんもまだガラケーだよな?」

 

「うん。契約もまだ続くから、今日はりょーくんと一緒に予習ってところかな」

 

 実際に手に取ってみたりしながら各社のスマートフォンを見ていく。ふむ、携帯電話というよりは小型のパソコンっていった感じかなー。

 

「見て見てー、このスマートフォン上の所に動物の顔が付いてるー。……これ、何の動物なんだろ?」

 

「なんか変身出来そうなスマフォだな」

 

 なんともラブリンクしそうである。

 

 さてさてどんな機種にするかと悩んでいると、背後から店員さんに声を掛けられた。

 

「スマートフォンをお探しですかー?」

 

「ええ、まぁ」

 

「……(チッ)、お隣の方は彼女さんですかー?」

 

「おい今舌打ちしたよなアンタ」

 

「今ならラブラブ定額プランなどがありますがー?」

 

「話聞けよこの野郎」

 

 いや女だけど。

 

 とりあえず彼女じゃないことを告げると再び舌打ちした店員(女)は後からやってきた店員(女)に連れていかれた。

 

「一体なんだったんだあの店員……」

 

 全てのカップルを呪っているかのような負のオーラを身に纏わせていたが。

 

「それで? どうして君は不服そうな表情をしているのかな?」

 

「……べっつにー?」

 

 カップルを否定した辺りからりんは口を尖らせて拗ねたような表情を見せていた。いや、違うものは違うんだし、しっかりと否定しておかないと向こう側に迷惑がかかるだろう。

 

「もー、女心は複雑なの! 埋め合わせに、美味しいスウィーツを所望します!」

 

「む、イマイチ理解できないけど了解」

 

 それぐらいで許されるならいいけど、そんなに安くていいのか女心。

 

 結局今日のところは見に来ただけだったので、ある程度の目星をつけて家電量販店を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

「んー! カスタードクリームとイチゴがオイシー!」

 

「お気に召してくれたようでなによりだよ」

 

「りょーくんのは何だっけ?」

 

「ゴーヤクレープ」

 

「……美味しいの?」

 

「もはや珍味のレベルかな」

 

 りょーくんに買ってもらったクレープを食べながら、二人並んで街を歩く。こんな人ごみの中をりょーくんのような(ついでにあたしも)トップアイドルが歩いていたらあっという間に取り囲まれて身動きが取れなくなりそうなものだが、そんなことが起きる様子は一切ない。やっぱりこの変装のおかげで誰もりょーくんだと認識できていないのだろう。

 

 チラリと隣を歩くりょーくんの姿を見る。黒のプリントTシャツに白いジャケット、下はジーパンにブーツ。長財布ぐらいしか入らなさそうな小さな斜めがけバックを背負ったその姿は、ステージの上に立つ煌びやかなアイドルではなく普通の男の子。そんなりょーくんの隣をごく自然に歩けている現状に対して、自然と笑みが零れそうになる。

 

「ん? そんなにそのクレープ美味しかったの?」

 

 どうやら零れそうではなくしっかりと零れてしまっていたようだ。

 

「ううん、こうしてりょーくんと一緒にデートできるのが嬉しいだけだよ」

 

「……そう言ってもらえるのは大変光栄だね」

 

 表情こそ変わらないが、内心では少し照れているんじゃないかと思うと今のりょーくんが凄く可愛く思えた。

 

 結婚雑誌の撮影の時のように腕を組もうと右手を持ち上げ――。

 

「………………」

 

 ――そのまま手を下げ、りょーくんの左手を握った。

 

「へ?」

 

 無表情のまま、りょーくんが驚いた声を出してこちらを見てくる。

 

「デートなんだもん、これぐらい当然だよね?」

 

「あ、うん、ちょっと驚いただけ」

 

(あーもー! 今日のりょーくんカワイー!)

 

 りょーくんの暖かい左手を握りつつ、内心キュンキュンするのだった。

 

 

 

 

 

 

おまけ『ともみさんが行く! だぶる!』

 

 

 

「ここが翠屋……」

 

「いらっしゃいませー! お一人様ですか?」

 

「………………」

 

「え!? な、何で撫でるんですか!?」

 

「あ、ごめん思わず」

 

「……あ!? も、もしかして……『魔王エンジェル』の三条ともみさんですか……!?」

 

「うん、そうだよ。初めまして、三条ともみです。今日はリョウ――周藤良太郎にお勧めされたから来ました」

 

「良太郎お兄さんのですか!?」

 

「んー? なのは、どうしたのー? 良太郎さんがどうかしたのー?」

 

「あ、お姉ちゃん」

 

「って! もしかして三条とも――もが!?」

 

「だ、ダメだよお姉ちゃん! 騒ぎになっちゃうから!」

 

(既に大事になってる気が……)

 

 ほんとうにつづく……?

 

 

 




・『人間をなめんじゃねぇえええー!!』
『魔法先生ネギま』29巻参照。なお多少の改変を加えております。

・伏線が残ってたみたいだし
全部の伏線がUQで回収されると信じています。
ちなみに良太郎がこの世界のアニメキャラに気付いているのかいないのかはご想像にお任せします。

・美人姉妹探偵団
アニマス9話冒頭の劇中劇。オチがオチだったのでちょっと難しいが、ある程度ネタは固まっているので劇中内で予告編とかはやるかもしれない。

・「一人でするより絶対いいよ!」
72をするんですかねぇ……。

・ラブリンクしそうなスマートフォン
きゅぴらっぱ~!

・舌打ちした店員(女)
オリキャラのモブ、と思いきやまさかの元ネタ有。
『WORKING!!』でたまに出てくる携帯電話販売員で、佐藤と轟(犬組)や足立や村主(猫組)などの男女の組み合わせを見るとカップルと決めつけ舌打ちをする。
なお同棲中の彼氏がいる模様(元ネタ)

・「女心は複雑なの!」
デートテンプレ展開
 済 「だーれだ?」
 済 とりあえず映画
 済 カップルを否定すると不機嫌
 未 「はい、あーん」で間接キス
 未 下着売り場に連れ込まれる
 未 夕暮れの観覧車

・ゴーヤクレープ
またまたネギまネタ。この際今回の話のネタはネギまを主に固めていこうか。

・りんちゃん(デート中)
これはめいんひろいんですわぁ……。

・おまけ『ともみさんが行く! だぶる!』
「セカンド」や「ドス」とどちらがいいか悩んだ結果こうなった。



 最近ラブライブに流されそうで怖い。誰か俺をアイマスに引き留めtにっこにっこにー!


 


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Lesson32 キラキラ 3

厄払いと温泉で色々落として清々しく更新。


 

 

 

 普段と少し違うりんの態度に困惑してしまった周藤良太郎です。いや、腕を組んでくることは前にも何回かあったんだけど、ああして手を握られることはほとんど無かったから驚いちゃって。でもまぁ、腕組むより手をつなぐ方が親密度は高い気がするし(個人的解釈)、りんと仲良くなれてるってことで全然オッケーだな!

 

 てな訳で、クレープを食べ終えた俺達はりんの服を見ていく。たまに俺の意見も求められるので自分の好みに若干誘導しつつ買い物を進める。本当はホットパンツとかでりんの太ももとか拝みたかったのだが、時期が時期だし寒いだろうと思って自重しておいた。寒くなるとヤダね。女の子の肌色の面積が減るから。

 

(いや待てよ、胸元を押し上げる縦セタもなかなか……)

 

(りょーくん、アタシの服を真剣に考えてくれてる……!)

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

 購入する服が決まり、さぁ会計へ向かおうとした矢先のことである。何やら店の外が騒がしいというか、野次馬が揃っていた。

 

「何だありゃ」

 

「も、もしかしてアタシ達のことがバレたとか……!?」

 

 りんは若干緊張した面持ちで可愛らしく俺の服の裾を摘んでいるが、多分それは無いと思う。野次馬は店の外にいる誰かを取り囲んでいて、店内を覗いている様子はない。俺達以外の芸能人でもいたのだろうか?

 

 一先ず会計を済ませ、店を出る。ちなみにまたしても俺が金を出した。最近出費が多すぎるのでマジで自重しなければと考えつつも、やはり女の子に出させるのは忍びないというか何と言うか。まぁ二次元の女の子にお金掛けるよりはマシだよね! と不特定多数の人間にケンカを売ってみる。

 

 店の外にいたのはテレビクルー。どうやら誰かの取材をしているようなのだが……。

 

 

 

「もしかして、モデルかアイドル?」

 

「うん。ミキ、アイドルだよ」

 

 

 

 聞き覚えのある声で、そんな一人称が聞こえてきた。

 

「りょーくん、アレって……」

 

「……美希ちゃん、だね」

 

 今朝りっちゃんから練習に来なくなったと話を聞いたばかりの星井美希ちゃん本人が、楽しそうな様子でテレビの取材を受けていた。どうやら街頭インタビューでたまたま美希ちゃんが対象になっただけのようだ。だが運動会でテレビに映っていたはずの美希ちゃんを知らないって。あのリポーター、モグリなんじゃなかろうか。

 

 しかしなるほど、これが野次馬の原因か。すれ違えば九割近くが振り返るであろう金髪美少女がテレビの取材を受けてれば、そりゃあ野次馬の十人や二十人簡単に集まるだろう。男女比が6対4を軽く超えて33対4みたいな訳のわからない比率になっているのも頷ける。

 

 さてさて、どうしたものか。りっちゃんには見かけたら声をかけて連絡を入れるとは言ったものの、今この状況の美希ちゃんの声をかけたらあのテレビカメラ他大勢の野次馬までこちらを向いてしまってマズイ。第一、女の子とのデート中に別の女の子に声をかけるってのもどうなのだろうか。

 

「りょーくん、女の子とのデート中に他の子のことを考えるのはマナー違反だよ」

 

 案の定、りんからお咎めを受けてしまった。

 

「ごめん、ちょっと美希ちゃんを見かけたら連絡してくれってりっちゃんに言われてて」

 

「りっちゃんに?」

 

「うん。てなわけでちょっと待ってて」

 

 携帯電話を取り出して着信履歴からりっちゃんの番号を選択する。そのまま通話ボタンを押そうとして……美希ちゃんがこっちに向かって手を振っているのが見えてしまった。

 

 気付かれたー!? このタイミングで!?

 

 当然周りの人間の視線もこちらを向くため、咄嗟にりんを自分の背後に隠すように半歩前に出る。りんも俺の意図が分かってくれたようで、さっと背後を向いて俺に背中を預けるように姿を隠す。伊達眼鏡と帽子を装着中の俺よりもりんの方が身バレの可能性が高いため正しい判断だ。

 

 とりあえず何の反応も返さないのは逆に不自然なので一応手を振り返しておく。

 

「ミキちゃんの知り合い?」

 

「うん」

 

 ――アイドルの知り合いってことは、もしかして芸能人かな?

 

 ――そんな、帽子に眼鏡だからって変装してるわけじゃあるまいし。

 

 こ れ は マ ズ イ !

 

 素早くりんの手を取ると反対方向へと早足で離脱する。りんはやや踵が高いため歩きづらそうであるが、何とか頑張ってもらう。

 

「あ、りょーたろーさん!」

 

(だから名前で呼ばないで!)

 

 心の中で悲鳴を上げながら、俺達はその場を離れるのだった。

 

 

 

 

 

 

「……危機一髪……」

 

「……だね……」

 

 テレビカメラや野次馬から逃げて来たアタシとりょーくんは適当な喫茶店に入って一息つくことになった。荷物こそりょーくんが持ってくれたものの、ヒールでの小走りは流石に疲れた。りょーくんも走ったこと自体は苦になっていないだろうが、精神疲労的な意味で疲れた様子だった。

 

 全く、普通あそこでこっちに手を振るだろうか。明らかにプライベートなりょーくんにテレビカメラが向くことの可能性を考えなかったのか。変装のせいで隣のアタシに気付かなかったのだろうけど、だからといって普通女の子と二人で歩いていたらそこは見て見ぬフリをするものだ。

 

 ……気付いてたからこそ邪魔したとか……?

 

(だとしたらマジで今度シメてやろうかしら……!)

 

「りん、怖い怖い。笑顔はいつも通りとってもキュートだけど、雰囲気が怖い。なんか黒いオーラが出て髪が蠢いてるような気がするんだけど」

 

「気のせいだよー?」

 

 りょーくんってば、こんなに可愛い女の子からそんな暗黒瘴気がにじみ出る訳ないのに、ねぇ?

 

「あの、ご注文は……?」

 

「ホットコーヒー。りんは?」

 

「メロンソーダで」

 

 注文を済ませ、改めて一息つくアタシとりょーくん。

 

「いやー、アイドルってのはこんな風に身バレの危機と戦ってるんだな」

 

「トップアイドル代表格のセリフじゃないよ、それ」

 

 ある意味りょーくん以上にアイドルとしての意識が低いアイドルもいない気がする。昔から伊達眼鏡と帽子さえ身に着けていれば決して身バレしたことが無いりょーくんだからこそ言えるセリフである。

 

「それで? りっちゃんに連絡するんじゃなかったの?」

 

「おっとそうだった」

 

 いいか? と携帯電話を取り出したりょーくんにどーぞと手で促す。デート中なんだけどなーと少し嫌な気分になってしまうが、まぁ向こうも向こうで何やら事情があるようだし我慢する。

 

「………………」

 

 しかし、りょーくんは携帯電話を取り出したまま動きが止まっていた。表情は変わらないものの、何やら頭が痛そうに目を閉じてこめかみを人差し指で押さえていた。

 

「どうしたの?」

 

「……窓の外」

 

「? 窓の外?」

 

 店内中央付近の席なので少し首を伸ばさないと窓は見えない。アタシは背後の席との衝立から顔を覗かせるようにして窓の外、店の外の通りを見た。

 

 するとそこには、星井美希と三人の男がいた。迷惑そうな表情の星井美希は街路樹に背を預けるようにして立っており、その周りを男達が取り囲んでいる。恐らく、というか十中八九ナンパだろう。どう見ても星井美希は拒絶の反応をしているのだが、男達が引く様子もない。見た目的には高校生でも通用する容姿なので分からないのだろうが、知っているアタシからしてみれば中学生をナンパしているトンだロリコン集団だ。

 

 何と言うか、もう色々とアレだ。偶然だとは思うのだが、星井美希は何処までアタシ達のデートを邪魔すれば気が済むのだろうか。怒りを通り越して呆れてくる。

 

「……このまま見て見ぬフリするわけにもいかないし、ちょっと行ってくる」

 

 りんはここで待っててくれ、とりょーくんは席を立って店を出ていった。

 

 ……何事も無ければいいけど。

 

 

 

 

 

 

 店の外に出ると、予想通りのやり取りが聞こえて来た。

 

「だから、ミキはキョーミないの」

 

「そんなこと言わずにさー?」

 

「ほら、何でも奢っちゃうからさ?」

 

「美味しいものでも食べにいこーよー?」

 

 完全に誘拐犯のやり方である。今時食べ物で釣られる子がいるとでも思っているんだろうか。

 

「悪いんだけど、その子俺の知り合いなんだ。嫌がってるのに無理矢理に連れていくのは勘弁してもらいたいね」

 

 とっとと事を済まそうと声をかけると、全員の視線がこちらを向く。……ん? この男達、何処かで見覚えが……?

 

「りょーたろーさん!」

 

 こちらに気付いて笑顔になった美希ちゃんが俺の背後に隠れる。

 

「あぁん? 何だテメー、野郎は引っ込んで……って、あぁ!?」

 

「テメーは!?」

 

 あ、あれ? 俺のこの変装状態で見覚えがあるの? やっぱり何処かで……?

 

 

 

「テメー、この間『幸薄そうな女顔』や『トゲトゲ頭』と一緒にいた奴だろ!」

 

 

 

(……あ、綾崎と上条のことかー!?)

 

 って、あぁ!? 思い出した! この間、合同レッスンの日に綾崎や上条と一緒にハプニングに巻き込まれた原因になった三人組じゃないか! いらないから! そんな伏線回収いらないから! もっと回収すべき伏線あるだろ!? どうしてここ拾っちゃうんだよ!

 

 神様は一体何を考えているんだと嘆きつつ、この場の収拾方法に頭を悩ませるのだった。

 

 

 

 

 

 

おまけ『ともみさんが行く! とりぷる!』

 

 

 

「いやぁ、うちの娘達がお騒がせして申し訳ないね」

 

「いえ、大丈夫です。ある程度は慣れてますから」

 

「良太郎君からの紹介って言ってたけど、仲がいいんだね?」

 

「はい。所属は違いますが、リョウはわたし達『魔王エンジェル』の恩人で、目指すべき目標です」

 

「はは、そうか。はい、ご注文のコーヒーとシュークリームだ」

 

「ありがとうございます」

 

「……もしよかったら、同じアイドルから見た良太郎君の話を聞かせてもらえないかな?」

 

「? 別にいいですけど」

 

「うちに来てくれている良太郎君はあくまでも周藤良太郎で、アイドルとしての彼はやっぱりテレビの中の存在でね。一度第三者からの話を聞いてみたかったんだ」

 

「わたしの主観の話でよかったら、いくらでも」

 

「ありがとう、三条さん」

 

「……リョウのこと、随分と気にかけていらっしゃるんですね」

 

「当然さ。彼は自分のもう一人の息子みたいなものなんだからね」

 

「……ふふ」

 

 まだつづく……?

 

 

 




・(縦セタもなかなか……)
趣味丸出しである。

・不特定多数の人間にケンカを売ってみる。
作者にもブーメランだった。

・33対4
な阪関無

・(だとしたらマジで今度シメてやろうかしら……!)
暗黒りんちゃん。

・そんな伏線回収いらないから!
不良に絡まれる女の子を助けるのもデートイベントの必須イベントかと思いまして……。

・おまけ『ともみさんが行く! とりぷる!』
起承転結構成で次回はオチになる予定です。



 ネタや内容は薄めの薄味構成。次回が説教回になるため時間をかけて取り組みたいと思います。


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Lesson33 キラキラ 4

今回のオチ。


 

 

 

 改めて状況確認。目の前にいるのは暫定的に敵対勢力であるガタイのいい男三人組。背後には救助対象者である美希ちゃん。服の裾を摘まれているため若干動きに支障が来す可能性があるが、今はまだ問題ないだろう。

 

 さてさて、どうしたらこの場を穏便に済ますことが出来るだろうか。ナイフぐらいなら持ちだされても対応できるけど、警察沙汰は避けたいしなぁ。

 

「テメーらのせいであの後大変だったんだぞ!」

 

「いや、割とこっちも大変だったんだけど」

 

「つべこべうるせぇ! 一発殴らせろ!」

 

 言うが早いか、一人の男が殴りかかってきた。狙いは恐らく顔面。こちとらアイドル故、顔に傷を負う訳にはいかないので避けようかと考えた。しかし下手に避けると後ろの美希ちゃんに当たる可能性があり、何より素直に殴られておいた方が相手の気も済むだろう。

 

 ここまでの思考一秒未満である。

 

 ゴッ!

 

「「イッテー!?」」

 

 殴った男は拳を、殴られた俺は額を押さえて同時に叫ぶ。ちょ、こいつ本気で振り抜きやがった。

 

「りょーたろーさん!」

 

「ちょ、たっくん大丈夫!?」

 

「おいテメェ! 今何しやがった!」

 

「見ての通り殴られただけですが……」

 

 まぁ、ヒットする箇所はこちらで決めさせていただきましたが。相手の拳をおでこで受け止める、所謂『額受け』。頭部を殴られているため当然自分も痛いが、殴ったたっくん(仮)も随分と痛そうである。

 

「この野郎……調子乗りやがって……!」

 

 素直に殴られたが、やはりというか何というか相手方の気は晴れなかったようだ。

 

「この野郎――!」

 

 今度は三人がかりで詰め寄ってくる。これはちとヤバいか?

 

 

 

「おっと、そこまでだぜ」

 

 

 

 しかし、男達三人の動きは背後から近寄って来ていた二人の男の手が肩に置かれたことにより止められた。

 

 

 

「そいつぁ俺らのダチでよぉ、ちょーっと事情があって喧嘩できねーんだわ」

 

「だからよぉ……そんなに喧嘩したいんなら、俺達が相手になってやるぜぇ?」

 

 

 

「仗助! 億泰!」

 

 見覚えのある二人組。俺達に絡んできた三人組より若干人相が悪い二人組。というか、同級生の東方仗助と虹村(にじむら)億泰(おくやす)だった。

 

「よぉ良太郎、随分とかわいこちゃん連れてんじゃねーか」

 

「なんだデートかぁ? いい御身分だなぁ、おい」

 

「お前ら――なんで休日なのに学ランなんだ!?」

 

「「真っ先に触れるところがそこかよ!?」

 

 いやだって、こんな休日の真昼間に友人二人が学ラン着てたら普通に疑問に思うだろ。改造学ランが命だってのは前々から聞いているが、休日ぐらい普通に私服着ろよ。

 

「わぁ……変なあた――」

 

「美希ちゃん、それ以上はいけない」

 

 仗助の頭を見て何事かを言おうとした美希ちゃんの口を塞ぐ。また面倒くさいことになるから黙ってて。

 

「まぁいいぜ。こいつらの相手は俺らがしといてやるよ」

 

「ぐおっ!?」

 

「は、外れねぇ……!?」

 

「な、何だこいつら……!?」

 

 いつの間にか仗助が二人に、億泰が一人にヘッドロックを決めていた。バカ力二人の拘束は男達がいくらもがいてもビクともせず、全く外れる気配が無かった。

 

「え? いや……いいのか?」

 

「いーんだよ。オメーを面倒事から遠ざけるってのは学校全体の暗黙のルールだからな」

 

 学校では割と見捨てられることが多い気がしないでもないが。

 

「まぁ、上条と綾崎にはちーとばっかし話を聞かなきゃならんみてーだがなぁ」

 

 すまん、上条に綾崎、近い内に怖ーい先輩二人が事情聴取に向かうみたいだ。頑張って逃げ切ってくれ。でもまぁ、成功したかどうかはともかくあいつらはあいつらなりに俺を逃がそうとしてくれたし、後で多少フォローは入れておこう。

 

「んじゃ、俺らは行くぜ」

 

「貸し一だからなー」

 

「分かった。すまんな」

 

 ズルズルと大の男三人を引きずっていく仗助と億泰を見送る。しかし人目につき過ぎたため俺達も早急にこの場を離れる必要があり、喫茶店内のりんを呼んで迅速に場所移動をするのだった。コーヒー飲んでなかったのに……。

 

 

 

 

 

 

「全く、今度から気を付けてよ、美希ちゃん」

 

「はーいなの!」

 

「ほんっと、何でこうなるのよ……」

 

「ごめんりん、今日のところは俺の顔に免じて許してくれ」

 

「……貸し一だよ」

 

 今日は借りが増える日だこと……。

 

 街中を離れた俺とりん、そして美希ちゃんの三人は歩いて数分のところにあった公園にやって来た。街中ほど人がいないここなら、さっきよりは身バレの危険性は少ないだろう。

 

「それにしてもりんさん、りょーたろーさんとデートなんてずるいの!」

 

「何がずるいのよ。アタシとりょーくんの関係ならこれぐらい自然なことよ」

 

 不満そうな顔の美希ちゃんと余裕そうな顔のりん。なんかこの二人、似てるような気がするなぁ。

 

 それはともかく、本題に入ることにしよう。

 

「美希ちゃん、今日はレッスンだったんじゃないの?」

 

「………………」

 

 美希ちゃんからの返答は無く、美希ちゃんはスッと視線を逸らした。

 

「りっちゃんも心配してた。戻らなくていいの?」

 

「……ミキのパパとママはね、ミキに『美希のしたいことをしなさい』って言ってくれるんだ」

 

 大きな公園の池に作られた柵に肘を突き、こちらに背を向けたまま美希ちゃんはそう話しだした。

 

「だから、ミキはミキのしたいこと――ドキドキワクワクすることがしたかった。いつもミキをドキドキワクワクさせてくれてるりょーたろーさんと同じアイドルになれば、もっとドキドキワクワクできると思ったんだ」

 

「そいつは光栄だね」

 

 美希ちゃんと並ぶように俺も柵にもたれかかり、りんもその横に並ぶ。

 

「それで、アイドルになってみてどうだった?」

 

「すっごいドキドキワクワクで、すっごいキラキラだった!」

 

 ギュッと拳を握り楽しそうに笑う美希ちゃん。しかし、力無く拳を解くとまた視線を下げてしまう。

 

「……でも、もっともっとキラキラになりたかった。りょーたろーさんみたいに、眩しいぐらいのキラキラになりたかった。ミキも竜宮小町になれれば、もっとキラキラになれると思ったんだ」

 

 ……キラキラ、ね。それが美希ちゃんが竜宮小町に拘っていた理由ってことか。

 

「だけど、律子には竜宮小町には入れないって言われちゃった。……だから、ミキはもう……」

 

 違う。美希ちゃんは勘違いしてる。

 

 だから「それは違う」と口にしようとして――。

 

 

 

「アンタそれ本気で言ってんならマジでぶっ飛ばすわよ」

 

 

 

 ――しかし、それはりんから発せられた言葉によってかき消されてしまった。

 

「さっきから黙って聞いてたら、何を訳分かんないこと言ってんのよ」

 

「あ、あの、りんさん?」

 

「りょーくんはちょっと黙ってて」

 

「はい」

 

 大人しく黙る。決してりんの剣幕に気圧されたからではない。

 

「竜宮小町になれないからキラキラになれない? 竜宮小町になれないからりょーくんみたいになれない? ハッ、たかが竜宮小町ぐらいでりょーくんと同等になれるとでも思ってんの?」

 

「ちょ!?」

 

 りんさん!? あなたすげーこと言っちゃってるよ!? りっちゃんが頑張ってプロデュースしてる竜宮小町のことをたかが呼ばわりはちょっとアレじゃないですかね!?

 

「何? 竜宮小町がアンタの中での一番のアイドルなの? それとも竜宮小町ぐらいだったら自分でもなれるお手軽アイドルだとでも思ったの?」

 

 バカなの? 死ぬの? と言わんばかりに捲し立てるりんが怖い。思わず視線を虚空に向けてしまうぐらい怖い。

 

「大体、竜宮小町になったところでアンタが輝く訳じゃないってこと自体に気付いてないの? 竜宮小町だから輝くんじゃなくて、水瀬伊織達三人は『輝いていたから』竜宮小町として認められたに決まってるでしょ」

 

 卵か先か、鶏が先か。彼女達は竜宮小町というユニットを形成したからこそ注目され始めたというのは間違いないだろう。けれど、それは元々彼女達が『持っていた』からこそのことである。そこら辺はりんと同意見。

 

「輝く輝かないってのは本人自身の問題。アンタが輝けないっていうならそれはユニットに入れなかったからじゃなくてアンタ自身の問題よ。それでアイドル辞めるっていうんなら――」

 

「え?」

 

「「え?」」

 

 りんの言葉に美希ちゃんが驚いた声を出し、その言葉に対して俺とりんが驚いた声を出してしまった。

 

 

 

「えっと……ミキ、アイドル辞めるつもりないよ?」

 

 

 

「「……えっ!?」」

 

 その答えは予想外だった。予想外すぎた。この流れは「キラキラになれないならアイドル辞める」とかそういう感じになるものだとばかり思っていた。りんもそういう流れだとばかり思っていたからそういう話をしていたはずなのに。

 

「確かに、竜宮小町になりたかった。竜宮小町になれば少しでもりょーたろーさんに近付くことが出来ると思ってた。だから竜宮小町に入れないって律子から聞いた時は結構ショックだったけど、アイドルを辞めようとは思わなかったの」

 

「えっと、じゃあ何でレッスンに……?」

 

「竜宮小町になれなくてショックだったのは本当だから、ミキなりのストライキなの。自主練習はちゃんとしてたし、明日にはちゃんと連絡するつもりだったんだよ?」

 

「じゃ、じゃあ、さっきの『ミキは、もう……』の後は何て言おうとしてたの?」

 

「『ミキは、もう竜宮小町に入ることは諦める』って言おうとしただけだよ? 竜宮小町じゃなくて、ミキはミキとして頑張るの!」

 

 りょーたろーさんに憧れてる気持ちは本気だから、と笑う美希ちゃん。そ、そう、だったらよかったんだけど……。

 

 ちらりと隣を見る。

 

「………………」

 

「りんさんどうしたの?」

 

「今は触れないであげて」

 

 そこにはその場にしゃがみ込んで顔を伏せるりんがいた。表情は見えないが耳が真っ赤になっている。相当恥ずかしいんだろうなぁ、あんなに色々と言ったにも関わらず全部勘違いだったんだから。しかしりんが言わなかったら俺が言っちゃってただろうし、身代わり感謝。

 

 ……しかし、そうか。俺達が心配しなくても美希ちゃんは大丈夫だったのか。ちょっと過小評価し過ぎてたみたいだな。

 

「……ミキちゃんは、キラキラになりたいんだよね?」

 

「うん! りょーたろーさんみたいなキラキラに!」

 

「ちっち、甘いよ美希ちゃん。俺やりん達がいるここからはね……輝き(キラキラ)の向こう側が見えるんだ」

 

輝き(キラキラ)の、向こう側……?」

 

「そ。眩しい光のその向こう。ここに立ったアイドルにしか見えない絶景」

 

 きっと、美希ちゃんならば辿りつける。美希ちゃん達ならば辿りつける。

 

「きっと感謝祭ライブが、美希ちゃんにとっての向こう側への第一歩になる。だから、頑張ってね」

 

「……はいなの!」

 

 美希ちゃんは、そう、満面の笑みで頷いた。

 

 

 

「まずは、ちゃんとりっちゃんやプロデューサーに謝らないとね」

 

「……は、はいなの……」

 

 

 

 

 

 

「りん、大丈夫?」

 

「……恥ずかしくて死にそう……」

 

 美希ちゃんが帰り、俺とりんは公園のベンチに並んで座っていた。先ほどよりはだいぶマシになったが、それでもりんの顔は未だに真っ赤だった。俺が買ってきた缶ジュースを頬に当てて熱を取ろうと頑張っている。

 

「それにしても意外だったな。りんがあんなに熱くなるなんて」

 

 ああいう時、りんだったらずっと傍観してると思ってたんだけど。

 

「……別に理由なんてないよ。星井美希の態度がムカついただけ」

 

 まぁ、そういうことにしておこう。

 

 さて、もう夕方だ。

 

「色々とハプニングがあったけど、今日は何だかんだで楽しかったな」

 

「……ちゃんと最後まで二人きりがよかったけど」

 

 はぁ、と溜息を吐くりん。確かに、途中から他の女の子と一緒だったからなぁ。デートとしてはアレだったかもしれない。

 

「……でも……うん、楽しかったよ」

 

「それは良かった」

 

 こうして、アイドル二人のお忍びデートは幕を閉じるのだった。

 

 

 

 

 

 

おまけ「ともみさんが行く! くあどらぷる!」

 

 

 

「……ほっぺにチューぐらいすればよかった……アタシのバカ……」

 

「……りんはどうしたの?」

 

「さぁ? 帰って来てからずっとあんな感じ」

 

「ふーん。あ、翠屋のシュークリーム買ってきたよ」

 

「お、ありがとー。やっぱりここのシュークリームは最高ね」

 

「うん。コーヒーも美味しかったし、マスターもいい人だったよ」

 

「そういえば、アンタ何か用事があって翠屋に行ったんじゃなかったっけ?」

 

「え?」

 

「え?」

 

「………………」

 

「………………」

 

「……何でだっけ?」

 

「いや、私に聞かれても……」

 

 どっとはらい!

 

 

 




・『額受け』
『脛受け』はコータローでももちゃんがやってたけど、額はどの漫画で読んだんだっけなぁ?

・虹村億泰
ジョジョ四部『ダイヤモンドは砕けない』の主要キャラ。
絡まれた不良を他人任せにするのは主人公としてどうかとも考えたが、良太郎に喧嘩させるのもまずいかと考えたためこうなりました。

・「アンタそれ本気で言ってんならマジでぶっ飛ばすわよ」
りんちゃん熱血モード。
今回最も書くのに時間がかかったシーン。やはり説教は難しい。

・「えっと……ミキ、アイドル辞めるつもりないよ?」
しかし真面目に語った結果がこの仕打ちである。

・相当恥ずかしいんだろうなぁ
ここまで全部がりんを赤面させるための布石だったと誰が予想しようか。

・輝きの向こう側
劇場版のタイトル。劇場版編はだいぶ先になりますので気長にお待ちください。

・おまけ「ともみさんが行く! くあどらぷる!」
フ ラ グ な ん て な か っ た !
ともみの態度を疑問に思われる方はLesson02を読み直してみることをお勧めします。

・どっとはらい
東北地方で「おしまい」「めでたしめでたし」という意味の慣用句。



 以上、この小説における美希騒動の結末でした。

 この世界の美希はアニメの美希とアイドルを始めた理由も続ける理由も全く異なると考えたためこのような結果になりました。「これはねぇわ」と思われる方もいるでしょうが、反対意見が出ることを承知の上で、このような結末にさせていただきました。

 ヤメテ! 石を投げないで!



 さて次回はいよいよ感謝祭ライブ編……ではなく、番外編『もし○○と恋仲だったら』の第二弾となります。果たして誰がヒロインになるのか? またしばらくお待ちください。


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番外編03 もし○○と恋仲だったら 2

続編ではなく別バージョンです。


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

【そして】周藤良太郎NMUアイドル部門最優秀賞受賞【伝説へ……】

1:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

ついにこの時が来たな…

 

2:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

あぁ…

 

3:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

案外時間かかったな

 

4:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

もっと早く受賞しても良かったと思うけど

 

5:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

デビュー8年目で受賞なら十分速いだろ

 

6:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

良太郎ならデビュー5年目ぐらいで取るものだとばかり思ってた

 

7:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>6 そんぐらい誤差だろw

 

8:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

また一つ良太郎の伝説が刻まれた訳だ

 

9:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

誰かコピペはよ

 

10:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

 

全盛期の良太郎伝説

・1ライブ3アンコールは当たり前、1ライブ5アンコールも

・限定アルバムが前日完売

・限定アルバムが前日ミリオンも日常茶飯事

・音源無し、スタッフ無しの状況でライブ成功

・一人で歌っているのにボイスパーカッションとハモリも担当

・鼻歌でミリオンヒット

・ステージに立つだけで共演するアイドルが泣いて謝った、心臓発作を起こすアイドルも

・ミリオンヒットでも納得いかなければ印税を受け取らない

・あまりに需要が多すぎるから試聴版でも有料

・その試聴版もミリオンヒット

・マイクに向かって咳払いをしただけでスタンディングオベーション

・ライブの無い休養日でも2アンコール

・マイクを使わずに地声で歌ったことも

・その場で作詞作曲した曲をサプライズで発表

・そして翌日には当然ミリオン

・アリーナ席一ヶ月待ちなんてザラ、二ヶ月待ちも

・自宅のトイレでヒット曲を作った

・手を振られて感動し卒倒したファンと、それを助けようとした周りのファン、会場スタッフ、救急隊員共々卒倒して病院送りにした

・ファンにお礼の言葉を述べながらサビを歌う

・グッとガッツポーズしただけで百万枚ぐらいシングルが売れた

・ターンでハリケーンが起きたことは有名

・湾岸戦争が始まったきっかけは良太郎のライブのプレミアムチケット争奪戦

・舞台袖の奥から観客席一番奥のファンに返事をした

・自分の歌声に飛び乗って客席まで行くというファンサービス

・世界最高峰の音楽の祭典で最優秀賞 ←New

 

足してみた

 

11:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>10 うぽつ

 

12:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>10 これも懐かしいな

 

13:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>10 事実を混ぜたのにも関わらず違和感がない件

 

14:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

良太郎伝説の何が凄いのかって、何個か真実が混ざってることなんだよなぁ

 

15:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>14 どれがホントなのかなんて一目で分かるだろ。あからさまな奴がいくつかあるし

 

16:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>15 お前絶対分かってない

 

だって話によると三分の一がホントらしいから

 

17:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>16 !?

 

18:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>16 !?

 

19:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>16 ふぁ!?

 

20:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>16 おいおいこんなにあって三分の一もホントとかマジもんで化け物かよ…

 

21:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

結論:やはり周藤良太郎は実在しない

 

22:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

やはりホログラフィーだったか…

 

23:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

俺は未来から来たアイドル型ターミネーター説を推すね

 

24:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

お前らおr良太郎さんの存在を否定するのはやめろよ!

 

25:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>24 本人乙

 

26:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>24 本人乙

 

 

 

「いやだから何ですぐバレるんですかねぇ……」

 

 スマフォの画面をスクロールさせながら独りごちる。画面にはその後も周藤良太郎についての好き勝手な考察が述べられていく。相変わらず荒唐無稽な俺の正体に苦笑しか浮かばない。いや、表情は変わらないんだけど。

 

 NMU受賞が確定となり世間に公表されたのは既に一週間前のこと。それでも未だにスレッドがこうして立ち続けているところから、いかにみんながこの話題に興味を持ってくれているかが窺える。いやいや、ありがたいことだ。

 

 本来ならば俺も様々なテレビやラジオの番組に引っ張りだこでまだまだ忙しい時期だ。

 

 しかし、そんなことよりも大切なことで俺は忙しいのだ。

 

 

 

「あ、こら動くな。危ないぞ」

 

「すまんすまん」

 

 

 

 そう、恋人である我那覇響とイチャイチャすることで忙しいのだ。

 

 

 

 現在膝枕で耳掃除をしてもらっている真っ最中。響の部屋の床に敷いたカーペットの上に女の子座りをしてもらい、その太ももの上に頭を置いている。いやぁ相変わらずいいなぁ響の太もも。響は普段からホットパンツを着用することが多い。要するに今俺の頬に当たっているのは響の生太ももなのだ。すべすべの肌に程よい弾力、俺の耳の穴の奥を見ようと前屈みになることによって後頭部にふにふにと当たる大乳!

 

「いやもう本当にご馳走様です」

 

「? 何か食べてたのか?」

 

「何でもない」

 

 無意識で全く気付いてなくて首を傾げる響可愛い。

 

「よし、こっちは終わったぞ。良太郎、反対」

 

「おk」

 

「ってちょ!? 何してるんだ!?」

 

「言われた通りに反対側の耳を差し出しただけだが?」

 

「反対側に回れって意味だぞ! 顔をこっちに向けるな!」

 

「嫌だ! 俺は膝枕をしてもらいながら響のシャツの隙間から見える可愛いおへそをガン見するんだ!」

 

「この変態!」

 

「ありがとうございます!」

 

 ゴロンと寝返りを打って顔を響側に向けようとする俺と、顔を真っ赤にしながら頭と肩を押さえて必死に抵抗する響。負けられない戦いが、そこにはあった。

 

「うぐぐ、こうなったら……! みんな! 良太郎を引き剥がしてくれ!」

 

 男女の力の差で自分が不利であることを察した響は、自らの家族に助けを求める。すなわち、現在響が自室で一緒に暮らしている動物達、ハムスターのハム蔵、蛇のへび香、シマリスのシマ男、オウムのオウ助、うさぎのうさ江、ねこのねこ吉、ワニのワニ子、豚のブタ太、犬のいぬ美、モモンガのモモ次郎だ。何やら危険動物の名前が入っていたような気もするが、ここ我那覇王国のみんなは基本的に大人しくて人の言うことをよく聞くので問題ない。むしろ言うことを聞く分、その動物のパワーを持ってかかってこられたらこちらが不利になることは間違いない。

 

 

 

 ただし、全員が『響の』言うことを聞けば、の話であるが。

 

 

 

「うぎゃ!? って、ちょ、みんな!? 良太郎を引き剥がしてって言ったんだぞ!? どうして自分を押さえにかかってくるんだ!?」

 

 ワニ子にポニーテールを後ろから引っ張られ、両腕は他のみんなによって押さえこまれる響。

 

「我那覇王国のみんなは俺特製の手作りご飯によって既に買収済みだ! 残念だったな響! この場にお前の味方は一匹(ひとり)もいないぞ!」

 

「なぁ!? ひ、酷いぞみんな! ご飯なんかで自分を売るのか!?」

 

 くくく、勝負が始まる前から決着が付いている、これぞコ○ミエフェクト作戦! 戦わずして勝つのが戦いの本質さ!

 

 

 

 そして五分後。

 

 

 

「むふー」

 

「うぅ~……!」

 

 そこには響のお腹に顔を埋める(へんたい)と、顔を真っ赤にしながら耳かきをする(びしょうじょ)の姿があった。恥ずかしがりながらもしっかりと耳掃除をしてくれる響さんマジ天使。流石に何か悪戯をすると自分の耳の穴が危険なので今回ばかりは自重する。ただ先ほどの宣言通り響のおへそは堪能させてもらうが。あと、微妙に見えそうで見えないホットパンツの隙間からの……。

 

「そこまでは許してない!」

 

 スパンッと頭を引っ叩かれてしまった。しっかりと耳かきを離してから叩いている部分に優しさを感じる。

 

「ここしばらくずっと海外での仕事ばかりだったから、こうして響と一緒にいられてホント幸せだよ」

 

「なんでこのタイミングで言うんだぞ……そういうことをちゃんと最初に言ってくれたら、自分だって……」

 

「ぺろぺろも解禁された?」

 

「しない! ほら、終わったぞ!」

 

「もうちょっとだけー」

 

「あ、こら!」

 

 ごろりと再び寝返りを打ち、後頭部を響の太ももの間に収めるようなポジションに移動する。響のお腹とホットパンツしか見えていなかった視界が広がり、天井を背景にした響の顔と大乳がよく見えるようになった。響も口では怒りながらも、顔を赤くしつつ額を優しく撫でてくれる。

 

 響は基本的に恥ずかしがり屋であるが、こちらの要望に対しては大抵受け入れてくれる。ちなみにこちらばかりでは不平等なのでお返しに膝枕をしてあげることもあるのだが、当然その時も響は真っ赤になっている。そろそろ慣れてくれてもいいんじゃなかろうか。

 

 ……しかし昼下がりのこの時間にこうしていると眠くなってくるな。俺達の周りにもみんなが集まって来て、響の近くで丸くなったり俺の体を枕にしたりして各々くつろいだ様子である。こいつら、周藤良太郎を枕にするとは贅沢な。だがこうして心を許してくれているところや先ほどみたいにある程度言うことを聞いてくれるところから、きっと俺も家族として迎え入れられているのだと思う。

 

 ………………。

 

「なぁ、響」

 

「んー? 何だ?」

 

「今度の休みに沖縄行くか」

 

「沖縄か!?」

 

 俺がそう提案すると、響は目を輝かせた。

 

「何だかんだで一度も良太郎と沖縄行ったことなかったから大歓迎だぞ! よーし! じゃあ沖縄の良さをしっかりと良太郎に――!」

 

「んで、響の実家に行く」

 

「……え?」

 

「響の実家に行って、響の両親に頭下げる」

 

「はぁ!? な、何で!?」

 

「そりゃーお前――」

 

 

 

 ――娘さんと結婚させてくださいって言うからに決まってるだろ。

 

 

 

「………………。……っ!?」

 

 三拍程間を置いてから響の顔が真っ赤になった。先ほどお腹に顔を埋めていた時よりも真っ赤である。ちなみにお腹に顔を埋めていたのに何故顔の赤さが分かったのかというと、単純に横目で響の表情を見ていたからだ。

 

「そっ、そっ、そそそそれはまだ早くないか!?」

 

「……いや、まだ早いってお前」

 

 ムクリと体を起こして胡坐をかき、響と真正面から向かい合うように座る。俺達の周りにいたみんなはこの話が始まった辺りでソロソロ移動し始め、部屋の隅に固まってじっとこちらの様子を窺っている。いやホントにみんな頭いいな。空気読み過ぎだろ。

 

「ちょっと一から確認していこうか。お互いの認識にズレがあるといけないし」

 

「そ、そうだな」

 

 

 

「周藤良太郎と我那覇響は交際しています」

 

「う、うん」

 

「キスも済ませました」

 

「っ!? う、うん……」

 

「誕生日に指輪を贈ってプロポーズをし、君は受けてくれました」

 

「……うん……」

 

「しっかりと愛の契りも済ませました」

 

「な、何言ってんだ変態!」

 

「でも事実だろ」

 

「………………」

 

 完熟トマトのように真っ赤な顔で俯く響。沈黙は肯定と見なします。

 

 しかしどうやら二人の認識にズレは無いようだ。

 

 

 

「文字通り何からナニまで済ませたってのに何が早いんだよ!?」

 

「ナニって言うなぁぁぁ!」

 

 いや、響だって言ってるじゃないか。

 

「響」

 

「う……」

 

 真正面から目を覗きこむと、響は言葉を詰まらせて視線を逸らす。

 

 やがて俺の視線に耐えきれなくなったのか、堪忍したように響はチラチラとこちらを見つつ指先を弄りながら呟くように言葉を紡いだ。

 

 

 

「えと……ち、誓いのキス、とか……?」

 

「よし分かった今からしよう覚悟しろよこの野郎可愛すぎるわ」

 

「えっ!? ちょ、良太ろ――!」

 

 

 

 そして五分後。

 

 

 

「………………」

 

「ゴメン、ちょっと理性飛んでた」

 

 そこには壁に向かって体育座りをする(ひがいしゃ)と、きちんと正座して土下座を敢行する(かがいしゃ)の姿があった。響の周りにはみんなが慰めるようにすり寄っており、いぬ美は「反省しろ」と言うかのようにペシペシと前足で俺の頭を叩いていた。

 

 信じられるか……この二人、世間一般ではトップアイドルとして認識されてて、片や今では世界レベルのアイドルなんだぜ……?

 

 とまぁ冗談はさておき。

 

「俺は本気でプロポーズした。これから先の人生を響と共に過ごしたいと真剣に思って結婚を申し込んだ」

 

「……そこを疑ったことは……ないぞ。嬉しかったし、自分も良太郎と一緒にいたいって思った」

 

 じゃあなんで、と聞こうとした言葉は響によって遮られた。

 

「でも……不安なんだ」

 

 

 

 

 

 

 自分は地元の島歌ちゅらさんコンテストで優勝して上京してきた。ダンスも、地元のダンススクールでトップの成績だったので自分だったら簡単にトップアイドルになれると考えて来た。

 

 だが現実はそんなに甘くなく、自分は東京で『本物』に出会ってしまった。

 

 周藤良太郎。キングオブアイドルとも呼ばれるアイドルの頂点。

 

 それまで自分の中にあった自信は打ち砕かれ、それ以上に自分の中に芽生えたのはこんなアイドルになりたいという憧れ。

 

 そんな良太郎と今では恋人同士になり、求婚までされている。もちろん涙が出るぐらい嬉しいし、自分も結婚したいと思っている。

 

 しかし、胸に浮かぶのは一抹の不安。本当に、自分が周藤良太郎と結婚してもいいのかという不安。自分は本当に良太郎と一緒になっていいのかという不安。

 

 

 

 『完璧』な自分は、『完璧以上』の良太郎みたいにはなれない。

 

 

 

「……響」

 

 背後から聞こえてくる自分を呼ぶ声。自分の視界に影が映り、気が付けば自分は後ろから良太郎に抱っこされていた。首元に巻かれた腕と背中から感じる胸板から良太郎の暖かさを感じる。

 

「俺だって不安だ。お前の両親に反対されないかとか、これからの活動にどう影響があるのかとか、ファン達に受け入れてもらえるのかとか」

 

 でも、と抱きすくめる良太郎の腕の力が強くなる。

 

「それでも俺は響と居たい。そのために、出来ることは全部してきたつもりだ。だから、自信を持って俺は響の両親に頭を下げる。娘さんを下さいって、どれだけだって頭を下げる」

 

「……自信を持って頭を下げるってのも変な話だぞ」

 

 思わず笑顔がこぼれる。

 

「大丈夫だ響。『なんくるないさ』、だろ?」

 

 

 

 なんくるないさ。それは、琉球方言で「何とかなるさ」という意味の言葉。しかしその言葉に含まれる本当の意味は楽観的な意味合いではない。

 

 正しくは『(まくとぅ)そーけーなんくるないさ』。「正しい行いをしていれば、自然になるようになる」という意味。

 

 つまり『人事を尽くして天命を待つ』。

 

 

 

 もしかしたら、アイドルになって頑張ってきた今までは、こうして良太郎と一緒になるためだったのかもしれない。

 

 そう考えてしまうほど、今が幸せだ。

 

 

 

「改めて言わせてくれ、響」

 

 顔を覗きこんでくる良太郎と、しっかりと視線を合わせる。

 

 

 

「愛してる」

 

「……そこは『かなさんどー』って言って欲しかったぞ」

 

「ちょっと使い古されすぎてるかなって思って」

 

 

 

 もう、不安なんて何処にも無かった。

 

 

 




・周藤良太郎(22)
番外編01より一年遅い22でNMUアイドル部門最優秀賞を獲得。
恋人である響の家によく出入りするため、響の家族(ペット)達には大変懐かれている。

・我那覇響(20)
現役アイドル。星井美希、四条貴音と共に組んできたフェアリーは既に解散しており動物番組などのバラエティーでの仕事が多い半面、その実力が認められ今では文句なしのトップアイドル。
少し調子に乗りやすい性格のため、良太郎との交際がばれそうになることもしばしば。

・掲示板ネタ
二回目の掲示板ネタ。以前のものを流用しています。リサイクルですよリサイクル。

・全盛期の良太郎伝説
もちろん元ネタは『全盛期のイチロー伝説』。コピペしてきてから改変して使用しました。
なおこの中には「事実にする予定」のものもいくつか。

・膝枕で耳かき
また膝枕かよと思われるかもしれませんが、響を語る上であの健康的な太ももを外すわけにはいかなかった。あと耳かきの店が流行っているそうなので。

・「この変態!」
いおりんの「バカ犬!」もいいけど響の「変態!」もぐっと来るものがありますね。

・響の家族
何気にこの小説内でハム蔵初登場。文章だけであのキャラを書くのが思いのほか難しいので、本当に必要な場面じゃない限り今後も登場しない模様。

・コ○ミエフェクト
某サッカーゲームでは試合が始まる前に勝敗が確定し、負けが決まったチームはミスが多くなるという噂のこと。信じるか信じないかはあなた次第。

・何からナニまで
一体72をしたんですかねぇ……。

・なんくるないさ
※ニコニコ大百科より抜粋

・かなさんどー
言われたい(血涙)



 というわけで恋仲○○シリーズ第二弾ヒロインは我那覇響でした。響ちゃんまじミニマムグラマラス。公式だとバストサイズが減っているが、この小説ではそんなことなく現在でも増し増しな模様。そして良太郎の変態成分も増し増し。実は貴音編でもまだ自重してた方だったという。

 ちょいと原稿が遅れていたが何とか予定通りの更新ができた。なお遅れた理由はサーリャとティアモとセルジュの誰と結婚しようか悩んでいたため。悩んだ結果、ルキナと結婚することにしました。

 さて次回こそ感謝祭ライブ編がスタートします。

 今回も次回予告はありませんが、どうぞ次回の更新をお待ちください。


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Lesson34 Are you ready?

第一章クライマックスの開始です。


 

 

 

 その日は、朝から見事な晴天だった。気温も低くなく日差しも暖かい。

 

「まさに絶好のアイドル日和!」

 

 いやまぁ、アイドル日和が何なのかは自分でもよく分からないのだが。

 

 今日は待ちに待った765プロダクション初の単独感謝祭ライブ当日である。人気急上昇中の竜宮小町をメインに据えることで多くのファンを引き付け、これを期に所属する他のアイドルのことも知ってもらおうという思惑が強いだろうが。それでも、765プロのみんなにとっては初のドームライブだ。天気がいいと気分がいいし幸先もいい。

 

 ただ。

 

「台風が接近中、か……」

 

 フカフカソファーに身を沈めて優雅にコーヒーを飲み(マンダムし)つつ、朝の情報番組に意識を傾ける。どうやら南のお国からやってきた台風が日本に接近しているらしい。進路的には直撃せず日本を掠めていくようにして逸れるらしいのだが、夕方から夜にかけて強い雨と風に見舞われるとのことだ。

 

「今はこんなに晴れてるのになぁ」

 

「あの子達も災難だな」

 

 対面に座る兄貴がバサリと朝刊を捲る。

 

「まぁ、全天候型ドームでのライブだから天気はさほど問題もないだろ」

 

 交通機関に影響が出て観客が来れないっていうことも考えられるが、入場の時間の関係からそれもないだろうし。

 

「えー? 台風来てるのー?」

 

 洗い物を終えた我が家のミニマムマミーが手を拭きながらやってくる。

 

「あぁ、逸れるから心配ないと思うけど、一応用心はしてくれよ?」

 

「大丈夫だよー! 床上浸水の対策もバッチリだから!」

 

「いやあの、ここマンションの八階なんですけど……」

 

 この部屋が床上浸水する事態になったらもう逃げ場ほとんど無いっすわ。

 

「あ! お父さんの写真も避難袋の中に入れておかないと!」

 

「いやだから……もういいや」

 

「おいツッコミ放棄するなよ」

 

 いや元々これは兄貴の仕事だし。

 

 いそいそとお父祭壇の写真を片付ける母親の後ろ姿をとりあえずスルーすることにする。するって何回言うんだか。

 

「それで? 午前中は時間があるみたいだが、様子でも見に行くか?」

 

 今日の仕事は午後からのため、午前中は丸々時間が空いている。だからその時間を利用してライブ前の激励に行くこともできる。しかし俺は兄貴のその提案に対して首を横に振った。

 

「午前中は大人しく勉強してるよ。模試も近いし」

 

「今まで散々激励だの応援だのしてきたのに、ライブ当日になっていきなり冷たいんじゃないか?」

 

「いやいや、確かに今まで散々好き勝手に干渉してきたけど、俺は俺なりにタイミングを考えてるんだ」

 

 初ライブ前の緊張している時に先輩が顔を出しに行っても余計に緊張させるだけだ。

 

「それに、今日のあの子達と俺はただのアイドルとただのファン。ライブ前の裏側を覗かないのはファンとしてお約束だよ」

 

「それもそうだな」

 

 別にライブ前の楽屋に激励に行くことを否定している訳ではなく、個人的にはそう考えている。

 

 

 

 まぁ、やることは既にやってあるし。765ファンの大きなお兄さんから、ちょっとしたサプライズだ。

 

 

 

「んじゃ、勉強してくるかな」

 

「おう、頑張れよ。分からないところがあったら俺に聞け。何でも教えてやるからな」

 

「じゃあ聞きたいんだけど……『二軍のファンタジスタ』って何?」

 

「お前そんなことばっかり考えてるから成績が良くならないんじゃないよな?」

 

 はは、まさかそんな。

 

 

 

 

 

 

 ついに迎えた765プロ感謝祭ライブの当日。幸いなことに朝から晴天となり、絶好のライブ日和である。台風は接近中とのことだが、さほど問題は無いだろう。

 

 ライブは夕方からだが、全員午前中から会場入りして今は準備中。俺も会場スタッフとの打ち合わせをしつつ、今はみんなが歌う会場を見て回っている。

 

「美希?」

 

 舞台袖から会場を眺めている美希の後ろ姿を見つけた。

 

「プロデューサー」

 

「どうしたんだ、ぼんやりして」

 

「ううん、してないよ」

 

「そうか」

 

 声をかけると一度美希はこちらを振り返ったが、再び前を向いてしまった。俺も美希の横に立って会場を眺める。

 

「……ようやくここまで来たんだなーって、考えてたの」

 

「そうだな。ようやくこんな大きな会場でのライブに漕ぎつけて――」

 

「違うの」

 

 え、と美希を見ると、美希は首を振りつつ視線は観客席に釘づけのままだった。

 

「ようやく、ミキは『一歩』を踏み出せるの」

 

「……それは」

 

 思わず聞き返しそうになったが、すぐにその意味に思い至った。

 

「竜宮小町のオマケでも、これでようやく一歩。りょーたろーさんに追いつくための第一歩なの」

 

 周藤良太郎に追いつく。言葉にしてみれば随分と簡単なことだが、それは容易いことではない。今まで数多の少年少女達が夢に見て、そして敗れ去っていったこのアイドルという世界の中で、その頂点に立つ存在。

 

 自分はこのライブを成功させることだけを考えていた。しかし、美希は既にその先を見ていたのだ。

 

「だから、ミキは今のミキの全力でキラキラ輝くの」

 

「……大丈夫さ。今の美希なら」

 

「ふーん? ホントかなー? 嘘つきプロデューサーの言うことは信じられないの」

 

「うっ……!?」

 

 美希のジト目が痛い。

 

 先日の美希が練習に来なかった騒動の原因は、図らずも自分が美希に対して嘘の約束をしてしまったためであった。練習に来なかったのは俺に対する当てつけのようなもので、自主練習はキチンとしていたため俺も律子も強く言うことが出来ず、美希も合わせて三人で要反省という結果に相成った。

 

「……でも、今回は信じてあげるの。今日は頑張ろうね、プロデューサー」

 

「……あぁ!」

 

 笑顔の美希に返事を返す。

 

 丁度その時、胸ポケットに入れてあった携帯電話から着信音が鳴った。会場スタッフに話しかけに行った美希の後ろ姿を見送りつつ、携帯電話を取り出す。液晶画面に表示された名前は、竜宮小町と共に収録に出ていた律子のものだった。

 

「はい、もしもし」

 

 

 

 律子からかかってきたその電話が、ハプニングの始まりだった。

 

 

 

 竜宮小町が遅れる。

 

 元々接近する予定だった台風がその速度を急速に上げて日本に接近。収録のために遠出していた律子と竜宮小町の三人が乗るはずだった新幹線が運休になってしまい、会場への到着が遅れることになってしまった。それでも律子達は動いている電車を乗り継ぎ、リハーサルまでには間に合わせると言っていた。

 

 しかし、ハプニングは続く。

 

 台風が接近してくる影響で雨と風はドンドン強くなり、ついに全ての電車が運休になってしまった。レンタカーを借りてこちらに向かおうとするも、今度はそのタイヤがパンク。リハーサルには間に合いそうにないらしい。

 

 間に合わなくても、無事こちらに辿りついてくれるのならばそれでいい。

 

 辿りついてくれるのであれば……。

 

(………………)

 

 一抹の不安が頭を過る。しかし今は自分が出来ることをしよう。

 

 

 

 

 

 

 朝の快晴がものの見事に吹き飛んだ曇り空な午後。ライブの準備は果たしてどうなっているかりっちゃんや美希ちゃんや真美にメールで聞いてみたくなったが我慢我慢。今日の俺は先輩アイドルではなくただのファンだ。今は我慢しよう。

 

 さてさて、俺は兄貴の送迎によって訪れたテレビ局にて、同じ番組に出演するジュピターの三人に遭遇した。

 

「よお、ジュピターの諸君。大運動会以来だな」

 

「何言ってんだお前」

 

「この間も番組で一緒になったでしょ?」

 

「そうだっけ?」

 

 悪いが行間、というか話と話の間のことまでイチイチ把握できない。お前らがそう言うからにはきっとそんなことがあったのだろう、記憶に残っていないだけで。まぁ例え外伝があろうとも回収されることもない話だろうから気にしないでおこう。メメタァ。

 

「よう翔太。美人で天才な妹さんは元気か?」

 

「いや、僕一人っ子だけど」

 

「そうだっけ?」

 

 元から発育の良いエルフな剣道少女が妹にいたような気がしたんだが、さらに天才ゲーマーな引きこもり少女が妹になったような気がした。また電波か? 伊織ちゃんが神様になったような気がしたし、やっぱり電波か。

 

「相変わらずお前はマイペースというか、どんな時もぶれないと言うか……」

 

「失敬な。今日の俺はやる気に満ち溢れているぞ」

 

「無表情だからわかんねーよ」

 

「俺の体から漂うオーラで察してくれ」

 

「察せねーよ」

 

 どうやら冬馬は俺の言っていることを冗談と捉えているようだが、生憎今日の俺は真剣(マジ)なのだ。

 

 真正面からガシッと冬馬の肩を掴む。

 

「冬馬、実は俺今日の夕方から用事があるんだ」

 

「え? あ、あぁ……」

 

「しかしながら今から番組の収録だ。一応問題なく収録が進めばその夕方からの用事に間に合う。しかし収録が長引けばその用事に間に合わなくなってしまうんだ」

 

 だから、とちょっとだけ冬馬の肩を掴む力を強める。

 

「俺はいつも以上の全力を出すから、お前らも全力で収録に臨め。な? もしNGなんか出して収録長引かせたら……『分かってるよな?』」

 

「分かった! 分かったからそれやめろ! マジでやめろ! 俺の声を使うな!」

 

「久々に聞いたね、良太郎君のコレ……」

 

「僕、未だにあの時のこと夢にみることがあるよ……」

 

 ちょーっと冬馬の声を使ってお願いしたら快く承諾してくれた。いやー、アリガタイデスネ。

 

「んじゃ、今からちょっと挨拶回りしてくるから」

 

「お、おう……」

 

「い、いってらっしゃい……」

 

「きょ、今日は頑張ろうねー……」

 

 何故か若干引き攣った表情を浮かべる三人と別れ、俺は番組スタッフや他の共演者の皆様に挨拶をしに行くのだった。

 

 

 

「……あいつ、目がマジでガチだった……」

 

「今日の良太郎君はアグレッシブだね……」

 

「用事って何なんだろうね……?」

 

 

 




・「台風が接近中、か……」
原作アニメを見直して、それぐらい把握しとけよバネPって思わず突っ込んでしまった。

コーヒーを飲み(マンダムし)つつ
なんかこれだけでも世代がばれそうな。うーん、マンダム。

・二軍のファンタジスタ
じーじぇーぶ。
アニメ化前からファンでした。原作完結おめでとうございます。

・ジュピターの諸君
久々の登場。劇場版でもちゃんと出番があってよかったです。

・発育の良いエルフな剣道少女が妹
以前も触れた声優ネタ。OVAは大変楽しませていただきました。

・天才ゲーマーな引きこもり少女が妹
今期アニメの声優ネタ。松岡君演技してください。

・伊織ちゃんが神様
上記アニメネタ。伊織ちゃんマジラスボス。



 ついに始まった感謝祭ライブです。アニメ一期のラストであり、一つ目の山場でもあります。765プロの単独ライブなので良太郎を関わらせるのが大変難しいですが、アニメとは別の道を歩んだ765プロのライブの模様を描きたいです。それでは。


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Lesson35 Are you ready? 2

進展しない二話目。


 

 

 

「開場しましたー! お客さん、いっぱいですよー!」

 

 ガチャリと扉を開けて首を覗かせた小鳥さんの言葉を聞き、アイドル全員に喜びと緊張が走ったのが感じ取れた。

 

「うわ、もう開場しちゃったよ……」

 

「お、お客さんいっぱいだって!」

 

「うぅ、緊張してきました……!」

 

「大丈夫だよ、ゆきぴょん! まだあわてるような時間じゃないよ!」

 

「そ、そうだね真美ちゃん、ま、まだあわわわ……!?」

 

「すっごい慌ててるよ!?」

 

「落ち着いて雪歩!?」

 

 ……目がグルグルになって真と真美に支えられている雪歩は若干心配だが、それ以外のみんなはまだ落ち着いていた。というか雪歩の慌てっぷりを見て逆に冷静になったと言うべきか。

 

(………………)

 

 チラリと腕時計を覗く。既に開場し、開演まで後一時間。

 

「プロデューサー! 伊織達、まだなんですか?」

 

「ねぇ、でこちゃん達、出られないの?」

 

 顔を上げると、心配そうな表情でこちらを見るアイドル達。

 

 やはり、言わざるを得ないか……。

 

「……竜宮小町は、本番までに間に合いそうにないんだ」

 

『えぇ!?』

 

 先ほど律子からかかってきた電話。パンクしたレンタカーの代わりに別のレンタカーを借りてこちらに向かっているそうなのだが、今度は事故による渋滞に巻き込まれてしまったらしいのだ。その結果、本番までに竜宮小町が到着することはほぼ絶望的になった。

 

「ねぇねぇ、どうするの? 竜宮小町がいなかったら、拙いんでしょ?」

 

 いつもの自信満々な表情を曇らせ、響がそう尋ねてくる。

 

 今回のライブ、765プロ感謝祭ライブと銘打っているものの、実際のメインは竜宮小町。今日来る観客の多くは竜宮小町のファンであることは間違いないのだ。

 

「お客さん、がっかりしちゃいますよね……」

 

「ねぇ、にーちゃん、まさかライブ中止にするんじゃ……」

 

 悲しげな表情の少女達。竜宮小町がいないことで悲しむファンもいる、それは否定できないし否定しない。

 

 けれど、ライブが中止になることで悲しむのはこの子(アイドル)達だって一緒なんだ。

 

「……中止にはしない。律子達が来るまで、俺達で何とかしよう!」

 

 ポツリ、ポツリと。

 

 会場の外でも、雨が降り出していた。

 

 

 

 

 

 

 ――物販の方はこちらからお並びくださーい!

 

 ――ファンレターの受け付けはこちらになっておりまーす!

 

 

 

「うわぁ……!!」

 

「盛り上がってるねー」

 

「大盛況?」

 

 愛ちゃんが感嘆の声を上げ、絵理がいつもの調子の疑問符口調で首を傾げる。

 

 765プロの皆さんからチケットをいただき、僕達876プロ所属の三人は揃って感謝祭ライブへとやってきた。本当は律子姉ちゃんから貰ったチケットで個人的に来るつもりだったのだが、愛ちゃんに誘われたので絵理ちゃんと共に来ることになったのだ。おかげで今日も女の子の格好なのだが……まぁ、今さらということで諦めよう。

 

 開演一時間前に開場となり先頭集団から十分ほど遅れて入場する。関係各所から送られてきた花輪が飾られた会場は既に多くのファンでごった返していた。

 

「涼さん!! 絵理さん!! 物販ですよ物販!!」

 

「分かったから愛ちゃん落ち着いて」

 

 ぶんぶんと全力で手を振る愛ちゃんに苦笑しつつ、僕と絵理ちゃんも物販コーナーへと足を向ける。物販コーナーではライブのパンフレットや竜宮小町のグッズ、サイリウムなどを取り扱っていた。

 

 そこでとあることに気付いた愛ちゃんが眉根を寄せる。

 

「……竜宮小町のグッズばかりですね……」

 

 春香さんのキーホルダーが欲しかったのに……と漏らす愛ちゃん。その言葉の通り、物販コーナーで取り扱っているグッズの大半が竜宮小町の三人のもので、他の皆さんのグッズは数えるほどしかなかった。

 

「しょうがないよ。竜宮小町の皆さんと比べちゃったら、無名扱いされてもおかしくないもん」

 

「春香さん達が無名だったら、あたし達はどうなっちゃうんでしょう……?」

 

「……アイドルですらない?」

 

「一応大運動会にアイドル部門で出場したのにですか!!?」

 

「まぁ、こうして騒いでいても一切気付かれないし、あながち間違ってもいなさそうだね……」

 

 普通アイドルがこれだけ騒いでいたらあっという間にバレて取り囲まれそうなものだが、周りの人たちが騒ぐようなことは一切ない。というか、ここにいる人達は竜宮小町にしか目がいってなさそうな感じだが。

 

(もしここにいるのが、良太郎さんみたいなトップアイドルだったら……)

 

 ……いや、あの人はそもそもプライベートで見つかるようなヘマはしないし、例え騒いでいたところで気付かれることもないだろうから無意味な考察だ。

 

 とりあえず三人ともサイリウム(竜宮小町セットと通常セットの両方)を、愛ちゃんは竜宮小町全員分のキーホルダーも一緒に購入して物販コーナーから離れる。

 

「おや、876のみんなじゃないか」

 

 唐突にそう声を掛けられた。まさか僕達がアイドルだと分かる人がいた!? と驚愕しつつ振り返る。

 

「あ、高木社長」

 

「こんにちはー!!」

 

 そこにいたのは、765プロの高木社長だった。どうやら飾られた花輪を見に来ていたようだ。

 

「高木社長、本日はお招きいただきありがとうございます」

 

 ホッとしたようなガッカリしたような、そんな複雑な気持ちになったがまずはチケットを送ってくださったことに対してお礼を述べる。僕が頭を下げると、両脇の愛ちゃんと絵理ちゃんも一緒に頭を下げた。

 

「何、今日は是非楽しんでいってくれたまえ」

 

「「「はい!」」」

 

 するとその時、チャイムの音と共にアナウンスの声が流れて来た。聞いたことのあるその声は、765プロの事務員である小鳥さんのものだった。

 

 

 

『ご来場の皆様にお知らせいたします。本来予定しておりました開演時間を三十分遅らせ、十八時三十分からの開演とさせていただきます』

 

 

 

「……え?」

 

「何かあったんですか?」

 

「……いや、きっと些細なトラブルだろう。君達は、気にせずに楽しんでいってくれたまえ」

 

 そう言い残し、一緒にいた眼鏡の男性に一言かけてから高木社長は早足になってバックヤードへと向かってしまった。

 

「……どうしたんですかね?」

 

「台風の影響?」

 

「ドームライブで台風の影響が出るとも思えないんだけど……」

 

 予想を立てたところでどうしようもないのだが、それでも考えられずにはいられないのは人の(さが)か。

 

「まぁ、高木社長の言う通り、僕達が気にしてもしょうがないよ」

 

「そ、そうですね」

 

「楽しむこと優先?」

 

 春香さん達765プロの皆さんならきっと大丈夫だ。特に根拠があるわけではないのだが、何となくそう感じた。

 

「でも、開演時間が延びて時間が出来た?」

 

「あ!! それじゃあ何か食べませんか!!? 大声で応援できるようにエネルギーをチャージしませんと!!」

 

「愛ちゃんは普段からエネルギーが有り余ってるような気もするけど……」

 

「むしろエネルギー過多?」

 

 しかし確かに小腹は空いていたので、軽食を買うことが出来る売店に向かうことにするのだった。

 

 

 

 ――これすげぇな、おい。

 

 ――ホントにな。どんだけコアなファンなんだか……。

 

 

 

「……?」

 

「涼さーん!! こっちですよー!!」

 

「あ、うん。今行くよ」

 

 不意に聞こえてきたそんなやり取りは、すぐに僕の記憶の中から薄れていった。

 

 

 

 

 

 

「呼ばれた気がした」

 

「誰も呼んでねーよ」

 

 ガタッと立ち上がった途端、冬馬にツッコミを入れられてしまった。

 

 番組収録の合間の休憩時間。ジュピターの楽屋にお邪魔して一緒に休憩中……と思いきや。

 

「あ、良太郎君、そこ間違ってるよ」

 

「え、マジで?」

 

「ハッ、天下の周藤良太郎様が形無しだな?」

 

「そう言う冬馬も間違ってるよ」

 

「げ」

 

 なんと勉強中である。と言うのも、冬馬は俺と同じく高校三年生で受験生。既に夏が過ぎてしまったこの時期は僅かな時間があれば少しでも勉強するのが吉。なので現役大学生で意外にも成績優秀な北斗さんを教師役に据えての勉強タイム、ということだ。

 

「うー……なんで僕まで……」

 

 なお、中学二年で受験とは一切関係のない翔太も道づれで勉強中である。

 

「翔太、早いうちからしっかりと勉強しておけば今の冬馬みたいな目に遭わなくて済むぞ」

 

「ちょ、なんで俺だけなんだよ!? 良太郎だって同じ状況だろ!?」

 

「良太郎君の場合、基礎はしっかりと出来てて後は応用問題に慣れるだけ。基礎すら穴がある冬馬とは違うんだよ」

 

「………………」

 

「うわ、こいつ表情変わらねーくせに内心で『ドヤァ』って言ってるのが丸分かりな目ぇしてやがる」

 

 全く、女の子成分が一切ない勉強シーンとかマジ誰得だよ。

 

 というわけでカットカット。

 

 

 

「よし、これぐらいにしておこうか」

 

 撮影の休憩時間も残り僅かとなったので勉強を終了し、お茶を飲みつつ本当に休憩する。

 

「休憩時間なんだからちゃんと休憩しようよー……」

 

 巻き添えで勉強をすることになっていた翔太が机の上に突っ伏しながら愚痴を溢す。

 

「どうせここにいる全員今日の収録ぐらい楽勝なんだから別にいいだろ」

 

「いやまぁそうだけど……」

 

「収録と言えば良太郎君、本当に今日は色々と本気みたいだね」

 

 そういえば、と北斗さん。

 

「そうそう、どうしたのりょーたろーくん」

 

「おめーの雰囲気に他の共演者全員びびっちゃってるじゃねーか」

 

「いくら何でもそれは言いすぎでしょ」

 

「いや割とマジなんだが……」

 

 そんな漫画じゃないんだから、雰囲気で人がびびるとかあるわけないじゃないか。いくら覇王って呼ばれてるからってそんな色の覇気は出せませんよ。

 

「まぁ、本気なのはマジだよ。さっきも言ったように早く終わらせたいのは本当だからな」

 

 さっさと終わらせて765プロの感謝祭ライブに行きたいのですよ。

 

 楽しみにしているのも本音。しかし、それ以上に彼女達が『昇る』瞬間に立ち会いたいというのがそれ以上の本音である。

 

 すると何故か憮然とした表情の冬馬。

 

「……なんだよそれ。アイドルの仕事より大切なのかよ」

 

 ……んー?

 

「おやおや、冬馬くーん。拗ねてるんですかー? 俺が他のことに気を取られて拗ねてるんですかー?」

 

「○ね」

 

 おっとそれはアイドルが使っちゃいけない言葉ですよ。

 

 さて、トークメインだった前半戦と違い後半戦は歌メインだ。

 

 張り切っていきましょうかね。

 

 

 




・まだあわてるような時間じゃない
「俺を倒すつもりなら死ぬほど練習してこい」

・876三人娘
久々に登場。一人染色体XYが混じってますが通常三人娘で括ります。

・「物販見に行きましょう物販!!」
愛ちゃん、それは春香さんの芸風です。
ちなみにお気づきの方もいらっしゃるでしょうが、愛ちゃんのセリフは他のキャラと違い感嘆符を二つ付けています。

・男だらけの勉強会
マジ誰得。俺も何故こんなシーンを書いたのか……。

・そんな色の覇気
「最近漫画読んでいなかったから映画で何故ルフィが睨んだだけで海軍がバタバタ倒れたのか分からなかった」とは作者姉の談。



 進展がない二話目でしたが、次回辺りから第一章最終話っぽくなると思いたい(願望)


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Lesson36 Are you ready? 3

日曜日に起きた某アイドルの事件を、思わずネタに使えると考えてしまい反省。

どうかお大事にしてください。


 

 

 

『ジュピターの三人、ありがとうございました!』

 

 歌い終えたジュピターがステージから降り、観覧客の黄色い声援に応えて手を振り返しながらトークセット内に設けられた自分達の席に戻る。俺が釘を刺したからなのか元々の実力なのかは置いておいて、一切のミス無く完璧にパフォーマンスを行った三人は流石期待のルーキーと言ったところか。

 

 さて、ジュピターの番が終わり、次がいよいよ俺の番である。

 

『それでは本日のオオトリは周藤良太郎さん。歌ってくださる曲は『頑張る君に捧ぐ歌』です。良太郎さん、最新曲ではなく9thシングルであるこちらを歌われるのは、何か理由があるのですか?』

 

 司会者がそう言いながらこちらに話題を振ってくる。自分に寄せてきているカメラをチラリと横目で確認しつつ、手にしたマイクを口元に寄せる。

 

「今回この曲を選んだのは、ちょっと個人的な理由です。最近頑張ってる知り合いと、あとついでに今年受験生の自分に向けた応援ということで、この曲を選ばせてもらいました。テレビの前の俺と同じ受験生、ちゃんとこの番組見終わったら勉強するんだぞ。もう年末なんだから」

 

 ピッと寄って来ていたカメラに向かって「お兄さんとの約束だ」と人差し指を立てる。

 

『なるほど、受験生に向けての応援歌ですか』

 

「もちろん、頑張っている人たち全員に向けての応援歌ですから」

 

 この『頑張る君に捧ぐ歌』は元々夏の大会に向けて頑張っていた我が校の各部の生徒達を見ていて思いついた曲だ。夏の甲子園をイメージして作ったため若干今の時期にそぐわない爽やかさが溢れる曲だが、それでもこの曲を今日歌おうと決めた。

 

 もちろん、『今日』頑張っている彼女達のためにだ。

 

 ディレクターからは最新曲もしくは『Re:birthday』を歌って欲しいと言われたのだが、結構なゴリ押しでこの曲を歌わせてもらうことに成功した。ホント感謝感謝。ディレクターさんの娘さんが俺のファンだって言ってくれてたし、今度お礼に誕生日祝いでもさせてもらおう。

 

『それでは良太郎さん、準備の方をよろしくお願いします』

 

「はい」

 

 司会者に促され、他の共演者の拍手を背中に受けつつステージへと向かう。しかし今の自分に準備なんていらない。いつでも全力を出せる。

 

 その場で軽くターンをし、それを合図にイントロが流れ出す。観覧客が歓声を上げて『舞台』が完成する。

 

 自分が歌詞を考え、作曲の先生がその骨組みに肉付けをしてくれた曲。三三七拍子をイメージした頑張る人を応援するための曲。

 

「勉強! 仕事! 遊び! 恋愛! 現在進行形で頑張ってる君と今テレビの前で頑張ってる君のために! 明日に向かって全力で頑張る君のために!」

 

 

 

 これは『アイドル』周藤良太郎としてではなく。

 

 ただの『ファン』周藤良太郎として。

 

 届くことはないと分かっていても、この曲を彼女達のために歌おう。

 

 

 

「活力剤に、周藤良太郎はいかがですか?」

 

 

 

 

 

 

 午後六時三十分。本来予定していた時間よりも三十分遅れて765プロダクション感謝祭ライブは開演した。

 

 竜宮小町を除く九人全員で歌う『THE iDOLM@STER』から始まったライブ。舞台裏では衣装の一部が見当たらない、衣装が濡れる、ファスナーが壊れるなど大小様々なトラブルが発生していたが、舞台上では今のところ何のトラブルも発生せずに進行することが出来ていた。

 

 しかし、観客のテンションは徐々に、しかし確実に下がり始めていた。原因はもちろん、竜宮小町が未だに姿を現わしていないからだろう。

 

 今回の感謝祭ライブの観客の大半は竜宮小町を目当てに訪れたファンが多い。それにもかかわらず、竜宮小町がいないことに対して、少しずつ不満を覚えるファンが増え始めているのだ。現に振られるサイリウムの数も徐々に減り始めている。

 

 

 

「大変ですプロデューサー!」

 

 そんなとき、また新たなトラブルが発生することとなる。

 

 

 

「美希の『Day of the Future』の後に、また美希の『マリオネットの心』が来てるんですよ!」

 

「いくら美希でも、こんなダンサブルな曲を二曲続けては無理だぞ!」

 

 真と響が指差す進行表を見ると、確かにその二曲が連続した構成になっていた。この二曲は踊りがアップテンポで、歌いながら踊るには相当な体力が必要となる。良太郎君とのレッスンで歌いながら動く練習をしたらしいが、彼女達にとっては所詮付け焼刃。

 

「……くそっ」

 

 アイドル達の前だと言うのに、思わずそんな言葉を口にしてしまった。しかし悪態を吐いたところで、曲の入れ替えが出来るわけではないのだ。

 

「二曲とも、美希しかボーカル練習してない曲なんです」

 

 つまり誰か代わりにという代替案も使えない、ということだ。

 

 ……仕方ない。

 

「竜宮小町までの繋ぎを考えると厳しいが、ここは曲を飛ばして――」

 

 

 

「え? 飛ばすの?」

 

 

 

 しかしその俺の決断を遮ったのは、あまりにも軽い美希の声だった。

 

「み、美希!?」

 

 振り返えると、そこにはきょとんとした表情の美希が立っていた。まるで自分が二曲続けて歌うことに対して何の疑いも持っていなかったかのようだった。

 

「ほ、本気で言ってるのか!?」

 

「む、無茶苦茶きついぞ!?」

 

「うん、大変なのは分かってるよ」

 

 俺と響の言葉に対して何の躊躇いも無く頷く美希。

 

「でも、これぐらいで音を上げてたら良太郎さんには追いつけないの。だから――」

 

 

 

「――なんだよ、それ!」

 

 

 

 バンッ、という大きな音。

 

「ま、真?」

 

それは、真が机に自身の掌を叩きつけた音だった。

 

「なんだよそれ! 人が心配してるってのに、美希はいつもいつも二言目には『良太郎さん』『良太郎さん』って! 美希はお客さんのために歌ってるんじゃないのかよ!?」

 

「……ミキは」

 

 真の言葉を受け、美希はそれまでの表情を変え、真剣な面持ちで応える。

 

「ミキは、自分のために歌ってるの」

 

「……っ!?」

 

 その言葉に対して真が美希に飛びかかろうとし、俺と響がそれを押さえようとし、しかしそれより先に続けて美希の口から発せられた言葉によって真は動きを止めた。

 

 

 

「ミキが自分のために全力で歌えば、お客さんも満足してくれるって信じてるから」

 

 

 

「……え」

 

「今日来てくれてるお客さんのほとんどは竜宮小町の三人が目当てなんでしょ? こういう言い方は悪いかもしれないけど、そんな人たちに対して『あなた達のために歌います!』って言っても、多分それはお門違いだと思うの」

 

 でもね、と美希は目を瞑り、胸に手を当てる。

 

「きっとミキが全力で歌って踊れば、お客さんは『こっちを向いてくれる』と思うの。『お客さんのために』じゃなくて、『自分のために』の延長線上でお客さんが笑顔になってくれるはずだから」

 

 思い出すのは、以前放送された良太郎君のドキュメンタリー番組。

 

 

 

 ――俺に取ってアイドルとは、ファンの笑顔で光り輝く存在。

 

 ――誰かが笑顔になってくれている証明、ですかね。

 

 

 

 それは、自身が頑張れば結果が後から付いてくるという良太郎君の言葉。

 

 ファンのために輝くのではなく。

 

 自身が頑張ってきた結果として輝く。

 

「だから、良太郎さんに頑張れって言ってもらった『星井美希』のため。そのためだったら、例えダンサブルな曲が二曲続いてもへっちゃらなの!」

 

 ニコッと、それはもう素敵な笑みで美希は笑った。

 

「……もちろん、美希君だけではなく、良太郎君は765プロのアイドル全員を応援してくれているよ」

 

「しゃ、社長?」

 

 社長がいつの間にか控室にやって来ていた。現在休憩時間中のため、観客席からこちらに来ていたようだ。

 

「君達は、今回のライブのために送られてきていた沢山の花輪を見て来たかね?」

 

「は、はい」

 

「ほとんど竜宮小町宛でしたけど……」

 

「あ、でも『765プロアイドル全員へ』っていう花輪も沢山ありましたよね!」

 

 やよいが言う通り、ほとんど竜宮小町宛の花輪の中にアイドル全員に向けての花輪は確かにあった。

 

 それはなんと個人からによるものだったのだ。

 

「誰なんでしょうね? 『匿名希望のR』さんって」

 

 ……ん? 『R』さん?

 

「えっと、社長、もしかして……!」

 

 今の会話の流れからして、その答えは一つしか考えられない。

 

 本人には黙っていてくれと頼まれていたのだがね、と前置きしてから社長はそれを言葉にした。

 

 

 

「今回送られてきた花輪の四割を占める『765プロアイドル全員へ』の花輪は、全て周藤良太郎君が個人的に送って来てくれたものなのだよ」

 

 

 

『!?』

 

 本来、花輪は団体で一括りとして一つ送ってくる。しかし、良太郎君は個人で、それほど大量の花輪を贈ってくれたということだ。

 

 しかも、『アイドル』としてではなく『ただのファン』として。

 

「君達は既にこれだけ熱烈なファンを持っているのだ。自信を持ちたまえ」

 

 

 

 ――君達は、周藤良太郎に応援されているのだよ。

 

 

 

「……真君、響、サポートお願いしていい?」

 

「……あぁ、もちろんだ!」

 

「自分達に任せるさー!」

 

 美希はもちろんのこと。真の目にも、響の目にも。

 

 迷いなんか一切無かった。

 

 

 

 

 

 

「結局間に合って無い件について」

 

「しょうがないだろ、機材トラブルを挟んでるんだから。それでも一時間押しで済んでよかったじゃないか」

 

「間に合って無い件について」

 

「この野郎……!」

 

 番組の収録を一時間押しで終えた俺は、再び兄貴の車に乗って765プロ感謝祭ライブの会場へと向かっていた。

 

 厚い雲に覆われて太陽は見えないが既に日暮れ。日中激しかった雨もスッカリ小雨となっている。

 

「そういえば高木社長に聞いたぞ。個人的に花輪を贈ったそうじゃないか、それも大量に」

 

 チラリと横目にこちらを見る兄貴はニヤッと笑っていた。む、高木社長、秘密にしておいてくれって言ったのに……あ、そういえば765プロのみんなには秘密って言ったけどその他の人に関しては何も言ってなかった。

 

「まぁ、ね。今回俺はただのファンなわけだし。出来ることなら精一杯応援してあげたかったわけだよ」

 

 もちろん他のファンレターに周藤良太郎名義の物を紛れ込ましても面白かったかもしれないが。

 

 今回は彼女達の門出になるのだ。それはもう盛大にお祝いしてあげたかったのだ。

 

「そんな大量の発注何処に頼んだんだよ」

 

「本当は凛ちゃんの渋谷生花店に頼もうかとも思ったんだけど、流石に量が多すぎて断られちゃったから知り合いの生花店を紹介してもらった」

 

 普通の花輪だったら何とかなったみたいなのだが、流石に町のお花屋さんには無理があったようだ。

 

「ちなみに、いくらぐらいかかったんだ?」

 

「……今回の番組収録はボランティアということになりました」

 

「おまっ!?」

 

「だ、大丈夫。兄貴の分には手ぇ付けてないから」

 

「当たり前だ! ったく、本当に最近金掛け過ぎなんじゃないか?」

 

「しばらく楽屋に設置された茶菓子で腹を満たそうかと……」

 

 当分マジで厳しい。本格的に翠屋でのアルバイトを考えなければならないかもしれない。

 

「言ってくれりゃあ、連名にして俺も半分出してやったのに」

 

「……いいよ別に。俺が出したかったから出しただけだし」

 

 快調に走る車は、もうすぐ会場に到着しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

「みんなー! 盛り上がってるー!?」

 

 舞台上から、マイクを使い観客席に向かって問いかける。しかし、帰って来た返答は薄い。

 

「んー、みんな竜宮小町が出てこないから退屈になってるって感じだねー?」

 

 その言葉は軽く口にすることが出来たものの、やはり少しだけ心がチクリとする。

 

「あのね、実は台風の影響で竜宮小町の三人はここに来るのが遅れちゃってるんだ」

 

 今まで黙っていたことをここで告げる。

 

 ――え、マジかよ?

 

 ――竜宮小町は、今日は来れないの?

 

 そんな言葉が観客席から聞こえて来た。

 

「ブッブー! でもちゃーんと来るから心配ないの!」

 

 そう、彼女達は必ず来る。

 

「それまでは、ミキ達で同じくらい……ううん、それ以上に盛り上げるから――」

 

 だから、それまでは。

 

 

 

「――星井美希を召し上がれ、なの!」

 

 

 




・『頑張る君に捧ぐ歌』
オリジナル楽曲。作者のネーミングセンスの無さが異常。当然の如く歌詞なんて考えてない。

・夏の大会に向けて頑張っていた我が校の各部の生徒達
と、今後何かしらの運動系のキャラを出すことができる準備だけしておく。

・「周藤良太郎はいかがですか?」
以前運動会にて使用した良太郎の一言。なんとなく気に入ったので決めセリフ的なものとして今後も使用していく予定。

・ファスナーが壊れる
雪歩のスカートのファスナーが壊れる……(ゴクリ)

・『Day of the Future』と『マリオネットの心』
とってもだんさぶるなきょく。

・「――なんだよ、それ!」
大変でちょっとだけイライラしちゃったまこまこりん。普段の彼女はとってもいい子なんです。

・『匿名希望のR』さんからの花輪
今回のサプライズ的なもの。費用に関しては特に設定しているわけではないのだが、大体一つ一万円からぐらいのはず。

・「――星井美希を召し上がれ、なの!」
良太郎の決めセリフ的な何かに対して思いついた美希の決めセリフ的な何か。
けっしてprprが許可されたわけではないので席をお立ちにならないようお願いします。



 こいつ主人公のくせして応援しかしてねぇ!?

 だ、第一章は765のみんなの成長の物語なのでしょうがないですよね?(震え声)

 なお原作での春香さんのいい話はなかったことになりますた()

 ごめんね春香さん! 第二章ではちゃんと活躍するよ! のワの



 次回、第一章最終話。


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Lesson37 Are you ready? 4

第一章最終話になります。

しかし山無しオチ無しであるのは伏線のみ。
ネタ小説としての自覚がまるで足りていませんね。


 

 

 

「……すっげ」

 

 思わず零れ出たその言葉は、たった一人の少女に対して向けられたものだった。

 

 星井美希。長い金髪と年不相応なプロポーション故に日本人離れした風貌をした僅か中学二年生の少女。

 

 元々才能はあると思っていた。少し気分屋の嫌い(傾向の意味)が見られたが、練習に真面目に取り組む努力家な面も見て取れた。彼女ならいつか開花すると少なからず確信があった。

 

「まさか、こんなに早く開花するとはねぇ……」

 

 歓声。ライブ会場であるドーム全体を覆い尽くす大歓声。それが彼女一人のために注がれていた。

 

 

 

 俺がドームに到着してライブ会場に滑り込んだのは、丁度美希ちゃんが曲の前にMCをしている時だった。

 

『星井美希を召し上がれ、なの!』

 

 その言葉を聞き思わずガタッと席を立とうとし、しかしそもそも席に座ってすらいなかったという自分でもちょっと何言ってるのか分からない状態になったのも束の間。

 

 美希ちゃんが歌い始めた。曲は『Day of the Future』。

 

「……ふむ」

 

 上から目線上等で評価させてもらうと、『優』といったところか。この間の特訓の成果……とは一日しかやってないので流石に言えないが。それでも、俺自身が今の美希ちゃんに期待する最高のパフォーマンスだったと言える。

 

 しかし、俺が驚いたのは歌い終わった後だった。

 

(……ん?)

 

 歌い終わった直後に照明が暗くなり、ステージ中央で待機する美希ちゃんの後ろにステージ両脇から二人(暗くて個人特定不可)が出て来た。

 

 そしてそのままイントロが流れ始めたのだ。

 

(二曲続けて……?)

 

 曲は『マリオネットの心』。バックダンサーとして真ちゃんと響ちゃん(ライトが付いたことにより特定)を据え、再び美希ちゃんがメインボーカルだった。

 

 これには流石に驚いた。ぶっちゃけ今の美希ちゃんにこれだけ振りが激しい曲を二曲続けて歌えるとは思わなかったのだ。

 

 しかし。

 

 

 

 ――また会ってくれますか?

 

 

 

 それは、悲壮に満ちた失恋の曲。恋に苦悩する少女の思いを悲痛な面持ちで歌う美希ちゃん。それはただダンスがキツくてゆがんだ訳ではない、彼女の実力故の表現。俺には決してできない『表情』という領域の話。

 

(……予想外だった)

 

 どうやら俺は美希ちゃんを過小評価していたようだ。

 

 

 

 曲が終わり手を振りながらステージ脇へと帰っていく美希ちゃんに、観客達は黄色とピンクのサイリウムを振りながら歓声を上げる。

 

「こりゃ俺の応援はいらなかったかなぁ……」

 

「そんなことないさ」

 

「ん?」

 

 それはひとり言のつもりだったが、何故か返答があった。

 

 声のした方に振り返ってみると、そこにいたのは様々な色のサイリウムを一度に振っている高木さんだった。

 

「高木さん」

 

「来てくれてありがとう、良太郎君」

 

「いえ、俺も楽しみにしてましたから」

 

 数歩後退し、高木さんと肩を並べるように壁にもたれかかり、高木さんの反対側に並んでいた男性に声をかける。

 

善澤(よしざわ)さんも、お久しぶりです」

 

「久しぶり、良太郎君」

 

 変装状態の俺を認知できるこの人は、芸能記者の善澤さん。見た目何処にでもいそうなおじさんだがその実とても優秀な記者で、新曲発売やミリオン達成の時などで俺も度々お世話になっている人だ。

 

「聞いたよ、何でも今回のライブのために大量の花輪を贈ったそうじゃないか」

 

「……高木さん……」

 

「いやーすまない、思わずね」

 

「……まぁ、アイドルのみんなに言って無けりゃあ――」

 

「そっちにも既に話してしまったよ」

 

「言いましたよね? 俺確かに黙っててくださいって言いましたよね? 俺の勘違いとかじゃないですよね?」

 

 黙ってて欲しいって言ったのに何でこんなに筒抜け状態なんだよ。

 

「良太郎君からの贈り物に、みんな喜んでいたよ」

 

「……それが聞けたからまぁ良しとします」

 

 本当は良くないけどね! だって後になって冷静になってみたら一人でウン十万払うとかストーカーみたいじゃねとか思っちゃったし! しかし喜んでくれたなら良し。

 

「どうやら良太郎君は765プロのアイドル達にだいぶご執心のようだね。記事に書いてもいいかな? 周藤良太郎一押しアイドル、って」

 

 俺と高木さんのやり取りに苦笑しつつ、善澤さんはそんなことを聞いてきた。

 

「ご執心ではありますが、流石にそれは勘弁してください」

 

 少し高木さんには悪いとは思うがそう言った類の話は今まで全て伏せてきた。気にし過ぎとか自意識過剰とか言われるかもしれないが、周藤良太郎の名前の影響力は小さくない。『あの周藤良太郎が注目!』とか記事に書かれようものならば、実力云々は置いておいてまず注目されることは間違いなく、個人的に「それズルじゃん!」のような気がするのだ。

 

 そんな個人的事情から、あくまで『周藤良太郎』が765プロのアイドルのファンなのであって『アイドル周藤良太郎』がファンだと公言することを避けて来た。

 

 でもまぁ。

 

「明日にはそんなことを書く必要もなくなると思いますけどね」

 

「……なるほど。良太郎君は、今回のライブをそう評価する訳だね」

 

 善澤さんの目がスッと細くなる。

 

「まだ終わってないライブの評価は出来ませんよ」

 

「ご尤も」

 

 ステージでは、千早ちゃんの『目が逢う瞬間』が始まっていた。

 

 

 

 

 

 

「美希、これ」

 

「……あ、春香……ありがとうなの」

 

 舞台裏。パイプ椅子に座り息も絶え絶えといった様子の美希に携帯酸素ボンベを手渡した。

 

 口元に酸素ボンベを宛がい大きく深呼吸する美希の横に、私も腰を降ろす。

 

「……アイドルって凄いね、春香」

 

 胸に手を当てて、まるでその時の情景を思い出して噛み締めるように美希は言う。

 

「ステージの上から見る景色って、すっごいキラキラで、胸の中がわーって熱くなって……」

 

「……うん」

 

「でもね、まだまだこんなものじゃないんだって」

 

「え?」

 

「りょーたろーさんが言ってたんだ。トップアイドルになると……りょーたろーさん達みたいなアイドルになると、そのキラキラの向こう側が見えるんだって」

 

「キラキラの向こう側……」

 

 呟き、想像し、しかし私には思い描くことが出来なかった。

 

 ステージの上から見える観客席はサイリウムに埋め尽くされ、まるでそこが光の海のようだと私は思った。そこは正しく、美希の言う『キラキラ』な世界。

 

 そんなキラキラの向こう側があるとしたら、果たしてそこはどんな景色なんだろう。

 

「いつか、ミキ達も辿りつけるよね」

 

「美希……」

 

 美希は笑っていた。良太郎さんのことを話す時のような花の咲く笑顔ではなく、好物のお握りを頬張っている時のような満足げな笑顔でもなく。

 

「……うん! 次はいよいよ新曲だよ! 大丈夫?」

 

「もっちろんなの!」

 

 その笑顔は、希望と信頼に満ち溢れた自信の笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

「みんな、いい?」

 

「竜宮小町が!」

 

「来るまで!」

 

「私達!」

 

「歌って!」

 

「踊って!」

 

「最後まで!」

 

「力いっぱい!」

 

「頑張るの!」

 

「いくよー!? 765プロ~……!」

 

 

 

 ――ファイトー!!

 

 

 

 

 

 

 感謝祭ライブが終了し、その帰りの電車に僕達は揺られていた。

 

「凄かったですねー!!」

 

「うん。流石良太郎さん一押し?」

 

「そうだね。でも愛ちゃん、もう少し声のボリュームを抑えて抑えて」

 

 おっと、と自分の口を自分で塞ぐ愛ちゃんに苦笑する。

 

 しかし、周りの乗客もライブ帰りのお客さんばかりで大声の愛ちゃんを咎めようとする人は一人もおらず、少々マナー違反のような気もするが口々に先ほどのライブの感想を述べ合っていた。

 

 

 

 ――竜宮小町もいいけど、他のアイドルもなかなか良かったな。

 

 ――俺はあの子、センターの天海春香が気に入った!

 

 ――僕は如月千早ちゃんかなぁ。

 

 ――やよいちゃんハァハァ。

 

 ――お巡りさんこいつです。

 

 

 

 それまで765プロダクションの話題と言えば竜宮小町、ごくたまに美希さんの名前を聞く程度だった。しかしこうして他の皆さんの名前を聞くと、まるで自分のことのように嬉しくなってくる。

 

「今度は、あたし達の番ですね!!」

 

「……まずはCDデビューから?」

 

「道のりは険しいねぇ……」

 

 けれど。

 

 いつかは、765プロのような、良太郎さんのような……。

 

 

 

 

 

 

「……もしかして、これかなぁ?」

 

「ん? どうした?」

 

 事務所でのミーティングを終えて最寄り駅までの送迎の車内にて、翔太がスマホを弄りながらポツリと呟いた。

 

「いや、りょーたろーくん、何か用事があるって言ってたでしょ? それで、何かイベントでもあったのかなぁって調べてみたら……これ」

 

 そう言ってこちらに向けて来た画面を俺と北斗が覗きこむ。

 

 そこには『竜宮小町も登場! 765プロダクション初の感謝祭ライブ!』の文字が表示されていた。

 

「765プロ?」

 

「竜宮小町って、所詮あの色物だろ? 歌もダンスも二流の奴らのライブにわざわざ良太郎が行ったって言うのかよ」

 

「でも、この765プロもこの間の大運動会に出場してるんだよね。ほら、りょーたろーくん言ってたじゃん、気になる子達がいるって」

 

「それがこいつらだって言いてーのか?」

 

「絶対そうだとは言い切れないけど、ライブの開始時間と収録の終了予定時間がぴったりだし」

 

「確かにね」

 

「………………」

 

 じっと画面を見る。そこに映っているのは、知名度でも実力でもまだ俺達にも及ばない奴らがこちらに向かって笑顔を向けている画像。

 

「……ふん」

 

 くだらねぇ。

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

 自室のベッドの上。買い替えると意気込んだものの結局未だに買い替えれていないガラケーをポチポチと操作しながら美希ちゃんと真美に送るメールを作成する。何故この二人なのかというと、単純に他の人のアドレスを知らないからである。

 

 メールではなく直接お疲れ様を言いに行くという考えもあったのだが、多分みんなお疲れだろうし、今日一日はファンというスタンスを崩さないためにも他のファンと同じようにライブ終了と同時に帰って来た次第である。

 

 ちなみに兄貴は用事があり俺をライブ会場に置いた後すぐに行ってしまい、帰りは普通に電車に乗った。隣の車両に愛ちゃん達876三人組を見かけたような気がしたが、オーラゼロで乗車してたので多分気付かれてないだろう。

 

「『お疲れ様。最初からはちょっと見れなかったけど、凄く良いものを見させてもらったよ』……っと」

 

 765プロ初の感謝祭ライブは、大成功という結果で幕を閉じた。接近していた台風の影響で竜宮小町の到着が遅れるというハプニングがあったらしいのだが、他のアイドルの頑張りのおかげで観客全員の心をしっかりと捉えたようだった。俺? 最初から765ファンだから既に捉えられています。メロメロですよメロメロ。

 

「さて、と」

 

 メールを送信し終え、パタンと携帯電話と閉じる。

 

 今回のライブを期に、765プロは大きく飛躍する。途中からだが最後まで見ていた俺と最初から見ていた善澤さんはそう確信した。個人個人の評価はまた別にしておいて。本来竜宮小町を目的として来た多くのファンの心には765プロのアイドル達が刻まれたはずだ。

 

「とりあえず、おめでとう、だな」

 

 彼女達はようやく殻が破れたといったところか。多くの人々の記憶に刻まれ、彼女達はようやく『アイドル』となった。

 

 つまり、ようやくここがスタート地点だ。

 

 これまでの彼女達は、何処からも目を向けられていなかった。それはいい意味でも悪い意味でもだ。

 

 名が売れると言うことは、それだけ多くの人々の様々な思惑を持った視線に晒されるということだ。以前の大運動会でのそれは全くの序の口。未遂で終わったものの、本当にただの嫌がらせだ。本物の悪意というものは、その昔、俺や魔王エンジェルの三人が体験したような……。

 

 

 

 ――だからこそ、私達が守ってあげないといけないのよ。

 

 ――権力なんていうくだらない大人の都合から、キラキラと輝く子供たちの夢を守るのが、私達『大人』の役目よ。

 

 

 

 思い出すのは、以前の舞さんとの会話。

 

 生まれたばかりの雛である彼女たちを守るのが役目だと言うのならば。

 

「……まぁ、頑張りましょうか」

 

 

 

 ――覚悟はいいか(アーユーレディ)

 

 

 

俺は出来てる(アイムレディ)

 

 

 

 なんてな。

 

 

 

 

 

 

 アイドルの世界に転生したようです。

 

 第一章『READY!!』 了

 

 

 

 

 

 




・ガタッと席を立とうとし
どんな感じだったかは「外人四コマ」で検索。

・善澤さん
今後重要になってくるであろうキャラ。
貴重な第三者視点でアイドルたちを見る存在。

・「それズルじゃん!」
第二話というかなりの初期段階での名言ということでゼアルの「出た! シャークさんのマジックコンボだ!」を彷彿とさせますね。
類義語としては「インチキ効果もいい加減にしろ!」「まるで意味がわからんぞ!」など。

・お巡りさんこいつです。
気を付けてください。ほら、あなたの後ろにも……手錠を手にした国家権力の狗が!(キャー)
なおこの直前のセリフに関しては今さらなので触れません。

・歌もダンスも二流の奴ら
コミカライズ版での冬馬君の発言。人気急上昇中ではありますが、まぁ現段階で良太郎や魔王エンジェルに近い彼らからすればこのぐらいの評価に疑問は無いかと。

・「覚悟はいいか?」「俺は出来てる」
良太郎「『人気を保つ』『後輩も守る』。「両方」やらなくっちゃあならないってのが「トップアイドル」の辛いところだな」
本文を書くために見直したアニマスで、OPの冒頭部を何度も聞いているうちに思いついた。
文法や翻訳云々に関してのマジレスは受け付けておりません。ニュアンスですニュアンス。



 とりあえず様式美として。



 勝ったっ! 第一部完!

良太郎「ほーお、それで次回からは誰がこの周藤良太郎の代わりをつとめるんだ?」

 いつからお前が主人公だと錯覚していた……?

良太郎「なん……だと……!?」

※応援しかしてないですが紛れもなく主人公です。主人公も良太郎のままです。



 というわけで第一章、別名「アニメ一期編」終了です。

 書き始めたのが十一月だったので、大体半年かけて一章がようやく終わりました。劇場版編は遠いお……。

 まぁ作品自体に何かしらの変化があるわけではなく、二章からもこれまで通り良太郎の適当なアイドル生活を描くだけの自称ネタ小説です。中途半端なネタ成分シリアス成分が入り混じっておりますが、どうかこれからもよろしくしていただけたら幸いです。

 今後の活動予定ですが、これからも毎週火曜日の深夜零時更新を目途に週一で更新していくつもりです。

 ただ来週は諸事情+作者取材(笑)のため本編更新の予定はありません。ストックにある番外編や嘘予告など何かしらの更新はしたいと思います。

 第二章の更新は二週間後になると思いますが、それまでどうぞお待ちください。

 それでは。






 それは、変わった日々と変わらない思い。



「目指せ! トップアイドル!」



 それは、変わった日常と変わらない決意。



「それじゃあ教えちゃおうかな」



「俺が『アイドルを始めるきっかけ』でも『アイドルを続ける理由』でもなく」



 ――周藤良太郎が『アイドルになろうと決意』した話を。



 アイドルの世界に転生したようです。

 第二章『CHANGE!!!!』

 coming soon…


 


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番外編04 外伝嘘予告 2

よし! 間に合って……ない、遅れましたスミマセンはい。

嘘予告と言いつつ長すぎて嘘プロローグレベル。


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 俺、周藤良太郎(21)はアイドルである。それもただのアイドルではなく『アイドルの頂点に立つ』とまで称されるトップアイドルである。生まれついて表情が動かないと言うアイドルとして致命的な欠陥を抱えているにものの、新曲を出せばたちまちミリオンヒット、ライブを開催すればチケット即日完売というレベルのトップアイドルなのである。

 

 さらに俺には前世の記憶があり、トップアイドルになったのも転生した際の神様からの特典のおかげとかそういう言う話もあるのだが。

 

 今はそんなことどうでもいい。

 

 日本一のアイドルを決めるアイドルアルティメイトというイベントを三回連続で優勝して殿堂入りを果たしたとか、世界一の音楽の祭典であるナショナルミュージックアルティメイトアイドル部門にノミネートされたとか、兄貴が設立したシンデレラプロダクションというアイドル事務所の副社長に就任したとか。

 

 そんなことはどうだっていいのだ。

 

 今重要なことは、ただ一つ。

 

 

 

 周藤良太郎は、一人の少女に恋をしたということなのだ。

 

 

 

 

 

 

 それはほんの一週間前のことだった。

 

 伊達眼鏡と帽子を装着すると何故か身バレしないという不思議スキルをいかんなく発揮しながら街中を歩いていた俺は、交差点で偶然すれ違ったのだ。

 

 

 

「えっと、アルフ、頼まれてたものはこれで全部だよね?」

 

「大丈夫だよフェイト! 早く帰ろう!」

 

 

 

「っ!?」

 

 それは、今まで感じたこともないような衝撃だった。目を見開き、思わず息をすることも忘れてしまう。表情は相変わらず変わらない。しかし心臓の鼓動が急速に速くなっていくのを感じた。経験したことが無い、しかしなんとなくこの感情の正体を理解した。

 

 あぁ、これが恋なのか、と。

 

 少女の姿をもう一度見ようと、足を止めて振り返ってしまう。しかし、振り返った時には既にその少女は人混みの中に消えてしまっていた。思わず追いかけようとも思ったのだが、丁度信号が赤に変わってしまって後を追うことすらできなかった。

 

 それはほんの一瞬の邂逅。分かったのは名前と、日本ではやや目立つ髪色をしていたということだけ。

 

 それでも、諦めたくないと強く心から思ってしまうほど。

 

 俺は、彼女に恋をしてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

「それで? どうしたんだいきなり」

 

「周藤君から話があるなんて珍しいわね」

 

 大学内のカフェテリア。俺と忍は古くからの友人である周藤良太郎に呼び出された。今は講義中なので自分達と同じように講義を取っていない生徒しかおらず、しかしそれでも用心が必要で良太郎はいつもの伊達眼鏡と帽子を装着していた。

 

「悪い。どうしても相談したいことがあって」

 

「……相談したいこと?」

 

「私達に?」

 

「あぁ」

 

 表情が変わらない良太郎の顔からその心情を読み取ることは難しい。しかしその目はいつにも増して真剣なものなので、本当に相談があるのだろう。

 

「俺達でよければいくらでも相談に乗ろう」

 

「そうよ。周藤君には私と恭也の間を取り持ってくれた恩もあるんだし」

 

「いや、お前らに関してはなるようになったと言うか、俺が関与する余地が無かったと言うか、勝手にくっついてイチャイチャしやがってこの野郎と言うか」

 

 まぁこの際どうでもいいや、と良太郎は自販機で購入した紙コップのコーヒーを一口飲む。

 

「実は好きな人が出来たんだ」

 

「「ぶふぅっ!?」」

 

「うお汚っ!? 美少女の口から出たものでも流石にご褒美とは思えないぞ!?」

 

 思わず口から霧吹きのように飲んでいたものを噴き出してしまう俺と忍。忍は女なんだからその反応はダメだろうと注意したかったが、自分も噴き出している上に気になる言葉が良太郎の口から聞こえてきたため今はそれどころじゃなかった。

 

「りょ、良太郎、お前今何て言った……!?」

 

「き、聞き間違い? す、好きな人って言った……!?」

 

「? 間違いなく言ったが」

 

 どうやら聞き間違いでも幻聴でもなく、良太郎は『好きな人が出来た』と言ったらしい。

 

 本来ならば友人としてどんな女性なのかという話題に発展していくのだが、相手が問題だった。

 

 周藤良太郎。日本のアイドル界を牽引するトップアイドルの中のトップアイドル。『キングオブアイドル』『アイドルの頂点』『覇王』『鉄仮面の王子』など呼び名には事欠かず、『He is the IDOL.』とまで称された正真正銘世界から認められたアイドルである。

 

 そんな周藤良太郎に出来た『好きな人』だ。これはもうスキャンダルどころの話ではない。今まで浮いた話を一つも聞いたことが無かったため尚更である。

 

「そんなに驚くことか?」

 

「驚くに決まってるでしょ!?」

 

 バンッと机を叩きながら忍が立ち上がる。

 

「だってあの周藤良太郎に好――!?」

 

「待て忍!」

 

 咄嗟に忍の口を抑えるが、どうやら遅かったようだ。

 

 いくら講義中で人気が少ないカフェテリアとはいえ、決して人がいない訳ではない。そんな中で周藤良太郎の名前を叫んでしまえば……。 

 

 

 

 ――え、周藤良太郎?

 

 ――そういえばこの大学に在籍してるって話だけど……?

 

 

 

 当然、こうなってしまう訳だ。

 

「……場所変えるか」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「全く……」

 

 注目が集まりすぎ、いくらなんでもこんな中で出来る相談ごとでも無かったため俺達は場所を移すことにするのだった。

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって近所の公園。

 

「月村、いくら恋バナに敏感な女の子だからって少しは落ち着こうな」

 

「いや、多分この話を持ちかけられたのが周藤君じゃなかったらここまで驚かなかったわ」

 

「そうか?」

 

「そうよ」

 

 先ほどまで飲んでいたものは見事に噴き出してしまったので新たに自販機で買い直してベンチに座る。俺の隣に忍が座り、良太郎は目の前に立っている。

 

「それで好きな人って誰? 私も知ってる人? アイドルの誰か?」

 

 周りに人がいなくなったことで自重する必要が無くなり、改めてテンションが上がっている忍が目を輝かせながら良太郎に尋ねる。

 

「あ! もしかして『魔王エンジェル』の朝比奈りん!? 一時期噂があったけど!?」

 

「いや、違う。相手は街中ですれ違っただけの女の子なんだ」

 

「って、一目惚れってこと!?」

 

「あぁ。あれは運命だと思った」

 

 キャーキャー言いながら俺の肩をバシバシと叩いてくる忍。興奮しているのか、一族の力が籠ってて痛い痛い。

 

「しかしながらすれ違っただけ故に見た目と名前以外が一切分からなくてな」

 

「あ、名前は分かったんだ」

 

「聞こえて来た会話からな」

 

 何となく話が見えて来たな。

 

「つまりその相手を探してほしいと?」

 

「そこまでは言わんが、聞き覚えが無いか聞きたくてな。珍しい髪の毛の色と名前だったから」

 

 そういうことか。

 

「それで? 肝心の名前は?」

 

「あぁ、名前なんだが――」

 

 良太郎の口からその女性の名前が発せられるその直前、その動きが固まった。

 

「? 周藤君?」

 

「どうかしたのか?」

 

 表情は依然変わらず、しかし視線はどこか別の場所に固定されたまま一切動いていない。

 

 一体何を見ているのかと首を動かすと、そこには公園に入ってくる一人の少女と子犬の姿があった。

 

 

 

「いい天気だね、アルフ」

 

「ワンッ!」

 

 

 

 金色の髪を二つに結び、黒いワンピースを着た少女。我が家の末妹であるなのはの友人、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンだった。確か今日は小学校が創立記念日で休みとか言っていたが、どうやらアルフと一緒に散歩に来たようだ。

 

「あら、フェイトちゃんね」

 

「お前も知り合いだったのか? 良太郎――?」

 

 

 

「……見つけた」

 

 

 

「「え?」」

 

 良太郎は目を爛々と輝かせながら右手を強く握りしめていた。

 

「ついに見つけた……俺の運命の相手……!」

 

「えぇ!? 周藤君の一目惚れした相手って……!?」

 

 フェ、フェイトちゃんのことだったのか!?

 

「よし、早速行ってくる」

 

「「待て待て待て!?」」

 

 意気揚々とフェイトちゃんに近づこうとする良太郎の肩を忍と二人でガッチリと抑える。

 

「ちょ、落ち着け良太郎! どれだけ年の差があると思ってるんだ!?」

 

「年の差など問題ではない。そこに愛があるか否かが問題なのだ!」

 

「いやいや流石に犯罪だよ!?」

 

 俺達の説得に一切耳を貸そうとしない良太郎。俺と忍が二人がかりで抑えているにも関わらず何故かその動きを止めることが出来ない。

 

「……? あ、恭也さん、忍さん、こんにちは」

 

 この騒ぎに流石に気付いたフェイトちゃんが挨拶をしながらこちらに寄ってくる。

 

「ダメ! フェイトちゃん今はこっちに来ちゃダメ!?」

 

「え?」

 

「い、いいから今は向こうに行っててくれないか? 詳しい説明はまた今度するから」

 

「お前ら!? 邪魔をするのか!?」

 

 邪魔ではない! 友人を犯罪者にしないための優しさだ!

 

「は、はぁ、分かりました……?」

 

 フェイトちゃんはイマイチ状況を理解できていなかった様子だったが、今は理解しなくても大丈夫だ。

 

 首を傾げながらもアルフを連れて去っていくフェイトちゃん。

 

 しかしその後ろ姿に良太郎が声をかける。

 

「あぁ! 待ってくれ! せめて話だけでも聞いてくれ! そこの――!」

 

 

 

 ――オレンジ色のお嬢さん!

 

 

 

「「「……えっ?」」」

 

 

 

 

 

 

 それは、とある少年の人生の一片の物語。

 

 

 

「な、何でアルフのことが!?」

 

「あ、アンタ何者だい!?」

 

「何故分かったかって……? もちろん、愛の力に決まっている!」

 

「そっかーあいならしかたないなー」

 

「待て忍諦めるな投げ出すんじゃない」

 

 

 

「にゃー!? 良太郎さんがアルフさんに!?」

 

「い、イヤー!? 良太郎さんがアルフに寝○られたー!?」

 

「ちょ、美由希落ち着け!?」

 

 

 

「しかしアルフがフェイトちゃんの使い魔だというのなら、頂いてしまうのは忍びないな……」

 

「おい誰が頂かれるって?」

 

「代わりに俺がフェイトちゃんの使い魔になろう! 首輪でも何でも付けるぞご主人様!」

 

「……いいかも」

 

「フェイト!?」

 

 

 

「幸太郎、良太郎、今まで黙ってたが……実は父さんの単身赴任先は魔法世界『ミッドチルダ』だったのだよ!」

 

「「ナ、ナンダッテー!?」」

 

 

 

「アルフがフェイトちゃんと一緒に向こうの世界に行くって言うのなら、当然俺も行こうじゃないか」

 

「りょ、リョウタロー……!?」

 

「それに――魔法世界進出ってのも、悪くないんじゃないか?」

 

 

 

 

 

 

 これは、一人の少年が魔法に出会い、そして新たな世界へと旅立つ物語。

 

 

 

「あたしは……あたしは、使い魔だ! 狼で、人間じゃなくて……一度、死んでて……!」

 

「それがどうした!」

 

 

 

 しかし。

 

 

 

「俺は! アルフを、君を、君自身を好きになった!」

 

 

 

 それ以上に大切なことは。

 

 

 

「それ以外に! 必要なことは何も無いんだ!!」

 

 

 

 これは、一人の少年と一匹の狼の恋の物語である、ということだ。

 

 

 

 

 

 

『狼少女に恋をしました。』

 

 

 

 

 

 

「好きだ、アルフ」

 

「……リョウタロー……」

 

 

 




 ネタ倉庫の中に埋もれていたものを加筆修正してみました。

 使い魔組の中でアルフヒロインポジの小説があまりにも少なかったため思いついたお話。あのむちむち太ももホットパンツとばいんばいんなスタイルに加えて少々ガサツな性格、姉御肌。何故流行らないのか分からない。

 本編が「イノセント混じりのとらハ世界」であるのに対してこちらは「リリなの世界」となっているため魔法が存在する世界となっております。時系列的にはAs終了後空白期スタートとなります。良太郎は魔法が使えないので、バトル要素はほぼ皆無になると思われます。

 展開的にはアルフにぞっこんの良太郎をめぐりシグナムやシャマルその他のキャラが良太郎に好意を向けるラブコメ的になるかと。

 まぁ連載する予定はないんですけどね!

 来週には本編を再開しますのでそれまでどうかお待ちください。


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第二章『CHANGE!!!!』
Lesson38 変わるもの、変わらぬもの


また遅刻ンゴ……。

幸先よろしくないですが、第二章スタートです。


 

 

 

 曇天の空から雨が降り注ぐとある都市の一角。煌びやかに栄えた大都会の片隅の暗闇。

 

「………………」

 

 そこに俺は傘も差さずに立っていた。周りを取り囲むのは、三人の屈強な男達。全員黒いスーツとサングラスを付け、その素性は一切分からない。しかし俺に向けられている敵意だけはひしひしと感じ取ることが出来る。

 

 初めに動いたのは、俺の背後に位置する男だった。大きく振りかぶられた拳が俺の不意を狙う。しかし地面に出来た水溜まりを踏む音により俺はそれを察知する。チラリと背後を見つつその場で大きく身を屈めて拳を避ける。男の拳が俺の頭があった位置を勢いよく空振りするのと同時に、俺の足が男の足を払う。

 

 身を屈めた俺に対し好機と見た別の男が鉄パイプを俺に向かって振り降ろしてくる。鉄パイプはリーチがあるため後ろに下がっても直撃してしまう。ならば横に避けるべきか。否、俺は迫る凶器に対して逆に接近する選択を取った。鉄パイプは硬く、ガードしようものならば腕がやられてしまう。ならばその攻撃の出だしを抑えてしまえばいい。左手を伸ばして鉄パイプを握る腕を止め、がら空きになったボディーに対して掌底(しょうてい)を叩きこむ。男はそのまま後ろに吹き飛ばされ、ゴミ捨て場におかれたポリバケツにぶつかった。

 

 あと一人と思い立ち上がると最初に倒れた男に右足を掴まれた。身動きが取れない状況で三人目の男がこちらに向かって殴りかかってくる。突き出された拳は真正面から俺を狙っているが、軌道が単調すぎた。その右腕を取り、そのまま背負い投げる。受身は取ったようだが、かはっという肺の空気が抜ける声が聞こえた。右足を掴んでいた男は背負い投げる時に振り上げた足でついでにノックアウトしていたので、これで終了である。

 

 振り続ける雨の中、倒れこむ三人の男とただ一人立っている俺。

 

 そんな俺に、それは投げ込まれた。一体誰が投げたのかも分からないが、俺はそれを右手で受け取る。

 

 それは一本のペットボトルだった。既に封が切ってあるそれの中身を呷り、ぷはっと一息ついてペットボトルを前に掲げる。

 

 

 

『今を闘う男のスポーツ飲料、ポカエリアス』

 

 

 

「はいカットー!」

 

 

 

 

 

 

 第二章になって作風が変わったと思った? 残念! CM撮影でした!

 

「さっすが良太郎君! 一発オッケーだよ!」

 

「ありがとうございます」

 

 周りのスタッフが撤収作業をする中、タオルで濡れた体を拭いていると監督からお褒めの言葉をいただいた。

 

「いやー、こんなアクションをスタント無しでやってくれるのは良太郎君ぐらいなもんだよ」

 

 先ほどの撮影は監督の言葉通り、スタント無しでの撮影だった。いや、俺以外の三人はスタントの人なのでスタント無しの撮影というには語弊があるのだが。

 

 高町家での体力作りはこうしたCMやドラマでのアクションシーンでも有効活用されている。例えば俺のデビュー作である『覆面ライダー(ドラゴン)』では覆面ライダー天馬(ペガサス)に変身する前の状態での戦闘シーンは全てスタントを用いずに行い、投げ出された赤ん坊を助けるためにビルの二階から飛び出すシーンの撮影では本当に投げ出された赤ん坊の人形をビルから飛び出し空中で抱きかかえた。当然下にはマットを敷いていたが。

 

「これぐらいのアクションシーンなら多分765プロの菊地真ちゃんも出来ると思いますよ」

 

「お、ホントに? 765プロは最近人気急上昇中だし、それはいいことを聞いたね」

 

 今度は二人の共演でよろしくねー、という監督の言葉に会釈をして応じてから俺は着替えを行う為に設けられたテントへと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 765プロ感謝祭ライブから早一週間が経とうとしていた。

 

 あの台風の中行われたライブは多くの人の記憶に765プロダクションの名を刻み、そして世間からの注目度も激増することとなった。人々の口コミによるものもあるが、善澤さんが書いたライブ成功の記事もそれに大きく貢献しているだろう。ちなみにライブの時に話していた周藤良太郎一押しの記述は無かったが、まぁあってもなくても変わらなかっただろう。

 

 細かい話はどうでもよくて、要するに765プロ所属の子達はようやく人気アイドルとして認知され始めた、ということだ。

 

『それでね! 今日も沢山の人に道で声かけられちゃったの! 765プロの星井美希ちゃんですかって!』

 

「おー、凄いじゃん。美希ちゃんもすっかりアイドルらしくなっちゃったね」

 

 次の仕事へ向かう車の中。かかって来た電話は美希ちゃんからのものだった。彼女はメールだけでなく最近ではこうして電話でも近況報告や何気ない世間話を持ちかけてくる。頻度的には減少しているのが彼女も忙しくなっている証拠である。

 

「じゃあ美希ちゃんも俺みたいに変装用の小道具を使わないとね」

 

『あ! じゃあミキもりょーたろーさんみたいな伊達眼鏡つけてみようかな』

 

「あー、いいかもね。美希ちゃんの金髪だったら赤い縁の眼鏡は似合いそうだ」

 

 頭の中の美希ちゃんに赤い眼鏡を掛けさせながらそう答える。変装用の眼鏡をかけさせるだけのはずなのにも関わらず頭の中の美希ちゃんは何故か白い水着のようなチアガール姿で頭にはサンバイザーを付けていた。そして何故かその脇には似たような格好をしたあずささんと黒髪の女の子の姿……誰だこれ。果たして俺は一体何の電波を受信したんだか。

 

 

 

 個人的に765プロで大きく変わったのは美希ちゃんだと思う。それは内面的な意味と外見的な意味の両方でだ。

 

 何となくではあるのだが、少し落ち着いたような気がする。以前は良くも悪くもキャピキャピした現役女子中学生といった雰囲気だったのだが、今ではすっかりアイドルとしての貫録が出始めているような気がするのだ。別に言動や行動が直接変わった訳ではないので俺の勘違いや見方が変わっただけという考えもあるが。

 

 そして次に変わったのが髪型である。とは言っても別にあの金髪をバッサリと切って茶髪に染め直したというそんな大きな変化がある訳ではない。というかアイドルがそこまで大きく髪型を変えたらダメなような気がしないでもない。では何が変わったのかと言うと、今まで外に撥ねるようにかかっていたパーマが少し内側に巻き込むようなパーマになったのだ。前述の雰囲気の変化はきっとこの髪型の変化も関係しているだろう。

 

 変えた理由に関しては特に深い理由がある訳でもなく「何となくイメチェン」と彼女は語っていた。美希ちゃんはあの感謝祭ライブで何かしら思うことがきっとあったのだろう。そして内面に変化があったことで外見も無意識的に影響を受けてしまったのではないかと考えている。

 

 まぁどっちでも可愛いから無問題なんだけどね!

 

 

 

『でも、ホワイトボードがいっぱいになるぐらいお仕事が入るようになったのは嬉しいけど、時間が取られ過ぎるのも不満なの』

 

「あぁ、やっぱり自由な時間がまだ欲しいよね」

 

『うー、キラキラの向こう側もすっごく見たいけど、ぶらぶらと歩きながら服も見たいし、何よりりょーたろーさんのライブだって見に行きたいの』

 

 まぁ、彼女だってまだまだ女子中学生だ。アイドルとしての仕事以外にやりたいことはたくさんあることだろう。俺もアイドルになったのは今の美希ちゃんと同じ中学二年の頃。友達と遊びにだって行きたかったしゲームだってしたかった。

 

『りょーたろーさんは、そういうのないの? アイドル以外にやりたいことってないの?』

 

「んー? そりゃあ当然あるよ。俺だってまだまだ華の高校生だ」

 

 出来るのならば遊びにだって行きたいし、積んであるゲームだって崩したい。

 

 でも。

 

「今の俺は、アイドルをしている時が一番『楽しい』って感じるからね」

 

 

 

 

 

 

「ふぅ」

 

 これからファッション雑誌の撮影があるという美希ちゃんとの通話を終了し、携帯電話を閉じる。

 

「……アイドルをしている時が一番楽しい、ね。結構なことじゃないか」

 

 でもな、と運転席から声を掛けられた。

 

「お前のアイドルとしての活動は『仕事』でもあるということを忘れるんじゃないぞ。自分の好きなことを仕事としてやれるってのは、それはそれで素晴らしいことだ。でもお前のそれは既に個人の趣味や楽しみだけで納まる問題じゃない」

 

 お前を望む人たちに対する義務が発生しているのだ、と。

 

 静まり返り、カチカチとウインカーの音だけが響く車内。

 

「……兄貴……」

 

 それを破ったのは、俺の少し震えるような声だった。

 

 

 

「……いつの間に退院してたんだ?」

 

「一体いつの話してんだよ!?」

 

 

 

 俺の疑問に対し、兄貴が驚愕の声を上げながらこちらを向いた。ちょ、余所見運転ダメ絶対。

 

「感謝祭ライブの当日に送り迎えしてやってるんだからそれより前にはちゃんと退院してたわ!」

 

「え、だってあれだけ入院に話使ったのに退院の描写一切なかったじゃないか」

 

「喧しい! 『あ、普通に出してたけどそういやこいつ入院してたんだった……まぁいいか、退院してたってことにしよう』って言われた俺の悲しみがお前に分かるのか!?」

 

 運転しながらもギャーギャーとここにいない誰かに対する文句(メメタァ)を叫ぶ兄貴。全く、計画性の無さは今に始まった話じゃないってのに。

 

「そんなことより」

 

「そんなことより!?」

 

 ほらほら、ギャグパートは終わりだって。

 

「俺には義務があるって話だっけ? 残念だけど俺には関係ない話だよ」

 

 未だに不服そうに睨んでくる兄貴の視線を受け流し、助手席の窓枠に肘を突く。

 

 

 

「アイドルを続けようと心に決めたその日から、俺の気持ちは何一つとして変わってないからな」

 

 

 

 きっとこれは、変わりゆくアイドルと変わらぬアイドルのプロローグ的な何か。

 

 

 




・戦闘シーン
やはり不慣れ。こんな技量ではきっと恭也の戦闘シーンとか絶対無理ぽ。

・ポカエリアス
有名なスポーツドリンク二つの名前を混ぜてみたら、すっごい何かしらをやらかしてしまいそうな名前になった。

・投げ出された赤ん坊を助けるためにビルの二階から飛び出すシーン
ちょうど先日『Monsterz』を見てきたので、PVにもなってたシーンをイメージしてみた。
感想としては藤原さんの眼力がすごかったです。

・一体何の電波を受信したんだか
出所は作者の手元にあるローソンのクリアファイル。
どうして貴音は一人だけこんなにエロいんですかねぇ……。

・美希の髪型の変化
実は今までの美希の髪型はアニマス版ではなくゲーム版だったのだよ!
 Ω ΩΩ < ナ、ナンダッテー!?
本当は茶髪版覚醒美希にでもしようと思ってたのですが、アニマスから大きく離れすぎるために不採用となりました。

・「……何時の間に退院してたんだ?」
作者の本音。きっと皆さんの中にも何人か思った人がいるはず。
気付いた時はリアルで「やべ」って言っちゃいました。

・「俺の気持ちは何一つとして変わってないからな」
もちろん向上心はある。
しかし、変わらぬ思いは果たして美徳か停滞か。



 というわけで始まりました第二章です。ただアニメ二期の部分に入ったというだけで特に大きく変わる点はありません。

 これからもどうかよろしくお願いします。


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Lesson39 HENSHIN!

このお話はアニマス13話と14話の間、所謂空白期のお話となります。

REX版の漫画アイマスを参考にして書いておりますので、是非そちらも読んでみてください(ステマ)


 

 

 

 あの忘れられない感謝祭ライブからしばらく経ち、私達に対する世間の注目度がだいぶ変わった。その変化は街中など様々なところで窺うことが出来た。

 

 例えば、お店の窓ガラスに私達のポスター(しかも個人別の物)が貼られていたり。

 

 例えば、テレビやラジオで最近活躍しているアイドルとして取り上げられたり。

 

 そして最も顕著なのが……。

 

「え? 春香も?」

 

「も? ってことは、やっぱり真も?」

 

「うん、握手求められたりサイン求められたり……」

 

 そう、周囲の人間の私達に対する反応である。以前までは普通に街を歩いていて声を掛けられるなんてことはほとんど皆無に等しかったというのに、あの感謝祭ライブが終わってからは街中で度々声を掛けられるようになったのだ。昨日も学校帰りに友人二人と歩いていたところ、他の学校の男子学生に握手を求められてしまった。

 

 ちなみにその時「握手ぐらいなら」と私は考えていたのだが「あんたはアイドルとしての自覚を持ちなさい!」と友人に怒鳴られてしまった。律子さんみたいなことを言うなぁと思ったが、確かに意識が薄かったかと少し反省。

 

「だから僕はこうやって帽子を深くかぶって来たんだけど……」

 

 そう言いながら真は帽子を目深に被る。目元を隠した真は、着ている服も相まって男の子のようだった。

 

「私も帽子被ったりマスクしたりしてるよ」

 

「雪歩も?」

 

「うん。普通にマスクしている人も多いから目立たないし」

 

「うーん、やっぱり顔バレしないように気をつけなきゃ駄目かなぁ」

 

 ファンの人に声を掛けられること自体は大変喜ばしいことではあるのだが、騒がれて周りの人に迷惑をかける訳にはいかない。

 

「千早ちゃんはどうしてるの?」

 

「私?」

 

 向かいのソファーに座る千早ちゃんに問いかけると、千早ちゃんは読んでいた雑誌から顔を上げた。

 

「私は特に何もしてないけど」

 

「え?」

 

「握手やサイン求められたりしないの?」

 

「いえ、されるわ。今日も……えっと、三人ほど」

 

「お、男の人に……!?」

 

 未だにプロデューサー以外の男の人に慣れていない雪歩が声を震わしながら千早ちゃんに尋ねる。

 

「ええ。でも普通のことでしょ? 隠す必要無いと思うわ」

 

「む、無理ですー!」

 

 まぁ、男の人か女の人かという点は置いておいて。

 

「でも、今後はみんなますます知名度も上がっていくだろうし、何か対策が必要かもしれないわね」

 

 ホワイトボードにみんなの予定を書き込んでいた小鳥さんが会話に参加してくる。いつも真っ白だったホワイトボードは、あの感謝祭ライブ以降急激に増えた仕事が書き込まれたおかげで今では白いところの方が少なくなってしまっていた。

 

「ただいまー!」

 

「ただいまなのー」

 

「ふひぃ~、クタクタだぞ……」

 

 ホワイトボードに書かれた仕事の量に改めて驚いていると、雑誌撮影に出ていた真美、美希、響、プロデューサーが帰って来た。

 

「って、アレ? 美希、その眼鏡どうしたの?」

 

 美希は以前かけていなかった赤い眼鏡をかけていた。

 

「ふっふーん! りょーたろーさんとお揃いの赤い伊達眼鏡なの!」

 

 そう言いつつ美希は自慢げに眼鏡のつるを指で押し上げる。赤色が美希の金色の髪と良く合っていた。

 

「りょーたろーさんに変装の小道具に赤い伊達眼鏡がきっと似合うって言われたから早速買って来たの!」

 

 なるほど、良太郎さん直々に勧められたのであれば美希が上機嫌なのも頷ける。

 

「もー、ミキミキってば撮影の間ずっとそのこと自慢してくるんだよー!?」

 

 ぷーっと頬を膨らませて怒りを表しながら美希を睨む真美。

 

 そういえば変わったことと言えばもう一点。これは感謝祭ライブとは関係なく、むしろそれ以前からの話になるのだが、真美がすっかり良太郎さんファンになったということだ。別に今まで良太郎さんに興味がなかったというわけではないのだが、美希に続く良太郎さんファン、とでも言えばいいのだろうか。よく二人で良太郎さんの話をしている光景を見るようになった。直接本人に出会って話をして更に携帯電話の番号まで交換して、何か思うところがあったのだろう。

 

「マミもりょーにぃに何が似合うか聞こうと思ったら電話出ないしー……!」

 

 うーん、やっぱり私も変装用の小道具、何か考えないとなぁ……。

 

 

 

 

 

 

「うんうん、注目してた子達がこうして売れていくのを見るとやっぱり自分のことのように嬉しくなるね」

 

 765プロの特集が組まれた雑誌のページを捲りながら独りごちる。

 

「へー、良太郎の一押しだったんだ。わたしも気になってたんだよ?」

 

「お、フィアッセさんのお眼鏡にかなう子がいましたか?」

 

「うん、如月千早っていう凄い歌が上手な子」

 

「あー、なるほど。やっぱり歌手としてはそっちに目が行きますか」

 

「……そろそろ突っ込んでいいか?」

 

「ん?」

 

 喫茶『翠屋』の店内。諸事情により歌手業を休止して翠屋の店員をしつつ日本に滞在中のフィアッセ・クリステラさんと765プロのことについて話していると、何故か恭也が目を瞑ってこめかみを人差し指で抑えていた。

 

「どうした恭也、頭でも痛いか?」

 

「そうなの? 恭也、無理しないで休んでた方がいいよ?」

 

「いや、違う、そうじゃないんだ」

 

 フィアッセさんの優しい言葉に首を振り、恭也は改めて視線をこちらに戻すと一拍置いてから再び口を開いた。

 

「良太郎、お前のその格好は何だ?」

 

「? 見て分からないか?」

 

 何やら俺が今着ている服の名前が分からなかったらしい恭也のために、その場でくるりとターンを決めてから右手を後頭部に、左手を腰に当ててポーズを決める。

 

 

 

「メイド服に決まってるじゃないか」

 

 

 

「……そんな当たり前のように言われても俺が困るんだが」

 

「それに対して俺もどう返答していいのか分からないが」

 

 とりあえず言っておくが、断じて女装趣味に目覚めた訳ではないということだけ明言しておく。

 

 今回メイド服を着ることになったのは、765プロ感謝祭で送った大量の花輪が原因である。

 

 以前早苗ねーちゃん達に向かって自分は高給取りであると言ったが、実際のギャラ全てが俺の懐に入る訳ではない。俺が仕事で稼いだお金は全て兄貴が管理しており、そこから月給と言う形で俺に支給されるという形式になっている。これは一般的な事務所に所属するアイドルと同じはずだ。つまり一ヶ月に使用することが出来るお金は常に一定となっており、それ以上の金額を使用しようとすると貯金を切り崩すしかないのだ。当然貯金はそれなりに貯まっているものの、前世の記憶が庶民的だったためか知らないがあまりそこら辺に頼った生活をしたくない。そこで考えた独自のルールが『一定以上の金額を使用する場合、別途何らかの方法で金銭を稼ぐ』というもの。

 

 まぁ要するに『不足分はアルバイトして稼ぐ』ということだ。

 

 しかしそこで問題になってくるのは『果たして周藤良太郎がアルバイト出来る場所があるのか』ということだ。それは『アルバイトをする能力のある無し』ではなく『周藤良太郎としてアルバイトをした場合に生じる問題』と言う意味である。何度も言うようだが俺はトップアイドルである。老若男女問わず人気のある俺が近所のコンビニでアルバイトすることが出来ようか? 否、出来ない(反語)。

 

 つまり俺がアルバイトをする場合『周藤良太郎を快く受け入れてくれるアルバイト先があるか』という問題と『周藤良太郎としてバレない方法があるか』という問題の二つが挙げられる訳だ。

 

 一つ目は簡単に解決。昔から馴染みのある翠屋に頼めばいいのだ。まだアイドルとして有名になる前からちょいちょいアルバイトをしていたため勝手は知っている。士郎さんと桃子さんに頼んだら二つ返事でOKを貰うことが出来た。いやぁマジ感謝。

 

 そして二つ目の問題。これも当初はいつもの帽子と眼鏡を装着することで解決しようと考えていたのだが、店内で帽子を被るのもどうだろうか。いやまぁこの翠屋の常連さんは俺が良く来ることを知ってるし、別にバレても問題ないといえば問題ないのだが。

 

 

 

「そこでこのメイド服だよ」

 

「話が飛躍しすぎて何が『そこで』なのかが一切分からんぞ」

 

 

 

 もっと行間を読ませろと恭也は愚痴る。

 

 半袖にロングスカートのエプロンドレス、胸元にはさりげなく赤いリボン。黒髪の長いかつらを被り、その上には純白のカチューシャ。本来ならこれは作業中に髪が邪魔にならないように抑えつけるのが目的なので意味がないのだが、そこら辺はご愛敬。さらに桃子さんによって薄く施されたメイクにより見た目は完璧美少女(自画自賛)。常に無表情で笑顔がないのがマイナスポイントだが、それを差し引いてもクールビューティーメイドの誕生だ。

 

 『女装』も十分に変装の一種である。これにより周藤良太郎だとバレずにアルバイトが可能となったのだ。

 

「大体、何処からそのメイド服を持って来たんだ」

 

「いや、この服持ってきたの桃子さんだけど」

 

「母さん……」

 

「さらに言うと本当だったら恭也に着せるつもりだったとも言っていた」

 

「母さんっ!?」

 

 悲鳴のような声を上げて驚愕する恭也がカウンターの向こうの桃子さんに振り向くが、当の桃子さんは「うふふ」とただ笑うだけだった。

 

 なおこのメイド服、本来は高町家長女の美由希ちゃんに着せるつもりで買ってきたがサイズが大きすぎたからサイズを合わせるための手直し待ちだったものらしい。美由希ちゃんの分はまた後日買ってくるとか。美由希ちゃんのメイド服が見れる日も近いな。

 

 ちなみにその美由希ちゃんは友人と遊びに行っているため不在。なんか最近タイミングが合わずに全然会っていない気がするが、気のせいだろうか。

 

「フィアッセはおかしいと思わないのか!?」

 

「似合ってるよねー、良太郎のメイド服」

 

「俺だけか!? 俺だけがこの状況をおかしいと思っているのか!?」

 

 クールな恭也にしては珍しく頭を抱えてうがーっと吠える。

 

「良太郎お兄さん、とっても綺麗です!」

 

「ありがとー、なのはちゃん。でも今はお兄さんだとアレだから『リョウお姉さん』って呼んでくれ」

 

「はい! リョウお姉さん!」

 

 グリグリと頭を撫でると、髪がぐしゃぐしゃになっちゃうよーと言いつつも満更でもない表情で目を細める翠屋の小さな店員さん(俺とお揃いのエプロンドレス着用)。

 

 

 

「……俺に、味方はいないのか」

 

 

 

 というわけで、本日の周藤良太郎は『メイド』として翠屋でアルバイトである。

 

 さ、張り切って働いていこう!

 

 

 




・フィアッセ・クリステラ
以前から名前だけ出ていたとらハ世界の歌姫がようやく登場。しかし原作未プレイの作者の情報源は他の二次創作作品のみ。これでちゃんとフィアッセさんになっているのかが大変不安である。

・「メイド服に決まってるじゃないか」
以前からご要望があった女装ネタ。
第二章開始早々この主人公は一体何をしているんだ(呆れ)

・アルバイトをする理由
感想で何人かの読者に「これだけ売れてるアイドルがそれぐらいで金欠になるのは疑問だ」と言われたので辻褄を合せてみた()

・美由希は不在
やはり不憫だった。

・「良太郎お兄さん、とっても綺麗です!」
純粋なのはちゃんマジ天使。ちなみに何気にメイド服着用。



 前書きでも書いたように、14話までの空白期はREX版の漫画を参考にさせていただいております。

 ちなみに漫画版は他に「The world is all one」「カラフルデイズ」「眠り姫」を既読済み。魔王エンジェルをタグ登録してプッシュしているくせに実は「relations」は読んだことがないという……。


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Lesson40 HENSHIN! 2

ラブライブ終わってしまいましたね……。

最近はラブライブメドレーを聞きながら執筆作業をしております。

……何かおかしいこと言いましたかね?


 

 

 

「いらっしゃいませー。四名様ですか? こちらのテーブル席へどうぞ」

 

 接客なう。

 

 完全武装メイド姿でホールスタッフとして現在労働中である。中学生の頃に軽いお手伝い(バイトだと法律的にアウトのため)をしていたので接客はお手のもの。他にもオーダー取りテーブルセッティングレジ打ちなんでもござれだ!

 

「あれ、お姉さん新しいバイト?」

 

「はい。今日だけ臨時でアルバイトに入った周藤良子です。よろしくお願いします」

 

 常連さんの奥様に声を掛けられ、無表情のまま挨拶をする。接客として笑顔がないのは若干アレかもしれないが、そこはキャラということで。

 

「へぇ、周藤良太郎君と随分と似た名前なのね」

 

「よく言われます」

 

 この常連さんは俺とも顔見知りのはずなのだが、一切気付く様子が無い。

 

 ちなみに周藤良子は母さんの名前である。周藤ハーマイオニーとでも名乗ろうかとも思ったのだが、別の女装男子の名前と被るのでやめておいた。さらにあんまり使われることがない完全声帯模写の特技を駆使して声も母さんのものにしてあるため、これで俺が男だとばれることはほぼ無いはずだ。もしばれたら多分その人は無意識的に女性を避ける人物か人を疑うことしかできない人物だろう。

 

 さぁ、本日の翠屋は美人美少女店員三人組(+イケメン親子+美人人妻)でお送りするぞ! 来いよお客さん! 財布の紐なんか投げ捨ててかかってこい!

 

 

 

「ふふ、ホント昔から良子ちゃんは働き者ね」

 

「……母さん、さも当たり前のようにアイツを良子呼びするのはやめてくれ。アイツの性別が分からなくなる」

 

「良子ちゃーん、これ運んでくれー」

 

「はーい!」

 

「父さん……」

 

「良子ー、レジ代わってくれるー?」

 

「フィアッセまで!?」

 

「リョウお姉さーん!」

 

「なのは!?」

 

 

 

「どうした恭也、さっきから。しっかりと仕事しろ」

 

「喧しい!」

 

「?」

 

 何故怒鳴られたのだろう……解せぬ。

 

 

 

 

 

 

「えっと、こっち……だよね」

 

「うん、道は合ってるみたいだよ」

 

 午前中の仕事が終わり、私と千早ちゃん、真、雪歩の四人はとある場所に向かって歩いていた。

 

 本日の仕事はこのメンバーでの雑誌の写真撮影だった。全員で制服に着替えての撮影で、普段着ている制服がセーラー服なのでブレザーの制服は新鮮だった。なお、真が一人だけ男子生徒の制服だったのはもはや予定調和だったので(真を含め)誰も何も言わなかった。本人も諦めたのか、ふっきれたのか、それとも自然過ぎて気が付かなかったのか。

 

 さて、それで私達が何処に向かっているのかというと、喫茶『翠屋』である。

 

 喫茶『翠屋』。良太郎さんが差し入れに持って来てくれたシュークリームの箱に書いてあったその名前を調べてみたところ、どうやらテレビの取材も訪れるほどの名店だったらしい。あの美味しかったシュークリームをもう一度食べたくなり、幸い四人とも夕方まで空き時間があるため、ならば四人で行ってみようという話になったのだ。

 

『そうか、楽しんでこい。ただ、四人とも身バレには気を付けてくれよ? しっかりと自分がアイドルだという自覚を持ってくれ』

 

 翠屋に行くと伝え撮影現場で別れたプロデューサーさんの言葉である。

 

 先日のこともあり、身バレについて多少は気にかけているつもりではある。一応、私と雪歩はマスクを、千早ちゃんと真は帽子を被っている(千早ちゃんは帽子を被って来ていなかったので真が予備に持っていたものを借りた)。傍から見ると若干怪しい四人組にも見えない気がしないでもないが、流石に不審者として通報されることは無いだろう。正体がバレないことが最優先である。

 

「あ、見えてきた! たぶんあれだよ!」

 

 真が指差すその先に、その店はあった。店名と同じ緑色の看板を掲げた喫茶店、翠屋である。

 

「わー! 可愛いお店だね!」

 

「早く入ろう!」

 

「そ、そうね」

 

 あまり喫茶店やケーキ屋さんには入らないと言っていた千早ちゃんの背中を押しながら、入口へと向かう。

 

 そして扉の取っ手に伸ばした私の右手が、横から伸ばされた別の人物の手に触れた。

 

「あ、ごめんなさい」

 

「こっちこそごめんなさい……って、あれ?」

 

 横から同時に手を伸ばしたその女性が私達の姿を見て首を傾げるのを見て、慌てて私達は顔を逸らす。

 

(も、もしかしてバレちゃった……!?)

 

 しかし、その不安は杞憂に終わることとなる。

 

 

 

「久しぶり。765プロの……天海春香、だよね?」

 

 

 

「え?」

 

 久しぶり、という言葉に引っかかって顔を上げる。

 

 そこにいたのはサングラスをかけた女性。初めは誰だか分からなかったが、サングラスを外したその姿は確かに久しぶりと言う言葉が正しい人物、しかし個人的にはテレビで何度も見た人物であった。

 

「さ、三条ともみさん!?」

 

 1054プロダクションに所属するトップアイドルグループ『魔王エンジェル』の三条ともみさんだった。テレビで何度も見かけたが、こうして直接会うのはあの大運動会以来である。

 

「お、お久しぶりです!」

 

 別事務所とはいえ業界で言えば私たちではまだまだ足元にも及ばない大先輩との突然の邂逅に、私達は変装のために付けていたマスクや帽子を外して挨拶をする。

 

「そんなにかしこまらなくていい。わたしもあなた達もオフなんだし。そういうことに関しては、わたしは律子みたいに厳しくするつもりはないから」

 

 ね、と微笑むともみさん。なんとも優しい態度……確かに常日頃から上下関係に厳しい律子さんとは大違いの態度である。

 

「そういえば聞いたよ。初の感謝祭ライブ大成功おめでとう」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「本当は行きたかったんだけど、お仕事があって行けなかったんだ」

 

「い、いえ、お気持ちだけで十分ですよ!」

 

「お、お心遣いありがとうございますぅ~!」

 

 ぶんぶんと手を振るが、しかしその言葉はとても嬉しかった。感謝祭ライブのことは実際に会場に来てくれた良太郎さんからも称賛の言葉を貰い、嬉しかったり恥ずかしかったり。当然あのライブを自分で卑下するつもりはないし、自分でも最高のライブだったと胸を張れる。だがこうしてトップアイドルの皆さんから褒められるとやはり嬉しいのだ。

 

「あ……こうしてお店の前にいたら邪魔になっちゃうから」

 

「あ、はい」

 

 入ろうか、と言うともみさんの言葉に頷く。ともみさんが扉の取っ手に手を伸ばしたので、私達は慌てて再びマスクや帽子を装着しようとするが、そんな私達の様子を見て再びともみさんは言う。

 

「そんなに気にしなくても大丈夫」

 

 ……えっと、それはまだ私達が身バレを気にするほど有名になっていないと言っているのだろうか。

 

「このお店はリョウがデビュー前から通ってて、店員さんはもちろん、お客さんもアイドルぐらいで騒ぐ人はそうそういないから。特に昼過ぎのこの時間は」

 

 わたしも何度か変装無しで来てるし、とともみさん。なるほど、良太郎さんに慣れている店員さんにお客さんだったらつい最近有名になりだした私達程度では動揺しないと言うことか。……それはそれで、寂しいような悔しいような。

 

「それじゃあ改めて」

 

 ガチャリと扉を開けて、私達は店内へと足を踏み入れた。

 

「いらっしゃいませー!」

 

 そんな私達を出迎えてくれたのは、なんとメイド服を着た美人のお姉さんだった。可愛らしいソプラノボイス、千早ちゃんのように真っ直ぐ綺麗に伸びた黒髪、すらっと伸びた長身、可愛いと言うよりはカッコいい美人。私もアイドルなのである程度自分の容姿に自信があるのだが、それでも思わず羨んでしまうぐらいの美人だった。しかしその表情は何故か無表情。これでニコリと笑ってくれたらとても絵になったのだが。

 

「って、あれ、もしかして……『魔王エンジェル』の三条ともみちゃん? それに、えっと……765プロの天海春香ちゃんに、如月千早ちゃん、菊地真ちゃん、萩原雪歩ちゃんですか?」

 

 私達の顔を確認するなり驚いたといったリアクションを取るお姉さん。しかしその表情は一切変わらずに無表情なので本当に驚いているのかどうかの判断が出来なかった。

 

「え、えっと……」

 

 正直に頷いていいものかと逡巡するが、私達が反応する前にお姉さんは一人納得したようにパチリと手を合わせた。

 

「マスターからこのお店は芸能人の方が何人も訪れるって話を聞いていたのですけど、まさかアルバイト初日で会えるとは思っていませんでした」

 

 それじゃあお席の方に案内しますね、と言うお姉さんに案内されて私達はテーブル席へ。

 

「あれ? ともみさん、どうかしたんですか?」

 

 振り返ると、何故かともみさんが眉根を潜めてお姉さんをじっと見ていた。

 

「……あの無表情具合が良太郎に似すぎてて……」

 

「確かに、言われてみればそうですね」

 

 真もともみさんに同調しながら頷く。確かにどんな時も崩れることがない無表情は良太郎さんそっくりだ。

 

「御親戚の方ですかね?」

 

「言われてみれば、少し面影が……」

 

 お絞りと水の入ったグラスをテーブル席に置き、ご注文が決まりましたらお声をおかけくださいと言ってお姉さんは業務へと戻っていった。というか、ナチュラルにともみさんと同席することになってしまったが、ともみさんは何も言わないし個人的にもう少し話をしたかったので私も特に何も言わない。

 

「良子ちゃん、これお願いね」

 

「はーい」

 

 マスターらしき男性(かなりのイケメン)から受け取ったコーヒーを別のテーブルのお客さんに運ぶお姉さん。

 

「……良子、ねぇ……それにあの声……」

 

 先ほどよりも目が細くなっていくともみさん。ジトーッという擬音が聞こえてきそうなぐらい、もはや睨むようにお姉さんを見ている。

 

「もちろんシュークリームは頼むとして……あとはコーヒーが有名みたいだよ」

 

「千早ちゃんはどうする?」

 

「えっと……それじゃあ、私も同じもので」

 

 真たちはそうこうしている間に早々と注文を決めたようだ。もちろん私もみんなと同じものだ。

 

「ともみさんはどうしますか?」

 

「わたしも決まってる」

 

「それじゃあ……」

 

 すみませーん、と真が手を上げると、お姉さんが伝票を片手にやってきた。

 

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 

「えっと、シュークリーム四つにオリジナルブレンド四つ。……ともみさんは?」

 

 真に問われ、未だにお姉さんを見ていたともみさんはポツリと呟いた。

 

 

 

「……33-4」

 

「なんでや! 阪神関係ないやろ! ……はっ!?」

 

 

 

 !?

 

「い、今の声……!?」

 

「も、もしかして……!?」

 

「……何故バレたし」

 

「流石に良子さんと同じ名前と声を使っていれば不審に思う」

 

 はぁ、と溜息を吐いたお姉さん(?)が発した声は、紛れもなく聞き覚えのある『男性』の声だった。

 

 

 

「で? どういうつもり、良太郎」

 

「まぁ、色々あってな」

 

 

 

「「「「~っ!!?」」」」

 

 

 

 ここで叫ばなかったことに対して、私は自分で私達を褒めたいと思った。

 

 

 




・周藤ハーマイオニー
某魔法使い少女……ではなく、この小説で既に登場済みの某執事。女装した時の名前としてぱっとこれが思いついた。

・無意識的に女性を避ける人物
某覚醒する炎の紋章に登場する剣士さん、もしくは妖精尻尾クロニクルの主人公さん。
両者とも、避けるというか拒絶というか……しかし高性能セレナのため、剣士さんにはティアモを娶ってもらわねばならぬのだ……(血涙)

・財布の紐なんか投げ捨ててかかってこい!
野郎オブクラッシャー!(女の子大歓迎的な意味で)

・自然過ぎて気が付かなかったのか。
凛ちゃんはあんなにもスカートが似合ったというのに……。

・なんとメイド服を着た美人のお姉さんだった。
※だが男だ。

・「なんでや! 阪神関係ないやろ!」
没ネタ「すっきりさわやか?」「マダゼスチンサイダー!」
※後に本編で美希がそのCM撮影する予定なので時系列を合わせた結果没に。



『どうでもいい小話』
 最近のお気に入りキャラをまとめてみた。

 星井美希(アイドルマスター)
 朝比奈りん(アイドルマスター)
 西木野真姫(ラブライブ)
 乾梓(辻堂さんの純愛ロード)
 キリエ・フローリアン(リリカルなのはAsGOD)
 新子憧(咲阿知賀編)

 友人「ビッ○っぽいのばっかりだな」
 作者「ぶっとばすぞ貴様」

 どうしてこうなった。


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Lesson41 HENSHIN! 3

活動報告に書いたようにPCが壊れたのですが……。

「土曜日」PC不調。立ち上がらずセーフモードすら起動しない。

「日曜日」修理に持っていくも「データは諦めてください」と言われ、「じゃあいいです」と新型ノートPCを購入&お持ち帰り。

「月曜日」執筆&投稿。

……自分で言うのもあれだが、PCが壊れてから復帰ってこんなに早いものだっけ……?
(とりあえず小説のデータは別保存してあったので無事でした)


 

 

 

 ある時は、ただの男子高校生……。

 

 またある時は、謎の美少女メイド……。

 

 かくしてその正体は……!

 

 

 

 ――世間を賑わすトップアイドル、周藤良太郎だったのだ!

 

 

 

「とりあえずご注文を繰り返させていただきます」

 

「あ、はい」

 

 

 

 

 

 

 シュークリームが美味しいという話で有名な喫茶店を訪れたら、そこの美人メイドさんが日本のトップアイドル(男)だったというちょっと何を言っているのか分からない状況にともみさん以外の全員が混乱すること約二分。「……あれで男……じゃあ僕って一体……」と暗黒面(ダークサイド)に落ちかけた真を光明面(ライトサイド)に呼び戻すこと約五分。全員の注文したものが再び美人メイド(男)さんに届けられた辺りで全員がようやく回復した。

 

「お待たせしました。シュークリームとオリジナルブレンドになります」

 

 相変わらずの無表情ながらその美貌で女性の声を出されると、その正体を知っていてなお男の人とは思えない。一体どんな声帯をしているのだろうか。

 

「えっと、聞いていいんですかね……?」

 

「ん? あぁ、大丈夫だよ。今はお客さん少ないし、マスターも大丈夫だって言ってるし」

 

 いつもの声に戻り良太郎さんは頷く。カウンターの向こうを見ると、マスターさんが笑顔でこちらに手を振っていた。

 

「というか、その格好で普通に男の人の声を使われると大変な違和感しかないのですが」

 

「というかキモイ」

 

「ともみさんがひどいっす」

 

 じゃあ女の子バージョンでいくよ、と再び蕩けるような甘い声に変わった。後で聞いた話によると良太郎さんのお母さんの声らしい。これが二児(二十六歳と十八歳)を持つ母親の声だと……!?

 

 良太郎さん……ええい、見た目とのギャップが酷いからもうこの格好の場合は良子さんに統一しちゃえ。良子さんの話では最近大きくお金を使うことがあったらしく、その分の埋め合わせをするためにこうしてアルバイトをしているらしい。まさかトップアイドルがこうして喫茶店でアルバイトをしているとは夢にも思わないだろう。

 

 というか、恐らくその最近あった大きくお金を使うこととは感謝祭ライブで私たちに贈ってくれた多数の花輪のことだろう。詳しい金額を詮索するのは野暮だし何より失礼だろうと思って調べることはしなかったのだが、それが膨大な金額になることぐらいは容易に想像することができた。

 

 私たち四人の顔色が変わったことに気付いたのか、良子さんは気にしないでと手を振った。

 

「あれは私が自分で勝手にしたことだから、君たちが気にすることじゃないよ。アルバイトだって楽しく働かせてもらってるわけだし、大変ってわけじゃないから」

 

「……ありがとうございます」

 

 感謝祭ライブが終わった後に765プロの全員でお礼を言いに行ったのだが、改めてこの場で私たち四人は揃って頭を下げた。

 

「アルバイトの理由は分かった。それで? そのメイド服の理由は?」

 

 私たちの話がひと段落したところで、ともみさんが最も聞きたかった重要な疑問点を聞いてくれた。

 

「ここでアルバイトをする上での変装の代わりみたいなものよ。ほら、いくらここの常連さんと顔なじみだからって堂々とアルバイトしてるのもアレでしょ?」

 

「いつもみたいに眼鏡と帽子でいいじゃない」

 

「室内で、しかも接客中に制服でもないのに帽子被ってるのはどうかと思うんだ」

 

「メイド服はどうかと思わなかったの?」

 

「そりゃあ変だとも思ったけど、よく見てよ」

 

 そう言うと良子さんはその場でクルリとターンを決めた。ひらりとロングスカートが膝の辺りまでめくれ上がる。ちらりと見えた足はしっかりとムダ毛の処理がしてあり、本当に性別が分からなくなるほど綺麗な足で、左手でスカートを軽く持ち上げ、右手を頭の後ろに添えるそのポーズも何故か堂に入っていた。

 

「似合ってるでしょ?」

 

「いや、まぁ」

 

 女としての自信にひびが入りそうになるぐらいには。これは真じゃなくても十分に落ち込むレベル。

 

「普通、男の人ってそういう女の人の格好をするのを嫌がると思うんですけど……」

 

 その言葉に、ポーズを取ったまま堂々と良子さんは言い切った。

 

 

 

「似合っているならそれでいいのよ!」

 

 

 

「「「「……えぇー……」」」」

 

 まさかそこを言い切るとは思わなかった。四人が引き気味に声を揃える。

 

 ……ん? 四人?

 

「ですよね!」

 

「ゆ、雪歩!?」

 

 突然、目を輝かせた雪歩がその場で立ち上がった。その目は何故かキラキラを通り越してギラギラと怪しい光を灯していたような気がした。

 

 

 

「似合っていれば『女の子が男の子の服を着ても』何の問題もないですよね!」

 

 

 

「えぇ、そうよ雪歩ちゃん。問題ないの」

 

「良子さん……!」

 

 何故か感激した様子の雪歩と良子さんがガシッと握手を交わしていた。

 

「あぁ、雪歩が男の人の手を握ってる……成長したんだね、雪歩……!」

 

 そして何故か真が感極まっていた。いや、確かにあの雪歩がいくら顔見知りの男性だからといって手を握ることが出来たことに対しては驚きだが。しかしこれは見た目が完全に女性だから可能だっただけなような気がする。

 

 でも、何だろう、雪歩の成長に真が感激してるけど……将来的に真が割を食うことになるような気がするのは気のせいだろうか。……気のせいだろう、真が男の子の格好をしているのなんて割とよくある話だった。

 

「どうぞ」

 

「え?」

 

 良子さんと雪歩のやり取りを微妙な気分で見ていると、別の女性の店員さんが私たちのテーブルにイチゴのショートケーキを人数分置き始めた。

 

「えっと、私たち頼んでないですけど……」

 

「良子のお知り合いの方のようですので、マスターからのサービスです」

 

 にっこりと笑顔を見せる店員さんはこれまたすごい美人だった。亜麻色の髪に碧眼の日本人離れした美人。これでまた良子さんみたいに性別が違うなどと言われたらもう私は女としての自信を喪失すると共に人を信じることが出来なくなるだろう。

 

 ……って、あれ? この人、どこかで見たことあるような……。

 

「……え!? も、ももも、もしかして……!?」

 

 誰だっただろうかと考えていると、突然千早ちゃんが狼狽しながら立ち上がった。

 

「ふぃふぃふぃ、フィアッセ・クリステラさん、ですか……!?」

 

「あら、バレちゃった?」

 

 フィアッセ・クリステラ!? イギリスが誇る世界の歌姫が何でこんなところに!?

 

「あ、あの、わわわ、私、貴方の大ファンで、えっと、その……!」

 

 お、おぉ、あの千早ちゃんが初めて良太郎さんと対面した時の美希みたいになってる。美希にとっての良太郎さんみたいに、歌メインの千早ちゃんはフィアッセさんに強い憧れを持っているのだろうと容易に想像できた。しかしまさか千早ちゃんがこんな風になっちゃうとは。

 

「あら嬉しい。私も貴方のファンだったのよ? 如月千早」

 

「え、えぇ!?」

 

 フィアッセさんの突然の告白に顔を真っ赤にして驚く千早ちゃん。余りにもレア過ぎるその表情を思わず写メしておきたかったが、流石に空気を読んで携帯電話は仕舞っておく。

 

「今はちょっとお仕事をお休みしてるところだけど、いつか機会があったら同じステージで歌えるといいわね」

 

「あ、あ、ありがとうございます!」

 

 差し出されたフィアッセさんの手を両手で包み込むようにして握る千早ちゃんはとても興奮しつつも凄く嬉しそうだった。

 

「………………」

 

 それにしても、と我に返る。

 

 女性店員二人と握手を交わす二人と、感極まっている一人。そんな三人が同席するテーブルで、なんか逆に私だけが浮いているような気がしてならなかった。いくらお客さんが少なくても当然いないわけではないので多くの視線は向けられており、それが暖かく見守るような視線なのが余計に恥ずかしくて……。

 

「えっと、ともみさん……」

 

「頑張って」

 

「まだ何も言ってませんよ!?」

 

 いつの間にか自分のシュークリームを頬張っていたともみさんに、相談する前から見放された。どうやら一切関与するつもりはないらしい。

 

(変装、しておけばよかった……)

 

 顔が若干熱くなるのを感じながら、入店する前に外してしまったマスクをぎゅっと握りしめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 良太郎とフィアッセさんが業務に戻ったところで全員が落ち着き、シュークリームとショートケーキとコーヒーに舌鼓を打つ。

 

「うぅ、疲れた身体にシュークリームとショートケーキの甘さが染み渡るよ……」

 

「どうしたの春香?」

 

「ううん、何でもないよ千早ちゃん……」

 

 天海春香が一人だけ疲れた様子だったが、今後のことを考えると頑張ってもらいたいところだ。

 

「それにしても、変装、変装かぁ……」

 

「真ちゃん?」

 

 カチャカチャとティースプーンでコーヒーをかき混ぜながら菊地真が唸る。

 

「流石に良太郎さんみたいに性別まで偽って、とは言わないけどさ。僕たちも周りの人たちにバレないように気を付けないといけないわけだよね」

 

「うーん……」

 

「いつも普通に通っていたお店とか、普段の姿で行って騒がれでもしたら迷惑かかっちゃうし……」

 

「確かにそうだね……」

 

 ここに入る時もそうだったが、どうやら彼女たちは有名になったことによる弊害の一つである身バレについて悩んでいる様子だった。

 

「………………」

 

 わたしは、麗華やりんみたいに先輩風を吹かせるつもりは一切なかった。彼女たちもアイドルになった以上、時に一緒に頑張り時に競い合う、そんな関係であればいいと考えていた。

 

 

 

 しかしそんな彼女たちを見て。

 

 

 

 ……少しだけ、意地悪がしたくなった。

 

 

 

 

 

 

おまけ『ニアミス』

 

「そういえば、今日は麗華やりんは一緒じゃないんだな」

 

「うん、二人で買い物に行くって言ってた」

 

「ふーん……」

 

 

 

 

 

 

「……りょーくんとニアミスした気がする!?」

「……良太郎さんとニアミスした気がする!?」

 

 

 

「「……ん?」」

 

 

 

 某ショッピングモールにて。

 

 同じアイドルメンバーと共に買い物に来ていたツインテール少女と、兄の恋人と共に買い物に来ていた三つ編み眼鏡少女の叫びが重なったとか重ならなかったとか。

 

 

 




・ちょっと何を言っているのか分からない
度々使用しているが、今更ながら補足するとサンドウィッチマンネタ。
最近ネタ番組本当に減ったなぁ……。

・暗黒面と光明面
帝王○ーグ「お前の父は私だ」
バ○「嘘だぁぁぁ!?」

・雪歩と良子さんがガシッと握手を交わしていた。
生っすかへの布石と共にここにキマシタワーを建てよう(提案)

・千早とフィアッセ
相変わらずちゃんとフィアッセさんになってるかどうかはまぁ別として。
普段クールなちーちゃんはこういう風に尊敬している人に対してはミーハーになるんじゃないかと妄想してみる。

・おまけ『ニアミス』
しかし片やヒロイン級、片や不憫担当。
……全ては髪型が作者のストライクに入るか入らないかが決め手であった。
あとおっぱい。



 PCが新しくなり、気分も一新!

 ……アイチューンズの中身が全部飛んだけど小説が無事ならそれでいいし(涙声)


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Lesson42 HENSHIN! 4

注意!
シリアスもどき、説教もどき、いい話のなり損ない的なものが多く含まれております。
ネタも少なめで今回は個人的にもネタ小説にあるまじき姿になっております。


 

 

 

「ありがとうございましたー」

 

 蕩けるような甘々ボイスでお客さんの背中を見送り、一息吐く。というか、本当に我が母親の声ながら凄まじい声だ。これで本当に四十ピー歳かよ。

 

 お客さんが帰った後のテーブルの片づけをしてからカウンターに戻ると、コーヒーカップを拭いていた士郎さんに話しかけられた。

 

「お疲れ様、良子ちゃん。そろそろ休憩に入ってくれ」

 

「ありがとうございます」

 

 ようやく休憩である。昼食も食べずに働いていたからクタクタだ。

 

「リョウお姉さん、お疲れ様なの!」

 

「ん、なのはちゃんもお疲れ様ー」

 

 とてとてと近寄ってきた小さなメイドちゃんの頭を撫でる。

 

「なのはちゃんもお手伝い終わり?」

 

「はい! この後アリサちゃんのお家にお呼ばれしてるので!」

 

「そっか。楽しんでおいで」

 

「はい!」

 

 着替えるためにお店の裏に入っていったなのはちゃんの背中を見送る。さて、俺も着替えて昼飯だ……と、その前に。

 

 ちらり、と翠屋にやってきた五人のアイドル集団のテーブルに目を向ける。先ほどから何やら雰囲気がおかしいが……。

 

 あいつら、何を話してるんだ?

 

 

 

 

 

 

「ちょっといい?」

 

 それは、それまで黙ってコーヒーを飲んでいたともみさんの声だった。

 

「みんな、顔を隠すことで悩んでるんだ」

 

「はい、最近色々な人に顔を覚えてもらって、それで街中で声をかけられることが多くなって……」

 

「それで、何かバレないようにする方法を考えていたんです」

 

「そう……」

 

 真と雪歩が答えるとともみさんはそっと目を閉じた。その姿はまるで何かを考えているようで、何かの言葉を探しているようで……。

 

「……えっと、ともみさ――」

 

 

 

「君たちは、どうして顔を隠すの?」

 

 

 

「……え?」

 

 唐突に、それを尋ねられた。

 

「わたしたちはアイドルで、顔を見てもらうことがお仕事の一つ。なのに、どうして顔を隠すの?」

 

「えっと……それは、周りの人に迷惑がかからないように……」

 

「どう迷惑がかかるの? 迷惑がかからなければ隠さないの?」

 

「だから、それは――!」

 

 真が反論しようとするが、それを遮るようにともみさんはさらに言葉を紡ぐ。

 

「知られてしまった自分の顔を隠すの? でもそれは貴方たちの顔。普段の顔を隠す?」

 

 

 

 ――アイドルとして舞台に立つときが貴方たちの顔?

 

 

 

 ――それじゃあ、普段の貴方たちの顔は、誰の顔?

 

 

 

 ――アイドルとして以外の貴方たちの顔は、何処?

 

 

 

 それはただの屁理屈だ。言っていることが滅茶苦茶だ。そう反論したかった。

 

「………………」

 

 しかし、何故か私の口はそれらの言葉を発することが出来なかった。

 

 私たちは、自分の顔を隠すことしか考えていなかった。自分が天海春香だとバレないようにすることばかり考えていた。

 

 でも、それはもしかして普段の自分(あまみはるか)を否定しているのではないだろうか。

 

 私は、天海春香で、天海春香はアイドルで、テレビの向こうで私は笑ってて、それはアイドルの笑顔で。

 

 

 

 ソレジャア、私ノ笑顔ハ何処ニアルノ?

 

 

 

「クルルァ(巻き舌)」

 

「!?」

 

 グルグルと回り始めていた思考の渦から私を呼び戻したのは、パンッという乾いた音だった。

 

「お前はなに後輩苛めてるんだ?」

 

「痛い……」

 

 それは良太郎さんがともみさんの頭を叩いた音だった。いつの間にかともみさんの背後に立っていた良太郎さん(私服)がメニューをともみさんの頭頂に振り下ろしたようで、ともみさんは少し眉根を寄せて頭を押さえていた。

 

「そういう苛めっ子ポジはお前じゃなくて麗華やりんの役目だろ。どういう心境の変化だよ」

 

 似合ってねーぞ、と良太郎は呆れたようにポンポンとともみさんの頭を叩く。

 

「……ちょっとした悪戯心。みんなごめんね、変なこと言っちゃって」

 

「え、いや、その……」

 

 ともみさんはあっさりと私たちに向かって頭を下げた。しかし私を含め、真も雪歩も千早ちゃんも未だに戸惑ったままである。

 

 そんな私たちの様子を見て良太郎さんはふむ、と腕組みをする。

 

「まぁ、深く考えない方がいい……とは言わない。ちょっとだけ考えてみてくれ」

 

「……私たちの顔が何処にあるのか……ですか?」

 

「そんな哲学的なことじゃないさ。ゆっくりでいい、答えが出なくてもいい。それでも考えてみてくれ。アイドルじゃない自分がいる場所を」

 

 きっと、身近なところだからさ、と。

 

「………………」

 

 

 

 

 

 

「……ったく、何を考えてるんだよお前は」

 

 来た時とはだいぶ違うテンションで帰って行った四人を見送りつつ、隣のともみを軽く睨む。ちなみに裏で着替えてきているので既に良子ちゃんではなく100%周藤良太郎である。

 

「ちょっとした悪戯心で苛めてみたくなっただけ」

 

「悪戯心って……苛めてみたくなったって……」

 

 貴方の顔は何処にあるのって、ちょっとしたサスペンスかホラーだぞ。これそういう作風じゃないから。そういうのはラノベの中だけで十分だって。

 

「……あの子たちに期待しているのはリョウだけじゃない」

 

「ん?」

 

「わたしも、765プロのあの子たちには期待してる」

 

「……へぇ」

 

 意外だった。魔王の三人の中でも控えめというか、麗華とりんの三歩後ろから見守る立場を一貫してたともみが他のアイドルのことを気にかけるとは。

 

 麗華も竜宮小町やりっちゃんを、りんも美希ちゃんを気にかけてるみたいだし……765プロも魔王エンジェルの三人にしっかりと認識されたってことかな。

 

「それじゃあ、私は帰る」

 

「ん、そうか」

 

 いつの間にかともみはしっかりとお土産のシュークリームの箱を片手にしていた。

 

 ちなみに春香ちゃんたちにも変なことを考えさせてしまったお詫びとしてシュークリームをそれぞれお土産に持たせている。……なお、俺の自腹である。ここで思わず財布の紐を緩めてしまうから今回アルバイトをする羽目になったというのに全く懲りていなかった。思わずぢっと手を見て考えてしまった。

 

「……最後に聞いてみたいんだけど」

 

「ん?」

 

「リョウの顔は何処にあるの?」

 

 それは、先ほど春香ちゃんたちに問いかけていたものと同じものだった。

 

 ……そうだな、俺の『顔』が何処にあるのかというならば。

 

「……前に言ったことあるだろ?」

 

 

 

 ――母親のお腹の中に忘れてきた、って。

 

 

 

 それが、その問いかけに対する『周藤良太郎』の答えである。

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 今日の仕事を全て終え、私は地元の商店街を一人歩いていた。

 

 今日一日ともみさんや良太郎さんに色々と言われたことを考えていたが、結局よく分からなかった。

 

 ただの言葉遊びだとも、それとも個人の解釈で私とは関係ないと割り切ることも当然できたはずだ。

 

 しかし、何故かそれが出来なかった。

 

 

 

 ――あんたはアイドルとしての自覚を持ちなさい!

 

 

 

 ――しっかりと自分がアイドルだという自覚を持ってくれ。

 

 

 

 友達とプロデューサーさんの言葉を思い出す。普段からアイドルとしての自覚をもって、普段からアイドルとして生活して……。私がアイドルであることを否定したいわけではない。アイドルである以上自由は減ってしまうことも理解している。

 

 でも。けれど。それでも。

 

 今までの普段の私は、一体何処に行ってしまったのだろう。

 

 

 

 明日は平日なので学校があるため、明日の昼食として持っていくパンを買うために商店街のパン屋さんに寄ることにした。今までは当然普段の格好で利用していたのだが、何故か今日は雪歩から借りたままだったマスクを付けて顔を隠してしまった。

 

 いつものように代金を払い、紙袋を受け取ろうと手を伸ばす。

 

 その時だった。

 

 

 

「顔色悪いけど、大丈夫かい? 春香ちゃん」

 

 

 

「っ!」

 

 昔から利用するパン屋の店長さんからの言葉。何度か話をしたことがあり、お互いに顔見知り。声をかけられることは何も不思議なことではない。

 

 それでも私は、思わず俯き自分の顔を隠そうとしてしまった。

 

 

 

 ――それじゃあ、普段の貴方たちの顔は、誰の顔?

 

 

 

 昼間のともみさんの言葉がリフレインする。

 

 怖くなり、視界が僅かに滲む。

 

 しかし、そんな私に投げかけられたのは、優しい店長の声だった。

 

 

 

「ははは、そんなに隠れようとしてもすぐわかるよ。顔馴染みの春香ちゃんを見間違えたりするもんか」

 

 

 

「え……」

 

 顔を上げる。店長さんは、いつもと変わらぬニッコリとした笑みを私に――天海春香に向けてくれていた。

 

「確かに春香ちゃんはアイドルとして有名になって、これからは大変なのかもしれない。それでも、この商店街ぐらいは自分を隠さずに堂々としていればいいさ」

 

 

 

 ――この商店街のみんなは、春香ちゃんの大ファンなんだから。

 

 

 

「……っ!」

 

「昔からの春香ちゃんの顔が見れないと、みんな悲しむからね。元気な春香ちゃんの笑顔が大好きなんだから」

 

「……はい」

 

 マスクを取り、まっすぐと店長さんと顔を合わせる。

 

「ありがとうございます!」

 

 

 

 私は天海春香で、アイドル。アイドル天海春香。それでも、テレビの向こう以外の天海春香も確かにここにいた。

 

 良太郎さんが言っていた言葉の意味が、少しだけ理解できたような気がした。

 

 

 

 

 

 

おまけ『ニアミス そのに』

 

 

 

「ねぇ恭ちゃん、さっきなんか常連のおば様に『今日はこの間のバイトの子いないの?』って聞かれたんだけど、私がいなかった日に誰かバイト来てたの?」

 

「あ、あぁ。一日だけ、臨時でな」

 

「無表情だけどすっごい美人だったらしいね。うーん、私も会ってみたかったなぁ。またバイトに来たりしないの?」

 

「……ほ、本人はまたお世話になりたいとは言っていたが……」

 

「そうなんだ! じゃあ今度は一緒に働けるといいなー!」

 

「……そうだな」

 

 

 

「? 恭也が変な顔をしてるね」

 

「ああいう顔を『苦虫を噛み潰したような顔』って言うんだって先生に教わったよ!」

 

「そうなの、なのはは物知りね」

 

「えへへ」

 

 

 




・ともみさんのおはなし。
イイハナシニシタカッター
今回で本当に自分にシリアスの才能がないことに気が付いた。言いたいことがきちんと伝わるかどうか。
当然みなさん「それは違うよ!」とお思いでしょうが、どうかヒートアップせず。最近暑くなってきましたし。

・思わずぢっと手を見て考えてしまった。
はたらけどはたらけど猶わが生活楽にならざり
作者の教養の良さが滲み出ていますね()

・パン屋さん
REX版でのワンシーン。アイドルは何処で顔を隠し、そして何処でその素顔の晒せばファンは受け入れてくれるのか……的なことをこの辺を読んで思ったのがこの話のきっかけ。



 今回は試験的なシリアス話になりました。本当ならば「アイドルは笑顔という仮面をどうだのこうだの」「良太郎は笑顔がないから仮面を被っていないどうだのこうだの」を書きたかったのですが、書いている途中に「これはアカン」と諦めました。

 今後予想される原作の流れのシリアスはもう少し頑張ります。



 さて次回は最近頻度が増えてきている番外編、何度か要望があった「ぷちます編」です。今回がアレだったのシリアスなしネタのみで構成できるように頑張ります。


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番外編05 ぷちますの世界に転生したようです?

前回がシリアル()だった反動でこうなった。


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

「お届け物でーす!」

 

「はーい!」

 

 それはとある日のことだった。

 

「え!? ちょ、ちょっとプロデューサーさん、手伝ってください!」

 

「え? あ、はい」

 

 宅配便の応対に向かった小鳥さんの焦ったような声が聞こえ、それに応えてプロデューサーが事務所の入り口に向かった。どうやらかなり大きな荷物が届けられたらしく、プロデューサーの「え!?」という驚いた声が聞こえてきた。

 

 小鳥さんの「頑張ってください!」という応援の言葉と共にプロデューサーが持ってきたその荷物は、冷蔵庫でも入っているんじゃないかと思ってしまうほど大きな段ボール。それほどまで大きい段ボールをプロデューサーが一人で持ち上げていたのだ。

 

「お、重くないんですか? そんな大きな段ボール……」

 

 必死な表情ではある。しかし到底一人で持てるような大きさではないそれをしっかりと運ぶことが出来ていた。

 

 えっちらおっちらとやや覚束ない足取りで事務所の中に段ボールを運び終えると、プロデューサーは大きく息を吐いた。

 

「いや、確かに重いことには重いんだが、見た目ほどの重さはないんだよ」

 

「えー? にーちゃんなになにー?」

 

「わ、大きな段ボールですね」

 

 珍しく事務所には全員が揃っていたので、物珍しげに運び込まれた大きな荷物に集まってくる。

 

「誰からの荷物なんですか?」

 

「えっと……え?」

 

 宛名と差出人を見た小鳥さんが、こっちを見た。

 

「……良太郎君から、ですね」

 

「……良太郎、から……?」

 

 トップアイドル周藤良太郎からの贈り物。これだけを聞くと相当凄いことに聞こえる。現に良太郎のファンである美希と真美は先ほどから後ろで「りょーたろーさんから!?」「りょーにぃから!?」と歓喜の表情を浮かべている。

 

 しかしその性格を痛いほどよく知っている身としては怪しまざるを得ない。しかも真面目な荷物であれば以前のように匿名や偽名などを使う面倒くさい奴がわざわざ本名で送ってくる辺りがますます怪しい。

 

「あいつ、今度は何を企んでる……!?」

 

 考えれば考えるほど届けられたこの大きな段ボールから胡散臭さが漂っているような気がしてならなかった。

 

「りっちゃんりっちゃん! 早く開けてみようよー!」

 

「そうなの! りょーたろーさんからの贈り物なの!」

 

「えー……?」

 

 真美と美希が肩を揺すってせがんでくる。本当は開けたくないが、しかしこのままこの荷物を放置しておくわけにはいかないので、気乗りしないものの開封することに。

 

「プロデューサー、お願いします」

 

「……まぁ、別にいいんだけど……は、離れすぎじゃないか?」

 

 荷物を開ける役目をプロデューサーに任せ、三メートルほど後ろに下がり衝立の影に隠れる。

 

「お気になさらず」

 

「……分かったよ」

 

 どうぞどうぞと手で促すと、プロデューサーは少し納得してないような表情で段ボールに封をするガムテープに手をかける。

 

 そして、ビリビリとガムテープを剥がし――。

 

 

 

「かっかー!」「くー!」「ぽえー」「うっうー!」「めっ!」「あら~」「キー!」「ヤー!」「とかー!」「ちー!」「なのー!」「だぞ!」「しじょ!」「ぴっ!」

 

 

 

 ――唐突に『それ』は飛び出してきた。

 

 

 

 

 

 

 ピリリリリリ ガチャ

 

「良太郎おおおおおお!!」

 

『やあ、りっちゃん。そろそろ電話がかかってくる頃だと思ってたよ』

 

 電話に出た良太郎はまるでこうなることを予想していたように平然とした様子で、その態度が余計に私の神経を逆撫でした。

 

「一体『アレ』は何なのよ!?」

 

 電話越しの良太郎には見えていないと理解しつつも、『それ』を指さしつつ叫ぶ。

 

 

 

「かっかー!」

「な、なんか私たちに似てるような……?」

 

「だぞ! だぞ!」

「な、何なんだこの子達……?」

 

「とかー!」

「ちー!」

「うっうー!」

「ふ、ふふ、なんと可愛らしい……!」

 

 

 

 小動物化した私たち、という表現が一番合っていると思う。体長三十センチほどの大きさにデフォルメされた私たちが事務所内を駆け回っていた。春香モドキと真モドキが追いかけっこをし、美希モドキと雪歩モドキがそれぞれソファーと段ボール内で昼寝をし、千早モドキが千早の頭の上に乗ってペシペシと頭を叩いたり、てんやわんや。自分達に似たその存在にみんなが混乱していた。

 

『プレゼントだよ、プレゼント』

 

「そうじゃなくてあの小動物が何なのかっていう説明をしろっつってんのよ!」

 

『あぁ、あれは『チヴィット』っていうんだ』

 

「ち、ちびっと?」

 

『び、じゃなくてヴィ、な。biじゃなくてviだ。ちゃんと下唇を噛んで――』

 

「発音はどうでもいい!」

 

『分かった分かった』

 

 どーどーと私を宥めるように良太郎は話し始めた。

 

『チヴィットはグランツ研究所ってところが開発した愛玩用自立ロボットだ』

 

「ロボット!? あれがロボットだっていうの!?」

 

『あぁ。なんでも最新鋭の高性能AIを積んでるらしいんだ』

 

 ちらり、と背後を振り返る。まるで生き物のように声を発し飛び回るその様子はとてもロボットのようには見えなかった。

 

「日本の技術は世界一ってよく聞くけど……」と思わず呆然としてしまったが、ふと我に返る。

 

「そんな最新鋭のロボットを何であんたが送ってくるのよ。しかもこんなに大量に」

 

『実はそこの所長さんと知り合いでな。モニターとして貰った』

 

 こいつの交友関係が本当に分からない。その内、どっかの国の王様とか紹介されそうで怖い。それだけならいいが「実は私は……」とか言って吸血鬼とか宇宙人とか狼男とかを友達だと紹介されるのではないかと戦々恐々としている。

 

「……私たちに似てる理由は?」

 

『姿形を自由に指定できるって話だったから、765プロのみんなの写真渡して作ってもらった。鳴き声の設定もわざわざデータ渡して弄ってもらったんだぜ?』

 

 どやぁ、と表情が変わらないはずの良太郎が自慢げに話している様子が目に浮かび、ますますイラッときた。

 

「はぁ……」

 

「ぴっ!」

 

「あぁ、ありがとう……」

 

 いつの間にか近づいてきていた小鳥さんモドキに差し出された湯呑を受け取る。なんかもう色々と疲れて喉が渇いていたところだった。

 

 フワフワと浮かびながら去っていく小鳥さんモドキの後姿を眺めつつズズッとお茶を口に含み――。

 

 

 

「ぶふぅー!?」

 

 

 

 ――目の前の光景に驚き、思わずお茶を噴き出してしまった。

 

『ん? どうしたりっちゃん、女の子からは聞こえてきちゃいけない音が聞こえてきた気がするんだけど』

 

「ちゅ、ちゅちゅ、宙に、う、浮いて……!?」

 

『あぁ、小鳥さんモデルのことか。あれは第二世代型だからな』

 

 なんでも、最新鋭の小型反重力力場発生装置が搭載されているとかいないとか。枕詞に最新鋭って付けとけば済むと思っているのかと声を大にして言いたかったが、そこ以外に気になる場所があった。

 

「だ、第二世代型ってことは、第一世代型もあるってことよね?」

 

『察しがいいね。そのとーり。ついでに第三世代型もあるよ。第一世代型と第三世代型はそれぞれ宙に浮けないんだけど、第三世代型はその代わりに様々な能力を持ってんだよ』

 

「なによ能力って……」

 

 もう本当に頭が痛かった。

 

『とりあえず、詳しい説明もしたいから、今そっちに向かうよ』

 

「……だったらこんな風に宅配便で送ってこなくて最初からあんたが持ってこればよかったじゃない」

 

『いやだって、その場に俺が立ち会ってたらりっちゃん殴ってきたでしょ?』

 

「なに当たり前なこと聞いてるのよ」

 

 BB↓←→Bのコマンドと共に私のガッツなストレートが三連続で飛んでいたことだろう。

 

 とにかく、この子達の説明をしに良太郎がこちらの事務所に来ることになった。

 

『あ、そういえば一人だけ取扱い注意な子がいるんだった』

 

「もう面倒くさいから『なんでそんな子を送ってくるんだ』っていう突っ込みはしないわよ」

 

『春香ちゃんモデルのチヴィットには気を付けといてくれ』

 

「春香の?」

 

 事務所を見渡し何処にいるかと探すと、春香本人が可愛がり撫でているのを発見した。

 

「あぁ、なんか自分の妹が出来たみたいで可愛いなー!」

 

「かっかー!」

 

 真美モドキと亜美モドキとやよいモドキを抱えて満足そうな貴音ほどではないが、本人は大変お気に召しているようだった。

 

「あの子の何処に注意しないといけないのよ」

 

『春香ちゃんモデルは個別の能力を持ってる第三世代型でな、あの子は――』

 

 

 

「喉が渇いたからちょっとお水を……あ」

 

「かっかー」

 

 パシャ

 

 

 

『――水をかけると増殖するらしいんだ』

 

「「「「「かっかー!」」」」」

 

「もっと早く言いなさいよぉぉぉ!?」

 

 

 

 そこには、春香が飲もうとして零したペットボトルの水が頭にかかって五人に増殖した春香モドキの姿があった。

 

「きゃー!?」

 

「ふ、増えたー!?」

 

「ちょ、これどうなってるのよ!? 何でロボットが増殖するのよ!?」

 

『そりゃあもちろん最新鋭の――』

 

「それはもういいっつーの!」

 

 しかも五人に留まらず、なおも増殖を続ける春香モドキ。

 

「ちょ、これどうやったら戻るのよ!?」

 

『Ctrl+Z』

 

undo(アンドゥ)出来るんならまずキーボード持ってこんかい!」

 

『どーどー』

 

 戻し方は口で説明しづらいらしく、直接良太郎が戻すことになった。

 

「ってことは、あんたがこっちに来るまでこのままなの!?」

 

『大丈夫大丈夫、すぐ着くから』

 

「え? あんた近くにいるの?」

 

『いや、自宅だけど。ちょっとそこにあずささんモデルのチヴィット連れてきてくれ』

 

「あずささんモデル……?」

 

「あら~?」こたぷ~ん

 

 そんな間延びした声が足元から聞こえてきたので下を向くと、そこにはあずささんモドキの姿があった。ニコニコぽわぽわとした雰囲気があずささんそっくりで、私を見上げながら首を傾げていた。ちなみに何やら変な擬音が聞こえたような気がするが無視する。

 

「すぐ近くにいるけど……」

 

『んじゃ俺の顔を思い浮かべながら手ぇ叩いてくれ』

 

「……ダメ。今私の頭の中だとアンタの顔ボコボコで上手く思い浮かべれない」

 

『大丈夫かー!? りっちゃんの脳内の俺ー!?』

 

 何とか頑張って良太郎のまともな顔を思い浮かべる。

 

「それで? 手を叩けばいいんだっけ?」

 

『おう、あずささんモデルの目の前でな』

 

「それじゃあ……」

 

 えい、とあずささんモドキの目の前で手を叩く。パンッという乾いた音が響き、驚いた様子のあずささんモドキが目を見開き――。

 

 ヒュン

 

 ――次の瞬間、あずささんモドキの姿が消えた。

 

「……消えたんだけど……」

 

 呆然としていると。

 

『大丈夫、ちゃんとこっちに来たから』

 

『あら~』

 

 ……受話器越しに、良太郎の声に続いてあずささんモドキの声が聞こえてきた。

 

「……どうなってんのよ」

 

『あずささんモデルの中には最新鋭のテレポート機能が内蔵されててな』

 

「だからそれはもういいっつーの!」

 

 最新鋭っていう言葉だけで全てが済むと思ったら大間違いだ。

 

『大きな音で驚かせることで起動して、近くにいる人の思い描いたところにテレポートさせてくれるんだよ。だからこうすれば――』

 

 パンッという音が受話器越しから聞こえてきたかと思うと――。

 

「こうやって、こっちに来れるっていうことだ」

 

 ――目の前には、右手に携帯電話を、左手にあずささんモドキを装備した良太郎の姿があった。

 

 とりあえず。

 

「燃え上がれ私のコスモォォォ!!」

 

「ぐふぉあ!?」

 

 良太郎の腹部に渾身の右ストレートを叩きこんだ私を責めることは誰にもできないはずだ。

 

 

 

 この時、私は良太郎本人に気を取られていて。

 

 その頭の上に乗っていた存在に気が付かなかったのだが――。

 

 

 

「……りょー」

 

 

 

 ――それはまた、別のお話。

 

 

 

 ……つづく?

 

 

 




・ぷちます!
ゲーム「アイドルマスター」を元に連載しているスピンオフ(?)作品。ぷちどると呼ばれる謎生物を中心に繰り広げられるコメディ作品。
「こちらを先に見てから本編を見たので逆に戸惑ってしまった」という声を多数耳にします。ですので視聴の際は順番にご注意ください。

・「あいつ、今度は何を企んでる……!?」
信頼度ゼロ系主人公。

・チヴィット
元ネタは『魔法少女リリカルなのはINNOCENT』。
仮想空間内で行われるブレイブデュエルのサポートキャラ『チヴィーズ』を現実世界で行動させるために作成された小型ロボット。なんとなくぷちどるに似ていた気がしたのでこの作品ではこのようにさせてもらいました。

・「実は私は……」
最近お気に入りの漫画タイトル。
白神さんマジうっかり吸血鬼。

・第二世代型
以下勝手に設定。
第一世代型 特殊能力なし。多少の外見変化がある。例:ちひゃー、ゆきぽetc
第二世代型 飛行能力あり。例:ぴよぴよ (イノセント本編のチヴィットはココ)
第三世代型 特殊能力あり。例:はるかさん、みうらさんetc

・私のガッツなストレート
ロックマンエグゼ3のバトルチップ。
ちなみに最近友人と対戦したところボコボコにされた作者。プラントマンとフラッシュマン禁止だからってウイルスチップでドリームモス目押しは勘弁してください……。

・はるかさん
天海春香似のぷちどるの名前。増殖、巨大化、暗黒化と謎多きぷちどる。

・Ctrl+Z
物書きの御用達の操作。作者もたびたび使用する。

・みうらさん
三浦あずさ似のぷちどる。テレポーテーション能力を持つ。

・こたぷ~ん
みうらさんの擬音。あずささんが「どたぷ~ん」
あずさ + みうらさん = どこたぷ~ん
いおり + みうらさん = こたちょーん
などと変化する。

・りっちゃんの脳内の良太郎
ねねちゃんのママのウサギのぬいぐるみ並にボコボコな模様。

・「燃え上がれ私のコスモォォォ!!」
当然聖闘士星矢ネタ。銀魂ネタではないのでご注意を。
……余談だが「せいんとせいや」と入力して一発で変換できたのでびっくりした。

・「……りょー」
もしかして……?



 というわけで番外編のぷちます編。「ぷちます世界」というより「ぷちますが入ったアニマス世界」なので、当然プロデューサーはPヘッドではなく赤羽根Pです。ひとりぼっちの歌なんて歌いません。コブクロの歌は歌ったりします。

 りっちゃんとの会話が楽しすぎて一話に収まりきらなかった。いずれまた続きを書きますが、今回の番外編はここまでです。

 次回は本編に戻りますので、次回もよろしくお願いします。


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Lesson43 恋と演技と苦手なもの

アイマス劇場版のDVDの予約がアマゾンで始まっていましたね。
なんと約三割引きで購入できるそうなので、これは是非予約せねば(ステマ)


 

 

 

「――ふーん、真と雪歩と千早が悩んでたのは、そういう経緯があったのね」

 

「たぶんね」

 

 先日のアルバイトから数日。たまたまテレビ局で出くわしたりっちゃんと何となく連れ立って歩いていると、三人がとあることで悩んでいたという話題になった。恐らく、というかその三人が悩んでいたという点で考えると原因はともみの『意地悪』だろう。

 

 

 

 ――貴方たちの顔は何処にあるの?

 

 

 

「ったく、ともみもまた余計なことしてくれたわね。そんなの個人の解釈の違いの問題だっていうのに」

 

「まぁ、真ちゃん達にとっては大先輩からの言葉だから、深く捉えちゃうのは当然だって」

 

 そこに考えが至らなければ何の問題もない問題。しかし気付き考えてしまえば思考の渦に巻き込まれる面倒な問題。それに気付かせるためのともみの質問。

 

 まぁ、だからこそ『意地悪』だったのだが。

 

 しかし、りっちゃんは『悩んでいた』とそれを過去形で表現した。加えてそのメンバーの中に春香ちゃんの名前を出さなかった。つまり春香ちゃんはその日の内に、他の三人も少ししてから何かしらの回答を見つけ出したということだろう。

 

 だからこそ、りっちゃんがこの話題を出したのは事後報告をするためであり、自分の事務所のアイドルが一皮剥けた自慢話兼俺に対する嫌味だったということだ。「全くこいつは……」という態度から垣間見えるやや誇らしげなりっちゃんの表情が何とも微笑ましかった。

 

 最近はレギュラーの生放送が始まったり、美希ちゃん響ちゃん貴音ちゃんの三人組ユニットのCMが大好評だったり、765プロにとっていい話題ばかりだったから、りっちゃんも思わず誰かに自慢したくてしょうがなかったのだろう。

 

「ちなみに私はアンタからも促されたって聞いたけど?」

 

「お、りっちゃんアレアレ、千早ちゃんのポスター」

 

「廊下の壁しか見えないわよ」

 

 さりげない話題逸らしに失敗し、肝臓を持ち上げるような抉りこむボディーを脇腹に喰らい悶絶。俺の呼吸が戻ったあたりで閑話休題。

 

「……そうだ、一応アンタからの意見も聞いてみようかしら」

 

「ん?」

 

「あんたの目には『我那覇響』ってどんなイメージで映ってる?」

 

「響ちゃん?」

 

 んー、そうだな……やっぱりおっ――。

 

「あ、身体的特徴は求めてないから」

 

 ちっ、先にネタ潰しをされてしまった。

 

「そうだなぁ……やっぱり明るくて元気で活発で……」

 

 脳内に浮かぶ響ちゃんは、元気に手を振り上げて「はいさーい!」と挨拶をしていたり、満面の笑みを浮かべながら「なんくるないさー!」と言っていたり、やはりそういうイメージである。

 

「やっぱり、そう見えるわよね……」

 

「あとツッコミ体質で若干の被虐()寄り――」

 

「誰もそんなこと聞いとらんわ」

 

 はぁ、とため息を吐くりっちゃん。結局その質問の意図は教えてもらえなかったのだが。

 

 その翌日にあっさりと知ることになる。

 

 

 

「あとさっきの千早のポスター発言は本人に報告しておくから」

 

 あとついでに激おこ千早(ちー)ちゃんが確定することになる。

 

 

 

 

 

 

 テレビ局でりっちゃんと話した翌日。午前中の仕事が終わり、次の仕事まで時間があったのでたまには歩くかと徒歩で移動中。トップアイドルとしては不用心のような気がしないでもないが、どうせバレることもないので問題ない。なんか発言がフラグっぽいけど問題ない。

 

 近道ということで途中公園の中を抜ける。休日だったが珍しく公園内は人が少なく、これだったら変装を解いても身バレしなかったかもしれない。

 

 そんなことを考えながら歩いていると、芝生の広場辺りから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

 

 

 ――頑張れ雪歩!

 

 ――ほ、本当に大丈夫……?

 

 ――大丈夫、いぬ美は大人しいぞ!

 

 

 

「この声は……」

 

 聞こえてきた方に視線をやると、そこには想像通りの三人が。

 

「ううぅ……!」

 

「もうちょっとだぞ!」

 

「ほらファイト!」

 

 一匹の大きなセントバーナードにフルフルと震えながら手を伸ばす雪歩ちゃんと、そんな雪歩ちゃんを後ろから応援している響ちゃんと真ちゃんだった。怖々としながらも少しづつセントバーナードに手を伸ばし、あと少しで触れそうになるところでビクッとなってしまい目を瞑って手を引く姿が何とも保護欲を掻き立てられるのだが……本当に何やってるんだろうか。

 

「……え、えい!」

 

 そしてついに決心したのか、掛け声と共に雪歩ちゃんは手を伸ばしてついにセントバーナードの頭に触れた。もっとも掛け声の勢いとは裏腹にそっと手を乗せるだけだったが。触れられているセントバーナードは随分と慣れたもので、雪歩ちゃんに触れられても一切動じることなくゆっくりと左右に振られる尻尾以外はピクリとも動いていなかった。人慣れしている……というよりは、元々の気性の話だろうか。

 

「触れた、触れたよ雪歩!」

 

「やったな雪歩!」

 

「やった……やったよ真ちゃん! 響ちゃん!」

 

 ……一体この状況は何なのだろうか。なんか三人とも凄い感動的な雰囲気を醸し出してるんだけど、事情を知らずに途中から見ている身としてはこの状況がさっぱり読めない。

 

 たぶん感動的な場面なのだろうと当たりを付け、とりあえず拍手をしておくことにした。

 

 この拍手に気付き、振り向いた三人が「良太郎さん!?」と俺に気付くのはこの後すぐのことである。

 

 

 

「へー、雪歩ちゃん、犬が苦手だったんだ」

 

「はい……」

 

「それで、響が飼ってるいぬ美に協力してもらって克服するための特訓をしようって話になったんです」

 

「いぬ美は賢くて大人しいからな!」

 

 賢い・大人しい・イヌミーチカ(KOI)と申すか。

 

 確かにいぬ美は大人しく、全く見ず知らずのはずの俺が撫でても全く動じることがなかった。元々大型犬は優しい性格をしているっていうが、この子は人一倍(犬一倍?)大人しい気がする。

 

 三人の輪に加わり、四人で芝生の上に腰を下ろす。

 

「そういえば、この間はともみと一緒に変なこと言っちゃって悪かったね。ごめん」

 

 真ちゃんと雪歩ちゃんに対して頭を下げる。

 

「い、いえ、そんな……」

 

「僕たちも色々と考えるきっかけになりましたし」

 

 何よりもう済んだ話だと二人は笑って許してくれた。そんな真ちゃんと雪歩ちゃんはそれぞれ帽子と伊達眼鏡を付けて軽い変装をしている。どんな経緯があったかは知らないが、二人とも変装をして身バレを防ぐことに対して忌避はないみたいだ。これで変なトラウマやらなんやらを抱えてしまっていたら土下座では済まない事態になっていたところだ。

 

 ……しかし、ともみが言い出したことなのに何故俺がここまでアフターフォローせにゃならんのだろうか。確かに助長らしきことはしたが……。

 

「? 何の話だ?」

 

「いや、こっちの話だよ」

 

 疑問符を頭上に浮かべながら首を傾げる響ちゃん。そんな彼女はいつものポニーテールではなく、長い髪を左肩から前に流してリボンで纏めている。快活な彼女のイメージが薄れてお淑やかな雰囲気を醸し出しており、顔を隠してはいないものの十分に身バレ対策にはなっているようだった。

 

「そういえば、良太郎さんは何か苦手なものってあるんですか?」

 

「ん? 俺?」

 

「はい。僕たちからしてみたら良太郎さんは、なんというか完璧超人みたいな雰囲気で、そういうのってあるのかなーって……」

 

 完璧超人って。

 

「そうだなぁ……しいて言うなら『ここらで一杯お茶が怖い』かな」

 

「えぇ!? りょ、良太郎さんお茶が苦手だったんですか!?」

 

「あ、いやそうじゃなくて」

 

「雪歩、古典的なネタだぞ」

 

 も、もしかしてこの間お出ししたお茶も迷惑だったんじゃ……!? と顔を青ざめる雪歩ちゃんに響ちゃんがフォローを入れる。むむ、純粋な子に対してネタ発言は本気にとられてしまってボケ殺しされるなぁ。

 

「真面目に話をすると……ホテルが苦手かなぁ」

 

「ホテル、ですか?」

 

「うん。昔からああいった宿泊施設を利用する機会が全く無くてさ、チェックインとアウトの時間とかカードキーの使い方とかが難しくて」

 

「あー、何となく分かります」

 

「慣れてないと分かりづらいですもんね」

 

「自分も本州に来るまで電車の乗り方知らなかったぞ」

 

 ちなみにこの宿泊施設を利用する機会というのは前世を含めての話である。……なんかすっごく久しぶりに自分が転生者だって話をしたような気がする。

 

「ライブツアーとかでホテルを利用するようになったけど、その時も大変だったよ」

 

 高校の修学旅行でホテル利用経験があった兄貴がいたおかげで何とかなったが。

 

「家族旅行で利用したりしなかったんですか?」

 

「うーん、家族旅行自体は昔よく行ったけど、だいたい日帰り旅行だったからなぁ」

 

「え? どうしてですか?」

 

 

 

「ちょっと糠漬けがね」

 

「「「ぬ、糠漬け?」」」

 

「うん、糠漬け」

 

 

 

 糠漬けは文字通り糠に野菜を漬けて作る漬物である。しかしこの糠というものが厄介で、腐敗やカビの増殖を防ぐために毎日かき混ぜなくてはならない。一応、長期間手入れができない場合は塩を振って冷蔵庫に入れておくといった手段があるらしいのだが……。

 

「うちにある糠床っていうのが、母さんが大好きだったお婆ちゃんの大切な形見らしくてさ。毎日ちゃんと自分の手で手入れをしないと気が済まないらしいんだ」

 

 ゆえに母さんが長時間家を空けるのを嫌がり、母さんが嫌がることを絶対にするはずがない父さんが一泊以上の家族旅行をしなかった、というわけである。

 

 ちなみに、母さんが父さんの海外への長期出張に付いていかなかった理由でもある。本来ならば既にアイドルとそのマネージャーという仕事がある俺たち兄弟を置いて夫婦二人で仲好く海外生活をするつもりだったらしいのだが、検疫で引っかかる恐れがあったため断念したそうだ。仕事の関係で家を離れることがある俺たちに糠床を預けるということも出来ず、何よりやっぱり自分の手で手入れをしたいとは母さんの言葉。

 

 結果、父さんは一人寂しく単身赴任することになったという我が家の裏話である。

 

「そんなわけで、俺が苦手なのはホテルということで」

 

「は、はぁ……」

 

 昼過ぎだし、今頃我が家では母さんが鼻歌交じりに糠をかき混ぜている頃だろう。

 

 

 

 

 

 

「ふふふ~ん! いつも頑張ってるコウ君とリョウ君のために、美味しくなってねー! 糠漬けちゃん!」

 

 

 




・最近はレギュラーの生放送が始まったり
さらっと流しましたが既に生っすかサンデーが始まっている時系列です。そこら辺の話はもう少し後になります。

・「お、りっちゃんアレアレ、千早ちゃんのポスター」
千早「……(ビキビキ)」

・いぬ美
本編初登場の響の家族。ハム蔵? ……本当に出るのかなぁ?

・賢い・大人しい・イヌミーチカ(KOI)
一期と二期で若干言動に食い違いがあるポンコツチカ可愛いチカ。

・『ここらで一杯お茶が怖い』
割と有名な古典落語ネタ。知らない人は「饅頭怖い」で検索してみよう。

・「自分も本州に来るまで電車の乗り方知らなかったぞ」
響の設定にあった「電車に乗るのが苦手で基本的に移動は徒歩」という設定を若干アレンジ。
しかし、よくよく考えてみたら彼女が初登場したアイドルマスターSPの時点で既に沖縄にはモノレールがあったので、この発言は若干あれかもしれないけど気にしないことにする。

・糠漬け
父親が単身赴任をしているまさかの理由。ちなみに作者はそんなに好きじゃない。
検疫に関しても詳しく調べれなかったのでまぁそうだったということで一つ。



 糠漬けの話で終わってしまいましたがちゃんと次回に続きます。このまま終わったらサブタイトル詐欺もいいところなので。


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Lesson44 恋と演技と苦手なもの 2

一昨日の日曜日にいつもの日朝を見ようとしたら別番組でorzってなりましたが作者は夏バテなどせず至って健康です。
暑い日が続きますが、皆さんお体にお気を付けください。


 

 

 

「そうだ響。アレ、良太郎さんにも聞いてみたら?」

 

「え、えぇ!?」

 

 いぬ美とあっち向いてホイ(こっちが一方的に指差していぬ美が首を動かすだけ。頭良すぎだろこの子)をして遊んでいると、真ちゃんと響ちゃんがそんな会話をしていた。

 

「りょ、良太郎さんに聞くのか……!?」

 

「だ、だって年上でアイドルの先輩だし、参考にはなるんじゃないかな」

 

 何やら二人ともやや顔が赤い。その会話を聞いていた雪歩ちゃんも赤くなっているところを見ると、二人が話している内容が意味するところを理解できているようだ。

 

「何の話?」

 

「え、えっと、その……」

 

 いつもの元気な様子が鳴りを潜めた響ちゃんは顔を赤らめて指先を弄びながら、もじもじと上目遣いにこう尋ねてきた。

 

 

 

「こ、恋について教えてほしいんだけど……」

 

 

 

 ……えっと、それは、つまり、あれかい?

 

「『自分と一緒に恋をしよう』っていう口説き文句として捉えていいのかな?」

 

 そう尋ねたところ、瞬間湯沸かし器以上のスピードで響ちゃんの顔が真っ赤になった。

 

「な、何でそうなるんだぞ!?」

 

「いや、だって……ねぇ?」

 

 真ちゃんと雪歩ちゃんに振ってみると、二人も顔を赤くしたままコクコクと頷いた。

 

「ごめん響、今のは事情を知ってる僕たちにもそう聞こえた」

 

「ひ、響ちゃん大胆……!」

 

「ち、違うぞ! そ、そういうことを言いたいんじゃなくて……!」

 

 いやまぁ、分かってたけどさ。

 

「それで? 響ちゃんの言葉が文面通りの意味だったとして、いきなりどうしたの?」

 

 女の子三人が顔を赤くしてワタワタしている様は非常に目の保養になるのだが、話が進まないので事情の説明を求めることにした。

 

 

 

「へー、あの『クリスマスライナー』に?」

 

 『クリスマスライナー』はとある鉄道会社のCMシリーズで、ドラマ性が話題の人気CMだ。これまで多くの女優がこのCMのヒロインを務め、さらにヒロインを務めた女優全員が例外なく売れていることから芸能界ではある種の登竜門として扱われている。

 

 ちなみに一昨年のヒロイン役はなんとりんである。あの小悪魔チックなりんが目の端に涙を浮かべながら悪戯な笑みを浮かべるCMが大変話題になったのを覚えている。

 

 その人気CMのヒロインとして、今回はなんと響ちゃんが抜擢されたということだ。

 

「プロデューサーが持ってきた話なんだけど、是非自分にやってみないかって……」

 

「ふーん」

 

 そう言いながら膝の上に乗せたいぬ美の頭を撫でる響ちゃんの表情は、大役を抜擢されたことに対する喜びもそこそこに若干の戸惑いが見え隠れしていた。

 

 しかし響ちゃんを抜擢するとは、赤羽根さんも随分と思い切ったことをするなぁ。

 

 『クリスマスライナー』は切ない恋や遠距離恋愛がテーマのドラマCMだ。ハッキリと言ってしまうと、響ちゃんのイメージとだいぶ違う。確かにギャップを狙うというのも悪くないとは思うのだが、やはり今までの明るくて元気で活発なイメージが先行してしまう。

 

 ……なるほど、昨日のりっちゃんの質問はこのことを聞いていたのか。

 

「でも自分、恋とか、その、よく分からなくて……」

 

 中学生男子か、というツッコミは心の中に留めておく。

 

「事務所のみんなにも参考として聞いてみたんだけど……」

 

 

 

 春香ちゃん:ふわふわしてて……甘酸っぱくて……。

 

 真ちゃん:こうドキドキー! っていうか!

 

 美希ちゃん:恋って頭で考えるものじゃないと思うな。

 

 貴音ちゃん:恋とは、時に世界の全てを懸けてでも成し遂げたいもの!

 

 伊織ちゃん:こ、恋!? そ、そんなのまだ早いわよ!

 

 あずささん:うふふ、それはきっと自然に分かっていくものだと思うわ。

 

 やよいちゃん:幼すぎて参考にならず。

 

 亜美ちゃん:同上。

 

 

 

 最後の二人はともかく、他のメンツはなんとも参考にするにはハードルが高そうである。この中ではあずささんの回答が的を射ていると思うが、現時点で答えを出したい響ちゃんにとっては不適切だ。

 

「あれ、千早ちゃんと真美は? それに雪歩ちゃんも」

 

 アイドルの恋愛観という面白そうな話題でノリノリになっていたので、ついつい名前を挙げられなかった三人について聞いてしまう。

 

「真美に聞いてみたら『逆にこっちが教えてほしいよ!』って真っ赤な顔で怒鳴られたぞ」

 

 何事ぞ。まぁあの年齢の女の子には色々とあるんだろう、きっと。

 

「それで、雪歩と千早は――」

 

 

 

 ――恋って楽しいだけじゃなくて、独占欲とかちょっぴり後ろめたい気持ちとか……色々な気持ちが入り混じって、だからこそ掛け替えのないもの……だと、思うんだ。

 

 ――私自身は正直よく分からないけど……恋の歌を歌うときは、ずっと歌詞の人物に問うようにしてるわ。我那覇さんが演じるのなら、その人物は我那覇さんの中にしかいなくて、我那覇さんだけがその人物と話すことが出来るのだと思う。

 

 

 

「……おおぅ」

 

 予想以上にガチな回答に、思わず唸るしかなかった。とくに雪歩ちゃんの回答は聞いてるこっちがむず痒くなってくる。なお本人も自分が言った内容を改めて聞いて恥ずかしくなったらしく「穴を掘って埋まってます~!」とシャベルを取り出して真ちゃんに羽交い絞めにされていた。

 

「しかも今回の監督さんに打ち合わせの時に質問したんだけど――」

 

 

 

 Q:この役の女の子ってどんな子なんでしょう?

 A:脚本通りだよ。

 

 Q:何をするのかはわかるんですけど、考えていることとか設定的なことで……。

 A:さぁ。だってフィクションなんだから、そんな子いないし。

 

 Q:監督がこのフィルムにお持ちのイメージをざっくりとでもお聞きできれば……。

 A:知らないよ。教えてよ。

 

 

 

「――って感じで、何も教えてくれなくて……」

 

「うわぁ……」

 

 脚本以外に開示情報がゼロである。良く言えば役者の自主性を尊重し、悪く言えば役者に丸投げだ。

 

「って、『クリスマスライナー』の監督さんって確かあの人だっけ。なら無理もないか……」

 

 脳裏に浮かぶのは、生え際がだいぶ後退した髭面眼鏡の能面監督。腕は間違いなく確かで、厳しい言葉を発することもないのだが『撮りながら主義』の人であり、淡々とNGを繰り返すので業界ではかなり怖がられている。

 

「『役者側がOKならそれは全部OKだし、逆に全部NGでもある』って言われなかった?」

 

「い、言われたぞ」

 

「やっぱり。それ俺の時も言われたよ」

 

「りょ、良太郎さんも!?」

 

 それはあの監督が手掛けたショートムービーに出演させてもらった時の打ち合わせで言われた言葉である。『片思いの少女を失った少年』の演技を要求され、無表情ながら悲しむ演技をしていたのだがNGを連発。どーすりゃいいのよと半ば自棄になって「そうだ、片思いの少女じゃなくて片思いのおっぱいだと思おう」と迷走。演技に入った途端悲しみよりも行き場のない怒りが込み上げてきて、思わず撮影現場である病院の廊下の壁を力任せに殴りつけてしまった。しかしその演技で一発OK。もっとも後で「次までにもうちょっと勉強しておけ」と言われたあたり、別のことを考えながら演技をしていたことがバレていたようだが。

 

「それで、アイドルとしても役者としても先輩の良太郎さんに意見を聞きたくて……」

 

 状況は理解した。

 

 しかし、恋……恋かぁ。

 

「あの、失礼を承知でお聞きしますが、良太郎さん、恋の経験は……?」

 

 いつの間にか雪歩ちゃんと共にこちらに戻ってきていた真ちゃんからそんなことを聞かれた。雪歩ちゃんや響ちゃんも興味津々といった様子である。まぁ演技云々を抜きにして、女の子なんだからこういう話題が気にならないはずがないか。

 

「当然、これでも十八歳の現役男子高校生だ。俺だって初恋の一つや二つ経験してるさ」

 

「あの、日本語がおかしいんですが」

 

 しかし転生者という特殊な環境にいる俺にとってはおかしな話ではないのだ。つまり前世と今で二つの初恋、というわけだ。ちなみに前世での初恋は小学校の先生だった。結婚して退職すると聞いて淡い想いが儚くも砕け散ったのはいい思い出である。

 

「ただ俺の初恋は参考にならないからなぁ」

 

 

 

 何せ、今生における初恋の相手が『自分の母親』なのだから。

 

 

 

 ……いや、ちょっと待ってほしい。「なんだこいつマザコンかよ」と言わずに少し俺の話を聞いてほしい。

 

 さっきから何回か言っているように俺は転生者である。前世が存在し、そちらで二十年以上生きていた記憶をしっかりと持ち合わせており、生まれた瞬間から自我を持っていた特殊な環境で生きてきたのだ。それを考慮した上で考えてほしい。

 

 転生し新たにこの世での生を受けて、初めて目に入ったものが俺を抱きかかえながらこちらに笑顔を向けている美少女(美女と表現しない辺りがポイント)なのだ。転生直後で前世の母親のことがあり彼女を自分の母親なのだとすぐに認識できるはずもなく、しかも相手は自分に対して我が子のように(実際我が子である)愛情を向けてくる。これで惚れない方がおかしいと声を大にして言いたい。

 

 今まで何回か初恋について問われたことがあるが、こんなこと当然言えるはずもなく毎回さりげなくごまかしてきた。転生して第二の人生を歩み始めた直後に『墓場まで持っていかなければならない秘密』を抱えてしまったのだ。こんなこと他人に知られたら死ぬ。精神的にも社会的にも死ぬ。むしろ自分から腹を切って物理的に死ぬ。「この良太郎、天に帰るに人の手は借りぬ!」と言わんばかりに切腹から介錯まで自分一人で成し遂げて死ぬ。

 

 というわけで参考云々を抜きにしても他人に話せるはずがないのではぐらかさせてもらう。

 

 

 

「それに、俺の恋愛観はあんまり響ちゃんの参考にならないと思うよ」

 

「え? ど、どうして?」

 

「それは俺が男で、響ちゃんが女の子だからだよ」

 

 男女の恋愛観というものは、それはもう恐ろしく違う。相手に求めること、好きになるところ。果たしてそれが本当に同じ『恋愛』なのかと疑問に思うほどに男女で恋愛観は違うのだ。

 

「だから俺の恋愛観を話したところで、それはほとんど参考にならないんだよ」

 

 絶対にならない、とは言わない。けれどここで全く違う恋愛観を響ちゃんに教えてしまって混乱させるのは得策ではないと考えたのだ。

 

「そ、そうか……」

 

 少しシュンとなる響ちゃん。俺の恋愛話が聞けないからという理由ではなく、本当に悩んでいるからこそ、そんな反応なのだろう。……本当にただ聞きたかっただけじゃないよね?

 

「……それじゃあ、代わりに響ちゃんをいいところに連れて行ってあげよう」

 

 これから時間ある? と聞きながら立ち上がり、パンパンとズボンに付いた草を払う。

 

「え? きょ、今日はオフだから時間ならあるけど……ど、何処に行くんだ?」

 

 

 

「響ちゃんが自分だけの恋愛を見つける手助けをしてくれる場所、だよ」

 

 

 




・「こ、恋について教えてほしいんだけど……」
教えるのは本当に恋だけでいいのかなぁ?(ゲス顔)

・『クリスマスライナー』
REX版からそのまま引用。間違いなく元ネタはJR東海が公開している『クリスマス・エクスプレス』というCMシリーズ。
きっと君はこなーいー 一人きりのクリスマス・イーヴ

・765プロ所属アイドルの恋愛観
基本的にREX版から引用させてもらい、伊織とあずささんだけ考えた。
真美も本来ならば亜美と同じだったが良太郎というイレギュラーが存在するため、現在進行形で恋する乙女。今後の成長に期待。

・「そうだ、片思いの少女じゃなくて片思いのおっぱいだと思おう」
良太郎、あなた疲れてるのよ。(元からこんな感じです)

・初恋の一つや二つ
ある意味、転生者であること以上に他人に話すことが出来ない良太郎の秘密。
あとがきで言ったことがあったかどうか分からないが、作者は良太郎母をISの篠ノ之束のイメージで書いているので、間違いなく惚れる自信がある。
なお誤解のないように記述しておくが、作者の実体験ではないのであしからず。作者は普通にクラスメイトの女の子が初恋でした。

・「この良太郎、天に帰るに人の手は借りぬ!」
「一生一面、悔やんでいません!」



 今回、アイドルにとって色々な意味で重要な恋愛がテーマになっていますが、現在ヒロイン候補のあのお二人は未だ登場せず。果たしてこれはどういう意味かなー?(無計画)


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Lesson45 恋と演技と苦手なもの 3

やべぇ、今回のお話四話に収まらないような気がしてきた。


 

 

 

「着いた着いた」

 

 公園を出て歩くこと約十分少々。良太郎さんに連れてこられたのは、一軒の書店だった。

 

「えっと……『八神堂(やがみどう)』?」

 

 どうやら全国チェーン店ではなく、個人経営の書店のようだ。レンガ造りのシックな外見だが、自動ドアのガラス越しに見える店内の様子は普通の書店のようである。

 

「蔵書数はそんなに多くないんだけど、個人経営故のフットワークの軽さで最新刊から古本まで幅広く色々なジャンルの本を仕入れてるから結構人気の書店なんだよ」

 

 まぁ人気なのはまた別の理由もあるんだけど、と良太郎さんは言う。良太郎さんがよく利用する書店らしい。

 

「ここが、自分だけの恋愛を見つける手助けをしてくれる場所?」

 

「そうだよ。ここに響ちゃんに会わせたい人がいるんだ」

 

「自分に……?」

 

 誰なのだろうかと首を傾げる。とりあえず、書店ならいぬ美は中に入ることが出来ない。

 

「真、悪いんだけど、いぬ美と一緒に外で待っててもらえるか?」

 

「うん、いいよ」

 

 いくら触ることが出来るようになったとはいえ雪歩にいぬ美を預けることは出来ないので、自分の提案を快く受け入れてくれた真にいぬ美と共に外で待ってもらおうとリードを渡す。

 

 しかし良太郎さんは「あぁ、多分大丈夫だよ」とそれを止めた。

 

「え、でも、普通は書店ってペットの連れ込み禁止ですよね?」

 

「まぁ普通だったらダメだろうけど、ここは厳しくNGにしてる訳じゃないし、いぬ美は大人しいから問題ないと思うよ」

 

 まぁ入れば分かるよ、と良太郎さんはベルの音と共に自働ドアを潜って中に入って行ってしまった。本当に大丈夫なのかと若干不安になり真や雪歩と顔を見合わせるが、良太郎さんを信じて自分たちも良太郎さんの後を追うことにする。そして店内に足を踏み入れた瞬間、良太郎さんが大丈夫だと言った理由が分かった。

 

「お、おっきい犬ぅ!?」

 

 そこには、雪歩が思わず驚き飛びのいてしまうぐらい大きな犬が、誰もいないカウンターの前にデンッと伏せの状態で鎮座していた。いぬ美もそこそこ大きいセントバーナードだが、そのいぬ美よりも半回りほど大きい青い毛並みのその犬は、まるで置物のように微動だにすることなく赤い瞳で真っ直ぐと自分たちを見ているようだった。

 

「おっす、ザフィーラ。店番ご苦労さん」

 

 良太郎さんは手慣れた様子でその犬の頭を撫でるが、一切動じる様子がない。本当に置物のようだが、わずかに尻尾がパタパタと動いていた。

 

「悪いけど、ご主人様を呼んできてくれないか?」

 

 良太郎さんが頭を撫でながらそう頼むと、ムクッと起き上がりカウンターの中に入り、店の裏へと向かっていった。本当に良太郎さんの言葉を理解しているようだった。

 

「良太郎さん、あの子は?」

 

「ここの店の飼い犬のザフィーラ。凄い頭が良くて店番もこなすスーパードッグだ」

 

 なるほど、店主の飼い犬がこうして店内にいるからいぬ美が中に入っても問題ないという訳か。

 

 だが疑問が一つ。

 

「良太郎さん、一つ聞きたいんだけど……」

 

「ん? 何? スリーサイズは非公開だけど、響ちゃんのを教えてくれるなら考えなくもないよ」

 

「教えないし、そもそも知りたくないぞ」

 

 しかし非公開と言っていたその情報を良太郎さんのファンに売れば一体幾らになるのだろうかと、思わず頭の片隅で考えてしまった。

 

 それは残念だ、ととても残念そうには見えない良太郎さんに疑問を投げかける。

 

「さっきのザフィーラっていう犬……何て言う犬種なんだ?」

 

 赤い瞳に青い毛並みの大型犬とか見たことないぞ。

 

「え? 響でも分からないの?」

 

「確かに動物は好きだし他のみんなより知識はあると思うけど、別に動物のことなら何でも知ってる訳じゃないぞ」

 

 よく誤解されがちだが、自分は別に動物博士という訳ではない。見たことも聞いたこともない動物なんていくらでもいる。

 

「それで、良太郎さんは知ってますか?」

 

「………………」

 

 そう尋ねると良太郎さんはスッと瞑目してしまった。どうやらじっくりと思い出そうとしているようであるが、表情が乏しい良太郎さんでは眉根に皺が寄ることもないのでまるで立ったまま寝ているようにも見える。

 

 数秒ほど沈黙していた良太郎さんはゆっくりと目を開き、続いて口も開いた。

 

「……ニホンオオカミ、とか?」

 

「い、犬じゃないんですか!?」

 

「雪歩、ツッコミどころが違うぞ」

 

「そうだよ雪歩。ニホンオオカミの毛の色が青いわけないよ」

 

「真、そこでもないぞ」

 

 まぁ、大きく間違っているわけではないが。

 

「ニホンオオカミの体長は約1メートルだから、あんなに大きいはずがないぞ」

 

「「響(ちゃん)、そのツッコミも違うと思う」」

 

 とりあえず絶滅してしまっているニホンオオカミではないとして、じゃあ一体何なのかという疑問は――。

 

 

 

「ザフィーラは『ベルカ』っちゅー、狼の血を濃く継いだ特別な犬種です」

 

 

 

 ――カウンターから出てきた栗毛色の髪の少女によって解消された。

 

「いらっしゃいませ。八神堂へようこそ」

 

 店名が入ったエプロンをした少女は関西の独特なイントネーションで挨拶を述べながら、自分たちに向かってお辞儀をした。恐らく小学校低学年であろう少女、しかしその様子は堂々としたもので、思わず自分と真と雪歩の三人も「ご、ご丁寧にどうも」とお辞儀を返してしまう。少女の傍らには先ほど店の奥へ消えていったザフィーラの姿があるところから、どうやら彼女がザフィーラのご主人様のようだ。

 

「はやてちゃん、久しぶり」

 

「お久しぶりです、良太郎さん。今日は綺麗なおねーさんを三人も連れてデートですか?」

 

 良太郎さんが片手を挙げながら挨拶をすると、先ほどまでの堂々とした様子が鳴りを潜め少女はニヤリといたずらっ子のような笑みを浮かべた。

 

「違うって」

 

 とりあえず紹介するよ、と良太郎さんは少女に手を向けた。

 

八神(やがみ)はやてちゃん、小学三年生。ザフィーラのご主人様で、この八神堂の店長だ」

 

「よろしゅうお願いします」

 

「「「て、店長!?」」」

 

 三人で声を揃えて驚いてしまった。良太郎さんに「店内ではお静かに」と注意されてしまったので慌てて口を紡ぐが、目は驚いて見開いたままである。

 

「店長ゆーても実際の経営者は別におるんで、お飾り店長みたいなもんですよ」

 

「でも本の仕入れに関してははやてちゃんに一任されてるんだろ? だったら間違いなくはやてちゃんは店長だよ」

 

「そう言ってもらえるとありがたいです」

 

 良太郎さんがポンポンと軽く叩くように頭を撫でると、はやてちゃんは目を細めて笑みを浮かべた。

 

「それでこっちの三人が、765プロダクション所属アイドルの我那覇響ちゃん、菊地真ちゃん、萩原雪歩ちゃん」

 

「「「よ、よろしくお願いします」」」

 

「よろしゅうお願いします」

 

 ……アイドルと紹介されたにも関わらず、はやてちゃんはノーリアクションだった。あの周藤良太郎と知り合いなのだから、ただのアイドルぐらいじゃ驚かないのかもしれないが、ここまでリアクションがないと少し傷つくぞ。

 

「ほんで? 良太郎さんはアイドルを三人も連れてお忍びデートですか?」

 

「だから違うって」

 

 りんさんに言いつけちゃいますよー、と笑うはやてちゃんのおでこを人差し指で小突いてから、良太郎さんは要件を切り出した。

 

「実はこの響ちゃんが今年の『クリスマスライナー』のヒロインに選ばれてさ、その勉強のための資料をいくつか見繕ってもらいたいんだよ」

 

「……へぇ、『クリスマスライナー』の、ですか」

 

 すっと細くなったはやてちゃんの視線が自分を射ぬく。その視線はまるで品定めをしているようで、しかし面白がっているようにも感じた。

 

「あの、良太郎さん。資料ってどういうことですか?」

 

「あー、そうだね、そろそろ説明した方がいいか」

 

 小さく挙手した真の質問を受け、良太郎さんは話してくれた。

 

「恋愛ってのは千差万別でテストの解答みたいに特定の正解があるわけじゃない、っていうのは765プロのみんなから話を聞いた響ちゃんなら何となく分かるよね?」

 

「う、うん」

 

「だから『恋とは何か?』という質問に対する解答は、あくまでも自分で見つけなくちゃいけない。でもその解答を作るためには恋に対する判断材料が必要なわけだ」

 

「判断材料、ですか?」

 

「そう。要するに、色々な恋愛の話を見たり聞いたりすることで、自分の中での解答を見つけようってこと。響ちゃんは恋愛のお話とかよく読んだりする?」

 

「あ、あんまり」

 

 自分の部屋の本棚を思い出すが、動物に関する本やにーにー(沖縄弁で兄を指す言葉)に影響されて読んでる少年漫画しかなく、恋愛モノの本は一切ない。

 

 なるほど、だから良太郎さんは自分をここに連れてきたということか。

 

「このはやてちゃんは創作物だったら小説・漫画・映画何でもござれの創作物マニアなんだ。だからきっと響ちゃんの勉強になりそうなピッタリの作品を選んでくれるよ。というわけで、響ちゃんの勉強になりそうな恋愛モノの作品、いい感じのやつを四、五本見繕ってくれないかな?」

 

「お安い御用です。響さん、小説と漫画と映画、どれがいいですか?」

 

「え? えっと、自分、あんまり活字が得意じゃなくて……」

 

 読んでいると眠くなるというか、なんというか……。

 

「分かりました。それじゃあ、映画で選びますね」

 

 書店の店長に対して失礼なことかもしれなかったが、はやてちゃんは笑いながら二つ返事で引き受けてくれた。

 

 

 

 ちょい待っててくださいねー、と言って再びカウンターの裏に行ってしまったはやてちゃんを見送り、自分たちは店内で待つこととなった。

 

「それにしてもすごいですね、はやてちゃん。小学三年生で本屋さんの店長をやってて、その上創作物マニアって」

 

「何でも、昔は病気しがちで、そういうものばっかり見ながら過ごしてたんだってさ」

 

「そうだったんですか……」

 

 真と良太郎さんの会話を聞きながら思い返すと、確かにはやてちゃんの身体の線はやや細めだったような気がする。

 

「あと、家庭環境の問題かな」

 

「? あぁ、本屋さんの娘さんですもんね」

 

「まぁ、それもあるんだけど、どちらかというと家族の影響が大きいんじゃないかな」

 

 そんなことを話しながら店内を見ていると、自動ドアが開きベルが鳴った。

 

「ただいまー。……って、あら? 良太郎君じゃない」

 

「む? 久しぶりだな、良太郎」

 

 聞こえてきた女性の声。ただいまという言葉から察するに、先ほど話題に上がったはやてちゃんの家族だろうか。良太郎さんの名前を親しげに呼んでいた。

 

 どんな人たちだろうかと思い振り返り――。

 

「……え?」

 

 ――思わず、固まってしまった。

 

 自動ドアを潜ってきたのは、三人の女性だった。一人は、薄い金色のショートボブのおっとりとした女性。一人は、ピンク色の髪をポニーテールに纏めた凛とした女性。

 

 そして。

 

 

 

「いらっしゃい。八神堂へようこそ。ゆっくりしていってくれ」

 

 

 

 長い銀色の髪を腰まで伸ばした、赤い瞳の女性。彼女の顔には見覚えがあった。否、彼女の顔は最近売れ始めた自分達よりも有名な、そして自分が知らないはずがない顔だった。

 

 

 

 リインフォース・アインス。

 

 

 

 人気急上昇中の若手実力派女優で――。

 

 

 

 ――去年の『クリスマスライナー』のヒロインを務めた女性である。

 

 

 




・『八神堂』
『魔法少女リリカルなのはINNOCENT』で八神家が開いている古書店兼ブレイブデュエルオーナー店。ゲームでは最初にベルカを選択することでここ所属になる。
本来は古書店だが、この作品では古本も扱う普通の本屋という設定になった。

・ザフィーラ
『魔法少女リリカルなのはAs』に登場した、はやてに仕える盾の守護獣。
本当は狼だがこの作品においてはオリジナル犬種のれっきとした犬に。
え? 喋らないのかって? ハハッ、犬が喋るとかそんなメルヘンじゃあるまいし。

・ニホンオオカミ
古くは日本の多く生息し今では絶滅してしまった日本固有の狼。
ヤマイヌとも呼ばれているが、別に人を乗せて走ったりするほど大きくないし「黙れ小僧!」とどなったりもしない。張りつめた弓の弦は震えたりしない。

・八神はやて
『魔法少女リリカルなのはAs』におけるメインキャラの一人にして物語のキーパーソン。
イノセントでは九歳ながら飛び級で大卒の社会人だが、この作品では普通に小学生。
二次創作では大体ステレオタイプの関西人として扱われているが、今回は原作アニメに近い性格で描いてみた。

・小説・漫画・映画何でもござれの創作物マニア
アイドルを題材にしたこの小説だったらこういう設定がはやてに合っているんじゃないかと思った結果。

・昔は病気しがちで
はやてといえば車椅子というイメージが強いが、今後のお話的にそれだと色々と大変なので。

・薄い金色のショートボブのおっとりとした女性
もしかして:必殺料理人 ゆずねぇ

・ピンク色の髪をポニーテールに纏めた凛とした女性
もしかして:ニート侍 おっぱい魔人

・リインフォース・アインス
はやてが所有する『夜天の書』の管制人格で融合型デバイス。彼女との別れのシーンで果たして何人泣いたことやら。作者は今見ても泣く。
イノセントでは建築関係の専門学校に通っているが、この世界では女優に。アイドルではないのは歌って踊るイメージじゃないから。



 あとがきがなのはを知らない人のための解説になってしまった。まぁクロスオーバーが主体の話だからしょうがないと言えばしょうがないのか。

・どうでもいい話
「あれ、これって孤独のグルメだっけ……?」
※REX版のコミック三巻の貴音編を読みつつ。


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Lesson46 恋と演技と苦手なもの 4

※朝霞リョウマの特徴
まともなプロットを用意せずに執筆に入り書きたいことをドンドン後付けしてしまうので蛇足的な文章が膨らむ。そのため書きたかったことが先延ばしになる。

※要約
話が四話に纏まらなかった。


 

 

 

 リインフォース・アインス。主に日本で活動しているドイツ人の若手実力派女優。基本的に穏やかで周りから一歩後ろに下がる性格だが、一度演技に入るとありとあらゆる役柄を的確にこなし、去年の『クリスマスライナー』のヒロインを務めたことで一躍人気に火が付いた。

 

「り、リインフォース・アインスさん……!?」

 

「それは芸名だ。本名は八神リインフォースだ。よろしく、我那覇響、菊地真、萩原雪歩」

 

「え、ぼ、僕たちのこと知ってるんですか!?」

 

「あぁ、これでも私は女優の端くれだ。今話題のアイドルの名前ぐらい分かるさ」

 

「こ、光栄です!」

 

 慌てて帽子や眼鏡などの変装道具を取り払って頭を下げる三人。……俺も初めてみんなに会ったときはこんな感じだったんだけど……接しすぎたせいで慣れちゃった感じが。距離が無くなって嬉しいような悲しいような。

 

「リインさんの紹介はしなくていいみたいだから、こっちの二人の紹介は代わりに俺がさせてもらうよ」

 

 複雑な気分はとりあえず置いておいて、一緒に入ってきた二人の女性の紹介をすることにする。まずはピンクの髪をポニーテールにして大変女性らしい身体つきなのだが服装が上下ジャージで持ち物がスポーツバックと竹刀袋というちょっと残念なカッコいい系美人さん。

 

「こちら、八神シグナムさん。職業はスタントマンで、俺が覆面ライダーの撮影をしてたときは殺陣(たて)の演技指導をしてもらったんだ」

 

「よろしく頼む」

 

 続いて薄い金髪のボブカットにシグナムさん程ではないがやはり女性らしい身体つきのおっとり系美人さん。

 

「こちらは八神シャマルさん。職業はメイクアップアーティスト。業界ではまだ若手だけど腕前はぴか一だから、映画やドラマの仕事が増えればメイクしてもらう機会が増えるかもね」

 

「よろしくお願いしまーす!」

 

 ちなみに二人もリインさんと同じドイツ人である。

 

「三人ともはやてちゃんの家族。あと一人ヴィータっていう末妹がいて、五人揃って『八神家美人五姉妹かっこ美少女も含む』。このお店のリピーターが多い理由の一つだよ」

 

 どうやらヴィータは現在不在のようだが、多分近所の公園でお年寄りに交じってゲートボールでもしているのだろう。

 

「え……皆さん姉妹だったんですか?」

 

 まぁ、全員髪の毛の色も目の色も違うから雪歩ちゃんの疑問はもっともである。ただこれは流石にプライベート過ぎる問題だから俺が勝手に話すわけにはいかないので、リインさんたちにお任せしようと視線を向ける。

 

「血が繋がっとるわけとちゃいますよ。ちょい事情があって、死んだ私の両親がみんなを養子として引き取ったんです」

 

 しかしそれは店の裏から出てきたはやてちゃんの口から語られることとなった。

 

「はやて、ただいま帰りました」

 

「ただいまはやて。今帰ったぞ」

 

「ただいまー、はやてちゃん」

 

「おかえりなー、みんな」

 

 リインさん、シグナムさん、シャマルさんの「ただいま」の言葉に、はやてちゃんが笑顔になる。その手には幾つかのDVDと一枚のメモ用紙が抱えられていた。

 

 対して響ちゃんたちは聞いてはいけないことを聞いてしまったのではないかとバツの悪そうな顔をするが、それに気付いたはやてちゃんは笑顔で首を横に振る。

 

「私がだいぶちっちゃい頃の話です。私は気にしとりませんから、皆さんも気にせんといてください」

 

 そう言いながら、持っていたものを響ちゃんに手渡す。

 

「これが、私が選んだ参考になりそうな映画のDVDです。手元になかったのはリストアップしときましたので、お手数ですがご近所のレンタルショップで借りてください」

 

「え、えっと……ありがとう、ございます」

 

「いえいえ」

 

 とりあえず響ちゃんをこの店に連れてきた目標の一つは達成されたわけだ。

 

「それにしても凄いですね、ご家族がみんな業界関係者って」

 

 なるほど創作物マニアにもなるはずだ、と納得した様子の真ちゃん。

 

 だがしかし、驚くのはまだまだ早い。実は彼女のお祖父さんはイギリスが誇る巨匠、ギル・グレアム監督なのだが……まぁ、今は置いておこう。それはまた別のお話、というやつだ。

 

 それよりも、もう一つの目標の方を進めていかねば。

 

「リインさん」

 

「ん? 何だ?」

 

「実はこの響ちゃんが今年の『クリスマスライナー』のヒロインを務めることになったんですが、何かアドバイスをと思って今日は連れてきたんです」

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

 何も言っていなかったが、リインさんがここにいたことで何となく察した響ちゃんは俺の言葉に合わせてリインさんに向かって頭を下げた。

 

「そうか、君が今年のヒロイン役だったのか」

 

「は、はい!」

 

「んー、立ち話もなんですし、上がっていかれますか?」

 

 お茶でもどうぞ、と言うはやてちゃんのお言葉に甘え、俺たちは店の二階にある住居スペースにお邪魔することになった。

 

 ちなみに店番は引き続きザフィーラが務め、いぬ美もザフィーラと共にカウンターの前で待っていてもらうことに。

 

「………………」

 

「………………」

 

 なお先ほどからいぬ美はザフィーラに興味津々の様子で身体中の匂いを嗅いでいたのだが、そんな中でもザフィーラは身動き一つ取っていなかった。……やっぱりザフィーラは犬界の中ではイケメンでモテモテなのだろうか。……いやまぁ、流石に犬に対して羨ましいとか爆発しろとかは思わないが。

 

 

 

 八神堂二階の住居スペース。まだ掛け布団をかけていない掘り炬燵に座り、温かい緑茶と共にはやてちゃんの手作りおはぎをご馳走になる。うむ、程よい甘さ。

 

「あ、美味しい……!」

 

「お茶も美味しいです」

 

「ありがとうございます」

 

 真ちゃんと雪歩ちゃんのお褒めの言葉にお礼を言いながら、お盆を置いたはやてちゃんも掘り炬燵に座る。

 

「それでリインさん……」

 

 アドバイスを、と響ちゃんが声をかけるのだが。

 

「ん~!」

 

 当の本人はうっとりとした表情をしながらはやてちゃんの手作りおはぎ(リインさんの大好物)を食べていた。多彩な表情を見せる女優とはいえ、基本的にクールビューティーなリインさんが見せるこの笑顔はテレビでは余り見ることが出来ないので大変貴重である。

 

 にしても本当に美味しそうに食べるなぁ。貴音ちゃんと一緒に銀髪コンビでグルメ番組とかいいかもしれない。二人ともキャラが被っているような気がしないでもないが、美人さんで画面が埋まるのであればそれは大変絵になると思う。今度テレビ局のプロデューサーにでも進言してみよう。あわよくば俺もゲスト出演したい所存である。モノを食べる時は誰にも邪魔されず自由で救われてなきゃダメなんだよな? アームロックとか余裕で出来るよ!

 

「あの、リインさん?」

 

「リーイーンッ! 私のおはぎを美味しく食べてくれてるのは嬉しいんやけど、響さんのお話もちゃんと聞いてあげてな?」

 

「……はっ!? す、すみません!」

 

 はやてちゃんに声をかけられ、ようやく我に返るリインさん。顔を赤くしながらワタワタとフォークを机の上に置いてから響ちゃんに向き直る。

 

「そ、それで『クリスマスライナー』に出演する上でのアドバイスだったな」

 

 しかしアドバイスか、とリインさんは眉根を寄せる。

 

「正直私の演技は参考にならないと思うぞ。何せ監督からの評価もイマイチだったからな」

 

「えっ!?」

 

 リインさんからの衝撃のカミングアウトに響ちゃんだけでなく真ちゃんや雪歩ちゃんまでもが目を剥いて驚く。

 

「あ、あの演技がイマイチだったんですか!?」

 

「とっても素敵なCMでしたけど……」

 

「あれでイマイチの評価だったら、自分はどんな演技をすればいいんだ……」

 

 ズーンと暗い影を背負う響ちゃん。ちなみに去年の『クリスマスライナー』は「携帯電話の電池が切れて連絡が取れなくなったカップルが駅構内を探し回り、クリスマスツリーの下で再会する」という内容だった。もう会えないのかという不安とようやく会えたという安堵。涙目になりながらも一度俯いてから涙を拭い、顔を上げた時に見せた優しい笑顔は男女問わず多くの人の心を鷲掴みにした。

 

 確かにこれだけ評価された演技をイマイチと称されてしまったらどうしようもないだろう。

 

 ただ、それが本当に『監督が求めていた演技』であれば、の話である。

 

「ここだけの話、あのCMを撮影した時私は『恋』の演技をしていなかったのだよ」

 

「……え?」

 

 俯いていた響ちゃんが顔を上げる。リインさんは照れ臭そうな表情になりながら人差し指で頬を掻いていた。

 

「恥ずかしい話だが、私はまだ本当の恋というものを経験したことが無くてな。その時持ち合わせていた感情で演技をしたのだよ」

 

「その時持ち合わせていた感情……?」

 

「あぁ。……私は、はやてが好きだ。シグナムが好きだ。シャマルが好きだ。ヴィータが好きだ。ザフィーラが好きだ。この八神家が――私の家族が大好きだ」

 

 これは私の持論なのだがね、とリインさんが一息ついてお茶を飲む。

 

「それは伴侶だけではなく親や子や兄弟に対する感情、自身に近いものに対する感情、『愛』。人は『恋』をし、やがて『愛』に変わり、それは『家族愛』へ変化していく。だから私は、『恋』の延長線上に『愛』があるのだと考えている」

 

 はやてちゃん、シグナムさん、シャマルさんと順番に視線を向ける。全員がリインさんに優しい笑顔を向けていて、リインさん自身も笑顔である。

 

「我那覇響、君には大切な家族がいるかい?」

 

「も、もちろんだぞ! 故郷のうすめー(お母さん)にすー(お父さん)、あんまー(お祖母さん)ににーにー(お兄さん)も! あ、あといぬ美や他のみんなも大切な家族だぞ!」

 

 勢い込んで立ち上がる響ちゃん。

 

「ならば、大丈夫だと思う。君は『恋』の先にあるものを知っている。きっと素敵な演技ができるさ」

 

「は、はい!」

 

「もっとも、私はその演技で監督から注意を受けてしまったがな」

 

「え、えぇ~?」

 

「どうやら監督には私が『恋』の演技をしていなかったのが分かっていたようでな。撮影終了後に注意を受けてしまったよ」

 

 苦笑するリインさん。そこは俺の時と同じである。言葉少なで丸投げな人だけど、本当に優秀な監督だ。

 

「期待しているよ、今の君が出来る『恋』の演技を」

 

「……はい!」

 

 元気よく頷く響ちゃんを見守るような眼差しのリインさん。いやぁ、クールさ加減が無くてもやはりビューティーには変わりないな。

 

 

 

「ん~? こんなナイスなおっぱいしとるっちゅーのに、恋を知らんのは勿体ないよな~?」

 

 ワシッ

 

「ひゃ!? は、はやて!?」

 

 

 

 いつの間にか背後に回っていたはやてちゃんにより、胸を鷲掴みにされて真っ赤になるリインさん。

 

 ……大きいなぁ――じゃなくて。

 

 こうして家族と一緒にいるリインさんの素顔は、またテレビでは決して見ることが出来ないもの。これも、前にともみが言っていた自分の顔がある場所、かな。

 

 

 

 ――いやホント羨まけしからん。

 

 

 




・シグナム
『魔法少女リリカルなのはAs』に登場した、はやてに仕える剣の騎士。
イノセントでは大学生だった彼女はスタントマンに。殺陣とかそういうのが合っているんじゃないかと思った。ちゃんと働いています。ニートではありません。

・シャマル
『魔法少女リリカルなのはAs』に登場した、はやてに仕える湖の騎士。
イノセントでは医学生だった彼女はメイクさんに。改変しすぎかとも思ったが、こうなったらとことんオリ設定を盛り込む所存。

・ヴィータ
『魔法少女リリカルなのはAs』に登場した、はやてに仕える鉄槌の騎士。
エターナルロリータではなく普通の小学生。たぶん二年生ぐらい。(未登場)

・ギル・グレアム
『魔法少女リリカルなのはAs』に登場した、時空管理局の提督。
両親不在のはやてを影から援助していたのだが、その理由は……。
この世界では普通に祖父でさらに映画監督設定。きっと二匹の猫を飼っている。

・やがみけっ!
祖父 ギル・グレアム(映画監督)
両親 不在
長女 八神リインフォース(女優)
次女 八神シグナム(スタントマン)
三女 八神シャマル(メイク)
四女 八神はやて(物語マニア)
五女 八神ヴィータ(特になし)
飼犬 ザフィーラ(天才犬)
すげぇこの一家(小並感)。設定作ってないけど、ヴィータも何か設定足そうかしら。

・それはまた別のお話
『特殊ルート解放条件』
 済 高町なのはが登場する
 済 八神はやてが登場する
 未 ????・??????が登場する
 未 ?????がIUに殿堂入りする
 未 ?????が???プロダクションを設立する
 未 高町なのはが???・?????と出会う

・やっぱりザフィーラは犬界の中ではイケメンでモテモテなのだろうか。
普通にキリッとしていてカッコいいと思う。
ん? 人間形態? ハハッ、だからそんなファンタジーじゃないんだから。

・モノを食べる時は誰にも(ry
以前友人とわさび丼を食べに伊豆まで赴いた作者。今度日間賀島まで行ってきます(報告)

・『愛』
家族愛云々は漫画版を参考に、作者が一晩で考えた(適当)

・おっぱい星人はやて
正統派(?)魔法少女アニメにおける数少ない(?)エロ(?)要素。直接触るシーンはアニメに無いが、ドラマCDでは触りまくりである

・いやホント羨まけしからん。
いい感じに締めようと思ったが最後に本音が漏れた図。



 という訳で蛇足的な次回に続く。


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Lesson47 恋と演技と苦手なもの 5

ひと箱買ったらハウリングと地獄門が同時に出たので全部うっぱらおうと思いました(KONAMI感)


 

 

 

 いやー、大乳美人と戯れる美少女ってめっちゃ絵になるわー、とか思いつつお茶を飲んでいると、いつの間にか番組収録の時間が迫っていることに気が付いた。

 

「そろそろ次の仕事があるから、俺はお暇させてもらうことにするよ」

 

 響ちゃん達はどうする? と問いかけながら立ち上がる。

 

「えっと……それじゃあ自分たちも」

 

「お暇させてもらいます」

 

「そうですか……またいつでも遊びに来てくださいね?」

 

 結局全員お暇させてもらうこととなった。

 

「これから収録か?」

 

「はい。○○テレビで生放送の収録です」

 

 ハンガーに掛けてあった上着を受け取りながらリインさんの質問に返す。

 

「ならばちょうどいい。私も出かける用事があった。良ければ車に乗っていくか?」

 

「お、いいんですか?」

 

「あぁ」

 

 これはラッキー、あのリインフォース・アインスからドライブのお誘いを受けるとは。

 

「はやて、私も少し出てきます。夕飯までには帰りますので」

 

「分かった。はよ帰ってきてな?」

 

 

 

 

 

 

 うん、ドライブのお誘い自体は嬉しかったし、現在進行形でシートベルトによってさらに強調された大乳とか大変眼福なんだけど、女の人の助手席に乗せてもらうっていうのは男としてどうなんだろうと思ったり思わなかったり。

 

 高校卒業したら免許取ろうかなー、と考えながら窓枠に肘を突く。

 

 ちなみにリインさんの車は意外にも八人乗りのファミリーカーだった。恐らくザフィーラも入れた家族全員での外出を考えてのチョイスなのだろう。相変わらず思考が長女というよりはお父さんだった。

 

 窓から見える空は先ほどまでの青い空が影を潜め、いつの間にか灰色の雲に覆われていた。何やら夕立が来そうな雰囲気である。今日は一日晴れの天気予報を信じて傘を持っていなかったので、これはリインさんに送ってもらって正解だった。

 

「……いい子達じゃないか」

 

 765プロだったか? と、リインさんはチラリと視線をこちらに向けてきた。

 

「彼女たちが君のお気に入りということか」

 

「まぁ、そうですね」

 

 他の事務所のアイドルよりも気にかけている、という点で言えば間違いなくお気に入りのアイドルたちだ。それは否定しない。

 

「周藤良太郎がアイドルのファンになっちゃおかしいですか?」

 

「いや、おかしくなんてないさ。ただ……」

 

 

 

 ――本当にそれだけなのかと思ってな。

 

 

 

「………………」

 

 ポツリ。

 

 ついに曇天の空から雨粒が零れ落ちた。雨粒はフロントガラスに当たって下に流れていくが、リインさんが作動させたワイパーが一往復するとその跡はあっという間に無くなってしまった。

 

「……どういうことですか?」

 

「いや何、君は彼女たちに対して何かを期待しているような気がしてな。アイドルとしての成功以外の『何か』を」

 

 赤信号で車が止まり、リインさんが視線をこちらに向けてくる。じっとこちらを見つめるその赤い双眸。こんな状況でなければ宝石のようだと表現して褒め称えていたが、今はそんな気分になれなかった。

 

「……気のせいですよ。俺はただ単に彼女たちのファンっていうだけですから。それに、後輩のアイドルを気にかけるのは先輩として別に間違ったことではないはずですよ」

 

「……そうか。私の勘違いだったか。変なことを聞いてしまったな」

 

 信号が青に変わりリインさんの視線がこちらから外れ、車はゆっくりと発進する。他の乗っている人を気遣うようなその発進の仕方は、八神家全員のことを想うリインさんの性格を表しているようだった。

 

「そうですよ。そういう中二病チックなことははやてちゃんの専売特許でしょ?」

 

「……それをはやての前で言わないでくれよ?」

 

 この間は大変だったのだから、とリインさんは苦笑する。

 

 響ちゃん達相手に随分と大人びた対応を見せてくれたはやてちゃん。それが関係あるかどうかは分からないが、はやてちゃんは小学三年生にして既に中二病の黒歴史を抱えてしまっているのだ。十字架が付いた黒い革表紙の本に『夜天の書』と名前を付け、その中にはシグナムさん達をモデルとした『守護騎士ヴォルケンリッター』という設定や、周囲を凍結させる『氷結の息吹(アーテム・デス・アイセス)』という呪文などが数多く記されていた。わざわざ呪文が英語じゃなくてドイツ語になっている辺りが大変凝っていると思う。

 

 ちなみに何故こんなことを知っているのかというと、ヴィータちゃんをアイスで買収して見せてもらったという裏話。アイスってすごいね! 人の心まで買えるよ!

 

「でも顔を耳まで真っ赤にしながらクッションに顔を埋めて足をバタバタさせるはやてちゃんは凄く可愛かったでしょ?」

 

「はやては天使」

 

 キリッとした表情で断言するリインさん。ホント、八神家のみんなははやてちゃん大好きだなぁ。

 

 

 

 結局雨は通り雨で、既に雲の切れ間からは再び太陽が顔を出していた。

 

 

 

 

 

 

「見たよ、出来上がったCM。昨日テレビ見てたら流れてた」

 

『ど、どうだった?』

 

「普段の元気がいい響ちゃんとのギャップがあって、すごく良かったよ」

 

 素直な感想を返すと、受話器越しの響ちゃんは「えへへ」と照れた様子だった。

 

 というわけで、今回のことの顛末である。

 

 リインさんからの助言やはやてちゃんお勧めの映画を鑑賞してから臨んだ『クリスマスライナー』のCMは、テイク18までもつれ込んだものの無事に終了。放送されたCMは一昨年や去年と比べても遜色がない出来栄えだったと思う。

 

『実は自分も家族やみんなのことを考えながら演技したのがバレちゃって『次はちゃんと恋の演技しろよ』って注意されちゃったけどね』

 

「響ちゃんもか」

 

 俺、リインさんに続き響ちゃんまで監督に見透かされてしまったようだ。

 

 その後、二言三言交わしてからお疲れ様と言って通話を終了する。

 

「……恋、か」

 

 うーん、と腕組みをしながら背もたれに背中を預ける。

 

 初恋は母親で早々に終わらせてしまっている。では現在進行形でどうなっているのかというと微妙である。前世を含めた精神年齢云々は置いておいて、一応俺も健全な青少年。可愛い女の子や綺麗なお姉さんとお付き合いできるのであればそれはそれで嬉しい。

 

 しかし、アイドルが恋愛っていうのは、実際問題どうなのだろうかと考えてしまう。……アイドルのおっぱい発言もどうなのだろうかという問題はスルーしておく。

 

 「アイドルはファンの恋人である」とは誰の言葉だったか。

 

「なぁ兄貴、俺が誰かと付き合うことになったら、どうする?」

 

「……それは、買い物に付き合うとかじゃなくて、男女関係における付き合うってことだよな?」

 

「それに気付くとかラブコメ系主人公として失格だな」

 

「何で気付けたのに罵倒されなきゃならんのだ!?」

 

 居間のソファーに座りノートパソコンに向かって事務仕事をしていた兄貴が愕然とした表情で顔を上げる。

 

 「付き合ってください」から「いいぜ、買い物だろ?」までがテンプレだというのに、ラブコメ系主人公としての自覚が足りないな。ワンサマーや難聴兄貴をもっと見習えよ。ちなみに少女漫画系主人公だと女の子の髪の毛に芋けんぴが付いていることを気付ける洞察力が必要である。知らんけど。

 

「大体、お前の文脈から考えて前者はあり得んだろ」

 

「じゃあなんで確認取ったんだよ」

 

「……色々あったんだよ」

 

 途端に視線が遠くなる兄貴。どうやら現在進行形でラブコメっているおかげで色々と学習した様子。早苗ねーちゃん達の調教(きょういく)は順調に進んでいるようだ。

 

 そうだな、と兄貴は一度キーボードを叩く手を止める。

 

「兄としては弟の恋を応援したいところではあるが、やはりアイドルのプロデューサーとして止めることになるかな」

 

 まぁ、だろうな。

 

「だが」

 

 ん?

 

「お前のファンだったら、お前が恋をしても受け入れてくれるような気がするがな」

 

「……と、言うと?」

 

「そのままの意味だよ。確かにアイドルっていうのは極論で言ってしまえば偶像そのもので、『こうであって欲しい』というファンの人の理想を形にした存在だ。理想が自分以外の誰かに恋をすることはなく、永遠に自分のものであり続ける」

 

 でもな、と兄貴は言葉を続ける。

 

 

 

「理想を超えたその先の何か、手の届かない何かに到達することが出来たら、きっとファンは受け入れてくれる。受け入れざるを得ない」

 

 

 

「……そんなものなのかなぁ」

 

「きっと、な」

 

 随分と曖昧な回答である。

 

「それにしても、お前がそんなことを聞いてくるなんて珍しいじゃないか。まさか気になる女の子でも出来たか?」

 

 魔王エンジェルの誰かか? それとも765プロの律子ちゃんか? と、ちょっと楽しそうに聞いてくる兄貴。普段自分が恋愛関係の事柄で弄られている分、弄り返してやろうという魂胆が見え見えだった。

 

「いーや。あくまでも例えばの話だよ。響ちゃんに恋愛関係の演技についてのアドバイスを求められたから、ちょっと考えてみただけ」

 

 それより俺は自分の義姉についての方が気になるんだが、と言ったところ、さーてちょっと電話してくるかな、とノートパソコンを片付けながらアッサリと話題を切り上げられてしまった。

 

 やれやれと思いながらソファーに座り直していると、携帯電話が着信を告げた。誰からだろうと開くと、ディスプレイに映し出されていたのはりんの名前だった。

 

「はい、良太郎です」

 

『あ、りょーくん、久しぶり。え、えっと、今時間あるかな?』

 

「あぁ、今日はもう仕事なくて家でゆっくりしてたところだ」

 

 何か用事か? と尋ねると、返ってきた言葉は少し遠慮がちに小さなものだった。

 

『と、特に用事があるわけじゃないんだけど……ちょっと久しぶりにお話がしたかっただけ。……め、迷惑だったかな?』

 

「……いや、女の子との楽しい会話だったら大歓迎だよ」

 

『……えへへ、ありがと』

 

 携帯電話を耳に当てたまま居間を後にし、俺は自室へと向かうのだった。

 

 

 

 まぁ、こうして気軽に話せる関係ぐらいが今の俺にはちょうどいいのかもしれない。

 

 

 




・リインフォースとの会話
ラストに向けての伏線をちょっとずつ撒き始める。なおラストがいつになるのかは一切不明。

・中二病はやてちゃん
一般人からしてみたら原作はやてちゃんの設定は中二病の宝庫。黒い翼とかラグナロクとか。

・アイスってすごいね!
ヴィータ「ハーゲン○ッツには勝てなかったよ……」

・「アイドルはファンの恋人である」
だからクリスマスにファンのためのイベントをしなかった765プロは云々かんぬんという記事を何処かで読んだような気がした。

・ワンサマーや難聴兄貴
ワンサマー もしかして:IS
難聴兄貴  もしかして:はがない

・女の子の髪の毛に芋けんぴ
「少女漫画 芋けんぴ」で検索!

・りんちゃんなう!
最後に出番をかっさらうりんちゃんはやはりヒロイン(確信)



 蛇足故に短め。本当はカットしてよかった部分てんこ盛りだが無駄に伏線を撒いておく。

 次回からはようやく空白期が終わりアニメ二期時間軸に突入します。

 ……シリアス増えるよヤッター(白目)


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Lesson48 不穏なフラグ

夏 休 み が 終 わ り ま し た ね(挨拶)


 

 

 

「……え?」

 

「ど、どういうことですか?」

 

「……急に出演キャンセルなんて……」

 

「いやぁ、悪いね。こっちも都合があってさ」

 

 

 

「まぁ、また別の機会があったらよろしくねー」

 

「そ、そんな」

 

「ちょっと待って……!」

 

「………………」

 

 

 

「残念だったわねー」

 

「初のテレビ出演なんだっけ? かわいそー」

 

「でもまぁ、しょうがないわよ。あんた達はお呼びじゃなかったってことよ」

 

「……そん、な……」

 

 

 

「……これで、終わり……?」

 

「……ようやく掴んだ、チャンスが……」

 

「………………」

 

 

 

「泣いてる暇があったら、少しでも早く立ち上がった方がよっぽど有益だと思うぞ」

 

 

 

 

 

 

 これは、夢。

 

 私が『彼』と初めて出会った時の夢。

 

 すごく悲しくて、すごく辛くて。

 

 それでも、私の大切な思い出。

 

 

 

「――きろ。おい、起きろって」

 

「……んんっ……」

 

 起きろー、と額をトントンと小突かれる。まだ意識がハッキリとしていないため、誰がアタシを起こそうとしているのかは分からない。

 

「……あのねー……ゆめ、みてた……」

 

「へー、どんな夢?」

 

「……りょーくんとね……はじめてあったときの、ゆめ……」

 

「あー、あれか」

 

「……あたしね……あのときから……」

 

 ……ん?

 

 そこでようやく意識がハッキリとしたものになり始めた。

 

(あれ……アタシ、誰と話してるの……?)

 

 恐る恐る、ゆっくりと目を開く。

 

 

 

「お、ようやく起きた」

 

 目を開いたその先にいたのは、夢の最後に登場した男の子。とどのつまり、りょーくんなわけで。

 

 つまり先ほどまで話していた相手はりょーくんということで。

 

 そのりょーくん相手に何を口走ろうとしていたのかを理解してしまったアタシは――。

 

 

 

「ひゃあああぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 

 

 

 

「……耳がキンキンする……」

 

「ご、ごめんりょーくん」

 

「だから止めとけって私は言ったのよ」

 

 どうも、知り合いの女の子が居眠りをしていたので起こしてあげようと思ったら超至近距離で『ハイパーボイス』を喰らい鼓膜に多大なるダメージを受けた周藤良太郎です。威力90に命中100は伊達じゃなかった。おっかしいなぁ。前同じようにりんを起こした時はここまで派手なリアクションしなかったと思ったんだけど。ちなみにいつのものように遊びに来たテレビ局内の魔王エンジェルの控室でのことである。

 

「それにしても四年前か」

 

「リョウのゲリラライブで大分食われた感はあるけど、そっちも十分にショッキングな出来事だった」

 

「確かになぁ」

 

 魔王エンジェルには「泣いてる暇があったら」どうだのこうだの偉そうなことを話したが、あの時は自分も内心結構テンパっていたりする。「え、やっべーテレビ出演無くなったよどうすんだよどういうことだよふざけんなよコノヤロー」みたいなことを考えていて、半ば八つ当たり気味にゲリラライブした記憶がある。今更ながらよく成功したものである。

 

「にしても唐突だな、その時の夢を見るとか」

 

「りんなら結構な頻度で見てそうだけど?」

 

「いや、アタシはその時の夢よりも最近のりょー……げふんげふん、アタシは久しぶりに見たかな?」

 

 りんが一体何を言いかけたのかが気になる。

 

「何かのフラグだったりしてね」

 

「そういうフラグはいらないんだけどなぁ……」

 

 

 

 ……ホント、いらなかったんだけどなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 それは数日前に遡る。

 

 

 

 今日のお仕事は歌番組の生放送。しかも久しぶりに竜宮小町の三人と一緒のお仕事なので、テレビ局にはりっちゃんもいることだろう。リハーサルを行うために準備を進め、あとはスタジオに行くだけという状態にしてから竜宮小町の楽屋に向かう。周藤良太郎が女性アイドルの楽屋に一人で向かう、と言葉にしてしまえば若干アレかもしれないが、俺が現役時代のりっちゃんと仲がいいことはスタッフさん全員が知っており、そのりっちゃんが竜宮小町のプロデューサーであることも知っているため今更な話である。

 

 という訳で近くを通りがかったスタッフに竜宮小町の楽屋の場所を聞く。

 

「……え?」

 

 しかし、帰ってきた返事は予想外のものであった。

 

「……竜宮小町が、ドタキャンした?」

 

 思わず自分の耳を疑ってしまった。

 

「本当に?」

 

「は、はい。自分はそう聞いてますが……」

 

「……そっか。ありがとうございます」

 

 お仕事中呼び止めてすみませんと謝罪をし、失礼しますと頭を下げて去っていくスタッフの背中を見送る。

 

「………………」

 

 リハーサルを行うためにスタジオへ向かう道すがら、配られた今日の台本を捲る。出演者が一覧となって記載されているページには、間違いなく竜宮小町の名前があった。ここに名前があるということは、間違いなく今日まで彼女たちは番組に出演する予定だったということだ。俺も事前にりっちゃんと今日の番組で一緒になるという話をしていたので間違いない。

 

 しかし、竜宮小町はドタキャンをしたと告げられた。

 

(何かあったのか……?)

 

 アイドル側が土壇場で番組出演をキャンセルする行為は、本来あってはならない行為だ。信用にも関わってくるし、社会人としても勿論アウト。

 

 ダブルブッキング? それとも事故? どちらにせよ、ただ事ではなさそうだ。

 

 後で連絡をしてみようと考えながら、俺はリハーサルが行われるスタジオに足を踏み入れた。

 

「周藤良太郎さん、入られましたー!」

 

「おはようございます!」

 

「おはようございます!」

 

「おはようございます。今日はよろしくお願いします」

 

 多くのスタッフや他のアイドルからの挨拶を返しながらスタジオの隅に向かう。べ、別に今日の出演者の中で唯一仲がいい竜宮小町がいなくなったからってボッチになったわけじゃないんだからね!

 

「よう」

 

「……え?」

 

 しかしそこには予想外の三人が先客として存在した。

 

「おはよう、りょーたろーくん」

 

「今日はよろしくね」

 

 仏頂面の一人を除き、笑顔で挨拶をしてくる残りの二人。天ヶ瀬冬馬、御手洗翔太、伊集院北斗の三人からなる961プロのアイドルユニット『Jupiter』だった。

 

「おはよう。……あれ、今日お前ら出演予定だっけ?」

 

 台本をパラパラと捲り、先ほども見た出演者一覧のページを開く。しかし、やはりそこジュピターの名前は存在しない。どういうことだと首を傾げる。

 

「……ドタキャンが入ったから急遽俺たちが出演することになったんだよ」

 

 冬馬が俺の疑問に応えてくれたのだが、何故かその声はイラつき混じりのものだった。

 

「冬馬君、さっきから『何で俺たちがそんな尻拭いみたいなことをしなくちゃいけねーんだよ』って不貞腐れちゃってさ」

 

「お仕事貰えたんだから素直に喜ばないと」

 

「ちっげーよ! 俺はドタキャンしたこの竜宮小町って奴らに腹立ってんだよ!」

 

 バンバンと出演者のページを叩く冬馬に、翔太と北斗さんの二人は苦笑いを浮かべる。

 

「………………」

 

 竜宮小町の出演が急遽キャンセルとなり、その代わりにジュピターの三人が出演することになった……ということか。

 

 考えてしまうのは、二つの可能性。

 

 一つは、本当に竜宮小町がドタキャンしたという可能性。しかし、りっちゃんがドタキャンなんて不誠実な真似をするはずがない。もしメンバーの中の誰かが来れなくなったというのであれば、残りのメンバーだけが来ればいいだけの話。全員が来ない理由にならない。メンバー全員でなければNGだとテレビ局側から言われた? いや、それならばドタキャンしたのはテレビ局側であってりっちゃん達に非はないはずだ。

 

 そしてそれこそが二つ目の可能性、テレビ局側が竜宮小町の出演をドタキャンした可能性。テレビ局側から出演を拒否したという話が流れてしまえばマイナスイメージになる。だから出演者側から出演を拒否したという話にした……という可能性。その場合のテレビ局側のメリットは何だ? アンチ? 気まぐれ? それとも……。

 

 

 

 ――第三者の介入。

 

 

 

「………………」

 

 脳裏に過るのは四年前のあの出来事。俺と幸福エンジェルからテレビ出演の機会を奪っていった雪月花の三人組。

 

 今回の場合の第三者は誰になる……? 竜宮小町、またはりっちゃん、もしくは765プロダクションそのものに対して敵対心を持つ企業、というのが有力だろうが、生憎そこら辺の関係性を俺は知らない。

 

 ……ただ、最も可能性があるとするならば――。

 

 

 

「大体、ドタキャンするっていうこと自体がプロとしてありえねーんだよ! 最近調子に乗ってるみてーだけど、あんな連中ステージに上がる資格――もがっ!?」

 

(冬馬くん、それ以上はシーッ!)

 

(良太郎君の前なんだから抑えて抑えて)

 

(何でだよ!?)

 

(考えてもみてよ、765プロって言ったらりょーたろーくんがお気に入りかもしれないところなんだよ?)

 

(その事務所のアイドルがドタキャンなんて真似して、きっと良太郎君もショックを受けてるんだよ。ほら、さっきから視線が宙に漂ったままだし)

 

(……こいつがそんな玉かよ)

 

 

 

 ――先ほどから三人でコソコソと何やら密談をしている、このジュピター。今回竜宮小町が出演しなくなったことで最も得したのは、間違いなく代わりに出演することになったこの三人だ。

 

 ………………。

 

「……おい、さっきからボーッとしてどうしたんだよ」

 

「……いや、おめーら三人にあの可愛らしい女の子たちの代わりが務まるのかと心配でね」

 

「んだと!?」

 

 いきり立つ冬馬を翔太と北斗さんが「どーどー」と両脇から抑える。

 

 結局、まだ可能性の話だ。とりあえず今は目の前の番組出演のことだけを考えよう。

 

 

 

 しかし、この胸騒ぎだけは終始収まることはなく。

 

 

 

 こんな時ばかり当たってしまう自分の予感が嫌になるのは、わずか数日後の話となる。

 

 

 

 ……ホント、フラグなんていらないっつーの。

 

 

 

 




・開幕夢オチ
なんか前もこんな始め方があったようななかったような。

・『ハイパーボイス』
リメイクされてもキモクナーイは不遇だった……。

・竜宮小町のドタキャン
当然そんなはずありません。皆さん分かっていると思いますが、一応。
REX版二巻のエピソードを参考にしておりますが、あれとは時系列が違う設定です。

・(きっと良太郎君もショックを受けてるんだよ)
最近使われることがない勘違い要素。……あんまり意味内容な気もするが。



 ネタ少なめなのはストーリー自体がシリアス気味なため。アニメも14話を区切りにだいぶキナ臭くなってきますし。しかし頑張ってネタ要素をつぎ込んでマイルドにしていきたいです。



 あとラブライブの小説も公開しました。(唾付け&流行に乗っておく的な思惑)

 良太郎と一切関係ない新作で、他のラブライブ小説とは絶対に被らない(であろう)内容(のはず)です。現在(2014/09/02)プロローグのみですが、もしよろしければそちらもご覧になってください。


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Lesson49 不穏なフラグ 2

シリアス長いお……。


 

 

 

「ちょっと! これ、どういうことよ!?」

 

 それは、一冊の雑誌が始まりだった。

 

「ど、どうしたんだ伊織?」

 

「これよ! これ!」

 

 そう言いながら伊織は一冊の雑誌を俺の机の上に叩きつけた。それは今日発売のテレビ情報誌『ザ・テレビチャン』だった。フルーツを持った芸能人が表紙を飾ることで有名な月刊誌で、先日765プロの全員がフルーツをモチーフにした衣装で表紙の撮影を行った。今月号はその時の写真が表紙を飾る予定だったはずなのだが……。

 

「な、何だ、これ……!?」

 

 今しがた伊織が机に叩きつけた今週号のテレビチャンの表紙に765プロのみんなの姿はなく、代わりに961プロの『Jupiter』がフルーツを持っている姿が表紙になっていた。

 

「な、何でジュピターが……?」

 

「今月号じゃなかったのかしら……?」

 

「いや、そんなはずはないんだが……」

 

「じゃあどういうことなのよ!?」

 

 自分たちが表紙を飾るということで伊織が雑誌を購入してくるのを楽しみにしていた他のみんなが「何事か」と集まって来る。みんな、自分たちが載るはずだった表紙が違うものに変わってしまっていることに困惑している。

 

「事前に連絡とかなかったの!?」

 

「いや……」

 

「私も聞いてません……」

 

 小鳥さんや律子、当然俺にも連絡はない。

 

「何かダメだったのかな……」

 

「き、きっと私の表情が暗かったから……!」

 

「そ、そんなことないわよ」

 

 みんな、自分たちが何かしてしまったのではないかと不安になり始めている。

 

 とりあえず事情を聞かなければならない。携帯電話を取り出し、テレビチャンの編集部へと電話を掛ける。

 

『はい、テレビチャン編集部です』

 

「もしもし、765プロの者ですが。今月号の表紙の件でお聞きしたいことが――」

 

『大変申し訳ありません!』

 

 あるのですが、と続けようとした言葉は、唐突な謝罪によって遮られてしまった。あまりにも唐突すぎて思わず呆気に取られてしまう。

 

「あ、あぁいや、そうじゃなくて! ウチとしては事情が知りたいんです」

 

 もし本当に何か自分たちに原因があったのでは、という可能性だって当然存在する。だからまずは表紙の差し替えが起こった原因が知りたかった。

 

『ご立腹はもっともです! 本当に、申し訳ない! すみません!』

 

 しかし返ってきた言葉は、変わらず謝罪の言葉だった。

 

『私の立場ではお話しすることが出来なくて……し、失礼します!』

 

「え、ちょ、ちょっと!?」

 

 一体何が、と問おうとした言葉に返ってきたのは、ガチャ、ツーツーという機械音だけだった。

 

 

 

 

 

 

「……やられた……」

 

 テレビ局のロビーに備え付けられたソファーに深く座り込みながら天井を仰ぐ。俺の手から離れた雑誌がソファーの上に乱雑に投げ出される。

 

 雑誌は先日発売したばかりのテレビ情報誌『ザ・テレビチャン』。前々から美希ちゃんや真美が「今度テレビチャンの表紙を飾る」と楽しげに話すのを聞いていたので俺自身も楽しみにしていた。

 

 しかし発売日になったら来るとばかり思っていた発売自慢メールが全く来なかった。特に真美は自分が出た番組や雑誌などは逐一写メ付のメールで自慢してくるというのに、表紙を飾るという大役を果たした雑誌ならば速攻で来るはずの自慢メールが全く来ない。

 

 そして今日確認してみたテレビチャンの表紙を飾っていたのは、765プロのみんなではなく、ジュピターだった。桃を手にした北斗さん、リンゴに噛り付く翔太、そしてメロンを抱える冬馬。普段の俺だったら「おいおいご立派なバナナはどうしたんだよ」とかそんな感じのコメントをするところだが、今はそんな気になれない。

 

「……こりゃあ、確定、かな……」

 

 

 

 先日の竜宮小町のドタキャン事件。りっちゃんに連絡を取ったところ、番組プロデューサーから一方的に出演者の変更が告げられたとのことだった。つまり竜宮小町のドタキャンはやはりテレビ局側の嘘だったということになる。さらに仲のいい番組スタッフと少しばかり『オハナシ』させてもらったところ、何やら上からのお達しだったという情報を得た。

 

 竜宮小町からジュピターへの出演者変更。

 

 765プロからジュピターへの雑誌表紙差し替え。

 

 番組スタッフにかけられる上からの圧力。

 

 自分にはもう、これら全てが961プロの差し金としか思えなかった。

 

 とりあえず番組スタッフには「俺も共演を楽しみにしてたアイドルが出演しなくなると機嫌悪くなることだってあるんですよ。……分かりますよね?」と釘は打っておいたので、このテレビ局でそのようなことは二度と起こらないだろう。『とある事情』によりテレビ局の皆さまはこぞって俺を出演させたがるので、これぐらいの無理は聞いてくれるはずだ。何も「絶対に出せ」「言うこと聞かないなら出演しない」と言っているわけでもないのだ。

 

 テレビ局側からもわざわざ番組プロデューサーが楽屋に出向いて「今後はこのようなことが無いようにします」と頭を下げに来た。これには流石に申し訳なさが先に立ったが、ただ無理な出演取り消しを二度としないでくれればそれでいいのだ。そもそも俺だって本当はこんなことしたいわけではない。自分だって「出演させてもらっている」側であることに間違いはないのだから。

 

 俺はテレビや雑誌など間接的な手段でしか牽制することが出来ない。以前、こだまプロのプロデューサーに対して直接『オハナシ』したことがあったが、あれはただ単に俺の『周藤良太郎』という名前に怯えてくれただけの話。同じ手が961プロの黒井社長に効くとは到底思えない。

 

 所属アイドルの出演機会を奪えば十分な報復だろう。しかし、それは絶対に選択しない手段。何があろうともそれだけは絶対にしない。したくない。してはならない。

 

(もうちょっと気にかけとくべきだったか……)

 

 いや、俺が何かしたところで今回のこれを防げた自信はない。トップアイドルと言われ、メディアに対する影響力をある程度持っていたとしても、所詮俺はたかだか芸歴四年少々の小僧なのだ。例え前世を含め四十年近く生きてきたとしても、相手はこの業界で三十年以上戦い続けている猛者。人脈や策略に関しては俺などでは手も足も出ない。寧ろこうしてトップアイドルと言われ続けている現状に少々の疑問を浮かべてしまうほどだ。

 

 

 

 ――だからこそ、私達が守ってあげないといけないのよ。

 

 ――権力なんていうくだらない大人の都合から、キラキラと輝く子供たちの夢を守るのが、私達『大人』の役目よ。

 

 

 

 結局俺は、何も守れていないのだ。

 

 

 

「よお、良太郎」

 

「あ、りょーたろー君、おはよー!」

 

「チャオ、良太郎君」

 

 ロビーの天井の蛍光灯をじっと眺めていると、背後から声をかけられた。んあ? とそのまま首を後ろに倒して背後を確認する。

 

 そこにいたのは、ジュピターの三人だった。三人とも私服で、たぶん今から『入り』なのだろう。

 

「……よ、三人とも。これ見たぜ」

 

 そう言いながら俺はソファーに投げ出してあったテレビチャンを持ち上げて三人に示す。

 

「お、それか」

 

「この間発売されたやつだねー!」

 

 翔太と北斗さんは笑顔で、冬馬も自慢気な表情を浮かべる。その様子に曇りはなく、いつも通りの三人だった。

 

「……まぁ、俺としてはやっぱり女の子が表紙の方がよかったんだけどな」

 

「この野郎……!」

 

「はははー!」

 

「ま、良太郎君ならそう言うと思ったよ」

 

 ………………。

 

「なぁ、冬馬」

 

「あ?」

 

「翔太」

 

「ん?」

 

「北斗さん」

 

「何?」

 

 

 

「俺は、三人を信じてる」

 

 

 

「……何なんだよいきなり」

 

「真面目なりょーたろーくんって何かキモいよ」

 

「違和感凄いね……」

 

「酷い言いようだなオイ!」

 

 でも不思議! 今までの言動を省みたら全く反論できない!

 

 とまぁ、それはともかく。

 

「ま、言いたいことはそれだけだ。お仕事頑張ってなー」

 

「言われるまでもねーよ」

 

「じゃあねー! りょーたろー君!」

 

「チャオ」

 

 視線を前に戻し、去っていく三人に向かって背中越しに手を振る。

 

 俺は、三人が率先して765プロの仕事を奪っているとは思えない。だからと言って黒井社長の指示だとか、そういうことを言いたいわけじゃない。

 

 

 

 ――お願いだから、お前たちまで雪月花みたいな真似をしないでくれ。

 

 

 

 そう直接あいつらに告げることが出来ればそれで済む話なのだ。麗華にだって普通に言っていることなのだから、言うだけなら簡単だ。

 

 しかし、それではあいつら自身が頑張った仕事を否定してしまうのではないだろうか。先日の生放送も今回の写真撮影も、あいつらのしっかりとこなした仕事であることには変わりないのだ。

 

 もし、あいつらが何も知らなかったら。

 

 もし、あいつらが何か誤解しているとしたら。

 

 しかし、それは結局俺の頭の中の考えで。実際のことは未だに分かっているわけではなくて。

 

 そして、俺にできることはあまりにも少なくて。

 

「……はぁ」

 

 ……ままならねぇなぁ……。

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ、ホントーにこれでいいんだよね?」

 

 良太郎と別れた後、後ろを付いてきていた翔太がポツリと呟いた。

 

「なんか不満でもあるのかよ。黒井のおっさんから散々話きいたじゃねーかよ。765プロがどんな事務所なのかって」

 

 それは、聞いていても胸糞が悪くなるような話だった。

 

「でも、765プロってりょーたろーくんのお気に入りなんでしょ? ……その765プロが悪いことしてるって話を信じちゃったら……」

 

 

 

 ――りょーたろー君を裏切っちゃうみたいで……。

 

 

 

「………………」

 

 立ち止まって振り返る。翔太はいつもの明るい表情を影に潜め、その視線は足元を見つめていた。

 

「……そんなこと、かんけーねぇよ」

 

「とーま、君?」

 

「冬馬、お前……」

 

 再び歩き出す。翔太と北斗の信じられないものを見るような視線を振り切って。

 

 正直に言って、俺自身がまだ迷ってる。765プロのこと。おっさんのこと。良太郎のこと。全部を全部鵜呑みにしているわけじゃない。

 

 でも、黒井のおっさんの言葉が本当で。良太郎が765プロのことを気に入ってるっていうんなら……。

 

 

 

 ――良太郎の期待を裏切った765プロを、俺は絶対に許さねぇ。

 

 

 




・「おいおいご立派なバナナはどうしたんだよ」
※精一杯のネタ要素。

・俺は絶対に許さねぇ。
やったね! ようやく勘違い要素っぽくなったよ!



 解説するほどのものがない。

 シリアスはまだ続きます。猫に逃げたい……。


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Lesson50 不穏なフラグ 3

ノーデンくじ当たりました(歓喜)


 

 

 

「……961プロの黒井社長とは古い友人でね」

 

 吉澤さんと事務所に帰ってきた社長に事情を話すと、社長は大きなため息を吐いてソファーに座り、沈痛な面持ちで語り始めた。

 

「私たちはこの業界の同期として良きライバルであり良き友だった」

 

 昔を懐かしむような、しかし苦しむような。社長はそんな複雑な表情を浮かべていた。

 

「しかし意見の食い違いから袂を分かつことになってしまったのだよ」

 

「あいつはアイドルを売るためなら手段を選ばないからな」

 

 社長の言葉に吉澤さんが咥え煙草を揺らしながら補足する。

 

「では、今回のこと、加えて以前の竜宮小町の件は……」

 

「裏で961プロが糸を引いていると考えて間違いないだろう」

 

 そう吉澤さんは断言した。

 

「でも、どうしてこんなことを……」

 

「出る杭は打たれる。君たちも奴に目を付けられるぐらいに人気が出たってことさ。まだ出きっていない故に叩かれる、という意味でもあるんだがね」

 

 出る杭は打たれる。しかし、出きってしまった杭は打たれない。

 

 例えば、魔王エンジェル。

 

 例えば、周藤良太郎。

 

 メディア側が手放すことが出来ないほどの実力や影響力を持つトップアイドルであれば、こうした圧力を受け付けない。杭も、叩く人以上の高さになってしまえば打たれないということだ。

 

「良太郎君はこの際例外として、魔王エンジェルに関してはバックに東豪寺財閥も付いているから961プロでも迂闊に手を出せないんだ」

 

「逆に、今の我々ではやり合える相手ではないんだよ……」

 

「………………」

 

 社長の悲痛な面持ちに、俺は黙ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

「……相変わらずデカいビルだこと……」

 

 全ての仕事を終えたその日の終わりのこと。俺はとある人物に呼び出されてとあるビルを訪れていた。何度訪れてもそのビルの大きさに圧倒され、同じアイドル事務所であるはずの765プロのオフィスと思わず心の中で比べてしまい少々申し訳ない気分になってしまった。いやまぁ、こちらはただ単にアイドルの事務所というわけではないので当然と言えば当然なのだが。

 

 とりあえずこうしてビルの前にずっと立っているとそこらにいる警備員さんに捕まってしまうのでさっさと中に入ることにする。自動回転ドアを潜り中に入ると受付へと向かい、受付のお姉さんに自分の名前と来訪の目的を伝える。自分の名前を言った辺りで伊達眼鏡と帽子を外したが、お姉さんは一瞬目を見開いただけでそれ以上のリアクションを見せなかった。流石にプロである。

 

 お姉さんが電話で連絡をするとすぐに案内の人がやってきたので、再び伊達眼鏡と帽子を装着して案内してもらう。流石に他の事務所(正確にはフリーだが)のアイドルが堂々と別事務所の中を歩いているわけにはいかないし。765? ……うん、そうだね。

 

「こちらでお待ちください」

 

 連れてこられたのは応接室。高級そうなガラス張りの机を挟むようにして置かれた二つのこれまた高級そうな革張りのソファー。壁にはよく分からないが、たぶん高いんだろうなぁという想像が出来る絵画が数点飾られている。

 

(高級そうな、じゃなくて実際に高級なんだろうなぁ)

 

 そんなことを考えながらソファーに腰を掛ける。アイドルになってからというもの、こういったところを訪れた経験は何度もあるので今更物怖じしたりしない。

 

 「お飲み物は何がよろしいでしょうか?」と問われたので「ベンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンドキャラメルエキストラホイップキャラメルソースモカソースランバチップチョコレートクリームフラペチーノで」と頼んでみたところ、普通に「承知しました」と言って下がっていってしまった。……え? 本当に出るの? あれって本家の方だともう注文できないって話聞いたんだけど。

 

 一度飲んでみたいと思っていたのでちょっとばかりワクワクしながら待つこと数分。ガチャっという音がして応接室の扉が開く。随分早いな!? と思いつつそちらに視線を向ける。そこにいたのは飲み物を持った人ではなく、俺をここに呼び出した張本人だった。

 

「よう」

 

「悪かったわね、急に呼び出したりして」

 

「別に構わんよ」

 

 そんなやり取りをしつつ、その人――麗華は俺の向かいに腰を下ろした。

 

「しかし、まさかいきなり東豪寺の本社に呼び出されるとは思わなかったぜ」

 

 東豪寺は日本において水瀬やバニングスなどと肩を並べる大財閥だ。いくらこいつら魔王エンジェルの1054プロダクションが東豪寺の本社ビルを拠点としているからとはいえ、ここを訪れる機会があるとは思わなかった。

 

 「私はコーヒーで」と後ろに付いてきていた人に告げると、その人は一礼してから応接室から出て行ってしまった。部屋に残されたのは俺と麗華だけになる。別に何かをするつもりは毛頭無いが、社長令嬢と二人きりにするってのは如何なものだろうか。

 

「で? いきなり何の用だ? 共同ライブか? それともデートのお誘い――」

 

「今日はそういうの無しよ」

 

 俺の言葉を遮るように、真剣な表情の麗華はバサッとそれを机の上に投げ出した。

 

 

 

 それは、ジュピターが表紙を飾る今月号の『ザ・テレビチャン』だった。

 

 

 

「……はぁ」

 

 麗華がここに入って来る時からずっと手にしていたので何となくそんな気はしていたが、思わずため息が口から洩れる。

 

「ともみとりんが一緒じゃないのはそのためか」

 

「アンタとサシで話がしたかったのよ」

 

 要するに「貴方と二人きりでお話がしたかったの」という意味なのだが、麗華ほどの美少女に言われても今回ばかりは全く嬉しくなかった。

 

「アンタも気付いてるんでしょ? 最近961プロが裏でコソコソと動き回ってるって」

 

「……あぁ、そうだな」

 

「この表紙も、本当だったらジュピターじゃなくて765プロだったらしいじゃない。この間の生放送の時も竜宮小町からジュピターに突然出演変更があったみたいだし」

 

「よく分かったな」

 

「これぐらい簡単に調べがつくわ」

 

 げに恐ろしきは東豪寺財閥、か。

 

「それで? 俺をここに呼び出した理由は?」

 

 

 

「……961プロがうざくなってきた、っていう話よ」

 

 

 

「……うざくなってきたって、お前なぁ」

 

「本音よ。他人を邪魔して、そこに自分を押し込んで」

 

 ――まるで、雪月花の三人みたいに。

 

 麗華はそれを口にしなかったが、確かにそう言っていた。

 

「何をするつもりだよ」

 

「何をするつもりだと思う?」

 

 丁度その時、ノックの音が聞こえてきた。

 

「入っていいわよ」

 

「失礼します」

 

 入ってきたのはスーツ姿のお姉さんで、俺をここに案内してくれた人だった。手にしたお盆にはコーヒーカップと透明なプラスチック製のコップが乗せられており、それは間違いなく麗華が注文したコーヒーと俺が注文した例のアレであった。

 

「……アンタ何頼んだのよ」

 

「いや、俺も冗談のつもりだったんだが……」

 

 まさか入れ物まで再現してくるとは。東豪寺財閥ってすげぇ。

 

 呆れて勢いが削がれた様子の麗華は、はぁっとため息を吐いてからコーヒーカップに口を付けた。俺もプラスチックの蓋を外してスプーンでクリームを掬う。……おぉ、ゴテゴテした名前の割に普通に美味い。見た目的には飲み物なのか食べ物なのかパッと見て区別は付かないが。

 

 しばしお互いが頼んだものを口にしながら沈黙。

 

 先に口を開いたのは、スプーンを蓋の上に置いた俺だった。

 

「……961プロに所属してるのは、ジュピターだけじゃない」

 

 今は事務所全体がジュピターを推している状況だが、別に彼らだけが所属アイドルというわけではない。ジュピターほどテレビに出ているわけではないがキチンとデビューしているアイドルも何組かいるし、アイドルの卵だって何人も所属している。

 

「961プロに何かがあった場合、所属しているアイドル全員が巻き込まれる。最悪、アイドルを止めることになる子達だって――」

 

「やっぱりアンタはそうなのね」

 

 コーヒーカップをソーサーの上に置いた麗華の声は、酷く冷たく感じられた。

 

「確かに、961を叩けば所属アイドルも巻き込まれる。その筆頭はジュピター」

 

 でも、と麗華はこちらを見る。真っ直ぐに、真剣に。

 

「それ以上に、私はそういう手段を取る『事務所』が嫌いなの。結果的に私がそれと同じになろうとも。今の961にそれが出来るのは、きっと私だけだから」

 

 目には目を、歯には歯を。ハンムラビ法典で有名なその言葉に秘められた意味は、復讐ではなく正義。罰せられる人は、同じ罪をもって罰せられるべきなのだ。

 

「それに私はジュピターよりも律子がいる765プロを守るわ」

 

「………………」

 

「ねえ、良太郎」

 

 

 

 ――アンタは、誰を守りたいの?

 

 

 

 その問いに、俺は答えることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

「……はぁ……」

 

 張りつめた緊張感から解放され、思わず気が緩む。普段アレな良太郎だが、こうして真面目な場での会話は結構気を使う。あれが本当に『覇王』と称される人物なのだという事実を改めて思い出した。

 

 しかし。

 

(……何となく予想してたけど、やっぱり迷ってるみたいね)

 

 765プロとジュピター。本人は765プロがお気に入りだと公言しているが、その実ジュピターも結構気に入っているのは何となく気付いていた。何せ数少ない男性アイドルで唯一良太郎に食いついている存在なのだ。悪意ではなく向上心で向かってくる相手を良太郎が気に入らないはずはない。あいつはそういう性格だ。

 

 しかし、今回はそれが仇となった。

 

 961プロからの嫌がらせを止めることが出来ればそれでいいが、あの黒井社長をそう簡単に止めることは出来ない。それこそ、事務所そのものをどうにかしなければどうにもならない。

 

 それが出来なければ、待っているのは765プロか961プロどちらかの衰退。

 

 アイドル事務所の1054プロとしては共倒れしてくれた方がいいのだが、それでも私は律子がいる765プロを守るために動く。というより、黒井社長のやり方が気に入らない。

 

「あんたはどう動くつもりよ」

 

 良太郎が残していったプラスチックのカップをぼーっと眺めながら、ぽつりと呟いた。

 

 

 

 

 

 

「どういうことだ!?」

 

『だから、今後はこういうことはお断りだって言ってるんですよ』

 

「何だと……!?」

 

『確かに貴方にも借りはあります。でも765プロは良太郎君のお気に入りらしいじゃないですか。良太郎君の機嫌を損ねることの方がこっちとしては痛手なんですよ。借りは前回のアレで返しましたし、今後はお断りですので』

 

 ガチャ

 

「おい! 貴様! ……ちっ、周藤良太郎め……ただでさえ目障りな765が出しゃばってきているというのに邪魔しおって……! 貴様もただではおかんぞ……!」

 

 

 

(……いくら社長でも良太郎君をどうにか出来るとは思いませんが……一応、先輩に連絡を入れておきましょうか。あと、小鳥さんにも)

 

 扉の向こうで中の様子を窺っていた影は、人知れずこっそりと姿を消した。

 

 

 




・高木と黒井と吉澤
確か三人は友人だったはず。だから吉澤さんのアニメでの「黒井社長」呼びを「あいつ」呼ばわりに変更しました。
前回に間違って投稿していたものをこちらに移動。

・ベンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンドキャラメルエキストラホイップキャラメルソースモカソースランバチップチョコレートクリームフラペチーノ
有名な「スタバで一番長い名前の注文」というやつです。一回飲んでみたいですね。
ちなみに作者はいつもスターバックスラテのトールです。

・「……961プロがうざくなってきた、っていう話よ」
大運動会の時もそうでしたが、麗華は他人を蹴落とすようなやり方を嫌っております。しかしそれを懲らしめるためであれば自分もその嫌なやり方をするというダークヒーロー的な考え。

・良太郎が残していったプラスチックのカップ
りんや美希や真美ではないのでラブコメの波動は発生しません。

・扉の向こうで中の様子を窺っていた影
マネージャーというわけではなくあくまでも社長秘書なのでジュピターに対しての直接的な干渉は少ないですが、この人にも頑張ってもらいます。



 バトル物でいうならばジュピターは洗脳された仲間、リリカルなのはで例えるならクアットロに唆されたヴィヴィオです。なのは的には一発オハナシ(ぶちかま)してしまえばいいのですが、この場合の良太郎はなのはポジではなくゆりかごに侵入したばかりのはやてポジなので直接介入は大変難しいです。
 頑張って黒井社長(クアットロ)を見つけてオハナシする(ぶちかます)方法を良太郎は見つけなければなりません。

 次回で一旦シリアスは終了の予定です。


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Lesson51 不穏なフラグ 4

※シリアスです


 

 

 

「………………」

 

 

 

「……あいつは一体何をしてるんだ?」

 

「あらあら」

 

「いや、俺にもさっぱりだ」

 

 すっかり日も落ちた晩。父さんと母さんの仕込みの手伝いをするために翠屋へ行くと、何故かいつものカウンターの席に突っ伏した良太郎の姿があった。俺たちがいない間のアルバイトの人に尋ねたところ、十分ほど前に来てコーヒーを注文してからずっとあの状態らしい。

 

「珍しいじゃないか、お前がこんな時間に来るなんて」

 

「……ぐう」

 

「ぐうの音が出ることは分かったから。一応もう閉店時間なんだぞ」

 

「……ちっと相談事があって」

 

「相談? お前が?」

 

 何とも珍しい状況である。こいつがこんなに弱っているところは久しぶりに見た。幸太郎さんとのことで悩んでいた時とは全く別のベクトルの弱り方である。

 

 とりあえず母さんは仕込みをするために裏へ入り、良太郎の対応は俺と父さんですることに。

 

「で? 一体どうしたんだい?」

 

 淹れたばかりのコーヒーを良太郎の傍に置きながら父さんが尋ねる。その匂いに誘われたのか、今まで突っ伏していた良太郎は顔を上げた。相変らずの無表情故に何を考えているのかイマイチ分かりづらいが、確かに悩んでいる様子なのは何となく窺い知ることが出来た。

 

「……士郎さん。士郎さんって、昔ボディーガードの仕事をしてたんですよね?」

 

「? あぁ。ご存じのとおり、四年前の大怪我を境に廃業したけどね」

 

 四年前、父さんはボディーガードの仕事の最中にとある事件に巻き込まれて意識不明の重体となった。その時良太郎も見舞いに来てくれたから知っているはずだ。それ以降はこうして喫茶店のマスターとして身を落ち着かせている。

 

 顔を上げた良太郎はコーヒーカップを手に取ると中身を一口飲む。良太郎がいつも飲んでいる翠屋の特性ブレンドを口にしたことで少し落ち着いた様子だった。

 

 ふぅ、と一息吐いた良太郎は改めて話し始めた。

 

「……もしなんですけど、守りたい人と襲ってくる人の両方が自分と親しい人だった場合、どうしたらいいと思いますか?」

 

「……守りたい人と襲ってくる人が……」

 

「自分と親しい人だった場合……?」

 

 随分と特殊な状況である。突然言われてもイマイチ想像が出来ない。

 

 

 

「例えるなら恭也と付き合うことになった月村に対してフィアッセさんが包丁を持ち出した感じで」

 

「それは恭也が悪いな」

 

「色々と待て」

 

 

 

 ツッコミどころが多すぎてツッコミきれない。本当に相談したいのか、それともただ単に冷やかしに来たのかが分からなくなる。

 

「まぁ冗談はさて置いて、何となく良太郎君が言いたかったことは理解した」

 

「それで理解されても俺としては大変不本意なんだが」

 

 しかし俺自身も理解してしまったことが口惜しい。

 

「そうだなぁ……そういう場合は、一先ず護衛対象を遠ざけることで時間を取るかな。時間が解決するとは言わないが――」

 

「いや、今回は時間を置くと美由希ちゃんが小太刀を手にフィアッセさんに襲い掛かるという最悪の状況でして」

 

「どうしてお前はそんなバイオレンスな状況に陥ってるんだよ」

 

「むしろそのバイオレンスな状況の例えとして持ち出されるお前の状況に我が息子ながらドン引きなんだが」

 

「喧しい」

 

 あくまで良太郎の例えであって、実際に俺がそんな状況に陥っているわけじゃない。あぁ断じてない! そんな世界線あってたまるか!

 

 しかし良太郎としては本当に悩んでいるらしく、そんなことを言いながらもコーヒーカップを両手で持ちながら深くため息を吐いていた。

 

 全く、悩んでいるなら悩んでいる人らしくしろ。表情が無い分、本気なのか冗談なのかが人一倍分かりづらいんだから。

 

「それで、そういう場合はどうすればいい?」

 

 俺も父さんの解答に興味がある。

 

「それは後学のためにか?」

 

「別に本当にそんな状況に陥ることを危惧しているわけじゃないぞ!?」

 

「そこで必死になるから余計怪しまれるんじゃないか?」

 

 ええい! 二人して話の腰を折るんじゃない! 今までシリアスだったからって反動が酷いぞ! 一応今回まではシリアスっていう予定なんだぞ!?

 

 

 

「それで、どうですかね?」

 

 散々話を脱線させておいた張本人である良太郎が父さんに問いかける。

 

「そうだなぁ……」

 

 良太郎が飲み終えたコーヒーカップを片付けながら父さんは眉根を潜める。

 

「その場合、護衛方法の変更が必要になるかな」

 

「と、いうと?」

 

「たぶん良太郎君は今提示した三人全員を傷つけない方法を探しているわけなんだよね?」

 

「はい」

 

「となると、懸念しないといけないのはフィアッセだな。彼女が三人の中心になっている。まずは彼女を抑えることで事態の鎮静化を図るところから始めるべきかな。彼女を抑えることが出来れば、忍ちゃんが襲われることはないし、美由希もフィアッセを襲う理由がなくなる。もちろん、ちゃんと包丁を取り上げておくことも大事だ」

 

「ふむふむ……」

 

 真面目な顔で話しているのはいいのだが、その会話の内容に三人の名前を使うのを止めてもらいたい。いや、例えとして用いたからそのまま使った方が分かり易いのは理解できるんだが。……こう、何と言うか、何故か知らないが胃がキリキリしてくる。おかしい。俺の話をしているわけではないのに俺が責められているような気がしてならない。

 

「でも、抑えているだけでは事態の沈静化は出来ても事態の収束には至らないのでは?」

 

「確かにそうだね。だから、沈静化をしている間にフィアッセが忍ちゃんを襲う理由を無くせばいいんだ」

 

「襲う理由を無くす、ですか」

 

「『俺を亡き者にする』とか言い出さないよな?」

 

「恭也、何を言ってるんだ?」

 

「そうだぞ恭也、これはあくまで例えなんだから」

 

 こいつら……!

 

「とまぁ、冗談はさておいて」

 

 冗談か? おい、本当に冗談か?

 

「良太郎君が置かれている本当の状況が分からない以上、俺からその解決策を提示することは出来ない。だから、その『襲う理由を無くす』のは君自身の仕事だ」

 

「………………」

 

 父さんの言葉に、深く考えるように良太郎は押し黙った。

 

「……今日は俺の奢りだ。良太郎君は家に帰ってゆっくり考えるといい」

 

 

 

 

 

 

 翠屋からの帰り道である歩き慣れた道を、ジャケットのポケットに手を突っ込みながら歩く。こうして日が落ちるとすっかり冷え込んで、冬がすぐそこまで近づいてきていることが何となく感じられた。

 

「……相手を抑えることによる沈静化と、襲う理由を無くす、か……」

 

 士郎さんから言われた言葉を反芻する。

 

 先ほどの例え話は765プロを月村に、ジュピターをフィアッセさんに、麗華を美由希ちゃんに置き換えた例え話だった。本当はジュピターの裏にいるであろう黒井社長も例えとして持ち出しておくべきだったのだろうが、話がややこしくなるし丁度いい配役が無かったため割愛させてもらった。

 

 つまりジュピターが765プロに対して嫌がらせをしないように、または麗華からの何かしらのアクションから守るように、彼らを抑えておく必要があるということだ。

 

 さらにジュピターが765プロに嫌がらせをする理由を無くす……か。

 

(つまり黒井社長が765プロに対して妨害をする理由、だよな……)

 

 まずはそこを把握する必要がある。まぁ、出る杭は打たれる的な意味だとは思うのだが、しかし黒井社長と高木社長は知り合いだったとかいう話を聞いたこともあった。もしかしたらそっち関係の可能性もある。もし個人的な理由だった場合は流石に俺がどうこうできる問題じゃなくなってくるから、そうなった場合は別の方法を考えなければならない。

 

(やっぱり情報が足りないんだよなぁ……)

 

 あくまでもただのアイドルでただの高校生である俺に麗華のような情報網が存在しているはずもなく、結局は自分が知っていることの範疇で考えをまとめなければならないのだ。

 

 黒井社長の思惑全てとは言わないが、せめて961プロの内部事情だけでも分かればいいのだが……。

 

 

 

 

 

 

 そんなことを考えながら我が家に帰宅したわけなのだが。

 

「自宅に帰ったら兄貴がお嫁さん候補の一人とイチャラブしていた件について」

 

「あら、お帰りなさい、良太郎君」

 

「りょ、良太郎!? い、いや、違うぞ!? これは留美が無言の圧力で差し出してきたからであって……!」

 

 リビングでは留美さんが兄貴の隣に座ってケーキをあーんしていた。人がやりたくもないシリアスを三週連続でやらされながらも必死に頭使って対策考えているっていうのに何自宅でラブコメってんだよこのクソ兄貴ッ……!!

 

(って、留美さん!?)

 

 後で絶対他の二人にチクってやると心に決めつつリビングを後にしようとする。しかし留美さんがここにいるという事実に気付いて足を止めた。

 

「すみません留美さん、お聞きしたいことがあるんですが」

 

「……黒井社長のこと、ですよね」

 

「っ!」

 

 手にしていたフォークを皿の上に置き、留美さんは背筋を伸ばした。空気が変わったことを察した兄貴も真剣な表情になり、俺も二人の向かい側のソファーに腰を下ろす。

 

「お二人も既にお気付きだとは思いますが。現在、社長の黒井は765プロダクションに対する妨害と思われる行為をいくつか行っている形跡があります」

 

「形跡だけ、ですか? 何か直接的な指示とか……」

 

「いえ、私を介さず自ら直接指示を行っているようでして。私もその事実に気付いたのは既にそれが行われた後のことでした」

 

 未然に防げず申し訳ありません、と留美さんは頭を下げる。

 

「頭を上げてくれ。別に留美のせいじゃないさ」

 

「……ありがとうございます」

 

「それで、留美さんはそれを伝えるためにここに?」

 

「それもあります。765プロの小鳥さんにも同じことを伝えたのですが、それとはまた別にお二人にはお伝えしたいことがありまして」

 

 何でも、黒井社長は俺にも妨害を行おうとしている、とのことだった。

 

「どうやら良太郎君が関係各所に手回しをしたことに対して腹を立てたようです。いくら社長とはいえ、良太郎君に対してどうこうできるとは思わなかったのですが、一応念のため」

 

「わざわざありがとうございます、留美さん」

 

「ありがとう、留美」

 

「い、いえ」

 

 兄貴に頭を撫でられて嬉しそうな留美さん。おうおう、そういうラブコメ展開はまだいいから。

 

「留美さん、お尋ねしたいことがあるんですけど」

 

「何でしょうか?」

 

 丁度よく961プロダクションの関係者がここにいることだし、聞いておきたいことがいくつかある。

 

「黒井社長が765プロに対して妨害行為をする理由について、何か心当たりは?」

 

「……社長の普段の言動から顧みて、恐らく私怨のようなものだと思われます。高木社長とは昔に交友関係があったという話を耳にしたことがありましたので」

 

「あの高木さんが誰かから恨みを買うような真似をするはずないし、たぶん逆恨みか何かなんだろうな」

 

 俺も兄貴の意見に概ね賛成である。

 

 しかしそうなると、士郎さんが言っていた『理由を無くす』という方法は使えそうにない。

 

「あと、ジュピターの三人は今回のことを知って……?」

 

「……すみません、そこも把握できていません。しかし社長は普段からジュピターと直接顔を合わせる機会を多く作っていますから、何かしらを吹き込んでいる可能性はあります」

 

「……そうですか」

 

 

 

 さて、と。

 

 目を瞑り、今まで得た情報を頭の中で整理する。

 

 

 

 ――黒井社長は、765プロに対して妨害行為を行っている。

 

 ――それは主にジュピターを利用した妨害行為で、あの三人は黒井社長の指示で動いている可能性がある。

 

 ――さらに手回しをした俺に対しても腹を立てている。

 

 

 

 そして、士郎さんとの会話を思い出して――。

 

 

 

「……兄貴、留美さん」

 

「ん?」

 

「どうかしましたか?」

 

 

 

「ちょっと、提案がある」

 

 

 




・高町士郎の何でも相談室in翠屋
散々クロス云々で言われていたにも関わらず相変わらずメインでぶっこんでいくスタイル。
しかしこういう役割はアイマスキャラでは補えないので、オリキャラかクロスキャラにしか頼めない。

・「例えるなら恭也と付き合うことになった月村に対してフィアッセさんが包丁を持ち出した感じで」
※原作であるとらハ3は純愛ギャルゲです。そのはずです。

・「自宅に帰ったら兄貴がお嫁さん候補の一人とイチャラブしていた件について」
昨今のラノベタイトルみたいだと思いました(はがない感)

・兄貴に頭を撫でられて嬉しそうな留美さん。
※だいたいの人は男女問わず頭を触られると髪型が崩れると言って怒られます。ギャルゲ系主人公にのみ許された所業ですので注意しましょう。



 ようやくシリアスパート終わったお……。次回に続く的な終わり方をしましたが実際に続くのは当分先です。

 次回はそろそろ久しぶりに番外編になります。『番外編の主人公が気持ち悪い』と評価をいただきましたが自重はしません。ていうか今更引けないので。

『どうでもいい話』
 先日友人と訪れたカードショップでアイカツが流れてました。カードを潜って変身するシーンを見ながら「最近のブレイドは女の子が変身するのか」とかほざいてました。
 しかし結構面白かったです。藤堂ユリカ役の蘭子ちゃんとか色々妄想しました。


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番外編06 もし○○と恋仲だったら 3

自重しました()

※若干のキャラ崩壊注意


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

「お」

 

「あ」

 

 某テレビ局。歌番組の収録のために竜宮小町と共に訪れたスタジオ内に良太郎がいた。パイプ椅子に座ってクーラーボックスに足を乗せ、頭の後ろで腕を組みながらストローを咥えてブリックパックのジュースを飲んでいた。何とも横柄な態度にも見えるが、周りのスタッフも他の出演者も気にした様子はない。

 

 先日のIUで殿堂入りを果たして名実共に『真のトップアイドル』として世間に認められて以来、何と言うか良太郎のオーラというか雰囲気というか、少し頭の悪い言い方になるが大物感が増しているような気がするのだ。

 

 私は「や」と片手を挙げて挨拶し、後ろの三人は「おはようございます」と頭を下げる。亜美やあずささんは素直に頭を下げていたが、伊織だけは相変わらず渋々といった雰囲気が漂っていた。格上のアイドルに対しても強気の姿勢を崩さないことはいいことなのだが、良太郎にはそろそろ慣れてもいいのではないかと思う。

 

「おっす、りっちゃん、伊織ちゃん、亜美ちゃん、あずささん。あれ? 竜宮小町の収録はだいぶ後じゃなかったっけ?」

 

 台本内の出演スケジュールを確認しながら良太郎が首を傾げる。

 

「この前に入ってた雑誌のインタビューが向こうの都合で延期になったのよ。それで、丁度いいからアンタの収録を見学しようと思ってちょっと早めにこっちに来たのよ」

 

 元々はスケジュールを見た亜美が「りょーにーちゃんの収録見たい!」と言い出したことがきっかけで、あずささんもそれに賛同。伊織も勉強になるからとそれに賛成したので、こうして少し早くスタジオ入りしたのだ。もっとも、私たちの収録自体はまだ先なので、ステージ衣装に着替えず私服のままなのだが。

 

「成程。可愛い女の子たちが態々見に来てくれてるんだから、俺も気合十割増しで頑張らないとな」

 

「……良太郎」

 

「分かってる分かってる。俺はいつでも真面目だって」

 

 ――良太郎さーん、そろそろ本番でーす!

 

 良太郎とそんなやり取りをしていると、スタッフからの呼び出しがかかり良太郎は立ち上がる。

 

「よっし。それじゃあ行ってきます」

 

「ん、行ってらっしゃい」

 

 台本とブリックパックを机の上に置き、良太郎はカメラの前、ステージの上へと向かっていった。

 

 

 

 良太郎が歌う曲は、五年以上経つにも関わらず相変わらず一番人気があるデビュー曲の『Re:birthday』。物語性が評価され、良太郎の生き様そのものではないかと評判の代表曲。私も、初めてこの曲を聞いたときは『なんて不思議な曲なんだろう』と思った。

 

 流石に一番歌う機会が多い曲だけあって、良太郎も慣れたものだった。いい加減になってきたとかそういう意味ではなく、身に馴染んだというか、そういう感じだ。

 

 だからだろう。曲の最中、踊り慣れた振付の合間に良太郎はこちらに向かってウインク付の投げキッスをしてきた。一応間にはカメラがいたので、それらはカメラに向かってしたと思われているだろう。

 

 いくら余裕だからとはいえあれは無いだろう。どう考えてもふざけているようにしか見えない。

 

 全く、本当にどうして――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――私の恋人はこんなにもカッコいいのだろうか。

 

 見つめると吸い込まれるような黒い瞳、少しくせ毛のある黒髪。兄である幸太郎さんとそっくりな顔つきではあるが、キリッとした目つきの幸太郎さんとは違いやや眠そうに眼尻の下がった良太郎の方が私の好みである。その目つきと無表情、そして少々軽めの言動からやる気が無さそうな印象を受けるかもしれないが、その実アイドルの仕事に誇りを持ち誰よりも熱いということを私は知っている。故にどのような場面であっても手を抜くことはないが、たまに今のようなパフォーマンスをすることがある。一見テレビの前の視聴者や観客に対して行っているように見えるが、それら全てが私に対するものだと良太郎は話してくれた。全く、恋人相手にそれぐらいしても不自然ではないし、された私もすごく嬉しい。現に今のウインクにもキュンとしてしまった。しかしそれを自分以外の誰かに対してのものだと認識されるのが少し嫌だと思ってしまう。確かに『アイドルはファンの恋人である』とは言うものの、実際に私という恋人がいるのだから少しぐらい自重して欲しい。しかしそれを直接本人に言うと「嫉妬してくれるりっちゃん可愛い」と取り合ってくれない。それで誤魔化されてしまう私も私なのだが、後ろから抱きしめられながら耳元で囁かれてしまうとどうしても力が抜けてしまう。そのまま後ろにしなだれかかると――。

 

 

 

「律子、ちょっと律子、話聞いてるの?」

 

「……くそぅ、良太郎……これ以上私を惚れさせてどうする気よ……」

 

「だめだこいつはなしきいてねぇ」

 

「いおりん、口調口調」

 

 

 

 

 

 

 俺とりっちゃんが恋人同士になってから早一年である。経緯やら過程やらどちらからとかそういう話は置いておいて、とりあえず俺とりっちゃんは恋仲になった。互いにデビューした頃からの長い付き合いのため、恋人になったからといってそれほど変わることは思ったが、そんなことはなかった。

 

 りっちゃんが盛大にデレ始めたのだ。

 

 表面的な接し方自体に変化はないのだが、二人きりになると積極的にくっついて来たり、他の女の子を褒めるような言葉に嫉妬したり。その嫉妬の仕方も頬を膨らませながら「そういうのは自分だけにしておけ」と言いつつ抱っこを要求してくるもんだから、ただただ可愛いだけである。その時の反応が見たいがために何度もウインクやら投げキッスやらを繰り返すのだが一切反省していない。

 

 いやまぁ、大乳な眼鏡美少女と恋仲になれたことに対して不満があるはずがないのだが、正直ここまで好かれているとは思わなかったのでびっくりである。

 

 同じく長い付き合いである麗華曰く「元々アンタに好意があっただけに、蓄積された分が爆発したんじゃないの?」だそうだ。マジか、何となく好かれていたのは知っていたが、それがLikeではなくLoveだったとは思わなかった。なおその際横にいたりんが暗い瞳で「ぱるぱるぱるぱる……」とただひたすら呟いていたのが少し怖かったのは余談である。

 

 

 

 

 

 

「……良太郎、私言ったわよね? ああいうことはカメラの前では極力しないでって」

 

「でも一応俺もアイドルな訳だし。ファンサービスは大事だってりっちゃんも言ってたじゃん」

 

「そうだけど、何もわざわざ私に向かって狙ったように……」

 

「りっちゃんは俺のファンじゃなかった?」

 

「……ファンだけどさ」

 

 仕事も終わりその日の夜、自室にて恋人との触れ合いタイム。りっちゃんたっての希望で、ベッドを背もたれに床に座る俺の膝の上にりっちゃんを乗せて背後からお腹に手を回して抱きしめている体勢である。個人的に抱きしめるなら真正面から抱きしめたいのだが、りっちゃんはこうして後ろから抱きしめられる方が好みらしい。大乳的な意味でとても残念なのだが、お腹に回した手をたまに触れさせても怒らないため自分もこちらで満足している。ホントなんで女の子ってこんなにやーらかいんだろうなー。

 

 なお、夜に自室で恋人と二人きりの状態ではあるが、ここは実家な上に兄貴や母さんもいるため同棲しているわけではなく、ただ単に泊りに来ているだけである。正式に嫁になった留美さんも恋人時代はこうして泊まりに来ており、母さんも「娘ができた!」と喜んでいる。故に厳密に二人きりではなく、寝る時も同じベッドではあるが至って健全な付き合いであるということだけ明言しておく。

 

 ちなみに兄貴は結婚して二人暮らしをしていたのだが、留美さんが妊娠し出産間近となって実家に帰っているため、兄貴も実家に帰ってきたのだ。その話をするとりっちゃんからチラチラと期待を込めた視線を向けられる。しかしストレートに子供が欲しいのかと尋ねると真っ赤になって殴打攻撃を仕掛けてくる辺り、デレたりっちゃんの中に以前のツンな部分が垣間見える。いや、まだ恋人の関係だからね?

 

「………………」

 

 しばらくお喋りを続けていると、不意に黙ったりっちゃんが腰を浮かせて自分から離れた。飲み物でも取りに行くのかな、と思っていると膝立ちのままクルリと体をこちらに向け、黙ってこちらに向かって腕を広げてきた。既に入浴も終えてパジャマ姿のりっちゃん。アイドル現役時代のイメージカラーである若草色のパジャマは、胸の膨らみによって持ち上げられ若干ボタンの隙間から肌色が見えた。

 

「ん……」

 

 恋人のパジャマ姿を堪能しているとりっちゃんから催促がかかった。どうやら正面の抱っこがご希望のようだ。随分と珍しいなと思いつつも、りっちゃんの体を抱き寄せる。むぎゅっとりっちゃんの胸が大変心地よく、ほどかれた髪からは仄かに自分と同じシャンプーの匂いがした。

 

「どうしたりっちゃん、今日は随分と甘えてくるじゃないか」

 

 いやまぁ、普段から割とベタベタとしているが。

 

「……来週、でしょ?」

 

「……まぁ、ね」

 

 ポンポンとりっちゃんの背中を叩きながら問いかけると、返ってきた言葉はそれだけだった。りっちゃんの表情は見えなかったが、それだけで何が言いたいのか十分に分かった。

 

 

 

 来週、俺は日本を発つ。

 

 

 

 ――というと、まるで別の国に移り住むみたいな言い方であるが、実際にはお仕事である。事の発端はハリウッドからかかってきた映画への出演依頼の電話。なんと世界的に有名なSF小説を原作にした映画『魚の惑星』の主演としてこの周藤良太郎が抜擢されたのである。これには流石に家族全員で驚き戸惑ったが二つ返事で了承。当然撮影は海外で行われるので、来週アメリカに向けて出発する、という訳である。

 

「別に今生の別れ、って訳でもないんだからさ」

 

 だからそんなに、と言おうとした俺の言葉は。

 

 

 

「……でも、一年、よね」

 

 

 

 りっちゃんの言葉に遮られてしまった。

 

 一年。一年である。元々あの巨匠ギル・グレアム監督が再びメガホンを取るということで注目を浴びている超大作。撮影期間は当然短期間な訳が無く、さらに俺はこれを期に海外でアイドルとしての活動を始めるつもりでもあった。

 

『NMU(ナショナルミュージックアルティメイト)』。文字通り、世界一の音楽を決める式典。これでもアイドルとして活動して音楽に触れ、日本一の称号を何度も手に入れた身だ。そろそろ世界に出てみたいと考えてしまうのは、多分当然のことだった。

 

 しかしそうなると日本を離れる期間は長くなるわけで、もしかしたら一年では帰れない可能性もあるのだ。

 

「りっちゃんはまだ納得してくれないのか?」

 

「……頭では納得できてるわ。アンタは日本が誇るトップアイドルだし、絶対に世界でも通用するって信じてる」

 

 でも、とりっちゃんは俺の体を抱きしめる腕の力を強める。

 

「……恋人と離れたくないって思うのは、普通のことでしょ……」

 

「………………」

 

 ……あぁもう、デレたりっちゃん可愛いなぁ! デレる前から可愛かったけど!

 

 内心では大変ニヤニヤしているが、真面目な場面なので気を引き締める。

 

「俺もりっちゃんと離れるのは嫌だよ? でも、俺は『周藤良太郎』なんだよ」

 

「……そういう抽象的な言い訳はずるいわよ」

 

「でも納得してくれるんでしょ?」

 

 当然でしょ、とりっちゃんは体を離す。

 

 

 

「私は、そんな『周藤良太郎』が好きになっちゃったんだから」

 

 

 

 

 

 

「でも、いい? アメリカで胸が大きな、胸が大きな金髪碧眼の美女に誘惑されても浮気するんじゃないわよ?」

 

 二回言われる辺り俺の恋人は俺の性癖を大変理解しているようである。

 

「あ、それじゃあ週に一回でいいからりっちゃんが水着姿の写メを送ってくれれば――」

 

「~っ!? アンタはどうしてそう――!!」

 

「いや、だってこうすれば俺も満足だしりっちゃんも浮気の心配ないし一石二鳥――!」

 

 

 

 結局、月一ではあるが律儀に送られてくる水着姿のりっちゃんの写メ片手に盛大にガッツポーズを決める良太郎の姿がアメリカに勉強に来ていた赤羽根プロデューサーに目撃されるのだが、それは全くの余談である。

 

 

 




・周藤良太郎(20)
前回の二回はNMU後だが、今回はNMU前。IUにて更なる覚醒を果たして世界に羽ばたく前の状態です。

・秋月律子(21)
良太郎と恋人になりキャラ崩壊したりっちゃん。恋人になったものの相変わらず765プロダクションで竜宮小町のプロデューサー業を続けている模様。
本人として恋人であることは隠しているつもりだが、これだけデレているので当然周囲の人間は察している。所謂暗黙の了解状態。

・りっちゃんの惚気
何気に良太郎の容姿を初めて描写してみた。ただ結構適当。

・「ぱるぱるぱるぱる……」
ぱーるー、ぱーるりぱーるりらー、みんなー○ねばいいのにー。

・「ファンサービスは大事」
受け取れ! これが俺のファンサービスだ!

・正式に嫁になった留美さん
この世界線での勝者は留美さんでした。
なお、961はどうなったのかは秘密。

・『魚の惑星』
『猿の惑星』と『STAR DRIVER 輝きのタクト』の複合ネタ。
サカナちゃんが語ってくれるイカ刺しサムの物語が元ネタ。

・巨匠ギル・グレアム監督
元ネタは『魔法少女リリカルなのは』だが詳細はLesson46あとがきにて。

・アメリカに勉強に来ていた赤羽根プロデューサー
劇場版の若干のネタバレ。まぁ二次創作やっててネタバレもなにもないか。



 という訳で恋仲○○シリーズ三人目のヒロインはりっちゃんでした。という訳で残念ながら本編でのヒロインの資格を無くしてしまいましたが、これだけイチャイチャ出来たからいいよね!

 他のアイマスやらラブライブやらの個人別番外編は純愛モノばかりだというのに、この小説はこの有様。おれにああいうのはむりです。

 次回は本編。予定に変更がなければ恐らく「伊織&やよい」回になると思います。

 (おっぱい的な意味で)ヒロインにはならない二人ですが、お楽しみに。


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Lesson52 それは基本のさしすせそ

久しぶりの良太郎視点無し回。


 

 

 

 それは、週末の打ち合わせの席でのことだった。

 

 わたし達魔王エンジェルの打ち合わせのメンバーは基本的にマネージャーを入れた四人で行われる。そのマネージャーも所用で出かけているので、今この場にはわたし達三人しかいない。マネージャーがいない状況で打ち合わせをして意味があるのかと思われるかもしれないが、元々魔王エンジェルはリーダーの麗華がプロデューサーの役割を兼任していたので特に問題ない。寧ろアイドル業に専念したいからと言って雇ったマネージャー以上に仕事をしてしまうのでマネージャーが「私の仕事を取らないでください!」と涙するぐらいである。アイドルとしての活動を楽しんでいるが、麗華は律子と同じようにプロデューサー業も向いていると思う。

 

「アタシにはヒロインとしての基本が足りていない気がする」

 

 本社のレストルーム内での打ち合わせの最中、唐突にりんが深刻そうな表情でそんなことを言い出したのだ。麗華が困惑した様子でこちらを見てくるが、わたしにもその発言の意図が掴めないので静かに首を横に振る。

 

 どうやらこれはりんに話を聞かないと展開が進まないタイプのようだ。それに麗華も気付いたらしく、ため息を吐きながら最近視力が悪くなってきたからと言って私生活でかけ始めるようになった眼鏡を外した。

 

「いきなり何を言い出すのよ、アンタは」

 

「うん、聞いてくれる? 麗華、ともみ」

 

 どうせ聞かないと話が進まないくせに、とは心の中で思っても言わない。

 

「映画とかドラマとかのヒロインってさ、基本的に主人公の傍にいて何かしらのイベントに遭遇するでしょ? アタシにはそういう展開が足りてないような気がするんだよね」

 

 いやそもそも主人公は誰なのよ、という麗華の言葉を無視してりんは話を進める。

 

 多分、というか十中八九りんの言う主人公はリョウのことだろう。相変らず麗華は気付いていないようだけど。

 

「おはようって朝何気なく挨拶するっていう基本すら今のアタシにはこなせていない分、もう少しそれ以外の基本はちゃんとこなしておきたいのよ」

 

「かなり寒そうね、外は」

 

「聞いてよ!」

 

 あっという間に興味を失った麗華はコーヒーを飲みながら窓の外を見ていた。

 

 でも確かにわたし達は事務所所属アイドルで、リョウはフリーアイドル。別に学校が同じという訳でもないため、仕事の現場で一緒にならない限りは基本的に顔を合わせることがない。その点に関してはりんの言いたいことが分かった。

 

「詳しい話は置いておいて、つまりりんはその主人公との触れ合いというかイベントというか、そういうのが足りないって思ってる、ということでいいの?」

 

 しかしそれならば自分から行動を起こせばいいのに、と思わないでもない。そう伝えると、りんは眉根を下げてため息を吐いた。

 

「結構自分でも行動してるつもりなんだけどねー。やっぱりお互いに忙しくて自由に身動き取りづらい関係だからさー」

 

「高校生なんだから、しょうがない」

 

 ただでさえアイドルとして忙しいというのに、大学受験が間近に迫ってきている高校生なのだから忙しくないはずがない。

 

「さっきからやけに具体的な話になってるけど、何? ともみは何か知ってるの?」

 

「知らないよ」

 

 真剣に悩むりんの姿を見て麗華がこっそりとわたしにそんなことを聞いてきたのでそう答えておく。麗華が自分で気付くか、りんが自分で言いださない限り私も教えるつもりはない。基本的にアイドルの恋愛はタブー扱いだが、まだ一方的に好いているだけの状態のはずなので放置しておいても問題無い、というか現に四年間何の問題も無かった。……四年も好意を持っていたのに何の進展も無い辺り、今後の進展もそう期待できなさそうだし。

 

 というか、これだけ普通に応対しているのにりんはわたしが気付いていることに気付いていないのだろうか?

 

「スタイルには自信があるから、その点ではヒロインとして十分合格ラインだと思うんだけどなぁ……」

 

 そう言いつつムニッと自身の胸を手のひらで持ち上げるりん。こういうことをするとまた麗華が怒る……と思いきや麗華からのリアクションが無い。ようやくスルーすることが出来るようになったのかと思いきや、麗華は目を瞑って耳を手で塞いでいた。多分、スタイルという単語が出て辺りでもうどうなるのか予測していたのだろう。なんか間違った方向への無駄な成長だった。

 

「せめて同じ番組で共演とか、そういうのがあればいいんだけど最近は全然ないし……。はぁ、一緒に料理したり、一緒に洗濯物したり、そういうメインヒロインっぽいことがしたい……」

 

 それが本当にメインヒロインっぽいことなのかどうかは分からないが、要するにりんはリョウと一緒に何かしたい、ということが今回のまとめということでいいのだろう。

 

 そこでふと今まで適当に点けていたテレビに目が映った。打ち合わせの前までは適当に情報番組を見ていたが、いつの間にかその情報番組が終わり次の番組が始まっていた。

 

「そのメインヒロインっぽいことっていうのは……ああいうことってことでいいの?」

 

 そう言いながらテレビ画面を指す。そこに映っていたのは、765プロダクションのアイドルと、そして――。

 

 

 

『高槻やよいの『お料理さしすせそ』! 今日のゲストは竜宮小町の水瀬伊織ちゃん! そしてスペシャルゲストの周藤良太郎さんです!』

 

『チャーハン作るよ!』

 

『作るもの勝手に決めるな!』

 

 

 

「て、天はアタシを見放したぁぁぁ!?」

 

 ――エプロン姿でフライパンを振り回すリョウの姿に、りんは頭を抱えて叫ぶのだった。

 

「どうしてチャーハンなんだろ……」

 

「何でもいいけど、そろそろ打ち合わせ始めるわよ?」

 

 

 

 

 

 

 961プロのジュピターに雑誌の表紙を横取りされて以来表立った妨害行為は未だなく、ある程度の緊張感を保ちつつも普通に各々の仕事をこなしている今日この頃。

 

 その話をプロデューサーから聞いたのは番組収録のわずか一週間前、事務所で行われた軽い打ち合わせの時のことだった。

 

「人気ですね、やよいちゃんのお料理さしすせそ」

 

 お茶を用意する小鳥の言葉に、やよいは照れ臭そうに笑う。

 

 『高槻やよいのお料理さしすせそ』はタイトル通りの料理番組だ。やよいが毎日買い物をして家族のために料理を作っているという話を聞いたテレビ局のスタッフが持ちかけてきた番組で、日曜日にやっている『生っすか!?サンデー』よりも先に作られた765プロ初の冠タイトルである。やよいの名前が入っていて彼女がメインであることには変わりないが、毎回765プロのアイドルがゲストとして登場しているため765プロの番組と言っても過言ではない。

 

 さらに今回は記念すべき十回目の放送のスペシャルゲストとして私がゲストに呼ばれるらしい。全く、765プロでも一番の人気者は大変ね!

 

「ぬか喜びさせたみたいで悪いが、スペシャルゲストは伊織じゃないぞ?」

 

 え?

 

「念のため、と思ったがやっぱり勘違いしてたみたいだな。確かに伊織もゲスト出演するが、それとはまた別にスペシャルゲストを呼ぶ、ということだ」

 

「ノリノリだった私がバカみたいじゃない!」

 

 いや、本当に結構恥ずかしい。ちょっと考えてみれば今までの765プロのアイドルが全員普通のゲストとして登場しているにも関わらず、私だけスペシャルゲスト枠というのは確かに変なのだが。

 

「はぁ、それで? 私が通常ゲストだとして、それじゃあスペシャルゲストってのは誰なのよ? それ相応のタレントを連れてこないとこの伊織ちゃんは納得してあげないわよ」

 

「秘密……と言いたいところだけど、周藤良太郎君だよ」

 

「ふーん……え?」

 

「へぇ、良太郎君がゲストで出てくれるんですか?」

 

 思わず変な声が出てしまった私や口を開けたままポカンとしているやよいを他所に、小鳥は淹れたお茶(私の前には100%オレンジジュース)を置きながらそこまで驚いた様子が無い。

 

「ほ、本当に良太郎さんがスペシャルゲストなんですか!?」

 

 我に返ったやよいがプロデューサーに詰め寄る。正直、ここで周藤良太郎の名前が出てくるとは思わなかった。何せ765プロのアイドルが周藤良太郎と一緒に仕事するのは、私たち竜宮小町以外では美希や真が一緒に参加した結婚雑誌の撮影以来になるのだ。周藤良太郎が受験を控えていて仕事量を減らしているという話も聞くが、それ以上に周藤良太郎と一緒に仕事をするということはそれだけ敷居が高いということなのだ。

 

「まさか周藤良太郎だとは思わなかったわ……」

 

 流石の私もこれには文句を付けようがない。

 

「見知らぬ人でもないし、緊張はしないだろ」

 

「寧ろ見知った周藤良太郎だからこそ緊張するんじゃないかしら……?」

 

 私は何度か仕事をしたことがある関係でそこまでだが、やよいは本当にこれが初めての周藤良太郎との仕事になるはずだ。

 

 周藤良太郎と初めて番組で一緒になったとき、私もあずさも亜美も全員周藤良太郎が発する雰囲気に思わず呑まれてしまったことを覚えている。普段の周藤良太郎と違い、カメラや観客を前にしたときの良太郎は流石の私も思わず圧倒されてしまった。

 

 ……ただ、何だろうか。

 

「面倒くさいことにならないといいんだけど……」

 

「もう、伊織ちゃんってば……」

 

「やよいちゃんの言う通りよ、伊織ちゃん。良太郎君と一緒に仕事ができることなんて滅多にないんだから」

 

 やよいと小鳥がやんわりと咎めてくるが、どうにも嫌な予感しかしないのだ。こう、何だろか、961プロの妨害とはまた別の面倒事の予感と言うか、なんというか……。

 

 ま、まぁ大丈夫よね?

 

「ゆっくりと打ち合わせしてるところ悪いけど、伊織は今から仕事だから準備しなさーい!」

 

 ひょっこりと衝立の向こうから顔を出した律子に「はーい」と返事を返す。

 

「よし、それじゃあ収録は来週だから、しっかりな!」

 

 そのプロデューサーの言葉でその打ち合わせは終わったのだが。

 

 

 

「楽観的に考えてるところ悪いけど、あいつと番組共演って時点で面倒くさいってことは確実だからね」

 

 仕事に行く途中に真剣な表情の律子から告げられたその言葉に思わず頬が引き攣るのだった。

 

 

 




・魔王エンジェルのマネージャー
相変らずの名無し。もうそろそろちゃんとしたキャラ付けをしてあげてもいいかもしれない。

・ヒロインとしての基本
色々とあるが「主人公に一番身近な存在である」というのが第一だと思われる。
……あれ? 良太郎が毎日挨拶を交わしているのは……あ(察し)

・麗華は目を瞑って耳を手で塞いでいた。
(∩ ゚д゚)アーアーキコエナーイ

・高槻やよいの『お料理さしすせそ』
アニメだとそんなに深く触れられなかった765プロの冠番組。生っすかより先のはず。

・『チャーハン作るよ!』
※AA略



 だいぶ原作とは違うオリジナル話をやっているが、一応アニメ通りの時間軸。

 あと今回縛りプレイしてみた結果執筆に時間がかかった。


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Lesson53 それは基本のさしすせそ 2

前回のあとがきで書いた縛りプレイの内容が

『登場人物のセリフを五十音順のあいうえお作文にする』

だったことに気付いた人は何人ぐらいいたのかなー?(チラッチラッ


 

 

 

 若干の期待と幾ばくかの不安を胸に迎えた『高槻やよいのお料理さしすせそ』収録当日。

 

 一足先に楽屋入りした私とやよいは着替えとメイクを終え、備え付けられた椅子に座って待機していた。

 

「き、緊張するなー……」

 

 発した言葉通り緊張した様子のやよいと共に温かいお茶を飲む。別に文句を言う訳ではないが、こういう場所に備え付けられたお茶は少し安っぽくて好きではない。しかし今は自分も若干の緊張を解すためにいつものオレンジジュースではなく暖かいものが欲しかった。

 

「そんなに緊張する必要ないわよ。いくら周藤良太郎が結構な先輩だからって別に取って食べられるわけじゃないんだから」

 

「俺は良太郎君と仕事するのは結婚雑誌の撮影以来だな。だけどあの時はあずささんを探して色々と大変だったから良く分からないんだが、現場での良太郎君はどんな感じなんだ?」

 

 一緒に部屋にいたプロデューサーがそんなことを尋ねてくる。

 

「そうね……」

 

 普段の周藤良太郎を思い出す。事務所に激励に来た時や楽屋に遊びに来た時、テレビ局でたまたますれ違った時の周藤良太郎。そういう時の周藤良太郎は、何処にでもいそうな青年といった印象である。軽口を言っては律子にど突かれているところを見て、本当にこいつがあの『キングオブアイドル』である周藤良太郎なのかと疑問に思ったことは一度や二度ではない。

 

 しかし、一度カメラや観客の前に立つとその態度や雰囲気は一変する。真剣な面持ち、というのは表情が変わらない周藤良太郎には不適切な言葉であるかもしれないが、それ以外に表現する方法は私には思いつかない。

 

 

 

 ――周藤良太郎は、いかがですか?

 

 

 

 何と言うか、全身全霊、意識の全てが観客やカメラの向こうの人全てに向いているというか。仮にパフォーマンスをしている最中の周藤良太郎に話しかけることが出来たとしても全く反応されなさそうな気がして、しかしそれでいて周りの全てのことが視界に入っているような、口では説明しづらいそんな感じ。

 

 以前こんなことがあった。歌番組の収録中のこと、曲の間奏の最中に有志の子供達と一緒にダンスを踊る場面で上からピンスポ(ピンスポットライトの略)が落ちてくるという最悪の事故が発生した。しかし、何の前触れもなく周藤良太郎がダンスを中断し子供を抱えてその場を離脱したおかげで奇跡的に負傷者はゼロだった。まるで未来が見えていたような動きで、本人は「観客やカメラを前にしたアイドルは無敵なんだよ」と語っていた。

 

「……カメラを前にした周藤良太郎は誰よりも真剣で、誰よりも真面目」

 

 ――そして誰よりも、それこそ周藤良太郎を前にしたファンよりも『楽しんでいる』、そんな気がした。

 

 そう考えると、周藤良太郎が語った『無敵』という言葉は的を得ているのかもしれない。

 

 観客を前にした周藤良太郎は、無敵なのだ。

 

「……そうか。流石、アイドルの頂点に立つと称されるだけのことはあるな」

 

 ……ただ、一つだけ気になることがあるとするならば。

 

 

 

 ――いい? 伊織。あいつと『バラエティー番組』で共演する時は覚悟しなさい。

 

 

 

 以前、律子から言われたその一言が妙に引っかかっている。

 

 元々周藤良太郎は歌や踊りを重視するタイプのアイドル。歌番組やライブ、コンサートを主な活動としており、ほとんどバラエティー番組には出演しないことで有名である。他のアイドルならば新曲やイベントの告知のために様々な番組に出演するのだが、そこは『あの』周藤良太郎。大々的な宣伝をせずとも毎週のように出演している歌番組のトーク内で発言するだけで十二分に事足りることから、皆の周藤良太郎に対する関心の高さが窺える。ちなみにウチの事務所の場合は、周藤良太郎の新曲は真っ先に購入する美希が浮かれることで、周藤良太郎のライブやコンサートは抽選が外れた美希が落ち込むことでみんなが把握していた。

 

 話が逸れたが、要するに周藤良太郎はあまりバラエティー番組に出演しない、ということだ。故にバラエティー番組で周藤良太郎を見かけることはほとんど無く、バラエティー番組での周藤良太郎がどんな感じなのかが分からない。それに加え、律子からの言葉である。

 

「水瀬伊織さん、高槻やよいさん、そろそろ時間ですのでお願いします」

 

 私とやよいがお茶を飲み終えると丁度スタッフが私達を呼びに来た。

 

「よし、それじゃあ行くか」

 

「はい!」

 

 プロデューサーの言葉に元気よく立ち上がるやよい。

 

 ……何だろうか、先ほどの緊張感と入れ替わりでやって来たこの言い知れぬ不安のような何かは……。

 

 

 

 

 

 

 今日のお仕事は久しぶりのバラエティー番組である。収録前の時間を楽屋でのんびりしつつ兄貴と駄弁る。

 

「俺がバラエティーに出演するのっていつ以来になるんだろうか?」

 

「春先のトーク番組以来じゃないか?」

 

 そんなに出演してなかったのか。いや、別に意図的にバラエティー番組の類に出演しないようにしてたとかそういう訳でもないのだが、やっぱり個人的に歌って踊っていた方が楽しいからそちらの仕事を優先してしまっていた。仕事のえり好みはよくないと分かっているのだが。

 

 しかし今回は765プロのやよいちゃんの冠番組ということで、話が来た途端即座にオッケーサインを出してしまった。いやぁ、依怙贔屓をするつもりはないのだが、やはりお気に入りの事務所のアイドルとの仕事は楽しみなのだ。

 

「のんびりしてるけど、兄貴は打ち合わせじゃなかったか?」

 

「っと、確かにそろそろ時間だな。それじゃあ、しっかりな。スタッフや共演者を困らせるんじゃないぞ」

 

「口を揃えて言われることだけど、何? 俺ってそんなに周りの人を困らせるような性格してる?」

 

「あぁ」

 

 断言されてしまった。誠に遺憾である。

 

「何と言うか、お前は人を困らせる癖みたいなものがあるからな」

 

「癖とまで申すか……」

 

 そんなやり取りをしている間にスタッフが収録開始が迫っていることを告げにやって来る。

 

「それじゃあ、しっかりな」

 

「はいはい」

 

 最後まで念押ししてきた兄貴を適当に見送り、俺は収録スタジオに向かうのだった。

 

 やよいちゃんのイメージカラーであるオレンジ色が強調されたスタジオ内に入って真っ先に目に入るのは、大きく掲げられた番組タイトルの看板。そしてシンクやガスコンロといった調理設備。『高槻やよいのお料理さしすせそ』はその番組タイトルの通り料理番組のため、当然スタジオ内には調理設備が整っている。ちなみにこういった最近の料理番組では大体IHクッキングヒーターを用いている場合が多いのだが、やよいちゃん本人の要望で普段彼女が家で使用しているガスコンロを使用しているという裏話。

 

「周藤良太郎さん、入られましたー!」

 

「おはようございます!」

 

「おはようございまーす!」

 

 俺がスタジオに入ったことに気付いたスタッフ達が一斉に挨拶をしてくる。実はちょっとだけスタッフたちのこの対応に困っていたりする。確かに俺も世間一般的にトップアイドルだのなんだの言われていて、それを否定するつもりはない。だけど俺より先輩のアイドルがいる中でその先輩アイドルにかける声よりも大きな声で挨拶してくるのはどうかと思うんだよ。いや、その先輩アイドルまでもが率先して頭を下げてくるのも問題なんだが。たまに俺自身も芸歴四年じゃないんじゃないかと錯覚を起こしそうになる。

 

「あ、良太郎さん! おはようございます! 今日はよろしくお願いします!」

 

「……よろしくお願いします」

 

 スタッフの皆さんに挨拶を返していると、今回共演するやよいちゃんと伊織ちゃんが赤羽根さんと共にこちらにやって来た。二人とも番組のロゴが入ったお揃いのエプロンを身に付けている。

 

 こうして見るとやっぱりこの二人は小さいなぁ、流石事務所で一番小さい二人である。特にチョコチョコと小走りでやって来るやよいちゃんは、中学生だというのに小学生のなのはちゃんを彷彿とさせて保護欲が掻き立てられてくる。

 

 おはよう、と挨拶を返しながら思わずやよいちゃんの頭を撫でる。

 

「? どうしたの伊織ちゃん、何か変な表情してるけど」

 

「うっ……い、いや、何でもないわよ! ……です」

 

 苦虫を噛み潰したというか飲み下したというか。あれ? もしかして共演嫌がられてる?

 

 しかしそれ以上に気になったのは、伊織ちゃんの口調である。前々から気になっていたが、最初の激励の時は普通に喋っていたのに、改めて仕事の現場で竜宮小町として会った時は今みたいなため口以上敬語未満みたいな喋り方になっていた。

 

「伊織ちゃん、別に無理して敬語を使う必要ないよ? そりゃあ他の目上の人に対しては敬語を使った方がいいけど。俺に対してだったらりっちゃんほど厳しく言うつもりはないよ」

 

 現に同い年とはいえアイドルとしては後輩の冬馬もため口で話しているし。自分は目上の人間に対しての敬語を使うが、俺自身に対しては深く言わない。勿論、舐めた『態度』までは許容しないが、大体そういう奴はいつの間にかいなくなっていたりするし。

 

「……後になって元に戻せとか言っても聞かないわよ?」

 

「言わないよ」

 

「……それじゃあ言わせてもらうけど……アンタいつまでやよいの頭を撫でてるのよ!」

 

「おおっと」

 

 言われて気付けば、先ほどから俺の右手はずっとやよいちゃんの頭を撫でていたようだ。やよいちゃん自身も「えへへ」と笑いながら一切の抵抗をしないので全然気づかなかった。

 

「アンタ、そうやっていつも女の子に触れてるんじゃないでしょうね……」

 

 さりげなくやよいちゃんの腕を引っ張って俺から距離を取ろうとするジト目の伊織ちゃん。その視線いいです! ……じゃなくて。

 

「失敬な」

 

 触るのであればむ……じゃなくて、実際俺にそんな根じょ……でもなくて。

 

 多分なのはちゃん他近所の知り合いの女の子の頭を撫でる機会が多かったから、というのが妥当な言い訳だろうか。しかし昨今、肩に手を置いただけでセクハラと訴えられるご時世だ。今後は大乳な女の子だけじゃなくても用心せねば。

 

「い、伊織ちゃん、いくらなんでも良太郎さんに失礼だよ……?」

 

「ふん、変態はうちのプロデューサーだけで十分よ!」

 

「……赤羽根さん……?」

 

「そんな目でこっちを見ないでくれ!? 別に何かあったわけじゃないぞ!?」

 

 ……ふむ、二人とも若干緊張してたみたいだけど、結構解れたみたいだな。

 

 そんなこんなで、ようやく本番が始まるのであった。

 

 

 

 

 

 

「高槻やよいの『お料理さしすせそ』! 今日のゲストは竜宮小町の水瀬伊織ちゃん! そしてスペシャルゲストの周藤良太郎さんです!」

 

「チャーハン作るよ!」

 

「作るもの勝手に決めるな!」

 

 

 

 大丈夫大丈夫、対象に向かって米をぶちまけるわけじゃないから。紐や糸的な意味で。

 

 

 




・「観客やカメラを前にしたアイドルは無敵なんだよ」
実は良太郎というキャラクターのコンセプトだったりする。

・周藤良太郎はあまりバラエティー番組に出演しない
別に作者的に面白いトークを書く自信がないからってわけじゃないんだからね!?

・たまに俺自身も芸歴四年じゃないんじゃないかと錯覚を起こしそうになる。
作者も起こしそうになる。

・なのはちゃん他近所の知り合いの女の子
改めて確認した設定資料でのロリ率の多さにびっくりした。
なお全員登場するかどうかは()

・紐や糸的な意味で。
前回の感想で何人かに言われて便乗してみた。
実は作者がネタ小説を書くきっかけとなったリリカルなのはの名作二次創作。他の作品とは打って変わってへなちょこななのはが可愛い。
作者さん、帰ってきてくれないかなぁ(チラッチラッ



 (MH4Gの誘惑に)俺は勝ったぞ……!

 なお今回も簡単な隠し文章を仕込んでみた。回答者はいるのかなー?


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Lesson54 それは基本のさしすせそ 3

PS3持っていない&スクフェス出来ない勢のアイマス・ラブライブ難民キャンプはまだですか(今更感)


 

 

 

 周藤良太郎との仕事。写真の撮影とはまた違った環境での周藤良太郎は果たしてどんな様子なのか、凄く興味があった。『覇王』と呼ばれる、わずか十八の少年のアイドルとしての姿がいかなるものか。そんな期待を胸に撮影は始まったのだが。

 

 

 

「チャーハン作るよ!」

 

 何処からともなく取り出したフライパンを片手にそう高らかに宣言する良太郎君の姿に思わずその場に膝から崩れ落ちそうになった。

 

 

 

「え、えっと、良太郎さん、作る料理は……」

 

「大丈夫大丈夫、ちゃんと分かってるって。軽いジャブだよ」

 

「本当に分かってるのかしら……」

 

 唐突なセリフと行動の良太郎君に、やよいは困惑した表情を見せる。別に全ての行動が台本になっているわけではないのだが、それでも良太郎君の行動はやよいを戸惑わせるには十分だったようだ。やっぱりやよいはアドリブ慣れしていない感じである。

 

「あ、改めてゲスト紹介です。765プロダクションからのレギュラーゲストは、竜宮小町でセンターを務める水瀬伊織ちゃんです!」

 

「にひひっ、全国のファンのみんな! 伊織ちゃんが出てきてあげたわよ!」

 

 カメラに向かってウインクをする伊織。横に良太郎君がいるにも関わらずいつもの調子を保てているのは流石である。765プロの中では最も目上のアイドルと接する機会があっただけに、慣れてきているというのは間違いではないだろう。

 

「そして今回は記念すべき第十回目の放送ということで、スペシャルゲスト! 周藤良太郎さんに来ていただきましたー!」

 

「周藤良太郎です。好きな食べ物は蕎麦です」

 

「何? 蕎麦作れって? 今日の作るもの無視して蕎麦作れって?」

 

 ……慣れてきたというか、良太郎君が普段のテンションだから伊織も釣られて普段の調子になっているって感じか。あれも良太郎君の、共演者が緊張しないようにするための配慮――。

 

 

 

「しかしチャーハンではないか。折角家からマイフライパンを持参したというのに」

 

「柄の部分に思いっきり『佐藤』って書いてあるんだけど」

 

「うん、俺の真名とでも言えばいいのかな? そう、あれは俺がまだタイ人だった頃の話だ……」

 

「見え見えの嘘吐くんじゃないわよ!」

 

「良太郎さんタイ人だったんですか!?」

 

「ほらー!? やよいが信じちゃったじゃない!」

 

 

 

 ――配慮だと、いいなぁ……。

 

 

 

「おっとごめんね、ゲスト同士が話し合っちゃって」

 

「えっと、私も良太郎さんとお話ししたいですけど、まずは進行しないといけませんよね!」

 

 ADからの進行を促すカンペを目にしたやよいが思い出したように番組を進行する。

 

「良太郎さんはお蕎麦がお好きとのことですが、残念ながら今日作る料理は別のものです!」

 

「ア、ウン」

 

 流石にやよいが本気にするとは思わなかったらしく、若干良太郎君の声が上ずっていた。

 

「料理の紹介の前にクイズです! 良太郎さんと伊織ちゃんは、お料理の基本の『さしすせそ』を知っていますか?」

 

「うん、知ってるよ」

 

「それぐらい常識よ」

 

 至極当然といった様子で頷く良太郎君と伊織。実家がお金持ちでお嬢様の伊織はもしかしたら知らないかもと思ったが、そんなことはなくいつも通り自信満々の表情で胸を張っていた。

 

「それじゃあ良太郎さん、答えをどうぞ!」

 

「もちろん『桜でんぶ』『しらす』『酢飯』『醤油(せいゆ)』『そぼろ』だね」

 

「……えっと、多分そのさしすせそで出来るのは三色ちらし寿司ぐらいかと……」

 

「こんだけふざけた答えなのにも関わらずお酢と醤油があってるのが腹立たしいわね……」

 

 良太郎君の解答にやよいが困った笑みを浮かべ、伊織が呆れた様子のジト目になる。

 

 当然良太郎君も真面目にこの回答をしたわけではなく、ごめんごめんと片手で謝る。

 

「『斎藤(さいとう)』『塩見(しおみ)』『菅野(すがの)』『摂津(せっつ)』『(そよぎ)』だよね?」

 

 しかし良太郎君の口から発せられたのはボケの重ね掛けだった。

 

「うっうー、菅野さんは本当に残念でした……」

 

「ホント。怪我が無かったら結果は変わってたかも、っていうIFを考えちゃうよねぇ」

 

「やよい今の理解できたの!?」

 

 出演者及びスタッフ全員を含めた中でただ一人理解できなかった様子の伊織が、良太郎君の発言にしっかりとしたコメントを返したやよいに対して大変驚いていた。いやまぁ、俺も良太郎君と全くの同意見なんだけども。

 

 その後、野球の話から各球団が優勝した時に行われるセールの話に発展していき、三十分後にADが番組進行を促すカンペが出されるまでその話は続くのだった。というか間違いなくADも話に聞き入っていたからカンペを出すのが遅くなったんだろ。

 

 

 

 

 

 

「え、えっと、改めてお料理の基本の『さしすせそ』とは何ですか?」

 

「『砂糖』『塩』『酢』『醤油(せいゆ)』『味噌』だね」

 

「何でその五つを答えるだけでこんなに時間がかかるのよ……」

 

 ようやく本来の流れに戻った時には既に伊織は疲弊した様子だった。

 

「今回は第十回記念と言うことで、番組タイトルにもなっているこの『さしすせそ』を全て使った料理を作ろうと思います! というわけで今日作る料理はこちら!」

 

 やよいが手で指し示した方向を向く良太郎君と伊織。視線の先には黒子がおり、やよいの発言と共にめくりに張られた演題を捲る。

 

「舞台セットに合わない時代錯誤な感じのADだね」

 

「初回から私がずっと感じていた違和感にまともなツッコミを入れてくれたのがアンタってのが微妙な気分ね」

 

 良太郎君と伊織のそんなやり取りを他所に紙は捲られると共に、やよいの口から今日作る料理の名前が発表された。

 

 

 

麻婆豆腐(マーボードウフ)です!」

 

「麻婆……だと……!?」

 

 一瞬、目を見開いた良太郎君の声がすごくミドルでダンディーな感じに変化したような気がした。

 

 

 

「あい分かった! 天使も唸らせるような激辛麻婆豆腐を作ればいいということだね!?」

 

「あ、いえ、今日作るのは豆板醤が苦手な人でも食べるようなあまり辛くない麻婆豆腐です」

 

「おうふ……」

 

「表情変わらないけど若干上がったテンションが下がったことは何となく分かったわ」

 

「良太郎さんは辛い麻婆豆腐の方がお好みでしたか?」

 

「別に辛いのがいいとか辛くないのがダメとかそういうのじゃなくて、ガイアが囁いたというべきか……」

 

「「?」」

 

 首を傾げる二人に対してお気になさらずに、と良太郎君は手で先を促す。

 

「えっと、それじゃあさっそく料理を始めていきましょう! いつもの行きますよー!」

 

 やよいが手をグーに握って構え、それに倣い良太郎君と伊織も同じポーズをする。

 

 

 

「せーの!」

 

『レッツクッキーング!』

 

 

 

 スタジオに居た全員の掛け声と共に、料理が開始されるのだった。

 

 

 

「材料はこちら! 豚こま肉、木綿豆腐、白ネギ、にら、ニンニク、ショウガ。調味料はお料理の基本の『さしすせそ』の他にお酒とごま油と胡椒と片栗粉を使います!」

 

「量はそれぞれフリップで確認だな」

 

 別に口に出すのが面倒くさくなったわけじゃないよね? 良太郎君?

 

「まずは豆腐の水切りをします! 時間が無い場合は、キッチンペーパーに包んで500Wレンジで五分加熱してもオッケーです!」

 

「まぁ今回はまだ時間があるから普通に水切りで大丈夫かな」

 

「次に材料を切っていきます! 白ネギ・ニンニク・しょうがはみじん切りに、豚肉は五ミリ幅にお願いします!」

 

「じゃあまずは僭越ながら俺から」

 

 そう言いながら良太郎君は備え付けられていたプラスチック包丁を持ち上げると、材料をみじん切りにし始めた。

 

「良太郎さんは普段お家で料理されるんですか?」

 

「んー、いや。うちの母さんは料理好きの専業主婦だから、なかなか台所に立つ機会ってのがないんだよ」

 

 思い出すのは以前のドキュメンタリー番組。そこに映っていた彼の母親は確かに料理上手だったと覚えている。

 

「でも良太郎さん、包丁の扱いお上手ですよね」

 

 良太郎君の手元を見ながら感心するやよい。確かに、トントントン、一定のテンポの音と共に材料がみじん切りにされていく様は普段から料理をしているかのようだった。

 

「んー、昔バイト先のお姉さんにお菓子作りを手伝わされたことがあったから、それでかな?」

 

「え!? 良太郎さん、お菓子作り出来るんですか!?」

 

「そんな大それたものじゃないよ。レシピ通りに作ることなんて誰にだって出来ることなんだし」

 

 まぁそのレシピ通りにすら作れない人ってのもいるんだけど、という良太郎君の小さな声はしっかりとマイクに拾われていた。随分と実感が籠っているような気がした。

 

「伊織ちゃんはどう? お家で料理とか、お菓子作りとかする?」

 

「え!? わ、私!? 私は、その……」

 

 やよいに話を振られ、視線が宙に浮く伊織。

 

「……ミ、ミルクセーキ! ミルクセーキだったら作ったことあるわよ!」

 

「テレビの前のよいこは『牛乳に卵と砂糖入れてただ混ぜるだけだろ』とか言っちゃいけないぞ」

 

「今まさにアンタが言ってるでしょうが!」

 

 良太郎君はいつの間にか材料を切り終えてカメラ目線になっていた。普段の伊織だったら軽く叩くぐらいの抗議はしている場面であるが、流石にカメラの前、しかも周藤良太郎相手にそれは躊躇した様子だった。

 

「それじゃあ、伊織ちゃんも将来お嫁さんになった時のために料理の練習しなくちゃね!」

 

「お、お嫁さん!?」

 

 良太郎君に茶化されて赤くなっていた伊織の顔が、やよいの純真無垢な言葉のせいで更に赤くなった。

 

「お、ということはやよいちゃんも将来の夢はお嫁さん?」

 

「それもいいんですけど、今は765プロのみんなと一緒にもっともーっとお仕事を頑張りたいっていうのが私の夢です!」

 

 

 

(((((何この子マジ天使)))))

 

 

 

 スタジオ内の全員の心の声が聞こえてきたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 ここからCM!(という名の次回に続く)

 

 

 




・「好きな食べ物は蕎麦です」
発言は石田。性格は杉田。ジャンプ読まない作者がまだ単行本を買っていた時代のお話。

・「あれは俺がまだタイ人だった頃の話だ……」
元ネタは某狩りゲームの某有名実況者の珍発言。
「(・◇・)<俺もタイ人だった頃にさ・・・」

・『斎藤』『塩見』『菅野』『摂津』『梵』
順番に日ハム・楽天・巨人・ソフトバンク・広島の投手。
巨人が負けた今、作者はお気に入りの松田がいるソフトバンクを応援します。
※梵選手は内野手でした。赤ヘル軍の方々、大変申し訳ありませんでした。

・黒子
『ほくろ』ではありません。『くろこ』と読んでもバスケはしないしテレポートもしません。

・麻婆豆腐
(剣を投げてくる)神父や(手刀で切りかかってくる)天使に大人気な神聖なる食べ物(嘘)
ちなみにレシピはネットで公開されていたものを勝手に採用。……流石に大丈夫だよね?

・まぁそのレシピ通りにすら作れない人ってのもいるんだけど
特定の人間に対して向けれている言葉です。メシマズキャラ多すぎぃ!

・何この子マジ天使
(全略)



 料理番組のお話で本当に料理の話をするとは夢にも思うまい!?(錯乱)


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Lesson55 それは基本のさしすせそ 4

TF7が出るという噂を聞いた。

ゆきのんやツァンが出るようなら購入を検討してやろう(ふんぞり)


 

 

 

 周藤良太郎と番組を共演する上で、出演者や番組スタッフは全員とある都市伝説を耳にすることになる。

 

 

 

 曰く、周藤良太郎が出演した番組の視聴率は5%上昇する。

 

 

 

 単純な数字として5%を見れば小さく見える。しかし、東京都の世帯数をざっくり六百万世帯として計算するとその数は三十万。簡潔に言い換えると『周藤良太郎が出演することでその番組を視聴する世帯が三十万戸増える』という認識で間違いないだろう。

 

 はっきり言ってこれはかなり異常な話である。高々一人のアイドルが番組に出演するというだけでそれだけの人数が普段見ている番組を変え、もしくは普段は点けていないテレビを点けるのだ。普通なら冗談と笑い飛ばして終わってしまう。

 

 この都市伝説には『とある人物が実際に検証を行った』という補足の話が付いてくる。検証の方法は、周藤良太郎が出演したことがあるいくつかの番組の周藤良太郎が出演しなかった回の年間平均視聴率を算出し、それを周藤良太郎が出演した回の平均視聴率と比較したのだ。

 

 その検証の結果は誰も知らないし、語られることもない。しかし、未だにその都市伝説は流れ、周藤良太郎はあらゆるテレビ局から引っ張りダコになっている。

 

 

 

 つまりは、そういうことだった。

 

 

 

 それを都市伝説とするには余りにも惜しく、事実とするには余りにも『恐ろしかった』のだ。

 

 

 

 私がそれを初めて聞いたのは、いつだったのか、誰からだったのか。少なくとも周藤良太郎本人と出会う前、竜宮小町を結成するよりも前だった気がする。当時はまだ「共演することが出来た日には精々利用させてもらおう」という何とも尊大なことを考えていたような気がする。もちろん流石に今はそのようなことを考えていないが。

 

 では、今はどうなのか。今こうしてやよいの冠番組にゲストとして出演させてもらい、スペシャルゲストの周藤良太郎と共演することになった。

 

 そんな今の私の心境は――。

 

 

 

「次に、フライパンに切った豚肉と塩・ごま油・お酒・こしょうを入れてよく揉みこみます!」

 

「ここに入れるのはごま油でもいいんですけど……でも俺は、オリーブ――」

 

「それ以上はやめなさい!」

 

 

 

 ――もう視聴率とかどうでもいいから、早く帰りたかった。

 

 

 

 

 

 

「揉みこみ終わったら火を点けて、中火で炒めます!」

 

 やよいが慣れた手つきで菜箸を使って豚肉を炒める。良太郎君とのやり取りで早くも辟易とし始めた伊織を余所に、やよいはいつも以上に楽しそうな様子だった。恐らくなのだが、本人は親戚のお兄さん(りょうたろうくん)に遊んでもらっているような、そんな感じなのではないかと思う。

 

「さらにここに白ネギ・にんにく・しょうがを加えて炒めまーす!」

 

 フライパンを手にするやよいの両脇から良太郎君と伊織がそれらを加える。しばらくすると、スタジオ内にごま油のいい匂いが漂い始めた。

 

「いい匂いがしてきたところで、水切りしてあったお豆腐を加えます! 伊織ちゃん、お願い」

 

「え? このまま入れるの?」

 

 豆腐一丁を両手に持って戸惑う伊織。

 

「違うよ伊織ちゃん、ちゃんと切って入れるよ」

 

「そ、そうよね。それじゃあまな板の上で……」

 

「あ、伊織ちゃん。お豆腐は手のひらの上で切った方がいいよ。まな板だと下が固くて崩れちゃうし、フライパンに運ぶとき大変だし」

 

「えっ!? て、手のひらの上で!?」

 

 やよいの言葉にぎょっとする伊織。なるほど、豆腐を手のひらの上で切るのにはそういう意味があったのか。

 

「そ、それ大丈夫なの? 手を切っちゃったり……」

 

「大丈夫だよ伊織ちゃん! 包丁は押したり引いたりしないと切れないから、ゆっくり上から優しく切れば怪我しないから」

 

「で、でも……」

 

「伊織ちゃん、怖いなら俺が代わりにやろうか?」

 

 やよいに笑顔で大丈夫と念を押されても踏ん切りがつかない伊織に、良太郎君がそう申し出た。

 

「え? い、いいの……?」

 

「もちろん。怖いのに無理することないよ」

 

 そう言いつつ包丁を手に取る良太郎君に、小声で「ありがとう」と言いながらわずかに頬を赤くする伊織。これは怖がっていたことに対するテレなのか、良太郎君の優しさに対する揺れ動く心なのか。

 

 

 

「それじゃあ切るから、そのまま手を動かさないでねー」

 

「どうせそんなこったろうと思ったわよ! 自分で持て!」

 

 

 

 ……多分、怒りによる血圧上昇だろう。

 

 ちなみに豆腐は二人のやり取りを苦笑いしながら聞いていたやよいが自分で切って入れていた。

 

 

 

「お豆腐を加えてひと混ぜしたら火を止めます!」

 

 良太郎君と伊織が一通りのやり取りを終えたところでやよいが料理を進める。なんというか、この僅かな時間でやよいが大分成長したような気がするな……スルースキルというか、状況対応力というか。

 

「具材をフライパンの端に寄せて、空いたところに水で溶いた片栗粉・砂糖・醤油・お味噌を入れます!」

 

「あれ? 混ぜないの?」

 

「はい、まだ混ぜません! ここでもう一度火を点けて、お水がふつふつと沸いてきてから混ぜます!」

 

 しばらくすると調味料が混ざった水が沸いてきたので、再び菜箸を使って最初からフライパンに入っていた具材と混ぜ合わせる。

 

「この状態で三分ほど煮ます! この間にニラを一口大に切っちゃいます!」

 

 先ほどは良太郎君が具材を切ったということで、今度は伊織が包丁を持つことになった。良太郎君ほど手際はよくないが、それでも包丁を持つ手の基本はしっかりとしていた。

 

「うん! 伊織ちゃんも包丁使うの上手だよ!」

 

「あ、ありがとう」

 

 やよいに褒められて素直に照れる伊織。良太郎君は茶々を入れず一歩引いて二人の絵に入らないような立ち位置にいた。冗談が多い彼だが、流石にテレビ慣れしているだけあって引際(?)は弁えているといったところか。

 

「三分経ちました! ニラとお酢を加えてひと混ぜして、火を消したら完成です!」

 

 

 

「「「完成! 豆板醤が苦手な人でも大丈夫! 辛くない麻婆豆腐!」」」

 

 

 

 

 

 

『お好みでラー油を入れても美味しいですよ!』

 

『――って辛ぁあぁぁぁ!?』

 

『あ、ごめん、それ俺が自分用にラー油多めに入れた奴だった』

 

 

 

「いいなー、いおりんにやよいっち。りょーにぃの手料理が食べれてさー」

 

「真美、アンタはあれを見て尚それを言うつもり……!?」

 

 お昼の事務所のテレビの前。周藤良太郎が出演した回の放送ということで、事務所にいた全員で『高槻やよいのお料理さしすせそ』を鑑賞していたのだが、必死に水を飲む画面の中の私を見た真美の感想に、思わずその無防備な後頭部を引っ叩きたくなった。

 

「え、えっと、やよいは楽しかった?」

 

「はい! 伊織ちゃんや良太郎さんと一緒にお料理が出来てとっても楽しかったです!」

 

 一方でやよいは春香からの質問に対して笑顔で頷いていた。本当に楽しそうな表情に「やよいが楽しかったなら、良しとしよう」と心の中で折り合いを付ける。

 

「それで? 同じゲストとして良太郎さんと共演した感想は?」

 

「……そうね」

 

 腕にしたうさちゃんの腕を動かしながら考える。

 

 撮影の最中は本当に振り回されてばかりで必死だったが改めて考えると、周藤良太郎はあれだけ色々とやっていたのにも関わらずしっかりと『番組』のことを考えていたのだと思う。最初の野球関連のトークも含めしっかりと時間内に収まっていたし、自分だけじゃなくて私達も含めたカメラの位置に対する立ち位置をしっかりと意識しているように見えた。

 

 自分だけでなく他の共演者のことも考えて動くことが出来る、という点で考えると流石という一言に尽きる。

 

「……歌やダンスだけじゃなくて、バラエティーでも周藤良太郎はトップアイドルだった、とだけ言っておくわ」

 

「おぉ! 伊織にしては高評価じゃないか!」

 

「個人的には二度とバラエティーで共演したくないけどね」

 

「は、ははは……」

 

 (何となく)周藤良太郎で苦労している(だろうと思われる)響は私の気持ちが分かったようで、私の顔を見て苦笑いをしていた。

 

 確かに得るものも多かったが、それ以上に疲れた撮影だった、というのが今回のまとめである。

 

 

 

 ……ただ一つ。

 

(……あれは、何だったのかしら)

 

 思い出すのは、番組収録終了後。事務所に帰る私たちに向かって周藤良太郎が告げた言葉。『それ』は、別に何か他の意味があるのではないかとか、どういう意味の言葉なのかと疑問に思う余地もない、ただただ普通の激励の言葉……だと思う。

 

 しかし、何故か気になったのだ。

 

「あれ、良太郎さん?」

 

「え?」

 

 春香の言葉に思考を止めて顔を上げる。

 

 春香の視線の先、先ほどまで『高槻やよいのお料理さしすせそ』を見ていたテレビ画面には周藤良太郎の姿があった。どうやらお昼の情報番組が始まったようなのだが……。

 

「ど、どうしてりょーにぃが、ジュピターと一緒に映ってるの?」

 

 真美の困惑の声。そこに映っているのは、ジュピターの三人と一緒に報道陣の前に並び立つ周藤良太郎の姿だった。しかもただ横に立っているのではなく、天ヶ瀬冬馬の横、つまりジュピターのセンターの真横に立っているのだ。それは、まるで周藤良太郎がジュピターの一員になったかのようで――。

 

 

 

 

 

 

『周藤良太郎は、961プロダクション所属のアイドルグループ『Jupiter』と期間限定のコラボユニットを結成することをここに宣言します』

 

 

 

 

 

 

 ――その周藤良太郎の言葉に、その場にいた全員が沈黙した。

 

 春香も、響も、真美も、やよいも。……そして、私も。

 

 反応することが出来ず、身動きすることが出来ず。

 

 ただただ、矢継ぎ早に質問を受ける周藤良太郎とジュピターの姿が映し出されるテレビ画面から視線を外すことが出来なかった。

 

「……伊織、ちゃん……?」

 

 やよいの呆然とした様子の声と共に私の服の裾が引っ張られる。多分、無意識的に一番近くにいた私の名前が口に出たのだろう。

 

 しかし、私はそれに反応することが出来なかった。

 

 その時私の頭の中を占めていたのは。

 

 どうしてこんなことを、という困惑ではなく。

 

 どういうことだ、という怒りでもなく。

 

 

 

 ――俺は、いつだってアイドルの味方で、君たちの味方だ。

 

 

 

 ――どうかそのことを、覚えておいてほしい。

 

 

 

 あの時、周藤良太郎から言われたその言葉が、何度も何度も繰り返(リフレイン)していた。

 

 

 




・視聴率5%
本当に凄いのかどうかは知らない。教えてエロい人!

・「でも僕は、オリーブ――」
タンタンタンタンタンタンタンタンタン ツクテーン!

・「まな板だと下が固くて崩れちゃうし」
「いいの、高槻さんに言われるんだったら我慢できるから」床ドン

・『――って辛ぁあぁぁぁ!?』
だんだんと芸人気質に近づきつつあるいおりん。
大丈夫! 『どんな仕事が来ても伊織ならやり抜く』から!



 イヤッフー! 次回からまたシリアスだ!(白目)


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Lesson56 良太郎の一手

だがタイトルに反して良太郎の出番なし。


 

 

 

【まさかの】周藤良太郎、他事務所のアイドルグループとの期間限定コラボユニット結成【事態】

1:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

 

・『覇王』周藤良太郎が961プロダクション所属アイドルユニット『Jupiter』と期間限定のコラボユニットを結成!

 

 十一月○日正午、フリーアイドルである周藤良太郎が961プロダクションに所属する三人組アイドルグループ『Jupiter』と期間限定でコラボユニットを結成することを記者会見の場で発表した。

 

 活動内容はライブイベントの参加やテレビ出演などを予定しており、十二月の第一日曜日に行われる多事務所合同野外ライブ『アイドルJAM』への参加もいち早く決定したことも併せて発表した。

 

 活動期間はこの『アイドルJAM』出演までとしており、それ以降周藤良太郎は大学受験のために活動を自粛することを公言した。

 

 

 

どういうことなの……!?

 

2:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

なん……だと……!?

 

3:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

ふぁっ!?(驚愕)

 

4:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

これマジ?

 

5:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

すごいことになったな

 

6:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

朝起きてニュース見て驚いて、コンビニ行ってスポーツ紙以外の朝刊全ての一面がこれだったことで更に驚いた

 

そして今現在手元に身に覚えのない新聞が六紙もあることに驚いている

 

7:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>6 全部買ったのかよwww相当なりょーいん患者www

 

……あれおかしいな、ウチ新聞取ってないのになんで手元にこんなにたくさん新聞があるんだろうか……?

 

8:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>6 >>7 早速病院を抜け出してきた患者を二名発見

 

9:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

鉄仮面板から逃げてきた

 

やっぱり総合スレのこっちは大人しいな

 

10:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>9 鉄仮面板今どうなってるの?

 

11:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>10 コラボ賛成派と反対派、あと木星アンチと擁護派が入り混じって大惨事大戦勃発中

 

コラボ決まった記者会見から既に40スレ埋まった

 

12:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>11 ……記者会見からまだ十五時間ぐらいしか経ってないんですがそれは……

 

13:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

平常運転だろ

 

14:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

IU優勝記念とか言って一晩で50スレ埋めるような連中だしな

 

 

 

 

 

 

「……はぁ……」

 

 パソコンの画面をスクロールさせながら思わずため息が出てしまった。何かしらの情報が手に入ればと自分でもネットの海に潜りこんでみたものの何の情報も得ることが出来ず、気付けばこのような掲示板に辿り着いてしまった。こんなところで得ることが出来る情報などたかが知れているだろうが、昨日から根を詰めすぎていたので軽い息抜きには丁度いいかもしれない。

 

 良太郎が961プロのジュピターとコラボユニットを結成する。そのニュースはわずか数時間で世間を駆け巡り、翌日の朝刊はスポーツ紙を除いてほぼ全ての表紙を飾った。朝のニュース番組でもトップニュースを飾り、周藤良太郎の知名度と相俟ってもはや知らぬ人はいないビッグニュースとなった。

 

 私達は本社レストルーム内での打ち合わせ中にたまたまテレビに映っていた記者会見を見ることでその事実を知った。隣にいたりんが無表情のまま固まり動かなくなってしまったのでともみに任せてその場は帰宅させ、私は本社に残り情報を集めるようにスタッフ達に指示を出し、その後自分でも情報を集めようと動いている。しかし如何せん情報が足りない。良太郎本人に連絡を取れば解決する問題なのだが、何故かあの記者会見の後から連絡が取れなかった。

 

 結局その日はレストルームに備え付けられた仮眠用ベッドで夜を明かした。朝起きてからシャワーを浴びて予備として用意してあった服に着替え、スタッフに買ってこさせたサンドイッチ(コンビニのではなく有名パン屋のもの)を朝食として食べながらパソコンを眺めているというわけである。だいぶ無茶なことをしているが、幸運にも今日は一日オフだった。そのせいで専属の料理スタッフがいなかったことに関しては不幸だったが。

 

『朝起きて人に買ってこさせた朝飯食べながらパソコンとかマジNEET』

 

 ……そんな良太郎の声が幻聴として聞こえて思わず手にしていたコーヒーカップを机に叩きつけそうになってしまった。自分で思っている以上に疲れているようである。疲れているようではあるが……。

 

 普段は砂糖やミルクを入れるコーヒーを、ブラックのまま飲み干す。

 

 例え疲れていたとしても、今の私に必要なのは疲れを癒す甘さではなく、頭をスッキリとさせる苦さだった。

 

 二杯目のコーヒーを頼むためにスタッフを呼び出しながら、さらにパソコンの画面を下にスクロールさせる。

 

 

 

 

 

 

31:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

コラボに関して賛成か反対かとかは鉄仮面板に任せるとして、どうしてジュピターなんだろうな?

 

32:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>31 それは俺も思った

 

33:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

覇王世代に男のアイドルがいないからじゃないか?

 

34:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>33 いるだろ。ほら、アレアレ……そう、あいつら

 

35:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>34 あぁ、うん、あいつらな、うんうん

 

……で、誰?

 

36:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

マジレスすると覇王世代で生き残ってる男アイドルいないだろ

いたとしてもアイドル総合板で名前が出てこない時点でいないも同然

 

37:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

ジュピターが今一番ノリに乗ってる男のトップアイドルだから、とか?

 

38:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

確かにノリには乗ってるが、彼らがトップアイドルかどうかは若干首を傾げざるを得ない

 

39:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>38 だからトップアイドルの定義をはっきりとしようってあれほど……

 

40:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>39 だからファンが男女関係なく熱狂するレベルだとあれほど……

 

41:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>40 『伝説の横浜』か……あれは凄かったな

 

42:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>41 え、なにそれ聞きたい

 

43:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

トップアイドルかどうかは別にして、ノリに乗ってる男アイドルっていうのは関係ありそうだよな

 

44:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

何かしらの陰謀のかほりが……

 

45:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>44 厨二乙

 

46:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>41の『伝説の横浜』の話をkwsk

 

47:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

961プロダクションの社長が良太郎を口説き落としたとか?

 

48:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>47 ないわー

 

49:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>47 お前は本気でライオンやヒグマを手懐けることが出来ると思っているのか?

 

50:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>49 いや、あれは一種の地球外生命体レベル

 

51:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

だから誰か>>41の詳細を教えてよ

 

52:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

ggrks

 

53:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

ggrks

 

54:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

ググったけどでねーんだよカス!

 

 

 

 

 

 

(『伝説の横浜』か……確かにあれは凄かったわね)

 

 もう二年経つのかと考えながら、それより前のレスに考えを向ける。

 

 周藤良太郎がアイドルとして活動を始めて早四年。これまで番組内での共演はあれど他のアイドルと『同じステージの上』に立つことが無かった周藤良太郎が、何故今このタイミングで他事務所のアイドルとのコラボユニット結成に踏み切ったのか。

 

 記者会見の場で結成の理由は語られず、その動機は一切不明。一部では961プロダクションが周藤良太郎を口説き落とすことに成功したとも囁かれているが、あくまでも憶測の域を出ない。

 

 961プロ……黒井社長が良太郎を口説き落としたわけでないとするならば……。

 

「良太郎が961プロにコラボを持ちかけた……っていうこと?」

 

 何故そのようなことを、と考える前に。ふと頭を過ったのは以前の良太郎との会話。本社ビルの応接間でのやり取り。

 

 

 

 ――961プロがうざくなってきた、っていう話よ。

 

 ――961プロに所属してるのは、ジュピターだけじゃない。

 

 

 

(まさか……)

 

 765プロではなく、961プロを護る為に動き始めた、とでもいうのだろうか。

 

 コンコンとドアがノックされ、私の思考は一時中断された。

 

 スタッフが持ってきた二杯目のコーヒーを受け取り、今度はいつもと同じ量の砂糖とミルクを入れてスプーンでかき混ぜる。適度に冷まして一口飲むと、先ほどの一杯目とは違いほど良い甘みが口の中に広がった。

 

 それだけで自身の思考が切り替わるのが分かった。

 

「……まさかね」

 

 例えそうだったとしても、自身の行動や発言が他のアイドルに対してどのような影響を与えるのかをしっかりと理解している良太郎がこのような露骨な手段に出るはずがない。良太郎の性格は四年の付き合いで分かっているつもりだったのだが、慣れないブラックコーヒーで思考までビターになってしまっていたのだろうか。

 

 とにかく、今は情報が手元に集まることを待つ以外に私が打つ手はないだろう。

 

 

 

 

 

 

108:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

ちなみに801板では既にジュピターの三人とどのカップリングなのかとお祭り騒ぎ

 

109:以下、名無しにかわりまして72がお送りします

>>108 そんなこと知りたくなかったなぁ……

 

 

 

 

 

 

「そんなこと知りたくなかったなぁ……」

 

 何とも頭が痛いレスに、奇しくも次のレスと全く同じ言葉を呟いてから私はブラウザを閉じた。

 

 その時、机の上に置いてあったスマートフォンがメールの着信を告げた。スタッフが何かしらの調査結果を出したのかと思い、メールを確認する。

 

 しかし、そこに映し出されていたのは――。

 

 

 

「……良太郎……!」

 

 

 

 今現在話題の渦中にいる人物、周藤良太郎の名前だった。

 

 

 




・おなじみ2ちゃんネタ
困った時の2ちゃんネタ。書きやすいし量も稼gげふんげふん。

・『アイドルJAM』
ちーちゃんがアカペラ眠り姫を披露したあのライブ。良太郎を出演させるには若干の役不足感が否めない会場の広さではあるが……。

・『朝起きて人に買ってこさせた朝飯食べながらパソコンとかマジNEET』
さ、作者にはブーメランじゃないし。ちゃんとお給料もらってるし。

・『伝説の横浜』
「赤い洗面器の男」で検索してもらえれば何が言いたいのか分かるはず。
つまりはそういうこと。



 困った時の掲示板ネタと麗華さんの独白シーン。真面目なシーンにおいては良太郎よりも彼女の方が書きやすい。やはり良太郎が真面目な思考とか無理ぽ。

 あとそろそろ一周年企画とか考えた方がいいのかしら。

※さらっと消費レス数を変更。リアルの世界では数時間で20レスってのが普通らしいので。
正直ネラー軽く見てました。


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Lesson57 良太郎の一手 2

久々に間に合わなくなるかと思った……。


 

 

 

 日曜日。世間一般では学生も会社員も休日となる一日。俺もトップアイドルである以前に高校生であるため当然休日……とはいかず、午後からお仕事である。まぁ昨日ジュピターとのコラボ結成の記者会見をした翌日から一日オフになるほど甘くなく、しかし夕方まで自由な時間が作れたこと自体が奇跡的だった。

 

「うーん、まさかほとんどの新聞の一面に載るとは……流石にこれは予想外だった」

 

「ホントお前は突拍子もないことをしてくれるよ」

 

 新聞の表紙を見つつコーヒーを飲む俺の独り言に、箒と塵取りを使って床の掃除をしていた恭也が呆れた声を出す。

 

 何故恭也が反応したのかというとただ単にここが翠屋の店内だからで、恭也が店の手伝いをしている真っ最中だからである。花の高校生が折角の日曜日に実家の手伝いとは何とも殊勝な心掛けであるが、店の裏には手伝いに来ている月村がいるので実質自宅デート中みたいなものである。ぐぬぬ。

 

「一切の自覚が無かったのだったらお前の精神を疑うところだ。昨日はウチでもなのはが騒いで大変だったんだぞ?」

 

 果たして俺がコラボすることについての何に対して騒いでいたのかは定かではないが、ワタワタと慌てるなのはちゃんの姿が容易に想像できた。

 

 さて、いくら昔から翠屋に通っている身とはいえここまで露骨な会話を翠屋の店内で堂々としていればいくら何でも問題だが、店内に誰もお客さんがいないので関係ない。もちろん日曜日と言う稼ぎ時に限って定休日のはずがない。

 

「ホントありがとうございます、桃子さん。こんな無茶なお願いを聞いてもらって」

 

「ふふ、いいのよ良太郎君。ランチタイムは終わってるから、少しぐらいなら問題ないわ」

 

 桃子さんとの会話で推測してもらえるように、つまり無理を言ってほんのわずかな時間であるが翠屋を貸切状態にさせてもらったということだ。というわけで今の俺は伊達眼鏡も帽子も身に付けていない非変装状態。他にお客さんがおらず変装もしていないのでまるで実家のような安心感でリラックスモードだ。

 

 ちなみに士郎さんは諸事情により不在。なのはちゃんは塾で、美由希ちゃんは以下省略。

 

「それにしても何故わざわざ貸切にするんだ?」

 

「ちょっと今から会う人が会う人で、話す内容が内容だから他の人が来れないような場所が欲しかったんだよ」

 

 所謂密会場所が欲しかったわけだ。

 

「俺たちはいるが」

 

「例え聞いてたとしても、お前も桃子さんも他言しないって信頼してるから」

 

「……全く」

 

 などと言いながら床掃除を終えて離れていく恭也。多分照れているんだろうけど男の照れとかいらないから。

 

 さて、そろそろ約束した時間なんだが……。

 

 ガチャリという店の扉が開く音がした。店の前には開店準備中の立て看板があるので一般客が入ってくることはまずない。だから今このタイミングで入って来るのは翠屋の関係者、もしくは――。

 

 

 

「来てあげたわよ、良太郎」

 

「いらっしゃい、麗華」

 

 

 

 ――俺の待ち人、である。

 

 恐らく今回のことで事情説明を求められるだろうと最初から予想していた。そこで前回は麗華のホームに呼び出されたので今回はこちらにと思い立ち、ある意味三つ目の実家とも言える翠屋(二つ目は高町家)に呼び出した訳だ。

 

 ……訳なのだが。

 

「……おい麗華、ここは普通一人で来るところじゃないか?」

 

「あら、メールには一人で来いなんて書いてなかったわよ?」

 

「りょーくんジュピターとコラボってどういうこと!?」

 

「流石に説明して欲しい。あ、桃子さんお邪魔します」

 

 クスクスと笑う麗華の後ろから一緒に店内に入って来たのはお察しの通り、りんとともみ。りんは入ってくるなり麗華を追い越して俺に詰め寄ってきて、ともみはカウンターにいる桃子さんに挨拶をしていた。相変わらずちょくちょく来ている様子である。

 

 それにしても、確かに人数指定はしなかったが……俺の時は一人だったのにそっちはメンバー全員とかちょっと狡いような気がしないでもない。いやまぁ、絶対二人には聞かれたくない話をするわけでもないが。

 

「とりあえず桃子さん、コーヒー二つと紅茶一つとオレンジジュース一つお願いします」

 

 折角翠屋を利用させてもらうのに注文しないのも失礼。各々の好みの飲み物は理解しているので勝手に注文させてもらう。

 

「シュークリームもお願いします、良太郎の奢りで」

 

「あ、私もお願いします、りょーくんの奢りで」

 

「全部で三つお願いします、リョウの奢りで」

 

「容赦ないなオイ」

 

 何だろう、最近女の子に物を奢ることが快感になりつつあるなんてことは絶対にありえないビクンビクン。

 

 

 

「さて、それじゃあそろそろ説明してもらおうかしら?」

 

 全員に飲み物とシュークリームが行き渡り、店内の一番隅のテーブルに全員が座る。別に他の客がいないのだからわざわざ隅のテーブルにする必要はないのだが、そこは気分の問題である。ちなみに席の位置としては左隣にりん、向かいに麗華、その隣にともみである。この面子で四人掛けのテーブルに座る場合は大体この座り方だ。

 

「一体どーしたの、りょーくん。今まで他のアイドルとのコラボなんてしたことなかったのに。ジュピターからコラボしようって持ち掛けられたの?」

 

「いや、今回は俺から961プロに話を持ち掛けたんだよ」

 

「えー!?」

 

 以前からりんに「一緒にステージに立ちたい」と言われていたので、言外に「何故自分達とはコラボを組んでくれないのか」と言われているような気がした。やめて! 隣から涙目で覗き込まないで! 演技の涙だと分かっていても心揺れて今すぐジュピターとのコラボ止めて魔王とのコラボにしたくなっちゃうから!

 

「……もしかして、765プロと関係があるの?」

 

「え? ともみは知ってたのか?」

 

「噂を小耳に挟んだだけ」

 

 765プロと961プロの件に関しては麗華としか話をしていなかったので、ともみが今回の件をそこに結び付けることが出来たことに対して驚いた。どうやら彼女は彼女なりに気付いて調べていたようだ。

 

「え? どういうこと?」

 

 この中で唯一事情を把握できていないりんが困惑しながら俺たち三人の顔を順番に見る。

 

「まぁ掻い摘んで説明すると、961プロの黒井社長が765プロのみんなにちょっかいをかけてるからそれを何とかしたかったんだよ」

 

「それが一体どうしたらジュピターとコラボを組むことになるのよ」

 

 ジトッとした目つきの麗華。確かに何の説明も無ければこれは俺が765プロを見捨てて961プロに味方したと見られてもおかしくないだろう。

 

「一つ目の理由は、俺自身がジュピターの動きを抑制するためだ」

 

 現在、黒井社長が765プロに対する主に行っているのは、765プロの仕事をジュピターで横取りする嫌がらせ、要するにジュピターを利用した妨害行為だ。つまりジュピターと一緒に仕事をして動きを監視すれば抑制になる、ということだ。一緒に仕事をする以上、こちらもジュピターの動きを把握することになる。動きを第三者に把握されている状態でジュピターを動かすほど黒井社長も愚かではないだろう。

 

「二つ目の理由は、黒井社長の注意をこちらに向けて765プロに対する嫌がらせをする暇を無くすため」

 

 留美さんによれば、俺が手回しをして嫌がらせの妨害をしていることに対して黒井社長が腹を立てているとのこと。そんな俺が唐突にコラボを持ちかけてきたら当然怪しむだろう。何かしようとしている相手を放置するほど黒井社長も愚かではないだろうし。

 

「でもりょーくん、黒井社長がコラボの提案を受けないっていう可能性は考えなかったの?」

 

「そりゃ考えたさ」

 

「だったら……」

 

「でも、受けるという確信もあった」

 

 さっきも言ったが、黒井社長は愚かではない。一代であの961プロを立ち上げた人物が有能じゃないはずがない。

 

 だからこそ、黒井社長は『周藤良太郎とコラボ』をすることによる『利益』を無視することが出来ないと考えたのだ。

 

「……まぁ、元々知っていたこととはいえ、こんなのを見せられちゃったら納得せざるを得ないわね」

 

 呆れた様子で先ほど俺が見ていた新聞を持ち上げる麗華。これだけでもジュピターの知名度が周藤良太郎の知名度にだいぶ近づいたと思う。また、ネットをチラリと覗いてみたが、コラボに対する賛成や反対で様々な議論がなされていた。これも十分に宣伝効果となるだろう。

 

「でも、まだ根本的な解決になってないってことには当然気付いてるのよね」

 

「そりゃもちろん」

 

 この二つはあくまで俺がジュピターとコラボユニットを結成している間のみ効力を発揮するものであって、十二月の『アイドルJAM』出演でそれは終わってしまう。

 

「だからこれはあくまでも時間稼ぎだよ」

 

「時間稼ぎ?」

 

「そう」

 

 本当だったらもう少し長めに時間を稼ぎたかったのだが、リアルの事情を考えると流石にこれが限界だった。本当だったら既に仕事を減らして受験モードに入る予定だったのだから、これでも頑張った方だ。

 

「たかだか一か月時間を稼いだところで、何か出来るの?」

 

「するさ」

 

「……言い切るわね」

 

 挑戦的な麗華の言い方に対して、俺はハッキリと肯定する。

 

「結局リョウは何をどうやって黒井社長を止めるつもりなの?」

 

「そこは流石に企業秘密だ」

 

 三人から非難めいた目で睨まれるが『これ』が今回の解決策の肝、それも俺と兄貴で分担作業し、そして様々な人の協力を得て初めて成り立つのだ。こればかりはこの三人にも話すことは出来ない。

 

 

 

 ――何せ、ある意味俺や兄貴の『将来』にも関わってくる話だしな。

 

 

 

「……どうしてりょーくんはそこまでするの?」

 

 不意に、りんがそんなことを尋ねてきた。

 

「昔のことから、他の虐げられているアイドルを助けたいっていう気持ちは分かるよ? でも、りょーくんはどうしてそこまで全てのアイドルが傷つかない方法を選びたがるの?」

 

 そのりんの表情は怒っているようにも悲しんでいるようにも見え、それでいて只々純粋な疑問を感じているようだった。

 

「……りんはさ、俺がアイドルとしてなんて呼ばれてるか知ってるだろ?」

 

「え? そりゃあ、もちろん……」

 

「『覇王』とか」

 

「『キングオブアイドル』とか」

 

「『アイドルの頂点』とか」

 

 そう。『覇王』で『キングオブアイドル』で『アイドルの頂点』なのだ。

 

 たとえ、それが自らが名乗ったものでなくても、人から呼ばれたものであろうとも。

 

 俺はそれを誇りに思っているし、拒絶するつもりもない。

 

 

 

「『王様』が全ての『(アイドル)』を護ろうとするのは当然のことだろ?」

 

 

 

 少し傲慢な考えかもしれないが……ま、それも王様らしいだろ。

 

 

 




・ワタワタと慌てるなのはちゃん
尚慌てていてもしっかりと翌日の朝刊は確保していた模様。

・実家のような安心感
決してホモネタなんかじゃない(確信)

・ビクンビクン
まだ穢れていなかった頃に見てしまったクリムゾンは結構トラウマ。

・良太郎の事情説明
色々とツッコミどころがありそうな気がしないでもないが、こういう理由。

・「そこは流石に企業秘密だ」
「理由」は説明しましたので「解決策」はまだまだ引っ張らせていただきます。

・「『王様』が全ての『民』を護ろうとするのは当然のことだろ?」
キャーリョータローサーン!



 ツッコミどころ多そうですがマイルドめのご感想をよろしくお願いします(震え声)

 説明しきれなかったところは次回補足する……予定。


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Lesson58 良太郎の一手 3

寒くなってきましたね。炬燵が欲しいです(切実)


 

 

 

 例え雨が降ろうと槍が降ろうと、良太郎さんが961プロのジュピターとコラボすることを発表しようと、私達のお仕事に影響はほとんどない。故に、午前中から仕事がある人はそれぞれの仕事へ向かっていった。

 

「………………」

 

「………………」

 

 そして午前中オフの人達は何も示し合せることなく、気が付けば事務所に集まってしまっていた。しかし誰も口を開くことなく、空気も重い。

 

「……真美、良太郎殿との連絡は取れたのですか?」

 

 重い空気の中、一番最初に口を開いたのは貴音さんだった。頻繁にメールのやり取りをしている真美に良太郎さんからの連絡の有無を尋ねるが、真美は普段の明るい雰囲気の鳴りを潜めたまま首を横に振る。

 

「……昨日からメールも連絡も返ってきてない」

 

 真美の口から発せられたその言葉が、この場の空気をより一層重いものにする。

 

 周藤良太郎がジュピターとコラボを組む。その事実は、想像以上に私達の上に重くのしかかった。

 

 私達765プロを敵視し、妨害行為を行ってくる961プロ。誰も口にしないものの、961プロのアイドルとコラボを組むことで良太郎さんが私達の敵になってしまうのではないかという不安を全員が抱えていた。

 

 まだ私達がほとんどテレビに出演する機会も無く、世間の認知度が今よりずっと低かった頃からお世話になっている良太郎さん。そんな良太郎さんが敵になるということが、あの『覇王』周藤良太郎が敵になるということよりも恐ろしく、怖く、そして悲しかった。

 

「……良太郎さん、自分達に愛想尽かしちゃったのかな……」

 

「響……」

 

 ソファーに座り、膝を抱えながら目に涙を浮かべる響の頭を貴音さんが撫でる。

 

 響と同じように、私も自分達が何かしてしまったのではないかと言う不安で頭が一杯になる。良太郎さんの前での行動、会話、態度、果たして何が悪かったのだろうかと考えてしまう。

 

 再び事務所は沈黙に包まれ、聞こえるのは響が涙を流し鼻をすする音だけ。いや、泣いていたのは真美だったかも知れないし、もしかしたら私自身だったのかもしれない。

 

 私達が悲壮に暮れる、そんな中で――。

 

 

 

「み、みんな! あのね!」

 

 

 

 ――やよいだけが、目尻に涙を浮かべ、それでもしっかりとした声色で立ち上がった。

 

「良太郎さんと最後に仕事をしたのは、多分私と伊織ちゃんだと思うの。良太郎さんの記者会見の前、お料理さしすせその収録の後で、良太郎さん、私と伊織ちゃんに向かってこう言ったんです!」

 

 

 

 ――俺は、いつだってアイドルの味方で、君たちの味方だ。

 

 

 

 ――どうかそのことを、覚えておいてほしい。

 

 

 

「だ、だから、私は良太郎さんを信じます! 良太郎さんは、私達に意地悪なことなんて絶対にしないって……だ、だから、だから……」

 

 やよいが気丈に振る舞うことが出来たのは、そこまでだった。目尻に溜まっていた涙がポロポロと零れ落ち、言葉は途切れ途切れに。それでもやよいは顔を俯けようとはしなかった。しっかりと前を向いたまま私達に向かって――きっと自分自身にも向かって――やよいは良太郎さんを信じると言葉にしたのだ。

 

「……そうですね、やよい。あの良太郎殿が、私達の不利益となるようなことをするはずがありませんね」

 

「ありがとう、高槻さん」

 

「……う、うわあぁああぁあん!!」

 

 貴音さんと千早ちゃんに頭と背中を撫でられ、ついにやよいの涙の堤防は決壊してしまった。

 

 きっと、誰よりも不安だったのだろう。怖かったのだろう。

 

 けれど、良太郎さんのその言葉を私達に伝えなければならないという使命感が彼女を奮い立たせたのだろう。

 

 事務所にやよいの泣き声が響く。

 

 しかしその代わり響も真美も、そして私も。

 

 涙は溢れてこなかった。

 

 

 

 

 

 

「そういえば、みんな最近何か嫌がらせあった?」

 

 泣き疲れて貴音さんの膝を枕に眠ってしまったやよい。そんなやよいを見て全員がほっこりとしていると(何故か千早ちゃんだけは悔しそうな表情だった)真美がそんなことを聞いてきた。

 

「……言われてみると」

 

「……あのテレビチャンの一件から何も無いような……?」

 

 記憶を辿ってみても、それらしきものはなかった。テレビ局の廊下でジュピターとすれ違って怖い目つきで睨まれたことはあったが、それだけで特にお仕事に影響があったわけではない。

 

 良太郎さんがジュピターとコラボするという話に気を取られていたが、全員それらしき嫌がらせは無いと話した。

 

「……うーん……」

 

「? どうしたのひびきん」

 

「我那覇さん、何かあったの?」

 

 ただ一人、響だけが胡坐で腕を組んで唸っていた。

 

「いや、嫌がらせってわけじゃないんだけどさ、ちょっと前の撮影の時に変なことがあったなって思って」

 

 それは、響といぬ美がメインで出演するバラエティー番組『飛び出せ動物ワールド』の収録中のことだったそうだ。

 

 

 

 

 

 

「つ、着きました」

 

「はーい! ……あれ? 本当にここでいいの? プロデューサー、池の近くで撮影って言ってたけど……」

 

「……あ、あぁ、すみません! 間違えました! い、移動しますのでもう一度車に――」

 

(お、おいバカ野郎! さっさと車出せよ!)

 

(んなこと出来る訳ないだろ! いくら上からの指示だからってこりゃねぇって!)

 

(でも……!)

 

(しかも相手はあの周藤良太郎がお気に入りって噂の765プロのアイドルだぞ!?)

 

(うえ!? 出番削ったために周藤良太郎がガチギレして○○テレビの重役が揃って手と頭を床に付けて謝ったっていう噂の765プロか!?)

 

(それだけじゃねぇ。その番組に携わったスタッフ全員の枕元に夜な夜な周藤良太郎が現れてドナドナ(重低音)を永遠リピートで歌っていくっていう噂や、そのせいで熱狂的な周藤良太郎信者に洗脳されて貯金残高が見る見るうちに減っていくという噂もあるぐらいだ)

 

(……いや、後者はどう考えても自己責任だろ……)

 

(とにかく、周藤良太郎の機嫌を損ねることの方が不味いに決まってるんだよ! そもそもこんなの犯罪もいいとこだ!)

 

(た、確かにそうだが……)

 

(大体ここでこの子が番組を抜けたら、どうせゲストに割り込んできたあのジュピターがメインになることは目に見えてる)

 

(そ、それがどうしたんだ……?)

 

「バッカオメー! 八重歯が可愛いポニテ美少女(きょぬー)より女の子からキャーキャー言われてる【放送禁止用語】(イケメンアイドルグループ)がメインの方がいいと思ってんのかよ!?」

 

「そりゃ俺が間違ってたぜ!」

 

「分かればいいんだよ!」

 

(……何の会話をしてるんだぞ?)

 

 

 

 

 

 

「――みたいなことがあって。後、最初はいぬ美の代わりにちょっと気が荒そうな子が連れてこられたんだけど、いつの間にかすっごい大人しいシベリアンハスキーに代わってたり」

 

 ゲストがジュピターって言うからすっごい警戒してたんだけど結局何事も無く撮影が終わっちゃって、と響は言う。

 

「確かに変だね」

 

 スタッフ二人が果たして何を話していたのかは分からないが、万が一にでも響が置き去りにされるなんてことにならなくて本当に良かった。流石にそこまで酷い嫌がらせは無いと信じたいが……。

 

「……もしかして、りょーにぃが護ってくれてたりして」

 

「はは、流石にそれは都合よく考えすぎじゃない?」

 

「だよねー」

 

 真美の言葉を笑って受け流すが、本人も笑っているのでそこまで本気で言ったわけではないだろう。

 

 でも、もしかしたらと考えてしまう。

 

 『君たちの味方だ』と言ってくれた良太郎さんが自分達を護ってくれているのではないかと。

 

 その言葉だけで、きっと私達は頑張れるだろう。

 

 

 

「そういえば、結局どうして良太郎さんと連絡が取れないんだろ?」

 

「さぁ……?」

 

 

 

 

 

 

「それにしても、よくこんな簡単にコラボまで話を持ち込めたわね」

 

 シュークリームも食べ終わりお代わりのコーヒーに砂糖を加えながら、ふと疑問に思ったことを口にする。

 

 黒井社長が良太郎と組むことによって生じる利益の誘惑に負けてコラボ企画を承認したことは理解した。しかし、そのコラボを持ちかけてから実現までが早い。少なくとも以前に本社で私と話をした後に行動を開始したとしても一ヶ月経っていないのだ。いくら何でも早すぎる。

 

「それとも何? 本当は最初からジュピターとのコラボを考えてたの?」

 

「自分からコラボ持ち掛けるならジュピターじゃなくってお前らにするっての」

 

「っ」

 

 何事も無いかのようにサラッと言われてしまい思わずこちらが言葉に詰まってしまう。当の本人は気安い昔馴染み程度で発言したのだろうが。思わずドキリとしてしまった自分にムカつくが、良太郎の隣で目をハートにしているりんよりはマシのはずだ。

 

「実は961プロの中に協力者がいてな、その人から黒井社長に口添えしてもらったり段取り合わせてもらったりしたんだよ」

 

 もちろん俺の名前は伏せてもらってな、などとトンデモナイことをサラリと言いやがった。黒井社長に口添えできるということは、ただの社員ではなくかなりの重役のはずだ。

 

「……まさか、その協力者を足掛かりに961プロを乗っ取るつもりじゃないわよね?」

 

「さあ? どうだろな?」

 

 相変わらずの無表情で白を切る良太郎の考えを読み取ることが出来ず、悔し紛れに机の下で向こう脛を蹴っ飛ばすのだった。

 

 

 

 

 

 

おまけ『携帯電話』

 

 

 

「そういえば結局何でアンタと連絡が取れなかったのよ?」

 

「そうだよ! いきなり連絡取れなくなってびっくりしたんだからね!」

 

「ん? あぁ、ちっと大変なことが起こってな……」

 

「な、何か問題でもあったの?」

 

「携帯が壊れた」

 

「……は?」

 

「手から滑った携帯が床に落ちて木端微塵になってな。いや、まさかあそこまで綺麗に壊れるとは思わなかった。アドレスとかのバックアップ取っておいてよかったよ。まぁそのおかげでついに俺もスマートフォンデビューだ」

 

「……何か深刻な問題があったわけではないと?」

 

「十分深刻だろ」

 

「(無言の手刀)」

 

「ちょ、痛いって」

 

 

 

 

 

 

おまけ『伝説の横浜』

 

 

 

「そういえばお前らに聞きたいんだけど『伝説の横浜』って知ってるか?」

 

「……は?」

 

「え? りょーくん知らないの?」

 

「俺に関することだっていうことは分かるんだが、掲示板では誰も教えてくれなくてな。『ggrks』と言われたがググっても出てこないんだこれが」

 

(……いやまさか)

 

 

 




・「だから、私は良太郎さんを信じます!」
今回の肝である『良太郎を信じる』という役柄は、やよいに務めていただきました。
泣かせちゃってごめんね!

・『飛び出せ動物ワールド』
アニメにおいて「響回じゃない」「これはハム蔵回だ」などと散々言われた例の事件は良太郎の介入(?)によってこう変化しました。
担当したスタッフがただ単に変態だっただけとか言わない。

・手と頭を床に付けて謝った
手を付けて謝れ!(AA略)
頭を付けて謝れ!(AA略)

・おまけ『携帯電話』
麗華たちが連絡を取ることが出来なかったことに深い意味はありませんでした()
しいて言うならお話の展開上の都合によるご都合主義。

・(無言の手刀)
「やめろミザエル!」

・おまけ『伝説の横浜』
感想で「良太郎も書き込んでたら面白かった」というのがありましたが……いつから良太郎が書き込んでいないと錯覚していたのですか?



 美希の竜宮小町騒動以来となる大きな原作改変により、響は無事に『飛び出せ動物ワールド』の収録を終えることが出来ました。

 果たしてこの調子で良太郎は961プロの嫌がらせを退けることが出来るのでしょうか?

 ……みたいな引き方をしておきつつ次回に続きます。


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Lesson59 良太郎の一手 4

ついに『良太郎の特典』が明らかに(?)


 

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

「もーむりー……」

 

 荒い息で汗だくになりながら俺の目の前で横たわるジャージ姿の北斗と翔太。随分だらしないなと言ってやりたいところだったが、俺自身も息絶え絶えの状態なのでその言葉すら口から出てこなかった。

 

 午前中に行われた961の事務所での打ち合わせを終えて夕方から始まったダンスレッスンは、今まで以上に苛烈なものとなった。

 

 その主たる原因は――。

 

 

 

「それにしても増田さん、本当にお久しぶりです」

 

「久しぶりね、良太郎君。良太郎君がコラボを組むって聞いた時は本当に驚いたわ」

 

「それはサプライズとして大成功ですね」

 

 

 

 ――ダンストレーナーと話をしている良太郎である。

 

 俺たちジュピターとのコラボが発表されたのはつい先日のことであるが、企画を進めるために歌やダンスの練習は始まっていた。コラボと言うからには良太郎が俺たちジュピターの曲を歌ったり俺たちが良太郎の曲を歌ったりするわけである。しかしただ歌えばいいというわけではなく、当然パート分けの問題や振付や位置取りの変更があるため、こうして以前から合同のレッスンを行っているわけなのだが。

 

「……前々から思ってたけど、りょーたろーくんのスペックって異常だよね」

 

 しみじみといった様子でポツリと呟く翔太。

 

 先ほどまで新しくなった俺たちの『恋をはじめよう』のダンス合わせをしていたのだが、今までの振付であればここまでバテバテになることは無かった。しかし激しくて大きく動く振付が特徴の良太郎とコラボをするにあたって、その振付もそちらに合わせてアレンジが加わり運動量が倍増した。さらにぶっ続けで踊っていたので俺たち三人は這這(ほうほう)(てい)

 

 一方で良太郎は俺たちと同じ運動量だというのに余裕綽々といった涼しい『無』表情だ。

 

 しかも『現在進行形でダンスを続けつつ』である。

 

「……なんで踊りながら普通に会話が続けられるんだろう」

 

「息も切れてないし会話もちゃんと成り立ってる……」

 

「とりあえず休憩中は休憩しろよ……」

 

 自分のそのセリフが自分でもただの負け惜しみにしか聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

 『周藤良太郎はアイドルの天才である』というのは最早世間一般においても当然の認識となっている。

 

 

 

 では、何をもって『アイドルの天才』なのか。

 

 

 

 意外かもしれないが、良太郎に『一度見て振付を完璧に覚える』『一度聞いた曲をすぐにマスターする』といった類いの一般的な天才的才能は存在しない。これは本人が「俺は物覚えが特別良いって訳じゃない」と自認しており、周りから見てもそれは同じ認識である。

 

 今回のダンスレッスンでも良太郎は初めて『恋をはじめよう』の振付のレクチャーを受け、アレンジが入っているとはいえ以前から踊り慣れている俺たちの方が良太郎よりも踊ることが出来ていた。……最初の内は。

 

 三回、四回と繰り返すことで良太郎は振付をしっかりと把握した。しかしそれぐらいであれば『アイドル』として当然の技能。いくら初めての振付とはいえ、全体の流れを把握するのは俺たちだってそれぐらい繰り返せば可能である。

 

 良太郎の真価はそこからである。振付を覚えれば後は細かい動きを突き詰めていくだけだ。そう言った場合自分では分かりづらい箇所を周囲の人間に見てもらったり、または鏡に映る自分の姿を目視して確認するのだが、良太郎はその工程を必要としない。良太郎は手先の動き、足の運び、移動のスピード、それら全てを自身で把握して修正する。

 

 つまり良太郎は『どのように動けばより魅せることが出来るのか』を本能的に理解しているのだ。

 

 歌においてもそうである。初めの内は歌詞カードを見ながら歌っていた曲も、覚えてしまえば声の強弱、キーの高さ、ブレスのタイミングといった全ての要素において他人からの指摘が入る前に修正がかかる。

 

 

 

 『自動最適化能力』とでも言えばいいのだろうか。

 

 それが『人を惹きつけて魅せる』アイドルの天才である周藤良太郎が持つ『才能』なのだと俺は思う。

 

 

 

 ここで少しだけ話を戻す。先ほどから良太郎は覚えたばかりの振付のダンスをしながら普通にダンストレーナーと会話をしている。ダンスをしながら話をするというのは体力的な問題も当然あるのだが、それ以前に振付をしっかりと把握して身体が覚えなければ出来ないことである。歌いながらダンスをするのとはまた別の話だ。

 

 では何故『覚えが人並みだと自他共に認める』良太郎が先ほど教わったばかりのダンスを身体が覚えているレベルで踊れるのか。これは簡単な話である。

 

 バカみたいに圧倒的な体力を用いて尋常じゃない回数の反復練習をしているだけなのだ。

 

 ステージの上には俺たちを含めた四人で立つため、当然振付合わせは四人で行われる。しかし良太郎は休憩の時であっても水分補給(いくら余裕そうに見えていても、良太郎だって汗ぐらいかくのだ)を終えるとそのまま一人で振付の確認を始めるのである。何度も、何度も、何度も。覚えられないのであれば覚えるまで繰り返せばいいという極論を良太郎は事もなげに体現してしまう。さらに反復するたびに『最適化』が作用するため、繰り返した回数だけ良太郎のダンスはより洗練されたものになっていくのだ。

 

 つまり、良太郎のダンスは反復練習という『努力』によって成り立っているといっても過言ではないのだ。

 

 それらを可能にする良太郎の体力も、過酷なトレーニングを乗り越えてきた良太郎の『努力』の結晶。

 

 

 

 そう。周藤良太郎は『才能』と『努力』によって成り立っているのだ。

 

 

 

 本当に、全くもって笑えない冗談である。『才能』だけでなく『努力』という点においても負けを認めざるを得ないというのだから。

 

 しかし、今更それを認識したところで別段俺たちの何かが変わるわけではない。

 

 良太郎が規格外で、そう簡単に太刀打ちできるような存在じゃないということはずっと前から分かっていたことなのだから。

 

 

 

 

 

 

「……それにしても」

 

 ダンストレーナーと他愛もない世間話をしながら踊る良太郎の背中を見ながら(悔しいことにこいつのダンスはお手本としてとても優秀なのだ)、ポツリと北斗が呟いた。

 

「良太郎君は、どうしていきなりコラボを持ちかけてきたんだろうね」

 

「………………」

 

 それは、ずっと考え続けてきていた疑問だった。

 

 その話は黒井のおっさんの秘書を務める和久井さんから持ち掛けられた。既におっさんの了承は得ており、実際にコラボをする俺たちの意思確認(という名の決定事項の通達)は後になって行われた。

 

 最初は戸惑いよりも喜びの方が大きかった。アイドルとしての実力を認めざるを得ない格上の存在であり、友人(と俺は思っている)でもある良太郎とのコラボすることが出来るのだ。それを経験することによって得ることが出来るものに対する期待や、それ以上に良太郎とのステージが純粋に楽しみだった。

 

 しかし時間が経ち、興奮が冷めた頭に残ったのは「何故」という疑問だった。

 

 今まで良太郎は他のアイドルと共にステージの上に立ったことは無い。歌手やその他のアーティストとの共演はあったものの、何故かアイドルとは並び立ったことが無い良太郎。そもそも受験勉強を理由に活動の自粛を前々から口にしていたはずの良太郎が、何故このタイミングで俺たち『Jupiter』に対してコラボを持ちかけてきたのか。

 

「……もしかして、りょーたろーくんに気付かれちゃったのかな……」

 

 そんなことを口にする翔太。目元をタオルで覆っている状態なのでその表情は分からないが、その声色から想像することは容易かった。

 

 以前、俺たちはテレビ雑誌の表紙を765プロの連中から奪ったことがあった。その時はおっさんから『765プロは汚い手を使って芸能界をのし上がろうとしている』『周藤良太郎すら利用しようとしている』という話を聞いたばかりだったため、躊躇いは無かった。そんなことを考えている奴らを野放しにできない、みたいなことを考えていた。

 

 しかし、他でもない良太郎自身が765プロの肩を持っているのである。

 

 黒井のおっさんが果たして何をしようとしていたのかは知らないが、度々「おのれ周藤良太郎め……!」と忌々しげに爪を噛んでいた姿から察するに、良太郎はおっさんの邪魔をしているらしい。それが本当に邪魔なのか、果たしてどちらが本当の邪魔になっているのかは俺には分からない。

 

 だからこそ、今までの俺たちは本当に正しかったのか自信が持てないのだ。

 

 そんな状況で持ち掛けられた良太郎からのコラボ企画。

 

 まるで俺たちが何かしないか監視をするために近づいてきたかのようで――。

 

 

 

 ――まるで「全て知っているんだぞ」と言われているようだった。

 

 

 

 それを考えた瞬間、全身を寒気が襲った。暖房がしっかりと効いた部屋で目の前には温かいお茶があったにも関わらず、まるで頭から氷水をかけられたかのような感覚に陥った。その場にいないはずの良太郎から発せられる威圧感に、指一本動かすことが出来なくなった。

 

 しかし、実際には良太郎は何も言ってこなかった。コラボを持ちかけた理由を尋ねても「何となく楽しそうだから」としか答えず、それ以上は何も語らなかった。

 

 「そうか何もないのか」と割り切れたらどんなに楽だったことだろう。

 

 こうして色々考えてしまうのは――。

 

(――結局、自分自身に後ろめたいことがあるからなんだろうな)

 

 幸い、これからは良太郎との仕事が増えて765プロに対して何かをするということはしたくても出来ない状況になる。黒井のおっさんがどういう考えで良太郎とのコラボにゴーサインを出したのか、これからどういう動きをするつもりなのかは知らないし知りたくもない。

 

 今はとにかく、周藤良太郎と同じステージに立つことが出来るという幸運を享受しよう。

 

 最近の765プロの躍進は嫌でも耳に入って来る。このままでは俺たちに追いつくのではないかと言う声も。

 

 ならば、たとえ本当に765プロが話通りの存在だったとしても、自分たちだけで圧倒してしまえるほどの実力を身に付けてしまえばいいだけの話なのだから。

 

 

 

 

 

 

「必殺! 『恋を始めるポーズ』!」

 

「てめぇバカにしてんだろ!?」

 

 

 

 ……とりあえずこいつに一泡吹かせることが目標だ。

 

 

 




・ダンストレーナーの増田さん
本名、増田レナさん。オリキャラと見せかけた名前ねつ造キャラ。
増田レナ → マスダレナ → マスタ○○レ○ナ○
モバPならば一度はお世話になっているはず。
※追記
マストレさん、公式で本名があった模様。……アニメのデレマスでの出番を見てから処遇を考えたいと思います。

・現在進行形でダンスを続けつつ
漫画『ワールドイズオールワン』で響が春香と雪歩に対して行った「表現」の練習中に見せたアレ。

・どのように動けばより魅せることが出来るのか
『ダンスや歌が上手い』のではなく『魅せるのが上手い』というのは765プロの中では美希がこれに一番近いような気がします。

・『自動最適化能力』
なんかカッコいいルビ振ろうかと思ったけど良さげなゴロが無かったので諦めました。

・過酷なトレーニング
稽古とはいえ三時間ぶっ続けで真剣の立ち合いが出来る戦闘民族高町家のトレーニングをこなせばこれぐらい軽いと信じている。

・恋を始めるポーズ
げっちゅ!



 というわけで一話丸々冬馬視点でした。なんか書いているうちに冬馬がツンデレキャラっぽく……え? 元から? そうですか。

 ちなみに良太郎の能力に関してはあくまでも『冬馬が考える』良太郎の能力であってこれが『正解』というわけではないのであしからず。


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番外編07 ぷちますの世界に転生したようです? 2 +α

ルチアちゃんが可愛すぎるのでとりあえず何処かで出演させれないか考えてみる。


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 

 

 

 ぷち転、前回までの三つの出来事!

 

 一つ! 良太郎からの贈り物として、765プロ事務所に『チヴィット』がやって来る!

 

 二つ! 春香モデルのチヴィットが増殖し、大混乱!

 

 三つ! あずさモデルのチヴィットの能力により、良太郎が事務所にワープ!

 

 

 

 

 

 

「あー、びっくりしたぁ……」

 

「いきなり増えるんだもんねー」

 

 春香もどきの増殖によってもたらされた混乱は、彼女たちを送り付けてきた張本人が直接事務所にやって来ることで収束された。具体的には良太郎が増殖した春香もどきを元に戻す方法(手を叩いた後で腕を左右に開き「戻れ!」と言う)を実践したことにより、春香もどきは一瞬にして元の一匹に戻ったのである。

 

「でも気に入ってもらえただろ?」

 

「とりあえずもう一回殴らせなさい」

 

「ロープロープ」

 

 表情は変わらないもののこいつの「どうだ良いことをしてやったぜ」という態度が非常にムカついた。100%の悪意だけで動いているわけではないということが分かっているだけに余計に腹立たしかった。

 

「それで? さっさと詳しい説明とやらをしてもらいたいんだけど?」

 

 また春香もどきのように突然変な出来事にならないためにも迅速に良太郎から詳しい話を聞きださねばならない。

 

「了解。えっと、じゃあ順番に――」

 

「きゃあ!?」

 

「わわわっ!?」

 

「今度は何だぁ!?」

 

 良太郎の口から説明がなされるその瞬間、後ろから聞こえてきた小さな悲鳴と驚きの声。

 

 またかええい面倒くさいと勢いよく後ろを振り返る。

 

 

 

「りょー!」

 

「あ、あらあら~?」

 

「ち、小さい良太郎さん!?」

 

 

 

 ――サイズの小さい『良太郎もどき』が、あずささんの胸にしがみ付いていた。

 

 

 

「……一応、弁解を聞いておいてあげるわ」

 

「……流石グランツ研究所、モデルの性格と趣味をしっかりとトレースしている」

 

「……言いたいことはそれだけね?」

 

 全くいい仕事をしやがるぜ、と本気なのか苦し紛れの冗談なのか区別がつかない良太郎の脇腹に、今度は全力の肘鉄を叩きこんだ。

 

 

 

「まぁ言わなくても分かるだろうけど、あれは俺をモデルに作られた第一世代型のチヴィットだ」

 

「あは! ちょっとエッチだけどかわいいの!」

 

「ミキミキ! 次、マミに抱かしてー!」

 

 何が面白いのか、美希や真美が代わる代わる良太郎もどきを抱っこするのを尻目に見つつ、脇腹を抑える良太郎の説明を聞く。良太郎もどきは良太郎自身と同じように一切の表情を動かすことが無く、けれど美希の胸に抱かれて大変満足そうな様子が見て取れた。というか腰辺りから生えている犬のような尻尾が凄い勢いでぶんぶんと横に振られていた。

 

「あれは第一世代型の一部に見られる特徴で、何かしらの動物の一部が出現するんだ」

 

 こいつの場合は嬉しいことがあると犬の尻尾が現れるというわけだ、と良太郎。

 

 もう面倒くさいからロボットの感情云々は突っ込まないことにする。

 

「ねぇねぇ、りょーたろーさん! この子に名前ってあるの!?」

 

「名前?」

 

 良太郎もどきを真美に引き渡し(良太郎もどき自身は大変名残惜しそうに尻尾を垂れ下げていた)、真美に抱かれた良太郎もどきの頭を撫でながら美希はそんなことを尋ねてきた。

 

「ウチでは『りょたろ』って呼んでる」

 

「アンタの家でアレは受け入れられてるわけ?」

 

「『昔を思い出すよー!』って言って母さんが大層可愛がってる。あいつ自身も母さんに抱っこされて満足そうだし」

 

「……アンタって……」

 

「おいおい『こいつマザコンかよ』みたいな目でこっちを見るのはNGだ」

 

 ちゃうねん大乳な女性に見境が無いだけやねん、と良太郎は言うがそっちはそっちで問題である。

 

「そうだ。ついでだし、チヴィットたちの説明をしながらこいつらの名前を決めたらいいんじゃないか?」

 

「はぁ?」

 

「あ! それいいですね!」

 

「いつまでも呼び名が無いと大変ですし」

 

 良太郎の提案に賛同する他の面々。

 

 ……まぁ、名前を付けるぐらいなら別にいいか。

 

「それじゃあ○○○○(ウィキ)の登場人物順に説明してくぞー」

 

「おい」

 

 

 

 まず始めは雪歩もどきから

 

「この子は特殊能力を持たない第一世代型のチヴィットで、冬になるとタヌキの尻尾が生えてくるよ」

 

「……えっと、どうしてタヌキなんでしょうか?」

 

「さあ?」

 

 最新鋭の機能云々に関しては詳しく説明する癖に、微妙なところで適当だった。

 

「雪歩ちゃんの性格そっくりだから比較的大人しいけど、何処からともなくスコップを取り出してきて穴を掘ってそこに入ろうとするから室内では注意が必要――」

 

「ぽえー」

 

「あっぶなぁぁぁい!?」

 

 良太郎の言葉通り、雪歩もどきが何処からともなくスコップを取り出したのでさっと抱き抱えて床から離す。

 

「……あの、この子たちの性格や特徴っていうのは良太郎さんが提供したんですか?」

 

「まぁ、簡単にではあるけど」

 

「じゃあつまり、この子たちの行動は普段良太郎さんが私達のことをどういう風に見ているか――」

 

「『ぽえー』って鳴く雪歩ちゃんだから名前は『ゆきぽ』でいいかな」

 

 露骨に話題を逸らした良太郎だった。

 

 

 

 次は美希もどき。

 

「美希ちゃんモデルも第一世代型のチヴィットで、動物の一部は出てこないけど夏になると髪の毛が生え変わって茶髪のショートヘアになるらしいよ」

 

「あれ? ゆきぽの尻尾が生えていないってことは冬じゃなくて、この子は茶髪じゃないから夏じゃない。じゃあ今の季節って?」

 

「春か秋なんじゃないの」

 

 番外編の詳しい時系列なんて考えるだけ野暮ってものよ。

 

「あふぅ~」

 

「昼寝好きだから、適当な寝床を作ってあげるといいよ」

 

「ロボットが昼寝好きってどういうことよ……」

 

「む~……!」

 

 良太郎の膝の上で眠る美希もどきに対して厳しい視線を向ける美希。

 

「あとおにぎりが好き。ということでここに俺が家で握って来たおにぎりが一つ――」

 

「美希が貰うの!」

 

「なの!」

 

 おにぎりと聞いて目の色を変えた美希(『おにぎり』に反応したのか『良太郎が握って来た』に反応したのかは考えない)と飛び起きた美希もどきが一つのおにぎりを巡って取っ組み合いの喧嘩を始めるが、今更喧嘩ぐらいの喧噪に反応していたら身が持たないので放っておくことにする。

 

「名前は『あふぅ』かな」

 

「もうそれでいいわよ」

 

 

 

 次は千早もどき。

 

「千早ちゃんモデルも第一世代型のチヴィット。冬になると髪の毛のボリュームが増大して猫耳みたいな形になるよ」

 

「あの、その前にこの子離してもらえませんか?」

 

「くっ! くっ!」

 

 千早もどきは先ほどから千早本人の頭上で彼女の頭をペシペシと叩いていた。痛くはなさそうだが、鬱陶しいというよりは困惑した様子だった。

 

「それはその子が気に入った相手にする行動だよ。随分と千早ちゃんは気に入られたみたいだね」

 

「そう、なのでしょうか……」

 

「それじゃあ、この子の名前を――」

 

「『ゴンザレス』がいいと思います!」

 

「………………」

 

「………………」

 

「もしくは『ごんたくれ』で!」

 

「『ちひゃー』とかいいんじゃないかな?」

 

「そうね」

 

「え、ちょ」

 

 

 

 次は春香もどき。

 

「この子はさっきも言った通り、水をかけると増殖するっていう特殊能力を備えた第三世代型のチヴィットだ」

 

「さっき身をもって思い知ったわよ……」

 

 実害の有無に関わらず目の前でロボットが増殖していく様は恐怖以外の何物でもなかった。

 

「その他には潮水をかけると巨大化して、夜中十二時以降に食料を与えると狂暴化するから」

 

「何か私のチヴィットだけ扱い酷くありませんか!?」

 

「あと日光も苦手だから外出する時は日傘か帽子で対策してあげてくれ」

 

「……あれ、それってもしかしてグレ――」

 

「それ以上はいけない」

 

 名前は春香の希望により『はるかさん』となった。

 

 

 

 次はやよいもどき。

 

「やよいちゃんモデルも第一世代型のチヴィットで、冬になると髪の毛が増量して春になると頭から筍が生えるよ」

 

「はいはい、筍ね……筍!?」

 

 流そうにも流せない情報が良太郎の口から語られた。

 

「えっと……食べれるの?」

 

「煮ると美味いってさ」

 

「……やよい、これで春に筍食べ放題よ」

 

「嬉しいです!」

 

「あ、頑張って流した」

 

 流さなきゃやってらんないわよこんなこと!

 

 名前はやよいがモデルなのでシンプルに『やよ』に決まった。

 

 

 

 次は……。

 

「私もどき、ね……」

 

「めっ」

 

 椅子の上で仁王立ちになって立つ私もどき。髪型は今の私ではなくアイドル時代のお下げ髪だった。

 

「りっちゃんモデルは第一世代型のチヴィットだ」

 

「……え? それだけ?」

 

「うん。それ以外にこれといった特徴はないよ」

 

 何かそれはそれでムカつくものがある。

 

「名前は小さいりっちゃんだから『ちっちゃん』とかいいんじゃないかな?」

 

 そう言いながら私もどきの頭を撫でる良太郎。

 

 その瞬間、私もどきの顔が真っ赤になって頭から白い湯気が上がり始めた。

 

「ん? オーバーヒートか?」

 

 訝しげに首を傾げる良太郎。

 

 良太郎が頭を撫でた途端に顔を真っ赤にするなんて、あれではまるで私が良太郎に惚れ――。

 

 

 

「ってそんなわけがあるかぁぁぁい!」

 

「あ痛っ!? え、今俺何で殴られたの?」

 

「煩い!」

 

 

 

 ……つづく?

 

 

 

 

 

 

 【特報】

 

 

 

 『覇王』周藤良太郎は『トップアイドル』である。

 

 しかし、生まれた時から『覇王』と称されていたわけでも、アイドルになった時から『トップアイドル』であったわけではない。

 

 周藤良太郎にも極々普通の駆け出しアイドルだった時期が存在するのだ。

 

 

 

 ――そしてこれは、周藤良太郎が『覇王』となった『始まり』の物語。

 

 

 

「テレビ出演が決まったんだってな」

 

「あぁ、今日テレビ局でその打ち合わせだ」

 

 『駆け出しアイドル』周藤良太郎は、初のテレビ出演に向けて幾ばくかの緊張とそれを数倍上回る期待で胸を躍らせていた。

 

 

 

「……随分と余裕そうね、アンタ」

 

「そういう君たちは随分と緊張してるな」

 

「き、緊張なんかしてないわよ!」

 

「れ、麗華、声大きいって!」

 

 

 

 しかし、そのテレビ出演の機会は良太郎の眼前で消えてしまうこととなる。

 

 

 

「え!? しゅ、出演キャンセル!?」

 

「ど、どうして!」

 

 

 

「まぁ、今回は縁がなかったと思って諦めてくれ」

 

 

 

「新人アイドルはお呼びでないってことよ」

 

 

 

 告げられたのは、非情な現実と無情な洗礼。

 

 

 

 良太郎自身もまた、自身のテレビ出演の機会を失い失意に暮れていた。

 

 しかし、そんな良太郎を突き動かしたのは。

 

 

 

 少女たちの『涙』だった。

 

 

 

「分かってるのか、良太郎。もしかしたら、二度とテレビ出演出来なくなるかもしれないんだぞ?」

 

「兄貴、俺はテレビに出たいんじゃない。……笑顔にしたいんだよ」

 

 

 

 ついに明かされる、四年前の真実。

 

 

 

 これは『覇王』周藤良太郎が誕生した夜――。

 

 

 

「素敵なダンスね。思わず見惚れちゃったわ」

 

「……お褒めに預かり光栄だよ、淑女(レディ)

 

 

 

 ――『始まりの夜』の物語。

 

 

 

 アイドルの世界に転生したようです。

 

 外伝『ビギンズナイト』

 

 coming soon…

 

 

 




・前回までの三つの出来事
オーズのOPアバン。ドライブはOPアバンが無いのでちょっと違和感。

・りょたろ
良太郎のぷち。小型の良太郎でやはり無表情。「りょー」と鳴く。
モデルに似て大乳スキーだが、すぐ抱き着くなどアグレッシブ。
感情表現が出来ない良太郎とは違い、犬尻尾による感情表現が可能である。

○○○○(ウィキ)
二次創作を書く上で大変お世話になるサイト。

・ゆきぽ
雪歩のぷち。お茶好き。見た目によらず力持ち。

・あふぅ
美希のぷち。昼寝好き。後姿は完全に金髪毛虫。

・ちひゃー
千早のぷち。演歌と牛乳が好き。寝相が悪い。

・「『ゴンザレス』がいいと思います!」
何故かネーミングセンスが酷いぷちますの千早。「ごん」から始まる名前が好きらしい。

・「それってもしかしてグレ――」
もしかして、というかどう考えても元ネタ。

・やよ
やよいのぷち。小銭の音に反応してやって来る。
やよいの「うっうー↑」に対して「うっうー↓」と鳴く。

・ちっちゃん
律子のぷち。頭がいい。原作ではPにお熱だったが、どうやらこの世界では……。

・【特報】
嘘予告ではない普通の予告。ただ実際の公開は第二章終了後になるかと。
一周年記念ということで予告編だけ。
なおタイトルはムービー対戦コアより。



 というわけでぷちます番外編の続きです。多すぎてぷち全員の紹介が出来なかったのでまた続く羽目に。

 そして良太郎のぷち登場。作者からして特徴が「無表情」と「胸好き」しかない主人公ってどうなんだろうか。

 特報はまだまだ先の話なのですが、つい最近見てたノベマスのサブタイにそれがあったので使ってみたくなった結果です。



 ちなみに前回の「自動最適化能力」のルビに関しての感想を多数いただきました。

 今後使用されるかどうかは分かりませんが、折角なのでその中から

 『自動最適化能力(オートチューニング)』を採用させていただきたいと思います。

 案を考えてくださった方々、ありがとうございました。


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Lesson60 人の噂も……

デレマスの最新PVを視聴しました。
色々とデレマス編の妄想が膨らみましたが、想定していた設定と違うところもあるのでどう折り合いを付けるか頭を悩ませています。(事務所とか所属アイドルとか)

とりあえずアニメ内で先輩アイドルポジになるであろう美嘉を早い内に出演させておかないと……。


 

 

 

 それは、とあるビルの一室において交わされたとある会話。

 

 

 

「公式プロフィール以外、一切の過去が謎に包まれた『銀色の王女』こと四条貴音、か。何とも程度の低い売り方だ」

 

「ネットやらなんやらでは異国の王族説や、実は宇宙人なんじゃないかっていう馬鹿話まであるぐらいですね」

 

「実に下らん! ナンセンス! 宇宙人などあの周藤良太郎だけで十分だ!」

 

「いや、それも噂……」

 

「765プロめ、再三警告してやったにも関わらず、虫けら同然の弱小プロダクションの分際で……どうやらこれまで手緩すぎたようだ。……君を呼んだ理由は、わざわざ口にしなくても分かるな?」

 

「もちろんです、プロですから」

 

「頼んだぞ。……あぁ、あとあの忌々しい周藤良太郎が765プロを護る為に何かしらの行動を起こす可能性があるから注意しろ」

 

 

 

「え?」

 

「え?」

 

 

 

「………………」

 

「………………」

 

「あ、自分ちょっと持病の癪が……」

 

「ちょっと待て何を言っている貴様!? 依頼された仕事をキチンとこなすのがプロじゃないのか!?」

 

「プロでも嫌なもんは嫌ですって! あの周藤良太郎に睨まれるとかマジ勘弁してくださいよ!」

 

「ええい何を怖がっている!? 相手はたかがアイドルだぞ!?」

 

「周藤良太郎が『たかがアイドル』のわけないでしょうが!? とにかく俺はこの仕事降りますよ!」

 

「だから待てと言っている!」

 

 

 

 ――そんな会話が、あったとか無かったとか。

 

 

 

 

 

 

「きゃー! 良太郎くーん!」

 

「冬馬ー!」

 

「しょうたーん!」

 

「ほくほくー!」

 

 

 

「ふぅ、お疲れー。いやー、疲れたなー」

 

「せめてそういうセリフは少しでも疲れた素振りを見せてから言えや……」

 

「同感……」

 

「良太郎君の動きに釣られてこっちまでいつも以上に気合が入っちゃってもうヘトヘトだよ……」

 

 ジュピターの三人と共にステージの上に立つようになってから早二週間である。歌番組の出演を主軸に、その他にもイベントに呼ばれたりとそこそこ忙しい日々を送ってきた。一人での仕事は殆どなく、仕事やレッスンが無い日は受験勉強と忙しさが際立ってきた今日この頃。

 

 今はつい先ほどミニライブにて『Alice or Guilty feat.周藤良太郎』と『Re:birthday feat.Jupiter』の二曲を歌い終えて観客の興奮冷めやらぬまま俺たち四人に宛がわれた控室に戻って来たばかりである。

 

 余談だが、本来ならば「A feat.B」だと「A with B」よりも若干の上下関係が出来てしまう表現なのだが、最近では別に特別意識するわけではないらしい。最初は両方とも「with」でいいんじゃないかと話を持ち掛けたのだが、ジュピター側が「それは流石に周藤良太郎ファンに怒られそうで怖い」と言い出したのでそれじゃあいっその事両方とも「feat.」にしようということになったという裏話。

 

 閑話休題。

 

「そう言えばりょーたろーくん、この記事読んだ?」

 

「? 何の記事だ?」

 

 ポカエリアス(以前CM出演してから大量に送られてきて消費に困りジュピターにお裾分けしてもまだ余っている)で水分補給をしていると、翔太が一冊の雑誌を差し出してきた。俺はそれを受け取ると、反対の手で机に化粧台に置いてあった眼鏡を取ってつるを開く。

 

 そんな俺の行動を見てタオルで汗を拭いていた冬馬が首を傾げた。

 

「ん? 何でわざわざ伊達眼鏡なんてかけるんだよ」

 

「あぁ。これ、もう伊達眼鏡じゃなくなったんだ」

 

「ってことは……」

 

「そう」

 

 俺は頷き、片手で眼鏡をかける。

 

 

 

「実は『霊子放射光過敏症(れいしほうしゃこうかびんしょう)』になってしまってな」

 

「知らねーよ」

 

 

 

 そこは「それは後天的になるもんじゃねーだろ」と突っ込んでもらいたかった。

 

「ちなみに冬馬、『甲冑(パンツァー)!』って叫んでみたり」

 

「しねーよ」

 

 残念。なんとも硬化魔法が得意そうな声をしているというのに。

 

 とまぁ冗談はさておき。

 

「実は夏頃から視力が落ちてきててな。普段の生活やダンスには支障無いんだが近くのものが見辛くて、こないだ度を入れてきたんだよ」

 

 ほれ、と翔太の目の前に眼鏡をかざすと「あ、ホントだ、度が入ってる」とレンズを覗き込んできた。

 

「何? 夜に暗い部屋でパソコンでも見てたの?」

 

「そんな夜一人でギャルゲやってる冬馬じゃあるまいし」

 

「バッ!? あれはギャルゲじゃねーよ!」

 

 北斗さんの言葉にそう返すと、冬馬が焦ったような声を出して否定してきた。じゃあ具体的には何をしているのかは武士の情けとして聞かないでおいてやろう。

 

 

 

「ただしゆきのんが至高」

 

「馬鹿野郎! ツァンに決まってんだろ!」

 

 

 

 そんな男二人がバカみたいな話でヒートアップしたのを五分ほどかけてクールダウン。

 

「特に理由は思い当たらないんだけど、気が付いてたら視力が落ちてたんだよなぁ」

 

 本当になんなんだか。

 

「まぁ、それは置いといて、雑誌の記事だっけ? えっと……貴音ちゃん?」

 

 翔太が差し出してきた雑誌の開かれたページに大きく映る貴音ちゃんと一人の男性の姿。……あれ、この人に見覚えが、と考える暇も無くその男性の正体はその写真の下に大きな見出しとして掲載されていた。

 

 

 

 ――765プロ四条貴音、エルダーレコードオーナーと白昼堂々、会合!

 

 ――引き抜き確実か!?

 

 

 

「なんだ、ただのゴシップ記事か」

 

「……りょーたろーくん、ゴシップだって断定しちゃうんだね」

 

 そう呟くと、俺にどんなリアクションを想像していたのか分からないが翔太は苦笑いをしていた。

 

「そりゃあなぁ。あの765プロのアイドルが他の事務所に移籍するなんて到底思えないし」

 

 正直所属アイドル全員があんなに和気藹々としている事務所は初めて見る。普通は同じ事務所とはいえもうちょっと隔たり的なものがあるはずなんだが……事務所が狭いおかげかな?(失礼)

 

「……怒ったりしねーんだな?」

 

「へ? 何が?」

 

 それにしてもいいなーこのオーナー貴音ちゃんと二人きりでフレンチとかテラ羨ましすとか考えていると、冬馬が妙なことを尋ねてきた。

 

「い、いや……その、765プロはお前のお気に入りだって話を小耳に挟んだから……そこのアイドルのこういうゴシップ記事書かれたらお前も怒るんじゃねーかと思って……」

 

 何やら気まずそうに目線を逸らしながらゴニョゴニョと話す冬馬。

 

「いくらお気に入りだからってそこまで過保護なつもりはねーよ」

 

 大体。

 

「この手のゴシップ記事はアイドルにとっちゃ通過儀礼みたいなもんだろ。人気者故に妬まれる。妬まれる故に噂が立つ」

 

 わざわざ興味の無い人物の噂を流す人はいない。興味があるから人はその話に食い付き、他者に話すことで噂となる。まぁそれとゴシップ記事はまた別物のような気がしないでもないけど、根本的なところは同じのはずだ。

 

「写真撮られてるから『葉』はあるだろうけど『根』は無さそうだし。しっかりと否定して、堂々としてれば噂も自然に収まるさ」

 

 ほら、えっとなんだっけ。

 

「人の噂も四十九日ってな」

 

「そりゃあの世に行けば噂も何もねーだろーよ」

 

 七十五日だ七十五日、と冬馬から突っ込みを貰ったところで俺は雑誌を閉じた。

 

 

 

「人気者故に、って話してたけど、良太郎君のそういう噂話っていうのは聞いたことないね」

 

 閉じた雑誌を翔太に返すと、今度は北斗さんがそんなことを言ってきた。

 

「そう言えば聞いたことねーな」

 

「噂話自体はよく聞くけど『実は立体映像』とか『実は宇宙人』とか『実は転生者』とか『実は提督』とか変なのばっかりで、そういうゴシップ的なのは全然聞かないからねー」

 

 何やら翔太が挙げた例えの中に俺の最上級特秘事項(トップシークレット)やら何やらが混ざってたが気にしないことにする。

 

 あと提督では断じてないです。

 

「んー、多分、普通にプライベートで見つからないからじゃねーかな」

 

「「「あー」」」

 

 ジュピターの三人から一斉に納得した声を出されてしまった。

 

 ある意味認識阻害に近い効力を発揮する俺の変装のおかげで、ゴシップ記事にされるほどの写真がパパラッチによって撮影されないというのが真相だろう。おかげで噂が流れたとしてもそれは本当に『根も葉もない』噂にしかならないのだ。

 

 しかし全く無かったという訳ではない。

 

「でも一応あったことにはあったぞ。つってもデビューして間もない頃に一回だけ記事にされただけだし」

 

 加えて例の『ビギンズナイト』の一件でまだ騒がれてた時期だったから人々の記憶に残っていないのも仕方がないだろう。

 

「ちなみにどんな記事だったの?」

 

「んー。『人気急上昇中のアイドルはテレビ局上層部の若いツバメ』みたいな、そんな感じの記事だったはず」

 

 確かその時の記事も今回の貴音ちゃんみたいに某テレビ局のプロデューサーの女性と一緒に食事をした時(当然他の人物もいた)の写真を使われていた。あの時は番組の打ち上げでテレビ局から団体で移動して、食事の時も変装してなかったから俺だと認識されたのだろう。

 

 当時は本当に凄い勢いでテレビ出演の機会が増えていたから、ある意味流れても何の不自然も無い噂だったと思う。

 

「その時はどうしたんだい? さっき言ったみたいに、自然に消えるのを待ったの?」

 

「自然消滅といえば自然消滅なんですが……よく分からないんですよ」

 

 何故かその記事以外で取り上げられることなくあっという間に話を聞かなくなったのだ。別に気にしていたとかそういう訳ではないのだが、本当に何があったのか今考えても不思議な話である。

 

「いい加減な話だな」

 

「まぁ当時は本当にデビューしたばかりの忙しさで噂とかゴシップとか気にしてる余裕が無かっただけなんだけどな」

 

 麗華曰く「新人(笑)」の俺も慣れない芸能界は大変だったのだ。

 

「俺としては、そろそろお前らのゴシップ記事とか見てみたいんだけどな~?」

 

 恋愛絡みとか面白そうである。

 

 

 

「ネットだとりょーたろーくんととーま君が付き合っているっていうゴシップが……」

 

「よしこの話は止めよう」

 

 本当にもうあの腐ってる連中はぁぁぁ!?

 

 

 

 

 

 

(そーいえば)

 

 当時の俺の記事の写真を撮ったカメラマンの名前がさっきの貴音ちゃんの記事の中にあったような気がした。

 

 しかしわざわざ翔太に返した雑誌をもう一度渡してもらうのも面倒くさかったので気のせいだったということにする。

 

 

 

 

 

 

おまけ『良太郎の恋愛ゴシップ』

 

 

 

「でも普通に良太郎君の恋愛関係の噂はネットでちらほらと見るけどね」

 

「まぁ局内とはいえあれだけ堂々と魔王エンジェルの連中と一緒にいれば噂されない方が可笑しいよな」

 

「えー、そんなに?」

 

「でも逆に言えばなんでネット内での噂止まりなんだろうな?」

 

(……りょーたろーくんのファンのみんなが認めたくないだけなんだろうなぁ……)

 

 

 




・「もちろんです、プロですから」
しかしこのベネットは百万ドルポンッと貰っても良太郎(メイトリックス)とやり合う勇気は無かった模様。

・『Alice or Guilty』
アニメ内で使われているジュピターの持ち歌の一つ。

・『霊子放射光過敏症』
・『甲冑!』
・硬化魔法が得意そうな声
冬馬の中の人ネタを兼ねた劣等生ネタ。今更ながらハマって来訪者編まで既読。真由美さんが正妻。異論は認めない。
ちなみに翔太の中の人も『くり☆ぷり』役として出演。

・「視力が落ちてきててな」
番外編02のあとがきで触れていたことを覚えている人は果たして何人いるのだろうか。

・「バッ!? あれはギャルゲじゃねーよ!」
しかし中の人はギャルゲ好きとして有名。

・ゆきのん ツァン
TFネタ。不満足時代満足さん参戦とかいいから彼女たちの参戦はよ!

・提督
「大丈夫、無課金でできるから」と謳うゲームに手を出すと間違いなく課金に手を染めてしまうので本気で自重。(仮面ライダーのソシャゲで思い知った)
ちなみにデレマスは課金云々の前にデッキ構築のコストシステムが理解できずに投げてしまった。

・『ビギンズナイト』
予告編もしたことだし本編でもこの呼び名を使うことに。流石にいつまでも『覇王翔吼拳』はアレかと思った。

・腐っている連中
医者が黙って首を横に振りつつ全力疾走で逃げ出すレベル。

・おまけ『良太郎の恋愛ゴシップ』
原因は恐らく嫉妬やらなんやら。



 というわけでアニメ19話の貴音回のお話となります。

 実はこの前には真回や律子回もあったのですが諸事情により割愛。まぁ律子は番外編でメイン貰ったからいいよね?

真「訴訟も辞さない」


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Lesson61 人の噂も…… 2

凛ちゃんや杏が346プロの所属が決まってしまった。

しかし逆に考えるんだ。

『それ以外のキャラだったら全員何処に所属させようが構わないさ』と考えるんだ。

※現在デレマスキャラの所属事務所を検討中。


 

 

 

「各局とも、思った以上に食いつきがいいじゃないか」

 

「流石は『銀色の王女』といったところですね」

 

「しかしまだ生ぬるい。重要なのは次の一手だ。次の一手があれば確実に――」

 

 

 

 ――チェックメイトだ。

 

 

 

「……時に黒井社長、囲碁のルール分かってます? そういう風に碁石を並べるゲームじゃないですけど」

 

「それぐらい知っているに決まっているだろう!?」

 

 

 

 ――そんな会話が、やはりあったとか無かったとか。

 

 

 

 

 

 

「……最近、皆に見張られているような気がするのですが」

 

「「「「ギクッ」」」」

 

 貴音さんの言葉に、撮影の帰りに一緒に歩いていた私、千早ちゃん、響、真美の四人は思わず身を強張らせてしまう。

 

 というのも、貴音さんが言うように『見張られている気がする』のではなく、私達が実際に『見張っている』からである。

 

 

 

 事の発端は、先日から続く貴音さんのエルダーレコードへの移籍疑惑。本人やプロデューサーさんは揃って真っ向から移籍を否定してくれているが、貴音さんの言動や行動が少々怪しすぎる。もちろん、同じ事務所の仲間である貴音さんを信じたい。しかし、それでも不安になってしまうのだ。

 

どれもこれも、お姫ちんが謎すぎるのがいけないんだよ! とは真美の言葉。

 

 確かに私達は貴音さんのプライベートを知らないし、本人も語ろうとしない。深く詮索するつもりはないものの、あまりにひた隠しにされすぎると嫌な考えに至ってしまうのは道理である。

 

 噂のように、貴音さんが本当にエルダーレコードに移籍してしまうのではないのかと。

 

 そこで真美が提案したのが『貴音さんがエルダーレコードの社員と接触しないように極力一人にさせない』という、つまり普段の貴音さんを見張ろうという案だった。

 

 見張るという言い方をすると不穏当な感じがするものの、その場にいた全員がそれに賛同してしまった。きっと、みんなそれだけ貴音さんが何処かに行ってしまわないかと不安だったのだろう。

 

 それからというものの、帰り道や仕事現場の移動、休憩中も出来るだけ誰かしらが貴音さんの傍にいるようにし続けた。一人にしなければ移籍の話は出来まいという浅はかな考えではあったものの、それ以来移籍に関する新しい噂を聞かなくなったのできっと効果はあったのだと思う。

 

 

 

 しかし四六時中付きまとっていれば誰でも不穏に思う。それが人一倍勘の良い貴音さんならば当然のことだった。

 

「き、気のせいですよ、気のせい」

 

 あははと苦笑いをしながら否定するが、貴音さんはやや懐疑的な視線である。

 

 そんな時、何処からともなくお囃子が聞こえてきた。

 

「あ! 縁日やってるみたいですよ! 寄っていきませんか?」

 

 ふと前方を見てみると近くの神社で縁日が行われているようで、赤い提灯が鳥居に飾り付けられていた。

 

 果たして今日が何の日で何の縁日なのかは分からなかったが、これ幸いとばかりに話題をそちらに向ける。

 

「おー! 縁日だー! いいじゃん、寄ってこうよー!」

 

「行こう貴音!」

 

「あ……」

 

 私の話題逸らしに乗ってくれた、というよりは素で縁日に興味を惹かれた真美と響に手を引かれていく貴音さん。

 

「千早ちゃんも」

 

「……えぇ、そうね」

 

 その三人の後姿を追いかけるように、私と千早ちゃんも縁日が行われている境内へと足を踏み入れた。

 

 

 

 私達は境内に並んだ屋台を色々と見て回っていた。

 

 縁日にしては人が疎らだったのは、私達にとっては幸いだった。おかげで(当然軽く変装はしているが)誰にも私達がアイドルだということに気付く人はおらず、おかげでゆっくりと縁日の屋台を回ることが出来た。

 

 真美が射的で小さなぬいぐるみを取ろうと躍起になったり、響が金魚掬いで全部の金魚を掬ってしまうのではないかという勢いで金魚を掬っていたり(終わった後全部名残惜しそうにリリースしていた)、貴音さんがちょっと不思議な狐のお面を購入したり、私と千早ちゃんで一つの綿あめを分け合ったり。

 

 しかしアイドルと気付かれない、ということにもやや弊害があったようで。

 

「君たち可愛いねー。もしかしてアイドルとか?」

 

「い、いえ、そういうわけじゃ……」

 

「アイドルがこんなところにいるわけねーっての」

 

「まぁ、そりゃそうだわな」

 

「どうどう? 俺たちと一緒に縁日回るってのは?」

 

 ……私達は今、大学生らしき三人の男性にナンパ(と思わしき行為)をされていた。ナンパと断言できないのは、私がこういう風に声をかけられたこと自体初めてだからである。

 

「ま、真美たちは、その……」

 

「いいじゃんいいじゃん、お兄さん奢っちゃうよ?」

 

 真美も流石にこのような状況に陥ったのは初めてなようで、普段の快活な雰囲気はどこへやら、貴音さんの背中に隠れてしまっている。

 

 というか、中学生である真美に対してナンパとは、流石に犯罪臭しかしなかった。まぁ私達と一緒にいたのだから、中学生だと気付かれていないだけだとは思うのだが。……本気で気付いていて声をかけたのならば110番も辞さない。

 

「ですから、私達は先ほどから遠慮すると申し上げているはずですが」

 

 そんな中、毅然とした態度で男性たちの誘いを断り続ける貴音さん。流石の貫録というか何と言うか、やっぱりこのメンバーの中では一番頼りになった。

 

 しかし、それでもなお諦めずに食い付いてくる男性たち。

 

「そんなこと言わずにさー」

 

「……ん? この子、最近どっかで見たことあるような……」

 

(っ!?)

 

 拙いことになったかもしれない。いくら普段の髪型を変えているとはいえ、貴音さんの綺麗な銀髪はそうそう誤魔化せるものじゃない。しかも貴音さんは連日の移籍疑惑報道で認知度が跳ね上がっている。よくよく考えてみれば、このメンバーの中で一番正体がバレやすそうなのは貴音さんだった。

 

 男性の一人が貴音さんの顔を見つつ思案する。貴音さんも少々拙いことになったと冷や汗を流している。

 

 何とかして誤魔化さないと。

 

「あ、あの――」

 

 

 

「ナンパという行為自体を否定するつもりはないが、拒まれているのを強引に誘うのはいただけないんじゃないか?」

 

 

 

「――え?」

 

 それは男性の声だった。

 

 背後から聞こえてきたその声に、全員がその声の発生源に視線を向ける。

 

「……うわ、ちょー美男美女カップル」

 

 真美が思わず呟いたその一言が、端的かつ的確な表現だった。

 

 そこにいたのは一組の男女。藤色の髪にそれとお揃いの着物を身に付けた美女に、そんな美女と腕を組む黒髪の男性――。

 

(……あれ?)

 

 その男性の姿に見覚えがあった。もしかして私達と同じ業界の人だろうか?

 

「あ? 何だよ美女連れたイケメンが何の用だよ人様のナンパ邪魔するなよマジ爆発しろ」

 

「おいコラ」

 

「……すまんな、こいつ重度のイケメン嫌いで誰にでも食って掛かるんだ」

 

 先ほどまで笑顔で私達に話しかけていた男性の一人が、突如憤怒の形相に変わり、そんな男性を他の二人がどーどーと治めていた。

 

 しかし機嫌が治まらない男性はそのまま「気分が悪い!」と言って立ち去ってしまい、他の二人も「悪かったね」と私達に向かって謝罪してから去っていった。

 

「……随分と物分りのいい連中で助かった」

 

「あら? 別に三対一でも問題なかったでしょ?」

 

「こんな縁日のど真ん中でやり合うつもりなんてないさ」

 

「あ、あの! 助けていただいてありがとうございました!」

 

 二人がそんなやり取りをしている間に割って入る形になってしまったが、お礼の言葉と共に頭を下げる。私が頭を下げるのに合わせて、他の四人も頭を下げた。

 

「む、いや、俺は声をかけただけで、結局何もしていない。あの連中の物分りが良かっただけだ」

 

「でも結果として私達は助かったわけですから――」

 

「それに」

 

 私の言葉を遮り、男性は首を横に振った。

 

「良太郎の後輩で、ウチのお客様だ。放っておくわけにはいかなかったからな」

 

 その言葉でようやく気が付いた。

 

 彼と直接話をしたことは無かったが、私は『二度』彼の姿を見たことがあったのだ。

 

 

 

「もしかして……翠屋の店員さんですか?」

「あぁ! この二人、りょーにぃの『熱情大陸』に出てた二人だ!」

 

 

 

 私の問いかけと、真美の言葉が重なった。

 

 

 

 

 

 

 道の真ん中で話していては他の人の迷惑になるということで、全員境内の隅に移動することにした。やや薄暗いが、すぐそこに屋台があるため全く人の気配が無いというわけではなく、しかし私達の会話を聞かれる心配が殆どなさそうな場所だった。

 

「えっと、つまり恭也さんは翠屋のマスターの息子さんで、良太郎さんの幼馴染ってことですか?」

 

「そうなるな」

 

「それで、そちらの方が良太郎さんの同級生の……」

 

「どうも、恭也の恋人(予定)の月村忍よ」

 

「こ、恋人ですか!?」

 

「いや、クラスメイトだ」

 

 そう言い切る恭也さんへ全員が白い眼を向ける。当の本人は何故そのような目で見られるのか本気で理解していない様子だった。

 

「……忍さんも大変ですね」

 

「分かってくれる? 本当に大変なのよ」

 

 そんなやり取りをしつつ、話題は良太郎さんのことに。

 

「以前の翠屋での一件のこともそうだが、良太郎は普段から君たちのことを話題にしていてな」

 

「学校でも、自分のお気に入りの娘たちなんだって自慢げに話してたわ」

 

「そ、そうなんですか……」

 

 恭也さんと忍さんの言葉に、自分の頬が緩むのを感じた。まさか普段の私生活の中でも自分たちのことをそのように評価してくれているとは思わなかった。このメンバーの中では特に良太郎さんにご執心の真美に至っては、それはもうご満悦である。

 

「だからこそ、君たちはもう少し慎重に動いてもらいたい」

 

「さっきのナンパ男たちに絡まれたのは不可抗力だったとしても、貴音ちゃんはあまり前に出すぎるべきではなかったわね」

 

 特にここ最近は話題で持ち切りなんだから、と忍さん。

 

「はい。ご忠告、痛み入ります」

 

「……よし、それじゃあ私達も一緒に回りましょうか」

 

「え?」

 

 ポンッと手を叩いた忍さんの唐突な申し出に、恭也さんを含め全員が呆気に取られる。

 

「忍、お前はいきなり何を……」

 

「またさっきみたいなつまらないナンパに引っかかっても大変でしょ? 男の子が一人いるだけでもだいぶ違うと思うわ」

 

 それに周藤君以外のアイドルとも少しお話してみたいし、と忍さんは笑った。

 

「……えっと」

 

「……君たちさえよければ、忍の我儘に付き合ってもらえないだろうか」

 

 寧ろデート中のお二人の邪魔になるのではないかとも思ったが、そもそも言い出したのは忍さん本人だった。

 

 結局、折角知り合うことが出来たのだからと、恭也さんと忍さんを含めた七人で縁日を回ることになった。

 

 

 




・「囲碁のルール分かってます?」
アニメ本編を見た視聴者ならば誰もが突っ込んだと思う。

・縁日
あの秋だか冬だかの微妙な時期にやるお祭りって何だったのだろか。普通に浴衣(着物?)着てた人も映ってたし……寒くなかったのだろうか。

・ナンパ三人組
特にモデルも何もいないガチモブ。ラブコメの主人公引き立て要員とも言う。

・真美は中学生
忘れがちですが、あの年下キャラのやよいよりさらに一つ下。一年前までランドセル背負ってたんだぜ……?

・恭也と忍
「またかいい加減にしろ」と言われそうですがもうこいつらは準レギュラーなので諦めていただきたい。



 Q 主人公は?

 A ほれ、そこに恭也がいるじゃろう?

 お祭りでナンパから女の子を救うのはイケメンのお仕事なので、我が小説一のイケメンに出張ってきてもらいました。良太郎? よくて二枚目半です。

 ということで主人公不在のお話。今回の貴音回では前回良太郎が傍観すると言ったので、良太郎の出番は本当に少なくなると思います。良太郎が存在することによる物語の変化をお楽しみいただければと思います。


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Lesson62 人の噂も…… 3

最近増えてきた良太郎不在回。

ただ主人公が自粛するのはこの貴音回までだ(予告)


 

 

 

 仕事帰りに縁日へと立ち寄った私達。そこで偶々周藤良太郎さんの友人である高町恭也さんと月村忍さんに出会い、折角だからと言って一緒に縁日を回ることになった。

 

 

 

「きょーにーちゃん! アレ取ってアレ!」

 

「ん? どれだ……って、あのゲーム機か?」

 

「ちょっと真美、流石にあんなに大きいのは……」

 

「はっはー! 兄ちゃんコレを狙うつもりかい!? 可愛い女の子たちに良いカッコ見せようとして失敗するだけだから、大人しくこっちの簡単なのにしときな!」

 

「……そこまで言われて引き下がるわけにもいかないな」

 

「きょ、恭也さん!?」

 

 

 

 真美に射的の景品のゲーム機を落とすようにせがまれていた恭也さん。初めは難しそうな表情を浮かべていたものの、店主の挑発的な物言いが(忍さん曰く)負けず嫌いな性格に火を点けたらしく、鋭い目つきになって射的に挑み始めていた。

 

 射的の銃を構えてゲーム機に狙いを定める恭也さんとそれを応援する真美、春香、我那覇さんの四人を、私と四条さんは少し離れたところから眺めていた。

 

「……随分と馴染んでますね」

 

「良太郎殿のご友人というだけあって、よほどの人徳があるのでしょうね」

 

 真美もいつの間にか恭也さんのことを「きょーにーちゃん」と呼んでおり、すっかりと馴染んだ様子だった。

 

「……みんな、不安がっています」

 

 そんなみんなの後姿を見ながら、四条さんに話しかける。

 

「不安?」

 

「目を離したら、四条さんが何処かに行ってしまうんじゃないかって」

 

 今でこそ楽しそうに縁日を楽しんでいるみんなであるが、内心で不安がっていることには間違いないのだ。

 

「……なるほど、そういうことですか」

 

 これまで仕事帰りや移動の際に他のみんなが傍に居続けた理由に納得がいったのか、四条さんはほほ笑みながら頷いた。

 

「どうやら、余計な心配をかけてしまったようですね。申し訳ありません」

 

 そう素直に謝罪の言葉を口にする四条さん。

 

「四条さんには、私達には分からないことが沢山あって……だから」

 

「誰にも、他人に言えないことの一つや二つあるものです」

 

 振り向くと、四条さんは白い狐のお面を被っていた。先ほど購入していた、何のキャラクターなのか分からないような白い狐のお面。そのお面は四条さんの顔をスッポリと覆い、彼女の顔を隠す。四条さんの表情は見えなくなり、まるで彼女の本心そのものを隠してしまっているかのように思えてしまった。

 

「千早にもあるのではないですか?」

 

「………………」

 

 その四条さんの言葉に、私は口を噤んでしまった。

 

 私が、みんなに話していないこと。他人に言えないこと。ひた隠しにしていること。

 

 あの夏祭りの日の出来事が――。

 

 

 

「『A secret makes a woman woman…』」

 

 

 

「え?」

 

 突如聞こえてきた流暢な英語に呆気に取られてしまった。

 

「『女は秘密を着飾って美しくなるもの』、ですか。いい言葉ですね」

 

「でしょー? 私の好きな女優の座右の銘なのよ」

 

 どうやらそれは、いつの間にかいなくなっていた忍さんが発した言葉だったようだ。別行動で何をしていたのかは、忍さんが右手に持つ林檎飴が物語っていた。

 

「……忍さんは、秘密は秘密にしたままにしておけとおっしゃりたいのですか?」

 

「まさか。女の子なら秘密の一つや二つあって当然って言いたいだけよ」

 

 でもね、と忍さんは林檎飴を一口齧る。

 

「本当に『大切な人』には、いつか必ず秘密で着飾らない本当の自分を見せる日が訪れるわ」

 

 そう言って笑う忍さんの口元からチラリと八重歯が見えた。

 

「忍殿は、その秘密を既に恭也殿に打ち明けているのですね?」

 

「ええ。それはもう綺麗サッパリ。包み隠すことなく全部暴露しつくしたわ」

 

 四条さんの問いかけに清々しい表情で即答する忍さん。

 

「……怖く、なかったんですか?」

 

「ん?」

 

「怖くなかったんですか? 自分の秘密を打ち明けることが。秘密を打ち明けることで、周りからの自分を見る目が変わることが」

 

 そして、『自分自身』が変わってしまうのではないかということが。

 

「……そりゃあ、怖かったわよ」

 

 そっと目を伏せ、再び開いた忍さんの視線を辿ると、そこには春香達の応援を受けつつ射的に集中する恭也さんの後姿があった。

 

「本当の自分を明かして、嫌われないか、拒絶されないか。何日も何日も悩んだわ。でも、そうやって悩むっていうことは自分の中で『きっとこの人なら大丈夫だ』って思っている証拠なのよ」

 

 話すべきか、話さないべきか、ではなく。たった一歩。話すための『勇気』の問題。

 

「だから私は話した。きっとこの人なら、私の全てを受け止めてくれると信じた男の子に」

 

「……それが、忍殿と恭也殿の馴れ初めですか?」

 

 忍さんはによによと口元を歪めるだけで答えなかった。

 

 

 

「ゆ、揺れてる! すっごい揺れてるよ!」

 

「恭也さん! あと一息です!」

 

「ば、バカな!? ほ、本当に落とすというのか!?」

 

「……これで、止めだ」

 

 パンッ ドサッ

 

「「「お、落ちたぁぁぁ!」」」

 

「御神の剣に……不可能は無い」

 

 

 

「……剣の要素一切無かったと思うんですけど」

 

 射的は私のその発言そのものが間違っているのではないかと思ってしまうほど異様な盛り上がりを見せていた。

 

「ふふ、ホント、普段クールな癖して変なところで子供っぽいんだから」

 

 ガックリと意気消沈した店主からゲーム機を受け取っている真美を、満足げに眺めている恭也さん。そんな恭也さんに忍さんは近づくと、自身が持っていた林檎飴を恭也さんの口に押し付けた。

 

「はい恭也。お疲れ様」

 

「む、いきなりなんだ忍」

 

「いいからいいから。はい、アーン」

 

 ニコニコ笑顔で林檎飴を差し出す忍さん。そんな忍さんに恭也さんは「何だか妙に上機嫌だな」と訝しげな表情をしながらも差し出された林檎飴に噛り付いた。……忍さんが口を付けたところに噛り付いていたにもなんのリアクションも無かったのは、ただ気付かなかっただけなのか気にしていないのかどちらなのだろうか。

 

 ……忍さんがやや遠い目をしているところを見ると、どうやら後者に近いようだ。

 

 恋愛というものは未だによく分かっていないが、とりあえず忍さんが前途多難なのは今の私にも十分理解できた。

 

「……千早。いつか、私達も話せる日が来るといいですね」

 

「……はい」

 

 

 

 

 

 

「……収穫無しか」

 

「なんだかおかしなことになってまして。いつも他の連中がベッタリ付きまとってるんですよ」

 

「……ん? この男は誰だ?」

 

「あぁ、縁日で会った知り合いのカップルみたいです」

 

「ちっ、一般人の、しかも他の大勢と一緒に写っている写真ではゴシップにもならんではないか。……ん? 待て、だがこの男女には見覚えがあるぞ……?」

 

「ってことは、まさか芸能人ですかい?」

 

「いえ、違いますね」

 

「む、和久井君」

 

「その二人は周藤良太郎の同級生ですね。以前、彼のドキュメンタリー番組に映っていました」

 

「す、周藤良太郎の!?」

 

「……本当に前々から思っていたのだが、貴様のその周藤良太郎への怯えようはなんなのだ?」

 

「お、俺の口からは言えねぇ! 言っちまったらまた俺はあの日の悪夢を見ることになる!」

 

(……確か、この記者は良太郎君のゴシップ記事の写真を撮った記者でしたか。あの時良太郎君自身は何もしていなかったと聞いていますが……?)

 

「くそっ! まさか周藤良太郎め! こうなることを予想してわざわざ自分の関係者を送り込んでいたというのか!?」

 

「流石にそれは考えすぎではないでしょうか」

 

「ぐぬぬっ……!」

 

(いくら良太郎君と言えど、それを見越して友人を縁日に送り込むなんてことは出来……ません、よね?)

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、俺はこれで」

 

「ん?」

 

 次の仕事の打ち合わせのために社長室を目指していると、誰かが社長室から出てくる場面に遭遇した。

 

 その人物は俺達に見られていることに気付くと帽子を目深にかぶり直してそそくさと去っていってしまった。

 

「あいつは……?」

 

「確か……例の移籍騒動の写真を撮ったパパラッチだね」

 

 何処かで見たことがあったような気がしたが思い出せず、代わりに翔太が答えてくれた。

 

「何……!?」

 

 どうしてそんな奴が社長室を出入りしていたというのか。

 

(まさか、おっさん……!)

 

 頭を過ったその考えを確かめるべく、俺は社長室の扉を開けた。

 

「おいおっさん!」

 

「天ヶ瀬君、目上の人間の部屋に入室する時はまずノックをするべきですよ」

 

「うぐっ、す、すんません……」

 

 しかしおっさんの秘書である和久井さんに注意を受けてしまい出鼻を挫かれてしまった。

 

「全く、なんなのだ一体」

 

 だがここで引くわけにもいかない。気を取り直して再びおっさんに問いただす。

 

「さっき出てった奴はどういうことだよ!? まさか、例の記事はおっさんが指示したんじゃないだろうな!?」

 

「だとしたら何だというのだ」

 

 おっさんは否定しなかった。むしろその言葉は肯定に近いものだった。

 

「そんな小細工はもう必要ねえ!」

 

 前のテレビ雑誌の時は俺たちも進んで協力しちまった。

 

 けど、もうそんなことはしない。

 

 いつだって努力して自分の力だけで昇り詰めた良太郎みたいに、俺たちだって自分の実力だけで――!

 

 

 

「駒の分際で思い上がるな!」

 

 

 

 しかし、俺の言葉はおっさんには届かなかった。

 

「お前たちはただ黙って私の指示に従っていればいい!」

 

「……なんだよ、それ――!」

 

「だってさ、冬馬」

 

「仕方ないよ、とーま君」

 

 思わず拳を握りしめておっさんに詰め寄ろうとした俺の両肩に、北斗と翔太の手が置かれた。

 

「お前ら――!」

 

(今社長にどうこう言ったところで何も変わらないよ)

 

(気持ちは分かるけど、ここは下がるべきだよ)

 

 両脇の二人から聞こえてきた小声に、頭に上った血が下がってくるのが分かった。

 

 確かに二人が言う通り、今ここでおっさんに文句を言ったところでどうこうできるとは到底思えない。

 

「……邪魔したな」

 

 ならば今は引くしかない。悔しいが、今の俺たちの仕事の手引きをしているのはおっさんに間違いないのだ。

 

 

 でも、俺も北斗も翔太も。

 

 引き下がるつもりはなかった。

 

 

 

 

 

 

「ふん、全く。最近ちょっと好きにさせてやったからって調子づきよって」

 

(……ごめんなさい、天ヶ瀬君、伊集院君、御手洗君。もう少しだけ、待っていてください……)

 

 

 




・『A secret makes a woman woman…』
名探偵コナンの登場人物クリス・ヴィンヤード/ベルモットの名台詞。
多分この世界でも女優をやってるんじゃないでしょうか(適当)

・忍の秘密
今回恭也と共に忍が出張って来た最大の理由。
ちなみにその「秘密」というのが『夜の一族』のことなのか、そもそもこの世界の彼女は『夜の一族』の体質なのかとかその辺のお話はぼやかしておくことにします。



 というわけでバカップルが出張って来た理由です。

 ぶっちゃけ転生という誰にも言えないような『秘密』を抱えている良太郎に「いつか秘密を明かせる日が来るといいね」なんて到底言わせることができませんので、別人に出張ってきてもらった次第です。

 そして地味に原作改変。ちーちゃんは墓参りでの母親との邂逅を写真に取られませんでした。

 「じゃあ千早回はないの?」と思われるかもしれませんが、とりあえず「アニメと同じような展開にはなる」ということだけ回答しておきます。


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Lesson63 人の噂も…… 4

メリークリスマした(過去形)


 

 

 

「――四条貴音と申します。本日はよろしくお願い致します」

 

「こちらこそよろしくお願いします」

 

 万代(よろずよ)警察署の署長から差しのべられた手を両手で握り返す貴音。

 

 今日の貴音の仕事は万代署の一日署長となりこの地区での交通安全強化週間のPRである。

 

 最近はアイドルのみんなに一人で仕事に向かってもらうことも多くなっていたが、流石にこのようなイベントに未成年の貴音を一人で向かわせるわけにもいかず、俺も着いてきたのだが。

 

 今回、実はそれ以外の思惑があった。

 

 

 

 どうやら、貴音は先日から誰かに見られているような気配を感じていたらしい。

 

 

 

 その話を聞いたのは、移籍騒動の写真が撮られさらにそれが記事となって報道された直後のことだった。報道が本当に根も葉もない話であるということを確認した際に、貴音から「先日から何者かの視線を感じる」という告白を聞いたのだ。恐らく、その視線の正体が今回の騒動のきっかけとなった写真を撮った人物なのだろう。

 

 とりあえず、わざわざ言う必要もないことだと思ったという貴音に「これからはホウレンソウ(報告、連絡、相談)をキチンとしてくれ」と注意。

 

 そしてまたパパラッチが貴音を狙っている可能性を考慮して、貴音に一人で仕事をさせないようにするためにこうして俺も一緒に付いてきたのだ。

 

 きっとまた例の写真を撮ったパパラッチは現れる。確信は無かったが、そんな予感がしたのだ。

 

 

 

「あとの案内はこちらの片桐君がさせていただきます」

 

「片桐早苗です。よろしくお願いします」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 しかし流石に警察関係のイベントには現れないかもしれないと考えていたところで、所長から一人の婦警さんが紹介された。今日のイベントで貴音の案内や補佐を担当してくれる方で、交通課の片桐早苗さんと言うらしい。

 

「それでは片桐君、よろしくお願いします」

 

「はい」

 

「失礼します」

 

 署長への挨拶が済み、片桐さんの案内で署長室を出る俺と貴音。

 

「では控室に案内させていただきます」

 

「よろしくお願いします」

 

 ……しかし失礼ながら、随分と小柄な婦警さんだった。大体ウチの響と同じぐらいの身長だろうか。見た目の幼さも相俟って署長室で紹介される前に初めて見た時は今回のイベントのために子供が婦警さんの格好をしているのかと思ってしまったほどだ。

 

 しかも下から制服を持ち上げる、まるであずささんクラスを彷彿とさせる……いかんいかん。良太郎君じゃないんだし、自重しないと。

 

「………………」

 

「はっ!?」

 

 しかし自分ではチラッと見ただけのつもりだったのだが、片桐さんから凄いジト目で見られていた。どうやらバレていたらしい。

 

「おねーさんの胸が大きくて気になるのは分かるけど、セクハラで逮捕しちゃおっかなー?」

 

「ご、誤解です!」

 

 いや実際に見ていたことには変わりないので誤解でもないのだけど!

 

 あたふたと手を振りながら誤解だと説明すると、片桐さんはそんな俺を見ながらクスクスと笑い出した。

 

「冗談よ。でも胸に視線が行ってることに女の人は結構気付いているから気を付けた方がいいわよ」

 

「は、はい……」

 

 それにしてもこの婦警さん、先ほどからだいぶフレンドリーである。

 

「まぁ、だからと言って良みたいに堂々と見てもいいってわけじゃないんだけどね」

 

「……ん?」

 

 胸を見るという話の流れで出てくる「リョウ」と言う名前……。

 

「もしかして、良太郎殿のお知り合いの方なのですか?」

 

 貴音も気付いたのか、片桐さんに向かってそんなことを尋ねた。

 

 ……「胸」と「リョウ」という二つのキーワードだけでそこに辿り着けるというのもどうかと思うのだが。知っている人からすると真っ先にそれを連想してしまうのは仕方がないことだろう。

 

「そうよん。実はあの兄弟とはいわゆる幼馴染っていう間柄よ」

 

「そうだったのですか」

 

 兄弟、ということは良太郎君だけでなく幸太郎さんとも知り合いだったと言うことか。

 

「765プロの話は何回か良や幸から聞いてたわ。今は移籍騒動だのなんだので大変みたいね」

 

 控室へと案内される道すがら、片桐さんはそんな話題を振って来た。職務中の警察の方にしては随分と親しげというか馴れ馴れしいというか。ふとこれで普段の業務は大丈夫なのかと失礼ながら思ってしまったが、まぁきっと大丈夫なのだろう。

 

「プロデューサー殿……」

 

 そんなことを考えていると、貴音にクイッと服の裾を引っ張られた。

 

 一体何を……あぁ、そうか。

 

「えっと片桐さん、実はこの後のイベントでお願いしたいことがあるのですが……」

 

「? 何々?」

 

「はい。実は、先日からウチの貴音を狙ったパパラッチがまだ周囲をうろついているみたいなんです」

 

「あー……残念だけど、それをストーカーとしてしょっぴくってのは無理よ?」

 

「いえ、それは知っています」

 

 詳しいことは省くが、ストーカー行為とは対象に対する特定の感情がなければ成り立たず、あくまでスキャンダル狙いのパパラッチを逮捕することは難しいのだ。さらに盗撮に関しても風呂場やスカートの中などの盗撮でなければ刑事事件として扱うことは出来ない、とのことだ。流石にそれはこちらの業界に入って来る際の勉強で知っている。

 

「きっとそのパパラッチが、また貴音のスキャンダルを狙って姿を現すと思います」

 

「そこで、現れたパパラッチを『好きに泳がせたい』のです」

 

「……調子に乗って尻尾を出したところを捕まえたいってことね?」

 

「はい。流石に警察のイベントでそこまで派手な動きをするとも思えないのですが……」

 

「言いたいこともやりたいことも大体わかったわ」

 

 一応おねーさんも警察だからあんまりそういうことは推奨できないんだけどなー、と目を細める片桐さん。

 

「お願いできませんか?」

 

「……ま、いいんじゃないかしら? なんかそういうの面白そうだし」

 

「……頼んでおいてなんですけど、警官がそんな理由で動いていいんですか?」

 

「おねーさんは何も聞いていませんよー」

 

 まるでいたずらっ子のようにニヤッと笑いながら片桐さんは片目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

「ご苦労様」

 

「ありがとうございます」

 

 来賓の方々と握手を交わす貴音。

 

 一日警察署長の仕事はつつがなく終了した。

 

 ただ一つ予想外だったことがあるとするならば、貴音がオープンカーに乗って街中をパレードした際の見物人の数が大分多かったというところである。どうやら先日の移籍騒動の記事がいい意味での追い風になったようだ。こうして貴音の知名度と人気が上がることは喜ばしいことなのだが、パパラッチに撮られた写真が原因と考えるとあまり手放しに喜べたものでもない。

 

 このまま来ないのであればそれでいい。

 

 しかし、パパラッチが姿を現す絶好の機会がやってきてしまった。

 

「制服も良くお似合いだね」

 

「……あなたは……」

 

「どうやら、例の件で迷惑をかけてしまったようですね」

 

 来賓の中にいた人物、今貴音の目の前にいるのは、なんとエルダーレコードオーナー本人だった。

 

 その時だった。

 

「おい! 何をしている!」

 

 一人のカメラを構えた男が警官の静止の声を振り切って報道陣の中から飛び出してきた。

 

 そしてそのまま貴音とエルダーレコードオーナーのツーショットを撮ろうとする。

 

 まさか!

 

「ここ数日、わたくしの後を付けていたのはあなたですね!」

 

「ちっ!」

 

「待て!」

 

 すぐさま反転して逃げ出そうとする男の前に回り込む。

 

「げっ、765プロ――!」

 

 思わず失言したといった感じに男は手で口を押えた。どうやら当たりのようだ。

 

「大人しく――!」

 

 男を捕まえようと飛び出した次の瞬間――。

 

 

 

 ――視界が反転し、空が見えた。

 

 

 

「ぐわ!」

 

「わりぃな、柔道黒帯なんだよ」

 

 どうやら俺は男に投げ飛ばされたらしい。背中から地面に落ちて、痛みで身動きが取れない。

 

「止まりなさい!」

 

 さっさと逃げ出そうとする男の背中に、渡されていた模型の銃を構える貴音。

 

「……へへ、笑えないジョークだな」

 

 当然それが偽物だと分かっている男は、それでも笑いながら律儀に足を止めて振り返った。

 

「残念ながら、わたくしはジョークが苦手です」

 

「……そうかよ。……じゃあお前も大人しく――!」

 

(拙い!)

 

 男が貴音に向かって飛びかかる。咄嗟に男の足を掴もうとするが、僅かに手が届かない。

 

「貴音!」

 

 

 

 ビシッ チャリン

 

 

 

「イテッ!? ――おわっ!?」

 

 突然バランスを崩して前方につんのめる男。

 

 その一瞬の隙に貴音が男の体の下に潜り込んだ次の瞬間。

 

「ふっ!」

 

 右手で相手の右手を掴み、左手を相手の体に添えた貴音によって投げ飛ばされる男の姿がそこにあった。詳しいことは分からないが、柔道というよりは合気道のような投げ方だったような気がする。

 

「女性に手を上げるとは……恥を知りなさい!」

 

「く、くそ……!」

 

「はーい、そこまでよー。暴行とか暴行未遂とか、諸々でお話聞かせてもらうからねー」

 

「イデデデデデデ!?」

 

 まだ逃げ出そうと必死になるが腕を片桐さんがねじ上げたところで男はようやく観念したように項垂れた。

 

 どうやら、これでようやく一件落着のようだ。

 

(それにしても、さっき何が……)

 

 さっき男がバランスを崩した時、何かが見物人の人混みの中から飛んできて男の頭に当たったような……。

 

「ん?」

 

 ふと地面を見てみると、何故かそこには一枚の五百円玉が落ちていた。

 

 ……さっき、チャリンっていう音がしたような気がしたけど……。

 

「まさか、これ……な、わけないか」

 

 

 

 

 

 

「ふむ、龍宮神社の娘さんほどの威力は出なかったけど、まぁこんなもんだろ。……しかし五百円玉はちょっとアレだったかな。かと言って十円玉や百円玉じゃ威力も出なかっただろうし。……まぁ、貴音ちゃんの婦警コスの見物料ってことでいいか。黒パンストサイコー」

 

 

 

 

 

「『一日署長お手柄! やり過ぎ悪質パパラッチを撃退!』……か」

 

 午前中の仕事を終え、スタジオを出ながら折りたたんだ新聞の記事を読む。

 

 昨日の貴音ちゃんの一日署長のイベントにノコノコと現れたパパラッチを貴音ちゃんが取り押さえ(正確には取り押さえたのは貴音ちゃんではなく早苗ねーちゃんだったが)、さらに『たまたま』その場にいたエルダーレコードのオーナーが移籍騒動を真っ向から否定。

 

 これにて貴音ちゃんの移籍騒動は一件落着、というわけだ。

 

「それで? 先日から話題沸騰中の貴音ちゃんがどうしたのかな?」

 

「ふふ、初めて『でまち』と言うものをしてみました」

 

 スタジオを出たところに、たった今新聞で婦警コスの姿を見ていた貴音ちゃん本人が立っていた。

 

 特に示し合わせたわけでもないのだが、そのまま二人並んで道を歩く。

 

「新聞見たよ。これでようやく移籍騒動も収まりそうだね」

 

「えぇ。どうやら『親切などなたか』が、わざわざ海外出張中のエルダーレコードのオーナーに連絡を取って『こういう誤解は話題になっても誰も得しないから早々に否定するべきだ』と進言してくださったようで」

 

「へー、そんな親切な人がいたんだ。しかもエルダーレコードのオーナーに直接連絡取れるとか、相当な大物だったんだね、きっと」

 

「さらに、昨日カメラマンの男が襲い掛かって来た時に見物人に紛れて『五百円玉を投げ飛ばして』わたくしを手助けして下さった方もおられました」

 

「おぉ、平成の銭形平次って言ったところかな? 色んな人に支えられてるね、貴音ちゃんは」

 

「えぇ、本当に。今回のことで実感させられました。……時に良太郎殿、既に昼食はとられましたか?」

 

「ん? まだだけど……」

 

 急な話題転換にちょっと呆気に取られて振り返る。

 

「それでは、わたくしと共に昼食はいかがでしょうか?」

 

 そこには、銀色の王女と称される美しい笑みではなく、ニッコリと女の子らしい花の咲くような笑顔で――。

 

 

 

 ――五百円玉を掲げる貴音ちゃんの姿があった。

 

 

 

「……貴音ちゃんと昼食デートが出来るならそりゃあもう喜んで行くけど……いいの? それでパパラッチに写真撮られたばかりだっていうのに」

 

「本日はそれらしい視線は感じておりませんので、大丈夫です」

 

「視線って……」

 

 視線とか気配とか、恭也とか士郎さんじゃないんだから……。

 

「それに、良太郎殿との写真であれば撮られても構いません」

 

「……貴音ちゃんがからかうと男はみんな本気にしちゃうよ?」

 

「ふふふ」

 

 

 

 ――本当は、ジョークは得意なのです。

 

 

 

 

 

 

おまけ『怯えるパパラッチの理由』

 

 

 

「和久井君、結局あいつが怯えていた理由は何だったのだ?」

 

「調べてみましたが、どうやら彼が撮影した写真の記事が原因で周藤良太郎ファンの妻子の怒りを買って、家を出て行かれたとのことでした」

 

「……想像以上に下らない理由だったな……」

 

 

 




・久々の早苗さん
Lesson24以来に久々の登場。
果たしてアニメでの出番は……と思ったけどそもそもCVがまだ付いていなかった件について。多分背景のモブの一人としてぐらいは出るんじゃないだろうか。

・良太郎の認識
良太郎「全く持って遺憾である」

・パパラッチとストーカー
前々から疑問に思っていたのでいい機会だから調べてみた。大体ヤフー知恵袋のおかげ。つまり写真を撮る際にはぁはぁしなければワンチャン!(世迷い言)

・五百円玉
たしか『羅漢銭』とか言うらしい。創作物では結構良くある攻撃。

・龍宮神社の巫女さん
多分色黒で豊満なぼでーの中学生。中学生に見えないとか言ったらきっと実弾で打ち抜かれる。UQでの再登場記念。
ふと「あんな攻撃したら巫女は巫女でも脇巫女なら全部グレイズして回収するんだろうなぁ」とかどうでもいいことを考えた。

・おまけ『怯えるパパラッチの理由』
何か伏線だと勘ぐった皆さん。残念! 本当にただこれだけで深い意味はありませんでした!



 というわけで貴音回終了です。本当に書きたかったところは前回で終わっていたのでやや駆け足気味でした。

 作者的には最後の良太郎と貴音の会話シーンが会心の出来。ギャグを絡ませにくい貴音ですが、こういう会話は本当によく合っていると思いました(小並感)

 次回は千早回に入る前に新年記念の番外編を一つ書く予定です。

 ヒントとしては「正月」×「アイマス」=「?」です。除夜m@sでは決してないです。

 それでは皆さんよいお年を。



『どうでもいい小話』

 最近『俺、ツインテールになります』にハマりました。原作も既読中です。

 良太郎が転生したらとりあえず愛香に全身の骨という骨を砕かれるんだろうなと思いました(小胸感)


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番外編08 もし○○と恋仲だったら 賀正

新年あけましておめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願いします。


 

 

 

それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

「――きてください、良太郎君。ねぇ、起きて」

 

「……ん?」

 

 ゆさゆさと肩を揺さぶられる感覚にゆっくりと意識が浮上してくる。

 

「……あれ?」

 

 目を開けるとそこは自宅のリビングだった。フローリングの上にカーペットを敷き、さらにそこに設置した炬燵の中。どうやら俺はそこで寝てしまっていたらしい。

 

 しかし俺と俺を起こしたその人物以外誰もいなかった。

 

 今日は大晦日で、一年の最後の日。家族や家族候補などが我が家に揃って年越しをしていたはずなのだが、俺と同じように炬燵に入っていた両親や、兄貴や小鳥さん、二人の娘のヒナちゃんがいなくなっていた。

 

「あれ……みんなは?」

 

「神社に初詣へ行きましたよ」

 

 そうなのか。確か紅白歌合戦が始まった辺りまでの意識はあったのだが。

 

 とりあえず。

 

 

 

「ありがとう、茄子」

 

「はい、どういたしまして」

 

 

 

 起こしてくれた最愛の恋人である鷹富士茄子は、ニッコリと微笑んでくれた。

 

 

 

 

 

 

 茄子との馴れ初めを語るとすると、出会いは高校初日の教室だった。偶然にもクラスメイトになった幼馴染みの恭也と共に入った教室で、真っ先に目に入ってきた美少女が茄子だった。真新しい制服を下から押し上げる見事な大乳も勿論大変素晴らしかったのだが、それ以上の何かに惹かれて俺は彼女から目が離せなくなってしまった。

 

 要するに一目惚れをしてしまったのだ。思わず恭也の少々強めの拳骨で再起動するまでの三十秒ほど静止(フリーズ)してしまったほどだ。

 

 その後、たまたま席が隣同士となったことで交流が始まり、紆余曲折を経て恋人同士になったというわけである。

 

 え? その経緯が一番知りたいからちゃんと掘り下げろ? 知らん、そんな事は俺の管轄外だ。

 

 

 

 大事なのは、神様転生という大層な経験をしたにも関わらず『特典も何も貰わなかった』俺が普通に青春を謳歌しているということなのだ。

 

 

 

 

 

 

 ――初めまして、周藤良太郎です。

 

 

 

 彼に対する第一印象を正直に話すと、無表情で怖い人、でした。喋る時の口と瞬きをする時の目以外で顔を動かすことが一切なく、その端正な顔立ちと相俟ってまるで精巧に作られた人形のようで少し不気味でした。

 

 そんな彼と席が隣同士になり内心ちょっとだけ怖がってしまいましたが、少しずつ話す内にそんな印象は消えていきました。

 

 家族のこと、最近見たドラマのこと、授業のこと。そんな些細な話題の中で、私は段々と彼のことを知りました。生まれた時から表情が動くことなく苦労していること、優秀な兄に劣等感を抱いていたこと、しかし友人によってその劣等感を克服したこと。

 

 それと同じように、いつの間にか私も自分のことを彼に話していました。名前にコンプレックスを抱えていること、人よりも運がいいこと、しかしそのことで他人から妬まれることもあること。出会って一ヶ月の人に対して到底打ち明けるようなことではないことを、私は彼に話していました。

 

 私が彼を、そして彼が私を意識し始めたのはきっとその頃から。

 

 ふと気が付けば彼の姿を視線で追っていました。授業中、友人との談笑中。例えどんなことがあろうとも表情が変わることがない彼の姿を、しかしよくよく見ていると人一倍喜怒哀楽がハッキリとしている彼の姿を。時折、彼からの視線と噛みあってしまい、恥ずかしくなって視線を逸らしてしまうことも何度もありました。

 

 

 

 告白は、クリスマスに、彼からでした。

 

 

 

 それから三年生の今に至るまで、私と彼はずっと恋人同士でした。時たま口喧嘩をする時もあったけど、それでも今まで別れずにこうしてやってこれたのは、きっと本当に両想いだったからなのだろうと私は思っています。そのことを彼に話すと彼はそっぽを向いてしまいますが、ただ恥ずかしがっているだけなのだとちゃんと理解しています。

 

 え? 告白の言葉を知りたい? 残念ですけど、それは秘密。絶対に秘密。

 

 

 

 良太郎君が私だけにくれた、大切な言葉だから。

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 何だろうか、俺の管轄外だと言ったら俺ではない誰かによって壮大に暴露されたような気がする。

 

「どうしたんですか? 良太郎君」

 

 お茶が入った急須を持ってキッチンから戻って来た茄子が俺の横に入ってきながら顔を覗き込んでくる。極々自然に腕と腕が触れ合うような距離に入って来るが、今更動揺したり照れたりするような間柄ではない。寧ろわざと腕を動かして肘で胸に触れるぐらいのことをしても怒られることもないだろうが『とある事情』で若干緊張していた今の俺にその考えは頭に無かった。

 

「いや、何でもない。それより、俺たちも初詣に行くか?」

 

「良太郎君が行きたいなら付いていきますけど……」

 

「んじゃ、家の中でゆっくりしてようぜ。どうせ行くなら茄子の振り袖姿見たいし」

 

 外は寒いしー、と炬燵の中に深く入り込む。

 

「ふふ、じゃあ良子さんに着付けを手伝ってもらわないといけませんね」

 

 コポコポと俺の湯呑にお茶を淹れながら微笑む茄子。

 

『それじゃあみんなー! 盛り上がっていくよー!』

 

 茄子に淹れてもらったお茶を啜っていると、テレビには十二人のアイドルの姿が映っていた。今年の夏頃から人気が急上昇し始め、今年初の紅白出場を果たした765プロオールスターズである。センターの天海春香を筆頭に、個性豊かな面々で構成された彼女たち。

 

 うむ、確かにこれだけ可愛い子が多かったら売れても可笑しくないな。寧ろ何故今まで売れなかったのかが分からないレベルである。

 

「えっと、765プロって小鳥さんが勤めている事務所でしたよね?」

 

「あぁ、昔はアイドルとして所属してたらしいけど、今は事務員として働いてるんだってさ」

 

 三年前に兄貴と結婚してその翌年に子供も生まれた女性の姿を思い浮かべる。果たしてどういう経緯で知り合い結婚まで漕ぎ付けたのかは知らないが、大変美人なお姉さんである。いや、俺も茄子がいるから羨ましくはないけどね。

 

 脳内で誰に向けてか分からない惚気話をしつつ、舞台の上で観客を魅了し続ける少女たちの姿を眺める。

 

「……凄いですよね、アイドルって。私達と歳はそんなに変わらない女の子なのに……」

 

 しみじみといった感じで呟く茄子。

 

「まぁ、男のアイドルってのもいるみたいだけどな」

 

 年末に突然事務所を辞めたことで話題になった『Jupiter』とか。

 

「……良太郎君もアイドルになっていたら、もしかして人気者になっていたかもしれませんね」

 

「まさか。こんな無表情男がアイドルになったところで人気が出る訳ないだろ?」

 

「分かりませんよ? 良太郎君のその誰にも自分を偽らない姿なら、きっとみんなから人気ですよ」

 

「そうかなぁ」

 

 流石に普段から大乳スキーを公言している奴がアイドルとして受け入れられるわけがないと思うのだが。

 

「そうですよ」

 

「そうか」

 

 茄子に言われてしまったのならばしょうがあるめぇ。

 

「俺よりも茄子の方がアイドルに向いてると思うんだけどな」

 

 歌と踊りはそこそこだけど見た目もスタイルも抜群だし、そして何よりも運がいい。運頼みと言うと聞こえは悪いが、チャンスを掴むためには運だって必要なのだ。その要素を人一倍持っている茄子ならば一気にスターの座を駆け上がりそうである。

 

「……良太郎君は、私にアイドルになって欲しいんですか?」

 

「まさか」

 

 茄子は俺だけのアイドルだ。他の男のやらしい視線の矢面になんて立たせられるはずがない。

 

 もしアイドルになったら、なんて下らない話題でそこそこ盛り上がっていると、いつの間にか紅白歌合戦も終わり、気が付けば年越しまで後十分となっていた。

 

「……今年ももう終わるなぁ」

 

「センター試験まで後少しですね」

 

 思い出したくない現実を突き付けられて思わず脱力する。

 

「頑張りましょう?」

 

「そりゃ頑張るけどさ」

 

 恭也と月村ではないが、同じ大学に行くと約束したのだから何としても頑張らねば。恋人との『イ』チャイチャ『と浮』かれるキャンパスライフ(略して伊○(いとう)ライフ)がかかっているのだから。頑張る頑張る。

 

 年越しまで後五分。

 

「……えっと、茄子?」

 

「はい、何ですか?」

 

 先ほど茄子がお茶を淹れるために席を立った時にこっそりと持ってきてポケットに入れておいたそれを取り出す。

 

 

 

「ちょっと早いけど、誕生日プレゼント。どうぞお納めください」

 

 

 

 そう。何を隠そう、一月一日は元旦であると同時に茄子の誕生日でもあるのだ。

 

「わぁ! ありがとうございます!」

 

 パァッと笑顔になった茄子にプレゼントを渡す。

 

「……え?」

 

 しかし茄子の笑顔は、手のひらの上に乗ったプレゼントを目にした途端、戸惑いの表情に変わった。

 

「りょ、良太郎君?」

 

「……まぁ、三ヶ月分ぐらいは注ぎ込ませてもらった」

 

 まだ学生の身であるため、当然月給なんてものは存在しない。故に収入源は基本的に小遣いかアルバイトぐらいである。

 

 

 

 だから、アルバイトの給料の三ヶ月分ぐらいをその『指環』に費やした。

 

 

 

「……まだ学生の身で、将来なんて全然見えてないただのガキだけと……それでも――」

 

 

 

 ――これから先、死が二人を別つまで一緒に居たい。

 

 

 

「………………」

 

「――重いとかキモいとか思ったら、受け取ってくれなくていい。俺はそれぐらいお前のことが好きだってことを伝えたかったんだ」

 

 我ながらちょっとアレだったかもしれないけど、俺にはこんなことしか思いつかなかった。これから先もずっと茄子と共に居たいという感情を、こんな形でしか表現することが出来なかった。

 

 年越しまで後一分。

 

「……やっぱり、引いたかな?」

 

「……そんなことないです」

 

 見ると、茄子は目の淵の光るものを指で拭っていた。

 

「すごく嬉しいです……」

 

「……そうか」

 

 喜んでもらえたのであれば、俺はそれでいいさ。

 

 年明けまで後五秒。

 

 三。

 

「良太郎君」

 

 二。

 

「ん?」

 

 一。

 

 

 

 

 

 

『あけましておめでとうございまーす!』

 

 テレビの向こうで、女子アナウンサーが新たな年の始まりを告げた。

 

「「………………」」

 

 ゆっくりと顔を離す俺と茄子。茄子の顔と、茄子の瞳の中に映る俺の顔は真っ赤になっていた。別にこれが初めてという訳ではない。しかし、何故か赤面せずにはいられない恥ずかしさがあった。

 

「……茄子」

 

「……良太郎君」

 

 

 

 ――今年も、そしてこれからも、末永くよろしくお願いします。

 

 

 




・周藤良太郎(18)
この世界に『何の特典も貰わずに』神様転生を果たした転生者。
トップアイドルではなく普通の高校生として生活している。優秀な兄と無表情をコンプレックスとしていたが、この高校入学前までに克服した模様。

・鷹富士茄子(18)
良太郎の同級生にして恋人。
本編と同じくアイドルではなくただの高校生。将来どうなるかは分からない。
良太郎と同じように名前に対するコンプレックスを抱えており、そのことで良太郎に親近感が湧いたとか湧かなかったとか。
え? 初登場じゃないかって? Lesson18参照ですよー。

・娘のヒナちゃん
今回の世界線での勝者は小鳥さんでしたとさ。
ヒナは他の二次創作では良く使われていると名前ですね。

・知らん、そんな事は俺の管轄外だ。
「答えルガー!」※前作からの出張

・略して伊○(いとう)ライフ
新刊の高雄さんには大変(ry



 「正月」の「アイマス」キャラと言ったらこの子でしょう!

 というわけで恋仲○○シリーズ、茄子ちゃん編でした。たまにはアイドルにならなかった場合の良太郎とか書いてみたくなったので、現段階でアイドルじゃない子をヒロインに据えさせていただきました。



 そして次回なのですが、リアルの事情により本編のシナリオを考える時間が取りづらいため、もしかしたら番外編が続くかもしれません。ご了承ください。

 新年一回目の更新にも関わらず遅れてしまい申し訳ありません。

 どうか今年もよろしくお願いします。


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番外編09 ぷちますの世界に転生したようです? 3

連続ですが番外編です。


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 

 

 

 ぷち転、前回までの三つの出来事!

 

 一つ! 大乳大好き良太郎モデルのチヴィット『りょたろ』登場!

 

 二つ! アイドルたちのチヴィットたちの説明&名前付け開始!

 

 三つ! 照れた律子の鉄拳がいつものように良太郎に炸裂!

 

 

 

 

 

 

「それじゃあチヴィット達の紹介を続けていこうかね」

 

 小休憩を挟み、良太郎によるチヴィット達の説明が始まる。

 

 まずは亜美もどきと真美もどき。

 

「亜美ちゃんモデルと真美ちゃんモデルは共に第一世代型のチヴィットだよ」

 

「とかー!」

 

「ちー!」

 

 ソファーに座った良太郎の膝の上で左右対称のポーズをとる亜美もどきと真美もどき。

 

「「「………………」」」

 

 向かいのソファーに座った私と亜美真美が説明の続きを待つが、良太郎は小鳥さんもどきが淹れたお茶をただ飲んでいた。

 

「……え、説明は?」

 

「え、終わったけど」

 

「「「終わり!?」」」

 

 あまりの情報の皆無さに三人の声が揃ってしまった。

 

「ちょっとりょーにぃ!? なんか真美と亜美の扱いが『ぜんざい』なんじゃない!?」

 

「『ぞんざい』ね」

 

「そーだよりょーにーちゃん! ちっちゃんの時もそうだったけど扱いが『ざいぜん』だよ!」

 

「だから『ぞんざい』だって」

 

 ばんっと机を叩いて立ち上がりながら抗議の声を上げる真美と亜美。まぁ、今までのメンツが個性豊かだっただけあって特徴の無さが際立ってしまっている。……全くもってブーメランなのだが、べつに気にしてないし。

 

「そうかな? だって『技の一号』に『力の二号』だよ?」

 

「だから何よ」

 

 ライダーツインマキシマムだよ? と言われても。せめてそこはライダーダブルキックではないのか。

 

「まぁ、都合二十体以上作ってるみたいだから、いちいち固有の能力考えるの面倒臭かったんじゃないかな」

 

「こんだけ散々やっといて今さらそんな理由を持ち出してくるなんて……」

 

 名前は小さい亜美と真美なので『こあみ』と『こまみ』になった。

 

 

 

 次は小鳥さんもどき。

 

「小鳥さんモデルは765プロのチヴィットの中で唯一の第二世代型のチヴィットです。ご覧の通り、反重力力場発生装置を内蔵していて飛行能力があります」

 

「事務員である私のチヴィットまで作っていただいて、嬉しいような申し訳ないような……」

 

「ぴっ!」

 

 ふわふわと浮かびながら敬礼をする小鳥さんもどきの姿を見ながら、小鳥さん本人が苦笑する。

 

「……ねぇ。わざわざ第二世代型って名前を付けてるぐらいなんだから、当然他にも第二世代型のチヴィットはいるのよね?」

 

「お、りっちゃん鋭いね」

 

 良太郎曰く、他の第二世代型のチヴィットは開発したグランツ研究所の関係者たちに贈られたらしい。

 

「じゃあ何故私のチヴィットだけ第二世代型なんでしょうね?」

 

 小鳥さんもどきの頭を撫でながら小首を傾げる小鳥さん。

 

(……このメンバーの中では年齢的な意味で『浮いてる』からってのは流石に穿った考えだよなぁ)

 

 何か良太郎が失礼なことを考えているような気がしたが、それに気付いてしまった時点で私も同じ穴の狢になってしまうので黙っておくことにする。

 

 名前は小鳥から連想した『ぴよぴよ』に決まった。

 

 

 

 次は真もどき。

 

「真ちゃんモデルのこの子も第一世代型チヴィットだよ」

 

「やー!」

 

「えへへ~可愛いなぁ~」

 

「特に何かしらの特徴があるわけでもないんだけど――」

 

「そうだな~名前は『まこちー』とかどうかなぁ~」

 

「……説明は大丈夫そうだね」

 

「そうね」

 

 ファンにはあまりお見せできないような表情で真もどきに頬擦りをしていた真は大丈夫だと判断して次へ行くことにする。

 

 

 

 次はあずささんもどき。

 

「この子もこの子で問題児よね……」

 

「あら~?」こたぷ~ん

 

「うふふ、可愛い子よね~」どたぷ~ん

 

 ……何だろう、あずささんもどきと同じようにあずささん本人からも変な擬音が聞こえてきたような気がする。

 

「さっきもちょっと説明したけど、あずささんモデルは最新鋭のテレポート機能が内蔵されている第三世代型チヴィットだ。大きな音で驚かせるとその近くにいた人の思い描いたところにテレポートさせてくれるけど、驚いたらテレポート機能が発動しちゃうから注意が必要――」

 

「りょー」

 

「あら?」

 

 いつの間にか、あずささんの胸にはりょたろがしがみ付いていた。良太郎は良太郎で結構オープンな性格をしているが、こいつはそれに加えてアグレッシブである。

 

「オイりょたろ! そんな羨ま……妬ま……羨ましいことを!」

 

「言い直せてないわよ」

 

 同じ意味の上に結局最初に戻ってるし。

 

 あずささんの胸にしがみ付いたりょたろに向かって手を伸ばす良太郎。

 

 その時、対面のあずささんに手を伸ばすため机に手を突いてしまい――

 

 バンッ!

 

「あ」

 

 ヒュン

 

 ――良太郎とあずささんもどきの姿が掻き消えた。

 

「……どうしてりょーたろーさんだけ連れていかれたんだろ」

 

「……お約束、って奴じゃないの」

 

 良太郎があずささんモドキと共に事務所に戻って来たのは一分後だった。

 

 ヒュン

 

「……さぁ、チヴィットたちの説明を続けようか」

 

「……その前にアンタが一体何処に行ってたのか聞きたいんだけど」

 

「あら~」こたぷ~ん

 

 あずささんもどきを小脇に抱え、全身に木の枝や木の葉を引っ付けた良太郎は何故か満身創痍といった様子だった。

 

 名前は何故か春香の意見が通り『みうらさん』に決まった。

 

 

 

 次は伊織もどき。

 

「伊織ちゃんモデルは特殊能力持ちの第三世代型チヴィットだよ」

 

「もっ!」

 

 伊織もどきは伊織の膝の上で仁王立ちをしていた。

 

「そういえば、一切の説明も無い第三世代型は初めてね」

 

「そういえばそうだね」

 

 今まで説明があった第三世代型(はるかさんとみうらさん)は前情報があったが、何も知らない状態のチヴィットは初めてである。

 

「それで? この子はどんな能力があるのよ」

 

「論より証拠かな。千早ちゃーん、雪歩ちゃーん、ちょっと窓開けてー」

 

「え?」

 

「わ、分かりました」

 

 良太郎の言葉に従い、事務所の窓を開ける千早と雪歩。

 

「窓を開けて、一体何を――」

 

「さぁ、伊織ちゃんモデル! チャージ開始!」

 

「もっ!」(みょんみょんみょん……)

 

 ……チャージ……?

 

 伊織もどきが目を瞑ると、妙な音と共にそのおでこに光が集まり始めた。

 

(……まさか)

 

「窓の外に向かって、てーっ!」

 

 

 

 カッ ドーンッ!

 

 

 

「「ビ、ビーム出たぁぁぁ!?」」

 

 ……亜美と真美のその叫びが、全てを物語っていた。

 

 窓の外に広がる、抜けるような青空。その青空に切り裂く一条の閃光……。

 

「……平和な光景ね」

 

「り、律子! 下のたるき亭の人がさっきの光は何だって電話が!」

 

 イヤー、ホントヘイワネー。ナンデコンナニヘイワナノニ、イオリハシロメムイテルノカシラネー。

 

「名前はシンプルに『いお』とかどうかな」

 

 かろうじて頷くことが出来た私を誰か褒めて。

 

 

 

 次は響もどき。

 

「その前に今さっきの無言の一発について説明を」

 

 次は響もどき!

 

「お、おう。響ちゃんモデルも特殊能力を持った第三世代型で……」

 

「飛ばす。次」

 

「え?」

 

「次!」

 

「はい!」

 

 

 

 一体飛ばして貴音もどき。

 

「貴音ちゃんモデルは第一世代型なんだけど、この子だけちょっと特別でね」

 

「………………」

 

「マシな意味での特別だからそんな目で見ないでください」

 

 今までが変だったって自覚はあったのね。

 

「この子は唯一、意思疎通することが出来るチヴィットなんだ」

 

「しじょ」『はじめまして』

 

 何処から取り出したのかは分からないが、貴音もどきは『はじめまして』と書いたスケッチブックを掲げていた。なるほど、これなら確かに人語を喋ることが出来ないチヴィットたちと意思疎通をすることが出来る。

 

 試しに話しかけてみる。

 

「えっと、初めまして」

 

「しじょ」『たかにゃ』

 

 ……? 名前?

 

「どうやらこの子は自分で呼んでもらいたい名前があるらしいね」

 

 ……まぁ、人工知能なんだから自我ぐらいあるわよね。

 

「えっと、名前以外の自己紹介でも……」

 

「しじょ」『らーめん』

 

「……え、えっと」

 

「しじょ」『らーめん』

 

「………………」

 

「食べたいってことかな」

 

「食べるの!?」

 

 はるかさんの時も思ったけど、ロボットなのにこの子たち食べるの!?

 

「寧ろ動力源だってさ。内蔵された原子炉で分解してエネルギーに変えるらしい。ジャパニメーションを参考にしたって言ってた」

 

 何故その技術を愛玩用ロボットに活用しようと考えたのか。

 

「さらにその原子炉を稼働させるためのニュートロンジャマーキャンセラーが!」

 

「あぁもう何処にツッコミ入れればいいのよ!?」

 

 

 

 そして迎えた最後。先ほど飛ばした響もどき。

 

「それで? この子にはどんな能力があるのよ」

 

「りっちゃん、そんなに身構えなくても」

 

 増殖、テレポート、ビームとくれば否応なしに警戒してしまうに決まっている。

 

「能力的にはみうらさんに近いかな。まず何でもいいのでこの子に涙を流させるんだけど……」

 

「だぞ?」

 

 何か自分に用かと首を傾げる響もどきに、さてどうしたものかと良太郎は腕を組む。

 

「見た目小さい響ちゃんであるこの子を泣かせるのは流石に良心の呵責が……」

 

「まぁ、確かにね」

 

「な、泣かせるなんてダメだぞ!?」

 

 庇うように響もどきを抱き締める響本人。

 

「別に殴ったりイジメたりするわけじゃなくて、どんな形であれ涙さえ流してもらえればいいんだけど」

 

 とりあえず擽ってみて、という良太郎の指示に従って響もどきの脇を擽る響。

 

「こちょこちょー」

 

「だ、だぞ! だぞ!」

 

 ロボットが何故擽ったがるのかとかいう根本的な疑問は置いておいて、身を捩りながら笑う響もどき。

 

 そしてキラリと光る涙がその目の端から流れ出た次の瞬間。

 

 ボンッ!

 

 そんな軽やかな音と共に――。

 

 

 

「くまー!」

 

 

 

 ――一頭の熊が現れた。

 

「く、熊だー!?」

 

「分かりやすい鳴き声の熊だー!?」

 

「とまぁ、こんな感じで響ちゃんモデルは涙をトリガーにした召喚能力が……」

 

「何冷静に説明続けてるのよ!?」

 

 突然の猛獣の出現に、当然ながら事務所内はパニックになる。

 

 ゴンッ

 

「あ」

 

 果たしてそれは誰が投げたものだったのか。一冊のファイルが飛んできて響もどきの頭に直撃した。しかも角。

 

「~っ!」

 

「あ、まず――」

 

 

 

「だぞ~~~っ!!」

 

 

 

 痛みに大泣きする響もどき。

 

 ボンッ!

 

 

 

 

 

 

 ――テケリ・リ……テケリ・リ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 

「麗華」

 

「ん? 何、ともみ……って、何そのダンボール」

 

「リョウからの届け物」

 

「りょーくんから!?」

 

「……結構大きいけど、一体あいつは何を……」

 

 

 

「ふんっ」

「イヒヒッ」

「………………」

 

 

 

 ……つづく?

 

 

 




・こあみ こまみ
亜美と真美のぷち。イタズラ好き。「にーちゃ」と鳴くのが可愛い。

・『技の一号』『力の二号』
本郷猛と一文字隼人

・ライダーツインマキシマム ライダーダブルキック
前者はWファングジョーカーとアクセル、後者は一号と二号のコンビネーションキック。

・ぴよぴよ
小鳥さんのぷち。宙に浮ける。事務能力が優秀。

・まこちー
真のぷち。つよい(小並感)。太りやすい。

・いお
伊織のぷち。おでこからビームを放つ。ツンデレ。

・「てーっ!」
SEED世代の作者的にはマリューさんボイスで。

・たかにゃ
貴音のぷち。筆談可能。らーめん好き。

・食べ物を原子炉で分解してエネルギーに変える
あったまてっかてーか!

・ニュートロンジャマーキャンセラー
そもそもニュートロンジャマーはというツッコミはサイクロプスでチンッ!されました。

・ちびき
響のぷち。涙で様々な動物を召喚する。欠伸や花粉症での涙でも可。

・テケリ・リ
この名状しがたい鳴き声の主に気付いてしまったプレイヤーはSANチェックです。

・一方その頃
このまま行くと876組やジュピター組も考えなければならない予感……。



 前回のあとがきで書いたように今回若干時間が取れなかったので応急措置の番外編でした。

 次回からはちゃんと千早回を始めたいと思います。

『どうでもいい小話』

 ニコニコ動画にてデレマス視聴しました。

 赤羽根Pとは一味違った武内Pのキャラがいいですね。あのキャラこそ勘違い系主人公にピッタリそうだと思いました。

 あと卯月と凛が可愛かった(小並感)

 それにしても、既にデビューしている娘たちは何処所属なんでしょうね。小説に反映したいから早く情報が欲しいです。


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Lesson64 俺がアイドルになったワケ

前回、全体で72話目だったにも関わらず千早ネタに一切触れないというアイマス小説書きとしてあるまじき失態を犯してしまいました。

とりあえず自宅の壁に向かって謝罪させていただきます。申し訳ありませんでした。


 

 

 

 俺、周藤良太郎はアイドルである。

 

 きっかけは兄貴がオーディションに勝手に応募していたという結構ありがちなもので、そこでアイドルとしての才能を見出だされた。

 

 最初こそ先輩アイドルの嫌がらせがあったものの、後はトントン拍子にトップアイドルへの道を突き進み、初出場のIUで優勝を果たした辺りから『覇王』だのなんだのと言われるようになり、いよいよ本格的に世間様にトップアイドルとして認められるようになった。

 

 その頃にはだんだんと歌やダンスといったアイドルとしての活動そのものが楽しくなっており、今でも十分楽しんでお仕事をさせてもらっている。

 

 まぁ、ぴちぴちのアイドルを生で見れるってのもそこそこ楽しい理由だが。

 

 

 

 ところで、物語というものは『起承転結』で語られることが多い。俺のここまでの経緯を起承転結で語るとすれば。

 

 起は、兄貴がオーディションに応募したこと。

 

 承は、そこでアイドルとしての才能に気付いたこと。

 

 結は、今現在アイドルであるということ。

 

 

 

 起承結。

 

 そう、転が抜けているのだ。

 

 

 

 『ビギンズナイト』の一件も十分それに値するが、今回抜けている転として語るのはそれよりももっと根本的な話。

 

 後に語ることになる『ビギンズナイト』を前日譚、第零話とするならば。

 

 

 

 それはマイナス一話の物語。

 

 

 

 周藤良太郎がアイドルになろうと『決意』する物語。

 

 

 

 

 

 

 とまぁ、そこそこ力が入った語りから始めたわけだが、それはもうちょい後になるとして。

 

 

 

 朝目が覚めると息が白く、車の窓ガラス一面に霜が降りる、そんな寒さ。十一月のカレンダーは既に捲られており、その絵柄はクリスマスを連想させる華やかなものに。

 

 季節は既に秋を通り越し、すっかりと冬になってしまっていた。

 

「おぉ、さみぃさみぃ」

 

 吹き抜けた木枯らしの冷たさに体を震わせ、コートの前を抑える。すれ違う人々もしっかりと防寒具を着込んでおり、街中はすっかり冬の装いとなっていた。

 

「冬だからな。寒くない冬が来ても困る」

 

「いいんじゃないかな。たまには寒くない冬が来ても」

 

 別に冬が嫌いというわけではないのだが、やっぱり女の子の肌色が少なくなるのがゲフンゲフン。

 

 え? 今さら取り繕っても何が言いたいのか分かる? はは、またまたご冗談。

 

「何を言ってるんだ。寒くない冬が来てみろ。そんなことになったら……」

 

「なったら?」

 

「クリスマスケーキがすぐ悪くなるだろう」

 

「……いやまぁ、うん。確かに深刻な問題ではあるな」

 

 なんというか、流石個人店ながらクリスマス戦線を戦い抜く喫茶店の長男らしい考えであるが、こいつの口からそれを言われると何故か釈然としない気持ちになった。

 

 

 

 さて、珍しく一日オフのこの日に恭也と色気もへったくれもない二人で街中を歩いているのかというと、先ほど恭也が僅かに触れたクリスマスが関係してくるのである。

 

 十二月二十四日。持つ者と持たざる者、リア充と非リア充、勝者と敗者の様々な思惑が渦巻くクリスマス、別名『悪夢の聖夜(ナイト○アービフォアクリスマス)』。

 

 それは一部飲食店において聖戦の日なのだ。

 

 シュークリーム他ケーキでも大変な人気を誇る喫茶『翠屋』でもそれは例外ではなく、二十四日と二十五日はある意味で死線と言えるほどの忙しさとなる。まだアイドルになる前の俺も何度か手伝いに駆り出されたのだが、あれは酷かった。何が酷いって人の多さも酷かったのだが、まるで椀子蕎麦のように次から次へと流れるように見せつけられるカップルたちに俺の精神が酷かった。危うくキラキラを無くして闇に飲み込まれた一号のように闇堕ちするところだった。

 

 では高町家のクリスマスはそれだけで終わってしまうのかと言うとそんなことはなく、一日遅れの二十六日に我が周藤家を含めた二家族合同のクリスマスパーティーを開くのが恒例なのだ。

 

 何故飲食店でもない我が家も二十六日なのかというと、アイドルになる前は俺が高町家に貸し出されていたから、アイドルになってからはクリスマスのファン感謝イベントで忙しいからという理由である。

 

 「クリスマス二日間忙しい」→「つまり恭也もデートする暇が無い」→「ぷげら」

 

 ……と笑ってやりたいところではあるのだが、世の中そうは上手くいかない。自分たちが壮大な恋愛結婚だった上に今でもアツアツな万年新婚夫婦は息子の恋愛に関して大変寛大で、二十五日は月村のために(恭也のためにじゃないところがポイント)恭也を早上がりさせるのである。

 

 以前悔し紛れに「リア充爆発しろ」って言ったら「俺が爆発したら悲しむ人がいる」って返されて「ぐぬぬ」ってなった。畜生! こいつにネタなんて仕込むんじゃなかった! イケメンが言ったら洒落にならないじゃねえか! 本人としては月村じゃなくて家族のことを指して言ったんだろうけど!

 

 そしてようやく話が戻って来るのだが、今回二人で街中に出てきた理由は、クリスマスプレゼントを購入するためなのだ。

 

 ここで指すクリスマスプレゼントは家族へのプレゼントと月村へのプレゼントの二種類である。今までは月村とデートをしながらプレゼントを選んでいたらしいのだが、今年になって「自分で選んで私に頂戴」と言われたらしい。

 

 さてここで困った恭也君。自身のセンスをイマイチ信用しきることが出来ず、かといってなのはちゃんや美由希ちゃんに頼むことも出来ない。運悪くフィアッセさんも帰国してしまい当分不在。他に仲のいい女友達もいない。相談相手がいなくなったところで白羽の矢が立ったのが俺だったという訳である。

 

 

 

「なのはちゃん達のプレゼントは俺も買いたかったから丁度良かったといえば丁度良かったけど、そもそも何で俺なのよ」

 

 阿良々木(あららぎ)とか彼女持ちが他にいるだろうに。

 

「……正直阿良々木が参考になるとは思えなかった」

 

 あの恭也からもそう認識されるあいつは一体何なのだろうか。

 

 そう言う訳で二人してクリスマスプレゼントを求めて街中に繰り出してきたわけなのだが、イマイチ決めきれずにブラブラと適当に歩き回っているのである。

 

「さて、とりあえず定番で言えば服飾系統、アクセサリーだな」

 

 服は女の子の好みやサイズ的な問題もあるので、ある程度誤魔化しがきくアクセサリーが無難である。

 

「ちなみに今までどんなプレゼントを?」

 

「香水とか、化粧品関係が多かったな」

 

「おおう、そっちかー」

 

「だから今回も香水でもと考えていたのだが」

 

「止めといた方がいいぞ」

 

 月村が『恭也が選んだプレゼント』を欲しがったと言うことは、恐らく望んでいるのは指輪とかそこら辺だろう。

 

 ただぶっちゃけ俺も女の子に対してアクセサリーを贈ったことは無い。今までクリスマスプレゼントを上げてきた相手は、女の子に限ればなのはちゃんや美由希ちゃん、魔王の三人ぐらいなものである。交友関係の割に少ないと思うが、こっちも現役アイドルでクリスマスは忙しいのだ。クリスマスパーティーを開く高町家の面々や、わざわざクリスマス前にプレゼントを渡しに来てくれる魔王の三人以外にプレゼントのやり取りをする相手がいないのである。しかもプレゼントもお香や置物などばかり、アクセサリーなど門外漢。

 

 正直言って詰んでいる状態である。

 

(……あれ、これもしかして変なものプレゼントしたら俺も月村から怒られるんじゃ)

 

 詰んでいるうえに罰ゲーム付きである。

 

 どうするか。こうなったら今からでも誰かアドバイスをくれそうな女友達に連絡を取ってみるべきか。

 

 

 

「……む?」

 

「ん?」

 

「あら?」

 

「あれ?」

 

「あ……」

 

 

 

 俺たちが彼女たちとばったりと出くわしたのは、ポケットからスマフォを取り出した丁度その時だった。

 

 

 

 

 

 

「やっぱりこの界隈でのアイドルとのエンカウント率がおかしいような気がするんだ」

 

 激励に行った時の響ちゃんとか、兄貴のお見舞いの時の真美ちゃんとか、りんとのデートの時の美希ちゃんとか、仕事現場への移動中の時の雪歩ちゃんたちとか、出待ちしてた貴音ちゃんとか。最後のは向こうから会いに来てたけど、それでも普通こんなに街中でアイドルと出くわすことは無いと思うんだけど。しかも765プロ限定。ご都合主義ってレベルじゃねぇぞ!

 

「それはこっちの台詞ですよ……」

 

「まさかあの良太郎さんと街中で会うことになるなんて誰も考えませんよ……」

 

「うふふ、こうして良太郎君と一緒に歩くなんて、半年前では考えられないわねぇ」

 

 いや、結構自分は普通に歩いてたりするから多分みんなが気付いてなかっただけじゃないかと。変装してたら気付かれないし。その点で言うと、俺もデビュー前の彼女達に気付いてないだけで会ってるのかもしれないが。

 

 もしかして、こうして街中を歩いている人達の中にも将来のアイドルがいたりするのかもしれない。

 

 例えば、今すれ違ったピンク髪のコギャルや金髪のチビギャルとか。……いや、あの二人は女性向けファッション誌の読者モデルって感じでアイドルっていう感じじゃないか。

 

 ……でも、アイドルとして磨けば光りそうな気もするんだがなぁ。

 

 

 

 閑話休題。

 

 俺と恭也が出会ったのは、なんと春香ちゃんと千早ちゃんとあずささんの三人だった。たまたま三人とも今日はオフで、たまたま三人一緒に買い物に来ていたらしい。

 

 本当に何なんだこの偶然。

 

「えっと、あずささんは恭也と初対面ですよね。俺の幼馴染みで喫茶『翠屋』店主長男の――」

 

「高町恭也です。普段から良太郎(このバカ)がご迷惑をおかけしてすみません」

 

「おいコラ」

 

 保護者か? お前の立ち位置は保護者か? というか断定したな? そして俺の名前に変なルビ振ったな?

 

 畜生、月村に恭也があずささんの胸をチラ見してたってチクってやる。

 

「ガン見してた良太郎さんがそれを言っちゃうんですね」

 

「あれば見るのはもはや(さが)なんだよ」

 

「そういえば、以前何も無い壁に向かって私のポスターだと仰った件についてお話をしていませんでしたね」

 

 ジト目の春香ちゃんへの返事の言外に「無きゃ見ねぇ」と言ったのが逆鱗に触れたのか、底冷えするような笑顔の千早ちゃんが俺のコートの袖を掴んだ。

 

 どうやらちーちゃんは根に持つタイプのようです……っていうか、りっちゃん本当にチクってたのね。(Lesson43参照)

 

 

 

 チクることの恐ろしさを思い知りました。(小胸感)

 

 

 




・起承転結
話を書く上で大事なこと。意識しすぎると話が纏まらなくなったりするが、書いているうちに自然とその形になるという不思議。

・『悪夢の聖夜(ナイト○アービフォアクリスマス)
たぶん恐怖のプレゼントを持ったサンディ・クローズがやって来る。

・キラキラを無くして闇に飲み込まれた一号
終盤での主人公の闇堕ちはテンプレ。しかしやっぱり熱い展開。
もうそろそろ終わりそうなので、名残惜しいですね。

・「俺が爆発したら悲しむ人がいる」
ネタ的には末尾に(キリッ が付くのだがイケメンが言うと洒落にならない。

・彼女持ちの阿良々木くん
きっと良太郎レベルじゃ太刀打ちできないような変○な鬼いちゃん。
実は良太郎というキャラのイメージモデルなのだがそんなことはなかった感がぱない。

・アイドルとのエンカウント率
改めて羅列したら凄いことになってた。すげぇなこの界隈。

・ご都合主義ってレベルじゃねぇぞ!
AA略。

・ピンク髪のコギャルや金髪のチビギャル
デレマス二話視聴でようやく今後の方針が決まりました。次に再登場させるときが楽しみです。

・ちーちゃんは根に持つタイプ
第二章も終盤ですので、小ネタ大ネタ問わず伏線回収していきますよー。

・チクることの恐ろしさを思い知りました。(小胸感)
しかし反省した様子はない模様。



 前書きでも述べたように、前回の72話で千早ネタを忘れるという失態を犯してしまいました。普段から誕生日ネタも一切触れてこなかったのですが、ネタ小説的には是非とも触れるべきでした。

 これからはこのようなことが無いように(72のように)固く(72のように)真っ直ぐな気持ちで(72のように)安定した執筆活動を続けていく所存です。

 稚拙な文章ではありますので、皆さんも期待に(72のように)胸を膨らませずにお楽しみください。



 あ、今回から千早回です。



『デレマスを視聴して思った三つのこと』

 ・え、346プロ大手? マジ設定どうしよう……。

 ・リwアwルwエwネwドwリw

 ・お姉ちゃんエロい!


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Lesson65 俺がアイドルになったワケ 2

デレマス最新話を見ながらドンドン新要素を盛り込んでいるスタイル。

その結果辻褄合わせが大変になろうが知ったこっちゃない()


 

 

 

 おかしい。

 

「まだクリスマスプレゼントを購入していないにも関わらず財布が軽い」

 

 激おこちーちゃんのご機嫌を取るために喫茶店でケーキを奢った結果である。女の子の機嫌の取り方なんてこんなやり方しか知らないのだ。

 

「えっと、すみません良太郎さん、私達までお金を出していただいてしまって……」

 

「大丈夫ですか? 良太郎さん」

 

「はは、屁の突っ張りはいらんですよ」

 

「言葉の意味は分かりませんが凄い自信ですね」

 

 強がりですが何か。年下の女の子の手前(約一名違うがこの際些細なこと)、これ以上グダグダ言っても仕方がない。

 

「ホントすまんな」

 

「そう言えばお前しれっと金払ってなかったなおいどういうことだ」

 

 

 

 さてさて、喫茶店でお茶をしながら少しお話をしたのだが、その際なんと春香ちゃん達が俺たちの買い物のお手伝いをしてくれるということになった。

 

「それにしても、本当に良かったんですか? あずささん達も自分達の買い物があったはずなのに……」

 

「私達は大丈夫よ。少し服を見ていただけで、特に用事があったわけでもないから」

 

「はい。忍さんへのプレゼント選びだったら私達も喜んでお手伝いしますよ」

 

「私がお力になれるかどうか分かりませんが……」

 

 ね? とあずささんが春香ちゃんと千早ちゃんに振り返ると、春香ちゃんは快諾、千早ちゃんは自信無さげではあるが承知した様子だった。

 

 どうやら先日俺の知らないところで月村とも知り合っていたらしく、春香ちゃんと千早ちゃんは月村のことを既に知っていた。聞けば春香ちゃん達がナンパされていたところを月村とデート中だった恭也が颯爽と現れて助け出したとのこと。おいおいイケメンかよ。イケメンだった。

 

 しかしこれで恭也が月村に対して変なプレゼントを贈って罰ゲームという未来は回避されただろう。いやマジ助かった。

 

「良太郎さんもプレゼント選びなんですよね?」

 

「そうだよー。俺はそこのイケメンと違って友達と妹と妹みたいな母親以外にあげる人はいないけどねー」

 

「……ん?」

 

 俺の発言の何処かに気になるところがあったのか春香ちゃんは小首を傾げていたが、特に何も尋ねてこなかった。

 

「妹……ですか?」

 

「そう。正確にはこいつの妹なんだけど、昔から家族ぐるみでの付き合いだから俺にとっても妹みたいなもんだよ」

 

 歩きながらで少々行儀が悪いと思いつつも、ポケットから出したスマフォの画像フォルダを開いて去年のクリスマスの画像を引っ張って来る。映っているのは我が周藤家の三人と、高町家の五人、そしてフィアッセさんを合わせた九人の集合写真だ。

 

「俺の右隣にいるのが長女の美由希ちゃん、目の前にいて肩に手を置いてるのが次女のなのはちゃん。なのはちゃんの方は前に翠屋に来た時にいたから分かるよね?」

 

「わ! あの女の子、恭也さんの妹さんだったんですね!」

 

「……可愛い……」

 

 写真を見ながらそうだったんだー! と手を叩く春香ちゃん。千早ちゃんも何か呟いたような気がしたのだが、春香ちゃんが手を叩く音と重なってしまって何も聞こえなかった。

 

「みんなは兄弟とか姉妹とかいるの?」

 

 そういえばこういったプライベートな質問をしたことがなかったなーと思い、丁度今はプライベートだしこういう話題もいいかなと話を振ってみる。

 

「私は一人っ子だけど、幼馴染のお姉さんがいたわ」

 

「私も一人っ子でした。千早ちゃんは?」

 

「え、私……?」

 

 春香ちゃんに問われ、千早ちゃんの目が一瞬泳いだ。

 

「私は、その……兄弟も姉妹もいないわ」

 

「そっかー。じゃあ兄弟がいるのは良太郎さん達だけなんですね」

 

 少しだけ千早ちゃんのリアクションが気になったのだが、あまり触れない方がいいだろうと判断して春香ちゃんにそうだねーと返す。

 

「さてと、それじゃあ心強い女性陣の味方も引き入れたことだ。早速プレゼントを入手しに行こうではないか!」

 

「「おー!」」

 

「あまり騒がしくするなよ」

 

「春香……あずささん……」

 

 俺が拳を突き上げると春香さんとあずささんがノリノリでそれに付き合ってくれたが、恭也は呆れ顔でため息を吐き、千早ちゃんは若干恥ずかしそうに顔を俯けるのだった。

 

 

 

「あ、その前にATMでお金下ろして来ていいですか」

 

「……さっさと行って来い」

 

「す、すみません!」

 

「ごめんなさいね、良太郎君」

 

「………………」

 

 

 

 

 

 

「そういえば私、最近無性に蜂蜜を溶かしたお水が飲みたくなることがあるんですよ」

 

「前世の記憶じゃないかな」

 

「私は、そんな春香ちゃんを凄く可愛がりたくなるのよ」

 

「それも前世ですよ」

 

「私は高槻さんを見ると鼻から愛が溢れそうに……」

 

「それも前世……前世? いや、どっちかと言うと中の人……?」

 

 いやまぁ、前世も中の人も意味は同じだけど、根本的な部分で違うというか……。

 

 

 

「……あ」

 

 適当に色々な店を回っていると、不意に春香ちゃんが視線を上げた。

 

「ん? どうかしたの?」

 

 何かあったのかと春香ちゃんの視線を追ってみるとその先の街頭ビジョンに一人の女性が映っており、ステージの上で歌を歌っていた。ふんわりとしたボブカットに左目の泣きぼくろ、そして特徴的な緑色の右目と青色の左目。

 

 彼女は確か……。

 

「えっと、346(ミシロ)プロダクションの高垣(たかがき)(かえで)さんだね」

 

「あら? 高垣さんってモデルの方じゃ……。それに、346プロにアイドル部門の部署ってあったかしら?」

 

 首を傾げるあずささん。

 

「最近新設されたばかりだそうですよ」

 

 346プロダクションは女優やモデルを多く輩出する大手芸能プロダクションであるが、歌手やアイドルなどの部署が存在しなかった。ところが最近新たにアイドル部門を設立。栄えある346プロからデビューするアイドル第一号として、元々346プロにモデルとして所属していた楓さんが抜擢されたということだ。

 

「元々アイドルにも少し興味を持っていたみたいですし、楓さんも丁度いいタイミングだったんじゃないですかね」

 

「……あれ、良太郎さん、高垣さんと面識あったんですか?」

 

「ん? あぁ、雑誌の撮影現場で何回かね」

 

 俺の活動はライブやコンサート中心なのでそんなに回数をこなしているわけではないため、何回か現場が一緒になった程度の話だが。

 

 その際、俺並に無表情な346プロの関係者と何故か無言のにらめっこが五分ほど続くという珍事があったのだが、まぁ特に話すようなことでもないだろう。

 

「良太郎さんって本当に交友関係広いですよね」

 

「そうかな?」

 

 果たして楓さんとの関係を交遊と称していいのかどうか。

 

「そもそも交遊関係の広さというものを自分自身で把握しきれてないし」

 

「仰っている意味がよく分からないのですが」

 

 こう、大人の都合でいつの間にか知り合っていたり、辻褄合わせ的に知らなかったことになりそうな意味で。

 

 とりあえず見切り発車は良くないということを肝に命じておこう。(メメタァ)

 

 

 

 その時だった。

 

「おっと」

 

 びゅうっと冷たい木枯らしが吹き抜けていった。生憎春香ちゃん達は全員パンツルックだったのでチラリは期待できそうにないが、何処かにスカートを押さえて恥ずかしそうにしてる女の子でもいないかなーなどと考えながら少しだけ視線を周りに向ける。

 

 そんな俺の目に映ったのは。

 

 

 

 飛ばされた帽子を追いかけて車道に飛び出す、一人の男の子の姿だった。

 

 

 

「っ!?」

 

「危ない!」

 

 あずささんが息を呑み、春香ちゃんが思わず自身も道路に飛び出しそうになる。

 

 そんな春香ちゃんの腕を掴んで止める。

 

「っ!? 良太郎さ――!」

 

 街中に響く急ブレーキの音、目撃してしまった人が発する悲鳴。

 

「大丈夫」

 

 だが、こんな時に真っ先に動く男を俺は知っている。

 

 だから俺は春香ちゃんを止めるだけに留まった。

 

 そいつが男の子を助けると知っていたから。

 

 

 

「恭也!」

 

「大丈夫だ! 子供に怪我は無い!」

 

 

 

 それは、反対側の歩道から聞こえてきた恭也の声だった。

 

 車道には既に男の子の姿は無く、ただ急ブレーキをかけたことによる渋滞が発生しているだけで人は誰もいなかった。

 

「……え?」

 

 何があったのか分からず呆ける春香ちゃん。

 

 まぁ簡単に説明すると、高町家の流派の奥義を使った恭也が高速移動して男の子を抱き抱えて反対側の歩道まで駆け抜けた、ということだ。何やら集中力を高めることで周囲がゆっくりに云々の説明を受けたが正直現実味が無く大体聞き流していたので詳しい原理は分からないが、とりあえず「しんそく」みたいなものらしい。寧ろそんな勢いで抱き抱えたらそっちの方が危ないんじゃとか思わないでもない。慣性の法則仕事しろ。仕事したらしたで大変なことになってたが。

 

 というか、久しぶりに見たが相変わらず化け物染みた速さだった。気付いた時には既に隣にいなかったし。これが若者の人間離れって奴か……。

 

「よ、よく分からないけど、とにかく無事なんですね……よかったぁ……」

 

 心底安心した様子の春香ちゃん。隣であずささんも同じように胸を撫で下ろしていた。

 

 ふぅ、一瞬ヒヤッとしたが、特に大事になることもなく終わりそうで何より――。

 

 

 

「……ち、千早ちゃん?」

 

「ど、どうしたの千早ちゃん!?」

 

 

 

「っ!?」

 

 春香ちゃんとあずささんの声に振り返ると、そこにはその場に蹲る千早ちゃんの姿があった。

 

「千早ちゃん!?」

 

 慌てて近寄ってその肩に手を置くが、千早ちゃんからの反応がない。目の焦点が合ってなく、自分の体を抱き締めながら震えて若干過呼吸気味だ。

 

「ど、どうしたの千早ちゃん!?」

 

 春香ちゃんやあずささんの様子を見る限り、どうやら普段からの発作ではなさそうであるが、正直今はそんな考察をしている場合じゃなかった。

 

(不味い、人が集まってくる……!)

 

 あわや大惨事という事態は防ぐことが出来たものの、車道は渋滞を起こし何があったのかと周りの人達が足を止める。きっとその内警察も来る。

 

 そんな中でこんな状態の『アイドル』がいるのは理由云々をすっ飛ばしてまずい状況以外の何物でもない。

 

 チラリと視線を反対の歩道にいる恭也へと向ける。恭也は助けた男の子の母親らしき人物から頭を下げられていた。

 

(………………)

 

(っ! ……すまん!)

 

 俺の視線に気付いた恭也は視線で「行け」と言ってくれた。

 

 本当、アイドルの事情を察してくれる幼馴染みで助かった。

 

(一先ずここを離れよう。春香ちゃん、あずささん、お願い)

 

(は、はい)

 

(千早ちゃん、立てる?)

 

 小声で春香ちゃんやあずささんにお願いをし、千早ちゃんに肩を貸してあげてもらって足早にその場を離れることに成功した。

 

 

 

 ……この時の俺は、今回の件がこれで終わる気は一切していなかった。

 

 そしてこの予感は、翌日耳にすることになる凶報という形で現実になってしまったことを知る。

 

 

 

 如月千早が歌声を無くしてしまった、と。

 

 

 




・「はは、屁の突っ張りはいらんですよ」
お遊びはここまでだ(シリアス突入的な意味で)

・「無性に蜂蜜を溶かしたお水が~」
・「そんな春香ちゃんを凄く可愛がりたく~」
・「高槻さんを見ると鼻から愛が~」
祝! 英雄譚発売記念! 的な中の人ネタ。ただしちーちゃんのみミンゴス入り。
蓮華ああぁぁぁ!! 待ってろよおぉぉおぉ!!
呉編発売の十月下旬に逢いに行くからなああぁぁぁああ!!

・346プロ
デレマスのキャラが所属するアイドル事務所。
感想で「アイドル部門設立は二年前だった」という話を聞き、しかもこの作品ではデレマスキャラは全員二年前設定にしてあったので、時期的に丁度良かったために正式に登場させることと相成りました。
感想で色々と教えてくださった方々、ありがとうございました。

・高垣楓
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。クール(ギャグ)。
346所属デレマスキャラ一人目。実際アニメではどうなるのか知りませんが、とりあえずこの作品ではこういう設定に。
何かあったらその都度軌道修正を(ボソリ)

・無表情な346プロの関係者
実は武内Pが楓さんの元プロデューサーとかだったら面白いなーと思いつつ、アニメの展開によって臨機応変に対応できる曖昧な表現にしておく。

・やっぱりイケメン恭也
もうこいつが主人公でいいんじゃないかな()

・御神流 奥義之歩法 神速
恭也が出る二次創作なら一度は絶対にお目にかかる例のアレ。

・「しんそく」
威力80 命中100 優先度+2



 シリアス突入。

 これだったら原作通りでいいんじゃないかとお思いの方もいらっしゃると思います。作者もそう思いました()

 ただこの世界線で原作通りに進むと、流石にブチ切れた麗華さんが961とことを起こしてしまいそうだと思ったのでこういう形に。実は黒井さん(一時的)救済ルートだったという。

 次回はまたあとがきが短くなりそうです。



『デレマスを視聴して思った三つのこと』

・「前川ぁ!」「みくにゃん悪くないし!」

・熊本弁超ムズイ。

・茜ちゃんだ! 元気だ! 小柄だ! 大乳だ!


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Lesson66 俺がアイドルになったワケ 3

お覚悟は、よろしくって!?
(シリアス突入&プリンセスプリキュア面白かったですの意味)


 

 

 

「……歌えなくなったって……本当なのか?」

 

『……えぇ、本当よ』

 

 携帯電話の向こうから聞こえてくるりっちゃんの声は、いつもよりも重いものだった。

 

 

 

 例の買い物の日から数日。あの時の千早ちゃんのおかしな様子と彼女たち765プロの番組『生っすか!?サンデー』のMCを体調不良の名目で休んだことが気になり、りっちゃんに連絡を取ってみることにした。

 

 その結果、帰って来たのは『千早ちゃんが歌えなくなってしまった』という衝撃の事実だった。

 

「原因は……もしかして、あの事故?」

 

 思い当たる原因は、千早ちゃんの様子がおかしくなる直前に起きた事故。

 

『その時の様子は、春香やあずささんから聞いたわ。男の子が車に轢かれそうになったのを、アンタの友達が間一髪のところで助けたんですってね』

 

「あぁ。だから怪我人もいなかったし、歌えなくなるほどのショックを受けるような出来事じゃ――」

 

『……千早、八年前に弟さんを交通事故で亡くしてるらしいの』

 

「っ!?」

 

 もしかしてと考え、まさかと否定していたそれを告げられ思わず言葉に詰まる。

 

「でも千早ちゃん、あの時『自分に兄弟はいない』って……あぁくそ、そういうことか」

 

 『今の自分にはいない』っていう意味だったとは。

 

『千早の目の前で、その、車に……』

 

「……なるほど、今回の事件でその時のことがフラッシュバックしたってことか……」

 

 今回の事故による被害者は幸いにもいなかったが、男の子に車が迫る場面がその瞬間と重なってしまったのだろう。

 

 話によると、千早ちゃんはその弟君によく歌を歌って聞かせてあげていたらしい。歌を歌うと喜んで手を叩く弟君、そしてそれが嬉しくて更に歌を歌う千早ちゃん。

 

 きっと、彼女にとっての『歌』とは『弟君との思い出』と深く繋がったものだったのだろうと、容易に想像することが出来る。

 

 

 

 しかしその結果、千早ちゃんはショックで歌声を無くしてしまった。

 

 

 

『お医者さんは喉や発声に問題は無いって……』

 

 心の問題、というやつだな。

 

「ちなみに、そのことは千早ちゃん本人から?」

 

『……うん。事故の話自体は、千早の両親から話を聞いていた社長からだけど……千早の口からも、話してくれたわ』

 

「……そうか」

 

 多分、頭では割り切れていたのだろう。だから今まで歌ってこれたし、日常生活でも問題はなかった。しかし、目に見えない心はしっかりと傷付いていた。

 

 そこまでの事情を聞いておいてふと思ったのだが。

 

「俺としては事情が知れてありがたいけど……いいの? 話してくれて」

 

 メディア側にはしっかりと体調不良ということになっているから、千早ちゃんの過去を含めた話は全部オフレコのはずだ。それを完全に部外者の俺に話してしまっても良かったのだろうか。

 

『………………』

 

「?」

 

 無言。もしもーし。

 

『……は、ははっ』

 

 突如電話の向こうのりっちゃんが笑いだした。

 

『はははっ、そうよね、普通に話してたけどアンタ部外者なのよね。本当に普通に話してたわ』

 

「お、おう」

 

 本当にどうしたの突然。

 

『……千早ね、歌えなくなった以上この仕事を続けていくつもりはありませんって……連絡も取れなくて』

 

「……うん」

 

『何回も家に行ってるんだけど出てきてくれなくて……で、でもね! 今春香達が頑張ってくれてるの!』

 

「春香ちゃん達が?」

 

『えぇ! あの子達、今全員で作詞をしてるのよ! 千早のために、千早のための曲を作ろうって!』

 

「……そうか」

 

 動き乏しい表情筋が口元に笑みを浮かべるために動くような、そんな気持ちになった。

 

 あぁ、春香ちゃん達だったらきっとそんなことをするんだろうな、と。

 

 こういう時、俺も『事務所の仲間』というものが羨ましくなる。

 

『今作曲の先生にも頼んでて、次の定例ライブまでには間に合わせるつもり。……プロデューサーも、みんなも、千早はきっと来てくれるって信じてる』

 

「そうか。……そうだ、りっちゃん」

 

『ん?』

 

「アイドルのプライベートを聞くようで悪いんだけど……」

 

 

 

 ――俺も千早ちゃんのお見舞いに行きたいんだけど、ちょっと手伝ってくれない?

 

 

 

 

 

 

「ふう」

 

 りっちゃんとの通話を終了し、俺は待ち受け画面の時計で時間を確認してからスマフォをポケットの中に仕舞った。まだ次の出番までは時間があるが、もうそろそろ楽屋に戻っておいた方がいいだろう。

 

 物置となったスタジオ廊下の一角から抜け出すと、自分の楽屋に向かって歩を進める。

 

(……弟君のために歌を、か……)

 

 その話を聞いて、俺は胸の奥にストンと何かが納まるのを感じた。

 

 俺が初めて千早ちゃんと出会った時に感じた印象の原因は、これだったのか。

 

 

 

 ――彼女は、薄い。

 

 

 

 『弟のために歌を歌う』ということ自体を否定するつもりはさらさらない。

 

 でも、いくら意志が固くても、薄ければ『敗れて』しまうのだ。

 

(……本当は、部外者が出しゃばるようなことでもないんだよなぁ…)

 

 真美ちゃんの時も、美希ちゃんの時も、響ちゃんの時も。全部それは『アイドル』についてのアドバイスや、助言。今回の千早ちゃんは、そのアイドルよりも更に根っこの話、さらにプライベートに踏み込んだ問題。他事務所からの妨害行為ならいざ知らず、本来ならば肉親でもなければ同じ事務所の人間でもない俺が関わるべき問題じゃないのかもしれない。

 

 でも、黙って傍観するには――。

 

 

 

 ――あまりにも、千早ちゃんは俺と『似すぎて』いた。

 

 

 

 

 

 

「や、春香ちゃん」

 

「……こんばんは、良太郎さん」

 

 とある日の仕事終わりの夕方。俺はとある駅で春香ちゃんと待ち合わせをした。もちろんデートなどと言う甘酸っぱい物ではなく、りっちゃんにお願いした千早ちゃんへのお見舞いである。女の子が一人暮らしをしているマンションの部屋を教えてくれとは流石にお願いすることが出来ず、定期的に千早ちゃんの家に様子を見に行っている春香ちゃんのお供をするという形になったのだ。

 

 俺と春香ちゃんは挨拶もそこそこに、千早ちゃんの部屋へと向かって歩き始める。

 

「……大体の事情はりっちゃんから聞いてるよ。ごめんね、この間俺達が買い物に巻き込んじゃったせいでこんなことになっちゃって」

 

「そ、そんな! 良太郎さんのせいじゃないですよ!」

 

「……そう言ってもらえるとありがたいよ」

 

 ふと、春香ちゃんが手にした紙袋から覗く小さなスケッチブックが目に入った。

 

「そのスケッチブックは?」

 

「あ……これは、千早ちゃんのお母さんから預かったものなんです。千早ちゃんに渡してくれって……」

 

「千早ちゃんのお母さんから?」

 

 そう言いながら手渡してくるそれを春香ちゃんから受けとると、パラパラと数ページ捲ってみる。

 

「もしかしてこれって……」

 

「……亡くなった千早ちゃんの弟さん、(ゆう)君が描いた、歌っている千早ちゃんだそうです」

 

 そこには髪の長い笑顔の女の子がマイクを手にした姿が何枚も描かれていた。子供が描いた拙い絵ではあったが、それはちゃんと千早ちゃんだと認識することができ、そしてどれも『とても楽しそうに歌う千早ちゃん』の姿だった。

 

「……凄く楽しそうに歌ってたんだね、昔の千早ちゃんは」

 

 思わず呟いてしまったその言葉は、暗に「いつも千早ちゃんは楽しそうに歌っていない」という意味の言葉になってしまったが、それを否定するつもりはなく、春香ちゃんも「はい」と頷いた。

 

「私も同じことを思いました。そのスケッチブックに描かれた昔の千早ちゃんみたいに、笑顔で歌っている千早ちゃんを見たことないって……」

 

 歌っている千早ちゃんの姿を思い出す。歌っている時の千早ちゃんは、確かに充実しているような、満足しているような。

 

 けれど、楽しそうではなかった。

 

「でも……いや、だから私は、また千早ちゃんに戻ってきて欲しいんです。今度は、一緒に楽しくステージの上に立ちたいから」

 

 そう言いながら、春香ちゃんが紙袋を握る手にギュッと力を入れたのが分かった。

 

 きっとその紙袋の中には彼女の、彼女達の『想い』が入っているのだろう。

 

「……そっか」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

「ここです」

 

「……うん」

 

 とあるマンションの、如月という表札が掲げられた一室。極々一般的なマンションの扉。けれど、今はそれが開くことが無くなった天の岩戸のように見えてしまった。

 

 春香ちゃんがインターホンのスイッチをグッと押し込むと、室内から聞こえてきたチャイムの音が中の住人に来客を告げた。果たして今の俺達が望まれている来客なのかは分からない、が。

 

「千早ちゃん、こんばんは。春香です」

 

 扉の向こうにいるであろう人物に向かって話しかける春香ちゃん。しかしそれに対して何の言葉も返ってこなかった。

 

「今日は心配した良太郎さんも一緒に来てくれたんだよ」

 

「こんばんはー、千早ちゃん。最近見ないから心配したよ」

 

 二人で声をかけるが、やはり無言。言葉は返ってこない。

 

「あ、あのね、今日は渡したいものがあるの。ここ、開けてくれる?」

 

『……今は何も欲しくないの』

 

 扉越しに聞こえてくるややくぐもった声。ようやく聞こえてきたそれは、紛れも無く千早ちゃんのものだった。

 

「で、でも!」

 

『もう、私のことは放っておいて……』

 

 それは、明確な拒絶の言葉だった。

 

「それはちょっと酷いんじゃない、千早ちゃん」

 

「りょ、良太郎さん?」

 

 思わず声を挟んでしまったが、元々千早ちゃんと話をするために来たので構わず進める。

 

「春香ちゃんは……いや、春香ちゃんだけじゃない、赤羽根さんやりっちゃん、765プロのみんなが千早ちゃんを心配してくれてるんだ。顔ぐらい見せてあげたら――」

 

 

 

『放っておいてって言いました!』

 

 

 

「っ……!?」

 

 扉の向こうから聞こえてくる怒声に、隣の春香ちゃんが身を強張らせる。

 

『歌もダンスも一流の貴方に、唯一の歌を無くした私の気持ちが分かるんですか!? 弟のための全てを無くした私の気持ちが分かるんですか!?』

 

 きっとそれは、仲間の春香ちゃんには決して漏らすことが出来なかった千早ちゃんの本音なのだろう。予想はしていた。千早ちゃんは、大切に思っている相手だからこそ吐露することが出来ない思いを抱えているのだろうと。

 

「分かるよ」

 

「……え?」

 

 

 

「俺と君は……よく似てるんだよ」

 

 

 

 そしてその気持ちは、痛いほどよく分かった。

 

 

 

「……良太郎さんと、千早ちゃんが……?」

 

「……ちょっとだけ、昔話に付き合ってもらっていいかな」

 

 

 

 さて、ほんの少しだけ語ることにしよう。

 

 俺が『アイドルを始めるきっかけ』でも『アイドルを続ける理由』でもなく。

 

 

 

 ――周藤良太郎が『アイドルになろうと決意』した話を。

 

 

 




・体調不良の名目でお休み
この世界では弟のことが記事になっていないので、世間的には本当にただの病欠ということになっております。

・歌えない理由
アニメとは違う理由ですが、弟に関することで強いショックを受けたという点で同じのためこの展開で問題ないと考えております。



 重い(ちょーネタに走りたい)

 今回語るべきことは全部次回の後書きに回させてもらいます。



『デレマス4話を視聴して思った三つのこと』

・これは作画にロリコンがいますわ(定型文)

・熊本弁(初級編)

・「どすこい雪歩」って書き込んだ奴、怒らないから出てきなさい。


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Lesson67 俺がアイドルになったワケ 4

少年は誰がために歌を歌う。


 

 

 

「俺がアイドルを始めたのは、兄貴が勝手にオーディションに応募したのがきっかけだった」

 

 千早ちゃんの部屋の扉に背中を預けた良太郎さんは、色んなメディアで話してるからもしかして知ってるかもしれないけど、と前置きしてから話し始めた。

 

「恭也の実家の道場に通ってたから体力にはそれなりの自信はあったけど、それ以外のことはてんで門外漢。歌もダンスもまともにしたことなくて、課題の歌とダンスを練習し始めたのはまさかの三日前から」

 

 いやぁ今にして思えばマジでやる気なかったんだなぁと、良太郎さんはハッハッハッと軽く笑う。

 

 

 

 ――しかし、周藤良太郎はそのオーディションを他の参加者の追随を許さぬ圧倒的大差で勝利した。

 

 

 

「オーディション終了直後から色んなお偉いさんが寄ってきて『是非うちの事務所に』だの『我が社と独占契約を』だの鬱陶しくてねぇ。まぁそういう関係の話はその頃から全部兄貴に丸投げしてたんだけど」

 

 良太郎さんはその誘い全てを断り、お兄さんと二人三脚のフリーアイドルとなった。

 

 ここまではドキュメンタリー番組や雑誌などで誰もが一度は耳にしたことがある話だ。

 

「そこまで持ち上げられれば、流石に自分でも何となく察したんだよ」

 

 

 

 ――あぁ、俺には『アイドルとしての才能』があったんだ、って。

 

 

 

「さてここでクエスチョン」

 

「え?」

 

 唐突だった。

 

 良太郎さんは目を瞑っているため、果たしてその質問が私と千早ちゃん、どちらに対するものなのかは分からなかった。

 

「自分に『アイドルとしての才能』があると分かった俺が、一番最初に抱いた感情とはなんでしょーか?」

 

 フリップにお書きください、という良太郎さんの冗談に「フリップなんて無いんですけど」と突っ込みたかった。

 

 けれど、出来なかった。

 

「春香ちゃん、分かった?」

 

「えっ? えっと……よ、『喜び』ですか?」

 

「ぶっぶー! ざんねーん!」

 

 マイナス1りょーたろーポイントー、と再び冗談めかす良太郎さんに、私は反応出来なかった。

 

 良太郎さんが一体何を言いたかったのか分からなかった。

 

「それじゃあ正解。自分に『アイドルとしての才能』があると分かった周藤良太郎が、一番最初に抱いた感情とは――」

 

 事も無げに。

 

 極々自然に。

 

 本当にただのクイズの答えを発表するように。

 

 良太郎さんは『それ』を発した。

 

 

 

 

 

 

 ――『落胆』と『失望』でした。

 

 

 

 

 

 

 それは、遠い昔のお話。

 

 ……ごめん、誇張した。まだ四年前のお話です。

 

 当時中学生の俺はまだ『神様からの特典』というものに執着していた。

 

 兄貴の才能に嫉妬し、しかし兄貴本人や幼馴染の言葉によって少し前を向き始めた。

 

 ……でも、まだ俺はきっと何処かで『浮いて』いた。

 

 心の何処かで俺は『転生者』であることと『特典』が捨て切れていなかった。

 

 心の奥底で、ずっと期待していたのだ。

 

 

 

「中学二年の頃だったかなぁ。文字通り、中二心満載だった俺は『自分は特別な才能を持っている』って信じて疑っていなかった」

 

 いやはや、転生したことを知らない人からしたらマジ黒歴史。

 

「マジもんの天才の兄貴に、剣術の才能に溢れた幼馴染とその妹。周りを才能豊かな人たちに囲まれて、俺自身も何かの才能を持っているんだと信じていた」

 

 

 

 ――俺が神様から貰った特典は、きっとみんなに負けない素晴らしいものだって。

 

 

 

「そして蓋を開けてみれば、それは『アイドルとしての才能』だった」

 

 歌って踊る、アイドルになるための才能。

 

「兄貴のように頭が良いわけでもなく、恭也のように剣が強いわけでもない」

 

 それはきっと『社会(みらい)を作る才能』と『人命(みらい)を護る才能』。

 

 対して俺に出来ることは、歌うことと踊ること。

 

 

 

 それだけなのだ。

 

 

 

「あぁ、自分の才能はこんなものなのか、って」

 

 

 

 だから『落胆』し、『失望』した。

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 何も言えなかった。

 

 今現在アイドル界の頂点に立つアイドルの口から、『アイドルとしての才能』に落胆して失望したなどと言う言葉が出てくるなんて思わなかった。

 

 そして本音を言えば、そんなこと聞きたくなかった。

 

 良太郎さんは、いつもの無表情で淡々と語る。いつもは無表情でも感情の起伏がしっかりと見て取れる良太郎さんだったが、今の良太郎さんからは何の感情も感じられなかった。

 

「……じゃあ、どうして良太郎さんは……」

 

 尋ねようと思って紡いだ言葉は、最後まで言い切れずに途切れてしまった。正確に言えば、尋ねる言葉に迷ってしまった。

 

 

 

 どうしてアイドルになったのか。

 

 どうしてアイドルになろうと思ったのか。

 

 どうしてアイドルをやっているのか。

 

 

 

 何をどう尋ねるべきなのか、俯き、言葉に迷う。

 

 

 

「……そんな俺の目の前に、一人の女の子がいた」

 

 

 

 その言葉に頭を上げると。

 

 いつも間にか瞼を開いていた良太郎さんは、とても真っ直ぐな眼をしていた。

 

 

 

 

 

 

「その女の子は、泣いていた。とある事故で父親が危篤になり、家族は父親に付きっきり。彼女の家が営んでいるお店も忙しくて、誰も彼女に構うことが出来なかった」

 

 思い出すのは、とある夕暮れの幼稚園。どうか面倒を見ていてくれないかと幼馴染に頼まれた俺が彼女を迎えに行くと、彼女は運動場の片隅で涙を流していた。

 

 彼女は辛かったのだ。大好きな父親も、母親も、兄も姉も。誰も自分の相手をしてくれないことが悲しくて、でもそんな大好きな家族たちに迷惑を懸けまいと『いい子』でいることが、辛かったのだ。

 

「俺は、どんな言葉をかけるべきなのかが分からなかった。どうしたら彼女を慰めることが出来るのか分からなかった」

 

 だからその時は、もう俺も自棄になっていた。

 

「自分の才能に落胆して失望して、目の前の泣いている女の子を慰めることが出来ない自分自身にイラついて。……気付いた時には、オーディションでの課題曲を歌っていた」

 

 

 

 ――なぁ神様、俺には『才能』があるんだろ? 『世界で一番武器になる能力』があるんだろ?

 

 ――だったら、今のこの状況が何とかなるのかよ!

 

 ――こんな才能が、何かの役に立つのかよ!

 

 

 

「今思えば、その時の歌と振付は人生史上最低だったんだろうな」

 

 別に音程が滅茶苦茶だったとか、振付が雑だったというわけではない。

 

 俺の『心』が、目を覆いたくなるような醜悪なものだった。

 

 ……でも――。

 

 

 

「――そんな俺の歌とダンスで、彼女は笑ってくれたんだよ」

 

 

 

 歌い終わった時、彼女は顔を上げていた。

 

 目は真っ赤で、頬には涙の跡があり鼻水もちょっと出ていた。

 

 でも、真っ赤な目をキラキラと輝かせて、一生懸命拍手をしてくれたのだ。

 

 

 

 ――す、すごい! かっこいい!

 

 ――えへへ、ありがとう、おにいちゃん!

 

 

 

 ――なのはは、もうなかないよ!

 

 

 

「彼女の父親の怪我を癒すことが出来たわけじゃない。彼女の家族を連れて来たわけでもない」

 

 それでも。

 

 

 

「俺の『才能』は、目の前で泣いている女の子を笑顔にすることが出来たんだ」

 

 

 

 傷を癒すことも、過去を変えることも出来ない。誰かを護ることも出来ない。

 

 それでも、俺の才能は『泣いている人を笑顔にすることができる才能』だった。

 

 後はまぁ、言わなくてもいいだろう。

 

 

 

 それが、俺がアイドルになろうと決意したっていう話。

 

 

 

 『アイドル』周藤良太郎の始まり。

 

 

 

 

 

 

「……その女の子は、今でも会いに行こうと思えばいつでも会いに行ける。でも、それでも。俺は千早ちゃんの気持ちがよく分かる」

 

 自らの歌で笑顔になってくれる。その喜びを俺と千早ちゃんは知っている。

 

 今の千早ちゃんは『あり得たかもしれないもう一人の俺の姿』なのだ。

 

「千早ちゃんは、本当に弟君のためだけに歌ってたのかい?」

 

『……私は……』

 

 そんなはずがない。

 

 だって、あの感謝祭ライブの時も、翠屋に来て憧れのフィアッセさんと握手をしていた時も、千早ちゃんはとても良い表情をしていた。

 

 あれは『千早ちゃん自身』の笑顔なのだと、俺は自信を持って言える。

 

「きっかけは弟君でも、『今』千早ちゃんが歌を歌う理由はそれだけじゃないはずだ」

 

 俺もそうだから、というのは少し強引なのかもしれない。

 

「笑顔が嬉しかったからとか、昔そうだったからとか、そうじゃなくてさ」

 

 でも、俺にとって『決意』と『理由』は別物で。

 

 

 

「千早ちゃんも……アイドル、楽しいんだろ?」

 

 

 

『………………』

 

「俺はスゲー楽しい。春香ちゃんは?」

 

「っ! た、楽しいです! すごく! 千早ちゃんと! 765プロのみんなと一緒にお仕事して、ライブやコンサートでお客さんの前に立って! ワーッて歓声が聞こえてきて、みんな笑顔になってくれて……!」

 

 それでそれでと更に言葉を紡ごうとする春香ちゃんの頭を二、三度ポンポンと軽く撫でて落ち着かせる。

 

「アイドルをやる『理由』は、それでいいんだよ」

 

 『きっかけ』、『決意』、『理由』。

 

 一見してそれらは全部同じ意味で、それでも人によっては意味が違っているのだ。

 

「歌えなくなっちゃったのは、昔のことを思い出してちょっと俯いちゃっただけなんだよ。俯いた状態で声なんか出るはずないだろ?」

 

 歌い手の千早ちゃんが、そんな基本的なことを知らないはずがない。

 

 下を向いて声なんか出ない。

 

 上を向いているからこそ、会場の一番後ろの席まで声を届けることが出来るのだ。

 

「『過去』を忘れろなんて口が裂けても言えないし、言うつもりもない。でも今は、『今』の千早ちゃんを心配して泣いてる友達のために、ここの扉を開けるところから始めてみようか?」

 

 結局何が言いたかったのかと言うと。

 

 君のことを心配している人のために、少しだけ心を開いてくれ。

 

 ただ、それだけ。

 

 それだけで、十分なのだ。

 

 

 

 

 

 

(……さて)

 

 後は、千早ちゃんがアイドルである『理由』たる彼女の出番だ。

 

 今回のことに関して言えば完全に部外者だったはずの俺はそろそろ退散――。

 

 

 

 ガチャ、ガンッ!

 

 

 

 目から火花が出たかと思った。

 

「ぐおぉおおぉ……!? 脳みそが真っ二つに割れるぅ……!」

 

「も、元々二つに割れてると思います……じゃ、じゃなくて!」

 

「す、すみません! 大丈夫ですか!?」

 

「だ、大丈夫……」

 

 いや、格好つけて扉に背中を預けてた俺が悪いんだ。そろそろ颯爽と去ろうと扉から体を離したところで千早ちゃんが勢いよく扉を開けるなんてことを想定していなかった俺が悪いんだ。

 

「と、とりあえず、久しぶりだね、千早ちゃん。……ちょっと寝癖ついてるよ?」

 

「へ? ……きゃ、きゃあああぁぁぁ!?」

 

 千早ちゃんにしては珍しくちょっとだらしなかった部分を指摘したら、顔を真っ赤にして部屋の中に戻っていってしまった。

 

 しかし、扉に鍵はかかっておらず、閉じられてすらいなかった。

 

「……さてと、それじゃあ今度こそ、後は春香ちゃんにお願いしようかな?」

 

「あ……は、はい!」

 

 ありがとうございました、と頭を下げてから、春香ちゃんは千早ちゃんの部屋へ入っていった。

 

 

 

 今度こそ、部外者の出番は終わりである。

 

 後は、彼女たちの役目。

 

 

 

「……周藤良太郎はクールに去るぜ……ってね」

 

 

 




・――『落胆』と『失望』でした。
神様から「特典あげるよ」って言われてそこそこwktkしながら転生して、いざ蓋を開けてみた『歌って踊る才能』だったら「我々と同じ人種」ならば普通にショックだと思う。
それに加えて周りが天才だらけだったことがとどめになった。

・「……そんな俺の目の前に、一人の女の子がいた」
Lesson20からの伏線をようやく回収。
実は草案の段階ではこのポジションに如月姉弟がいたが、主人公の年齢や世代的問題から白紙になったという裏話。

・なのはは、もうなかないよ!
TOPより。今見ても「ぶわっ」ってなる。

・「脳みそが真っ二つに割れるぅ……!」
颯爽と去ろうとしたのにギャグ補正に完全敗北する良太郎君UC。

・「……周藤良太郎はクールに去るぜ……ってね」
実は良太郎がSWのセリフ引用するのは二度目。一度目はどこだったか探してみよう(丸投げ)



 というわけで色々と『アレ』なお話でした。

 「お? アイドルの才能? じゃあ無双するぜ!」的な感じではなく、ちゃんとそれの意味を理解した上でアイドルをやっている、ということが伝われば幸いです。

 そして千早が引き籠った理由は良太郎が説得した内容に関しましては、アニメ内で言葉にされていなかったところを文章にしたらこうなるのでは、と考えております。

 しかし気が付けば千早回というよりは良太郎回のようになってしまっていました。ドウシテコウナッタ。



 ……これで終わったと思うでしょ? これ、次回に続くんだぜ……?

 次回、蛇足的な感じではありますが千早回ラストです。



『デレマス5話を視聴して思った三つのこと』

・( ゚∀゚)o彡゜雫のおっぱい!おっぱい!

・( ゚∀゚)o彡゜雫のおっぱい!おっぱい!

・( ゚∀゚)o彡゜雫のおっぱい!おっぱい!


 


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Lesson68 俺がアイドルになったワケ 5

kwsmさん「はるかといっしょにおねんねしたかったパフ」

最近、東山さんが忙しそうでナニヨリデース!


 

 

 

「……うぅ……」

 

 千早ちゃんの後を追って部屋の中にお邪魔させてもらうと、千早ちゃんは洗面所の鏡の前で寝癖を直そうと躍起になっていた。流石に寝癖が付いたままで異性の前に出るのは恥ずかしかったようで、その必死な様子に思わずクスリと笑ってしまった。

 

「千早ちゃん、私がやってあげるよ」

 

「は、春香……」

 

 千早ちゃんの手からブラシを受け取ると、洗面台の脇に置いてあった寝癖直しのスプレーを使って千早ちゃんの寝癖を直す。

 

「………………」

 

「………………」

 

 しばし無言のまま千早ちゃんの髪を梳く。

 

「……えっと、ちゃんとご飯食べてた?」

 

「……うん」

 

「………………」

 

「………………」

 

 再び無言。

 

「……あ、あはは。本当は色々話したいことがあったのに……何を話したかったのか、忘れちゃった」

 

 良太郎さんの話のインパクトが強かったというのもあるが、こうして直接千早ちゃんの顔を見ることが出来た安心感で胸が一杯だった。

 

「はい、寝癖直ったよ。これからはお休みの時に家で一人の時もちゃんと直そうね?」

 

「も、勿論分かってるわ。……ありがとう」

 

 どういたしまして、とブラシを返す。

 

「……えっと、今お茶を……」

 

「あ、私も手伝うよ」

 

「春香は待ってて。……色々と迷惑をかけちゃったお詫びにもならないけど、これぐらいさせて欲しいの」

 

「……うん」

 

 千早ちゃんがキッチンへと向かったので、私はリビングのカーペットの上に腰を下ろす。

 

 以前お邪魔した時よりは片付いているが、それでもまだ少し段ボールが多い千早ちゃんの部屋だった。

 

「お待たせ」

 

 元々ポットにお湯が沸かしてあったらしく、千早ちゃんはものの数分もしない内に紅茶を淹れて戻って来た。

 

「ありがとう、千早ちゃん」

 

 千早ちゃんが淹れてくれた紅茶に口を付ける。温かい紅茶が、冷えた身体を暖めてくれた。

 

「……千早ちゃん。さっきも言ったけど、今日は千早ちゃんに渡したいものがあって来たの」

 

 まずはこれ、と紙袋から優君のスケッチブックを取り出して千早ちゃんに手渡す。

 

「……これ、優の……」

 

「千早ちゃんのお母さんが、千早ちゃんに渡してほしいって」

 

 千早ちゃんのお母さんに会ったのは、前回千早ちゃんの様子を見に来た帰りだった。

 

 社長さんが千早ちゃんのお母さんに連絡を取っていたらしく、千早ちゃんが歌うことが出来なくなったことを知ってやって来ていたらしい。

 

 しかし、千早ちゃんのお母さんは千早ちゃんに会おうとしなかった。自分では渡せないからと、持ってきていた優君のスケッチブックを託されたのだ。

 

「そう……あの人も、来ていたのね……」

 

 そのことを千早ちゃんに伝えると、千早ちゃんはスケッチブックを捲りながらそう呟いた。

 

 自分の母親のことを「あの人」と呼ぶ千早ちゃんの気持ちは、残念ながら私には感じ取ることが出来なかった。

 

 それでも、今の千早ちゃんがとても寂しそうな眼をしているということだけは、私にも理解することが出来た。

 

「あと、これ」

 

「……これは……CD?」

 

 再び紙袋から取り出したのは、一枚のCDケース。

 

「あのね、千早ちゃん。私達、新しい曲を作ったの」

 

「新しい曲?」

 

「うん。765プロのみんなで詞を考えて、作曲の先生の曲を付けてもらったの。……どうやったら千早ちゃんに私達の気持ちを伝えることが出来るのかって考えて。……そうだ、歌にしようって。みんな作詞は初めてだったけど、頑張ったんだよ?」

 

 今の千早ちゃんに伝えたいこと、思い出して欲しいこと。

 

 それぞれが抱く千早ちゃんへの想いを形にした曲。

 

 開けてみて、と千早ちゃんに促す。

 

「……っ!」

 

 無地のCDケースの中に収められた一枚のCD。そこに書かれた、私達765プロのみんなの共通の想い。

 

 

 

 ――また一緒に歌おう!

 

 

 

「……書いてくれたのは、みんなを代表してプロデューサーさんが。でも、みんなからの言葉はちゃんとこの中に入ってるよ」

 

「……っ」

 

 千早ちゃんは、顔を俯かせて肩を震わせていた。

 

 そんな千早ちゃんの頭を抱き抱えるように引き寄せる。

 

「まだ声が出るかどうか分からないから怖いかもしれない。……でも、もう一回頑張ろう。諦めずに……私達と一緒に」

 

「……うん……ありがとう……春香っ……!」

 

 多分、千早ちゃんは今回のことで一度も泣いていなかったのだと思う。

 

 優君の事故がフラッシュバックし、歌声を失い、とてもつらい思いをしていたはずの千早ちゃん。でも、きっと彼女は泣いていなかった。

 

 だから、ようやく涙することが出来た千早ちゃんを、私はぎゅっと抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、春香。……みっともないところ見せちゃったわね」

 

「それって寝癖のこと?」

 

「は、春香っ!」

 

「あはは、冗談だよ、千早ちゃん」

 

「……聞いてみてもいい?」

 

「もちろん!」

 

 頷くと、千早ちゃんはCDのウォークマンを持ってきて聞く準備を始めた。

 

「えっと……春香も一緒に」

 

「……うん!」

 

 肩を寄せあい、ウォークマンから伸びたイヤホンを各々の右耳と左耳に付ける。

 

 ……曲が始まった。思わず「どう?」と聞きたくなったが、千早ちゃんは真剣な表情だったので止めておいた。それは歌に対していつだって真剣ないつもの千早ちゃんで、再びその表情が見れたことが嬉しかった。

 

 

 

「……いい曲ね」

 

「でしょ?」

 

 約七分のやや長めの曲(みんなで歌詞を考えていたら予想以上に長くなってしまった)が終わり、イヤホンを外したら千早ちゃんは笑顔だった。

 

「えぇ。今の私には勿体ないぐらい……でも、それ以上に『歌いたい』って気持ちで一杯だわ」

 

「千早ちゃん……!」

 

 『歌いたい』

 

 一度はアイドルを止めるとまで言っていた千早ちゃんの口から再びその言葉を聞くことができ、とても嬉しかった。

 

「そういえば春香、この曲の名前は?」

 

 千早ちゃんからのその問いかけに、私は静かに首を振った。

 

「実はまだ決まってないの」

 

「え?」

 

 そう、この曲にはまだ名前が付いていない。

 

 作詞をしている最中に出てきた案は何個かあった。

 

 でも。

 

「この曲の名前は、千早ちゃんに決めてもらおうと思って」

 

「……え!? わ、私が!?」

 

「うん」

 

 それが765プロみんなの総意。

 

 この曲は、765プロのみんなが一丸となって作り上げた曲。千早ちゃんのために作られた曲なのに、そこに『千早ちゃん本人の想い』が込められていないなんて悲しすぎる。

 

「だから、千早ちゃんに考えてもらいたいの」

 

「私が……」

 

「もちろん今すぐにとは言わないよ? これからゆっくりと……」

 

 ふと、千早ちゃんが何かを思案しているような表情だったことに気付いた。

 

「もしかして千早ちゃん、もう何か浮かんだの?」

 

「え? ……えっと、その……」

 

「何でも言って! 千早ちゃんの考えた名前だったら、絶対みんな賛成してくれるから」

 

 そう促すと、千早ちゃんはやや迷いながらも「それじゃあ」と頷いた。

 

「……二、三ヶ所、歌詞を変えてもらいたいところがあるの」

 

「……え?」

 

 曲名ではなく、歌詞に対しての提案だった。

 

 思わず呆気に取られてしまった私に、千早ちゃんは慌てた様子で首と手を横に振った。

 

「あ! べ、別にみんなが考えてくれた歌詞に不満があるわけじゃないのよ!?」

 

「そ、そんなに慌てなくても大丈夫だよ、千早ちゃん。さっきも言ったけど、この曲は765プロのみんなで作った曲なんだから、千早ちゃんにだって歌詞を考えても何もおかしくないんだから」

 

 それで何処を変えたいの? とCDケースの中に入れておいた歌詞が書かれた紙を取り出す。

 

「えっと……ここ、このサビのところ。『ここに誓おう』、『ここに誓うよ』、あと最後の『誓いを』」

 

 その三ヶ所を指差す千早ちゃん。

 

 

 

「この『誓い』を……『約束』に変えたいの」

 

 

 

「『約束』……?」

 

「えぇ」

 

 千早ちゃんはそうしっかりと頷いた。

 

「まだ一度も歌っていないし、まだ本当に歌えるのかどうかも分からない。でも、私はもう二度とアイドルを辞めるなんて言わない。みんなと一緒にアイドルを続ける。この曲を、その『約束』にしたいの」

 

 

 

 ――誓うことは独りでも出来る。

 

 ――でも、『約束』することは独りでは出来ない。

 

 

 

「……うん、いい! 凄くいいと思う! みんなもきっと賛成してくれるよ!」

 

 思わず千早ちゃんの手を取ってしまった。千早ちゃんは恥ずかしそうに笑う。

 

「ありがとう、春香。それで、この曲の名前なんだけど……」

 

「ふふ、千早ちゃんが何て名前にしたいのか、何となく分かっちゃった」

 

 特に示し合わせた訳ではない。

 

 自然と、私と千早ちゃんの声は揃っていた。

 

 

 

「「……『約束』」」

 

 

 

 

 

 

 さて、今回の事の顛末と言う名のオチを語ることにしよう。

 

 後日行われた765プロの定例ライブに、千早ちゃんはちゃんと出演することが出来た。

 

 765プロの仲間全員が作詞をした彼女の新曲。曲名は『約束』。最初はやはり声が出なくてヒヤリとしたものの、春香ちゃんを筆頭に全員がステージ上に集まり、一緒に『約束』を合唱。

 

 そこで千早ちゃんは、見事歌声を取り戻した。

 

 その時の彼女の表情は、泣き顔ではあったものの、今までで一番の笑顔だった。

 

 ……と、りっちゃんが教えてくれた。

 

 

 

「『如月千早が語る過去。弟の死を乗り越えた、現代の歌姫』か」

 

「……わざわざそれを記事にする意味は本当にあったのか?」

 

「あるに決まってるでしょ」

 

 手元の週刊誌に掲載されているのは、善澤さんが書いた千早ちゃんの記事。下手に隠して他の事務所からのネガティブキャンペーンとして使われるぐらいなら、いっそ自分から告白してしまおうと、千早ちゃんと高木社長、赤羽根さんとりっちゃんが相談して決めたらしい。

 

 『不幸自慢か』だとか『同情でも欲しいのか』と心無い声も少なからずある。

 

 けれど、一度乗り越えた彼女たちならもう大丈夫だろう。

 

「それより恭也、早く仕事終わらせろよ。月村の家で勉強会なんだろ」

 

「だからもう少し待っていろ。というか手伝え」

 

「拒否します」

 

 パサリと雑誌を閉じてコーヒーカップを傾けつつ、翠屋店内の掃除をする恭也の後ろ姿を眺める。先ほどの言葉で分かる通り、勉強会へ向かうのだが恭也の仕事終わり待ち状態である。

 

「良太郎お兄さん、おかわりはいかがですか?」

 

 空になったカップを持て余していると、ポットを手にしたなのはちゃんが近寄って来た。

 

「ん、ありがとー」

 

「はい! お勉強頑張ってくださいね!」

 

 そう言いながら店の奥に消えていくなのはちゃん。

 

 ……そうかぁ、改めてなんだけど、もう四年かぁ……。

 

 ボンヤリとなのはちゃんが去っていった裏口を眺めていると、ふと気が付いたら口が開いていた。

 

「……なぁ、恭也。もし……もし、なのはちゃんがいなくなったとしたらさ――」

 

「そんなことあり得ない」

 

 ご自慢の神速のような速度の否定だった。「いなくな」辺りで既に言葉が被っていた。

 

「いやそうだけどさ、もし……」

 

「その『もし』は絶対に無い」

 

 流石剣士と言うか、真っ向からバッサリ切られてしまった。

 

 言い切るなぁこのシスコンは、と思いつつ視線をそちらにやると、恭也は掃除の手を止めて真っ直ぐにこっちを見ていた。

 

 

 

「なのはがいなくなるなんてことは絶対に無い。俺や美由希、母さんや父さんが絶対にそんなことをさせるはずがない」

 

 ――だから。

 

「お前が心配する必要はない。『なのは』は、絶対にいなくならない」

 

 

 

「……そうか」

 

「あぁ、そうだ。お前は余計なことを考えずにアイドルをやっていろ。それがなのはにとっては一番だ」

 

「余計なことを考えずには流石に酷いぜ。俺はいつだってなのはちゃんやファンのことを考えながら歌っているっていうのに」

 

 

 

 幼馴染と軽口を言い合う、そんな昼下がり。

 

 

 

 

 

 

「そういえば恭也、お前月村へのプレゼントって」

 

「………………」

 

 ……どうにか俺だけでも罰ゲーム回避できないかなぁ……。

 

 

 




・春香と千早in千早宅
アニマス20話内での二度目の千早宅訪問の際に春香が説得に成功して扉を開けさせることが出来ていればこうなっていたのではないか、という作者の想像から生まれた原作再構成的なオリジナル展開。

・千早ちゃんを、私はぎゅっと抱きしめた。
・肩を寄せあい、ウォークマンから伸びたイヤホンを各々の右耳と左耳に付ける。
しかしいざ蓋を開けてみれば何故か作者も意図していなかったキマシタワー的な何かが。
アレー?

・「千早ちゃんに決めてもらおうと思って」
歌詞と曲名に関しては完全に作者が捏造したオリ設定。
アニメ本編で『約束』は765プロのみんなが千早のために作詞した曲という設定ですが、歌詞に含まれている「約束」という言葉だけは千早自身の想いを込めさせたかったので。

・善澤さんが書いた千早ちゃんの記事
例え同じ内容でも書き手と書き方が変われば意味合いはガラリと変わります。
これで、珍しく黒井社長に先手を打つことが出来た形になりました。

・「その『もし』は絶対に無い」
フラグではありません。この世界は『基本的に』みんな幸せな世界となりますので、そういう鬱的な展開は『ほとんど』ありません。



 というわけで蛇足的な感じではありますが、千早回終了です。珍しく主人公が絡まない原作再構成のようなラストとなりましたが、こういうルート分岐的なものは考えていて楽しいですね。

 この回を持ちまして千早は美希に続き765プロで二人目となる『覚醒』状態となりました。だからと言ってそこまで何かが大きく変わるわけではありませんが。

 さて今回重めにシリアスをやったので次回は(作者の)息抜きを兼ねた番外編『恋仲○○シリーズ』をお送りする予定です。

 番外編ばかりであれですが、リアルで忙しい上に今回のシリアスで神経を使ったので色々と「ひゃっはー!」したいと思います。



『デレマス六話を視聴して思った三つのこと』







 ……ネ、ネタに走ることすら出来ないンゴ……。


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番外編10 もし○○と恋仲だったら 4

最初に一言だけ。



ひゃっはーしすぎました。(^q^)
(過去最長一万文字弱 & R-15タグ追加)


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 カポーン……。

 

 

 

「……ふぃー……」

 

 お湯に浸かりながら、ゆったりと四肢を伸ばす。

 

 そこは露天風呂だった。何というかそれ以外に説明のしようがないぐらい露天風呂だった。自分の語彙の貧困さが悔やまれるぐらい、趣に満ちた露天風呂だった。

 

 別に自然の中にポツリと作られた天然温泉ではなく、そこは所謂温泉宿と呼ばれる場所だった。後ろを振り返ると自身が潜ってきた戸と洗い場という人工的なものが目に入り、視線を前に戻せばそこはしっかりと手入れがなされた人工的な庭園が広がっていた。

 

 人の手が加わった空間。人の手が加えられた空間。しかし、いや、だからこそ、こうした落ち着いた雰囲気を醸し出しているのだろう。多分これが侘寂(わびさび)と言うやつなのだろう。知らんけど。

 

 陽はすっかりと落ち、庭園に設置された燈籠がぼんやりと辺りを照らしていた。

 

 そこから視線を少し持ち上げると、そこには満天の星が広がっていた。真冬の澄んだ空気でもないというのにここまでの星空が見えるという事実が、ここが都心から遠く離れた場所だという事実を実感させる。

 

 

 

 カポーン……。

 

 

 

 この音って何処から聞こえてくるんだろうなぁ、と思いつつやや濁ったお湯をすっと手のひらで掬ってみると、そこには湯の花が浮かんでいた。

 

 とりあえず源泉掛け流しらしいのだが、説明をほとんど読まずに入ってきたため効能は一切分からない。が、効能云々を置いておいて疲労回復はしっかりとしてくれそうな気がした。

 

 春先は何かとイベントが多く、先日のIUから続くゴタゴタのせいで全くノンビリ出来なかった。故にこうしてまったりと温泉に浸かれることが出来て大変幸せである。まさにヘブン状態。

 

「……ふぃー……」

 

 体内に溜まった疲れを吐き出すように一息ついてから、改めて考える。

 

 

 

「……何で俺、ここにいるんだろ……」

 

 

 

 別にポルポった訳でもキングクリムゾった訳でもない。ここまでやって来た経緯はしっかりと覚えている。

 

 夕方にその日の仕事が終わり、さぁ明日はオフだとほんの少し足取り軽く帰宅。

 

 しかし何故か帰宅した途端に母さんから着替え一式が詰められたボストンバッグを押し付けられてそのまま家を追い出され、訳の分からぬまま『彼女』に手を引かれてあれよあれよと言う間に気が付けばこの温泉宿。

 

 つまりほんの四、五時間前まで普通に仕事をしていたのだ。

 

 な、何を言ってるのか以下省略。ごめん、やっぱりポルポってた。

 

「……まぁいいか」

 

 結局、母さんもグルだったとはいえ俺をここに連れてきた張本人に聞かねば分からぬことだ。

 

 疲れていたことには間違いないし、今はノンビリと温泉を堪能することにしよう。

 

 

 

 

 

 

 カラカラ……。

 

 ぼんやりと夜空を眺めていると、背後の戸が開かれる音がした。つまり誰かが入ってきたというわけで。

 

 

 

 まぁ、ここは『貸し切り』で『混浴』なのだから入ってくる人は一人しかいないのだが。

 

 

 

「待たせちゃったかしら?」

 

「いえいえ。眺めのいい露天風呂なんでノンビリしてたらあっという間でしたよ」

 

 ……さて、良太郎、気をしっかり持てよ? いくら鉄面皮の無表情とはいえ(最近麗華から「鉄面皮というよりは面の皮が厚いが正しい」と言われた。解せぬ)態度にはしっかりと出るんだから、変なところを見せるんじゃないぞ?

 

 グリンと上を向くように振り向く独特な角度(シャフド)で振り返る。

 

 

 

 そこには、バスタオル一枚に身を包んだ高垣楓さんの姿が――。

 

 

 

天然(てんねん)の露(てん)ねん……ふふふ」

 

「源泉掛け流しでも人の手は加わってるんですがそれは」

 

 ――何というかもう色々台無しだった。

 

 

 

 折角人が扇情的な格好の美人の姿を見ても取り乱さないように覚悟を決めて振り返ったというのに。バスタオルから僅かに覗く胸元や御御足(おみあし)が素晴らしいとか鎖骨がセクシーとか、色々描写しようとしたのに。

 

「身体を先に洗うから、もう少しだけ待っててちょうだい」

 

「はーい」

 

 出鼻を挫かれて肩透かしを喰らった俺を他所に楓さんは洗い場に向かってしまったので、俺も体を前に向き直す。 

 

 漫画や小説のようにシュルッとかファサッとかそういう擬音は聞こえてこなかったが、カランからお湯が流れる音が聞こえるということは既にバスタオルは外されているのだろう。

 

 つまり今振り返ると楓さんは『そういう』状態で、お約束の「覗いちゃダメよ?」が無かったのはつまり『そういう』意味なのだろうが、必死に「どうしてカポーンは聞こえてファサッは聞こえなかったんだろうなー」などとどうでもいいことを考えながら余計なことを考えないようにするのだった。

 

 ヘ、ヘタレちゃうわ! 恋人でもそこら辺は弁えてるだけだわ!

 

 

 

 というわけで、もうお察しだろうが俺をこの温泉に連れてきたのは346プロダクションに所属するアイドルにして我が最愛の恋人、楓さんである。

 

 楓さんはイベントや雑誌の取材などで度々温泉好きを公言しているので、彼女が温泉に来たがった理由はまぁ分かる。

 

 しかし何故このタイミングでいきなり連れてこられたのかどうかが分からない。普段から掴み所が無いような女性ではあるのだが、今回は輪にかけてよく分からなかった。

 

 ちなみにスレンダーな体型だが掴めるほどの大きさはある。何処がとか実際に掴んだことがあるかどうかとかは黙秘する。

 

 

 

 暫くしてお湯が流れる音が止まり、ヒタヒタとこちらに歩いてくる足音が聞こえてきた。

 

「お待たせ。結構待たせちゃったけど、大丈夫? 逆上せてない?」

 

「大丈夫ですよ」

 

 しかし正直余計なことを考えそうになって逆上せそうではある。

 

「ふふ、それじゃあお隣失礼するわね」

 

 すっと視界の端に肌色が映る。それは楓さんの足だった。

 

 それが見えてしまった途端、必死に我慢していた心に僅かな魔が差した。

 

 温泉にはタオルを浸けないことがマナーであり、温泉好きの楓さんがそんなことをするはずがない。つまり楓さんは今、タオルを外している訳で。

 

 

 

 チラリと視線がそちらに向いてしまった。

 

 

 

 見えたのは、楓さんの薄桃色の――。

 

 

 

 

 

 

 ――湯浴み着を身に付けた姿だった。

 

 

 

 ……うん、知ってた。というか濁ったお湯に隠れて見えてないけど俺も着てるし。大体、今は貸し切りとはいえここは紛れもなく混浴なのだから湯浴み着ぐらい貸し出していて当然である。

 

「ふぅ……いいお湯ねぇ。……あら? どうしたの?」

 

「いえ何でも」

 

 少しの羞恥とかなりの自己嫌悪に顔を覆う俺に、楓さんは不思議そうに首を傾げながらもクスクスと楽しそうに笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

「それで、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないですか?」

 

 一分ほどの自主反省タイムを終え、ようやく本題を楓さんに切り出す。

 

「あら、何のこと?」

 

「いきなりここに連れてこられた理由ですよ」

 

 しかしはぐらかされる。そんな のワの されても。それは春香ちゃんの持ちネタ……ちくしょう! 楓さんがやっても結構可愛いじゃないかこの二十五歳児!

 

「ふふ、冗談よ。そろそろ持ってきてくれると思うわ」

 

「持ってきて……?」

 

 俺の疑問と楓さんの解答に若干の食い違いがあるような気がした。

 

 ……ん? 何かを忘れているような……。

 

 

 

「失礼いたします」

 

 カラカラ……。

 

 一体何を忘れているのだろうかと首を捻っていると、背後から再び戸が開く音がした。

 

「ご注文の品をお持ちいたしました」

 

 振り返ると、そこには着物をたすき掛けにしたこの温泉宿の女中さんの姿があった。

 

 ご注文の品?

 

「こっちまで持ってきて頂けますか?」

 

「かしこまりました」

 

 どうやら楓さんが何かを予め注文したいたようだ。

 

 女中さんは近くまでやってくると、手にした『それ』を俺達の側に置いた。

 

「ありがとうございます」

 

「いえいえ」

 

 楓さんの労いの言葉に、女中さん(多分俺達よりも一回り以上年上)はウフフと微笑ましいものを見るような笑みを浮かべ――。

 

 

 

「それでは『ご夫婦』でどうぞ、ごゆっくり」

 

 

 

 ――そんなことを言い残して去って行ってしまった。

 

 再びカラカラという音と共に戸が閉まり、三度(みたび)カポーンという擬音が響いた。

 

「ふふ、あの女中さんには私と良太郎君が夫婦に見えたみたいね」

 

 いやいや、夫婦に見えたもなにも。

 

 

 

「そもそも最初から『夫婦名義』で宿泊予約してたんならそりゃそうでしょうよ」

 

 

 

 宿に着いた途端「ご予約のお名前は?」の問いに楓さんが自然に「周藤です」と答えたことに「!?」ってなって「周藤様ですね、承っております。本日はご夫婦でのご宿泊でよろしかったですね?」との返しに「はい」と答えたことでさらに「!!?」ってなった。無表情じゃなかったら多分怪しまれてたと思う。

 

「だって若い男女が一緒に泊まるのよ? それなりの関係を示しておかないと」

 

「いやまぁそうですけど」

 

「それとも、兄妹っていう設定の方がよかったかしら、お兄様?」

 

「いやいや流石に無理が……ないんだろうなぁ……」

 

 楓さんは女性にしてはそこそこ高めの身長をしているものの、到底二十五には見えない童顔のせいで俺より年下でも十分に通用しそうなのが怖い。

 

 あと『お兄様』は止めてください。分解も再成も出来ません。

 

「それで? これが俺をここに連れてきた理由ですか?」

 

 女中さんが持ってきたそれに視線を移す。

 

「えぇ。約束、忘れちゃったかしら?」

 

「……お恥ずかしながら、たった今思い出しましたよ」

 

 

 

「『良太郎君が二十歳になったら、一緒に温泉に浸かりながらお酒を飲む』……ようやく実現出来るわね?」

 

 

 

 桶の中に入れて持ってこられた徳利とお猪口を持ち上げながら、楓さんは嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 俺が『周藤良太郎』としての生をこの世に受けて二十年という月日が流れ、その誕生日が僅か三日前の出来事だった。

 

 ここ最近は俺の誕生日記念イベントなどでゴタゴタしていて、つまり俺が二十歳になって最速のタイミングのオフが今日だったわけだ。

 

「だからって、こんな急じゃなくてもよかったんじゃないですか?」

 

「だって一年以上待ったのよ? これ以上待たせようとするなんて、良太郎君は意地悪ね」

 

 どうぞ御一献、と楓さんが徳利を差し出してくるのでお猪口を手にすると、無色透明な日本酒がゆっくりと注がれた。

 

 ……冷静に考えてみると、温泉に浸かりながら湯浴み着一枚の美女(人気モデル兼アイドル)にお酌をされてるというとんでもない状況だということに気が付いた。

 

 しかも楓さんはお酌をするためにさっきよりも近付いてきており、肩と肩が触れそう……というか触れていた。湯浴み着は肩が出ているタイプのもので、肩とはいえ楓さんの絹のように滑らかな素肌が触れているという事実だけで、既に逆上せそうである。

 

「っと、ありがとうございます。それじゃあ、御返杯」

 

「ふふ、ありがとう」

 

 徳利を受け取り、お返しにと楓さんのお猪口にお酒を注ぐ。

 

「それじゃあ乾杯といきましょうか。……何に乾杯します?」

 

「良太郎君が決めて?」

 

 むむむ、自分の誕生日……はこの場にそぐわないだろうし、初飲酒? ……これも違うなぁ。

 

「……『君の瞳に乾杯』……でどうでしょう」

 

「……ダメよ、良太郎君。そういうことお姉さん以外に言っちゃ」

 

 滑った。ダメだったか……。

 

 そんなに長く浸かっていないが早くも体が温まったらしい少し顔の赤い楓さんとお猪口を軽くぶつける。

 

 

 

「「乾杯」」

 

 

 

 お酒を飲まない人から見れば、小さいお猪口というのは飲む効率が悪いのではないかと思うだろう。しかし日本酒というものはなかなかアルコール度数が高く、ほんの少し口にしただけでも結構『くる』ものなので、これぐらい小さい器で丁度良いのだ。

 

 チロリと舐めるように少しだけ口に含み、いけそうだと思った俺はそのままクイッと一気に飲み干した。

 

 直後、クワンと僅かに頭が揺れるような感覚がした。む、問題は無いけど結構キツめの奴だな、これ。

 

「あら、初めてのお酒なのにいける口ね。もしかして、隠れて飲んでたのかしら?」

 

 結構強めの奴を頼んだのに、と楓さんは意外そうに呟く。どうやら確信犯だったようだ。

 

「まさか、まがりなりにもアイドルですよ? そこら辺はしっかりと徹底してましたよ」

 

 初めてではないが、隠れて飲んでいた訳でもない。ただ『二十年ぶり』に飲酒をしただけの話である。

 

「それじゃあ私も……」

 

 俺が飲んだことを見届けた楓さんも、小さなお猪口に両手を添えて上品に、しかしキュッと一気に飲み干してしまった。

 

「ふぅ……ふふ、美味し」

 

 ほぅとお猪口から口を離す楓さん。

 

 ううむ、美人は行動の一つ一つがいちいち絵になるなぁ。僅かに上気した頬に、うっとりとした表情。……エロい……ってのは何か違うな。セクシーも何かが違う。多分こういうのを『色っぽい』と言うのだろう。

 

「それにしても、楓さんは日本酒派なんですよね」

 

「あら、意外?」

 

「そりゃあもう」

 

 イメージ的にはワインとかの方が合っていると思う。

 

 ちなみに兄貴の嫁候補ズの面々は、留美さんが同じくワイン、小鳥さんがビール、早苗ねーちゃんが日本酒のイメージである。

 

 特に早苗ねーちゃんはこういう風にお猪口で優雅に、というよりはコップ酒、もっと言うなら一升瓶をらっぱ飲みというイメージ。……ということを以前本人の前で口を滑らしてしまい、絞められたことがあった。揶揄的な意味でのシメではなく、こう物理的にキュッて絞められた。

 

「いてっ」

 

 何故かお湯の中で楓さんに太股を抓られた。

 

「ダメよ、良太郎君。こうして二人きりでお酒を飲んでるのに別の女性のことを考えちゃ」

 

 何故バレたし。

 

「ほら、器が空いてるわよ、良太郎君」

 

「あ、どうも。……それじゃあまた御返杯っと」

 

「ふふ、良太郎君と一緒に温泉に入りながら飲むお酒、本当に美味しいわ……」

 

「そりゃ重畳。……でも飲むペース早くないですか?」

 

 俺が二杯目に口をつける前に既に楓さんは二杯目を飲み干していた。

 

「だって、大好きな温泉に浸かりながら大好きな良太郎君と一緒に飲む、大好きなお酒なのよ?」

 

 む、ストレート……。

 

 

 

「お(さけ)が進むのは、()けられないの」

 

 

 

「………………」

 

「あら? どうしたの?」

 

「いえ、何でも」

 

 楓さんマジ系統外魔法(コキュートス)。春先とはいえまだまだサムイナー。

 

「でも、やっぱりおつまみぐらいは欲しいですね」

 

 多少ペースを落とすっていう目的もあるが、やっぱり何か食べながらじゃないと悪酔いしてしまう。

 

「おつまみ? ……そうねぇ」

 

「?」

 

 不意に楓さんが身を寄せてきた。肩と肩が触れる程度だった距離がさらに縮まり、自身の右手を俺の左肩に置いてしなだれかかるような形になり、胸が腕に触れたことで心臓がドキリと跳ね上がり――。

 

 

 

「ぺろっ」

 

 

 

 ――そのまま自然な動作で、首筋を舐められた。

 

「ほわあっ!?」

 

 思わず変な声が出た俺を誰が責められようか。

 

「ふふふ、しょっぱい」

 

「いやいやいや」

 

 『つまみが無いなら塩でも舐めてろ』とは言うけども! いくらなんでも汗はないんじゃないですかねぇ!?

 

「良太郎君もいかが?」

 

「マジ勘弁してください」

 

 そう言いながら自身の首筋を差し出してくる楓さんに、辟易としながら首を横に振った。

 

 ……ん? お前にしては大人しい? お前はそんな純な青少年キャラじゃない?

 

 いやいや、いくら俺でも時と場合と相手ぐらい弁えるよ。そもそも俺は普段から理性的(失笑)な紳士(爆笑)ですよ?

 

 そもそも神様(さくしゃ)が自重してないのに俺まで自重を止めたら収集つかなくなるでしょうが(メメタァ)。

 

「ふふふふ、たーのしぃ」

 

 いつものクールな笑みとは違った、ほにゃほにゃとした蕩けるような笑顔の楓さんが、肩に頭を乗せてきた。気のせいかいつもより「ふ」の数が多かったような。

 

「というか楓さん、もしかしなくても酔ってますよね?」

 

「酔ってませんよー」

 

 酔ってました(断言)。

 

 既に三杯目も飲み終えており、手酌で四杯目を器に満たし始めている。

 

「楓さん、一度上がりません? 飲むのは止めませんけど、せめて部屋でおつまみと一緒に――」

 

 そもそもお風呂に入りながらの飲酒は健康的にあまり宜しくないと続けようとした言葉は、不意に視線に入ってきた『それ』によって中断させられることとなる。

 

「……あ、あの、楓さん?」

 

「んー? なぁに? おねぇさんに何かご用?」

 

「いやあの、用というか酔うというか」

 

 じゃなくて。

 

「……そこに置いてある『それ』は何ですかね?」

 

 楓さんの後ろ。もたれ掛かる縁の側に置かれた、見覚えのある布――。

 

 

 

「ふふふふ、わたしの湯浴み着」

 

 

 

 ――紛れもなく、先程まで楓さんが身につけていた湯浴み着だった。

 

 

 

「湯浴み着仕事しろおおおぉぉぉ!!?」

 

 自身のキャラを忘れるような渾身の叫びだった。

 

 というかマジでいつ脱いだし。

 

「仕事があるなら全うしようよ! 就職したくても出来ない奴なんざいくらでもいるんだぞ!?」

 

 就活生を舐めるんじゃないと、もはや誰の何に対してなのか分からないツッコミである。

 

 ほらな! 神様(さくしゃ)が自重しないからこういうことになるんだよ!

 

「もぅ、どうしたの良太郎君、そんなに大声出しちゃって。私の大きくない胸じゃ物足りなかった?」

 

「大満足です!」

 

 それだけは全力で肯定しておく。

 

「酔って絡んでくることはまぁ百歩譲って良しとします。俺も役得ですし。ですけど、もう少し――」

 

「ふふふふ、良太郎君ってば、おねーさんを酔わせてどうするつもり?」

 

「俺が酔わせたみたいになってません!?」

 

 寧ろ俺にどうさせたいんですか!?

 

「全く……っ!」

 

 バッと視線を楓さんから反らす。

 

 湯浴み着を脱いでしまった楓さんは現在正真正銘生まれたままの姿で、俺達の浸かっているお湯がいくら濁っているからと言って全く見えなくなるというわけではなく。

 

 つまり『そういう』ことなのだ。

 

「どうしたの良太郎君、急に空を見上げちゃって」

 

「いえいえ、星が綺麗だなーって思いまして」

 

「ふふふふ、星もきれーだけど、すぐ真横にいるきれーなおねーさんのことも忘れないでね?」

 

「自分で言っちゃいますか」

 

 いやまぁ否定しないけど。

 

 それにしても一体どうしたというのだろうか。楓さんの酒癖が悪くて絡み酒になるのは知っているが、今日はやけに酔うのが早い。いくら何でも徳利一本でここまで酔っ払うだろうか?

 

「……何かあったんですか?」

 

「……ふふふふ」

 

 再びこちらにしなだれかかり、肩に頭を乗せてくる楓さん。

 

 しかし、何故か先程と違って楓さんの表情には影があった。

 

「……楓さん?」

 

「……大切なものをね、無くしちゃったの」

 

「大切なもの……?」

 

 

 

「本当だったら、大好きな良太郎君にあげるはずだったもの……大事にとっておいた私の大切なもの……」

 

 

 

「……っ!?」

 

 まさかと『それ』が脳裏に過った瞬間、自身の頭にカッと血が昇り目の前が赤く染まったような気がした。

 

 視線を楓さんに戻し、真正面からその両肩を掴む。

 

「だ、誰に……の前に、だ、大丈夫だったんですかっ!?」

 

「……ごめんなさい、良太郎君……」

 

 泣いていた。

 

 いつもと変わらぬ笑みを浮かべたまま。

 

 楓さんは、涙を流していた。

 

「っ……!?」

 

 ギリッと奥歯を噛み締める。

 

 一体俺は何をしていたんだ。

 

 楓さんとの交際が始まって、美人な女性と一緒にいることに浮かれ、トップアイドルである自分なら釣り合っているだろうと勝手に余裕ぶって。

 

 

 

 肝心の大切な女性(ひと)を守れていないではないか。

 

 

 

(どんだけ度し難い愚か者なんだ、俺はっ……!)

 

「……本当に、ごめんなさい……」

 

「っ! 謝らないでください!」

 

 大切な女性が傷付いていたということに気付くことが出来なかった俺が謝らなければいけないはずなのだ。

 

「楓さん! 俺は――!」

 

 

 

 

 

 

「本当に、ごめんなさい……純米大吟醸『皆水之巫女(みなみのみこ)』……」

 

 

 

 

 

 カポーン……。

 

 

 

「――……はい?」

 

「私、一人暮らしでしょ? だから、大切なお酒は実家に置いておいてもらってたの。それなのに……遠い親戚が来たからって言って、勝手に私の『皆水之巫女』を飲まれちゃったの……!」

 

 折角今日のために取り寄せておいたのに、と両手で顔を覆い肩を震わせる楓さん。

 

「………………」

 

「すっごくまろやかなお酒でね、だからって弱いってわけじゃなくて、こう、森林を流れる湧水のような清廉さで……」

 

 ……などと容疑者は語っており。

 

 

 

 ……ふ、ふふ、フフフ、不負不負、そうですかそうですか。

 

 自重しない神様(さくしゃ)のせいで慣れない真似(ツッコミ)させられて、挙げ句の果てにコレですかそうですか。

 

 

 

 ……海より広い俺の心も、ここらが我慢の限界デスヨ?

 

 

 

 

 

 

「『皆水』は他の姉妹酒の『日死(にし)』や『ひが日死(にし)』や『気多(きた)』よりも人気が無いって言われがちだけど、でもやっぱり最後に行き着くのは『皆水』というか、メインヒロイン大勝利というか――」

 

「楓さん」

 

「きゃっ」

 

 本当だったら今日この場で飲んでもらう予定だったお酒のことを話していると、不意に良太郎君が肩に腕を回してきた。

 

 いつもあまり自分からこうした肉体的接触をしてこない年下の彼からのちょっと意外な行動に、思わずそんな声を発してしまった。

 

「ふふふ、どうしたの良太郎君? 良太郎君も酔っちゃった?」

 

「そうですね、酔ってますね」

 

 しかしその声は酔っているようには聞こえなかった。

 

「だからこれは酔った勢いでの行動です。でもノリや冗談なんかじゃなくて、俺の本心からの行動です」

 

「? それは……」

 

 一体どういう意味なのかと尋ねようとしたその瞬間――。

 

 

 

 ――私の体は、彼によって抱き上げられた。

 

 

 

「……え?」

 

 左腕を肩に回され、右腕で膝の裏を支えられる横抱き。所謂お姫様抱っこの状態で、良太郎君は立ち上がった。

 

 ザバッとお湯の中から私の体が抱き上げられる。

 

 ……私は先程、自分が身にしていた湯浴み着を脱いでしまっている。

 

 

 

 つまり、今現在私は『自らの全て』を良太郎君の目の前にさらけ出している状態なのだ。

 

 

 

「……っ!!?」

 

 カッと顔が熱くなり、慌てて両手で『隠さなければならないところ』を隠す。

 

 彼のことは好きだし、別に見られても構わないとも考えている。

 

 しかしそれとこれとは全く話が別。

 

 抱き上げられ、ゼロ距離と言って差し支えない超至近距離。伝わってくる体の熱と鼓動。これで平静を保っていろという方が無理な話なのだ。

 

「りょりょりょ、りょうたろうくん?」

 

 言葉がどもる。

 

「そ、その、強引なのは別に構わないのだけど、えっと、もう少しゆっくりというかその――」

 

「楓さん」

 

「ひゃいっ!?」

 

 

 

 

 

 

「結婚してください」

 

「……ふえ!?」

 

 

 

 

 

 

「間違えました。楓さんと結婚します」

 

「確定事項!?」

 

 

 

 

 

 

 良太郎君からの突然のプロポーズに頭が真っ白になる。

 

「え、えっとその、え、え……?」

 

 思考が鈍っており言葉が出てこない。生まれて初めてお酒を飲んだことに後悔した。

 

「勢いで、とは言いましたが決して思い付きなんかじゃないです。……ずっと考えていたことです」

 

 

 

 ――俺が楓さんと一緒にいられるのは、果たしていつまでなのだろうか。

 

 

 

「楓さんは綺麗です。可愛いです。素敵です。そんな貴女と恋仲になれたことが幸せで……それと同時に不安でもありました」

 

「………………」

 

 それは、私もまた同じだった。

 

 彼は既に日本のアイドル史に名を残す正真正銘、真のトップアイドル。私もまたトップアイドルと称されているが、それは決して並び立っているということではない。

 

 歳も同じ。五つの歳の差は、小さいようで大きい。彼が一つ私に近付いても、私は一つ彼から遠退いてしまう。

 

 それは決して並び立つことはなく。

 

 ……まるで、これからの私達の関係を示唆しているようで怖かった。

 

「でも、たった今確信しました」

 

 

 

 ――俺は、絶対に貴方を手放したくない。

 

 

 

「もう躊躇いません。俺は、そこら辺の人より多くの収入と名声があると自負しています。トップアイドルと持て囃されていることから、容姿も悪くないと思っています。歳も世間一般で言う大人になりました。性格は……結構いい加減なところもあると思っています。人をからかうのが好きですが、それは楓さんと同じです」

 

 

 

 ――そして何より。

 

 

 

 「世界で一番貴女を愛し、そして世界で唯一貴女を幸せに出来るのは自分だけだという自信があります」

 

 

 

 ――だからどうか。

 

 

 

「俺に、貴女を幸せにさせてください」

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「……楓さん?」

 

 ……もう、年下のくせに、生意気なんだから。

 

「……貴方が、私を幸せにしてくれるというのなら……」

 

 

 

 ――私は、貴方を世界で一番の『幸福者(しあわせもの)』にしてあげるわ。

 

 

 

 それが、年上のおねーさんとしての最後のプライド。

 

 

 

 

 

 

「そ、それで良太郎君、そろそろ下ろして欲しいんだけど……」

 

「あ、すみま……いえ、このまま部屋に戻りましょう」

 

「っ!?」

 

「もう自重しません。神様(さくしゃ)の都合なんか知ったこっちゃありません」

 

 つ、つまり『そういう意味』ということで……。

 

 

 

「……その……優しく……」

 

「保証しかねます」

 

「えぇ!?」

 

 

 

 

 

 

 ※続きが読みたい人は『ワッフルワッフル』と(ry

 

 

 




・周藤良太郎(20)
先日行われたIUにて、自身に挑んでくる数多のアイドルをものの見事に返り討ちにして再び頂点に立ったラスボス系主人公。
作中でも触れたように作者が自重を忘れたのでその尻拭いをするために普段の性格が鳴りを潜めて普通の主人公のようになってしまったが、基本的な性格は変わらない。

・高垣楓(25)
最近人気の25歳児。346プロダクションを代表するトップアイドルになった模様。
なお本編で主人公との絡みが未だに無いのに今回のヒロインとして選ばれた理由は三つ。
1、最近人気急上昇中らしいから
2、数回しか出番が無いけどアニメの楓さんが可愛かったから
3、作者が普段から誤字報告などでお世話になっている人が楓さん推しだったから

・別にポルポった訳でもキングクリムゾった訳でもない。
結局見てないエジプト編。ペットショップ辺りから見ようかと考えているが結局見ないことになりそう。

角度(シャフド)
真似して筋を違えたのは絶対に作者だけじゃない(断言)

・「天然の露天ねん」
・「お酒が進むのは、避けられないの」
楓さんと言えばコレ。ぶっちゃけ今回のお話で一番頭使ったところ。

・湯浴み着
冷静に考えれば混浴ならあるに決まっている。

・「お兄様?」
・楓さんマジ系統外魔法(コキュートス)
中の人ネタその1。誰か魔法科高校の制服を着た楓さんのイラストオネシャス!

・『つまみが無いなら塩でも舐めてろ』
ある意味究極的な酒の飲み方(上級者向け)

・「ふふふふ、たーのしぃ」
この辺りから作者のテンションがピーク。以降頭打ち状態。

・就活生を舐めるんじゃない
投稿日時的にタイムリーですね!(白目)

・純米大吟醸『皆水之巫女』
中の人ネタその2。綺羅星っ!

・海より広い俺の心も、ここらが我慢の限界デスヨ?
「マーメイド」はあんなに華麗な水中戦をしたというのに「マリン」ときたら……。

・『ワッフルワッフル』と(ry
書きませんよ?(迫真)
書きませんからね?(念押し)



 というわけで今回の恋仲○○シリーズのヒロインは楓さんでした。楓さんマジ25歳児。選ばれた理由は上記。

 アニメ第5話で軍曹と一緒に出てきた楓さんに心打ち抜かれて今回ヒロインとして起用したら、書いている内にドンドン楓さんが可愛くなって、さらに筆が進んでと好感度がインフレスパイラルを起こした結果こんなことになってしまった。後悔していない。もっとやればよかったと反省している。

 しかし若干の燃えつき症候群。これ本編大丈夫だろか……。

 次回! 『黒井、死す!』 ライブスタンバイ!(嘘)



『デレマス七話を視聴して思った三つのこと』

・しまむーの髪型あっちの方が案外可愛いんじゃないかな?(提案)

・やはり真のヒロインはPだった件

・ フライ ド チキン !


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Lesson69 妨害、全力、そして決別

「……ワッフルコメ60件オーバー……だと……!?」
(;゚ Д゚)ドウイウコトナノ

楓さんスキー多すぎぃ!

※原作タグに「アイドルマスター」が追加されたので、これを期に変更しました。



 

 

 

 多事務所合同野外ライブ『アイドルJAM』。文字通り、様々な事務所のアイドルが一堂に会する野外ライブだ。毎年十二月の第一日曜日に開催され、一年で最も遅く行われる合同イベントのために別名『年忘れライブ』とも呼ばれる。

 

 出演するのは主に芸歴五年未満の所謂若手アイドル。俺たちジュピターも芸歴で言えばまだ三年目なので若手と呼ばれても納得できる。しかしいくら芸歴が四年とはいえ良太郎や魔王エンジェルが若手扱いというのが若干納得いかない。いやまぁ、芸歴四年であそこまでのレベルに到達する方が『アレ』なのだが。

 

 さて、そんな良太郎とはコラボユニットとして参加することになった俺たち。当然ながら楽屋は同じになり――。

 

 

 

「どうもー! 松永(まつなが)(つばめ)です! 今日はよろしくお願いします!」

 

「こちらこそよろしく。関西では有名な『納豆小町』が関東(こっち)で仕事ってのは珍しいね」

 

「関東進出の足掛かりということで! お近づきの印にどうぞ! 松永納豆!」

 

「あ、ごめん。納豆って腐った大豆みたいな感じがして苦手なんだ」

 

「それって存在そのものの否定じゃない!?」

 

 

 

「それでは周藤さん、今日はよろしくお願いします」

 

「「よろしくお願いしまーす!」」

 

「はい、こちらこそよろしくね、シュレリアさん、織香ちゃん、ミシャちゃん」

 

「……あの、周藤さん、どうして織香とミシャは『ちゃん』で私だけ『さん』なのでしょうか?」

 

「え? だってシュレリアさん俺より年上……」

 

「私は十六歳です!」

 

「ア、ハイ」

 

「信じていませんね!?」

 

 

 

 ――先ほどからこのように、他事務所のアイドルが引っ切り無しに挨拶のためやって来ていた。芸歴では本来先輩のはずのアイドルですら良太郎に挨拶に来ていることから、改めて芸能界における良太郎のポジションの高さが窺える。

 

「ふぅ、みんな律儀に挨拶に来てくれるのは有難いけど、正直多すぎてメンドイ」

 

「ぶっちゃけたな」

 

 108プロの『アルトリ猫』が楽屋のテントを出て行ったところで良太郎は疲れたように首を回した。

 

「そもそも俺自身あんまり先輩方に対する楽屋回りってのをやんなかったからなぁ」

 

「まぁ、だろうな」

 

「正直りょーたろーくんの下積み時代っていうのが想像できない」

 

 デビュー数か月の段階で先輩アイドルがこぞって楽屋に挨拶に来る様子が容易に想像できた。俺もこの業界に入り、そして実際に出会ったことがある身からするとあの『日高舞』の再来と称されるアイドルの存在というのはそれほどまでに恐ろしいものなのだ。アイドルに恐ろしいという形容詞が付属している時点で何かが間違っているような気がするが。

 

「というかお前、番組やライブがある度にこんな感じなのか?」

 

「こんな感じと言うと?」

 

「いや、こうやって出演者がこぞって挨拶に来るのかっていう意味」

 

「んー、まぁ概ねこんな感じだけど、今回はお前らも一緒の楽屋だっていうのもあるんじゃないかと」

 

「?」

 

「分かんないならいい。一生分からなくていい」

 

 やけに遠い目をしながら呟いた「カケザンコワイオ」という言葉の意味はよく分からなかったが、とにかく今回は俺たちジュピターと同じ楽屋だから挨拶に来るアイドルが多かったということでいいのだろう。

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

 お茶を飲みながら台本を確認していると再び楽屋の外から声がかかった。多分良太郎への挨拶だろう。

 

「どうぞー」

 

 台本を確認しつつ今度はどんな奴が来たのだろうかと横目で見ていると、それは意外な人物だった。

 

 

 

「失礼します。本日共演させていただきます、高垣楓です」

 

 

 

 一礼と共に楽屋に入って来たのは、346プロダクションの高垣楓だった。緑を基調としたフリル付の衣装が、公表している実年齢二十三には全く見えない童顔と非常に合っていた。

 

「おぉ! 楓さん、お久しぶりです」

 

「お久しぶり、良太郎君」

 

「こちらこそ今日はよろしくお願いします。あと遅ればせながらアイドルデビューおめでとうございます」

 

「ふふ、ありがとう。これからよろしくお願いしますね、先輩」

 

 どうやら良太郎は高垣楓と面識があったらしい。

 

「あれ? 高垣楓さんってモデルじゃ……?」

 

「この間アイドルデビューしたんだよ」

 

 どうやら事情を知らなかったらしい翔太が後ろで北斗に説明を受けていた。

 

 しかし相変わらず他事務所のアイドルと仲がいいな、こいつ。いや、そもそも事務所に所属していないからアイドル全員が他事務所になるのは当たり前なのだが。一体こいつの顔の広さはどうなってるんだ。

 

 

 

「先日のお酒、美味しかったですね」

 

「ふふ、また機会があれば」

 

「待て待て待て」

 

 

 

 年上だしモデル歴を入れれば芸歴も向こうの方が上だから良太郎への挨拶が終わったら一応自分も挨拶をしようと思っていたら、聞き捨てならない会話が聞こえてきて思わず割って入ってしまった。

 

「あら、天ヶ瀬冬馬君よね? 初めまして、高垣楓です。本日はよろしくお願いします」

 

「ご、ご丁寧に、こちらこそよろしくお願いします……じゃねーよ!」

 

 丁寧にお辞儀をされたので思わず返してしまったが、今はそれどころじゃない。

 

「良太郎! てめー未成年の癖してなに飲酒してんだよ!? 自分の立場分かってんのか!? でもって高垣楓! アンタも止めろよ!」

 

「「………………」」

 

 俺の言葉に良太郎と高垣楓は顔を見合わせ。

 

 

 

「そんなことありました?」

 

「いえ、無かったわ」

 

「じゃあ今の会話は何だったんだよ!?」

 

 

 

「んー、前世の話ってことになるんですかね?」

 

「時系列的に言えば未来だから来世じゃないかしら」

 

「何お前らの会話怖いんだけど!?」

 

 二人の話す内容が異次元過ぎて付いていけなかった。というか本当に何だ時系列って。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

「お疲れだな。発声練習も大事だがステージに立つ前にバテるなよ?」

 

 もうお前が言うなと言うのも疲れた。

 

 良太郎との会話が終わった後、俺たち三人にもしっかりと挨拶をしてから(極々普通の大人の対応だった)高垣楓は楽屋を出て行った。波長が合っているというのだろうか、何と言うか良太郎が二人いるような感覚だった。

 

「いやぁ、良太郎君と同じ楽屋になると色々な人との色々なやり取りが見れるから楽しいね」

 

 北斗がそんな風に楽しそうに笑えるのは何故だ。というか何故俺だけこんなにツッコミで疲れなければならないのか。

 

「そこはほら、適材適所って奴だよ、とーまくん」

 

「何だ、俺がツッコミキャラだってのか翔太」

 

「それも間違ってないけど、多分『不憫枠』じゃないか」

 

「誰のせいだと思ってんだよ!」

 

 そう認識されるだけでも不本意であるというのに、自分でも少し納得してしまったのが更に腹立たしい。

 

「失礼します」

 

 そんなことを話していると再び楽屋へと訪れる声が。本当に引っ切り無しだなオイ。

 

「って……!?」

 

「っ……!」

 

「………………」

 

 入って来たその人物が誰なのかを認識した途端、俺と翔太は言葉に詰まり、北斗も目を見開いて驚いていた。

 

 

 

「お、おはようございます!」

 

「765プロダクションを代表してご挨拶に伺いました」

 

 

 

 入って来たのは二人、765プロの天海春香と如月千早だった。

 

 

 

 

 

 

「おはよう、春香ちゃん、千早ちゃん。あの時以来だね」

 

「はい。その節は大変ご迷惑をおかけしました」

 

 勿論あの時というのは『千早ちゃん引き籠り騒動』の時のことである。……他に言い方があるだろって? いや、こっちの方がまだ穏便かなと思って。

 

 ……それにしても、やっぱり来ちゃったかぁ。人数多いから来ないかなとか考えてたけど、そうだよな、普通代表者が来るよな、そりゃそうだ。

 

 チラリと横目でジュピターの面々を見てみる。翔太はやや落ち着かない様子でソワソワしており、北斗さんはいつもの笑みを浮かべて春香ちゃんたちに手を振っているが何処かぎこちない。

 

 でもって冬馬はと言うと……。

 

「………………」

 

 すっごい苦い表情をしていた。聞こえなかったものの、多分アレ舌打ちしてるんだと思う。

 

「………………」

 

「……え、えっと、ジュ、ジュピターの皆さんも、今日はよろしくお願いします」

 

 それに対して千早ちゃんと春香ちゃん。千早ちゃんは冬馬に負けず劣らずな感じで眉間に皺を寄せて三人を睨んでおり、春香ちゃんだけは唯一気まずそうながらもちゃんと笑顔で三人に対しても頭を下げていた。

 

「ほら、お前たちもちゃんと挨拶しろよ。折角可愛い女の子が来てくれたんだから」

 

「ん、よろしくね」

 

「よ、よろしく」

 

「………………半端なステージだけはするんじゃねーぞ」

 

 北斗さんと翔太は普通に挨拶を返したものの、冬馬だけやや間が長かった。具体的には三点リーダーがいつもより四つ分ぐらい多かった気がする。しかも挨拶じゃないし。

 

 ったく、こいつは……。

 

「ごめんね、春香ちゃん、千早ちゃん。気を悪くしないでくれると助かる」

 

「い、いえ! 別にそんな!」

 

「……所属が違う良太郎さんが謝るべきことではないと思うのですが」

 

 春香ちゃんは頭と手を横にブンブンと振りながら大丈夫ですよ的なリアクションを取ってくれたのに対して千早ちゃんのリアクションが冷たい! いやまぁ、彼女たちからすれば色々と妨害をしてきた961プロの人間なんだから、こういう対応になってもおかしくないのかもしれないけど。

 

 ……ふと思ったのだが、何故この二人が挨拶に来たのだろうか。

 

 今の765プロを代表して挨拶に来るとしたら、どちらかというと竜宮小町の三人……いや、多分伊織ちゃんが嫌がったんだろうな。同じようにジュピターに対する風当たりが強そうな真ちゃんや響ちゃんもアウト。男アイドルなので雪歩ちゃんも論外。逆に俺に対するリアクションが大きそうな美希ちゃんと真美も除外。貴音ちゃんは移籍騒動の一件で一番961の妨害の矢面に立たされたから来づらい。残ってるメンバーで俺に対してもジュピターに対しても普通に接することが出来そうなのは、春香ちゃんとやよいちゃん。で、やよいちゃんをここに寄越すのを良しとしなかった千早ちゃんが代わりに来た……ってところかな。

 

 お? これ我ながら結構的を射た推理なんじゃなかろうか。

 

 ……さて、ギスギスとした感じのまま二人を帰すのもアレだしな。フォローぐらいしておくか。

 

「ちゃんと挨拶しろっての。ホントごめんね、二人とも」

 

「いえ、本当に大丈夫ですので……」

 

 

 

「こいつ、春香ちゃんみたいな純朴そうな女の子がタイプだからついつい意地悪したくなっちゃうんだよ」

 

「何言ってんだおめえええぇぇぇ!?」

 

 

 

 わーい、クールっぽくやり過ごそうとしてた冬馬に火が点いたー。

 

「タ、タイプって……!? そ、そんなこと急に言われても……!?」

 

「……っ……!!」

 

 春香ちゃんが顔をやや朱に染めて恥ずかしがっている一方で、千早ちゃんは先ほどよりも更にキツい目つきで冬馬のことを睨み付けていた。こ、これは以前テレビ局の廊下で偶々一緒に歩いていて巨乳グラビアアイドルの集団とすれ違った時に見せたものと同じぐらいキツい目つきだ!

 

 ギャーギャーと喚く冬馬に胸倉を掴まれて前後にガックンガックンと揺さぶられながら、とりあえず先ほどの空気は払拭できたかなーと考えるのだった。

 

 

 




・松永燕
『真剣で私に恋しなさい!S』のヒロインの一人。
この世界の武術のレベルは定かではないが、多分美由希以上恭也未満ぐらい。
武神? エクシーズモンスターがどうかしましたか?(すっとぼけ)

・『アルトリ猫』
まさかの再登場。シュレリアさんじゅうろくさい。ぶっちゃけ三十六でも全然足りない。
これだけ出しても実は2のクローシェ派の作者。

・「カケザンコワイオ」
「天井×床」というのは鉄板らしいのだが、初めてそれを知った時は度肝を抜かれた。

・高垣楓
皆が出せ出せっていうから予定よりも早く登場することに。
ちなみに衣装は有名な「胸元キャベツ」のイメージ。

・「何お前らの会話怖いんだけど!?」
その結果こんなことに。
こういうメタネタを堂々と出来るのがこの小説の作風の強み。

・『千早ちゃん引き籠り騒動』
過去報道が無かったため、この呼称が一番適していると思います()

・「春香ちゃんみたいな純朴そうな女の子がタイプ」
ぶっちゃけアニメ見てるとそうとしか見えない。
だって他の765の面子に対する対応と春香に対する対応が違いすぎるし。
ライバル視? 愛情の裏返しですよ(どやぁ)



 今回からアニメ21話編(別名黒井ふるぼっこ編)のスタートとなります。若干ちーちゃんの出番が薄れて良太郎無双となりますのでご注意を。



 そして前書きでも触れましたが、楓さんの番外編に対するワッフルコメが異様に多くて唖然としました。正直楓さん人気舐めてました。

 いくら書かないと言っていても、ここまで要望されては引くわけにいきません。

 という訳で。



 『楓 さ ん の 新 規 S R が 配 信 さ れ た ら』続編を書くことを約束しましょう!



 さ、プロデューサーの皆さん、頑張ってちひろさんにお願いしてみてくださいね(ゲスマイル)



『デレマス八話を視聴して思った三つのこと』
※作者はアニメをニコニコ動画で視聴しているので、総集編だった今回はお休みです。


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Lesson70 妨害、全力、そして決別 2

トゥインクルが可愛すぎて日曜日の朝の目覚めがヤバい。


 

 

 

「………………」

 

 『アイドルJAM』当日。その日、りんは朝からずっと不機嫌そうだった。

 

「アンタいつまでそんな顔してるつもりよ」

 

「……りょーくんに会うまで」

 

 見るに見かねた様子の麗華がりんにそう声をかけると、りんはブスッとした表情のままそんな言葉を返すのだった。

 

「だって今日でりょーくんお仕事辞めちゃうんだよ!? 仕事の現場でもう会えなくなるんだよ!?」

 

「辞める訳じゃないでしょ。一旦止めるって言うだけで」

 

「辞めるんでしょ!?」

 

「止めるでしょ」

 

 色々と噛みあっているような、噛みあっていないような。

 

 というか、そろそろりんはリョウに対する好意を隠すこと自体しなくなってきたような気がする。

 

「全く、今からその良太郎の楽屋に行くんだからちょっとぐらい我慢しなさい」

 

「だって~」

 

 ため息交じりの麗華の言葉にも、りんは尚も愚痴を連ねる。

 

 

 

「そもそもアタシ達の出番って十二話ぶりなんだよ!? 番外編四つも挟んでるし! 外の時間だと大体四ヶ月だよヨンカゲツ!?」

 

「りん落ち着いて」

 

 

 

 番外編09でちょっとだけ出番があったという電波を頭の片隅で受信しつつ、色々と危ないヒートアップの仕方をするりんを宥めるのだった。

 

 

 

 

 

 

「……アンタらは一体何をしてるのよ」

 

 ガクガクと揺さぶってくる冬馬を宥めていると、楽屋の入口からそんなため息交じりの声が聞こえてきた。

 

 聞き覚えがあり今更確認するまでも無い声の主に対してそちらを見ずに挨拶をする。

 

「よー麗華。りんやともみも一緒か? 今日はよろしくなー」

 

「えぇ、よろしく」

 

「よろしく」

 

「りょーくん会いたかったー! 四ヶ月ぶりー!」

 

 唐突に表れた魔王エンジェルの三人に、流石に呆気に取られた冬馬が二、三歩後ろに下がった。そうして出来た間に割って入って来る形でりんが俺の手を握ってきてブンブンと腕を上下に振る。

 

「お、おう、久しぶりだな……四ヶ月?」

 

 何回か仕事で一緒になってるような気がするんだが。

 

「りんの妄言は聞き流すといいよ」

 

「お、おう、ともみ、そうする」

 

「りょーくんのその格好、やっぱり新鮮だねー!」

 

「そうか?」

 

 改めて自分の格好を見下ろす。

 

 今の俺の衣装はジュピターと同じデザインのものである。背格好が同じ冬馬の予備の衣装に手を加えて俺用にアレンジしたものだ。具体的には左袖が長袖なのに右袖が何故か無く、中はワイシャツ、首にはファー。……中二感が半端ないのだが、その旨をデザイナーに伝えると「覇王っぽくてそれがよい」みたいなことを言われた。

 

 いっその事突き抜けて中二感全開な新曲とか考えてみるのもいいかもしれない。……おや、何だろう、何処かでフラグが立つ音がしたような。

 

「765のお二人も久しぶり。今日はよろしくね」

 

「あ、はい! よろしくお願いします!」

 

「よろしくお願いします、魔王エンジェルさん」

 

 ワタワタと慌てていた春香ちゃんと冬馬を睨んでいた千早ちゃんも麗華たちに向かって頭を下げる。

 

「……で? アンタらは先輩アイドルに対して挨拶の一つも無いの?」

 

「ぐ……!」

 

「きょ、今日はよろしくお願いします、魔王エンジェルのお三方」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 麗華の凍えるような視線を浴びた冬馬が怯むが、北斗さんと翔太は怯みながらもなんとかそう挨拶をすることが出来た。……何となく予想してたけど、麗華のジュピターに対する風当たりが強いなぁ。

 

「……アンタたちが何を考えてるのか知らないけど、今日は良太郎が仕事休みの前の最後のライブ……何か変なことしたら――」

 

「っ!? 俺たちがそんなことするわけねーだろ!」

 

「……あ、そう」

 

 冬馬の叫ぶような否定の言葉をまるで聞き流すかのように、麗華は「それじゃあ良太郎、また後で」と言って楽屋を出ていき、それを追ってりんとともみも「打ち合わせの時にまたねー!」「765の二人もね」と言い残して出ていった。

 

「……え、えっと私達も失礼しますね」

 

「良太郎さん、また後ほど」

 

「あぁ、また後で」

 

 春香ちゃんと千早ちゃんも楽屋を去り、楽屋の中には再び俺とジュピターを合わせた四人だけとなった。

 

「……まぁ、最近ちょっと気が立ってていつも以上に態度が悪かったけど、麗華は大体あんな感じだから気にするな」

 

 自分で言っておいて何だが、フォローになっていないような気がする。

 

「……別に気にしてなんかねーよ」

 

「麗華ちゃんの言葉はいつもキツイからねー」

 

「僕ちょっとあの人苦手……」

 

 冬馬はそう言いつつも苦い表情をし、北斗さんも翔太も苦笑い。

 

『………………』

 

 ……地味に無言が辛いな。

 

 ったく麗華の奴、ライブ前に面倒臭いことしてきやがって。

 

 

 

「……よし、それじゃあ気分転換に猥談でもするか」

 

「その発想は何処から来るんだよ!?」

 

 

 

「これはとある男の子が初めて彼女の部屋に上がった時に机の上に置いてあった『おに○んぼう』を見付けてしまったっていう話なんだが」

 

「猥談っていうほど猥談でもねぇし、そもそもオチから話始めるんじゃねぇよ!」

 

「冬馬、ツッコミを入れるべきところはそこじゃない!」

 

「『おに○んぼう』だけに?」

 

「上手くねぇからな!?」

 

「……『おに○んぼう』?」

 

 うぅむ、中学生の翔太には分からない内容だったか。

 

 まぁ兎にも角にも、とりあえず変な空気は払拭できたと思う。

 

 

 

 

 

 

「……ふん、随分と騒がしいな」

 

 その後女の子との初デートから理想の女の子像にまで発展した話は、聞こえてきたそんな言葉で中断させられることとなった。ホント、よく人が訪れる楽屋だこと。

 

 ……まぁ、この人がこの楽屋に来ることは何ら不自然なことじゃないんだけど。

 

「どうもおはようございます、黒井社長」

 

 961プロダクション社長、黒井(くろい)崇男(たかお)。……あれ、黒井社長のフルネームって初めてだよな?

 

「下らない与太話などしていないで、さっさと打ち合わせでもしたらどうだ?」

 

「いやいや、同じ楽屋になったんだからこれぐらい世間話の範疇ですよ」

 

 与太話であることに対しては否定しないけど。

 

「ああ、そう言えば『孤独こそが人を強くする』んでしたっけ? でしたら楽屋を別々にするべきでしたね。それだとアイドルでグループを組むこと自体アレってことになっちゃいますけど……そもそも、どうして俺とのコラボにもGOサインを出したんですかねぇ?」

 

「……貴様とのコラボが、一番利益が大きかっただけだ」

 

「これはこれは、黒井社長からお褒め頂けるとは大変光栄ですね」

 

「ちっ、本当に忌々しい小僧だ」

 

 そう言うことはもう少しトーンを落とすか、それか誰もいないところで言いましょうよ。

 

「……そう言えば、今日の仕事を最後にアイドルの活動を辞めるらしいな?」

 

「辞めませんよ。ほんのちょっとお仕事をお休みさせてもらうだけです」

 

 いやーマジ怖いわー。三ヶ月以上お仕事しないとか業界から干されそうで怖いわー。みんなの記憶から消えちゃいそうで超怖いわー。

 

「貴様とのコラボによってジュピターの名も大いに高めることが出来た。礼を言っておいてやる。……くく、最後のステージ、精々良いものにするといい」

 

 不敵な笑みを浮かべてそんなことを言い残して、黒井社長は楽屋を去っていった。

 

 というかホントこの楽屋人の出入りが激しいな。一体何回楽屋を去るっていう描写をしなきゃならんのか。

 

「お前たちの社長さんは相変わらず悪そうな顔してるな」

 

「……気を付けろ、良太郎」

 

「へ?」

 

 珍しくマジトーンの冬馬に呆気に取られてしまった。振り返ると、冬馬だけじゃなくて北斗さんや翔太まで真剣な顔で俺を見ていた。

 

「あのおっさんがお前にどうこう出来るとは思ってねーが……」

 

「良太郎君、確かトリに一人でも歌うよね?」

 

「クロちゃんが何かしてくるかも……」

 

 ……そういうことね。

 

「ステージで歌ってる時に仕掛けてくるなんて、黒井社長も中々律儀な性格してるね」

 

「っ! 良太郎!」

 

「心配するな」

 

 普段の生活をしているところに嫌がらせとか、差し入れに何か仕込まれているとかだったら問題があったかもしれんが……いや、流石にこれは無いか。

 

 

 

「一度ステージの上に立って観客の前に出ちまえば『俺は無敵』なんだよ」

 

 

 

 でもまぁ、ちょっとだけ予防線を張っておこうかな。

 

 

 

 

 

 

「あ」

 

「お、良太郎どうした?」

 

 楽屋の外に立っていたら別件で少し遅れていた兄貴がやって来た。

 

「何処かに電話してたのか?」

 

「まぁちょっとね」

 

 通話を終えたスマフォの画面を暗転させて衣装のポケットに仕舞う。

 

「……そういえば、さっきPA(音響)さんに挨拶へ行った時に黒井社長とすれ違った」

 

 おっと、既に向こうも仕込み済みだったか。さてさて、誰に対しての仕込みをしたのやら。

 

「大丈夫なのか?」

 

「俺に関して言えば問題ないよ」

 

 俺に対する嫌がらせであるのであれば何も問題じゃない。もし765のみんなに対するものだったら……いや、きっとそれでも今の765のみんなだったら大丈夫だろう。

 

 それに、黒井社長が何か仕掛けてくるとしたら十中八九俺に対してだろう。

 

 ならば問題は何も無い。

 

「それよか兄貴、例の件はどうなってんの?」

 

「上々だ。さっき先方とも話を付けてきた」

 

 オーケーオーケー。全部順調だ。

 

「……これから忙しくなるぞ」

 

「忙しくなるのは兄貴一人でしょ」

 

 俺は今日を境に受験生モードですよ。……あれ? 結局忙しいことには変わりないのか?

 

「それに兄貴言ってたじゃん。ほら、末永く忙しいままでいてくれって」

 

「言ったけど……言ったけど!」

 

 大事なことなので(ry。

 

「はぁ、まあいい。彼らには、お前の方から話すんだぞ」

 

「勿論。もともとそのつもりだったからな」

 

「そうか」

 

 

 

 他の人のところに挨拶に行ってくるという兄貴と別れ、俺は再び楽屋の中に戻る。

 

「……お前たち兄弟は随分と主語がねぇ会話をするんだな」

 

 椅子に座ってブリックパックのジュースにストローを刺していると、冬馬がそんなことを言ってきた。

 

「ん? 何だ冬馬、盗み聞きか?」

 

「テントの前であんな普通の音量で話されてりゃ嫌でも聞こえるっつーの」

 

 ま、そりゃそうか。

 

「そりゃあ主語も抜けるさ。前々から話してたことなんだから」

 

「……何かあんのか?」

 

「まだ秘密ー」

 

「なんだそりゃ」

 

 

 

 そう。『まだ』秘密だ。

 

 

 




・「大体四ヶ月だよヨンカゲツ!?」
間違えが無ければ最後の出番はLesson58。
……つまり今年に入って魔王エンジェルの出番が一切無かったと言うことに。

・今の俺の衣装はジュピターと同じデザインのものである。
別に普段の良太郎の衣装を考えたことが無かったわけではない、いいね?

・何処かでフラグが立つ音がしたような。
タイムリーにやみのまフラグを立てておく。

・『おに○んぼう』
以前もネタに使わせていただいた某狩りゲームの某有名実況者の、実況動画内で語られた『実話』。
(・◇・)←この人
『おに○んぼう』が何か分からない人はお父さんお母さんに聞いてみるといいよ!

・黒井崇男
今回のお話で可哀想なことになる人。


 多分初となる良太郎と黒井社長の会話。果たしてテラコヤス感は出せているのか。

 ただ散々フルボッコとか言いつつも、そんなに酷いことにはならないと思う。



『デレマス八話を視聴して思った三つのこと』

黒白(こくびゃく)の翼を持ちし堕天使の可憐なる姿に、我の心は打ち震えている。
(蘭子ちゃんが可愛くて大変満足です)

・言の葉の規律乱れし女神たちを統べし者に、精霊たちが騒めいている。
(敬語を使わない武内Pに凄い違和感を感じる)

・よもや幼き女神までもが失われし神々の言の葉を会得しているとは……。
(まさかみりあちゃんが熊本弁を習得しているとは……)


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Lesson71 妨害、全力、そして決別 3

※注意!
『最強オリ主』の『転生チート』だということを再認識した上での閲覧を推奨。

ついに良太郎がやらかします。


 

 

 

「ふーむ」

 

 現在、ステージの上では千早ちゃんが『眠り姫』を歌っている。王子様に起こされることなく永い眠りから目覚めたお姫様が、自らの力だけで旅立つというストーリーのこの曲。確かに千早ちゃんのイメージにピッタリの曲ではあるのだが……先日の一件を知っている身としてはちゃんと千早ちゃんは王子様の手で目覚めたと思う。まぁその王子様ポジは春香ちゃんだった訳だけど。

 

「千早ちゃんだっけ? 結構いい曲じゃん」

 

「そうだね」

 

「……まぁ、そうね」

 

 ステージの袖から一緒に見学していた魔王エンジェルの三人からの評価も上々である。

 

 ちなみに俺とジュピターのステージは既に終わっており、後はトリに一人でステージに立つだけである。当然のことながら妨害行為は無かった。俺のマイクが故障しているとかいう展開ならあるかもなーとか考えたが、そんなこともなかった。

 

 しかしただ一人、麗華の眉間に皺が寄っていた。

 

「麗華、どうかしたか?」

 

「……961が何かしてくるんじゃないかと思ってたんだけど、別に何も無いわね」

 

 どうやら麗華は黒井社長が765プロの人がステージに立っている間に何かしらの妨害をしてくるのではないかと考えていたわけだ。

 

「そうだな。音響トラブルですとか言われて音が出ないままアカペラで歌うことになるなんていう展開もあったかもしれないな」

 

「随分と具体的ね」

 

「まぁね」

 

 

 

 

 

 

「おい! どういうことだ! 何故765プロの曲が流れている!?」

 

「……上からのお達しがあったんですよ。貴方に何を言われようとも、自分は自分の仕事をこなします。何か文句があるようでしたら上の人間にどうぞ」

 

「ぐっ……!?」

 

 

 

 

 

 

「……何かしたの?」

 

「運営のお偉いさんの娘さんの誕生日パーティーにサプライズゲストとしてお祝いに行ったことがあってな。軽ーく『お宅のスタッフさんは他の会社の人間に唆されて曲を流さないなんてことありませんよね』的なニュアンスの話を少々」

 

「えらく具体的ね」

 

「まぁアイドルがどういうシチュエーションで困るかを考えたら音響や照明関係だからな。あとはメイクさんが来ないとかも考えられるけど、そっちは自分達でなんとか出来るでしょ」

 

 地方公演とか小さなライブなら自分達でメイクしたりする場合もあるだろうし。

 

「え? アンタもメイク自分で出来るの?」

 

 いくら何でもアンタがメイクもいないような小さなライブに出演なんてありえないと思うんだけど、と訝しげな目をした麗華。

 

「いざという時のための保険として一応簡単なやり方だけシャマルさんに教わったんだよ。まぁ男のメイクなんて女の子のそれと比べちゃえば本当に簡単だし」

 

「あぁ、シャマルさんに」

 

 魔王の三人も八神堂をよく利用しているので八神家三女のご職業をしっかりと把握していた。

 

 そんな会話をしている内に千早ちゃんのステージが終わり、次は入れ替わりで同じく765プロの竜宮小町の三人である。

 

「……どうやら何事も無く進みそうね」

 

「そうだな。765プロのステージは問題なく進みそうだな」

 

 765プロのステージ()、である。

 

「……アンタの方は大丈夫なの?」

 

「大丈夫でしょ」

 

 さっきも言ったが(誰にも言ってないが)俺に対して何かしてくるのであれば問題ない。ぶっちゃけ音源が無いぐらいならばどうとでも対処できるし。

 

「……そう。ならいいんだけど」

 

「心配してくれてありがと」

 

「ふん」

 

 普通こういう場面なら顔を赤らめながらそっぽを向いてくれるとツンデレチックで大変よろしいのだが、麗華の場合本当に興味無さそうな感じだから大変残念である。

 

 

 

 

 

 

 さて、ナンダカンダサケンダッテそろそろ『アイドルJAM』も終わりが近づき、いよいよトリである俺の出番である。

 

 衣装を先ほどまで着ていたジュピターとのコラボのものからいつもの衣装に着替え、ステージ袖で待機する。いつもの衣装がどんなのかって? ちょっと何を言ってるのか分からないですね。

 

「りょーくん! いよいよ最期のステージだね!」

 

「うん、そうだね。だけどその言い方は俺のアイドル人生も終わる感じだから止めてくださいお願いします」

 

 冗談で干される云々言ってたけどまだまだアイドル続けたいんですマジで。せめて最後で。最後でもないけど。

 

「楽しみにしてるよ、リョウ」

 

「精々最後に盛り上げてきなさい」

 

「やいさほー」

 

「りょーくんがやいさほーってした!」

 

「うん、やいさほーってしたね」

 

 ステージ袖で魔王エンジェルの三人とそんなやり取りをしてから、俺はステージの上へ――。

 

 

 

「良太郎……!」

 

 

 

 ――行こうと思ったら、唐突に兄貴に呼び止められた。何やら珍しく焦っている様子である。

 

「何かあったのか?」

 

「それが……音源が紛失したらしいんだ」

 

「……はい?」

 

 何ですと? 音源紛失?

 

「預けておいたお前の曲が入ったCDが無くなったらしくて、今PAが大騒ぎしてる」

 

「おおっと、そう来たか……」

 

 誰が犯人とかどういう手口でとかはもうこの際置いておくとして、随分と直接的かつ大胆な方法に打って出たものである。

 

「どうする? 見つかるまでMCで繋ぐか?」

 

「いや、間に合わないでしょ」

 

 本当にただ紛失しただけならば見つかる可能性もあるが、それが『盗難』となると廃棄されている場合もあるため見つからない可能性が高い上に時間がかかりすぎる。

 

 本来ならばこういう時は順番を入れ替えるなどして対応するのだが、トリであっては入れ替えるも何もあったものじゃない。

 

「とりあえずPAさんにマイクの音量だけちゃんと調節するように、あとこちら側から責任問題について追及するつもりはないけど、今後こういうことが起こらないように管理体制をしっかりとするようにとだけ言っておいて」

 

 スタッフさんはハッキリ言って巻き込まれただけなので、それで責められるのは可哀想である。ただまぁ、どんな形であれ預かったものを無くすのは社会人としては考えものなので今後のためにもしっかりとしてもらいたい。

 

「どうする気だ……?」

 

「どうする気も何も、アイドルはステージに立ったら歌うだけだよ」

 

 

 

 だから全力で『歌う』だけだ。

 

 

 

 

 

 

「くそ……! どういうことだ……!」

 

「………………」

 

 現在ステージの上では良太郎が自身の代表曲である『Re:birthday』を歌っている。しかし何故か曲が流れておらずアカペラの状態だ。こんな演出をするなんて良太郎は話していなかった。となると、これは意図せずして起こった不測の事態ということだ。

 

 そしてその原因があるとするならば、間違いなく黒井社長(こいつ)以外に考えられない。

 

 良太郎がアカペラで歌い始め、尚且つそれで盛り上がっている観客を目の当たりにして狼狽えているこいつ以外に。

 

「……歌うはずの曲が流れないってのは……確かにハプニングだよ」

 

 だけど、一つ勘違いしている。

 

 

 

「でもな。曲が流れない状況で歌うなんてことは、俺たちアイドルにとっちゃ造作もないことなんだよ」

 

 

 

「……は? ……き、貴様、何を言って……」

 

 突然の言葉に呆けたようなおっさんの顔が、とても滑稽だった。

 

「何十回、何百回と歌った曲は耳じゃなくてダンスと一緒に身体が覚えてる」

 

「あれぐらい、僕たちにだって出来るさ」

 

「俺たちだけじゃない。魔王の三人は勿論、765プロの子達だってきっと出来ますよ」

 

 きっとそれは、自分の歌とダンスを信じぬく度胸の問題。この程度のことで怖気づいてステージ袖で立ち竦むようでは、到底『トップアイドル』になんてなれやしない。

 

 そもそも良太郎は『例の事件』の際には音源どころかマイクすらない状況で千人単位の観客を前にして歌っているのだ。確かにその時と規模は比べものにならないが、それでもこの状況が初めてという訳でもないのだ。

 

 その時。

 

 

 

「失礼します」

 

 

 

「貴様は……」

 

「幸太郎さん……」

 

 俺たちの会話に入って来たのは、良太郎とのコラボが決まってからは俺たちジュピターも何度かお世話になっている良太郎の兄、幸太郎さんだった。

 

「お久しぶりです、黒井社長」

 

「……ふん、貴様か。何の用だ」

 

「いえ、少し今後のことをお話したいと思いまして」

 

(今後のこと……?)

 

 何故それを黒井のおっさんのところに話に来るのか、と疑問に思ったが。

 

 その直後、そんな疑問もすぐに頭から消え去ることになる。

 

 

 

 唐突に、良太郎が歌うのを止めたのだ。

 

 

 

「な、何だ? 今度はマイクトラブルか?」

 

 しかしステージを見ると良太郎は俯きマイクを下ろしていた。歌い終わったにしては何か雰囲気がおかしい。

 

「何かの演出ですか?」

 

「……いや、俺も聞いてない」

 

 幸太郎さんも知らなかったらしく、北斗の問いかけに対して首を横に振っていた。となるとまた良太郎が独断で取り入れたサプライズ展開の可能性がある。

 

 こんな場面でもやっぱり良太郎は良太郎だったかと思っていたのだが。

 

 その予想は裏切られることとなる。

 

 

 

「――――――!」

 

 

 

 再び歌いだした良太郎。

 

 しかし。

 

 

 

「……あれ、何だ、この曲……?」

 

 

 

 俺は今までに良太郎が発表してきた曲全てを知っている。こう言うとまるで俺が良太郎のファンみたいだが、アイドルをやっていて良太郎の曲を知らない方がにわかである。

 

 しかし、今良太郎が歌っている曲は一度も聞いたことが無いものだった。

 

 観客も若干ざわついていることから、それは間違いないだろう。

 

「おいおい、もしかしてこんな状況で新曲発表だと……!?」

 

「とんでもないことしてくれるね、良太郎君は……」

 

 流石にこれには驚愕せざるを得ない。いくら本来歌う曲が流れないからと言って、いきなり予定を変更して新曲を歌い始めるその胆力が考えられない。普通そんなことも思いつかない。

 

 いや、もしかしたら予定していたサプライズだった可能性もある。今回の妨害が無ければ自分から「途中で音源を止めてください」などと言い出してこの展開に持ち込むつもりだったのかもしれない。良太郎だったらそれぐらいやりそうだ。

 

 実際のところどうだったのかは、今この場にいる良太郎のプロデューサー兼マネージャーの幸太郎さんに聞いてみるのが早いだろう。

 

 そう思い、幸太郎さんの方に振り返る。

 

 

 

「……どういう、ことだ……!?」

 

 

 

 しかしそこには、俺たちと同じように、いや、それ以上に驚愕した様子の幸太郎さんの姿があった。

 

「幸太郎さん?」

 

 どうかしたのかと尋ねようとした言葉は、幸太郎さんの口から発せられた耳を疑うような言葉で中断させられることとなる。

 

 

 

 

 

 

「――新曲を出すなんて話『俺も聞いてない』ぞ!?」

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 プロデューサーである幸太郎さんですら知らない?

 

 おかしい、そんなことがあるはずがない。

 

 新曲、というか俺たちアイドルが歌う曲は、当然自分達が独断で進めて出来るようなものではない。ある程度の作詞や作曲の知識があったとしても、それを新曲としての形にするにはどう足掻いても他者の力を借り、そして時間をかけなければならないものなのだ。

 

 それにも関わらず、幸太郎さんですら良太郎の新曲のことを知らないなんていうことがあるはずがない。

 

 

 

 じゃあ、今ステージの上で良太郎が歌っている曲は何なのか。

 

 

 

 少なくとも良太郎が今までに発表した曲ではない。かといって誰か別のアイドルの曲という訳でもなさそうだ。というか、そもそも聞いたことが無い曲だ。

 

 

 

「……まさか……良太郎、お前――!?」

 

 

 

 覚えが無い曲。

 

 聞いたことが無い歌詞。

 

 見たことが無い振付。

 

 

 

 考え付いた『あり得ない』可能性。

 

 

 

 

 

 

「――たった今『ステージの上で』新曲を作りだしたって言うのか!?」

 

 

 

 

 

 

 隣で叫ぶように発した幸太郎さんのその言葉は、遠くで歌う良太郎の声よりも酷く遠くから聞こえてきたような気がした。

 

 

 




・『眠り姫』
原作でも「誰の助けも借りず」ってわけじゃなかったから、作者は「うん?」ってなった。何か解釈違いしている可能性もある。

・ナンダカンダサケンダッテ
最近茜ちゃんがカバーで出してますし、作者の年代がバレるはずがない(今更感)

・やいさほー
感想でお勧めされたノベマスを観ながら執筆を進めていたらいつの間にか書いていた。
のすらPさん超面白いです。泣き虫ちーちゃんが超可愛いです。

・音源紛失
PAスタッフが首を縦に振らないからって随分とアグレッシブに事を進めた下手人は誰なんだー(棒)

・アイドルにとっちゃ造作もないこと
実際のところどうなのかという話は置いておいて。
アニマスでは千早が、漫画のザワワンではあずささんが同じように緊急時にアカペラで歌っており、ザワワンのスプラウト(春香、雪歩、響)に至ってはマイクの電源すら入っていない状況でライブを完遂しているのだから驚きである。

・「『ステージの上で』新曲を作りだしたって言うのか!?」
最強アイドルのライブは全て必然! 歌唱曲さえもアイドルが創造する!
全ての光よ! 力よ! 我が喉に宿り、希望の光を照らせ!
シャイニング・ド(ry!!



 りょうたろうくんがやらかしました。

 「まるで意味がわからんぞ」状態だと思いますので、ピッコロさんやスピードワゴンばりの説明が次回作中内でされる予定です。



 そしてこの流れで空気読めてないかもしれませんが漫画版ミリオンライブ購入&読了しました。これでミリオンライブ編のプロットも作れそうです。



『デレマス九話を視聴して思った三つのこと』

・次回タイトルだけ見てかな子回かと思ったら三人纏められていたでござる。

・誰だお前!?(視聴開始20秒)

・さちこはかわいいなぁ(腹パン)


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Lesson72 妨害、全力、そして決別 4

 


「……なるほどな……俺は今の今まで誤解していたって訳だ……」

 テッカメンダーのコクピット内で、リョウタローは自嘲するように呟いた。しかしパイロット適正を得るために失った表情は動くことなく、もし動くとしたら盛大に自分自身を嘲りたかった。

『ふん、今頃気付いたところでもう遅い!』

『我らの野望は最終段階に移る』

『貴様らはそこで絶望に打ちひしがれているがよい!』

 リンドバーグ右大臣とトモミオン左大臣を引き連れ、レイカーン総統は自らが操縦する『ギニューハオー』の進路を太陽へと向ける。

『拙いよにーちゃん! レイカーンが太陽エネルギーを手に入れちゃったら!』

『次元の狭間が無茶苦茶になって全次元世界がトーゴージ帝国に侵略されちゃうよー!』

 キサラギ・オーバーマスターと通信が繋がり、コクピット内にいたアミとマミの姿が映し出される。

「……すまん、俺が最初から話を聞いていれば……俺があいつらの話を真に受けてさえいなければ……!」

 リョウタローは悔いる。何故自分がキサラギと戦うことが次元の狭間を歪める原因となることに気付かなかったのか。それこそがトーゴージ帝国の策略だったというのに。

『そーゆー反省は後にして欲しいっしょー!』

『そうそう! 今はあいつらを止めに行かないと!』

 リョウタローが顔を上げると、そこには焦りに冷や汗を流しながらも全く折れていない瞳を光らせたアミとマミの姿があった。

「……そうだな。今はあいつらを止めよう。罰は後でいくらでも受ける! だから、頼む! アミ! マミ! お前たちの力を貸してくれ!」

『罰を受けるとか、力を貸してくれとか、そーゆー固いことは無し無し!』

『マミたちとにーちゃんは、もう仲間なんだからさ!』

「……あぁ!」

 そうだ、今はこの小さな勇者たちと目の前の敵を倒すことに集中しよう。

「行くぞ! アミ! マミ!」

『合点! アミとマミとにーちゃん! 三人揃えば百人力!』

『そして三人で三倍の力!』

「つまり……百人力×三倍×三人で……九百人力!!」



「「『行くぞ! 合体だあぁぁぁ!!!』」」






 これは、全宇宙、全次元世界を救うために立ち上がった――。



 ――揺れぬ胸部と揺るがぬ顔面を持つ二体のロボットと、三人の勇者の物語。






 劇場版! 無尽合体キサラギ 対 天上天下テッカメンダー!
   ~次元の狭間を突破しM@S~






 う そ で す
d(* ´∀`)b

 果たしてLesson72記念がこんなのでよかったのだろうか。


 

 

 

「………………」

 

「千早ちゃん、どうしたの?」

 

「あ、うん、何でもないのよ春香。ただちょっとイラッとしただけ」

 

 何故かは知らないが。

 

「それにしても、本当に凄いね……まさかこんなハプニング中に新曲発表しちゃうなんて……」

 

「えぇ……」

 

 春香の言葉に同意しつつ、ステージ袖からステージ中央の良太郎さんに視線を向ける。

 

 今日良太郎さんがトリで歌う予定だった曲の音源が紛失するというハプニングがあったにも関わらず良太郎さんはアカペラで歌い始め、あまつさえそのまま新曲発表までしてしまう始末。本当に普通では考えられないような度胸と自信である。

 

 同じような状況になったとして、果たして私に同じことが出来ただろうか。

 

 曲が流れない状況で歌う……多分、出来る、と思う。私の持ち歌は他のみんなの持ち歌と比べるとアカペラに適した雰囲気のものが多い。故に曲が流れない状況で歌っても違和感を持たれず演出ということに出来る。

 

 

 

 しかし同じように曲が流れない状況で『新曲』を、『未発表の曲』を歌うことが私に出来ただろうか。

 

 

 

「こんな状況で新曲とか、考えられないぞ……!」

 

「わわ! 新曲! 新曲なの! いつ発売!? 特典は!?」

 

 ステージ袖から覗いていたみんなの反応は主に二つ。我那覇さんのように純粋に驚愕するか、美希のように新曲に興味を持つか。大半は前者で、良太郎さんの熱狂的なファンは後者に当てはまる。

 

 そんな中、魔王エンジェルの三人だけ反応が違った。

 

「……ねぇ、ともみ、アンタこの新曲のこと聞いてた?」

 

「ううん、聞いてない。……本当にサプライズのつもりだったんじゃないかな」

 

「……受験勉強のために仕事を休むって言ってる奴がわざわざこんなサプライズのために新曲を用意しとくと思う?」

 

「……言われてみれば」

 

「……まさか思いつき……いやいやまさか……いやあいつなら……」

 

 「……でももしかして……やりかねない……」と据わった目でブツブツと呟く東豪寺さん。何故だろう、私達よりも先輩でより有名なトップアイドルだというのに同情を禁じ得ない物悲しさを感じる。

 

「あれ? そういえばやけに大人しいね、りん。リョウが新曲をこんなサプライズに発表なんてしたらもっと騒いでてもおかしくないのに」

 

 ともみさんのその言葉に釣られてすぐ傍にいる朝比奈さんに視線を向ける。

 

「………………」

 

 朝比奈さんは真剣な、いや、険しい表情でステージ上の良太郎さんを見ていた。

 

「りん? アンタ、どうしたのよ」

 

「多分、リョウの新曲に聞き入ってるだけ……」

 

 

 

「……なんか、変だ」

 

 

 

「え?」

 

 朝比奈さんが発したその言葉に、近くで聞いていた私も呆気に取られた。

 

「良太郎が変なのはいつものことじゃないの?」

 

「それを抜きにしても、いつも通りのリョウにしか見えないけど」

 

 私も東豪寺さんとともみさんの言葉に同意する。竹を割ったようでタコを切ったようで人を食ったような性格の良太郎さんが変なのは勿論のことだし、いつもと変わらない無表情故に私の目にもいつもの良太郎さんにしか見えなかった。歌っている曲こそ新曲なので聞いたことが無い曲だが、それ以外はいつもの良太郎さんである。

 

「何か……りょーくんが凄い無理をしてる気がする」

 

「は? 無理?」

 

「どういうこと?」

 

「分かんない、分かんないけど……りょーくんが凄い辛そうに見えるの」

 

 良太郎さんが、辛そう?

 

 一体、それはどういう意味――?

 

 

 

『みんなー! 今日はありがとー! 来年の春にまた会おう!』

 

 

 

 スピーカーから響く良太郎さんの声が曲の終わりを告げた。

 

 観客は新曲の詳細を明かさないことに対して若干の不満を感じているが、それ以上に誰よりも早く、それこそメディアに発表される前に新曲を聞けたことに対する満足感の方が勝っているといった様子だった。

 

 観客に手を振りながら良太郎さんはステージ袖であるこちらに戻って来る。

 

「りょーたろーさん! 新曲すごく良かったの!」

 

「りょーにぃカッコよかった!」

 

「はは、ありがと」

 

 キャイキャイとはしゃぐように駆け寄って行った美希や真美を軽くあしらいつつ、良太郎さんはステージ袖の奥へと足を進める。

 

 そして観客からは決して見えない位置にまで進んだ、その時だった。

 

 

 

 良太郎さんが、膝から崩れ落ちた。

 

 

 

「りょーくん!!」

 

 真っ先に動いたのは、朝比奈さんだった。

 

 

 

 

 

 

 ……アカン、頭痛い。ちょっとむりしすぎた。

 

 表情がうごかないのが幸いだった。かなり辛いけどこれなら観客にはバレない。

 

 あとは袖にいるみんなにもさとられなければいい。

 

 がくやまでいけばいい。あとはあにきにまかせよう。

 

 ……あ、マズ……。

 

 

 

「りょーくん!!」

 

 

 

 りんの叫ぶような声と何か柔らかいものに包まれる感覚を最後に、俺の身体の平衡感覚が言うことを聞かなくなった。

 

 

 

 

 

 

「りょーくん!? しっかりして、りょーくん!」

 

 緊迫した表情の朝比奈さんが良太郎さんの身体を揺さぶる。良太郎さんは朝比奈さんの身体に抱き着くような形で倒れこみ、朝比奈さんの叫ぶような呼び声(それでも外の観客には聞こえない音量)にも全く反応しない。

 

「りょ、りょーたろーさん!?」

 

「りょーにぃ!?」

 

 美希や真美だけでなく、その場にいた全員がその不測の事態に当惑していた。

 

「良太郎!? っ、救急車……!」

 

 朝比奈さん同様に良太郎さんの傍にいた東豪寺さんが良太郎さんの顔を覗き込みつつ、ポケットからスマートフォンを取り出した。

 

 そしてそのまま救急車を呼ぼうとして――。

 

 

 

「……タンマ……」

 

 

 

 ――その手を掴んでそれを止めたのは、他でもない良太郎さんだった。

 

「っ!? 良太郎!?」

 

「……救急車はまずい……そとにまだかんきゃくがいる……」

 

「はあ!?」

 

「……たのむ……」

 

「~っ!? あぁもう! このバカ! アホ! 誰か表に車回しなさい! 急いで! そこのスタッフ、早く担架持って来て!」

 

「りょーくん! りょーくん!」

 

「リョウ、しっかりして!」

 

 スタッフが持ってきた担架で運ばれていく良太郎さんを、私は呆然と見送ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

「……無事、終わったみたいだな」

 

 観客の歓声を受けつつステージ袖に捌ける良太郎の姿を見送り、幸太郎さんは溜息を吐いた。無理もない、自分が担当するアイドルがとんでもないことをしでかしたんだから。

 

(……それにしても)

 

 先ほど良太郎が披露して見せた新曲について思い返す。

 

 歌詞の内容は、先ほども歌った『Re:birthday』に対するアンサーソングと言ったところだった。生まれ変わりアイドルとなった少年が、『俺』がいなければ『僕』は果たしてアイドルになったのだろうかと悩みつつも歌い続けることを選ぶ。そんな内容だ。『Re:birthday』の時も感じたが、相変わらず不思議な歌詞を考える奴である。

 

 もしかしたら元々そういう歌を考えていたのかもしれない。ある程度の構成は出来ていたのかもしれない。

 

 けれど曲と振付は、恐らくあの場で作りだされたものなのだろうと俺は考えている。

 

 思い返してみると、曲も振付も何ヶ所か聞き覚えや見覚えのあるものがあった。多分、全てがオリジナルではなく、今までの曲からの引用もあったのだろう。

 

 じゃあ今の曲の全てが継ぎ接ぎだらけだったのかと言われればそうではなく、そのどれもが新しい歌詞の雰囲気やアカペラという今の状況に適したものに変わっていた。

 

 

 

 新たに与えられずとも自らが持っているもので人を惹きつけ魅せる。

 

 きっと、これが良太郎の『自動最適化能力(オートチューニング)』の極致。

 

 

 

(……出鱈目(チート)にもほどがあるだろ……)

 

 改めて、自らが挑む壁の高さに呆れることになった。

 

 

 

「……認めん……認めんぞ……!」

 

 

 

 それは、分かりやすく狼狽したおっさんの言葉だった。

 

「何なのだあれは、曲が一切流れない中で歌うどころか、その場で新曲だと!? ふざけるな! たかがアイドルにそんなことが出来るはずがないだろう!?」

 

「……おっさん、今『たかが』アイドルっつったか?」

 

 

 

 その発言は、その発言だけは聞き流せなかった。

 

 

 

「アンタにとっちゃ俺たちアイドルは駒に過ぎないんだろうけどな、ステージに立ってる俺たちはいつだって真剣(マジ)なんだよ!」

 

「もうちょっと僕たちのこと見ててくれれば、音源無しで歌うことぐらい出来るって気付いてくれたはずなのに」

 

「貴方は、俺たちのことを何も見ていなかったんですね」

 

「何を……!? 貴様らは、ただ私の言うことを聞いていればいいと言ったはずだ! 私を信じていれば、貴様らは直にトップの座に登り詰めることが出来るのだ!」

 

 ……良太郎を押しのけ、トップの座に、か。

 

(……その言葉、もう少し違う形で聞きたかったぜ)

 

 俺たちは打倒良太郎を諦めたわけではない。だからその言葉自体には賛同してやる。

 

 でもな。

 

 

 

「俺が……俺たちが信じるのは」

 

 

 

 ――なぁ、冬馬、翔太、北斗さん。

 

 

 

「『自分を信じろ』って言うアンタじゃない」

 

 

 

 ――俺は、三人を信じてる。

 

 

 

「『俺たちを信じてる』って言ってくれた良太郎だ」

 

 

 

 あいつが目指すべき目標で居続けてくれることが、俺たちがトップアイドルになるもっとも正しい道だと俺たちは信じている。

 

 俺たちは、おっさんよりも正しく俺たちのことを評価してくれていた良太郎を裏切っちまった。

 

 だからこそ、俺たちは二度と良太郎を裏切らない。

 

 

 

 今ここが、俺たちが決別する場所だ。

 

 

 

「……後悔するぞ」

 

「今まで以上の後悔なんてするわけねぇよ」

 

「いつか私が正しいと気付く日が来る。そうなった時に泣きついてきても知らんぞ」

 

「黒ちゃんこそ、僕たちがいなくなって泣かないでよ」

 

「今の業界で仕事が出来ると思うんじゃないぞ」

 

「例えテレビに映れなくても、歌と踊りがあれば俺たちはアイドルですよ」

 

 こんな俺のバカみたいな考えに賛同してくれるこいつらには感謝しかない。

 

「……勝手にしろ。この先、どうなっても知らんがな。ハッハッハ!」

 

「……待てよ」

 

 そんな高笑いをしながら去ろうとするおっさんを呼び止める。

 

 おっさんが考えを改めない限り、俺たちがこのおっさんと相容れることはないだろう。

 

 けれど、今ここで言っておかなければならないことがある。

 

 

 

「……俺たちをここまで育ててくれたことだけは……礼を言っておいてやるよ」

 

「ありがとねー! くろちゃん!」

 

「どうかお元気で」

 

 

 

「……~っ! ちっ!」

 

 こちらに背を向けたままだった故に、その時のおっさんがどんな表情をしていたのかは分からない。

 

 もし、少しでも振り向くようなことがあれば。

 

 

 

 ……きっと、俺たちがこうして決別するようなことにはならなかったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 それは、良太郎がぶっ倒れて病院に運ばれたと聞かされる僅か一分前の出来事だった。

 

 

 




・劇場版! 無尽合体キサラギ 対 天上天下テッカメンダー!
ハルシュタイン閣下との死闘から数年後、アミとマミの目の前に現れたのは別次元の勇者リョウタローと彼が駆るロボット『テッカメンダー』だった!
何故彼らは戦わなければならないのか!?
そして『トーゴージ帝国』の真の目的は!?
みたいなノリ。

・キサラギ・オーバーマスター
キサラギがリッチェーン、アズサイズ、ユキドリルと合体した最終形態。本来のキサラギにコクピットは無くリモコンで操作していたが、オーバーマスター状態になることでコックピットが現れ宇宙空間での活動も可能になるんじゃないかなぁ!

・「百人力×三倍×三人で……九百人力!!」
所謂『ウォーズマン理論』。キン肉マンを知らなくてもガオガイガーやグレンラガンを見ていた人には何となく分かってもらえると思う。

・竹を割ったようでタコを切ったようで人を食ったような
「竹を割ったような」と「人を食ったような」はそれぞれ人の性格を表す言葉。
「タコを切ったような」は某日曜日じゃんけんアニメネタ。
信じられるか……? あの主婦、楓さんより年下なんだぜ……!?

・何か柔らかいものに包まれる感覚
やったね良太郎! 待ちに待ったラキスケだよ! これでもう悔いはないよね!?

・『Re:birthday』に対するアンサーソング
(別に曲の内容がフラグになるわけでは)ないです。



 前書きと本編の温度差が激しいですがこの小説ではよくあることなのでお気になさらず。

 何やら前回のお話に対する言い訳回のようになってしまいましたが、周りから見た良太郎の新曲の認識です。そして今回も四話に纏まらなかったので次回に続きます。次回は良太郎視点からの新曲の詳細となります。

 あ、良太郎が倒れましたが別に歌えなくなったり踊れなくなったりするフラグではないのでご安心を。



『デレマス十話を視聴して思った三つのこと』

・へぇ、ここがロリコニアかぁ(バンギランド感)

・違うんですお巡りさん! この人たち怪しいけど違うんです!

・きらりがいい子すぎてしゅごいハピハピすぅんじゃ^~


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Lesson73 妨害、全力、そして決別 5

実はスマホを機種変更してついにラブライバーになった作者。

アイマスの小説で報告することじゃない?
ははっ(愛想笑い)


 

 

 

 まさか歌っただけで死にそうになるとは思いもよらなかった周藤良太郎です。

 

 歌い終わった後で激しい頭痛に襲われ、意識がプッツリと切れたかと思ったら気が付いたら病室だった。リアルで『知らない天井だ』状態になるとは思いもよらなんだ。

 

「なー兄貴ー退院いつー?」

 

「明日。今日は一日検査入院だ」

 

「えー?」

 

 まぁ何となく予想していたが。意識無くして倒れるとか結構ヤバいことだし。脳障害を疑われてもおかしくない。

 

 しかし自身では健康体のつもりなので一日ベッドで寝ていることほど退屈なものは無いのだ。

 

「はいリョウ君、リンゴ剥けたよー!」

 

「あぁ、うん。ありがと」

 

 俺のベッドの傍らで皮を剥いていた母さんからリンゴを受け取る。しっかりと兎さんカットがしてあるところが何とも我が母親らしかった。

 

 ちなみに今でこそいつものようにニコニコと笑っている母さんだが、俺の意識が戻った直後はそれもうワンワンと号泣されてしまった。兄貴が事故に逢って入院した時はまだ怪我だけだったのでここまで泣かなかったが、どうやら以前に急に意識を失ってそのままお亡くなりになった親戚がいたらしく、その時のことを思い出して余計に不安になっていたのだろう。本当にご心配をおかけしました。

 

(それにしても)

 

 まさか意識を失うことになるとは流石に思いもしなかった。ちょっかいをかけてきた黒井社長を「ちょっとビックリさせてやれ」ぐらいのノリでパッと思い付いた歌詞に何となく思い付いた曲や振付と一緒に披露してみたところ、どうやらその処理に脳が追い付かなくなったのだろう。と、俺は考えている。

 

 今思い返してみると曲や振付は今までのものに似たものがあったので、多分自分が知っているものの中から歌詞や雰囲気に合っているものを無意識的に組み合わせたのだろう。

 

 果たして、これも『アイドルとしての才能』の一つなのだろうか。

 

「とりあえず、りんちゃんや麗華ちゃんには真っ先にお礼を言っておけよ。りんちゃんはいち早くお前の異変に気付いて駆け寄ってくれたらしいし、麗華ちゃんはその場で冷静な判断を取ってくれたらしいんだから」

 

「え? ……あ、あぁ、分かった」

 

 麗華が冷静な判断を、というのは若干意識が残っていたから覚えているのだが、りんが俺の異変に気付いていたというのは初耳だった。

 

 無表情を貫いていたはずだが何故りんにはバレてたんだ? むむむ、謎である。

 

 

 

「それで? あの曲はどうするんだ?」

 

「……何が?」

 

「おい、本当に頭大丈夫なんだよな?」

 

 心配してくれるのは嬉しいのだが、物言いは大変失礼である。

 

「昨日の最後に歌った新曲のことだよ。結構色んな人から問い合わせが来てるぞ。発表はするんだろ?」

 

「あー、うん。そうだな」

 

 シャリシャリとリンゴを食べながら考える。どうでもいいが兎さんカットは半分以上皮が残ったままなのだが果たしてこれを「皮を剥いた」と表現してもいいものなのだろうか。

 

「……いや、発表はしない」

 

「はぁ?」

 

「発表無し。兄貴、適当な理由付けといて」

 

「いや待て待て待て」

 

 もう一つと兎さんリンゴに手を伸ばすが、兄貴によって皿ごと遠ざけられてしまった。

 

「お前、あれだけのことをしておいて発表しないとかそんな馬鹿な話があるか」

 

「コウ君、リョウ君のリンゴ取っちゃダメだよー? 食べたいならお母さんが剥いてあげるからー」

 

「母さん、割と真面目な話するからちょっと待って」

 

 相変わらず何処かズレている我が家のリトルマミーは一先ず置いておくことにして。

 

 まぁ、兄貴の言うこともご尤もである。自分で言うのもアレだがこれだけ注目を浴びているアイドルがあれだけ派手に新曲を歌っておいてそれを発表しないなどという話は無いだろう。

 

 だが俺も考え無しに言っているわけではない。

 

 確かに歌っている時こそ間違いなく色々と考えていたが、アレは未完成すぎる代物だ。『あの時』『あの場所』でだからこそ歌えた曲であり、もう一度歌ってくれと頼まれても全く同じ歌を歌える自信は無い。アレを『周藤良太郎』の歌とするには未完成で不完全だと俺は考えているのだ。

 

「という訳で新曲として発表するのは無し。するとしても、もう少し落ち着いて『然るべきタイミング』と『然るべき場所』で発表するよ」

 

「だからってお前……」

 

「せやかて工藤」

 

「バーロー服部」

 

「人違いです」

 

「こちらこそ工藤ではないです」

 

 何か言いたそうな兄貴だったが、やがてため息を吐いてから首を横に振った。

 

「……分かったよ。他でもない『周藤良太郎』の考えだ。上手い言い訳を考えといてやるよ」

 

「悪いね」

 

「悪いと思うんならこの休暇中にちゃんと勉強して受験頑張ってくれ」

 

 ちなみにここまで二人して母さんが剥いた兎さんカットのリンゴをシャリシャリしながら会話していたので第三者から見たら大変シュールな光景だっただろう。

 

 

 

 

 

 

 コンコン。

 

 母さんがお手洗いのために席を外して数分もしない内に病室の扉がノックされた。

 

「はーい、どうぞー」

 

「邪魔するぜ」

 

「やっほー!」

 

「お邪魔します」

 

「失礼します、良太郎君、先輩」

 

 入室を促すと、入って来たのはジュピターの三人と留美さんという珍しい組み合わせだった。当然のことながらステージ衣装ではなく、三人とも私服姿。そしてまさかの留美さんまでもが私服だった。どうやら961プロの社長秘書という立場ではなくプライベートということなのだろう。留美さんの手にはお見舞いの品と思われるフルーツ籠が携えられていた。

 

「おっすおっす、昨日ぶり」

 

「……随分と元気そうだな」

 

「いきなり倒れたって聞いてビックリしたんだよ?」

 

「でも元気そうで何より」

 

「私も話を聞いて凄い心配しましたよ」

 

 まぁ病気とかそう言うのじゃなくてあくまで頭痛の延長線みたいなものだった訳だし。

 

「そういえば、961を辞めるんだってな」

 

「……あぁ」

 

 それは兄貴から聞いたことだった。まだ正式に公表したわけではなく、これから関係各所にFAXを送った後で記者会見を開く予定とのこと。

 

「本当は、記者会見で黒井のおっさんが今までどんなことをしてきたのか公表してやるつもりだったんだが……」

 

「止めといた方がいいだろうなぁ」

 

 賢明な判断である。例えそれらが事実だったとしても、名誉棄損と訴えられれば敗けるのは何の後ろ盾も存在しないジュピターだ。ちょっと声をかければ黒井社長に対抗できそうな『大物』の協力を得ることが出来るだろうが、それでも冬馬たちが不利なのは圧倒的に明らかである。

 

 まぁ、ジュピターという牙が抜けた以上961プロダクションは当分大人しくならざるを得ない。元々黒井社長を懲らしめるということが目的ではなかったので、今はこれで十分だろう。

 

「それに、961から抜けたのは俺たちだけじゃないしな」

 

「え?」

 

 それは一体どういう意味なのだろうか。

 

「それはですね」

 

 その意味を測りかねて首を傾げていると、留美さんがいつものクールな表情に僅かばかりの楽しそうな笑みを浮かべて一歩前に出てきた。

 

 

 

「私も961プロダクションに辞表を出してきたからです」

 

 

 

「「……はぁ!?」」

 

 どうやらこれは初耳だったらしい兄貴と共に壮大に驚愕してしまった。

 

「いやいやいや、そんなに簡単に辞めれるんですか?」

 

 よく知らないけど社長秘書ってそんなにあっさりと辞めてこれるようなものじゃないような気がするのですが。

 

「あらかじめ人事部に話を通しておいて……まぁ、色々とやったんですよ」

 

 内緒ですよ、と人差し指を立てる留美さん。その色々が怖すぎて聞けないです。

 

「それに『あの話』を先輩と良太郎君から聞いていた時から辞めるつもりでしたから」

 

「……そうでしたか」

 

 これで黒井社長は『事務所の看板アイドル』という牙だけでなく『優秀な秘書』という牙までも失ったということか。これならば当分黒井社長が動くことは無いだろう。

 

 ……そうだ、丁度いい。

 

「兄貴、今ここでこいつらに『あの話』するけど」

 

 兄貴に了承を取ると、兄貴は無言のまま頷いた。

 

「三人に聞いて欲しい話があるんだ」

 

「……何だよ」

 

 留美さんとの会話でもあった『あの話』が何なのか興味があったのだろう三人は素直に俺の言葉に耳を傾けてきた。

 

 

 

「実はな、俺と兄貴で新しい事務所を設立するんだ」

 

 

 

「……は?」

 

「あ、新しい事務所?」

 

「しかも設立するって……もう確定事項ってことかい?」

 

 お、北斗さん鋭い。

 

「もう関係各所とある程度の話もつけてある。後は俺が復帰する春を待って記者会見をするだけの状態だ」

 

 まだオフレコで頼むぞ、と人差し指を立てる。

 

 ちなみに融資してくれる金融機関も見付けてある。いくら貯金が貯まっているからとはいえそれだけで新事務所の設立は出来ないのだ。

 

「まぁ、こいつが受験勉強をしている間に俺にはまだやることがあるんだけどな」

 

 名目上は俺の受験勉強のための活動休止。勿論それも間違いないではないのだが、それと同時に新事務所設立のための準備期間でもあったということだ。

 

「もしかして和久井さんが辞表を出したのって……」

 

「えぇ、先輩の新事務所で雇ってもらおうと思ったからよ。……雇っていただけますよね、先輩?」

 

「も、もちろんだよ、留美」

 

 雇っていただけなければ私は路頭に迷ってしまいます、と語っている瞳で微笑む留美さんに、兄貴は笑みを引き攣らせながらもしっかりと頷いた。まぁ実際、留美さんほど優秀な人が来てくれるのは大変有難い。元々こちらからそれとなく声をかけて引き抜きたいと考えていたので丁度良かった。

 

「早速優秀な社員をゲットしたところで……ジュピターの三人にも話がある」

 

「……俺たちに、か」

 

「あぁ、お前たちに、だ」

 

 元々『Jupiter』の三人に持ちかけるつもりだった、大切な話。

 

 

 

「冬馬、翔太、北斗さん。君たち三人を俺たちの新事務所にスカウトしたい」

 

 

 

 そう、実はこれが以前961プロダクションによって行われる妨害行為をどうにかするための話し合いの場で俺が提案したこと。『新しい事務所を設立してジュピターの三人を引き抜く』ということだったのだ。

 

 オイオイやってること961とさほど変わんないんじゃねーかと言われそうではあるが、正直看板アイドルであるこいつらを引き抜くぐらいしか961を弱体化させる方法を思いつかなかったのだ。

 

 まぁ例え引き抜きに失敗したとしても新事務所という分かりやすい新しい標的を作ることによって961からのヘイトを全部こちらに向けようという意図もあった。

 

 結局、こちらからのアクションを起こす前に961から勝手に牙が抜けてしまったので意味無い話になってしまったが。

 

 それでも、この新事務所設立は俺だけの願いではないのだ。

 

「元々俺も、良太郎以外のアイドルをプロデュースしてみたいと考えていてな。勿論、自分の目で見定めた新人を一からプロデュースもする。でもジュピター、君たちも是非プロデュースしてみたいと考えている」

 

 そう、これは『周藤良太郎(おれ)』というトップアイドルをプロデュースして培った経験を活かして新たなアイドルをプロデュースするという兄貴の『夢』でもあるのだ。

 

「丁度いい、なんて言い方をすると三人に対して失礼な物言いになるかもしれない。それでも、俺たちは三人に来てもらいたいと考えている」

 

 左の手のひらを上に向け、冬馬に向かって差し出す。

 

 

 

「まだ見ぬ世界へ、一緒に来る気はないか?」

 

 

 

「………………」

 

 冬馬は差し出された俺の手をじっと見ていた。後ろの二人は冬馬の背中を見たまま何も言わない。二人とも、冬馬に全ての解答を任せるつもりなのだろう。

 

「……俺は……俺たちは」

 

 一瞬ピクリと動いた右手を握りしめ、冬馬はその右手を左の手のひらに打ち付けた。

 

「今の俺たちは『961プロダクションのJupiter』じゃねぇ! 今までの名声を捨てて、また一から始める! 一から始めるっつってんのに、お前の手なんか取ってたまるか!」

 

「あ、今の冬馬君の言葉を訳すと『とりあえず一から始めたいから、今は遠慮しとく』っていう意味だよ」

 

「だからせめて僕たちがテレビ出演出来るぐらいにまで戻ってきたら改めてお願いするよ」

 

「お前らあぁぁぁ!?」

 

 折角カッコよく決めたにも関わらずものの数秒で仲間の裏切りを受けた冬馬だった。

 

「……そうか。それじゃあ当分は無理か」

 

「はっ! 舐めんじゃねぇ! 半年以内に戻ってきてやるよ!」

 

「大丈夫ですよ、良太郎君。彼らの面倒は私が見ますから」

 

「……え?」

 

 そこで急に言葉を挟んできた留美さんに、冬馬が呆気に取られる。

 

「新事務所が設立する春までにしっかりと彼らをプロデュースして連れてきます。安心してください、先輩」

 

「あ、いや……うん、ありがと」

 

「え、えっと、わ、和久井さん? 俺たちは自分の力で……」

 

「さて、それでは帰りますよ天ヶ瀬君、御手洗君、伊集院君。早速打ち合わせをしましょう」

 

「「「……はい」」」

 

 それではお大事に、と言い残し、ジュピターの三人を引き連れた留美さんは病室を出て行った。やけにドナドナが似合いそうな退室シーンだった。

 

「……大丈夫なのかな」

 

「……ま、まぁ留美もアイドル事務所の社長秘書をやってたぐらいだし、大丈夫だろ……」

 

 心配はしてないのだが不安を抱く俺たち兄弟だった。

 

 

 

 その後、たった一日の検査入院だというのに765や1054、876など様々な人たちがお見舞いにやって来たのだが、それはまた別のお話ということで。

 

 

 

 この日、長らく続いた961プロダクションとの諍いが一先ず閉幕することとなった。

 

 

 




・むむむ、謎である。
鈍感系主人公のノルマ達成。

・「せやかて工藤」
まさかコナンが不定期連載になるとは思いもよらなかった。
どうか体に気を付けて、それでもどうか頑張って完結してもらいたいものです。

・当分黒井社長が動くことは無いだろう。
※ただし今後の本編中で絶対に動き出すとは言っていない。

・新しい事務所
名前は既に決定済み。公開は三章突入後。
一応検索かけて引っかからなかったので少なくともハーメルン内では被らないはず。流石に掲示板ssまでは把握できませんが。



 という訳でようやく961プロダクションとの争いが終わりました。本格的な黒井フルボッコを期待した方にはやや不服な終わり方でしょうが、優秀なアイドルと優秀な秘書が抜ければ十分な痛手ですので、そこで手を打っていただければ。

 そして新事務所設立のお知らせです。一体誰を所属させるか、誰だったら所属させても本編に影響しないかなどに頭を悩ませております。何人かは確定しているのですが。

 さて、いよいよ次回からアニマス二期ラスト、つまり第二章ラストのお話となる春香回が始まります。(都合によりクリスマス回はキンクリすることになりました)

 アニマス本編を大きく変えすぎない程度に良太郎を絡ませ、外伝のビギンズナイト、そしてその後の第三章へと繋げていきたいです。

 それでは。



『デレマス十一話を視聴して思った三つのこと』

・【悲報】蘭子のみソロ(ぼっち)

・ロックとは(哲学)

・猫耳は商売道具なんですね失望しましたみくにゃんのファンやめて前川さんのファンになります。



おまけ1
『劇場版プリキュアを観て思った三つのこと』

・とりあえず今年も安定のえりかで一安心。

・歴代プリキュアの紹介とOPED曲多めなので小さいお友達はやや退屈そうだったが、大きいお友達は懐かしくて楽しめた。

・だがモー娘。EDに実写で割り込んできたお前たちは絶対に許さない。



おまけ2
『劇場版仮面ライダーを観て思った三つのこと』

・こ、光太郎ぉぉぉ!!(;∀;´)

・た、たっくぅぅぅん!!(;∀;´)

・ご、剛ぉぉぉ!?Σ(゜д゜;)


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Lesson74 夢を見るということ

デレマスもいよいよ大詰めですね。今から二期が始まる夏が楽しみです。


 

 

 

 曲が流れず、そしてそんな状況で(その場で作った)新曲披露、さらにそのままぶっ倒れて病院行きという流れるようなコンボがあったものの『アイドルJAM』は概ね大成功に終わった。

 

 懸念していたように新曲に関する問い合わせが続出したものの、どうやら兄貴が全て捌ききったようだ。一体どんな理由付けをしたのやら。

 

 さて、年忘れライブが終わった後はみんなが浮かれるクリスマス!

 

 

 

 ……は、既に通り過ぎた。

 

 いやー、二十四日・二十五日と翠屋の手伝いで忙しかったけど、二十六日の周藤家と高町家の合同クリスマスパーティーは楽しかったなー。士郎さんたちにシレッと交ざって久しぶりにシャンパンを飲もうと思ったが速攻でバレて兄貴の全力のチョップを喰らったり。フィアッセさんと二人で無駄に豪華なクリスマスソングを熱唱したり。母さんとなのはちゃんと美由希ちゃんとフィアッセさんにプレゼント渡したりプレゼント貰ったり。あと詳しい話はその場にいなかったので知らないが恭也と月村はクリスマスイブに無事ハッピーエンドを迎えたらしい。末永く爆発しろ。

 

 それにしても本当に久しぶりに美由希ちゃんに会った気がする。何でだろうなぁ、色々とタイミングが合わなかったんだろうなぁ。

 

 そしてクリスマスが終われば一年の締め、大みそか! さらに一年の計、元旦!

 

 

 

 ……も、更に通り過ぎた。

 

 いやー、今年は休業中で紅白にも出場しなかったから久しぶりにのんびりと出来た年末年始だったなー。受験生だけどこれぐらいはなー。大晦日には久しぶりに紅白は年越し蕎麦を食べながら視聴者側になったり。元旦には初詣に行った神社でシレッと列に並んで久しぶりにお神酒を飲もうと思ったが再びバレて兄貴の全力のチョップを喰らったり。人混みに紛れて迷子になったリトルマミーを捜索したり。あの人背が小学生並だから本当に何処にいるのか分からなくなるんだよなぁ。

 

 ちなみに年末年始は父さんが帰ってきていた。美由希ちゃん程ではないけど父さんに会うのも久しぶりだったなぁ。三が日終わったらすぐにとんぼ返りだったが。

 

 で、現在。俺と恭也と月村は朝早くの寒空の下、防寒対策バッチリの格好でテクテクと歩いていた。

 

 

 

「よし恭也、月村、問題出し合ったりしようじゃないか」

 

「あら、いいわね」

 

「別に構わんぞ」

 

「それじゃあ……『たかまちさんちのきょうやくんは、おかあさんに500えんをもらってくだものやさんにリンゴをかいにいきました』」

 

「その問題が本当に出ると思っているんだったら今回は見送った方がお前のためだぞ」

 

「『その途中、公園の木に猿がぶら下がっていたので猟銃を取り出して発砲したところ、発砲音に驚いた猿が木から落ちました。恭也君と木の距離をA、木の高さをH、弾丸の高さをha(t)、猿の高さをhb(t)、弾丸が猿に命中した時間をt、弾丸の速度をvとした時、恭也君が構えた猟銃の角度を求めなさい。ただし重力加速度をgとする』」

 

「御神の剣士は銃など使わん。近寄って切る」

 

「御神なら飛針(とばり)鋼糸(こうし)を使えよ」

 

「何で猿がいるのかとか何処から猟銃を取り出したのかとか、そういうツッコミは無いのね」

 

 

 

 今の会話で察してもらえるかどうか微妙なところであるが、旧名称『大学共通第一次学力試験』、現在の『大学入試センター試験』である。高校三年生、つまり受験生が挑む第一関門の日をついに向かえてしまったわけだ。

 

「いやぁ、本当にこの日が来てしまったな」

 

「この日のために勉強してきたんだから大丈夫よ。周藤君も恭也も、みんなで一緒に勉強してきたんだから」

 

「ソーデスネー」

 

 苦手な数学の面倒を理数系が得意な月村に見てもらえて大変有難かったのだが、正直恭也と月村と三人で勉強とか場違い感が半端じゃなかった。いや、クリスマスに引っ付く前からそんなに変わらないような気もしたが、それまで以上にデレる月村と満更でもなさそうな恭也の様子を目の当たりにして首筋と背中が痒かった。それでいてお暇しようとすると二人して「遠慮するな」と……拷問か! 俺は一人で家に帰らせてもらうぞ! いや本当に帰らせて! ぶっちゃけ辛い!

 

 ただそんな環境で勉強してたおかげで、どんな状況でも動じない精神は身に着いたような気はする。アイドルとしてステージに立っている癖にと言われそうだが、それとこれとはまた別の話だ。

 

「ホント、一万人の観客の前に立ってた方がまだ気が楽だよ」

 

「普通逆だろう」

 

「『ヒグマと対峙した時の方が楽』とかぬかすお前にだけは言われたくない」

 

「私からしてみれば二人とも一般人とはほど遠いわ」

 

 そんなどうでもいい会話をしながら試験会場に向かう俺たち。リラックスしているという点で言えば問題ないだろう。

 

「……あっ、あれって765プロの美希ちゃんよね?」

 

 信号待ちをしながら見上げる月村の視線を追うと、そこには美希ちゃんが宣伝するコスメ用品の街頭広告があった。

 

「……相変わらず中学生には見えないわね」

 

「まぁ、確かに」

 

 黒いワンピースにいつもよりも大人っぽいメイクをして、妖艶な妖精のような恰好をした美希ちゃん。いや本当に貴女中学生ですか? 中学生が出していい色気じゃないよアレ。

 

「それにしても、最近本当に765プロの娘たちをよく見るわね」

 

「そうだなー」

 

 月村の言葉に同意しながら、その横に視線を移すとそこには真ちゃんが出演する進学塾のCMを映す街頭ビジョン。その下に視線を移すと貴音ちゃんが宣伝するカップ麺の広告トラック。今はテレビのチャンネルを回せばすぐに765プロの娘たちを目にすることが出来るという状況だ。

 

「彼女たちが絶賛売り出し中で人気上昇中っていうのもあるけど、時期が時期だからな」

 

「どういうこと?」

 

「冬だから、ってこと」

 

 年末年始というのは特番が多く、アイドルがゲストとして呼ばれる機会が多い。さらに普段は基本的に学校があり放課後にしか仕事をすることが出来なかった彼女たちも冬休みは朝から晩まで仕事をすることが出来る、つまりスケジュールを空けることが出来るのだ。

 

 売り出し中で人気上昇中の事務所のアイドルのスケジュールが空いていれば、仕事が入るのは当然のことだった。

 

 ちなみに人気上昇中どころか既に頭打ち状態の俺は平日休日問わず仕事が入るので結構学校は休みがちだった。ぶっちゃけ単位がギリギリだったのはナイショ。

 

「まぁ冬休みは終わったけど、新年特番は当分続くからな。あと俺がいないってのもあるだろうし」

 

 俺が休業に入ったことで他のアイドルの皆さんのお仕事が増えるのであれば何よりです。あ、自惚れじゃないよ?

 

「自信満々だな」

 

「ことアイドルの仕事に関しては他の誰にも譲る気はないよ」

 

「その自信をそのまま試験にまで継続したいわね」

 

「『継続(コンテニュー)』するには、ワンクレジットを投入してください」

 

「『新しく始める(ニューゲーム)』」

 

「つづける がんばる」

 

「止めさせる気ゼロか」

 

「ついでに緊張感もゼロね」

 

「ゼロが二つでゼロツーだな」

 

 そんなくだらない会話をしながら歩く俺たちを、果たして誰がセンター試験前の受験生だと思えるだろうか。

 

 

 

 

 

 

「……おや?」

 

 反対側から歩いてくる目深に帽子を被り眼鏡をかけた少女の姿が目に入った。変装をしているので周りの人間は気付いていない様子だったが、今しがた話題に出ていた事務所のアイドルだった。

 

「や。おはよー、春香ちゃん」

 

「え? ……あ、良太郎さん!」

 

 挨拶をしたことで春香ちゃんがこちらに気付いたので、道の脇に逸れて足を止める。

 

「恭也さんと忍さんも、おはようございます」

 

「おはよう」

 

「おはよう、春香ちゃん」

 

「久しぶりだね、春香ちゃん。『アイドルJAM』の時以来になるのかな?」

 

「はい、そうですね」

 

 休業中は普通の学生としての生活を続けていたので、春香ちゃんだけでなく業界の人と会うのが久しぶりである。

 

「最近忙しいみたいだね。今日も今から仕事? 随分と早いね」

 

「あ、えっと、はい。ラジオの収録です。良太郎さんたちもお早いみたいですけど……」

 

 首を傾げる春香ちゃん。おや、春香ちゃんが気付かないとは。

 

「今日はセンター試験なんだよ」

 

「……あ! センター試験! そうでした!」

 

 グッと拳を握りしめながら「頑張ってください!」と春香ちゃんからの激励。現役アイドルからの激励とか幾ら取れるんだろうと思わず考えてしまう我が思考の下衆いこと下衆いこと。

 

「あれ、でも真ちゃんと雪歩ちゃんも高三だよね? 彼女たちは受験しないの?」

 

「えっと、二人は卒業したらそのまま765プロに就職する……って言ってた気がします」

 

 あー、そっかーそうだよなー、そういう手もあるよなー。自分で大学受験をすることを決めておきながら、ちょっとだけいいなーとか考えてしまった。

 

「あ、そうだ、えっと……こんなものしかないのですけど」

 

 そう言いながら春香ちゃんが手提げ鞄から取り出したのは、包み紙に包まれたキャラメルだった。

 

「甘い物を食べると頭が回転するって聞きました! これを食べて頑張ってください!」

 

「お、ありがとう春香ちゃん」

 

「ありがとう」

 

「ありがとう。ふふ、アイドルから貰ったキャラメルなんて、ご利益がありそうね」

 

 春香ちゃんから一つずつキャラメルを受け取る。まぁ実際には逆効果って話らしいけど、ここでそれを言うのは野暮すぎる。折角の好意なのだからありがたく受け取ろう。

 

「春香ちゃんも頑張ってね。最近忙しいみたいだけど、無理だけはしないように」

 

「ありがとうございます。でも大丈夫です。他のみんなと一緒に頑張ります」

 

(……ん?)

 

「それじゃあ、失礼します」

 

「あ、うん。収録頑張ってね」

 

「はい! 良太郎さんも、試験頑張ってください!」

 

 

 

「………………」

 

「……ん? 良太郎、どうかしたか?」

 

「あぁ、いや、何でもない」

 

 春香ちゃんの後姿を見送り、俺たちも試験会場へと向かう。

 

 

 

(……考えすぎだよな)

 

 別に『事務所の仲間と一緒というのを嬉しそうに語る』ぐらいどうってことないじゃないか。

 

 961プロとのあれこれや受験勉強のせいで思考が若干ビターモードになっていたのだろう。

 

 こりゃ糖分が必要だなと包み紙を剥がし、春香ちゃんから貰ったキャラメルを口に入れた。

 

「……うん、甘い」

 

 

 

 『それ』はとても『甘かった』。

 

 

 




・久しぶりに美由希ちゃんに会った
やったね! ようやく会えたね!
……以上だが、他に何か?

・父さんが帰ってきていた
さらにこちらもニアミス。本格的な登場は第三章かなぁ。

・『公園の木に猿がぶら下がって』
「モンキーハンティング」と呼ばれる物理の有名な問題。センター試験にも結構出てくるので物理を選択する人は是非覚えておこう。

・飛針 鋼糸
御神流で使用する暗器。簡単に言うと苦無みたいなものとピアノ線みたいなもの。

・『大学入試センター試験』
アニメ内での時系列が不明だったため、この作品では23話内で春香と千早が歩道橋の上で会話した日がセンター試験だったことにした。

・俺は一人で家に帰らせてもらうぞ!
お部屋にお戻りの際は同施設の宿泊者名簿に船越・金田一・毛利などが無いことをキチンとご確認下さい。

・「つづける がんばる」
星のカービィ64のラスボス『ゼロツー』戦でのポーズ画面。
初めて見た時は凄い頑張れる気になった。

・真ちゃんと雪歩ちゃんも高三だよね?
アニメではどう見ても受験している様子が無かった。
その辺アニメの時系列が謎なんだよなぁ。亜美真美が中学生ってことは2の時系列のはずなので、その翌年の時系列に当たる劇場版では真と雪歩は大学生になっているはずなのだが……。まさかのサザエさん時空?

・『それ』はとても『甘かった』。
滲 み 出 る シ リ ア ス。
おかしい、こんなシリアス感を出すつもりはなかったのだが。



 というわけでアニメ23・24話に当たる春香回編スタートです。

 今回アニマスでもトップレベルにシリアスなお話ですので本腰を入れようとアニメ本編を見直し、さらにとある方の考察ブログも参考にさせていただきました。お父さんありがとう!

 そうやって改めて内容を考えた結果……これ本当に良太郎介入させていいのかなぁと本気で心配。いやまぁ、前々から結構無茶な絡ませ方してましたけど。

 原作の春香自身の成長の妨げにならない程度に介入させたいと思います。



『デレマス十二話を視聴して思った三つのこと』

・まさかの劇場版の民宿で合宿。

・何なんだこのあふれ出る人妻感は……!

・き、聞こえた! 俺にも熊本弁の副音声が聞こえたよ!


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Lesson75 夢を見るということ 2

この話を書くために何度も見返した23話冒頭のわた春香さんが凄く可愛い。(本編からの現実逃避)


 

 

 

 ――いいか? 俺はお前たちのどちらかに、この作品の主役をやらせるつもりだ。

 

 ――とにかく全てを出しきれ。全てを見せろ!

 

 ――この役に自分をぶつけるんだ!

 

 

 

 それは、私と美希が現在稽古しているミュージカル『春の嵐』の演出家の先生から言われた言葉だった。

 

 765プロダクションからミュージカルの主役候補として私と美希がプロデューサーさんから推薦され、稽古の中でどちらが主役をやるのかを演出家の先生が選ぶとのこと。

 

 しかし、今のところ私も美希もダメ出ししかされていないような状況だった。

 

 

 

「休憩時間は十分でーす!」

 

「ふう……」

 

 休憩に入り、疲れがどっと押し寄せてきた。舞台はライブとはまた違った緊張感があり、まだ慣れない。

 

「………………」

 

 舞台上のセットに腰をかけながらチラリと腕時計を見て、時間を確認してしまう。どうやら今日も遅くなりそうだ。

 

 来月の頭に、私たち765プロダクションの二度目の単独ライブとなる新年(ニューイヤー)ライブが行われることが決定した。しかし、みんなの時間が合わず全員での合同練習がまだ一回も出来ていないのだ。しかも千早ちゃんは現在海外レコーディング中で日本におらず、彼女が帰ってくるまで全員揃うことはない。

 

 みんなが忙しくなったことは嬉しいことなのだが、こうして時間が取れず練習が出来ないことに少し不安を感じてしまう。

 

「ふぅ」

 

「あ……」

 

 いつの間にか、同じセットに美希も腰をかけて休憩していた。

 

 少し美希と話そうと、そのまま横に移動して近づく。

 

「噂通り、厳しい演出家さんだね」

 

「春香……うん、でも、これくらいならへっちゃらなの!」

 

 むんっと気合十分な美希は、その言葉の通りへっちゃらそうだった。

 

「……美希が一緒で良かった。私一人だったら、挫けちゃってたかも」

 

 もしそうなったとして、本当に仕事を投げ出すつもりはない。それでも、きっと今よりもっと辛く感じてしまっていただろう。

 

「どっちが主役になるか分からないけど……一緒に頑張ろうね」

 

 だから、美希と一緒にこうして仕事が出来て、凄く心強かった。

 

 

 

「それは嫌なの」

 

 

 

「……え?」

 

「あ、その、春香と一緒に仕事をするのが嫌って、そういう意味じゃないよ?」

 

 パタパタと腕を振る美希。

 

「でもね、ミキは今回のミュージカルの主役、すっごくやりたいの。どうしても主役になりたい。こうやって歌やダンス以外でもミキは頑張ってるんだよって、キラキラ光るために頑張ってるんだよって、りょーたろーさんに見てもらいたい。だから一緒に頑張ろうっていうのは……ちょっと違うんじゃないかなって、ミキは思うの」

 

 そう語る美希の表情は真剣そのものだった。その表情だけで、美希が本当に主役をやりたいという熱意が伝わって来た。それは、良太郎さんに認めてもらいたいと語っているにも関わらず、それ以上の想いを感じさせる真っ直ぐな美希の言葉。

 

 

 

 そんな美希に、私は何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 センター試験が終わった。いや、ダメだったとかそういう意味合いではなく、普通に試験終了という意味合いである。いやぁ、現代文は強敵でしたね……。

 

 まぁ自己採点の結果は上々。この調子なら志望校にも合格できるだろうという担任のお言葉を信じることにしよう。

 

「……ん?」

 

 そんなとある日の昼休み。教室でいつものように食後のコーヒーを飲んでいたところ、一通のメールがやって来た。

 

「えっと……美希ちゃんか」

 

 休業に入っても変わらずメールをしてくる美希ちゃん。同じぐらいの頻度でりんや真美とも連絡を取り合っている。

 

 ちなみに三人とも、メールでのやり取りを何回も繰り返すのではなく、近況報告を一つのメールにまとめて送ってきてくれる。どうやら基本的に多忙な俺が頻繁に返信を出来なかったため、このような形式にしてくれたらしい。本当にありがたい気遣いだった。

 

「ふむ」

 

 メールの内容を要約すると『『生っすかサンデー』の放送終了が決まってしまって残念』『新年ライブの合同練習にみんな揃わなくて寂しい』『今は春香ちゃんと一緒に『春の嵐』というミュージカルの稽古をしていて、どちらか片方が主役に選ばれるので頑張っている』『今日も放課後から稽古がある』といった感じだった。……何個か部外者が聞いちゃ不味いような情報が紛れ込んでいるが、気にしないことにする。

 

 しかしコンサートや広告だけでなくミュージカルにも出演するところを見るに、やはりアイドルの仕事は順調のようだ。

 

「『春の嵐』っと」

 

 知らない名前のミュージカルだったのでネットで検索してみると、見覚えのあるスタッフや演者の方々の名前がちらほらとあった。

 

 ……ふむ、そうだな。センター試験も終わったし、ほんのちょっと息抜きとして美希ちゃんや春香ちゃんの陣中見舞いに顔を出すのも悪くないか。なんだかんだ言って美希ちゃんは大変慕ってくれているし、自分を慕ってくれている子を可愛がってもおかしな話ではないだろう。

 

「というわけで恭也、放課後に翠屋のシュークリームを二十個ほど用意しておいてもらいたいんだが」

 

「何が『というわけで』なのかは分からんが、飲食店の息子として『毎度ご贔屓にどうも』と言っておこう」

 

 

 

 

 

 

 というわけで、放課後である。

 

 昼休みに電話してから放課後までの僅かな時間に二十個のシュークリームを用意しておいてくれた桃子さんに感謝しつつ、美希ちゃんと春香ちゃんが舞台稽古をしている都内の劇場へと向かう。ちなみに劇場の名前は美希ちゃんのメールの中に書いてあった。

 

 スタッフに挨拶をしながら裏口から劇場に入り(部外者のはずなのだが顔パス。ありがたや)舞台袖へ向かうと、舞台上ではスポットライトを浴びた春香ちゃんが模擬刀を片手に演技の真っ最中だった。

 

『私は歌う! 誇り高き夢のため!』

 

 ……ふむ、ちょっと迫力不足かなぁ。

 

 どうやら演出家の先生も春香ちゃんの演技がお気に召さなかったようで、パンパンと手を叩いて演技を中断させると交代を指示する。

 

「や、春香ちゃん。お疲れ様」

 

「え!? りょ、良太郎さん!?」

 

 少々顔を俯かせながらこちらの舞台袖に捌けていく春香ちゃんに出来るだけ明るく声をかけると、春香ちゃんは大変驚いていた。まぁ、完全な部外者がいたら普通に驚くよね。

 

「美希ちゃんから二人が頑張ってるって話を聞いてね。陣中見舞いだよ」

 

 ほら翠屋のシュークリーム、と箱を掲げると先ほどまで暗かった春香ちゃんの表情がパァッと明るくなった。流石は泣く子も笑う桃子さん謹製シュークリーム。泣いてなかったけど。

 

 調子はどう? などと当たり障りのない話題を振ろうとしたら、今度は舞台の奈落から美希ちゃんを乗せた(せり)がせり上がってきた。……いや、自分でもくだらないと思うよ? でもほら、奈落って三、四メートルあって結構深いから、下から上がって来るのに地味に時間がかかるんだよ。だからどうしてもくだらないこと考えちゃうんだって。

 

『私は、歌う! 誇り高き、夢のためっ!』

 

 先ほどの春香ちゃんと違い、力が籠り迫力のある演技だと感じた。別に春香ちゃんが悪いとかそういうつもりはないのだが、これはまぁ、性格とかキャラクター的な問題だろうなぁ。

 

「………………」

 

 そんな美希ちゃんの演技に、春香ちゃんの表情が再び若干暗くなる。ううむ、こういう時どういう言葉をかけるべきか……。

 

「……良太郎さんは」

 

「ん?」

 

「……いえ、何でもないです。すみません」

 

「いや、別にいいんだけど」

 

 ……何か聞きたかったのかな?

 

 とりあえず休憩に入るまで大人しくしておくことにしよう。

 

 

 

「休憩時間は十五分でーす!」

 

 というわけで休憩に入ったのでスタッフの皆さんに陣中見舞いを配る。

 

「どうもー。可愛い女の子の後輩のついでに皆さんへ差し入れでーす」

 

「はっはっはー、ついでは余計だぞクソガキー」

 

「良太郎くーん、例の新曲本当に発表しないのー?」

 

「何のことだか分かりませーん」

 

 初めこそ「あれ? 何でお前いるの?」みたいなリアクションもあったが、知り合いが多かったので和気藹々と挨拶して回る。

 

 えっと美希ちゃんは……演出家の先生とお話し中かな。勉強熱心だなぁ。美希ちゃんには悪いが後回しにさせてもらおう。

 

 さて、やはり先ほどのことが気になったので春香ちゃんのところに……。

 

 って、あれ?

 

「赤羽根さんも陣中見舞いですか」

 

 舞台上のセットに腰をかける春香ちゃんと一緒に赤羽根さんがいた。

 

「え? 良太郎君?」

 

 どうしてここに? という表情をしていたので美希ちゃんに(以下省略)。

 

「物は違いますけど、被っちゃいましたね」

 

 どうやら赤羽根さんは春香ちゃんと美希ちゃんのために差し入れとしてどら焼きを持ってきたようである。まさかこんな絶妙なタイミングで差し入れが被ることになるとは。うーん……シュークリームとどら焼きで甘味がダブってしまった。まぁ和洋折衷と考えれば問題ないね。

 

「そうだ春香ちゃん、さっき――」

 

「あ! りょーたろーさんなの!」

 

 何を聞こうとしたの? と尋ねようとしようとしたら、演出家の先生とのお話が終わったらしい美希ちゃんが駆け寄って来た。パアッと明るい笑顔でこちらに駆け寄って来る姿がまるで懐いてくれている仔犬のようで、陣中見舞いに来てよかったなぁとホッコリした。これは俺の精神の保養にもなりますわ。

 

「やあ、美希ちゃん。メールで頑張ってるって聞いたから、応援に来たよ」

 

「ありがとうなの! ミキ、今回のミュージカルの主役に選ばれるように頑張ってるよ! ね? 春香!」

 

「え……う、うん」

 

「おや、春香ちゃんのこの反応……もしや美希ちゃん」

 

「えー!? 嘘じゃないの! ミキ、ちゃんと頑張ってるの!」

 

「冗談だよ、冗談。そうだ、差し入れに翠屋のシュークリーム持ってきたけど、もう貰った?」

 

「え!? ホント!? 何処何処!?」

 

「あっちにあるよ」

 

 からかったことでむくれてしまったが、シュークリームがあることを説明すると、再び笑顔に戻った美希ちゃん。そのまま俺の腕を取ってシュークリームがあると言った方向に引っ張っていこうとする。

 

(あ、春香ちゃんの話を聞こうと思ったんだけど……)

 

 ……まぁ、プロデューサーの赤羽根さんいるし、問題ないか。上手いことケアしてくれるだろ。

 

 美希ちゃんと二人、舞台を降りて持ってきたシュークリームの箱を置いた観客席側の机に向かう。

 

「良太郎さんが持ってきてくれたシュークリーム! 翠屋のシュークリーム! 絶対美味しさは二倍なの!」

 

 初めて事務所に行った際に持って行ったのはケーキだったが、その後のお土産として渡したシュークリームを大層お気に召してくれたらしい。

 

「赤羽根さんはどら焼きを持ってきてくれたみたいだよ」

 

「むむ、どら焼きも捨てがたいの……でも、生クリーム使ってるシュークリームを先に食べた方がいいよね?」

 

「まぁ、そうだね」

 

 いくらドライアイスを入れてきたとはいえ、早めに食べた方がいいだろう。

 

「それじゃあ、いっただっきまーす!」

 

 あーんと口を開き、美希ちゃんがシュークリームを――。

 

 

 

 

 

 

「春香っ!!」

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 それは、春香ちゃんの名前を呼ぶ赤羽根さんの声と、ダンッという何か重い物を床に叩きつけたような鈍い音だった。

 

 

 

「誰か奈落に落ちたぞ!!」

 

 

 

「お、おい! 大丈夫か!?」

 

「は、早く救急車!」

 

「何で迫が開いてるんだよ!?」

 

 慌ただしくなるスタッフたち。

 

 舞台の上を振り返ると、そこには床に座り込んだ春香ちゃんの姿しかなく。

 

 

 

 春香ちゃんの名前を呼んだはずの赤羽根さんの姿が、何処にもなかった。

 

 

 




・ミュージカル『春の嵐』
ウェーリス・テンペスタース・フローレンスなんてルビは付かない。
というかこんなマイナー呪文、ネギまファンでも何処で使われたのか覚えていないのでは。ネギが使ったわけじゃないし。

・新年ライブ
これまた日時の詳細が明かされていないので、考察サイトを参考に二月頭ということに。二月頭のニューイヤーライブでもおかしくないそうです。

・いやぁ、現代文は強敵でしたね……。
間違いなく現代文出題者は受験者(の腹筋)をヤりにきている。

・うーん……シュークリームとどら焼きで甘味がダブってしまった。
最近『孤独のグルメ』より『野武士のグルメ』の方がお気に入り。ものすごくビールや日本酒が飲みたくなる。



 アニメを見た方は冒頭の春香一人称の場面に違和感を感じられたかもしれませんが、24話で美希に指摘されるまで春香さんは自分自身の気持ちに気付いていなかったと思われるのでこのようになりました。

 そしてこれまでもそうでしたが良太郎の存在により美希の言動が若干変化しておりますが、ストーリーに大きな変化は無いはずです。

 というわけで、当時多くの視聴者がプロデューサーと共に奈落に叩き落され、作者も正直春香さん再起不能かと思った場面で次回に続きます。



『デレマス十三話を視聴して思った三つのこと』

・あぁ^~楓さんがやっぱり可愛いんじゃぁ^~

・ちゃんみおの「ありがとう」に感涙不可避。

・夏が待ち遠しいぜ……デレマス二期という熱い夏が、な……。


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Lesson76 夢を見るということ 3

「お、明日は月曜日だからニコ動でデレマスだな」と思ったら既に終わっていたことに気付き、焼肉を肴にチビチビとやっていた冷酒が少ししょっぱくなった夕暮れの日曜日でした。


 

 

 

 

 

 

 ――私の……私の夢は、何処っ!?

 

 ――掴みかけた夢が、零れ落ちていく……!

 

 ――サラサラと……音を、立てて……。

 

 

 

 

 

 

 あの日、赤羽根さんは奈落に落ちそうになった春香ちゃんを助け、そのまま自分が奈落に落ちてしまった。

 

 搬送された病院で行われた緊急手術は無事に成功。脳波にも異常は無く、今後は回復に向かうだろうが、しばらくは絶対安静で面会も控えるようにとのことだった。

 

 現場に居合わせた美希ちゃんは勿論、連絡を受けて駆けつけてきた高木社長と小鳥さんとりっちゃん、そして海外レコーディング中の千早ちゃんを除く所属アイドル全員が手術の間ずっと不安そうな面持ちだった。

 

 そんな中で、一番酷かったのは春香ちゃんだった。手術室前の廊下に設けられたベンチに座りこみ、俯き、泣きじゃくり、ただひたすら「私のせいで」と「ごめんなさい」を繰り返す春香ちゃんの姿は見ているこちらも辛かった。

 

 今回の事件に関して、俺は春香ちゃんの責任だと一切思っていない。『たまたま』奈落が開いていて、『たまたま』春香ちゃんがその側にいて、『たまたま』近くにいた赤羽根さんが彼女を助けて、身代わりのような形になってしまっただけなのだ。責められるとするならば、それは奈落を開いたままの状態で放置しておいたスタッフだ。一歩間違えば大怪我を負っていた可能性がある春香ちゃんは、被害者にはなれど加害者には絶対にならない。

 

 しかし、だからと言って気に病むなと言う方が無理である。

 

 ……無理、のはずなのだが。

 

 

 

『『春の嵐』の主役は、ミキじゃなくて春香に決まったの』

 

 

 

 それは、事故の翌々日に美希ちゃんから届いたメールだった。

 

 あんな事故があって、しかもあんな状態だった春香ちゃんがその翌日のオーディションに挑み、そして主役を勝ち取った。それを聞いて、いくら俺でも「あぁ、もう春香ちゃんは立ち直って自分に出来ることを頑張っているんだな」と考えるほど楽観的な性格をしているつもりはない。

 

 ほんの少し覗いただけ故に俺はミュージカルの内容を深く知っているわけではないし、どのような演技が要求されていたのかも知らない。その時、春香ちゃんがどんな心情で演技に挑んだのかも当然分かるはずがない。

 

 それでも……いや、だからこそ、美希ちゃんのメールの中にあった『必死そうな春香の演技が演技に見えなかった』という一文が酷く気になった。

 

 

 

 

 

 

「――良太郎? 聞いているのか?」

 

「……え? あ、いや、すまん。ボーっとしてた」

 

「全く……センター試験が終わったからと言って、受験が全て終わったわけじゃないんだぞ。気を抜くな」

 

「悪い悪い。で? なんだっけ?」

 

「今度の日曜日、勉強の息抜きにみんなで何処か出かけましょうって話よ」

 

 いつも通り放課後に恭也とセットで勉強を見てもらっている月村からそんな提案がなされた。

 

「ん? デートだったら二人で行って来いよ」

 

 寧ろデートにまで巻き込まないでください。三人で勉強している現状だってコーヒー飲み過ぎのカフェイン過多の状態だっていうのに。

 

「違うわよ。みんなでって言ったでしょ? クラスの子達にも声かけて『センターお疲れ様でした会』をするの」

 

 いい考えでしょ、とパチンと手を叩く月村に対し、恭也は呆れ顔でため息を吐いた。

 

「全くお前は……だから受験はまだ終わったわけではないんだぞ?」

 

「いいじゃない一日ぐらい。カラオケとかどう?」

 

 えっと、次の日曜日……ということは。

 

「いや、すまん。日曜は用事がある」

 

「え? 仕事……は休業中だから違うわね。何か家の都合でもあったの?」

 

「家の都合って訳じゃないんだが……。そうだな、よかったらお前らも来てくれ」

 

 ポケットから財布を取り出し、その中に入れてあったチケットを二枚取り出して恭也と月村に渡す。

 

「……これは?」

 

「俺の後輩の、再スタートライブのチケットだ」

 

 

 

 それは961プロダクションを辞め、フリーとなって初めて挑む『Jupiter』のライブチケットだった。

 

 

 

 

 

 

 ――夢、だったの……。

 

 ――あの、楽しかった日々は、何処へ……!?

 

 ――時は過ぎていく……私一人を置き去りにして……。

 

 

 

「どうすればいいの!? 私は、一体どうすればいいの!?」

 

 

 

 ――分からない……!

 

 ――私には分からないっ!!

 

 

 

「……分からないよ……」

 

 

 

 

 

 

「……え? ミュージカルの稽古を休みたい?」

 

 劇場の片隅で、ミュージカルの稽古終わりの春香は私の言葉にゆっくりと頷いた。

 

「ミュージカルだけじゃなくて……他の仕事も、出来れば。私、ライブに集中したいんです」

 

「ちょ、ちょっと、どういうこと?」

 

 ライブ、というのは新年ライブのことで間違いないだろう。しかし、何故春香はいきなりこんなことを……。

 

「そんなこと、出来るわけ――」

 

「このままだと私たちのライブ、ダメになっちゃいます。全然、みんなで練習出来てないし」

 

 食い気味に告げられたその理由。確かに今のところ合同練習は一度も全員揃っていない。

 

「それは分かってるわ。でも、みんな個人練習はしてるでしょ? 全体練習は足りてないけど、ライブをやらないわけじゃないんだし……」

 

 そもそも、みんなが忙しくなれば時間が合わなくなることは最初から全員が分かっていたはずだ。当然、春香も。

 

 しかし、春香は勢いよくに首を横に振った。

 

「でも! このライブが全員でやる最後のライブかもしれない!」

 

(っ!?)

 

 もしかして、春香は……。

 

「だから、みんなで一緒に練習を――!」

 

 

 

「春香はワガママなの」

 

 

 

「美希……」

 

 春香の言葉を遮ったのは、春香と同じく稽古終わりの美希だった。

 

「春香は主役なんだよ? 春香が休んだら、他のみんなの稽古もストップしちゃうの」

 

「っ……!」

 

「……オーディションの時の春香の演技、凄いって思った。これなら春香に主役を譲っても悔しくないって本当に思った。……それなのに、春香はその主役を捨てちゃうの?」

 

「……わ、私……私だって、頑張りたいよ……主役に選ばれて、凄く嬉しかったもん……。で、でも、このままじゃみんながバラバラに……!」

 

 春香はまるで縋り付くように美希に一歩近づいた。

 

「お願い、ライブが終わるまででいいから……! 私だけじゃなくて、みんなも一緒に練習しないと……!」

 

「は、春香……無理言わないで。急に仕事を休むなんて、そんな……」

 

「スタッフさんには私が謝ります! ライブが終わったらいつもの倍、いや、三倍頑張ります! だから、だから、私――!」

 

 

 

「……春香は、一体どうしたいの?」

 

 

 

「……え……」

 

 それは、美希が浮かべた純粋な疑問。

 

「今の春香、変だよ?」

 

 何かに怯え、恐れ、焦っているような春香に対して浮かんだ、困惑。

 

「春香はアイドルになれて嬉しくないの? テレビやラジオのお仕事楽しくないの?」

 

「そ、そんなこと……」

 

「……今の春香、全然楽しそうじゃないの。楽しいんだったら……そんな顔しないの」

 

「………………」

 

 俯いた春香は、ペタペタと自分の顔を触りだした。

 

「……変だね……楽しかったのに……楽しかった、はずなのに……いつからなんだろ……変だね……ただ、私、みんなと……あれ?」

 

 ポタポタッという、雫が滴る音。

 

 顔から手を離した春香がゆっくりと頭を上げる。

 

 

 

 ずっと辛そうな表情だった春香が、今日初めて見せてくれた笑顔は――。

 

 

 

「……私、どうしたかったんだっけ?」

 

 

 

 ――目から大粒の涙を零しながら浮かべる、悲しい笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、無駄にいい天気になったな」

 

 とある小さなライブ会場前。ジュピターの再出発となるライブの当日は、気温こそ低いものの大変良い天気だった。

 

「無駄には余計だ。というかお前も来たんなら手伝えよ」

 

「違いますー。俺はちょっと早く来ちゃっただけのただの観客ですー。ほら、さっさと準備に入れよ」

 

「てんめぇ……!?」

 

 プルプルと怒りに震える冬馬が握りしめた拳には軍手が着用されていた。

 

 現在冬馬たちジュピターは留美さんプロデュースの元、フリーアイドルとして活動している。故にライブ会場の設営などを全てスタッフに任せるということが出来ず、冬馬たちも手伝いに駆り出されているのだ。まぁ下積み時代ってのは大体そういうものだろう。俺は下積みほとんど無かったけど。

 

 俺は一応春には同じ事務所の後輩になる(予定の)ジュピターの再スタートライブの激励という名目の受験勉強休みである。

 

 ひとしきり冬馬を弄った後、二人並んで今回のライブ会場を見上げる。今までのこいつらがライブを行っていた会場と比べてしまうと間違いなく見劣りする、公民館レベルの会場だった。

 

「……別に、俺はこれを惨めだなんて思ってねーからな」

 

「誰もそんなこと言ってないだろ」

 

 会場の大きさってのは、ただどれだけお金をかけることが出来るのかというだけの話。今までジュピターの三人が集めてきた貯金と留美さんのポケットマネー、そして俺や兄貴からの出世払いとして渡したカンパ金を合わせて無理なく借りることが出来た会場がここだったというだけの話だ。資金力(これ)が事務所という後ろ盾が無いフリーアイドルの一番の問題点だな。

 

「……なんか新鮮だぜ。961にいた頃は、一緒にステージ作ってる奴の顔も知らなかったってのに。……そんなんじゃ、信頼も何もねぇって話だよな」

 

「そーだな」

 

 今でこそスタッフの人達と仲良く仕事をさせてもらっているが、俺も初めの頃はただひたすら歌うことに専念しすぎてスタッフがステージを作っているということに一切気を回していなかった。

 

 歌って踊るだけなら誰の力も借りず何処でだって出来るが、それをより良い形で観客に届けるためには他者の協力は必要不可欠なのだ。

 

「……きっとこういうのが、あいつらの強みだったんだろうな」

 

「ん? あいつら?」

 

「……だから、あいつらだよ。……その……」

 

「……765プロの子たちのことを言ってんのか?」

 

「……そうだよ。その、なんていうか、団結力というか、仲間との絆というか」

 

 まぁ、彼女たちほど仲のいい事務所もないし、冬馬の言う通りなんだが。

 

「お前の口からその言葉が出てくると、成長が嬉しくてグッと来るやら、何言ってんだこいつ的な意味でゾッとするやら……」

 

「喧嘩売ったな? おい、間違いなくお前喧嘩売ったな?」

 

 買うぞ? 借金してでも買うぞ? と握り拳に力を込める冬馬をどーどーと抑えながら一歩後退る。

 

 しかし後ろを確認していなかったので、丁度道路を通りかかった人とぶつかってしまった。

 

「きゃ!?」

 

「おっと、すみません」

 

 大丈夫でしたか、と振り返る。

 

「あれ? 春香ちゃん?」

 

「りょ、良太郎さん? それに、ジュピターの……」

 

 俺がぶつかった人物は、赤いコートにキャスケットを被った私服姿の春香ちゃんだった。

 

「気を付けろよ良太郎……ってお前、765プロがこんなところで何やってんだよ?」

 

 春香ちゃんの姿を確認した冬馬が、訝しげな目で春香ちゃんを見る。

 

「え? えっと、その……わ、私の家、ここの近くで……今日はその、仕事、お休みで……」

 

「はぁ? 売り出してる時に優雅に休み取るなんて、随分と余裕じゃねぇか」

 

「余裕が無いお前らとは大違いだな」

 

「うっせーよ」

 

 しかし冬馬の言葉にも一理ある。今まであんなに忙しそうだったにも関わらず、ミュージカルの主役が決まったばかりのこのタイミングで一日休みとは、少し違和感である。

 

(りっちゃん辺りが働きすぎだと判断したのかな?)

 

 ……それとも。

 

「まぁいいや。休みってんなら、暇ってことだろ? なら俺らのライブに来いよ」

 

「え? ライブ……ここで?」

 

「こんなとこで悪かったな。すぐに追いついてやるよ」

 

 春香ちゃんに今回のライブのチラシを押し付けるように渡した冬馬は、じゃあなと言い残して会場設営の仕事に戻っていった。

 

 その場には俺と春香ちゃんの二人が残される。

 

「………………」

 

 ……うん、丁度いいな。

 

「春香ちゃん、この後は時間ある?」

 

「え? えっと、特に用事は無いですけど……」

 

 よし。

 

 

 

「それじゃあ、お兄さんとちょっとお散歩でもしようか」

 

 

 




・私の……私の夢は、何処っ!?
基本的にモノローグ部分はアニメ内での春香さんの演技そのままです。文章にすると全く分からない……。

・フリーアイドルとして活動している。
アニメでは他事務所に移籍したジュピター。来ていた上着には「ST」と書いてありましたが、315プロやゴールドプロではなさそう。



 正直後書きに困ったお話でした。

 こうして文章にすると春香も美希も少しだけ嫌な感じに見える可能性がありますが、春香は春香で本当に必死で、美希も美希で本当に春香の気持ちに気付けなかっただけなんです。作者は嫌いになっても(ry

 そろそろ新事務所の所属アイドルを決めないとなぁ。


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Lesson77 夢を見るということ 4

 周子さん、第四回シンデレラガールおめでとうございます!

 二位は健闘した前川ぁ!

 そして三位は我らが楓さん!

 ……新規SR来るのかなぁ、ついに続き書く時が来たのかなぁ。


 

 

 

「そういえば『春の嵐』の主役に決まったんだったね、おめでとう」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 俺と春香ちゃんは並んで……と称するには俺が半歩前に出ている状態で近くの公園の池の周りを歩きながらポツポツと話をしていた。ミュージカルの主役に決まったことのお祝いを皮切りに、最近の様子はどうかとか、こっちの受験は順調に進んでいるだとか、最近美希ちゃんに聞いた765プロのみんなの話だとか、そんなようなことを話した。

 

 話しながら時折チラリと斜め後ろの春香ちゃんを振り返ると、春香ちゃんの視線は少々俯き気味で、たまにこちらを見てもビクッとなってすぐに視線を逸らされてしまった。その様子はまるで怒られる心当りがあるのにも関わらず一向に怒る気配のない親の様子を窺う子供のようである。

 

 いや怒るつもりなんてサラサラないのだが。そもそも何に対して怒るというのか。

 

 ……まぁ怒るわけではないが、そろそろ本題を切り出すことにしよう。

 

 しかしこんな寒空の下でお話するには少し寒いし喉も乾くかな。ということで近くにあった自販機で飲み物を購入する。

 

「春香ちゃん、何がいい?」

 

「え? そんな、私は……」

 

「先輩が奢るって言ったら後輩は『ご馳走様です!』って言って受け取るのが義務なんだよー」

 

 紅茶でいいかなぁ、ということで紅茶を二本購入して片方を春香ちゃんに渡す。

 

「えっと……ありがとうございます」

 

「どういたしまして」

 

 お、いいところにいい感じのベンチ発見。

 

 丁度池に向かって座るように設置されたベンチを発見したので先に腰を下ろし、まぁ座りなよとポンポンと隣を叩くと、春香ちゃんはオズオズと俺から一人分離れた位置に腰を下ろした。まぁ知り合いの男女だったらこれぐらいの距離感が丁度いいだろう。

 

 さて、本題に入ろう。

 

「春香ちゃん、何だか元気無いね」

 

「え? そ、そんなこと……」

 

「無理しなくていいよ」

 

 年齢は十八で芸歴も四年のまだまだ若造だが、それぐらいの機微ぐらいは感じ取れる。

 

 もっとも、春香ちゃんのそれは例の事件の日からより一層濃くなっているような気がした。

 

「何か悩んでる?」

 

「………………」

 

 春香ちゃんは蓋を開けずに握りしめたままの缶紅茶に視線を落としたまま口を噤む。

 

「……本当なら、こういうお悩み相談ってのは同じ事務所の人にするものなんだろうけど」

 

 自分の分の缶紅茶のプルタブを起こし、中身を一口飲む。別に紅茶が嫌いっていう訳じゃないけど、やっぱりコーヒーにすればよかったかなぁ。

 

「同じ事務所の人にだからこそ、言えない悩みってのもあると思うんだよね」

 

 仲の良い友達だからこそ、大切な仲間だからこそ、信頼している上司だからこそ。

 

 近すぎるからこそ言葉にして伝えることが出来ない悩みだって、きっとある。

 

「俺は春香ちゃんのアイドルとしての先輩だけど、事務所の先輩じゃない。765プロの人間じゃない。もし事務所の人にも言いづらい悩みがあるなら……俺に話してみるってのもいいんじゃないかな?」

 

「………………」

 

 春香ちゃんは黙ったままだった。ギュッと缶紅茶を握りしめたまま俯いている。

 

「……私は……」

 

 五分ほど経っただろうか。春香ちゃんは俯いたまま、ポツリポツリと話してくれた。

 

「……私は、みんなでステージに立つのが、みんなと一緒に歌って踊るのが凄い楽しいんです。初めて事務所のみんなが全員でステージに立った感謝祭ライブが、本当に楽しくて……だから、あの時みたいな時間がずっと続けばいいなって……そんなことを考えちゃったんです」

 

 ……ステージが楽しくて、今の時間がもっと続けばいいなと考えることは俺にもある。けれど、今春香ちゃんが語っているそれとは多分意味が違うのだろう。

 

「だから次の新年ライブも、前の感謝祭ライブみたいに成功させて……楽しいライブに、したかったんです。……でも、最近私も含めてみんな仕事が忙しくなっちゃいました。そのおかげで全員の時間が合わせることが出来なくて……ずっとみんなで練習出来なくて……怖くなったんです」

 

 

 

 ――練習不足でライブが失敗するかも、ではなく。

 

 ――このまま二度と、みんなが集まることが無くなってしまうのではないかと。

 

 

 

「私、みんなの予定を聞いて回って、空いてる時間見付けて、自分もスタッフさんにお願いして時間を調整してもらって、合同練習が出来るように頑張ったんです。……でも全然合わなくて……」

 

 見ると、缶紅茶を包む春香ちゃんの手が震えていた。

 

「……雪歩と真と三人でステージに立つ前に真に言われた言葉で……私、気付いちゃったんです」

 

 ――春香、まずは今日の生放送を重点的にやろうよ。

 

 ――雪歩も、センターの重圧に負けないように頑張ってるんだから。

 

 

 

「――私が、みんなの夢の妨げになってるんじゃないかって……!」

 

 

 

「それは――」

 

「みんなは、それぞれの夢に向かって頑張ってるんです! それなのに、私はみんなが集まって練習することしか考えてなかった!」

 

 だんだん春香ちゃんの声が荒くなっていく。

 

「千早ちゃんの歌も、雪歩の舞台も! 私はみんなの夢を応援したい! でも私は、みんなで一緒に集まりたいだけだった! 全部私のわがままだった!!」

 

 

 

 ――じゃあ、私はどうすればよかったんですか……!?

 

 

 

 ポタポタと、春香ちゃんの手に滴が零れ落ちる。

 

 映画とかのワンシーンだったら、ここは隣に座る男性が女性を優しく抱きしめる場面なのだろうが、生憎俺は『彼女の隣』に座っているわけじゃない。ここで彼女を抱きしめるのは、俺の役目じゃない。

 

 だから精々俺に出来ることがあるとすれば、少し手を伸ばして彼女の頭に手を乗せるぐらいだろう。

 

「………………」

 

 しかしこれでようやく彼女の想いが、例の事件の時……いや、センター試験の日の朝に会った時から感じていた違和感と言う名のしこりの正体が分かった。

 

 春香ちゃんは、みんなと一緒にステージに立ちたかった。それが夢だった。

 

 

 

 つまり、彼女だけあの感謝祭ライブの時点で既に『夢が叶ってしまっていた』のだ。

 

 

 

 しかし、765プロのみんなは今なお夢や目標に向かって頑張っていた。

 

 全員が全員でのライブを蔑ろにしていたわけではないのだろう。けれど、それ自体を夢の形としていた春香ちゃん以上に強い感情を抱いている子はおらず、合同練習にも特別な意味を持っていなかった。

 

 春香ちゃんと、765プロのみんな。

 

 夢を叶えてしまった少女と、夢を叶えようとしている少女たち。

 

 そこに生じてしまった軋轢。

 

 『夢は呪いと同じ』と、何処かで聞いたことがある。夢を挫折した人間はずっとその夢に呪われ続ける。呪いを解くには夢を叶えなければならない。しかし、夢を叶えてしまった人間もまた、過去の叶えてしまった夢に囚われ動けなくなってしまうとは、皮肉なものである。

 

 仕事をさせてもらって、多くの仕事を貰って、それで忙しくなり全員で会う時間が無くなる。それを嘆く春香ちゃんは、アイドルとしては決して同意されないだろう。

 

 でも。

 

 

 

 ――お父さん……お母さん……お兄ちゃん……お姉ちゃん……!

 

 

 

 今の春香ちゃんがあの日運動場の片隅で涙していた少女と重なった。

 

 春香ちゃんは、わがままだったわけじゃない。

 

 

 

 ……寂しかった、だけなのだ。

 

 

 

 

 

 

「落ち着いた?」

 

「はい……すみません、みっともないところをお見せしてしまって……」

 

「男だったらともかく、女の子の涙がみっともないなんてとんでもない」

 

 いいもの見せてもらっちゃったよ、と冗談めいたことを言う良太郎さんに、思わずクスリと笑ってしまった。

 

 良太郎さんは、泣いている間何も言わずに私の頭にその手のひらを乗せてくれていた。撫でるでもなく、ただ乗せるだけ。しかしそれだけでも、少しだけ気が楽になったような気がした。まるでお父さん……というには若すぎるから、兄がいたらきっとこんな感じなんだろうかと思った。

 

「……みんなと一緒のステージに立つのが楽しくて、それが『春香ちゃんの夢』だったってことでいいんだよね?」

 

「……はい」

 

 少し冷めてしまった缶紅茶を一口飲んでから、良太郎さんの言葉に頷く。

 

 既に叶えてしまった私の夢。あの日から停滞してしまった私の夢。

 

 みんなの夢の妨げになるかもしれない、私の夢……。

 

「それは違うよ、春香ちゃん」

 

「え?」

 

「春香ちゃんの夢は、別に他のみんなの妨げになるようなものじゃない」

 

 良太郎さんは既に飲み終わっている自身の紅茶の缶を手で弄びながら、事もなげにそう言った。

 

「で、でも……」

 

「考えてみてよ、春香ちゃん。春香ちゃんがみんなと一緒のステージが楽しいって思ってるんだよ?」

 

 

 

 ――他のみんなだって、同じこと考えてるに決まってるじゃないか。

 

 

 

「……え」

 

「765プロの子達はいつも仲がいいって、よくスタッフからも話を聞くよ。あの冬馬でさえ、君たち765プロのみんなの絆の強さを認めてたぐらいだ。それだけ周りの人間からも仲が良いって見られてて、それでいて本当に仲が良い君たちだ。……他のみんなだって、春香ちゃんと一緒でステージを楽しみにしてるに決まってるし、みんなで集まれないことを寂しがってるに決まってる」

 

「……みんなも……?」

 

「それは俺よりも春香ちゃん自身が一番よく分かってると思ったんだけどな」

 

 違う? と良太郎さんは私の顔を覗き込んできた。

 

「だから春香ちゃんはちゃんと言えばよかったんだよ。みんなと一緒に仕事が出来ないのが寂しいって。みんなと一緒のステージをもっといいものにしたいって」

 

 まぁそれを素直に口にできないのが寂しがり屋さんたちの悪いところなんだけど、と。

 

 ……そうか。

 

 

 

 私は、仲間を信じればよかった。

 

 それだけでよかったんだ。

 

 

 

「『前のステージみたいにみんなと一緒に楽しみたい』じゃなくて『次のステージをみんなと一緒に楽しみたい』って、こう考えるだけでいいんだ。過去じゃなくて未来。こうするだけでほら、新しい春香ちゃんの『夢』の誕生だ」

 

 これから先のステージを、みんなと一緒に歌って踊って楽しむ。

 

 

 

 私の、新しい夢。

 

 

 

「……はいっ」

 

 

 

 

 

 

「送ろうか?」

 

「大丈夫です! 人通りの多い場所を選んで行きますから!」

 

 夕暮れが近くなり、今から事務所に向かうという春香ちゃんと公園の入口で別れることになった。

 

「そっか。それじゃあ、気を付けて。事務所のみんなによろしくね」

 

「はい!」

 

 ずっと俯き暗かった春香ちゃんがようやく見せてくれた笑顔は、ステージの上の春香ちゃんに決して劣らない素晴らしいものだった。

 

 さて、それじゃあ俺もジュピターのライブ会場に戻るかな。いや、少し小腹が空いたから先に二階堂(にかいどう)さんのお店でコロッケでも買って、ついでにそれを差し入れに持っていってやるか。

 

「……あ、その前に良太郎さん……その、一つだけいいですか?」

 

「ん? 何?」

 

 春香ちゃんに呼び止められ、振り返る。

 

 

 

「良太郎さんの夢って、なんですか?」

 

 

 

 ……俺の夢、かぁ……。

 

「泣いてる子を笑顔にしたいからアイドルになったって話は前にしたよね?」

 

「はい、覚えてます」

 

「それは今でも変わってない。まだまだ沢山いる泣いてる人全員を笑顔にしたい。それが……」

 

 ……うん、そうだな。

 

 

 

「俺の夢は『世界平和』ってことで一つ」

 

 

 

「……素敵な、夢ですね」

 

「うん、ありがと」

 

 

 

 『転生者』が『転生した世界』で願う夢にしちゃ、妥当なところだろう。

 

 きっと。

 

 

 




・生じてしまった軋轢
ここら辺の伏線はアニメ五話内の春香と真と伊織の会話で示唆されていましたね。

・『夢は呪いと同じ』
海堂さんが4号にて再登場するとは果たして誰が予想しただろうか。

・二階堂さんのお店でコロッケでも
高笑いの後に咽るという一芸を持ったエセレブさんがいるんじゃないかと思われる精肉店。地味にミリマス勢で(名前だけだが)一番乗りの登場。

・『世界平和』
正義の味方でもいいんじゃないかなと思ったけど「こんなに欲望に忠実なしろーくんいねーよ」って思った。



 春香回はまさかの「本人の口から語らせる」という禁じ手を使用して終了です! やめて! 石は投げないで! ぶっちゃけアニメでも春香さん自己解決してるから絡ませづらかったの!

 そしてようやく、ついに、次回第二章最終話です!(メイビー)

 外伝を挟んだ後、皆さんお待ちかねの劇場版編が始まりますよ! 始めますよ!

 新事務所の名前および所属アイドルの紹介も次回(の予告内)でする予定です。

 それでは。


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Lesson78 変わらぬモノ、変わるモノ

第二章のエピローグになります。


 

 

 

「おはようございます、プロデューサーさん」

 

「あ、おはようございます、音無さん」

 

 ついに迎えた新年(ニューイヤー)ライブ当日。いつものように音無さんが病室に見舞いにやって来てくれた。

 

「いいお天気ですねぇ」

 

「えぇ、ライブ日和ですね。……音無さんは、あっちに行かなくてもいいんですか?」

 

「はい。今日は社長も現場でお手伝いしてくれてますから」

 

 病室に備え付けられたパイプ椅子に座り、リンゴの皮を剥いてくれる音無さん。

 

「あ、そう言えば、昨日良太郎君のお兄さんがお見舞いに来てくれたんですよ」

 

「え、幸太郎さんが、ですか?」

 

 音無さんは驚いた表情で手を止めて顔を上げる。

 

「はい、何でも良太郎君の代わりに、ということで」

 

 以前から何度か仕事の現場でお話をさせてもらったことがあったので面識はあった。少々アレな物言いではあるが、良太郎君のお兄さんとは思えない真面目な、それでいて良太郎君のお兄さんなんだと思えるユーモアのある人だった。

 

「そうだったんですか」

 

「それでですね、帰り際に幸太郎さんから『小鳥さんをよろしくお願いします』って言われてしまったんですが……」

 

 あれは一体どういう意味だったんですか、と尋ねようとして……音無さんの表情を見て、固まってしまった。

 

「………………」

 

 音無さんは微笑みながらも、悲しそうな表情をしていた。

 

「えっと、お、音無さん……?」

 

 も、もしかして、何か失礼なことを聞いてしまったのでは……。

 

「……あ、すみません、プロデューサーさん。何でもないですよ」

 

「……だ、大丈夫ですか?」

 

「はい、大丈夫です」

 

 

 

 ――幸太郎さんは、それより前にちゃんと面と向かって返事をしてくださいましたから。

 

 

 

「……え?」

 

「はい、剥けましたよ、プロデューサーさん」

 

「あ、ありがとう……ございます」

 

 再びいつもの笑顔になってしまった音無さんに、何の言葉もかけることが出来なかった自分が。

 

 何故か知らないが、自分でも腹が立つぐらい歯がゆかった。

 

 

 

 

 

 

「美希も、お水?」

 

「うん」

 

 ストレッチを終えて水分補給をしようと別室に向かうと、私と同じように水分補給に来た美希と一緒になった。

 

「はい」

 

「ありがとーなの」

 

「……いよいよ、だね」

 

「……うん」

 

 水の入ったペットボトルを美希に渡しながら、そう話しかける。

 

「……ねぇ、美希。美希は、アイドルってどういうものだと思う?」

 

「……アイドルってどういうもの……?」

 

 腕を組みうーんと首を傾げる美希。

 

「ミキ的には、キラキラーって輝いて、見る人みんなを眩しーってドキドキさせちゃう存在なの!」

 

 りょーたろーさんみたいな! としっかり付け加える辺りが美希らしくて、思わずクスリと笑ってしまった。

 

「……私はね、つい最近までそういうハッキリとした考えが無かったんだ」

 

 既に叶ってしまっていた私の夢。惰性で続けていたわけでは決してなかったけど、それでも何処か靄がかかっていた私の夢。だから、アイドルとは何なのかという根本的なところがあやふやだった。

 

「でも今は、自信を持ってこうだって言えるよ」

 

 

 

 ――お客さんがいて、765プロのみんながいて、ステージの上で楽しく歌って踊っているこの瞬間が、私にとってのアイドルなんだって。

 

 

 

「あは、実に春香らしーの!」

 

「えへへ……」

 

 

 

 

 

 

 新年ライブ。それは文字通り新年の初めに行うライブである。既に二月に入ってしまってはいるが、それでも年が明けて一番最初のライブなので新年ライブでも間違いはない。

 

 それに加えて、765プロにとっては二回目の単独ライブでもある。竜宮小町メインだった一回目の感謝祭ライブとは違い、今は全員が竜宮小町に負けないぐらいの知名度を誇っているので、前回よりも盛況になるのは間違いないだろう。

 

 

 

 ――今日は全力で美希ちゃんを応援するぞー!

 

 ――俺は千早ちゃん!

 

 ――バッカおめーら、大正義わた春香さんを忘れんなよ!

 

 

 

 その証拠に、ライブ会場の最寄り駅広場のベンチに座っているとそのような声があちらこちらから聞こえてくる。

 

 そんな評判を耳にし、彼女たちも成長したなぁとしみじみと思う。以前は昔馴染みのアイドル(りっちゃん)がプロデュースしているアイドルグループと彼女たちと同じ事務所のアイドル、程度の認識だったにも関わらず、今では良き『仕事仲間』であり良き『友人』と呼べる間柄となったのだ。

 

 いや、『成長した』では語弊があるな。今尚躍進を続ける彼女たちに対しては『成長している』という表現の方が適切だろう。

 

 ……本当に――。

 

 

 

「――成長してるなぁ……」

 

「水着グラビア見ながらのそのセリフは変態臭いわよ」

 

 

 

 つまりまだ変態ではないからセーフと心の中で勝手に決めつつ顔を上げる。

 

「おっす三人とも」

 

 見れば、それぞれ変装をして普段とは印象の違う魔王エンジェルの三人が俺の読んでいる漫画誌を覗き込んでいた。

 

「えっと……星井美希ちゃんのグラビア?」

 

「そうそう」

 

 黒のビキニを着て蠱惑的なポーズをとる美希ちゃんのグラビアが漫画誌の巻頭カラーになっていた。そろそろファッション誌などでは春物が出始める時期ではあるが、こういう漫画誌のグラビアは年がら年中水着である。

 

「いやでも本当に成長してると思うよ」

 

「……アイドルとしてってことよね?」

 

「それもあるけど、ほら、腰回りとか胸とか胸とか」

 

「胸を二回言った理由は既に理解してるから聞かないわよ」

 

 情状酌量の余地無く麗華のグーパンチが俺の頭頂部を襲う。すごく痛かった。多分雷のエフェクトと共に『げんこつ』と大文字で表示されたことだろう。たんこぶ出来てないだろうか。

 

「むー……」

 

「ん? りん、どうかしたか?」

 

 伊達眼鏡にサイドテールの変装中のりんが、大きく仰け反って胸を強調するセクシーポーズをとる美希ちゃんのグラビアを睨んでいた。

 

「りょ、りょーくん! 実はアタシも今度水着の写真集出すよ!」

 

「マジで? 発売日いつ? 初回特典何?」

 

「え、えっと、サンプル出来たらりょーくんにあげるよ?」

 

「いや、そこはりんファンとして自分のお金で買わないと」

 

 その好意は有難いが『保存用』『鑑賞用』『使用(?)用』の三冊買いは決闘者(デュエリスト)の基本なのだ。大事に使う(?)ぞ!

 

「……楽屋に挨拶に行くならそろそろ行った方がいいんじゃないかな」

 

「……いや、俺は楽屋行かないから、行くんなら三人で行って来い」

 

「え? 行かないの?」

 

 ともみが不思議そうな表情で首を傾げる。

 

「こういう時はファンとして参加するから楽屋には行かないって決めてるんだよ」

 

「アンタ散々ライブ前に私たちの楽屋来てたじゃない」

 

「アレは仕事があって観に行けない時だけだ」

 

 イチイチ細かいようだが、そこら辺の線引きは大切だと考えている。

 

 さて、ここまでの会話で察してもらえるように、今日の新年ライブは魔王三人娘も観客として参加である。ライブ開催の告知がされた時点で俺が三人を誘っていたので今日は全員完全オフになっているのだ。

 

 お前受験勉強はいいのかという声が聞こえてきそうだが、ライブが終わった後にちゃんとやるから。

 

 

 

 楽屋には行かないにせよ、そろそろ開場するだろうということで移動することになった。

 

「そういえば良太郎、新しく事務所を設立するらしいじゃない」

 

 道すがら、麗華がそんなことを言ってきた。

 

「何で知って……って、そうか、流石は東豪寺ってことか」

 

 別に最高機密とかそういうわけじゃないので別にいいのだが。

 

「元々兄貴の夢だったらしいからな。まぁ、そろそろ一国一城の主になるのもいいんじゃないか」

 

 当然俺もその事務所に所属することになるので、ついに俺もフリーアイドルの肩書きが外れることになるのだ。

 

「事務所の名前とかは決まってるの?」

 

「当然」

 

 しかしこれは教えていいのだろうか。インなんとか(インサイダー)とかいうのになるのでは……まぁいいか。

 

 

 

「『123(ヒフミ)プロダクション』。初心に帰るっていう意味と業界で一番二番三番全てを所属アイドルで独占するっていう意気込みなんだとさ」

 

 

 

「……へー」

 

「あはっ、大きく出たねー、お兄さん」

 

「流石はリョウのお兄さん」

 

「それはどういう意味なのだろうか」

 

 そこはかとなく兄弟共々馬鹿にされたような気がした。

 

「ちなみに一番二番三番ってのは『周藤良太郎』すらも越えてっていう意味らしいぜ」

 

「やっぱり、リョウのお兄さん」

 

 だからどういう意味なんだって。

 

 ……しかし、新事務所、だ。ジュピターが所属するのはほぼ確定だが、それ以外にも新たにアイドルになろうと志す若者がやって来るのだろう。

 

 

 

 晴天の青空を見上げ、この空の下にまだ見ぬ数多のアイドルの卵がいるのだろうと少しカッコつけたことを考えてみる。

 

 

 

 

 

 

「ん? ……あ、いや、何でもないよ。それより今からどーするー? とりあえずファミレス行こっかー!」

 

 

 

 

 

 

「……ふふふ、良太郎さぁん……待っててくださいね……いずれ、貴方の元に……」

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 楽しみだと、純粋に思う。

 

「「「っ……!!?」」」

 

「ん?」

 

 何故か横を歩く三人が口を酸欠気味の金魚のようにパクパクとさせながら戦慄していた。『何? レベルを持たないならレベル0ではないのか!?』という勢いで戦慄していた。

 

「どーした三人とも」

 

「……い、今……」

 

「……アタシたちの角度から見たら……」

 

「……リョウが……」

 

 

 

 

 

 

「「「笑ったように見えた……!!」」」

 

 

 

 

 

 

「……嘘ぉ!!?」

 

 えっ!? ナニソレイミワカンナイッ!?

 

「い、いや、光の加減かもしれないんだけど……!」

 

「こ、こう、口の端が上がったように……み、見えたよね!? ね!?」

 

「リョ、リョウもう一回! 写メ! 写メ撮るから!」

 

「出来るなら俺だって見てぇよ!」

 

 え、嘘、マジで!? 俺、笑ってたの!? どうやって笑うの!? 笑うって何!? 笑顔ってなんなんですか!?(哲学)

 

 

 

 

 

 

 きっとこれは。

 

 

 

「今日は全力で頑張ろうね!」

 

「もちろんなの!」

 

 

 

 変わりゆく日々の中で、それでも変わらぬ絆を持ち続ける少女たちと。

 

 

 

「デュエルで……みんなに……笑顔を……!」

 

「訳分かんないこと言ってないで、ほらもっかい!」

 

「アタシも写真撮るから! 引き延ばして部屋に飾るから!」

 

「高町家に譲れば翠屋の年間パスポートぐらい貰えそう……!」

 

「地味にともみが俗物的だなオイ!」

 

 

 

 変わらぬ思いの中で、それでも少しづつ変わり始めた少年の。

 

 

 

 エピローグ的な何か。

 

 

 

 

 

 

 アイドルの世界に転生したようです。

 

 第二章『CHANGE!!!!』 了

 

 

 

 

 

 




・面と向かって返事をしてくださいましたから。
実は地味に兄貴の方の恋愛話は進行していた模様。しかし文章化はしない。

・「アイドルってどういうものだと思う?」
原作ではアイドルJAM終了後にはるちはみきの三人でしていた会話内容ですが、この作品では良太郎が病院に運ばれた云々の騒動で無かったのでここに追加しました。

・『げんこつ』と大文字
つい最近劇場版でメキシコにお引越ししたそうで。

・三冊買いは決闘者の基本
副産物として我が家には三枚のベジータが……来るぞ、カカロット!

・インなんとか
イカちゃんかな?(すっとぼけ)

・『123プロダクション』
一応ググったりハーメルン内で検索して被ってないと判断。掲示板内のSSまでは把握出来ません。

・「とりあえずファミレス行こっかー!」
アフタースクールパーリータイム

・「いずれ、貴方の元に……」
エヴリデイドリーム

・『何? レベルを持たないならレベル0ではないのか!?』
何? wikiの学年表記が違うのだから、春香と真は別学年ではないのか!?

・ナニソレイミワカンナイッ!?
次回の真姫ちゃんのイベント、石を溶かしてでも走る覚悟は出来ているぞ!

・「デュエルで……みんなに……笑顔を……!」
ノルマ達成。



 くぅ~疲れましたwこれにて第二章終了です!

 実は、適当に主人公が無双する話が書きたいと思ったのが始まりでした。

 本当はここまで長編になるとは思っていなかったのですが←

 ご声援を無駄にするわけにはいかないので流行り(執筆開始時アニメ終了二年後)のネタで挑んでみた所存ですw

 以下、良太郎達のみんなへのメッセジをどぞ

 良太郎「みんな、見てくれてありがとう。ちょっと変態なところも見えちゃったけど……気にしないでくれ!」

 りん「いやーありがと! アタシのかわいさは二十分に伝わったかな?」

 ともみ「見てくれたのは嬉しいけどちょっと恥ずかしいかな……」

 麗華「見てくれありがとう! 長らく出番が無かった時もあったけど、一応私たちもメインキャラだからね!」

 恭也「……ありがとう」フカブカ

 では、

 良太郎、りん、ともみ、麗華、恭也、作者「皆さんありがとうございました!」

 第三章に続く。

 良太郎、りん、ともみ、麗華、恭也「って、なんで作者が!? 改めまして、ありがとうございました!」

 本当は外伝に続く。



 コピペネタっていいね、楽できるから(白目)

 今後も変わらず、緩く続けていくのでよろしくお願いします。

 それでは。






 新年度を迎え、活動を始めた123プロダクションに新人アイドルがやって来た。



「突然だが、二人には765プロに出向してもらうことになった」

「「え?」」



 しかしいい経験になるからと、765プロのアリーナライブにバックダンサーの一員として参加することになった新人アイドル二人。



「123プロ所属、所恵美でーす!」

「佐久間まゆです。よろしくお願いしまぁす」



 ――アイドルたちの熱い夏(から冬にかけて)の物語が始まる。



 アイドルの世界に転生したようです。

 第三章『M@STERPIECE』

 coming soon…


 


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外伝『Begin's night』
Episode01 テレビ出演、そして始まりの悪意


 第三章『M@STERPIECE』 coming soon…
(soonにcomingするとは言っていない)

 以前話していた過去語り、はっじまーるよー。


 

 

 

 今回語ることになるのは、今なお躍進を続け止まることを知らない『覇王』周藤良太郎の始まりの物語であり――。

 

 

 

 ――とある『一人の少女』と初めて邂逅する物語。

 

 

 

 

 

 

 時は四年前まで遡る……。

 

 

 

 

 

 

 その日、俺はガラにもなくウキウキしていた。当然それが表情に出ることはないのだが、かれこれ小学校入学からの付き合いとなる幼馴染は何となく俺が浮かれていることに気付いたらしい。

 

「テレビ出演が決まったらしいな」

 

「あぁ、今日テレビ局でその打ち合わせだ」

 

 ウキウキしていたので恭也に問われたらホイホイと答えてしまう。朝の登校中故に周りには他の級友もいたのだが、各々の会話に集中していたのか俺たちの会話は聞こえていない様子だった。

 

「……あれ? 俺、お前にそのことまだ話してないよな?」

 

 これから話題にしようとしていたことを先出しされてしまい首を捻る。いくら幼馴染とはいえ、言いたいことを先読みすることは出来ないだろう。ヒテンミツルギスタイルじゃあるまいし……いや、御神なら可能性が微レ存……?

 

「昨日なのはに話しただろ」

 

「あぁ、なのはちゃん経由ね」

 

 深夜枠とはいえ、ようやく決まったテレビ出演だ。家族以外で一番最初にこのことを伝えるべきはなのはちゃんだと考えて真っ先に報告したんだった。小さい体をぴょんぴょんさせながら喜んでくれていたなのはちゃんを思い出し、あの様子だったら自分のことのように家族に話したのだろうと容易に想像できた。

 

「母さんや美由希も楽しみにしていたぞ。……ビデオに録画しておいて、帰ってきたら父さんにも見せてやろうと思っている」

 

「……そういや士郎さんの様子はどうだった?」

 

 昨日なのはちゃんを高町家に送っていった時に聞けばよかったのだが、やはりなのはちゃんの目の前だと聞きづらいし。

 

「意識が戻ってから驚くぐらい早く回復してる。この調子なら来月には退院出来るらしい」

 

「そうか」

 

 意識不明の重体で不在だった高町家の大黒柱がようやく帰って来るということか。

 

「長らく飲めなかった士郎さんが淹れてくれるコーヒーをやっと飲めるようになるんだな」

 

「退院したら、周藤家全員に是非お礼がしたいと言っていたぞ」

 

「そいつは楽しみだ。それじゃあ、その時にいい報告が出来るように頑張らないとな」

 

 まずは目前に迫っているテレビ出演だ。

 

 

 

「まぁ、その前に今日は数学の小テストだな」

 

「……おうふ」

 

 『アイドルとしての才能』のついでに学業も楽にこなせる才能に目覚めてくれないものか。

 

 

 

 

 

 

 てな訳で放課後である。授業が終了し一度家に帰ってから兄貴と共にテレビ局へ向かう。

 

 小テスト? ……あぁ、ちゃんと受けましたよ? 受けたから問題ないでしょ?(半ギレ)

 

「ん? どうした? 緊張してるのか?」

 

 運転席でハンドルを握る兄貴が横目で助手席の俺の様子を窺いながらそんなことを尋ねてきた。

 

「……いやまぁ、そりゃあね」

 

 昼間はウキウキ気分だったのだが、いざテレビ局へ向かう段階になると若干緊張してきた。

 

 誰だってテレビ出演なんてことになれば緊張ぐらいするだろ。何せ、今の人生でも前の人生でもテレビ出演なんて経験は無いのだから。

 

 神様から転生した特典として貰った『転生する世界で最も武器となる能力』が『アイドルとしての才能』だと(ほとんど)確信を持ったとはいえ、それが本当に世間に通用するのかどうかというのは分からないのだ。いや、オーディションの審査員が手放しに褒めてくれたんだから、よっぽどのことが無い限りは大丈夫だとは思うのだが……。

 

「緊張するな……と、言うのは無理な話かもしれんが、少なくとも心配する必要はないさ」

 

 何せ、とハンドルを切りながら兄貴は続ける。

 

「オーディションでぶっちぎりの高得点、さらに実力を認めてくれた作曲家の先生がわざわざ新人であるお前のために曲を書いてくれたぐらいだ。そのお前が世間に認められないわけがないさ。自信を持て」

 

「……自信、か」

 

 無いわけではないが。

 

「そーいう兄貴は緊張しないの?」

 

「俺?」

 

「まだ学生なのに俺のプロデュース業もするんだろ? 緊張と言うか、何と言うかそんな感じの奴」

 

 別に今どき学生起業は珍しいものじゃないが、流石にプロデュース業と言うのは特殊だろう。……うん、特殊特殊。提督業とかメメタァは一先ず置いておく。

 

「そうだなぁ……学生とはいえ、後何回か講義に出れば卒業出来る単位は修得できるし、卒論の目途も着いている。今頃就職活動を頑張ってる他の学生よりは時間的に余裕がある。その点で言えば『まだ学生なのに』というのは、あんまり当てはまらんな」

 

「いや、俺もそうだけど、兄貴もプロデューサー歴たった一ヶ月だぜ?」

 

 予備知識無しでそう簡単に出来るものじゃないと思うんだが。

 

「『たった一ヶ月』じゃない。『一ヶ月も』あったんだ。色々書籍で勉強もしたし、就職活動っていう名目で色んな芸能事務所へ話を聞きに行ったりもした。調べたことを自分なりに纏める時間は十分にあったさ」

 

 後はそれが通用するのかどうか実践するだけだ、と語る兄貴は余裕綽々の笑顔だった。

 

「けっ。これだから天才は……」

 

 普通の人間にそれだけのことが一ヶ月で出来るわきゃないっつーの。

 

「何を言ってるんだ? お前は」

 

「?」

 

 

 

「お前も既に、その『天才』の一員なんだよ」

 

 

 

「……天才、かぁ」

 

 確かに神様から貰った才能ならばまさしく『天賦の才』、つまり『天才』なんだろうけど……。

 

 

 

 何と言うか、そういう実感は湧かなかった。

 

 

 

 

 

 

「それでは、しばらくここでお待ちください」

 

「はーい」

 

 テレビ局に到着すると俺と兄貴は控室に案内された。控室には既に三人の女の子がいて、備え付けられたパイプ椅子に座っていた。

 

(……ここで一緒に待つってことは、多分この子達もアイドルなんだよな)

 

 見たことが無い三人だった。マイナーなアイドルなのか、それとも俺と同じような新人なのか。……酷く緊張している様子からして、多分後者だろうな。

 

「すまん良太郎、ちょっと電話してくる」

 

「りょーかい」

 

 回れ右して控室から出て行った兄貴を見送る。

 

 さて、いつまでも立ってちゃ不自然だよな。何処に座ったものか……いやまぁ、いきなり見ず知らずの女の子の横に座る度胸も無いし、無難に向かい側に座るか。というわけで机を挟んで三人の対面のパイプ椅子に座る。

 

 ちらっと向かいの三人を窺う。

 

 真ん中に座るのは、赤いロングストレートの女の子。ちょっと目つきがきついが、多分緊張によるものだろうと推測する。胸は……中乳? いや、何だろう、若干の違和感が……。

 

 その左に座るのは、青いショートボブの女の子。多分三人の仲で一番背が高くて、比較的緊張して無さそうな印象。うーん、こっちの子は間違いなく中乳だな。

 

 そして右に座るのは、紫色のツインテールの女の子。真ん中の子と同じぐらい緊張した様子で、そして特筆すべきはその素晴らしき大乳! デカい! 身長が低くて大乳とか凄いなオイ。

 

「……随分と余裕そうね、アンタ」

 

 ジロジロと見ていると流石に不躾なのですぐに視線を逸らしたのだが、視線に気付いたのか真ん中の子にジロリと睨まれてしまった。

 

 いや、実際には結構緊張しているのだが、無表情故に余裕そうに見えたのかな。

 

「そういう君たちは随分と緊張してるな」

 

「き、緊張なんかしてないわよ!」

 

「れ、麗華、声大きいって!」

 

 叫ぶように立ち上がった真ん中の子を、右の子が腕を引っ張りながら抑える。

 

「まぁ、こう見えて俺も結構緊張してるんだよ」

 

「……全然そんな風には見えないわよ」

 

「ちょっと先天的なもので表情が動かなくてな。どうやら表情の動かし方を母親のお腹の中に忘れてきたらしい」

 

「はぁ? ……この控室で待ってるってことは、アンタもアイドルなのよね?」

 

「今回初めてテレビ出演するペーペーの新人だけどね」

 

「ふん、そんなんでよくアイドルになれたわね」

 

「よく言われる」

 

 クラスメイトからも既に何人かに……というか、全員に同じことを言われた。

 

 

 

 ――は? アイドル?

 

 ――年中無表情のお前が?

 

 ――徹頭徹尾鉄面皮の周藤君が?

 

 ――おいおいマジかよおっぱい星人を拗らせるとアイドルになれるのか。

 

 

 

 などと散々なことを言われたが、概ね通常運行です。(遠い目)

 

 

 

 ――とりあえずテレビ局に行くなら(あまね)海砂(みさ)ちゃんのサイン貰ってきてくれよ。

 

 ――私、瑞原(みずはら)はやり!

 

 ――マジかよお前はやりんかよ。色々と足りてないぞ。

 

 ――ハイクを詠みなさい、カイシャクしてあげるわ。

 

 ――アイエエエエ!?

 

 

 

 などと温かい言葉で送り出してくれた素晴らしいクラスメイトたちです。(白目)

 

「それで、そういう君たちもアイドルなんだよね?」

 

「そうよ! 私は『幸福(ラッキー)エンジェル』の東豪寺麗華よ! 覚えておきなさい!」

 

「アタシは朝比奈りん」

 

「わたしは三条ともみ。新人同士よろしく」

 

 それぞれ右の子と左の子も、こちらは丁寧に挨拶をしてくれた。やっぱり新人だったか。

 

「俺は周藤良太郎だ」

 

 こちらこそよろしく……と、返そうとしたその時――。

 

 

 

『どういうことですか!?』

 

 

 

 ――そんな兄貴の叫ぶような声が、廊下から聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

「出演……キャン、セル……?」

 

 

 

 兄貴と共に控室に入って来た番組ディレクターから告げられた言葉に、俺と東豪寺さんは絶句するしかなかった。

 

「ど、どういうことですか?」

 

「……急に出演キャンセルなんて……」

 

 朝比奈さんと三条さんも困惑した様子でディレクターに尋ねる。

 

「いやぁ、悪いね。こっちも都合があってさ」

 

 片手を挙げて謝罪の言葉を口にするディレクター。しかし、その表情は困ったような笑顔で……こう言うのもアレかもしれないが、本当にすまないと思っているようにはとても見えなかった。

 

「まぁ、また別の機会があったらよろしくねー」

 

「そ、そんな」

 

「ちょっと待って……!」

 

「納得できません! もっとしっかりした説明を……!」

 

 詳しい事情を聞こうと追いすがる兄貴と共に、ディレクターは控室を出て行ってしまった。

 

「「「「………………」」」」

 

 控室に残された俺たちは、ただただ押し黙るしかなかった。

 

 俺が、俺たちが、何かしたのだろうか。

 

 向こうの都合というのは一体何なのだろうか。

 

 そんなことを考えていると、再び控室の扉が開いた。そうして入って来た人物は、兄貴でもプロデューサーでもなく……三人の少女だった。

 

 

 

「残念だったわねー」

 

「初のテレビ出演なんだっけ? かわいそー」

 

「でもまぁ、しょうがないわよ。あんた達はお呼びじゃなかったってことよ」

 

 

 

 クスクスと笑いながら入って来たその少女たちは、若干アイドル事情に疎い俺にも見たことがある顔だった。

 

 

 

「……せ、『雪月花』の、雪ちゃん、月ちゃん、花ちゃん……!?」

 

 目を見開いた東豪寺さんの声が、酷く震えていた。

 

 

 




・時は四年前まで遡る……。
当時良太郎は中学二年、幸太郎は大学四年。

・ヒテンミツルギスタイル
一振りで数人を切るとか謳いつつ、基本的に一対一でしか使われていないなぁって思った。

・若干の違和感が……。
基本的に麗華はパット入りの偽乳キャラです。この作品の現在の麗華は付けておりません。

・弥海砂
『DEATH NOTE』に登場するヒロイン(?)
モデル兼タレント。年齢は多分18ぐらい。別にこの子がいるからってキラがいるわけではないが、兄貴の天才仲間として真っ白な(ライト)君がいてもいいかもしれない。

・瑞原はやり
『咲-saki-』に登場する牌のおねえさん。大乳。
多分この世界では普通に教育番組のお姉さん。年齢を聞くのは野暮である。

・ハイクを詠みなさい、カイシャクしてあげるわ。
実際、その(はやりんの)胸は豊満であった。

・『雪月花』
原作において幸福エンジェルがグレて魔王エンジェルになってしまった原因の張本人。



 というわけで、外伝の『ビギンズナイト』編です。蛇足と思われるかもしれませんが、とあるキャラを登場させるために必要な話でした。

 それほど長くする予定はなく、多分三話ぐらいで終わります。


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Episode02 失われた笑顔、そして始まりの決意

 結果が最初から分かっているシリアスほど書き易くかつ読み易いものはないですね。

 ドキドキが足りない? そいつぁ選んだ小説が間違っています()


 

 

 

 『雪月花』。二、三年前にデビューした三人組のアイドルグループ……だったと思う。

 

「お呼びじゃなかったというのは……どういう意味ですか?」

 

「は? 何、その顔。何か私達に文句でもあんの?」

 

「あ、いえ、これは素です」

 

 変わらない表情が癪に障ったのか、三人の内の一人(顔と名前が一致しないので雪ちゃんなのか月ちゃんなのか花ちゃんなのか分からない)に睨まれてしまった。本当にただ疑問を述べただけだったのだが、やはりこの無表情は初対面の人とのコミュニケーションに支障をきたすなぁ。

 

「お気に触ったようでしたら申し訳ないです」

 

 ただまぁ、こちとら実年齢は兎も角、精神年齢は既に彼女たちのダブルスコアは軽く超えている。彼女たちの気が済むならば、ここは一つ大人の余裕で素直に謝っておこう。

 

 ん? その割には才能云々の時に情緒不安定だったって? 色々あったのよ(適当)

 

「……ふん、まぁいいわ。実は私たち新しくCDを出すんだけど、その告知が出来る番組を探してたのよ」

 

「それで仲がいいディレクターさんにちょーっとだけ『お願い』してみたの」

 

「そしたらわざわざ出演の枠を空けてくれたのよ。ホント、あのディレクターさんってば優しいんだからぁ」

 

 ……正直はぐらかされると思っていたのだが、まさかこんな刑事に崖の上まで追い込まれた犯人ばりに詳しい説明をしてくれるとは思わなかった。

 

 つまり、あのディレクターはこの雪月花を番組に出演させるために、俺たちの出演をキャンセルした……ということか。そういう裏事情が実際に存在するとは何となく分かっていたのだが、まさかこうして自分の身に降りかかることになるとは……人生何があるか分からんなぁ。

 

「……わ、私……」

 

 まるで他人事のように考えていると、彼女たちの登場でフリーズしていた東豪寺さんが口を開いた。

 

「えっと、私たち、幸福エンジェルって言って……ゆ、雪ちゃんたちに憧れて、アイドルに……」

 

 声が震え、肩も震え、それでも信じられないといった様子で、縋り付くように東豪寺さんは雪月花の三人に近づく。

 

 多分、彼女は信じたかったのだろう。自分が憧れたアイドルが、自分たちのテレビ出演のチャンスを奪っていくような真似をしないと。他でもない彼女たちの口から否定してもらいたかったのだろう。例えそれが叶わなくても「また次の機会に頑張ってね」と、ただそれだけの言葉が貰えればよかったのだろう。

 

 しかし、彼女たちの口から放たれた言葉は――。

 

 

 

「へー? 私らのファンなの?」

 

「それじゃあ私たちに出番譲れてラッキーだったね」

 

「あ、幸福エンジェルってそういう意味? いい名前じゃーん!」

 

 

 

 ――東豪寺さんが抱いた一縷の望みを踏み躙るようなものだった。

 

 

 

「っ……!? あ、あ……!?」

 

「れ、麗華!?」

 

「麗華、しっかりして!」

 

 その場に膝から崩れ落ちる東豪寺さんを朝比奈さんと三条さんが両脇から支えるが、体勢が悪く支えきれずに三人でその場にへたり込んでしまった。

 

「それじゃあ、私たちは打ち合わせがあるから」

 

「じゃあねー!」

 

「これからもCD買ってねー!」

 

 そんな彼女たちを意に介する様子も無く、雪月花の三人は部屋から出て行った。

 

 残されたのは、呆然と立ち尽くす俺と床にへたり込む幸福エンジェルの三人だけ。

 

(……まさか、こんなことになるとはなぁ……)

 

 思わずため息を吐いてしまう。

 

 いくら歌とダンスの実力が評価されたとしても、実績が無ければ知名度も無いのだ。テレビ的には当然知名度が高い方を使うのが当然だ。

 

 大人の世界はやっぱり難しいなぁとか、楽しみにしててくれたなのはちゃんになんて言おうかなぁとか色々と考えてしまう。

 

「……ぐす……ひっく……」

 

 そんな中、全員が黙り込んだ室内に、すすり泣く声が静かに響いた。

 

「……憧れてたのに……大好きだったのに……わ、私、何も悪いことしてないのに……!」

 

 それは、両手で顔を覆う東豪寺さんだった。東豪寺さんに寄り添う朝比奈さんの目にも涙が浮かんでおり、三条さんは涙こそ浮かんでいないものの悲痛な面持ちだった。

 

「………………」

 

 直前になのはちゃんのことを考えていたからなのかもしれない。

 

 床に座りこんで涙を流す東豪寺さんの姿が、なのはちゃんの姿と重なった。

 

 こうして涙を流している少女が目の前にいるという事実に、気が付けば――。

 

 

 

「泣いている暇があったら、少しでも早く立ち上がった方がよっぽど有益だと思うぞ」

 

 

 

 ――拳を握りしめながら、そんなことを言っていた。

 

「はぁ!? 何よアンタまでいきなり! アンタだってテレビ出れないのよ!? 分かってんの!?」

 

「っ……!」

 

 朝比奈さんがそんな怒鳴り声を上げ、三条さんもこちらを睨んでくる。まぁ、その反応は当然だよなぁ。俺だって彼女たちと同じ境遇なのだから。

 

 でも、同じ境遇だからこそ、俺でなければ彼女たちの手を取ることが出来ない、そう感じたのだ。

 

 今の俺に出来ること……いや、そんなことは分かり切っている。俺は『転生する世界で最も武器となる能力』として『アイドルとしての才能』を貰ったのだ。

 

 

 

 ならば、俺に出来ることは『歌うこと』と『踊ること』以外の他に無いのだから。

 

 

 

 やるべきこと、今の俺にすべきことは、すぐに思いついた。

 

「……三日後の夜六時、○○公園」

 

「……え?」

 

 それだけを言い残し、俺も部屋を後にした。

 

 とりあえず、今は兄貴を探して家に帰ることにしよう。

 

 

 

 

 

 

「……すまん、良太郎」

 

 帰りの車の中。ずっと黙ったままだった兄貴の口から発せられた第一声は、そんな謝罪の言葉だった。

 

「別に兄貴が謝るようなことじゃないさ」

 

「いや、俺のせいだ。もう少ししっかりと話をつけておくべきだった。……勉強して、話を聞いただけで、一流のプロデューサー気取りになってた俺の責任だ」

 

 チラリと横目で見た兄貴は、悔しそうな表情をしていた。

 

(………………)

 

 今回の一件で、既に四人の人間の笑顔が失われてしまった。

 

 その代わりに雪月花の三人が笑顔になっているが……それで良しと思えないのは、それが自分に関わっている事柄で……結局のところ、実年齢よりも長く生きていた記憶があるだけで、まだまだ俺の精神年齢もガキだった、ということなのだろう。

 

 結局俺も我儘なガキだったのだ。

 

 自分と目の前の少女が理不尽な目にあったことに対して憤る、堪え性のないガキだったのだ。

 

「兄貴、あのさ――」

 

 俺は兄貴に、自分がしようとしていること全てを正直に話した。

 

「……お前、本気で言ってるのか?」

 

 兄貴は信じられない、といった表情になった。

 

「分かってるのか、良太郎。そんなことをしたら、二度とテレビ出演出来なくなるかもしれないんだぞ?」

 

 兄貴のこのリアクションは当然のものだ。何せ、テレビ局という一企業に対して喧嘩を売ろうとしているのだから。

 

 下手したら……いや、下手しなくても、テレビへの出演は愚か、CDの発売すら出来なくなるかもしれない。一切のメディアから距離を置かれることになるかもしれない。

 

 それでも。たとえそうなったとしても。

 

 

 

「兄貴、俺はテレビに出たいんじゃない。……笑顔にしたいんだよ」

 

 

 

 世間に認められることが無くなろうとも、それが自称になってしまったとしても、笑顔に出来るのであればそれでいい。この才能は、人を笑顔にすることが出来る才能なのだから。

 

「最悪、動画サイトに投稿するだけのネットアイドルにでもなるよ」

 

 逆にそっちの方が知名度は高くなる可能性だってあるし、俺は別にそれでも構わないと本気で考えていた。

 

「兄貴の勉強を無駄にしちゃうことになるけど……」

 

「……俺のことなんか気にしなくていいんだよ」

 

 俺の言葉で呆気に取られていた兄貴が、フッと微笑み首を振った。

 

「俺は嬉しいんだ。俺のせいでずっと肩身の狭い思いをさせちまったお前が、こんなに胸を張ってやりたいと言ってくれるっていうことが」

 

「……別に、肩身の狭い思いなんかしてないっつーの」

 

「はいはい」

 

 記憶の中では三十年以上生きていても、やっぱり俺はこの兄貴の弟なのだと思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

『そうか……ダメになってしまったか』

 

「あぁ……悪い、なのはちゃんの期待を裏切るようなことになっちまって」

 

『いや……お前は、大丈夫なのか?』

 

「俺? 全然大丈夫……っていうのは嘘だな。結構ショック」

 

『……その、なんだ、気を落とすな。お前ならいくらでもチャンスはやって来る。俺はそう信じてる』

 

「……ありがとな」

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 ついに迎えてしまった『それ』の実行日。時刻は五時。俺は一人、○○公園内のステージの上で振付の最終チェックをしていた。人様に見せるのが初、というわけではないのだが、今から行う『それ』では今まで以上のパフォーマンスをしなければならないのだ。

 

 そう、俺が行おうとしているのは『本来出演する予定だった番組の収録日、収録の時間に合わせてテレビ局の近くの公園で敢行するゲリラライブ』である。

 

 収録は確か七時から始まる予定だった。だから六時ぐらいにはこの公園の前を番組観覧に参加する人たちが通るはずだ。その人たちを俺の歌とダンスで惹きつける。

 

 早い話が『そっちの番組と俺のパフォーマンス、どちらがより多くの人を集めることが出来るのか』という喧嘩を勝手にふっかけたのである。当然向こうは知らないだろうが。

 

 それが果たしてどのような意味を持つのかは、実のところ発案した俺自身もよく理解していない。どうなるか分からない。

 

 だからこれは、俺自身と幸福エンジェルの三人の溜飲を下げるための独りよがりなのだ。

 

 

 

 一曲分のダンスが終わり、最後のポーズのまま夕闇に染まり始めた空を見上げる。

 

「………………」

 

 果たして、何人の人が足を止めてくれるのだろうか。

 

 果たして、全くの見ず知らずの通行人がどれだけ俺のパフォーマンスに興味を示してくれるのだろうか。

 

 分からない。でも、自信はあった。

 

 俺の歌とダンスは人を笑顔にすることが出来るという、漠然として何の根拠もない自信が。

 

 さてもう一回――。

 

 

 

 パチパチパチ

 

 

 

「ん?」

 

 それは、拍手の音だった。誰かが俺のダンスを見ていてくれたのだろうか。

 

 

 

「素敵なダンスね。思わず見惚れちゃったわ」

 

 

 

 ふと気が付けば、そこに『一人の少女』がいた。

 

 

 




・『お願い』
これは健全な小説なのでえっちぃ意味ではありません(真顔)

・刑事に崖の上まで追い込まれた犯人
一般的に追い詰めた探偵役が犯人を助けようとしますが、金田一だったらそのまま落ちます。

・『一人の少女』
彼女は一体誰なんだー(棒)
まぁ今まで名前すら登場していない新キャラですが、分かる人には分かると思う。
次回には正体明かしますのでここでは触れません。



 これだけ分かりやすい悪役キャラを書いたのは凄い久しぶりな気がする。ゲスイ、これはゲスイ。

 次回スカッと終わらせて、気持ちよく第三章に入ろうと思います。


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Episode03 新人の邂逅、そして始まりの夜

今回の外伝のラストエピソードです。


 

 

 

(……誰だ?)

 

 ステージの上にはライトがあるので俺の姿は向こうから見えているのだろうが、こちらからは向こうの姿が薄暗くて良く見えない。かろうじて女の子ということは分かるのだが……。

 

 背格好からして多分俺と同年代、軽くウェーブがかかった明るい茶髪……やや薄めの乳。いや、中学生ぐらいならこれが普通か。この前の朝比奈さんがデカすぎた。

 

「……お褒めに預かり光栄だよ、淑女(レディ)

 

 とりあえずそう返事をしておくことにする。

 

「そういう評価の仕方をするってことは、お嬢さんもダンスか何かやってるってこと?」

 

「えぇ。これでもアイドルなのよ? ……と言っても、まだまだ駆け出しの新人だけどね」

 

「そいつは奇遇だね、俺も駆け出しの新人アイドルだよ」

 

 まさかこんなところで同業者に出くわすとは。しかも新人。アイドルとアイドルは惹かれ合うってことかな。いやまぁ、テレビ局近いから他の場所よりもエンカウント率は高そうだけど。

 

「それで? その新人アイドルちゃんはこんな時間にどうしたのかな?」

 

 もうだいぶ日が落ちている。大通りがすぐ側にあるとはいえ、もうそろそろ女の子の一人歩きは危ない時間になってきた。

 

「たまたま近所を散歩してたら、ステージの上で踊っている人を見かけて近寄っただけよ。そっちこそ、新人アイドルくんはこんな時間にどうして踊ってたのかしら?」

 

「実はこの後ここでちょっとしたショーをする予定だから、その最終チェック。……もし時間があるようなら、見てってくれないかな。それが終わった後なら、帰り道をエスコートするよ?」

 

「あら素敵。……でもざーんねん。とても魅力的なお誘いだけど、もう帰るわ」

 

「あらら。……ちなみに、その魅力的なお誘いってのはどっちのことを言ってるの?」

 

「勿論『ちょっとしたショー』の方よ」

 

「おうふ」

 

 表情は見えないが、少女はクスクスと笑っているようである。

 

「……実はアタシ、明日日本を発つの」

 

「……へー」

 

「今の日本でアイドルをしていくことに不満があるわけじゃないけど、私はもっと大きな世界で羽ばたきたい」

 

 そいつはデカい夢である。少なくとも、テレビ出演がキャンセルになって八つ当たり的な行動をしようとしている俺なんかよりも、ずっと大きな決意。

 

「それじゃあ、こうして出会えた記念に名前を教えてくれないかな。将来君がトップアイドルになった時に『昔会ったことがあるんだよー』って自慢したいから」

 

「えぇ、アタシは――」

 

 と、そこまで言いかけた少女は「いや」と首を振った。

 

「やっぱり止めておくわ」

 

「あらら、やっぱり初対面の男に名乗るのは嫌だった?」

 

「違うわ。……これは、アタシの勘なんだけどね」

 

 

 

 ――たとえ、ここでお互いに名乗らなかったとしても。

 

 ――いつか必ず、お互いの名前を耳にすることになる。

 

 

 

「――そんな気がするのよ」

 

「随分とまぁ自信満々だな。それだけ大きく評価してくれるのは嬉しいけど」

 

 しかし、俺も彼女と全くの同意見だった。

 

 オーラ、とでも言えばいいのだろうか。彼女が発するその雰囲気は、無意識に握り拳を作ってしまうほど強く、濃く、そして研ぎ澄まされていた。

 

 バトル漫画的に言えば「こいつ、出来る」みたいな感じである。

 

「それじゃあ、今は握手ぐらいにしておこうか」

 

 握手はオッケー? と聞くと二つ返事で了承してくれたので、ステージを降りて彼女に近づく。

 

 近づいたことでようやく把握することが出来た彼女の顔をしっかりと見据えながら、俺たちは握手を交わした。

 

 

 

「また会おう、新人アイドルちゃん」

 

「また会いましょう、新人アイドルくん」

 

 

 

 

 

 

「……何、これ……」

 

「……凄い……」

 

「………………」

 

 あの悪夢のような出来事から三日後、私たちはテレビ局近くの○○公園に来ていた。

 

 本来ならばこの日のこの時間にはテレビ局にいて、目前に迫ったテレビ出演に少し緊張しつつも期待に胸を膨らませていたことだろう。しかし、今となってはそれも叶わぬこと。故にそれを思い出させるこのテレビ局周辺にはあまり来たくなかったのだが、あの時私たちと同じくテレビ出演を奪われた新人アイドルの言葉が気になって来てしまった。

 

 そこで私たちが目の当たりにしたのは――。

 

 

 

「お!? 何だアイツ!」

 

「うお、ダンスキレッキレじゃねぇか!」

 

「歌もウマッ! ここまで声響くとかどんな声量してんだよアイツ!」

 

 

 

 ――公園のステージの上で歌いながらダンスを披露する周藤と、それに足を止めた大勢の観客の姿だった。百……二百? いや、それどころの話じゃない、優に千人はいるだろう。この場所、そして時間帯、恐らくは本来私たちが出演する予定だった番組を観覧する予定だった人たちも足を止めていることだろう。

 

 それだけの人数を、ただ歌って踊るだけで引き止めたというのか? あり得ない。いくら持ち歌を持っているからといえ、テレビ出演もしたことが無い新人アイドルにそんなことが出来るはずがない。

 

 しかし、現に目の前には大勢の人々が集まっている。

 

 そして耳に入る歌に、目に入るダンスに……そんなあり得ないという考えを吹き飛ばすほど、気付けば私自身も魅入ってしまっていた。

 

「……はぁ……はぁ……」

 

 いつの間にか私たちは観客たちの一番前まで来ていた。果たして何曲歌い、踊ったのだろうか。無表情は変わらないものの、その荒くなった息遣いがここまで聞こえてきた。

 

「……お、来てくれたんだな」

 

 周藤は私たちに気付き、そう声をかけてきた。

 

「……どうだ? 立ち上がったら、有益なことがあったろ?」

 

 

 

 ――泣いている暇があったら、少しでも早く立ち上がった方がよっぽど有益だと思うぞ。

 

 

 

 先日、こいつから言われた言葉が脳内を反芻する。

 

(……私は、一体何をしていたの)

 

 憧れていたアイドルに自分達のテレビ出演の機会を奪われ、ただ泣いているだけだった。自分から行動を起こそうと考えていなかった。

 

 しかし、周藤は立ち止まることなく、俯くことすらせず、こうして行動した。果たしてこの行動がどのような結果に結びつくのかは、私には分からない。多分、こいつ自身分かっていないのだろう。

 

 それでも、決して屈することのないその姿が、ただ泣いていただけの私にはとても眩しかった。

 

 

 

「こ、これは一体どういうことだ!?」

 

 周藤が自らの持ち歌を歌い終え、観客からのアンコールとして別のアイドルの曲を歌っていると、そんな声が聞こえてきた。見ると、そこにいたのは私たちが本来出演する予定だった番組のディレクターだった。

 

 周藤は彼に気付き、曲を中断する。

 

「おや、ディレクターさん」

 

「お前、どういうつもりだ!? お前のせいで収録のスケジュールが滅茶苦茶だ!?」

 

 私の予想通り、番組観覧の予定だった人たちもこの大勢の観客の中にいたのだろう。観客がおらずガランとしたスタジオ内で立ち尽くす雪月花の三人の姿を思い浮かべてしまい、思わずクスリと笑ってしまった。

 

「どういうつもりだ、と言われましても。俺はただ『番組出演を土壇場でキャンセル』されて、たまたま時間が空いてしまったからここで本来歌う予定だった曲を歌っていただけですよ」

 

 大げさに肩をすくめながら、周藤はわざとらしくそう言った。

 

 

 

 ――は? マジ? 本当だったらこいつが出演予定だったの?

 

 ――土壇場キャンセル? わー、可哀想。

 

 ――いくら新人だからって、それはないわー。

 

 

 

 良太郎の声が聞こえていた前方の観客を中心に、その騒めきは徐々に大きくなっていく。既にここに集まっている人たちは周藤の歌とダンスに魅入られており、言わば周藤側の人間だ。故に、番組プロデューサーを批判するような言葉が徐々に増えていく。

 

 場の空気が自身に不利なことに気付いたディレクターは、一歩後退る。

 

「こ、こんなことをして、分かってるんだろうな!?」

 

「……さて、何のことか分かりませんね。自分、新人なもんで」

 

「……思い知らせてやるぞ……!」

 

 忌々しげに睨むディレクターに対し、表情が変わらない周藤の心情は全く分からなかった。

 

 

 

「とはいえ、そろそろ潮時か……」

 

 ディレクターが逃げ帰るように立ち去り観客が再びアンコールを始めたその時、周藤はポツリと呟いた。

 

 確かに番組収録時間は既に過ぎており、これ以上人が集まると警察がやって来る可能性も出てくる。いくらただ歌っているだけとはいえ、少し騒ぎを大きくしすぎた。

 

 周藤は観客に向き直り、アンコールを繰り返す観客に向かって誰よりも通る大声を上げた。

 

「今日は俺の『ただの練習風景』のご見学に、大勢集まっていただいてありがとうございました! 今後テレビ出演が出来るかどうかは分かりませんが、これからも『周藤良太郎』をよろしくお願いします!」

 

 それは、この宴の終幕を告げる言葉だった。

 

 

 

 ――……凄かったぞー!

 

 ――CD買うよー!

 

 ――これからも頑張れよー!

 

 

 

 一瞬の静寂の後、公園は大きな歓声と拍手に包まれた。中には惜しむ声やもっと続けるように催促する声もあったが、皆が皆、周藤に対して温かい応援の言葉を向けていた。

 

 手を振りながら舞台を降りる周藤。

 

 ふと気が付けば、私も周りの観客と同じように拍手をしていた。両隣のりんやともみも同じだった。

 

 

 

「……りん、ともみ」

 

「……何? 麗華」

 

「……私、諦めない」

 

「……うん、アタシも」

 

「わたしも、だよ」

 

 

 

 

 

 

「『日高舞の再来! 驚愕の新人アイドル現る!』……か。まさしくその通りだな」

 

「……は、はい」

 

「さて、何故君がここに呼び出されたのか分かるかね?」

 

「……い、いえ……」

 

「本当に分からないのかね? ……今回の一件で、突然の出演キャンセルのことが我が局での出演アイドルに対する非道な扱いという名目で様々なニュースになってしまった。我が局に対する抗議の電話も増えた。しかし今問題なのはそんなことではない。……件のアイドルである周藤良太郎が他局の番組に出演し、そのどれもが高視聴率を叩きだしているということだ」

 

「……は、はい……」

 

「我が局でも恥を忍んで出演交渉を続けているが、先方は一切首を縦に振らない。今後、周藤良太郎は大きくテレビに出続け、更に成長を遂げると世間の誰しもが考えている優秀なアイドルだ。……そんな彼が今後一切我が局の番組に出演しないとなると……その損害がどれほどのものになるのか、君には想像がつくか?」

 

「………………」

 

「聞けば、元々の理由は君が個人的に他のアイドルを出演させるためだったらしいではないか」

 

「……そ、その、私は……」

 

「君の処遇は追って伝える。……デスクの整理でもしておくのだね」

 

「……あ、あぁ……あぁ……」

 

 

 

 

 

 

 さて、今回の一件の顛末を語ることにしよう。

 

 結論から言うと、俺が行ったゲリラパフォーマンスは想像していた以上の成果をもたらした。

 

 『日高舞の再来!』『驚異の新人現る!』などという名目で新聞やニュースで取り上げられ、様々な番組出演の依頼やインタビューの申し込みなどが殺到したのだ。正直ここまで大事になるとは思ってもいなかったのだが、どうやら俺が行ったのは以前『日高舞』というアイドルが行った抗議活動と同じものだったらしい。何と偶然な。

 

「言っただろ? お前はもう天才の一員なんだって」

 

 引っ切り無しに鳴る出演依頼の電話に対応しながら、兄貴は疲れた様子も見せずにそう笑っていた。

 

 ……正直、ホッとしている。これだけテレビ局に対して反骨的なことをしておいて、それでもなお様々なメディアに取り上げてもらい、さらに自身の歌とダンスを評価してもらうことが出来たのだ。干されても仕方がないと考えていた分、その安堵感も一入(ひとしお)である。

 

 余談ではあるが、あの時俺と同じようにテレビ出演の機会を奪われた少女たち『幸運エンジェル』が『魔王エンジェル』と名前を変えてテレビ出演するようになった。果たして彼女たちにどのような心境の変化があって名前を変えたのかは分からないが……それでも、しっかりと自分たちの力で立ち上がれたようでホッとした。いずれ一緒に仕事をする機会もあるだろう。その時、改めて話をしてみよう。

 

 さらに余談ではあるが、あの一件以来雪月花の三人を見なくなった。ディレクターと浮気だの、色々と噂が流れていたが真偽のほどは定かではない。テレビ局で見ないだけで、地方営業をしているのかもしれないが……まぁ、業界にいるのであれば顔を合わせることもあるだろう。……正直、会いたいとは思わないが。

 

 さて、今日もテレビでのお仕事だ。アイドルとして、これからが本番みたいなものである。

 

 多くの人を笑顔にするという目標のためにも、新人アイドルちゃんとの約束を果たすためにも、これから頑張っていこう。

 

 

 

 あの日出会った『二色の眼』を持った少女を思い出しながら、そう決意した。

 

 

 

 

 

 

「『日高舞の再来!』……か。早速名前を知ることになったわね、『周藤良太郎』君」

 

「危なかったわね……あのまま日本にいたら、そんな化け物みたいなアイドルと同期になるところだったのね」

 

「あら、別に変わらないわよ。……いずれは相見えることになるのだから。私は海外で、彼は日本で、それぞれトップアイドルになってから、ね」

 

「……そう。なら一足出遅れた分、取り返さないといけないわね。……頑張ってきなさい――」

 

 

 

 ――玲音(レオン)

 

 

 

「……えぇ。行ってくるわ」

 

 

 

 ……私がステージに立つのは、観客を楽しませたいから。だから、アイドルとしての優劣は拘らない。

 

 それでも……彼には負けたくない。

 

 アタシの心は、熱く燃えていた。

 

 

 

「いずれ同じステージの上に立つその時まで……負けないわよ、新人アイドルくん」

 

 

 

 

 

 

 これは『覇王』と『女帝』の初めての邂逅。

 

 そして遠くない未来に訪れるであろう両雄の激突……そのプロローグ、なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 アイドルの世界に転生したようです。

 

 外伝『Begin's night』 了

 

 

 




・この前の朝比奈さんがデカすぎた。
相変らず乳を見比べる主人公、こいつもこいつでゲスである。

・ディレクターのオチ
多分左遷か何か。やったね! 地方でのんびりお仕事出来るよ!
なお彼は家庭を持っていた模様。つまりはそういうこと。

・雪月花のオチ
数年後、彼女たちによく似た女性が登場するビデオが発売されたとか。
どんなビデオかとかは読者さんのご想像次第と言うことで(すっとぼけ)

・玲音
『アイドルマスター ワンフォーオール』の登場キャラ。
ゲーム内においてSランクを超えるオーバーランクと称される裏ボス的な立ち位置の、正真正銘『トップアイドル』。CVはみのりん。
ドラマCD内では961プロに所属していたようだが、この作品では当然そんなことは無く、不詳だった年齢も良太郎と同い年と設定。



 ついに『オーバーランク』さんの登場です。この小説の発案段階ではまだワンフォーオールが発売していなかったので登場予定がなかったのですが、『海外にいっていた』ということで辻褄を合わせて今回登場と相成りました。

 この小説では『良太郎と同レベルのトップアイドル』として、いずれ良太郎と競ってもらうことになります。(しかし再登場予定はだいぶ先)

 というわけで、やや駆け足気味でしたが今回で外伝は終了です。ディレクターや雪月花の扱いが適当? (最初から丁寧に描写するつもりは)ないです。

 次回からいよいよ第三章スタートになります。本編とリンクするまではもう少し話を置きますが、ついに劇場版編が始まります。お楽しみに!

 それでは。


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第三章『M@ASTERPIECE』
Lesson79 123プロ


新章!(実装済み)
新キャラ!(実装済み)
新展開!(未実装)


 

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 少女は肩で息をしながら膝に手を突く。

 

「グギャギャギャ! 『ジェミニ』に変身すら出来ないというのに、粘るじゃねーか!」

 

 そんな少女の姿を嘲笑いながら、カマキリ怪人は自身の腕の鎌を振るう。

 

「諦めろ! 今頃貴様の双子の片割れも力尽きてんだからよー!」

 

 怪人のその言葉の真偽は定かではないが、確かに先ほどから双子の妹と連絡がつかない。

 

「……は、はは、その冗談ツマンなすぎー。アミが、そんなに簡単にやられるはずないっしょ!」

 

 しかし、少女には確信があった。双子の妹が、今までずっと共に戦い続けてきた最高の相棒が、こんなところで簡単にやられるはずがないと。

 

「ふん、強がりやがって。まぁいい、どーせオメーらは二人一緒にいねーと『ジェミニ』には変身出来ねーんだからな!」

 

 怪人の言う通り、戦う力を手に入れるためには姉と妹、二人揃っていなければならない。

 

「変身さえ出来なけりゃ、オメーは所詮……只のガキなんだよぉおおお!」

 

 叫びながら、怪人は再び衝撃波を放つために鎌を振り上げる。

 

(避けれない……!)

 

 咄嗟に目を瞑り、衝撃に身構える。

 

 

 

「うぉおおおおおおお!!」

 

 

 

 しかし、怪人が放とうとした衝撃波は、突如飛び込んできた青年の飛び蹴りによって阻止されることとなる。

 

「ぐぁっ!?」

 

 大きく吹き飛び、壁に叩きつけられる怪人。

 

「ふぅ……何とか間に合ったな」

 

「……え? ……あ!?」

 

 恐る恐る目を開ける少女。少女には飛び込んできた青年に見覚えがあった。

 

「リョ、リョーにぃ!?」

 

 つい先日出会ったばかりの、喫茶店の店員であった。

 

「無事か? マミ」

 

「だ、大丈夫……で、でも、リョーにぃが何で!?」

 

「何でだ? んなもん、女の子のピンチに駆けつけただけに決まってるでしょ」

 

 パンッと左の掌に右の拳を叩きつけ、青年は自身が蹴り飛ばした怪人を睨む。一切表情は変わらないが、少女を傷つけられたことに怒っていることだけは十分理解できた。

 

「マミ! お前は早くアミを助けに行け! ここは俺が引き受けた!」

 

「え、えぇ!? で、でもリョーにぃ!」

 

 マミの焦りは当然のものだった。何故なら、自分たちの事情を知っているものの彼は全くの一般人。戦う力など持ち合わせていないのだ。

 

「き、貴様ぁあああああ!! 只の人間の分際でよくもぉおおおおお!!」

 

 起き上がった怪人が激昂する。しかし青年は一切怯まない。

 

「確かに、俺は一度戦いの場から身を退いた」

 

「え?」

 

「でもな、人を護るために今更四の五のなんて言ってらんねーんだよ」

 

「リョ、リョーにぃ? 一体何を……っ!?」

 

「都合よく『戦う力』も手に入ったことだしな」

 

 少女は青年が服の裏から取り出した『それ』を目の当たりにし、驚愕した。

 

「コ、『コスモドライバー』にペガサスの『スターライト・キー』!?」

 

「何っ!? テメー、それを何処で手に入れた!?」

 

 少女と同じように怪人も驚愕の声を上げるが、青年は全く反応しない。

 

「全く……また『天馬(ペガサス)』とは、ちと出来過ぎてるが……お前は常に俺のところに来るってことか。……また頼むぜ、相棒」

 

 大切な仲間との再会を慈しむかのように呟いた青年はコスモドライバーを腰に巻き、鍵穴にスターライト・キーを差し込んだ。

 

 

 

「――変身っ!!」

 

 

 

 風が青年の身を包みこみ、彼を戦士の姿へと変貌させる。

 

 変身ツールも、その姿も、以前とはまるで別物。

 

 しかし――。

 

 

 

「……さぁ、行くぜ!」

 

 

 

 ――かつて覆面ライダー(ドラゴン)と共に財団Rの陰謀を阻止した伝説の戦士『覆面ライダー天馬(ペガサス)』が、再びこの地に復活した。

 

 

 

「はいカットー!」

 

 

 

 

 

 

 第三章から急展開かと思った? 残念! 今度は特撮でした!

 

「さっすが良太郎君! 一発オッケーだよ!」

 

「ありがとうございます」

 

 周りのスタッフが撤収作業をする中、監督からお褒めの言葉をいただくという何やらデジャビュ感溢れるやり取りに内心で首を傾げる。あれ、使い回し?

 

 今回は現在放送されている双海姉妹が主演の『覆面ライダージェミニ』の劇場版の撮影である。今作は主役がアイドルで女性の上に双子という類を見ないほどの異例な覆面ライダーと話題となっていた。(俺もアイドルで覆面ライダーだったが所謂サブライダー)

 

 この『覆面ライダージェミニ』は以前俺が出演していた『覆面ライダー(ドラゴン)』の未来のお話なので、劇場版のゲストライダーとして俺が本人役として参加したわけだ。今まで覆面ライダーを演じてきた多くの役者は有名になると殆ど再出演しないのだが、俺は「是非!」と参加させてもらった次第である。

 

「りょーにぃ! お疲れちゃーん!」

 

「おーう、真美。お疲れちゃーん」

 

 主演の一人である真美とハイタッチをする。いつもならばもう一人の主演の亜美ちゃんも一緒なのだが、今回は竜宮小町の仕事に行っているらしい。

 

「ねぇねぇ! りょーにぃはこの後時間ある? あるんなら、マミとお昼食べに行こーよー!」

 

 おっと現役JCアイドルからデートのお誘いだ。これに乗らねば男が廃る……と言いたいところなのだが。

 

「残念ながらこれから事務所に戻って全体ミーティングなんだ」

 

「えー!」

 

「ごめんごめん、お昼はまた今度ね」

 

「ぶー……絶対だかんねー!」

 

 口を尖らせながらも手を振りながら見送ってくれた真美に手を振りながら、俺は撮影現場を後にする。

 

(……それにしても)

 

 「事務所に戻って」という言葉に違和感が無くなってきたなぁ、としみじみ思う。

 

 

 

 四月に123プロダクションが設立されて、既に七月。もう三ヶ月の月日が流れようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 無事大学受験を終えて晴れて大学生になったため芸能活動を再開し、それと同時に新事務所の設立&所属を発表したのだが……まぁ、一騒動起こったのは大方の予想通りだったので割愛。

 

 以前から話していたようにジュピターの三人及び留美さんも事務所設立と共に合流。さらに新人アイドルの応募を行って(一万人を超える応募があった)俺と兄貴のお眼鏡にかなった娘一人、そして街でスカウトした娘一人を迎え、所属アイドルは六人となった。

 

 現在、この六人の所属アイドルを兄貴と留美さんの二人でプロデュースする体制である。しかし兄貴は社長業を兼任、留美さんも社長秘書業を兼任しているので、少々厳しいのではないかと思われるが……何と言うか、流石は天才×2というか、それで問題なく事務所が回っているのだから末恐ろしい。まぁ、最近では俺一人でも打ち合わせやスケジュールの調整が出来るようになってきたし、多少の負担軽減にはなっていると思う。

 

 ちなみに事務員として、兄貴の後輩で留美さんの同級生である三船(みふね)美優(みゆ)さんを雇い入れた。本当はアイドルとしてスカウトするつもりだったらしいのだが、本人が人前に立つのが苦手だからと辞退し、代わりに事務員として働いてもらうことになった。……兄貴と留美さんが美優さんをデビューさせるために裏でこっそりと手回しを始めているが、本人には(面白そうなので)黙っておくことにしよう。

 

 以上が、我らが123プロダクションの現状である。

 

 

 

 

 

 

 とあるオフィス街の一角、高層ビルのワンフロア。ここが兄貴の新たな城、123プロダクションの事務所である。

 

 そう、ワンフロア全てが事務所なのだ。

 

 おいおいいきなり大きすぎるだろうと思われるだろうし俺も兄貴も思ったのだが、「周藤良太郎が所属する事務所はせめてこれぐらい大きくないと体裁が保てない」と周りの人間(投資してくれた企業及び普段からお世話になっている人たち)の勧めを受けた結果である。「うわーおっきいねー」とはしゃぐ母さんの傍ら、引き攣った笑みの兄貴がとても印象的だった。

 

「おはよーございまーす」

 

 ガチャリと事務所のミーティングルーム(と言う名のラウンジ)の扉を開けるが、どうやら俺が一番乗りらしかった。まぁ集合時間の三十分前なのだから当然か。

 

「あら、良太郎君……おはようございます」

 

「おはようございます、美優さん」

 

 事務員姿の美優さんのほんわりとした笑顔に迎えられ、あー事務所っていいなぁと間違った方向で事務所のありがたみを実感する。

 

「今日の撮影はどうでしたか……?」

 

「そりゃもうバッチリです。久しぶりの覆面ライダーの撮影で気合い入ってましたから」

 

 ソファーに座り、美優さんが淹れてくれたコーヒーを飲みつつ全員が揃うのを待つ。

 

 

 

 スマートフォンで「某赤白縞々を探さないで」の動画を見てほわーっ!? となりながら一人で暇を潰していると、ラウンジの扉が開いた。

 

「おっはよーございまーす!」

 

 底抜けに明るい挨拶と共に入って来たのは、軽くパーマがかかった長い茶髪の少女。

 

「おはよう、恵美ちゃん」

 

「あ、リョータローさん! おはようございまっす!」

 

 123プロダクション『スカウト枠』の新人アイドル、(ところ)恵美(めぐみ)ちゃんである。彼女は街中でたまたまティンときた(高木社長的表現)俺と兄貴が口説き落としたアイドルだ。

 

 年齢は十六の現役女子高生。化粧やオシャレに気を使う今どきのギャル風な見た目の子ではあるのだが、意外にも周りに気配りが出来るリーダー気質な性格。そして年齢にそぐわない大乳! ……べ、別にそこがスカウトした理由じゃないよ?()

 

「リョータローさん! 聞いてくださいよー! この間友達とファミレス行ったんです!」

 

「うん」

 

 というか、そもそも恵美ちゃんはファミレス以外の場所に行くの? というレベルでファミレス好きである。

 

「それでー、ドリンクバーのミックスジュースの新しい組み合わせを色々と試してたんですよ」

 

 あれ、もう嫌な予感しかしない。

 

「ピーチジュースが好きな友達とカフェオレが好きな友達がいて――」

 

「オチ分かった」

 

 果物系とコーヒー系は混ぜてはいけない。(戒め)

 

 

 

「良太郎さんと恵美ちゃん、随分と仲良くお話してるわねぇ?」

 

 「今度リョータローさんにもおすすめのミックスジュースを」「ヤメテ!」というやり取りをしていると、そんな声が。

 

「あ、まゆちゃん、おはよう」

 

「おはよー! まゆー!」

 

「うふふ、おはようございます。良太郎さん、恵美ちゃん」

 

 やや明るい茶色がかった黒髪の少女。彼女こそ一万人以上参加したオーディションを勝ち抜いた123プロダクション『オーディション枠』の新人アイドル、佐久間(さくま)まゆちゃんである。

 

 彼女は十五歳だが恵美ちゃんと同学年の現役女子高生。何でもあの『ビギンズナイト』に居合わせており、それ以来ずっと俺に憧れてアイドルを志してくれていたそうで、今回俺が所属する123プロダクションの応募を知って頑張ったとのこと。何とも嬉しい話である。

 

「まゆも一緒にお話しよーよ! ほらほら、座って座って!」

 

「それじゃあ、失礼して」

 

 いつの間にか俺の隣に座っていた恵美ちゃんがポンポンと自分の横を叩くと、微笑んで了承したまゆちゃんは『俺の隣に』座った。……いやまぁ、別に何処に座ってもらっても構わないんだけどさ。ほら、恵美ちゃん苦笑いしてる。

 

「そういえばまゆー」

 

「なぁに? 恵美ちゃん」

 

 そしてそのまま俺を挟んで会話を始める二人。

 

 今でこそこうして仲が良い二人なのだが、所属してしばらくの頃は何故かまゆちゃんが恵美ちゃんを睨んでいる姿を何度か見た。仲が悪い、というか馬が合わないのかなぁとも思った時期もあったのだが、先月南の島で行われた音楽の祭典『シャイニーフェスタ』に俺の付き人として二人に参加してもらって以来、今のように仲良くなった。ホテルが同室だったし、その時何かあったのかな?

 

 まぁ、新人アイドル二人が仲良くしてくれるのは大変良いことである。

 

 

 

「ただいま戻りました」

 

「うーっす」

 

「あー疲れたー」

 

「午後からも外だよ、翔太」

 

「ん、これでみんな揃ったかー?」

 

 しばらく三人で話していると、どうやら営業に出ていたジュピターwith留美さんと兄貴がやって来た。

 

「それじゃ、全体ミーティング始めるぞー」

 

『はーい!』

 

 

 

 俺、兄貴、留美さん、冬馬、翔太、北斗さん、そして美優さんに恵美ちゃんにまゆちゃん。

 

 123プロダクションは現在この九人で絶賛活動中である。

 

 

 




・『覆面ライダージェミニ』
双子の姉妹アミとマミが星座の力を有する不思議な鍵『スターライト・キー』を神秘のベルト『コスモドライバー』に挿して二人で変身する覆面ライダー。
――という設定。当然オリジナル。
ライダー的にはWだが、作者的にはウルトラマンエースのイメージ。

・「お前は常に俺のところに来るってことか」
元ネタは運命のガイアメモリでT2ジョーカーメモリを手に入れた際の翔太郎のセリフ。

・有名になると殆ど再出演しない
オダギリ某さんしかり某ヒロさんしかり佐藤某さんしかり。
故に未だに本人役で熱く演じてくれるてつをさんの人気が高いのはそれも一つの要因だと思う。

・三船美優
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。クール。
留美さんと同い年の26歳で、現在時系列的に二人共25歳。
本当は新人アイドル候補の一人だったのだが、バックダンサーに組み込むには年齢的問題があったため(しかし個人的にはバックダンサー衣装を着せてみたかった)事務員として登場してもらうことに。

・高層ビルのワンフロア
とりあえず123プロはこれぐらいの規模に。765以上961以下。

・「某赤白縞々を探さないで」
ぎゃあああああああああああ!!?(初見時作者リアクション)

・所恵美
『アイドルマスターミリオンライブ』の登場キャラ。Visual。デレマス的に言えば多分パッション。
ランキング動画で彼女の曲に興味を持ったことがきっかけで、今ではミリマス勢で作者の推しキャラ。キャピキャピしつつも仲間からの感謝の言葉に感激して号泣できるめっちゃ良い娘。
なおミリマス勢は劇場版基準で年齢設定を行ったので、全員原作と同じ年齢です。

・果物系とコーヒー系は混ぜてはいけない。
止めた方がいい。……止めた方がいいですよ?(チラッチラッ)

・佐久間まゆ
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。キュート。
デレマス勢で随一の『愛の重さ』に定評があるが、プロデューサーが絡まなければ基本的に素直で良い子。
ゲームではプロデューサー一筋だが、今作では果たして……?
なお同じく新人の恵美と合わせるため年齢変更。
追記
誕生日の関係上年齢を更に変更し、結局他のデレマスキャラと同じ年代設定に。

・『ビギンズナイト』に居合わせており
今後、これが様々な人物のキーワードになる可能性が微レ存。
頭の片隅に留めておくと吉。

・『シャイニーフェスタ』
この作品では六月に行われていたという設定。シャイニーフェスタ編も恐らく外伝扱いでいずれ。



 ついに始まりました劇場版編の第三章です! まさかここに辿り着けるとは執筆開始直後は思いもしなかった(驚愕)

 今回からころめぐとままゆ&美優さんがそれぞれミリマスとデレマスから参戦です。アニメに出ていたままゆはともかく、ころめぐと美優さんを知らないって人は多いと思うので、これを機にミリマスとデレマスのキャラを知っていただければ幸いです。
(などとアイマスのゲームは何もやったことがない作者がステマしてみる)

 ちなみに新人アイドルである二人は前々から決まっていましたが、事務員美優さんは「よくよく考えたらこの事務所って事務員いねぇ」と急遽決まりました。でも個人的にはハマっていると思っております。

 さらにちなみに事務員としてこのみさんを引き抜く案もあったのですが、彼女がいなくなるとシアター組が成り立たなくなる可能性があったためボツに。

 ジュピターの三人を含めた全員の近況など、描ききれなかった部分は次回以降となります。

 というわけで、これからもよろしくお願いします。


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Lesson80 少しだけ変化した日常

ほとんど説明回に近いかも。


 

 

 

 七月である。まだ梅雨明けはしていないものの蝉はミンミンと鳴き始めており、世間はすっかり夏といった様相である。

 

 さて、我ら123プロダクションが設立されてから早三ヶ月が経った。当然その三ヶ月の間にも様々な出来事が起こっていた。

 

 ほんの少しずつだが、日常の中で変化したこともあったのだ。

 

 

 

 

 

 

「……そんな恰好でだと……下から見えちゃう……はっ」

 

 目覚まし時計のアラーム音と共に目を覚ます。十秒ほどボーっと虚空を見つめた後、頭上に手を伸ばして目覚まし時計を止める。

 

「……変な夢だったな」

 

 気が付くと俺は廃ビルの上に立っていたのだが、そこに俺と同い年ぐらいに成長したなのはちゃんが空を飛びながらやって来るというよく分からない内容の夢だった。何故かなのはちゃんは俺のことが分からない様子だったのだが、とりあえず彼女の格好がミニスカートだったのでその場に正座をさせてお説教してしまった。

 

 何故こんな夢を見てしまったのか……なのはちゃんが持っていた杖が流暢に英語を喋っていたような気もするし、俺の頭は一体何の電波を受信したのやら。

 

 不思議な夢だったなーという月並みな感想を抱きつつ、着替えを終えて顔を洗うために洗面所へと向かい顔を洗い歯磨きをして以下省略。

 

「おはよー」

 

「おう、おはよー」

 

 欠伸を噛み殺しつつリビングに入ると、先に起きていた兄貴が既に食卓について朝刊を読んでいた。チラリと記事が見えたが、どうやら元アナウンサーの川島(かわしま)瑞樹(みずき)さんが346プロダクションでアイドルとしてデビューするらしい。むむ、アナウンサーを辞めた時に嘆いたファンが多かったから、喜んでる人も多いだろうなぁ。

 

 とりあえず喉が渇いたのでキッチンで水を一杯飲む。

 

「あ、リョウくんおはよー! お料理テーブルに持って行ってー!」

 

「はい、おはよー」

 

 相変わらずお母さんのお手伝いをしている小学生のようにしか見えないエプロン姿の我が家のリトルマミーの指示に従い、既に出来上がった料理の皿をテーブルに運ぶ。

 

「良、こっちもお願いね」

 

 そんな俺に声をかける、我が家の『四人目』の声。

 

 

 

「おはよう、早苗ねーちゃん」

 

「はいはい、おはよう」

 

 ついに我が家に嫁いで姓が周藤となった早苗ねーちゃんである。

 

 

 

 兄貴を巡る仁義なき女の闘いは俺の知らないところで着々と進んでいたらしく、決着が付いたのは二月のバレンタインのことだったらしい。最後の年だからという理由で巻き起こった高校での騒動(通称チョコレート戦争)にてんやわんやしている裏でそんなことが起きていたとは思いもよらなんだ。

 

 詳しい話は聞いていないし聞こうとも思わないので、兄貴がどういう経緯で早苗ねーちゃんを選んだのかは知らない。早苗ねーちゃんや選ばれなかった二人がどんな心境なのかも知らない。特に選ばれなかった今でも社長秘書として働く留美さんの気持ちが全然分からない。俺なんかが分かるはずもない。円満な解決だったわけではないと思う。

 

 けれど、こうして全員笑って『今』を迎えている以上、きっとこれは『トゥルーエンド』だったのだろう。

 

 ホント、物語の中でしか恋愛を知らないお子ちゃまの俺には難しい話だよ。

 

 ちなみに、一応入籍は済ませているが式はまだである。現在進行形で立ち上げたばかりの事務所の運営で手一杯という状況なので、早くても今年の秋から冬にかけて辺りになるとのこと。今から式で何をしでかそうか……もとい、どんなサプライズをしようか楽しみである。

 

 更にちなみに、早苗ねーちゃんは家庭に入ったわけではなく現職の警察官のままである。……どうでもいいが、童顔巨乳人妻婦警とか属性盛り過ぎな気もする。

 

 

 

「いただきます」

 

「「「いただきます」」」

 

 相変わらず絶賛単身赴任中の父さんに代わり、我が家の大黒柱代理の兄貴の音頭で朝食が始まる。

 

「ん? ちょっと幸、ご飯粒付いてるわよー」

 

「へ?」

 

「ほら、ここ」

 

 そう言いながら頬のお弁当を取ってパクリと食べるという定番のやり取りを朝一番に見せつけてくれる兄夫婦の姿には流石に慣れた。あぁ、慣れたとも。

 

「リョウ君も、お弁当……付いてないねー」

 

「一体何に対抗しようとしてるのさ」

 

 話題は点けたままのテレビから聞こえてくるニュースのことも多いが、やはり昔の癖と言うか習慣と言うか、兄貴と今日の仕事についての話になることが多い。

 

「良太郎、お前今日は確か二限だったよな?」

 

「あぁ。昼からスタジオで久しぶりに声のお仕事。んでその次は雑誌の写真撮影、夕方からダンスレッスン」

 

 高校の時と違い大学は一日中講義という訳でなく、教授の都合で休講になったりそもそも講義が入っていなかったりと時間が空くことが多い。今日も午前中の二限で終わりである。そのおかげで以前よりも仕事の量は少しだけ増えた。多分、来年成人したら九時以降の収録も出来るようになるから更に増えるのだろう。

 

「雑誌の撮影なんだが、行くついでに恵美ちゃんとまゆちゃんの二人を拾っていってくれ」

 

「……は?」

 

「二人とも同じスタジオでモデルの仕事だし、丁度いいだろ」

 

「普通所属アイドルを足に使うか?」

 

 俺、アイドルよ? 自慢するわけじゃないけど、周藤良太郎よ?

 

「仕方ないだろ。俺は打ち合わせで、留美はジュピターの仕事だ。美優に送迎させるわけにもいかんし」

 

「……なんだかなぁ」

 

「ちなみに既に二人には迎えが行くから放課後に校門の前で待っててくれと伝えてあるから」

 

「事後報告もいいとこじゃねぇか!」

 

 別に二人を迎えに行くこと自体に文句があるわけではないし、俺が迎えに行くことで交通費を抑えることも出来ると理解しているのだが、なんかこう、釈然としないものを感じた。

 

 

 

 

 

 

 我が家の両親ですっかり見慣れたいってらっしゃいのキスをする兄貴と義姉上をスルーして一人足早に家を出る。

 

「オ・イ・ラッはアイドルー、893じゃないけどアイドルー」

 

 チャリチャリと鍵を回しながらエレベーターで下に降り、マンションの駐車場へ向かう。

 

 さて、先ほどの兄貴との会話で気付いた人もいるだろうが。

 

 

 

 この度、ついに免許を取りました。

 

 

 

 春休みの時からちょくちょく教習所に通っており、二ヵ月前についに免許を修得したのだ。

 

 ちなみに車は自分で買ったものではなく、大学入学祝いという名目で父さんからのプレゼントである。久しぶりに帰って来たと思ったらいきなり車のキーを渡されて「今日からこれがお前の車だ」と言われた時は何事かと思った。軽自動車ではあるがペッカペカの新車である。当然ながら変形しないしタイヤが飛んだりもしない。ましてや合体もしない。

 

 まだまだ一年生のこの時期に車で大学へ向かうのは少々生意気かもしれないが、講義が終わった後に仕事の現場へ向かうのはこちらの方が都合がいいのだ。

 

 一応前世でも免許を持っていたが、最後に運転したのが二十年近く前というペーパードライバーどころの話ではないので、人一倍運転には気を使う。アイドルが事故なんか起こそうものなら大事件である。いやまぁ事故が起きた時点で大事件なのだが。

 

 そんなわけで、初心者の証である若葉マーク輝く我が愛車に乗り込み、意気揚々と大学へと向かうのだった。

 

 

 

「おっすご両人。おはよう」

 

「あ、周藤君だ。おはよー」

 

「おはよう、良太郎」

 

 大学内の駐車場に車を停め、構内を歩いていると見知った二人の後姿があったので声をかける。

 

 言わずもがな、高町恭也と月村忍の二人である。

 

 こいつら二人が同じ大学に行くための勉強をしていたことは知っていたのだが、別に俺は二人に合わせるつもりはなかった。にも関わらず、結局こうして同じ大学に通うことになってしまったのである。まぁ、それぞれ学科は違うのだが。

 

「そういえば周藤君、今度は声優のお仕事だっけ?」

 

「あぁ、久しぶりにな。『俺の妹がお嬢様学校の劣等生だけど女神の祝福でツインテールになったのは間違っている』っていうアニメでな……」

 

「タイトルだけだと内容が全く見えてこないわね」

 

「略して『俺は間違っている』だ」

 

「いきなり主人公が自己否定を始めたが大丈夫なのか」

 

「原作はライトノベルなんだが、サスペンスらしい」

 

「そのタイトルで!?」

 

 高校時代と変わらない駄弁りをしていると、不意に左腕を誰かに掴まれ、そのまま引き寄せられて肘に何か柔らかい物が当たった。

 

 

 

「おっはよー! りょーくん!」

 

「ん、りんか。おはよう」

 

 トップアイドルグループ『魔王エンジェル』の一人、朝比奈りん。なんと彼女まで同じ大学なのである。

 

 

 

 その事実を知ったのは入学直後のオリエンテーションの最中だった。名前を名乗るので結局最後には身バレはするのだが、騒ぎを大きくしないように完全変装状態だった俺の腕を取りながら名前を呼ばれたので誰かと思ったらりんだった。

 

 確かに俺は何処の大学を受験するという話をしたものの、逆にりんから何処の大学を受験するという話は全く聞いていなかったので、これは完全に不意打ちだった。りんも俺を驚かせる気満々だったようで、突然のことで言葉に迷っていた俺を見ながら楽しそうに「いひひっ」と笑っていたのを覚えている。

 

「忍と恭也君もおはよー!」

 

「おはよう、りん。忘れられちゃったかと思ったわ」

 

「おはよう」

 

 恭也と月村も俺経由で既に知り合いである。

 

 ちなみに予想通りというか何と言うか、麗華とともみも揃って同じ大学なのだが――。

 

「あれ、今日は二人と一緒じゃないのか?」

 

「えっと、麗華は重役会議で、ともみは舞台の稽古」

 

 どうやら二人は自主休講のようだ。まぁ、何処かで単位の埋め合わせはするのだろう。

 

「あ! そういえばりょーくんも今日は講義二限で終わりだよね? 一緒にお昼食べに行こうよ!」

 

 突然ではあるが、りんから昼食のお誘いである。当然二つ返事でオッケーである。

 

「やった! それじゃあ、二限終わったら中庭で待ってるね!」

 

 嬉しそうにそう言うと、小走りで少し前を歩いていた月村の隣に並んで談笑を始めてしまった。性格的に女性陣の会話に交ざることをしない恭也が入れ替わるように歩を遅くし、俺と並ぶ。

 

「月村を盗られちゃったな」

 

「お前こそ、忍に朝比奈さんを盗られたな」

 

 周藤良太郎十九歳は、そんなキャンパスライフを満喫中である。

 

 

 

 

 

 

おまけ『くるまのおはなし』

 

 

 

「別に事故るつもりはないが、普通未成年のアイドル三人だけで車移動をさせるか?」

 

「未成年だけで車移動ぐらい普通だろ」

 

「事情が普通じゃないっつってんだよ」

 

「安心しなさい、良。何かあったら連絡くれれば何とかしてあげるから」(交通課)

 

「色々な意味で安心出来ない」

 

 

 




・俺と同い年ぐらいに成長したなのはちゃんが
感想で問われて思いついたネタ。あんなスカートの美少女が空を飛び交う職場で働くエリオ君が羨ましすぎる。

・川島瑞樹
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。クール。
元アナウンサーな現在27歳アイドル。わかるわ。
多分これぐらいの時期からアイドルをやっていればアニメ的に正解だと思う。

・周藤早苗
嫁戦争に大勝利した早苗さんUC。
早苗さんファンには申し訳ありませんが、彼女のアイドルデビューはなくなりました。

・チョコレート戦争
児童文学の方。選挙しないし恋もしない。

・童顔巨乳人妻婦警とか属性盛り過ぎな気もする。
少ない方なんだよなぁ……。

・お弁当
まさかの誤字として指摘されたので。この言い回しが通用しないとは……。

・「オ・イ・ラッはアイドルー」
オイラーが歌えーば嵐を呼ぶぜー。

・「今日からこれがお前の車だ」
作者友人の実話。親父△。

・当然ながら変形しないし~
ほら見ろ、みんなが散々「どうして車と合体しないんだ」とか言うから本当に合体しちゃっただろ!

・『俺の妹がお嬢様学校の劣等生だけど女神の祝福でツインテールになったのは間違っている』
作者が持ってるラノベを中心に六つぐらい混ぜてみた。

・おまけ『くるまのおはなし』
雨が多くなってくる時期なのでドライバーの皆さんは気を付けてください(マジレス)



 日常編の皮を被った説明回のような何かです。

 (登場人物が所属する学科は正直面倒くさくて考えて)ないです。忍は多分工学科。良太郎はいずれ書く時がくるかも。

 まだ説明は続きマース。



『どうでもいい小話』

 アニメ化するということでモン娘を全巻買ったら新たな扉が開いた。セレア可愛いよセレア。


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Lesson81 少しだけ変化した日常 2

劇場で真姫ちゃんが引けず悲しみの炎に包まれつつも、エリチーも可愛いよねと鎮火した作者であった。


 

 

 

「いやー、仗助と億泰がお勧めするイタリアンっていうからちょっと不安だったが、予想以上に素晴らしかった」

 

「………………」

 

「ん? りん、どうかしたか?」

 

「う、ううん、何でもないよ! 凄く美味しかったね!」

 

「あぁ、ミネラルウォーター一つを取っても涙が止まらなくなるかと思ったよ」

 

 午前中の講義終了後、約束通りりょーくんと一緒にランチをしたのだが……何だろう、この適当に省略された感は。楽しく会話をしながら美味しいイタリアンに舌鼓を打った記憶はあるのに、どうしてこんなにも腑に落ちないのだろうか。

 

「さてと、これから俺は仕事で○○スタジオに向かうんだが……りんは?」

 

「アタシもお仕事だよ。でも一回本社に戻らないといけないんだ」

 

 車の運転席に乗り込みながらりょーくんがしてきた質問に、アタシもその助手席に乗り込みながら答える。

 

「そうか。んじゃ、送るよ」

 

「え? でも○○スタジオと反対方向だけど……」

 

「いいからいいから」

 

 そう言いながらりょーくんは車を発進させると進行方向を本社に向けてしまった。

 

「……いひひっ、ありがと! りょーくん!」

 

「どーいたしまして」

 

 

 

 りょーくんが運転する車の助手席に座る、というのはりょーくんが教習所に通っているという話を聞いた時からのアタシの望みだった。

 

 本当だったら一番にりょーくんの隣に座りたかったのだが……何でも、免許を取ってお父さんから車をプレゼントされたその日の慣らし運転の際にお母さんがいつの間にか助手席に乗っていたらしい。少しだけ悔しかったが、あの可愛らしいお母さんが「えへへ」と笑いながらいそいそとシートベルトを締めている姿を想像したら「まぁしょうがないかな」という気分になった。

 

 しかし二番目は間違いなくアタシだったらしいので、それだけでも十分満足である。

 

 チラリと運転中のりょーくんの横顔を見る。プライベートでは変装用にいつも眼鏡をかけていたのだが、最近ではさらにその頻度が増えた。「本当はかけっぱなしだと更に目が悪くなるらしいんだけど、まぁ運転中は少しでも視力高い方が安全だしな」とはりょーくんの弁。

 

(……はぁ~!)

 

 眼鏡かけて真面目な顔(無表情)でハンドルを握るりょーくん……眼福です!

 

「なぁ、りん」

 

「ひゃい!? な、何かな!?」

 

 突然声をかけられたので変な声が出てしまった。

 

 にやけたり変な顔をしていなかったどうか気になったが、りょーくんから振られた話題に意識が切り替わった。

 

 

 

「IUのことなんだが」

 

 

 

 

 

 

 最近暑くなってきたので薄着になって、更にシートベルトでπ/になっているりん……眼福です!

 

 っと、それも大事だが今は真面目な話だ。

 

「りんは麗華から何か聞いてるか?」

 

「……ううん、聞いてない。というか、麗華も知らないみたい。今色々と人を使って調べているみたいなんだけど、全く情報が掴めないって」

 

「そうか……」

 

 麗華なら何か知ってるかもと思ったんだが……。

 

 

 

「一体どういうことなんだろうね…IU開催が延期するなんて」

 

 

 

 IUは今まで二年に一度、三月に開催されてきた。前回のIUが去年だったので、次回のIUは来年のはずだった。しかし、その開催延期の通知が関係各所に届いたのだ。大体先月のシャイニーフェスタが終了した辺りの話である。

 

「俺も兄貴も色んな知り合いに聞いて回ってるんだがなぁ……」

 

 結果はお察しの通り。知り合いというのも他事務所の社長だったりテレビ局の社長だったりその他様々な分野のお偉いさんなのだが、誰一人としてその詳細を知る人はいなかった。

 

 方々からの問い合わせに対してIU制作委員会及び日本アイドル協会からの返答は無し。

 

 

 

 ――まるで、IUの話自体が『日本ではない別の何処か』で動いているような……。

 

 

 

「……りょーくん」

 

「ん?」

 

「……楽しそうだね」

 

「……まぁな」

 

 

 

 

 

 

「しれーっと事務所に入っていって黒井社長に聞いてくるとか出来ないか? ……お、尻尾切れた」

 

「出来る訳ないでしょ。……あ、天鱗」

 

「ですよねー。……ワーイ逆鱗ダー」

 

 ○○スタジオ控室。休憩時間にアニメの共演者である翔太と一緒にゲームをしながらどうにかIUについての情報を掴めないかと話をするが、やはり無理そうだった。

 

 

 

 961プロから123プロに所属が変わったジュピターは個別に仕事をする機会が増えた。いや、961時代のジュピターは歌とダンス以外の仕事を殆どしなかったというのが正解か。どうやら黒井社長はジュピターとして売り出す以外のことは考えていなかったようだ。

 

 ちなみに翔太は声優、北斗さんはモデルといった風に、それぞれの別の分野で実力を伸ばしているのに対し、リーダーの冬馬は歌とダンスに重点を置いて活動を進めている。全く他の仕事をしないというわけではないが、打倒俺というのは変わらないようである。

 

 結局大学にも行かず、これから先はアイドルとして、または芸能人として生きていくと決めた冬馬。目標を持って研鑽を積む後輩に対し、先輩である俺が出来ることはただ一つ。周藤良太郎というアイドルの下地を作ったトレーニングをさせることによるレベルアップ。

 

 

 

 そう、つまり天ヶ瀬冬馬、高町ブートキャンプへ本格参戦である。

 

 

 

 真面目な話、冬馬ほどの熱意と根性があれば高町ブートキャンプでも十分やっていけると判断した結果だ。

 

 士郎さんも事情を説明したところ、快く引き受けてくれた。いっそ事務所のアイドル全員のトレーニングでもしようかとも提案されたが、翔太や北斗さんはともかく恵美ちゃんやまゆちゃんを死地に追いやることは出来ないので丁重にお断りさせていただいた。それにしてもこの士郎さん、意外にノリノリである。休日は地元のサッカークラブの監督をやってるし、ものを教えるのが好きなんだろうなぁ。

 

 とにかく『天ヶ瀬冬馬魔改造計画』は絶賛進行中である。

 

 

 

「周藤さーん! 御手洗さーん! 準備お願いしまーす!」

 

「はーい! ったく、三体狩って一枚も出ないってどういうことだよ」

 

「というか、天鱗欲しいなら背中破壊してサブクエマラソンした方が効率いいと思うけど」

 

「もう少し早くそれを教えてくれ」

 

 さて、お仕事しましょうかね。

 

 

 

 お嬢様学校に通うウチの妹は、若干おバカ故に劣等生扱いされつつも元気に暮らしていた。しかし、とある日を境に今まで頑なに譲ろうとしなかったポニーテールを止めてツインテールになってしまった! 増え続けるツインテールの女子生徒! 男子禁制の秘密の花園で一体何が!? 学園内で噂される『女神の祝福』とは!?

 

 様々な思惑渦巻く学園の謎に、一人のシスコン兄貴が挑む!

 

『ふはははっ! 案ずるな妹よ! 確かに地上に降りたことで我が白き翼は(カルマ)に汚れ、失われてしまった! しかし、我が魔眼を持ってすれば見破れぬものなどない! さぁ! 今こそ聖戦(ラグナロク)の時!』

 

『お兄ちゃんさっきから煩い!』

 

『……はい』

 

 ……一人のシスコン厨二兄貴が挑む!

 

 新番組! 『俺の妹がお嬢様学校の劣等生だけど女神の祝福でツインテールになったのは間違っている』!

 

 

 

 なお翔太は主人公の友人で腹黒参謀役である。

 

 

 

 

 

 

 一発オッケー連発でサクサク収録が終了し、次のお仕事である雑誌の撮影へと向かう。

 

 しかし、その前に今朝兄貴に言われた通り新人二人を迎えに行かねばならん。

 

「えっと……ここからなら、まゆちゃんの学校の方が近いか」

 

 という訳でまずはまゆちゃんを拾いに行く。

 

 

 

「はい到着ー」

 

 まぁ男一人のドライブシーンなんて特に何かがあるわけでもないよ。

 

「しかし女子校なんだよなぁ」

 

 ピチピチのJKが沢山……などと言っている場合では無く、あまり校門の前をウロウロとしていると変質者扱いされてしまう。何とか一発でまゆちゃんが見つかればいいんだけど……あ、いた。

 

 校門にもたれかかるようにして腕時計を覗いているまゆちゃんの姿を発見したので、その目の前の道路にハザードを点けて停める。

 

「まゆちゃーん、迎えに来たよー」

 

 ひらひらと手を振りながらまゆちゃんに声をかける。

 

「? ……!」

 

 一瞬首を傾げたまゆちゃんだったが、声の主が俺だということに気付いた途端、嬉しそうな表情になって小走りでこちらにやって来た。

 

「良太郎さん! おはようございますぅ!」

 

「はい。おはよう、まゆちゃん」

 

 後ろに乗るかなーと思っていたが真っ直ぐ助手席の方に来たので、置いてあった自分の荷物を後部座席に放り投げる。それと同時にドアを開けたまゆちゃんが助手席に体をすべり込ませてきた。

 

「わざわざ迎えに来ていただいてありがとうございますぅ。……はぁん、まさか良太郎さんの助手席に座れるなんて……!」

 

 うっとりとした表情のまゆちゃんに、相変わらずミーハーな性格だなぁと思いながらシートベルトをしっかりと締めたことを確認してから車を発進させる。

 

「それにしても、良太郎さんが迎えに来てくださるとは思っていませんでしたぁ」

 

「あれ? 兄貴から聞いてなかったの?」

 

「はぁい。『迎えに行くから授業終了後に校門の前で待っていてくれ』と言われたので、てっきり社長か和久井さんが来てくださるものだと……」

 

 そりゃあその言い方すりゃそう思うのも無理ないわ。寧ろ俺が迎えに来ると誰が想像できようか。

 

「今から恵美ちゃんの方も迎えに行くから、まゆちゃん、ちょっと恵美ちゃんに連絡入れといてくれないかな? 今からそっち向かうよって」

 

「はぁい。分かりましたぁ」

 

 

 

 

 

 

 授業終了後、アタシは校門の前で迎えを待っていた。今日はこの後まゆと一緒に雑誌の写真撮影を行う予定なのだ。

 

 ピロリン!

 

「んー?」

 

 スマフォを弄りながら時間を潰していると、まゆからメッセージが届いた。

 

『今からそちらに向かいまーす』

 

 どうやら先にまゆが合流したらしい。まゆの学校からこっちまで……車で十分程度、といったところか。

 

「お、恵美じゃーん。おっつー!」

 

 『りょーかい』と返信をしていると、声をかけられたので顔を上げる。

 

「あ、美嘉。おっつー」

 

 城ヶ崎(じょうがさき)美嘉(みか)。346プロダクションに所属するアイドルであり、同じ高校に通う一つ上の先輩だ。学年が上なので本来ならば先輩呼びするのが普通だろうが、アイドルとしてほぼ同期だからため口で構わないと言われたのでこのような感じになっている。

 

「あれ? 恵美も今日は撮影じゃなかったっけ」

 

 早く移動しないと間に合わないんじゃない? と首を傾げる美嘉。

 

「うん、そだよー。でも事務所の人が車で迎えに来てくれるからここで待ってんの」

 

「えーマジで!? 346は迎えなんてくれないよー!」

 

 まぁ、346プロダクションは大手事務所だけど所属アイドルが多いから一人一人カバーできるほどのスタッフはいないのだろう。ましてや美嘉はアタシと同じ駆け出しアイドルだ。

 

「……ねぇねぇ、アタシも一緒に乗っけてってくれるように頼めない?」

 

「え?」

 

「お願い! 今月ちょっとお小遣いピンチだから少しでも節約したいの!」

 

「……うーん、ちょっと待って」

 

 美嘉が両手を合わせて懇願してきたので、今度はこちらからまゆにメッセージを送る。同じ学校に通っているアイドルの友達を撮影現場まで一緒に乗せていって欲しい、という旨のメッセージである。

 

『大丈夫だそうですよぉ』

 

 帰って来たまゆからの返信は、笑顔の絵文字付の了承のメッセージだった。

 

「大丈夫だって」

 

「ホント!? ありがとー!」

 

 

 

 ……そういえば、迎えって誰なんだろ?

 

 

 




・仗助と億泰がお勧めするイタリアン
・「ミネラルウォーター一つを取っても涙が止まらなくなるかと思ったよ」
何度も言いますが、この世界にスタンドなんてものはありません(念押し)

・可愛らしいお母さんが「えへへ」と笑いながら
書きながら「あれ? これ妹だっけ?」と思いつつも「まぁ別に間違ってないか」とそのまま突き進んだ。

・π/
男の視線を下に落とす重力魔法。

・IU
二年に一度の設定は前々から記述していましたが、それすら更に延びることに。
……べ、別に劇場版とかデレマス編とか考慮した結果時期がずれ込んだとか、そういうことじゃないよ? ちゃんと理由あるよ?

・翔太は声優
「自w称wエwスwパwーwこwのw手wはw読wめwたwかw?」

・『天ヶ瀬冬馬魔改造計画』
これにより冬馬君の実力は原作よりも格段上になります。(確定事項)

・サブクエマラソン
G2の九天とかオススメ。

・『今こそ聖戦(ラグナロク)の時!』
???「!」ガタッ
※熊本県のとある少女がアップを始めたようです。

・城ヶ崎美嘉
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。パッション。
未来のカスリマJKアイドル。この時点で恵美たちと同じく駆け出しアイドル。
恵美と制服が違う? それは些細なことです。(耳塞ぎ)



 何やら伏線めいたお話をしつつ説明回続行中です。別にすぐに影響するわけじゃなく、順調に行っても第五章とか第六章とかその辺りのお話になるかと。(そこまで続くかどうかは別問題)

 まゆと恵美と美嘉の口調ってこれでいいのかと若干不安になりつつ次回に続きます。



おまけ
『劇場版ラブライブを観て思った三つのこと』

・俺がっ! 真姫ちゃんのっ! パパだっ!!

・(`・Д・)なるほど!(・Д・´)

・参加って? ←あぁ! それって、ママライブ?


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Lesson82 少しだけ変化した日常 3

デレマス二期まであと一ヶ月切りましたね。

……これでまゆちゃんメインの話とかあったらどうしよう。


 

 

 

「良太郎さん、恵美ちゃんが『友達も一緒に乗ってもいいか』と」

 

「ん? 友達?」

 

「何でも346プロのアイドルで、同じ現場でお仕事らしく……」

 

「あぁ、別にそれぐらいならいいよ。オッケーって返信しておいて」

 

「分かりましたぁ」

 

 マジかよJKが三人も乗るのかよパネェなとどうでもいいことを考えながら快調に車を走らせる。

 

 

 

「最近学校の調子はどう?」

 

 話題を振ってから思ったが、完全に内容が娘との距離感を測りかねているお父さんのそれだった。まゆちゃんみたいな可愛い子が娘ならば万々歳だが。

 

「どう……というと?」

 

「ほら、CDデビューはまだだけどまゆちゃんはもう事務所所属のアイドルでしょ? クラスメイトの対応が変わったりとかしなかった?」

 

 まゆちゃんが事務所に入って一ヶ月少々経つからもうそろそろ収まってくる頃だとは思うけど、こんなに可愛い子がクラスメイトなら男子が黙って……あ、女子校だった。

 

「そうですねぇ……アイドルの事務所に入ったと言った時はそれほどでもありませんでしたが、その事務所が123プロだということが知られた時は結構騒がれましたねぇ」

 

「だろうねぇ」

 

 大勢のクラスメイトに群がられて困惑した笑みを浮かべるまゆちゃんの姿が容易に想像することが出来た。

 

「入学して間もない頃だったので知り合いが増えたといえば聞こえはいいですが、いつの間にか初対面の親友が何人も増えたのは……」

 

「あるある」

 

 自分にも身に覚えのある話だった。他のアイドルや芸能人のサインを貰ってきてもらおうという魂胆が目に見えているのだ。

 

「良太郎さんがデビューしたての頃はどうでしたかぁ?」

 

「ん? 俺?」

 

「はい。あの夜のことは大きくニュースに取り上げられましたから、周りの反応も大きく変わったと思うのですがぁ」

 

「そうだねぇ……」

 

 周りの反応が変わったというか……。

 

「周りの『対応』が変わったというべきかな」

 

「? どういうことですかぁ?」

 

「聞いた話になっちゃうんだけど――」

 

 

 

 

 

 

「周藤良太郎の自宅があるっていうのは、確かこの辺だな……探し当てればいい金になるぞ!」

 

「近所の人に聞いてみるか。あ、すみません、この辺に周藤良太郎の自宅があるって話を聞いたんですけど……」

 

「あぁ、周藤良太郎の家ね! 向こうだよ!」

 

「おぉ! ありがとうございます!」

 

 

 

「……だいぶ歩くけどそれらしい家は無いな」

 

「また別の人に聞くか。すみません、この辺に周藤良太郎の家があるって話を……」

 

「あぁ、周藤良太郎の家ね! 向こうだよ!」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「まだあっちか……」

 

 

 

「……どれだけ歩くんだよ……?」

 

「……す、すみません、この辺に周藤良太郎の……」

 

「あぁ、周藤良太郎の家ね! 向こうだよ!」

 

「「………………」」

 

 

 

 

 

 

「……えっと、ず、随分とご近所の方の対応が……その……」

 

 まゆちゃんが曖昧な笑みを浮かべながら反応に困っていた。うん、分かるよ。俺もこれ聞いた時はそんな感じの反応だったから。

 

「何でも俺の家を探ろうとする輩への対応を自治会で統一してくれたらしいんだ」

 

 しかし方法はどうであれ、何ともありがたいことである。おかげで自宅前をパパラッチが張り込むようなこともないし。多分パパラッチに知られていたら最近家に住むようになった早苗姉ちゃんの写真を撮られてえらい騒動になってたんだろうなぁ。

 

 ちなみに自治会の皆さんには地域の行事にギャラ無しで参加させてもらってプチライブをするという形で恩返しさせてもらっている。

 

「それ以外だと、そうだなぁ。学校の早退や遅刻も増えた。酷い時は丸一週間休んで単位が足りなくなりそうになった時もあった。……それでも――」

 

 

 

 ――良太郎お兄さん、いらっしゃい!

 

 ――良太郎君、新しいコーヒー豆を仕入れたんだけど、飲んでみるかい?

 

 

 

 ――よっす周藤! 久しぶり!

 

 ――周藤君、テレビ見たよー!

 

 

 

「――うん、言うほど変わらなかったかな。寧ろ事務所所属になった今の方が変わったぐらいだよ」

 

「……ふふ、そうですか」

 

 ホント、周りの人間にも恵まれてたんだなぁ、俺は。

 

 

 

「ところで、その自宅を割り出そうとした人と言うのは最終的に何処へ……?」

 

「とあるお寺に誘導されて、そこで住職さんの説法を受けて改心するらしい」

 

「……えっと……」

 

「まゆちゃん、別に無理にコメントしなくていいよ」

 

 

 

 

 

 

「あ、こっちの色カワイー!」

 

「こっちもいいんじゃない?」

 

 美嘉と二人で雑誌を見ながら時間を潰していると、アタシたちの前に一台の軽自動車が停まった。

 

「恵美ちゃん、お迎えに来ましたよぉ」

 

「まゆ!」

 

 助手席にはヒラヒラと手を振るまゆが乗っていた。ということはこれが迎えの車で――。

 

(――あれ? 軽?)

 

 社長の車はセダンだし、和久井さんの車はミニバン。三船さんはそもそも免許を持っていない。レンタカーということもなさそうだから、迎えはこの三人ではない。

 

 じゃあ誰が、と疑問に思いつつも美嘉と一緒に車の後部座席に乗り込んだ。

 

「迎えありがとうございまー……す……」

 

 運転席に座る人物の顔を見た途端、思わず言葉を無くしてしまった。

 

 その姿は、事務所に所属した直後ではアタシも気付けなかった変装した姿。

 

「あークーラー効いてて涼しー! あ、どうも! 恵美の友達で346所属の城ヶ崎美嘉です!」

 

 呆気に取られるアタシと違い、その人物が誰なのか気付いていない美嘉はいつもの様子だった。

 

「ん、お疲れ、恵美ちゃん。そっちの君がお友達だね。初めまして――」

 

 いやまぁ――。

 

 

 

「――周藤良太郎です」

 

「……え? ……えっ!?」

 

 

 

 ――天下のトップアイドルが迎えの車を運転してるとは誰も思わないって。

 

 

 

 

 

 

「もー、ビックリしましたよー。どうして良太郎さんが送迎なんてしてるんですか?」

 

「いやぁ、123プロダクションの一員として社長の命令には逆らえなかったというか、弟は兄に従うしかなかったというか」

 

 などと言うものの別に強制されたものでは無く、俺が後輩の女の子のお世話をしたかったというのもある。何せ同じ事務所に所属する、本当の意味で初めての後輩なのだ。他の子たちは所属が違うためある程度の線引きが必要であるのに対し、恵美ちゃんとまゆちゃんは気兼ねなく可愛がることが出来る。

 

 しかし、ただ可愛がると言っても『周藤良太郎』が仕事関連で優遇することは流石に拙いので、こういった直接仕事と関係しないところで可愛がるしかない。

 

 それでも優遇だの贔屓だの言われてしまいそうであるが、それはそれ、これはこれだ。

 

「それで、えっと……」

 

 バックミラーでチラリと後部座席を確認する。

 

「………………」

 

 そこには恵美ちゃんの友達がガチガチに固まった状態で座っていた。背筋がピンと伸び、両手は握り拳でピッタリと閉じられた膝の上。俯いたままなのでその表情は見えないが、ピンク色の髪の隙間から真っ赤な耳が見えている。

 

 ……今更だけど、この世界の髪の色って結構カラフルだよなぁ。この子はピンクだし、月村の藤色も珍しいし、銀髪の人も割と見る。赤髪や緑髪っていうのもたまにいるし。それに対して他の人たちの反応が特にないところを見ると、これがこの世界の普通なのだろう。最初こそ前世の記憶がある俺は違和感を覚えていたが、流石に二十年近く暮らしていたら慣れたよ。

 

 話を戻そう。そんなガチガチに固まってしまっている……えっと。

 

「城ヶ崎美嘉ちゃん、だよね?」

 

「あ、は、はい! み、346プロダクション所属、城ヶ崎美嘉、十六歳です! 身長161cm! スリーサイズは上からはちじゅ――!」

 

「ちょっ!? み、美嘉ストップストーップ!?」

 

 グルグルおめめでとんでもないことを口走ろうとした美嘉ちゃんの口を恵美ちゃんが抑える。

 

 ……なるほど、八十はあるのか……っと、いかんいかん。

 

「いやぁ、初々しい反応だなぁ」

 

 初めて765プロに行った時もみんなこんな感じの反応をしてくれたんだよなぁ、懐かしい。……いやまぁ、流石にここまでではなかったけど。美希ちゃんが一番近かったかな。

 

「美嘉がリョータローさんのファンだってのは知ってたけど、まさかここまでテンパるとは流石に思わなかった」

 

「うぅ……だ、だって良太郎さんだよ!? あの周藤良太郎さんだよ!? 普通テンパるでしょ!? 恵美だってこうなったでしょ!?」

 

 真っ赤な顔のまま恵美ちゃんの肩を揺さぶる美嘉ちゃんだが、当の恵美ちゃんは頬を掻きながら苦笑い。

 

「いやーアタシの場合はどちらかというと現実味が湧かなかったから」

 

 初めて周藤良太郎と名乗った時、恵美ちゃんはポカンとしてたっけ。

 

 ちなみに初対面のまゆちゃんはすんげぇ蕩けた顔をしていた。ブロマイドとして売り出せば世の中高生に大ヒット間違いなしの凄いいい笑顔だったのを覚えている。

 

 っと、また話が逸れた。

 

「美嘉ちゃん、もしかして妹さんいる? 背が低めで金髪の」

 

「え? あ、はい、小六の妹がいます」

 

 やっぱり。

 

「何処かで見覚えがあると思ったけど……やっぱりあの時の娘だったんだ」

 

「えっ!? あ、アタシ、何処かで良太郎さんとお会いして……!?」

 

「あぁ、ごめん。こっちが一方的に君たちを知ってるだけだよ。それもただ街中で見かけたことがあるっていうだけ。可愛い姉妹だったから印象に残ってたんだ」

 

「かわっ……!?」

 

 確か恭也とクリスマスプレゼントを探してた時だったから、クリスマス前か。もう半年以上前になるのかぁ。あの時は『アイドルとして磨けば光りそう』って思ったけど、やっぱり俺の目は間違っていなかったってことだな。

 

「………………」

 

「あれ? 美嘉ちゃん?」

 

 また真っ赤になって俯いてしまったが。

 

「リョータローさん、もうちょい自分の言動が相手に与える影響力というものを考えて。ただでさえ美嘉はこんな見た目で結構純情なんだから」

 

「サラッとそういうことが言える良太郎さん流石ですぅ」

 

 もしかして今の可愛い発言? ハハッ、まさかそんな、ラブコメの主人公じゃないんだから。

 

 

 

 ……ところで恵美ちゃん、まゆちゃん? 今お兄さん運転中だから、その両頬を引っ張ってる手を離していただけないかな?

 

 

 




・住職さんの説法
特にネタがあるわけじゃないけど、もしかしたらTさんのご親戚かもしれない。
喝っ!!

・カラフルな髪の色
今更ながら触れてみる。
余談だが、作品によっては設定とメディアの髪の色が違うことも。例えば禁書目録の黒子はピンクに近いが設定では茶髪。ちーちゃんも青に見えるが実際には黒髪らしい。
この作品では基本的にメディアでの色を基準にしております。

・乙女な美嘉ちゃん
見た目は完全に遊んでるが、実際は乙女。(劇場19話など)

・ラブコメの主人公じゃないんだから。
そうですね、ネタ小説の主人公ですから(白目)



 自宅バレからの尾行が無いことに対するフォロー。(フォローになっているとは言っていない)

 ちなみに恵美とまゆにフラグが立っているわけではないです。

 二人がどういう感情を持っているのかはまた別のお話。



『どうでもいい小話』

 「勧誘チケットでもURは出る」っていうの、都市伝説じゃなかったんですね……。


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Lesson83 少しだけ変化した日常 4

リアルのテンション事情により内容短め&雰囲気暗め。

慌てておまけを三つほど追加して中和しました(出来たとは言っていない)


 

 

 

「教えてエロい人!」

 

「ん? あぁ、チャオ。どうしたんだい良太郎君?」

 

 突然メイク室に入って来たにも関わらず大人な対応の北斗さん。これが恭也だったら「どうしたいきなり自問自答を初めて」とか言われていたな。北斗さんマジ大人。これが大人のミリキ(双海姉妹的表現)って奴か……。

 

 

 

「うーん、まぁ良太郎君の言い分も分かるよ。でもやっぱり良太郎君が悪いかなぁ」

 

 撮影スタジオに到達し、顔が赤いままの美嘉ちゃんと不機嫌とは言わないものの微妙にご機嫌斜めな恵美ちゃんまゆちゃんコンビと分かれた俺は、本日男性向け雑誌の撮影で一緒に仕事をする北斗さんがいるメイク室に突撃。先ほどの女の子たちの反応に関してお伺いを立てていたところである。

 

「分かってはいたけど、そこはかとない理不尽を感じる」

 

「恋愛の感情はまた別として、自身が好感を持つ人が他人を褒めるのはあまり気持ちの良いものじゃないからね」

 

 分かるような分からないような。

 

「でも可愛いってのは女の子もよく使う褒め言葉ですよね?」

 

「女の子が使う『可愛い』は一般的な意味とはまた別の意味の例外だから」

 

「真ちゃんのことを可愛いって褒めたら雪歩ちゃんにものすごい勢いで同意されたんですけど」

 

「あれは例外の更に例外」

 

 生っすかレボリューションの『菊地真改造計画』のコーナーで雪歩ちゃんの暴走っぷり(と真ちゃんの少女趣味っぷり)は全国の御茶の間に披露されちゃってるからなぁ。

 

 とまぁそんな感じの軽いご相談が終わり、着替えとメイクを終えて北斗さんと二人でお茶を飲みつつ適当な雑談。

 

「そういえば、良太郎君には好きな女の子とかいないのかい?」

 

 と思ったら結構ぶっこんできた。修学旅行の夜ばりのコイバナである。ついでに枕投げでもする? 宿が無駄に頑張って低反発枕っていうオチ?

 

「唐突ですね」

 

「いや、四月から事務所が同じになって一緒にいる時間が増えたけど、良太郎君のそういう色恋話を聞いたことが無いなぁと思ってね」

 

「結構自分の好みについては大々的に明言してるつもりですけど」

 

 正直これだけ堂々とおっぱい星人を明言しているアイドルは何処を探してもいないと思う。

 

「『好きな女の子』と『好み』はまた別物だよ。それで? 良太郎君は色々な女の子に好かれてるみたいだし、少しその気になればカップルになれそうな子ぐらいいるんじゃないかな?」

 

 いやいや、そんなプレイボーイな北斗さん基準で言われても。

 

「確かに結構色んな女の子からの好意は自覚してますけど、それが恋愛に発展するわけないですって。精々仲のいい女友達ぐらいですから」

 

「……ん?」

 

 先ほどまでニコニコと喋っていた北斗さんの反応が変わる。あー、この手の話題になると大体何故か「ふざけんじゃねぇコノヤロウ!」みたいな反応されるんだった。

 

 しかし北斗さんは「ふむ」と顎に手を当てながら思案顔になった。

 

「……魔王エンジェルの朝比奈りんちゃんとか、765プロの星井美希ちゃんも?」

 

「どうしてその二人の名前を上げたのかは分かりませんが、二人とも良い友達で可愛い後輩ですよ」

 

 そう答えると北斗さんは「なるほどね」と頷いた。

 

 

 

「何となくそんな気はしてたんだけど……良太郎君、君は他人からの『好意』を一定の度合いまでしか判別できていないんじゃないかな?」

 

 

 

「……へ?」

 

 と、言うと?

 

「そうだね……例えば、他人からの自分に対する好意を一から十までの十段階で表すとするだろう? 良太郎君はその好意を五までしか判別出来ないんだよ」

 

「……つまり、五より上の好意を全部五と誤認していると?」

 

「そういうこと」

 

 いやいや、いくら何でもそれは……。

 

「ほ、ほら、肉親からの好意が一番高いってことはちゃんと分かってますよ?」

 

「肉親と他人は別物だよ。そこを同じ定義で話しちゃダメさ」

 

 そんなラブコメの鈍感ニキじゃあるまいし……と笑えないから言いたいところなのだが。

 

「………………」

 

 少しだけ。ほんの少しだけ、心当たりがあった。

 

 何度も自慢するようでアレだが俺はトップアイドルである。老若男女からキャーキャー言われまくっているトップアイドルである。容姿も母親と父親から中々いい血筋を貰って悪くないのは見た目そっくりの兄貴を見ていれば分かる。故に女の子からモテても何も不思議なことはない。当然告白されたこともある。

 

 しかし、彼女たちから感じられる好意がファンや友人から感じられる好意と同じぐらいにしか感じないのだ。

 

 ちなみに自分から相手に対する好意というものはしっかりと把握している。初恋云々の話がその証拠である。

 

「これを鈍感と言っていいのかどうかは分からないけど……少なくとも、良太郎君は自分に対する好意を完璧には把握していないんだと僕は思うな」

 

「………………」

 

 

 

 

 

 

「……なぁ、冬馬。愛って何かな?」

 

「……ぜい……ぜい……」

 

「そこはしっかりと『躊躇わないことさ』って答えてくれよ」

 

「……言いたいことは……それ、だけか……!?」

 

 ところ変わってここは高町家の敷地内にある武道場。

 

 雑誌の撮影を無事に終え、そのまま帰宅するという恵美ちゃんたちと分かれた俺はダンスレッスンへと向かう。ダンスレッスンと言いつつも実際には新しい振付の練習で、その確認と大まかな打ち合わせのみなのでそんなに時間もかからない。

 

 しかし小腹が空いたので翠屋で軽く腹ごしらえしようと考え、その途中で高町家に寄った次第である。

 

 寄った理由は高町ブートキャンプで扱かれている冬馬の様子を見るためだ。

 

 武道場に顔を覗かせると、案の定息も絶え絶えな冬馬が隅で大の字になって倒れていた。

 

「ん? 良太郎、仕事終わりか」

 

「おー恭也。この後のダンスレッスンの前に腹ごしらえでもしようかと思って翠屋に向かう途中にちょっと覗いてみたんだ。あ、前に仗助と億泰がお勧めしてたレストラン、今日の昼行ってみたけど良かったぞ。これお土産な、『パール・ジャム』っていう自家製ジャムらしい」

 

「む、ありがとう。今度忍と二人で行ってみることにする」

 

「絶対気に入るぜ。……んで、こいつの調子どうよ」

 

 木刀を床に突いて立っていた恭也にお土産を手渡しつつ、足元に転がる冬馬を指差す。普段は士郎さんが指導しているみたいだが、今士郎さんは翠屋の方に行っているため恭也が見ているらしい。

 

「体力と目はだいぶ育ってきたな。反射神経も悪くない。手合せも五秒持つようになった」

 

「おぉ、二秒増えたか」

 

 ちなみにこの五秒というのは恭也の手加減した打ち込みを凌いだ時間では無く、あくまでもボコボコにされて倒れるまでの時間である。御神の剣士の打ち込みを素人が五秒も無傷で凌げるわけないじゃないですか(白目)。ちなみに俺は八秒ぐらい。

 

「……父さんは、冬馬には剣術の才能が見えるからそちらの道に歩んでみてはどうだとも言っていた」

 

「……マジか」

 

 当然「御神の剣を教える」という意味ではなく世間一般的な意味での剣術という意味で言ったのだろうが、それでもあの士郎さんが太鼓判を押すとは相当だなこいつ。

 

「冬馬は『良太郎を倒すこと以外に俺の進む道は無い』と言っていたがな」

 

「……さいですか」

 

 何ともまぁぶれないなぁと思いながら頭を掻く。

 

(………………)

 

 ただ、少しだけ。

 

 

 

 ――残念ながら、良太郎君には剣の才能は無いよ。

 

 

 

 ほんの少しだけ、自分の父親同然の人物から認められた冬馬が、羨ましかった。

 

(北斗さんが言ってたのはこれのことか)

 

 悔しいから絶対に言わないけど。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ」

 

 ダンスレッスンと言う名の振付確認も終わり、帰宅後の晩飯後の風呂上がりなう。髪の毛をタオルでガシガシと拭きながらリビングのソファーにどっかりと腰を下ろす。

 

 本日も何事も無く一日が終了ー! と普段は羽根を伸ばすところなのだが、今日は若干のロスタイム突入である。

 

(……嫉妬、好意、ねぇ)

 

 思いがけず二つも考えさせられる事柄が出来てしまった。

 

 他者を妬む、嫉妬。他者を好む、好意。

 

 今日の北斗さんとの会話で何となく感じたのだが、俺は他者からの自分に対する感情というものに疎いらしい。自分自身の感情は把握しているつもりなだけに、随分と奇妙に感じた。

 

 自分の嫉妬と好意には気付くのに、他者の嫉妬と好意には気付けない。

 

 まるで。

 

 

 

 ――この表情のように、自分の何かが欠落しているような……。

 

 

 

(……やめやめ)

 

 俺はシリアスなんてガラじゃないって。どうせ思わせぶりな形だけの伏線だろ? 人生なんてそんなもんなんだから。

 

 そもそも悪意にはちゃんと気付けているんだから、俺の気のせいだ。

 

 

 

 

 

 

 少々イレギュラーなこともあったけど、これが俺の『少しだけ変化した』日常。

 

 今までフリーでやって来た時にはなかった事務所の仲間との日々を満喫しながら、周藤良太郎はまた次の日の朝を迎える。

 

 

 

 

 

 

おまけ『とある事務員の嘆き』

 

 

 

「………………」

 

「………………」

 

「……えぇ、いいんです。元々今日、良太郎君は事務所に来る予定じゃなかったんですから」

 

「……えっと、美優? い、一応私も……」

 

「いいです……えぇ、いいんですよ……」

 

「……の、呑みにでも行く?」

 

 

 

 この後、美女二人で滅茶苦茶酒を飲んだ。

 

 

 

 

 

 

おまけ『とある夜のとある姉妹の会話』

 

 

 

「お姉ちゃん、今日は随分とご機嫌だねー?」

 

「え? そ、そう?」

 

「うん、撮影から帰ってきてからずっとニコニコしてるー。何かあったの?」

 

「……ふっふっふー、確かにすっごーいことがあったんだけどー、どーしよっかなー? 言っちゃおうかなー?」

 

「え、何々ー!?」

 

「……やっぱり秘密ー!」

 

「えー!? 気になる気になるー!」

 

「えへへー、アンタもアイドルになったら教えてあげるよー!」

 

「むー! やる! アタシもやる! アタシもアイドルやるー!」

 

 

 

 この後、騒ぎ過ぎて滅茶苦茶怒られた。

 

 

 

 

 

 

おまけ『こひのかほり?』

 

 

 

「恭ちゃん、冬馬さんお疲れ~。タオルと飲み物持ってきたよ~」

 

「む、すまんな美由希」

 

「あ、ありがとう」

 

「ってあれ? 恭ちゃんそれ何?」

 

「これか? 良太郎が持ってきてくれたお土産だ」

 

「えー!? 良太郎さんいたの!? あーもーまたニアミスしたー!」

 

「別にいつでも会えるだろ」

 

「いつでも会えないから言ってんの! はぁ……あ、冬馬さん、今日も夕飯食べていきますよね?」

 

「え? あ、あぁ……」

 

「絶対にお前は手を出すなよ。大人しく母さんたちが帰って来るまで待て」

 

「分かってますよーだ! 恭ちゃんのバカ!」

 

「………………」

 

「……よし冬馬立て。もう一本行くぞ」

 

「はぁ!? 今終わったばっかり……!」

 

「何かイラッと来た」

 

 

 

 この後、滅茶苦茶ボコボコにされた。

 

 

 




・生っすかレボリューション
いつかネタにと思っているのですが所属が違うからどうやって絡ませたらいいのか分からな(ry
めぐまゆコンビが安定してから123全員で突撃っていうのもいいかも。

・低反発枕っていうオチ?
病んでないヤンデレ。正直お家問題が解決したら終わるものだとばかり思っていた。
流れるように終わった修学旅行編ぇ。

・愛って何かな?
・『躊躇わないことさ』
若さは振り向かないこと。

・『パール・ジャム』
感想を参考にさせていただいた。別に食べても歯が抜けたり内臓が飛び出たりしない。

・「良太郎君は自分に対する好意を完璧に把握していない」
・自分の何かが欠落しているような……。
No comment

・おまけ『とある事務員の嘆き』
小鳥さんかと思った? 残念! 美優さんでした!
(ぶっちゃけ忘れてた)

・おまけ『とある夜のとある姉妹の会話』
(別に妹早期登場フラグでは)ないです。

・おまけ『こひのかほり?』
※Lesson69での良太郎の発言を思い出してみよう。



 リアルのテンションが低い時に書いたため内容が若干アレになってしまいましたが、ストーリーは概ね予定通りです(震え声)

 新章入って早々ですが、次回は番外編で気分転換しようと思います。恋仲○○シリーズか外伝嘘予告のどちらかになると思います。



『どうでもいい小話』



   \助けて、ラブライブ!/
 『ラブライブ!サンシャイン!!』



 グループ名が『Aqours(アクア)』に決定しましたね。

 始まってすらいませんが、ダイヤちゃんとヨハネちゃんで推しメン迷っています。

 (相変らずアイマスの話題が無いアイマス二次作者の屑)


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番外編11 もし○○と恋仲だったら 5

7月1日。彼女は満を持して現れた。

つ い に こ の 日 が 来 て し ま っ た か。

※注意
文章が変態チックでも後悔しない。いいね?


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

【日本中が】周藤良太郎、電撃結婚!!!!!!【阿鼻叫喚】

1:VIPPERさん!774ですよ、774!

七月六日、123プロダクションに所属するアイドルの周藤良太郎(20)が記者会見を行い、結婚することを発表した。お相手は346プロダクションに所属する同じくアイドルの高垣楓(25)。今まで熱愛報道が一切無かった周藤良太郎の突然の結婚発表は、世間を大いに驚かせている。というか筆者も驚いている。

 

 

 

くぁwせdrftgyふじこlp

 

2:VIPPERさん!774ですよ、774!

pぉきじゅhygtfrですぁq

 

3:VIPPERさん!774ですよ、774!

あzsxdcfvgbhんjmk、l

 

4:VIPPERさん!774ですよ、774!

くぁzwsぇdcrfvtgbyhぬjm

 

5:VIPPERさん!774ですよ、774!

アイドル総合板かと思ったら多言語スレだった件について

 

せめて地球上の言語で話そうぜ

 

6:VIPPERさん!774ですよ、774!

ここではリントの言葉で話せ

 

7:VIPPERさん!774ですよ、774!

>>1の文章、改編かと思ったら原文ママでワロタ

 

マスコミすら仰天してるんだろうなぁ

 

8:VIPPERさん!774ですよ、774!

芸能ニュースで号外が出るの初めて見たわ

流石というかなんというか

 

9:VIPPERさん!774ですよ、774!

アイドル関係でこんだけ騒がれたのって日高舞の引退騒動の時以来か?

 

10:VIPPERさん!774ですよ、774!

>>9 規模で言うならそっちのが大きいだろうが、周藤良太郎がジュピターとコラボった時も結構大きく報道されたな

 

11:VIPPERさん!774ですよ、774!

それにしても、結婚か……良太郎ってプライベートあったんだな

 

12:VIPPERさん!774ですよ、774!

>>11 ホントそれ

 

13:VIPPERさん!774ですよ、774!

熱愛報道一切無くいきなり結婚報告とか前代未聞すぎる

パパラッチもっと仕事しろよ

 

14:VIPPERさん!774ですよ、774!

仕事で共演したって話聞かないから、プライベートでの交友があったんだろうけど高垣楓は予想外すぎた

 

15:VIPPERさん!774ですよ、774!

一通り鉄仮面板と25歳児板回って来たけど、案の定大騒ぎだった

 

16:VIPPERさん!774ですよ、774!

知ってた

 

17:VIPPERさん!774ですよ、774!

あれ? 高垣楓のスレって24歳児板じゃなかったっけ?

 

18:VIPPERさん!774ですよ、774!

>>17 この間誕生日来て25になったから25歳児板に変わった

 

19:VIPPERさん!774ですよ、774!

やっぱり荒れてんの?

 

20:VIPPERさん!774ですよ、774!

いや意外にもそうでもない

 

鉄仮面板

お前ふざけんなよ良太郎の結婚相手が高垣楓!? 高垣楓とか…お前、その、あの……年上じゃねぇか!?

 

25歳児板

はぁ!? 楓さんが周藤良太郎と結婚!? 周藤良太郎とか…そう、あれ、あれだよ、年下じゃねぇか!?

 

みたいなやり取りを延々としながらそれぞれ既に50スレは消費してる

 

21:VIPPERさん!774ですよ、774!

スレの無駄遣いすぎる・・・

 

22:VIPPERさん!774ですよ、774!

なんというか、お互いにトップアイドル過ぎて罵ることないんだよなぁ

 

23:VIPPERさん!774ですよ、774!

それぞれのファンであっても認めざるを得ない相手ってことか

 

24:VIPPERさん!774ですよ、774!

しかし、綺麗で可愛い年上のお姉さんと結婚とか、トップアイドルってことを抜きにしても勝ち組だよな

 

25:VIPPERさん!774ですよ、774!

良太郎みたいにおっぱいおっぱい言ってたらモテるのかな

 

26:VIPPERさん!774ですよ、774!

>>25 思いとどまった方がいいぞ。碌なことにならない

 

ソースは俺

 

27:VIPPERさん!774ですよ、774!

おっぱい星人の良太郎の結婚相手にしては少々ボリューム不足のような……

 

28:VIPPERさん!774ですよ、774!

>>27 屋上

 

29:VIPPERさん!774ですよ、774!

>>27 体育館裏

 

30:VIPPERさん!774ですよ、774!

>>27 なんでや! 81なら十分あるほうやろ!

 

31:VIPPERさん!774ですよ、774!

今来たんだけどこっちは落ち着いてるんだな。

こっちの板の住民はこの二人の結婚に関しては賛成派なの?

 

32:VIPPERさん!774ですよ、774!

まぁね。というか流石に一日経ってるし。

 

33:VIPPERさん!774ですよ、774!

総合板の住民は嫉妬に狂ったりしませんよ(キリッ

 

34:VIPPERさん!774ですよ、774!

素直に祝福してあげるのが大人ですよ(キリッ

 

35:VIPPERさん!774ですよ、774!

そうか

 

話ぶった切って悪いんだけど、嫁さんから「白い私と黒い私、どっちがお好み?」って聞かれたんだけどコレどういう意味だと思う?

 

36:VIPPERさん!774ですよ、774!

>>35 うっさいわボケ

 

37:VIPPERさん!774ですよ、774!

>>35 知るかボケ

 

38:VIPPERさん!774ですよ、774!

>>35 リア充はリアルに帰れボケ

 

39:VIPPERさん!774ですよ、774!

(´・ω・)……

 

 

 

 

 

 

「ふむ」

 

 いつものようにアイドル総合板を見ていたブラウザを閉じ、スマホの画面を落として軽く放り投げる。三ヶ月前に買い替えたそれは放物線を描いてビーチチェアの上に畳んで置いてあったタオルの上に軟着陸した。

 

 そこは南の島のビーチだった。眼前に青い空と海が広がる白い砂浜を心地よい潮風が通り過ぎていく。

 

 頭上に燦々と輝く太陽が非常に眩しく、持ってきていたサングラスを装着する。本来ならば変装用に持っていたサングラスだが、生憎周りに一般人はいないので身バレの心配はない。

 

(……さてと)

 

 そろそろ現実と向き合おうか。

 

 

 

「……ここって何処なんだろうなぁ……」

 

 

 

 何やら前もこんな感じだったなぁと思いつつ、ここまで来た経緯を思い返す。

 

 確か昨日は記者会見が終わったら一旦二人でホテル(普通の意味でのホテル)に泊まって、次の日朝一番に婚姻届を提出したんだったな。それから前々から予定していた新婚旅行として南の島にやって来た、と。

 

 トップアイドル二人がお忍びで来ることが出来るリゾートがあるのだろうかと疑問に思うだろうが、そこは幅広い人脈を使わせてもらった。実はここ、月村家が所有するプライベートビーチなのだ。おかげでこんなにも素晴らしい浜辺を独占することが出来た。

 

 ……うん、出来たことは素直に嬉しいし、態々月村家のプライベートビーチを新婚旅行に使わせてもらったことも大変感謝しているんだけど。

 

 実は何処の国なのか知らないのだ。

 

 詳しい話を聞かずに南の島っていうだけで了承して、パスポートが必要だと聞いても何の疑問を抱かなかった俺も悪いのだが……いやだって、空港から月村家所有のプライベートジェットに乗って来たし、着いたら着いたであっという間にホテルまで来ちゃったから何処の国か確認する暇なかったし。言葉も英語もしくは日本語で通じちゃったし。

 

 飛行機で三、四時間程度だったからそれほど遠いところではないとは思うのだが……。

 

「……まぁいいか。別に何か実害があるわけでもないし」

 

 素直に南国のリゾートを満喫することにしよう。人生気にしないことも大事である。

 

 というわけで現在はビーチに先入りしてお嫁さんの到着を待っていた。普通の海水浴場だったら、先に来た人間がレジャーシートを引いて場所取りしたり、ビーチパラソルやテントを組み立てて日陰を作ったりしなければならないのだが、今回は予め設置しておいてもらったビーチパラソルとビーチチェアを利用させてもらう。流石プライベートビーチと言ったところか。

 

 しかしそれはそれでやることないなーと、海パンにパーカーを羽織った姿で一人手持無沙汰の状況なのである。

 

 

 

「お待たせ、良太郎君」

 

 ぼーっと空を見上げていたら、背後からそんな声が聞こえてきた。どうやら楓さんが着替えてきたようだ。

 

 さて、背後にいるのは水着姿の楓さんだ。覚悟を決めて振り返り――。

 

(いや待てよ)

 

 ――しかしそこでふと思い返すのは前回の温泉での出来事。意気込んで振り返ったが楓さんお得意のダジャレで肩透かしを食らったことを思い出した。きっと今回も「夏の日差しの中お疲れサマー」とか飛び出してくるのだろう。

 

(さぁ来い!)

 

 そう意気込んで俺は振り返り――。

 

 

 

「……どう、かしら?」

 

 

 

 ――真っ白なビキニ姿で微笑む楓さんの姿が俺の精神にクリティカルヒットするのだった。

 

 

 

「ごふ(吐血)」

 

「? どうかしたの?」

 

「いえ、何でもないです」

 

 突然口元を抑えた俺に小首を傾げる楓さんだったが「大変お似合いです」と言うと「ふふ、ありがとう」と微笑んでくれた。

 

 それにしてもビキニか……いや、楓さんみたいな大人の女性にはタンキニやワンピースよりもこっちの方が似合っているに決まっているのだが。色に関しては楓さんからの「白い私と黒い私」というメールに対して「どちらも捨てがたいですが、白で」と返信していたので何となく察していた。

 

 白いビキニを身に纏った楓さんは、その色白の肌も相俟ってまるで浜辺に舞い降りた雪の精霊のようである。(ギップリャアアア!)

 

 しかしそれ故に日焼けが怖い。健康的な肌の色が売りである765の響ちゃんや346の茜ちゃんなどはまた別として、日焼けはシミそばかすの原因となるためアイドルは出来るだけ避けたいところである。まぁ楓さんも伊達にトップアイドルと呼ばれているわけではないので、それぐらいのことは十二分に把握しているだろう。

 

「……えっと、楓さん?」

 

「ふふ、こーゆーのがビーチでの『お約束』なのよね?」

 

 そんなことを考えていた俺の眼前に、楓さんは日焼け止めの小さなボトルを両手に持って差し出してきた。

 

 

 

「塗ってくれないかしら、旦那様?」

 

 

 

「ごふ(二度目の吐血)」

 

 数時間前に入籍したばかりの妻に危うく殺されかけた。(真顔)

 

 いやまぁ、嫌って訳じゃないし、楓さんの肌に触れるならば願ったり叶ったり。そもそも今の俺と楓さんは既に夫婦なのだから別に躊躇する必要も無いわけだ。

 

「分かりました。任せてください」

 

「ふふ、任せました」

 

 俺にボトルを手渡した楓さんはビーチチェアの上で背中を向け、シュルリと胸元の結び目を解いて上の水着を脱いだ。只でさえ見えている面積が多かった楓さんの真っ白な背中だったが、今度こそ遮るものは無くなった。既に何回か見る機会があったもののこうして太陽の下で見るそれはまた一段と艶めかしく、コータロー(幸太郎に非ず)から教わった自主規制拳を思わず使いそうになった。

 

「それじゃあお願いね」

 

 そのままうつ伏せになる楓さん。後ろから僅かに見える耳が赤くなっているところから、彼女もやっぱり恥ずかしがっているらしい。全く、一体誰から吹き込まれた『お約束』なんだか。心当たりがあり過ぎて困る。

 

 さて、俺もいい加減覚悟を決めるとしよう。

 

(……えっと、確か手のひらで温めてから塗るんだっけ)

 

 何処かで聞きかじった知識を頼りに日焼け止めを楓さんの背中に塗っていく。途中、「んっ……」という艶を含んだ楓さんの声や押しつぶされた横乳(誰だよ貧相って言った奴!)などに意識を取られそうになるものの、背中や首筋などの一人では塗りづらい箇所に日焼け止めを塗り込む。

 

「良太郎君……その、お尻も、お願い」

 

「はい。……はい?」

 

 聞き間違いかと思ったが、真っ赤な顔の楓さんが横目でこちらを見ていたので俺の耳は正しかったようだ。

 

 いや、別に今更と言えば今更よ? あの温泉の日に大人の階段(意味深)を上ったわけだし。しかしそれでも緊張するものは緊張するもので。

 

 ……えぇい、今更引けるか!

 

 意を決し、楓さんの白桃のような臀部に触れた。

 

「っ……!」

 

 楓さんがキュッと目を瞑りビクリと震えたような気がしたが、こっちはこっちでそれどころではなかった。明確な描写を脳内でしようものなら間違いなく死んでしまう(直喩)ので無心になりながら日焼け止めを塗るのだが、それでも手のひらには張りがあるのに柔らかい丸みを帯びたあああああああああああああ(深刻なエラー)

 

 

 

 ※しばらくお待ちください。

 

 

 

 ふぅ。(賢者ではない)

 

 一先ず山場は通り過ぎ、残る太ももや脹脛に日焼け止めを塗っていく。真っ赤になって身を強張らせていた楓さんも、緊張が解けたようで若干脱力しているように見えた。

 

 ……やっていることはラブコメ的展開で、ネットに書きこめば「氏ね」と言われること満載な素敵イベントであることには間違いなく、やっぱり陶磁器みたいでスベスベしてるなぁとか色々感想はあるのだが。

 

「~~~」

 

 リラックスし始めた楽しそうな楓さんの鼻歌と波の音、そして海鳥の鳴く声以外、人の声が一切聞こえないプライベートビーチで過ごす、久しぶりに楓さんと二人きりでのんびり出来るこのゆったりとした時間が心地よかった。

 

 

 

「はい、塗り終わりましたよ」

 

「ありがとう。……前を塗ってくれても良かったのよ?」

 

「『お約束』はもういいですって。……恥ずかしいならやらなきゃ良かったのに」

 

「そ、それはいいの! ……それじゃあ交代ね」

 

「え?」

 

「ほら、良太郎君もうつ伏せになって」

 

「あ、いや、ほら俺、肩の関節柔らかいから自分の背中まで手が届きますんで、自分で……」

 

「うつ伏せになって。だ・ん・な・さ・ま」

 

「くっ! 俺は屈したりなんか……!」

 

 この後、楓さんに滅茶苦茶日焼け止め塗られた。(ビクンビクン)

 

 

 

 

 

 

 すっかり日も暮れた夜の浜辺。ホテルから離れたこの浜辺は昼間以上の静寂に包まれており、波と俺たちの砂を踏む音しかしない。

 

「ふぅ……風が気持ちいいわね」

 

「そうですね。おかげで暑くなくていいです」

 

 ディナーとして地元の新鮮な海の幸に舌鼓を打ち、食後の散歩として俺と楓さんはそこに来ていた。

 

 どちらともなく繋いだお互いの手に指を絡めたまま、俺たちはのんびりと歩く。

 

 俺は特に気にすることなく普通にハーフパンツとTシャツというラフな格好なのだが、今の楓さんは日本から持ってきた若草色の浴衣を纏っていた。うなじが大変セクシーなこの恰好は、今が夏だからということも含めて今日のために持ってきたものだった。

 

「あ、楓さん、見えますよ」

 

「あら、本当。これだけホテルから離れれば良く見えるわね」

 

 二人で見上げ、指差したその先に見えた『天の川』。今日は七月七日、七夕である。

 

 今日の昼間に入籍届を出してきたのも、七夕に入籍しようと二人で示し合わせたからだ。

 

 この時期に天の川が見えるってことからここは北半球の島なんだなぁとどうでもいいことを考えつつ、楓さんと寄り添いながら夜空を見上げる。そこには日本の都会では到底見ることが出来ないような満天の星が広がっており、初めて楓さんと二人きりで入った温泉を思い出した。

 

 実はその時からまだ三ヶ月しか経っていないことに気付き、それでもこうなるまで「早かった」という感想は湧いてこなかった。

 

「……アルタイル、ベガ、デネブね」

 

「夏の大三角ですね」

 

「お星さまで出来た三角形でスター」

 

「………………」

 

「……スランプ」

 

「いえ、割といつも通りです」

 

 楓さんの指差す先の星々が形作る三角形、鷲座のアルタイル、琴座のベガ、白鳥座のデネブ。昔、真美に「ねぇねぇりょーにぃ、『アレガデネブアルタイルベガ』って言うけど、四つだったら三角形じゃなくて四角形じゃないの?」と問われて唖然としてしまったことを思い出してしまった。

 

「今頃、織姫と彦星は無事に会えたのかしら?」

 

「きっと会えましたよ」

 

 一年に一度、七夕の夜にしか会うことが出来ない恋仲の二人。夜空に輝くラブロマンス。

 

「……ねぇ、良太郎君」

 

 それまで左手に感じていた楓さんの手のぬくもりが無くなったので何事かと振り向くと、こちらに体を向けた楓さんが一歩後ろに下がった。

 

 

 

「……やっぱり私、アイドルを辞めようと思うの」

 

 

 

 

 

 

 あの日温泉で良太郎君から貰ったプロポーズの言葉は、今でも私の胸の中に残っている。

 

 良太郎君が私を愛してくれると誓い、私も彼に愛を誓った。もちろんそれを疑う訳がないし、これから先疑うこともないだろう。

 

 けれど。それでも。だからこそ。

 

 それまで以上に不安になることもある。

 

 123プロダクションと346プロダクション、私たちはそれぞれの事務所のトップアイドル。当然、二人の時間がいつでも取れるわけではなく、現に今日こうして二人きりでゆっくり出来るのも二週間ぶりなのだ。

 

 事務所、仕事、時間。様々な要因が絡み合い、私たちの間にはきっと『天の川』が流れている。そもそも、私たちの結婚をファンが納得してくれるかどうかも分からない。

 

 今でこそこうして手を伸ばせばすぐに届く位置にいる彼も、日常に戻ればそれも分からない。

 

 だからこそ、私は家庭に入ろうと思う。

 

 幸い、私たち二人の貯蓄と良太郎君の今後の活躍を考えればそれでも不自由無く生活していくことが出来るだろう。

 

 

 

 私は、アイドルと愛する人を天秤にかけ――愛する人を取ってしまった。

 

 

 

「……楓さんが本当にそれでいいのなら、俺は反対しません」

 

 無意識の内に足元へ落ちていた視線を上げると、良太郎君は真っ直ぐとこっちを見ていた。

 

「知ってますか? 織姫と彦星は元々働き者同士だったのに、結婚して仕事を怠けていたから怒られて離れ離れになってしまったそうです」

 

 だから、と良太郎君は続ける。

 

「二人の時間を作るために、仕事を疎かにするということは……やっぱり褒められたことではないと思うんです」

 

「………………」

 

 ……やっぱり、良太郎君はお見通しだった。

 

「……心配しないでください、楓さん。俺を誰だと思ってるんですか?」

 

「え……?」

 

 良太郎君がこちらに一歩踏み込んだ次の瞬間、私は彼に正面から抱きしめられていた。

 

 

 

「俺は『周藤良太郎』です。天の川がどんな激流になってようが俺には関係ありません。いつだって、貴方の傍には俺がいます」

 

 

 

 俺たちのファンが俺たちを認めてくれないわけないじゃないですかという良太郎君の言葉に、私は頬が緩むのを感じた。

 

 仕事辞める理由なんて、何処にも無かった。

 

 何故なら。

 

 

 

 今こうして彼の腕の中にいるだけで、彼と会えなかった時のこと全てが無かったことに思えるほど……私は『幸福者(しあわせもの)』だったのだから。

 

 

 

 

 

 

「さて、そろそろホテルに戻りましょうか」

 

「えぇ。……良太郎君、『黒い私』の方には興味ない?」

 

「え? そりゃあもちろんありますけど……」

 

「本当は明日見せようと思ってたけど……部屋に戻ったら見せてあげる」

 

「……それは、イエスノー枕のイエスと受けとって問題ないですね?」

 

「えぇ!? いや、そんなつもりは……えと、その………………うん」

 

 

 

 ※ワッフルワッフルなんて言っても無駄なんだからね!?

 

 

 




・周藤良太郎(20)
前回の楓さん編から僅か三ヶ月しか経っていないので特に変化は無し。
ちなみにまだ挙式はしていない。

・高垣楓(25)
良太郎と同じく、三ヶ月後なので特に変化は無し。

・VIPPERさん!774ですよ、774!
定番の掲示板ネタだけど今回はここだけ変えてみた。

・ここではリントの言葉で話せ
ラジ・ビジュグボザギジ・カエデ

・この間誕生日来て25になったから25歳児板に変わった
誕生日の関係上、実は前回は24歳が正解だったのだが気にしない方向で。

・「白い私と黒い私、どっちがお好み?」
特訓前と特訓後で大変迷ったが、特訓後を採用。大人な黒もいいが、やはり清楚な白がジャスティスだった。

・南の島
色々と気になるところもあるだろうが、水着の楓さんの前では些細なことに過ぎない。いいね?

・ギップリャアアア!
読んでないけど最近グルグル2が連載しているそうで。

・『お約束』
アイドルという立場上、番外編じゃないと回収できなさそうだったので。

・コータローから教わった自主規制拳
久しぶりのまかりとおるネタ。自分の拳を自分の股間にシュゥゥゥッ!

・アレガデネブアルタイルベガ
君が指差す夏の大三角。
プトレノヴァインフィニティが頭に浮かんだ貴方は間違いなく決闘者。

・イエスノー枕
割と有名だろうけど、もし分からない人がいたらお父さんお母さんに聞いてみよう!



 というわけで新規SR配信記念の恋仲○○シリーズ、楓さん編の続きでした。

 感想から七夕をテーマに考えていたところ、新規SRの情報を耳にしたため急遽予定を変更した結果こうなった。特訓後の楓さんが女神すぎる。

 え? 期待していた○○○シーンが無い? 結婚式ですかね?(すっとぼけ)

 そう言う人は『楓さんマジ女神』って検索すればいいと思うよ(R18)

 ※ファンが結婚を認める的な話も纏めようとしたらどう考えても前回の一万文字どころの話ではなくなりそうだったので大幅カットとなりました。

 次回は本編に戻ります。そろそろ劇場版の内容にリンクし始める予定です。

 それでは。


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Lesson84 熱い夏が始まる

タイトルは誤字じゃないですと一応言っておく。


 

 

 

「夏だなぁ……」

 

 外に響くジワジワという蝉の声とうだるような暑さに、すっかり夏になってしまったことを実感する今日この頃。

 

「それでまゆー。今日なんで呼び出されたと思う?」

 

「流石に分からないわぁ」

 

 アタシとまゆは社長に呼び出されていた。

 

 普段からお仕事の話はプロデュース業を兼任している社長からされることが多いので話をすること自体は普通のことなのだが、こうして社長室に直々に呼び出されることは滅多に無かった。それこそ、初めてこの事務所に所属することになった時やリョータローさんが出演するシャイニーフェスタへの同行を言い渡された時ぐらいである。

 

 とりあえずいつまでも社長室の前で突っ立っているわけにもいかないので、まゆがコンコンと扉をノックする。

 

「社長、佐久間まゆと所恵美です」

 

 中から「ん、入ってくれ」という社長の声が聞こえたので、扉を開けて「失礼します」と二人で入室した。

 

「わざわざ悪いね、二人とも」

 

「や、まゆちゃん、恵美ちゃん」

 

「あれ、リョータローさん?」

 

 そこには部屋の主であり私たちを招き入れた社長の他に、何故かリョータローさんがマグカップを手に打ち合わせ用のソファーに座っていた。漂ってくる香りから察するに、コーヒーを飲んでいるらしい。いくら室内はクーラーが効いているとはいえ、よくこんな時期に熱いコーヒーが飲めるなぁとどうでもいいことを考えてしまった。

 

「俺のことは気にせずどうぞ」

 

「はぁ……」

 

 ヒラヒラと手を振るリョータローさんに、そんな生返事しか出来なかった。

 

「早速だけど本題に入らせてもらうよ」

 

「っ」

 

 社長の言葉に思わず背筋が伸びる。基本的に全員が和気藹々としている事務所だが、こうして社長室に呼ばれて話となると少しばかり緊張してしまう。隣のまゆも同じように背筋を伸ばしていた。

 

 

 

「突然だが、二人には765プロに出向してもらうことになった」

 

 

 

「「え?」」

 

 社長から告げられたその一言に、思わずアタシとまゆの口からそんな声が漏れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 それは、765プロの全体ミーティングでのことだった。

 

「みんな! アリーナだ! アリーナライブが決定したんだ!」

 

『あ、アリーナ!?』

 

 プロデューサーから告げられたその重大な告知に、全員が声を揃えて驚愕する。

 

 何しろアリーナライブとなると、今までのライブと比べて収容人数の桁が違うのだ。私たちがニューイヤーライブを行ったホールの収容人数が五千人なのに対し、アリーナとなれば一万人は優に超える。いきなり倍以上のファンの前で歌うことになる。

 

 私たち765プロにとって過去最大のライブになるのは間違いなかった。

 

 アリーナライブが出来ると興奮して騒ぐ私たちを宥めるために律子さんが一喝した後、プロデューサーが改めて話を進める。

 

「それでだ。今回のライブは合宿を組みたいと思っているのと……更に新しい試みが二つあるんだ」

 

「試み……ですか?」

 

 貴音さんがその言葉に首を傾げる。

 

「あぁ。まず一つ目に、今回はバックダンサーを取り入れたステージにしてみたいと思っている」

 

「ダンサー……!? 凄い! 広いステージでも、派手に見えますよね!」

 

「あぁ。スクールに通っているアイドル候補生に頼むことになると思うが、みんなはアイドルの先輩として支えてあげて――」

 

「ちょっといいかね?」

 

「社長?」

 

 プロデューサーの言葉の途中だったが、それまで脇で聞いていた社長が咳払いを一つしてから一歩前に出てきた。

 

「バックダンサーの件についてなのだがね。とある事務所からの要望で、デビュー前の新人アイドルを参加させることになった」

 

「え?」

 

「社長、それ私たちも聞いてないんですけど……」

 

 突然の社長の言葉に、私たちだけでなくプロデューサーや律子さんまで驚いていた。

 

「それってつまり、他の事務所のアイドルの子ってことですよね?」

 

「うむ。しかし安心したまえ。君たちが知らない事務所のアイドル、というわけでもない」

 

「私たちが知っている事務所の、新人アイドル……?」

 

 まさか……。

 

「社長、もしかして……」

 

「あぁ。要望があったのは、123プロダクション。良太郎君と幸太郎君、二人から直々にお願いされたのだよ」

 

『えぇ!?』

 

 先ほどアリーナライブ開催が告げられた時に勝るとも劣らない驚愕の声が事務所に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 恵美ちゃんとまゆちゃんはアイドルの卵である。

 

 卵である以上、いつかはアイドルとしてデビューさせるつもりであり、当然彼女たちもそのつもりでこの事務所に入ったはずである。

 

 しかし、彼女たちがデビューするということは当然123プロダクションの新人アイドルという肩書きでデビューするわけであり、それは即ち『周藤良太郎の後輩』という肩書きを否応無しに背負わされるということだ。注目度や期待度は他の新人アイドルよりも大きくなるだろう。舞さんの娘である愛ちゃんも似たような状況であるが、既に引退して十年以上経つ彼女と現役でトップアイドルの俺とでは少々事情が違うのだ。

 

 そんな状況でいきなりステージに立たせて大丈夫なのかと兄貴は考えたわけである。

 

 簡単に言うと、デビュー前にステージの上を経験させたいと考えたわけである。

 

「んで、ちょうど765プロのみんなが今度のライブで新しい試みとしてバックダンサーを取り入れるって話を聞いてね」

 

「二人をバックダンサーとして参加させてもらうことになったんだよ」

 

 高木社長に話を持ちかけてみたところ、二つ返事でオッケーしてくれた。他事務所だというのにここまで快く承諾してくれるとは、こう言ってはアレだが少しお人好しが過ぎるのではないかと思う。しかし「他ならぬ良太郎君と幸太郎君の頼みだからね」との高木社長の言葉に兄弟揃って少しだけ目頭が熱くなった。人が良すぎるでぇ……。

 

「あのー、経験を積むためにバックダンサーというのは分かったんですけど、良太郎さんやジュピターの皆さんのバックダンサーじゃ駄目だったんですか?」

 

 ここまで説明したところで、恵美ちゃんが控えめに片手を挙げた。まぁ恵美ちゃんの疑問はご尤もである。

 

「ダメよ恵美ちゃん。良太郎さんの曲はあくまでも一人でのダンスを想定したものだから、バックダンサーを付けると逆に見栄えが悪くなっちゃうのよぉ」

 

 しかし俺が説明する前にまゆちゃんが代わって説明してくれた。

 

 まゆちゃんの説明の通り、元々俺のステージは『周藤良太郎の歌とダンス』で魅了するものだ。そこにステージの広さは関係無く、広いステージでも派手に見せるためのバックダンサーを立たせたとしてもあまり意味が無いのだ。

 

「あと男性アイドルの後ろに女性のバックダンサーっていうのもね」

 

 というわけで同じようにジュピターも除外。

 

 そこで同じ女性アイドルの事務所であり、旧知の中である765プロにお願いしたのだ。

 

 初めは1054プロの麗華たちに頼むという案もあったのだが、彼女たちはバックダンサーを使うつもりが無いとのことだった。

 

「決定事項の事後報告みたいな形で申し訳ないけど、大丈夫かな?」

 

 兄貴の確認の言葉に、恵美ちゃんとまゆちゃんは一瞬視線を交わらせてから頷いた。

 

「もちろん大丈夫です!」

 

「全力で頑張らせていただきます」

 

 そう、二人は快諾してくれた。

 

 

 

 

 

 

「というわけで、春香ちゃん、千早ちゃん、ウチの新人二人をよろしくね。俺も練習中に顔は出すと思うけど」

 

「はい! もちろんです!」

 

「任せてください」

 

 翌日。打ち合わせを終えて帰ろうとテレビ局の廊下を歩いていたところ、収録終わりと思われる春香ちゃんと千早ちゃんに遭遇した。経験云々の話を混ぜて新人二人のことをお願いすると、春香ちゃんと千早ちゃんは笑顔で頷いてくれた。以前の千早ちゃんだったらもう少し固い対応だったのに、こうして笑顔で頷いてくれるところを見るとだいぶ柔らかくなったなぁとしみじみ思う。

 

「あぁそうだ。遅ればせながら春香ちゃん、第二十五回アイドルアワード、大賞おめでとう」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 アイドルアワードはファン投票によって行われる、その年で一番活躍したアイドルを讃える賞である。

 

 当然と言ってはアレだが既に俺も男性アイドル部門で受賞しており、三年連続で受賞してからは殿堂入りという扱いになってしまった。

 

 ちなみに今年の男性アイドル部門は冬馬が見事受賞。受賞の知らせが届いてドヤ顔をしつつも喜びが滲み出ている冬馬に少しだけホッコリしたのを覚えている。

 

「千早ちゃんも、海外レコーディングだっけ?」

 

「はい、ニューヨークへ。その後はイギリスに」

 

「それも聞いたよ。フィアッセさんに『クリステラソングスクール』への紹介状を書いてもらったんだってね」

 

 それはフィアッセさんの母親にして『世紀の歌姫』と呼ばれる世界的オペラ歌手であるティオレ・クリステラさんが営んでいる少数精鋭の音楽学校だ。卒業生はフィアッセさんやSEENAことゆうひさんを始め、全員が世界的なレベルの歌手として活躍している。

 

 そこでレッスンを受けることが出来るということは歌手にとってまさしく夢のような話であり、千早ちゃんはそこでレッスンを受けるに値するとフィアッセさんに評価されたということなのだ。マジちーちゃんパネェ。

 

「一週間という本当に短い期間ですけど、レッスンを受けさせてもらうことになりました」

 

「こりゃあ歌だけだったらすぐに千早ちゃんに追い抜かれちゃうなぁ」

 

 ダンスを含めた総合的なものだったら負けるつもりはないが、以前合同トレーニングをした際に聞かせてあげた『青い鳥』以上のレベルにまで千早ちゃんが成長する日も近いだろう。

 

「そういえば良太郎さんも、新しい映画の主演ですよね。おめでとうございます」

 

「ん、ありがと」

 

 覆面ライダーの撮影がついこの間終わったばかりではあるが、次は無表情な少女漫画家の男子高校生のラブコメ映画への出演が決定。友人でアシスタントの役を冬馬が演じることになり、この映画は123プロのダブルキャストとなった。ちなみにヒロイン役は未定。

 

 いつかは春香ちゃんたちの映画『眠り姫』みたいに123プロオールスターとかの映画をやってみたいものである。

 

「まぁ一足先にハリウッドデビューが決まっちゃった美希ちゃんには負けるけどね」

 

 俺の場合はわざと国内の仕事に専念していたというのもあるが。

 

 それを抜きにしても、本当に最近の765プロの躍進は目覚ましい。

 

 加えて今回のアリーナライブだ。去年の今頃は全く彼女たちのことを知らなかったというのに。虫ポケモンもビックリの成長率である。全員しあわせたまごでも持っているのではなかろうか。

 

「まだまだ私たちは頑張りますよ!」

 

「……熱いねぇ」

 

「ふふっ」

 

 フンッ! と意気揚々とガッツポーズをする春香ちゃんの姿が大変眩しかった。

 

 

 




・収容人数
25話のニューイヤーライブはパシフィコ横浜国立大ホール、劇場版のアリーナライブは横浜アリーナだったらしいのでそこの収容人数を参考にしました。

・更に新しい試みが二つ
話の都合上カットすることになってしまいましたが、もう一つは『リーダーを作る』です。一応劇場版未視聴の方のためのフォローをば。

・ティオレ・クリステラ
とらハ世界における最高峰の歌姫。名前だけの登場になる可能性が微レ存。
この作品において冬馬に続く、ちーちゃん魔改造フラグです。

・無表情な少女漫画家の男子高校生のラブコメ
※なお原作はラブの欠片も無い模様。
野崎→良太郎 みこりん→冬馬で想像したら思ったよりもしっくりきた。

・虫ポケモンもビックリの成長率
「虫ポケモンは成長が早い」ってポケスペでグリーンさんが言ってた。

・しあわせたまご
なぜORASではペリッパーが持っているのだろうか……。



 ようやく劇場版とリンクし始めた本編です。

 作中ではやや個性が薄かったバックダンサー組(ミリマス勢)を中心に展開していくつもりです。知らないって人は是非ミリマスの予習を!(ステマ)

 それとついに今週からデレマス二期が始まりますよ!
 地上波では17日、ニコニコ動画では20日に生放送&動画配信です!

 まだアニメ見たことが無いって人もこれを機に是非どうぞ!


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Lesson85 熱い夏が始まる 2

あぁ^~キヌとゾフィーが可愛いんじゃぁ^~(透魔感)


 

 

 

「な、ななな、765プロの皆さんの、バックダンサァァァ!?」

 

「あ、杏奈たちが……!?」

 

「ほ、ホンマなんですか!? センセ!」

 

「ええ。先方の要望に沿うと判断した貴方たち七人を推薦したわ。引き受けてくれるかしら」

 

「……勿論、やります。やらせてください」

 

「わ、わたしもやります!」

 

「わ、私も!」

 

「ふふ、みんな引き受けてくれるみたいね。ありがとう」

 

「……春香ちゃんと、一緒のステージに立てる……!」

 

「……あぁ、それと一つ言い忘れていたわ。今回、123プロダクションから二人、貴方たちと同じようにバックダンサーとして出向してくるそうよ」

 

「……え、ひ、123プロダクション……!?」

 

「す、周藤良太郎さんの事務所から!?」

 

「と言っても、二人ともまだデビューしてなくて殆ど貴方たちと変わりないそうよ。緊張する必要はないわ」

 

 

 

「……123プロ……」

 

 

 

 

 

 

 カレンダーが一枚捲られ、暦が七月から八月に変わった。

 

 既に東京は梅雨明けしており、先週のジメジメしていた空とは打って変わってカラッとした空に燦々と輝く太陽が大変眩しい今日この頃。

 

「いやぁ、出立にはいい天気になったね」

 

 再びJK二人を助手席と後部座席に乗せ、俺は愛車で首都高速をひた走っていた。既に夏休み真っ只中ということで渋滞を予想して早めに出発したのだが、思いの外混んでいなかった。この分だと余裕を持って目的地に到着しそうである。

 

「それにしても、結局またリョータローさんが送迎してくれるんですね」

 

 バックミラーをチラリと覗くと、後部座席の恵美ちゃんが呆れと苦笑を足して二で割ったような表情をしていた。

 

「まゆはまた良太郎さんの車の助手席に座れて満足ですぅ」

 

 一方まゆちゃんは大変嬉しそうだった。

 

「立ち上げたばかりでスタッフ少ないし、体が空いてる人間が未成年の送迎をするのは当然だよ」

 

「未成年って……リョータローさん何歳でしたっけ?」

 

「今年の四月二日に十九歳になったばかりよぉ」

 

「あ、うん。態々ありがと、まゆ」

 

 まぁ俺の場合、主観的には既に成人を越えて中年レベルだし。

 

 あと相変わらずまゆちゃんは俺のプロフィールに詳しいなぁ。

 

「まゆとしてはぁ、是非良太郎さんも一緒に来て欲しかったんですけどぉ」

 

「まぁ俺も普通にお仕事だからね」

 

 ですよねぇ、と肩を落とすまゆちゃん。流石に五日間もお仕事をお休みするわけにはいかないから仕方がない。

 

「っと、見えてきた見えてきた」

 

 予想通り、想定していた時間よりだいぶ早く到着した目的地は、撮影スタジオでなければテレビ局でもなく。

 

 

 

 羽田空港、国内線ターミナルである。

 

 

 

 

 

 

 さて、今回空港を利用するのは夏休みという期間を利用して恵美ちゃんとまゆちゃんが二人で旅行に行くため、ではなく、765プロの合宿に参加するためだ。

 

 765プロ初となるアリーナライブは十一月末の開催を予定しており、今から約四ヶ月後である。準備期間としてはまぁまぁあるものの、今や売れっ子の765プロのみんなは全員が時間を合わせて練習することが少々難しい。そこで連帯意識を深めるという意味も含めて、四泊五日の練習合宿を行うらしい。

 

 そして恵美ちゃんとまゆちゃんを含めたバックダンサー組もその合宿に参加して一緒に練習をする、ということだ。つまり765プロのみんなとバックダンサー組の顔合わせであると同時に、恵美ちゃんとまゆちゃんと他のバックダンサー組の顔合わせでもあるのだ。

 

 正直そういう合宿というものに参加する機会が全く無かったので少々羨ましい。ソロで合宿とかただの一人での引き籠り練習になりかねないし。士郎さん達(高町家ではないところがポイント)と山に行ったことはあったけど、あれは合宿というより山籠もりだったし。その内冬馬も体験することになるんだろうなぁ。……そういえば、あの時山で出会った筋肉隆々なご老人と一緒にだいぶ無茶な修行をしていた絆創膏の少年はちゃんと生きているのだろうか。

 

「何処で集合?」

 

「えっと、展望デッキで集合です」

 

「雨降ってたらどうするつもりだったの?」

 

 メールでのやり取りは既にしていたらしく、スマホを取り出して集合場所を確認する恵美ちゃん。765プロのみんなが到着するよりも一日早く合宿場所に行って先にバックダンサー組で交友を深めよう、という提案を恵美ちゃんがしたらしい。なんというか恵美ちゃんらしい発想である。

 

 駐車場に車を停め、キャリーバックをゴロゴロと引っ張る二人に追従する形の手ぶらな俺。一応荷物を持とうかとも提案したのだが、流石に荷物持ちまではさせられないと全力で遠慮されてしまった。

 

 というわけで展望デッキに到着。人が多いので探すのに一苦労……かと思いきや、大きな荷物を持った女の子が七人固まっていたのですぐに発見できた。流石にスクールの先生が推薦するアイドル候補生というだけあって、可愛い子ばかりである。

 

 

 

「私、飛行機乗るの初めて!」

 

「ふふふー。可奈、ちゃんとパスポート持ったんかー?」

 

「ええ!? 奈緒ちゃん、福井ってパスポートいるの!?」

 

「いやいや可奈ちゃん、国内行くのにパスポートが必要なわけないよ」

 

「え? 飛行機乗る時には絶対パスポートが必要なんじゃないんですか? わたし、いつも飛行機に乗る時はパスポート持って行くんですけど……」

 

「……星梨花ちゃんがいつも利用してる飛行機は、多分国際線だと思う……」

 

「………………」

 

 

 

 そんなやり取りをする七人に近づく二人の後を追う。

 

「えっと、奈緒……かな?」

 

「へ? ……恵美か?」

 

 恵美ちゃんが関西弁で喋っていた女の子に話しかけると、サイドテールのその子も窺うように恵美ちゃんの名を尋ねた。

 

「……きゃー! ようやく会えたー! 初めまして奈緒ー!」

 

「私も会いたかったでー! 初めましてや、恵美!」

 

 どうやらメールのやり取りで既に仲良くなっていたようで、お互いを確認した途端に満面の笑みで抱き合う二人。社交性が高い二人が出会うとこうなるのか。……いい感じに潰れあっていて眼福ですね。

 

「ってことはそっちがまゆやな。話は恵美から聞いとったで」

 

「……どうも初めまして」

 

 よろしゅうなー! とフレンドリーに挨拶する少女に対し、まゆちゃんの返しは若干固い。まるで初めて恵美ちゃんと会った時のようだった。

 

「あれ? そっちのお兄さんは? 事務所の人?」

 

 そこで少女はようやく一緒に来た俺の存在に気付いたようだ。

 

「……あ!? えっと、その……」

 

 途端にしまったという表情になる恵美ちゃん。変装状態だから気付かれてないみたいだが、ここで「周藤良太郎です」と挨拶をしたら騒ぎになるのは間違いないだろうな。

 

「違うよ。俺は恵美ちゃんの従兄の高町恭也。二人を車でここまで送って来たんだ」

 

 ということで偽名を名乗ることに。自分でもビックリするぐらいスムーズに恭也の名前が口から出てきた。

 

「へー、恵美、従兄のお兄さんおったんや」

 

「ま、まあね」

 

 恵美ちゃんも空気を呼んで話を合わせてくれた。

 

「っと、自己紹介まだでしたね。横山(よこやま)奈緒(なお)です。よろしゅうお願いします」

 

 ペコリと頭を下げる奈緒ちゃん。それに続いて他の子たちも律儀に挨拶をしてくれた。

 

「は、初めまして! 矢吹(やぶき)可奈(かな)です!」

 

「……望月(もちづき)杏奈(あんな)、です」

 

箱崎(はこざき)星梨花(せりか)です!」

 

佐竹(さたけ)美奈子(みなこ)です」

 

「な、七尾(ななお)百合子(ゆりこ)です」

 

「……北沢(きたざわ)志保(しほ)です」

 

 ふむ、何ともバラエティに富んだメンツだが、年齢が765プロの面々に近い子で固めたというところか。

 

「よろしくー」

 

 チラリと腕時計を覗く。まだ彼女たちが乗る飛行機まで時間があるな。

 

「みんなまだ時間あるね? 折角だから喫茶店でお茶でもご馳走するよ」

 

「ホンマですか!?」

 

「わー! ありがとうございます!」

 

 年相応にはしゃぐ奈緒ちゃんと可奈ちゃんと星梨花ちゃん。杏奈ちゃんも反応は薄いがしっかりと喜んでいて、美奈子ちゃんと百合子ちゃんは申し訳なさそうにしている。ただ一人、志保ちゃんだけが訝しげにこちらを見ていた。

 

「えっと、何?」

 

「……いえ、何でもありません」

 

 そっか勘違いかー。(棒)

 

 とりあえず真面目そうな子だし、少しだけ言動に注意することにしよう。

 

 

 

 いやぁそれにしても奈緒ちゃんと美奈子ちゃんは中々の胸を(以下省略)

 

 

 

 

 

 

「へー、美奈子ちゃんの実家は中華料理屋なんだ」

 

「うん! 知り合ったのも何かの縁だし、恭也君が来てくれたら大盛りサービスしちゃうよ!」

 

 実は同じ大学一年だったらしく、話をしている間に美奈子ちゃんから敬語が抜けていた。いやぁ、正体ばらした時が楽しみだなぁ。(暗い笑み)

 

「いやー! 表情全然動かさへんからちょっと怖かったけど、恭也さんええ人ですわー!」

 

「……杏奈も、ちょっとだけ、怖かった」

 

 奈緒ちゃんはコーラフロートをかき回しながらカラカラと笑い、杏奈ちゃんはメロンソーダのストローを口に咥えながら呟くように言った。

 

 ううむ、そういう反応をされるのは久しぶりだなぁ。やっぱり無表情の人間ってのは怖いのかな。

 

「表情の変化は乏しくても、りょ……恭也さんは心豊かな素晴らしい人なのよぉ」

 

「お? なんやなんや? まゆっちは恭也さんにホの字なんか?」

 

「ふふ、尊敬している、とだけ言っておくわぁ」

 

 評価されているが偽名ゆえに自分のことだとピンとこない件。くそぅ、恭也の名前なんて使うんじゃなかった。恭也めなんてことを!(理不尽)

 

 っと、そろそろ時間かな。

 

「じゃあ俺はこの後仕事あるから。765プロの皆さんによろしくね、恵美ちゃん、まゆちゃん」

 

 伝票を持って立ち上がる。……流石に十人分だけあって、結構いったなぁ。払えないほどではないが、流石に財布が軽くなった。

 

「はい、ありがとうございました」

 

「お仕事頑張ってください。りょ……恭也さん」

 

「ありがと。みんなも頑張ってねー」

 

『はーい!』

 

 元気のいい返事を背に俺は喫茶店を、ひいては空港を後にした。

 

 さて、福井へ合宿に向かう彼女たちに対し、俺は仕事である。これでもトップアイドルなのだから仕方がない。

 

 

 

 ……もっとも『何処で』仕事とは言ってないわけだが。

 

 

 




・だいぶ無茶な修行をしていた絆創膏の少年
たぶん空手と柔術と中国拳法とムエタイを習っている。

・横山奈緒
『アイドルマスターミリオンライブ』の登場キャラ。Dance。デレマス的に言えば多分パッション。
温泉巡りが趣味な関西弁の17歳。いつか楓さんと温泉で共演させたい。

・矢吹可奈
『アイドルマスターミリオンライブ』の登場キャラ。Vocal。デレマス的に言えば多分パッション。
歌うのが大好きだけど若干音が外れる系の14歳。劇場版ではスタッフのせいで悲惨な目に……。

・望月杏奈
『アイドルマスターミリオンライブ』の登場キャラ。Vocal。デレマス的に言えば多分キュート。
ネトゲが趣味で俯きがちだがステージに立つと性格が変わる14歳。映画から彼女を知った作者はソロ曲聞いてビックリした。

・箱崎星梨花
『アイドルマスターミリオンライブ』の登場キャラ。Vocal。デレマス的に言えば多分キュート。
天然なお嬢様で小動物チックな13歳。何かしようものならお父様が飛んできます。

・佐竹美奈子
『アイドルマスターミリオンライブ』の登場キャラ。Dance。デレマス的に言えば多分パッション。
人に料理を食べさせることが大好きな高カロリー系の18歳。迂闊に彼女の料理を大盛りで注文してはいけない(戒め)

・七尾百合子
『アイドルマスターミリオンライブ』の登場キャラ。Visual。デレマス的に言えば多分クール。
ファンタジー好きな文学少女系の15歳。気軽に「風の戦士」と呼んであげよう。

・北沢志保
『アイドルマスターミリオンライブ』の登場キャラ。Visual。デレマス的に言えば多分クール。
リアリストだが仕事はきっちりとこなすプロ意識の高い14歳。「ごしゅP様」は多くのプロデューサーのハートを打ち抜いた。

・「恭也君が来てくれたら大盛りサービスしちゃうよ!」
1「良太郎は『高町恭也』を名乗った」
2「『高町恭也』が来たら大盛りサービス」
問い:以上のことから考えられる今後起こりうるであろう悲劇を記述せよ。



 バックダンサー組本格参戦! 劇場版ではほぼモブのような扱いを受けてしまった彼女たちの魅力を是非描いていきたい。(このメンツだと美奈子と志保がお気に入り)

 そしてついにデレマス二期スタート! くぁwせdrftgyふじこlp!



『デレマス十四話を視聴して思った三つのこと』

・早苗さんは仕事熱心だなぁ(白目)

・夏だし、ホラー展開は丁度良かったですね(震え声)

・……まゆいきなり出ちゃったよ……やべぇよやべぇよ……。


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Lesson86 熱い夏が始まる 3

ひゃっはあぁぁぁ! デレマス十五話の楓さんが可愛いやったあぁぁぁ!

この可愛さを前に通算百話突破とかどうでもよくなるぜえぇぇぇ!!

(後書きにて触れます)


 

 

 

 さて、恭也さん(良太郎さん)が喫茶店を去って早一時間。既にアタシたち九人は空の上にいた。初めて飛行機に乗る子が若干手荷物検査で戸惑った以外は特に問題なく、飛行機はアタシたち全員を乗せて空港を飛び立った。

 

「なーなー恵美ー!」

 

「んー? なーに奈緒」

 

「事務所での周藤良太郎さんってどんな感じなん?」

 

「え?」

 

 離陸してしばらく経ってからシートベルト着用のランプが消え、そのタイミングを待っていたように前の座席から顔を出した奈緒がそんなことを尋ねてきた。

 

「あ! それ私も聞きたい!」

 

「普段の良太郎さんがどんな感じなのか聞いてみたい!」

 

 他の子たちも興味津々と言った様子で前や後ろから覗き込んでくる。九人なので三人掛けの座席三列を私たちで占拠している状態なのだが、その中央列の真ん中の座席に座ってしまったため周りをみんなに取り囲まれる形になってしまった。幸い通路側のまゆはともかく、窓側の志保はさほど興味無さそうに窓の外を見ていた。……いや、よくよく見てみると視線は窓の向こうだがどうやら意識はこちらの話に向いているらしい。

 

「それともアレか? 良太郎さん、忙しくて事務所で顔を合わせる暇が無いとか?」

 

「いや、そんなことはないよ。事務所全体でのミーティングの時間もあるし、何回か一緒にレッスンを受けさせてもらったこともあるし」

 

 まぁその話は横に置いておくことにして。

 

「そうだなー。多分アタシよりもまゆが話した方がいい気もするんだけど……」

 

「あら恵美ちゃん、私が話していいの?」

 

「ごめんやっぱりアタシが話す」

 

 まゆに語らせたら行きの飛行機の中は全てまゆのリョータローさん語りに費やすことになってしまうので、アタシが話すことにしよう。

 

 しかしこの手の質問は来ると予想していたが、何処まで話していいものか。いやまぁ、話すと拙い話題があるわけでもないのだが。

 

「じゃあ逆に聞くけど、みんなはどんなイメージ持ってるの?」

 

「えっとねー……意外と厳しいとか?」

 

「やっぱり常にトップアイドルの最前線をひた走っている人だから、シビアでストイックなイメージかな」

 

 アタシの問いかけに真っ先に答えたのは美奈子だった。それに追従するような百合子の意見は、まぁリョータローさんの無表情から想像してしまうのだろうと思った。

 

「あはは、全然そんなことないよー。事務所でもステージの上やテレビの中のリョータローさんのまんま。明るくて冗談が好きで、たまーに胸元への視線が熱い普通の男の人って感じだよ」

 

「……おっぱい好きっての作ったキャラとちゃうんかったんや」

 

 正直そこが唯一無二に確定的なところだと思う。同級生の男子がチラチラと胸を見ていることを気にしたことは無いが、あそこまで堂々と視線を向けられてあまつさえ「育ってるねぇ」と真正面から言われてしまうと感心すらしてしまう。

 

「でも仕事に対して厳しいっていうか、真面目でストイックっていうのはホントだよ」

 

 仕事現場を舞台裏から見学させてもらったことは何度もあるが、いつだってリョータローさんは真剣だった。本番でのステージ上は勿論のこと、リハーサルの時やそれ以前の事務所内での打ち合わせの時はずっと、普段散々社長や冬馬さんをからかっているのが嘘のようにリョータローさんは冗談を口にしないのだ。それだけ真剣に仕事に取り組んでいるということなんだと思う。

 

 それにレッスンに費やす時間だって事務所の中では道場に通って体を鍛えている冬馬さんに次いで多い(もっともリョータローさんにとってその道場での体作りは既に通った道だったそうだが)。しかもそのレッスンの時間はほぼ休憩なしで踊り続けるので、他の人が行うレッスンよりもその密度は格段に濃いのだ。

 

 アタシやまゆに対しても、写真撮影などの仕事に対する質問にちゃんとした答えを返してくれるし、ダンスレッスンでも「自分にとっても人に教える練習だから」とやや不慣れな様子ながらも指導をしてくれる。

 

 それ以外にも先ほどの送迎や、親睦会と称して事務所のみんなと共に食事やカラオケに連れていってもらったこともある。アタシとまゆという後輩二人を可愛がってくれている。それがしっかりと感じられてすごく嬉しかった。

 

「とりあえずアタシ的には、無表情で分かりづらいけど楽しくて優しいお兄ちゃんって感じかな」

 

「ふーん……」

 

 勿論優しいのはリョータローさんだけじゃない。周藤良太郎がビッグネーム過ぎて聞かれることは少ないが、ジュピターの皆さんもいい先輩だ。冬馬さんは不器用ながらもアタシたちを気にかけてくれるし、北斗さんも仕事の現場で頼りにさせてもらっている。翔太君は先輩だが学年は下、しかし同い年という少々複雑な立場だが事務所内で一緒にゲームをしたりするので一番気さくに接しているかもしれない。

 

 アイドルだけじゃなく、事務員の美優さんは綺麗なのに可愛らしくて優しいし、留美さんは綺麗でカッコいい。そして社長である幸太郎さんには良太郎さんと同様にアタシをアイドルとして見初めてもらった恩もある。

 

「なんや恵美、めっちゃ楽しそうやな」

 

「うん。ちょー楽しいよ! ね、まゆ?」

 

「えぇ、私も楽しいわぁ」

 

 そして同期に、しかし別々の経緯で事務所に入ったまゆ。

 

 あの南の島での一件以来お互いの全てを吐き出したアタシの親友。

 

 まだアイドルらしい仕事は少ない状況だが、そんな人たちに囲まれて今の事務所が凄く楽しい。アイドルとして本格的に活動し始めたらどれだけ楽しくなるのか、今からワクワクしている。

 

 

 

「ほな、次はまゆの番やな」

 

「あ、ちょ」

 

「うふふ」

 

 アタシが止める暇もなく奈緒がまゆに話を振ってしまい、これから始まるであろうまゆのリョータローさん語りに思わず頬が引き攣るのを感じた。

 

 

 

「………………」

 

 だから、窓ガラスの反射越しにアタシたちを見ていた志保の視線に気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

「何処かで俺の噂をされているような気がする」

 

「割といつものことじゃない」

 

 りっちゃんの言葉に、確かにそうだと納得する。

 

 空港まで恵美ちゃんたちを送迎し、可愛い女の子九人とお茶を楽しんだ後に向かった先は毎度お馴染みテレビ局。もはや定番の時間潰しである竜宮小町の楽屋に遊びに来た。

 

「りっちゃんたちは明日から福井行きだっけ?」

 

「えぇ。午前中の飛行機に乗っていくわ。宿に着くのは昼過ぎになるかしらね」

 

 765プロのみんなが到着するまで恵美ちゃんたちはバックダンサー組で親睦を深めているのだろう。

 

「みんなでお泊りなんて去年の夏以来だから楽しみだよー!」

 

「へー。去年も合宿なんてしたんだ」

 

「去年のは合宿じゃなくて本当にただのお泊り。旅行よ。去年の夏はまだ竜宮小町を結成する前で事務所の全員が暇だったから、予定を簡単に合わせることが出来たのよ」

 

「なるほど」

 

 竜宮小町を結成する前ってことは、りっちゃんがアイドルを辞めて765プロの名前を一時的に業界で聞かなくなった時期だな。赤羽根さんが春に入社したって言ってたから、入ってすぐってことか。

 

「うふふ、みんなで海に行ったの。楽しかったわ~」

 

 確かあずささんは竜宮小町結成前に髪の毛をロングからショートにしたって言ってたっけ。ということは、その時のあずささんは水着(黒髪ロングVer)ということに。何それ超見たい。

 

「今回のアリーナライブのBDの特典にその時の映像を編集して入れようかという案が出てるわ」

 

「えぇい密林の予約はまだか!」

 

 無いことは分かっていたものの、スマホで密林のサイトを呼び出して確認をせざるを得なかった。これから小まめにサイトの確認を……と思ったがBDが出るってことになったら美希ちゃんか真美辺りが教えてくれるだろう。

 

「……それで? アンタはいつ来るのよ?」

 

「ん?」

 

 ブラウザを閉じていると、今まで兎のぬいぐるみを弄んでいて会話に参加していなかった伊織ちゃんからそう声がかけられた。

 

「来るとは何のことぞ?」

 

「だ、だから、練習によ。春香と千早から聞いたわよ。アンタも顔を出すんでしょ?」

 

 あぁ、そのことか。確かに言ったね。

 

 しかしそのことについて伊織ちゃんから尋ねられるとは思ってもいなかった。

 

「いおりんってば、前に亜美たち以外のみんながりょーにーちゃんと一緒にレッスン受けたのをすっごい羨ましがってたんだよー」

 

「羨まっ!? だ、誰が羨ましがったって言うのよ! べ、別にそんなこと一言も言ってないわよ!」

 

 あー、去年の秋の話か。そういえばあれ以来一回も彼女たちと一緒にレッスンとかその類のことをやったことなかったっけ。

 

「……そのレッスン以来みんなの動きが良くなったから、伊織ちゃん、ちょっとだけ寂しくなっちゃったのよ」

 

 あずささんからこっそりともたらされたその情報になるほどと納得する。人一倍向上心の高い伊織ちゃんらしかった。

 

「はっきりとした日時は言えないけど、しっかりと練習には顔を出すから安心していいよ、伊織ちゃん。こっちには新人二人を預かってもらう恩もあるわけだから」

 

「……そ、そう。ならいいわ」

 

「えー! じゃあもしかしてりょーにーちゃん、合宿には来てくれないのー!?」

 

「いやまぁ、俺も仕事があるからね。今日から五日間ずっと仕事ってわけじゃないけど、移動時間を考えるとどうしてもね」

 

 話では765プロのみんなも何人か仕事で抜けたりするそうだが、合宿を基本に仕事へ行くみんなと仕事を基本に合宿へ顔を出す俺とでは若干事情が違う。

 

「こっちに帰ってきてからの練習には顔を出すからさ」

 

「ぶーぶー」

 

 唇を尖らせてぶーたれる亜美ちゃんの頭を撫でながら、ちゃんと差し入れ持っていくから許してねとご機嫌取りをするのだった。

 

 

 

 ……もっとも、『合宿中に顔を出さない』とは一言も言ってないわけだが。

 

 

 




・たまーに胸元への視線が熱い普通の男の人
最近描写が減ったから治ったかと思ったらそんなことなかった。

・「無表情で分かりづらいけど楽しくて優しいお兄ちゃんって感じかな」
Q ころめぐって兄がいるって設定じゃなかったっけ? これだといないみたいな発言だけど。
A のワの

・あの南の島での一件
恐らく第三章内の何処かで触れます。



 ネタが少ないのは百話書く間にほぼ使い切ってしまったからだ(初手言い訳)

 というわけでなんと通算百話目です。なんてことだ(驚愕)

 月並みな言葉ではありますが、ここまで続けることが出来たのはいつもお気に入り登録や感想をくださる読者の皆様のおかげです。自己満足感の強い稚拙な二次創作ではありますが、完結までお付き合いいただけたら幸いです。

 どうぞこれからもよろしくお願いいたします。



 真面目な話はここまでで、百話記念何も考えてません(白目)

 義務ってことはないんですけど、せっかくなんで今回のお話が終わったら番外編を挟もうと思っております。しかしネタがない。再来週までにはひねり出します。



『デレマス十五話を視聴して思った三つのこと』

・楓さん回だあああwせdrftgyふじこlp!

・エプロンに三角巾を付けた美波が本当に若妻にしか見えn(ty

・今週の俺ら(楓さんのライブに涙する男)


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Lesson87 熱い夏が始まる 4

まえがきショート劇場~恭也&良太郎~

「あらすじに『転生した少年』って書いてあるが、前にモノローグで言ってたように『前世で免許を持っていた』ということは少年ではないんじゃないか?」
「『心はいつまでも少年』ってことに決まってるだろ言わせんな恥ずかしい」


 

 

 

「着いたー!」

 

 長々とした階段を昇りきり、持っていた荷物を放り投げて奈緒は大きく背伸びをした。後ろから「か、階段長い……」「あ、杏奈ちゃん頑張って!」という声が聞こえてくることから一部メンバーは少々手こずっている様子だったが、まぁ荷物もあるし仕方がないといえば仕方がないが。

 

「いやぁ、長かったなぁ」

 

「そうだねー」

 

 ここでの奈緒の言葉が()したのは階段の長さのことではなく、ここに着くまでの移動時間のことだということを理解して頷き返す。

 

 小松空港からバスと電車を乗り継ぐこと約一時間だったので、アタシたちはお喋りをしながら電車とバスから見ることが出来る海と山の風景を満喫した。……え? 飛行機? アッレー、オカシイナー、全然覚エテナイゾー?

 

 何はともあれ、アタシたちは今回の合宿の場となる民宿『わかさ』に到着した。

 

『お世話になりまーす!』

 

 民宿の玄関を潜り、ニコニコと出迎えてくれた女将さんと旦那さんに全員で頭を下げる。

 

「遠いところをようこそぉ」

 

「なーんも無いとこさけぇ、ビックリしたでしょう」

 

「いえ、大変素晴らしいところですぅ」

 

 女将さんと旦那さんの言葉に「そんなことありませんよぉ」と頬に手を当てながら微笑んだまゆは、スッと表情を引き締めて頭を下げた。

 

「この度は、一日早くお世話になるというワガママを聞いていただきありがとうございます」

 

「いえいえ、そんな、気にしないでくださいな」

 

「若い人たちが利用してくれるっちゅうだけで、こっちはありがたいんですわ」

 

 そう笑い飛ばしてくれる二人に再度全員で感謝の言葉を述べつつ頭を下げるのだった。

 

 

 

「わ! 広ーい!」

 

「素敵なお部屋です!」

 

 女将さんに案内された部屋に入ると可奈と星梨花が感嘆の声を上げる。今回アタシたち九人に用意された部屋は一階の二部屋を繋げた大部屋だった。

 

「まぁ九人で寝るとなると、これぐらいの広さは必要ね」

 

「それで、この後どうするん?」

 

 部屋を見回しながら美奈子は荷物を置き、奈緒が今後の予定を聞いてくる。

 

「あ! 海に遊びに行くってのはどうでしょうか!」

 

「……暑いから外、出たくないなぁ」

 

 元気よく手を挙げて提案する可奈に対し、杏奈は露骨に嫌そうな表情を浮かべた。

 

「海に行くってのは魅力的で賛成したいところなんだけどー……晩御飯の前にやっておきたいことがあります!」

 

「? やっておきたいこと?」

 

「そ! というわけで、みんな! 動きやすい服装に着替えて表に集合ー!」

 

 そんなアタシの提案に、あらかじめ話していたまゆ以外の全員が首を傾げるのだった。

 

 

 

 

 

 

「恵美さん、何をするつもりなんですかね?」

 

「一足早くトレーニングでも始めるのかな?」

 

「みんなー、お待たせー!」

 

 私たちがジャージなどの運動用の服に着替えて外に集合しているところに、恵美さんとまゆさんは遅れてやって来た。

 

「って、恵美とまゆ、何持ってるん?」

 

「んー? 雑巾とモップだけど」

 

 奈緒さんの質問に、恵美さんとまゆさんが両手に持っている雑巾の入ったバケツと数本のモップを掲げた。

 

「? お掃除するんですか?」

 

「そう、お掃除! 今からみんなで運動場のお掃除をしたいと思いまーす!」

 

 

 

 今回合宿を行うこの民宿の向かいには体育館のような運動場が存在する。ダンスのレッスンを行う上で大切なこの場所に、明日から五日間765プロの皆さんだけでなく私たちバックダンサー組もお世話になる。故に、先に到着した私たち全員で掃除をして綺麗にしよう、というのが恵美さんの提案だった。

 

「まぁ、普段から掃除をして綺麗にしてるって女将さんも言ってたけど、こういうのは気持ちの問題よねぇ」

 

「確かにそうね。私たち全員がお世話になるところだから、私たち自身の手で綺麗にしたいわね」

 

 雑巾を絞りながらそんな会話をするまゆさんと美奈子さんの言葉を耳にしながら、私は一人みんなと離れた場所で運動場の床にモップをかける。

 

「……はぁ」

 

 元々私は、一足先に民宿に到着する今回の予定に乗り気ではなかったが、奈緒さんや美奈子さんに押し切られる形で参加することになってしまった。確かに、私たちは一緒に今回765プロの皆さんのバックダンサーとしてステージに立つ。しかし、同じステージに立つ以上、ライバル以外の何者でもないのだ。

 

 それなのに、今こうして必要以上に仲良くする意味が果たして何処にあるというのだろうか。

 

「志ー保っ! 何一人で掃除してるのー?」

 

「……恵美さん」

 

 投げかけられた底抜けに明るい声に対してややうんざりした感情を抱きながら振り返ると、予想通りそこにはニコニコと笑いながら雑巾を持つ恵美さんが立っていた。

 

「別に。掃除をする以上、それぞれ別の場所を分担した方が効率的だと判断しただけです」

 

「そんな硬いこと言わずにさぁ、一緒に掃除しようよ~? 一緒に掃除すれば、楽しく出来るじゃん?」

 

「……私は」

 

 やっぱり、私はこの人が苦手だ。明るく、そして気安く他人に近づくその性格が苦手だ。

 

 ……あの『周藤良太郎』の123プロダクションに所属し、あの『高町恭也』を名乗った男性の知り合いであるこの人が――。

 

 

 

「私は、貴女と仲良くしたいと思っていません」

 

 

 

 ――私は苦手(キライ)だ。

 

 

 

 

 

 

「福井県と言えばなんだ!?」

 

「は?」

 

 所と佐久間の新人二人組が抜けて初めての全体ミーティングにて、突然良太郎がそんなことを言い出した。

 

「そう、福井県と言えば……北斗さん、何?」

 

「自分でも答え分かってないなら問題形式で聞くんじゃねぇよ」

 

「えっと、サトイモやコシヒカリ……今の時期で言うなら、福井スイカってのもありだね」

 

「で? それがどうしたんだよ。福井に行ってる二人にお土産として頼むのか?」

 

 律儀にスマホを使って調べる北斗の言葉を聞きながら、話の続きを促す。

 

「いや冬馬、こういった名産というものは直接現地に赴いて楽しむというのが礼儀というものじゃないか? そうすれば恵美ちゃんたちの様子も見に行くことが出来て一石二鳥というものだ」

 

「いやいや、あいつらが合宿してる向こう五日間は俺もお前も仕事――」

 

 

 

「その仕事、消えるよ」

 

 

 

「「は?」」

 

 突然の良太郎の言葉に、俺と側で聞いていた幸太郎さんが素っ頓狂な声を上げる。

 

「いやいやいや、何言ってんだ良太郎、お前と冬馬は今度撮影に入る予定の映画の番宣が……」

 

「その番宣の撮影が何処で行われると思う?」

 

「そりゃあ予定通り、テレビ局で……はっ!? ま、まさか!?」

 

 

 

「そう! その仕事内容は『福井県での撮影』に我が書き換えたのだ!」

 

「「な、なんだってー!?」」

 

 

 

 やりやがった! いつかやるとは思ってたけどついにやりやがった!

 

 良太郎曰く、映画の宣伝を兼ねた俺と良太郎の一泊二日の旅番組の撮影をするらしく、既にスタッフとも話をつけているとのことだった。しかも合宿へ顔を出しに行けるように撮影前後の移動日をオフにする徹底ぶり。まさか社長兼プロデューサーである幸太郎さんの目を掻い潜り、自分と俺の仕事を取ってきて日程調整までこなすとは。こいつプロデューサーとしてもやっていけるんじゃねーか?

 

 しかし今は感心している場合ではない。

 

「おい! 急にそんな予定を変更したら周りの人に迷惑がかかんだろうが!」

 

「そうだぞ! こんな重要なこと一人で進めて! ホワイトボードにだってまだ以前の予定が書いて――!」

 

 

 

『え?』

 

「「……え?」」

 

 

 

 良太郎以外の全員……北斗と翔太、和久井さんと三船さんの反応に、ヒートアップしていた俺と幸太郎さんは一気に沈静化した。

 

「とーま君もこーたろーさんも聞かされてなかったの?」

 

「二人も既に話を聞いてるものだとばかり思ってたんだけど……」

 

「私は事情があるからホワイトボードはそのままにしておけって先輩が指示したと良太郎君から」

 

「わ、私もそう聞いてました。だからそのままにしておいたんですけど……」

 

 ……つまり、なんだ。

 

「全てお前たち(ついでに恵美ちゃん達)が知らなかっただけで、今回の撮影の予定は以前から決まっていたものなのだよ!」

 

「「ふざけんなあぁぁぁ!!」」

 

 その後、どうでもいいことに全力を尽くす馬鹿野郎を追いかけ、微妙に広い事務所内で行われることになった全力の鬼ごっこの詳細を語るつもりはないが。

 

 ともかく、俺と良太郎は福井県へと赴くことになったということだ。

 

 

 

 

 

 

「……はぁ……」

 

 入浴と晩御飯を終え、各々の自由時間となった。陽はすっかりと落ち、外は既に夕闇に包まれている。

 

「どうしたのぉ恵美ちゃん、こんなところで一人で」

 

「まゆ……」

 

 縁側に一人で座っていると、麦茶の入ったグラスを二つ持ったまゆがやって来た。既にピンク色のふんわりとした寝間着に着替えたその姿は、同性のアタシから見ても大変可愛らしかった。

 

「恵美ちゃん、そんな恰好で冷えちゃわない?」

 

「暑いし、これぐらいでちょーどいーよ」

 

 かく言うアタシもタンクトップにショートパンツの寝間着姿である。

 

 アタシがグラスを受け取ると、まゆはそのままアタシの横に腰掛けた。

 

「それで? 恵美ちゃんは何をお悩みだったのかしらぁ?」

 

「……悩んでるように見えた?」

 

「普段の恵美ちゃんだったら、縁側に座ってアンニュイな表情を浮かべたりしないと思うわぁ」

 

「……アタシだってー、そういう気分になることぐらいー……」

 

「………………」

 

「……あったりー……するんじゃないかなー」

 

「自分で言ってて自信無くなる恵美ちゃんも可愛いわぁ」

 

「そりゃどーもー……」

 

 はぁ、と再度ため息を吐いてしまった。

 

「……ねーまゆー。アタシって強引かなー」

 

「そうねぇ。私から良太郎さんとの大切な思い出を引き出すぐらいには強引ねぇ」

 

「うぐっ! もしかしてまゆ、あの時のことまだ根に持ってる?」

 

 まゆの言葉に思わず麦茶を吹き出しそうになってしまう。しかしまゆはいつものように「ふふふっ、まさか」と笑った。

 

「……志保ちゃんのこと?」

 

「うん。……アタシとしてはいつもと同じように接してるだけなんだけど、あーして突っぱねられちゃあねぇ」

 

 何となく志保がアタシのような人間を苦手としていることには気付いていたが、あの時の志保の言動は『それ以外の何か』を含んでいるように感じた。

 

「これからバックダンサー組として一緒に練習していくんだから、焦らずにゆっくりと仲良くなっていけばいいんじゃないかしらぁ。私の時みたいに」

 

「……うん、そうだね」

 

 麦茶を飲み干して空になったグラスを縁側にコトリと置く。

 

 

 

「……暑いねぇ」

 

「暑いわねぇ」

 

 

 

 熱い夏は、始まったばかりである。

 

 

 




・民宿『わかさ』
実際は『まるいち』という名の旅館らしい。

・「私は、貴女と仲良くしたいと思っていません」
本来の志保ちゃんは公私を分けるタイプっていうだけでここまで辛辣な言葉を発することはありませんが、今回は諸事情によりちょっとピリピリしているのでこのような言動になっております。

・「福井県と言えばなんだ!?」
安定のネットで聞きかじった知識。地元の方間違ってたらゴメンね。

・「その仕事、消えるよ」
作者の知識は「ビリヤードの王子様」止まり(ジャンプはワンピース以外読んでいない勢)

・「我が書き換えたのだ!」
絶対に許さねぇぞドン・サウザンドオォォォ!(マジェスペクターに対する激しい怒り)



 伏線を張るのが好きな作者です。しかし餌を埋めた場所を忘れるリスの如く回収し忘れも多いので(作者が)注意。

 てなわけで合宿編には良太郎と冬馬が二人で突撃することになります。出番が増えるよ! やったねアマトウ!

 次回は百話記念の番外編です。お祭り的な雰囲気に出来たらと考えております。
 ※ヒント:ネタ探し中にカーニバル・ファンタズムを視聴してしまった作者。



『デレマス十六話を視聴して思った三つのこと』

・(*゚∀゚)o彡゚ミミミン!ミミミン!ウーサミン!!

・偉い人のお眼鏡に叶ったということですね(ドヤァ)

・みくにゃんから猫耳とっても美少女が残るだろいい加減にしろ!


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番外編12 どうやらアイドルの世界に転生したようで

『お詫び』
本来、今回は前回の後書きにて触れたようにカーニバル・ファンタズムを見て思いついた『アイドル大激突! チキチキ! アイドルアルティメイト!』を投稿するつもりでしたが、予定を変更してアイ転のプロトタイプをお送りいたします。

※詳しい事情説明&謝罪はあとがきにて。


 

 

 

 

 それは、あり得たかもしれない可能性の話。

 

 

 

 

 

 

 第一話

 

 

 

 少年は、気が付いたら光の中に立っていた。

 

 一体ここは何処なのかと首を傾げていると、突如として頭の中に直接声が響いてきた。それはうら若き女性の声のようにも聞こえ、しゃがれた老人の声のようにも聞こえた。

 

 曰く、声の主は神様らしい。

 

 曰く、少年は不慮の事故でその生涯を終えてしまったらしい。

 

 曰く、少年の死は神様の予定にはなかったものらしい。

 

 曰く、代わりに何でも好きな能力一つと共に別世界に生まれ変わらせてくれるらしい。

 

 そこまで聞いた少年は、なるほどと頷いた。

 

(転生モノってやつだな、それもとびっきりのテンプレの)

 

 思い出すのは生前ネットで読み耽った、オリ主(オリジナル主人公)たちが「俺TUEEEE」などと言いながら原作キャラ相手に大立ち回りを繰り広げる転生モノの二次創作小説の数々。

 

 なるほどどうやら今度は自分がそのオリ主として選ばれてしまったらしい。

 

 あれって空想の話じゃなかったんだなーと心の片隅で思いつつ、それと同時に今更ながら死の直前のことを覚えていないことに気付く。しかしその疑問は口に出す前に解消された。

 

 曰く、余りにもむごい死に方をしたため、ある程度記憶に補正をかけておいてくれたらしい。

 

 ただそのおかげで生前に対する未練みたいなものまで補正をうけてしまったそうだ。道理で死んでしまったことに対して何の感慨も沸かないはずである。

 

 ならばしょうがないとある種の諦めに似た感情と共に、少年は貰う能力について考え始める。

 

 神様から貰う能力というのはオリ主にとっての最大の武器であり、オリ主がオリ主たる理由となりえるものだ。

 

 しかし、貰う能力を選ぶにしてはやや情報が足りない。

 

 例えばの話である。転生オリ主のテンプレ能力である『異空間から大量の武器を取り出す能力』を貰って巨大ロボットが戦う世界に転生したとする。確かに数多の武器を大量にばら撒けばロボットは倒せるかもしれないが、超遠距離からの広範囲殲滅兵器などの対処法が思い浮かばない。

 

 逆に巨大ロボットに乗りこなす才能を貰って魔法の世界に転生してしまっては宝の持ち腐れ以外の何物でもなくなってしまう。才能ではなく巨大ロボット自体を貰った場合でも同じである。

 

 となると転生先に見合った能力の選択が必要となる。

 

 そこで自分の転生先の世界の情報を貰おうと尋ねてみるが、何故か反応がなかった。

 

(これは困った)

 

 貰える能力は一つ。転生先が分からないこの状況で最善の能力は何かと考え、とある一つの考えに至る。

 

 そしてその能力を口にした瞬間、少年の意識は暗転した。

 

 少年の願いは受理され、転生が始まった。

 

 

 

 『転生する世界で最も武器となる能力』と共に……。

 

 

 

   #

 

 

 

 ○月○日

 

 今日から俺も小学一年生になったので、これを機に日記を書き始めることにする。日記は基本的に自分以外の誰かが読むことを想定しないので、決して人に言えない秘密もここに記して残しておこうと思う。

 

 まず、俺こと周藤良太郎は前世の記憶を持つ転生者だということだ。

 

 気が付いたら死んでいて、自称神様から特典として『転生する世界で最も武器になる能力』を貰ったのだが、未だに能力が何なのか判明していない。そもそも俺が生まれたこの世界は前世と同じような極々普通の世界である。魔法が無ければ巨大ロボットも無い。しいて言うならややアイドルの番組が多いぐらいだ。てっきり物語のような世界に転生するとばかり思い込んでいたため上記のような特典を望んだのだが、これでは全く持って無駄な特典となってしまった。もしかして日常系超能力モノの世界なのかとも考えたのだが、超能力らしきものもない。よくよく考えてみると神様は転生先が物語の世界とは一言も言っていなかったから、俺の勘違いだったのかもしれない。

 

 だがその場合、特典の能力は一体何なのだろうか。普段の日常生活の中に最も武器となる能力となると知力や体力の向上だが、それらしい傾向も無い。世間様からは天才児ではないかと騒がれていたりするが、これは前世の記憶を持っていることが理由だから当てはまらないだろう。全く持って謎である。

 

 自分の誰にも話せない秘密はここまでにしておいて、そろそろ日記らしいことを書くことにする。

 

 最初に書いたように今日から俺は小学生となった。つまり今日は小学校の入学式だったのだ。俺が入学したのは市立旭小学校。初め両親は俺に小中高一貫の私立校を受験させようとしたのだが、悪いが断らせてもらった。俺が同年代の子供より頭がいいのはあくまでも前世の記憶を持っているからであり、俺の頭脳は平凡そのもの。小学校はともかく中高で学ぶ全ての内容を覚えているわけではない。故に将来両親を失望させてしまう可能性があるため、自分からハードルを下げることにしたのだ。

 

 入学式は何事も無く終了。校長先生の挨拶が長いと周りの子供たちがうるさいのは幼稚園の頃と同じなので特に思うところはない。そもそも一ヶ月前まで幼稚園にいた子供たちが、小学生になった途端にちゃんとするようになるわけがないのだ。

 

 式の後はそれぞれの教室(一年一組)に移動して担任の先生(高橋宮子女史)と一緒に自己紹介。他の生徒が自分の名前と好きなモノをたどたどしくも答えていくのを(頑張れ頑張れ)と完全に父兄目線で観察していた。

 

 その後は高橋女史から簡単な説明があった後に解散となった。同じ幼稚園でよく遊んでいた子にバイバイと手を振りながら母上と手を繋いで帰宅。夕飯は入学祝いということで前世の頃からの好物であるハンバーグだった。

 

 ここまで書いて読み返してみたのだが、前半と後半の温度差が半端じゃない。まぁ前半のような話を書くことはこれからほとんど無くなるだろう。あくまでもこれは日記であり、俺の転生人生の考察文ではないのだから。

 

 特典の能力の詳細が分かるまで、精々二度目の小学生ライフを楽しむことにしよう。

 

 

 

 

 

 

 ×月×日

 

 日記を書き始めてから早四年である。入学式の日から書いているから、大体四年と十カ月。あと少しで五年目に差しかかる。何故このような中途半端な時期にこのような書き出しをしたかと言うと、久しぶりに自分の誰にも言えない秘密について書くからである。

 

 久しぶりに書くが、俺は『転生する世界で最も武器になる能力』を特典として生まれ変わった転生者である。転生して九年経ち、今まで分からなかった特典のヒントを掴んだのだ。

 

 どうやら俺は『他の人より歌が上手い』らしい。

 

 今日は一ヶ月後に控えた校内合唱コンクールの練習を行ったのだが、クラス全員の推薦を受けて俺が合唱曲のソロパートに選ばれてしまったのだ。思い返してみれば幼稚園の頃も先生に「リョウ君はお歌が上手だねー」と言われていたし、一年生の頃から音楽の成績は常に五で、音楽の先生からも他の生徒の手本になって欲しいと言われたこともあった。寧ろ何故今の今まで気付かなかったのだろうか。

 

 昔から言われていたことでもう一つ思いだしたことがあった。それは『他の人より若干身体能力が高い』みたいだということ。

 

 幼稚園でのかけっこでは常に一着で、小学校に入ってからの体育の授業でも他の子供たちよりも若干ながら成績が良い。これも転生したからだろうと考えていたが、よくよく考えてみると身体は間違いなく子供のものなのだから前世がどうのこうのという話ではない。

 

 『歌が上手い』と『身体能力が高い』。この二つのどちらか、もしくは共通する何かが俺の特典なのだろう。

 

 しかしこの二つの何処が最も武器となる能力なのかが全く分からない。いよいよ歌いながら戦う世界が現実味を帯びてきたようで非常に怖い。ここまで何事も無く過ごしてきたのだから、このまま何事も無く過ごしていきたいものだ。

 

 さて、四年ぶりの転生考察はここまでにしておいて日記を書くことにしよう。

 

 上にも書いたように今日は合唱コンクールの練習があった。今回歌う曲は先日書いたように珍しくソロパートというものが存在する。そこでクラスの誰がソロパートを担当するかを話し合ったのだが、片桐が「周藤君がいいと思いまーす!」と言った途端にクラス全員がそれに賛同してしまい、とんとん拍子に決まってしまったのだ。

 

 な、何を言っているのか分からないと思うが(以下略)。

 

 まあ選ばれたからにはしっかりとやりましょう。歌うことは好きだしね。

 

 

 

 

 

 

 △月△日

 

 春である。俺が周藤良太郎に転生してから十一回目の春であり、この日記を書き始めてこれで六年目。新学期を境に新しい日記帳に変えているため、これも六冊目である。我ながらよく続いたものだ。

 

 そんな六冊目の日記帳の冒頭なのだが、日記に書かなければならない重大な事柄が発生してしまった。

 

 周藤良太郎、十一歳。アイドルを目指すことになってしまった。

 

 結論を最初に書いたことだしここからはしっかりと過程を書くことにしよう。

 

 ことの始まりは我が両親、母上と父上である。夕食後に家族揃ってリビングでテレビを見ていた時のことだった。ちょうどその時見ていたのは日本最大のアイドルコンテスト『IU(アイドルアルティメイト)』の特集で、それを見ていた母さんが一言。

 

「ここに出てる人たちよりリョウ君の方が歌上手じゃなーい」

 

「確かにそうだ! 俺と母さんの息子であるリョウならきっとアイドルだってやっていけるに決まっている!」

 

 とまぁ何故か知らないけどすごい勢いで父さんまでもが喰いついてしまった。「おにいちゃんアイドルになるのー?」と小首を傾げてくる美咲を抱きかかえて「そうだぞー! お前の兄ちゃんはきっとすごいアイドルになるぞー!」とくるくる回り出す始末。これと決めた時の両親の行動は早く、あれよあれよと話は進んで来週の土曜日にはアイドルの事務所に出向くことになってしまった。正直、どうしてこうなったと言わざるを得ない。確かに歌も体を動かすことも好きだが、それとアイドルとしてやっていくことは別問題である。あんなテレビに出ている人たちのように周りに愛嬌を振りまくことが果たして俺に出来るのだろうか。

 

 まぁ、望まれていた私立校に通うことなくのんびりとさせてくれた両親の頼みを聞くことはやぶさかではない。身内視点の親バカめいた考えからの発言以外の何物でもないだろうが。

 

 ここは一つ、アイドル目指して頑張ってみることにしますか。

 

 とりあえず、下から「応援グッズの定番はやっぱり団扇だよな」という父さんの言葉が聞こえてきたからちょっと止めてくる。

 

 

 

 

 

 □月□日

 

 今日は両親及び美咲と共にアイドル事務所に行った。765プロという出来たばかりの事務所で、社長兼プロデューサーの高木さんとアイドル候補生一人だけの本当に小さなところだった。

 

 母さんが友人に俺がアイドルを目指すということを相談したところ、この事務所を紹介されたそうだ。何でもその人物というのが今は引退してしまった歌手の音無水鳥さん(そんな大物が友人だったとは一言も聞いたことが無かった)。高木さんは水鳥さんの古くからの友人で、所属するアイドル候補生も水鳥さんの娘さんらしい。出来たばかりで実績が無ければ所属アイドルも候補生一人だが、高木さんは安心して自分の子供を送り出すことが出来る人物である。と水鳥さんが言っていたと母さんから聞いた。

 

 段ボールが積まれていてまだまだ出来たばっかりというのが目に見えて明らかな事務所内のソファーに座り、両親と高木さんが話し始める。話していることは自分に関係のある事柄なのだが、付いてきた妹様がとても暇そうにしていたので仕方なく遊び相手になってやる。

 

 するとどうやら「とりあえずどれぐらい歌が上手いのか聞いてみたい」ということになったらしく、ここでいいからちょっと歌って欲しいと言われた。先日声変りが来て若干喉は本調子ではないのだが、とりあえず最近のヒット曲を歌ってみた。

 

 歌い終わった途端、高木さんが突然「ティンと来た!」と叫んでボーカルレッスンとダンスレッスンの日程を決めることになった。どうやら俺の歌は高木さんのお眼鏡にかかったようで、アイドル候補生としてこの事務所に所属することになった。高木さん曰く俺にアイドルとしての才能を見出したと言っており、今からレッスンを積めば次は無理でもその次の『IU』には十分出場して優勝を狙うことが出来ると言って

 

 ここまで書いて気付いたのだが、まさか俺の転生の特典ってこれじゃないよな?

 

 転生する際に俺が神様から頼んだ特典は『転生する世界で最も武器となる能力』である。この世界には様々なアイドルの番組が存在し、全国的なアイドルコンテスト『IU』なんてものが存在する。明らかに俺の前世よりも『アイドル』という存在が重視されている。となるとそれ関連の能力が最も武器になる能力であっても何もおかしくない。

 

 つまり俺が神様から貰った『転生する世界で最も武器となる能力』とは。

 

 『アイドルとしての才能』

 

 ということなのだろうか。

 

 

 

   #

 

 

 

「ふぅ……」

 

 高木順一郎はソファーに深く体を預けながら、先ほど見送った周藤一家のことについて思いを巡らせる。

 

 いくらあの音無水鳥からの紹介とはいえ、所詮肉親からの推薦。親としての贔屓の目が存在するものだとばかり考えていた。確かに小学生にしては落ち着いた雰囲気を持つ大人びた少年で、将来きっと美少年と呼ばれる存在になることは十二分に考えられた。だが小学生レベルで歌が上手いということだけでは、渡り抜けるほど甘くないのだ。

 

 しかし、その考えはあっさりと覆されることとなる。

 

 何か一曲歌って欲しいと頼むと、妹と遊んでいた少年はソファーから立ちあがってコホンと咳払いをした。その瞬間、少年が纏っていた雰囲気が一変した。先ほどまでの落ち着いた雰囲気はなく、まるで歴戦の戦士のような鋭いオーラが漂っているように感じる。そのオーラに呆けているうちに、少年は何曲か歌い始めた。最近のヒット曲のサビだけを何曲か歌ったのだが、その全てを少年は完璧に歌いきった。

 

 歌は確かに上手かった。しかしそれ以上に、まるで周りの人間を引き込むかのような強いオーラを感じた。

 

 彼は必ず将来トップアイドルになる。そう確信めいたものを感じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 第二話

 

 

 

 ○月○日

 

 今日は初めてのレッスンの日だった。レッスンはボーカルレッスンとダンスレッスンの二種類を行っていくらしく、今日はボーカルレッスンを受けた。事務所に集合した後、高木さんの車で水鳥さんの娘の小鳥と共にレッスンスタジオまでまとめて送迎された。

 

 スタジオに到着してこれからお世話になる先生と顔合わせをしたのだが、なんと先生は水鳥さんだった。なんでも歌手業を引退した後、こうしてインストラクターとして働いているらしい。全く知らなかったから素直に驚いた。

 

 という訳でボーカルレッスン開始。今まで学校での音楽の授業ぐらいしかしたことが無かったので、こうした真剣な歌の練習と言うのは初めてである。基礎的な音程の取り方や呼吸の仕方など、水鳥先生(本人からこれからはそう呼ぶように言われた)の指導のもと行われた。水鳥先生曰く、俺は相当筋が良いらしい。歌が上手いなどのことは今まで散々言われてきたが、あの音無水鳥に褒められるのはすごく嬉しい。慢心するつもりはないが、本当に俺は歌が上手いんだという実感が湧いた。小鳥も流石水鳥先生の娘、といった上手さだった。

 

 しかし歌が上手いというだけで本当に『アイドルとしての才能』というのだろうか。歌が上手いだけがアイドルの才能だとは思わないが。

 

 レッスンの後は水鳥先生に連れられ小鳥と共に夕飯を食べに行った。水鳥先生でもこんなファミリーレストランにはいるんだなぁ、とそんなことを思った。相変わらず小鳥は俺に慣れていないらしく、食事中もちらちらとこちらを見つつも俺が視線を向けると俯いてしまう。これから765プロでアイドルを目指す仲間として仲良くやっていきたいのだが。

 

 果たして小鳥と仲良くやっていける日と俺の特典が分かる日はいつ来ることやら。

 

 

 

 

 

 

 ×月×日

 

 前日に引き続き、今日もレッスンの日。今日はダンスレッスンを受けた。昨日と同じように高木さんに送迎されてダンススタジオに向かう。

 

 俺達のダンスレッスンを引き受けてくれるのはダンストレーナーの増田さん。何処かで見たことある顔だなーと思っていると、向こうは俺のことを知っていた。何でも増田さんは去年からの俺のクラスメイト、増田レナの母親らしく、去年の授業参観で俺のことを見たことがあったらしい。俺は一切覚えていないが、確かに増田さんの面影を感じた。

 

 レッスンは昨日同様に初日ということで実際のダンスをするのではなく、柔軟運動などの基礎的なものを行った。本格的に運動をしていたわけではないが体の柔らかさにはちょっと自信があり、百八十度とまではいかないでもそれに近い開脚前屈が出来る。一方小鳥は「お前そんなんで本当に大丈夫なのか」と言いたくなるぐらいの体の硬さだった。とりあえず前屈でつま先を触れるようになるまで頑張ろう。

 

 昼休憩は小鳥を誘ってスタジオ近くの公園へ弁当を食べに行った。お互いに母親に作ってもらった弁当を食べながら少し話をした。小鳥は母親が歌手だったからアイドルを目指しているわけではなく、母親の仕事に着いて行った時に見たアイドル(名前は知らないらしい)の笑顔を見て、それに憧れたんだとか。親に勧められたから受動的な理由の俺と違い、しっかりと自分の意思で能動的に動いたということに、素直に感心した。その後もちょっとずつ自分達の周りのことを話し合っている内に昼休憩は終わり、スタジオに戻るのが少し遅れて増田さんに怒られてしまった。

 

 けど少し小鳥と仲良くなることが出来たので結果オーライとする。

 

 

 

 

 

 

 △月△日

 

 今日はアイドル候補生としてレッスンを初めてちょうど一ヶ月となる日である。確かにやるからにはしっかりとやると決めたが、自分からなりたいと言ったわけじゃないのによくもまぁ続いたものである。

 

 土曜日で学校が休みなため朝から事務所に向かうと今日は珍しく誰もいなかった。三人しかいない事務所のため一応合鍵を預かっているので、それを使って事務所に入る。いつも俺が来る時は誰かしらがいるので事務所の合鍵を使ったのは何気にこれが初めてだった。

 

 いつも通りスケジュールの確認をしようと思ったが高木さんがおらず、やることが特になかったのでいつも小鳥がしている掃除を代わりにやることにした。少しずつ物が増えてきたが、まだまだ出来たてホヤホヤの事務所の掃除はいたって簡単。軽く床を掃いてから雑巾がけ。時間にして三十分程度で終わった。

 

 雑巾がけで痛んだ腰をトントンと叩いていたら小鳥がやってきた。何でも珍しく寝坊してしまったらしい。理由を聞いてみたところ、ゴニョゴニョと「アニメは夜遅くのものの方が面白くてですね……」とかなんとか言っていた。いや、俺も前世でそれなりに深夜アニメは見ていたが、お前俺と同い年で小学六年生だよな。こんな早くから染まってしまってこいつは大丈夫なのだろうかと若干心配になる。

 

 掃除も終わり今度こそやることが無くなってしまったので、高木さんが来るまで適当にテレビを見ながら待つことにする。最近のアイドル事情を把握しておくことも勉強になる、と高木さんは言っていた。菓子やら何やらを摘みつつテレビを見ていたら高木さんがやや興奮気味にやってきた。何事かと思ったら

 

 俺の『持ち歌』の作成が決まったらしい。

 

 何でも作詞作曲で有名な九十九兄弟に、水鳥さん経由で紹介してもらって俺達の曲を作ってもらうように交渉したらしい。まだアイドル目指して一ヶ月そこそこで実績すらない新人以下の俺達に、そんな簡単に曲を作ってもらえるはずがない。と思っていたのだが、何か俺のボーカルレッスンとダンスレッスンの様子を録画したものを見せたらOKサインをもらったそうだ。光るものを見たとかなんとか言ってたそうだが、もしかしてこれも特典の一部なのだろうか。とにかく曲が出来次第、ボーカルレッスンとダンスレッスンをそれらの練習に移行するらしい。

 

 ようやくアイドルらしくなってきて素直に嬉しいのだが、一つだけ素直に喜べないことがある。曲を作ってもらえるのは俺だけで、小鳥の曲はまだ先になるということだ。小鳥は笑顔で祝福してくれたが、やはり申し訳なさがある。小鳥の方が俺よりも先にアイドル候補生として頑張っていたというのに、これは俺の方がアイドルとしての素質を見出されたと考えるべきなのだろうか。

 

 まぁ、ここで俺がどうこう考えてもこの結果は変わることはないだろう。俺が小鳥の曲を作ってくれと言って聞いてもらえるわけもない。だったら、先に作ってもらった曲で精々一花咲かせてみましょうか。

 

 とりあえず、明日その兄弟のところに挨拶に向かうそうだ。

 

 

 

 

 

 

 □月□日

 

 俺の曲が完成した。九十九兄弟のところに挨拶に行って僅か一週間のことである。

 

 事務所で高木さんから完成の連絡を受けたと聞いた時はリアルで「早っ!?」と叫んでしまった。何でも俺のレッスンの方を見たときからある程度のイメージは固まっていたらしく、俺が挨拶に行って直接対面したことでインスピレーションが爆発したとかなんとか。何というか、芸術家ってすごいと思った。

 

 そしてついに完成した、俺のアイドルとしてのデビュー曲。

 

 そのタイトルは『Birthday』。

 

 この曲を以てアイドル『周藤良太郎』は誕生するんだとか。確かに、この曲を人前で歌うことが俺のアイドルとしての誕生日となるのだろう。

 

 そしてその誕生日も決定したことが高木さんから告げられた。一ヶ月後に行われる新人アイドルのオーディション番組『ゴールデンエイジ』への出演が決定したそうだ。これは新人があの『IU』に出場するための一番の近道となるオーディションらしく、このオーディションで優勝すると『IU』への出場資格が得られるとのこと。

 

 明日からは俺の『バースデイ』のボーカルレッスンと振り付けの練習になるそうだ。つまり今まで一緒にレッスンをしていた小鳥とはこれからは別メニューとなってしまうそうだ。今まで一緒にやってきたのに、それはそれで少し寂しい気がする。それを本人に直接言ってみると、小鳥は頬を赤く染めてモジモジと俯いてしまった。小鳥と美咲は俺の二大癒しである。

 

 美咲で思いだしたが、今日事務所から帰ってくると美咲の幼稚園の友達がお泊りに来ていた。あずさちゃんと言って、美咲と一番仲がいいお友達らし

 

 

 

 変なところで途切れてしまったが、日記を書いている途中に気配を感じて後ろを振り返るとあずさちゃんがいて驚いてしまったのだ。どうやらお手洗いに行こうとして俺の部屋に迷い込んでしまったみたいであった。これはもう方向音痴とかいうレベルじゃないような気がする。あずさちゃんの将来が心配である。

 

 

 

 

 

 

 ◇月◇日

 

 いよいよ明日は『ゴールデンエイジ』出演の日ということで、今日は一日ボーカルとダンスの最終チェックを行った。『バースデイ』を貰ってから一ヶ月間、学校帰りにスタジオに向かいただひたすら練習の毎日の成果を見せる時なのだ。水鳥先生と増田さんの両者から太鼓判を押されているものの、流石にテレビ出演ということでかなり緊張している。

 

 今まで周りの人から散々歌が上手いだのどーだのと言われ続けてきたが、その審議がはっきりとする。周りの人たちが俺を煽てているとは考えづらいが、なまじ前世と言う記憶と知識を持っているだけに不安は拭いきれないのだ。

 

 そんな俺の不安に気付いていたのか、小鳥がミサンガをくれた。何でも手作りらしく、俺のデビュー成功祈願だそうだ。さらに家に帰ると美咲も友達と一緒に作ったというお守りをくれた。癒し二人からの贈り物に感じていた不安が空の彼方へ吹き飛んでしまった。ついでに父さんと母さんは俺の応援グッズとして団扇やら横断幕やら作っていた。応援してくれるその姿勢は大変ありがたいのだが、それは出来れば家の中だけの使用に留め、決して外に持ち出さないようにしていただきたい。流石にまともにデビューしていないのにそれは恥ずかしすぎる。

 

 応援してくれている人たちのためにも、明日は頑張ろう。

 

 

 

   #

 

 

 

 トップアイドルを目指す十五歳以下の新人アイドルのためのオーディション番組『ゴールデンエイジ』。

 

 年に二回行われるその番組内で、一人の新人アイドルが産声を上げた。

 

 アイドルを目指し始めてから僅か三ヶ月にも関わらず、あの九十九兄弟に曲を作ってもらうという異例な存在。

 

 しかしそんな事実すら霞むほどの、圧倒的な実力。ダンスが目を、歌が耳を捕えて離さず、発するオーラが審査員と観客全員を飲み込んだ。

 

 一切の実績を持ち合わせない、僅か十一の少年。彼は番組史上最高得点を叩きだして優勝した。

 

 この日が、アイドル『周藤良太郎』の誕生日となった。

 

 

 

※続かない

 

 

 




 というわけで今回は現在のアイ転の形になる以前のプロトタイプをお送りしました。

 名前や特典の設定は現在のものと変わりませんが

・幸太郎(兄)がおらず美咲(妹)が存在する。
・音無小鳥や日高舞と同期(つまりアニマスから16年前)
・765プロに所属

 などが変更になっております。他にもクラスメイトに早苗さんがいたり、デビューの経緯が違ったり。

 そして何よりも「日記形式」というのが大きな違い。こうすることで勘違い要素を多くしようと考えていた名残が、現在の勘違いタグ。一応「実は」その要素が含まれているけど、微妙だから消してもいいかなぁ。



 さて、それでは改めて今回の予定変更の事情説明を。

 といっても、ストーリーの骨組みは出来たがネタの肉付けが出来なかったという単純でクソ情けない理由です。別の話に路線変更しようにも時間が足りず、残っていたプロトタイプを漁ってきて掲載する始末。(世間では夏休みかつお盆休みだというのに時間が取れないとかイミワカンナイ……)

 楽しみにしていらした方がおられましたら、大変申し訳ありませんでした。『アイドル大激突! チキチキ! アイドルアルティメイト!』はもう少しネタが集まってから改めて執筆したいと思います。

 そして今回のお詫びとして(本当にお詫びになるのかは別)、来週も番外編として、次回SRが配信された時に書くつもりだった楓さん編の続きを書かせていただきます。(作者がただ書きたくなっただけ説)

 今後は、このようなことが起こらないようにスケジュール管理をしっかりとしたいと思います。

 それでは、また次回。



『デレマス十七話を視聴して思った三つのこと』

・ちゃ、ちゃまだあぁぁぁ! ママって呼んでもいいですかあぁぁぁ!

・声かけ事案発生。早苗さんこっちです。

・大仙人杏様


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番外編13 もし○○と恋仲だったら 6

テーマは「ほのぼのとイチャイチャ」


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

「……えぇ、今日はちょっと遅くなるかも。……ふふ、大丈夫よ。今日は留美さんのお家だから、心配しないで。メンバーは留美さんと早苗さんと小鳥さんよ。……えぇ、ふふ、私も愛してるわよ、アナタ」

 

 愛しい旦那様である良太郎君との通話を終える。

 

 先ほどの良太郎君との電話で言ったように、今日は留美さんの家に四人で集まって宅飲みをしていた。所謂女子会というやつである。四人とも女子という年齢ではないが、そこは気にするところではない。

 

 本当ならもう少し早く終わる予定だったのだが全員の飲むペースから『予想通り』予定よりも長引きそうだったので、遅くなる旨を旦那様に連絡したのである。

 

 ただ良太郎君も今日はジュピターの三人と居酒屋で飲んでいるらしいので、お互いに遅くなりそうだ。

 

 私はスマートフォンを手に廊下から三人が待つリビングへと戻る。

 

「「「………………」」」

 

「……あら?」

 

 しかし何故かリビングに戻ると三人が机に突っ伏していた。三人ともお酒には強いはずなのに、もう酔ってしまったのだろうか。

 

「……っ! 皆さん、今(よい)()いが早いのね? ふふふっ」

 

 我ながら会心の出来だと思う。

 

「……十点」

 

「あら、十点満点?」

 

「千点満点」

 

 もう少しあってもいいと思うのだけど。

 

 机に突っ伏していた三人がノロノロと顔を上げるが、何故か三人ともジト目だった。

 

「楓ちゃん、アンタねぇ……毎回あんな電話してるの?」

 

「? あんな電話って、ただ遅くなるっていう連絡じゃない」

 

 早苗さんの言葉の意味がよく分からず首を傾げる。その意味に答えてくれたのは小鳥さんと留美さんだった。

 

「その連絡に入る前の長い前置きのことを言ってるんですよ」

 

「なんなの、あの聞いてるこっちの背中がむず痒くなってくる甘い言葉は」

 

 マナーとして廊下に出てから電話をしていたのだが、どうやらリビングにまで聞こえてしまっていたらしい。

 

 しかし、自分としては言うほど甘い言葉を言っていたつもりはないのだけれど。

 

「あーあー、これだから熱々の新婚夫婦は」

 

「はぁ……本当だったら、今頃私も幸太郎さんと……」

 

「……ふ、ふふ、まさかここに来て美優に掻っ攫われるとは思ってもいなかったわ」

 

 自分たちの言葉でズーンと暗い影を背負う三人。

 

 この三人は私が良太郎君と知り合う前から良太郎君の兄である幸太郎さんを巡って争う恋のライバルだったらしいのだが、その戦いは幸太郎さんが123プロの事務員である三船美優さんと結婚することで勝者不在のまま終結してしまった。その話を聞いた時は「これは酷い」と言わざるを得なかった。漁夫の利っていうレベルじゃない。

 

「えぇい! 思い出したらまた腹が立ってきた! 今日はトコトン飲むわよ!」

 

「お付き合いするピヨ!」

 

「楓さん! 貴方の前の棚のオレオ取ってオレオ!」

 

「はいはい」

 

 苦笑しつつ私も三人の輪の中に戻り、何度目か分からない乾杯をするのだった。

 

「それで、ぶっちゃけ良太郎君との新婚生活はどうなんですか? もう入籍して一ヶ月以上経ちますけど」

 

 しばらくして二本目の一升瓶が空になった辺りで、小鳥さんがそんなことを尋ねてきた。

 

「え? 至って普通だと思いますけど」

 

「その普通がどんなのか聞いてるのよ」

 

「生憎私たちは全員独身なんでねー」

 

 ガジガジとスルメを齧りながら随分と自虐的な早苗さんの目は完全に座っていた。この目の座り方は酔いではなく別のことから来るそれだろう。

 

「お話していいのならお話するけど」

 

 かく言う私も、少し他の人に話したくてウズウズしていた。自分が幸せの絶頂だと、他人にそれを話したがるのは世の摂理である。

 

「話しちゃいなさいよ。もうここまで来たら毒でも皿でも食ってやろうじゃないの」

 

 私と良太郎君の話を毒扱いされるのは些か不本意ではあるが。

 

「それじゃあ、遠慮なく話させてもらうわね」

 

 私と旦那様の新婚生活(のろけばなし)を。

 

 

 

 

 

 

 ピピピピピピ

 

「……ぅん……」

 

 朝、私は目覚まし時計の電子音で目を覚ます。閉じられたカーテンの隙間から陽の光が差し込むまだ薄暗い部屋の中、腕だけを頭上に伸ばして目覚まし時計を止める。

 

 ゆっくりと目を開くと、良太郎君の寝顔が真っ先に視界に飛び込んできた。同じマンションの一室の同じベッドの上で眠るようになってから一ヶ月以上経つが、こうして間近で良太郎君の顔を見ると未だにドキッと胸が高鳴ってしまう。普段から無表情の良太郎君だが、寝顔だけは安らかな表情を浮かべているように感じる。

 

 このように、大抵私は良太郎君よりも早く起きる。故にこの時間だけは、私が良太郎君を独占することが出来るのだ。

 

「……ふふ」

 

 寝たままで無防備な良太郎君の胸板に頬を当てる。『今日は』お互いに服を着ているので布越しではあるがしっかりと良太郎君の心臓の鼓動が聞こえてきた。トクントクンという心落ち着くリズムが、彼が確かにここにいるということを実感させてくれる。

 

 一分ほどそのままの状態を堪能したら今度はそのまま上にズレ、良太郎君の頭を自身の胸の間に挟むようにしてギュッと抱きしめる。大きな胸が大好きな良太郎君と一緒に居続けるようになったからかどうかは分からないが、私の胸は少しずつ大きくなったような気がする。……流石に早苗さんや三浦さんほど大きくはないが、少なくとも星井さんや我那覇さんほどはあると思う。

 

「……んっ……」

 

 良太郎君はやや苦しそうな反応を見せるが、そのまま抱きしめ続けるとグリグリと顔を擦り付けるように動かし始める。この甘えるような行動が愛おしくて、自然と私の頬は緩んでしまう。

 

 十分に眠ったままの良太郎君を堪能した後、私は良太郎君を起こす。

 

「起きて、良太郎君」

 

「……ん……」

 

 私が揺り動かすと良太郎君はゆっくりと目を開く。自身が私の胸の谷間にいることを把握してから視線を上に動かし、そこで私と良太郎君の視線が交差する。

 

「……おはよう、楓さん」

 

「ふふ、おはよう、良太郎君」

 

 それが、私と良太郎君の朝。

 

 

 

 

 

 

 今日は本当の意味で嫁となった楓さんが留美さんの家で女子会をするということで、夜の時間が空いてしまった。ならばたまにはと事務所にいたジュピターの三人と共に居酒屋へと飲みにやって来た。

 

 冬馬と北斗さんは当然成人しているので飲酒可なのだが、翔太はまだ未成年なので飲酒は当然NG、飲み物はジュースオンリーである。未成年の居酒屋の入店はイメージが悪いのではないかとも思ったが、まぁ大事にはならないだろう、番外編だし。

 

 四人ともトップアイドルだが個室がある居酒屋なので、全員のんびりとお酒と料理を楽しむ。

 

 そんな中、北斗さんに俺と楓さんの新婚生活はどんな感じなのかと尋ねられた。

 

「――とまぁ、俺と楓さんの新婚生活の朝はそんな感じだな。っと、どうした?」

 

 焼酎のロックをチビチビと飲みながら話をしていたら、いつの間にか三人が机に突っ伏していた。もう酔ったのか? しかしジュースしか飲んでいなかった翔太まで倒れているのは何故だ。

 

「……いや、りょーたろーくんの惚気話っていう時点である程度覚悟はしてたんだけど……」

 

「流石に独り身には効くねぇ……」

 

「背中がクソ痒ぃ……」

 

 そんなことを言いながらノロノロと顔を上げる三人。個室故にいきなりの三人の奇行に周りから変な目で見られることは無かった。

 

「というか、楓さんは良太郎君が起きてることに気付いてないのかい?」

 

「間違いなく気付いてないと思いますよ。寝たふりしてますし」

 

 寝ていると信じ切っている楓さんの行動が可愛い&胸に顔を埋めるのが気持ちいいので、一緒に暮らし始めて楓さんがそれをするようになってからずっと寝たふりを続けていた。いつかそれに気付き顔を真っ赤にして恥ずかしがる楓さんを想像すると、今からその時が楽しみで仕方がない。

 

 内心ニヤニヤとしながら居酒屋の看板メニューであるチキン南蛮に舌鼓を打っていると、不意に北斗さんが疑問の声を上げた。

 

「あれ? そういえば良太郎君、結婚してからも『楓さん』って呼んでるんだね」

 

「あ、言われてみれば」

 

「そーいやそーだな」

 

 それに翔太と冬馬も同意する。

 

「結婚してからは一ヶ月かも知れないけど、実際に交際してた期間はもっと長いんでしょ? だったら、もう少し砕けた呼び方になっててもいいと思うんだけど」

 

「あー、それなんですけどね……」

 

 

 

 

 

 

 朝のスキンシップを終えて目を覚ますと、復活した日課であるランニングに俺が出かけている間に楓さんは朝食作りに取り掛かる。一人暮らし故に料理は人並みに出来ると話していた楓さんだったが、彼女は俺と結婚してからはお義母さんや我が家のリトルマミー、更には桃子さんにまで指導を仰いで改めて料理の勉強を始めたのだ。

 

「私自身もアイドルではあるのだけど、これからはトップアイドルの妻として、私生活の面でしっかりとサポートしたいと思ったの」

 

 (しょく)を断たれるとショックだからね、と可愛らしくウインクをする楓さんを全力で尚且つ痛くならないようにギュッと抱きしめたのは言うまでもない。

 

 そんな楓さんが腕によりをかけて作ってくれた朝食(純和風)を向かい合って食べている時のことだった。

 

「ねぇ良太郎君。良太郎君は、いつまで私を『楓さん』って呼ぶの?」

 

 ずずっとお味噌汁を飲んでいると、不意に楓さんがそんなことを尋ねてきた。

 

「……いつまで、と言われましても」

 

「私と良太郎君はもう夫婦で、伴侶で、新婚さんなのよ?」

 

 全部同じ意味だと思うんですけど。

 

「それなのに、未だにさん付けで呼ばれるのは少し寂しいわ」

 

 ほぅ、と頬に手を当てて悲しそうな顔をする楓さん。しかしモグモグとだし巻き卵を咀嚼している様子からそれほど深刻にその話題を出したわけではなさそうだ。ただの話題提供の一種だろう。

 

「いや……ほら、昔からの癖と言いますか、親しき仲にも礼儀ありと言いますか」

 

 別に殺伐とした世界観のニンジャ=サンではないので敬称を付けなければスゴク・シツレイという訳ではないのだが。

 

 なんというか、その敬称まで含めてその人のキャラみたいな。アニメや漫画のキャラの名前を呼ぶ時、無意識的にさん付けで呼んでしまうアレみたいな感じと言えば分かってもらえるのだろうか。

 

「別に意識的に変える必要はないと思うんですけど。今の呼び方の方がしっくりしますし」

 

「あら、分からないわよ。もしかしたら意外としっくりするかもしれないじゃない」

 

 そう言うと箸を机に置いた楓さんは膝に手を置いてワクワクとした表情でじっとこちらを見てきた。

 

 ……どうやら今からその違う呼び方で呼んで欲しいらしい。

 

 とりあえず朝食を食べ終わってからでいいんじゃないかと思ったのだが、楽しそうな楓さんを止めるのも憚られたので俺も箸を机に置いた。

 

 では改めて……。

 

「楓」

 

「っ……!」

 

 そう呼んだ途端、楓さんはビクリと肩を震わせ、次の瞬間その顔が真っ赤になった。

 

「楓?」

 

「……っ」

 

 再度呼んでみると再びビクリと肩を振るわせ、今度は視線を逸らす楓さん。

 

(……面白い……じゃなくて、可愛い!)

 

「どうしたんだ楓? ちゃんと顔を見せてくれよ楓」

 

「りょ、良太郎君、や、やっぱり、その……」

 

「何だ、楓」

 

「……ゴメンナサイ」

 

 怒っていたわけでもないのに謝られてしまい、結局呼び方は以後普段の生活での呼び捨てを禁止されてしまった。とりあえず珍しく恥ずかしがって顔を赤くする楓さんを見ることが出来ただけで満足です。ご馳走様でした。

 

 ……が、とある場所でのみ呼び捨てが解禁されるのだが、まぁ別にこいつらに話すようなことでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

「それで、結局はお互いに普段通りの呼び方に収まった、ということね」

 

「えぇ。無理に変えなくても、お互いに自然な呼び方でいいのよ」

 

 なんだそりゃ、と言わんばかりの早苗さんの視線を受け流しつつ、私はお猪口に注がれた日本酒をクイッと口に含む。ピリッとした辛みが、烏賊の塩辛の塩辛さに丁度良かった。

 

 あら、塩辛の塩辛さ……。

 

「全然上手くないわよ」

 

「別に何も言ってないじゃない」

 

 言おうとしたけど。

 

(はぁ……それにしても)

 

 あの時、良太郎君から呼び捨てで呼ばれた時のことを思い返す。

 

 成人しているとはいえ、良太郎君は私にとって年下の男の子。そんな良太郎君に真っ直ぐと私の目を見つめながら名前を呼び捨てにされた途端……何だかこう、ゾクゾクとしてしまった。気恥ずかしさと嬉しさが入り混じり、良太郎君の顔を真っ直ぐと見ることが出来なくなってしまった。

 

 それ以降、良太郎君に対して呼び捨てを禁止してしまったが、恥ずかしながらとある場所のとあるタイミングでのみ呼び捨てにしてもらっている。……今それを言うと少々怖いことになりそうなので黙っておくが。

 

「休日はお二人で過ごされているんですよね?」

 

 パリパリと落花生の殻を剥きながら小鳥さんが尋ねてくる。

 

「えぇ、基本的には」

 

「でも事務所が違うと休みを合わせづらいんじゃないですか?」

 

 そこんとこどうなってるんですか? と小鳥さんは123プロの社長秘書兼プロデューサーの留美さんに視線を向ける。

 

「123プロと346プロは周藤良太郎及び周藤楓……芸名、高垣楓の両名を中心とした合同プロジェクトを進行中です。アイドル夫婦として二人でのイベントやライブを進めています。これを機にアイドルにも自由な恋愛を、という考えの一方で、他のアイドルのファンが今回と同じように受け入れてくれるのかという不安もありますが」

 

 ふぅ、と一息つきながら答える留美さん。765プロの事務員である小鳥さんに話すには少々拙い話だったような気もするが、その話を聞いて小鳥さんがどうこうするとも思えないのでスルーする。

 

「んー、要するに、合同プロジェクトを進めて同じ仕事が増えたから仕事の休みを合わせやすくなったってこと?」

 

「簡単に言えばそうです」

 

 なるほど、と早苗さんはぐい飲みの中身を煽った。

 

「そうやって作ったオフを、二人で仲睦まじく過ごしているわけですね分かります」

 

「そんなにいつも仲良くしてるわけじゃないですよ。良太郎君が苛めてくることだってあるんですから」

 

 

 

 

 

 

「良太郎君、今から何か見たい番組ある?」

 

「んー? いや、特に無いですけど。面白いのもやってないですし」

 

 とあるオフの日の昼過ぎ。昼食後の洗い物が終わってキッチンから戻って来た良太郎君にそれを尋ねると、彼はエプロンを畳みながら首を横に振った。

 

「何か見たいものでもあるんですか?」

 

「ふふ、実は事務所の子からお勧めの映画を借りたから、今日は二人で映画鑑賞会でもしようかと思って」

 

 私が良太郎君と結婚したと世間に公表してから、事務所内で私に話しかけてくる人が多くなった。そんな中でも特に同じアイドルの女の子が多く、やはりアイドルでありながら好きな男の人と結婚することが出来た私に対して憧れに近いものがあるのではないかと考えている。今回映画を貸してくれた子も、そういった経緯で仲良くなった女の子の一人である。

 

「仲の良い二人が一緒に見ると、もっと仲良くなれる映画なんですって」

 

「へぇ、面白そうですね。いいですよ」

 

 良太郎君が同意してくれたので、私は早速その子から手渡された袋を開く。

 

「アイドルの後輩の白坂(しらさか)小梅(こうめ)ちゃんっていう子に借りたんだけど、えっと、タイトルは……」

 

「……ん? 白坂小梅ちゃんって確か……」

 

「……『クロユリマンション』」

 

 中から出てきたのは、ホラー映画のブルーレイだった。

 

「やっぱり。白坂小梅ちゃんって言ったら、霊感があることで有名なアイドルじゃないですか」

 

 ……そっとブルーレイのケースを袋に戻す。

 

「さ、さて良太郎君、今日は何しよっか? ちょ、ちょっとエッチなことでも――」

 

「ところがぎっちょん。今日の俺はそれで流されないのですよ」

 

 パッと背後からブルーレイが入った袋を取り上げられてしまった。良太郎君が中から取り出したことで再び叫ぶ女性が印刷されたブルーレイケースが目に入ってしまい、ビクリと肩が震えてしまった。

 

「あ、ちょっ……!」

 

「へー、なかなか面白そうじゃないですか。観ましょう観ましょう」

 

 良太郎君はブルーレイをデッキにセットすると、雰囲気作り~と鼻歌を歌いながら手早くカーテンを閉めて部屋を暗くし始めた。あっという間に部屋はテレビの液晶の明かりだけになってしまう。

 

「りょ、良太郎君、あ、あの、その……」

 

「さぁさぁ楓さん。一緒に映画鑑賞会しましょう?」

 

 そう言いながらソファーに深く腰を掛け、やや足を開いて手招きをする良太郎君。

 

「……意地悪」

 

「さて、何のことですかね」

 

 素知らぬ顔でとぼける良太郎君を全力で睨みつつ、私は良太郎君の足の間に体を収めるように腰を下ろした。少しでも怖さが紛れるように、良太郎君の体に出来るだけ密着させる。良太郎君も私のお腹に腕を回してギュッと抱きしめてくる。

 

「よし、それじゃあ再生しますよー」

 

 そして始まってしまうホラー映画。

 

 この時、良太郎君が体に触れてくるなどの悪戯をしてくれたら多少気が紛らわすことが出来たのだが、こういう時に限って何もしてこない良太郎君に対して内心で文句を言うのだった。

 

 

 

 

 

 

「苛めっ子だなぁ……」

 

「りょーたろーくんってやっぱりSだよね」

 

「やっぱりってなんだよやっぱりって」

 

 いやまぁ、本人は全力で睨んでいるつもりでも涙目故に全然怖くなかった楓さんは凄く可愛かったけど。

 

「っと、もうこんな時間か」

 

 スマートフォンを取り出した冬馬の言葉に腕時計を覗くと、既に時刻は十時を回ろうとしていた。

 

「明日も撮影があるから、そろそろお開きにしないとね」

 

「良太郎は明日オフだっけか?」

 

「おう。今回も楓さんと二人でのんびり過ごすぜ」

 

「僕先にお店出てタクシー捕まえとくねー」

 

 こうしてほぼ俺と楓さんの惚気話のみだったジュピターの三人との飲み会は終了したのだった。

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

 マンションの鍵を開け、帰宅する俺。部屋に入ると既に明かりが点いていたが、既に帰宅する旨のメールは送ってあり、楓さんからも「私も帰ります」という旨のメールが届いているので別に不審には思わなかった。

 

 ガチャリとリビングを開けると、そこには愛おしい妻の姿が――。

 

「って、あれ?」

 

「……すー……すー……」

 

 そこには、リビングの机に突っ伏して可愛らしい寝息を立てる楓さんの姿があった。服が出かけた時のままなので、どうやらシャワーを浴びる前に寝てしまったらしい。お酒が強い楓さんにしては珍しかった。

 

 シャワーはともかく、このままここで寝ていたら服に皺がついてしまうし、何より風邪を引いてしまう。だからここは起こすかそのまま寝室に連れていくかのどちらかを選択するべきなのだが。

 

「………………」

 

 なんとなくそのまま楓さんの横に座り、同じように机に突っ伏してみる。

 

 顔を横に向けると、すぐ側に楓さんの寝顔。長い睫、上気した頬、瑞々しい唇。美人としか形容することが出来なかった。

 

「……りょーたろーくんの、いじわる……」

 

 不意に楓さんの口からそんな言葉が紡がれた。起こしてしまったかと思ったが、どうやら寝言のようだ。果たしてどんな夢を見ているのやら。

 

 ……若干眉根がよっているところを見ると、あまり良い夢ではなさそうだ。もしかしたら以前ホラー映画を一緒に鑑賞した時のことを夢に見ているのかもしれない。

 

「嫌がらせるつもりはなかったんですよー?」

 

 聞こえてはいないだろうなぁと思いつつ、楓さんの顔にかかった前髪を払う。

 

「でも……」

 

「ん?」

 

 

 

「……だいすき」

 

 

 

「……随分とベタですね」

 

 内心苦笑しつつ、それでもこの顔の熱さはアルコールによるそれではないとハッキリと自覚した。

 

 口付けが出来る距離にまで顔を近づけ、しかし唇は合わせずコツンと額同士を合わせる。

 

 

 

「俺も大好きだよ、楓」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふふっ」

 

「ん? 楓さん、どうしたんですか? 急に笑い出して」

 

「新婚特有の色ボケじゃないのー」

 

 『以前に私が寝たふりをした時のこと』を思い出して、思わずクスリと笑ってしまった。

 

 恐らく、良太郎君はあの時私が起きていたということを知らない。

 

 

 

 だからこれは、私のとっておきの惚気話。

 

 

 

 私と愛しい旦那様の、幸せな日常の一片の物語。

 

 

 




・「ここに来て美優に掻っ攫われるとは」
まさかの美優さん大逆転ルート。こういう外史があってもいいんじゃなかろうか。

・「貴方の前の棚のオレオ取ってオレオ!」
やめてくれ、そのコラ画像は俺の腹筋に効く。

・『今日は』お互いに服を着ているので
たまに寝ぼけて脱ぐんじゃないかな(すっとぼけ)

・殺伐とした世界観のニンジャ=サン
古事記にもそう書いてある。

・無意識的にさん付けで呼んでしまうアレ
いつの間にか年上になっていても、今でもあずささんと呼んでしまうみたいなアレ。

・とある場所でのみ呼び捨てが解禁
別に書かなくても勝手に察してくれますよね(適当)

・白坂小梅
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。クール。
鬼太郎ヘアーの霊感少女。アニメでも武内Pに霊が憑いていないことを見抜くなど大活躍(?)
実は「リア充爆発しろ」とか言っちゃうキャラなので、楓さんにホラー映画を渡したのはちょっとした悪戯だったという裏設定。

・『クロユリマンション』
団地より視聴中のふなっしーの動きの方が怖いと思いました(震え声)

・ところがぎっちょん
調べてみたら古くから「ところがどっこいぎっちょんちょん」という言い回しがあるらしい。更に遡ると同じく藤原さんがビーストウォーズで同じ言い回しをしていたとのこと。ガンダムネタというよりはビーストウォーズネタなのか……?

・『以前に私が寝たふりをした時のこと』
無駄に叙述トリック的なものぶっこんでみた。
今回の話は現在(楓さん視点)→過去(楓さん視点)→現在(良太郎視点)→過去(良太郎視点)を交互に繰り返し、最後に現在(楓さん視点)で終わるようになっております。



 というわけでお詫び的な意味合いでの楓さん編でした。以前ほどイチャイチャしてない気もしますが、テーマはのんびりなので。こういう日常生活を妄想したっていいじゃない。

 これにて楓さんシリーズ三部作、完っ!



 ……と、思っていたのかぁ?(ブロリーボイス)

 さぁて、楓さんシリーズ(子育て編)は何時頃書こうかなぁっと。

 次回からはようやく本編に戻ります。



『デレマス十八話を視聴して思った三つのこと』

・冒頭うわキツ

・第四話以来のアーニャのポンポンにワイ歓喜

・バスガイド姿の紗江はん可愛いどすなぁ(幸子には目もくれず)


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Lesson88 合宿スタート!

まえがきショート劇場~恭也&良太郎~

「今回お前登場してないらしいな」
「まだ福井入りしてないし、多少はね?」白目


 

 

 

「な、765プロの皆さんが来たで!」

 

「ほ、本物の春香ちゃんでした!」

 

 夜に電気を消した後に女子トークを繰り広げてしまったので程よく夜更かししてしまった翌日。

 

 民宿の人が用意してくれた素麺で昼食を終えてしばらくした頃、誰か来たと言って見に行っていた奈緒と可奈が興奮した様子で戻って来た。どうやら765プロの皆さんが到着したようだ。

 

「な、何か緊張してきました……!」

 

「し、失礼無いようにしないと……」

 

 奈緒と可奈の緊張が伝染したのか星梨花と百合子も表情を強張らせ、他の子たちも少なからずそわそわとし始めた。志保は平然としながら窓際に座ってスマホを弄っているが、やっぱり少し落ち着かない様子だった。

 

「緊張するなってのは無理だろうけど、もう少し落ち着いたら?」

 

「そ、そんなこと言われても……」

 

「普段から周藤良太郎さんと顔を合わせてる恵美さんたちとは違うんですよぉ……」

 

 うーん。以前にも美嘉から同じようなことを言われたし、自分では気付いていなかったがそこら辺の感覚が鈍っているのだろうか。

 

「そういえば、恵美ちゃんとまゆちゃんは765プロの皆さんとお知り合いなの?」

 

 ふと気付いたように美奈子がアタシたちにそんなことを尋ねてきた。

 

「うーん、一応面識はある……かな?」

 

「良太郎さん自身は765プロの皆さんとお知り合いみたいだけど、私たちはお仕事の現場で良太郎さんから軽く紹介されたぐらいねぇ」

 

 今現在のアタシとまゆの活動は、MCなどのイベントのお手伝いや雑誌のモデルなどが中心となっている。前者はともかく後者ではトップアイドルである彼女たちと一緒に仕事をする機会があるので、一応面識はある。

 

 ……というか、765プロの皆さんだけじゃなく他の業界の関係者の方と会うたびに「良太郎さんからよく話は聞いてるよ」みたいな反応をされることから、どうやらリョータローさんが方々でアタシたちのことを話しているようだ。アタシたちを可愛がってくれて周りに自分たちを自慢してくれるのは嬉しいのだが……微妙にアタシたちのハードルが上がっているような気がする。

 

 そんな風に「実際に見てどんな人たちだったか」などの話で盛り上がっていると、私たちが昨日から寝泊まりしている部屋の襖がトントンと叩かれた。

 

 それまでワイワイと話していたその場にいた全員がビクッとなって静まり返る。

 

「どうぞ」

 

 そんな中、襖が叩かれた時点で一人静かに髪と服を整えていたまゆが立ち上がって即座に応対してしまったので、慌ててアタシたちも軽くではあるが身支度を整えながら立ち上がる。

 

「失礼するわね」

 

 そう言いながら襖を開けて眼鏡をかけた男女が入って来た。

 

「こんにちは。765プロダクションのプロデューサー、秋月よ」

 

「赤羽根だ。みんな、今回は集まってくれてありがとう」

 

 仕事の現場で何度か顔を合わせたことがある二人、765プロの秋月さんと赤羽根さんだった。

 

 誰かが秋月さんたちの言葉に反応する前に、これまた真っ先にまゆが頭を下げた。

 

「この度は、765プロダクション主催のアリーナライブの末席に加わらせていただき真にありがとうございます」

 

 深々とお辞儀をするまゆに合わせて私たちも一緒に頭を下げる。昨日民宿の人に対するまゆの反応を覚えていたので、それほど遅れずに反応することが出来た。

 

「いや、こっちとしてもバックダンサーのみんなに参加してもらえてありがたいよ」

 

「とりあえず、みんなに紹介するから居間に出てきてくれるかな」

 

 

 

 

 

 

 私たちが今回の合宿に利用させてもらう民宿『わかさ』に到着したのは昼過ぎのことだった。

 

「なんか前の旅行を思い出すなー!」

 

「あ! 海が見えるの!」

 

 畳の上に荷物を置きながら響は懐かしそうに部屋を見回し、開け放たれた窓から見える青い海に美希が飛びついた。

 

「亜美と真美がまだ着いてないから、なんか静かだよね」

 

 苦笑しながらそう零した真に、思わずクスリと笑ってしまう。

 

 亜美と真美だけではなく、あずささんと貴音さんも仕事で後から合流となっているので今ここにはいない。

 

「僕と雪歩も一度途中抜けするし。今回の合宿組むのに、プロデューサーと律子、凄く苦労したんだろうね」

 

 真のその言葉に思い返すのは、半年前、今年の二月のこと。みんなの時間を合わせることが出来ず、一緒に練習することが出来なくて焦っていたあの冬の日。あれ以来、プロデューサーさんと律子さんは私たち全員が余裕を持てるスケジュールを組むようになってくれた。結局私の我儘を叶えてくれた形になってしまったが……今こうしてみんなで合宿を行うことが出来て、私は凄く嬉しかった。

 

「みんなー! ちょっと下に降りてきてー!」

 

 階段の下から律子さんの声が聞こえてきたのは、そんな時だった。

 

 

 

「……あの、そんなに緊張しなくていいから」

 

 プロデューサーさんが苦笑しながらそう声をかけるものの、私たちの前に並んだ九人の内の七人は、程度の差はあれど全員緊張した面持ちだった。

 

「全員本業はスクールや事務所に所属するアイドル見習いだけど、今回のライブにダンサーとして参加してくれるわ」

 

 はい自己紹介して、という律子さんに促され、右から順番に自己紹介が始まる。

 

「佐竹美奈子です」

 

「横山奈緒です!」

 

「な、七尾百合子です」

 

「北沢志保です」

 

「箱崎星梨花です!」

 

「望月杏奈、です」

 

「や、矢吹加奈ですっ!」

 

「所恵美ですっ!」

 

「佐久間まゆですぅ」

 

 よろしくお願いします! と全員がお辞儀をするのに対して、私たちは拍手をしながらよろしくお願いします! と返すのだった。

 

 ふと、私の一番近くに立っていた子と目が合った。

 

「よろしくね」

 

「っ!? よ、よろしくお願いします!」

 

 するとその子は真っ赤になってしまった。こういう反応をされるのはまだ慣れていないので少しむず痒く、また自分たちも昔良太郎さんに対してこういう反応をしていたのだろうなぁと考えると懐かしいというのと同時に気恥ずかしかった。

 

 さらにそこから視線を横に移すと、以前写真撮影の現場で会った二人と目が合った。

 

「お久しぶりです、天海さん」

 

「今回はよろしくお願いします!」

 

「久しぶりだね、まゆちゃん、恵美ちゃん。今回はよろしくね」

 

 123プロダクションの新人アイドル、佐久間まゆちゃんと所恵美ちゃん。現場で一緒になったのは一度だけだったが、良太郎さんから何度か話を聞いていたので既に何度も会っているような感じだった。

 

 まゆちゃんはほんわかとした雰囲気の女の子で、恵美ちゃんは今どきな快活な雰囲気の女の子だ。タイプ的にはそれぞれあずささんや美希に似ている気がする。

 

「あはっ! 何だか楽しくなりそうなの!」

 

 先ほどまで眠そうだった美希が、パッチリと目を開けて笑った。

 

 

 

 

 

 

 早速レッスンを始めるということで、アタシたちバックダンサー組はとあるものを赤羽根さんから手渡されてから着替えるために自分たちの部屋に戻った。

 

「これって……」

 

「765プロのロゴが入ったTシャツ?」

 

 部屋に戻って手渡されたそれを広げると、それは765プロのロゴが胸元に、ひし形の模様が裾にプリントされた黒いTシャツだった。ロゴが入ったTシャツなら物販でも買えるが、恐らく今回のアリーナライブのために作った特注品だろう。

 

「私たちがこないなものもろてよかったんやろか?」

 

「私たちも今回は765プロの一員として参加するのだから、素直に765プロの皆さんの好意を受け取りましょう?」

 

 恐れ多いといった様子の奈緒だったが、まゆの言葉に納得して全員そのTシャツに着替え始めた。

 

「って、恵美さんその着方は……」

 

「え? ダメかな?」

 

 可奈の言葉に自分の姿を見返してみる。袖まくりして裾を縛っただけなんだけど。

 

 そんなにダメかなーと思っていると、すすっと近寄って来たまゆによって結んでいた裾を解かれてしまった。

 

「恵美ちゃん、今回私たちはあくまで765プロの皆さんのアリーナライブにバックダンサーとして参加させていただくわけなんだから、キチッとした格好でレッスンに望まないと」

 

「はーい……」

 

 「それに女の子が普段からへそ出しなんてはしたない」と頬に手を当ててため息を吐くまゆ。まるでアタシの母親か親戚のような言動に、思わず「南の島で大胆なビキニ姿をリョータローさんの前に晒したのは誰だったかなー」とか言いたくなった。

 

「……あれ? まゆさん、それは外さないんですか?」

 

「え?」

 

 星梨花がそう言って指差したのは、頬に当てた左手の手首に巻かれたピンク色のリボンだった。

 

「そういえば、昨日お風呂の時も外していませんでしたよね?」

 

(せ、星梨花ちゃん、凄い……)

 

(わ、私たちが聞きづらくて聞けなかったことを……)

 

 どうしてですか? と無邪気そうに首を傾げる星梨花。その後ろで杏奈と百合子がコソコソと戦慄していた。

 

「あぁ、これ? これは、私の願掛けなの」

 

「願掛け?」

 

「えぇ、願掛け」

 

 うふふっと笑いつつ愛おしそうにリボンを撫でるまゆ。

 

 

 

「まゆのこの想いが、キツく解けませんように、って」

 

 

 

「想い……ですか?」

 

「えぇ、そうよ」

 

「………………」

 

 アタシ自身が問われたわけでもないのに、アタシは内心でハラハラとしていた。

 

 

 

 ――うふふ、恵美ちゃんは知りたいの? このリボンのことが……。

 

 

 

「よ、よーし! みんな着替え終わったかなー? 終わったなら、早速運動場の方にゴー! 765プロの皆さんよりも早く準備しないとね!」

 

 不意に思い出してしまった以前のことを頭の片隅に追いやりながら、アタシは追い立てるようにバックダンサー組に声をかけるのだった。

 

 

 

「……ふふ、ありがとう、恵美ちゃん」

 

 

 

 

 

 

「まずこうして、みんなと協力して合宿を実現できたことが嬉しいです」

 

 律子さんからリーダーとして一言と言われ、真っ先に思いついた言葉がそれだった。

 

 運動場に集合し、みんなの前に立ちながら私は自分自身の思いを言葉にして紡ぐ。

 

「今回のアリーナライブは、過去経験したことが無いくらい大きなライブだよ。私たちにとって大きなステップアップになると思うし、大切な思い出にもなると思う」

 

 以前、良太郎さんから提示された『次のステージをみんなと一緒に楽しみたい』という私の新しい夢。例えみんなが忙しくなろうとも、私はみんなとのステージを大事にしたい。

 

「何より、応援してくれる多くのファンの人たちのためにも……力を合わせて、最高のライブにしよう!」

 

『おーっ!』

 

 私の言葉に合わせて、みんなが拳を突き上げながら立ち上がった。

 

「よーしやるぞー!」

 

「気合い入るねー!」

 

「みんな、いつもの行くよー!?」

 

 いつもと同じように円陣を組む私たち。

 

 しかし、当然ながらその『いつもの』を知らないバックダンサー組のみんなはポカンとした様子だった。

 

「ほら、アンタたちもよ」

 

「は、はい!」

 

 伊織に促され、慌てて立ち上がったバックダンサー組も円陣に加わる。

 

 全員が中心に向かって拳を突き出したのを確認してから、私はすぅっと息を吸った。

 

「765プロ~……!」

 

 

 

『ファイトー!』

 

 

 

「「ファイトー!」」

 

『……ふぁ、ファイトー……!』

 

 乗ってくれた恵美ちゃんとまゆちゃん以外のバックダンサー組は若干戸惑ったままだったが。

 

 

 

 こうして、私たちの合宿はスタートした。

 

 

 




・袖まくりして裾を縛っただけなんだけど。
恵美ならこう着そうと思ったけど、よく考えたら響と被ってた。

・左手首のピンク色のリボン
ガチかミスリードかそれとも……?



 そしてこのあとがきの少なさである。ほぼ原作ママな上に良太郎視点じゃないとネタが入らない。

 というわけで本編に戻ってきまして、合宿スタートとなります。福井入りしていない良太郎の登場が減りますが、恵美とまゆがいることによる変化をお楽しみいただきたいと思います。



『デレマス十九話を視聴して思った三つのこと』

・何このおっぱいの付いたイケメン

・自分から歩み寄ろうとするみくにゃん、ネコがタチとかもう分かんねぇな。

・美城常務のフラレ芸に草不可避


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Lesson89 合宿スタート! 2

まえがきショート劇場~良太郎&恭也~

1・長谷川明子さん、第一子を出産
2・ミリオンライブ、アニメPV完成
3・約一年八か月ぶりの日刊ランキング一位

「この中でどれに触れたらいいと思う?」
「いい意味でも悪い意味でもここで触れるような話題じゃないな」


 

 

 

『……はぁ……』

 

 民宿の広い浴場に、六人のため息が揃って反響した。

 

 三時頃から始まった765プロの皆さんとバックダンサー組の合同レッスンが終わったのは、夏の長い太陽が半分海の彼方に消え去ろうとする夕方だった。

 

 レッスン初日というだけあり、今日は今回のライブで踊るダンスを一通り覚えるというものだったのだが、その運動量が半端じゃなかった。正直リョータローさんや冬馬さんたち本職のアイドルの人に交ざってトレーニングに参加していなかったら、アタシやまゆもついていけなかっただろう。

 

 それで他のバックダンサー組はというと……。

 

「これでもまだ初日なんやねぇ……」

 

「想像以上だったね……」

 

 お湯に浸かる奈緒と美奈子が疲れ切った様子でそう呟く。

 

 765プロの皆さんが先に汗を流し終えたので、現在は続いてアタシたちバックダンサー組の入浴タイムである。初日もこうしてみんなで一緒に入ったのだが、和気藹々とした雰囲気だった昨日とは一転、みんな口数少なく俯きがちだった。

 

「みんな、大丈夫ー?」

 

 体を洗いつつ振り返りながら湯船に浸かる他の子たちに問いかけるも、反応は薄い。

 

「……私、ついてけないかも……」

 

「……杏奈も……」

 

 ポツリ。そう湯船で呟いたのは、百合子と杏奈。二人とも、レッスン中はリズム感がいいと褒められていたのだが、想像以上にハードなレッスンで少しネガティブになっていた。

 

「……何言ってるのよ。これがプロなんでしょ?」

 

『………………』

 

 そんな二人に私と並んで体を洗っていた志保から少々厳しい言葉が投げかけられ、二人だけじゃなくその場にいた全員が閉口してしまう。

 

「まぁまぁ。今日はレッスン初日だし、これから頑張っていけばいいって。志保も、そんなにツンツンしちゃダメだぞー?」

 

 ツンッと志保の頬を突こうとしたら無言で避けられてしまった。

 

「次の日に響かないように、お風呂上りにみんなで柔軟しましょうねぇ?」

 

「……恵美さんとまゆさんは、辛くないんですか?」

 

「え? アタシたち?」

 

 ワシャワシャとまゆに頭を洗われていた星梨花(E:シャンプーハット)がそんなことを聞いてきた。

 

 確かに、みんなと比べると余裕があるように見えるのは確かだが、あくまで『見える』だけである。

 

「そんなことないって。アタシたちも辛いよ?」

 

「ただウチの事務所の方針として基礎トレーニングに重点を置いてるのよぉ」

 

 周藤良太郎というアイドルは徹底的な基礎トレーニングからなる圧倒的な体力が根幹である、とは社長や冬馬さんの談である。

 

 体力が付けば付くほど長時間のライブにおいても歌やダンスを劣化させずに完遂することが出来、そもそもレッスンに費やす時間を長くすることも出来る。そこで123プロの新人であるアタシとまゆの二人は、必要最低限のダンスレッスンとボイスレッスン以外は基本的に基礎トレーニングで体力を付けている真っ最中なのだ。

 

 余談ではあるが、高町家に赴いている冬馬さんとは別メニューである。……いや、一度見学させてもらったけど、アレは本当にアイドルに必要なトレーニングなのかどうかギリギリ(でアウト)なラインだったし……。

 

「そもそもアタシだって事務所に所属してレッスン始めるようになったのって四月からなんだから、みんなとそんなに変わらないって」

 

「だからみーんなレベルは同じ。これから一緒に頑張りましょうねぇ」

 

「は、はい!」

 

 それまでの空気も一緒に流すように、まゆは星梨花の頭の泡をシャワーで洗い流すのだった。

 

 

 

 

 

 

「プリッと肉厚、かつ新鮮……なんとも……面妖な……」

 

「……アンタ、シレッと戻ってきてるわね」

 

「皆と早く合流したいという一心で、早く仕事を終わらせて参りました」

 

 レッスンでかいた汗を流し、全員揃っての夕食。先ほどまでいなかった貴音さんがいつの間にか一緒にテーブルに着いており、全員の気持ちを代弁した伊織の言葉に思わず苦笑してしまった。

 

 テーブルの上には、民宿の旦那さんと女将さんが用意してくれた新鮮な海と山の幸の料理が並べられていた。元々民宿なだけあって料理はどれも素晴らしく、それでいて何処となく素朴な味がして、やよいの「お母さんが作った煮物と同じ味がします!」という言葉に少し共感できた。

 

「塩味が効いてて美味しいの!」

 

「運動した後だから、美味しいよね」

 

「こうしてみんなで食べるのも久しぶりね」

 

「うん!」

 

 亜美真美とあずささんはまだ到着していないものの、こうして765プロのみんなでテーブルを囲むのは久しぶりだった。

 

 ふと、隣のテーブルに視線が移った。今回の合宿に参加した人数が多いので、私たち765プロのメンバーとバックダンサーのメンバーは別のテーブルに着いており、隣のテーブルはそのバックダンサーの子たちが食事をしている。

 

『………………』

 

 しかし、どうやら隣のテーブルのみんなはあまり食事が進んでいない様子だった。大皿の煮物に箸を伸ばす様子は見られるのだが、そのまま引っ込めてしまう。

 

「ん~! 牡蠣美味し~!」

 

「恵美ちゃん、よかったら私の分も食べる?」

 

「いいの!? ありがとー!」

 

 その一方で恵美ちゃんとまゆちゃんはそんな様子も見せず、美味しそうにご飯を食べていた。123プロに所属しているだけあって、多分あの良太郎さんとのトレーニングを既に経験済みなのだろう。あぁ、思い出される地獄の『ランニングボイスレッスン』……。

 

 ……ちょっと、みんなとお話したいなぁ。あ、でも座る席が無いし……。

 

「………………」

 

 ん? 恵美ちゃんが、箸を咥えたままこっちを見ていた。

 

「……! 春香さん!」

 

 それから何かを思いついたらしくガタッと席を立った。

 

「な、何? どうしたの恵美ちゃん」

 

「恵美ちゃん、お食事中に立ち上がるのはお行儀悪いわよぉ?」

 

「ごめんごめん。春香さん、お食事中に申し訳ないんですけど、席替えしませんか?」

 

「え?」

 

「折角の機会なんだし、765プロの皆さんともっと交流したいなーと思いまして!」

 

「……そうねぇ。雪歩さん、私もお願いできますか?」

 

 その突然の申し出に私だけでなく他のみんなも呆気に取られる中、ただ一人、まゆちゃんだけがその意図に気付いたらしく、同じように雪歩に頼んでいた。

 

「……っ! うん、いいよ、恵美ちゃん。席替えしよっか?」

 

「わ、私もいいよ、まゆちゃん」

 

 そこで私もようやく恵美ちゃんの考えていることに気付くことが出来た。同じように気付いた雪歩も、まゆちゃんの申し出を快諾した。

 

 お行儀が悪いと理解しつつも、私と恵美ちゃん、雪歩とまゆちゃんでそれぞれ席を交換することに。

 

(……ありがと、恵美ちゃん)

 

 胸中でお礼を言いつつ、私はバックダンサーのみんなと同じテーブルに着くのだった。

 

「よろしくね? 可奈ちゃん」

 

「は、春香ちゃ――先輩!」

 

 

 

 

 

 

「……やるじゃない、アンタ」

 

 春香さんと席を交換したため、図らずも765プロの皆さんのテーブルの上座に座ることになってしまった。そんなアタシに、伊織さんが小声でそう話しかけてきた。

 

「なんのことですか? アタシは、皆さんともっと交流したいと思っただけですって。ね~、まゆ?」

 

「えぇ、恵美ちゃんの言う通りですぅ」

 

「……ま、そういうことにしといてあげるわよ」

 

 にひひっと笑う伊織さんには……というか、ほとんどの人にはバレている様子だった。

 

 余計なお世話だったかなぁ……と思いつつ、チラリと先ほどまで自分が座っていたテーブルを見やる。

 

「皆さんは、いつもあんなに激しい練習されているんでしょうか?」

 

「今はライブ前だし、私たちも最初は全然出来なかったよね?」

 

 百合子からの質問に、春香さんはそう答えつつ雪歩さんに同意を求めるように視線を向ける。

 

「うん。……特に私は、みんなの足を引っ張ってばかりで……」

 

「でも、雪歩さん凄かったですよ!」

 

 美奈子の言葉に雪歩さんは「ありがとう」とはにかんだ。その様子が大変可愛らしく、まゆと似たタイプの美少女だなぁと改めて思った。……内面は……まぁ、うん。

 

「……努力、ですか?」

 

「うん。……でも、一人じゃ無理だったかも。みんなと一緒だったから、きっと……」

 

 みんなと一緒に、か。きっとそれが、一年前までほとんど無名だった765プロダクションがここまで人気になった理由の一つなのだろう。

 

「なんか、萩原先輩って感じだね」

 

「実に成長しましたね……」

 

 友達の、そして仲間の成長を喜び噛みしめるような真さんと貴音さんの言葉に、雪歩さんの顔は途端に真っ赤になった。

 

「わ、私なんかが偉そうに……! あ、穴掘って埋まってますぅ~!」

 

「わわ、雪歩ダメだよ!?」

 

「ぎゃー!? ストップ、ストップ!」

 

「い、いつもラジオで聞いとるくだりや!」

 

「本当に穴を掘るんですね! 凄いです!」

 

 変なところで感心している星梨花は置いておいて。

 

 これで少しはみんなのやる気向上に繋がってくれればいいんだけど。

 

 

 

 

 

 

「いやぁ……ご飯はちゃんと食べたものの……やっぱりしんどいもんはしんどいわぁ……」

 

 食後、各自自由時間となったアタシたちはバックダンサー組の部屋に戻ってきて各々寛いでいた。寛ぐ、といっても奈緒、美奈子、可奈の三人は未だにレッスンの疲れが抜けきれておらず、ぐったりと倒れ伏している状態ではあるが。

 

 ちなみに杏奈は早々にテレビの前に陣取りチャンネルを回し、百合子は窓際に座り文庫本を開いており、志保は相変わらず部屋の片隅でスマホを弄っていた。星梨花は家に電話をかけてくると言って今は不在。アタシはお菓子をポリポリとつまみながら持ってきていたファッション雑誌を、まゆも持ってきていたリョータローさんの写真集を眺めていた。

 

「腕も~、足も~、動かない~……上腕三頭筋が~……大腿四頭筋が~……」

 

「可奈、その歌止めてくれへん……? 余計しんどなるわ……」

 

「ここ一人部屋じゃないのよ」

 

 歌うことが好きらしく、度々可奈は自作の歌を歌う。ただその歌詞は少し独特で……ほんのちょっと音がズレていた。

 

「はぁ……765プロっていいなぁ。なんか信頼で結ばれてるっていうか……」

 

 うつ伏せに倒れたまま、ウットリとした表情で可奈がポツリと呟く。

 

「別にそういうの関係なくない? プロの人ってもっとドライなのかと思ってた」

 

「………………」

 

 志保のバッサリとした物言いに、可奈は沈黙してしまった。

 

「……恵美さん、まゆさん。123プロの皆さんはどうなんですか?」

 

「え?」

 

 ムクリと起き上がった可奈が、そんなことを尋ねてくる。

 

「うーん……そうだね。方向性はちょっと違うけど、みんな仲がいいっていう点では同じかな」

 

 765プロの皆さんは信頼する仲間、といった感じだが、123プロのリョータローさんとジュピターの三人はどちらかというと競い合うライバル、もしくは兄弟という印象だ。

 

「あ」

 

 チャンネルを変えていた杏奈が、テレビから流れてくる軽快な音楽に手を止めた。それはアタシたちにも聞き覚えがある声で、全員がテレビに注目する。

 

 そこには、華やかな衣装を身に纏い、スポットライトを浴びながらステージに立つアイドル――春香さんと響さんの姿が映っていた。

 

「わぁ! やっぱりアイドルなんだぁ!」

 

「この人らが今、上におる思うたら変な感じやな」

 

 どうやら番組は総集編みたいなものだったらしく、春香さんたちの曲が終わると別のアイドルの曲が流れ始めた。

 

「っ! このイントロはっ!」

 

「うわっ!? ビックリした!」

 

 イントロがほんの少し流れただけにも関わらず、それまでウットリと良太郎さんの写真集を眺めていたまゆが顔を上げた。これだけまゆが早く反応するということは……。

 

「わぁ! 良太郎さんだ!」

 

 予想通り、テレビに映っていたのはリョータローさん。曲は、デビュー曲にして代表曲の『Re:birthday』だった。

 

 テレビの中のリョータローさんはいつもと変わらぬ無表情でダンスを踊る。普段の明るい様子が鳴りを潜め、表情から感情を読み取れぬ故にミステリアスな雰囲気を醸し出していた。

 

「相変らずすっごいなぁ……」

 

「カッコいいなぁ~!」

 

「はぁ……良太郎さん……!」

 

 全員がテレビに釘づけになる中。

 

「………………」

 

 ただ一人、志保だけがスマホを弄る手を止めなかった。

 

 しかし、明らかに意識はリョータローさんに向けられており、チラチラと視線を動かしてテレビを見ているようだった。

 

 その様子はまるで、リョータローさんに興味を持っているにも関わらず、意図的に意識しないようにしているようで……。

 

 

 

(……あ、もしかして……)

 

 

 




・お風呂シーン
漫画の特装版の三巻に付録していた0+のシーンより抜粋引用。
もうちょっと下まで描いてくれれば志保ちゃんのお尻が……!

・「……なんとも、面妖な……」
ここBD見てても聞き取りづらかったので、まぁ貴音ならこれだろと高を括った。
口にものを含んで喋っちゃいけません!

・『ランニングボイスレッスン』
Lesson26参照。

・ほんのちょっと音がズレていた。
何っ!? 音痴は春香さんだk……おっと誰か来たようd(ヴァイッ!



 主人公(二話連続不在)。じ、次回はちゃんと出番あるし、多少はね?

 というわけでほんのちょっとずつ変化がある合宿です。ただその変化を出すためにBDを見返す作業が少々手m(ry



 さて、前書きでも少し触れましたが、星井美希の中の人こと声優の長谷川明子さんが第一子を無事出産されたそうです。

 決して本人の目に届かないであろうこのような場所ではありますが、祝福の言葉を述べさせていただきたいと思います。

 おめでとアッキー! 11thでは元気な姿はまだちょっと無理かもしれないけど、帰ってきてくれる日を待ってるよ!

 以下、他の話題が無かったらやろうと思っていた前書きネタ↓

良「美希ちゃん出産おめでとう! 765プロでは小鳥さん、真ちゃん、りっちゃんに続く四人目のママだ!」
恭「色々と誤解を招く言い方はヤメロ」



『デレマス二十話を視聴して思った三つのこと』

・フミフミ、唯ちゃん、声付き出演おめ!

・流れていた「ガチャのP、フリトレの常務」のコメに思わず感心

・さ、三人の会話で胃が…!


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Lesson90 合宿スタート! 3

スターライトステージ、始めた人ー(はぁーい)


 

 

 

「亜美さん、真美さん、あずささん、到着です!」

 

 アタシが部屋を出て行こうと立ち上がった丁度その時、電話をかけるために部屋を出ていた星梨花がやや興奮気味に戻って来た。

 

「えっ! やっぱナイスバディやった!? 亜美真美ちゃんはどやった!? いいボケかましとった?」

 

 そこが気になるとは流石関西人……などと考えながら、星梨花の脇を抜けて廊下に出る。

 

「あれ? 恵美さんもお電話ですか?」

 

「うん、ちょっとね~」

 

 星梨花にヒラヒラと手を振りながら昨日考え事をしていた縁側に向かった。

 

「さてと」

 

 ポケットからスマホを取り出し、電話帳からリョータローさんの番号を――。

 

 

 

「恵美ちゃん、良太郎さんに電話かしらぁ?」

 

 

 

「ひっ!?」

 

 唐突に背後からかけられた声に飛び上がってしまった。

 

「だ、だからさぁ、リョータローさん関係のことを超能力みたいに察知するのやめてよ……まゆ」

 

「うふふ」

 

 振り返ると、予想通りそこには微笑むまゆが佇んでいた。先ほどまでテレビの良太郎さんに夢中になっていたはずなのに……。

 

「良太郎さんに電話するんでしょう? なら、恵美ちゃんの後でいいから代わって欲しいの」

 

「別にいいけど……リョータローさんと話したいなら自分でかければよかったんじゃない?」

 

 態々アタシの電話に便乗しなくても。

 

「だって特に用事もないのに、しかもこんな時間に電話をかけるなんて失礼じゃない? だから、たまたま用事があって電話をかける恵美ちゃんの後にお話させてもらおうと思って」

 

 両手を合わせて小首を傾げるまゆ。いやまぁ、別に構わないんだけど……。

 

「まゆってさぁ……本当はリョータローさんのこと好きだよね?」

 

「あら恵美ちゃん。いつも言ってるじゃない」

 

 

 

 ――私のこれは『恋愛感情なんかじゃない』って……。

 

 

 

 変わらぬ笑顔のまま、まゆはそう言い切った。

 

(……うっそだぁー)

 

 とは直接口には出せず、心の中に留めておく。

 

 これ以上電話をかけるのが遅くなったらリョータローさんに迷惑になってしまう。ただでさえもうそろそろ九時を回ろうとしているのだから、急いで聞かなければ。

 

 縁側に座り、順番待ちのように横に座ったまゆを視界の隅に収めながらリョータローさんのスマホに電話をかける。

 

 二度三度とコールが続くが、なかなかリョータローさんは出ない。流石にもう寝てしまったということは無いだろうが、まだ仕事中だったのだろうか。

 

 十回目コールが鳴り、時間を置いてかけ直そうかと思ったその時、呼び出しのコールが止まった。

 

『はい、もしもーし。ディスイズリョータロースピーキーング』

 

 受話器越しに聞こえてきたのは、ガシガシという音に重なって聞こえてくるリョータローさんの声だった。

 

「こんばんはー、リョータローさん。遅くにすみません。もしかして、まだお仕事でした?」

 

『全然大丈夫だよ、もう帰ってきて今はお風呂上がり。だからちょっと頭拭きながらだけどゴメンねー』

 

 なるほど、聞こえてくるのは頭を拭く音だったのか。

 

『ちなみに上半身は裸です』

 

「そーいう情報はいらないですって!?」

 

 サラッとセクハラ発言をされ、以前見たリョータローさんの上半身を思い出してしまいカアッと顔が熱くなるのを感じた。隣で聞き耳を立てるように近寄っていたまゆもその時のことを思い出していたようでクネクネと身を捩らせていた。……ホントに恋愛感情無いの?

 

『安心して恵美ちゃん……(下は)穿いてますから』

 

「いいから上も着てください!」

 

 いくら受話器の向こうが見えないとはいえ、何となく上半身裸の男性と会話しているという事実が気恥ずかしかった。

 

 『うーん、パンツじゃないから恥ずかしくないのになー』などとよく分からないリョータローさんの独り言が遠ざかると、ゴソゴソという衣擦れの音が聞こえてきた。

 

 ……ほらまゆ、リョータローさん服着たみたいだから悶えるのやめて。

 

『はい、改めてお待たせ。それで、どうしたの? 合宿で何かあった?』

 

 何事も無かったかのように話を進めようとするリョータローさんに少しだけ苦言を呈したかったが、時間も遅いので早速本題に入る。

 

「えっと、リョータローさん、バックダンサー組の子たち覚えてます?」

 

『うん、覚えてるよ』

 

「その中にいた北沢志保っていう子、分かります?」

 

『北沢志保……あぁ、あのあんまり人に懐かない黒猫みたいな子だね』

 

 その認識の仕方に思わず納得してしまった。確かに言われてみればそんなイメージ。

 

 

 

「もしかしてなんですけど……志保って、123プロダクションのオーディションを受けてたりします?」

 

 

 

 これがアタシの思いついたことである。

 

 まず一つ。志保はリョータローさんに興味があるにも関わらず興味が無いフリをしている。これは飛行機の中や先ほどの番組視聴の際の態度からも分かる。とはいえ『実はリョータローさんのファン』だったとしても、それ自体がおかしい訳ではなく、寧ろアイドルを目指しているのだから良太郎さんに憧れていても別段不思議ではない。だがそれを隠す理由は何だろうか。

 

 次に二つ。志保はアタシやまゆに対して態度が硬い。性格的に合わないのだろうと思われるアタシはともかく、まゆはリョータローさんが関わらなければ基本的に人当たりのいい良い子である。そんなまゆに対しても似たような反応をしていたのは少しおかしい。つまりあの態度はアタシに、というよりは『123プロダクション』という肩書きに対してのものが起因しているのではないかと考えた。

 

 そして三つ。志保はプロ意識が高い。お風呂場での志保の発言もそうだし、アイドルの世界に対する甘い夢よりもシビアな現実を直視しているような気がするのだ。勿論、奈緒や百合子たちもこの世界が厳しいということは理解しているのだろうが、志保のシビアさは何か過去にあったのでは、と考えてしまうほどだ。

 

 以上のことからアタシが辿り着いたのが『志保は123プロダクションのオーディションを受けて、落ちてしまった』という結論である。これならばリョータローさんに対して変な態度を取る理由も分かるし、アタシたちに対する態度も嫉妬に似た感情から来るものだと判断できる。

 

「――ということで、リョータローさんに聞いてみたんです」

 

『………………』

 

「? リョータローさん?」

 

 受話器の向こうのリョータローさんの反応が無かった。何故か隣のまゆまで驚いた表情でアタシを見ていた。

 

『いや、なんというか……そういう考察パートは恵美ちゃんのキャラじゃないなーって思って』

 

「酷くないですか!?」

 

「ごめん恵美ちゃん、私も同じこと思ったわぁ」

 

「まゆまで!?」

 

 二人からのアタシに対する評価に愕然とする。確かに学校の成績はイマイチなのは認めるけど!

 

 むーっと唇を尖らせると、受話器の向こうから『ごめんごめん』というリョータローさんの声。

 

『えっとそれで、志保ちゃんがウチのオーディションを受けたかどうかだっただよね』

 

「はい」

 

「でも恵美ちゃん、123プロのオーディションって一万人近い応募があったのよぉ?」

 

「あ……」

 

 そういえばそうだった。しかも、多分リョータローさんが目を通す段階になる前に社長や留美さんが(ふる)いにかけているだろうし、いくら何でも……。

 

『んー、じゃあまず今回のオーディションの選考方法について順を追って説明するところから始めようか』

 

 『まゆちゃんにも教えてなかったけど、多分これ聞いてるよねー?』と前置きしてからリョータローさんは話し始めた。

 

『一応、123プロのオーディションは書類審査・一次審査・二次審査・最終審査の四段階って世間には公表してるんだけど、実は書類審査の段階で三段階の審査を行う合計六段階のオーディションだったんだよ』

 

 曰く、一万を超える履歴書を一枚一枚入念に見ていたら時間がかかって仕方がない。そこでまずリョータローさんが履歴書に張られている写真を見て一目で『ある』か『ない』かを直感で判断して仕分けをしたとのことだ。この時点で既に二割にまでザックリと絞ったらしい。

 

『あ、ちなみ『ある』か『ない』かって言っても胸の話じゃないよ?』

 

「分かってますって」

 

 もしかして、とは思ったけど。

 

「っていうか、サラッと言いましたけど……え? リョータローさん、一万枚以上の履歴書全部一人で捌いたんですか?」

 

『いやまぁ、確かに大変だったけど。一枚見るのに一秒って考えると……えっと……ご、五時間かな(小声)』

 

「どう考えても三時間ぐらいなんですけどそれは」

 

 その計算ガバガバすぎやしませんかねぇ……。

 

 ちなみに『正確には二時間四十六分四十秒ですよぉ』と隣のまゆが教えてくれた。

 

『まぁぶっ続けって訳でもなかったしね。俺が大まかに応募者を仕分けて、次に留美さん、最後に兄貴っていう順番で履歴書に目を通すのが、書類審査の流れ』

 

 要するに、一応リョータローさんは応募者全員の顔に目を通したらしい。

 

『それを前提に話すけど……少なくとも、俺は彼女の顔は見てないよ。勿論全員の顔を覚えているわけじゃないけど、もし志保ちゃんがオーディションに参加してたら少なくとも二次審査までは通ってたと思うから』

 

 その点まゆちゃんは一際輝いてたよーというリョータローさんの言葉に対して再び身を捩らせるまゆやリョータローさんの志保に対する高評価は一先ず置いておいて、どうやらアタシの『北沢志保123オーディション不合格説』は間違いだったようだ。

 

『ただ……志保ちゃん、だよね? なーんか引っかかるんだよなぁ』

 

「え?」

 

 わざわざ電話してすみませんと言おうとしたが、リョータローさんのその発言に言葉が止まる。

 

「もしかしてリョータローさん、個人的に志保に会ったことあるの?」

 

『会ったことあるよーな無いよーな……顔立ちに見覚えがあるよーな無いよーな……何か大きな出来事で記憶が消し飛んでいるよーな……』

 

 何やら曖昧な様子だった。うーん……リョータローさんと志保は昔会ったことがあったのかな?

 

「……めーぐーみーちゃーん」

 

 ゆさゆさとまゆが肩を揺すってきた。もうそろそろ代わってもらいたいのだろう。

 

「まゆが代わって欲しいらしいので、代わりますね。すみません、変なこと聞いちゃって」

 

『オッケー』

 

 まゆは喜々としてアタシのスマホを受け取ると、いつもリョータローさんの前でしているようなとろけるような表情で話し始めた。……やっぱり好きなんじゃないかなぁ。

 

(……うーん……何だろう、結論を出すには判断材料が足りないのかなぁ)

 

 隣で嬉しそうなまゆの会話を耳にしつつ、街中ではお目にすることが出来ない星空を見上げる。

 

 もしかしたら、アタシが深入りしちゃいけないようなことなのかもしれないけど……。

 

 

 

 アタシは、志保と仲良くなりたかった。

 

 

 




・恋愛感情なんかじゃない
真偽のほどは、まぁいづれ。

・『穿いてますから』
とにかく明るい良太郎。
将来これを見返した時に「あぁこの時はこういう芸人が流行ってたんだなぁ」と思い返せればいいなぁ。

・『うーん、パンツじゃないから恥ずかしくないのになー』
パンツじゃないなら見せてよ!(必死)

・懐かない黒猫みたいな子
伊織は同じく懐かない猫だけどこっちはシャムネコっぽいイメージ。

・その計算ガバガバすぎやしませんかねぇ……。
二時間とか誤差だよ誤差(biim兄貴リスペクト)



 良太郎久々の登場(声のみ) しょ、小説とか全部声のみみたいなもんだし(暴論)

 志保関連の事柄はミステリー風味に小出ししていく予定です。映画でもツンケンしてたのを自分なりの解釈を交えてオリ設定を追加して理由付けしておりますので、ちょびっと複雑な事情になっております。



 さて前書きでも触れましたが、デレステが稼働しましたね(プレイ動画を見て初めて存在を知った情報弱者)

 楓さんとか蘭子ちゃんとか欲しいなーとか思いつつ、野生で出てきたしきにゃんをhshsしながらまったり楽しんでおります。見かけたら気軽に声かけてね!



『デレマス二十一話を視聴して思った三つのこと』

・ちゃんみおまさかの路線変更

・しまむーの闇は深い……

・橘ですっ!


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Lesson91 合宿スタート! 4

「あれこれマスターのフルコンとか無理じゃね」と自らの腕を嘆きつつも作者は楽しんでおります(白目)


 

 

 

「うん。……それじゃ、合宿頑張ってね。うん、お休み。……ふぅ」

 

 ピッと通話終了ボタンを押し、恵美ちゃんの携帯電話との通話を終える。……通話時間、三十分越えか。随分まゆちゃんと長話しちゃったなぁ。……恵美ちゃんの携帯だったけど、通話料金大丈夫だったかな。

 

 それにしても。

 

「北沢志保ちゃん、かぁ」

 

 ベッドに腰掛けながら空港で出会った緩くウェーブがかかった黒髪の少女を思い出す。少々吊目ぎみだったが、あの鋭い視線は確実に俺を睨んでいた。

 

 恵美ちゃんの話から、彼女は『周藤良太郎』に何かしらの感情を抱いているらしい。それが好意か嫌悪かは分からないが。つまりあの時、彼女は変装していたにも関わらず俺が『高町恭也』ではなく『周藤良太郎』だと見抜いていたってことなのか……? その場合、俺の変装状態を見抜くことが出来るぐらいの知り合いってことになるんだけど……北沢志保って子に心当りは無いしなぁ……。

 

 うむむ、と悩んでいると部屋のドアがノックされた。

 

「はーい」

 

「リョウくーん、駆紋さんに貰ったマンゴーの皮剥いたから、リビングで一緒に食べよー?」

 

「ん、分かった」

 

 ドアから顔を覗かせた我が家のリトルマミーからのお誘いに立ち上がる。

 

 ……あ、もしかしたら。

 

「なぁ母さん。北沢志保って子に心当り無い?」

 

「ほえ? きたざわしほ? ……うーん、聞いたことないなー」

 

 写真とかなーい? と問われたが生憎そんなものは無い。

 

「……やっぱり、心当り無いなー。ごめんねー」

 

「いや、無いならいいんだ。ありがと」

 

 うーん、母さんも知らないということは家族関係の知り合いということでもないか……。

 

 ……まぁ、いいか。どうせ明日会えるわけだし、その時に聞けば。

 

 荷物を詰め込んだボストンバッグを部屋の片隅に追いやってから、俺は自分の部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、恵美ちゃん。おかげで良太郎さんとお話出来たわぁ」

 

「ど、どういたしましてー……」

 

 リョータローさんとの通話を終え、まゆと二人で並んで廊下を歩く。

 

(それにしても)

 

 リョータローさんと志保の面識は無かった。となると、志保が一方的にリョータローさんに対して良くない感情を抱いているということなのだろうか。

 

「うーん……アタシは分かんないけど、リョータローさんを一方的に嫌ってる人ってのもいるんだねー」

 

 そこまで熱狂的なファンじゃないアタシの視点から見ても完全無敵なトップアイドルであるリョータローさんを嫌っている人物。そういう人が一人もいないと考えていたわけではないが、それでも想像しづらかった。

 

「そんな人いるわけないわ」

 

 そんなアタシの呟きを、まゆが真っ向から否定した。いつものふんわりとした喋り方ではなく、マジトーン。ハイライトが入ったまゆの目が逆に怖かった。

 

「良太郎さんの姿を見て、歌を聞いて、ダンスを目の当たりにして、良太郎さんに魅了されない人間なんてこの地球上に存在するわけがないわ」

 

「言い切るねぇ……」

 

「恵美ちゃんも、あの伝説の夜に立ち会っていれば考えは変わっていたと思うわぁ……」

 

 あぁ今思い出すだけでも……とトリップし始めるまゆの姿に苦笑する。

 

「でも、そこまで言われると見てみたかったっていう気持ちはあるなー。どれだけ凄かったんだろ、その伝説の夜って――」

 

 

 

 ――ママー、あの人たち何やってるのー?

 

 

 

「――あれ?」

 

 

 

 ――誰かが歌ってるのが聞こえるー!

 

 

 

「……恵美ちゃん?」

 

「えっ? あ、ごめんまゆ。えっと、春季限定いちごタルトがなんだっけ?」

 

「そんな推理小説になりそうなものの話はしてなかったけどぉ。そもそも今は夏よぉ」

 

 何かあったのぉと顔を覗き込んでくるまゆに、何でもないと手を振る。

 

 ……今の、なんだったんだろ。

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

 ゆっくりと意識が浮上していく感覚に、私は目を開く。

 

 まだ部屋は薄暗いが、どうやらもう朝のようだ。昨日は事務所のみんなと夜遅くまで話していたので朝起きるのが辛いと考えていたのだが、まさか太陽が昇り切る前に目が覚めてしまうとは思っていなかった。他のみんなもまだ起きて――。

 

(――あれ?)

 

 他のみんなが寝ている中、一つだけ畳まれて主のいなくなった布団があった。

 

「千早ちゃん?」

 

 何処に行ったのかと考える前に、彼女の声が外から聞こえてきた。

 

 

 

「あー! あっ、あっ、あー!」

 

 着替えて外に出てみると、民宿の裏で発声練習をする千早ちゃんの後姿があった。

 

「ちはーやちゃん!」

 

「え?」

 

 声をかけると千早ちゃんは驚いた様子で振り返った。

 

「おはよう千早ちゃん」

 

「おはよう、春香。早いのね」

 

「えへへ、何か目が覚めちゃって……。ねぇ、千早ちゃん。今からジョギングに行かない?」

 

「えぇ、勿論」

 

 二つ返事で快諾してくれる千早ちゃん。恐らく、元々発声練習の後に走りに行くつもりだったのだろう。

 

 それじゃあと意気込んだその時、ガラガラという民宿の引き戸が開かれる音がした。民宿の旦那さんか女将さんかと思ったが、聞こえてきた声は二人の女の子のものだった。

 

「……まゆー……眠いー……」

 

「もう。毎朝ちゃんと起きる習慣がないからよぉ、恵美ちゃん」

 

 この声はと入口に回ってみると、予想通り、そこにはジャージ姿の恵美ちゃんとまゆちゃんがいた。

 

「あら、天海さん、如月さん。おはようございますぅ」

 

「へ? あ、おはようございま~す……」

 

 折り目正しくきっちりとお辞儀をするまゆちゃんに対し、恵美ちゃんはまだ若干寝ぼけ眼といった様子だった。

 

「おはよう、まゆちゃん、恵美ちゃん」

 

「おはよう。二人も朝は早いのね」

 

 千早ちゃんの言葉に、まゆちゃんはいえいえ~と笑いながら頬に手を当てる。

 

「朝のジョギングが日課でして、折角なので今日は恵美ちゃんも誘ってみたんですぅ。恵美ちゃんってば、用事が無い日はいつも十時起きだって言うんですよぉ?」

 

「だって夏休みなんだよ~? 用事が無い日ぐらいゆっくりしたっていいじゃ~ん」

 

「ダァメ。社長や良太郎さんからしっかりと体力づくりに励めって言われてるんだから、これを機に恵美ちゃんも毎朝ちゃあんと早起きしてジョギングするのよぉ?」

 

「えぇ~……?」

 

「えぇ~じゃないの」

 

 まるでしっかり者のお姉さんと面倒くさがりの妹のようで、思わずクスリと笑ってしまった。

 

「あ、そうだ。二人もジョギングするなら、私たちと一緒に行こうよ。いいよね、千早ちゃん?」

 

「えぇ」

 

「ご一緒していいんですかぁ?」

 

「勿論だよ。昨日の夕飯の時はお話出来なかったし、少しお話しよう?」

 

 結局昨日の夕飯の時は私がバックダンサー組のテーブルに着いてしまったため、席を交替してくれた二人とはお話しできなかった。まだ合宿は始まったばかりだからこれから話す機会なんていくらでもあるだろうけど、何となく今話したかった。

 

「それじゃあ、ご一緒させていただきますねぇ」

 

「じゃあお話しできるぐらいのペースでゆっくり歩いて……」

 

「めーぐーみーちゃーん」

 

「分かってるって。冗談だよジョーダン」

 

 そんな二人のやり取りに千早ちゃんと二人で笑いながら、私たちは四人で外へと走りに行くのだった。

 

 

 

 

 

 

「カブトゲットォー!」

 

「バナナトラップ大成功ー!」

 

「……ん……」

 

 外から聞こえてきた底抜けに明るい声に、私は目を覚ました。

 

 どうやら今の声で目を覚ましたのは私だけではなかったようで、隣で寝ていた矢吹さんもごしごしと目を擦っていた。

 

「ゆうべ仕掛けておいたんだ~」

 

 示し合わせたわけではないが、起き上がった矢吹さんと二人で窓によってカーテンを開けるとそこには木に上る双海真美さんの姿があり、その手に大きなカブトムシが。どうやら昨日の晩に罠を仕掛けておいて捕まえたらしい。

 

「へぇ~! そんなのよく知ってるねぇ~!」

 

「虫なんて獲って嬉しいの?」

 

 今度弟たちに教えてあげよ~と笑う高槻さんに対し、水瀬さんは「全く、子供じゃあるまいし……」と呆れた様子だった。

 

 そんな水瀬さんの様子に、双海亜美さんと双海真美さんはニヤリと笑った。

 

「あれ? ひょっとしていおりん……」

 

「虫、苦手?」

 

「好きなわけないでしょ、そんなの」

 

 フンッと腕を組みながらそっぽを向く水瀬さん。

 

 しかし、どうやらその反応が双海さんたちの悪戯心の琴線に触れてしまったようだ。

 

「……え? ちょ、ちょっと、近づけないでよ……!?」

 

 先ほどよりもニヤニヤと笑いながら、カブトムシを手に水瀬さんににじり寄る双美さんたち。

 

 近寄って来る二人に対してジリジリと後退する水瀬さんだったが、その均衡は二人が一気に近寄ったことであっさりと崩れ去った。

 

「えーい!」

 

「いっけー! ゴウラムー!」

 

「カブトムシなんだからゴウラムじゃなくてゼクターなんじゃ……って、うぎゃあぁぁぁ!?」

 

 流石にカブトムシを直接押し付けるということはされなかったものの、眼前数センチのところまで虫が接近してくる恐怖に水瀬さんはアイドルらしからぬ本気の悲鳴を上げるのだった。

 

「朝から凄いねー」

 

 朝っぱらから一体何をやっているのだろうと呆れる私に対し、何故か矢吹さんは感心した様子だった。いやまぁ、朝からあれだけ元気があるのは確かに凄いのかもしれないけど。

 

「? どうしたの? 何か伊織の悲鳴が聞こえてきたんだけど……」

 

 双海さんたちがひとしきり水瀬さんを弄って満足していると、民宿の前の階段を昇ってくる人影が見えた。それは天海さんと如月さんだった。多分、朝のジョギングに出ていたのだろう。

 

「あ! はるるん! 見て見てカブトムシ!」

 

「はるるん! カブトムシだよカブトムシ!」

 

「あ、うん、カブトムシは分かったから」

 

 何故かしきりにカブトムシを強調してくる双美さんたちに首を傾げる天海さん。そんな様子をカメラで写真に収めながら、如月さんが笑っていた。

 

(……着替えよう)

 

 この騒ぎですっかり目が覚めてしまったが、もとより二度寝をするつもりなど最初から無かったので丁度良かった。他のみんなはまだ寝ているようだが、そろそろ着替えて朝の支度を――。

 

(……二人いない?)

 

 その時初めて、私たちバックダンサー組の部屋の布団が二つ畳まれている状態だったことに気が付いた。確か、この位置で寝ていたのは……。

 

「……はぁ~、疲れた~お腹空いた~」

 

「こうして体を動かしてしっかりと目を覚ましてから食べる朝ご飯は美味しいわよぉ?」

 

「今はご飯より先にシャワーを浴びたいかなぁ……」

 

「……っ」

 

 そんな会話と共に視界に入って来たのは、階段を昇って来た所さんと佐久間さんの姿だった。どうやら天海さんたちと共にジョギングへ行っていたらしい。

 

 ……彼女たちは自分が目を覚ますよりも早く起きて、ああして走りに出て行っていたということか。

 

「………………」

 

「あ、恵美さんとまゆさん、いないと思ったら走りに行ってたんだ。私たちも頑張らないと……! ね! 志保ちゃん!」

 

「……えぇ、そうね」

 

「? 志保ちゃん?」

 

 

 

 

 

 

 こうしてアリーナライブのための合宿は二日目を迎える。

 

 

 

「……着いたぞ、福井! 行くぞ冬馬! 丸太は持ったな!」

 

「持たねぇし持てねぇし、そもそもそんなものを持って何処に行く気だお前は」

 

 

 

 ――彼らの到着を、まだ誰も知らない。

 

 

 




・駆紋さんに貰ったマンゴー
多分青果店を営んでいるのではないかと思われる。きっとバナナとか売ってる。

・「ほえ?」
あざとい、この四十代後半あざとい。

・春季限定いちごタルト
作者は氷菓で有名な米澤先生。氷菓の雰囲気が好きな人には楽しく読めると思う。

・ゴウラム ゼクター
ある意味最強の昆虫なんだし、そろそろ仮面ライダーのモチーフになってもいいんじゃないだろうか、ゴk(以下削除)

・「はるるん! カブトムシだよカブトムシ!」
他意は無い。他 意 は 無 い。

・「丸太は持ったな!」
元ネタは彼岸島というギャグ漫画。……え? ホラー漫画? 嘘ぉ(真顔)



 なんか壮大に煽ってるけど(良太郎が来て事件が起きる訳では)ないです。……多分。

 という訳でようやっと良太郎が合流です。やったね主人公()



『デレマス二十二話を視聴して思った三つのこと』

・髪を下ろした奈緒と加蓮が可愛い(TP感)

・女神たちを統べし者が会得した神々の言の葉は、我に悦を与えん。
(武内Pの熊本弁に笑ってしまった)

・ガンバリマス……ガンバリマス……。


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Lesson92 良太郎、襲来ス

まえがきショート劇場~魔王エンジェル~

「最近アタシたちの出番が無い。訴訟」
「予定では向こう一ヶ月近く私たちの出番が無いらしいわ」
「舞台が福井だし、多少はね?」


 

 

 

「着いたぜ、福井!」

 

「正確にはまだ隣の石川県だけどな」

 

「いやぁ……福井県って空港なかったんだな」

 

「事前調査不足乙」

 

 羽田空港を出発して約一時間、俺と冬馬は石川県の小松空港に到着した。空港から外に出て大きく背伸びをしながら息を吸い込むと、僅かに潮の香りがしたような気がした。すぐそこが日本海だからかな?

 

「……ふわぁ」

 

「なんだ冬馬、眠そうだな」

 

「昨日別件の打ち合わせで帰りが遅かった上に、朝一の飛行機に乗るために早起きさせられりゃあ眠いに決まってんだろ」

 

 早入りして打ち合わせするにしたって態々九時着の飛行機に乗る必要ねぇだろ、とボヤキながら冬馬は大欠伸をする。

 

 冬馬の言葉通り、現在時刻は午前九時を少し回ったところである。

 

「早入り? いや、今回の打ち合わせは明日の午前中だぞ」

 

「……は?」

 

 んー、朝飯が早かったから小腹が空いたな。……お、蕎麦屋だ。福井名物のおろし蕎麦でも……って、だからここはまだ福井じゃなくて石川だったな。しかも、そもそも朝が早すぎてお店がやってない罠。

 

 仕方ない、途中でコンビニに寄って……などと食糧確保の方法を考えていると、何故か驚いた様子の冬馬に肩を掴まれた。

 

「ちょっと待て良太郎! 打ち合わせが明日だったらこんなに朝一でこっちに来る必要無かったんじゃねぇか!?」

 

「無いな」

 

「コイツ悪びれもせずに即答しやがって……!」

 

「でも考えてみろよ。折角移動日ってことにして一日オフをもぎ取ったんだから、一日遊ばないと損だろ」

 

「……お前アレだろ、休みの日だからこそ早起きするタイプだろ」

 

 そうした方が休みの日が長くなるじゃん。

 

「こんなに朝早くにこっちに来て一体何を……って、そうか765の合宿か」

 

Exactly(イグザクトリー)(そのとおりでございます)」

 

 冬馬がこれからの行き先を把握したところで、それぞれ地面に置いていた荷物を持ってバス乗り場に向かう。

 

「……って納得しかけたけど、こんなに朝早くに行くって連絡はちゃんと入れてるんだろーな?」

 

「え? 入れる訳ないじゃん」

 

「コイツ悪びれもせずに(ry」

 

 ただ一応最低限の礼儀として高木社長と民宿の人にだけは話を通してある。迷惑はかけられないからな(キリッ)。

 

 それでも現場にアポ無し突撃はサプライズの華だ。アニメや漫画でも、予期してなかったキャラが登場すると面白いだろ?

 

「そう、例えるならば闘技場で突然現れて主人公のフリをしてくれたキャラがまさか昔死んだと思ってた義兄だったみたいな。もしくは最後のトモダチの正体が意外すぎる人物だったみたいな」

 

「微妙に論点がズレてる上に、それ両方とも単行本買って読み返さないと絶対『誰?』ってなるやつじゃねーかよ」

 

 まぁ一応恵美ちゃんたち以外のバックダンサー組には俺の正体を隠しているわけだし、正体を明かすっていう点で言えばあってるんだけどな。

 

 結局ひと繋ぎの財宝はなんなのだろうかという話題で微妙に盛り上がりながら、俺と冬馬は765プロが合宿をしている民宿へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 合宿は二日目に突入し、昨日はまだいなかったあずささん、貴音さん、亜美真美の四人も合流して本格的な合同レッスンが始まった。とは言うものの、この四人はまだ振付を覚えるところから始める段階なので午前中は別メニューとなり、既に振付を覚えた私たちはバックダンサー組の子たちにアドバイスをしながらおさらいをしていた。

 

「えっと、こ、こうですか?」

 

「うーんと、もう少し……腕を、こんな感じ、かな?」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「志保ちゃんはちょっと表情が硬いかなぁ。練習中だけど、もうちょっとにこやかに、ね?」

 

「っ、す、すみません」

 

 私と千早ちゃんの二人で練習を見ている可奈ちゃんと志保ちゃん。可奈ちゃんは元気がいいが手足の細かな動きが疎かになることが多く、逆に志保ちゃんは振付に集中しすぎて表情が険しくなってしまうことが多い。集中するのはいいことだが、流石に眉間に皺が寄り過ぎているような気がした。

 

「……なんか可奈ちゃんを見てると、昔の私を思い出すなぁ」

 

「私は、北沢さんを見ていると昔の私を思い出すわ」

 

 二歩ほど後ろに下がり、こっそりと千早ちゃんと二人でそんなことを話す。

 

「んー、ミキ的にはもうちょっと、こうした方がいいと思うなー」

 

「えー? こんな感じの方がよくないですかー?」

 

 そんな会話が聞こえてきてチラリと視線を向けると、そこでは美希と恵美ちゃんがお互いの振付を指摘し合っていた。

 

 どうやら恵美ちゃんと美希はこうした方がいいああした方がいいということが感覚的に分かるタイプで気が合うらしい。流石良太郎さんと幸太郎さん二人のお眼鏡にかかった逸材、と言うべきだろうか。

 

「ふふふ」

 

 そしてその横で同じように振付の確認をしながら二人のやり取りを微笑ましそうに見ているまゆちゃん。

 

 美希と恵美ちゃんが天才タイプであるのに対し、まゆちゃんは秀才タイプだと私は思っている。

 

 早朝、四人でジョギングをしながら少し話をして知ったことなのだが、まゆちゃんは五年前の伝説の夜に居合わせていたらしい。そしてその日以来、彼女は欠かさずに朝のジョギングを続けていたというのだ。

 

 部活に入って体力づくりをすることも、何故かアイドルスクールに入ることもせずに、ただひたすら独学でアイドルになるべく特訓を続けていたと話していたまゆちゃん。彼女は既に他のバックダンサー組の子と比べると頭一つ抜きんでており、私たち現役と比べても遜色ないほど『出来上がっている』と、律子さんは言っていた。

 

(……あれ?)

 

 じゃあどうして良太郎さんと幸太郎さんはすぐにまゆちゃんをデビューさせようとしなかったのだろうか。確かに経験を積ませたいという良太郎さんの言葉には納得できるが……それでも、何かが引っかかるような……?

 

「はーい! 午前中のレッスン終了ー! 集まってー!」

 

 律子さんが手を叩く音に思考を中断する。

 

「二人とも、お疲れ様。午後からのレッスンも頑張りましょう」

 

「は、はい!」

 

「はい」

 

 千早ちゃんが締めくくるのを見届けてから、私たちも昼食を取るために民宿に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

「おっと着いたな」

 

 いつの間にか民宿に到着していた。いやぁ、現役のアイドル二人がアニメやゲームの話ばかりしていたのはいかがなものか。

 

「何とか昼前には到着したな」

 

「そういや俺たちの昼飯はどうなるんだよ」

 

「高木社長を通して民宿の人には話してあるから、俺たちの分の昼食も用意してもらう手はずになってるから心配するな」

 

「相変らず無駄に手の込んだ無駄の無い無駄な手回しだな」

 

 そんなことを話しながら木漏れ日が差し込む階段を昇る。

 

「それで、サプライズするにしてもどうするんだ?」

 

「んー、プランAで行こうと思う」

 

「じゃあプランBはなんだ」

 

「Bはシレッと昼食の席に紛れ込む」

 

「ネタ振ってやったんだから乗れよ」

 

 階段を昇り切ると、丁度そこにはたった今体育館から民宿へと移動する途中であろう人影があった。パーマがかかった茶髪のサイドテール。確か、横山奈緒ちゃん、だったかな。

 

「プランAは、ギリギリまで正体を隠す、だ」

 

「はぁ?」

 

 一体何を、と冬馬が問いかけてくる中、俺は奈緒ちゃんに声をかけた。

 

「おーい、奈緒ちゃん」

 

「へ? ……あれっ!? 恭也さんやないですか!」

 

「……は? 恭也?」

 

「一昨日ぶりだね、奈緒ちゃん」

 

 訝し気な目の冬馬を無視して奈緒ちゃんに近づく。現在の俺は彼女たちと初めて会った時と同じサングラスと帽子姿なので、奈緒ちゃんは変わらず俺を『高町恭也』だと認識してくれた。

 

 要するにプランAは、以前俺が765プロに初めて赴いた時のように自分の正体を隠したまま敵陣の奥深くにまで潜り込むトロイの木馬的な作戦である。

 

「どないしたんですか、こないなところに」

 

「いやぁ、実は恵美ちゃんたちの様子が気になってね。仕事でこっちに来る予定が出来ちゃったから、寄ってみたんだ。あ、こっちは仕事の同僚」

 

 そう言いながら後ろの冬馬を親指で示す。冬馬もサングラスをかけた変装状態なので、奈緒ちゃんも正体に気付いてないようで「どうもですー」と普通に挨拶をしていた。

 

「今からお昼休憩?」

 

「はい。恵美もまゆも、今部屋で着替えてると思います」

 

「それじゃあ、先に765プロの人にご挨拶をしてくるよ」

 

 また後でねーと手を振りながら民宿の中に入っていく奈緒ちゃんを見送る。

 

「さて、侵入に成功した。あとは765プロのみんなに気付かれないように食堂でスタンバイするだけだな」

 

「それより、何故お前が恭也ってことになってるのかが疑問なんだが」

 

「ちょっと偽名を使っただけだって。よくある話だろ?」

 

「偽名使う機会が頻繁にあってたまるかよ」

 

 確かに俺も偽名を使うのは今回が初めて……いや、メイド服着て翠屋のバイトやった時も偽名だったな。

 

 とりあえず静かに民宿に入りこみ、食堂へ赴き旅館の旦那さんと女将さんにご挨拶を。

 

「初めまして、周藤良太郎です。後ろのは天ヶ瀬冬馬。この度は突然押しかけてしまいもうしわけありません」

 

「高木さんからお話はうかがってますけぇ。どうぞゆっくりしてってください」

 

「お兄ちゃん、なんや有名なアイドルなんやって? そんな人に来ていただけるとは、こっちが光栄ですわぁ」

 

「いえいえ、それほどでも」

 

 まぁ、ここに宿泊している人の半数以上も現役バリバリのアイドルなんだけどね。

 

 とりあえず挨拶を終えたので、あとはここで全員が集合するのを待つばかりである。

 

 いやぁ、楽しみだなぁ。

 

 

 

 

 

 

「恵美ー、まゆー、恭也さんが来とったでー」

 

「え?」

 

「恭也さん?」

 

 部屋で着替えていると、一足遅く戻って来た奈緒がそんなことを言い出したのでまゆと二人で首を傾げる。

 

 何故恭也さんがこんなところに……そもそも、確か恭也さんは月村さんと一緒にドイツへ旅行に行ったはずでは……。

 

(恵美ちゃん、良太郎さんが来てる気配がするから、もしかして良太郎さんのことじゃ……)

 

(あー)

 

 こっそりとまゆから耳打ちされた言葉の前半は聞き流しながら納得する。そういえばリョータローさん、空港で恭也さんの名前を使ってたっけ。

 

 ……って、えっ!? リョータローさん来てるの!?

 

「な、何で?」

 

「なんや仕事でこっちに来るついでに様子見に来たってゆーてたで」

 

 仕事……? 良太郎さんは確か東京で番組撮影って言ってたような気がしたんだけど……。

 

「それじゃあ恵美ちゃん、私は先に行くわねぇ」

 

「って早い!?」

 

 振り向いた時に見えたのは、いつの間にか着替え終わったまゆがそそくさと去っていく後姿だった。一緒に着替え始めてたのに、なんかもう異次元的な早さだなぁ……。

 

 っと、アタシもこうしてらんないや。リョータローさんが来てるなら、早く行って挨拶しないと。

 

 

 

 ……ん? 何かを忘れているような……具体的には誰かに何かを伝え忘れているような……?

 

 

 




・小松空港
感想欄で指摘されて初めて知った事実。べ、別にdisってる訳じゃないんすよ?
なお実際に磯の香りがするかどうかは知らない(妄想)

・「Exactly(そのとおりでございます)」
第四部アニメ化まだかなぁ……(チラッ

・昔死んだと思ってた義兄
ワンピースより。
こっちもそうだけどそれ以上にコアラの「コイツ誰」感はパなかった。

・最後のトモダチの正体
20世紀少年より。
ネタバレ回避のために名前は伏せるけど、子供時代お面をつけてた奴が三人ぐらいいたから色々とごちゃごちゃになる。え、作者だけ?
あとコンチの後付感もパない。

・ひと繋ぎの財宝はなんなのだろうか
作者は『古代兵器で月との戦争が始まる説』派。

・「じゃあプランBはなんだ」
あ? ねぇよそんなもん。

・(良太郎さんが来てる気配がするから)
お、ニュータイプかな?(白目)



 良太郎が来たよ! やったね、りっちゃん!

 知らぬは本人たちばかりで周りにはしっかりと配慮してから突撃するのが良太郎クオリティ。

 次回は良太郎の正体ばらし。……おや? 志保ちゃんの様子が……。



『デレマス二十三話を視聴して思った三つのこと』

・雑誌に写ってただけなのに二度も映る楓さんの存在感

・ちひろさんだ、蒸さなきゃ(使命感)

・常務のポエムにポエムで返答する武内P有能。ドルベ無能。


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Lesson93 良太郎、襲来ス 2

「ちひろさん蒸すと出るとかwでも試しにやってみっかw」
( ^Д^)10連ガチャガチャ

[神秘の女神]高垣楓SR
[ゆるふわ乙女]高森藍子SR

「………………」(;゜Д゜)


 

 

 

「良太郎さぁ~ん!」

 

「ん?」

 

 食堂にて全員分の昼食を用意する旦那さんや女将さんのお手伝いを冬馬と共にしながら談笑していると、そんな甘い女の子の声が聞こえてきた。

 

 この甘い声は一人しかいないなぁと声の主に当たりを付けつつ振り返る。

 

「やぁまゆちゃん。みんなの様子を見に来たよ」

 

「お久しぶりです、良太郎さん。……はぁん、あと三日は良太郎さんに会えないものだとばかり考えていたので、わざわざまゆに会いに来てくださって感激ですぅ」

 

 案の定そこにいたまゆちゃんは、ウットリとした恍惚の表情で俺の顔をじっと見ていた。

 

 ……久しぶりというには短すぎるし、まゆちゃんだけに会いに来たって訳でもないんだけど……なんかここで否定したら不味い気がするから黙っておこう。

 

「……あれ? 天ヶ瀬さんはどうしてここに?」

 

「……良太郎と一緒におめーらの様子を見に来たに決まってんだろ……!」

 

 たった今しがた気が付きましたといった様子で首を傾げるまゆちゃんに対し、拳を握りしめながらプルプルと震える冬馬。まぁなんというか……まゆちゃん、一応ジュピターの面々に敬意は払ってるけど割と興味無さげな節があるし。

 

 しかしながら「そうですかぁ」と早々に会話を切り上げられる冬馬に対して同情は禁じ得なかった。いや、まゆちゃんだけが特別なんだと信じてあげたい。でないと、まがいなりにも961プロ時代からトップアイドルとして名を馳せていたジュピターの一員である冬馬が不憫すぎる。

 

 さて、レッスンの進展具合などは全員が集まってから聞くとして……とりあえず、これだけは聞いておこうかな。

 

「どう? 合宿は楽しい? と言っても、まだ二日目だけどさ」

 

「……はい、楽しいですよぉ」

 

 ニッコリと。先ほどまでのウットリとした表情とはまた違った柔らかい笑みを浮かべながら、まゆちゃんは頷いた。

 

「そう。それはよかった」

 

「それで良太郎さんは何時までこちらに――」

 

「恭也さんだ!」

 

「ホントに恭也君だー」

 

 おそらく「いるのですか?」と尋ねようとしたのであろうまゆちゃんの言葉は、食堂に入って来た他のバックダンサー組の子たちによって遮られてしまった。

 

「やぁみんな、久しぶり。合宿頑張ってるかな?」

 

「もうヘトヘトだよー……」

 

「やっぱりプロの皆さんはレベルが高いです……」

 

 苦笑する美奈子ちゃんと可奈ちゃん。他のみんなも疲れた様子が隠しきれていないところから、今の彼女たちにはプロのアイドルのレッスンは辛いんだろうなぁ。

 

「あ、あの」

 

「ん? あ、恵美ちゃんも二日ぶり。どう? 合宿楽しい?」

 

「あ、はい楽しいです。……じゃなくて、恭也さん」

 

 ススッと近付いてきた恵美ちゃんがコッソリと耳打ちしてくる。一応『恭也』呼びなのは他のみんなに聞かれている可能性を考慮してくれているのだろう。

 

(……いつまで恭也さんの名前を借りてるつもりなんですか? 流石に765プロの皆さんもいらっしゃるので、その嘘を吐き続けるのは無理があるかと……)

 

(今どの辺りでネタバラシすると面白いかを模索中なんだ)

 

 行き当たりばったりなのは割といつも通りだったりする。

 

 いやぁ、今はこうして『恵美ちゃんとまゆちゃんの知り合いのお兄さん』という立場だが、それが違ったと分かった時の彼女たちのリアクションが凄い楽しみだなぁ。

 

 ……ただ。

 

「………………」

 

(相変らず志保ちゃんが胡散臭い物を見るような目で睨んでるんだよなぁ)

 

 マゾッ気は無いので可愛い女の子に睨まれてもゾクゾクしたりしないのだが、やはり彼女の顔立ちには何処か見覚えがあるような気がした。しかしこうして対面してみて確信したが、俺は過去に直接彼女と面識は無いはずだ。つまり、彼女の血縁者が知り合いということなのか……?

 

 しかし直接面識が無いなら、なんで俺が周藤良太郎だってことがバレて……?

 

(……あれ? もしかしてこれ、前提条件が間違ってるんじゃ……?)

 

「あ、あれ? もしかして……あ、天ヶ瀬冬馬さんですか!?」

 

 ふと思考を遮るそんな声に振り返ると、バックダンサー組の子たちがやってきても黙々と昼食準備のお手伝いをしていた律儀な冬馬に星梨花ちゃんが話しかけていた。室内に入ったことでサングラスを眼鏡に変えていた俺とは違い、サングラスを外していた冬馬の正体がついにバレてしまったらしい。

 

「おお とうま! バレてしまうとは なにごとだ!」

 

「うるせぇよラルス16世」

 

「というかさっきから普通にサングラス外してたのに気付かれるの遅いな。アイドルとしてのオーラ足りてないんじゃない?」

 

「ホントにうるせぇよ!」

 

 と言いつつ「握手していただけますか!?」とやや興奮気味の星梨花ちゃんとちゃんと握手をしてあげる辺りやはり律儀な性格である。

 

「うひゃあ……じゅ、ジュピターの天ヶ瀬冬馬さんや……!」

 

「ほ、本物のアイドルです!」

 

「いやまぁ、昨日からその本物のアイドルと一緒にレッスンしてるけどね、私たち」

 

 トップアイドルの登場に騒めき立つバックダンサー組の子たち。あれ、これはもしかして俺の登場が食われたか……?

 

「……って、あれ? ジュピターの冬馬さんは恵美ちゃんたちと同じ123プロ……その冬馬さんと一緒に来た恭也さんって……?」

 

 おっと、杏奈ちゃんの鋭い考察。

 

 さて、それじゃあそろそろネタバラシといこうかな。

 

 眼鏡と帽子を取り払い、高らかに自分の正体を明かそうとしたその時である。

 

 

 

「やっぱりアンタかあぁぁぁ! 良太郎おぉぉぉ!」

 

 

 

 そんなりっちゃんと叫び声と共に、食堂の入口から飛来したプラスチック製のバインダーの角が『スコーン!』と軽快な音を立てて俺の額に突き刺さったのだった。

 

 

 

 

 

 

「あー、お腹空いたー!」

 

「お昼なんでしょうねー?」

 

「新鮮な海の幸……はたまた山の幸……あぁ、楽しみです」

 

「貴音は本当にブレないわね……」

 

 部屋で着替えを終え、私たちは揃って食堂に向かっていた。食堂からは賑やかな声が聞こえてくるところから、どうやらバックダンサー組のみんなは既に集まっているようだった。

 

「……ん? なんか食堂から男の人の声が聞こえないか?」

 

 不意に響ちゃんがそんなことを言って足を止めた。

 

「? 旦那さんじゃないの?」

 

「いや、旦那さんにしては若すぎるぞ」

 

「じゃあプロデューサーさんとか」

 

「俺がどうかしたか?」

 

 振り返ると、そこには別室で打ち合わせをしていたプロデューサーさんと律子さんの姿があった。

 

「どうしたのよ、みんな。こんなところで立ち止まって」

 

 律子さんの言う通り、全員が響ちゃんにつられて足を止めてしまっていた。よくよく考えてみれば、誰が食堂にいるかなんて中を覗けば分かる簡単なことだった。

 

 なので食堂の中を覗こうとしたのだが。

 

「春香ストップ」

 

「ぐえ」

 

 律子さんに服の首の部分を掴まれて動きが止められ、思わずアイドルとして出しちゃいけない声が出てしまった。

 

「春香、アイドルとして以前に女の子として出しちゃいけない声だと思うわ」

 

 ええい千早ちゃん、今は私が出した声についてはどうでもいいの!

 

「何するんですか、律子さん!?」

 

「……嫌な予感がするから心の準備をさせて欲しいのよ」

 

 そう言いながら律子さんは『頭痛が痛い』といった様子でこめかみを抑えていた。

 

「というか、こういうところでグダグダしてるから『さっさと話を進めろ』とか言われるんだぞ」

 

 何処からか電波を受信した響の発言はさておき。

 

「もしかして、りょーたろーさんなの!?」

 

「りっちゃんがそういう反応をする時は大体りょーにぃが関係することは確実! そう、コーラを飲んだらゲップが出るっていうぐらい確実!」

 

 途端に目を輝かせる美希と真美。確かに、律子さんがここまで嫌そうな反応をする時って大体良太郎さん関係と相場が決まっている。

 

「い、いやいやいくら何でもそれはないわよ。だってここ福井よ? 飛行機と車で三時間近い道のりを、仕事で忙しいはずのトップアイドルが来るわけないじゃない。こっちで撮影でも無い限り」

 

 虚ろな目で笑いながら律子さんがフラグを乱立していた。今にも「私、東京に戻ったらアイドルとして再デビューするんだ……」とか言い出しそうな雰囲気だった。

 

「……あの、律子さん」

 

「そろそろ現実見た方がいいと思いますよ」

 

 控えめに手を挙げながら雪歩と真がそう進言する。

 

「分かってるわよ! さっきから良太郎と天ヶ瀬冬馬の二人のやり取りとしか思えない会話が聞こえてることぐらい!」

 

 うん、まぁ、ほぼ確定なんだろうなぁ……。

 

 虚ろな目で「ヤッテヤルデス!」と叫びながら律子さんは食堂に突撃し――。

 

 

 

「やっぱりアンタかあぁぁぁ! 良太郎おぉぉぉ!」

 

 

 

 ――ほぼ確認することなくノータイムで良太郎さんに向かってバインダーを投げつけるのだった。

 

「あ痛っ!?」

 

 まるで手裏剣のように飛翔したバインダーは良太郎さんの額に直撃し、スコーンという軽快な音を立てた。

 

「随分と中身が入ってないような音がしたぞ」

 

「相変らず考え無しの行動だったってことね」

 

 響ちゃんと伊織の言動が若干辛辣だったような気がしたが、割といつも通りだった。

 

「イタタ……約束通り様子を見に来てあげたのにこの対応はないんじゃないの?」

 

「この五日間はアンタの襲撃を気にしなくていいと思ってたのに……!」

 

「りっちゃん、想像力が足りないよ」

 

「怒りの力でメガシンカしてやろうかしら……!?」

 

「り、律子、落ち着けって……」

 

 律子さんが次元と種族とシステムの壁を超えそうになっているところをプロデューサーさんが宥める。

 

「……え? 今、律子さん、『リョウタロウ』って……?」

 

「ま、まさか……!?」

 

 どうやら良太郎さんは以前私たちの事務所に来た時のように自分の正体を隠していたらしく、律子さんの発言を聞いてバックダンサー組のみんなも気付き始めたようだ。

 

 良太郎さんは「ふっふっふ……!」と不敵な笑みを(無表情のまま)浮かべながら、バッと帽子と眼鏡と取り去った。

 

 

 

「恵美ちゃんの従兄の高町恭也とは仮初の姿……! かくしてその正体は! 123プロダクション所属! 周藤りょ――!」

 

「わーい! りょーたろーさんなのー!」

 

「りょーにぃ、何時来たのー!?」

 

 

 

「……うん、着いたのは今さっきだよ」

 

 諦めた! 高らかに名乗ろうとしたところを美希と真美に遮られたから諦めた! 無邪気って怖い!

 

 流石にこれは可哀想だったので、私からフォローしてあげることにする。

 

「えっと、気付いている子もいると思うけど、この人は123プロダクションの周藤良太郎さん。恵美ちゃんとまゆちゃんがこっちに来てること以外でも、前から私たちの事務所とは仲良くしてくださってるから、度々顔を合わせる機会があるかと――」

 

 

 

『えええええええええええええ!!!??』

 

 

 

 静かな山に囲まれた民宿に、総勢七人のアイドル候補生の驚愕の叫び声が響き渡るのだった……。

 

 

 

 

 

 

「……あれ? あまとう、そんな隅っこでどうしたのー?」

 

「……別に、俺の時と反応が違いすぎるとか思ってねーし。知名度で良太郎に勝てるとは最初から思ってねーし」

 

 

 




・「おお とうま! バレてしまうとは なにごとだ!」
しかも (苦労人不憫枠という呪いに)のろわれているではないか のろわれしものよ でてゆけっ!

・頭痛が痛い
所謂『重語』と言われるもの。
「違和感を感じる」や「後遺症が残る」も同じだから物書きさんは気を付けよう(戒め)

・「コーラを飲んだらゲップが出るっていうぐらい確実!」
ジョジョ語録の使いやすさ()

・「私、東京に戻ったらアイドルとして再デビューするんだ……」
(別にりっちゃん再デビューフラグでは)ないです。

・ヤッテヤルデス
けいおんのアニメも既に五年以上前なのか……(遠い目)

・「想像力が足りないよ」
親の顔より見たヒガナのカバディ。
なお作者は二回目でACS無邪気レックウザを自模った模様。(H? 知らんな)

・メガシンカ
フライゴンさん、メガシンカして虫ドラゴンにならないかなってそれ一番言われてるから。



 あまとう(不憫)

 感想でバックダンサー組との絡みを期待されてたけど、次回に続くんです申し訳ないです。もうちょっと待ってね(テヘペロ)



『デレマス二十四話を視聴して思った三つのこと』
※作者はアニメをニコニコ動画で視聴しているので、特別編だった今回はお休みです。


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Lesson94 良太郎、襲来ス 3

まえがきショート劇場~良太郎&なのは~

「スバルちゃんの中の人が出産してたんだってね。いやぁおめでたい」
「スバルちゃんが誰なのか知らないけど、それをなのはに言う良太郎さんに悪意を感じるの」


 

 

 

『えええええええええええええ!!!??』

 

 

 

 何やら一年近く前の765プロ事務所のコピペのような叫びに満足する。ただ一年前の彼女たちほどの声量はまだ無いらしく、耳を塞ぐほどではなかった。ここら辺はまだトレーニング不足ってことかな。

 

「ほ、ホンマモンの良太郎さん……!?」

 

「え、え、きょ、恭也君が良太郎さん……!?」

 

「そ、そうだったんですかぁ!?」

 

「お、驚きました……!」

 

「………………」

 

「杏奈ちゃん!? 驚きすぎるのは分かるけど息はちゃんとして!?」

 

 いやぁ、みんな別々のリアクションしてくれてありがたいなぁ(別次元目線)

 

「私たちも一年前はあぁいうリアクションをしてたのよねぇ……」

 

「あの頃はまだ『周藤良太郎』に夢見てた頃だったからなぁ……」

 

 何やら伊織ちゃんと響ちゃんが遠い目をしながら大変失礼なことを宣っていた。一体この一年間で何が彼女たちを変えてしまったというのか……と思ったけど、この二人に関しては割と最初からこんな感じだったような気がした。

 

 バックダンサー組の子たちも、いずれアイドルデビューして一緒に仕事するようになったらこんな感じになっちゃうのかなぁ……いやまぁ、ある意味で自業自得的なところはあるのだが。

 

 ……って、あれ?

 

「……っ!?」

 

 他のバックダンサー組の子たちの例に漏れず、志保ちゃんも酷く驚いた表情をしていた。

 

(……やっぱり前提条件が間違ってたのか)

 

 『俺に向かって鋭い視線を向けている』と『周藤良太郎に対して何らかの感情を抱いている』という二つの事柄から『俺が周藤良太郎であるということがバレている』と考えていたが、彼女の反応から察するに俺の正体に気付いていなかったようだ。

 

 ということは、今まで彼女は俺が『高町恭也』だと信じていたからこそ睨んでいたということになるわけだが……。

 

(つまり恭也の知り合いってことなのか……?)

 

 こんな女の子に睨まれるとか、恭也の奴は一体何処でどんなフラグを立てたんだか。

 

 あいつでもヘイト方面のフラグ立てることもあるんだなぁとよく分からない感心の仕方をするが、しかしそれだと結局志保ちゃんが『周藤良太郎』に対してどういう感情を抱いているのかというのが分からなくなったということに気付いた。

 

 加えて、何故志保ちゃんの顔に見覚えがあるのかという疑問まで残ってしまう。その恭也がフラグを立てた場面に、俺も居合わせていたってことなのか……?

 

「みんなを驚かせようと思って嘘吐いちゃったけど、改めて周藤良太郎としてよろしく」

 

 まぁその内分かるだろうと軽い気持ちで志保ちゃんに向かって握手をしようと手を差し伸ばし――。

 

「っ!」

 

 

 

 パシッ

 

 

 

 ――その手は、志保ちゃんによって払われてしまった。

 

 

 

『!?』

 

 その志保ちゃんの突然の行動にその場にいた全員が驚愕して固まる。そのままその場が沈黙に包まれてしまった。

 

 俺は握手を拒否されたことを気にしていないのだが(とはいえちょっとだけショック)、問題は俺の手を払ってしまった志保ちゃん本人だ。

 

 志保ちゃんは恐らく無意識的に手を払ってしまったのだろう。払った瞬間、サッと彼女の表情から血の気が引いたのが分かった。アイドル候補生が先輩であるトップアイドルの握手を拒んだ上に手を払ってしまったことの意味を理解してしまったのだろう。今の彼女は何の後ろ盾も無く吹けば飛ぶような、ちょっとした大御所が少し声をかければデビューの機会なんて簡単に消し飛んでしまう脆弱な立場なのだ。

 

 勿論俺にそんなことをするつもりはサラサラ無いが、問題があるとすれば今この場の凍り付いたこの空気だろう。

 

(不味いな……)

 

 さてどうするか……。

 

 

 

 

 

 

 パシッ

 

 突然合宿をしている民宿に姿を現したリョータローさんの登場に賑やかになっていた食堂がその乾いた音に一瞬で静まり返った。それはリョータローさんが差し伸ばした右手を志保が払った音だった。

 

 志保がリョータローさんに対してどういう感情を抱いているのかはまだ分からないが、握手を拒んだというところを見るとどうやらあまり良い感情ではないということは分かった。

 

(昨日の話じゃないけど、リョータローさんの握手を拒否る人もいるんだなー……)

 

 などと考えてしまうのは、若干の現実逃避が混ざっていたからである。

 

 冷静に考えてみて、志保がしてしまったことは色々とヤバかった。

 

 リョータローさんの性格からしてこれぐらいのことで目くじらを立てるようなことはしないだろうが、志保(アイドル候補生)リョータローさん(トップアイドル)の手を払ったという状況がヤバい。なんというか、後輩が先輩に失礼を働いてしまった場面の気まずさが食堂に漂っている。

 

 そしてそれ以上にヤバいのが……。

 

「………………」

 

 まゆである。表情が無いのが怖い。何も喋らないのが怖い。瞬きをせず見開いている眼が怖い。一体どんな原理なのかは分からないがユラユラと揺らめいている髪の毛が怖い。冬馬さんや秋月さんの過剰なやり取りは別として、今までリョータローさんにこういう態度を取る人と会ったことがなかっただけに、まゆがこういう時にどういう行動を取るのかが分からないから怖い。

 

「ま、まゆ? ちょっと落ち着――」

 

「恵美ちゃん」

 

「はい」

 

 と、とりあえず流石にいきなり志保に向かって飛びかかったりはしないだろうが、何かが起きたらすぐに止めることが出来るようにまゆの背後にコッソリと移動する。べ、別にまゆの視界に入っているのが怖かったわけではない。

 

 その場にいた全員が凍り付いた空気に動くことが出来ずこう着状態が続く中、真っ先に動き出したのは――。

 

 

 

「えっと『男子大学生が女子中学生に触ろうとする事案が発生』っと……」

 

 

 

 ――スマホを取り出して何処かに連絡を入れようとする冬馬さんだった。

 

「ちょぉぉぉっと待ってぇぇぇ!?」

 

 プレイバックプレイバックと叫びながら冬馬さんの腕を止めるリョータローさん。

 

「ってお前本当に早苗ねーちゃんにメール作成してんじゃねーよ!? ちゃうねん! 本当に握手しようとしただけやねん!」

 

「などと容疑者は供述しており」

 

「くそぅ、俺は女の子の柔らかい手をニギニギすることすら許されないのか……!」

 

「宇宙最高裁判所から判決待たずにデリート許可が下りるレベルだなコイツ……」

 

「りょーたろーさん! ミキの手も柔らかいと思うの!」

 

「マミもマミも! 『真美は合法』ってこの間ファンのにーちゃんねーちゃんが言ってたから大丈夫だよ!」

 

 ガックリと床に膝を着いて項垂れるリョータローさんの周りでキャイキャイと騒ぐ美希ちゃんと真美ちゃんの姿に、場の空気が解れていくのが分かった。

 

 今しかないと感じたアタシは未だに青ざめた表情で固まったままの志保に背後から近寄る。その両肩に両手を置くと、志保は分かりやすくビクリと体を跳ね上がらせた。

 

「っ!」

 

「リョータローさんなら絶対に怒ってないと思うけど、今の内にちゃんと謝っとこ?」

 

「………………」

 

 志保は逡巡した後に頷いた。

 

 アタシが軽く背中を押しながら志保を良太郎さんの方に向かわせる。良太郎さんの周りで騒いでいた美希ちゃんと真美ちゃんは、既に秋月さんが他のみんなと同様に昼食の準備の手伝いをさせていた。

 

「リョータローさん、志保が謝りたいって」

 

「ん?」

 

 「あァァァんまりだァァアァ!」と嘆いていたリョータローさんはアタシの言葉にあっさりと顔を上げた。当然ながら表情はいつもと変わらず、そのまま立ち上がると真っ直ぐと志保の顔を見た。

 

「……あ、あの……」

 

 志保の背中に当てていた手が僅かに押される。リョータローさんを前にして無意識的に後ろに下がろうとしたのだろう。下がらないようにグッと力を込める。

 

「……す、すみませんでした」

 

 志保は真っ直ぐに頭を下げた。

 

「……うん。咄嗟に手を払っちゃったんだろうけど、これからは気を付けようね?」

 

 良太郎さんは一拍間を置いてからそう頷いた。リョータローさんの性格的に「別に気にしてないからいいよ」みたいなことを言うかとも思ったのだが、今の状況を把握してしっかりとその謝罪の言葉を受け取ってくれた。

 

 志保が頭を上げると良太郎さんが右腕を前に持ち上げ、不自然に目線の高さで停滞した後、ポリポリと自分の後頭部を掻いた。多分志保の頭を撫でようとしたが、先ほど冬馬さんに言われたことを思い出して躊躇ったのだろう。

 

 ならばその代わりにと、アタシは背後から志保の頭を撫でる。

 

「な、何するんですかっ?」

 

「ふふふー、素直に謝る志保が可愛いなーって思ってー」

 

「……変なこと言わないでください」

 

 プイッとそっぽを向き、そのままさっさと志保は離れていってしまった。

 

 過程が少々よろしくなかったものの、ほんのちょっとだけ志保と近づけたような気がした。

 

 

 

 

 

 

「……悪い冬馬、助かった」

 

「別に? 俺はただ本当に通報しようとしてただけだし」

 

「お願いしますやめてください」

 

 ともかく、彼女が俺に対してあまりよろしくない感情を抱いているのは確定したっぽい。

 

 俺が彼女に何かしでかしたのか……あるいは……。

 

「良太郎さん、冬馬さん、昼食の準備が出来ましたよ。女将さんに聞きましたけど、食べて行かれるんですよね?」

 

「あぁ、うん。ありがとう、春香ちゃん」

 

「りょーたろーさんこっちこっち! ミキの隣!」

 

「りょーにぃ! マミの隣空いてるよー!」

 

「良太郎さん、是非まゆの隣に……」

 

「え、まゆ、ここ私が座ってるんやけど……あ、スミマセン退きます」

 

 呼ばれたので、冬馬と共に昼食の席にご一緒させてもらう。

 

 まぁ、結局これは俺個人に関係することみたいだし、今は後回し。

 

 折角彼女たちの合宿に合流できたのだから、彼女たちにとって有意義なものにしないとな。

 

 

 

 

 

 

おまけ『女性の身だしなみ』

 

 

 

「そーいえばまゆちゃん、軽くメイクしてる?」

 

「はい、それはもう。女の子ですから、普段から身だしなみには気を付けてますのでぇ」

 

「え? まゆ、さっきまでほぼノーメイクやったやん……あ痛っ!?」

 

「………………」

 

「りょーたろーさん、ミキたちの顔見てどーしたの?」

 

(眉毛とリップぐらいはほぼノーメイクみたいなものってどっかで聞いたことあるけど……その基準で言うとここにいるほとんどの子はノーメイクなんだよなぁ……)

 

「?」

 

「これが素材の違いか……」

 

「……? あっ! お料理のことですね!」

 

「うん、そうだよ、やよいちゃん」

 

 

 




・コピペ
良い子は「え」と「!」と「?」の数を数え比べてはいけない。いいね?

・「ちょぉぉぉっと待ってぇぇぇ!?」
真っ赤な車ー(紅白ver)

・宇宙最高裁判所から判決待たずにデリート許可
S・P・D! S・P・D!

・真美は合法
でも今年で亜美も13歳になったから……あれ? 十年前のアケ版で12歳で……十年経ったワンフォーオールで年をとって13歳……あれもしかして(以下削除)

・「あァァァんまりだァァアァ!」
(スッキリ)

・おまけ『女性の身だしなみ』
JKなのに学校へコスメ類を持って行っているちーちゃんとか想像できない。



 九死に一生を得た志保ちゃん(何に、とは言わない)

 今更ではありますが皆さま毎回ご感想ありがとうございます。この場を借りてお礼を申し上げます。

 当方、毎度の如く返信が遅れておりますが、次話更新までにはなるだけ返信いたしますので、これからも是非ご意見ご感想よろしくお願いします。



『デレマス二十四話を視聴して思った三つのこと』

・楓さんの星は私が受け取りましょう(ずずい)

・「身分証出して!」伝 統 芸 能

・制服……つまり下は見せパンではなく生パン……!(ゴクリ)


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Lesson95 良太郎、襲来ス 4

おでんが美味しい季節になってきました。
楓さんとおでんを食べつつ日本酒飲みたい(ただの願望)


 

 

 

 さて、その場が落ち着いたところで全員テーブルに着いて昼食となったのだが。

 

「「「………………」」」

 

 冬馬と共に赤羽根さんやりっちゃんと同じテーブルに着いた途端、背中に鋭い三つの視線を感じた。多分さっきまで自分の隣の席を俺に勧めてきていたまゆちゃんと美希ちゃんと真美だろうと予想。いや、今日これからのことを少し大人組で話し合わないといけないからしょうがないんだって。後で遊んであげるから。

 

「で、予定を何も聞かずにこっちに来ちゃったからこれからのレッスンのご予定をお伺いしたいのだが」

 

「完全に自業自得じゃない」

 

 だって予定聞いちゃったらサプライズにならないじゃんという言い訳はりっちゃんによって黙殺されてしまった。

 

「今昼休憩ってことは、これ食い終わったらまたレッスンってことか?」

 

 素麺を麺つゆにつけつつ冬馬が赤羽根さんに尋ねる。

 

「あぁ。休憩を挟んでから、一時から再開。その後は四時までレッスンする予定だよ」

 

「ふむ」

 

 それじゃあ、俺もそこに参加させてもらうことにしよう。

 

「あぁ、でもその前に休憩時間の内に練習中の振付を見せてもらいたいかな」

 

「え?」

 

「みんなのレベルを見る前にその振付がどういうのかを一回把握しておきたいんだよ」

 

 教える側が教える振付を把握しておくことは当然のこととして、如何せん俺は覚えが悪い。みんなが休憩している間に練習してしっかりとアドバイスが出来るレベルになっておかないと。

 

「分かったわ」

 

 そういうことならばとりっちゃんは承諾してくれた。

 

「美希ー、ちょっといいー?」

 

 りっちゃんが少し離れた位置から声をかけると、不満顔で素麺を食べていた美希ちゃんが顔を上げる。

 

「なーに?」

 

「良太郎が振付の確認をしたいらしいから、お昼食べたらちょっとお手本になってくんない?」

 

「! 勿論なの! 律子……さん!」

 

 喜色満面の美希ちゃんが思わずといった感じで立ち上がりながら快諾してくれた。うーん、休憩時間を使わせちゃうっていうのに、こんな役割を喜んで引き受けてくれるなんて良い子だなぁ。

 

「というか、りっちゃんが踊ってくれてもええんじゃよ?」

 

「私も踊るわよ。二人いた方が覚えるのに効率がいいでしょ?」

 

「? ……あぁ、そういうことね」

 

 おk把握。

 

「りっちゃん! マミも! マミも踊るよ!」

 

「アンタはまだフリ完璧じゃないでしょ。いいからアンタは休憩してなさい」

 

「ぐぬぬ……!」

 

 ぐぬる真美がドヤる美希ちゃんを睨んでいた。お手伝いをしようとしてくれるその気持ちはありがたいが、休憩も大事だからね。

 

 さて、昼食を終えたら早速練習だ。

 

 

 

「りょ、良太郎さんが踊るんや……」

 

「ちょ、ちょっと見てみたいかも……」

 

「………………」

 

 

 

 という訳で昼食を終え、一室を借りて運動着に着替えた俺と冬馬は民宿の向かいにある運動場という名の体育館にやって来たのだが。

 

「えっと、みんな休憩しないの?」

 

 何故か全員が集合していた。一時までは休憩時間のはずだけど、みんな休憩しなくていいのだろうか。

 

「いや、なんと言いますか……」

 

「良太郎さんがゼロから振付を覚える様子を見る機会なんて滅多にないと思いまして、是非見学をさせていただこうかと」

 

 苦笑して言葉を濁す春香ちゃんに対し、千早ちゃんがハッキリと答えてくれた。

 

 他の全員の様子を見る限りでは、どうやらみんな同じ考えらしい。

 

 まぁ彼女たちの休憩時間に何をしようと彼女たちの自由だから別にいいんだけど、人が振付を覚えるところなんて見てて面白いものでもないと思うんだけどなぁ。

 

「良太郎、天ヶ瀬君、準備はいい?」

 

「俺はいいよー」

 

「俺もだ」

 

 同じく運動着に着替えたりっちゃんと美希ちゃんが並ぶ。

 

「あれ? 律子さん、後ろ向きなんですか?」

 

 その際、俺たちに背中を見せるりっちゃんの姿に春香ちゃんが首を傾げる。

 

「こうすると前から見た動きと後ろから見た動き両方をいっぺんに確認できるでしょ? それじゃあプロデューサー、音源を……」

 

「あ、ちょっと待って。今りっちゃんと美希ちゃん、どっちの揺れる胸を見ようか検討中」

 

「プロデューサー、さっさと終わらせるから音源早く」

 

 じっくり考えようと思ったら無慈悲に曲が始まってしまった。

 

 さて、切り替えて振付を覚えないと。

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 始まる前はいつものように冗談を発していた良太郎さんだったが、曲が始まり律子さんと美希が踊り始めた途端に雰囲気が変わった。

 

 じっと律子さんと美希が踊る様子を見つつ、トントンと右足がリズムを刻んでいた。先ほどの胸を見るという発言は……まぁ冗談ではないのだろうけど、それでもしっかりと振付に集中しているのだろうと感じた。

 

 隣の天ヶ瀬さんも同じように腕組みをしながら右手の人差し指で左肘の辺りをトントンと叩きながらリズムを取っており、ブツブツと何かを呟いていた。

 

 そうこうしている内に曲が終わり、律子さんと美希の振付も終わった。私たちに教える立場の律子さんは勿論のこと、昨日教わったばかりの美希も既に完璧な振付だった。

 

「りょーたろーさん! ミキのダンスどうだった!?」

 

「うん、よかったよ。昨日今日でよく頑張ったね」

 

 終わった途端、美希が良太郎さんに近づいていく。良太郎さんはいつもの調子で美希の頭を撫でようとしていたが、先ほどと同じように持ち上げた右手で自分の頬を掻いていた。

 

「で? どうよ良太郎」

 

「うーん、そうだな……三、四十分ってところかな」

 

 律子さんに問われ、良太郎さんは時計を見ながらそう答えた。今は正午を三十数分過ぎた辺りで、予定していた休憩時間も残り二十分少々だった。

 

「じゃあ休憩時間の予定をちょっと変更ね。休憩は一時十五分までってことで。プロデューサーさん、いいですか?」

 

「あ、あぁ、別にいいけど……え、もしかして良太郎君、それだけの時間で覚えられるの?」

 

「はい。まぁ別に特別な覚え方をするわけじゃないですけど……」

 

「アンタの場合は『特殊な覚え方』というか『異様な覚え方』が正しいわね」

 

「えー。そんなに異様かな?」

 

「「異様だよ」」

 

 律子さんと天ヶ瀬さんが声を揃えてそう断言した。

 

「というか、冬馬の方はいいの?」

 

「舐めんな。これぐらいだったら俺だってそれぐらいで踊れるっつーの」

 

 それじゃあ練習始めるか、と良太郎さんは天ヶ瀬さんと共に振付を覚え始めたのだが……確かに、それは律子さんと天ヶ瀬さんが言ったとおりに『異様な覚え方』だった。

 

 初めは律子さんや美希の動きを真似るように動いていたのだが、三回四回と繰り返すことで完璧に振付を把握したらしく、既に一人で動きの確認をし始めていた。ここまでは私たちと殆ど同じだった。

 

 ……そこから一切の休憩を挟まず、繰り返す度に振付が精練されていくことを除けば。

 

 私たちが律子さんやトレーナーから注意を受けて修正するようなこと全てを、良太郎さんは自分で気付き修正し、さらに隣の天ヶ瀬さんの振付の指摘をしている様はまさしく『異様』としか言いように無かった。

 

 私たちも三十分の時間を貰えれば振付は把握できるが、たまに間違えることもあるし細かな動きにまで意識が行かない。故にそれはお客さんの前で踊れるレベルとは言えない。

 

 しかし、良太郎さんは一時間にも満たない僅かな時間で必要最低限お客さんの前に出しても恥ずかしくないレベルにまでそれを昇華しようとしているのだ。

 

「……ねぇ春香。前に良太郎さん、自分は感性で踊るタイプだから細かい指導は出来ない、みたいなこと言ってなかったっけ……?」

 

 背後から小声で真がそんなことを尋ねてくる。確かにそんなことを言ってたような……。

 

「……リョータローさん、事務所所属になって後輩に指導出来ないようじゃ恥ずかしいからって、トレーナーの人たちにも話を聞いたりして仕事の合間に指導の練習をしてたらしいんです。アタシたちの指導も、少ししてくれまして」

 

 コッソリと。そう教えてくれたのは、近くにいた恵美ちゃんだった。

 

「そうだったんだ……」

 

 つまり良太郎さんは恵美ちゃんやまゆちゃんのために指導の練習をしたということである。

 

(……ちょっとだけ羨ましいかな)

 

 自慢するわけでも誇示するわけでもないが、私たちは恵美ちゃんやまゆちゃんたちよりも早く彼と出会い、先輩後輩に近い間柄になっていた。後輩として良太郎さんが私たち765プロのみんなを可愛がってくれていて、私たちも良太郎さんを良き先輩と慕っていた。

 

 だからこそ、そんな良太郎さんに指導の練習をしてあげたいと思わせた彼女たちが羨ましかった。

 

(……なーんてね)

 

 ほんのちょっとだけ柄でもないことを考えてしまった。

 

「優しい先輩だね、良太郎さんは」

 

「はい。自慢の先輩です!」

 

 ニッコリと、恵美ちゃんは笑って頷いた。

 

 

 

 

 

 

「……よし」

 

 いつも通りノンストップで振付を確認し続けたことで、予定していた約三十分強で振付は完璧にマスターした。これでみんなに教える側として参加することが出来そうである。

 

「冬馬の方はどうだ?」

 

「……まぁ、なんとかな」

 

 肩で息を切らしながら冬馬が頷く。高町ブートキャンプで底上げされた体力を使って俺と同じように振付の確認をしていた冬馬だったが、流石にずっと踊り続けて息が上がったらしい。しかしそれでもこの短時間でしっかりと振付を把握した辺り、流石は一時期961プロを牽引したトップアイドルである。

 

「はい。お疲れさまですぅ、良太郎さん」

 

「冬馬先輩もお疲れ様でーす!」

 

 まゆちゃんと恵美ちゃんが俺と冬馬にタオルとスポーツドリンクを持ってきてくれた。俺自身はさほど疲れていないのだが、如何せん体育館内が暑いので汗をかいていた。ありがたくまゆちゃんからそれらを受け取り、冬馬も恵美ちゃんから手渡されたスポーツドリンクを一気に呷っていた。

 

「さて、これで俺たちは覚えたわけなんだけど……春香ちゃんたち、見てて楽しかった?」

 

 そう尋ねると、春香ちゃんたちは若干答えづらそうだった。

 

「えっと……楽しかった、というと嘘になりますし……」

 

「かと言って参考になったとも言えませんし……」

 

「す、凄かったです」

 

 『楽しかった?』というQに対して『凄かったです』というAが返って来たが果たしてこれは喜んでいいのかどうか。

 

「ほら、休憩時間はあと十分よ。用事がある子はちゃっちゃと済ませてきなさい」

 

 律子ちゃんがそう言いながら手を叩く。時計を見ると時間は一時五分であり、休憩時間はあとわずかとなっていた。

 

 何人かが駆け足で体育館を出て行くのを見送りながら、俺はふぅっと一息つく。

 

 

 

 さて、765プロ&バックダンサー組の夏合宿with良太郎&冬馬はこれからが本番である

 

 

 




・大人組
※四人中三人は未成年

・「どっちの揺れる胸を見ようか検討中」
なんか久しぶりにりっちゃんに対して真正面からセクハラした気がする()

・(……ちょっとだけ羨ましいかな)
(別に何かのフラグでは)ないです。



 ネタが少ないのはネタ切れではなくぶっこむところが無かっただけなんです!

 本当です! 信じてください!(馬鹿なことを言うな! お前は一週間の謹慎だ!)

 次回からは練習風景とか休憩中に戯れているところとか書くつもりです(書けるかどうかは別)

 ……が、その前に久しぶりの恋仲○○以外の番外編を書こうと思います。内容はオムニバス形式で登場済や未登場問わず色んなアイドルを出演させる予定です。



 ……じゃ、自分三万位ぐらいになるまで石を溶かす作業に移りますんで。

  \ブシモッ!/



『デレマス二十五話を視聴して思った三つのこと』
※特別編だった今回はお休みです。


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番外編14 青色の短編集

今回はドーンと豪華六本立て!

キャー! リョウマサンフトッパラー!(裏声)


 

 

 

・八神堂にて(Lesson47後のお話)

 

 

 

 以前買い忘れた小説が何処の書店にも見当たらなかったのではやてちゃんに取り寄せてもらったのだが、八神堂へ受け取りに向かう途中で響ちゃんと出くわした。

 

「はやてちゃんにDVDを返しに?」

 

「あぁ! あとお礼に自分手作りのサーターアンダギーを持ってこうと思って。……あと他にお勧めの恋愛物がないか聞きに……」

 

 どうやら恋愛物に興味が出始めたようだ。その内事務所内で真ちゃんと一緒に少女漫画談議に花を咲かせる響ちゃんの姿が見られるようになったりするのかなぁ。

 

 そんなわけで二人一緒に八神堂へ。

 

 自動ドアを潜って店内に入るとカウンターにはやてちゃんがいたのだが……そのはやてちゃんと話をしていた一人の少女の姿があった。

 

「あ、良太郎さん、響さん、いらっしゃい」

 

 はやてちゃんがこちらに気付いて挨拶をしてくる。

 

 それに釣られて少女もこちらに振り返った。やや長めの前髪に隠れて目元が見辛かったが、僅かに覗く青色の瞳から間違いなく美少女だと確信した。ゆったりとした服装にストールを羽織っているため体の線は分からない。……だが微かに漂う大乳の気配……。

 

「こんにちは、はやてちゃん。……ごめん、取り込み中だった?」

 

「別に大丈夫ですよ。あ、お二人と文香さんはまだ面識ないんやったっけ」

 

 丁度いいから紹介しますね、とはやてちゃん。

 

「こちら鷺沢(さぎさわ)文香(ふみか)さん。サギサワ古書店店主の姪で、私の本好き仲間です。文香さん、こちら私のお友達の周藤良太郎さんと我那覇響さんです」

 

「「ちょ」」

 

 かなりさらりと俺たちの名前を紹介してしまったはやてちゃんに少々焦った声が響ちゃんとハモる。

 

「……初めまして」

 

 しかし鷺沢さんは俺たちの予想に反して全くの無反応だった。気付かれなかったのだろうか、ここまで反応が無いとショックを通り越して逆に驚きなんだが。

 

 響ちゃんと二人ではやてちゃんにコッソリと額を合わせる。

 

(えっと、はやてちゃん?)

 

(文香さん、テレビとか雑誌とか殆ど観ーひんからアイドルとか芸能関係の事柄に疎いんです)

 

(それ、疎いっていうレベルじゃないぞ……)

 

 自分で言うのもアレなんだけど、周藤良太郎を知らないって相当でしょ……。

 

 とりあえず、突然内緒話を始めた俺たちに鷺沢さんが可愛らしく首を傾げているのでこの話は後回し。

 

「えっと、よろしくね、鷺沢さん」

 

「よろしくだぞ!」

 

「……よろしくお願いします。……もしかして、沖縄の方ですか……?」

 

「自分か? 生まれは那覇だぞ」

 

 鷺沢さんが響ちゃんの言葉の訛りに興味を惹かれている間に、俺は自分の用事を済ませておこう。

 

「はやてちゃん、例の頼んでおいた本なんだけど」

 

「あぁ、見本を作ったものの直前で恥ずかしくなって出版中止になったリインの水着写真集ですね」

 

「何それ超見たい」

 

 じゃなくて。いやそれも見たいのは本当だけど。

 

「分かってますよー。はい、新名(しんめい)任太郎(にんたろう)著『探偵左文字』シリーズ最新作の『紅に燃ゆる』下巻です」

 

「ん、ありがとう」

 

 これこれ。人気シリーズだから何処に行っても売り切れで買えなかったんだよ。

 

「……あの……『探偵左文字』、お好きなんですか……?」

 

 代金を支払おうと財布を取り出したところ、後ろから鷺沢さんが覗き込んできていた。

 

 その後、『探偵左文字』シリーズやそれ以外の新名任太郎作品についての話題でそこそこ盛り上がる俺と鷺沢さんだった。

 

「……自分、微妙に蚊帳の外だぞ」

 

「響さんは私と恋愛物の話でもしましょーか」

 

 

 

 

 

 

・喫茶『翠屋』にて(Lesson68後のお話)

 

 

 

「そういえば、新しい学生のアルバイトを雇ったんだったな」

 

「ふーん?」

 

 店内を掃除中の恭也からそんなことが告げられた。どうやらクリスマス戦線に向けて戦力強化を図ったようである。

 

「どんな娘なんだ?」

 

「む? いや、男だぞ」

 

 えー?

 

「話の流れからして普通女の子だろそこは」

 

「お前は一体何を言っているんだ」

 

 男の新キャラとか何処に需要があるんだという謎の電波を受信した。

 

 俺とシフトの交代だからそろそろ来る頃だが、と恭也が呟いた丁度その時、翠屋の入口が開いて一人の男性が入って来た。

 

「おはようございます、恭也君」

 

「あぁ、おはよう。丁度お前の話をしていたところだったんだ」

 

 紹介するよ、と恭也が手で示す男性。細身で身長が高く、本当に前が見えているのかどうか疑問に思うほど目が糸のように細い。何か岩タイプ使ったり高速移動したりしそう。

 

「新しくアルバイトとして入った東雲(しののめ)荘一郎(そういちろう)、俺たちと同じ高校三年だ。荘一郎、こいつはウチの常連で幼馴染の周藤良太郎。名前ぐらいは聞いたことあるだろう」

 

「よろしくー。翠屋で働くなら、フレンドリーに荘一郎と呼ばせてもらうぜ」

 

「はい、では私も良太郎君と。……それにしても驚きました。有名な芸能人も来店すると聞いていましたが、まさかあの周藤良太郎と会えるとは思っていませんでした」

 

 ここにアルバイトに来る人は大体それ言うなー。あとは言葉にならない悲鳴のような黄色い声とか。

 

「にしても高三のこの時期にアルバイト始めるとか、受験しないの?」

 

「いえ。私はパティシエ志望でして、既に専門学校の合格をいただきました。翠屋で働かせていただくのも、高町桃子さんの元で研鑽を積みたいと思いまして」

 

「なるほどね」

 

 流石は桃子さんである。しかしそういう人は結構多く、よっぽどのことが無い限り雇ったりしない筈なんだけど。

 

「私の母が東京に出てくる前の桃子さんと親交がありまして、恥ずかしながらその伝手を使わせていただきました」

 

「えっと、桃子さんの出身っていうと……」

 

目で尋ねてみると「大阪だな」と恭也。

 

 実家は老舗の和菓子屋だそうで、近所に桃子さんが住んでいて荘一郎の母親と仲が良かったらしい。

 

「……ん? 実家が和菓子屋? でもパティシエ志望?」

 

 暗に家は継がないのか聞いてみる。

 

「実はその……餡子が苦手でして……見るのすら苦痛で実家を出てきたんです」

 

「おうふ」

 

 思いの外深刻な悩みだった。

 

(そーいえば)

 

 千代田にある和菓子屋の娘さんも「餡子飽きたー」とか似たようなこと言ってたなぁ。和菓子屋に生まれると逆に餡子嫌いにでもなるのだろうか、とどうでもいいことを考えるのだった。

 

 

 

 

 

 

・二階堂精肉店にて(Lesson77後のお話)

 

 

 

 差し入れのコロッケを買うために商店街の二階堂精肉店へとやって来たのだが、店内は夕飯の買い物のためにやって来た主婦の方々で賑わっていた。一見時間がかかりそうに見えるが、揚げ物コーナーは別なので臆することなく中へ。

 

「おじさん、こんばんはー」

 

「おぉ、良太郎君、久しぶり」

 

 二階堂のおじさんに話しかけると、久しぶりに顔を出した俺に笑顔で対応してくれた。主婦の方々も「あら良太郎君じゃない」と顔馴染みの対応である。

 

「コロッケ買いたいんですけど」

 

「おう! ……とはいえ俺はこっちで手が離せんから……千鶴ー! 手伝ってくれー!」

 

 おじさんが店の奥に声をかけると「はーい」という声と共にパタパタと小走りにやって来る女性の影。

 

「いらっしゃいませー……げっ」

 

「俺に対してその反応をするのは百歩譲っていいとして、他のお客さんの前でその対応はまずいんじゃないかなぁ」

 

 ボリュームのある茶髪を三角巾で纏めてエプロンを装備した女性――幼馴染と言っても差し支えない昔馴染みである二階堂(にかいどう)千鶴(ちづる)は露骨に顔をしかめた。

 

「わたくしを年上として敬おうとしない不届き者には相応しい対応ですわ」

 

 確かに歳は一つ上だが、そんなもの誤差だろう。

 

 ちなみに千鶴のこの精肉店の長女として似合わないお嬢様口調は、昔お金持ちに憧れて使い出したものがそのまま残ってしまったという残念な慣れの果てに似た何かである。その口調故に大学では本物のお金持ちと誤解されていたりするらしいのだが、まぁ今は関係の無い話だ。

 

「それで? 今日は何の用ですの?」

 

 「買い物以外に何があるのか」と言いたいところではあるが、色々と前科を持っている身なのであえて余計なことは言わないで素直に要件を伝えることにする。

 

「コロッケを……そうだな、三十個ほど見繕ってほしいんだけど」

 

 単位が若干おかしいこの注文に普通の店だったら変な顔をされそうなところではあるが、何度も利用しているこの店は例外である。

 

「また差し入れですの?」

 

「そうそう。ここのコロッケは冷めても美味しいから差し入れにピッタリなんだよ」

 

「お父様が作るコロッケが美味しいのは当然ですわ!」

 

 「おーっほっほっほげほっゴホゴホ!」と咽る千鶴。何年経っても高笑いが板につかない辺り根っからの庶民だなぁとしみじみに思う。いやまぁ、俺も「トップアイドルらしくない」と色んな人に言われるから似た者同士だが。

 

 「ちょっとだけお待ちなさい」と言って千鶴がコロッケを包み始めたので、俺は財布を取り出して支払いの準備をする。

 

「あ、俺が先に食いたいから一個だけ別にしてくんない?」

 

「歩きながら食べるのはお行儀が悪いから許しませんわ」

 

「ちぇ。分かったよおかーさん」

 

「誰がお母さんですのっ!?」

 

 何だかんだ言いながら千鶴って面倒見がいいから、お母さんって感じなんだよなぁ。同年代の子と比べると無駄遣いもしないし料理も上手い。まさに良妻賢母タイプである。

 

「ホント、いい奥さんになれるよ千鶴は」

 

「ぶっ!?」

 

 噴き出す直前に首をグリンと回して壁を向く辺り流石食品を扱う店の娘である。いや、そもそも一体何に噴き出したし。

 

「はっはっはっ! いい奥さんになれるか! ならどうだい良太郎君、ウチの千鶴を嫁に貰う気はないか?」

 

「お父様っ!?」

 

 突然笑い出したおじさんが何故かそんなことを言い出し、顔が真っ赤な千鶴が叫ぶ。

 

「千鶴はちょっと……」

 

「せめて理由は言いなさいな!? ぶちますわよ!?」

 

 渋谷生花店の凛ちゃんと並ぶ商店街の二大看板娘の片割れは今日も元気だった。

 

 

 

 

 

 

・お洒落なバーにて(Lesson83後のお話)

 

 

 

 午後九時。突然だが早苗ねーちゃんを迎えに行くことになった。

 

 何でも同僚と一緒にバーで飲んでいたらしいのだが、その同僚の方から早苗ねーちゃんが酔って寝てしまったから迎えに来てほしいと兄貴の携帯に連絡が入った。しかし兄貴は兄貴で友人と飲みに行ってしまっているので、代わりに俺が迎えに行くことになってしまったという訳だ。

 

 未成年の人気アイドルがこんな時間に酔っぱらった婦警を迎えに行くってどういうことだよと思いつつ、早苗ねーちゃんが飲んでいる店に到着したので近くの路上パーキングに車を停める。

 

「……随分とオシャレな店だなぁ」

 

 早苗ねーちゃんのことだから居酒屋で飲んでいると思ったのだが、そこは夜のネオン賑わう大通りから少し逸れた位置にある少々小さなバーだった。

 

 似合わねぇなぁと思いつつ店の扉を開ける。店内もしっとりとジャズが流れる落ち着いた雰囲気。おいおいこんな店で酔いつぶれたのかよ早苗ねーちゃん。

 

 しかし店内を見回してもそれらしき姿が見当たらないのでカウンターの向こうにいるマスターらしき人に尋ねる。

 

「あの、すみません。酔っぱらった低身長童顔の義姉を迎えに来たんですけど」

 

「お客様でしたら、気持ちが悪いと言ってお手洗いへ。お連れの方も付き添いでそちらに」

 

 ホントに何やってんだと身内の醜態に頭痛が痛い。(重言)

 

「……あら? 良太郎君?」

 

 しょうがないから待つことにしたのだが、突然声をかけられた。今の俺は変装状態なのでバレることはないので、当然知り合い。しかもこの声は……。

 

「楓さん」

 

「お久しぶり、良太郎君」

 

 346プロ所属の高垣楓さんが、一番隅のカウンター席からヒラヒラと手を振っていた。

 

「こんな時間にバーへ来るなんて、良太郎君は不良さんなのかしら?」

 

「まさか。義理の姉を迎えに来ただけですよ。楓さんはお一人ですか?」

 

「えぇ。今日はちょっとカクテルな気分だったの。この店はマスターの口が堅いことで有名だから、芸能人がお忍びでよく来る店なのよ?」

 

 それはいいことを聞いた。俺も飲酒が可能になったら是非来させてもらおう。

 

「ねぇ良太郎君、お姉さんと少しお話ししない? ソフトドリンクぐらいなら奢るわ」

 

 ちょいちょいと手招きする楓さん。なんと美人で年上のお姉さんからお誘いを受けてしまった。どうせ早苗ねーちゃんが出てくるまで待つことになるし、喜んでご一緒させてもらうことにする。

 

 隣のカウンター席に座り、楓さんが別のカクテルを頼むのに合わせて「俺も同じのを」と注文したところ、今の会話を聞いていたマスターから出されたのはジンジャエールだった。うん分かってた。

 

「それじゃあ、乾杯」

 

「はい乾杯」

 

 特に何に対してとは言わず、俺と楓さんはお互いのグラスを軽く合わせた。

 

 クイッとグラスの中の琥珀色の液体を喉に流し込むが、実はウイスキーでしたなんてことはなく普通にジンジャエール。やっぱりこの雰囲気で飲むにはいくらか味気なかった。

 

 チラリと横を見ると、楓さんが優雅にグラスを傾ける姿が目に入って来た。やっぱり美人はお酒を飲む姿も様になるなぁ。

 

「少し小柄で胸の大きな女の人」

 

「へ?」

 

「さっきまでそこのカウンター席で飲んでた人なんだけど……彼女が、良太郎君のお義姉さん?」

 

「あ、はい」

 

 童顔で……と言おうと思ったけど楓さんも大概童顔だった。

 

「俺たち兄弟の幼馴染で元々姉弟みたいなものだったんですけど、今年の春に兄貴と結婚しまして」

 

「そう。……お義姉さん、一緒に来てた人に凄く嬉しそうに旦那さんの話をしてらっしゃったわ」

 

 とても幸せそうで、と話す楓さんは……何故かとても寂しそうに見えた。

 

(……あれ、俺もしかして何か地雷踏んだ?)

 

 何かフォローの言葉を、と口を開きかけたその瞬間。

 

「ちょ、早苗! こんなところで寝ちゃダメだってば!?」

 

 そんな声がトイレの方から聞こえてきた。……多分これ、早苗ねーちゃんと一緒に飲んでた同僚の人の声なんだろうなぁ。

 

「ふふ、行ってあげたら? 一杯だけだけど、付き合ってくれてありがとうね」

 

「え、えっと……ど、どういたしまして」

 

 果たしてこれは地雷回避だったのか微妙なところではあるのだが、早苗ねーちゃんを放っておけないのも確かなので席を外させてもらおう。

 

「ご馳走様でした、楓さん。また俺が成人したらお酒に誘わせてください」

 

「えぇ、待ってるわ」

 

 楓さんの笑みに何か後ろ髪を引っ張られるような気がしないでもなかったのだが、トイレで酔いつぶれた早苗ねーちゃんを回収すべく俺は席を立ったのだった。

 

 

 

 

 

 

・羽田空港にて(Lesson85後のお話)

 

 

 

「……ん?」

 

 恵美ちゃんとまゆちゃん、バックダンサー組の子たちと別れて喫茶店を後にし、さて仕事の現場へと空港ロビーを歩いていたところ、空港の案内板と睨めっこをする一人の少女の姿を発見した。ショートの銀髪碧眼……いくら珍しい髪色が一般的なこの世界でも、一目で外国の子だと分かる見た目だった。

 

 英語には少々自信があるのだが……どーにも英語圏の人じゃないっぽいんだよなぁ……。

 

 まぁいいや。

 

Hey,girl(そこの彼女). Can I help you(何かお困り)?」

 

 話しかけると、少女は驚きながら振り返った。

 

「……アー……Thank you(ありがとうございます)。でも私、日本人です。日本とロシアのハーフ。日本語、喋れます」

 

「あら、そう……」

 

 少々片言ながら、確かに日本語は大丈夫な様子だった。

 

「それで? 案内板と睨めっこしてたけどどうしたの?」

 

「? 睨めっこしていません。カールタ……地図、見ていました」

 

 訂正。日本語は通じるけど、比喩表現は通じづらいみたいだ。

 

「オッケー。それで、何か困ってることはある?」

 

「あ、はい。私、北海道からドゥルーク……友達に会いに来ました。でも、待ち合わせの場所が分からなくて、困っています」

 

 あー、まぁ広いからね、ここ。

 

「で? 何処で待ち合わせなの?」

 

 スッと少女の白い指が指し示したのは、先ほどまで俺もいた展望デッキだった。

 

「ここだったらすぐに……」

 

「でも、友達いませんでした」

 

「え?」

 

 何でも、一度展望デッキへ行ったが友達の姿が見当たらず、運悪く携帯電話の電池も切れてしまって連絡が取れないから一度ここまで降りてきたらしい。

 

「んー……ん? もしかして、第一じゃなくて第二の方とか?」

 

「え?」

 

 羽田空港には第一旅客ターミナルと第二旅客ターミナルがあるのだが、その両方に展望デッキが存在する。この少女は第一旅客ターミナルの展望デッキへ行ったらしいが、もしかしたらその友達は第二旅客ターミナルの展望デッキのことを指していたのかもしれない。

 

「気付きませんでした……スパシーバ! ありがとうございます!」

 

「いや、まだ友達が見つかったわけじゃないからね。一応俺も行くよ」

 

 その後、少女――アナスタシアちゃんというらしい――と共に第二旅客ターミナルの展望デッキへ向かってみると、無事アナスタシアちゃんの友達(金髪碧眼の美少女姉妹)を発見することが出来た。

 

「エリーチカ! アリッサ!」

 

「アーニャ!」

 

「アーニャちゃん! 良かったー!」

 

 三人の美少女から散々お礼を言われ、中々の上機嫌で俺は仕事の現場へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

・公園にて(羽田空港にて後のお話)

 

 

 

 三人のハーフ美少女(アナスタシアちゃんの友達はロシアと日本のクォーターらしいが)にお礼を言われて上機嫌で車を走らせていたのだが、とあるものが視界の端に映ったので慌てて車を路肩に停める。

 

 駐禁切られませんよーにと祈りつつ、小走りで『それ』が見えた公園へと向かう。

 

「っと、いた」

 

 視界に映った『それ』は、公園の散歩道で蹲る顔色が悪い少女の姿だった。茶色の髪を二つ結びにした彼女に小走りで近寄りつつ話しかける。

 

「えっと、君、大丈夫?」

 

「っ!? あ、えっと、大丈夫。大丈夫だから……」

 

 うーん、知らない人間に対する遠慮の構え。先ほどのアナスタシアちゃんと比べると実に日本人的な反応だと思いつつ、しかし「そうですか」と見て見ぬ振りも出来ない。

 

 傍にしゃがみ込み、少々失礼しつつ額に手を当てる。

 

「ちょ、何を……!」

 

「ちょっと熱があるかな。……何処か痛む? 気分が悪い?」

 

「……気持ち悪いだけ」

 

 そっけないながらもちゃんと答えてくれた。多分熱射病だろう。

 

 丁度いいことにすぐ傍に自動販売機があったので、そこで適当にジュースを買って少女に渡す。

 

「はい、これ飲めば少しは落ち着くと思うよ」

 

「……あ、ありがとう」

 

「ほら、良い年頃の娘が何時までもこんな地べたに座ってないで」

 

 手を引き、少女を日陰のベンチに座らせる。

 

 少女は最初こそ遠慮する素振りを見せていたものの、缶ジュースを口にするとそのまま一気に中身を飲み干した。

 

「大丈夫? まだ気分が悪いようなら救急車でも……」

 

「だ、大丈夫、もう落ち着いたから。もう救急車はいいから」

 

 そうか。なら……ん? もう?

 

 俺がその言葉に引っかかったことに気が付いたらしく、少女はポツリポツリと話してくれた。

 

「……昔ちょっとだけ……本当にちょっとだけ、体が弱くて。結構頻繁に病院に通ってて……もうこれ以上、みんなに心配かけられないから……」

 

 心配かけられないから言えない、か。ほんのちょっとだけ、なのはちゃんの姿が浮かんだ。

 

「……助けてくれてありがとう。えっと、ジュースのお金を……」

 

 そう言いつつ手提げバッグの中から財布を取り出そうとする少女。別にジュース一本ぐらいどうってことないので止めようとすると、彼女のバッグの中から一枚のCDケースが滑り落ちた。

 

 あわや地面に、というところギリギリでキャッチしたそれは、随分と見覚えのあるものだった。というか俺の記念すべきファーストシングルだった。

 

「あっ! ありがとう! それ大事なCDなんだ!」

 

「いえいえ。……周藤良太郎のファンなの?」

 

「うん。……その、昔は寝込んでることも多くて……そんな時、良太郎君の曲が私に元気をくれたの」

 

 そう言いながらはにかむ少女。随分とまぁ嬉しいことを言ってくれるよ。

 

「ねぇ君、お名前は?」

 

「え? ほ、北条(ほうじょう)加蓮(かれん)……」

 

「ふんふん、いい名前だね」

 

「あ、ありがと……え、何お兄さん、いきなりナンパ?」

 

「まさか」

 

 一応念のためにと持ち歩いているサインペンを取り出す。

 

「サラサラっと」

 

「って、あぁぁぁっ!?」

 

 それだけ大声が出るってことはだいぶ元気になったなぁと思いつつ、手早くCDケースにサインと彼女の名前を書く。

 

「はいどうぞ」

 

「ちょ、はいどうぞじゃないよ! いきなり何すんのさ!? ……って、あ、あれ?」

 

 俺からCDケースを奪うようにひったくり書かれた文字を見る加蓮ちゃん。どうやら気付いてくれたようだ。

 

「ちゃんと元気になったって言うんなら――」

 

 スッとかけていたサングラスを下げる。

 

「――今度は、ライブ会場で会おうね」

 

「っ!? す、すすす、周藤りょ、りょりょりょっ……!?」

 

「じゃあねー。お大事にー」

 

 ワナワナと震えている加蓮ちゃんに手を振り、その場を後にする。

 

 自分の歌がちゃんと人を元気に出来ていると再確認し、先ほどよりも更に上機嫌で俺は仕事場へ向かうのだった。

 

 

 

 ……俺の車が早苗ねーちゃんの手によって駐禁を切られる寸前だったことを除けば。

 

 ちくしょう、恩を仇で返そうとしやがって……。

 

 

 




・鷺沢文香
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。クール。
前髪長め系文学少女。原作では19歳だがこの話の時点では良太郎と同学年。
髪サラサラ肌スベスベに長いまつ毛で化粧いらずらしい(劇場347話より)

・新名任太郎著『探偵左文字』シリーズ
名探偵コナンの劇中の人気小説。
十年前に左文字が炎の中に消えて完結したらしいのでこういうタイトルを勝手につけた。

・岩タイプ使ったり高速移動したりしそう。
「タケシ! こうそくいどうだ!」「おう!」

・東雲荘一郎
『アイドルマスターsideM』の登場キャラ。インテリ。デレマス的に言えば多分クール。
餡子嫌い系パティシエ青年。そこ、男の新キャラなんて求めてないとか言わない。
以前クロスしすぎだと怒られていた時期に考えていたクロスネタを一切省いたVerにて、恭也のポジションに据える予定だったキャラを再利用的に登場させてみた。

・二階堂千鶴
『アイドルマスターミリオンライブ』の登場キャラ。Visual。デレマス的に言えば多分クール。
エセレブとか言われちゃう見栄っ張りお嬢様な21歳。この話の時点では19歳。
原作ではどうなのかはもうこの際置いておいて、この小説では実家は精肉店で良太郎と顔馴染み。
……え? クールじゃない? にわかロックがクールなんだから、エセレブもクールでしょ(暴論)

・楓さん
「お前また結局楓さんかよ!」とか言われそうだが気にしない(シレッ)
というかデレステ楓さんイベか……これ売った金で走ればなんとかなるのか……?(神の通告を見つめつつ)

・何故かとても寂しそうに見えた。
作者はたけかえ派と言えば察しのいい読者様はこれがどういう意味なのか分かってくれると思っている。

・アナスタシア
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。クール。
ロシア生まれ北海道育ちの道産子系ハーフ少女。通称アーニャ。
この話の時点で14歳の中学生。アニメだとより片言感がアップしてた気がする。

・千代田にある和菓子屋の娘さん
・「エリーチカ! アリッサ!」
別に回収する予定はないのだが一応ラブライブ編への伏線は撒いておく。

・北条加蓮
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。クール。
元病弱キャラ現今どきギャルの16歳。この話の時点では15歳。
某アニメのキャラに似ていることから『ア○ル』だとか、今は無きコンプガチャで中々出なかったことから『門番』だとか。おい止めてやれよ。
ちなみにこの時点で中学生なのでまだ奈緒とは知り合っていない設定。



 というわけで初の短編集は青色系のキャラでまとめてみました。今後黄色編や赤色編も予定しております。多分時系列や登場タイミングの関係上第三章内で書いておきたい。

 あ、サイドMのキャラ出ましたけど、別にサイドM編をやるつもりはないんで(断言)



『デレマス二十五話を視聴して思った三つのこと』

・上田しゃん輝いてるよ!(太陽的な意味で)

・きょ、響子! しゃべ、しゃべ……喋らねぇえええっ!!(絶望)

・やっぱり一番のシンデレラは武内Pやな(中の人的な意味で)


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Lesson96 この空は青く遠く +α

今回、更新直前に「何か文字数足んねぇよなぁ?」と思い立って急遽おまけを付け足してみました。


 

 

 

 二日目の午後からのレッスンは、振付の修得度ごとに三つのグループに分かれて行われた。まだ合格ラインに達していないグループをりっちゃん、合格ラインに達してそこから細かい部分を突き詰めていくグループを冬馬と俺が担当することに。

 

 というわけで俺は美希ちゃん、響ちゃん、真ちゃんのダンス得意組及び恵美ちゃん、まゆちゃんのバックダンサー組の中でも既に上位の五人を纏めて見ることになった。

 

「というわけで始めるけど、みんな準備いいかな?」

 

「勿論なの!」

 

「いつでもいいぞ!」

 

「へっへーん! 成長した僕たちを見せてあげますよ!」

 

「お、お手柔らかにお願いしますね?」

 

「よろしくお願いしまぁす、良太郎さん」

 

 よーし、それじゃあ張り切っていこう!

 

 

 

 

 

 

「……きゅぅ~……」

 

「……もう動けないぞ……」

 

「……周藤良太郎には勝てなかったよ……」

 

「……お手柔らかにって言ったのに……」

 

「……ふ、ふふふ、良太郎さんの激しい扱き……」

 

 なんか目を離している内に、良太郎が面倒を見ていた五人が即()ち2コマシリーズみたいになっていた。まぁあいつの場合、指導しながら自分も一緒に踊り続けてその度に振付の精度が上がってくから際限がないんだよなぁ。

 

 ふと時計を見上げると時刻は二時半。一時間以上ぶっ続けだったみたいなので、ここで全体休憩と相成った。

 

 秋月の号令で全員が休憩に入り、俺も先ほど手渡されたスポーツドリンクの残りを一気に呷る。

 

「ふぅ……」

 

「………………」

 

「……何だよ」

 

 ふと視線に気付いて振り返ると、先ほどまで俺が面倒を見ていたグループの一人である水瀬伊織がジト目でこちらを睨んでいた。

 

 少々好戦的な性格ではあるが、別にこいつに睨まれるようなことに……いやまぁ、身に覚えはあるが。しかし961プロ時代に竜宮小町の仕事を奪ってしまったことに関しては以前全員で謝罪をして和解をしたはずなのだが。

 

 問いかけると、水瀬伊織はふんっと鼻息荒くそっぽを向いた。

 

「別に。……ダンスの精度が上がってるって思っただけよ」

 

 そう言い残して水瀬伊織は行ってしまった。

 

「……えっと」

 

 今のは、褒められた……のか?

 

「ふふ、伊織、あんな態度ですけど天ヶ瀬さんのことを目標だと思ってるんですよ」

 

「へ?」

 

 そんなことを言いながら天海春香がクスクスと笑っていた。

 

「去年は色々あってジュピターの皆さんのことを敵視していたみたいなんですけど……今はそのわだかまりも無くなって、良太郎さんの前に倒すべき相手だって」

 

 「さっきも『今は素直に教わる側に甘んじといてあげるけど、いつか見てなさい』って息巻いてましたよ」と天海春香は語ってくれた。

 

「……そうか」

 

 正直なところ、961プロを抜けて一時期低迷していたことがある俺たちと比べると右肩上がりを続ける竜宮小町でそれほど差はないと思っていた。しかし、当の竜宮小町のリーダーである水瀬伊織が……嫌がらせをして良い感情を持っていないはずの俺たちを認めてくれているということに、少し胸がジンとした。本来ならば未だに低迷を続けていたはずの俺たちを拾い上げてくれた幸太郎さんたちへ改めて感謝したい。

 

 ……良太郎だけには絶対に感謝してやらねーけど。

 

「……そうだ天海春香、さっきの振付なんだけど」

 

「あ、はい」

 

 少々気になったことがあったので注意点を告げようとすると。

 

「春香、外へ休憩に行きましょ」

 

「え? ち、千早ちゃん」

 

 突然現れた如月千早が天海春香の腕を引っ張って行ってしまった。

 

「え、ちょ、あ、天ヶ瀬さんのアドバイスが……」

 

「ダメよ春香。そんなふしだらなことお姉さんは許した覚えありませんよ」

 

「ふしだらって何っ!?」

 

 何やら随分と不名誉な印象を持たれてしまっているようだったが、それを訂正する暇無く二人はいなくなってしまった。

 

 一体何事かと考え、去年の年忘れライブにて良太郎が天海春香みたいな女の子が俺のタイプだとぬかしたことが原因だと思い当たった。そう言えばあの時も隣にいた如月千早に睨まれたんだった。

 

 ……やはり良太郎には感謝どころか、文句を言っても許されると思う。

 

 

 

 

 

 

 先ほど春香ちゃんと冬馬が話してたかと思うと、その春香ちゃんが千早ちゃんに連れていかれた途端に冬馬が突然無言で殴りかかって来たので小手返しでひっくり返す。

 

「おいおい、いくら好みの女の子とのお喋りが中断させられたからって八つ当たりは良くないんじゃないか」

 

「うっせえ! おめーのそういう無責任な発言のせいで何人が迷惑を被ってると思ってんだ!」

 

「おっと、これは口の悪い後輩に対する教育的指導をせねばなるまい」

 

「ぬぐわぁあああ!?」

 

 そのまま流れるように四の字固めに移行して冬馬の左脛にダメージを与える。

 

 ふはははっ、馬鹿め! 高町道場で散々扱かれた上に、無駄に腕の立つ級友たちにアイドルとか関係無くプロレス技をかけられ続けた俺に勝てると思っているのか! ……あれ、何だろう、汗が目に染みて痛いや。

 

「ねーねー! りょーたろーさん!」

 

「ん?」

 

 美希ちゃんが膝に手を突くようにして前屈みになりながら俺の顔を覗き込んでくる。その両腕によって美希ちゃんの大乳が挟みこまれる形になっていて大変素晴らしい光景が頭上に広がっていた。

 

「外でミキたちと遊ぼっ? デコちゃんたちと水鉄砲持ってきたの!」

 

「オッケー。でもその前にやることがあるから先に――」

 

「隙ありぃ!」

 

 そろそろ解放してやろうかと足の力を緩めた隙を見事に突かれ(美希ちゃんの胸に目を奪われていたからでは断じてない)、冬馬に体勢をひっくり返されてうつ伏せになってしまった。

 

「いだだだだだっ!?」

 

 途端に俺の足に激痛が走る。本来ならばひっくり返されても痛くないようにかけるのが正しい四の字固めだったのだが、どうやら決まり方が甘かったらしい。

 

「良い子のみんなはこういうことが起こらないように正しい四の字固めやり方をマスタぁああああっ!?」

 

「りょーたろーさんっ!?」

 

「積年の恨みぃぃぃ!」

 

「……あのバカ二人は何をやってんだか」

 

「ま、まぁまぁ、あれが男子のノリって奴だよ」

 

 仰向けに返し返した俺と再び悲鳴を上げる冬馬を見ながら、りっちゃんは溜息を吐き赤羽根さんは苦笑するのだった。

 

 結局俺と冬馬の下らないやり取りは、りっちゃんから両成敗という形でお叱りを受けることで終結することになった。

 

 

 

 

 

 

「えーい!」

 

「くらえー!」

 

 私と千早ちゃん真、雪歩の四人で外にある手押しポンプ式の井戸の水で涼んでいると、運動場の裏側からキャッキャッとはしゃぐ真美たちの声が聞こえた。

 

 覗いてみると、亜美真美と伊織、響、そして美希の五人が水鉄砲を使って遊んでいた。私たちも体力にはまだ余裕があるが、随分と元気だなぁと思わず他人事のように思ってしまった。

 

「やーん! デコちゃん、ミキばっかり狙わないでなのー!」

 

特に美希は先ほどまでへばっていたというのに、そんなそぶりを全く見せずにはしゃいでいた。

 

「いおりんはミキミキが羨ましいんだよー!」

 

「一人だけハリウッドに行っちゃうしねー!」

 

「なっ!? そ、そんなじゃないわよ!」

 

 亜美と真美のからかうような言葉に、伊織は顔を赤くしながら否定する。しかし初めて美希のハリウッドデビューが決まった時、少々羨ましそうな目で睨んでいたから多分図星なのだろう。勿論、ハリウッドに行くだけなら伊織なら簡単だろう。しかし、業界の人間の言う『ハリウッドに行く』という意味合いは少々異なるのは全員が認識している。

 

 

 

「……そっか。今回のアリーナライブが終わったら、美希と千早は外国に行っちゃうんだよなー」

 

 

 

「「「「………………」」」」

 

 さぁっと風が通り抜ける。

 

 響は本当に何気なくその言葉を呟いたのだろう。現にその直後には亜美によって顔面に水をかけられて、怒った響は亜美を追いかけて行ってしまった。

 

 しかし、私たち四人は思わず黙ってしまった。

 

 美希と千早ちゃんが、外国に行く。

 

 事務所に入った当初から一緒にいた仲間が、遠い海外の地へ行ってしまう。

 

 その事実を頭では当に理解していたのだが、それでもその『実感』は私たちの何処にも無かった。

 

 

 

 ――ガチャ。

 

「で? どうです? 赤羽根さんも歌とか」

 

「い、いやぁ、俺は別に……」

 

 宙に浮いてしまっていたような気がする私たちの意識は、そんな男性二人の声によって地面に降りてきた。

 

 その声は、運動場の裏口から出てきたプロデューサーさんと良太郎さんだった。

 

「って、お? 水浴びか、気持ちよさそう……だ、な……」

 

 プロデューサーさんの声が尻すぼみに消えていく。

 

(あ……)

 

 何事かと思ったが、その理由はすぐに分かった。

 

 伊織たちは休憩時間を利用して水鉄砲で遊び始めた。当然先ほどまでの格好から着替えているわけがないし、そもそもこの時期に上着なんて羽織るはずもない。

 

 何を言いたいのかというと、五人はTシャツのまま水鉄砲で遊んでいたということだ。

 

 Tシャツが濡れれば、当然薄い生地故に中に着ているものが空けて見えてしまう訳で……。

 

「「「「っ……!?」」」」

 

 それに気付いた途端、カァッと亜美以外の四人の顔が真っ赤になった。頭のいい伊織もそうだが、先ほど良太郎さんを水浴びに誘っていた美希も気付いていなかったらしい。

 

 さてこの状況をどうするのだろうと完全に傍観者的視点でプロデューサーさんと良太郎さんに視線を向ける。

 

 プロデューサーさんは顔を赤くして視線を逸らしながらもチラチラと見ており、良太郎さんは視線を逸らすことすらせずにおもむろにサムズアップをしたかと思うと――。

 

 

 

「真に良きものをお目にかからせていただき大変幸せに候っ!」

 

 

 

「変態っ! de()変態っ! der(ダー)変態っ! 変態大人(ターレン)っ!!」

 

 全く躊躇せずにそう言い切った良太郎さんに、涙目の伊織が水をかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……へんたいたーれんってどういう意味なんだろ」

 

「さぁ……?」

 

「くっ……(美希と響の胸元を見つつ)」

 

「ち、千早ちゃん、目が怖いよ……?」

 

 

 

 

 

 

おまけ『ラブライブ編第一話(仮)』

 

 

 

「『ラブライブ』?」

 

 それは、兄貴が持ってきた一本の仕事の話が始まりだった。

 

 

 

「って何ぞや」

 

「今、中高生の間で『スクールアイドル』が流行ってるのは知ってるだろ?」

 

「まぁな」

 

 寧ろアイドルやっててそれ知らないのは色々と問題あるし。

 

 スクールアイドルとは文字通り学校(スクール)のアイドル、つまりアイドル活動を部活のように行っている学生のことで、一種のご当地アイドルのようなものだ。日高舞を中心とした第一次アイドルブーム、そして俺を中心とした第二次アイドルブームのあおりを受けて徐々に増え続け、最近ではかなりメジャーな存在となりつつある。中にはそのまま本当にアイドルになる子たちも増えており、アイドル業界でも注目の存在だ。

 

「そのスクールアイドルの一番を決めようっていう大会が開かれることになったんだよ。それが『ラブライブ』だ」

 

「ふーん」

 

 俺たちプロのアイドルをプロ野球選手、スクールアイドルを高校球児とすると、ラブライブは要するにアイドル甲子園ってことかな。

 

「それで? 高校を卒業してかれこれ数年経つ俺には関係無いと思うんだけど」

 

「誰も出場しろとは言わないさ」

 

 何でもテレビ局が数個の高校に絞ってそのラブライブを題材にしたドキュメンタリー番組を作成したいらしく、俺がそのリポーター役の一人として抜擢されたらしい。

 

「なるほど、よくある『○○高校の軌跡を追った』とかそういう感じのやつだな」

 

「よくあるとか言うな」

 

 とりあえず概要は把握した。

 

 しかしスクールアイドルって女の子ばっかりだったはずなのだが、普通男の俺をキャスティングするか……? いやまぁ別に俺は問題ないからいいんだけど。

 

「ちなみに他のリポーター役は?」

 

「1054の麗華ちゃんとか、765の春香ちゃんとかに話が行ってるらしい。あと346の卯月ちゃんに、876の愛ちゃん」

 

「うーんこの」

 

 なんだろう、この予定調和染みた知り合いだらけのキャスティングは。というか男俺一人だし。

 

「それでだ。テレビ局側は注目する高校をリポーター役のアイドル自ら選んでほしいらしくてな。これ出場予定の高校の資料」

 

 そう言いながら兄貴は机の上にドサッと厚い紙の束を積み上げた。

 

「……おいまさか」

 

「頑張れ」

 

 頑張れじゃねーって。確かにまゆちゃん選抜した時よりは紙の枚数が少ないけども。

 

「これとかどうよ」

 

「おい今お前適当に選んだろ」

 

 真ん中辺りから引き抜いた資料を高々と掲げ上げたのだが、案の定咎められてしまった。

 

 仕方がない、真面目にやるか――。

 

「――って、お?」

 

 その資料に書かれていた高校の名前に見覚えがあった。

 

「これ母さんの母校じゃん」

 

「何?」

 

 兄貴も食い付いて俺の手元覗き込んでくる。

 

 学校の名前は『音ノ木坂女学院』。そこそこの歴史がある母さんの出身校だった。

 

「確か廃校寸前で『学校が無くなっちゃうよー! どうしよー!』とか母さんが嘆いてたっけ」

 

 ひーんっ! と涙を流すリトルマミーの姿を思い出す。

 

「そう言えば、知り合いの子で何人かここに通ってる子がいたっけ……」

 

 そっか、ここにもスクールアイドルがいたのか……。

 

 ……よし。

 

「ここに決めた」

 

 多分、適当に引き抜いた資料がここの高校のものだったのも何かの縁なのだろう。

 

 

 

 俺がリポーターとして向かう高校は、ここに決めた。

 

 

 

 

 

 

 日本の頂点に立った一人の青年(トップアイドル)

 

 

 

 廃校を避けるために頑張る九人の少女たち(スクールアイドル)

 

 

 

 物語はこうして交わり始める……かもしれない(未確定)

 

 

 




・即○ち2コマシリーズ
3クリックさんよりはマシなんじゃないですかねぇ(指摘)

・天ヶ瀬さんのことを目標
アニメ本編は別として、この作品では未だに実力ではジュピターの方が上だという設定になっております。魔改造もされてるし、多少はね?

・「ダメよ春香」
過保護なちーちゃんの目が黒い内は冬×春は許されない(ないとは言っていない)

・小手返しからの四の字固め
相手が強くなければこれぐらいは軽い良太郎。なお返されている模様。

・「赤羽根さんも歌とか」
コブクロP

・変態四段活用
de()変態:仏
der(ダー)変態:独
変態大人(ターレン):中 となっております。

・おまけ『ラブライブ編第一話(仮)』
ラブライブ編のことを感想で触れられたのでちょっと書いてみた。実際にこうなるかどうかどころか本当に書くのかどうかすら未定。
ちなみにさらっとしまむーの名前が出てたけど、あえて触れない。



 デレマスが終わったことによる虚無感が拭えない月曜日でした。

 濡れ透け伊織&美希に劇場で思わずガッツポーズをした諸兄は作者だけじゃないと信じている。



『どうでもいいわけじゃないけど小話』

「Mマスとかw乙女ゲーじゃないんだからw」( ^Д^)σ

 ↓(作者楽曲視聴中)

「なんだ名曲揃いじゃないか……(恍惚)」(*゜Д゜)

・結論『食わず嫌いは良くない』


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Lesson97 この空は青く遠く 2

楓さんイベに触れない辺り結果はご察し。


 

 

 

「……はっ!?」

 

 東豪寺本社にていつも通りの打ち合わせをしている最中、突然りんが立ち上がった。

 

「どうしたのよ、りん。いきなり立ち上がって」

 

「約五か月ぶりの出番だから浮かれてる?」

 

「約半年ぶりのともみたちに言われたくないよ!」

 

 いやそうじゃなくて、とりんは何か電波を受信したようにこめかみを人差し指で押さえる。

 

「何か……何処かでりょーくんがラブコメしてたような気がするの」

 

「アンタはまたそれか……」

 

 呆れたように麗華がため息を吐く。最近は少なくなってきたけど、割といつものことである。

 

「夏休みになっちゃったから大学でも会えないし……何故か最近りょーくんとの仕事少ないし……」

 

「ついでに現在進行形で福井へ撮影に行ってて東京にいないしね」

 

「りょーくん不足感が否めないよ……」

 

 着席したかと思うとそのままグデーッとりんは机に突っ伏す。ムニッとはみ出るりんの横乳に麗華の目が険しくなるところまでテンプレ。

 

「ったく、シャキッとしなさいよ。こっちはこっちで重要な打ち合わせの最中なのよ?」

 

「……分かってるけどー……」

 

 麗華がパンパンと手の甲で書類を叩くと、口を尖らせながらりんは顔を上げる。

 

「お茶入れてきましたー」

 

 そんなやり取りをしていると会議室の扉が開き、こちらは下手すると一年近く出番が無かった我ら魔王エンジェルのマネージャーが人数分のマグカップをお盆に乗せて持ってきた。それぞれコーヒーや紅茶やココアなど、冷房がかかった会議室内でも体が冷えないように温かい飲み物である。

 

 ……みたいな話を以前翠屋で一緒になった765プロの子たちに話したら大変羨ましがられた。一体あの事務所の冷房は何回壊れれば気が済むのだろうか。

 

「飲み物も来たことだし、休憩にする?」

 

「……全く、タイミングがいいんだか悪いんだか……」

 

「え? えっ?」

 

「あぁ、別に何でもないから」

 

「は、はぁ……」

 

 疑問符を頭に浮かべながらわたしたちの前にマグカップを置くマネージャー。相変らず仕事の大半を麗華がこなしてしまうために基本的にこういった雑用を担うことになってしまっているが、本人も逆に気が楽そうなのでまぁいいだろう。

 

「それにしても……」

 

 ずずずっと紅茶を飲みながら手元の書類に改めて視線を落とす。

 

「こういう話は『わたしたちはまだまだ』とか『良太郎を天辺から引きずり下ろしてから』とか言ってたのにね」

 

「その話だって一年近く前の話でしょ? 事情なんていくらでも変わるのよ」

 

 魔王エンジェルのリーダーにしてプロデューサーも兼任している麗華は事も無げにそう言い切った。

 

 別にこの話自体に不満があるわけではないのだが、しばらくリョウと会えなかっただけで今のような状況になってしまっているりんが果たして耐えられるのかどうか些か疑問である。

 

(……リョウに話したらどんな反応するのかな)

 

 そんなことを考えながら、手にしていた書類を机の上に戻す。

 

 

 

 書類の一番上では『海外進出』の四文字が小さく自己主張をしていた。

 

 

 

 

 

 

「はーい、終了ー!」

 

 律子さんの言葉で全員が動きを止める。三十分の休憩を挟んだ後に再開されたレッスンは、レッスンの開始が十五分遅れだったにも関わらず予定時間通りに終了した。律子さん曰く「みんなの上達が予定以上に早かったから」らしい。

 

「それも良太郎さんと冬馬さんが来てくれたおかげですね!」

 

「ありがとーなの! りょーたろーさん!」

 

「どういたしましてー」

 

「冬馬さんも、ありがとうございます」

 

「……お、おう」

 

 真さんと美希さんの感謝の言葉に普通に返すリョータローさんに対し、天海さんの感謝の言葉に少し戸惑った様子の冬馬さん。相変らずぶっきらぼうというか何と言うか。……多分二人の背後の怖い目つきの如月さんは関係無いと思う。

 

「ちゃんと汗拭いて、風邪ひかないようにするのよー!」

 

『はーい!』

 

 律子さんの言葉を背に受けつつ、アタシたちは運動場を出た。

 

「はぁ……」

 

「ん? どうしたの、百合子」

 

 ため息を吐いた百合子に声をかける。

 

「あ、いや、その……折角良太郎さんと一緒のレッスンだったのに、一回も教えてもらえなかったなって……」

 

「あー、それ私も思ったわぁ……」

 

「私は、冬馬さんにすら教えてもらえませんでした……」

 

 百合子に追従するように、奈緒と星梨花も同じようにため息を吐く。志保を除いた他のメンバーも、どうやら同じようなことを考えていたらしい。

 

 うーん、確かに言われてみれば、結局バックダンサー組で良太郎さんとレッスンしたのってアタシとまゆだけだったし。

 

 この場合、何て言ってフォローするべきか……。

 

「みんな、お疲れ様」

 

 そんなことを考えていると、背後からそのリョータローさんがアタシたちに声をかけてきた。

 

『お、お疲れ様ですっ!』

 

 突然声をかけられたことで、全員が背筋を伸ばしながら挨拶を返す。

 

「さっきはゴメンね。みんなの練習を見に来たって言うのに、面倒見れなかった子もいて」

 

 先ほどのアタシたちの会話が聞こえていたのか聞こえていなかったのかは分からないが、タイミングのいい話題だった。

 

「い、いえそんな!」

 

「べ、別に私たち如きに良太郎さんの手を煩わせるわけには……!」

 

「一応合宿の最終日にももう一回顔を出すし、合宿が終わった後の練習にも何回か顔を出すつもりだから、その時には改めて全員の練習を見させてもらうよ」

 

 それで許してくれないかな? と片手を挙げてゴメンねと謝るリョータローさん。

 

「い、いえ許すだなんてそんな!」

 

「そこまで気にかけていただいてありがとうございます!」

 

 どうやらアタシがフォローするまでもなくリョータローさんが解決してくれたようで一安心だ。

 

「それで話は変わるんだけど、これからみんな夕飯の時間まで自由時間みたいだけど、何か予定あったりするのかな?」

 

「え?」

 

 話題を変えてきたリョータローさんはアタシたちにそんなことを尋ねてきた。

 

「実はこれから765の子たちと散歩がてらアイスでも買いに行こうかって話をしてたんだけど、みんなも来ないかなって思って。お兄さん奢っちゃうよ?」

 

「ご、ご一緒していいんですか!?」

 

「ご一緒って、そんなに硬くならなくても」

 

 などとリョータローさんは言うものの、彼女たちはほんの数日前までただのアイドル候補生だったのだ。トップアイドルたるリョータローさんからそんな誘いを受ければ緊張するのは当たり前なのだ。アタシも似たような感じだったからよく分かる。

 

「私は遠慮させていただきます」

 

 そんな中、案の定と言うか何と言うか、ペコリと一礼してから志保は一足先に民宿へと戻っていってしまった。うーん、相変らずリョータローさんと相容れないというかなんというか。個人的には一緒に行って少しでも仲良くなりたかったんだけど。

 

(うーん、一番距離を縮めようと思ってた子に真っ先に拒否られちゃったなー……まぁ何となくそんな気はしてたけど)

 

 多分、リョータローさんも同じようなことを考えていたと思う。表情は変わらないけどほんの少し残念そうな雰囲気を醸し出していた。

 

「それじゃあ着替えとかあるだろうし、一緒に行く子は民宿の入口に集合ね」

 

 

 

 

 

 

 先ほどの休憩で大変素晴らしくありがたいものをお目にかかることが出来て大満足なのだが、色々と乙女的にアウトだった伊織ちゃんたちにアイスを奢ることになった。いやまぁそれぐらいで許されるのであれば全然構わないのだが。

 

 ……逆に考えてみよう。例えばハーゲンダッツを奢れば水着姿ぐらいお目にかかれるのではないか?

 

「お前無表情をいいことに何か碌でもないこと考えてないか?」

 

「まさかそんな」

 

 何故バレたし。ははーん、冬馬も同じこと考えてたな?

 

 という訳で俺と冬馬、765プロからは先ほどの水浴びメンバーに加えてやよいちゃんと貴音ちゃん、それに志保ちゃんを除くバックダンサー組八人をプラスして合計十六人の大所帯である。いや本当に多いなぁ。

 

「ねーねー! 今日はりょーにーちゃんたち何時までいるのー?」

 

 近所の雑貨屋へと続く木漏れ日溢れる山道をみんなでゾロゾロと歩いていると、少し前を歩いていた亜美ちゃんが振り返りながらそんなことを尋ねてきた。

 

「んー、夕飯もこっちでご馳走になる予定だから九時ぐらいかな」

 

 既に高木社長を通して食事代を先払いしているので問題はない。抜かりはないぜ。

 

「じゃあ夕ご飯食べた後にりょーたろーさんも一緒に花火やるの!」

 

「みんなで花火大会だー!」

 

「えー……マジかよ、そんな遅くまでいんの?」

 

 はしゃぐ美希ちゃんと真美を余所に、一人うんざりした様子の冬馬。

 

「ええんやで? 冬馬一人で先に早く行っても」

 

 宿泊予定のホテルは既にスタッフがチェックインを済ませて待機してくれているので、ホテルに行く時間は割と緩くて問題無いのだ。

 

「……いや別に嫌とは言ってねーよ」

 

「冬馬、男のツンデレは需要が少ないから、そういうのは伊織ちゃんに一任しとこーぜ?」

 

「どういう意味だ!?」

 

「どういう意味よ!?」

 

 そんな会話をしながら近くの雑貨屋に到着。店先にアイスの冷蔵庫とコーラのロゴが入ったベンチが並ぶ、随分と昔からある感じのする雑貨屋だった。看板に随分と年季が入ってるなぁ。

 

「よーし、それじゃあアイスでもジュースでも何でも三百円以内だったら好きに買っていいぞー」

 

「やったー!」

 

「良太郎さん太っ腹ー!」

 

「え、えっと、ありがとうございます!」

 

 ひゃっほう! と喜び勇んで冷蔵庫を覗いたり店内に入っていったりするアイドル諸君。まぁこういう店ならそんなに高い物ないし、三百円でも十分だろう。

 

 ……まぁ単純計算で総額五千円近くなるけど、べ、別に自分のために使った訳じゃないから散財ではないし(震え声)。……経費で落ちないかなー……交際費とか。

 

「あ、冬馬」

 

「俺は自分で買えって言うんだろ。分かってるっつーの」

 

「いや、たまには奢ってやろうかと思って。何だかんだ言ってお前も一応後輩だし、今回結構強行軍に付き合わせちまったし」

 

「………………」

 

 おい何だよその信じられないものを見るような目は。

 

「俺だって弱者に物を恵む慈しみの心は持っているんだよ」

 

「弱者って言うな」

 

「今日の俺は特に寛大な心を持っている。そう、例えるならば正義のヒーロー……デカパン○ンだす!」

 

「アウトアウトッ! どーしてよりによってそれチョイスした!?」

 

「色合いがダメだったと言うのであればどうしてデカパン○ンはダメでワンパン○ンは許されたのか」

 

「第一話の時点で『死んでるから大丈夫だよ』とかぬかすアニメに慈悲なんかねーんだよ!」

 

 そんなやり取りをしつつ、俺たちも買うものを決めるために店内に入っていくのだった。

 

 

 




・五か月ぶり 半年ぶり
過去話である外伝を除けば更に前に。出番無さすぎぃ!

・海外進出
別に出番が無いから外国に飛ばそうとかそういう意味ではない(重要)

・怖い目つきの如月さん
半目になっているので9393ではない。

・例えばハーゲンダッツを奢れば
相変らず思考が少々アレな主人公ですが平常運転です。

・「デカパン○ンだす!」
作者的に今季覇権アニメの一角だと思う。チョロ松推し。
デレマスがやってた月曜日に見れるし、穴埋めには丁度いいね!(大混乱)



 正直触れることも少ない所謂『繋ぎ回』。次回もらしいっすよ?

 途中で反応が無くなってライブ失敗を繰り返し既にイベント始まって300以上はライフを無駄にしてますが作者はデレステ楽しんでおります(白目)


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Lesson98 この空は青く遠く 3

テーマは『青春の夏』(体験したことあるとは言っていない)


 

 

 

「あれー? りょーにーちゃん、ここハーゲンダッツ置いてないよー?」

 

「そりゃまぁ、こういう雑貨屋には置いてないと思うよ」

 

 あったら買うつもりだったのか亜美ちゃん。まぁ一応三百円以内で買えるものではあるけど。

 

「ん?」

 

 何故か美希ちゃんと星梨花ちゃんが店内の一角を物珍し気に見ていた。

 

「どうしたの? 美希ちゃん、星梨花ちゃん」

 

「あ、りょーたろーさん」

 

「えっと、こういうお菓子を初めて見まして……」

 

 何か珍しいものでも置いてあるのかと思ってそちらを見てみるが、そこは至って普通の駄菓子コーナーで懐かしいものは沢山あったが珍しいものは特に見当たらなかった。

 

「普通の駄菓子だけど」

 

「「だがし?」」

 

 ……あれ? これもしかして、二人とも駄菓子知らない感じ?

 

 聞いてみると、お嬢様な星梨花ちゃんはこういう小売店に入ったことが無く、美希ちゃんは昔からおやつは母親が作ってくれていたらしいのでこういうものを買う機会が無かったそうだ。うーむ、星梨花ちゃんの家がお金持ちっていうのは知ってたけど、美希ちゃんがこういうのを知らなかったのは意外である。

 

「あー、よっちゃんイカや! 懐かしいやん!」

 

「ヨーグル……!」

 

「うーん、私もあんまりこういうの食べなかったなー。おやつって言ったらウチの賄いとか多かったし」

 

 駄菓子コーナーに気付いた奈緒ちゃんや杏奈ちゃんや美奈子ちゃんが近寄って来る。みんなアイスもしくはジュースを買ってもまだ百円ぐらい余るはずだから、細々と駄菓子を買うつもりのようだ。

 

「同じくお嬢様の伊織ちゃんは見たことあるの?」

 

「ふんっ、この間やよいに連れられて近所の駄菓子屋に行ったことがあるわ」

 

 なるほど。しかし何と言うか、伊織ちゃんが五円チョコを手にしている姿は何と言うか結構シュールな気がするのは自分だけか。

 

「冬馬さん冬馬さん! これは何ですか?」

 

「ん? あぁ、練り飴か?」

 

 星梨花ちゃんが練り飴を手に冬馬に質問していた。お昼の時もそうだったけど星梨花ちゃんは本当に冬馬のファンらしく、結構頻繁に冬馬に対して話しかけていた。まぁ俺は大人だから、それが恋愛感情だとかどうかなんて無粋な詮索はしないぜ(ドヤァ)

 

 みんな一緒にワイワイと駄菓子で盛り上がっていると、同じく駄菓子で盛り上がっている恵美ちゃんの姿が目に入った。

 

「おー! すっぱいガムシリーズだ! 懐かしー、友達とみんなで一緒に食べたよー! まゆは?」

 

 一つだけ酸っぱいハズレが交ざった三つ入りのガムの袋を手にしながら楽しそうにそう話題を振る恵美ちゃん。俺も小学校の頃に恭也や美由希ちゃんと一緒に食べたっけ。誰がハズレを引いたのかはお察し。

 

「……えっと、昔の私はこういうのは、ちょっと……」

 

 恵美ちゃんに問われたまゆちゃんの反応は何故か歯切れが悪かった。曖昧な笑みを浮かべるまゆちゃんに、恵美ちゃんは「あー……」と視線を宙に彷徨わせて頬をポリポリと掻く。

 

「……よし! じゃあ今食べよう! まゆの駄菓子デビューだ!」

 

「え?」

 

 呆気に取られるまゆちゃんを余所に、「おばちゃんこれちょーだい!」と早速支払いを済ませに行こうとする恵美ちゃん。ちょうど俺の横を通り過ぎようとしたのでパッとそれを取り上げる。

 

「えっ?」

 

「俺が買うよ。その代わり、三つ入りだから俺も交ぜてね?」

 

「……もっちろんです! 一緒に食べましょー!」

 

 という訳で他のメンバーは品定め中なので先にそれだけ支払いを終え、三人で店の外に出る。

 

「……ありがとぉ、恵美ちゃん」

 

「んー? 何のことー? 買ってくれたのはリョータローさんだよー?」

 

「……そうねぇ。ありがとうございます、良太郎さん」

 

「これぐらいだったら三百円の内に換算しないから気にしないで」

 

「それにしても……はぁ、良太郎さんと同じ袋の中から取り出したお菓子を食べるんですねぇ……!」

 

「まゆ、本当に感激するところそれでいいの?」

 

 二人のそんなやり取りを聞きながら袋を開け、中に入っていた三つのガムをそれぞれ手に取る。

 

「これ、一つだけ酸っぱいんですよねぇ?」

 

「そーだよ。言っとくけど、酸っぱいのに誤魔化すの無しだかんね~?」

 

 よーし、それじゃあ。

 

「「「いただきまーす!」」」

 

 パクッと。

 

「「「………………」」」

 

 無言のまま三人で口の中のガムを咀嚼し、お互いの表情を確認し合う。

 

「……俺じゃないよ?」

 

 誰も何も言わないので自己申告。

 

「アタシも違いますよ」

 

「まゆも違うと思いますけどぉ……」

 

 しかし恵美ちゃんとまゆちゃんも困惑気味。

 

「「「……あれ?」」」

 

 どうやらハズレを引いた本人がそれをハズレと気付かないパターンらしい。あー、そういうのもあったなぁ……。

 

「……ぷっ! あっははは! 何それー!」

 

「うふふ、こんなこともあるんですねぇ」

 

 しかし恵美ちゃんとまゆちゃんは楽しそうに笑っていた。そんな二人の姿を見て、俺もホッコリとした気分になるのだった。

 

「おーい財布ー! 支払いするから帰って来ーい!」

 

「ちょっ!? と、冬馬さんっ!?」

 

 はっはっは。よーし冬馬、今から作画が崩壊するぐらいの腹パンするからそこに立ってろよー?

 

 

 

 

 

 

 夕飯を食べ終えると、辺りはすっかり夕闇に包まれていた。真美ちゃんたちのお誘い通り、みんなで花火を始めたのだが……現在『打ち明け花火』の真っ最中である。

 

 色とりどりの火花をあげる手持ち花火を手に緊張した面持ちの春香ちゃん。キュッと目を瞑ると、彼女は意を決したように口を開いた。

 

「じ、実は……な、何回かワザと転んだことがあります!」

 

「たまやっ!」

 

「はい千早ちゃん!」

 

 貴音ちゃんがそう言うと、春香ちゃんは慌てて花火を隣の千早ちゃんに渡す。

 

「た、高槻さんとのツーショットが弟との写真の横に並べてあります」

 

「不発っ!」

 

「えぇ!? え、えっと……つ、使ったことは無いですけど、使ったことは無いですけど! ……む、胸パットを持っています……くっ……!」

 

「たまやっ!」

 

「……どうぞ、冬馬さん」

 

「露骨にゆっくり渡すなよ!?」

 

 今にも闇堕ちしそうな暗い笑みの千早ちゃんから冬馬が花火を受け取る。

 

「……割と最初の方から良太郎のこと尊敬してた」

 

「不発っ!」

 

「なっ!? じゃ、じゃあ……ぐっ、ア、アイドルやるまで碌に女子と話したことなかった!」

 

「たまやっ!」

 

「おらよ良太郎!」

 

「ん」

 

 今度は俺が冬馬から花火を受け取る。どうやらあまり時間は残されていないようだし、ここは大ネタを打ち明けて一発でクリアしておこう。

 

「実は俺、転生者で二度目の人生なんだよ」

 

「不発っ!」

 

「あれー?」

 

 言い直す暇無く、花火は無情にも俺の手元で燃え尽きてしまった。

 

「はーい! りょーにぃアウトー! 罰ゲームー!」

 

「いくら何でもその嘘は分かりやすすぎますよー!」

 

 百合子ちゃんに嘘と断定されてしまった。どうやら他のメンバーも同じ考えらしい。

 

「それじゃあ良太郎さん、罰ゲームとして一発芸お願いしまーす!」

 

 やんややんやと囃したてられる。

 

 一発芸か……それじゃあ冬馬の声を使って765プロの『READY!!』を振付込で披露してしんぜよう!

 

 

 

「良太郎君、天ヶ瀬君」

 

 意外にも好評で罰ゲームなのに何故かアンコールを貰ってしまったので、今度はインパクトを強くして『冬馬の声でキラメキラリ』でも歌おうかと思っていたら赤羽根さんがやって来た。

 

「もうそろそろ時間じゃないのかい?」

 

「っと、あー、言われてみればこんな時間でしたか」

 

 腕時計を覗いてみると、時刻は既に九時に迫っていた。明日早いし、もうそろそろホテルに行っといた方がいいか。

 

「えー? りょーたろーさんもう行っちゃうのー?」

 

「また最終日に顔出すから」

 

 寂しそうな顔で近寄って来た美希ちゃんの頭をポンポンと軽く叩くように撫でる。

 

 ……あ、やべ、また無意識的にJCに触ってしまった。……つ、通報とか怖くねーし! ぶっちゃけ今更だし! 来いよ早苗ねーちゃん! 手錠なんて捨ててかかって来い! あ、だからっていきなり関節極めてくるのだけは勘弁な!

 

 さて、荷物は纏めてあるから今からタクシーを呼んで……。

 

「良かったらホテルまで送ってくよ?」

 

 しかし赤羽根さんがそんな提案をしてきた。何故かその表情は、笑顔と言うよりは少し真剣なもので……。

 

「……それじゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」

 

 

 

 

 

 

 普段765プロのみんなを乗せているであろう大きなサイズのバンに男三人とかむさ苦しいわー。……などという冗談は兎も角として。

 

「それで? どうしたんですか、いきなり送るなんて言って」

 

 何となく赤羽根さんは俺たちに言いたいことがあったのではないかと思い、助手席から直接赤羽根さんに尋ねてみた。冬馬も同じことを考えていたようで、後部座席で黙って聞いている。

 

「……良太郎君……いや、123プロのみんなには色々とお世話になってるからね。君たちには、話しておこうかと思ってさ」

 

 一体何をとは問わず、その先を赤羽根さんが口に出すのを待つ。

 

 

 

「……今回のアリーナライブが終わったら、一年間ハリウッドへ研修に行こうと考えてるんだ」

 

 

 

「……それはまた」

 

 突然に、とは言わない。きっと前から考えていたことなのだろう。

 

「今の765プロは、一年前と比べものにならないぐらい有名になった。……そんなみんなをこれからもプロデュースしていくために、俺自身が成長しないといけない……そう思ったんだ」

 

「みんなにはもう話したんですか?」

 

「いや、まだだけど……タイミングを見てこの合宿中には話すつもりだよ」

 

「そんな大事なことを俺たちに先に話してよかったのかよ」

 

 後部座席で聞いていた冬馬の問いに、赤羽根さんは苦笑する。

 

「うん、そうだね……こうして実際に自分の口で言葉にしてみて、自分自身でみんなにそれを告げる決心を付けたかったんだ」

 

「要するに予行演習って訳ですね」

 

「結果的にそうなっちゃうね。ごめん」

 

「ふん、トップアイドル二人を予行演習に使うとは随分と偉くなったもんじゃねーかよ」

 

「別に赤羽根さんの地位は変わってないと思うぞ」

 

「言葉の綾に決まってんだろ!」

 

 しかしそうか……赤羽根さんも海外か。

 

 千早ちゃん、美希ちゃん、赤羽根さん。こうして海の向こうへと視線を向けている知り合いがいる。

 

 俺は国内の仕事に専念したいから、と理由付けをしてほとんど考えたことなかったけど……。

 

「………………」

 

 

 

 窓の向こうには、夜の闇に染まった海と空が広がっていた。

 

 

 




・ハーゲンダッツ
前回三百円以内とか言っといて確認してみたら三百円でハーゲンダッツを買えたという事実。

・駄菓子
アニメ化するそうなので(便乗)
ちなみにすっぱいガムシリーズのオチは書いた後に「あれこれ本家と被ってるやん」と気付いたけど「二次創作だし」という言い訳の元そのまま。……確かこういうオチだったよね?(曖昧)

・作画が崩壊するぐらいの腹パン
作画にすら介入するとは流石チームサティスファクションのリーダーだ!

・打ち明け花火
スタドラネタ。元ネタでは一枚ずつ脱いでたのでこちらでは自主規制しました。(なお脱いでいたのは本家でも男だった模様)

・冬馬の『READY!!』
実は中の人が本当に歌っていたりする。

・赤羽根Pのハリウッド研修
何やら「本当にバネPハリウッド研修の展開は必要だったのか」とか言われてたりしておりますが、作者的には遠く離れていく人もいる(帰って来たけど)という展開嫌いじゃないです。



 日常回で繋ぎ回(ストーリーが進まないとは言っていない)

 映画では春香&可奈を中心にストーリーが進みますが、この小説では良太郎&恵美&志保を中心にストーリーが進むため、合宿が終わるとストーリーの進みが早くなる可能性が微レ存だから、多少はね?



『どうでもいい小話』

 この辺にぃ、Lesson100到達&二周年間近の小説、あるらしいですよ?

 じゃけん、何か記念回考えましょうね~。


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Lesson99 この空は青く遠く 4

熱燗を飲みながら野球観戦している己の姿を見返して、随分とおっさんになったなぁとしみじみと。

……ま、まだ二十代前半やし(震え声)


 

 

 

「あのプロデューサーがハリウッドねぇ……」

 

 ホテル到着後、俺たちをここまで送ってくれた赤羽根さんの車を見送りながらポツリと冬馬が呟く。

 

「アリーナライブが決まったって話を聞いた時も思ったけど、あんな冴えない顔して案外やり手なんだな」

 

「去年の春にこの業界に入ってきたばっかりの新米プロデューサーにしては上出来ではあるな」

 

 まぁ、それを言うなら事務所にすら所属せずにこの周藤良太郎を自己流でプロデュースし始めた兄貴は化け物なのだが。

 

 よっこいせと自分たちの荷物を持ち上げ、俺からの連絡を受けて待機してくれているであろうスタッフのところに向かう。

 

「にしても、海外……海外ねぇ」

 

「なんだ? ジュピターも海外進出を視野に入れるか?」

 

「ついこの間123に移籍してきたばっかだってーのにそんなこと言ってらんねーよ」

 

 せやな。

 

「そういうお前はどうなんだよ」

 

「ん? 俺?」

 

「フィアッセ・クリステラやらスティーブ・パイやら、その辺の伝手を使えば簡単なんじゃねーの?」

 

「まぁ出来るだろうが、実行するかしないかは別問題だ」

 

 それに『今はまだ』海外に出て仕事をする理由が無い。

 

「そうだな。日本を任せることが出来る一文字隼人が見つかったら考えるかな」

 

「お前はバイクで事故っても何だかんだ言って怪我しそうにねーけどな」

 

「いやいや、流石にバイクで事故ったら俺だって味覚障害になる可能性が」

 

「そのピンポイントな後遺症はどっから出てきた」

 

 そんな話をしながらホテルのロビーに待機していた番組スタッフを見付け、俺と冬馬は部屋のキーを受け取りに向かうのだった。

 

 さて、明日から二日間はみっちりとお仕事だ。頑張らねば。

 

 

 

 

 

 

「あー仕事頑張ったわー。二日間めっちゃ頑張ったわー」

 

「おかしい……頑張ったのは間違いないのに何だこの白々しさと手抜き感は……」

 

 福井県にやって来て四日目の早朝。一昨日と昨日の二日間旅番組の収録を終え、今日は東京に帰る移動日として確保した一日オフの日である。何故か冬馬は釈然としていなかったが。

 

「さて、予定通りにまた765プロの合宿に向かうぞ」

 

「分かってるっつーの」

 

 ちなみに早朝なのは今日が合宿最終日で、昼にはこちらを出るという話だったので午前中の練習に間に合うように朝一のバスに乗るためである。

 

 という訳で朝一のバスに乗り再び民宿へ。

 

 

 

「何と言うか、本当にここ必要だったのかと思うぐらいあっさりと過ぎた二日間だったな」

 

「何のことを言っているのがさっぱりだがすげー同感だよ」

 

 そんなことを話しながら再び民宿前の長い階段を昇る俺と冬馬。

 

「ん、もうやってるみたいだな」

 

 階段を昇り切ると、運動場の方からりっちゃんの「1! 2! 3!」という元気な掛け声が聞こえてきていた。

 

 このまま普通に顔を出してもいいのだが、どうせなら今彼女たちがどの程度の実力なのかを確認しておきたい。そこで前回どちらを向いて練習していたかを思い出しながら、彼女たちの後ろ側の窓に回る。

 

 二人で窓から中を覗き込むと、予想通りりっちゃんの掛け声に合わせて踊る彼女たちの後姿があった。

 

 うむ、やっぱり尻は貴音ちゃんが一番安産型だなとか考えながら見ていると、りっちゃんや赤羽根さんと目が合った。りっちゃんは一瞬目つきが険しくなったがそのまま見なかったことにするかのように視線を逸らし、赤羽根さんは苦笑していた。

 

(……ふむ)

 

 尻もいいのだが、個々の振付もだいぶ様になってきていた。俺たちが見ていなかった二日間も頑張っていたのだろう。

 

「……天海の奴も、ちゃんと指摘しといた場所直したみてーだな」

 

「……なぁ冬馬、やっぱりお前」

 

「ちげーからなっ!?」

 

 いや何も言ってないけど。

 

 大体それはお前が言い出したことでなどと冬馬が言い募っていると、運動場の中のりっちゃんがパンパンと手を叩いた。

 

「はーい! 一旦ストーップ! そこの覗き二人組! 気が散るからさっさと入って来る!」

 

 りっちゃんのその言葉に踊っていたアイドル諸君がこちらを振り返る。

 

「覗きだってよ冬馬」

 

「遺憾なことに事実だがお前と一緒にされるのが腹立つわ」

 

 「りょーたろーさんなのー!」「冬馬さんです!」というアイドルたちの声を聞きながら、俺と冬馬は入口から運動場の中に入るのだった。

 

「みんな三日ぶり。今ちょっと見てたけど、だいぶ上達したみたいだね」

 

 素直に褒めると、キャイキャイと盛り上がるアイドル諸君。特にバックダンサー組はむず痒そうで初々しい反応だった。

 

 着替えは既に運動用のラフなものをホテルから着てきているので、俺と冬馬はそのまま練習に参加することに。

 

「よし。それじゃあこの間約束したから、今回はバックダンサー組の練習を見させてもらおうかな」

 

「123の二人は俺が見るからな」

 

「えー」

 

「分かってたけど佐久間ぁ……先輩相手にいい度胸じゃねぇかぁ……!?」

 

 露骨に嫌そうなまゆちゃんの反応に青筋を浮かべる冬馬。バックダンサー組からしたら大先輩である冬馬を怒らせるまゆちゃんに奈緒ちゃんたちはアタフタしているが、我らが123の事務所では結構いつもの光景なので恵美ちゃんは慣れた様子で普通に笑っている。

 

 さて、今日は帰りの飛行機の時間もあるから時間は有限。練習開始だ。

 

 

 

 

 

 

「可奈ちゃん、そこのステップが少し遅れ気味だから、もう少し早めに動くのを意識して」

 

「わ、分かりました!」

 

「杏奈ちゃんも。百合子ちゃんは逆に遅れないように焦っちゃってるから、ゆっくりと軸足を意識して」

 

「「は、はいっ!」」

 

 ワンツーと手を叩きながら各々の注意点を述べる周藤良太郎。七人の振付を同時に見ながら的確に指摘できる辺り、認めたくはないが流石に腐ってもトップアイドルである。

 

「志保ちゃんは少し動きが硬いかな。振付自体は完璧だから、もう少し余裕を持って」

 

「……はい」

 

 心情的には不本意なのだが、それでも上達への一番の近道であることには変わりないので周藤良太郎から指導を受けることが出来たのは幸運だった。

 

 ……しかし、一つだけ分からない点がある。

 

「……貴方は……」

 

「ん?」

 

 通しでの振付確認が終わり、水分補給をする小休憩のタイミングでそれを尋ねてみた。

 

「貴方は『表情が硬い』とは言わないんですね」

 

 それは合宿初日に天海さんからも言われたこと。別にワザとではないのだが、今の私の眉間には皺が寄っている自信がある。この人を前にして自然と笑顔にはなれない。

 

 しかし、この人はそのことを一切指摘しようとしなかった。

 

「んー……俺自身、笑顔とは程遠いからっていう理由もあるんだけど」

 

 そう言いながらポリポリと頬を掻く周藤良太郎。

 

「みんなはまだ人前のステージに立ったことないんだよね?」

 

「は、はい」

 

「スクールのみんなの前で踊ることはありましたけど……」

 

「それはどう考えても数に入らへんしな」

 

 みんなのその反応に「そうか」と周藤良太郎は頷く。

 

「みんなもその時になると分かると思うんだけど……ステージの上ってのはね、楽しいんだよ」

 

「え?」

 

 その「え?」は誰のものだったのか。もしかしたら、自然と口から出た私のものだったかもしれない。

 

「こればっかりは実際にステージに立たないと分からないと思うけど。特に君たちの場合は一緒にステージに立つ仲間がいるから、その時になれば自然と笑顔になれる……って、俺は思ってるんだ」

 

 「俺も心の中ではいつもニッコニコよ」と無表情のまま周藤良太郎は言う。

 

「勿論、常に笑顔でいることを心掛けろって考える人もいるし、それを否定する気もない。いつも笑顔ならそれはそれでいいことだ。でもまだ余裕のない君たち相手にそれはちょっと酷だと思うからね」

 

「………………」

 

「大事なのは『笑顔』じゃない。自然と笑顔になれる『心の余裕』だよ。逆に言うと、心に余裕さえ持っていれば笑顔じゃなくても観客を楽しませることは出来るんだよ」

 

 「俺みたいに」と周藤良太郎はそう締めくくった。

 

「アンタのは『心の余裕』じゃなくて『心の隙』って言うのよ」

 

「いきなり心外だねりっちゃん」

 

 そんなやり取りを始めた秋月さんと周藤良太郎を余所に、私の意識は思考の渦の中に沈んでいった。

 

 心の余裕? 一緒にステージに立つ仲間? 本当にそんなのが必要なのか?

 

 思い出すのは、つい昨日のこと。休憩中に話しかけてきた水瀬さんとの会話。同じステージに立つ以上全員ライバルで、無駄に仲良くする意味があるのかと問うた時に返って来た返答。

 

 

 

 ――アンタにはどう見えてるのか分かんないけど、私は今でもみんなをライバルだと思ってるし、負けたくないとも思ってるわ。

 

 ――……そうは見えない子もいるけどね。

 

 

 

(……負けたくないなら、仲良くする必要なんてない)

 

 この世界は弱いアイドルが消え、強いアイドルが生き残る。

 

 だから『あの人たち』も消えていった。

 

 

 

 私は、絶対に消えたりなんかしない。

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ俺と冬馬も765のみんなと一緒に一足先に帰るけど、恵美ちゃんとまゆちゃんはゆっくりと帰って来ていいからね?」

 

「はいっ! ありがとうございます!」

 

「まゆは良太郎さんと一緒に帰りたかったんですけどぉ……」

 

 まぁバックダンサー組のみんなとの連帯意識を高めるっていう意味でも、もう少し一緒に行動した方が彼女たちのためである。

 

 最終日の午後。練習も全ての予定を終えて俺たちは帰ることとなった。取った飛行機の時間の都合上、俺と冬馬、そして765プロのみんなはバックダンサー組よりも一足先に帰ることになるので、一旦ここでお別れとなる。

 

「合宿中にも言ったけど、バックダンサー組は本番までにステージに慣れてもらうために、次のミニライブに参加してもらおうと思ってる。それまでに、しっかりと合わせて置いてくれ」

 

『はいっ!』

 

 赤羽根さんの言葉に、全員が力強く頷いた。

 

 一応、バックダンサー組が765プロのみんなと一緒に練習する大きな機会はこれで終わり。流石にアリーナライブまでには一緒に振付の合わせはあるが、基本的に彼女たちはスクールに戻ってそこで練習する形になる。勿論、123プロからの出向組である恵美ちゃんとまゆちゃんも同様で、これからしばらく二人もスクールに出向いて練習することになっている。

 

「まぁ765だけじゃなくて、時間が空いてる123の奴も様子を見に行くつもりだから安心して」

 

「悪いね、良太郎君」

 

「いえいえ、こっちも恵美ちゃんとまゆちゃんを預かってもらう身ですし」

 

 様子を見に行くだけなら他の765プロの人たちでも可能だろうが、一応ある程度の時間を都合して指導できる人間は俺ぐらいだろうし。

 

「ホント、アンタはアンタでどうしてそんなに時間の都合が取れるのよ……」

 

「これがトップアイドルの余裕って奴ですよ(ドヤァ)」

 

 まぁ本当は自分の個人レッスンに当ててる時間を彼女たちのために割いてるだけなのだが。

 

「それじゃあみんな、また東京で」

 

『はい! ありがとうございました!』

 

 最後の締めの一言を貰ってしまった形になって申し訳ないが。

 

 

 

 765プロダクションの夏の合宿は、これで幕を閉じることとなった。

 

 

 




・スティーブ・パイ
フィアッセさんはともかくこちらの名前は忘れた方がいるかと思われるので。
一応番外編01にて名前だけ既出です。

・日本を任せることが出来る一文字隼人
そうして本郷猛は海外へ……という名目で事故った怪我を治rゲフンゲフン
世界征服を企むショッカーが日本だけで活動してるわけないですしね(震え声)

・事故って味覚障害
沢木さんぇ……
関係無いけど初登場シーンが地上波放映版でカットされたため辻さんが「コイツ誰?」となってしまう作者の年代あるある。

・「あー仕事頑張ったわー」
だってストーリー早く進めないと(ケロッ)

・『あの人たち』
なんか殆どの人は察してそうだけど、志保ちゃん関連の伏線回収はまだ先なんじゃよ。



 これにて夏合宿編終了です。いやぁこれで劇場版編ももう一息やな! と思いきやこれって映画始まって一時間以内の出来事なんすね……(BDの時間経過約50分)

 合宿がメインと思われがちなのは宣伝の仕方とCMの内容のせいだと思う。いやまぁそれ以外のところ使うと確かにほぼネタバレになるけど……。



 さて、ストーリー的にはそろそろ春香さんと可奈ちゃんの苦境が近づいてくる頃合いではありますが、次回は番外編です。

 なんとこの小説、11月29日をもって二周年を迎えるそうなので(他人事)、一応それに伴った内容の番外編をお送りする予定です。あまり持ち上げると以前のように爆死する可能性があるので、まぁまぁ普通の番外編になるんじゃないですかね(保身的発言)

 てなわけで、過度な期待はせずにお待ちいただければ幸いです。


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番外編15 二周年特別企画・前

書いてて楽しかったです(小並感)


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ポーンッ!

 

 

 

「午後八時を回りました!」

 

「周藤良太郎アーンド」

 

「魔王エンジェル、プレゼンツ!」

 

「『覇王と魔王の独裁ラジオ』っ!」

 

「略して」

 

「「「「どくラジ!」」」」

 

 

 

(軽快なBGM)

 

 

 

「最近寒くなってきましたね。炬燵でお鍋派の周藤良太郎です」

 

「逆に言うとようやく寒くなってきたのよね。炬燵で蜜柑派の東豪寺麗華よ」

 

「ラジオの前のみんなー? お風呂上りはちゃんと暖かい恰好をしないとダメだよー? 炬燵でアイス派の朝比奈りんでーす!」

 

「暖房をつけるなら加湿も忘れないように。炬燵で番茶派の三条ともみです」

 

「あれ、ともみは紅茶派じゃなかったっけ?」

 

「雰囲気に合わせてみた。流石にそこら辺は弁えてる」

 

「それより一人だけガッツリ食べてる奴がいるわねぇ……」

 

「りょーくん、炬燵でお鍋するとカセットコンロの火が近くて熱くない?」

 

「キッチンで調理済みの鍋だからカセットコンロはフヨウラ!」

 

「わたしは調理しながら食べるのがやっぱり鍋の醍醐味だと思う」

 

「どうしてこうも自然に鍋トークになっているのかコレガワカラナイ……」

 

「という訳で、今回は全員炬燵に入りながらの収録になっております」

 

「収録ブースに入ったらど真ん中に炬燵が置いてあって思わず唖然としたわ」

 

「しかも蜜柑とお茶を淹れるためのポット付」

 

「まさか前回の収録の時に冗談で『炬燵に入りながら収録したいなー』って言ったのが本当に採用されるなんてなー」

 

「あれはりんが上目遣いでスタッフにお願いしたからだろ。あれは用意せざるを得ない。誰だってそーする。俺もそーする」

 

「って言いながら自然な動作で蜜柑の皮を剥こうとするんじゃないわよ」

 

「だってあるからには食べないと」

 

「お父さん、わたしの分も剥いて」

 

「パパー! アタシのもー!」

 

「よーし! 張り切って剥いちゃうぞー!」(バリバリ)

 

「はいはい、まだやらなきゃいけないことあるんだから一回蜜柑置きなさい」

 

「だけど母さんや」

 

「誰が母さんか! いいから、ハイ三人ともコレ持って」

 

「ん? ……あぁ、そういうことね」

 

「はいはい」

 

「……みんな持ったわね? それじゃあ、せーの!」

 

 

 

「「「「どくラジ! 二周年おめでとー!」」」」(クラッカーが鳴る音×4)

 

 

 

(ヒューヒューパチパチとSE)

 

 

 

「正確に言うと今日じゃなくて次の日曜日で丁度二年なんだけどね」

 

「まぁ放送日が火曜日だし、多少はね?」

 

「だったら普通二周年の放送するの来週じゃないかなぁ……」

 

「ホントここのスタッフは何考えてんのか分かんないわ」

 

「お茶飲む人ー?」

 

「「はーい」」

 

「自由か! えぇい、いつまでもグダグダとやってないで、CM入れてオープニングトーク終わらすわよ!」

 

「麗華はいらないの?」

 

「いるわよ!」

 

 

 

 

 

 

「ぎゃー!? 台本忘れてきちゃったぞー!?」

 

「ふふ、お困りのようですね? 響」

 

「あっ! 貴音! ど、どーしよう!?」

 

「落ち着きなさい、響。人間は、人生と言う旅路をただひたすら歩き続ける生き物です」

 

「……え? いきなり何を……?」

 

「真っ直ぐに前を向いて生きるのも勿論良きこと。ですが……たまには立ち止まって後ろを振り返ることも大切です」

 

「た、貴音ー……?」

 

「そこにはきっと、貴方が過去に忘れてきたものがあるはずですから……」

 

 長い人生の旅路の中で、過去を振り返るほんの少しのブレイクタイム。

 

 トドールのカフェオレでほっと一息。

 

「うわーん!? 結局何も解決してないぞー!?」

 

 

 

 

 

 

 『どくラジ!』

 

 

 

「改めましてこんばんわー、周藤良太郎です」(ずずっ)

 

「東豪寺麗華よ……」

 

「朝比奈りんでーす」(ずずっ)

 

「三条ともみです」(ずずっ)

 

「アンタらお茶啜りながら挨拶すんな!」

 

「今更だろ麗華」

 

「そーそー。前にチャーハン作りながら挨拶したことに比べればどうってことないってばー」

 

「一番酷かった回と比べないでよ……」

 

「あれ炒める音で何言ってんのか全く分かんなかったんだよな」

 

「そこで苦情じゃなくて『もっとやれ』メールが沢山届く辺りよく調教されたリスナーたちだよね」

 

「覇王と魔王の配下だから、それぐらいは当然だね」

 

「ったく……」

 

「それで麗華。今回二周年記念と言いつつ、具体的には何やるんだ?」

 

「………………」

 

「あれ?」

 

「麗華が無言で視線を逸らすなんて珍しいね」

 

「……もしかして」

 

「……きょ、今日もいつも通り覇王と魔王の配下から寄せられたメールを読んでいくわよー!」

 

「うわこれ特に何も無いパターンだ」

 

「別にわたしたちはいいんだけど、本当にこれでいいの?」

 

「アタシたちは炬燵に入ってスペシャルな感じだからいいんじゃない?」

 

「王が特別待遇を受けることこそが配下の特別になりえると……なるほどな」

 

「後付け感がパないね」

 

「はーい今週も一通目行くわよー!」

 

「麗華がいつも以上にヤケクソ気味だけど、あえて触れない方向で行こう」

 

「いつも通り、今日の放送が始まってから届いたメールを読んでいくよ」

 

「それじゃあ一通目ー」

 

 

 

 HN『覇王軍切り込み隊長(自称)』

 

 こんばんわ! 二周年おめでとうございます! 我が敬愛する覇王様並びに魔王の姫様方のラジオが二周年ということで、切り込み隊長を自称している身としては自分のことのように嬉しいです!

 今日の覇王様たちは炬燵に入りながらの放送ということで、自分もつい先ほど急いで炬燵を押し入れから出してきました。今は覇王様たちと同じように炬燵に入りながらこのラジオを聞いています。残念ながら蜜柑までは用意できませんでしたが(笑)。これからもどうか末永く、このどくラジが続いてくれることを祈っております!

 さて今回は炬燵で食べるもの……は既にお話されていたので、先ほどの鍋トークをもう少しお聞かせ願いたいです。

 これからも頑張ってください!

 PS.覇王様の年末ライブに当選しました! 今年はリアルでも覇王軍の末席に加わらせていただきます!

 

 

 

「はい、切り込み隊長さんありがとうございまーす」

 

「うーん、相変わらずの早さだったわね」

 

「何が凄いって、ちゃんとオープニングトークを聞いてから送ってくれてこの早さだからねぇ」

 

「しかも今回は炬燵まで引っ張り出してきたみたいだし」

 

「そしてライブ当選おめでとう。我ながら頭おかしい倍率になっちゃったけど、よく当たったね」

 

「倍率180倍は本当に頭おかしいわね……」

 

「まぁ今回は俺だけじゃなくてジュピターや恵美ちゃんたちも含めた123プロダクションとしてのライブだから、余計に多くなったんだろうな」

 

「いいなー切り込み隊長さん……アタシは当たんなかったんだよねー」

 

「おっとりんが咲いた花も自信を無くして枯れるような素晴らしい笑顔でこちらを見ている」

 

「直接本人からチケットをせしめようとしている。流石りんあざとい」

 

「せめてそういうやり取りは裏でやりなさい」

 

「それで、鍋トークだっけ?」

 

「ふむ、麗華は鍋奉行と見た」

 

「あ、やっぱり分かるー? 前に魔王エンジェルの打ち上げをマネージャー入れた四人でやったんだけど、麗華がすっごい煩くてさー」

 

「わたしたちには自分でよそうご飯しか自由が許されなかった」

 

「麗華は細かい性格してっからなー」

 

「ふん、別にいいわよ。それぐらい自覚してるから。……だからさっきアンタの家の鍋が既に調理されているものを食べるって聞いてちょっとイラッてなった」

 

「まぁそれぞれのお家の食べ方があるってことで勘弁してくれ」

 

「ところで、みんな鍋と言えば?」

 

「「「………………」」」

 

「せーの!」

 

「すき焼き」「水炊き」「キムチ鍋」「石狩鍋」

 

「「「……え、すき焼き?」」」

 

「何だお前ら!? 古くは明治時代の牛鍋の系譜を受け継ぐ日本伝統の鍋料理だぞ!?」

 

「でも何か……ねぇ?」

 

「うーん、言われてみればそうなんだけど……ねぇ?」

 

「『鍋料理』っていうカテゴライズでは無い気がしてならない」

 

「俺としてはともみの石狩鍋っていうチョイスが意外だったんだが」

 

「出身地の郷土料理。よくお爺ちゃんの家で食べた」

 

「へー。……え!? ともみって北海道出身だったの!?」

 

「あれ? 良太郎アンタ知らなかったの?」

 

「かれこれお前らと五年以上の付き合いになるけど初耳だよ」

 

「そもそもわたしの元ネタがアーケード版で北海道からの参戦で――」

 

「わー!? わー!? と、ともみ蜜柑蜜柑! 口開けて! あーん!」

 

「あーん」

 

「こいつ俺ほどではないにしろ無表情でさらっととんでもないこと口走ろうとしやがったな……」

 

「正直普段のアンタも大概だけどね……」

 

「放送事故る前に次のメール行くか」

 

 

 

 HN『アイドル探偵A』

 

 こんばんわー! どくラジ二周年おめでとうございます! 覇王様と魔王様のラジオを二年間も聞き続けることが出来て感激です!

 今回は二周年ということでいつものアイドルちゃん目撃情報の中でもとっておきのものをお披露目したいと思いますよ~? 先週の日曜日、都内某所のランジェリーショップで麗華ちゃんを目撃しました! 数点胸の下着を手に取った後、自らの胸に手を置いてこっそりとため息を吐く姿がとっても哀愁が漂っていました……。

 続いてりんちゃんとともみちゃんはお二人揃って都内某有名喫茶店にて美味しそうにシュークリームを食されているのを発見! 他事務所のアイドルちゃんも頻繁に訪れている喫茶店だけあって、お二人共常連さんの雰囲気でしたね~!

 そして良太郎君は……やはり出待ちをしても見付けることが出来ませんでした……。アイドルの変装を見破ることが得意な私の目を誤魔化せるとは一体どんな変装をしてるんですか!? ぐぬぬ、いずれ絶対、ぜぇ~ったいに、良太郎君のプライベートな姿を目撃してみせます!

 それまでどうか! 末永くこのラジオを続けてください! 応援しています!

 

 

 

「………………」

 

「……アイドル探偵Aさんもすっかり常連さんだな」

 

「そ、そうだね! いやぁ、まさかともみと一緒にシュークリームを食べに行ったの見られてたんだぁ」

 

「あそこのシュークリームは世界一」

 

「同感。あそこに勝るシュークリームは無いと断言できる。惜しむべきは、向こうのお店の都合と俺たちの都合により店名を公に言えないところかな」

 

「正直何人かは察してそうだけどね」

 

「………………」

 

「そ、それにしてもりょーくんの変装って本当にバレないよね」

 

「別に特別なことをしてるわけじゃないんだけどなぁ。帽子被ったりサングラスかけたりしてるだけなんだが、何故かバレないんだよ」

 

「個人的には週刊誌にすっぱ抜かれる良太郎も見てみたい」

 

「別にすっぱ抜かれるようなことをしている認識も無いけど……」

 

「りょーくんだったら自動販売機でジュースを買ってるところでも十分記事になりそう」

 

「え、それだけのことも俺は許されないの?」

 

「いや、それだけプライベートの光景が珍しい的な意味で」

 

「………………」

 

(……どーする? 触れる?)

 

(触れるしかないっしょ。いくら他の三人が喋ってるからって、MCの一人が黙り続けてるとか放送事故だって)

 

(リョウ、よろ)

 

「……どうした麗華、さっきから俯きながらプルプル震えて」

 

「……もっと……かの……たのか……」

 

「え?」

 

「もっとぉ! 他のぉ! 目撃情報は無かったのかぁあああ!?」

 

「きゃぁ!?」

 

「れ、麗華様がご乱心じゃあ!?」

 

「咄嗟に麗華のマイクのボリューム下げたスタッフぐっじょぶ」

 

「その日だったらその後ペットショップの仔犬と戯れてる場面があったでしょうがぁ! そっち言えよ! よりによって何でそっちチョイスしたぁ!?」

 

「普通アイドルとランジェリーショップの組み合わせだったらテンション上がるはずなのに、何かこう罪悪感的なものでテンション上がらねぇなぁ……」

 

「うーん、そんなところにいたってことは、このアイドル探偵Aさんも女の人ってことかなぁ?」

 

「とりあえず、麗華がヒートアップしすぎてるから一回CM入れよう」

 

 

 

 

 

 

「私たち346プロダクションのアイドルが、リズムゲームになっちゃいました!」

 

「貴方のお気に入りのアイドルでユニットを編成して、LIVEを楽しんで欲しいな」

 

「ゲームの中でも頑張ろう! しまむー! しぶりん!」

 

「きらりたちと一緒に、もーっとハピハピするにぃ!」

 

 『アイドルマスター シンデレラガールズ スターライトステージ』!

 

 ダウンロード無料で好評配信中!

 

「無料って、杏の印税はどうなっちゃうのさ~!?」

 

 

 

 

 

 

 『どくラジ』!

 

 

 

「お願いー……シンデレラー……」

 

「スタミナが勿体ないとか言ってゲーム始めた馬鹿は放っておいて進めるわよ」

 

「りょーくんもすっかりハマっちゃってる……」

 

「なんかイベント中らしくて、達成ポイントが全然足りてないんだって」

 

「仕事やってる奴の宿命なんだよ……よし、終わりっと」

 

「それじゃあ、次のメール行くわよー」

 

 

 

 HN『TDN』

 

 良太郎君の好みを教えてください。オネシャス! センセンシャル!

 

 

 

「何故選んだし。何 故 選 ん だ し!」

 

「え? 短いだけで普通のメールじゃない」

 

「麗華は純情。ハッキリわかんだね」

 

「くっそぉ、最近こっち系のメール来てなかったからすっかり油断してた……」

 

「そ、それで? りょーくんの好みってどんななのかな?」

 

「とりあえず女の子。そして女の子。一番重要なのが 女 の 子」

 

「何でアンタはそんな根本的な部分で必死なのよ……」

 

「後はそうだなー……おっぱいが大きくてー、巨乳でー、豊満なバストでー」

 

「そこも別に今更だから省略で」

 

「ラジオと言う公共の電波に乗せてる上にアンタ以外女しかいないこの場でその発言を堂々と出来るその無駄な胆力は一体何なのよ」

 

「それ以外となると……同年代の子、かなぁ?」

 

(……!)

 

「一応私たちも同年代よね」

 

「あと芸能界で言うなら……765の四条貴音?」

 

「346で言うなら鷹富士茄子とか姫川友紀とかな。あの二人はリアルで同級生だったし」

 

「えっ!? そうなのっ!?」

 

「そーそー。クラス一緒で、割と仲良かったんだぜ?」

 

「……むー……」

 

「そーいうお前らは好みとかどーなのよ。ついでだし、聞いてみたいリスナーも多いと思うぜ?」

 

「私はー! ファンの皆さんの恋人でーす!」

 

「あ、そういうのいいんで」

 

「うーん、好み……好みねぇ」

 

「あんまりそういうの考えたことなかったかな」

 

「花の女子大生が随分と枯れてるなぁ……」

 

「りょ、りょーくん! えっと、ア、アタシの好みなんだけど!」

 

 

 

(コンコンという窓ガラスを叩く音)

 

 

 

「っと、スタッフさん何?」

 

「………………」

 

「何か、窓の外のスタッフさんが『特別ゲストが来ています』っていうカンペを出してるんだけど」

 

「何だ、二周年記念の特別なこと用意してあるんじゃねーか」

 

「それじゃあゲストの方にも入ってきてもらいましょうか」

 

「……ソーダネ」

 

「どうしたのりん、急に片言になって」

 

「それじゃあゲストの方、どうぞー!」

 

 

 

(BGM:帝国のマーチ)

 

 

 

「えっ、何このTプロデューサーが入室してきそうなBGMは」

 

「そこは普通にダース・ベイダーって言っときなさいよ」

 

「こんな物々しいBGMで、一体誰が……」

 

 

 

(ガチャっという扉が開く音)

 

 

 

「ヤッホー! 若造共! この日高舞様が遊びに来てあげたわよー!」

 

 

 

「「「「ぎゃあぁあああぁぁぁ!!?」」」」

 

「何よー、その幽霊でも見たようなリアクションは」

 

「除霊という対処手段が思いつく幽霊の方が数倍マシだよ!」

 

「鬼! 悪魔! 日高舞!」

 

「スタッフCM入れてCM! 早く!」

 

 

 

 ※次回に続く

 

 

 




・『覇王と魔王の独裁ラジオ』
ネーミングセンスが無いのはいつものこと。

・フヨウラ!
・コレガワカラナイ……
「ワガナハ、カール・アウグスト・ナイトハルト、イクゾー!」デッデッデデデデ(カーン)

・「誰だってそーする。俺もそーする」
「億泰……行き先を決めるのは、お前だ」

・トドール
個人的にはドトールよりスタバ派。

・倍率180倍
嵐のコンサートが最大123倍だったらしいので。やり過ぎかと思ったけど、まぁ多少はね?

・鍋と言えば?
実は四人とも牛・鶏・豚・鮭でバラバラになっているというどうでもいい注釈。

・「そもそもわたしの元ネタが」
ちなみにりんは岩手。麗華は調べられなかった。

・HN『アイドル探偵A』
一体何田何利沙なんだ……?

・HN『TDN』
野球選手とか関係無い、いいね?

・Tプロデューサー
あぁ、またナスビが連れていかれてしまう……(空見)



 という訳で前から書いてみたかったラジオ回です。

 こういう場合台本形式にするべきだったんだろうけど、名前を書いたら負けなような気がしたので読み易さより雰囲気を重視した。一応一人称や他人称、口調などで判別出来るようになってるはず。

 本当は実際に読者の皆さんからお便りをリアルで募集するつもりだったけど、ネタ思いついたのが割とギリギリで実際に集まるのかどうかも分かんなかったからオリジナルネタになってしまった。

 ……次回に続くからネタ振ってくれてもいいんじゃよ?(チラッチラッ)


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番外編16 二周年特別企画・後

・ぜんかいのあらすじ

覇王と魔王と鬼の三つ巴、開始。


 

 

 

 これは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 『どくラジ!』

 

 

 

「ったく、誰だよこの人ゲストに呼んだスタッフ……」

 

「何よー? 態々差し入れの飲み物まで持ってきてあげたって言うのに、随分とご挨拶じゃない」

 

「と、という訳で、どくラジ二周年記念の特別ゲストとして、かつて一世を風靡した伝説のアイドル、日高舞さんが来てくれましたー」

 

「どうもー! 日高舞よー! ラジオの前のそこの君ー! センター試験まで残り46日だけど、今から頑張ってももう間に合わないわよー!」

 

「やめろぉぉぉ!? 受験勉強の合間に聞きに来てくれてる人だっているんだぞ!?」

 

「まさしく(オーガ)ね……」

 

「まぁ確かに受験勉強は長いスパンでコツコツとやるものだけど」

 

「じゅ、受験生のみんな! 今からしっかりと勉強すればちゃんと間に合うから! 頑張ってね!」

 

「でも年末年始に「大晦日だから~」とか「元旦だから~」とか言って勉強休むと大抵の人はコケるわよー」

 

「アンタもう帰れよマジで!?」

 

「なんかこんなに大声を張り上げてるリョウも珍しい」

 

「確かにそーだね」

 

「このラジオに限らず普段の良太郎は周りの人間を振り回すタイプだから、振り回されてる姿は新鮮ね」

 

「くっそぉ……だが俺は省みないぞ……明日一緒に収録するジュピターを振り回しまくってやる……」

 

「止めなさいって」

 

「ちなみに、五人になっちゃったから麗華とともみが一緒に炬燵に入ってまーす」

 

「まぁ男の良太郎やゲストの舞さんと一緒に入るわけにはいかないからね」

 

「ちなみに何でこの二人なのかって言うと、りんが一緒になると主にバストサイズ的な意味で行動が制限される可能性があるからだ」

 

「確かに。前々から思ってたんだけど、りんちゃんってば本当にいい乳してるわよね~」

 

「良太郎は黙れ! そして舞さんも乗らないでください!」

 

「あ、あははは……」

 

「舞さんが登場してからメールの方も大変賑わっております」

 

 

 

 HN『ゆっきゅん☆』

 

 こんばんはー! どくラジ二周年おめでとうございまーす!

 そしてなんと特別ゲストに舞ちゃん登場! 舞ちゃんのファンでもあるのでビックリ!

 舞ちゃんと良太郎君の夢の共演にゆっきゅん感動しちゃいました! でもどーやらお二人はお知り合いのご様子。どーいう経緯でお二人が知り合ったのかゆっきゅんとっても気になります! 是非教えて! ゆっきゅんのお願い!

 

 

 

「はい、ゆっきゅんさんありがとうございます」

 

「………………」

 

「……何よ」

 

「いや、文面が文面だったから麗華じゃなくてりんが読んだ方が良かったんじゃないかなと」

 

「麗華ちゃんの猫撫で声はキャラじゃないわね」

 

「余計なお世話よ!」

 

「それで? 二人は何処で知り合ったの?」

 

「なんか、日高さんの家へ食事に招待されるぐらい仲良いって話は聞いたことあったけど」

 

「えっと……ほら良太郎って、デビューした直後に『日高舞の再来』とか言われてたじゃない? 初めはまた大袈裟に評価されてるわねーとか思ってたのに、その後もドンドン有名になってくからちょっと興味が湧いて会いに行ってみたのよ」

 

「アレはデビューして一年経ったか経たなかったかぐらいだったっけ。俺が某テレビ局の歌番組の収録に行ったら楽屋にこの人がいたんだよ」

 

「その時コイツ第一声になんて言ったと思う? この日高舞に向かって『伝説のアイドルも随分と年喰っちゃったもんだ』とか抜かしたのよ?」

 

「このおばさんはおばさんで『こんなガキが私の再来ねぇ』とか言ってきてくれたけどな」

 

「その初対面からどうすれば自宅で一緒にご飯を食べる仲になるのよ……」

 

「えっと、確かその時は……売り言葉に買い言葉で『それじゃあどっちの実力が上なのか比べるぞ』とかそういう話になって……とりあえず歌で勝負したんだっけ?」

 

「あー、そうだったわねー」

 

「えっ!? そ、それはもしや世間一般では知られていないシークレットライブが開かれたとかそういう話!?」

 

「いやカラオケで」

 

「カラオケ!?」

 

「その時点で既に仲良さそうなんだけどっ!?」

 

「歌番組の収録の打ち上げにホームカラオケが持ち込まれててさ、それで」

 

「その番組のディレクターが私のファンだったらしくてねー、是非参加してくれって言われっちゃって」

 

「周藤良太郎と日高舞の歌合戦……恐ろしいような見てみたいような……」

 

「というか、番組に出演して普通に打ち上げに参加しただけなのにその怪獣大戦争に巻き込まれた他の参加者たちが不憫でならないわ……」

 

「『エイリアンVSアバター』のキャッチコピーを思い出した」

 

「そ、それで? 結果は?」

 

「ドロー。このBBA(ビービーエー)狡いぜ、十五年以上現役から離れてたっていうのにほとんど衰えてねーでやんの」

 

「そーいうアンタこそ。アレがデビュー一年目の新人の歌? あれだけ堂に入ってるとかインチキ臭いのよ」

 

「うるせぇバグキャラ」

 

「黙れ小僧」

 

「ま、まぁまぁ……」

 

「そ、それじゃあお便りは一旦中断して、今週のミニコーナー始めるわよー」

 

「……ん? 麗華ちょっと待て。確か今週のミニコーナーって……」

 

「……気が乗らないのは私も一緒よ。ほら、タイトルコールするわよ」

 

「……はぁ、んじゃ、せーの」

 

「「「「王様だーれだっ!? 『王様の無茶振りコーナー』!」」」」

 

「お? 何よそのwktkするようなタイトルは?」

 

「えっと、簡単に言うと出演者全員で王様ゲームをするコーナーです」

 

「通常の王様ゲームと同様に王様及び番号がかかれたクジを引いて、タイトル通りに王様が他の出演者に向かって無茶振りをします。ルールとして『番組内で出来ること』『誰が対象になっても出来る内容にすること』『肉体的接触に関する内容はやめること』の三つを守って節度ある無茶振りをしましょう」

 

「なーんだ。無茶振りとか言って良太郎が卑猥なことさせてるのかと思った」

 

「そんなことがあったら今頃俺は塀の中だよ」

 

「ちなみに前回はりんからリョウへの無茶振りで愛の言葉を囁くってのだったね」

 

「その前は俺から麗華への無茶振りで765プロのやよいちゃんの物まねだったな」

 

「勿論私も参加していいのよねっ?」

 

「……スタッフからいつもより一本多いクジが渡されたってことはそういうことだと思います」

 

「今週はマジでやりたくねぇ……」

 

「ほら! さっさとやるわよ!」

 

「舞さんノリノリだなぁ……」

 

「アイドル引退後はすぐに結婚して家庭に入っちゃったからこーいう遊びってしたことなかったのよねー」

 

「……また微妙にコメントしづらいことを……」

 

「それじゃあ全員引いたわねー?」

 

「これを聞いてるであろう兄貴もしくは母さん、もし俺が明日の朝になっても帰らなかったら何も言わずにパソコンのハードディスクを叩き壊してくれ」

 

「いい加減覚悟を決めなさい。せーの」

 

「「「「「王様だーれだ!?」」」」」

 

「……俺じゃない」

 

「……私でもないわね」

 

「アタシも違うよ」

 

「同じく」

 

「……おいおいまさか」

 

「見なさい若造共……これが真のアイドルの実力よ」

 

「一番引いちゃいけない人が引いたあぁぁぁ!」

 

「やっぱりフラグだった……」

 

「ここで本当に引く辺りが流石伝説のアイドルというかなんというか……」

 

「そ、それじゃあ舞さん、王様の命令もとい無茶振りをお願いします」

 

「うーん、そうねぇ。……あ、そういえばアンタたち、さっきお鍋の話してたわよね?」

 

「してましたねぇ」

 

「あれ聞いてたら私もお鍋食べたくなっちゃった」

 

「……おいまさか」

 

「一番、お鍋作って来なさい。今すぐ」

 

「今すぐ!?」

 

「まさしく無茶振り」

 

「おいおい誰だよそんな無茶振り聞くことになる可哀想な奴は俺だったぁぁぁ!?」

 

「りょーくんぇ……」

 

「待て待て落ち着け、あと三十分少々しかねーんだぞ!?」

 

「あらそう。だったら余計に急がないといけないわね。ほらダッシュ。何鍋でもいいから」

 

「鬼……!」

 

「悪魔……!」

 

「日高舞……!」

 

「ぐぬぬ……! チクショー! バーカ! バーカ! お前の娘さんめっちゃ良い子ー!」

 

 

 

(ダダダッ、ガチャっという良太郎が部屋を出て行く音)

 

 

 

「さーて、良太郎がいない間にラジオを進めるわよー!」

 

「りょーくん放送中に戻ってこれるのかな……?」

 

「……何とかなるといいわね」

 

 

 

 

 

 

『アミとマミとにーちゃん! 三人揃えば百人力!』

 

『そして三人で三倍の力!』

 

「つまり……百人力×三倍×三人で……九百人力!!」

 

「「『行くぞ! 合体だあぁぁぁ!!!』」」

 

 これは、全宇宙、全次元世界を救うために立ち上がった――。

 

 ――揺れぬ胸部と揺るがぬ顔面を持つ二体のロボットと、三人の勇者の物語。

 

 劇場版! 無尽合体キサラギ 対 天上天下テッカメンダー!

   ~次元の狭間を突破しM@S~

 

 DVD、BD、好評発売中!

 

 初回生産限定盤には、主演三人による限定オーディオコメンタリー付!

 

 

 

 

 

 

『どくラジ』!

 

 

 

「さて、CMが明けたわけなんだけど……」

 

「まぁ、当然りょーくんはまだ帰って来てないわけで」

 

「仕方ないから四人で番組を進めていこう」

 

 

 

 HN『サイガ』

 

 覇王様、魔王の姫様方お勤めご苦労様です。そして二周年おめでとうございます! 第二回からの欠かさずお世話になっていますが、ここまで続いて感慨深く感じます。今後も楽しみにしているので、公私ともに頑張ってください。

 さて話は変わりあり得ないと思いたいですが、皆さんがアイドルをやっていなかったらどのような仕事に就いていたと思いますか? また、こんな仕事が似合うと思うというのを教えてください。

 PS.自分は水炊き派ですが、去年土鍋が割れて買い替えてないので、今年はまだ食べれてません(´・ω・`)

 

 

 

「はい、サイガさんありがとうございます」

 

「んー、別の仕事……ねぇ」

 

「麗華は決まってるよね」

 

「まぁね。普通に東豪寺の仕事に就いてたわね」

 

「わたしは……どうだろう。対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースとかやってたかもしれないな」

 

「私もそうねー。地球が生み出した人間を律する自然との調停者とかやってたかもしれないわね」

 

「麗華、ともみと舞さんが何言ってるのか分かんないんだけど……」

 

「私だって分かんないわよ……」

 

「そう言うりんは?」

 

「え、アタシ? アタシは、その……ふ、普通のお嫁さん……とか?」

 

「女の子ねー。今の若干恥じらいながらの言い方にラジオの前の男子がきっと何人も悶絶したわ」

 

「リョウはどうだろうね」

 

「アイツに合いそうな職業ねぇ……」

 

「何と言うか、まさしくアイドルになるべくして生まれたみたいなイメージだから他の職業に就いてるりょーくんの姿が思い浮かばないなぁ」

 

「悔しいけど、それには同意」

 

 

 

(バンッという扉が開く音)

 

 

 

「俺が何だって?」

 

「うわっ!? りょーくんっ!?」

 

「はっや……まだ十分ちょっとしか経ってないわよ?」

 

「近くにスーパーあってマジで助かったわ。ほら、炬燵の上を空けてくれ」

 

 

 

(ガサガサ、ガチャっという何かを置く音)

 

 

 

「ガスコンロに土鍋? よくそんなもんあったわね」

 

「前にラジオ局の人が鍋パーティーやったって言ってたの思い出したから借りてきた。あと包丁と麗華……じゃなかった、まな板も一緒に借りてきた」

 

「おいてめぇ」

 

「って、え? ここでりょーくんが料理するの?」

 

「そりゃあそうするしかないだろ。言っとくけど、時間的に簡単な奴しかできねーからな?」

 

「十分よ。ほらさっさと作る」

 

「ヘイヘイ」

 

「っていうか、リョウって料理出来るんだね」

 

「っつっても、鍋なんて具材切って煮るだけだけどな。基本的に食う専門だよ」

 

「今は男でも料理できるとポイント高いわよー? ウチでもたまに旦那がやってくれるし。魔王の三人はどうなのよ、料理は?」

 

「……私は苦手……というかほとんどやんないわ」

 

「わたしは普通に作れるよ。お弁当も自分で作るし」

 

「アタシは苦手だけど……ともみに教わりながら頑張ってるよ! 料理出来ないお母さんはカッコ悪いもんね!」

 

「おや、りんちゃんはお母さんになる行為の予定があると?」

 

「行為っていうなよセクハラだぞ」

 

「おまいう」

 

「おまいう」

 

 

 

 HN『人生頑張らない』

 

 覇王様! 魔王様! いつもご無沙汰しております! 私個人としては二周年記念ということでいつもの二倍の葉書を送ってあります。採用されているかはわかりませんがw

 最近、私の友人に好きな人が出来たみたいなのですが、どう告白しようなどと相談してきます。私は年齢=いない暦という奴なのでどうすればいいのか分かりません。そこで良太郎様と魔王エンジェル様にどんな告白が良いか教えていただきたいです。

 今後ともこのラジオの発展を願います。

 

 

 

「はい、人生頑張らないさん、ありがとうございまーす。是非とも人生は頑張ってもらいたいですね」

 

「さて、どんな告白がいいか、ねぇ」

 

「ちなみに舞さんの場合はどんな感じだったんですか?」

 

「……聞きたいの?」

 

「え?」

 

「聞きたいの?」

 

(な、なんか舞さんが今まで見たことないぐらいいい笑顔なんだけど……)

 

(これ触れない方がいいパターンだな)

 

「りょ、良太郎は何かいい考えある?」

 

「んー、俺自身も経験が無いしなぁ。とりあえず『好きだから付き合ってくれ』って言わないと女の子とは付き合えないだろうな」

 

「まぁ、最低限そこら辺はねぇ」

 

「あー、あとは最近よくある無料アプリのメッセージで告白っていうのは止めた方がいいと思うな」

 

「それも当然だね。やっぱり告白はちゃんと対面して言わないと」

 

「後はシチュエーションの問題だけど……こういうのは女性陣に聞いた方がいいか」

 

「んー、私はそういうのあんまり考えたことなかったからなぁ」

 

「同じく」

 

「んじゃりん、何か理想のシチュエーションとかある?」

 

「えっ!? ア、アタシ!?」

 

「お、おう」

 

「え、えっと……その……ア、アタシはやっぱり、デートの別れ際に綺麗なイルミネーションが見える場所……とか?」

 

「まぁ定番っちゃ定番かな」

 

「そもそも二人でデートに行けてる時点である程度脈はあるだろうしね」

 

「それでそれで、式はちょっと都会から離れた小さな教会で質素に挙げて、一軒家とはまでは言わないからそこそこの広さはあるけど二人の距離が離れすぎない広さの家で二年ぐらい二人暮らしして子供が生まれてからは――!」

 

「おっと何やら方向性がおかしくなってきたぞ」

 

「メールが告白方法を問う内容だったのにも関わらず結婚後の話にまで発展してしまった」

 

「それじゃあここで良太郎の必殺の告白台詞をどーん!」

 

「あれ、王様の無茶振りコーナーまだ続いてたっけ?」

 

「いいじゃないそれぐらい別に。前回も似たようなことしたって言ってたし」

 

「いやまぁそうですけど……」

 

「ほら、まだお目々がグルグルしてるりんちゃんに向かって3、2、1、キュー!」

 

「若干古いなぁ……りん」

 

「は、はいっ!?」

 

「俺の全てを君に捧げる。だから、君の残りの人生を俺にくれないか」

 

「………………」

 

「……あれ、外した?」

 

「……りんの意識がブラックアウトしたっぽいからCM入れるわよ」

 

 

 

 

 

 

 ――それは、夢見る少女たちのためのステージ。

 

「トップアイドルになるための道のりは、決して楽じゃない」

 

「夢を諦めない女の子たちを、私たちは応援したい」

 

「美希たちと一緒に、ステージに立とっ?」

 

 笑って、悩んで、女の子たちはもっと輝く!

 

 『765ライブシアター』! この春、ついに開幕!

 

「私たちと、このステージで夢を叶えてください!」

 

 

 

 

 

 

 『どくラジ』!

 

 

 

「さて、メールを読みつつ調理を続け、エンディングトーク前にようやく鍋が完成したぞ!」

 

「お、これは……!」

 

「最近話題の『豚バラと白菜の重ね鍋(ミルフィーユ)』って奴だ。これなら簡単に出来るし、何より具材入れる順番とかないから口うるさい鍋奉行が傍にいても安心」

 

「悪かったわね口うるさくて」

 

「それじゃあ早速いただきまーす!」

 

「ってうぉい! 勝手によそって食うなよ!?」

 

「安定の傍若無人……」

 

「はふはふ……んー、美味しいわね。流石味の(ぴー)の調味料」

 

「おっとここですかさずスタッフさんの迫真の妨害SEが」

 

「流石に商品名は出せないからね」

 

「でも本当に美味しいよ、りょーくん!」

 

「ふん、まぁまぁね」

 

「とりあえずこれで王様の無茶振り達成だね」

 

 

 

(番組のEDテーマ)

 

 

 

「さて、そろそろお別れの時間がやって来たわけなんだけど。どうでしたか舞さん、今回こうしてラジオに出演していただいて」

 

「中々楽しかったわよ。美味しいお鍋も食べさせてもらったし、次に来るときは時間をかけたお鍋を食べさせてもらいたいわね」

 

「呼ぶなよスタッフ? 次はゼッテー呼ぶなよ? フリじゃねーぞ?」

 

「ほら良太郎、二周年の最後なんだからちゃんと締める」

 

「はいはい。……という訳で、どくラジは二周年を迎えたわけなんですけども、これからも皆さんの声がある限り、続けていきたい所存です」

 

「まだまだ私たちの独裁政権は終わらないわよー?」

 

「これからも応援よろしくねー!」

 

「最後に舞さん、一言お願いします」

 

「そうね……なんか動画サイトの生放送みたいなノリだったわね」

 

「最後の最後でそーいうことを言うのやめろおぉぉぉ!?」

 

 

 

 

 

 

 この番組は――。

 

 貴方にひと時の安らぎを。『ムーンバックスコーヒー』

 

 シンデレラが集う夢のお城。『346プロダクション』

 

 頑張る女の子たちに夢と笑顔を。『765プロダクション』

 

 世界を目指す希望を胸に。『123プロダクション』

 

 ――の提供で、お送りしました。

 

 

 




・日高舞
DS編をやるならば愛ちゃんのエピソードで現役復帰するけど、この小説ではどうなることやら。

・センター試験
作者は数年前やったなぁ……(遠い目)
※なお結果は大学受験に一切関係しなかった模様

・「大晦日だから~」とか「元旦だから~」
センターではないが、一度経験済み(血涙)

・HN『ゆっきゅん☆』
実は地味に久しぶりの(地味な)クロスキャラだったり。
ヒント1 原作では既に鬼籍(?)
ヒント2 神様に選ばれたような人
ヒント3 実は……Eカップなのだぞ(ハート)

・『エイリアンVSアバター』のキャッチコピー
 ――勝手に戦え!

・『王様の無茶振りコーナー』
(別に何か元ネタがあるわけじゃ)ないです。

・対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース
・地球が生み出した人間を律する自然との調停者
中の人ネタ。規模は違えど公式チートキャラっていう意味では舞さんも同じかも。

・まな板
千早かと思った? 残念、麗華でした!

・(これ触れない方がいいパターンだな)
(特に深い意味は)ないです。

・『豚バラと白菜の重ね鍋』
流行ってるらしいので(食べたことない)



 というわけで、実は一番楽しんでたのは作者だった番外編でした。地の文書かなくていいってメッチャらk何でもないです。

 感想板にてお便りのネタを振っていただいた方、ありがとうございました。全てを採用することが出来ずに申し訳ありません。しかしどうやら今回のネタ振り提供がもしかしたらガイドラインに抵触するかもしれなかったらしいので、今後こういうことがあった場合は活動報告の方で行おうと思います。

 そしてなんだかんだで二年が経ちました。正直ここまで続くことになるとは作者も思っていませんでしたが、今後もアイマスの発展と共に作者も頑張っていきたいと思います。是非ともミリオンライブもアニメ化して、ミリマス編も執筆したいものです。

 こんな適当な小説ではありますが、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

 次回からは本編です。Lesson100突破ですが、それほど大きく取り上げずに進めることになります。ご了承ください。


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Lesson100 少女はその高さを知っていた

今回のサブタイトルは、前回のサブタイトルの続きとなっております。

あ、Lesson100と言っても記念的なものはないです(ネタ切れ)


 

 

周藤良太郎総合病院 100棟目

1:一般通過りょーいん患者

アイドル『周藤良太郎』の総合スレです。

いつも通り他のアイドルを乏しめるような発言を慎みつつ、節度を守って仲良く入院しましょう。

 

2:一般通過りょーいん患者

100スレ目来たー!!

 

3:一般通過りょーいん患者

キタ――(゜∀゜)――!

 

4:一般通過りょーいん患者

記念カキコ

 

5:一般通過りょーいん患者

りょーくんハスハス

 

6:一般通過りょーいん患者

でもデビュー五年目でようやく100スレとか遅くね?

 

7:一般通過りょーいん患者

>>6 お、新顔だな?

 

8:一般通過りょーいん患者

>>6 周藤良太郎のスレ自体はデビュー当時からあったけど、スレの名前が周藤良太郎総合病院になってからまだ二年なんだよ。

 

9:一般通過りょーいん患者

そういうことか

 

10:一般通過りょーいん患者

さらっと流したけど一か月に4スレ以上消費してんだよなぁ

 

11:一般通過りょーいん患者

そのペースを二年続けてるって考えると普通にすげぇな

 

12:一般通過りょーいん患者

りょーくんペロペロ

 

13:一般通過りょーいん患者

>>5 >>12 定期的に現れるこーいう重篤りょーいん患者が無駄にスレを消費してくんだよな

 

14:一般通過りょーいん患者

ただでさえ話題に尽きない周藤良太郎のスレだっていうのにな

 

15:一般通過りょーいん患者

今回の年末ライブ、倍率150倍だってよ

ソースはヤホー

 

16:一般通過りょーいん患者

>>15 ふぁっ!?

 

17:一般通過りょーいん患者

え、去年まだ80倍だったよな?

 

18:一般通過りょーいん患者

いや、一昨年だな。去年はそもそも年末ライブなかったし

 

19:一般通過りょーいん患者

そういえば去年は年末から受験勉強とかいって仕事休んでたな

 

20:一般通過りょーいん患者

デビュー三年目にして年末ライブ敢行してしょっぱなから倍率80倍だったんだよなぁ……

 

21:一般通過りょーいん患者

単独ライブの倍率なら間違いなく国内トップだろうな

 

22:一般通過りょーいん患者

お、今回は今までの周藤良太郎を振り返る流れか?

 

23:一般通過りょーいん患者

すみませーん、『周藤良太郎を振り返る会』の会場はこちらですかー?

 ≡( ゜∀゜)ノ

 

24:一般通過りょーいん患者

知るかあぁぁぁ!! ∵;.(゜ε(○=(゜Д゜♯)

 

25:一般通過りょーいん患者

え、俺今なんで殴られたの

 

26:一般通過りょーいん患者

そういえば良太郎もこのスレ覗いてるんだってな

 

27:一般通過りょーいん患者

マジで!?

 

28:一般通過りょーいん患者

え、りょーくんここ見てんの!?

 

29:一般通過りょーいん患者

言動の端々にネットスラング混ざってるからそんな気はしてた

 

30:一般通過りょーいん患者

りょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくんりょーくん

 

31:一般通過りょーいん患者

看護師さーん! >>30に特別病棟を抜け出してきた重篤りょーいん患者がー!

 

32:一般通過りょーいん患者

まぁここで自分のことをアピったところで何かあるわけじゃないけどな

 

33:一般通過りょーいん患者

いや分からんぞ? もしかしたら覗いてるだけじゃなくて普通に書き込みしてるかもしれん。

 

34:一般通過りょーいん患者

>>30は周藤良太郎の自演の可能性が微レ存……?

 

35:一般通過りょーいん患者

いやいやもしかしたら俺が周藤良太郎かもしれない

 

36:一般通過りょーいん患者

おっぱい星人という意味では俺も周藤良太郎かもしれん

 

37:一般通過りょーいん患者

こんなスレに僕たちを笑いに来る良太郎は、やっぱりコモンズの裏切り者だ!

 

38:一般通過りょーいん患者

唐突に湧いたサム君は一体なんなんですかねぇ

 

39:一般通過りょーいん患者

というわけでトップアイドルな俺は今から美少女とデート行ってくる

 

40:一般通過りょーいん患者

>>39 妄想乙

 

41:一般通過りょーいん患者

>>39 脳内ですね分かります

 

42:一般通過りょーいん患者

俺もデートだわ。星井美希ちゃんのブロマイド持って遊園地行ってくる。

 

43:一般通過りょーいん患者

>>42 彼はもう終わりですね

 

 

 

「うーん、やはり信じてもらえないか」

 

 そりゃあ普通信じないわな、という話は置いておいて。

 

 暇潰しに見ていた掲示板を閉じ、ブラウザを終了する。病院スレ的にはちょうど100だったが、周藤良太郎関係のスレは既に500を超えている。随分と長く続いているなぁとまるで他人事のように思ってしまった。

 

 しかし100、百である。最初はそこまで続くと考えていなかったから二ケタ表記していたサブタイトルが三ケタになって半角分長くなってしまう事態が起きるぐらいである。そうかー、100に到達するまでに大体二年かかるのかー。

 

 そんなことを考えながら、スマフォをポケットに仕舞って腕時計を覗く。待ち合わせの時間はもう間もなくのようだ。

 

 さて、765プロダクションの合宿から早一週間少々。俺は普段から人との待ち合わせに利用する駅前にいた。マイカーを購入し、移動の大半が車になってもやはり待ち合わせはここである。車はすぐそこのコインパーキングに停めており、待ち合わせのするためだけに駐車料金を払うのもアレだが駐禁でしょっぴかれるよりマシである。

 

「りょーくん!」

 

 待ち合わせに指定した時間の十分前。そろそろ来るかなとややキツい太陽の日差しに目を細めていると、背後から声をかけられる。どうやら待ち人はやって来たようだ。

 

「よっす、りん」

 

「よっす! りょーくん!」

 

 えへへと笑いながら、真っ白なワンピースに麦わら帽子という何とも『夏のお嬢様』といった格好のりんが近寄ってくる。

 

 一応サングラスをかけて髪型も変えているので変装という意味では問題なさそうだったが、目立たないようにするという意味では全くもって逆効果だった。メッチャ目立ってる。すっげー目立ってる。目立たがる君が憤死するレベルで目立ってる。変装で美少女が全く隠されていなかった。なんというか、いつも以上に美少女オーラを放っているような気がする。

 

 というわけで今回は久しぶりにりんとデートである。大学やら仕事やらで顔を合わせる機会は多いのだが、こうしてオフに二人で出かけるのは本当に久しぶりである。まぁ俺は朝から一仕事終えて来て、夕方からも仕事があるので完全にオフというわけではないのだが。

 

「待たせちゃった?」

 

「全然。とりあえず移動しようぜ」

 

「? う、うん」

 

 老若男女問わず現在進行形で周りの視線を独占する美少女といつまでもここにいるのは危険だと判断し、早々に車へ行くことにする。

 

「どーしたのりょーくん?」

 

「いや。いつも可愛いけど、今日のりんは一段と可愛いな」

 

「そ、そうかな……? えへへ……」

 

 ほんのりと赤く染まった頬に手を当てながら笑うりん。うーむ美少女。

 

「今日は久しぶりにりょーくんとのお出かけだから、いつも以上に気合が入っちゃった」

 

 てへっと小さく舌を出すりん。言動も美少女だった。

 

 りんの歩幅に合わせて歩きながら今日の予定について話す。

 

「この後は予定通りに翠屋で昼食でいいよな?」

 

「うん。アタシも久しぶりに忍や恭也君に会いたいし」

 

 実は二週間少々婚前旅行と(俺が勝手に)称して渡独していた恭也と月村がつい先日帰って来たのである。お土産を渡したいから近いうちに顔を出してくれと言われていたので、月村が翠屋のシフトに入っている今日りんと共に行ってしまおうという考えである。

 

「でも午後からの予定はちょっとデートプランとしては感心しないなー?」

 

 ぷーっと頬を膨らませながらりんが軽くジト目になる。

 

「うーん、タイミング的にも場所的にもお互いの職業的にも悪くないプランだと思ったんだけどなぁ」

 

 というのも、実は午後から池袋にて765プロのミニライブが行われるのである。それはこの間の合宿の最後に赤羽根さんがバックダンサー組に告げていたものであり、つまりめぐまゆコンビを含めたバックダンサー組が初めて人前に立つのだ。

 

 二人の事務所の先輩としても、バックダンサー組に指導をした立場としてもその姿は目にしておきたかった。

 

 しかし、どうやらりんはそれがお気に召さなかったようだ。

 

「別にりょーくんに他意が無いっていうことは知ってるんだけど……女の子とのデートプランに他の女の子のライブを見に行くっていうのはちょっとマイナスかなー?」

 

「マジですか」

 

 いや確かに言われてみればそうかもしれない。

 

「でもまーいいよ。寛大なりんちゃんは翠屋のシュークリームで許してあげる」

 

「りょーかい」

 

 商品価値的な意味はともかくとして金銭価値的な意味ではそれほど大きな出費になるわけじゃないから個人的にはいいのだが、それぐらいで許されていいのだろうか。最初からそれほど怒ってなかったということか? いやまぁそれならそれでもいいのだが。

 

 それほど遠くなかったコインパーキングに到着し、蒸し暑くなっているであろう車内を冷やすために先にエンジンをかけてから料金を支払いに行く。

 

(……あ、そうだ)

 

 翠屋で恭也と会うのなら、ついでに志保ちゃんのことを聞いてみるか。メールをすればいつでも聞けたのだが、わざわざそこまでして聞くことでもないだろうと判断して先延ばしにしていた。ちょうど合宿の時に撮った集合写真もあるので、それを見せながら聞いてみよう。もし本当に恭也の女性関係のトラブルがあったとしたら、ちょうど月村もいるから面白いことになりそうだし。

 

 そんなことを考えながら料金を支払い、車内の温度が下がったことを確認してから助手席のドアを開ける。

 

「どうぞお嬢様」

 

「うん。よきにはからえー、だよ!」

 

 ルンルンと上機嫌なりんを助手席に乗せ、俺は車を翠屋に向けて走らせるのだった。

 

 

 




・一般通過りょーいん患者
男の良太郎ファンだったらホモに違いない(確信)

・倍率150倍
番外編より低くなっているのは単独ライブのせい。

・すみませーん、○○会場はこちらですかー?
・知るかあぁぁぁ!!
豚のヒヅメ。大都会もう一回聞きたいよ……。

・りょーくんりょーくんりょーくん(ry
暇な人がいたら数えてみるといいかも。

・やっぱりコモンズの裏切り者だ!
強欲なサム君。

・彼はもう終わりですね
彼は地下に行ってもヘルメットを被ったままなのか……?

・目立たがる
ラッキーマンはともかく、スーパースターマン知ってる人が果たして何人いるのか。

・池袋
劇場版のミニライブが行われたのが池袋のサンシャインシティだったそうなので。



 そろそろ第三章も佳境に入っていきます(多分)

 来年の春が来る前には第四章に入れるのかなぁ。


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Lesson101 少女はその高さを知っていた 2

プロデューサー
兼、ラブライバー
兼、決闘者
兼、狩人
あと時々二次創作作家モドキ

うん、副業は少ないな()


 

 

 

 というわけで翠屋に到着である。店の駐車場に車を停め、りんと二人で店内に入る。

 

「こんちわー」

 

「こんにちわー!」

 

 休日のお昼時ということで中々の賑わいを見せていたが、飲食店にしては少々客が少なめである。というのも、そもそも翠屋は喫茶店であってデザート以外は軽食が基本なので昼食時に利用する人は少なく、翠屋が最も混むのは昼下がりである。

 

 相変わらずの美少女オーラをまとったままのりんが入店したものの、店内にいた殆どのお客さんはチラリとこちらを見ただけですぐに視線を戻してしまった。

 

 翠屋の噂を聞いて遠路はるばるやって来たお客さんもいるものの、翠屋の多くはリピーターであり常連。美人パティシエの桃子さんを筆頭に美由希ちゃんやフィアッセさん、月村などが従業員として働き、変装をしたままとはいえ人気アイドルも頻繁に訪れるこの店の常連が、今更美少女一人やってきたところで大きなリアクションを取るはずがないのだ。ここの常連は舌だけでなく目までも肥えてらっしゃる……。

 

 ちなみに俺の場合は変装状態ゆえに知らない人からすればただの男性客であり、昔馴染みの常連さんは俺のことも当然知っているのでどっちにしても騒がれることはない。少し寂しい気がしないでもないが、まぁ第三の実家のようなこの店ぐらいは俺もゆっくりしたい。

 

「いらっしゃい。良太郎君、りんちゃん」

 

「どうもです、士郎さん」

 

「お久しぶりでーす!」

 

 カウンターでコーヒーを淹れていた士郎さんに挨拶をしながら、目の前のカウンターに二人並んで座る。この春に恭也や月村と知り合って以来何度も足を運んでいたらしく、今ではすっかりりんも士郎さんに名前を憶えられた常連である。

 

「恭也と月村は今日シフトでしたよね?」

 

 店内を軽く見回し、不愛想な店員と藍色の髪の美人店員がいないことを確認してから尋ねてみる。

 

「二人とも少し早い昼休憩に入ってもらったよ。もうそろそろ戻ってくるさ」

 

「そうですか」

 

 とりあえず注文もせずに話を続けるのもあれなので、とりあえずりんと二人でクラブハウスサンドのランチセットを注文する。

 

「最近仕事の調子はどうだい?」

 

 トーストで食パンを焼きながら士郎さんがそんなことを尋ねてくる。

 

「もちろん絶好調ですよ」

 

 むしろ周藤良太郎に絶好調以外の時は存在しないぐらいだが、士郎さんは毎回こうして様子を聞いてくれる。基本的に家にいない我が家の父親に比べるとよっぽど父親らしいことをしてくれているような気がする。

 

「逆にお尋ねしたいんですけど、冬馬の奴はどうなってます?」

 

「おや? 翠屋の調子は聞いてくれないのかい?」

 

「翠屋が不景気になることは絶対にないでしょうから聞く必要はないですよ」

 

 割とマジで。万が一、億が一、よしんばそのような状況になったとしたら自分の憩いの場が減ること覚悟の上で『周藤良太郎一押し』と大々的に発表してでも何とかする所存である。

 

 そうだねぇ、とレタスの葉を千切りながら士郎さんは言葉を選ぶ。

 

「元々アイドルとして鍛えていたっていうのもあるんだろうけど、基礎はだいぶ出来上がったよ。この調子ならすぐにでも良太郎君に追いつくんじゃないかな」

 

「マジっすか」

 

 そいつぁーやべぇ。一緒にレッスンしてへばる冬馬を笑えなくなっちまうな。

 

 ただまぁ、身体能力はともかく『アイドル』としてはまだまだ譲ってやるつもりはないが。

 

「それよりいいのかい?」

 

「え?」

 

 一体何のことだろうと思い、苦笑する士郎さんの視線を辿る。

 

「むー」

 

 そこには、俺の隣に座りジト目で唸るりんの姿があった。

 

「りょーくんが士郎さんと家族ぐるみで仲がいいってことは知ってるけど……デート中なんだからこっち構ってほしいなー」

 

 あ、やっべ。

 

 そんなつもりではなかったんだけどゴメンと謝ると、りんは「もう……」と呆れた様子でため息を吐いた。

 

「なんていうかりょーくんって、悪い意味で女の子慣れしすぎなんだよねぇ」

 

「え? どゆこと?」

 

 普通こういう場合は女の子慣れしてないって言うんじゃないの?

 

「自分で気づくこと!」

 

 俺の鼻先にピッと人差し指を立ててから、化粧室に行ってくるとりんは席を離れてしまった。怒っている様子ではなかったが、ほんの少しご機嫌斜めにはなってしまった感じである。

 

「……というわけで、あの桃子さんの心を射止めたナイスミドルな士郎さんに是非女心をご教授願いたいのですが」

 

「自分で気づくことって言われたばかりじゃないか」

 

「たぶん自力で気づくことが出来るようならこれまでも苦労したことないと個人的に思うんです」

 

 反省がないとか向上心がないとか言われそうだけど、無理なものは無理である。

 

「せめてヒントだけでも」

 

「そうだねぇ……今日は良太郎君、りんちゃんとデートなんだろ?」

 

「それはまぁ」

 

 二人でお出かけしてるだけとは流石に言わないぞ。

 

「そこだよ」

 

 焼きあがったトーストにバターを塗りこむ手を止め、バターナイフと片手にビシッと士郎さんに指さされた。バターナイフの刃先はこちらに向いていなかったが、士郎さんならこれ一本で五十人ぐらいだったら何秒で制圧できるんだろうなぁとかどうでもいいことを考えてしまった。

 

「口でデートと言って頭でもデートと認識してても、そのデートの敷居が良太郎君は低すぎるんじゃないかな」

 

 俺から言えるのはこれぐらいだな、と言いながら士郎さんは出来上がったクラブハウスサンド二皿を俺と横の席にセットのサラダと共に置いた。

 

「あとは同年代の女の子に聞いてみるといいよ」

 

 同年代? と思って首を傾げる前にその声は聞こえてきた。

 

「良太郎、久しぶりだな」

 

「久しぶりー! 周藤君!」

 

「おぉ。恭也と月村、お帰りー」

 

 士郎さんの後ろから現れたのは、つい最近ドイツから帰ってきた恭也と月村だった。

 

 「それじゃあ後は任せるよ。良太郎君、ゆっくりしていってくれ」と言い残し、士郎さんは裏へと入っていってしまった。

 

「どうだった、婚前旅行は」

 

「だから婚前旅行(それ)言ってるのお前だけだからな」

 

「楽しかったわよー。久しぶりに会った両親に恭也も紹介できたし」

 

 やっぱり婚前旅行じゃないか。というか結婚前のご挨拶じゃないか(憤怒)

 

「あ、向こうのお土産はまた今度渡すわね?」

 

「ドイツといえば地ビールか。楽しみだ」

 

「そっちは事務所の幸太郎さんたちに直接送ったからお前の手元に届くことはないぞ」

 

 なんということだ。

 

「それはそれとして、俺もお前たちに土産があるんだった」

 

「そういえば福井に行ったんだっけ? 何買ってきてくれたの?」

 

 持って来ていた紙袋からそれを取り出して恭也と月村に渡す。

 

「銘菓『東京バナナ』だ」

 

「お前が行ったという場所の名前をもう一度言ってみろ」

 

 申し訳ないことに『お土産を買う』ということが頭からすっかりと抜け落ちてしまっていたので、急遽こちらに帰って来てから買ったお土産である。

 

「せめて福井で買ってきたと取り繕う努力をして欲しかったわ……」

 

「ところで、同年代の女子の月村に聞きたいことがあるんだけど」

 

 先ほどのりんとのやり取り及び士郎さんに言われたことを話す。

 

「というわけで、月村さん教えてください」

 

「……躊躇いも無く聞けるところが私すごいと思うわ」

 

「聞かぬは一生の恥かと思って」

 

「え、周藤君に恥ずかしいとかそういうのあったの?」

 

「恥ずかしい奴という点では既に一生ものの恥じゃないか」

 

「ヤダここの店員さん客に対してすげぇ辛辣」

 

 そうねぇ、と月村は言葉を選んでいる様子だった。

 

「周藤君には、ドキドキしたりとか少し緊張しちゃったりとか、そういうのが足りないってことじゃないかな」

 

「……というと?」

 

「デートは嫌いな人とはしないでしょ? 多少なりとも好意を持ってる人と一緒とのお出かけってのは、それだけで特別なものなの。周藤君にはその特別感がちょっと足りてないのよ」

 

「特別感とな……」

 

「もしくはプレミアム感」

 

「どうしてそこで武蔵(むさし)小杉(こすぎ)後輩が出てきたのかは知らないが」

 

 何故かいつも体操服を着用していた小動物感略して小物感溢れる後輩の姿を思い出しつつ、月村が言わんとしていたことを理解しようとする。

 

 俺とてりんとのデートが特別じゃないとは思っていない。しかし、そうだな……よく物語の中であるような『デートで緊張してドキドキ』みたいな感覚は薄れているような気がする。

 

「きっと周りに女の子の方が多い職場で仕事し続けた結果なんだろうね」

 

(……ほんとにそうなのかな)

 

「りょーくんお待たせ。意外に化粧室に人が多くて……って、忍に恭也君! 久しぶりー!」

 

 何かが引っかかるような気がしたが、りんが戻って来たので意識をこちらに切り替える。またりんがいるのに別のことを考えてるとか言われて怒られそうだし。

 

 しかしふと尋ねるつもりだったことを思い出し、りんが月村と話している間にコッソリと恭也に話しかける。

 

「なぁ恭也、一つ聞きたいことがあるんだが」

 

「なんだ?」

 

「……北沢志保って女の子に覚えあるか?」

 

 本文の八割ほどを使ってようやくたどり着いた本題である。

 

 恭也は顎に手を当て、瞑目して考え込む。

 

「……いや……無いと思うが……」

 

「が?」

 

「聞き覚えがあるような無いような……」

 

 おいおい、恭也までそういう反応なのかよ。というか、俺はその顔にしか見覚えがなかったにも関わらず恭也は名前の時点で反応するのか。ということはやはり恭也関係か。

 

「写真とか無いか?」

 

「実はあるんだなこれが」

 

 以前母さんに尋ねた時に写真の有無を問われたので今回はしっかりと用意してある。ちなみに盗撮したとかそういうわけではなく、全員で記念に撮った集合写真だ。

 

「ほら、このちょっと硬い表情の黒髪の子」

 

 スマフォからその写真を引っ張り出してきて見せると「ん?」と恭也が反応した。

 

「……あぁ、この子か」

 

「やっぱり知り合いか?」

 

「確か弟がいるだろ?」

 

「……確か、いるって話を聞いた」

 

 合宿中に度々何処か電話をかけている姿を見掛け、会話の内容から弟さんがいるらしい。

 

 俺がそう答えると、恭也が納得した反応を見せた。やはり恭也の知り合いで……はて? それだと何故俺は名前を知らなかった?

 

 首を傾げていると、恭也の口から聞き逃せない重要なキーワードが零れた。

 

 

 

「お前もあの時その場にいたはずだが……いや、この子が来た時には既に『お前たち』は立ち去っていたな」

 

 

 

 ……は?

 

「それに『あの時』はそれどころの話でも無かったしな」

 

「ちょい待ち」

 

 よく意味が分からない。恭也が志保ちゃんと会った場面に俺もいた? いや、正確にはすぐに立ち去った? あの時ってどの時?

 

 

 

「去年の冬、お前に忍へのクリスマスプレゼントを選ぶ手伝いを頼んだ時だ」

 

 

 

「あ」

 

 その恭也の言葉に、俺は理解した。

 

 俺が志保ちゃんの顔に見覚えがあったのは、志保ちゃんの『母親と弟』を見たことがあったからだ。

 

 俺だけ名前を知らなかったのは、彼女が名乗った時に居合わせていなかったからだ。

 

 そして『高町恭也』を名乗った俺を睨んでいたのは……俺が『弟の命の恩人である高町恭也』の名前を騙ったからだ。

 

 

 

 彼女は、去年の冬に恭也が助けた少年の姉だったのだ。

 

 

 




・翠屋のお昼事情
原作がどんな感じかは知らないけど、ここではこう設定。あまりガッツリものを食べるところというイメージが湧かない。

・銘菓『東京バナナ』
どうでもいいけど東京駅のお土産なら『おいもさんのお店 らぽっぽ』が超おすすめ。

・武蔵小杉後輩
自信満々で小物臭がするところが輿水幸子と似てる。……似てない?

・去年の冬に恭也が助けた少年の姉
ほぼほぼ一年かかった伏線回収ー! 長い(確信)



 というわけで、志保ちゃんが恭也を知っていた理由でしたー!

 ……で?(迫真)っていう。

 説明が足りていない部分は、ちゃんとこれから説明していきますので平にご容赦を。


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Lesson102 少女はその高さを知っていた 3

今年の更新が今回を含めてあと二回で、ちょうどこの話が終わったら新年ということに今更気が付いた。これはまた新年の番外編を書かねば。

……え? その前にイベントがある? ……作者の手帳には、日曜と祝日以外は仕事以外に何も書かれていませんね。


 

 

 

 それは、去年のクリスマス前の出来事である。

 

 月村のクリスマスプレゼント選びを手伝ってくれと頼まれた俺は恭也と共に街へと繰り出した。途中、春香ちゃんと千早ちゃんとあずささん三人と偶然出会い、五人で街を歩く。そんな最中、突風に飛ばされた帽子を追いかけて一人の男の子が道路に飛び出した。あわや大惨事というところだったが、寸前で駆け出した恭也が男の子を助け出して難を逃れた。

 

 その後、突然千早ちゃんが過呼吸になって蹲るというハプニングがあったため俺たちは恭也を残してその場を去ったのだったが、詳しくは『Lesson65 俺がアイドルになったワケ 2』を参照にしてもらおう。

 

 

 

「お前たちが去った後にその子が来てな。母親と揃ってお礼がしたいと言われたのだが、お前たちのことも気がかりだったから名乗っただけで俺もその場を離れたんだ」

 

「まさかあの後でそんなことが起こっていたとはな……」

 

 あの時は千早ちゃんのことで手一杯だったってのもあるし、俺たちがいなくなった後ならなおさら知る由もないわな。

 

 だがこれで合点がいった。志保ちゃんからしてみれば恭也は弟の命の恩人なのだ。偶然同姓同名だったとしても、その恩人の名前を騙る飄々とした人物が目の前に現れたらそりゃイラつきもするか。

 

 というか、結局とどのつまり恭也の女性関係だったってことじゃないかいい加減にしろ!

 

「それで? その子がどうかしたの?」

 

 いつの間にか俺と恭也の会話を聞いていた月村がそう尋ねてくる。月村がこちらの会話に参加するということは、それまで月村と会話をしていたりんの意識もこちらに向くということなのだが、今回は純粋にこちらの話の興味があったのか特に不機嫌な様子は見られなかった。

 

「いやそれがな――」

 

 まぁ別段隠すようなことでもないかと、千早ちゃん関連のことを除いたクリスマス前の出来事を含めて志保ちゃんに敵意を向けられていたことを簡単に説明する。

 

「いやまぁなんというか……」

 

「偶然といえば偶然……なのかなぁ?」

 

 案の上月村は苦笑し、りんはうーんと首を捻った。

 

「……なぁ良太郎、一つ確認したいことがあるんだがいいか?」

 

「ん? なんだ?」

 

 何故か俯いたままの恭也の表情は見えないが、なんか声が一オクターブ低いような気がした。

 

「お前は、そのバックダンサーの子たちとの初対面時に俺の名前を使ったんだな?」

 

「おう、流石に『周藤良太郎』を名乗るのもあれだと思ってな。貸してもらったぜ」

 

 そうか……と呟きながら恭也は顔を上げた。

 

「それじゃあ、使用料をもらわないとな」

 

「は? ……って、あっぶねぇー!?」

 

 何の前触れもなく恭也が俺の脳天に目がけて金属トレイが振り下ろしてきた。あわやというところで白刃どることが出来たが、トレイは前髪に触れていた。あと一瞬反応が遅かったら直撃だった。これを受け止めることが出来た理由の七割は恭也がそれなりに手加減したからで、二割は偶然。残りの一割はたまたま昨日の晩に惑星クバーサを救っていたおかげだろう。

 

「な、何をするだぁー!?」

 

「お前が俺の名前を名乗ったせいでこっちは大変な目にあったんだぞ!?」

 

 体重を乗せつつ力を込めてくる恭也。当然腕のみで抵抗できるはずもなく既にトレイは額に付いており、後ろに仰け反る形でギリギリと押し切られつつある。

 

 ちなみにこれだけ騒いでいるものの、常連さんからすると俺と恭也のこんな感じのやり取りは日常茶飯事なので気にしたそぶりは無かった。色々な意味で訓練されすぎてるなここの常連……。

 

 結局何で恭也がこんなにキレているのか分からず、かといってその理由を考えている余裕も無いのだが、代わりに月村が事情を説明してくれた。

 

「周藤君、そのバックダンサーの子たちの中に佐竹美奈子さんっていたんじゃない?」

 

「いるな」

 

 一旦引いて改めて振り下ろされたトレイには流石に対応できず、直撃しておそらく真っ赤になっているであろう額をりんに「大丈夫?」と摩られつつ黒髪ポニーテールの少女の顔を思い出す。

 

「実は私達、ドイツから帰ってきたその日についでに外食でもしようってことになって、前々から評判を聞いていた『佐竹飯店』っていう中華料理屋に行ってみたのよ」

 

 あー、そういえば美奈子ちゃん、実家が中華料理屋って言ってたっけ。

 

「そこで私たちの会話で高町恭也だって知ったお店の人が『娘から話は聞いてるよ!』って言ってサービスしてくれたんだけど……」

 

「え、よかったじゃん」

 

「……料理が全部十人前になって出てくるとは思っていなかったわ」

 

「……ふぁっ!?」

 

 え、何それ怖い。サービスっていうレベルじゃねぇ。

 

 ……あ、分かった二人以外にも半透明な人が沢山憑いてきていてその人たちの分も含まれてたとかそういうオチかな? やばいわーこれは霊ですわー小学校の頃にお世話になった鵺野先生呼ばねば。あ、そういえば九州に転勤したんだった。

 

「料理はどれも美味しかったからいいんだけど……後半になってから響いてきて、最後にデザートとして杏仁豆腐十人前と胡麻団子十人前が出てきたところから記憶は無いわ……」

 

 そ、それでお値段据え置きとか素晴らしいサービスですね!(白目)

 

 「美味しかったけど油が……」や「美味しかったけど胸やけが……」という月村の話を聞いて若干食欲が失せつつあるものの士郎さんが作ってくれたクラブハウスサンドを一口齧り……。

 

(……あれ、結局俺と志保ちゃんとの直接的な関係の問題は何も解決してないな)

 

 もっと根本的なことがあったことを思い出した。

 

 確かに初対面時に睨まれたのは俺が高町恭也の名前を騙ったからなのだろうが……正体を明かした後に握手を弾かれるぐらいには周藤良太郎に嫌悪感を持っていたはずである。いやまぁ、単純に前者の延長線上の行動っていう考えもあるのだが。

 

 

 

 あの時、一瞬志保ちゃんの瞳に浮かんだ『敵意』が、どうしても頭から離れなかった。

 

 

 

 

 

 

『………………』

 

(うーん、ガチガチだなぁ……)

 

 パイプ椅子に座りこみ、閉じた膝の上に拳を乗せた姿勢でバックダンサー組全員が固まっている様子に思わず苦笑してしまう。

 

 今日は私と千早ちゃん、そしてあずささんの三人で行うミニライブの日である。アリーナライブの宣伝を目的とした今回のミニライブは都心に近い複合商業施設内で行われるので家族や友達など訪れる人は多く、先ほどチラリとステージを見に行ったが予想通り多くの人たちが既に私たちのライブの始まりを待っていた。

 

 そこでバックダンサーのみんなは初めて人前で踊るわけなのだが……先ほど述べたように、全員が緊張しきっていた。イベントのMCとして大勢の人前に立ったことがある恵美ちゃんやまゆちゃんも同じように緊張しているのが少し意外だった。

 

「あらあら、みんなそんなに緊張しなくていいのよ?」

 

 リラックスしましょう? と控室に備え付けられたポットでお茶を淹れるあずささんが声をかける。

 

「や、そ、そーは言われましても……」

 

「振り付けを忘れないようにと頭の中で反芻していると否応がなしに緊張してきちゃうというか……」

 

「うぅ……ステージの前、お客さん沢山いた……」

 

「覗くんじゃなかった……」

 

 うーん、私も昔はこんな感じだったなぁ~と思わず懐かしんでしまう。

 

「……そ、そうだ! 春香さんたちの初ステージはどんな感じだったんですか!?」

 

「え?」

 

 唐突に恵美ちゃんがそんなことを尋ねてきた。いつもの恵美ちゃんの声と比べてやや上ずっていたような気がする。多分、話題を変えて今のこの雰囲気をどうにかしようと思ったのだろう。

 

「うーん、そうだなぁ……」

 

 話題が逸れてみんなの緊張が解れるならばと考え、少し昔のことを思い返す。

 

「私たち765プロのアイドルは殆ど同時期に事務所に入った全員同期みたいなものだから、先輩って呼べる人はいなかったの。だから私たちの場合こういう先輩のバックダンサーをするっていう経験も無くて、自分のデビューの時がそのまま初ステージだったんだ」

 

 思い出すのは、ここよりも小さなデパートの特設会場。私も今のバックダンサー組のみんなのようにガチガチに緊張していて、それでもついに憧れのアイドルとしてステージに立てると浮足立っていて、そして勢いよくステージの上に駆け上がり……。

 

「………………」

 

「……春香さん?」

 

「え、えっと~……」

 

「春香ちゃん、ステージに上がろうとして派手に転んだのよね~」

 

「ちょ、あずささん!?」

 

 言葉を濁そうとした途端、あずささんにアッサリと暴露されてしまった。あずささん本人としては昔を懐かしんでの裏の無いお言葉なのだろうが、自分の黒歴史をあっさり暴露された側としてはたまったものではない。

 

「そ、そうなんですか?」

 

「えぇ。『へぶっ!?』って言いながらそれはもう綺麗に」

 

 「顔面からビッターンと」と本当に悪意はないのかと若干疑問に思ってしまうぐらいあずささんは詳細に答える。

 

 私もその時のことを思い出してしまい、あれが私のアイドル人生での初コケだったのかなぁと若干現実逃避めいたことを考えてしまった。

 

「それは……何というか……」

 

「その……大変でしたね……」

 

 バックダンサー組のみんなは気を遣って言葉を選んでくれたみたいだが「あぁ最初からそんな感じだったんだなぁ」と言わんばかりの生暖かい視線がすごく恥ずかしかった。

 

「でも春香は今でもたまにステージの上で転ぶじゃない」

 

「千早ちゃん今はそういうことを言ってるんじゃないの!」

 

 本当に最近千早ちゃんが明け透けにものを言ってくるようになったような気がする。遠慮が無くなり気心が知れた仲になれたと喜ばしい反面、千早ちゃんってこんなキャラだったのかぁと少々残念な気分になった。

 

「……ふふっ」

 

 ん? と思って視線を横に向けると、私たちのやり取りを見てバックダンサー組のみんなが笑っていた。志保ちゃんは相変わらず硬い表情のままだったが、それでも身体の強張りは無くなっているように見えた。

 

 少々複雑な気分ではあるが、今のでみんなの緊張が解れたのならば良しとしよう。

 

「スタンバイお願いしまーす!」

 

「はーい!」

 

 私たちを呼びに来たスタッフさんに返事をしつつ、立ち上がる。

 

「それじゃあみんな、本番だよ! リラックスしていこう!」

 

『はい!』

 

 明るいいい返事のバックダンサー組の返事に頷きつつ、私たちは控室を出ていくのだった。

 

 

 




・惑星クバーサを救っていたおかげ
ボス戦という名のミニゲーム。作者は何度も真っ二つにされました(全ギレ)

・料理が全部十人前
※『ちょっと』大盛りになった『二人前』です。

・鵺野先生
教職に就きつつ十六歳と結婚した若干犯罪臭い先生。
なおNEOは読んでいない。

・春香さん初ステージ
オリジナル設定だけど、間違いなくこんな感じだったはずだという自信がある。

・今週のちーちゃん
覚醒して色々と吹っ切れたちーちゃん。この小説ではこんな感じになりました。



 志保ちゃん関連の事柄はもうちょい引っ張ります。ある意味第三章最大の問題ですから。

 次回、修羅場注意。


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Lesson103 少女はその高さを知っていた 4

メリークリスマした(二回目)


 

 

 

「うーん、予想してたけど凄い人だなぁ」

 

 休日なのだから当たり前なのだが、春香ちゃんたちのミニライブが行われる複合商業施設は多くのカップルや家族連れでごった返していた。そこに春香ちゃんたち目当てで集まってきたファンも加わっているため、さらに人が多いような気がした

 

「りん、はぐれないようにな」

 

 携帯も持っている大学生二人がはぐれたところでどうにでもなるとは思うのだが、ただでさえトップアイドル二人のお忍びデートなのだからこれ以上面倒ごとは増やしたくはない。

 

 というか、トップアイドル二人が変装しているからといってこんな人ごみの中を歩くとか以下省略。もう今更過ぎて特に言うことはなかった。

 

「うん。ちゃんとりょーくんと腕組んでるから!」

 

 そう言いながらりんは右腕を俺の左腕にギュッと絡まらせてくる。左肘にムギュムギュ当たる柔らかなものに顔がにやけそうになるが、そもそも生まれてこの方にやけた経験はなかった。

 

(うーん)

 

 何故か急にりんとの物理的な距離が近くなったような気がする。

 

 以前も腕を組んでくることはあったのだが、それまでは軽く腕を絡めてくるだけだったのだが(それでも大きさゆえに胸が腕に当たっていた)今日はまるで腕を抱きしめるように腕を組んでくる。

 

 普通に考えてこの人ごみではぐれないようにするためだろうけど、765プロの合宿から帰って来て以来電話がかかってくる頻度が増えたことは関係あるのだろうか。

 

 まぁそれはともかくとしてミニライブである。既に大きなライブやテレビ出演も経験のある春香ちゃんたちはともかく、恵美ちゃんとまゆちゃんを含めたバックダンサー組は初めて経験する人前のステージである。きっとさぞかし緊張していることだろう。

 

「りんはどうだった? 初ステージはやっぱり緊張した?」

 

「アタシ? ……うーん、そうだなぁ。初めてのステージはそれほどでもなかったかな」

 

 なんでも『幸福エンジェル』は元々幼馴染であるりんたちが中学校の文化祭にて三人でステージに立ったのがきっかけらしく、それがりんたちにとっての初めてのステージと言えるらしい。

 

「正式に『幸福エンジェル』を結成してから初めて人前に立った時は緊張したよ。おかげで振り付けは間違えるし、ともみは歌詞間違えてるし、麗華も挨拶で噛んでたし」

 

 噛みしめるようにしみじみと思い返すりん。こうして思い返すと、天下の『魔王エンジェル』もデビュー当初は散々だったんだなぁ。

 

 そんな話をしながら、少々後方ながら俺とりんはステージがよく見える位置を確保する。まぁこう言っちゃなんだが彼女たちの姿をしっかりと把握したいファンたちと比べ、俺たちはどちらかというと全体の動きが見たいのでこの位置は都合が良かった。

 

「ねぇ。そー言うりょーくんの初ステージはどうだったの?」

 

「俺? 俺の初ステージは控えめに言って完璧だったよ」

 

「……うん、何となくそんなような気はしてたけどね」

 

 りんは感心と呆れが混ざり合った苦笑いを浮かべていた。

 

 確かに俺も緊張していたといえば間違いなく緊張していたが、元々表情は変わらないゆえに笑顔が強張ることもないし、歌もダンスも体が勝手に動いてくれた。別に内なる自分が現れて意思に反してオートで動いたというわけではなく、緊張していようが練習通りの動きが出来たという意味である。

 

 ……よくよく考えると、俺って今までステージの上で失敗らしい失敗ってしたことないんだよなぁ。別に失敗したいわけでもないしハプニングが起こってほしいわけでもないのだが、一人だけそういう失敗談が無いのがちょっとだけ寂しい。

 

「まぁアタシやりょーくんレベル……それに、今の765プロレベルならステージの上で何が起ころうともきっと対処できる」

 

 でも……と、ミニライブ開始の時間が近づいてきてボルテージが高まりつつある観客たちを見ながらりんが呟く。

 

「初ステージ……しかも、今のあの子たちには分不相応な多くの観客に囲まれた舞台」

 

 

 

 ――もし失敗したとして……。

 

 

 

 そこまで呟いてりんは言葉は切った。その先の言葉を言い淀んだからではなく、単純にそれ以降の言葉を大きな歓声にかき消されたためである。

 

『わあぁぁぁぁぁ!!』

 

 春香ちゃんと千早ちゃんとあずささんが舞台袖からステージの上にかけ上げり、ステージ前で待機していたファンたちが歓声を上げる。その歓声に、何事かと周りの買い物客たちも足を止めた。

 

「みんなー! こんにちはー!」

 

『こーんにーちはー!!』

 

 春香ちゃんが観客に向かって挨拶をすると、観客たちも一斉に返事をする。男性客の野太い声ばかりではなく、女性ファンの黄色い声もしっかりと聞いて取れた。

 

 春香ちゃんたち三人のMCをしている間に、バックダンサー組は静かに舞台に上がり後ろで整列していた。全員ここからでも緊張していることが見てとれ、中でも可奈ちゃんと星梨花ちゃん、杏奈ちゃんが特に顕著だった。

 

 初ステージゆえに仕方がないことではあるが、今の彼女たちに完璧なパフォーマンスを期待することは出来ないだろう。悔いのないように、とも言いたいがそれも厳しそうだ。

 

 せめて何事もなく、今後の彼女たちの糧になるようなステージになることを祈るばかりである。

 

「それじゃあ行きますよー! 『MUSIC♪』!」

 

『スタートオォォォ!!』

 

 チリチリと首筋を走る嫌な予感を手で押さえながら、俺は始まってしまった彼女たちのステージを見守るのだった。

 

 

 

 

 

 

『………………』

 

 控室は沈黙に包まれていた。その沈黙は本番前の緊張から来るものとは全く異なり、それ以上に重く沈痛なもの。そうなった理由は、アタシたち全員が痛いぐらい理解していた。

 

 緊張していたものの、意気込んで臨んだアタシたちの初ステージ。実際には天海さんたち765プロダクションの皆さんのステージで、アタシたちはバックダンサー。メインではなくサブ。彼女たちのステージを彩るための装飾品に近い。それでも、間違いなくアタシたちの初ステージ。

 

 

 

 ――しかしアタシたちの初ステージは、成功だったとは到底言えるようなものではなかった。

 

 

 

「ホンマもんのステージって……音も大きいし、暑ぅて、なんか凄かったわ……」

 

「頭が真っ白になって、全然練習通りにいきませんでしたね……」

 

 項垂れる奈緒と百合子。他のみんなも同じように俯いている。

 

 決して楽観視していたつもりはないし、軽視していたつもりもない。……けれど、ステージの上のリョータローさんやジュピターの皆さんの姿を見て、アタシは少し甘く見ていたのだろう。

 

 大勢の観客の前で、激しいダンスを踊りながら、笑顔を浮かべること。それがこんなに難しいとは思わなかった。リョータローさんは『大切なのは自然と笑顔になる心の余裕』と話してくれたが、そんな余裕は何処にも無かった。

 

 さらに途中で可奈がふらつき、隣で踊っていたアタシが咄嗟に手を伸ばすが間に合わず、星梨花を巻き込んで転ぶというハプニングも起こってしまった。中断するようなことにはならなかったものの、目に見えて分かる大きな失敗となってしまった。

 

 そんなハプニングが後ろで起こっていても、天海さんたちは何事もないかのように歌を、ダンスを、パフォーマンスを続けていた。きっと動揺が全く無かったわけではないだろう。しかし、それでもステージを完遂する姿が少し眩しくて。

 

 アイドルになると心に決め、いつかはこうなりたいと思っていても。

 

 目の前で踊っている天海さんたちの背中が、酷く遠くに感じた。

 

 

 

「大丈夫なのかな……私たち……」

 

 視線を無理やり持ち上げ、ため息交じりの美奈子。

 

「ほ、本番までまだ時間あるんだし、みんなで一緒に頑張れば、きっと大丈夫だよ!」

 

 そんな美奈子に可奈がそう声をかける。笑顔も引きつっていたし、声も少し震えていた。自分の失敗もまだ拭い去れていないのだろう。しかしそれでも、可奈はみんなを鼓舞しようとした。いや、自分自身を鼓舞しようとした言葉だろう。

 

 アタシも、俯いてられない。必死に前を向こうとする可奈を見習って声を出そうとして――。

 

 

 

「……アナタが一番出来てないんじゃない」

 

 

 

 ――放たれたその冷たい言葉に、声が出なくなった。

 

 それは、睨むような志保の言葉だった。

 

「『みんなで』とか『一緒に』とか言う前に、自分のことをどうにかしなさいよ」

 

「志保!」

 

「やめようよ……!」

 

「そこまで言わなくても……」

 

 沈んでいた控室の空気が悪い意味で熱を帯びていく。志保が言いたいことも少しは理解できる。確かに可奈の失敗はそのまま目を瞑ることが出来るものではないが、それでも今この場でハッキリと言い切ることではなかった。

 

「まぁまぁ、みんな落ち着こう? 志保もちょーっと言いすぎだよー」

 

「反省会は明日、落ち着いてからみんなでやりましょう?」

 

 このままでは良くないとアタシが立ち上がると、ちょうどまゆも同じことを考えていたようである。

 

「……アナタたちに……」

 

「え?」

 

 ――しかし、それが悪手だとは思い浮かぶはずがなかった。

 

 

 

「既に123プロダクションでデビューが決まっているアナタたちに、私たちの何が分かるんですかっ!?」

 

 

 

「っ……!?」

 

「デビューしても夢尽きる人が大勢いるっていうのに、私たちはそのデビューにすら手がかかっていない! こんなところで足踏みしたくない! その気持ちがアナタたちに分かるんですか!?」

 

 言葉が出なかった。そんなことを考えたことも無かった。

 

 事務所に所属しているから、彼女たちとは違う? そんな、そんなこと……。

 

「私は、アナタとなれ合うつもりはない! アイドルだって、別のアイドルにファンを持ってかれれば簡単に消える!」

 

 あの五年前のように……と真っ直ぐとこちらを睨む志保の目が怖くて……けれど、目を逸らすことが出来なくて……。

 

 

 

「あら? どうしたの?」

 

 ビクッと、その場にいた全員の肩が跳ね上がった。

 

 振り返ると、控室の入り口に三浦さんと天海さんが立っていた。

 

「い、いえ……」

 

「な、なんでも……」

 

 もしかして今の会話を聞いて……と思ったが、二人は何も言わなかった。

 

「みんなー? 車が来てるから、着替えたら一緒に出るわよー?」

 

 三浦さんの言葉に、全員が静かに動き始めた。

 

「……恵美ちゃん、大丈夫?」

 

「……うん、アリガト、まゆ」

 

 そっとアタシの肩に置かれたまゆの手が、酷く重く感じて。

 

 ……志保の言葉が、頭の中にずっと響いていた。

 

 

 

 

 

 

「っ……!」

 

「りん、ストップ」

 

 元気づけるために控室に顔を出そうと思い、何故か控室前で立ち尽くしている春香ちゃんの姿に何事かと思って二人で隠れて話を聞いていたら、なんかトンデモナイ場面に出くわしてしまったようである。

 

 志保ちゃんの悲痛な叫びが聞こえた辺りで飛び出しそうになったりんを宥める。

 

「っ、でもりょーくんっ……!」

 

 アイドルの先輩として、志保の物言いが許せなかったのだろう。

 

 でも、それでも。

 

「ごめん、りん。……多分、これは俺の問題だ」

 

「え……?」

 

 『あの五年前のように』

 

 今しがた志保ちゃんが呟いたその言葉。それはただの時間を表す言葉。

 

 しかし、そこに『周藤良太郎に対する嫌悪』というキーワードを付け加えることで、それは全く別の意味になる。

 

 それは、直感めいた予感。閃きに近い予想。

 

 

 

 ――五年前に置いてきた、俺自身の罪と向き合う時が来たようだ。

 

 

 

 

 

 

「……ほんっとうに……」

 

 

 

 ――ままならねぇなぁ……。

 

 

 




・りんちゃん急接近
Lesson97冒頭部が関係している可能性が微レ存……?

・幸福エンジェルの初ステージ
当然オリ設定。どっかで矛盾していないか怖い(確認しない奴)

・『MUSIC♪』
劇場版の挿入歌に使用されたシャイニーフェスタのテーマ曲。
そういえばアニメの春香たちは楽器の演奏は出来るのだろうか。

・北沢志保の激情
志保ちゃんがこうなってしまったのも大体良太郎のせい。



 ニアピンしてた人もほぼ理解出来るレベルで情報開示しましたので、次話決着です。

 ……と言いつつ次回容赦なく番外編を挟む予定(平常運航)

 というわけで皆さん、一足早いですがよいお年を。



 『どうでもよくないけど小話』

・何故ほぼ同じ状況のバックダンサー組とニュージェネ三人の『初ライブに対する印象』が違ったのか?

 当然ミスがあったというのも大きな違いだとは思いますが、作者は『ライブの雰囲気』が全く違ったためと考えております。

 商業施設の明るい照明の下で観客たちの様子がハッキリと見て取れたバックダンサー組に対し、ニュージェネは観客たちの様子が全く見えない薄暗いライブ会場で、しかもサイリウムに照らされたまるで幻想的な光景(ライブ開始時の彼女たち視点から)でした。

 ニュージェネの三人は「あぁ私たちは今アイドルなんだ」とトリップできた一方で、バックダンサー組は目の前の観客という現実がすぐそこにあったため、ではないでしょうか。

 まぁ、あくまでも作者の考えですが。


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番外編17 もし○○と恋仲だったら 迎春

あけましておめでとうございます。

今回はちょっと趣向を変えた恋仲○○シリーズをお送りします。


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

「……朝か……」

 

 ゆっくりと開かれた視界に見知った自室の天井が広がり、思わず変換ボタンを押したらどこぞのサイトで二次創作書いてる奴の名字のような言葉を呟いてしまう。

 

「……あぁ……初日の出見に行くの忘れてた……」

 

 ぼんやりと部屋が明るい理由を考え、それがカーテンの隙間から差し込んでくる太陽の光であることに気付き、それが意味することをようやく理解した。

 

 今日は一月一日、即ち元旦。

 

 その日の朝日は通常の朝日ではなく、文字通り一年で一番最初の日の出である初日の出。昨晩寝る前までは早起きして見に行こうと考えていたのだが、どうやら失敗してしまったようである。まぁ別に絶対に行きたかったものではなくただの思い付きなので、悔しいとかそういうのはないのだが。

 

 さて今は何時だと身を捩って壁に掛けられた時計を確認しようとしたが、俺の体が自由に動かせないことに気が付いた。

 

 右腕はまるで誰かに抱きしめられているかのように動かせず、お腹の上にはまるで誰かの枕にされているかのような重みを感じた。足も誰かの足が絡んでいるかのように動かせず、まるで自分の両脇で誰かが寝ているようだった。

 

 

 

「……うぅん……」

 

「……あふぅ……」

 

 

 

 ……いやまぁ、間違いなく寝ているのだけど。それも少女が二人。

 

 首を右に傾けてみる。目と鼻の先には紫髪の美少女――朝比奈りんの寝顔があり、クシクシと額を俺の右肩に擦り付けている。彼女が身じろぎする度に俺の右肘を包み込む柔らかな膨らみがグニグニと形を歪ませていた。

 

 今度は首を少し持ち上げ、自由な左腕で布団を少し捲り上げる。俺をまるで枕にするかのように左側から覆い被さる金髪の美少女――星井美希の頭頂部が見え、彼女の吐息が僅かな俺の寝巻の隙間から入り込んできて少しこそばゆい。彼女の柔らかな膨らみは俺の足の付け根辺りに押し付けられており、正直色々とアウトなポジショニングである。

 

 というか、この二人が醸し出す様々な事柄がアウトである。彼女たちの寝巻の隙間から覗く肌色が視覚を、身体中に押し付けられる肢体の柔らかさが触覚を、時折聞こえる彼女たちの「ん……」という悩まし気な吐息が聴覚を、ふんわりと仄かに香る女の子の匂いが嗅覚を、五感の味覚以外をこれでもかというほど刺激されていた。

 

 さて、まるでこの夢のような状態に脳が追いつかずに「よし、夢だな」と現実逃避をするか、驚き仰け反り「うわぁ!?」と叫ぶのがラブコメ的には正解なのだろうが、生憎昨日の晩はこの二人と共にベッドに入ったことをしっかりと覚えており――。

 

 

 

 ――そもそも二人とも『俺の恋人』なのだから別に驚くような状況ではない。

 

 

 

(……すっかりこの世界観にも慣れちまったなぁ……)

 

 いや、二十年以上この世界で生きているのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。

 

 ボンヤリとした脳で微睡みながら『自分が転生したこの世界』について思い浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 『一夫多妻制』

 

 それは今から数十年前、当時総理大臣に就任した杉崎(すぎさき)(けん)が導入した制度であり、俺の前世と今の世界で大きな相違点である。導入までの経緯とか細かい説明とかは面倒くさい……というか自分も把握しきれていないので省くが(仮にも法律だしそんなことわざわざ調べる奴はいないっしょ)、文字通り一人の男性に対して複数の女性が伴侶になることを認める制度である。

 

 前世では一夫多妻というのは日本においてはサブカルチャー内だけの話で、一部の男の夢のような制度であった。

 

 しかし、この世界においては日本のオタク文化が生まれるよりもさらに前から一夫多妻制が存在しているため、この世界では「たくさんの女の人を侍らせたい!」というハーレム願望を抱いている人は殆どいない。いるにはいるが、それは前世において「結婚がしたい」「彼女が欲しい」レベルの願望と同等の扱いなのだ。

 

 さらにそれが原因かどうかは定かではないが、世間全体が恋愛というものに若干寛容というか緩い印象がある。あくまで前世を知っている俺だから抱く印象なのかもしれないが、少なくとも『未成年の少女との同衾』や『アイドルの恋愛』が普通に許されるのだから間違ってはいないはずだ。

 

 というわけで、日本屈指のトップアイドルたる俺がこうして同じくトップアイドルである女の子二人(二十歳と十六歳)を侍らせていても何もおかしくないのであった、まる。

 

 

 

 さて、このまま二人の温もりを堪能しながら二度寝を敢行するのも悪くないが、折角の元旦のオフを寝て過ごすのは勿体無い。そろそろお腹も空いてきたし、起きることにしよう。

 

「りん、美希」

 

「んー……?」

 

「あふー……?」

 

 体を揺すりながら(二人の大乳がムニムニと気持ちよかった)呼びかけると、どうやら二人とも目を覚ましたようだった。

 

「おはよう、二人とも」

 

「……おはよー、りょーくん……朝のちゅー……」

 

 トロンとした瞳のまま、こちらに唇を突き出してくるりん。寝起きだというのにとても柔らかそうな桃色の唇がとても魅力的で思わず吸い寄せられそうになったが、左手の人差し指で彼女の唇に触れて制止する。

 

「こら。朝のキスはちゃんと歯を磨いてからって決めたろ?」

 

「むー……りょーくんのいけず……」

 

 不満げに頬を膨らませるりんを宥めつつ、起き上がるために体に覆い被さったままの美希に退いてもらおうと首を下に向ける。

 

「ほら、美希も起きて――」

 

「ちゅー……」

 

 ズキュゥゥゥン!!! と。

 

 もぞもぞと下から這い上がって来ていた美希が、不意打ち気味に唇を奪ってきた。いや既にキスなんて数えきれないぐらいしているのだから、今更奪うも何もないのだが。

 

「……えっと、美希? 今俺が言ったこと聞いてた?」

 

「えへへ、りょーたろーと新年初ちゅーなの」

 

 あらやだこの子可愛い。

 

 照れ照れとはにかむ美希の金髪を撫でているとグイッとりんが胸倉を掴んできて、そのまま美希と同様に唇を奪われた。しかも美希が普通に唇を合わせるだけだったのに対し、りんはしっかりと舌を入れてきた。

 

「ぷはっ。……あの、りんさん?」

 

「……アタシが一番最初にりょーくんと初ちゅーしたかったのに……」

 

 キスの余韻に浸って若干恍惚としつつもほんのりと涙目のりん。そんなに美希に新年初キスを奪われたのが悔しかったのか、単純にヤキモチなのか。

 

「りんもミキとの間接初ちゅーなの」

 

 俺の胸に顔を乗せたまま、ニコニコと笑っている美希。

 

 ……いやまぁ、恋人二人の仲も比較的良好で何よりです。

 

 

 

 

 

 

 さて、ベッドの上で一通りイチャコラした俺たちは朝の支度を済ませ、初詣をするために少々離れた大きい神社へと足を延ばすことにした。

 

「うわぁ、すげー人」

 

 駐車場は混んでいるだろうと思って公共交通機関を利用してやって来たのだが、予想していた以上に初詣の参拝客でごった返していた。

 

「お義母さんとお義兄さんたちは来なくて正解だったかもね」

 

「おチビちゃんたち連れてここは無理なの……」

 

 華やかな振り袖姿のりんと美希がそれぞれ俺の腕にしがみ付きながら、しみじみとそんな感想を漏らす。実際、着物を着て赤ん坊を連れている若い夫婦の姿も見られるが、赤ん坊は大泣きするわ着崩れするわで大変そうである。

 

「若干やる気が削がれないでもないが、折角ここまで来たんだ。気合を入れて並びますか」

 

 疲れるだろうなーと思いつつ、覚悟を決めて賽銭箱への列に並び始める。

 

 こういう場面では連れに対して「はぐれないようにしっかりと手を握っていろよ」などと声をかけるところだが、そんなことを言わなくても連れの二人は俺の両腕にこれでもかというほどギュッと抱き付いているのではぐれようがなかった。

 

 しかし振り袖ってのは結構厚手の生地だっていうのに、抱き付かれるとやっぱり二人とも柔らかいなーなどと考えていると、背後から聞き覚えのある男女の声が聞こえてきた。

 

「うわ、すげー人……やっぱり初詣とかめんどくせーな……」

 

「もう、ダメだよそんなこと言っちゃ」

 

「そうそう。一年の計は元旦にありって言うし、ちゃんとお参りしないと」

 

 面倒くさそうな男に、それをたしなめる女性二人。声と合わさって、振り返らずに彼らが誰なのか特定余裕だった。

 

「おっす。あけましておめでとう」

 

「ん? あぁ、良太郎か。あけましておめでとう」

 

「え? 良太郎さん? あ、あけましておめでとうございます」

 

「良太郎さん! あけましておめでとうございます!」

 

 俺たちの背後に並んでいたのは予想通り、事務所の後輩に当たる天ヶ瀬冬馬と、その恋人である天海春香と高町美由希であった。二人とも例に漏れず振り袖を着ており、美由希ちゃんが眼鏡を外した状態であるのに対し春香ちゃんのトレードマークであるリボンはそのままだった。

 

 なおこの場にいる六人中美由希ちゃんを除いた五人がトップアイドルなので、全員が全員軽く変装をしている。まぁ見つかったところで騒ぎにはなるが熱愛報道やスキャンダルは殆ど無いんだが……この人混みで騒ぎが起こると酷いことになりそうだし。

 

「あ、春香! あけましておめでとうなの!」

 

「美希! あけましておめでとう!」

 

「あけましておめでとう、美由希ちゃん」

 

「りんさんもあけましておめでとうございます」

 

 お互いの恋人同士の挨拶も終わり、折角なので六人で列に並ぶ。

 

「美由希ちゃん、恭也は?」

 

「恭ちゃんたちは人数が多いから近所の神社で済ませるって」

 

 言われてみればあいつの場合は月村、フィアッセさん、(あきら)ちゃんにレンちゃんに那美(なみ)ちゃんの総勢六人だからなぁ。

 

「そっちも良子さん(母)や幸太郎さんたちは?」

 

「そっちと同じで近所の神社で済ませるってさ」

 

 兄貴の場合は早苗ねーちゃん、留美さん、小鳥さんの三人で嫁の人数自体は恭也より少ないが、それぞれ既に子供がいるので総勢七人なのである。流石に生まれたばかりの赤ん坊たちを寒空の下遠出させるのがはばかられたので、ついでに母さんも一緒に近所の神社で済ませる、ということだ。

 

「カナちゃんたち可愛いよねー」

 

「ミキも赤ちゃん欲しいの」

 

 じっと両側から上目遣いでこちらを覗き込んでくるりんと美希に、思わず視線が上に泳ぐ。ソラガアオイナー。

 

「アタシはりょーくんと同じで二十歳なんだから余裕で結婚出来るよ!」

 

「ミキだってもう十六で結婚出来るの!」

 

「いやだから結婚は美希が高校を卒業してからだって……」

 

「でも結婚前にだって出産は出来るし!」

 

「なの!」

 

「そーいうことを大声で言わない!」

 

 とりあえず美希が高校を卒業してからりんと一緒に結婚をするという約束をし、それまで待つということに二人とも了承してくれた。子育てしながら高校に通うことは難しいだろうし、かといって中退させるわけにもいかない。

 

「でもりょーたろーくん、結婚と子供は別物だよ?」

 

「そーなの」

 

 まぁ確かにそう言われればそうである。別に今の状況で二人に加えて子供を養うだけの経済力は余裕である。結婚だけして子作り云々を美希が卒業するまで待てばいいだけとかの話ではあるのだが……。

 

「……多分、俺が我慢出来ない」

 

「「え?」」

 

 恋人同士である今の状態ですら我慢するのに精一杯なのだ。今朝だって正直辛かった。俺だって間違いなく男なのだ。伊達に常日頃からおっぱいおっぱい言っているわけではない。……なんかこれは違うか。

 

 それはさておき。それなのに、愛している女性二人が名実ともに『俺の嫁』になってしまった日には……。

 

 避妊すればいいだけとかそういう話ではなく、俺のケジメの問題。

 

「俺の我儘に付き合ってもらう形にはなっちまうけど……それでも、りんと美希にはもう少し待って貰いた……い?」

 

 ガシッと。

 

 それまで抱き付くように俺の両腕にしがみ付いていた二人が、突然両側から俺の首根っこに抱き付いてきた。ギュムギュムと柔らかい体が惜しげもなく押し付けられ、視線を左右どちらに振っても美少女しかいないという天国のような状況に困惑する。いきなりどうした。

 

「もー! りょーくんってばアタシたちをキュンキュンさせてどうしたいのさー!」

 

「りょーたろー大好きなのー!」

 

 

 

「……良太郎の堪え性がないってだけの話じゃねーの?」

 

「もー、冬馬君無粋だよ?」

 

「全く、女心が分かってないなー」

 

「いや、神様(さくしゃ)からして女心は分かってないような……」

 

 

 

 ややあって、俺たち六人はようやく賽銭箱の前まで辿り着いた。

 

 在り来たりではあるが『ご縁がありますように』と五円玉を取り出し、同時に投げ込む。

 

 二礼二拍手。手を合わせ、そのまま瞑目する。

 

 別に何を願うなどという話はしていない。いや、する必要なんてない。

 

 俺とりんと美希の願いなんて、最初から決まっているのだから。

 

 

 

 ――どうか、自分と自分の愛する人たちの人生に、幸多からんことを……。

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 ……という夢を見た。

 

「……もっかい寝るか」

 

 あけましておめでとうございます。

 

 

 




・周藤良太郎(20)
転生した世界が恋愛観に緩かったアイドル青年。経緯云々はともかく、りんと美希の二人と恋人同士になっており、世間にも公表している。ちなみに一線は超えていない。

・朝比奈りん(20)
出会った当初からのアプローチが実った大勝利美少女その1。
一応1054プロで魔王エンジェルとして活動しているが、近々123プロへの移籍を検討している模様。
ちなみに今回の恋仲○○シリーズは特別編なので「一度恋仲○○でヒロインになったら本編のヒロイン資格剥奪」は対象外です。

・星井美希(16)
本編の恋愛感情の有無をぶっちぎって今回見事恋仲になった大勝利美少女その2。
こちらも同じく123プロへの移籍を検討している模様。
※りん共々、番外編内での設定なので悪しからず。

・どこぞのサイトで二次創作書いてる奴の名字
実際変換ボタン押したらそれが真っ先に出てきた。どうでもいい話。

・一夫多妻制
外国では実際に存在するが、日本ではオタクの脳内にしかない(断言)
実際に今の日本で施工されたとしても経済的に旦那さんの負担がヤバイヤバイ。

・杉崎健
『ハーレムのために法律を変えるキャラ』を考えたところ真っ先にコイツが思い浮かんだ。ぶっちゃけアフターストーリーがあったらマジでやってたと思う。

・朝のキス
最近だと割と有名な話っぽい。この話聞いてから寝起きに唾が呑み込めなくなった。

・ズキュゥゥゥン!!!
さ、流石美希! 俺たちに出来ないことを(以下略)

・赤ん坊は大泣きするわ着崩れするわ
作者と美味しいお酒が飲めるシリーズ。
このワードから『榎木夫妻』という単語にたどり着けたら、作者とお酒を飲みながら深谷さん派か槍溝さん派かで語らいましょう。

・冬馬&春香&美由希
別に本編で今後どうにかなるかとかそういう話ではないです。
そういえば、番外編ではあるけどこれが良太郎と美由希の初絡みになるのか。

・恭也ハーレム
とりあえず原作ヒロイン大集合の巻。
え? ノエル? なんだって?(難聴)

・幸太郎ハーレム
実はこの世界で一番救われているのはこの人でしたという話。

・夢オチ
王道を往く(アルテリオス並感)



 というわけで新年一発目は恋仲○○シリーズでした。

 本当は迎春ということで春香さん編を考えていたのですが、王道過ぎてつまらなかtやっぱりみんなハーレムもの好きかなって思いました!

 次回からは本編に戻りまして、いよいよ第三章の山場に入ります。第三章に入ってからちりばめてきた『二人の少女』の伏線を回収しますよーするする。

 最後に、どうか今年もよろしくお願いします。


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Lesson104 Bright or Dark

まるでFFのようなサブタイトルだぁ(直喩)


 

 

 

 諸君は『レフ(ばん)』というものをご存じだろうか。

 

 雑誌の撮影などする時にスタッフが掲げている大きな板のことで、あれは光源からの光を反射させて被写体を照らすためのものだ。要するに間接照明みたいなものである。個人写真撮影の際にカメラの後ろにある傘のようなアレもレフ板の一種だ。

 

 野外の撮影の場合、光源(太陽)を背に立たせた被写体にレフ板で光を反射させて前面を照らすことで逆光を防ぐ、といった使い方をしたりする。

 

 結局何が言いたいのかというと、実は別に何か特別なことが言いたかったわけではない。芸能界的な豆知識をほんの少し披露したかっただけである。

 

 ……まぁ、無理やりこじ付け的に一つコメントを添えるとしたら、人生にレフ板なんて便利なものは存在せず――。

 

 

 

 ――強い光を浴びた反対方向から物事を見たら、それはただの真っ暗なものにしか見えない、というところだろうか。

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 翠屋のいつもの席に腰かけた俺の目の前に置かれているのは、週刊芸能ラッシュという週刊誌だった。表紙には『大人気グループ765の黒い真実』と大文字で書かれている。その横に『恥ずかしいマル秘写真も入手!』と書かれているが「お、あずささんのセクシーショットか?」などと胸が躍るようなことはなかった。(二つの意味で)

 

 頬杖をついた状態でパラパラと雑誌のページを捲り、その特集ページを見つける。

 

 ――765プロミニライブ ダンサー転倒!? 悪夢のライブ

 

 ――765プロの強引なやり口 世代交代に焦り 失敗か!?

 

 それは所謂ゴシップ記事と呼ばれるものだった。案の定というか何というか、この間のミニライブで可奈ちゃんと星梨花ちゃんが転んだことに(かこつ)けて、765プロの関する黒い噂話を面白おかしく書いていた。(関係者的には全く面白くないが)

 

 別にこういった記事が珍しいというわけではなく、他の事務所のアイドルのことが書かれることだって多々あるし、765プロもこうした記事が書かれるのは一度や二度ではない。

 

 ちなみに俺もたまに書かれたりするが、何故か俺の場合は「○○に周藤良太郎が出没!」「××にて周藤良太郎目撃情報!」といったまるで珍獣のような扱いをされていたりするが、この話は横に置いておこう。

 

 閑話休題。

 

 先ほども述べたように、こういった記事は過去にも書かれたことがある765プロのみんなからすると別段気にするようなことではないだろう。あまりにも目に余るような誹謗中傷ならば俺も腰を上げざるを得ないが、これぐらいならば静観するつもりである。

 

 しかし、既にマスコミの厳しさを知っている765プロの子たちはともかく……まだそういったことに耐性の無いバックダンサー組はどうだろうか?

 

 名目上は765プロに関する記事ではあるが、そこに書かれている事柄は自分たちに関係することなのでやはり気になってしまったのだろう。

 

「結局この間のフォローも出来てなかったし……」

 

 出来てない、というか出来なかった。あの時の会話を立ち聞きしていたよ、とは到底言えるはずもなく。

 

 

 

 ――既に123プロダクションでデビューが決まっているアナタたちに、私たちの何が分かるんですかっ!?

 

 

 

「………………」

 

 あれ以来微妙にテンションが低い恵美ちゃんとまゆちゃんに対して「調子悪そうだけど大丈夫?」と声をかけるぐらいしか出来なかった。返ってくる答えは勿論「大丈夫ですよ!」という空元気的な言葉。あの志保ちゃんの言葉に何かしらの思うところがあったのだろう。

 

「はい良太郎君、ブレンド」

 

「ありがとうございます、士郎さん」

 

 目の前に置かれたコーヒーカップから、コーヒーの香ばしい匂いが漂ってくる。いつものようにブラックのまま飲もうとし……伸ばした手をそのまま席に備え付けられている角砂糖に方向転換した。

 

「あれ? 珍しいね。ブラックじゃないなんて」

 

「えっと、今日はちょっと違う気分で……」

 

「……ミルクは?」

 

「お願いします」

 

 角砂糖を一つカップに入れ、士郎さんから受け取ったミルクを少量注ぐ。黒一色だったコーヒーカップの中に白が混ざりこみ、やがて溶け合って茶色へと変化したコーヒーを一口飲む。

 

 いつもの苦さは薄れ、それでも到底甘いとは言えなかった。

 

 

 

 

 

 

「ワンッ! ツー! スリー! フォー!」

 

 まゆが掛け声とともに手を叩く音が響き、アタシたちはそれに合わせて振り付けを確認する。

 

 そこは奈緒たちが通うアイドルスクールのレッスン室。765プロの皆さんとの合宿を終え、バックダンサー組だけでの練習が始まってからはアタシとまゆもここにお邪魔させてもらっている。

 

 当然アイドルスクール故、他のアイドル候補生たちも通っているわけなのだが……あのミニライブ以来、どうしても彼女の視線が気になってしまっていた。

 

 ――もしかして、彼女たちも志保みたいなことを思っているのではないか。

 

 ――もしかして、アタシは彼女たちにとって煩わしい存在なのではないだろうか。

 

「………………」

 

「恵美ちゃん、遅れてるわよぉ」

 

「えっ!? あ、ご、ゴメ……!」

 

 まゆに注意されて我に返り、思わず志保の様子を窺ってしまう。しかし彼女は別にこちらを見ていなかった。

 

 あれ以来、何かある度に志保の様子を気にするようになってしまった。……これ以上彼女に拒絶されるのが怖かった。

 

「……休憩にしましょう。みんな疲れてるみたいだし」

 

「うん……ごめん、まゆ」

 

「大丈夫よぉ、恵美ちゃん」

 

 タオルを手渡してくれるまゆの笑顔に、少しだけ落ち着けた。

 

「恵美さん、大丈夫ですか?」

 

「あはは……大丈夫。ゴメンね、星梨花」

 

 アタシの顔を心配そうにのぞき込んでくる星梨花の頭を撫でる。

 

「んー、なんや恵美まで調子悪そうやなー」

 

 そう言いながらタオルで汗を拭く奈緒。その言葉には言外に「全員調子が悪い」と語っており、みんなもそれを薄々感じていた。それは体調的な意味合いのものではなく、モチベーションの話。

 

 あのミニライブで失敗以来、全員ほんの少しだけ動きがぎこちなくなっていた。さらに追い打ちをかけるように週刊誌にてそのミニライブを取り上げられ、その失敗を突き付けられることとなってしまった。

 

 アタシたちの名前が直接取りざたされたわけではないのだが、その記事に書かれているのは間違いなくアタシたちのことで……少し、怖かった。

 

 

 

「杏奈ちゃん、可奈ちゃんと連絡取れた?」

 

「………………」

 

 百合子の問いかけに、杏奈は無言のまま首を横に振る。

 

 ミニライブ以来、変わったことはもう一つあった。

 

 可奈が練習に参加しなくなり、連絡も取れなくなってしまったのだ。

 

 ミニライブ終了後の練習には何回か来ていたのだが、ある日を境に来なくなってしまったのだ。奈緒たち曰く、スクールにも顔を出していないらしい。彼女も、あの日志保から言われた言葉に思うところがあったのだろうか。

 

「……ねぇ。やっぱり、一度相談してみた方がいいんじゃないかな」

 

 そう発したのは、美奈子だった。

 

「最近、練習もあまり上手くいってないし……迷惑をかける前に、ちゃんと相談した方がいいと思うの」

 

 どうかな、と美奈子は周りの反応を待つ。

 

「……私も、それがいいと思う」

 

「うん、私も……」

 

「せやねぇ……」

 

 他のみんなは肯定的な反応を示し、志保も特に反対した様子を見せなかった。

 

「恵美ちゃんとまゆちゃんはどう思う?」

 

「え? あ、え、えっと……」

 

 ――もう少し、アタシたちだけで頑張ってみようよ!

 

「……う、うん、そうだねー。抱え込んでもしょうがないし、先輩たちに相談してみよっか」

 

 アタシの口から出たのは、心の中で考えていた言葉とは全く別の言葉だった。

 

 自分たちの問題は自分たちで解決したい。少し前のアタシだったらそう考えていた。だけど今はアタシの考えを通すべきじゃない。一緒にステージに立たせてもらう765プロの皆さんに迷惑にならないことを第一に考えないと……。

 

「……恵美ちゃん」

 

「まゆ?」

 

「……ううん、何でもないわぁ」

 

 その日の内に美奈子から765プロの真さんにメールを入れ、後日アタシたちは765プロの事務所へと話をしに行くこととなった。

 

 

 

 

 

 

『――それで、しばらくバックダンサー組のみんなは765プロ(ウチ)で預かることになりました』

 

「そっか……」

 

 仕事が終わって事務所に帰ってきた俺にかかってきた電話の相手は春香ちゃんだった。

 

 なんでもバックダンサー組の練習があまり進んでおらず、さらに可奈ちゃんが練習に来ないという問題も発生したため765プロのみんなに相談へ来たらしい。そして話を聞いた赤羽根さんが、しばらく彼女たちを765プロで預かって一緒に練習をすることを提案したそうだ。

 

『良太郎さんは、恵美ちゃんやまゆちゃんから何か聞いてないですか?』

 

「……いや、聞いてないなぁ」

 

 タイミングが悪いことに最近忙しく、彼女たちの練習に顔を出すことが出来ていなかった。彼女たちの調子が悪いということは薄々気付いていたが、可奈ちゃんが練習に来なくなっていたことは知らなかった。

 

『あ、あと、恵美ちゃんも少し様子がおかしくて……何かを抱え込んでいるような感じがして……』

 

「……ありがとう、春香ちゃん。ごめんね、本当だったら俺も気にしないといけないことだっていうのに……」

 

『い、いえ! 気にしないでください! 事務所は違っても、恵美ちゃんだって私の後輩なんですから!』

 

「……本当に、ありがとう」

 

 また後日、改めてお礼を言いに行くことと様子を見に行くことを告げ、春香ちゃんとの通話を終了する。

 

「あ、良太郎君」

 

 ガチャリとミーティングルームのドアが開き、美優さんが顔を覗かせた。

 

「ん? どうかしましたか?」

 

「はい、良太郎君にお電話です……。○○テレビのプロデューサーさんです」

 

 ……来た。

 

「分かりました、こっちに回してもらえますか?」

 

 美優さんにお願いして、ミーティングルームに備え付けられている電話で外線を受ける。

 

「お電話代わりました、周藤良太郎です。お疲れ様です、先日はありがとうございました。……はい。……はい、また機会があれば喜んで」

 

 軽い挨拶と二三言葉を交わしてから、本題を切り出す。

 

「それで、お願いしていたこと……調べること出来ましたか?」

 

 それは、志保ちゃんの言葉を聞いて思い浮かんだことを確認するための二つの事柄。今までのコネと幾ばくかの貸しを利用して、ある程度業界の深い位置にいる人物にしか調べることが出来ないことを調べてもらった。

 

 もしそれが外れているのであれば、それでいい。ただの俺の勘違いだった、それだけの話。

 

「……そう、ですか」

 

 しかし返ってきた言葉は、あの時感じた「もしかして」という俺の予想を肯定する言葉だった。

 

 プロデューサーさんにお礼を言い、通話を終了する。

 

「……そっか」

 

 ドサッとソファーに再び腰かけ、天井の蛍光灯を眺める。

 

 本当ならば、今優先するべきことは事務所の後輩である恵美ちゃんやまゆちゃんのフォロー。

 

 でもそれ以上に、あのバックダンサー組で一番にその抱えているものを解決してあげなければならない少女がいることも事実なのだ。

 

「………………」

 

 

 

 ままならない、とは言えなかった。

 

 

 




・レフ板
間接照明という単語だけで地獄のミサワ先生を思い浮かべたどうでもいい小話。

・胸が躍る
おっぱいが揺れることにかけているわけです(マジレス)



 シリアスになると後書きが減る法則。一理ある。

 そろそろデレマス編の内容も考え始めないとなぁ。


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Lesson105 Bright or Dark 2

センター試験で「やおい」が取り上げられたと聞いて(脈絡無し)


 

 

 

「……はぁ……」

 

 テレビ局の廊下を一人歩きながら、思わず溜息が漏れてしまう。いくら今がファンの前ではないとは言え、アイドルがこうもあからさまに溜息を吐くのはあまり宜しくないと理解しつつも、それでも抑えることは出来なかった。

 

 バックダンサー組の一人、矢吹可奈ちゃんと連絡が取れなくなってから、既に一週間が経とうとしていた。私だけでなく、他のバックダンサー組の子や、彼女たちのまとめ役的な位置にいた恵美ちゃんやまゆちゃんにも連絡は無い。

 

 「もしかして諦めてしまうのではないか」と漏らす奈緒ちゃんたちには「補習を受けてるのかも」と言ってみたが、私自身そんな甘い理由ではないのだろうということは薄々感じていた。

 

 思い出すのは先日のミニライブ終了後、帰り際の出来事。

 

 

 

 ――きょ、今日はすみませんでした!

 

 ――私、全然上手くできなくて、ステージ無茶苦茶にしちゃって……!

 

 ――つ、次は失敗しないように、みんなと一緒に……じゃなくて、私、頑張ります!

 

 

 

 そう言って足早に去っていってしまった可奈ちゃんの背中に、私は声をかけることが出来なかった。いや、かけるべき言葉が咄嗟に出てこなかった。

 

 あの時、何と言えば良かったのか。何といえば彼女を引き留めることが出来たのだろうか。

 

「はぁ……」

 

 再び漏れる溜息に視線も俯きがちになり――。

 

「ホントーだってー」

 

「嘘クセェなぁ……おっと」

 

「きゃ」

 

 ――廊下の曲がり角で、人とぶつかってしまった。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

「って、なんだ、天海じゃねぇか」

 

 咄嗟に頭を下げると、聞こえてきたのは知り合いの声だった。

 

「あ、天ヶ瀬さん……それに、伊集院さんと御手洗君も……」

 

「チャオ、リボンちゃん」

 

「こんにちわー!」

 

 頭を上げると、そこにはジュピターの三人が立っていた。どうやら私がぶつかったのは天ヶ瀬さんだったようだ。

 

「ホント、お前いつもボンヤリしてんなぁ」

 

 呆れた様子の天ヶ瀬さん。私が初めてジュピターの三人と出会った時も天ヶ瀬さんと廊下でぶつかったので、多分その時のことを言っているのだろう。

 

「あ、あの! この間は、わざわざ合宿に来てくれてありがとうございます!」

 

 あの合宿の際に天ヶ瀬さんからアドバイスされたところは本当に有意義なものだった。当然合宿の終わりにもお礼は言ったが、この場で改めてお礼の言葉を述べる。

 

「ん? あぁ、別に大したことねーよ。俺はただ良太郎に引っ張られていっただけだし……その、アレだ、後輩たちの面倒見てもらってる礼だよ」

 

「全く、相変わらず冬馬は素直じゃないなぁ」

 

「ウッセ」

 

 既に何度も見たジュピターのやり取りだが、それでもクスリと笑ってしまった。

 

「あー……で、その後輩たちなんだが、最近調子どうだ?」

 

「え……?」

 

 その天ヶ瀬さんの問いかけに、脳裏に浮かぶ恵美ちゃんとまゆちゃんの姿。

 

 ミニライブ以来、ほんの僅かではあるが恵美ちゃんの調子が悪いような気がする。そしてそれ以上に、いつもと変わらない様子のまゆちゃんが逆に不安だった。

 

「……何かあったみてーだな」

 

 視線を逸らして口ごもった私を見て、天ヶ瀬さんはハァっと溜息を吐いた。

 

「ご、ごめんなさい……!」

 

「別にお前が謝るよーなことじゃねーよ。いくらお前らのライブのことっつったって、面倒を見るっつって結局見に行けてねぇ俺らにだって責任はある」

 

「最近トンと忙しくなっちゃってねぇ」

 

「ホント、嬉しい悲鳴だよ」

 

 苦笑する伊集院さんと御手洗君の言葉の通り、最近の彼らの活躍は目まぐるしいものである。去年の暮れに961プロを抜けた際の低迷がまるで嘘のようで、既に961プロ時代を上回っていると言っても過言ではないだろう。

 

「基本的に口出しするつもりはねぇが、何かあったらちゃんと誰かに話せよ? オメェは見るからに一人で抱え込むタイプだからな」

 

「は、はい!」

 

 ビッと人差し指を鼻先に向けられ、私は慌てて背筋を伸ばした。

 

「おや、冬馬にしては結構気が利いた発言なんじゃないかな?」

 

「だからウッセェっつーの。っつーわけだから、何かあったら俺らにも言えよ?」

 

「わ、分かりました」

 

 じゃあな、と去っていく天ヶ瀬さんの背中を見送る。

 

 ところが「あ、そうだ」と天ヶ瀬さんは歩みを止めた。

 

「おめーらのアリーナライブが俺の後輩の初ステージなんだ。半端なステージにすんじゃねーぞ」

 

 ……えっと、それはつまり。

 

「今のとーま君のセリフを訳すと『アリーナライブ楽しみにしてる』だよ」

 

「本当に分かりやすいなぁ、冬馬は」

 

 ニヤリと笑いながら御手洗君と伊集院さんは天ヶ瀬さんを追いかけていってしまった。

 

「あ、あの! アリーナライブ、頑張ります!」

 

 三人の背中にそう声をかけると天ヶ瀬さんは振り返らずに、伊集院さんと御手洗君は振り返って、手を上げて返事をしてくれた。

 

 あのジュピターの三人に期待されていると思うと、より一層頑張ろうという気持ちが湧いてきた。

 

(……成功させなきゃ)

 

 テレビ局の廊下の片隅で、小さく握り拳を作って気合を入れるのだった。

 

 

 

 しかしそんな私の気合とは裏腹に。

 

 

 

 翌日、私は『その』メールを目にすることとなる。

 

 

 

 

 

 

 ――やっぱり私にはアイドルなんて向いていませんでした。

 

 ――だから諦めようと思います。

 

 

 

「これって……可奈ちゃんからのメールなの……?」

 

「は、はい……昨日メールが来まして……」

 

 それは翌日の全員での話し合いの最中に恵美ちゃんが私に差し出してきたスマートフォンに表示された、可奈ちゃんからのメール文だった。

 

「本当は、アタシが自分で何とかしようと思ったんですけど……どうしていいのか、分かんなくなっちゃって……」

 

「で、でも、何か印象が違う感じで……」

 

「あ、あの……」

 

 合宿中では一番大きな声を張り上げて頑張っていた彼女の姿からは到底想像することが出来ない暗い雰囲気のその文面に戸惑っていると、杏奈ちゃんがポケットから何かを取り出した。

 

「……スクールのロッカーに置いてあって……これも『もう要らないから』って……」

 

 杏奈ちゃんが差し出した両方の掌の上に置かれていたのは、可奈ちゃんのパンダのキーホルダーで……私が合宿中にサインをしてあげたものだった。

 

「要らないって……そ、そんな言い方あんまりだぞ……!」

 

 響のその言葉が少し遠くから聞こえるような気がするほど、私は思考の渦に呑み込まれていた。

 

 どうして、なぜ、なんで。

 

 私の頭の中にその答えがあるはずもないのに、私はその理由はただひたすら考えていた。

 

「天海さんっ!」

 

 そんな私を現実に引き戻したのは、志保ちゃんの声だった。

 

「もう迷うことないんじゃないですか? あの子を待つ必要は、無くなったんですから」

 

 元々今回の話し合いの目的は『ダンスのレベルを下げるか、否か』というものだった。正直なところ、バックダンサー組の子たちの実力の差にバラつきがあり、バランスが悪く見えるというのが現状だった。故に、演出を変更してダンスのレベルを下げるかどうかの是非を決めるつもりだった。

 

バックダンサー組の子たちの中には今のレベルのまま頑張りたいという子もいた。しかし、私はみんなで足並みを揃えたくて、演出を変更することを提案し……。

 

 志保ちゃんの口から発せられたその言葉は、練習に来なくなった可奈ちゃんを切り捨てるものだった。

 

「……ごめんっ! あの、少しだけ……もう少しだけ、考えさせてほしいの!」

 

「っ……!?」

 

 私のその言葉に、志保ちゃんはショックを受けた表情になった。

 

「もう少しって、いつまで待たされるんですか!? 結論なんてほぼ出てるじゃないですか! 少なくとも、勝手に諦めて辞めていった矢吹さんのことを気に掛ける理由はないはずです! もう時間が無いんです! 今進める人間だけでも進まないと、みんなダメになりますよ!?」

 

 『ダメになってしまう』

 

 その言葉に私の胸がズキリと痛む。

 

 それは、今年の新年ライブの合同練習が出来ずに焦っていた私の口から出たものと同じ言葉。

 

 

 

 ――このままだと私たちのライブ、ダメになっちゃいます。

 

 

 

 だから、今の志保ちゃんの心情が少しだけ理解できた。

 

 ……でも、それでも。

 

「結論を出すにしても……諦めた理由を、ちゃんと可奈ちゃんに確かめてからだよ」

 

 私には、その意見を肯定することは出来なかった。

 

「……話にならないです」

 

 怒気の籠った、震えるような志保ちゃんの声。

 

 

 

「なんで、アナタが――!」

 

「志保っ!!」

 

 

 

 その志保ちゃんの声を、恵美ちゃんの大声がかき消した。

 

「恵美ちゃん……」

 

 突然大声を出した恵美ちゃんに、隣に立つまゆちゃんが彼女の名前を呟く。その声は驚いているようで、心配しているようで……そのどちらも違っているような気がした。

 

「……今アンタ、何言おうとした? 志保の焦る気持ちも分かるけど、絶対に言っちゃいけないこと言おうとしたよね?」

 

「……アナタには関係無いです。黙ってて下さい」

 

「っ……! 志保――!!」

 

 

 

「ストップよ、二人とも」

 

 

 

「伊織……」

 

 ヒートアップした二人を止めたのは、伊織が発した制止の一言だった。

 

「志保、焦る気持ちも分かるけど少し言い過ぎよ。恵美も志保の言葉を止めてくれたことには感謝するけど、論点がズレた場所で言い争おうとしないで」

 

 伊織の言葉に、志保ちゃんと恵美ちゃんは気まずそうに視線を下に落とす。

 

「それから、春香もよ。そろそろリーダーとして、みんなを纏めていく覚悟を決めて。……時間が無いのは、本当なのよ」

 

「……うん」

 

 私のその返答の言葉は、自分でも驚くぐらい薄く小さなものだった。

 

 

 

 

 

 

 午後から仕事がある765プロの皆さんが現場へ向かい、その日のレッスンは終了となった。

 

 朝から降り続けていた雨は夕方になっても弱まる気配は見せず、ザァザァと降り注ぐ雨の中、アタシとまゆ……そして志保は傘を差しながら同じ方向に向かって歩いていた。

 

 別に好き好んでこの組み合わせになったわけではない。ただ単に、この三人の帰宅ルートが同じだったというだけである。

 

「「「………………」」」

 

 当然、会話なんて無い。いつも通りまゆと二人の帰り道だったら色んなことを話しているのだが、二人きりではないということ以前にそういう気分でもなかった。

 

「……アタシも、天海さんと同じで可奈を待ちたいって思ってる」

 

 それなのに気が付けば、アタシの口からはそんな言葉が出ていた。勿論それはまゆに向けられて発せられたものではない。

 

「……だからなんですか。別にアナタは待つ必要なんてないでしょう。すぐにでもデビュー出来るアナタたちには関係の無い話だから」

 

「っ……!」

 

 志保のその言葉に、カッと頭に血が上った。

 

「志保、アンタ――!」

 

「っ!? 危ない!」

 

 振り返って後ろを歩いていた志保の肩を掴んだその瞬間、まゆが叫んだ。

 

 アタシたちは気が付いていなかった。

 

 すぐ後ろから大型トラックが迫ってきていて――。

 

 

 

 バシャアッ!

 

 

 

「「………………」」

 

 ――アタシと志保は、跳ね上げられた水溜りの雨水を盛大に被ることとなった。二人とも当然傘は差していたものの、流石に横方向からの雨水は防げなかった。

 

「……ご、ごめんなさい、言うのが遅かったわね……」

 

「……いや、まゆのせいじゃないよ……」

 

 というか、注意を受けたところで避けれたかどうか微妙なところだし。

 

 しかしどうしたものか。血が上っていた頭は物理的に冷えたが、このままでは二人揃って風邪をひいてしまう。

 

「そこのお嬢さん方」

 

 そんな時だった。

 

 

 

「どうしたの? こんな道端で『水も滴るいい女』になって」

 

 

 

 それは軽自動車の中から声をかけてきた、リョータローさんだった。

 

 

 




・春香とジュピターの会話
原作改変により、会話内容が若干変化しております。基本的に原作通りの流れの中で唯一の作者的見どころ。

・恵美による志保の台詞インターセプト
殆ど言ったようなものですけど、肝心な部分は言わせなかった。



 いよいよ、ついに、やっと、ようやく。

 次回、志保ちゃんの過去が明らかに。



『傷物語Ⅰ鉄血編を観て思った三つのこと』

・開始五分で全身が燃える主人公がいるらしい

・すっごい揺れるよ! すっごいあざといよ!

・……みじけぇ!(64分)


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Lesson106 Bright or Dark 3

重い()


 

 

 

 『悪には悪の正義がある』とは、果たして誰の言葉だったか。

 

 悪にも守るべきものがあり、慕うべきものがあり、慕われているものなのだ。

 

 その場合『悪は悪ではなくもう一つの正義』と言うべきか。

 

 逆に言えば『正義は悪にとっての悪』であり……そこに絶対の正しさは無く。

 

 

 

 見方を変えると、正義にも悪にもなるということだろう。

 

 

 

 

 

 

 本日の仕事である番組収録と写真撮影をつつがなく終え、雨が結構激しくなってきたから恵美ちゃんとまゆちゃんを迎えに行ったら何故か全身ずぶ濡れになった恵美ちゃんと志保ちゃんがいた。傘をしっかりと差しているところとすぐ近くに大きな水溜りがあったことから、恐らく車が跳ね上げた雨水で濡れてしまったのだろう。

 

 美少女二人の濡れ透けひゃっほい! ……などと言っている場合ではない。いや、服が濡れたおかげで発育の良い二人の身体のラインが浮き彫りになってるところなんてミテマセンヨー。

 

「とりあえず二人とも、そのままだと風邪引いちゃうから早く乗って乗って」

 

「え、で、でも、座席が濡れて……」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。ほら早く」

 

「恵美ちゃん、良太郎さんのお言葉に甘えましょう?」

 

 まゆちゃんに背中を押され、恵美ちゃんは後部座席に乗り込んだ。当然座席は濡れるが、そんなもの後で何とでもなるので今は気にしない。というかそんなことを気にしている場合じゃない。

 

「ほら、志保ちゃんも」

 

 そんなやり取りをしている間に立ち去ろうとしていた志保ちゃんの背中を呼び止める。

 

「……私は別に……」

 

「問答無用。まゆちゃん、お願い」

 

「はぁい。志保ちゃん?」

 

「………………」

 

 まゆちゃんが腕を軽く引くと、志保ちゃんは抵抗するそぶりを見せず、けれども一言も発することなく車に乗ってくれた。

 

 その後まゆちゃんが助手席に座り、全員がしっかりとシートベルトを締めたことを確認してから車を発進させる。

 

「とりあえず、ここから一番近いウチの事務所に行くよ」

 

 オフィスビルのワンフロア全てを貸し切っているのは伊達ではなく、シャワーやランドリーぐらいは当然存在する。濡れた体を温めたり濡れた服を乾かしたりするには丁度良い。

 

「あ、ありがとーございます」

 

「……ありがとう、ございます」

 

 後部座席から聞こえてきた二つのお礼の言葉は、共にか細いものだった。

 

 

 

 

 

 

 事務所に到着すると、すぐさま雨に濡れた二人をシャワー室へと放り込んだ。所属する人の割に無駄に広い事務所で何故か個室のシャワー室が二つあったのが今回は功を奏した。

 

「………………」

 

「あ、志保ちゃん。ちゃんと温まってきた?」

 

「サイズが合って良かったわぁ」

 

 ラウンジでまゆちゃんとお茶を飲んでいると、どうやら先に上がったらしい志保ちゃんが入ってきた。濡れてしまった服は現在洗濯乾燥待ちなので、事務所に予備として置いてあったまゆちゃんの運動着姿である。

 

「あの……」

 

「服が乾くまで時間があるし、座って座って」

 

「はいどうぞぉ」

 

 何かを言おうとした志保ちゃんを遮って対面のソファーに座らせ、まゆちゃんが淹れたばかりの番茶を志保ちゃんの目の前に置いた。

 

 志保ちゃんは湯呑に視線をジッと落とし、しかし手を伸ばそうとしない。別に毒なんて入ってないよーという冗談は思いついても口からは出なかった。

 

「……まゆちゃんからちょっと話を聞いたよ」

 

「っ……!」

 

 志保ちゃんの体がビクリと跳ね上がり、キッとまゆちゃんを睨みつける。睨みつけられたまゆちゃんは、変わらぬ笑みを浮かべたまま全く動じていなかった。

 

「俺が無理やり聞き出したようなものだから、まゆちゃんに非はないよ。勘弁してあげて」

 

 ちょうどいい温度にまで下がった番茶をズズッと啜る。

 

「……志保ちゃんはアイドル同士で仲良くすることに、あまりいい感情を持っていないみたいだね」

 

「……当然です。アイドルなんて、所詮ファンの奪い合い。一人の人間が同時に別々のアイドルのファンになったとしても、最終的には絶対に上下は決められる。ファンを奪うことが出来たアイドルは残り、奪われたアイドルは消える」

 

(………………)

 

 ファンを奪われ消えたアイドル、か……。

 

「……志保ちゃん、それは――」

 

 

 

 ――君がファンだった『雪月花』のことを言っているのかい?

 

 

 

「っ!?」

 

 俺の言葉に、志保ちゃんは大きく目を見開いた。

 

「『雪月花』……? それって確か……」

 

「……五年前、俺のステージを奪い……そして、俺がステージを奪い返したアイドルだよ」

 

 

 

 五年前。『ビギンズナイト』と呼ばれたあの日を境に俺は一躍有名となり、トップアイドルへの道を駆け上がり始めたと言っても過言ではない。

 

 しかし、逆にその日を境に衰退し、そして消えていったアイドルがいた。

 

 そう、俺と麗華たちのテレビ出演を奪い、俺が『ビギンズナイト』を起こすキッカケとなったアイドル『雪月花』だ。

 

 ミニライブ終了後に志保ちゃんの口から発せられた『ファンを持ってかれれば消える』と『五年前』というキーワードから思い浮かび、テレビ局のスタッフに尋ねた二つのことは『その日の番組の観覧客』と『雪月花ファンクラブ』の二つの名簿の中にとある名前が入っているかどうか、ということだった。

 

 流石に五年前の名簿なんて残っていないかとも思ったのだが、奇跡的にも残っていた。観覧客の名簿はともかく、ファンクラブの名簿はたまたまファンクラブの主催がそのテレビ局だったことも幸いしたらしい。

 

 あまりにも荒唐無稽な思い付きだった。正直に言うと当てが外れることを期待していたところもあった。

 

 しかし、イエスかノーかの二択で調べてもらった結果は『イエス』の言葉。

 

 その二つの名簿の中には、確かに『北沢志保』の名前があったのだ。

 

 

 

「志保ちゃん、君もいたんだよね? あの公園に」

 

「……えぇ、そうです」

 

 志保ちゃんはギュッと握りしめられた拳に視線を落とした。

 

 

 

 

 

 

 それはまだ、事故で他界する前の父がいた時の記憶。

 

 父がいて、母がいて、弟がいて……そして私がいて。テレビの中の雪月花はキラキラと輝いていて。その雪月花の真似をして歌を歌うと、みんなが笑顔になってくれて。私もこうなりたいと、気が付いたら雪月花のファンになっていて。

 

 父が事故で亡くなり、悲しみに暮れる中で私の支えになっていたのも雪月花だった。

 

 いつしか雪月花みたいなアイドルになりたいと、そう願うようになっていた。

 

 何枚もファンレターを書き、何度もライブや番組観覧の抽選に挑み、ようやく私は雪月花が出演する番組の観覧客に選ばれた。

 

 ……しかし、私は結局、その番組を観覧することは出来なかった。

 

 それどころか、その後テレビで雪月花を見ることは無くなった。

 

 

 

 ――雪月花は、アイドルの世界からいなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

「で、でも……!」

 

「まゆちゃん」

 

 何かを言おうとしたまゆちゃんを止める。いや、何を言おうとしていたのかは何となく分かっていた。

 

 雪月花が裏でやっていたこと。俺や麗華たちといった新人アイドルの出演する機会を奪っていたという事実。

 

 

 

 だが、それを『彼女たちのファン』に言ったところで何になるというのだろうか。

 

 

 

 『彼女たちは裏で悪いことをしていた』『だから消えて当然だった』

 

 そんな言葉が『本当に彼女たちのことが好きだったファン』に通用するはずがない。

 

 例えば、熱愛報道があったアイドル。例えば、薬物使用で逮捕された歌手。ファンを裏切ったと称され、しかしファンが全員離れたかと問われれば否である。例え少数になろうとも、彼ら彼女らを応援し続けるファンは間違いなくいるのだ。

 

 他のアイドルにとっては『悪』だったとしても……それは彼女たちのファンにとっての『悪』ではない。

 

 

 

 故に彼女たちにとっての『悪』とは……彼女たちから雪月花という光を奪ってしまった周藤良太郎(おれ)以外に他ならないのだ。

 

 

 

「だから私は、アナタを許さない……」

 

 志保ちゃんの視線は、まだ下されたままだった。

 

「あの日、雪月花が出演する番組を潰しただけに飽き足らず、彼女たちのファンの心も持っていったアナタを許さない……」

 

「………………」

 

「アイドルが他のアイドルを喰らうのがこの世界だというのなら、いずれ私がアナタを喰らってみせる……!」

 

 顔を上げた志保ちゃんがどんな目をしていたのかは……視線を逸らしてしまった俺には分からなかった。

 

 覚悟はしていたつもりだった。彼女たちのファンからこうして恨まれているだろうということは、頭では分かっているつもりだった。

 

 それでも前に進むつもりだった。俺にだってファンがいる以上、ここで足を止めるわけにはいかないと、心に決めたつもりだった。

 

 

 

 ――でも、目の前の少女から向けられたその視線を、俺は直視することが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

「……そっか」

 

 突然、俺の隣に座っていたまゆちゃんが口を開いた。

 

「貴女もあの日の夜に立ち会っていたのね」

 

 それはこの場にはとても似つかわしくない、ごくごく自然に友達に話しかけるような口調。

 

「ねぇ、志保ちゃん。今度は私の昔話を聞いてくれる?」

 

「……アナタは一体何を――」

 

「大丈夫」

 

 そう言いながらまゆちゃんは――。

 

「時間は取らせないわ」

 

 

 

 ――『左手首のリボン』に手をかけた。

 

 

 

「え、ま、まゆちゃん……!?」

 

「……心配しないでください、良太郎さん。まゆは大丈夫です」

 

 ニッコリとほほ笑むまゆちゃん。

 

 しかし『それ』を知っている身としては心配しなくてもいいと言われても心配せずにはいられない。

 

「……きっと志保ちゃんの言葉は間違っていないということは分かります。でも、まゆにはその気持ちが分かりません」

 

 だから、と。彼女はリボンの端を摘み上げる。

 

 

 

「分からないからこそ……その言葉を否定するのは、まゆの仕事です」

 

 

 

 シュルリ。

 

 

 

 ゆっくりと、まゆちゃんの左手首に巻き付いていたピンク色のリボンが解けていく。

 

 

 

「っ……!?」

 

 

 

 志保ちゃんが、息を飲んだのが分かった。

 

 

 

「志保ちゃん……貴女が良太郎さんに『奪われた人』ならば――」

 

 

 

 二コリとまゆちゃんは笑う。

 

 

 

「――私は、良太郎さんに『与えられた人』なの」

 

 

 

 

 

 

 露わになったまゆちゃんの左手首に刻まれた数多の傷は……彼女がかつてこの世界を拒絶した証拠だった。

 

 

 




・『悪には悪の正義がある』
多分、バイキンマン。

・『悪は悪ではなくもう一つの正義』
確か、野原ひろし。

・美少女二人の濡れ透けひゃっほい!
精一杯の良太郎要素。

・『その日の番組の観覧客』と『雪月花ファンクラブ』
実際に調べられるかどうかとか部外者に教えていいのかどうかとかは気にしてはいけない。

・父が事故で亡くなり
原作では明言されてないけど、こう設定。

・例えば、熱愛報道があったアイドル
誰とは言わない(丸刈り)

・例えば、薬物使用で逮捕された歌手
誰とは言わない(ハングリースパイダー)

・左手首に刻まれた数多の傷
原作では明言されてないけど(以下略)



 というわけで、志保ちゃんの正体は『雪月花のファン』でした(正体っていうほど正体ではないけど)

 『雪月花の家族』と予想された方もおられましたが『家族』だと必要以上の繋がりが出来てしまい、あくまでも『ファン』という距離感が重要です。

 さて、志保ちゃんが良太郎を拒絶する理由がいささか弱いと感じている方もいらっしゃるでしょうが、実はまだ理由の半分しか明かしておりません。まゆちゃんの過去話を含めて、次回決着です。


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Lesson107 Bright or Dark 4

作者が第三章で書きたかったことを全て詰め込んだ『決着』です。


 

 

 

「あれは……そうねぇ、私がまだ小学生の頃の話ねぇ」

 

 まゆちゃんは右手で左手の傷跡を撫でながら語り始めた。

 

 それはまゆちゃんにとって決していいものでは無い筈なのに、それでも彼女はその傷跡を愛おしいものに触れるように優しい手つきで撫でていた。

 

 

 

 『それ』は何処にでもある有り触れたもので、『それ』以上のものは幾らでもあった。

 

 故に『それ』は今なお世界中の何処かに溢れており、決して珍しいものなんかではない。

 

 だから『それ』の詳細を今ここに明記するつもりはない。

 

 しかし『それ』は、佐久間まゆという少女が世界を拒絶するには十分だった。十分すぎる理由だった。

 

 佐久間まゆは世界を拒絶し、しかし世界は佐久間まゆを拒絶せず、かといって受諾することもなく。

 

 

 

 結局、佐久間まゆには左手首の傷しか残らなかった。

 

 

 

「でもそんな時、私は出会ってしまったの……良太郎さんという、運命の人に……!」

 

 まゆちゃんがあの日、つまりビギンズナイトに出くわしたのは本当に偶然だった。小学生の身であるにも関わらず夜遅くに、ただフラフラと、何の当てもなく歩いていたところ、彼女はそこに辿り着いてしまったのだと言う。

 

「あぁ、こんなにも素晴らしい歌があるなんて。こんなにも素晴らしいダンスがあるなんて。こんなにも人々が熱狂し……そして、こんなにも私の心を強く惹きつけるものがあったなんて」

 

 そうして彼女はアイドルの道を志し……123プロダクションの門を叩いた。

 

 これは全て、彼女がウチの事務所のオーディションを受けに来た際に彼女の口から語られたことである。隠し事はしたくないからという理由で彼女は面接でそれを全て打ち明けてくれたのだ。普段は決して他人には明かすことのない、彼女の秘密を。

 

 勿論、これが彼女を合格にした理由ではないのだが……それでもほんの少し危ういと思ったと同時に、嬉しかった。誰かを笑顔にしたいという自分の活動理念がしっかりと果たされていることに対し純粋に嬉しかったのだ。

 

 あぁ、俺はこうして一人の少女を救うことが出来たのだ、と。

 

 ――だから、視野狭窄になっていたのだろう。必ず何処かに『同じように悲しませてしまった』人がいるということに気付かないぐらいに。

 

 

 

「……ねぇ、志保ちゃん」

 

 まゆちゃんに名前を呼ばれ、ただ茫然と話を聞いていた志保ちゃんは肩をビクリと大きく震わせた。

 

「私は、貴女じゃありません。だから貴女があの夜に抱いた感情を、私は理解できません。きっと貴女が私の思いが分からないように、私も貴女の思いが分かりません」

 

 でも、とまゆちゃんは器用に右手だけで左手首にリボンを巻き直しながら続ける。

 

「私は貴女と同じであの夜に周藤良太郎と出会い、そして人生が大きく変わりました。だからこそ、私は貴女に言いたいことがあります」

 

 リボンを巻き直したまゆちゃんはソファーから立ち上がり、そして顔を上げて真っ直ぐと志保ちゃんに向き直った。

 

 その表情は先ほどまでウットリとした恍惚な表情ではなく、いつもの笑顔でもなく、かといって不安げなものでも怒りに満ちたものでもなかった。

 

「確かに貴女のように、大切なものを無くしてしまった人もいると思います。それでも私のように、救われた人もいるんです」

 

 真っ直ぐと、ただ真っ直ぐと。

 

 真剣に、真摯に。

 

「だから、どうか『周藤良太郎』を、否定しないでください」

 

 まゆちゃんは、頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

「……ち……です……」

 

「え……?」

 

「……違うん、です……」

 

 まゆちゃんが頭を上げ、そうして再び視線を志保ちゃんに戻すと。

 

「私は……否定したかった、わけじゃないんです……」

 

 泣いていた。

 

「本当は、良太郎さんを……否定したかったわけじゃ、ないんです……」

 

 彼女は、ポロポロと涙を流していた。

 

「私が、本当に否定したかったのは、良太郎さんじゃない……! ましてや雪月花でも、テレビスタッフでも……アイドルのみんなでもない……!」

 

 叫ぶように、そして懺悔するように。

 

 

 

「あの夜っ! あの公園で足を止めてしまった『私自身』を否定したかったんです……!」

 

 

 

 あの日、あの夜、志保ちゃんも家族と共にテレビ局へと向かっていた。大好きなアイドルである雪月花の番組収録を観覧するために。

 

 しかし、結局それはなされなかった。否、至れなかった。

 

 そこへ向かう途中の公園で、足を止めてしまったが故に。

 

「初めは、勿論好奇心でした。でも良太郎さんの歌を聞いた瞬間、ダンスを見た瞬間、もう私はその場を離れることが出来なくなってしまったんです……」

 

 拭われることがない涙が志保ちゃんの頬を伝って落ちる。

 

「ステージの上の良太郎さんが眩しくて、カッコよくて……その瞬間、私の頭の中に雪月花はいなかった……大好きだった雪月花を『私自身』が裏切ったんです……!」

 

 普通、ファンというものは別に一人の、一組のアイドルを絞るものでは無い。俺が魔王エンジェルのファンであり765プロのファンでもあるように、複数のファンになることは可能なのだ。

 

 しかし、その瞬間、彼女の心の中の天秤が確かに傾いてしまった。

 

 ……ファンを持っていかれる、と志保ちゃんは語った。それは『志保ちゃん自身』の話だった、ということだったのか。

 

 志保ちゃん自身がそうだったように。

 

 ファンの『心』が離れる瞬間を、身をもって体験してしまったのだ。

 

「本当は分かってたんです……こんなの醜い八つ当たりだって、酷い責任転嫁だって……私自身の問題だったんだって……!」

 

 ごめんなさい。

 

 そう何度も繰り返しながら、彼女は手で顔を覆った。

 

(……違う)

 

 ぐっと拳を握りしめる。

 

 志保ちゃんの言は正しいのだろう。でも、違う。

 

 少なくともあの日、民宿の食堂で出会うまで、きっと彼女はそんなことを考えもしていなかったのだろう。いや、考えていたとしても、それは彼女の中での問題だった。少なくとも、周藤良太郎に対する良くない感情はあれど敵意ではなかった。

 

 きっかけはきっと『俺が彼女の恩人の名前を騙った』こと。

 

 ファンだったアイドルを裏切ってしまった原因である『周藤良太郎』と『恩人の偽物』という二つのファクターが重なり合い、相乗し、明確な『敵意』となり俺へベクトルが向いたのだろう。

 

 『裏切ってしまった自分』を守るため、彼女の心は『周藤良太郎』という外敵を作った。その防衛本能を責めることは出来ない。何せ、まだ彼女は十四歳の少女なのだから。

 

 勿論、俺は彼女の心情全てを理解できるはずがないので、こんなのは所詮妄想だ。

 

 それでも、それが正しかったとしたら……俺の思い付きの悪ふざけが原因で、何の罪も無い『アイドルのファンである女の子』にただ辛い思いをさせてしまっていたのだ。

 

 結局、俺が彼女を苦しめていたという事実には変わりは無かったのだ。

 

 

 

「……しほぉ……!」

 

「……え?」

 

 ギュッと。唐突に、座って涙していた志保ちゃんが抱きしめられた。

 

「め、恵美さん……!?」

 

 彼女と同じぐらい涙を流す、恵美ちゃんの腕によって。

 

 先ほどから扉の裏で、こちらの話をずっと聞いていた恵美ちゃんの腕によって。

 

「えぐ、ひっく、大好きな人たちを裏切ったみたいで怖かったんだよね……本当は好きな人を拒絶しないといけないから悲しかったんだよね……!」

 

 気付いてあげられなくてゴメン。そう言いながら恵美ちゃんは志保ちゃんの体を強く抱きしめ、そして大粒の涙を流す。

 

「な、なんで恵美さんが泣いてるんですか……!」

 

「それなのに、酷いこと言おうとしちゃってゴメン……ゴメンね……!」

 

「だ、だからぁ……ど、どうして……め、めぐみさんまで……!」

 

 ポロポロ、ボロボロと。彼女たちは、涙を流す。

 

 

 

 

 

 

(……あの時と同じねぇ、恵美ちゃん……)

 

 少女が少女を抱きしめ二人で涙を流す光景に、私はシャイニーフェスタでの出来事……私が恵美ちゃんと『親友』になった夜のことを思い返し、そして彼女と仲良くなってからまだ三ヵ月しか経っていなかったことに気付きクスリと笑ってしまった。

 

 あの時の私は今よりもっと『歪んで』いて、良太郎さんに見初められて事務所入りした所恵美という少女が嫌いだった。

 

 だからあの夜、ホテルで同室になった彼女に私はリボンの下を見せた。

 

 

 

 ――私がアイドルになるのは『良太郎さんが救った命を使って』アイドルになることで、彼の偉大さを証明してみせるため。

 

 ――私は全ての人生を良太郎さんのために捧げてみせる。

 

 ――だから私は貴女とは覚悟が違う。

 

 

 

 そう言うつもりで、私は自身の過去を話した。

 

 しかし彼女は忌避することなく同情することもなく。

 

 

 

 ――辛かったね……!

 

 ――頑張ったね……!

 

 

 

 私のことを抱きしめながら、そう涙を流したのだ。

 

 他人と喜びを分かち合うことは簡単だ。でも、悲しみを分かち合うのは難しい。誰だって進んで悲しみたくはないし、辛い思いをしたくない。ましてや、他人のことなのだから。

 

 しかし彼女は、所恵美という少女は『私の過去』に対してではなく『私』に対して悲しみの涙を流してくれた。まるで自分のことのように、それまで私が流すことが出来なかった分まで泣くように涙を流してくれた。

 

 もう少し早く彼女に出会えていればという思い以上に、今こうして彼女と出会うことが出来て良かったいう思いが私の心を満たしていった。

 

 その涙は、それまでの人生で歪んで曲がった私の心を正してくれた。

 

 

 

 私は周藤良太郎に『生命』を救われ、所恵美に『心』を救われたのだ。

 

 

 

 だからきっと今回も彼女は、北沢志保という『運』と『()』が悪かったが故にほんの少し歪んでしまった少女の心を正すのだろう。

 

 ならばもう、きっと彼女は大丈夫だ。

 

 

 

「……まゆちゃんはさ、分かってたの?」

 

 未だに大声で泣き叫ぶ二人を見守りながら、良太郎さんはポツリとそれを尋ねてきた。

 

「志保ちゃんが本当に否定したかったものが、何なのか」

 

「……少なくとも、良太郎さんじゃないってことは気づいてましたよぉ」

 

 ついさっき気付いたというのが正解だが。

 

 あの夜に立ち会って良太郎さんに心奪われるのは、控えめに言っても当然のこととして……。

 

 「アナタを許さない」とそう言った志保ちゃんは、良太郎さんが視線を逸らしてしまって見ていなかった志保ちゃんは。

 

 

 

 ――見ているこっちが辛いぐらい、悲しい顔をしていたのだから。

 

 

 

 

 

 

「懐かしいなぁ……」

 

 もう五年前になるのかとステージの上に立ちながらリョータローさんはそう独り()ちた。

 

 アタシと志保の服が乾き、アタシたちをそれぞれの家まで送ると申し出てくれた良太郎さんが、少しだけ寄り道をさせてほしいと言ってとある公園にやってきた。

 

 雨はすっかり上がっており、雲間から顔を出した太陽はビルの向こうに消える直前だった。

 

「ゴメンね、俺の我儘につき合わせちゃって」

 

「アタシは別にいいんですけど、ここってもしかして……」

 

「そ。……俺の、俺たちの始まりの場所」

 

 始まり。つまり『ビギンズナイト』が起こった公園。アイドル史に残るであろう正しく歴史的な場所に、アタシたちは来ていた。

 

「始まりの場所だからこそ、ここからまた始めたいんだ」

 

 そう言ってステージから降りてきたリョータローさんは、志保の目の前に立った。

 

「まずは謝らせてほしい。君の好きだったアイドルが辞める『きっかけ』を生んでしまったことを。……すまなかった」

 

「……いえ、いいんです。『きっかけ』はともかく『原因』は、間違いなく彼女たち自身だったんですから。結局あれは、私の子供みたいな八つ当たりだったんです」

 

 志保はそう言って首を振る。散々涙を流し、赤くなった目のまま(アタシも同じだが)ではあるが、落ち着いた表情だった。

 

「それでも君の好きだったアイドルを奪ってしまったことには変わりない。それについて謝罪すると同時に……宣言したかったんだ」

 

「宣言……ですか」

 

 あぁ、とリョータローさんは頷いた。

 

「もう二度と誰かを君のように悲しませることをしない……とは、とてもじゃないけど俺には断言できない。どんなに頑張っても『王』は『神』にはなれない」

 

 でも。いや、だからこそ。

 

 

 

「俺は『俺が悲しませてしまった人』ですら笑顔にするような……そんな『夢のようなアイドル』になってみせる」

 

 

 

「……良太郎さん……」

 

「みんなが『夢』に向かって頑張ってるんだ。俺だってまだまだ『夢』を目指してみるさ」

 

 だから今日この場で『あの夜』をやり直す。

 

 そう言って、リョータローさんはステップを踏み始めた。

 

 それはこの場にいる全員が知っている、いや知らない方がおかしいとまで言えるステップ。正しく『あの夜をやり直す』というリョータローさんの言葉の通り、あの日のこの場所でリョータローさんが披露した曲の振り付け。

 

 周藤良太郎の代表曲『Re:birthday』だった。

 

『俺はもう一回生まれ直す』

 

 そう宣言しているようだった。

 

 ……あれ?

 

(どうしてアタシがあの夜のことを知ってんだろ?)

 

 突然のリョータローさんのパフォーマンスにテンションが上がっている隣の二人を尻目に、アタシはそれに気づいた。

 

 アタシはこの二人と違って、あの夜に立ち会って無かった筈なのに……あれ?

 

 

 

 ――ママー、あの人たち何やってるのー?

 

 

 

 ……違う。

 

 

 

 ――誰かが歌ってるのが聞こえるー!

 

 

 

 『この場所』でのリョータローさんの歌が、ダンスが、アタシの幼き日の記憶を呼び起こした。

 

 目の前に浮かぶのは、幼き日の情景。両親と車でお出かけし、夕方遅くになってしまった帰り道。交差点の信号待ちの最中、車から見えた人だかり、そして車の走る音や人々の歓声にすら負けない力強い歌声。

 

(……アタシも、そこにいたんだ……!)

 

 胸の奥底からこみ上げてくる感情は、純粋な歓喜だった。

 

 あぁ、自分もまゆや志保と同じだったんだ、あの夜に立ち会った彼女たちと同じ場所に立っていていいんだという歓喜。

 

 今の熱意は勿論負けていない自信はあれど。

 

 アイドルを始める理由が劣っていたアタシに対して「君はそこにいていいんだ」と。

 

 他ならぬリョータローさんから、告げられたような気がした。

 

 

 

 四人の新たな『再誕日』を祝うように、リョータローさんの歌声は夕焼けに染まる夏の空に響いていった。

 

 

 




・佐久間まゆの『それ』
『それ』はもうまゆちゃんには存在しないものなので、明言しないしするつもりもない。

・北沢志保が否定したかったもの
乱暴に言ってしまえば「自分が雪月花を裏切ってしまったことに対する自己嫌悪が理由の八つ当たり」だったということです。当時九歳、現在でも十四歳の少女と考えれば何ら不思議ではない……はず。
ちなみに彼女は「雪月花がしてきたことを知って」いましたが、雪月花がしたことと彼女がしてしまった(と彼女は考えている)ことはまた別の問題です。

・シャイニーフェスタでの出来事
以前から話していた「あの南の島」での出来事のことです。いずれまた改めて語る機会があるとすれば、傷物語的な感じの番外編になるかと。

・まゆちゃんの歪み
原作のまゆちゃん「一緒に幸せになりましょう」
今作のまゆちゃん「私の人生をアナタのために使います」
大体こんな感じ↑の違い。

・所恵美の『ビギンズナイト』
Lesson91より。
無意識的に、深層心理的に、彼女もまた良太郎の影響を受けていた的な感じ。



 何も言うことはない(カール・アウグスト・ナイトハルト並感)

 とりあえず第三章で書きたかったことを詰め込んだ最大の山場でした。ごちゃごちゃしすぎた感もありますが、これにて『三人娘』のお話は終了です。くぅ~疲れましたw

 ……まぁお気づきの方もおられると思うので先に注釈をしておくと、今回わざと途中から良太郎視点を省きました。今回の一件(劇場版本編の件は除く)は一応の解決ということになりますが、この時に良太郎が考えていたこと、考えた末に至った結論等はまたいずれ別の機会にということにします。



 てなわけで次回から、第三章最終話を開始……ではなく、お察しの通り番外編です。

 次回は『黄色の短編集』をお送りします。果たしてアナタの推しメンは出てくるのかな?


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番外編18 黄色の短編集

今回も豪華五本立てでお送りします。

事前補足として、作中における「空白期」とはアニメにおける空白期のことではなく今作における空白期、つまり第二章と第三章の間のことになります。


 

 

 

・卒業式にて(空白期三月のお話)

 

 

 

 唐突だが卒業式である。

 

 物語の冒頭部の書き出しという意味だけでなく、青春の大半を学校ではなくアイドルとしての生活に捧げてきた身としては本当にあっという間だったという印象である。

 

 ならば思い出がほとんどないのかと問われればそんなこともなく、何の因果かやたらめったら個性的なメンバーが揃った学校だったので退屈や平凡とは程遠い学園生活を送ることができた。

 

 それこそ番外編が四・五本は軽く出来そうな勢いだが、それを語ることは多分ない。だってこれアイドルの小説だしー。あー、語りたいわー超語りたいわー、学校を占領しようとしたテロリストを恭也その他大勢の武闘派生徒が鎮圧した話とか超したいわー。

 

 で、式も最後のHRもつつがなく終えて後は帰るだけとなったのだが、テロリストの鎮圧も出来るハイパー高校生の恭也は現在下級生たちによって鎮圧されていた。

 

「高町先輩ー! 第二ボタンくださーい!」

 

「第二じゃなくてもいいです! 何なら袖のボタンでも、服のタグでもいいです!」

 

「先っちょだけ! 先っちょだけでいいんで思い出をください!」

 

 色々とアレな発言が聞こえてくるが、流石の恭也も女の子相手に乱暴な対応をするわけにもいかずに困り果てた様子だった。

 

 ちなみに恋人である月村は女子のクラスメイトたちと別の場所で話をしているためこの場にはおらず、そのことを見越して彼女たちは恭也に詰め寄っているらしかった。

 

「いやぁ、我が学校の生徒ながらアグレッシブだ」

 

 そもそもウチの制服はブレザーなので制服のボタンは学ランのそれよりも少ない。あれは中に着ているワイシャツのボタンも持っていかれる勢いだな。

 

 ちなみに俺には誰も第二ボタンを貰いに来なかった。負け惜しみ的な言い訳をしておくと、ウチの学校では『校内において周藤良太郎をアイドルとして扱わない』『交友関係は友達まで』という暗黙のルールが俺の関与しないところで出来上がっていたらしい。(後に万能生徒会長様の仕業と判明)

 

 アイドル的に(今はまだ)恋愛NGなので告白されても困るだけなので確かにありがたいと言えばありがたいのだが、何というかこう、釈然としないというか……。

 

 そんな微妙な感情は置いておいて、しかしどうしたものか。この後は翠屋で軽い卒業パーティーをする予定だったのだが、恭也がこの様子ではしばらく動けそうにない。別に先に翠屋へ向かってもいいのだが、まぁ別に急ぐ必要もないしもうちょっと待ってやるか。

 

 いっそのこと身ぐるみ剥がされてくれたら面白いんだけどなーと思いつつ見守っていると、視界の下の方を通過する影があった。

 

 本当に僅かだけ映ったそれは、どうやら人の頭だったようだ。チラリと視線を向けてみると、茶色の髪の毛を三つ編みにした少女がピョコピョコと歩いていた。身長的にやよいちゃんぐらいだから中学生……雰囲気的に小学生高学年といったところか。恐らくお兄さんかお姉さんの卒業式に参加しに来た子なのだろう。見た目にそぐわぬシックなスーツ姿が精一杯背伸びをしているようで微笑ましかった。

 

「……えっと、あれ? どっちから来たっけ……?」

 

 キョロキョロと辺りを見回しているところから察するに、どうやら道に迷ったらしかった。

 

「おねーさん、何処に行きたいのかな?」

 

 こういう場合、年下と扱わず大人扱いすると喜ぶみたいなことを聞いたことがあったのでそんな呼び方で話しかけてみる。ちなみに眼鏡装着済みなので身バレの心配はない。

 

「……え?」

 

 すると彼女はピクリと肩を震わせてから振り返った。その表情は驚きと期待が入り混じったようなそんな感じだった。

 

「お、おねーさんってもしかして私のこと?」

 

「勿論だよ」

 

 そう肯定すると、少女はパァーっと顔を輝かせた。大人扱いされたことが相当嬉しかったのだろう。

 

「ふ、ふふふっ! やっぱり分かる人には分かるのね! 私のこの抑えきれないセクシーな大人オーラが!」

 

 ふふんと自信満々に笑いながら薄い胸を逸らす少女は、やっぱり喜び方的に小学生らしかった。双海姉妹と同レベルっぽい。

 

 その後、妙に上機嫌な少女を目的の場所へと送り届け、「お前ほどの手練れがこれほどまでにやられるとは……」という感想が真っ先に思い浮かぶような惨状の恭也を回収して翠屋へと向かうのだった。

 

 

 

「あ、お姉ちゃんいた! もー、お姉ちゃんってばちっちゃいんだからうろちょろしちゃダメでしょー?」

 

「ふふん、言ってなさい。馬場(ばば)このみが持つこの隠しきれない魅力は、やはり分かる人にしか分からないのだから!」

 

「分かる人にしか分からないんだったら十分隠しきれてるというか、そもそも存在しないというか……」

 

 

 

 

 

 

・朝の通学路にて(空白期四月のお話)

 

 

 

 春。無事試験に合格し、俺は晴れて大学生になった。

 

 入学式やオリエンテーションはとっくに終わっており、既に通常の講義が始まっている。講義(授業)が六十分から九十分に変わるのは結構大きな変化だとは思うが、個人的には「ようやくここまで戻って来たか」という感想だ。だいぶ前世での最期の記憶に近づいてきて、前世での年齢を追い抜くのも時間の問題だろう。

 

 さて、今日も今日とて大学に向かうために駅へと歩を進める。しばらくは電車通学になるだろうが、無事免許を習得出来た暁にはマイカーで通学することにしよう。

 

 そんなわけで駅への道を歩いていると目の前を歩いている赤いランドセルを背負った少女を発見した。別に阿良々木暦……ではなくて、長谷川(はせがわ)(すばる)……でもなくて、ロリコンよろしく小学生女子を目敏く見つけたわけではない。純粋に知り合いを見つけただけである。

 

 故に気軽に声をかけるが、別に事案じゃないということだけ予め言っておこう。

 

「おはよう、みりあちゃん」

 

「あ、おはよー! りょうお兄ちゃん!」

 

 俺の声に赤城(あかぎ)みりあちゃんは振り返った。そのまま彼女はとてとてと俺の横にやって来て一緒に並んで歩く。俺も彼女の歩幅に合わせて歩く速度を落とした。

 

「やっぱり制服着てないりょうお兄ちゃん、変な感じがするなー」

 

「俺ももう大学生だからね」

 

 そんな何でもない会話をしながら道を歩く。昨今の小学校では基本的に集団登校が推奨されているが、何故かこの学区ではそれがない。まぁこの辺の治安がいいってことだろう。

 

「あ、そう言えばみりあ、りょうお兄ちゃんに聞きたいことがあったんだった」

 

 年下の女の子(と称するにはいささか年下すぎる気もするが)との会話のキャッチボールを楽しんでいると、突然みりあちゃんがそんなことを言い出した。よかろう、転生とアイドルという二つの要素により無駄に人生経験があるこの大学生のお兄さんが、みりあちゃんから放たれる疑問というボールを見事にキャッチして素晴らしい返球をしてみせよう。

 

「赤ちゃんって何処から来るの?」

 

「げふ」

 

 キャッチし損ねた。いや別にみりあちゃんの質問が暴投だったというわけではないのだが、俺がキャッチするにはいささか剛速球過ぎた。これが伝説の谷口キャプテンが考案した捕球練習のためのピッチングマシンの威力か……!

 

 しかしどうしたものか。確かみりあちゃんはこの春に小学四年生になったはずだが、まだ保健体育でその辺のことを習っていないのだろうか。そろそろ習う頃だとは思うし、遅かれ早かれ習うことだし軽く触り程度には教えてもいいとは思うのだが……何故だろう、純真無垢な視線でこちらの回答を待っているこの少女にそれを教えるのはそれだけで罪に問われそうである。

 

「ど、どうしたのいきなり?」

 

 とりあえず当たり障りのない返事からこの話題の落としどころを模索することにする。

 

「えっとね、みりあの友達に弟と妹がいる子がいてね? すっごい仲良しだからみりあも弟か妹が欲しいなーって思ったの」

 

 なるほど。まぁそういったお願いは小さい頃の定番の一つだよなぁ。

 

「りょうお兄ちゃん、みりあに赤ちゃんの作り方教えて?」

 

 アカン、これは捕まる捕まらないという以前に純真なみりあちゃんの視線で俺の穢れた心が浄化されてしまう。……あれ、浄化されるなら別にいいのか?

 

 とりあえず、その疑問に対する答えは一つである。

 

「みりあちゃん、そういう場合はお父さんとお母さんに『妹か弟が欲しい』って言って友達の家でお泊り会をするといいよ」

 

「ホントッ!?」

 

「うん、本当だよ」

 

 我ながら随分と生々しい答えになってしまったが、間違ってないし「お父さんとお母さんに聞いてみるといいよ」と言わずに具体策を提示しただけマシだろう。

 

 はてさて、来年の春頃にはみりあちゃんに弟か妹が出来てるかな?

 

 

 

 

 

 

・商店街にて(空白期五月のお話)

 

 

 

「いやー、悪いわね良。買い物に付き合ってもらっちゃって」

 

「本当に悪いと思ってんだったら買い物袋一つぐらい持ってくれよ……」

 

 とある休日の昼間。早苗ねーちゃんと日用品の買い物に荷物持ちとして付き合っているのだが、本当に荷物を全て持たされた。早苗ねーちゃんは自分のハンドバッグ以外は全くの手ブラ状態だ。荷物持ちとしては正しいのかもしれないが、若干釈然としないというかなんというか。こういうのは兄貴の仕事だろう、ポジション的な意味で。

 

 ……しかし早苗ねーちゃんが『手ブラ状態』かぁ……アリだな。

 

 というか普通に車で来ればよかったのではと考えながら歩いていると、何やら人だかりが見えてきた。それほど多くの人が集まっているわけではないが……どうやら新人アイドルの販促イベントをやっているらしい。

 

「へぇ、周藤良太郎のお膝元でよくやるわね」

 

「いや、別にここの商店街を縄張りにした覚えはないんだけど……」

 

 確かに普段からよく利用する商店街ではあるが。

 

 さて、今度は何処の事務所からどんなアイドルがデビューしたのか……なっ!?

 

「よ、よろしくお願いしま~す……!」

 

 ウェーブがかった黒髪、真ちゃんが好きそうなピンク色のフリフリな衣装、まだ人前に慣れていないのか若干赤面気味な引きつった笑み……可愛い要素を多く持ちつつも容姿はどちらかというとカッコいい系の美人。

 

 しかしそんなことよりも何よりも! 何だあの零れんばかりの大乳は!? 目測ではあるが、明らかに早苗ねーちゃんよりもデカいぞ!?

 

「ってあれ? あの子……」

 

 大乳アイドル(仮)の姿を見た途端、早苗ねーちゃんがニヤリと意地悪い笑みを浮かべた。

 

「良、ちょっと知り合いに会ったから挨拶してくるわね」

 

 そう言って早苗ねーちゃんはスタスタと大乳アイドル(仮)に近づいていく。

 

「よ、よろしくお願いしま……す……!?」

 

「ヤッホー。随分とまぁ可愛らしい恰好してるじゃない?」

 

「なっ……!? なっ……!?」

 

 早苗ねーちゃんを指差しながら口をパクパクする大乳アイドル(仮)。顔色が赤くなったり青くなったり随分と忙しそうだった。

 

「それにしても……まさかアンタがアイドルねぇ……ぷ、くくくっ……!」

 

「う、うがあぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁ!?」

 

 早苗ねーちゃんが笑いを堪え切れなくなったと同時に大乳アイドル(仮)が半狂乱になったため、イベントは一時中断することになってしまった。いやマジでウチの身内が大変なご迷惑をおかけして……。

 

 ところで、結局君は何処所属のなんて名前なのかな?

 

 

 

「346プロダクションの向井(むかい)拓海(たくみ)ちゃんねぇ」

 

 無事というにはいささか問題はあったが一応販促イベントは終了し、改めてゆっくりとお話をすることに。

 

「それで? 早苗ねーちゃんの知り合いなの?」

 

「まぁ知り合いって言えば知り合いね。補導した側と補導された側よ」

 

「……え?」

 

「この子、今はこんな格好してるけど前は特攻服着て夜露死苦(よろしく)とか言っちゃうバリバリのヤンキーだったのよー?」

 

 マジか……いや、でも何となく雰囲気的には納得である。

 

 それにしても元ヤンをアイドルに、か……スカウトに力を入れてるっていうのは話に聞いてたけど、346プロも思い切ったことするなぁ。

 

「だからあの拓海ちゃんがこんなフリフリの衣装を着てアイドルをやってるって思うと笑えてきちゃって……!」

 

 プークスクスと再び笑い始める早苗ねーちゃんに、拓海ちゃんは再び顔を真っ赤にして怒鳴る。

 

「うっせぇ! アタシはこんな衣装着たくなかったんだよ!」

 

「またまたー、本当は満更でもないんでしょー?」

 

「んなわけあるか! それより! コイツは誰なんだよ!?」

 

 よっぽど衣装に関して触れられたくなかったのか、何の脈絡も無く拓海ちゃんは俺を指差した。

 

 一瞬、先ほどから上半分が丸見えな素晴らしき大乳を眺めていたことを咎められるのかと思ったが、どうやらそれに気づく余裕も無かったようだ。

 

「あたしの義理の弟よ。今日は買い物に付き合ってもらってたの」

 

「……へ? 義理の弟?」

 

 早苗ねーちゃんのその返答がよほど予想外だったらしく、一転して拓海ちゃんは呆気に取られた表情になった。

 

「そう言えば結婚してからは一度も会ってなかったわね。今のあたしは片桐じゃなくて、周藤早苗なのよん」

 

 ほらこれ、と早苗ねーちゃんは左手の薬指の結婚指輪を見せる。

 

「う、うっそだぁ……あ、あの片桐さんが、け、結婚……だと……!?」

 

「だから今はもう片桐じゃないって。……というか拓海ちゃん? それって一体どういう意味なのかおねーさん聞きたいなー?」

 

「だ、だってあの問答無用でサブミッション極めてくる警察にあるまじき片桐さんが普通に結婚してるなんて信じらr言ってる傍から卍固めえぇぇぇ!?」

 

「えーい、失礼なことを言っちゃう悪い子にはお仕置きよー」

 

 早苗ねーちゃん今日はパンツルックだからチラリは期待できないなーとか、拓海ちゃんの大乳が揺れまくってるなーとか、そんなどうでもいいことを考えながら二人の大乳美女の絡みを眺めつつ「ご愁傷様」と「大変眼福です」の二つの意味で手を合わせるのだった。

 

 

 

 ……が、後に拓海ちゃんを超える圧倒的大乳を持つ牛乳系アイドルなるものが346プロからデビューし、さらに俺は戦慄することになったのは全くの余談ということにしておこう。

 

 

 

 

 

 

・テレビ局の中庭にて(空白期六月のお話)

 

 

 

 それは、シャイニーフェスタが目前に迫ったとある初夏の日のことであった。

 

 シャイニーフェスタ。それは今年から始まる南の島で行われるアイドルたちによる音楽の祭典で、普段は歌とダンスに専念しているアイドルたちが『楽器を演奏して』ステージを作り出す少々特殊なイベントだ。

 

 故に参加者は全員何かしらの楽器の演奏スキルが必要になってくる。

 

 当初、楽器ならば何でもいいという話だったのでカスタネットとかリコーダーとかピアニカとかその辺を演奏しようかと思っていたのだが、事務所の全員から全力で止められた。どちらかというと頼むからそれだけは止めてくれと懇願された。

 

 そこでメジャー且つステージ映えもするギターの演奏をすることになり、現在進行形でギターの練習中である。

 

 トップアイドルのお前が無様な演奏を見せるわけにはいかないと周りから散々脅されたのだが、蓋を開けてみれば案外どうってことなかった。

 

 果たしてアイドルの才能に含まれたのかどうかは定かではないが、特訓に付き合ってくれた講師の人が驚くぐらいのスピードで俺のギターの腕は上達していった。

 

(……そうだよな、元々音感はあるんだし『指の動き』を最適化してったらそりゃそうなるに決まってんだよな……)

 

 冬馬が呆れたような訳知り顔で何かを呟いていたような気がするが、とりあえずシャイニーフェスタの本番ではそれなりのステージをお見せすることが出来そうだ。何せテレビ中継もあるんだし、下手なものは見せられん。

 

 そんなわけで、講師の人からお墨付きをもらった今も時間を見つけてはギターの練習中である。

 

「……へー。アンタ、結構いい音出すじゃん」

 

 今日も空いた時間を見つけてテレビ局の中庭のベンチに座って練習をしているとそんな風に声をかけられた。(もう補足するまでも無いと思うが眼鏡着用済み)

 

 顔を上げると、そこには茶色の髪をリーゼントにした少女がこちらを楽しそうに見ていた。肩にはギターケースを携えている。

 

「……ありがと。まだ練習始めてから二ヵ月ぐらいでね、ギターをやってる人にそうやって褒められると嬉しいよ」

 

「ヒュー! 二ヵ月でその音出せるなんて、アンタ相当ロックだな」

 

 彼女は楽しそうにそう言いながら、自身のギターケースからギターを取り出して肩にかけた。

 

「なぁ、セッションしねーか? まだ慣れてねーって言うんなら、アタシが合わせてやるからよ」

 

 ……ふむ、ちょっと面白そうだな。

 

「オッケー。それじゃあ早速行くよ」

 

 てなわけで即興セッション開始。

 

 いくらお墨付きを貰おうとも弾ける幅はまだまだ少ないため、自分がレパートリー内で適当(いい加減という意味ではなく)にギターを掻き鳴らす。

 

 それに対し彼女は完璧にこちらの音に合わせてきた。少し齧ったが故に分かるが、相当凄い演奏だった。周りを歩いていた人が足を止めるレベル。なるほどこれがミュージシャンかと一人納得してしまった。

 

「……ふぅ。やっぱりいい音出すな、アンタ」

 

 五分少々という短い時間のセッションではあったが、演奏を終えると彼女は満足気に笑った。

 

「そう言う君も相当凄いね。何処のグループ?」

 

 俺が知らないだけで、案外既にメジャーデビューしているグループのギターだったりするのだろうか?

 

 しかし彼女はギターを仕舞いながら苦笑した。

 

「実は恥ずかしながら……一応『アイドル』でね」

 

「……アイドル?」

 

 まさかと思って尋ねてみたら、案の定346プロ所属という返事が。何というか、アイドルのスカウトに対する姿勢がいささか雑食的すぎやしませんかねぇ、346プロさん……。

 

「てことは『シャイニーフェスタ』に出演したり?」

 

「いや、こっちの業界じゃまだまだ無名もいいとこでね」

 

 お声もかかんなかったよ、と彼女は肩を竦めた。

 

「でもそうだな……いつかは出てみてぇとは思ってる。音楽の祭典とまで言われちまえば、黙ってらんねぇからな」

 

 ――アタシは……木村(きむら)夏樹(なつき)はロックなアイドルになる。

 

 彼女はそう力強く宣言してくれた。

 

「……そうか」

 

「そーいや、アンタの名前聞いてなかったな」

 

「ん? 俺? ……俺の名前は周藤良太郎。夏樹ちゃんと同じアイドルだよ」

 

「……え?」

 

 先ほどまでのキリッとした表情が一転しキョトンとした表情になった夏樹ちゃんを尻目に、俺もギターをケースに仕舞ってベンチから立ち上がる。

 

「それじゃあ夏樹ちゃん。俺はシャイニーフェスタへ一足先に向かうけど……君が『ここ』まで来ることを楽しみにしてるよ」

 

 ヒラヒラと手を振りながら、俺は自分の楽屋へと戻るのだった。

 

 

 

「……うわっちゃ~……トンデモネー相手にトンデモネーこと言っちまった……。でも……へへ、相当ロックだな、こりゃ。……待ってろよ、周藤良太郎」

 

 

 

 

 

 

・野球場にて(空白期七月のお話)

 

 

 

「姫川、俺とデートしないか?」

 

『やぁ、周藤君! 相変わらずネジが一本も締まってないね!』

 

 久しぶりに電話をした級友である姫川友紀からの第一声は随分と容赦がないものだった。ネジが一本も締まっていないと言うのなら俺の頭は宮大工によって作られたとでもいうのだろうか。

 

『プラモデルなら誰でも作れるよねー』

 

「誰の頭がプラスチック製だって?」

 

 というかその辺は掘り下げなくていいんだよ。ただでさえ今回無駄に文字数使ってるんだから。

 

「で、次の土曜日なんだけど」

 

『何事もなく会話を進めようとする辺り、周藤君も結構いい神経しているよね』

 

 でも残ねーん! と姫川は楽しそうな口調で断ってきた。

 

『その日は夕方からキャッツのナイターを見に行く予定なのだー! よって周藤君如きとデートしている暇なんて無ーい!』

 

 そうかそうか、それは実に残念だ。

 

 

 

「そのキャッツの試合の始球式を任されたから、ウチの事務所の新人アイドルってことにして姫川を連れてってやろうと思ったのになー」

 

『キャー! 良太郎君大好きー!』

 

「はっはっは、よせやい」

 

 

 

 そんなわけで迎えた土曜日。卒業式以来の久々の再開となる姫川と共にキャッツの本拠地であるドームへとやって来た。目的は勿論、姫川に話した通りここで始球式のマウンドに立つためである。

 

「いやー! 持つべきものは級友だね! ホンットーにありがとー! 今度お礼に茄子の胸触ってもいいよ!」

 

「マジで!? ……じゃなくて、あれ、今でも鷹富士と交流あんの?」

 

「あるよー。大学は違うけど結構頻繁に連絡取るし、買い物に行ったりもするよ」

 

「……キャッツの応援グッズを?」

 

「……一応あたしだって普通に私服買いに行くことぐらいあるんだけど」

 

 いやだってお前、クラス会の時だって基本的にキャッツのユニフォームだし、私服着てるところとか殆ど見たことねーんだって。

 

「でも茄子、大学が退屈ーとか言ってたよー。なんていうあたしも、ちょーっとだけ暇な感じかなー」

 

「どうせ数年もすれば就職活動でそんなこと言ってられなくなるぞ」

 

 まぁ俺は無縁だが。

 

「さて、そろそろドーム内に入るけど、あくまでお前は123プロダクションの新人アイドル見習い(研修中)っていう設定だからな?」

 

「分かってるってー!」

 

 大丈夫だろうなぁと若干心配になりつつ、元々兄貴の分としてもらっていたスタッフパスを姫川に渡す。色々と問題が起きそうな気もするが、まぁ気にしない。

 

 そんなわけでドーム内へ。案の定というか予想通りというか、キャッツの選手とすれ違う度にテンションのギアが上がる姫川の首根っこを猫のように掴まえて動きを止めるという事態が何度かあったが、無事に俺たちはマウンドに辿り着くことが出来た。

 

 まだ観客が入る前のドーム自体はここでライブを行った際のリハーサルで何度も見ているが、野球の試合前というだけで何故か違う雰囲気が漂っているような気がした。

 

「というわけで姫川、是非ともピッチングフォームの指導をしてもらいたいんだが」

 

「任された!」

 

 そんなわけで野球経験者の姫川に投球の指導を受ける。実は姫川を呼んだ理由の一つがこれであり、もう一つは純粋に根っからのキャッツファンだったから喜ぶだろうなと思ったから。

 

「……と言っても周藤君、ほとんど教えることないよ。いいフォームしてるじゃん」

 

「お、マジで?」

 

 意識したことは無かったが、姫川からお墨付きがもらえるのであれば安泰だろう。是非とも始球式本番ではストライクを狙ってみたいものだ。

 

「………………」

 

 ふと、姫川がこちらを羨ましそうな目で見ているような気がした。

 

「……投げてみるか?」

 

「……えっ!? い、いや、だ、だって……!」

 

「遠慮するとか姫川らしくねーって」

 

 丁度良くこの後の試合でホームランボール捕球用のグローブも持ってきていることなので、姫川にボールを手渡すと折角だからと俺はキャッチャーズボックスに座る。

 

「………………」

 

 自分の手元の白球と俺に何度も視線を行き来させた姫川は、意を決したようにマウンドの上に立った。

 

 ふぅと目を瞑り、息を吐く。

 

「……っ!」

 

 目を開き、ワインドアップから足を振り上げ――。

 

 ズバンッ!

 

 ――次の瞬間には、俺が構えたグローブの中にボールが収まっていた。

 

 キャッチャーミットじゃなかったので正直左手が痛かった。多分、百キロは軽く超えてたような気がする。

 

「あー、スッキリした!」

 

 こんな剛速球を投げたとは到底思えない細腕の姫川は、マウンドの上で大変満足そうに笑っていた。

 

「ありがとう、周藤君。キャッツの本拠地のマウンドで投げれたおかげで、何か色々と吹っ切れたよ」

 

「ほう、例えば?」

 

「色々は色々。……高校に入って辞めることになって燻ってた野球のこととか、その辺のこと」

 

「……そっか」

 

 それ以上は特に聞こうとは思わなかった。薄情とかそういう意味ではなく、既に聞く必要が無いからだ。

 

「野球が好きなのは勿論だし、嫌いになることはないけど……そうだねー。何か別に、夢中になれるもの見つけたいなー」

 

「……姫川ならすぐに見つけられるって。例えばアイドルやってみるとかどーよ?」

 

「適当なアドバイスありがとー」

 

 そんなことを言いながら、姫川はここに来る前以上にニコニコと笑っていた。

 

 

 

『あ、周藤君、あたし本当にアイドルデビューすることになったから、仕事現場で一緒になったらよろしくねー!』

 

「ふぁっ!?」

 

 そんな電話がかかってきたのは、僅か一週間後だった。

 

 

 




・学校を占領しようとしたテロリストを鎮圧
中高生の黒歴史を刺激していく自爆スタイル(作者にも飛び火)

・馬場このみ
『アイドルマスターミリオンライブ』の登場キャラ。Dance。デレマス的に言えば多分パッション。
やよいよりも身長が低いミニマムボディながら、何と765プロ所属アイドル最年長となる二十四歳。我らが楓さんと一歳しか違わない。
ちなみに妹がおり「お下がり」ならぬ「お上がり」を貰っているらしく、今回オリキャラとして登場させてみた。

・長谷川昴
「小学生は最高だぜ!」

・赤城みりあ
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。パッション。
アニメにもメインキャラとして登場した純真無垢な小学五年生。かわいい。
凛ちゃんに続きCPで良太郎と面識がある組となったが、果たして?
(ちなみに自己紹介しなかったアーニャは無効)

・「赤ちゃんって何処から来るの?」
テ~ケテ~ケテケテケテン~テ~ケテ~ケテッテッテ
(゚∀゚)ラヴィ!! ……あ、これ前作の方だった。

・伝説の谷口キャプテン
野球漫画の至高は『キャプテン』
異論は登場人物が全員丸刈りになってきたら認めよう。

・向井拓海
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。パッション。
さらしに特攻服という露出が激しい不良少女系アイドル。現在十七歳。
B95を誇り後述のB105が登場するまではアイマス界最胸で、現在は二位。
ちなみに衣装は「硬派乙女」SR+のものをイメージ。

・牛乳系アイドル
B105とか一体何川雫なんだ……!?
ちなみに「牛乳」の読み方は各々にお任せする(意味深)

・シャイニーフェスタ
楽器云々はオリジナル設定。楽器弾いてるイメージが強かったから……。

・木村夏樹
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。パッション。
ギターとリーゼントが似合うロック(真)なアイドル。にわかの上位互換とか言ってあげないで(慈悲)
アニメでの活躍は正しく「おっぱいの付いたイケメン」そのものだった。

・姫川友紀
多分Lesson18以来の再登場。アニメでも出番そこそこあったし、ちゃんと布石作っとかないと。

・友紀の過去のあれこれ
気になる人は原作をやればいいと思うよ(ちっひからの回し者)



 というわけで黄色の短編集でした。前回までのドシリアスの反動で書いていたら楽しくなって気が付けば一万文字弱。沢山書いたなぁ(小並感)

 そして次回からは(一応)第三章最終話が始まります。(収まりきらなければ伸びる予定)

 デレマス編に向けてラストスパートだー!


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Lesson108 輝きの向こう側へ

拾い切れていない伏線を回収していくためと言っても過言ではない第三章最終話開始です。


 

 

 

「可奈を、迎えに行く……?」

 

「……うん」

 

 それは、恵美ちゃんに可奈ちゃんからのメールを見せてもらった翌日のこと。

 

 伊織が私の言葉を反芻し、私はそれを肯定する。

 

 バックダンサー組を含めた全員に事務所へ集まってもらい、私はみんなに昨晩可奈ちゃんと電話をしたことを話した。

 

「可奈ちゃん、何て……?」

 

「……『辞めたい』って……キッパリ断られちゃった……」

 

 私がそう告げると、バックダンサーのみんなが息を飲んだのが分かった。

 

「あ、あのっ……!」

 

「でも、春香さんには可奈を迎えに行こうと思った理由があるんですよね?」

 

 志保ちゃんが何かを言おうとしたのを彼女の隣にいたまゆちゃんが肩に手を置いて止め、その代わりに恵美ちゃんが私にそう問いかけてきた。

 

「うん。……声が震えてたの」

 

 昨日の晩、携帯電話越しに聞こえてきた可奈ちゃんの声を思い出す。

 

「可奈ちゃん、なんだか凄い無理しているみたいに聞こえたんだ。少なくとも、嫌なもの放り出してホッとしているようには思えなかったの」

 

 ――私は、春香ちゃんみたいにはなれない!

 

 けれどそれは『辞める理由』ではなく『辞めるための理由』に聞こえた。理由があって辞めるのではなく、辞めるために理由を口に出した、そんな風に。

 

 少なくとも私には、心の底からアイドルを辞めたいと言っているようには思えなかった。

 

「……天海さんは、可奈の言葉よりもご自身が『そう思えない』ということを大事にするんですね?」

 

 隣に立つ志保ちゃんよりも半歩前に出てきた恵美ちゃんが、真っ直ぐと私に問いかけてきた。

 

 それはきっと、糾弾する言葉ではなく、私に対する問いかけ。

 

「全員のライブに練習よりも何よりも、たった一人のかもしれないを確かめることの方が重要なんですか?」

 

 所恵美から『リーダー』天海春香に対する問いかけ。

 

「うん」

 

 それに私は即答する。

 

 半年前、私は『ライブの練習』を優先して他のことを蔑ろにしてしまった。だから今度は、ライブの練習なんかよりももっと大事なことを優先したい。

 

 結局私の我儘になってしまうのだけど、それでも私は『夢を見失いかけている女の子』を放っておくことは出来ない。

 

 あの日、良太郎さんに私の夢を指し示してもらったように。

 

「まずは、可奈ちゃんの気持ち、確かめてからだよ」

 

 今度は私が、しっかりと彼女の夢を指し示してあげたい。

 

「……行きましょう」

 

 それまでソファーで黙って聞いていてくれた伊織がそう言いながら立ち上がった。

 

「それがリーダーの……アンタの思いなら」

 

 その伊織の言葉に、他のみんなも力強く頷いてくれた。

 

 

 

 

 

 

「ノンストップでー……と思ったら赤信号っと」

 

 マッテローヨと信号が赤に変わったので、雨で滑らないように気を付けながらククッとブレーキを踏みこんで車を停車させる。

 

 昨日の夕方に上がった雨は夜が明けると再び降り始めており、しかし雨が降ったから今日はお休みとハメハメハ大王染みたことを言うつもりは無いのでちゃんとお仕事へと向かっていた。

 

「……志保ちゃんたちはどうなったかなぁ……」

 

 昨日の一件は『志保ちゃんとの和解』という形で収まり、口論をしていたらしい恵美ちゃんとも仲直りしたようである。よってめでたしめでたし……とここで〆てしまうのは少々無責任だろう。

 

 123プロ関係の問題は解決したものの、ある意味根本的な問題とも言える765プロとバックダンサー組の問題が未解決である。何やらみんなに話したいことがあると言って春香ちゃんが全員に連絡を入れたということを恵美ちゃん経由で知ったので、何かしらの進展があるとは思うのだが……。

 

「……ん?」

 

 そんなことを考えながら窓の外を眺めていると、目の前の横断歩道を横切る四人の少女の姿が。お、アビイ・ロードかなとどうでもいいことを考えていたが、よくよく見ると知り合いだった。

 

「おーい! そこの四人の少女ー!」

 

 イッテイーヨと信号が青に変わったので軽く車を前に進め、歩道を小走りする彼女たちの側にハザードランプを点けて停車させた。

 

「りょーにぃ!」

 

「りょーにーちゃん!」

 

「「良太郎さん!?」」

 

 案の定、その四人は765プロの双海姉妹と真ちゃん、そしてバックダンサー組の奈緒ちゃんだった。

 

「どーしたの四人とも、こんなところで」

 

 765プロの事務所から結構離れているこんな場所でこの四人を見かけるとは思わなかった。

 

 四人は俺に気付くとバタバタと車に駆け寄ってきた。

 

「良太郎さん! 可奈見ませんでした!?」

 

「可奈ちゃん?」

 

「今、事務所のみんなで可奈のこと探してるんです!」

 

 なんでも「アイドルを辞める」と言った可奈ちゃんの真意を確かめるため、直接会って話をするために彼女のことを探しているとのこと。

 

「家にもスクールにもいないんだってー!」

 

「りょーにぃ、何処にいるのか分からないー!?」

 

 いや流石にそれはもうDr.(ドクター)リンに聞いてみるしか……。

 

「……あれ?」

 

 何やら進行方向からこちらに向かって歩道を走ってくる二つの影が見えた。というか、これまた知り合いだった。

 

 どうやら一人は彼女たちの探し人である可奈ちゃん、それを春香ちゃんが追いかけているという状況らしく、二人とも傘も差さずに走っていた。

 

「あー! いたー!?」

 

「可奈ー! ストップやー!」

 

 二人の姿を確認した真美が大声を出し、奈緒ちゃんが自身も傘を投げ捨てて可奈ちゃんを止めるべく走り出した。

 

「っ……!?」

 

 奇しくもそこは丁度橋の真ん中で、春香ちゃんと奈緒ちゃんに挟まれる形となり可奈ちゃんは足を止めた。流石に車道に飛び出したり川に飛び込むというアクション映画のようなことはしなかった。

 

「可奈、何で逃げるん? 私ら、話しに来ただけやのに……」

 

「………………」

 

 可奈ちゃんはまるで親から怒られる子供のようにフードを深く被って自身の顔を隠した。

 

 そうしている内に双海姉妹と真ちゃんが奈緒ちゃんに追い付き、春香ちゃんの後を追ってきていたのであろう千早ちゃんと星梨花ちゃんも合流した。

 

「何で……」

 

 それは、意識しなければ雨音に負けてしまいそうなぐらいか細い可奈ちゃんの声だった。

 

「私のことは、気にしないでって言ったのに……!」

 

「うん……でも私、電話で可奈ちゃんと話してても、やっぱり信じられなかったから……アイドルって、そう簡単に諦められるものじゃないって思ったから……!」

 

 可奈ちゃんに訴えかけるように春香ちゃんは言う。

 

 そうしている間に、徒歩やタクシーなど様々な手段で他のメンバーが続々と集まってきた。流石にりっちゃんや赤羽根さんたちの姿は無いが、本当に事務所総出で可奈ちゃんを探していたらしい。

 

「私だって……私だって、諦めたくない……!」

 

「じゃ、じゃあ……!」

 

「でも……もうダメなんです……」

 

 そう言いながら、可奈ちゃんはフードを持ち上げた。

 

(……ん?)

 

「アンタ……そんな体形だったかしら……?」

 

「ちょ、ちょっとふっくらしたね……?」

 

 伊織ちゃんと真美のその発言が全てを物語っていた。

 

 最近は俺も仕事が忙しく、何だかんだで最後に可奈ちゃんの顔を見たのは一か月少々前のミニライブの時以来になるのだが……確かに、俺の記憶の中の彼女と比べるといささかふっくらとしていた。

 

「まさか、これ気にして逃げたん……?」

 

 奈緒ちゃんがそう問いかけると、可奈ちゃんはギュッと目を瞑った。

 

「私だって、出来るなら一緒にステージに立ちたかったんです……! でも私だけダンス全然下手っぴで、足手まといになっちゃって……何とかしなきゃって思ったんです。自分で、何とかしなきゃって……一人でも出来るようにならなきゃって……」

 

「っ……!」

 

 丁度可奈ちゃんの反対側にいる志保ちゃんが顔を俯かせる。

 

 多分あのミニライブの時、まだ自分の感情と折り合いがついていなかった志保ちゃんの一言がずっと可奈ちゃんの心の片隅に引っかかっていたのだろう。

 

 みんなと一緒に、ではなく。自分がみんなと同じレベルにならなければいけない。

 

 自分が、頑張らないといけない。

 

「だって私、天海先輩にサインまで貰って! 応援してもらったのに、全然上手く出来ないから……!」

 

 それでストレスによる過食……ということか。元々伸び悩んでいたところに体形の変化が追い打ちになったのだろう。アイドルとしても女の子としても、結構ショックだったのは想像に難くない。

 

 理想を追い求めてもそこに辿り着けず、それどころか自らその道から外れようとする自分が嫌になって……。

 

(……あぁ、そうか……)

 

 自己嫌悪。彼女も志保ちゃんと同じだったのだ。

 

 志保ちゃんが雪月花を裏切った自分を嫌ったように、彼女もまた春香ちゃんの期待を裏切ろうとした自分を嫌ったのだ。

 

「……でも、諦めたくないんだよね?」

 

 春香ちゃんがそう尋ねながら、千早ちゃんから受け取った傘を顔を覆って涙を流す可奈ちゃんに差し出した。

 

 可奈ちゃんが顔を上げると、そこには笑顔の春香ちゃん。いつもテレビで見るような満面の笑顔ではないが、それでも見る人の心を暖かくする春香ちゃんらしい笑顔。

 

「………………」

 

 コクリと。ほんの少し頭を下げるように可奈ちゃんは頷いた。

 

「……よかったぁ……!」

 

 途端に春香ちゃんの笑みは安堵のそれへと変わった。ようやく可奈ちゃんからその返答を聞くことが出来たのが嬉しかったのだろう。

 

「じゃあ大丈夫だよ! 一緒にステージに立とう!」

 

 そう言って、春香ちゃんは可奈ちゃんに向かって手を差し伸ばした。

 

「でも私こんなんで、衣装だって入らないし……きっと、余計に迷惑かけちゃいます……」

 

「そうじゃなくて」

 

 振り返り、遠のこうとした可奈ちゃんの手を春香ちゃんがしっかりと握りしめた。

 

「どうしたいか、だけでいいんだよ」

 

 確かにアイドルってのは周りとの協調性も大事だ。俺が言っても若干説得力が無さそうではあるが、彼女たちの場合はよりチームワークや信頼関係が重要になってくる。

 

 でもそれ以上に、アイドルとは『自分自身』がなるものなのだから。

 

 自分がどうしたいのか、それが本当に大切なこと。

 

 自分の意志を貫き通せる一番我儘な奴がトップアイドルになれる、とでも言えば俺にも説得力があるだろうか。

 

「じゃあ確かめに行く?」

 

 二人のやり取りに口を挟まなかった伊織ちゃんが、そう二人に向かって提案した。

 

「アリーナに行けば、分かるかもよ?」

 

 

 

「それなら本日の『水も滴るいい女』三人は先に俺の車で行こうか。全く、二日連続になるとは思わなかったよ」

 

「あ、はい、ありがとうございます……って良太郎さん!?」

 

『えぇ、良太郎さん!?』

 

「……何となくそんな気はしてたけど、俺気付かれてなかったのね……」

 

 これでもトップアイドルのつもりだったんだけどなー……。

 

「え、えっと、多分、それ以上に春香と可奈のことが気になってたせいじゃないですかね……?」

 

「まゆはちゃーんと良太郎さんのこと気付いてましたよぉ?」

 

 うん、いつの間にかススッと近寄って来てたから分かってる。

 

 

 




・「ノンストップでー」
ごまえー

・マッテローヨ イッテイーヨ
シンゴウアーックス!

・ハメハメハ大王
南の島の大王で、カメハメハ大王の友達らしい。

・アビイ・ロード
多分世界で一番有名な横断歩道。

・Dr.リンに聞いてみる
万里ちゃんが可愛い(だが男だ)

・「ちょ、ちょっとふっくらしたね……?」
可奈ファンに壮大に喧嘩を売ったスタッフに脱帽。



 可奈ちゃんには悪いですが第三章最大のシリアスは前回で終わりましたので、軽め軽めに進めていきます。可奈ちゃん方面でシリアスになりたい方は劇場版をどうぞ(ステマ)

 というわけで第三章で張った伏線を回収していきます(作者が忘れていなければ)

 そしてそれと並行して第四章へ向けての準備も進めていきます。


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Lesson109 輝きの向こう側へ 2

早速今回を含めてあと三話で終わらせることが出来るかどうか怪しくなってきた模様。


 

 

 

「や。お疲れさま、りっちゃん、赤羽根さん」

 

「良太郎……」

 

 雨に濡れた少女三人を連れてアリーナまでやって来た俺は、着替えをする三人と別れてこちらで打ち合わせをしていたりっちゃんと赤羽根さんに顔を見せに来た。

 

「ありがとう、良太郎君。わざわざ春香たちを送ってくれて」

 

「わざわざお礼を言われるようなことじゃないですって」

 

 別段何かこちら側に不都合があるわけじゃないし。しいて言うなら、自分も助手席に乗りたかったと美希ちゃんと真美がぶーたれたぐらいか。

 

 ちなみに車中は助手席に座った春香ちゃんと俺が二・三言葉を交わしただけで、基本的に無言だった。後部座席の二人は奈緒ちゃんが可奈ちゃんに何か声をかけようとするそぶりは何度もバックミラー越しに見て取れたが、結局言葉は見つからなかった様子だった。

 

「アンタ、仕事の方は大丈夫なの?」

 

「ちょっとぐらいなら平気平気」

 

 ぶっちゃけると結構時間ギリギリなのだがまぁ遅刻するわけじゃないし、それに今は彼女たちの方が気になるというのが本音だ。

 

「……ごめん」

 

「へ?」

 

 何故か突然りっちゃんに謝られた。俺がりっちゃんに謝ることは数あれど、りっちゃんが俺に謝るようなことに心当たりは無いのだが。

 

「その……アンタや幸太郎さんたちが恵美ちゃんたちを預けてくれたっていうのに、問題ばっかりで……」

 

「い、いや! それは律子じゃなくて俺の責任で……!」

 

「あーあー、そういうの無し無し。止めましょうよ、誰も得しない会話とか」

 

 りっちゃんに続き赤羽根さんまで謝罪の姿勢になってしまったので慌てて止める。雑談は嫌いというわけではないが、何の面白みも無い会話(もじすう)が増えて得するのは神様(さくしゃ)だけだ。

 

「それを言うんだったら俺たちだってりっちゃんたちに恵美ちゃんたちを丸投げしちゃったようなもんだし、お互いさまってことでこの話はやめよう」

 

 ハイ! やめやめと会話の流れを切る。

 

「……ありがと」

 

 

 

「そういえば、アンタに聞きたいことがあったんだった」

 

 関係者通路の片隅にある自動販売機でそれぞれ飲み物を買っていると、りっちゃんがそんなことを言い出した。

 

「どうしてまゆちゃんをすぐにデビューさせなかったの?」

 

「……というと?」

 

 ズズッとコーヒーを啜りながら先を促す。

 

「合宿の時からずっと思ってたんだけど、あの子たちはかなりのレベルで『出来上がっている』わ。あまりこういうことは言いたくないけど、他のバックダンサー組の子たちと比べ物にならないぐらい」

 

「……それは素人目に俺が見ても思った。経験を積ませたいからっていう良太郎君たちの言葉も分かるけど……」

 

 りっちゃんの言葉に赤羽根さんも同意する。

 

「……まあ、別の思惑があったことは認めますよ」

 

 経験を積ませたいっていうのも間違いではないのだが。

 

「……うちの事務所に来たばっかりのまゆちゃんは、何というか、こう、危うかったんだよ」

 

「危うかった?」

 

 結構プライベートなことだから詳細は省くけど、と注釈してから話を進める。

 

「まるで悪い意味で『自分はアイドルになるために生まれてきた』んだとばかりにただひたすらアイドルになることだけを考えて、それ以外のことに関する『自分』に全くの無関心だった」

 

 普段のこと、家族のこと、学校のこと、友達のこと。聞けば答えは返ってきた。けれど、そこに『佐久間まゆ』は見えなかった。

 

「心配だったんだよ。確かにまゆちゃんは最初からレベルが高くて、すぐにでもデビューさせることが出来る。でも……きっとそれじゃダメだって思ったんだ」

 

 歌が上手くて、ダンスが上手くて、可愛くて、でもそれが『佐久間まゆ』でなくては意味がないのだ。

 

 

 

「だから俺と兄貴は、恵美ちゃんと一緒にデビューさせることを決めた」

 

 

 

 同時期に事務所に入った同世代の同性。彼女と共にアイドルを目指すことで、彼女の何かが変わってくれるのではないか。一種の願望で、ある意味丸投げだった。

 

 しかしその結果、まゆちゃんは『佐久間まゆ』を取り戻した。

 

「765プロのアリーナライブに参加させてもらおうって考えたのも、実はそれと似たような理由だったんだよ」

 

「え?」

 

 『周藤良太郎』はデビューしてからこれまで良くも悪くも一人で突っ走ってきた。961プロに所属していたジュピターの三人も、事務所の方針故に似たようなものだった。俺たちは共通して同世代のアイドルと肩を並べて、共にステージに立つという経験をしたことがない奴らばかりだ。

 

「恵美ちゃんとまゆちゃんには、そういう世界もあるっていうことを知って欲しかったんだ」

 

 俺には説得力がないだろうが、という前置きを再び使わせてもらうことにはなるが。

 

 『アイドル』ってのはただ個人が頂点目指すんじゃなくて、誰かと肩を並べたり、誰かを引っ張り上げたり、時には歩調を合わせたり、そしてステージの上に並び立てばより光り輝く。そういう風に成長していくものなんだっていうことを知ってもらいたかった。

 

 俺には説得力がないからこそ、そんな仲間がいるがいるのもいいことだって知ってもらいたかった。

 

 

 

 簡単に、そして格好つけた言葉で言うならば、俺は彼女たちに『青春』をしてもらいたかった。

 

 

 

 きっと彼女たちは今、ただウチの事務所に所属していただけでは出来なかったであろう経験をしている。それは間違いなく二人の糧となる。

 

「だから、765プロのみんなには感謝してる」

 

 こんな俺の、個人的な我儘を聞いてもらって。

 

「……何というか」

 

 まるで呆れたように、けれどその表情はとても柔らかな表情でりっちゃんは笑った。

 

「まるで保護者ね」

 

「……あぁ」

 

 123プロ(うち)の可愛い可愛い新人(まなむすめ)たちだよ。

 

 

 

 

 

 

 雨に濡れたために周藤さんの車で先に向かった三人と合流し、アリーナライブの会場へやって来た私たち。

 

 そして今、私たちはそのステージの上に立っていた。

 

「わぁ……!」

 

 その感嘆の声は果たして誰のものだったのか。少なくとも思わず息を飲んでしまった私のものではなかった。

 

「広ーい!」

 

「すっごく広いの!」

 

「客席、あんな高いところまであるんだな!」

 

「なんかテンション上がって来たよー!」

 

 765プロの皆さんも初めて足を踏み入れたアリーナに興奮した声を出す。

 

 その一方で、バックダンサー組の声は圧倒された様子で少し震えた声だった。

 

「前やった会場とは、規模が違うね……」

 

 今は静寂に包まれたアリーナは広く、ただただ広かった。

 

「ここにお客さん入ったらどうなっちゃうんだろ……」

 

 その佐竹さんの呟きに、その場にいた全員が想像する。

 

 この広い空間を埋め尽くす色とりどりのサイリウムの光、一万人を超える観客の歓声……を。

 

 

 

 ――……ぁぁぁあああぁぁぁあああ!!!

 

 

 

「……っ!」

 

 想像し、背筋がゾワリと震えあがった。

 

 こんな凄まじい場所で、私たちは踊るのか。天海さんたちは歌うのか。

 

 

 

 そして、周藤良太郎はいつも『一人』でここに立っているのか。

 

 

 

「……!」

 

 突然、何かを思いついたように天海さんが駆け出した。

 

 まだ仮組みではあるもののメインステージから花道へと駆けていき、そしてその先端で立ち止まって大きく手を振りかぶってアリーナの奥を指さした。

 

 

 

「後ろの席までっ! ちゃーんと見えてるからねーっ!」

 

 

 

 まるで山彦のようにアリーナ全体を天海さんの声が響き渡り、そして吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

「……はぁ、広いなぁ……!」

 

 それは、いつもライブの度に思うこと。今までも、そしてきっとこれからもここに立つ度に私は同じことを思い続ける。

 

 振り返ると全員が私を見ていた。勿論、可奈ちゃんも。

 

 可奈ちゃんがすぐそこにいて、私の話を聞いてくれる。ただそれだけで、私は少し嬉しくなった。

 

「……私ね、いつも一番後ろのお客さんまで声を届けようって思ってるの。ソロでも、全員のライブでも、全部。それでその度に『ステージって広いなぁ』って思うんだ」

 

 でもそれと同時に、私一人じゃないと改めて実感する。

 

「えっと、うまく言えないんだけど……私の今いる場所は、私の今までの全部で出来てるってことなの」

 

 同じ765プロで共に仕事をしてきた大事な仲間たち。伊織、真、雪歩、やよい、響ちゃん、貴音さん、あずささん、亜美、真美、美希、千早ちゃん、律子さん、プロデューサーさん、小鳥さん、高木社長。

 

 事務所は違うけど私たちにとても良くしてくれる先輩たち。良太郎さん、天ヶ瀬さん、伊集院さん、御手洗君、麗華さん、りんさん、ともみさん。

 

 沢山の人に出会って、私は今ここに立っている。

 

「誰か一人でも欠けてしまっていたら、私はきっと辿り着けなかった。だから、出会って今一緒にいるってことは、私にとって大事なことなの」

 

 今回のアリーナライブで出会うことが出来たバックダンサーのみんな。奈緒ちゃん、美奈子ちゃん、星梨花ちゃん、杏奈ちゃん、百合子ちゃん、志保ちゃん、恵美ちゃん、まゆちゃん。

 

「ね? 可奈ちゃんだって一緒だよ」

 

 それぞれ、目標も考え方も違う。それでもこのライブのために集まった。

 

 私たちは『今』ここにいる。

 

「誰か一人でも欠けちゃったら次のステージには行けない」

 

 それは以前、良太郎さんに示してもらった私の夢。

 

 

 

 ――『前のステージみたいにみんなと一緒に楽しみたい』じゃなくて『次のステージをみんなと一緒に楽しみたい』って、こう考えるだけでいいんだ。

 

 

 

 私はみんなと一緒に次へと進みたい。

 

 私のこれまでがそうだったように、私のこれからもそうであり続けたい。

 

 ここにいる全員で走り抜きたい。今の全部でこのライブを成功させたい。

 

「他にももっといい方法があるのかもしれないけど――」

 

 

 

 ――私は、天海春香だから。

 

 

 

 私は今、このメンバーのリーダーだけど、その前にやっぱり、私だから。

 

 

 

「――……たい……」

 

 ポツリ。

 

 それは、今も外で振り続けているであろう雨の一滴のように落ちた、可奈ちゃんの瞳から流れ出た涙だった。

 

「一緒に、行きたいです……! 私も、一緒に……! 諦めたくない……! アイドル、諦めたくないです!」

 

 

 

 ――私も一緒にステージに立ちたいっ!

 

 

 

「……うん……!」

 

 それは、ようやく可奈ちゃんの口からちゃんときくことが出来た……彼女の偽らざる心の声だった。

 

 

 

 

 

 

「全くもう、相変わらず恵美ちゃんはこういうことに関して涙腺が弱いんだから」

 

 「今度こそこれから一緒に頑張ろう」と可奈に負けず劣らずの涙を流しながら彼女に抱き付く恵美さんを見ながら、いつの間にか私の横に立っていたまゆさんが苦笑する。

 

「……それで、志保ちゃんはいいの?」

 

「え……?」

 

「天海さんも可奈ちゃんも、どうしたいかを言っただけ。言いたいことがあるなら言うべきよぉ」

 

 そのために天海さんはあそこで待っていてくれるのだから、というまゆさんの言葉に、私は首を横に振った。

 

「……あるはずないです」

 

 顔を上げてアリーナの一番向こうに目を凝らす。一番奥の席は、本当に自分の声があそこまで届くのかと思ってしまうぐらい、ここから遠く離れているように感じた。

 

「このステージは、今立っているこの場所は」

 

 周藤良太郎がいつも一人で立っていたが故にずっと気が付かなかったこの場所は。

 

 

 

 ……私が思っていたものよりもずっと重たかったから。

 

 

 




・この話はやめよう。ハイ! やめやめ
ファイヤーヘッド兄さんのことをゾフィーって言うのヤメろよ!

・『青春』をしてもらいたかった。
多分気付いた人はいないでしょうが『花物語』のラストで阿良々木君が神原に言ったセリフをインスパイアしました。物語シリーズ個人的名言ランキング上位に入るセリフです。

・春香の長台詞
これまででお気づきの方もいらっしゃるでしょうが、こういう大切な場面の台詞は基本的に原作から引用しつつ「良太郎がいること」によりほんの少し変化しております。
間違い探しレベルですが、是非その辺を楽しんでいただければ(楽しめるとは言っていない)

・おや、いおりんの出番が……?
減ってるなんてことはないですよ()



 というわけで劇場版の最大の山場を乗り越えました。あとは〆の空気に入りつつライブシーンを迎えるだけですが……当然まだ回収してない伏線があるのでこの小説ではまだ山場は残っております。

 さて、本当にあと二話で収まりきるのだろうか……。


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Lesson110 輝きの向こう側へ 3

何とか予定通りに第三章を終えれそうです。


 

 

 

「……『私は天海春香だから』か」

 

「春香らしい言葉ね」

 

「あぁ、全くだ」

 

 りっちゃんや赤羽根さんと共にアリーナの入り口付近の壁にもたれかかりつつ、ここまで聞こえてきた春香ちゃんの言葉を反芻する。

 

 もう年初めの頃の自分自身の夢に押し潰されそうになって泣いていた春香ちゃんは何処にもいなかった。

 

 きっと彼女はこれから先、悩むことはあっても迷うことはないだろう。

 

 それはそうと。

 

「いいなぁ、超カッコいいなぁ。俺もアレどっかで言いたいなぁ」

 

 何というか、すごく主人公の台詞だった。春香ちゃんを主人公に二十五話ぐらいアニメが出来そう。んで短編集の二十六話が放送されて、さらに二時間ぐらいの映画になりそう。あぁでもその場合、春香ちゃんが主人公というよりは765プロのアイドル全員を主人公にすると逆に収まりがよさそう。

 

 そうすると俺は、度々彼女たちに助言をする先輩ポジションか、それともラスボスか。いや、精々二次創作に登場するバグキャラ辺りが妥当か。丁度転生してることだし。

 

 もしかしたら本当に春香ちゃんが主人公の物語があって、俺はそこに転生していたのかもしれない。

 

 タイトルは、そうだなぁ……アイドルを極めし者たちの物語ってことで『アイドルマスター』とか。

 

 ……まぁ、今となってはだからどうしたという程度の話ではあるのだが。

 

「さて、俺はそろそろ行きます」

 

「あれ、いいのかい?」

 

 赤羽根さんがステージ上の彼女たちを指さしながら暗に話をしていかないのかと尋ねてくる。

 

「今のみんなに対して俺がかける言葉は良い意味でありませんよ」

 

 既に彼女たちは走り出している。手を引く必要が無ければ道を教える必要も無い。これからより一層厳しくなるレッスンで助言をする程度だ。

 

 というかぶっちゃけると今俺があそこに行っても凄い場違いっぽいし。

 

 あそこは今、765プロとバックダンサーのみんなのためのステージなのだから。

 

「あとはよろしく。りっちゃん、赤羽根さん」

 

「……えぇ、勿論よ」

 

「任せてくれ」

 

 ヒラヒラと手を振りながら会場を出る。

 

 さてと。

 

「……急がねば」

 

 割と時間に余裕が無くなっていたことに気付き、車を停めた駐車場まで猛ダッシュを開始するのだった。緊急事態故、廊下を走っているが是非とも見逃してもらいたいものだ。

 

 

 

 

 

 

「あれ、リョータローさんいなくなってる」

 

 チーンとハンカチで鼻をかみつつ会場の奥を見ると、入り口付近で秋月さんや赤羽根さんと一緒にこちらを見ていたはずのリョータローさんがいなくなっていた。

 

「次の現場に向かったのよぉ。ここから車で十五分ぐらいの××スタジオで収録なんだけど、リハーサル開始まであと二十分ぐらいだから焦ってたんだと思うわぁ」

 

「………………」

 

「なぁに?」

 

「いや、リョータローさんの仕事の予定を随分詳しく把握してるなぁって思って」

 

「そんなことないわよぉ?」

 

 正直アイドルじゃなくても良太郎さんのマネージャーとしてやっていけそうである。

 

「あの、恵美さん、まゆさん」

 

 相変わらずリョータローさん関係だと色々とアレだなぁと思っていると、酷いことを言ってしまったと可奈に対して謝罪をしていた志保がこちらを向いた。

 

「恵美さんとまゆさんにも改めて謝りたくて……無神経なことを言って申し訳ありませんでした」

 

 真っ直ぐと頭を下げてくる志保。

 

 一体何事かと思い、彼女がアタシたちに謝ることと考えて思い当たるのは一つだけだった。

 

 

 

 ――既に123プロダクションでデビューが決まっているアナタたちに、私たちの何が分かるんですかっ!?

 

 

 

「あ、あはは、別に気にしてないから大丈夫だって」

 

 若干苦いものになってしまったが笑顔で手を振ることができた。まゆも隣で気にしていないと首を振っている。

 

 本当のことを言うと、全く気にしていないわけではない。けれど、これはアタシたち自身が受け入れていかないといけないことだ。

 

 万人に憧れられる華やかなアイドルだって妬まれたりするのだから、彼女たちと年も経験も殆ど変わりないアタシが妬まれてもそれは当然のことで……。

 

「あ、あのっ!」

 

 突然、百合子が大声を張り上げた。

 

「す、少なくとも私たちの中には、恵美さんたちを妬んだりしてる子はいませんから!」

 

「せやね。恵美とまゆは間違いなく私たちと同じバックダンサー組の仲間や。先にデビューとかそんなの関係あらへん」

 

「むしろ先にデビューしてもらって、どんな感じだったか教えてもらいたい……」

 

「みんな……!」

 

 続く奈緒と杏奈の言葉に、ようやく納まった涙腺が緩んでいくのが分かった。

 

「あ、ヤバい、泣く」

 

「はいはい、涙が零れないように上を向きましょうねぇ」

 

 全くもうと困ったように笑いながらポンポンと背中を叩くまゆの手に、逆に鼻の奥がツンとなった。

 

「あは、恵美ってばけっこー泣き虫さんなの」

 

「にししー! めぐめぐの涙で会場内も大雨だねー!」

 

 みんなのアハハという笑い声が会場に静かに響いた。

 

 

 

 

 

 

 スクールによって行くというバックダンサー組のみんなとアリーナの前で別れ、律子さんやプロデューサーさんと合流した私たちは徒歩で事務所への帰路に着いた。

 

 雨はすっかりと止んでおり、綺麗な夕焼けの空が頭上に広がっていた。

 

「あ……」

 

 全員でキャイキャイと笑いながら堤防を歩いていると、不意に律子さんが足を止めた。

 

 何事かと律子さんの視線の先を辿ると、そこには山の向こうに消えていこうとする綺麗な夕日が浮かんでいた。

 

『わぁ……!』

 

 全員の感嘆の声が重なる。

 

「キラキラだねぇ……」

 

「そうね……」

 

「ずーっと見てると、光に包まれているみたいで素敵だね……」

 

 その雪歩の呟きに、私はあっと気が付いた。

 

「なんだかこれ、ライブの時のサイリウムみたいだね」

 

「あ、確かに!」

 

「あれもキラキラなの!」

 

 真と美希が同意してくれた。

 

「自分、時々アレ、海みたいだなって思うぞ!」

 

「ならば、スポットライトは星空、といったところでしょうか」

 

「じゃあ私たち、光の海を渡っていくのね」

 

「にひひっ、あずさに舵は任せられないわね」

 

 伊織の言葉にあずささんを含めた全員から笑みが零れる。

 

「……光の海、かぁ」

 

「……光の先には、何が見えるのかしら」

 

 千早ちゃんがポツリと呟いたその言葉に、私は以前の美希との会話を思い出した。

 

 去年の秋、初の感謝祭ライブの舞台袖での美希との会話。

 

 

 

 ――りょーたろーさんが言ってたんだ。

 

 ――トップアイドルになると……りょーたろーさんたちみたいなアイドルになると、そのキラキラの向こう側が見えるんだって。

 

 

 

 あの時の私にはまだ想像することが出来なかった光の向こう側。今ならば少しだけ、思い描くことが出来るかもしれない。それはまだ憶測で、願望に近いものかもしれないけど。

 

「……素敵なところだといいなぁ」

 

 そう呟き、いやと自分で首を振った。

 

 あの良太郎さんたちがいる世界なのだ。

 

 

 

 素敵じゃないなんて、あり得ない。

 

 

 

 

 

 

 さて、少しだけ早い上にオチではないが、一応今回の事の顛末を語ることにしよう。

 

 無事に可奈ちゃんの問題と志保ちゃんとのいざこざ全てに方が付いた765プロとバックダンサーのみんなは、以前のようにそれぞれに分かれての練習が再開した。

 

 いつも通りの基礎練習と振り付けの確認。しかし、それまであまり練習中も係わりが少なかった志保ちゃんが積極的に話し合いに参加するようになり、雰囲気的な意味でも良いものになった。

 

 さらに時間を見つけては俺やジュピターの三人が直接指導に赴き、全員のレベルはメキメキと上がっていった。中でも冬馬が彼女たちの指導に一番熱心だったのは、意外でもなんでもなく面倒見のいいアイツだからだろう。

 

 ちなみに可奈ちゃんに関しては特別なことは何もしていない。普段の朝練をしっかりとこなして間食を抑えれば十分間に合うだろうというのが、スクールの先生と話し合った結果らしい。まぁ万が一間に合いそうになかった場合は士郎さんに頼んで『高町ブートキャンプ秋の陣・脂肪燃焼特別版』にご招待するつもりだったが、その心配もなさそうだ。

 

 もっとも、特別なことは何もしていないが、週に一回ランダムで行われる俺とのレッスンで可奈ちゃん以外の全員も一緒にひーこら言わせているが。

 

 

 

「そんなわけで、バックダンサー組は順調だよ」

 

「ふふ、可奈ちゃんからもメールで聞いてますよ。『朝練出るのが厳しいー』とか『甘いもの食べたいですー』とか『リョウタロウサンノレッスンヤバイ』とか」

 

 なんか最後の一文だけ片言で異様にガチっぽかった。あれーおかしいなー、翌日に響かないどころか三十分少々休憩すれば普通に動けるようになるぐらいの優しいレッスンだったんダケドナー。ちなみにその三十分の間、指先一つ動けるとは言っていない。

 

 そんなことを助手席の春香ちゃんと話しながら、後部座席には千早ちゃんを乗せて秋空の下、車を走らせる。仕事に向かう途中で二人が歩いているのを発見したので、ついでに乗せていってあげることにしたのだ。

 

 相変わらずアイドルとのエンカウント率が高い気もするが、今更今更。

 

「可奈ちゃん、みんなと一緒に練習してちょっとずつ出来るようになってきたって、凄く嬉しそうなメールくれるんです」

 

「良かったわね、春香」

 

「はぁ、早くみんなと会いたいなぁ」

 

 楽しそうにニコニコと笑う春香ちゃん。

 

「可奈ちゃんたちも、春香ちゃんたちと会えるのを楽しみにしてるよ」

 

「あ、もちろん可奈ちゃんたちもそうなんですけど……会場で、ファンのみんなに会うのが楽しみなんです。早く私たちを見てもらいたいなって」

 

「……そっか。そうだよね」

 

 それはアイドル共通の感情故、今の春香ちゃんの気持ちは手に取るように理解出来た。

 

 あぁ、俺も歌いたくなってきた。今から年末ライブが楽しみだ。

 

「……あ、良太郎さん、すみません。少し停めてもらえますか?」

 

「ん? いいけど」

 

 突然の千早ちゃんからのお願いに車を路肩に停めると、すみませんと一言言ってから彼女は車を降りた。

 

「……手紙?」

 

 車を降りた千早ちゃんの手には青色の可愛らしい封筒があった。どうやらすぐそこのポストに入れたかったらしい。

 

 誰宛だろうなぁと心の中で思っていると、俺の視線に気付いたのか春香ちゃんが代わりに答えてくれた。

 

「千早ちゃん、今回のライブにお母さんを招待するんです」

 

「……え? お母さんを?」

 

 思わず聞き返してしまった。

 

 確か弟の優君の一件で両親が離婚して以来、お母さんとは不仲になっていたはずだ。

 

「『これで何かが変わるわけじゃないけど、このままじゃいけないって思えるようになった』って、千早ちゃん言ってました」

 

「……そっか」

 

 あの封筒はお母さんに宛てたライブのチケットっていうことか。

 

「……私も、少しずつ変わっていきたいです」

 

「……あぁ」

 

 変われるさ、千早ちゃんも、君も。もちろん俺だって。

 

 まだまだ人生の途中なんだから。

 

 

 

 

 

 

 季節は移ろい、秋から冬に変わっていき。

 

 

 

 ついに、765プロ初のアリーナライブ当日がやって来る。

 

 

 




・二十五話ぐらいアニメが出来そう。
今更ながら良太郎にアイマス知識が無いことアピール。
え? 逆効果?

・「涙が零れないように上を向きましょうねぇ」
坂本ですが?(違)

・光の先
『光の先』『輝きの向こう側』等をマジ恋の『壁を超えた者』的な意味合いで使おうと思案中。

・『高町ブートキャンプ秋の陣・脂肪燃焼特別版』
最近高町家を便利キャラ扱いしすぎってそれ一番(作者の中で)言われてるから。



 劇場版ラストの真面目なシーンが終わって、後は大団円を迎えるだけの三話目でした。(全部の伏線を回収しきったとは言っていない)

 次回、残りの伏線を回収しつつ第三章最終話です。


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Lesson111 輝きの向こう側へ 4

劇場版アイドルマスター、これにて終劇!


 

 

 

「おぉ! 可奈ぴったりやんか!」

 

「可奈ちゃん、ちゃんと入ってるよ!」

 

 アリーナライブ当日の出演者控室にて、奈緒と星梨花が感嘆の声を上げる。

 

 アタシたちの衣装は二の腕や太ももはおろか臍まで大きく見せている結構露出が多い衣装のため、以前の可奈では少々厳しいものがあったが、僅か一か月という短い期間で彼女の体形は元に戻り、無事にバックダンサー組の衣装を身に着けることが出来た。

 

 ちなみにアタシや奈緒、そして意外なところで星梨花や杏奈は何の抵抗も無かったのだが、それ以外のみんなは露出の多さ故に少しだけ躊躇していたのは全くの余談である。

 

「うぅ~! 良かったよぉ~!」

 

「泣くのはまだ早いから」

 

「それに、泣くのは恵美ちゃんの専売特許よぉ」

 

「ちょっとまゆ、それどーいう意味っ!?」

 

 衣装を着れたことに対して涙声になる可奈を宥める志保とまゆだったが、まゆのその発言は少々受け入れ難かった。涙腺が緩いのは認めるが、専売特許とまで称されるつもりはない。

 

「あら、みんなも着替え終わったのね」

 

 そんな秋月さんの言葉に振り返ると、そこにはアタシたちバックダンサー組の衣装と反対の白い舞台衣装を身に纏った765プロの皆さんの姿があった。アタシたちがホットパンツなのに対し、彼女たちはスカートという違いもあるが。

 

「ふふっ、よく似合って、る……?」

 

 彼女たちを褒める秋月さんの言葉は、秋月さんの胸に765プロのアイドル全員が付けているものと同じコサージュを付ける三浦さんの手によって尻すぼみになっていった。

 

「え、これ……?」

 

 突然の出来事に戸惑う秋月さんに、三浦さんはニッコリと微笑んだ。

 

「私たちはいつも、律子さんと一緒ですからね」

 

「あずささん……みんな……」

 

 アタシたちはおろか天海さんたちがデビューする前にアイドルとして活動しており、今でこそプロデューサーとして活動している秋月さんに『同じアイドル』としての思いを込めた言葉。

 

 同じように優しい微笑みを向ける天海さんたちに、秋月さんの瞳に光るものが浮かんできた。

 

「もぉ! 開演前から泣かせるんじゃないわよぉ!」

 

「りっちゃ~ん! 泣いちゃダメだよ~?」

 

「泣いてないでしょぉ!」

 

 そう言いながら、秋月さんは涙声になっていた。

 

 

 

「それでぇ? 恵美ちゃんもティッシュ使う?」

 

「泣゛い゛でな゛い゛じっ!」

 

「はいはい、それは心の汗なのよねぇ」

 

「やっぱり専売特許やん……」

 

 

 

「うむ、全員準備万端のようだね」

 

 季節外れの花粉症に苛まれてティッシュで鼻をかんでいると、控室に高木社長がやって来た。

 

「社長」

 

「実は本番前の君たちに是非激励がしたいという人たちを連れてきたんだ」

 

「え、もしかして……!」

 

 星井さんが期待に満ちた声を上げた。他の人たちも、もしかしてと淡い期待を抱いた。

 

 入ってくれたまえと高木社長が廊下に向かって呼びかける。

 

「……よう」

 

『……はぁ……』

 

「おいお前ら今露骨にガッカリしただろっ!?」

 

 廊下から姿を現したのは冬馬さんだった。恐らくだが、すわリョータローさんかと一瞬思ってしまった何人かが落胆の溜息を吐いたのだろう。

 

「なんだぁ、良太郎さんじゃないのかぁ……」

 

「だから思ってても口に出すんじゃねぇよ佐久間ぁ!」

 

 ここで堂々と本音を口にする辺り、まゆは失礼とかそーいうのじゃなくてブレなさすぎて図太いんじゃないかって最近思い始めた。

 

「はは、案の定な反応だったね」

 

「とーま君を人柱に捧げた甲斐があったよ」

 

 ひょっこりと入り口から北斗さんと翔太君が顔を出した。どうやらこうなることを予想していたらしく、やり口が地雷除去のそれだった。

 

「伊集院さん、御手洗君」

 

「チャオ。いやぁ、本当は良太郎君も一緒に来てるんだけどね?」

 

「なんか『ライブの時はファンとして参加するから楽屋には行かない』とか言っててさー。だから伝言だけ預かって来たよ」

 

 まずはバックダンサーのみんなに、と翔太君。

 

 

 

 ――緊張してもいい。でも力まないで。

 

 ――落ち着かなくてもいい。でも焦らないで。

 

 ――笑顔になろうとしなくていい。今の君たちなら、自然と笑顔になれる。

 

 

 

「~っ……!」

 

 その言葉を聞いて一瞬また泣きそうになった。

 

 緊張してもいいと言われた、落ち着かなくてもいいと言われた。でも、さっきまで少し感じていた緊張も焦りもすっかり消えていた。

 

 本当ならば緊張と焦りが増すであろう『周藤良太郎からの期待』を受けているにも関わらず、バックダンサー全員が笑顔になっていた。

 

 翔太君はそのまま天海さんたち765プロのアイドルへの伝言を口にする。

 

 

 

 

 

 

「『――今から君たちが目にする場所が、輝きの向こう側だ』ねぇ。随分とカッコつけた激励の言葉だこと」

 

「厨二乙」

 

「その言葉で傷つくのが俺ばかりだと思うなよ……!? ぜってー何人かに飛び火してるからな……!?」

 

 情け容赦ない麗華とともみの言葉に涙が出そうになる。というか隣で「アタシは好きだよ! ……そ、その言葉!」とりんがフォローを入れてくれていなかったら泣いていた可能性がある。しかしただ男が泣くのは見苦しいので美術部よろしく部長箱を被らねばならぬ。

 

 はてさて、そんな会話をしている俺と魔王エンジェルの三人が何処にいるのかというと、765プロダクションアリーナライブ会場内である。今年の初めの新年ライブの時と同じように共にライブを観に来ており、今回はそこにジュピターの三人も追加されている。もっともその三人は俺の伝言を携えて出演者控室へと行っているが。

 

「それにしても、あの子たちも随分とお客さん入れるようになったわねぇ」

 

 しみじみと会場全体を見渡しながら麗華が呟く。

 

「去年の秋の感謝祭ライブが懐かしいなぁ」

 

 何もかも皆懐かしいと言うほどではないが、もう既にあれから一年が立っているのだと思うと色々と感慨深い。

 

「春香ちゃんたちもすっかりトップアイドルだなぁ……」

 

「私たちだってまだまだ足を止めるつもりはない」

 

 正直独り言に近い呟きだったが、パンフレットに目を落とした麗華がそう返事をした。既に薄暗い中で文字を読んでいると目が悪くなると言おうと思ったが、麗華も既に視力が落ち始めていてコンタクトを入れるようになったんだった。

 

「だから海外に行くのはアンタから逃げるわけじゃないわよ」

 

「だから分かってるって」

 

 既に麗華たちが海外進出を進めるという話は聞いている。一応試験的に一年を目途に期間を決めてのことらしいが、日本での仕事も数を減らしつつこなしていくそうだ。

 

 麗華には首を洗って待ってなさいと鼻先に指を突き付けられ、ともみには翠屋のシュークリームを定期的に送ってほしいと無茶を言われ、りんには浮気の心配はしなくていいからねと手をぎゅっと握られた。りんの言葉の意図は正直分からなかったが、とりあえず全員海外での活動に気合十分ということでいいのだろう。

 

「……海外、ね」

 

 魔王エンジェルの三人を初め、千早ちゃんと美希ちゃん。あとアイドルではないが赤羽根さん。

 

 次々に知り合いが海外へと旅立っていくこのタイミングで『それ』の発表は、やはり偶然ではなく運命的な何かを感じずにはいられない。

 

 

 

 ――『IE(アイドルエクストリーム)』の開催。

 

 

 

 それまで日本国内のアイドルのみが参加していたIUがIEと名前を変え、世界中のアイドルが集い『世界一のトップアイドル』を決める国際的な催しに姿を変えた。

 

 今年のIUが開催されず、さらに話が全く入ってこなかったのはこういうことだったのだろう。

 

(世界一か)

 

 その称号自体に興味が無い……と言えば勿論嘘になる。しかし『俺の夢』はそこではなく、だからといってそれが『俺の夢』に一番近いところにあるのも間違いではない。

 

 ただまぁ当たり前ながらそんなに簡単な話じゃないことは子供でも分かる。

 

 いくら俺が日本のアイドルの頂点と持て囃されたところで、それはあくまでも日本の話であり――。

 

 

 

 ――転生チートの俺に匹敵する『輝きの向こう側に至ったアイドル』は世界中にいるのだ。

 

 

 

 例えば中国。全国民を魅了したと言っても過言ではない人気に一時は社会問題にまで発展し『黄巾の再来』とまで称された三姉妹。

 

 

 

 例えば英国(イギリス)。名歌手と名女優を祖母と母に持つサラブレッドであり『福音(エヴァンジュエル)』と讃えられた歌声を持つ若干十歳の天才少女。

 

 

 

 例えば米国(アメリカ)。歌、ダンス、容姿、演技、全てにおいて他の追随を許さない圧倒的な実力で『女帝(エンプレス)』と崇められる日本人女性。

 

 

 

 彼女たち以外にも日本にまで届く高名なアイドルはいる。俺が世界一を本気で目指そうと考えた時、彼ら彼女らが目の前に立ち塞がるのだろう。

 

 『覇王』と畏怖されるアイドルとしては「ふはは相手にとって不足は無い!」的な感じが正解かもしれないが……俺は、彼ら彼女らに少しだけ会ってみたくなった。

 

 

 

 だから、俺も少し海外(そと)へ行ってこようと思っている。

 

 

 

 といっても海外進出とかそういう大掛かりな話ではなく、春休みを利用して軽く世界を見て回ってこようというそういう話だ。詳しい日程はこれから話し合って決めていくつもりだが、まぁ新年度(だいよんしょう)までには帰ってくるつもり……ん? 今なんか変なルビが……。

 

 

 

 きっと春にはまた、新たなアイドルの芽が芽吹くことだろう。

 

 

 

 

 

 

「ハナコー、散歩行くよー」

 

 

 

 

 

 

「……よし! 今日も頑張ります!」

 

 

 

 

 

 

「アイドルかぁ……へへ、面白そうかも!」

 

 

 

 

 

 

 一体、彼女たちはどんな花を咲かせるのだろうか。

 

「戻ったぞー」

 

「ただいまー」

 

「みんな調子良さそうだったよー」

 

 俺の伝言を携えて激励に行っていたジュピターの三人が帰ってきた。俺やりん、ともみが割と普通に「おかえりー」と出迎える中、一人パンフレットに視線を落したままの麗華は無反応だった。

 

 以前の騒動のことでジュピターを敵視した麗華。そのごたごたも終わりウチの事務所に所属することになった時に一応彼女たち(というか主に麗華)と和解したはずなのだが、未だにジュピターに対して麗華の風当たりが強い。

 

 恐らくではあるのだが、結局大本の961を叩くことが出来ずさらにジュピターが961を離れてしまったため振り上げた拳を下ろす場所とタイミングを逃してしまっただけだと俺は考えている。いじっぱりここに極まれりってところか。何ともまぁ攻撃力が高そうである。

 

「お、始まるか」

 

 ビーッというブザー音が会場内に響き渡り、それを上回る大歓声が沸き上がった。

 

 さてそれじゃあ俺も765プロのアイドルのファンとして、あと恵美ちゃんとまゆちゃんの先輩として今日のライブを全力で楽しむことにしよう。

 

 予め購入しておいたサイリウムを折りながら立ち上がる。ともみとりん、北斗さんと翔太も立ち上がったが、麗華と冬馬は座ったまま。なんだかんだ言って似た者同士だなぁと少し思った。

 

 会場の照明がさらに薄暗くなり、だんだんと歓声も収まっていく。

 

 カッと照明がステージ上を照らし、薄いカーテンの向こうに十二人のシルエットが映し出された。

 

 曲が始まり歓声が再び大きくなる中、カーテンは少しずつ開いていく。

 

 

 

「……ようこそ、トップアイドルの世界へ」

 

 

 

 彼女たちを、俺は『輝きの向こう側(ここ)』で待っていよう。

 

 

 

 

 

 

 アイドルの世界に転生したようです。

 

 第三章『M@STERPIECE』 了

 

 

 

 

 

 




・「泣゛い゛でな゛い゛じっ!」
この小説でのころめぐはこの方向性で進めていきます。

・「なんだぁ、良太郎さんじゃないのかぁ……」
ついでにままゆもこの方向性で。

・美術部よろしく部長箱
GA七巻で最終巻ってどういうことだよ!(激怒)
俺たちのアニメ二期はどこいったんだよ!(血涙)

・何もかも皆懐かしい
アレ宇宙戦艦ヤマトって下に砲門無くねって思ったのは絶対に作者だけじゃない。

・『IE』
ワンフォーオール編への布石。

・『輝きの向こう側に至ったアイドル』
輝きに憧れる者:アイドルそのものに憧れる者(初期の春香たち他アイドルの卵)
輝きの向こう側を見た者:アイドルのその先を見据え始めた者(魔王エンジェル他トップアイドル)
輝きの向こう側に至った者:アイドルのその先の極致に辿り着いた者(良太郎他オーバーランク)

・『黄巾の再来』
「ちーちゃん、れんほーちゃん! アイドルの世界大会だって!」
「ふふん、ちぃの魅力で世界なんて簡単に獲ってやるんだから!」
「姉さんたち、少し落ち着いて……」

・『福音』
「くくく……この私が世界一だと知らしめる時が……クシュン!」
「こらエヴァ、風邪の時ぐらい静かにしていろ」
「うぅ……雪姫、喉乾いた……」

・『女帝』
「……ついにこの時が来たわね。楽しみに待ってるわよ、新人アイドル君?」

・「ハナコー、散歩行くよー」
Never say never

・「……よし! 今日も頑張ります!」
S(mile)ING!

・「アイドルかぁ……へへ、面白そうかも!」
ミツボシ☆☆★

・いじっぱり
二人ともHAベースで、麗華がB調整、冬馬がS調整のイメージ。



 第三章が終わったよー!(愛ちゃん並感)

 いやぁ、本当に劇場版編書き終えるまで続けることになるとは思ってませんでした。ここまできたらアイマス系のアニメ全てやり尽すまで書き続けてみせましょう(Mマスは除く)だからスタッフほら、ミリマスアニメ化はよ。



 さて、これからのお話を少々。

 大体の方は何となく察しているでしょうが、すぐに第四章に入るわけではありません。書きたかった番外編とタイミングと時期もろもろをすり合わせ、番外編を三本ほど挟んだ後、四月から改めて第四章を開始したいと思います。

 『二人いる第四章からの123の新人の一人は既に出演済み』ですし第四章を書くのが作者も楽しみですが、一応『赤色の短編集』と『恋仲○○シリーズ』を二本考えております。

 番外編ばっかりじゃねえか! という声は、流石に今更なのでもうないと信じております(チラチラ)

 今後とも、この小説をよろしくお願いします。

 それでは。






 春。命芽吹く暖かなこの季節に、新たにアイドルへの道を歩み始める少女たちがいた。

 彼女たちはガラスの靴を履き、お城への階段を駆け上がる。

 これは、そんなシンデレラを目指す少女たちに魔法をかける魔法使い――。



 ――ではなく、彼女たちの周りをウロチョロしつつほんの少しお手伝いをするネズミのようなポジションの男のお話。



 アイドルの世界に転生したようです。

 第四章『Star!!』

 coming soon…


 


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番外編19 もし○○と恋仲だったら 7

春の番外編祭り! 1/3

ついにこの人の出番です。


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 水平線の向こうに夕日が沈んでいく。空は太陽によって青から橙色のグラデーションに彩られ、海は赤く染め上げられていた。

 

「……綺麗だな……」

 

 海岸でそんな光景を眺める俺のその呟きに、隣に立つ彼女は俺の肩に頭を乗せながら「えぇ、貴方と一緒だから」と返してくれた。

 

「俺も貴女と一緒にこんな光景が見れて幸せです」

 

 ギュッと彼女の手を握りしめると、彼女からもキュッと握り返された。それは極々自然な動作で、俺と彼女の中では既に日常の一部分だった。彼女が何処にもいかないように、彼女を俺の横に繋ぎ止めるように、二度と彼女が離れていってしまわないように。

 

 ……いや割と切実に。

 

 

 

(……さてと)

 

 目の前の光景も、隣にいる女性とこういうシチュエーションになっていることも、体を寄せ合っていることで彼女の柔らかな身体と密着していることも、何処をとっても不満は無いのだが、それでも『解決していない現実』と『どうにかしなければならない現状』に向き合うことにしよう。

 

 聡明な諸兄はお気づきだとは思うが、念のためお手数だが今一度自分のモノローグを見返してほしい。

 

『水平線の向こうに夕日が沈んでいく』

 

 この世の自然の摂理的に考えて、西から昇った太陽が東に沈んでいくのはバカボンのパパ的な意味以外にはありえない。

 

 つまり今俺たちは『日本海』にいるのだ。

 

「……えらい遠出になったなぁ……」

 

 どうしてこうなったと改めて思い返す。

 

 完全オフの今日は朝から彼女と車でデートだったが、お昼を食べ終えた辺りで少し眠気がやって来た。この状況で車の運転は流石に不味いと考えていると、彼女が代わりに運転をすると申し出てくれた。

 

 男として少々情けないと思いつつも彼女の優しさに甘え、運転席を彼女に譲り俺は助手席に体を収めた。

 

 目的地は既にカーナビに登録されているのであとはその通りに運転するだけで良かったため、車を走らせて程なくして俺は夢の中へと旅立っていった。

 

 

 

 ……そして目が覚めたらそこは日本海だった。

 

 

 

「ほ、本当にごめんなさいね、良太郎君……」

 

「……いえ、いいんです。誰の責任でもありませんし、普通にドライブだったということにしましょう」

 

 しいて言うなら、彼女の悪癖とその悪癖を知っていながらハンドルを任せてしまった俺に責任があるのだろう。

 

 ……どちらかというと、普段は運転に集中してあまり見ることが出来ない彼女のπ/をマジマジと見たかったという下心があった分、俺の責任の割合が多い気もする。結局すぐに寝てしまったため見れなかったけど。

 

 どちらにせよ、最初からどちらの責任などという話をするつもりは無いので、気にする必要は無いと申し訳なさそうに目を伏せる俺の恋人――三浦あずさの頭を撫でるのだった。

 

 

 

「さてと……それじゃあ帰りますか」

 

 綺麗な夕焼けは十分堪能したので、そろそろ行こうかと車に乗り込む。今度はキチンと俺が運転席である。

 

「えっと、帰宅予定時刻はっと……」

 

 ピッピッとカーナビを操作して自宅に到着するまでの時間を調べると、どうやら結構夜遅くになるようだった。まぁあずささんも明日までオフだから帰るのが遅くなっても明日に影響することもないか。俺は普通に仕事があるけど、お昼からだから十分間に合うだろ。

 

「……あ……」

 

「ん? どうかしましたか?」

 

 それじゃあ早速出発しようとしたところであずささんが何かを言いたげにサイドブレーキを上げようとした俺の左手に触れた。

 

「あ、えっと、その……りょ、良太郎君は明日仕事なのよね?」

 

「? はい、お昼からですけど」

 

 一応話してあったと思うのだが、どうして今それを再確認したのだろうか。

 

「……あ、あのね……良太郎君が良かったらでいいんだけど……」

 

 

 

 ――今晩、お泊りしていかない?

 

 

 

 躊躇いがちに、けれど左手に自身の手を重ねたまま、あずささんは上目遣いでそう言った。

 

「っ……!」

 

 なんかもう脊髄反射的に肯定しそうになったが、踏み止まったのは果たして何の力が働いたからなのか。多分良心の呵責(ジ○ニークリケット)が手にした傘で俺の邪な心を引っ叩いてくれたのだろう。随分暴力的なコオロギがいたもんである。

 

 いや、別に最愛の彼女とのお泊りが嫌なわけではない。愛する女性と少しでも長く一緒にいたいという願望は当然俺にだってある。

 

 金銭的な問題はトップアイドル二人にあるはずもなく、年齢的な問題もお互い成人(いいおとな)だ。時間的な問題も彼女はオフで俺も午前中に帰ればいいので問題とはなりえない。恐らく今の状況で一番ネックになるであろう熱愛報道(パパラッチ)的な問題は……まぁ今は触れない方向で行こう。きっとこう、神様の意志的な何かできっと大丈夫だろう。

 

 思わず躊躇してしまった理由があるとするならば……彼女と交際を始めてから半年ほど経つのだが、未だに『そういう経験』が無いことだろうか。『そういう経験』がどういう経験なのかは各々のご想像にお任せするが、どちらにせよ清い交際であることには変わりない。

 

 はてさてどうしたものかと悩み始めた俺の思考は――。

 

「ご、ごめんなさい、やっぱり気にしないで――」

 

「……それじゃあ、何処か泊まれる場所を探しましょうか」

 

 ――すぐに中断され、俺はサイドブレーキを下ろさずに再びカーナビを操作して近くの宿を探すことにした。

 

「――え? で、でも……」

 

「俺が今晩あずささんと一緒にいたいって思ったんです」

 

 その言葉に偽りはないが、それ以上に――。

 

 

 

 ――少しだけ震えていたあずささんの右手を振りほどけそうになかった。

 

 

 

 

 

 

 さて、ここで高級ホテルとか粋な温泉旅館とか、そういった類の宿を抑えることが出来れば話として恰好が付くのだが、現実はいつだって「これがリアルだから」と当たり前のことを思い知らされた。

 

「なんかすみません、こんなところで」

 

 物語のように都合よく当日の宿が空いているというところは意外に無く、結局部屋が取れたのは何の変哲もないビジネスホテルだった。それも二人用を一室のみ。

 

「ううん、私は全然気にしてないわよ?」

 

 実はビジネスホテルに泊まるのは初めてだったりするの、とあずささんは朗らかに笑いながらベッドの上に倒れこんだ。ギシリとベッドのスプリングで彼女の体が押し返され、重量感溢れる膨らみがユサリと揺れるのをしかと目撃した。

 

 ちなみにどうでもいいかもしれないが、未だに俺はその膨らみに触れたことは無いということを一応補足しておく。いや勿論俺だって触れたいことには触れたいのだが……こうなんというか、きっかけが無いというか、彼女とはいえ躊躇してしまうというか。多分「恐れ多い」という表現が一番適している気がする。

 

 そもそもタグに『おっぱい』を登録して百話以上も本編が続いているにも関わらず一回もそーいうイベントが無いというのはどーいうことなのかと小一時間以下省略。

 

 一先ず潮風で若干べた付く体を洗うために交代でシャワーを浴びることにした。ちなみにこういう時に定番の台詞である「先にシャワーを浴びて来いよ」は若干緊張していたが故に頭から飛んでいた。

 

 あずささんが先にシャワーを浴びている間、俺はホテルの隣のコンビニへと買い出しに向かう。夕飯はここに来るまでに既に終えているので、どうせ呑むだろうなとアルコール類と適当にツマミを購入して部屋に戻る。

 

「あら、良太郎君お帰りなさい」

 

 部屋に戻ると、そこには風呂上がりで肌がほんのり赤く上気した浴衣姿のあずささんがいた。ビジネスホテルに備え付けられている安物とはいえ、あずささんが着るとえも言われぬ色気を醸し出す辺りが流石である。

 

「それじゃあ次は俺がシャワー浴びてきますんで、あずささんはお好きに呑んでてください」

 

 コンビニの袋をあずささんに手渡し、すぐに出ますのでと言い残して俺はシャワーを浴びに行くのだった。

 

 

 

「………………」

 

 カシュッ

 

 

 

 とはいえ所詮男のシャワーである。いくら時間をかけたところで精々十五分そこらだ。早々に体を洗い終え、着替えの浴衣を着て頭を拭きながら浴室を出る。

 

「あずささん、お待たせしました……って」

 

「うふふ~。ごめんなさいね良太郎君、お先にいただいちゃったぁ~」

 

 ベッドに腰をかけてチューハイの缶を片手にあずささんは普段以上にうふふと笑っていた。わー、アルコールが入って暑くなったのか大きく広げられた胸元が色っぽーい……じゃなくて。

 

「いや、お好きに飲んでてくださいって言ったのは俺なので別にいいんですけど……」

 

 いくらなんでも酔うのが早すぎる気がする。

 

 あずささんの足元に転がる空き缶を拾い集めながら、一体どうして……と考えたところでそれに気づいた。

 

「……あれ? もしかして……」

 

 いちにーさんし、と空き缶を数え、そしてあずささんがたった今しがた手放した空き缶と新たにプルタブを引き起こした缶の数を合わせる。

 

「あずささん全部飲んだんですかっ!?」

 

 なんとあずささんは俺の分まで飲み干してしまっていた。お互いに呑む方なのでそこそこの量を買ってきていたのにそれを全て飲んでしまったことも驚きなのだが、それ以上にこの短時間にこんな量を飲んでしまっては急性アルコール中毒の危険性がある。

 

「あずささん、一旦その辺に……」

 

「え~い!」

 

 とりあえずお水を……と立ち上がったところ、あずささんに腕を引っ張られた。ベッドに倒れこむように体重をかけられたので咄嗟に反応できず、そのままあずささんを押し倒すような形でベッドに倒れこんでしまった。

 

 ベッドに手をついて突っ張ろうとしたのだが力を込めるのが遅く、倒れこむ勢いを殺しただけで結局はあずささんに覆い被さるように体が密着する。

 

 「ついに来たかラッキースケベ!」と思わず考えてしまったのは意外に余裕があったからではなく、ムギュダプンッという予想以上の柔らかさと文字通り目と鼻の先にあるあずささんのご尊顔にテンパっていたからである。

 

「……ねぇ、良太郎君」

 

「な、なんでしょうか」

 

 いつの間にか首の後ろに腕を回されており離れることが許されない状況の中――。

 

 

 

「……良太郎君の一番好きな場所に触って……?」

 

 

 

 ――潤んだ瞳のあずささんの柔らかそうな唇から、そんな魅力的な(トンデモナイ)言葉が紡ぎだされた。

 

 

 

 

 

 

 良太郎君のことを好きになった瞬間のことを、私は今でも鮮明に思い出すことが出来る。

 

 きっかけは、何でもない日常の風景の中だった。

 

 仕事の現場で偶然顔を合わせ、挨拶を交わしたそんないつも通りの一幕。私の顔を見て挨拶をした良太郎君の視線がついっと下に向いたその時、何故か私の心に複雑な感情が押し寄せたのだ。

 

 男の人が女性の胸に興味を示すということは昔からよく知っていたし、少し大きな私の胸が男の人の視線を集めやすいということもよく理解していたので、今更特に気にしたことは無い。中でも良太郎君は人一倍女性の胸に大変な関心を寄せているということは周知のことで、こうして私の胸を見てくることもいつもの事だった。

 

 それなのにも関わらず、何故か私の心は落ち着かなかった。

 

 その感情は良太郎君と会う度に大きくなり、次第に良太郎君と顔を合わせない日も落ち着かなくなった。

 

 一体どうしてと考え続け、やがて私は気付いてしまった。

 

 その複雑な感情の正体は『喜び』と『悲しみ』が入り混じったもので。

 

 良太郎君が『私を見てくれていることに対する喜び』と『私の胸ばかりを見ていることに対する悲しみ』だということに。

 

 

 

 今まで他の人に対して感じたことのなかったその感情の正体に気付いたその時が、私が良太郎君を好きだと自覚した瞬間だった。

 

 あぁ、彼が私の『運命の人』だったのか、と。

 

 

 

 その後紆余曲折あり、私と良太郎君はお付き合いをすることになったのだが……彼と過ごす幸せな日々の中、私の心の中では一抹の不安が拭い去れなかった。

 

 『良太郎君は私の胸が好きだから付き合っているのではないか』と。

 

 我ながら馬鹿な考えだとは思う。けれど、こうして恋人同士になった今もなお私の胸へと視線が注がれるたびにそんな考えが私の頭を過るのだ。良太郎君がそんな不誠実な人じゃないと知りつつも、心の奥底ではそんなイヤな考えが居座っていた。

 

 今の私の行動は、そんな良太郎君を試そうとする愚かなものだった。

 

 お酒に酔った勢いで良太郎君に抱き付きながら、頭の片隅の冷めた部分で私は怯えていた。

 

 別に触られること自体が嫌なわけではない。私にだって彼と今以上に触れあいたいという願望ぐらいある。

 

 それでも、もし良太郎君が躊躇わずに胸に手を伸ばしたら。

 

 好きに触ってと自分で言いながら、良太郎君と触れ合いたいと思っていながら。

 

 そんな私の我儘で自分勝手な考えに対する自己嫌悪で、次第に目頭が熱くなり始め――。

 

「………………」

 

「……え……」

 

 

 

 ――ギュッと、強く良太郎君に抱きしめられた。

 

 

 

 首の後ろに右腕を、腰の後ろに左腕を回し、ベッドの上で仰向けになる私を少しだけ持ち上げるような形で良太郎君は強く抱きしめてきた。

 

 お互いの浴衣だけで遮られた私の胸と良太郎君の胸板が先ほど以上に強く密着し、良太郎君のトクントクンという心音が聞こえてくるような気がした。

 

「りょ、良太郎君……」

 

「俺は、あずささんの全てが一番大好きです」

 

 だからこうして抱きしめました、と。

 

 顔の真横に良太郎君の顔があるため、彼が今どんな『眼』をしているのかは分からなかった。

 

「その……胸が好きなのは否定しません、否定できるとも思っていません、全力で肯定します」

 

 でも、と抱きしめる力が強くなる。

 

「あずささんのほんわりとした笑顔が好きです。少し猫気な髪の毛が好きです。透けるような白い肌も、お酒を飲んでほんのり赤くなった肌も好きです。少し控えめで落ち着いた性格も好きです。アルコールが入って少しテンションが高くなったところも好きです。ちょっと方向音痴な困ったところも好きです。貴女の全てが大好きです」

 

「……っ」

 

 気が付けば、無意識に私も彼の背中に腕を回していた。

 

「だから貴女が何処にもいかないように、これから先も貴女の側で貴女の手を握り続けることを許してください。……愛してるよ、あずさ」

 

「……はい……!」

 

 

 

 もう、私の何処が好きだとか、彼を試してしまったことだとか、そんなことは私の頭の中には残っていなかった。

 

 今の私の頭の中に占め、私の心の中を満たす思いはただ一つ。

 

 例え彼が私の『運命の人』じゃなかったとしても、私は良太郎君のことを愛し続けるということ。

 

 これまで散々迷い続け、しかし二度と私は迷わない自信がある。

 

 

 

 ――彼と手を繋いで歩けば、そこが私の『目的地』であり続けるのだから。

 

 

 

 

 

 

「……え、えっと、良太郎君? そ、その……す、『するなら使え』って言って渡されたものがあるん……だけど……」

 

「え? ……って、おい誰だあずささんにこんなもの渡した奴っ!? 心当たりが多すぎるっ! っていうかオチが酷いっ!」

 

 

 




・周藤良太郎(20)
説明不要(面倒くさくなったとも言う)のトップアイドル。
あずささんと交際半年を迎えたが、実はAまでしか進展していない。
最近「こいつただのヘタレなんじゃ」と作者の中でもっぱらの話題。

・三浦あずさ(23)
765プロ最胸アイドル(現時点で)
竜宮小町は既に解散しており、最近は歌のお仕事が多い。少々胸部装甲が厚めのため、モデルとしてのお仕事は少なめ。
運転免許に関しては特に設定がなかったと思ったので持っているということに。ただやはり運転は任せたくない。

・バカボンのパパ的な意味
作者は今でも陽が昇る方向を思い出す時に口ずさんだりする。

・π/
以前も使ったネタだけどあえて拾う。いいよね!

・ジ○ニークリケット
(別に作者は夢の国チキンレースがしたいわけじゃ)ないです。

・『そういう経験』
Cに決まってんだろ!(断言)

・タグに『おっぱい』を登録して(ry
アイドルがπタッチしたら犯罪だろ!(アイドルじゃなかったとしても犯罪です)

・「先にシャワーを浴びて来いよ」
良太郎が絶対に言わないであろうセリフ「ペッタンコにしか萌えないんだ」

・「オチが酷いっ!」
綺麗なまま話が終わると思うなよ!



 というわけで恋仲○○シリーズ、久しぶりの765からあずささんでした。やっぱりおっぱい星人としては触れておかねば(πタッチではなく)

 良い子のみんなは「いい話っぽくまとめてるけど結局内容はおっぱいだった」ことに気付いても言うんじゃないぞ! 作者との約束だ!

 さて次回も恋仲○○シリーズになります。もちろん『あの人』です。60連をスカした悲しみをぶつける所存です。



『現在考えているデレマス編の情報を小出しするコーナー その1』
・第四章及び第五章はデレマス編

・第四章はアニメ一期編、別名『シンデレラプロジェクト編』

・第五章はアニメ二期編、別名『○○○。○○○○ー○編』

※なお変更する可能性もあり。


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番外編20 もし○○と恋仲だったら 8

春の番外編祭り! 2/3

甘さ控えめ!


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 カポーン……。

 

 

 

 それは、いつぞやの温泉で聞こえてきたものと同じ擬音だった。結局この音は何なのか調べてみて桶が落ちた音などが反響した音という結論に至り、しかしそれならば今の状況はともかく開けた温泉でそのような音がしたのかという疑問が結局残った。

 

 そもそもこの自宅の浴室という環境で、しかも俺が何もしていないのにこの音がする時点でもはやこれは怪奇現象に近い気もするが、きっと様式美とかお約束とかそういった類のものだろう。

 

 どーでもいいが、怪奇現象という単語で『頭を洗っている最中にかごめかごめ』とか『背後に気配を感じた時は後ろではなく上にいる』とかそういう話を思い出してしまった。どーでもいいが、なんでもないが、別にこれからお風呂に入る人の配慮とかじゃないし。

 

 そんなわけで、最近の日課となりつつある彼女との入浴中である。

 

「それじゃあ、洗うよ」

 

 一声かけてから、柔らかいタオルを石鹸で泡立てて彼女の身体を優しく撫でるように洗う。すべすべで柔らかく、それでいて水をしっかりと弾く張りのある肌に触れるのは、どれだけ経験を重ねても緊張するものである。

 

 首筋、背中、腕、足、そして洗い残しがないように当然胸やお腹、お尻や彼女のデリケートな部分もしっかりと洗う。時折くすぐったそうに身を捩るが、膝の上から滑り落ちないように優しくホールドする。

 

 あぁ、愛おしい。ただひたすら彼女のことが愛おしい。俺がこの世界に転生した来たのも彼女と出会うためだったと真剣に思えるぐらい彼女のことが愛おしい。

 

 さて、そんな彼女との楽しいバスタイムも終わりを告げる。彼女の濡れた身体をタオルでしっかりと拭き取り、そして――。

 

 

 

「楓ー! はーちゃんお願ーい!」

 

「はーい」

 

 

 

 ――キャッキャと笑う愛娘を、浴室から愛妻へと引き渡した。

 

 

 

 

 

 

「ふふっ、パパとのお風呂は気持ちよかったですかー?」

 

「はー! はー!」

 

 リビングのカーペットの上に寝かせてバスタオルで身体に残った水滴を拭いながら笑う楓と何が楽しいのか笑うはーちゃんこと周藤早見(はやみ)の様子を、ガシガシとバスタオルで頭を拭きながら眺める。

 

 既にこの光景を見るようになってから、早一年が経とうとしていた。もうそろそろ一歳になる我が娘は最近になってハイハイを覚えて活動的になった。彼女の手の届くところへ基本的に物は置いていないが、そろそろ生まれた頃とは別の意味で目が離せなくなってきそうである。

 

「ふぅ」

 

 喉が渇いたので冷蔵庫から取り出した麦茶をグラスに注ぐ。彼女が生まれる前だったら風呂上がりのビールを嗜んでいたところだが、妊娠中から授乳期の現在に至るまでずっと禁酒を続けている楓に付き合って俺も禁酒しているので現在の我が家にアルコールの類は料理酒以外に存在しない。

 

 無類のお酒好きである楓に禁酒は辛くないかという問いに対する楓の答えは「今の私にとってこの子たちのお世話がお酒以上の楽しみなの」というものだった。いやぁ、マジ良妻賢母。あ、俺には勿体無いとかそーいうことは言わないよ? この人以外の俺の嫁も、俺以外のこの人の旦那とかもあり得ないから(ドヤァ)

 

 麦茶のグラスを持ってソファーに座ると、はーちゃんに服を着せた楓さんが彼女をすぐ傍のゆりかごの中に寝かせてから俺の隣に腰を下ろした。お風呂で疲れたのか、ゆりかごの中のはーちゃんは既に夢の中。ムニムニと口元が動いているが、果たしてどんな夢を見ているのか。

 

 意図して静かにしようと思っているわけではないが、やはり眠る我が子を前にすると自然と口数は減り行動も慎重になる。

 

「……ふふっ」

 

 コテン、と。楓は静かに笑いながら俺の左肩に頭を乗せる。俺の左手の指に自身の右手の指を絡ませながらスリスリと足を摺り寄せてきた。時期的に俺はハーフパンツで楓もホットパンツのお互いに生足なので、肌と肌が触れ合う感覚に若干くすぐったかった。

 

「私も一口貰っていい?」

 

「どーぞどーぞ」

 

 グラスを手渡すと、コクリコクリと静かに喉を鳴らして麦茶を飲む楓。今更間接キスを恥ずかしがる間柄でもないのでその辺は既にお互い何も言わないが、うーん、ただの麦茶なのに上下に動く喉がセクシーだなぁ。

 

「……なーに? じっとこっちを見て」

 

「いや、ちょっと昔のことを思い出して」

 

 こうして直接肩が触れ合うぐらい隣り合っていると、八年前の温泉のことを思い出す。俺が二十歳になって初めて楓との旅行の日で、初めて飲酒をした日で……俺が楓にプロポーズをした日で、色々とハジメテとなった忘れられない記念日である。

 

「俺、あの日の楓は絶対に忘れないよ」

 

 むしろ今でも目を瞑るとその日の情景が網膜の裏に焼き付いている。温泉での楓もその後部屋に帰った後の楓も脳内リプレイ余裕過ぎて既に非接触メディアのブルーレイでも擦り切れるレベルだ。

 

 そのことを素直に口に出すと、楓は「もう……何言ってるのよ」と言いつつ頬を染めて照れた様子で足をツンツンしてきた。

 

 『俺の嫁さんが美人なのに可愛いとか反則的過ぎて生きるのが辛いけど家族を残して逝くわけにはいかない』などと昨今のライトノベルのタイトルになりそうなことを考えながら、さてそろそろかと時計を見上げると、リビングのドアが勢いよく開かれた。

 

 

 

「あー! いくらママといえどパパとイチャイチャするのは許しません! それはわたしの役目です!」

 

 

 

 バーンッと少々騒がしくリビングに入ってきた少女に、俺と楓は揃ってシーッと口元に人差し指を立てる。その仕草ではーちゃんが寝ているということに気付いた彼女は「ごめんなさい」と謝りながら両手で口を塞ぐ仕草をする。言動や行動は少々アレではあるのだが、基本的に良い子なのだ。

 

 彼女はそのままトコトコとこちらまで歩いてくると、ピョンと軽く後ろ向きにジャンプして俺の膝に飛び乗ってきた。いくら彼女の身体が小さくて軽いとはいえ、危ないのでしっかりと受け止める。

 

 俺の膝の上に乗りご満悦な彼女に、そう言えばまだだったなと頭を撫でる。

 

「おかえり、さっちゃん」

 

「おかえりなさい、さっちゃん」

 

「ただいまです! パパ! ママ!」

 

 今年七歳になる我が家の長女、周藤沙織(さおり)は妹を起こさない程度の声量でただいまの挨拶をしてくれた。

 

 

 

「今日は冬馬とのレッスンだったか?」

 

「はい。流石はパパの唯一のライバルと言われる元アイドルです。とてもゆーいぎなレッスンでした」

 

 緑色のプリーツスカートから覗く白い足をプラプラと揺らしながら、むふぅと満足げな表情を見せるさっちゃん。まだ小学生の癖にちょっと生意気だなぁと思う反面、俺に似ず表情豊かな子に育って良かったと心の片隅でホッとする。

 

「明日は千早先生との歌のレッスンで、明後日は美由希さんとの基礎トレーニングです」

 

 小学二年生ながら、なかなか濃い生活を送ってるなぁとしみじみと思う。

 

 ご察しの通り、さっちゃんは現在進行形でアイドルになるためのレッスンを受けている真っ最中である。かつてなのはちゃんもこなした小学生向けの高町ブートキャンプを受け、さらに歴代で二人目のIU殿堂入りを果たした冬馬、日本の歌い手の頂点に君臨する千早ちゃん、その他かつてトップアイドルと称された元アイドル達のレッスンを受けるという英才教育が始まっていた。

 

 そもそも両親が周藤良太郎と高垣楓の時点でサラブレッド間違いなしと言われていたのに、ここまで来るとむしろ逆に何かが足りないのではないかと思ってしまう。

 

 正直小学生には辛いのではないかと思ってしまうのだが。

 

「どうだ、さっちゃん。アイドルのレッスン辛くないか?」

 

「そんなことありません。先生たちのレッスンは大変だけど全部楽しいですし」

 

 でも少々疲れたのでパパのお膝で充電します、とベッタリと背中を預けてくるさっちゃん。普段からよく膝に乗ってくるので特に気にしないが、赤ん坊の頃からよく膝に乗せていた身としてはちょっとずつ大きくなっていく彼女に幸せの重みを感じた。

 

「それに、わたしは世界二のトップアイドルになるのが夢ですから」

 

「世界二でいいのか?」

 

「世界一はもちろんパパです。それだけは譲られません」

 

「譲られないって」

 

 意味合いは通じているのだが果たしてその日本語は正しいのか間違っているのか。

 

 ともあれ、本人が本気でアイドルを目指すと意気込んでいるのだから、それを全力で後押しするのが親としての役目だ。

 

 きっとこの先、彼女もまた何かしらの壁にぶつかる時が来ることだろう。先ほど名前が挙がった冬馬や千早ちゃんだけでなく、『765世代』を代表するトップアイドル天海春香や『346世代』を代表するトップアイドル島村卯月だって苦難していた時期があったのだ。

 

 転生チートという俺でさえ()()()()()()()()において心を折りかけた。

 

 才能に溢れ、英才教育を受け、志を高く持つ彼女であってもそれが無いとは限らないのだから。

 

 

 

「そう言えばさっちゃん、夏休みの宿題は進んだのかしら?」

 

「あんなもの三日で終わりました。読書感想文ははやてさんにお勧めされた『「それはどうかな」と言えるアイドル哲学』を読んでいる途中ですし、自由研究は『アイドル業界の歴史』をテーマに、先生たちのお話を纏めてます。わたしのアイドル人生において宿題程度に割いていい時間なんてないのです」

 

 

 

 ……挫折する、よね? いや無いなら無いで全然いいんだが。

 

 優秀すぎる我が子が可愛すぎて怖い。

 

「ちなみにパパと過ごす時間はもっと大事です」

 

「さっちゃん、ママとの時間はー?」

 

「……ちょっとぐらいなら考えてあげてもいいです」

 

 

 

 

 

 

「……ん……うぅん……」

 

 良太郎の膝の上に座り楽しそうに今日あった出来事を話していたさっちゃんだったが、いつの間にかうつらうつらと舟を漕ぎ始めていた。

 

「ん? さっちゃん、もう寝るか?」

 

「ん……やぁ……まだパパとお話するぅ……」

 

 クシクシと目を擦りながら必死に眠気を堪えるさっちゃんだが、眠ってしまうのも時間の問題だった。

 

「ほら、お話ならまた明日すればいいだろ? シャワーはレッスン終わりに浴びてきたな? なら歯磨きして寝るぞ」

 

「……パパも一緒にぃ……」

 

「はいはい」

 

 さっちゃんは良太郎の服をギュッと握って放さなかったので、良太郎はさっちゃんを抱きかかえたまま立ち上がる。

 

「それじゃあママ、さっちゃん寝かしてくるな」

 

「いってらっしゃい、パパ。お休みなさい、さっちゃん」

 

「……おやしゅみなさぃ……」

 

 もうほとんど半分眠ってしまっている今の状態で歯磨きが出来るのだろうかと些か不安だったが、良太郎に任せればいいだろうと私はソファーに深く座り直した。

 

 それにしても相変わらずさっちゃんはパパが大好きである。目はパパに似ているのに、パパ好きは私に似てしまった……と考えて、ふと思い当たる。

 

 私が『パパ』と呼ぶようになったのは、さっちゃんが言葉を発するようになった辺りからのはず。

 

(じゃあ『良太郎君』から『良太郎』って呼ぶようになったのは何時だったかしら……?)

 

 確か同じぐらいの時期に良太郎も私を『楓さん』から『楓』と呼ぶようになった気がする。

 

 ならば何時からだったかと過去の記憶をゆっくりと遡り――沙織が生まれた日のことを思い出した。

 

 

 

 

 

 

 ――楓さんっ……!

 

 ――良太郎君、お帰りなさい。ライブお疲れ様。

 

 ――……ごめん、楓さん。一番大事な時に一緒にいれなくて……。

 

 ――ううん、いいの。ファンのみんなには伝えてくれた?

 

 ――あぁ、勿論。連絡が入った瞬間、曲中断して思いっきり「パパになったぞぉぉぉ!」って叫んじゃった。

 

 ――ふふ、明日の一面になっちゃいそうね。

 

 ――……この子が、俺と楓さんの赤ちゃんなんですね。

 

 ――えぇ、良太郎君と私の赤ちゃん。

 

 ――……ありがとう。本当に……。

 

 ――これから大変よ?

 

 ――望むところです。アイドルとして……貴女の夫として、この子の父親として。

 

 ――頑張りましょう、貴方。

 

 ――……これからも、よろしく……楓。

 

 ――っ……! えぇ、よろしく、良太郎。

 

 

 

 

 

 

「楓?」

 

「……え……?」

 

 体を揺さぶられる感覚にハッと我に返る。どうやらソファーに座ったまま私も微睡んでしまっていたようだった。

 

「なんだ、楓もおねむか?」

 

「私はさっちゃんと違ってもう少し夜更かし出来るわよ」

 

 再び私の横に腰かける良太郎の肩に、もう一度頭を乗せるようにもたれかかる。

 

「私も昔のことを思い出してたらウトウトしちゃった」

 

「楓は何時のことを?」

 

「貴方が私のことを『楓』って呼んでくれるようになった時のこと」

 

 そう言うと、良太郎も「あぁ……さっちゃんが生まれた時のことか」とすぐに思い出してくれた。

 

「あの時の良太郎、私の手を握りながらボロボロ泣いてたのよねぇ。明るい部屋の中なのにcry(クライ)cry(クライ)って」

 

「……楓さんほどじゃなかったと思いますけど」

 

「あら、昔に戻ってるわよ、良太郎君?」

 

 ふふっと笑いながら、そっと目を閉じる。

 

 

 

 初めて出会った時は『周藤君』と『高垣さん』だった。

 

 それがいつしか『良太郎君』と『楓さん』になり。

 

 沙織が生まれて『良太郎』と『楓』になった。

 

 今ではそれが『パパ』と『ママ』である。

 

 きっといつか『お爺ちゃん』と『お婆ちゃん』に変わっていくのだろう。

 

 けれど、きっとこれ以上私と良太郎の関係は変わらない。これ以上なんてものは、きっとこの世に存在しない。

 

 『私は今、貴方と一緒にいて幸せです。愛しています』

 

「………………」

 

 そう言おうとして口を開き――。

 

 

 

「……明日、四人で買い物にでも行きましょう?」

 

 

 

 ――けれど『それ』は言わなかった。

 

 きっと『それ』を改めて口に出す必要は、今の私たちにはきっと無い。

 

 私がこれからも彼を愛し、彼も私を愛してくれるという自信。

 

 それが私たちの日常ならば、今こうして彼に語るべき言葉は『二人きりの愛の言葉』ではなく『愛する家族四人の言葉』だろう。

 

 

 

 でもたまには、ちゃんと「愛してる」って口にしてくださいね、旦那様?

 

 

 




・周藤良太郎(28)
既にありとあらゆるコンテストや大会からは身を引いているものの、今なお生きる伝説と称されるトップアイドル。現在は仕事の量を減らし、奥さんと一緒に子育てを楽しんでいる模様。

・周藤楓(32)
既にアイドルは引退し現在は専業主婦。30を超えてなお32歳児と称される。
今なお見た目は変わらぬことから実は高町家と親類なのではと疑われている。

・周藤沙織(7)
良太郎と楓さんの長女。オープンファザコンで隠れマザコン。血筋、才能、環境、やる気全てにおいてトップアイドルになるために生まれた正真正銘『アイドルの申し子』。
名前の由来は楓さんの中の人の下の名前。妹の名前に合わせる形で採用となった。そして中の人繋がりで某妹様をイメージして書いた結果こうなってしまった。

・周藤早見(11ヵ月)
良太郎と楓さんの次女。恐らく沙織の下の世代でトップアイドルなるであろう少女。
名前の由来は楓さんの中の人の上の名前。「はーちゃん」という名の赤ちゃんキャラが今期プリキュアで登場したので採用せざるを得なかった。

・『頭を洗っている最中にかごめかごめ』
・『背後に気配を感じた時は後ろではなく上にいる』
さぁ、みんなは今からお風呂かな?

・『俺の嫁さんが美人なのに可愛いとか反則的過ぎて生きるのが辛いけど家族を残して逝くわけにはいかない』
これは流行る()

・あのIEでの一件
番外編で本編にて使うであろう伏線を撒いておく。

・『「それはどうかな」と言えるアイドル哲学』
Arc-V再出演決定記念。



 これにて楓さんシリーズ四部作完結! 最後は文章少な目甘さ控えめですがしっとりした感じになったかと。

 あーあー! 誰かもっと楓さんメインの小説書いてくれないかなー!

 次回は『赤色の短編集』です。



『現在考えているデレマス編の情報を小出しするコーナー その2』

 前回の別名『○○○。○○○○ー○編』に対する感想が大喜利みたいで面白かったゾ(個人的には『全本文。熊本弁モード編』がツボ)

 ただ「。」が小さい○だったってことに気付かれなかったことが悲しかった。

 これならもう分かるだろうというかほぼ答え→『プロジェクト○○ー○編』

 ぶっちゃけこっちの方が好みの娘が多いから書くの楽しみです(問題発言)

 一応アニメ順守のスタイルは貫くのでCPファンもご安心ください。


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番外編21 赤色の短編集

春の番外編祭り! 3/3

今回も豪華(以下略)

あ、前回前々回と甘いとか言われてたので最後に真面目な話、用意しておきました!


 

 

 

・校門前にて(Lesson20後のお話)

 

 

 

「ん?」

 

 『熱情大陸』が放送されて数日経ったある日のことである。本日の授業を終え、まぁまぁ割とある恭也や月村の帰宅部トリオで下校しようとして月村が教室に忘れ物をしたと言って一時離脱。昇降口付近で適当に時間を潰していると、何やら校門付近に人が集まっている様子が見えた。

 

「なんだなんだ、美人のメイドさんがリムジンに乗ってお出迎えにでも来たか?」

 

「それだとしたら間違いなくノエルだな」

 

「そうだった」

 

 昨今の創作物で割とよくあるシチュエーションを口にしたら普通に知り合いの可能性があった。しかもよくよく考えてみたらこの学校の生徒が今更リムジンやメイド辺りで珍しがったりすることもなかった。

 

 じゃあ何事かと気になったので恭也と二人でそちらに行ってみることに。

 

 近づいてみるとその理由はすぐに分かった。校門の前で中学生と思われる、サイドがピンとはねた薄紫色の髪の少女が仁王立ちしていたのだ。何故か凄く自信満々な様子で、武蔵小杉後輩を彷彿とさせた。

 

「誰かの知り合いか?」

 

「そうだとしたらやっぱり創作物的シチュエーションだな」

 

 ウチの高校でそーいう類のイベントに巻き込まれそうなのって言ったら上条当麻後輩が最有力候補ではあるが、確かアイツ福引で当てたとか言ってイタリアに行ってるはずだしなぁ。あの不幸人間が福引で一等とか、間違いなく旅行先に不幸が待ち構えているパターンである。

 

 兎にも角にも、果たしてこの少女の目的はなんだろうかと首を傾げていると、それは少女本人の口から語られることとなった。

 

 

 

「風の噂でここの学校には『アイドル』がいると耳にしました! この可愛いボク、輿水(こしみず)幸子(さちこ)とどっちが可愛いか尋常に勝負です!」

 

 

 

 ドヤァ……! とその少女はそんなことを大声で言い切った。

 

「………………」

 

「……おい、どうやらアイドルをご指名のようだぞ」

 

「いやいやいや」

 

 色々と待ってくれ。いやホントに待って。周りのみんなも「おい呼ばれてるぞ」みたいな目で俺を見るな。

 

 恐らくだが、先日この学校にテレビがアイドルの取材に来たという噂が流れたのだろう。俺やジュピターが頑張っているとはいえ、やはり『アイドル=女の子』というイメージは強い。故にそのアイドルが『女の子』だと思い込んだ……んだと思う。

 

 ……無理あるなぁ……! この推論が正しかったとしたら割とアホの子だぞ……!?

 

「それでどうするんだ? 可愛さを競い合いたいらしいが」

 

「いやまぁ、普通に完敗だけど」

 

 よっぽど自分の容姿に自信があるらしく終始ドヤ顔の少女は確かに可愛らしく、無表情な上にそもそも男の俺では到底太刀打ちできそうにない。

 

 しょうがない、ここは素直に「この学校のアイドルは男なんだよ」と教えてあげることにしよう。少々面白そう……もとい可哀想なことになりそうだが、リアクションが楽しみ……じゃなくて、真実を告げてあげるのが優しさである。

 

「ごめーん。恭也、周藤君、お待たせー」

 

 少女にそれを告げようとすると、昇降口から月村が小走りでやって来た。口惜しいことに売約済みの大乳がブレザー越しにゆさゆさと揺れる光景に目を奪われて少女に告げるはずの言葉は口から出てくることはなく、代わりに恭也のボディーブローを喰らい「ぶっ」と口から空気が漏れ出た。

 

「ん? 何々、何集まってるの?」

 

「む、むむっ……!?」

 

 事情を知らずに首を傾げる月村の姿を目にした少女が怯んだ。

 

「……ま、まぁまぁですね! このボクと互角とはなかなかやりますね!」

 

 じっくりと上から下へ視線を動かして月村の全身を確認すると、少女は月村には到底及ばない薄い胸を反らした。

 

 どうやら月村がこの学校のアイドルだと勘違いしたらしい。いやまぁ、確かに月村は凄い美人だから芸能人と勘違いしても無理ないだろう。

 

 だが若干声が震えていたものの、月村を前にして互角と言い張るその胆力は恐れ入る。確かに可愛らしさで言えば月村より少女の方に軍配が上がる可能性もある。

 

 しかし月村をアイドルと勘違いしてくれたのであれば好都合だ。これで満足して少女も帰ることだろう……。

 

「先輩、一体どうしたんですか?」

 

「ん?」

 

 後ろから声をかけられ振り返る。

 

 

 

「……他校の生徒ですか?」

 

 首を傾げる一年の(かつら)ヒナギク。

 

「中学の制服ですね」

 

 懐かしいですと呟く同じく一年の原村(はらむら)(のどか)

 

「あら! 猫ちゃんみたいでかわいい子~!」

 

 頬に手を当てて微笑む三年の森島(もりしま)はるか。

 

 

 

 果たして運が良いのか悪いのか。何故か校内でも美少女としての有名どころが示し合わせたかのように勢ぞろいしていた。正直芸能界でも十分に通用するレベルの少女たちがこうして揃い踏むと正しく圧巻の一言に尽きる。

 

「………………」

 

 月村一人相手には何とか虚勢を張れていた少女もこれには流石に絶句。表情こそ変わらず保っていたものの、その額には冷や汗がダラダラと流れていた。

 

「それで? 貴女はどんなご用事だったのかな?」

 

「っ……!」

 

 月村が少女と視線を合わせるように前かがみになると、少女は後退った。

 

「……こ、これで勝ったと思わないことですぅぅぅ!」

 

「……え?」

 

 ズドドドッという擬音が聞こえてきそうなぐらいの勢いで走り去る少女。

 

 校門前には事情を知らず首を傾げる四人と、事情を知っているが故に少女が不憫でならないその他大勢が残された。

 

「……で、結局なんだったの?」

 

「……まぁ、春だからな」

 

「もう秋だぞ」

 

 

 

 

 

 

・病室にて(Lesson73後のお話)

 

 

 

 さて、お見舞いに来てくれた人たちは全員アイドル故にすぐに仕事へ行ってしまったため、現在病室に一人である。検査入院とはいえ本人的には健康体のつもりなだけに、ただただ一日ベッドの上で寝ているだけというのが果てしなく暇だ。

 

 ……と言おうと思っていたのだが、受験生の身の上としては僅かな時間でも勉強に当てろと兄貴に持って来てもらった赤本でお勉強だ。相も変わらず理数系が苦手なので、今日は物理を中心に進めていくことにする。えっと『公園の木に猿がぶら下がっていたので猟銃を取り出して』……? 突っ込みどころ多いなぁ、この問題文。

 

 一人カリカリとシャーペンを走らせていると、コンコンと病室のドアがノックされた。

 

「はーい」

 

「失礼しまーす。周藤さん、検温のお時間です」

 

 今度はクラスメイトの誰かが来たのかと返事をすると、入って来たのはどうやら看護師さんだったようだ。

 

「あ、はい、お願いしま……す……!?」

 

 下ろしていた視線を持ち上げて、入って来た看護師さんの姿に思わず言葉が絶句してしまった。

 

(こ、こいつ、デカいぞ!)

 

 説明不要だとは思うが胸の話である。豊川(とよかわ)風花(ふうか)と書かれた名札ごと白衣を押し上げるぱっつんぱっつんの胸元が大変けしからん感じになっている。何というか、大乳の看護師とかもはや狙っているんじゃないかと言いたくなった。

 

「……うぅ……!」

 

 看護師さんのそんな声と共に大乳が彼女の腕に遮られたことで、ようやくガン見していたことに気が付いた。いやぁ腕でムニュッと形を変える大乳もいいなぁとか我ながら全く反省していないが、流石にぶしつけすぎたな。

 

 体温計を脇に挟みながら、今度はぶしつけにならない程度に胸ばかりではなく彼女の様子を見る。ウェーブがかかった青いボブカットの彼女は何となく初々しい感じや患者相手にやや慣れてない感じがするので、多分新人さんだろう。看護学校卒業したての二十一歳ってところかな。

 

「ガン見してた俺が言うのもアレですけど、もう少しこーいう視線に慣れた方がいいんじゃないですかね、職業的にも」

 

「うぅ、分かってますよぉ……」

 

 うーん、これは恥ずかしがっているのもそうだけど、長い間こーいう視線に曝され続けてコンプレックスになっちゃったパターンだな。麗華や千早ちゃん辺りが聞いたら怒り狂いそうだ。んで俺が怒られる、と。

 

 全く、どいつもこいつも大乳だからってジロジロと見るんじゃないよ!

 

 それは兎も角、少々不快な思いをさせてしまったお詫びをすることにしよう。

 

 勉強用具からルーズリーフを一枚取り出し、相も変わらず常備しているサインペンでサラサラとサインを書くと丁度測り終った体温計と共に看護師さんに差し出す。

 

「……えっ!?」

 

「まぁジロジロ見ちゃったお詫びと良いものを見せてもらったチップ的な意味で。他の人には内緒にしておいてくださいね」

 

 ちなみにサインだけで看護師さんの名前を書いていないのは転売しやすいように逆の気遣いである。周藤良太郎がルーズリーフに書いたサインだったら希少価値的な意味も合わせて多分そこそこのお値段になるよ!

 

 茫然といった様子でサインを受け取った彼女は、しばしそれに視線を落した後、おずおずといった様子で上目遣いになった。

 

「あ、あの! ……た、大変恐縮なのですが……ふ、『風花ちゃんへ』って書いていただくことは……」

 

 あれ、名前入りの方がよかった?

 

 彼女のご要望通り『ふーかちゃんへ』と書き足してあげると、彼女は大変嬉しそうな笑顔になってくれた。

 

 うむ、恥ずかしがってる表情も可愛いが、やっぱり女の子の……笑顔を……最高やな!

 

 「ありがとうございます!」と満面の笑みでお礼の言葉を残して彼女は病室を後にした。

 

 

 

「……あれ、体温計」

 

 実はサインしか受け取っていなかった彼女が慌てて戻って来て再び赤く染まった羞恥の顔を見せてくれるのはこの数分後である。

 

 

 

 

 

 

・電車にて(Lesson74後のお話)

 

 

 

 春香ちゃんから貰ったキャラメルで糖分補給を終えた俺たちは、受験会場へ向かうための電車に乗り込んだ……のだが。

 

「まぁそりゃこうなるよなぁ……」

 

 満員電車なう。

 

 サラリーマンや同じくセンター試験を受ける受験生やその他大勢が押し込められた電車内はごった返す隙間すらない有様だった。

 

「忍、大丈夫か?」

 

「うん、ありがとう恭也」

 

 ちなみに月村は恭也が腕に抱えるようにして無理矢理隙間を作っているのでまだマシそうだった。イチャイチャしやがってという恭也への憎しみより一人だけ余裕がありやがってという月村への憎しみが先に生まれそうである。

 

(男の人と対面にゃ……でもまぁ、そこそこカッコいい人だし、おじさんよりはマシかにゃ)

 

「っと」

 

 それより自分は先ほどの駅で乗り込んできた目の前の小柄な黒髪赤縁メガネの少女である。ドアを背に立っている少女と対面している形になっているので、俺がしっかりしないと彼女を押し潰してしまう。

 

「おっと」

 

 その時、丁度電車がグラリと揺れた。目の前の少女に向かって倒れそうになるが、咄嗟にドアに手を突くことで彼女を押し潰すことを回避する。

 

 

 

(っ!? か、壁ドンにゃぁぁぁ!?)

 

 

 

 ん、彼女の肩がビクリと震えた気がした。顔のすぐ側に勢い良く手を突いたから驚かせてしまったのだろうか。

 

 更に電車が揺れ、中途半端な体勢なので腕だけでは支えきれず、今度は膝をドアに突いて体を支える。

 

 

 

(こ、今度は股ドンにゃぁぁぁ!?)

 

 

 

 っと、まずい。流石にこれはセクハラに近い。もうすぐ俺たちが降りる駅とはいえ痴漢と思われてしまうかもしれんので早めに謝っておこう。ただあまり大っぴらに言っても彼女も少々恥ずかしいだろうから、小声で言うことにする。

 

「……ゴメン、もう少しだけ我慢してね……」

 

 

 

(と、とどめの耳つぶにゃぁぁぁ!?)

 

 

 

 ……何の反応も無いが大丈夫だろうか。

 

 俯いて表情は見えないが、耳が真っ赤になっているところから察するに、多分暑いのだろう。冬場の電車はガンガンに暖房がかかってるから、上着を着た状態で乗ると暑いんだよなぁ。

 

 その後、無事に目的の駅で降りることが出来たのだが、一部始終を目撃していた恭也と月村に「何をやっているんだお前は」「流石にセクハラはちょっと……」と白い眼で見られることになる。

 

 しかし実はちょっと女の子の良い匂いがして得した気分なので今日のセンター試験は頑張れる気がした。

 

 

 

「いやぁ、さっきの満員電車大変だったねぇ……って、前川(まえかわ)さんどうしたん!?」

 

「みくちゃん、顔真っ赤やん!?」

 

「……な、何でもないにゃ……」

 

 

 

 

 

 

・収録現場にて(Lesson81中のお話)

 

 

 

「はいオッケーです!」

 

「お疲れさまでしたー」

 

 翔太と共に『俺の妹がお嬢様学校の劣等生だけど女神の祝福でツインテールになったのは間違っている』略して『俺は間違っている』の収録を終える。久しぶりに声優としてのお仕事だったので楽しかった。

 

「お疲れ様です! 良太郎さん!」

 

「あぁ、お疲れさま、菜々ちゃん」

 

 そう笑顔で挨拶をしに来てくれたのは、今回のアニメで共演した346プロ所属のアイドルの安部(あべ)菜々(なな)ちゃん。明るい茶色のポニーテールにトランジスタグラマーな十七歳で、ウサミン星からやってきたウサミン星人だそうだ。ウサミン星かぁ……最近の子にしては、随分と古めな設定をお持ちの子である。

 

「どう? 最近のお仕事の方は」

 

「アイドルとしてのお仕事は勿論ですけど、長年の夢だった声優としてのお仕事もさせていただけて、ナナは大変満足です!」

 

 キャルンと拳を口元に持ってくるピーカブースタイルが可愛らしくて大変様になっていた。様になっているというか、年季が入っているというか。女子高生に対する評価ではないと思うが。

 

「へー、声優が夢だったの?」

 

「はい! 子供の頃に毎週見てた『花より○子』のアニメを見て声優にも憧れてまして……!」

 

「あれ? それってアニメ化してたっけ?」

 

 隣で話を聞いていた翔太が「ドラマは知ってるんだけど……」と首を傾げる。そーいえば、有名になったのはドラマ版だったっけ……?

 

「えっ!? ……あ、あははー! そ、そーでしたね! ドラマでしたっけね! い、いやぁ、何かと勘違いしちゃってましたー……!」

 

 焦った様子でえへへと笑う菜々ちゃんは、まるで何かを誤魔化しているようにも見える。

 

「……ねぇ、りょーたろーくん」

 

「ん? なんだ?」

 

 お疲れさまでしたー! と去っていく菜々ちゃんの後姿を見送りながら、翔太が話しかけてきた。

 

「あの人ってさ……何か変じゃない?」

 

「ん? 別にウサミン星人キャラはアイドルとしちゃ普通だろ。まぁ最近見かけないが」

 

 昔、高木社長がプロデュースしていた『ワンダーモモ』ってアイドルがいるぐらいだし。

 

「それもあるんだけど……なんかこう、年齢の割に大人びてるというか……悪い言い方をするともっと年上っぽいというか……」

 

 まぁ確かに翔太が言いたいことも分かる。

 

 十七歳ということは春香ちゃんの一つ年下、学年で言えば同級生か下手すると下級生である。しかし周りに対する気配りや言動はどう考えても高校生のそれではなく、俺ですらたまに彼女が年上ではないかと錯覚してしまいそうになるぐらいだ。

 

「あんまり女の人にそーいうこと言うなよ? 本人も気にしてるかもしれないんだから」

 

「……うん、分かった」

 

 とは言いつつ、俺には分かっている。いや、俺だからこそ彼女のことを分かってあげなければならないのだろう。

 

 実年齢と齟齬のある言動や精神年齢、そして彼女に対する妙な親近感……これらの事柄を総合して考えると――。

 

 

 

 ――彼女もまた、俺と同様に『転生者』の可能性があるということだっ!

 

 

 

 いやー、まさかこの世界に俺以外の転生者がいるとは思わなかったわー。しかも同じくアイドルをやってこうして巡り合うとか、これが俗にいう『稀によくある』ってやつだな。

 

 きっと彼女も前世の記憶と今の自分の状況で悩んだりしたこともあったのだろう。ここは人生の先輩としてだけでなく転生者の先輩としても、そしてなによりアイドルの先輩としても彼女の力になってあげよう。

 

 

 

「……な、なんでしょう。ナナにとっては好都合のはずなのに妙に変な誤解をされてしまったような気がします……」

 

 

 

 

 

 

・テレビ局の廊下にて(Lesson99後のお話)

 

 

 

「いやぁ、福井旅行楽しかったなぁ」

 

「仕事と合宿で旅行じゃねぇっつーの」

 

 とは言いつつ、仕事内容は旅番組だったので実質旅行みたいなもんである。まぁ土産は買い忘れたが。……あ、そうか撮影中の移動時間で買えばよかったのか……。

 

「っ……!?」

 

 そんな反省をしつつ冬馬とテレビ局の廊下を歩いていたのだが、思わず足が止まった。

 

「ん? どうした?」

 

 突然足を止めた俺に冬馬が訝し気に首を傾げる。

 

「……お前は感じないか……この廊下の向こうからする威圧感(プレッシャー)に……」

 

「は? んなもん感じねーけど……ガチか?」

 

 俺の口調からそれが真面目なことだと感じ取ってくれた冬馬の声のトーンが一段低くなる。しかし、どうやら俺にしか感じ取れないらしい。注意深く廊下の先に意識を向けるが、冬馬は静かに首を横に振った。

 

「冬馬、下がれ。……多分、お相手も俺がご指名みたいだ」

 

 きっと相手も俺がいると理解した上でのそれなのだろう。ならば冬馬を巻き込むわけにはいかない。こいつを侮っているわけじゃないが……恐らく『こちら側』だ。

 

「……行くぞ」

 

 意を決して俺は一歩を踏み出す。廊下の角を曲がり――。

 

 

 

 ――彼女はそこにいた。

 

 

 

 栗色のセミロングの髪をお団子にした少女が、そこに立っていた。

 

 ただ立っているだけ。それだけで、まるでピリピリと空気が張りつめていた。

 

 隣の冬馬は「ん? ……んん?」と困惑した様子だったが、やっぱりまだ冬馬には分からなかったようだ。

 

「……初めまして、ですね」

 

「……あぁ、初めましてだ。君の噂は聞いているよ。346プロの新人アイドルだったね」

 

「周藤良太郎さんに知っていただけるなんて光栄です。……自己紹介をさせていただいても?」

 

「いや、いいよ」

 

 片手を挙げて彼女を制する。わざわざ自己紹介をしてくれるという少女に対して少々失礼だったかもしれないが……それでも、俺は彼女のことをよく知っている。よく知っているからこそ、俺は彼女と多くを語ることはないだろう。

 

 そのまま俺は彼女の横を通り過ぎ、彼女もまた何も言わなかった。

 

 「あの……マジでなんなんだ?」と困惑中の冬馬は置いておく。

 

「……君は、俺には持っていないものを持っている」

 

 少し歩いた先で立ち止まり、まだ背後にいるであろう少女に向かって話しかける。その姿は見えないが、彼女はまだそこにいて俺の声を聞いているという確信はあった。

 

「俺には出来ないことが、君には出来る。それは俺が辿り着くには余りにも困難な場所で……きっと、君ならば俺よりもずっと簡単に辿り着くはずだ」

 

 まさか『周藤良太郎』がその背中を追いかけることになるとはな、とやや冗談めく。

 

「……そんなことないです!」

 

 「おわっ!? 急に振り返んなよ!」と驚く冬馬はまだ放置。

 

「あたしはっ! あなたを尊敬しています! 自分の信念を堂々と口にして決して曲げることのないあなたを! ……そんなあなたに憧れたからこそ、今のあたしがいるんです!」

 

「……そう、か」

 

 ならば、俺はまだ諦めるわけにはいかない。アイドルとして……周藤良太郎として、一人の女の子に憧れられているのであれば、その期待に応えなければ嘘である。

 

「……先に行っていてくれ。何時になるかは分からないが……じきに追い付く」

 

「……待っています。また、お会いしましょう」

 

 

 

「「――お山(おっぱい)という高み……その(いただき)で」」

 

 

 

 それが、俺と棟方(むなかた)愛海(あつみ)との初めての邂逅(ファーストコンタクト)だった。

 

 

 

 

 

 

「あ、冬馬さんおかえり~……って、ど、どーしたんですかっ!?」

 

「随分と憔悴しきってますねぇ」

 

「ど、どうしたんだい冬馬!? ……えっ!? 『あいつらの話を真面目に聞こうとした俺が馬鹿だった』? い、一体何が……!?」

 

「し、しっかりとーま君! め、衛生兵(メディック)! メディィィック!!」

 

 

 




・上条後輩はイタリア
何があったのかは原作十一巻を参照。実際にこの世界で起きたかどうかは不明。

・輿水幸子
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。キュート。
「カワイイボク」と「腹パン」が似合う竹達ボイスの中学生。扱いは雑ではない(キリッ)
今回の一件を期に自身もアイドルを目指すという裏設定。

・桂ヒナギク
・原村和
・森島はるか
それぞれ「ハヤテのごとく」「咲~saki~」「アマガミ」から学園の美女美少女系キャラを引っ張ってきた。選抜理由は作者が本棚に目を向けて目に入ったから。
なお他にも候補はいたがどう考えてもお嬢様系の学校にしかいなさそうだった。

・豊川風花
『アイドルマスターミリオンライブ』の登場キャラ。Visual。デレマス的に言えば多分キュート。
ミリマスにおいてあずささんを凌ぎ765最胸の座に君臨するむちぽよ系アイドル。
実は「彼女にセクシー系の仕事を持ってくるプロデューサー」がバネPのイメージと一致しないので、彼女がアニマス時空と繋げにくい一番の理由だと思っている。

・転売防止
実はサインに宛名を書くのは、優しさだけでなくそういう意図も含まれていたのだよ!
(まぁ純粋な厚意もあるだろうけど)

・やっぱり女の子の……笑顔を……最高やな!
「冗談はよしてくれ(タメ口)」

・前川みく
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。キュート。
猫キャラを自称するデレマスにおいて最古の色物キャラ(最初に喧嘩をふっかけてくる的な意味で)
なお本編では猫耳を外した所謂「前川さん」モード。こっちの方が可愛いは禁句。
同じく正体を明かさなかったアーニャとの違いは「お互いに気付かない」という点。さーてどう転がすかな。

・壁ドン
・股ドン
・耳つぶ
女の子が喜ぶらしいけど、実際は好感度が足りていないと逆効果なので注意。

・安部菜々
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。キュート。
ウサミン星からやって来た永遠の十七歳、それがウサミン星人! 詮索してはいけない(戒め)
ちなみに本当に転生者ではないので注意。

・『花より○子』
アニメ版は『1996年』放映。

・ワンダーモモ
昔のナムコのゲームで、後に公式で高木社長がプロデュースしていたという設定が付いたらしい。

・棟方愛海
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。キュート。
十四歳でありながら、お山(胸)であるのであれば大小問わず更に男のものでもオッケーというある意味で極致に辿り着いた剛の者。
割と最初の方から良太郎との絡みを望む声が多かったので、今回満を持して登場。こういう立ち位置に落ち着いた。
ちなみに敵対ルートもあったが、別に争う理由も無かったので没に。
以下没ネタ↓

「あなたは目で見てお山を愛でる! あたしは手で揉んでお山を愛でる! そこになんの違いもありはしないでしょうが!」
「違うのだ!」



 というわけで赤色の短編集でした。今回は割と有名どころが多かったと思う。

 ……え? 真面目な話? あ、いっけね! 『シリ()アス(a○s)』じゃなくて『おっぱい』だったね!(テヘペロ)

 ともあれ、これで第三章で書いておくべきお話は全て終わりました。来週からいよいよデレマス編を始めていきます!



『現在考えているデレマス編の情報を小出しするコーナー その3』
・目標『アニメでは実現しなかった765プロとの絡みを書く』

・ついでにアニメではスポットが当たらなかった346前のちゃんみおも書く(書きたい)

・123プロには新人二名追加。


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第四章『Star!!』
Lesson112 Once upon a time


拝啓
 春の麗らかな季節がうんたらかんたら、皆さまいかがお過ごしでしょうか?

 中略。

 第四章スタートです。
                                 敬具


 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ!」

 

 俺は木々の隙間を縫うように全力で走っていた。ガサガサと枝を払いのけ、時折勢い余って転びそうになりながらもチラリと後ろを振り返る。

 

 姿は見えない。しかし、間違いなく『奴』はそこにいた。

 

 全力で走っているにも関わらず距離は縮まらず、寧ろ先ほどよりも近づいてきているような気がしてならなかった。

 

「あっ!」

 

 突然木々が開け、一軒の小屋が目の前に現れた。

 

 心の中で「しめた!」と叫ぶと、俺はその小屋の中に飛び込む。バタンと乱暴にドアを閉め、震える手で鍵をかけた。

 

「……はぁー……」

 

 ドアに背中を預け、ズリズリと滑り落ちるようにその場に腰を下ろした。

 

 これで逃げ切れたとは思っていない。けれど時間は稼げるはずだ。

 

 

 

 ガタンッ

 

 

 

「っ!?」

 

 突如、隣の部屋からした物音に肩が跳ね上がる。

 

「まさか……!? い、いや、そんなわけ……!」

 

 再び逃げる、という選択肢も当然あった。しかし外に『奴』がいるかもしれないこの状況でそれは選ぶことは出来ず、しかしここで蹲ったままでいるわけにもいかない。それの正体が分からないことには逃げようもないのだ。

 

 意を決し、立ち上がる。物音がした部屋へと続くドアに手をかけた。ゴクリと息を飲み、俺はゆっくりとそのドアを開ける。

 

 しかし意気込みとは裏腹に、その部屋に『奴』はいなかった。

 

 じゃあ何だったのかと部屋を見渡し――俺は『それ』を見つけてしまった。

 

 

 

 『それ』は壁に刻まれた文字。森の中に突然現れたこの小屋の秘密を示した六つの文字。

 

 

 

 震える手でそれをなぞり、そして呟く。

 

 

 

「どうして『セキワハウス』なんだ……!?」

 

 

 

「はいカットー!」

 

 

 

 

 

 

 ホラー物かと思った? 残念! 今回は住宅メーカーのCMでした!

 

「さっすが良太郎君! 一発オッケーだよ!」

 

「ありがとうございます」

 

 周りのスタッフが撤収作業をする中、監督からお褒めの言葉をいただくという何やらデジャビュを通り越してテンプレート化したやり取りをしつつ、自身も撤収を始める。使い回しなんてチャチなもんじゃ断じてなかった。

 

 最初はホラー風のこのCMに鉄面皮の俺を起用するとか一体何を考えているのだろうかとも思ったが、一応無表情ながらもしっかりと焦りと恐怖を演じることが出来ると評価してくれた結果らしい。あと無表情がCMの雰囲気を更に不気味にするとかなんとか言われたが、正直複雑な気分である。

 

「お疲れさまでしたー」

 

 挨拶を済ませスタジオを出る。さてこの後の予定はと頭の中のスケジュール帳を開いていると、廊下の角を曲がったところで知り合いの女性と出くわした。

 

「あ、こんにちは、楓さん」

 

「あら良太郎君、こんにちは」

 

 346プロダクションを代表するアイドル、高垣楓さんである。

 

「お久しぶりですね。えっと最後にお会いしたのが……」

 

「確か、お義姉さんをバーまで迎えに来た時以来ね」

 

 えっとあれは765プロの合宿云々よりも前になるから……七月? ってことは九ヵ月振りぐらいになるのか。うわぁ、もうそんなに経つのか。何故か知らないけど楓さんとは定期的に会っていたような気がしてならない。不思議ダナー。

 

「同じ業界で働いてても、会わない時は本当に会わないもんですね」

 

「本当ね。良太郎君は撮影終わり?」

 

「はい、CMの撮影でした。楓さんは?」

 

「私も同じよ。美容液のCM。良太郎君も一緒にどうかしら?」

 

「いやいや、いくら何でも化粧品関係のCMに俺の出演はあり得ませんよ」

 

「美容液だから三秒エキ(びようえき)ストラ出演でもダメかしら?」

 

「ダメですね」

 

 CM的な意味でも駄洒落的な意味でも。

 

「っと、そろそろ行きますね。すみません」

 

「いえいえ。また今度ゆっくりお話しましょう? 友紀ちゃんや茄子ちゃんとの昔話を聞いてみたいわ」

 

「別段話すようなこともないですけどねぇ」

 

 いつの間にか楓さんと知り合いになっていた元級友二人(片方は更にいつの間にかアイドルになっていた)に内心で苦笑しつつ、機会があればいずれと了承して俺は楓さんと別れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 四季は廻り春、桜咲く四月。早いもので、765プロのアリーナライブから五ヶ月近い月日が流れようとしていた。

 

 春休みも終わり、俺はつい先日『周藤良太郎の個人的ワールドツアー ~俺より強い奴(暫定)に会いに行く~』から帰ってきた。各国のオーバーランク級アイドルや世界的に有名な俳優や音楽家など様々な人物に会って来て、勉強になったというよりは純粋に楽しかったという感想である。

 

 まぁ途中変な奴に絡まれたり変な少女に懐かれたり色々あったが、イタリアでは世界的な映画スターと親友になることが出来た。……『チチをもげ!』……素晴らしい曲だ……!

 

 しかし一ヶ月少々日本を離れていたので仕事が溜まりに溜まっていたので、現在俺はお仕事に明け暮れる日々である。一応一週間に一回は仕事をするために帰国していたのだが、流石にそれだけで全てをこなせるほど周藤良太郎の仕事は少なくなかったのだ。

 

 閑話休題。

 

 楓さんと別れて改めて脳内のスケジュール帳を確認すると、そういえば今日は全体ミーティングの日だった。免許を持っていない未成年組の送迎を結構な頻度でしていたが、今回は彼女たちがレッスンしている場所と今俺がいる場所と反対方向なので流石に兄貴か留美さんが迎えに行っていることだろう。

 

 ということで、撮影スタジオを離れ俺は我らが城、123プロダクションへと帰ってきた。

 

 今日も今日とて事務所の事務仕事をこなしてくれる美優さん(相変わらず水面下にてアイドル化計画進行中)に挨拶をし、寧ろそこ以外に何処に行くのかと言わんばかりに入り浸っているラウンジへと向かう。

 

「……っと、先に帰って来てたか」

 

 ドアノブに手をかけたところで、ラウンジの中から女の子の声が聞こえてきた。『女三人寄れば姦しい』とは言うだけあってキャッキャと女の子らしい雰囲気である。最も、主に話しているのは一人だけだろうが。

 

 ドアノブを掴んだ状態で固まっているのもアレなので、さっさと中に入ることにする。

 

「お帰りなさぁい、良太郎さん」

 

「……ただいまー」

 

 まだ碌に俺の姿も捉えていないであろう段階で声をかけられたが、まぁそういう日もあるだろう、うん。

 

「あ! リョータローさん! お帰りなさい!」

 

「ただいま、まゆちゃん、恵美ちゃん」

 

 声から想像した通り、ラウンジにいたのは我が事務所の可愛い後輩であるまゆちゃんと恵美ちゃんである。

 

 年明けに彼女たちも正式にアイドルデビューを果たしたのだが、ユニットとしてデビューさせる直前に突然「リョータローさんにユニット名を決めてほしい」と言われてしまった。正直ネーミングセンスに自信は無かったが是非とまで言われてしまっては断れない。

 

 悩みに悩み、たまたま付き合いで入ったバー(その時は未成年なので飲酒はしていないが)で目に入ったカクテル類を参考に、性格や雰囲気的にまゆちゃんを桃、恵美ちゃんをレモンに例えて命名した。

 

 

 

 その名も『Peach(ピーチ) Fizz(フィズ)』。ピーチリキュールにレモンジュースを加えて作るカクテルの名前だ。

 

 

 

 本来ならばグレナデンシロップも入れるとかそもそも未成年のユニットにアルコールの名前はどうなのだとか色々とツッコミはあると思うが、本人たちが可愛いと気に入ってくれたので問題ないだろう。

 

 ユニット曲である『Secret cocktail』や個人曲であるまゆちゃんの『エヴリデイドリーム』や恵美ちゃんの『アフタースクールパーリータイム』も好評な中々の滑り出しである。

 

 そしてこの春から新たに『オーディション枠』で123プロダクション入りした新人ちゃんがソファーから立ち上がり、律儀に頭を下げた。

 

 

 

 かつて恵美ちゃんたちとバックダンサーとしてステージの上に立った少女――。

 

 

 

「お疲れさまです、良太郎さん」

 

 ――北沢志保ちゃんである。

 

 

 

 

 

 

 まだ新人の恵美ちゃんとまゆちゃんがデビューして間もないにも関わらず、今年もまた123プロダクションはオーディションを開催した。前回の一万人の五割増しといった応募があり、そんな中に志保ちゃんの名前を見つけた時は思わず二度見してしまった。

 

 一応の和解はしたものの、俺は志保ちゃんの大好きだったアイドルを奪った張本人である。そんな俺が所属する事務所のオーディションを受けに来るとは全く予想もしていなかった。

 

 知り合い贔屓をするつもりはなかったが普通に書類審査は通った。一次審査や二次審査においても同様で、志保ちゃんも俺たちに対して気軽に声をかけるなんてことはせずに他の応募者と同じような反応だった。

 

 元々の素質の高さに加え、合宿の時のような硬さが抜けた志保ちゃんは他の応募者の中でも頭一個分抜きんでており余裕で審査は通っていった。

 

 そうして迎えた最終審査。一人一人を個室に呼んでの個人面談において、ようやく俺は彼女にそれを尋ねた。

 

『貴女はどうしてこの事務所のオーディションに参加しようと思ったのですか?』

 

 元々面談の内容でもあり基本中の基本の質問に対して、志保ちゃんは躊躇することなくこう言い切った。

 

 

 

「周藤良太郎を超えるためです」

 

 

 

 別に他の「トップアイドルになるため」とか「みんなを笑顔にするため」という理由がダメだという理由は毛頭無い。それでもこの事務所を設立する上で兄貴が掲げた『周藤良太郎を超えてトップスリーを独占する』という目標を彼女は真剣に口にしてくれたのだ。

 

「貴方のことを恨んでいたり嫌っているわけでは決してありません。けれど、雪月花の代わりに貴方を超えるという私の気持ちも変わっていません」

 

 面接を行った俺と兄貴、留美さん、そして冬馬の四人が彼女の合格を満場一致で決めた瞬間だった。

 

 こうして今年の『オーディション枠』として北沢志保ちゃんが正式に我らが123プロダクションの仲間入りを果たしたのであった。

 

 

 

 これが、我らが123プロダクションの現状である。

 

 ……え? ジュピター? いつも通りだから別にいいよね(無慈悲)

 

「おいお前さらっと俺たちdisらなかったか?」

 

 ガチャリとドアを開けて入ってきながらそんなことを言う冬馬も割と勘が良いというかなんというか。

 

「って、また僕たちが最後かー」

 

「チャオ! ゴメンね、待たせちゃって」

 

「ホラホラ、全員まだこの後予定があるんだから手短に済ますわよ」

 

「というわけで美優、全員揃ったからお茶お願いな」

 

「はい、分かりました」

 

 

 

 ワイワイと揃い始め、こうしてまた俺たちの日常が始まるという定型文でここは一先ず締めることにしよう。

 

 

 

 

 

 

 さてさて。今回綴ることになるのは、こんな彼らが出会う少女たちの物語。

 

 

 

「……ん? ……凛ちゃんから電話? 珍しいな」

 

 

 

「翔太や北斗も別行動だし、たまには顔出して養成所の先生に挨拶でもしてくか。……ん? 誰かスタジオ使ってんのか……?」

 

 

 

「まゆー! 志保ー! 早く早くーって、わわっ!? ゴメンぶつかっちゃった!?」

 

 

 

 彼女たちは様々な困難を乗り越えて、後に『シンデレラガールズ』と呼ばれるアイドルになるのだが……今はまだまだプロローグ。

 

 故に、お約束の言葉で物語を始めていくことにしよう。

 

 

 

 

 

 

 ――むかしむかし(ワンスアポンアタイム)

 

 

 

 ――あるところに、お姫さまにあこがれる女の子たちがおりました。

 

 

 




・『セキワハウス』
有名な住宅メーカーを二つ混ぜてみた。ちなみに\ハーイッ/で有名なところは入っていない。

・やっぱり楓さん
一応言い訳させてもらうと、アニデレ五話の立てこもり騒動の時に良太郎が介入するための前振りなんです信じてくださいでもやっぱり楓さん書きたかった気持ちもあるのであながち間違っていないですけどやっぱり誤解です。

・『周藤良太郎の個人的ワールドツアー ~俺より強い奴(暫定)に会いに行く~』
一応考えているもののアイマスキャラが殆どと言って出てこない内容のためお蔵入りがほぼ決定。本編の途中途中に良太郎の口から語る程度になるかと。

・イタリアの世界的な映画スター
鉄のフォルゴレー、無敵フォルゴレー!

・『チチをもげ!』
いやー歌詞書きたかったけど規約に引っかかっちゃうしダメだよなー残念だなーメッチャ書きたかったけどしょうがないよなー。

・『Peach Fizz』
作者のネーミングセンスが問われるシリーズその1。
良太郎にも言わせたが未成年のユニットにアルコールはどうかと思ったが「未成年のみんなはお酒に酔わずに私たちに酔ってね」とか言わせればオッケーじゃね(適当)

・グレナデンシロップ
実はもう一人の新人のヒントになってたりする。めぐまゆの二人同様、あくまでもイメージなのでグレナデンシロップが何のシロップなのか調べてみてから想像してみてください。

・『Secret cocktail』
作者のネーミングセンスが問われるシリーズその2。
雰囲気を出すためにお酒を飲むふりをして背伸びする女の子の心情を歌ってたりするんじゃないかな(適当)

・志保ちゃん参戦!
というわけで新人の一人は志保ちゃんです。
元々めぐまゆコンビを考えていた時期から彼女の所属はほぼ決まっていました。キュート系のまゆ、パッション系の恵美に対するクール系の彼女ですが、年下ながら先輩二人の良いブレーキ役になってくれることでしょう。
ちなみにソロデビュー予定です。

・むかしむかし
しかしその後の文章まで英訳するスキルを作者は持ち合わせていなかった。



 始まりました第四章、デレマス編もしくはアニデレ一期編あるいはシンデレラプロジェクト編です。

 この章から123の新人として志保ちゃんが加入です。微妙に足りていなかったクール成分を補ってもらいます(さーて小学生メイドの格好に何時させるかそれが問題だ)

 もう一人の新人に関しては結構後半からの加入になる予定です。上でヒントみたいなものを書きましたが正直名前どころか存在すら匂わせていないキャラです。
しかしそれを第二ヒント『未登場』及び第三ヒント『デレマスキャラ』を頼りに頑張って150人近い候補の中から予想してみてください。

 そして毎度のことながら新キャラがいませんが、イントロダクションみたいなものだから多少はね? 次回からは一人一人に絞ったプロローグが始まり……え? 全員分やるのかって? 九人分もプロローグが書けるわけないだろいい加減にしろください!

 さて、ではこれからも改めてよろしくお願いします。


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Lesson113 The girls' prequel

prequel:前篇・前日譚

英語のサブタイが果たしていつまで続くか……(英語弱者)


 

 

 

 私、渋谷凛にとってアイドルとは意外なことに『身近な存在』だった。

 

 

 

 というのも、自分が幼い頃から兄のように慕っている周藤良太郎さんが現在の日本を代表するトップアイドルなのだから、当たり前とまでは言わないでもそれなりに仕方がないことだと自分では思っている。

 

 確かにテレビや雑誌で見る良太郎さんは凄いと思うけど、店先でのんびり話したり、一緒にハナコの散歩に行ったり、たまにお小遣いをくれる良太郎さんが私にとっての周藤良太郎で、イコール私にとっての『アイドル』だった。

 

 私にとってアイドルとは身近な存在であるからこそ、自分がアイドルになるなどという考えは生まれてこの方思ったことが無かった。

 

 それ故に。

 

 

 

「……アイドルに、興味はありませんか?」

 

 

 

 三白眼の強面の男性に名刺を差し出されながら問われたその一言に対して――。

 

 

 

「……ない」

 

 

 

 ――幾ばくか迷った末、それでも自分のことを詳しく話すことも憚られたので端的に断ったのだった。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 自室のベッドに倒れこみながら、思わず私はそんな溜息を吐いてしまった。

 

 この春から私は晴れて高校生となり、既にオリエンテーションも終わって普通の授業が始まっているのだが、この溜息はその疲れから来るものでは無かった。

 

 この溜息の原因は、ここ最近毎日のように通学路に現れるあの男性だ。

 

 事の始まりは約一週間前。おもちゃを落してしまい「パーツを踏まないように動かないで」と少年に泣きながら頼まれたのでジッとしていると、警官に「私が少年を泣かせた」と誤解されてしまったという出来事があった。

 

 その時、警官に対して「詳しく話を聞いてあげてはいかがでしょうか」と割って入って来たのがその男性だった。その鋭い目つきと怖い顔つきに初めは驚いてしまったが、その男性のおかげでキチンと誤解を解くことが出来たので感謝している。

 

 しかし、その後が問題だった。

 

 彼が名刺を差し出しながら口にした言葉は、私に対しての「アイドルに興味は無いか」というものだった。

 

 その時はキッパリと「ない」と断ったのだが……その翌日から彼は通学中の私の前に現れては名刺を差し出すようになったのだ。

 

「……普通わざわざあそこまでするのかな……」

 

 少なくとも一日一回以上は聞いている「せめて名刺だけでも」というバリトンボイス(無駄に良い声だった)が耳について離れない。恋とかそんなロマンチックなものではなく普通に耳にタコだった。

 

「………………」

 

 ゴロリと寝返りを打ち、天井付近の壁を見上げるとそこには五枚のサイン色紙が飾られていた。それは全部良太郎さんから貰ったものであり、当然そこに書かれている名前は良太郎さんのものである。良太郎さんは一年に一回のペースでサインを変更しており、変更するたびに新しくサインを貰っているのだ。

 

(……アイドル、ねぇ)

 

 アイドルと言われて真っ先に想像したのは、やっぱり良太郎さんの姿だった。

 

 テレビでよく見かける良太郎さんが歌って踊る場面に、自身の姿を重ねようとして……全く想像がつかずに諦めた。別に良太郎さんが男で私が女だからとかそういう問題ではなく、そもそもいきなり日本を代表するトップアイドルの姿と重ねようとしたこと自体が無謀だった。

 

「……よし」

 

 ベッドからサイドテーブルに置かれた携帯電話に手を伸ばす。何となく電話をしてみたい気分になったのだ。

 

 しかし、かけるのは名刺を渡してきた男性にではない。そもそも名刺はまだ受け取っていない。

 

 電話帳から目的の人物の番号を引っ張り出して私は通話ボタンを押した。

 

 

 

 

 

 

「ん? 電話?」

 

 夕飯も終わり、さて風呂にでも入るかと自室で支度をしているとスマホが着信を告げた。昨今メッセージアプリが普及する中、俺は仕事のやり取りなどで電話の方をよく使うのだが……その着信を告げる音は仕事関係からの着信ではなく、プライベート関係から着信を告げるものだった。

 

「って、凛ちゃん? 珍しいな」

 

 表示されていたのは我が家御用達の渋谷生花店の一人娘の名前だった。どちらかというと店先で会うことの方が多く、こうして電話をかけてくるのは本当に久しぶりではないだろうか。

 

「もしもーし」

 

『もしもし。こんばんは、良太郎さん』

 

 通話ボタンを押すとスピーカーの向こうから、この春から花のJK(ジョシコーセー)となり落ち着いた雰囲気になってきたような気がする凛ちゃんの声が聞こえてきた。

 

「うん。こんばんは、凛ちゃん」

 

『えっと、今時間大丈夫ですか?』

 

「うん、大丈夫だよー」

 

 着替えを一旦置き、ベッドの上に腰かけて凛ちゃんの話を聞く体勢になる。

 

「あ、そうだ。高校入学おめでとう。今度またお祝い持ってくけど、何がいい?」

 

『え、あ、そんな別に、悪いですし……』

 

「可愛い妹分が高校生になったんだ。お兄さんとしてはそれぐらいしてあげないと」

 

 まぁその妹分が若干多いような気がしないでもないんだけど、弟分が多いよりはマシである。おう男は自腹だ自腹(鬼)

 

「それで、改めてご用件は何かな?」

 

『あ、えっと、その、大したことじゃないというか、悩みごとというか、相談事に近いというか……』

 

 何やら歯切れが悪い凛ちゃんだったが、ポツリポツリと話してくれた。

 

 

 

「ふむ……とりあえず、アイドルにスカウトされて悩んでるってことでいいんだね?」

 

『別にアイドルになりたいとかそういうワケじゃないんだけど……そんな感じです』

 

 ふむ、凛ちゃんに目を付けるとは中々いい眼をしているスカウトじゃないか。

 

「ちなみにどんな人だった? 名刺とか貰ってたりする?」

 

『名刺は貰ってないけど……346プロダクションって書いてあった気がする。えっと、熊みたいに大きくて、三白眼のちょっと強面で……』

 

武内(たけうち)さんだな」

 

 特定余裕でした。

 

『え、良太郎さん、知ってる人なの?』

 

「まぁ、一応職業柄ってことで」

 

 昔は新幹少女に対して「誰?」と言ってしまったこともある俺だが、流石にそれじゃマズいだろうと一念発起してもう少し幅広く目を向けるようになったので、アイドル業界であればある程度の人は知っている。というか、それが無かったとしてもあの人は特徴的過ぎる。今でもあの無駄に緊張した空気が漂った沈黙の十五分(クォーター)は忘れられないぞ。……あれ? 五分ぐらいだっけ?

 

 しかしまた346プロか。元々大手プロダクションだったが、アイドル部門も相当手を広げてきたな。……そういえばこの間、新しく部署を立ち上げるって今西(いまにし)さんが言ってたっけ。武内さんがそっちに移ったのか。

 

 さてと、そちらはともかく凛ちゃんの話に戻ろう。

 

「そうだね……もし凛ちゃんが本当に困ってるなら、俺の方から話を付けてあげてもいいよ?」

 

『え?』

 

 正直に言うとあんまりこういうことはしたくないし、凛ちゃんに可能性を見出した武内さんにも申し訳ないが、流石に困っている妹分を放っておくことは出来ない。本人がアイドルになりたくないと言うのであれば、周藤良太郎と123プロの名前を使ってこれ以上の干渉を牽制すればいい。まぁ今西さんならばそこまでしなくても事情を説明すれば分かってくれるだろうが。

 

『えっと……流石にそこまでしてもらわなくてもいいというか……』

 

「まぁ凛ちゃんならそう言うと思ったけど、一応こういう解決法もあるよってことで」

 

 先ほどからの凛ちゃんの態度や言葉から、そういうことじゃないんだろうなという予想はしていた。

 

「……ねえ、凛ちゃん。凛ちゃんは、アイドルになってみたいって考えたことない?」

 

『……無い、かな。私にとってアイドルってのは良太郎さんっていうイメージだったから』

 

「あー、うーん、光栄なのかな?」

 

 返事の文面的には完璧な否定だったが、しかし俺にはそう思えなかった。

 

 先ほど凛ちゃんは「悩んでいる」と言った。多分本人的には「スカウトされて困っている」という意味合いで言ったのだろう。しかし、俺にはそれが「アイドルになろうかどうか悩んでいる」という意味に聞こえた。

 

 きっと凛ちゃんも、本当は心の奥でアイドルに興味を持っているのではないだろうか。けれどすぐ側には周藤良太郎(トップアイドル)がいたため、彼女にとってのアイドルとしての敷居が異常に高くなってしまっているのではないかと考える。

 

 親しい故に、身近故に。近くにあるからこそ、高く見えてしまった。

 

 そうだとしたら、他ならぬ俺自身がその思いに蓋をしてしまったということになる。

 

「じゃあ逆に、凛ちゃんが今やりたいことって何?」

 

『……それも特に無いです。部活も、今ちょっと悩んでて……』

 

「じゃあ、試しにアイドル始めてみてもいいんじゃないかな」

 

『えっ!? そ、そんな軽いノリで言われても……』

 

 トップアイドルがそんな軽くアイドルになることを勧めていいんですかと、電話の向こうの凛ちゃんが半目になったような気がした。

 

「別にきっかけは軽くてもノリでもいいんだよ。そうしなきゃ分からないことだってあるんだから」

 

 夢の見方には二つある。

 

 一つは『憧れること』で見る夢。トップアイドルに憧れて自身もアイドルになりたいと夢見るように、自分自身がこうなりたいという憧れを見つけることで人は夢を見る。

 

 そしてもう一つは『歩き始めること』で見る夢。例えば兄貴が勝手に履歴書を送った俺のように。例えば弟の笑顔が見たかったから歌い始めた千早ちゃんのように。その道を歩き始めたからこそ自分自身が目指すべき場所を夢見ることだってあるのだ。

 

「勿論、中途半端に投げ出すぐらいなら最初からしない方がいいっていう意見もあるよ? でも全部を全部最後まで完遂できる人間なんていないんだから」

 

 志半ばで途絶える夢もある。辿り着けずに挫折する夢もある。

 

 けれど、始めなければ分からない夢だってある。

 

 アイドルがどんなものなのかを言葉にして伝えることが出来ればいいのだが、それも結構難しいのだ。

 

「そう、コーラの味はコーラ味としか伝えられないように」

 

『私、普通に良太郎さんのこと尊敬してるけどあの映画をオススメしてきたことだけは絶対に許さない』

 

 ちゃうねん、あれは本当にジョークのつもりだったんや。

 

「まぁ要するに、何事もチャレンジってことだよ」

 

『……チャレンジ』

 

「どう? ちょっとはアイドルをやってみようって気になった?」

 

『……やっぱり、まだ分かりません』

 

 けれど、その声は先ほどよりも悩んでいる様子だった。

 

 悩みごとの相談に電話してきた相手に対して悩みごとを増やすとか本末転倒なことをしてしまったような気がするが、今の俺に出来るベストな答えだったと思う。

 

 背中を押すことも声をかけることもするが、手を引っ張ることだけは出来ない。それは彼女の道を決めてしまう行為だ。

 

「もしアイドルになるっていうんなら、俺は全力で応援するよ」

 

『……でもその場合、良太郎さんとは事務所違うでしょ?』

 

「俺にとって事務所の違いなんて些細なことだよ」

 

 何それと笑う凛ちゃんに、もうこれ以上俺が言うことは無いと悟った。後は彼女が決めることだろう。

 

 

 

 

 

 

 結局、良太郎さんとの会話で私の結論は出なかった。

 

 けれど良太郎さんの言葉は確かに私の中に残っていて。

 

 きっと、後は『きっかけ』だけだったんだと思う。

 

 

 

 そして私は、公園でアイドルを始める『笑顔(きっかけ)』と出会うことになるのだが。

 

 

 

 それはまた、別のお話。

 

 

 




・渋谷凛
身近に良太郎という存在がいたので、ほんの少しアニメと心境が違います。
しかし、この小説で初登場時は中学二年生だった彼女もようやく高校生になりました。
いやぁリアルもだけど作中内でも大分時間が経ったなぁ。

・武内P
赤羽根P同様、中の人の名前を使用させていただきます。
しかし武内君も今年高校卒業かぁ……あのバリトンボイスで卒業生答辞とか聞いてみたいゾ。

・今西さん
実はお調子者でレイピアが得意で銀髪が逆立ったフランス人の親戚がいるとかいう設定にでもしようかと思ったけど回収する場所が無いと思い立ってやめた。

・沈黙の十五分
やってることの規模の割に犯人の動機がしょっぱいけど割と好きです。

・コーラの味はコーラ味
『最強獣誕生 ネズラ』という映画の台詞です。名作ですのでレンタルと言わず是非購入しましょう!(ニッコリ)
あ、某動画サイトのレビュー動画は視聴後に見るとお楽しみいただけますよ()

・それはまた、別のお話。
森本レオ風。



 というわけで今回から三回に渡り前日譚編です。まぁ第一話には突入しているので正確には前日譚ではないのですが。トップバッターは凛ちゃんで、あと二回は当然あの二人の前日譚となります。



『劇場版プリキュア2016を観て思った三つのこと』
・今年の新人研修は難易度高いなぁ……。

・あれ、えりかさん今年は大人しいですね(錯乱)

・総評:デレたソルシエールが可愛かった(小並感)


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Lesson114 The girls' prequel 2

久しぶりに主人公が一切登場しません。


 

 

 

 私、島村(しまむら)卯月(うづき)にとってアイドルとは『諦められない憧れの存在』でした。

 

 

 

 テレビに映るアイドルのキラキラした姿に憧れて、気が付けば私はアイドルを目指すようになっていました。アイドルの養成所に通い、私と同じようにアイドルを志す仲間と一緒にレッスンを頑張りました。

 

 けれど現実とはやっぱり物語のように上手く進みません。

 

 何度も何度もオーディションを受け、それでも受からず。次こそはと意気込んでもそれでもダメで。中々実を結ぶことがない現実に養成所を辞めていく子もいました。

 

『私はダメだったけど、卯月ちゃんなら出来るよ!』

 

『私の分まで頑張ってね!』

 

 そんな言葉に応えようと、辞めていってしまった子たちの分までアイドルになってみせると頑張り続け――。

 

 

 

 ――気が付けば、養成所には私一人になっていました。

 

 

 

 

 

 

「この間のシンデレラオーディション、惜しかったわね」

 

「えへへへ……」

 

 いつものレッスンスタジオ。前屈をする私の背中を押す養成所の先生の言葉に、ほんの少し照れ笑いが苦いものになる。

 

「他にも色々と受けてるんですけど、やっぱり難しいです」

 

 簡単なはずがない。そう頭の中では理解していても、やはり真っ先に思い浮かぶ感想はそれでした。

 

 こうして養成所に通い、それなりの時間をダンスレッスンやボーカルレッスンに費やしてきたつもりでも、私以上に時間を費やしたであろうダンスが上手い子や歌が上手い子には到底敵いません。見た目にしても私以上にスタイルが良い子や可愛い子も沢山いて、オーディションを受けに行くたびに思います。

 

 あぁ、みんな凄いな、と。自分も受けるオーディションの参加者なのにも関わらず、まるで他人事のように。

 

「でも卯月ちゃん、頑張ってるわよ。同期の子、みんなドンドン辞めていっちゃったのに」

 

 チラリと視界の片隅に映ったのは、ロッカーに貼られた一枚の写真。私とほぼ同時期にこの養成所に入り、共にアイドルを目指してレッスンを受け……そして、辞めていってしまったみんなが、まだ全員揃っていた頃に撮った集合写真。

 

 ふと、他のみんなは今頃どうしているのかと考えてしまう。

 

 既にアイドルを目指すのも辞めて、普通の学生生活を送っているのだろうか。実は改めて別の養成所やスクールに入っていたり、もしかしたら一足飛びにアイドルになってしまったり……は流石に無いとして。

 

 そんなみんなの分まで、私は絶対にアイドルになりたかった。

 

「……私、もっと頑張りまーす! っ!? い、イタタタタ……!?」

 

 そんな意気込みと共に更に前屈に力を入れ、しかし力みすぎて腰がビキリと嫌な音を立てた。

 

「コラコラ。頑張るのは良いけど、無茶はダメよ?」

 

「えへへ、ごめんなさい」

 

 

 

 ガチャリ

 

「ほえ?」

 

 少し事務所に用事があると言って先生が席を外してからしばらくして、スタジオの扉が開きました。先生が帰ってきたのかと思ったのですが、違いました。

 

 スタジオの壁一面に貼られた鏡越しの入り口に立っていたのは、一人の男性でした。

 

 黒のジャケットに同色のパンツ。中折れ帽を被りサングラスをかけているので顔はあまり良く見えませんが、恐らく私より少し年上です。

 

「……ちょっといいか?」

 

「えっ!? は、はい!」

 

 まさか声をかけられるとは思っていなかったので驚いてしまい、若干上擦った声で返事をしながら振り返ると、男性と対面する形になりました。

 

 彼はキョロキョロとスタジオを見回しながらこちらに歩いてきます。

 

「……一人で練習してたのか? 先生は?」

 

「せ、先生は事務所にいらっしゃいます」

 

「あぁ、そっちか。……っつーか、最初っからそっちに回りゃよかったな」

 

 サンキュー、と男性は軽く手を上げて感謝の言葉を口にします。

 

「あ、いえ、そんな……」

 

 大したことではないですと返そうとし、ふと男性の姿に既視感を覚えました。

 

 何処かで見たことあるような姿、何処かで聞いたことがあるような声……?

 

 ふと、視界にロッカーが映りました。今は私以外使う人がいないロッカーですが、以前は他の持ち主がいて、その子たちが思い思いに張ったシールや写真はそのままになっています。その中にとあるアイドルグループのブロマイドがあり……それを目にした瞬間、私は気付いてしまったのです。

 

 

 

「……あ、天ヶ瀬、冬馬さん……!?」

 

 

 

「……うげ、バレた……」

 

 目の前で眉根を潜めて苦い顔をした男性が、123プロダクションの人気アイドルグループ『Jupiter』の天ヶ瀬冬馬さん本人だということに。

 

 

 

 

 

 

(アイツと同じ変装だっつーのに、どーして俺はバレるんだよ……)

 

 態度は全く隠す気が無いにも関わらず未だに身バレしたことが無い良太郎に理不尽を感じつつ、思わず溜息を吐いてしまった。多分そこのロッカーに貼ってあった俺の写真が決め手になったのだとは思うが、アイツだったら顔と写真を並べてもバレないというのに。

 

 そんなことを嘆きつつ、チラリと横目で俺の正体に一発で気付いてくれやがった少女の姿を確認する。

 

 ピンク色のジャージを着こんで先ほど鏡の前で踊っていたところから、十中八九この養成所の生徒だろう。その少女は俺の正体が分かった途端ワタワタと無意味に両手を上下していた。

 

 良太郎の奴はそのままにしていればバレない癖にこーいう反応がためにワザと自分からバラしたりすることもあるが……確かにこう、自尊心を刺激されるものはあるな。『覇王』や『魔王』には及ばないものの世間一般的にはトップアイドルに名を連ねる奴が何を言っているんだと言われそうだが、こんな感じに不意を突かれて慌てる様を見るのも確かに面白かった。

 

「ど、どうして天ヶ瀬さんがこんなところに……!?」

 

「ん……昔、この養成所で世話になってたことがあってな」

 

 さて、少女の質問に答えながらこうなった経緯を思い返す。

 

 今日は午前中にジュピターとしての仕事を終え、午後からは三人別々の仕事の予定だったのですぐに別行動となった。現場がやや遠かったり開始時間が早かったりした北斗や翔太に対して俺は若干の余裕があり、折角なので寄り道することにした。

 

 そこはとあるビルの中にある小さなアイドル養成所で、ここで俺は一時期世話になっていたのだ。

 

 かつて961に所属する前、俺はとあるアイドルスクールに通っていた。しかし生徒の数が少なくなったことが原因で経営難となり閉校。別のスクールを探す間の個人レッスンの場として、知り合いの伝手で紹介されたこの養成所のスタジオを間借りしたのだ。

 

 その後、それほど間を置かずに黒井のおっさんにスカウトされて961に所属することになったのだが、それでも少なくとも一ヶ月はこのスタジオを利用させてもらって、間違いなく先生にも世話になった。

 

 もう少し早く挨拶に来たかったのだが、961所属から一旦フリーになりそこから123所属へと何だかんだで今まで忙しかった。そこで今回時間に余裕が出来たので挨拶をしに行こうと考え付いた……というのが今回の事の経緯となる。

 

「っていうワケだ。邪魔して悪かったな」

 

「い、いえ、そんな! あのジュピターの天ヶ瀬さんにお会いできただけで光栄です!」

 

 そう言いながら目を輝かせる少女。

 

(……やっぱり慣れねーな)

 

 慌てる様は面白いとは言ったが、ファンの視線とはまた違ったキラキラした『憧れの目』で見られることには慣れていない。こういうのはどちらかというと良太郎だとか765プロの奴らの役割だ。

 

「……あー、その、なんだ、一人で自主練とか随分熱心なんだな」

 

 そんな視線に居心地の悪さを感じてしまい、サッサとこの場を去ればいいものを何故か適当に話題を逸らそうと、ふと思いついたことを口にしていた。

 

 この時間帯だったら他の生徒がレッスンしていてもいいはずなのだが、見る限り今このスタジオを利用しているのはこの少女だけである。ということは、今はレッスンの時間ではなくこいつが一人で自主練習をしていたということだろう。

 

「……え、えっと、そういうわけではなくて、でもあながち間違っているわけでもないというか……」

 

 しかし何故か少女は言い淀み、視線を宙に二三度泳がせる。

 

「……今この養成所には、私しかいないんです」

 

「……は?」

 

「正確には違うんですけど、私の同期の子はみんな辞めていっちゃったんです」

 

 少女は人差し指同士を合わせながらエヘヘと力なく笑った。

 

「分かっていたことではあるんですけど、やっぱりアイドルになるのって難しくて……って、私ってばアイドルの天ヶ瀬さんになに当たり前のこと言ってるんですかね」

 

「……そうか」

 

 別に痒いわけではないのだが、気が付けば頭の後ろを掻いていた。癖というわけでもないが、何となく手持ちぶさただった。

 

(……なんつーか、すげー偶然だな)

 

 

 

 まさか自分が通っていたスタジオで、自分と同じような境遇の少女と出会うとは。

 

 

 

 俺が通っていたスクールが閉校に至った主な原因は、ひとえに生徒数の激減だった。

 

『無理無理。どーせどんなに頑張っても周藤良太郎には敵いっこないって』

 

『は? 周藤良太郎を超える? 天ヶ瀬、お前まだそんな寝惚けたこと言ってんのか?』

 

 どいつもこいつも、そんなことを言ってアイドルを諦めていった。

 

 確かに俺の目標はそれだが、それだけがアイドルじゃないというのに。誰もそんな簡単なことに気が付かずにスクールを辞めた。

 

 今でこそ逆に良太郎がトップアイドルすら超えた存在であるが故に落ち着いてきてはいるが、まだあの頃は圧倒的な『トップアイドル』過ぎて手が届かないことがすぐ肌で感じ取れてしまったのだ。

 

 今目の前にいる少女はその時と事情が大分違うだろう。けれど――。

 

「……お前は諦めないんだな」

 

「はいっ! 諦めません! アイドルになるため、頑張ります!」

 

 ――こいつも周りが足を止める中でも『諦めずに』一人歩き続けていたのだ。

 

「………………」

 

「……え、えっと、な、なんでしょうか……?」

 

「っ! あ、あぁ、わりぃ」

 

 気が付けばジッと少女のことを見つめてしまっていたらしく、若干頬を赤くした少女にこちらも気まずくなって視線を逸らす。

 

「……名前」

 

「え?」

 

「聞いてなかったな」

 

「……あ、は、はい! 島村卯月、十六歳です!」

 

 その元気の良さは、何処となく765プロのリボン娘を彷彿とさせた。

 

「さっきやってた振り付け、765の『READY!!』だろ」

 

「えっ!? ほ、ほんの少ししか見てなかったのに分かるんですか!?」

 

「色々とあって一時期あいつらの面倒見てやってたからな。ほら、もう一回やってみろ。ダメ出ししてやるから」

 

「! お、お願いします!」

 

 ……誰彼構わずお節介を焼こうとするあのバカほど面倒見がいいつもりはないが。

 

(まぁ、たまにはこーいうのもいいだろ)

 

 鏡の前で再び振り付けを始めた島村に早速「のっけから腕が低い」と注意をしながら近くの壁にもたれかかった。

 

 

 

 

 

 

 その日、私は養成所のスタジオで天ヶ瀬冬馬さんと出会いました。

 

 振り付けの殆どにダメ出しをされてしまったものの、雰囲気はとても優しくて。

 

 まるで『諦めない』と言った私を激励してくれているようでした。

 

 

 

 そして私は、舞踏会へと導いてくれる『魔法使い(プロデューサー)』と出会うのですが。

 

 

 

 それはまた、別のお話。

 

 

 




・島村卯月
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。キュート。
ニュージェネレーションズの一人で、デレマスを代表するキャラの一人。
そのための笑顔、笑顔……あと、そのためのお尻?
(かわいい)(ブルマ)(しまむら)! KBSって感じで……。

・「この養成所で世話になってたことがあってな」
注釈するまでも無くオリ設定。もしかして本当の詳しい経緯がMマスの方で語られたのかもしれないけど、確認してないので(取材不足)



 後書きの少なさはこの際置いておくことにして、ついにしまむーの登場です。

 なんか無駄に冬馬とフラグっぽいものが立っているような気がしますが、気のせいです(立っていないとは言っていない)

 後々良太郎との絡みもちゃんとありますので、今はご勘弁を。

 次回はニュージェネ最後の一人の前日譚です。


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Lesson115 The girls' prequel 3

「主人公要らない子説」に拍車をかける良太郎不在の前日譚編三回目です()

ただ良太郎が大人しいのはここまでだ……!


 

 

 

 私、本田(ほんだ)未央(みお)にとってアイドルとは『縁遠いテレビの向こうの存在』だった。

 

 

 

 一般家庭の三人兄弟の真ん中に生まれ、割と平凡な人生を送ってきた一般人である私にアイドルとの接点なんてあるはずがなく、当然その姿を見るのはテレビ越しのみ。

 

 兄と弟に挟まれて育ったが故に我ながら女の子らしいとはお世辞にも言えないような性格ではあるが、これでも小さい頃は女の子の嗜みとしてアイドルに憧れたこともあった。

 

 しかし年齢を重ねるうちにそんな思いは消え去っていき、友達が話すアイドルの話に「楽しそう」と口にしつつも自身がアイドルになるなどという考えはこれっぽっちも無かった。

 

 当然だ。アイドルはテレビの向こうの存在で――。

 

 

 

 ――テレビのこちら側にいる私にとっては、それは現実ではないのだから。

 

 

 

 

 

 

「ねえ未央! 今日これから向こうでイベントやるんだって!」

 

「イベントー?」

 

 放課後にみんなで街中を歩いていると、友達の一人がテンション高めにそんなことを言い出した。ズズッと太めのストローでタピオカを吸い出しながら首を傾げる。

 

「そっ! アイドルのイベント! 小さいけど色んな事務所が参加するらしくてさ、765プロから亜美真美ちゃんが来るんだってー!」

 

「マジで!? 他には他には!?」

 

「りょーくんとかとーまくんとか来ない!?」

 

「えっと確かー……」

 

(……うーん……)

 

 他の友達もノリノリで話し始める中、一人私は乗り気ではなかった。

 

 別にそういうイベントが嫌いなわけではない。寧ろ自分から積極的に首を突っ込む質で、興味が無かったとしても友達が行くのであればじゃあ自分もと付いてくタイプだ。

 

 だから今回は、本当にただの気分だった。いくら友達付き合いが良いと称される私でも一人になりたい時ぐらいあるのだ。

 

「えっと、ゴメンだけど私パス。ちょっと見たいものあってさー」

 

 私がそう告げると、友達は「えー? 未央ノリ悪ーい」と唇を尖らせた。しかし本当に気分を害したわけではなくそういうフリなのだということは直ぐに分かった。

 

「じゃあアタシたちはそのイベント行くから」

 

「私たちだけサイン貰っちゃっても羨ましがるなよー!」

 

「また学校でねー!」

 

 フリフリと手を振って去っていく友達の背中を見送り、人混みに紛れてその姿が見えなくなった辺りでふぅと一息吐く。

 

 見たいものがある、というのは嘘……というか方便である。つまりこの後の予定は何も無く、唐突に暇になってしまったことになる。

 

「さって、何処行こっかなー」

 

 自分が望んだ展開とはいえ、いざ一人になると特に予定が思い浮かばない。このまま素直に家に帰るのもつまらないし、ならばこのまま一人で街中をブラブラと歩くことにしよう。もしかしたら本当に見たいものが思い浮かぶかもしれないし。

 

 まずはこの手にしたタピオカジュースを処理してからにしよう。そう考え、残りを一気に飲み干すためにストローとカップの蓋を外す。

 

 丁度その時だった。

 

「まゆー! 志保ー! 早く早くーって、わわっ!?」

 

「うわぁ!?」

 

 ドンッと前から歩いてきた人と正面衝突をしてしまい、その勢いで飛び出してきたカップの中身を正面から浴びてしまった。残り少なかったとはいえ、制服が濡れてしまったのは当然の結果である。

 

「ゴメン! よそ見してて、大丈夫……って大丈夫そうじゃない!? 本当にゴメン!?」

 

 ぶつかってきた茶髪の少女がワタワタと慌てる姿が少々愉快で、自分がこんな状況にも関わらず思わず笑いそうになってしまった。

 

「全く、何してるんですか恵美さん……」

 

「ごめんなさいねぇ。大丈夫……じゃなさそうねぇ」

 

 少女の連れと思われる二人の少女が彼女の後ろからやって来る。黒髪の少女は何をやっているんだとばかりに茶髪の少女を呆れたようにジト目で、もう一人のダークブラウンの髪の少女は「これを使って」とハンカチを差し出してくれた。

 

「あ、ありがと」

 

 しかしハンカチでは濡れた顔を拭くことは出来ても濡れた制服はどうにもならなさそうだった。

 

「ど、どーしよう、まゆぅ……!?」

 

「うーん、そうねぇ……あ、そうだわぁ」

 

 茶髪の少女に縋られたダークブラウンの髪の少女は数瞬瞑目すると、名案を思い付いたと言わんばかりにパチンと手を叩いた。

 

「彼女に楽屋まで付いてきてもらいましょう?」

 

「え!?」

 

「いや、確かにそこなら着替えも用意出来ますけど……いいんですか?」

 

「いいのよぉ、それらしい理由を用意して正当化しちゃえば問題ないわぁ」

 

「……まゆのそーいうところ、リョータローさんに似てきたと思う」

 

「うふふ、ありがとぉ」

 

「それ、まゆさん的には褒め言葉なんですね……」

 

 少々身内ネタが混じっていて分かりづらいが、どうやら自分のことについて話してくれているらしい。しかし楽屋とは一体どういう意味なのだろうか。

 

「突然ごめんなさいねぇ。お名前聞いてもいいかしらぁ?」

 

「へ? ……ほ、本田未央、だけど……」

 

「ありがとう。ねぇ、本田さん」

 

 

 

 ――アイドルに興味ない?

 

 

 

「……え?」

 

 唐突にそんなことを尋ねられて、呆気に取られるのは仕方がないことだと思う。

 

 

 

 

 

 

「はいこれ着替えのTシャツ。ホンットーにゴメンね?」

 

「あはは、大丈夫だって。私もちょっとよそ見してたし」

 

 それにこんな場所に連れて来てもらっちゃったしねー、と楽屋をキョロキョロと見渡す未央。先ほどアタシがぶつかってしまったことで彼女が持っていた飲み物が零れて服が濡れてしまい、着替えを貸すためにまゆの提案でアタシたちが出演するイベントの楽屋に連れてくることにしたのだ。

 

 本来ならば部外者を楽屋に連れてくるのはあまり宜しくないのだが、まゆ曰く「私は事務所の新人アイドル見習い(研修中)を連れてきただけよぉ?」とのこと。正直屁理屈もいいところだが、確認する(すべ)はないし結局のところバレなければよいの精神である。一応この後様子を見に来てくれる社長には電話で事情を話してあるし、きっと大丈夫のはずだ。

 

「いやー、それにしても三人がアイドルとは……」

 

「まぁアタシとまゆは新人も新人だけどね」

 

「私に至ってはデビューすらしてないですし」

 

 拗ねないでよ志保ー! と抱き付こうとすると「拗ねていません」とそっけなく押し返されてしまった。仲は良くなったけど相変わらずつれないなぁ。

 

 ちなみにそんな志保が今日ここにいるのは、アタシやまゆが去年そうだったように先輩方のお供として現場の空気に慣れよう的な意味合いである。

 

「じゃあ未央にはこの機会に名前を覚えてもらうかな! アタシは123プロダクション所属『Peach Fizz』の元気担当! 所恵美!」

 

「同じく『Peach Fizz』の周藤良太郎派筆頭、佐久間まゆよぉ」

 

「お二人とも、早速噛み合ってません。……123プロダクション所属、アイドル候補生の北沢志保よ」

 

 ちなみに名乗りの部分は特に決めているわけではなく、その場の勢いで変化したりする。

 

「123プロって……あの周藤良太郎の!?」

 

 流石にリョータローさんのことは知っていたようで、未央は驚き目を見開いた。

 

「そーだよー」

 

「うわーすっごー! ……やっぱり、なんか信じられないなー」

 

「あれ、嘘だと思われてる?」

 

「あっ、いやいやそーいう意味じゃなくて!」

 

 ゴソゴソと上着を脱いでTシャツに着替えながらしみじみと呟く未央の言葉に苦笑すると、彼女は慌てた様子でブンブンと首を振った。

 

「なんてゆーのかな。なんかアイドルってテレビの向こう側の存在ってイメージだからさ、目の前にいるのがアイドルって言われても現実味がないというか……」

 

「アハハ、アタシもアイドル始めたばっかりの頃はおんなじこと考えてたよー」

 

 アタシの場合、街中でいきなり周藤良太郎にスカウトされたのだから猶更である。現実味がないどころかドッキリの撮影かとすら思うことが出来ないぐらい茫然としていた。

 

「でもなんていうかさ……アイドルって思ってるほど遠くないんだよね」

 

「え?」

 

 

 

「「ヤッホー! めぐちーん! ままゆー! しほりーん! あっそびに来たよー!」」

 

 

 

 それは突然だった。ノックも無しにバンッと勢いよく楽屋の扉が開き、二つの小さな影が部屋に飛び込んできた。

 

「お! やっほー! 亜美真美! 今日はよろしくー!」

 

「よろしくねぇ、亜美ちゃん、真美ちゃん」

 

「だからしほりんは止めてください」

 

 その二つの影――今日のイベントで一緒に出演する765プロの双海姉妹とハイタッチをする。

 

 以前までは芸歴的な意味で先輩なのである程度遠慮した接し方をしていたのだが「同じステージに立った仲間に遠慮とか必要ないっしょー!」とのことなので、このように大分フランクに接するようになった。

 

 ちなみに志保はそれを良しとせず頑なに後輩然としている。……にも関わらず先輩に対しても割と容赦のない物言いをすることがあるが、まぁそれはそれで志保らしい。

 

「およ? そっちの女の子はだーれ?」

 

「もしかして、123の新人ちゃん!? 今年のスカウト枠!?」

 

「え!? あ、いや私は……!」

 

「んー、ちょっと事情があるんですけど違いますよー」

 

「それに、今年のスカウト枠は多分ないって良太郎さんも社長もおっしゃってらっしゃいましたし」

 

「え? マジで?」

 

「マジです」

 

 そもそもスカウト枠と言いつつも、結局は良太郎さんや社長がティンときた(高木社長的表現)子がいない限り無理して設けるものでもないのだ。故に今年はアタシやまゆ、志保のこともあるから多分ないだろうと二人は言っていた。

 

 だが、もし『二人が認めざるを得ない逸材』が目の前に現れたら、その限りではないのだろう。

 

 その後、実はまだ準備がまだだった二人はやって来た鬼の形相の律子さんによって連れてかれて(ドナドナされて)しまった。

 

「わー……まさかあの双海姉妹に会えるとは思わなかった……サイン貰って羨ましがるどころの話じゃないなこりゃ」

 

 嵐のように去っていった亜美と真美に、終始未央は呆気に取られていた。

 

「ね? アイドルって結構身近な存在だったっしょ?」

 

「いや、なんかこれは違うような……?」

 

 うーんと首を傾げる未央。

 

「……アイドルを日本語で直訳すると偶像、つまり置物」

 

 そんな未央に対して口を開いたのは、意外なことにそれまで黙ってことを見ていただけの志保だった。

 

「置物と言ってしまうとあまり良い印象はないけど――」

 

 

 

 ――夜空の向こうで輝いてる(スター)より、すぐ手元で光ってる偶像(アイドル)の方が親しみ易いだろ?

 

 

 

「……私の尊敬するアイドルの言葉よ」

 

「ほぇ~……」

 

「「………………」」

 

「……なんですか、お二人とも。その顔は」

 

「「別に~?」」

 

 素直に感心した様子の未央はともかく、以前の志保のことを知っている身としてはリョータローさんを『尊敬するアイドル』と称する様にニヤつかずにいられなかった。

 

「と、とにかく、私が言いたいのは……アイドルとは手を伸ばせば届く存在だってことよ。……私でも、アナタでも」

 

 きっとそれは、半分は自分にも言い聞かせている言葉だったのだろう。

 

 でもそれはアタシも、そしてきっとまゆも言いたい言葉だった。

 

「志保の言うとーり。あんまり距離は感じないで欲しいかなー?」

 

「そうねぇ。私たちに対してもそうだし……貴女自身がアイドルになるってことだって、それは手の届かない話じゃないのよぉ?」

 

 リョータローさんたちに声をかけられる直前まで自分がアイドルになるなどということを一切考えたことが無かったアタシのように。

 

 チャンスは何処にでも転がっていて。

 

 自分から掴みに行くことだって、別に不可能な話ではないのだから。

 

「……さて、アタシたちもそろそろ準備してかないとね。あ、良かったら未央もステージ見てってよ!」

 

「え? で、でもチケットとか……」

 

「今回はそーいうイベントじゃないから、別に志保ちゃんと一緒に舞台袖から見てても問題ないわぁ」

 

 さて、お客さんも一人増えることだし、いっちょ気合入れて頑張りますか!

 

 

 

『はじめましてのみなさーん! 123プロ所属! 『Peach Fizz』でーす!』

 

『私たちのデビュー曲『Secret cocktail』を』

 

『『どうぞ、ご賞味あれ!』』

 

 

 

 

 

 

 その日、私は街中でアイドルと知り合うという奇跡に出くわした。

 

 彼女たちの楽屋での言葉が印象的で、そして彼女たちの輝くステージが眩しくて。

 

 そして、本当に楽しそうだと心の底から感じて……。

 

 

 

 そして私は、意を決して『大きなお城(346プロダクション)』の扉を叩くことになるのだが。

 

 

 

 それはまた、別のお話。

 

 

 




・本田未央
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。パッション。
ニュージェネレーション最後の一人で、三人の中で一番スタイルが良い。
デレマス初期の諸事情により「不憫な子」扱いされているが、おそらくアニメにおいて一番成長して株を上げたのは彼女だと思っている。
ちなみに彼女がアイドルを始めた理由は作者取材不足のため(以下略)

・アイドルのイベント
よくよく考えてみると色々とアニメやこの小説の時系列がおかしなことになっていることに気付くと思うが、気にしてはいけない。

・新人アイドル見習い(研修中)
以前ゆっきを球場に連れていったときに使った言い訳。これを使えば誰でも仕事の現場に連れていけるね!

・「やっほー! 亜美真美!」
今更ですが原作では「全員ほぼ同期」という設定なので、本来恵美は全員呼び捨てです。亜美真美は年齢的及び性格的なものを考慮して原作通りにしましたが、他は「さん付け」のままになると思います。

・『『どうぞ、ご賞味あれ!』』
良太郎の決め台詞的なものがあったことを覚えている人が果たして何人いるのか。



 というわけで最後の前日譚編は未央でした。アニメで描かれていないところを勝手に書いたので当然オリジナルです。

 今回の前日譚編を経て、ニュージェネの三人は微強化を得た状態で本編を開始します。さて第六話はどうなることやら。

 いよいよ次回からデレマス編が本格的に始まります。

 以下、デレマス編でやりたい事リスト(微ネタバレ注意)






・蘭子とネイティブ会話。
・きらりんパワー(物理)に対抗。
・りーなを調子に乗せる。
・美波に「えっちなのはいけないと思います!」と言わせる。
・アーニャに余計なことを教える。
・菜々さんとアンジャッシュ的会話。
・仁奈ちゃんの闇を取り払う。
・フレデリカ&周子と楽しくお喋り()
・みくを弄る。
・奈緒を弄る。
・ありすを弄る。
・幸子を弄る。
・常務VS武内Pのポエムバトルに参戦。

※全てを回収するかどうかは未定。


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Lesson116 The girls' prequel 4

今、封印されし良太郎が暴走する。


 

 

 

「というわけで、346プロダクションでアイドルをすることになりました」

 

 凛ちゃんのお悩み相談の電話から三日後。高校入学祝を持って行くついでに久しぶりに俺がお父祭壇の花を買いに渋谷生花店へ赴くと、今日も今日とてお店のお手伝いをしていた凛ちゃん本人からそんな報告を受けた。

 

「案外答えを出すのが早かったね」

 

「まぁ……あの後に色々とあったんだ。勿論、良太郎さんの後押しがあったのも大きな理由だよ」

 

 既に凛ちゃんも周藤家の注文には慣れたもので、俺たちが「父親用で」と告げるとその季節にあった花を予算以内で見繕ってくれる。そして凛ちゃんが花を包んでくれる間、ハナコと遊ぶのがお決まりだ。

 

「ハナコー、お前のご主人様もアイドルになるってさ。やったな」

 

 小さな体を目の高さまで持ち上げながら話しかけると、ハナコは小さく「わふっ」と鳴いた。

 

「ふふっ。良太郎さん、ハナコなんて言ってますか?」

 

「『その程度、我が主ならば造作も無き事。いずれ汝を下し、主がアイドルの頂点に君臨するであろう』だってさ」

 

「文量とか口調とか色々と言いたいんだけど、良太郎さんの中でハナコは何キャラになってるの?」

 

「……忠犬?」

 

「文字通り過ぎるよ」

 

 以前響ちゃんが翻訳した八神堂のザフィーラがこれに近いことを言ってたらしいから、犬は大体こんな感じかと思ったのだが凛ちゃんはお気に召さなかったようだ。

 

「それにしてもそうか……凛ちゃんがアイドルか」

 

 なんというかこう、この言い表せない嬉しさは自分の子供が自分と同じ職業に就くと言ってくれた時に感じるそれに近い気がした。娘というよりは妹だが、自分と同じ道を選んでくれることがこんなに嬉しいことだとは思わなかった。なるほど、これが父性か……。

 

「よし、それじゃあ凛ちゃんの初出社日は俺もスーツを着ていかないとな」

 

「え、来るつもりなの。という以前に良太郎さんは何で父兄ポジションなの」

 

「ビデオとカメラどっちがいい?」

 

「それ完全に入社式というよりも入学式のノリだよね」

 

 入社式に家族同伴とか聞いたことない以前にそもそも入社式自体無いよ、と呆れた様子の凛ちゃん。まぁごもっとも。

 

「それで良太郎さんに聞きたいことがあるんだけど……一番最初って何をするの?」

 

「ん? まずは草むらに入る前に自宅のパソコンからきずぐすりを引き出して……」

 

「え、パソコンに預けられるのってポケモンだけじゃないの?」

 

 そーいえば第四世代からは道具預かりシステムって廃止されたんだっけ。なんというジェネレーションギャップ。

 

「ってそーじゃなくて。アイドルになってまず初めにすること」

 

 ああ、そっちね。

 

「まぁ、最初はやっぱりレッスンから始まるかな」

 

 事務所に所属してアイドルになったといってもそれはあくまでも形式的な話であり、所属したから歌やダンスが上手くなるなんておいしい話は存在しない。故にまずはレッスンあるのみ。少なくとも人前に出ても恥ずかしくないレベルにはならないと、バックダンサーとしても出演できないしね。

 

「というわけで運動着は必要かな。まぁ持ち物の連絡としてそれぐらいは聞いてるかもしれないけど、便利だからなるべく普段から持ち歩くといいよ」

 

「ふむふむ」

 

 レッスンは勿論のこと、初めのうちはアイドルも裏方を手伝ったりするから動きやすい服装というのは意外と重宝する。

 

「ちなみにアイドルやってると人前で着替えたりすることも割とあるから、そこら辺の覚悟も必要かな。もしくは見られてもいい可愛い下着またはスポーツ系の下着の着用」

 

「アドバイスに感謝すればいいのかセクハラに怒ればいいのか」

 

 いや下着云々は別として、割と真面目な話。人前と言っても観客ではなくスタッフという意味だが、ライブ中の衣装替えとか忙しい時はその場でパパッと着替えることも少なくない。最悪パンツ一丁でも平気なヤローは兎も角、女の子はその辺の覚悟も必要かと。まぁ346プロぐらい人数が多い事務所のライブだったら、そんな切羽詰まった状況になるとも思えないが。

 

 そーいえば346に「暑い」とか言って人前で脱ぐアイドルがいるっていう都市伝説があったが、流石にそれは無いだろう。いたら是非ともお会いしてみたいものである。……あれ? 大体こう言えばフラグになるはずなのに今回は回収できる気が全くしないぞ……?

 

「セクハラついでにちょっと話は逸れるけど、アイドルって割とその辺キツいから覚悟は本当にしておいた方がいいと思うよ? 凛ちゃんの担当が男の人か女の人かは分からないけど、女の子は割と月のものによってスケジュールとかも見直さないといけなくなるし、体調管理としてその辺を担当の人に報告する勇気は持ってないと」

 

「そこまで生々しい話は聞きたくなかったかな……」

 

 ちなみに何で俺がその辺の事情云々を知ってるのかというと、まぁお察しの通り我が事務所の三人娘である。流石に仕事を全部キャンセルとかは無理だが、ある程度は調整したりする。ウチの場合は留美さんもマネージャーとして働いているからそこら辺はお任せすることもあるが基本的にジュピターの担当なので、兄貴もある程度把握している。

 

 俺? 流石に詳しい内容は聞かないし聞けないよ。そこに興味を持つのは流石にアウトだ。じゃあ何で知ってるのかというと……まぁ、スケジュールの話になった時に地雷踏んだとだけ言っておく。相手は恵美ちゃんで「たはは」と恥ずかしそうに笑っただけで何も言わなかったが、言いようのない罪悪感で死にたくなった。

 

 

 

 さて話を戻そう。

 

「あとはそうだな……アー写の撮影かな」

 

「アーシャ?」

 

「アーティスト写真、略してアー写。宣材写真(宣伝材料写真)としてプロデューサーが『シャッチョサーン! カワイイ子いっぱいイルヨー!』って言って先方に見せる写真のこと」

 

「言い方にいかがわしさを感じる」

 

 実績のないアイドルを最初に起用するかどうかの判断材料はほぼ見た目である。アイドルという職業柄仕方がないとはいえ、歌やダンスの才能よりもまずは何よりも見た目が重視される。

 

 そこで重要になってくるのがアー写である。これがよろしくないとどんなに歌とダンスが上手くてトークが軽快でも最初の一歩を踏み出すことが出来ないのだ。

 

 聞いたところによると、765プロのみんなも最初のアー写が酷かったせいで仕事が全く無かったそうだ。前に一度見せてもらったが確かにあれは酷かった。高木さんは気に入っていたみたいだけど、あの人『人を見る目』はあるけど『人を売り込む』ことに関しては下手だからなぁ。デコが光ってる伊織ちゃんや半目なやよいちゃんは悪意すら感じた。……しかし、ププッピドゥなあずささんは良いと思った。

 

「何にせよ写真は撮ると思うから、撮られる覚悟はしておいた方がいいかもね」

 

「写真かぁ……あんまり撮られるの好きじゃないんだけどなぁ」

 

「昔、俺と一緒に写真撮った時も結局恥ずかしくなって俯いちゃったしね」

 

「……忘れてください」

 

「アルバムに保管して定期的に見てるから無理」

 

 いや今も勿論可愛いんだけど、あの頃のまだランドセルを背負ってた頃の凛ちゃんも可愛かったなぁ。そっけなくしつつもこっちの様子を窺うように母親の影からチラチラとこちらを見ていた姿を今でも鮮明に思い出せる。

 

「俺、凛ちゃんが有名になって共演するようになったらテレビカメラの前で昔話(これ)をするんだ……!」

 

「やめてください(羞恥で)死んでしまいます」

 

 ……さて、いつもみたいな軽い会話はここまで。

 

「ちょっとだけ真面目な話するよ?」

 

「え……はい」

 

 表情は変わらないものの雰囲気で察してくれたらしく、凛ちゃんは少し背筋を伸ばした。抱きかかえて遊んでいたハナコを床に下ろすと、彼女も彼女なりに空気を読んだらしく俺たちを見上げながらジッとその場にお座りをした。随分と聡い子である。

 

「凛ちゃんはこれからアイドルになる。君は俺にとって妹みたいな子だから現場で可愛がることはあるけど、優遇はしても贔屓は絶対にしない」

 

 これは春香ちゃんたちや恵美ちゃんたちも同じである。現場が一緒になれば仲良くすることはあるだろうけど、彼女たちに仕事を持っていったりそれに準ずることをスタッフにお願いするといったことはしない。

 

 何度も言っているが、これは俺が『周藤良太郎』である以上絶対に守らなければいけない線引きである。

 

「凛ちゃんはその関係を利用して周りの人間に贔屓してもらうなんて考えないだろうけど――」

 

 

 

 ――もし何か理不尽な目に遭わされそうになったら遠慮なく『周藤良太郎』の名前を出してくれ。

 

 

 

「理不尽な理由で急に仕事をキャンセルさせられたとか、スタッフに変なことを強要させられたとか。本来なら事務所の人間が対処すべき問題だろうし、そもそも業界大手の346のアイドルにそんなことする輩はいないだろうけど……本当に、本当にどうしようもなくなったら、俺に相談してほしい。緊急事態なら『周藤良太郎』の名前を存分に使ってくれてもいい」

 

 「私は周藤良太郎の知り合いだ」とか「こんなことを周藤良太郎に知られていいのか」とか。俺が『そういうこと』を嫌っているという事実は業界の間では十分知れ渡っているはずなので、その言葉がどういう意味なのかはよっぽどの愚か者でなければ分かるはずだ。

 

 『周藤良太郎』はトップアイドルであると同時に、アイドルたち全員を護る存在でありたい。

 

 二度と俺や魔王の三人……そして志保ちゃんのような、誰かが傷つくようなことは絶対にあってはいけないのだ。

 

「まぁ、俺がこーして目を光らせるようになってからはそーいう話は殆ど聞かなくなったけど、一応ね? 事務所は違っても、俺は全てのアイドルの味方で、凛ちゃんの兄貴分だから。何かあったら頼ってくれ。勿論、普通の相談事にだって乗っちゃうよ?」

 

「……はい、ありがとうございます」

 

 これで真面目な話は終わり。

 

 さっきのセクハラ紛いの話には目を背けるものの、彼女にはそこら辺の暗い話を気にせずアイドルを楽しんでもらいたいものだ。

 

 

 

 

 

 

「わふっ」

 

「へー、『我が主の背中を押したのは、素晴らしき笑みを持つ少女だった』ねぇ。その子が凛ちゃんと同期になる子かな?」

 

「だから文量と口調……えっ? ちょっと待って良太郎さん、まさか本当に……!?」

 

 

 




・第四世代
ポケットモンスター ダイヤモンド・パール(2006)
……もう、十年も前なんやね……(遠い目)

・「暑い」とか言って人前で脱ぐアイドル
会えるだろうけどその現場には遭遇できない模様(予告)

・月のもの
どのメディアでも触れられてなかったから勝手に補完したよ!()
え? 触れなかったじゃなくて、触れちゃいけなかった?
(のワの)

・アー写
別に錬金術は使わない。

・ププッピドゥ
一般的には『七年目の浮気』でマリリン・モンローのスカートが捲れるシーンを指す言葉。デレマスだとシュガハさんこと佐藤心がSRでやってたりする。



 先に補足しておくと、凛ちゃんにした真面目な話は何かしらのフラグではないです。暗い展開は別としてダークな展開は流石にちょっと。

 そして良太郎の態度や言動に違和感や不自然さ、もしくは矛盾を感じた方もいらっしゃるでしょうが、今は気にしない方向でお願いします。

 というわけでようやく第四章の本編がスタートです。要らない子気味だった良太郎が暴走し始めましたが、割といつも通りでしたね。

(追記)
話数の都合上、サブタイトルが変更されておりますが内容は変わっておりませんのでご安心を。


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Lesson117 14's Cinderellas

え? 展開に無理がある?

いつものことだろいい加減にしろ!


 

 

 

「「「うーん、今日か……」」」

 

 

 

「「「……ん?」」」

 

 今日が凛ちゃんのアイドルデビュー初日だなぁと思いながら事務所のカレンダーを見ていると、冬馬と恵美ちゃんが俺と全く同じ言葉を呟きながらカレンダーを見ていた。

 

「え、何々、今日何があるの?」

 

「いや、お前こそ今日何があるんだよ」

 

「何か特別な予定ありましたっけ」

 

 しかしホワイトボードの予定表ではなくカレンダーを見ている辺り、多分仕事関連ではなく俺と同じように個人的な何かなのだろう。まさか俺と同じように知り合いがアイドルデビューする日なんていう偶然もあるまい。

 

「おい良太郎、そろそろ出ろよ」

 

「天ヶ瀬君、出発しますよ」

 

「恵美ちゃんも行くわよぉ」

 

「「「はーい」」」

 

 兄貴と留美さんとまゆちゃんに呼ばれ、俺たちはそれぞれの仕事へと向かう。

 

 俺は確か……写真撮影だったっけな。

 

 

 

 

 

 

「はぁ、プロになっても最初はレッスンなんだねー。厳しいなぁ」

 

「レッスンは大事ですよ。日々上達していくのは楽しいですし」

 

 アイドルの卵として346プロ本社へとやって来た初日。私が参加することになったシンデレラプロジェクトの責任者にして私をスカウトしたプロデューサーから言い渡されたまず初めにすることは、レッスンだった。

 

 その事実に同プロジェクトの同期にして最後の一人である本田未央がやや残念そうに眉を潜め、私がアイドルになる最後のキッカケとなった少女である島村卯月がそれを優しく諭す。

 

「うーん、本当に言う通りだった……」

 

 一方で私は本当に良太郎さんが言った通りだったなぁと変に感心してしまった。

 

「? どうしたんですか、凛ちゃん」

 

「あ、うん、何でもないよ」

 

 その私の呟きが聞こえたのか、卯月が私の顔を覗き込んできたので気にしないでと手を振る。

 

「あら? 新人さんかな?」

 

「え。はい、そうです……」

 

 不意に声をかけられたので反射的にそう返事をする。

 

 視線を前に戻すと、丁度渡り廊下の向こうから歩いてきた黒髪おかっぱの女性がニコニコと笑っていた。そしてややその影に隠れるようにして、もう一人黒髪おかっぱの少女がいた。

 

 今の発言からして、アイドルの先輩ということだろうか。アイドルに関してある程度の知識は持っているつもりだったが如何せん一般人レベルであり、ステージの上ならいざ知らず、こうして私服のプライベートなところを見ても流石に名前は出てこない。

 

 そんな私の疑問に答えてくれたのは、卯月と未央だった。

 

「た、鷹富士茄子さんと白菊(しらぎく)ほたるちゃんです!」

 

「わぁ! 本物の『ミス・フォーチュン』だ!」

 

 どうやら二人は私服姿を見てもすぐに分かったらしい。流石に同じ事務所の先輩アイドルの名前と顔ぐらいはすぐに出るようにしておいた方がいいなぁ……。

 

「わ、私、島村卯月です! 今日からこの事務所でアイドルやらせていただきます!」

 

「同じく本田未央です!」

 

「えっと、同じく渋谷凛です」

 

 よろしくお願いしますと三人で頭を下げると、鷹富士さんが「あら」と手を叩いた。

 

「貴女が渋谷凛ちゃんなのね」

 

「え?」

 

 頭を上げると先ほどよりもより一層ニコニコとした鷹富士さんが私を見ていた。

 

 なんで私の名前を……?

 

「ふふっ、とある人から『渋谷凛って女の子が346でデビューするからよろしく』って言われてるの」

 

「と、とある人……?」

 

「心当たりはあるんじゃない?」

 

「……はい」

 

 アイドル関連の知り合いなどと言われれば一人しか思い浮かばず、間違いなくその人で正解だろう。

 

 気を遣ってくれているのが分かるのでありがたいといえばありがたいのだが、少々過保護すぎやしないかと少し恥ずかしくなった。

 

 というか、本当に他事務所のアイドルに対してもそういうことが言える辺り、良太郎さんのこの業界での顔の広さの片鱗を見た気がする。

 

「卯月ちゃんと未央ちゃんも、何か困ったことがあったら何でも相談してね? と言っても、私もまだまだデビューしたばっかりの新人みたいなものだけど」

 

「い、いえ、そんなこと!」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 それじゃあレッスン頑張ってねと言い残し、鷹富士さんと白菊さんは去っていった。

 

「……はぁ、緊張しましたぁ……」

 

「うーん、アイドルの事務所なんだから当たり前なんだけど、やっぱり本物のアイドルと対面するってのはまだ緊張するねー」

 

「だね」

 

 そもそも良太郎さん以外のアイドルとの接点なんてなかったのだから、当たり前と言えば当たり前だが。

 

「それよりしぶりん! 凄いね、しぶりんにもアイドルの知り合いいるの!?」

 

「し、しぶりん?」

 

 え、何それ私のこと?

 

 そんなことを話しながら、私たちはレッスン室へと赴くのだった。

 

 ……ん? 今の未央の発言で何か聞き落としたことがあったような……?

 

 

 

 

 

 

「……宣材写真の撮影?」

 

「はい」

 

 レッスン室でトレーナーさんに絞られた後、それが次にプロデューサーから言い渡された指示だった。これまた良太郎さんの言った通りで、またまた感心してしまう。

 

「おー! アー写の撮影だ!」

 

「本来ならば事務所のスタジオで撮影をする予定だったのですが……」

 

「へー、スタジオもあったんだ、この事務所」

 

 先ほど三人で事務所内を色々と見て回っていたが、エステや大浴場まで完備しているこの事務所ならばそれぐらいはあっても不思議ではなかった。

 

「? ですがってことは、違うんですか?」

 

「いえ、撮影自体は行うのですが……」

 

 無表情で分かりづらいが、それでも眉を潜めて困った顔をしながらプロデューサーは首の後ろに手を当てた。

 

 

 

「……『ミス・フォーチュン』と『チアフルボンバーズ』と『セクシーギルティ』と『ブルーナポレオン』と『フリルドスクエア』の撮影が被ってしまって、しばらくスタジオが使えないのです」

 

「クインティプル・ブッキングって何そのミラクル」

 

 

 

 スタジオのスケジュール管理どうなってんのさ。

 

「じゃあ、撮影はまた後日ですか?」

 

「いえ。近くの撮影スタジオを借りておりますので、そこで撮影を行います」

 

 自社スタジオがあるにも関わらず別のスタジオを借りなければないけないというのもアレな話でもあるが、この場合仕方がないのかもしれない。

 

「それと同時に、他のメンバーの紹介も行います」

 

「おぉ!」

 

「いよいよですね!」

 

 他のメンバー……私たちと同じ、シンデレラプロジェクトのメンバー、か。一体どんな子たちの集まりなんだろうか。

 

 

 

 というわけでプロデューサーに連れられ、撮影スタジオで他のシンデレラプロジェクトのメンバーと初顔合わせをした次第なのだが。

 

「………………」

 

 うーん、何というか。

 

(……濃いなぁ……)

 

 語尾に『ニャ』が付く自称猫キャラ少女。語尾に星や音符がついてそうな独特な喋り方でありながらどうみても身長が百八十はありそうな不思議ちゃん少女。銀髪碧眼で片言混じりのロシア少女。ロックを目指すというヘッドホン少女。日本語なのに言葉の意味が全く分からない銀髪ゴシック少女。堂々と『働いたら負け』と書かれたTシャツを着て居眠りをする少女。

 

 他にもラクロスのラケットを持った少々色気漂う女の人やクッキーを勧めてくる少女などエトセトラエトセトラなのだが……なんというか、このメンバーの中だと逆に自分が浮いているような気がしてならなかった。

 

 ただまぁ、これでようやく私たちのアイドルとしての活動……『シンデレラプロジェクト』が始動するらしい。

 

「あれれ~、なんだか賑やかだねぇ。何の集まりー?」

 

 みんながワイワイと喜び合っていると、そんなことを言いながら一人の少女が私たちの控室に顔を覗かせた。

 

「か、カリスマJK(ジェーケー)モデル、城ヶ崎美嘉ぁ!?」

 

 上が水着にしか見えない露出の多い衣装にピンク色の髪。アイドルに疎い私でも、雑誌で一度はその姿と名前を目にしたことがある有名人だった。

 

「おねーちゃーん!」

 

 そんな彼女に駆け寄る、金髪の小さな影。同じプロジェクトの仲間で、先ほどの自己紹介の時に城ヶ崎(じょうがさき)莉嘉(りか)って言ってたけど……もしかして、姉妹?

 

「ねーねー! これ何の衣装!?」

 

「今度のライブパンフ用だよ」

 

 ピョンピョンと飛び跳ねながらじゃれつく少女を宥めるように頭を撫でる様は、確かに姉妹のやり取りである。

 

 そんな二人に近づき、未央は城ヶ崎美嘉さんの手を取った。

 

「私、本田未央! 本日付でアイドルになりました!」

 

「へぇ。今日はアー写か何か?」

 

「はいっ!」

 

「そっか。アタシは違う部署だけど、よろしくね」

 

「よろしくお願いします!」

 

 ……随分とテンションが高いけど、やっぱりアイドルに直接会えるとああなるのが普通なのだろうか。

 

「それにしても、アンタたち凄いラッキーだよ~?」

 

 一通り莉嘉の頭を撫でた美嘉さんはニシシと笑いながらそんなことを言った。

 

「実は今日、この撮影スタジオにすっごい人来てるんだから」

 

「え? すっごい人……?」

 

「えー!? お姉ちゃん、誰々ー!?」

 

「ふっふーん、な・ん・とっ! あの周藤良太郎さん!」

 

『えええええっ!?』

 

 美嘉さんの口から放たれたその人物の名前に、多くの人物の驚きの声が重なった。

 

「す、周藤良太郎!? マジですか!?」

 

「お、お姉ちゃん、本当にっ!?」

 

「本当だよー! ふふん、実はアタシ、良太郎さんと面識があるからー……どーしてもって言うんならみんなに紹介してあげても――」

 

 

 

「へぇ、良太郎さんも来てたんだ」

 

「わー! りょうお兄ちゃんも来てるんだー!」

 

 

 

『……ん?』

 

 思わず口から出てしまった言葉に、その場にいた全員が首を傾げた。そしてそのままその発言の基である私と……もう一人、シンデレラプロジェクト最年少の赤城みりあに視線が集まる。

 

「あれー? 凛ちゃんもりょうお兄ちゃんと知り合いなのー?」

 

「うん。実家が花屋で、よく花を買いに来てくれるんだ。そういうみりあも?」

 

「うん! 通学路が一緒で、前はよく朝一緒だったんだー!」

 

 思わぬところで知り合いの知り合いに出会うことになった。まぁあの人、プライベートが全く無いとか騒がれている癖に結構普通にしてるからこーいう知り合いがいても別に不思議ではないが。

 

「って、何っ!? もしかして、さっき言ってたアイドルの知り合いって周藤良太郎のことだったのっ!?」

 

「す、凄いです凛ちゃん!」

 

「え、いやまぁ、うん」

 

「みりあちゃんもぉ、良太郎さんと知り合いなんてビックリだにぃ!」

 

「えへへー」

 

 途端にシンデレラプロジェクトの面々から取り囲まれる私とみりあ。うーん、ただ単に知り合いってだけで別段凄いことでは無い気がしてしまうのは、アイドルとして以外の良太郎さんを知っているから思ってしまうことなのだろうか。

 

「あ、あはは、結構知り合いいたんだねー……。じゃ、じゃあ挨拶しておく?」

 

『はいっ!』

 

 割といいところを持って行ってしまった気がしてしまった気がするが、全員で美嘉さんの申し出に賛同するのだった。

 

 

 

 

 

 

 こうして、シンデレラプロジェクトと周藤良太郎は初めての邂逅を遂げる。

 

 この時の邂逅を、後に私たちはこう振り返る。

 

 

 

 

 

 

 ――『いくら何でもこれはないわー』……と。

 

 

 




・白菊ほたる
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。キュート。
『幸運』な茄子と対をなす『不運』な13歳。今まで所属してきた事務所が全て倒産しているのは別にこの子のせいじゃないと思うんですけど(名推理)
ちなみに作者が某SSシリーズにハマっているせいで頭上から植木鉢が落ちてくる可能性があるので十分注意してもらいたい(他人事)

・『ミス・フォーチュン』
鷹富士茄子と白菊ほたるのユニット。
二人の幸運と不運が良い感じに中和されるらしい。

・『チアフルボンバーズ』
日野茜・姫川友紀・若林智香のユニット。
「カワイイボクと野球どすえ」はバラエティユニットらしいので、友紀は基本的にこちらに所属予定。

・『セクシーギルティ』
及川雫・片桐早苗・堀裕子のユニット……なのだが、今作では早苗さんの代わりに向井拓海が参加。第五話分であえて婦警姿にしてみたかった。

・『ブルーナポレオン』
佐々木千枝・荒木比奈・川島瑞樹・上条春菜・松本沙理奈のユニット。
アニメだと川島さんがいなかったけど、ただ単にいなかっただけなのか参加していないのかどちらなのだろうか。

・『フリルドスクエア』
工藤忍・綾瀬穂乃香・喜多見柚・桃井あずきのユニット。
声無し組の中では比較的お気に入り。この中だと作者はあずき推し。

・シンデレラプロジェクトメンバー
詳しいメンバー紹介は良太郎が出てから纏めてやります。しかしこうして羅列すると結構酷いなぁ。

・城ヶ崎莉嘉
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。パッション。
美嘉の妹で、妹ヶ崎とも称されるチビギャルな12歳。Lesson64にて後姿が確認されてから実に16ヶ月間を開けてからの登場である。



 というわけで本格的に始まったアニメ本編。第二話からのスタートになります。

 自社スタジオで撮影なんてされたら良太郎絡めへんやないか! ということで無理矢理良太郎が絡める状況にしました。よし、自然な流れだな(白目)

 そして凛たちに『いくら何でもこれはないわー』と言わしめる衝撃の邂逅は次回です。



『どうでもよくない小話』

 六月一日に『Cute Jewelries! 003』が発売されますね。ようやくしきにゃんや桃華ちゃまのカバーが聞け――。

『ウルトラ リラックス』歌:宮本フレデリカ

 ――こんなん絶対面白いやん!


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Lesson118 14's Cinderellas 2

第五回総選挙結果発表&五代目シンデレラガール決定!

この話題は後書きにて触れたいと思います。


 

 

 

「ここ曲がった向こうが、良太郎さんの控室だよ」

 

「……な、なんだか緊張してきました……!」

 

「うぅ、ドキドキするなぁ……!」

 

 美嘉さんを先頭にぞろぞろと移動する私たち。私とみりあを除く全員が緊張した面持ちである。まぁアイドルとしての大先輩以上に、天下のトップアイドルに会うのだから当然なのかもしれないが。

 

「そんなに緊張しなくてもいいんじゃないかな」

 

「うぅ、知り合いの凛ちゃんと違って私たちにそれは無理ですよぉ」

 

「し、しぶりんの大物感が凄い……」

 

 いや、私は全く大物でも何でもないけど……。

 

 何故か畏怖の目で見られてしまった。解せない。

 

 そんな時だった。

 

 

 

「どうしてそんなことをしたっ!?」

 

 

 

 曲がり角の向こうから、そんな男性の大声が聞こえてきた。

 

 この声は間違いなく良太郎さんである。珍しく、何やら声に怒りのようなものが混じっているような気がした。そしてその圧倒的な迫力に、全員の足がその場に縫い付けられてしまったかのように動かなくなった。

 

「な、何々?」

 

「な、何ですか……!?」

 

 メンバーのみんながその険悪な雰囲気に怯む。

 

「りょ、良太郎さん? 一体何が……?」

 

 一番先に我に返った美嘉さんが曲がり角の向こうへと飛び出し、私たちも慌ててそれに続く。

 

 そこにいたのは間違いなく良太郎さんだった。表情が変わらないのはいつものことだが、その雰囲気はやはり怒っている様子だった。

 

 そんな良太郎さんに対面するのは、お団子頭の小柄な少女。何処かで見たことがある既視感とこの場にこうしていることから恐らくアイドルなのだろうと推測するが……彼女は一体何をしたのだろうか。

 

 あの良太郎さんがここまで怒りを露わにするところを私は見たことが無い。

 

「で、でも師匠!」

 

「口答えをするなっ!」

 

 少女は健気にもそんな良太郎さんに反論しようとするが一蹴されてしまった。涙こそ浮かべていないが、プルプルと震えているところを見ると良太郎さんに怯えているのだろう。

 

「どうして……どうして……!」

 

「ちょ……ちょっと良太郎さん……!? い、一体何を……!?」

 

 困惑しつつも美嘉さんが良太郎さんを宥めようとして――。

 

 

 

「どうして俺のいないところであずささんのお山に登ってるんだよぉぉぉ!?」

 

 

 

『……はい?』

 

 ――そんな良太郎さんの慟哭に、私たち全員の動きが止まった。

 

「せめて俺のいるところで登ってくれよ! 弟子を名乗るんだったらその辺の気を使えよ!」

 

「すみませんっ! 大変素晴らしかったですっ!」

 

「ガッデム! 世間体とか世界観とか作風とか神様(さくしゃ)が色々と無駄に気を使った結果、安易なラキスケすら許されていないというのに! 俺には視覚で楽しむことすら許されないというのか!?」

 

「師匠! 時と場合によっては視覚的にでもアウトの場合があります!」

 

直接接触(ダイレクトアタック)してるお前にだけは言われたくなかったわっ!」

 

「………………」

 

 

 

 私は、良太郎さんが女性の胸部に並々ならぬ執着心を抱いていることを知っている。一緒にハナコの散歩に行って胸の大きな女性とすれ違うと視線がそちらに流されることは多々あったし、テレビ番組でも『胸が大きなことは素晴らしいことです』と真剣なトーンで言い切っていた。

 

 男性が女性の胸に興味を抱くことぐらいは流石に知っているし、兄のような良太郎さんだったら「もう、しょうがないなぁ」ぐらいのノリで流すことも出来た。

 

 しかし。しかしである。

 

 

 

 中学生ぐらいの少女の言葉に本気で慟哭。

 

 しかもその内容は女性の胸を触るなら自分の前でしろという内容。

 

 

 

 これが『トップアイドルとの初めての邂逅』というシチュエーションだと誰が信じられようか。

 

(いくら何でもこれはないわー)

 

 先ほどまで「本物の周藤良太郎と会える」と緊張しつつもテンションが上がっていた他のプロジェクトメンバーもあからさまにガッカリしている様子である。

 

 これは流石に擁護のしようが無い。寧ろしたくない。ついこの間アイドルになるか否かの相談に真剣に乗ってくれた上に、何かあったら迷わず頼ってくれとカッコよく決めてくれた人と同一人物だなんて信じたくなかった。年上のお兄さんに対する初恋を思い出して一瞬ドキリとしてしまった私の純情を返してくれ。

 

「ん? あ、美嘉ちゃん、撮影終わったの?」

 

 そして何事も無かったかのように通常のテンションに戻る良太郎さん。取り繕っているのではなく本気で素に戻っているところが流石というか何というか。

 

「え、えっと……」

 

 これには美嘉さんも言葉に迷う。

 

 仕方がない。周藤良太郎に対する耐性をある程度持っている私が代わろう。

 

「良太郎さん」

 

「あれ、凛ちゃん? どうしてここに……」

 

 

 

「正座してください」

 

 

 

 

 

 

 こちら周藤良太郎ですが、何故か凛ちゃんに正座をさせられてます。

 

 静かにお怒りの凛ちゃん曰く、どうやら先ほどの棟方との会話がいけなかったらしい。

 

「でも『小さい女の子が大好き』って言うよりは『大きな胸が大好き』って言った方が健全な気がしない?」

 

「反省の色無し。後十分追加」

 

 解せぬ。

 

 ちなみに棟方の奴はいつの間にかトンズラしてやがった。師匠を敬う気が一切ない弟子である。

 

「それで、結局一体どーしたのかな?」

 

 改めて凛ちゃんの後ろを確認すると、そこには十数人の女の子たち。今日346に初出社した凛ちゃんがここにいることを加味すると……。

 

「あ、もしかして新プロジェクトのメンバー?」

 

「はい、その通りです」

 

 俺のその問いに答えたのは、ぬぅっと視界の中に現れた巨体だった。

 

「おぉ、武内さん。お久しぶり」

 

「ご無沙汰しております」

 

 律儀にも深々と頭を下げてくれる武内さん。正座している状態からこーして見上げると、その背の高さも相まって凄い威圧感である。

 

「えっと、今西さんのところに配属になったんでしたっけ?」

 

「はい。今は彼女たち『シンデレラプロジェクト』の担当をさせていただいております」

 

 なるほどね。……ここで「楓さんの担当はどうなったんですか?」と聞かないのが大人のマナーである。え? 今までの行動に大人成分が見いだせない? 気のせいだって。

 

「あ、あの!」

 

「ん?」

 

 それは軽くウェーブがかかった茶色の髪の少女だった。おずおずと、それでいて随分と意気込んだ様子である。

 

「わ、私、本日付でアイドルになりました、島村卯月です! よ、よろしくお願いします!」

 

「ん、よろしくー。卯月ちゃんね」

 

「あ、しまむーばっかりズルい! 私は本田未央です! 同じく今日からアイドルです!」

 

「よろしく、未央ちゃん」

 

 卯月ちゃんに続いて元気良く自己紹介をしてくれたセミロングの茶髪少女。先ほどの卯月ちゃんが春香ちゃん系としたら、こっちの未央ちゃんは響ちゃん系かな。自分で言うのも何だけど、先ほどまでの俺と棟方とのやり取りを見てなおこうしてちゃんと挨拶をしてくれるとかええ子たちやでぇ。

 

 ……って、この子……。

 

「……ねぇ卯月ちゃん。ちょっと笑ってみてくれないかな」

 

「……え、え?」

 

「はいニッコリー」

 

「に、ニッコリー」

 

 唐突な無茶振りではあったが、ダブルピースで促すと卯月ちゃんは戸惑いながらも同じようにダブルピースをしながらニッコリと笑顔を見せてくれた。

 

「……なるほどね。やっぱり君が、凛ちゃんの『きっかけ』の子だね」

 

「え? きっかけ?」

 

 それは確かに人を惹きつける素晴らしい笑顔だった。無表情の俺からしてみればそれはとても羨ましく……けれど、見ていて幸せになれそうな笑顔だった。先ほど春香ちゃん系と称したが、意外と的を得ているのではないだろうか。

 

「ど、どういうことですか?」

 

「いや、凛ちゃんがアイドルになるきっかけになったのは笑顔が素敵な女の子だったって話をハナコから聞いたからさ」

 

「そ、そうだったんですか……え、ハナコ? って、確か凛ちゃんのペット……!?」

 

「良太郎さん、本当に……!?」

 

(まぁ本当は「笑顔の可愛い女の子と凛ちゃんが一緒だったよー」っていう母さんの目撃情報からの推測なんだけど、面白いから黙っとこう)

 

 

 

「りょうお兄ちゃん! ヤッホー!」

 

「ヤッホー、みりあちゃん。……あれ、何でみりあちゃんまでここに?」

 

 いつものノリでハイタッチとかしてから、みりあちゃんがここにいることに気が付いた。

 

「えへへー、実はみりあもアイドルになったんだよー!」

 

「マジか」

 

 そんな素振りというか話を一回も聞いたことがなかったんだけど、凛ちゃんと同じようにスカウトされたってことなのかな? ……声かけ事案という言葉が脳裏を過った。早苗ねーちゃんこっちですと言おうとしたが、現状だとシメられるのは俺だということに気付く。

 

「あ! そーいえばみりあ、ついにお姉ちゃんになったよ!」

 

「お、本当に? おめでとう」

 

 去年の秋頃に「お姉ちゃんになるよ!」という報告を聞いていたが、ついに産まれたらしい。春頃に弟か妹が欲しいと言っていたから、両親も頑張って(意味深)くれたようである。

 

 それにしてもこういった世間話的なものが自然に始まる辺り、アイドルとしてよりもご近所さんといった印象の方が強いんだろうなぁ。

 

 

 

「みりあちゃんばっかりズルいー! アタシも良太郎さんとお喋りしたいー!」

 

「わわっ」

 

 突然みりあちゃんに抱き付く金髪の少女。服装的に恐らくJC(ジョシチューガクセー)なのだが、何やら既視感が。

 

「初めましてー! 城ヶ崎莉嘉でーす!」

 

「よろしくー」

 

 目元で横ピースをする少女に俺も横ピースで返す。

 

 ……って、城ヶ崎?

 

「もしかして、美嘉ちゃんの妹?」

 

「あはは、そうです」

 

 尋ねると、苦笑しながら美嘉ちゃんは莉嘉ちゃんの頭の上に手を置いた。確かに目元とか雰囲気とか、その辺が良く似ていた。多分髪色を揃えれば完全にスモールサイズ美嘉ちゃんになっていることだろう。

 

 それにしても……そうか、あの時の金髪チビギャルはこの子だったか。

 

「部署は違うんですけど、これからは姉妹共々よろしくお願いします」

 

「よろしくお願いしまーす!」

 

「よろしくね」

 

「それで良太郎さん! 胸の大きな女の人が好きなら、もしかしておねーちゃんのことも好きだったりするんですかっ?」

 

「何バかなこと言っち!? 帰っら怒るゆ!?」

 

「美嘉ちゃん、口頭だけど誤字ってるよ」

 

 世間ではカリスマなんて呼ばれてるけど、ファーストコンタクトがアレ(Lesson82参照)だったから初心(うぶ)な娘って印象しかないんだよなぁ。

 

 ちなみに早苗ねーちゃんみたいな大乳も大好きだけど、美嘉ちゃんぐらいのちょうどいい大乳も大好きです。

 

 

 

「あ、え、えっと、その……」

 

 さーて今度は誰かなぁと思っていると、真っ黒なゴスロリ衣装に身を包んだ銀髪少女が真っ赤になりながらスケッチブックを差し出してきた。

 

「――だ、大ファンです! サ、サインいただけないでしょうか!?」

 

「うん、いいよ」

 

(い、意外とアッサリだー!?)

 

 何やら美嘉ちゃんが驚愕している様子だったが、別にアイドルをやってる以上サインを強請られることぐらい何時もの事だしなぁ。

 

「あれ? 蘭子ちゃん、さっきまでの変な言葉どうしたのー?」

 

 スケッチブックを受け取っていると、莉嘉ちゃんがそんなことを言いながら首を傾げた。

 

「変な言葉って?」

 

「うんとねー『血のめいやく』? とか『魂のきょうめい』? とか」

 

 お、なんだなんだその厨二心を擽られる素敵ワードは。

 

「え、えっと、そ、その……『俺は間違っている』の良太郎さんに憧れてて……!」

 

 あー、あの厨二兄貴役やったあのアニメか。そういえばそんな感じの台詞を言い続けてたっけ。

 

 よし、ならばちょっとファンサービスでもすることにしよう。

 

 スッと立ち上がって(今までずっと正座継続中だった)右手を顔の前に翳し、左手だけでスケッチブックをバサッと広げる。これが俺のファンサービスだ!

 

「くははっ! 汝、我を覇王と知りながら《魔導書(グリモワール)の契約》を交わそうと申すか! ならばその覚悟! 汝が真名と共に捧げてみせよ!」

 

「……え、いきなりどうしたの良太郎さん」

 

 突然のことに全員がポカンとするが、ただ一人、彼女だけは真っ赤にしていた顔をパアッと子供のように輝かせた。

 

「良かろう! とくと聞くがよい! 既に魔力は満ち、闇の眷属たる時は終わりを告げた!」

 

 少女は手にしていた黒い日傘を広げながら肩にかけ、左手を顔の前でかざす。室内で勢いよく傘広げると危ないよー。

 

「我が真名は《ブリュンヒルデ》! かつての無垢なる翼は黒く染まり、十二の翼と共に魂を解放し、やがて魔王への覚醒へと至る者なり!」

 

 ……うーん、ノリノリになってくれたのはいいけど、流石に『ブリュンヒルデちゃんへ』って書くのはアレだよなぁ。

 

 というわけでこっそり凛ちゃんに尋ねる。

 

(ねぇ凛ちゃん、あの子の名前なんていうの?)

 

(え? えっと……神崎蘭子)

 

 おk、ランコちゃんね。

 

 自前のサインペンを取り出すと、通常のサインと共に筆記体で彼女の名前を書き加える。

 

「ブリュンヒルデよ! 汝が真名と覚悟、しかと見届けた! これにて《魔導書(グリモワール)の契約》は交わされ、汝は《世界の最果て(オーバーザワールド)》へ挑む資格を得た! その先に待ち受けるは極光か深淵か! その十二の翼で辿り着き、穢れ無き眼で確かめるがよい!」

 

「望むところぞ!」

 

 彼女にスケッチブックを返し、二人で「はーっはっはっはっ!」と高笑いをする。

 

 凛ちゃんたちの「何言ってんだこいつら」みたいな視線がちょっと痛かったが、喜んでもらえて何よりです。

 

 

 

「それで《魔導書(グリモワール)の契約》と《世界の最果て(オーバーザワールド)》って何?」

 

「マジレスは勘弁して凛ちゃん」

 

 

 




・棟方、三浦あずさ登頂事件
師匠の早期登場は、実はこのためだったのだよ!(AA略)
ちなみに良太郎のキャラがぶっ壊れているような気がしますが、今までが大人しすぎただけでこれが平常運転です。

・『小さい女の子が大好き』『大きな胸が大好き』
巨乳グラビアが好きって言っても問題無いのに、小学生女子が好きって言ったら何でダメなんですかねぇ?(すっとぼけ)

・えへ顔ダブルピース
卯月の代名詞。

・「何バかなこと言っち!? 帰っら怒るゆ!?」
シンデレラ劇場第19話でのメール文を引用。

・これが俺のファンサービスだ!
回想でもいいからエクシーズ次元編で出て来てくんないかなぁ。

・《魔導書(グリモワール)の契約》
・《世界の最果て(オーバーザワールド)
(特に深い意味は)ないです。



 まだ三回目だけど「どうせ『えぇぇぇ!? 周藤良太郎!?』みたいな反応なんでしょ」とか思われているような気がしたからその斜め下を行きたかった。反省も後悔もどっかに忘れてきた。

「見てごらん、ハルト。あれが三枚目主人公のなれの果てだよ」

 これで一部メンバーの好感度が低い状態から始まることになります。まぁ結局よくある一度評価を下げておいてから上げるパターンなのでお気になさらず。

 あと蘭子とのネイティブ会話。これで良かったのかどうかは知らないけど、個人的には書いてて楽しかった(小並感)
 


 そして前書きでも触れましたが、総選挙について。

 五代目シンデレラガール『島村卯月』! おめでとー!

 ついに卯月がシンデレラガールですね。いやぁマジで感慨深い。

 そして二位は我らが楓さん。マジで無冠の女王みたいになってきておりますが、次回こそは……!

 五位圏内でCDデビューが決まった美優さん、ぼのの、よしのんなど触れたいのですが、個人的には九位に入ったシュガハさんに驚きました。これは案外早く声付くのか……?


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Lesson119 14's Cinderellas 3

今回話が四話にまとまりそうになかったので、逆転の発想で『Lesson116 14's Cinderellas』を『Lesson116 The girls' prequel 4』として以降を繰り上げることにします。

このことによる内容の変化はありませんのでご安心ください。


 

 

 

「あの人が、本当に周藤良太郎……?」

 

 それが、私の偽らざる本音だった。

 

 別に美嘉ちゃんや凛ちゃん、みりあちゃんの言葉を疑うわけではない。そもそもこうしてアイドル事務所に入った身として、周藤良太郎を見間違えるはずもないし見間違えるわけにもいかない。

 

 それでも、今目の前にいる青年が、日本が誇るトップアイドルの『周藤良太郎』だとは俄かに信じられなかった。

 

 た、確かに男の人が、その……お、女の人の体に興味を持つことはしょうがないことだし、周藤良太郎がそういう人だという前情報があることもある程度理解している。理解してはいるのだが……だ、だからといって、ああも堂々と恥ずかしげもなく人前で、それも女の子の前で高らかに主張する必要はないのではないだろうか。

 

「……? ミナミ、どうかしましたか? ムズカシイ顔、してます」

 

「え? そ、そんな顔してた?」

 

「ダー」

 

 アーニャちゃんことアナスタシアちゃんに指摘され、ペタペタと自分の顔を触る。あまり嫌そうな顔をしていたら流石に失礼だろう。……向こうの方がもっと失礼なような気がしないでもないが。

 

「うーん、なんか私もイメージしてた周藤良太郎と違うなぁ。なんかこう、思ってたよりロックじゃない」

 

 腕を組み、私以上に露骨な不満顔を見せるのは首にヘッドフォンをかけた多田(ただ)李衣菜(りいな)ちゃん。どうやら彼女も私と似たような感想を抱いているようだ。

 

「うーん……?」

 

 一方、前川みくちゃんは周藤さんの姿を見ながらしきりに首を傾げていた。

 

「みくちゃんはどうかしたの?」

 

「んー、なんか、良太郎さんを見てると何かをあんまり思い出したくないことを思い出しそうな、こう喉に小骨が引っかかってる感覚というか……」

 

「お、なんかその表現猫っぽい! やっぱり猫と言えば魚ってわけ?」

 

「あ、みくはお魚は嫌いにゃ」

 

「……えぇ~? 猫キャラなのに魚嫌いって何それ」

 

「べ、別にキャラと好き嫌いは別にゃ!」

 

 あからさまにガッカリした声を出す李衣菜ちゃんに反論するみくちゃん。申し訳ないが私も李衣菜ちゃんに同意である。

 

「……私も、リョータローを見ていると何かを思い出しそうになります」

 

「え?」

 

 不意にアーニャちゃんがそんなことを言い出した。

 

 みくちゃんに続きアーニャちゃんまで、周藤良太郎と何かしらの係わりがあったということなのだろうか。

 

「……ん?」

 

 蘭子ちゃんへサインを書き終わった周藤さんがこちらに気付いた。先ほどの一件であまり良い印象が持てない私は、思わず身構えてしまう。

 

 そんな私の心情を一切気付くはずがない周藤さんは、ヒラヒラと手を振りながらこちらに近づいてきた。

 

「おや、そこにいるのはいつぞやのロシアンハーフ少女アーニャちゃんじゃないか」

 

「……え」

 

 まさか本当に知り合いだったのかと振り返ると、当のアーニャちゃんは可愛らしく小首を傾げていた。

 

「えっと……何処かで、お会いしましたか?」

 

「ありゃ、忘れちゃった? ……って、あぁそうか。あの時は完全変装状態だったっけ」

 

 じゃあどうすれば分かるかなーと首を傾げたかと思うと、良太郎さんはパチリと指を鳴らした。

 

Hey,girl(そこの彼女). Can I help you(何かお困り)?」

 

 突然そんなことを言い出した良太郎さんだったが、アーニャちゃんはそれに目を輝かせた。

 

「……オォ! あの時の、親切なお兄さん!」

 

「久しぶりだね。まさかあの時の子とこうしてアイドルになって再開するとは思ってなかったよ」

 

「私も、です。それに、あの時はアチキー……メガネ、かけていました」

 

「変装の一環だからね。逆にあの状態でバレたら困っちゃうし」

 

 などと仲良さげにお喋りを始める二人。無表情の周藤さんはともかく、アーニャちゃんは結構楽しそうである。

 

 ……な、なんだろうか、このモヤモヤとした感じ。自分が苦手としている人と自分と仲が良い人が楽しげに話をしている場面というのはこんなにも複雑な気分になるのか。

 

「うーん……私も周藤さんのこと、ちょっと苦手……かな?」

 

「わ、わたしも……」

 

「かな子ちゃんと智絵里ちゃんも?」

 

 こっそりとそんなことを言いながら苦笑いを浮かべる三村(みむら)かな子ちゃんとやや怯えるように身を小さくする緒方(おがた)智絵里(ちえり)ちゃん。

 

「その、女の人の体形をどうこうって言う人は……あんまり」

 

 ほら、私もそんなにスリムじゃないから、とかな子ちゃんはやや自虐的だが、やはり良太郎さんの発言を好意的に捉えることが出来ない子は他にもいたようだ。いやまぁ、冷静に考えれば好意的に捉えるなんてことは到底出来そうにない発言ではあるのだが。

 

「だから、美波ちゃんの言いたいことは良く分か――」

 

 

 

「えー!? 良太郎さんがあの『翠屋』のシュークリームを差し入れに!?」

 

「はい……十分な数があるから、皆さんも良ければ、とのことです」

 

 

 

 かな子ちゃんの言葉をかき消すように聞こえてきた、そんな未央ちゃんとプロデューサーさんの会話。

 

「………………」

 

「……か、かな子ちゃん?」

 

「……美味しいから大丈夫だよっ!」

 

「かな子ちゃんっ!?」

 

 陥落が凄まじく早かった上に、アイドル要素も人間性も全く関係ない事柄が理由だった。

 

 まさかシュークリーム一つでそこまで……そ、そんなに美味しいのだろうか。……さ、差し入れなら頂いても不自然じゃないわよね、えぇ。

 

「ち、ちなみに智絵里ちゃんはどうして周藤さんのことが苦手なの?」

 

「そ、その……お、お顔がその……怖くて……」

 

 どうやら周藤良太郎の無表情が苦手なようだ。確かに、あれだけ感情豊かに喋っているのにその表情が一切変わらないというアンバランスさが不気味に感じる。

 

(こ、これはもっと私がしっかりしないと……!)

 

 そんな意気込みを抱いていると、アーニャちゃんと一通りの会話を終えた周藤さんがこちらを向いた。

 

「それで、君のお名前も聞いていいかな? これからアイドルとして活動していくなら、是非とも仲良くしたいんだけど」

 

「……はい、そうですね」

 

 敵対感情は胸の奥に秘め、先ほどプロジェクトメンバーに自己紹介した時と同じように笑みを浮かべる。

 

新田(にった)美波(みなみ)です。これからよろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 

 なんか微妙に美波ちゃん……新田さんに距離を置かれているような気がする。

 

 うーん、そこまでお堅そうな性格には見えなかったんだけどなぁ。少なくとも、初期千早ちゃんほどではないとは思うのだが、千早ちゃん以上に俺の発言が何かしらのデリケートな部分に触れてしまったのだろう。

 

 とはいえ、女の子の胸に関する事柄に対して俺の口は常時起動中だしなぁ。

 

「りょーたろーさん! 女の子にあーいうことを言うのはメーッ! だよぉ?」

 

「いやまぁ、俺も少しぐらいは反省してるんだよ? だから今日ぐらいはもうああいう発言を控えようかとうわおっきい」

 

「もーっ! だからそーいうのがダメって言ってるんだにぃ!」

 

 いや、胸のこともそうだけど君の場合はむしろ身長が。まさか女の子で北斗さん並に背が高い子がいるとは思いもしなかった。そして身長が高い分、俺の視線の高さに大乳が迫って来ていて中々の迫力。

 

「っと、自己紹介まだだね。一応知っているとは思うけど、周藤良太郎です」

 

「はーい! きらりはぁ、諸星(もろぼし)きらりだにぃ! よろしくおにゃーしゃー!」

 

「おう、おにゃーしゃー」

 

 うーん、独特な雰囲気な子だなぁ。パステルカラーの服と身長と口調のおかげで恐らくシンデレラプロジェクトのメンバーの中で一・二を争うキャラの濃さである。ついでに周藤良太郎相手に自分のキャラを全く崩そうとしない辺りプロ根性とかハートが強いという以前に、素でこーいう性格の子なのだろう。

 

 そしてキャラが濃い子と言えばもう一人。

 

「ほーらぁ! 杏ちゃんもちゃんと挨拶しなきゃダメだにぃ?」

 

「えー? ……でもまぁ、しょーがないか。上下関係をしっかりしておくことも印税生活への第一歩か」

 

 先ほどからきらりちゃんの小脇に抱えられている少女である。スパッツに『働いたら負け』Tシャツって、完全に部屋着じゃん。それを着て堂々と外に出てる人初めて見たぞ。

 

 きらりちゃんから降ろされた少女はそれまでのダルそうな雰囲気が一変し、ニコッと可愛らしい笑みを浮かべた。

 

「初めまして! 346プロダクションでアイドルをやらせていただくことになりました、双葉(ふたば)(あんず)です! これからよろしくお願いします!」

 

「……え、あ、うん、よろしく」

 

「……はい、本気しゅーりょー」

 

 そう言って再びダラけた雰囲気を醸し出しながら、うさぎのぬいぐるみと共に去っている少女。え、何この麗華とか伊織ちゃんとはまた別のベクトルの豹変は。今の一瞬だけだったら凄いアイドル(ぢから)だったんだけど。

 

「……まさかTシャツに書かれている言葉がネタではなく本気ってことか」

 

 「もー! 杏ちゃーん!」とその小さな背中を追いかけるきらりちゃんを見送り、そう独り言ちる。

 

 どうしてあんな子がアイドルを志したのだろうと思うと同時に、元暴走族の拓海ちゃんの時も思ったがそんな彼女たちを引っ張り出してくる346のアイドル雇用力に驚愕である。……あ、もしかしてさっき言ってた『印税生活』で引っ張ってきたか?

 

「えっと……良太郎さんは怒らない?」

 

「え? 何が?」

 

「その……さっきの子、印税生活とか、あんまりアイドルっていうものを真面目に考えてなさそうだったから……」

 

 そんなことを尋ねてくる凛ちゃん。

 

 確かにあまり褒められた態度ではないが。

 

「お給料を貰っている以上、アイドルだってお仕事っていう側面もあるわけだからねぇ」

 

 765プロのやよいちゃんだってアイドルを始めたきっかけは『家計を助けるため』だったのだから、職業としてアイドルを始めることに対してとやかく言うつもりはない。

 

 それに、経緯はどうあれ一応はしっかりと自分で働いて食い扶持を稼ぐという方法を取ろうとしているだけまだマシである。

 

「俺が中国で知り合った人の方がよっぽど筋金入りだよ。『働くくらいなら食わぬ!』って豪語してたし」

 

「……その人、普段はどうやって暮らしてるんだろうね」

 

「霞でも食ってるんじゃないかな」

 

 なんか仙人みたいな雰囲気を醸し出してたし。

 

「とにかく、俺は『アイドル』の活動そのものを軽視したりしない限りは何も言わないよ。理由だってきっかけだって、人それぞれだしね」

 

 まぁ願わくば、彼女がアイドルを続けていく過程で『アイドル』という仕事の意味を理解してくれるといいなぁ。

 

 

 

 

 

 

「ちなみにその仙人みたいな人とは何処であったの?」

 

「ちょっと山の方を観光することがあってさ。何か川で釣りしてた」

 

「……針が真っ直ぐだったとか言わないよね?」

 

「カバみたいなペット連れてたし、多分本当はお金持ちなんじゃないかな」

 

 

 




・「あの人が、本当に周藤良太郎……?」
この小説書いてて割と本気でマジレスしたの初めてなんじゃないだろか。

・多田李衣菜
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。クール。
ロックなアイドルを目指すろっくな17歳。
とりあえず「ロック」と言わせておけばいいという風潮。一理ある。

・「喉に小骨が引っかかってる感覚というか……」
似たような状況のアーニャとみくですが、その大きな違いは『良太郎が相手の存在を認識しているか否か』です。アーニャは普通に素顔でしたが、みくは『前川さん状態』だったので良太郎は気付いておりません。
同じ事務所の未央ですら気付けなかったんだから(劇場388話参照)当然だよなぁ?
というわけでみくにゃん赤面イベントはもうちょい先です。

・三村かな子ちゃん
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。キュート。
346における雪歩枠その1。なお出てくるのはお茶ではなくお菓子。
なお周りの人間が痩せすぎなだけで決してふt(以下削除)

・緒方智絵里
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。キュート。
346における雪歩枠その2。男の人が苦手というか普通に人見知り。
雪歩枠ということで察しているでしょうが、この作品における出番はすk(以下削除)

・「美味しいから大丈夫だよっ!」
かな子の決め台詞(?)

・新田美波
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。クール。
「歩く○クロス』と呼ばれてしまう色気溢れる19歳。
CPの常識人枠その1で割と重要な役割を担ってもらう予定。

・諸星きらり
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。パッション。
186センチという世紀末的高身長の17歳。おっすおっす☆
実は蘭子以上にセリフに困る子。ちょーむつかしいにぃー☆

・双葉杏
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。キュート。
働くことに関して一格言持つ17歳。
きらりと同い年だが身長差は何と45センチ
たぶんCPでの常識人枠その2。その真価はおそらく次話。
く労人枠になる可能性も微レ存。
なんだかんだいって面倒見がいいし。
いも

・アイドル(ぢから)
きっとアイドルから溢れ出るオーラ的な何か。
良太郎は53万ぐらいありそう。

・『働くくらいなら食わぬ!』
・「……針が真っ直ぐだったとか言わないよね?」
・「カバみたいなペット連れてたし」
まるで太公望みたいだぁ(直喩)



りーなP&ちえりP「「おいこの扱いどういうことだよ」」

 め、メイン回ありますから(メインになるとは言っていない)

 てなわけで、今回は第一印象を悪く捉えた子たちがメインとなりました。普通はこういう反応だよなぁ?

 あ、美波とはちゃんと仲良くなるのでご安心を。視点を貰って好待遇。後は……分かるね?

 話数がズレて、次回がラストになります。


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Lesson120 14's Cinderellas 4

もうすぐ六月かぁ……今年もあと半分ですね!(白目)


 

 

 

「……はぁ……」

 

 それは杏らしくない溜息だった。常日頃から面倒くささから溜息を吐く機会は多いが、これほどまでに『無駄に緊張して』吐いた溜息は本当にらしくなかった。

 

「あれがトップアイドルの周藤良太郎、ねぇ」

 

 事務所に所属してアイドルを目指すということになっているので、一応はその辺りの下調べはしておいた。果てしなく面倒くさかったけど。

 

 『覇王』『キングオブアイドル』『アイドルの頂点』『つかあのアイドル圧力に屈しねーんだけどマジで』などと様々な呼び方が存在する生ける伝説。圧倒的な歌、ダンスなどのパフォーマンスのクオリティーの高さは勿論のこと、常に無表情だが裏表のない明朗快活な性格が人気の一因……というのがネットで調べたアイドル『周藤良太郎』の前情報。

 

 そんなトップアイドル、杏とは当分縁が無いだろうなーなどと考えていたが、まさかこんなにも早く対面することになるとは思わなかった。

 

 そしてそれと同時に……やはりネットだけでは正確な情報は得られないんだなぁと実感した。

 

(『裏表がない明朗快活な性格』……ねぇ)

 

 明朗快活という点は認めよう。だが裏表がないという点は鼻で笑わざるを得ない。

 

 そんなわけない。新田さんは周藤良太郎を不真面目な人間と評しているみたいだが、あれはある意味で杏と同種、そしてある意味で杏と正反対の存在。

 

 

 

 周藤良太郎は、この場にいる誰よりも『クソ生真面目』な人間だ。

 

 

 

 それは殆ど勘に近いが、少なくとも杏にはそう感じられた。

 

 確かに不真面目な発言は多いが、趣味嗜好と性格はまた別の話。言動の節々から読み取れる周囲への配慮や気遣いは本当に不真面目な人間には出来ないそれだ。下手すると新田さんよりも根は真面目なのかもしれない。

 

 でもそれ故に、本心では何を考えているのかが分からない。それは無表情だから、というわけではない。無表情具合だったら杏たちのプロデューサーも負けていないし、感情表現という点で言えば周藤良太郎に軍配が上がるだろう。

 

 しかしその感情の裏に隠された『思考』が全く読み取れない。読み切れない。

 

 だから得体が知れなくて、気味が悪い。

 

 ……年少組が懐いているし、悪い人ではないのだろうけど。

 

(……あぁ、めんどーくさい)

 

 こーいう真面目な考察は杏のキャラじゃないよ。その辺は新田さんに任せとくことにしよう。

 

 はぁ、久しぶりに真剣に頭使って疲れた。

 

 

 

「だからきらり、杏帰るから放して」

 

「ダメだにぃ~」

 

 はぁ、本当めんどーくさい。

 

 

 

 

 

 

「さてと」

 

 とりあえずプロジェクトメンバー全員と挨拶は終わったな。え? 絡んでない奴いるって? あぁ、その辺は行間で済ませちゃったから。すまんね。

 

 問題があるとするならば……やっぱり新田さんかなぁ。長いことこういう性格でやってきたから、これまでも忌避されるというか敬遠されるというか、そういうことは何度もあったから俺自身は気にしないんだけど。その感情が冬馬や志保ちゃんや伊織ちゃんみたいに、良い意味での周藤良太郎に対しての反抗心になってくれるならそれはそれでありかな。

 

 あとは問題というワケじゃないけど、みくちゃん。彼女は何処かで会ったことがあるような無いような……なんだろうこの既視感は。

 

「周藤さん、そろそろお願いしまーす!」

 

「はーい」

 

 っと、そろそろ俺も撮影か。そういえば今日はそういうお仕事だったな。

 

「良太郎さん!」

 

「ん?」

 

 それじゃあ頑張るかと意気込んでいると、未央ちゃんが元気よく話しかけてきた。

 

「あの、もしよかったらでいいんですけど、撮影の見学してもいいですか?」

 

「あぁ、別にいくらでもどうぞ」

 

 どうせ場所は違えど同じスタジオで撮影するんだから、それぐらいはいくらでも。とはいえ、こんな無表情野郎の撮影見てても面白くないと思うんだけどなぁ。

 

 そしてぞろぞろとやって来るプロジェクトメンバー全員と共に俺は自身の撮影へと赴くのだった……って、え、みんな来るの?

 

 

 

 

 

 

 トップアイドルの撮影を見ることで自分たちの撮影の参考にさせてもらう……という名目で良太郎さんの撮影を見学させてもらうことになった私たち。

 

 最初はただの好奇心に近く、アイドルの撮影ってどんな感じなのかなーとか、良太郎さんがアイドルとしての仕事をしてるの初めて見るなーとか、そんな軽い気持ちだった。

 

「いいよー良太郎君! 今日もナイス三枚目!」

 

「はっ倒しますよ」

 

 カメラマンとそんな軽口を言い合いながら撮影をする良太郎さん。しかしそんな軽口とは裏腹に……なんというか、普段とは雰囲気が違った。

 

 ポケットに手を入れたり、首の辺りを手で触れたり、様々なポーズをする良太郎さんなのだが、そんな何気ない動作の一つ一つが文字通り絵になっていた。ただ単純に写真を撮影するというだけなのに、きっとこれがアイドルとして『魅せる』ということなのだろうか。

 

「……いやぁ、何というか、何が凄いって言葉に出来ないぐらい凄いね。これがトップアイドルのオーラって奴なのかな」

 

 そんな未央の冗談めいた言葉が、案外的を射ているような気がした。

 

「……わ、私たちも周藤さんに負けないぐらい頑張りましょ!」

 

「新田さん?」

 

 良太郎さんの雰囲気に若干飲まれるというか圧倒される私たちに対し、新田さんは何やら意気込んでいる様子だった。無理している、という感じでもないが……焦ってる? いやこれも何か違う気がする。

 

 まぁ、確かに私たちもまだ撮影が残っているし、良太郎さんに負けないぐらいの意気込みで頑張らないといけないことは確かである。ちょっと緊張するけど、頑張ろう。

 

 ……と、意気込んだのはいいものの。

 

 

 

「硬いよ! 笑って!」

 

「は、はい!」

 

 

 

「目線こっちで!」

 

「え、え?」

 

 

 

「もっと普通に!」

 

「うぇ?」

 

 

 

 その『単純に写真を撮影する』ことがままならない三人がここにいた。

 

 卯月は緊張からか持ち前の笑顔になれず、私は気恥ずかしさからカメラから目線を逸らしてしまい、未央は調子に乗って変なポーズを取り、それぞれカメラマンからダメ出しされる始末である。

 

「笑顔……笑顔って、何でしょう……」

 

「うーん、普通かぁ……」

 

 一旦休憩を貰って楽屋に戻ってきた私たちは並んで座りながら先ほどの撮影を振り返る。って卯月、その堕ち方はまだちょっと早いからこっちに戻っておいで。しばらくはコメディーパートだから。

 

 さて、どうしたものか……。

 

 

 

 

 

 

「……ガチガチだなぁ」

 

 自分の撮影を恙なく終えてコッソリと凛ちゃんたちの撮影を除きに来たのだが、どうやら凛ちゃんと卯月ちゃんと未央ちゃんの三人の撮影が難航している様子だった。

 

 凛ちゃんが写真に撮られるの苦手ってことは知ってたけど、卯月ちゃんと未央ちゃんは緊張してしまって空回っているようである。何というか、765のみんなの初期宣材写真を彷彿とさせる有様だった。

 

 緊張しすぎないように、っていうのも月並みなアドバイスではあるが……ちょっとお話してくるかな。

 

 コッソリと三人が座っているところへ行こうとすると、武内さんとスタッフの会話が聞こえてきた。

 

「……彼女たち三人に自由に動いてもらって、自然体でいるところを撮影してはもらえないでしょうか」

 

「お、それいいね! オッケィ!」

 

 ……確かに、それはいい考えだ。結局あの三人は『写真撮影』というものに対して深く考えすぎていることが空回っている原因だから、一旦カメラを意識させないようにしてそれを解消しようということか。

 

(……俺の出る幕は無さそうだな)

 

 まぁ元々武内さんはそこそこ実績がある優秀なプロデューサーだし、彼に任せておけば大丈夫か。

 

 ほんの少し寂しい気もするが……あんまり些細なことで気をかけすぎてもアレかな。

 

 次の仕事もあることだし、ちょっと挨拶してから行くことにしよう。

 

 ……ついでだし『あれ』のことも一応聞いておくか。

 

「武内さん、そろそろ次の仕事に行くので、俺はこれで」

 

「……はい。周藤さん、ありがとうございました」

 

「いやいや、俺なんか大したことしてないですよ。ただ……」

 

「? ただ……?」

 

「一個だけ、聞いておきたいことがありまして」

 

 

 

 

 

 

 緊張気味だった凛ちゃんたち三人の撮影が終わり、私たちシンデレラプロジェクトの一番最初のお仕事は無事に終了した。

 

 莉嘉ちゃんやみりあちゃんの提案で、最後に全員で撮影をしようという話になったのだが……。

 

「新田さん、少しよろしいですか?」

 

「はい?」

 

 不意に、プロデューサーさんに呼び止められた。何か先ほどの撮影で不具合でもあったのだろうか……。

 

 

 

「あの……足を痛めてらっしゃるのですか?」

 

「……え?」

 

 

 

「すみません、いきなり。ですが、一応確認をしておきたくて……」

 

「え、えっと、その、はい」

 

 確かにプロデューサーさんの言う通り、実は大学サークルでラクロスの練習中、ほんの少し左足首を捻って痛めていた。とはいえ日常生活には何の支障も来さないので、あえて言わなかったのだが……。

 

「ほんの些細なことでも、今後は出来るだけ報告するようにしてください。それが大きなミスに繋がることもありますので」

 

「はい、ごめんなさい……」

 

 確かにこういった些細な身体の不具合はしっかりと監督やコーチに報告するものだ。スポーツをやっているものとして分かっているはずだったが、怠ってしまっていた。少し反省。

 

「それにしてもプロデューサーさん、よく分かりましたね」

 

「その……」

 

 プロデューサーさんは少し困ったように眉を潜めて首の後ろに手を当てた。

 

「私も、周藤さんに指摘されて初めて気が付いたのです」

 

「……えっ!?」

 

 

 

 ――武内さん、新田さんが左足を痛めてるっていうのは把握済みですか?

 

 ――……えっ。

 

 ――あ、その様子だとしてないみたいですね。

 

 ――えっと、どうして……。

 

 ――んーと、撮影中、移動中、立って話してる最中。ずっと重心が右にズレてるんですよね。

 

 ――は、はぁ。

 

 ――でも歩き初めを見ると利き足は右で軸足は左。なのに体重は左じゃなくて右によってるから、もしかして左足を庇ってるんじゃないかなって。

 

 ――……お詳しいんですね。

 

 ――いやまぁ、色々あって人にボコボコにされたり人にボコボコにされてるのを見たりする機会が多くて……。

 

 ――え?

 

 ――まぁ俺のことはどうでも良くて、とりあえずそこら辺の報告は徹底した方がいいですよってことで。武内さんなら分かってると思いますけど、念のため。

 

 ――……お気遣い、ありがとうございます。

 

 

 

「……と、いうことです」

 

「………………」

 

 ……正直、驚いたと同時に少しだけ恥ずかしくなった。

 

 私は周藤さんが不真面目だと決めつけて一方的に敬遠していたというのに、周藤さんはそんな私にもこんな気遣いをしてくれていたのだ。

 

 今度また会う機会があったら、気遣ってくれたことに対する感謝と、失礼な態度をとってしまったことに対して謝――。

 

 

 

「師匠! 先ほどのお詫びとして、三浦あずささん登頂の感想文原稿用紙三枚ほどにまとめてきました!」

 

「なんか微妙にリアルな枚数だなおい! でも一応貰っとくぞ! 次からはちゃんと事前報告しろよ! もしくは記念撮影!」

 

「はっ! 了解であります!」

 

 

 

 ――らない! か、感謝はするけど謝りなんて絶対にしてあげないんだからねっ!?

 

 

 




・『つかあのアイドル圧力に屈しねーんだけどマジで』
最近の漫画でバグキャラって言ったらこの人のイメージ。本当にラカンは物理的に死ぬのだろうか……結局やられたって言ってもリライトだし。

・杏の考察
この考察の通り、良太郎は真面目な人間なのか、それともただの勘違いなのか……はてさて。
少なくともここにいる中では良太郎を一番正しく評価している人間ではあります。

・その堕ち方はまだちょっと早いから
具体的には第五章ラスト辺り(メメタァ)

・武内さんは優秀
二次だとバネPの後輩みたいな書かれ方が多いけど、実績的にはどう考えても先輩。
そもそも公式で歳は三十超えてるもんなぁ。

・利き足とか軸足とか重心とか
深く考えないように、オーケー? バトル物は実際にそれっぽいと思わせたもん勝ちです。
……え、バトル物じゃない? アイドルは何時だって戦いなんですよ(ドヤァ)

・絶対にしてあげないんだからねっ!?
まさかのみなみんツンデレ枠である。



 てわなけでアニメ二話編でした。何か全体的にふわっとしてたのは割と見切り発車だったから。いつものことだな(白目)

 今のところ一番話が固まってるのがアニメ五話編だっていう時点で大分お察しだよなぁ……。

 てなわけで(言い訳)次回は作者取材も兼ねた番外編です。特に深く考えなくていいドタバタものが書きたくなったので、今回は恋仲○○ではなく本当の意味で番外編です。



『どうでもよくない小話』

 六月二十九日発売『Cool jewelries! 003』収録。

『奏』歌:速水奏

 ガチではあるんだろうし楽しみでもあるんだけど……まさか奏がタイトルオチ枠とは……。


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番外編22 大家族 周藤さんち!(765編)

早くも765シックになってこんな話を書いた作者。

346もいいけど、765もね!

※今回のお話の参考文献
花とゆめコミックス『赤ちゃんと僕』8巻


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 唐突ではあるのだが、周藤家の朝は結構騒がしかったりする。

 

 

 

「……ん?」

 

 パチリと目を開くと、眼前にはいつものように二段ベッドの上側が広がっていた。どうやら目覚まし時計が鳴る前に意識が覚醒したようだ。

 

 珍しいこともあるもんだなぁと思いながら、今は何時なのかと頭の上に置いてあった目覚まし時計に手を伸ばす。

 

「んー、七時半か……」

 

 じゃあもう少し寝れるなぁなどと寝惚け頭で考えながら二度寝しようと布団を被り――。

 

「……は? シチジハン?」

 

 ――その悪夢のような現状に気付いて一気に現実に引き戻された。

 

 サッと血の気が引くのを感じつつ、ドンッと勢いよく二段ベッドの裏を蹴り上げる。

 

健兄(けんに)ぃ起きろっ! もう七時半だぞ!?」

 

「はあっ!?」

 

 ガタガタッと上の段で慌てるような音と同時に、上から健兄ぃが眼鏡もかけずに飛び降りてきた。(※注意 バネPです)

 

「どういうことだ!? 俺の目覚まし鳴ってないぞ!?」

 

「俺のも鳴ってねぇんだよ! って、これ設定時間が八時になってやがる……!?」

 

 どうやら何時ものように目覚まし機能をオンにしただけだったので、設定時間が変えられていることに気付かなかったらしい。

 

 一体誰がと考え、こんなことをするのは我が家の末妹二人しかいなかった。

 

「って、おかしくないか? 流石にこんな時間まで俺たちが起きてこなかったら誰かしらが起こしに来るんじゃ……」

 

「……言われてみれば」

 

 まさか……と健兄ぃと二人青ざめた顔を見合わせる。

 

 

 

 ――うぎゃあああぁ!? もう七時半じゃないか!?

 

 ――なんで誰も起こしに来ないのよぉ!?

 

 ――ち、遅刻しちゃいますぅ~!?

 

 

 

 途端、家中から聞こえてくる姉や妹たちの叫び声。

 

「「……亜美ぃいいいっ! 真美ぃいいいっ!」」

 

 そんなことをしている場合じゃないと思いつつも、健兄ぃと二人でこの騒動の元凶と思わしき双子の名前を叫ばずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 我が周藤家は、世間一般で言うところの大家族という奴である。しかしそんじょそこらの大家族とはワケが違い、三男十三女プラス両親の十八人家族という野球チームを二つも作ることが出来る大家族である。まぁ父親は単身赴任中、長男の幸太郎は既に結婚して家を出ているのでいないが、それでも総勢十六人である。

 

 とりあえず三人しかいない男兄弟の紹介を手短に済ませておこう。

 

 

 

 まずは長男の幸兄ぃこと幸太郎。我ら十六人兄弟の長兄で、天才で人柄も良いという身内贔屓抜きに見ても絵に描いたようなパーフェクトヒューマン。さらに既に結婚して家を出ているにも関わらず、大家族の実家の負担を少なくしようと今なお仕送りを欠かさない聖人君子。周藤家第二の父親と言っても過言ではない。

 

 次に上から三番目の兄貴である、次男の健兄ぃこと健治。大学を出た幸兄ぃとは違い、高校卒業後から高木叔父さんの会社で働いている我が家の稼ぎ頭ナンバー2(幸兄ぃを除く)……なのだが、女系家族の宿命か、我が家の女性陣に対する立場はやや低め。

 

 あと一応三男の俺こと良太郎、高校三年生。十六人兄弟の中では上から五番目に当たる。先天的に表情が無いこと以外は基本的に普通の、少々剣術を嗜んで少々コーヒーを淹れるのが得意で少々歌とダンスが人より上手で少々運が良いだけの男子高校生だ。自他共に認めるシスコンということもついでに併記しておこう。

 

 

 

 とまぁこのように男三人は割と地味なのだが、残りの十三人の姉と妹が個性的過ぎるのだ。

 

 ここで残りの姉や妹の紹介をまとめてしていきたいところではあるのだが……どうやら今朝は少々それどころでは無さそうなので、姉妹の紹介はその都度していくことにしよう。

 

 大家族特有の騒がしさとでも言えばいいのだろうか。これだけ人数が多ければ朝は騒がしくて当然で、今回の冒頭はそういう意味で「朝は騒がしい」と言ったのだが……今日に限ってはそういう騒がしさではなかった。というか、正しく阿鼻叫喚といった有様だった。

 

 ちなみに都合が良いのか悪いのか、母さんは単身赴任中の父さんのところへ行っているので不在である。

 

 

 

 

 

 

「はぁ!? 寝起きドッキリをしたかった!?」

 

「うん……それでみんなの目覚ましを遅くに設定して、真美たちは早起きするつもりだったんだけど……」

 

「うっかり二度寝しちゃって……」

 

 下手人と思わしき二人をとっ捕まえて軽く事情聴取をすると、真美と亜美は素直に謝りながらそう答えた。

 

 

 

 十六人兄弟の一番下の二人であり、双子三つ子が多い兄弟の中で唯一の一卵性双生児。中学一年生の十二女の真美と十三女の亜美だ。末っ子特有のものなのかどうかは分からないが、ムードメーカーにしてトラブルメーカー。被害者は主に俺や健兄ぃ、後述する七女と九女。まだまだ精神的な幼さはあるものの、姉である真美は最近ようやく思春期らしい兆候を見せ、好きな人の話題になると何故かこちらを見た後で赤い顔を逸らすようになった。……これは好きな奴が出来たな……よーしお兄ちゃん張り切って特定しちゃうゾー(憤怒)

 

 

 

「バッカじゃないのアンタたち!?」

 

「せめて休日とか予定の無い日にやりなさいよ!」

 

 そんな二人に対し、伊織と律()ぇは怒りを露わにするのだった。

 

 

 

 上から四番目の姉に当たる次女の律姉ぇこと律子、大学一年生。単身赴任中の父やのんびり屋の母に代わり周藤家の家計簿担当であり兄弟姉妹の叱り役でもある所謂しっかり者ポジション。叱られる対象は主に亜美真美、そして不本意ながら俺。しかし実は俺たちを叱った後でコッソリと「言い過ぎた……嫌われたらどうしよう……」などと兄や姉にこぼしていたりする結構可愛い姉。

 

 九女の伊織、中学三年生。双子の妹がのんびり屋の母に似てしまったのに対し、姉の律姉ぇに似てしまい少々きつい物言いが目立つ。主な対象者は亜美真美、そしてやっぱり不本意ながら俺。しかし誕生日プレゼントとして妹からプレゼントされたウサギのぬいぐるみを未だに大事にしているこれまた結構可愛い妹。

 

 なんだ結局可愛いじゃないかと。当然である、可愛くない姉や妹は一人もいない。

 

 

 

「伊織と律姉ぇも一旦その辺で勘弁しといてやってくれ」

 

 二人の鬼のような剣幕に、亜美真美も珍しく素直に反省している様子だったのでフォローを入れておく。

 

「良太郎がそうやってこの二人に甘いからつけあがるんでしょ!?」

 

 律姉ぇの怒りの矛先がこちらに向きそうになるが、ぶっちゃけそんなことをしている場合でも無かった。

 

「ほらみんな~、お話は後にして~!」

 

「手が空いてるならみんな手伝ってよー!」

 

「自分たちだけじゃ間に合わないぞー!」

 

 我が家の料理担当であるあず姉ぇと春香と響が台所から叫ぶ。家が大きくそれに伴いキッチンも広いので三人が立っても余裕ではあるのだが、時間的な余裕までは流石に生み出してくれない。エプロン姿の三人が慌ただしく動きながら十五人分の朝食を作っていた。

 

 

 

 長女のあず姉ぇことあずさ、大学三年生。上から二番目の姉で、母さんに似ておっとりポヤポヤしつつも圧倒的母性(精神的及び肉体的な意味で)を持つ周藤家第二の母親の存在。寧ろ我が家のリトルマミーと並んで歩いたら逆の親子に見られたというエピソードもあるのだが、兄弟姉妹の中では禁忌(タブー)扱いになっている

 

 四女の春香、高校二年生。十六人兄弟の三つ子の一番上の姉で、我が家で一番家庭的で料理上手。お菓子作りが趣味で、ここ数年の周藤家のおやつはほぼ全て彼女の手作りである。明るく元気が良く学校では『お嫁さんにしたい女子ナンバーワン』に選ばれるという輝かしい実績があるものの、以前「リボン以外に個性が無くて……」と真剣な顔で相談されたときはお兄ちゃん本気で泣きそうになった。

 

 七女の響、高校一年生。健康的な肌の色と八重歯が特徴で、快活でさっぱりした性格だが我が家では春香に次いで家庭的。勉強が出来て成績が良く運動神経が良くて水泳部では期待のエース。常に「自分完璧だからな!」と自信満々だが素直に褒めるとすぐに真っ赤になって照れる、所謂弄りがいがあるタイプ。

 

 

 

「響、私は何をしたら……」

 

「千早は全員分のトーストにバター塗ってくれ!」

 

 洗面所で身嗜みを整え終わった千早が、双子の姉である響の指示に従いトーストにバターを塗り始める。最近響と春香に料理を教わり始めたのでもう少し何か手伝えるのではないかと思っていたらしく、少々シュンとしながらバターナイフを手にする姿が大変可愛らしかった。

 

 

 

 というわけで八女の千早、高校一年生。前述したように響の双子の妹で、活発的な姉に対しややインドア派。学校では合唱部に所属し、こちらも期待の新人。勉強も出来、成績が良くて部活でも活躍という点が双子の響と似通った点である。違いがあるとするならば、姉には全く似なかった胸部の膨らみといったところか。気にしているようなので「その分千早は身長が高いから」と慰めたら、無言でグーパンチされた。

 

 

 

「悪い! 先にシャワー浴びるぞ!」

 

「あ、健お兄ちゃん!」

 

 バタバタとリビングを通り過ぎて着替えを手にシャワーへと走る健兄ぃをやよいが呼び止める。

 

 

 

 彼女は律姉ぇ以来の一人で生まれてきた妹で、十一女のやよい、中学二年生。我が家の家庭的な妹ナンバースリーで、律姉ぇとは別のベクトルでしっかり者。掃除洗濯は基本的に彼女の指揮の下で行われる。妹十一人の中では一番妹っぽい子で、基本的に全員やよいに甘い。そうなると一番下の亜美真美が拗ねそうだが、彼女たちすらやよいを妹扱いしたりするのでまぁいいだろう。

 

 

 

 そんなやよいの忠告は一足遅く、健兄ぃは脱衣所の戸を開けてしまった。

 

「今は真お姉ちゃんがシャワー浴びてるから……」

 

「うわあぁぁぁっ!?」

 

「ゲフッ!?」

 

 そんな真の叫び声と共にバキッという鈍い、具体的には顎を打ち抜いた音が脱衣所の方から聞こえてきた。三つ子の姉と妹とは大違いで女の子らしくない叫び方である。

 

 

 

 そんな彼女は五女の真、高校二年生。三つ子の真ん中で春香の妹。女子力に割り振るはずのポイントをカッコよさに全振りしてしまったような妹で、兄三人を差し置いて十六人兄弟で一番のイケメン。学校では女子生徒にモテモテらしいが、本人的にはもっと姉や妹のように女の子らしくなりたいらしい。しかしこーいう咄嗟の場面で咄嗟にあーいう悲鳴と共に拳が的確に顎を打ち抜く辺り、その道のりは遠そうである。

 

 

 

「あう、遅かった……ごめんなさい、真お姉ちゃん、健お兄ちゃん……」

 

「まぁやよいは悪くないよ。ちゃんと確認せずに戸を開けた健兄ぃが悪いんだから」

 

 果たして真がどのような状況のタイミングで戸を開けたのかが問題である。果たして脱ぎ掛けなのか素っ裸だったのか。

 

 さて俺も手伝うかと振り返ると、一人リビングのソファーに座ってゆっくりとお茶を飲んでいる奴がいた。

 

「ふう……やはり朝は雪歩の淹れる一杯のお茶から始まりますね……」

 

「あ、ありがとう、貴音お姉ちゃん」

 

 というか、俺の双子の妹だった。どうやら雪歩がお茶を淹れたらしい。

 

 

 

 三女の貴音、高校三年生。俺とは異性の二卵性双生児。本当に双子なのかと自分でも疑問に思うぐらいの美人だが、少々食狂いなのが玉に瑕。ちなみに俺が兄なのだが、貴音は貴音で自分が姉だと言って聞かない。その度に少々口論になるのだが、基本的には夜中にこっそりと屋台ラーメンへ出かけるぐらいには兄妹仲は良い。美人なので当然モテるが「恋愛事より、今は良太郎と共にらーめんを食しに行く方が楽しい」とのこと。素直に嬉しいのだが、若干複雑。

 

 六女の雪歩、高校二年生。三つ子最後の一人で春香と真の妹。この女系家族で育ったせいなのかどうかは知らないが、軽度の男性恐怖症。一応兄三人は平気らしい。原因は昔男の友達にちょっかいをかけられたことらしいのだが、その時真に颯爽と助けられてから真を見る目が変わったような気がする。お兄ちゃんはそれでも一向に構わんぞ!

 

 

 

「何のんびり茶ぁ飲んでるんだよ貴音! 雪歩も雪歩でそんなことしてる場合じゃないだろ!?」

 

「はぅ!? ご、ごめんなさい、良お兄ちゃん……貴音お姉ちゃんが喜んでくれるから、つい……」

 

「全く、何を怒っているのですか良太郎。こういう忙しい時だからこそ心に余裕を持ってですね……」

 

「心に余裕持ったところで時間の余裕は生まれねーよ」

 

 などと駄弁っている時点で時間は刻一刻と過ぎて無駄になっているのではあるが。

 

「良太郎、アンタ手が空いてるなら美希起こしてきなさい!」

 

「え、俺が?」

 

 律姉ぇからそんな指示が飛んできて思わず聞き返してしまう。同じ部屋なんだから双子の姉である伊織が起こしに行けばいいのではないだろうか。

 

「あの子、アンタ以外が起こそうとしても全然起きないのよ。だからアンタが行ってさっさと起こしてきなさい。ほらダッシュ!」

 

「分かった! 寝室に侵入して寝てる女の子に色々(声かけたり揺さぶったり)してくるぜ! 途中で女の子の部屋の物(時計とかカレンダー)を見たりするけど、許せよ伊織!」

 

「「()ね!」」

 

 律姉ぇと伊織から随分と物騒なことを言われた気がするが、俺の自慢の姉と妹がそんなに口が悪い筈がないので空耳だろう。

 

 というわけで伊織と美希の寝室へ向かうために、廊下に出て完全にノックアウトしていて動かない健兄ぃを跨いで階段を上っていった。

 

 

 

「しかし、寝起きドッキリがしたいって言ってたんだから亜美真美に起こしに行かせりゃよかったんじゃなかろうか」

 

 まぁ二人は今頃リビングで姉たちにコキ使われているから無理だろうけど。

 

 さて、俺も自身に課せられた役目を果たすことにしよう。

 

「美希ー! 早く起きろー!」

 

 ガチャリとノックもせずに寝室のドアを勢いよく開ける。もしかして既に起きていてあわよくば着替え中だったりしないだろうかと僅かに期待していたが、そんな美味しいことは一切なく普通に美希はベッドの上でスヤスヤと寝ていた。当然のようにパジャマが肌蹴るなんてこともなく、相変わらず幸兄ぃと健兄ぃとの扱いの違いに泣きたくなった。何故俺は兄貴二人と違ってラブコメ補正を持ち合わせていないのか……。

 

 

 

 十六人兄弟最後の一人、十女の美希、中学三年生。前述したように、のんびり屋の母に似た伊織の双子の妹。兄貴に次ぐ天才肌で中学生らしからぬプロポーションを持ち、それでいて基本的に人当たりは良いというモテ要素の塊。しかし何故か知らないが異様に俺に懐いており、ソファーに座っていると気が付いたら隣や足の間にいたりするまるで猫のような妹。

 

 

 

「ほら美希、起きろ。マジで遅刻するって」

 

「んん~? りょーおにーちゃん~?」

 

 軽くぺちぺちと頬を叩くと、我が家の金髪寝坊助はようやく目を開いた。

 

「……いつもの朝のちゅーは~……?」

 

「んなこと一回もやったことねぇよ」

 

 しかしどうやらまだ頭は寝ているらしい。いくら姉や妹全員が綺麗だったり可愛かったり美人だったり美少女だったりしたとしても、流石に血の繋がっている相手にそんなことはしない。多少ドキッとしたりムラッとしたりすることがあるのは否定しないが。

 

「じゃあ抱っこ~……」

 

「……まぁそれぐらいはいいか」

 

 何が「それぐらいはいいか」なのかは自分でも分からないが、何かこう美希は甘やかしたくなる雰囲気があるのだ。ベッドで横になったまま手をこちらに伸ばしてくる美希に嘆息しつつ、俺は彼女をお姫様抱っこで抱き上げた。

 

「あふぅ、快適なの~……このまま下までよろしく~」

 

「お前、しれっと兄を使うなよ」

 

 などと言いつつ、何だかんだで妹が可愛くて仕方がない俺はホイホイと美希の仰せのままに彼女を抱き上げたまま下まで連れていくのだった。

 

 途中、階段を下りるのでしっかりと美希を自分の体に密着させるように抱き寄せる。あくまでも階段は危ないからであって、決して中学生の癖に我が家で五本の指に入る大乳を楽しみたいわけではない。ゆっくりと下りていくのも安全のためであって、少しでも長くこのささやかで大きな幸せを堪能したいからでは断じてない。

 

「ぐげぇ!?」

 

 だから途中で何か兄のようなものを踏んだような気がするが、きっと気のせいである。

 

 

 

 

 

 

 春香がドンガラガッて料理をぶちまけそうになったり美希が寝惚けてリビングでパジャマを脱ぎかけたりしたりするハプニングはあったものの、無事兄弟姉妹全員家を出ることが出来た。

 

「えー!? あずさお姉ちゃんとりっちゃんだけ健にーちゃんの車で送ってもらうのー!?」

 

「ずるーい!」

 

「誰のせいでそうする羽目になったと思ってんのよおっ!?」

 

「ま、まぁ律子落ち着けって」

 

「急がないと本当遅刻しちゃうわよ~?」

 

 大学生組のあず姉ぇと律姉ぇは健兄ぃの車で駅まで送ってもらうことになり、俺たち高校及び中学組は当然いつものように徒歩である。

 

「春香ー、鍵閉めたかー?」

 

「閉めたよー!」

 

 上の三人がいなくなると、一番年上は俺になるので自然とまとめ役になる。

 

「よし、時間無いから点呼も素早く終わらせるぞ。一!」

 

「にぃ」

 

「三!」

 

「四っ!」

 

「ご、五!」

 

「六だぞ!」

 

「七です」

 

「八よ」

 

「九なのー」

 

「十っ」

 

「じゅういちー!」

 

「じゅうにー!」

 

 よし全員いるな。

 

「それじゃあ急がずさっさと慌てず素早くゆっくりとスピーディーに学校に向かうぞ!」

 

「良兄さん、言っている意味が良く分かんないのですが」

 

「って言ってる間に本当に不味い時間だぞ!?」

 

 急げ急げー! と十一人の妹と共に学校への道を走り始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 さてこれはそんな大家族の何気ない日常の物語……の、はず。

 

 

 

 つづく?

 

 

 




・よく分かる周藤家!
母・良子 父・未登場
26歳
 長男・幸太郎
21歳
 長女・あずさ
20歳
 次男・健治
19歳
 次女・律子
18歳
 三男・良太郎 三女・貴音
17歳
 四女・春香 五女・真 六女・雪歩
16歳
 七女・響 八女・千早
15歳
 九女・伊織 十女・美希
14歳
 十一女・やよい
13歳
 十二女・真美 十三女・亜美

・健治
プロデューサーの中の人の下の名前。
今更ですが、作者はキャラクターの設定を埋める際に中の人のものをよく利用させてもらいます。

・普通の男子高校生
この世界の良太郎は「ありとあらゆる可能性を秘めているもののそれに気付いていない」というどうでもいい裏設定。

・シュンとしながらバターぬりぬり
川´・ω・)



 前々から書きたかった家族物。何やら中途半端なのは、これがあくまでも今後家族物ネタを書く際の導入部だったりするから。?はついてますが、間違いなく続きます。

 さて、次回の更新は6月14日……あっ(察し)

 ……どうすっかなぁ(ガチ悩み)


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Lesson121 The first step for a ball

楓さん誕生日記念完全新作公開! 詳細は活動報告にて。

あ、今回普通に本編でーす。


 

 

 

「……え、初ステージが決まった!?」

 

『う、うん』

 

 それは、写真撮影の現場でシンデレラプロジェクトの面々と顔を合わせた日の夜の凛ちゃんとの通話での出来事だった。

 

 なんでも事務所に帰った後、今では『カリスマJK』など称される人気アイドルになった美嘉ちゃんが凛ちゃん他二名を自分のバックダンサーとして使いたいと武内さんに直談判し、今西さんがゴーサインを出した……ということらしい。

 

「いやー、素直に驚いた……でも良かったね。実際にアイドルの後ろに立って踊ってみると、アイドルのステージっていうのがどういうものなのか手に取るように分かるだろうし」

 

 百聞は一見に如かず。アイドルの話を聞くよりも、映像資料として見るよりも、実際にそのステージの上に立たないと分からないこともある。

 

「えーっと……これだな」

 

 凛ちゃんと通話しつつ、パソコンを使って次の美嘉ちゃんのライブの情報を見つける。ふむ、346の定例ライブか……となるとそこそこの観客が入りそうだな。流石に同じバックダンサーとして初デビューした恵美ちゃんたちのアリーナほどではないが、それでも初ステージにしては破格の大きさである。……って、本当の初デビューはミニステージの方だっけ。

 

 よーし、ならばお兄さん張り切って見に行っちゃうぞー! ……と言いたいところなのだが。

 

「仕事なんだよなぁ……」

 

 いつもだったら偶然時間が空いていたりするのだが、今回はちょうど仕事が入っていた。珍しく歌って踊らない仕事で、春休みに海外に行っていたことと英会話が出来るということに目を付けられ、最近流行りの英国の小説『ハニー・ポッター』シリーズの作者との対談が設けられていた。

 

「ゴメンね凛ちゃん、俺は見に行けそうにないよ……」

 

『う、うーん……寂しいようなホッとしたような……』

 

「凛ちゃん指しながら周りの観客に『あの子俺の妹(みたいな子)なんすよーwww』とかやりたかったのに……」

 

『絶対に来ないで』

 

 全力で拒否られてしまった。ははーん、恥ずかしいんだな?

 

『って、今回電話した本題がまだだった』

 

「ん、やっぱり今回も何かお悩み?」

 

 こうして凛ちゃんから電話をかけてくる時って何かしらの相談事がある時なんだよね。凛ちゃんって『世間話で長電話』ってタイプじゃないから、特に用事がないと電話してこないし。

 

『事務所に所属することになって、こうしてアイドルになった途端にステージに立つことが決まって……なんというか、トントン拍子過ぎて戸惑うというか……』

 

「あー、言いたいことは何となく分かった。今まで『お前トップアイドルの癖にオフ多過ぎない?』と言われても仕方がないぐらい時間が偶然合って765プロの練習に付き合ったりライブに行ったり、そういう出来すぎた展開に見えない神の意志を感じるんだよね?」

 

『流石にそこまで壮大な上に第四の壁的な意味でもないけど、まぁ大体そんな感じ』

 

 確かに、よくよく考えてみれば凛ちゃんがアイドルにスカウトされてから二週間も経ってないし、アイドルになると決めてからも一週間経ってないんだよなぁ。

 

『まだ全然実感が湧かなくて……アイドルの仕事って、こんな感じに決まってくのかなって』

 

「んー、流石にそれは人によりけりとしか言えないかなぁ。俺だって兄貴が履歴書を送ってから割とトントン拍子にアイドルになったし、そういうこともあるって割り切るしかないって」

 

『……うん、そうだね』

 

「寧ろ逆に考えるんだよ。事実は小説より奇なりじゃなくて、この世界は実は小説で凛ちゃんはメインキャラクターだって」

 

『ふふ、何それ』

 

 悩み相談になっていたかどうかは分からないが、とりあえず今は初ステージに集中してもらうのがベストだろう。

 

 さて、それにしてもどうしたものか。凛ちゃんの初ステージは気になる、しかし俺は仕事だし。恵美ちゃんは美嘉ちゃんと仲良いから、ちょっと見に行ってくれないか相談してみようか。

 

 

 

 ……あ、そうだ。

 

 

 

 

 

 

「……ふーん」

 

「ん? どーしたの、とーま君」

 

「もしかして、女の子からのメールかい?」

 

 番組収録の本番までの空き時間に楽屋でメールを読んでいると、暇だったのか翔太と北斗がこちらに興味を示してきた。

 

「まぁ、女の人からのメールっていう点ではあってっけど、女の子って歳ではねーな」

 

 メールの送り主は先日挨拶に行った養成所の先生だった。

 

 なんでも346プロダクションに所属することになった島村が、城ヶ崎美嘉のバックダンサーとして初ステージに立つことが決まったらしい。

 

 城ヶ崎美嘉と言えば、巷では『カリスマJK』として有名なアイドル。そんなアイドルのバックダンサーに自分の教え子が抜擢されたということで、先生も浮かれているらしかった。少なくとも(自分で言うのもアレだが)トップアイドルであるジュピター相手に「もし時間があるようだったら是非見に行ってやってくれ」とメールしてしまうぐらいに。

 

 島村のデビューステージならまだしも流石にバックダンサーデビューにそこまで大騒ぎすることではないとは思わないでもないが、まぁ一度はダンス指導をしてやって知らない間柄じゃないし、何より恩師の頼みだ。別に見に行ってやってもいいのだが……如何せんタイミングが悪い。

 

「翔太、北斗、この日の予定って何だったか覚えてるか?」

 

「ん? いつー? ……えっと、何だっけ?」

 

「確か取材だったはずだよ」

 

 しかし分かっていたことではあるが、やはり仕事だった。時間的にもライブは見に行けそうになかった。

 

 ならば仕方がないと諦めればいいだけの話なのだが……誰かに代わりに行ってもらうか? 確か良太郎の奴は346に知り合いも多いし、適当に話を振ってやれば勝手に見に行きそうではあるが、どーせアイツも仕事だろうしな。

 

 

 

 ……あ、そうだ。

 

 

 

 

 

 

「え、マジ!? 美嘉のバックダンサー!?」

 

『そーなんだー! 入って早々の大抜擢……くぅー! アイドルって何が起こるか分かんないから楽しー!』

 

 ダンスレッスンの合間の休憩時間、先日知り合って仲良くなった未央からかかってきた電話の内容に、アタシは素直に驚いた。

 

 美嘉は一応アイドルとしての活動を始めた時期という点ではアタシやまゆと同期になるのだが、ステージデビューがアタシたちよりも早かったので既に人気アイドルの一員になっていた。事務所の方針故のことなので別に悔しいとか羨ましいとかそういうのは無いが、昔から美嘉を知っている身としては『カリスマJK』と呼ばれているのを見ると思わず「ぷふーっ!」と吹かざるを得ない。

 

 ともあれ、そんな美嘉のバックダンサーとして未央の他二人の新人アイドルが選ばれたらしい。

 

「恵美さん、少し声が大きいです。廊下まで聞こえてましたよ」

 

「あら、誰かとお話中?」

 

「あ、お帰り」

 

 お手洗いに行っていた志保とまゆが戻ってきた。

 

 この間の合同イベントの時もそうだが、最近アタシたちピーチフィズの二人と志保は一緒に行動することが多い。事務所に所属するようになったタイミング自体はアタシたちの方が早いものの、基礎的な部分はアタシたちと志保は殆ど変わらないので同様のレッスンを受け続けても問題ないだろうというのが社長の判断だ。

 

 要するにアタシたちとリョータローさん、もしくはジュピターの三人だと実力差が開きすぎているので無理だが、アタシたちと志保だったらほぼレベルは一緒だから大丈夫、というわけだ。

 

 ちなみにこの話を聞いてリョータローさんと冬馬さんは「確かに、レベル差があるキャラのレベル上げ場所には気を使うなー」「特にFE(ファイ○ーエ○ブレム)とかちゃんと育成計画立てねーと終盤で泣きを見るんだよな」などと話していたが、残念ながらアタシにはよく意味が分からなかった。

 

「今未央とお話中だよー」

 

『あ、もしかしてそこにままゆとしほりんもいるの? ヤッホー二人ともー! 私今度城ヶ崎美嘉のバックダンサーやることが決まったんだー!』

 

「あら、凄いわねぇ」

 

『あ! そーいえばめぐちんたちも初めてのステージはバックダンサーって言ってたっけ? ねーねー、どんな感じだったー?』

 

「「うっ……!?」」

 

 そんな未央の純粋な問いかけに、アタシと志保が思わず言葉を詰まらせる。

 

 バックダンサーとして初めてのステージというとどうしても思い出してしまうのは去年のアリーナライブ……ではなく、それよりも前のミニライブである。あの時のミニライブはアタシたちバックダンサー組に少々トラブルがあり、さらにそのことを雑誌で叩かれ、さらにその頃はまだ志保と仲が良くなくて色々と険悪で……と今思い返しても若干憂鬱になりそうだ。

 

 特に志保との一件は既に和解しているものの、それでも改めて思い返してお互いに目を逸らしてしまうのは仕方がないことだと思いたい。

 

『……ん? あれ、どったの?』

 

「んーん、何でもないわよぉ」

 

「し、しいて言うなら、大成功ってわけじゃなかったってところかな」

 

 だから彼女の初ステージが無事成功することを祈りたい。

 

 うーん、本当は美嘉のライブ&未央の初ステージということで是非見に行きたいのだが、残念ながらその日はレッスンとイベントでアタシとまゆは見に行けそうにない。志保は志保でその日は家の都合でお休みするらしいし……事情を話せばなんだかんだで面倒見がいい冬馬さんが代わりに行ってくれないものだろうか。

 

 

 

 ……あ、そうだ。

 

 

 

 

 

 

「「「346プロの定例ライブ?」」」

 

 

 

「「「……ん?」」」

 

「ん? ミキミキとはるるんと真美、電話しながら顔見合わせてどーしたのー?」

 

 

 

 

 

 

おまけ『ハニー・ポッター』

 

 

 

『ハニー・ポッターと賢者の豚』

『ハニー・ポッターと豚の部屋』

『ハニー・ポッターと豚の囚人』

『ハニー・ポッターと豚のゴブレット』

『ハニー・ポッターと豚の騎士団』

『ハニー・ポッターと純潔の豚』

『ハニー・ポッターと豚の秘宝』

 

「……どう考えてもタイトルオチなんだよなぁ……『純潔の豚』とか、それもうただの血統書付きの豚じゃん。イベリコか何か?」

 

「えー、でもこれラストすっごい泣けるんですよー!」

 

「恵美ちゃんはいつも泣いてるからあまり参考にならないんじゃないかしらぁ?」

 

「ちょっとまゆ!」

 

「正直眉唾だな……」

 

 

 

「只今戻りました。……って、りょ、良太郎さん!? な、何で号泣してるんですか!?」

 

 

 




・『ハニー・ポッター』
結構有名なパロssシリーズ。設定というか一番最初は完全にネタなのだが、設定や伏線は原作を完全遵守した名作ss。本家よりも伏線が分かりやすくなっているので、本家で若干理解出来なかった人でも簡単に把握できる。
作者はラストを読んで電車内にも関わらず泣いた。ひんひん!
ちなみにおまけでのサブタイトルは全部作者オリ。

・『お前トップアイドルの癖にオフ多過ぎない?』
逆に考えるんだ。『良太郎がオフ以外の時も物語は進行していて、描写されないだけだ』と考えるんだ。

・第四の壁
要するにメタっていう意味だが、第四の壁って言い方をすると最近ついに実写化して来日してしまった例の赤いアイツのイメージ。

・とーまとしまむーの繋がり
感想でも指摘されたけど、要するにこーいうこと。
ヘタレの冬馬君に女の子のメアドが聞けるわけないのである。

・レベル上げ
「今のFEはフリーマップあるからレベル上げ余裕っしょーw」とか言ってると暗夜編で白夜王国にぬっころされる羽目に。
作者はヒノカ姉様に何度もぬっころされました(白目)



 アニデレ第三話編です。

 まずは安定の電話フェイズから。事務所違うからしょうがないねんて。

 そして765プロとの絡みというオリジナル展開がようやく出来そうです。アニマスから書き続けた甲斐がありました。



 そして前書きでも書きましたが、楓さん誕生日記念の新作公開しました。

 主人公は良太郎ではありませんが、もしよければそちらもお願いします。


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Lesson122 The first step for a ball 2

割と話が進まない第三話編の二話目。


 

 

 

「私たちがステージに立てるなんて……!」

 

「入って早々の大抜擢! いやー、何が起こるか分からないからアイドルって面白いよね!」

 

「……やっぱり、まだ実感湧かないなぁ……」

 

 346の城ヶ崎美嘉から私、卯月、未央の三人がバックダンサーに指名されてから一夜明け、学校帰りに事務所へやって来た私たちは早速今日からバックダンサーとしてのレッスンを受けることとなった。

 

 ロッカールームで着替えながら壁に貼られた定例ライブのポスターを眺め卯月と未央は感慨深そうにしているが、相変わらず私は現実味が薄かった。

 

 良太郎さんから「そういうものだから割り切った方がいい」と言われたものの、どうやら私の頭はそんなに簡単に切り替えが出来るほど器用には出来ていなかったようだ。

 

「「「おはようございまーす」」」

 

 三人で着替えを終え、レッスン室へと赴く。そこには今日から私たちのレッスンを見てくれるトレーナーさんの姿が――

 

 

 

「遅れてきた新入りが先にステージに立つのは納得いかないにゃ!」

 

 

 

 ――無く、代わりにプロジェクトメンバーの一員である猫耳少女が仁王立ちで待ち構えていた。

 

「このみくとどっちが城ヶ崎美嘉のバックダンサーに相応しいか……勝負にゃ!」

 

(プロジェクトメンバーの まえかわみくが しょうぶを しかけてきた!)

 

 ニャースとかエネコとか猫系のポケモンを使ってきそうだなぁなどとどうでもいいことを考えてしまった辺り、現実逃避というよりは「こいつは一体何を言っているんだ」感が強かったのだろう。

 

 ちなみに前川さんの後ろには緒方さんと三村さんもいたが、二人ともオロオロとしているところを見るに前川さん側というわけではなさそうだった。

 

「しょ、勝負……ですか?」

 

「よーし! なんだか分かんないけど受けて立つ!」

 

 当然のように困惑する卯月に対し、完全にノリと勢いだけの未央がみくの勝負に応じる姿勢を見せた。

 

「まずはこれで勝負にゃあ!」

 

 そう言いながらみくが取り出したのは、何故かジェンガだった。

 

 何故ジェンガなのだろうかという至極当然の疑問を抱きつつ、しかしノリノリの二人はいそいそと箱から取り出したジェンガを積み上げ始めていた。

 

(レッスン前に準備運動しといた方がいい気がするんだけどなぁ)

 

 どうせ二人がジェンガをしている間は手持無沙汰になることは目に見えていたので、先攻後攻を決めるジャンケンを無駄に白熱させている二人を尻目に軽く柔軟を始めるのだった。

 

(……ん? 今『まずは』って言った?)

 

 前川さんが勝負に負けた場合「五本勝負にゃ!」と言い出す未来が見えた気がした。

 

 

 

「……な、長く苦しい戦いだった……!」

 

 数分後、そこには手の甲で額の汗を拭う未央と某狼牙風風拳さんばりに倒れ伏した前川さん、そして無残に崩れ去った悪魔城……じゃなくて、ジェンガが散らばっていた。

 

「う、うにゃぁぁぁ!!」

 

 ガバッと起き上がりながら叫ぶ前川さん。

 

「ちょ、ちょっと欲張り過ぎただけにゃ! みくは負けてない!」

 

 ルール的には負け以外の何物でもないと思うのだけど。

 

「そ、それにこれは五本勝負! 先に三勝した方が勝ちなのにゃ!」

 

「えー?」

 

 予想通り五本勝負だと言い出した前川さんに、流石の未央も難色を示す。

 

「次は未央ちゃんじゃにゃくて卯月ちゃん、勝負にゃ!」

 

「えぇ!? わ、私ですかぁ!?」

 

(……あれ、これもしかして次は私にお鉢が回ってくるんじゃ)

 

 先ほどから未来予知に目覚め始めてしまっているようだが、どうせだったらもうちょっと有意義な未来を見たかった。

 

 

 

「……え、えっと……」

 

 数分後、そこには先ほどから戸惑いっぱなしの卯月と某操気弾さんばりに倒れ伏した前川さん、そして樽から飛び出した黒ひげ人形が転がっていた。

 

「う、うにゃぁぁぁ!!」

 

 再度ガバッと起き上がりながら叫ぶ前川さん。

 

「ほ、本当のルールは『黒ひげを飛び出させた人の勝ち』にゃ! みくは負けてない!」

 

 最初はそうだったらしいけど、今は普通に『飛び出させた人の負け』だし。

 

「それに勝負はあと三本! ここから全勝すればみくの勝ちにゃ! というわけで凛ちゃん、勝負にゃ!」

 

「やっぱり……」

 

 分かってはいたものの、やっぱり私もやらなきゃいけないのか。

 

 まぁ準備運動も柔軟も十分すぎるぐらい出来ていい加減やることもなくなってきたし。

 

「ふふふ……みくの華麗な逆転劇の幕開けのために、凛ちゃんには犠牲になってもらうにゃ!」

 

(未来が見えるというよりは、オチが見える気が……)

 

 まぁいいや、さっさと終わらせてしまおう。

 

 

 

「し、しぶりん強っ!?」

 

「て、手元が見えなかったです……」

 

 数分後、そこには正座をしたままピコピコハンマーを振り下ろした私と某「きえろ ぶっとばされんうちにな」さんばりに倒れ伏した前川さん、そして前川さんが被り損ねたヘルメットが静かに鎮座していた。

 

「う、うにゃぁぁぁ!!」

 

 三度ガバッと起き上がりながら叫ぶ前川さん。コピペ乙。

 

「ちょ、ちょっとヘルメット被り損ねただけにゃ! みくは負けてない!」

 

「いや完膚なきまでに負けでしょ」

 

 寧ろ『叩いて被ってジャンケンポン』でヘルメットを被り損ねる以外の負け方があるなら教えてほしい。レギュレーション違反?

 

 結果的にストレート勝ちしてしまった私たちに納得がいかず、ふしゃあと威嚇してくる前川さんに、ポツリと卯月が一言。

 

「……これってアイドルと何か関係あるのかな?」

 

「………………にゃ、にゃあ……」

 

 最初から思っていたけどあえて言わなかったその一言により、ようやく前川さんは完全にKOとなった。

 

 まぁ自分もバックダンサーになりたかったという単純な話ではあったのだとは思うが、それでもどうしてその手段が『ジェンガ』に『黒ひげ危機一発』に『叩いて被ってジャンケンポン』だったのだろうかという一抹の疑問だけが残ったのだった。

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、ついに美優さんの声が聞けますね……感慨深い」

 

「……え? ど、どういう意味ですか……?」

 

「あぁいえ、別に深い意味はないんです」

 

 あくまでもこうしてのんびり美優さんとお話するの久しぶりだなーっていう意味である。

 

「ただ総選挙で三位だった祝福の言葉は述べさせてもらおうかと」

 

「だからどういう意味ですか……!?」

 

 さてさて、今日は珍しく事務所で処理しなければならない仕事があった。そちらは恙なく終わったが次の仕事まで時間があったので少々一服しつつ、今日も今日とて我らが123プロの事務仕事を一手に引き受けてくれている美優さんと少々世間話。

 

 彼女が淹れてくれたコーヒーを味わいつつ、美優さんは美優さんで仕事の手を止めること無くこちらの会話の相手をしてくれていた。

 

「それにしても、良太郎君の知り合いの女の子がアイドルデビュー……ですか」

 

「はい、昔から馴染みにしてるお店の一人娘で、俺や兄貴にとって妹みたいな子です」

 

 この条件だとなのはちゃんも当て嵌まるが、勿論凛ちゃんのことである。

 

「自分が知ってる人がアイドルになるっていうのは何か不思議な感じですね」

 

 現在進行形でアイドルの癖に何を言っているのかと言われてしまいそうではあるが、それでも昔から知っている人がアイドルを始めるという状況が実は初めてなのだ。

 

 アイドルと知り合いになる機会は多いものの、知り合いがアイドルになるという状況はやはり中々特殊なのだ。

 

「その気持ちは分かります……」

 

「あれ、美優さんも知り合いがアイドルに?」

 

「えっと、少々状況は違いますけど……こちらの業界に関わるようになってから、高校の同級生が346プロダクションでアイドルになっていたのを知りました」

 

「へー、それはまた」

 

 意外と分からないものなんだなぁ。

 

「どんな人なんですか?」

 

 最近346に知り合いが増えてきているのでもしかしたら分かるかもしれないと好奇心で尋ねてみると、美優さんは何故か気まずそうに目を逸らした。

 

「……えっと、ですね……佐藤(さとう)(しん)という名前で――」

 

 

 

『はぁ~い! アナタのはぁとをシュガシュガスウィート☆ 佐藤心ことしゅがーはぁとだぞ☆』

 

 

 

「「………………」」

 

 それは点けっぱなしにしていたテレビから聞こえてきた音声だった。

 

 チラリとそちらに目をやると、全体的にピンク色でフリフリな衣装を身に纏い金髪をツーサイドアップにした女性がぺろっと小さく舌を出しながらカメラに向かってウインクをしていた。

 

 スタイルがよく、少々背は高めだが童顔も相まって大変可愛らしいことには可愛らしいのだが……。

 

「……えっと、女性に年齢の話題を出すのは大変失礼なことだと重々承知してはいるのですが……美優さん、二十六でしたよね?」

 

「……はい」

 

 美優さんの同級生、ということはつまりそういうことである。

 

 いや、この業界には元アナの川島さんを筆頭に彼女よりも年上のアイドルはそれなりにいる。いるのだが……なんだろう、ここまで吹っ切れた人も初めて見た。

 

「何はともあれ、女性は幾つになろうともアイドルだってことで……」

 

「あの、良太郎君……話がズレてます……」

 

「そうでした」

 

 そもそも『知り合いがアイドルになったら不思議な感じがする』みたいな話題だった。しゅがーはぁとの衝撃に若干テンパってたらしい。

 

「まぁ彼女と一緒に仕事を出来る日が楽しみなのと同じぐらい、初ステージ大丈夫かなぁって心配もあるわけですよ」

 

 兄心というか父心。

 

「もしくは、ふぁざーはぁと」

 

「どうして佐藤さん的に言い直したんですか……」

 

「いや、彼女も九位だから声が聞けるなぁという電波を受信しまして」

 

「先ほどテレビで声流れてましたよね……?」

 

 また話が逸れたが、とにかく心配だなぁってことが言いたいのだ。

 

「心配になる気持ちは分かりますが……お仕事に影響が出ては心配される方も悲しみますよ……?」

 

「その辺は勿論。イベントの最後の走りでポイント足りてランキング圏内に入ったかどうか心配になりながらもちゃんと仕事はこなしますから」

 

(ポイント……? ランキング……?)

 

「それに、直接見に行けない今回はこんなものを用意しましたし」

 

「その封筒は……?」

 

「『もし何かあった時に開ける』用にと凛ちゃんに渡すつもりの……」

 

 そうだなぁ……。

 

 

 

「周藤良太郎お手製の『アイドル虎の巻』ってところですかね」

 

 

 




・プロジェクトメンバーの まえかわみくが しょうぶを しかけてきた!
「ポケモンとかオワコンw」とか言いつつ新作が出る度にwktkしてる。

・「……な、長く苦しい戦いだった……!」
・無残に崩れ去った悪魔城
ペポゥ→ズサーズサーズサー→ムッムッホァイ→いつもの曲→キシン流奥義!→ヴォー→プリッ→NKT→
デレデレデェェェン!!

・狼牙風風拳
・操気弾
・「きえろ ぶっとばされんうちにな」
ヤ無茶しやがって……。

・レギュレーション違反
多分これが一番早いと思います。

・総選挙で三位
最近出番が無かったので、これを機にちょくちょく出演機会があるかと(出すとは言っていない)

・佐藤心
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。パッション。
初見名前読み間違えランキング一位(作者調べ)のシュガシュガスウィートな26歳。
きらりレベルで独特の口調なので、今まで出来るだけ使わないようにしていた絵文字を使わざるを得なかったんだぞ☆
ちなみにシュガハさんが長野出身なのに対し美優さん岩手出身なのに同級生とか深いことを考えてはいけない。

・イベントの最後の走りでポイント足りてランキング圏内に入ったかどうか心配
結局割と余裕でランクインするまでがテンプレ。



 765との絡みというか登場は次回になります。さて春香さんたちはCPの誰とお話するのかな?


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Lesson123 The first step for a ball 3

まえがきショート劇場~茄子&友紀~

「様子を見に行くって役割の人選、私たちのことすっかり忘れ去られてましたね」
「私たちは犠牲になったんだよ。お話の展開という名の作者の都合……その犠牲に」


 

 

 

「ついにこの日が来たね……!」

 

「き、来ましたね……!」

 

「来ちゃったね……」

 

 思わず嘆息してしまいそうになるのをグッと堪える。流石に色々な人に失礼だし、既に覚悟は決めてきている。……ゴメン嘘、決めきれてない。

 

 一週間というのは案外早いもので、あっという間に346プロの定例ライブの日で私たち三人の初ステージの日がやって来てしまった。

 

 トレーナーさんや美嘉さんの厳しいレッスンを受け、トレーナーさん曰く「及第点」らしいが一応合格ラインにまで到達したと判断された私たちは、こうして無事に本番当日を迎えることが出来た。

 

「「「よろしくお願いします!」」」

 

 私たちより先に楽屋に入っていた他のバックダンサーの方々に挨拶をすると「よろしくお願いしまーす」と軽く挨拶を返してくれた。彼女たちは346プロに所属する別部署のアイドルらしく、年齢的にはほぼ変わらないものの私たちよりも少し長く在籍している先輩だそうだ。

 

 ただ美嘉さん以外の人のステージもあるので当然と言えば当然なのだが、正直私たち以外にもバックダンサーっていたんだと内心で思ってしまっていた。

 

「ライブ前の楽屋って、こんな風なんだ……」

 

 アイドルのライブ会場にフラワースタンドの運搬の手伝いで来たことがあったが、こうして中に入ることは当然無かった。良太郎さんの知り合いで妹のように可愛がってもらっているものの、流石に楽屋にまで連れて来てもらったことも無いし。

 

「最初はビックリしますよね。私も、以前会場整理のお手伝いをさせてもらって――」

 

 卯月の言葉は、楽屋へ入って来たプロデューサーに遮られてしまい最後まで聞き取れなかった。

 

「皆さん、こちらへ」

 

 

 

「「わぁ~……!」」

 

 卯月と未央が目を爛々と輝かせて感嘆の声を上げる。

 

「出演者の方々に、ご挨拶を」

 

 そう言ってプロデューサーに連れてこられたのは、今日の出演者の楽屋。つまり、346プロに所属するアイドルの先輩方の楽屋だった。そこには既に美嘉さんを除いた四人の先輩アイドルたちがライブに向けて準備を進めていた。

 

「こ、今回バックダンサーとして出演させていただきます! 島村卯月です!」

 

「本田未央です! 本日はよろしくお願いします!」

 

「し、渋谷凛です。よろしくお願いします」

 

「「「「よろしくお願いしまーす」」」」

 

 とりあえず挨拶を済ませると、先輩の一人がこちらに近寄ってきた。

 

「今日が初めてのステージなんですか?」

 

「は、はい!」

 

 えっと、頭頂部に一本アホ毛が立っている黒髪のこの人は確か……小日向(こひなた)美穂(みほ)さん。

 

「緊張しますよね? 私も今朝からずっと緊張していて……」

 

 やっぱり何度もステージに立っている人でも緊張するんだなぁと思っていると、今度は茶髪でポニーテールの先輩がその小さな体の何処から出ているのかと思うぐらい大きな声を張り上げた。

 

「初めましてっ!! 今日のライブ、全力で燃えましょうっ!!」

 

 この雰囲気は熱血アイドルとして有名な日野(ひの)(あかね)さんに間違いない。彼女の周囲だけ温度が三度高いというネットの噂も馬鹿には出来ない熱さだった。

 

「ふふーん! 何か分からないことがあったら、このカワイイボクが教えてあげてもいいですよ!」

 

 『カワイイボク』のフレーズだけで分かった、輿水幸子ちゃん。小柄な日野さんよりも更に小柄で横ハネが特徴的な藤色の髪だから間違いない。

 

「あら? 貴女、この前あった子よね?」

 

 化粧台の前に座っていた最後の一人が振り返る。そこにいたのは以前346プロの事務所を三人で散策した時に出会った、元アナウンサーとして有名なアイドルの川島瑞樹さんだった。

 

「は、はい! そうです!」

 

「今日はよろしくね。……あら」

 

 川島さんの視線を辿ると丁度城ヶ崎さんが楽屋に入ってくるところだった。

 

「おっはようございまーす!」

 

「おはよう! 今日は頑張りましょう!」

 

「勿論!」

 

 仲良さそうに日野さんと拳を合わせる城ヶ崎さん。

 

 そしてその後ろからプロデューサーと部長と共に背広を着た恰幅が良い男性が入って来た。当然関係者なのだろうが、アイドル以外のお偉いさんまでは流石に予習は出来ていない。

 

 三人が楽屋に入って来たことに真っ先に反応したのは川島さんだった。

 

「おはようございます。本日はよろしくお願いします」

 

 立ち上がり丁寧に頭を下げると、他の先輩方も立ち上がって姿勢を正して頭を下げた。私たち三人は咄嗟に動けなかったものの、遅れながらも「よ、よろしくお願いします」と頭を下げる。

 

(346プロがお世話になってるレコード会社の代表取締役社長です。今回のライブの出資者でもあります)

 

 私たちが理解していなかったであろうことを察してくれた輿水ちゃんがそうコッソリと教えてくれた。

 

(………………)

 

 なんだろうか。こうして先輩やスタッフやそのお偉いさんに挨拶をしていると、先ほどまでとは別の緊張というか不安のようなものがフツフツと沸き上がって来るような気がした。

 

「「………………」」

 

 心なしか、先ほどまでアイドルの先輩方を前にしてテンションが上がっていた卯月と未央の顔色も悪くなっているような気がする。

 

(……これを読むようなことがないといいんだけど)

 

 今朝、良太郎さんから「何かあったら遠慮なく開けて」と言って手渡された封筒が入ったカバンの紐を、ギュッと握りしめた。

 

 

 

 

 

 

「おー、盛況ですなー。流石、最近アゲアゲな事務所のライブだよー」

 

「ふーん。でもりょーたろーさんのライブに比べたらまだまだなの」

 

「アレと比べちゃダメだって……」

 

 突然ではあるが、今日のお仕事がオフだったり朝一で終わっていたりする私、美希、真美の三人は346プロダクションの定例ライブへとやって来ていた。

 

 他のお客さんたちを見回しながら感心したように真美が呟き、それに対してやや辛辣なコメントを述べる美希に、相変わらずの良太郎さん至上主義だなぁと苦笑せざるを得なかった。

 

 周りには人が多いので当然三人とも変装済み。完全に安心というわけではないものの、こういう場合にコソコソすると逆に怪しいので堂々とライブ入り口の列に並んでいる。

 

「ところではるるん……あれ、はるるん?」

 

「わ、リボンしてなかったから分からなかったの」

 

「だからそれはもういいって!」

 

 しかし美希と真美とは違い、完全にステルスする良太郎さんに比べてしまえばやや精度は低いものの、私の場合は不本意ながら……大変不本意ながら、リボンを隠せば基本的に身バレしなくなるのだ。

 

 それに気が付いたのはこの春から大学に通うようになってからである。それまでも「リボンを外せばバレないんじゃないか」と真に言われたこともあったが、物は試しとリボンを外す以外の一切の変装をせずに通学してみたらご覧の有様である。

 

 友人曰く「なんかアイドルオーラが消える」とのこと。

 

 その後の「大丈夫、普段からそんなにオーラある方じゃないから」という励ましに偽装された追い打ちのように見える死体蹴りはさておき、そのことを事務所のみんなに知られてしまった時は亜美真美を中心にやれ「リボンが本体だ」、やれ「リボンが天海春香だ」などと散々弄られ、先ほどのやり取りも今日だけで既に三回目である。

 

「でも加えることで変装するんじゃなくて引くことで変装するって凄いよね」

 

「引き算が重要……オシャレと同じなの!」

 

「意地でもリボン付け続けてやる!」

 

 もはや自棄になるように頭に乗せたキャスケットを強く抑えるのだった。

 

 

 

 さてさて、今日私たちがこうして346プロの定例ライブにやって来たのは私たちが346プロのアイドルの熱烈なファンだから……というわけでは、失礼ながら無い。そもそも大の良太郎さんファンである美希と真美が他のアイドルに鞍替えするということは、それこそ生まれ変わるぐらいのことがないと「生まれ変わってもミキはりょーたろーさんのファンなの!」「そーそー! ミキミキの言う通りっしょー!」……分かったから地の文に入ってこないで。

 

 では何故こうして私たち三人がやって来たのかというと、件の良太郎さんが所属する123プロが関係してくるのだ。

 

 というのも、私は天ヶ瀬さんから、美希は良太郎さんから、真美は恵美ちゃんからそれぞれ『346プロの定例ライブに知り合いが出るから様子を見てきて欲しい』という旨のお願いをされてしまったのだ。

 

 世話焼きな良太郎さんや気遣いが出来る恵美ちゃん、そしてなんだかんだ言って面倒見がいい天ヶ瀬さんたちからそう言った類のお願いをされること自体は別段不思議ではないのだが、少し疑問なのはそのお願いがそれぞれ別々に来たということなのだ。しかも美希や真美が聞いた良太郎さんや恵美ちゃんの言葉から察するに、どうやら三人が三人とも『それぞれが346プロに知り合いがいる』ということを知らないようなのだ。

 

「共通の知り合い……って訳じゃなさそうだよね」

 

「少なくとも『黒髪ロングのクールっぽい子』と『長い茶髪でフツーっぽい奴』が同一人物とは考えられないの」

 

「めぐちんの知り合いには実際に会ったことあるから真美は知ってるけど、髪がロングって時点で二人とは別人だしねー」

 

 というか天ヶ瀬さん、フツーっぽい子って説明はあんまりにもあんまりすぎやしませんかね。なんか飛び火して私の胸にまでグサリと来たんですけど。

 

 とにかくそんなわけで、私たち三人は別口から受けた依頼を一緒にこなすべく、こうして三人一緒の346プロの定例ライブへとやって来た次第である。

 

 ちなみにその連絡を全員が偶然同じ場所で受け、その場に居合わせた亜美も一緒に来ようとしていたが竜宮小町の仕事のため敢え無く不参加となった。

 

「えっと、確か城ヶ崎美嘉ちゃんのバックダンサーとして参加するんだっけ?」

 

 三人それぞれ別の知り合いが同じアイドルのバックダンサーとは凄い偶然である。

 

 パラパラとパンフレットを捲り、今日の定例ライブに参加するアイドルの名前を確認する。えっと、城ヶ崎美嘉ちゃんに元アナウンサーの川島瑞樹さん、小日向美穂ちゃん、輿水幸子ちゃん、そして日野茜ちゃんか。

 

「私、美穂ちゃんとは一緒にお仕事したことあるなぁ」

 

「ミキは美嘉と一緒にモデルの撮影やったことあるの」

 

「真美は茜ちんと一緒にバラエティー番組ー。亜美と二人がかりだったのに綱引きで負けちったー」

 

 そんなことを話しながら私たちは会場内の自分たちの座席の場所へと辿り着いた。

 

「って、ここー?」

 

 そこは二階席の一番端の三席だった。高い位置からステージ全体を見渡せると言えば聞こえはいいが、少々角度が付いて見づらい席でもあった。

 

「でもまぁ隅っこだし、ここなら他のお客さんにもバレづらいと思うよ?」

 

「んー、まぁ確かにそうなの」

 

「はるるんの言う通りかなー。しょーがないか」

 

 少々不満はあったものの、最後は美希と真美も納得してくれた。

 

 さて、まだお客さんが少ないうちに大人しく――。

 

 

 

「あーっ!? な、765プロのアイドルがなんでこんなところにいるにゃ!?」

 

 

 

「「「………………」」」

 

 ――座って、待ってたかったなぁ……。

 

「……はるるーん、何バレてるのさー」

 

「……全く、春香はしょうがないの」

 

「さっきまで散々気付かれないとか言って弄ってたくせに、ここぞとばかりに責任を押し付けるのは止めてくれない!?」

 

 最近ますます良太郎さんに毒されているような気がする二人の物言いに泣きたくなり、とりあえず全部良太郎さんのせいにして後で文句を言おうと心に誓った。

 

 

 




・小日向美穂
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。キュート。
恥ずかしがり屋ながらも万物の諸価値を転換し生の哲学を切り開く歌声を持つらしい17歳。
SSRは引けましたか……?(小声)

・日野茜
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。パッション。
夏とラグビーとお米とお茶が似合う熱血17歳。ボンバー!!!!
三話初登場時の作画はなんとかならなかったんですかねぇ……。

・唐突な 輿 水 幸 子
アニメではこの場にまゆがいたのですが、今作では幸子にバトンタッチ。
第一話でも美穂とまゆの三人で映ってたし、多分最適な人選だと思う(自画自賛)

・kwsmさん
既登場なのでスルーします(無慈悲)
ただキャミ姿はちょっとセクシーだった(小並感)

・レコード会社の代表取締役社長
作中では明言されていませんでしたがどうやらモデルとなった方がおられるようなので、その方の役職から当てはめてみました。

・はるみきまみ
今回登場する765枠はこの三人。全員とは言えませんが、他のメンバーも各所各所で登場させる予定です。

・リボンキャストオフ春香
当然「リボンが本体」というワケではなく、実際には『天海春香』という人間を構成する要素にリボンが含まれてしまった結果である。『天海春香』という人間がこの世界に形作られ、そして『登場人物』としての役割を与えられた時に既に彼女はリボンを装着していた。故に『天海春香』を認識する以上リボンという要素を切り離すことは出来ず、リボンを外した時点で『天海春香』は世界に設定された『天海春香』とはかけ離れた存在になってしまい『天海春香』として認識することが出来なくなる。つまり「リボンを外したから天海春香として気付かれない」のではなく「リボンを外した時点で彼女は『天海春香』ではなくなる」ということが正しいという設定をたった今考えながら適当につらつら書いてみたけどちょっと楽しかった。



 ついに邂逅を果たしてしまった346と765です。凛ちゃんたちとの絡みを想像された方もおられたでしょうが、実は絡むのはその他のメンバーの方なんだなぁこれが。いくら何でも舞台裏に入れるわけないでしょ(正論)

 そして本番直前のひと悶着と虎の巻の内容を次回に控え、今回はここまでです。



『どうでもいい小話』
作者的『デレステのステージに立たせてみたら予想以上に可愛かったアイドル』一覧
・杉坂海
・白菊ほたる
・三好紗南
・小関麗奈

 加筆修正は皆さんの心の中でどうぞ。


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Lesson124 The first step for a ball 4

つい先ほど滑り込みで4thCD先行抽選予約の申し込みしてきました。

当たるといいなぁ(なお作者のリアルラックが絶望的に低すぎる模様)


 

 

 

「えー!? 美希ちゃんって、お姉ちゃんと仲良いのー!?」

 

「うん。割とよく話すの。莉嘉のことも、少しは聞いてるよ?」

 

「ほうほう、みりあっちはりょーにぃとぷらいべーとな知り合いというワケですな?」

 

「そうだよぉ。みりあの通学路がりょうお兄ちゃんとおんなじだったんだ」

 

「……はぁ」

 

 キャイキャイと楽しそうに莉嘉ちゃんやみりあちゃんと話す美希や真美。あっという間に仲良くなったらしい年少組の姿に、私は思わず嘆息してしまった。

 

 346プロの定例ライブの会場にて私たちの正体があっという間に露見し、すわ大騒動かと焦ったのも束の間。なんと彼女たちも346プロのアイドルだったらしい。おかげで彼女たちも最初に思わず大声を出してしまった以外は大きく騒ぎにすることはなく、こうして落ち着いて全員で席に着くことが出来た。

 

 ちなみに身バレした原因は私ではなく美希と真美だったらしい。先ほど散々身バレの原因を人に擦り付けてきた二人に色々と言ってやりたいところではあるのだが、結局私は自分から正体を明かすまで気付かれなかったという事実に打ちのめされて正直それどころでは無い。私がこれまで歩んできたアイドル人生は全てこのリボンに集約されてしまったのかと若干目頭が熱くなった。

 

「あれ、はるるんどったの?」

 

「花粉症?」

 

 良太郎さんを殴る回数を二回に増やしてやる。

 

「でも、アイドルと言ってもまだ所属しているだけでデビューしているわけではないんですけどね」

 

 そう言ってふふっと笑う美波さん。

 

「それにしても、春香さんたちみたいなトップアイドルでもこうやってアイドルのライブに来たりするんですね」

 

「一応私たちもアイドルである前に一人の女の子だからね」

 

 私たちだって元々は『アイドルのファン』なのだからライブにだって行きたいのだ。時間を空けることはだいぶ難しくなってきたものの、良太郎さんやジュピター、魔王エンジェルの皆さんのライブにはそれなりに行かせてもらっていたりする。

 

 昔は凄まじい倍率の良太郎さんのライブのチケットは抽選でかすりもしなかったが、プライベートでも割と交流が増えた今は直接チケットを融通してもらったりすることもあった。少々ズルいような気がして他のファンの方に申し訳ないが、一応私たちも『テストや受験を頑張ったご褒美』という形で受け取っているので問題ない……と自分自身に言い聞かせている。

 

「それに、今回はちょっと頼まれごとがあってね」

 

「頼まれごと……ですか?」

 

「うん。今回城ヶ崎美嘉ちゃんのバックダンサーとして参加する三人が私たち三人の……知り合いの知り合いらしくて、用事があって見に行けないから代わりに行ってくれって頼まれちゃったの」

 

「えっ!? もしかして凛ちゃんたちですか!?」

 

「え?」

 

 もしかして彼女たちも知り合いだったのだろうか。

 

 話を聞いてみると彼女たちは『シンデレラプロジェクト』という企画でデビューするメンバーらしく、バックダンサーの三人もそのプロジェクトの参加メンバーだったらしい。

 

「そんな人たちとこーして席が近くになるとか、すんごい偶然だねー」

 

「きっとこれがりょーたろーさんが言ってた『アイドルはアイドルと惹かれ合う』って奴なの」

 

「納得せざるを得ない……」

 

 割と街中で良太郎さんや天ヶ瀬さん、今は海外に行ってしまっているが魔王エンジェルの皆さんとも出くわすことがあったし、否定材料が何処にも無かった。

 

「それにしても、アイドルの春香さんたちにそう言うことを頼むなんて、凄い人たちがいるんですね」

 

「言われてみればそうだね。要するに、トップアイドルを使いっぱしりにしてるってことだもんね」

 

「よもや、天上に住まいし神々の信託を受けたか!?」

 

「あ、あはは、ま、まあね」

 

 可奈子ちゃんと李衣菜ちゃん、そして良く分からないけど蘭子ちゃんの言葉に苦笑する。デビューしたての恵美ちゃんたちはまた別として、私たちよりも更に上のトップアイドルである良太郎さんや天ヶ瀬さんからの依頼だとは明かしていないので当然の反応ではあった。

 

「そんなめんどーくさいこと引き受けるなんて、杏には考えらんないなー」

 

「でもでも、春香ちゃんたちみたいなすっごいアイドルに注目されるなんて、凛ちゃんたちもすっごいにぃ~!」

 

「わ、私たちは別に……」

 

 

 

「………………どうしてにゃ」

 

 

 

(……ん?)

 

「春香、さん。どうか、しましたか?」

 

「あ、ううん、何でもないよ、アーニャちゃん」

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「……は、始まっちゃいましたね……」

 

「……うん」

 

 控室に設けられたモニターには、今回の出演者五人が揃って『お願い!シンデレラ』を歌っているステージが映し出されていた。この曲は346プロのアイドル部門を代表する曲で、この曲をステージで歌うことが346プロでアイドルをする上での一つの指標になるらしい。

 

 そんな彼女たちのステージを見ながら、私たち三人は完璧に緊張に呑み込まれてしまっていた。既にステージ衣装に着替えて後はこうして控室で自分たちの出番、すなわち美嘉さんのステージまで待機しているのだが……準備万端とは強がりでも言えなかった。

 

 私たち三人は曲が始まると同時に奈落から大きく飛び上がるのだが、先ほどの通しのリハーサルではタイミングが全く合わずに何度も着地を失敗した。結局一回も成功すること無くリハーサルは終わってしまい、後はぶっつけ本番。何か出来ることはないかと一通り振り付けの確認はしたが、どうしても『一回も成功しなかった』という事実が私たち三人の頭の中に強く残ってしまった。

 

 先ほどから卯月は小さく震えており、未央もモニターを見たまま一言も発さずに微動だにしない。かく言う私も、先ほどから掌の汗が何度拭っても拭いきれなかった。

 

 こんな緊張と不安に呑み込まれている状態で、とても練習通りに踊れるとは思えない。

 

 どうしよう、まだ何かするべきことはあるかと考え、その時私はようやく『それ』の存在を思い出した。

 

 席を立ち部屋の片隅に置いてあった自分のカバンに向かって走る。

 

 勢いよくジッパーを開けて中を探ると、それは直ぐに見つかった。

 

「し、しぶりん?」

 

「ど、どうしたんですか?」

 

「……これ」

 

 突然の私の行動に困惑する二人に見えるように、私はそれを掲げた。

 

「良太郎さんから、貰ったんだ」

 

「「良太郎さんから!?」」

 

 それは、昨日の晩にお店まで来た良太郎さんが私に手渡した一通の茶封筒だった。

 

「『もし何かあったら開けて』って言って渡された」

 

「な、何が入ってるの?」

 

「分かんない。……でも、今がこれを開けるべき時なんだと思う」

 

 別にトラブルがあったわけではない。けれど、もしこの中に良太郎さんからのメッセージが入っていたりして、それで少しでも私たちの勇気になればと思った。

 

「……開けるよ?」

 

 二人が無言で頷いたのを確認してから、私は糊付けされた封筒の口を開いた。

 

 中には、どうやらポストカード大の紙が何枚か入っているようだった。

 

 意を決し、勢いよく中身を机の上に出した。

 

「「「っ……!?」」」

 

 目を見開き絶句する。

 

「りょ、良太郎さん……!?」

 

 中から出てきた『それ』は――。

 

 

 

 

 

 

「うわ、これしぶりん!?」

 

「わぁ! 凛ちゃん可愛いです!」

 

 ――幼き日に良太郎さんと一緒に取った私の写真だった。

 

 

 

「何入れてんのさあああぁぁぁ!?」

 

 何かもう本当に色々と台無しというかあの人は何をしてくれているのだろうか。

 

「見て見てしまむー! このしぶりん、良太郎さんの影に隠れてこっち見てるよ! 顔真っ赤!」

 

「はい! こっちはちょっと前に出てきてますけど、良太郎さんの服の裾をちょこんと摘まんでます!」

 

「逐一詳細を口にしないでくれない!?」

 

 まさか以前良太郎さんにアイドルを始める旨を伝えた時にした写真撮影云々の会話が伏線になっているなんて考え付くはずがなかった。

 

 というか、本当に何のつもりだろうか。確かに緊張は吹き飛んで先ほどまで悪かった未央と卯月の顔色もすっかり元通りではあるが、そのためだけにこんなものを入れたというのか。

 

「あ、これ写真の裏に何か書いてあるよ。えっと……『これを読んでいるということは、多分凛ちゃんたちは不安と緊張で押し潰されそうになっていることだろう』」

 

「こっちは続きです。『リハーサルが上手くいかないとか練習通りに動けなくて不安になるのは分かるけど、まずはこの写真を見て落ち着いてほしい』だそうです」

 

「落ち着けないよ!」

 

 寧ろこれで落ち着ける方がおかしい。

 

 しかし手段はともかくとして、こうしてしっかりとした助言はあるようだ。これだよ、私が求めていたのは。

 

 続きはこれだろうかと写真の中のランドセルを背負った私の姿を出来るだけ視界に入れないようにしながら次の写真を捲る。

 

 『ちくわ大明神』

 

「……むきゃああああぁぁぁ!?」

 

「しぶりん落ち着いて!? キャラ変わってるから!」

 

 一体どれだけネタを仕込めば気が済むんだこの人は!

 

 衝動的に写真を破り捨てそうになるが後ろから未央に羽交い絞めにされて止められる。どうせコピーなのだろうから、この行き場のない感情をぶつけさせてほしい。

 

「つ、続きはこっちみたいですね。えっと……」

 

 

 

 ――今君たちが考えるべきなのは、頑張らなくちゃなんてことじゃなく、ましてや失敗したらどうしようなんてことでもない。自分たちを鼓舞する掛け声だ。

 

 ――君たちに必要なのはただ一つ、ステージに上がる瞬間の勇気だけ。だから自分自身を奮い立たせる勇気の一言があれば、絶対にステージは上手くいく。

 

 ――ちなみに『あんぱん』とかオススメ。

 

 

 

「……これで全部みたいですね」

 

「最後の『あんぱん』は一体……?」

 

 最後の最後でまたネタが仕込まれていたが、この際それには目を瞑ろう。もういっそここまでのやり取り全てに目を瞑りたい気分ではあるが。というか既に疲れ果ててしまっているのでそのまま目を瞑って眠ってしまいたい。

 

「本当になんで最初からこれだけパッと書いて終われないのかな……」

 

 割と良いこと言っているはずなのに素直に感謝することが出来なかった。

 

「でも緊張が取れたのは確かだよね」

 

「はい。ドキドキはしてるんですけど、不安とかそういう感じではないです」

 

「……一応感謝はする。感謝はするけど……とりあえず、帰ったら殴る」

 

 良太郎さんへの処遇は置いておいて、勇気の一言を何にするかだ。あんぱんはさておき、自分の好きなものを掛け声にするというのは良い考えな気がする。

 

「……チョコレート!」

 

「な、生ハムメロン!」

 

「フライドチキン!」

 

 当然な結果だが、ものの見事に全員バラバラだった。

 

 

 

「「「……ジャーンケーン……ポンッ!」」」

 

 

 

 

 

 

 さて、今回の事の顛末と言う名のオチを語ることにしよう。

 

 346プロの定例ライブは何事もなく盛況に終わった。美嘉ちゃんは勿論、他の出演アイドルのステージも大成功だったということで、そしてバックダンサーを勤めた凛ちゃんたちの初ステージも成功だった、という意味だ。

 

 ステージに立った凛ちゃん本人曰く「まだまだなのは自覚してるけど、それでも自分たちに出来ることは全部出来た」とのことで、観客として見た春香ちゃん曰く「改善点がいくつかあるから今後の成長に期待」とのこと。百点満点とは言えないが、自他共に認める八十点といったところか。

 

 ……ただ、何故かその話を聞いた後に二人から殴られた。ニッコリとアイドルスマイルからのグーパンチが最短で俺の腹筋を襲い、彼女たちの細腕からは考えられないダメージを負った。麗華やりっちゃんのことも考慮するに、もしかして俺はドラゴンタイプの弱点がドラゴンタイプみたいに、アイドルからの攻撃に対する耐性が低いのかもしれない。

 

 しかし凛ちゃんに怒られる理由はまだ何となく例のアイドル虎の巻の件だろうなぁと予想出来るのだが、春香ちゃんに怒られる理由に心当たりが無い。

 

 そもそも、何故春香ちゃんがライブに……美希ちゃんが誘ったのかな?

 

 とにかく、凛ちゃんの初ステージは成功。めでたしめでたしということにしておこう。

 

 

 

 ……『凛ちゃんたち』は……だけどね。

 

 

 




・『アイドルはアイドルと惹かれ合う』
いやまぁ、そうしないと話し進まないし(メメタァ)

・『お願い!シンデレラ』
中居君がCMで歌ったので、多分一番有名なデレマス曲。

・アイドル虎の巻の正体
緊張をほぐす何かだろうと大方の人が予想していたでしょうが、それが凛ちゃんの写真だと予想した人はいるまい(いないよね?)

・ちくわ大明神
誰だ今の。

・『あんぱん』
クラナドは人生。

・ドラゴンタイプの弱点がドラゴンタイプ
どちらかというと悪タイプなのでフェアリータイプの攻撃でダメージを喰らっている感じ。



 『フライドチキン』叫んでないやん! と言われそうですがライブシーンを作者が書けるわけないでしょ!

 というわけで第三話編終了となります。次回はチアーニャや○クロスみなみん登場の第四話……ではなく、今回ラストの引きをそのままに第五話に飛びます。



『どうでもよくないけど小話』

 ついにラブライブサンシャインの放送が始まりましたね!

 プロデューサーとしては、アイドルのライバルの動向は要チェックですよ!



『サンシャイン第一話を視聴して思った三つのこと』
・「ヅラ」ではない、「ずら」だ!

・親方! 空から堕天使が!

・というか、ヨハネ初期自己紹介文とキャラ違くないっすかね……?


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Lesson125 Where are my glass slippers?

うっひょおぉぉぉ!! 4thライブ本当にチケット当たったあぁぁぁ!?

みんな、さいたま公演二日目で会おうぜ!


 

 

 

 突然ではあるが、123プロの事務所内にはレッスンルームも設けられている。

 

 少々こぢんまりとしているがオフィスビル内ということで防音防振対策は万全。外部のトレーナーや振付師の方のレッスンを受ける時は外のスタジオを借りるのだが、自分たちで行う自主練習はほとんどここを使っている。

 

 ちなみにレコーディングの設備もあったりするのだが、こちらは一度も使われていないとのこと。じゃあなんで作ったのかと聞いてみたところ、逆に作らないとスペースが余ってしまうらしい。じゃあなんでこんな広いビルのワンフロアを……とこの話を始めるとキリがないのでこの辺にしておこう。123プロにも色々と大人の事情があるということだ。

 

 さて、そんなリョータローさんからジュピターの三人も利用する123プロのレッスンルームに、今日はアタシとまゆと志保の三人の姿があった。

 

「そう、未央ちゃんの初ステージは成功だったのねぇ」

 

「みたいだよー」

 

「そうですか」

 

 自主練習中に一息を入れつつ、アタシは未央たちの初ステージの顛末をまゆと志保に伝えた。

 

 先日行われた346プロの定例ライブでの未央の初ステージは、概ね成功と言っていいものだったらしい。らしいというのは、アタシは直接見に行くことが出来なかったので出演した本人や代わりに行ってもらった真美から話を聞いたからだ。

 

 まぁ私たちみたいにステージの途中で転んだ挙げ句メディアに叩かれるといったレベルで悪い初ステージにはならなかったようで何よりだ。

 

「未央ちゃんと街中で出会ってまだ一ヶ月も経ってないのに、本当にトントン拍子よねぇ」

 

「本当ですよ」

 

 頬に手を当てながら呆れるというよりは半ば感心した様子のまゆに、こちらは本当に呆れたような様子な志保。

 

 確かにまゆの言う通り、アタシたちと未央が出会ったのはほんの一ヶ月ほど前。あの頃の未央はまだ明確に『アイドルになる』という意志を持っていなかったにも関わらず、既に美嘉のバックダンサーに選ばれるような状況になっているのだ。

 

 アタシが街中でリョータローさんや社長に声をかけられたときのように、本当にアイドルの人生ってゆーのは何があるか分からないだなぁとしみじみ思う。

 

 しかもこの『本田未央他二名のサクセスストーリー』と言っても過言ではない話には、まだ続きがあるのだからもうお腹一杯だ。

 

「? どういうことなの?」

 

「それがさー、まゆに志保聞いてよー。定例ライブの話を聞いた次の日に来たメールで言ってたんだけどさぁ……」

 

 

 

 

 

 

『……し、CDデビュー……?』

 

「はい。新田さんとアナスタシアさんのお二人、そして渋谷さんと島村さんと本田さんの三人には、それぞれユニットとしてCDデビューしていただきます」

 

 それが、先日PRPVの撮影を終えた私たちプロジェクトメンバーを招集したプロデューサーが告げた言葉だった。

 

 初め、プロデューサーの言葉の意味がよく理解出来ておらず、私は全く反応することが出来なかった。反応できなかったのは私だけでなく、誰も大きくリアクションを取らなかったところを見るに、きっとみんなも私と同じだったのだろう。

 

 そんな中、真っ先に動き出したのは未央だった。

 

「うおー!」

 

「きゃっ」

 

「うわ」

 

 そんな歓声を上げながら隣にいた卯月に抱き付き、隣にいた私まで巻き込んで床の上に崩れ落ちて三人で尻もちをつく。

 

「ど、どーしよ!? どーしよ!? CD、CDデビューだよ!?」

 

 興奮した様子で早口になる未央の様子に、ようやく事態を飲みこむことが出来た卯月の顔も徐々に破顔していく。

 

「っ……! うわー!」

 

 そして未央と同じように歓声を上げながら両腕を広げ、私と未央を纏めて抱きしめた。

 

「おめでとうございます!」

 

「すごーい! CDデビューだー!」

 

「どうしよう……いきなりすぎて……!」

 

 周りのプロジェクトメンバーの祝福の言葉や同じくCDデビューを告げられた美波さんの戸惑いの言葉を耳にしながら、それでもまだ少し私は茫然としていた。

 

 CD、CDである。それは今までの私にとって店で買って聞くものだった。そのCDに自分の歌が収録されて発売されるというのだから、私もどちらかというと喜びよりも戸惑いの方が大きい。

 

 しかし戸惑いながらも、先日バックダンサーとして初ステージに立った時以上に「あぁ私、本当にアイドルになったんだなぁ」と何処か他人事のような感想を抱いてしまった。

 

 

 

「ズルい! アタシは!? アタシもCD出したい!」

 

 

 

 そんな興奮したり戸惑ったりする私たちを現実に引き戻したのは、そんな莉嘉の叫びだった。

 

「……そ、そうにゃ! みくたちはどうなるにゃ!?」

 

 それしながら焦ったように問いつめるみくに、プロデューサーはいつものように表情を変えず、ただ一言だけ返事をした。

 

「……企画検討中です」

 

 

 

 

 

 

「なんと、もうCDデビューと来たか」

 

「うん」

 

 今日も今日とて渋谷生花店の店先である。

 

 最近は凛ちゃんの近況を聞きに行くついでに俺がお父祭壇の花を買いに行く役目を任されていた。それ以外でも割と頻繁に顔を出して世間話をしているが、今日はちゃんとお客様なのだ。

 

 しかしいつもいつも凛ちゃんが店番をしているわけではなく、今日は俺が店に来たと聞いてわざわざ下に降りてきてくれた。なんだかんだでええ子やなぁ。

 

 という訳で渋谷のおじさん(凛ちゃんのお父さん)に花を見繕ってもらいながら、凛ちゃんからCDデビューの話を聞くことになった。

 

「私と卯月と未央の三人、あと美波さんとアーニャの二人でそれぞれユニットとしてCDを出すんだって」

 

「なるほどね」

 

 あの人数を全員同時にデビューさせるには流石に武内さんの手が足りないだろうし、まず始めに既にステージ経験のある三人と一番年上の新田さんを含めたユニットをそれぞれデビューさせて、他のメンバーは順次デビューってところかな。

 

 なんとなーく、前に出る姿勢の強そうなみくちゃんや莉嘉ちゃん辺りがちょっとゴネそうだなぁと何となく思ってしまった。

 

「それで、三人のユニット名とかはもう決まってるの?」

 

「そう、そこなんだよ……」

 

「ん?」

 

 聞くと、武内さんから宿題と称して「ユニット名を考えておいてください」と言われてしまったらしく、今度三人で話し合う時までに案を出さなければいけないそうなのだ。

 

「『覚えやすく』て『三人らしい』名前がいいらしいんだけど、私じゃ全く思いつかなくてさ。……お父さんにもちょっと案を出してもらったんだけど……」

 

「? おじさん、何て名前を提案したんですか?」

 

 何故か凛ちゃんが言い淀んだので、疑問に思っておじさん本人に尋ねてみる。

 

「『プリンセスブルー』はどうかなって。世界初の青いカーネーションの一種で、花言葉は『永遠の幸福』だ」

 

「……正直コメントに困るぐらいいい名前だとは思うんですけど、いささか『凛ちゃん色』が強すぎやしませんかねぇ」

 

 おじさんの凛ちゃんに対する『頑張れ』という思いはひしひしと伝わってくるのだが、正直三人らしい名前ではないなぁ。

 

 凛ちゃんもそれに気付いているから若干嫌そうな顔をしつつも顔を赤らめて照れているのだろう。

 

 しかしこのまま没にするには惜しいぐらい本当にいい名前であることも確かである。

 

「となると、『プリンセスブルー』は凛ちゃん担当だね」

 

「えっ」

 

「イメージ的には卯月ちゃんが『プリンセスピンク』担当で未央ちゃんが『プリンセスイエロー』担当かな」

 

「待って、担当って何」

 

「ブルー! ピンク! イエロー! 三人揃って『美城戦隊シンデレジャー』!」

 

「語呂悪い! ……じゃなくて、待ってって言ってるんだから待つ素振りぐらい見せてくれていいんじゃないかな!?」

 

「はい」

 

 ズズッと渋谷のおばさんがわざわざ淹れてきてくれたお茶を飲んで小休止。

 

「ねぇ、良太郎さんだったら私たち三人にどんな名前つける?」

 

「俺だったら?」

 

「良太郎さん、123プロの新人アイドルユニットの名付け親だって聞いたよ」

 

「まぁ一応ね」

 

 俺が恵美ちゃんとまゆちゃんのユニット『Peach Fizz』の名付け親であることは別に隠しているわけでもなく普通に公表していることなので凛ちゃんが知っていても何も不思議ではない。

 

「そうだなぁ……」

 

 しかし、名付け親だからといって簡単に名前を思い付けるわけでもないのだ。ピーチフィズの名前を思い付いたのも割と偶然だったし。

 

 うーん、イメージ的にはさっきも言ったように凛ちゃんが青で、卯月ちゃんがピンク、未央ちゃんが黄色だから……。

 

「『CMYK』とか」

 

「色合いは問題ないかもしれないけど、黒は何処から来たのさ」

 

「『大三元』とか」

 

「芸名が白・發・中のどれかになりそうだからヤダ」

 

「『ディメンション・トラップ・ピラミッド』とか」

 

「ネタバレ防止のためにコメントは控えておくよ」

 

「『姦し娘』とか」

 

「とりあえず考えるのが面倒くさくなったことだけは分かった」

 

 ことごとく凛ちゃんからダメ出しを喰らってしまい、再びズズッとお茶を飲んで小休止。

 

「真面目な話、その名前を聞いただけでどんなアイドルなのか分かるような名前ってのは大事だよね」

 

 例えば346の姫川が所属する『チアフルボンバーズ』なんかが顕著に名前だけでどんな娘たちなのか分かりやすいと思う。この名前でまさか川島さんや楓さん辺りが参加しているとは誰も考えないだろう。

 

 故に先ほどおじさんが提案した『プリンセスブルー』からは卯月ちゃんと未央ちゃんのイメージが湧かないので余りよろしくないのではないかと個人的に思うのだ。

 

 じゃあ『Peach Fizz』はどうなんだと言われてしまえば正直何も言えないのでこの際置いておこう。俺自身のネーミングセンスの無さはあくまでも個人的な問題なのである。

 

 まぁ自分の娘のイメージを全面に押し出したい親心も分からないでもないが。

 

「フィーリングも大事だからね。凛ちゃんたち『新たな時代』を担うアイドルのユニット名だから、じっくりと考えてみなよ」

 

「それって結局丸投げ……え?」

 

 一瞬呆れた様子を見せた凛ちゃんだったが、何かに引っ掛かったらしい。

 

「良太郎さん、今なんて……」

 

「? 今は別に突っ込まれるようなネタは仕込んだつもりはなかったけど」

 

「そうじゃなくて……まぁいいや。一応参考にするね」

 

「え、参考になるのあった?」

 

「発案者がそれを言っちゃったら今までの会話全部無駄になっちゃうんだけど」

 

 はてさて、凛ちゃんたち三人のユニット名はどんなものになるやら。

 

 

 

 

 

 

おまけ『Jupiter』

 

 

 

「ところで良太郎さんの事務所に移籍したジュピターだけど、名前の由来ってあるのかな」

 

「『太陽系の中で一番大きな惑星だから』って理由だと俺は予想してる」

 

「そこで太陽の名前を使おうとは思わなかったのかな」

 

「まぁその時は既に太陽(オレ)がいたからね」

 

 

 




・123プロのレッスンルーム
設定としては最初からあったのだが書くタイミングがなかった。一応ワンフロア貸し切ってるんだし、これぐらいはね?

・「……企画検討中です」
「せめて名刺だけでも」に続く武内Pの名台詞。
あと他には「ぴにゃぴっぴ(低音)」とか……え、メディアが違う?

・『プリンセスブルー』
最近シリーズ化してる凛ちゃんの花屋SSシリーズで得た知識。
ええお父さんやなぁと純粋に思った。

・CMYK
減法混合に基づく色の表現法。シアン、マゼンタ、イエロー、キー・プレート(黒)の四色で、正確には違うが簡単に言えば色の三原色+黒。

・大三元
誰だよ役満の中で一番上がりやすいとか言ったやつ(麻雀歴7年弱で役満経験無し)

・『ディメンション・トラップ・ピラミッド』
二度以上見て初めて分かった遊戯さんの凄さ。この人やっぱり決闘王ですわ。

・姦し娘
うちら陽気な~!

・おまけ『Jupiter』
実際の理由は知らないというか調べていないというか。教えてエロい人!



 というワケでみく立てこもり騒動が起きた第五話編です。後書きに書いてあった放送当時の自分の感想を振り返りに行きましたが、雫のおっぱいのことしか書いてなくて参考になりませんでした。使えねぇなこいつ()

 正直この立てこもり騒動に良太郎を絡ませるのを個人的に楽しみにしていたので、精々引っ掻き回させていただきます。みくにゃんの明日はどっちだ!

 というわけで、また次回。人によっては楓さんssの方でお会いしましょう。



『サンシャイン第二話を視聴して思った三つのこと』
・ダイヤ会長、迫真の 公 開 処 刑 !

・海未は私ですが?(幻聴)

・凛ちゃんも歌おう!(幻覚)


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Lesson126 Where are my glass slippers? 2

今回前半での『持ち歌』に関する考察はあくまでも作者の妄想の産物です。
この世界ではこうなんだなぁぐらいの認識でいていただけるとありがたいです。


 

 

 

 変わらず123プロのレッスンルーム。相変わらず休憩が続いているが、まだ休憩時間として設定した十分は経っていないので問題は無い。

 

「城ヶ崎美嘉のバックダンサーとして華々しいと言っても過言ではない初ステージを終えた直後に、今度はCDデビューですか……」

 

「……トントン拍子ねぇ」

 

「だよねー」

 

 あり得ないとまでは言わないが、正直に「マジか」としか言いようがない。

 

 基本的にアイドルの曲、所謂『持ち歌』というのは自分では作らない。中には作詞作曲の才能も一緒に持ち合わせていて一から自分で作ってしまう別種の天才もいることにはいるが、普通は作詞家の先生、作曲家の先生に依頼して作ってもらう。

 

 作詞作曲の先生が自分から「是非曲を作らせてくれ」と頭を下げに来たらしいリョータローさんは当然ながら例外中の例外として、そういう背景からアイドルが自分の『持ち歌』を得るためには依頼するための『資金』及び『コネ』が必要になってくるのだ。

 

 資金自体は個人でも用意することは容易だが(アタシ今うまいこと言った)、『コネ』はどうにもならない。いきなり何の実績も無い人間がお金を持って「曲を作ってください」と言って押しかけて曲を作ってくれる人もいるだろうが、所謂『有名な先生』にはそれが通用しない。

 

 勿論、お金を出せば誰にでも曲を作ってくれる先生を否定するつもりはない。けれど『持ち歌』というのはアイドルにとって自らの『得物』。トップアイドルを超えたトップアイドル、リョータローさんレベルのオーバーランクのアイドルともなれば『なまくら』でも何とかなるだろうが、それでもこの厳しい世界を戦い抜くには『業物』の方が良いに決まっているのだ。

 

「……って、社長や和久井さんが言ってた」

 

「……まぁ、いくらなんでも恵美さんがそんなに詳しいわけがないですよね」

 

 何だとー志保ー。

 

「つまり未央ちゃんたちは『資金』と『コネ』を用意してくれる346プロダクションというバックがあるからこそ、こんなにも早くCDデビューが出来たってことねぇ」

 

 そこいらの小中プロダクションには出来ない芸当ねぇ、とまゆは感心する。

 

「でも恵美さんやまゆさんの曲もそうなんですよね?」

 

「そうよぉ。今まで良太郎さんが築き上げてきた実績に便乗するような形にはなっちゃったけど、私たちみたいな新人がこうして素敵な曲を作ってもらえるのは間違いなく良太郎さんのおかげよぉ」

 

「後、その辺の交渉を完璧にこなす社長の手腕だね」

 

 逆に言うと、そうした持ち歌を得ることが出来なかったアイドルはしばらく『下積み時代』というものを経験しなければならなくなってくる。そこら辺全部すっ飛ばしてしまったリョータローさんはやはり例外中の例外だが、基本的にはこれは誰しもが通る道である。

 

 アタシやまゆがこれまでやってきて今現在志保がやっているように、雑誌のモデルをやったりイベントのMCをやったりキャンペーンガールをやったり。

 

 きっと今回CDデビューからあぶれてしまった未央たち以外のプロジェクトメンバーも、そうした下積みのお仕事をしているのだろう。

 

 

 

 

 

 

「横断歩道は右見て左見て、もう一度右見て、それから渡ってくださーい!」

 

 ステージのアイドルからの呼びかけに、イベントの参加者たちはまるで子供のように「はーい!」と大きな声で返事をした。

 

 今週は交通安全強化週間ということで346プロダクションのアイドルを一日署長として招いてPRイベントを行うことになり、またしてもあたしが案内や補佐役として抜擢されてしまった。一昨年に765プロの貴音ちゃんの案内役を任されて以来、こういったアイドルを招いて行うイベント担当みたいな扱いをされるようになってしまっている。

 

 上層部に123プロ社長の嫁や周藤良太郎の義姉という立場を利用しようという目論見は無さそうなのだが、だからといって広報担当でも何でもない一交通安全課の婦警をいちいち駆り出さないでほしいというのが本音である。

 

「車に乗る時はシートベルト締めねぇと、アタシが直々にシメてやっかんな!」

 

「拓海ちゃんが言うと『お前が言うな』感が凄いですよね!」

 

「んだとゆっこゴラァ!?」

 

 あの(ほり)裕子(ゆうこ)という子に全面同意せざるをえない。

 

 今回346プロから招いたアイドルは堀裕子、及川(おいかわ)(しずく)、そして向井拓海の三人組ユニット『セクシーギルティ』で、PRイベントということで全員婦警の格好をしているのだが……拓海ちゃんの婦警姿に違和感というか何というか。

 

 ついこの間まで取り締まられる側だったというのに、それが今では格好だけとはいえ取り締まる側なのだ。「一体どの口が」と言いたいところだが、そういう元ヤンな拓海ちゃんが更正してこういったPRイベントに参加することで逆の説得力があるのかもしれない。運営やお偉いさんの考えることは難しくてあたしには全く分からないが、拓海ちゃんの経歴を知っていて尚上層部がゴーサインを出したということは、きっとそういうことなのだろう。

 

 本当にアイドルという人生は唐突に始まって何が起こるのか分からないものなのだと改めて思う。

 

(それはそれとして、凄いわねぇ……)

 

 何が凄いのかというと、ぶっちゃけ胸である。

 

 あたしもそれなりというかかなり大きいと自負しているが、流石に拓海ちゃんとあの雫という子には白旗を上げざるをえない。最近の若い子は随分と発育がいいのねぇと思いつつ、そんな二人に挟まれる立ち位置の裕子ちゃんが不憫でならなかった。

 

「何はともあれ、交通ルールを守らない悪い子は私たちが逮捕しちゃいますからね~?」

 

「サイキック逮捕ー!」

 

 そう叫びながらマイクを突き出す裕子ちゃん。

 

 その直後である。

 

「きゃっ!?」

 

「うわぁ!?」

 

 バツンという音と共に、雫ちゃんと拓海ちゃんの服のボタンが弾け飛んだ。すぐに反応して前を隠したものの、ほんの一瞬ではあるが大きな胸の谷間と下着が露わになってしまった。

 

 そんな嬉しいサプライズをたまたま見ることが出来たイベントの参加者(主に男)が「おぉっ!?」と歓声を上げ、目を離してしまっていた参加者は「見逃したあぁぁぁ!?」と慟哭する。どうでもいいが、男だったら良以外でもこーいう反応はするんだなぁと思ってしまった。

 

「……ゆ~っ~こ~!?」

 

「わわわっ!? こ、これはですね、私の溢れ出るサイキックが暴走してしまった結果であって、故意ではなく事故……!?」

 

「交通事故で『事故だから』が言い訳になると思ってんのかぁ!?」

 

「お後がよろしいようでー!?」

 

 いや、別によろしくはないんじゃ……。

 

 

 

「うわ、大きい……」

 

「め、女神に愛されし母なる祝福……!?」

 

「「………………」」

 

「ち、小さい方がカワウィーにぃ?」

 

 

 

 何やら三人のバーターとしてビラ配りをしていた五人の内二人が自分の胸を摩りながら酷く落ち込んでいた気がしたが、とりあえず今は混乱し始めたステージの上を何とかすることにしよう。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 今日のレッスンも終わり、私たちと美波さん、アーニャの五人は346プロ内にあるレッスンスタジオフロアのロビーの自販機でそれぞれ飲み物を買って一息ついていた。

 

 既にCDデビューする私たちと美波さんたちのレッスンは始まっており、それぞれトレーナーさんから歌とダンスのレッスンで扱かれている真っ最中である。

 

 バックダンサーをする前も美嘉さんやトレーナーさんからレッスンを受けたが、それはあくまでも『バックダンサー』としてのレッスン。今回からはついに『アイドル』としてのレッスンとなり、一回りも二回りも厳しさが増しているような気がした。

 

「レッスン、お互いに頑張ろうね」

 

「おう!」

 

 美波さんの言葉に元気よく返す未央の元気が若干羨ましく思いながら、私もたった今買ったばかりのスポーツドリンクの缶のプルタブを起こした。

 

「みんなー!」

 

 そんな声と共にかな子がこちらに向かって走ってきたのは、ちょうどその時だった。

 

 確か今日は蘭子、きらり、智絵理、李衣菜の五人で交通安全強化週間のPRイベントの手伝いに行っていたはずだが、もう帰って来ていたようだ。

 

「かな子ちゃん、どうしたんですか?」

 

 よほど急いで来たらしく、膝に手を突いて肩で息をするかな子に卯月が心配そうに声をかける。

 

「ぷ、プロデューサーさん、見なかった?」

 

「プロデューサー?」

 

 生憎私たちはつい先ほどまでレッスンをしていたのでプロデューサーの姿は見ていない。最初こそ私たちのレッスンの様子を覗きに来ていたが、既に一時間以上前のことなので目撃情報としては役に立たないだろう。

 

「ゴメンね。私さっきまでレッスンしてたから、ちょっと分からないわ」

 

「何か、ありましたか?」

 

「それが――」

 

 

 

『……え、ストライキ!?』

 

「……すとらいき……? ザバストーフカのことですか?」

 

 

 

 

 

 

 そこは事務所内の中庭に面する場所に存在するカフェテリアだった。

 

『我々はー! ……何だっけ?』

 

『週休八日を要求する!』

 

「勝手なこと言っちゃダメにゃ!」

 

 私たちがそこに到着すると、拡声器によって大きくなった莉嘉と杏のそんな声が響いてきた。見ると、カフェテリアのカウンターを含む一角にテーブルを倒してバリケードを作っており、その向こうにみくと莉嘉と杏の三人が立てこもっている様子だった。

 

 当然騒ぎにならないはずがなく、周りにいた人たちも何事かと集まってきている。その集まってきている人たちの中に何人かテレビで見たことがある人が混ざっている辺り、なんというか流石芸能事務所といったところか。

 

「杏ちゃーん! みくちゃん! 莉嘉ちゃーん!」

 

 そんな三人に向かって、きらりが大声で呼びかけていた。その後ろからは智絵理も心配そうに顔を覗かせている。

 

「きらり、智絵理!」

 

「みんな……ぷ、プロデューサーさんは……?」

 

「それが、別の場所で打ち合わせみたいで……」

 

 その別の場所が分からなかったため、とりあえず私たちだけでここまで来たということだ。

 

「それにしても、何でこんなことを……?」

 

「何でというか……」

 

 疑問符を浮かべる卯月に、いやいやと首を振る。

 

 というのも、私たち五人のCDデビューが決まってからずっと「みくたちもデビューさせるにゃ!」と言いながら絡んできていたのだからその理由の検討は付いていた。

 

 しかし、散々デビューしたがっていたみくと莉嘉は兎も角、あれだけ働きたがらなかった杏までこんなことをするとは……。何というか、行動力を向ける方向が間違っている気がしてならなかった。

 

『と、とにかくにゃ!』

 

 改めて拡声器を手にしたみくが、こちらに拡声器を向けた。

 

『我々はここにストライキを決行するにゃ!』

 

「ストライキだー!」

 

「我々の要求を飲めー!」

 

「そうだそうだー!」

 

 みくの言葉に賛同するように腕を振り上げる莉嘉と杏……って、あれ?

 

「今、声が一人分多かったような……」

 

 そんな違和感を覚えたのは私だけじゃなかったらしく、卯月や未央、そしてストライキを行っている張本人であるみくたちも首を傾げていた。

 

 一体誰がと疑問に思いつつ、しかしその声の張本人はすぐ見つかることとなる。

 

 

 

 彼はバリケードのすぐ向こう、みくたちの隣にシレッと混ざっていたのだ。

 

 

 

「我々は要求するー!」

 

 

 

 ――というか、良太郎さんだった。

 

 

 

『周藤良太郎っ!!??』

 

 

 

 その場にいた全員の驚愕の声が、窓ガラスを揺らさんばかりに響き渡った。

 

 

 

「……え、本当に何でいるの?」

 

 

 




・用意することは容易
これぐらいサラッと楓さんにも言わせれればいいのに……(他人事)

・アイ転版セクシーギルティ
正直婦警の格好を見てみたいという理由だけで拓海を参加させました。
次回もちょっとだけ出番はあるんじゃよ(亀仙人並感)

・堀裕子
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。パッション。
自称サイキックで実はガチサイキックの可能性が微レ存な16歳。
基本的にアホの子扱いされるが、とりあえずアニデレ第五話はよくやったと褒めざるを得ない。

・及川雫
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。パッション。
アイマスキャラでトップの胸囲を誇るB105な16歳。
初登場時、そのバストサイズと特訓後の衣装と趣味・搾乳に全国のPの度肝を抜いた。
なお抜いたの度肝だけではなく(以下削除)



 何やらストライキに他事務所のトップアイドルが混ざっておりますが、問題ありません(白目)

 こうなった経緯その他諸々は次回になります。



『サンシャイン第三話を視聴して思った三つのこと』
・……え、理事長っ!?

・B80で成長していない!? 泣いている72だっているんですよ!

・俺氏、ファーストライブで無事感涙


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Lesson127 Where are my glass slippers? 3

話はほんのちょっと遡ります。


 

 

 

「ところで、良太郎さん遅いわねぇ」

 

 そろそろ休憩を終わって自主練習を再開しようかと立ち上がったところで、まゆは「一体どうしたのかしらぁ」と頬に手を当てながら溜め息を吐いた。

 

 相も変わらずリョータローさんのスケジュールを把握しているらしく、曰く今日は収録を終えたら明日の雑誌の取材の軽い打ち合わせのために事務所に戻ってくるそうだ。

 

 リョータローさんも今日はアタシたちがこうして事務所で自主練習をしていることを知っているので、個人的にはこーいう時に決まって買ってきてくれるお土産に期待したいところではあるのだが。

 

「リョータローさん、ちょっと寄り道してくるってさっきメッセージ入ってたよ?」

 

「……え?」

 

 アタシの言葉に、まゆの表情が固まった。

 

 というのも、先ほど123プロのグループメッセージにリョータローさんから『346プロの知り合いと少し話をしてくる』という旨の書き込みがあったのだ。

 

「でも意外ですね。まゆさんが良太郎さんからのメッセージを見逃すなんて」

 

「まゆは基本的に授業中とかレッスン中は携帯の電源切る真面目ちゃんだからねー」

 

 この間一緒に電車に乗る機会があったのだが、わざわざ乗る直前に電源を切っているのを見て『本当に自分と同じ今どきの女子高生か』と唖然としてしまった。

 

「………………」

 

「……ま、まゆ?」

 

「ま、まゆさん?」

 

 それはそうと、無言のまゆが怖い。

 

 咄嗟に志保を盾にするために押し出そうと腕を掴むが、志保も全く同じことを考えていたらしく反対の腕で掴まれた。

 

 しかし、別にまゆの目のハイライトが消えているわけではなかった。よくよく見ればまるで涙のように光るものが目の端に……涙?

 

 

 

「……ふえぇ……」

 

「「ちょっ!?」」

 

 

 

 泣いた!? え、マジで!?

 

「もう良太郎さんに顔向け出来ません……」

 

「いやいやいや、それだったら殆どの人がリョータローさんに顔向けれないから! 世界中の人がリョータローさんから顔を背けないといけなくなるから!」

 

「そ、それにそういうのは恵美さんの専売特許ですよ」

 

「今はそーゆーのいーから!」

 

 その後、美優さんが差し入れに軽食を持ってきてくれるまで志保と二人でワタワタと慌てながらメソメソと涙を流すまゆを慰めるのだった。

 

 

 

 

 

 

「突然だが鷹富士、『服を着たまま水着に早着替え』が得意だと小耳に挟んだんだが」

 

「見せませんよー?」

 

「先回りされた……じゃあ姫川でいいや」

 

「コープの快進撃を止めれるなら着替えてあげてもいいよ」

 

「貯金二十ですからね」

 

「もうキャッツ優勝のためには悪魔に魂を売るしかないんだよ……!」

 

「その覚悟はいいが、その割に売る対価が微妙に安くないか?」

 

 そもそもサラッと人を悪魔扱いしたなコイツ。

 

「周藤君だったらそれぐらいの対価でいいかなーって」

 

「随分と安く見られてるなオイ」

 

 いやまぁ確かに濡れ透けを見てしまった対価として伊織ちゃんたちに駄菓子やらアイスやらを奢ったことはあったが、あれは後輩補正もかかった結果であって……。

 

「ねぇ周藤くぅん」

 

「私たちぃ、カフェテリアでケーキが食べたいなぁ」

 

「よーし俺に任せろー!」

 

((安い))

 

 二人揃って前屈みになって腕で大乳を挟み込んで上目遣いをされてしまっては断れるわけがなかった。

 

 

 

 さてさて、ひょんなことから収録のスタジオでたまたま姫川と鷹富士の二人に再会した俺は、彼女たちに付いて346プロダクションの事務所へとやって来ていた。

 

 他事務所のアイドルがそんなにひょいひょいと中に入っていいのかと言われそうではあるが、逆に身元がしっかりとしているので東豪寺本社に出向いた時のようにちゃんと手続きをすれば問題はない。加えて今回は今西さんに事情を話して特別許可を出してもらった。後で直接お礼に行かないと。

 

「それにしても本当に久しぶりですね、周藤君」

 

「だな。卒業後の同窓会以来だから……一年ぶりぐらいか」

 

「私は前に始球式に連れていってもらったから半年ぶりかな」

 

 ホント、あの後『アイドルになった』の連絡を受けた時はスゲー驚いた。そしてさらに鷹富士までシレッとアイドルデビューしてるし。

 

 結果として俺たちの母校は計らずも三人のアイドルを排出したことになったわけだ。

 

「ここまで来ると、まだ増えてもおかしくなさそうですよね」

 

「隣のクラスだったダチャーンこと原田(はらだ)美世(みよ)とかどーだろ?」

 

「いーや、意外なところで一個下の学年だった藤居(ふじい)(とも)がなったら面白そうじゃないか?」

 

「私たちが三年の時の新入生の中でも話題になった速水(はやみ)(かなで)ちゃんも忘れちゃいけませんよ」

 

 

 

「「「って、そんなわけないかー!」」」

 

 

 

 アッハッハと三人で笑う。そんなに出来すぎたことがあってたまるかってんだい。

 

「それにしても、カフェテリアまであるとはマジでデカイよなぁこの事務所」

 

「事務所の感想ならせめて見上げながらしましょうよ」

 

「茄子の胸は事務所じゃないって」

 

「本当に周藤君は初期設定からブレませんね」

 

「そーいう鷹富士は初登場時から若干性格が変わったな。真っ赤になって涙目になってた鷹富士は一体何処へ」

 

「変わったんじゃなくて、元に戻ったが正しいんですけどね。全く、これだから事前に取材を怠る神様(さくしゃ)は……」

 

「二人の会話が異次元だ……」

 

 そんなお約束(胸ネタ)に次ぐお約束(メタネタ)はさておき。

 

 流石日本の老舗芸能事務所なだけはある広大さだった。魔王の三人の1054もデカイことにはデカイが、あっちはあくまでも東豪寺の本社であるのに対し、こちらは芸能部門のみでこのデカさである。

 

 話によると、カフェテリアの他にも専用の撮影スタジオやスパ、さらにマッサージやエステまで完備されているとか。テナントのワンフロアで大きすぎるとか言ってた俺たちが完全に井の中の蛙だった。

 

 閑話休題。

 

 本当にケーキを奢るためカフェテリアへとやって来た俺たちは、天気も良かったので屋内ではなくオープンテラスの一角を陣取った。

 

「この際だから一番高いやつにしよーっと」

 

「遠慮は期待してなかったさ」

 

「菜々ちゃーん!」

 

「はーい!」

 

「ん?」

 

 何やら聞き覚えのある名前と声が聞こえたと思ったら、見覚えのあるエプロンドレスの少女がこちらにやって来た。

 

「あれ、菜々ちゃん?」

 

「えっ!? りょ、良太郎さん!?」

 

 以前アニメの収録現場で一緒になった菜々ちゃんが何故かカフェテリアで店員をやっていた。

 

「ど、どうして346の事務所に良太郎さんが?」

 

「高校の同級生のこの二人に誘われて遊びに来た。そーいう菜々ちゃんは、どーしてこんなところで店員やってるの?」

 

「せ、生活費の足しにしようと少々アルバイトを……」

 

「はぁ、まだ高校生なのに偉いねぇ」

 

 とはいえ、彼女もまた転生者ならば前世で働いた記憶ぐらいはあるんだろうな。だからこそ自立したいという気持ちも強いのだろう。分かるよ、その気持ち。

 

 とりあえず、直接菜々ちゃんの助けになるかどうかは分からないが俺も少々高めの注文をすることにしよう。

 

「そういえば良太郎君、私たちは名字で呼びますけど、初対面の女の子も割と普通に下の名前で呼びますよね」

 

「そー言われてみればそーだね。何か線引きでもあるの?」

 

「まぁ単純にアイドルとして接しているかクラスメイトとして接しているかの違いだな」

 

 アイドルとして接する場合は……なんかこう、王者の風格を損なわない的な? アイドルの王様なのに名字呼びは何か違うんじゃない的な?

 

「全体的に理由がフワッとしてますねぇ」

 

「逆に言うとお前らが特別なんだよ。お前らはアイドルとしてでなくクラスメイトとして俺を扱ってくれるからな」

 

「いや、どっちかというとアイドルとして扱えなかったが正しいんだけどね?」

 

「学校での様子を見る限り、アイドル要素は何処にもありませんでしたからねぇ」

 

 まぁそこら辺は自分でも同意せざるを得ない。

 

「でも私たちも今はアイドルなわけだし、同じ立場になったんだから名字呼びも変じゃないかな」

 

「遠慮せずに、私たちも名前で呼んでくれていいんですよ?」

 

 二人がそう言うのであれば。

 

「んじゃ、改めてよろしくな、友紀、茄子」

 

 俺がそう下の名前で呼ぶと、姫川と鷹富士は赤くなった顔をサッと逸らし――。

 

「ん、よろしくー、良太郎!」

 

「よろしくお願いしますね、良太郎君」

 

 ――たりすることは無かった。

 

 リョッピー知ってるよ、無表情の俺にニコポの才能が無くて、例え笑顔だったとしても名前を呼んで相手を照れさせるラブコメ補正が無いってこと。普通、名前を呼んだくらいで照れる女の子がいるわけないだろいい加減にしろ!

 

「ん? どったの?」

 

「いや、所詮物語のような出来事は現実に起きたりしないなぁと世の無常を嘆いていた」

 

「意味は良く分かんないけど、その物語みたいな出来事がバカみたいに頻発した高校の出身者がそれを言っちゃうんだね」

 

 まぁテロリストに占拠されて尚且つ校内の人間だけで鎮圧した高校なんて日本国内のみならず世界の何処を探しても無いだろうな。……無いよな?

 

「あとチョコレート戦争とかあったよね」

 

「あぁ、バレンタインに一部の生徒が『下駄箱にチョコを入れるという行為を阻止するために全校舎の昇降口にバリケードを張って立てこもった』っていうバカみたいな動機でアホみたいな規模に発展したアレだな」

 

 丁度あんな感じにバリケードを張って……って、あれ?

 

「えっと、今日は何か事務所内でイベントでもあんの?」

 

「え、無いけど」

 

 じゃあ何故、いつの間にかあのカフェテリアの一角に立派なバリケードが張られているのだろうか。

 

 

 

「「「我々は、ストライキを決行するー!」」」

 

 

 

 って、あれは……みくちゃんと莉嘉ちゃんと杏ちゃん?

 

「あれ? 確か……シンデレラプロジェクトとかいう新しい企画の子たちですよね?」

 

「何、ストライキ?」

 

 鷹富士と姫川改め、茄子と友紀も首を傾げている。

 

 アイドルが事務所内でストライキとは一体何事だろうか。

 

「って、良太郎、何で立ち上がるのさ」

 

「ちょっと面白そうだから行ってくる」

 

「「え?」」

 

 一応何があったのだろうかと心配になったという名目もあったが、面白そうだからというのも本音である。

 

 というわけで、他の人が三人に気を取られている内にコッソリと背後へと忍び寄るのだった。

 

 

 

 

 

 

おまけ『123プロメッセージ履歴』

 

 

 

りょうたる:高校の同級生と遭遇。久しぶりに少し話そうってことになったから346の事務所までホイホイ付いていく

 

社長:おい、他事務所のアイドル

 

りょうたる:えぇい! とめてくれるなおっかさん!

 

るーみん:背中の銀杏が泣いている

 

三船美優:男東大どこへ行く

 

チャオ☆:その返しが咄嗟に出るとは流石は東大卒業生

 

鬼ヶ島羅刹:一昔前ってレベルじゃねーけどな

 

†Kirito†:そのネタが分かる僕らも大概だけどね

 

めぐみぃ:まゆが寂しがるから早く帰ってきてくださいねー

 

しほ:他事務所に迷惑をかけないようにしてくださいよ

 

りょうたる:ストライキなう

 

社長:……は?

 

 

 




・真面目ちゃんなまゆ
原作でもPが絡まなければ良い子なので、これぐらいは普通にしてそう。優等生というか純粋ですね。……純粋ですよ?

・「……ふえぇ……」
自分の知らない良太郎の情報を誰かが知っていた場合は嫉妬オーラが発動しますが、今回まゆが知らなかったのはあくまでも『まゆの過失』であるため、嫉妬しませんでした。

・『服を着たまま水着に早着替え』
劇場738話より。
なお隠し芸披露の様子が見れないバグが発生しておりますが、復旧されるのはいつなんですかね。

・コープの快進撃
・貯金二十
※この作品はフィクションであり、実在する人物、団体等とは一切関係ありません

・原田美世
・藤居朋
・速水奏
三人ともデレマスキャラですが、いずれも登場予定キャラなので詳細はその時に。
そしていつものことながら、出身地とかはつっこんではいけない。

・リョッピー知ってるよ
安易なラブコメに走ると逆に読者が離れるってこと()

・チョコレート戦争
以前にも触れましたがこんな内容です。例の如く文章化の予定はないです。

・おまけ『123プロメッセージ履歴』
りょうたる → 良太郎。元ネタは氷菓のほうたる
社長 → 幸太郎。そのまんま
るーみん → 留美さん。そのまんま
三船美優 → 美優さん。性格的にニックネームとか登録しなさそう
チャオ☆ → 北斗。割と本人もネタとして言ってそう
鬼ヶ島羅刹 → 冬馬。実は気にいっているらしい
†Kirito† → 翔太。「 」(くうはく)とどっちにするか迷った。
めぐみぃ → 恵美。そのまんま
しほ → 志保。そのまんま

・とめてくれるなおっかさん!
逆に知っている方が圧倒的マイノリティ。



 前回セクギルの出番があると言いましたが、思いの外同級生組の会話が長引いたため次回になりました。

 そして次回は良太郎のくだらない要求を右から左に聞き流しつつ、みくにゃんの本題に入ります。



『サンシャイン第四話を視聴して思った三つのこと』
・開幕ロリまる

・会長でスクールアイドル……あとツンデレでポンコツなところも似てるな(白目)

・次回タイトルで既にオチてるじゃねーか!


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Lesson128 Where are my glass slippers? 4

久しぶりに四話で終わらなかったゾ……。


 

 

 

「くすん……」

 

「もー、いきなり泣き出してビックリしたよー」

 

「本当ですよ……」

 

 まゆがよーやく泣き止んだので、美優さんが差し入れてくれたサンドイッチを三人で食べる。休憩時間は延長してしまったが、どのみちまゆがこんな調子では無理そうだし。まぁ、あくまでも自主練習だから少しぐらいいいだろう。

 

「これからは良太郎さんのメッセージを見逃さないように肌身離さず持ち歩きます……」

 

 まぁ結局電源を落としていたら意味がないのだけど。

 

「その良太郎さんなんですけど、今度は意味不明なメッセージを送ってきてるみたいなんですが」

 

「え?」

 

 志保に言われてメッセージを覗いてみると、そこにはリョータローさんからの『ストライキなう』の文字が。確かに意味が分からない。

 

「ストライキって……仕事を休んで抗議するやつだよね?」

 

「個人や集団で行うものはストライキではなくボイコットだったような気もしますが、多分それだと思います」

 

 「詳しいねー」「丁度社会の授業で習ったばかりだったので」というやり取りを志保と交わし、さてこれはどーいう意味なのかと首を傾げる。

 

 リョータローさんが要求することも気になるが、そもそも346でストライキする意味も分からない。仕事を休むって、他事務所でそれを言い出したところで何になるのだろうか。

 

「ねーねーまゆー、まゆならこれどーゆー意味か分かる?」

 

 リョータローさんのことならばまゆに聞けばいいだろうと、とりあえずまゆに話を振ってみる。

 

 

 

「……ふぐぅ……」

 

「「だからー!」」

 

 

 

 ダメだ、今のまゆは先ほどの一件で脆くなって使い物になりそうにない。とりあえずまゆにも分からないイレギュラーな行動だということは分かった。

 

 何してるのか分かんないけど早くリョータローさん帰ってこないかなーと嘆息しつつ、サンドイッチを食べながら空いた反対側の手でまゆの頭を撫でるのだった。

 

 

 

 

 

 

「ななな、何で良太郎さんがこんなところにいるにゃ!?」

 

「わー! 良太郎さんだー!」

 

「うげ、周藤良太郎……」

 

 驚愕するみくちゃん、喜色満面な莉嘉ちゃん、そして露骨に嫌そうな顔をする杏ちゃん。嫌そうな顔されるのは麗華やりっちゃんで慣れてるけど、まだそれほど親交が無い杏ちゃんにそれをされるのは地味に傷つくぞー。

 

「君たちが何やら面白そうなことしてたからね。ついでだから俺も参加させてもらおうかと思って」

 

「ついでって」

 

 ニパーッと笑う莉嘉ちゃんの頭を撫でながら周りを見渡すと、当然の事ながら俺の登場にギャラリーたちがざわつき始めていた。芸能事務所だけあって、よくよく見ると見たことある顔や知り合いの顔が多数あった。例えば知り合いでいうと他のプロジェクトメンバーと一緒にいる呆れ顔の凛ちゃんとか、クスクスと楽しそうに笑っている楓さんとか、驚いた顔で頬を掻いている夏樹ちゃんとか。

 

「いや、そっちもそうだけどそもそも何で346の事務所に他事務所のアイドルがいるのかってことを聞いているにゃ……」

 

「拡声器借りるねー」

 

「聞くにゃ」

 

 杏ちゃんから受け取った拡声器を聴衆に向ける。

 

『俺がここに立たせてもらった理由は、貴方たち346プロダクションに対して言いたいことがあるからだ』

 

 俺のその発言に、聴衆のざわつきがより一層大きくなった。現在業界の頂点たる『周藤良太郎』がそんなことを言い出したのだから無理もないだろう。

 

『それは恐らく、簡単には受け入れられる要求ではないだろう。けれど、俺は世間の声を代弁するつもりでこうして拡声器を取らせてもらった』

 

 そう、俺が要求することはただ一つ……!

 

 

 

『――セクギルことセクシーギルティの露出の多い仕事をもっと増やして欲しい!』

 

 

 

『……はぁ!?』

 

 その場にいた全員の声が揃った。

 

「この人は一体何を言いだしているにゃ……」

 

『ここに、セクギルに関するつぶやきをまとめたサイトがある』

 

 スマフォを取り出してまとめサイトを開く。

 

 このサイトによれば、なんでもセクギルの三人は先ほどまで交通安全強化週間のイベントに参加しており、そこで何と拓海ちゃんと雫ちゃんの服のボタンが弾け飛ぶという素晴らしいハプニングが起こったらしいのだ。

 

 しかし、そのハプニングを実際に見ることが出来たのは至極僅か。その場にいたにも関わらず見逃した人や、そもそもその会場に居合わすことが出来なかった人の嘆きのつぶやきがまとめサイトに溢れかえっていた。かく言う俺もその一人。

 

『その素晴らしい光景を目にすることが出来なかった大勢の人の無念を晴らすために、俺はそれと同等レベルで露出の多い仕事をセクギルに……主に拓海ちゃんと雫ちゃんに要求する!』

 

「なんてくだらない……そんな要求飲まれるわけ――」

 

 

 

「よし分かった! その要求飲もうっ!」

 

 

 

「何言ってんだてめえええぇぇぇっ!!?」

 

 その叫び声は件の拓海ちゃんだった。見ると、何やらスーツ姿の男性の胸倉を掴み上げている。先ほど要求を飲むと応えたのは彼で、恐らくセクギルの担当プロデューサーだろう。

 

「くっ! すまない拓海! 俺だって本当はこんなことしたくないんだ! だがあの周藤良太郎に言われてしまえば俺は首を縦に振る以外の選択肢はない! だから諦めてこの夏は雫と一緒にアイドルだらけの水着相撲大会へ出場するんだ!」

 

「はぁっ!?」

 

「いやー残念だなー! 本当はこんなことしたくないんだけどなー! 周藤良太郎に言われちゃしょうがないよなー!」

 

「せめてその棒読み止めてもうちょっと申し訳なさそうな素振り見せろやあああぁぁぁ!」

 

「水着相撲大会ですか~? なんだか楽しそうですね~」

 

「……あの、何故同じメンバーなのに私の名前だけ呼ばれなかったんでしょうか……」

 

 他意は無いよ、うん。

 

 

 

「あ、あの~、困るんですけど~……」

 

 そんな風に戯れるセクギルとプロデューサーの姿を楽しんでいると、お盆を抱えた菜々ちゃんが困惑した表情を浮かべていた。どうやら注文を受けて飲み物を取りに来たらしいのだが、カウンター付近にバリケードを張ってしまったため注文が作れないようだ。

 

「注文は?」

 

「えっと、アイスティーとカプチーノなんですけど……」

 

「うにゃ……アイスティーならみくにも何とかなるけど……」

 

 まぁ普通の女子高生がカプチーノなんて淹れたことないわな。

 

「いいよ、それは俺がやるから」

 

「「「え?」」」

 

 俺がそう申し出るとみくちゃんや菜々ちゃんだけでなく杏ちゃんまで意外そうな声を出した。

 

「えっと……良太郎さん、コーヒー淹れられるの?」

 

「まぁね」

 

 伊達に喫茶店経営の一家と家族ぐるみの付き合いしているわけじゃない。これでも一応士郎さんから一通りの淹れ方をレクチャーされており、人に出しても恥ずかしくないレベルにはなっていると士郎さんから太鼓判を押されたぐらいだ。

 

 自宅や翠屋ではなく346プロのカフェテリアなので少々勝手が違うものの、とりあえず知っている道具ばかりで一安心。さっそく取り掛かることにしよう。

 

「んじゃ今から淹れるから、ちょっと待っててねー」

 

「は、はい!」

 

 先にみくちゃんが淹れたアイスティーをお盆に乗せ、菜々ちゃんはお客さんの下へと向かった。

 

「さてと。少しばっかり時間が出来たから、みくちゃんたちがストライキなんか起こした理由でも聞こうかな」

 

「……あっ!? そう言えばまだみくたちの要望何も言ってなかったにゃ!?」

 

 その前に俺が乱入しちゃったからなぁ。乱入ペナルティー2000ポイントダメージが無くて良かった。

 

「今からでも遅くないにゃ! みくたちの要望を伝えて……!」

 

「遅いと思うけどなぁ」

 

 全自動ミルは便利だけど味気ないなぁと思いながら豆を挽きつつバリケードの外に視線を向ける。

 

 先ほどのセクギルに対する要望が色んな所に飛び火したらしく、何故か知らないが村上(むらかみ)(ともえ)ちゃんと結城(ゆうき)(はる)ちゃんの両名も巻き込まれて拓海ちゃんや雫ちゃんと一緒に『セクシーでかわいいどうぶつコスプレショー』に参加する流れになり大騒ぎになっていた。

 

「あっちもしばらくかかりそうだよ。ほら、こっちに座って座って」

 

「……ふにゃぁ……みくたちのストライキが……」

 

 がっくりと項垂れながらみくちゃんはカフェテリアのカウンターに突っ伏してしまった。

 

 莉嘉ちゃんと杏ちゃんもカウンターに座り、ついでなので三人にもオレンジジュースを出してあげることにする。勿論後で俺の伝票に追加しておこう。

 

「それで、みくちゃんと莉嘉ちゃんはどうしてストライキなんてしようと思ったの?」

 

「あれ、杏には聞かないの?」

 

「さっき週休八日を要求してたじゃん」

 

 間違いなくこちらの二人とは別の要求だと判断したのでスルーさせていただく

 

「あのねー、アタシたちもCDデビューしたかったの」

 

「CDデビュー?」

 

 確か凛ちゃん・卯月ちゃん・未央ちゃんの三人と新田さん・アーニャちゃんの二人がそれぞれユニットとしてデビューするんだっけ。

 

「凛ちゃんたちばっかりズルかったから「アタシたちもCDデビューさせて!」って何度もプロデューサーにお願いしたんだけど、いつも「現在、企画検討中です」としか答えてくれないの」

 

 チューッと不満そうな顔でオレンジジュースを飲む莉嘉ちゃん。

 

「みくちゃんも同じ理由ってことでいいの?」

 

「……うん」

 

 項垂れたまま頷く猫耳が取り外された猫耳少女の頭頂部を見つつ、内心で首を傾げる。

 

(企画検討中ってことは「そのうちデビューさせます」って言ってるようなものだと思うんだけどなぁ)

 

 ただ単に検討中ではなく『企画』検討中と返答したのであれば、それはデビューさせることを前提としているような気がするのは俺だけなのだろうか。

 

 そもそも『シンデレラプロジェクト』として企画を立ち上げておいて、そのメンバーのデビューは無しなんて馬鹿な話があるのだろうか。

 

(これは武内さん、言葉と対応を間違えたな)

 

 全く、あの人有能なのに変なところで抜けているというか、口下手というか……。

 

 多分これだけ大きな騒ぎになっているから、武内さんがこちらに来るのも時間の問題だろう。寧ろこれで来なかったら逆に事務所にいないと判断していいレベルである。

 

 それまでにみくちゃんたちの誤解を解いておいて――。

 

 

 

「……ねぇ、良太郎さん……みくと凛ちゃんたち、何が違うの……?」

 

 

 

 ポツリ

 

 

 

 ――カウンターに落ちた一粒の涙に、口を噤んでしまった。

 

 

 




・ストライキではなくボイコット
本来ストライキは『労働組合が行う抗議活動』らしいので、みくにゃんたちがやっていたのは正しくはボイコットという揚足取り。

・ふぐぅ
この作品のまゆちゃんは123所属なので、ハイライトオフ仲間の泰葉や正気に戻すためにチョップしてくる智絵理はいません。

・良太郎の要求
だいたい皆さんの予想通りの要求。

・セクギルP
チャンピオン版のPも考えたのですが、やっぱり拓海のPはこうでないと()
そして早苗さんの代わりに拓海が入ったことで他のセクギルメンバーにも飛び火が。
ゆっこは……あぁ、うん。

・コーヒー
一応自分でも豆は挽けるけど、結局士郎さんの挽いた奴が一番だからあまり自分では挽かないという裏設定。
(今後活用する機会は)ないです。

・乱入ペナルティー2000ポイントダメージ
この設定、結局社長VS長官の時にしか上手く活用されてなかったような……。

・村上巴
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。パッション。
何やら実家から堅気の匂いがしない広島弁な13歳。
多分コープファンで、今はユッキと仲悪そう(適当)

・結城晴
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。クール。
サッカー大好きオレっ娘な12歳。
黒バニーも白バニーもどちらも可愛いと思いましたウサミンのファン辞めます。

・『セクシーでかわいいどうぶつコスプレショー』
シンデレラ劇場内にてお馴染みのイベント。
元々雫と莉嘉が参加しており、結局巴と晴は未遂に終わったようだが、単行本の書きおろしにて拓海と美優さんが無事(?)参戦を果たした。

・企画検討中
少なくとも作者にはそう聞こえた。そうじゃなかったとしても、やっぱり武内Pは言葉が少なすぎる気がする。



 久しぶりにエクストラステージな五話目に続きます。

 良太郎も久々に先輩しますよーするする。



『サンシャイン第五話を視聴して思った三つのこと』
・また千歌ちゃんが女の子口説いてるよ……。

・あぁ^~ルビィちゃんと一緒にリトルデーモンになるんじゃ~

・今回で心の古傷が開いた人、手を挙げて~ ノ


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Lesson129 Where are my glass slippers? 5

文字数いつもより多いのに最後駆け足気味になってしまった……。


 

 

 

「……はっ!? 良太郎さんの気配!?」

 

 美優さんが持って来てくれたサンドイッチを食べ終えそろそろ練習再開しようかという流れになったのだが、不意にまゆがそんなことを言いながら立ち上がった。

 

「……またですか、まゆさん」

 

 はぁと溜息を吐く志保。突然そんなことを言い出したにも拘らず驚きではなく呆れが先に来る辺り、もう慣れたものである。

 

「毎回思うんですけど、まゆさんのそれは何なんですか本当に」

 

「勿論、良太郎さんへの『愛』よぉ」

 

 キリッっと決めたつもりなのだろうが、口の端にパンのカスが付いているので全く締まらない。アイドルとしての才能と女子力とリョータローさん関連の事柄はハイスペックなのにも関わらず基本的にポンコツだよなぁ、この子。

 

 それを指摘されたまゆが顔を赤くしながら鏡を見て口元を拭っていると、ガチャリとレッスンルームの扉が開いた。

 

「ただいまー。練習は順調かね少女たちよ」

 

「お帰りなさぁい! 良太郎さぁん!」

 

 アタシたちの前髪が揺れる風が巻き起こる勢いでリョータローさんの下へと駆け寄っていくまゆ。本当もう我が親友のことながら犬にしか見えない。一体何回「本当に恋愛感情は無いのか」と突っ込めばいいのだろうか。

 

「あ、そーいえばリョータローさん。あのメッセージどーゆー意味だったんですか?」

 

「『ストライキなう』だけじゃ全く意味が分かんないんですけど……」

 

「んー、そのままの意味なんだけど」

 

 ということは、346の事務所内でストライキが起きたということでいいのだろうか。

 

「俺もそのストライキに参加したんだよ。……みんなの希望を護るために、ね……」

 

「りょ、良太郎さん……!」

 

 無表情ながら雰囲気的にキリッとしているような気がするリョータローさんにウットリとした表情を浮かべるまゆ。

 

((嘘くさいなぁ……))

 

 一方、アタシと志保は全く信じていなかった。

 

 

 

「……ま、本当に護れてたかどうかは微妙なところだったんだけどね……」

 

「? どうかしましたかぁ?」

 

「ん、何でもないよ」

 

 

 

 

 

 

 みくたちがストライキを始めて立てこもったと聞いて駆けつけてみたら、いつの間にか良太郎さんオンステージになっていた件について。

 

「なーんか、すっごいカオスなことになってきちゃったね~」

 

「み、みくちゃんたちがストライキを始めた時より大騒ぎになってます……」

 

 カフェテリア前で巻き起こっている騒動に未央は呆れながら頬を掻き、智絵理は目を丸くしていた。

 

 しかし良太郎さんが引っ掻き回してくれたおかげでどうやら事態は収束しそうである。いやまぁ現在進行形で別の騒動が起きていることに関しては目を瞑ろう。担当アイドルに卍固めをかけられて喜んでいるプロデューサーなんていなかった、いいね?

 

 そして本来の騒動の根本であるはずのストライキの方なのだが、少し目を離した隙に何故かカフェテリアのカウンターの向こうに良太郎さんが入っており、その目の前のカウンターにストライキ中の三人が座ってオレンジジュースを飲んでいた。

 

 何があったのかは知らないがどうやら三人とも気を抜いているようだ。今ならば気づかれずに近づくことが……ん? 何か様子が……。

 

「………………」

 

「あ、今なら三人に近づけるんじゃない?」

 

「あ! ホントだにぃ! じゃあきらりたちで杏ちゃんたちを――!」

 

「待って」

 

 バリケードに近づこうとしたきらりの腕を掴んで止める。何となくこの子なら私ぐらい簡単に振り払えるような気もしたが、そんなことせずにきらりはしっかりと止まってくれた。

 

「うきゃ? 凛ちゃん、どーかしたのかにぃ?」

 

「しぶりん?」

 

「……ちょっとだけ待ってくれないかな。多分、良太郎さんが何とかしてくれると思うから」

 

 くだらない要求を口にしてこれだけの騒動に発展させてしまうような人ではあるのだけれど……何となく、良太郎さんがみくたちのストライキを解決してくれるような気がした。

 

「……んっふっふ~、なんだかんだ言って、しぶりんもお兄ちゃんっ子ですなぁ」

 

「未央、私はグーで殴ることに躊躇いはないよ」

 

「怖いって!?」

 

 

 

 

 

 

「みく、ちゃん……?」

 

「……みくね、シンデレラプロジェクトのオーディションに受かって凄く嬉しかった……これでみくもアイドルになれるって……」

 

 俯いて見えない彼女の目から零れ落ちた涙の雫がポツリポツリとカウンターを濡らす。

 

「レッスン頑張って小さなお仕事頑張ってたら……いつかデビューできるって信じてた。……でも、凛ちゃんたちは他の事務所のトップアイドルに注目されるぐらい前に進んでるのに、みくはどんどん置いてかれて、放っておかれて……」

 

「他の事務所のアイドルに……?」

 

 この言い方からすると俺じゃないよな……あっ、もしかして春香ちゃんたち!?

 

 「客席で凛ちゃんたちと同じ企画に参加してる子たちと仲良くなった」とは聞いてたけど、まさかそんな風に思われるとは考えていなかった。

 

 ……いや、ちょっと考えれば気が付けたはずだ。他ならぬ俺自身が散々『トップアイドルが与える影響』について注意していたのだから。勿論、春香ちゃんたちを過小評価していたわけではない。恐らく『周藤良太郎』が与える影響ばかりに目を取られて視野狭窄になっていたのだろう。

 

「ねぇ、良太郎さん……みくと凛ちゃんたちの何が違うの? もっと頑張ればいいの? もっとってどれぐらい?」

 

 両側の莉嘉ちゃんと杏ちゃんが心配そうに見守る中、肩と声を震わせるみくちゃん。

 

「みく全然分かんない……このままは嫌……みくもアイドルになりたい……デビューしたい!」

 

「………………」

 

 少女の慟哭に対して伏せそうになってしまった目を無理やりこじ開ける。今ここで目を逸らす資格も権利も俺は持っていない。

 

 どれだけ「アイドルを護る」だとか「誰も傷つけない」だとか口にしたところで、結局またこれだ。

 

 本当に、自分の詰めの甘さが嫌になる。

 

「……まず謝らせてほしい。ゴメン、みくちゃん」

 

「……え……?」

 

「みくちゃんが言ってるのは、多分765プロの春香ちゃんたちのことだよね?」

 

「う、うん……」

 

「春香ちゃんたちに凛ちゃんたちの様子を見に行ってほしいって頼んだのは俺なんだ」

 

「えっ!? そーだったの!?」

 

「その日は仕事で行けなくてね」

 

 莉嘉ちゃんが驚きの声を上げる。顔を上げたみくちゃんも目を丸くしており、一方で杏ちゃんは「何となくそんなよーな気はしてた」とストローを咥えていた。

 

「勿論、凛ちゃんたちのこれからを期待して春香ちゃんたちに頼んだのは間違いない。でもそれはあくまでも凛ちゃんが俺にとって妹のような存在だからであって、今の凛ちゃんたちが『アイドル』として特別というワケじゃない」

 

 凛ちゃんたちには少々キツい言い方になってしまうかもしれないが、正直俺たちのレベルからしてみたら凛ちゃんたちとみくちゃんに大きな違いなんてない。冬馬風に言わせてもらうと「はっ、所詮おめーらは卵の皹の有無ぐらいの違いしかねーんだよ」といったところか。

 

「だからみくちゃんには誤解をさせて焦らせてしまったことに対して謝罪させてほしい。……本当にゴメン」

 

「そ、そうだったんだ……で、でも、みくがデビューしたいのは本当で……!」

 

 一瞬だけホッとしたような雰囲気を見せたみくちゃんだったが、すぐに自分が要求したかったことを思い出して立ち上がった。

 

「それも多分誤解だよ。みくちゃんはちゃんと武内さんに聞いたの?」

 

「も、勿論――!」

 

「『早くデビューさせて』じゃなくて『本当にデビューさせてくれるのか』って?」

 

「――あ……」

 

 ポロリと。目から涙と一緒に鱗が落ちたようだった。

 

「『早くデビューさせて』って聞き方したら、そりゃ武内さんだって返答に困るよ。『企画検討中』っていうのは、文字通り企画を検討している段階なんだからね」

 

「……そ、そんにゃ……」

 

「えー!? それじゃあ、全部みくちゃんの勘違いだったってことなのー!?」

 

「ふにゃぁ……!?」

 

 莉嘉ちゃんの悪気のない一言にノックアウトされ、みくちゃんは再度カウンターに突っ伏してしまった。僅かに覗く耳が真っ赤になっており、莉嘉ちゃんの言う通り全部自分の勘違いだったことが相当恥ずかしいらしい。

 

「杏ちゃん、もしかして全部気付いてたんじゃないの?」

 

「なんのことー? あんずしらなーい」

 

 わざとらしい棒読みだなぁ。やっぱりこの子、口や態度はアレだけど多分恐ろしく頭が良い気がする。

 

「とにかく、焦っちゃダメだよみくちゃん。小さなお仕事を頑張ってれば絶対に、とは言えないけど。それでもデビューが早いからっていいワケじゃないんだから」

 

 その辺のことをしっかりと考えるために俺たちアイドルには『プロデューサー』という存在がいるのだから。

 

「でもまぁ、誤解させてしまったことに関しては全面的に俺が悪かった。お詫びになるかどうかは分からないけど、みくちゃんの初ステージは俺も見に行かせてもらうよ」

 

「えっ!?」

 

「やっぱりお詫びにはならないかな?」

 

「そ、そんにゃ! 良太郎さんが来てくれるのはすっごい光栄だけど……!」

 

 

 

「でも良太郎さん、また仕事だったらどうするの?」

 

 

 

「「………………」」

 

「? 杏ちゃん、アタシ今何か変なこと言った?」

 

「言ってないよー。いやぁ、無邪気故の正論だね」

 

 文字通りぐうの音も出ないぐらいの正論だった。

 

 えぇい! しかし俺は取り消さんぞ!

 

「初ステージは無理でも、絶対に一回は見に行く! こうなったらプロジェクトメンバー全員のライブを見に行ってやろうじゃないか!」

 

「ふにゃ!?」

 

「えー! ホントにー!」

 

 正直ヤケクソ気味ではあったが、それでもこうなったら乗りかかった船だ。

 

 

 

「約束する。この周藤良太郎がシンデレラプロジェクトの行く末をしっかりと見届けよう」

 

 

 

 

 

 

「ま、前川さん、城ヶ崎さん、双葉さん……!」

 

 ようやく出来上がったカフェラテ(目の前にいたのでふと思いついて描いた猫のデコラテ)を菜々ちゃんに渡していると、騒ぎを聞きつけた武内さんがようやく駆けつけてきた。

 

「ほら、みくちゃん。今度はちゃんと真っ正面から聞くんだよ」

 

「う、うん」

 

 おずおずと武内さんの下へと向かうみくちゃんの背中を見送りながら、俺は溜息を隠さずにはいられなかった。

 

「お疲れー良太郎」

 

「お疲れさまです、良太郎君」

 

「姫川……じゃなくて、友紀、茄子」

 

 事の成り行きを黙って見守っていたらしい二人がニコニコと笑いながらこちらにやって来た。

 

「何、その満面の笑顔」

 

「いやー、良太郎がちゃんと先輩してるなーって思ってさ!」

 

「高校では後輩からもお説教を受ける側でしたからね」

 

 わりと今でも年下から説教を受ける機会は多いけどとはあえて言わない。

 

 それに、今回は自分で蒔いた種の後始末を自分でしただけに過ぎない。みくちゃんの誤解だって、俺が解かなくてもいずれは自然と解決したものだ。

 

 だから、俺が今回したことなんてカフェラテを淹れながらみくちゃんに謝っただけ。

 

「そうだねー。場を混乱させてあの子たちのストライキをうやむやにしたり」

 

「しっかりと落ち着いて話を聞いてあげたぐらいですもんね。それも大事なことですよ」

 

 くそぅ、なんだこいつらの「分かってる分かってる」みたいな雰囲気は。

 

「何はともあれ、今から俺も一緒に方々に謝りにいかないと。いくらなんでも他事務所で好き勝手やりすぎた」

 

 今西さんには全力で頭を下げないとなぁと溜息を吐きながら、これ以上の混乱を防ぐために変装用の伊達メガネと帽子を装着した。

 

「良太郎さん! みくたちもちゃんとデビュー出来るって!」

 

「やっぱり。でも良かったね、みくちゃん」

 

「うん! ありがとう! 良太郎……さん……?」

 

 ん? 満面の笑みで武内さんのところから戻ってきたみくちゃんが固まった。

 

「……で、電車の……!?」

 

 そして何故か震える指先で俺を指しながら顔が真っ赤になっていく。

 

 電車のって何?

 

 

 

「ふにゃあああぁぁぁあああぁぁぁっ!!??」

 

 

 

 ドドドッ……!

 

「「「………………」」」

 

 君も謝りに行かないといけないんだよーと言う暇無く走り去るみくちゃんの後姿を、俺たちはただ見送ることしか出来なかった。

 

「……え、良太郎、あの子に何したの?」

 

「……何もしていないと信じたい」

 

 

 

 その後、真っ赤になり少々余所余所しくなりながらも戻ってきたみくちゃんも含め、莉嘉ちゃん、杏ちゃん、そして三人の監督者である武内さんに加えて俺も一緒に方々へ謝罪行脚へと向かうのだった。

 

 笑いながら「こちらこそありがとうね」と許してくれた今西さんには本当に感謝したい。

 

 

 

 

 

 

『――以上が事の顛末です。ゴメンね! テヘペロ! 良太郎より』

 

 

 

 ダダダダダッバタンッ!

 

「良太郎のバカは何処に行ったあああぁぁぁ!?」

 

「あ、社長」

 

「『やっぱりコーヒーは士郎さんのが一番だよな!』とか言いながら翠屋へ行きました」

 

 

 

 

 

 

おまけ『良太郎のお手製カフェラテ』

 

 

 

「あのー、お客様から苦情が……」

 

「え、個人的には会心の出来だったんだけど」

 

「なんでも『周藤良太郎が手ずから淹れたカフェラテなんて勿体なくて飲めるワケないだろ!』と……」

 

「……是非とも冷める前に飲んでもらいたいんだけど」

 

 

 




・ポンコツまゆ
ころめぐの反対に優等生キャラにするはずがドウシテコウナッタ……。

・卍固めをかけられて喜んでいるプロデューサー
PaPは『けが』無いから大丈夫です。

・「ふにゃあああぁぁぁあああぁぁぁっ!!??」
赤色の短編集のフラグ回収です。尚、依然として良太郎は気付いていない模様。

・「良太郎のバカは何処に行ったあああぁぁぁ!?」
伝統芸能。ようやく『部長オチ』ネタを使えて作者は満足です。

・おまけ『良太郎のお手製カフェラテ』
ブルーアイズマウンテンぐらいの値段しそう(ジャック・アトラス並感)



 これでようやく良太郎とシンデレラプロジェクトの本格的な接点を作ることが出来ましたね(肝心のみく説得シーンから目を逸らしつつ)

 良太郎のメンタルが若干弱くなっていると感じられた方もいらっしゃると思いますが『数少ない同期で何だかんだいって一番の親友と言っても過言ではない三人娘』が現在日本を離れていることが原因だったりします。しかしそれがフラグになることは(今のところ)ないです。

 さて次回はいよいよニュージェネデビュー回……の前に番外編です。久しぶりの恋仲○○シリーズをお送りいたします。



『サンシャイン第六話を視聴して思った三つのこと』
・花丸幼少期の「じゅら」が可愛すぎる件について

・困った時の堕天使

・果南「泳いできた」


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番外編23 もし○○と恋仲だったら 9

暑中見舞い申し上げます。


 

 

 

「ふひひっ……!」

 

「美嘉、キモい」

 

「なっ!? き、キモいは流石に酷いんじゃないかなっ!」

 

 昼休み。教室で一緒にお昼を食べていたクラスメイトからあまりにもあんまりなことを言われた。

 

 確かにほんの少しトリップしていたが、仮にも巷ではカリスマJKモデルと呼ばれているアイドルのアタシを捕まえてキモいは流石に酷い気がする。いや、モデルやアイドル以前の乙女としてキモいは聞き流せない。

 

「一回二回ならいつものことだから見逃したけど、流石に一日中そんな調子だったらキモいって」

 

「というか危ない人?」

 

「というか不審人物?」

 

「うぐっ……」

 

 どうやら周りは敵だらけだったようだ。

 

「ま、まぁ、勘弁してあげて。美嘉、つい最近良いことがあったみたいだから浮かれてるんだよ」

 

 唯一の味方である恵美からそんなフォローの言葉が。恵美は一つ下の学年だが私のアイドルの同期で友達ということでたまにこうして一緒にご飯を食べている。

 

「何? 良いことって?」

 

「赤城みりあちゃんとデートでもしたの?」

 

「それかL.M.B.G.(リトルマーチングバンドガールズ)の誰か?」

 

 アタシに対するクラスメイトのみんなのイメージを垣間見た。

 

 ぐぬぬ、確かにこの間のバラエティ番組でL.M.B.G.のみんなのことを大絶賛しすぎた気はしたけど、ここまで後を引くことになるとは思わなかった。

 

(まぁ美嘉のそれは今更だけどなぁ)

 

「小さい女の子関係じゃないとなると――」

 

「その括られ方もちょっと不本意なんだけど」

 

「――男?」

 

『………………』

 

 瞬間、教室の音が消え去った。アタシたちと一緒にお弁当を囲んでいたメンバーだけでなく、教室に残っていた他のクラスメイト全員が一斉に沈黙した。

 

「………………」

 

 クラスメイトの一人が無言のまま立ち上がり、スタスタと教室の入り口まで歩いていく。そのままガラッとドアを開けると、スゥッと大きく息を吸い込んだ。

 

 

 

「――美嘉に男が出来たあああぁぁぁ!!」

 

 

 

「ちょっとおおおぉぉぉ!?」

 

 唐突にとんでもないことを仕出かしてくれた。

 

『何いいいぃぃぃ!?』

 

 何をしてくれているのかと文句を言おうとしたがそんな暇は無かった。ダダダッと廊下を走る音がしたかと思うと、教室の前後の入り口から他のクラスの生徒たちが雪崩れ込んできた。

 

「マジ!? 美嘉に男!?」

 

「カリスマJKモデル兼アイドルの美嘉に!?」

 

「ロリコンでお馴染みの美嘉に!?」

 

「あの初心(うぶ)ヶ崎に!?」

 

「あの○女(しょじょ)ヶ崎に!?」

 

「今 ○女(しょじょ)ヶ崎って言ったの誰だぁ!?」

 

 なんか今日は不本意というか不名誉なことしか言われていないような気がする。

 

「というか、否定しないってことはやっぱり!?」

 

「っ!?」

 

 思わず言葉に詰まる。

 

 図星だった。アタシが受かれている理由は、みんなが騒いでいるように『恋人』が出来たから。

 

 

 

 しかも相手が周藤良太郎なのだから、浮かれない方がおかしいのだ。

 

 

 

「え、めぐみぃホントなの!?」

 

「あー……アタシからはノーコメントで」

 

「ちょっと恵美!?」

 

 同じアイドル仲間から酷い裏切りを見た。そこで否定してくれれば少しはマシになったかもしれないのに、この中で一番アタシと付き合いのある恵美がそれを匂わせてしまえばそれは肯定しているのと同じである。

 

(ふぉ、フォローしてくれてもいーんじゃない!?)

 

(アハハ、ゴメーン)

 

 小声で詰め寄ると、恵美はペロッと小さく舌を出しながら手を合わせた。

 

(でも、アタシたちの大好きなリョータローさんを持ってっちゃったんだから、これぐらいの遺恨返しはさせてほしーかな)

 

(うっ……!?)

 

 それを言われてしまったらアタシは何も言い返せない。

 

 良太郎クン(今ではそう呼んでいる)と恋人に至るまでの詳細は省くが、良太郎クンを慕う多くの女の子と色々なことがあった。ほんの少し後ろめたい気持ちはあるけど、それでも最後に良太郎クンが私を選んでくれたことは今思い返しても涙が出そうになるぐらい嬉しい。

 

 一応は丸く収まったものの、こーいった軽いイジワルというか嫌みというか、そーいうのは今後も覚悟しておいた方がいいのかもしれない。

 

 いや、それぐらいはあってもしかるべきなのだと受け入れられるぐらい――。

 

 

 

 ――今のアタシは凄い幸せなのだ。

 

 

 

「さー美嘉! キリキリ吐け!」

 

「どんな男!? 年下!? 年上!?」

 

「恵美も知ってるってことは……もしかして芸能人!?」

 

 だからと言って今の状況を甘んじて受け入れることが出来るかどうかは別である。というか私が収拾出来るレベルを超えていた。

 

「助けて恵美!」

 

「将来スキャンダルやゴシップで騒がれた時の予行演習ってことにしておけばいーんじゃないかなー(適当)」

 

「恵美ぃ!」

 

 恵美といいまゆといい、あの事務所に所属する子は良太郎クンに似ていく傾向にある気がする。

 

 その後、昼休みが終わり次の授業の担当教諭が来るまで騒動は続くのだった。

 

「観念しろ美嘉っ!」

 

「教えろ美嘉っ!」

 

「あわよくば紹介しろ美嘉っ!」

 

「ちょっ、まっ、髪弄るな胸触るなスカート捲るなー!?」

 

 

 

 

 

 

 何事も無かったとは言えないが放課後。

 

「ふひひっ……おっと……!」

 

 思わずトリップしそうになり慌てて口を押さえた。幸い周りのクラスメイトには聞こえていなかったようなので、ホッと胸を撫で下ろす。危うくまた揉みくちゃにされるところだった。

 

 どーして恋人にもまだ見せてもいないし触られてもいないところを好き放題されなければならないのかとため息を吐きつつ、帰り支度を進める。

 

 しかし次第に気分は浮かれていき、気付けば鼻歌を歌っていた。

 

(明日は良太郎クンとデートだっ!)

 

 今日は週末で明日は休み。仕事も今日の撮影を終えれば次の仕事は明後日なので、明日は完全にオフとなる。

 

 そのオフを利用して、良太郎クンとデートなのだ。

 

 それまでも二人きりで買い物に行ったり遊びに行ったりとデートをしたことはあったが、こうして明確に恋人同士になってからのデートは初めてだった。同じデートでも、気になる男の子と恋人では全くの別物。お互いに愛し合っていると明確に分かっている状態でのデートなのだ。

 

(キャー! キャー! 愛し合っているだってー!)

 

 ついこの間、恵美に「最近の美嘉の頭の中はお花畑」と言われてしまったばかりだが、全く否定出来なかった。

 

 とにかく、この後の撮影を全力で早く終わらせて帰宅、その後明日着ていく服を選んでから早くベッドに入る。明日の朝は早起きしてお弁当を作って、それから……!

 

「あー、城ヶ崎、ちょっといいか」

 

「……ふひひっ……!」

 

「……城ヶ崎」

 

「っ!? は、はい!? 何ですか先生!?」

 

「……まぁいい。ホイ、これ」

 

 いつの間にか目の前にいた先生から一枚の紙が手渡された。

 

 一体何の紙だろうかと視線を落し――。

 

「……え」

 

 

 

 ――その一番上に書かれた『再試験』という三文字に固まってしまった。

 

 

 

 

 

 

「えっ、中止?」

 

『ごめんなさいっ!』

 

 久しぶりの特撮の撮影の休憩中、恋人からメッセージではなく電話がかかってきた。少し場所を離れてから電話を受けると、謝罪の言葉と共に週末のデートを中止させて欲しいと懇願されてしまった。

 

 なんでもこの間の試験の結果が芳しくなく、休み明けの週頭に再試験を受けることになってしまったらしい。

 

「それで週末に勉強しないといけなくなった、と」

 

『ホンットーにごめんなさいっ! あ、あの、あ、アタシ……!』

 

「あー、大丈夫だから落ち着いて。そんなことで怒ったりしないから」

 

『……はい』

 

 電話の向こうでシュンとなっている姿を想像し、思わず可愛いなぁとか考えてしまった。

 

 しかし残念である。いや、さっき言った通り美嘉を責めるつもりは一切無いが、美嘉と恋人になって初めてのデートだったので純粋に楽しみだったのだ。

 

(……む?)

 

 今いいことを思い付いた。

 

「ちなみに教科は?」

 

『英語……』

 

 よし、それならいける。

 

「それじゃあ明日は俺が勉強見てあげるよ」

 

『……えっ!?』

 

 理系科目だったら怪しかったが、英語ならば高校大学通じて得意科目だ。フィアッセさんに個人的に英語を教わったので若干英国訛り(クイーンズイングリッシュ)が入っているが、それ以外は完璧の太鼓判を受けている。TOEIC九百五十点オーバーの実力を見せてしんぜよう。

 

 ……英会話と英語の試験は別物じゃないのかという電波を受信したが、気にしない。

 

「それで、どうかな?」

 

『で、でも、良太郎クンのオフをアタシの勉強で潰させるなんて……』

 

「例え目的が勉強だろうと、少しでも美嘉と一緒にいたいんだよ」

 

 それに、アイドルの先輩としても学業が疎かになっているのは見逃せない。現役学生のアイドルは学業と両立出来てなんぼである。

 

『っ~! ……そーいうの、サラッと言うのズルい……』

 

「それで、どうかな?」

 

『……お願いしていいかな』

 

「お願いされた。それじゃ、何処でやろっか? 美嘉の家の近くに図書館とかある?」

 

 翠屋の一角を借りるという手もある。あそこなら比較的静かだし、休憩にシュークリームを食べることも出来る。

 

『あ、あの! それなんだけど……』

 

 

 

 ――ア、アタシの家とかどーかな……?

 

 

 

 

 

 

 というわけで翌日。

 

「おぉ、これが現役女子高生アイドルの私室か……」

 

「あ、あんまりジロジロ見られると恥ずかしいんだけど……」

 

「悪い」

 

 美嘉からの誘いを受け、俺は初めて恋人の家に上がった。

 

 他の家族は出掛けているらしく、まさか定番の「明日、ウチ誰もいないから」というセリフをリアルに聞くことになるとは思ってもいなかった。

 

 つまり、今この家には俺と美嘉しかいないのだ。

 

(落ち着け周藤良太郎)

 

 いくら恋人同士になったからとはいえ、節度は大切だ。そもそも美嘉はまだ未成年で高校生、しかもお互いにアイドルという立場もある。同意の上であったとしても関係各所に大目玉を喰らうどころか早苗ねーちゃんからもワッパをかけられてしまう。

 

 それ以前に、今日は美嘉の勉強を見るために来たのだからそんなことを言っている場合ではない。

 

 ……そんなことを、言っている場合ではないのだが……。

 

「じゃ、じゃあお茶淹れてくるからちょっと待ってて」

 

 そう言って美嘉は俺を部屋に残して出ていった。

 

 しかし扉が閉まる直前、ひょっこりと顔を覗かせると。

 

「え、えっと……タ、タンスの中の……し、下着とか見てもいいけど、ち、散らかしたりしちゃダメだからね」

 

 そんなことを言い残していってしまった。

 

「……ふー……」

 

 一人部屋に残され、思わず長いため息を吐く。

 

 

 

(アカン)

 

 

 

 なんというかもう色々なものを保ったまま今日一日を過ごせる気がしなかった。

 

 恐らく本人的には『カリスマギャル』っぽい余裕を見せているつもりなのだろうが、色々と間違ってるしそもそも顔が真っ赤だった。

 

 それに服装も無防備すぎる。いくら外が暑いからといってエアコンが効いた室内でキャミソールにミニスカートは肌を曝しすぎではないだろうか。

 

 しかもこの部屋に来るまでの階段を先導して昇るもんだから、タンスの中を見るまでもなく現在進行形の彼女の下着を見てしまった。普段なら階段を昇るときでも然り気無く手で押さえているのに……多分、彼女もテンパっているのだろう。

 

 髪も下ろしており、ギャルメイクがナチュラルメイクになっていてこれがまた可愛いもんだから堪ったものではない。

 

 しかし美嘉の天然誘惑はこれだけにとどまらなかった。

 

 

 

 コーヒーを淹れて美嘉が戻ってきたので、クッションに腰を下ろしてテーブルに筆記用具を広げて早速勉強を始めるのだが。

 

「こ、こっちの方が教えてもらいやすいから隣に座るね?」

 

 と言いながら肩が触れるぐらい近くに座ったり。

 

「う~、仮定法過去完了って何~?」

 

 肘を突いた時に胸がテーブルに乗って強調されたり。

 

「良太郎クンの説明分かりやす~い!」

 

 腕や肩へのボディータッチは数知れず。

 

(もしかして美嘉は俺を悶え(ころ)したいのではなかろうか)

 

 悩殺という意味ならば優に五回はやられている。

 

 いくら転生者で精神年齢的に四十の大台に乗るとはいえ、肉体はまだ二十歳。体が若ければ欲求もそれ相応に存在するのだ。

 

 いざとなればトイレを借りて『拳を叩き付ける』という強制的処置も辞さない覚悟を抱きつつ、未だ英文に頭を悩ませる可愛い恋人に説明を続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

「今日はありがとね、良太郎クン」

 

「なんのなんの」

 

 途中お昼休憩やおやつ休憩を挟みつつ勉強は順調に進み、更に晩に美嘉の両親や莉嘉ちゃんが帰って来て夕飯をいただいた後も続けられた。

 

 その際初めて美嘉の両親に挨拶をしたのだが「ウチの娘を末永くよろしく」と逆に頭を下げられてしまい美嘉が真っ赤になるという場面や、莉嘉ちゃんが「アタシも良太郎さんに勉強見てもらいたいー!」と突撃してきたこと以外は特に問題は無かった。

 

 というわけですっかり日も暮れたので、そろそろお暇することになった。

 

「もう再試験になるようなことが無いようにね」

 

「アハハ……が、頑張る」

 

 頭の悪い方ではないのだが、メールが来るたびに一時中断しようとする集中力の無さが欠点である。アイドルやモデルしてる時は凄い集中力なのになぁ。

 

 そして一番言っておかないといけないこと。

 

「あと、背伸びした誘惑しすぎ。無防備にするにもほどがある」

 

「っ!?」

 

 それを指摘した途端、今日一番の顔の赤さになった。やっぱり自分でも恥ずかしかったんだろうなぁ。

 

「全く……」

 

 

 

 チュッ

 

 

 

「……へ」

 

 美嘉の前髪を上げると、額に一つ唇を落した。

 

「そんなことしなくても、俺は美嘉にメロメロなんだから」

 

 これ以上俺を美嘉に夢中にさせてどうしようというのか。

 

「……きゅう」

 

「ちょ、美嘉!?」

 

 ついに許容オーバーした美嘉がぶっ倒れたところで、今日の家デートは幕引きとなったのだった。

 

 

 

(こりゃプロポーズはまだまだ先だな)

 

 

 

 まぁ、ゆっくりと進んでいこう。

 

 俺と美嘉の二人の人生は、まだ始まったばかりなのだから。

 

 

 




・周藤良太郎(20)
説明不y(以下略)
しいて言うなら彼を巡って水面下での争いがあった模様。

・城ヶ崎美嘉(17)
水面下で行われていた良太郎争奪戦に(何故か)勝った今回のメインヒロイン。
カリスマギャルなどと言われているが、超初心な純情乙女なのはもはや言うまでもない。
若干ロリコンなのが玉に瑕。

・「ふひひっ……!」
正確には「ふひひ★」ですが、本編ではあまり絵文字を使わないようにしているのでこうなりました。

・L.M.B.G
デレマス内における、総勢17人にも及ぶ大ユニット。
殆どのメンバーが小学生以下という超絶ロリユニットである。

 日下部若葉(20)

……ロリユニットである!

・初心ヶ崎
○女(しょじょ)ヶ崎
他にも乙女ヶ崎や純情ヶ崎など、汎用性は高い。

・TOEIC
ちなみに満点は990点らしいですね。レベルが高すぎて想像できんなぁ……。



 デレマス編に入って一人目の恋仲○○シリーズは美嘉でした。純情ギャルは至高、はっきりわかんだね。

 楓さんssと同時進行で書いていたため主人公やらヒロインやらシチュエーションやらがごっちゃになりかけましたが、何とか形になってよかったです。

 次回は本編に戻り、いよいよ山場の一つであるニュージェネ編に入ります。



『サンシャイン第七話を視聴して思った三つのこと』
・リトルデーモンというよりはデーモン○暮閣下……。

・曜ちゃんコスプレキャラとはいいぞ^~これ

・(無言のアクロバット)


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Lesson130 New generation girls

楓さんの復刻まだかなぁ……(現在ガチャ力は80連)


 

 

 

 さて、良太郎さんの立てこもり騒動(みくたちのストライキは忘却の彼方)から一夜明け、私・卯月・未央の三人はシンデレラプロジェクトに宛がわれた部屋に集まっていた。

 

「『ミルクティー』ってどうかな?」

 

 そう言いながら、未央はホワイトボードに『ミルクティー』と書く。

 

「可愛いです!」

 

「可愛いけど、それはちょっと……」

 

「分かった。じゃあジンジャーを入れよう」

 

「ジンジャーミルクティー! 美味しいです!」

 

「じゃあって何さ……」

 

 未央の発想と卯月の的外れな感想に若干呆れつつ、思わず溜息を吐きそうになってしまった。

 

「未央は何か考えてきたの?」

 

「んふふ~! いや~色々思い付いちゃって!」

 

 私がそう尋ねると、未央は変な笑いをしながらホワイトボードにペンを走らせた。

 

 『フライドチキン』『ロイヤルブレンド』『バターミルク』から始まり『神田川』『プリティーズ』『リトルレディ』エトセトラエトセトラ。……果たして何を思って『神田川』がいいと思ったのだろか。

 

「こんなに凄いですね、未央ちゃん!」

 

 確かに量や発想やインパクトは凄いと思う。

 

「ちなみにどれがイチオシなの?」

 

「フライドチキン!」

 

「却下」

 

「窮地を助けてくれたお肉様になんてことを……」

 

 さて、ここまでの会話の内容から一体何を話し合っているのか全く分からないと思うが、実は私たちのユニット名について話し合っているのだ。

 

 ちなみに未央が言った「窮地を助けてくれた」というのは、美嘉さんのバックダンサーとしてステージに上がる際に発した『勇気の一言』として三人で「フライドチキン!」と叫んだからだ。

 

「凛ちゃんはどんな名前がいいですか?」

 

「わ、私?」

 

 卯月にそう尋ねられ、頭を過ったのは店先での良太郎さんから提案された『美城戦隊シンデレジャー』以下どうしようもないユニット名候補の数々。流石にそれらをここで言う気にはなれない。

 

「……ぷ、プリンセスブルー」

 

 仕方ないのでお父さんの案を口にする。

 

「……ぷ、プリンセスブルー!? アッハハハッ!」

 

「ち、ちがっ!? こ、これはお父さんが……!」

 

「可愛いですよ、凛ちゃん!」

 

 未央に盛大に笑われ、そして卯月に褒められたことが余計に恥ずかしく、顔が熱くなるのを感じつつ必死に否定するのだった。

 

 分かっていたことではあるが、どうやらユニット名は簡単に決まりそうになかった。

 

 

 

 

 

 

「志保ちゃん、社長がお呼びですよ」

 

「え?」

 

 その日はレッスンも恵美さんたちの仕事も何もなく、三人でラウンジにてのんびりしていると美優さんから突然声をかけられた。

 

「社長が……ですか」

 

 まゆさんが一方的に語る『第五回佐久間流周藤良太郎学~周藤良太郎のウインクがもたらす株式への影響~』を適当に聞き流しながら捲っていた絵本を閉じる。だいぶこの事務所に馴染んで来たので、お気に入りの絵本を何冊か置かせてもらうようになったのだ。

 

 ちなみに事務所には各々が私物を持ち込んでいる。恵美さんはコスメ類なのだが、まゆさんは大量の良太郎さんのグッズ(布教用)をいつの間にか持ち込んでいた。良太郎さんの事務所なのだから彼のグッズが大量にあってもおかしくはないのだが、その量と種類に他ならぬ良太郎さんと幸太郎さんも驚いていたのは全くの余談である。

 

 話を戻そう。

 

「社長が呼ぶなんて珍しいわねぇ」

 

 まゆさんの言う通り、この事務所の社長たる幸太郎さんは社長というよりは未だにプロデューサーという面の方が強く、何か用事があったら私たちが行く前に自分からこちらに来るタイプである。

 

 よくよく思い返してみると、ここに所属することになった時ぐらいしか社長室に入ったことが無かったような気がする。

 

「アタシたちもそんな感じだよー」

 

「私たちが呼ばれたのはシャイニーフェスタ同行の時と、765プロに出向した時と、あとは……」

 

「……あっ! もしかして」

 

「うふふ、もしかするかもしれないわねぇ」

 

 何やら恵美さんとまゆさんには心当たりがあるようだった。

 

 一体何なのだろうかと首を傾げながら社長室へ向かう。何かお叱りを受けるようなことをした記憶は無いし、逆に褒められるようなことをした記憶も無い。

 

 恵美さんとまゆさんが何やら嬉しそうな顔をしていたところから、何か悪いことではないとは思うのだが……。

 

 そんなことを考えている内に社長室の前に到着した。

 

「北沢志保です」

 

 コンコンとドアをノックしながら名乗ると「入ってくれ」と促されたのでそのまま入室する。

 

「失礼します」

 

 こう言ってはアレかもしれないが、社長はこの事務所には似つかわしくない高級そうな椅子に座り、同じく高級そうな机に肘を突いて待っていた。普段は現場に出ていることの方が多い彼だが、改めてこの事務所の社長なのだということを実感させられた。

 

「悪いね、急に呼び出して」

 

「いえ、大丈夫です」

 

「早速だが本題に……」

 

「あの……その前にいいですか?」

 

「何だ?」

 

 

 

「……えっと、社長室の前の良太郎さんは何してるんですか?」

 

 

 

 何をしているというか、もう見たまんま両手に水を張ったバケツを持って立っていたのだが。

 

 あまりにも意味の分からない光景だったので思わずスルーしてしまった。

 

「あぁ、この間346さんに迷惑をかけた罰だよ。向こうは笑って許してくれたみたいだけど、一歩間違えたらえらいことになってたし」

 

「バケツを持って廊下(?)に立たせる罰を本当に実行しているのが驚きなんですけど」

 

「ウチじゃいつものことだから気にしないでくれ」

 

 あまり知りたくなかった周藤良太郎が騒動を起こした後の裏側を垣間見てしまった気がする。

 

「でも立ったまま寝てましたよ」

 

「起きろこのアホンダラアアアァァァ!!」

 

 

 

 閑話休題。

 

「さて、話が逸れちゃったけど本題に戻ろう」

 

「はい」

 

 とりあえず今は外にいる良太郎さんのことは頭から外そう。

 

 姿勢を正して社長の言葉を待つ。

 

 

 

「君のデビュー曲が完成した」

 

 

 

「……え」

 

 社長はニッコリと笑っていた。良太郎さんに似た顔の、しかしそれでいて何故か良太郎さんの笑顔には見えないそれで笑っていた。

 

「本当……なんですよね」

 

「勿論だ」

 

 思わずそんなことを尋ねてしまう程度には、呆然としてしまっていたのだろう。社長は勿論のこと、良太郎さんでも流石にこんな嘘や冗談は言わないだろう。

 

「合わせてデビューの日にちと場所も決まった。これから忙しくなるぞ」

 

「……はいっ!」

 

 

 

 

 

 

「……というわけで、俺たちの可愛い後輩ちゃんのデビューが無事決まりました」

 

「あら~、良かったわ」

 

「あの北沢さんもCDデビューかぁ」

 

「ふん、まぁあの子ぐらいの実力なら当然よね」

 

 ジュピターのまとめ役(リーダーではない)である伊集院さんからの話を聞きながら、私たちは同じステージに立った仲間のデビューを喜ぶのだった。

 

 現在、私他竜宮小町はテレビ局の控え室でジュピターとお茶を飲んでいた。楽屋ではなく控え室なので誰でも出入り可能で、変なことを勘繰られたり噂されたりする心配はなかった。

 

 もっともお茶を飲んでいるのは私とあずささんと伊織と伊集院さんだけ。残りの三人はというと……。

 

 

 

「とーま君、そっちにマガラ行ったよ」

 

「おう」

 

「あっ、あまとうゴメン」

 

「おまっ!?」

 

「わー、とーま君が切り上げられて空飛んでるー」

 

「てんめ……!? よ、よし、何とか回避間に合……クンチュウウウウゥゥゥ!?」

 

「「デデーン。天ヶ瀬、アウトー」」

 

「せめて粉塵飲む素振りぐらい見せろやぁ!」

 

 

 

 とまぁこのように三人でゲームに興じていた。天ヶ瀬君がゲーム好きとは聞いていたが、こうして年少二人に混じってゲームをしている姿を見ていると何というか気が抜ける。

 

「……アンタたちとこーして仲良くしたりしてるなんて、二年前からは考えらんないわね」

 

「それには俺も同感だよ」

 

 呆れたような目付きで三人を見る伊織に、伊集院さんは笑いながら同意した。

 

 二年前、正確に言えば一年半前。まだ黒井社長から嫌がらせを受け、ジュピターの三人も黒井社長から嘘を吹き込まれて互いに敵対していた時期だった。

 

 そんなジュピターとこうして一緒にお茶を飲んだりゲームをしたりする仲になるとはとても考えられなかった。

 

「これも全部良太郎君のおかげね~」

 

「……まぁ、否定はしないわ」

 

 確かに、こうして誤解が解けたのも良太郎のおかげという面が大きかったりするし、961から離れたジュピターが良太郎の手を取って123に入ったからこそ合宿を通して交流する機会が増えたのだ。

 

 961とのいざこざが解決すれば誤解も自然に解けていたとは思うが、良太郎がいなかったらその後ここまで仲良くなることは無かっただろう。

 

 ホント、良太郎と関わったことで自分の人生が大きく変わっているような気がする。

 

「それで、そっちの『みんな』はどんな感じ?」

 

「はい、順調です。こっちの『みんな』のお披露目も近いですよ」

 

 伊集院さんからの問いかけに、私は自信を持って答えた。

 

 『みんな』というのは、北沢さんを除いた残りのバックダンサー組。

 

 

 

 実は『みんな』は、現在正式に765プロダクションに所属しているのだ。

 

 

 

 事の始まりは、プロデューサーがハリウッド研修に旅立ってしばらくしてから社長が発した一言だった。

 

 

 

 ――765プロ専用の劇場を作ろうではないか!

 

 

 

 社長曰く「いつでも直接アイドルに出会うことが出来るステージを作りたい」とのこと。

 

 初めはプロデューサーもおらず、さらに来年の頭に開催されるIEのこともあるので難しいのではないかと考えたが、これに賛成したのは意外なことにアイドルのみんなだった。

 

 

 

 ――私たちもファンのみんなの近くに居たいです。

 

 ――逆に、ファンのみんなにはアイドルは身近なものだって知ってもらいたいです。

 

 

 

 先ほども名前が上がったバカ(今回ばかりは誉め言葉)の影響がチラついている気がしたが、みんなの気持ちはよく分かった。

 

 しかし劇場を作ったところで今のみんなが毎日出演するということは少々難しい。場合によっては出演出来る子が一人もいない日が出来てしまうかもしれない。

 

 そこで考え付いたのが『アイドルの卵を劇場に迎え入れる』という案。彼女たちには実際に人前に立つスキルアップの場となり、劇場は当初の目的である常にアイドルに出会える場として機能する。

 

 アイドルは決して遠い存在ではなく、手を伸ばせば届くすぐ傍にいる。

 

 その良太郎の言葉を、私たちが実現しようとしているのだ。

 

 ちなみにそれに際して新しいプロデューサーと事務員を迎え入れたのだが……その話はまた別の機会にすることにしよう。

 

 更に補足すると先ほどの良太郎が言ったという言葉はジュピターの三人にプライベートの場で語ったらしいのだが、去年発売された良太郎の名言集(『覇王の御言葉』定価1260円)を作る際にジュピターが協力したため掲載されたらしい。(私もそれで知った)

 

「伊集院さんも、たまには顔を出してあげてください。みんな喜びますから」

 

「はは、その時は良太郎君や他のみんなも連れていきますよ」

 

 こうして次の世代のアイドルたちが育っていくのを見ると、少しだけ良太郎の気持ちが分かる気がした。

 

 なんだかんだ言って、新人アイドルたちのことを気にかけて面倒を見ようとする、あのお節介な大バカの気持ちが。

 

 

 

「そう言えば346プロに所属している友達に聞いたんですけど、良太郎さんがカフェテリアに立てこもってカフェオレを淹れたんですって?」

 

「何を言っているんですかあずささん……」

 

「あぁ、本当ですよ」

 

「そして何をやってるのよあのバカ……」

 

 

 




・『第五回佐久間流周藤良太郎学~周藤良太郎のウインクがもたらす株式への影響~』
第一回『周藤良太郎の歴史』
第二回『周藤良太郎はアイドル界の何を変えたのか』
第三回『周藤良太郎の楽曲から見る日本情勢』
第四回『周藤良太郎が影響を与えた政界について』

・志保ちゃんの絵本
よし、これで第四位さんを登場させる伏線が出来たな。

・クンチュウウウウゥゥゥ!?
全ハンターの叫び。

・765プロ専用の劇場
ミリオンライブ編への布石です。現在はゲッサン版の漫画を元に考案しておりますが、若干年齢に差異が生じる可能性があります。

・新しいプロデューサーと事務員
Pはオリキャラではなく、一応アイドルマスターシリーズから引っ張ってきます。
事務員は当然ミリマスのあの人。再登場は近いです。

・『覇王の御言葉』定価1260円
Lesson115にて志保が良太郎の言葉を知っていたのもこれを読んでいたからという設定。



 てなわけでニュージェネデビュー回のスタートです。何やら主人公の出番がバケツを持って廊下に立っているだけで終わりましたが、ちゃんと次回以降出番があります。

 志保ちゃんにもデビューの話が出ましたが、良太郎がニュージェネの方に行けなくなったりちゃんみお闇落ちなど、マイナス方面の布石ではないのでご安心を。

 そしてミリマスにも布石が。アイマスのPということで候補が二人いましたが、その内の片方を連れてくる予定です。登場はまたいずれ。



『サンシャイン第八話を視聴して思った三つのこと』
・お姉ちゃんのあれは不器用な気遣いやったんやね……。

・え、多くない……!?

・六人の女の子の服が濡れて透kなんでもありません。


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Lesson131 New generation girls 2

夏休みが終わるそうですね(ニッコリ)


 

 

 

「うわー……疲れた……」

 

「全然決まりませんね……」

 

「……難しいね……」

 

 私たちのユニット名を決める話し合いを始めて既に一時間近く経過しようとしていた。

 

 しかしなかなかしっくりと来る案は中々出てこなかった。

 

 ホワイトボードに書かれたユニット名候補の一覧を軽く見てみると『マカロン』『カレーパン』『ラザニア』『もやし』『エスカルゴ』『豚汁』……冷静になってみると私たちは一体何の話し合いをしていたのだろうかと悩まざるを得ないぐらいよく分からない名前しか書かれていなかった。別の人が見たら夕飯の献立か何かを話し合っているようにしか見えないだろう。

 

「ここまで行き詰っちゃうと、もう私たちじゃ何も思い付かないかもね」

 

「うぅ……そうだ! ここは一つ、しぶりんのコネを利用して周藤良太郎さんに名付け親になってもらうっていうのは……!」

 

「ダメに決まってるでしょ馬鹿じゃないの」

 

「しぶりん疲れてるからって流石に物言いがストレートかつ辛辣過ぎないかな!?」

 

 良太郎さんなら聞き入れてくれるかもしれないし私もいい案は無いかと話を持ち掛けたが、緊急時以外は頼らないと決めているのに「名付け親になってください」なんてお願いは出来ない。というか出来るだけしたくない。

 

 そもそも、良太郎さんのネーミングセンスもおかしいらしいし。幸太郎さん曰く「ピーチフィズの名前は奇跡の産物」らしいから普段から割とあんな感じなのだろうと、以前デビューが決まったことを報告した時を思い出して……。

 

 

 

 ――凛ちゃんたち『新たな時代』を担うアイドルのユニット名だから、じっくりと考えてみなよ。

 

 

 

「………………」

 

 ふと頭を過ったのは、良太郎さんのその一言。

 

(新たな世代を担う……)

 

 その時は何となく気になっただけだった。

 

 しかし今こうして思い返してみて、私の心の琴線に触れる何かがある気がした。

 

「うー、こうなったら名前の候補を書いた紙で紙飛行機を作って、一番最後まで飛んでた奴に書かれている名前を……」

 

「その方法だと『ひまわり』になりそうだからちょっと待ってもらっていいかな。……最後に一つだけ思い付いた名前があるんだけど」

 

「おっ! しぶりんに天啓が降りてきたかな!?」

 

「凛ちゃん、どんな名前ですか?」

 

「……えっと……し、『新世代』……とか?」

 

「「……お、おぉ?」」

 

 感嘆の声に疑問符が付いていた。

 

「なんでしょう、今一瞬しっくり来た気がしたんですけど……」

 

「なーんか違うというか……」

 

「うっ……」

 

 意を決して口にした自分の案が笑われるでもなく褒められるでもなく微妙な反応をされるのは結構クるものがあった。

 

 しかしかくいう私も自分で口にしておいてコレジャナイ感ははっきりと感じている。私も良太郎さんのこと笑えなかった。

 

 私のこの琴線に触れたものをどう言葉にしたものか……。

 

 

 

「……でしたら、『new generations(ニュージェネレーションズ)』……というのはどうでしょうか」

 

 

 

 突然聞こえてきた妙に耳に残るバリトンボイスに、ソファーに座っていた私たちは思わず立ち上がってしまった。

 

「「「プロデューサー!?」」」

 

「お話に割って入るような形になってしまい申し訳ありません。ですが、先ほどの渋谷さんが考えたユニット名は、こうして英訳するだけでも大分印象が変わると思います」

 

 相変わらずの身体の大きさを少々縮こませるように背中を丸め、首筋に手を当てたいつものプロデューサーの姿がそこにあった。

 

 普段は控えめというか私たちに対して踏み込んでこないプロデューサーだったが、今日は妙に前に出てきている気がした。

 

「……出しゃばってしまいすみません」

 

「そんなことないよプロデューサー! 今のすっごくいい!」

 

「はい! 『new generations』、凄くいいと思います!」

 

 私も未央と卯月と同意見だ。プロデューサーの案は、私が感じていた何かを見事形にしてくれた。

 

「よーし! これで行こうよ! 私たちのユニット名! 発案しぶりん! 命名プロデューサー!」

 

 ホワイトボードに書かれた全てのユニット名を消した未央は、その真ん中にデカデカと二つの英単語を書き示す。……関係ないけど、こうしてサラッと今の単語の綴りが分かる辺り未央って見かけによらず頭がいい気がした。

 

 

 

「私たちのユニット名は『new generations』だ!」

 

 

 

 

 

 

「あー、やっぱり久々のバケツ持ちは結構キツかったわ」

 

「そのまま居眠りしてた奴が何を言うか」

 

「いや、あれは始解に至るために八卦の封印式で封じられたもう一人の僕と対面していてだな」

 

「せめて作品を一つに絞れ」

 

 次からはポリバケツでも持たせるか……という兄貴の不穏な呟きはさておき、バケツの水を片付けた俺は志保ちゃんと入れ替わる形で社長室の中にいた。

 

 いつものように士郎さんの挽いた豆を美優さんに淹れてもらうという色んな意味で贅沢なコーヒーを味わいながら来客用のソファーに腰を下ろす。社長室で兄貴と話す際の俺の定位置だ。

 

「やっぱり恵美ちゃんたちと比べるとだいぶ早いデビューになったな」

 

「まぁ基礎はしっかりと出来ているし、二人と同じようにバックダンサーも経験したからな」

 

 加えて、まゆちゃんのように少々内面が気になるという話もない。その辺は去年の秋に解決済み。

 

「それにしても、ニュージェネの三人のデビュー日と重ならんで良かったよ」

 

「ん? ニュージェネ?」

 

「『new generations』。今度346からデビューする凛ちゃんのユニットだよ」

 

 先程『ようやくユニット名が決まったよ』という旨のメールが、デビューイベントの日程と共に送られてきたのだ。

 

 その日程を見るに、どうやら凛ちゃんたちよりも後にデビューが決まった志保ちゃんが先にデビューを迎えるようだ。凛ちゃんたちと志保ちゃんの実力や経験の差か、プロデューサーの判断の差か、まぁその辺は気にするほどのことでもないだろう。

 

 ついでにニュージェネの三人と同じ日にデビューするらしいアーニャちゃんと新田さんのユニット『LOVE LAIKA(ラブライカ)』のイベントも同時に行うらしい。「全員のステージを見に行く」と約束した手前、のっけから見に行けなかったらアレだからなぁ。

 

 ただ、アーニャちゃんはともかく新田さんには見つからないようにした方がいいかもしれんな。

 

 ちなみに志保ちゃんとニュージェネのそれぞれのデビュー日は仕事が入っているものの、合間を縫えば何とか顔を出せそうである。仕事現場が近くて良かった。

 

 はてさて、彼女たちはどんな花の開き方をするのかな。

 

 

 

「しかし、凛ちゃんのメールに『素敵なユニット名をありがとうございます』って書いてあったけど、どーいうことだこれ……?」

 

「ピーチフィズに続きそんなミラクルが何度も起こるとも思えんが」

 

「おう表出ろや。ドイツで覚えてきた見様見真似トンファーキックの威力を見せてやる」

 

 

 

 

 

 

「――というわけで、私たちニュージェネレーションズのデビュー日が決まったのでお知らせいたします!」

 

『おー! やったね未央! これで未央もアイドルの仲間入りだ!』

 

「えっへへへ、ありがとーめぐちん!」

 

 無事ユニット名とデビュー日が決まった日の夜、嬉しさの余り色んな友達に連絡していた私は、アイドルを目指すきっかけとなったアイドルであるめぐちんにも当然電話をかけていた。

 

 デビューを伝えるとめぐちんは電話越しでも分かるぐらい自分のことのように喜んでくれて、私も嬉しくて思わずベッドに横になったまま足をパタパタと動かす。

 

「それでそれで! もしよかったら私たちのデビューを見に来て貰いたいな~って思ってさ」

 

 アイドルの先輩であるめぐちんにそんなお願いをするのは少々アレかとも思ったが、やっぱりめぐちんにも見に来てもらいたかった。勿論、ままゆやしほりんにも。

 

 しかし、電話の向こうのめぐちんは残念ながら難色を示した。

 

『……あ~ゴメン! その時間収録で行けそーにないや……』

 

「えー?」

 

『ホントゴメン!』

 

「あ、いやいやいや、謝らないでって! こっちのワガママなんだし、何よりめぐちんはアイドルの先輩なんだから!」

 

 残念じゃないと言えば嘘になるが、やっぱりめぐちんも忙しいアイドルなんだなぁと実感する。

 

 そしてそれと同時に「ゴメン収録があるから」という台詞がいかにもアイドルっぽくて、私もそんな台詞を言うようになるのだと思うと少しワクワクしてきた。

 

『リョータローさんだったら上手い具合に時間が合って見に行けるんだろうけど……はぁ、これが主人公補正かぁ……でもいつかは絶対に行くから!』

 

「あはは、ありがと」

 

 途中の言葉の意味はよく分からなかったが、とりあえずめぐちんとままゆは来れそうにないらしい。

 

『……あー、それで未央のデビュー見に行けないって断っちゃったのに切り出しにくいんだけど……』

 

 本当に言いづらそうな雰囲気が電話の向こうから伝わってきた。

 

『実はその前に志保もデビューするんだよね』

 

「え!? しほりんも!?」

 

 それは寝耳に水だった。

 

 でも確かに私たちよりも先に事務所に所属しているしほりんなのだから、いつデビューしてもおかしくはない。

 

「凄い凄い! 場所と時間教えて!」

 

『おお、凄い食いつくねぇ』

 

 そりゃあなんて言ったって友達のアイドルデビューなのだ。見に来ないかと誘われなかったとしても絶対に行きたかった。

 

『詳しい内容はまた後でメッセージに送っておくよ』

 

「ありがとー!」

 

 自分たちのアイドルデビューのワクワクと友達のアイドルデビューのワクワクで、ワクワクが二倍になった。なんかもう言葉に言い表せないぐらい楽しみだ。

 

(……そうだ! しぶりんとしまむーにも声かけてみよ!)

 

 アイドルのデビューステージというのがどういうものなのか、二人もきっと興味があると思う。私たちのデビューの予習ということで、折角だからニュージェネレーションズ全員で見に行ってみよう。

 

『んじゃちょっと明日朝早いから、もうそろそろ寝るねー』

 

「あ、うん。しほりんのこと教えてくれてありがと! おやすみめぐちん!」

 

『おやすみー。未央もデビュー頑張ってね』

 

 通話を終了し、ベッドの上にゴロンと仰向けに寝転がる。

 

「アイドルかぁ……私、アイドルになるんだぁ……!」

 

 アイドルの事務所に所属してレッスンを受け、さらにアイドルの先輩のバックダンサーとしてステージにも立った。しかし、それだけでは『アイドルになった』と胸を張って言いづらかった。それらを軽んじるつもりは毛頭無いが、私のイメージする『アイドル』とは少々違っていたから。

 

 でも、これからは違う。

 

 自分たちのための歌、自分たちのためのステージ、そして自分たちのための観客。

 

 今回のデビューを以てついに私は『自分はアイドルだ』と声を大にして言うことが出来る。

 

「うわーヤバイヤバイ! テンション上がり過ぎてヤバイー!」

 

 テンションが上がりアイドルになってからのことを考え更にテンションが上がるという無限ループに陥るが、その流れをぶった切ったのは唐突に開けられた私の部屋の扉だった。

 

「っ!?」

 

「ねーちゃん風呂空いたよー。……って、一人でジタバタ何やってんの」

 

「う、うっさい馬鹿! 勝手に開けるなこのエドモンド!」

 

「ねーちゃんだって同じ本田だろ!?」

 

 テンションが上がっているところを弟に見られ、若干顔が熱くなるのを誤魔化すように入り口に向かって全力でクッションを投げつけるのだった。

 

 

 

 

 

 

おまけ『ピーチフィズ命名舞台裏』

 

 

 

「桃檸檬少女隊」

 

「却下」

 

「まゆ×めぐ」

 

「却下」

 

「123DEガールズ」

 

「却下」

 

「牧野○依と藤井○きよ」

 

「おいバカやめろ」

 

 

 




・名前の候補を書いた紙で紙飛行機
リアルタイムだったら既にひまわりも成人しているという事実に白目不可避。

・始解に至るために八卦の封印式で封じられたもう一人の僕と対面
無事三作品とも完結したので。作者的ジャンプ黄金期。
ちなみに卍解ではなく始解なのは精神世界に入るか呼ぶかの違いがあるからというどうでもいい注釈。

・『new generations』
凛・卯月・未央のユニット名。
アニメでは武内Pが仮案として名付けていたものを三人が気に入ったので正式採用という形になった。

・『LOVE LAIKA』
美波とアーニャのユニット名。
今では鉄板カップリングになっているが、よくよく考えたらアニメ以前の繋がりはほぼなかった組み合わせの一つ。

・ドイツで覚えてきた見様見真似トンファーキック
多分春休みにドイツへ行った際に偶然鉢合わせた恭也に付いて軍の訓練にお邪魔した際に眼帯を付けた女性が使ってたのを見てた。

・エドモンド本田
どすこい!

・おまけ『ピーチフィズ命名舞台裏』
既に三年目に突入しているものの、今更ながら良太郎の分かりやすい弱点が無かったので『ネーミングセンスの無さ』に決定。
そしてオチは定番の中の人ネタ。



 着々とちゃんみおがフラグを構築しております。しかしこのフラグ、アニメの物とは少々違う可能性が……?



『サンシャイン第九話を視聴して思った三つのこと』
・ワイも善子ちゃんにコブラツイストされたいです(直球)

・マリーのギュッとワンピースを握った手がかわいい(かわいい)

・目を閉じながら頬を差し出すマリーも可愛かったぞ(大興奮)


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Lesson132 New generation girls 3

いつもより長めなのはスマホでポチポチ書いていて文字数を全く見ていなかったから。

別に今後文量が増えるということではないです。


 

 

 

「ねーねーみんな! 明日はちょっとこの未央ちゃんに付き合ってもらうよ!」

 

「え?」

 

 私たちニュージェネレーションズのデビューが間近に迫ったとある日のこと、レッスン終わりで一緒になったラブライカの二人と共に着替えをしていると未央が突然そんなことを言い出した。

 

「……いきなりどうしたのさ」

 

「えっと、明日もレッスンでしたよね?」

 

「私たちもその予定なんだけど……」

 

「ダー」

 

 しかし当然の如く明日は私たちニュージェネレーションズもラブライカの二人もレッスンがあった。未央の個人的な用事であれば、優先するべきなのは当然レッスンである。

 

 だが未央はフッフッフッと不敵に笑った。

 

「プロデューサーの許可は既に下りているのだー! 明日のレッスンは中断して新人アイドルのデビューイベントに行くよ!」

 

「「「新人アイドルのデビューイベント……?」」」

 

「……ですか?」

 

「そう! これを見よー!」

 

 そう言いながら未央が取り出したのは一枚のチラシだった。

 

 そこに描かれていたのは赤と黒のドレスのような衣装に身を包んだ黒髪の少女の姿と『北沢志保デビューイベント』の文字。そして、チラシの片隅には見覚えのあるプロダクションの名前があった。

 

「……って、123プロじゃないですか!?」

 

「お! しまむー気付いた? 良太郎さんの123プロの新人なんだけど、実は私の友達なんだ!」

 

 驚くことに未央はこの子の他123プロに所属するピーチフィズの二人とも仲が良いらしいのだ。

 

 一体いつの間に仲良くなったのだろうと思ったら、なんと未央が346の扉を叩く前からの知り合いとのこと。なるほど、以前の「しぶりん()()アイドルの知り合いいるの!?」という未央の台詞はこのことを言っていたのか。

 

 話を戻そう。

 

 未央がピーチフィズの所恵美さんに今度デビューすることを伝えたら、偶然この北沢志保さんも同時期にデビューすることを聞いたらしい。

 

 「友達のデビューイベントだから絶対に行きたい!」と考えた未央は『同じ新人アイドルのデビューイベントがどのようなものなのか見学したい』という名目でプロデューサーに打診してみたところ、オッケーが出たらしい。

 

「とゆーわけ! どうどう!? 我ながら名案だと思うんだけど!?」

 

「……まぁ、確かに」

 

 未央の言う通り、私はアイドルのデビューイベントというものを見たことがなし、どういうものなのか聞いたこともない。付き合いの長い良太郎さんならばとも思うかもしれないが、あの人の場合はデビューイベントよりもその後の『伝説の夜』のインパクトが強すぎるのだ。

 

 会場の雰囲気など通常のライブ以上に予想しづらいものなので、見に行ってそのイメージの参考にするのもいいかもしれない。

 

「凄い良い考えですよ、未央ちゃん!」

 

「予習は大事だものね」

 

「ダー。楽しみです」

 

 卯月と美波とアーニャも私と同じ様に賛成のようだった。

 

「よーし決まりだね! 明日はみんなでしほりんこと北沢志保のデビューイベントに――!」

 

 

 

「話は聞かせてもらったにゃあ!」

 

 

 

「うわっ!?」

 

「きゃっ!?」

 

 突然扉が開いたかと思うと、ロッカールームにみくが勢いよく飛び込んできた。

 

「私もデビューイベント行きたーい!」

 

「みりあも行くー!」

 

 さらにその後ろからゾロゾロと他のプロジェクトメンバーの姿も。……何となくそんな気はしていたというか、予定調和染みた展開というか……。

 

「お、何々? みくにゃんたちも一緒に来ちゃう感じ?」

 

 未央がそう尋ねると、みくは「当然にゃ!」と頷いた。

 

「要するにその北沢志保ちゃんはみくたちの同期のライバル! 敵情視察は戦略の基本なのにゃ!」

 

「ミリタリーの話でありますか!?」

 

「違うにゃ!」

 

「そうでありますか……」

 

「というわけで、みくたちも一緒に行ってライバルの実力を見届けてやるにゃ!」

 

「待って、今の誰」

 

 ともあれ、どうやら今回はプロジェクトメンバー全員で参加することになりそうだ。

 

「んっふっふ~! みくにゃんは本当にそれだけなのかな~?」

 

「な、なんにゃ未央ちゃん、急に変な笑い方して……?」

 

 戸惑うみくに、ニヤニヤとした笑みを浮かべる未央が肩に腕を回す。

 

 

 

「ホ・ン・ト・ウ、は! 良太郎さんが事務所の新人の様子を見に来ることを期待してるんじゃないかな~?」

 

「……にゃっあ!?」

 

 

 

「みく、顔がクラースヌィ……赤い、です」

 

 一瞬未央の言葉の意味を飲み込めていなかったが、次の瞬間漫画のように一瞬でみくの顔が赤く染まった。

 

「みみみ未央ちゃんはいいい一体何を言ってるにゃ!?」

 

「未央ちゃんはちゃーんと見てたよー? この間のストライキの時、眼鏡をかけた良太郎さんの顔を見るなり真っ赤になって逃げ出したみくにゃんの姿を!」

 

 そーいえばそんなこともあったなぁ。

 

 話している内容は聞こえなかったが、確かに顔を赤くして走り去るみくの姿はプロジェクトメンバー全員が目撃している。

 

「惚れちゃったんじゃないの~? 相談に乗ってくれた先輩の眼鏡姿にキュンと来ちゃったんじゃないの~?」

 

「なにゆーてんの未央ちゃん!? そ、そんなわけあらへんて! 適当なこと言わんといてくれへんかな!?」

 

「ケットシーの眷属たる少女よ、言の葉を司りし精霊が乱れているぞ」

 

「猫言葉から標準語をすっ飛ばして関西弁って凄いシフトの仕方だよね」

 

 というかみく、関西圏の出身だったんだ。

 

「………………」

 

「ミナミ、どうかしましたか?」

 

「あっ、えっと、何でもないよ、アーニャちゃん」

 

 良太郎さんの話題になってから何やら美波さんが落ち着かない様子で、心配そうに声をかけたアーニャに何でもないと言いつつ何でもなさそうには見えなかった。

 

「? ……!」

 

 そんな美波に首を傾げるアーニャだったが、何かを思い付いたようにポンと手を叩いた。

 

 

 

「ミナミもリョータローと会えるの、楽しみなんですね?」

 

「どうしてそんな解釈になっちゃうのかなっ!?」

 

 

 

(……どーして美波さんはこんなツンデレキャラみたいになっちゃったんだろうか)

 

 「私は別に周藤さんのこと何とも思ってないんだからねっ!?」「私はリョータローと会えるの、楽しみですよ?」という何処かズレた美波さんとアーニャの会話を聞きつつ、美波さんも良太郎さんにキャラを壊された被害者だよなぁと失礼ながら憐れんでしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、いい天気だ。絶好のデビュー日和だね」

 

「確かに天気はいいですが、屋内なんですがそれは」

 

 ついに我らが123プロの三人目の新人である志保ちゃんのデビュー日を迎えた。

 

 今回は某ショッピングモールの吹き抜けエリアのど真ん中に特設ステージを建てさせてもらった。人通りの多い上に上からもステージを覗けるので注目は受けやすい。

 

 そこからどれだけの買い物客の足を止めることが出来るかどうかは、志保ちゃん次第だ。

 

「調子はどう? 緊張してない? ポンポン痛くない?」

 

「心配していただけるのはありがたいですが、もう少し言葉のチョイスを何とかしてください」

 

 従業員以外立ち入り禁止のエリアに設けられた楽屋へ特別に入れてもらって本番直前の志保ちゃんの様子を見に来たのだが、志保ちゃんはステージ衣装への着替えを終えてお茶を飲んでゆっくりしていた。どうやら大丈夫そうである。

 

「そういえば良太郎さん、こういうステージの前の楽屋には顔を出さないみたいなこと言ってませんでしたっけ?」

 

「それはあくまでも『ファンとして参加するから楽屋には行かない』っていうだけだよ。生憎、俺はまだ君のファンじゃない」

 

「……言ってくれますね」

 

「是非ともこの周藤良太郎を魅了してみせてくれよ?」

 

「望むところです」

 

 俺の挑発的な言葉に対して臆することなく笑う志保ちゃん。今回のデビューイベントはあえて以前()()()()()()()()()()()()()()()()()と似通った場所を選んだのだが、どうやら既に吹っ切れているようでメンタル的には問題無さそうだ。

 

「それじゃあ、ステージの方で待ってるよ」

 

「はい、待っていてください」

 

 そう言って志保ちゃんの楽屋を後にする。あとは観客として彼女のデビューを見守ろう。

 

 ……と言っても、ぶっちゃけ心配はしていない。年末のアリーナライブの時点で基礎は既に出来上がっており、ステージの上に立つ覚悟も出来ている。そして何より彼女は既に『アイドルの現実』を知っているので新人アイドルに有りがちなショックも無いだろう。

 

 だから俺はステージの上で華々しくデビューを飾る彼女のファンになるのを心待ちにしていればいい。

 

(……そーいえば、ピーチフィズの二人は撮影で来れないらしいけど、ジュピターの三人は様子を見に来るって言ってたっけ)

 

 何が始まるのだろうかという興味から人が集まり始めているステージ付近で、まだ来ていないのかと三人の姿をキョロキョロと探す。

 

「っと、お?」

 

 三人の姿は見当たらなかったが、その代わりに見覚えのある少女たちの姿を発見した。というか凛ちゃんたちシンデレラプロジェクトのメンバーだった。一目で分からなかったのは、目立つ筆頭のきらりちゃんがいなかったからだ。

 

「ひーふーみー……十二人か」

 

 どうやらきらりちゃんと杏ちゃんがいないようだ。

 

 しかし彼女たちが何故ここに? みんなで買い物に来てたまたま目に入ったから見に来たのかな?

 

(それはそうと、目立ってるなぁ)

 

 きらりちゃんがいないとはいえ、見た目麗しい美少女があれだけ揃っていればそれなりに注目を浴びて当然だった。

 

 俺も目立つのは出来るだけ避けたいが、知り合いがあれだけいて声をかけないのもアレだし、ちょっと行ってくるとしよう。

 

 

 

 

 

 

「……ここが、新人アイドルのデビューイベントの会場……?」

 

 きらりちゃんと杏ちゃんを除いたプロジェクトメンバーは、ショッピングモールに設けられた特設会場にやってきました。ちなみにきらりちゃんは杏ちゃんが捕まらなかったため「杏ちゃんを探すにぃ!」と言って来ませんでした。

 

 そんな会場を見渡しながら、未央ちゃんはやや困惑した様子の声を出します。

 

「? 未央ちゃん、どうかしましたか?」

 

「あ、いや、その……思ってたよりも、その……小さいというか、人が少ないというか……」

 

「そうですか?」

 

 休日のショッピングモールだから、それなりに人で賑わってると思いますけど。

 

「そーいうことじゃなくて……なんというか……」

 

「……バックダンサーの経験があっても、まだまだアイドルとしては無名です。ファンがいなければ、コアなアイドルマニアの方でもない限りわざわざ足を運びません。……身内以外は」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 考えてみれば、確かにプロデューサーの言う通りです。美嘉さんのステージや他の先輩方のステージに集まった観客の多くは『彼女たちのファン』ですから、まだファンがいない新人アイドルのステージに同じレベルで観客が集まるはずがないですよね。

 

「……ね、ねぇプロデューサー……って、え? プロデューサー?」

 

 そう説明をしてくれたプロデューサーに声をかけようとして、はてと未央ちゃんは首を傾げます。というか、その場にいたプロジェクトメンバー全員が首を傾げました。

 

 確かにここに来るためにプロデューサーさんの許可は得ましたが、仕事があるからと言ってプロデューサーさんは一緒に来なかったはず……?

 

「うきゃ? どーしたにぃ?」

 

「え、きらりちゃん?」

 

 あれ? きらりちゃんも来なかったはずですよ?

 

「印税なんていらない。ファンの人の笑顔さえあれば、杏はこれからも頑張れるよ」

 

「杏ちゃん!?」

 

 杏ちゃんにどんな心変わりが!?

 

 一体これはどういうことなのかと振り返ると、そこには帽子を被り眼鏡をかけた男の人の姿が。

 

「やっぱりいた……」

 

「やっぱりって言い方に若干棘を感じるなぁ」

 

「って、良太郎さん!?」

 

 そう言いながら眼鏡をずり下げる男の人は、なんと周藤良太郎さんでした。

 

 どうやら凛ちゃんは真っ先に気付いたらしく、やや呆れたような表情をしています。他のみんなは基本的に私と同じ様に驚いており、例外として美波さんは眉間に皺を寄せていて、みくちゃんは顔を赤くしながら李衣菜ちゃんの影に隠れていました。

 

 それにしても、今のプロデューサーさんたちの声は……?

 

「良太郎さん、また声真似のクオリティー上がってない?」

 

「あの三人は特徴的だから真似やすかっただけだよ」

 

「今の声、良太郎さんだったんですか!?」

 

 なんかもう驚くポイントが多すぎます!

 

 

 

「それで、どーしてみんなはここに?」

 

 落ち着いてから、改めて良太郎さんとお話しすることに。

 

「私たちの同期になるアイドルのデビューを参考にしようって話になって」

 

「あぁ、そーいうことね」

 

 相変わらず良太郎さん相手に物怖じしない凛ちゃん。昔からの知り合いとはいえ、やっぱり凄いと思ってしまいます。

 

「そういう良太郎さんは?」

 

「俺は勿論、事務所の新人の様子を見に来たんだよ」

 

 ……もしかしたら同じ様に天ヶ瀬さんもいるのではないかと周りを見渡してみますが、それらしき人は見つかりませんでした。CDデビューすることになったと伝えたかったんですが……。

 

「え、えっと良太郎さん、さっきの話なんですけど。新人のデビューイベントってこれぐらいの規模が普通なんですか……?」

 

「んー、事務所の規模や力の入れ具合によってはマスコミを呼んで大々的にデビューすることもあるけど、まぁこれぐらいが妥当かな」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 何故か未央ちゃんの表情が暗くなりました。一体何が……?

 

「っと、そろそろ始まるかな」

 

 良太郎さんの言葉にステージを見ると、事務服のお姉さんがマイクを手に司会を進めていました。

 

『それでは、どうぞ……』

 

 そう促され、ステージの上に登ってきた一人の女の子。

 

 ポスターに載っていた時と同じ衣装に身を包んだその女の子は――。

 

 

 

『………………』

 

 

 

「……っ」

 

 ――年下とは思えないぐらい、物怖じする様子は一切無く堂々とステージの上に立っていました。

 

『……初めまして、北沢志保です。早速ではありますが、私のデビュー曲を……どうぞ、ご堪能下さい』

 

 

 

 ――『ライアー・ルージュ』

 

 

 




・「ミリタリーの話でありますか!?」
熊ジェット流にゅっ式割り込み術。
割り込んできたのは一体何処のミリタリーアイドルなんだ……?

・しかし彼女たちが何故ここに?
現在進行形で「良太郎」「三人娘」「冬馬」はそれぞれがCPのメンバーと面識があることを知りません。さてどこまで引っ張れるか……。

・久しぶりの声帯模写
折角の設定なのに使いどころが少なすぎるンゴ。当初予定していたディアリ―スターズ編だと大いに使うはずだったのに……。

・『ライアー・ルージュ』
LTP04に収録されている志保の持ち歌。
同CDにはころめぐの『アフタースクールパーリータイム』も収録されております。
ある意味この小説での元ネタになった泣き虫ころめぐにも出会いますよ!(ステマ)



 ついに志保ちゃんデビューです。このデビューイベントがちゃんみおに果たしてどのような影響を与えるのか……?

 次回ニュージェネデビュー編終了予定です(ニュージェネの出番が少ないのは仕様)



『サンシャイン第十話を視聴して思った三つのこと』
・お姉ちゃんとマリのポンコツ化が止まらない……!

・ミューズもやったトレーニング(やってない)

・ナイスバディで釣るっていっても女性客しか……あっ(察し)


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Lesson133 New generation girls 4

まえがきショート劇場~友紀&良太郎~

「悪魔に魂を売る覚悟は出来たよ」
「落ち着け、目が座ってるぞ」


 

 

 

「……社長もレベルの高いデビュー曲を用意したよねー」

 

「それだけ志保ちゃんの実力を買ってるってことだよ」

 

「……だろうな」

 

 翔太と北斗の二人と共に二階の手すりにもたれ掛かるように吹き抜けから見下ろすと、特設ステージの上で自身のデビュー曲である『ライアー・ルージュ』を高らかに歌い上げる北沢の姿があった。

 

 バックダンサーとはいえ既にアリーナライブを経験しているだけあってその姿は割りと様になっており、多少採点を甘くしてやれば十分新人アイドルの域は脱しているだろう。

 

 北沢は調子に乗るタイプでもねーし、まぁ今後の成長を期待といったところか。

 

(……そーいえば、こいつも『伝説の夜』に居たんだったな)

 

 話によれば北沢と佐久間と所の新人三人も『伝説の夜』に居合わせていたらしい。

 

 魔王エンジェルの三人といい、あの夜に居合わせたアイドルは同世代のアイドルの中でも頭一つ抜きん出ている。

 

 既にあれから五年以上経とうとしているというのに、あの『伝説の夜』は未だにこうして他のアイドルたちに影響を与え続けているのだ。

 

(……本当にオメーは何者なんだよ)

 

 そんなことを考えるのは一度や二度ではない。こいつと出会い、こいつに度肝を抜かされる度にいつも考える。

 

 結局結論は出ないのだが……それでもそう考えずにはいられないほど、良太郎は謎なのだ。

 

(……ん?)

 

 ふと視線をステージの上からズラすと、何やら見覚えのあるウェーブがかった茶髪の頭頂部が目に入った。正確には頭頂部自体に見覚えはないのだが、それが自分の知る人物の頭部なのだということは何となく分かった。

 

(島村じゃねーか)

 

 つい先日城ヶ崎美嘉のバックダンサーとして初ステージを経験し、今度CDデビューすることが決定したと養成所の先生経由で聞いた新人アイドルの卵だった。

 

 なんでアイツがこんなところにいるのだろうか。……まぁ、偶然だろうな。良太郎がいつも『アイドルとアイドルは惹かれ合う』っつってるし。

 

(? ……!)

 

 何となく島村の頭を見ていると俺の視線に気付いたのか、顔を見上げた島村と目が合った。

 

「……よ」

 

(っ!)

 

 向こうが気付いたのに無視するのもアレなので軽く片手を上げてやると、島村は分かりやすくパァッと顔を明るくしてからペコリと頭を下げた。

 

 なんか犬みてーだなぁという感想を抱きつつ、こーいうのが『人に慕われる』ということなのだろうかと考えてしまう。

 

 ……ただひたすら自己中心的に周藤良太郎を追いかけ、一度はアイドルとして道を踏み外しかけたりもした俺が、『ファン』にではなく『後輩』に慕われるようなことがあっていいのだろうか。

 

「冬馬、そろそろ行くよ」

 

「流石に最後までは見ていけないねー」

 

「……そうだな」

 

 次の仕事があるため、俺たちはショッピングモールを後にする。

 

 最後に一つヒラヒラと島村に向かって手を振ってやると、また顔を明るくして頭を下げていた。

 

 ……まぁ、悪い気分ではねーな。

 

 

 

 

 

 

「卯月、さっき何処に向かって頭下げてたの? 知り合いでもいた?」

 

「あ、えっと、知り合い……というか、この間お世話になった人がいたんです」

 

「へぇ」

 

 トレーナーさんでもいたのかな?

 

 それはそうと、北沢志保さんだ。彼女はステージの上でデビュー曲を高らかに歌い上げていた。それほど激しくないダンスだが曲調と衣装のおかげで全く地味に見えず、逆に動き回らずあくまでも曲に添えるダンスに徹しているように感じた。

 

 そしてその圧倒的な歌唱力。私のように一ヶ月ほどしか歌唱レッスンを受けていない人間のそれでは決してなく、きっとこれがひたすら『アイドル』を目指して走り続けている人の歌声なのだろう。

 

 同じくアイドルを志すようになったからこそ分かってしまう、私と……私たちニュージェネレーションズとの実力差。私たちよりも確実に格上のアイドル。

 

 ……それなのにも関わらず――。

 

 

 

 ――どうして、こんなに足を止める人が少ないのだろうか。

 

 

 

 全く注目されていないわけではない。通行の途中でステージに目を奪われる人もいれば、上の階から覗き込んでいる人もいる。

 

 しかし、全員が足を止めたかと問われれば否だった。

 

 彼女の歌を聞いて、ダンスを見て、足を止める人の方が少なかったのだ。

 

『……ありがとうございました』

 

 やがて歌い終わった北沢さんが頭を下げると、パチパチとまばらな拍手が特設ステージの周囲に響く。こんなに素晴らしいステージだったのだからせめて私たちだけでも、と私やプロジェクトメンバーは一際大きな拍手をした。

 

『若輩者ではありますが、これから北沢志保をよろしくお願いします』

 

 しかし彼女はそんなことをまるで気にする様子は無く、寧ろ誇らしげに満ち足りた表情を浮かべているような気さえした。

 

 私たちの同期として圧倒的な実力差を感じる以上に、それが気になってならなかった。

 

「なんで……」

 

「ん?」

 

「なんで、しほりんはあんなに満足そうなんだろ……」

 

 どうやら私と同じことを考えていたらしい未央がステージを降りていく北沢さんの後姿を見送りながらポツリと溢した言葉に、良太郎さんが反応した。

 

「そりゃまぁ、無事にデビューステージを成功させたわけだからね」

 

「成功って……で、でも、お客さん全然集まらなくて、少ないのに……」

 

「……あー、そっかそっちか……だから武内さん、そのフォロー不足というかうっかりミスはなんなんですか……」

 

 こめかみに人差し指を当てて軽くため息を吐く良太郎さん。怒っているというよりは呆れているような感じだった。

 

「さっきも言ったけど、新人アイドルのデビューステージなんてこんなものだよ。無名であるが故にお客さんは少なく、引き止めるにはアイドルとして()()()()()()

 

 そう簡単に引き止めれるんなら六年前のゲリラライブは騒がれなかったよ、と良太郎さんはそう言い切った。

 

 確かに言われてみれば、良太郎さんは『その場を通りがかった人全てを無差別に魅了し引き止めた』からこそ伝説と呼ばれているのだ。それと同じことを出来るかと問われれば私たちは勿論のこと、流石に北沢さんでも無理だろうと答えざるを得なかった。

 

「だからデビューのステージで大事なのはそこじゃない。観客の前という普段とは違う状況で自分自身の歌とダンスをちゃんと披露出来るか否か」

 

 勿論それの上手い下手も今の段階じゃ関係ないよ、と良太郎さんは私たちの考えていることが分かっているようだった。

 

「そんでもって……もっと大事なことはホラ、そこにある」

 

「えっ」

 

 良太郎さんが視線で示す先に目を向ける。

 

 

 

「今の女の子、可愛かったねー!」

 

「歌も上手いし、今後に期待?」

 

「でももうちょっと笑顔が見たかったなぁ」

 

「いやいや、あのクールな感じのツンとした表情がいいんじゃないか」

 

「クーデレかツンデレか、その辺をハッキリさせようじゃないか」

 

 

 

 ――そこには、先程のステージを思い返す人たちの笑顔があった。

 

「アイドルが歌って踊って、そして観客が笑顔になる。……文句無しで『成功』だ。だから、志保ちゃんもこの結果に満足していたんだよ」

 

「……そっか……そうだよね」

 

 アイドルとして正式にデビューする前から、私は根本的なところを間違えていた。

 

 『集める』のがアイドルじゃない。

 

 『魅せる』のがアイドルなんだ。

 

 だから大事なのは観客の数なんかじゃなくて、見に来てくれた人が笑顔になるかどうか。見に来る人が少ないことはいけないことなんかじゃなくて、ましてや恥ずかしいことなんかでもない。

 

「………………」

 

 どうやら未央もそれに気付いたらしい。きっと今の未央を憑き物が落ちたような顔と言うのだろう。

 

「まぁ、志保ちゃんはこの後事務所に戻って反省会だろうけどね」

 

「え、でも良太郎さん、ステージは成功だって……」

 

「『ブレスが弱い』『一つ動作を飛ばした』『全体を見るのはいいけどちょっと頭がブレすぎ』……ざっと思い返しただけでもこれだけあったから、もうちょい出てくると思う」

 

 意外と容赦なく指折り数える良太郎さん。

 

「いくら俺が女の子に甘くて高校時代に一部で『周藤良太郎のCD買えばその代金分はジュースを奢ってくれる先輩』と噂されていたとしても、アイドルとしては厳しくいくよ」

 

「その思わず涙が出そうになる情報は聞きたくなかったかな」

 

 私が言えた話ではないが、どうしてこの人は『日本の経済にも影響を与えるトップアイドル』と称されているにも関わらず周りからの扱いは雑なのだろうか。

 

 

 

「さて、それじゃあ俺はそろそろ行くよ」

 

「しほりんのとこ寄っていくんですか?」

 

「いや、ファンがアイドルの楽屋に入るのはご法度だからね。アドバイスや感想は事務所に帰ってからにするよ」

 

 サラリと『自分は北沢志保のファンになった』と告げた良太郎さんは、私たちと話をしている間にズリ下げていた眼鏡をかけ直した。勿論目の前の青年が良太郎さんだと認識しているが、それだけで雰囲気が全く変わったような気がするから不思議である。

 

 ついでにその眼鏡姿にみくが真っ赤になるのも不思議である。良太郎さん、本当に何したのさ。

 

「今度は君たちの番だ、凛ちゃん、卯月ちゃん、未央ちゃん。歌やダンスを間違えてもいい。ただ、君たちはこれから『アイドル』になるんだということを忘れないで」

 

「「「……はいっ!」」」

 

「勿論、新田さんとアーニャちゃんも頑張ってね」

 

「……はい」

 

「スパスィーバ。頑張ります」

 

 美波さんは美波さんで、相変わらず良太郎さんを苦手としているらしい。珍しく下の名前で呼んでないところを見ると、良太郎さんも一応気を使っているようである。

 

「俺は観客として……君たちに笑顔を貰うのを楽しみにしてるよ」

 

 最後にそう告げた良太郎さんは、私たちに背を向けて去っていった。

 

「……良太郎さん、楽しみにしててくれるんですね」

 

 去っていく良太郎さんの背中を見つめながら、卯月はポツリと呟いた。

 

 周藤良太郎が、新しくアイドルとなる私たちのデビューステージを「楽しみにしている」と言ってくれたということがどれだけ光栄なことなのかは、考えるまでもなく分かった。

 

 失敗してもいい。そう言われても失敗は当然したくないが、それでも少しだけ気が楽になった。

 

 ……頑張ろうと、自然に思えるようになった。

 

 

 

「……って、良太郎さんを笑顔にするとか物理的に無理じゃん」

 

『……あ』

 

「た、多分気持ちの問題ですよ!」

 

 

 

 

 

 

 さて、今回の事の顛末という名のオチを語ることにしよう。

 

 後日行われた『new generations』と『LOVE LAIKA』のデビューイベントは無事に成功した。

 

 やはりというか当たり前だが観客はまばらで、どんなに贔屓目に見ても大勢の観客と表現は出来ず、間違いなく志保ちゃんの時よりも少なかった。

 

 しかし五人は見事にデビューステージを乗り切った。

 

 少々未央ちゃんの笑顔がぎこちなかったのは、頭では分かっていても少なからずショックを受けていたからだろう。

 

 それでもそれは悲愴なものではなく、これからの熱意と決意を感じさせる力強いものだった。

 

 逆にラブライカの二人は、デビューステージとしては満点に近いものだった。ステージの上で常に笑顔を絶やさないその姿勢には花丸をあげたい。俺の姿を見付けて一瞬だけ顔をしかめた新田さんに関しては目を瞑る。

 

 総評として、シンデレラプロジェクトの先発二組は好スタートを切ることが出来た。これならば他のメンバーの子たちも後に続きやすいだろう。

 

 後は武内さんの言葉足らずというか、アイドルとのコミュニケーション不足が何とかなればいいのだが……そこはまぁ、彼に頑張ってもらう他ない。

 

 勿論好スタートを切った志保ちゃんのことも忘れてはいない。

 

 実は見に来ていたらしいジュピターの三人も交えた反省会でそれなりに改善点は見付かったものの、それは既に中堅アイドル以上に要求されるレベルのものなので、新人アイドルのデビューステージとしては文句無しに大成功だろう。

 

 反省会を終えた後は事務所でお祝いのプチパーティーを開いた。また三人でステージに立てるねと嬉しそうで楽しそうな三人娘の姿を見ると、去年の秋のいざこざがキチンと決着が着いて本当に良かったと思う。

 

 恵美ちゃんたちだけでなく、いずれ事務所のメンバー全員でステージに立つのも面白いだろう。兄貴や留美さんには是非頑張って感謝祭ライブ辺りを企画してもらおう。

 

 

 

 はてさて、次は誰がどのようなデビューを迎えるのだろうか。

 

 

 




・『伝説の夜』
何やら表記ゆれが激しいですが、一応口にする人物が違うからという理由で一つ。

・『周藤良太郎のCD買えばその代金分はジュースを奢ってくれる先輩』
あくまでも噂で、確かに奢ってはいましたが奢る側もたかる側もわきまえていました。



 後書きすっくな(絶望)

 まぁ次回はネタだらけだろうし、多少はね?(後述)

 今回でニュージェネデビュー編は終わりです。これで見事鬱展開の回避に成功しました。やったね!



 ……とでも思っていたのかぁ!?(デデドン)

 「アイドル辞める」騒動が起こらなかったことにより未央は原作よりも『弱体化補正』がかかる可能性が出てきました。

 目の前の事件に対する最善の答えが最善の結果に繋がる訳じゃないって、我らがデップーさんが教えてくれましたからね。
(※別の地球においてデップーさんがトニー・スタークとピーター・パーカーをそれぞれテロリストや蜘蛛から助けた結果、アイアンマンとスパイダーマンが誕生せずに地球が大変なことになった)

 次回は皆さんお待ちかねの蘭子回のスタートです! ……誰か熊本弁翻訳たすてけ()

 来週からのスタートですが、人によっては明日更新の「かえでさんといっしょ」の方でお会いしましょう。



『サンシャイン第十一話を視聴して思った三つのこと』
・濡れ透けは……!?

・デカい!

・久しぶりに千歌ちゃんが女の子口説いてる……。


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Lesson134 Fallen Angel's awaking

今宵、魔王へ真の覚醒をせし堕天使を目の当たりにせよ!
(ついに蘭子回ですのでお楽しみに!)


 

 

 

 ――果たして、我は何故この地に翼を留めているのだろうか。

 

 

 

 俺の隣に腰を下ろす蘭子ちゃん……否、我の隣で羽根を畳んだ《ブリュンヒルデ》は世を嘆き嘆息した。

 

 まるで現世(うつしよ)を拒絶するかのようにその魔眼を臥せ、しかしかつての古傷が疼くのか左の瞳を掌で抑える。

 

「ブリュンヒルデよ。それが我らを縛るこの人の世の掟。天よりこの地へ堕ちた我らはそれに従わねばならぬ」

 

 故に前を見るのだ。そう告げると、ブリュンヒルデは瞼を開けた。深紅に染まった魔眼は、魔力に満ちた銀髪によく映えた。成る程、天上の神々が嫉妬するだけのことはある美貌だ。

 

「……だがこの《混沌の具現(ダークマター)》を討ち滅ぼすには、この仮初めの肉体では《チカラ》が足りぬ……!」

 

「……やも知れぬ」

 

 かつて天上に座していた時ならば、聖なる力を以てして対峙することが出来たであろう。

 

 しかし、我もこの地上に堕ちて永い時を過ごしてしまった。かつての《チカラ》は陰り、この命を賭して刺し違える覚悟が必要だ。

 

「汝も覚悟を決めろ、ブリュンヒルデ。顔を上げろ。魔眼を開け。例えその身が及ばずとも、進まねばならぬ時が来たのだ」

 

 覚悟は出来た。今こそ最後の《チカラ》を解き放ち、真の覚醒を……!

 

「っ~!」

 

 しかしそれは、ブリュンヒルデの手によって引き止められた。白くか細き指が震えながら我が衣に添えられ、我を見上げる紅き魔眼は《堕天使の雫(ティアドロップ)》に揺れてチョー可愛い、じゃなくて……あーもういいや。

 

 プルプルと震えるながらすがるように俺の服を摘まみ、涙目で見上げてくる蘭子ちゃん。

 

 いやぁ美少女の涙目ってそそるものがあるなぁ、などと少々オニチクなことを考えてしまうのは、ぶっちゃけ俺も若干の現実逃避が入っていたからだ。

 

「……ほ、本当に無理なので助けて下さい……!」

 

 ついにいつもの言葉を使う余裕すら無くなった蘭子ちゃんだが、まぁその必死になる気持ちは分かるから何も言えない。

 

「ウマリャーユ、パマギーチェ……私も、助けて欲しいです……」

 

 さらにその隣に座るアーニャちゃんからもヘルプが来た。こっちは涙目にこそなっていないが、それでも凄く困惑した表情でコチラを見てくる。

 

 年下の美少女二人に頼られるという感無量なシチュエーションではあるのだが、正直そんなこと言っている場合ではないのだ。

 

 うんざりするように内心でため息を吐きながら、俺は眼前のそれに視線を戻す。

 

 

 

 ――それは拉麺と呼ぶには余りにも大きすぎた。

 

 ――大きく、多く、重く、そして大雑把過ぎた。

 

 

 

 ――それは正に麺塊だった。

 

 

 

「四人とも、速やかに粛々と食すのです。客の流れを滞らせるとロットが乱れ、店に迷惑が掛かります」

 

 そんなラーメンのようなナニカを一人何事もなく食べ進める貴音ちゃんの姿の向こう側では、俺たち三人と同じような表情で固まる涙目の響ちゃんの姿が見えた。

 

「……さ、流石にこれは自分も無理だぞ……」

 

 というかほとんどベソをかいていた。

 

 しかしながら俺も彼女たちの助けには到底なれそうにない。

 

 いや、普段ならば問題無かったのだ。精神年齢的な問題ゆえに忘れがちだが、俺の肉体はまだまだ全盛期真っ只中の二十歳と三ヵ月少々。ついこの間前世振りにアルコールが飲めるようになって最近晩酌が楽しみになってきた新成人である。

 

 しかしそんな若い胃袋を持つ俺でも()()無理なのだ。

 

 

 

(……佐竹飯店の後でコレは無理だって……!?)

 

 

 

 今度は内心ではなく本当に口からため息を吐く。

 

 

 

 ――どうしてこうなった……。

 

 

 

 

 

 

 こんな蘭子ちゃん回を匂わせるサブタイトルと冒頭の癖に何故こんなフードファイター染みた修羅場を迎えているのかというと、話は二時間ほど前に遡る。

 

 

 

 その日の全ての仕事を終えて残りの予定がスタジオでの自主練だけとなった俺は、最近では珍しく徒歩で移動をしていた。

 

 実は我が愛車はブレーキランプの調子がおかしかったので現在知り合いの修理工場に預けている真っ最中。代車を借りても良かったが、一・二日で直るとのことだったので久しぶりに徒歩と電車での移動を選択したのだ。

 

 そんな俺の今日の予定は、ジュピターの三人と共に出演する新番組の番宣をするために朝から情報番組の梯子だった。その度に主題歌となる新曲のミニライブを行い、その合間合間には雑誌や新聞の取材に答え、昼からは主題歌の発売イベントの握手会にも参加。言わずもがな凄い人数だったので久しぶりに昼飯を食う余裕も無かった。

 

 既に三時を余裕で回っており、今から食べると遅い昼飯で早い晩飯と言った中途半端な時間である。

 

 しかし俺はたった今腹が減っているのだ。

 

 別の仕事があるジュピターと別れて一人街を歩きながら、この空腹を満たすべく大通りを歩く。

 

 洋食和食中華ファーストフードその他諸々。店の前を通る度に空腹を刺激する匂いが鼻腔を擽るさて何処で何を食べるか……。

 

「うーむ、やっぱり腹が減ってると何でも美味そうに見えてくるなぁ」

 

 よし、この際一度目を瞑り、開いた時に真っ先に目に入った店に――。

 

 

 

「今、お腹が減ってるって言いました!?」

 

 

 

「ん!?」

 

 ――そんな矢先、何やら聞き覚えのある声に呼び止められた。

 

 振り返ると、そこには期待に満ちた目でこちらを見つめる茶髪ポニーテールの少女の姿があった。

 

「あれ、美奈子ちゃん」

 

「久し振り、良太郎君!」

 

 かつての765アリーナライブバックダンサー組の一人、元気印の中華娘、佐竹美奈子ちゃんだった。

 

「久し振りだね」

 

「うん! アリーナライブの打ち上げ以来だね!」

 

 ということは……半年振りぐらいになるのか。もうそんなに経つのかぁ……と思ったが現実でも大体それぐらいゲフンゲフン。

 

 ちなみに恭也を名乗っていた時の名残で対応はフランクなままだ。アイドルの先輩ではあるが、同い年なんだし個人的にもこちらの方がいい。距離を取られるのは少々物悲しいのだ。

 

 しかし背は春香ちゃんと同じぐらいなのに相変わらずの大乳だなぁなどと考えていると、その美奈子ちゃんの後ろから覗かせる顔があった。

 

「良太郎さん、お久し振りですー!」

 

「っと、奈緒ちゃんまで。久し振り」

 

 横山奈緒ちゃんが笑いながら片手を挙げる。アリーナライブの時から基本的にこの二人は仲がいいなぁ……ん?

 

「そっちの子は誰かな?」

 

 二人の後ろにもう一人女の子がいた。

 

 小学生ぐらいの身長で茶色の髪を三つ編みにした少女なのだが、何やら見覚えがあるような……?

 

「あー良太郎さん、この子は……っちゅーかこの人は……」

 

「765プロの新しい事務員の方なの」

 

「子供事務員とはこれまた斬新だね」

 

 765プロの子たちから「新しいプロデューサーと事務員の人が来た」という話は聞いていたが、まさかこんなに幼い少女だとは思いもしなかった。

 

 ナギさんの息子のネギ君が子供先生役として映画に出るって話は聞いてたけど、リアルでもこんな話があるんだなぁ。しかし高木さんならば割とあり得そうな話だし。

 

 すると何故か美奈子ちゃんと奈緒ちゃんは気まずそうな表情で顔を逸らした。

 

 それと同時に後ろの女の子も俯いてプルプルと震え始めた。

 

「……良太郎さん、ちゃうんです……」

 

「この方は馬場このみさんと言って――」

 

 

 

「……こんな大人のレディを捕まえておいて子供呼ばわりたぁどういう了見よ!?」

 

 

 

「――二十四歳のれっきとした成人女性なの」

 

「嘘だぁ」

 

「ノータイムで断言したわね!?」

 

 確かに見た目が幼い成人女性だったら身内に二人ほどいるが、両者とも童顔低身長だが出るとこは出てる故に『幼女』とはとても言えない見た目だ。

 

 しかし目の前にいる自称成人女性は完全に幼女なのだ。なんというか女性の身体つきと言うには悲しいぐらいに色々と足りていない。

 

 確かに見た目の割には落ち着いた雰囲気を醸し出しているような気もしたが、今こうして両腕を振り上げながら怒りを露わにする姿はどうしても年上には見えないのだ。

 

「えぇい! ならばこれを見なさい! 運転免許証よ!」

 

「お姉さんのヤツかな」

 

「国が定めた公文書すら否定!? 何が何でも信じないつもりね!?」

 

 いや、本音を言えば若干まだ疑ってはいるものの、免許証まで出されてしまえば流石に信じよう。

 

 ただリアクションがちょっと面白いのでもうちょっとだけからかってみたかった。

 

「良太郎さん、これ……」

 

「ん?」

 

 奈緒ちゃんが何やらスマホで一枚の画像を取り出して見せてきた。

 

 奈緒ちゃんたちの宣材写真かなぁなどと思って覗き込むと、そこに写っていたのは――。

 

 

 

「この間の歓迎会の時のこのみさんの写真です」

 

 ――一升瓶を片手に小鳥さんと肩を組んで笑う、出来上がった彼女の姿だった。

 

 

 

「すみませんでした」

 

「それで納得されるのはそれはそれで納得出来ない!」

 

 

 

「それで話を戻すけど、良太郎君、先程『お腹が空いた』って言ってたよね?」

 

「え? あ、うん」

 

 一通りのやり取りを終えると、美奈子ちゃんがズズイと身を乗り出しながら話を一番初めまで戻してきた。

 

 最近暑くなってきて薄着になった美奈子ちゃんの胸元が大分無防備なことになっていたが、その謎の気迫に気圧(けお)されて思わず一歩後ずさる。

 

「それはいけないね! 今から奈緒ちゃんとこのみさんにウチでご飯をご馳走するつもりなんだけど、是非良太郎君も来てください! お腹一杯ご馳走しちゃいますよ!」

 

「そりゃ勿論――」

 

 条件反射的に頷こうとして、はたと以前恭也が言っていたことを思い出す。確か佐竹飯店と言えば……。

 

「――あぁいや、ちょっと今から予定があって……」

 

「えっ……!?」

 

「うんたった今予定が無くなったから喜んでご馳走になろうかなー!」

 

 止めてくれ、その涙目は俺に効く。

 

「わっほーい! 追加一名様ご案内ー!」

 

 というわけで今日の晩飯(確定)は佐竹飯店で食べることが決まった。

 

 わぁ喜ぶ美奈子ちゃんは可愛いなぁなどと若干遠い目をしていると、何やら同じく遠い目をした奈緒ちゃんにポンと肩を叩かれた。

 

「Welcome to Underground」

 

「やかましーわ」

 

 『the』を付けない辺り完全にネタだった。

 

「それで、結局貴方は誰なの?」

 

 それじゃあ佐竹飯店に……といったところで馬場さんがそんなことを尋ねてきた。

 

「美奈子ちゃんや奈緒ちゃんと仲が良いみたいだけど、なんか何処かで見たことがあるような気がするわね……」

 

 そーいえば変装状態の上に名乗って無かったっけ。

 

 765プロの事務員さんならば今後もよろしくすることがあるだろうから、しっかりと挨拶をしておいた方がいいだろう。

 

「123プロの周藤良太郎です。これから度々顔を合わせる機会があると思いますから、よろしくお願いしますね」

 

「……え」

 

 

 

 さて、まだ全然冒頭の場面にまで辿り着いてないけど次回に続くよ

 

 

 




・冒頭熊本弁会話
(ノリと勢いで書いているので正直中身は)無いです。

・――それは拉麺と呼ぶには余りにも大きすぎた。
ベルセルクは内容重すぎて作者には無理だゾ……(惰弱)

・「今、お腹が減ってるって言いました!?」
地味な今期プリキュアネタ。
何かラスボス出るの早いなと思ったらまさかのゴセイジャー方式だったとは……。

・このみさん再登場
皆さんお察しの通り、765新事務員はこのみ姉さんでした。
後にアイドルとしてもデビューすることになりますが、しばらくは事務員として活動していくことになります。

・ナギさんの息子のネギ君
Lesson31以来のネギまネタ。一応春休みの世界旅行中にイギリスで会っている設定。

・「お腹一杯ご馳走しちゃいますよ!」
劇場版では大人しかった美奈子ちゃんがついに本領を発揮します。
「カロリーが逃げる」という迷言を残した彼女の快進撃がついに始まる……!?

・止めてくれ、その涙目は俺に効く。
止めてくれ、そのナルトスコラは俺に効く。

・Welcome to Underground
2ちゃんねるのページを開いている人の後ろから耳元でソッと囁きましょう。



 殆どの方が「……蘭子、回……?」と思われているでしょうが、誰が何と言おうと蘭子回です(断言)

 次回から本格的に蘭子登場、問題提起、解決策といつも通りに話が展開していくのでご了承ください。



『サンシャイン第十二話を視聴して思った三つのこと』
・開幕堕天使

・お姉ちゃんは小さい頃からポンコツ(知ってた)

・成長している果南(凝視)


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Lesson135 Fallen Angel's awaking 2

正直熊本弁よりもロシア語の方が苦戦した二話目です。


 

 

 

 春の暖かさが夏の暑さに変わり始め、春物の服が夏物の服に変わり始めるそんな季節。

 

『CDデビュー第二弾!?』

 

 それは前回と同じように、いつものミーティングルームに集められた私たちにプロデューサーの口から告げられた。

 

「こ、今度は誰と誰がデビューするにゃ!?」

 

「ハイハーイ! アタシアタシー!」

 

「私もー!」

 

「きらりもやりたいでっす!」

 

 真っ先に反応したのは、やっぱりみくだった。さらに莉嘉とみりあが元気よく手を挙げ、こういう場面では珍しくきらりも杏を抱えたまま自己主張をする。

 

「あ~……みんながやりたそうだし、今回杏は譲るよ……」

 

 その抱えられた杏は相変わらずとして。

 

 いよいよ来ちゃうかぁ……と呟く李衣菜を他所に、プロデューサーは今回デビューすることになるメンバーの名前を告げた。

 

「今回は……神崎蘭子さん。貴女のソロCDデビューになります」

 

 一瞬ミーティングルームがシンとなり、全員の視線が蘭子に向いた。

 

「やったねランラン!」

 

「………………」

 

 未央が祝福の言葉をかけるが、当の本人はまだ状況が飲み込めていない様子だった。

 

「それでは……」

 

(ピー)ちゃん!」

 

 そのまま話を続けようとするプロデューサーを、みくが遮る。

 

「今回、他には?」

 

「前みたいに、同時二組デビューとか!?」

 

 期待を込めた目でプロデューサーの言葉を待つみくと莉嘉。それ以外のみんなも、少なからず自分たちもデビュー出来ることを期待していた。……杏を除いて。

 

「次回はその方向で考えていますが、今回は……待っていてください」

 

 しかしプロデューサーからの返答は芳しくないものだった。

 

 けれど、プロデューサーはちゃんとと『待っていてください』と口にした。前回、言葉足らずでみくたちに誤解をさせてしまったことを反省したということだろうか。

 

 しっかりと、プロデューサーは『絶対にデビューさせます』と言ってくれた。

 

「……分かったにゃ! みくたち、待つにゃ」

 

 みくもそれをしっかりと理解しているからこそ、今回は前回のようにゴネたりしなかった。以前のストライキの時に良太郎さんに説得されたことも影響しているのだろう。

 

「だから蘭子ちゃん、ファイトにゃ!」

 

 だからみくは素直に蘭子を応援した。

 

 自然と拍手が起こり、そうしたところでようやく蘭子は状況を飲み込めたようだ。

 

「……ふ、ふふふ……!」

 

 惚けていた表情が徐々に笑みに変わり、バッと腕をクロスさせたポーズを取る。

 

「我が闇の力、今こそ解放せん!」

 

 

 

 というワケで、今回のCDデビューは蘭子の番になったわけなのだが……やはりというか何というか、問題が発生してしまったようである。

 

 

 

 

 

 

「今日も生き延びることが出来た……」

 

 あの後。美奈子ちゃんに連れられてついにやって来てしまった佐竹飯店。予想通りに予想以上の大盛具合に少し心が折れそうだったが、美奈子ちゃんの期待に満ちた目と奈緒ちゃんとこのみさんの助けを求める目に応えてなんとか完食した。

 

 美奈子ちゃんは「沢山食べてくれる人は大好きだよ!(はぁと)」と随分好感度が上がったみたいだが、これは回収してはいけないフラグな気がする。これを回収した先に美奈子ちゃんが待っていてくれるかもしれないが、そこに辿り着く過程で俺は俺で無くなっているだろう。とんだ闇堕ちルートである。

 

 奈緒ちゃんとこのみさんも「良太郎さんがいてくれてホンマ良かったですわぁ!」「流石男の子ね!」とこちらも好感度が上がったみたいだが、なんというか『これは人柱として使えるな』みたいな副音声が聞こえてきたような気がしてならなった。

 

 「女の子に喜んでもらえるなら本望だよ(自棄)」と最後に出てきた山盛りのゴマ団子を口に詰め込んだところまでが今回のハイライトである。

 

「今日は予定を変えて久し振りに高町ブートキャンプにでも参加するかな……」

 

 普段の運動量や仕事量から考えればそこまで深刻に考えるようなことではないとは思うし、生まれてこの方大きく体型や体重が変わったことも無いが、少しでも過剰摂取したカロリーを消費しておいた方がいいだろう。

 

 『アイドルとしての才能』がアイドルとして適正な体型を保とうとしている可能性があるが、それはそれでイギリスの舞台劇『吸血姫』の中に出てくる吸血鬼染みていて嫌だ。

 

「……ん?」

 

 一時間前と比べて確実に体重というか質量が変わった気がする体を引き摺りながら歩いていると、目の前を歩く二人の銀髪少女の姿に気が付いた。

 

 銀髪と言って真っ先に思い浮かぶのはやはり765の貴音ちゃんだが、割と背の高い貴音ちゃんと比べて小柄なその二人はどちらにも当てはまらない。

 

 というか、二人とも見覚えのある背中であり、さらに言えばシンデレラプロジェクトの蘭子ちゃんとアーニャちゃんだった。

 

 

 

「ランコ、私に何か力になれること、ありますか?」

 

「……優しき同胞よ、感謝する。だが心配無用! 私はいかなる困難も超えてみせる!」

 

 

 

 髪の毛の色を除けば若干言語的な意味で意思疏通が難しいこと以外に共通点が無さそうな二人だが、聞こえてくる会話の内容的に割と仲が良さそうだった。

 

 さて、このまま歩を進めれば多分歩行速度的にすぐ彼女たちに追い付くだろう。

 

 これで何事もなくただ追い越してしまうのも失礼というか味気ないだろうから、普通に声をかけることにしよう。

 

 

 

「再び合間見えたな《ブリュンヒルデ》! そして遥か北の地より舞い降りた雪の妖精よ!」

 

 

 

 思わず釣られた。普通とは何だったのか。

 

「っ!? りょ、良太郎さ――覇王よ! やはり我らは輪廻の因果に囚われぬ者!」

 

「ドーブリィ ヴェーチェル、リョータロー」

 

 突然のことに一瞬素が出かけた蘭子ちゃんだったが、何とかキャラというか言葉遣いを保つことが出来たらしい。右手で顔を押さえてその隙間から目を覗かせめる所謂『中二ポーズ』だが、赤い瞳故に様になっている辺り天性の中二キャラなんだろうなぁと思ってしまった。

 

 逆にアーニャちゃんからは俺のこの言動に対する反応が一切無かった。蘭子ちゃんで慣れているからというだけであって、既に彼女の中で蘭子ちゃんの言葉が標準的な日本語の一種なのだという認識になっているわけではないことを切に願いたい。

 

「今から帰り? なんというか、個人的には意外な組み合わせだけど」

 

「我らは共に魔王の城に座す同胞なり」

 

「ダー、私とランコ、同じ寮で暮らしています」

 

 なるほど、二人は寮生活なのか。

 

「確かアーニャちゃんは北海道だって言ってたよね。蘭子ちゃんは……えっと、ブリュンヒルデ、汝がこの下界に堕天せし地は何処(いずこ)か?」

 

「我は火の国に降り立った!」

 

「へぇ、熊本か」

 

 なるほど、つまり今の蘭子ちゃんの言葉こそが現代のエクストリーム熊本弁ということか……熊本始まってるなぁ。

 

「……ハラショー!」

 

「え?」

 

 俺と蘭子ちゃんのやり取りを聞いていたアーニャちゃんが何故か目を輝かせていた。

 

「リョータローは、ランコの言葉、分かるのですね!?」

 

「……あー、うん、まぁ、そこそこ」

 

 正直ノリと勢いだけで独自解釈しているから完璧に理解しているわけではないが、まぁニュアンスは伝わっているから問題はないだろう。

 

 いやぁ、以前はやてちゃんの『夜天の書』を読ませてもらった経験がアニメの主演だけじゃなくてこんなところにまで生きてくるなんて思わなかった。

 

「……それじゃあリョータロー、ランコの話、聞いてあげてくれませんか?」

 

 するとアーニャちゃんは突然そんなことを頼んできた。

 

「ど、同胞よ!? い、一体何を……!?」

 

「ランコ、元気無いみたいです。でもランコの言葉ムズかしくて、私じゃ話を聞いてあげること出来ません」

 

「……そうなの?」

 

「……う、うむ……」

 

 俺が尋ねると、蘭子ちゃんはやや間を置いてから小さく頷いた。

 

 まぁこーいう言葉は額面通りに受け取ろうとすると全く理解出来ないから、ある程度こちらのノリが分かる人じゃなきゃ無理だよなぁ。

 

「一応こんなのでもアイドルとしては先輩だし、何か困ってることがあるなら話を聞くよ? ……汝の心を蝕む淀んだ魔力、言の葉に乗せて解き放て」

 

「……それもまた一興やもしれん」

 

 そう言って蘭子ちゃんはコクリと小さく頷いた。

 

 どうやら話してみてくれる気になったらしい。

 

「それじゃあこんな道の真ん中で話すのもあれだから、場所を移そうか」

 

 割と先ほどから大手を振って熊本弁(仮)で話していたせいで、先ほどから微妙にチラチラと通行人から見られていた。

 

「蘭子ちゃん、アーニャちゃん、何処か希望はある? 入ってみたい店とか、食べたい物とか。しばしの間、その翼を休める地を己の意志で定めるがよい」

 

「……で、では――」

 

 

 

「メンカタカラメヤサイダブルニンニクアブラマシマシ!!」

 

 

 

「「「………………」」」

 

 ……えっと。

 

「お腹空いたの?」

 

「っ!?」

 

 ブンブンと勢いよく首を横に振る蘭子ちゃん。いやまぁ、そんな筈はないと思ったけど余りにもタイミングが良すぎたもんだから……。

 

 じゃあ今の聞いただけで胃が重くなりそうな呪文は一体誰が……というか、またしても聞き覚えのある声だった。

 

 相変わらずアイドルとのエンカウント率高過ぎぃ! と思いながら振り返ると、そこには先程名前が上がった765プロの銀髪お姫様が今まさにラーメン屋の暖簾を潜ろうとしていた。

 

「貴音ちゃん、響ちゃん」

 

「おや、良太郎殿」

 

「え、良太郎さん?」

 

 その後ろには黒髪ポニーテール沖縄っ子の姿もあった。

 

「な、765プロの四条貴音さんと我那覇響さん!?」

 

「クラサーヴィッツァ……綺麗な人」

 

 既に中堅を超えてトップアイドルの域に達している765プロのアイドルとの邂逅に、流石に蘭子ちゃんも素で驚いており、アーニャちゃんも素直な感想が口から出ていた。

 

「どうしたのですか良太郎殿、こんなところで」

 

「一応ただの通りすがりだけど……二人は今から晩御飯?」

 

「いえ、らーめんを食しに来ました」

 

「? だから晩御飯だよね?」

 

「いえ、らーめんです」

 

 ヤバイ、蘭子ちゃんとは意思疎通出来たのに何故か貴音ちゃんとそれが出来ない。

 

「らーめんとは、ただの食事として括られるものではありません。心のままに食し、魂を満たすのがらーめんなのです」

 

「お、おう」

 

 キラキラと目を輝かせた貴音ちゃんは何故か若干熊本弁(仮)が入っていた。

 

 おかしい。確かに貴音ちゃんは元々ミステリアスな雰囲気ではあったが、ここまで異次元ではなかったと思うのだが……。

 

「どうやら良太郎殿にも分かっていただく必要があるようですね……では参りましょうか」

 

「えっ」

 

 ススッと近づいてきたかと思うと極々自然な動きで俺の腕をガッチリとホールドする貴音ちゃん。765プロで二番目の大乳がむにっと肘に当たる感触に気を取られている内にズルズルとラーメン屋の中に引きずり込まれてしまった。

 

 というか『良太郎殿()()』ってことは……。

 

 チラリと視線を響ちゃんに向けると、彼女は先ほどの奈緒ちゃんやこのみさんと同じ目をしていた。具体的に言えばハイライトが全く仕事をしていない。いやぁ響ちゃんもそんな表情できるなるなんて演技の幅が広いなぁなどと言っている場合ではない。

 

 これアカンやつだ。

 

「りょ、良太郎さん!?」

 

「そこの貴方たちも共に来るのです。らーめんの神髄……とくとご覧に入れましょう」

 

「え……!?」

 

「シトー……?」

 

 あれよあれよと店内に連れ込まれる哀れな俺たちの明日はどっちだ……!?

 

 

 




・「今日も生き延びることが出来た……」
FE新作まだかなー。

・とんだ闇堕ちルートである。
彼女の場合純粋に『自分の作ったものを沢山食べて欲しい』という想いはあるものの、その実『体形が太目の人が好き』とガチで太らせに来ているので油断してはいけない。

・イギリスの舞台劇『吸血姫』
『うつくし姫』『アセロラ姫』の二部作。初代主演をイギリスが誇る名女優アタナシア・マクダウェルが務め、その娘のキティ・マクダウェルも主演を務めた。
……という作者の設定。詳しくは業物語にて。

・熊本弁
初めはあくまでも非公式だったものの、次回予告にて小梅が発言したことにより公式ネタになってしまった。

・「メンカタカラメヤサイダブルニンニクアブラマシマシ!!」
※胃の弱い奴は死ぬ。



 気が付けば良太郎が熊本弁とのバイリンガルのようになっていた。

 割と書いていて楽しい熊本弁ですが、やはり時間がかかる……。

 ようやく前回の冒頭に繋がったところで次回です。



『サンシャイン第十三話を視聴して思った三つのこと』
・そんなこと……あるけど(謙遜)

・ダイヤさんそのポーズなんすか(マジレス)

・で? 二期は?


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Lesson136 Fallen Angel's awaking 3

平成28年9月28日、世界はガチャの炎に包まれた……!(デデデーン!)


 

 

 

「いやぁ、さっきのラーメン(仮)は強敵だったね……」

 

「良太郎さん、目の前のラーメン(仮)はまだ手付かずで残ってるぞ」

 

 おかしい。大抵こういう風に次話に続いた場合は話が進んでいたりするのだが、今回に限って全然場面が進んでいなかった。

 

 今回の冒頭にようやく辿り着いたという意味では話が進んだと言えなくもないが、目の前のラーメン(仮)が今直俺の目の前に立ちはだかっている以上どっちでも変わらなかった。

 

「「良太郎さん……!」」

 

「リョータロー……」

 

 女の子三人からの助けを求める目線がこんなにも辛いのは初めての経験である。

 

「……とりあえず無理しないで食べられるだけ食べようか。残すのは……なんか許される雰囲気じゃないから、後は俺か貴音ちゃんが食べるから」

 

 貴音ちゃんの許可は取らなかったが、何も言わなくても彼女なら食べてくれるであろう。というか、先程から黙々と食い続けていて既に山が半分ほど切り開かれていた。

 

 というわけで、俺も本当に覚悟を決めることにしよう。

 

「クククッ……逃すなよ……! 新たな伝説の瞬間……刹那のシャッターチャンス……!」

 

「新たな伝説の瞬間……!?」

 

「な、なんか良太郎さんの顔が角ばったような気がしたぞ……!?」

 

 伝説というワードに反応して目を輝かせる相変わらず平常運航な蘭子ちゃんはともかくとして、覚悟を決めた俺は割り箸を割ると目の前の敵に切りかかるのだった。

 

 決死のダイブ……! 麺の海っ……!

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「リョータロー、大丈夫ですか?」

 

「は、覇王の魔力が乱れ、魂の損傷が激しい……!」

 

「良太郎さんがこういう時に軽口を言わないなんて珍しいけど、それだけ本当にダウンしてるってことか」

 

 ベンチに座りこんで動けない俺の顔を心配そうに覗き込んでくるアーニャちゃんと蘭子ちゃんは兎も角、響ちゃんはそんな無駄なことに感心していないでもう少し心配してくれてもいいんじゃないかな……。

 

 あの後、なんとか自分の分を食べきったのだが、元々食が細いらしいアーニャちゃんと蘭子ちゃんが途中でギブアップ。その二人の残りも何とか死力を尽くして食べきったのだが、当然それで俺も限界を迎えてしまった。響ちゃんの肩を借りながらではあるが、こうして近くの公園のベンチまで歩いて来ることが奇跡である。

 

 ちなみに響ちゃんも食べきれなかったが、そちらは貴音ちゃんが余裕で食べきっていた。本当にあの細身の体の何処にあのラーメン(仮)が入っているのだろうか……胸と尻だな、間違いない。

 

「……ゴメン、今はそっとしておいて。何かしらの衝撃で俺の口から爆流破が炸裂するから」

 

(食べたもの)が強ければ強いほど威力が増すのかそれ……」

 

 テレビと違って映像を加工してキラキラエフェクトで誤魔化してくれないのでここは耐える。

 

「あー……それじゃあ、蘭子ちゃん、改めて話を聞かせてもらおうか」

 

「……えっ!?」

 

「元々そういう話だったでしょ?」

 

 本来ならば喫茶店などでお茶を飲みながらのんびりと話を聞く予定だったが、残念ながら胃は何も受け付けない。

 

 一応夕方の公園ということで周りに人が少ないので、話を聞くには最適とまでは言わないものの悪い場所でもなかった。

 

「ん? 何の話だ?」

 

「俺が後輩のアイドルちゃんのお悩み相談をするって話」

 

「なら自分も相談に乗るぞ!」

 

「えぇ!?」

 

「これもアイドルの先輩としての役目さー!」

 

 何故か響ちゃんがやたらと乗り気になった。

 

(事務所に新たな者たちが入ってきて以来、先輩と呼ばれることをいたく気に入ったようで……)

 

(なるほどね……)

 

 コッソリと貴音ちゃんが教えてくれたことから察するに、要は今まで業界の中でも新人扱いされていたところを最近になって先輩扱いされる機会が増え、それに気を良くして先輩風を吹かせたがっているといったところか。相も変わらず犬みたいというか小動物チックな子である。

 

「え、えっと……」

 

「……汝を蝕む魔力の波長に対する対抗魔術の適合者、我ら三人の内の誰やもしれぬ。話してみるのもまた一興」

 

 迷うようにこちらに視線を向けてくる蘭子ちゃんに、もしよければ二人にも話を聞いてもらうように促す。もしかしたら俺が彼女の悩みに対する答えを持ち合わせていない場合もあるしね。

 

「……うむ、ならば我が魂を蝕む淀んだ魔力、解放せし呪術は汝らに託すことにしよう」

 

 話を聞いてもらう決心がついたらしく、蘭子ちゃんはベンチから立ち上がると夕暮れの陽射しが強い中で日傘を差しながら語り始めた。

 

「それは、まだ赤き陽が天上に座す時のことであった。瞳を持つ者から我が降誕の時を告げられ、我がチカラとなりし新たな魔術の詩編を――」

 

「ストップ」

 

 まるで詩を語るように話していた蘭子ちゃんに、響ちゃんからストップがかかった。

 

「……えっと、その……ど、何処の言葉なんだ?」

 

「熊本弁だって」

 

「熊本弁!? 自分たちの沖縄弁(うちなーぐち)とは別ベクトルで難解だぞ!?」

 

 まぁ沖縄弁は琉球語っていう外国の言葉と考えればまだ納得できるけど、蘭子ちゃんのエクストリーム熊本弁は日本語なのに解釈が難しいという理不尽さがあるからなぁ。

 

「りょ、良太郎さんは今の分かるのか?」

 

「まぁなんとか」

 

「それじゃあ良太郎さん、翻訳して」

 

「えー……」

 

 動くのも辛いってことは喋るのも割と辛いってことで、蘭子ちゃんの熊本弁翻訳のために頭を使うのは更に辛いんだけど……。

 

「あーなんか最近下着のサイズが合わなくなってきたって美希が言ってた気がするぞー」

 

「コマンドー並みの名翻訳をしてみせるからその話を詳しく」

 

「この手に限るぞ」

 

 

 

 

 

 

  それは今日のお昼の頃のことでした。

 

 CDデビュー第二段としてなんと私が抜擢され、その打ち合わせをプロデューサーさんと行うことになりました。

 

「まだ、ラフの状態ですが……神崎さんのイメージで、作曲家の方にお願いしました」

 

「おぉ! 魂の波動が! 流石は瞳を持つ者!(わぁ! 素敵な曲です! 流石プロデューサーさん!)」

 

「気に入っていただけたようで何よりです」

 

 プロデューサーさんから私のデビュー曲のラフを聞かせてもらいましたが、とても素敵な曲でした。プロデューサーさんも私が良い反応を示したことで若干ながらホッとした様子でした。

 

「今、作詞家の方に歌詞をお願いすると同時にもう一つ、PVの企画を進めています」

 

 プロデューサーさんが企画書を捲ったので、それに合わせて私も紙を一枚捲ります。

 

「……っ!?」

 

 思わず手が止まってしまいました。

 

 そこに書かれていたのは口から血のようなものを流す人形の画像と『夜を統べる闇の眷属』『この世に紅き血の惨劇を』という、分かりやすくホラーな内容だったのです。

 

「神崎さんのイメージに合わせて……出来れば、本格的なホラーを……ダークな内容でと考えて……神崎さん?」

 

「………………」

 

 プロデューサーさんの説明の途中でしたが、そっと企画書を閉じます。

 

「……こ、この紙片に紡がれしは過去の姿。既に魔力は満ち、闇の眷属たる時は終わりを告げた。今こそ、封じられし翼を解き放ち、魂を解放させる時(えっと……こういう雰囲気の企画は私のイメージと違うというかなんというか……。せ、折角アイドルデビューするんですから、私の考えを聞いてもらえますか?)」

 

「………………」

 

 少し考えながらプロデューサーさんは自身の手帳を捲ります。

 

 その手帳には今まで私が発してきた言葉の意味が纏めてあり、その中から私の言葉に当てはまるものを探している様子でした。

 

「……企画の内容に、何か問題が?」

 

「うむ!」

 

 とりあえず私が現段階の企画に不満を持っているということは理解してもらえました。

 

「……具体的に言うと?」

 

「っ!」

 

 その言葉を待っていました!

 

 私は立ち上がると私がイメージする『私がなりたいアイドルの設定』を伝えます。

 

「かつて崇高なる使命を帯びて、無垢なる翼は黒く染まり、やがて真の魔王への覚醒が……!(以前は崇高な使命を持った天使だったんですけど、地上へ降りた際に闇の誘惑に抗えず堕天してしまい、そのまま真の魔王へと覚醒してしまうんです!)」

 

「使命……? 魔王……?」

 

 再び手帳を捲りながら、プロデューサーさんは私の言葉の意味を理解しようとしてくれます。

 

「……イメージに相違があるのは分かりました。ですが、すみません……差が、よく分かりません」

 

「えっ」

 

「それが、重要なことなのでしょうか?」

 

「……っ!?」

 

 ――結局プロデューサーさんも、私の言葉を理解してはくれませんでした。

 

 

 

 

「――降誕の時を前にして、かの者は瞳の力を曇らせてしまった……。我が言の葉を操る術に長けていればその秘めたる真意を伝えることが出来るのだが……」

 

「『デビュー直前になってプロデューサーさんが私の言葉を理解してくれませんでした……。私がもう少し分かりやすく言えれば良かったんですけど……』ってところかな」

 

 一通りの翻訳を終え、アーニャちゃんが自販機から買ってきてくれたペットボトルのお茶を飲んで喉と胃をスッキリとさせる。まだまだ満腹状態は継続中だが、割と普通に行動できるぐらいにまでは回復した。

 

「……なんというか、本当にコマンドー並みの意訳を含んでそうな翻訳というか、ご丁寧に声帯模写まで使って副音声みたいになってたけど……えっと、蘭子だよな? 良太郎さんが翻訳した内容はあってるのか?」

 

「うむ! 正しく我と瞳を持つ者の対話そのものであった!」

 

「……とりあえず良太郎さんの翻訳が異次元を超越して第四の壁の向こう側視点だったことはこの際置いておくぞ……」

 

 我ながら素晴らしい出来だった俺の翻訳に若干不満がある様子だったが、そこに目を瞑り響ちゃんは蘭子ちゃんの悩みの内容を吟味する。

 

「んー……根本的な問題とは関係ないかもしれないけど、自分は蘭子の気持ちが分からないでもないぞ」

 

「えっ」

 

「ふむ、わたくしにも、ほんの少しではありますが身に覚えがあります」

 

「えっ!?」

 

響ちゃんと貴音ちゃんの反応に、思わず素になって驚いてしまった蘭子ちゃん。

 

「な、汝らも我と同じ淀んだ魔力に蝕まれていたと言うのか!?」

 

「響ちゃんたちも、蘭子ちゃんと同じ悩みを抱えていたの?」

 

 すぐにキャラを復活させ、俺も彼女の翻訳というか通訳を再開する。

 

「んー、全く同じって言うと微妙なところなんだけど……」

 

 ポリポリと頬を人差し指で掻きながら、響ちゃんは苦笑を浮かべる。

 

「自分も、実家の島を出たばかりの頃はあんまり言ってることを理解されなかったから」

 

「……え」

 

「自分、走れば三十分で一周出来ちゃうぐらいちっちゃな島の生まれでさ。沖縄弁(うちなーぐち)が他と比べても凄くキツいところで、今でこそマシになったけど初めて本島に行った時は同じ沖縄県民にすら話が通じなかったことがあったんだ」

 

「わたくしは響とは違いますが……ごく稀に『言動や雰囲気が良くわからない』などと言われることがあります」

 

 そう語る響ちゃんと貴音ちゃんに、思わず内心で成る程と一人納得する。

 

 要するに、響ちゃんは沖縄弁という言葉そのものが、貴音ちゃんは独特な雰囲気から発せられる言葉の内容が、それぞれ蘭子ちゃんと同じように理解されないことがあったということか。

 

「な、汝らはその淀んだ魔力、その呪縛から如何にして解放された!?」

 

「うーん、と言ってもなぁ……」

 

 流石にこれは俺が訳すまでも無く理解した様子の響ちゃんだったが、その蘭子ちゃんからの問いに再び言葉を濁らせる。

 

「その、自分の場合は普通に標準語を覚えてそっちを使うようになっちゃったから……」

 

「わたくしも、特に何かしらの行動をした訳ではありませんので」

 

「……そ、そうか……」

 

 二人の解答にシュンとした蘭子ちゃんは、日傘を差したままベンチに腰を下ろした。

 

「……やはり我が言の葉は下界では通用せず、降誕をするには再転生の儀が必須か……」

 

「……いや、蘭子ちゃんに必要なのは『変えること』じゃなくて『変わること』だよ」

 

「え……」

 

「それ、同じじゃないのか?」

 

「違うよ」

 

 よっこいせ、と精神的にも肉体的にも重くてベンチの背もたれに預けていた体を起こす。

 

 

 

「『変えること』と『変わること』は似て非なるものだよ」

 

 

 




・「クククッ……逃すなよ……! 新たな伝説の瞬間……刹那のシャッターチャンス……!」
・決死のダイブ……! 麺の海っ……!
『中間管理録トネガワ』とかいうカイジ読んだことある人ならば絶対に笑うスピンオフ。

・爆流破
個人的には金剛槍破よりこっちの方が好き。でも竜鱗の方がもっと好きです。

・「この手に限るぞ」
玄田版が有名だけど屋良版も割と名翻訳だと思う。

・響と貴音の昔の悩み
当然オリジナル設定だから、実際に悩んでたかどうかは別。



 アニメとは別場所に着地しそうな雰囲気ですが、一応同じ場所に着地する予定です。

※追記
感想で「こういう時こそ声帯模写使って副音声付けるべきだろ」と真っ当なツッコミをいただきましたので、一部文章を差し替えました。



『どうでもいい小話』

 デレステプレイヤーなら周知のことですが、先月末にシンデレラフェスが開催されて楓さんの限定SSRが登場しました。

 えぇ、当然回しましたとも。それまで貯めた三万個のジュエルを全て溶かす覚悟で回しましたとも。






 無償30連でお迎え出来たよおおおおおお!!うわ何この楓さんメッチャ美しい!

 書けば出るって本当やったんやな……!

 というわけで、みんなで書こうデレマス個別メイン小説!


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Lesson137 Fallen Angel's awaking 4

まえがきショート劇場~友紀&良太郎~

「大きな星が点いたり消えたりしている。アハハ、大きい……ホッシーかな。イヤ、違う、違うな。ウミスターズがCSにいるはずないもんな。暑っ苦しいなココ。ん……出られないのかな。おーい、出し下さいよ……ねぇ」
「先生大変っ! ユッキが白目を剥いたまま動かないのっ!」


 

 

 

「『変えること』と『変わること』……?」

 

「何とも、トンチのような言葉ですね」

 

 響ちゃんと貴音ちゃんが首を傾げる。というか、その場にいた俺以外の全員が首を傾げていた。

 

「は、覇王よ、その言の葉に込められた真実は一体……?」

 

「シトー? どういうことですか?」

 

「日本語と熊本弁どっちで説明した方がいい?」

 

「もう面倒くさいからそーゆーのいいぞ」

 

 響ちゃんに正面切って面倒くさいと言われてしまった。

 

 一瞬蘭子ちゃんがまた期待したような目をしたが、正直熊本弁に訳しながら喋るのも少々頭を使うので分かりやすく普通に日本語で説明しよう。

 

「でもその前に、一個だけ簡単な解決策を提案しておこうかな」

 

「え、そんなのあるの?」

 

「うん。結局蘭子ちゃんは武内さんに自分のイメージを伝えることが出来ればいいんでしょ? それなら俺とか言葉を理解出来る人に通訳を頼めば良いんだよ」

 

「……えぇ!?」

 

「あ!? 言われてみれば!」

 

「これは盲点でした……」

 

「ダー。気付きませんでした……」

 

 そんな一番簡単かつ単純な解決方法に響ちゃんと蘭子ちゃんが盛大に驚き、貴音ちゃんとアーニャちゃん目を丸くしていた。

 

 というか、普通に考えればこれを真っ先に思い付くと思うんだけど。現に先ほど響ちゃんも俺に翻訳頼んだんだし。

 

「で、では覇王よ! 我が言の葉を瞳を持つ者に……!」

 

「まぁ本当に頼まれたら断ってたけど」

 

「……良太郎さんがいじめるぅ~……!」

 

 蘭子ちゃんが素の言葉になってしまうほど虐めたつもりはないのだけども、結果的に虐める形にはなってしまったことは認めよう。

 

 貴音ちゃんの胸に抱き付きながらメソメソする蘭子ちゃん。貴音ちゃんと響ちゃんとアーニャちゃんからの視線がやや冷たいが、別に俺だって蘭子ちゃんの泣き顔がみたいからなんて理由は少しだけあるが誤解である。

 

「それは()の解決にはなるかもしれないけど()()()()の解決にならないよ」

 

 誰かに頼る、というのは勿論一つの手段として存在する。

 

 しかしこれから先同じ問題に直面する度にその人物に頼り続けるのか、ということだ。

 

 ただ凛ちゃんにも言い含めておいた『理不尽な目に会った時』は例外。これはその子個人の問題ではなく、俺たち『大人』が何とかするべき問題だから。

 

「そうだね……蘭子ちゃん、今さっき自分の言葉遣いを変えようかなってちょっとでも思ったでしょ」

 

「……ひ、否定はせぬ……」

 

 少し目を逸らしながら、しかし蘭子ちゃんは頷いた。

 

「蘭子ちゃんがその選択肢を選ぶにはまだ早いんじゃないかなってこと。蘭子ちゃんはまず『自分を変える』前に『自分が変わる』という選択をするべきなんだよ」

 

「……貴音、これって分からない自分がおかしいのかな」

 

「良太郎殿、説明が抽象的過ぎて、響が困惑しております」

 

 この手の解説パートはこっちもニュアンスで話してるところがあるからなぁ……。

 

「結局蘭子ちゃんはホラー系が苦手だから、武内さんが提案したゴシックホラーの企画に首を縦に振れなかったってことでいいんだよね?」

 

「な、何を言うか!? 我は闇の魔力を持ちし魔王故、あのような影の住人に後れを取るなどと……」

 

「ダー。ランコ、怖いの苦手です」

 

「同胞よ!?」

 

 先ほどの蘭子ちゃんの過去回想の時は上手く誤魔化しているつもりだったらしいが、誰がどう聞いてもゴシックホラーが苦手で武内さんが持って来てくれた企画がすんなりと受け入れられなかったということは聞いていてまる分かりだった。

 

「本当だったら、プロデューサーっていうのはそのアイドルにあった仕事を持ってきたり企画を考えたりする役目だ。そこら辺を全部一人で出来るのならばいらないかもしれないけど、それを兼業出来る人はそうそういない」

 

 元々個人の力で活動を初めて、プロダクション所属になってからもセルフプロデュースを続けていた魔王エンジェルの麗華がその筆頭である。

 

「でも今回、武内さんが持ってきた企画は蘭子ちゃんが苦手としている類いのものだった」

 

 普段の蘭子ちゃんの言動を額面通りに受け止めていれば、一般人がゴシックホラー系を連想しても別段おかしな話ではない。

 

 だから武内さんは蘭子ちゃんにゴシックホラー系の企画を持って来てしまった。蘭子ちゃんがホラーを苦手としているということに気が付かずに。

 

「原因は、武内さんがそのアイドルのプロフィール以上の情報を知らなかったってこと。要するに、コミュニケーション不足ってことだ」

 

「あー……そういえば、ウチのプロデューサーも最初はそーいうことあったぞ」

 

 ポリポリと頬を掻きながら苦笑する響ちゃん。

 

 なんでも入社直後の赤羽根さんも、高いところが苦手のやよいちゃんに高所アクションの仕事を持って来てしまったり、貴音ちゃんにパステルカラーなフリフリゴシックのグラビアの仕事を持って来てしまった時期があったらしい。まぁこちらは純粋に赤羽根さんが空回っていただけな気もするけど。

 

 ここまでだと全ての原因が武内さんにあるみたいな結論になってしまうが、全てが全て武内さんの責任とするわけにはいかない。

 

「だから蘭子ちゃんは、まず自分のことを武内さんに話そう」

 

「……我のことを……?」

 

「蘭子ちゃんのキャラ的に自分のことをあーだこーだと他人に話すことってあんまりしないだろうけど、アイドルはまずプロデューサーに自分がどんな人間か分かってもらわないといけないから」

 

 だから『変える(妥協する)』のではなく、自分を知ってもらうために『変わる(行動する)』のだ。

 

「そうすればきっと……いや、絶対、武内さんは君のイメージ通りの企画を持って来てくれるはずだからさ」

 

 「分かった?」と問いかけると、蘭子ちゃんは「……はい」としっかりと頷いてくれた。

 

「以上、周藤良太郎のお悩み相談のコーナーでしたとさ」

 

 

 

 

 

 

「ゴメンね二人とも、一緒に話を聞いてって頼んだ癖に最後はおざなりな扱いしちゃって」

 

「別にどうってことないさー!」

 

「はい。蘭子の悩みが解決したようで何よりです」

 

 寮の門限があるからと、蘭子ちゃんとアーニャちゃんは帰っていった。

 

 帰り際、素の蘭子ちゃんから笑顔で「ありがとうございました!」というお礼の言葉を貰ったことが、今回のお悩み相談の報酬としては十分すぎた。

 

「しかし良太郎殿、これで彼女の問題が全て解決したというわけではないのでしょう?」

 

「うん、そうなんだよねぇ……」

 

 貴音ちゃんの言う通り、この問題はまだ半分しか解決していない。

 

 つまり蘭子ちゃん側の問題ではなく、武内さん側の問題だ。

 

 蘭子ちゃんが武内さんに歩み寄る姿勢を見せても、武内さんが一歩引いてしまってはその距離は縮まらない。

 

「だから武内さんにも少しお話しといた方がいいとは思うんだけど、生憎連絡先知らないんだよなー」

 

 凛ちゃん経由で話してもいいのだが、武内さんの立場を考えると俺が直接話しておいた方がいい。

 

「良太郎さんだったら、いつものご都合主義染みた偶然で街中歩いてたらばったり出くわすんじゃないか?」

 

「いくらなんでもそんな不確定なものに期待してたら……」

 

 

 

「はーい、そこの目付きの悪い大男、ちょっと止まってー」

 

「あ、いえ、私は……」

 

 

 

「「「………………」」」

 

 不意に聞こえてきたそれは、まだ職務を全うしている最中であろう義姉が職務質問をかける声と、何やら警察から声をかけられることに対して既に慣れのようなものが見え隠れするバリトンボイスだった。

 

「良太郎さん、不確定なものがなんだって?」

 

「俺が聞きたい……」

 

 ご都合主義とか話の展開の都合上とか、そんなチャチなものじゃないもっと恐ろしいものの片鱗を味わった。

 

 

 

 とりあえず身内特権を使って早苗ねーちゃんを説得し、武内さんを助け出した。

 

「すみません、ありがとうございます……」

 

「あぁいや、こちらこそ身内が早とちりしてすみません」

 

 先ほどまで蘭子ちゃんやアーニャちゃんと座っていたベンチに今度は武内さんと座る。

 

「それでその……そちらのお二人はもしかして……」

 

「他人の空似だぞー」

 

「どうぞわたくしたちのことはお構い無く」

 

 別に何かしらの問題があるわけではないが、説明とか紹介とか色々と面倒くさいので響ちゃんと貴音ちゃんはたまたま居合わせた通行人AとBに徹してもらおう。

 

「しかしちょうど良かった、武内さんに会って話したいことがあったんですよ」

 

「私に話……ですか?」

 

「はい」

 

 世間話は省いて、早速本題に入らせてもらおう。

 

「実は先ほど、蘭子ちゃんからお悩み相談を受けてましてね」

 

「神崎さんから……?」

 

「自分の言葉をプロデューサーに伝えるにはどうしたらいいのかって悩んでました」

 

「っ……!」

 

 当然武内さんにはその悩みに心当たりがあるようで、一瞬言葉を詰まらせた。

 

「一応俺に出来るアドバイスはしておきました。あとは彼女がどうやってその悩みに向き合うかだけです」

 

「……わざわざ気にかけていただき、ありがとうございます」

 

「いえいえ。まだ問題は半分しか解決してませんから。……どういう意味か、分かりますよね?」

 

 そんな風に含みを持たせながら問いかけると、武内さんは少し視線が泳ぎながらもしっかりと頷いた。

 

「なんというか……武内さんは、アイドルと距離を取り過ぎなんですよ」

 

「距離……でしょうか」

 

「はい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そんなに離れてしまっては聞き取れないアイドルの声だってあります」

 

「………………」

 

 少々きつい言い方になってしまうが、生憎年下の女の子と同じ対応をするつもりは毛頭ない。彼は俺と同じく『大人側』の人間なのだから。

 

「今回の事もそうです。貴方がもう少しアイドルの近くにいれば、蘭子ちゃんのイメージがどんなものなのか気づけたはずです」

 

 熊本弁という難解さはあっただろうが、少しでも蘭子ちゃんのことを知ろうとしていれば彼女の言葉を額面通りに受け止めるのではなく、彼女が自己紹介の時に語っていた『無垢なる翼は黒く染まり』というワードからどういうイメージを持っているのか分かりそうなものである。

 

 あまりにも理不尽な物言いかもしれないが、それが今の彼に求められていることに他ならないのだ。

 

「蘭子ちゃんが持っているイメージを貴方に教えてあげることは出来ません。それは蘭子ちゃん自身が貴方に話すことであり、貴方自身が蘭子ちゃんから聞かなければならないことです」

 

「……重ね重ね、ご迷惑をおかけしました」

 

「武内さんには、俺の可愛い妹分を見初めてもらった恩がありますから。……どうか彼女たちを全員、立派な一人前のアイドルにしてあげてください」

 

 これで蘭子ちゃんと武内さん、二人が共に歩み寄るきっかけとなった。

 

 歩み寄り、向き合ってしまえば後はもう問題ないだろう。

 

 蘭子ちゃんは純粋で自分のイメージをしっかりと持っている子で、武内さんも優秀なプロデューサーに間違いないのだから。

 

 

 

 

 

 

 さて、今回の事の顛末という名のオチを語ることにしよう。

 

 あの後、無事に蘭子ちゃんと武内さんは互いに歩み寄って二人向き合って話し合うことが出来たらしい。

 

 夕暮れの事務所の中庭で蘭子ちゃんの日傘を差しながら二人で肩を並べて噴水の縁に腰を下ろし、好きな食べ物や休日によく聞く音楽などの話から始まった本当に何気ない日常の世間話。

 

 そんな中で武内さんは再び蘭子ちゃんが語るイメージと向き合ってようやく『堕天使』というキーワードに辿り着き、そうして改めて練り直された武内さんの企画で蘭子ちゃんは無事に『Rosenburg Engel』として『-LEGNE-仇なす剣 光の旋律』という曲でデビューを果たした。

 

 ……と凛ちゃん経由で知ることが出来た。彼女も蘭子ちゃんと武内さんが微妙にすれ違っていたのを気にしていらしく、ホッとした様子だった。なんだかんだでこの子も面倒見がよくなりそうである。

 

 今回の件で、やはりアイドルとプロデューサーは良い関係を築いておかないといけないなぁと実感した。

 

「てなわけで兄貴、たまには早苗ねーちゃんと二人でのんびり飯でも食って来いよ」

 

「いきなりだな」

 

「いや、たまにはお世話になってる兄貴と義姉の労をねぎらってやろうかと思ってな。佐竹飯店って店なんだけど、周藤良太郎の兄ですって言えばサービスしてくれるはずだからさ」

 

「そうか……じゃあその好意をありがたく受け取っておくよ」

 

 そう言って早苗ねーちゃんを迎えに行ってその足で佐竹飯店に向かう兄貴の背中を見送る。

 

 

 

「……さて」

 

 今度は何処に逃げ込むか……。

 

 

 




・簡単な解決策
本当にやったらその時点でお話終了という恐ろしい解決策。

・蘭子ちゃんの言動を額面通りに受け止めていれば
ゴシックホラーかどうかは別として、例えば。
「月は満ちて、太陽は滅ぶ。漆黒の闇夜に解き放たれし翼」
訳:「今日のお仕事終わりの予定が夜なので、また帰るのが遅くなりそうです」
太陽が滅ぶとか物騒すぎる。

・いつものご都合主義染みた偶然
今更なので今後も多用する予定です(開き直り)

・『-LEGNE-仇なす剣 光の旋律』
ドイツ語で天使を現すENGELの逆さ言葉で堕天使を現すらしいのだが、それがサラッと出てくる武内Pの教養の深さを垣間見る一場面。



 というわけで蘭子回終了です。思い返すと最初の方しか熊本弁多用してなかったなぁと少し反省。た、多分合宿会でももうちょっと出番あるから……。

 蘭子ちゃんのついでに武内Pへの軽いお話。本来ならば前回のニュージェネ回での成長分を今回で補完した形になります。これで現段階での武内Pの弱体化は阻止されました。

 そして次回はCI回……の前に、作者取材(4th)のため本編をお休みして番外編をお送りします。大家族周藤一家の続きをお送りする予定です。



 それでは次回、人によっては「かえでさんといっしょ」にて、そして更に人によってはさいたまスーパーアリーナでお会いしましょう!


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番外編24 大家族 周藤さんち!(765編の2)

長くなりそう&時間不足で分割します。


 

 

 

・三男と長女

 

 

 

「あ、良太郎くーん! ここよー!」

 

「全く……」

 

 仕掛け時計の前で手を振るあずさ姉ぇの姿を見付け、はぁと思わず嘆息する。

 

 健兄ぃの車で家族全員分の買い出しに最近出来たばかりのショッピングセンターへ来たのだが、ものの数分で方向音痴のあずさ姉ぇが行方不明になってしまった。相変わらず超常現象のように忽然と姿を消すので逆に感心してしまう。

 

 ただ子供の頃ならいざ知らず、今では携帯電話という文明の利器が俺たちの味方だ。早速あずさ姉ぇと連絡を取り、近くにあるという仕掛け時計の前から動くなと三回ほど念を押してから俺が迎えに来た。

 

「ごめんね、良太郎君。色々と気になるものが沢山あって……」

 

 理由が完全に子供が迷子になる典型的なそれだったが、両手を合わせて片目を瞑ってペロッと小さく舌を出しながら謝るあずさ姉ぇが可愛かったので許すことにする。

 

「ほら、みんな待ってるから行くよ。はい手ぇ握って」

 

「あら、良太郎君はお姉ちゃんと手を握りたいの?」

 

「そうしないとまた見失うからだよ!」

 

 割とマジで。それぐらいあずさ姉ぇの迷子スキルは理不尽に高い。

 

 加えて身内贔屓抜きにしてもあずさ姉ぇはおっとり系大乳美人なので、割とホイホイ男どもが寄ってくる。

 

 故に手を繋いでおけばあずさ姉ぇを見失わずナンパも牽制できると一石二鳥なのだ。

 

「うふふ。こうしていると、昔転んで泣いていた良太郎君と手を繋いで帰った時のことを思い出すわぁ」

 

「あぁ、あずさ姉ぇが先に歩いて案の定迷子になったから逆に俺が手を引くようになったあの時ね」

 

 子供なりに「あずさ姉ぇに道を任せちゃダメだ」と思い知らされた。

 

「早くあずさ姉ぇも、迷子にならないようにいつでも手を引いてくれる素敵な運命の人を見つけてくれよ?」

 

「今は良太郎君に手を引いてもらっているからいいわ」

 

「……それ、どういう意味で言ってんの?」

 

「うふふっ」

 

「……ああもう」

 

 それからみんなが待つ場所まで歩く間、妙に気恥ずかしくなってしまった。

 

 結局こうして色々と敵わないところが悔しいが、いつもと変わらない笑顔でニコニコとしているあずさ姉ぇが楽しそうなので良しとしよう。

 

 

 

 

 

 

・三男と次女

 

 

 

 それはとある日の夕食後の俺(と健兄ぃ)の部屋での出来事。

 

「……良太郎、私言ったわよね?」

 

「いや、言ってないって。俺聞いてないもん」

 

「それは耳を塞いでたからでしょ!? もう一回言ってやるからよく聞きなさい!」

 

「あーあーあー!」

 

「聞けっつーのっ!」

 

 カーペットの上に正座をしながら膝を突き合わせていた律姉ぇが前屈みになり耳を塞ごうとする俺の腕を抑えにかかってきた。体勢や体格差の関係上流石に力勝負で負けるはずもなく、むぎぎと力を込めているが全く俺の腕を抑えきれていない。

 

 などと思いきや、急に手を離されたので自分で両耳を殴打する羽目になった馬鹿の姿がそこにあった。セルフ致命傷とか洒落にならない……。

 

「私は確かに言ったわよ! こういう雑誌を買ってくるなって!」

 

 そう言いながら悶える俺の目の前に律姉ぇが真っ赤になりながら突き出したのは、所謂ビニ本と呼ばれるものである。知らない人は是非検索してみてくれ。

 

 ついに十八歳になり色々と解禁になったので買ってきたのだが、部屋に隠して置いたら亜美真美の二人が勝手に部屋を漁り回して見付けてしまい、それが律姉ぇに伝わってお説教を喰らったのが先週の話。

 

 んで、今回性懲りもなくガサ入れをしてくれやがった双子の手によって再び見付かってしまい、現在に至る。

 

 武士の情けとして、顔を真っ赤にしながらも食い入るように中を見ていたということは伏せておいてやろう。二回目は最初からこれ目的だったのではないかという予想もしないでおいてやろう。

 

「ウチにはまだ小さい子がいるんだから、こういうのを置いておくなって言ってるでしょ!? 兄さん二人を見習いなさい!」

 

「律姉ぇが知らないだけで兄貴たちだって持ってたぞ」

 

 今回偶然俺が買ってきたのが見付かったというだけで、ほんの少し前までだったら兄貴たちのやつもあったはずだ。

 

「健兄さんが持ってるわけないでしょ!」

 

 律姉ぇ、健兄ぃのこと美化し過ぎだろ……。

 

 結局今回も処分されることになってしまった。しかしこれを処分したところで、いずれ第二第三のビニ本が……!

 

 その後、自分のノートパソコンを購入するまでこの攻防戦は続くことになる。

 

 

 

 

 

 

・三男と四女

 

 

 

 とある休日の昼下がり。何やら甘い匂いに誘われてキッチンへ足を向けると、春香がクッキーを焼いていた。

 

「今日のおやつはクッキーか」

 

「あ、良お兄ちゃん。うん、あとちょっとで全部焼き上がるから、もう少しだけ待っててね?」

 

「分かった。それで、どれを食べていいんだ?」

 

「今『待ってて』って言ったよね!?」

 

 春香から「つまみ食い禁止!」と注意を受けてしまったので大人しく待つことにする。

 

「フンフフーン!」

 

 鼻唄を歌いながらオーブンの様子を見つつ後片付けを同時進行する春香。若干音が外れていることに関しては目を瞑ろう。

 

 エプロン姿でキッチンに立つ姿は我が妹ながら随分と家庭的であり、流石『お嫁さんにしたい女の子ナンバーワン』の座に輝いただけのことはある。

 

 まぁ我が周藤家の家庭を切り盛りする戦力の一端を担っているので、家庭的というか生活感が溢れていると言った方が当て嵌まっている気もする。

 

「よし! 完成!」

 

 やがて最後のクッキーが焼け、本日の周藤家のおやつが完成した。

 

「良お兄ちゃん、みんなを呼んできてくれない?」

 

「いや、後は俺がやっとくから春香が呼んでこい。どんがらがる可能性があるからな」

 

「その『どんがらがる』って謎の動詞止めてもらえないかな!?」

 

 そこまでドジじゃありません! と憤慨した様子でクッキーを入れた器を持ってリビングに向かおうとする春香。

 

 

 

 足元には何故かバナナの皮が。

 

 

 

「っきゃあ!?」

 

 ここまで来ると『転ける』という結果が決まってから原因が発生するゲイボルグ形式のドジっぷりだが、とにかく春香は前フリ通りに滑って転ぶのだった。

 

「いった~……って、クッキー!?」

 

「安心しろ。スカートが捲れてお前の下着は丸見えだがクッキーは俺がキャッチしたから無事だ」

 

「見てないで助けて! あと少しは私の心配をして! でもクッキーはありがとう!」

 

「どういたしまして」

 

 その後、顔を赤くした春香はしばらく口を聞いてくれなかった。

 

 

 

 

 

 

・三男と五女

 

 

 

「あの……こ、これ……!」

 

 放課後の校舎裏。とある女子生徒が俺に一通の便箋を差し出してきた。

 

 ハート型のシールで封をしてあるそれは、一目で中に入っているであろう手紙の内容が予想できた。

 

「……ゴメン」

 

 故に、俺はそれを断らなければならない。

 

 

 

「真宛の手紙は受け取らないでくれって本人から言われてるんだ」

 

「そんなっ!?」

 

 

 

 驚愕し絶望した表情を浮かべる女子生徒。

 

「一体何のための先輩なんですか!?」

 

「少なくとも恋文仲介人ではねーよ」

 

 正直そういう扱いにも慣れていたが、思わずそんな口調になってしまうぐらいにはイラッと来た。

 

 その後、女子生徒は「この子が失礼しました~」「もう、だから本人に直接渡せって言ったのに」とすぐ傍で様子を見ていたらしい友達二人が回収に来たことで去っていった。

 

「……ほら、これでいいんだろ」

 

 完全に姿が見えなくなったので、もう一人の隠れていた人物に呼び掛ける。

 

「アハハ……ゴメン。でもありがと、良兄さん」

 

 苦笑交じりに物陰から出てきたのは真だった。

 

「全く、本当にモテモテだなこのイケメンは」

 

「よく見て。目の前にいるのはメンズじゃなくて女子制服を着た兄さんの可愛い妹だよ?」

 

「相変わらずスカートが恐ろしく似合わんな」

 

「ぶっ飛ばすよ」

 

 この後は部活だという真と途中まで連れ立って歩く。

 

「はぁ……どうしたら僕も春香や雪歩みたいに女の子らしくなれるんだろ……」

 

「まぁ真面目に答えてやるけど、お前は春香たちみたいなカワイイ系の『女の子らしさ』よりあずさ姉ぇみたいなキレイ系の『女性らしさ』ならまだワンチャンあると思うぞ」

 

「うっ……!? い、いや、やっぱり僕は女の子らしくなりたい!」

 

「んじゃまずそのスカートの下のスパッツを脱ぐところから始めないとな」

 

「こ、こんなところで脱げるわけないだろ!?」

 

「今ここでなんて一言も言っとらんわ!」

 

 咄嗟に握り拳を作る癖を直さない限り、女の子らしさも女性らしさも先が遠そうである。知ってたけど。

 

 

 

 

 

 

・三男と六女

 

 

 

「ひうぅ……!」

 

「……何してんの?」

 

 学校の昇降口にへばりついて何かに怯えていた雪歩がいたので声をかけると、彼女はビクリと肩を震わせた。

 

「あ、りょ、良お兄ちゃん……!」

 

 振り返り、声をかけたのが俺だと言うことに気が付いた雪歩は安堵の表情を浮かべた。

 

「わ、私の下駄箱に……!」

 

 震える指で下駄箱を指差す雪歩。

 

「何か入ってるのか?」

 

 もしや嫌がらせか? 俺の可愛い妹に手を出すたぁふてぇ野郎だ。

 

 一体何を入れられたのかと雪歩の下駄箱を覗き込む。

 

「っ!? こ、これは……!?」

 

 まるで『お前には何も無い』と言わんばかりの真っ白な便箋。『お前の命を奪う』と脅迫しているようなハートの形をしたシール。そして『お前のことを知っているぞ』と宣言しているように雪歩の名前が書かれているそれは……!

 

 

 

「どっからどう見てもラブレターだな」

 

 

 

 真とネタ被りとか言わない。

 

「その様子だと中身を見る気はないよな?」

 

 少し離れたところからこちらを窺っている雪歩に尋ねると、彼女はコクコクと頷いた。

 

 差出人には悪いと思いつつも兄として俺が代わりに開封する。

 

 手紙の内容はおおよそ想像通りで、雪歩に交際を求めるものだった。相手は勿論男子生徒。こうして普通に男子からモテる辺り真とは大違いである。

 

 しかし雪歩が男を苦手としていることは割と知られている筈なのだが、未だにこうしてラブレターを入れてくる辺り逆に嫌がらせなのではないかと思ってしまう。

 

「それで? またこれは俺が断ればいいのか?」

 

 男子が苦手な雪歩が受け取ったラブレターは基本的に俺か真が代理で断っている。

 

 しかし雪歩の口から返ってきたのは予想外の言葉だった。

 

「……え、えっと、その……こ、今回は私が直接お、お断りします……」

 

「……え、マジで?」

 

「あ! で、でも、できれば良お兄ちゃんか真ちゃんに付いてきて貰いたいです……」

 

「まぁ影から見守るぐらい全然いいが……大丈夫か? 無理しなくてもいいんだぞ?」

 

 そちらの方がいいとは分かっているものの、やはり心配せざるを得ない。

 

「うん……私も、いつまでも良お兄ちゃんたちに頼ってばっかりじゃいられないから……」

 

「……ゆ、雪歩おおおぉぉぉ!」

 

「きゃっ!?」

 

 健気に頑張ろうとする妹に感動して思わず抱き付いてしまった俺は絶対に悪くない。

 

「雪歩に何してんだ痴漢この野郎!」

 

「ゲフッ!?」

 

「ま、真ちゃん!?」

 

「って、あ、あれ、良兄さん?」

 

 だからこうして真に殴られる理由だって絶対に無かった筈なのである。

 

 

 

 

 

 

・三男と七女

 

 

 

「良にーにー! いぬ美の散歩に行くぞー!」

 

 夕飯を食い終わってリビングのソファーに座ってノンビリしていると、響がユサユサと体を揺すってきた。

 

「えー、俺今から特番の『高垣楓と横山奈緒の温泉巡り旅』観たいんだけど」

 

「どーせ録画してるんだろー? もう日が落ちるの早いんだから女の子を独り歩きさせるつもりかー?」

 

「今の季節設定どうなってるんだよ……」

 

 だが確かに一人は危ないから俺も付き合ってやることにする。

 

「よし行くぞいぬ美ー!」

 

「バウッ」

 

「そろそろ静かになー」

 

 いぬ美のリードを響が持ち、俺がその隣を歩く。

 

 季節設定はともかく、確かに最近はめっきり日が落ちるのが早く、既に辺りは夕闇に包まれていた。

 

 何か不吉なものに出逢いそうな時間帯、逢魔時。『誰そ彼?』と目の前を歩く人の判別が付かなくなる時間帯、黄昏。そういう話を後輩の白坂や依田から聞いたことがあるが、確かに改めて見回してみると不気味な雰囲気のような気がしてきた。

 

 そーいえば、この隣を歩く沖縄かぶれ娘はこういうの苦手だったなぁとか考えていると。

 

「………………」

 

 隣を歩く響がリードを持つ手とは反対の手で俺の手を握っていた。

 

「やっぱり怖かったのか」

 

 そういえばこの間心霊特集を間違えて観ちゃって千早のベッドに潜り込んだとか言ってたな。

 

「うっ……だ、だって……」

 

「悪いわけでもダメなわけでもないから、別に言い訳する必要ないだろ」

 

 夕闇に怯えて怖がるなんて可愛い妹である。

 

 ほれっと手を引くと響はすぐ傍まで寄ってきた。

 

「バウッ」

 

「うぅ、いぬ美もありがと……」

 

 こういう時はいぬ美の方が頼りになるからどっちの散歩なんだか分からんな、こりゃ。

 

「何でいつも歩いてる道なのにこんなに怖いんだろぉ……」

 

 手を握るだけじゃ足りずに腕に抱き付く形になった響なのだが、俺の肘辺りが大変柔らかいことになっていた。

 

「……ん?」

 

 いやぁ、相変わらずタッパは小さいくせして持ってるものは姉妹の中でも上の方だなぁと妹の成長を邪な視点で喜んでいたのだが、それに気が付いてしまった。

 

「ふぅ、よーやくウチが見えてきたぞ! ありがとーな、良にーにー!」

 

「あぁ、大したことじゃない」

 

 そう、大したことじゃないさ、お前の身に起きたことに比べれば。

 

 

 

「それより響、お前胸が小さくなってないか?」

 

「いきなり何を言い出してるんだ!?」

 

 

 

「いやだってお前、この間までムギュって感じだったのがムニュって感じになってる気がするし」

 

「うぎゃー!? い、妹のむ、胸の感触を覚えてるなんて、へ、変態だぞ!?」

 

「いや、これが兄妹愛だ!」

 

「何でそんなに純粋で澄んだ目なんだよー!?」

 

 結局、部活が忙しくて痩せただけらしい。

 

「響ー! 甘いもの奢ってやるぞー!」

 

「魂胆が丸見えだぞ!?」

 

「じゃあ行かねーの?」

 

「……行く」

 

 

 

 

 

 

・三男と八女

 

 

 

 突然だが、我が妹の千早は歌が上手い。合唱部のエースという範疇に収まらないぐらい歌が上手い。

 

 どのくらい歌が上手いかというと、昔公園で転んで泣いていたやよいを慰めるために歌を歌ったらあっという間に泣き止み、さらにたまたまそこを通りがかったという音楽プロデューサーに「将来ウチでデビューしないか」とスカウトされてしまうぐらい歌が上手い。

 

 将来のことはまだ考えていないと言いつつも、歌手になるという道に進むことを吝かではないと考えているらしい。

 

 

 

「……はぁ、はぁ、はぁ……りょ、良兄さん、何点でしたか!?」

 

「72点だとさ」

 

 しかし何故かカラオケとは相性が悪かった。

 

 

 

 どーいう理屈なのかは分からんが、歌が上手いイコールカラオケが上手いということにはならないらしい。普通の人ならば80点ぐらいは堅そうに歌っても、千早はこの通りなのだ。

 

 なんでも以前合唱部の友達からカラオケに誘われ、そこで友達に「千早ちゃんなら満点行けるよ!」と持ち上げられて採点モードで挑んでみた結果、60点という点数を取ってしまい微妙な空気になってしまったことがあるらしい。

 

 それが悔しかった負けず嫌いな千早ちゃん。流石に一人カラオケはハードルが高いらしいので俺を引き連れて、たまにこうして個人的に練習しているのだ。

 

「一体何がいけないのでしょう……」

 

 ドリンクバーの烏龍茶をストローで飲みながらガックリと肩を落とす千早。

 

「ここまで来ると逆にカラオケのレベルが千早のレベルに追い付いてないって考えたらいいじゃねーか?」

 

「例えそうだったとしても、私の歌が一般に認められないというのはやはりショックです」

 

 そう言って「次にいきます」と再びデンモクを手に取る千早。なんだかんだ言って歌うことに自信があると同時に歌が好きなんだろう。

 

「んじゃ多分、意気込み過ぎなんじゃねーか? 気楽に肩肘張らずに歌ってみたらどーだ?」

 

「……気楽に、ですか?」

 

「そーそー。お兄様がお手本を見せてしんぜよう」

 

 そんなわけで選手交替で俺がマイクを持つ。曲はそうだな……ジュピターの『BRAND NEW FIELD』にするか。

 

 

 

「――っと、こんな感じ」

 

 歌い終わり、画面に表示された点数は90点。聞いたことはあるがカラオケで初めて歌う曲にしては上出来である。

 

「どうよ」

 

「……次、歌います」

 

 先程よりもリラックスした表情で千早はマイクを持つのだった。

 

 

 

「……73点」

 

「……成長したじゃん」

 

 無言でペチペチと叩かれた。

 

 

 




・三男と長女
迷子関係のみ手がかかる姉とぶつくさ言いながらもしっかりと探しに来てくれる弟。唯一あずさにのみ頭が上がらない。

・三男と次女
手がかかる弟と少しだけ口うるさい姉。仲は良いものの、基本的に犬猿の仲に近い。

・三男と四女
ちょっと意地悪な兄と弄りがいがある妹その1。仲は普通にいい。

・三男の五女
ちょっと意地悪な兄と弄りがいがある妹その2。妹というよりもノリは若干弟寄り。

・三男と六女
頼りになる兄と守りたくなる妹その1。基本的に意地悪というか悪戯好きな良太郎も、流石に妹雪歩には勝てなかった。

・三男と七女
ちょっと意地悪な兄と弄りがいがある妹その3。ただその1とそのに2と違いその意地悪されるのがちょっとだけお気に入りだったりする。

・三男と八女
頼りになる兄と弄りがいと庇護欲を合わせもつ妹。適度な距離感を保っているので、実は姉妹の中では兄妹仲という点では一番仲が良い。



 というわけで大家族シリーズの続きはオムニバス形式になりました。こうした方がスラスラと書けるし読みやすいかと。しかし今回は執筆時間が取れなかったので前後編になります。

 ネタバレになりますが、露骨に飛ばした三男と三女はオオトリになります。



『4thSSA二日目に参加して思った三つのこと』
・名刺の存在は知っていたものの用意出来ず悔やしい(Pは皆さん心優しく「名刺だけでも」と名刺をくれました)

・「はやみいいいぃぃぃいいいいぃぃ!!!」(大号泣)

・「劇……劇場……そっちかー!」(歓喜)


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番外編25 大家族 周藤さんち!(765編の3)

書いているうちに恋仲○○みたいになってたゾ……。

※昨日の誤爆事件の言い訳は活動報告にて。


 

 

 

・三男と九女

 

 

 

 突然だが喉が渇いた。

 

「何かあるかなーっと」

 

 冷蔵庫を開くと中にはオレンジジュースのパックが。残り少なかったのでそのまま一気飲みをする。

 

「あーっ!?」

 

 何事かと振り返ると、いつものように兎のヌイグルミを抱えた伊織がこちらを指差し睨んでいた。

 

「ちょっと! 何全部飲んでるのよ!?」

 

「ひょっ?」

 

 よく見るとこれは伊織お気に入りの100%オレンジジュースだった。

 

「悪い悪い、残り少なかったから。また今度買い出しの時に買っとくわ」

 

「私は今飲みたかったのよ!」

 

 そんな我儘な……。

 

 しかしここで大人な俺は自分の非を認め、今から可愛い妹のためにオレンジジュースを買いに……。

 

「さっさと新しいジュース買ってきなさいよ、このバカ兄貴!」

 

「あぁん!?」

 

 何か人に言われた途端にやる気が削がれるってことあるよね。

 

 その後、厳正な話し合いの結果、俺がジュースを買う代わりに伊織も付いてくるということで決着が付いた。

 

「ったく、お前はもう少し兄を敬ってもいいんじゃないか?」

 

「健兄さんと幸兄さんはちゃんと敬ってあげてるわよ。これはアンタだけ」

 

 近所のコンビニへと向かう道すがら、兎のぬいぐるみの腕を弄りながら悪びれもせずにそう言い切った。

 

「……今更だけど、お前本当にいつもそれ持っているよな」

 

 流石に学校に行く時は持っていないが、基本的に家の中や出歩く時も常に伊織は兎のヌイグルミを抱えていた。

 

「……やよいたちからのプレゼントなんだから当たり前でしょ」

 

 やよい()()というのは双子の妹を含む伊織の妹四人である。

 

 何年か前、四人で少ないお小遣いを出しあって伊織の誕生日プレゼントとしてこのヌイグルミを買ってきたらしいのだが、そんな健気で可愛い妹たちの姿に伊織のみならず兄弟姉妹全員が感極まったのを覚えている。

 

 それ以来、伊織は兎のヌイグルミを大事にするようになった。その大事にする方法が部屋に飾るのではなく名前を付けて常に持ち歩くことなのだから、余程このヌイグルミを気に入ったのだろう。

 

 まぁその名前が『シャルル・ドナテルロ18世』なのは正直どうなのだろうかと思わざるを得ないが。

 

 そうこうしている内にコンビニに到着したので伊織を促す。

 

「ほれ、ジュース持ってこい。ついでに好きなもん一個ぐらいなら買ってやる」

 

「えっ」

 

「まぁ元はと言えば俺がお前のジュース飲んじまったんだから。すまんな」

 

 こうしたやり取りも伊織とのスキンシップの一環だが、嫌な思いをさせてしまったことには変わりないからな。

 

「……え、えっと……」

 

 さて俺も好きなジュース買うかと冷蔵庫の取っ手に手をかけると、シャツの裾を軽く引かれた。

 

 振り返ると伊織は俺のシャツを小さく摘まんで頬をほんのり赤く染め、しかし視線は全く別の方向を向いていた。

 

「……あ、ありがとう。……わ、私も我が儘言ってごめんなさい……お兄ちゃん」

 

(……全く、このツンデレっ娘め)

 

 口にすると絶対火が点くので心の中で呟きながら、素直じゃない妹筆頭の頭を撫でるのだった。

 

 

 

「それじゃあこれで」

 

「……迷いなく一番高いスイーツを選ぶ辺り遠慮がないというか容赦がないというか……」

 

 

 

 

 

 

・三男と十女

 

 

 

「……ん?」

 

 リビングのソファーで昼寝をしていたら何か柔らかいものが俺の体の上に乗っていた。

 

「あふぅ……」

 

 というか美希だった。俺の体にかけていたブランケットの中にまで潜り込んできてスヤスヤとお休み中である。

 

「こいつはまた……」

 

 美希がこうして人が昼寝をしているところに潜り込んで来るのは初めてではなく、リビングでウトウトしていると高確率でこうして美希がやって来る。

 

 じゃあ自分の部屋で、と思うだろうが別に俺の部屋でも躊躇なくベッドにまで潜り込んで来るので効果は無い。寧ろ『ベッドで妹と二人で横になっている』よりはソファーの方がマシなのではないかという『焼け石に水』にすらならないささやかすぎる抵抗だった。

 

 さて、正直姉妹の中でも五本の指に入る大乳がこれでもかというぐらい密着しているので大変幸せなのだが、いくら女の子とはいえ全体重をかけられると普通に重いので美希を起こしにかかる。

 

「おい美希起きろー。兄ちゃんが起きれないぞー」

 

「むにゃ……そのまま二度寝すればいいと思うな……」

 

「いくら何でも二度寝するという選択肢はねーよ」

 

 一瞬だけ心が揺らいだが、この状態を誰か(主に律姉ぇ、伊織)に見られたら何故か俺が怒られるのは目に見えているのだ。

 

 というか、こいつ起きてるじゃねーか。

 

「ほら強制ウェイクアップ」

 

「やーん」

 

「やーんじゃない」

 

 グイッと無理矢理美希の体を起こして自身も体を起こす。

 

 昼寝にちょうどいい場所とはいえ、あくまでもソファーの上なので少々体の節々が痛く、肩や首を回すと軽くコキコキと音を立てた。

 

「あふぅ……ミキはまだ寝たりないのー」

 

「じゃあ部屋に戻ってベッドで寝たらいいじゃねーか」

 

「りょーおにーちゃんも一緒に来てくれる?」

 

「なんでやねん」

 

 などと会話をしながら、美希は極々自然な動作でソファーに腰かける俺の太ももの上に頭を乗せて二度寝の体勢に入っていた。喉が渇いたので飲み物を取りに行きたかったのだが、もうしばらく我慢することになりそうだ。

 

「ったく、どーしてそーもお前は俺と一緒に寝たがるかね」

 

「んー……ミキにもよく分からないけど、こうして一緒にいると胸がポカポカするの。多分、別の世界のミキがりょーおにーちゃんのことを大好きで、だから今のミキもりょーおにーちゃんのことが大好きなんだと思うな」

 

「別世界ときたか。いつから美希は不思議ちゃんにキャラチェンジしたんだ?」

 

「むー、別にミキは二宮先輩みたいな不思議ちゃんじゃないの」

 

「アイツのアレを不思議ちゃんの一言で済ますのは止めてやろうぜ」

 

 別に本人は気にしないだろうが、それでは色々と不憫でならない。

 

 そんなことを考えながら、内心では妹に真っ正面から「大好きだ」と言われてしまい割と動揺しきっていた。

 

 いやまぁあくまでも兄妹としてということは分かりきっているが、それでも美少女から正面切って大好きと言われて動揺しない男はいないのだ。

 

「というわけで、お休みなのー」

 

「何が『というわけで』なんだよ」

 

 はぁと小さく溜息を吐きながらも、あっという間に寝ついてクークーと寝息を立てる妹を起こさないようにしながら先ほどまで自分が使っていたタオルケットを美希の体にかけるのだった。

 

 

 

「……あの、美希さん? お兄ちゃんそろそろ雉撃ちに行きたいんだけど……おーい」

 

 

 

 

 

 

・三男と十一女

 

 

 

「よいしょっと……!」

 

「ん?」

 

 庭に面する窓からふと外を見ると、やよいが庭で洗濯物を干している最中だった。

 

 小さな体をチョコチョコと世話しなく動かすその姿は、流石我が家一番の働き者と兄弟姉妹の中で称されるだけのことはあった。

 

 そんな健気に働く妹の姿を見てこのまま素通りしても良心の呵責に苛まれるだけなので、俺も庭に出てお手伝いをすることにする。

 

「やよい」

 

「あ、良お兄ちゃん、どうしたの?」

 

「いや、一人じゃ大変だろうから俺も手伝おうかと思って」

 

 何せ現在の我が家は十六人家族。当然それに比例して洗濯物の量も半端ではない。正直父さんが若くして築き上げたこの都内とは到底思えないような大きな家の庭でなければ干せないレベルである。

 

 普段ならば春香や雪歩や千早辺りがやよいのお手伝いをしているのだが、今日は三人とも出掛けているようなのだ。

 

「えっ……」

 

 しかし良かれと思っていた俺の提案に、やよいは若干困惑した様子を見せた。俺の被害妄想かもしれないが、暗にやよいから戦力外通告を受けたような気がした。

 

「……オーケー分かった。役に立たない兄ちゃんはすっこんでることにするぜ」

 

「えっ!? あ、ち、違うの待って良お兄ちゃん!」

 

 我が家の天使ことやよいにそんな反応をされたことが割りと本気でショックだったので響か真辺りをイヂメに行こうかと踵を返すが、やよいが腰の辺りに抱き付くようにして引き止めてきた。

 

 正直軽すぎて全く引き止めになっていなかったが、やよいを無理矢理振りほどくわけにはいかないので足を止める。

 

「別に良お兄ちゃんに手伝ってもらうのが嫌って訳じゃなくて……その……」

 

 俺の腰から離れたやよいはもじもじと指を弄ぶ。

 

「み、みんなの下着とかもあるから……」

 

 

 

「じゃあ問題ないな!」

 

「だからあるんだってぇー!」

 

 

 

 貴重なやよいからの突っ込みを受けつつ、流石にこれは俺も引き下がる。

 

「冗談だって」

 

「……本当に……?」

 

 若干疑いの眼差しのやよい。

 

「ホントホント。タオルとか俺や健兄ぃのやつなら手伝っても大丈夫だろ?」

 

「……うん、それならお願いしよっかな」

 

 ちょっと待っててーと言いつつ、やよいはまだ干していない洗濯物の仕分けを始めた。

 

 その際チラリと女性モノの下着が視界に入ったような気がしたが見なかったことにする。黒は一体誰のだろうなーとか考えないことにする。

 

「はいっ! それじゃあ良お兄ちゃんはこっちのカゴのお洗濯ものをお願い!」

 

「おう、任せろ」

 

 早速自分のシャツを手に取り、パンッと皺を伸ばしながら物干し竿にかけた。

 

「フンフフフーンッ」

 

 次々と手慣れた動作で洗濯物を干すやよいの鼻歌をBGMに、俺も任せられた洗濯物を干していく。

 

「よーし! 洗濯終わりー!」

 

 やがて大量にあった洗濯物は全て庭の物干し竿にかけられ、今回の洗濯は乾いた後に取り込むだけとなった。今日は快晴だし、昼下がりには乾くことだろう。

 

「手伝ってくれてありがとう、良お兄ちゃん!」

 

 ニパッと笑うやよいの頭を、どーいたしましてと撫でるのだった。

 

 

 

「ところでやよい、俺のカゴにこんな熊さんパンツが混ざってたんだがこれは誰の――」

 

「きゃぁぁぁ!?」

 

 

 

 

 

 

・三男と十三女

 

 

 

「さて、どーしてお前がここに呼ばれたのか分かるな?」

 

「分かんなーい! それよりりょーにーちゃん、ゲームしよーよゲーム! アミこの間よーやく二つ名ディノ一式が出来たんだー!」

 

「俺が散々粉集め付き合ってやったんだから知っとるわい」

 

 じゃなくて。

 

「いいから正座! 兄ちゃんは怒ってます!」

 

「ちぇー」

 

 俺の目の前を指差すと、亜美は渋々といった様子で腰を下ろした。正座じゃなくて女の子座りだが、まぁよしとしよう。

 

「それでもう一回聞いてやる。どーしてお前がここに呼ばれたのか分かるな?」

 

「んーっと、りょーにーちゃんがアミのせくちーさに我慢出来なく……」

 

「はいツーアウトー」

 

 心優しき兄の顔も三度までだとコキコキと拳を鳴らす。

 

「……アミと真美がりょーにーちゃんの隠してた本を見つけちゃったからでしょー」

 

「ったく」

 

 亜美が観念した通り、今回態々亜美を俺の部屋にまで呼び寄せたのはそのことについてのお説教をするためだった。

 

 そもそもこの間の亜美真美ビニ本発見騒動の際は何故か俺だけが怒られ、人の部屋を勝手に荒らした双子に対しては一切のお咎めがなかったのだ。

 

 流石の俺もこれには納得がいかず、こうして個人的にお説教をしようと思い立ったのである。

 

「ところで、真美も一緒に集合命令かけたはずなんだけどなんでお前一人なのよ」

 

「んっとねー、りょーにーちゃんの部屋でりょーにーちゃんが待ってるって言ったら真っ赤になって逃げちった」

 

「野郎じゃないけどアノヤロウ……」

 

 後で個別にとっ捕まえてやるからな。

 

 今はとりあえず目の前にいる十六人兄弟一番の末妹だ。

 

「それじゃ今はお前だけでいいや。本当に何してくれてるんだよお前らは」

 

「ぶー! アミたちだって新春菊って奴なんだからそーいうのに興味があってとーぜんじゃーん!」

 

「一瞬お前が何を言ってるのか分からんかったが思春期な。せめてもう少し原型を留めろ」

 

 というか、こいつ開き直ったな。若干頬が赤いところを見ると全く恥ずかしくないわけではないようだが、そんな可愛い態度を見せたところで俺の怒りは収まらないのだ! あぁ収まらないね! ちょっと頭撫でたくなったりなんかしてないんだからね!

 

「俺は別にお前たちに見るなとは言わんさ。俺もお前たちと同じ口だからな」

 

 俺も中学生の頃は兄貴二人や友人が持っていた成人向け雑誌をコッソリと読んでいたので、今の亜美真美二人の行動自体を咎めるつもりはない。思春期の中学生なんて大体そんなものである。

 

 問題は、それをどーして自分たちも怒られる可能性がある中で「りょーにーちゃんがこんなの隠してたー!」と律姉ぇのところに持って行って密告をしたのかということだ。

 

 それを問うと亜美は先ほど開き直った態度が嘘のように顔を赤くし、バツが悪そうに顔を背けた。

 

「そ、それはその……む、無理矢理テンション上げないとすっごく恥ずかしくなっちゃって……」

 

「ったく……部屋漁ることも見ることも別に止めねーから、せめて大人しくこの部屋の中だけで完結してくれ」

 

「え……いいの?」

 

 それならば俺に被害が出ることはない。まぁ迂闊に姉妹ものは調達できなくなったが、別にそちら側はそれほど興味ないというか私生活で補間されてゲフンゲフン。

 

 全く、なんでこんな普通だったら弟にするような会話を妹とせにゃならんのだ。

 

 

 

「それじゃありょーにーちゃん、今度はアミたちと一緒に見よ?」

 

「流石にそれは勘弁して」

 

 いくらなんでも妹とビニ本読む勇気は無いです。

 

 

 

 

 

 

・三男と十二女

 

 

 

 さて、末双子の片割れに対するお話は終わったから次は残りの片割れ、真美の番である。

 

「りょーにーちゃんたいちょー! ターゲット捕捉しました!」

 

 さて何処にいるのかと広い我が家を探していると、探索隊の隊員である亜美が戻ってきた。

 

「本当か、亜美隊員!」

 

「はっ! アミたちの部屋の自分のベッドの上で布団に包まっているところを発見! 投降を促したところ、ターゲットは『マミは絶対にこっから出ないかんねー!』と徹底抗戦の構えを見せております!」

 

「お前ら他人の物真似得意な癖に双子の相方の物真似下手だよな」

 

「それはりょーにーちゃんが何故かおんなじはずのアミたちの声を判別出来るだけっしょー!?」

 

 とゆーか最後までちゃんと乗ってよー! とポコポコ殴ってくるのを宥める。

 

 その後、お腹空いたーとキッチンに向かった亜美から入室許可を貰って部屋に向かった。

 

「真美ー入るぞー」

 

 応答を待たずにドアを開けると、亜美の言う通りベッドの上には大きく膨らんだ布団があり、俺が部屋に入ると同時にビクリと震えた。

 

「か、勝手に部屋に入ってこないでよー!?」

 

「許可は得てるから問題ないな」

 

 くぐもった真美の声が抗議してくるが、無視して近寄るとベッドに腰を下ろす。またビクリと震えた。

 

「で? どーしたよ。ビニ本読んでたのを知られたのがそんなに恥ずかしかったか?」

 

「……そ、そんなんじゃないもん!」

 

 じゃあ何なんだと首を傾げていると、今度は布団の中の真美から話しかけられた。

 

「……りょ、りょーにぃはさ……え、えっちなことに興味がある女の子はキライ……?」

 

「……別にキライではないけど」

 

 思わず「大好きですっ!」と高らかに宣言しそうになったのをグッと堪える。別に言っても言わなくてもイメージ的なものは今さら変わらないとは思うが。

 

 すると真美はヒョッコリと布団から顔だけを出した。顔はほんのりと赤く、上目遣いでこちらの様子を窺ってくる。

 

「ホントーに?」

 

「ホントホント」

 

 さっき亜美にも言ったが、別に思春期の中学生が『性』について興味を持ってもなんらおかしくないし、寧ろ普通のことだと思っている。

 

「まぁ恥ずかしがるのは分かるが、俺は気にしてないからお前も気にするな。今後も見たいようならコッソリと見に来い。ただし静かにな」

 

「……マミはそーいう意味で聞いたわけじゃないんだけどなー……」

 

「ん? じゃあどういう意味だ?」

 

「な、何でもない! もー! りょーにぃ、今のは『え? 何だって?』って聞き逃すところっしょー!?」

 

「無茶ゆーな」

 

 バカバカー! とポコポコ殴ってくる真美を可愛い奴めと思いながら宥めるのだった。

 

 

 

「そ、それじゃあ今から……い、一緒に見る?」

 

「だから勘弁してって」

 

 本当にこいつら双子だな。

 

 

 

 

 

 

・三男と三女

 

 

 

「……ん?」

 

「良太郎、どうかしたか?」

 

 放課後。教室で友人と駄弁っていると不意に電波を受信した。

 

「悪い、貴音とラーメン食いに行くことになったから俺先に帰るわ」

 

 腰を下ろしていた机から立ち上がり、側に置いてあった通学カバンを拾い上げる。

 

「へー、貴音ちゃんと放課後デートかよ」

 

「ん? でも今お前携帯出してないよな? 何で分かるんだよ」

 

「いや、来たのは電波だから」

 

「「何だ、電波か。……電波!?」」

 

 それじゃーなーと教室を後にしようとしたら何故か総出で引き止められた。

 

「何だよ。アイツ待たせると結構うるさいんだから手短に頼む」

 

「いやいやいや、お前サラッと訳わかんねーこと言ったぞ!?」

 

「電波って、アレか? メールとかその類いのことだよな? 間違っても安部菜々(ウサミン)先生の方の意味じゃないよな?」

 

「用途的には前者だが、まぁ後者の方が近いかな」

 

 昔からそうだが、感情の起伏だとか「あ、今アイツ何かしたなぁ」みたいな簡単なことは何となく伝わってくるのだ。それを我が家では総じて『電波』と呼んでいる。

 

「マジかよ、まさかこんな身近にエスパーユッコも真っ青なガチエスパーがいるとは……」

 

「双子だからっていくら何でもそれは……」

 

「え、双子三つ子なら誰でも出来るんじゃねーの?」

 

「「おかしいのは周藤家だった!」」

 

 どうやらこの双子三つ子間電波送受信システムは我が家独自のものだったらしい。昔から双子三つ子の奴らは全員使えたからそれが当たり前だと思い込んでいた。

 

 ちなみに双子三つ子の間でそれぞれ受信しやすい電波がある。例えば雪歩が怯えると電波を受けた真が駆けつけ、響が胸のことで弄られると電波を受けた千早がイラッとし、美希が本人のいないところで「デコちゃん」と呼ぶと電波を受けた伊織が「デコちゃんゆーな!」と叫ぶ、等々。俺は専ら貴音のラーメン関係ばかりだ。

 

 割と便利なのだが、一番必要なはずのあずさ姉ぇの電波を受信出来る兄弟姉妹がいないのが悔やまれる。

 

「……ん、待てよ? ということは良太郎、お前貴音ちゃんのことなら何でもお見通しと……!?」

 

「筒抜けってわけじゃねーけど、まぁある程度は」

 

 そんな風に肯定すると、友人二人はゴクリと生唾を飲んだ。

 

「ま、まさか、スリーサイズとか……!」

 

「し、下着の色とか……!」

 

「……はぁ」

 

 全く、一体何を言い出すのかと思えばくだらない。

 

 

 

「そんなの知ってるに決まってるだろ」

 

「「おぉ……!」」

 

 崇められた。まぁ、本当は知らないけど。

 

 

 

「――てなことがあってよ」

 

「なんと……世の双子たちはさぞ不便なのでしょうね」

 

「全くだ。こんな便利システム持ってないなんて」

 

 世間の双子たちの不便さを不憫に思いながら、俺は貴音と並んで歩く。

 

 電波を受信した時には既に貴音は校内にいなかったが、何処の店に行くのかは分かっていたので少し急いだらすぐに追い付くことが出来た。

 

 ちなみに追い付いた時は丁度貴音がナンパされつつも全く相手にせずに歩いている途中で、俺が声をかけて貴音が笑顔で振り返った辺りで物分かりのいいナンパは退散してくれた。

 

 その際「ちっ、結局顔かよチクショウ」みたいな捨て台詞が聞こえてきた。真と並ばなければどうやら俺も割とイケてるらしい。真と並ばなければ。

 

「これもきっと我ら兄弟姉妹が皆、例え世界が異なっても変わることのない絆で結ばれているおかげなのでしょう」

 

「また異世界か」

 

 流行っているのだろうか。

 

 そんな話をしていても自然に足が動く程度に行き慣れた場所にあるいつもラーメン屋に辿り着く。新店開拓に行くことも珍しくないが、今日はいつもの味が食べたい気分らしい。

 

「おっちゃーん! いつもの二つー!」

 

「こら良太郎! 店主殿には敬意を払いなさいと言っているでしょう!」

 

 そんな俺たちを店主以下店員さんや常連の客が皆「あぁいつものやり取りだなぁ」みたいな目で見てくるところまでがテンプレートだった。

 

「そーいやこの間また真と雪歩がラブレター貰ったみたいだぜ」

 

「ふむ、やはりあの二人は同性異性に好かれやすいのでしょうね」

 

「真にとっちゃ同性は全くもって不本意だろうけどな」

 

 カウンターに並んで座り、お絞りで手を拭きながらそんな軽い世間話。

 

「で? 今週のお前は?」

 

「一の三、といったところです」

 

「相変わらずか」

 

 いつものことなのでサラッと軽く流したが、今のは貴音に対するラブレターを含む告白の『新規』と『リピーター』の数である。

 

 我が双子の妹ながら美人の貴音が告白される数も少なくなく、一度フられたぐらいじゃ諦められないとばかりに何度も告白してくるリピーターが多く、中には貴音の気を惹きたいばかりに本当にラーメン屋に弟子入りした猛者まで存在する。まぁそいつは自分で作ったラーメンを貴音に出してしまったばっかりに散々酷評されて色々なものが砕け散ったらしいが。

 

「他の姉さんたちや妹たちにも言えることだけど、さっさと男作っちまえばそーいうのも無くなるんじゃねーの?」

 

「そう言いつつ、強引になんぱしてきた男性を投げ飛ばしたことがあるのは何処の誰でしたか?」

 

「誰だろうな」

 

 へいお待ち! と相変わらず威勢がいい店主(おっちゃん)が俺たちの目の前にいつものラーメンを置くと、いつもの動作で箸を手にお互いの器に分担しつつ薬味を入れる。何度も一緒に食べているのでお互いがお互いの好みを把握しているので胡椒やニンニクの量は聞かなくても分かるし、今日はどれくらい入れる気分なのかも手に取るように分かる。

 

「……そうですね。こうしてわたくしの好みとその日の気分を完璧に把握出来る殿方が現れれば考えましょう」

 

「無理難題だな」

 

「故に、当分は良太郎で我慢することにしましょう」

 

「へいへい」

 

 二人揃って割り箸を割る。

 

「「いただきます」」

 

 

 

「――ってのが俺と貴音のラーメン屋でのやり取りだけど、どうしてお前らそんなこと聞きたがったの?」

 

「……りょーにーちゃんってさ……」

 

「いつも貴音とこんな感じなの……?」

 

「そうだけど」

 

「……むきゃあああぁぁぁ!」

 

「なのおおおぉぉぉ!」

 

「うお、何だどうした」

 

 

 




・三男と九女
手がかかる弟のような兄と少しだけ口うるさい姉のような妹。しかし基本的な上下関係はしっかりと兄と妹になっているあたり安定のツンデレである。

・三男と十女
大好きな兄と懐いてくれている妹その1。割とガチで好きだが当の兄は懐いた猫がじゃれついてきている程度にしか思っていない。

・三男と十一女
頼りになる兄と守りたくなる妹その2。だが実のところ良太郎の頭が上がらない兄弟姉妹筆頭の次点だったりする。

・三男と十三女
一番遊んでくれる兄と手がかかる妹。作者の個人的趣mゲフンゲフン諸事情により真美よりも妹度がマシマシで千早に続いて仲がいい。

・三男と十二女
大好きな兄と懐いてくれている妹その2。こちらは美希と違ってまだ好意を前に出せておらず、良太郎はまだちょっと距離があるのかなーとか思っている。

・三男と三女
唯一無二の兄と妹、以上。



Q これは恋仲○○シリーズですか?

A もしかしたらそうだったかもしれません。

 作者も驚くぐらい貴音がヒロインだった。いや、双子という唯一無二の設定を生かすにはこれぐらいやる必要があったんですお願いです信じてください(北斗隊員並感)

 さて、改めて765プロの良さを再確認してもらったところで次回からは本編に戻ります。CI編ではあるのですが、作者的テーマは『原点回帰』。大運動会編やお料理さしすせそ編辺りのノリを取り戻せたらと考えております。

 それでは。


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Lesson138 Panic in the muscle castle

本来の予定だったら軽く流すつもりだったCI編スタートです。


 

 

 

「へぇ、蘭子ちゃんの次は杏ちゃんとかな子ちゃんと智恵里ちゃんがユニットデビューか」

 

「良太郎さん、智()里だよ」

 

「おっと失敬」

 

 またウッカリ誤字ってちえりん警察に取り締まられるところだった。

 

 さて、今日も今日とて初手凛ちゃんとの会話フェイズ。ただ今回は自室での通話や渋谷生花店の店先でなく。

 

「はい凛ちゃん、お待たせ」

 

「ありがとうございます、士郎さん」

 

 今回の会話フェイズは翠屋のカウンター席でお送りします。

 

 学校帰りで制服姿の凛ちゃんと並んで座っていると若干イケナイ匂いがしないでもないが、年齢は五歳差だからまだ……凛ちゃん十五歳だから普通にアウトだった。い、妹みたいなものだからセーフセーフ。

 

「いただきます」

 

 士郎さんから受け取ったシュークリームを早速口に運ぶ凛ちゃん。

 

「……ん~!」

 

 とても満足そうな顔でシュークリームを頬張る凛ちゃん。やっぱり女の子が美味しそうにものを食べている姿は絵になるなぁ。……この間の麺塊事件については目を瞑る、というか無かったことにする。

 

 どうやら以前凛ちゃんに翠屋をお勧めしてから彼女もここの常連になったらしく、いつの間にか士郎さんとも顔馴染みになっていた。

 

「かな子が作ってきてくれるシュークリームも美味しいけど、やっぱり翠屋の奴には敵わないかな」

 

「なるほど、シンデレラプロジェクトにもお菓子担当がいるわけだ」

 

 765プロではよく春香ちゃんが手作りのお菓子を作って持ってくるらしく、仕事の現場でもたまにクッキーなどの差し入れをもらったことがある。123プロではまゆちゃんや、意外にも志保ちゃんがそれだったりする。なんでもたまに弟に作ってあげるそうだ。

 

「このあと事務所に行くんだよね?」

 

「? はい」

 

「それじゃあ士郎さん、十四……いや、武内さんの分も入れておこう。十五個、シュークリーム持ち帰りでお願いします。勿論凛ちゃんの分も入れてくださいね。こういうのは一緒に食べるからこそいいんだから」

 

「えっ」

 

「了解。相変わらず女の子に対しては気前がいいね」

 

「何のことやら」

 

 テキパキと箱にシュークリームと保冷剤を詰め込んでいく士郎さんの姿に、凛ちゃんがほんのちょっとだけ申し訳なさそうに袖を引っ張ってきた。

 

「りょ、良太郎さん、えっと……ひ、一つ追加してもいいかな?」

 

「ん? 二つ食べたかった? それとも二つ欲しがりそうな子でもいた?」

 

「いや、そうじゃなくて……お世話になってる事務員さんの分も持って行こうかと」

 

「なるほど、そういうことなら」

 

 優しい子だなぁと思いながら士郎さん一つ追加してもらう。

 

「というか、そうかシンデレラプロジェクトにも事務員さんはいるわけだよね」

 

「うん、千川(せんかわ)ちひろさんっていう人。私たちやプロデューサーにお手製のスタミナドリンクを持ってきてくれるんだ」

 

「そっか……ん?」

 

 千川ちひろさん?

 

「? どうしたの?」

 

「いや、何か聞き覚えがあるような気がして……兄貴だったっけ……?」

 

 まだフリーアイドル時代に大学卒業したばかりの兄貴の話の中でそんな人の名前が出てきたような気がするけど……まぁいいや。

 

「それにしても……」

 

 手に取るのは先ほど凛ちゃんから渡された杏ちゃんたち三人のユニット『CANDY ISLAND(キャンディーアイランド)』のデビューシングル『Happy×2 Days(ハッピーハッピーデイズ)』のCDケース。ジャケットには笑顔を浮かべる三人の姿が写っているのだが……。

 

「誰だこれ」

 

 かな子ちゃんと智絵里ちゃんに挟まれて笑みを浮かべるこんな小柄な美少女を俺は知らないぞ。

 

「えっと、仕事をするときはスイッチが入るというか、自分が楽するために全力を出すタイプというか……」

 

「切り替えスゲェな……」

 

 ステージの上に立つとスイッチが入るらしい元バックダンサー組の杏奈ちゃんと似たタイプなのかもしれない。名前の字も似てるし、あの子も性格というかテンションが真逆になるからなぁ。

 

「でも良太郎さんも、結構仕事の時はスイッチが切り替わるタイプだよね? 写真撮影中とかステージの上とか、言動は普段と変わらないけど雰囲気がまるで別物だったよ」

 

「自分では意識してないけどなぁ」

 

 凛ちゃんと同じことを割と色んな人から言われたりする。曰く「歌っているときは別人」とか「普段の姿は世間を欺くための演技」とか「黙っていれば完璧」とか……殆ど悪口じゃねーか! たまに自分が本当にトップアイドルなのか分からなくなる。

 

「普段から真面目にやってたら幸太郎さんに怒られることもないと思うんだけど」

 

「それが実は仕事に関しては殆ど怒られたことないんだよ」

 

「え、意外」

 

「怒られるのは大体プライベート関連」

 

「それは納得」

 

 凛ちゃんに遠慮が無くなってきて嬉しいなぁ。

 

「ついこの間もこっ酷く怒られたばっかりでさ」

 

「なんというか、ホント良太郎さんって悪戯好きだよね……今度は何したのさ」

 

「うーんと、簡単に言うと過ぎたる好意は悪意になるってところかな」

 

 流石に何も言わずに佐竹飯店のサービスを受けさせるのはマズかったらしい。まぁ恭也と月村のときで既に知ってたけど。

 

「しかも今回は早苗ねーちゃんも一緒に悪戯しちゃったからさぁ」

 

「もう悪戯って自分で明言しちゃったね」

 

「家に帰ったら早苗ねーちゃんからこめかみをグリグリと……」

 

「拳骨で?」

 

「いや銃口で」

 

「銃口!?」

 

 日本の銃刀法は何処へ!? と立ち上がらんばかりに驚愕する凛ちゃん。

 

「勿論モデルガンだよ?」

 

「だ、だよね!? 婦警さんだから一瞬まさかと思っちゃったよ……」

 

 まぁ交通課だから拳銃を携帯しないけど。

 

 いつもは関節技でシメてくる早苗ねーちゃんがモデルガンとはいえ笑顔のまま銃口を押し当ててくる辺りガチでキレてるんだろうなぁと思った。

 

「凛ちゃんも悪戯をするときはほどほどにね」

 

「同系列に扱われても困るんだけど……」

 

「つまり『はっちゃけるのはプライベートじゃなくて仕事で』『テレビの前ならば尚良し』ってところだね」

 

「……なんだろう、すごくフラグにしか聞こえない……」

 

 シュークリームを詰め終わった箱を士郎さんから受け取りながら、凛ちゃんは何故か引き攣った笑みを浮かべていた。

 

 

 

「……さてと、俺もそろそろ次のお仕事に向かいましょうかね」

 

「今日は収録かい?」

 

「いえ、テレビ局ではあるんですけど今日は打ち合わせです」

 

 シュークリームの箱を携えて一足先に翠屋を後にした凛ちゃんを見送って少々のんびりしてから俺も席を立つ。

 

「詳しい話はまだ聞いてないんですけど、なんでも王様のお仕事だそうで」

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

「「なんでやねん! なんでやねん!」」

 

「もっとキレよく!」

 

「スナップを効かせるにゃ!」

 

「……何やってるの?」

 

 良太郎さんと翠屋でお茶をした後、シュークリームの差し入れを持って事務所にやってきたら、何故か未央とみくの監修の元でかな子と智絵里がツッコミの練習をしていた。我関せずといった感じで一人寝ている杏はいつも通りだ。

 

「あ、しぶりんお疲れー!」

 

「お疲れ」

 

「ん? 何にゃその箱――」

 

「その箱はっ!?」

 

 私が持っていた翠屋の箱に気付いたかな子が驚くぐらい素早く近寄ってきた。食いつきが早い。

 

「も、もしかして翠屋のシュークリーム!?」

 

「あ、うん。良太郎さんからの差し入れなんだけど……」

 

「やったぁ!」

 

 喜び方が半端じゃない。

 

「翠屋? 有名なお店なのにゃ?」

 

「ご存知、ないのですか!?」

 

「落ち着いて」

 

 かな子のキャラがよく分からないけど、とりあえずお菓子好きをここまで狂わせる魔力というか魅力が桃子さんのシュークリームには生クリームと共に詰まっているということなのだろう。

 

 かな子がみくに翠屋の素晴らしさを長々と語っている間に他のみんなでお茶の準備をする。流石にこの時ばかりは杏も起き上ってきた。

 

「それでやっぱりこの美味しさの秘訣はパティシエの高町桃子さんにしか出せないと言われている絶妙な甘さで――」

 

「かな子ー、そろそろみくを解放してあげてー」

 

 

 

「それで? 結局何をしてたの?」

 

 全員でシュークリームに舌鼓を打ちつつ(私は二つ目)、先ほどまでの珍妙な光景の詳細を尋ねる。

 

「えっと、三人の初テレビが決まったらしいんだ」

 

「へぇ」

 

 何でも、事務所の先輩である川島瑞樹さんと十時(ととき)愛梨(あいり)さんがMCをやっている『頭脳でドン! Brains Castle!!』というクイズ番組に初出演することが決まったそうだ。

 

「アイドルがアピールタイムをかけて対決するやつにゃ」

 

「それがどうしてツッコミの練習になるわけさ……」

 

「バラエティの基本は、ボケとツッコミとリアクション! これを習得すれば不安なんて一切無用なのだよ、しぶりん!」

 

 クイズ番組なんだからクイズの勉強した方がいいと思う。

 

「そうだ! しぶりんも何かちえりんたちにアドバイスしてあげてよ!」

 

「え、私が?」

 

 別にアドバイス出来るほどの知識や経験は何も無いんだけど。

 

「ほら、しぶりんって生粋のツッコミ役でしょ?」

 

「ぶっとばすぞ」

 

「口調がぶっ壊れてるよ!?」

 

 しかし先ほどの良太郎さんとの会話を思い出して若干否定できないことに気が付いて愕然とするのだった。

 

 別にボケに回りたいとかそういうことを言っているわけではないけど、何故かそういう括り方をされると後々割を食うことになると私の直感が告げていた。

 

「す、すごいなぁ……!」

 

「み、見習わないと……!」

 

「やめてそんな目で見ないで」

 

 

 

 

 

 

おまけ『千川ちひろ』

 

 

 

「兄貴ー、千川ちひろさんって……」

 

「「「千川ちひろっ!?」」」

 

「うおっ!? 留美さんと美優さんまで何事!?」

 

「ど、どうしたんだ良太郎? どうして千川の名前を……!?」

 

「いや、なんか凛ちゃんの事務所の事務員さんらしいんだけど……」

 

「せ、先輩まさか……」

 

「い、いや、まだだ、まだ()()千川と決まったわけでは……」

 

「そ、そうですよね、同姓同名の可能性も……!」

 

「なんかお手製のスタミナドリンクをくれるらしいけど」

 

「「「ぎゃあああぁぁぁ!?」」」

 

「兄貴はともかく留美さんと美優さんまでガチ悲鳴!?」

 

「あ、慌てるな、事務員ならば同じポジションの美優にすべてを任せよう!」

 

「頑張りなさい、美優!」

 

「見捨てないでください……!?」

 

(……会うのすげぇ怖いけど、多分いずれ会うことになるんだろうなぁ……)

 

 

 




・ちえりん警察
前科一犯(作者)

・久しぶりの翠屋
あれ、もしかして第四章で初……?

・『CANDY ISLAND』
杏、かな子、智絵理のユニット名。
杏はきらりとユニット組むとばかり思っていたから視聴当時は割と驚いた。

・『Happy×2 Days』
CIのデビューシングル。
『イガラップ』に集中しすぎて裏のかな子と智絵理の歌が聞こえていなかったのは作者だけではないはず。

・「ご存知、ないのですか!?」
超時空シンデレラガールズ

・十時愛梨
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。パッション。
脱衣系な18歳にして初代シンデレラガール。
このバストサイズは絶対に逆サバ読んでますわ(確信)

・おまけ『千川ちひろ』
今回はあくまでも前フリ。本格登場は凸レーション編になる予定です。
さぁ、地獄の窯の蓋が開く……!



 現在、運動会編やお料理さしすせそ編を読み返して「あぁ良太郎ってこんなキャラだったな」と再認識しております。次回以降が本領発揮です。



『三周年記念アンケート開催のお知らせ』

 お陰様でこの小説は来月の11月29日をもちまして三周年を迎えます。

 ちょうどその日はCI編終了後の更新日と重なりますので、特別番外編をお送りする予定です。

 つきましては、その特別編で使用する「お便り」と「アンケート」の募集をしたいと思います。

 詳しくは活動報告へ(アンケートに対する回答は絶対に感想板の方には書かないでください!)


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Lesson139 Panic in the muscle castle 2

さっそくのお便りとアンケートありがとうございました。
他の方も気が向いたらでいいのでよろしくお願いします。


 

 

 

「ん?」

 

「お」

 

 とある日のテレビ局。番組の打ち合わせを終えて何処かで茶でも飲んでから次の現場に行こうかと廊下を歩いていたら良太郎と出くわした。

 

「なんだ、今日はお前もここで仕事だったんだな」

 

「そういうお前こそ」

 

 所属が同じで事務所にはアイドル全員のスケジュールがホワイトボードに書かれているとはいえ、互いに多忙なアイドル故にそれぞれの仕事を全部把握しているわけではない。

 

 だからこうして知らないうちに仕事の場所が一緒になっていたということは少なくなかった。

 

 別に何も示し合せたわけではないが、何となく並んで歩く。

 

「お前も何か収録?」

 

「いや、俺は打ち合わせだ。お前は収録なのか?」

 

「おう。一応サプライズゲスト的な立ち位置らしいから何の番組に出るのかは知らんが」

 

「そうか。……は? ()()()()?」

 

 サラッと流しそうになったが、こいつ割と凄いこと言ったぞ。

 

「何、お前に対するサプライズなのか?」

 

「いや、俺と番組出演者両方に対するサプライズらしい」

 

「どういうことだよ……」

 

 スタッフが前もってサプライズだと伝えるサプライズが何処にあるというのか。

 

 普通ならば逆にサプライズと知ってしまった上でのリアクションを期待されているかヤラセを疑うかの二択だが、こいつの場合はそのどちらでもないような気がする。寧ろ『周藤良太郎』に対してサプライズを仕掛けることを恐れたスタッフが思わず漏らしてしまった、と言われた方が納得できる。

 

「内容は分からないが、久しぶりにサプライズな仕事。これは気合も入るってものだ」

 

「やめろ気合を入れるな」

 

 グッと拳に力を入れる良太郎は相変わらず無表情なものの目が輝いているような気がして思わずため息が漏れそうになる。

 

 思い出すのは、大体二年ぐらい前の芸能人事務所対抗大運動会。当時はまだフリーアイドルだった良太郎が本当にいきなり現れてゲリラライブを行った時の衝撃はとても忘れられそうにない。

 

 世間一般的に言えば『周藤良太郎』がサプライズで登場することは非常に嬉しいことなのかもしれないが、それは第三者から見た場合であって当事者は全く嬉しくないのがこいつなのだ。

 

「サプライズで内容知らないからリハもねーけど、そろそろ入りの時間だから行くわ」

 

「自重しろよー」

 

 楽しそうに手を振りながら去っていく良太郎の背中を見つつ、まだ見ぬ共演者へ同情してしまうのだった。

 

「きゃっ!?」

 

「っと」

 

 そんなことを考えながら歩いていると、角を曲がったところで人とぶつかってしまった。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

「あ、いや、こっちも悪かった……って、島村か?」

 

「あ、天ヶ瀬さん!?」

 

 凄い勢いで頭を下げてきたのでこちらも謝ると、よくよく見たら島村だった。

 

 何故だろう、良太郎の街中でのアイドル遭遇率ほどではないが、俺はこうしてアイドルとぶつかりながらエンカウントする確率が高い気がする。

 

「こうして顔を合わせるのは養成所以来になるか? ……あぁ、一応北沢(アイツ)のデビューステージも顔を合わせたことになるか。目が合っただけだが」

 

「お、お久しぶりです!」

 

 面白いぐらいにペコペコと頭を下げる島村。

 

「一応先生の方から話は聞いてたが、こうしてテレビ局の廊下で鉢合わせるってことは一応デビュー出来たみたいだな」

 

「はい! あの時はお世話になりました!」

 

「そんなこと言われるほど何もしてねーよ」

 

 本当にただ気まぐれに振付のダメ出しをしてやっただけなのに、随分と律儀なものである。

 

 そんな島村の後ろから、茶髪のセミロングの少女が飛び出してきた。先ほどから島村の後ろにいた二人の内、ずっと目をキラキラとさせていた方である。

 

「はいはい! 私しまむーのユニットメンバーで『new generations』のリーダーをやらせてもらってます! 本田未央と言います! よろしくお願いします!」

 

「お、おう」

 

 わー本物の天ヶ瀬冬馬さんだーと握手を懇願されたので右手を差し出すと、ギュッと両手で握られた。スキンシップに躊躇がない感じが、ウチの事務所の所を彷彿とさせた。

 

「えっと、同じくユニットメンバーの渋谷凛です。よろしくお願いします」

 

「あぁ」

 

 さらにもう一人、島村の後ろにいた二人の内、驚いた様子で目を丸くしていた方がペコリと頭を下げた。こちらはウチの事務所の北沢を彷彿とさせたが、アイツよりは少し柔らかい印象を受ける。

 

(……この人が、天ヶ瀬冬馬さん)

 

 そんな渋谷の目を、俺は見たことがあった。

 

 そう、その目はまるで――。

 

 

 

(……良太郎さんの話を聞くに、色々と大変なんだろうなぁ……)

 

 ――可哀想なものを見る目だった。

 

 

 

 何故だ。何故こいつは『初対面の時にいきなり「お前も苦労しているんだな」と肩に手を置いてきた恭也』と同じ目をしているんだ。

 

 ……まぁ、今は気にしないでおこう。

 

「それで、こんなところにいるってことはテレビの出演でも決まったか?」

 

「あ、いえ、今日はお仕事じゃなくて、同じ事務所に所属している同期の子が初テレビなので、その応援なんです」

 

 話を聞くに、今こいつらが所属している346プロダクションのシンデレラプロジェクトという企画のメンバーが今日初めてテレビ番組に出演するらしく、特別に関係者フロアにある楽屋へと向かう途中だったらしい。

 

「ふーん……まあいい。折角デビューしたんだ、お前も早くテレビデビュー出来るといいな」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 再び頭をペコペコと下げる島村。……他のユニットメンバーが所と北沢に似てる一方、こいつと佐久間は似ているどころか完全に俺に対する態度が真逆だった。

 

 というか、佐久間が良太郎以外に対して塩対応なのがそもそも問題な気もするが、よくよく話を聞いてみると他の奴らには割と普通の態度なのが全く解せない。あれ、もしかして俺だけ?

 

 そんな疑問を抱きつつ、失礼しますと去っていく島村たちの背中を見送るのだった。

 

「……あ、周藤良太郎がこのテレビ局にいるぞって教えてやった方が良かったか……?」

 

 ……まぁ、いいか。別にあいつらと関わりがあるわけじゃねーし。

 

 

 

 

 

 

「え、えっと、徳川十五代将軍は、家康、秀忠、家光、家綱……」

 

「カエルさん、カエルさん、カエルさん……」

 

(……ベクトルは違うけど、二人とも緊張してるなぁ)

 

 ブツブツと呟くかな子ちゃんと智絵里ちゃんを横目に見つつ、そんなに緊張することないと思うけどなぁとまるで他人事のように考えてしまう自分がいた。

 

 今日はついに不本意ながら迎えてしまった杏たちキャンディーアイランドの初テレビ出演の日。早くから楽屋入りした私たち……というかかな子ちゃんと智絵里ちゃんは、それぞれクイズに出てきそうな一般教養の復習と昨日未央が言っていた「お客さんはかぼちゃだと思えばいい」という言葉を元にアレンジされた緊張しないおまじないを繰り返し呟いていた。

 

 ……かな子ちゃんはともかくとして、智絵里ちゃんの四つ葉のクローバーを両手で持ってただひたすら「カエルさん」を連呼している様は、正直怖かったりする。あの、せめて瞬きしない?

 

「……くわぁ……」

 

 本当だったら自分の部屋に籠ってバックレるつもりだったのだが、合鍵を渡してしまったきらりによって強制的に連れ出されてしまった。寝ていたところをそのまま担いで連れてこられたのでまだ眠い。

 

 まだ時間はありそうだし、一眠りしよう。そう思って目を瞑ろうとしたが、突然楽屋の扉が開かれた。

 

 

 

「遅ればせながら、カワイイボクの到着ですよ!」

 

 

 

「「……えっ?」」

 

「……何事?」

 

 目を開けて入口に目を向けると、そこには白いワンピースに白い帽子を被ったサングラスの少女。

 

「いやぁ、前の現場が押しちゃって。これもボクがカワイイおかげですねぇ」

 

 などと言いながらサングラスを外したその少女は、まぁ言動から何となく予想がついてたけど事務所の先輩である輿水幸子ちゃんだった。

 

「興水幸子ちゃんだ……!」

 

 それまでブツブツと集中していたかな子ちゃんと智絵里ちゃんも顔を上げる。

 

「……あ、あれ?」

 

 そんな幸子ちゃんは、楽屋にいる杏たちの姿を確認すると何故か狼狽えていた。

 

 ……あ、もしかして入ってくる楽屋を間違えた?

 

「何してはるんどすか、幸子はん?」

 

「もしかして、楽屋間違えちゃったー?」

 

 そんな幸子ちゃんに続いて楽屋に入ってくる影が二つ。確かに今日の番組で共演する幸子ちゃんが所属するバラエティーユニットのメンバーで、小早川(こばやかわ)紗枝(さえ)ちゃんと姫川友紀さんだったっけ。

 

 千客万来だなー寝かせてよー。

 

「そそそ、そんなわけないじゃないですか! こ、これはあれですよ、今回共演する新人さんたちにアドバイスをしてあげようと思っただけで……!」

 

「ふふ、そういうことにしときましょ」

 

「ぐぬぬ……!」

 

 はいはい分かってますよと優しい目の紗枝ちゃんに、恥ずかしさからぐぬる幸子ちゃん。まぁ、知り合いのいる部屋へ自信満々に入ったと思ったら別の人の部屋だったのだから無理もない。小学生の頃に間違えて別の教室に入っちゃった時のことを思い出したよ。

 

「えっと、今日一緒に出演する新人さんだよね? 今日はハードな収録になるだろうから、気合い入れていこーね!」

 

 そう言いながらガッツポーズをする友紀さん。

 

「……え、ハード?」

 

「く、クイズ番組なのにですか?」

 

 そんな友紀さんの言葉に、かな子ちゃんと智絵里ちゃんが首を傾げる。

 

 確かによくよく見てみれば、先程到着したばかりらしい幸子ちゃんは別として、紗枝ちゃんと友紀さんは『KBYD』という名札を付けた体操服を着ていた。

 

 ……紗枝ちゃんはともかく、紛いなりにも二十歳(はたち)の友紀さんに違和感がない辺り、やっぱり童顔だよなぁと思う。まぁきらりと同い年のくせしてみりあや莉嘉と同年代に見られてた杏が言えた話ではないけど。

 

「あれ、聞いてないんですか?」

 

「今回から体を使ったアクションバラエティに変更になったんだよ?」

 

「「……えぇっ!?」」

 

 友紀さんの口から告げられた割と重要な事実に、かな子ちゃんと智絵里ちゃんは驚愕の声を上げた。

 

(……はぁ、めんどーなことになった……)

 

 一方杏は寝て覚めたら全てが終わっていることに一縷の望みを賭けて、いつものウサギを枕にして目を閉じるのだった。

 

 

 




・サプライズと知ってしまった上でのリアクションを期待されているか
???「ドッキリ100連発かよ~!」

・小早川紗枝
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。キュート。
京言葉と着物が似合う(意味深)純和風黒髪お嬢様な15歳。
方言って可愛いんだけど難しいんだよなぁ(書き手並感)



 今回多くは語らず。

 次回、良太郎の暴走が始まる。


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Lesson140 Panic in the muscle castle 3

・デレステ風 周藤良太郎のウワサ1
『大きい』方が好きなだけであって『小さい』のも否定しないらしい。


 

 

 

『かな子ちゃんたちの初テレビを実際に生で見よう!』

 

 初めにそう言いだしたのは未央だった。そして実際に私たちのレッスンの調整とプロデューサーにお願いをして番組観覧の席を確保したのも未央だった。以前123プロの北沢さんのデビューイベントを見に行った時もそうだが、こういう時の未央の行動力は目を見張るものがあり、このバイタリティーは成程リーダー気質だと一人納得してしまった。

 

 そんなわけで収録日当日。かな子たちの楽屋へ向かう途中で『Jupiter』の天ヶ瀬冬馬さんと出会ったり、実は卯月が冬馬さんと知り合いだったり色々あったわけなのだが、ハプニングというか驚くべきことはこれだけではなかった。

 

「いやー……まさかこんなことになるとは……」

 

 観覧席の一番隅に陣取り、私たちはスタジオのセットを見ながら苦笑する。

 

 今日かな子たちが出演するはずだった番組である『頭脳でドン! Brains Castle!!』のタイトル看板の『頭脳』の部分にバツ印が打たれて『筋肉』というある意味で真逆の言葉に据え変わっていた。そうして新しくなった看板には『筋肉でドン! Muscle Castle!!』の文字。

 

 かな子たちが出演する番組が、クイズバラエティーからアクションバラエティーになってしまっていた。

 

「本当にどうしてこうなったんだろ……」

 

 思わず呟き、チラリと横目でセットの下手側を除くと、プロデューサーも首筋に手を当てながら困った様子でスタッフさんたちと話をしていた。恐らく、プロデューサーも今回の話を聞かされていなかったのだろう。

 

 しかし良太郎さん曰く「急遽仕事内容に変更があったとしても文句を言うのはプロデューサーの仕事。『はい任せてください』と頷くのが一流のアイドル」らしい。ちなみに「勿論限度はあるけどね」との注釈も忘れなかった。

 

 そんなわけで、番組の収録自体は予定通りに始まるのだった。

 

 

 

「みなさぁん! 退屈してますかぁ?」

 

 窮屈そうな胸元のディーラーのような衣装に、随分と短いタイトスカート。若干露出が激しい女性がそう呼びかけると、観覧客は一斉に「してるー!」と返事をした。

 

「そんな退屈は対決で解決!」

 

 同じくディーラーのような衣装で、しかしこちらはパンツルック。笑顔なのにキリッとした理知的な雰囲気の女性がそう続く。

 

「瑞樹と愛梨のキュンキュンパワーでみんなを刺激しちゃうわよ!」

 

 番組MCである十時愛梨さんと川島瑞樹さんの登場に、観覧客のテンションは一気に跳ね上がり歓声が上がる。隣の未央も先輩の登場に同じように歓声を上げており、その熱気に私と卯月は目を白黒させるのだった。

 

「それでは今夜も始まりまぁす!」

 

「はいはーい、頭脳が筋肉になって装いも新たにスタートしたわけですが……愛梨ちゃん、どうしてだか聞いてます?」

 

 早速番組を進行する十時さんに、川島さんは私たちも思っていた疑問を投げかける。

 

「えっとぉ、アイドルがあまりにもクイズが苦手すぎて、番組が成り立たない――」

 

「さて、それじゃあ早速アピールタイムをかけて対決するアイドル達の登場です!」

 

 あまりにもあんまりな理由をストレートに言おうとした十時さんの言葉を遮り、川島さんは強引に話を進めた。

 

 川島さんが上手(かみて)(観客側からみて右側)を手で示すと、そこに設置されていたゲートを遮るカーテンが開き、姿を現したのは体操服姿の輿水幸子ちゃん、小早川紗枝ちゃん、姫川友紀さんの三人だった。

 

「まずは最多出場の代り映えのしない面々でぇす」

 

「それではチーム名をどうぞ!」

 

「カワイイボクと!」

 

「野球!」

 

「どすえチーム、どすえ」

 

 彼女たちは(一応)前番組になるブレインズキャッスルの頃から何度も出演しているらしく、慣れた様子で自己紹介を済ませた。

 

「続いては、シンデレラプロジェクトが送り込んだ刺客! 今日は初テレビというフレッシュ三人さんです!」

 

 そうして今度は川島さんが下手(しもて)(観客側からみて左側)を手で示すと、反対側のゲートからかな子たちが姿を現した。しかし彼女たちは幸子ちゃんたちがポーズを取りながら登場したのに対し、ほぼ棒立ちの状態だったのが少々残念だった。

 

 そんな風に一番最初の登場は地味だったものの、とりあえず小走りに入場する。

 

「いらっしゃーい」

 

「ではチーム名をどうぞ」

 

 川島さんに促され、三人は一度目配せをすると――。

 

「きゃ、キャンディーアイランドです」

「キャンディーアイランドでーす」

「きゃ、キャンディーアイランド、で、です!」

 

 ――まぁ、何となくそんな気はしてた。

 

「初々しいですねぇ」

 

 そんな三人に、十時さんはクスクスと笑みを浮かべる。

 

「初々しさでは完全に負けてるKBYDチームさん、今日は勝てそうですか?」

 

 そう川島さんが話を振ると、幸子ちゃんはフフンといつも通りの自信満々な表情になった。

 

「大丈夫ですよ、なんていったってボクが――」

 

「待ってくださぁい! そういう意気込みはマイクパフォーマンスでどーぞ!」

 

「……と、ここまでは普段と同じ流れなのですが」

 

「今回から、特別ルールが追加されまぁす!」

 

「と、特別ルール?」

 

 MC二人の突然の発表に、聞かされていなかったらしい幸子ちゃんが目を白黒させる。他のみんなも知らなかった様子でキョトンとしていた。

 

「皆さんご存知の通り、元ブレインズキャッスルで現マッスルキャッスルのここは『お城』。当然、王様がいらっしゃいまぁす」

 

「王様にはこれから様々なミニゲームで対決する両チームの活躍を見ていただき、より『アイドルらしいアピール』をしたチームに王様からの褒美としてボーナスポイントが加算されます」

 

「早い話が、毎週審査員として様々な方をゲストとしてお呼びして、皆さんのアイドルらしさを採点してもらうということでぇす」

 

 最後の十時さんの説明が一番ざっくりしていて分かりやすかった。

 

(……王様)

 

 王様と呼ばれて真っ先に思い浮かんだのは良太郎さんだった。普段の態度や言動からは全く結びつかないはずなのだが、何故か仰々しい椅子に座って踏ん反り返っている姿が想像できた。

 

 まぁ、流石にないだろうけど。

 

「ちなみに今回は便宜上第一回の王様ということで、特別なゲストにお越しいただいております」

 

「実はあたしたちも知らないんですよねぇ」

 

「特別なゲスト……ふふん、このカワイイボクに霞まないといいんですけどねー」

 

 相変わらず幸子ちゃんのその自信は何処から来るんだろうと疑問に思いつつ、何やら嫌な予感がしてきた。「流石にないだろうけど」と言った舌の根も乾かぬ内にこれである。

 

「それでは、登場していただきましょう」

 

「王様の、おなーりー!」

 

 そう川島さんと十時さんが手を上げる。

 

『………………』

 

「……あれ?」

 

 その疑問の声は誰のものだったか。多分その場にいた全員の心の声だったかもしれない。

 

 スタジオの上手下手両方のゲートのカーテンが開いたのだが、そこには誰も立っていなかった。

 

 一体何処に……?

 

 

 

「……わーたーしーがー! 観覧席側から来た!!」

 

 

 

『きゃあああぁぁぁ!!?』

 

 それは一瞬でスタジオ内に響いた甲高い歓声だった。

 

 私たちが座る観覧席のすぐ横、具体的に言うと一番隅に陣取った私たちの脇から現れたのは、やはりというかなんというか良太郎さんだった。

 

 予期せぬトップアイドルの登場に、観覧客は老若男女問わず沸き立った。

 

「周藤良太郎!?」

「嘘マジ!?」

「流石本物は画風が違う気がする!」

 

 画風って何さ。

 

 何故かアメリカナイズに「HAHAHA!」と声だけで笑いながら観覧客たちに手を振りながらセットの中に入っていく良太郎さんは、当然物怖じすることなく緊張なんて欠片もしてそうになかった。

 

 ……チラッとこちらを一瞥して親指を立てたところを見ると、どうやら私たちのことには気付いているようだ。

 

「というわけで本日の特別ゲスト、もとい本日の王様は言わずと知れた『キングオブアイドル』周藤良太郎君にお越しいただいきました」

 

「わぁ! 良太郎さん、いらっしゃーい!」

 

「お邪魔しまーす」

 

 思わぬ人物の登場に若干戸惑いながらも元アナウンサーなだけあってキチンと進行をする川島さんと、驚きつつも全く動じていない十時さんが対称的だった。

 

 当然、今回対決する両チームも驚いており――。

 

「えぇ!? 良太郎さん!?」

 

「な、なんで良太郎さんが……!?」

 

「うわ、出たよこの人……」

 

「なななななっ……!?」

 

「ほわぁ……びっくりやわぁ」

 

「あれ、良太郎じゃーん」

 

 ――一部のアイドルは全く驚いていなかった。というか一人凄い親し気な人がいた。

 

「お、友紀、おっすおっす」

 

「あれぇ? 良太郎さんは友紀ちゃんとお知り合いなんですかぁ?」

 

「高校の同級生なんだ」

 

「ミス・フォーチュンの茄子も合わせて三人でクラスメイトだったんだー」

 

 なんというか、本当に良太郎さんって意外とアイドルにプライベートな知り合いが多い気がする。こうして仕事の現場だけでなく、普段の生活からアイドルによく出会うのか、それとも逆に彼と関わることでアイドルになるのか。

 

「それで、今日俺は何をすればいいんですか? 何にも聞いてないんですけど」

 

「……えっ!? どういうこと!?」

 

「仕事の話が来た時も『可愛い女の子たちが飛んだり跳ねたりする姿を生で見るだけの簡単なお仕事』としか説明受けてないですし、今日も『合図があったらとにかく勢いよくスタジオに入ってください』としか指示受けてないですし」

 

「スタッフ!?」

 

 逆にそれだけの説明しかないにも関わらず仕事を受けて、尚且つ物怖じせずにここまで堂々とスタジオ入り出来る良太郎さんは本当に何なのだろうか。

 

 ここで簡単に川島さんが先ほどもした説明をすると、黙って聞いていた良太郎さんはフムフムと頷いた。

 

「要する俺は王様役として、自分が気に入ったアイドルにボーナスポイントという名のお捻りをあげればいいんですね?」

 

「そういうことよ」

 

「成程成程」

 

 そう言って納得したように頷いた良太郎さんは突然右手を上げると――。

 

 

 

「王様権限により、愛梨ちゃんに十ポイントォォォッ!」

 

 

 

「流石にMCは対象外よ!?」

 

「せめてミニゲームをやってからにしてくれませんかね!?」

 

 笑いながら「わぁ! ありがとうございますぅ!」と十時さんが喜ぶ中、明らかに見た目というか体型の好みだけでアイドルを選んだ良太郎さんに対して川島さんと幸子ちゃん渾身の叫びが響き渡った。

 

 ……こんな濃い人が来ちゃったけど、三人はちゃんとカメラに映れるのだろうか……。

 

 

 




・「そんな退屈は対決で解決!」
25「その()の踏み方はい()()じゃな()()ですか」

・「アイドルがあまりにもクイズが苦手すぎて、番組が成り立たない――」
それで成り立っていた番組が以前にも……ヘキサ――うっ、頭が!?

・カワイイボクと野球どすえチーム
通称KBYD。アニメオリジナルのバラエティユニット。
果たして何がどうなったらこの三人でユニットを組むことになるのだろうか……。

・「……わーたーしーがー! 観覧席側から来た!!」
・「流石本物は画風が違う気がする!」
『無個性』なアイドル天海春香をオールマイトPが残り僅かな時間を使ってトップアイドルに育てる『ワンフォーオール編』とか誰か書いてくれませんかね。



 残り一話ですが、とことん暴走させたいと思います。

 ちゃんとCIとの絡みもある予定ですので、ご安心を。


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Lesson141 Panic in the muscle castle 4

時期が時期だから症状も合わせてインフルエンザかと思ったゾ……(胃腸風邪)


 

 

 

「はぁ~……我が子を見守る母親の気分だよ……」

 

「私も同じ気分……」

 

 オープニングトークが終わって最初のミニゲームの準備のために休憩に入ると、観覧席の未央と私は心配でため息を吐いた。

 

 ただ未央はかな子たち……特に智絵里が『これからちゃんと番組をやっていけるか』という心配に対し、私は良太郎さんが『これから川島さんたちにどれだけ迷惑をかけるのか』という心配だった。良太郎さんが出演するバラエティー番組はこれまで見てきたが、これまでは純粋に楽しんで見れていたのに、立場や視点が変わるだけでこうも心配になるとは思いもよらなかった。

 

「でも良太郎さん、楽しそうでしたよ?」

 

「楽しそうなのが問題なんだって……」

 

 流石に他のアイドルの見せ場全てを奪うなんて真似はしないだろうけど、初バラエティー番組にして要求されるハードルの高さが急に跳ね上がったかな子たちは、本当に大丈夫なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

・第一種目『風船早割対決』

 

「ルールは簡単。空気入れを使って相手チームの頭上にある風船を先に割った方が勝ちです」

 

「では対決前に、ご褒美をいただくためのポイントを王様から伺いたいと思いまぁす」

 

 両チームが風船の下に置かれた空気入れの前に並ぶ中、先程の休憩中に持ち込まれた玉座に座る良太郎さんへ十時さんがマイクを向けた。

 

「そうだね。空気入れはハードな上下運動だから、こういい感じに胸揺れが――」

 

「はいそれじゃあ位置についてー!」

 

 川島さんの賢明な判断で良太郎さんの言葉が遮られた。こういうやり取りはある意味良太郎さんのお約束なので、観覧席からは笑いが起こる。

 

「――個人的にはかな子ちゃんや友紀に期待したいところで……」

 

「切ったのに続けてますよこの人!?」

 

「スタート!」

 

「って出遅れました!?」

 

 根は真面目故に律儀に良太郎さんに突っ込みを入れていた興水ちゃんが出遅れてしまったためかな子たちCIが少しだけ有利な状態で始まったが、しかしバラエティー慣れしているというか体力的なものもありあっという間にKBYDが逆転し、CIの頭上の風船が先に割れてしまった。

 

「「きゃあ!?」」

 

 風船の破裂音に驚きへたりこむかな子と智絵理。杏は早い段階で諦め、しゃがみ込んで耳を塞いでいたので全く驚いていなかった。

 

「そこまで! 勝ったのは……KBYDチームでぇす!」

 

「勝ったYD(やきゅうどすえ)チームには五十ポイントが加算されます」

 

「川島さん、KB(カワイイボク)が抜けてますよ!」

 

 セットの液晶に表示されたKBYDの横に50と表示される。

 

「さて、それでは王様! ご褒美ポイントはどちらのチームに差し上げますか?」

 

「うーん、そうだね……まぁ最初だし、ここは順当にアイドルらしく可愛いリアクションを見せてくれたキャンディーチームに上げようかな」

 

「おっと敗れたキャンディーチーム、王様からのご褒美を頂けました」

 

「キャンディーチームに十ポイントが加算されまぁす」

 

 私情というか趣味ではなく客観的に見てアイドルらしさを評価した辺り、お情けポイントに近いものがある気がした。しかし良太郎さんがアイドルらしいと賞してくれたおかげで三人に注目が集まったので、未央的に言えば「これはおいしい」らしい。

 

「はぁい、それでは罰ゲームでぇす」

 

 そう言いながら何やら飲み物が注がれたコップをお盆に乗せてきた十時さん。

 

「負けたキャンディーチームにはこの健康茶を飲んでいただきます」

 

「……え、えっと、味は……」

 

「一気に飲んだ方がいいよ!」

 

 青褪めるかな子に何やら経験者らしいアドバイスを送る姫川さん。その言葉に従い、かな子と智絵里は一気にお茶を飲み干し、かな子は「苦いですー!?」と叫び智絵里は涙目に。一方で杏は頑なに拒否することで観覧客の笑いを誘っていた。

 

「ナイスリアクション! いい感じだよ!」

 

 そんな杏たちを称賛する未央。まぁ、バラエティー的にはこれが正解、というやつなのだろう。

 

 その後何故か良太郎さんも健康茶を飲む羽目になり、地の底から響くような低い声でリアクションをしつつ自らのベストアルバム発売日の告知をするというリアクション芸の奥義(未央談)を披露するのだが、どうせ放映時にはバッチリ使われるだろうから私視点ではカットさせてもらう。

 

 

 

ここまでの得点

 CI 10 VS KBYD 50

 

 

 

・第二種目『マシュマロキャッチ対決』

 

「続いての種目は、二人一組で参加してもらいます」

 

「一人がこのマシュマロバズーカで発射したマシュマロを、もう一人が口でキャッチすることが出来たらオッケー! 十回中何回出来るかを競ってもらいまぁす!」

 

「マシュマロ……!」

 

 先ほど不味い健康茶を飲んだ時とは正反対に目を輝かせるかな子。良太郎さんほどではないけど、彼女は彼女で相変わらずのブレなささである。

 

「それでは、今回は特別に王様からデモンストレーションを承りたいと思いまぁす」

 

「王さんのデモンストレーション?」

 

「一本足で打ち返さないでキャッチして頂戴」

 

 この物語はフィクションで実在の人物や団体とは関係ありませんと川島さんの注釈はよく分からなかったが、とりあえずまず始めに良太郎さんが実際にキャッチしてみる流れになった。

 

「それでは僭越ながら、あたしがマシュマロバズーカを発射させていただきまぁす」

 

「どうせ愛梨ちゃんに食べさせてもらうなら直接アーンをしてもらいたかったなぁ」

 

 などと言いつつ腕を回したり屈伸をしたりと、実はこういうミニゲーム的なことが大好きなのでやる気満々な良太郎さん。

 

「行きますよぉ? それぇ!」

 

 ポンッ! という音と共に、十時さんのバズーカからマシュマロが高くまで飛び上がった。

 

「任せろ! これぐらいの内野フライならば菊池ばりの鮮やかな捕球を見せてやろう!」

 

 良太郎さんはそれに反応すると、驚くほど素早くその落下地点を予測して滑り込んだ。

 

 そして頭上から落下してくるマシュマロから目を離さないまま、大きく口を開いて――。

 

 

 

「良太郎! バズーカの反動で愛梨ちゃんのスカートがToLOVE(トラブ)るな感じに!」

 

「何だって、それは本当かい!?」

 

 

 

 ――そのままバッと驚くぐらい素早く顔を前に戻した良太郎さんの頭の上に、ポフッと柔らかくマシュマロが落ちてきた。

 

『………………』

 

 スタジオ内を沈黙が通り抜けた。

 

「……えっと、良太郎さん、マシュマロキャッチ失敗でぇす」

 

「……ユッキ貴様あああぁぁぁ!」

 

「わざわざ菊池の名前をチョイスする良太郎が悪いんでしょ!? 普通にそこはキャッツ的に坂本でいいじゃんか!」

 

「言い争いは収録後にお願いします」

 

 この物語はフィクションで実在の人物や団体とは関係ありませんと川島さんの注釈はやっぱりよく分からなかったが、とりあえず良太郎さんのセリフが姫川さんのよく分からない逆鱗に触れて邪魔をされてしまったようだった。

 

「でもこれは不味いよしぶりん」

 

「良太郎さんの趣味嗜好が全国波に乗ることなら今さらだと思うけど」

 

「そっちじゃなくて」

 

 未央曰く『良太郎さんというトップアイドルに物怖じせずに絡むことが出来ればそれだけカメラに映るチャンスが増える』とのこと。確かに未央の言うことにも一理あった。良太郎さんが映るところがカットされづらいならば、彼とのやり取りが多い方がカメラに映りやすいのは確かである。

 

「でも三人に良太郎さんに絡みに行けって言うのはハードルが高そうだよ」

 

 杏はそもそもやる気が乏しいし、かな子と智絵里にもその積極さは微妙なところだ。そんなことが出来るようであれば、最初からバラエティーに苦難することはなかっただろう。

 

「良太郎さんから絡んでくれることを祈るしかないかぁ……」

 

 そんな未央の心配そうな呟きを余所にゲームは進んでおり、結局マシュマロキャッチ対決は両者十回中二回成功の引き分けに終わり、それぞれのチームに十ポイントが入った。

 

 引き分けなので両者ともに罰ゲーム無しと喜んだのは束の間、王様のご褒美ポイントが『先程転んだ時のヘソチラが可愛かった』という理由でキャンディーチームに十ポイントが入り、ヘソチラした本人であるかな子は大変恥ずかしそうにしていた。これはこれでアイドル的にはアリ……なんだと思う。

 

 

 

「………………」

 

 

 

ここまでの得点

 CI 30 VS KBYD 60

 

 

 

・第三種目『ファッション対決』

 

 さて、アイドルの私服をチェックしてより可愛らしい方が勝ちなこの対決。この対決にはご褒美ポイントが無く、良太郎さんが審査員となって勝敗を決めるのだが……。

 

「はい、小早川紗枝ちゃんの勝ちー」

 

(だろうと思った)

 

 KBYDから選ばれた小早川紗枝ちゃんが着て来た私服は、彼女の学校のセーラー服だった。普段着物ばかり着ている彼女の洋服姿がとても新鮮で、「今日は学校から直接現場に来たから」と顔を手で覆って恥ずかしがる様が大変可愛らしかった。

 

 一方、CIから何故か選ばれた杏の私服は、まさしく普段から彼女が事務所でも着ている私服。つまり『働いたら負け』Tシャツとスパッツという格好だった。こんな格好でカメラの前に出てきてあまつさえドヤ顔さえ浮かべる杏には鉄の意志と鋼の強さを感じた。

 

「いやまぁネタ的には間違いなく杏ちゃんなんだけど、だからといってここで杏ちゃんを選ぶのは色々と間違ってる気がしたから」

 

 というか君も俺並みにブレないねと良太郎さんも感心した様子だった。

 

「よし! これはおいしい! 良太郎さんの興味を引けたよ! これは試合に負けて勝負に勝ったよ!」

 

 それにしても今日の未央は本当に何ポジションなのだろうか。

 

 ちなみにここまで卯月の台詞がほとんど無いが。

 

「わー! 紗枝ちゃんの制服可愛かったですけど、杏ちゃんも可愛かったですよー!」

 

 先程から普通に観覧客になっていたりする。

 

 

 

ここまでの得点

 CI 30 VS KBYD 110

 

 

 

「さて、次の種目が今回のラストゲームになります」

 

「キャンディーチームが大きく引き離されてしまいましたが、次の種目では一発逆転のチャンスがありまぁす!」

 

「勝てばアピールタイムをゲット! 但し負けたチームには罰ゲームとして……こちら!」

 

 そう川島さんが合図を出すと、スタジオのモニターに綺麗な渓谷と……その間から空に飛び出す人影が映し出された。

 

「美しい自然の景色を楽しみながら、バンジージャンプ をしていただきぁす!」

 

『うわぁ……!?』

 

 そんな過酷な罰ゲームの発表に、両チームとも嫌そうなリアクションが上がる。

 

「おぉ、楽しそう」

 

 一方の王様はそんな罰ゲームに興味津々だった。なんか罰ゲームの時にまで付いてきて一人で勝手に飛びそうである。

 

「勝負は大詰め! 果たして栄光のアピールタイムを手にするのはどちらのチームか!?」

 

 

 




・「こういい感じに胸揺れが――」
良太郎@生き生き。こいつこんなキャラだったなぁと再認識。

・「王さんのデモンストレーション?」
・「一本足で打ち返さないでキャッチして頂戴」
スーパースターな背番号一の凄い奴(サウスポー並感)

・菊池
・坂本
この作品はフィクションなのでノーコメントで。

・「ToLOVEるな感じに!」
ララヒロイン時代しか知らない作者。今はお母さんがエロいことぐらいしか分からない。

・「何だって、それは本当かい!?」
これも全部、乾巧って奴の(ry

・鉄の意志と鋼の強さ
クロワッサンのデュエルはもうないんだろうなぁ……。
ところで決闘者の皆さん、次元箱は予約できましたか……?(震え声)



 仕事中死にかけてましたが、何とか帰ってこれました(白目)

 頭痛&腹痛&熱&吐き気で一時間も高速道路なのでリアルで死を覚悟しました。

 それはそうと、また予定内に終わりませんでした……次回は三周年記念するつもりだったのに……。

 予定はずれ込んでしまいましたが、次回終了予定です。


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Lesson142 Panic in the muscle castle 5

前回の差し替えにお気づきでない方は前話からお読みいただけると幸いです。



……あ、あと今日でちょうど三周年でーす。


 

 

 

「智絵里ちゃん、大丈夫……?」

 

「……な、なんとか……」

 

 心配そうなかな子ちゃんの声に、智絵里ちゃんは言葉通りなんとか返事をする。

 

 罰ゲームにバンジージャンプと聞かされ、フラッとなり楽屋で横になった智絵里ちゃん。ゆっくりと起き上るがその顔色はまだ悪い。

 

「……次の収録、出来そうですか?」

 

「……はい」

 

「……笑顔で、出来ますか?」

 

「………………」

 

 そのプロデューサーの問いかけに、智絵里ちゃんは顔を俯かせる。

 

「……智絵里ちゃん。私もバンジージャンプ怖いけど、次の収録は笑顔で頑張るよ。だから……!」

 

 かな子ちゃんはそう励ますように智絵里ちゃんに語り掛ける。

 

「……私、ユニットでデビュー出来て本当に嬉しくて、きっと一人じゃ何も出来なかった」

 

 智絵里ちゃんは、目尻に浮かんだ涙を拭いながらポツリポツリと自らの思いを吐露する。

 

「怖いけど……笑顔も自信ないけど……だけどみんなに勇気、貰えたから」

 

 ――一緒にやりたい!

 

「……うん! 一緒にやろう! 三人ならバンジージャンプも怖くないよ!」

 

「いや怖いって」

 

 ともあれ、どうやら智絵里ちゃんは持ち返したようだ。

 

 ……こっちは大丈夫そう、かな。

 

「よっと」

 

「杏ちゃん?」

 

「ちょっとお花摘みー」

 

 後は、こっちの仕込みをしておくだけだ。あぁ面倒くさい。

 

 

 

 

 

 

・第四種目『滑り台クイズ』

 

「それではルールを説明しまぁす!」

 

 十時さんのルール説明に耳を傾ける。

 

 巨大な滑り台の上に座り、クイズに答えることで相手側の滑り台が上昇し、落下してしまった方の負けという割とよく聞くシンプルなもの。問題は『芸能』『歴史』『科学』『スポーツ』『アニメ』『スペシャル』の六ジャンルで、全部で十八問。それぞれ難易度ごとに十、二十、三十と点数が振り分けられており、その問題を解答出来たチームが得点し、相手チームはその難易度ごとに三段階滑り台が上昇するらしい。

 

 誰か一人でも落ちてしまった時点でそのチームの負け、勝ったチームには最後に通常通りの勝利ポイントが与えられる。さらにそこに良太郎さんからのご褒美ポイントを合算して、最終的にポイントが高いチームが優勝、ということだ。

 

 問題はKBYDとCIで交互に、輿水ちゃん・智絵里・姫川さん・杏・小早川ちゃん・かな子の順番で選択していく。

 

「それでは幸子ちゃん、第一問目を選んでください」

 

「それでは『芸能』の10!」

 

『先週の放送で天然解答を炸裂させ、番組を終了させた、このチームの名前は?』

 

 モニターには良太郎さんが思わず「おおっ!?」と大きく身を乗り出すほど胸が大きな女性と少女が映し出された。出題のためとはいえ、目元を隠す目線がなんとなく卑猥な感じになってしまっていた。

 

「BBチーム!」

 

 これにいち早く答えたのは問題を選択した輿水ちゃんだった。

 

 KBYDに十点が入り、CIの滑り台が若干上昇する。

 

「え、えっと、『芸能』の20で!」

 

 続いて智絵里が選択したのは芸能の一つ上のレベルの問題。恐らく、得点差が開いていることを気にしての選択なのだろう。

 

『今年の一月にデビューして以来人気上昇中、このシルエットのアイドルユニットは誰?』

 

 次にモニターに映し出されたのは二人の少女と思われるシルエットなのだが、私には見覚えがあった。

 

「『Peach Fizz』はん、どすなぁ」

 

 これを答えたのは紗枝ちゃんだった。どうやらかな子も分かっていたようだが、少し間に合わなかったようだった。

 

「おっと、これはウチのアイドルの紹介までしてもらっちゃってありがたいですね」

 

 そう良太郎さんがコメントするように、彼女たちは123プロのアイドルだった。私も気になったので映像で見たことがあったが、今の私たちでは到底追いつけそうにないクオリティのパフォーマンスだったことを覚えている。

 

 また少しCIの滑り台が上昇したところで、次は姫川さんが問題を選択する番になった。

 

「それじゃあ行っちゃうよー! スポーツの20!」

 

『ラグビーにおいてキックを成功させた場合、何点入りますか?』

 

「野球じゃないの!?」

 

 流石にそこまで都合よくはなかったようだ。

 

「えっと……確か三点!」

 

 しかしこれを姫川さんはしっかりと正解する。

 

「おやぁ? 友紀ちゃん、専門は野球だったんじゃないんですかぁ?」

 

「いやー、チアボン(チアフルボンバーズ)で茜ちゃんと一緒にいるとラグビーの話題も出てくるんだよね、割と」

 

 これでCIは合計で五十点分滑り台を上昇させられてしまったことになる。

 

「う、うぅ……!」

 

「あ、杏ちゃん!」

 

 体力の無い杏が早くも落ちそうになり、かな子が咄嗟に手を掴んで杏が下に落ちるのを阻止する。しかしいくら杏が小柄とはいえ片腕で支えるにも限度がある。二人まとめて落下するのも時間の問題だった。

 

「……これ以上はホントに不味い、か……」

 

「それでは杏ちゃん、問題を選択してください」

 

 川島さんに促され、杏は一度面倒くさそうにため息を吐いてから顔を上げた。

 

「……『科学』の30」

 

『おぉ!?』

 

 杏のその選択に、観覧席からどよめきが起きる。

 

「あ、杏ちゃん?」

 

「負けないためにはこれしかないよ」

 

『スカイツリーの天辺からリンゴを落とすと、地面に着く直前の落下速度はいくらになりますか? スカイツリーは634メートル。重力加速度は9.8とします』

 

 いくら得点が三十の問題だからといい、流石に難易度が高すぎやしないだろうか――。

 

「秒速111.474メートル。時速401.306キロ」

 

 ――え?

 

「……あ、杏ちゃん、正解です」

 

 手元の資料を見ながら唖然とした様子で川島さんがそう告げると、スタジオ内はワッと歓声に沸きあがった。

 

「おいおい、あのスピードで平方根の暗算ってマジかよ……」

 

 玉座の良太郎さんも驚愕した様子だった。

 

「い、今の、暗算で計算したの……!?」

 

「すごぉすなぁ……」

 

 KBYDの三人も得点されて悔しがる前に感心した様子だったが、そんな中彼女たちの滑り台がガコンと三十点分上昇した。急激な上昇に小早川ちゃんが目を白黒とさせる。

 

「それでは紗枝ちゃん、次の問題を選択してください」

 

「え、えっと、ほな『歴史』の10を……」

 

『徳川三代目将軍といえば?』

 

 それは奇跡的にも今回の収録がクイズ番組だと信じていた時に、かな子が事務所で予習していた範囲だった。

 

「徳川家光!」

 

「おぉ! かな子ちゃん早い!」

 

 もはや条件反射のレベルで反応したかな子がこれを答え、さらにCIが得点を重ねる。

 

 これで滑り台の角度は十点分にまで追いつき、KBYDの面々も持ち堪えるのが一杯一杯になってきたのだが……。

 

「……ごめん智絵里ちゃん、そろそろ限界……」

 

 かな子に腕を掴まれ自身も足を突っ張ってその場に留まっていた杏の体が小さくプルプル震えていた。このままでは杏がかな子もろとも下に落ちてしまう。

 

「……す、『スペシャル』の30!」

 

 だから智絵里は勝負に出た。

 

『江戸時代のオランダ貿易でガラス製品の緩衝材として持ち込まれた外来種です。

花言葉に『幸運』『約束』などがある花は?』

 

 これまた難問に、全員が閉口する。

 

「あ、杏ちゃん……!?」

 

「……ごめん、杏は答えられないや」

 

 先ほどの頭の切れを見せた杏もこれは知らなかったようで、いよいよ追い込まれてしまった。

 

 ……ん? 花言葉が『幸運』と『約束』って……あ、まさか!?

 

「……シロツメクサ」

 

「え?」

 

 

 

「こ、答えは、シロツメクサです!」

 

 

 

「……智絵里ちゃん、正解!」

 

 ピンポンという音がスタジオに響き、わっと歓声が上がった。

 

 シロツメクサは、別名『クローバー』。四つ葉のクローバー探しが趣味な彼女にピッタリの問題だったというわけだ。

 

 ……他にも『私を思って』『私のものになって』『復讐』なんて花言葉があったりするのだけど、今は黙っておこう。

 

「それじゃあKBYDチームの滑り台、上昇ぅ!」

 

 十時さんの号令と共に、再び三十点分上昇するKBYDの滑り台。

 

「わわっ、す、滑って……!」

 

「紗枝さん!」

 

 小早川ちゃんがずり落ちそうになり、咄嗟に隣の輿水ちゃんが手を伸ばし――。

 

「おっと紗枝ちゃん危ない!」

 

「お、おおきに、友紀はん」

 

 ――しかしそんな小早川ちゃんを姫川さんがキャッチ。

 

「へっ?」

 

 小早川ちゃんを止めようとした輿水ちゃんが手を滑らせ……そのまま勢いよく落ちていった。

 

「「あ」」

 

「なんなんですかあああぁぁぁ!?」

 

 そんな叫びと共に、彼女は顔面から滑り台の下の白い粉の中に落ちてった。

 

「はーいそこまでー!」

 

「ゲーム終了でーす!」

 

 ホイッスルの音の後に十時さんと川島さんがゲームの終了を宣言する。

 

 先に落ちたのはKBYDの輿水ちゃん。

 

 

 

 つまり勝ったのはCIだった。

 

 

 

「勝ったぁ!」

 

「やったよ! 杏ちゃん!」

 

「ちょ、まっ、落ち……!?」

 

 勝利の喜びで杏に抱き付く智絵里とかな子。しかし元々座っているのが辛いレベルの滑り台でそんなことをすればどうなるのか。

 

 勝負には勝ったものの、結局CIの三人も白い粉の中にダイブをしてしまうのだった。

 

「キャンディーチームには、追加で五十ポイントが入りまぁす!」

 

「……と、いうことは……?」

 

 全員が両チームの総得点を表示するモニターに注目する。

 

 

 

ここまでの得点

 CI 150 VS KBYD 160

 

 

 

「……あっ……」

 

「……負けちゃいました……」

 

 隣の未央と卯月の悲しげな呟き。

 

 ……違う、大事なことを忘れている。

 

 

 

「いやぁ、両チームとも落ちちゃったけどいい頑張りだったね」

 

 

 

 大きく張り上げたわけではないにも関わらず、その声は何故かスタジオ内に響き渡ったような気がした。きっとそれが『存在感』というものなのだろう。

 

「中でも、落ちそうになったチームメイトを支え続けたかな子ちゃん、ミラクルな暗算を見せてくれた杏ちゃん、そして最後の問題でファインプレーを見せてくれた智絵理ちゃんに……ご褒美をあげようかな」

 

 セットの玉座に座っていた王様――良太郎さんのその言葉に、CIの総得点が百六十になった。

 

「……ということはぁ?」

 

「今回のマッスルキャッスル。結果は……なんと引き分けです!」

 

 川島さんの宣言と共に、今度は歓声がスタジオ内を響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 結局今回の対決の結果は引き分けとなり、勝者のアピールタイムと敗者の罰ゲームは両チームで行うこととなった。

 

(……結局、良太郎さんはアイドルみんなに公平だったんだ)

 

 CIのアピールタイムで、彼女たちのデビュー曲の宣伝をする三人の姿を見ながらそんなことを考える。

 

 輿水ちゃんに突っ込まれ、姫川さんと絡み、小早川ちゃんの私服を褒めた。KBYDの三人は対決のやり取りが多かった。対してCIの三人はご褒美という形でアイドルらしさというものを評価して世間の目を彼女たちに向けた。

 

 そうして最後の最後に引き分けにすることで、両チームの出番を更に平等にした。

 

 ……流石にそれは考えすぎかな。

 

 やがて両チームのアピールタイムが終わり、全員並んでのエンディングトークである。

 

「今日は本当にありがとうね、良太郎君」

 

「いえいえ、俺も楽しめましたので逆にお礼を言いたいぐらいですよ」

 

 川島さんのお礼の言葉に、良太郎さんはなんのなんのと手を振る。

 

「これまで頑張ってきたKBYDには更なる頑張りに期待したいし、デビューしたてのCIにもこれから期待したいね。特に智絵里ちゃん」

 

「……えっ!?」

 

 突然良太郎さんに名前を上げられ、困惑する智絵里。二人の間に立っていた川島さんがすすっと後ろに下がったことで良太郎さんと智絵里が隣に並ぶことになった。

 

「個人的に智絵里ちゃんは今回のクイズみたいに、番組の後半で頑張って欲しいね」

 

 

 

 ――最後のクイズの答えでもある、クローザー(クローバー)(抑え投手)みたいに。

 

 

 

『………………』

 

 あれだけ盛り上がっていたスタジオ内が静寂に包まれた。普段ならMCとして話題を進める川島さんも笑顔のまま固まり、野球の話題にも関わらず姫川さんが全くリアクションをしていない。

 

 なるほどこれが時を止めた世界に進入するということかと全く別のことを考えている私も、要するに現実逃避なので脳が働いていないことは確実だった。

 

「?」

 

 ただ一人、よく分かっていないらしい十時さんだけが首を傾げていた。天然って無敵だなぁ。

 

「っ!」

 

 そんな中、最初に動き出したのはまさかの智絵里だった。

 

 彼女は意を決したようにキュッと目を瞑ると、あの日事務所で見た動きのままに手首をスナップさせた。

 

「なっ、なんでやねんっ!」

 

 トンっと軽く智絵里の手の甲が良太郎さんに突っ込みを入れ――。

 

 

 

「ぐわあああぁぁぁ!?」

 

 

 

 ――何故か良太郎さんがそのまま後方に吹き飛んだ。

 

『え、えええぇぇぇ!?』

 

 その場にいた人間全員の驚愕の声が総和する。

 

 良太郎さんはそのまま後ろの玉座を巻き込み派手に転がる。しかしよく見るとその後ろには予めマットが敷いてあった。わざわざこのために用意したのだろうか。

 

「はいっ! こんな周藤良太郎も吹き飛ばす『ちえりんチョップ』を持つ智絵里ちゃん率いるCIを今後ともよろしくー!」

 

「わ、私が率いるの!? そもそも『ちえりんチョップ』って何!?」

 

「杏ちゃん何これどういうこと!?」

 

 そんなよくわからない混乱の中、番組はエンディングを迎えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 あー楽しかった。

 

 そんな小学生並みの感想しか出てこないが、間違いなく楽しかった。

 

 久々に好き勝手やっていいとお達しがあったバラエティー番組でそこそこ羽を伸ばせたのでスッキリとしている。友紀やかな子ちゃんの胸揺れや、紗枝ちゃんや智絵里ちゃんの太ももなど、楽しみどころも満載だったので大満足だ。

 

(……それにしても)

 

 

 

 ――結局全部、杏ちゃんの思い描いた通りになったわけだ。

 

 

 

 それは第四種目が始まる前の休憩中のことだった。突然杏ちゃんが俺の楽屋にやってきたと思うと、本当に何気なく世間話をするようにこんなことを話してきた。

 

 

 

 ――智絵里ちゃんとかな子ちゃん、バラエティー番組ってことでツッコミの練習をしてきたんですよー。

 

 ――エンディング辺りでボケてくれる人がいたら映えるんだけどなー。

 

 ――あ、そういえば周藤さん、きっと最後も色々やってくれるんですよねー。

 

 

 

 何というか全部完全に棒読みだったが、きっと彼女もわざとやっていた。

 

 要するに彼女は『周藤良太郎』を利用してテレビに映る機会を増やそうとしているわけだ。

 

 普段だったら『周藤良太郎』を利用しようとする連中は無視するところではあるのだが……きっと彼女も俺が断らないことを理解した上で持ちかけてきていたのだろう。

 

 何故なら彼女の要求は『二人が輝ける場所を用意してください』ということで――。

 

 

 

 ――それは()()()()()()()()()()()()()()()()なのだから。

 

 

 

 今回俺は自身が楽しみながらも俺だけが映るのではなく、当然主役である彼女たちに少しでも多くテレビに映ってもらおうと行動していたつもりだった。きっと杏ちゃんはそれに気付いたのだろう。好ましいタイプの狡猾さである。

 

 そんな頭の切れと状況判断力は先ほどのゲーム中の彼女のセリフからも窺うことができた。

 

『負けないためにはこれしかないよ』

 

 勝つためとは言わず、つまり勝たなくてもいいと分かっていた。

 

『……ごめん、杏は答えられないや』

 

 これは智絵里ちゃんが答えるべき解答だと判断して()()()()()()()()

 

 ホント、彼女は恐らく麗華やりっちゃん寄りの人間だ。きっとCIのみならずシンデレラプロジェクトの中でもいい参謀役になることだろう。

 

 ……本人のやる気があるかは別の話だが。

 

 

 

「それで? バンジーの収録はいつ?」

 

「やっぱり付いてくる気なのね……」

 

 だって楽しそうだし。

 

 

 




・滑り台クイズ
諸々の事情により若干ルール変更。おかげで若干杏無双が弱まってしまった。

・BBチーム
『バストバスト』の略だな(確信)

・「あのスピードで平方根の暗算ってマジかよ……」
ちなみに求める計算式はv=9.8*√(2s/9.8)になります。

・クローバーの花言葉
残りの三つのおかげで、智絵里もキュート愛が重い四天王の一人に……。

・「なんなんですかあああぁぁぁ!?」
哀れ幸子(芸人の鑑)

クローザー(クローバー)(抑え投手)みたいに。
なおOA時にツボに入った世紀末歌姫と青の歌姫がいたとかいなかったとか。

・時を止めた世界に進入するということ
スタプラって結局ザワールドと時を止める原理違うはずなのに……。

・ちえりんチョップ
※担当Pは死ぬ。

・黒幕な杏
アニメでも実はシロツメクサ知ってたんじゃないかと思ってる。



 というわけで長くなったCI編ようやく終了です。

 アニメでは未収得だったチョップを習得した智絵理。きっとこの小説でも暴走した誰かを鎮めるために猛威を振ることでしょう(未定)

 そして来週はようやく三周年記念回となります。


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番外編26 三周年特別企画・前

今回は『アイドルの世界に転生したようです。』という良太郎たちが本人役で出演していたドラマの三周年記念ラジオという設定でお送りします。
一部設定に矛盾があったりなかったりするので、『本編とは似て非なる物語を歩んできたパラレルワールドの良太郎たち』ぐらいのノリで深く考えずにフワッと読んでいただけたら幸いです。



※今さらですが、作者が番外編を書くときは基本的に『次話の構想がまだ固まっていない時の時間稼ぎ』を兼ねています。本編を楽しみにしておられる方の中で番外編やIFがいらないと思われる方もいらっしゃるでしょうが、ご理解いただければ幸いです。


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ポーンッ!

 

 

 

「……始まりは三年前。良太郎と765プロとの出会いを描いた第一章『READY!!』」

 

「私たちが本当の意味でアイドルになるまでを描いた第二章『CHANGE!!!!』」

 

「アタシとまゆ、新人の参戦! そして765プロ初のアリーナライブを描いた第三章『M@ASTERPIECE』!」

 

「舞台は移ろい、私たち346プロのシンデレラガールズの成長を描く第四章『Star!!』」

 

「そしてこれから続いていく、俺とまだ見ぬアイドルたちとの物語!」

 

『全ては、皆様の応援のおかげで、私たちはここまでやって来ました!』

 

「せーの!」

 

 

 

 ――『アイドルの世界に転生したようです。』三周年おめでとー!!

 

 

 

「皆さんこんばんは! 123プロダクション所属、周藤良太郎役の周藤良太郎だ!」

 

「1054プロダクション所属、東豪寺麗華役の東豪寺麗華よ」

 

「765プロダクション所属、天海春香役の天海春香です!」

 

「123プロダクション所属、所恵美役の所恵美でーす!」

 

「346プロダクション所属、渋谷凛役の渋谷凛です」

 

「本日はこの五人でお送りしていくぜ」

 

「……って、わざわざ配役まで言う必要あった?」

 

「まぁ一応な。もしかして本人が本人役としてキャスティングされてるって知らない人が誤解するかもしれないじゃないか」

 

「その誤解があったとして、ラジオでその誤解が解けるかどうかは微妙なところですけどね……」

 

「それにしても三年……長いこと続きましたね」

 

「三年ってことは、始まった頃高校生だった人が大学生になってるんだよねー」

 

「そうやって具体的な話を出すと、確かに長く感じるね」

 

「そんなことより、お茶淹れるけど飲む人ー」

 

「自由か」

 

「良太郎さんのそういうところ、嫌いじゃないけど好きじゃないよ」

 

「はーい! アタシ欲しいでーす!」

 

「恵美ちゃん……」

 

「はぁ……。天海春香、こいつらは放っておいて番組説明頼むわ」

 

「は、はい! ……コホン。今回は私たちが出演しているドラマ『アイドルの世界に転生したようです。』の三周年を記念した特別ラジオになります。あらかじめ視聴者の皆さんから送っていただいたお便りを読みつつ、今までの放送を振り返っていきます」

 

「みんな、お便りありがとうねー!」

 

「番組進行もせずにお茶の準備を進めてる良太郎は無視して、私たちは早速お便りを――」

 

「お、スタッフからお茶請けとして翠屋のシュークリームが差し入れされたぞ」

 

「――何してるの良太郎、さっさとお茶の準備を進めなさい」

 

「あぁ!? 麗華さんまでそっちに!?」

 

「……まだ始まったばかりだけど、こんなにグダグダでいいのかな……?」

 

「まーまー凛。そっちの方がアイ転らしーでしょ」

 

「凛ちゃんは食べないの?」

 

「勿論食べます」

 

「……まぁ、ここにいる全員翠屋大好きだからしょーがないよね」

 

 

 

 

 

 

『あいてんっ!』

 

 

 

「さて、全員の手元にお茶とシュークリームが行き渡ったところで、早速お便りを読んでいこうか」

 

「危うく今回の番組の趣旨を忘れるところでした……」

 

「というか、今更だけどテレビドラマの記念放送をラジオでするってどうなのよ」

 

「まぁ最初から映像なんてあってないような作品だし……」

 

「それ主演が一番言っちゃいけないことだよね」

 

「お、お便り読みますねー」

 

 

 

 HN『覇王軍の下っ端B兼、蒼姫様親衛隊長(自称)』

 

 こんばんわ~!アイ転三周年!おめでとうございます!今まで覇王様と魔王の姫様方にお仕えしてきて、こんなに嬉しかった事はもう何度目か分からないです!(笑)

 アイ転は毎回楽しく見させていただいています!特に蒼姫様(凛様)が可愛い!名前から分かるとおり蒼姫様のファンです!

 今回の三周年のアイ転ラジオということで、収録現場で面白かったハプニングなどを教えてもらいたいです!

 覇王様、魔王の姫様方、蒼姫様、天然姫様、これからもがんばって下さい!(笑)

 

 

 

「はい、親衛隊長さんありがとうございます!」

 

「やはり我が軍にも凛ちゃんの親衛隊がいたか……」

 

「何だろう……ファンの人と変わらないはずなのに、こういう風に親衛隊とか言われるとちょっと恥ずかしいな……」

 

「あっ、凛ちゃん照れてる」

 

「へーいラジオの前のリスナー! 超カワイイ凛ちゃんの照れ顔見えてないけど今どんな気持ちー!?」

 

「煽ってんじゃないわよ」

 

「えっと、それで面白かったハプニングですけど、やっぱりここは主演の良太郎さんに聞いてみたいですね」

 

「主演で基本的に現場に出ずっぱりだから、ハプニングに遭遇する確率も高いんじゃないかな」

 

「そうだな……俺ってさ、割と体張るシーン……というか、麗華とかりっちゃん辺りに攻撃されるシーン多かったじゃん?」

 

「良太郎さんが余計なことを言って麗華さんたちの怒りを買って制裁される鉄板のシーンですよね」

 

「第四章に入ってからだと、回想だけど私や春香さんにも殴られるシーンがあったよね」

 

「あれは初めて765プロに行ったシーンだったかな……りっちゃんに殴られたんだけど」

 

「あの肝臓を持ち上げるボディーブローよね」

 

「あれ、ガチで入ってた」

 

「……えっ!?」

 

「あー……やっぱりあの時の脂汗って本物でしたか……」

 

「多分最初だったから手加減間違えたんだろうなぁ。カメラに映ってなかったけどりっちゃん、小声で『あっ……!?』って言いながらやっちゃったって顔してたよ」

 

「そのまま演技を続ける良太郎さんも良太郎さんだけど、カットしない監督も監督だよね」

 

「監督は『リアルな画が取れた!』って喜んでたよ」

 

「そりゃリアルなんだから当たり前よね」

 

「………………」

 

「それで、さっきから恵美ちゃん一言も喋ってないけど、どうしたの?」

 

「……ううん、何でもないですよー親衛隊長さんが挙げた出演者の中にアタシがいなかったなーなんてキニシテナイデスヨー」

 

『あっ……』

 

「分かってるよー……この中でアタシ一人だけ影が薄いって分かってたよー……」

 

「そ、そんなことないよ!?」

 

「しょ、しょうがないわね、今日は特別に私たち魔王枠に入れてあげるから!」

 

「春香ちゃん、凛ちゃんと麗華が恵美ちゃん慰めてる間にアンケートの方の説明をしておこう」

 

「いいのかなぁ……えっと、今回はお便りと一緒にアンケートの方も実施させていただきました。テーマはズバリ『一番印象に残ったor面白かったというお話』です」

 

「このアンケートに対する回答を聞きながら、今までの放送を振り返ろうっていうのが今回のメイン企画になるわけだ」

 

「おー、割と楽しみー!」

 

「あ、恵美ちゃん復活した」

 

「たはは……ちょっと大げさに落ち込みすぎちった。ごめんなさーい」

 

「可愛いから許す!」

 

「既に突っ込むのも疲れたわ」

 

「それでは、親衛隊長さんが選んでくれた『一番印象に残ったor面白かったというお話』はこちら!」

 

 

 

 ――……はぁ!? 兄貴が病院に運ばれた!?

 

 ――間違ってない! お前の兄貴の病室は間違いなくここだ! だから帰るな! 回れ右をするな!

 

 ――これでも、真美は亜美のおねーちゃんだしね!

 

 

 

「Lesson21から24の間に放送された『兄弟姉妹』です!」

 

「あぁ、幸太郎さんや双海の双子が主軸になった話ね」

 

「中でもLesson22がお気に入りだそうですけど、どうしてだと思います?」

 

「んー何かあったっけ?」

 

「俺分かった」

 

「え、本当ですか?」

 

「HNとお便りの内容で想像付くよ。あれでしょ? 凛ちゃん初登場の回だからでしょ?」

 

「えっ」

 

「……良太郎さん正解です! 現在放送中の第四章ではメインキャラとして活躍中の凛ちゃんですが、初登場はこの回でした!」

 

「あー……なんか思い出してきた。良太郎さんがウチのお店にお見舞いの花を買いに来たんだっけ」

 

「当時は凛も中学生でロ凛だったんだよねー」

 

「恵美さん、ロ凛はヤメテ」

 

「一応ここから第四章へと布石になってたわけですよね?」

 

「まぁメインキャラになるわけだし、ちょうどこの辺りから第四章の脚本が出来始めてたらしいからね。あの頃の凛ちゃんも可愛かったなぁ」

 

「良太郎さん、ポケットから何を……ってなんでそれがここにあるの!?」

 

「あー! 凛達のバックダンサー回で出てきた凛の写真だ!」

 

「あの時大量にコピーしたから、ついでに持ち歩いて癒されようかと。ほーら、撮影中は使えなかった貴重なロ凛ちゃん写真もあるぞー」

 

「わっ、寝癖ぼさぼさの寝起き凛ちゃん!」

 

「こっちはお手伝い中かな?」

 

「わー!? わー!? わー!?」

 

「よし、この際だからこの写真はリスナーの皆さんに抽選でプレゼントしよう」

 

「その場合差し違えてでも良太郎さんの息の根を止める所存だよ……!」

 

「カワイイのになぁ」

 

「凛ちゃんのシーン以外にも『血の繋がりをなかったことにしようとする良太郎さんと引き留めようとする幸太郎さんのシーンが面白かった』とのことです」

 

「あのシーン、アテレコなんですよね?」

 

「あー、そう見えるけど実は逆。実際に俺と兄貴がアドリブで口に出して撮った後に音声だけ使って、後撮りの無言シーンと差し替えたんだ」

 

「へー……アドリブ!?」

 

「当時は若く、本気であの兄貴は一回(ピー)ねばいいと思っていました」

 

「そんな殺伐とした心境を、スタッフのファインプレーで修正音が入ってまで聞きたくなかったわよ」

 

「幸太郎さん、あの時本当に複数の女性の方から求婚されてたんですよね」

 

「まぁ意味ないと思いつつ名前は伏せるけど、割とあのドラマのままだったんだから腹立つよ。……はぁ、顔立ちは似てると思うんだが、無表情というだけでこうもモテないというのが悲しいよ」

 

(((……この人、本気で言ってるのだろうか……?)))

 

「そんなことより、そんな渋谷凛に質問が来てるみたいよ」

 

 

 

 HN『匿名希望』

 

 凛さん、ドラマの中では良太郎の事を慕っているけど、あまり素直にそれを出せない子を演じていましたね。

 やはり表立って好意を露わにする子と違って感情の出し方が小さい役ですから難しかったですか?

 あ、でも普段の凛さんが良太郎さんに持っている感情をそのままだせばいいから逆にすんなりできましたか?w 

 

 

 

「……確かに感情を大きく出す役じゃないけど、それでも普段の私通りにしてれば大丈夫な役だったから、それほど苦ではなかったかな」

 

「基本的にこのドラマ、普段通りにしてればオッケーっていうドラマだからねー」

 

「まぁ内容が基本的に良太郎の実体験を元にしたドキュメンタリー風フィクションだから、当然といえば当然よね」

 

「それで個人的には三行目の答えをしっかりと聞きたいところなんだけど」

 

「……お、お兄ちゃんみたいって思っているのはホント……とだけ言っておく」

 

「……ヒャッハァァァ! 今日は濃厚な凛ちゃん赤面回だぜぇぇぇ!」

 

「りょ、良太郎さん!?」

 

「……ごめん凛、今のはアタシも普通にカワイイって思っちゃった」

 

「私も……」

 

「……認めざるを得ないわね」

 

「三人まで!?」

 

 

 

 

 

 

『あいてんっ!』

 

 

 

「赤面凛ちゃんの可愛さに危うく我を忘れるところだったぜ……」

 

「良太郎さん、我を忘れてないときの方が少ないと思うんだけど」

 

「逆にデフォルトで我を忘れているのでは」

 

「周藤良太郎とは一体……?」

 

「次のお便り読みますよー」

 

 

 

 HN『希望のC若タロー』

 

 良太郎さん、恵美ちゃん、麗華ちゃん、春香ちゃん、凛ちゃん、ハナコ様、こんにちはー!!

三周年おめでとうございます。アイ転も息が長くなりそうですね、個人的には五十周年くらいまでいってほしいものです(笑)

 さて、そんなアイ転ですが、僕の好きなところは、やはりテレビモーニングサン完全協力の覆面ライダーの撮影シーンです。このドラマでドキュメンタリー風に裏側をみることができてとてもアツかったです!!局を越えたライダー監修は、やはり良太郎さんの人気があったからこそのものと思われます。そしてなにより、ドライバー、フォームが変わったとはいえ再び天馬を見れたということがとても嬉しかったです。やはりモジュールが変わっても相棒が手元に来ると言うのがいい展開で…、と、このままだと覆面ライダーの話が続いちゃいそうなので、ここら辺で締めようかと。

 寒い日が続きますが、皆さまお体にはお気をつけください。

 

 PS.最近まな板買いました

 

 

 

「はい、タローさんありがとうございます!」

 

「よかったぁ、今度はアタシの名前あったよー」

 

「寧ろこの場にいないキャラの名前も挙がってたけどね。凛ちゃん、いつの間にハナコ連れてきてたの」

 

「ウチでお留守番してるはずなんだけど……」

 

「それにしても、流石に五十年は続かないわよね……」

 

「続いてほしいとは願いますけど、まぁ現実的に考えると……ねぇ」

 

「アンケートの答えとして話題にも挙げてくれた覆面ライダーですら生誕四十五周年だからなぁ。先は長いぜ」

 

「その覆面ライダーですけど、良太郎さん結構頻繁にゲスト出演してますよね」

 

「まぁね。以前のキャラがオリジナルキャストで再出演してくれる喜びは俺自身がよく知ってるから、ファンのみんなのためにも出来るだけ出演したいんだよ」

 

「覆面ライダーの主演の俳優さんはスケジュール的な問題で出演出来なくなるって話聞くけど、アンタはどうなのよ?」

 

「……まぁ、ちょっとスケジュールの詰め方にコツがあったりなかったり……」

 

「何それ」

 

「そんな覆面ライダーの撮影シーンが、タローさんのお気に入りのシーンだそうです」

 

「確か第三章の冒頭だよねー」

 

「あれは本当にあの時撮影してた覆面ライダーの映画の撮影現場だったから、あそこだけはガチでドキュメンタリーだったね」

 

「ホント、局違うのによくオッケー出たわよね」

 

「ま、(ひとえ)に俺の人気と人望のおかげだよな」

 

「……鼻で笑いたいところではあるのに、これがあながち間違ってないのが腹立つわ」

 

「ドラマの中でも良太郎さんって事務所とかそういう関係無く動いてたりしますけど、割と本当にそんな感じですよね」

 

「元フリーアイドルだからフットワークは軽いんだよ」

 

「他事務所に堂々と入り込むそれをフリーアイドルだったからという一言で済ませていいものなのか……」

 

「聞いたところによると、本当はあの劇場版に覆面ライダー天馬というキャラクターは本来登場する予定じゃなかったんですよね?」

 

「うん。向こうの制作側は別のライダーを登場させるつもりだったらしいんだけど、ダメ元で出した俺へのオファーが通ったから急遽天馬を再登場させるシナリオに変更したらしい」

 

「良太郎さんが出演することでシナリオすら変わっちゃうんですか……」

 

「割と真面目に全盛期の周藤良太郎伝説に加わっても可笑しくないですよね」

 

「ところで麗華、最後のPSについて触れたいんだけどいいか?」

 

「あ゛ぁん!?」

 

「麗華さんがテレビだったら絶対にお見せ出来ないような顔になってる……!?」

 

「そもそもアイドルとして出しちゃいけない声だったけど……」

 

「このメンバーの中で一番年上なのに……これが胸囲の格差社会って奴なんだな」

 

「ほぉう、キッチン用品を買ったという話題でどぉして私に振ってきたのか教えて欲しいわねぇ」

 

「麗華さん落ち着いて!? その湯呑は振りかぶって使うものじゃないですよ!?」

 

「良太郎さんも笑って……ないけど、その楽しそうな雰囲気ヤメテ!?」

 

「CM入れてー!」

 

 

 

 ※次回に続く

 

 

 




・「123プロダクション所属、周藤良太郎役の周藤良太郎だ!」
書いててくどいって思った(他人事)

・始まった頃高校生だった人が大学生に
学生だった作者も今では社会人に……早いなぁ(遠い目)



 おかしい、会話劇なのにネタが少ない……?

 そんな感じで再びラジオ風な番外編です。相変わらず誰が誰だか分かりにくい仕様になっておりますが、良太郎と麗華は比較的分かりやすいかと。恵美もある程度分かると思うので、残りの二人は消去法で……(震え声)


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番外編27 三周年特別企画・後

やはりというか何というか、今回(三周年)は前回(二周年)以上に誰が誰だか分かりづらかったようなので。

良太郎:一人称俺。基本的に軽口。
麗華:一人称私。基本的に辛辣。「~わね」「~わ」
春香:一人称私。基本的に敬語。恵美と凛にはため口。
恵美:一人称アタシ。凛にはため口。他は敬語。言葉を伸ばす。「リョータローさん」
凛:一人称私。敬語も使うが割と砕けた口調。「~だよ」「~だね」


 

 

 

 これは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

『あいてんっ!』

 

 

 

「喧嘩しているように見えますが、アイ転の共演者たちはみんな仲良しです」

 

「とりあえず良太郎さんが一番三周年を喜んでるってことだけは分かったよ」

 

「ふんっ」

 

「け、結局CM中に湯呑の一撃が良太郎さんの頭に綺麗に決まって麗華さんの溜飲が下がってくれたようで何よりです……」

 

「リョータローさん、大丈夫?」

 

「急所は外れてるから平気平気」

 

「まず何かあったら真っ先に守るべき急所が頭だと思うんですけど……」

 

「どうせ頭の中が空っぽだからダメージが脳にまで届かなかったんでしょ」

 

「わかるわー」

 

「本人が同意してどうするんですか!?」

 

「えっと、次は私がお便りを読ませてもらうね」

 

「凛よろしくー!」

 

 

 

 HN『ヒマラヤの上でパイを叫ぶ』

 

 恵美さん、しぶりん、麗華様、春閣下こんばんは!そして同志良太郎さん。ぷるるんわ!

 ついにアイドルの世界に転生したようです。のドラマが三周年ということでいつもの如く送らせていただきました!

 ラジオでは良太郎さんを同志と呼べるようになって、もう一年以上経つんですね……実に感慨深いです。

 そしてやはりこの作品の魅力と言ったら……やっぱりパイでしょう!良太郎さんが実に我ら目線に立っているかがよくわかる作品!これはBlu-rayとDVDで三周年特別ボックスみたいなものを作ってくれることを期待して自分はお金を貯めておきます。毎度の長文でしたが、これからも作品をガンガン応援して行くのでよろしくお願いします!

 

 

 

「………………」

 

「え、映像が無いからリスナーのみんなは分からないだろうけど、さっきと比べ物にならないぐらい凛の顔が真っ赤になってる……」

 

「うわっちゃあ、お便りボックスの中からランダムに選ぶとはいえ、よりにもよってヒマラヤさんのお便り選んじゃうか……」

 

「ほんっとアンタが出演する番組は碌な内容のお便りが来ないわね」

 

「麗華さんそれはどちらかというと送ってくださった方に失礼ですから!?」

 

「もうヤダしぶりんおうちかえるぅ……」

 

「麗華さんが戻ってきたと思ったら今度は凛ちゃんが……」

 

「何で俺が出演する番組はこんなにも殺伐としているのだろうか」

 

「アンタの普段の言動や態度のせいでしょうが」

 

「そして実は三周年を記念したDVDボックスには本当に『周藤良太郎と棟方愛海の最胸討論会~アイドルと乳と宇宙と未来~』が巻末特典として収録されて――」

 

「嘘ですよ!? 巻末特典は撮影現場の舞台裏を描いたメイキング映像ですからね!?」

 

「ついでにここで宣伝しとくと、初回特典として直筆メッセージ付きの完全オリジナル写真集が当たる抽選の応募ハガキが入ってるんだけど、本当にこれみんな欲しいの? 一冊一冊に書くのすげぇ大変だったんだけど」

 

「トップアイドルが自分の影響力軽視するのやめましょーよー……」

 

「少なくともウチの事務所だと美希と真美が血走った眼で初回限定版予約してましたよ」

 

「ウチだとりんと、あと当たったら転売するってともみが」

 

「公共の電波に乗せて堂々と転売宣言やめーや」

 

「え、えっと、お便りの続きは凛からアタシにバトンタッチしまーす。そんなヒマラヤさんが選んでくれた『一番印象に残ったor面白かったというお話』はこちら!」

 

 

 

 ――……何言ってるのよ。これがプロなんでしょ?

 

 ――もしかしてなんですけど……志保って、123プロダクションのオーディションを受けてたりします?

 

 ――やっぱりアンタかあぁぁぁ! 良太郎おぉぉぉ!

 

 

 

「Lesson88から95の間に放送された『合宿スタート!』『良太郎、襲来ス』の、合宿編前半になりまーす!」

 

「その辺りから恵美ちゃんやまゆちゃんを含めたバックダンサー組が本格的に動き出したんだっけ」

 

「私たち765組が合流してから良太郎さんと冬馬さんがレッスンに参加するまでのお話だね」

 

「『北沢志保ちゃんとの確執が徐々に露わになって行くのと同時に改めて主人公の才能すげえと再確認させられた』だって」

 

「……俺何かしたっけ?」

 

「あの私たちの振付を僅かな時間で覚えちゃったあれですよ」

 

「あぁ、あれか」

 

「あれ本当に理不尽というか無茶苦茶よね。何であんな短時間で自分より長く練習してた奴らにレッスン出来るレベルになれるのよ」

 

「麗華も試しに休憩無しでやってみれば意外といけるぜ」

 

「出来るわけないでしょ体力お化け」

 

「寧ろその体力お化けに仕立て上げた高町家の方が無茶苦茶なのでは……?」

 

「あと『何より志保ちゃんが可愛い。あの必死すぎる感じが実に保護欲が……(笑)』とも書いてありました」

 

「禿同」

 

「良太郎さんも劇中で言ってましたけど人に懐かない黒猫みたいな雰囲気で、あの頃はあの頃で可愛かったですよねぇ、志保ちゃん」

 

「撮影の時は既に和解した後だったから、合宿編撮影中の志保ちゃんずっと申し訳なさそうな雰囲気で可愛かったよ。特にあの手を叩いちゃうシーン。最初の方とか遠慮しちゃって全然迫力無くて、リテイクするたびに『ご、ごめんなさい……』って」

 

「あの時の志保ってばチョー可愛かったですよねー!」

 

「多分その辺もDVDボックスの巻末特典に収録されてるはずだから、気丈な態度を保とうとしつつも若干シュンとなってる志保ちゃんを見たい人は是非買ってくれ」

 

「露骨な宣伝ではありますけど、志保ちゃんファンの方は購買意欲120%増し間違いなしですね」

 

「今頃この放送聞きながら志保も真っ赤になってるんだろうなぁ」

 

「身内を赤面させることに定評のある番組だな」

 

「フレンドリーファイアとも言うわね」

 

 

 

 

 

 

『あいてんっ!』

 

 

 

「凛ちゃんお帰り」

 

「このまま本当に帰りたい……」

 

「まぁまぁ、あとチョイだからガンバローよ」

 

「出演者が帰りたがるラジオって……」

 

「今さらよ、天海春香」

 

「んじゃ、次は俺がお便りを読むかな」

 

 

 

 HN『銀色(ぎんじき)の闇』

 

 皆様初めまして。ペコリm(__)m

 この度は選んでいただき、ありがとうございます。

 早速ですが、天海春香さんと東豪寺麗華さんに質問です。新しく出てきた後輩の、所恵美さんと渋谷凛さんのことをどう思っていますか?この二人については物語の中でも触れていなかったように思ったので質問しました!

 お二人のお答えをラジオの前で楽しみにしております!

 

 

 

「はい、銀色さんありがとー」

 

「……ねぇ、今アンタ顔文字の部分どうやって発音した?」

 

「え、だからm(__)mって」

 

「止めましょう麗華さん、多分これ触れちゃいけないところです」

 

「それで、今回は麗華と春香ちゃんの二人への質問だよ」

 

「そういえば劇中で私と恵美ちゃんのシーンは多少あったけど、凛ちゃんとはないんだよね」

 

「私に至っては所恵美とのシーンが無い上に、第四章から海外に行ってる設定でそもそも登場してないから渋谷凛とのシーンがあるはずないのよね」

 

「そーいえばそーですね」

 

「撮影の現場でも基本的に一緒になることないですしね」

 

「それじゃあ順番に春香ちゃんから聞いてみようかな。恵美ちゃんと凛ちゃんへの第一印象と、今現在の印象は?」

 

「えっと、そうですね……恵美ちゃんは劇中でも触れたけど、美希みたいで快活で人懐っこそうだなぁっていうのが第一印象かな。今もその印象は変わらないけど、それ以上に友達や仲間のことを心から想うことが出来る良い子だと思ってます」

 

「えへへ……ありがとーございます! 春香さん!」

 

「恵美ちゃんの仲間想いには定評があるからね。Lesson107の志保ちゃんの独白のシーンとか、Lesson109のアリーナでのシーンとか恵美ちゃんガチ泣きしてて大変だったからね」

 

「わわわっ、そ、そういうのは黙っててくださいよ!?」

 

「まぁ黙ってたところで巻末特典にはなってるはずだし……」

 

「うわーん!?」

 

「あははっ。あとは凛ちゃんだよね? 初めはなのはちゃんに続く良太郎さんの妹分の女の子なんだなぁって思ってたのに、いつの間にかアイドルになってメインキャストに仲間入りしててビックリした、っていうのが本音かな。歌がすごく上手で、これからにも期待してるよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「あと、第四章での主なツッコミ役として!」

 

「それはお返ししますので帰ってきてください春香さん」

 

「それじゃあ、次は麗華かな」

 

「そうね……所恵美は良太郎と幸太郎さんがスカウトしてきた新人ってことでちょっと気になってたわ。でも確かにセンスはあるけど二人に見初められるほどの実力があるとは到底思ってなかった」

 

「うっ」

 

「でもまぁ最近は実力も伸びて色々と『アイドル』らしくなってきて、少なくとも『周藤良太郎と周藤幸太郎の事務所のアイドル』っていう肩書を背負っても恥ずかしくはないんじゃないかしら」

 

「あ、ありがとーございます!」

 

「渋谷凛は……私も、天海春香と同じであの時の子がアイドルになるとは思ってなかったわ。でも周藤良太郎に影響を受けたアイドルの中でも、その影響の受け方が少し違う点に興味があるわね。幼い頃から周藤良太郎を見てきたアナタがどういうアイドルになっていくのか、楽しみにしてるわ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「麗華にしてはべた褒めで普通に驚いてるんだが」

 

「アタシだって評価すべき相手にはちゃんとした評価をするわよ」

 

「それと、凛ちゃんへの評価の中に若干観察対象的な意味合いが含まれてなかったか?」

 

「アンタのことは嫌いだけど、アイドル『周藤良太郎』が周囲に与える影響には興味あるからね」

 

「随分とひでぇ言い草……。さて、そんな銀色さんが選んでくれた『一番印象に残ったor面白かったというお話』はこれだ」

 

 

 

 ――してるしてる。ちょーしてる。今の国会と同じぐらい期待してる。

 

 ――自分、それについてコメントしたら色々と不味い気がするぞ……。

 

 ――ヤダナーチョーキタイシテルヨーメッチャキタイシテルヨー。ハヤクハツデンショナントカナンナイカナー。

 

 

 

「プロローグ的なLesson01と02が終わり、本格的に物語が始まったLesson03の『765プロ』だ。中でも今流れた俺と響ちゃんとの会話がお気に入りだそうだ」

 

「これ今触れても危ない話題だよね」

 

「ここの撮影した時、色々とアレだったからなぁ」

 

「この作品って割と時事ネタ多かったりしますよね」

 

「今だとそうだなぁ……栗きんとんさんがトランプで負けて海の向こうオワタとか――」

 

「色々とヤメテエエエェェェ!?」

 

「栗きんとんって人がトランプゲームに負けたってだけの話ですよナニヲソンナニアワテテルノカナー」

 

「三周年記念のラジオでどうしてこんな綱渡りしてるんでしょうか……」

 

「相変わらず三大タブー(政治・野球・宗教)に平然と切り込むドラマで胃が痛いわ……」

 

 

 

 

 

 

『あいてんっ!』

 

 

 

「さて、あっという間にエンディングの時間だ」

 

「他にもお便りを送って来てくださった方、全て読むことが出来ずに申し訳ありませんでした」

 

「最後は一人ずつ、リスナーへのメッセージで締めくくろうか。それじゃあ凛ちゃんから順番に」

 

「わ、私から? えっと、私が出演する第四章は現在進行形で放送中だから多くは話せないけど、私たちシンデレラプロジェクトの物語をどうか最後まで見守ってくれたら嬉しいな。あと、私の新曲『AnemoneStar』が収録された『THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS STARLIGHT MASTER 01 Snow Wings』は絶賛発売中だよ。次は恵美さん」

 

「おっ!? そーゆー宣伝ありなんだ! えっと、アタシとまゆがメインな第三章はもう終わっちゃったけど、第四章ではリョータローさんや冬馬さんみたいに導く側として未央とのやり取りがあるから、そっちにご期待アレ! あと765プロのジュリアとのデュエット曲『エスケープ』が収録された『THE IDOLM@STER LIVE THE@TER DREAMERS 02』は絶賛発売チュー! はい、春香さん!」

 

「はいっ! 私たち765プロのお話は第一章・第二章・第三章で一旦お休みとなりますが、第四章でも少し顔を出しますし今後放送予定の特別編もありますので、これからも今しばらく私たち765プロのアイドルをよろしくお願いします! あと私と真と伊織、そして亜美真美の五人のユニット曲『Miracle Night』が収録された『THE IDOLM@STER PLATINUM MASTER 01 Miracle Night』は絶賛発売中です! 麗華さんお願いします!」

 

「そうね、私たち魔王エンジェルは割と重要なポジションだった癖に第四章での出番は一切ないけど、第五章からまた復活予定だからそれまで待ってなさい。それまで私たちのこと、忘れんじゃないわよ。良太郎、締めなさい」

 

「宣伝はいいのか?」

 

「私たちはいいわ」

 

「了解。さて、俺たちの作品『アイドルの世界に転生したようです。』は無事に三周年を迎えることが出来ました。こんな趣味が突っ走ったような作品が長らく続いてきてしまったのは、間違いなく皆様からの暖かい応援のおかげです。これからも出演者並びにスタッフ一同ともに励んでいきますので、今後ともよろしくお願いします」

 

「最後は真面目に締めたわね」

 

「そりゃ俺だって年がら年中アッパラパーなわけじゃないって」

 

「普段がアッパラパーな自覚があるわけですか……」

 

「ほら、最後は全員で終わらせましょー!」

 

「ビシッとね」

 

「よし、それじゃあせーの」

 

 

 

『これからもよろしくお願いします!』

 

『次回は、四周年記念放送でお会いしましょー!』

 

 

 




・「急所は外れてるから平気平気」
作者的元ネタは憎めない常務。

・「もうヤダしぶりんおうちかえるぅ……」
「エリチカ、おうちに帰る!」

・「身内を赤面させることに定評のある番組だな」
ちょっと強気な女の子を赤面させることが大好きな作者(にっこり)

・栗きんとんさんがトランプで負けて海の向こうオワタ
※この物語はフィクションで実在の人物や団体とは関係ありません

・『THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS STARLIGHT MASTER 01 Snow Wings』
・『THE IDOLM@STER LIVE THE@TER DREAMERS 02』
・『THE IDOLM@STER PLATINUM MASTER 01 Miracle Night』
絶賛発売中!(露骨な宣伝)



 改めて、今回お便り及びアンケートにご協力いただきありがとうございました。お陰で作者自身書いていて楽しいお話に仕上がりました。

 この『アイドルの世界に転生したようです。』はアイドルマスターというコンテンツが続く限り続けていきたいので、これからも暖かい目で見守っていただけると幸いです。

 これからも、作者および周藤良太郎をよろしくお願いします。

 次回からは本編に戻り、凸レーション編です。


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Lesson143 Go on without fear!

冒頭のメタが激しい気がするけど、この小説的には平常運航です。


 

 

 

「最近始まり方がマンネリ化してる気がするんだよ」

 

「……一応聞いてやるよ」

 

 唐突な始まり方だったが、珍しく冬馬は聞く姿勢を見せた。

 

 そもそも第四章に入ってからやたらと凛ちゃんからの近況報告を聞いてそこから話が始まるパターンが多すぎるのだ。

 

 この章におけるメインキャラは凛ちゃんで、彼女が参加しているシンデレラプロジェクト、引いては346プロダクションが舞台。当然そこに俺はおらず、まず彼女たちの状況を知る方法が限られているからそうなるのは仕方がないといえば仕方がない。

 

「しかし、だからと言ってそのパターンばっかり続けてると『はいはいいつものいつもの』とホープやおっPと同じ扱いをされてしまう可能性が出きてしまう。ここまでは分かるな?」

 

「心の中で完結させて口に一切出してないから何が言いたいのか全く分からん上に、逆にそいつらが出てこなかったら物語としてアレだろという意見もあるが、とりあえずお前が現状に不満を持ってるってことだけ分かった」

 

 それだけ分かってもらえれば十分だ。

 

 さて、これだけいつも以上にメタメタな発言をしながら何が言いたいのかというと――。

 

 

 

「えっ!? 周藤良太郎っ!?」

 

「嘘ぉ!? そっくりさんじゃないの!?」

 

「ジュピターの天ヶ瀬冬馬も一緒にいるから、もしかするともしかするかもしれねーぞ!?」

 

「しかもあのピンク髪は城ヶ崎美嘉じゃね!?」

 

「何その組み合わせ超気になる!」

 

「とりあえずサイン貰わなきゃ!」

 

「色紙買ってこなきゃ!」

 

「サインペン買ってこなきゃ!」

 

「生まれてきたことに感謝しなきゃ!」

 

「正拳突き一万本しなきゃ!」

 

 

 

「こうやって大勢の人に追い掛け回されながら始まるお話があってもいいよな!」

 

「……言いたいことはそんだけかてめええええぇぇぇ!?」

 

「はぁ、はぁ、二人とも話してる場合じゃないですってー!?」

 

 ドドドドッというまるでアニメや漫画のような効果音がリアルで後ろから聞こえてくる中、俺と冬馬と美嘉ちゃんは街中をひた走っていた。体力強化訓練@高町ブートキャンプを施されている俺と冬馬だけならばもう少し楽に撒けるとは思うのだが、流石に息を切らして走る美嘉ちゃんを一人残していくわけにはいかないので、若干スピードを抑えながらそれでも全力で逃げる。

 

「そうか、これがファンに追い掛け回されるアイドルの気持ちって奴なのか……みんな大変な思いしてんだなぁ」

 

「それをお前の口から言われるとなんか腹立つんだよ! 普段見つかったこと無いくせにこんな時に限って身バレしやがって!」

 

「まだ完全にバレてないからセーフセーフ」

 

 あくまでもそっくりさんだから。逃げてる時点でアウトな気もするけど。

 

「というか、はぁ、ここまで追い掛け回されるのは間違いなく良太郎さんだからですからね!? はぁ、はぁ、私が一人街中でバレてもここまでの騒ぎにはならないですからね!?」

 

「どうでもいいけど美嘉ちゃん、息遣いがエロいね」

 

「「本当にどうでもいいわっ!」」

 

 美嘉ちゃんと冬馬がハモる。最近いい感じに美嘉ちゃんとの距離感も縮まってきたようで何よりだ。

 

「もーっ! 早く莉嘉たちを探しに行かなきゃいけないのにー!」

 

「俺だって仕事だよっ!」

 

 そんな美嘉ちゃんと冬馬の叫びを聞きながら、果たしてどうしてこのようなことになったのかという過去回想を始めようと思う。

 

 若干この展開は蘭子ちゃんの時と被ってたなぁと思いつつ、今から時間を約一日ほど遡り、更に視点を凛ちゃんに明け渡すことにしよう。

 

 

 

 

 

 

「え、『PIKA(ピカ) PIKA(ピカ) POP(ポップ)』とコラボ!?」

 

 どうも、そのようだ。

 

 今日も今日とて346プロ、シンデレラプロジェクトのために用意された一室に集まった私たち。

 

 どうやら今回デビューする莉嘉・みりあ・きらりのユニット『(でこ)レーション』が有名ブランド『PIKA PIKA POP』とコラボレーションすることになったらしい。

 

 何でも彼女たちをイメージキャラクターに据えてイベントを行い、なんと彼女たちのグッズまで制作販売されるとのこと。これにはみくもアイドルとしてのデビュー云々とは別の意味で「えぇ~いいにゃ~……」と羨ましがっていた。

 

「これもぉ、CDの宣伝なんだよねぇ?」

 

 両脇を莉嘉とみりあに挟まれながらソファーに座って説明をしていたプロデューサーの後ろからきらりがそう尋ねると、彼はいつもと変わらぬ低い声で「はい」と頷いた。

 

「期間中は買い物袋(ショッパー)や店内BGMも凸レーションです。CDの発売日前後には、露出は多ければ多いほど――」

 

「Pくんのエッチー!」

 

「――えっ……?」

 

 突然「きゃー!」と楽しそうな声を上げた莉嘉に、プロデューサーは困惑した表情を浮かべた。

 

「お姉ちゃんに言ってやろー!」

 

「は……?」

 

「プロデューサー、えっちなの?」

 

「えっ!? いや……!?」

 

「りょうお兄ちゃんよりも?」

 

「……それは、えっと、その……」

 

 否定したいけれど、否定したらしたで他事務所の良太郎さん(トップアイドル)に対して失礼な物言いになってしまうと考えているのであろうプロデューサーが返事に困窮していた。

 

「え、えっと、みりあちゃん? 莉嘉ちゃんが言った『えっち』ってどういう意味か分かってるのかにゃ?」

 

「んーん、知らなーい。でもクラスの子が『周藤良太郎はえっちだけど、逆にそれがいい』って話してたから」

 

「そ、そうなのにゃ……」

 

「? どーいう意味なの?」

 

「みりあちゃんはまだ知らなくていいにゃ……」

 

 みりあはこのまま穢れなく育ってもらいたいものだ。

 

 というか、女子小学生にまでそういう認識(周藤良太郎はエッチ)をされているのは如何なものか。いくらブレないからといって限度があるだろう。あとそのみりあのクラスメイトも色々と大丈夫だろうか。……いやまぁ、実はそれが世間一般的な周藤良太郎に対する評価なのだということは知っているが。

 

「Pちゃんが言ってるのは、メディアへの露出のことだと思うよぉ?」

 

 そんなプロデューサーにフォローしたのは、後ろからニコニコとそんなやり取りを見ていたきらりだった。普段はエキセントリックな発言が目立つ彼女だが、実はこのプロジェクトでも数少ない常識人である。

 

「なぁんだ、そっちかぁ」

 

 肩をすくめてガッカリした様子を見せる莉嘉だったが、やはり分かって言っていたようだ。

 

「ちなみにアタシは露出多めでも全然オッケー! Pくんの好きにしていいよ?」

 

 ウフンとセクシーポーズを決める莉嘉にみりあときらりが拍手を送ると、彼女は増々得意げにフフンと鼻を鳴らした。

 

「……け、検討しておきます」

 

 反応に困ったプロデューサーは、とりあえずそう答えることでお茶を濁すのだった。

 

 そんなプロデューサーたちの様子を見て、私の対面に座っていたアーニャがクスリと笑った。

 

「フフッ、楽しそう、です」

 

「遊ばれてるだけだって」

 

 それにしても、コラボである。今回彼女たちがコラボするブランドは私の好みではないので然程羨ましいとは思わないが、それがもし自分の好きなブランドやお店だったらと考えると少々羨ましくなったりする。

 

 先ほどプロデューサーやきらりが話していたように、コラボとは簡単に言ってしまえば宣伝だ。ピカピカポップとコラボすることで、そのお店に訪れた客に彼女たち凸レーションを知ってもらうことができる。要するに、私たちアイドルたちの広告塔になってもらうのだ。

 

 ちなみにアイドル側の知名度が高くなることでこの関係性は逆転し、アイドルに宣伝してもらうことでお店や商品の知名度をあげようとするのが、所謂イメージキャラクターというお仕事だ。そういう立場になった時、アイドルは一種のブランドとして扱われるようになる。要するに『誰々も愛用している』『誰々が通っている』という箔を付けることが出来るようになるということだ。

 

「おぉ……リン、詳しいですね」

 

「全部良太郎さんからの受け売りだけどね」

 

 今しがたアーニャに話した内容は、全部先日良太郎さんから聞いた『アイドルというお仕事についてのアレコレ』の一部分である。

 

 良太郎さんは最近私の近況を聞きによく顔を出してくれるのだが、それと同時にたまにアイドルの先輩として色々な話を聞かせてくれるのだ。たまに『それ良太郎さんだけだから』とか『絶対にそれアイドル関係ないよね』みたいな話も混じっているが、それでも普通に勉強になる話も多い。

 

 

 

 ――凛ちゃんもいずれ、渋谷生花店の広告塔になる日が来るよ。

 

 

 

 良太郎さんはハナコと遊びながらそんなことを言っていたが、正直まだ想像出来ない。何せまだ街中を歩いてもアイドルだと気付かれないのが現状だ。

 

 しかしいつの日か、ウチの店が『アイドル渋谷凛の実家』として有名になる日が来る……のかもしれない。……それより先に『周藤良太郎が昔から利用している花屋』としての箔が付いてもおかしくないが。

 

「リンとリョータローもハロシィドゥルーク……仲良し、ですね」

 

「……そう、かな」

 

 確かに頻繁にウチのお店に顔を出してくれるから、良太郎さんとの会っている回数だったら少なくともプロジェクトメンバーの中ではみりあにも負けていないとは思う。

 

 

 

「流石、リンはリョータローの、担当ですね!」

 

「待って」

 

 

 

 ニッコリと素晴らしい北の大地の笑顔で告げられた言葉に待ったをかける。

 

「えっと……アーニャ、その言葉誰から聞いた?」

 

 お願いだから担任教諭的な意味合いであってほしい。

 

「ミオが言ってました。『いやぁ何だかんだ言って良太郎さんに対するツッコミはしぶりんがやってくれるから、これはもう担当みたいなもんだよね!』と」

 

「あの野郎……!」

 

 アーニャの物真似がやたらと似ていていつもの片言は何処に行ったのかと、そこら辺がどうでもよくなるぐらいあの黄色いお調子者に怒りが湧いた。自分は安全圏から傍観できるからって……!

 

 何というか良太郎さん自身は嫌いではないのだが、その騒動に巻き込まれツッコミに回らざるを得ない立場になるのが嫌なのだ。かつては私も傍観者だったが、いざこうして自分にお鉢が回ってくると嫌な顔をせざるを得ない。

 

「はぁ……誰かこの苦労というか立場を肩代わりしてくれる人いないかなぁ」

 

 そんな私の願望の呟きが、一時的にとはいえまるで呪いのように本当に『誰か』にかかってしまうことになるとは当然知る由もないのである。

 

 

 




・凛ちゃんからの近況報告
だって一番簡単な導入方法だし(震え声)

・ホープやおっP
「はいはい、ホープホーp……ビッグアイ!?」

・「生まれてきたことに感謝しなきゃ!」
・「正拳突き一万本しなきゃ!」
感謝するぜ。お前(楓さん)と出会えた、これまでの全てに!

・『凸レーション』
莉嘉・みりあ・きらりのユニット名。
よくよく考えたらパッションジュエル001の左三人がそのままユニットになったのか。

・『周藤良太郎はえっちだけど、逆にそれがいい』
なお容疑者(良太郎)は『えっちなんじゃなくて、誰よりも男の子なだけだよ』などと供述しており(ry

・「誰かこの苦労というか立場を肩代わりしてくれる人いないかなぁ」
一体何ヶ崎何嘉なんだ……!?



 相変わらず回想に辿り着きませんが、仕様です。

 今回は凸レ回にも関わらず、今まで以上に三人に関われそうにないぞ……。

 その代わり、某ヶ崎某嘉との絡みが多い模様。……凸レ、回……?


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Lesson144 Go on without fear! 2

メリークリスマした(三回目)


 

 

 

 さて、世間一般では日曜日と称される休日もアイドルにとってはあまり関係のないものである。寧ろ学生アイドルは学校が休みで時間的余裕が生まれる分、平日以上に仕事を頑張らなければならない大切な日だ。

 

 というわけで普段は一応大学二年生として日々学業をこなしている俺も、朝早くからアイドルのお仕事が始まった。

 

 

 

「はい、では取材は終わりになります。見本はまた事務所に送らせていただきます」

 

「はいオッケー! 流石良太郎君、一発オッケー!」

 

「はい、コラムの原稿確かにお預かりしました」

 

 

 

 終わった。

 

 いや、割と他のアイドルよりも仕事をこなすスピードは早い方だと自負していたが、流石にここまで早く終わるのは予想外すぎた。取材もつつがなく終わり、撮影は一発で終了。今日が期限のコラムの原稿は既に書き上げてあったからとはいえ、午前中にお昼の仕事が終わると思っていなかった。

 

 おかげで夕方の収録までだいぶ時間が出来てしまった。出来てしまったのだが……これはこれで好都合だった。

 

 実はシンデレラプロジェクトから新たにデビューしたみりあちゃん・莉嘉ちゃん・きらりちゃんの三人組ユニット『凸レーション』が某有名ブランドとコラボすることになり、今日はそのイベントが開催されるらしいというのを凛ちゃん――ではなく、今回はみりあちゃん本人から聞いた。

 

 ――歌は歌わないけど、みりあたち頑張るから見に来てねー!

 

 そんな感じにメールでお誘いを受けたのだが、その時はまさかここまで仕事が早く終わるとは考えていなかったので「少し難しいかもしれない」と返事をしてしまったのだ。「そっかー……」というあからさまにガッカリとした文面に心を痛めたが、これならばサプライズに彼女たちのステージを見に行くことが出来そうである。

 

 

 

 てなわけで車を適当な駐車場に停め、徒歩で彼女たちが出演する某有名ブランドこと『PIKA PIKA POP』のイベント会場へとやって来たわけだ。

 

「ん、そこそこな賑わいだな」

 

 直売店の敷地内に設けられたイベント会場は、マスコットキャラクターのオブジェクトと写真を撮る人や屋外出店スペースでグッズを購入する人、そしてトラックステージの前に集まった人で割と賑わっていた。これならば芸能人やアイドルが紛れ込んでいてもおかしくないだろうし、そうそう気付かれることもないだろう。

 

「………………」

 

 そう、例えば小悪魔のような小さい角が付いた黒いキャスケットに長いピンク色の髪を収めて赤い伊達眼鏡をかけたカリスマギャルとか。

 

「や、美嘉ちゃん」

 

「きゃっ……!?」

 

 後ろから声をかけると、彼女は小さく悲鳴を上げそうになったが咄嗟に自分の口を押えて声を抑えた。

 

「りょ、良太郎さん?」

 

「はい、良太郎さんです」

 

 声をかけた人物が俺だと認識すると、美嘉ちゃんはホッと安心した様子で胸をなで下ろした。

 

「ビックリした~……身バレしちゃったかと思いましたよ」

 

「まぁ身バレといえば身バレだけどね。変装してても美嘉ちゃん、割と目立つし」

 

「それはそれで、アイドルとしては嬉しいんですけどね」

 

 色々と複雑なものである。

 

「それで、美嘉ちゃんは当然莉嘉ちゃんたちのステージを見に来たわけだよね」

 

「はい、そうです。良太郎さんもですか?」

 

「うん、みりあちゃんからお誘いを受けてね。本当は今日仕事で来れない予定だったんだけど、予想以上に早く仕事が終わって次の仕事までだいぶ時間が空いたから」

 

 それじゃあ一緒に見ようかという流れになり、三人がステージに登場するまでまだ時間があったので二人で会場の隅に寄って待つことにする。

 

「最近はどう? すっかり美嘉ちゃんも立派なアイドルになったみたいだけど」

 

「アハハ、ありがとうございます。読モやってた時も楽しかったんですけど、最近はアイドルとして歌ったり踊ったりするのもだいぶ楽しくなってきました」

 

「それは何よりだよ」

 

 美嘉ちゃんと初めて会ったのは、まだ雑誌専属の読モから346プロに所属してアイドルになったばかりの頃だったっけ。それが今ではカリスマJKモデル兼346を代表するアイドルの一人なんだから、時の流れの速さを感じる……え、まだ一年も経ってない? ウッソだー。

 

「俺も、美嘉ちゃんの下着と見紛うばかりに露出の多い衣装を毎回楽しみにさせてもらってるよ」

 

「……そ、そういう衣装が多いことは自覚してますし気にしたこと無かったんですけど、面と向かって言われると恥ずかしいというか何というか……」

 

 人差し指を合わせながら顔を赤らめて恥ずかしがる美嘉ちゃん。世間的にはカリスマギャルとしてのイメージが強いんだろうけど、やっぱり俺としてはこっちが美嘉ちゃんなんだよなぁ。なんというかこう……弄りたくなるというかいぢめたくなる。

 

 というかステージ衣装もそうなのだが、基本的に美嘉ちゃん他こういう系統の子は見せている肌の面積が多い。『ギャルの命は肌見せ』『オフショルダーは基本中の基本』『トップスはギリギリまで胸元開けて』『ボトムスはギリギリまで短くする』『見せることを恥ずかしがらない』とは他ならぬ美嘉ちゃんが雑誌のインタビューで答えていたことである。

 

 

 

 ――美嘉ってば、割と初心な癖にこーいうことは一丁前なんですよねー、いやまーカリスマギャルってことは否定しませんけど。……ん? アタシですか? 初心かどうかは分かりませんけど、アタシも肌見せぐらいで恥ずかしがったりしませんよー。

 

 

 

 等と言いながら「ほれほれー」とブカブカのTシャツの胸元を更に広げようとした恵美ちゃんの後ろからニッコリと笑みを携えたまゆちゃんが接近してきて以下省略。

 

 まぁ要するに、ギャルにも色々いるってことだな(強引)

 

「そ、それよりも、アタシも良太郎さんに言いたいことがあるんでした」

 

 パタパタと熱くなった顔を手で扇ぎながら、美嘉ちゃんは話題を変えてきた。

 

 顔が赤らんだままの美少女から「言いたいことがある」と言われ、無いとは分かっていても『そういうこと』を期待してしまうのは男の(さが)というか文字通り(せい)というか。

 

「えっと、良太郎さん――」

 

 はにかむように、しかしそれでいて『これを伝えよう』という意思がはっきりとした口調で美嘉ちゃんは顔を上げた。

 

 

 

「――この間のマッスルキャッスルの罰ゲーム、とっても面白かったです!」

 

「やめておもいださせないで」

 

 

 

 つい先日の話になる。346プロの346プロによる346プロのアイドルのための『筋肉でドン! Muscle Castle!!』という二チームによる対戦形式のアクションバラエティーに特別ゲストとして出演させてもらったのだが、その時の対戦の結果が引き分けで両チーム共に罰ゲームとしてバンジージャンプをすることになったのだ。その際幸子ちゃんがバラドルもかくやというリアクションを見せてくれたのだが、今は置いておこう。

 

 そんな罰ゲームの収録に「そいつぁ面白そうだ!」と完全に一人だけアトラクション感覚で意気揚々と俺も参加させてもらった。実はバンジージャンプは前世も含めて初めての体験なので割と楽しみにしていたのだ。

 

 智絵理ちゃん、かな子ちゃん、杏ちゃん、幸子ちゃん、紗枝ちゃん、そして姫川が次々に飛んでいく中、最後に俺もおまけとして飛ばせてもらうことが出来た。

 

 

 

 ……何故か俺だけ男性スタッフ(ガチムチ)とタンデムだったけどなっ!

 

 

 

「無表情なのは変わらなかったですけど『あぁ良太郎さん今絶望してるんだな』っていう雰囲気は画面越しに伝わってきましたよ」

 

「確かに人の嫌がることをするのが罰ゲームだから、あれは間違いなく俺にとっての罰ゲームではあったね」

 

 おうスタッフ分かっとるやないかい。褒めたるで、バラエティー的にはすごく美味しかったからな。

 

 ただし爆笑してたスタッフ共、お前らマジで覚えとけよ。

 

 

 

『お待たせしました! 続いて『凸レーション』の皆さんでーす!』

 

 そんな感じに美嘉ちゃんとお喋りをしていると、どうやらみりあちゃんたちの出番がやって来たようだ。

 

 ステージの上のお姉さんがそう呼びかけると、脇の階段からステージに上がって来た少女たち。成程名前の通り凸凹な感じの組み合わせだと納得してしまう身長差の、莉嘉ちゃん・きらりちゃん・みりあちゃんの三人である。

 

「良太郎さん、前行きましょ」

 

「そうだね」

 

 ここからでもステージの上は見えるが、出来るだけいいところから見ようと場所を移動する。

 

『ヤッホー! 莉嘉だよー!』

 

『こんにちはー! 赤城みりあです!』

 

『にゃっほー! きらりだよぉ!』

 

『『『せーの! 『凸レーション』でーす!』』』

 

 彼女たちの元気の良い挨拶に、集まった観客が歓声を上げた。

 

『わぁ、ありがとうございます!』

 

『いーっぱい集まってくれて、すっごく嬉しい!』

 

『うんうん! きらりたちと一緒に、楽しい時間にしよぉねぇ!』

 

 そんな感じに始まる三人のトークショー。そこそこの人が集まっているので普通ならば割と緊張しそうな雰囲気であるものの、性格的なものもあり三人は緊張なんて何処吹く風。司会のお姉さんとも絡みつつ、軽快にトークを進めていく。

 

 比べるわけではないのだが、これがCIの三人だったらと考えてしまう。多分、智絵理ちゃんとかな子ちゃんは緊張してしまい、杏ちゃんは……多分、全力で怠けるか全力で猫を被るかのどちらかだろう。

 

『それでは早速聞いていきたいんですが、凸レーションの凸って、そのまま凸凹っていう意味なんですか?』

 

 司会のお姉さんからの質問に莉嘉ちゃんが『そうだよー』と肯定した。

 

『三人並ぶと凸凹してるでしょー?』

 

『年も私が十一歳で、莉嘉ちゃんが十二歳で、きらりちゃんが十七歳』

 

『それでは、きらりちゃんがお二人を引っ張っている形ですか?』

 

『うんっ!』

 

『頼りにしてるんだから!』

 

『にょっわー! 嬉しぃ!』

 

「ふむ……」

 

 凸凹か。

 

「? 良太郎さん、どうかしましたか?」

 

「いや、別に」

 

 それを言ったらジュピターの三人も年齢・身長・性格・趣味・髪色とありとあらゆる点で共通しているところがないなぁと思っただけである。

 

「そういえばアタシはこれが終わったら行くつもりなんですけど、良太郎さんはどうしますか?」

 

 トークショーもしばらく続き、そろそろ終わりそうかなぁという段階で美嘉ちゃんがそんなことを尋ねてきた。

 

「行くって?」

 

「そりゃ勿論――」

 

 

 

 ――あの子たちの楽屋ですよ!

 

 

 




・「そっかー……」
顔文字的にはこんな感じ → (´・ω・`)

・え、まだ一年も経ってない?
アニメではこの時は七月頭辺りらしいので、実はまだ第三章冒頭から一年経っていないという事実。

・『ギャルの命は肌見せ』
劇場770話参照。同話の莉嘉曰く、家だともっと凄い恰好になっているらしい……(ゴクリ)

・恵美(E:ブカブカのTシャツ)
ゲーム的に言えば『[無防備な誘惑]所恵美』辺り。

・男性スタッフ(ガチムチ)とタンデム
最近色々と自重してこなかった良太郎にちょっとした罰ゲーム(真)



 今回は割とマジで美嘉回になりそうですが、その代わり二期の美嘉回を凸レ回に当てる予定(やるとは言っていない)



『どうでもいい小話』

 スマホを新調したから、これでスターオーシャン始めれるぜ!

 よし、マリア引いた! ネル引いた! ピックアップでクレアも引いた!

 ……全員シューターで被っとるやないかあああぁぁぁいっ!?

(以上、アシュトンとアルベル実装を心待ちにする作者の叫び)



『どうでもよくないけど小話』

 某リハビリ系短編集にて楓さんオリ主の名前を募集していたので自分の名前で応募してみたところ見事採用されて喜びが隠せない作者だった。




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Lesson145 Go on without fear! 3

新年あけましておめでとうございます。

今年も一年、どうぞよろしくお願いします。


 

 

 

 凸レーションの三人の楽屋に行くという美嘉ちゃんに自分も付いていくことになった。まぁ元々サプライズで見に行くという話なのだから、ここで顔を出しておかないとサプライズにならないから丁度よいと言えば丁度よかった。

 

 三人の楽屋はトラックステージのすぐ裏に設置されたテントだった。テント周りに警備員や歩哨役のスタッフがおらず、一応部外者である俺や美嘉ちゃんが簡単に近づくことが出来てしまう辺りに、三人がまだまだ駆け出しのアイドルだということが表れている。

 

『一先ず、トークショー一回目、お疲れさまでした』

 

『おっつおっつ!』

 

『Pくん、どうだった!?』

 

『ちゃんと出来てたかなぁ?』

 

 テントの中から武内さんと三人の会話が聞こえてきた。

 

『ファンの皆さんにも喜んでいただけたようですし……上々かと』

 

「初めてにしてはね~」

 

 そんな武内さんのお褒めの言葉に合わせるように、美嘉ちゃんがテントの中に入っていったので俺もそれに合わせる。

 

「まぁ及第点……ですよね?」

 

「うん、あれなら俺も合格点をあげちゃおうかな」

 

 美嘉ちゃんに話を振られ、俺もそれに同意する。美嘉ちゃん曰く、あのステージは三人が初めて人前に立つ場だったらしいので、それを考慮すれば御の字である。物怖じとか緊張とかそういうことが無縁な三人だったからこそだからかもしれないが。

 

「すみません、関係者以外は……」

 

 突然テント内に入って来た俺と美嘉ちゃんに、武内さんがそう声をかけてきた。彼は変装状態の俺たちに気付いていない様子だったが――。

 

「りょうお兄ちゃん!」

 

「お姉ちゃん!」

 

 ――みりあちゃんと莉嘉ちゃんはすぐに気付いてくれた。まぁこの二人はそれぞれ俺と美嘉ちゃんの変装姿を見慣れてるからっていう理由もあるだろうけど。

 

「今日仕事って言ってたのにー!」

 

「時間空いたからちょっと寄っただけだって」

 

「りょうお兄ちゃんも、お仕事じゃなかったの!?」

 

「俺も美嘉ちゃんと同じだよ。予想以上に早く仕事が終わっちゃったから」

 

 パイプ椅子から立ち上がって美嘉ちゃんに抱き着く莉嘉ちゃん。みりあちゃんも俺の傍まで駆け寄ってきたので、ポンポンと髪型が崩れない程度に頭を撫でる。事案じゃないよ、妹分との心温まる触れ合いだから。

 

「じょ、城ヶ崎さん……? それに、周藤さんまで……!?」

 

「もち、顔パスだよね?」

 

「俺は一応他事務所なので、必要とあらば事務所に連絡入れますが」

 

「……本来ならばそうしていただきたいところではあるのですが……周藤さんでしたら、問題はないかと」

 

「そうですか?」

 

 これは一応信頼されている……と捉えていいのかな? 最近こっちの業界で流れている『周藤良太郎が訪れた事務所は大きく飛躍する』とかいう座敷童めいた噂を信じた結果ではないと信じたい。

 

 

 

 さて、先ほどのステージの総評を美嘉ちゃんがするらしいので俺は少し離れてその様子を見守ることにする。俺も少し気になった点はあるが、まぁここは事務所の直接の先輩である美嘉ちゃんに任せることにしよう。

 

「莉嘉はプロデューサーの方をチラチラ見すぎ、ちゃんとお客さんに集中すること」

 

「はぁーい……」

 

 美嘉ちゃんからの指摘に、莉嘉ちゃんは唇を尖らせて若干不満そうな表情を見せる。

 

「きらりちゃんは良いキャラしてるから、もっとバンバン出していこ!」

 

「美嘉ちゃん、私は?」

 

 きらりちゃんが「バンバン……?」と悩む中、みりあちゃんが元気よく手を上げる。

 

「みりあちゃんは優等生すぎかな? まぁ、可愛かったからいいけど」

 

「えへへ~」

 

「えー!? お姉ちゃん、みりあちゃんに甘いー!」

 

 ふむ、美嘉ちゃんは身内にちょっとだけ厳しいタイプかな? いや、身内が可愛いからこそ厳しくなっちゃうってところか。

 

「莉嘉ちゃんもファンからの声援にちゃんと返事をするところはよかったよ。これからファンが増えていって難しくなるかもしれないけど、その姿勢は忘れないようにね」

 

「っ! はーい!」

 

 流石にダメ出しだけだとアレかなと思って一応俺の方からフォローを入れておくと、途端に莉嘉ちゃんの機嫌は直りニコニコ笑顔になった。

 

 美嘉ちゃんに(もー、良太郎さん甘いよー)みたいな目で見られたが、君も大概だよ。

 

「私、次の回はいっぱい話せるように頑張るね!」

 

「アタシもー!」

 

「きらりも、もーっと頑張るにぃ!」

 

「ま、頑張りな」

 

「応援してるよ。武内さんからは何かありますか?」

 

 それまで黙って美嘉ちゃんの総評を聞いていた武内さんに話を振ると彼は顎に手を当ててしばし悩んだ後、チラリと俺を見てから口を開いた。

 

「お客さんを……もっと、巻き込みたいと思いました。ファンの方だけではなく、偶然通りがかった方も足を止めていただけるような」

 

「……スルーされるの寂しかったけど」

 

「それって……」

 

 その言葉を聞いて莉嘉ちゃんとみりあちゃんの視線がこっちを向いた。多分、前に志保ちゃんのデビューステージの時に俺が話したことを思い出したのだろう。

 

 

 

 ――無名であるが故にお客さんは少なく、引き止めるにはアイドルとして足りていない。

 

 ――そう簡単に引き止めれるんなら六年前のゲリラライブは騒がれなかったよ。

 

 

 

 確かに偶然通りがかった人の足を止めることは簡単じゃない。

 

 しかし。

 

「この間俺が言ったのは、あくまでも歌とダンスっていう純粋な『アイドルとしての実力』で引き止めることの難しさだよ。それがトークならまた話は変わってくる」

 

 トークで人の興味を引き付けるのはどちらかというとエンターテイナー的要素が多く、俺も苦手っていう訳ではないが、しいて言うなら765プロの双海姉妹の得意分野だろう。持ち前のフットワークの軽さを使い、マイクを片手にステージを飛び降りて観客の中に入っていったことがあるという話を何度も聞いたことがある。

 

 武内さんの『お客さんを巻き込みたい』という言葉はそういう意味で言ったのだろう。

 

「でも、どうすればいいのかな……?」

 

「みんなでカブトムシ捕まえるとか?」

 

「そういうイベントじゃないし……」

 

「そもそも東京のど真ん中だからカブトムシなんてそうそう見ないだろうしね」

 

「良太郎さん、そういう問題じゃないんですけど……まぁいいや。ホラ、次の現場に行く準備しな」

 

「「「はーい!」」」

 

 

 

「それで? 次の回どーするの?」

 

 三人が着替えを含めた準備を始めたのでテントの外に出ると、美嘉ちゃんが武内さんにそんなことを尋ねた。

 

「……引き続き、三人の思うように進めていただこうかと」

 

「何それ。丸投げ?」

 

 少し悩んだ末に出した武内さんの返答がお気に召さなかったらしく、美嘉ちゃんはジト目で武内さんを睨む。

 

「俺は武内さんに賛成かな」

 

「良太郎さんまで……」

 

「あの三人はあれこれ指示を出すより、さっきみたいに自由に掛け合わせた方が持ち味を出せるよ」

 

 ちょっとおませな莉嘉ちゃん、純粋なみりあちゃん、そしてテンション高くもその二人をしっかりとまとめてくれるお姉さんであるきらりちゃん。この三人が自由に掛け合うのが、この凸レーションというユニットが持っている『色』なのだと思う。

 

「はい、周藤さんのおっしゃる通り、凸レーションは自由に行動させたら面白いユニットだと思います。……三人に賭けてみたいんです」

 

「……ま、いいけどー。責任取るのはプロデューサーの仕事だし」

 

 理解はしても納得は出来なかった様子の美嘉ちゃんが少しだけ拗ねるようにそう言うと、武内さんは少しだけ目で笑いながら「はい」と頷いた。

 

 

 

 

 

 

 さて。次の仕事の現場に向かうという美嘉ちゃんと別れ、俺もまたお一人様に戻った。特にやることや用事も無いし、俺もそろそろ現場に早入りでもするかなぁと車を停めていた駐車場に向かっていたのだが、その途中でプライベートのあずささんと出会った。

 

 相も変わらず安心感すら覚える大乳で、やはり母性を求めるならば年下(バブみ)ではなく年上だよな! というよく分からないけど激しく同意したくなるような電波を受信した。一体俺の頭の中のアンテナは何処を向いて何を受信しているのやら。

 

 そんなあずささんの横には、彼女の友人だという少女が立っていた。

 

 

 

 ――初めまして! 私、346プロダクションでアイドルをさせてもらっています。高森(たかもり)藍子(あいこ)です。

 

 

 

 ふわふわな髪の毛をポニーテールにした可愛い子だった。若干胸元が寂しい気もしたが、隣にあずささんが並んでいたために相対的にそう感じてしまったのだということにしておく。

 

 彼女は趣味が散歩らしく、あずささんの冠番組である『あずさんぽ』にゲストとして出演、それ以来仲良くなったそうだ。今みたいに度々プライベートでも一緒に遊びに来ているとのこと。

 

 折角なのでお茶でもと近くのカフェに三人に入り、色々とお話をしてまた一人346プロのアイドルと仲良くなったのだが――。

 

 

 

「――まさか一時間以上話してたとは思わなかった……」

 

 

 

 感覚的には数分しか話していないつもりだったので、お店の時計を見て驚愕せざるを得なかった。いくらこの二人の空気がゆるふわとしているからって、いくら何でもここまで……などと考えている内にさらに十分経っているのだから笑えない。

 

 別に俺の仕事の時間が差し迫っているわけでも彼女たち二人に何か用事があったわけでもないので問題ないと言えば問題ないのだが、催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえもっと恐ろしいものの片鱗を味わった気分だった。

 

「ん? 良太郎、お前仕事どーしたよ」

 

 やれやれと思いつつ車を停めていた駐車場に戻ってくると、今度は冬馬と遭遇した。

 

「残念ながら今現在の俺は野郎に奢る金は持ち合わせておらん」

 

「誰も何も言ってねーよ何事だよいきなり」

 

 立て続けにこのタイミングで知り合いと会うので思わず口をついて出てしまった。

 

「俺は仕事が予想以上に早く終わって時間が出来たからちょっとブラブラしてただけだよ。そう言うお前は移動か?」

 

「あぁ。この後別にスタジオで撮影だ。ちょうどいいから足に使ってやるぜ、乗っけろよ」

 

「仕方ねぇな。上か下、好きな方選べ」

 

「貼り付けってか? 天井か車体の下をマクレーンばりに貼り付けってか?」

 

 などと二年経っても相変わらず高校生気分が抜けない男子のノリな俺と冬馬。

 

「……ん? 美嘉ちゃん?」

 

 パーキングの機械にお金を入れようとすると、視界の端に先ほどまで一緒にいたカリスマギャルっ子の姿が入って来た。何やら焦っている様子で、俺の姿に気付くと一目散にこちらに駆け寄ってきた。

 

「良太郎さんっ!」

 

「どうしたの美嘉ちゃん?」

 

 

 

「プロデューサーが携帯に連れてかれて! 莉嘉たちが連絡で、迷子に警察出来なくて!?」

 

 

 

「……良太郎、コイツは一体何を言ってるんだ?」

 

「ゴメン美嘉ちゃん、もう一度落ち着いて最初から説明してもらっていいかな?」

 

 

 




・事案じゃないよ
ホントだよ。

・『周藤良太郎が訪れた事務所は大きく飛躍する』
(物語的にはそうならないと)おかしいよなぁ。

年下(バブみ)
「そんな年下に母性なんて」などと言っていた数日後、そこには桃華ちゃまをママと呼ぶ作者の姿が!

・高森藍子
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。パッション。
カメラ片手に散歩が好きなゆるふわ系16歳。
『世界一かわいい』という枕詞を付ければ『ドラム缶』などというあだ名を付けていいわけではない(戒め)
ちなみにLesson130にてあずささんが言っていた「346の友達」は彼女のことです。

・「――まさか一時間以上話してたとは思わなかった……」
空間と時間を捻じ曲げる最狂のコンビが誕生してしまった(恐怖)

・マクレーンばり
cv那智がもう聞けないのが悲しくて悲しくて……。



 「一体いつになったら冒頭の回想にたどり着くんだよ!?」という声が聞こえてきますが(幻聴)次回になります。

 このまま行くとまた五回になってしまいそうだ……。



『どうでもいい小話』

 年末の二日間だけの公開でしたが、作者の唯ちゃんお迎え祈願を込めた恋仲○○特別編は如何だったでしょうか。

 というわけで作者のデレフェス結果報告です。

 結論から言えば、無事お迎えしました。

 ただ最終的に社会人@実家暮らしの財力で押し切った感じなので、書いたから出たのかは微妙なところです。

 まぁ副産物的に全九人のトリコロールの内七人が揃ったので良しとします。



 ……それじゃ、作者イベント走ってきますので(当然の如く楓P)


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Lesson146 Go on without fear! 4

イベント無課金勢には二千位の壁は超えれなかったゾ……(デレステ並感)


 

 

 

 何やら言動があずささんレベルで迷子になってしまった混乱状態の美嘉ちゃん。いくら自傷確率が三分の一に低下したからとはいえこのままでは会話が成立しないので、落ち着かせてから詳しい事情を一から説明してもらうことに。

 

「……ん? 今『自傷』と『事情』が上手いこと掛かったな」

 

「どうでもいい」

 

 

 

 次のステージへの移動中、時間があったので街中の散策を開始した三人と武内さん。クレープを食べたりしながら歩いていると突然武内さんがいなくなり、莉嘉ちゃんが美嘉ちゃんに連絡。原宿駅まで出てきてから再び莉嘉ちゃんに連絡をすると、どうやら武内さんは警察に連れていかれてしまった模様。その後、莉嘉ちゃん側で何かしらのトラブルが発生して連絡が取れなくなってしまった。

 

「大体こんな感じ?」

 

「はい……」

 

「……そのプロデューサー、どんだけ見た目が不審者なんだよ……」

 

 冬馬は呆れ顔だが、武内さんを知っている身としては『またか』ぐらいの感覚である。まぁあの見た目の大男が少女たちと一緒に歩いていたり写真を撮っていたりしていたら警察だって声をかけざるを得ないだろう。彼らは自らの職務を全うしただけなのである。

 

「というか、警察なら身内にいるんだから聞けば早いんじゃねーか?」

 

「いや、多分聞くまでもないだろ。この辺で連れてかれたなら多分交番のお巡りさんだし」

 

 そもそもこの辺りは早苗ねーちゃんの管轄じゃないし。

 

 スマホで調べてみるとこの近辺の交番は二つ。多分どちらかにいるだろう。

 

「ちょうど人数がいることだし、三手に分かれよう。俺と冬馬で交番を当たってみるから、美嘉ちゃんはそのまま莉嘉ちゃんたちを探して」

 

「わ、分かりました!」

 

「って、普通に俺まで頭数に入ってるし」

 

「可愛い女の子の役に立つのが不満と申すか」

 

「……別に嫌とは言ってねーよ」

 

 はいはいツンデレ乙。

 

「よし、それじゃあ……」

 

 その時である。若者集いし原宿の街に一陣の風が吹き、我が魔眼を襲う……!

 

「イイッ↑タイ↓メガァァァ↑」

 

「嘘つけ絶対痛くないぞ」

 

 いやまぁ言ってみたかっただけが、目にゴミが入ったことは事実である。

 

「あ、割と痛い。誰か目薬持ってない?」

 

「泣け」

 

 着実に冬馬の対応が恭也のそれになりつつある。元々塩対応に近かったのに、さらに塩分増し増しで高血圧を危惧するレベル。

 

「あ、良太郎さん、あんまり目は擦らない方が……」

 

 そう言いながら目薬を取り出す美嘉ちゃん。妹がいるだけあって、ギャルな見た目とは裏腹に意外な面倒見の良さを見せてくれた。

 

「ありがと、美嘉ちゃん」

 

 伊達眼鏡を外し、美嘉ちゃんから受け取った目薬を……。

 

「……ん? 良太郎、おめー帽子どうしたよ」

 

「え?」

 

「あっ、あれじゃないですか?」

 

 美嘉ちゃんが指差す先には、ガードレールに引っかかった愛用の中折帽が。どうやら先ほどの突風で飛んだらしい。道理で頭が軽いと――。

 

「――ん?」

 

「……って、オイ……!?」

 

「あ、あわわわ……!?」

 

 何やら周囲からの視線が一気に増えたような感覚を覚えながら、冬馬と美嘉ちゃんの焦った声が耳に届く。

 

 ふと目に入ったすぐ側の喫茶店、そこの窓ガラス。

 

 

 

 変装状態が解かれた『周藤良太郎』が、そこに映っていた。

 

 

 

『………………』

 

 見られてる。めっちゃ見られてる。すっごい見られてる。

 

「………………」

 

 とりあえず落ち着いて目薬を差して伊達眼鏡をかけると、帽子を拾って頭の上に乗せる。

 

「……周藤家には、伝統的な戦いの発想法が――」

 

 

 

『……周藤良太郎おおおぉぉぉ!!??』

 

 

 

 最後まで言い切る前に、その場にいた大勢の人たちの絶叫にかき消されてしまった。

 

 

 

 

 

 

 さて、三週間かけてようやく冒頭の回想に戻って来たわけである。

 

「にしてもこれどーすっかな……」

 

 あれだけガッツリ見られておいて未だに『周藤良太郎かもしれない』という曖昧な認識しかされていないのは、多分改めて変装状態に戻ったことで遅まきながら認識阻害的な何かの効果が適応されたからだろう。

 

「つーか、お前一人残ればいいだけの話だろ。んで俺が仕事に行く、城ヶ崎は妹たちを探しに行く。それで完結だろ」

 

「……まぁ、誰か一人が泥を被らないといけないのは間違いない」

 

「はぁ、はぁ、良太郎さん……」

 

 群衆から逃げながらこの現状を打破する方法を考えるが、やはりそれしかないだろう。

 

「というわけで、そーい!」

 

 スパーンッと。

 

「……はっ!?」

 

 我ながら器用に隣を走る冬馬に足払いを成功させる。

 

「さようなら天さん、どうか死なないで」

 

「それ犠牲になる側のセリフだろうがあああぁぁぁ!?」

 

「あ、天ヶ瀬さぁぁぁん!?」

 

 

 

「……んん? 何かすっごい騒ぎだにぃ?」

 

「って、今のお姉ちゃん!? それに良太郎さんも!?」

 

「……あ、そうだ! これだよ! きらりちゃん、莉嘉ちゃん!」

 

 

 

 

 

 

 さて、冬馬の「ここは俺に任せて、先に行け!」という尊い犠牲により俺と美嘉ちゃんは無事に逃げおおせた。まぁ先ほどから恨み言のメッセージが連続して届いているところを見ると、冬馬も無事に逃げ切れたようである。良かった良かった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 しかしいくら一度撒いたことで俺の身バレの心配は無くなったものの、美嘉ちゃんの体力も限界っぽいしこのまま足で莉嘉ちゃんたちを探すのは辛いだろう。

 

「しょうがない。ちょっと早いけど最終手段を使うことにしよう」

 

「はぁ、はぁ、さ、最終手段、ですか……?」

 

 スマホを取り出してポパピプペっと。

 

「もしもし良太郎です。はい、お久しぶりです幹也(みきや)さん。今ちょっといいですかね……はい、ちょっと人探しをしてまして、原宿駅周辺にいるはずの城ヶ崎莉嘉・赤城みりあ・諸星きらりっていう三人の女の子の居場所を教えてもらいたくて。写真はメールで送ります。……大丈夫ですか? ありがとうございます。……はい、また未那(まな)ちゃんの誕生日に是非。……はい、お願いします」

 

 幹也さんの携帯に三人のジャケ絵の画像を送って……っと。

 

「これでオッケー。捜索範囲限られてるし、名前と姿も分かってるからすぐに分かると思うよ」

 

「えっ!? い、いや、いくら何でもそれは……」

 

「あ、メール来た。もう分かったって」

 

「何者ですか!?」

 

「一言で言うなら『物探しのプロフェッショナル』かな」

 

 何々、『百メートル先の交差点を左折』っと。

 

 俺の現在地を把握している点に関しては幹也さんなので深く触れない。

 

 幹也さんのメールに従い少し歩いた先の交差点を左に曲がると――。

 

「……えっ!?」

 

 

 

 ――ステージ衣装を身に纏い、自分たちのデビュー曲を歌いながら大勢の人を引き連れた莉嘉ちゃんたちの姿が、そこにはあった。

 

 

 

 何故か莉嘉ちゃんはきらりちゃんに肩車された状態ではあるが、それがさらに彼女たちへの注目が増える要因になっていた。

 

「何々?」

「何かイベント?」

「あの子たちカワイー!」

 

 興味を示した街の通行人が次々に足を止め、あるいは彼女たちの後を付いていく。まるでハーメルンの笛吹を見ているようだった。

 

 彼女たちが歌い終わると、見物人たちが一斉に歓声を上げる。

 

「ありがとうございまーす!」

 

「アタシたちに興味有る人、付いてきてねー!」

 

「『凸レーション』でーす! よろしくおにゃーしゃーっす!」

 

 手を振り、周りに対するサービスを忘れない辺りしっかりとアイドルだった。

 

「……なるほどね」

 

 どうやらこれが彼女たちなりの『もっとお客さんを巻き込むにはどうしたらよいか』という問いに対する解答のようだ。

 

 確かにこれは観客を巻き込む手っ取り早い手段で、そして何より()()()()()()()()にしか出来ない荒業でもあった。

 

 例えば今の俺が同じようなことをやった場合、結果は先ほどのように『盛り上がり』を通り越して『混乱』になってしまい、多方面に迷惑がかかる。しかし今の彼女たちならば知名度はそれほど高くなく、通行人に対して『一体何をやっているのだろう』という絶妙な興味を引く。デビュー間もない彼女たちだからこそ出来る妙手と言えた。

 

「あの子たち……!」

 

 隣の美嘉ちゃんも感心した様子で莉嘉ちゃんたちのことを眺めていた。うっすらとその瞳に涙が浮かんでいる辺り、ようやく見つけることが出来た安堵感も合わさっている様子だった。

 

「どうやら三人とも、次のイベント会場の方に向かってるみたいだ。俺たちはそっちに先回りしよう。勿論、きっちりと身バレしないように、ね」

 

「は、はい!」

 

 

 

 

 

 

「莉嘉っ!」

 

「っ!? お姉ちゃーんっ!」

 

 どうやら無事に警察から解放されて三人を探していた武内さんとも合流し、先回りしたイベント会場の舞台裏の楽屋テント前で三人を待つ。そして彼女たちが到着するなり美嘉ちゃんが莉嘉ちゃんに勢いよく抱き着いた。

 

「全く、この馬鹿……! 心配かけて……!」

 

「ご、ごめんなさい……!」

 

 姉妹の再会には水を差さず、俺は俺でみりあちゃんときらりちゃんの元へ。

 

「色々心配だったけど、何事も無くて良かったよ」

 

「にょわぁ、ごめんなさいにぃ……」

 

「ごめんね、りょうお兄ちゃん……」

 

 やや落ち込み気味の二人の頭をポンポンと撫でる。きらりちゃんは俺より背が高いので若干不格好な形になってしまったが、それでもきらりちゃんは嬉しそうに「えへへ」と笑ってくれた。

 

「それにしても、さっきのアレはよく思いついたね」

 

「ううん。アレ思いついたの、りょうお兄ちゃんと美嘉ちゃんのおかげなんだよ!」

 

 ……なぬ?

 

「さっきりょうお兄ちゃん、美嘉ちゃんと一緒に沢山の人に追っかけられてたでしょ? それを見て思いついたの! だからりょうお兄ちゃんと美嘉ちゃんのおかげ!」

 

「……そっか」

 

 一応、図らずとも彼女たちの力になれたようである。

 

 落ち着いたところで三人が武内さんに「勝手に動き回ってごめんなさい」と謝り、武内さんも「こちらこそ申し訳ありませんでした」と謝ったところで一旦お互いへの謝罪は終了。これからすぐにステージが始まるので、三人はその準備のためにテントの中へ――。

 

「三人とも来た!?」

 

「良かった……間に合ったのね」

 

「我が友よ、よくぞ舞い戻った!」

 

 ――入っていこうとしたら、逆に凛ちゃん・新田さん・蘭子ちゃんの三人が楽屋のテントの中から飛び出してきた。……何故か三人とも、凸レーションの三人のようなフリフリでポップな衣装に身を包んだ状態で。

 

「……プッ」

 

「って、良太郎さん!? 何でここに……っていうか、今笑ったでしょ!?」

 

「何を言っているんだい凛ちゃん。ホラ見てよこの真面目な顔」

 

「良太郎さんの表情は判断材料にならないから! さっき思いっきり『ぷっ』って笑ったでしょー!?」

 

 別に似合っていないわけではないのだが、何というか普段とのギャップがありすぎて笑わざるを得なかった。

 

 そんな俺の反応に顔を真っ赤に染める凛ちゃん、同じく俺の存在に気付いて羞恥なのか嫌悪なのかは分からないが顔を赤くする新田さん。一方で蘭子ちゃんは普段の服装と比べて色合いが違うだけなので割と気に入った様子だった。

 

「とりあえず記念に一枚……」

 

「写メろうとするな!」

 

 そんなやり取りは、ステージの方から『凸レーションでーすっ!』という三人の元気な声に続いて上がった歓声が聞こえてくるまで続けられるのだった。

 

 

 




・自傷確率が三分の一に低下
ちなみに作者のポケモンはびびりチェイン中に出現した色違いAロコンをゲットしたら満足してしまってストーリーが第三の島で止まっております。

・「イイッ↑タイ↓メガァァァ↑」
アニメは見てなくてもちゃんとネタは拾う。

・ギャルな見た目とは裏腹に意外な面倒見の良さ
それに加えて劇場831話でなんとおせち料理まで作れることが判明。ちょっとこのカリスマJK、嫁力高すぎない……?

・「……周藤家には、伝統的な戦いの発想法が――」
よくよく考えたら仗助がいるんだからジョースター家もあるんだよなぁって思ったけど深く考えないことにする。

・「さようなら天さん、どうか死なないで」
「ギョウザアアアァァァ!!」

・物探しのプロフェッショナルな幹也さん
ついに型月世界まで浸食し始めた模様。どうなってんだこの世界(他人事)

・「全く、この馬鹿……! 心配かけて……!」
(感想でも言われとったけど)ふひひなお姉ちゃんなんていなかったんや……!



 なんとか四話で収まったゾ……。

 てなわけで、割と原作通り過ぎて良太郎の出番が少なかったが故にネタ多めでお送りした(誰が何と言おうと)凸レ回でした。

 次回からは猫岩石……じゃなくて、アスタリスク回が始まります。こちらは凸レ回とは逆にオリ展開中心に進む……予定です。

 それでは……作者は今日の十五時までお祈りしてますので(スカチケ五枚欲しい並感)


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Lesson147 My favorite one

・デレステ風 123プロの佐久間まゆのウワサ1
実は良太郎の部屋の住所を知っているが、迷惑をかけないために行かないと決めているらしい。


 

 

 

「へー、ついにシンデレラプロジェクト最後のメンバーのデビューが決まったんだ?」

 

「よかったわねぇ、未央ちゃん」

 

「……貴女に言うのも変かもしれないけど、おめでとう」

 

 とある平日の放課後。レッスンまで微妙な時間が空いてしまったため、アタシ・まゆ・志保の三人はファミレスで適当に時間を潰すことにしたのだが、その途中で偶然未央と遭遇。彼女も事務所に行くまで少し時間があるとのことなので、四人揃って駄弁りタイムとなった。

 

 そこで話題に上がったのが、彼女が所属しているシンデレラプロジェクトの話。未央たち『new generations』を皮切りに『LOVE LAIKA』『Rosenburg Engel』『CANDY ISLAND』『凸レーション』と順番にデビューしていき、ついに最後の二人のデビューが決まったとのことだった。

 

「うん……良かったんだけど……」

 

 しかし何故か未央は困ったような苦笑いを浮かべていた。

 

「……ねぇ、三人に聞いてみたいんだけどさ」

 

「何々ー? 答えられることなら何でも答えるよー?」

 

「ちなみに良太郎さんのプロフィールは、一部非公開だから答えられないわよぉ」

 

「その非公開のプロフィールをどうしてまゆさんが知っているんですか……?」

 

 

 

「えっと……『猫耳』と『ロック』ってどう思う?」

 

「「「……は?」」」

 

 

 

 そんなよく分からないアンケートみたいな質問に対し、思わず呆気に取られるアタシたち。未央も「ごめん突然すぎたね」と苦笑しつつ、補足説明を始める。

 

「私たちのプロジェクトで最後に残っちゃった前川みくっていう子と多田李衣菜っていう子がユニットを組むことになったんだけど……この二人の反りが全然合わなくてさぁ」

 

 曰く、前川みくちゃんは猫キャラを自称して猫耳を推していきたい。曰く、多田李衣菜ちゃんはロックなアイドルを目指していてロックを推していきたい。二人とも自分の推したいものを文字通り押し付けあっている状況で、ユニットとしての方向性どころかユニット名すら決まっていないらしい。

 

 しかも来月末に346プロダクションのアイドルフェスが開催することが決まり、このままでは参加することすら難しい状況になってしまったとのこと。ユニットとしてデビューしないという選択肢も一応あるとのことだが、その場合時期的にどちらか一人はフェスに参加することが出来なくなってしまうらしい。

 

 要するに、ユニット仲があまりよろしくない二人はこのままではフェスまでにデビューが間に合わなくなる、と、

 

「だから一応参考までに、アイドルとしての先輩のご意見をお伺いしてみよーかと思って」

 

「猫耳とロック……ねぇ」

 

 確かに、何となくイメージ的には相反しているような気がしないでもない。

 

「アイドルっぽい可愛らしさってゆーんなら、やっぱり猫じゃない?」

 

「でもそれは『キャラクター性』や『ビジュアル性』の話です。『アーティスト性』を出していきたいのであればロックというのも間違っていないと思います」

 

 アタシの意見に反論する志保の意見にも、確かに一理あった。

 

 一瞬頭の中に浮かんだのは、別に猫耳ではないけど今や『アイドルの理想像』として有名な春香さんと、別にロックではないけど今や『日本を代表する歌手』の一人である千早さん。方向性的にはそれに近しいものを持っている二人ではあるものの、どちらも今をときめくトップアイドルだ。ならば、どちらがアイドルらしいのかという話は無意味である。

 

「うーん……やっぱり、そんな二人がユニット組むのって難しいのかなぁ?」

 

「あら、そんなことないわよぉ?」

 

 頬杖を突きながらコーラをストローで吸い上げる未央の言葉を、まゆが優しく否定した。

 

「私たちで例えるなら……イメージ的に言えば、私は『猫耳』の方でしょ?」

 

 にゃおーんと手で猫耳を作るまゆ。かわいい。

 

「同じように恵美ちゃんはイメージ的に言えば『ロック』の方。でも私たちは仲良くユニットデビューしてる。一見真逆の方向性を持っている二人でも、意外に相性が良かったりするのよぉ?」

 

 ね? と同意を求めるまゆに「とーぜんっしょ!」と親指を立てる。

 

 アタシたちも出会った当初は険悪……というかまゆから一方的に嫌われていたが、今ではお互いが親友だと笑って胸を張ることが出来る仲になった。それと同じように、衝突ばかりを繰り返して相性が悪そうに見える二人でも、それはただ単に歯車が噛み合っていないだけであって、何かのきっかけがあれば最高の相性を見せることがあると思うのだ。

 

「あの二人の場合、ぶつかりすぎて噛み合う前に歯が欠けちゃいそうなんだよねぇ……」

 

「ならもっと穏便に歯車を噛み合わせればいいだけよぉ」

 

「と、言うと?」

 

 

 

「お互いがお互いに持っている絶対に譲れないそれを、ちゃんと理解すればいいの」

 

 

 

 

 

 

 さて、本日のお仕事とレッスンも終わり、既に夜である。いくら日が長くなってきたとはいえ八時を過ぎれば流石に辺りは暗く、ヘッドライトを付けて夜の道をひた走る。

 

 しかし向かう先は自宅ではなくスーパーマーケットである。

 

 というのも、先ほど早苗ねーちゃんから『明日の朝の牛乳が切れちゃったから帰りに買ってきなさい』という指令文が届いたのである。こちらの業界では最近制作側の人間が楽屋に挨拶に来るようになったぐらいには地位が高いトップアイドルの俺だが、残念ながら我が周藤家のヒエラルキーにおいて最下層。二つ返事で了承する以外の選択肢なんて存在しなかったのだ。

 

 そんなわけで近所のスーパー……ではなく、たまたま目に入った近場のスーパーへ。いつも利用しているスーパーは自宅の反対側になるのでここで買っていった方が早い上に、あそこはこの時間帯になると半額弁当や半額惣菜を求める奴らの戦場になるので基本的に近寄りたくない。それさえなけりゃ良いスーパーなのだが……。

 

 野菜売り場には用事が無いので順路を逆から周り早々に牛乳を確保し、ついでに晩酌の肴(今さらだが成人である)を何か買っていくかと総菜売り場を見に行く。

 

 するとここも閉店間際であるため、値引きシールが張られた惣菜が一塊になって陳列されていた。

 

「……ここは大丈夫だよな?」

 

 以前無警戒にシールが貼られた惣菜に手を出そうとして酷い目にあったので、若干手を伸ばすのを躊躇してしまった。

 

「この時間だと、お惣菜が五十円引きになってお得なの」

 

「そんなに食べるの……?」

 

「アイドルは体が資本だから、夕食はなるべく三十品目取るように心掛けてるにゃ」

 

 そんな俺の横では、後ろの連れと話しながら次々にお惣菜を買い物カゴに入れる少女の姿があった。服装と言動から察するに学生アイドルだろうか。うんうん、その向上心は素晴らしい――。

 

「――って、あれ? みくちゃん? それに李衣菜ちゃん?」

 

「はい? ……ふにゃあ!? りょ、良太郎さん!?」

 

「え、良太郎さん!?」

 

 何やら聞き覚えのある声だなぁとは思っていたが、なんとカーディガンにブラウスのみくちゃんとセーラー服の李衣菜ちゃんだった。彼女たちと顔を合わせる機会は微妙に少ないが、それでも二人の制服姿は新鮮だった。

 

「安定のアイドルエンカウント率だなぁ……」

 

 なんかもう『黄金律』ならぬ『アイドル律』みたいなスキルがあるのかもしれない。こう、アイドルが巡り巡って俺の元に訪れるみたいな。本当にアイドルとして活動している人全員と巡り合いそうで怖い。時間(ページ数)が足りねーよ。

 

「ど、どうして良太郎さんがここに……!?」

 

「勿論買い物だよ。普段はここ使ってないんだけど、たまたま帰り道だったからね」

 

 李衣菜ちゃんの問いかけに牛乳が入ったカゴを見せて答えつつ、自分も値引き惣菜の中からから揚げやサラダをその中に入れる。

 

「二人はこんな時間までレッスンかな? 遅くまでご苦労様」

 

「あ、いえ! その、良太郎さんもお疲れ様です……って、みくちゃん何でさりげなく私の後ろに隠れるのさ」

 

「えっと、その……な、何でもないにゃ……」

 

「何でもないなら押さないでよっ」

 

 相変わらず微妙にみくちゃんから距離を取られている。本当に心当たりないんだけどなぁ……?

 

「それにしても、こんな時間にスーパーでお惣菜を買ってるってことはもしかして二人とも一人暮らし? そういえば346には寮があったっけ」

 

 前に蘭子ちゃんとアーニャちゃんが寮で暮らしてるって言っていたことを思い出した。

 

「あ、いえ、みくちゃんはそうですけど、私は実家暮らしです。今はみくちゃんの部屋に泊まってますけど」

 

「へー、お泊り? いいねぇ仲良しだねぇ青春だねぇ」

 

 俺はアイドルになってから忙しくてそういうのはなく、アイドル以前のそれはどちらかというと高町家で散々叩きのめされて帰宅困難になりそのまま泊めてもらうという若干血生臭いものだった。青春の証は汗と涙だけで充分である。

 

「「仲良しぃ……?」」

 

「え、何故そんな嫌そうな声が」

 

 二人揃ってカメラが回ってないところで「周藤良太郎さんと仲が良いんですね」と聞かれた時の麗華と同じ顔をしていた。

 

「いや、別に好き好んでみくちゃんの部屋に泊まってるわけじゃなくってですね……」

 

「……丁度いいにゃ、李衣菜ちゃん。ここは正真正銘のトップアイドルである周藤良太郎さんに白黒ハッキリつけてもらうにゃ」

 

「っ!? ……オッケー、後悔しても知らないよ?」

 

「ふんっ! それはこっちのセリフにゃ!」

 

 かと思いきや、今度は最後に決着をつける間際のライバル同士みたいな顔である。やっぱり仲良しなのでは……?

 

「「良太郎さん! 猫耳とロック、どっちがアイドルとして相応しいですか!?」」

 

「……はい?」

 

 アイドルに相応しい? いやまぁアイドルは千差万別だから、別にどちらが相応しくてどちらが相応しくないとかそういうのは無いと思うけど……。

 

 ん? 猫耳とロックって、これもしかしてみくちゃんと李衣菜ちゃんの話?

 

「「どっちですか!?」」

 

 ずずいと詰め寄ってくる二人。みくちゃんは先ほど俺から距離を取っていたことを忘れているぐらい鬼気迫る勢いだ。

 

「……とりあえず一つだけ言いたいことは」

 

「「なんですか!?」」

 

 

 

「……先にお会計済ませようか」

 

「「……あ」」

 

 

 

 いくら閉店間際とはいえお客さんはいるわけだから、なんかもう凄い目立っていた。

 

 今回はちゃんと変装による認識阻害が効いてて良かったと安堵しながら、自分たちの声の大きさを自覚して真っ赤になった二人と共にレジへと向かうのだった。

 

 

 




・にゃおーんと手で猫耳を作るまゆ。かわいい。
かわいい。

・半額弁当や半額惣菜を求める奴らの戦場
初見で「あれ何で楯無先輩出てるの?」とか思っちゃった人素直に手を挙げてー(ハーイ)

・晩酌の肴
良太郎の飲酒事情は完全に作者の趣味が入っております。ビールより日本酒やワインが好き。

・『アイドル律』
当然ランクはA。今後も(作者の事情により)良太郎の人生にはアイドルが付きまといます。



 今回からアスタリスク回となります。予告していた通り、オリ展開中心です。

 最近出番が無かったあの人たちから派生して、ようやく初登場のあの子たち等々。

 お楽しみにお待ちいただけたら幸いです。


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Lesson148 My favorite one 2

5thの情報が年末に出ていたことに今さら気付いた作者。CD買わなきゃ……!(使命感)


 

 

 

 とりあえずお互いの買い物を済ませ、スーパーを後にする。

 

 ほんの少し彼女たちの分も一緒に俺が支払おうとも思ったのだが、恐らく彼女たちは遠慮するだろうし、無理に押し通しても彼女たちは恐縮しちゃうだろうから今回は止めておいた。あと晩御飯を奢るのと意味合いは変わらないはずなのだが、何か違う気がした。どうせ奢るならば俺だってもうちょっとカッコイイ場面を選びたい。

 

 女の子二人だけに夜道を歩かせるのは流石に憚られたので、ここだけはやや強引に車で寮へ送っていくことになった。

 

「それで、猫耳とロックのどっちがアイドルとして相応しいか、だっけ?」

 

 ルームミラー越しに後部座席に座るみくちゃんと李衣菜ちゃんに視線を向ける。ルームライトは点いていないが、外部の街頭からの明かりで何とか二人の様子は窺えた。二人とも助手席ではなく後部座席へ座る辺り、微妙に二人と馴染みきれていないのを感じた。

 

「一先ず、どうしてそんな話になったのか教えてもらってもいいかな?」

 

「は、はい」

 

「えっと、実は私たち、今度ユニットを組むことになったんです」

 

「へぇ、それはおめでとう」

 

 つまりこれでシンデレラプロジェクトメンバー全員がデビューするわけだ。カフェテリアの一角を占拠してストライキ騒動を起こしてまでデビューしたかったみくちゃんがやっと報われたようで何よりである。

 

「でも、そのユニットの方向性の意見が反発しちゃいまして……」

 

「おかげで方向性どころかユニット名すら決まってない状態で」

 

「しかも来月に346プロダクションのアイドルフェスの開催が決まっちゃいまして……ユニットとしてデビューしないにしても、どちらか片方のデビューが遅れるどころか最悪二人ともデビューが間に合わないんです」

 

「それで『一緒に住めば仲良くなるよ』っていう莉嘉ちゃんの意見に流されて、しばらく私と李衣菜ちゃんが一緒の部屋で暮らすハメに……」

 

 なるほどそうやって繋がっていくわけだ。

 

 そして何となく読めてきたぞ。

 

「だからどちらの意見をユニットの方向性として採用するか……つまりアイドルとして相応しいかっていうことを俺に決めて貰いたい、と」

 

「はい、そうです」

 

「周藤良太郎さんの意見だったら文句は言えませんから。ズバッと決めていただこうかと」

 

 なるほどね。

 

「それで、みくちゃんが『ネコ』で」

 

「はい」

 

「李衣菜ちゃんが『タチ』と」

 

「え?」

 

「ゴメン何でもない」

 

 危うく無垢な少女(李衣菜ちゃん)に余計な知識を教えるところだった。

 

 しかし俺の言葉の意味が分からずに李衣菜ちゃんが首を傾げる一方で、みくちゃんの頬がやや赤くなったのを暗がりの中でも俺は見逃さなかった。ははぁん、さてはオヌシ、むっつりじゃな?

 

 それにしても猫……正確には猫耳かロックか。

 

 まぁ色々と言いたいことはあるが、とりあえず簡単に結論を言っておこう。

 

「ぶっちゃけどっちでもいいよ」

 

「バッサリにゃ!?」

 

「バッサリですね!?」

 

 猫耳でもロックでもそれ以外でも、『人々を沸かせ魅せる』のであればそれはアイドルだ。そこに『アイドルらしさ』なんてものは存在しない。

 

 とゆーか『ピクリとも動かない無表情』『自他ともに認めるおっぱい星人』『基本的に他者からの評価が三枚目』とトリプル役満でアイドルらしくない俺にそれを聞いちゃう時点で彼女たちも色々と間違えているような気がする。

 

「それに、ユニットの方向性なんて重要なものに口出しは出来ないよ。事務所が方針を決めるならともかく、事務所からそれを託されたのであればそれは自分たちで答えを出さなきゃいけないことだ」

 

 まぁ多分武内さんがこの二人にユニットを組ませたということは多分()()()()()()を期待しているんだろうけど、流石にそれを教えるのは無粋だし武内さんにも悪いので黙っておこう。

 

 だけどまぁ……お手伝いぐらいはしてあげようか。

 

「もしかして二人とも、お互いがお互いに推しているものがどういうものか分かってないんじゃないかな?」

 

「え? いや、猫キャラなんて猫耳付けて語尾に『にゃー』って付けるだけですし」

 

「むっ!? それを言うなら李衣菜ちゃんなんて、自分でもロックがなんなのか分かってないでしょ!?」

 

「だから自分がロックだって思ったらそれがロックなんだって言ってるでしょ!?」

 

 ふぎぎぎぎっ……! と後部座席で取っ組み合いを始めるみくちゃんと李衣菜ちゃん。猫とロックがガチンコなキャットファイトとは洒落が効いてるなぁ。

 

「はいはいストップストップ。座りながらそんなに暴れると短いスカートの中が見えるよ」

 

「「っ!?」」

 

 バッと慌てて自分のスカートを抑える二人。まぁ流石に暗くて見えるわけがないし、そもそもルームミラーの角度的に彼女たちのスカートすら見えていない。

 

「やっぱり、今の二人に必要なのは『お互いに推しているものを詳しく理解する』こと。お互いにお互いの推しているものを知ってから改めて話し合うことをお勧めするよ」

 

 ただ押し付けあうだけじゃ物事は前に進まないが、お互いのことをしっかりと理解した上でならば少しは話が進むと思う。その点で言えば、二人一緒の部屋でしばらく暮らしてみるというの悪くない手である。

 

「そ、そうは言っても……」

 

「李衣菜ちゃんの説明でロックが何かなんて分かるわけないにゃ」

 

「何をー!?」

 

「なんにゃー!?」

 

「ほらほら、ゴングは鳴ってないんだから第二ラウンドを始めないの」

 

 今こそ立ち上がらなくていいし雄々しく舞い踊らなくてもいいから。

 

 そうこうしている間に346プロアイドル部門の女子寮前に到着。別に疚しい考えがあるわけではないが、この建物の中で大勢のアイドルが暮らしていると考えると胸が熱くなった。

 

「よし、それじゃあそんな迷える君たちのためにお兄さんが一肌脱いであげましょう」

 

「え、良太郎さん、どういうことですか……って、何本当に脱いでるんですか!?」

 

 別にネタ的な意味ではなく、普通に暑いから上着を脱いだだけである。だからみくちゃん、そんな手で顔を覆いながら指の隙間からこっち見ても何も恥ずかしいものは無いから。

 

「要するに二人とも『本当の猫の魅力』と『本当のロックの魅力』を知らないわけだから、それを教えてあげようじゃないか」

 

「良太郎さんが、ですか!?」

 

「いや、生憎その二つに関しては俺も熱く語れないよ」

 

 大乳の素晴らしさと翠屋のシュークリームとオリジナルブレンドのことだったらいくらでも語れるが。

 

「だから、その二つの魅力を教えてくれる人に会いに行くんだよ」

 

 要するに『餅は餅屋』ということだ。

 

「そんなわけで、明日とか時間あるかな?」

 

「あ、明日ですか!?」

 

「方向性を決めるなら早い方がいいでしょ? 学校終わりとかどうかな?」

 

「れ、レッスンは無いですけど、Pチャン……プロデューサーと打ち合わせの予定があるにゃ」

 

「ふむ……なら勝手に連れ回すわけにはいかないな」

 

 ならば、許可を取ろう。

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ、みくちゃん……良太郎さん、もしかしてプロデューサーと電話してる……?」

 

 ちょっと待っててーと言いながら車を降りて何処かに電話をかけ始めた良太郎さん。みくたちもとりあえず車から降りると、何やら良太郎さんの言葉の端々から「武内さん」という呼称が聞こえてきた。恐らく、というか間違いなく、みくたちのPチャンに電話をかけていた。

 

 みくたちに猫とロックの素晴らしさを教えてくれる人に会わせてくれるという話ではあったが、流石に周藤良太郎さんと言えど打ち合わせを中止させるほどの影響力はないはず……と考えていると、通話を終えた良太郎さんが戻って来た。

 

「武内さんからの許可は取れたよ」

 

「「えぇ!?」」

 

 それでいいのPチャン!?

 

「もともと明日の打ち合わせっていうのも君たち二人のユニットの話し合いだったみたいだから、理由を話したらオッケー貰えたよ」

 

 その代わり明日は武内さんも一緒だけどね、と事も無げに話す良太郎さん。いくら業界で一番影響力があると称されているアイドルでPチャンとも知り合いだからとはいえ、他事務所の予定にすらサラッと介入してしまったことに空恐ろしいものを感じた。

 

 

 

 ――明日また来て下さい。貴女たちに本当の猫とロックをお見せしましょう。

 

 

 

 そんな美食家みたいな言い回しの言葉を残し、良太郎さんは去っていった。

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで迎えた翌日。学校を終えたみくと李衣菜チャンはいつもだったらそのまま事務所へと向かうのだが、今日はそのまま寮に戻り、一度着替えてから表に出る。

 

 案内してくれるのは良太郎さんだけど、車は同行するPチャンが出してくれるらしい。約束していた時間が近いから、そろそろPチャンなら表で待機していることだろう。

 

 

 

「君、こんなところで何してたの?」

 

「あ、いえ、私は……」

 

 

 

 警察に職務質問を受けるPチャンの姿がそこにあった。

 

 いやまぁ、女子寮の前でスーツ姿の強面の大男がじっと人待ちしていたら、誰がどう見ても不審者である。やや小慣れた感が出てきているのが物悲しく、そろそろPチャンの年間職務質問回数が気になってくるところだ。

 

 見て見ぬフリは当然出来ないので李衣菜チャンと二人で「その人私たちの知り合いなんです」と助け船を出す。

 

「本当にありがとうございました……」

 

「もー、しっかりしてよプロデューサー」

 

「もっと気を付けるにゃ」

 

 などと言いつつ、何をどう気を付ければ不審者扱いされないかという具体的な案は思い浮かばなかった。

 

「それでプロデューサー、今から何処に行くのか知ってるんですか?」

 

「いえ……ただ周藤さんから『ここに二人を連れてきて欲しい』という旨のメールをいただきましたので、そちらに向かわせていただいています」

 

 後部座席から運転席のPチャンに李衣菜ちゃんが今日の目的地を尋ねるも、Pチャンはいつものように首筋に手を当てながら自分も知らないと首を横に振った。

 

 そうして車に揺られること数十分……。

 

「……Pチャン、本当に此処?」

 

「……は、はい、住所及び建物の特徴は……一応、合致しています」

 

「……いや、まぁ『門が立派なちょっと大きな家』には間違いないですけど……」

 

 

 

「これは『ちょっと大きな家』じゃなくて『屋敷』って言うにゃ……」

 

 

 

 目の前に佇む立派な鉄格子の門。そしてその向こうに見える洋風の屋敷(という以外の表現方法が見つからない)を眺めつつ、みくたち三人は思わず呆然としてしまうのであった。

 

 ……え、本当に此処なの……!?

 

 

 




・『ネコ』『タチ』
要するに『受け』と『攻め』です(真面目に解説)
ただまぁ、ラブデスのコミュを見る限りでは李衣菜が攻めで間違ってないんだよなぁ(壁ドン並感)

・『ピクリとも動かない無表情』
・『自他ともに認めるおっぱい星人』
・『基本的に他者からの評価が三枚目』
今さらだけど何でコイツアイドルなんだろうか……。

・ゴング
・今こそ立ち上がらなくていいし雄々しく舞い踊らなくてもいいから。
ところで無尽合体キサラギはいつスパロボ参戦するんですかねぇ。

・明日また来て下さい。貴女たちに本当の猫とロックをお見せしましょう。
ぴよちゃんの妄想でも使われたし、これはアイマス作品と言っても過言ではありませんね!(過言)

・年間職務質問回数
この小説ではアニメよりも回数が伸びる予定。武内Pの明日はどっちだ……!?



 というわけで、アスタリスク回はこんな感じで進んでいきます。

 そして次回は『猫』『屋敷』で分かる人には既に分かると思いますが、ようやく『あの子たち』の登場です。また平均年齢が下がるよ!


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Lesson149 My favorite one 3

感想で指摘されて凸レ編でのちっひの出番をカットしていたことを思い出しました。

恐らく彼女の出番は第五章まで持ち越しに……許してちっひ。


 

 

 

 さて、あまりにも予想外な場所に固まってしまったみくたちだが、いつまでもここに立っているわけには行かないのでとりあえず中に入ることに。

 

 門の脇にあったインターホンを押すと(カメラ付きだったので不審者と誤解されないようにPチャンの代わりにみくが押した)スピーカーから聞こえてきたのは落ち着いた大人の女性の声。こちらが周藤良太郎さんの紹介で来たことを伝えるとすんなりと中へ通してくれた。

 

 自動で開いた門を潜り、奥に見える屋敷に辿り着いたみくたちを待っていたのは――。

 

 

 

「ようこそお越しくださいました。月村家メイド、ノエル・K・エーアリヒカイトと申します」

 

 

 

(め、メイドさんにゃ!?)

 

(め、メイドさんだ!?)

 

 ――メイドさんだった。正真正銘、紛れもなくメイドさんだった。それもサブカルチャー的な意味合いのメイドさんではなく、使用人という意味合いの本物のメイドさんだった。

 

「前川みく様、多田李衣菜様、武内駿輔(しゅんすけ)様、お話は伺っております。良太郎様も既にお越しになられておりますので、ご案内させていただきます」

 

 どうぞこちらへ、と先立って歩くメイドさんについて屋敷の中に入っていく。

 

 

 

「……それはそうとPチャン、駿輔って名前だったんだにゃ」

 

「は、はい、そうですが……」

 

 別にどうということではないのだが、何となく気になった。

 

 

 

「……な、ななな……!?」

 

 メイドさんの案内でみくたちが連れてこられたのは中庭だった。そこに置かれた白い机でみくたちをここに呼んだ良太郎さんが三人の少女と一緒にお茶を飲んでいたのだが、そんなことどうでもよかった。

 

 

 

「なんにゃこの猫チャン天国は!?」

 

 

 

 クロ・三毛猫・ロシアンブルー・茶トラ・ブチ・アメショーetc……色んな猫チャンたちが遊んだり日向ぼっこしたり自由を謳歌していた。

 

「ふにゃあ……! ここが楽園(エデン)だったんだにゃ……!」

 

 よく猫カフェに足を運ぶが、ここまで沢山の猫チャンは見たことが無かった。

 

「おーい、みくちゃーん、戻っておいでー」

 

「ちょっとみくちゃん!」

 

「……はっ!?」

 

 良太郎さんと李衣菜チャンに呼ばれ、ようやくみくの意識は猫チャンたちから現実へ戻って来た。

 

「流石のみくちゃんもこの猫天国の前ではイチコロだったか。圧倒的じゃないか、我が軍は」

 

「何でアンタの猫たちみたいになってるのよ。すずかに失礼でしょ」

 

「あ、アリサちゃん、私は気にしてないから……」

 

「にゃはは……」

 

 白い椅子に腰かけて、膝の上で丸まった茶トラの背中を撫でながら紅茶のカップを口元に運ぶ良太郎さん。優雅というよりはなんというか、威風堂々とした様子がまるで王様のようで意外と様になっていた。

 

 そんな良太郎さんと一緒のテーブルに着く三人の少女。良太郎さんに対して強気な口調の金髪ロングちゃん、彼女を宥める藤色の髪のロングちゃん、そんな彼女たちを見ながら苦笑する茶髪ツインサイドアップちゃん。恐らくこの三人の内の一人がこの屋敷の住人なのだろうと考える。

 

「さて、とりあえず俺から紹介させてもらうかな。こちら、この屋敷の住人の月村(つきむら)すずかちゃん、小学四年生」

 

「初めまして、月村すずかです」

 

 椅子から立ち上がった藤色ロングちゃんがこちらに向かってペコリと頭を下げるので、みくたちも慌てて「初めまして」と頭を下げる。

 

「こっちのツンデレチックな子はアリサ・バニングスちゃん、同じく小学四年生」

 

「誰がツンデレよ!?」

 

 良太郎さんの紹介に反応して噛みついたのは金髪ロングちゃん。

 

「そしてこっちが『翠屋』の看板娘、高町なのはちゃん、同じく小学四年生」

 

「は、初めまして!」

 

 茶髪ツインサイドアップちゃんも椅子から飛び降りペコリと頭を下げる。先ほどのすずかちゃんと比べると、反応がやや年相応な感じだった。

 

「それでこっちが、346プロダクションに所属するアイドルの前川みくちゃんと多田李衣菜ちゃんで、後ろの人がプロデューサーの武内駿輔さん。顔はちょっと怖いけど、すごくいい人だから怖がらないであげてね」

 

「ま、前川みくにゃ」

 

「た、多田李衣菜です」

 

「……よろしくお願いします」

 

「さて、すずかちゃんたちにはもう説明済みで、みくちゃんたちも……まぁ、説明しなくても分かるよね? 俺が君たちをここに呼んだワケ」

 

 そりゃもう、これだけ猫チャンが沢山いる場所に連れてこられれば嫌でも分かる。要するにこれが良太郎さんの言っていた『本当の猫の魅力』が分かる場所だということだろう。

 

「ここは有名な猫屋敷だからね。そこら辺の猫カフェなんかよりも猫と触れ合える絶好のスポットだよ。タダでお茶も飲めるし」

 

「すずか、やっぱりコイツからはお金取った方がいいと思うわよ」

 

「月村家婿入り予定の恭也にツケといて」

 

「自分で払いなさいよ!」

 

「お、落ち着いてアリサちゃん、別にお金取ったりしないから……」

 

 小学生相手に同レベルなやり取りをする良太郎さんは、果たして良太郎さんのレベルが低いのかアリサちゃんたちのレベルが高いのか……あるいはその両方か。

 

 しかしそんなことよりも、今は目の前の猫チャンたちである。最近は忙しくて猫カフェにも行けてなかったから、猫チャン禁断症状が~……!

 

「ほーらこっちにゃ~、煮干しあるにゃ~、雉羽根もあるにゃ~」

 

「みくちゃん、普段から煮干しとか猫の遊び道具持ち歩いてるの……?」

 

「俺の知り合いのピアニストもたまにポケットから煮干し出てくるし、そういう時もあるんじゃないかな」

 

「どういうことなの……」

 

 

 

 

 

 

 俺の中で『猫と言えば』という問いに対する答えは、迷うことなくここ月村家だった。高校に入学し恭也経由で月村との交友が出来、初めてこの屋敷に招待された時はまさしく『猫屋敷』という有様に驚いたものだ。

 

 そんなわけで今回『本当の猫の魅力』を知ってもらうためにこの月村家へみくちゃんたちを連れてこようと思ったわけなのだが、生憎月村は恭也とのデートで本日は不在。しかし月村の妹であるすずかちゃんとその友達であるなのはちゃんとアリサちゃんが放課後のお茶会をするという話だったので、こうしてお邪魔させてもらった次第である。

 

 ちなみになのはちゃんは言わずもがな、すずかちゃんやアリサちゃんとも月村家や翠屋で何度も会っているので顔馴染。個人的には年の離れた友人といったところである。

 

 さて、すっかりみくちゃんが月村猫軍団によって骨抜きにされてしまったが、本題は李衣菜ちゃんの方である。

 

「はい、李衣菜ちゃん」

 

 俺の膝の上で丸まっていた茶トラを抱えながら立ち上がり、李衣菜ちゃんに受け渡す。しかし李衣菜ちゃんが手を伸ばしたところで茶トラは俺の腕からスルリと抜け出して逃げてしまった。

 

 李衣菜ちゃんも両膝を付いて足元にいたブチに触れようとするがこれもまたヒラリと器用に躱されてしまう。

 

 しかしそんな彼女の足元ではアメショーが構ってほしそうにすり寄ってきており、李衣菜ちゃんは恐る恐る手を近づける。

 

「喉の下を優しく掻くように撫でるといいよ」

 

「わ、分かりました」

 

 指示通りに李衣菜ちゃんが喉を撫でると、アメショーは気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らした。一番いいのは尻尾の付け根らしいが、難易度高めで猫上級者向けなのでオススメ出来なかった。

 

「……えへへ、可愛いかも。って、あ……」

 

 しかしそんなアメショーも李衣菜ちゃんの手を逃れ、先ほどから煮干しや雉羽根や紐を駆使して猫無双中のみくちゃんの方へと行ってしまった。

 

「ほれほれ~、みんないい子だにゃ~」

 

「………………」

 

「いやまぁ、みくちゃんは猫の達人みたいなものだから、しょうがないって」

 

 ことごとく猫が自分から離れていき、微妙に悔しかったのか若干涙目になりつつみくちゃんを指差しながら無言のまま訴えてくる李衣菜ちゃんの頭を撫でる。

 

 ポンッ

 

「……ん?」

 

 そんな李衣菜ちゃんに見るに見かねたのかどうかは知らないが、先ほど俺の腕からすり抜けていった茶トラが「まぁ嬢ちゃん元気出せや」といった感じで李衣菜ちゃんの膝に前足を乗せた。

 

「……ありがとー!」

 

 そんな茶トラの優しさ(?)に感極まって抱き上げて頬擦りをする李衣菜ちゃん。普通は過度なスキンシップを嫌がるのだが、どうやらこの茶トラは空気を読めるらしく大人しくされるがままであった。

 

「猫は犬と違って基本的に人には懐かないからね。本当に気まぐれで、だからこうしてたまに来ると可愛いんだよ」

 

 伝わり切ったかどうかは微妙なところではあるが、李衣菜ちゃんにも猫の魅力を分かってもらえたようで何よりである。

 

 

 

「……アイドルってのは、良太郎を筆頭に変な人が多いのね」

 

「あ、アリサちゃん」

 

「りょ、良太郎お兄さんはテレビの中だとすっごいカッコイイんだよ!?」

 

「なのはちゃん、それ微妙にフォローになってないけど……」

 

「……あの、少しいいでしょうか」

 

「ん? 何よ」

 

「えっと、武内さん……ですよね?」

 

「何かご用ですか?」

 

「はい。……アイドルに、興味はありませんか?」

 

「「「……えっ」」」

 

 

 

 

 

 

「まさかあの子たちをスカウトし始めるとは流石のみくも予想外にゃ……」

 

「ビックリしたよ……」

 

「本当に申し訳ありませんでした……」

 

「寧ろあの三人に目を付けるとは、流石の慧眼ですね」

 

 プロデューサーがいきなりすずかちゃんたちをスカウトし始めた時には本当にびっくりした。

 

 それ以外にも私たちの分の紅茶を持ってきてくれたノエルさんとは別のメイドさんが躓いて宙を舞ったカップやポットを良太郎さんやすずかちゃんがキャッチするファインプレーが飛び出したりもしたが、無事にお茶会(という名の猫交流会)は幕を閉じた。

 

 突然訪れてただひたすら猫と戯れさせてくれたすずかちゃん他お茶会に参加させてくれたアリサちゃんとなのはちゃんには大変感謝である。

 

 さて、そんな月村家を離れ、次に良太郎さんの案内でやって来たのは少し離れた駅前だった。時間的にすっかり日は暮れ、駅前は仕事帰りの人たちで割と混雑している。

 

「それで、流れ的に次は『本当のロックの魅力』を教えてくれる人に会いに行くんですよね?」

 

「うん。連絡は取ってないんだけど、この時間帯ならいるはずだから」

 

「「「?」」」

 

 何やら随分と曖昧な良太郎さんに首を傾げる。

 

「っと、()()()()()()。いるみたいだ」

 

「?」

 

 それは一体どういう意味なのかと良太郎さんに尋ねる前に、確かにそれは()()()()()()

 

「……歌?」

 

「あと……ギター?」

 

 歌声とギターの音。誰かがギターの音に乗せて歌っている。

 

 見ると何やら人混みが出来ており、その向こう側からそれは聞こえてきていた。

 

 

 

「――――――っ!!」

 

 

 

「……っ!?」

 

 思わず息を呑んでしまった。

 

 『彼女』は路上の端、車道を背に歌っていた。マイクは無く、エレキギターが繋がれたアンプは小さなもので音は大きくない。しかし、その歌声とギターの音はビリビリと空気を震わしているように錯覚してしまうほど力強い。

 

 そして街を歩く人たちが思わず足を止めてしまうような、そんな引き寄せられる何かを感じた。

 

「……これが本物かどうかは別として……こいつが、俺の考える中でもトップクラスの『ロック』だよ」

 

「………………」

 

 良太郎さんの言葉に、私は思わず拳を強く握りしめた。

 

 

 




・ノエル・K・エーアリヒカイト
とらハ3におけるヒロインの一人で、月村家でメイドを務める女性(ここ重要)
クールビューティーだがちゃんと笑うし感情あるよ!

・武内駿輔
今さらながらフルネーム。4thにてその姿を生で目撃したが、やっぱり日産のディーラーにしか見えなかった。

・クロ・三毛猫・ロシアンブルー・茶トラ・ブチ・アメショー
ネコにゃんダンス。

・「圧倒的じゃないか、我が軍は」
CV:銀河○丈

・月村すずか
『魔法少女リリカルなのは』に登場した、忍の妹。かわいい。
見た目は可憐な文学系少女だが、実はアグレッシブな体育会系でもある。かわいい。

・アリサ・バニングス
『魔法少女リリカルなのは』に登場した、くぎゅボイスツンデレお嬢様。
彼女のとらハでの元ネタ調べた時は若干鬱になったゾ……。

・ポケットから煮干しが出てくるピアニスト
???「そういう日もある」

・ノエルさんとは別のメイドさん(ドジッ娘)
この人実はとらハでの○○○○だったという説を知ったときはビックリしたゾ……。



 というわけで猫屋敷こと月村家でした。寧ろこの小説的にそこ以外にあるのだろうか……。

 そして最後はロック担当のエントリー。基本的にアニメ準拠なので当然『彼女』ではありません。しかしプロデューサーならば候補は二人ほど上がると思います。

 果たして『長髪』の方か『短髪』の方か。


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Lesson150 My favorite one 4

5thの一部公演のメンバーが発表されましたね。

……見極めろ、俺……何処に早見さんがサプライズで来るのかを見極めるんだ……!


 

 

 

「よぉ、不良娘」

 

 彼女が歌い終わりギャラリーが去り始めたところで良太郎さんはそう話しかけながら近づいていった。

 

 ギターやアンプを片付けていた彼女は振り返ると、危なげなく良太郎さんが投げ渡したスポーツドリンクのペットボトルを片手でキャッチした。

 

「なんだアンタか。あたしをアンタの事務所にスカウトでもしに来たか?」

 

「アイドル事務所でいいんだったら、喜んでスカウトするぜ?」

 

「はっ、冗談。あたしはアイドルって柄じゃねーよ」

 

 良太郎さんのことを知っていて尚且つこういう態度を取れるのは知り合いだからという訳ではなく、恐らく彼女の性格的なものだと予想する。

 

「それで? ただあたしの歌を聞きに来たってだけじゃないんだろ?」

 

「ん、よく分かったね。会わせたい子がいてさ」

 

 ポンッと良太郎さんにみくちゃんと一緒に背中を押され、二人して彼女の前に立つことになった。

 

 一体どういうことだと首を傾げながらペットボトルの蓋を開ける彼女。

 

「とりあえず紹介すると、346プロダクションに所属してる多田李衣菜ちゃんと前川みくちゃん。二人ともアイドルの卵」

 

「アンタんところの新人かと思ったら他事務所かよ。どういうことだ?」

 

「まぁ色々あるのよ。んで、こっちの彼女が……」

 

「あぁ、自分の名前ぐらい自分で言うさ」

 

 良太郎さんの言葉を遮った赤毛の彼女は、左の目元に青い星のペイントを入れた顔を近づけながら握手を求めるように手を差し出してきた。

 

 

 

「――あたしはジュリア。よろしくな」

 

 

 

 

 

 

 俺がこの街中ロック不良娘ことジュリアと出会ったのは、割とつい最近のことだったりする。

 

 六月に車を修理に出して移動をしばらく徒歩や電車(たまにタクシー)に任せていた頃にここの駅を利用する機会があり、その時にたまたま彼女の歌声が耳に入ってきて興味を持ったのだ。

 

 上から目線で申し訳ないが、それなりの歌声にそれなりのギター。そしてそれを補って余りある情熱と凄みを感じたのを覚えている。

 

「――で、今に至ると」

 

「待って良太郎さん、一番重要なその出会いのシーンが全部吹っ飛んでるんだけど」

 

「その辺の物語進行に関係のないところは気にしない方向で」

 

 大胆な説明カットはネタ系小説の特権。

 

 ちなみに『ジュリア』というのは彼女の芸名というかアーティスト名みたいなものらしく、本名は教えてもらっていない。まぁカッコイイ名前だし、彼女のプライベートに深入りするつもりもないからいいか。

 

 さて話を本題に戻そう。

 

「実はこの二人に『本当のロックの魅力』を見せてあげようかと思って」

 

「『本当のロックの魅力』だぁ?」

 

 眉根を寄せてさらに怪訝そうな顔をするジュリア。

 

「なんだそりゃ。自分がロックだって思ったらそれがロックだろ?」

 

 ジュリアがそう言うなり、李衣菜ちゃんの表情がパアッと明るくなった。

 

「ほらー! 私の言った通りじゃん!」

 

「ぐぬぬ……!?」

 

 鬼の首を取ったように喜々としてみくちゃんに詰め寄る李衣菜ちゃん。

 

 まぁ実際『何がロックか?』『どういうことがロックなのか?』という問いに対する答えは多岐にわたり、そこに明確な解答は存在しない。一応辞書的には『曲を自作し、バンドスタイル(ギター・ベース・ドラムスが主流)を演奏し、アーティストの自主性で成り立つ音楽』という説明をされていたりするが、あくまでもそれ音楽的な意味合いのものであり、今回の主題である『生き様としてのロック』ではないので割愛しよう。

 

「じゃあ聞き方を変えよう。ジュリアにとってのロックってなんだ?」

 

「あたしにとってのロック? ……そうだな……」

 

 ジュリアはケースに入れかけていたギターを取り出すとそのままホルダーを首にかけた。ガードレールに軽く腰掛け、手遊びで軽くギターを掻き鳴らしているところが相変わらず様になっている。

 

 

 

「んー……(まつろ)わねぇことかな」

 

 

 

「「……まつろわない?」」

 

「『お前の言うことなんか知ったこっちゃねーよバーカ』っていう意味だよ」

 

「誰もそこまでは言ってねーよ」

 

 でもまぁ言いたいことはあってっけどさ、とジュリアはピンッと弦を弾く。

 

「あたしの夢は世界一のロックシンガーになることだ。今はこうやって路上でギター掻き鳴らしてるだけだけど、絶対になるって決めた。親とか学校のセンコーとか反対してくる奴はいるけど、あたしがそうやって決めた以上、誰にも口出しさせるつもりはねぇ」

 

 

 

 ――ファッションも生き方も好きなものも全部、何があたしらしいかはあたしが決める。

 

 

 

「そいつがあたしのロックだ」

 

「……何が、私らしいか……」

 

「………………」

 

 その言葉に何か思うことがあったのだろう、李衣菜ちゃんがそうポツリと呟いた。みくちゃんも無言のまま何かを思案している。

 

「つーか、なんでそんなことあたしに聞きにきたんだよ。言いたかねーけど、あたし以上にロックな知り合いなんていくらでもいるんじゃねーか?」

 

「そりゃあ最初はスティーブ(・パイ)かカイザー(・ラステーリ)辺りの所に連れて行こうかとも思ったけど流石に海外は時間がかかるし。『そうだバサラがいた』って思ったらアイツ『ファイアーボンバー』で世界ツアー中だし」

 

「……今さらっとスゲー名前が出てきたな」

 

 そもそも、バサラに聞いても「そんなことより俺の歌を聞け!」としか返ってこなさそうだ。

 

「んで、割と近場で活動してて李衣菜ちゃんたちと歳が近いお前のところに連れてきたっていうわけ」

 

「そのメンツの次に名前が出てきたことに対して素直に喜べねぇのは何でだろうな……」

 

 こめかみを人差し指で抑えながら渋い顔をするジュリア。まぁ気持ちは分からないでもない。

 

「っと、いけね。あたしそろそろ行くわ」

 

 駅前に設置された時計に視線を向けたジュリアが時間に気付いてギターをケースに仕舞った。

 

「ん? 夜更かし不良娘にしてはお早いお帰りだな」

 

「その呼び方ヤメロって。明日オーディションなんだよ」

 

「へぇ、映画でも見るの?」

 

「は? 何でそうなるんだよ」

 

「『オーディション』っていうスッゲー面白い映画があるんだ!」

 

「ふーん、覚えとくよ」

 

 後ろで武内さんが「そ、その映画は……」とかなんとか言ってるけど気にしない。ジュリアに()()()()()()への耐性が無い場合はギターケースで殴りかかってくるレベルで怒る可能性もあるが、相手が悪タイプじゃない限り俺の悪戯心は止まらないのである。

 

「って、話が逸れた。明日音楽事務所のオーディションを受けに行くことになってな。早いとこ部屋に戻って準備したいんだよ」

 

「なるほどね」

 

 どうやらジュリアも夢への一歩を踏み出す時が来たようである。

 

「それじゃあ、ジュリアが芸能界(こっち)に来るのを楽しみにしてるよ」

 

「オウ。李衣菜とみくも、お互い卵同士頑張ろうぜ」

 

「は、はい!」

 

「が、頑張るにゃ!」

 

 じゃあなー、と振り返らずにヒラヒラと手を振りながらジュリアは夜の街に消えていった。

 

 

 

 

 

 

「さて、以上で『周藤良太郎と巡るニャンとロックな魅力満載ツアー』は全日程を終えたわけだ」

 

「そんな名前だったんですか……」

 

「初耳にゃ……」

 

「………………」

 

 ジュリアと別れ、最後のまとめに入るために四人でファミレスへやって来た。

 

 この時間帯のファミレスは家族連れや学生グループなどでそれなりに混雑しているものの、俺は言わずもがな、みくちゃんたちは正式にデビューする前なので身バレで騒がれる心配は無かった。しいて言うならば武内さんが若干注目を浴びたぐらいか。

 

「それじゃあ、まず李衣菜ちゃんから今日の感想を聞いていこうかな」

 

 そう話を進めておいて、なんだか小学校の校外授業の後みたいだなぁと思った。これこそまさに小(学生)並(の)感(想)である。

 

「わ、私ですか?」

 

「うん。月村家で猫軍団と触れ合ってみてどうだった?」

 

「………………」

 

 李衣菜ちゃんはチラリとみくちゃんを横目で見てから口を開いた。

 

「……えっと……凄い、可愛いって思いました。気まぐれで、だからたまにこっちに来てくれるのが嬉しくて……みくちゃんが猫を推すのがちょっとだけ分かった気がします」

 

「李衣菜ちゃん……」

 

「それじゃあみくちゃんは? ジュリアに会って何か思うことはなかった?」

 

「みくは……」

 

 こちらもチラリと李衣菜ちゃんを一瞥した

 

「……結局ロックが何なのかはよく分かんなかったけど……凄いカッコいいっていうのはよく分かったにゃ。なんで李衣菜ちゃんがロックを推したいのか……少しだけ分かった気がするにゃ」

 

「みくちゃん……」

 

 二人とも、お互いが推したいものを理解出来たみたいだ。

 

 それが出来たのならば――。

 

 

 

「「でも、譲りたくない!」」

 

「うん、それでいいんじゃないかな」

 

「「えぇ!?」」

 

 

 

 ――これで彼女たちはオッケーだ。

 

 

 

 俺の言葉が予想外だったのか、すっとんきょうな声を上げる二人。運よく丁度他所の学生グループが大きな笑い声を上げたところなので二人は目立たなかった。

 

「い、いいんですか?」

 

「いいも何も、俺は『どっちかに決めろ』だなんて一言も言ってないけど」

 

 あくまでもお互いのことを知ることが目的なのだから。

 

「ユニットとしての方針も決まったみたいだし、これで万事解決っと」

 

「いや、方針も何も……」

 

「決まったでしょ? 『譲らない』って方針が」

 

「「……え?」」

 

 別に万事が万事、肩を並べて足並みを揃えればいいわけじゃない。

 

 『真逆』という方向性がある。

 

 『揃わない』という協調性がある。

 

「『アシンメトリー』って言葉なら聞いたことあるでしょ?」

 

 すなわち、左右非対称。髪型でもそうだが、全てが揃っていた方がいいわけじゃない。

 

「それにそれは猫とロックの共通点でもある」

 

「共通点……?」

 

「『気まぐれ』で『自由』ってところ」

 

 猫は気まぐれで風の吹くまま気の向くまま。ロックも誰の指図を受けない自由な生き方。ならば二人だって勝手に自由にやってしまえばいい。

 

「猫とロック、相反する二つの力は対消滅を起こし純粋な対消滅エネルギーの塊となったそれは極大消滅呪文に……!」

 

「何か話がとんでもない方向に曲がったにゃ!?」

 

「途中まですっごいいい話だったのに……」

 

 ともあれ、それが前川みくと多田李衣菜の共通点であり、二人の持ち味。

 

「前川みくと多田李衣菜の『猫』と『ロック』なアイドルユニット」

 

 

 

 ――さて、ユニット名はどうするのかな?

 

 

 

 

 

 

「なんかすいません。本当は、二人に自力で気付いてもらいたかったんですよね?」

 

「いえ、お気になさらず」

 

 みくちゃんと李衣菜ちゃんを寮へ送り届け、家まで送ってくれるという武内さんのご厚意に甘えた帰りの車中。余計なことをしてしまったと謝ると、武内さんは穏やかな表情で首を横に振った。

 

「でもこれで、シンデレラプロジェクト全員が無事にデビュー出来たわけですか」

 

「はい。周藤さんに度々お力添えいただいたおかげです」

 

「流石にそこまでのことはしてませんよ」

 

 結局()()()()だけは関われなかったというか近寄れなかったのだから。

 

(……さて、どうするか)

 

 無理に関わるべきか否か。

 

 

 

 

 

 

 というわけで今回の事の顛末という名のオチである。

 

 翌日、とあるイベントに飛び入りで参加することが決まったみくちゃんと李衣菜ちゃん。それまで曲のみだった彼女たちのデビュー曲になんと自分たちで作詞をしてそのままぶっつけ本番でデビュー曲『ΦωΦver(オーバー)!!』を披露するという中々肝の据わったウルトラCを見せてくれた。

 

 結果は見事に成功。こうして彼女たちのユニット『みくアンドりーな』……ではなく。

 

 『*(Asterisk(アスタリスク))』は無事にデビューを果たしたわけである。

 

 これで無事に全員がアイドルデビューを果たしたシンデレラプロジェクト。

 

 

 

 そんな彼女たちの初の大舞台が、すぐそこまで迫ってきていた。

 

 

 

 夏は、もう目の前である。

 

 

 




・ジュリア
『アイドルマスターミリオンライブ』の登場キャラ。Vocal。デレマス的に言えば多分クール。
ミリマスのロック担当&真とは別ベクトルのイケメン枠な16歳。
漫画三巻の「カラオケよりハマるアソビを教えてやるよ」とかクソカッコよかった。

・大胆な説明カットはネタ系小説の特権。
野獣先輩周藤良太郎説。

・服ろわない
元ネタというか、この言葉をチョイスしたきっかけはセキレイ。
結局『服ろわぬ葦牙』って何だったんや……。

・スティーブかカイザー
番外編01あとがき参照。

・バサラ
・『ファイアーボンバー』
ロックなアニメキャラで思いついたのがこいつしかいなかった件。

・『オーディション』
試写会にて途中退席者が続出したらしいレベルのスプラッター映画です。苦手な人は検索も控えた方がよろしいかと。

・悪タイプじゃない限り俺の悪戯心は止まらない
でも「いたずらごころ」持ちって素で早い奴が多いんだよなぁ……。

・「明日音楽事務所のオーディションを受けに行くことになってな」
ジュリアがアイドルになったきっかけ → 手違いでアイドル事務所へ

・「相反する二つの力は対消滅を起こし純粋な対消滅エネルギーの塊となったそれは極大消滅呪文に……!」
マホカンタッ!

・『*(Asterisk(アスタリスク))』
みくと李衣菜のユニット名。
表記だけ見ると別のものに見えtなんでもありません。

・『ΦωΦver!!』
*のデビュー曲。
デレステでは全タイプ曲ではなくキュート曲。つまり李衣菜はキュート。はっきりわかんだね。



 てなわけでロック担当アイドルは短髪の方、ジュリアでした!(ちなみに長髪の方は松永涼を想定してた)

 これでアスタリスク回は無事終了し、第四章は合宿とライブを残すのみです!

 (予定では)あと八話! 気合を入れていきます!

 しかしその前に次回は恋仲○○シリーズです。更新日が丁度バレンタインなので、珍しく時期ネタを……ってアレ?

 ……これ、もしかして「かえでさんといっしょ」も合わせてバレンタインネタを二つ考えなければいけない……?


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番外編28 もし○○と恋仲だったら 10

朝霞リョウマのダブルバレンタインアタック!(作者が死ぬ)

同時更新の『かえでさんといっしょ』の方もよろしくお願いします。


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 二月十四日。持つ者と持たざる者、リア充と非リア充、勝者と敗者の様々な思惑が渦巻くバレンタイン、別名『血の聖戦(ブラッディジハード)』。……なんかこの言い回し以前も使ったような気がする。

 

 そんな『女の子が好きな人にチョコレートを贈るイベント』として認知されているバレンタインなのだが、この時期は俺も割と大変だったりする。

 

 

 

「良太郎、今年も来たぞ」

 

「……来ちゃったかぁ……」

 

 バレンタイン当日。事務所で俺を待っていたのは、一足先に出社していた兄貴と壁際に積まれた段ボールの山だった。

 

「おはようございます。……なんですか、この段ボール」

 

 俺とほぼ同じタイミングで出社してきた志保ちゃんが、普段とは異なる事務所の光景に首を傾げる。

 

「あ、そっか。去年の今頃はまだ志保ちゃんいなかったっけ」

 

「よく分かりませんが、一年前だと私はまだ所属していませんね。……全部良太郎さんの名前が書かれてますけど……あ、違う、天ヶ瀬さんたちの名前もありますね」

 

 志保ちゃんの言う通り、段ボールの大半には俺の名前が書かれているが、冬馬・北斗さん・翔太の三人の名前が書かれた段ボールも数個存在した。

 

「これ全部バレンタインの贈り物なんだよ」

 

「あぁ、バレンタインの……え、これ全部ですか」

 

「うん」

 

 実はそうなのである。こう見えて女の子たちに大人気のトップアイドルな俺は、毎年こうしてファンの女の子たちから大量のチョコレートを貰っているのだ。ついでに同じ事務所なのでジュピターの三人宛のチョコも一緒に届くのだが、自分でもビックリするぐらい差が激しかった。

 

「はぁ……まるでアイドルみたいですね」

 

「君が所属しているのは一体何の事務所なのかもう一度思い出してみようか」

 

 君たちがそういう反応をするから俺も自分がアイドルだということを忘れちゃうんだって。

 

「しかし、これだけ量があると食べるのも大変じゃないですか?」

 

「いや、食べないよ」

 

「は?」

 

 首を横に振ると志保ちゃんから鋭い視線が飛んできた。蔑む目が『女の子からの贈り物を何だと思っているんだコイツは』と語っている。

 

「本音を言えば俺だって食べたいけど……まぁ、実際に見てもらった方が早いかな」

 

 とりあえず手近な俺宛の段ボールを開封し、中からチョコを一つ取り出す。

 

 ハートのシールで封がされたピンクの包装を解くと、中身はシンプルなハート型のチョコが一つ入っていた。

 

「ていっ」

 

 パキッと真ん中から真っ二つに割る。

 

「ん、()()()だ。はい」

 

「?」

 

 訝し気に首を傾げながらも俺から二つに割られたチョコを受け取る志保ちゃん。

 

「一体何を………………あの、良太郎さん?」

 

 どうやら気が付いたようだ。

 

 

 

「……これ、髪の毛みたいなものが入ってるんですけど……」

 

 

 

「入ってるねぇ」

 

 というわけで、これがバレンタインに大量の贈り物を貰っても素直に喜べない理由である。こうして目に見えるものならばまだ分かるのだが、()()()()()()()に何かが入っていたら判別は不可能。異物混入、とかネタで言っている場合ではないのだ。

 

 全部が全部こんなのばかりではないだろうが、こういうことがあるからチョコに限らずファンから貰った飲食物は基本的に俺の口に入ることはない。こわいわーとづまりすとこ。

 

「志保ちゃんもこれからは気を付けてね」

 

「……お、女の人から貰ったものなら……」

 

「同性に興味がある女の子だっているけどね」

 

「………………」

 

 これには流石の志保ちゃんも絶句。

 

「これがあるから仕事の現場でスタッフさんから貰うチョコもちょっと怖くてねぇ。既製品はともかく、手作りのやつは申し訳ないけど食べれない……というか、食べたくても上がNGなんだ」

 

 兄貴に視線を向けると、当たり前だろうと腕をクロスしてバツ印を作っていた。

 

「何というか、初めて良太郎さんのトップアイドルらしいところを見た気がします」

 

「別に俺、無表情だからって悲しまないわけじゃないし泣くときは泣くよ?」

 

 本当に酷い言い草である。

 

「このおかげで俺が食べられるものは知り合いと身内、それから愛しの恋人から貰ったチョコだけだよ」

 

 幸いそれだけでも人一倍貰えるので寂しくも悲しくもないが。知り合いの女の子が多いことに対するメリットの一つである。

 

(……その恋人からのチョコが一番怪しいような気もするんですけど)

 

「ん? 志保ちゃん今何か言った?」

 

「はい、沢山チョコを貰う良太郎さんは学生時代さぞやお友達から人気だったのだろうなと」

 

「お陰様でね!」

 

 本当にアイツら、自分がチョコを貰えない腹いせに襲い掛かってくるなっつーの。幸い武闘派の連中はこちら側の人間だったが、もし違っていたら五体満足でいられたかどうか怪しかった。

 

「あぁそうでした、色々とショックで忘れてました。……はい、お二人にはお世話になっているので」

 

 そう言って志保ちゃんが鞄の中から取り出したのは、二つのピンク色の包装がされた箱だった。

 

「手作りですけど、弟に作ってあげた分の余りなのでご安心を」

 

「いや、だからこそ中に何か入っている可能性が」

 

「良太郎さんにはもう一つ特別なプレゼントがあります」

 

「俺が悪かったからその右手に持った缶コーヒー(未開封)を下ろそうか」

 

 バレンタインデーキッス(殴打)は流石に遠慮願いたい。

 

 ともあれ、今回のバレンタインにおいて身内(母さん&早苗ねーちゃん)以外から貰う初めてのチョコなので、ありがたく受け取って。

 

 

 

「……りょーたろーさーんっ」

 

 

 

 ドンッ、という背中に鈍い痛みが広がった。

 

「おはようございますぅ、良太郎さん」

 

「……ま、まゆちゃん?」

 

「はい、アナタのまゆですよぉ」

 

 背後にいるためその姿は確認できないが、間違いなくまゆちゃんだった。その間も背中に広がる痛みは強さを増していく。

 

「ねえ、良太郎さん。良太郎さんは、今何をしようとしていたんですかぁ?」

 

「え、えっと……」

 

 

 

「もしかして、志保ちゃんからチョコを受け取ってませんでしたかぁ? そんなわけないですよねぇ? まゆからのチョコを受け取る前に別の女の子からチョコを受け取るなんてこと、良太郎さんはしませんよねぇ? まゆは良太郎さんの恋人なんですよぉ? 一緒に暮らしているお義母様や不本意ながらお義姉様が一番最初に渡すことは百歩譲っても、それ以外の女の子はほんの少し妬いちゃいますぅ。バレンタインは女の子が勇気を出す日であると同時に、恋人同士の特別な日でもあるんですから、やっぱり良太郎さんは恋人であるアナタのまゆからチョコを受け取るべきだとまゆは思うんですよぉ。勿論良太郎さんの意見は尊重しますよぉまゆはイイコですから。それでもアナタへの愛を一番に伝えたいっていうまゆの乙女心を分かってもらいたいというか、いずれアナタの妻になるまゆの勤めというか……まゆ、今日のチョコはいつものお弁当以上に頑張って作ったんですよぉ? あっ、だからと言って普段のお弁当は頑張ってないっていうわけじゃないんですよぉ? 今日だって良太郎さんの好きなハンバーグにおろしポン酢も用意して、それでいて栄養のバランスを考えて作ったんですから。うふふ、まゆ最近お料理の勉強してるんですよぉ? 今はまだ別々のおウチですけど、いつか一つ屋根の下で暮らすようになったとき、良太郎さんに三食栄養満点で美味しいお料理を食べて貰えるように……あ、ごめんなさいお話が逸れちゃいましたね。今日のチョコは、あらかじめ桃子さんに作り方のコツを教わりに行ってお墨付きを貰ってきた自信作ですから、良太郎さんにも絶対に美味しいって言ってもらえる自信があります。……ねぇ、良太郎さん? 美味しいって、言ってくれますよね?」

 

 

 

「オッケーまゆちゃん、分かったから――」

 

 両手を上げ、抵抗の意思が無いことを見せる。

 

 

 

「――ボールペンで背中をグリグリするの止めようか?」

 

 

 

 それ背骨に当たって地味に痛いんだよ。

 

 あと台詞が長くて聞き(よみ)づらい。

 

 クルリと振り返るとそこには俺より頭一つくらい背が低い小柄な少女が、二人で遊びに行った時に買った某遊園地のボールペンを握り締めながら膨れっ面で涙目になっていた。

 

「まゆが一番に渡したかったんですぅ……」

 

「あぁもう可愛いなぁ」

 

 そんな可愛い恋人の拗ねた姿に、思わずその華奢な身体を抱き締めてしまった。

 

「まゆさん、安心してください」

 

 抱き締めながら頭を撫でて慰めていると、志保ちゃんからのフォローが入った。

 

「私が良太郎さんに渡したのは義理チョコです。義理で渡したチョコです。義理も義理の義理義理チョコです。あまりにも義理過ぎて義理の範疇になんとか収まって義理チョコとしての体裁を保っているという意味合いで義理義理(ギリギリ)でチョコです。ですから、良太郎さんにとっての特別な今年一番のチョコは間違いなくまゆさんのチョコですよ」

 

 莪埋(ギリ)がゲシュタルト崩壊しそう。あれ、漢字間違ってない?

 

 しかし志保ちゃんからの好感度ってこんなに低かったっけ。もしかして、この間の季節外れの水着グラビアの時に「志保ちゃんは年齢の割に女性らしい体つきしてるよね」って褒めたのが原因かな? その後まゆちゃんから「めっ!」って怒られたからそれで清算されてるものだと思ってた。

 

「そ、それじゃあ……はい、良太郎さん。まゆからの愛を受け取って下さい」

 

 俺の腕の中に収まったままゴソゴソと鞄の中からピンク色の可愛らしい箱を取り出したまゆちゃん。

 

「あーん」

 

「あっ……ふふ、分かりましたぁ。……はい、あーん」

 

 口を開けて催促すると、それだけで察してくれたまゆちゃんはその場で包装を解いて箱を開き、中から一口サイズの生チョコを摘まみ上げると俺の口に入れてくれた。

 

 モグモグと咀嚼すると、生チョコの甘さと滑らかさが口中に広がる。

 

「ん、美味しい。ありがとう、まゆちゃん」

 

「喜んでいただけて、まゆも嬉しいです」

 

「それじゃあお礼。人前だからこれで勘弁ね」

 

 頬に軽くキスをすると、まゆちゃんは擽ったそうに身を捩った。

 

(……人前だと俺と早苗(おれたち)だってそこまでせんぞ)

 

(……別に羨ましいわけじゃないですけど、なんか無性に腹が立ちますね)

 

 

 

「そういえばさっきの長台詞のアレ、なんだったの?」

 

「アレですかぁ? 今度ドラマの主演をやらせていただくことになったんですけど、や、やんでれ? という性格の女の子らしくて、まゆなりに勉強してみました。どうでしたかぁ?」

 

「迫真の演技だったよ。まゆちゃんは頑張り屋さんだなぁ」

 

「うふふ」

 

(……演技?)

 

(……最初から素質はある気がするんですけど)

 

 

 

 

 

 

 私、佐久間まゆが周藤良太郎という一人の人間に抱いていた感情は『恋愛』ではなかった。

 

 恵美ちゃんや志保ちゃんには度々「嘘だぁ」「流石にそれは無理がありますよ」と言われ続けてきたが、私は確信を持ってそれは違うと否定できる。

 

 

 

 私が良太郎さんに抱いていた感情、それは『崇拝』だった。

 

 

 

 良太郎さんの恋人になりたいだとか、良太郎さんのただ一人の大切な人になりたいだとか、そういう思いは一切無かった。

 

 私の願いはただ一つ、良太郎さんが世界で、地球で唯一無二のトップアイドル、頂点の存在として認められること。少しでもその手助けになればと、私はアイドルを目指した。

 

 『○○を苦にして○○をしようとしていた少女が、周藤良太郎に憧れて生きようと決心し、日本のトップアイドルの仲間入りを果たす』

 

 私も良太郎さんに及ばないながらもトップアイドルとなり、そしてこの経緯を暴露することで良太郎さんの偉大さを証明する。『周藤良太郎は一人の少女の人生を救ったのだ』という箔を付けることが出来る。なんと素晴らしい筋書(ストーリー)だろうかと、私は自画自賛したい。

 

 だから私は、周藤良太郎を崇拝する信者。周藤良太郎という『偶像(アイドル)』を『神』にするためのただの『狂信者』であり、この身体とこの命全てを良太郎さんに捧げると誓った『生贄』。

 

 ……そのはずだった。

 

 

 

 ――俺は……周藤良太郎は、佐久間まゆのことが好きです。

 

 

 

 止めて。

 

 

 

 ――だから、俺のために人生を捧げないでくれ。

 

 

 

 そんなことを言われたら。

 

 

 

 ――俺と共に、これからの人生を歩んでくれ。

 

 

 

 私は、まゆは、アナタを唯一無二の存在に……!

 

 

 

「舐めるなよ」

 

 ……えっ……?

 

「確かに、こんなに小柄で可愛くて可憐で華奢で、家事も得意で細かなところに気が回って、尚且つアイドルとしてもモデルとしても人気急上昇中で、だけど変なところで真面目すぎて微妙にポンコツなところもある美少女が、その身を捧げてくれたら簡単に世界一になれるさ」

 

 でもな、と良太郎さんは首を振った。

 

 告白をされたにも関わらず心中を全て吐露してそれを拒絶してしまった私を、良太郎さんは優しく抱きしめながら首を振った。

 

「そこまでしてくれなくても、俺は世界一になってみせる。君が俺の横で手を握っていてくれるだけで、俺は誰にも負けない最強のアイドルだ。()()()()世界の頂点に押し上げるんじゃない。()()()()世界の頂点にまで連れていくんだ」

 

 

 

 この瞬間だった。

 

 

 

「だからどうか」

 

 

 

 この瞬間から。

 

 

 

「俺の恋人に……いずれは、お嫁さんになってくれませんか?」

 

 

 

 私は『狂信者(くるったオンナノコ)』から。

 

 

 

「……こんな私で、本当にいいのなら……!」

 

 

 

 ……ただの一人の『女の子(まゆ)』に戻れたのだった。

 

 

 

 

 

 

「良太郎さぁん。実はもう一つ、まゆからバレンタインの贈り物があるんですよぉ」

 

「ん? 何々?」

 

「うふふ、プレゼントは……ま・ゆ……! たぁっぷりチョコをかけて召し上がってくださいねぇ」

 

「……いやあの、青少年保護育成条例ってものがあってだね?」

 

()()()を食べるだけですから、なーんにも問題ありませんよぉ。……はい、あーん」

 

 

 

 これからもずっと、この人と一緒に……。

 

 

 




・周藤良太郎(20)
説m(以下略)
多分今までの恋仲○○シリーズの中では貴音編に負けず劣らずなイケメン具合になったと思う(志保ちゃんへのセクハラ発言には目を瞑る)

・佐久間まゆ(17)
抱えている闇が深すぎて本編ではヒロインになれない不憫な子。
基本的にアイ転のまゆちゃんは良い子ですが、今回は完全浄化されたまゆちゃんをお送りしました。

・『血の聖戦』
アイドルのバレンタイン事情は妄想です。でも大体あってるんじゃないかな。

・こわいわーとづまりすとこ
今さらだけど○夢ネタがはびこっててヤバイヤバイ。大体biim兄貴のせい(おかげ)

・バレンタインデーキッス
作者はCV諏訪部に毒されてしまっています。

・やんでれ長台詞
実は一番書いてて楽しかったところ。

・「志保ちゃんは年齢の割に女性らしい体つきしてるよね」
実は年齢の割に大きいと言われている同い年の蘭子より大きい83で、ベテトレさんと同じスリーサイズ……。

・『崇拝』
本編と共通してまゆちゃんの行動理念です。神様に恋愛感情抱く人はいないでしょう? ……いないよね?

・青少年保護育成条例
はて?(すっとぼけ)



 そんなわけでバレンタインにお送りする恋仲○○シリーズはまゆでした。

 某喜ぶバレンタインシリーズの画像を見てたら綺麗なまゆが書きたくなったので、良太郎の愛の力で浄化してもらいました(ギップリャー!)

 今回はかえでさんの方と同時更新だったから二倍で作者にもダメージだったゾ……。



『どうでもいい小話』

 五年近く放置してたツイッター復帰しました。アカウントは作者ページにて。

 進行状況裏話小話余談各種サブカルその他諸々呟きたいと思います。どうぞよろしく。


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Lesson151 Hot limit!

タイトル? しまむーの例の画像見て思い付いたに決まってるでしょ!


 

 

 

「へぇ、フェスに参加か」

 

「うん」

 

 今日も今日とて渋谷生花店である。今さらながらすっかり夏であり、半袖から覗く凛ちゃんの二の腕が大変眩しかった。

 

 さて、凛ちゃんの話によると、シンデレラプロジェクトの全員が無事にデビューを迎えたことで、今月の終わりに予定している346プロのサマーフェスに参加することが決定したらしい。346のフェスっていうとそこそこの規模のものだし、これは新人さんである凛ちゃんたちには絶好のチャンスってやつだな。

 

「ニュージェネレーションズとして初めて立つ大舞台だから……ちょっと楽しみ、かな」

 

「大舞台を楽しみって思えるようになるなんて、凛ちゃんもアイドルらしくなったね」

 

「そ、そう?」

 

 興味無さそうに髪の先を弄りながらも満更じゃなさそうな凛ちゃんは可愛いなぁ。おじさん、この子貰ってっちゃダメ?

 

「この間ちょうど十六になったけど、せめて高校卒業まで待ってくれないかな」

 

 ……いや、誕生日は俺も一緒にお祝いしたから知ってますけど、おじさんは一体何を言っているのでしょうか?

 

 閑話休題。

 

「それで、その前にプロジェクトメンバー全員で合宿することになったんだ」

 

「やっぱり決戦前の修行イベントは欠かせないよね。それで、誰が天翔龍閃(あまかけるりゅうのひらめき)を覚えるの?」

 

「九頭龍閃使える人がいないから無理かな」

 

 そもそも比古さんみたいな頑丈な体躯と筋肉量が無いと負担が大きいっていう話もあるけど、ともあれ合宿か。

 

「卵とはいえ、アイドルばかり十四人の合宿とは華やかでいいねぇ」

 

 ふと思い返すのは去年の765プロの合宿。あの時は春香ちゃんたちに加えて恵美ちゃんたちバックダンサー組がいたから総勢二十二人(赤羽根さんを除く)という大所帯だったっけ。

 

「ちなみに何処でやるの?」

 

「……来るの?」

 

「そこまで警戒しなくても」

 

 純粋に話題として合宿場所を尋ねたら真っ先にそれを確認されるのは若干納得がいかない。「えぇ……?」という目で見られるのも納得がいかない。

 

「えっと、確か福井県にある民宿って言ってた。運動場があって合宿するには最適な場所なんだって」

 

「うーん残念、近場だったら顔出そうかとも思ったんだけど」

 

「来なくてもいいのに」

 

「差し入れありでも?」

 

「………………」

 

 すっごい葛藤してる。俺からの差し入れイコール翠屋のシュークリームはほぼ確定だからね、仕方ないね。

 

「……ん? 福井? 運動場がある?」

 

 何やら既視感(デジャヴ)

 

「もしかして『わかさ』っていう名前の民宿だったりしない?」

 

「……え、どうして分かったの?」

 

 なんという偶然。

 

「実はその民宿、伝説のアイドルがライブ前の追い込み合宿に使用したという噂があったりなかったり、そこでレッスンを重ねたアイドルはさらなる高みに上ったり上らなかったり、少年が神話になったりならなかったり、運命とか知ったり知らなかったり、羽が生えているとかいないとか、熱い何かが裏切るかもしれないともっぱらの噂で……」

 

「何一つとして得られた情報がないんだけど」

 

「前に仕事の途中で寄ったことがあるから知ってるってだけだよ」

 

 あの運動場には765プロのみんなだけでなく俺や冬馬もサインを置いていったはずだから、ここで黙ってても多分気付くだろう。サプライズは基本。

 

「まぁ合宿である以上は気合を入れてレッスンをするのは当然だけど、折角の夏休みで仲間と一緒にお泊りを楽しんでくるといいよ。山と海に囲まれたいいところだから」

 

「何人かは海が近くにあるって聞いた途端に遊ぶ気満々だったよ」

 

 その時の光景が目に浮かぶなぁ。

 

「ちなみに莉嘉はカブトムシが捕れるって聞いて目を輝かせてた」

 

 ……目に浮かぶなぁ。

 

「っと、そうだ、忘れないうちに」

 

 そう言って凛ちゃんはお尻のポケットから一通の封筒を取り出した。

 

「はい、これ」

 

「? 開けていい?」

 

 差し出されたので受け取り、許可が下りたので開封して中身を取り出す。中に入っていたのは、先ほど話題に上がった346プロサマーフェスのチケットだった。

 

「二枚貰ったから、良太郎さんにあげる」

 

「いいの? 二枚とも入ってるけど」

 

「……お父さんとお母さんに来てもらうのはちょっと恥ずかしいし……良太郎さんはその、アイドルの先輩だし、私たちシンデレラプロジェクトの行く末を見守ってくれるんでしょ? ……なら来なくちゃダメだよ」

 

 その理論はよく分かんないけど、とりあえず暗に「見に来てほしい」と言っている凛ちゃんはやっぱり可愛いなぁ。おじさん、やっぱりこの子貰ってっちゃダメ?

 

「せめて式のお金を折半出来るようになるまで待ってくれないかな」

 

 ……式とかお金とか、おじさんは本当に一体何を言っているのでしょうか?

 

「とにかく、そういうことならありがたく受け取っておくよ。フェス、楽しみにしてるよ」

 

「……う、うん。頑張る」

 

 そう言葉少なく頷きながらも、凛ちゃんのその目は熱く燃えているような気がした。

 

 

 

「あ、そうだ。福井のお土産って何があるのかな?」

 

「俺が行ったときは『東京バナナ』買って帰ったけど」

 

「……福井土産?」

 

「あ、俺のお土産はみんなで海に遊びに行った時の写真でいいからね!」

 

「分かった、幸太郎さん経由で渡すね」

 

「ヤメテ!」

 

 

 

 

 

 

「さてと」

 

 全体ミーティングがあるので事務所に戻る最中、エレベーターの中で一人思案する。

 

 凛ちゃんからフェスのチケットを二枚貰ったわけだけど……誰を誘ったものか。交友関係が広すぎるとこういう時にパッと思いつく相手がいないのが難点である。二枚とも恭也と月村に渡して俺は自分で入手するっていう手も考えたが、流石に貰ったものを渡すのは悪い気がするしなぁ……。

 

 恵美ちゃんたちの誰かを……いや、三人の中から一人だけっていうのもアレだしなぁ……こうなったら俺が彼女たちの分のチケットを確保するっていう手も……。

 

「ん。戻ったか、良太郎」

 

「もうこいつでいいか」

 

「何だよいきなり」

 

 事務所のラウンジに戻ると冬馬がいた。

 

「冬馬、今月末は可愛いアイドルたちを見に行くぞ」

 

「お前も俺も普段テレビ局でそんなもんいくらでも見てるだろ」

 

 ちゃんと説明しろと言われたのでちゃんと説明する。

 

「実は知り合いから346プロのサマーフェスのチケットを二枚貰ってな。暇そうにしてたお前に声かけてみた」

 

「今は仕事終わりなだけで、未来は暇って決まってねーよ。……大体、そーいうのなら朝比奈……は今日本にいねーから、佐久間か星井辺りを誘ってやれよ」

 

「何でその二人の名前が挙がったのかは知らんが、一人しか誘えないから流石にアレかなって思って」

 

「………………」

 

「何だよ」

 

「……いや、何でもない」

 

 とりあえず参考までに、チケットが入っていた封筒に同梱されていたフェスのパンフレットを渡す。出演者のリストも載っていたから、もしかして冬馬が興味を持つアイドルがいるかもしれない。

 

(高垣楓に城ヶ崎美嘉、川島瑞樹……と。346のアイドル部門の顔が勢揃いってところか。……ん、『new generations』ってことは島村の奴も出るのか)

 

 ふーん、と首に手を当てながら思案する冬馬。昨今流行りの『首が痛い系男子』の図だが、イケメン故に似合っているのが腹立たしい。……よくよく考えたら武内さんも結構このポーズしてたっけ。

 

「……しゃーねーな、行ってやるよ」

 

「お、マジで?」

 

「急に仕事が入んなかったらな」

 

 よし、これで同行者確保だ。別に一人でアイドルのライブに行くことに対して抵抗があるわけじゃないが、こういうのは知り合いと行くのが楽しいのだ。

 

「んじゃとりあえずチケットを……」

 

「あっ! それって346のサマーフェスですか!?」

 

 渡しておこうかと思ったら、ちょうど外から帰って来た恵美ちゃんが俺の手にあるチケットを指差しながら大声を上げた。

 

「うん、そうだけど……あ、もしかして恵美ちゃん行きたかった?」

 

「あ、いや、そーじゃなくて」

 

 なら冬馬じゃなくて恵美ちゃんに、と思ったがどうやら違ったらしい。

 

「実は~……じゃーん!」

 

「おおっ! ……え、何でそこに入れてたの?」

 

「え? こっちの方が面白いかなって思って」

 

 自分で効果音を発しながら、恵美ちゃんは自分の胸の谷間から一通の封筒を取り出した。……こういうことを普通にやっちゃう辺り、この子も割りと天然というか、無自覚な小悪魔というか……。

 

「って、もしかして」

 

「はい! アタシとまゆも行くんです、サマーフェス!」

 

 なんでも恵美ちゃんも知り合いからチケットを二枚渡されたらしい。

 

「本当は志保も誘いたかったんですけど……」

 

「チケットなら、たった今冬馬に渡そうとしてた奴を融通するけど」

 

「執着するわけじゃねーけどオイ」

 

 いやだって出来ることなら俺も野郎じゃなくて女の子と行きたいし、そもそも恵美ちゃんまゆちゃんたちから志保ちゃんを仲間外れには出来ない。

 

「ケモノはいてもノケモノはいないんだよ!」

 

「うるせぇケダモノ」

 

「いや、その日はお仕事の他に私用もあるからって、志保が辞退したんです」

 

「あ、そうなの?」

 

 それならば致し方ない。

 

「なら志保ちゃんのために、写真と動画沢山撮って来ないとね!」

 

「フツーに早苗さん案件ですよね、それ」

 

「向こうの主人公(あさひ)もこの間やられたらしいし、そろそろこいつも一回ぐらいワッパかけとくべきじゃねーか?」

 

「ヤメテってば!」

 

 とにかく、今月末のサマーフェスは俺たち四人で観に行くことが決定した。

 

 さてさて、凛ちゃんたち初の大舞台はどうなるのかな?

 

 

 

 

 

 

おまけ『チケットの行方』

 

 

 

「へぇ、未央はピーチフィズの二人にチケットを渡したんだ」

 

「うん! やっぱり二人には見に来てもらいたくってさぁ。そういうしぶりんは誰に渡したの?」

 

「……二枚とも良太郎さんに渡した」

 

「……ほうほう」

 

「今すぐそのにやけた顔を戻さないと私の中の小宇宙(コスモ)が燃え上がるよ」

 

「ペガサスファンタジー!? ……って、さっきからしまむーは何を落ち込んでるの?」

 

「い、いえ……」

 

「「?」」

 

(うぅ、天ヶ瀬さんにチケットを渡したかったのに、よくよく考えたら連絡先知ってるわけないじゃないですか~!)

 

 

 




・「誰が天翔龍閃を覚えるの?」
シン撰組デレラガールズ的に言えばどちらかというとクローネ側の子が覚えそう。

・少年が神話になったりならなかったり
エヴァネタに見せかけたハヤテのごとくネタ。これの本誌掲載が十年近く前ってマジか……。

・『首が痛い系男子』
他にも『頭痛い系男子』や『肩が痛い系男子』などなど。

・「ケモノはいてもノケモノはいないんだよ!」
わ~! 君は歌って踊れるフレンズなんだね!

・向こうの主人公
ただ向こうは良太郎と比べ物にならないぐらいリア充。爆発しろ。

・おまけ『チケットの行方』
がんばれしまむー。

・「私の中の小宇宙が燃え上がるよ」
きっず「知ってる! 銀魂ネタでしょ!?」

・凛ちゃんはお尻のポケットから一通の封筒を取り出した。
・恵美ちゃんは自分の胸の谷間から一通の封筒を取り出した。
……別に列挙した意味はないよ? ホントダヨ?



 さて合宿編が始まるわけなのですが、実は更新三時間前まで合宿編を飛ばすつもりでした。

 しかし風呂上りに「あ、CPの入浴シーンが書きたい」と思いつき、ここを逃せば書く機会を失うと思い至り急遽変更。

 ツイッターを見てらっしゃった方はもうお判りでしょうが、実はこんな行き当たりばったりな小説だったりします。ごめんよ、ごめんだで……。

 てなわけでお風呂編……じゃなくて、合宿編という名のLL回スタートです。


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Lesson152 Hot limit! 2

「お風呂回ありの合宿と聞いて気合を入れざるを得ない」

 ※合宿中に良太郎の出番はありません。

「!?」


 

 

 

 さて、私たちシンデレラプロジェクトの合宿の日はあっという間にやって来た。

 

 福井県の民宿までは車で……ではなく、飛行機。一度石川県にある小松空港へ行き、そこから電車とバスらしい。なので集合は羽田空港。

 

 お父さんに車で送迎してもらい集合時間である九時より三十分早く到着した。恐らくこのぐらいの時間ならば誰かもう待っているだろうなぁと思いながら集合場所である第二旅客ターミナル展望デッキへと向かう。

 

「あ、凛ちゃん、おはよう」

 

「ドーブラエ・ウートラ、リン」

 

「煩わしい太陽ね!」

 

「おっはようにゃ、凛ちゃん」

 

「……おはようございます、渋谷さん」

 

「うん、おはよう、みんな」

 

 展望デッキにはやはり私の予想通り、既に待っている人がいた。美波とアーニャ、蘭子とみく、そしてプロデューサー。美波は性格的にも三十分前以上からいても全然不思議ではなく、確か寮の三人はプロデューサーが車を出すって話だったから既に到着していたのだろう。

 

 プロジェクトの到着順としては五番目だが、別格(美波)例外(寮の三人)を除けば実質的には一番乗りということで良い気がする。

 

「私、飛行機乗るの初めてだな」

 

「みくも初めてにゃ。こっちに来るときは新幹線だったし」

 

 展望デッキから離着陸する飛行機を眺めながらそう呟くと、みくが反応した。そういえばみくは大阪から来たんだっけ。

 

「私は東京に出てくるときは飛行機だったな」

 

「我も、火の国より鉄の翼を持つ荒鷲の力を借りてこの地へ舞い降りた! 」

 

 一方で美波と蘭子は飛行機に乗ったことがあるようだ。確か美波は広島で、蘭子は……熊本だっけ?

 

「アーニャちゃんは北海道だから、勿論あるわよね?」

 

「ダー。……ここの空港は、少し懐かしい、です」

 

「懐かしい?」

 

「ここは、私が初めてリョータローと会ったところなんです」

 

「「……えっ!?」」

 

「なんと、覇王との邂逅の地であったか!」

 

 アーニャの突然の告白に驚く美波とみくと蘭子。かく言う私も割と驚いている。

 

「そういえばアーニャ、アー写の撮影のときには既に知り合いだったんだっけ」

 

「ダー。北海道からドゥルーク……友達に会いに来て、待ち合わせの場所が分からなくて困っていた私を、リョータロー、助けてくれました」

 

 へぇ、そういう経緯だったんだ。

 

 ……しかし、いくら困っている様子だったからとはいえ、私だったらこんな見た目完全に外国人のアーニャに声をかける勇気は無い。英語が喋れるからという理由もあるだろうが、流石に肝が据わっているかなんというか。

 

「………………」

 

 そして相変わらず良太郎さんの話題が出ると若干表情が強張る美波。完全に表情には出てきてはいないが、それでも若干良太郎さんに嫌悪感を抱いていることは簡単に分かった。やっぱり撮影のときのあの一件が尾を引いているのだろう。

 

 逆にあの初対面にも関わらず美波以外のプロジェクトメンバーの好感度が低くないことが正直驚きである。かな子や智絵里も苦手みたいなことを言っていたはずなのに、マッスルキャッスルの一件以来それらしいところが影を潜めたみたいだし。

 

 別にこのことに関しては良太郎さんの自業自得としか言えないので擁護するつもりはない。しかし自身が……その、兄として慕っている人間が嫌われているという状況はあまり気持ちの良いものではない。

 

 良太郎さんのいいところを言って誤解を解く? いや、良太郎さんの性格そのものを美波が受け入れられないのであって誤解でも何でもないし、そもそもそういうのは私のキャラじゃないし。……別に改めて考えてみて良太郎さんのいいところが少なかったからとか、そういう理由ではない。

 

 誰かの間の仲を取り持つっていうのも、私にはなかなか難易度が高かった。

 

 

 

「おっはよー! いやぁみんな早いねー! 未央ちゃんの登場だよー!」

 

「はぁ……今はその友情番長を自称する未央の無駄な社交性が雀の涙ほど羨ましいよ」

 

「あっれぇ!? なんか到着早々しぶりんから辛辣なこと言われたんだけど!?」

 

 

 

 

 

 

(……周藤良太郎……)

 

 自身の顔が強張ってしまったことを自覚して内心でため息を吐く。

 

 私は未だにあの人を好きになれない。

 

 しかし、何故好きになれないのか、自分でも分かっていなかった。

 

 あの不真面目さ? それとも女性の体形のことを軽々しく口にする軽率さ? ……いや、別にそれだけだったら周藤さん以上に酷い人だっている。それに比べたら周藤さんなんてまだマシで、寧ろそれを補って余りあるアイドルに対する真摯な態度を持っているとも思っている。

 

 じゃあどうして、私は周藤さんのことを好きになれないのだろうか……。

 

「……ミナミ?」

 

「あ、ごめんアーニャちゃん、なんだった?」

 

「ニェット、ミナミ、難しい顔してました」

 

 どうやらまた顔が強張ってしまっていたようだ。

 

 「そうかなー?」と少しおどけながらグニグニと自分の頬を揉みこむと、アーニャちゃんはクスクスと小さく笑ってくれた。

 

 

 

「もしかして『アノヒ』ですか?」

 

「アーニャちゃん!?」

 

「? 前にテレビ局でリョータローと会ったときに『体調が悪そうな女の子に尋ねると元気になるおまじない』だって教わりました。違いましたか?」

 

(な、何を変な嘘を教えてるのあの人は~!?)

 

 

 

 

 

 

 

「ハックレイム!」

 

 なんか幻想郷の素敵な巫女を省略したみたいなクシャミが出た。

 

「……風邪?」

 

「もしかして、誰かに噂されてるとかですかね?」

 

「かもね」

 

 そろそろ新田さん辺りにアーニャちゃんに仕込んでおいたネタがバレただろうから、多分それじゃなかろうか。こーいうことをするから嫌われるというのに、自重出来ないのは(さが)というか呪いに近い気がする。

 

 それはさておき、今日はたまたま通り道だったので、仕事の合間に765プロの事務所に寄ってみた。

 

 しかし誰かいるかなーと顔を出してみたものの、当然と言えば当然ながら春香ちゃんたちアイドル組は全員不在。高木さんもりっちゃんも不在で、いたのは小鳥さんとこの二人――。

 

 

 

「……あ、ゲージ溜まったからバースト入るよ……チェイン準備いい……?」

 

「いつでもオッケー」

 

「わわわ、ちょ、ちょっと待って!?」

 

 

 

 ――元バックダンサー組にして現765プロアイドル候補生の杏奈ちゃんと百合子ちゃんだった。

 

 何やら集中できる環境で課題を済ませたいという目的で事務所にやってきていたらしいのだが、俺が来たときには既に二人でスマホゲームに興じていた。

 

 そんな彼女たちを咎めるのは事務所の大人たちに任せるとして、折角なので俺もゲームに混ぜてもらった。

 

「……それにしても、良太郎さんもこのゲームやってるとは思わなかった……」

 

「んー、このシリーズを一作目からやってる古参プレイヤーとしてはスマホゲーで登場と聞けばスルー出来なかったからね」

 

「……それもあるけど……リセマラとか素材集めとかレベル上げの時間あったのかなって……」

 

「撮影の合間とか大学の講義中に教授の目を盗んでチマチマと」

 

 オフレコでお願いねーと杏奈ちゃんと話しながら、アワアワと微妙に操作が不慣れな百合子ちゃんの準備が終わるまで二人でコンボを繋ぎつつ時間稼ぎ。

 

「よ、よし! 準備出来たよ! さぁ魔物よ! 風の戦士の一撃を……!」

 

『Quest clear!!』

 

「「「あ」」」

 

 しまった、いつもの調子で殴ってたけどこれ百合子ちゃんに合わせて難易度下げたクエストだった。

 

「……じ、時間を稼ぐのはいいが――別にアレを倒してしまっても構わんのだろう?」

 

「倒してから言っちゃうんですかそのセリフ!?」

 

「ラストアタックボーナス無いゲームで良かったね……」

 

 肩透かしを食らってしまった百合子ちゃんには悪いが、当初の目的は達成できたので良しということにしてもらいたい。

 

 

 

「劇場、そろそろなんだって?」

 

 クエストが一段落ついたので一旦ゲームを中断し、二人に765プロの近況を尋ねる。

 

「はい、秋頃にはオープン出来るとのことでした」

 

 765プロのみんなの「いつでも直接アイドルに出会うことが出来るステージを作りたい」という願いを叶えるために始まった『765シアタープロジェクト(仮)』は、いよいよ大詰めに入っていた。

 

 この劇場は勿論春香ちゃんたちも使用することがあるが、基本的には『夢を掴むために訪れた』アイドルの卵たちのためのステージにするらしく、杏奈ちゃんたちバックダンサー組はその第一期生としてステージに立っていくことになるらしい。

 

 しかしそうなると、もうそろそろ『バックダンサー組』っていう呼び方も不適切だし、何より卵とはいえアイドルの杏奈ちゃんたちにも失礼だ。

 

「そうだなぁ……春香ちゃんたちは今なお最前線に立って765プロを引っ張っているから『オールスター組』で……杏奈ちゃんたちはまずは劇場から夢を始める『シアター組』ってところかな」

 

「シアター組……」

 

「いいですね、それ! 765プロダクションシアター組第一期生! なんかいい響きです!」

 

 どうやら気に入ってくれたようだ。まぁこれが正式採用されるかどうかは別の話だが。

 

「はぁ、今から少し楽しみです。また杏奈ちゃんたち六人で同じステージの上に立てるのが」

 

「……志保ちゃんと恵美さんとまゆさんがいないのが、少し寂しいけど」

 

「恵美ちゃんとまゆちゃんはともかく、志保ちゃんはごめんね。なんか引き抜いちゃったみたいでさ」

 

 なんでも志保ちゃんにもシアター組としてのスカウトの話があったのだが、志保ちゃんはそれを断ってウチの事務所のオーディションにやって来たらしい。

 

「寂しいですけど、それが志保ちゃんの選んだ道で、他ならぬ良太郎さんが志保ちゃんを選んでくれたんですから。一足先にデビューした志保ちゃんに負けないように、私たちも頑張ります!」

 

「……頑張る」

 

 大きくガッツポーズを決める百合子ちゃんと、控えめながら同じようにガッツポーズを決める杏奈ちゃん。

 

「……二人とも合宿のときと比べるとだいぶ精神的に成長したね」

 

「……肉体的にはほとんど成長しませんでしたから」

 

 褒めたらそんなネガティブな返しが杏奈ちゃんから。もしかして気にしてた?

 

「合宿かぁ……まだ一年も経ってないのに、懐かしいです」

 

「あ、合宿で思い出したけど、実は俺の知り合いの新人アイドルがあの『わかさ』で今合宿中なんだ」

 

 やっぱりあそこはアイドルの合宿として最適なんだろうねぇ……と続けようとして、何故かキョトンとした表情の百合子ちゃんと杏奈ちゃんが気になった。

 

「どうかしたの?」

 

「あ、いえ……」

 

「……実は――」

 

 百合子ちゃんと杏奈ちゃんの口から語られた内容に、思わず俺は「……えっ」と素で驚いてしまうのだった。

 

 

 

 ……偶然って凄いなぁ……。

 

 

 




・「今はその友情番長を自称する未央の無駄な社交性が雀の涙ほど羨ましいよ」
良太郎の影響を受けた今作の凛ちゃんは若干毒舌です。主な被害者は未央。

・『アノヒ』
 デレマス編でやりたい事リスト(Lesson115あとがき参照)
『アーニャに余計なことを教える』達成!

・「ハックレイム!」
???「名前を呼んだわね? お賽銭を入れなさい」

・リセマラ
今のスマホゲーにはこれが出来る以上、今後トレード機能は実装されないんだろうなぁ。

・「……じ、時間を稼ぐのはいいが――別にアレを倒してしまっても構わんのだろう?」
義父母と義妹(×2)と彼女(仮)と近所の虎とボブが同じ職場にやって来たエミヤさんの明日はどっちだ。

・劇場
時系列的に考えて、春に未来が来ると考えるとそろそろ劇場立ち上げておかなければいけないはず。



 多くは語らず。

 次回、お風呂回!



『どうでもいい小話』

 復活! 星々のナイトタイムガシャ! 楓さん復刻!

 ついにこの時が来ましたよ……えぇ勿論回しましたとも。



 ……ついに楓さんのSSRが揃ったぞおおおぉぉぉ!! ※なお課金額


 


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Lesson153 Hot limit! 3

完全良太郎不在回。代わりに凛ちゃん大暴れです。


 

 

 

 さて、346プロサマーフェスに向けてのシンデレラプロジェクトの夏合宿がついに始まったわけなのだが、朝から晩までユニット曲の練習を続けている内にあっという間の三日目の夜を迎えた。

 

 今日の日程を終え、プロジェクトメンバーは夕食前に汗を流すべく浴場へと向かう。

 

 流石に全員でお湯に浸かることは出来ないが、身体を洗う人とお湯に浸かる人で交代すれば全員で纏めて入ることが出来るぐらいにはこの民宿の浴場は広かった。

 

「あぁ~いいお湯だぁ~」

 

「本当ですね~」

 

「そうだね……」

 

 未央と卯月に挟まれる形で、ニュージェネの三人並んで湯船に浸かる。

 

 昼間から続いたレッスンで疲れ切った身体にほどよい暖かさのお湯が染み渡っていくような感覚が、思わず眠ってしまいそうになるぐらい気持ちが良かった。

 

 しかし、そんな心地よさ以上に私の心は落ち着いていなかった。

 

「………………」

 

 チラリと左隣の未央を見る。

 

「いやぁ、やっぱりおっきいお風呂ってのはいいよね~」

 

 ググッと腕と足を大きく伸ばす未央。背中を反らすことでお湯から覗く胸の膨らみが強調される形になり、否応が無しにそこに視線が向いてしまう。

 

「………………」

 

 チラリと右隣の卯月を見る。

 

「こうやって足を延ばしてゆっくりとお湯に浸かると疲れが取れますよね」

 

 右の二の腕を左手で揉むようにマッサージをする卯月。本人にその意図は全く無いだろうが、両腕で胸を寄せ挙げるような形で出来上がった谷間にツツッと水滴が伝う。

 

「………………」

 

 チラリと正面のみくを見る。

 

「ふにゃあ……寮のお風呂も大きいけど、こっちもなかなかいいにゃ~」

 

 ぐでーっとお湯に浸かりながら上半身を湯船の縁に預けるみく。胸が押しつぶされる形になっているのでこちらに背中を向けているにも関わらずその柔らかそうな丸みが確認出来た。

 

「――凛ちゃんはどうですか?」

 

「……うん、そうだね、奴らを根絶するためには致し方ない犠牲だよね」

 

「『普段から銭湯とか大きいお風呂に行ったりしますか?』っていう話がどうやったらそんなに物騒な話になるんですか!?」

 

 卯月からの質問の返しがいい加減なものになってしまったような気がするが、今はそんなことを気にしている余裕は無かった。

 

(……この格差は、何……)

 

 一度プロジェクトメンバー全員のプロフィールを見せてもらったことがあり、一度見ただけなのに何故か覚えてしまっていたのだが、未央が84で卯月が83でみくが85だったはず。……ちなみに私は80だ。

 

 数値だけで言えば、3から5という僅かな違い。けれどこうして実物を目の当たりにすると、それが途方もなく広い隔たりがあるようにしか思えない。

 

 というか、三人とも私よりも背が低いのにも関わらず胸が大きいことに苦言を呈したい。みくに至っては私よりも10cm以上背が低い癖にサイズが5も違うせいでFカップだとかふざけているのか。

 

「おやおや~? しぶりんはさっきからどうしたのかなぁ~? もしかして、未央ちゃんのこのナイスバディーに見惚れちゃったかな?」

 

「……ふんっ!」

 

「あ痛っ!?」

 

 スパーンッと高い音が浴場に響く。何処を引っ叩いたかは明言しないが、とりあえず見せつけてきた以上そこを狙うのは当然である。これで少しは縮めばいいのに。

 

 いや、私だってそこまでスタイルが悪いわけではないのだが……。

 

「………………」

 

 チラリと身体を洗っている美波と蘭子を見る。

 

「蘭子ちゃん、身体洗ってあげようか?」

 

「うむ! では我が翼を頼もうか!」

 

「……え?」

 

「翼……クルイロー?」

 

 困惑しつつも蘭子の背中を流す美波と首を傾げるアーニャ。お風呂場で女の子同士とはいえ軽くタオルで身体を隠しているが、しっかりと隠しているわけではないのでチラチラと隙間から覗く胸や足が女性視点から見ても大変艶めかしかった。三人とも整った体つきの前では「私もスタイルは悪くない」という言葉がただの負け惜しみにしかならない。

 

 蘭子はアレで中学生というのが信じられない。普段は割と緩やかな服装故に気付きづらいが、最近の中学生は発育がいいという一言で済ませていい問題ではない。

 

 アーニャの胸は私と変わらないものの、透き通るように真っ白な肌はロシアの血か。お風呂で温まったことでほんのりと赤くなった肌に色気を感じる。

 

 美波は一挙手一投足がとにかくアレである。アレなのだ。アレとしか言いようがない。むしろアレと表現することで心の平穏を保っている。

 

 大変失礼と分かりつつもせめてこの場に智絵理や李衣菜がいれば少しは溜飲が下がっただろうが、李衣菜とキャンディーアイランド及び凸レーションの七人はおらず、このメンバーではただただ劣等感を覚えざるを得ないのだ。

 

「り、凛ちゃん大丈夫ですか……? もしかして湯当たりとか……?」

 

「……ふんっ!」

 

「二度目っ!?」

 

 心配そうに顔を覗き込んできた卯月の胸が腕に触れたので、イラッとして思わず未央を引っ叩いてしまった。縮んでしまえ。

 

 これ以上は私の精神が持たないと判断し、撤退ではなく明日への前進なのだという誰に対してなのか全く分からない言い訳を心の中でしながら私は一足先に上がることにする。

 

「それじゃ、私先に上がるから」

 

「は、はい……」

 

「二人とも、余分な脂がお湯に溶けるぐらいゆっくり浸かってくるといいよ」

 

「脂はお湯に溶けませんよ!?」

 

「しまむー突っ込むところはそこじゃないと思うよ!?」

 

 軽くタオルで身体を隠しながら、素早くこの敵だらけの戦場から離脱を――。

 

 

 

「もう、お風呂はちゃんと入らなきゃダメだよ、杏ちゃん」

 

「杏ちゃんの髪の毛はぁ、きらりがワッシャワッシャ洗ってあげるにぃ!」

 

 ――脱衣所への戸を開けた途端、杏を伴ったプロジェクトメンバー最高戦力の二人が私の視界を覆った。

 

 

 

「うきゃ? 凛ちゃんはもう上がるのかにぃ?」

 

「民宿のおじさんとおばさんが、お風呂上りに冷えた麦茶を用意しておいてくれてるらしいよ?」

 

「………………」

 

「あ、凛ちゃん、やっぱり私たちも一緒に上がりますよ」

 

「おっと、しぶりん、理由は一切わかんないけどとりあえず振り上げた右手はゆっくりと下ろして……」

 

「……ふんっ!」

 

「二度あることは三度あるっ!?」

 

 この苛立ちを口にすることなく未央を引っ叩くことで堪えた私を誰か褒めてくれてもいいと思う。縮め。

 

 

 

 

 

 

『……っ!』

 

 曲の終わりに合わせて、全員が右腕を上げる最後のポーズを決める。しかしそこに辿り着くまでのステップが揃っていなかったため、腕を持ち上げるタイミングが揃わず、結果ダンスの決めポーズとしては見栄えのよろしくないものになってしまった。

 

「……うわぁ~疲れたぁ……」

 

「……電池切れた……」

 

 曲が終わると同時に空気が弛緩し、その場に何人か倒れこむ。先ほどからずっと通しで踊り続けていたため、私も含めて全員が息も絶え絶えだった。

 

「……また揃わなかったねー……」

 

 そうポツリと呟いたみりあちゃんの言葉が、その場にいた全員の心情を現していた。

 

 

 

 ――今度のフェスでは各ユニットの曲だけではなく、シンデレラプロジェクト全員での新曲を歌う。

 

 

 

 それをプロデューサーさんから教わり、別件により今日の夕方まで不在となる彼の代わりに私がみんなに告げたのが昨日のことである。

 

 合宿も既に三日目を迎え、全員のユニット曲の練習が順調に進む中で告げられたそれは、ついにメンバー全員で歌うチャンスが出来たと喜ぶ一方で、果たして今から練習をして間に合うのかという一抹の不安を抱くものだった。

 

 現に合宿四日目の今日は朝から全体曲の練習を続けているのだが、一度も全員の振付が揃うことは無かった。元々二人や三人の振付のタイミングを揃えるので精一杯だった今の私たちに、いきなり十四人でタイミングを合わせるのはやはり少々難しい話だった。

 

「ほらしまむー、へばってる場合じゃないよ」

 

「は、は~い、頑張りま~す……」

 

 未央ちゃんに促されて立ち上がる卯月ちゃんだが、やはり少しフラフラとしている。

 

「みんなも立って! もう一回頭からいこう!」

 

 しかし未央ちゃんのその言葉に対し、全員の反応は乏しい。

 

「でもさ……これ、難しくない?」

 

「みんなバラバラで、全然合ってなかった……」

 

「だからもっと練習しなきゃ! じゃないとフェスに間に合わないよ!?」

 

「……このままやっても、エネルギーの無駄遣いな気がする」

 

「そ、それは……」

 

 アスタリスクの二人の言葉に反論をした未央ちゃんも、杏ちゃんのその一言で閉口してしまう。

 

「……みんな、待って」

 

 このままではいけないと思った私は、一先ず全員に休憩を告げるのだった。

 

 

 

「……ふぅ」

 

 一人民宿に戻り、洗面所で顔を洗う。顔だけではあるが冷たい水で汗を流すことが出来てすっきりと気持ちよくなるが、それでも心の中には重い何かが残っている。

 

 ふと一昨日の晩、合宿二日目の夜のプロデューサーさんとの会話を思い返す。

 

 

 

 ――私がみんなのまとめ役……。

 

 ――どうでしょうか。

 

 ――いえ、それはいいんですけど……全体曲のことが気になって。フェスまで時間が無いですし、今からだと大変じゃないかって……。

 

 ――……そうですね、確かに大変だと思います。……ですが、ただ参加するだけでなく、もう一歩、新しい階段を皆さんと登ってみませんか?

 

 ――………………。

 

 ――私は、その姿を見てみたいと思っています。

 

 

 

「………………」

 

 期待をされている、ということなのだろう。私だけじゃなくて、メンバー全員が、プロデューサーさんから。

 

「……私がしっかりしなくちゃ」

 

 

 

「みんなー休憩終わり……って、何してるの?」

 

 運動場に戻ってみると、何やら入口付近で莉嘉ちゃんとみりあちゃんが何かに向かってお祈りしていた。

 

「あ、美波ちゃん!」

 

「あのね、お祈りしたらみんなの振付が少しでも揃うかなって思ったの!」

 

 二人の指差す先を見れば、そこにあるのは二枚の色紙。

 

 一枚は765プロダクションのアイドル全員のサインが、もう一枚は周藤良太郎と天ヶ瀬冬馬さんのサインがそれぞれ書かれた色紙だった。

 

 民宿の人の話によると、何でも去年の夏に765プロの皆さんもここで合宿を行ったらしく、その際にサインを置いていったそうだ。何故周藤良太郎と天ヶ瀬冬馬さんのサインまであるのかは知らないが、合宿初日にこれを見つけたときは小さな騒ぎになったのを思い出した。

 

 ――あれぇ!? これ、765プロのアイドルのサインだよ!?

 

 ――横のは周藤良太郎と天ヶ瀬冬馬のサイン!?

 

 ――同じ色紙に二人のサインが入ってるのって地味にレアなやつにゃ!

 

 確かに、事務所のアイドル全員が仲睦まじいことで有名な765プロの皆さんのサインなら少しはご利益があってもおかしくはなさそうだった。

 

 私もほんの少し、そんなご利益があればいいなと思いながら手を合わせて――。

 

 

 

「あはは……仲が良いって言ってもらえるのは嬉しいけど、流石にご利益までは無いと思うな」

 

 

 

「……え」

 

 ――後ろから聞こえてきたそんな声に、振り返る。

 

「お久しぶりです、美波さん」

 

「は、春香さん!?」

 

 そこにいたのは、以前凛ちゃんたちが美嘉さんたちのバックダンサーを務めた際に、ライブ会場で偶然出会ったトップアイドルである天海春香さん。

 

 そして、もう一人。春香さんの隣に立つ青みがかった黒髪の女性――。

 

 

 

「練習中にお邪魔して、ごめんなさい」

 

 

 

 ――765プロが……日本が誇る『歌姫』如月千早さんだった。

 

 

 

 

 

 

おまけ『隣の芝は青い』

 

 

 

(しぶりんの黒髪いいなぁ……)

 

(凛ちゃん、綺麗なストレート、羨ましいです……)

 

(あの髪質は羨ましいにゃ……)

 

(日本のお人形さん、みたい、です)

 

(凛ちゃんはどうやってお手入れしてるのかしら……)

 

(カッコいいなぁ……)

 

 

 




・CPのバストサイズ事情
スリーサイズと身長からカップ数を調べるのはPの嗜み。
まさか身長の関係から、きらりがCでみくがFだとは思いもよらなんだ……。
ちなみに同じく身長の関係でほぼスリーサイズが同じ李衣菜にカップ数で負ける凛ちゃんぇ……。

・「うむ! では我が翼を頼もうか!」
劇場405話より。うなじ及び肩甲骨のラインが実にセクシー。

・日本が誇る『歌姫』如月千早
詳しい解説は次回。

・おまけ『隣の芝は青い』
勿論他にも魅力は満載なのは当然だが、あの黒髪は是非推すべきところだと思う。



Q どうして凛ちゃんはこんなにヤサぐれてるの?

A 昔から兄のように慕っている良太郎の影響により『女性の一番の魅力は胸、次にスタイル』と無意識的に刷り込まれてしまったため。ついでに初恋のお兄さんの気を引きたかった幼い少女の淡い想いの残滓。

Q つまり?

A 全部良太郎のせい。

 気が付いたら半分近く凛ちゃんが荒ぶっていた。

 本当は後ろから蘭子の胸を揉む未央とかやりたかったけど、そっちはまた別作品かどなたか別の作者様にお任せすることにする(チラッチラッ

 そして最後に登場765のレジェンド(一号二号並感)

 今回彼女たちが選出された理由を残しつつ、次回合宿編ラスト(予定)です。


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Lesson154 Hot limit! 4

ミリマス新作アプリゲー登場やったあああ!


 

 

 

 『歌姫』とは一般的に歌が上手い女性を指す言葉なのだが、それはアイドルの世界では少し意味合いが変わる。

 

 それは()()()()()()()()()()()()()()歌声を持つ『三人』のアイドルに送られる最大の賛辞であり称号。

 

 アイドルとしては第一線を退きつつも今なお一人目の歌姫として名前が挙がる『(あか)の歌姫』、DNAプロダクションの佐野美心。

 

 モデル出身という経歴が信じられないほどの類い稀な実力を僅か一年足らずで示してみせた『(みどり)の歌姫』、346プロダクションの高垣楓。

 

 そしてあの『世紀の歌姫』ティオレ・クリステラからも称賛され、今やアイドルとしての枠すら超えて日本を代表する歌手になりつつある『(あお)の歌姫』。

 

 それが彼女、765プロダクションの如月千早だった。

 

 

 

「き、如月千早さん……!?」

 

「わわわ、本物!?」

 

「な、なんで……!?」

 

 ざわつくプロジェクトのみんな。春香さんには少々失礼だとは思いつつ、それでも日本を代表するアイドルであり歌手でもある彼女の登場には私も驚きを禁じ得なかった。

 

「私と千早ちゃんのお仕事がこの近くであったから、懐かしくなって寄ってみたんだ。でもまさかみんなもここで合宿してるとは思わなかったよー」

 

 そう言ってニコニコと笑う春香さん。確かに、たまたま私たちが合宿している僅か五日間の間にたまたま春香さんたちが立ち寄るなんて、凄い偶然である。定例ライブの際に話題に上がった『アイドルはアイドルと惹かれ合う』という言葉も、あながち冗談ではないような気がしてきた。

 

「ごめんなさい、自己紹介がまだでしたね。765プロダクションの如月千早です」

 

「は、はい! 346プロダクション、アイドル部門シンデレラプロジェクト所属『LOVE LAIKA』の新田美波です」

 

 「勿論知っています」とは言えず、先輩からしっかりと自己紹介をされてしまった以上私もしっかりと返事をする。私に続き、他のプロジェクトメンバーも一人一人自己紹介を返す。

 

「『new generations』の本田未央です!」

 

「同じく、渋谷凛です」

 

「お、同じく、島村卯月です!」

 

「……そっか、貴女たち三人とは私も初めましてだったね。天海春香です、よろしくね」

 

「「「よ、よろしくお願いします!」」」

 

 唯一定例ライブの際に出演者側だったために観客席にいなかったニュージェネの三人だけが、どうして私たちが春香さんと面識があるのかが分かっておらず首を傾げていた。

 

(成程……この子たちが『良太郎さんの妹分』と『天ヶ瀬さんが気にかけてる子』と『恵美ちゃんたちの友達』か。ふふっ、こうして改めて羅列してみると、凄い三人組だなぁ)

 

 そして何故か春香さんがクスクスと笑うものだから、余計に三人は首を傾げていた。

 

「そーだ! 春香ちゃんにみりあたちのレッスン見てもらおうよ!」

 

「えっ!?」

 

 すると突然みりあちゃんがそんなことを言い出した。

 

「それで、みりあたちの何処を直せばいいのか教えてもらうの!」

 

「み、みりあちゃん、流石にそれは……」

 

「うん、いいよ」

 

「えっ!?」

 

 春香さんたちにも都合があるから……と言おうとした矢先に、春香さんが快諾してしまった。

 

「で、でもいくら顔見知りとはいえ他事務所の方にレッスンを見てもらうわけには……」

 

「あはは、気にしないでください。先輩にしてもらったことは、ちゃんと後輩に返してあげないといけませんから」

 

「せ、先輩に……?」

 

「それに、本当のアイドルには事務所の垣根なんて無いんですよ?」

 

「……?」

 

「千早ちゃん」

 

「えぇ、私は大丈夫よ」

 

 それは一体どういう意味なのだろうかと問う暇も無く、春香さんは千早さんの許可を取ると靴を脱いで運動場の中に入っていった。……途中、段差に躓いて転びそうになったことに関しては触れないでおこう。本当に普段からこれなのか……。

 

「ごめんなさい、練習にお邪魔する形になってしまって」

 

「い、いえ! そんなこと! 寧ろ私たちのためにお時間を割いていただきありがとうございます!」

 

 みんなが春香さんの元へ集まる中、私はまだ靴を脱ぐことすらせずに運動場の入り口で千早さんといた。

 

「えっと、千早さんは……」

 

「……ごめんなさい。私、春香ほどダンスも人に教えるのも上手くないから……」

 

「あっ、いえ、そうじゃなくて……」

 

 すまなさそうな表情を浮かべる千早さんに、慌てて手を横に振る。

 

「先ほど春香さんが仰られたこと、どういう意味なのかな、と……」

 

「……『本当のアイドルには事務所の垣根なんて無い』?」

 

「はい。あと『先輩にしてもらったことは、ちゃんと後輩に返してあげないと』というのも」

 

 未央ちゃんに振り付けを見せてもらいながら早速改善点を指摘する春香さんに視線を向ける。

 

 春香さんの言葉が指す『後輩』というのが私たちならば、彼女にとっての『先輩』というのは……。

 

「去年ここで合宿をしたときに、私たちもアイドルの先輩にレッスンを見てもらったんです」

 

 そう話す千早さんの視線は、765プロの皆さんの色紙の隣に飾られた色紙に向けられていた。

 

「これはその時に一緒に書いたサインです」

 

「周藤良太郎さんと天ヶ瀬冬馬さんに……」

 

「えぇ、良太郎さんに」

 

「……?」

 

 何やら違和感というか、千早さんの笑顔がやや怖いというか。

 

「……えっと、天ヶ瀬冬馬さんは」

 

「誰のことでしょうか」

 

「えっ!?」

 

「えぇ知りません。未だにちょくちょく連絡を取ったりして春香の気を引こうとしている鬼ヶ島羅刹なんてアイドルを私は知りません。あら、良太郎さんのサインの下に何か大きな汚れがありますね」

 

 塗り潰しちゃおうかしらと言いつつ取り出したサインペンの蓋を外す千早さんの笑顔が怖かった。

 

「まぁ冗談はさておき」

 

(じょ、冗談……?)

 

「その時は123プロの新人アイドルを私たちがお預かりしていたから、という理由もありましたけど……それでも、きっと良太郎さんなら事務所の違いなんて関係なかったと思います」

 

 そう言いながら笑う千早さん。

 

「……あ、あの……」

 

 そんな千早さんの言葉が、私には腑に落ちなかった。

 

 ()()はとても失礼なことで、これからアイドルとして活動していく上で支障を来たし兼ねないようなことだったが、それでも私は尋ねずにはいられなかった。

 

 

 

「周藤さんは……本当に凄いアイドルなんですか?」

 

 

 

 アイドル史に名を残すぐらいに凄い実績を持ったアイドルなのだということは知識としては知っている。

 

 でもそれを認めない、認めたくない自分がいたのだ。

 

 根拠も無しに人を嫌うなんてことはしたくなかった。そんなこと小学生でもいけないことだって分かるはずだ

 

 でも、何故か『周藤良太郎』をトップアイドルとして私は受け入れることが出来なかった。

 

 勿論、こんなことを周藤さんと親しい千早さんに尋ねるべきではない。

 

「………………ふふふっ」

 

 現にこうして、千早さんは顔を俯かせて笑って……え?

 

「ち、千早さん?」

 

 千早さんは笑っていた。普段テレビや雑誌で見せるクールな笑みとは違う、花が咲くような明るい笑み。この笑顔を見ていると、彼女は『歌手』であると同時に『アイドル』なのだということを再認識した。

 

「ふふ、ごめんなさい、貴女のことを笑ったわけじゃないんです。まるで昔の私みたいだったから」

 

「……昔の私?」

 

「えぇ。私も一番最初は良太郎さんのことが苦手でしたから」

 

「そ、そうだったんですか……?」

 

「あ、ごめんなさい、間違えました。嫌いでした」

 

「わざわざ言い直すほどなんですか……!?」

 

 先ほど周藤さんのことを笑顔で話し、今でもこうして穏やかな笑みを浮かべているところからは全く想像できなかった。また先ほどのように冗談なのかとも思ったが、どうやら今度は違うようだ。

 

「普段から飄々とした態度と言動、性格もいい加減、事情があったとはいえ私たちとの初めてのレッスンでは連絡無しに遅刻。その上、視線はいつもいつも美希や四条さんの胸に行ってばかりで……!」

 

 段々と語気が強くなっていく千早さん……ほ、本当に今は違うんですよね?

 

「……でも、そんな良太郎さんがいなければ、今の私はいないんです」

 

 ふっと力が抜け、再び穏やかな表情になった。

 

「良太郎さんが『最高の私の歌声』を示してくれたことで、私は目指すべき場所を知りました。良太郎さんが『今の私が本当に求めているもの』を教えてくれたから、私はこうして765プロのみんなと一緒にここまで来れました」

 

「………………」

 

「実際に良太郎さんと会って『イメージや想像と違う』っていう話はよく聞きます。私もそうでした。でもそれは、私たちが『周藤良太郎』を遥か彼方の星のように()()()()()()から。本当の良太郎さんはいつだって私たちと同じ視線で、それでいて『輝きの向こう側』から私たちを導いてくれるんです」

 

(……そっか)

 

 千早さんの言葉でようやく納得出来た。

 

 私が周藤さんを好きになれない理由、それはとても単純で、とてもくだらない理由だった。

 

 

 

 ――私は『周藤良太郎』というアイドルを、誰よりも()()()()()()()()んだ。

 

 

 

 見上げすぎたが故に私の視界にはすぐそこにいる彼の姿が見えず、そしてそこにいるはずだと私が想像した『周藤良太郎』のイメージを彼に押し付けようとしていたのだ。

 

 だから、普段ならばここまで過敏に反応しないはずなのに、あの不真面目さや軽率さが嫌だったのも……。

 

「あ、でも今でもあの良太郎さんの悪癖みたいなところは嫌いですよ。その辺はアイドル云々は関係無いですから」

 

「えぇ!?」

 

 今折角心の中で周藤さんに対する悪感情を誤解だということで締めようとしていたのに!

 

 そんな私に千早さんは再びクスクスと笑う。千早さんも千早さんで、私がイメージしていたよりもずっと悪戯っぽい性格をしていた。

 

「人を(きら)ったり(いや)がったりすることと、信頼することはまた別の話です」

 

「……そ、そうなんですか?」

 

「少なくとも、良太郎さんを苦手って言いながらも何だかんだ凄い信頼している人を三人は知っています」

 

「ねぇ千早ちゃーん! みんなが千早ちゃんの歌聞いてみたいってー!」

 

 先ほどまでダンスのレッスンをしていた春香さんが、千早さんを呼ぶ。

 

「今行くわ。……『ファン』がアイドルに理想を抱くことは、別に悪いことじゃありませんし普通の事です。でも今の貴女は良太郎さんと同じ『アイドル』というステージに登ろうとしていることを、忘れないでください」

 

 千早さんはそう言うと、靴を脱いで運動場の中へ入っていってしまった。

 

「最後にもう一つだけ。……アイドル『周藤良太郎』は、いつだって私たちアイドルの味方ですよ」

 

 それを最後に言い残し、今度こそ千早さんはみんなの輪の中へ入っていってしまった。

 

「………………」

 

 どうやら、私は今まで勘違いしていたみたいだ。今まで『周藤良太郎』は遥か()()ところにいて、今の私にとっての周藤良太郎は()()ところにいるんだ。

 

「……ミナミ、難しいお話、してました」

 

 千早さんを囲むように体育座りを始めた輪の中から逆にアーニャちゃんがこちらにやって来た。

 

「でも、今のミナミ、とてもいい笑顔です。いいこと、ありましたか?」

 

「うん。あのね、アーニャちゃん――」

 

 

 

 ――やっぱり私、良太郎さんのことが苦手かな。

 

 

 

 

 

 

「良太郎さん、これ」

 

「ん?」

 

 合宿から帰って来た凛ちゃんからお土産を渡したいという連絡を貰ったので渋谷生花店まで足を運ぶと、お土産の羽二重(はぶたえ)餅と共にサマーフェスのチケットを渡された。

 

「あれ、俺これもう貰ったけど」

 

「うん、これは美波から」

 

「……新田さんから?」

 

 疑問が深まってしまった。新田さんには嫌われてたと思ったんだけど……。

 

「私も良太郎さんにはチケット渡してあるよって言ったんだけど……どうしても、良太郎さんにチケットを受け取ってもらいたいんだってさ」

 

「………………」

 

 果たして彼女にどんな心境の変化があったのかどうかは知らないけど……。

 

「……ありがたく受け取っておくよ。()()()()()によろしく」

 

 多分、こう呼んでも良くはなったんじゃないかな。

 

 

 

 

 

 

おまけ『隣の芝は……』

 

 

 

「………………」

 

「……え、えっと、渋谷凛さん……よね? 何か私に……?」

 

「……いえ、何でもありません!」

 

(……なんか、しぶりんが満面の笑みなんだけど)

 

(きっと、千早さんに会えて嬉しいんですよ!)

 

 

 




・『歌姫』
説明するまでもないだろうけどオリジナル設定。こういう二つ名とか称号とか設定を考えるだけでwktkする。
なおあくまでも『アイドル』だけの話なので、フィアッセさんとかはまた別格。
※「佐野美心って誰?」って人はLesson28を参照。

・「誰のことでしょうか」
ちーちゃんの冬馬disはLesson96から継続中です。

・「周藤良太郎さんは……本当に凄いアイドルなんですか?」
それな(真顔)

・誰よりも見上げすぎていた。
簡単に説明すると、ようするに『想像の良太郎』と『実際の良太郎』とのギャップについていけなかった。

・苦手って言いながらも何だかんだ凄い信頼している人
123と765と1054にそれぞれ一人ずつ。

・お土産の羽二重餅
福井土産として有名らしいっすよ(ネット知識)

・おまけ『隣の芝は……』
これにはしぶりんも思わずニッコリ。



※補足説明
 美波は良太郎のことを『周藤さん』と『周藤良太郎』と二通りの呼び方をしていますが、『周藤さん』は実際の良太郎のこと指す呼称で『周藤良太郎』はアイドルである良太郎のことを指しております。現実でも芸能人のことを呼び捨てにしたりするアレと同じです。上記のように美波は良太郎を完全に別として見ていたので、このようなことになっております。
 そして口に出して呼称する場合には後者にも『さん』が付属します。基本真面目な性格ですからね。
 ちなみに『天ヶ瀬冬馬さん』だったのは、ファンではなかっためアイドルの先輩という一面が一番上に出てきた結果でもあります。冬馬は不憫。



 以上で合宿編が終了となります。本来アニメでの主題であり前回も少し触れた美波のリーダー云々の話は次回へ持ち越しになります。

 そして次回からはいよいよ第四章最終話のスタートです。

 ついに今まで姿を見せなかった123プロ最後の一人が……?



『どうでもよくない小話』

 まえがきでも触れましたが、ミリマス新作アプリゲーです。しかも3Dですよ3D!

 どうやらリズムゲーではないとのことですが、それでも動く恵美や志保を見れる日が今から楽しみです。



『どうでもいい小話』

 リセマラが終わりようやくカルデアのマスターになりました。

 これからノンビリとではありますが、マシュ(かわいい)、アーサー(リセマラ)、孔明(一万円)と共に人理修復の旅に出たいと思います。

 ……しかし思ったのですが、この小説ってある意味人理焼却されたアイマス世界なのでは……。


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Lesson155 Got it going on!

ついに第四章最終話のスタートです。

というわけで(謎)アイドルのセクシーシーン、用意しときました!


 

 

 

 本日ハ晴天也。

 

「……あっつい……」

 

 少々気温が高すぎる気もするがそこは夏だから仕方がないと首を振り、少なくとも悪天候ではないことを喜ぼう。

 

 今日はついに迎えた346プロダクションサマーフェスの当日。美嘉さんのバックダンサーを務めたとき以来の大舞台だ。

 

 午後からの開演ではあるが、当然演者である私たちは朝から現場入り。スタッフさんたちへの挨拶もそこそこに早速リハーサル。それも終わると、そのまま私たちシンデレラプロジェクトに宛がわれた控室に集まってミーティングである。

 

 ミーティングを進めるのは、当然私たちシンデレラプロジェクトのリーダーである美波。元々私たちのまとめ役的な立ち位置にいた彼女だが、先日の合宿を境により一層それが板についた気がする。

 

「他にリハーサルで気になったことある?」

 

 マジックペンの蓋をしながら美波が振り返る。ホワイトボードには『リハーサルで気付いたこと』として、美波の字で『舞台は思ったより広い』『全体曲の立ち位置注意』『舞台監督さんのQをちゃんと見る』と書かれており、これらは全て先ほどのリハーサルにて私たちが実際に感じたことだった。

 

「出ハケ、まだちょっとバタバタしてるかも」

 

「やっぱり人数多いとね」

 

 みくが小さく挙手をしながらそう発言すると、隣に座る李衣菜がそれに同意する。

 

「そうね、もう少し余裕をもって動きましょう。他には……」

 

 

 

 一先ずミーティングも終わり、本番までまた少し時間が出来る。

 

「美波ちゃん、まだ練習する時間あるかな?」

 

「えぇ。全体曲?」

 

 みりあに尋ねられ美波がそう聞き返すと、彼女は「うん!」と頷いた。

 

「待ってて、私も付きあうわ。先に出ハケの事をスタッフさんたちに連絡して――」

 

「あ、ゴメンみんな。少しいいかな」

 

 このまま各自での行動になりそうな雰囲気を察したので、全員揃っている今が丁度いいタイミングだろうと全員に呼びかける。

 

「凛ちゃん?」

 

「しぶりん、どうかしたの?」

 

「うん、実はさ……」

 

 本当はあまり乗り気ではないのだが、()()をいつまでも自分の手元に置いておくことが精神衛生上よろしくないと判断したので鞄の中から()()を取り出す。

 

「……良太郎さんから全員宛に封筒を預かっちゃって……」

 

『良太郎さんから!?』

 

 そう、また今回も良太郎さんから受け取ってしまった『アイドル虎の巻』である。しかも今回は『もし何かあったら開けて』ではなく『みんなと一緒に開けて』と言われてしまった。

 

「わー! 凄い凄い! 良太郎さんから!?」

 

「凛ちゃん、早く開けて開けてー!」

 

「……うーん」

 

 莉嘉とみりあの年少コンビにせかされるが、正直乗り気じゃない。

 

「あ、もしかして前回みたいにしぶりんの昔の写真が入ってるかもしれないから?」

 

「その可能性も勿論あるんだけど……」

 

 ここ見てよ、と封筒の隅に書かれた一文を指で示す。

 

「……せ、『※セクハラ注意』……!?」

 

 これである。これまでのことから考えるに、わざわざ自分で注意書きを書く辺り本当に面倒くさい奴のような気がしてならない。

 

「いっそこのまま見なかったことにして燃やして灰に(どうだ明るくなったろう)した方がみんな幸せなんじゃないかな」

 

 しかし前回はそれなりに役に立ったことも事実なので、全員で挑む初めての大舞台を成功させるためにも中身を読みたい気も一応あるのだが……。

 

「そ、それは流石に……あっ、そうだ! それじゃあ一回プロデューサーに中身を確認してもらうっていうのは?」

 

「え?」

 

 未央のその提案に、入り口付近で事の成り行きを見守っていたプロデューサーに全員の視線が集まる。

 

「……私は、構いませんが……」

 

「……それじゃあ、お願いしようかな」

 

 また自分の昔の写真だった場合も考えたが『※セクハラ注意』の内容が色んな意味で怖かったので、素直にプロデューサーに任せることにする。

 

「で、では、失礼して……」

 

 私から封筒を受け取ったプロデューサーはその場でクルリと後ろを振り返り、その大きな体で私たちからの視界から封筒を隠して中身を確認し始めた。

 

「……えっ」

 

 ガサガサという音と共に封筒の中から何かを取り出したプロデューサーは、表情こそ見えないものの明らかに動揺した様子で動きを止めた。やはり碌でもないものが入っていそうな雰囲気である。

 

「それで、プロデューサー的には私たちが見ても大丈夫?」

 

「……その……ふ、不健全なものではないと……思うのですが……」

 

 しかしその言葉とは裏腹に、困惑しているのは一目瞭然だった。

 

「不健全じゃないならいいじゃーん。もしかして、またしぶりんの可愛い写真とか?」

 

 そう言いながら興味を抑えきれなかったらしい未央がササッとプロデューサーに近付いてその手元を覗き込み――。

 

「きゃあああぁぁぁ!?」

 

 ――随分とキャラに合わない可愛らしい悲鳴を上げた。

 

「え!? 未央ちゃんどうしたの!?」

 

「何々ー!? アタシみたいー!」

 

「みりあも見るー!」

 

「あっ……!?」

 

 莉嘉とみりあに飛びつかれ、気を抜いていたらしいプロデューサーの腕がこちらに引っ張られる。その拍子でその手にあった封筒が宙を舞い、そのまま綺麗に机に着地して中身をその上に曝け出した。

 

「……なあっ!?」

 

 封筒の中身は、やはり今回も写真だった。しかしそこに写っていたのは私ではなく、ましてや良太郎さんでもなく――。

 

 

 

 ――上半身裸のジュピターの三人だった。

 

 

 

『きゃあああぁぁぁ!?』

 

 先ほどの未央と同じような黄色い悲鳴が楽屋中に響き渡った。

 

 本当に興味無さそうな杏やよく分かっていないみりあを除き、その場にいたプロジェクトメンバー全員が顔を赤くしている。かく言う私も顔が熱い。

 

 いや、ただの男性の上半身裸の姿だったならばここまで取り乱すこともなかっただろう。問題はそれがトップアイドルグループであり私たちと歳が近いジュピターのものだったから、である。

 

「なんにゃコレ!? なんにゃコレ!?」

 

「十分不健全ですよプロデューサーさん!?」

 

「そ、そうでしたか……!?」

 

 テンパるみくに、プロデューサーに詰め寄る美波。

 

 まさかこういう方向でのセクハラだとは思いもしなかった。

 

 確かに女性の水着写真とかよりは全然健全だとは思うのだが、少なくとも私たちにとっては些か刺激が強すぎた。しかし目を逸らそうと首を動かすが視線は自然とそちらに吸い寄せられてしまう。

 

 写真はどうやらジュピター三人がロッカーで着替えている様子を撮影したものだった。何となく雰囲気がプライベートに近いものを感じるので、もしかすると良太郎さんが自分で撮影した可能性が高い。その証拠に天ヶ瀬さんは基本的にそっぽを向いているものの、伊集院さんと御手洗君はノリノリでポーズやピースサインを決めていた。明らかにノリが男子学生のそれである。

 

「良太郎さん、本当に何してくれてるのさ……」

 

「これ、出すところに出したら数万円はするんじゃないかな……」

 

 しばらくしてようやく落ち着いてきたので、改めて写真を手に取る。別にじっくり見たいというわけではなく、裏に書かれているであろうメッセージを読むためである。

 

 先ほどは真っ先に悲鳴を上げた未央も少し落ち着いている。他のみんなもそれなりに落ち着きを取り戻したようだ。

 

「……えっと……りょ、良太郎さんの写真はあったりしないかにゃ……?」

 

「あああ、あの、あの……あああ天ヶ瀬さんのおおお写真をもも貰ったりしちゃったりしちゃったりしたらだだだダメでしょうかっ!?」

 

 一方でみくと卯月はまだテンパったままだった。みくは何故か写真の中から良太郎さんが写っているものを探そうとしているし、卯月は天ヶ瀬さんがうっとうしそうな目をカメラに向けている写真を手に目をグルグルと回していた。

 

 みく、多分良太郎さんは性格的にこういう写真に自分のものを混ぜないと思うよ。卯月、良太郎さんがバラ撒いたやつだから多分大丈夫だとは思うけど、とりあえず123の社長(こうたろうさん)に聞いてみるからちょっと待ってて。

 

 さて、改めて写真の裏に書かれているメッセージを読み始める。

 

「えっと……『まずはこの写真を見て落ち着いて欲しい』」

 

『落ち着けるかっ!』

 

 全会一致だった。

 

「……ってこれ、私たちへの個別メッセージになってる」

 

『えっ!?』

 

 二枚目を手に取ってみると、そこには『凛ちゃんへ』という書き出しで『未央ちゃんと卯月ちゃんの背中を押してあげて。そうすれば二人が凛ちゃんを引っ張ってくれるから』というメッセージが書かれていた。どうやら全員分のメッセージを書いたらしい。

 

「わ、ホントだ! こっちは私宛のメッセージだ!」

 

「わ、私宛もありました!」

 

「こ、これは……か、かな子ちゃん宛?」

 

「こっちは智絵里ちゃん宛だから、交換しよ?」

 

「杏ちゃん宛もちゃんとあったにぃ?」

 

「うげぇ……」

 

 など全員で協力しながら自分に宛てたメッセージをそれぞれの手元に持っていく。今回は純粋に応援の言葉だけのようだが、それでも良太郎さんからのメッセージは全員のやる気向上に繋がったようである。ホント、これで最初から真面目にやってたら素直に感謝したのに、どうして毎度毎度自分で自分の行動を台無しにするのだろうか。

 

「……え?」

 

 そんな中、美波が一人自分に宛てられたメッセージを見て首を傾げていた。

 

「ミナミ、どうかしましたか?」

 

「あ、アーニャちゃん……うん、良太郎さんからのメッセージなんだけどね?」

 

 ホラこれ、とアーニャに自分の手元のメッセージを見せる美波。

 

 そういえば合宿から変わったことと言えば、今まで『周藤さん』又は『周藤良太郎』呼びだった美波が765プロの千早さんと話してから『良太郎さん』と呼ぶようになった。良太郎さんへの嫌悪感が無くなったのかとも思ったのだが、それ以来大々的に『良太郎さんが苦手』と公言するようになったので、ただ単に吹っ切れただけなのかもしれない。

 

「……?」

 

 そんな美波のメッセージを覗き込んだアーニャも首を傾げた。

 

 一体どんなメッセージが書かれているのか気になったので、私もこっそりと覗き込んで見る。

 

「……?」

 

 そこに書かれていたのは他のメッセージ同様紛れもなく良太郎さんの字で『みんなのことをよろしくリーダー!』という応援のメッセージと共に一言。

 

 

 

 ――ただし()()()()()()()()()()()()()()こと。

 

 

 




・『※セクハラ注意』
「成程、つまり注意書きしておけば大丈夫だな!」
↑こんな思考回路してるけど一応トップアイドルな主人公。

・どうだ明るくなったろう
恐らく誰もが一度は見たことあると思われる歴史の教科書の一コマ。

・上半身裸のジュピターの三人
ほら、アイドルのセクシーシーンですよ(ゲス顔)



 CPとジュピターの双方にセクハラを仕掛けていくスタイル。良太郎不在にも関わらず場を掻き乱していくトラブルメーカー系主人公の鑑。

 次回はちゃんと主人公登場しまーす。



『どうでもいい小話』

 CD先行で全滅したと思ったら、WEB先行の方で勝ったあああぁぁぁ!

 というわけで前回に引き続き5th参加決定です! 石川初日でお会いしましょう!


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Lesson156 Got it going on! 2

前回とは打って変わり、CPの面々が一切出ない二話目です。


 

 

 

 さて、今日はついに迎えた凛ちゃんたちシンデレラプロジェクトが全員で挑む初の大舞台でもある346プロサマーフェス当日である。

 

 開演時間は午後からなのだが、こうして他のアイドルのライブやフェスに純粋な観客として参加するのは久しぶりなので、本当は午前中に会場に来て物販やフラスタ(フラワースタンド)やパネル展示など色々と見て回りたかった。しかし残念なことに午前中は取材収録録音というフルコンボ。恐ろしく過密なスケジュール、俺じゃなきゃ回せないね(自画自賛)。

 

 今回の同行者である恵美ちゃん・まゆちゃん・冬馬の三人も午前中はそれぞれお仕事があるため、開演時間も含めて都合が良いと言えば都合が良かったのだが。

 

 だが物販には行きたかった。美嘉ちゃんのサイン入りブロマイドとか楓さんのサイン入り日本酒とか、シンデレラプロジェクトメンバーのグッズもあるとのことだったので、何としてもこれらは手に入れたかった。

 

 物販というのは大抵のグッズが開演前に売り切れるというのが常識。このままでは手に入らないので、知り合いの力を借りることにした。

 

「はいリョーさん! 頼まれていたグッズ各種です! お酒だけは未成年だったので購入出来ませんでしたが……」

 

「いやいや、これだけでも十分だよ。ありがとう、亜利沙ちゃん」

 

 以前とある事情により知り合いとなった重度のアイドルオタク、松田(まつだ)亜利沙(ありさ)ちゃんから代理で購入してもらったグッズ各種を代金と引き換えに受け取り、背負っていたリュックに仕舞う。

 

 この子はアイドルのイベントだったら可能な限り何処にでも現れる子なので、今回のサマーフェスのことを尋ねてみたら予想通り参加するという返事が。そこで俺の代わりにグッズの購入を頼んでおいたのだ。

 

「そういえば亜利沙ちゃん、この間のテレビ局の出待ちは上手くいった?」

 

「はい! サングラスと帽子で変装して髪型も変えてましたが、無事に765プロの星井美希ちゃんの姿を確認しました! ……ただ、本命の周藤良太郎さんは見つけられませんでしたが……」

 

「あらら、その日は確か星井美希ちゃんと同じ生放送の収録だったのに、周藤良太郎だけ見つからなかったんだ」

 

「そうなんですよー! アイドルちゃんたちの変装を見破れるこのありさの目を欺くとは……流石キングオブアイドルです!」

 

 悔しがりながら感心するという器用なことをする亜利沙ちゃんの姿を見ながら、相変わらず自分の認識阻害の強さを実感する。あの時のかなり上手くできていた美希ちゃんの変装を見破る亜利沙ちゃんも凄いが、()()()を歩いていた俺に全く気付かないのだから我ながらその精度の高さに驚くばかりである。

 

 寧ろ今回は隣に美希ちゃんがいたことでそちらに意識が行ってしまったため余計に俺の存在に気付けなかった可能性もある。そう考えると以前冬馬や美嘉ちゃんと一緒のときに身バレで大騒ぎになったのは、今まで存在感が無かった人が突然現れたから目を引いたというミスディレクションオーバーフロー的な理由があったのかもしれない。

 

「そうそう、今度は次の日曜日に○○テレビの『ご機嫌如何ですか?』にサプライズゲストとして周藤良太郎が来るかもしれないらしいよ」

 

「本当ですかっ!? いつも情報提供ありがとうございます!」

 

「なんのなんの」

 

 彼女には『自分はテレビ関係の仕事をしている』と説明しているので、たまにこうして自分のスケジュールの一部を教えてあげたりしている。テレビ関係の仕事というのは嘘でないし、他人のものならいざ知らず教えているのは自分のスケジュールなのでそこまで大きな問題ではないだろう。

 

 そこら辺のドルオタならばここまでしないが、可愛い上に控えるべきところは控える淑女の鑑なのでこれぐらいはしてあげてもバチは当たらないはずだ。

 

「それではありさはこれにて! 今日は友人と一緒に来ておりますので!」

 

「うん、今日は目一杯楽しもうね」

 

「はい!」

 

 それではー! と元気よく手を振りながら去っていく亜利沙ちゃんを見送る。

 

 よし、それじゃあ俺も三人が来るのを待って……。

 

「良太郎さぁん、今の女の子は誰ですかぁ?」

 

「知り合いだよ。仕事お疲れ様、まゆちゃん、恵美ちゃん」

 

「お疲れ様でーす!」

 

 今日は新曲PRのためのテレビ出演をしていたピーチフィズの二人が会場に到着したようで、振り返るといつも以上にニコニコと笑うまゆちゃんと何故か苦笑気味の恵美ちゃんがいた。

 

「恵美ちゃん、二の腕と胸元が大変眩しいんだけど、ちゃんと日焼け止め塗った?」

 

「勿論ですよー! 流石にそれぐらいはやってますって!」

 

「もう、恵美ちゃんったら……」

 

 ケラケラと笑う恵美ちゃんに、まゆちゃんは呆れたようにため息を吐く。

 

 恵美ちゃんはキャミソールにホットパンツという随分と涼しげでラフな格好。一応上着は持って来ているようだが、腰に巻いてしまっているのでその役目を果たしていなかった。一方のまゆちゃんはピンク色のワンピースに白い長袖の上着を羽織っている。少々暑そうにも見えるが、日焼け止め以上の日焼け対策であることには間違いない。そして日差しが強いので恵美ちゃんはオレンジのキャップを、まゆちゃんは白いハットを被っていた。こうして見ると、本当にいい意味で対照的な二人である。

 

「今日のお仕事はどうだった?」

 

「バッチリでしたよ! リョータローさんみたいに一発オッケー連発ってわけじゃないですけど、これでもアタシたち業界じゃそれなりに優秀で有名なんですよー?」

 

「流石だね」

 

「あは、光栄ですぅ」

 

 まゆちゃんが帽子を外しながらチラチラと期待を込めた目でこちらを見てきたので、ポンポンと髪型が崩れない程度に頭を撫でてあげると、まゆちゃんはうにゅーっと猫のように目を細めた。

 

「そういえば、リョータローさんはどーして今回のフェスに?」

 

「ん? どういうこと?」

 

「アタシとまゆは今回のフェスに出演する友達からチケットを貰いましたけど、リョータローさんはどーしたのかなって思いまして」

 

「あぁ、俺も同じだよ。知り合いが出演するから是非見に来てくれって二枚チケットを貰ったから冬馬を誘ったんだ」

 

「あ、リョータローさんもでしたか」

 

 まぁ基本的にこうやってアイドルやってると、ライブやフェスに参加する理由は大体知り合いがいるからっていうものになりがちだからなぁ。

 

(恵美ちゃんとまゆちゃんの友達っていうと……美嘉ちゃんかな?)

 

(リョータローさんの知り合い……確か高垣さんと仲が良いんだっけ)

 

「わりぃ、遅くなった……何やってんだ良太郎」

 

 最後の一人である冬馬が仕事を終えてようやくやって来たかと思ったら、いきなりサングラスを僅かに下げて訝し気な目線を向けてきた。

 

「何ってなんだよ」

 

「いや……佐久間」

 

 まゆちゃんが一体どうしたのかと思ったが、そういえば先ほどからずっと彼女の頭を撫で続けていたことを思い出した。

 

「ふにゃ~ん……!」

 

 なんかみくちゃんのアイデンティティがクライシスしそうなぐらい猫っぽくなっていた。ただ頭を撫でているだけなのに果たして気持ちいいのだろうかという根本的なことを思いつつ、若干名残惜しいが手を放す。

 

「………………」

 

 すっごい寂しそうな目で見られたので再びそっと手を乗せる。

 

「あはっ、にゃ~ん……!」

 

「……冬馬は今日は雑誌の取材だったか?」

 

「何事もなく続けるのか」

 

 いやこれはもう触れない方がいい気がして……。

 

 しかしこのままでは色々と支障を来すので、心を鬼にしてまゆちゃんの頭ナデナデを終了する。

 

「さて、今回のフェスに参加する前に渡しておくものがある」

 

「渡しておくもの……ですか?」

 

「水分か?」

 

「それも大事だけど……ちなみに全員持って来てるよね?」

 

「勿論ですよ!」

 

 アイドルのライブやフェスに参加する上で水分補給は必要不可欠である。しかも今回は八月の野外なので、熱中症対策及び日射病対策は重要だ。勿論自分のためでもあるのだが、出演者のアイドルたちに迷惑及び心配をかけさせないようにするのもファンとして大切なことである。

 

「って話が逸れた。はいコレ」

 

 鞄から取り出したソレを三人に渡す。

 

「……?」

 

「眼鏡……ですかぁ?」

 

 そう、変装用の伊達眼鏡である。

 

「……普通の伊達眼鏡だよな?」

 

 一つ手に取り日にかざしたりしながらマジマジと観察する冬馬だが、生憎()()()伊達眼鏡ではない。

 

「これだけ人が大勢いるところに参加するわけだから、いつも以上に身バレ対策は必要なわけだ」

 

「そりゃあな」

 

 しかも今日は『アイドルちゃんの変装を見破るのが特技です!』と豪語する亜利沙ちゃんも会場にいるので、その分身バレの可能性が跳ね上がっているのだ。いくら彼女がアイドルを見つけても騒ぎ立てるような子ではないとはいえ、ある程度のリスクは抑えておきたい。

 

「てなわけで、346プロの茄子(しりあい)とたまたま近くにいた神様っぽい雰囲気の女の子に『でしてー』って一つ一つ願掛けしてもらった。これかけてりゃ身バレの心配は無いぞ」

 

「胡散クセェ……」

 

「まぁ騙されたと思ってかけてみろって。試しに春香ちゃんにかけてもらったらリボンを外さなくても身バレしなかったんだから」

 

「マジかよすげぇな」

 

「春香さんのお墨付きですか!」

 

「それは安心ですねぇ」

 

 冬馬が速攻で手のひらを返すレベルで信頼される実績である。もっともその実験をした後で春香ちゃんに思いっきり耳を引っ張られたけど。

 

 そんなわけで冬馬と恵美ちゃんとまゆちゃんの三人も伊達眼鏡姿となり、眼鏡四人組となった俺達である。

 

「よし、それじゃあ行くぞ三人とも……サイリウムとペンライトの貯蔵は十分か?」

 

UO(ウルトラオレンジ)の準備もバッチリですよ!」

 

「ペンライトのボタン電池もちゃんと入れ替えてきましたよぉ」

 

「………………」

 

「「「………………」」」

 

「……ちゃんと買ってきたからそんな目で見るな」

 

 

 

 

 

 

おまけ『その眼鏡は何処から?』

 

 

 

「というか、わざわざこの為に伊達眼鏡買ってきたのか」

 

「いや、俺も初めはお守りにするつもりだったんだけど、346プロの事務所歩いてたら『ラッキー眼鏡です。この子たちが貴方のところに行きたがっていました』とか言っていきなり伊達眼鏡を三つ押し付けられたから、ちょうどいいかと思って」

 

「……346には眼鏡の妖精か何かがいるのか?」

 

「いても不思議ではないと思ってる」

 

 

 




・恐ろしく過密なスケジュール、俺じゃなきゃ回せないね。
(実は例のゴンさん騒ぎがあるまで連載が続いていたことを知らなかった作者)

・楓さんのサイン入り日本酒
サイン入りというか本当に楓さんグッズとして日本酒があったらしい。その頃の作者はまだ高垣Pじゃなかったのだ……(血涙)

・松田亜利沙
『アイドルマスターミリオンライブ』の登場キャラ。Vocal。デレマス的に言えば多分キュート。
アイドルでありながら自らも重度のアイドルオタクというハイブリッドな16歳。
実はほんの少し登場したことがあったりもしますが、番外編なので一応初登場ということで。

・ミスディレクションオーバーフロー
ちょうど今映画がやっているようなので。
本当は黄瀬辺り出してみようかなーっと思っていたけどお蔵入り。

・『ご機嫌如何ですか?』
元ネタは今は亡き某お昼のライオン番組。おはようからおやすみまで(ラブデス並感)

・みくちゃんのアイデンティティがクライシス
こいつのアイデンティティ、いっつもクライシスしてんな。

・水分補給は必要不可欠
割とコレ。ただ実際は飲む暇が無いというか飲むことを忘れるというか。

・神様っぽい雰囲気の女の子
・『でしてー』
正直この神秘的な雰囲気を描写できる自信がない。

・おまけ『その眼鏡は何処から?』
一体何条何菜なんだ……!?

・『ラッキー眼鏡です。この子たちが貴方のところに行きたがっていました』
もっと頭に眼鏡をかけるとかSA!



 章の終わりのライブシーンをカットせずに書くのって第一章ぶりだということに気付く。

 CP目線も勿論書きますが、基本的には観客席側の視線から見たアニメ十三話を書いていきたいと思います。

 あと前回の良太郎が美波に宛ててメッセージについては次回になります。



『どうでもいい小話』

 デレステにてシンデレラフェス開催決定来ましたね。本日の22時からだそうなので、作者はジュエルとお迎え祈願短編のネタを用意しておきたいと思います。


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Lesson157 Got it going on! 3

四月一日のアレは勿論嘘です d(* ´∀`)b

記念に残しておくので、まだ見てない or 気になる方は活動報告へどうぞ。


 

 

 

「さて、いよいよだ」

 

 開演の定刻が間近に迫り、会場の雰囲気も本番直前独特の緊迫したものに変わり始めた。

 

 今回は野外フェスで座席は無いため観客は立ち見状態になる。以前765プロのアリーナライブの際にずっと座っていた冬馬も、今回は否応が無しに立つこととなっていた。

 

「セトリ(セットリスト)は公開されてないですけど、多分一番最初はシンデレラガールズで『お願い!シンデレラ』だと思いますぅ」

 

「それじゃあ白だな」

 

 カチカチとすぐにペンライトを白色で点けられるようにスイッチを変えておく。

 

「いやぁ、それにしてもライブにこういう風に参加するのは久しぶりだなぁ。会場のこういう雰囲気を観客側で楽しむのもいいもんだ」

 

 俺の記憶が正しければ去年の冬の春香ちゃんたちや恵美ちゃんたちのアリーナライブ以来のはずだ。ピーチフィズやジュピターのライブも一応見に行ったが、関係者側からの参加だったし。こうして(いち)アイドルファンとしての参加は本当に久しぶりだ。

 

「冬馬、ここまで来たらちゃんとコールもしっかりやれよ?」

 

「………………分かったよ」

 

 すっげぇ嫌そうな顔をしていたが、一応冬馬は頷いた。今さらお前のキャラが壊れたところで誰も何も言わないんだから、さっさとキャラ崩壊してしまえば楽になるのに。

 

「………………」

 

「ん? まゆ、どうかしたのー?」

 

 何故かまゆちゃんはパンフレットに写っているシンデレラガールズの写真を見ながら首を傾げていた。

 

 恵美ちゃんが呼びかけると、まゆちゃんは「別に大したことはないんですよぉ」と首を横に振った。

 

「ただ……何となくこのメンバーに親近感が沸くというか、私もここに加わっていた世界線があったような……」

 

「良太郎、佐久間(こいつ)は一体何を言っているんだ?」

 

「何って電波だろ。珍しいことじゃない」

 

「それで微妙に納得してしまう自分が嫌だ」

 

 こっち方面では割と毒され始めているようで何よりである。安心しろ、その内にお前もアーティストを育成する芸能専門学校に通ってたような気がしてくるから。

 

「……おっ!」

 

 そんなことをしている内にスッとステージを照らしていた照明が落ち、スピーカーからイントロが流れ始めた。それと同時に幕が開き、ステージ上のディスプレイには十二時を指し示そうとしている時計が表示されていた。このカチコチという時計の針が進む音が混ざったイントロは予想通り『お願い!シンデレラ』のものだ。

 

 

 

『……お願い、シンデレラ!』

 

 

 

 その歌い出しと共に、会場のボルテージが一気に跳ね上がった。

 

 ステージの上に立っているのは愛梨ちゃん、美嘉ちゃん、日野茜ちゃん、白坂小梅ちゃん、楓さん、瑞樹さん、藍子ちゃん、小日向美穂ちゃん、幸子ちゃんの九人。346プロのアイドル部門を代表するユニット『シンデレラガールズ』だった。

 

 さて、今日は俺もただの観客として全力で楽しむことに専念しよう。

 

 周りの観客たちと共に全力かつある程度自重した声量で歓声を上げながらペンライトを振り上げた。

 

 

 

 

 

 

「始まったよっ!」

 

 曲が始まると同時に沸き上がった歓声が、モニター越しと直接の両方から私たちの耳に届いてきた。

 

 346プロサマーフェスの幕開けを飾るシンデレラガールズの『お願い!シンデレラ』。346プロのアイドルを象徴する曲であり、今年の冬に私がフラスタ搬入の手伝いをしにライブ会場へ赴いた際に聞いた曲でもあった。

 

 先輩たちの華やかな姿にみんなが目を輝かす一方で、智絵里は一人青い表情で手を胸の前で握りこんでいた。よほど緊張しているのだろう、ギュッと目を瞑りながら智絵里流の緊張しないおまじないである「カエルさん、カエルさん……」を繰り返し呟いていた。

 

「智絵里ちゃん、声出しに行く? もう少し時間あるから」

 

 そんな智絵里に美波がそう提案した。

 

「それじゃあ、ちょっと行ってくるね」

 

「……でも、ミナミ、リョータローに言われました……」

 

「あっ……えっと……」

 

 アーニャに指摘され、バツが悪そうにする美波。彼女に宛てた良太郎さんからのメッセージは『他人のことを必要以上にしないこと』というものだったはずだ。しかし美波は先ほどから他の人に飲み物を取ってきたり、空調のことを気にしたりと周りに気を遣ってばかりだ。

 

 ……やはり、美波はまだ良太郎さんのことを信用しきれていないのだろうか。いや、それなら良太郎さんにチケットを渡してほしいなんてことを言わないはずだ。

 

 それか、プロデューサーから私たちのリーダーを任されたから、張り切っている?

 

「ミナミ……やっぱり、リョータローのこと、苦手ですか?」

 

「ち、違うの、そういう訳じゃないんだけど……その、私も何かしてないと落ち着かなくて」

 

 だからこれは他人のことじゃないから、と美波。正直屁理屈にも聞こえるが……。

 

 結局、智絵里と共に楽屋を出て行ってしまった美波に、私は何も言うことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

「いやぁ愛梨ちゃんも美嘉ちゃんに負けず劣らずエロいなぁ」

 

「お前のそれは本当に褒め言葉なのか……?」

 

 『お願い!シンデレラ』から始まり、美嘉ちゃん、愛梨ちゃんたちの個人曲が続き、ここでようやくMCタイムとなった。

 

 腕を振りまくって喉も乾いたので持ち込んだミネラルウォーターを飲みながら先ほどのステージを反芻していると、冬馬から呆れた目で見られた。

 

「なんというか美嘉ちゃんが『想像を滾らせるエロス』なのに対して、愛梨ちゃんはこう『ガツンと殴りかかってくるエロス』的な?」

 

「分かる!」

 

「同士よ!」

 

 名も知らぬ隣のファンが賛同してくれたので、ガッチリと熱い握手を交わす。こういう突然発生するファン同士の交流もライブやコンサートの醍醐味である。

 

「何やってんだか……」

 

「お前も見ただろ、あの愛梨ちゃんの揺れる『アップルパイ』を! アレに魅了されなかったら男として嘘ってもんだろ!」

 

「ちょっとイケメンだからってスカしてないで、こんなときぐらい自分を曝け出せよオラァン!」

 

「良太郎もお前もうっせぇよボケっ!」

 

 

 

「……恵美ちゃん、もしよかったら余ってる胸の脂肪を分けてもらえないかしらぁ……?」

 

「余ってないし分けられないし、とりあえず落ち着こうか、まゆ」

 

 

 

 

 

 

 さて、先輩たちの活躍のおかげでステージは順調に進んでいたのだが、舞台裏では早速事件が起こってしまった。……それも、恐らく良太郎さんが危惧していたと思われるものだ。

 

 ――美波が倒れたのだ。

 

「リハーサル室で、練習に付き合ってもらってたんです……そしたら、気分が悪いって言って……」

 

 美波と一緒に練習をしていた智絵里が、涙を流しながらその時の状況を説明する。

 

「風邪ではないようですが、極度の緊張で発熱が……」

 

「緊張……」

 

 千川さんの言葉をプロデューサーが噛みしめるように繰り返す。

 

「だ、大丈夫ですよこれぐらい、すぐに準備を……」

 

「……新田さん、今の状態でステージへの出演は許可出来ません」

 

「……えっ」

 

「……申し訳ありません」

 

「……そんなっ……!?」

 

 それはプロデューサーと美波、両者にとって最も辛い選択肢。告げた方も告げられた方も、思わず目を背けたくなるぐらい悲痛な面持ちだった。

 

「……私、最低だ……みんなに迷惑かけて……折角、良太郎さんがアドバイスしてくれたのに……それを無視して、こんな……!」

 

 上体を起こして俯く美波。ギュッとシーツを握りしめた拳の甲にポツリポツリと彼女の涙が零れ落ちた。

 

「良太郎さんに、ごめんなさいって……ありがとうって……私たちの歌とダンス、見てもらいたかったのに……!」

 

 そうか、確かにリーダーとして頑張ろうとしていたというのもあるだろうけど……美波は観に来てくれる良太郎さんに()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。だからいつも以上に張り切って、いつも以上に緊張したのか。

 

「………………」

 

 そんな弱弱しい彼女の姿を見ていたら――。

 

「……なら、早く熱を下げなよ」

 

 ――気が付けば、口が開いていた。

 

「し、しぶりん?」

 

「凛ちゃん、そんな言い方は……」

 

「良太郎さんにステージを見てもらうんでしょ? ユニット曲は無理でも、全体曲ならまだ時間がある。それまで大人しくして熱を下げて、それからステージに立てばいい」

 

 それなら大丈夫でしょ、とプロデューサーに確認すると、彼はいつもの困った表情に驚きの色を交えながらも「……それならば」と承諾してくれた。

 

「で、でも、私、もう良太郎さんに合わせる顔が……」

 

「……今ここにいる人たちの中なら、私が良太郎さんのことを一番分かってるつもり。だから断言するよ」

 

 

 

 ――良太郎さんはこんなことで()()()()()()()ほど甘くない。

 

 

 

「……っ!」

 

「……美波が私に良太郎さんへチケットを渡してくれって言ったのは、美波なりに覚悟を決めたからなんでしょ? なら、それを受け取った良太郎さんは諦めてくれないよ。美波が『美波に出来る最高のステージ』を見せてくれるまで、良太郎さんは諦めないし……ずっと待っててくれるから」

 

「……うん」

 

 全く……本当はこんなに感情的になるつもりは無かったのに、思わずこんな説教臭い言葉が口をついて出てきてしまった。

 

「しぶりん、おっとこまえ~」

 

「カッコ良いです、凛ちゃん!」

 

「……あんまり褒められてる気がしない」

 

 思わずハァッとため息をつきそうになったが、今はため息をついている場合じゃないとグッと飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

 シンデレラガールズのソロ曲も終わり、ついにシンデレラプロジェクトのメンバーの子たちもステージに登場し始めた。トップバッターを飾ったのは『Rosenburg Engel』こと蘭子ちゃん。次はみくちゃんと李衣菜ちゃんの凸凹猫ロックコンビ……もとい『*(Asterisk)』。

 

 そして彼女たちのMCを挟んだ後、次は美波ちゃんとアーニャちゃんの『LOVE LAIKA』の出番――。

 

『それでは、今日は特別なバージョンでお届けするよー!』

 

 ――ん?

 

『それでは、どうぞー!』

 

 二人のQサインを合図に流れ始めたのはラブライカの『Memories(メモリーズ)』だったが、ステージの上にアーニャちゃんと共に上がって来たのは美波ちゃんじゃなかった。

 

「……蘭子ちゃん?」

 

 先ほどまで黒い堕天使の衣装で自身の曲を歌っていた蘭子ちゃんが、一曲挟んですぐに今度は真っ白なラブライカの衣装で登場したのだ。

 

「アレ? さっき歌ってた子だ」

 

「美波ちゃんは……?」

 

 周りの観客もその変化に気付き、やや困惑した様子だったが、彼女たちが歌い始めると「これはこれで」と満足そうな様子に変わった。

 

 なるほど、こういう担当曲の交代っていうのもライブの醍醐味……なんだけど。

 

(……美波ちゃん、何かあったかな)

 

 あの子は周りに気を遣いすぎて自分のことに気が回らなくなるタイプだと思ったから、その辺のことをメッセージに書いておいたんだけど……見てくれなかったか、それとも忠告を聞くに値しないと判断されてしまったか。

 

「……? 良太郎さん、どうかしましたかぁ?」

 

「ん、何でもないよ、まゆちゃん」

 

 いや、わざわざ俺にチケットを渡してくれた彼女のことを信じよう。もし何かトラブルがあったのだとしても……彼女はきっとステージに立つと。

 

 

 

 

 

 

「……ん? 雨の匂いだ」

 

「へ?」

 

 ラブライカの曲が終わった途端、良太郎の奴が突然そんなことを言い始めた。

 

「……あ、言われてみればそんな気がします」

 

「お天気も少し怪しくなってきましたねぇ」

 

 所と佐久間の言葉を聞きながら空を見上げると、確かに空模様は悪くなっていた。

 

「雨の匂いは土の匂いらしいな」

 

「そうなんですかぁ?」

 

「ペトリコールとゲオスミンって奴が匂いの元なんだと」

 

 アメリカで懐かれた変な子に教わった、と良太郎は語る。

 

 一体どんな奴に懐かれたんだ……と問いたいところではあったが、それ以上に重要なところを流すところだった。

 

「ってことは雨が降るかもしれねーってことじゃねーのか?」

 

「「「……あ」」」

 

 直後。

 

 

 

『うわぁっ!?』

 

 

 

 曇天の空から降り注ぐバケツをひっくり返したような豪雨が、熱気に包まれていた観客を襲った。

 

 

 




・ペンライト
前回書き忘れたけど、アイマスのライブは諸事情により乾電池タイプのペンライトはNGだから気を付けよう! 作者はそれに気付かず買い直す羽目になったぞ!

・「私もここに加わっていた世界線があったような……」
なおこの世界線ではまゆに代わり、藍子がシンデレラガールズ入り。

・アーティストを育成する芸能専門学校
アイドル系のクロスするために勉強しなければと思いつつ、そっちより前にプリパラとアイカツが残って(ry

・『Memories』
そういえば触れていなかったラブライカのユニット曲。
どう考えても殆どの人が世代じゃないはずなのに、Winkっぽいっていう感想が多いのは何故……?

・こういう担当曲の交代っていうのもライブの醍醐味
5th石川公演では卯月の代わりにまゆが入ったラブレターを期待している。

・「雨の匂いは土の匂いらしいな」
劇場623話より。つまりこの発言をした人物と関わりがあるということで……。



 てなわけで良太郎の原作ブレイクは果たせなかった第三話でした。しかしこれで美波は弱体化補正回避です。アーニャがPK入りして暗黒面に堕ちる美波なんかいませんでした。

 そしていよいよ123の新人の姿が……(現れるのか?)

 次回、第四章最終話です。



『どうでもいい小話』

 皆さん、作者の奏さんお迎え記念ゲリラ短編はお楽しみいただけたでしょうか?

 こちらもまた第五章内にて加筆修正を加えた完全版を公開する予定です。


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Lesson158 Got it going on! 4

※お詫び

前回のあとがきにて堂々と『次回最終話』みたいなことを言っておきながら、話がまとまらなかったため分割することとなりました。申し訳ありません。


 

 

 

「うわ、結構激しいぞコレ!?」

 

 突如振り出した雨は、思いの外勢いが強い。ザーザーを超えてゴーゴーという濁音が聞こえてくる。

 

「良太郎、お前何か珍しく役に立つこととかしてねーよな?」

 

「さらっとひでぇな」

 

 まぁ自覚してるけど。

 

 だがこうならないためにも、役に立つこと(アドバイス)碌でもないこと(冬馬たちの写真)をセットにしたから帳消しになってるはずなんだが、どうやら効果は無かったようだ。

 

 しかし本当に雨脚が強い。これは一旦屋根のあるところに撤退を――。

 

 

 

 ガシャアアアアアン!!!

 

 

 

『きゃああああっ!?』

 

『うわああああっ!?』

 

 突然、眩い光と轟音が俺たちの視覚と聴覚に突き刺さり、それと同時にステージ上のありとあらゆる電飾が光を落とした。どうやら今ので停電してしまったようだ。

 

「か、雷!?」

 

「す、すごく近くに落ちましたよぉ!?」

 

「しまった!? なのはちゃんにダンス指導して『メイド小学生が踊ってみた』動画をこっそり上げていたのが恭也にバレたか!?」

 

「これ恭也さんの怒りですか!?」

 

「何やってんだよお前は!?」

 

 いやぁ最近ダンスの練習を始めたとか言うもんだから、ちょっと教えてみたら思いの外飲み込みがよくて……。

 

『落雷のため、一時建物の中に避難してください! 繰り返します――!』

 

 スタッフの声が拡声器によって響く。

 

「とりあえず俺たちも避難避難! あっちのテント行くよ!」

 

「「わ、分かりました!」」

 

「ったく……!」

 

 周りの観客が一斉に避難を始める中、俺たちもバチャバチャと水浸しの芝生の上を走ってテントへと逃げ込んだ。

 

「あー、もうビショビショー」

 

「服が張り付いて気持ち悪いですぅ……」

 

 そう言いながら自身の服を摘み上げる恵美ちゃんとまゆちゃん。

 

 テントの下へ逃げ込んだことでこれ以上雨に打たれることは無くなったが、だからといって身体が乾くわけではない。夏場特有の薄手の服が濡れたことで彼女たちの身体にピッタリと張り付いており、二人のボディラインがハッキリと浮き彫りになってしまっていた。

 

 これが俺一人のときならば『水も滴る美少女(いいおんな)サイコー!』とか言ってたと思うだが、生憎今この場には雨から逃げてきた他の男連中もいるので、二人のことをチラチラと見ている奴らを俺と冬馬の眼力(めぢから)で追っ払う。全く、男って生き物はしょうがないな!(ブーメラン)

 

「とりあえず身体拭こうか。タオルは持ってきた? 無いなら貸すけど」

 

「ちゃんとありますよー」

 

「お心遣いありがとうございますぅ」

 

 冬馬は先ほどからガシガシと自分のタオルで頭を拭いていたので聞かなかったが、恵美ちゃんとまゆちゃんもちゃんとタオルは持って来ていたようで何よりである。

 

「……うわっちゃあ、タオルも濡れちゃってるし」

 

「うわ、サイアク……」

 

「……ん?」

 

 ふと女の子二人のそんな会話が聞こえてきた。会話の内容から察するに、どうやら身体を拭くためのものがなくて困っている様子だ。振り返ると、ふわふわしたポニーテールのややチャーミングな眉毛の少女と茶色の髪を二つ結びにした少女がびしょ濡れで荷物を探っていた。

 

「あの、良かったらタオル使う?」

 

「え……?」

 

「いいんですか?」

 

「夏とはいえ、濡れたままだと冷えちゃうからね。ちょうどタオルも二枚あることだし」

 

「で、でもそれじゃあ貴方の分が……」

 

「こういう場合は女の子優先。俺は風邪引いたこと無いから平気平気」

 

 後ろでボソッと「バカだからか」とかぬかしやがった冬馬は後で成敗しようかと思ったが、その前にまゆちゃんから「えいっ」という可愛らしい掛け声とともにミュールの踵で足を踏み抜かれて悶絶しているので勘弁してやる。

 

「……って、アレ?」

 

「……あっ!?」

 

 よく見たら二つ結びの女の子に見覚えがあった。ちょうど一年前、合宿に向かう恵美ちゃんたちを空港に送っていった帰りに公園で蹲っていた少女である。

 

「えっと……北条加蓮ちゃんだったよね?」

 

「す、すど――!?」

 

「しっ」

 

 俺の名前を口走りそうになった加蓮ちゃんの口元に人差し指を立てる。

 

「今日の俺はただのアイドルファンだから。ね?」

 

「~っ!?」

 

 ちょっとわざとらしいがウインクをしながらそう告げると、加蓮ちゃんはコクコクと頷いてくれた。分かってもらえたようで何よりである。

 

「良太郎、知り合いか?」

 

「うーん……まぁそんな感じ。加蓮ちゃんっていって、前に公園で具合悪そうにしてたところを俺がちょっとお節介を焼いたんだよ」

 

 んでこっちは、と冬馬と恵美ちゃんとまゆちゃんを手で示す。

 

「俺の()()()()の冬馬、恵美ちゃん、まゆちゃん」

 

「………………」

 

「よろしくー!」

 

「よろしくお願いしまぁす」

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

 俺が仕事仲間という言い方をしたことで察してくれたようで、恵美ちゃんとまゆちゃんは自然に、冬馬は片手を上げるだけで挨拶をした。

 

「えっと、こっちは――」

 

「加蓮、お前また倒れたのか!?」

 

 加蓮ちゃんがたった今紹介しようとした少女は俺の手から奪うようにタオルを持っていくと、二枚とも使って加蓮ちゃんの身体を拭き始めた。

 

「わぷっ!? ちょっ、奈緒!?」

 

「ほら早く身体拭けって! ただでさえすぐ体調崩すんだから!」

 

「一年前の話だから! とりあえず落ち着いてって!」

 

 どうやら体が弱いという加蓮ちゃんの事情を理解して心配してくれる友達なようで何よりだ。

 

「全く……あ、ごめんなさい! 私の友達です」

 

「か、神谷(かみや)奈緒(なお)です! すみません、勝手にタオル使っちゃって……」

 

「いいよいいよ。元々そういうつもりだったんだから、二人で使って」

 

 そう促すと、再度「ありがとうございます」と言ってから二人はタオルで身体を拭き始めた。

 

(……それにしても、奈緒ちゃんかぁ)

 

 脳裏に浮かぶのは現在765プロに所属している関西系少女。今はいいが、二人が顔を合わせるような機会があったら少々紛らわしいことになりそうである。

 

 

 

「良太郎、お前なら()()()()よ」

 

 しばらくすると雨脚が少し弱まり、停電も復旧して照明が点灯した。しかしステージ上は未だに水浸しで、スタッフの人たちがトンボを使って除水作業に勤しんでいた。そんなスタッフの中にはスーツの上から雨合羽を着た武内さんの姿も混ざっており、本当にスタッフ総出で事の対処に当たっているのだろう。

 

()()()()、ねぇ」

 

 さて、冬馬からの質問である。

 

 一体何を、という明確な言葉が抜けているが、言いたいことは何となく分かった。

 

 未だにステージ上をじっと見つめる冬馬の横に並び、チラリと横目で早速仲良くなった女の子四人組の楽しそうな姿を見ながらそうだなぁと考える。

 

「とりあえずステージ下の芝生が良い感じに水浸しだから、ジャージに着替えてヘッドスライディングかな」

 

 こう、試合が雨で一時中断になったときに野球選手がズシャアアアッて滑り込む感じに。

 

「………………そうか。……いやまぁ、それもありか」

 

 俺の発言がネタなのか本気なのか判断が出来なかったらしい冬馬は、色々と言いたそうであったが、最終的には納得したらしい。

 

 冬馬が何を聞きたかったのか。要するに『今のような状況下に陥った場合、アイドルは何をすべきか』ということである。

 

 勿論、控室でステージが復活するのを待つも良し、スタッフの復旧作業を手伝うも良し。

 

 俺の場合は、俺自身や観客たちの熱を()()()()()()()から何かしらの行動を起こすと思う。勿論俺の熱はこんなことぐらいで冷めるほど低いものではないし、一度冷めた観客の熱を再び上げる自信はある。

 

 しかし、彼女たちはどうだろうか。

 

 現状としては、雨はだんだん弱まりつつあるものの、傘を差さずに外に出るのが若干憚られる程度にはまだ降り続いている。中にはそんな状況にも関わらずステージ前で待機し続ける猛者もいるものの、流石にそれも数人程度。九割以上の観客は未だにステージ前から離れて雨宿りを継続中だ。

 

 観客たちの心は、物理的に距離が離れたことで少し離れてしまっている。そんな状況で彼女たちは歌い、踊らなければならない。興味を持たれないのではなく心が離れているという状況は、新人の彼女たちにとっては初めてのはずだ。

 

「……ここが正念場だぞ」

 

 まだ姿を見せていない凛ちゃんに、届かないと分かりつつも小さくエールを送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 雨が小降りとなり、ようやくライブが再開されることとなった。

 

 私たちニュージェネレーションズの出番から再開されるため、衣装に着替えて以前も使用した『勇気の一言』を決めるためのジャンケンをしていると、プロデューサーが私たちを呼びに来た。

 

「ステージ、オッケーです」

 

「「「はいっ!」」」

 

 私たちがそう答えるが、プロデューサーの顔は何故か浮かなかった。

 

「……ですがまだ、お客様が戻り切っていなくて……驚くかもしれません」

 

「そっか……大雨、降ったばっかりだもんね」

 

「ですが……」

 

「でも!」

 

 プロデューサーの言葉を未央が遮った。それは彼の言葉を軽視したわけではなく――。

 

 

 

「お客さんはすぐそこにいるんでしょ? なら、私たちの歌とダンスで全員呼び戻すつもりでいかなきゃ!」

 

 

 

 ――今の私たちにはその気遣いは不要なんだと、伝えたかったからだ。

 

 思い出すのはニュージェネレーションズのデビューイベント。ショッピングモールの中、観客は買い物途中に足を止めてくれた極僅かな人数。確かに人の少ない中でステージに立つのは、その前のステージとの落差が激しすぎて少し辛かったが、それでも私たちはそれが現実なのだと受け止めた。『まだ私たちには歌を聞きに来てくれるファンはいないのだ』と。

 

 しかし今はどうだろうか。開演前に少し覗いた観客席には、なんと私たち三人の団扇を手にした人たちがいたのだ。

 

 一瞬良太郎さんたちかとも勘繰ったが、それも違った。紛れもなく、私たちのことを見に、私たちの歌を聞きに来てくれた人がいたのだ。

 

『私たちの歌を聞きに来てくれた人がいる』

 

 その事実が、私たちの心を奮い立たせた。

 

「ただ興味半分で足を止めた人しかいなかったあの時とは違う」

 

「今この会場には、確かに私たちの歌を聞きに来てくれた人がいるんです!」

 

「ならその人たちも、そうでない人たちも全員まとめて、私たちが呼び戻してみせる!」

 

 良太郎さんが聞いたら「生意気な奴め」と笑うだろうか。それとも「その意気だ!」と褒めてくれるだろうか。

 

 ……違う、多分こうだ。

 

 

 

 ――なら、見せてみな。

 

 

 

 

 

 

 

『『『皆さーん!!』』』

 

 未だに雨が降り続ける中、それでも何人かの観客がステージ前に戻り始めたその時にその声は響き渡った。

 

『『『初めまして! ニュージェネレーションズです!』』』

 

 それは、ステージの上に勢いよく登場した卯月ちゃんと未央ちゃん、そして凛ちゃんの三人の声だった。

 

『待っていてくださって、ありがとうございます!』

 

『雨、大変だけど、盛り上がるように頑張ります!』

 

 卯月ちゃんと凛ちゃんの言葉に、一足先にステージ前に戻った観客から拍手が起こる。それは先ほどまでとは雲泥の差があるパラパラとした寂しい拍手。

 

 そんな拍手を聞き、デビューイベントの時も着ていた赤い衣装を身に纏った彼女たちは……まるで万雷の拍手を浴びたように満足げな笑みを浮かべていた。

 

 

『聞いてください! ニュージェネレーションズで――!』

 

 

 

 ――できたて Evo! Revo! Generation!

 

 

 




・『メイド小学生が踊ってみた』動画
相変わらず小ネタばっかりばらまいて回収はしないスタイル。

・「これ恭也さんの怒りですか!?」
元ネタはGA五巻より。GAの二次とか考えたけど、流石にマイナーすぎるよなぁ。

・加蓮ちゃん再登場
最近作者内での株が急上昇中。「かえでさんといっしょ」が終わった後に短編書こうかとも考えてた。現在は保留中。

・神谷奈緒
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。クール。
最近だと魔法少女好きが協調され始めた、チャーミングな眉毛の17歳。
デレマス勢のツンデレ筆頭で、第五章での本格参戦が作者的には楽しみ。

・少々紛らわいことになりそうである。
読み方が同じのキャラは多数いるが、特に(日野)茜と(野々原)茜とか、(北沢)志保と(槙原)志保とかは文章だと余計に紛らわしい。

・ニュージェネの変化
一見強化されているようにも見えますが、折れていない分アニメよりも弱い状態が続いております。

・できたて Evo! Revo! Generation!
ニュージェネレーションズのユニット曲の一曲目。
衣装可愛いんだけど、ちゃんみお引退宣言がフラッシュバックするんだよなぁ……。



 加蓮再登場&奈緒の初登場。この二人をアニメで見た時、異様にテンションが上がったことを覚えています。

 次こそ、今度こそ、間違いなく、第四章最終話です。



『どうでもいい小話』

 おいおい……5th静岡公演も当たったぞ……(;゜Д゜)ドウイウコトナノ…!?


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Lesson159 Got it going on! 5

Don't stop dreamin'


 

 

 

「『できたて Evo! Revo! Generation!』……か」

 

 それは彼女たちのデビューイベントのときに歌った彼女たちのデビュー曲。これから()()()()()を担っていくであろう彼女たちの歌。

 

 数ヶ月前にも聞いたその曲を披露しているステージは、以前のそれとは全く違っていた。勿論曲調が変わったとか、歌詞が変わったわけではない。勿論振付も変わっていない。……いや、正確には少し振付が変わっていた。どうやら水を掃いたからとはいえ未だ濡れているステージの上で足元を取られないように、微妙にステップをアレンジしたようだ。それが自分たちで考えたものか、トレーナーからの指示なのかは知らないが、それでもこの短時間でそれをちゃんと実践出来る程度の実力にはなったということか。

 

 ……話が逸れたが、違うというのは彼女たちの自信である。殆ど足を止めるお客さんがいない中の初ステージでは、そういうものだと理解していても彼女たちの表情は少し硬かった。

 

 しかしそれがどうだろうか、雨の影響でショッピングモールよりも人が目の前にいない状況にも関わらず、彼女たちはちゃんと笑っていた。

 

 凛ちゃんのCoolな(カッコイイ)笑顔。

 

 未央ちゃんのPassionな(元気一杯な)笑顔。

 

 卯月ちゃんのCuteな(可愛らしい)笑顔。

 

 三人が三人らしい笑顔を浮かべてステージに立っていた。

 

(……もうそろそろ、アイドルの卵も卒業かな)

 

(あはっ! 頑張ったね、未央!)

 

(ふんっ……まぁ、及第点ぐらいやるか)

 

 ふと横を見ると、何やら恵美ちゃんが満足げな笑みを浮かべており、冬馬も鼻を鳴らしながらも満更でもなさそうな表情を浮かべていた。どうやら三人はこの二人のお眼鏡にもかかったようである。

 

「よし、それじゃあ行くか!」

 

「え?」

 

「良太郎さぁん?」

 

 まだ雨は降っているものの、アイドルのコンサートにおいてこれぐらいの雨は降っていないものと同義である。現に他の観客も少しずつステージ前に戻り始めている。

 

「でもまぁ降ってることには変わりないから、恵美ちゃんたちはまだここにいてもいいよ。おら冬馬行くぞ」

 

「はいはい」

 

「あっ、アタシたちも行きます!」

 

「加蓮ちゃんと奈緒ちゃんは?」

 

「も、勿論行くよ!」

 

「ま、待てって加蓮!」

 

 雨の中を再びバシャバシャとステージの前まで走っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 ステージが終わり、私たち三人は舞台裏でパイプ椅子に座りこむ。

 

 練習のときとは違った緊張感、そして雨で足が取られないようにアレンジを加えた振付で神経を使ったので、三人とも精根尽き果てた様子だった。

 

 ただその甲斐あってかステージは無事に成功したと思う。

 

「……見えた?」

 

「……見えた」

 

「……見えました」

 

 しかし、今の私たちはそれとは別のことが気になっていた。

 

「……良太郎さん、観に来てくれてた……!」

 

「めぐちんとままゆもいた!」

 

「天ヶ瀬さんも来てくれてました!」

 

 先ほどステージの上から見えた光景。雨の中、徐々に戻ってきてくれたお客さんの中に、私たちは良太郎さんたちの姿を見つけたのだ。歌って踊りながらもステージから客席を見ることが出来る余裕が生まれたっていうのもあるが、良太郎さんたちがステージを見に来てくれたという事実が嬉しく……そしてそんなみんなの前でステージを成功させることが出来たことがさらに嬉しかった。

 

「「「……~っ! やったー!」」」

 

 感極まって三人で抱き合ってしまった。正直自分はそういうキャラじゃないと思いつつ、思わずそうしてしまうぐらいには私もテンションが上がっていた。

 

「めぐちんとままゆ、すっごい笑っててくれたよ!」

 

「良太郎さんは……まぁ、いつも通りだったけど」

 

「天ヶ瀬さんも……その、楽しそうな顔ではなかったですけど」

 

 男性二人の方はある意味通常通りだったとはいえ、それでもきっと……絶対に楽しんでもらえたという自信があった。

 

「……でも、まだこれで終わりじゃない」

 

「うん、まだ最後の全員での曲が残ってるからね!」

 

「頑張りましょう!」

 

 

 

 

 

 

 途中、豪雨と落雷による一時中断というハプニングがあったものの、346プロダクションサマーフェスはいよいよフィナーレを迎えようとしていた。

 

 多分だが、凛ちゃんたちが合宿で練習したと話していたシンデレラプロジェクトの全体曲があるはずだ。何らかのトラブルによりラブライカとして出演出来なかった美波ちゃんが出てくるとしたら、ここが最後のチャンスになるだろう。

 

 果たして……。

 

 再び照明が暗くなり、聞こえてきたのは346プロ所属のどのアイドルのものでもない楽曲。今回のサマーフェスで初披露の新曲。

 

 そして現れたのは、シンデレラプロジェクトの十四人。

 

 渋谷凛、島村卯月、本田未央、神崎蘭子、緒方智絵里、三村かな子、双葉杏、諸星きらり、赤城みりあ、城ヶ崎莉嘉、前川みく、多田李衣菜、アナスタシア、そして――新田美波。

 

(……ふぅ)

 

 最後の一人の姿を見た瞬間、思わず安堵してしまった。どうやら問題は無事に解決したらしい。これでこちらも、彼女のステージをちゃんと観てあげることが出来る。あのチケットの意味が果たして本当にそうなのかどうかは分からないが、それでも受け取った以上、観てあげるのがけじめである。

 

 さぁ、観せてくれ、君たち十四人のステージを。

 

 

 

 ――『GOIN'!!!』

 

 

 

 

 

 

「あっという間だったなぁ」

 

「なんだかふわふわしてる……」

 

「うん……」

 

 雨雲はとうに消え去り、太陽も山の向こうに消えて夜空には満天の星が煌めいていた。

 

 346プロダクションサマーフェスは多少のハプニングがありつつも無事に閉幕。スタッフさんたちの撤収作業が続く中、私たちシンデレラプロジェクトのメンバーはステージ衣装を脱ぎ、Tシャツと短パン姿でステージに集合していた。

 

 特に何かをするわけでなく、ただステージの上から誰もいなくなった客席を眺める。

 

 今では撤収作業中のスタッフが数名いるだけで、それを除けば他に誰もいないも同然のステージ前。しかし数時間前にはここが大勢の観客で溢れ返っており、自分たちはここで歌を披露したのだ。

 

 まるでアイドルのように……いや、もう私たちは紛れもなくアイドルだ。

 

 そんなときだった。

 

「お疲れ様、シンデレラ」

 

「りょ、良太郎さん……!?」

 

『良太郎さん!?』

 

 ヒラヒラと手を振りながら、なんと良太郎さんが観客席側からやって来た。いつもの伊達眼鏡と帽子の変装をしていないので、正真正銘『アイドル』周藤良太郎の状態である。

 

 良太郎さんはステージの前まで来て足を止めた。ステージの上に座り込んでいた私たちは思わず立ち上がり、ステージの上の私たちが良太郎さんを見下ろす形になってしまった。

 

「ちゃんと観に来てくれて、ありがとう。ただ、とりあえず今はまだ関係者以外立ち入り禁止だと思うんだけど」

 

 いくらフェスが終わっているからとはいえ、普通に今の時間の一般人の立ち入りはアウトだと思うんだけど。

 

「何言ってるのさ、俺は『アイドル』だよ? じゃあ関係者だよ」

 

「酷い暴論だね」

 

 ただ他の人ならともかく、良太郎さんがそれを言うと謎の説得力がある気がしてきてならない。

 

「……あれ? 良太郎さん一人? 他にも一緒に観てた人がいたと思ったんだけど」

 

「あ、俺たちのこと見つけられたんだ? あいつらは用事があるからって先に帰ったよ」

 

 俺はスタッフさんたちに挨拶しながら時間潰ししてた、と良太郎さん。……暇なの?

 

「ともあれ、観させてもらったよ。君たちの歌とダンス、最高のパフォーマンスを」

 

 良太郎さんはステージに右手を乗せると、そのままバッとステージに飛び上がった。

 

 良太郎さんは私たちと同じステージに登り……いや、違う。私たち()良太郎さんと同じステージに登ることが出来たのだ。

 

 

 

「ようこそ、アイドルの世界へ」

 

 

 

 良太郎さんのその言葉に、私は……私たちは、ようやく実感した。

 

(あぁ……今、私たちは『周藤良太郎』に認められたんだ)

 

 心の中に溢れる確かな喜び。

 

 ……初めは、プロデューサーに声をかけられたから、というきっかけだった。

 

 果たして良太郎さんのようなアイドルになれるのか、そもそもアイドルとはなんなのか。

 

 そんなことすら分からない状況で始めたアイドルとしての活動。

 

 でも、卯月や未央、プロジェクトメンバーのみんなと共にレッスンを続け、やがてデビュー。ただひたすら歌って踊って、そしたら――。

 

 

 

 ――アイドルが、楽しくなっていた。

 

 

 

 あぁ、これが良太郎さんの見てきた世界なんだ。まだまだその高さには到底辿り着けそうにないけど、それでもここがきっと始まり。

 

「私、アイドル始めてよかったって思ってる」

 

「……そっか」

 

 だから、もう一度……いや、何度だって伝えよう。私に新しい道を指し示してくれたことを、私の未来を教えてくれたことを、そしてみんなを導いてくれたことを、感謝の気持ちを『ありがとう』という言葉に乗せて――。

 

 

 

「凛ちゃんは、アイドルが楽しいフレンズなんだね!」

 

「なんでせめてあと三十秒ぐらい真面目な空気を保てなかったのさあああぁぁぁ!!??」

 

 

 

 もう全部台無しだよ!? ほら卯月とか智絵里とか見てよ、あとちょっとで泣きそうだったんだよ!? 私も結構ウルッと来てたんだよ!? それがいきなりこのシリアスブレイク!? ほら見てよあのきらりですら笑顔が引き攣ってるんだよ!?

 

「大体良太郎さんは――えっ」

 

 ポンポンッと。

 

 気が付けば、良太郎さんの右手が私の頭の上に乗っていた。それは昔から何度も撫でられた良太郎さんの手で……顔を上げると、良太郎さんはいつもの無表情で……それでも私には優しく微笑んでいるように見えた。

 

「……頑張ったね、凛ちゃん」

 

「~っ!?」

 

 ……本当に、この人はズルい。

 

「あ、そうだった。美波ちゃん、コレありがとう。入場には凛ちゃんからのチケットを使ったから、こっちは記念に残させてもらうね」

 

 そう言いながら良太郎さんがポケットから取り出したのは、フェスのチケット。どうやら美波から貰った方のチケットのようだ。

 

「美波ちゃん、りょうお兄ちゃんにチケット渡してたのー!?」

 

「えっ!? いや、その、えっと……」

 

 みりあやその他の子たちからの興味の視線に晒され、若干たじろぐ美波。

 

「個人的には美波ちゃんのラブライカ衣装ももう一度見たかったところではあるけど、まぁ最後の全体曲の衣装もなかなか胸元が開いててお兄さん的には満足満足」

 

 そんな美波を他所に、いつもの良太郎さん節。美波からそれほど嫌悪されていないと見て調子に乗っているのではないだろうか、と心の中で独り言ちる。口に出して言わないのは、別に現在進行形で頭を撫でられているからでは断じてない。

 

「ま、また貴方はそういう……!」

 

 そんな良太郎さんに、ついに美波が苦言を――。

 

 

 

「み、見るんだったら私だけ見てくださいっ!」

 

 

 

『……んん!!??』

 

 ――呈したかと思ったら、その口から飛び出してきたのはとんでもない爆弾だった。

 

「み、美波ちゃん……!?」

 

「みなみん、何を言ってるの……!?」

 

「え? ……あ、えぇ!? ち、違うのそういう意味じゃないの!?」

 

 卯月と未央に指摘され、ようやく自分が何を言ったのかを理解した美波の顔があっという間に真っ赤に染まった。

 

「ほ、他の子をそういう目で見るぐらいだったら私が見られていた方がいいって考えただけであって別に良太郎さんに見てもらいたいわけじゃなくていやでも見てもらいたくないってわけでもなくて私たちがちゃんとアイドルになったっていうのはしっかりと見てもらいたくて!?」

 

 完全に混乱した様子の美波。今までに見たこと無い美波の様子に全員が呆気に取られ――。

 

 

 

「……ははっ、はははははっ!」

 

 

 

 ――そんな中、一人だけ良太郎さんは笑っていた。

 

 良太郎さん曰く「無表情な奴が笑ってるのって不気味でしょ?」と俯き手で顔を隠す独特な笑い方。文字通り、腹を抱えながら良太郎さんは笑っていた。

 

「……はぁ、そんなこと言われなくても、俺はちゃんと美波ちゃんのこと見てるよ」

 

「だ、だからそういう意味じゃ……!」

 

「勿論、アーニャちゃんも見てる」

 

「……え?」

 

「李衣菜ちゃんもみくちゃんも、莉嘉ちゃんもみりあちゃんもきらりちゃんも、杏ちゃんもかな子ちゃんも智絵理ちゃんも、蘭子ちゃんも未央ちゃんも卯月ちゃんも。そして、凛ちゃんも」

 

 言ったでしょ? と良太郎さんは自分の目を指差した。

 

「『シンデレラプロジェクトの行く末をしっかりと見届けよう』って」

 

 

 

 ――だからこれからも見せてくれ。君たちがどんなアイドルになっていくのかを。

 

 

 

 

 

 

 これは、シンデレラたちがガラスの靴を履いて舞踏会への階段を駆け上がった物語。

 

 そしてこれからは、十二時を過ぎたシンデレラたちがそれぞれの道を進む物語。

 

 

 

 そんな時を同じくして、次の物語の登場人物が海の向こうから帰ってきていたのだが――。

 

 

 

「……あぁ、私だ。自宅には寄らず、346の本社へ向かう。資料を用意しておいてくれ」

 

 

 

「……いひひっ! メインヒロインなアタシ、ついに帰国っ! 待っててねー! りょーくぅぅぅん!!」

 

 

 

「うげ~、やっぱりコッチは変な臭いでいっぱ~い……テンション下がる~。……でも~……はすはす……にゃはは~楽しそうな匂いも漂ってくる~! 魅惑のフレグランス~!」

 

 

 

 ――それはまた、別のお話。

 

 

 

 

 

 

 アイドルの世界に転生したようです。

 

 第四章『Star!!』 了

 

 

 

 

 

 




・微妙にステップをアレンジしたようだ。
オリジナル設定。
実際はどうなのだろうかと考えて、例の踊りながらステージを拭くジャニーズジュニアのアレを思い出してしまって考えるのを止めた。

・『GOIN'!!!』
アニデレ第一期ラストを飾る全体曲。
展開補正も加わり多くのPの涙腺ブレイカー。10thライブにて、楽屋で弁当を食べていた武内Pもこれを聞いて泣いたらしい。

・「アイドルが楽しいフレンズなんだね!」
凛ちゃんは犠牲になったのだ……ただ作者がこのフレーズを使いたい欲求を満たす、その犠牲に……。

・「み、見るんだったら私だけ見てくださいっ!」
やっぱり美波にはこういう方向のセリフを言わせとかないとね!

・俯き手で顔を隠す独特な笑い方
ただ無表情なだけなので、笑う時には笑う。

・次の物語の登場人物。
上から順番に「次章最大のキャラ崩壊」「自称メインヒロイン」「天才失踪娘」となっております。



 第四章、これにて終了です! ……いやぁ、結局一年以上かかったゾ……。

 次章からはアニメ二期編に入ります。次回も基本的にはアニメのルートを辿りつつ、途中からクローネルートへと入っていく予定です。

 そしてついに登場、123プロ最後の新人! 彼女は一体誰なんだあああぁぁぁ!(なお隠す気は無い模様)

 なお次回は本編をお休みし、久しぶりに普通の番外編です。






 舞踏会を終えたシンデレラたちは、それぞれの道を歩き出す。

 しかし、十二時を過ぎてしまった彼女たちにかけられた魔法は解けてしまい……。



「……ねえ良太郎さん、私、間違ってたのかな……!?」



「私馬鹿だ……しぶりんとしまむーのこと、何も見てなかった……!」



「それじゃあ……最初から、私には何の価値も無かったんじゃないですかっ!」



 ……シンデレラは再び、灰を被る。



 アイドルの世界に転生したようです。

 第五章『Shine!!』

 coming soon…


 


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番外編29 ようこそ123プロへ

没タイトル『Welcome to ようこそ123パーク』


 

 

 

「………………」

 

 目の前にそびえ立つビルを見上げる。そのビル自体は特に何の変哲もないオフィス街の高層ビルなのだが、今日からここが私にとって大きな意味のあるところになり、そして私の今後を左右する重要な場所――123プロダクションの事務所なのだ。

 

 

 

 この春、私、北沢志保は123プロダクション所属のアイドルとなった。

 

 

 

 とは言うものの、デビューしていないのだからアイドルではなくアイドル候補生が正しいのだが、それでもアイドルとしての第一歩を踏み出したことには間違いなかった。

 

(……よし)

 

 そして今日は初めての出社。一人心の中で気合を入れ、肩にかけた手提げ鞄の紐を握りしめながら意を決してビルの中へ。

 

 あまり潜る機会のない自動回転ドアを抜けて一階ロビーに入ると、そこには駅の改札のような機械が設置してあった。ここから先はビルの関係者以外は立ち入れないようになっているのだ。

 

(えっと、社員証……)

 

 先日、幸太郎さん――社長から渡された社員証を鞄の中から取り出す。相変わらず我ながらアイドルらしくない仏頂面な私の顔写真が写った社員証は、私が123プロの一員となったことの証明だった。

 

 駅の改札のように社員証を機械にかざして通ると、エレベーターで事務所のあるフロアへ。

 

 ガラスの外の風景がどんどん高くなっていくのを見ながら、私はつい先日のことを思い返す。

 

 私たちバックダンサー組が765プロダクションからスカウトされたときのことだ。

 

 

 

 

 

 

「……わ、私たちが……!?」

 

「な、765プロに……!?」

 

「えぇ」

 

 アリーナライブを終えてアイドルスクールに戻った私たちだったが、それからしばらくして律子さんがスクールにやって来た。そうして切り出されたのが『765プロ専用の劇場を作る』ということと『私たちバックダンサー組をスカウトしたい』ということだった。

 

「この間のアリーナライブでみんながどういう子なのか分かってるし、実力も知っている。何より既に一緒にステージに立った仲間だとも思ってる。だから、みんなには是非765プロに来てもらいたいの」

 

「そんな、願ってもない話です!」

 

「こちらこそよろしくお願いします!」

 

 奈緒さんと美奈子さんがすぐさま快諾し、他のみんなも一様に喜びを隠せないでいた。あの765プロから直々にスカウトが来たのだから、当たり前といえば当たり前だろう。

 

「やったね、志保ちゃん! 私たちも春香先輩たちと同じ事務所だよ!」

 

「………………」

 

 可奈が嬉しそうに話しかけてくる。

 

「……志保ちゃん?」

 

「……あの、律子さん」

 

「何? 北沢さん」

 

 

 

「申し訳ありませんが……私は、辞退させていただきます」

 

 

 

「……えっ!?」

 

「志保、どないしたん!?」

 

「志保さん……?」

 

 私の言葉に、他のみんなが驚愕した様子を見せる。

 

「……よければ、理由を聞かせてもらいないかしら」

 

 そんな中で、律子さんは一人だけ冷静だった。もしかして怒らせてしまうのではないかと内心では少し怖かったが、そう尋ねてきた律子さんの声色はとても優しかった。

 

「……恵美さんやまゆさんに、123プロが春に新しくオーディションをするっていう話を聞きました」

 

「123プロ……良太郎さんたちが……?」

 

「って、志保ちゃん、もしかして……!?」

 

「北沢さん、貴女……」

 

 

 

「はい。123プロのオーディションを受けようと考えています」

 

 

 

『えぇ!?』

 

 みんなの揃った驚愕の声が、スクールの会議室に響いた。

 

 自分でも突拍子もなく無謀な挑戦だとは十分理解していた。それでも、私は123プロに……周藤良太郎の所属するあの事務所に行きたかった。

 

「なんていうか、意外ね。どちらかというと北沢さんは『打倒良太郎』側だと思ったのに」

 

「だからこそです」

 

 あの事務所の社長である周藤幸太郎さんが掲げている『周藤良太郎さえも超えて業界のトップスリー全てを独占する』という理念は、まさしく私が理想とするものだった。

 

 今の私に、良太郎さん個人に対して思うところは何もない。寧ろ今まで酷い八つ当たりをしてきたことに対して謝罪したいぐらいだ。

 

 しかし、私の中から()()()()()()()()()()()()という想いが消えたわけではない。

 

「その、765プロの皆さんのことを悪く言うつもりはありません。でも、今の私が求めるものは、123プロにしかないんです」

 

 だからごめんなさい、と。会議室のパイプ椅子から立ち上がり、私は頭を下げた。

 

 それは律子さんに対してだけのものではなく、アリーナライブのときから一緒に頑張って来た『仲間』であるみんなにも向けた謝罪。でもどうか、みんなと違う道を歩くことを許して欲しくて――。

 

「……頑張ってね、志保ちゃん!」

 

 ――そんな私に、可奈は笑顔を向けてくれた。

 

「可奈……」

 

「私は応援するよ! 多分すっごい沢山の人がオーディションに来ると思うけど……私は、志保ちゃんなら絶対に大丈夫だって信じてるから!」

 

「せやなぁ。なんやかんや言って、私らの中で一番可能性があるとしたら志保やろなぁ」

 

「……頑張って、志保さん……」

 

「わたしも応援します!」

 

「頑張ってください!」

 

「わっほーい! それじゃあ志保ちゃんに頑張ってもらうためにも、いっぱいご馳走するね!」

 

「あ、いや、人並みの量でお願いしたいんですけど……み、みんな?」

 

 みんなも可奈と同じように笑顔で、それを期待していたはずなのに私は戸惑ってしまう。

 

「……ま、寂しないっちゅーたら嘘になるけど」

 

「志保ちゃんが選んだ道なら、私たちは全力で応援するよ」

 

 ポンポンッと、いつの間にか私の背後までやって来た奈緒さんと美奈子さんに頭を撫でられる。

 

「みんな……」

 

「……自分の行きたい道があるなら、しょうがないわ。でも万が一のことがあったら、いつでも765プロに来てくれていいからね?」

 

 失礼にも断ったはずなのに、律子さんは「待ってるから」と笑ってくれた。

 

「……ありがとう、ございます!」

 

 

 

 

 

 

 その後、私は123プロの第二回オーディションを受けた。正直、ダメ元での参加に近かったが、自分でも驚くことに合格してしまった。

 

 一瞬『縁故採用』という単語が頭を過ったが、良太郎さんはともかく面接官として参加していた天ヶ瀬さんがそんな甘いことをするはずがないので、その可能性はないだろう。つまり、私のアイドルとしての実力と素質を認められたということで……。合格通知が届いた晩は、柄にもなく枕を抱きしめて転げまわってベッドから落ちるという醜態を晒してしまったものである。

 

 そんな余計な事まで思い出している内に、エレベーターが目的のフロアに到着した。このフロアには123プロの事務所しかなく、降りてすぐ目の前に『123 Production』の文字が書かれた自動ドアと無人の受付。そして『御用の方はこちらをご利用下さい』の文字の下に電話機が設置してあった。

 

 腕時計を覗くと、時刻は約束の時間五分前。あまり早すぎても失礼だろうが、これぐらいの時間ならば問題ないだろうと判断し、受話器を取った。

 

『……はい、123プロダクション、受付でございます』

 

 数回のコールの後、聞こえてきたのはオーディションのときの案内をしてくれた123プロの事務員、三船さんの声だった。

 

「お、おはようございます、北沢志保です」

 

『あら、志保ちゃん……おはようございます。ちょっと待っててくださいね、今そちらに行きますので……』

 

 数分後、自動ドアが開いて事務員姿の三船さんがやって来た。

 

「おはようございます、志保ちゃん……今日からよろしくお願いします」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 今後は社員証で中に入れるようなので、三船さんにパスワードを教えてもらい中へ。

 

「……えっと、今日は皆さんは……」

 

「良太郎君とまゆちゃん、それとジュピターの皆さんがいらっしゃいます……社長と留美さんは所用で出かけており、恵美ちゃんはまだ来ていません」

 

「そ、そうですか」

 

 少し緊張してきた。今までアリーナライブの練習で散々顔を合わせてきたというのに、これから同じ事務所の後輩となるというだけでこれほど緊張するものだろうか。

 

 ……いや、多分これは緊張じゃなくて、高揚だ。私が周藤良太郎に挑むための権利を手にするための第一歩を踏み出したという、その興奮。

 

 四年以上思い続けて、ついに私はここまで来たのだ。

 

「アイドルの皆さんは、普段この部屋にいらっしゃいます……」

 

 明らかに所属人数の割に広すぎる事務所内を歩き、案内されたのは『meeting room』と書かれたドアの前。なんでもここをラウンジとしてよく利用しているらしい。

 

 「私はお茶を淹れてきます……」と言い残して三船さんは去って行ってしまい、私は一人ドアの前に残される。

 

(……よし)

 

 何も見知らぬ顔がいるわけではない。既にお互いの顔も名前も知っている人しかいないのだから、臆する必要はない。

 

 それでも一応二度三度深呼吸を繰り返してから、私はドアを開けた。

 

「し、失礼しま――」

 

 

 

「レディー……ファイッ!!」

 

「「ぬおりゃあああぁぁぁ!!」」

 

 

 

「――す……」

 

 何故か良太郎さんと天ヶ瀬さんが全力で腕相撲をしていた。

 

「おおっと、りょーたろーくん優勢かー!?」

 

「どっちも頑張れー」

 

「良太郎さぁん! がぁんばれぇ! がぁんばれぇ!」

 

 ノリノリで実況する御手洗さん、一応応援しつつも興味無さそうに雑誌を読んでいる伊集院さん、そして何故か両手のポンポンを振りながら応援をしているまゆさん。

 

「ぐぬぬぬ……でりゃあああぁぁぁ!」

 

「ぐわあああぁぁぁ!?」

 

「決まったー! 勝者、りょーたろーくん!」

 

「きゃー! 良太郎さんカッコイイー!」

 

 ぐぐっと傾いたかと思うと、そのまま押し切った良太郎さんの右手が天ヶ瀬さんの右手を机に叩き付けた。良太郎さんが勝ったようだ。ピョンピョンと飛び跳ねながらまゆさんが喜んでいる。

 

「せ、正義が負けた……!?」

 

「「あ、そーれ! こっくはく! こっくはく!」」

 

 負けた冬馬さんが膝をついて打ちひしがれる周りを、良太郎さんと御手洗さんが肩を組みながら楽しそうに回っていた。

 

 ハッキリ言おう。何だコレ。

 

「良太郎さーん! カッコイー! ステキー! 抱い……あら、志保ちゃん?」

 

「あっ……」

 

 完全に呆気に取られて入り口で佇んでいたところ、まゆさんが私の存在に気付いた。

 

 名前を呼ばれたことで、他の四人の視線もこちらに向いた。

 

「お、志保ちゃんおはよー」

 

「そーいや、今日からっつってたな」

 

「おはよー、北沢さん」

 

「チャオ!」

 

 全員、あまりにも自然な様子だったのでまたしても呆気に取られてしまったが、慌てて私も挨拶を返す。

 

「お、おはようござ――」

 

 

 

「助けてマユえもーん!」

 

 

 

「――います……」

 

 しかしそんな私の挨拶は、部屋に飛び込んできた恵美さんの声によってかき消されてしまった。

 

 ひーん! と情けない声を上げながら、恵美さんはまゆさんに抱き着いた。そんな恵美さんの頭を、何故か手慣れた様子で撫でるまゆさん。

 

「あらあら。めぐ太君、どうかしたのぉ?」

 

「あのね! 進級して早速実力テストってのがあったんだけど、実力っていう言葉を信じて勉強せずに挑んだら赤点で追試だってー!」

 

「あ、あら……」

 

「当たりめーだろ」

 

 まゆさんですら困惑する中、天ヶ瀬さんの無慈悲なツッコミ。すみません恵美さん、私でもそう思います。

 

「というわけでまゆー! 勉強教えてー! このままじゃアイドル活動続けれなくなっちゃうー!」

 

「もう、しょうがないわねぇ……」

 

「あ、あの、恵美さ――」

 

 

 

「良太郎はいるかあああぁぁぁ!!?」

 

 

 

「――ん……」

 

 私の声が遮られるのは何回目だろか。今度は社長が焦ったような様子で留美さんと共に部屋に飛び込んできた。

 

「何だ良太郎、今度は何したんだよ」

 

「んー……あの動画はまだ投稿してねーから、いずれ怒られることはあれど今は無いはず」

 

「怒られる予定がある時点でお前は本当にアレだな」

 

 当の本人はまるで心当たりがない様子だが、しかし二人の表情は怒っているというよりは驚いているように見えた。

 

「大変です良太郎君!」

 

「お前宛に『エンユウカイ』の招待状が届いたぞ!?」

 

「『エンユウカイ』?」

 

 聞き慣れない言葉に首を傾げる。

 

 ……ん? ()()()()()()って……まさか……!?

 

 

 

「良太郎が『春の園遊会』に招待されたんだよ!!」

 

 

 

『……えええぇぇぇ!!??』

 

 その言葉の意味することを察したその場にいた全員が驚愕して絶叫する。

 

「……うわーお」

 

 これには流石の良太郎さんも予想外だったらしく、珍しく言葉少なに驚いていた。

 

「そ、それってつまり、そ、そういうことだよね!?」

 

「それ以外ないだろ!? うわマジか!?」

 

「いいか良太郎、絶対に! 絶っ対に! ぜーったいに! 可笑しな真似はするなよ!? いいか、絶対だぞ!?」

 

「そ、そこまで振られたからには、応えなければならないと俺の中の芸人魂が……」

 

『おめーの職業をもういっぺん言ってみろやあああぁぁぁ!』

 

 慌てて社長と天ヶ瀬さんが良太郎さんに詰め寄っているが、流石の良太郎さんもそういう場で変なことは……し、しないわよね……?

 

 って、このままではなぁなぁになってしまう。

 

 意を決し、息を大きく吸い込む。

 

「あ、あのっ!!」

 

 その私の一声に、全員の視線がこちらを向いた。

 

 社長と留美さん、恵美さんとまゆさん、ジュピターの三人。そして良太郎さん。彼ら彼女らの意識が全て私に向いているということに一瞬怯みそうになるが、ぐっと足に力を込めて頭を下げる。

 

「きょ、今日から123プロダクションでお世話になります、北沢志保です! よ、よろしくお願いします!」

 

 静寂が訪れたのは、ほんの一瞬のことだった。

 

「志保ちゃん」

 

 その静寂を破ったのは良太郎さんの声だった。

 

 

 

「ようこそ、アイドル芸能事務所『123プロダクション』へ!」

 

 

 

 顔を上げると、良太郎さんは変わらず無表情で、冬馬さんも変わらず仏頂面で、そして二人を除いた全員が笑顔だった。

 

「これから()よろしくね、志保ー!」

 

「よろしくねぇ、志保ちゃん」

 

「……まぁ、後輩になる以上、()()()()以上に面倒見てやらんこともない」

 

「一緒に頑張ろーね!」

 

「何かあったら、遠慮なく言ってくれていいからね?」

 

「私も全力でフォローするわ」

 

「……目標は『打倒周藤良太郎』だ。……頑張ろう、北沢さん」

 

「……はいっ!」

 

 差し出された社長の手を握り返す。

 

「さて、志保ちゃんは一体どんなアイドルになるのかな?」

 

「……決まってます」

 

 良太郎さんのその言葉に返す答えはただ一つ。

 

 

 

「貴方以上のアイドルです」

 

 

 

「……楽しみにしてるよ、北沢志保」

 

 

 

 こうしてこの日、私は123プロの一員に――。

 

「あの、お茶を淹れて……あら?」

 

『……あ』

 

 ――み、三船さんのことをすっかり忘れていたなんてことはなく、私は改めてこの総勢十人になった123プロの一員となったのだった。

 

 

 




・123プロ事務所
そーいえばどんな感じのところだったのかは書いてなかったような気がした。

・この春、私、北沢志保は
時系列が色々とズレた関係上、実は志保ちゃんは既にJKになってたりします。

・「せ、正義が負けた……!?」
・「「こっくはく! こっくはく!」」
地味にずっとやりたかった一歩ネタ。
本当は「早くやろぉよぉ(ねっとり)」からやりたかったけど良太郎は顔芸が出来ないので断念。

・実力っていう言葉を信じて勉強せずに挑んだら赤点
当たり前なんだよなぁ(目逸らし)

・「あの動画はまだ投稿してねーから」
実はこの時点でなのはちゃんの動画の作成は始まっていた。

・春の園遊会
※この作品はフィクション(ry
父方の伯母さんとその旦那が本当に呼ばれたことがあるっていうのが作者的プチ自慢。



 今さら感溢れますが、第四章開始前の志保ちゃん事務所入り時のお話でした。

 いやぁ自分で書いててあれだけど、志保ちゃん可愛いなぁ恵美もまゆも可愛いなぁ。

 俺……ミリマスのアプリゲー始まったら志保と恵美手に入れて、頑張って画像加工してまゆと並べて123三人娘のコラ画像作るんだ……!

 そしていよいよ、来週から第五章スタートになります! まずは武内Pのストーカー回から!

 ……さーて……346にまゆいないけど、どーしよかなー……。



『どうでもよくない小話』

うおおおぉぉぉ! 総選挙中間発表楓さん現在一位いいいぃぃぃ!

このまま行ってえええぇぇぇ! 頑張ってえええぇぇぇ!


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第五章『Shine!!』
Lesson160 Who are you?


色々とオリジナル展開やら何やらがぶち込まれてゴチャゴチャしそうな新章はーじまーるよー!

※ちなみに今回はいつもと違い、新章直後の閑話的な話はすっとばして本編に入ります。


 

 

 

 昔、あるところに一人のアイドルがいました。

 

 彼はその類い稀なる能力で人々を魅了し、一躍人気者となりました。

 

 しかし、そんな彼の人気を妬んだ魔女が、その能力を奪おうと彼に呪いをかけてしまいます。

 

 彼は魔女に奪われるぐらいならばと、自らの能力を五つに分けて封印することにしました。

 

 いつの日か封印を解き、自らの能力を受け継いで『トップアイドル』になる人物が現れると信じて……。

 

 

 

 123プロダクション・765プロダクション合同企画『Project:888(トリプルエイト)』第一弾!

 

 

 

 時は流れ現代。封印を解いたことで『伝説のトップアイドル』の能力を受け継ぎ、それぞれの能力の精霊と共にトップアイドルを目指す五人の若者がいた。

 

 

 

 

「その程度で私の能力を引き出せているとでも?」

 

「てんめぇ……」

 

 『歌唱(シング)』の能力を受け継いだ青年 / 天ヶ瀬冬馬

 

 『歌唱』の精霊 / 如月千早

 

 

 

「どうどう!? こんな感じ!?」

 

「おー! 流石だな! 自分とおんなじぐらい完璧だぞ!」

 

 『舞踏(ダンス)』の能力を受け継いだ少女 / 所恵美

 

 『舞踏』の精霊 / 我那覇響

 

 

 

「お、男の人ー!?」

 

「いや、君の能力の元の持ち主も男の人だったでしょ……?」

 

 『演技(アクト)』の能力を受け継いだ青年 / 伊集院北斗

 

 『演技』の精霊 / 萩原雪歩

 

 

 

「目指せ一等賞!」

 

「ついでに悪戯ナンバーワン!」

 

 『道化(ピエロ)』の能力を受け継いだ少年 / 御手洗翔太

 

 『道化』の精霊 / 双海亜美

 

 

 

「……私には、笑顔が本当に大切なことなのか、分かりません」

 

「……志保ちゃん……」

 

 『笑顔(スマイル)』の能力を受け継いだ少女 / 北沢志保

 

 『笑顔』の精霊 / 天海春香

 

 

 

 新たな(アイドル)となるために彼らはパートナーの精霊と共に歩き始める。

 

 しかし、そんな彼らに忍び寄る不穏な影……。

 

 

 

「さぁ……今度は逃がしません。トップアイドルになるのはただ一人……この四条貴音です!」

 

 魔女 / 四条貴音

 

 

 

「あはっ! あの人の能力は、アナタたちにはちょっともったいないってミキは思うな」

 

「うふふ……だから、私たちに返してくださいねぇ?」

 

 『嫉妬(ジェラシー)』の能力を生み出した少女 / 佐久間まゆ

 

 『嫉妬』の精霊 / 星井美希

 

 

 

 今、アイドル界を……世界を揺るがす、大事件の幕が上がる!

 

 

 

「う、うわあああぁぁぁ!?」

 

「亜美ちゃん!?」

 

「ふふふ……まずは一人ですね」

 

 倒れゆく仲間。

 

 

 

「……貴方以上にあの魔女が気に入らない。手を貸す理由はそれだけです」

 

「ふん、それだけで十分だっての」

 

 育まれる絆。

 

 

 

 そして……。

 

 

 

「あ、貴方は、まさか……!?」

 

「……俺はただの、アイドルファンの一人にすぎないよ」

 

 謎の男 / 周藤良太郎

 

 

 

「やっぱり、私に『笑顔』の能力なんて……」

 

「それは違うよ! 私は、貴女なら最高の『笑顔』が出来るって信じてるから!」

 

 

 

 真のトップアイドルになるのは、果たして誰だ!?

 

 豪華キャストでお送りする、SFファンタジー!

 

 

 

「俺は、君ならなれるって信じてるよ。……俺を超える、トップアイドルに」

 

 

 

『LEGEND~アイドル戦記~』

 

 

 

 

 

 

「……はい、今ご覧になられましたのが、この秋から公開になります私たち765プロダクションと123プロダクションの合同企画『Project:888』の第一弾となる映画『LEGEND~アイドル戦記~』の予告映像でしたー!」

 

 

 

 またいつも通り撮影かと思った? 残念! なんと今回は映画の予告映像でした!

 

「いやぁ、念願だった765のみんなとだけじゃなくて、123の俺たち全員で映画出演出来て満足だよ」

 

「ミキもリョータローさんと共演出来て嬉しかったの!」

 

 にぱーっと花も咲くような笑顔の美希ちゃんの頭に思わず手が伸びそうになるが、流石にカメラや観覧客の前な上に、これが生放送の『生っすか!?レボリューション』の撮影中ということで止めておく。

 

「良太郎さん、見どころを教えていただけますか?」

 

「んー個人的に推したいのは、やっぱりウチの三人娘かな。恵美ちゃんとまゆちゃんと志保ちゃん」

 

 千早ちゃんからの問いかけに「貴音ちゃんのセクシーな衣装」って答えそうになったが、なんとか自重する。

 

「三人ともこういう映像作品初出演な上に、志保ちゃんに至ってはつい最近CDデビューしたばっかりだからね。そんな彼女たちが頑張ってる姿を是非見てもらいたいね」

 

 しかし勿論こちらも本音だ。一応デビューして半年も経っていない彼女たちが、こうしてほぼ主役級の役柄で映画出演なのだ。本当に大変だったと思うが、それでもしっかりと最後までやり遂げた彼女たちを是非称賛したい。

 

 ちなみにだが、今回の撮影で志保ちゃんがこういう演技系が得意だということが分かった。まだまだ新人の彼女には気が早いかもしれないが、将来的にはそっち方面の仕事に力を入れていくことになるかもしれない。

 

「さて、123プロの周藤良太郎さんをゲストにお招きしてお送りした今週の『生っすか!?レボリューション』もお別れの時間がやって来ました」

 

「良太郎さん、今日は本当にありがとうございました」

 

「いやいや、こちらこそありがとう。楽しかったよ。次回はスタジオだけじゃなくて、外のロケにも参加してみたいな。響チャレンジとかスマイル体操とか」

 

 あみまみちゃんの方も面白そうだ。あ、らーめん探訪だけは勘弁な。

 

「響チャレンジはともかく、スマイル体操は……」

 

「りょ、良太郎さんもスモック着るんですか?」

 

「なんか近い未来にスモックを着る予定があるかもしれないっていう電波を受信して……」

 

「どんな電波ですか!?」

 

「って春香、時間が……!」

 

「よーしそれじゃあみんな! 来週も見てくれよな! 生っすかー!?」

 

『レボリューショーン!』

 

「って、全部良太郎さんに持ってかれちゃったよ!?」

 

『あはははっ!』

 

 

 

 

 

 

『お疲れ様でした!』

 

「なの!」

 

「うん、お疲れー」

 

 舞台裏に戻り、観客の目が届かなくなったのでさっき撫でれなかった分も美希ちゃんの頭を撫でると、相変わらず彼女は猫のようにうにゅーっと目を細めた。

 

「いやぁ楽しかったー。やっぱりこういう身内ばっかりの番組ってのは気兼ねしなくていいね」

 

「アンタはもうちょっと気兼ねしなさいよっ!」

 

 竜宮小町を含む765プロオールスター組勢揃いの番組なのでこちらに来ていたりっちゃんの背後からの一撃を後頭部で受ける。張り手ぐらいかなーっと油断していたら思いっきり中身が入った缶コーヒーによる一撃だった。普通に凶器なんですがそれは……。

 

「いつか余裕が出来たら、123プロも全員参加の番組を一本やってみたいもんだ。そっちならより一層自由にやれるだろうし」

 

「あ、それじゃあミキがゲストに出たいの!」

 

「これ以上自由にやるんですか……?」

 

「今日だけでも何回か放送事故を覚悟したんですけど……」

 

「というか私が言うのもなんだけど、少しぐらい痛がりなさいよ……」

 

 はーいはーい! と元気よく手を上げる美希ちゃん。その一方で、春香ちゃんと千早ちゃんとりっちゃんが凄い微妙な表情を浮かべていた。いや、痛いけど表情に出ないだけだから。

 

「それより美希、貴女良太郎さんに言いたいことがあるって言ってなかったかしら?」

 

「え?」

 

 千早ちゃんの言葉に、美希ちゃんは首を傾げて動きが止まる。数秒そのままフリーズした後に「あっ! そうだった!」と再起動した。

 

「りょーたろーさん! ミキは怒ってるの!」

 

「え?」

 

 プンプンッ! と頬を膨らませて両手を腰に当てる美希ちゃん。可愛い。

 

「りょーたろーさん! 最近ずっと346プロダクションのアイドルにばっかり構ってて、ミキのことがおざなりになってるの!」

 

 ミキにはお見通しなの! と美希ちゃん。

 

「んー……そんなつもりは無かったんだけどなぁ」

 

 確かに最近は凛ちゃんたちのことが気になってシンデレラプロジェクトの子たちの様子を見に行ったりする機会が多かったような気がしないでもない。

 

 いやでも最近だと歌番組の収録で美希ちゃんと一緒になったはずなんだけど……と頬を掻いていると、キュッと俺の服の裾を摘まんだ美希ちゃんが涙目で見上げてきた。

 

「……りょーたろーさん、ミキたちに興味無くなっちゃった……?」

 

 「そんなことないぞー!」と叫びながら思わず美希ちゃんを抱きしめそうになったが、それを見越していたらしいりっちゃんに再び殴られて行動に移す前に正気に戻る。りっちゃんが俺の行動を把握しているのか、それとも俺の行動が読まれやすいのか。

 

「……ちっ、なの」

 

 何やら舌打ちのようなものが聞こえた気がしたが、多分空耳だろう。

 

「前にも話したと思うんだけど、あの事務所には昔なじみの妹みたいな子がいてね。まだまだ新人さんでちょっと目を離したくないんだ」

 

 あのサマーフェスでようやく『アイドル』になった彼女たちだが、それでもまだ卵から孵ったばかりのヒヨコ同然なのだ。余計なお世話と言えば余計なお世話だが、行く末を見届けると約束した以上、しっかりとそれを守るつもりである。

 

「春香ちゃんたちで言うなら、まだ感謝祭ライブが終わった辺りぐらいかな。あの頃の君たちも、色々と不安要素が沢山あった時期だからねー」

 

 チラリと視線を向けると、自分でも心当たりがあったらしい春香ちゃんと千早ちゃんがサッと目線を逸らした。

 

「だからもうちょっとだけ346プロの方を気にかけることが増えちゃうけど、だからって765プロのみんなを蔑ろにしているわけじゃないから安心して。それに、君たちの方は君たちの方で気になることが進んでるみたいだしね」

 

 というのも、そろそろ第一期生に続く第二期生のシアター組の書類選考も最終局面を迎えているらしいのだ。

 

 本格稼働前から二期生かとも思わないでもないが、一期生も精々六人。オールスター組もステージに立つことがあるとはいえ、少々劇場を回していくには心もとない人数ではあるので、もう何人か迎え入れるらしい。多分あの高木さんのことだから、随分と個性的なメンバーが揃っていることだろう。

 

 そうそう、ついでに事務員として迎え入れたはずのこのみさんが何故か事務員兼アイドルとしてデビューを果たすことになったため、もう一人新しい事務員の女性を雇ったらしい。青羽(あおば)美咲(みさき)さんというらしいのだが、また今度挨拶にでも行くとしよう。

 

「あ、そういえば一つ聞きたいことがあったんでした」

 

 いい感じに話が纏まったので、このまま一緒にお昼でも……と切り出そうとすると、ポンッと春香ちゃんが手を叩いた。

 

「えっと、良太郎さんの気にかけてる妹みたいな子っていうのは、ニュージェネレーションズの渋谷凛ちゃん、ですよね?」

 

「うん、そうだよ」

 

「そのユニットメンバーの島村卯月ちゃんと本田未央ちゃんはご存知なんですよね?」

 

「そりゃあ、何回か顔も合わせてるからね」

 

 なんだろうか、春香ちゃんの質問の意図が良く読めない。

 

「えっと、それじゃあ良太郎さん、その二人が天ヶ――」

 

 ピリリリリ。

 

「っと、ごめん春香ちゃん、電話みたい」

 

 一言断りを入れてから先ほどスタッフから受け取ったカバンの中からスマホを取り出す。

 

「……お、噂をすれば」

 

 画面に表示された名前は、先ほど話題に上がった凛ちゃんのものだった。

 

 少しみんなから離れると、フリックして通話状態にする。

 

「もしもし、凛ちゃん。こんにちは」

 

『こんにちは、良太郎さん。……えっと、今いいかな?』

 

「うん。何か用事?」

 

『用事というか、なんというか……』

 

 何やら歯切れが悪い凛ちゃん。何かあったのかな?

 

『良太郎さんってさ、色々と知り合いの人、多いよね?』

 

「割と真面目に芸能界トップクラスの顔の広さは自負してるけど」

 

 

 

『それじゃあさ……霊能力者とか、いる?』

 

「……はい?」

 

 

 

 




・『Project:888』
123+765=888

・『LEGEND~アイドル戦記~』
初めは能力を各クラスにおいて聖杯戦争的な感じに仕上げるつもりだったのですが、うまいこと纏まらなかったのでこういう形になりました。

・『生っすか!?レボリューション』
アニメ本編終了時にリニューアルして復活した生っすか!?サンデー。なんかゴールデン番組とかいう話もチラリと聞いたが、それだと響チャレンジとかスマイル体操とかが生中継できなくなりそうだったので、この小説内ではお昼のままで。

・志保ちゃんがこういう演技系が得意
公私をしっかりと分けるタイプなのが関係するかどうかは定かではないが、渡された役はなんであろうとキッチリこなすタイプ。その結果が例の小学生メイドである。

・近い未来にスモッグを着る予定
とときら学園逃げてー! 超逃げてー!

・「……ちっ、なの」
この世界の美希は割と欲望に忠実。大体良太郎のせい。

・随分と個性的なメンバー
姫とか、ミリマス版くんかー枠とか、野生っ子とか、うざかわいい子とか、ぷっぷかさんとか、腹筋背筋胸筋とか。

・青羽美咲
ついに事前登録が開始された『アイドルマスターミリオンライブ!シアターデイズ』に新キャラとして登場する劇場事務員さん。どんなキャラなのか全く掴めてないが、とりあえず新しいものに飛びついて名前だけは出しておくスタイル。



 デレマス編が始まってから一年と一ヶ月、ようやくアニメ二期編のスタートです。

 まずは久しぶりの765信号機トリオ+りっちゃんとの絡みから、アニメ十三話へと突入していきます。

 そして今話にて、ついに(というかようやく)123最後の新人の登場です。お楽しみに。


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Lesson161 Who are you? 2

・デレステ風 123プロの佐久間まゆのウワサ2
「周藤良太郎と所恵美、どっちを選ぶ?」という意地悪な質問をされた場合、たっぷり10分迷った挙句、ボロボロと涙を流し「ごめんなさい」を繰り返しながら周藤良太郎を選ぶらしい。

※質問をした良太郎は事務所総出でお説教を食らい、まゆは恵美に30分以上泣きつきました。


 

 

 

 サマーフェスから早一ヶ月が経った。最近では仕事が増え、ようやく私たちシンデレラプロジェクトの初アルバム発売というところまでやって来た。相変わらず(なんかアイドルみたいだなぁ)という感想が真っ先に浮かんでくる辺り、未だに気持ち的にもまだまだ新人アイドルなのだろう。

 

 さて、そんなまだまだ残暑厳しい九月のことである。

 

 事の発端は、最近やたらとプロデューサーが自分の周囲の様子を気にしていることに気付いたことだった。

 

 一体どうしたのかと尋ねてみたところ……。

 

「誰かにずっと見られてる!?」

 

「振り向くと謎の女の影!?」

 

「それって幽霊!? 幽霊なの!?」

 

「私も幽霊見たーい!」

 

「いえ、ハッキリ見たわけでは……」

 

 ソファーに座り、困惑した表情でそう語ったのはプロデューサー。未央は驚き、卯月は慄き、莉嘉は興味津々で、みりあはとりあえず楽しそうだった。

 

「うーん……この会社、呪われてるのかも」

 

 黄色が何か言いだした。

 

「昔、アイドルに挫折した女の子が……この事務所で……!」

 

「「きゃー!?」」

 

 どうやらそういった類いの話が苦手らしい卯月ときらりがお互いに抱き合いながら悲鳴を上げる。

 

「確かに良太郎さんも前に『自分と共演して挫折したアイドルが枕元に立つことがある』って言ってたから、あながち間違ってないかもね」

 

「……あの、しぶりん? 流石にそのコメントは色々と現実味がありすぎる上に重いから、未央ちゃんもリアクションに困るんだけど……」

 

(まぁ嘘だけど)

 

 ……私もこんなくだらない嘘は吐きたくなかったが、未央の発した『アイドルに挫折した女の子』という言葉に一瞬プロデューサーの顔色が変わった気がしたので、何となく話を流させてもらった。……もしかしたら、プロデューサーにとって地雷のような話題だったのかもしれないし。

 

「でも幽霊ってどうやったら見れるのかな?」

 

「あっ! アタシ、テレビでお姉ちゃんと見たよ! 写真撮るとそこに写ってるの!」

 

 という莉嘉の意見を採用し、試しに未央のスマホで全員の集合写真を撮ってみることになった。

 

「はい、チーズ!」

 

 真ん中にプロデューサーを据え、その周りを私・卯月・きらり・莉嘉・みりあで取り囲んだ集合写真。よく考えたら仕事での撮影やライブ後の集合写真以外でこうやって写真を撮る機会はなかったな。

 

「どれどれー?」

 

 早速今撮った写真を確認すべく、全員で未央の後ろに回って手元のスマホを覗き込む。

 

 まぁどうせ何も写って――。

 

『……っ!!??』

 

 

 

 ――背後のドアの隙間に、何やら人影らしきものが……!?

 

 

 

『きゃあああぁぁぁ!?』

 

 一斉に悲鳴を上げ、近くのソファーや机の影に隠れる私たち。その際、未央が手にしていたスマホを高く放り投げてしまったが、プロデューサーが危なげなくそれをキャッチ。

 

「んー?」

 

 プロデューサーを除き、唯一平気そうなのはみりあだけだった。

 

「や、やばいね……これは本物だよ……!」

 

 やっぱり本気で言っていたわけではないらしく、本当に何かが写ったことで未央も若干動揺していた。

 

「ど、どうしましょう……!?」

 

「どうしましょうって……どうするのさ」

 

 恐怖でテンパり目がグルグルしている卯月の言葉に、思わずそう返してしまう。

 

 幽霊に対処する方法なんて知らないし、知っている人だって……。

 

「……いや待って」

 

 

 

 

 

 

『……という訳で、良太郎さんに電話してみたの』

 

「成程ね」

 

 大体事情は把握した。

 

 割と長くなりそうだったので、行儀が悪いと思いつつも電話をしながら楽屋に戻り、椅子に座ってじっくりと話を聞いた。ちなみに美希ちゃんたちとお昼に行く約束はしっかりと取り付けておいたので、彼女たちは彼女たちの楽屋で少々待機してもらうことになった。

 

 全くの余談であるが、こちらの楽屋について来ようとしていた美希ちゃんはりっちゃんに首根っこを掴まれて引きずられていった。

 

『それで本題に戻るんだけど……霊能力者の知り合いっていたりする?』

 

「勿論いるよ」

 

『勿論いるんだ……』

 

「あ、ちなみに霊障(れいしょう)はそれだけ? 何か他に変わったことがあるなら教えて欲しいかな。場合によっては相談する霊能力者の種類も変わってくるし」

 

『しかも選べるぐらい沢山いるんだ!?』

 

 なんか専門用語っぽい単語も出てきてるし!? と電話の向こうの凛ちゃんは酷く驚いた様子だった。まぁ一般人からしてみたら、幽霊とかそういった類のものは基本的に眉唾だろうからなぁ。俺の場合は転生っていうオカルトを身をもって体験してるし、知り合いの関係上色々とそれっぽいものを見てたり見てなかったり。

 

「それでどう? 何か変わった音を聞いたりとか、変な夢を見るとか」

 

『えっと、ちょっと待って………………無いって』

 

 どうやらすぐそこに武内さんがいるらしい。

 

「分かった。んじゃこっちから話してみるから、また連絡するね?」

 

『うん、ありがとう。お願いします』

 

 ピッと通話を切る。

 

 さて、もう少し美希ちゃんたちには待ってもらって(確か時間は大丈夫と言っていた)頭の中で霊能力者の知り合いをピックアップしていく。

 

 さて、一番最初に思い浮かんだのは小学校の頃お世話になりこういう相談をしやすい相手筆頭である鵺野先生だが、残念ながら先生は現在九州で教職に就いているのでわざわざこちらに呼ぶのも忍びない。

 

 次に思い浮かんだのは高校の後輩である川平(かわひら)啓太(けいた)。若干性格に難はあれど腕は確かだ。しかもあずささんか貴音ちゃんあたりの生写真でも渡せば喜んで引き受けてくれるはずなので安上がり。

 

 てなわけで早速連絡する。

 

「……川平、久しぶり――」

 

『スンマセン周藤先輩! 俺今から四十八時間で世界一周しないといけないんでちょっと今は無理っす! また今度お願いします!』

 

「――って、おーい」

 

 こちらの返答を待たずして電話が切られてしまった。何やらとんでもなく焦った様子だったが……四十八時間で世界一周って、一体アイツは何をやっているんだ……?

 

 しかしどうやら無理そうなので、次の候補である川平と同じく高校の後輩の神咲(かんざき)那美(なみ)ちゃんに連絡する。この子は少々除霊が苦手らしいが、凛ちゃんの話を聞いた限りでは悪霊っぽくないから彼女でも大丈夫だろう。

 

 てなわけで彼女が暮らしているさざなみ女子寮へと連絡する。

 

「……え、那美ちゃんいないんですか?」

 

『うん。丁度鹿児島の実家に帰省してる最中だよ』

 

 寮の管理人である槙原(まきはら)耕介(こうすけ)さんから、現在那美ちゃんが不在であるということを告げられた。何ともまぁタイミングが悪い。

 

『何か伝言があるなら聞くけど?』

 

「あー、いえ、大丈夫です、ありがとうございます。皆さんによろしく言っておいてください」

 

 通話終了。うーん、まさか頼みやすさから選んだトップスリーが全滅するとは……。

 

 あとはそうだなぁ……美術部の経島(ふみしま)たち? って連絡先知らねぇや。

 

 じゃあいずなとか? いや、あいつ何故かえっちぃ目に遭うことが多いからそれに凛ちゃんたちが巻き込まれたら大変だ。それにボラれるし、こいつは最終手段。

 

 あとは幹也さんの奥さんの(しき)さんだけど、あの人ちょっと苦手なんだよなぁ……。

 

「……って、いるじゃん、うってつけの子が」

 

 ふと346プロに『ホラー系アイドル』がいたことを思い出した。除霊の類いは出来ないらしいが、霊感はあるらしいので原因解明的な意味ならば彼女でも大丈夫だろう。しかし同じ事務所なのだから真っ先に相談してそうなものだが……いいや、とりあえず連絡を取ってみよう。

 

 ただ彼女のプライベートの連絡先は知らないので、彼女のプロデューサーに連絡を取る。

 

 よく色んなアイドルの連絡先を知っているように思われるが、別に知り合い全員と連絡先を交換しているわけではない。現にシンデレラプロジェクトでも、アイドル以前から知り合いだった凛ちゃん・みりあちゃんの他には、彼女たちのリーダーだからという理由で交換した美波ちゃんしか知らないし。

 

 さて、突然の『周藤良太郎』からの電話に若干緊張ぎみだったプロデューサーさんから彼女に電話が代わる。

 

『こ、こんにちは、りょ、良太郎さん』

 

「ん、こんにちは、小梅ちゃん」

 

 というわけで、言わずと知れたホラー系アイドルの白坂(しらさか)小梅(こうめ)ちゃんである。以前心霊番組にゲスト出演した際に共演し、ゲストで唯二人のアイドルだったのでそれなりに仲良くなったのだ。

 

「今大丈夫だった?」

 

『えっと、しょ、輝子(しょうこ)ちゃんと、つ、次の仕事の打ち合わせだったけど……ぷ、プロデューサーさんが、休憩にしてくれたから』

 

「おっと、それは悪いことしたかな……」

 

 彼女のプロデューサーに変な気を遣わせてしまったようだ。しかし打ち合わせということは今346の事務所にいるだろうし、好都合だ。

 

「ちょっとお願いしたいことがあるんだけどさ。小梅ちゃんの事務所のシンデレラプロジェクトって知ってる?」

 

『う、うん……一緒のお仕事は、まだないけど』

 

「そこに所属してる俺の知り合いが、ちょっと心霊現象の悩み事があるらしくて、もしよかったら相談に乗ってあげてくれないかな?」

 

『わぁ……! ど、どんな心霊現象? ポルターガイスト? 心霊写真? 金縛り?』

 

 途端に声が弾む辺り十三歳の女の子らしい無邪気さを感じるが、テンションが上がるスイッチの内容が若干アレなのがアレである。

 

「その中だと心霊写真が一番近いかなぁ」

 

 一応凛ちゃんから聞いた内容を簡潔に説明する。

 

「……てなわけだから、俺からの紹介だって言ってくれれば簡単に話は付くはずだから」

 

『う、うん、ありがとう、良太郎さん。えへへ、楽しみだな……』

 

 小梅ちゃんが楽しそうで何よりである。

 

『……えっ? ……うん、分かった。あ、あの、良太郎さん』

 

「何?」

 

『あ、アノコも良太郎さんと、お、お話、したいって』

 

 電話代わるね、という小梅ちゃんの声を最後に受話器の向こうが静かになったかと思うと、突如ノイズ音のようなものが混じりだした。多分アノコに代わったのだろう。

 

「久しぶりー、元気してた……って聞くのも変な話か。調子はどう?」

 

 昨今の携帯電話ではあまり耳にしない『ピーガガガガッ』という音が受話器の向こうから聞こえてくる。多分調子は悪くないのだろう。

 

「そっか。この間の心霊番組、ゲストの俺と小梅ちゃんが視聴者にも好評だったらしいから、多分また呼ばれるかもね。その時は小梅ちゃん共々よろしく」

 

 何やら遠くから女性のつんざくような金切り声が聞こえたかと思うと、ブツッと通話が終了した。どうやら恥ずかしがって切ってしまったようだ、可愛い奴め。

 

 さて、これで向こうは一応大丈夫だろうから、春香ちゃんたちとお昼を食べに行くことにしよう。

 

 

 

 

 

 

おまけ『142sな二人』

 

「ご、ごめんね、輝子ちゃん、打ち合わせ中だったのに」

 

「い、いいぞ、別に。……でも、こ、小梅ちゃん、周藤良太郎と知り合いだったんだな……机の下の私とは、大違い……フヒヒッ」

 

「りょ、良太郎さん、どんな人とも仲良くなれるから、しょ、輝子ちゃんとも仲良くなれるよ、きっと。あ、アノコとも、仲良くなったから」

 

「そ、それは凄いな……コミュニケーションの塊……私とは、ち、違う人種……フ、フヒヒヒッアッハッハッ! ヒャッハーッ! ふざけんなよコンチクショー!!!!」

 

「お、落ち着いて、ね?」

 

 

 




・『自分と共演して挫折したアイドルが枕元に立つことがある』
※凛ちゃんの冗談です。

・プロデューサーにとって地雷のような話題だったかもしれない
実は未央挫折イベントが無かったため、彼女たちは武内Pの過去話を今西さんから聞いていないのです。さてどう影響してくるか……。

・鵺野先生
やはり名前だけだがLesson102以来の登場。本人は果たして登場する機会があるのか……。

・川平啓太
『いぬかみっ!』の主人公。女好きが玉に瑕だが本編終了後の未来では『最高の霊能者(マスターオブハイアスト)』とも称される優秀な霊能者。女好きが玉に瑕だが。

・四十八時間で世界一周
いぬかみ最終巻にて、とある人物の命を救うために自分を含めた三人の命を担保にして啓太が挑んだ『代償を求める神々』から与えられた試練。ワープでの前進禁止・三人の神様からの全力の妨害有というトンデモないルナティックな難易度だが、自身が持ちうるありとあらゆる力全てを出し切れば達成可能。
マジでここアニメ化して欲しかった。

・神咲那美
とらハ3のヒロイン。一応名前だけならば番外編17にて既出。

・槙原耕介
とらハ2の主人公。つまり恭也の先輩に当たるキャラ。女子寮の管理人なんて、まるでギャルゲの主人公だ(直喩)

・美術部の経島
作者的どうしてアニメ化しなかったんだランキング第一位の『ほうかご百物語』の登場人物。今からでも遅くないから白塚とイタチさんのイチャつく姿を見せてくれよー頼むよー。

・いずな
『ぬ~べ~』の登場人物にしてスピンオフ作品『霊媒師いずな』の主人公。
残念ながら彼女の登場=青年誌レベルになるので、けんぜん(笑)なこの小説には登場いたしません。

・式
『空の境界』の主人公。アサシンクラスではない。多分霊的現象に対して何かしらの対抗手段を持っているだけのいっぱんじん。いっぱんじんっていったらいっぱんじん。

・白坂小梅
本編初登場ではあるが、名前だけは一応番外編13にて既出。
アニメと違い、みく経由ではなく良太郎経由で紹介される形に。

・輝子ちゃん
「てるこ」とは読まないけど「きのこ」とは読むかもしれない。

・アノコ




















         タ


            ス

      ケ

          テ


・おまけ『142sな二人』
喋り方本当にこれでいいのだろうか……。



 あんまり話は前に進んでいないけど二話目。

 良太郎の心霊関係に対するスタンスは次話にて。

 そして今度こそ、次回新人アイドルの登場じゃーい!


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Lesson162 Who are you? 3

第六回シンデレラガール総選挙結果発表!(あとがきで触れます)


 

 

 

「くんくん……ん~、こっちにいる気がする~」

 

 

 

 

 

 

「幽霊?」

 

「うん、だから丁度346プロに霊能力者の知り合いがいたから紹介しておいた」

 

「ふーん」

 

「ん、美希ちゃんは幽霊とかそーいう話は大丈夫なの?」

 

「うん、別に興味ない――キャー、ミキお化けの話怖いのー」

 

「おぉう、すごい手のひら返し」

 

 あからさまな棒読みではあったが、例えわざとだとしても怖がる女の子が腕に抱き付いてくるのは嫌いじゃないので黙っておく。やわっこいなぁ。

 

「「「………………」」」

 

「あれ?」

 

 大抵こういう状況になったらりっちゃん辺りからツッコミ(物理)が飛んでくるはずなのだが、右隣に座るりっちゃん及び左隣に座る美希ちゃんの向こう側に座る春香ちゃんと千早ちゃんの口数が先程から少ない、というか無い。

 

「どうしたのりっちゃん、リクエストの魚だけど」

 

「春香と千早さんも、これすっごく美味しいよ?」

 

「……えぇ、そうね。お昼に何を食べたいって聞かれたから、私は確かに魚って答えて、他のみんなもそれに賛成してくれたわ」

 

 でもねぇ、とりっちゃんは微妙にプルプルと震える指で自身のこめかみを抑える。怒っているというよりは、大声を出したいのを必死に我慢しているといった感じだった。

 

 

 

「……まさかこんな高級(たか)そうなお寿司屋さんに連れてこられるとは思ってなかったのよ……!?」

 

 

 

「あ、大将、次カンパチね」

 

「聞いてるの……!?」

 

「聞こえてないわけないって」

 

 俺たちが座るカウンター席の向こうに次のネタを頼むと、大将の手によりあっという間に出来上がった寿司が「へいお待ち!」と俺の目の前の皿に置かれた。相変わらず見事な職人技である。

 

「普通、海鮮丼のお店とかそういうところに連れてこられると思うじゃない……!」

 

「海鮮丼が良かったんなら、確か裏メニューにあったはずだけど」

 

「そういうことを言ってんじゃないわよ!」

 

 本調子になってきたというか抑えきれなくなったらしく、りっちゃんの声が徐々に大きくなってきていた。どうやら雰囲気に飲まれて大声を出さないようにしていたらしいのだが、別にここは個室で板前さんが握ってくれる店だから別に気にしなくてもいいのに。

 

「りょーたろーさん! おにぎりは? 裏メニューにおにぎりはないの?」

 

「多分ないと思うけど……」

 

 あります? と大将に尋ねてみたが苦笑いと共に首を横に振られた。そりゃそうか。

 

「大体、お寿司屋さんにしてもどうしてわざわざこんな高級そうなお店なのよ!」

 

「そこはホラ、たまには俺の大物アイドル感を出しておかないと忘れられそうだし」

 

 頭の中の冬馬に「仕事で見せろ」とか言われた。

 

 ちなみに以前までは月給という形で兄貴が給料を管理していたのだが、成人したということでその制限が若干解除された。今までの生活が生活なのでいきなり散財とかそういうのはないが、こうして何人か後輩を連れて食事をご馳走するぐらいは余裕で出来るようになった。

 

「……はぁ、もういいわよ、諦めるわよ、開き直るわよ。大将さん、私にもカンパチ」

 

 どうやらりっちゃんは考えるのを止めたらしい。大将が握ってくれたお寿司をやけっぱちに口に放り込むりっちゃんだが、その美味しさにあっという間にキツイ表情が軟化した。ちょろいなぁ。

 

「ほら、春香ちゃんと千早ちゃんも好きなもの頼みなよ? 俺がご馳走するから」

 

「……えっと、それじゃあヒラメを」

 

「……甘海老、お願いします」

 

 遠慮がちな春香ちゃんと千早ちゃんの注文を受けて「はいよ!」と大将がネタを握り始める。やはり若い女の子相手にしているからか、心なしかいつもより気合が入っている気がした。

 

「それにしても、幽霊ねぇ」

 

 話は先ほどの凛ちゃんからの電話の話に戻る。

 

「りっちゃんは平気なんだ」

 

「そういう非科学的なものは信じないの」

 

「……うん、そうだね」

 

 無いって信じてればそれで幸せだからそれでいいと思う。

 

「まぁ実際に幽霊かどうかは別として、普通に人っていう可能性もあるけどね」

 

「ストーカー……ってことですか?」

 

「幽霊よりは現実的だとは思うよ」

 

 心霊写真の件でも後ろに扉があったという話だから、単純に後ろから誰かが覗いていたと考えるのが自然である。尤も()()()の可能性を考えたから霊能力者を紹介してあげたわけなのだが。

 

 問題というか疑問点としては、何故アイドルではなくプロデューサーである武内さんをストーキングしているのかという点だ。そのとき彼と一緒にいたアイドルに対するストーカーという可能性もあるが、彼が一人のときも視線を感じたらしいので、その線は薄い気がする。

 

「武内さんが実は現役高校生な十七歳だっていうんなら、もしかしたらそれぐらいの人気者になってたかもしれないけど」

 

「一体アンタは何を言ってるのよ」

 

 もしそうなら「車販売店のディーラーみたい」とか「ベテランニュースキャスターみたい」とか言われてたんだろうなぁ。

 

「そもそも、視線を感じるっていうこと自体、脳の錯覚だという話を聞いたことがありますが」

 

 二品目に注文したアナゴに箸を伸ばしながら話す千早ちゃん。

 

「まぁ視線ってのはあくまで主観の話だから、他者が感じれるわけないわよね」

 

「え、じゃあ何故俺が胸を見ていることは簡単にバレるんだ」

 

「それは純粋に目線が下を向いているだけなのでは……」

 

「そもそもアンタの場合、首ごと傾けて胸見てるでしょ」

 

 個人的にはチラチラ盗み見ていない点に関しては評価してもらいたい。

 

「でも割とマジメな話、そういう雰囲気? 的なものは案外分かったりするものだよ? 士郎さんとか恭也とか、話しかけようとする前に振り返ることあるし」

 

「その二人は色々と例外な気もしますが……」

 

 

 

「現に俺も、ついさっき店に入るまで誰かに見られてたし」

 

 

 

「「「「……えっ!?」」」」

 

 四人とも、口に運ぼうとしていたお寿司が箸から落ちて皿に逆戻りした。

 

「そ、そうなんですか!?」

 

「で、でも良太郎さん、さっきまでちゃんと変装してましたよね!?」

 

 今でこそ個室の中なので帽子も眼鏡も外しているが、店に入るまでは確かに変装していた。

 

「だからどっちなんだろうなぁって。変装状態の俺の正体が分かるのか、それとも変装状態の俺そのものに用があるのか……はたまた、こっちの正体も幽霊か」

 

 正直アイドルとして活動してきた中で今までに無い展開なので、若干ワクワクしている自分がいたりする。

 

「鬼が出るか蛇出るか。個人的には可愛い女の子が出てきてくれるとありがたいんだけど」

 

 ズズッとアガリを飲みながら、超個人的な欲求を口にするのだった。

 

 

 

 

 

 

「ほ、本当にご馳走様です」

 

「ありがとうございます」

 

「すっごく美味しかったのー!」

 

「……まぁ、ありがと」

 

「いやいや、なんのなんの」

 

 昼食を終え、お店を出る俺たち。実はミーハーな大将と『アイドルや芸能人の女の子を連れてくる代わりに割引』という密約を交わしているため、金額的にはさほど高くはなかった。とは言っても、決して回転寿司などとは比べ物にならない値段であることには変わりないが。

 

 さてと、先ほどまで感じていた視線は……。

 

 

 

「にゃはは、やっぱりそうだ~!」

 

 

 

「ん?」

 

 物陰からバッと影が飛び出してきた。

 

 声の高さと影の小ささからして、多分女の子。

 

 熱狂的なファンとかそういう可能性もあるので、アイドル的には当然避けるのが正解なのだろうが。

 

「おっと」

 

 あまりにも悪意の無い無邪気なその声に、真正面から飛び込んできたその女の子を思わず抱き止めてしまった。

 

「なっ!? りょーたろーさん! 一体なにしてるの!?」

 

「あ、いや、女の子が真正面から抱き着いて来たら優しく抱きしめろっていうのが今は亡き親父の遺言で」

 

「アンタのお父様はご健在でしょうが!」

 

「ミキも! ミキも真正面から行くから抱き止めて欲しいの!」

 

「いや、この状態で来られたら衝突事故だけど」

 

 既に抱き止める腕の力は抜いているものの、何故か少女はお腹に顔を埋めてハスハスと匂いを嗅いでいる様子だった。

 

「あああぁぁぁ!? それ以上の狼藉、お天道様が許しても……このミキは見逃さないの!」

 

 よく分からないが少女の行動が気に食わなかったらしい星山のミキさん……じゃねぇや、美希ちゃんが少女を引き剥がしにかかると、思いの外少女はすんなりと離れてくれた。

 

「よしっ、それじゃあ今度は……りょーたろーさーん! ミキも抱き止め――ぐえっ!?」

 

「話が進まなくなるからよしなさい」

 

 今度は美希ちゃんが飛びついてきたが、りっちゃんに首根っこを掴まれたことにより女の子が出しちゃいけない声と共に沈黙した。

 

「さてと、これでようやく話が進む」

 

「にゃはは、相変わらずキミの周りは面白そうな匂いに満ちてるねー。……そしてキミ自身も……ハスハス。う~ん、魅惑のフレーバー! あはは、癖になっちゃう~」

 

 前世今世含めて長いこと生きてるけど、自分の匂いを褒めてくる人物の心当たりは()()しかいなかった。

 

「なんでお前がここにいるんだよ」

 

「あー、なんか扱い雑じゃなーい? 女の子が遥々海の向こうから会いに来てあげたっていうのにさー。対応の改善を要求するー!」

 

「はいはい、ありがと……ちょっと待て、お前本当にそのためだけにこっちまで来たのか?」

 

「え? ……何か別の用事があったような気がするけど、別にいいや!」

 

「いやいや、もし何も連絡なしにこっちに来たんなら、とりあえず向こうの皆本(みなもと)さんに連絡しとかないと……」

 

「あ、あのー……」

 

「ん?」

 

 完全に蚊帳の外になっていた春香ちゃんが控えめに挙手をしたので会話を中断する。

 

「結局その子は何処のどちら様なのか、出来れば私たちにもご説明いただけるとありがたいんですけど……」

 

 そう言いながら苦笑いを浮かべる春香ちゃん。他のメンバー……というか千早ちゃんとりっちゃんは若干興味無さそうで、美希ちゃんに至っては未だに沈黙したままだが、とりあえず問われた以上答えてもいいだろう。

 

「うーん、何と説明するべきか……」

 

 本当に色々とありすぎて説明に困るというか、正直残りの文章量では今話の中に納まりきらないので、とりあえず本当に簡潔に説明するとしよう。

 

「俺、春休みに色々な国を回って来たって言ったでしょ? そのとき、アメリカのとある大学で会った……というか遭遇した……」

 

 

 

一ノ瀬(いちのせ)志希(しき)~。まぁ、別によろしくしなくてもいいよー」

 

 

 




・高級そうなお寿司屋さん
地味に二十歳を過ぎたため、今までの給料体制に若干変化があり、これまで以上に金銭的余裕が生まれた良太郎。ただ主な使用方法は女の子たちへの奢り……何が問題ですか!

・「武内さんが実は現役高校生な十七歳だっていうんなら」
・「車販売店のディーラーみたい」
・「ベテランニュースキャスターみたい」
そんな武内君の最新出演作は遊戯王ヴレインズ! まさかの敵ライバル役だぞ!

・「それ以上の狼藉、お天道様が許しても……このミキは見逃さないの!」
遠山の金さんって現代で考えるなら『裁判長が現場に出向いて悪者を懲らしめて、最終的に判決を下す』ってことだから、割とぶっとんだ話だなぁとか思ったり思わなかったり。

・皆本さん
アメリカにいてもおかしくないキャラで真っ先に思いついたのが何故か彼だった。まぁ実際はアメリカじゃなくてコメリカだけど。
多分やさしいせかいなので恋人のキャリーとよろしくやってんじゃないかな。

・一ノ瀬志希
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。キュート。
ケミカルサイエンティストな18歳のガチ天才。
二次創作においては主に薬品関係でのトラブルメーカー的立ち位置。惚れ薬系とか大体彼女に任せておけば問題ない。



 さて、ついに登場しました。文中ではまだ明かしていませんが、もうここまで来たらもう皆さんお気づきでしょう。というか前回のあとがきでも書いてますし。

 123プロの新人最後の一人、一ノ瀬志希のエントリーだ!

 長かったなぁ。Lesson112でそれっぽいヒント残しといてから一年以上経ってしまった。グレナデンシロップはザクロのシロップなので、赤というか深紅な彼女のイメージにピッタリだと思ったのです。(知性の実で林檎なのではというツッコミは無し)

 絶対アニメにいてもおかしくないキャラだったので、しきにゃん入りのクローネを妄想したPも大勢いることでしょう。作者もその一人なので、その妄想を実現してみました。

 ……え、123の新人なのにクローネとどう絡むかって? ご安心ください、ちゃんと考えてますから(内容がちゃんとしたものだとは言っていない)

 正直その辺は一話では収まりきらないので、某常務さんの初登場を待ってから色々する予定です。

 それでは次話でお会いしましょう。



『どうでもよくない小話』

 楓さん六代目シンデレラガールおめでとおおおぉぉぉおおおぉぉぉ!!!!

 お祝い短編ということで、次回の恋仲○○シリーズは楓さんシリーズの最新作をお届けする予定です!


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Lesson163 Who are you? 4

しきにゃん加入編という名の第五章プロローグのラストです。


 

 

 

 それは春休みも終盤に差し掛かり、個人的ワールドツアーの最終目的地であるアメリカでのことだった。

 

 兄貴の友人で俺の知り合いでもある皆本さんを訪ねてとある大学を訪れたところ、彼の研究チームの一員である少女に突然懐かれた。

 

 彼女曰く「今まで嗅いだことのない不思議と魅惑に満ちた幻想的な香りがする」とのこと。あとついでに「まるで『一度死んで別人として生き返ったことがあるような香り』みたい」とも。……バレてるわけじゃないよな? 違うよな? あくまで喩えだよな?

 

 基本的に女の子の頼みならば二つ返事で了承するのが俺のポリシーなのだが、流石に「研究させて!」「サンプル取らせて!」と上目遣いに可愛らしく懇願されても、後ろ手にメスとペンチを持っていては首を縦に触れなかった。

 

 結局皆本さんにまで「良かったら少し付き合ってあげてくれないかな」みたいなことを言われてしまったため邪険にすることもで出来ず、アメリカに滞在中は四六時中付きまとわれてしまった(流石に宿泊場所までは付いてこなかったが)。

 

 最終的に俺のサンプル狙いというか実験対象として見ることは止めてくれたようなのだが、それ以上の変化が彼女に起こった。

 

 

 

 ――アイドル? 視覚に一過性の刺激を与えて充足させるアレ?

 

 ――……何これ……何これー!? あたし知らない! 分かんなーい!

 

 ――ねぇねぇ! あたしにもっと教えて、キミのこと! アイドルのこと! 

 

 

 

 アメリカでもいくつかステージに立たせてもらったのだが、その全てを間近で見たことにより、どうやら『アイドル』という存在にえらく興味を引かれたらしい。

 

 それからは要求が「サンプルが欲しい」ではなく「アイドルを教えて」に変わったものの、結局付きまとわれる羽目に。

 

 アメリカを発つ日、空港で最後に「もっとキミとアイドルのこと、教えてもらうから!」と宣言されて別れたその少女が――。

 

 

 

「――彼女、一ノ瀬志希というわけ」

 

「……ホント、アンタの周りには変な人間しか集まらないわね」

 

 りっちゃんのその言葉はブーメランだというツッコミ待ちなのだろうか。

 

 流石にいつまでも店の前でたむろっていては迷惑だろうと判断し、あらゆる物語でとりあえずの説明を行う場所として最適なことで有名な『近所の公園』へとやって来た。自動販売機で買った飲み物を片手に話していたのだが、先ほどから美希ちゃんが「ふしゃぁぁぁ!」と威嚇行動を取っているのに対して志希は「にゃははは」と笑うだけで全く意に介していなかった。

 

「それで? 結局お前は何でこっちに来たんだよ」

 

 飲み干した缶をゴミ箱に入れながらクンカー娘に問いかける。

 

「ん? 約束忘れたの? ほら、あたしをアイドルにしてくれるって言ったじゃん」

 

「言ってねーよ」

 

 やめろ、サラッと当たり前のように嘘をついて事実のように語るんじゃない。

 

「でも『素質はある』って言ったよね?」

 

「言って……言ったなぁ……」

 

 咄嗟に否定しようとしたが、それは間違いなく言った。

 

 彼女は天才(ギフテッド)である。それは十八という年齢でアメリカの大学の研究チームに所属し、さらにそこで結果を残しているという実績から鑑みても、兄貴と同等、もしくはそれ以上の天才であるということは明白だった。

 

 そしてかつて麗華たちを、そして冬馬たちを、さらに春香ちゃんたちを前にしたときと、街中で恵美ちゃんと出会ったときと同じように『アイドルとしての本能』が囁いていた。

 

 

 

 ――この少女は()()()()()と。

 

 

 

「あたしは『アイドル』が分からない。キミが人々を熱中させることが出来る理由が分からない。どうしてこんなにあたしの心を惹きつけるのか分からない。分からないから知りたい。キミのことがもっと知りたい。アイドルのことがもっと知りたい」

 

 だからアイドルになりに来た。志希はそう語った。

 

(……どうしたもんか)

 

 かつて『アイドルになるのにきっかけは軽くても構わない』と凛ちゃんに言ったことがあるように、別にその理由に関しては否定するつもりはない。寧ろアイドルを知りたいというのであれば存分に知ってもらいたいというのが本音だ。

 

 加えて彼女は『周藤良太郎』が本能的に認めるアイドルとしての素質を持っていた。研究室に籠っていた時期が長いので若干体力には難がありそうであるが、容姿・声・性格・雰囲気、何処をとってもアイドルとして成功しうる素質を兼ね備えている。

 

 そして何より、俺が『彼女がアイドルとして成功した姿を見たい』と思っている。

 

 ……あれコレ拒絶する理由無いな。

 

 とはいえ、俺の一存では流石に決めることは出来ない。いくら俺が世間でトップアイドルと言われている『周藤良太郎』であっても、123プロダクションに所属している以上事務所のことは社長にお伺いを立てなければならない。

 

 

 

 

 

 

「というわけで連れてきました」

 

「一ノ瀬志希でーす!」

 

「元いた場所に返してきなさい!」

 

 そんな犬猫じゃないんだから。いや、本音を言えばみくちゃんよりも猫っぽいような気がしないでもないけど。

 

 とりあえず新アイドルスカウトの案件ということで、123の事務所へと志希を連れてきた。

 

 当然兄貴は驚いていたし、美優さんやたまたま事務所にいた三人娘も同様に驚いていた。

 

「いつかやる気はしてたけど、本当に女の子拾ってきちゃった……」

 

「でも恵美さんも同じようにスカウトされたんですよね?」

 

「まぁそうだけど……アタシのときとはまた違う状況というか」

 

「………………」

 

「とりあえずまゆさん、まばたきぐらいしてください」

 

 三人娘は一先ず置いておいて、志希をウチでデビューさせてみてはどうかと提案する。

 

「兄貴も俺の兄貴なんだから分かるだろ? 志希の才能」

 

「……いやまぁ、勿論分かるさ。この子がアイドルとして輝ける逸材だってことぐらい」

 

 しかしなぁ……と兄貴は思案顔。

 

「美優のアイドル化計画もそろそろ大詰めだし、割と手一杯なところでもあるんだよ……」

 

「それ私聞いてないんですけど……!?」

 

 お茶汲みから帰って来た美優さんが兄貴の言葉を聞き逃さず、先ほど志希を紹介したとき以上に驚愕していた。しゅがーはぁとに負けず劣らずなフリフリ衣装でステージに立つ美優さんを拝める日も近いということか。

 

「そっちも大切かもしれんが、でもここでこの天才を手放すのも惜しくないか?」

 

「それだよなぁ」

 

「流さないでください先輩……!?」

 

「にゃははは、いつもと違うところを褒められると流石に志希ちゃんも照れる~」

 

 美優さんにガクガクと身体を揺さぶられものの、一切意に介さず思案する兄貴。

 

「どのみち、どんな原石だって磨かなけりゃ石ころだ。先に基礎レッスンを積んでもらって、その間に何かしらの手を打つことにしよう」

 

 まぁそれが妥当か。

 

 結局、今のところ彼女はアイドルの素質を感じるだけであり、アイドルとしての能力はレベル1。ひのきの棒すら装備していない状態ではスライム討伐も簡単じゃないだろう。

 

「志希もそれでいいか?」

 

 志希にそう尋ねると、彼女はんーと腕を組んだ。目算ではあるが、多分志保ちゃんぐらいはありそうな胸が持ち上がる。

 

「しばらくはアイドル出来ないってことー? そんなのつまんなーい」

 

 皆本さんが言うには、一ノ瀬志希という少女は非常に飽きっぽい性格らしい。興味が長続きせずに、少し目を離すといつの間にか姿が見えなくなる失踪癖まであるとのこと。本当に猫っぽい子だなぁ……みくちゃんのアイデンティティがクライシスだ。

 

「お前がやろうとしていることはそういうことなんだよ」

 

 しかし、その点に関して俺は別段何も危惧していない。

 

 

 

「この俺を前にしておいて、アイドルを飽きるなんてこと、絶対にさせないさ」

 

 

 

 一度『周藤良太郎』に興味を抱いておいて、飽きるなんてことはあり得ない。

 

「見せてやるよ。そのお前の底なしの好奇心を満たし尽くす、果ての無い世界って奴を」

 

「……うん、いいねいいねーすっごい楽しそうな匂いがするよ~。やっぱりキミはすっごく興味深いし、すっごく楽しそうで、すっごく面白そう」

 

 そう言って笑う志希は、年相応に……いや、それよりも幼く無邪気な笑みを浮かべた。

 

 こうして俺たちの事務所の新たな――。

 

 

 

「あ、あのぉ! 一つよろしいでしょうかぁ!」

 

 

 

 ――仲間が……と締めようとしたら、それまで何故か静かだったまゆちゃんからストップがかかった。

 

 見ると、先ほどまで三人で座っていたソファーから立ち上がりピシッと行儀よく右手を真っ直ぐと挙げていた。その両脇の二人に視線を投げかけてみるも、恵美ちゃんは肩をすくめ、志保ちゃんに至っては興味ないとばかりに手元の絵本に視線を落としていた。

 

「何、まゆちゃん」

 

「あ、あの……ど、どうして良太郎さんはその一ノ瀬さんに対してそんなにフランクな態度なのでしょうかぁ!?」

 

「ん? 志希に?」

 

「それですよぉ!」

 

「あー、言われてみればリョータローさんって、基本的にちゃん付けで呼び捨てにしないですもんね」

 

 あぁ、それかぁ。

 

 いや、俺も最初は『志希ちゃん』って呼んでたんだよ? ただなんというか……。

 

「俺の中だと『手のかかる猫』っていう印象なもんで」

 

「あー、ひっどーい」

 

 ぷくーっと頬を膨らませる姿は大変可愛らしいが、騙されてはいけない。

 

 色々と言いたいことはあるが、こう説明するのが一番手っ取り早いだろう。

 

 こいつは()()()()()()()()()で自由奔放なのだ、と。

 

「じゃ、じゃあ、是非ともまゆのことも名前で呼んで欲しいのですがぁ!」

 

「? ……まゆがそれでいいならいいけど」

 

「やっぱり以前のままでお願いしますぅ!」

 

「撤回早いね!?」

 

 

 

 さて、というわけで我が事務所の八人目のアイドルがやって来たわけなのだが。

 

 はてさて、彼女は一体どんなアイドルとなり、どんな影響を与えることやら。

 

 

 

「にゃはは、よろしくねー!」

 

 

 

 

 

 

 ちなみに。

 

「う、うん……確かに憑いてるけど……わ、悪い子じゃないから、少し遊んであげれば、満足すると思う、よ……?」

 

『……えっ!?』

 

 武内さんの方は、本当に本物だったそうだ。

 

 

 

 

 

 

おまけ『周藤父』

 

 

 

「あ、幸太郎さん聞いてくださいよ。この間良太郎の奴、父親が『女の子が真正面から抱き着いて来たら優しく抱きしめろ』って言ってたとか言ってましたよ。いくら何でもそんなことを……」

 

「………………」

 

「……あの、幸太郎さん? どうしてそんなに露骨に目を逸らすんですか?」

 

 

 




・『一度死んで別人として生き返ったことがあるような香り』
(フラグでは)ないです。

・『近所の公園』
あと河川敷とか、野外の場面書くときは便利すぎてついつい使ってしまうのは作家あるあるだよね?

・美優のアイドル化計画
だから美優さんのソロ曲はよ!

・ひのきの棒
この王様、世界救わせる気ねぇなって誰もが思ったはず。

・本当に猫っぽい子だなぁ
作者的イメージ
 みく ⇒ 養殖
 志希 ⇒ 天然

・こいつは俺が手を焼くレベルで自由奔放なのだ。
そんな彼女の暴走を更に加速させる『あの娘』との邂逅もそう遠くはない……!

・本当に本物だったそうだ。
なんだって、本編では幽霊の正体だったまゆがいない? ならば致しかたない、本物にしてしまえば万事解決だな!

・おまけ『周藤父』
実は唯一の登場シーンであるLesson01を読み返してもらえば、父親がどんなキャラなのか理解してもらえるはず。つまり良太郎のそれはそういうこと。



 というわけで、これから志希ちゃんが新たな仲間として加入です。よし、これで番外編で突拍子もないお薬ネタを書くための下地が整ったぜ!

 彼女がどうクローネと関わっていくのかは、彼女がまだ明かしてない『とあること』が関わってきます。その辺を含めて次話に続きますが、次回は番外編です。

 つい先日の総選挙で楓さんが一位に輝いた記念として、約一年二ヶ月ぶりに恋仲○○シリーズ楓さん編の続編を書かせていただきます!

 それではまた来週、人によっては週末に石川にてお会いしましょう!


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番外編30 もし○○と恋仲だったら 11

楓さん六代目シンデレラガール就任お祝い短編第二弾です!

※第一弾はかえでさんといっしょに掲載

※『番外編20 もし○○と恋仲だったら 8』からの続きとなります。


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 唐突ではあるが、俺と楓の娘は二人とも自慢の娘である。親馬鹿特有の子供自慢だがもう少し聞いてもらいたい。

 

 長女のさっちゃんこと沙織は小学生に入ったと同時にアイドルとしての修行(レッスンと称さないところがポイント)を開始し、冬馬・千早ちゃん・美由希ちゃんなどといった錚々たるメンバーからの手ほどきを受けた結果、アイドルとしての実力は小学校を卒業する頃にはIEの舞台で戦うレベルにまで到達してしまっていた。

 

 次女のはーちゃんこと早見も沙織と同じタイミングでアイドルを志したが、彼女なりのペースでトップアイドルを目指すということでこちらはあくまでもレッスンレベル。しかしそれでも小学生の身でありながらトップアイドルの一員として芸能界に名を連ねているのだから、流石俺と楓の娘である。

 

 そんな二人は、昔からずっといい子だった。多少の我儘はあれど基本的に物分かりがよく、レッスンにも積極的で学業もしっかりとこなし、家でのお手伝いも欠かさないという正に絵に描いたようないい子である。

 

 しかし時の流れとは残酷なもので――。

 

 

 

 ――ついに『反抗期』がやってきてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

「……いい加減にしろ、沙織」

 

「嫌です」

 

「何度言ったら分かるんだ!」

 

「いくらパパの言うことでも聞けません」

 

 リビングにて言い争う俺と沙織。俺とよく似たその瞳が、不機嫌に吊り上がっている。

 

「どうしてこんな子に育ったんだ……!」

 

「決まっているでしょう? わたしが貴方の娘だからに決まっています」

 

 昔は素直に言うことを聞いてくれた沙織が、今ではこうして憎まれ口を叩くようになってしまった。自分の教えが悪かったとも思わないが、それでもこうなってしまうとは思いもしなかった。……いや、思い返してみれば、その片鱗はあったのかもしれない。

 

「さぁ、パパ――!」

 

 もう逃がさない。そう物語った力強い瞳で沙織は()()を俺の眼前に突き出した。

 

 

 

「――観念して、この婚姻届けにサインしてください!」

 

 

 

 周藤沙織。つい先日十六の誕生日を迎えたばかりの暴走ファザコン娘である。

 

 

 

 

 

 

「だから日本の法律上、直系血族との婚姻は認められてないって何回言えば……!」

 

「ご心配なく。日本一のトップアイドルになった暁には政界に進出し、いずれ法律を変えますので」

 

「それ吹き込んだの絶対に346の的場(まとば)梨沙(りさ)だろ!」

 

 あの元祖ファザコン娘、人の娘になんてことを吹き込んでいるんだ。いい加減三十路も近いんだから諦めろよ……!

 

 はぁとため息を吐きつつ、目の前に仁王立ちする沙織をチラリと一瞥する。

 

 髪質と泣き黒子、そしてスラッとしたスタイルは母親である楓譲りで、瞳は俺譲り。早見にも言えることだが、割と母親の血が濃くて個人的にはホッとしている。自分に似るのも勿論嬉しいが、やっぱり美人な母親に似てくれた方が嬉しい。髪型まで昔の楓とよく似たショートボブなので、若い頃の楓にそっくりだった。

 

 アイドルとしては、どちらかというと千早ちゃんのようなアーティストタイプ。しかしダンスやトークといった点においても優秀で、親の贔屓目を抜きにしても文句なしのトップアイドルである。

 

 基本的に物腰柔らかい丁寧な口調と性格で、しかし自分の意見を曲げずに明け透けに物を言う様は間違いなく俺の血が混ざっていると実感する。

 

 知り合いからの評価は『見た目と性別が高垣楓になった真面目な周藤良太郎』なのだそうだ。色々と貶されている気もするが、自分でも納得してしまう的確さではあった。

 

 ホント、公私共に「わたしはパパのお嫁さんになります」と吹聴しなければこれほど完璧なアイドルもいなかっただろうに……。

 

 そんな残念な子を見る目で自分の娘を眺めていると、何故か沙織は申し訳なさそうに目を逸らした。

 

「……ごめんなさい、パパ」

 

 お、もしかして分かってくれたか?

 

「努力は沢山しているのですが、わたしの胸はパパ好みに成長する兆しを一切見せません……これも全てママの血のせいです。これは一度親子の縁を断ち切ることで、この呪いから解き放たれなければなりません」

 

「親子の縁切っても血は切れないし、そもそもそこを残念に思ってたわけじゃないからな!?」

 

 なんというか、何故こんな性格まで俺に似てしまったのか。くそう、何故俺がこんなツッコミ側に回らねばならんのだ……。

 

「はぁ……全く、お姉ちゃんってば何言ってるのさ」

 

 ソファーに俯せになりながら雑誌を捲っていた次女の早見が、そんな俺たちのやり取りを聞いてため息を吐いた。

 

 姉と同じく髪質は母親譲りだが、左目元の泣き黒子の代わりに口元の黒子が特徴的な小学三年生。こちらも目は俺に似ているが、瞳の色は母親である楓の左目と同じく青みがかっている。現在髪を伸ばしている真っ最中らしく、背中まで垂れた髪をうなじ辺りで一つに結っていた。

 

 アイドルとしては姉とやや方向性が違い、早見は春香ちゃんのような正統派アイドルとして活動してる。歌やダンスも勿論一流だが、彼女はどちらかというとトークや雰囲気で場を盛り上げるタイプだった。この辺りは楓よりは俺に近いのだろう。

 

 ステージの上やカメラの前では往年の正統派アイドルらしい振る舞いをする彼女だが、普段の生活では割とクールというかドライで、公私をきっちりと分けるタイプ。普段から「パパを愛しています」と公言している沙織と比較すると、色々と正反対な姉妹である。

 

 

 

「こういうのは『父親と娘』だからこそいいんじゃん。結婚して夫婦になるんじゃなくて、父親との禁断の関係。これが分かんないとか、お姉ちゃんもまだまだだねー」

 

 

 

 ……コイツもコイツで、姉とは方向性が違うファザコンじゃなけりゃ何も問題なかったんだけどな!

 

 二重に痛くなってきた頭を押さえていると、ソファーから身を乗り出した早見が上目遣いに服の裾を引っ張って来た。

 

「ねーねー、お姉ちゃんはパパとの親子関係に不満があるみたいだし、これからはあたしだけのパパだよね? ねっ、ぱぁぱ」

 

「その呼び方止めなさい」

 

 誰だ!? 小学三年生(はやみ)にこんな別の意味にしか聞こえないパパの呼び方を教えた馬鹿は!?

 

「何ふざけたことを言っているのですか早見。パパの独占なんて許されると思っているのですか?」

 

「別にお姉ちゃんの許しはいらないし。ほら、アメリカから映画出演のオファー来てるんでしょ? 半年ぐらいノンビリ行ってきなよ。その間はパパと昔のように親子水入らずの時間を過ごすから」

 

 ジロリッとアイドルや女子高生がしていいものではない目で睨む沙織だが、そんな姉のガン飛ばしを一切意に介さず「また一緒にお風呂に入ろうねー」と腕を引っ張ってる早見。他の家ではどうなのかは知らないが、母親の方針で割と早い段階で娘との入浴はしなくなっている。……我が子とのスキンシップが無くなって残念に思いつつも、心の何処かでホッとしている自分がいた。

 

「……舐めた口を叩くのは、せめてオリコンチャートで私を抜いてからにしてはどうですか? 早見」

 

「は? だったらお姉ちゃんもせめてあたしのカップ数を抜いてからパパを誘惑したら?」

 

「……ブチ(コロ)シマス」

 

 ついに早見が姉を煽る伝家の宝刀を抜き去ったことにより、沙織の堪忍袋の緒が真っ二つに叩き切られてしまった。まぁ疚しい視線無しに娘二人の発育具合を見ると、二人とも同じぐらいの大きさ。しかし身長との関係上、沙織よりも早見の方がカップ数が大きいのだ。加えて年齢的な成長の伸びしろを考慮し、そもそも七つ下の妹と同じ大きさなのだから沙織の怒るのも分からないでもない。

 

 ちなみにどうして俺が娘二人のカップ数を知っているのかというと、聞いてもいない身体測定の結果を教えてくるからだ。いや、趣味嗜好としては確かに昔からずっと大乳好きなのは変わらないが、別に娘の胸の大きさには興味ないさ。

 

 さて、そんなことを考えている内に喧嘩の体勢に入り始める娘二人。女の子同士の喧嘩ならば平手や髪引っ張りなどのキャットファイトを想像するが、残念ながら高町式護身術を習得してしまった二人の喧嘩は人中や水月を狙って掌底や抜き手が飛び交う殺伐めいたものなのだ。普通の喧嘩以上に全力で止めなければどちらかが行動不能になりかねない。

 

「ただいまー」

 

 タイミングは一瞬……! ユパ様のように華麗に間に入って止める……! と無駄に緊迫していると、そんな空気を霧散させるように愛妻(かえで)が帰ってきた。

 

 出会った頃から殆ど変わらないその美貌はまるで四十を越えているとは思えず、流石にここまで来ると童顔の一言で済ませられない何かを感じる。一時期育児の邪魔だからと短くしていた髪の毛も今では昔の長さにまで戻り、見た目で言えばアイドル現役時代と大差なかった。

 

 尚中身に関してもそれほど変わっていないが、俺も人のことは言えないので口をつぐむ。

 

 ちなみに子供が大きくなったので芸能界に復帰……ということはせず、たまに保育園などでボランティアとして歌を教えていたりする。未だに現役で第一線を走り続けている千早ちゃんには劣るものの、それでもかつて『翠の歌姫』と称されたその歌唱力は健在だった。

 

「あら、二人とも喧嘩はダメよ?」

 

 買い物袋を机の上に置きながら、明らかに通常の喧嘩とは思えない構えを取る姉妹を諫める楓。すっかり慣れたものである。

 

「ママ、早見が先ほど『文句があるならあたしのカップ数を抜いてからにしろ』とか言ってました」

 

「ちょっ!?」

 

 先ほどの早見の発言を、声帯模写を交えつつ楓に報告する沙織。俺が知り合いのマジシャンから受け継いだ技術は無事に次世代のトップアイドルに引き継がれていた。

 

「……早見ちゃーん? ママも早見ちゃんに文句があるんだけど、聞いてくれないのかなー?」

 

(いふぁ)(いふぁ)い!?」

 

 ニッコリと笑みを浮かべながら早見の頬を引っ張り上げる楓。

 

 ……まぁ、楓も沙織と同じぐらいの大きさだからこうなるのも当然か。自分でも大きくないことを自覚しているらしいが、それを娘に弄られるのは少々癪に障るらしい。

 

「おぉ……ママがママを超えてMAMAになっています」

 

「それだと最終的に早見が【ネタバレ防止】されるだろ」

 

 というか沙織、それ何年前の映画だと思ってるんだよ。本編からの時間軸を考慮すると二十年以上前の映画だぞ。

 

 

 

「……それにしても不思議です」

 

「ん?」

 

 フローリングに正座して膝を突き合わせる楓と早見(一方的に正座させず、説教する場合は自分もするのがウチのルール)を見ながら、ポツリと沙織が呟いた。

 

「パパの好みは手のひらから少し零れるぐらい大きな胸の女性です。パパの現役時代だったら、朝比奈りんさんや星井美希さんがパパを慕っていたと聞きます」

 

 ……こう真正面から娘に自分の好みの胸のサイズのことを問いただされるのは流石にバツが悪いなぁ。

 

「それなのに、どうしてパパはママと結婚したんですか?」

 

「なんでってそりゃあ……美人だったからな」

 

「……流石にその返答は、いくらパパとはいえ女性として見過ごせないものなんですけど」

 

「でも美人だろ? お前のママ」

 

「いや、そうですけど――」

 

「容姿から性格から心、何から何まで美人だった」

 

「――え?」

 

 

 

 ――初めまして、高垣楓です。

 

 初めて出会ったとき、その容姿の美しさに目を引かれた。

 

 

 

 ――うふふ、()()()()()()()()飲みますよっ。

 

 初めて一緒に食事に行ったとき、その可愛らしい性格に心を引かれた。

 

 

 

 ――私は、ファンの人と一緒に階段を登りたいんです。

 

 初めてアイドルとしての決意を聞いたとき、その真っ直ぐな目に心を奪われた。

 

 

 

 『もし』とか『たら』とか『れば』とか、そういう未来を考えたことが無いと言ったら嘘になる。

 

 けれど、()()()は間違いなく、自分が持つ好みとかそういうもの全てを凌駕して高垣楓という女性のことを愛してしまったのだ。

 

沙織(おまえ)早見(あいつ)も、今は俺のことが大好きって言ってくれてるけどな。()()()()()()()()()()っていうのはな、そういう今までの自分の好みだとかそういうの全てを超越して現れるんだよ」

 

 だからお父さん大好きもほどほどにな、と沙織の頭を撫でると、彼女は唇とつんと尖らせながらあからさまに拗ねた表情を見せた。

 

「だから、過去現在未来何処をとってもわたしが好きなのはパパだけだっていつも言っているじゃないですか」

 

「そうだな、俺もお前たちのことが大好きだぞ」

 

「……う~、わたしが欲しい『好き』っていう意味じゃないのに、喜んじゃう自分がいる~!?」

 

 ブンブンと髪の毛を振り乱しながら悶える長女の姿を見つつ、内心で苦笑する。ホント、表情豊かな子に育ってくれて本当に良かった。

 

「……はっ!? そういえば婚姻届けのことを流されるところでした!? 早見がママに捕まっている内に……!」

 

「沙織ちゃーん、早見ちゃんに聞いたわよー。胸が大きくならないのはママの血のせいなんですってねー?」

 

「チクりましたね!?」

 

「先にチクッたのはそっちでしょ!?」

 

 どうやら逃げ切れないと悟った早見は、沙織も巻き込む形で共倒れを狙うことにしたらしい。

 

「そ、それよりママ! ママはおっぱい星人のパパの何処に惹かれて結婚しようと思ったんですか!?」

 

 巻き込まれまいと必死に話題を逸らそうとする沙織。だから実の父親捕まえておっぱい星人は止めなさい。事実だけど。

 

 そんな沙織の質問に対し、楓はキョトンとした表情を見せた。

 

 

 

「? ……そんなの、パパがカッコよかったからに決まってるじゃない」

 

 

 

 ね? とウインクをこちらに飛ばしてくる楓。その姿は、アイドル現役時代を彷彿とさせる堂に入ったもので、そして俺の心を撃ち抜いた当時の彼女のそれそのものだった。

 

「……結局、パパもママも似た者夫婦だったってことですね」

 

「どういたしまして」

 

「ふっ、流石はわたしが認めるパパ争奪戦最大のライバルです。ここは引いてあげますが、次に会うときは……」

 

「沙織ちゃんは何処に行くつもりなのかしら?」

 

「……がっでむ」

 

 どうやら母娘の心温まる説教タイムは沙織も加わって延長戦に突入するようだ。

 

(……平和だなぁ)

 

 

 

 周藤家は今日も、そしてこれからも。とても平和だった。

 

 

 




・周藤良太郎(37)
最近もっぱら「第一線を退くとはなんだったのか……」と言われるぐらいに活動しているトップアイドル。本人曰く「コンテストは全て辞退しているから第一線ではない」とのこと。
娘二人のファザコン具合に若干頭を悩ませているが、三人で番組に出演すると視聴率がトンでもないことになるので業界では喜ばれている。

・周藤楓(41)
ついに四十路を超えてしまった元トップアイドル。本人曰く「小じわが増えた」とのことだが、周囲から言わせてみれば「誤差」程度。今も変わらぬ童顔で、娘二人と並んでいると長女に見られる。

・周藤沙織(16)
『周藤良太郎の再来』と称されるトップアイドル。そのスペックは良太郎現役時代そのものであり、女性である点と笑顔になれる点を加えれば既に父親を超えたトップアイドル。しかし本人的にはまだまだらしい。
『お父さん大好き』が重度のファザコンにまでレベルアップしてしまったが、世間には良太郎の『大乳好き』と同様に受け入れられている模様。

・周藤早見(9)
姉ほどではないにせよ、両親二人の血をしっかりと継いだトップアイドルな小学生。身体の発育は姉以上で、そこが数少ない姉(ついでに母)に勝っている部分。
姉とは別ベクトルのファザコンで、ある意味では姉よりもヤバい思想持ち。

・暴走ファザコン娘
オリ主の娘ならこれが定番かなって思った(思考放棄)

・的場梨沙
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。パッション。
超ファザコン系罵り型セクシー小学生な12歳。
地味に数少ないデレマスでの罵倒キャラだったりする。

・人中や水月
人体の急所です。良い子も悪い子もここだけは絶対に狙うのは止めましょう。

・ユパ様
ナウシカの剣を腕で受け止めつつ敵兵にはしっかりと鎧の隙間を狙って短剣で牽制してる辺りが最高にクール。

・MAMA
ホラー映画。恐怖系gifまとめとかを見たことある人ならば一度は目にしたことがあると思われる、あのやたらと細くてゆらゆらしつつ超高速で接近してくるアレ。

・最終的に早見が【ネタバレ防止】される
映画にも姉妹が出てくるのですが、実は【ネタバレ防止】です。

・手のひらから少し零れるぐらい大きな胸の女性
今更ながら明かされる良太郎の趣味嗜好! 興味ない? だよね。



 というわけで、今度こそ本当に恋仲○○シリーズ楓さん編の最終話です。これはもう宮崎監督レベルの本気具合です。

 自分の好みと好きになった人の違いというのは、多分皆さんにも経験があるのではないでしょうか、というお話でした。作者が紛れもなくそれです。体型的に言えばとときんや拓海でもおかしくないのに、楓さんの担当になったのは間違いなく運命でしたね(ドヤァ)

 改めて、楓さん六代目シンデレラガールおめでとうございます! これからCD収録などで忙しいでしょうが、一緒に頑張りましょう!(P目線)

 それでは、また来週の本編でお会いしましょう。



『どうでもいい小話』

 石川公演にて、名刺交換していただけた方、本当にありがとうございました!

 次回静岡公演でも、是非また読者の方と名刺交換できると嬉しいです!


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Lesson164 Beyond the sea

初登場だったり再登場だったりしてキャラが増えるお話。


 

 

 

「え? 結局今年もスカウト枠の新人が入ったの?」

 

「まぁ、スカウトというか……向こうから勝手にモンスターボールに入って来たっていうカスミのコダック形式だな」

 

「そこで無印が喩えに上がる辺り年代がアレだよな」

 

 最近ウチの事務所にやって来た新人アイドルの話題で盛り上がりながら俺と共に大学の構内を歩くのは、恭也と月村の二人である。何故だろう、月村と凄い久しぶりに会った気がする。

 

 描写は殆ど無かったものの、一応これでも現役の大学二年生。出席率は芳しくないものの、それでも仕事が無い平日の昼間はこうして大学の講義に出席しているのだ。だから月村ともそれなりに頻繁に顔を合わせているはずなのだが……?

 

「ねーねーどんな子? 写真とかないの?」

 

「えっとちょっと待て……ほらコレ」

 

 スマホを起動して写真を引っ張り出してくる。

 

「へー、可愛い子じゃない。……子?」

 

「俺たちよりも年上なのか」

 

「間違えた」

 

 ついにアイドル化計画が本格始動したため、悪乗りした留美さん及び早苗ねーちゃんの協力の元、ピンクを基調としたフリフリ衣装に着替えさせられて赤面しつつもポーズを決めさせられた美優さんの写真だった。ちなみに売り出す方向性は『大人のしっとりとしたアイドル』なので、完全に悪ノリだけで撮られた写真である。なんだかんだ言って、兄貴はやっぱり俺の兄貴なんやな。

 

「こっちこっち」

 

「あら可愛い」

 

 画面に写っているのは俺と志希と三人娘の五人で撮った集合写真。俺の右側を志希が占拠し左腕をまゆちゃんに掴まれ、その横に恵美ちゃんと志保ちゃんが並ぶ構図の写真だった。

 

「この子のデビューはいつ頃になるの?」

 

「まだ未定。とりあえず基礎レッスンを受けさせて、まずは体力不足を解消するところから」

 

 言動がややマッドサイエンティストチックな志希は、色々と活発そうに見えるもののインドアらしく体力が無い。まだ俺を研究対象として見ていた時期に軽く走って逃げたらすぐに追っかけてこなくなり、何事かと振り返ったら走り始めて五十メートルぐらいのところでバテていた、なんてことがあったぐらいだ。

 

 ウチの事務所の育成方針としては『何はともあれ体力だ!』というスタミナ至上論主義なので、まずはその辺の改善が課題である。彼女は美希ちゃんや恵美ちゃんみたいに『魅せる』ということが本能的に分かるタイプだと思うので、そこを何とかしさえすればデビューも遅くないだろう。

 

 ……と、言いたいところではあるのだが、ここで志希の一つの問題点が浮上するのだ。

 

「それにしても、相変わらず周藤君は女の子に懐かれるのが得意よね」

 

「香港でもそうだったな」

 

「いや、流石の俺も中華刀を突き付けられたことを『懐かれる』とは称したくないぞ」

 

 たまたま招かれたパーティーで知り合った褐色中華少女と話していたら、その護衛の少女から首筋に刃物を添えられたのは決していい思い出ではない。あのとき偶然恭也が香港に来ていなかったら割と冗談抜きで命の危機だったし。おかげでしばらくの間、鈴の音が鳴る度にビクッとするようになってしまった。

 

「あぁでも、イギリスでもあったな」

 

「あったのか」

 

「あったのね」

 

「ロンドンの街中を歩いてたら、いきなり白髪の女の子に『おかーさん』って抱き着かれて……ん?」

 

 一体誰と勘違いしたのだろうかと思い出していると、携帯電話が鳴った。取り出すと我が事務所の事務員兼アイドル候補生(仮)の美優さんからだった。

 

「はい良太郎です」

 

『りょ、良太郎君、大変です……!』

 

「ついに美優さんのデビューの日程が決まりましたか?」

 

『そ、そうではなく……実は――!』

 

 

 

「……そうですか、志希がいなくなりましたか」

 

 

 

 美優さんからの告げられた『志希がレッスン中に姿を消した』という報告に、俺は驚くわけでもなく『あぁまたか』と溜息を吐いた。

 

 これが志希が抱える問題点である。

 

 一ノ瀬志希の失踪癖、というのは本人も自覚しているところである悪癖だ。一つの物事に興味を持ったときの行動力は凄いが、集中力は低くすぐに別のものに興味が移ってしまう。これは普段の行動にも表れ、自身が興味を持ったもののところへとあっちへフラフラこっちへフラフラと一ヶ所に留まろうとしないのだ。

 

 アメリカでも気が付けば横を歩いていたはずの志希がいつの間にかおらず、そしてしばらくするとまたいつの間にかしれっと横に戻ってきていたことが何度もあった。

 

 だからレッスンも基礎トレーニングを中心に置きつつ、彼女に飽きがこないようにボイスレッスンや恵美ちゃんたちの仕事現場に付いていかせたりと、広く浅くレッスンを受けさせていたのだ。

 

 それだけで彼女の失踪癖を抑えることが出来るとは思っていなかったが……流石にここまで早いとは思っていなかった。

 

 多分フラッと帰ってくるだろうから、とりあえず美優さんにはトレーナーさんへの謝罪を頼んでおく。いつもお世話になっていて最近123プロの専属トレーナーになりつつある増田さんなので分かってくれると思う。

 

「はぁ、全くアイツは……」

 

 分かっていたことではあるが、アイツの失踪癖には頭を抱えたくなる。

 

「……何やら『いなくなった』などと不穏な言葉が聞こえてきたのだが」

 

「あぁ、実はな……」

 

「……ねぇ、周藤君」

 

 一体何事かと尋ねてくる恭也に説明しようとすると、月村に遮られた。

 

「どした?」

 

「……あの子ってもしかして」

 

 月村が指差す先、とある研究室の一室を覗き込む。

 

 

 

「こっちはこの式を使った方がいいかなー」

 

「う、うおおおぉぉぉ!? そ、それは盲点だった!?」

 

「なんだこの子は!? 今までの俺たちの研究課題をいともあっさりと!」

 

「こ、これならば成功間違いなしではないか!?」

 

 

 

 大学院生相手に、何やら崇め奉られている志希の姿があった。

 

「……何やってんだよ、お前は」

 

「あ、リョータローはっけーん!」

 

 やっと見つけたー! とこちらに飛びかかってきた志希の頭を押さえて制する。

 

「けちー」

 

「ケチじゃなくて、お前レッスンはどうしたんだよ」

 

「飽きた」

 

 予想通りというか想像通りというか、予定調和に近いものを感じた。

 

 志希曰く「適当にフラフラしてたらリョータローの匂いがしたような気がして大学構内に侵入した」「適当に歩いていたら何やら気になる数式を書いている集団を見つけたから、適当に間違いを指摘していた」らしい。

 

「でもこっちも飽きちゃったし、この人たち変な匂いがするからいいや」

 

『ぐはぁっ!?』

 

 何やら志希を引き留めようと声をかけていた大学院生たちが一斉に倒れこんだ。志希がいう『変な匂い』というのは文字通りの意味ではなく、志希が興味を持たない匂いという意味なのだが……まぁ下手にフォローするとそれはそれで面倒くさいことになりそうだし、放置でいいか。

 

 というわけで志希を連れ、四人で足早にその場を立ち去るのだった。

 

 

 

 とりあえず美優さんに連絡を入れておき、大学構内のカフェテリアの一角を陣取って志希への説教タイムである。

 

「お前アイドルになるんじゃないのかよ」

 

「でもレッスン疲れるし飽きちゃうんだもーん」

 

 俺の苦言に対し、志希は不満げにメロンソーダの上に浮かんだアイスをストローでつついた。

 

「でもこれがお前の知りたがってた『アイドル』への第一歩なんだぞ? お前は興味を持ったことを証明するための実験が時間のかかる面倒くさいものだったら、その時点で飽きて止めるのか?」

 

「……うー……」

 

 どうやら志希の図星を突けたようで、彼女は反論せずにブクブクとストローで泡立てた。

 

「まぁまぁ周藤君。志希ちゃんは今ちょっとだけ飽きちゃったんでしょ? なら、気分転換してからまたレッスンすればいいじゃない」

 

 四人掛けのテーブルで、志希の隣に座った月村がよしよしと志希の頭を慰めるように撫でる。

 

「それに、練習に飽きが来るのは『目標がないから』かもしれんな」

 

「『目標がないから』……か」

 

 恭也の言葉に、確かに一理あった。

 

 かつて「デビューを約束して欲しい」とストもどきを行ったみくちゃんのように目標や目的が無いまま練習やレッスンというのは、終わりの見えないマラソンのように辛いし不安で、確かに飽きる。今の志希はデビューというゴールが未だに見えていない……というかゴールの設営自体が不十分の状態と言っても過言ではなかった。

 

「んー、シノブって撫でるの上手ー」

 

「あら、ありがとう。ふふふ、お姉さん、猫ちゃんの相手は得意なのよー?」

 

「でもなんだろう……鉄? 鉄分? 不思議な匂いがするねー」

 

「……そ、そう?」

 

 ……まぁ、不安っていう点に限って言えば志希にはなさそうだが。

 

「彼女の場合は人一倍飽きやすく冷めやすい性格のようだし、一先ず何かしらの目標を立てた方がいいのではないか?」

 

「兄貴に相談してみるわ」

 

 ゴロゴロと猫のように喉を鳴らしながら月村に撫でられている志希の姿を眺めながら、とりあえず事務所のトップであり俺たちのプロデューサーである兄貴へ話してみることを決める。それこそ、CDの予定でもデビューの予定でもいい。もしくは三人娘のバックダンサーとか、美優さんとユニットデビューでも、そういうのでいい。

 

 

 

 例えば……『シンデレラプロジェクト』のような何かしらの大きな企画があれば目標としては分かりやすくてやる気も持続できるんだけどなぁ。

 

 

 

「……あっ」

 

「ん?」

 

 不意に、志希の頭を撫でていた月村がそんな声を上げた。何やら視線が俺と恭也の背後に向けられている。

 

 一体何があったのだろうかと後ろを振り返ろうとし――。

 

 

 

「だーれだ?」

 

 

 

 ――そんな声と共に俺の視界が真っ暗になり、それと同時に俺の背中に柔らかな何かの感触が広がった。

 

 これはもしや!? これだよこういうラッキースケベ的なイベントを俺は求めて……! と一人テンションが上がっているが、はたと気付く。

 

 このシチュエーション、というかこの()

 

 『聞き覚えがある』なんて言葉では片づけられない、俺がアイドルを志したそのとき以来ずっと聞き続けてきた()()にして()()の声。

 

「……りん?」

 

 

 

「せいかーい! ただいまっ! りょーくん!」

 

 

 

 1054プロダクション所属『魔王エンジェル』の一人。

 

 朝比奈りん。半年ぶりの再会だった。

 

 

 




・カスミのコダック形式
もしくはムサシのソーナンス形式。

・褐色中華少女
・護衛の少女から首筋に刃物
・鈴の音が鳴る度に
孫なんとかさんと甘なんとかさん。
『作者の頭の中の設定だけど実は春休みにこんなことがあったのだよ』シリーズ。春休み中の出来事はアイマスキャラが殆ど出ないから投稿しづらいのなんの……。

・白髪の女の子に『おかーさん』って抱き着かれて
まさかそんな現代イギリスに切り裂きジャックが生きてる訳ないじゃないですか(目逸らし)

・カムバックりんちゃん
実に約15ヶ月ぶりの再登場! ……さーて出したはいいもののどうするか(無計画)



 りんが戻って来たところからスタートする今話は、地味にアニメ15話前半部(楓さん部分以外)のお話となります。つまりCP解体の話が持ち上がったところです。

 そろそろあの方の登場なので身構える方もいらっしゃるでしょうが。

 安心してください、第五章の中で一番愉快なことになってますから。

 それではまた。



『どうでもいい小話』

 デレステにてブライダルガチャ爆死。しかし今重要なのはそこではない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ!


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Lesson165 Beyond the sea 2

話がそれほど進まない二話目です。


 

 

 

 『魔王エンジェル』は日本におけるトップアイドルの中でも『周藤良太郎』の次に名前が挙がるほどの知名度のアイドルグループである。寧ろ『周藤良太郎』という例外を除いてしまえば、日本でナンバーワンの人気を誇っていると言っても過言ではない。

 

 最近はずっと海外での活動を主にしてきたため、若干日本での露出は減っていたものの、それでも今なお日本でもトップアイドルとして名前の挙がる彼女たち。

 

 そんな彼女たちの一員である朝比奈りんが、いきなり帰って来たのだから驚きである。

 

「いやホント驚いた。一年ぐらい外国って話じゃなかったか?」

 

「うん。でもあくまでも試験的な目安だったから、そろそろ戻ってIEのことも考えるって麗華が」

 

「なるほどね」

 

 まだ正式な開催時期が明言されていないIE、アイドルエクストリーム。その形式すら分からない状況なだけに、長く日本を離れて活動するのも少々危険だと判断したのだろう。流石はトップアイドルグループのリーダー兼プロデューサーである。

 

「それでその麗華は? あとともみも」

 

「二人とも例の如く別件の用事。だからアタシだけりょーくんに会いに来たってこと!」

 

 いや、大学の講義を受けに来たわけじゃないのか? 休学中とはいえ、一応お前もここの学生だろう。

 

「ところでりん。……近くない?」

 

「アタシの心はいつでもりょーくんの近くにあるよー!」

 

 などと答えになっていない返答のりん。四人掛けのテーブルだったので隣のテーブルから椅子を一つ拝借してきたのだが、それはもう密着するレベルで俺の隣に陣取ってきた。というか密着していた。久しぶりにむぎゅむぎゅと腕に押し付けられる幸せな柔らかさに、逆に戸惑ってしまう自分がいた。

 

 おかしい、俺にここまでのラブコメ補正が働くはずがない……!? オチは何処だ……!?

 

「なんというか……凄まじい、という感想が一番適しているのかもしれないな」

 

「……ここまでされておいて、勘付かない男がいるとは……」

 

「ん? 忍、何か言ったか?」

 

「……ここに前例があったことを忘れていたわ」

 

 俺の隣から離脱して月村の隣に移動した恭也たちが何やら話していたが、しかし俺の現状に対する解答ではなさそうなので無視する。

 

「いひひっ、りょーくーん! ……ん? そーいえばこの子誰?」

 

 どうやらようやくいつもの顔ぶれの中に見慣れない顔があったことに気付いたらしいりん。志希に視線をやりながら首を傾げていた。

 

「あぁ。一ノ瀬志希。つい先日、スカウト枠で123(うち)にきた新人だよ」

 

「一ノ瀬志希でーす!」

 

「え、新人!?」

 

 相変わらずヒラヒラと気の抜けた様子で挨拶をする志希に対し、りんは驚いた様子を見せた。

 

「へー……志保ちゃんだけじゃなかったんだ」

 

「まぁ色々あってな。志希、こっちは日本が誇るトップアイドルグループの――」

 

「くんくんっ」

 

「――何やってんのお前」

 

 こちらの業界のことを何も知らない素人な志希に対していかにりんが凄いアイドルなのかを説明しようかと思ったら、何故か席を立って近付いてきていた志希がめっちゃりんの匂いを嗅いでた。おいコラ羨まけしからん。

 

「え、ちょっ、何この子……?」

 

 流石にいくら同性とはいえ匂いを嗅がれるのは女の子的にはNGだったらしく、露骨に嫌そうな表情を浮かべるりん。

 

 そんなりんにお構いなしにスンスンと匂いを嗅ぎ続ける志希だったが、やがて何かに気付いたようでパッと表情が明るくなった。

 

「ねーねーリン!」

 

「……馴れ馴れしいわね、この子」

 

 基本的に自分もフレンドリーに接することの方が多いりんだが、流石にここまでグイグイと来る志希には若干頬が引き攣っていた。

 

「アメリカ帰りだから勘弁してやってくれ」

 

 まぁそうじゃなくても志希の性格的なものだろうけど。

 

 

 

「もしかして、リンって『恋』してる?」

 

 

 

「……はぁっ!?」

 

 それはもう子供のような無邪気さでとんでもない爆弾を放り込んできた。流石のりんもこれには顔を赤くしつつ驚愕の声を上げる。

 

「ちょっ、ホントこの子いきなり何言いだすの!?」

 

「えっとねー、リョータローの匂いにも興味あるんだけど、その前に興味あったのはコーイチとキャリーの二人からしてた不思議な匂いだったんだー」

 

「あぁ、あの二人ってそういえばデキてたっけ」

 

 志希と同じ研究チームにして彼女の保護者役でもあった日本人男性とアメリカ人女性の二人を思い返す。皆本さんにゾッコンなキャリーと、興味無い振りをしつつも何だかんだ意識している皆本さん。そしてそんな二人の様子を面白そうに眺める賢木(さかき)さんの姿を思い出した。

 

「んで、もしかしたら『人は恋をすると特別なフェロモンを発する』んじゃないかなーっていうのが、前のあたしの研究テーマ」

 

「確か人は恋をするとドーパミンだかセロトニンだか色々な化学物質が脳内に溢れかえるんだっけ?」

 

 この中では志希に次いで博識な月村が「えっと」と顎に人差し指を当てながら呟く。

 

「そーそー。要するにー『恋』っていうあやふやなものを科学的に証明してみよー! ってこと。だからリンー! サンプル取らせてー! コーイチたちのだけじゃ全然足りなかったんだよねー!」

 

「ちょっと待って色々整理させてこっち来ないでりょーくんは向こう向いててこっち見ないで顔隠させてだから匂いを嗅ぐなあああぁぁぁ!?」

 

 ひゃっふー! と喜々としながら何処からかピンセットとシャーレを取り出した志希が飛びかかり、りんは何やら真っ赤になってテンパりながら逃走を図った。

 

 そーいえば、彩玉(さいたま)大学の理工学研究科に進んだ犬飼(いぬかい)虎輔(こすけ)先輩が、所属する研究室に恋を科学的に証明しようとしている先輩がいるとか言ってた気がする。そこに連れてってみても面白いかもしれんな。

 

「……で? りんを助けなくていいの? 一応周藤君の事務所の新人が暴走してるのよ?」

 

「しばらく遊ばせておけば気が済むだろ。りんには悪いけど、猫にじゃれつかれていると思って勘弁してもらいたいな」

 

「本音は?」

 

「もうちょっと走って逃げるりんの乳揺れを眺めていたい」

 

「もう意識がりんの胸にしか行ってない……これはもうしばらく報われそうにないわね」

 

 ダメだコイツと何故か溜息を吐く月村をよそに、約半年ぶりのりんの乳揺れを堪能するのだった。

 

 

 

 ピリリリリッ

 

 

 

 ただその至福の時間はあっという間に終わりを告げる。

 

「……ん、電話……凛ちゃんから?」

 

 

 

 

 

 

 それは、余りにも突然すぎる出来事だった。

 

 いつものように学校を終え、いつものように駅で待ち合わせをした卯月や未央と合流し、いつものように346の事務所の玄関ホールを通り、いつものようにエレベーターでプロジェクトの部屋がある三十階まで上がる。

 

 いつもと同じなのは、そこまでだった。

 

 エレベーターを降りると、何故か廊下の床や壁にはブルーシートが張られていた。それはまるで、引っ越しの際に荷物で床や壁を傷付けないように保護しているようで……。

 

 

 

 そして私たちが目にしたのは、いつも私たちが使っている部屋から次々に荷物が運び出されている光景だった。

 

 

 

 突然部屋を失った私たちが行きついた先は、事務所の地下に存在する資料室だった。埃だらけのその部屋に集まった私たちは、全ての事情をプロデューサーから聞くこととなった。

 

「あ、アイドル部門の全ての事業の解体!?」

 

「は、白紙に戻す……!?」

 

「………………」

 

 悲痛な面持ちのプロデューサーの口から語られたのは、余りにも衝撃的で、そして信じられないことだった。

 

 

 

 ――現アイドル部門の全ての事業を解体し、白紙に戻す。

 

 ――その後、アイドルを選抜し一つのプロジェクトにまとめ、大きな成果を狙う。

 

 

 

 つい先日海外から帰って来たこの事務所の重役がアイドル部門全てのプロデューサーを集めてそう告げたらしいのだ。

 

「私たちのお仕事どうなるの……?」

 

「……現在進行中の仕事に関しては、続けてお願いします」

 

 不安そうに尋ねるみりあに対し、プロデューサーはそう返答した。

 

「……ってことは、この先は分からないってこと……?」

 

「ユニットはどうなるの……!?」

 

「それは……」

 

 李衣菜とみくの問いかけに言葉を濁すプロデューサー。

 

 そんな煮え切らない態度のプロデューサーに、痺れを切らせた未央が叫ぶ。

 

「本当に、プロジェクト解散なの!?」

 

「解散はさせません! 絶対に!」

 

『っ!?』

 

 ……こんなふうに声を張り上げるプロデューサーを、私は初めて見た。

 

「対抗する案を提出して、何とかします。……私を信じて、待っていてください」

 

 

 

 ――必ず何とかします。皆さんは、普段通り行動してください。

 

『………………』

 

 千川さんに会議へ呼ばれてプロデューサーはそう言い残して去り、資料室には私たちプロジェクトメンバーのみが残された。

 

「待つことしかできないのかな」

 

「夏フェスだって成功して、これからだっていうときなのに……」

 

 何もできない歯がゆさに、ギュッと二の腕を握り締める。

 

「……そうだ! 凛ちゃん!」

 

 突然、何かを思いついた様子の莉嘉が、私の服の袖を引っ張って来た。

 

「良太郎さんに助けてもらおうよ!」

 

「えっ」

 

「りょ、良太郎さんに……?」

 

「何かあったら、いつでも相談してって言われてるんでしょ!?」

 

「そうだよ! 私たちのお仕事無くなっちゃうかもしれないんでしょ!?」

 

 莉嘉とみりあの年下二人に懇願される。

 

 確かに良太郎さんは『理不尽な目に遭いそうになったら名前を出してくれて構わない』とか『いつでも相談してくれ』とか言ってくれたけど……。

 

 周りを見ると、他にも何人かは期待するような目で私を見ていた。

 

 周藤良太郎なら今の状況を何とかしてくれるのではないか……と、期待しているのだ。

 

「……分かった」

 

 観念して、ポケットからスマホを取り出す。

 

 ……いや、私も本音を言えば『助けてもらいたい』とそう思っている。

 

 けれど、心の中では『本当にそれでいいのか』と思っている私もいるのだ。

 

 メッセージアプリを立ち上げて良太郎さんにメッセ―ジを送ろうとし……やはり直接電話をかけることにした。

 

 コール音が二度三度と繰り返され、十を超えて数えるのを止めた辺りでようやく通話状態になった。

 

『ごめんごめん、ちょっと周りがうるさくてさ。場所移動してた』

 

 聞こえてきたのは、いつもの良太郎さんの声。

 

 その声に、私はほんの少しだけホッとしてしまった。

 

「……えっと、あのさ――」

 

 

 

『どうかしたの、()()

 

 

 

「――()!?」

 

 今まで一度も呼ばれたことのない呼ばれ方に、生まれて初めて良太郎さんからされた敬称略の呼び捨てに、思わず声を荒げてしまった。何故か知らないけど頬まで熱くなってきた。

 

「え、何々!? しぶりんどうしたの!? 何か面白そうな雰囲気を醸し出してるけど!?」

 

「何でもないからコッチ来ないでっ!」

 

 目を輝かせた未央を追っ払うのに夢中で、受話器の向こうの『やべ、間違えた』という良太郎さんの声は聞こえなかった。

 

 早速くじかれてしまった出鼻に、はぁ……と思わず違う溜息を吐いてしまった。

 

 

 




・俺にここまでのラブコメ補正が働くはずがない……!?
普段あーだこーだ言いつつ実際にその状況になると戸惑う系主人公。

・賢木さん
絶チルの登場人物でお医者さん。確かこの人も皆本さんと一緒に外国にいたはず。

・彩玉大学
・犬飼虎輔
『理系が恋に落ちたので証明してみた。』というネット漫画発の漫画ネタ。なお主人公ではない。

・ただその至福の時間はあっという間に終わりを告げる。
※別にシリアスが始まるわけではない。

・事務所の重役
一体何城常務なんだ……!?

・「――凛!?」
(りんが帰って来た理由の半分がこれをやりたかっただけだなんて言え)ないです。



 シリアスが始まるように見えるだろ……? これ、盛大な前フリなんだぜ?

 てなわけでいよいよ登場、名前を呼んではいけないあの人(知らないだけともいう)

 大丈夫、大丈夫……まだポエムパートではない……。



『どうでもいい小話』

SSA? 察して(血涙)


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Lesson166 Beyond the sea 3

今回ちょっと叩かれそうで怖いゾ……。


 

 

 

 さて、間違えて凛ちゃんを「りん」と呼んでしまうというハプニングでのっけから躓いてしまったものの、改めて凛ちゃんからの話を聞く。どうやら俺に相談したいことがあるらしい。

 

 凛ちゃんからの相談事はこれで何回目だろうなぁなどと思ったが、電話の向こうの凛ちゃんの声色は何やら真剣そうだった。多分これまでの相談事よりも深刻なのかもしれない。しかも、珍しいことにシンデレラプロジェクトメンバー全員から相談に乗ってもらいたいとお願いされているらしい。

 

 ならば電話口よりも直接会って相談を受けた方が良いだろう。

 

「んじゃ、今からそっち行くから待っててね」

 

『えっ』

 

 

 

 

 

 

 という訳で既に本日の講義を終えていた俺はなのはちゃんの未来の兄夫婦と別れ、346プロの事務所へとやって来た。以前、例のストライキ騒動の際に今西さんから「これからも是非遠慮なく遊びに来てくれ」と言われているので遠慮は無い。普通ならば社交辞令だけど、あの人だったら割と本気にしてもよさそうだし。

 

「……で、何で二人まで来てんのよ」

 

 以前と同じように受付で中に入るための手続きをしながら振り返ると、そこには志希とりんの姿が。

 

「暇だからー」

 

「レッスン行けよ」

 

「今日はりょーくんと一日一緒にいようと天地神明にかけてきたから」

 

「覚悟が重いよ」

 

 ほら、ただでさえ周藤良太郎が手続きに来て驚いてる受付のお姉さんが、朝比奈りんの登場に目を白黒させてるじゃないか。

 

「いーじゃんいーじゃん、邪魔しないからー」

 

「いやまぁ、確かにお前の場合は目の届くところにいてくれた方がありがたいが」

 

「りょーくんアタシは!?」

 

「お前は一体何と張り合ってるんだよ……」

 

 とりあえず、二人も一緒に手続きを済ませる。

 

「……しかし、なんだか騒がしいな」

 

 りんが必要事項を書類に記載している間に周りを見渡すと、何やらスタッフたちが慌ただしく走り回っていた。既に変装を解いている状態なので、俺が周藤良太郎だと気付いたらしいスタッフも何人かいたが、その誰もが足を止めることなく(せわ)しなく動いている。まぁ職務を全うしているだけで当たり前と言えば当たり前なのだが。

 

(もしかして、凛ちゃんの相談事と何か関係あるのか……?)

 

「りょーくん、お待たせ。アタシも手続き終わったよ」

 

「ん、じゃあ行くか、()ちゃん」

 

「り、()()ちゃん!?」

 

 やべ、また間違えた。

 

 

 

 流石に「別の女の子と呼び間違えた」とは言えないので、とりあえず「ちょっとした軽口」という(てい)で押し通すことにした。本人は何やら「新鮮でいいかも……!」とちょっと嬉しそうだったので、これ以上触れないでおこう。

 

「んー、なんかリョータローから嘘つきの匂い」

 

「黙ってなさい」

 

 とりあえず到着した旨を凛ちゃんにメッセージで送ると、どうやらこっちまで迎えに来てくれるらしい。

 

 ……なるほど、ということは『りん』と『凛ちゃん』が初めて顔を合わせることになるのか。

 

「………………」

 

 なんだろう、ちょっと嫌な予感がしてきたぞ。

 

「良太郎さん」

 

 などと考えている内に、あっという間に凛ちゃんがやって来てしまった。いつも学校帰りに事務所へやって来ているらしいので、黒のカーディガンを羽織った制服姿だった。

 

「や、凛ちゃん」

 

「ごめん、良太郎さん。わざわざ来てもらっちゃって……」

 

「いいよ別に。なんか深刻そうだったから、電話越しじゃなんだと思ってね」

 

「ありがと。……ところで、後ろの二人は……?」

 

「えっと……こっちの赤紫の髪は一ノ瀬志希。ウチの新人」

 

 予想通り「え、新人いたの?」という反応をされたので先ほどの説明を繰り返す。そろそろコイツの紹介が面倒くさくなってきたぞ……。多分これ、この後プロジェクトメンバー全員にもやらなきゃいけないんだろ? 次は出来るだけ省略したいなぁ。

 

「んで、こっちは1054プロダクションの『魔王エンジェル』朝比奈りん」

 

「りょーくんの妹分なんだって? よろしくー」

 

「あ、えっと、渋谷凛です。よろしくお願いします……」

 

 突然の(俺以外の)トップアイドルの登場に、やや驚きつつもりんの握手に応じる凛ちゃん。りんはりんで、俺の妹分と話してあるので他のアイドルの子と比べると若干フレンドリーな対応である。

 

 

 

「……ん? 朝比奈()()さん?」

 

「……ん? 渋谷()?」

 

 

 

 ヤバい、二人して何かに気付こうとしている。

 

「俺も初めて気が付いたときはビックリしたよ。驚いたでしょ?」

 

「……いやまぁ」

 

「驚いたけど……」

 

 何やら小骨が喉に刺さったような言いようのない表情をしている二人。

 

「「……まぁいいか」」

 

 ……二度と呼び間違えないようにしよう。

 

 

 

 というわけで、二人のリンの邂逅を終えて俺たちは凛ちゃんの案内の元、シンデレラプロジェクトが使っているという部屋へと向かうのだが……。

 

「……あれ、地下にあるの?」

 

「……まぁ、色々あって」

 

 何故か下へ降り始めた凛ちゃん。凛ちゃんやみりあちゃんの話からして、結構事務所の上の階にあったって話だった気がしたけど。

 

(……なーんか雲行きが怪しくなってきたぞ)

 

「……ここ」

 

「ここって……」

 

「思いっきり資料室って書いてあるにゃー」

 

 そうして凛ちゃんに案内された部屋は、志希の言う通り『資料室』と書かれた部屋だった。

 

「みんな、良太郎さん来てくれたよ」

 

 ガチャリと凛ちゃんが扉を開けて中に入り、それに続く形で俺、志希、りんと後に続いた。

 

「助けてりょうお兄ちゃーん!」

 

「助けて良太郎さーん!」

 

 その途端、ちっこい弾丸二つが俺の懐に飛び込んできた。ゴフッと腹部にダメージを受けるが、後ろに志希とりんがいるため倒れ込むわけにはいかず、なんとかその場に踏みとどまる。

 

「あのね、シンデレラプロジェクトが無くなっちゃうの!」

 

「私たち解体だって!」

 

「お仕事も無くなっちゃうの!」

 

「全部じょーむとかいう人のせいなんだって!」

 

「「あとね! あとね!」」

 

「待って! 落ち着いて! ステイ! Just a moment(ちょっと待って)!」

 

 

 

 

 

 

「どうぞ、良太郎さん。一応、皆さんが来る前に軽く掃除は済ませておきましたので」

 

「ありがと、美波ちゃん」

 

 美波に勧められ、良太郎さんは一人用のソファーに腰かける。女の子だからという理由で朝比奈さんに座るように進めていたが、朝比奈さんは相談を受けるのは良太郎さんだからという理由で断っていた。一ノ瀬さんはその辺ブラブラしてるからまぁいいだろうとのこと。

 

「いえ、こんなところにまで来ていただき、本当にありがとうございます。こんなものしか用意できてませんが……」

 

「これはご丁寧に」

 

 前の部屋のようにお茶を淹れる設備が整っていないので、わざわざペットボトルのお茶を買って用意する辺り、美波は本当に出来る女って感じだなぁ。

 

 そしてそれ以上に、以前とは比べ物にならないぐらい良太郎さんへの好待遇っぷりにギャップが凄い。いやまぁ、わざわざ出向いてくれた他事務所のトップアイドルに対する対応と思えばこれが普通のなのかもしれないけど。

 

「お二人も、よろしければ……」

 

「あー、アタシはいいや。ありがと」

 

「あたしもいらなーい」

 

「……まさか、良太郎さんだけじゃなくて『魔王エンジェル』の朝比奈りんさんまで一緒とは……」

 

「お、驚きです……」

 

 最近良太郎さんに慣れ始めた様子のプロジェクトメンバーだが、やはり突然現れた朝比奈さんには驚きを隠せない様子だった。

 

「な、なんにゃあの奔放な猫キャラは……! 猫(ぢから)九千……一万……一万千……バ、バカにゃ……まさか……ま、まだ上昇しているにゃ……!?」

 

 あとついでに何故かみくが一ノ瀬さんを見ながら一人戦慄していた。一応良太郎さんの事務所の新人だという説明は終わっているが、何かしら思うところがあるのだろう。恐らくアイデンティティ的な何かが。

 

 

 

「……なるほどねぇ」

 

 一応私たちの中では最年長のリーダーであり、こういう場合のまとめ役として最適な美波からの説明を聞き、良太郎さんは頷いた。

 

「ロビーの方がバタバタしてたのはそのせいだったのか」

 

「色んな部署の、色んなアイドルの子たちが大変みたいで……」

 

「スタッフさんたちも大忙しみたい」

 

 そうだなーと呟き、足を組みながら天井を見上げて一人瞑目する良太郎さん。

 

「とりあえず結論から言わせてもらうけど……この件に関して、俺は君たちを直接助けてあげることは出来ないかな」

 

「えぇぇぇ!?」

 

「なんで!? どうして!?」

 

 再び良太郎さんに駆け寄り彼の身体を揺さぶる莉嘉とみりあ。他のメンバーも少なからずショックを受けた様子だが……杏や美波は「やっぱり」という表情を浮かべていた。かくいう私も、何となくそう言われるような気がしていた。

 

「落ち着いて。確かに俺は『何かあったら俺を頼ってほしい』とは言ったよ」

 

「だったら……!」

 

「でも、これはあくまでも君たちの事務所の問題。こう言っちゃうと情けないかもしれないけど、俺の発言力が及ばないところの問題なんだよ」

 

「……え?」

 

 組んだ足を戻し、前かがみになり膝に肘を着いて組んだ手に額を乗せる良太郎さん。目元が見えなくなり、唯一見える口からは大きな溜息が零れた。

 

「いや、正確に言うと口出しは()()出来る。アイドルに対する不当な扱いっていうのは間違いないわけだし、俺がそう発言すればそれは世間に対して大きな影響を及ぼすだろうね」

 

 今は『日本のテレビの顔』とも称される、トップアイドル『周藤良太郎』が及ぼす影響力。きっとそれは、私が想像する以上の力を持っていて、良太郎さんもそれを自覚しているのだろ。

 

「でもそれは、そっくりそのまま()()()()()()()()()も巻き込んでしまう。……君たちを助けるために、君たちを傷付けるとか本末転倒にもほどがある」

 

「あっ……」

 

 そうか、今回の仮想敵である相手は他ならぬ()()()()()()()なんだ。それが原因でアイドル部門そのものが傾いてしまったら、結局私たちはアイドルを続けることが出来なくなる。

 

「じゃ、じゃあ私たちは、どうしたら……」

 

「簡単じゃない」

 

 そう良太郎さんに対して未央が問いかけると、それに応えたのは朝比奈さんだった。

 

「辞めればいいのよ」

 

「……え」

 

「辞めればいいじゃん。事務所の方針が合わないんでしょ?」

 

「そ、そんな簡単に……!」

 

 あまりにも切り捨てるような朝比奈さんの物言いに、未央は食って掛かろうとする。

 

「そりゃ、簡単じゃないわよ。でも、アンタらもアイドルの端くれなら知らないとは言わせないわよ。世間ではトップアイドルと呼ばれる存在だったにも関わらず、所属事務所に嫌気が差したから()()()()()()()()()()()()()()自分たちを貫いた大馬鹿アイドルがいたってこと」

 

 しかし、朝比奈さんのその言葉に動きを止める。

 

「それって……」

 

「……『Jupiter』……」

 

 そうだ、今は良太郎さんの事務所でトップアイドルとなっている彼らだが、その前は人気絶頂の真っ只中だったにも関わらず、方針が合わなくなったという理由で事務所を辞めていたんだった。

 

「だからまずはアンタたちが本当にしたいことがなんなのか答えなさい。アイドルがしたいの? それとも事務所にいたいの?」

 

「……それは……」

 

「りん、あんまり俺の妹分たちを怖がらせないでくれ」

 

 良太郎さんがストップをかけると、朝比奈さんはそれまでの勢いが嘘のように「はーい」と素直に後ろに下がった。……多分だけど、私たちの問題を良太郎さんに頼って解決しようとした私たちに対する叱責だったんだと思う。

 

「ま、さっきまでのはあくまでも極論で、最終手段。ここのトップの人が俺の話に一切耳を傾けてくれなかった場合の話さ」

 

 そう言いながら、良太郎さんはスマホを取り出した。

 

「……え、良太郎さん、まさか」

 

 今のセリフと、その手のスマホはまさか……。

 

 

 

「それじゃあちょっとだけ、ここのお偉いさんとお話をしようかな」

 

 

 




・「これからも是非遠慮なく遊びに来てくれ」
※なお言われなくても遠慮なく来た模様。

・美波は本当に出来る女って感じだなぁ。
美波はデキる(意味深)

・「……まさか……ま、まだ上昇しているにゃ……!?」
この後みくにゃんの猫スカウターがボンッと爆発します。

・良太郎が手助けできない理由
要するに、以前765と961の問題のときのように『事務所』に対しては強く働きかけることが出来ない、ということ。



 色々と突っ込まれそうな微シリアス回。感想はお手柔らかに……。

 って、アレ結局常務出てきてない……(無計画)

 最近こんなんばっかじゃねぇか!(自虐)

 しかし次回は流石に登場。ただ今回とのギャップで余計に酷いことになりそう……。

 それではまた来週。人によっては静岡でお会いしましょう。



『どうでもいい小話』

 ツイッターの方で『短編ss60分一本勝負』と勝手に銘打って書いた短編SSを投稿しました。

 一部抜粋して載せときますので、もし興味があったらツイッターの方も覗いていただけたら嬉しいです。




(前略)

「私は良太郎さんの妹分なんだよ? 他の子よりも長い付き合いなんだよ? だったらもうちょっと特別扱いしてくれてもいいじゃん」

 ほらほら妹が甘えてるよ頭撫でてよ、と目を瞑りスリスリと額を肩に擦り付ける凛ちゃん。

(後略)


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Lesson167 Beyond the sea 4

最近四話で収まらないことが多くなってるゾ……。


 

 

 

「ちょ、ちょっと良太郎さん……!?」

 

「実を言うと、あの人ちょっと苦手なんだけど……まぁ悪い人ではないし、多分話せば分かってくれるんじゃないかな。それがダメでもある程度の譲歩は引き出せるかと……」

 

 問い詰める暇も止める暇もなく、「んー今忙しいかなー」と呟きながらスマホを弄っていた良太郎さんは通話を始めてしまった。なんいうか、先ほどまで「俺の発言力が及ばないところの問題」だとか「君たちを傷付けてしまう」だとか色々言っていたのにどうしてだとか、何でウチの事務所のお偉いさんの携帯電話の番号を知っているのかだとか、聞きたいことがありすぎてもう何が何やら。

 

「良太郎さ――!」

 

「あ、もしもし、こんにちわ。お久しぶりです」

 

「――むぐっ!?」

 

 大声で呼びとめようとした矢先に通話が始まってしまったため、慌てて自分の口を押さえて声を中断させる。

 

「今お時間あります? ……大丈夫ですか? 実は今、そちらの事務所にお邪魔してまして……はい。シンデレラプロジェクトっていう企画に知り合いの子がいまして、その縁で」

 

 などと、仮にもこの事務所の重役と話しているにも関わらず、その口調は割と砕けたものだった。知り合いというのは本当だったようだ。

 

「……あ、大丈夫ですか? いやぁ、わざわざすみません」

 

 それじゃあ今から伺いまーすという不穏な言葉を最後に残してから、良太郎さんは耳に当てていたスマホを外し、画面をフリックして通話を終えた。

 

「……ふぅ。というわけで、急遽アポが取れたから行ってくる」

 

『……え、えぇぇぇ……!?』

 

 驚き疲れて全員の声に力が無かった。

 

「普通、そんなに簡単に会える……? しかも一応部外者なんだよ……?」

 

「会える会えない以前に、まず会おうとしないって……」

 

 まぁウチにも何人か直談判しようとしてた人がいるけど、実際にするかどうかは別問題だ。

 

「それじゃあ、俺はちょっと上でお話してくるけど……誰か付いてきたい人いる?」

 

 そんなことを聞かれたが、ここで手を挙げる勇気のある人は流石におらず、全員が首を横に振っていた。

 

「勿論アタシは行くよ?」

 

「アッハイ」

 

 朝比奈さんはそれが当然と言わんばかりにススッと良太郎さんの傍に近寄った。

 

 ……これだけ露骨に好意を向けているっていうのに、良太郎さんはそれに気付いている様子はない。相変わらず鈍感というか、異性からの好意に疎いというか……。まぁ、その鈍感のおかげで良太郎さんには熱愛報道とかが無いのかもしれないけど。そうでなければ、大舞台の上で何の前触れもなく結婚報告をするようなアイドルになっていた可能性もあるわけだし。

 

「んじゃ俺たちはちょっと行ってくるけど、志希、お前は――」

 

「このみくとどっちが猫ちゃんキャラアイドルに相応しいか……勝負にゃ!」

 

「んー? なんのことー?」

 

「――ここで大人しく遊んでなさい」

 

 振り返ると、何やら見覚えのある光景が広がっていた。完全に私と卯月と未央が美嘉さんのバックダンサーをやると決まった際の焼き増しだった。やはり、猫キャラとしては譲れないものがあるのだろう。……私はみくよりも一ノ瀬さんの方が猫っぽいかもと思ってしまったが、黙っておこう。

 

「というわけで、ちょっとの間志希ここに置いとくな。多分途中で失踪するだろうけど、慌てずに俺の携帯に連絡入れといてくれればいいから」

 

「失踪することが前提ってちょっと意味わかんないんだけど……」

 

「あと勝負するのはいいけど、あいつ兄貴以上の天才だから頭脳系は止めておいた方がいいってみくちゃんに忠告しておいてあげて」

 

 んじゃよろしくーと、まるで近所のコンビニに行くような手軽さで行ってしまった。

 

 幸太郎さん以上の天才……となると相当だなぁと思いつつ、良太郎さんの忠告をみくに伝えることにしよう。

 

「それじゃあ、このオセロで勝負にゃ!」

 

「まぁ、キミがそれでいいならいいけどさー」

 

「………………」

 

 既に手遅れだった。何故よりにもよって、わざわざ頭脳系を選んだのか……。

 

 その後、私は初めて64―0というパーフェクトゲームを目撃することとなる。

 

 

 

 

 

 

 普通に「今から伺う」と言ったものの部屋の場所を知らなかったため、一旦受付に戻りお姉さんに場所を教えてもらい(その際アポを確認されたが、直接連絡を取ってもらった)、俺とりんは事務所の最上階に位置するその部屋の前までやって来た。

 

 コンコンッ

 

「入りたまえ」

 

 扉の向こうから聞こえてきたのは、凛々しい女性の声。なんか波紋法を教えてくれそう。

 

「失礼しまーす」

 

 入室許可をいただいたのでガチャリと扉を開いて中に入ると、俺たちを出迎えてくれたのは一目でお偉いさんのものだと分かる立派な机に着いたスーツ姿の女性だった。彼女は入って来たのが俺たちだと気付くと、そのままスッと立ち上がってこちらにツカツカと歩み寄って来た。……背ぇ高い上にヒール履いてるから、俺より大きいんだよなぁ……。

 

 まぁ何はともあれ。

 

 

 

「お久しぶりです、美城さん」

 

「あぁ、久しぶりだな、周藤君」

 

 現346プロダクションの常務である美城さんが差し出してきた右手を握り返した。

 

 

 

「アメリカで偶然お会いして以来ですね」

 

「あぁ、その節は世話になった」

 

「なんのなんの」

 

「それで君は……1054プロダクションの朝比奈りん君だな。初めまして」

 

「あ、えっと、初めまして」

 

 りんも美城さんと握手を交わした後、勧められたソファーにりんと二人並んで座る。

 

「今飲み物を用意させよう。希望があれば何でも言ってくれ」

 

「あ、お気持ちだけで結構です」

 

「アタシもいいです」

 

「……そうか」

 

 美城さんも俺たちの反対側に腰を下ろした。

 

「さて、世間話から始めてもいいんですけど、そういうのは本題が終わってからでもいいと思うんですよね、俺は」

 

 早速本題に入っても? と尋ねると、美城さんは「構わん」と頷いた。

 

「それじゃあ早速……アイドル部門の解体、ちょっと考えてもらえませんかね? 俺の妹分が困ってるんですよ」

 

 隣のりんが(どストレートだー!?)と静かに驚愕していた。

 

「……はぁ。君がそれを知っていることに対しては別段言うことは無いが、一応それは社外秘なのだがね」

 

「彼女たちは悪くありません。俺が無理やり聞き出しました」

 

「……本来ならば、例えそうだとしても何らかの処罰があるところだが……まぁ、今回は君に免じて不問ということにしよう」

 

「すみませんね」

 

 それでどうですか? と尋ねると、美城さんは間髪入れずに首を横に振った。

 

「いくら君の頼みとはいえ、それは出来ん。今回の一件は我が社の社運を賭けた一大プロジェクトだ」

 

 そう言いながら美城さんは壁に設置されていたテレビにリモコンを向けて電源を点ける。

 

 液晶が映し出したのは、とあるバラエティ番組だった。映っているのは……確か、346プロのアイドルで大和(やまと)亜季(あき)ちゃんと上条(かみじょう)春菜(はるな)ちゃんと脇山(わきやま)珠美(たまみ)ちゃんだったかな。

 

 

 

『それでは! お二人にはこの三つのミカンジュースを飲み比べてもらうであります! まずは一つ目のジュースからどうぞであります!』

 

『口の中に広がるこの甘さ……まさしくメガネのよう!』

 

『それは味の感想でありますか!?』

 

『珠美分かりました! これこそが静岡産のジュースでありますぞ!』

 

『一つ目でもう答えを決めちゃうのでありますか!?』

 

 

 

「「「………………」」」

 

 思わず三人で黙ってしまった。いや、俺は笑いを堪えた結果の沈黙なのだが、他の二人は多分違うと思う。

 

「……今、我がアイドル部門のアイドルたちはこのようなバラエティ路線の仕事も多い。しかし、私が美城のアイドルに求めるものはそれではない」

 

「……イチオー、アタシやりょーくんもバラエティ的な仕事あったりするんですけど」

 

「……君たちを批判する意図は一切ないが、気分を害したのであれば謝罪しよう」

 

「あ、いえ、別に気にしてませんので」

 

 どうぞ続けてください、と手で先を進める。

 

「ありがとう。……私が美城のアイドルに求めているものは『かつての芸能界のようなスター性』だ」

 

「スター性……?」

 

 あぁ、と美城さんはソファーから立ち上がった。コツコツとヒールの音を響かせながら、彼女は自身の机の背後に張られたガラスの前に立った。

 

「『夜空の向こうで輝いてる(スター)より、すぐ手元で光ってる偶像(アイドル)の方が親しみ易い』……実にいい言葉だと、心から思う」

 

「……どうも」

 

 相手がジュピターの三人だったからカッコつけて言った言葉なのだが、アイツらが出版社に提供してくれやがったおかげで色々な人に知られて若干ハズい。

 

「親しみ易い、手の届く場所にいるアイドル。大いに結構だ。しかし、私が求めているのは手の届くことのないスター……幻想的な存在としてのアイドル」

 

 

 

 ――『別世界のような物語性の確立』だ。

 

 

 

「……幻想的な存在、ですか」

 

「あぁ。『日高舞』そして『周藤良太郎』……君たちは私が理想としているアイドルとしての姿そのもので、アイドルとはそうあるべきだと私は考えている。バラエティではなく、アーティストとして人々を魅了し、文字通り崇拝される神秘的な存在だ」

 

「……そーいうことですか」

 

 とりあえず、美城さんが何を思って今回の取り組みを始めたのかは分かった。

 

 要するに美城さんが思い描いているアイドルというのは文字通りに()()されるような神秘的な存在ということなのだろう。

 

(なるほどね)

 

 彼女の人となりを知っている俺としては、色々と合点が行く理由である。寧ろこれまで俺が彼女としてきた会話の節々に感じてきた違和感のようなものの謎が解けたぐらいだ。

 

「そして私が求める、私が理想とするアイドルになる可能性がある人物が……君の言うシンデレラプロジェクトの中にもいるのだよ」

 

「……そのために、彼女たちのプロジェクトを解体すると?」

 

「それが主目的というわけではないが、結果としてはそうなるな。否定はしないよ。しかしこのプロジェクトのためには、今のアイドル部門全てを集結しなければならない」

 

 そこまで強い口調で言いきった美城さんは、はぁっと疲れ切った様子で溜息を吐いた。

 

「……そもそもなんだ、今の美城のアイドル部門は。保育士、キャビンアテンダント、看護師、挙句の果てには元不良に探偵に巫女ってどういうことだ!? 下は九歳で、上は三十歳!? 確かに門戸は広く開けておいたつもりだが、節操なしにスカウトしてこいなどと私は一言も言っていないぞ!?」

 

((あ、美城の方針じゃなかったんだ……))

 

 バラエティ豊かなメンバーが揃っているもんだから、事務所の方針だとばかり思っていたが、どうやらこれだけ色々な意味で愉快な人材が集まってしまったことは美城さんとしても予想外だったということか。

 

「……コホン、失礼。ここまで増えてしまったアイドルだ、幾人か()()()()()()()優秀なアイドルはプロデュース出来ない。そこで私が主体となり新たなるプロジェクトを立ち上げて――」

 

 

 

「お邪魔しまーす!」

 

 

 

 振り返りながら高らかに美城さんが何かを言おうとした途端、何の前触れもなく扉が開いて志希が入って来た。

 

「志希!?」

 

「オセロも将棋も囲碁もチェスも飽きたから抜けてきちゃったー」

 

「……何でここにいるって分かったんだよ」

 

「勿論匂い」

 

 猫っぽいのに犬っぽいってどういうことだよ。

 

 とりあえず一応この事務所の常務の部屋なのだから、無断で入るのはマズいということで一旦外に――。

 

「……君は」

 

 ――出そうとしたら、何故か美城さんが反応を……って、アレ、驚いている?

 

 

 

「……一体今の今まで何処に行っていた!? 一ノ瀬志希っ!」

 

 

 

 ……どーいうこと?

 

 

 




・大舞台の上で何の前触れもなく結婚報告
二次創作では割とあるシチュエーションだけどリアルでやるとどうなるかを身をもって教えてくれた偉大なるパイセンに敬礼!

・64―0
一応出来るらしい。ちなみに33-4とは何も関係ない。

・なんか波紋法を教えてくれそう。
中の人的に「ルールブレイカーとかいう短剣を持ってそう」とどちらにするか悩んだ。

・美城常務
満を持して登場した、デレマス二期の敵役……ということになっているキャラ。自分はそれほど嫌いではないし、まぁやり方が合理的過ぎたということで。
なおこの世界では……。

・大和亜季
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。クール。
迷彩柄が良く似合うミリタリー系コマンドーな21歳。
Lesson132でチラ登場したが、今回正式に登場。アニメだと立てこもり騒動の際に楓さんの横にいた。

・上条春菜
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。クール。
眼鏡を愛し、眼鏡と共に生き、この世の全ての眼鏡を以下省略な18歳。
こちらもLesson156のおまけでのチラ登場から正式に登場。まぁまぁ、眼鏡どうぞ。

・脇山珠美
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。クール。
小学生にしか見えない身長と童顔を持つ剣道女子高生な16歳。
バンブーなんとかなんてアニメは関係ない。いいね?

・ミカンジュース
5th静岡初日ネタ。二日目は飛鳥君と悠貴ちゃんでお茶の飲み比べをしたらしい。

・「節操なしにスカウトしてこいなどと私は一言も言っていないぞ!?」
これには常務もプチおこ。



 というわけで、結局話が収まらないので五話目に続きます。

 ついに登場した美城常務。言うほどキャラ崩壊してないようにも見えますが、よくよく彼女の言動に注意すると違和感がチラホラ……(フラグ)

 そしてようやく志希も参加し、次回はこの第五章最大のポイントが語られます。



『どうでもいい小話』

 アイマスはいいぞ(ライブ参加後特有の語彙力消失)


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Lesson168 Beyond the sea 5

シアターデイズ、始めた人ー(はぁーい)


 

 

 

「……現在私は、私が理想とするアイドルの素質たり得る人物を集めている。私自身が立ち上げるプロジェクトの花形たりえる少女たちだ。彼女(志希)と出会ったのは、そんな構想を練っている最中のことだった」

 

 志希の登場で若干取り乱していた美城さんが落ち着き、ふぅっと息を吐いてから事情を話してくれた。

 

 ちなみに志希の奴は素知らぬ顔で退出しようとしてやがったので、首根っこを摑まえて強制的に確保した。

 

「彼女の持つ才能に気付いた私は、是非一緒に日本に戻ってアイドルにならないかと持ち掛けた。すると彼女は『アイドル』という存在に興味を示し、日本に戻ってから正式に我が346プロと契約を結ぼうという話になったのだが……日本に着いてから全く連絡が取れなくなってしまったのだ……」

 

 それがこのバカ娘、ということですか。

 

「志希、どういうことだ?」

 

「んー、日本でアイドルっていうのになれば、もっかいリョータローに会えると思ったから日本に戻って来たんだけど、その前にリョータローに会えたから、まぁいっかなーって!」

 

「よくねーだろ」

 

「でも契約書にサインしてないもーん」

 

 正直屁理屈ではあるが、確かに正式に契約していないのだから公的には全く問題ないのがタチ悪い。

 

「えっと、すみません美城さん、なんか横取りというか、油揚げを掻っ攫うトンビみたいな真似しちゃって……」

 

「ふ、ふふ……いいさ、周藤良太郎のお眼鏡にかかったということは、私のアイドルを見る目に箔が付いたようなものだからな……」

 

 あからさまな強がりに、本当に申しわけなくなる。

 

 しかもこちらの事務所はこちらの事務所で若干志希の取り扱いに困っている状況なのだから猶更申し訳ない。美城さんは志希を組み込んだ企画を考えていたというのに、こちらはとりあえずレッスンを受けさせることしかできないのだから……。

 

「……ん?」

 

 そこでふと気が付いた。というか思い付いた。

 

「それじゃあ美城さん、一つ提案というかお願いしたいことがあるんですけど」

 

「何かな?」

 

 

 

「少しの間、そちらの事務所で志希のことを預かってもらえませんかね?」

 

 

 

「……何?」

 

「りょ、りょーくん?」

 

「えー!? リョータローそれどーいうことー!?」

 

 美城さんはピクリと眉を動かし、りんは困惑し、志希は声を荒げる。俺の発言に対し、三者三様の反応を見せた。

 

「実はお恥ずかしいことに、今ウチの事務所だと少し志希のプロデュースにまで手が回っていない状況なんですよ」

 

「だからと言って……そうか、去年の765プロダクションのアリーナライブ、そのバックダンサーか」

 

「流石。美城さんはご存知でしたか」

 

 説明する前に美城さんは俺が提案した理由に気付いて納得してくれた。

 

 要するに、去年恵美ちゃんとまゆちゃんの二人をバックダンサーとして765プロに出向させたように、今回も志希を346プロに出向させよう、ということだ。

 

「そうですね……美城さんが考えている企画がある程度落ち着くまで……というのはどうでしょうか」

 

「……私はその提案に対して異存はない。互いに利益のある話だからな」

 

 どうやら美城さんは納得してくれたようだ。

 

「……ぶー……」

 

 しかし志希の方は不満があるようだ。

 

「お前もこっちの事務所にいたところでレッスンに身が入ってないんだろ? だったら、ちゃんとアイドルデビューさせてくれるところに行った方がいいだろ」

 

「……それは、その……分かってるんだけどさ……」

 

「……別にお前を移籍させるとか、そういう話じゃない。お前に少しでも早く『アイドルの楽しさ』を分かってもらうためだよ」

 

 分かってくれ、と頭を撫でる。女の子に、というよりはペットに物を言い聞かせるような感じになってしまったが、志希は唇を尖らせながらも頷いてくれた。

 

「いい子だ」

 

「……ふーんだ。こっちの事務所でアイドルやってるうちに、こっちの方が楽しくなってリョータローの事務所辞めちゃっても知らないんだからねー!」

 

 ベーッと舌を出す志希。……まぁそうなったらそうなったで少し……いや、結構寂しいが、それが志希の望む道ならば考えるかもしれない。

 

「そういうわけで、よろしくお願いします、美城さん。兄貴には俺から話しておくので」

 

「分かった。詳しい話はそちらと話をして突き詰めることにしよう」

 

 さて、これでこっちの話は一件落着。

 

「ついでに、もう一つだけお願い聞いてもらえませんか? というか、こちらが本題ですかね」

 

「なんだね?」

 

「先ほどのアイドル部門解体の件です。勿論、無条件に考え直せとはもう言いません。だから本当に、一つだけ。……シンデレラプロジェクトのプロデューサー、武内駿輔さんが貴女に提案する代替案を、無下にせずにしっかりと一考してあげてください」

 

「……何?」

 

 我ながら随分と奇妙なお願いに、美城さんも眉間を寄せた。

 

 先ほど凛ちゃんたちから聞いた話では、今現在彼はシンデレラプロジェクトを存続させるための代替案を必死に考えているらしい。

 

「彼は他事務所の俺でも分かるほど優秀なプロデューサーです。彼ならばきっと貴女も納得する代替案を持ってくると信じています」

 

 だからしっかりとそれを受け取って一考して欲しい、ということだ。

 

「……そんなことが君の願いか? 君に言われなくともしっかりと企画には目を通す、そしてそれがダメならばバッサリと切り捨てる」

 

「それで構いません」

 

 他事務所の俺は346プロ常務である美城さんの経営方針に口出しすることは出来ない。

 

 だから彼女に真正面から異を唱え、そしてアイドルたちを守ることが出来るのは他ならぬ『346プロダクション所属プロデューサー』である武内さんだけなのだ。今の俺に出来ることは、彼女たちを助ける魔法使いの手助け。それぐらいなのだ。

 

「企画が有用だと判断したら、しっかりと武内さんやアイドルたち全員に猶予期間を与える。強行手段に出ない。そう約束してくれるだけでいいんです」

 

 お願いします、と頭を下げる。

 

「……頭を上げてくれ、周藤君。分かった、約束しよう」

 

「ありがとうございます」

 

 これで美城さんへの窓口は広がった。あとは武内さんが彼女を納得させるだけの企画を提出するだけ。

 

 もしかして俺のお願いは全く無駄だったのかもしれないけど、これが今の彼女たちにしてあげることが出来る精一杯だ。

 

(……後はお願いします、武内さん)

 

 

 

 ――俺の妹分を――妹分()()を、どうか守ってください。

 

 

 

「それじゃあ、そろそろお(いとま)させていただきますね」

 

「む……そうか。すまないな、碌なもてなしも出来なかった」

 

「いえいえ、こちらは二つもお願いを聞いてもらっちゃったので、それだけで十分ですよ」

 

 途中から退屈そうだったりんや志希と共に立ち上がる。

 

「志希を預かってもらうことですし、これからも度々こちらの事務所にお邪魔させてもらうこともあると思いますが……」

 

「大歓迎だ。専用の許可証も用意しておこう」

 

 熱烈歓迎ぶりに内心で苦笑する。

 

「それじゃあ……」

 

「待ちたまえ、周藤君」

 

 お邪魔しました、と部屋を出ようとしたところを美城さんに呼び止められた。

 

「二つも君の要求を聞いたのだから、こちらの要求も一つぐらい聞いてくれてもいいのではないかね?」

 

「……はぁ、やっぱりそう来ましたか……」

 

 来るのではないかと思っていたが、予想通りだった。

 

「周藤良太郎に要求をできる機会は少ないからな……何、君には()()()()()()()()だけでいい」

 

「一筆って……!? りょーくんに何させるつもりよ!?」

 

 その言葉に強く反応したのはりんだったが、そこまで過剰に反応しなくてもいいと窘める。

 

「で、でもりょーくん!」

 

「そうだ、何も心配する必要はない」

 

 そう言いつつ彼女が俺に差し出したものは――。

 

 

 

「ここに『ミッシーへ』と名前入りで君のサインを書いてくれるだけでいい」

 

 ――なんの変哲もないサイン色紙だった。

 

 

 

「………………えっ?」

 

 唖然とするりんにとっては予想外だったらしいが、彼女のことをよく知っている俺としては予想通りだった。

 

「やっぱりですか……」

 

「当然だ。君は日本に帰って来てからサインを一新したと聞いていたのでな」

 

 俺がサラサラとサインを書いてご要望通りに『ミッシーへ』と書き添えてあげると、キリッとした表情は変わらないものの美城さんの目はキラキラと輝いているのが分かった。

 

「そうそう、先日発売されたカバーアルバムも購入させてもらった。765プロの『エージェント夜を往く』をあそこまで歌い上げるとは……流石だと感服するよ」

 

「ありがとうございます」

 

「是非次は日高舞の『ALIVE』をカバーしてくれると嬉しいのだが」

 

「いやー、舞さんが『この曲は愛に歌わせるっ!』って息巻いてたから無理じゃないですかね」

 

「そうか……残念だ。……あぁ、ついでのようで申し訳ないのだが、君のサインも貰えないだろうか、朝比奈りん」

 

「……えっ!? あ、いや、別にいいですけど……」

 

「ありがとう。魔王エンジェルのサインを貰う機会は今までなかったのでな。日本に戻ってきてくれて嬉しいよ。また以前のような活躍を期待している」

 

「……あ、ありがとうございます……」

 

 ホント、この人結局ただのアイドル好きだからやりづらいんだよなぁ……。

 

 

 

 ともあれ、これで凛ちゃんのシンデレラプロジェクトの問題は解決……というわけではない。寧ろここからが始まりだ。

 

 果たして、武内さんは美城さんを納得させる代替案を提案できるのか。

 

 果たして、凛ちゃんたちはその代替案を成功に導くことが出来るのか。

 

 それとも、美城さんのプロジェクトが成功して自身の計画を推し進めるのか。

 

 

 

 志希も預かってもらうことだし、もうしばらく346プロから目を離せそうにないらしい。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……今日は予想外の収穫があった……まさか周藤良太郎が事務所に来ているとは思わなかった。しかも連絡が取れなかった一ノ瀬志希も期間限定とはいえ我が事務所に所属してくれるとは……おかげで問題なくプロジェクトを進めることが出来る。新プロジェクト、その中核を成すユニットを……」

 

 

 

 ――速水奏。

 

 ――塩見(しおみ)周子(しゅうこ)

 

 ――宮本(みやもと)フレデリカ。

 

 ――そして一ノ瀬志希。

 

 

 

「……あと一人だ」

 

 

 




・つまり……どういうことだってばよ?
常務、アメリカで志希と遭遇&スカウト。志希は頷く(未契約)

日本で改めて契約を! と意気込んで日本に着いた途端志希バックレる(元々志希の目的は良太郎に会うため)

諦めた常務の所に他事務所所属になった志希登場!

そりゃあキレます。

・「そちらに事務所で志希のことを預かってもらえませんかね?」
ワンパターンですが、これが良太郎をこちらの事務所と絡ませる手っ取り早い方法なので(震え声)
だだだ大丈夫ぶぶぶ、みみみミリオンライブ編ではもう少しマシににに……。

・「無下にせずにしっかりと一考してあげてください」
そしてこちらも唯一良太郎が無難に取れる手段。一応これで武内Pは原作よりもう少しすんなり企画書を受け取ってもらえるようになりました。

・「ここに『ミッシーへ』と名前入りで君のサインを書いてくれるだけでいい」
誰 だ お 前 は ! ?

・『エージェント夜を往く』
765プロの楽曲。真が歌うバージョンが一番ポピュラーだが、某動画サイトのせいで亜美真美バージョンが一番知名度が高い。とかちつくちて。

・『ALIVE』
日高愛の楽曲で、現役時代の日高舞の持ち歌でもある。
「DS十周年ぐらいのときに舞さんとのデュエットバージョンこないかなw」と軽いノリで調べてみたら、既にDS版発売から八年が経とうとしている事実に作者の口からは赤い鮮血が(ry

・塩見周子
・宮本フレデリカ
名前の登場は初ですが、紹介は初登場時に。



 利益ばかりを求めていた堅物常務が一転、なんとアイドル好きな人の良い女性に!どうしてこうなった!

 「この事務所のアイドルにバラエティや色物は相応しくない」という考え自体に変化はないので、大きくストーリーは変わりません。

 しかし、ただのキャラ崩壊かと思いきや「ファン目線で物事を考えることが出来る」という一点を追加しただけでとんでもない魔改造キャラと化しました。

 そのせいでウサミンやなつきちのイベントはほぼ原作通りに進みますが、楓さん離反イベントが()()()()()()。詳細はまた別の話になります。

 結果どうなるのかという……

魔改造を受けてプラス補正が掛かった美城常務

 VS

原作イベントが発生しなかったためマイナス補正が掛かったCP

 というルナティックモード突入です。……どーすんだよコレ(焦)

 そしてラストシーン。この四人の名前が出てくるということは、つまり……?



※次話は作者取材のため番外編です(プロットが尽きた)


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番外編31 赤色の短編集 その2

各色の短編集、二週目開始ー!


 

 

 

・346プロカフェテラスにて(Lesson129後のお話)

 

 

 

「はぁ、今日は色々あったなぁ」

 

 みくちゃんたちと共に方々への謝罪行脚を終え、俺は再びカフェテラスまで戻って来た。お金を払ったものの結局何も口にしていなかったことを思い出したので、改めて注文したコーヒーを飲みに来たのだった。

 

「自業自得な気もするけど」

 

「一応お疲れ様、良太郎君」

 

 友紀と茄子からそんな労いの言葉をいただく。律儀に残っていてくれたのかと若干ジーンと来たが、明らかに先ほどよりも空になったお皿の数が多い。……コイツら、追加注文しやがったな……!?

 

「……っと、おや?」

 

 そこで初めてテーブルに一人増えていることに気が付いた。俺が気付いたことに気付いたその人物は、あせあせと椅子から立ち上がると真っ直ぐと頭を下げてきた。

 

「は、初めまして! みみみ346プロでアイドルをさせていただいてます! し、白菊ほたるです……!」

 

 綺麗な黒髪のボブカットのその少女には見覚えがあった。

 

「君は確か……」

 

「はいっ。私と一緒にユニット『ミス・フォーチュン』を組んでる子です」

 

 やっぱりそうか。茄子を全体的に小さくしたような見た目だったので印象に残っていた。

 

「一応自己紹介、周藤良太郎。茄子とは高校の頃の同級生なんだ」

 

「は、はい! か、茄子さんから度々お話は聞いてます……」

 

「へぇ、どんな?」

 

 何故か頬を赤らめて目線を逸らされた。オイ待て茄子、この子に何を吹き込んだ。

 

「女の子のおっぱいが大好きな男の人って説明しただけですよ?」

 

「なんだ。ならいいや」

 

 周知の事実だし、別に恥ずかしがることではない。

 

「どう考えても羞恥の事実なんだよなぁ……」

 

 友紀が今結構上手いことを言った。

 

「茄子は人のことをおちょくる癖みたいなもんがあるけど、大丈夫? 何か悪戯とかされてない?」

 

「良太郎君は私をなんだと思ってるんですか」

 

「そ、そんなことないですよ! ……寧ろ、茄子さんと一緒にユニットを組むことが出来たおかげで……私、本当に助けてもらったんです」

 

 何やらほたるちゃんの表情に影が入った。

 

 そんなほたるちゃんの肩に、椅子から立ち上がった茄子が後ろからポンッと手を置いた。

 

「実はほたるちゃん、高校の後輩の上条君や綾崎君と同じ体質なんですよ」

 

 上条後輩や綾崎後輩と同じ体質、ということは……!

 

「フラグ体質ってことか!」

 

「どうしてそっちになるのさ!?」

 

 違うらしい。ということは……。

 

「……もしかして、ツイてなかったりする?」

 

 ほたるちゃんだけじゃなく、茄子や友紀も同時に頷いた。

 

「その……私、昔から本当に運が無くて……そのせいで、この事務所に来るまでに所属していた芸能事務所が、三つも倒産してしまって……」

 

「へぇ、凄いじゃないか」

 

「……っ!」

 

「ちょっと良太郎!?」

 

「流石にそれはデリカシーが無さすぎですよ!?」

 

 ん?

 

「いや、凄いだろ。そんなことがあっても、それだけアイドルを続ける熱意があるんだろ? そういう子はお兄さん大歓迎だよ」

 

「「「………………」」」

 

「……何?」

 

 いきなり怒られたかと思ったらいきなり黙られた。

 

「……い、いえ、その……」

 

「ホント、なんでこういうカッコイイことをもっと普段から言えないかねぇ、良太郎は」

 

「全くですね」

 

 とりあえず褒められたということでいいのだろうか。

 

「まぁ、何はともあれ。茄子をよろしくね、ほたるちゃん。コイツもコイツで自分の幸運体質をちょっと疎ましく思ってたときがあるらしいからさ、存分に運気を吸い取ってやってくれ」

 

「は、はいっ!」

 

 自分の友人とユニットを組む子なのだから、これからも是非仲良くやっていきたい。

 

 お近づきの印ということで右手を差し出すと、ほたるちゃんはワタワタとわざわざハンカチで自分の手を拭ってから俺に手を握ってくれた。

 

「よ、よろしくお願いしま……あっ!」

 

「ん?」

 

 すると何故か「しまった」という顔をするほたるちゃん。

 

 おや、何やら頭上から風切り音が……。

 

「うがっ!?」

 

「あぁ!? 何処からか落ちてきたか全く分からないプラスチック製だから当たっても痛いだろうけど怪我はしなさそうな空の植木鉢が良太郎の頭に直撃した!?」

 

 ……成程、こういうレベルの不幸度か……。

 

 ほたるちゃんから「自分のせいで」と必死に謝られてしまったが、とりあえず女子中学生の柔らかい手を握ることが出来た代償ということにしておこう。

 

 

 

 

 

 

・車修理工場にて(Lesson137後のお話)

 

 

 

 ブリュンヒルデを蝕む淀んだ魔力を浄化せし儀式を瞳を持つ者へと託し、再び太陽が昇った(訳:蘭子ちゃんの悩みの解決を武内さんに任せた翌日)

 

 修理が終わったと連絡があったので、知り合いの修理工場へと車を引き取りにやって来た。割と何処にでもある普通の修理工場である。

 

「こんちわー」

 

 ガレージが開いていたので挨拶をしながら中を覗く。そこには数台の修理中と思われる車の他に、俺の愛車の姿もあった。壊れていたのはブレーキランプだったので外見上は全く判断できないが、直ったらしい。

 

「誰かいませんかー? おーい、ダチャーン?」

 

「だからダチャーンはヤメてってばー」

 

 姿は見えずに声だけ聞こえてきた。

 

 はて何処から? と首を傾げていると、一台の車の下から台車(クリーパーと言うらしい)に乗って彼女は姿を見せた。

 

「いらっしゃーい、周藤君」

 

 元同級生で、ここの工場長の一人娘の原田美世である。どうやら修理作業中だったらしく、顔が少しだけ黒く汚れており、額には汗が浮かんでいる。

 

「おっす原田。ご馳走様です」

 

「?」

 

 仰向けの状態でガーッと滑り出てきたので、その茄子には及ばないものの中々立派な大乳が縦に揺れるのを俺は見逃さなかった。ちゃんと眼鏡をかけておいて良かった。

 

「あ、ご苦労様ですってこと? いいよいいよー、あたしも好きでやってることだから。寧ろあたしに任せてくれてありがとねー」

 

「まぁ一応約束だったからな」

 

 修理工場を営んでいる家の影響だろうが、原田は並々ならぬ車好きだ。ウチの高校を選んだのだって「在学中に免許が取れるから」という理由だけらしいし、高校卒業と共にこうして実家の修理工場に就職した辺り、相当な筋金入りである。

 

 というわけで、在学中に「将来車を買ったら修理や点検はあたしに任せて!」と約束をしていたので、こうして早速車の修理を頼んだというわけである。

 

 とりあえず原田に手を貸して起き上らせる。作業ツナギの上を肌蹴て腰に巻いているので、Tシャツ一枚に包まれた大乳が大変素晴らしい。

 

「周藤君はもうちょっと視線を取り繕う努力をした方がいいと思う」

 

「それもう散々色々な人から言われてるから」

 

「でも治すつもりはないのね……」

 

「修理できる?」

 

「流石に人は畑が違うけど、相良(さがら)君辺りに頼めば性格矯正してくれるかもしれないよ」

 

「『二子玉川の悪夢』を忘れてはいけない!」

 

 この辺りの軽口は同級生特有の安定感である。

 

 雑談もそこそこに、話題は修理してもらった俺の車に。

 

「ブレーキランプだけだったから、修理自体はすぐに終わったよ。ついでだから丸ごと点検しておいたけど、全部問題無し!」

 

 一応新古車だから、そうそうあったら困るけどな。

 

「それで相談はここからなんだけど」

 

「相談?」

 

 え、修理が終わったから引き取りに来てくれってことじゃないの?

 

「うん! どこまでカスタムとチューンアップをしていいかっていう相談! やっぱり男の子が乗る車だし、馬力は欲しいよね!?」

 

「もしかしてあの約束の主目的ってそれかよ!?」

 

 流石に普段使いする普通の車に馬力は必要ないと必死に説得をする羽目になった。

 

 しかし原田は不満そうだったので、最近車を買ったという同級生を何人か紹介することで落ち着いた。可愛くて胸が大きい女の子に車を弄ってもらえるのならばと納得してくれる奴はいるだろう、きっと。

 

 

 

 

 

 

・テレビ局の廊下にて その2(Lesson142後のお話)

 

 

 

 346プロのバラエティー番組『筋肉でドン! Muscle Castle!!』の収録を終え、さらに後日収録予定のバンジージャンプに胸を躍らせながらウキウキと自分の楽屋へと戻る。

 

 ……そういえば忘れてたけど、もしかして幸子ちゃんって二年前ぐらいに「どっちが可愛いか尋常に勝負です!」って言いながらウチの高校に乗り込んできた子だったのか……?

 

 そんなことを考えながら歩いていると、廊下で見覚えのある後姿の少女を発見した。

 

 あのウェーブがかった明るい茶髪、俺の胸辺りぐらいまでしかなさそうな身長、そしてテレビ局の楽屋前廊下を堂々と歩く貫禄を見せる背中。となるともう一人しか考えられなかった。

 

「お疲れ様でーす! 桃子センパーイ!」

 

 俺がそう呼びかけると、その小さな背中はビクッと跳ね上がった。そしてそのまま恐る恐る後ろを振り返って肩越しにこちらを向いた周防(すおう)桃子(ももこ)先輩の表情は、それはもうあからさまに嫌そうな表情をしていた。

 

「……どうもオツカレサマデス、良太郎さん。あの、いい加減にその先輩呼びヤメてもらえない……?」

 

「えー、だって一番最初に『上下関係はしっかりとしなさい!』って言ったの桃子先輩じゃん」

 

「そ、そんなこと! ……い、言ったけど……」

 

 なんとこの少女、十歳にして芸歴が俺よりも長いという芸能界の先輩なのだ。知り合ったのは俺の役者としてのデビュー作となる覆面ライダーの撮影現場で、その際「ももこの方がセンパイなんだから!」とまだ小学校入学前の先輩にエッヘンと胸を張りながら言われてしまった。これには従わざるを得ない。

 

 それ以来彼女のことは『先輩』と呼んでいるのだが、最近になって「先輩呼びはヤメてください」と言われるようになってしまった。

 

 ちなみに俺が頑なに彼女のことを『先輩』と呼ぶのは、桃子という名前を呼ぶ度に翠屋のあのお方が頭を過ってしまいちゃん付けで呼ぶのが大変躊躇われるからだ。なんかこう……呼んだら二人ほど飛んできそうな人物に心当たりがあるので。

 

「はぁ……もういいよ。話を聞いてくれない良太郎さんに言った桃子が馬鹿だったよ」

 

「自分を卑下するのはよくないぞ」

 

 脛を蹴っ飛ばされた。痛い。

 

 特に何かあるわけではないが、なんとなく隣に並んで歩いている。

 

「今日もドラマの収録?」

 

「うん。って言っても、脇役だけどね。良太郎さんは?」

 

「俺はバラエティー番組のゲスト。いやぁスタッフから好き勝手やっていいっていうお達しが出てたから楽しかったよ」

 

「良太郎さんにそんなこと言うとか、そのスタッフは番組潰したかったのかな?」

 

「失敬な。流石に大乳な女の人二人の番組を潰すような真似を俺がするわけないだろう!」

 

「さいてー」

 

 ありがとうございます!

 

「……そーいえば丁度いいからちょっと聞きたいんだけどさ」

 

「何?」

 

「……えっと……その……あ、アイドルって……楽しい?」

 

 突然、桃子先輩からそんなことを尋ねられた。

 

 正直意外な質問内容に驚いて桃子先輩を見ると、彼女は視線を逸らしながら自身の毛先を弄っていた。髪の毛の隙間から見える耳が微妙に赤くなっている。

 

「……そりゃあ楽しいさ。今の俺を見てみなって。何処からどう見てもアイドルを楽しんでるようにしか見えないでしょ?」

 

「……別に良太郎さんが『おきらくごくらくー』なのは性格の問題だと思うけど」

 

 『ウゴウゴルーガ』って、先輩生まれてないでしょ。

 

「それより何? 先輩アイドルになるの?」

 

「き、聞いてみただけだから! 別にそんなつもりはないから!」

 

「ふーん。……まぁ、少しでも興味を持ってくれるだけでも嬉しいよ」

 

「だから、別に興味なんて持ってないもん!」

 

 本当に興味を持っていないことに対してそんなことを尋ねないと思う。それに、なんだか先輩もアイドルになるような予感がするから、今は黙っておこう。

 

 いつか彼女ともアイドルとして共演できる日が来るのを楽しみにしておこう。

 

 

 

「ところで先輩、ちゃんと背ぇ伸びてる? 前会った時とそんなに変わってないけど」

 

 先ほどよりも強く脛を蹴っ飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

・渋谷生花店にて(Lesson163後のお話)

 

 

 

 さて、志希が突然アメリカからやって来たり、そのままウチの事務所に所属するようになったり、色々とゴタゴタしていたためすっかりと忘れていたが、そういえば凛ちゃんから相談を受けていたんだった。

 

 確か武内さんに幽霊が取り憑いているかもしれない……ということらしいので346プロに所属している霊能系アイドルを紹介しておいたのだが、果たしてどうなったのだろうか。

 

 というわけで本人に直接聞きに来た。

 

「……うん、本当に幽霊だったよ……」

 

 そうやや引き攣った笑みを浮かべるのは、今ではすっかりアイドルらしくなったにも関わらずお店のお手伝いは欠かさないとても良い子な凛ちゃんである。

 

「おぉ、ということは小梅ちゃんを紹介しておいて正解だったかな」

 

「それは本当にありがとう……幽霊って分かった途端みんな軽くパニックになって、事務所にいた巫女さんを呼んでお祓いまでしてもらおうとしちゃったけど、結局しばらく何事もなく成仏したって……」

 

 当然凛ちゃんたちに幽霊は見えないだろうから、しばらく小梅ちゃんが様子を見に来てくれていたらしい。これは今度俺からも何かお礼をしておかないと。

 

「って、巫女さん? 何、346の事務所には巫女さんもいるの?」

 

「うん、いる……っていうかいた。そういう方向で売り出してるのかどうかは知らないけど、巫女服着てたしあの白い紙が付いたお祓いの棒も持ってた」

 

 えっと、多分大幣(おおぬさ)のことかな。

 

 色々なアイドルがいるっていう方向で最近有名な346プロだけど、現役の巫女さんもいるのか。本当に隙の無いラインナップだなぁ……宇宙人とか人外系は流石にいないよね?

 

「でも……祝詞って言うんだっけ? それが曖昧だったから本物かどうかは若干怪しいけど」

 

「それは怪しいな……」

 

 これは李衣菜ちゃんに続き、新たなにわかキャラか?

 

「それと凄いドジで、何回かコケてた」

 

「ならそれは本物の巫女だな!」

 

「いきなり何!?」

 

 ドジは本物の巫女の証拠。俺は詳しいんだ。

 

「わ、わわ、きゃあ!?」

 

 ちょうどその時、店先でそんな声が聞こえてきた。見ると、一人の少女がお尻を突き出した状態で道に倒れていた。もう少しでスカートが捲りあがって下着が見えそうである。

 

「ドジってのはあんな感じ?」

 

「あんな感じ……って、アレ? 本人?」

 

「え? 本人?」

 

 一体どういうことなのかと尋ねる前に、凛ちゃんは小走りに近付いてその少女を助け起こした。

 

「大丈夫?」

 

「いたた……あ、ありがとうございます……って、あ、あれ? 貴女は確か……?」

 

「346プロの渋谷凛。あぁ、膝擦り剥いてる。ほら手当てするからこっち」

 

 どうやら膝を怪我したらしい少女の手を取り、凛ちゃんは店の中に戻って来た。

 

「ほらここ座って。今救急箱持ってくるから」

 

 レジ近くに置いてあったお客さん用の椅子に座らせると、凛ちゃんは店の奥の自宅へ入って行ってしまい、店内には俺と少女だけが取り残されてしまった。お客さん来たらどうするのさ。……いやまぁ、軽い応対ぐらいなら出来るけどさ。

 

「っと、君が346プロでアイドルをやってる巫女さん?」

 

「え、え? ……えっと、い、一応実家が神社で、お手伝いすることもありますけど……」

 

 実家が神社ということは、どうやら本当に巫女さんらしい。にわかとか言ってごめんなさい。

 

「さっき凛ちゃんと話をしてたら丁度君の話が出てきてね」

 

 とりえあず眼鏡と帽子を外して自己紹介をすると、いつも通り驚かれたので省略。

 

「え、えっと、は、ははは、初めまして! 道明寺(どうみょうじ)歌鈴(かりん)です! よよよよろしくお願いしまアイタッ!?」

 

 勢いよく立ち上がるもんだからガツンと腕をカウンターにぶつけ、更によろけて椅子に足を取られ、彼女はそのまま流れるように二度目の転倒をした。春香ちゃんレベルのコケ具合だった。

 

「いたたた……はっ!? みみみ、見て……!?」

 

「ませんよー。早くスカート抑えてねー」

 

 転ぶ際の姿勢的に多分尻もちをついてスカートの中身が丸見えになることが目に見えていたので、咄嗟に後ろを向いた自分の状況判断力を褒めてもらいたい。

 

 しかし、想像以上にドジだぞこの子。那美ちゃんもそうだったし、やっぱり巫女ってのはみんなドジなのだろうか……。

 

 今度こそ落ち着いて椅子に座った辺りで救急箱を手に戻って来た凛ちゃん。まず濡れたタオルで傷口を拭いてから手当てを始めた。

 

「歌鈴……だったよね? この間はありがとう。わざわざお祓いなんてものに来てもらっちゃって」

 

「俺からもお礼を言っておくよ。ありがとう」

 

「い、いえいえ! 結局何も出来ませんでしたし! そもそも幽霊のお祓いとかしたことなかったので、け、結構無茶苦茶でしたし!」

 

「うん、流石に『なんたらかんたらー!』ってお祓いしてたら素人でも無茶苦茶だって分かるよ」

 

 顔を真っ赤にして俯いてしまったので「それはひどい」という言葉をすんでのところで飲み込んだ。

 

「うぅ……アイドルになったら、少しは変われるかもって思ったのに、全然ダメダメなままです……」

 

 あ、なんか今の雪歩ちゃんっぽかった。

 

 しかしそうか、この子も『自分を変えたいから一歩踏み出した』タイプか。

 

「ゆっくりでいいさ。急ぎ足になると誰だって足がもつれる」

 

 ただでさえ『アイドル』の道は凸凹どころか山あり谷ありばかりで歩きづらいというのに、そんな中を走ろうと考えること自体が間違っているのだ。

 

「普段歩く時も同じ。転ぶのが怖いからって足元を見てると余計に危ないから、しっかりと顔を上げた方が安全だよ。あとは焦らなければ、それでいいさ。……あ、凛ちゃん『どうして普段からそう出来ないんだ』的なことは分かってるから言わなくていいよ」

 

「その注釈がなければ素直に『いいこと言った』って思ったのに……」

 

 どうやら俺が選ぶ選択肢はいつも間違っているようだ。解せぬ。

 

「……あ、ありがとうございます!」

 

 しかし歌鈴ちゃんは元気になってくれたようだ。そのまま勢いよく立ち上がり――。

 

「って、うわわっ!?」

 

 ――はぁ、ダメだこりゃ。

 

 

 

 

 

 

・駐屯地にて(Lesson168後のお話)

 

 

 

 この間、美城さんとの会話で名前が挙がった……というかその最中に見たバラエティー番組に出演していた大和亜季さんのことが気になっていた。あのときに身に付けていた迷彩柄の衣装の下の隠しきれない大乳の気配を、液晶越しに俺は感じたのだ。圧倒的な存在感を放っていたのが俺には分かった。

 

 ……ということを事務所で冬馬たちに話したのだが、全く興味を持ってもらえなかった。お前ら本当に男かよ! もうちょっと大乳に興味持てよ!

 

 早苗ねーちゃんと結婚した兄貴なら分かってくれるよな!? いいよね! なんかこう、張りのある丸みを帯びた大きい胸!

 

 

 

 殴られた。

 

 フーンだ! いいもんねー! 俺一人でその大乳を直接見に行くもんねー!

 

 

 

 そんなわけで、今日の俺の仕事は駐屯地のお祭りのゲストである。なんとこのお祭りにはミリタリー系アイドルとして有名な亜季さんもゲストとして呼ばれているのだ。いやぁすげぇ偶然。

 

 そうして楽屋として宛がわれた部屋に挨拶しに来てくれたのだが、やはり俺の目に狂いは無かった。おそらく衣装ではなく私服のタンクトップは、それはもう素晴らしいことになっていたとだけ語っておこう。

 

 これだけで今日の目的の半分は完遂したと言っても過言ではないが、勿論任された仕事はキッチリとこなす。当然です、プロですから。

 

 しかし折角駐屯地のお祭りという珍しいイベントなので、普通の客としても参加したくなった。そこで亜季さんを誘って一緒に……と思った矢先に既に彼女の姿は無かった。やはりミリタリー系アイドルなだけあって、あっという間に一人で行ってしまったらしい。テンション高かったもんなぁ……。

 

 仕方がないのでいつもの変装をしてお祭りへと俺も一人で繰り出そうとしたのだが、イベントスタッフのご厚意により一人案内を付けてもらえることになった。

 

桜守(さくらもり)歌織(かおり)です。今日はよろしくお願いします」

 

「周藤良太郎です、よろしくお願いします……って、あれ?」

 

 しかしその人物は、先ほど俺や亜季さんと同じように今日ステージに立つゲストの女性だった。確か自衛隊の音楽隊と共演する歌手……だったはずでは?

 

「えっと、桜守さんもゲスト……ですよね?」

 

「はい。実は父が自衛官で、今日はそのお手伝い……みたいなものなのです」

 

 会場を並んで歩きながら尋ねると、そんな答えが返って来た。

 

「とはいえ、ただステージの上で歌うだけの素人ですので、本業の周藤さんたちと同じステージの上に立つのが少し恥ずかしいですが……」

 

「え、素人さんですか」

 

 さっきリハーサルでワンコーラスだけ歌うのを聞いたけど、正直素人レベルとは思えず「名前聞いたことないけど歌上手いなぁ」などと思ってしまった。

 

「普段はボランティアで近所の幼稚園などで歌を歌わせてもらっています」

 

 なるほど、確かにそんな雰囲気を感じる。あずささんほどではないがおっとりとした優しい感じは、保母さんみたいだった。

 

 この俗にいう『童○を殺す服』みたいな恰好をしているのにも関わらず清楚さが滲み出ている辺り、きっと良いところの生まれなのだろう。

 

「そういう職業には興味ないんですか?」

 

「そういう、というと……保母さんですか?」

 

「そっちじゃなくて、歌う職業です。歌手もそうですし、なんなら俺や亜季さんみたいなアイドルっていう手もありますよ」

 

 凄い美人さんだし、人気は出そうだと思うけどなぁ。……現に会場のあちらこちらで、既に彼女の顔写真が印刷された団扇を手にした固定ファンのような人物が何人かいるみたいだし。

 

 そう提案すると、桜守さんは頬に手を当ててテレテレと赤くなった。

 

「そ、そんな、私がアイドルだなんて……恥ずかしいです……」

 

 なにこのひとちょーカワイイ。

 

「それに私はもう二十二ですし、アイドルを始めるには遅すぎる気も……」

 

「逆にまだ二十二じゃないですか。もっと年上でアイドルをやっている人も――はっ!?」

 

 その瞬間、不特定多数の殺気を感じて背筋が凍り付いた。俺の本能がこの話題をこれ以上続けてはダメだと警鐘を鳴らしている。

 

「と、とにかく、今日俺がアイドルのステージをお見せします。それで少しでもアイドルに興味を持ってくれたら嬉しいです」

 

「……私でも、アイドルになれるのでしょうか?」

 

「勿論ですよ」

 

 『アイドルになりたくない』って考える人以外は、みんな『アイドルになれる』んだから。

 

 

 

(いやぁ、それにしても、この人も胸が……はっ!?)

 

「? どうかしましたか?」

 

(い、今、何処からかレーザーサイトが……き、気のせいだよな? なっ!?)

 

 

 




・白菊ほたる
Lesson117以来の再登場。デレステの3Dモデル見たときから声無し組の中でもお気に入り上位。もうそろそろSSR来てくれてもいいんじゃよ?(チラッチラッ

・「植木鉢が良太郎の頭に直撃した!?」
ノ ル マ 達 成 !(やったぜ)

・原田美世
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。キュート。
車大好きドライバー系アイドルな20歳。デレマス二十歳組の一人。
こちらもLesson127からの再登場。この小説を書き始めた当初は彼女のことをよく知らなかったため、同級生として登場させられなかったという裏話。

・相良君
・『二子玉川の悪夢』
ふもっふ!

・周防桃子
『アイドルマスターミリオンライブ』の登場キャラ。Visual。ミリシタのタイプはFairy。デレマス的に言えば多分キュート。
年少組なれど芸歴最年長な先輩系11歳。時系列的は10歳。
低身長故に愛用の踏み台があるらしいのだが、ミリシタでそれが再現されている辺りに愛を感じた。

・おきらくごくらくー
・ウゴウゴルーガ
知らない人はお父さんかお母さんかウサミンに聞いてみよう! ちなみにリアルタイムは流石に作者も知らないぞ!

・道明寺歌鈴
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。キュート。
巫女+ドジっ子=大正義な17歳。茄子と同じく元旦生まれ。
本当はほたるとコンビで登場させるつもりだったのだが、これは本当に良太郎がタダでは済まなくなりそうだったので却下に。

・桜守歌織
『アイドルマスターミリオンライブ シアターデイズ』の登場キャラ。Angel。デレマス的に言えば多分キュート。
とても優雅で落ち着いた雰囲気漂う23歳。時系列的にはまだ22歳。
ついに稼働したシアターデイズより新たに加入した新キャラの内の一人。意外と子供っぽいところが見え隠れするところがチャームポイント。

・『童○を殺す服』
B88でこの服は、あーダメダメ、エッチすぎます。

・(い、今、何処からかレーザーサイトが……)
自衛官の父……ということで、二次界隈ではさっそくマジ恋のクリスのような扱いをされてしまうことに。



 というわけで各色の短編集二週目、トップバッターは赤色でした!

 二週目は声無組及びミリマス組をメインに書いていくことになります。

 ……まぁ、全部青と黄色を書く頃には、何人か実装されそうな雰囲気ですが。

 次回は本編に戻ります。楓さん回……にはならないかもなぁ……(主に常務のせいで)



『どうでもいい小話』

 大逆転! 友人の同伴で5thSSA初日参加決定! ヤッフー!


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Lesson169 Be forced!!

(集中線)


 

 

 

「……っていうことだから、兄貴調整よろしくな」

 

「……はぁ、お前はまたそういう突拍子もないことをなんの相談もなく……」

 

「悪い話じゃないだろ?」

 

「悪い話じゃないのが余計にタチ悪いんだよ」

 

 346プロにて美城常務との密談(笑)を終えて自分の事務所に戻ってきた俺は社長室の兄貴の下へ赴き、先ほど決まった志希の出向について報告をした。はぁっと重苦しい溜息を吐いていた兄貴だが、結局悪い話ではないのでどうやらそのまま話を進めてくれるようだ。

 

「まぁ向こうも向こうでまだ美城さんのプロジェクトは始まってないらしいんだけどね」

 

 なので結局、しばらく志希はこちらにいることになる。向こうに預ける前にもう少し体力は付けさせておきたいので、今は三人娘と一緒にレッスンを受けているはずだ。

 

 

 

 

 

 

「この私とどっちが良太郎さんに相応しいか……勝負です!」

 

 それは123プロのレッスンルームに響き渡ったまゆの声だった。

 

「……えっと、まゆ?」

 

「何を言い出しているんですか、まゆさん……」

 

 突然のことに、今日一緒にレッスンをする予定だったアタシと志保が呆気に取られる。

 

 その勝負宣言はアタシたちに向けられたものではなく。

 

「えーまたー?」

 

 最近新たに123プロの一員となった一ノ瀬志希に対して向けられた言葉だった。

 

 本当ならば、志希は今日の午前中にレッスンを受けていたはずなのだが、途中で失踪してしまっていたらしい。リョータローさんが「失踪癖がある」とは言ってたが、正直冗談だと思ってた……。

 

 しかしどうやら真面目にレッスンを受ける気になったらしい。一体どういう風の吹き回しだろうか。

 

「またって、まゆさん、以前にも同じことを?」

 

「えっ? いえ、そんなことは……」

 

「んーん、まゆちゃんじゃなくてー346プロって事務所で前川みくって子に同じこといわれたのー。あの時は『どっちが猫ちゃんキャラが相応しいか』とかなんとかー」

 

 一体どういう経緯で346のみくちゃんと知り合ったのかは分からないが、確かに言われてみれば志希は猫っぽい。成程、猫キャラとしては見過ごせなかったのだろう。

 

「そのときはオセロとか将棋とか囲碁とかチェスで勝負したんだー。全部勝ったけどー」

 

「えっ」

 

 確か飛び級で大学生になる天才……ってリョータローさんが言ってたから、純粋に頭がいいだけじゃなくてそーいうことに対する頭の回転が早いのだろう。

 

「それで? まゆちゃんは何であたしと勝負するの?」

 

「……え、えーっとぉー……」

 

 志希に尋ねられると、自分から勝負を持ちかけておきながら何故かまゆは口ごもった。疑問に思った志保と共にこそっと後ろに回された彼女の手を見ると、そこにはトランプが。……まゆ……。

 

「……はぁ。そもそも、どーしてまゆさんは志希さんと勝負がしたいんですか」

 

 見るに見かねたらしい志保が助け船を出し、勝負から話題を逸らした。

 

「っ! そ、それは勿論、どちらが良太郎さんに相応しいか――!」

 

 

 

「相応しいっていうのは何に対しての話ですか? まず現実的に考えると仕事のバックダンサーとしての意味合いですが、そもそも周藤良太郎は自身のステージにバックダンサーを必要としないというのは有名な話ですのでまゆさんが知らないハズないですよね? 次は番組出演の際のバーターとしての意味合いですが、これも周藤良太郎として仕事を贔屓することはないとおっしゃっています。共演ならともかくバーターとして私たちに仕事を持ってくることはあり得ませんし、私たちも良太郎さんに仕事を持ってきてもらうようなことは絶対にしないと決めたはずです。そもそも今の志希さんはお仕事どころかアイドルデビューすら出来てない状況ですから、周藤良太郎と仕事をする可能性はほぼ無いと考えていいでしょう。そして最後に……じ、人生のパートナー的な意味合いですが、それは常日頃からまゆさん自身が『私のこれは恋愛感情じゃない』と言っているじゃないですか。それならばそういう関係性をまゆさんが求めるとは考えられません。……それで、結局まゆさんは何に対して『良太郎さんに相応しい』とおっしゃったんですか?」

 

 

 

「――メグえもーん! 志保ちゃんがイジメてきますー!」

 

 ひーんっ! と情けなく泣きついてきたまゆ太君の頭をヨシヨシと撫でる。助け船かと思って乗り込んできたところを容赦なく突き落とす様は正に外道。心なしか志保も楽しそうだったような……。

 

「もー志保! 先輩イジメちゃダメでしょ!」

 

「まゆさんがご自身の立ち位置をしっかりとしないからじゃないですか」

 

「そ、それは……! それはっ……!」

 

「まゆは、どっちがこの事務所の中でリョータローさんに一番可愛がられる『後輩ポジション』に相応しいかを決めたいんだよねー?」

 

「そ、そうです! それです! 恵美ちゃん今いいこと言いました!」

 

「いいこと言ったって、もう完全にそれ恵美さんの言葉に乗っただけじゃないですか……」

 

 追い詰められたまゆがポンコツになるのは、まぁいつものことである。

 

「大体、一番可愛がられる後輩って言っても、ハッキリ言って良太郎さんの志希さんへの対応は割と雑な部類に入ると思うんですけど」

 

「それは雑じゃなくてフランクって言うんですよぉ! 確かに良太郎さんは親しくなるとフランクになりますけど、女の子に対しては基本的に優しくて、あそこまで遠慮なくものを言うってことないじゃないですかぁ!?」

 

「……優しく……?」

 

 志保が凄く胡散臭いものを見るような目になったが、まゆの言いたいことは分かった。

 

 なんというか、リョータローさんは時折、まるで子供たちを見守るように()()()()()()()からアタシたちを見るのだ。そしてアタシたちの胸や腰や足へとよく視線を向ける割には、アタシたちに対して絶対に()()()()()()()()()()()

 

 それはアタシたち同じ事務所の後輩だけでなく、春香さんたち先輩アイドルも同じ。リョータローさんが本当に気兼ねない物言いをするのは、アタシが知っている中では社長とジュピターの三人、それに恭也さんぐらいだ。

 

「そんな良太郎さんと、まるで肩を並べているような対等な関係の志希ちゃんが羨ましいんですぅ! まゆだって『こらまゆ! いい加減にしないか!』みたいなことを言われるポジションになりたいんですぅ!」

 

「……面倒くさいなぁこの人」

 

 志保は遂には取り繕うことすらしなくなった。

 

「こうなったら自棄です! 悪いこといっぱいして、志希ちゃんみたいみたいに怒られます!」

 

「へー、例えば?」

 

「えっ。……その、志希ちゃんみたいにレッスンを勝手にお休み! ……したらその分を取り返すのに時間がかかっちゃいますよね……。な、なら志希ちゃんみたいに失踪を! ……お仕事に穴を開けるなんてもっての他ですから、オフの日に……」

 

「それ普通のオフじゃないかな」

 

 やっぱり根っからの良い子であるまゆに志希の真似は無理だった。

 

「………………」

 

 それにしても、先ほどから志希がやけに静かだった。

 

 まさかまた失踪したのかと思ったがそんなことはなく、しかし柔軟体操のために床に腰を下ろした状態で、何故かアタシたちを見ながら呆気に取られたような表情をしていた。まだ出会って間もないながらも、普段の志希の様子から考えると珍しい表情だということは分かった。

 

「志希、どうかした?」

 

「え、いや……まゆちゃんは、そんなことが羨ましいの?」

 

「羨ましいに決まってますよぉ! 代わってくださいよぉ! 良太郎さんに『はぁ……ったく、まゆはしょうがないなぁ』とか言われてみたいんですよぉ!」

 

「冬馬さん辺りなら普通に言ってくれると思いますよ」

 

「あ、そういうのいいんで」

 

「一瞬で素に戻った……」

 

 まゆの冬馬さんに対する無自覚disが留まらない……。

 

「……そっか。……そっかそっか! いやー羨ましいのかー! 志希ちゃんがリョータローに雑に扱われるのが羨ましいのかー! にゃははー!」

 

「……志希?」

 

 突然、上体を左右に揺すりながら上機嫌に笑い始めた志希。一体何処に、志希が喜ぶポイントがあったのだろうか。

 

「いーよいーよ! 勝負しよう勝負! 志希ちゃんご機嫌だから、どんな勝負でも乗っちゃうよー!」

 

 まゆに勝負を仕掛けられたときはやや面倒くさそうな表情をしていた志希だが、すっかり乗り気になっていた。

 

「な、なら!」

 

「あ、でも体力勝負だけは勘弁してねー絶対に勝てないから」

 

「……ふぐぅ……!」

 

 いやまぁ、そーだろーね。仮にもまゆはリョータローさんに憧れてアイドルを目指し、一人でトレーニングを始めてもうそろそろ六年になろうとしているのだ。もし体力勝負になったとしたら、今まで大学の研究室にいてまともに運動をしてこなかったらしい志希に勝ち目はないだろう。まゆもそこに勝ち目を見出したらしいが、先手を取られて潰されてしまっては元も子もなかった。

 

「……それじゃ! トランプで勝負しよっか! 全員で!」

 

「えっ」

 

「ちょ、恵美さん?」

 

 パッとまゆと志保の手を取って引っ張り、三人で志希の傍に腰を下ろした。私の対面に志希、右隣にまゆ、左隣に志保という形で円になって座る。

 

「今からレッスンですよ」

 

「自主練だから、ちょっとぐらいヘーキヘーキ!」

 

 まゆからトランプの箱を受け取ると、中身を取り出してシャッフルし始める。

 

 何となく。

 

 今は、もっともっと志希と仲良くなりたい気分だった。

 

 

 

 

 

 

「それにしても、アイドル部門の解体ねぇ」

 

 一応事のあらまし全てを話しているため、兄貴は美城さんの今後の方針を呟きながら椅子に大きく背中を預けた。

 

「兄貴はどう思う?」

 

「……経営者としては、悪くないと思っている。多岐に分散していた方針を一極化。……ただ、今の346プロが取るべき手段にしては些か早計過ぎる気もするがな」

 

「それなんだよなぁ」

 

 まるで経営不振に陥った会社のような方針の切り替えには、俺も少し引っかかっていた。

 

 元々346プロダクションというのは映画などの映像分野で成長した老舗事務所だ。アイドル部門だけで成り立っているわけではなく、アイドル部門以外でも評判は上々。アイドル部門自体も別に成績不振に陥っている話も聞かないし、それらしい様子も見えない。

 

 ならば、どうしてこんな強行策に打って出たのか。

 

 余裕があるからそれでいい、というのは経営者としては赤点だ。でも無闇矢鱈に成績を伸ばそうというのも、あの美城さんらしくない。

 

 彼女が語った『理想のアイドル』を育てたかったから? 自分の事務所から『理想のアイドル』を輩出したかったから?

 

 ……それとも、何か別の理由がある……?

 

 

 

 それこそ、まるで何かを()()()()()()()()()()()()ような……。

 

 

 

(……まさかな)

 

 世の中そんな物語めいたことばかりじゃないさ。

 

「……さて、んじゃ俺はちょっと出てくるぜ」

 

「収録に遅れないようにな」

 

「分かってるって」

 

 さて、その前に、レッスン室の四人の様子でも覗いていくことにしよう。

 

「乳揺れが俺を待っている~……っと」

 

 

 




・「この私とどっちが良太郎さんに相応しいか……勝負です!」
今回のまゆちゃんは当社比五割増しのポンコツでお送りいたします。

・心なしか志保も楽しそうだったような……。
志保はS、まゆはM。異論は認めない。

・一歩引いた位置
信じてもらえないでしょうが、良太郎は作中において五本の指に入る『大人』です。
物事を客観的に見ることが出来る大人です。信じてもらえないでしょうけど。



 今回からはアニメ十五話後半部に主軸を置いたお話になります。

 この小説においてあんなことになってしまった美城常務の改変によって、どのような影響が346の事務所に起こっているかを描きつつ、例のプロジェクトに続く布石を……打っていけたらいいなぁ(願望)


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Lesson170 Be forced!! 2

世間ではアイ転が始まって四回目の夏休みが始まったようで。……縁ないなぁ。


 

 

 

「くうっ……! ど、どっち……!? どっちなんですか……!?」

 

「まゆっ!」

 

「まゆさんっ!」

 

「さぁ、選ぶといいよ、まゆちゃん……それがキミの運命の選択になるっ!」

 

「……ダメです、まゆには選べません……!」

 

「そんな、まゆさん! ここで諦めちゃうんですかっ!?」

 

「諦めないでまゆ! まゆは良太郎さんみたいなアイドルになるんでしょ!」

 

「っ! ……そうでした……ごめんなさい、そしてありがとう、恵美ちゃん」

 

「……まゆちゃんの目が変わった……?」

 

「……私は負けません……この左手のリボンに誓ったんです……良太郎さんみたいに、素晴らしいアイドルになるって!」

 

「いっけー! まゆ!」

 

「勝ってください! まゆさん!」

 

「まさか、本当に……!」

 

「引いてみせます! この『周藤良太郎』に誓った左手でえええぇぇぇ!」

 

「「っ!!」」

 

 

 

「いやあああぁぁぁ!? ババですうううぅぅぅ!?」

 

 

 

「そこで引いちゃうの!?」

 

「そこは揃えて上がるところですよ!?」

 

 

 

「………………」

 

 緊迫した空気で女の子四人が何かやっていたのでレッスン室の入り口から黙ってことの成り行きを見守っていたのだが、どうやらただのババ抜きだったらしい。

 

「そ、そんな……!」

 

「まゆ、諦めちゃダメ!」

 

「そうです! ここで志希さんにババを引かせることが出来れば……!」

 

「そ、そうでした! さぁ志希ちゃん! 選んで――」

 

「こっちー」

 

「――どうしてアッサリ揃えちゃうんですかあああぁぁぁ!?」

 

 どうやら決着がついたようだ。ガックリと項垂れるまゆちゃん、彼女を慰めるように背中を撫でる恵美ちゃんと志保ちゃん、そしてそんな様子を見ながら「にゃはは」と笑う志希の元に近付いていく。

 

 さて、どういうテンションで話しかけようかなぁ……よし、全力で乗っかる方向にしよう。

 

「……顔を上げるんだ、まゆちゃん」

 

「りょ、良太郎さん!?」

 

 顔を上げたまゆちゃんの傍に膝を付く。そして床に付いた彼女の手に自分の手をそっと重ねた。

 

「一度の敗北で、君は諦めるのか? 確かに敗北とは辛いものだ。俺も何度も敗北を味わった……」

 

「りょ、良太郎さんが、ですかっ!?」

 

「うそっ!?」

 

「……先日発売された『周藤良太郎の半生』には、それらしき出来事は書いてなかったと思うんですけど……」

 

 俺に関する本が発売される度に、志保ちゃんもまゆちゃんや美希ちゃんたちみたいにすぐ買ってくれるんだよなぁ……本当にこの子は俺のことを尊敬しているのか軽視しているのか分からない。

 

「一体何回恭也にボコボコされたか……」

 

「そっちですか……」

 

「アイドル関係ないじゃないですか……」

 

 高町ブートキャンプを始めたのは俺がアイドルになる前だったから、あの頃は本当に容赦なかったなぁ……いやマジで。次の日に響くレベルで(しご)かれる上に、今では時間的に無理な山籠もりとかあったからなぁ……。

 

「とにかく、敗北の度に立ち上がることで人は強くなる! 何度負けてもいい! 大事なのはそこで立ち上がることなんだ!」

 

「りょ、良太郎さん……!」

 

 ウルウルと瞳を潤ませるまゆちゃん。

 

「……ちなみに良太郎さん、立ち上がった後で恭也さんに勝ったことあるんですか?」

 

「……立ち上がることなんだ!」

 

 コラそこ、こそこそ「まぁ冷静に考えて恭也さんに勝てるわけないんだよねー」「立ち上がるだけならダルマだって出来ますけどね」とか言わない。相手は戦闘民族TAKAMACHIなんだぞ。いくらクリリンが強くても地球人以上の強さにはなれないのは明白なのだ。

 

「まゆちゃん! 俺は君なら出来ると信じている! さぁ!」

 

「りょ、良太郎さぁぁぁん!」

 

 バッと腕を広げると、そこに同じく腕を広げたまゆちゃんが飛び込んで――。

 

「はーいそこまでだよ、まゆー」

 

 ――くる前に恵美ちゃんに腕を抑えられ、まゆちゃんの動きが止まった。

 

「恵美ちゃん! 後生ですから良太郎さんの胸に飛び込ませてください!」

 

「どーせ本当に抱きしめられたら顔を真っ赤に(オーバーヒート)して倒れるのが目に見えてるんだから、諦めなって」

 

 まぁ恵美ちゃんの言う通りなんだろうけど、それでも極自然に柔らかい女の子の身体を抱きしめるチャンスを逃したのは惜しかった。もっとスムーズにさっきの流れに入ればよかったと少し反省。

 

「それにしても、さっきのやり取りで志保ちゃんがノリノリだったのが意外なんだけど」

 

「まゆさんと恵美さんに『演技の練習』という名目でノッてくれと言われたので」

 

 ということは今のは演技だったわけだ。やっぱり志保ちゃんは演技(そっち)の適性が高そうだ。

 

「……それで? 何でお前はそんなに楽しそうなんだ?」

 

 ワーギャーと騒ぐまゆちゃんたちから視線を外し、一人ニコニコと笑いながらトランプをシャッフルしている志希に尋ねる。

 

「べっつにー? 何でもないよー?」

 

 しかしそんな言葉とは裏腹に、声も楽し気に弾んでいた。

 

「……ふーん」

 

 まぁどうせ『才能とか頭の良さ以外のことを初めて羨ましがられたのが嬉しかった』とかそういうのなんだろうけど、大人な俺は黙っておいてやろう。大人だから。いい大人だから! 誰がなんと言おうと、一歩引いたところで物事を客観的に見ることが出来るいい大人だから!

 

 ……しかしこうして仲良くしているところを見ると、早く123で恵美ちゃんたちと一緒のステージに立たせてあげたくなるが、今は美城さんとの約束がある。それにきっと向こうの事務所でも志希と仲良くなれる子たちがいるような気がするから、大丈夫だろう。

 

 

 

 

 

 

 良太郎さんが常務の所へ行ってしまい、みくと様々なゲームをしていた志希さんも居なくなったので、私たちプロジェクトメンバーはその場で一先ず解散ということになった。私と卯月と未央はその後自主練習の予定だったので、そのままレッスン室へと向かった。

 

 階段を昇ってロビーにやってくると、やはり誰もが皆慌ただしく動き回っていた。勿論、今まで暇そうにしていたという意味ではないが、それでもこんなにピリピリとした空気になっていたことは一度も無かった。

 

「じゃあ、茜ちゃんのところも……?」

 

「そうなんですよー! ……うぅ、この空気ムズムズします……! ちょっと、外走ってきます!」

 

「え、ちょっと、茜ちゃん!?」

 

 ロビーの一角に設置されたソファーに座っていた藍子さんと茜さんの会話が聞こえてきた。宣言通りに走っていってしまった茜さんも、どうやら今回の大掛かりな改変のあおりを受けたらしい。

 

 他にも、廊下ですれ違った他のアイドルたちも話す話題は改変のこと。みんな、今後のことが不安なのだ。

 

 それは、レッスン室の前のベンチに座っていた()()()()も同じだったようだ。

 

「加蓮、奈緒」

 

「あ……」

 

「凛……」

 

 俯いていた二人の顔が上がる。

 

 彼女たちは北条加蓮と神谷奈緒。私たちとは別の部署に所属しているアイドルで、事務所に入った時期で考えると私たちの後輩に当たる。何でも加蓮は私と同じ中学だったらしいのだが、彼女曰く「身体が弱くて休みがちだった」から覚えていなくても仕方がないとのこと。申し訳ないが、確かにあまり見覚えが無かった。

 

 彼女たちとはつい先日学校終わりに事務所に来る途中に声をかけられ、改めて知り合いになった。

 

「「おはようございます!」」

 

 二人は、卯月と未央の姿を見るなりベンチから立ち上がり、挨拶をしながら頭を下げた。

 

 そんな二人に、まだまだ先輩扱いされるような立場には慣れていない卯月と未央は(勿論私も慣れていないが)戸惑った様子で、それでも咄嗟に「「お、おはようございます」」と返していた。

 

「アイドルフェス、見てました! すごかったです!」

 

 加蓮のその言葉に、目をパチクリとさせる卯月と未央。何でも、つい先日行われたサマーフェスに観客側で参加していたらしい。

 

 余談だが、その際観客席に『超大物アイドル(加蓮談)』がいたらしく、興奮気味にそのときのことを話してくれたのだが、相手側への考慮なのか名前が一切出てこなかったので要領を得ていなかった。……こういうとき真っ先に思い浮かぶのは勿論あの人だが、ライブ中は天ヶ瀬さんや所さんたちと一緒に変装をしていたのでバレるようなことはなかっただろうし、そもそもバレたらとてつもない騒ぎになっていただろうから多分違うだろう。

 

 二人には加蓮と奈緒のことは話してあったので「この前話した子たち」と伝えると、二人とも「凛ちゃんが言ってた……」と合点がいった様子だった。

 

「美嘉姉も褒めてた子たちだ!」

 

「そうなんだ……嬉しいね?」

 

「べ、別に……仕事もそんなしてないし」

 

「いやいや、歌もダンスもセンスいいって言ってたよ!」

 

 未央の言葉に顔を綻ばせる加蓮がそう言って隣の奈緒に話を振るが、奈緒はそっけない。しかし口元がニヨニヨと満更でもなさそうなので、照れ隠しなのは一目瞭然だった。もし良太郎さんと知り合ったら、真っ先に弄られる&可愛がられるタイプである。

 

「あの、私たちまだ新人だけど……よろしくお願いします!」

 

 加蓮が再度頭を下げると、それに続いて奈緒も一緒に頭を下げた。

 

 そんな二人の態度に、やっぱり慣れていないらしい卯月と未央は照れくさそうだった。

 

「それで二人はレッスン待ち?」

 

「……えっと……」

 

 尋ねると、突然言葉を濁した二人。もしかして……。

 

 

 

「CDデビューが延期!?」

 

「そんな……」

 

 私の嫌な予感が当たってしまったらしい。どうやら彼女たちも今回の騒動の影響を受けてしまったアイドルのようだ。

 

「それって勝手すぎない!?」

 

 未央も憤り、声を荒げる。

 

「色々、準備してきたんだけどさ……」

 

「まだ未熟だし、しょうがないって思うところもあるんだけど……」

 

「……何していいのか、分かんないよ……」

 

 しょうがない。そう口にしつつも二人の表情は暗く、そして悲しげだった。

 

「……ちょっと行ってくる」

 

「行くって何処に?」

 

 意を決したように立ち上がって歩き出した未央を引き止める。尋ねておきながら、彼女が何処に行こうとしているのかは分かり切っていた。大方、常務のところだろう。

 

「今は待つように言われてるでしょ?」

 

「それは……そうだけど……でも! こんな酷いことってないじゃん!」

 

()()()、だよ。何のために『周藤良太郎』が常務のところに行ってくれたのかを忘れちゃダメ」

 

「あっ……」

 

 そう、そのために良太郎さんはわざわざ常務のところまで話をしに行ってくれたのだ。良太郎さんでも直接干渉することは出来ないと言いつつも、それでも私たちのために動いてくれたのだ。それなのに今、私たちが常務に直接話をしに行って、一体何の意味があるというのだろうか。

 

「今は大人しく待とう?」

 

「……分かった。ごめん、ありがとうしぶりん」

 

 バツが悪そうに笑う未央に、いいよと私は首を振った。

 

 

 

「……え、ちょっと待って」

 

「今、周藤良太郎って言った……?」

 

「「「……あっ」」」

 

 

 




・ババ抜き
本当はもうちょっとマカオとジョマー感を出したかった。

・『周藤良太郎の半生』
周藤良太郎が生まれてからトップアイドルとして活躍するまでの全てを綴る一冊。巻末特典は『周藤良太郎オフショットブロマイド』。定価2150円(税別)

・戦闘民族TAKAMACHI
・いくらクリリンが強くても地球人以上の強さにはなれない
しかしよく考えたら奥さんの方が強い(物理)のではと思った。

・『才能とか頭の良さ以外のことを初めて羨ましがられたのが嬉しかった』
原作の志希はともかく、この世界の志希はこういうキャラ。しかしエキセントリックさは増し増し。

・加蓮&奈緒の登場
アニメでの再登場シーンである凛との道でのシーンはカット(書き忘れてたとも言う)

・真っ先に弄られる&可愛がられるタイプ
フラグです(断言)



 奈緒加蓮が本格参戦となりますが、やはり話はまだまだ進みませんでした。

 しかし次回は楓さんのライブが……おや、美城常務の様子が……?


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Lesson171 Be forced!! 3

早いもので、もう八月ですね。

受験生のみんなー! 受験勉強は夏が本番とか言われてるけど、別に勉強は秋が終わってからでも間に合うからねー!(悪魔の誘惑)


 

 

 

「良太郎さんはそのアイドルを引き寄せる体質をそろそろなんとかしてよ」

 

『突然電話をかけてきた妹分に、突然お説教された件について』

 

 夜、一応メッセージアプリで時間が空いていることを確認してから電話を掛けたら、当然のことながら良太郎さんは困惑した様子だった。うっかり良太郎さんのことをバラしてしまった私にも責任はあると思うが、あの後二人に問い詰められて大変だったので少しぐらい愚痴らせてほしい。

 

「良太郎さん、この間のサマーフェスで北条加蓮って子と神谷奈緒って子と知り合ったでしょ」

 

『ん? 綺麗にネイルを塗ってた子と凄いアニメが好きそうな子のことを言っているのなら、そうだけど』

 

「ゴメンもうちょっと分かりやすい特徴を聞きたかった」

 

 ネイルは……多分加蓮であってると思う。今日チラッと手元を見たらネイル塗ってたし。奈緒に関しては全く分からないが、まぁ加蓮と一緒にいたのならば間違いないだろう。

 

『それにしても、二人とも凛ちゃんと知り合いだったんだ』

 

「んー、一応知り合ったのはつい最近ってことでいいと思うから、多分良太郎さんの方が早く知り合ってるね」

 

『いいと思うってどういうことなのさ』

 

 加蓮は中学校の同級生で、私は加蓮のこと知らなかったけど加蓮は私のこと知ってて、それで最近事務所に行く前に声をかけられた、というのを説明するのが面倒くさかった。

 

『……ん? ちょっと待って。アイドルを引き寄せる体質って言いながらその二人の名前が挙がったってことは……』

 

「うん、ウチのアイドル。美嘉さんと同じ部署だって」

 

『マジか……というか、そもそも俺の行動範囲内にアイドルが多すぎる気がするんだけど』

 

「そこはまぁ……アイドル事務所があるから仕方ないんじゃないかな」

 

 それを言い出したら本当に話が終わる……じゃないや、進まなくなるので、今日二人に聞いたことを話す。

 

『そうか……加蓮ちゃんと奈緒ちゃんも影響を受けちゃってたのか……』

 

 そう電話口の向こうでため息を吐く良太郎さん。今回の一件は私たちの事務所のことだというのに、まるで自分の事務所のことのような反応だった。それだけ私たち『アイドル』のことを案じているのだろう。

 

「それでその……良太郎さん、そっちはどうなったの……?」

 

『あぁ、そういえば言ってなかったね、ゴメンゴメン』

 

 元々聞きたかったのはそっちだ。いや、本当は自分から聞きに行くのは流石に図々しいかなとも思ったけど、その加蓮たちの話を聞いてしまったので、余計に気になってしまった。

 

『まずはやんわり検討を促してみたけど、取り付く島もなかった。分かってはいたけど、あれは考え無しの行動じゃないね』

 

「……そうだよね」

 

 私の想像だが、本当に気まぐれでこのようなことを引き起こすような三流経営者ならば、『周藤良太郎』の一睨みで引き下がっていただろう。『周藤良太郎』の目の届くところでアイドルを不当な扱いにするというのは、業界においては最も愚かなことらしいのだから。

 

『だけど少しだけでも助力になればと思って、武内さんが代替案を持って来たら無下にせずにちゃんと受け取ってほしいとだけお願いしておいた。これで理不尽に企画を却下されることはないはずだよ』

 

「良太郎さん……」

 

『だから、あとは武内さんを……君たちのプロデューサーを信じてあげて。大丈夫、彼だったらいい企画を考え付くさ』

 

「……本当に、ありがとう」

 

 きっと良太郎さんがしてくれたことは、他事務所のアイドルが出来て、それでいて何処にも迷惑が掛からないギリギリのことなのだろう。ならば後は、頑張らなければいけないのは私たち事務所の人間だ。

 

 私も、プロデューサーのことを信じている。こんな私を、何度も拒絶したにも関わらずアイドルとして私を見出してくれたプロデューサーならば、きっと素晴らしい代替案を考え出してくれると。

 

 そして、私たちアイドルがその企画を全力で成功させる。それが今の私たちのすべきこと……!

 

 

 

『でもまぁ、肩に力を入れすぎることだけはダメだよ? ほら凛ちゃん、昔『お手伝いする』って言って大きな植木鉢持ち上げようとして、勢いよく転んだことあったし……』

 

「だからそのイチイチ話にオチを付ける癖なんとかならないかなっ!?」

 

 

 

 これが良太郎さんなりの肩の力の抜き方なんだろうけど、もうちょっと他に方法はないものかと問い詰めたい。

 

『結局言いたいことは、与えられた仕事に全力で取り組めばいいってこと』

 

「はぁ、ホント良太郎さんは……でもまぁ、それは、うん、分かった。明日の仕事は、私たちだけの仕事ってわけじゃないし。別の事に気を取られてたら失礼だもんね」

 

『ん? 誰か別の人と一緒の仕事なの?』

 

「一緒の仕事……というか、前座」

 

 前座とは、新人アイドルの仕事として一般的なものだとみくから教わった。イベントなどにアイドルが呼ばれたとき、メインとなるアイドルが出演するまでの時間を()()ために同じ事務所の新人アイドルがステージに立つらしい。それが今回新人アイドルである私たちニュージェネレーションズの三人に与えられた仕事だった。

 

『へぇ、誰の?』

 

「高垣楓さん」

 

 一瞬、アイドルとしての仕事内容をなんの躊躇いもなく部外者に話していいものかと考えたが、同じように今さら良太郎さんを部外者扱いするのもおかしな話だと考える自分もいたので、特に抵抗なくその名前を口にした。

 

『楓さんか……いいなぁ俺も行きたかったなぁ、でも残念ながら仕事なんだよなぁ、こういうときに限ってご都合主義が発動しないんだよなぁ』

 

 すると良太郎さんからそんな言葉が返って来た。割と色々なアイドルのイベントに顔を出しているらしい良太郎さんだが、こんな風に直接『行きたい』と口にしたのは初めて聞いた気がする。

 

「珍しいね、良太郎さんがそんなこと言うなんて」

 

『一応これでも、楓さんは割と敬意を払ってるアイドルの一人だからね。何せ俺が()()()()と心の底から思ったんだから』

 

 そういえば楓さんは『周藤良太郎』が認める歌声を持つ『翠の歌姫』だった。

 

『てかマジなんなのあの人。寧ろなんで今までモデルだったの。可愛くて美人で大人で子供っぽくて美人で歌が上手いとか反則だろ。あと美人』

 

「とりあえず良太郎さんが大の楓さんのファンだってことは分かった」

 

 だいぶ神様(さくしゃ)の意思が入っているような気がしたが、きっとこれも電波なので気付かなかったことにする。

 

『それに明日ってことは……』

 

 受話器の向こうからカチカチというクリック音とカタカタというタイプ音が聞こえてくる。何かパソコンで調べているようだ。

 

『やっぱりそうだ。明日の凛ちゃんたちのステージ……つまり楓さんのステージだけど、そこは楓さんのデビューステージ。つまり俺にとっての例の公園と同一の場所だ』

 

 例の公園。『周藤良太郎』誕生の場所としてファンの間では聖地と呼ばれ、その恩恵にあやかろうと一部のアイドルやアイドル見習いがこぞって集まりゲリラライブをしようとする公園だ。

 

 きっと楓さんにとっても特別な思い入れがあるのだろうと、自然に想像できた。

 

『そろそろ楓さんがアイドルデビューして丁度二年になる。特別な場所での特別なステージだ』

 

 

 

 ――きっと圧倒されるよ?

 

 

 

 

 

 

「……って、良太郎さんは言ってた」

 

「す、周藤良太郎がそこまで絶賛するってことは、やっぱり私たちの想像以上に凄いってことだよね……!?」

 

「ほほほ、本当に私たちが前座で大丈夫でしょうか!?」

 

 そんなわけで、迎えたイベント当日である。プロデューサーの運転する車で現場に向かう途中、昨晩電話で良太郎さんとの会話内容を話したら、未央は頬を引き攣らせ、卯月はワタワタと慌てていた。

 

 やはり『周藤良太郎』の発言はそれだけ重いということなんだろうけど、未だに『知り合いのお兄さん』感覚が抜けない私にはそれがピンと来なかった。

 

「ねぇねぇプロデューサー。プロデューサーから見ても、やっぱり楓さんって凄いアイドル?」

 

 後部座席から身を乗り出し、運転席のプロデューサーに話しかける未央。

 

「……はい、素晴らしいアイドルだと……伺っております」

 

「伺ってますって、プロデューサーも実際には見たこと無いのねー」

 

「……申し訳ありません」

 

(……?)

 

 若干返答に間があったような気がしたけど……多分、気のせいだろう。

 

 

 

 やがて今回の会場に到着した私たちが向かったのは、勿論今回のイベントの主役である楓さんの楽屋。挨拶に行くためでもあるのだが、今回の会場がやや小さい規模のものであるため、なんと私たちと同じ楽屋なのだ。ここが楓さんにとって思い入れのある会場だと知っていても尚、良太郎さんが認めているアイドルにしては規模が小さいなぁなどと思ってしまった。

 

 コンコンッ

 

「お、おはようござい――」

 

 一応私たちのリーダーである未央が『高垣楓様』『new generations様』と印刷された紙が貼られた扉をノックしてから開けた。

 

 

 

「サインをしな()()()……っと。うふふっ」

 

 

 

「――まーす……」

 

 私たちを出迎えてくれたのは、大量の葉っぱ(紅葉?)型の団扇の一枚一枚にサインを書く楓さんのそんな一言だった。

 

『駄洒落&居酒屋好き』

 

 それが噂として聞いていた楓さんの評価だったのだが、こうしてのっけから駄洒落で出迎えられるとは流石に思わなかった。しかも本人的には渾身の出来だったらしく、傍から見てもご機嫌なのが分かった。

 

「あら?」

 

 そこでようやく私たちに気付いたらしい楓さんがこちらを向いた。

 

 楓さんが椅子からスッと立って私たちに向き合ってくれたので、私たちは背筋を伸ばして頭を下げた。

 

「「「お、おはようございます!」」」

 

「おはようございます。今日はよろしくお願いしますね?」

 

「「「は、はいっ!」」」

 

 『翠の歌姫』高垣楓。良太郎さんが散々『美人』と称していただけあって、美人であることには間違いなかった。

 

 そしてその『歌姫』という称号が()()()()()()()()()()()だという意味にそこで改めて気付いてしまい、私は先ほどよりも少しだけ汗ばんだ手のひらを握りこんだ。

 

 

 

 

 

 

「……ふむ、こんなものだろう。……では、私も行くとしよう」

 

 

 




・イチイチ話にオチを付ける癖
多分呪いかギャグ主人公補正のどっちか。

・『楓さんか……いいなぁ俺も行きたかったなぁ』
神様(さくしゃ)の意思が入っているような気がした
まさかそんな(目逸らし)

・アイドルデビューして丁度二年
確か時系列的に二年前の十二月付近に当たるLesson65で『デビューしたばかり』で『最近よく見るようになった』はずだから、辻褄はあってるはず。
……よくよく思い返したら、その時ってまだアニメ始まって数話しかやってなかったんだよなぁ……辻褄あって良かった。

・「素晴らしいアイドルだと……伺っております」
えるしっているか さくしゃがのこすふくせんは ほんとうにわすれたころにしか かいしゅうしない

・「……では、私も行くとしよう」
彼女のキャラ崩壊が、本当にあんなもので済んだと思っているのかぁ?(伝説のスーパーサイヤ人並感)



 こっちの本編で久々登場の楓さん! ……あれ、もしかしてまともな登場って、第四章プロローグ以来……!?(驚愕)

 次回、原作通りに進みつつ見えないところで完全に原作から逸れてしまっている第十五話後半ラストになります。



『どうでもいい小話』その1

 なんと心優しきフォロワー様のご厚意により、SSA二日目も参加できることになりました!

 というわけでSSA両日参戦決定!

 逆転サヨナラ満塁ホームランじゃあああぁぁぁい!!



『どうでもいい小話』その2

 ミリシタにて、早くも登場してしまった所恵美SSR(水着)!!

 いやぁ月末には唯ちゃんの水着も待ってるしSSAの旅費もあるからちょっと無理かnそんなわけあるかあああぁぁぁい!

 引きました(財布は瀕死)


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Lesson172 Be forced!! 4

久しぶりに良太郎不在です。


 

 

 

「ふふふーん、ふふふーん」

 

「………………」

 

 衣装への着替えを終え、椅子に座って待機をしながら、視線は何となく楓さんに吸い寄せられていた。先ほどからずっと団扇にサインをし続けている彼女だが、その作業量とは裏腹にとても楽しそうに鼻歌を歌っていた。

 

 そんな楓さんの後姿を見ながら、私は事務所で流れている噂の話を思い出した。

 

 

 

 ――そーいえばさ、楓さんのこと、事務所でチョー噂になってたよね?

 

 

 

 私がそれを知ったきっかけは、良太郎さんとりんさんが常務のところへ行き、さらに志希さんも居なくなった後に発せられた莉嘉のそんな一言。

 

 曰く『高垣楓が常務から直々に言い渡された大きな仕事を断った』とのこと。

 

 なんでも、常務は今日ここの仕事を別のアイドルに任せて楓さんに別の大きな仕事をさせようとしていたらしいのだが、楓さんはそれを一蹴したらしいのだ。

 

 一体どういう経緯で、そして一体どういう状況でそんなことになったのかは分からない。ただ、楓さんも楓さんなりに常務に対抗しようとしていた、ということなのだろうか。

 

 同じ事務所に在籍する『周藤良太郎と同格』の存在、と考えればそれも可能なのかもしれないが……。

 

「……あっ!」

 

「「「っ!」」」

 

 突然大声を出した楓さんに、私たち三人は思わず身構え――。

 

 

 

「どの柔軟剤を使うかは、私の自由なんじゃい(じゅうなんざい)

 

「「「………………」」」

 

 

 

 ――そのまま一気に脱力した。

 

「やっと思い付いたわ~」

 

 どうやらサインを書きながらそれをずっと考えていたらしく、まるで喉に刺さっていた魚の小骨が取れたかのような爽快感を醸し出す楓さん。失礼と分かっていながらも思わずため息を吐かざるを得なかった。

 

「……え、えっと、本番前だっていうのに、凄いリラックスしてますね……!」

 

 健気にも「流石楓さん……!」と好意的に解釈しようとしている卯月。しかし「流石にそれは無理があるよ」と未央と二人で首を横に振った。

 

 

 

 

 

 

 それが起きたのは、私たちがステージでエボレボ(できたて Evo! Revo! Generation!)を披露し終え、お客さんの歓声を浴びながら舞台裏に戻って来たときのことだった。

 

 自分たちのステージの成功に三人でハイタッチを決め、プロデューサーからも「良いステージでした」という評価を貰っていると、スタッフの一人が慌てた様子で駆け寄って来た。

 

「すみません! 手を貸してもらえますか!?」

 

 なんでも、先ほど楓さんがサインを書いていた団扇を配布する予定だったらしいのだが、配布場所にファンが大勢詰めかけてしまったらしいのだ。関係者以外立ち入り禁止区域を遮る幕の隙間から外を覗いてみると、確かに大勢のファンがごった返していた。テレビで見るような暴言飛び交う混乱とまではいかないが、少々ピリついた空気が流れているのは感じ取れた。

 

「整理券などは……?」

 

 プロデューサーがスタッフに尋ねると、彼は「配布済みです」と頷いた。

 

「ですが、団扇の数が少ないんじゃないかと思ったファンの方が詰めかけてしまって……」

 

 それでこの有様と。

 

 ふと、以前言っていた良太郎さんの言葉を思い出し――。

 

 

 

『アイドルのイベントに混乱は付き物だからねぇ。物販に並ぶ深夜組がいたり、始発組が駅構内を全力で走ったり……』

 

 

 

 ――たけど、色々とマズいので思い出すのを止める。

 

 しかし、このままでは確かに混乱が大きくなって思わぬアクシデントの元になる可能性が高い。

 

「分かりました、私も列の整理に……」

 

 そう言ってプロデューサーが頷いたそのとき、表のファンのどよめきが聞こえてきた。

 

 慌ててみんなで再び外を覗くと、そこには楽屋にいたときと同じ私服姿の楓さんがファンの前に立っていた。

 

 当然の高垣楓の登場に当然ファンたちはざわつき、スタッフも慌てて「まだ列の整理が出来ていないので……!」と楓さんを止めようとするが、逆に楓さんはそれを笑顔で制する。

 

 そして拡声器を使って、ファンのみんなに呼びかけ始めた。

 

『みなさーんっ。ちゃんと並ばないと危ないですよー? 団扇、沢山用意したので『押さない』『駆けない』『喋らない』の、()()()を守って並んでくださーいっ』

 

「それ避難訓練だよー!?」

 

『あらぁ? それじゃあ、お喋りはオッケーでーすっ』

 

 そんなやり取りに、ファンから笑い声があふれ始める。それまでピリついていた空気が一気に弛緩していくのが分かった。

 

「凄い……」

 

 これが、トップアイドルがファンに与える影響力……ってことでいいのかな……。

 

 

 

 そんな騒動の後、私たちも何かお手伝いをしたいということで、ファンのみんなへの団扇の手渡しをお手伝いすることになったのだが……。

 

「………………えっ」

 

 私が受け持つ列に、団扇を貰いに来た一人の女性。室内だというのに大きなサングラス、そして『I(ハート)KAEDE』と書かれたTシャツ姿の女性に、何処か見覚えがあった。

 

 

 

 ――というか、ウチの事務所の常務その人だった。

 

 

 

「……え、えっと……ど、どうしたんですか、常――」

 

「私は常務ではない」

 

「いや、何処からどう見ても常――」

 

「私は何処にでもいる高垣楓ファンの一人だ」

 

「いや、だから――」

 

「名前は……そう、葛木(くずき)メディア」

 

「時間無いんだからネタの重ね掛けやめてくれませんかね?」

 

 この人、良太郎さんと別ベクトルで面倒くさいぞ!?

 

 何とか取り繕おうとしているが、いくらメイクを薄くして髪型を少し弄っていたとしても、見紛うこと無き常務だった。

 

 状況の理解は全く追いついていないが、とりあえずこの列に並んでいるということは楓さんのサイン入り団扇を貰いに来たということでいいのだろう。

 

 団扇を手渡すと、彼女は「ありがとう」と言って受け取ってくれた。

 

「先ほどの君たちのステージも、素晴らしかった。今後の活躍に期待しているよ」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 しかも前座の私に対する応援も欠かさない出来たファンっぷりである。

 

 しっかりと握手を交わしてから彼女は颯爽と、それこそ一会社の重役らしくその場を立ち去って行った。スーツ姿ならば様になっただろうが、恰好がそこら辺にいるアイドルファンと全く同じなので色々と締まらなかった。

 

 

 

 

 

 

「……っていうことがあったんだけど……」

 

「……えぇ……?」

 

「……えっと……」

 

 無事に全員に団扇を渡し終えてステージ裏に戻って来たのだが、つい先ほどあったらしい出来事をしぶりんから聞いて思わず頬が引き攣った。隣で一緒に聞いていたしまむーもコメントに困っていた。

 

「……えっと、ちょっと待って待って。百歩譲って常務が楓さんのファンだとするよ?」

 

 自分で言いながらその前提も色々とおかしかったが、この際置いておく。

 

「じゃあなんで、常務は楓さんに別の仕事を持ってきたの? それだけファンなら、今日ここのステージは楓さんにとって大事なところだって知ってるはずなのに……」

 

「……だよね」

 

「ど、どういうことなんでしょう……?」

 

 当然しぶりんとしまむーに分かるわけがないと分かりつつも、疑問に抱かずを得ない。

 

「三人とも、どうしたの?」

 

「か、楓さん……!?」

 

 私たち三人が首を傾げていると、楓さんがそう声をかけてきた。既にステージ衣装に着替えた楓さんは、肩を大きく出した緑色のドレスを身に纏っていた。

 

「……楓さん、常務の話を蹴ったっていう噂は本当なんですか?」

 

 意を決した様子で、しぶりんが直接楓さんに問いかけた。

 

「え?」

 

「事務所で噂になってるんです。楓さんが常務から持ち掛けられた大きな仕事を断って、今日ここのイベントに来たって……」

 

「……そんな噂になってたの……」

 

 楓さんは少し困ったように頬に手を当てた。

 

「確かに、このイベントじゃなくて別の大きな仕事に行くように言われたわ」

 

「だったらどうして常務は……!」

 

「でも、私は仕事を断っていないわ」

 

「……えっ?」

 

 

 

「だって、美城常務の方からその仕事を取り下げてくれたんだもの」

 

「「「……え、えええぇぇぇ!?」」」

 

 

 

 ――どうだ、君にとっても悪い話ではないだろう?

 

 ――折角ですが、その話、お受けできません。

 

 ――何故だ? こんな小さな仕事より、大きな成果を出せる仕事だぞ?

 

 ――お仕事に大きいも小さいもありません。今回のライブは私にとって大切な場所でのお仕事です。

 

 ――何……? 大切な場所……?

 

 ――ですから……。

 

 ――ちょっと待ちたまえ。

 

 ――えっ。

 

 ――……しまった……日付を間違えている……!?

 

 ――……え、えっと……。

 

 ――……い、いいだろう。こちらの仕事は別のアイドルに任せるとして、君はそちらの仕事に全力で取り組みたまえ。うむ、ファンを大事にするのも大切だからなっ!

 

 

 

「……ということなの」

 

「「「え、えぇ~……?」」」

 

 楓さんの口から明かされた衝撃の真相に、思わず脱力してしまった。何だろうか、この常務から段々と滲み始めたポンコツ具合は……。

 

「か、楓さんの大切なステージの方を優先してくれるなんて、優しいんですね、常務さん!」

 

「……でも、だったらどうして、こんな……」

 

 しぶりんはそこで言葉を区切ったが、言いたいことは分かった。

 

 ならどうして、常務は今回の改変を進めているのだろうか。アイドルのファンの気持ちを分かっているし、何よりファンを想うアイドルの想いすら汲んでくれている。

 

 なのに、どうして……!?

 

「……私も、今回の美城常務の改変に手放しで賛成しているわけじゃないわ」

 

 きっと私たちが何に対して燻っているのかを悟ってくれた楓さんが口を開いた。

 

「デビューが延期になったり、普段と違う仕事を強いられたり、頑張って来たユニットを解散させられたり……それでも――」

 

 

 

 ――ファンのことを蔑ろにしない人に、悪い人はいないと思うの。

 

 

 

「勿論、だからといってアイドルのみんなを蔑ろにするのはよくないわ。私だってそこには反対。でも、事務所の中の騒動ばかりに気を取られてたら、逆に私たちがファンのみんなのことを忘れちゃうわ」

 

「「「………………」」」

 

 

 

「だから……これが本当の、内輪(団扇)揉めっ」

 

 

 

「「「………………」」」

 

 数行前とは全く別の沈黙に私たち三人は包まれた。い、イイハナシダッタノニナー……。

 

 「いってきまーす」と明るく手を振りながらステージへと向かう楓さんの背中を見送りながら、私たちは先ほどの話を振り返る。

 

「……どうしてここで団扇だったんでしょうか……」

 

「ヤメテしまむー、もうちょっとなんだからシリアス継続して」

 

 私たちは、かれんとかみやんの話を聞いて、常務に対して憤りを感じた。でも、楓さんの話を聞いて、それがよく分からなくなった。

 

「……多分違う」

 

 

 

 ――きっと、どっちも正しいんだよ。

 

 

 

 しぶりんはそう言った。

 

「だから……私たちは私たちの道を進もう。どっちも間違ってないなら、私たちの道の方が()()()()()()()()んだって、証明してみせよう」

 

「……うんっ!」

 

「はいっ!」

 

 舞台裏から楓さんのステージを眺めながら、私たちは決意する。

 

 

 

 美城常務、貴女の改変は、もしかしたら正しいのかもしれないけど……私たちの方がもっともっと凄いんだってこと、見せつけてやる!

 

 

 




・「どの柔軟剤を使うかは、私の自由なんじゃい(じゅうなんざい)
アニメ15話でブツブツと「柔軟剤……柔軟剤……」と呟いていた楓さん。
駄洒落を考えていたようにも見えますが、実は本当に柔軟剤を買うのを忘れないようにしてただけかもしれませんね(楓さんならありそう)

・『物販を並ぶ深夜組がいたり、始発組が駅構内を全力で走ったり……』
作者? 自分、物販にはそれほど執着しない派なので……(基本的にパンフしか買わない)
そもそも楓さんグッズが少ないのg(ry

・『押さない』『駆けない』『喋らない』
なにやら5th静岡公演後の愛野駅にて粋な計らいがあったそうで。

・――というか、ウチの事務所の常務その人だった。
感想でモロバレしてたけど、まぁこうなるよね(開き直り)

・葛木メディア
「くれぐれも聖杯の事は任せるわ~佐々木~!」

・「だって、美城常務の方からその仕事を取り下げてくれたんだもの」
・――……しまった……日付を間違えている……!?
美城常務、ここで痛恨のミスっ!



 美城常務? あぁ、この小説だと当然ネタキャラだから(無慈悲)

 美城常務の行動が不安定なようにも見えますが、Lesson167の常務の発言と合わせて考えていただければ、それが一貫していることが分かってもらえるかと。

 そんなわけで、長く続いたアニメ十五話編ようやく終了です。次回からウサミン回およびなつきち回が始まるわけですが、番外編を挟ませていただきます。最近多いけど気にしない。

 それでは次週、人によってはさいたまスーパーアリーナでお会いしましょう!


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番外編32 もし○○と恋仲だったら 12

人間やれば出来るんやな……(SSA終わってから七割執筆)


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 夏だ! 海だ! 海水浴だ!

 

 

 

 ……と言いつつ、本日はプールである。

 

 連日の灼熱の日差しに、そろそろ太陽へのヘイトが本気で溜まりつつある夏真っ盛り。

 

 しかし今日ばかりはその日差しに感謝してもしきれなかった。

 

「いやぁ、やっぱり夏はこうでないと」

 

 ロッカーからプールサイドへと出てくると、少しでもこの暑さを楽しもうとしている水着のお客さんで賑わっていた。

 

 家族連れもそれなりにいるが、こういうレジャープール施設のお客さんの大半は若い男女。何処を見ても健康的な肢体の少女や女性が水着姿でいるのである。なんというガーデンオブアヴァロン……!

 

 しかも俺の場合、サングラスをかけてしまえば目線が分かりづらくなる上、無表情がいい感じに『キリッ』としてるように見えるので、知らない人からは全く邪な思惑が悟られないのだ。

 

 

 

「……リョータロー」

 

 

 

 ただ、俺のことをよく分かっている人物は例外である。

 

「もー……いくら彼女が着替え中で暇だったからって、他の女の子に目移りするのは流石に見逃せないかなー?」

 

 背後から聞こえてきたそんな言葉に俺を責める棘は無かったが、若干拗ねているように感じた。

 

 折角のデートでいきなり彼女のヘソを曲げるわけにはいかないので、彼女のご機嫌を取ろうと振り返り――。

 

「……ゴメン」

 

「別に謝って欲しいわけじゃないんだけど……その、やっぱりリョータローはアタシなんかよりも可愛い子の方が……」

 

「いや本当にゴメン」

 

 ――俺は目の前の少女を抱き締めた。

 

「ふぇ!? リョ、リョータロー!?」

 

 何やらワタワタと慌てていたが、そんなことを気にする余裕なんてなかった。水着姿がとんでもなく魅力的で刺激的で蠱惑的で、身長差の関係上俺を見上げることで自然と上目使いにもなっている。しかも涙目とか我慢出来るはずがない。

 

 「自分なんか」と卑下するものの彼女自身そもそも超絶美少女。周りの女性よりも抜群のスタイルも相まって、周りからの視線を独り占めにしていた。

 

 そんな彼女を抱き締めたら当然俺も注目を浴びるが気にしない。嫉妬の視線を感じるが気にしない。舌打ちとか聞こえてくるけど気にしない。

 

 直接触れる地肌と体温が心地よく、やわっこい体も気持ちいいが、それ以上にこうして彼女を抱き締めることが出来る自分と彼女の関係性にとんでもなく優越感に溢れていた。いくらトップアイドルという称号を持っていたとしても、こんな素晴らしい恋人がいるという事実には到底敵いそうにない。

 

「……も、もう!」

 

 初めはワタワタとしていた彼女も、やがて俺の背中に腕を回してきた。お互いに正面から抱き締めあう形になり、周囲からはとんでもないバカップルに見られていることだろう。

 

 そう見られること自体は別に何とも思わないのだが、変装しているとはいえアイドル二人がここまで衆目にさらされ続けるのも不味いので、名残惜しいがそろそろ移動することにしよう。

 

「ホントごめん。もう他の女の子に目移りなんて絶対しないから」

 

「絶対?」

 

「………………絶対」

 

「……その間が怪しいなー」

 

 いや、その、ね? 男として健全な証拠というか、生まれもった(さが)というか、逃れられない(カルマ)というか……。

 

 言葉にできない概念(サイキック)をどう説明したものかと悩んでいると、彼女は頬を赤く染めながら、口を耳元に寄せてきた。

 

「……後でもうちょっとだけ……その、し、しっかり見せてあげるから……」

 

「………………よし、とりあえず遊ぼう! 時間は有限!」

 

 飛び上がらんばかりに嬉しいことには嬉しいのだが、年下の恋人に何を言わせているんだという良心の呵責に苛まれ、誤魔化すようにその場を離れることにした。

 

 

 

「それじゃあ今日は普段足りない分も余計に恋人しようぜ、恵美」

 

「……うんっ! リョータロー!」

 

 

 

 

 

 

 俺が恵美を好きになったきっかけというのは、実は明確には存在しない。しいて言うならば、123プロの中で一番彼女が俺に近かったからだろう。

 

 物理的な距離で言えばまゆちゃんの方が近いことが多かったが、恵美は俺と()()()()が近かった。

 

 俺は事務所の他の人間を一歩引いた位置で見ていることが多いのだが、気が付けば彼女が隣に立っていることが多かった。みんなをまとめるリーダーシップを発揮する場面もあるが、彼女の本質もまた、一歩引いたところでみんなを見ることだった。

 

 ステージに立てば前に出るアイドルにも関わらず、基本的に一歩引いた場所にいる俺たちはいつも肩を並べていた。

 

 だから……という接続詞が正しいのかどうかは分からないが、俺は気が付けば彼女のことを目で追っていた。それは後輩の成長を見守るためのものではなく、大乳の女の子の無防備な姿を堪能するためのものでもなく、所恵美という少女が気になってしまっていた。

 

 そして、ようやく気付いたのだ。

 

 ――俺は所恵美という少女が好きなのだ、と……。

 

 

 

 

 

 

 抱き合っていた場所から離れたとはいえ、恵美が水着美少女だということには変わりないので注目の視線はそれほど減らなかった。

 

「んー、なんかすっごい見られてる気がするけど……何処か変だったかなー?」

 

 そう言いながら自身の恰好を見直す恵美。今日の水着は彼女の瞳と同じ水色のビキニ(ワイヤーバンドゥという種類らしい)で、肌色の面積は比較的多め。今はポニーテールにしてあるが、腰まで伸びる艶のある茶髪。張りのあるバスト、引き締まったウエスト、そして丸みを帯びたヒップは、思わず「なーいすっ! ないすっ! ないすばでぃー!」と歌ってしまいたくなるぐらい素晴らしい。

 

 総括すると。

 

「いや、恵美が可愛いからだよ」

 

 本当にこれしかなかった。

 

 しかし恵美はそんな俺の言葉に「アハハッ」と笑いながらパタパタと手を振った。

 

「もう怒ってないからそんなにヨイショしなくていいってばー。アタシなんかよりもっと可愛い女の子なんて沢山いるってー」

 

「いやいや……」

 

 本当に恵美のこの自己評価の低さはなんなのだろうか。アイドルをやっているというのに……いや、別にアイドル=可愛いとかそういうことを言うつもりはないが(事実みんな可愛いが)、それでも恵美は『他のみんなの方が自分より可愛い』と思っている節が強い。

 

 彼女自身の性格的なものもあるんだろうけど……告白は俺からだったわけだし、一応周藤良太郎の心を射止めたってことで少しぐらい改善してくれても……。

 

 って、あれ? これもしかして俺の責任でもある? 恵美と恋人になっても結構フラフラと他の女の子見てるから? 低い自己評価を更に下げさせてる?

 

「あ、リョータロー! アレやろアレ! ウォータースライダー!」

 

「あぁ、うん……」

 

 ……まぁ、そうだよなぁ……こんなに可愛くて性格良くて、ついでに俺好みのプロポーションをしている女の子が俺の彼女になってくれたんだから、そろそろ落ち着かなきゃ不誠実ってもんだよなぁ……。

 

 しっかりと俺の腕を抱きしめる恵美に引かれ、ウォータースライダーの入口へと足を向けた。

 

 

 

 ウォータースライダーというのは何処のプールでも人気で、分かっていたことではあるが長い待ち時間があった。ウォータースライダーの構造上、その待ち時間を階段で過ごすことになるのだが、目のやり場に困ること困ること。

 

 一応女性と階段を昇る際のマナーとして俺が下になるように並んでいるのだが……。

 

「それでねー、莉嘉ちゃんに教えてもらったんだけどー、実は美嘉って――」

 

 最近写真撮影の現場であった出来事を楽しそうに話してくれる恵美。当然俺が見上げる形になるのだが、彼女の顔を見ようとすると自然に彼女の胸が視界に入ってくる。下から見上げる彼女の大乳はより一層大きく魅力的に見えた。

 

「っと、ゴメン、列動いてたね」

 

 そう言って振り返り階段を昇る恵美。彼女が先に階段を昇る始める関係上、先ほどまで俺が見上げていた位置に今度は彼女のお尻が来るのだ。臀部には胸部ほど関心を寄せていないとはいえ、それでも一般人男性としてそれに視線が吸い寄せられるのは仕方がないのだ。

 

 結果、先ほどの「後でしっかりと見せてあげる」という約束が、彼女の与り知らないところで果たされてしまっていた。

 

 しかし責任転換するつもりはないが、恵美も恵美で少々無防備すぎる。今は後ろが俺だからいいものの、もしどこの誰とも知れない男だったらと考えると……。

 

 恵美ならば分かっているとは思うのだが、一応手でそれとなく隠してはどうかと声をかけようとして――。

 

「………………」

 

 ――彼女の耳が僅かに赤くなっているのに気づいた。

 

 一瞬、まぁ暑いから赤くなってもおかしくないだろうとも思ったが、見ると手も落ち着かない様子で指先を合わせて忙しなかった。

 

 ……あ、これ、俺の視線に気づいてるやつだ。気付いてる上で、あえて隠さずに俺に見せてる奴だ。

 

「………………」

 

 それに気付き、そっと両手で顔を覆う。

 

(俺の恋人が微妙にズレた方向で健気で尊い……!)

 

 本当にこの子だけは絶対に悲しませちゃいけないと心から誓った。

 

 

 

 ウォータースライダー自体は特筆すべきことはなかった。しいて言うならば、俺が後ろから抱きしめる形で滑ることになり腕を回した彼女のお腹がスベスベとしていたという感想が浮かんだぐらいで、着水と同時に彼女の水着が取れるといったラブコメ的ハプニングは発生しなかった。

 

 少々残念な気もしたが、よく考えると自分の恋人のあられもない姿を不特定多数の人間に見られるというのは、特殊な性癖をお持ちの方以外は普通に嫌である。そういうのは家に帰って二人だけの時にするものである。……生まれてこの方一度もしたこと無いけど。

 

 そんなラキスケ系ラブコメ的ハプニングは発生しなかったが……少女漫画系ラブコメ的ハプニングは発生してしまった。

 

「君可愛いねー?」

 

「もしかして一人? それとも友達と一緒?」

 

「あ、あははっ、彼氏と来てまーす……」

 

「えー? それより俺たちと遊ぼうよー」

 

 お手洗いに行って少し離れている間に、恵美が二人の男にナンパされていた。

 

 思わず「今どきこんなナンパをする奴がいるのか……」とか「使い古されたテンプレートなセリフを臆面もなくよく言えるな」とか「恵美をチョイスするとは良い目をしている」と色々な意味で感心してしまった。

 

「ん? この子、アイドルの所恵美に似てね?」

 

 あ、マズイ。身バレする前にさっさと連れ出して……。

 

「まぁいいや、ほら行こうぜ」

 

「きゃっ……!?」

 

 男の一人が恵美の手首を掴み――。

 

 

 

 パシッ

 

「「「……え?」」」

 

 

 

 ――次の瞬間には、俺の手がそれを弾いていた。

 

「リョ、リョータロー!」

 

「ちっ、なんだよコイツ」

 

「コイツが彼氏?」

 

 恵美がホッとした声を出し、男二人が嫌そうな声を出す。

 

「……いやーこれ一回言ってみたかったんだよねーホント機会に恵まれたわーありがたいわー」

 

「おい、何ぶつくさ言ってんだよ」

 

「アイタタター! あーこれ手の骨が折れて――!」

 

 

 

 ――()()恵美に手ぇ出すんじゃねぇよ。

 

 

 

「――ないわー! 全然折れてないわー! いやぁ丈夫な体サイコー!」

 

315(サイコー)といえば『THE iDOLM@STER sideM LIVE ON ST@GE!』は事前登録キャンペーン実施中だわー! これは登録するしかないわー!」

 

「それでは引き続きプールデートをお楽しみください!」

 

 冷や汗を流しつつも爽やかな笑顔で去っていく男二人を「お気遣いどうもー」と見送りつつ(案外上手くいったなー)と内心で呟く。

 

 俺がやったのは、単なる『演技』である。流石に恭也や士郎さんのように気迫だけで人を追っ払うような真似は出来ないが、声色と目線とこの身から溢れている(であろう)アイドルオーラだけである程度それに近いことをやってみたのだ。

 

 ……もっとも、俺が()()()()()のは演技でもなんでもないが。

 

「ゴメン恵美、大丈夫……恵美?」

 

 そう恵美に尋ねると、ギュッと抱き着かれた。もしかして怖かったのだろうかとも思ったが、体は震えていない。

 

 一体どうしたのかと思いつつも、先ほどとは逆に俺が後から彼女の背中に手を回すのだった。

 

 

 

 

 

 

 男の人に声をかけられるのは、別に初めてのことではなかった。アイドルになる前にも何度か声をかけられたことはあったし、あしらうことも出来た。だから別に怖いとかそういうのを思ったことはなかった。

 

 じゃあどうして、今アタシがこうしてリョータローに抱き着いているのか。

 

 

 

(……か、カッコよかった……!)

 

 

 

 ただ単に、まともに顔を見ることが出来ないだけである。

 

 いや、普段からリョータローはカッコいいのだが、今のは本当にカッコよかった。リョータローは女の人の胸を見るときに一番真剣な目をするのだが、そのとき以上に真剣な目をしていたといえばどれだけ真剣な目だったのか分かってもらえると思う。

 

 だから、そこまで私のことを想ってくれているのかと胸がいっぱいになってしまった。

 

(……でも、やっぱりアタシよりいい子がいるはずなのに……どうしてアタシなんかを……)

 

 心の中に浮かんだそんなネガティブな考えを、首を振って霧散させる。

 

 リョータローがアタシを好きと言ってくれた。アタシを恋人にしたいと言ってくれた。

 

 周藤良太郎が所恵美を好きと言ってくれた。

 

 

 

 そして、所恵美も周藤良太郎が大好きなのだ。

 

 

 

 まゆにだって、志保にだって、りんさんにだって美希さんにだって、負けたくない。

 

 だからアタシは()()()()()()なんて言っちゃいけないんだ。

 

 アタシは『周藤良太郎の恋人』であることに胸を張ろう。

 

 それが、自信のないアタシにとって、今一番の自信なのだから。

 

 

 

 

 

 

「……ゴメンね、ありがと。今離れるから……」

 

「もうちょっとだけ。やわっこくて気持ちいい」

 

「……バカ」

 

 

 




・周藤良太郎(20)
(前略)
今回は珍しく恋人に至る理由を記載。隣にいることでじわじわと好きになるとか、ラブコメかよ……(驚愕)

・所恵美(17)
積極的なまゆのことを一歩引いて見ていたら、逆に良太郎の心を射止めてしまった小悪魔系純情ギャル。色々とあったらしいが、とりあえず今でもまゆは親友(意味深)
今回は本編で微妙に取り扱えていない『微妙に自己評価が低い』面を押し出してみた。

・ガーデンオブアヴァロン……!
「星の内海(うちうみ)、物見の(うてな)。楽園の端から君に聞かせよう」

言葉にできない概念(サイキック)
ゆっこ「サイキックとは、言葉にできない概念なんです!」
俺たち「お、おう」

・「なーいすっ! ないすっ! ないすばでぃー!」
「あれは誰だ? 美女だ? ローマだ? 勿論っ! 余だよっ!」

・「『THE iDOLM@STER sideM LIVE ON ST@GE!』は事前登録キャンペーン実施中だわー!」
みんな登録しよう! ……え、自分? 今度するから(目逸らし)



 なんかいつも以上にラブコメ度が高い恋仲○○シリーズ、今回は恵美でした。

 先日の水着SSRで書かざるを得なかった。というか今さらながらプールでのお話を書いたのが初めてという事実に驚愕。そーいややってなかったなぁ……。

 次回は本編に戻りまーす。



『どうでもよくないけど小話』

 5thツアー全行程終了、お疲れ様でした!

 次回6th、単独ドームライブで是非お会いしましょう!


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Lesson173 The world which can't say to want

POISON!

※一部修正しました。


 

 

 

「……『シンデレラの舞踏会(仮)』……?」

 

「はい。アイドルたちの個性を活かした、複合イベント企画です」

 

「……個性か。私の提示する方向性とは真逆だな。……『Power of Smile』?」

 

「コンセプトは『笑顔』です。アイドルたちが、自分自身の力で笑顔を引き出す。それが力になる。そうでなければ、ファンの心は掴めません」

 

「……笑顔、か」

 

「アイドルの笑顔、それを支える沢山の笑顔。作られた笑顔ではない本物の笑顔が魅力なのだと、考えます」

 

 

 

「……()()()()()()()()()()()()、君は分かっているのだろうな?」

 

 

 

「……はい」

 

「……ならばいい。……まるでおとぎ話だが、いいだろう。そこまで言うのならばやってみなさい」

 

「っ……!」

 

「だがやる以上は成果をあげてもらう。期限は今期末、それまでに結果を出すように。支援はしないが口出しもしない。結果によってはプロジェクト存続も認めよう。それが()()だからな。……勿論――」

 

 

 

 ――私は私のやり方で進めさせてもらう。

 

 

 

 

 

 

「ふむ、雪歩ちゃんが結婚か……」

 

 あからさまに語弊がある言い方をしたが、正しくは『雪歩ちゃんが演じる浅倉杏美という女性がドラマ内で結婚』である。その撮影の際に雪歩ちゃんがウエディングドレスを着たらしく、その姿が新聞の芸能面に載っていたのだ。

 

「『記者から自身の恋愛事情についての質問を受けて真っ赤になった萩原さんは、スコップを取り出し「穴を掘って埋まってます~!」と恒例のネタを披露した』……と」

 

 雪歩ちゃんのアレが世間的には恒例のネタ扱いされているのが、笑うところか憐れむところか若干判断に難しいところである。

 

 しかしいつものことながら、あのスコップは何処から? 恭也も何処からともなく小太刀を抜くことがあるし、謎だなぁ。

 

「ところで、お二人にウエディングドレスを着るご予定は?」

 

「んー、近い将来に結婚式をモチーフにしたイベントがあってそこで私を含めて五人ぐらいでウエディングドレスを着るような気がするんだけど、今のところ予定としては入ってないかなー」

 

「私はどちらかというと白無垢の方がいいので、ドレスを着るとしたらお色直しのときぐらいですかねぇ」

 

 恋愛事情的なことを変化球で聞いたつもりだったが、友紀と茄子は見送ったためボールとなってしまった。二人とも微妙にストライクゾーン狭いもんなぁ……色々な意味で。

 

 あと友紀もいい感じに電波を受信できるようになってきたらしい。いい傾向だ。

 

「というか、良太郎こんなところで何してるのさ」

 

「さっき『お、良太郎じゃんヤッホー! 飲み物ぐらい奢ってよ(アイドルの)センパーイ!』って言いながらしれっと同じテーブルに着いた奴のセリフとは思えない」

 

「いや、確かに『良太郎君ならいてもおかしくないなー』とは思いましたけど、よくよく考えたら『他事務所のアイドルが自分の事務所のカフェテラスで優雅にアイスコーヒーを飲みながら新聞を読んでる状況』は疑問を抱かざるを得ないかと……」

 

「だってここの常務に『いつでも来てくれたまえ』って言われてるし。ほら、許可証」

 

「……見たこと無い形式の許可証ですけど、確かにウチの常務の署名入りの本物みたいですね……」

 

「うわっ、ウチの常務、周藤良太郎の大ファンすぎ……!?」

 

 つい先日受け取った『周藤良太郎専用関係者立ち入り許可証』なるものを見せると、二人とも程度の差はあれど引いていた。

 

 確かに許可証を貰えるという話は聞いていたが、それがまさか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とは誰が想像できようか。これさえあれば事務所敷地内はおろか、346プロ主催のイベント会場のバックステージにも入ることが出来るというまさに免罪符(チート)と呼んで差支えの無い代物。

 

 ……いや、普通にやりすぎで俺も引いたけど。

 

「まぁ、良太郎君だったら悪用することはないと思って渡したんでしょうけど……」

 

「良太郎、それ使って変なことしないでよ? アイドルの楽屋に無理矢理入るとか」

 

「失敬な。いくら俺だって着替え中の楽屋に入っていくなんてことするはずないだろ」

 

「本当に不安になるので言葉の端々に不穏な発言を混ぜるの止めてくれませんか?」

 

 自分からちゃんと念押しをしたのに、何故逆に不安がられるのだろうか。

 

「ただまぁ、おかげでこうして二人の近況を聞きに来ることが出来たし、シンデレラプロジェクトのみんなの様子も、今後こっちでお世話になる志希の様子を見に来ることも出来る」

 

 バックステージに入れるのはついでとはいえ、それでもイチイチ許可を貰いに行かなくて済むようになったのはありがたい。

 

「……え、二人のって……」

 

「もしかして……私たち、ですか?」

 

 何故か二人とも驚いた様子で目をパチクリさせていた。

 

「そりゃあ同級生だし、気にするだろ。特に友紀の場合、KBYD(バラエティー寄り)の仕事が多いみたいだから今回の改変のあおりを受けただろうし」

 

「あ、うん……マッスルキャッスルのレギュラーから降ろされることになっちゃって……紗枝ちゃんが落ち込んでた」

 

「私の方はそれほど影響は受けてないですけど……今後どうなるか分からないとは、プロデューサーさんから言われました」

 

「そっかー……」

 

 シンデレラプロジェクトの方に口出ししちゃったから、これ以上美城さんにお願いっていうのもしづらいしなぁ……俺の方から彼女たちを指名して仕事を、っていうのは『仕事に関して贔屓しない』っていう俺の主義に反するしなぁ……。

 

「……友紀ちゃん、今ちょっとドキッとしたんじゃないですか?」

 

「……そういう茄子こそ、ちょっとキュンとしたんじゃないの?」

 

 何やら二人がコソコソと話していたが、まぁ気にしないことにする。女の子トークに男が割り込むのは無粋だし。

 

「……ん? ちょっと待って、それじゃあもしかして……ここでコーヒーを飲んでたのも……も、もしかして、私たちを待って、とか、だったり……?」

 

「あ、それは本当に偶然。たまたま時間が少しだけ空いてたから、ここで時間潰ししてただけ。ほら、ここなら雫ちゃんとか拓海ちゃんとかに会えるかもしれないし」

 

「知ってたよこのスットコドッコォォォイ!」

 

「少しでも淡い想いを抱いてしまった自分に腹が立ちます……!」

 

「?」

 

 個人的には平常運転だったと思うのだが、何故か怒られた。やっぱり事務所に流れる不穏な空気に二人とも不安定になってるんだろうな……可哀想に。

 

「お待たせしましたー! って、あ、あれ? 何やら険悪な雰囲気……?」

 

 そんな中、今日もカフェテリアのウェイトレスとしてのアルバイトに勤しむ菜々ちゃんが友紀と茄子の注文した飲み物をトレイに乗せてやってきた。俺が追加で注文したアイスコーヒーのおかわりも一緒である。

 

「菜々ちゃん! ここのケーキ全部一個ずつ!」

 

「全部良太郎君の伝票に付けてください!」

 

「え、えぇ!? ……りょ、良太郎さん……!?」

 

「あー、いいよ、俺の伝票に付けといて」

 

 きっと女子特有の甘いものを食べてストレスを発散したい衝動に駆られているのだろう。困惑した様子でこちらを見てくる菜々ちゃんに、右手をヒラヒラと振って了承する。

 

「ついでに菜々ちゃんもどう? 休憩ついでに一緒にお茶でも」

 

「ふぇ!?」

 

「何、良太郎ナンパ?」

 

「どーしてそうなるよ」

 

 なんというか……菜々ちゃんは同じ転生者として(番外編21参照)凛ちゃんたちとは別の意味で気になるんだよなぁ。きっと苦労してるだろうし……まぁ、アイドルとは別口で気にかけてあげてもバチは当たらないだろう。

 

 店内にいる店長さんに「菜々ちゃんお借りしてもいいですかー?」とヒラヒラ手を振りながら確認を取ると、店長さんは親指を立てて了承してくれた。

 

「というわけで、最後に一仕事お願いね? 菜々ちゃんも自分の好きなケーキと飲み物、俺の伝票に付けてきていいからさ」

 

「……あ、ありがとうございます!」

 

 

 

 

 

 

 というわけで、エプロンドレスのままではあるがウェイトレスから一人のアイドル少女に戻った菜々ちゃんを加えて四人でプチお茶会である。

 

「……うわ、勢いで頼んだのはいいものの、凄いことになっちゃった……」

 

「時期的にブドウが旬ですから、ブドウのスイーツが沢山……」

 

「ブドウとブドウでブドウがダブッてしまったってレベルじゃねーな」

 

「み、みんなで少しずつ食べましょうか」

 

 テーブルの上に並んだケーキを四人で分けながら少しずつ食べる。

 

「あ、そういえば良太郎さん! 先日のインタビュー記事、拝見させていただきました!」

 

「ん?」

 

 一粒ブドウを口の中に放り込むと、菜々ちゃんにそんなことを言われた。

 

 割とインタビューは色々なところで受けているのでどれのことか一瞬悩んだが、菜々ちゃんが食いついてきたということで一つに絞り込む。

 

「もしかして、弦十郎さんとのインタビュー?」

 

「はいっ!」

 

 どうやら正解のようだ。

 

 風鳴(かざなり)弦十郎(げんじゅうろう)さんは日本有数のスタント俳優であり、現在放映中の『覆面ライダー』シリーズの前身となる『電光刑事バン』の主演を務めた人だ。

 

 この人の何が凄いって、自身がスタントも兼ねているからって本当に()()のアクションを自らがこなしたのだ。そう、()()。変身前アクションからスーツアクターからバイクアクションまで誇張表現無く()()一人でこなしたのだ。特撮界では本当に伝説の人物である。

 

 そんな弦十郎さんなのだが、今度の覆面ライダーの映画に電光刑事バンが特別ゲストとして登場するにあたり、同じく特別ゲストとしてまたレジェンドライダーポジションで出演することになった俺との談話がインタビューという形で雑誌に掲載されたのだ。

 

 なんというか……凄いバイタリティーに溢れ返っている人だったなぁ。「スタントやアクションは全部映画で見て覚えた!」という冗談を言うぐらい気さくな人だし、本格的に撮影が始まった時が楽しみだ。

 

「いやぁ、まさか良太郎さんと弦十郎さんの競演をこの目で見れる日が来るとは思いませんでした! 電光刑事バンは()()()()()()()()視ていた思い入れの深い作品なので、感動もひとしおです!」

 

 そう言ってもらえるのは、出演者として冥利に尽きるな。

 

「……ん? でもその『電光刑事バン』っていう番組、やってたの十五年近く前じゃなかったっけ? 菜々ちゃん、そのときまだ二歳ぐらいじゃないの?」

 

「……あ゛」

 

 首を傾げながらそう問いかける友紀に、菜々ちゃんは何故か潰れたカエルのような声を出した。

 

「そうだけど、良く知ってたな、友紀」

 

「……小さい頃は男の子趣味だったから」

 

 つまりリアルタイムに観ていたわけだ。まぁ俺も観てたし、何もおかしくない。

 

「……え、えっとですね! お、おぼろげながら覚えてたんですよ! えぇ、そのときまだナナは二歳ですから! 流石に覚えてないですよ!」

 

「だよねー」

 

「……ふぅ」

 

 ……転生すると、割と一・二歳の頃から自我に目覚めて、結構見たもの覚えてるんだよねぇ、分かる分かる。

 

 『転生者あるある』に一人頷きながら、俺は二杯目のアイスコーヒーを傾けた。

 

 

 




・『雪歩ちゃんが演じる浅倉杏美という女性がドラマ内で結婚』
というわけで、浅倉さんご結婚おめでとうございます!
ほらほら文春! サボッてないでこういうネタ持って来てホラホラ!

・「近い将来に結婚式をモチーフにしたイベントがあって」
(別に劇中でWith Loveイベントをやるフラグでは)ないです。

・『周藤良太郎専用関係者立ち入り許可証』
露 骨 な テ コ 入 れ

・菜々ちゃんは同じ転生者
勿論本当は違いますが、ここが今回のお話で最重要ポイントです。

・「ブドウとブドウでブドウがダブッてしまった」
「うーん……ご飯とご飯でご飯がダブッてしまった」

・風鳴弦十郎
『戦姫絶唱シンフォギア』に登場するOTONAと呼ばれるチートキャラ。
何処のアニメに完全武装状態のラスボスを素手で圧倒するサブキャラがいるんだよ……。

・『電光刑事バン』
公式サイトに掲載された設定がガチすぎるシンフォギアの劇中劇。
ちなみに作中内では川島さんと茜ちゃん(の中の人)が主題歌を歌ってたりする。



 というわけで今回からはウサミン回です。

 基本的にはアニメと同じ流れになりますが……良太郎(転生者)とウサミン(実年齢2○歳)が化学反応を起こします。


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Lesson174 The world which can't say to want 2

ウサミン書くの楽しい。


 

 

 

「あ、良太郎さん! 改めまして、次のお仕事よろしくお願いします!」

 

「ん、こちらこそよろしく。『俺は間違っている』の吹き替えに引き続き、だね」

 

「え、何そのタイトル……?」

 

「確か……ライトノベル原作のアニメ、でしたっけ?」

 

「あぁ、次は『Re:ようこそスマートフォンが導く素晴らしい世界って、それはないでしょう!』っていうアニメなんだけど」

 

「長いっ!」

 

「ちなみに今回の略称は?」

 

「『リ以下略』」

 

「投げやりだけど的確っ!?」

 

 やっぱり声優アイドルを目指している、と本人が語るだけあって、こうしてアニメの声優としての仕事で一緒になることが度々……と言っても、まだ二回目だけど。

 

「そういえば菜々ちゃん、仕事現場での良太郎君はどうですか?」

 

 ケーキをフォークで切り分けながらそんなことを菜々ちゃんに尋ねる茄子。

 

「私はまだ良太郎君と一緒のお仕事はしたことなかったので」

 

「そーいえば茄子はそうだったねー。……いや、私のアレも一緒の仕事って言っていいのか微妙なところだけど」

 

 まぁ、友紀が出演者で俺がゲストって感じだったからなぁ、マッスルキャッスルは。

 

「加えて、大体の被害を瑞樹さんと幸子ちゃんが被ってくれたから、私の方には殆ど被害が来なかったんだよねー」

 

「あの二人はいい感じにツッコミを入れてくれる上に、幸子ちゃんは弄りがいがあるから……」

 

「分かる」

 

 うんうんと俺の意見に同意する友紀。

 

 罰ゲームのバンジージャンプのときも、誰もフッてないのに「押さないでくださいよ!? 絶対に押さないでくださいよ!?」って言っちゃう辺り、類い稀なる芸人気質を持ち合わせていると見た。ちなみにそのときは俺が押しました。

 

「それで、どうですか? 菜々ちゃんも変なことされていたりしませんでしたか?」

 

「えっと、そうですね……」

 

 そんな茄子の質問に対し、菜々ちゃんは若干言葉を選んだ後。

 

 

 

「……と、とても優しくしていただきました」

 

 

 

 顔を赤らめながらトンデモナイことを言い出した

 

「……良太郎?」

 

「……良太郎君?」

 

「菜々ちゃんその言葉のチョイスとその反応は流石に悪意が無いかな!?」

 

 友紀と茄子の視線が氷点下にまで下がっていてヤバい。特に茄子から良くない感情を持たれると、それまで友人として貰っていた幸運の女神の加護が反転してヤバいことになる。

 

「勿論冗談ですよー。いや、優しくしていただいたというのは本当ですけど、あくまでもお仕事でのお話です」

 

「……どう思う?」

 

「……これまでの素行のことを考えると怪しいですが、基本的にヘタレ気質な良太郎君ですから、まぁ信じてもいいのではないかと」

 

「ありがとよっ!」

 

 ヘタレは余計だけどな!

 

「それに良太郎さんはアイドルとしても勿論一流ですけど、声優としても本職の方に全く劣らない迫力と演技力を持っていらっしゃるので、一緒にお仕事をさせていただくととても勉強になるんです」

 

「あー、そういえば良太郎ってそういう設定あったよね。無表情だから声色での感情の表現が上手いんだっけ?」

 

 設定って言うな。

 

「それに完全声帯模写もありますからね。高二の文化祭で高町君と月村さんで『ロミオとジュリエット』の演劇をやったときも、高町君があまりにも棒読みだったから良太郎君が高町君の声でアテレコすることになりましたし」

 

「「あったな~」」

 

「何ですかその気になるエピソード!?」

 

「しかもそのまま『もう良太郎君一人でいいんじゃね?』ってなって、ナレーションから登場人物全員のセリフまで全部良太郎君一人でやることになったんですよね」

 

「「あったな~」」

 

「こう言っちゃなんですけど周藤良太郎の無駄遣いすぎやしませんかね!?」

 

 確か高二の文化祭当日は仕事が入っていて参加出来ないことが分かってたから、あらかじめ全部のナレーションとセリフを録音しておいて、それに合わせて演技をするっていうなんとも奇抜な方式の演劇になった。

 

 そして当然の権利のようにアドリブをぶっこんでおいたバージョンの音源を作成し、前日にすり替えておいた結果、仕事を終わらせて駆けつけた後夜祭で演者全員からシメられたというのがオチである。

 

「人生で初めてジャーマンスープレックスを経験した瞬間だったよ」

 

「よ、容赦ないクラスメイトさんですね……」

 

 まぁあれはあれでいい思い出になったのではないかと思っている。

 

「そういえば菜々ちゃんは? 時期的にそろそろだったと思うんだけど、もう文化祭は終わった?」

 

「……えっ!? な、ナナの文化祭ですか!?」

 

 終わっていないのであれば、あわよくば現役JKひしめく文化祭へと遊びに行けないかという下心満載で聞いてみる。

 

「え、えっと、そ、そうですね……す、ステージに立ったりしましたよ? も、勿論アイドルになる前の話で、友達と一緒にアイドルの曲を歌いながらダンスをしたり……」

 

「おぉ、意外に女子高生っぽい」

 

「え゛っ!? い、意外にってどういう意味ですかっ!?」

 

「おっとゴメン、深い意味はないよ」

 

 菜々ちゃんは十七歳っていう年齢の割にはだいぶ大人びてるから、転生の記憶の関係で周りとの精神年齢の差で悩んでたりするのかなーとか勝手に考えてしまっていたが、俺の杞憂だったようだ。

 

 ちなみに俺はそんなこと無かった。どうやら俺は肉体年齢に精神年齢が釣られてしまったらしい。だから俺の精神年齢が若干低いと揶揄されるのはしょうがないことなんだよ!

 

 ……しかし、何故菜々ちゃんは冷や汗を流しているのだろうか。

 

(ま、まさか……良太郎さん、私の年齢のことを気付いてる!? で、でも良太郎さん、いつもは普通にナナのことを年下扱いしてくれますし……! ぐ、偶然ですよね!? そうですよね!?)

 

「もう、良太郎君! 女の子はそういうことに敏感なんですから、ダメですよ」

 

「ん、ごめんね菜々ちゃん」

 

「い、いえ……き、気にしてないですから……」

 

 どう見ても気にしているようにしか見えないが……以前から思っていたのだが、菜々ちゃんは他の子よりも年齢や学年、年代に関する話題に対して若干敏感な気がする。

 

 ……やっぱり、悩んでるのかな? もしそうならば、それとなく転生者の先輩として相談に乗ってあげたいところだけど。

 

「菜々ちゃん、もし何かあるなら相談に乗るよ? ……多分、その悩みは俺にも心当たりがあるから」

 

「えっ!?」

 

 俺の言葉に、菜々ちゃんはとても驚いた様子を見せた。

 

「そ、そうなんですか!?」

 

「多分、だけどね」

 

 友紀と茄子がいるから大っぴらには言えないが、これできっと伝わってくれるだろう。

 

(ど、どういうことですか……!? な、ナナと同じ悩みに心当たりがあるって……はっ!? も、もしかして……良太郎さんも、ナナと同じで本当はもっと年上っ……!?)

 

 そのとき、菜々ちゃんに電流走る……! というナレーションが聞こえてきたような気がした。

 

(そ、そう考えれば普段の言動は別として、二十歳という年齢の割りに大人びた立ち居振舞いが出来るのにも納得です……! も、もしかしたら本当にナナより年上だったり……!?)

 

 そのまま何やら思案顔になった菜々ちゃんは多分話しかけない方がいいと判断し、友紀と茄子に話を振る。

 

「そーいえば今さらだけど、この間はダチャーンに会ったよ。会ったというか、車の修理をお願いしたんだけど」

 

「美世ちゃんですか」

 

「そっか、確か実家の整備工場に就職したんだっけ。元気してた?」

 

「いい乳してた」

 

「そっか元気か」

 

「私も久しぶりに会いたいですねー」

 

「……今お三方、不思議なやり取りをされてませんでした?」

 

「「「?」」」

 

 思案顔をしていた菜々ちゃんが戻ってきたかと思ったら、そんなことを尋ねられて三人で首を傾げる。

 

「い、いえ、多分ナナの聞き間違いですね……」

 

 そーいえば、菜々ちゃんは特典とか貰ったのだろうか。流石に俺の『転生する世界で最も武器になる能力』みたいな回りくどい特典は貰ってないだろうけど。

 

 うーん……アイドル関連の特典なのかな?

 

(って、そうでした、良太郎さんは友紀さんや茄子さんと同級生でした……となると、このお二人も一緒に年齢を……? いやいや、確かに茄子さんも大変大人びてますけど、友紀さんは……その……むしろもっと年下なのではという感じですし……)

 

「……ん? 今誰かに『ガキ』って言われたような気がした」

 

「ねこっぴーの下着付けてるからそういうこと言われるんだぞ」

 

「きょきょきょ、今日は付けてないし!?」

 

「ゆ、友紀ちゃん……!?」

 

「……あぁ!? ち、ちがっ!?」

 

 カマ掛けにすらなってないのに、引っかかる友紀は一体……。

 

(……や、やっぱり三人とも同級生だとすると、良太郎さん一人だけ年齢が上とは考えられない……はっ!? もしや、良太郎さんは高校や大学ですら年齢を偽って通っていたのでは!?)

 

 真っ赤になった友紀のぎゃーぎゃーとした言い訳になっていない言い訳を聞き流しながら、こちらはこちらで先ほどから百面相を繰り広げている菜々ちゃんを眺める。

 

 悩みを打ち明けようか打ち明けまいか悩んでるってところかなぁ。

 

(だ、だとすると良太郎さんは、ある意味でナナの目指すべきところにいる大先輩っ! ナナがこの道を成し遂げた先にいる理想のアイドルっ!)

 

 するとキッと意を決した目つきになった菜々ちゃんが顔を上げた。

 

「りょ、良太郎さん!」

 

「はいはい」

 

「じ、実は折り入ってご相談が――!」

 

「あ、いました! 菜々ちゃーん!」

 

「――ありま……え?」

 

 何やら菜々ちゃんを呼ぶ声がする方へと視線を向けると、こちらに向かって手を振る一人の少女が……えっと確か……。

 

「堀裕子ちゃんだっけ?」

 

「って、わわっ!? 周藤良太郎さん!? な、なんということでしょう! 菜々ちゃんを呼び寄せるために発した私のサイキックテレパシーが暴走した結果、トップアイドルの周藤良太郎さんを呼び寄せてしまうなんて……!」

 

 セクシーギルティで雫ちゃんや拓海ちゃんと一緒にいるので目にする機会は多いが、なんというか相変わらず元気だ(アホっぽい)なぁ。

 

「えっと、ユッコちゃん? ナナに何か御用でしたか……?」

 

「はっ! そうでした! そろそろ収録に向かわないといけないので、サイキックお迎えに上がったところでした!」

 

「収録……あっ! マッスルキャッスル! 忘れてました!?」

 

 どうやら菜々ちゃんはこの後、番組収録が控えていたのを忘れていたらしい。

 

「ゴメンね、引き止めちゃった形になったね」

 

「い、いえ! ご馳走していただき、ありがとうございます!」

 

「なんのなんの。なんだったら、俺も一緒に収録に行って、もう一回『王様』役を……」

 

「アンタじゃない座ってろ」

 

 腰を浮かしかけたところを友紀に撃墜された。まだ頬は赤いが、とりあえず吹っ切れたようだ。もうしばらくしたら弄るかな。

 

「それじゃあ、相談はまた今度にしようかな」

 

「は、はいっ! またよろしくお願いします!」

 

 そう言って綺麗に一礼すると、友紀と茄子にも頭を下げてから裕子ちゃんと一緒に去っていった。

 

 まぁ、転生者同士のお悩み相談はまた今度かな。

 

 

 

「……さて、改めて友紀の下着の話でも――」

 

「むきゃあああぁぁぁ!?」

 

 もうしばらくしたら、を我慢できませんでした。

 

 

 




・『Re:ようこそ(ry
今回も六つぐらいラノベのタイトル混ぜてみました。

・高二の文化祭
拾う予定の無い小ネタをどんどんぶっこんでいくのはいつものこと。

・だから俺の精神年齢が若干低いと揶揄されるのはしょうがないことなんだよ!
言い訳乙。

・(良太郎さんも、ナナと同じで本当はもっと年上っ……!?)
こっちはこっちでトンデモナイ勘違いを。

・「いい乳してた」
訳:元気でした。

・ねこっぴーの下着
某量産型さんのネタ。あのお方の描くユッキはいい乳をしている……。

元気だ(アホっぽい)なぁ
※褒め言葉です。



 良太郎→ウサミン 転生者の先輩として、悩みを聞いてあげよう。
 ウサミン→良太郎 実年齢を偽っている先輩として、悩みを打ち明けてみよう。

 さーてどうなるか(すっとぼけ)



『どうでもいい小話』1

 うわあああぁぁぁ唯ちゃん復刻だあああぁぁぁ!!!(安定の天井)



『どうでもいい小話』2

 某テーマパークを舞台とした新作ss『北沢志保と夢と魔法の国へ』の連載を始めました。

 ハーメルンの規約上、ツイッターのみの公開となりますが、毎週木曜日更新になりますのでよろしければ。


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Lesson175 The world which can't say to want 3

※良太郎は次回カッコイイことを言わないといけないので、主人公ぢからを溜めるためにお休みです。


 

 

 

『わーっ!』

 

 つい先日から私たちシンデレラプロジェクトの拠点となった資料室に、みんなの声が響き渡る。

 

 それは、今しがたプロデューサーから告げられた「代替イベント『シンデレラの舞踏会』の企画案が美城常務を通った」という報告に対する歓声だった。

 

「いつ!? 開催日は!?」

 

「今期末です。それまでの期限付きですが、ある程度はこちら主導で企画を進めることが出来ます」

 

「『舞踏会』を成功させたら、プロジェクトを存続できるってことだよね?」

 

「はい」

 

 未央と私の問いかけに対するプロデューサーの答えに、プロジェクトのみんなに希望の光が見えた気がした。

 

(……ありがと、良太郎さん)

 

 勿論、プロデューサーが考え付いた代替案そのものが良かったというのもあるだろうが、その窓口を少しでも広げてくれたのは良太郎さんだ。だから一人小さく心の中で、普段は少々アレだけどなんだかんだ言って頼りになるお兄ちゃんにお礼の言葉を呟くのだった。

 

 ……内心での独り言とはいえ、だいぶ恥ずかしいことを言った自覚はある。

 

「やった!」

 

「これでみんな一緒にいられるね!」

 

 喜色満面に喜ぶみりあと莉嘉だが、その横に座る美波の表情は険しいままだった。

 

「……でもそれは、舞踏会が成功したら……っていう話ですよね?」

 

「……はい」

 

 プロデューサーが頷くと、先ほどまで明るかった部屋の空気が少しだけ暗くなる。

 

 成功すればプロジェクト存続。つまり、当たり前の話ではあるのだが、成功しなかったら、そのときは……。

 

「……だったらみんなで!」

 

 そんなとき、一番最初に声を出したのは、やっぱり未央だった。

 

「だからこそみんなで、力を合わせて、『舞踏会』を成功させよう!」

 

 

 

「……だよね! 逆転のチャンスだよ! みくたちの力を見せつけてやるにゃ!」

 

「天から追われた者たちよ……今こそ反旗を翻すとき!」

 

「おぉ……! ロックっぽくなってきた!」

 

「よかったぁ……」

 

「ワクワクするにぃ!」

 

「どうなるかと思ったよ……」

 

「新しい目標、出来ました」

 

 

 

 未央の言葉に、プロジェクトのみんなの顔に希望が戻った。

 

 こういうことを自然と出来る辺り、流石私たちニュージェネレーションズのリーダーである。

 

「なんか大変そうだけど……」

 

 そんな杏の言葉にも、未央は「大丈夫!」と言い切った。

 

「私たちは私たちのやり方で……笑顔でいこう!」

 

「……うん」

 

「はいっ!」

 

 私と卯月も、それに頷く。

 

 例え美城常務が何かをしてこようとも……例え美城常務のやり方も間違っていなかったとしても……それでも、私たちには私たちの決めたやり方と、進んでいきたい道がある。

 

 ならば、それを譲る道理もないし負けるつもりもない。

 

「それじゃあみんな、改めて! 『シンデレラの舞踏会』……絶対に成功させるぞー!」

 

『おー!』

 

 

 

 

 

 

「『舞踏会』に向けて、プロジェクト全体が力を付けていかなければなりません」

 

 今後の方針を決めるためのミーティングで、『シンデレラの舞踏会』と書かれたホワイトボードの前に立つPチャンに全員の視線が向けられる。

 

「外部にアピール出来るよう、より皆さんの個性に特化した企画を考案中です」

 

 そんなPチャンの言葉に思わず右手を挙げる。

 

「だったら、みくたちからも企画を提案してもいいの?」

 

「勿論です。一緒に考えましょう」

 

「わぁ……!」

 

 つまり自分がアイドルとしてやりたい企画を通すことが出来るかもしれないということで……!

 

「ふふっ……!」

 

 プロジェクト存続の危機がかかっているということは重々承知しているにも関わらず、思わず笑みが零れてしまうのはしょうがないことだった。

 

 

 

「……いや、だからって『猫200匹ライブ』は無いと思う……」

 

「なんでにゃ!?」

 

 ミーティングが終わり、次の収録までの時間潰しとして資料室で企画案を考えていたところ、李衣菜ちゃんからダメ出しをされてしまった。

 

「もうちょっと現実的に考えなよ」

 

「ダー。猫アレルギーの人、来れません」

 

「アーニャちゃん、多分そこじゃないと思うんだけど……いや、それはそれで確かに問題だけど」

 

 若干ズレた見解を述べたアーニャちゃんは美波ちゃんに任せておくことにして。

 

「そのくらいキュートさをアップしたいってこと!」

 

「猫の数=キュートさなの……?」

 

 可愛いものが沢山いればそれだけキュートなのは当たり前にゃ!

 

「李衣菜は何か考えてるの?」

 

 そんな凛ちゃんの問いかけに対し、李衣菜ちゃんは「勿論っ!」と胸を張った。

 

「ロック色を強めて、より尖ったファン層にアピールをっ!」

 

「そーいうのはギターを弾けるようになってから言うにゃ!」

 

 ぐぬぬっ……! とお互いに睨みあうみくと李衣菜ちゃんの静かな争いは、Pチャンが番組収録のためにみくたちを呼びに来るまで続けられたのだった。

 

 

 

「えっと、確かマッスルキャッスルの収録だっけ……他の出演者は……」

 

「っ! 安部菜々ちゃんにゃっ!」

 

 

 

 

 

 

 マッスルキャッスルこと『筋肉でドン! Muscle Castle!!』は、初回こそ周藤良太郎という他事務所の人間を特別ゲストに迎えたものの、基本的には346プロダクションのアイドルたちのバラエティー番組である。数人のアイドルたちが主に体力勝負のミニゲームに挑んで得点を競うのだが……。

 

「これはバラエティーにしてはレベルが高すぎないかにゃ……!?」

 

 流石にずぶの素人がボルダリングで五メートル以上の壁を昇るのは無理がありすぎるんじゃないかにゃー!? もうちょっとこう、普通は登りやすいように取っ手とか金具とか付いてるものじゃないかにゃ!? なんで石タイプの持つところしかないにゃ!?

 

『一歩リードはあやめ選手! 流石忍ドル! 本領発揮かー!?』

 

『みくちゃんと菜々ちゃんは仲良く蝉状態ですねぇ』

 

 壁にしがみつくのが精いっぱいなみくと菜々ちゃんを他所に、隣では浜口(はまぐち)あやめちゃんが「ニンッ! ニンッ!」という独特な掛け声とともにスイスイと壁を昇っていた。確かに忍者アイドル略して忍ドルを自称しているだけあって軽い身のこなしだった。

 

『えーっとぉ、資料によるとあやめちゃんは、最近街中で本物の忍者に出会ってからアイドルのレッスンと同じぐらい忍者の修行に励んでいるそうでぇす』

 

『え、本物の忍者ってどういうこと!?』

 

 司会である愛梨ちゃんと瑞樹さんのそんなやり取りも聞こえてくるが、そちらを気にしている様子も無かった。

 

「ちょっとみくちゃーん! 猫なら木登り得意でしょー?」

 

「これは木じゃなくて壁なのにゃー!?」

 

「世界には崖のほんのわずかなでっぱりに足を乗せて登っていく猫がいるらしいから行けるってー!」

 

「それは山羊にゃあああぁぁぁ!?」

 

 下から聞こえてくる李衣菜ちゃんの応援の(煽ってくる)言葉に律儀にツッコミを入れてしまう。自分に流れる大阪の血が憎い。

 

「うにゃあああぁぁぁ猫チャンパワー全開にゃあああぁぁぁ!」

 

『おおっと!? ここで猫キャラの意地を見せるか!?』

 

「みくまっしぐらにゃー!」

 

「みくちゃーん! その台詞、スポンサー的には大丈夫かなー?」

 

「李衣菜ちゃんは応援する気無いなら口を閉じるにゃあああぁぁぁ!」

 

 しかしいい具合に李衣菜ちゃんに対してイラッとしたパワーが活力剤になったらしく、自分でも驚くほどグイグイと壁を昇ることが出来た。

 

『皆さーん、壁を昇るのは()易するでしょうけど、頑張ってくださいねー』

 

 今日の王様ゲストの楓さんの言葉に一瞬力が抜けそうになるが、このまま行けばあやめちゃんも抜いてみくが一位にゃ!

 

 しかしそんなとき、下から菜々ちゃんのパートナー役の裕子ちゃんの声が聞こえてきた。

 

「むむっ! このままではいけません! サイキックぅ~エナジー注入!」

 

「エナジー受信! いっきまーす!」

 

『ミンミンミンッ! ミンミンミンッ! ウーサミンッ!』

 

 途端にスタジオの観覧席から聞こえてきた『ウサミンコール』は、菜々ちゃんの代名詞とも呼べるものだった。そのウサミンコールを受け、先ほどのまでの停滞ぶりが嘘のようにグイグイと追い上げてくる菜々ちゃん。ゴールまであと少しだったみくやあやめちゃんにあっという間に追いつくと、タッチの差で逆転を許してしまうのだった。

 

『ゴールっ! 一着は僅差で安部菜々ちゃん!』

 

『二位はあやめちゃん、三位はみくちゃんでしたぁ。みんなぁ、お疲れ様ぁ』

 

「はぁ……はぁ……」

 

 負けてしまって悔しい気持ちは確かにあった。でもそれ以上に、今のみくの中で一番大きな感情は『凄い!』という感嘆だった。

 

 観客や会場全体が菜々ちゃんのことを『ウサミン』という一つのキャラクターとして認識しているからこそ起こりうるこの一体感。

 

「くぅ~……これにゃ! これこそがみくの目指すべきアイドルとしての『キャラクター』にゃ!」

 

「えっ?」

 

「やっぱり菜々ちゃんはみくのライバル……いや、目標にゃ!」

 

「え、えぇ!?」

 

 みくもいつか、菜々ちゃんみたいなアイドルに……!

 

 それは、『周藤良太郎』とは全く別の意味での憧れるアイドルの姿だった。

 

 

 

 

 

 

「……私が、目標……ですか」

 

 今日の仕事を終え、いつもの帰りの電車の中。吊革に掴まり、ドアのガラスに映る自分の姿を見つめながら、今日のマッスルキャッスルの撮影での出来事を思い返す。

 

 346プロのアイドル部門の中で比較的新しい部署である『シンデレラプロジェクト』。そこに所属する前川みくちゃん。以前、事務所内でストライキをするという驚きの行動をした彼女だが、最近では多田李衣菜ちゃんとユニットを組んで正式にビューしたと聞いた。

 

 『早くデビューしたいから』という理由でストライキをした彼女だったので、正式にデビューが出来て良かったとナナも一安心したのですが……。

 

 

 

 ――菜々ちゃんはみくのライバル……いや、目標にゃ!

 

 

 

(……は、初めて言われました、そんなこと……)

 

 確かに、彼女は猫キャラアイドルを目指しているらしいので、ある意味では私と同じ方向性のアイドルなのかもしれない。

 

 それでも、まさか自分がアイドルとしての目標となる日が来るとは……。

 

 考えたことが全くないわけじゃない。アイドルを目指す以上、誰かに憧れられるのを期待するのはしょうがないことだ。

 

 でも実際にこうしてそんな存在になると、なんともむず痒かった。

 

 しかしそれ以上に……もっともっと、頑張ろうと、そんな気持ちになれた。

 

「……よーし! 明日もウサミンパワーで、頑張っちゃいますよー!」

 

 ……思わず電車内で叫んでしまい、注目を浴びてしまうぐらいにはテンションが上がってしまった。

 

 

 

 でも、そんな心地よい気分には、長く浸ることは出来なかった。

 

 

 




・だいぶ恥ずかしいことを言った自覚はある。
書けば書くほど凛ちゃんを妹扱いしたくなる不思議。

・「これはバラエティーにしてはレベルが高すぎないかにゃ……!?」
アニメ見返してみたけど、これ普通にアイドルがバラエティーでやるレベルじゃないと思った。しかも命綱無し。

・浜口あやめ
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。パッション。
アイエエエ(ry 忍者なアイドルを目指す15歳。
実はアニメのこのシーンが声付き第一声だったりする。

・最近街中で本物の忍者に出会って
とある事務所のとあるアイドルのとあるマネージャーが忍者だとかじゃないとか。

・みくまっしぐら
『カルカン、ねこまっしぐら』

・今日の王様ゲストの楓さん
一升瓶片手に登場して川島さんに怒られるなんて一幕があったりなかったり。

・「サイキックぅ~エナジー注入!」
サンキューユッコ!(4thSSA初日並感)

・『ミンミンミンッ! ミンミンミンッ! ウーサミンッ!』
作者も最初は勘違いしてたけど『ミミミン! ミミミン!』は間違いなんすね。



 主人公不在なつなぎ回。今回英気を養った分、主人公っぽい仕事をしてもらおうと思います(主人公らしい言動をするとは言っていない)



『どうでもいい小話』

 デレステ二周年おめでとう! 二年前に遡るとちゃんとリリース時にコメントを残してあったりする。

 しかしミリシタとエムステがまだリリースして間もないときに色々とぶっこんでくるちひろさんはやっぱりちひろさんやでぇ……。



『どうでもよくない小話』

 デレステイベントSR復刻うううぅぅぅ! 約二年の時を経て楓さんが手に入るうううぅぅぅ! 高垣艦隊が組めるうううぅぅぅ!


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Lesson176 The world which can't say to want 4

帰って来た良太郎(平常運転&主人公的な意味で)


 

 

 

「気のせいだろうか……最近アイドルらしい仕事をしていないような気がしてならない……」

 

 いや、歌番組への出演やライブに向けてのレッスンや新曲の収録など色々とそれっぽい仕事は間違いなくしているはずなのに、何故だろうか……行間で済まされてしまったからか……。

 

「……いつものことだな!」

 

 自己完結したところで、今日は声優としての仕事である。先日話していた『リ以下略』の収録のために、収録スタジオへとやって来た。

 

「さて、とりあえず監督たちに挨拶は終わったから……ん?」

 

 楽屋に戻ろうかと思ったら、一人の少女がやや暗い雰囲気で自販機の横のベンチに腰掛けているのを発見した。というか、今日の共演者である菜々ちゃんだった。

 

「おはよー菜々ちゃん」

 

「え……りょ、良太郎さん! おはようございます!」

 

 声をかけると、慌てて立ち上がってキチンと頭を下げて挨拶をしてくれた。

 

「今日からよろしくね」

 

「は、はい! こちらこそよろしくお願いします!」

 

 コーヒーでも飲もうかと小銭入れを取り出しながら菜々ちゃんにも「何か飲むー?」と尋ねると、菜々ちゃんは「えっと、私はこれがありますので……」と言いながら取り出したのは水筒だった。ううむ、よく言えば家庭的、悪く言えば庶民的だなぁ。

 

 とりあえずいつもの缶コーヒーを買って菜々ちゃんの隣に腰を下ろす。その際若干距離を置かれたのは普通の女の子として何の変哲もない反応なので特に傷ついたりとかはしない。寧ろ距離を詰めてくる女の子が多くて、こういう反応が若干新鮮である。

 

「……それで? 今日の菜々ちゃんはお顔が暗いよー?」

 

「そ、そんなことないですよ!? 今日はお化粧のノリが悪かったとかそういうこともないですし……!?」

 

 流石に華の女子高生がお化粧のノリを気にすることないでしょうに。

 

「実はここだけの話、お兄さん数年前からトップアイドルなんて職業をしておりまして、アイドルの皆さんからは割とアイドル業界の先輩的な扱いをされてたりしております」

 

「……ぞ、存じております……」

 

「だから何か困りごとなら相談に乗るよ? ……もしかしたら、他の人に言えない困りごともあるかもしれないし」

 

 転生関係だと、前世での記憶とか、今の人間関係とか、多分誰もが一度は通る問題だと思う。……まぁ、俺はその辺りを転生時に色々と補正受けちゃってるから、あんまり気にならなかったんだけど。

 

「……えっと、ですね……」

 

 ポツリポツリと菜々ちゃんは話し始めてくれた。

 

「良太郎さんは、今346プロダクションで行われている大規模な改変についてはご存知ですよね?」

 

「存じております」

 

 まぁここ最近よく346の事務所に顔を出している主な理由だし。

 

「それで、その……事務所の方から、方向性の転換を求められちゃいまして……」

 

「方向性?」

 

 疑問や聞き返すというよりは確認的な意味でそれをオウム返すと、菜々ちゃんはスクッと立ち上がった。

 

「……夢と希望を両耳にひっさげ、ウサミン星からやってきた歌って踊れる声優アイドル、安部菜々! 十七歳です!」

 

 キャハッと目元で横ピースをしながらウインクをする菜々ちゃん。個人的にこういうブリッ子的なキャラクターのアイドルとはそれほど関わりが無かったので新鮮というか、普通に可愛いなーとか思っている。ついでに軽くジャンプしたことで揺れた胸も見逃していないぞ。

 

 拍手すべきか「ウーサミーンッ!」とコールするべきか一瞬悩んだが、しかしそれより前に明るかった菜々ちゃんの表情が先ほどと同じような暗いものに戻ってしまった。

 

「……私の所属する部署のプロデューサーさんに、言われちゃったんです」

 

 

 

 ――現在我が社は大きな転換期を迎えている。

 

 ――その一環で、プロダクションとしての根本的なイメージを見直すこととなった。

 

 

 

「『バラエティー路線の仕事を徐々に減らしていき、将来的にはほぼ無くなる』『代わりにアーティスト面を強化し、ブランドイメージを確立する』……ねぇ」

 

 まんま美城さんがやろうとしている改革そのものだった。彼女の改革がシンデレラプロジェクトのみんなだけでなく、それでいてアイドルに直接影響が出始めた……ということか。

 

「『各々のキャラクターを今一度見直して欲しい』って言われちゃいまして……あ、いや、勿論ナナのウサミン星人はキャラとかそういうのじゃないんですけどっ!?」

 

 再び俺の横に腰を下ろした菜々ちゃんは、何も言っていないのにワタワタと慌てた様子で手を振った。

 

 ……なるほど、そちらに気を取らせておいて、本当に秘密にしたい転生者という事実に目を向けさせない……そういう作戦なのか。考えてるなぁ……。

 

「……でも、マッスルキャッスル内でのお天気コーナーも降板することになっちゃいまして……流石に、その……色々と考えちゃうと言いますか……」

 

「ふむふむ……」

 

「……折角、みくちゃんに『目標』だって言ってもらえたのに……」

 

「………………」

 

 まぁ何だかんだ言って『会社の方針』っていうのは、そこに所属している人間からしてみるとその強制力は計り知れないからなぁ……こちらの世界では勿論のこと、前世も確か学生の内に終わっているので実は会社勤めをしたことがない俺でもそれぐらいは分かる、というか想像がつく。

 

 というか、似たようなことなら俺にもあった。

 

「そういうの、俺にも経験あるよ」

 

「えっ!? 良太郎さんにもですか!?」

 

「実はあるんだよ。……ところで、菜々ちゃんは胸が大きいよね」

 

「……ふえぇっ!?」

 

 我ながらなんの脈絡もない突然の言葉に、当然ながら驚く菜々ちゃん。いや、割と()()()()()()()している子ならばもう少しドライな反応が返ってきたりもするので、この反応も少し新鮮だなぁ。

 

「エプロンドレスというかフワッとした服を着てることが多いから分かりづらいけど、低身長なトランジスタグラマー。さっきもピースサインするときにちょっと上体を動かしたからゆさっと揺れてたし、いいもの持っていると確信している」

 

「あ、あああの!? 一体何の話なんでしょうか!?」

 

 いやまぁ、自分でも突拍子もないことを言い出したと思ってるよ。それぐらいは分かっている。

 

「……とまぁ、俺は割と昔からこんなキャラで通してるわけなんだけど」

 

「……キャラ、ですか?」

 

「ごめん、普通に性癖」

 

 紛うこと無き個人的嗜好です。本当にごめんなさい。

 

「菜々ちゃんは、こういう発言を堂々とする俺を上の人間……俺のプロデューサーである兄貴が止めなかったと思う?」

 

「っ!」

 

 当然、そんなわけない。俺が言うのもあれだけど、兄貴は俺と違って極普通の人間だ。全国模試一桁常連&僅か数ヶ月の勉強でアイドルのプロデューサーをやってのけた人間を普通と称するもおかしな話だが、それでも俺と比べてしまえば常識的な一般人だ。

 

「散々止められた。テレビに出る以上、アイドルとして活動していく以上、()()()()()()を控えろって。でも俺はそれを拒否した」

 

 それはただの我儘。一歩間違っていたら、何処かで歯車が狂っていたら、きっと俺はトップアイドルと称される存在になんてなってやしなかった。

 

「何せ、俺は生まれつき()()()()()()()()()を被ることが出来ない。だから最初から自分を偽らない道を選んだ。周藤良太郎が『周藤良太郎』以外になることを許さなかった」

 

 自分の趣味嗜好を口にするか否かなんて格好悪い上にダサすぎる理由ではあるが、()()()()()()()()を、()()()が許さなかった。

 

「……笑顔は、仮面なんですか……?」

 

「仮面だよ。アイドルになる以上、最初から素顔の人なんて滅多にいないさ。それの下にずっと辛い顔を隠し続けるか、仮面を外して自分自身の笑顔を見せるようになるかは人それぞれだけど」

 

 多分、この考え方は菜々ちゃんとは真逆の考え方だ。でもどちらを本当の自分とするかを決めるのは自分。

 

「ついさっき言ったよね? みくちゃんから『目標』って言われたって。なら君はもう『アイドルに憧れる一人の女の子』じゃない。『一人の女の子に憧れられるアイドル』なんだ」

 

 憧れる立場から、憧れられる立場へ。これはきっとどんな道を選んでもやがて訪れる変化。

 

 かの有名なアメリカの漫画の主人公の言葉を借りるならば、車の後部座席でただ安心して眠っているだけの子供も、やがて前部座席に乗って子供を安心させる大人になる。

 

 

 

 子供に安心して夢を見せるのが、俺たち大人の仕事なんだ。

 

 

 

「………………」

 

「それに、俺たちは……()()()は二度目の人生を歩む奇跡を手に入れることが出来たんだ。なら、選ばなくて後悔するぐらいなら、選んで後悔をしろ」

 

「っ!」

 

 それまで俯いて俺の話を聞いていた菜々ちゃんが、ハッと顔を上げた。

 

(……そうだ、ナナも良太郎さんも、『安部菜々』と『周藤良太郎』という新たな人生を歩いているんだ……)

 

「……あとは、君の選択次第だ。勿論、会社の方針に従うって選択自体を否定するつもりは――」

 

「いえ、もう決めました」

 

「――後悔しない?」

 

「そんなの、()()()の人生に置いてきました!」

 

 元気よく立ち上がる菜々ちゃん。先ほどと全く同じ動きで……しかし、それは迷いも何も感じさせない『アイドル』の姿。

 

 

 

「ウサミン星人、安部菜々は……もう迷いません!」

 

 

 

「……そうか」

 

 

 

 ……っていうところでカッコよくこの場を離れることが出来たらよかったんだけど。

 

「さて、これから収録だよ」

 

「……あっ」

 

 まぁ……もう何も心配する必要はないか。

 

 

 

 

 

 

 というわけで、久しぶりに今回の事の顛末という名のオチを語ることにしよう。

 

 後日、菜々ちゃんはアプリゲーム『リズモン』のイベントにMCとして参加。事務所からはウサミンというキャラを考え直すように言われているはずなのに、彼女の頭にはトレードマークと言うべきウサ耳が生えていた。

 

 その結果、イベントは大失敗……なんてことがあるはずなく、会場一体となった誰が見ても大成功となった。

 

 さらにみくちゃんと武内さんの発案により、菜々ちゃんを含む今回の改革で自分のキャラクターの見直しを通達された他のアイドル全員をシンデレラプロジェクトの企画内に引き込むこととなったらしい。

 

 こうすることで、美城さんの「支援もしないが()()()()()()()」という約束により彼女たち全員の方向性が守られることとなった。これは素直に賞賛すべきファインプレーだ。

 

 きっとここから始まる彼女たちシンデレラプロジェクトの快進撃を、楽しみにさせてもらうよ。

 

 

 

 

 

 

「『Power of Smile』……彼の企画を受けいれたそうじゃないか」

 

「良い機会だと思いましたので。彼らが失敗すれば、私の改革に反対する者を黙らせることができます。勿論、成功すればそれに越したものはありません」

 

「……改革か。それにしても、随分やり方が強引すぎやしないかい?」

 

「私には私の考えがあります。……それに――」

 

 

 

 ――時間も、あまり多くはありませんので。

 

 

 




・行間で済まされてしまったからか……。
だってそれ書いてたら原作組の動きが出来なくなるし……(言い訳)

・俺はその辺りを転生時に色々と補正受けちゃってるから
たぶん殆どの人が忘れているであろう設定。

・周藤良太郎慣れ
初級 「ま、まぁ良太郎さんなら……」と納得する。
中級 「あぁ良太郎か」と流せる。
上級 「お、やってるな」と受け入れる。
重症 「え、大人しくない?」と物足りなさを感じる。

・トランジスタグラマー
どうやらEカップだそうです。デカい(確信)
いや冗談抜きで二十代後半であの体型ってズルいと思う。

・笑顔というの名の仮面
この辺りの話は第二章のLesson42とも関わってきます。

・かの有名なアメリカの漫画の主人公の言葉
スヌーピーで有名な『ピーナッツ』の主人公、チャーリー・ブラウンの言葉です。
今回は少しばかり違う意味合いで引用させていただきましたが、本当はどういう意味で使ったのか気になる人は『ピーナッツ 安心とは』で検索。

・――時間も、あまり多くはありませんので。
志保ちゃんに引き続き「時間があまりない」勢はコチラ。



 というわけで、良太郎とウサミンの勘違いは継続したまま今回の騒動は無事着地することとなりました。二人とも『二度目の人生』っていうのは変わりませんからね。

 次回からはナツキチ回になりますが……さーてどうするかな(何も考えていない)



『どうでもいい小話』

 ついにデレステに『こいかぜ』実装! なんだこのMVは……!(恍惚)

 四時間少々の時間をかけて何とかフルコンしました。なんだこの難易度26詐欺は……(絶望)



『どうでもいい小話2』

 と思ったら! 楓さん恒常SSRも追加!

 スカチケまで我慢してもよかったのですが、自分は我慢出来ませんでした。

 というわけで、やったぜ三十連! ありがとう楓さん! 書いてて良かった個別短編! みんなも書こう、担当の個別短編!


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Lesson177 I waver, laugh or yawn

りーな&なつきち+αのロック回、開始!


 

 

 

 今日も今日とてお仕事なのは、アイドルも社会人も変わらない。

 

 今回のお仕事は『幻夢コーポレーション』というゲーム制作会社の新作ゲームの発表イベント。そこの社長さんが随分と気前のいい人で、イベント後に試供品という名目で新作ゲームを何本か貰ってしまった。「よっ! ゲームの神様!」とヨイショすると「そうだ……私が神だっ!」と乗ってくれるぐらいにはノリのいい人だった。

 

 というわけで手に入れたこのゲーム。俺一人でやるのもつまらないので、最近出来たゲーム仲間である杏奈ちゃんや百合子ちゃんと一緒にやろうと765プロの事務所までやって来た。

 

 「初めてここの事務所に来てから二年以上経つのかぁ……」という時の流れの早さを感じつつ、逆に「あれ、まだ二年しか経ってないのか……?」という矛盾した状況に苛まれて首を傾げながら765プロの事務所の階段を昇る。……まぁいいや。

 

「おっはようございまーす! キャハッ!(如月ボイス)」

 

 挨拶は大事って古事記にも書いてあったから、元気よく挨拶をしながら事務所に入る。千早ちゃんもそろそろこれぐらいはっちゃけてもいいと思うんだけどねー。

 

 正直何回も遊びに来ているので勝手知ったる何とやらで、事務所の奥へと向かう。杏奈ちゃんと百合子ちゃんにも今から事務所に遊びに行く約束はしてあるし、つまりアポは取れているということだ。(暴論)

 

「杏奈ちゃーん、百合子ちゃーん! あっそびーましょー!」

 

 いつものようにソファーにでもいるのかなーと覗き込むと、そこには一人の少女が座っていた。

 

「……え?」

 

 しかし彼女は杏奈ちゃんでも百合子ちゃんでも、というか()()()()()()()()765プロの人間ではなかったはずだ。

 

「はあっ!? な、何でアンタがここにいるんだよっ!?」

 

「……いや、こっちのセリフなんだけど……」

 

 

 

 街中ロック不良娘こと、ジュリアだった。

 

 

 

 

 

 

「……天下のトップアイドルが、そんなに気軽に他事務所に遊びに行くか、フツー……?」

 

「流石にそのマジレスは聞き飽きたかなぁ」

 

 とりあえず手土産として持ってきたお菓子を、事務所の奥にいた小鳥さんに挨拶をしつつ渡す。何やら酸欠気味でひーひー言っていたが、どうやら先ほどの千早ちゃんボイスの挨拶(ウサミン風味)がツボにハマったらしい。

 

「小鳥ちゃんもハピハピすぅ?(如月ボイス)」

 

 どうやらそれがトドメになったらしく、小鳥さんは膝から崩れ落ちた。

 

「それで、何でお前が765プロ(ここ)にいるんだよ」

 

「うっ……!?」

 

 息も絶え絶えな小鳥さん曰く、杏奈ちゃんと百合子ちゃんはゲームをやりながら食べるお菓子を買いに近くのコンビニに行ったとのこと。なので少し待たせてもらいながら、明らかに他事務所のアイドルである俺以上にこの場にいることが謎なジュリアに問いかけると、先ほどまで弦を弄っていたらしい愛用のギターを抱えるように持ちながらジュリアは目を逸らした。

 

 えっと、こいつと最後に会ったのはみくちゃんと李衣菜ちゃんと武内さんの三人を『周藤良太郎と巡るニャンとロックな魅力満載ツアー』で連れ回したときだ。確かあの時は「音楽事務所のオーディションを受けに行く」って言ってて……。

 

「え、お前まさか……」

 

「………………」

 

「……オーディション受ける事務所を間違えたとか、言わないよな……?」

 

「……オ、オーディションを受ける直前に間違えたことは気付いたさ! で、でも受けるって言った手前、途中で投げ出すのも悪いと思ってオーディションを受けたら、その、スカウトされちまって……!」

 

 どうせオーディションしたのって高木さんとりっちゃんだろうし、高木さん好みな個性の塊であり、りっちゃん好みのアーティストとしての能力の高さも持ち合わせてるジュリアが落ちるわけないんだよなぁ。

 

「くそぉ……笑いたきゃ笑えよ……あんだけカッコつけて『あたしはアイドルって柄じゃねーよ』とか言っといて結局アイドルなんだから……!」

 

 そう言いながら頭を抱えるジュリア。

 

「笑うわけないだろ」

 

 物理的に笑えないというのもあるが。

 

「また一人、新しいアイドルの蕾が芽吹こうとしているんだ。一アイドルとして、それを祝福すれど笑う道理はないさ」

 

「……りょ、良太郎さん……!」

 

「ここからまだ少しだけ道は長いが……それでも、その道の先で待ってるぞ」

 

「……あ、あぁ! 任せとけ!」

 

 右手を差し出すと、ジュリアはパァッと顔を軽くしながらその右手を握ってくれた。

 

「だから最初にこれだけは聞かせてくれ」

 

「あぁ、何だ?」

 

 

 

「『オーディション』の映画は見た?」

 

「……思い出したあああぁぁぁ!!」

 

 握った右手をそのまま引っ張られ、思いっきり腹パンされた。

 

 

 

 

 

 

 

「危うくダチから借りるところだったんだからなっ!?」

 

「随分とコアな趣味の友人をお持ちで……」

 

 確かあの映画、レンタルはVHSしかなかったはずだ。だから借りて観るっていう選択肢がないから大丈夫だろうと思っていたのだが、まさかDVDを持っている友人がいたとは……相当なホラーというかスプラッター好きだなそいつ。

 

「しかし、いくら間違えてオーディションを受けてスカウトされたからって、よくアイドルになる気になったな」

 

 小鳥さんが淹れてきてくれたお茶を飲みながら、疑問に思ったそれを尋ねる。いくらジュリアが目指すロックミュージシャンとアイドルで共に音楽という共通点があったからとはいえ、歌って踊るのは似て非なるものだと思うのだが。

 

「いや、確かにあたしも最初はそう思ったさ。でも『歌う』ことには間違いない。現にここの如月千早だって、どちらかというとアーティスト寄りの人間のはずだ。なら、アイドル事務所にスカウトされたのも何かの縁と考えて、そこから始めていくのも悪くないって思ったんだよ」

 

 それに実例もあるしな、とジュリアは傍らに置いてあった自身のギターケースの中から二枚のCDを取り出した。その内の一つには見覚えがあった。

 

「あぁ、アスタリスクの二人か」

 

 それはみくちゃんと李衣菜ちゃんのユニット『*(Asterisk(アスタリスク))』のデビュー曲である『ΦωΦver(オーバー)!!』のCDだった。

 

「最初はご祝儀のつもりで買ったんだが……よく考えたら、二人はもうこうしてCDデビューしてるあたしの先輩なんだよな」

 

 あの時の二人がって考えるとなんか不思議だな、とジュリアは笑う。

 

「ジュリアの目から見て、二人はどうだ?」

 

「それはどういう意味で聞いてるんだ?」

 

「勿論、音楽的な意味だ。これでも、俺はお前の音楽を買ってるからな」

 

「……へへ、天下の『周藤良太郎』にそう言われるとなんだか変な気分だな」

 

 そう言いつつ満更でもなさそうなジュリアは、そうだなぁと呟きながらジャラァンと手にしたギターを掻き鳴らした。

 

「ハッキリ言わせてもらうと、まだまだだな。技術的な面が出来上がりきってない」

 

 でも、と彼女たちのCDを手に取る。表のジャケットはみくちゃんと李衣菜ちゃんが背中合わせにポーズを決めている写真。裏側には、撮影時に少し揉めて口論をしている最中を、カメラマンが面白いからと言って撮影したものが採用されていたりする。

 

「……そうだな、二人からは確かに『ロック』を感じた。お互いがお互いを尊重しつつ、それ以上に自分の信じるものを絶対に譲らない……そんな強い想いを感じた」

 

「……そうか」

 

 第三者にそう感じ取ってもらえるような曲を生み出せたということならば、彼女たちの思惑は大成功だった、ということだろう。

 

「まぁ、それ以上にコッチの方が『ロック』だけどな」

 

 二人のCDを机に置いたジュリアが次に手にしたのは、先ほど一緒にギターケースから取り出したもう一枚のCD。そのジャケットに映る少女にも見覚えがあった。

 

「……えっと、木村夏樹ちゃん……だっけ?」

 

「おっ、やっぱり知ってたか。346プロのロックアイドルってことで、李衣菜より有名らしいじゃねーか」

 

「知り合い……とまではいかないけど、顔見知りではあるかな」

 

 確か123プロが設立して恵美ちゃんとまゆちゃんがやって来て間もない頃。南の島で行われるアイドルたちによる音楽の祭典『シャイニーフェスタ』に参加するためにギターを練習していた俺が出会ったのが、当時まだデビューしたての夏樹ちゃんだった。

 

 あの時、夏樹ちゃんは「ロックなアイドルになる」って言ってたけど、それから半年ぐらいしてからその宣言通り『ロックアイドル』として名前を聞くようになった。

 

 そして今年も行われたシャイニーフェスタにて、ついに彼女にも声がかかり……えっ、そんなイベントいつやってたんだって? ……ほら、行間とか。もしくはお話とお話の間。

 

 とにかく、今重要なことは『木村夏樹はロックアイドルとして名を馳せている』ということだ。

 

「……実は、こっちはこっちであたしも顔見知りだったりするんだけどな」

 

「えっ」

 

 それは素直に驚きなんだが。

 

「確か前は何処かのバンドでボーカル兼ギタリストやってたはずだぜ。前にライブハウスで一回話したことがある」

 

 成程、バンドマンとしてやってたところを、何らかの経緯があって346にスカウトされた口だったのか。

 

「そんときも『こいつはすげぇロックな奴だ』って思ってたよ。……こいつと李衣菜がアイドルやりながら自分の音楽(ロック)をやってるっていうのが、あたしもアイドルとして初めてみようって思ったきっかけかもしれないな」

 

 ……菜々ちゃんのときもそうだし、そもそも春香ちゃんたちのときも思ったけど、新人だと思っていた子たちが『憧れられるアイドル』側になっていくのを見ると、先ほど感じた以上に時の流れの早さを実感する。

 

「はぁ……やっぱり俺ももう歳なのかなぁ」

 

「あたしと四つしか違わない奴が何言ってるんだよ……」

 

「いや、()()()()()()()()っていう言葉が自然に出てくるってことは、もう若くないってことだよ」

 

「えっと……どうしてそれを私の目を見ながら言ったんですか、良太郎君……?」

 

 先ほどと俺が渡したお菓子を器に持って来てくれた小鳥さんが、口元をヒクヒクと引き攣らせていた。

 

 いや、他意はないですよ? そもそも前世から数えたら俺の方が小鳥さんより年上だし。

 

「うぅ……せめて、せめて三十になる前にはウエディングドレスを……!」

 

 そう言いながら打ちひしがれる小鳥さん。

 

 ……ふっふっふ、甘い、甘いぞ小鳥さん! そんな如何にも「私婚期に焦っています」みたいなムーヴをしつつ、実は現在ハリウッドの赤羽根さんから「帰ってきたら伝えたいことがあります」とかなんとか言われていることを、俺は知っている! というか春休みにハリウッドへ行ったとき遭遇し、その際赤羽根さんから聞き出している!

 

 さーて、どのタイミングでそのことを弄ってくれようか……!

 

 

 

「……表情は変わってないのに、すっごいワリィ顔してる気がする……」

 

 

 




・『幻夢コーポレーション』
代表作品は『マイティアクションX』シリーズ、『タドルクエスト』シリーズ、『バンバンシューティング』シリーズなど。社長自らが手掛けたホラーゲーム『デンジャラスゾンビ』もコアなファンが多いとかなんとか。

・「そうだ……私が神だっ!」
(ピロロロロロ…アイガッタビリィー)宝生永夢ゥ! 何故君が(ry

・「あれ、まだ二年しか経ってないのか……?」
現実時間だとそろそろ四周年が間近に迫っておりますが、実は劇中時間はLesson01から二年と二ヶ月弱しか経っていないという事実……。

・「おっはようございまーす! キャハッ!(如月ボイス)」
・「小鳥ちゃんもハピハピすぅ?(如月ボイス)」
ちーちゃん激おこ案件発生中。

・ジュリア765プロ入り
ミリシタで「スカウト→アイドル事務所発覚」という順番だったことを知りましたが、こちらの世界では「オーディション→アイドル事務所発覚」ということにします。

・レンタルはVHSしかなかったはず
どうしても『オーディション』が見たいっていう変tもとい物好きの方は、是非とも買うしかないね! 作者? SAWもまともに観れないから無理。

・そんなイベントいつやってたんだって?
ほら、ただそのイベントを描写してないだけだから(建前)
すっかり忘れてたぞ(本音)

・赤羽根さんから「帰ってきたら伝えたいことがあります」
Lesson78でフラグを立てていたことを覚えている人が果たして何人いることやら。



 ロック回ということでジュリア参戦! 越境ネタはこの小説の特徴の一つだしね!



『どうでもいい小話』

 ついに今日、デレステの宝くじ当選発表ですね。

 こういうことを言っておくと、色々とフラグが立ってくれると思うので……。



 見事三等以上が当選したあかつきには『R18作品を書く』ことをここに宣言しておきます!

 さぁ当たれ!


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Lesson178 I waver, laugh or yawn 2

アニメ時系列の順番を間違えていたことに、感想で指摘されて気が付きました……な、なんとかなるよ、なんとかするよ。


 

 

 

「やっぱり! ステージを猫耳とふわふわでいっぱいにしたいにゃ!」

 

「だから、そんなのロックじゃないって!」

 

 

 

「また揉めてるんだ、あの二人」

 

「相変わらずですね……」

 

 今日も今日とてシンデレラプロジェクトの拠点として使わている資料室ではアスタリスクの二人が言い争いをしていた。プロデューサー曰く「ああして自分を強く主張する姿こそ、あの二人の魅力なのです」とは言っていたが、本当にアレでちゃんとユニットとして形になっているところが驚きである。

 

 まぁこの二人のやり取りはいつものことなので、私たちニュージェネレーションズはいつも通りの自主レッスンへ……。

 

「いーや、自分のやりたいことを貫くのがロックなら、みくのこれだってロックにゃ!」

 

「!?」

 

 と思ったら、何やらいつもと様子が違うような気がしたので思わず三人とも足を止めてしまった。

 

 李衣菜もみくの発言が予想外だったのか、声を出さずに驚愕していた。

 

「みくは感銘を受けたのにゃ。ついこの間のイベントで、事務所から止めるように言われていたはずのウサミンキャラを貫き通す姿は、みくが理想とするアイドルとしての姿そのもの……! ロックのことがよく分からないみくでも分かるにゃ! アレこそがロックなんだって……!」

 

「あ、あのー……だから、ナナのこれは別にキャラとかそーいうのじゃないんですけどー……」

 

 そんなみくの言葉をやんわりと否定したのは、最近ここに出入りする頻度が増えた菜々である。

 

 つい先日、プロデューサーとみくの提案により、他の部署において自分のキャラクターを見直すように通達されたアイドルたちを私たちシンデレラプロジェクトの企画内に引き込むことになり、おかげでこの資料室を出入りする人が増えた。

 

 例えば、現在所有者が仕事のため不在となり空席となったピンク色のウサギ型の椅子に埋まるように座りながらクークーと寝息を立てる着ぐるみ少女こと市原(いちはら)仁奈(にな)だとか、紙を丸めて作った剣を使ってみりあと一緒になってヤーヤーとチャンバラごっこを繰り広げている剣道少女こと脇山(わきやま)珠美(たまみ)だとか。

 

 菜々も、そんな個性的過ぎるメンバーの一人としてうちにやって来た一人である。いつも事務所のカフェテリアで給仕をしている際に着ているものと同じエプロンドレス姿で、プロジェクトメンバーにお茶を淹れたりと給仕のようなことをしてくれていた。格好も相まって、まるで本物のメイドさんのようである。

 

「仁奈ちゃんがお昼寝している今の内に、取れかかってた上着のボタンを付け直しておいてあげましょう……って、みりあちゃん、珠美ちゃん、仁奈ちゃんが起きちゃいますし、埃も立つからもう少し静かにしてくださいねー」

 

 ……メイドさん、というかお母さんみたいだった。いや、二つしか歳の違わない菜々に向かって「お母さんみたい」っていうのは少し失礼なのかもしれないが、それ以外に喩えようがなかった。

 

「とにかく! みくは菜々ちゃんを見習って自分を貫くことにしたのにゃ!」

 

「う、うぐぐ……!」

 

 おぉ……いつもは拮抗している二人の力関係だったけど、菜々という身近な目標が出来たことによりみくが有利になっている。李衣菜もロックという自身の領域を持ち出されてしまったので、強く言い出すことが出来ないようだ……。

 

「うぅう~……ふーんだ! みくちゃんのバカー! 魚嫌いの猫もどきー! 買ってみたはいいものの恥ずかしくて付けれなかった猫ランジェリーをタンスの肥やしにしてる癖にいいいぃぃぃ!」

 

「みくの部屋のタンス漁ったにゃあああぁぁぁ!? というかそんなこと大声で言うにゃあああぁぁぁ!?」

 

「みくちゃんがそんな中途半端な猫のフレンズだから、たつき監督も降板しちゃうんだあああぁぁぁ!」

 

「ぜっっったいにそれはみく関係ないにゃあああぁぁぁ!」

 

 何やら言い負かされたらしい李衣菜は、涙目で自分のギターケースを引っ掴むとそんなことを言い捨てながら部屋から出て行ってしまった。

 

「っと、そろそろ私たちも行かないと」

 

「そ、そうでしたね」

 

「いつも見慣れているはずの二人のやり取りだったのに、今回は思わず最後まで見てしまったよ……」

 

 義務ではないが、それでもやると決めた以上しっかりとレッスンしないと。

 

 最後に怒りと羞恥で顔を赤くするみくを一瞥してから、李衣菜が開け放ったままにしていった扉を潜り、レッスン室へと向かうのだった。

 

 

 

「……ちーなーみーにー! しぶりんもあったりしそうだよね~? 買ってみたはいいものの、着れなくてタンスの肥やしになっちゃった服とか下着とかそういうの~?」

 

「……えっと、良太郎さんにメッセージ作成……『未央の下着は上下オレンジ』っと……」

 

「対応が面倒くさいからってイキナリそーいう手段に出るのは酷くないかなっ!?」

 

 

 

 

 

 

「……はっ!? なんだろう、今何か重要な情報を聞きそびれたような、そんな惜しい気持ちで胸がいっぱいになった……!?」

 

「……良太郎さんは、相変わらず突拍子もないことを言うね……」

 

 コンビニへ行っていた杏奈ちゃんと百合子ちゃんが戻って来たので、早速三人でゲームをプレイすることになった。ちなみに一応ジュリアも誘ってみたが、よく分からないということで傍観に徹するらしい。

 

 貰った新作ゲームの中から選んだのは、三人でプレイすることが出来る『ドラゴナイトハンターZ』という、所謂狩りゲーである。三人で簡単にキャラメイクして、早速一狩り始めたところである。

 

「このパッケージのキャラ、『龍戦士グラファイト』っていう敵キャラなんだって……」

 

「ドラゴン狩るゲームで、ヒト型のドラゴンとは斬新だなぁ」

 

「既に先行プレイ組が進めて判明したらしいんだけど……必殺技が『ドドド黒龍剣』で、強化版の『ドドドド黒龍剣』。強化体になると『ドドドドド紅蓮爆龍剣』とかさらに強化された『ドドドドドドドドドドド紅蓮爆龍剣』になって……」

 

「なんて?」

 

「えっと……『ドドド黒龍剣』と『ドドドド黒龍剣』と『ドドドドド紅蓮爆龍剣』と『ドドドドドドドドドドド紅蓮爆龍剣』っていう技が……」

 

「ああああの二人ともっ!? 二人はゲームの腕前的に余裕なのは分かるんだけど出来れば私のサポートをお願いしたいってあああぁぁぁ!?」

 

「「あっ」」

 

 よく噛まずに言えるなぁ……と変な感心をしながら少し目を離して杏奈ちゃんと二人でスマホの画面を覗いていたら、よそ見をしていた俺たちではなく百合子ちゃんのキャラクターがやられてしまった。

 

「「「あっ」」」

 

『GAME CLEAR!』

 

 そして百合子ちゃんのキャラクターがリスポーン地点から戻ってくる前に、今回のクエストの討伐対象であるドラゴンを倒してしまった。なんか前もこんなことあったなぁ……。

 

「正直すまんかった」

 

「ゴメンね、百合子ちゃん……」

 

「う、ううん、大丈夫」

 

 とりあえず一旦休憩ということで、みんなゲーム機を机に置いて買って来たお菓子を摘まむ。手が汚れる油ものではなくスティック状のお菓子をメインにする辺りが、ゲーマーの杏奈ちゃんらしいチョイスだった。

 

「………………」

 

「ん? どうしたジュリア。やりたい?」

 

「あ、いや、その……なんつーか……」

 

 そんな俺たちのやり取りを見ていたジュリアが、何やら不思議なものを見るような目で俺たちを……というか、俺を見ていた。

 

「初めて会ったときからずっと思ってたけどよ……ホント、アンタって不思議な奴だよな」

 

「……良太郎さんは最初から不思議な人だと思うけど……」

 

「不思議というか、人智を超えているというか……」

 

 杏奈ちゃんはともかく、百合子ちゃんのそれはとりあえず褒め言葉ということで受けてめておくことにする。

 

「……常識外れ?」

 

「それだねっ!」

 

 それだねっ! じゃなくてさ。……あぁ、合宿で初対面のときのあの初々しい反応を見せてくれた杏奈ちゃんと百合子ちゃんは何処へ……。

 

 時の流れの残酷さを噛みしめつつ、結局どういう意味なのかをジュリアに尋ねる。

 

「……いや、やっぱり何でもない。気にしないでくれ」

 

「いや、そう言われても余計に気になるんだが……」

 

 しかしジュリアは答えてくれず、ギターを抱えて「ちょっと屋上で鳴らしてくる」と言い残して事務所を出て行ってしまった。

 

「……なんだったんだ、アイツ?」

 

「……良太郎さん、ゲームの続き……」

 

「次はやられないように頑張ります!」

 

「あ、ごめん、そうだったね」

 

 まぁあのロック娘が意味深なことを言うのはいつものことだし、深く気にしないでいいかな。

 

 とりあえず頭の片隅に留めておくことにして、再び少女二人とドラゴンの世界へと旅立つのだった。

 

 

 

 

 

 

「くっそーみくちゃんめー……今に見てろー……」

 

 資料室から飛び出した私は、少し離れたところの中庭のベンチに腰を下ろした。ギターケースと一緒に小型アンプも持って来ていたので、そこでギターの練習をするつもりだった。

 

 何かにつけて「どうせまだギターを弾けない」と言ってくるみくちゃんを見返すために、これでも結構ギターの練習はしているのだ。……まぁ、結果は芳しくないけど……。

 

 それでも、こうして続けていればいつかは弾けるようになると信じて、今日もまた練習を……。

 

 

 

「へぇ、おたくの相棒、中々渋いな」

 

 

 

「え?」

 

 それは背後から聞こえた、女の人の声だった。

 

 振り返ると、そこには薄い色の茶髪をソフトモヒカンにした女の人……多分、私より少し年上……が立っていた。

 

「わりぃ、少し貸してもらってもいいか?」

 

「え? あ、う、うん」

 

「サンキュー」

 

 無邪気な笑みで手を差し伸ばしてくるもんだから、思わず何も疑問に思わずに自分のギターを彼女に渡してしまった。その笑みは少女のように無垢なものというよりは、少年のような無邪気なものだった。

 

 彼女はストラップを首から下げると、私から受け取ったピックを手にして――。

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

 ――なんというか、凄かった。ギターに関する語彙が不足しているので、何がどう凄かったのかを詳しく説明できないが、それでもそれが凄いギターの演奏だということはすぐに分かった。

 

 私と殆ど変わらなさそうな女の人なのに……と考えたところで、彼女の姿に見覚えがあったことを思い出した。

 

「ふぅ……サンキューな」

 

 一通りの演奏を終えて、私に向かってギター返してくるその女の人は。

 

 

 

「アンタの相棒、クールだな」

 

 

 

 346プロのロックアイドル、木村夏樹だった。

 

 

 




・シンデレラプロジェクト入りアイドルたち
正確にはプロジェクト入りではありませんが、この小説ではアニメ以上にそちら側のアイドルとの絡みを増やそうかと思っております。

・市原仁奈
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。パッション。
若干独特な語尾をしてやがるでごぜーますな着ぐるみ系な9歳。
何やら家庭内に問題を抱えている様子を散々仄めかされていたが、この小説では……?

・脇山珠美
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。クール。
小学生にしか見えない剣道小町な16歳。ですぞ!
初見時、作者はガチで小学生だと思ったゾ……。

・猫ランジェリー
胸元が猫のマークに開いたとてもえっちぃ下着。みくにゃんは絶対に持っている(確信)

・たつき監督
大きすぎて拾わざるを得なかったネタ。
作者はとりあえず傍観を決め込む派。

・『ドラゴナイトハンターZ』
・『龍戦士グラファイト』
仮面ライダーエグゼイド内のゲームタイトルにしてパワーアップアイテム、および敵幹部にしてそのゲーム内での敵キャラ。
……なんかこのフォームどこかで見たことあるような……ウィザード……オールドラゴン……うっ頭が……!?

・『ドドド黒龍剣』以下略
なんかやたら長い名前だったことだけは覚えているのだが、文字にするとこんな面倒くさい名前だったのか……。

・木村夏樹再登場
黄色の短編集以来の登場となります(ストライキ騒動のときにもちらっといたけど)
14話編を殆どやっていなかったので、このタイミングでの初対面になります。
そして時期がずれ込んだことにより李衣菜も夏樹のことを知っていたという差異も発生しております。



 ウサミン他色物アイドルたちの出番を増やす下地を作っておきました(有効利用できるとは言っていない)

 そして前書きでも触れましたが、本来ならばウサミン回→美嘉ねぇ回→ガラス切子回→なつきち回の順番だったんですね……すっかり忘れてました。

 こうなったらこのまま突き進み、そして順番が入れ替わったことによって生じる変化も書けたらなぁと考えております。



『どうでもいい小話』1

 新作のアイドルマスターステラステージにて、961プロに新アイドル……!?

 さらにブラウザゲームにてアイドルマスター完全新作……!?

 これ、本当にアイ転書き終わる日は来るのだろうか……。



『どうでもいい小話』2

 ん? R18作品? なんのこったよ()


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Lesson179 I waver, laugh or yawn 3

(おっと、これはまた四話に納まりきらなさそうだけど、かといって五話にするには文量が足りないから適当にカサ増ししないといけないやつだな)


 

 

 

「いやぁわりぃな、いきなりアンタの相棒貸してもらっちゃって。思わず我慢出来なくてよ」

 

「べ、別にいいけど……」

 

 夏樹さんはカラカラと爽やかに笑いながらドッカと私の隣に腰を下ろした。なんというか……良太郎さんとはまた違った感じの気さくさだった。あの人は……こう、目上の人間としての気さくさ。この人のは、誰とでも気軽に対等に話しかける気さくさだ。

 

「えっと……アンタ確か、シンデレラプロジェクトの……アスタリスク、だっけ?」

 

「わ、私のこと知ってるの!?」

 

 まさか知られているとは思わず、驚いてしまった。これはもしや、346プロ……ないしは、業界で『ロックアイドル多田李衣菜』の名前が知れ渡り始めたってことじゃ……!?

 

「あぁ、あのカフェテリアでストライキなんて派手にロックなことしでかした前川みくって奴の相方だろ?」

 

「そういう認識なの!?」

 

 確かにあの一件のおかげでみくちゃんってば、この事務所内だとちょっとした有名人みたいなものだしなぁ……。くそぉ……それなら私もみくちゃんたちと一緒にストライキに参加すればよかった……。

 

「えっと名前は確か……だりーな?」

 

「多田李衣菜!」

 

 あと一文字ぐらいちゃんと覚えていて欲しかった!

 

「アタシは木村夏樹。これでも一応、アンタと同じアイドルだ」

 

「……知ってる。ロックアイドルで有名だもん」

 

 思わず拗ねたような口調になってしまったが、そんなことを気にする様子もなく木村さんは「へへっ、そいつぁ光栄だね」と笑っていた。

 

「それに、最近だとアイドルロックバンドをやるって、事務所内でも噂になってたし」

 

 それは、最近小耳にはさんだ噂で、美城常務が『木村夏樹を中心としたロックバンド』を立ち上げるというもの。その他のメンバーはまだ未定らしいのだが、美城常務が直々に社内オーディションをしていたという目撃情報もあった。

 

 木村さんは「あぁ、あれな」と事も無げに頷いた。

 

「急に美城常務に呼び出されて、聞かされたんだ。話はよく分かんなかったけど、面白そうだし? とりあえず、飛び込んでみるのもありかなーって思ってさ」

 

 ただ言葉として聞いてみると随分と軽い考えのようにも聞こえてしまうが、しかし彼女がそれを言うとそれがただの考え無しではないような気がした。新しいことに対して物怖じせずに突き進むその姿勢が、凄くカッコよかった。

 

「そういえば、だりーなもロックが好きなんだよな?」

 

「だから李衣菜だってば!」

 

「いいじゃん、似たようなもんだろ?」

 

「全然違うよっ!」

 

 確かに似たようなものであるが、『だ』という一文字を付け足されるだけで気の抜けた感じになってしまう。

 

「んー、じゃあそうだな……『だりー』でどうだ?」

 

 しかも『だ』を消すのではなく『な』の方を消されてしまった。

 

「だ、だったら私もあだ名で呼ぶからね」

 

「お、なんて?」

 

 咄嗟にそう言い返してしまったのだが、予想以上に木村さんが食いついてきてしまった。正直売り言葉に買い言葉だったので、何も考えていなかった。

 

「え、えっと……」

 

 何故か興味津々な木村さんに、一体どんなあだ名を付けるべきか悩み……。

 

「……な、なつきち!」

 

 果たして一体『きち』が何処から出てきたのか自分でも謎のあだ名が口から飛び出した。

 

「アハハハッ! いいねー! それじゃ、『なつきち』『だりー』でいこうぜ!」

 

 しかしそんなあだ名を木村さんは気に入ってしまったらしい。

 

 結局、私のあだ名は『だりー』に決まってしまったらしい。……何か言われそうだから、みくちゃんとかに聞かれたくないなぁ、あんまり。

 

 

 

「で、だりーはどんなの聞くんだよ? ロックは」

 

「……え゛っ」

 

 

 

 

 

 

「……へっ……へっ……ヘラクレスノキズナレイソウガホシイッ!」

 

「それは回数こなさないと……」

 

「……え、今のもしかしてクシャミだったんですか!?」

 

 何やら都合のいい場面転換に使われた気配を感じて鼻がむず痒くなった。なんか今回はあまり話の中心に近づけないような気がする。

 

「っと、そろそろ俺はお暇しないとな……」

 

 結構長く杏奈ちゃんや百合子ちゃんと遊んでいたが、次の仕事の時間が迫っていた。

 

「ゲームはここに置いてくから、またみんなで遊んでよ。多分亜美真美姉妹辺りが喜んでやると思うし」

 

「……ありがとうございます」

 

「二人も喜ぶと思います!」

 

 貰ったゲームを他人にあげるというのも若干アレかとも思ったが、俺が持っているよりここに置いて多人数に遊んでもらった方がゲームとしても本望だろう。特にこの事務所はゲーム好きが複数人いることだし……。

 

「「たっだいまー!」」

 

 と思っていたら、その代表格とも呼べる二人の声が聞こえてきた。どうやら、今やこの事務所の古株にして世間一般で言うところのトップアイドルが帰って来たようだ。

 

「って、あれっ!? りょーにぃ!?」

 

「わぁっ!? なんだかすっごい久しぶりな気がする!」

 

「おっす二人とも」

 

 確かに、この二人とは凄い久しぶりに顔を合わせたような気がする。

 

 二人は俺の姿を確認すると、まるで飼い主を見つけた犬のようにこちらに向かって飛んできた。お前たちの飼い主はりっちゃんでしょうに。

 

「何しに来たの!? 何しに来たのー!?」

 

「時間ある!? 時間ある!? 一緒に遊ぼうよー!」

 

「あっ! そうだ聞いて聞いて! アミとマミ、今度の劇場版『覆面ライダーガングニール』に覆面ライダージェミニ役で出演するんだよー!」

 

「レジェンド枠だよレジェンド枠!」

 

「おぉ、やったな」

 

 普通これだけ有名になった覆面ライダーの主演は出演しない……というか先方からのオファーが殆どこなくなるのが一般的だが、現在の覆面ライダーの主演もアイドルということで、同じくアイドルの二人にも声がかかった……ということだろうか。

 

 ……あれ、今回は俺に声かかってなくないか? よーしお兄さん、製作スタッフにお願いしに行っちゃうぞー! なお、後に「ギャラ少なくてもいいから出して(要約)」とお願いすると「ギャラを支払わせてください(要約)」という返事をされたのは全くの余談である。

 

「それでそれでー! 今日、『覆面ライダーガングニール』に出演してる子たちとお話してきたんだけど……!」

 

「あー、ストップ。話を聞いてあげたいのは山々なんだが、そろそろ時間なんだ」

 

「アミたちより背が低いのにお姫ちんと同じぐらいおっぱい大きな女の子がいたんだって話をしようかと思ったんだけど」

 

「何それ詳しく」

 

 じゃなくて。

 

「えー、りょーにぃもう行っちゃうのー!?」

 

「つまんないー!」

 

「分かった分かった、また今度遊びに来るから」

 

 じゃれついてくる亜美真美をあしらいつつ、また来てくださいと手を振る杏奈ちゃんと百合子ちゃんに手を振り、これからアイドル頑張れよとジュリアに激励をし、最後に小鳥さんに問いかける。

 

「それで最近赤羽根さんとのプライベートな連絡はちゃんと取ってるんですか?」

 

「えぇ勿論。健治さん、最近はずっと『日本食が恋しいー』って……ピヨッ!?」

 

 ……自分で振っておいてアレだけど、こんな雑なカマのかけ方に引っかかるんですか小鳥さん……。

 

「えっ!? ピヨちゃんどういうこと!?」

 

「まさかピヨちゃん、にーちゃんと!?」

 

「そそそ、そうなんですかっ!?」

 

「……全然気づかなかった……!」

 

 途端に質問攻めに合う羽目になった小鳥さんを尻目に、俺は「お邪魔しましたー」と事務所を後にするのだった。

 

 

 

「……この状態で放置は、流石に鬼だな……」

 

 

 

 

 

 

(の、乗り切った……!?)

 

 木村さん改めなつきちからの質問攻めを乗り切り、内心で冷や汗を拭う。べ、別に私の知識が足りてないわけじゃなくて、それ以上になつきちの知識が豊富だっただけだし! 私が悪いって訳じゃないし!

 

「……ほい」

 

 すると突然、なつきちは一枚のCDを私に向かって差し出してきた。

 

「最近作った曲。今度、ライブで歌うんだ。よかったら聴いてみてくれ」

 

「……あ、ありがとう」

 

 凄いなぁ……自分で作曲も出来るのか……と素直に驚きながらそれを受け取る。

 

「やっぱりいいよなぁ、ロックは」

 

 ググッと背伸びをしながら、なつきちはそう呟く。

 

 それは私に対しての言葉のようで、しかし自分自身が噛みしめているような言葉でもあった。

 

「新しいバンドのメンバー、いいサウンド持ってる連中だといいんだけどな……」

 

「………………」

 

「おっといけね、そろそろ行かなきゃいけねぇんだった」

 

 中庭の時計に気付いたなつきちは、そう言いながら立ち上がった。

 

「じゃあな、だりー。それ聴いて、だりー的にイカしてるって思ったら、ライブの方にも来てくれよな」

 

「う、うん、多分……絶対行く!」

 

「ははっ、聴いてからでいいっての」

 

 振り向くことなくヒラヒラと手を振って去っていくなつきちの背中と、自分の手の中にあるCDを思わず見比べてしまった。

 

 

 

「……にゃ、李衣菜ちゃん……?」

 

 

 

 

 

 

「えっと……こ、ここであってるよね……?」

 

 後日、私はとあるライブハウスに来ていた。

 

 なつきちの「ライブハウスとか行くんだろ?」という問いに対して「最近は忙しくてあまり……」と返してしまったが、正直に答えると一度もない。そんな私がどうしてライブハウスに来ているのかというと、勿論なつきちのライブを聞くためである。

 

 渡されたCDに入っていた曲が本当に凄くいい曲で、是非生で聞いてみたいと普段ならば思わないことを思ってしまったのだ。

 

 だからなつきちの言っていたライブに参加するために、こうしてその会場であるライブハウスへとやって来たのだが……。

 

「……え、えっと……」

 

 正直に言おう。ビビってます。

 

 何せ初めてのライブハウスだ。雑誌やネットで写真を見たことはあったが、いざ実際にライブハウスへと続く下り階段を前にすると尻込みしてしまった。

 

 うぅ、せめて一人ぐらい誰か誘えばよかった……でも誰を誘えば……。

 

 

 

「そこにいるのは、アイドルの多田李衣菜さんじゃないですかー?」

 

 

 

「うひゃいっ!?」

 

 え、何っ!? なんで私がアイドルやってるってバレたの!? いや別に変装しているわけじゃないからバレてもおかしくないんだけど! でもこうしてそういう風に声をかけられるのは初めてで、もしかして私もアイドルとしてそれなりに有名になってて……!

 

「さ、サインは事務所を通してください!?」

 

「……それ、アイドル特有のギャグみたいなもんって良太郎さんが言ってたけど、ガチで言う奴もいるんだな」

 

「……え? ……えっ、ジュリアさん!?」

 

 何やら聞き覚えのある声だと思ったら、そこにいたのは以前良太郎さんに紹介されて出会ったジュリアさんだった。

 

「さん付けする必要ねぇって。ジュリアでいいよ、ジュリアで」

 

 そう言って笑うジュリアさん……もとい、ジュリア。

 

「久しぶりだな、李衣菜。みくとのユニット曲、聴かせてもらったぜ」

 

「ほ、ホント!?」

 

「あぁ、ロックとはほど遠いけど、まぁいい曲だったぜ」

 

 ロックじゃないという言葉には少々ショックだったが、いい曲だと褒められたことには変わりないので嬉しかった。

 

「それで、ジュリアはどうしてここに?」

 

「ん? おかしなこと聞くんだな。ライブハウスに来たならすることは一つだろ?」

 

 怪訝そうに眉を潜めたジュリアがちょいちょいと階段の下を指差した。

 

「ここにいたってことは、アンタも聞きに来たんだろ? アイツの歌」

 

「……え、もしかして、ジュリアもなつきちの知り合いなの!?」

 

「なつきちぃ? あははっ、随分面白いあだ名で呼んでんだな」

 

 笑いながら階段を下りていくジュリア。

 

「っ! ま、待って! 私も行くから!」

 

 ちょうどよくライブハウスに行く知り合いに出会えたので、ジュリアの後を追う形で私もライブハウスへの階段を駆け下りるのだった。

 

 

 




・「ヘラクレスノキズナレイソウガホシイッ!」
ただ最近の個人的トレンドはエルバサさん(未だ真名未開放)

・『覆面ライダーガングニール』
聖遺物と呼ばれる武器の力を使って変身する現在放送中の覆面ライダーシリーズ最新作。
出演するライダー全員が女性で、戦いながら歌うことが特徴だったりするらしい。

・背が低いのにお姫ちんと同じぐらいおっぱい大きな女の子
多分サブライダーの『覆面ライダーイチイバル』とかに変身する。
「ちょっせぇ!」

・雑なカマのかけ方
小鳥さんはチョロいから(雑)



 いつも以上に書くのに苦戦しているのは、ぶっちゃけなつきちだりーという作者が書くことを苦手としている二人が主軸のお話だから。なんか苦手なのよねぇ、この子たち……。


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Lesson180 I waver, laugh or yawn 4

皆さーん、ハッチポッチは楽しかったですかー?(LVすら申し込み忘れた愚か者)


 

 

 

「………………」

 

「おーい、何キョロキョロしてんだよ」

 

「あ、ご、ごめん!」

 

 初めてのライブハウスが物珍しくて色々と見ていたら、スイスイと前を歩くジュリアから少し遅れてしまった。小走りで追いつくと、ジュリアに何をやってるんだという目で見られてしまった。

 

「いくら初めてライブハウスに来たからって、そんなに物珍しいものなんてねぇだろ」

 

「そ、想像してたよりも意外と明るい雰囲気で……って、べ、別に初めてだなんて言ってないでしょ!? (一応)ロックアイドル(予定)の私がライブハウス初めてだなんてこと……!」

 

「あーやってライブハウスの階段の前を数分ウロウロしてた奴が慣れてるわけないだろ?」

 

「……み、見てたの?」

 

「面白そうだったからちょっと眺めてた」

 

 うわ恥ずかしいっ!

 

「肩の力抜けよ。別にお前を取って食うような奴なんか……たまにいるかもしれないけど」

 

「いるのっ!?」

 

「冗談だよ。まぁたまに本当にドぎついやつらもいるけど……安心しろって。今日はお前も知ってるアイツだ。そんな変な奴らいねぇよ」

 

 どうやら揶揄われたらしく、苦虫を噛みしめたような気分になっているとジュリアはケラケラと笑った。

 

「もう始まってるみたいだな。……開けてみな。ここから先が『ロック』の世界だぜ」

 

 ジュリアが親指で示した分厚い防音扉に視線を向ける。その向こう側からは、防音扉をもってして消しきれない重厚な音が響いてきた。

 

 ジュリアに顎で促され、観音開きのその扉に両手を添える。グッと力を込めて扉を押し開けると、聞こえていた音がハッキリとしたものに変わり、ボーカルの声が――。

 

 

 

『万来の拍手を送れっ! 世の中のボケどもおおおぉぉぉ!』

 

 

 

 ――そっと扉を閉めた。

 

「……えっと」

 

「……スマン、間違えた」

 

 だよねっ!? 焦った! CDで聞いてたなつきちの曲のイメージと全く違うから焦った! そもそも今の男の人だったしっ!?

 

 気を取り直し、別の扉へ。

 

「今度こそ大丈夫だよね……?」

 

「安心してくれ、ちゃんと確認したから」

 

 さっきも確認すればよかったのに……と思いつつ、意を決して再び扉を押し開けた。

 

 聞こえてきたのは、女性の声。それは最近CDでずっと聞き続けていた声。掻き鳴らされるギターの音、叩き付けるようなドラムの音。それらに負けることのない力強いシャウトは紛れもなく、なつきちのものだった。

 

 

 

『――っ!』

 

 

 

「……わぁ……」

 

 それは意図せず口から漏れ出た私の声だった。

 

 初めて聞いたなつきちの生の歌声は、CD聞いていた声とも、ましてや初めて会って会話したときの声とはまるで違った。それは紛れもなく、ミュージシャンの声だった。

 

「………………」

 

 我ながら口が半開きとなった私に対し、ジュリアは何も言わなかった。いや、もしかしたら何か言っていたのかもしれない。それが分からないぐらい、すぐ隣に立っているはずのジュリアの行動を全く把握できていないぐらい、ステージの上のなつきちに意識を持っていかれていた。

 

 ステージのなつきちに向かって歓声を上げる観客たち。それに応えるように歌うなつきち。そんななつきちを後ろから支えるバンドメンバー。全てが一体となっているかのような錯覚に陥るが、しかしその全てがなつきちを中心にしていることも分かる。

 

 これ以上、上手く説明できない自分の語彙力が悔やまれる。でもきっと、ロックを言葉にして表すのは難しく、そしてその行為自体も既にロックじゃない。今こうして肌で感じる音そのものがロックで……違う、そんなことを考えるために私はここに来たんじゃない。

 

 私がここに来た、その理由は勿論――。

 

 

「~っ!」

 

 

 

 ――ただなつきちの……木村夏樹の奏でるロックを感じることだ。

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 演奏が終わり、なつきちは舞台袖へと消えていった。

 

 そんななつきちに向かって声援を送る観客たちだが、一方の私はなんの言葉も発せなかった。声が出せないわけではない。確かに大声を出しすぎたが、それで声が枯れるほどではない。これでも一応アイドルなのだ。

 

 理由は簡単、惚けていたのだ。初めて生で聞いたロックの迫力に。

 

「……よし、んじゃ行くか」

 

「……え?」

 

 親指をクイッと向けるジュリアが何を言っているのか分からず、思わず聞き返してしまう。

 

「えっと……帰るってこと?」

 

「お前がそれでいいならいいけどよ。……ここはテレビ局だとかコンサート会場なんてお堅い場所じゃねぇ。あたしたちとアイツは知り合いなんだし、少し話せば裏ぐらい入れるんだぜ?」

 

「……あっ」

 

 裏に入る、という言葉の意味を考え、そしてようやく理解する。

 

「折角来たんだ、夏樹の奴に会っていこうぜ」

 

 

 

 ライブハウスの舞台裏は、私が思っていた以上に簡単に入ることが出来た。というかライブハウスのスタッフの人とジュリアが知り合いで、さらになつきちとジュリアが知り合いだということを知っている人たちばかりだったので、ほぼ顔パスのような形だった。

 

 ……なんかこういうのカッコいいなぁとか、少々思ってしまった。

 

「よう、夏樹」

 

「ジュリア、久しぶりだな」

 

 なつきちは舞台裏の通路の壁にもたれかかり、ペットボトルの水を飲んでいた。

 

「来てくれたのか」

 

「最近来れてなかったからな。それより、あたし以上にアンタに会いたい奴が一緒だぜ?」

 

「ん? ……おっ、だりーも来てくれたのか? サンキューな」

 

 先にジュリアに意識が向いていて私に気付いていなかったなつきちだったが、私の姿を見るなり額の汗を光らせながらニカッと爽やかな笑みを浮かべてくれた。

 

「え、えっと、すっごい良かった! サイコーだった!」

 

 なつきちに直接会ったら色々と伝えたいことがあった。しかし私の言葉ではそう表現する以外に方法が無かった。

 

「ははっ、ありがとよ。にしても、ジュリアとだりーが知り合いだったとは思わなかったぜ」

 

「李衣菜がCDデビューする直前にちょっとした縁があってな……って、だりー?」

 

「あぁ、アタシが付けたあだ名。イカしてるだろ?」

 

「へぇ、いーじゃん、だりー。あたしもそう呼ぼっと」

 

「えぇ!?」

 

 なつきちに続いて、ジュリアにもそれ呼ばれるの!?

 

「そ、それなら私だってジュリアにあだ名付けるからね!」

 

「へぇ? なんて?」

 

 って、よくよく考えたらジュリアは芸名なんだっけ……? というか、そもそも本名知らないし……。

 

「……じゅ、じゅりきち?」

 

「「アウト」」

 

「なんでっ!?」

 

 にべも無く袖にされてしまった。

 

「いや、なんつーか……」

 

この世界(アイマス界隈)でそのあだ名はダメな気がして……」

 

「この世界っ!?」

 

「というか、流石に連続で『きち』付けただけは安直だろ、だりー」

 

「そうだぞ、もうちょっと捻ってくれ、だりー」

 

「うわーんっ!?」

 

 

 

 

 

 

「だから、一回一回のライブを大切にした方が良いと思うにゃ。今度のライブは……李衣菜ちゃん?」

 

「……え?」

 

 資料室でのいつものアスタリスク作戦会議。最終的に言い争いになることも多いが、基本的に李衣菜ちゃんも積極的に意見を出してくれるのでみく的には有意義なものだと思っている。

 

 しかし、今日の李衣菜ちゃんは最初から何処か上の空だった。

 

「ごめん、聞いてなかった……」

 

「……最近ぼんやりしてるよね? もしかして悩み事? なら言って欲しいにゃ! 力になりたいにゃ!」

 

「だ、大丈夫! 全然、悩みとかじゃないから!」

 

「……ホント?」

 

「ホントホント! ちょ、ちょっと眠かっただけだから! す、少し歩いて目ぇ覚ましてくるね? ゴメンね?」

 

 そう言って、李衣菜ちゃんは苦笑しながら資料室を出て行ってしまった。

 

「………………」

 

「うーむ、最近李衣菜ちゃん、ずっとあんな感じだよねー」

 

 李衣菜ちゃんが出て行った扉を見ていると、未央ちゃんがそう話しかけてきた。確かに、みくもそんな気がしていた。もしかして、本当に悩みでもあるんじゃ……。

 

「女子高生が持つ悩みの種って言えば、第一候補は勿論アレでしょ! アレ!」

 

「にゃ?」

 

 何故か自信満々な未央ちゃん。女子高生が持つ悩みの第一候補……?

 

「もっちろん! 恋の悩みだよっ!」

 

「……はぁ」

 

「何故そこで露骨な溜息!?」

 

 いやだって……ねぇ?

 

 こういうのはそっちの管轄でしょという視線をニュージェネのツッコミ担当に向けるが、彼女はまるでこちらのことを気にする様子も無く、卯月ちゃんと一緒に菜々ちゃんが淹れた紅茶を飲んでいた。

 

 みくも菜々ちゃんが淹れてくれた紅茶を一口飲んで……。

 

「李衣菜ちゃんだって華の女子高生だよ? みくちゃんが良太郎さんに懸想しているみたいに、李衣菜ちゃんだって……」

 

「「「ぶふっ!?」」」

 

 思わずアイドルがやってはいけない絵面になってしまったのは仕方がないことだった。

 

「り、凛ちゃん、大丈夫ですか!?」

 

「ミ、ミナミ!? いきなりどうしましたか!?」

 

 何故かみく以外にも飛び火している様子だったが、今はそれどころではない。

 

「い、一体どういうことにゃっ!?」

 

「えー? だってみくちゃん、良太郎さんのこと好きなんじゃないの?」

 

「それはあくまでもアイドルとしてにゃ! 恋愛感情なんてないにゃ!」

 

「またまたぁ~」

 

 うわウザい……!

 

「そ、そういう未央ちゃんはどうなのにゃっ!? そういう風に話を振ってくるなんて、実は未央ちゃんも良太郎さんのこと好きでも不思議じゃないにゃ!」

 

「んー? いや、私はどっちかというと、良太郎さんよりは冬馬さん派だし……」

 

「ぶふっ!?」

 

「卯月っ!?」

 

 未央ちゃんを炎上させようかと思ったら、また別の場所に飛び火した気がする。

 

 それはともかくとして、やっぱり李衣菜ちゃんは何か悩んでるようにしか思えない。

 

 ……もしかして、みくが李衣菜ちゃんのやりたくない仕事を無理強いしすぎたから!?

 

「……みく」

 

「り、凛ちゃん! 凛ちゃんは、李衣菜ちゃんのこと何か……」

 

「……良太郎さんとそういう関係になりたいなら、まずは私の面接を受けてもらうよ」

 

「凛ちゃんは一体良太郎さんの何ポジなのにゃ!?」

 

「み、未央ちゃん! あああ、天ヶ瀬さんとそそそそういう関係になりたいなら、ま、まずは私の面接を……!」

 

「しまむーは本当に冬馬さんの何ポジなの!?」

 

 結局資料室が混沌とした空気(ギャグ時空)に飲み込まれてしまったため、それ以上話を進めることは出来なかった。

 

 

 

「……大丈夫、私は違う、私は違う、私は違う、私は違う……」

 

「パマギーチェ! ミナミが、ミナミが……!?」

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ、秋の定例ライブでお披露目か」

 

「他にも数ユニットデビューさせる予定だが……まずは、君たち三人……木村夏樹、松永(まつなが)(りょう)、星輝子でユニットを組んでもらう」

 

「ふーん……まぁ、アタシはご機嫌なステージが出来ればいいけど?」

 

「私も……ライブが出来たら嬉しいぜ……燃えるような奴とな……」

 

「オッケー。喋ってても始まらねぇし、早速セッションといこうぜ! とりあえずスタジオを抑えて……」

 

「その必要はない」

 

「……え」

 

「楽曲も衣装も全てこちらで用意する。音楽・ビジュアル含め、一流のスタッフだ」

 

 

 

 ――安心してくれ、成功は私が保証しよう

 

 

 




・『万来の拍手を送れっ! 世の中のボケどもおおおぉぉぉ!』
(うっとり)
ちなみにお気づきの人もいるだろうが、サブタイトルの元ネタでもある。

・じゅりきち
765プロの事務所でクシャミをする事務員がいたりいなかったり。

・「まずは私の面接を受けてもらうよ」
・「凛ちゃんは一体良太郎さんの何ポジなのにゃ!?」
※妹ポジ

・「ま、まずは私の面接を……!」
・「しまむーは本当に冬馬さんの何ポジなの!?」
※謎ポジ

・松永涼
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。クール。
クール系ロック女子で、実はお嬢様な18歳。
実はこの子がジュリアポジに付く案もあった。しかし『リョウ』か……色々と被るんだよなぁ……。



 『性格改変されてるのに、常務がアニメと同じことするのおかしくない?』と思われる方もいらっしゃるでしょうが、その辺は全部第五章ラストに投げ飛ばします。

 というわけで、久しぶりに第五話突入です。流石に次で終わるはず……。



『どうでもいい小話』
夏樹→アタシ ジュリア→あたし 涼→アタシ
口調が似てるから、全員いっぺんに喋る機会があったら大変なことになりそう……。


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Lesson181 I waver, laugh or yawn 5

詰め込んだ結果、いつもよりちょっと多くなったゾ……。


 

 

 

 その日の予定を終えて私は一人帰路に着きながら、少し物思いに耽る。

 

「………………」

 

 最近、あまりみくちゃんと上手くいっていない気がした。いや、今まで頻繁に起こしていた軽いいざこざというか、喧嘩みたいなものが減ったので、客観的に言えば上手くいっているのかもしれない。

 

 でも、なんていうか……それは、今までよりもお互いに対して一歩を踏み出せていないような気がするのだ。確かにお互いの意見をぶつけ合って、周りから『解散芸』とまで呼ばれるぐらいことあるごとに「解散だ!」と言い合っている自覚はあるが、それはそれで私たちの『絶対に妥協しない』というユニットの方向性なのだ。

 

 それが最近では、お互いがお互いに気を遣いすぎている。……いや、ここだけ切り取れば凄いいいことだし、寧ろ今まで何やってたんだと言われること請け合いなのだが……私たちらしくないのは間違いない。

 

 原因があるとすれば、きっと……。

 

「よお、今帰りか?」

 

「……え?」

 

 俯きぎみに事務所の敷地から出ると、その直後に声をかけられた。

 

 顔を上げるとそこにいたのはなつきちで、ガードレールにもたれかかりながら立っていた。その向こう側には彼女のバイクもあった。

 

「なつきち……」

 

「なぁ、暇ならちょっと付き合えよ」

 

 そう言いながら、彼女はヘルメットを掲げた。それはなつきちがいつも被っているものではなく、多分私が被る用のもの。

 

 ……もしかして、私が来るまで待ってた……?

 

「……うん」

 

 少しだけ迷ったが、断る理由も無かったので私は頷き、なつきちからヘルメットを受け取った。

 

 

 

 

 

 

「わー……! きれー……!」

 

 バイクに二人乗りという初めての体験をしつつ、なつきちに連れてこられたのは、夕方の海浜公園。夕日に煌めく海面がとても綺麗だった。

 

「だろ? 気晴らししたくなると、時々来るんだ」

 

「へぇ……って、気晴らし? なんか嫌なことでもあったの?」

 

 えっと隣のなつきちの顔を覗き込むが、彼女は「いや……ちょっとな」と詳しいことは話してくれなかった。

 

「ギター弾いてるか? だりー」

 

「うんっ! 最近はよく弾いてる! CDの真似とかしてみるんだけど、難しくて……」

 

「そりゃいきなり上手くはならねぇだろ。……まぁ、練習初めて二ヶ月でいい音出すスゲェ奴もいたけどさ」

 

「えっ!? 二ヶ月で!?」

 

「あぁ。少なくとも、今のだりーよりはいい音出してたぜ。しかもそれが本職じゃねぇってのに、大勢の人の前で恥ずかしくない演奏をしたんだぜ?」

 

 ホントにスゲェよあの人、と手放しに褒めるなつきちの姿に少々嫉妬してしまうが、果たしてなつきちにそこまで言わせる人っていうのはどんな人なんだろうか。

 

 なつきちの知り合いで、ギターが本職じゃない人……ってことは、アイドル?

 

(うーん、凄いアイドルもいるんだなぁ……)

 

 

 

 

 

 

「……へっきしっ!」

 

「ん? どうした周藤、風邪か?」

 

「いや、なんか久しぶりにアイドルとして褒められたような気がして……」

 

「私と阿良々木君のデートの邪魔をするに飽き足らず、そんな妄言まで吐けるなんて相変わらずの能天気具合ね。流石、こんな阿良々木君みたいな人間とオトモダチをやっているだけのことがあるわ」

 

「久しぶりに会ったけど戦場ヶ原(せんじょうがはら)さん辛辣ぅ!」

 

「っていうか、さりげなく僕まで貶めなかったか!?」

 

 

 

 

 

 

「でも、私だって絶対上達するし!」

 

 確かにその人は凄いけど、別に上達が早いからって関係ない! 私だってちょっとずつ上達してるんだ!

 

「で、この間のライブみたいなカッコイイステージを、いつか私もやるんだ!」

 

 そう、つい先日のなつきちのライブのような、カッコイイステージを。

 

 そんな私の宣言に、一瞬だけ呆けた様子を見せたなつきちだったが、すぐに表情を崩してフッと笑った。

 

「……カッコイイ、か。……やっぱロックはカッコよくなきゃだよな」

 

「うん! そうだよ!」

 

「だりーと話してっと、なんかホッとするな」

 

 なつきちのその言葉が少し嬉しくて、私も気持ちが明るくなり――。

 

「お前もウチのメンバーに入ればいいのに」

 

「……え?」

 

 ――何故か、なつきちのその言葉が胸に引っかかった。

 

「って無理か。お前には別のユニットがあるんだしな」

 

「……うん」

 

 そうだ、私にはアスタリスクがあって……でも……。

 

「……そろそろ暗くなるし、帰ろうぜ。家まで送る」

 

 なつきちにポンッと肩を叩かれて顔を上げるが……何故か、なつきちの顔を見ることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

「――なちゃん。……李衣菜ちゃん?」

 

「……え?」

 

 名前を呼ばれ、振り返る。そこにはステージ衣装を身に纏い、気合十分といった様子のみくちゃんがこちらを見ていた。

 

「今日のライブ、最高に盛り上げるにゃ!」

 

「……う、うん」

 

 なつきちとドライブをした次の日である今日は、みくちゃんと共にライブのお仕事だ。

 

 勿論私も、みくちゃんと色違いの衣装を着て既に準備は万端。ストレッチをしながら自分たちの出番を待っていたのだが……少しだけ、ボーッとしてしまっていた。

 

(ダメダメ、集中しないと……)

 

 みくちゃんだってこんなにやる気満々なんだ。私だって、頑張らないと!

 

 

 

『みんなー! 元気ー!?』

 

『今日も行っくよー!』

 

『『ΦωΦver!!』』

 

 定刻となり、私とみくちゃんはステージに立つ。小さいステージとはいえ、客席は満員で、ピンクと青のサイリウムに彩られていた。初めてステージに立ったときとは違い、今ではちゃんと『私とみくちゃんの歌』を聞きに来てくれているお客さんが沢山いるという事実に嬉しくなる。

 

(そうだ、やっぱり私は――)

 

 

 

 ドンッ

 

 

 

(――え?)

 

 曲もサビに入り、私とみくちゃんの動きが激しくなった直後、横から何かがぶつかる衝撃に身体がよろめいた。全く予期していなかった出来事に反応できず、そのままステージの上で転んでしまった。

 

(まずっ……!?)

 

 サーッと血の気が引く音がした気がした。一体何が起きたのかは分からないが、このままじゃ私のせいでステージが台無しになってしまう。とりあえずみくちゃんが歌ってくれているはずだから、すぐに私も……。

 

 しかしそこまで考えて、歌声が何も聞こえなくなっていることに気が付いた。聞こえるのはオーバーのインストと観客のどよめきだけ。

 

 そこで私はようやく気が付いたのだ。

 

 私がぶつかったのが一体何だったのか……いや、一体誰だったのか。

 

 

 

 私と同じようにステージに倒れるみくちゃんが、そこにいた。

 

 

 

 

 

 

「本当にゴメンッ!」

 

 ライブ自体は、その後すぐに立ち上がって曲を続けることが出来た。観客は少しだけ戸惑った様子を見せていたが、すぐに元の盛り上がりに戻ってくれた。だから全体的に観れば盛り上がって成功。あとは二人で要反省……なのだが。

 

「みくのせいで、ライブが台無しにゃ……!」

 

 ライブ終了後、楽屋に戻るなり、みくちゃんは私に向かって深々と頭を下げた。

 

「いいよ別に、大したことなかったんだし……」

 

「よくない……良いライブにしようって思ったのに、みくのミスにゃ……」

 

「いいって。お互いの不注意ってことにして、今後の改善すべき課題に……」

 

「よくないっ!」

 

 みくちゃんの肩に触れようとした手が宙で止まる。顔を上げたみくちゃんは、泣きそうな顔をしていて、しかし泣かないように必死に頑張っている……そんな辛い顔をしていた。

 

「……みくだって分かってるよ。李衣菜ちゃんは本気で、もっと本格的にロックやりたいんだって。だったら、本当はみくなんかより……」

 

「っ!」

 

「でも、だからこそ、みくはもっともっと頑張らなくちゃいけないの。李衣菜ちゃんが迷わないように……このユニットで良かったって思えるように……みくが頑張って最高のユニットにしなくちゃ……」

 

「バカッ! 人の気持ちを勝手に決めないでよ! みくちゃんとユニットを組むのは、私が自分で選んだことなんだから!」

 

 違う、私だってバカだ。なつきちに憧れてばかりで、一緒にユニットを組んでるみくちゃんのことをちゃんと見てなかった。見てなかったから、みくちゃんが不安がってることに気付けなかった。

 

「でも……アスタリスクはロックだけじゃないし……」

 

「いつも言ってるし、みくちゃんだって言ってたじゃん! 『自分のやりたいことを貫くのがロック』で、『自分がロックだと思ったらそれがロック』なんだって! アスタリスクが、私にとってのロックなの!」

 

 肩を掴み、みくちゃんの顔を真っ直ぐに見つめる。不安そうに涙に瞳を揺らすみくちゃんに、私の視界も少し滲んでいた。

 

「……そんな心配させちゃった私の方こそ……ごめん……」

 

「……ううん……ごめんにゃ……」

 

「だから、私の方が悪いから……!」

 

「で、でも、やっぱりみくも……!」

 

「「……わからずや!」」

 

 そこから先は、いつものやり取り。でも今は、いつも以上にそのやり取りが心地よかった。

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「……入らねーのか? 夏樹」

 

「ジュリア……入れるわけねぇって。アタシのせいで、仲違いさせちまったみたいだしな」

 

「別にお前のせいってわけじゃねぇだろ」

 

「……はぁ、ちょっと羨ましいぜ、あの二人が。自分たちで自分たちの音を作ってけるんだからな」

 

「……実は最近、ちょっとだけ、ちょーっとだけ尊敬してる人がいてな」

 

「? なんだよ、いきなり」

 

「その人は、事務所の壁とか性別の壁とか、なんもかんも取っ払って自然にそこにいるんだ。初めはただ自分を曲げないロックな人だなぁって思ってたんだけど、最近そうじゃねぇんだって気付いた。っていうか、その人のライブに初めて行って気付いた」

 

「だから、何を……」

 

 

 

「その人は『俺が世界の中心だ、何か文句あるか?』って歌ってるんだよ」

 

 

 

「……は?」

 

「とんでもねぇだろ? あの人はただ自然に『世界の中心がそこなんだ』って、周りに納得させちまうんだよ」

 

「………………」

 

「周りに認められないことを貫いて黙らせるだけじゃなくて、それこそが『本物』なんだって認めさせる……あたしは、アレが『本物のロック』だって、そう思ってる」

 

「……本物のロック、か」

 

「軽々しく口にすることじゃねぇけどさ……そう思っちまったから、あたしはアイドルとしてでもロックの道を進んでいけるって、そう思ったんだよ」

 

「………………」

 

「なぁ、夏樹――」

 

 

 

 ――お前の世界の中心は何処だ?

 

 

 

 

 

 

「にゃふふ~ん」

 

 色々あったライブの翌日。みくはやや上機嫌で事務所の資料室へと向かっていた。ほんのちょっぴりだけすれ違っちゃった李衣菜ちゃんとも仲直り出来て、今日からまた改めてアスタリスクの快進撃が……!

 

「って、にゃ?」

 

 何やら資料室からギターの音が聞こえてくる。しかもこれは……え、凸レーションの『LET'S GO HAPPY!!』にゃ!?

 

「ま、まさか李衣菜ちゃんのギターがここまで上達してたにゃんて……!?」

 

「私がどうかしたの?」

 

「だから……え?」

 

「おはよう、みくちゃん」

 

 振り返ると、そこにはいつものようにギターケースを肩にかけた李衣菜ちゃんの姿があった。

 

「お、おはよう……って、え? じゃあ、誰がギターを弾いてるにゃ……?」

 

「え? ギター?」

 

 二人で資料室の扉を開ける。

 

 

 

「わーっ! 凄いすごーい!」

 

「ねぇねぇ、次はお姉ちゃんの『TOKIMEKIエスカレート』弾いて! アタシ歌うから!」

 

「お、いいぜ」

 

 

 

 そこには、みりあちゃんと莉嘉ちゃんにせがまれながらギターを構える夏樹ちゃんの姿があった。

 

「な、なつきち!?」

 

「よぉ、だりー、みく」

 

 みくたちに気付いて爽やかに笑いながら手を上げる夏樹ちゃん。

 

「ど、どうしてここに……!?」

 

「あぁ。実は今日から、アタシもここで世話になることになってな」

 

「「えぇ!?」」

 

 唐突すぎるその言葉に、驚愕の声が李衣菜ちゃんと重なる。口をあんぐりと開けながら部屋の隅にいたPちゃんに視線を向けると、彼はいつもと変わらぬ表情のままコクリと頷いた。

 

「な、なんで……?」

 

「……ちょっと、世界の中心を探しに、な」

 

「「は?」」

 

 え、何その少年漫画の主人公みたいなセリフは……。

 

「ま、とにかくよろしくな。もしかしたら、だりーとユニット組めるかもしれないし」

 

「えっ……」

 

「……李衣菜ちゃん、今ちょっと嬉しそうな顔しなかったかにゃ?」

 

「………………」

 

 そこは嘘でも否定するところにゃ……!?

 

「……あぁもう、李衣菜ちゃんがその気なら――!」

 

 

 

 ――やっぱり、アスタリスクは解散にゃあああぁぁぁ!!

 

 

 

 

 

 

「やっぱりあの二人はこうでなくちゃ」

 

「ですね」

 

「うんうん。……ところでしぶりん、例のメッセージ、本当に送ってないよね……?」

 

「………………」

 

「送ってないよねっ!?」

 

 

 




・練習初めて二ヶ月でいい音出すスゲェ奴
なつきち初登場の黄色の短編集参照。

・阿良々木君
・戦場ヶ原さん
阿良々木君は名前だけ、ガハラさんも存在だけは仄めかされてたけど、直接登場は両者ともに初。年齢的な部分を考えると、阿良々木君は既にロン毛。
いやぁ、見事な終わる終わる詐欺だったなぁ……。

・『俺が世界の中心だ、何か文句あるか?』
元ネタというか影響元は、ハヤテのカユラ(単行本32巻参照)

・『LET'S GO HAPPY!!』
そういえばまだこの小説だと解説が入ってなかった気がする、凸レーションの楽曲。
ライブだとコールが楽しい曲の一つ。ただデレステだとそのコールが聞けないのが悲しい……。

・『TOKIMEKIエスカレート』
そしてこちらも触れていなかった美嘉の楽曲(一曲目)
こちらもコールが楽しいが、やはりデレステだと……。

・「送ってないよねっ!?」
※送っていません。



 「やった! シンデレラプロジェクト に きむらなつき が くわわったぞ!」

 というわけで、若干のアレンジを入れつつ、なつきちCP入りです。この段階ではまだ『アスタリスクwithなつなな』が結成されていませんので、その辺のエピソードは持ち越しとなります。

 そしてようやくなつきち回終了です。いやぁ長かった(当社比)

 次回は本来の話の流れに戻して、とときら学園&凸レ回、もしくは番外編のどちらかです。さぁてどうするかなー……。



『どうでもいい小話』1
そーいえば、まだエピソードジュピターもエムマスも観てなかったゾ……。

『どうでもいい小話』2
人 理 修 復 完 了 !
これでもう新しいイベントが始まる度に置いてけぼりにされずに済むぞー!


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番外編33 志希ちゃんのオクスリパニック!

志希ちゃん加入はこのための伏線だったのだよおおおぉぉぉ!
(※勿論それだけが理由じゃありません)


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

「おはようございまーす」

 

 今日も一日周藤良太郎のアイドル活動(アイカツ)が始まるわけなのだが、少々用事があり朝から事務所にやって来た。

 

「おっはようございまーす!」

 

「……誰だお前っ!?」

 

 そんな俺を出迎えてくれたのはとてもいい笑顔で爽やかな挨拶を返してきた志希だった。正直アイドルとして活動しているときでさえ滅多に見せないその笑顔は、俺が警戒心を抱くには十分すぎた。

 

「もーやだなー、良太郎さんの可愛い後輩、まだまだ駆け出しアイドルの一ノ瀬志希ちゃんですよー!」

 

「……気持ち悪っ!」

 

 アイドルの女の子に言うべきセリフではないとは分かっていつつも、普段のコイツの態度を知っている身としては鳥肌が立たざるを得なかった。

 

「……流石にその反応は、いくら志希ちゃんでも傷つくんだけど」

 

「普段の態度を省みてみろ」

 

 あからさまに何かを企んでいるようにしか見えないんだよ。

 

 酷いよーと泣き真似をしつつ徐々に距離を詰めようとしてきているので、あながちこの予想は間違っていないだろう。

 

「あたしはただ……良太郎さんにこれからももっと頑張ってもらいたい一心で……この志希ちゃん特製の栄養ドリンクを飲んでもらいたかっただけなのに……」

 

「それが目的かー!?」

 

 これ絶対お約束のパターンだ。俺は詳しいんだ!

 

 うかつに背後を見せると何が飛んでくるか分からないのでジリジリと後退りをしながらミーティングルームからの脱出を図ろうとする。志希も取り繕うのを止めたらしく、何やら液体の入った試験管を手にジリジリとタイミングを計っていた。

 

 あと少しでドアノブに手が届く……という、そんなときだった。

 

「おはよーっす」

 

 ガチャリという音と共にミーティングルームのドアが開いた。内開きのそのドアは当然こちら側に向かって開き……その目の前にいた俺の背中にぶつかった。

 

「げっ……!?」

 

「隙ありー!」

 

 気を取られた上に体勢を崩してしまった俺。当然志希がそんなチャンスを見逃す無かった。最近の猛レッスンで会得した素早い身のこなしで俺に肉薄、そのまま試験管を俺の口に差し込み、鼻を摘まんで顎を上げてきた。

 

 気付いた時には既に遅く、口腔内に侵入しさらに咽頭にまで達した液体を反射的に飲み込んでしまった。

 

「イエーイ! 成功ー!」

 

「てめぇ……!」

 

「……何やってんだ?」

 

 無事に俺にその栄養ドリンク(仮)を飲ませるという任務を達成し諸手を挙げて喜ぶ志希。

 

 そしてそんな状況に、扉を開けた張本人でありたった今しがたミーティングルームに入って来た冬馬が首を傾げるのは当然のことだった。

 

「……朝事務所に来て挨拶をしながらミーティングルームに入ってくるんじゃねぇよお前はあああぁぁぁ!」

 

「はっ!? 一体何を……ぐべぇ!?」

 

 自分でも八つ当たりとしか言いようのない理不尽な理由で冬馬にウエスタン・ラリアットを叩きこむのだった。

 

 

 

「「はぁ!? 惚れ薬!?」」

 

「うん」

 

 とりあえず志希にもお仕置きとして一発頭を引っ叩いてから一体何を飲ませたのか問い詰めてみると、余りにもお約束過ぎる回答が返って来たため一緒になって聞いていた冬馬と共に驚愕の声を上げてしまった。

 

「何だよそのお約束な展開……四年も連載続けておいて今さらそんなネタ使うのか……」

 

「……コイツならぜってー何かやらかすと思ってたけど、いくらなんでもそれは……」

 

 冬馬と二人で戦慄する。

 

「元々あたしが研究テーマにしてた『恋』の実験過程で作った疑似的に恋を生み出すオクスリなんだー。飲んだ人から特殊なフェロモンを放出されて、周りの異性を惹きつけるの!」

 

「……異性オンリーか……良かった……本当に良かった……!」

 

 でなければ直ちに隣の冬馬の意識を暴力的に奪わなければならなくなるところだった。

 

「……ん? 異性ってことは一ノ瀬、オメーも対象ってことじゃねーのか?」

 

 志希に当然の疑問を投げかける冬馬。

 

「ふっふっふー、そんな自分が作ったオクスリの効果を受けるようなんてマヌケなことを、この志希ちゃんがするわけないのだー! あらかじめ中和剤を飲んでおいたから、あたしには効かないよー!」

 

 残念? ねぇ残念? とニヤニヤしながら顔を覗き込んでくる志希をもう一発殴りたくなった。

 

「……って、なんだよ」

 

「いやー別に? オクスリを飲んだ良太郎さんにどんな変化があるのか確かめてるだけー」

 

 ペタペタと二の腕やら首筋やらを触ってくる志希。ついでにスンスンと匂いを嗅がれるのはいつものことだが……コイツ、いつもここまで密着してきたっけ……?

 

「……あの、志希さん?」

 

「……んー、もうちょっとだけ。……もうちょっとだけ」

 

「バッチリ効いてんじゃねぇかお前っ!?」

 

 どーりで微妙に顔が赤いと思ったよっ! 中和剤効いてねぇじゃねぇかっ!

 

「離れなさい!」

 

「えーいいじゃんケチンボー! 嗅がせろー! 触らせろー!」

 

 肩と頭を押さえて距離を取ろうとするが、尚も志希はグイグイとこちらに迫ってくる。

 

「ほらほら、代わりにあたしの胸とか触っていいからさ! あたし結構大きいよ! 柔らかいよ!」

 

「やめろォ!(建前) ナイスぅ!(本音)」

 

「本音隠せよ」

 

 身体だけではなく、プチプチとブラウスのボタンを外す志希の手まで止めなければならなくなってしまった。やべぇ、男ならば一度は夢見たシチュエーションだけど、いざその立場になってみると割とテンパる!? ええい、いつからこの小説はラブコメになったんだ!?

 

「番外編だからだろ」

 

「っていうか冬馬! 見てないで志希止めろよ!」

 

「………………」

 

「見てすらいねぇのかよ!?」

 

 どうやら志希がボタンを外し始めた辺りから後ろを向いていたようだ。女の子の素肌を無暗に見ない紳士と言えば聞こえはいいが、今この場においてはヘタレとしか言いようがない。……あれっ!? 今なんかすっげーブーメランが飛んできた気がする!?

 

 ええい、余り手荒な真似はしたくなかったが、こうなったら恭也の見様見真似で伝家の宝刀『首筋トンッ』を……!(※危険ですので絶対にやらないように)

 

 そんなとき、再びミーティングルームのドアが開いた。

 

「おはようございますぅ……あら?」

 

 一瞬兄貴か北斗さんか翔太を期待したが、部屋に入って来たのはまゆちゃんだった。

 

 この状況は俺が志希にあらぬことをしていると誤解される的な意味と、まゆちゃんまでオクスリの効果を受けてしまう的な意味で、二重にマズイ状況なのでは……!?

 

「って、何してるんですか志希ちゃん!? 離れてください!」

 

「えー?」

 

 ふににっ……! と顔を赤くしながら志希を引き離してくれたまゆちゃん。とりあえず志希が離れてくれたので一安心だが、まゆちゃんも女の子である以上、多分惚れ薬の影響が……!

 

「全く……これは一体どういうことなんですかぁ?」

 

 プリプリと怒った表情を見せるまゆちゃん。……あれ?

 

「えっと、まゆちゃん」

 

「はぁい、なんですかぁ?」

 

「……今日の俺、どこか違ったりしない?」

 

 直接「俺に惚れてる?」とは流石に聞けないので、とりあえず遠回しにそう尋ねてみる。

 

「? そうですねぇ……」

 

 唐突な質問に首を傾げるものの、頬に手を当てながら視線を俺の頭の天辺からつま先まで一往復するまゆちゃん。

 

「……良太郎さんのアイドル生活の中でも過去最高のステキさを誇る昨日のステキさを、さらに上回るステキさですよぉ」

 

「あ、ありがとう」

 

 何でそんなボジョレーヌーボーのキャッチコピーみたいなコメントなのかはさておき、どう見ても普段のまゆちゃんと変わらない様子である。どうやらまゆちゃんには惚れ薬が効いていないようだ。

 

(……これ、もしかして佐久間の好感度が元々カンストしてるから、上がりようがないっていうことじゃ……)

 

 冬馬が何故か何かを悟ったような目をしていたが、何か気付いたのか?

 

 しかしまゆちゃんには効かなかったことから、もしかしたら惚れ薬の効果時間は凄く短いのではないか、という淡い期待を抱いたところで、再びミーティングルームのドアが開いた。今日は珍しく朝から事務所に来る人が多いなぁ。

 

「おっはようございまーすっ!」

 

 元気のよい挨拶と共に入って来たのは恵美ちゃんだった。

 

「おはよう、恵美ちゃん」

 

「おはようございます! リョータローさ……リョ、リョータローさんっ!?」

 

「えっ」

 

 俺の姿を視認するなり、いきなり顔を赤くしてズザザッと後退りを始めた恵美ちゃん。そのまま自分が閉めたドアに背中をくっ付け、ズリズリとその場でへたり込んでしまった。

 

「え、え……え? リョ、リョータローさん……えっ?」

 

 酷く混乱した様子で、先ほどから何度も俺の顔をチラチラと見たり視線を逸らしたりを繰り返している。

 

「えっと……恵美ちゃん、大丈――」

 

「こ、こっち来ないでください!」

 

「――夫……」

 

 流石に心配になり声をかけようと思ったら、思いっきり拒絶された。……いや、惚れ薬の効果で迫られても困るんだけど、これはこれで結構ダメージがデカいんだけど……。

 

「め、恵美ちゃん? 一体どうしたのぉ……?」

 

 親友の様子がおかしいことに疑問を抱いたまゆちゃんが近寄り、膝を付いて視線を合わせる。

 

「……え……あの、その……」

 

 恵美ちゃんは相変わらずチラチラとこちらを見つつ、やや躊躇いがちにそっとまゆちゃんに耳打ちをする。初めはフンフンと話を聞いていたまゆちゃんだったが、次第に「……ん?」と眉をハの字に曲げた。

 

「……えっと……要約すると『リョータローさんがいつも以上にカッコよくて直視出来ない』そうです」

 

「ちょっとまゆうううぅぅぅ!?」

 

 多分内緒にして欲しかったのであろう内容をあっさりと口にしてしまったまゆちゃんに、恵美ちゃんの顔は先ほどよりも真っ赤になった。

 

「こりゃバッチリ効いてるみたいだな……」

 

「だな……」

 

「ふっふーん! さっすが志希ちゃんのオクスリ! 効き目抜群ー! 褒めて褒めてー」

 

「よーし、撫でてやるからこっち来い」

 

「わーい!」

 

 無警戒に近付いてきたところで、志希の頭に渾身のアイアンクローを決める。

 

「ぎにゃあああぁぁぁ!? 志希ちゃんに被虐趣味はないよおおおぉぉぉ!?」

 

「俺にだって加虐趣味なんざねぇよ!」

 

 とりあえず、面倒くさいことをしてくれたバカ猫にお仕置きをしておくことにする。

 

「……ところで、結局何がどうなってるんですかぁ?」

 

「……いいなぁ、志希……」

 

 

 

「「「惚れ薬っ!?」」」

 

 途中からやって来たために事情が全く把握できていなかったまゆちゃんたちにも改めて事情説明をしたところで、驚きの声が三つになっていることに気が付いた。

 

「あれ、志保ちゃん?」

 

「いつの間に来てたんですかぁ?」

 

「ついさっきです。……なんだか、随分と厄介なことになってるみたいですね……」

 

 はぁ……と溜息を吐く志保ちゃん。志保ちゃんにも、まゆちゃんのときみたいに惚れ薬の効果が無いようにも見えるが……もしかして、個人差があるとか?

 

「私にも効果がないみたいなんですけど……志保ちゃんも大丈夫なんですか?」

 

「はい、特には」

 

 まゆちゃんからの質問に志保ちゃんは首肯した。

 

「もし疑われるようでしたら、確認していただいても結構ですよ」

 

「いや、別に疑ってるわけじゃないけど……確認?」

 

「はい」

 

 そう頷くと、志保ちゃんが近付いてきて俺の右手を取った。

 

「もし仮に私が良太郎さんに惚れているとしたら、こうしてすぐ傍にいるだけで動悸が激しくなっているはずです。どうぞ直接触って確かめてください」

 

 そのまま志保ちゃんは俺の右手を自分の胸元に……って!?

 

「志保ちゃんストップ!?」

 

「何してんの志保っ!?」

 

 志保ちゃんの胸まであと数センチというところでまゆちゃんと恵美ちゃんが間に割って入って止めてくれた。

 

 ……どうやら志保ちゃんにも惚れ薬の効果が出ていたようだ。

 

「……なんでしょうか」

 

「なんでしょうかじゃないですよぉ!? そそそ、そんな自分の胸を触らせるなんて破廉恥なこと、ま、まゆの目の黒いうちはさせませんよぉ!?」

 

「そうだよ志保! そんな羨ましいことさせないよ!」

 

「そうです、羨ましい……恵美ちゃん!?」

 

 三人娘が姦しくやっている間に、若干距離を取ることにする。近くにいると、不測の事態が起こった場合に対処が間に合わないかもしれないし。

 

「っていうか、お前はお前で微妙に反応が遅いんじゃねーか?」

 

「確かに()()()()()女の人は今までに何人かいて、そういうのは回避出来てたんだけど……なんというか、こう、悪意的なものを何も感じないと身体が動かないというか……」

 

「悪意ねぇ」

 

「まだ不良が鉄パイプで殴りかかって来た方が反応出来る気がする」

 

「そんなわけ……まぁ、あるか」

 

 俺と同じように高町道場にて散々叩きのめされてきた冬馬には分かってもらえたようだ。

 

「志希、この薬の効果っていつまで続くんだ?」

 

 先ほどから『私はバカなものを作ってバカなことをしました』と書いた小さいホワイトボードを紐で首から下げて正座をさせている志希に尋ねる。

 

「え? 知らないよ?」

 

「……は? 知らない?」

 

「うん。初めて作って初めて試したオクスリなんだから、効果時間なんて分かんなーい。でもまぁ、長くて一日じゃないかな」

 

 一日かぁ……志希に中和剤を作ってもらうっていう手もあるんだが、先ほどの一件から考えるとその中和剤も当てになるかどうかわかったもんじゃないし。

 

「仕方ない、今日は大人しくこの事務所に引き籠って……」

 

「は? いやいや、普通に仕事だろお前」

 

 

 

『音楽番組の収録で765プロの子たちと一緒』

 

『その後、用事があって346プロの事務所へ』

 

 

 

「……って、昨日言ってただろ」

 

「………………」

 

「どうすんだよ」

 

「……つ」

 

「つ?」

 

 

 

「続きを読みたい場合は『わっふるわっふる』と……!」

 

「現実を見ろ」

 

 

 




・アイカツ
興味はあるのだけど、アニメを追いかけようにもいかんせん量が多くて……。

・惚れ薬
ラブコメの定番。大まかに分けて、飲んだ人が惚れるタイプと飲んだ人に惚れるタイプの二種類があるが、今回は後者。

・「やめろォ!(建前) ナイスぅ!(本音)」
流行らせコラ!

・ボジョレーヌーボー
あれ日本でしか流行ってないんですってね。



 志希登場により、番外編でこういう突拍子もないネタが書けるようになりました。これから先、何かおかしな展開が合ったら全部志希のオクスリのせいに出来るぞ……(ゲス)

 というわけでラブコメどころか、物語の定番アイテムである惚れ薬。寧ろよく四年間一度も使わずにやってきたものです。ネギまとか藍蘭島とかモン娘とか、そういうのドタバタ系ラブコメは嫌いじゃないです(ただしToLoveるは読んだこと無い)

 さて、次回はこの続きにするか、何事も無く本編に戻るか……。


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番外編34 志希ちゃんのオクスリパニック! 2

しばらく番外編続きます。

本編戻れって? 俺だってたまには頭空っぽにしてラブコメ書きたいんだよ……。


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 一ページ戻ればいいだけなのでする必要は殆どないだろうけど、あえて入れる前回までの雑なあらすじ!

 

 

 

 俺は現役トップアイドル、周藤良太郎!

 

 いつものように事務所に顔を出すと、新人アイドル一ノ瀬志希が怪しげな薬を持ち出した。志希の動きに気を取られていた俺は、背後で開く部屋のドアに気付かなかった。

 

 俺はその隙に薬を飲まされ、気が付いたら――。

 

 

 

 ――異性から異常な好意を持たれるようになってしまった!

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ、奇跡的にここまで誰にも会わなかったぞ……」

 

 例え俺が惚れ薬を飲んでしまったとしても、仕事があることには変わりない。とりあえずいつも以上に変装をし、さらに極力人気(ひとけ)の少ないところを選んでテレビ局までやって来た。

 

 今日の仕事は『関係のあるアーティスト二組を招いて対談をしたり、お互いの曲を歌う』というコンセプトの番組の収録で、ゲストとして招待されたのは俺と765プロのみんな。司会者は男性タレントなので、スタッフ以外の女性は765プロのみんなしかいないというのが不幸中の幸いなのだが……果たしてこんな状態で本当に仕事になるのかどうか甚だしく疑問である。

 

 ちなみにあらかじめりっちゃんに『惚れ薬を飲まされたので、みんなには出来るだけ近づかないように言っておいてもらいたい』というメッセージを送っておいたのだが、先ほど帰って来たメッセージが『嘘松乙』だった。全く信じてもらえなかったのは、惚れ薬という存在が非現実的なだけで、俺の信用が足りていないわけではないと信じたい。

 

 とりあえずリハまでは楽屋に篭って誰にも会わないようにする以外、今俺に出来る手立てはないだろうから、一先ず自分の楽屋に――。

 

 

 

「りょーたろーさーん!」

 

 

 

 ――と思った矢先に、背中に軽い衝撃と共に柔らかい感触が広がった。

 

(早速見つかったー!?)

 

 俺に抱き着いてくるこのアグレッシブさと身長及び背中に広がる張りのある柔らかさは、多分美希ちゃんだと思われる。

 

 ただ、何やら声が違ったような……?

 

「えへへー良太郎さーん! 一番に良太郎さんに会えるなんて、自分ツイてるぞ!」

 

「……()()?」

 

 個性的なアイドルは数いれど、この一人称を使うアイドルには一人しか心当たりが無い。

 

「ひ、響ちゃん?」

 

「はいさーい! おはようだぞ! 良太郎さん!」

 

 背中から離れてトコトコと俺の前に回り込んできたのは、やはり響ちゃんだった。成程、確かに響ちゃんの大乳ならば美希ちゃんと勘違いしてもおかしくはない……じゃなくて。

 

「な、何? そんなに見られると、流石にちょっと恥ずかしいぞ……?」

 

 普段の響ちゃんならば背中に抱き着くなんて行動をするはずないので、じっと様子を観察してみるといつもの元気のいい笑顔が少し赤らんでおり、後ろで手を組んでモジモジとしていた。

 

 ……既に惚れ薬が効いてるな……これは慎重に行動をせねばなるまい!

 

「今日のお仕事、自分目一杯頑張るから、ちゃんと見ててね!」

 

「あぁ、うん、勿論。響ちゃんが元気にジャンプして揺れる胸は見逃さないから!」

 

 ダメみたいですね(諦め)

 

 いつもだったらここで「な、何言ってんだよこの変態っ!」ぐらいの罵倒が入るところなんだけど……。

 

「……そ、それぐらいなら、別にいつでも見せてあげるけど……」

 

「……え゛っ」

 

 先ほどよりも顔を赤くしつつ、響ちゃんはキョロキョロと周りを見回した。そして俺たち以外に人影がないことを確認すると、右手で左肘を掴みながらムニュッと胸を押し上げた。小柄故にサイズ以上に大きく見える響ちゃんの胸がさらに大きく強調される。首元がやや広いシャツを着ているため、その深い谷間が丸見えだ。

 

 これは趣味嗜好云々を抜きにしても男なら絶対に目を離せない……!

 

「ちょ、ちょっと恥ずかしいけど……りょ、良太郎さんにだったら――!」

 

「どうしたのですか、響。突然走り出して……」

 

「――って、わあああぁぁぁ!?」

 

 突如声をかけられたことにより、響ちゃんはその場で文字通り十センチほど飛び上がった。流石に人前ではいくらなんでも恥ずかしかったようで、そのままワタワタと俺から距離を取った。

 

「? 何をしていたのですか?」

 

「べべべ、別に何もしてないぞ!」

 

 誰が来たのだろうかと振り返ると、たなびく銀髪がいとうるわしき貴音ちゃんだった。二人の会話から察するに、突然俺の元にやって来た響ちゃんを追いかけてきたということなのだろうが……逆に、響ちゃんは何処から俺の存在を察知したんだ……?

 

「おや、良太郎殿、おはようございます」

 

「うん、おはよう、貴音ちゃん」

 

「………………」 

 

 普通に挨拶を返したのだが、何故か貴音ちゃんは黙り込んでしまった。そのままジッと俺の顔を凝視しているので、多分既に惚れ薬の効果が出始めてるのかもしれないが……響ちゃんと比べて表情の変化が殆どないのでイマイチ判断が付かない。

 

 なので一応ほんの少しだけ距離を離そうと一歩後ろに下がる。

 

「あっ……」

 

 しかしそんな寂しそうな声を出されてしまったので、思わず足を止めてしまった。

 

 マズイ、貴音ちゃんに先ほどの響ちゃんみたいなことをされたら流石に色々とアウトだぞ……! いや、響ちゃんの時点でもう既に色々とアウトなんだけど……!

 

「……あの、突然ぶしつけとは思うのですが……一つお願いが」

 

「……何かな?」

 

「……手を、握らせてください」

 

「……へ?」

 

 惚れ薬の影響でどんなトンデモナイお願い事が飛び出してくるのかと一瞬身構えたが、想像以上に簡単なそれに呆気に取られてしまった。

 

「ダメ、でしょうか……?」

 

「あ、いや、それぐらいなら……」

 

 不安そうに俺の顔を覗き込んでくる貴音ちゃんに思わずオッケーを出してしまったが……多分大丈夫、だろう。

 

 一応、今朝の志保ちゃんのときのようにいきなり胸元に引き込まれないように注意しつつ右手を差し出すと、貴音ちゃんはその右手を自身の両手で優しく包み込んだ。そのまま胸元へと近づけていくものだから、すわ志保ちゃんの再来かとも思ったが、体に触れない位置で動きは止まった。

 

 そのままそっと目を閉じる貴音ちゃん。ぎゅっぎゅっと二・三回力を籠められるが、それ以外何かをする様子もない。

 

「……貴音ちゃん?」

 

 

 

「お慕い申し上げております、良太郎殿」

 

 

 

「………………あー……えっと……」

 

「返事は不要です。良太郎殿に恋慕を抱いている小娘がいるということを、頭の片隅に留めていただければ、それで十分です。……こうして貴方様の手の温もりを感じることが出来るだけで、わたくしは幸せですから」

 

 あ、ヤバい。余りにもガチすぎて惚れ薬のせいだって分かってなかったら堕ちてた。

 

 やべぇよ……やべぇよ……恐ろしくなったよ……。

 

「っ!? じ、自分だって、良太郎さんのこと大好きだぞ!」

 

「わっ!?」

 

 そんな貴音ちゃんに影響されたのか、響ちゃんもそんなことを告白しつつ背中に抱き着いてきた。再び背中にむぎゅりと柔らかいものが当たるが、先ほどよりも勢いが強くて思わず前につんのめってしまった。

 

 俺の眼前には貴音ちゃんがいたので、咄嗟に彼女の肩を掴んで支えるようにしながら踏み留まる。

 

「あっ……」

 

 当然先ほどよりも彼女との距離は縮まり、目の前には彼女の顔が。女性としては高身長な貴音ちゃんではあるが、一応男の意地として身長は俺の方が上。なので貴音ちゃんを見下ろす形になるのだが、何故か貴音ちゃんはその潤んだ瞳を閉じて顔をゆっくりと寄せてきて――。

 

 

 

「何をやってるかアンタらはあああぁぁぁ!!??」

 

「ぐぼぉっ!?」

 

 

 

 ――突如強烈な喧嘩キックが脇腹に突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

「今回ばかりは本当にありがとう。マジありがとうりっちゃん」

 

『はぁ……まさか惚れ薬が本物だとは思わないわよ……』

 

 危うくトンデモナイ過ちを犯す一歩手前だったところを救ってくれたのは、りっちゃんだった。あのままだったら本当に貴音ちゃんの唇に吸い寄せられていたかもしれない……そうなった場合、正気に戻ったときにどうお詫びをすればいいのか、末恐ろしすぎて背筋が凍る。

 

『それで、その惚れ薬の効果時間とか効果範囲とか分からないの?』

 

「それが分かったらよかったんだけど……何せ開発者が本当に俺を実験台にデータ収集しようと思ってたらしいから、本当に何も分かってないんだよね」

 

 事務所を出る際に「あ、ついでだからレポートの提出よろ~」などと全く反省の色を見せていなかった志希は、こんなこともあろうかとあらかじめ購入しておいたお仕置き用の激臭スプレーの刑にあっていることだろう。本当に反省しなさい。

 

「一先ず、こうして距離を置けば問題ないってことが分かっただけでも良しとしよう」

 

『まぁ、これだけ離れれば流石にね……』

 

 ため息交じりのりっちゃんの声が、スマホの向こうから聞こえてくる。

 

 現在俺は自分の楽屋で、りっちゃんは765プロの楽屋。どうやらこの惚れ薬は距離が離れると効果が表れないため、こうしてりっちゃんと何事もなく話せている。まぁあくまでもフェロモンに影響を受けているわけだし、その範囲内にいなければ問題ないのは当たり前だ。

 

 そして一度効果が表れても距離を置くことで効果が消えるらしいのだが……。

 

「それで、二人の様子は……?」

 

『……当分使い物になりそうにないわ』

 

 効果が表れていたときの記憶が無くなるなんていう都合のいいことはなく、りっちゃん曰く『先ほどから真っ赤になって部屋の片隅に蹲って動かない』そうだ。いやホントマジでウチのバカがすみません……。

 

「また後日改めて謝りに行きたいんだけど」

 

『四・五日は顔合わせない方がいいと思うわ』

 

 やはり傷は深かったか……。

 

「今日の収録どうしようか……?」

 

『……すっごい不本意だけど、アンタに好意を持っちゃうことをあらかじめ念頭に置いて動けばなんとかなると思うのよね』

 

「さっきのりっちゃんは一瞬危うかったけどね」

 

『忘レロ』

 

「アッ、ハイ」

 

 電話越しのりっちゃんの声が氷点下以下だったので、先ほど俺に喧嘩キックを決めた後に胸倉を掴んで「私の方がアンタと先に知り合ってんだからねっ!」とよく分からない宣言をされたことは大人しく忘れることにしよう。「あぁもうさっさとここから離れなさい! モタモタしてるとチューするわよ!?」とか言われてたような気もするけど、もう忘れました。

 

 しかしその理屈だと何故志希はばっちりと引っかかっていたのかという疑問が残るが、多分アイツの場合は匂いに対して敏感だからとかそういう理由だろう。深いこと考えてたら番外編なんてやってられないって。

 

「とりあえず、そこにいる765のみんなにはりっちゃんから事情を説明しておいて。気をしっかりと強く持てば大丈夫だって」

 

『本当ならば番組に集中させないといけないってときに、どうしてそんな変なことに集中させなきゃいけないのかしら……』

 

「マジでゴメンって」

 

 スタッフにも事情説明をしに行かないといけないので、一先ず楽屋を出ることにする。

 

『真っ先に注意しとかないといけないのは美希ね。あの子はただでさえアンタに懐いてるっていうのに、惚れ薬の効果も合わさったらどうなることか……! 楽屋に来たらちゃんと注意しとかないと……!』

 

「うん、お願いねー」

 

 ドアノブを回しながらそろそろ通話を切ろうかと思ったその瞬間、今のりっちゃんのとある言葉が気になった。

 

「……()()()()()()って、まだ美希ちゃんそっちにいないの?」

 

『えぇ。美希以外にも二人到着が遅れてて、後から来ることになってるのよ。だから――』

 

 ガチャリ、と楽屋のドアが開いた……否、()()()()()()()

 

 

 

「あ、りょーたろーさん! ナイスタイミングなの!」

 

「ご挨拶に参りました」

 

「きょ、今日はよろしくお願いします」

 

 

 

『――美希と千早と雪歩には出くわさないように、気を付けて………………今、三人の声が聞こえなかった……!?』

 

「………………うん」

 

 

 

 つづく!

 

 

 




・俺は現役トップアイドル、周藤良太郎!
見た目はクール! 頭脳はパッション!

・『嘘松乙』
りっちゃんあんまりネット見なさそうだけど、プロデューサーとしてツイッターチェックはしてるんじゃないかと思う。

・響ちゃんの大乳
本当はアイマス2で美希と大きさが逆転してるけど、気にしない気にしない。



 ラブコメは かいていて とても たのしかった です。

 もうちょっとだけ続けるんじゃよ。

 ちなみにラストに登場した三人は、例の如くツイッターでのアンケート結果+αとなっております。



『どうでもいい小話』
白南風の淑女フィギュアがついに届いた! やべぇ……何この女神……! 作りこみが今までよりもパねぇ……!



『どうでもよくない小話』
グリマスが終了……だと……!?

イベントとガチャの更新が無くなるだけで、アプリとしては残るらしいけど、マジか……。やってなかったとはいえ、アイマスというコンテンツが終わることにショックが隠せない……。


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番外編35 志希ちゃんのオクスリパニック! 3

なんか色々と怒られるかもしれないけど。

とりあえず、良太郎に投げる用の石はこちらで用意しておきます。ご自由にどうぞ。
( ゜Д゜)つ○


 

 

 

 これは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 もう流石に要らないと思われているだろうけど、文字数稼ぎのためにあえて入れる前回までの雑なあらすじ!

 

 

 

 アイドルの世界に転生したようです。前回の三つの出来事!

 

 一つ! 志希の策略により、良太郎は惚れ薬を飲まされてしまう!

 

 二つ! 惚れ薬の影響で響と貴音に言い寄られるものの、間一髪律子に助られる!

 

 三つ! 何も知らない美希・千早・雪歩が良太郎の楽屋に来てしまった!

 

 

 

 

 

 

 端的に言おう。本当にマズイことになった。

 

「あはっ、りょーたろーさーん! ほらほら、ミキのおっぱい大きいよ? りょーたろーさんだったら、いくらでも触っていいよ? それでそのまま……きゃーっ!」

 

「え、えっと、そ、その……み、美希ちゃんほどじゃないですけど、わ、私の胸も、その……さ、触りたい、ですか……?」

 

「………………」

 

 楽屋の壁際まで追い込まれて畳に尻もちをつく俺に、自身の胸を手のひらで持ち上げながら迫ってくる美希ちゃんとプチプチとブラウスのボタンを外す雪歩ちゃん。何故か千早ちゃんは部屋の隅で真っ赤になって正座をしながらチラチラとこちらを見ているので問題ないが、この二人だけでも俺の手に負えない。

 

「でもりょーたろーさんの手、おっきいから、ミキのおっぱいでも手のひらに収まると思うな?」

 

「そーいう話はしてないの!」

 

「本当……良太郎さんの手、おっきいですぅ……」

 

 ニギニギと俺の左手を両手で持ちながらウットリする雪歩ちゃん。それに便乗して美希ちゃんも俺の右手を取ると頬擦りをしつつ何やら楽しげな様子。

 

 ……りっちゃん早く! 早くヘルプ! ハリーヘルプミー!

 

 

 

 さて、こうなった元凶は一体誰にあるのかというのならば当然志希なのだが、こうして逃げ場のない楽屋の中に閉じ込められている状況を作り出したのは、他ならぬ俺である。

 

 確かに、先ほど楽屋の扉を開けて美希ちゃんたち三人に出くわした段階で扉を閉めてしまえば少なくともこうして物理的距離を問答無用に縮められることも無かっただろう。

 

 しかし、俺の目は最悪のタイミングで廊下の角を曲がりこちらに来ようとしているスタッフの姿を捉えてしまった。

 

 そのまま扉を閉めるとどうなるのか。簡単だ。今の美希ちゃんたちの様子から察するに、あらぬことを言いながら俺の楽屋の扉を叩いたことだろう。それも、何も知らぬスタッフの前で。

 

 どのみち撮影スタッフたちには事情説明に行かなければならないことには変わりないが、それでも現役アイドルが過剰な好意を隠そうともせずに現役アイドルの楽屋の扉を叩いている姿を目撃されたとしたら、どう転んでも不利益以外にはならないのだ。

 

 だから俺は一瞬の判断で、一先ず彼女たち三人を自分の楽屋に招き入れることにしたのだ。俺が765プロのアイドルと仲が良いことは周知の事実なので、こうして遊びに来ること自体は何も不自然なことではないので、その場面ならば見れれても問題ないはずだ。

 

 ……まぁ、この楽屋での現状を見られたらもう色々とアウトではあるのだが。

 

 というわけで、お互いの事を考えた結果、こうして捕食者(プレデター)と化した女の子三人を楽屋という閉ざされた空間に招き入れることになってしまった、ということだ。

 

 あとは先ほどまで通話をしていて現状を把握しているはずのりっちゃんがこちらに助けに来てくれることを待つばかり……なのだが。

 

「りょーたろーさーん!」

 

「りょ、良太郎さん……!」

 

 もしかしたら美希ちゃんもまゆちゃんみたいに普段と変わらないのではないかと思っていたが、確かに態度は普段のものに近いが押しがいつも以上に凄い。トロンと惚けた表情でいつも以上に身体をくっ付けようとしてくる。

 

 さらに男性が苦手な雪歩ちゃんの姿は何処へ行ったのやら。普段のオドオドとした様子は鳴りを潜め、恥ずかしそうに顔を赤らめながらも雪歩ちゃんなりに俺のことを誘惑しようとしてくるではないか。

 

「とりあえず雪歩ちゃん、ボタンはちゃんと留めようか。ほら、色々と見えちゃうから」

 

「で、でも、良太郎さん、こういうのお好きですし……」

 

 そして二人とも、的確に俺の性癖である胸を強調してくるのだ! ……いやーなんでバレてるんだろうなーどこからじょうほうがりゅうしゅつしてるんだろうなー。

 

「……そうだ、雪歩ちゃん。久しぶりに君の淹れたお茶を飲みたいんだけど、いいかな?」

 

「え? でも……」

 

「雪歩、俺のために最高の一杯を淹れてくれないか?」

 

「はうっ!?」

 

 表情は変わらないので心もちキリッとした雰囲気で頬に手を添えながらお願いすると、雪歩ちゃんはその場にへたり込んでしまった。……あれ? ここは颯爽と立ち上がってお茶を淹れに行ってくれる場面では……?

 

「……こ、腰が、抜けて……」

 

 何故。

 

 しばらくしたら無事に立ち上がり「私の全てをかけた最高のお茶を淹れてきますぅ!」と楽屋内に用意されているコンロの元へと向かっていった。……これが普通の楽屋だったら給湯室は外だから、そのまま雪歩ちゃんを範囲外へ行かせることが出来たんだけどなぁ……無駄に設備が良い楽屋に宛がわれてしまう自らのポジションが今回ばかりは仇となった。

 

 何はともあれ、雪歩ちゃんの対処はこれでよし……。

 

「……あむ……れろっ」

 

「って、ちょっ!?」

 

 いつの間にか俺の指が美希ちゃんに咥えられていて、何故か飴を舐めるかのように嘗め回されていた。普通ならばほぼ体験することがないであろう他人に指を舐められるという不思議な感覚に背中がゾゾッてなった。

 

「何やってるのよ君は……」

 

「んふふ~りょーたろーさんの味なの~」

 

 周藤良太郎味は我ながらマズイと思うけど。

 

「ちなみにどんな味?」

 

「ん~……ケレン()?」

 

「味じゃないねソレ」

 

 それが実際に味として存在するなら、多分結構な人数その味がすると思うし、その筆頭は美希ちゃんだと思う。

 

「りょーたろーさんも、ミキ味を味わってもいーよ?」

 

「いや、流石に遠慮しておこうかな……」

 

「それじゃあ代わりに、ミキの匂いを満喫してもらうの」

 

「えっ」

 

 バフッ

 

「………………」

 

「どうどう? ミキ、いい匂いする?」

 

 えっと……今何が起きた? 確か、美希ちゃんが膝立ちになって、一瞬視界が美希ちゃんの大乳で埋まって……そのまま、柔らかい何かが顔面に突っ込んできて……。

 

 ……うん、感想欄でも散々言われてたけど、俺もそろそろ本編を引退して番外編の方に骨を埋めてもいいんじゃないかな。ほら、こういうイベントって本編だと神様(さくしゃ)が絶対に起こしてくれないし、俺だって主人公らしくこういう幸せになれるイベントが用意されていてもいいんと思うんだ。

 

 大体、何回か「やっぱりハーレムじゃねぇかよ」みたいな感想とか評価がある癖に、女の子からの好意って基本的にファンからの憧れ的なやつばっかりじゃねーか! アイドルなんだから女の子からキャーキャー言われるのは当たり前だろ! そもそも主要人物の女性陣からの扱いが基本的に雑なのに、ハーレムってなんだよ! こちとら四年近く主人公やっててそんなイベント一切無かったわ! 仮に俺が複数の女の子から好意を持たれていたとして、今までそれが何かしらの影響を及ぼしたことが一度でもあったか! 少なくとも俺は良い思いをした記憶は一切ないぞ! そういうのは全部番外編だったからな! 今回のこれだって番外編なんだよ! 本編に戻ったら全部無かったことになるんだよ! 『待て、しかして希望せよ(アトンドリ・エスペリエ)』ってか? 作者の本編プロット内にそんなイベントが起きる予定は一切書かれてないんだよコンチクショウ!

 

 

 

 まぁ結論として何が言いたいのかと言うと。

 

「………………」

 

「えへへ~りょーたろーさーん」

 

 柔らかくていい匂いがするこの状況から脱する術を、俺は持っていないということだ。

 

 ごめんりっちゃん、俺堕ちたわ……。

 

 

 

「あ、ごめん手がすべっちゃったー」

 

 パシャ

 

 

 

「みぎゃあああぁぁぁ!?」

 

 そんな美希ちゃんの悲鳴と共に、俺の楽園は離れていった。

 

「……はっ!?」

 

 やべっ、今軽く意識トンでたんだけど、何か色々と脳内で口走ってたような気がする。あのままだったら本気で星井美希エンドを迎えるところだった……!

 

 というか、これ絶対に俺の意思の弱さだけじゃないぞ……明らかに薬の影響が俺の方にも出てるだろ。

 

「何をするのっ!?」

 

「別にーただお茶を持っていこうとしたらちょっと手が滑っただけだよー」

 

 どうやら雪歩ちゃんが湯呑をひっくり返したことで美希ちゃんの足にお茶がかかったらしい。

 

「もー。りょーたろーさん、ミキの太もも、火傷になってないか見てほしいの。ううん、見るだけじゃなくて、触って確かめて……?」

 

「美希ちゃーん、私が見てあげるよー!」

 

「邪魔しないでなの雪歩ー!」

 

「美希ちゃんこそ私の邪魔しないでー!」

 

 二人がギャーギャーと言い争いを始めたところで、その場を少々離脱する。同じ楽屋内であることには変わらないので大きく距離は取れないが、先ほどのようにいきなり飛びつかれることもないだろう。

 

 と思った矢先に、誰かに背後から抱きしめられた。いや誰かというか、消去法で一人しかいないのだが……すっかりその存在を忘れていた千早ちゃんである。

 

「千早ちゃん……?」

 

「……そ、その……確かに、私は二人に比べて起伏に乏しい身体つきをしています……でも、良太郎さんを想うこの気持ちだけは嘘偽りありません」

 

 ゴメン、それウチの志希(バカ)の薬のせいです本当にごめんなさい。

 

「だ、だから……私は私なりの方法で、貴方をこちらに向かせてみせます……!」

 

 そう言うなり、彼女は俺の体を離して――。

 

 

 

「きゃ、きゃはっ! ち、ちーちゃんはぁ、良太郎さんのことがぁ、大好きなんだぞっ!」

 

 

 

 ――俺の前に回り込み、真っ赤になりながら両拳を顔の前まで上げて片足を上げる所謂『ぶりっ娘ポーズ』を決める千早ちゃんの姿が、そこにはあった。

 

「「「………………」」」

 

 これには思わず俺だけでなく、先ほどまで言い争いをしていた美希ちゃんと雪歩ちゃんまで絶句。……恐らくだけど、これが千早ちゃんなりの異性に対する精一杯のアピールなのだろう。

 

「………………」

 

 楽屋内に訪れた静寂。時間が経つにつれて、徐々に顔の赤さが増していく千早ちゃん。その羞恥に耐える姿に……。

 

「「「可愛い!」」」

 

 寧ろ耐え切れなくなったのは俺たちだった。

 

「千早ちゃん可愛い! 普段とのギャップが余計に可愛い!」

 

「千早さん、すっごく可愛いの!」

 

「千早ちゃん、そういう路線も絶対にいけるよ!」

 

 うひょーっ! と先ほどまでの空気を一切忘れ、三人で盛り上がる。俺や美希ちゃんはともかく、雪歩ちゃんのテンションも若干おかしかったが、きっと惚れ薬の副作用的な何かだろう。というか、もう全部志希の薬のせいにしておけ。

 

「………………忘れてください」

 

 当の千早ちゃんは羞恥に耐え切れず真っ赤になった顔を覆いながらその場に蹲ってしまったが、そんなことお構いなしに俺たち三人の可愛いコールは続く。

 

「「「ちっ! はっ! やっ! ちっ! はっ! やっ!」」」

 

 バンッ!

 

「良太郎! 何も問題は起きてない………………何やってんの?」

 

 そんな無駄なハイテンションは、りっちゃんが楽屋に駆けつけてくれるまで続くのだった。

 

 

 

 ……いや、今回は色々と誤魔化せたけど……これがまだ今日一日続くのか……。

 

 

 




・前回の三つの出来事!
『仮面ライダーOOO(オーズ)』は現在ニコニコにて配信中!

・「み、美希ちゃんほどじゃないですけど、わ、私の胸も」
「ひんそーでチンチクリン」という言葉でお馴染みの雪歩。
だがしかし! そのサイズは81! 響子・蘭子・楓さんラインなのだ!

・ケレン味
「かき氷の味何が好きー?」
「あたしケレン味ー」
「「ケレン味!?」」     GA一巻より
ザックリ解説すると『物語における脚色や誇張』のこと。
分かりやすい例としては「~だわ」「~だぜ」というキャラクター性を主張する語尾。

・バフッ
(♯゜Д゜)ノ ――==ΞΞ○))Д´)

・『待て、しかして希望せよ』
最終章プレイ作者「はい! ネロ祭りではお世話になりました!」(共犯者ってなんだ……?)

・「きゃ、きゃはっ!」
「いや、だって千早に色仕掛けとか無理だし……」などと容疑者は供述しており(ry

・『ぶりっ娘ポーズ』
「『相手』を『眼鏡好き』に変える能力ー!」

・「「「可愛い!」」」
船堀パロ



(顔面おっぱいは恋仲○○で何回かやった気がするけど、気にしない)

 美希の好感度がマックスじゃなかったことに疑問を持った人は、とりあえずもう一回本編を読み返せば理由が察せると思うよ!(無茶ぶり)

 ちなみに前回のまゆは好感度が振り切って崇拝になっているため変化がないので、まゆのデレが見たい場合は寧ろ好感度をちょっと下げないといけないという意味不明仕様だったりします。

 そろそろ本編に戻ってほしいという声もありそうですが、ここまで来たら最後まで行きたいと思います。本編待ちの方はもうちょっと待って! ホントすみません!



『どうでもいい小話』
 ミリシタにてSSR志保実装! ……どうしてこうもウチの担当は限定ばかりなんですかねぇ……。(楓さん・唯ちゃん・ころめぐ・志保でSSR7枚中6枚限定)

 早速お迎えしたので(無傷とは言っていない)記念の恋仲○○特別編をツイッターの方で公開しております。よければそちらも是非(恒例の宣伝)

 ……と思ったら今度はデレステで奏さんですかそうですか(白目)


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番外編36 志希ちゃんのオクスリパニック! 4

そして騒ぎは765から346へ……。

※若干時系列無視。
※いつも以上にメタネタ多め。


 

 

 

「長く苦しい戦いだった……」

 

 いやホント。テレビの収録があんなに長く感じたのはいつぶりだろうか……。

 

 あの後、765プロのみんなとの撮影は無事に終了。本当に、かろうじて無事に、だが。

 

 ある程度最初からそうなると分かっていれば対抗できるというりっちゃんの案は一応正しかったらしく、何人かが撮影の最中ずっとそわそわとしていたが、それだけで撮影中止になるような大きなハプニングは無かった。

 

 小さなハプニングとしては、カメラが止まっているところで真美が抱き着いてきたのを避けたり、真ちゃんが全力で正拳突きを繰り出して来たのを避けたぐらいだ。……前者はともかく、後者は本気で避けた。それはもう鋭く風切り音が聞こえてくるぐらいの熟練の拳だったので、アレを喰らっていたら半日は目を覚まさなかっただろう……。

 

 ただ一つだけ収穫があった。それは楽屋で抱き着かれたときに分かった美希ちゃんの胸の成長具合でも、休憩中にお茶を飲んでいたところに後ろからふっと耳元に息を吹きかけてきたときに背中に当たっていたあずささんの胸の柔らかさでもない。ズバリ()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 どうやらこの薬は志希が語っていたように『異性に好かれるフェロモンを発する』ため、そのフェロモン以上に好きな人がいる場合は効果が薄いのだ。

 

 

 

 つまり俗にいう()()()()()()()、もしくはそれに準ずる相手がいる人には効果が出づらい、ということだ。

 

 

 

 それが分かったのは、撮影スタッフの女性たちと接したときだ。一部の人にはバッチリ効果が出ていたのだが、既婚者あるいは交際相手がいる人、さらにはちょっと気になっている人がいるレベルの人にも効果が薄かったのである。あくまで薄いだけなので全く効果がないわけではなさそうだが、それが分かっただけでも大収穫である。

 

 「うわすげぇご都合主義」とか言うなよ! こっちは必死なんだよ!

 

 ただそう仮定した場合、ちょっとだけ気になる点がいくつか……。

 

 一つ。まゆちゃんに薬の効果が無かったのは、俺以外に気になる人がいたからということになるのだが……いや、正直あそこまで懐かれている子だったので、地味にショック。もう少し俺から距離を離した方がいいのだろうか……。

 

 

 

 

 

 

「今なんだか、すっごいまゆのこと誤解された気がするんですけどぉ!?」

 

「……ごめんまゆ、アタシたち今それどころじゃないから……」

 

「……しにたい……」

 

 

 

 

 

 

 もう一つは、春香ちゃんだ。

 

 というのも、なんと春香ちゃんには惚れ薬の効果が出ていなかったのである。

 

 

 

 ――え、えっと……確かにちょっとドキドキはするんですけど……。

 

 ――その、今すぐ抱き付きたくなるような感じは全く……。

 

 

 

 とのことだ。確かに、他のみんなと比べても目の色が違う。勿論物理的な意味ではなく、なんかこう、獲物を狙う目的な意味だ。

 

 しかしそうなると、春香ちゃんには意中の相手がいるということになるのだが……えっ!? 誰だ!? まさか赤羽根さんとか!? それか俺の知らない人!? すげぇ気になる!

 

 

 

 

 

 

「ぶえっくしょい!」

 

「うわ、とーま君おっきなクシャミ」

 

「誰かに噂でもされたかい?」

 

 

 

 

 

 

 俺自身はアイドルの恋愛厳禁と言うつもりはないし、何より春香ちゃんが決めた相手ならば当然俺も応援してあげたい。彼女だってアイドルとしては良き妹分の一人なのだ。

 

 ……まぁ、ちょいとばかり面接はさせてもらうかもしれないが……なに、アイドルと恋愛するための根性を見せてもらうだけさ、ははっ。

 

 

 

 

 

 

「っ!? こ、今度は寒気が……!?」

 

「クシャミと寒気って、風邪じゃん」

 

「季節の変わり目だし、気を付けろよ」

 

 

 

 

 

 

 さて、そんな貴重な情報を得ることが出来た撮影現場を後にし、やって来たのは……いや、やって来てしまったのは346プロの事務所である。

 

 今日はここで美城常務が立ち上げたプロジェクトの子たちのレッスンを見てあげる約束をしていた。志希を預かってもらっているので、そのお礼として何回か行っているのだ。

 

 まぁ状況が状況なので中止にしたいところではあるのだが……前回諸事情により中止にしてしまったので、流石に二度目は心苦しい。

 

 先程の一件である程度はなんとかなることが分かったし、きっと大丈夫だろう。

 

 

 

「って言った舌の根も乾かぬ内にこれだもんなぁ……」

 

「ん? 良太郎さん、どうかしたの?」

 

 俺の左腕には、普段と同じようにクールな表情を浮かべつつもどこか上機嫌な凛ちゃんがくっついていた。

 

「凛さんや、少し離れませんかね?」

 

「ヤダ」

 

 俺の提案はにべもなく断られ、より一層腕を抱き締められてしまった。

 

 なんでこんな即堕ち二コマどころか一コマ目で既に堕ちてる状況になっているのかというと……。

 

 まず少しでも事務所内でのアイドルエンカウント率を減らすために、りっちゃんに送った内容に先ほど得た新情報を付け足したメールを346の知り合いに送った。すなわち、友紀・茄子・凛ちゃんである。

 

 これで周囲に注意喚起をしてもらおうと思っていたのだが……凛ちゃんが『注意してれば効き目ないんでしょ? なら、私が一緒に付いて事情を知らない人たちへの注意をするよ』と申し出てきたのだ。

 

 初めはりっちゃんのこともあったから難しいと思ったのだが、凛ちゃんがやけに自信満々だったのでその提案を承認した。

 

 ……その結果がコレだよ! バッチリ効いてるじゃん! なんでなんの根拠もなく自信満々だったのさ!

 

「はぁ……」

 

「どうしたの? 疲れてる? 大丈夫? 膝枕する? 頭なでなでする?」

 

 デレデレだなぁ! わぁい凛ちゃんに男の影がないようで何よりだぁ!

 

 ホント、いつぞやの甘えん坊凛ちゃんを彷彿とさせる……あのときは間違えて飲んだお酒に酔ってたからだけど、もしかしたら凛ちゃんは心の中で誰かに甘えたい欲求でも抱えているのかもしれない。

 

 ともあれ、バッチリと惚れ薬の効果が出てしまっている凛ちゃんなのだが……正直、凛ちゃんで良かったというのが本音である。今まで惚れ薬の影響が出ていた子たちと比べると、女の子というよりは妹という感覚の方が大きいのでそれほど危機感はない。凛ちゃんもくっついてくる以上のことをしてくる様子がないので、このまま放っておいても問題ないだろう。

 

 ついでに凛ちゃんは胸が慎ましやかなので、こうして抱き着かれていてもそれほど……うん。

 

 問題があるとすれば、薬の効き目が無くなった後が怖いことぐらいだが、それはもう今さらである。全部志希の責任ってことにしておこう。

 

 そういうわけで、凛ちゃんを腕にぶら下げたままレッスンルームへと向かう。先ほどから色々と視線を感じるが、既に『渋谷凛は周藤良太郎の妹のような存在』というのは知れ渡っているはずなので大丈夫だ……と自分に言い聞かせる。

 

 さて、このままなんの問題も無くレッスン室まで……。

 

 

 

「あれ、良太郎さんに凛ちゃんだー!」

 

「な、なんで二人ともくっついてるのっ!?」

 

 

 

 ……まぁ、そんな簡単にいったら苦労しないよなぁ……。

 

 レッスンルームへと向かう中庭の渡り廊下で出くわしたのは、まるで犬のようにこちらに駆けてくる妹ヶ崎こと莉嘉ちゃん、顔を赤くしながら驚いている姉ヶ崎こと美嘉ちゃん。

 

 そして――

 

 

 

「あら、見せつけてくれるのね」

 

「リョーくん、凛ちゃん、ぼんじゅ~る!」

 

 

 

 ――速水奏と宮本フレデリカだった。

 

「よりにもよって、かなり面倒くさい部類の奴らに見つかった……!」

 

 それはもう思わず口に出てしまうぐらい面倒くさい奴らである。

 

「随分とご挨拶ね。今日はまだ何もしてないのに」

 

「つまり普段してる自覚はあるんだな?」

 

「何のことかしら」

 

 しれっと言いやがって……。

 

「そーだよーこれまでふざけたことなんてないフレちゃんを捕まえて、面倒くさいなんて失礼しちゃうよープンプン!」

 

 嘘を吐いたことがないっていう嘘みたいなやつですね、分かります。

 

「というわけでヤッホー! フランス人と日本人のハーフのフレちゃんこと宮本フレデリカでーす! アタシと奏ちゃんはまだ本編には出てないけど、時系列無視の番外編だから先行登場だよー! 神様(さくしゃ)の予定だと、次の凸レーション&美嘉ちゃん回辺りでようやく本編に登場するらしいんだけどー」

 

「やめろぉ! 俺の領分を荒らすんじゃねぇ!」

 

 だからコイツとは出くわしたくなかったんだよ!

 

「って、ん~? おやおや~? 莉嘉ちゃんは一体全体どーしたのかな~?」

 

「え?」

 

「……えへへ~」

 

 しまった、フレに気を取られてて莉嘉ちゃんが凛ちゃんとは反対側の腕に抱き着いてきていることに気付かなかった。

 

「り、莉嘉!? アンタ何やってんの!?」

 

「えっとねぇ、なんか良太郎さんからいい匂いがするの! なんかこう、胸の奥がポカポカしてきて気持ちいいの!」

 

 突然の妹の行動に真っ赤になりながら叫ぶ美嘉ちゃんに対し、莉嘉ちゃんも頬を赤く染めながらスリスリと俺の腕に頬擦りをしていた。……うん、莉嘉ちゃんも女の子というよりは妹判定だから、それほど危機感はない。

 

 それより問題は、年齢的な意味や普段の行動的な意味で妹判定に出来ない目の前の三人だが……。

 

「そ、そんな男の人に引っ付いちゃダメ! さっさと離れなさい!」

 

 恰好言動その他諸々からカリスマギャルとして若い女の子から大人気であるが、かなり初心で純情な美嘉ちゃん的には莉嘉ちゃんの行動はアウトだったらしく、彼女を引き離そうとこちらに近付いてきて……。

 

「わっ!?」

 

 焦っていたのか、自分の足に躓いてつんのめってしまった。

 

 こちらに向かって倒れ込んでくる美嘉ちゃん。いつもだったらセクハラ上等で肩辺りを掴んで止めるのだが、残念ながら現在俺の両腕は上機嫌な莉嘉ちゃんと何故かそんな莉嘉ちゃんを威嚇している凛ちゃんに占領されているため動かすことが出来ない。

 

「うぷっ!」

 

 結果、美嘉ちゃんは顔面から俺の胸元に倒れ込む形になってしまった。

 

「……み、美嘉ちゃん」

 

「………………」

 

 そのまま沈黙して動かなくなった美嘉ちゃん。いや、微妙にプルプル震えているような気も……あと、髪の隙間から見える耳が先ほどよりも真っ赤になって……。

 

「りょ、良太郎さんっ!」

 

 そしていきなりバッと顔を上げる美嘉ちゃん。

 

 

 

「こここ、子供は何人ぐらいがよろしいでしょうかぁ!?」

 

 

 

 グルグルおめめでとんでもないことを叫んでくれた。

 

「み、美嘉? 貴女何を……?」

 

「ワォ! 美嘉ちゃん大胆! 流石カリスマギャルだね! 知らないけど!」

 

 珍しく困惑顔を見せる奏と、本当に驚いているのかどうか分からないわざとらしい驚き顔を見せるフレがこちらに近付いてくる。近付いてきてしまう。

 

「そそそ、その、今すぐって訳にはいかないですけど! 学校卒業したら、その、頑張りますし! お腹が大きくなってもマタニティモデルとして頑張りますし! もし良太郎さんがお望みならば家庭にも入りますし!」

 

 そしてドンドンエスカレートしていく美嘉ちゃん。

 

 アカン、どう考えてもまだ混乱が大きくなる未来しか見えない……!

 

 

 

 えぇい! 暗転暗転! 今週はここまで!

 

 次週までにこの場が収まっているといいなぁ!

 

 

 




・心に決めた相手
あ、後付けじゃないよ?(目逸らし)

・「すっごいまゆのこと誤解された気がするんですけどぉ!?」
大丈夫大丈夫、どうせ番外編の中だけだから。

・春香ちゃんには意中の相手
ば、番外編の中だけだから(震え声)

・面接
アイドルたちの恋愛の難易度が二段階上がった瞬間である。

・美城常務が立ち上げたプロジェクト
一体プロジェクト・何ーネなんだ……!?

・なんでなんの根拠もなく自信満々だったのさ!
本人はもう恋愛対象ではなくなったので効果はないと勝手に思い込んでいた模様。
兄のような関係でもバッチリ効くに決まってんだよなぁ……。

・「どうしたの? 疲れてる? 大丈夫?」
「おっぱい揉む?」と言わせなかったのは作者の優しさ()

・いつぞやの甘えん坊凛ちゃん
ツイッターで『#アイ転 甘えるしぶりん』を検索検索ぅ!

・速水奏
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。クール。
実は現在時系列の美希と同い年で同じバストサイズのミステリアスキス魔。
Lesson127、168と名前だけの登場だった彼女が本編より早く先行登場!
良太郎に対してどういう立ち位置なのかは、次回で。
……ところで皆さん、SSRは引けましたか……?(小声)

・宮本フレデリカ
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。キュート。
お気楽ご気楽てきとーフランスハーフガール。実は19歳の短大生。
こちらもLesson168で名前だけ出ていたが先行登場!
この作風でフレちゃん出したら、こういうキャラになるのは必然だった。でも普段とキャラが変わらないようにしか見えない! 不思議!



 346編の被害者登場の回でした。みんなの予想を裏切れたと自負している。やっぱり番外編は書きたいキャラ書かないとね!

 ちなみに大オチのキャラは別の子にお願いする予定です。盛大に散ってもらうことにしよう……(ゲス顔)

 というわけで次回、番外編ようやくラストです!


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番外編37 志希ちゃんのオクスリパニック! 5

長かったオクスリパニックも、ようやく終わりです!


 

 

 

 さて、凛ちゃんに引っ付かれていたところに城ヶ崎姉妹+奏+フレの四人に見つかりひと騒動があったものの、なんとかレッスンルームに――。

 

 

 

「ちょっと奏、あんまり良太郎さんにくっつかないでよ」

 

「あら、凛こそ離れたら?」

 

「お姉ちゃんばっかり良太郎さんにくっついてずーるーいー!」

 

「ず、ズルくない! あ、アタシはアンタと違って……その、結婚出来る歳なんだし? 高校生だし? カ、カリスマだし?」

 

「リョーくんモテモテ~! フレちゃんも混ぜて~!」

 

 

 

 ――あっれぇ!? 全然状況が変わってないぞ!?

 

 阿良々木直伝の秘技『章変えリセット』が不発に終わってしまった。多分、その技を使うには主人公としてのレベルが足りなかったのだろう。向こうは商業誌、やはり主人公としての格が違ったか……せめて俺も紙媒体だったら同じことが出来ただろうか……。

 

「……んー」

 

「っぶねぇ!?」

 

 「こうなったら俺も同人誌デビューを……!」とか訳の分からない現実逃避をしていると、いつの間にか目の前には目を瞑り唇を突き出す奏の姿が。当然のように俺の唇を狙い澄ませており、寸でのところで回避コマンドに成功する。R+下弾きとか久しぶりに使ったぞ……!

 

「あら、避けちゃうの?」

 

「寧ろ何故受け入れると思ったし」

 

「女の子に恥をかかせないの」

 

「……ファッションキス魔の癖に」

 

「なっ!?」

 

 アイドルとしての後輩以前に高校時代の後輩でもあるコイツは、新入生の中でも美人として有名だったのでよく知っている。ついでにとある一件によりその内面もそれなりに知っているので、思わずそんな言葉が漏れ出てしまった。

 

「……ふ、ふふっ、面白いこと言うのね、先輩」

 

 一瞬だけ表情が崩れた奏だが、すぐにいつものすまし顔に戻る。ただ耳が赤いのだけは隠せていない。

 

「そんなに言うんだったら、私の本気を見せてあげようじゃないの……!」

 

 ムキになった奏はガシッと俺の顔を固定して、そのままキスを強行しようとするが……。

 

「何しようとしてるのかな、奏」

 

「かかか奏!? アンタ何してんのっ!?」

 

「奏ちゃん抜け駆けズルいー!」

 

 先ほどから俺に引っ付いているみんながそれを阻止してくれた。

 

 引っ付かれているのは色々とマズいこともあるが、こうしてみんながそれぞれ勝手に動きを牽制してくれるのはありがたい。このまま硬直状態を保つことが出来れば、意外と安全なのでは……!?

 

 

 

「んー、ちゅっ」

 

 

 

 ……と思った矢先に、柔らかくみずみずしい何かが頬に当たる。

 

「……え?」

 

「「「「なっ……!?」」」」

 

「きゃー! チューしちゃった~フレちゃん照れる~!」

 

 それは完全に意識の外にあったフレからのキスだったらしい。ギャーギャーと言い争いをしていた四人が固まる中、一人赤らめた頬を手で押さえながらフレはキャーキャーと騒いでいた。

 

 「頬でよかった……」とか「アレもしかして頬にチューってのは初体験なのでは」とか「唇にしなかった辺り意外と初心なんだな」とか色々なことを考えながら、先ほど唇が触れた頬を撫でる。……普通に嬉しかったりしたのだけは、絶対に口にしないようにしよう。

 

「フフ、フレデリカっ!?」

 

「フレちゃんもズルい! アタシもするー!」

 

「先輩、動かないで」

 

 そんなフレに触発されて三人がにじり寄ってくる。

 

「良太郎さん、ここは私に任せて」

 

「凛ちゃん……!」

 

 そんな中、三人(フレはキャーキャー騒いでいる)に立ち塞がるように、凛ちゃんはこちらに背中を向けた。

 

「大丈夫、心配しないで」

 

 チラッとこちらを振り向きながら微笑む凛ちゃんは、なんというか凄いイケメン具合だった。流石、ニュージェネのイケメン担当……!

 

 

 

「ここは一つ公平に、一人ずつ順番に良太郎さんの頬にキスをしよう」

 

「待って」

 

 

 

 肩に手を置きながらストップをかけるが、振り向いた凛ちゃんは「まずは私から……」と目を瞑りながら唇を突き出していた。ちょっと頬が赤いのが大変可愛らしいが、お願いだから待って。

 

「妥協案だよ、妥協案。頬にキスされるだけで済むんだよ? それとも良太郎さんは、本当に全員とキスしたいの?」

 

「だから落ち着いてって! 全員惚れ薬の影響でおかしくなってるだけだから!」

 

「私のこの純粋な気持ちが薬の影響だっていうの? ふざけないで、キスするよ」

 

「凛ちゃん、なんか性格変わってない!?」

 

「必要なら、女の子は強かになるんだよ」

 

 その強かさはこんな状況で発揮しないでほしかった……!

 

「さっ、大人しく頬を出して。まさか女の子からキスされるのを嫌がるなんてこと、良太郎さんはしないよね?」

 

「「「………………」」」

 

 無言の圧力に、首を縦に振ることはしなかったが横に振ることも出来なかった。

 

 

 

「……えへへ~顔のニヤニヤ戻らないよ~」

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

「やっぱり疲れてるようなら、今日はもう一緒に帰る? ウチ来る? 添い寝する?」

 

「本当に今日の凛ちゃんはキレッキレだなぁ!」

 

 今度は無事に暗転スキップすることが出来たが、無かったことには出来ないので疲労感が半端ない。

 

 いや、そりゃあ美少女五人からの頬チューは嬉しくないわけないよ? 俺だって男だし、そこら辺をなんの理由も無く嫌がるようなハーレム系主人公でもない。ただこの騒動が終わった後のことを考えると、胃がキリキリと痛むのである……。

 

 さて、一人だけ真っ赤になってキャパをオーバーしてしまった美嘉ちゃんを残りの三人に任せ、再び凛ちゃんと二人でレッスンルームへの道のりを再開した。

 

 これだけ距離も離れたことだし、今頃四人に対する薬の効果が切れていることだろう。その証拠に、先ほどから奏からのメッセージがひっきりなしに訪れている。アプリを起動するだけで呪われそうなほどの怨嗟を感じるので、今はそっとしておこう……。

 

 というわけで、本日の主目的となるレッスンルームへと到着した。

 

「……いい? 凛ちゃん、今度こそ……今度こそ、他の子たちを煽るような真似しないでね? というか、そもそも薬の効果があるから注意喚起をしてくれるっていう話じゃ……」

 

「……うん、勿論。忘れてないよ、今からするつもりだったよ」

 

 何で目を逸らすのかな、凛ちゃん。ちゃんとお兄さんの目を見て……いや、今凛ちゃんの目を覗き込むとどうなるか分かったものじゃないから止めておこう。普段のノリで動いたらマズいって流石に俺の第六感が警鐘を鳴らしているぞ。

 

「ちっ」

 

 ほらね!

 

 凛ちゃんに対する多大なる不安を抱えながら、俺はレッスンルームの扉を開けた。

 

「……待たせてゴメン。みんな集まってるかな?」

 

 

 

「あっ! 良太郎さん!」

 

「お、おはようございます」

 

 

 

 運動着に着替えた加蓮ちゃんと奈緒ちゃんの二人が、既にレッスンルームにて準備を終えていた。この二人に加えて凛ちゃんの三人が、今日俺がレッスンを見てあげる約束をしていた相手である。

 

「凛、良太郎さん連れてくるのに随分時間かかったね」

 

「ちょっと色々あってね。あ、二人ともちょっとストップ」

 

 実は既に運動着姿で俺を迎えに来てくれていた凛ちゃんが、こちらに来ようとする二人に向かってストップをかける。加蓮ちゃんと奈緒ちゃんは首を傾げながらも、素直にその場で動きを止めてくれた。

 

 どうやら二人に対して注意喚起をしてくれるという約束をしっかり果たして……。

 

 

 

「良太郎さんは凄くカッコいいけど、私のだから手を出さないでね」

 

 

 

 ……果たしてくれたんだろうけど……あぁ、また凛ちゃんの黒歴史……もとい蒼歴史が一ページ増えてしまった……。

 

「……へ?」

 

「はぁ!? 凛、お前何言って……!?」

 

 当然、そんな凛ちゃんの発言の意味が全く分からずに首を傾げていた二人だったが、徐々に薬の効果が出始めたようで、頬が紅潮して目が潤み始めた。もう何回も見た光景である。

 

 とりあえず二人がいきなり突撃してくる前に簡単な事情説明を済ませる。

 

「……っていう訳だから、二人とも、自分の意思をしっかりともって。その胸の内に浮かんだ感情を信じないで」

 

 二人ともこうなりたくないでしょ、と凛ちゃんを指差すと、その指を咥えられそうになったので慌てて引っ込める。……時間経過と主にアグレッシブになってないか……!?

 

「ほほほ、惚れ薬なんてあるわけないだろ!? ででで、でも、りょ、良太郎さんがそこまで言うなら信じてもいいかなっ!?」

 

 自分の胸を押さえながらズサッと後ずさる奈緒ちゃん。どうやら奈緒ちゃんは意外と自分にセーフティーをかけられるタイプだったらしく、レッスンルームに張られた鏡に額を当てながら「違う違うカッコイイとは思ってたけどそういう感情じゃない違う違う落ち着け落ち着け……!」とまるで念仏のように唱えていた。

 

「……酷いなー良太郎さんは」

 

 一方で、加蓮ちゃんは冷静だった。今までの子たちは目の色を変えて飛びかかってきてばかりだったが、彼女は「しょうがないなぁ」みたいな笑みを浮かべるだけだった。

 

 これはもしや、加蓮ちゃんにも別の想い人がいて効果が薄いパターンか……!?

 

 しかし、俺の一抹の期待を他所に、ススッと近寄ってきた加蓮ちゃんは俺の手を取り――。

 

 

 

「……私のこの想いは、偽物じゃないですよ」

 

 

 

 ――俺の手の甲を胸に押し当てるようにしながら掻き抱いた。

 

 ……そっかぁ、今回は番外編だからここまでラキスケは許されるのかぁ……。

 

「ちょっと加蓮っ!?」

 

「あの、加蓮ちゃん……?」

 

 加蓮ちゃんの行動に大声を上げる凛ちゃんと、若干の嬉しいものの胃の痛みが増して困惑した声しか出せない俺。

 

「え、えへへ、やっぱりちょっとだけ恥ずかしいや」

 

 そんな加蓮ちゃんだが、自分自身の行動に照れ笑いを浮かべながら、それでも俺の手を離そうとしない。貴音ちゃんと似たような行動であるが、なんというか貴音ちゃんが本当に大人な対応だったのに対し、加蓮ちゃんは年相応な少女の反応なのでまた違った趣が……。

 

「……良太郎さん、手の甲で感触を楽しんでるみたいだけど、本当に困ってる?」

 

「ソンナマサカ」

 

 パッと加蓮ちゃんの手を振りほどくが、彼女はそれを残念そうに見送ってそれ以上の行動を起こそうとしなかった。

 

「ねぇ良太郎さん。もし……もしも、その惚れ薬の効果が無くなっても私の気持ちに変わりが無かったら……そのときは、受け入れてくれるの?」

 

「………………」

 

 その問いに対しては、すぐに答えることが出来なかった。

 

 いや……答えないと、いけないのだろう。

 

「……俺は――」

 

 

 

「良太郎君! これをっ!」

 

 

 

「――えっ?」

 

 突如、視界の隅から飛来した何者かを咄嗟にキャッチする。

 

 パシッといういい音と共に俺の手のひらに収まったのは……。

 

「……え、栄養ドリンク?」

 

 何やら星の形をした蓋の、独特な入れ物の栄養ドリンクっぽい何かだった。

 

 一体誰が投げたのだろうかと、それが飛んできた方向に目を向けると、そこにはレッスンルームの入り口に立つ黄緑色の事務員服を着た女性――千川ちひろさんが立っていた。

 

「それを飲んでくださーい! 急いでー!」

 

「は、はぁ……?」

 

 一体全体何事かは分からないが、とりあえず彼女の指示に従ったその栄養ドリンクを一気に飲み干した。

 

 

 

「良太郎さん、私の質問に答えて……え?」

 

「良太郎さん、そろそろ……え?」

 

「あたしは違うあたしは違……え?」

 

 

 

 ――効果は、劇的だった。それまで文字通り目の色が変わっていた凛ちゃんと加蓮ちゃん、そして一人ブツブツと呟いていた奈緒ちゃんの様子がガラリと変わる。

 

 もしかして……薬の効果が解けた……!?

 

「ふぅ、間に合いました」

 

「えっと、ちひろさん、今のは一体……?」

 

 まるで「一仕事したぜ」みたいに手の甲で額の汗を拭いながら近づいてきたちひろさんに、先ほどの栄養ドリンク(仮)の詳細を尋ねる。

 

「先輩から連絡を受けて、こちらで用意したものです。あっ、大丈夫ですよ! 代金は先輩につけておきますので、良太郎君は何も心配しないでくださいね」

 

「あ、ありがとうございます。……ちなみに、俺は何を飲んだんですか?」

 

「ふふっ、企業秘密です」

 

 普段から変わらないとても穏やかな笑みを浮かべるちひろさん。兄貴たちに彼女のことを尋ねると露骨に話を逸らされるが、やっぱり分からん……一体ちひろさんの何に怯えてるんだ?

 

「何はともあれ、助かりました」

 

「いえいえ。でもこれからが大変ですよ?」

 

「………………はい」

 

 目を背けていた現実を、直視しなければいけない瞬間というものはいつか来るのである。

 

 そう――。

 

 

 

「……ねぇ、良太郎さん……!」

 

「………………」

 

「か、加蓮が果てたあああぁぁぁ!?」

 

 

 

 ――怒りと羞恥で真っ赤になり涙目でプルプルと震える凛ちゃんや、真っ赤になってパタリと倒れ伏した加蓮ちゃんや、そんな加蓮ちゃんに縋りつく奈緒ちゃんという、現実に……!

 

 

 

 

 

 

「酷い目にあった……」

 

 いや、本当に酷い目に遭ったのは俺ではなく彼女たちなのだと首を振る。

 

 とりあえず全ての騒動の後始末をつけた俺は、一応レッスンもしっかりと終えて事務所を後にしようと、来た道を後戻りしていた。

 

「「……あっ」」

 

 帰ったら志希にどんな刑を執行してやろうかと考えている最中、ばったり出くわしたのはシンデレラプロジェクトリーダーの美波ちゃん。先ほどまでだったら、惚れ薬の効果を危惧するところだが、今は効果がないので一安心だ。

 

「やぁ、美波ちゃん」

 

「……おおお、おはようございます!」

 

「……ん?」

 

 何か、まるで惚れ薬の効果があったときのような反応をされたのだが……。

 

(りょ、良太郎さん……!? た、確か鷹富士さんが、今の良太郎さんは惚れ薬を飲んでるって言ってて……ヤダ、顔が熱い!? 私にも効いてきちゃった!?)

 

「……み、美波ちゃん?」

 

(そ、そうよね、惚れ薬の効果だから、しょうがないのよね……だ、だから……ちょ、ちょっとぐらい、良太郎さんに、その……)

 

「……えっと」

 

「りょ、良太郎さん!」

 

 後ろを向いて何やらブツブツ言っていた美波ちゃんが急に振り返った。そのときの美波ちゃんの表情は、確かに惚れ薬の影響を受けていた凛ちゃんたちのようだった。

 

「あ、あの、良太郎さん、私――!」

 

「あれぇ? もう惚れ薬の効果は切れてるはずなのに……」

 

「――今、何とオッシャイマシタカ?」

 

「? 惚れ薬の効果は切れてるはずなのにって……」

 

「………………」

 

「………………」

 

「……きっ」

 

「き?」

 

 

 

 その後、とある乙女の甲高い叫び声が夕方の346プロに響き渡った……というのを今回の一連の騒動のオチということにしておこう。

 

 はい、どっとはらい。

 

 

 




・秘技『章変えリセット』
阿良々木君が偽物語『かれんビー』にて見せた大技。
良太郎は過去にもLesson136で使用を試みたが失敗している。やはり主人公ヂカラが足りない……。

・「こうなったら俺も同人誌デビューを……!」
(そんな可能性は微塵も)ないです。

・R+下弾き
Lesson14以来の再使用(だからなんだ)

・蒼歴史
「じゃあ、残していこうか、私たちの足跡……!」

・千川ちひろ
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。
Lesson138で名前だけ出ていたこの人も、まさかの先行登場である。
あまり多くは語らないが、ここのちひろさんは『アイドルに優しい』とだけ伝えておく。ほら、搾り取る対象はPだけだし……(震え声)

・栄養ドリンク(仮)
中身を聞いてはいけない、イイネ?

・「か、加蓮が果てたあああぁぁぁ!?」
劇場748話より。
加蓮回でありつつ、奈緒回でもある。

・大トリミナミィ
彼女は散ったのだよ……作者が思い付いた今回のオチ……その犠牲に……。



 ……長かったぁ……これにて番外編終了です。

 しばらくはやりませんが、今後も志希のオクスリが織りなす騒動は起こる予定です。そのときはまた長くなるかもしれませんが、お付き合いいただけたら幸いです。本当にしばらくはやらないだろうけど。

 というわけでようやく次回からは本編に戻ります。

 おまたせしました、凸レ&美嘉ねぇ回です。フレちゃんが言っていたように、何人か追加キャラアリの若干オリジナルルートになる可能性がありますので、お楽しみに。



『どうでもいい小話』

 いつものことなので、もしかして察してらっしゃる方がいられると思うので簡潔に。

 唯ちゃん恒常SSR引けましたので、記念短編書きました!

 ツイッターの唯ちゃん恋仲○○特別編もよろしくね!



『どうでもよくない小話』

 6thライブ! 11月に西武ドーム! 12月に名古屋ドーム! 開催決定いいいぃぃぃ!!

 ひゃっはあああぁぁぁ! 名古屋なら地元だから旅費がいらねぇ! その分CD積めるぞい!

 ついでに新録こいかぜとか、楓さんのチューリップとか、情報が多すぎてまとめきれんゾ……!


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Lesson182 The adjective which fits me

なんの捻りも無いサブタイになってしまった……。


 

 

 

 もうすぐ十月である。

 

 この時期になってくると暦の上では秋と言っても差し支えがないだろうが、それでも時折顔を覗かせる夏の暑さがまだまだ秋を遠くに感じさせる。

 

 そんな夏と秋の境目と言っても過言でもない季節と言えば。

 

 

 

「勿論、カラオケっしょ!」

 

「意味が分かりません」

 

 

 

 アタシの発言が志保によってバッサリと切り捨てられるが、これぐらいでへこたれるようでは志保との付き合いはやっていけない。寧ろここで志保がノリ気で「是非行きましょう!」などと言い出したら、逆に心配になるところだった。

 

「全く……いきなり『緊急ミーティングがある』って言われたから来てみれば……」

 

 はぁと溜息を吐く志保。

 

 今日は平日で、既に放課後。今日は夜にレッスンがあるだけでお仕事が入っていなかったので、志保を誘ってカラオケに行く予定なのだ。

 

「まぁまぁ志保ちゃん、そう言わずに」

 

「シキちゃん、カラオケ初めて~」

 

 勿論まゆや志希も一緒で、要するに123プロアイドル女子組である。もうそろそろ美優さんも入ることになるだろうが、今はまだこの四人だ。

 

「帰ります」

 

「まーまー志保、これもボーカルレッスンだと思ってさ」

 

「レッスンなら事務所でやります。丁度次の曲で少し気になっていたところがあるので、どなたかにお話を伺おうと思ってたんです」

 

 次の曲、というのはデビュー曲である『ライアー・ルージュ』の次の曲、要するに新曲である。これは志保だけでなくアタシやまゆにも用意されていて、もうしばらくしたら三人同時に発表する予定だ。アタシや志保は一曲目に比べてガラリと曲調が変わり、まゆは曲調こそ変わらないものの、なんとピアノの伴奏まで本人ですることになっているので割と大変そうである。

 

 ともあれ、確かにウチの事務所にはリョータローさんだけじゃなく、ジュピターの三人もいるのでボーカルのアドバイスを貰うには贅沢すぎる環境だ。

 

「でも志保ちゃん、今日は良太郎さん、夜遅くまで仕事が入ってるから事務所には戻らないって言ってましたよぉ?」

 

「あたしの記憶では、ホワイトボードの予定はジュピターの三人も埋まってたよー」

 

 下手すると本人以上に良太郎さんの予定を把握しているまゆと、記憶力がいい志希。この二人が言うのだから、今日は事務所に言ってもアドバイスをくれる人はいないのだろう。

 

「ほら、ボーカルのことだったらカラオケでも出来るじゃん? これだけいるなら志保の気になってるところにアドバイス出来るかもしれないじゃん?」

 

「……はぁ、分かりました」

 

 小さく溜息を吐きながらも志保は了承してくれた。

 

「よぉし! それじゃあレッツゴー!」

 

「ごー!」

 

「ゴー!」

 

「全く……」

 

 拳を突き上げたアタシに乗ってくれたのはまゆと志希だけだったが、志保もさほど嫌そうな顔をしていなかった。

 

 ……思えば、765プロの合宿で初めて志保と会ったとき、アタシって志保から「私は、貴女と仲良くしたいと思っていません」とか言われたんだよねぇ……それが今では、こうしてカラオケに誘えばちゃんと来てくれるぐらいには仲良くなれて……。

 

「アタシゃ本当に嬉しいよぉ……!」

 

「うわっ!? 何っ!? いきなり恵美ちゃんが泣き始めたんだけどっ!?」

 

「はぁ、またですか恵美さん。最近はだいぶ落ち着いてきたと思ったのに……」

 

「ほら恵美ちゃん、ハンカチどうぞ。ティッシュも使う?」

 

「なんか二人とも手慣れてるんだけどっ!?」

 

 まゆからハンカチを受け取り、目元を拭う。

 

 そんなやり取りをしながら、アタシたちの足は駅前のカラオケボックスへ。このカラオケボックスはウチの事務所の人たちがよく行ってるため、店員さんがこちら側の事情に詳しい人たちばかり。アイドルたちばかりで行っても大きな騒ぎにならないので何度も利用させてもらっている。……改めて、一般人に対する良太郎さんのサインの効力というものを目の当たりにした一面だった。

 

「……ん?」

 

 そんな駅前の通りで、アタシの目に留まったのは駅前に大きく張り出された広告。それはとある化粧品メーカーの広告で、つい先日までは別の広告だったのを覚えているから、最近新しく張られた広告だと思うのだが……。

 

「……あれ? これって……美嘉ちゃん、ですよねぇ?」

 

「うん……」

 

 そこに大々的に写し出されていたのは、同じ学校の先輩にしてアイドルとしては同期のアタシの親友、城ヶ崎美嘉なのだが……。

 

「なんというか……今までとは随分と雰囲気が違いますねぇ」

 

 今までの美嘉はカリスマJKとして女子高生が憧れる存在で、化粧品でも女子高生向けのコスメとかそういった類の広告に写っているイメージが強く、実際そういうものばかりだった。

 

 しかし今回の美嘉の広告は、大人の女性向けの化粧品。今までのギャル然としたメイクや服装から、大人の落ち着いたそれにガラリと変わっている。彼女自身も若干キリッとした表情をしているような気もした。

 

「少し意外です。美嘉さんがこういう方向性で行くなんて……」

 

 美嘉のことを知っている志保も驚いた様子だ。

 

「んー? 結構似合ってると思うんだけど、みんな的には何か違うのー?」

 

「いや、違うってわけじゃないんだけど……」

 

 違うわけじゃないし、これはこれでアリだとも思う。けれどなんというか……。

 

 

 

「らしくない……かな?」

 

 

 

「え? ……美嘉!」

 

「やっほー」

 

 声をかけられて振り返ると、そこにはなんと美嘉本人の姿が。

 

「あれ、今日用事があって少し学校に残ってくって言ってなかった?」

 

「その用事が終わったの。そしたら123プロのみんなが揃ってアタシの広告見上げてるから、気になって。そっちの子は初めてだよね? どうも、城ヶ崎美嘉です」

 

「一ノ瀬志希でーす! よろしく美嘉ちゃん!」

 

 これが初対面になる美嘉と志希のやり取りを見つつ、先ほどの美嘉の言葉を反芻する。

 

「やっぱり美嘉自身も、この広告は『自分らしくない』って思ってるんだ」

 

「……まぁ、ちょっとはね」

 

 そう問いかけると、美嘉はアハハと苦笑しながら頬を掻き、自身が写し出された広告を見上げる。制服姿のギャルとしての美嘉が、広告の中の大人の雰囲気の美嘉を見上げていた。

 

「会社の方針でさ。『化粧品メーカーとのタイアップで、高級感溢れる大人路線で行く』んだって。……『結果を出せていない部署は本格的な整理が始まるんじゃないか』って、ウチの部署のプロデューサーたちが怖がっちゃって、断ろうにも断れなかったんだ」

 

「そんな! まるで今までの美嘉ちゃんが結果を出せていないみたいじゃないですかぁ!」

 

「ありがと、まゆ」

 

 プリプリと怒るまゆにお礼を言いつつ、美嘉は「でもしょうがないよ」と首を振った。

 

「アイドルは遊びじゃないし……我儘ばっかり言ってらんないっしょ」

 

「………………」

 

 少し寂しそうな目をした美嘉になんと声をかけるべきかと悩み……頭に浮かんだ言葉全てを、首を振って霧散させた。

 

「ねーねー美嘉! 今から時間ある!?」

 

「え? えっと……この後は、ちょっと事務所のスタジオ借りて自主練を……」

 

「今からみんなでカラオケ行くんだけどさ、美嘉も行こーよー!」

 

「はぁ!?」

 

「ほらほら~」

 

「ちょ、ちょっと恵美!?」

 

「……そうねぇ、美嘉ちゃんと一緒にカラオケは行ったことありませんし、ご一緒しませんかぁ?」

 

「まゆまで!?」

 

 アタシの考えを読み取ってくれたまゆと一緒に美嘉の腕にしがみつく。志保は「あまり無理強いはダメですよ」と言いつつもその行動自体を止めようとはしないし、志希はアタシたちをニコニコ笑って見ているだけで、二人とも美嘉が来ることに対して反対意見はなさそうだった。

 

「ほら気分転換ってことで……さ?」

 

「……はぁ……もー分かったよー。こうなったらトコトン歌ってやろーじゃん!」

 

「イエーイ! そうこなくっちゃ!」

 

 無事に美嘉が折れてくれたので、まゆと共に腕を組んだままカラオケへと向かう。

 

 

 

 

 

 

(はぁ……気ぃ使わせちゃったなぁ……)

 

 アタシの両腕を引く親友二人に、申し訳ない気持ちと一緒に感謝の気持ちも湧いてきた。

 

 しかし、アタシが気になっていることはそれだけではなかった。

 

 

 

 ――それと実は、城ヶ崎さんにユニットの話が来てまして……。

 

 

 

 なんでも、近々あの常務が直々にプロジェクトを立ち上げるらしく、そこの中核を成すユニットのメンバーにアタシが選ばれたらしいのだ。

 

 新しいユニットのメンバーに選ばれる。アイドルならば、これほど嬉しく楽しみな話はない。

 

 ……でも、今のアタシはそれに諸手を挙げて喜ぶことが出来なかった。

 

(……奈緒と加蓮は、今回の一連の騒動のせいでCDデビューが中止になった……)

 

 思い出すのは、最近アタシの部署に入って来た新人二人の姿。まだまだ新人だけど一生懸命頑張ってて、アタシもレッスンに付き合ってあげて、ようやくCDデビューが決まって……けれど、それは露と消えた。

 

(これじゃあまるで、アタシが二人のCDデビューを奪ったみたいじゃん……!)

 

 そんな直接的な話ではないと分かっている。それでも、そうとしか思えなかった。だからこの話も、断りたい。アタシの新ユニットの前に、奈緒と加蓮をデビューさせてほしい……!

 

 けれど、本当にそれを断ったとしたら……上の人間が望む結果を出せなかったとしたら……アタシの部署の奈緒と加蓮のデビューが、また大きく遠ざかってしまうことになる。

 

 アタシだけじゃない。今のアタシには、アタシの部署の未来すらかかっているんだ。

 

「………………」

 

「……ん? 美嘉?」

 

「美嘉ちゃん? どうかしましたかぁ?」

 

「……ううん、何でも。ほら、カラオケ行くんでしょ! 今のアタシ、思いっきり歌いたい気分!」

 

「おっ! ノッてきたねー!」

 

 

 

 ……恵美、まゆ……アンタたちだったら……良太郎さんだったら、どうするのかな……?

 

 

 

 

 

 

おまけ『新曲の感想』

 

 

 

所恵美『フローズン・ワード』

 

「カッコいい曲ですねぇ」

 

「ワールドじゃなくてワードだからねっ!」

 

「分かってますって……」

 

 

 

佐久間まゆ『マイ・スイート・ハネムーン』

 

「……なんというか、こう、そこはかとない怖さを感じるんですが……」

 

「ま、まゆらしい曲だよね」

 

「うふふ」

 

 

 

北沢志保『絵本』

 

「志保お゛お゛お゛ぉぉぉ! 志保も辛かったんだねえ゛え゛え゛ぇぇぇ!?」

 

「もう志保ちゃんは一人じゃありませんよぉ……!」

 

「恵美さんはともかく、まゆさんまで涙目にっ!?」

 

 

 




・ピアノの伴奏まで本人でする
後述するまゆの新曲、中の人がピアノ弾いてるってSSAで知ったゾ……。

・常務が直々にプロジェクトを立ち上げる
秒読み入りまーす。

・おまけ『新曲の感想』
それぞれ作者の感想のままです。

・「ワールドじゃなくてワードだからねっ!」
(前科一犯)

・「そこはかとない怖さを感じるんですが……」
最近まゆはだいぶマイルドになってきたと思ったけど、そんなこと無かったぜ!

・「志保も辛かったんだねえ゛え゛え゛ぇぇぇ!?」
志保も『お姫様』に憧れてたんやなって……。



 良太郎不在だからネタが少ないのはいつものこと。

 なんか意図せずシリアスになってしまった……主人公ー! 早く来てくれー! シリアスぶち壊してー!(必死)



『どうでもいい小話』

5thSSA振り返り公演楽しかった……アリーナからだと微妙に見えてなかったダンスがちゃんと観れて満足なんだけど。

 とりあえず復刻すいとーよ選手権でまこさんとアッサムが可愛かったからユッキとフレちゃんの恋仲○○特別編書いてきます(迫真)


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Lesson183 The adjective which fits me 2

まえがきショート劇場~恵美&良太郎~

「リョータローさんっ!? 千早さんが結婚するってネットニュースにっ!?」
「何だってっ!? ……って、アレ? なんか……いつもより胸が大きいような……?」

※ゼノグラシア版千早の中の人こと清水香里さん、ご結婚おめでとうございます。


 

 

 

「『シンデレラの舞踏会』を成功させるには、皆さんがステップアップすると同時に、知名度も上げなければなりません……そこで」

 

『……『とときら学園』……?』

 

 それはいつものシンデレラプロジェクトでのミーティングの最中、プロデューサーが机の上に置いた一部の企画書だった。

 

「学校の教室という設定のバラエティー番組です」

 

「えっ!? それじゃあ、アタシたちテレビに出れるの!?」

 

 驚く莉嘉の問いかけに、プロデューサーは「はい」と頷いた。

 

「週一のレギュラー番組です」

 

『おぉ……!』

 

 レギュラー番組という言葉に、プロジェクトメンバー全員が沸き立った。

 

 まさかいきなりテレビ出演が決まっただけでなく、それが週一のレギュラー番組というのだから驚くのも無理はない。かくいう私も、普通に驚いている。

 

「……でも、今の会社の状況でバラエティー番組の企画を通すの、大変だったんじゃないですか?」

 

 美波のその問いかけに対し、プロデューサーはいつもより表情を柔らかくして微笑んだ。

 

「……歌やダンスだけでなく、アイドルの個性を出せるバラエティー番組も大事だと思ったので」

 

「そうにゃ! やっぱりキャラ作りは大事にゃ! ねっ、菜々ちゃん!」

 

「だ、だからですね、みくちゃん? ナナのこれはキャラ作りしているわけじゃないと何度も……」

 

「うんうん! 歌やダンスだけじゃなくて、たまにはバラエティーってのもまたロック! だよね、なつきち!?」

 

「あーそうだな、だりーがそうならそうなんだろうな」

 

 それぞれみくと李衣菜に話を振られ、菜々は苦笑しつつその言葉を否定し、夏樹さんはギターの弦を弄りながら話半分に聞き流していた。

 

 今ではすっかりシンデレラプロジェクトの一員としてこの資料室に入り浸ることが多いこの二人。それぞれみくと李衣菜の二人が目標にしたり憧れにしたりしている二人なので、最近ではアスタリスクのやる気が目に見えて上昇していた。

 

 菜々と夏樹さんも何だかんだいって二人いる場面が多く、結果この四人が一緒にいることが多かった。

 

 李衣菜は夏樹さんともユニットを組みたいと思っているらしいし、こうなったらいっそ菜々さんも巻き込んで四人でユニットを組んでみてもいいんじゃないだろうか……という旨の話をニュージェネ内で話していたら、たまたまそれを耳にしていたらしいプロデューサーが足早にデスクへと向かっていった。

 

 ……え、もしかしたら本当に実現しちゃうとか言わないよね……?

 

 閑話休題。

 

「諸星さんには、十時愛梨さんと一緒に先生役として司会進行を」

 

「うんっ!」

 

「赤城さんと城ヶ崎さんには、生徒役として出てもらいます」

 

「「はいっ!」」

 

 プロデューサーの言葉に元気よく挨拶をする三人。どうやら今回の番組企画は、凸レーションの三人が参加することになるようだ。

 

「にょわー! かわうぃー子が一杯だにぃ!」

 

 机の上に置かれていた資料を捲っていたきらりがそんな感嘆の声を上げる。

 

 気になったので数人で後ろから手元の資料を覗き込むと、そこには今回の番組企画に参加する予定のアイドルたちが顔写真付きで載っていた。

 

 どうやらそのページは生徒役として参加するアイドルたちのプロフィールを簡単にまとめたものらしく、みりあと莉嘉は勿論、これまた最近この資料室によく顔を出す仁奈も載っている。他にも八人のアイドルが生徒役として参加するらしい。

 

「この企画の為に各部署にお願いして集まっていただいたキッズアイドルの皆さんです」

 

 年齢を見ると、下は九歳で上は十二歳。莉嘉を除いた全員が小学生という、まさしく年少組と言って過言でない面々だった。

 

「……今の状況をよく思っていないのは、私たちだけではありません。気持ちを同じくする、他の部署とも連携していくことが、必要だと考えてのことです」

 

「この企画で成果を出せれば、『シンデレラの舞踏会』への大きな一歩となるはずです」

 

「……くぅ~! そう聞くとなんか燃えてきたー!」

 

「って、未央が出るわけじゃないでしょ」

 

「いやまぁ、それはそうなんだけど……ほら、未央ちゃんの溢れ出る若々しさなら、キッズアイドルに混ざっても違和感なくない?」

 

「はっ」

 

「鼻で笑われた!? もうちょっとしっかりとしたツッコミが欲しいんだけど!?」

 

 ともあれ、まだ常務に対して受動的なままだった私たちシンデレラプロジェクトが、ついに能動的に動くときが来たということだ。

 

「ジュラーユ・ウダーチ、頑張ってください」

 

「まっかせてー!」

 

「うんっ!」

 

「アタシのセクシーな魅力で、お茶の間のみんなをノックアウトしてやるんだから!」

 

「今こそ! 漆黒の翼をはためかせ、天上の輝きを目指す時!」

 

『おーっ!』

 

 話している内容はさっぱりなものの最近ではある程度のニュアンスが分かって来た蘭子の言葉に、全員で拳を突き上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

「へぇ、346プロのキッズアイドルによるレギュラー番組ねぇ」

 

「そーなんスよー。ウチのメンバーの佐々木(ささき)千枝(ちえ)ちゃんも出演者の一人に選ばれたみたいで、すっげー嬉しそうに話してくれたんス」

 

 トーク番組に出演するためにやって来たテレビ局の廊下で出くわした荒木(あらき)比奈(ひな)からそんな面白そうな話を聞くことが出来た。

 

 ボサッとした髪に地味な眼鏡をかけ、テレビ局の廊下だというのに上下緑色のジャージに身を包んだ、ハッキリ言って女子力の欠片もなさそうな彼女であるが、なんと彼女も346プロに所属するアイドル。しかもあの川島さんも所属するユニット『ブルーナポレオン』のメンバーなのだ。

 

「話は変わりますが先生、進捗どうですか?」

 

「……ふ、冬には間に合うから大丈夫っス」

 

「あと一ヶ月ないけど」

 

「現実世界の時系列を持ち出さないで欲しいっス! こっちはまだ九月だからセーフ! これから本気を出せば新刊の一本や二本余裕っスから!」

 

「そう言いつつ十二月を迎えるんですね、分かります」

 

「ヤーメーテー!?」

 

 そんな彼女だが、実は自分で漫画も描いたりする根っからのオタク。故に趣味が合い、年齢も同い年ということでこうして割と気兼ねなく話すことが出来るアイドルの一人だったりする。

 

 初めは一応トップアイドルの先輩ということで敬語を使っていた比奈だが、顔を会わせる度にする話題がサブカル関連ばかりなので大分気さくに接してくれるようになった。いや、そりゃ親しさで言えば友紀や茄子に軍配が上がるんだけど……あの二人はこちら側の分類的にはカタギの人間だからね。

 

 ちなみに、彼女に高校時代の学ランリーゼント熱血不良の話をしたら思いの外食い付き、後に彼女のアイドル兼漫画家というトンでも人生の幕開けとなるデビュー作が誕生するのだが……まぁ、数年後のお話である。

 

「原稿の進み具合の話は置いておいて……私は今から収録前に千枝ちゃんの様子を見に行くつもりなんスけど……良太郎君はどーします?」

 

「そんな面白そうな話を、俺がスルーするとでも?」

 

「そーっスよねー」

 

 そんなわけで、俺と比奈は収録前の空き時間を利用して収録を見学にそのスタジオへと向かっていた。

 

「えっと、『とときら学園』だっけ?」

 

「そうっス。愛梨ちゃんときらりちゃんの二人が先生役として司会進行をするから、十時ときらりで()()()()みたいっスね」

 

 何でもこの番組、武内さんが企画を進めたものらしいので、先生役のきらりちゃんの他にもみりあちゃんと莉嘉ちゃん、更には最近資料室でよく見かける仁奈ちゃんも生徒役として参加するらしい。それだけでも十分俺が見に行く理由になる。

 

 それにしても愛梨ちゃんときらりちゃんか……色々な意味でビッグサイズな二人だなぁ。

 

 そして愛梨ちゃんが先生役とかもう色々とアレな想像しか出来ない。

 

「タイトスカート……ストッキング……ガーターベルト……」

 

「いや、ここはあえてボディラインを出さないゆったりとした服装っていうのはどうっスかね?」

 

「なるほど……中学高校の先生ではなく、小学校の新人教師というコンセプトか」

 

「さっすが、良太郎君は分かってくれるっスね!」

 

 完全に会話のノリが男子高校生のそれだが、逆にこういう与太話に付き合ってくれるアイドルは希少なので嬉しい。冬馬は話が分かる癖に乗っかってこないし。

 

 それじゃあきらりちゃんはどんな格好が似合うのかという話題に発展し、普段通りのファンシーポップ派の比奈と意外なところでパンツスーツ派の俺で白熱した議論を交わしている間に収録スタジオに辿り着いた。

 

 どうやらスタジオではリハが始まっているらしいので、スタッフさんに『例の許可証』を提示することでこっそりと中に入れてもらうことが出来た。

 

「それが噂の『周藤良太郎専用関係者立ち入り許可証』っスか……本当に使えるんスね……」

 

「正直俺も驚いてる」

 

 まさか本当に事務所以外の関係者スペースに入ることが出来るとは……。

 

 流石に収録中のアイドルたちを驚かせるわけにはいかないので、姿が見つからないようにこっそりと物陰からみんなを観察することにした。

 

 そこには制服を身に纏い、先生役の愛梨ちゃんときらりちゃんと共に番組収録に励むキッズアイドルたちの姿があったのだが……。

 

「……あの、比奈さんや?」

 

「……なんスか?」

 

「……みんなはとときら学園の生徒役……なんだよね?」

 

「……私はそう聞いてたっス」

 

 一度目を閉じ、グニグニと目頭を揉んでから再び目を開ける。

 

 

 

「……()()()()は寧ろ園児役なのでは……?」

 

 

 

 最近落ちてきている俺の視力であるが、それでもキッズアイドルのみんなが水色のチャイルドスモックを着て体育座りをしているのは見間違いではなかったようだ。しかもご丁寧に黄色い通園カバンまで下げている。

 

「その、大人の事情って奴っスかね……?」

 

「大人の事情(意味深)にしか見えない……」

 

 いやまぁ、生っすかでスモックを着てイメクラにしか見えなかったあずささんに比べればまだマシなのかもしれないけど……。

 

 もし本当に不健全な理由であるのならば、ちょっとお兄さんも色々と考えないといけないので、明らかに気まずそうに目を逸らし続けているスタッフを捕まえて事情聴取。

 

 そこで聞くことが出来た話をまとめると『この番組に対して予算が多く降りてこず』『全員分の衣装を作る予算が足りず』『仕方がないので以前白紙化した企画の衣装を流用した』とのことだ。

 

 しかも武内さんが現在所用により不在。そちらに話を通さずに現場の判断で変更することになった……と。

 

「……まぁ、いきなり何の実績もない番組に対して資金が降りないのは当然と言えば当然か……」

 

 とりあえず不健全な理由ではないようなので、この件に関して俺が出る幕はなさそうだ。

 

 ただまぁ、一つ気になる点があるとすれば……。

 

 

 

「じょ、城ヶ崎莉嘉でーす……」

 

「……ん~もう一回! もっと笑顔で!」

 

 

 

 先ほどから引き攣った笑みで何度もリテイクを貰ってしまっている莉嘉ちゃん、だろう。

 

 

 




・『とときら学園』
生っすかに続く劇中番組になるのかと思いきや……どうしてあんなことに……。

・四人でユニットを組んでみてもいいんじゃないだろうか
この世界では、凛ちゃんの発言がきっかけになっております。

・他にも八人のアイドルが生徒役
訓練されたPならば、実はアニメのメンバーから二人追加されていることにお気づきだろう。さーて誰が追加されるのかなー。

・佐々木千枝
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。クール。
基本的にパッション色が強い年少組の中で大人しめのクールな11歳。
え? 他にもクールな橘さんがいる? いやだってパッションタチバナだし……。

・荒木比奈
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。クール。
実は二十歳組の一人だったりしたオタク系アイドル。
本当はここで登場させるつもりはなかったのだが、良太郎と一緒に行動できそうなアイドルを探した結果抜擢された。
まぁイベントで歌も貰えた記念ということで。

・高校時代の学ランリーゼント熱血不良の話
ダイヤモンドは砕けない。

・スモックの理由
色んなところの考察を参考にさせてもらいました。まぁ性癖じゃないとしたら、これが妥当だろうなぁ。



 全く想定していなかったところで比奈てんてーが登場と相成りましたが、これでようやく良太郎のネタのテンションに付いてこれるキャラが参加です。四年経ってようやくとか……。

 次回はふつーに続きます。



『どうでもいい小話』1

 最近多いですが、限定ちゃんみおお迎え記念短編をツイッターに挙げましたので、よろしければそちらもよろしくお願いします。



『どうでもいい小話』2

 ミリマスで正真正銘最後のイベントが始まったみたいですね。

 ……そっかぁ……みんな、アイドルは仮初の姿だったのかぁ(遠い目)


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Lesson184 The adjective which fits me 3

ついに良太郎の変装を見破るアイドルが現れる……!


 

 

 

「それで、どうするんスか?」

 

「女装経験のある俺でも流石のチャイルドスモックは年齢的に問題があるから、あそこに混ざるのは無理かな」

 

「いや、問題は絶対に年齢だけじゃないと思うんスけど……ちょっと待ってその女装経験ってところをもう少し詳しく」

 

「別にメイド服とか着てないよ?」

 

「着たんスか!?」

 

「うっすらお化粧もしてカツラも被った状態で接客とかしてないよ?」

 

「しかも人前に出たんスか!? うわ何それホント詳しく教えてください写真とかあったら見せてくださいお願いします!」

 

 別に恥ずかしがるようなことでもないので、スマホに保存しておいた以前女装した時の記念写真(フィアッセさんとなのはちゃんのスリーショット)を比奈に見せる。

 

 一人「うっひゃーっ!」とテンションが上がっている比奈はさておいて、そろそろみりあちゃんたちのリハーサルが終わりそうだ。というか終わった。

 

「……あれっ!? りょうお兄ちゃん!?」

 

 ぞろぞろと楽屋に引き上げていく出演者たちの中から、俺の姿を見つけたみりあちゃんがこちらに駆け寄って来た。スッと右手を挙げ、タタッと勢いをつけて飛び上がったみりあちゃんとハイタッチをする。

 

「や、みりあちゃん。お仕事頑張ってるみたいだね。聞いたよ、レギュラー番組なんだって?」

 

「うんっ! リハーサルだけど、みりあ頑張ってたよ!」

 

「見てた見てた。みりあちゃんならもっと頑張れるから、応援してる」

 

「えへへ……!」

 

 ポンポンと頭を撫でると、みりあちゃんはほにゃりと顔を綻ばせた。

 

 あぁ……最近ツンツン系妹キャラの凛ちゃんとのやり取りが多かったから、みりあちゃんみたいな正統派な妹キャラの反応が五臓六腑に染み渡る……!

 

「あれ~? 良太郎さんじゃないですかぁ?」

 

「にょわっ!? りょーたろーさんっ!?」

 

「なんで良太郎さんが!?」

 

 一方で既に何度も顔を合わせており認識阻害の効果がない愛梨ちゃん、きらりちゃん、莉嘉ちゃんも俺に気付いて驚きの声を上げる。

 

「え、えっと……?」

 

「そ、そちらの方は……?」

 

 そんなやり取りを見ていた他の共演者の子たちが、俺のことを訝し気な目で見ていた。一応テレビ局内でも変装状態を維持していることが多いので、これが初対面となる子たちには俺のことが分からなくて当然だろう。

 

 しみじみと「こういうやり取りも久しぶりだなぁ」と感じつつ、帽子と眼鏡を――。

 

 

 

「……すどぉー……りょーたろぉー……?」

 

「……へ?」

 

 

 

 ――外そうとした手が、後ろから聞こえてきた声に思わず止まってしまった。

 

 振り返ると、そこには先ほどみりあちゃんたちと一緒に収録に参加していた白髪碧眼の少女が、ジッと俺のことを見上げていた。

 

「すっごーい! こずえちゃん、りょうお兄ちゃんのこと分かったの!?」

 

「マジか……!」

 

 アイドルになってもう六年になる俺だが、初対面の人間に身バレしたのはこれが初めてである。普通にショックというか、衝撃が強い。

 

「ねーねー! どうして分かったの!?」

 

 みりあちゃんに『こずえちゃん』と呼ばれた少女は、その問いかけに対して「んー……?」と首を傾げた。

 

「……あのねー……こうねー……カタカターってやってる人が……頭の中で教えてくれたー……」

 

 この子、俺のナンチャッテ電波じゃなくてマジモン電波受信できる子だ……!

 

「うわ、凄いっスね、こずえちゃん……まさか良太郎君の変装を一発で見破るなんて」

 

 俺の認識阻害について知っている比奈も素直に驚き感心していた。

 

「まさかこの子、妖精とかじゃないよな……?」

 

「まぁ確かに不思議な雰囲気な子ではありますけど、ちゃんと人の子ですって」

 

「346の事務所には眼鏡の妖精とかいたし、いてもおかしくないかなって」

 

「……スンマセン、それも多分ウチのユニットメンバーっス……」

 

 意外なところで意外な正体が判明したところで、他の共演者の子たちもこずえちゃんの言葉の意味を理解し始めたようだった。

 

「……す、すどうりょうたろうって……!?」

 

「そ、それって……!?」

 

 今度こそ自分で正体を明かすために、改めて帽子と眼鏡を外すのだった。

 

 

 

「それじゃあ、みんなぁ? 良太郎さんにご挨拶しましょうねぇ?」

 

『はーいっ!』

 

 一通りいつものやり取りを終えた後、先ほどのリハーサルのときのように先生……というか保母さんよろしく、愛梨ちゃんがそう言うと、これまた生徒役というか園児役のように出演者の子たちが元気よく返事をした。

 

「はいっ! 仁奈は市原仁奈でごぜーます!」

 

 真っ先に名乗り上げたのは仁奈ちゃんだった。いつも着ぐるみかそれに近い恰好でいることが多い彼女が、こうしてスモックとはいえ普通に服を着ているところを見るのは結構新鮮で、なんというか……このメンバーの中でもトップクラスに似合っていた。

 

「仁奈ちゃんは、最近シンデレラプロジェクトで会うからお友達だもんねー」

 

「はいでごぜーます!」

 

 パチンと両手でハイタッチをする。

 

古賀(こが)小春(こはる)です~。今日はヒョウくんはお留守番なんですけど、また今度一緒にご挨拶させていただきますね~」

 

 次はちょっとはねた茶髪にカチューシャを付けた少女だった。喋り方が間延びしてぽわぽわしている子で、ちょっと誰かを彷彿とさせた。

 

「うん、よろしく。……ヒョウくん?」

 

「はい~。いつもは私の肩に乗ってるんですけど……とっても可愛いコなんですよ~」

 

 へぇ……ペットの犬か猫とか、そういうのかな? 意外なところでオウムとか……。ペットを連れているアイドルなら、響ちゃんとかと話が合いそうだなぁ。

 

「……佐城(さじょう)……雪美(ゆきみ)……」

 

 次は少しポツリポツリと声の小さい黒髪の女の子。大人しくて引っ込み思案……というよりは、単純に言葉が少なめな寡黙な子ってところだろう。

 

 一つ気になるのは、頭に乗ってる黒い猫耳である。もしや、みくちゃんのアイデンティティー奪うために送り込まれた、アイドルとしての刺客……!?

 

「……ペロの……付けた……」

 

「へぇ、ペロっていう名前の黒猫を飼ってて、その子みたいな猫耳が小道具にあったから付けてみたんだね」

 

「なんスかその行間を読み取る能力は!?」

 

 何やら比奈が驚愕していたが気にしない。

 

「……遊佐(ゆさ)……こずえ~……」

 

 次は先ほどの不思議な少女だった。真っ白でふわふわした髪に、眠そうに半分閉じられた碧眼。

 

「………………ふわぁ~」

 

 数秒ほどジッと俺の目を見つめ続けた後、唐突にフラフラっと何処かへ行ってしまい、慌ててきらりちゃんが「何処行くの~!?」と追いかけていった。本当に行動と考えが読めない……雪美ちゃんでは出来たそれが出来そうになかった。……やはり妖精か何かでは……。

 

「はーい! あたしは横山(よこやま)千佳(ちか)でーす!」

 

 次は明るい茶髪をツインテールにした少女。第一印象は星梨花ちゃんをもっと幼く天真爛漫にしたようなイメージである。

 

「あたし、ニチアサの魔法少女が好きなんだけど、それと一緒にたまに覆面ライダーも見てたの!」

 

「おっ、そうなの? じゃあもしかして」

 

「うんっ! あたしの中ではりょうたろうさんは、覆面ライダーの人! えへへ、光ちゃんに自慢しちゃおーっと!」

 

 多分年齢的に考えると、彼女にとって一番最初の覆面ライダーが俺の初出演作となる『覆面ライダー竜』なのだろう。こうして周藤良太郎=アイドルとして知られている中で、あえて周藤良太郎=覆面ライダーという認識をされるのは結構嬉しい。

 

「御機嫌よう、良太郎さん。わたくしは櫻井(さくらい)桃華(ももか)ですの。以後お見知りおきを」

 

 次はふわふわした金髪のボブカットの少女。口調といい仕草といい、多分いいところのお嬢様。口調に関しては月村という例外がいるため一概にはそうと言えないかもしれないが、少なくとも千鶴のようにナンチャッテセレブとはわけが違うだろう。

 

「これはご丁寧に」

 

「お噂はかねがね、伊織さんから伺っておりますわ」

 

「あ、伊織ちゃんと知り合いなんだ」

 

 多分企業とか財閥とかのパーティーで知り合ったとか、そういう感じだろう。

 

「はい。……その……とても愉快な方と」

 

 若干言葉を濁した辺り、多分俺に対して辛辣な内容しか聞いてないんだろうなぁ……ただまぁ、逆に話題に挙げてくれるぐらいには意識されているとポジティブに考えよう。

 

「さ、佐々木千枝です……」

 

 次は黒髪のショートカットで、少し恥ずかしそうにモジモジとしている大人しそうな子だった……というか、そうかこの子か。

 

「さっき話した私のユニットメンバーっスよー」

 

「は、はい、比奈さんとは一緒にお仕事をさせてもらってます」

 

 それを聞いたときから一つだけ不安だったことがあるんだけど。

 

「大丈夫? 比奈から何か変なこと教えられてない?」

 

「へ、変なことですか?」

 

「ちょっと!? それは良太郎君にだけは言われたくないっスよ!?」

 

「攻めとか受けとか教わってない?」

 

「う、受けが何かはよく分からないですけど、『攻めの反対は?』って聞かれたら『守り』って答えないとダメだとは教わりました!」

 

「………………」

 

「……け、健全な知識っスよ?」

 

 不健全であることが前提の知識だけどな。

 

「はい! 龍崎(りゅうざき)(かおる)です!」

 

 次に手を上げたのは、仁奈ちゃんよりも少し濃い茶髪のショートカットの少女。少々ボーイッシュな感じで、ひまわりを彷彿とさせる明るさを感じた。

 

「ねぇねぇ! 良太郎さんって凄いアイドルなんだよね! 何か凄いこと見せてー!」

 

 おっと子供特有の無邪気な無茶ぶりが飛んできたぞ。

 

「か、薫ちゃん! いきなりそれは……あっ!? ご、ごめんなさい、え、えっと、福山(ふくやま)(まい)です。よろしくお願いします」

 

 ペコリと頭を下げたのは、ウェーブがかった黒髪をポニーテールにした少女。元気がよさそうな雰囲気を醸し出す年少組の出演者の中でも、しっかりとしている子という印象だ。

 

「いいよいいよ、別に。……んー凄いことか……」

 

 こういうのでいいのかなーっと思いつつ、帽子と眼鏡を比奈に預ける。

 

「……すぅ」

 

 軽く息を吸ってから、()()()『Re:birthday』のサビを振付込みで披露した。いや、いつもこれを披露するときは全力なのだが。

 

 もはや俺のアイドル人生の代名詞と言っても過言ではないこの曲は、既に数えきれないぐらい披露してきた故に、いつ如何なるときでも全力で披露できるぐらいには身体に馴染んでいる。

 

 それは以前楽屋で仮眠していたところに忍び込んできた双海姉妹がイタズラで「周藤さん、本番どうぞ!」と言われた途端、思わず飛び起きて寝起きの状態で全力の『Re:birthday』を披露することが出来たことで、図らずも証明されてしまった。ちなみに双海姉妹はその後りっちゃんに頼んでコッテリ絞ってもらった。

 

 

 

「……どうかな、こんなもんで」

 

 ワンフレーズを披露し終え、みんなの反応を窺う。やっぱりこう「わーすごーい!」「良太郎さんは歌とダンスが得意なフレンズなんだねー!」みたいな反応をしてくれるとお兄さん凄く喜ぶんだけど。

 

『………………』

 

「あら?」

 

 何故か反応がない。いや、きらりちゃん、愛梨ちゃん、比奈の三人はパチパチと拍手をしてくれているのだが、反応がない他の子たちに対して俺と同じように訝しんでいる。

 

 何だろうか、何か失敗でも……と少し不安に思ったその時である。

 

 

 

『……っ!』

 

 全員、一斉に泣き出してしまった。

 

 

 

「「「「……えっ!?」」」」

 

 声を上げて泣く子。ボロボロと涙を流す子。程度の差はあれど、みんながみんな大粒の涙を流していた。唯一こずえちゃんだけが変わらずにぽーっとしていた。

 

「な、何事っ!?」

 

「にょわぁ!? りょーたろーさん何したのぉー!?」

 

「み、みんな、どうしたのぉ~!?」

 

「た、多分この年頃の子たちは感受性が豊かっスから、良太郎君の全力のパフォーマンスを生で見たせいで当てられちゃったんじゃないっスかね!?」

 

「何ソレ俺も初耳なんだけどっ!?」

 

 まさか自分の歌とダンスにそんな効果があるなんて露程も思っていなかった。

 

 

 

 この後、全員を宥めるために非常に苦労したということだけ書き残しておこう。

 

 

 




・女装経験
Lesson39参照。そろそろもう一回やらせてもいいかもしれない。

・良太郎初身バレ
相手は妖精だからね、仕方ないね。

・古賀小春
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。キュート。
イグアナのヒョウくんとセットで数えられることが多い12歳。
結構ぽわぽわ系天然キャラだったりするのだが、如何せんヒョウくんの存在が強すぎる。ただU149だと今のところヒョウくんがいないらしいが……?

・佐城雪美
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。クール。
三点リーダー多様系猫属性寡黙少女な10歳。
こちらは千枝ちゃんとはまた別ベクトルな正統派クールキャラ。
……だから橘さんは(ry

・遊佐こずえ
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。キュート。
妖精型人外疑惑系不思議少女な11歳。正直これでこのメンバーでも年上の方っていうのがちょっと信じられない……。
ついに良太郎の変装を見破ってしまった彼女。まぁ妖精だからね、仕方ないね。

・横山千佳
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。キュート。
デレマス最年少9歳組の魔法少女系キュート娘。
本当は魔法少女関係に話を膨らませたかったけど、今回は割愛。
全く関係ないが『魔法聖女(しょうじょ)タラスク☆マルタ』とか思い付いたが、魔法(物理)にしかならないので没に。

・光ちゃん
もうしばらく先になりそうですが『黄色の短編集その2』に登場予定。

・櫻井桃華
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。キュート。
超正統派お嬢様(年少枠)な12歳。シャアはこない。
全く余談だが作者的に年下組最推しがちゃま。年少組で恋仲○○を書くとしたら、間違いなく一番手は彼女(流石に成長させるけど)

・『攻めの反対は?』
ただ、別に受けでも問題はないとも聞いた。結局受け取る側の問題なんやなって。

・龍崎薫
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。パッション。
デレマス最年少9歳組の超元気パッション娘。
実は料理が趣味という割と意外な面を持っているということに気付き作者驚愕。

・福山舞
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。キュート。
年少組キュート組の優等生枠な10歳。
名前が名前なので、一時期では彼女の過去の姿なのではとか言われたとかなんとか。
……これがああなったとしたら、それはもう絶望でしかないですけど……。

・いつ如何なるときでも全力で披露
多分寝起きドッキリとかされても、一瞬で覚醒して対応できる。
そうでなきゃ、高町家主催の山籠もりに耐えられないという……。

・「わーすごーい!」
・「良太郎さんは歌とダンスが得意なフレンズなんだねー!」
二期が始まったことで逆に衰退するなんてことにならないことを祈ろう。

・一同号泣
とりあえず理由としては比奈が言った通り。
あれこれ考察したりせずにただ純粋に見たまま聞いたままのものに影響されるため、トップアイドルオーラ全開の良太郎に圧倒されて泣いてしまった。



 泣ーかしたー泣ーかしたー(小並感)

 良太郎のパフォーマンスの意外な特性が明らかになりましたが、今後活かされるかどうかは未定。ノリと勢いって怖い……。

 年少組の自己紹介だけで終わってしまいましたが、開き直って五話まで続けるのでモーマンタイ。そうすれば年明け一発目を番外編に出来るしね!

 というわけで、次話はちゃんと話が進みます。


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Lesson185 The adjective which fits me 4

この小説の特徴は『オリ主がいる』っていうだけじゃないってことですよ。


 

 

 

『良太郎さん、なんか「周藤良太郎が346プロの小さい子たちを泣かせた」っていう旨の話を小耳に挟んだんだけど』

 

「ちゃうねんて」

 

 年少組が突然泣き出すという今までに経験したことがないぐらい混沌とした状況を比奈・きらりちゃん・愛梨ちゃんの三人で何とか治めることに成功したのだが、次の日俺にかかってきたのはとても冷たい声の凛ちゃんからの電話だった。

 

 とりあえずこのままでは俺が『小さい女の子を泣かせて喜ぶオニチク野郎』みたいになってしまうので、事のあらましをザックリと説明する。

 

『……成程、一応事情は分かったよ』

 

「分かってくれて何よりだよ……」

 

 はぁっと溜息を一つ。

 

『確かに、小さい頃に見た良太郎さんの歌とダンスって、ちょっと怖かった気がする』

 

「え、そうなの?」

 

『うん。でも怖いって言っても、ホラー映画とかそういう類の怖さじゃなくて……そうだね、怪獣映画で街がドンドン破壊されていくときの怖さって感じ。圧倒的な存在が目の前にいるっていうことに対する威圧感っていうのかな』

 

「マジか」

 

 そんなゴジラみたいな扱いだったとは……。

 

『それだけの迫力があるってこと。怖くて泣きそうになるけど、それでも目を離せなくなる……そんな魅力があるんだよ』

 

「俺が目指した『目の前で泣いている女の子を笑顔にすることが出来るアイドル』とは……」

 

 これでもそんな目標を掲げてアイドルをやっている身としてはかなり堪える事実だが、一応褒められてると前向きに捉えることにしよう。

 

 ついでに、そんなアレを目の当たりにして無邪気に笑ったなのはちゃんは一体……。

 

「それで、そのときは色々と大変で話せなかったんだけど……莉嘉ちゃんたちの様子はどう?」

 

『莉嘉たち?』

 

「うん。昨日の番組収録のリハに参加した子たち」

 

『んっと……きらりと仁奈はいつも通りだよ。みりあも普通。莉嘉だけ昨日のことをちょっとだけ気にしてるみたい』

 

「……俺のことじゃないよね?」

 

『そっちじゃないから安心して。昨日の番組収録のことについて聞こうとすると「大丈夫」って言いながらちょっとだけ無理してる気がするんだ』

 

「そうか……」

 

 リハを覗いてて思ったのが、自己紹介の挨拶で何度もリテイクを貰ってしまっていた莉嘉ちゃん。多分だけど、あれだけ姉の美嘉ちゃんに憧れてカリスマJKを目指している彼女のことだから、流石にあのスモックは嫌だったんじゃないかなぁと思った。

 

『……また良太郎さん特有のお世話焼き?』

 

「特有ってわけでもないし、その言い方に若干引っかかるものがあるけど……まぁ、気になるしね」

 

 少しお節介かもしれないが……それがきっと()()()()()()()()だろう。

 

 

 

 

 

 

「……はぁ……」

 

 昨日のことを思い出し、事務所に向かう途中でアタシは思わず溜息を吐いてしまった。

 

 それは良太郎さんの歌とダンス……じゃなくて。いや、勿論良太郎さんが怖かったというのは間違いないのだけど。

 

 今までテレビで何度も見てきた良太郎さんのパフォーマンスを目の前で見るとあそこまで迫力があるとは思ってもみなかった。思わず泣いてしまったのが今思い返してみても恥ずかしいし、良太郎さんに対して少し失礼なことをしてしまったと少しだけ後悔している。また会えたら謝らないと……。

 

 しかし、今気になっているのは番組収録の事……そしてお姉ちゃんのことだ。

 

 昨日のアレはアタシが考えていたものとは全く違うものだった。というか、一体誰がスモックを着るなんて想像が出来るのだろうか。子どもっぽいという以前の問題だ。

 

 ハッキリとアタシの思いを口にするならば、あんな衣装着たくない。アタシはもっと大人の女性に見られたい……あんなのじゃ、みんなにガキっぽいと馬鹿にされちゃう。

 

 ……そう、思っていた。

 

 

 

 ――アタシ、お姉ちゃんみたいになりたいんだもん!

 

 ――だから絶対にイヤ!

 

 ――着るんだったら、今お姉ちゃんがやってる大人っぽいのがいい!

 

 

 

 ――……だったら、やめちゃいな、アイドルなんて。

 

 ――好きな服着たいだけだったら、アイドルでなくてもいいでしょ。

 

 ――遊び半分じゃ、真面目にやってる他の子の迷惑になるから。

 

 

 

「………………」

 

 ……アタシだって、好きな服が着たいからアイドルになったわけじゃない。でも、だからって、お姉ちゃんみたいになりたくてアイドルになったのに、お姉ちゃんみたいになれなくて……それでアイドルやめっちゃったら、やっぱりお姉ちゃんみたいになれなくて……。

 

 そんな風にグルグルと色んなことを考えながら歩いていると、当然前なんて見えてなくて。

 

「きゃっ!?」

 

 前から歩いてきた男の人にぶつかってしまった。

 

「ってーな、何処見てんだよっ!?」

 

「ご、ごめっ……!?」

 

「あぁっ!?」

 

「っ……!?」

 

 謝ろうとした言葉は、男の人の迫力に負けてアタシの喉から出てこなかった。

 

「んだよ謝ることも出来ねーのかっクソガキ!」

 

「………………」

 

 怒鳴ってくる男の人が怖くて、怖くて、声が出なくて、謝ることすら出来なくて……。

 

(……お、お姉ちゃんっ……!)

 

 

 

 

 

 

「……莉嘉?」

 

 自主レッスンの休憩中、事務所の渡り廊下でコーヒーを飲んでいたら、不意に莉嘉の声が聞こえてきたような気がした。

 

「……気のせいか」

 

 昨日少し八つ当たり気味に言いすぎてしまったから、その罪悪感に莉嘉の声を空耳してしまうなんて……。

 

「……はぁ……」

 

 自己嫌悪に思わず溜息を吐いてしまう。

 

『好きな服を着たいだけだったら、アイドルじゃなくてもいい』

 

 莉嘉に対して言ったその言葉は、アタシ自身に対する言葉でもあった。

 

 大人向け化粧品メーカーとのタイアップにより、最近の撮影はそういう落ち着いた雰囲気の衣装とポーズばかり。今までアタシがアイドルとしてやってきたそれらとは全く別のものだった。

 

 それの評価がよろしくないようであれば、また話は変わっていたのかもしれない。しかし世間の評価は悪くなかった。先日街中ですれ違った子たちが言っていたように『ちょっと遠い存在になっちゃった』という声もあったが、莉嘉のように『大人っぽい雰囲気もいい!』という声もあった。

 

 ……でも、それは『アタシが着たい服』じゃなくて『アタシが目指したいアイドル』でもなかった。

 

「………………」

 

 

 

「……どうかしたか、城ヶ崎美嘉」

 

 

 

「っ!?」

 

 ボーッと紙コップのコーヒーの表面を眺めていたところに声をかけられ、思わず身体がビクリと跳ね上がる。

 

「自主練の休憩中といったところか」

 

「じょ、常務……!」

 

 声をかけてきた人物が常務だと気付き、慌てて「おはようございます」と頭を下げる。彼女が今のアタシの悩みの元凶だったとしても、この会社のトップであることには変わりないので、最低限の礼儀は当然だった。

 

「楽にしてくれ。……ところで、ユニットの話は考えてくれたか?」

 

「っ……!」

 

 思わず息を呑んでしまった。

 

 それはつい先日、ウチの部署のプロデューサーたちから聞いた話。常務が立ち上げる新プロジェクトの、中核を成すユニットのメンバーに、アタシが選ばれた。

 

 それは、奈緒や加蓮たちのCDデビューの間接的に奪ってしまったことになり……常務に対抗しようとしている莉嘉たちシンデレラプロジェクトに対しても敵対するということにもなる。

 

 

 

 ――お断りさせていただきます!

 

 ――アタシはアタシのやりたいようにアイドルをさせてもらいます!

 

 

 

 そう、言い切ることが出来たらどれほど楽だっただろうか。

 

「……もう少し、考えさせてもらいないでしょうか……」

 

 今のアタシには、そう返すことが精一杯だった。

 

「……いいだろう。いい返事を聞かせてもらえることを待っているよ」

 

 そう言い残して、常務は去っていった。

 

 後に残されたのは、既に冷めたコーヒーを片手にその場に立ち尽くすアタシ一人。

 

「………………」

 

 前に進むのか。後に下がるのか。

 

 

 

 立ち止まっていられる時間は、残されていない。

 

 

 

 

 

 

「おいアンタ」

 

 

 

「――え?」

 

 俯いていた顔を上げる。

 

 そこには、マスケット帽を被りサングラスをかけた男の人が立っていた。

 

「そんな小さな女の子捕まえて怒鳴り散らして、恥ずかしくねーのかよ」

 

「あん? んだてめぇ、正義の味方気取り――」

 

 ビュッ!

 

「――か……!?」

 

 それは、瞬きをしている間に起こった一瞬の出来事。いつの間にか近付いてきていたサングラスの男の人の足の裏が、アタシに怒鳴っていた男の人の鼻先で止まっていた。その足を振り上げた姿がとてもカッコよくて思わず見とれてしまい、それが蹴りだったということに気付くのが遅れてしまった。

 

「……次は当てる」

 

「……は、はひぃ!?」

 

 サングラスの男の人がそう言うと、アタシを怒鳴っていた男の人はそんな情けない声を上げながら走って行ってしまった。

 

「ったく……大丈夫か?」

 

「……あ、は、はい……」

 

「災難だったな。でも、前はちゃんと見て歩けよ?」

 

「は、はい! 助けてくれてありがとうございました!」

 

 先ほどはどれだけ頑張っても喉から出てこなかった声が、ようやく出てきてくれた。

 

「……って、あれ? もしかして……えっと、城ヶ崎莉嘉ちゃん……かな?」

 

「えっ!? アタシのこと知ってるの!?」

 

 驚くと同時に、しまったと思った。あんまり街中では身バレしないようにプロデューサー君やお姉ちゃんに散々言われていたのに、思わずそんな反応をしてしまった。

 

 しかし、どうしようかと悩む暇も無く、男の人は笑った。

 

「一応、これでも()()()だからね」

 

「……え?」

 

 同業者は、えっと、同じ職業に就いている人っていう意味だから……この人もアイドル!?

 

「っていうか、やっぱり気付かれないか。……()()()()()()()()()()()演技した甲斐があったよ、へへっ」

 

「え? えっ?」

 

 先ほどまでの低かった声が先ほどよりも高くなっている。いや、それでも少しハスキーっぽいけど、男の人とというよりは、女の子に近い声で……。

 

「他の人も少ないし……ちょっとぐらいならいいかな」

 

 そう言って、男の人はサングラスと帽子を外した。真っ黒で綺麗な瞳が露わになり……そして、ファサリと肩口まで伸びる黒髪が……。

 

「……あぁっ!?」

 

 思わず叫びそうになった自分の口を自分で抑える。

 

 アタシはその男の人に……否、()()()に見覚えがあった。

 

 いや違う、見覚えどころの話じゃない。何せ、その人は、アタシたちシンデレラプロジェクトなんか比べ物にならないぐらいの、正真正銘のトップアイドル――。

 

 

 

「へへっ、気付いてくれた?」

 

 

 

 ――765プロダクションの、菊地真さんだった。

 

 

 




・ゴジラみたいな扱い
ところでシンゴジラじゃない方の新作まだですかね。

・無邪気に笑ったなのはちゃんは一体……。
父と兄と姉がもっとアレなアレだから……。

・お節介
・周藤良太郎らしさ
そうですね(ニッコリ)



 まっこまっこりーん! 実は誕生日の関係上既に二十歳になっている上に髪が少し伸びてセミロングになった真チャンのエントリーだ!

 アニメでは描かれなかった他事務所アイドルとのクロスオーバーが、オリ主以上にこの小説の特徴だと考えております。

 というわけで、次回今年最後の更新で凸レ回&美嘉ねぇ回という名の城ヶ崎姉妹回終了です。……色々とすまんかった(みりあP&きらりPに対する謝罪)


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Lesson186 The adjective which fits me 5

メリークリスマした(四回目)


 

 

 

「……はい、これでいいかな?」

 

「わぁ! ありがとーございます!」

 

 怖い男の人が立ち去った後、道の真ん中で話しているのもアレだからと言う真さんに連れられて近所の公園にやって来た。

 

 ベンチに並んで座り、そこでダメ元でサインを頼んでみると、真さんは快諾してくれた。色紙なんて持ち歩かないので、いつも持ち歩いているシール帳の後ろのページに書いてもらう。

 

「いいよ、これぐらい。アイドルに会えてサインを欲しがる気持ちはボクにも分かるからね」

 

「え? そーなんですか?」

 

「うん」

 

 頷きながら、真さんはパラリとシール帳のページを捲った。そこ書かれていたのは、初めて良太郎さんと会ったときに書いてもらったサインがあった。

 

「さっきチラッと見えたけど、やっぱり。まさか良太郎さんと同じ手帳にサインを書いてもらうように頼まれるようになるなんて……今でもちょっと信じられないや」

 

 そう言って髪を耳にかけながら笑う真さん。

 

 少し前までは他の男性アイドルを差し置いてイケメンアイドルランキングで常勝していた彼女だが、最近では髪を伸ばして大人の女性というイメージが徐々に強くなってきた。元々の方向性の違いはあるが、最近のお姉ちゃんのようである。順番的にいうと、お姉ちゃんが真さんみたいな方向性になった、と言うべきかもしれないけど。

 

「実はボクも、一番最初に良太郎さんに会ったときにサインを書いてもらったんだよ」

 

「真さんもなんですか!?」

 

 一瞬意外な事実に声を荒げてしまったが、よくよく考えてみれば意外でもなかった。現に今では一応アイドルのアタシが真さんにサインを貰っているのだし、相手はあのアイドルですら憧れるトップアイドルの周藤良太郎なのだ。

 

「あの頃のボクたち……765プロのみんな、まだ全然売れてなかった上にアイドルとして未熟でさ、周藤良太郎もまだまだ雲の上の人だった。今はそうだな……その足元ぐらいには来れたかな?」

 

 あの菊地真が周藤良太郎の足元ならば、果たしてアタシたちはどうなってしまうのだろう。

 

「でも、ボクたちがこうしてここまでこれたのも、他ならぬ良太郎さんのおかげなんだよ」

 

「良太郎さんの……?」

 

「少なくとも、ボクはそう思ってる。勿論、みんなの頑張りや、プロデューサーさんのおかげっていうのもあるけど……あの人は、いつでもボクたちのことを見守っててくれたんだ」

 

「………………」

 

 真さんの言うことは、なんとなく分かる気がする。アタシも、アタシたちシンデレラプロジェクトも何度も良太郎さんに助けられている。ファーストライブの現実を教えてくれたし、コラボイベントにはわざわざ応援に来てくれた。サマーフェスでは応援のメッセージもくれた。

 

 そして何より……私たちのことをちゃんと『アイドル』だと認めてくれたことが嬉しくて……もっと頑張ろうっていう気にもなれた。

 

(それなのに、アタシ……我儘言って……)

 

「そんなボクたちだから、ちょっと良太郎さんの真似をしてみようって思ったんだ」

 

「え?」

 

 俯いていた顔を上げると、真さんはニッコリと笑っていた。世間では王子様スマイルなどと称される真さんの笑みだが、こうして間近で見るそれは、どちらかというと少年の無邪気さのようなものを感じた。

 

「って言っても、ボクは直接良太郎さんからアドバイスをされたことなんて数えるぐらいしかなかったけど……それでも、今ではこうしてそれなりにアイドルをやってる身になったわけだからさ。たまには後輩のアイドルのお悩み相談でもしてみようかなって思ったんだ」

 

「お悩み相談……?」

 

「あ、もしかしてボクの勘違いだった? さっきまでの雰囲気が、前にウチの事務所で悩んでた子に似てたから、そう思ったんだけど」

 

「……はい」

 

 傍目に見て分かるほど、アタシは悩んでいたらしい。

 

「もしよかったら、ボクに話してくれない? どんな些細なことでもいい。何か力になれるかもしれないからさ」

 

「………………」

 

 これはただのアタシが我儘なだけかもしれないけど……それでも、もしかしたら。

 

「……お願いしても、いいですか?」

 

 

 

「勿論! ()()()()に任せといて!」

 

 

 

「ありがとうございま……お、お兄さん?」

 

「……素で間違えたあああぁぁぁついさっきそういうボイスドラマ収録してたからあああぁぁぁ!?」

 

 頭を抱えながら叫ぶ真さんの姿に、なんというかトップアイドルになると何処か抜けてくるものなのかと、良太郎さんを思い出しながらそう感じてしまった。

 

 

 

 

 

 

「うーん、いないなぁ……」

 

 莉嘉ちゃんのことが気になったので、わざわざ時間を見つけて346の事務所のやって来たというのに、こういうときに限って莉嘉ちゃんはおろか美嘉ちゃんすら見つからないのだから本当に役に立たない主人公補正である。

 

「っと、おっと」

 

「わぁっ!」

 

 少々キョロキョロと周りをも見回しながら歩いてたら前方不注意になってしまい、曲がり角で女性にぶつかってしまった。勢いはなかったのもの、体格差から向こうが後ろに倒れそうになったので、咄嗟に腕を伸ばす。

 

「……ワォ! アイドル事務所ってスゴイね! こんなことが実際にあるなるんてビックリ!」

 

「俺もビックリしてる」

 

 まさか腰に手を回して支えようと思ったら、こんな社交ダンスのフィニッシュみたいなポーズになるとは思わなかった。相手も相手で微妙に腕と足を伸ばしてノリノリである。

 

「っと、大丈夫?」

 

「大丈夫だよー! 社交ダンスのいい経験になったし! する予定は全くないけど……ん?」

 

 んんー? と俺の顔を覗き込んでくる金髪碧眼の少女。そういえばさっき知り合いと話して眼鏡と帽子を外して、346の事務所だから別に大丈夫かとそのままにしてたんだっけ。

 

「……もしかしてアイドルの周藤良太郎!? すっごーい! フレちゃん感激ー! えっと、こういうときはサインを貰うものだって聞いたことがあるからー……でも書いてもらうものもないしー……そうだ!」

 

 パァッと表情を明るくしたかと思うと、うーんと悩んだ表情になったりと、コロコロと表情が変わる面白い子だなぁと思っていると、彼女は「はいっ!」と手のひらを俺に差し出してきた。

 

「ここにサインお願いしまーす!」

 

「……ペンで書いていいの?」

 

「んー後で手を洗ったらどのみち落ちちゃうから、指で!」

 

「指で!?」

 

 流石に今までアイドルやって来て、手のひらに指でサインを書いてくれと言われた経験は初めてだった。

 

「……何してるの、フレデリカ?」

 

 とりあえず言われて通りに手のひらに指でサインを書き、彼女が「くすぐったーい!」と笑っていると、背後からそんな声が。金髪の彼女の明るい声に対して、その声は随分と落ち着いた声で……。

 

「……ん?」

 

 それでいて、聞き覚えのある声だった。具体的には高校のときに聞いたことがある声だった。

 

「……って、アナタもしかして……周藤先輩?」

 

「……何でお前がここにいるんだ……速水」

 

「他事務所のアイドルのアナタに言われるのも釈然としないんだけど……」

 

 

 

 振り向いた先にいたのは濃い青色のショートヘアーの少女……高校時代の後輩である、速水奏だった。

 

 

 

 

 

 

「ふむ、園児のスモックの衣装が子供っぽく見られるからイヤねぇ」

 

 話すと言っても大した内容があるわけでもないので、話し終わるには十分もかからなかった。

 

「えっと、その……やっぱり、我儘……ですよね? アイドルとしてのお仕事を嫌がるなんて……」

 

「……まぁ、そうだね。一応ボクたちもお仕事をさせてもらっているわけだから」

 

 真さんのその言葉に、ますますアタシの心の奥がズンと重くなる感じがした。

 

「それにしても、スモックかぁ……確かに、普通はあんまり着たくないよねぇ、うん」

 

「?」

 

 まるで一度着たことがあるような口ぶりに聞こえる気が……?

 

「えっとね……あった、これこれ」

 

 アタシの疑問に気付いたらしく、真さんはポケットからスマホを取り出して操作すると、アタシに向かって画面を向けた。

 

「……えっ!?」

 

 そこに映っていたのは真さんと、同じく765プロの萩原雪歩さん。例に漏れずトップアイドルなのだが……。

 

「も、もしかしてこれって……!?」

 

 驚いたアタシが指差すと、真さんは苦笑しながら頬を掻いた。

 

「そ。生っすかスペシャルの撮影のときに、やよいのスマイル体操のコーナーのお助けパートナーとして参加したときに……着せられたスモック」

 

 たった今、アタシが着ることを躊躇していたものと殆ど同じスモック姿の真さんと雪歩さんが、そこに映っていた。笑顔で映ろうとしている努力は見受けられるものの、真さんは引き攣っており雪歩さんは真っ赤になっていた。

 

「一応記念写真ってことで撮っておいたけど……いやぁこの年でスモックを着るってのは結構キツいね。ノリノリで着てたあずささんを尊敬するよ、ホント」

 

 まさか、真さんたちまで、こんなスモックを着ていたことがあったなんて……。

 

 ……でも、これ……。

 

「……どう? それを見て、莉嘉ちゃんはボクや雪歩が子供っぽいって見える?」

 

「……見えない」

 

 そう見えなかった。衣装は見紛うこと無き子供のもの。けれど、何故か子供っぽいとは見えなかった。

 

「確かに衣装は子供のそれだよ? でもそれを見た人がどう捉えるのかは、あくまでも()()()の話だよ。やりたい自分を貫いていれば、衣装なんて関係ないんだよ」

 

 中の人……。

 

「……って、偉そうなこと言ってるボク自身、本当にやりたい自分は貫けてないんだけどね」

 

「えぇ!?」

 

 それを言っちゃったら今の話の説得力が……!?

 

「ボクは『キャッピピピーン!』で『フリッフリー!』なボクを諦めてないよ……!」

 

 え、真さんのあれって冗談とかそういうのじゃなかったの……!?

 

「……でも、そういう可愛いのを求めてるボクも、周りのカッコイイ期待に応えてるボクも、『菊地真』であることには変わりない。それはどっちもボクなんだよ」

 

 ベンチから立ち上がった真さんは数歩前に歩くと、突然その場で空中に向かって綺麗な回し蹴りをした。そのとき一瞬見えた真さんの表情は、とても凛々しくてカッコよくて……。

 

 しかし次の瞬間、こちらに振り返った真さんはウインクをしながら唇に人差し指を当てていて……その仕草がとても可愛いかった。

 

「『アイドルとしてなりたい自分』と『アイドルとして求められる自分』っていうのは、多分いつまでも向き合っていかなきゃいけない問題なんだよ。現にボクもまだ完全に解決したわけじゃないし、きっと今でもその二つを悩んでいるアイドルなんていくらでもいる」

 

 でも、と真さんは首を振った。

 

「莉嘉ちゃんのそれは、話を聞く限りでは『アイドルとして求められた』それじゃない。だったら、子供っぽいからとかそういうのは忘れて、衣装に逆らっていつも通りの自分で撮影に参加してみればいいんじゃないかな?」

 

「いつも通りの自分……?」

 

「きっとこれはボクよりも君の方が知ってるはずだけど……『アイドル』城ヶ崎莉嘉は、いつもどういう風にステージに立ってるのかな?」

 

「……アタシは……」

 

 

 

 ――ヤッホー! 莉嘉だよー!

 

 

 

「……そっか……そっか!」

 

 何となく、ボンヤリとだけど、見えてきた気がした。

 

「……力になれた?」

 

「うん! ありがとうございます! あとは、自分でやってみます!」

 

「そっか、それならよかった」

 

 真さんに助けてくれたことを含めて改めてお礼を言うと、足早に事務所に向かう。

 

 考えは浮かんだ。あとは、一応これをやっても大丈夫かどうかP君に聞いてみて、それから……。

 

「………………」

 

 足を止め、スマホを取り出す。メッセージアプリを起動し、メッセージを送る。

 

 宛先は……お姉ちゃん。

 

 

 

 ――お姉ちゃん、ごめんなさい。

 

 ――アタシ頑張ってお仕事するから。

 

 ――本番、見に来てね。

 

 

 

「……良太郎さんみたいに、上手く出来たか分かんないけど……まぁ、たまにはこういうのもいいかな。へへっ」

 

 

 

 

 

 

 さて、なんか知らない内にお話が進んでしまっていたらしいが、一応今回の事の顛末という名のオチを語ることにしよう。

 

 俺の方の話はどうなったのかって? そっちはまだ終わってないからまた後日で。

 

 ついに迎えた『とときら学園』本番当日。結局莉嘉ちゃんと話が出来なかったので心配になりコッソリと覗きに来たら、同じく本番を見に来た美嘉ちゃんと遭遇。二人で莉嘉ちゃんの様子を窺うことになったのだが……。

 

 

 

「セクシー派カリスマギャルの、城ヶ崎莉嘉でーす!」

 

 

 

 お得意のギャルピースを元気よく決める莉嘉ちゃんの姿に、どうやら俺の心配は杞憂に終わったらしい。

 

「……なんか、765プロの菊地真さんが相談に乗ってくれたー! とか凄い自慢してたんですよ」

 

「……へぇ、真ちゃんが?」

 

 美嘉ちゃんが教えてくれたその情報に、少し驚く。

 

 ……そっか、真ちゃんも、他の765プロのみんなも、今ではトップアイドルなんだもんなぁ。

 

「………………」

 

「……良太郎さん?」

 

「あ、いや、何でもないよ。大人路線を始めた美嘉ちゃんが、今後どんな大人な水着姿を見せてくれるのかとか、考えてないよ?」

 

「普通の水着しか着ません!」

 

 

 

 ……まぁ、いいか。

 

 

 

 

 

 

「それで、考えてくれたかな?」

 

「はい。……妹と菊地真さんから、大切なこと、教わったので」

 

「ほう、菊地真……? それはそれで大変興味深い話だが……いやホントに。……一先ず、答えを聞かせてもらうか」

 

 

 

「……私は――」

 

 

 




・ロングまこりん
真は絶対に髪を伸ばすと思う(異論は認める)

・良太郎と真
実は直接的な絡みは小説内では殆どなかったり……一応、春香の変装の話と響の演技の話のときに真は同席しております。

・前にウチの事務所で悩んでた子
なお候補は多数いる模様。

・フレデリカ&奏
フレちゃんの方は名前がしっかりと出ていないものの、ようやく本編登場です。

・着せられたスモック
やよいは「今日のお助けパートナー」と言ってたわけで……つまり他のメンバーもスモックを着た可能性があるということで……。



 というわけで、やや駆け足気味なのはいつものこととして、城ヶ崎姉妹のアニメ十七話編はこれにて終了です。美嘉ねぇとみりあ? たぶんアニメ通りじゃないっすかね(適当)

 良太郎が出会った二人といい、美嘉ねぇのことといい、そろそろデレマス内でも屈指の人気を誇るあのユニットの存在が見え隠れし始めましたが……果たして。



 さて次回は年明け一発目となりまして、番外編の新年スペシャルをお送りします。すっかり忘れてしまっていたこの小説の四周年記念も合わせた特別版で、以前のようにラジオ形式でお送りしたいと思います。

 つきましては、また例のお便りを募集したいと思います。詳しくは活動報告をどうぞ。

 そんなわけで、アイ転の今年の更新はこれまで。

 それではみなさん、良いお年を。


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番外編38 新春&四周年特別企画・前

皆様、新年あけましておめでとうございます!

今年もアイ転をよろしくお願いします!

※今回も『アイドルの世界に転生したようです。』という良太郎たちが本人役で出演していたドラマの新春&四周年記念ラジオという設定でお送りします。
一部設定に矛盾があったりなかったりするので、『本編とは似て非なる物語を歩んできたパラレルワールドの良太郎たち』ぐらいのノリで深く考えずにフワッと読んでいただけたら幸いです。


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ポーンッ!

 

 

 

「「新年」」

 

「「「あけまして!」」」

 

 

 

 ――おめでとうございます!

 

 

 

「諸君、お年玉は貰ったかな!? 数年前から既にあげる側の123プロダクション所属の周藤良太郎だ!」

 

「お前ら、初夢はどうだった? 俺は良太郎に散々振り回される夢だからさっさと人に話して正夢を阻止させてもらうぞ。同じく天ヶ瀬冬馬だ」

 

「みんなー、元旦はお雑煮食べたー? アタシは事務所でまゆが作ってくれたお雑煮食べたよー! 同じく所恵美!」

 

「うふふ、みんな元旦は忙しかったですから、喜んでもらえて嬉しいです。同じく佐久間まゆでぇす」

 

「思わず食べ過ぎてしまいました……アイドルとして、猛省です。同じく北沢志保です」

 

「本日はこの五人でお送りしていきまぁす」

 

「てなわけでみんな、改めてあけましておめでとうございます」

 

「「「「あけましておめでとうございます」」」」

 

「いやぁ……確かに全員事務所に顔は出してるはずなんだけど、大晦日からこうしてちゃんと顔を合わせるのが実はこれが初めてなんだよね」

 

「ありがたいことに、トンデモなく忙しいからな……」

 

「去年に引き続き、ホント年末年始ってアイドルは忙しいですねー」

 

「志保ちゃんはアイドルになって二度目の年末年始ですけど、どうですかぁ?」

 

「その、去年もそうでしたのである程度は覚悟していたのですが……まさか去年と比べてここまで多忙になるとは思っていませんでした……」

 

「志保も、去年と比べるとそれだけ売れたってことだよねー」

 

「ハハッ、三人はまだいいよー十八歳未満の年少者だから……」

 

「俺と良太郎は既に成人しちまってるからな……」

 

「えっと……本当にお疲れ様でした……」

 

「まぁ忙しいのはまだまだこれからなんだけどね……」

 

「収録……収録……また収録……」

 

「あぁ、リョータローさんと冬馬さんが遠い目をっ!?」

 

「が、頑張ってくださぁい!」

 

「と、とりあえずお茶をどうぞ……」

 

「あ、ちなみに今回は全員炬燵に入ったままでお送りしておりまーす」

 

「いつもだったら見えねーから分からんっていうツッコミが入るところだが」

 

「今回はWebカメラによるライブ配信があります」

 

「ヤッホー! みんな見えてるー!?」

 

「うんうん、相変わらず俺の無表情と冬馬の仏頂面、志保ちゃんの可愛いすまし顔に恵美ちゃんとまゆちゃんが仲睦まじく隣り合わせに並んでいるところが映ってるな」

 

「これなら最初っからテレビで良かったんじゃねーのか?」

 

「まぁ、それはそれということで……そうだ、ついでだしここで渡しちゃおう」

 

「ん?」

 

「はい、今年も全員にお年玉」

 

「わっ! ありがとーございます! ……ん?」

 

「今年もありがとうございますぅ……ん?」

 

「あ、ありがとうございます……ん?」

 

「……って、コレ、まさか噂の青封筒……!?」

 

「テーテテッテッテー」

 

「大きさは普通のポチ袋ですけど、まんまアレですよねコレ……」

 

「無駄に凝ってますね……」

 

「今日の為にちひろさんに作ってもらった(有償)」

 

「他事務所の事務員を使うな」

 

「てなわけでホイ、冬馬、お前にも。一応! お前も後輩だからな」

 

「ちゃんとありがたく受け取ってるんだからその一応ってところを強調するのヤメろ」

 

「冬馬さんのは白封筒なんですね……」

 

「三人と比べると半分ぐらいしか入ってないし、多少はね?」

 

「例え同年代であってもちゃんと後輩にお年玉を渡すなんて、流石良太郎さんですぅ!」

 

「はっはっは、よせやい」

 

「……ヨイショしてるように見えるでしょ? まゆのコレ、平常運転だから」

 

「りょーいん患者筆頭は今年も変わらず、ですね」

 

「完治は見込めねぇだろーな。……というか、いつまでやってんだよ。まだ番組説明すらしてねーんだぞ」

 

「「「あっ」」」

 

「そーいやそうだったな。まゆちゃん、進行お願い」

 

「はぁい。今回は私たちが出演しているドラマ『アイドルの世界に転生したようです。』の新春&四周年を記念した特別ラジオになりまぁす。あらかじめ視聴者の皆さんから送っていただいたお便りを読みつつ、今までの放送を振り返っていきまぁす」

 

「お便り、本当にありがとうございます」

 

「というか色々とあって流して来たけど、四周年だぜ四周年」

 

「随分と長いこと続いてるよなぁ」

 

「ちなみにアイ転が始まった四年前がどんな時期だったのかっていうのを外宇宙的な視点で語るとだな」

 

「さらっとトンデモナイこと言いますね!?」

 

「お前はフォーリナーか何かなのか?」

 

「今や大人気ユニット筆頭である346プロの『LiPPS』は美嘉ちゃん以外声帯が実装されていなかった」

 

「「「……ホントですかっ!?」」」

 

「なんとまゆちゃんですら初回放送の一ヶ月前に声帯が実装されたばかりだ」

 

「わ、私の声帯が……!?」

 

「確かに驚くのは分かるが、これ以上この話広げると収拾つかなくなるから戻れ戻れ」

 

「それじゃあアイ転の話に戻るか」

 

「えっと……初期の段階では、第二章で完結する予定だったんですよね」

 

「そーそー。それで第二章の撮影中に第三章の制作が決まって、第三章の撮影中に第四章第五章の制作が決まって今に至る、と」

 

「アタシたちはまだ聞かされてないんですけど、第六章はどうなるんですかね?」

 

「演者としてだけじゃなく、一ファンとしても今後どうなるのかが、まゆも気になりますぅ」

 

「あー、その辺りの話はまた後にしようか。長くなるし」

 

「それもそうですね」

 

「ついでにリスナーの興味を引いたまま引っ張れるし」

 

「オイ」

 

「まぁよく使われる手法の一つですから……」

 

 

 

 

 

 

『あいてんっ!』

 

 

 

「よし、それじゃあ早速お便りの方を読んでいくか。新年一発目だから、俺が読むぞ」

 

「お願いしまぁす」

 

 

 

 HN『とある天文台の星詠みの魔術師』

 

 拝見

 周藤良太郎さん、天ヶ瀬冬馬さん、PeachFizzのお二方、北沢志保さん、並びに123プロダクションの皆様、4周年並びに新年、明けましておめでとうございます。今日という日を迎えた事大変嬉しく思います。

 良太郎殿がフリーのアイドルであった時から応援しておりました。

 今は新たにプロダクション所属になり、Jupiterのお三方、PeachFizzのお二方、北沢志保さんと事務所所属のアイドルの皆様もお知りした時から応援しております。

 皆様のアイドルという星の輝きは大変素晴らしいものです。その輝きは数多の人達の希望となり、いずれは目標となる道しるべとなっていることでしょう。これからもその輝きが失われない事をお祈り申し上げます。

 長くなってしまいましたが、これからも皆様の発展とご活躍を輝く星に願いまして最後に致します。どうか、お身体に気をつけてこれからも頑張ってくださいませ。

 

 追伸

 宜しければ私の所属するとある雪山にある天文台にお越しくださいませ。この手紙にチケットを同封しておきます。お越しの際は寒いですので防寒をお忘れなく。

 

 

 

「はい、魔術師さんありがとうございます」

 

「新年一発目は比較的大人しめなお便りだったな」

 

「リョータローさんがフリーの頃からって言うと、本当に初期ですよね」

 

「劇中内では第三章の時点で123が出来たけど、リアルだとフリー時代は四年間で……あれ、そうすると割と最近……?」

 

「時系列が色々とおかしくなりそうなのでそれは置いておきましょう」

 

「それにしてもカッコイーね! 星の輝きだって!」

 

「まゆにとっても、良太郎さんはいつだって天上に輝く一番星ですよぉ」

 

「おいおい何言ってんだまゆちゃん……俺はいつだって、みんなの太陽だぜ?」

 

「きゃあああぁぁぁっ!」

 

「なにいってんだコイツ」

 

「なにってんですかコノヒト」

 

「いやぁ……でもまゆを初めとしたりょーいん患者の皆様にはキいたんじゃないかなぁ……凄いイケボでしたし」

 

「ファンサービスは基本」

 

「これでもうまゆは来年まで生きていけますぅ……」

 

「早いですね!?」

 

「新年だぞオイ」

 

「さて今回もお便りと一緒に『一番印象に残ったor面白かったというお話』というテーマでアンケートを取らせてもらったわけだけど、魔術師さんが選んてくれたお話はコチラ」

 

 

 

 ――みんなのレベルを見る前にその振付がどういうのかを一回把握しておきたいんだよ。

 

 ――優しい先輩だね、良太郎さんは。

 

 ――はい。自慢の先輩です!

 

 

 

「Lesson95『良太郎、襲来ス 4』だ。確かこの辺の話は、三周年のときのお便りでも選ばれてたな」

 

「それだけ印象に残ってもらえたお話ってことですねぇ」

 

「第三章の合宿中で、リョータローさんと冬馬さんがアタシたちのダンスレッスンに来てくれたときの話ですね」

 

「『個人的に良太郎がトップアイドルとしての実力がよく現れている回なので選ばしてもらいました』だそうだ」

 

「……まぁ、あの短時間であの振付をあれだけの精度で覚えるのは、確かに凄いと思いますけど……『どっちの揺れる胸を見ようか検討中』みたいなセリフが無ければもっと凄いって思えたんですけどね……」

 

「セリフのチョイスで誤魔化されてるが、コイツそれでガチ悩みしてたからな」

 

「いやだってさぁ、考えてみろよ。B85とB86がTシャツの下で揺れるんだぜ? 結構バルンバルンいってるんだぜ? そりゃどっち見るか悩むよ。最近アイドルとして活動することがなくなって見る機会がほとんどないりっちゃんか、それとも人気急上昇中女子中学生アイドルの美希ちゃんか……苦渋の選択だったんだ」

 

「なんで二年も経ってて未だにこんな真剣なんだコイツ……」

 

「今頃律子さんからの抗議文が来てるんじゃないですかね」

 

「……外のスタッフさんが首肯してますねぇ」

 

「流石りっちゃん、仕事が早い」

 

「というかちゃんとこれを聞いてくださっている辺り、本当に律儀というか……新年早々お疲れ様です……」

 

「良太郎は自分を曲げないよ!」

 

「それはそれとして、何かチケットが入ってるって話でしたけど」

 

「これだな。……あれ、ここ知ってるわ」

 

「そうなんですか?」

 

「確か俺の高校の後輩の双子の兄妹がアルバイトに行くとかなんとか言ってた気がする」

 

「出たよ、なんかよく分かんない人材で埋め尽くされた魔境校」

 

「失敬な。最近、学園祭で王子様を賭けたお姫様たちの闘いを描く観客参加型シンデレラなる演目が上演されたらしいけど、至って普通の高校だぞ」

 

「十分魔境なんだよっ!」

 

「うわなんですかそのシンデレラ、チョー見たい」

 

「良太郎さんがいなくなっても、そのノリは健在なんですね……」

 

 

 

 

 

 

『あいてんっ!』

 

 

 

「そういえば先ほど良太郎さんの出身校についてのお話しが出ましたけど、そのことに関するお便りが来ているので読ませていただきます」

 

 

 

 HN『椿@真押し』

 

 りょーたろーさんに質問です。

 りょーたろーさんと知り合った女性が346で高確率でアイドルになっていますが本当に偶然なのですか? 疑問に思っております。

 

 

 

 

「とのことですが」

 

「それなぁ……俺自身本当に疑問なんだよ」

 

「えっと……346というと、まずはシンデレラプロジェクトの凛ちゃんとみりあちゃんですよねぇ?」

 

「あとは友紀さんに茄子さん……最新話で奏もついに本編に参加してたよねー」

 

「そもそもなんですけど、良太郎さんに影響を受けてアイドルになった方が少なくないと思うんですよ」

 

「結局私たち三人も、良太郎さんの『始まりの夜』に立ち会っていたわけですからねぇ」

 

「そういえばそうだったね」

 

「あと皆さんお忘れかもしれませんが、765プロの春香さんも良太郎さんに影響を受けてアイドルになった一人ですからね」

 

「……そうだっけ?」

 

「キチンとご本人がおっしゃってますから、Lesson05を見返してください」

 

「……良太郎、お前覚えてるか?」

 

「全然覚えてない。寧ろよく志保ちゃんは覚えてたね」

 

「志保ちゃんは良太郎さんだけじゃなくてアイ転のファンでもありますもんねぇ」

 

「……そういうことは言わなくていいです」

 

「へいへーい! いつもだったら声だけだから分からないところだけど、Webカメラあるから耳が赤いのが丸わかりだぜー!」

 

「っ!?」

 

「志保カワイー!」

 

「あっ! 恵美ちゃんズルいです! 私も! 私も交ぜてください!」

 

「こっち来ないでください! 暑いです! 苦しいです!」

 

「冬なんだから温まろー!」

 

「うふふ、今日は志希ちゃんがいないのが残念ですけど、今年も123ガールズで仲良くしましょうねぇ」

 

「いやぁ……正月早々えぇもん見させてもらったわぁ……」

 

「良太郎さんはともかく、冬馬さん止めてください! 番組進行があるんですよ!?」

 

「……まぁ、こいつらのファンに対するファンサービスにはなってるから、もうちょっとほっとくか。ほら良太郎、俺のついでに淹れてやるから湯呑出せ」

 

「おっ、サンキュ」

 

「ちょっとおおおぉぉぉ!?」

 

「大丈夫大丈夫、CM入れてあげるから」

 

「そういうことを言ってるんじゃないんですけどおおおぉぉぉ!?」

 

 

 

 ※次回に続く

 

 

 




・Webカメラによるライブ配信
え、見えない? おっかしいなぁ……(心の目)

・噂の青封筒
本当にポチ袋サイズの青封筒の展開図がツイッターに上がってた。

・テーテテッテッテー
新年一発目の十連はSSR無し既存のみでした。まだ無料十連期間はあるから……(震え声)

・フォーリナー
皆さんはアビちゃん、もしくは北斎ちゃんは引けましたか? 自分はこちらでもダメでした(福袋はお話オバさん)

・『LiPPS』は美嘉ちゃん以外声帯が実装されていなかった。
2013年11月29日時点の話になります。
その後、2014年11月19日の奏とフレちゃんのCDデビュー決定まで時間が空きます。約一年ですね。

・初期の段階では、第二章で完結する予定
何回か話してますが、この小説書き始めた頃はまだ劇場版すら公開されてなかったですから。
……ホント、ここまで息の長いコンテンツになるとは……。

・双子の兄妹
この世界のぐだーズは双子。

・観客参加型シンデレラ
最近ソシャゲが始まったそうで(やってない)

・春香さんも良太郎さんに影響を受けてアイドルになった一人
(作者もこの設定忘れてたゾ……)



 というわけで久しぶりのラジオ風短編です。今回は割と分かりやすい口調の五人が集まったと思います。

 さて前書きでも触れましたが、どうぞ今年もよろしくお願いします。


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番外編39 新春&四周年特別企画・後

しれっと新情報やトンデモナイ情報があったりなかったり。

※2018/1/22加筆修正


 

 

 

 これは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

『あいてんっ!』

 

 

 

「恵美さんたちが余計なことをするから、先ほどのお便りを送ってきてくださった方の『一番印象に残ったor面白かったというお話』を紹介出来てないじゃないですか」

 

「「ごめんなさい……」」

 

「というわけで、椿さんの『一番印象に残ったor面白かったというお話』はこちら」

 

 

 

 ――高槻やよいの『お料理さしすせそ』!

 

 ――チャーハン作るよ!

 

 ――作るもの勝手に決めるな!

 

 

 

「これはLesson52から55の間に放送された『それは基本のさしすせそ』ですね」

 

「第二章からのチョイスとはまた懐かしいね」

 

「確かこのLesson52って、登場人物のセリフの一文字目が五十音順に並んでるんですよね?」

 

「脚本家の人が某紐糸さんをリスペクトして試験的に導入したらしいんだけど、思った以上に大変だったらしくてそれ以降やってないな」

 

「その頃はまだ脚本に余裕があったんだろーな……」

 

「えっと、このお話は良太郎さんがフリーアイドルだったときのお話ですよねぇ?」

 

「この頃は……そうだ、確か丁度765プロのみんなが961プロと険悪になり始めたんだったな」

 

「うっ……!?」

 

「天ヶ瀬さんたちが春香さんたちに嫌がらせしてたんですよねぇ?」

 

「ぐっ……!?」

 

「最低ですね」

 

「だからあれはドラマの中の話だってなんべんも言ってんだろーが!? 事あるごとにグチグチ蒸し返すんじゃねーよ!?」

 

「ま、まぁ結局それをきっかけに冬馬さんたちジュピターが961プロを離れて123プロに来るっていう展開になったんだから、それでオッケーじゃないですかね? ね?」

 

「あれはアイドルだけじゃなくて、どんな業界でもそういうやり方をする人たちに対する警告みたいなもんだからな。嫌われ役をやってくれた961プロに感謝しないと」

 

「そーいえば、最近961プロから一人台頭してきた子がいますよねー」

 

「その内、アイ転の方に出演することになるかもしれないな。黒井社長の秘蔵っ子らしいし」

 

「どんな子なんでしょうねぇ」

 

「さて、少し冬馬に話を振ったところでお前に対する質問が含まれるお便りを紹介しよう」

 

「ん?」

 

 

 

 HN『希望のC若タロー』

 

 りょーさん、ころめぐちゃん、てんがせさん、ちゃんしほ、ままゆちゃん、やっぱりハナコ様、こんにちはー!!

 四周年おめでとうございます。アイ転も息が長くなりそうですね、個人的には五十光年くらいまでいってほしいものです(笑)

 

 さて、四周年を迎えて僕が選ばせてもらったお気に入りは、LESSON161です。合宿のお風呂回とかアイドルのセクシー詐欺とかガチムチバンジーとかも好きでしたがやっぱりこの回ですね。なんといってもあの子が出てきたからです!あ、アノコじゃなくてキノコの方です。やっぱり好きな子が出てくると嬉しいものですね、ついついヒャッハーしちゃいました。

 

 それでは今後とも頑張ってください、応援しています!

 

 PS.ドラマではいい感じに発展しそうな雰囲気ですが、あm…てんがせさんはしまむーちゃんのことをどう思ってるのか是非とも知りたいです!

 

 

 

「はい、タローさんありがとうございます。確か三周年記念のときもお便りを下さった方だな」

 

「………………」

 

「今日は凛さんいないのに、それでも呼ばれるハナコは一体……様付けだし……」

 

「まゆ、五十光年って何年? 知らない単位なんだけど」

 

「えっ? ……その、光年っていうのは距離の単位で……」

 

「そーなの!?」

 

「しまった! 50こうねんは……じかんじゃない! ……きょりだ!」

 

「………………」

 

「えっと、Lesson162というと、第五章が始まってすぐの『Who are you?』ですね」

 

「どうやら熱心なキノコちゃんのファンらしい。この子、本編での出番今のところがここかLesson180だけだからね。しかもセリフのみ」

 

「でも、一応良太郎さんとの絡みはあるんですよね?」

 

「ツイッター限定公開の短編だから、時系列とか色々アレだけどね」

 

「………………」

 

「さて、それではてんがせさん」

 

天ヶ瀬(あまがせ)だ!」

 

「失礼、天ヶ崎(あまがさき)(れん)さん」

 

「絶版エンドはヤメろぉ!」

 

「で? どうなんだよ」

 

「……何がだよ」

 

「そうかシラを切るか。ならばしっかりと言葉にして聞いてやろう。天ヶ瀬冬馬の本命は天海春香なのか島村卯月なのか」

 

「おぉい!? 一人増えてんじゃねーか!?」

 

「リョータローさん! ちょくちょく冬馬さんのこと聞いてくる星梨花も忘れちゃいけませんよー!」

 

「所ぉ!?」

 

「おっと意外な伏兵が……」

 

「天ヶ瀬さぁん? 別に天ヶ瀬さんがどうなろうと私には関係ないんですがぁ……もし春香さんを悲しませるようなことになったら、多分千早さんが黙ってませんよぉ?」

 

「卯月さんを悲しませた場合、こちらは凛さんが黙ってませんね」

 

「天海も島村も、ついでに箱崎も! 全員ただの後輩だっつーの! 余計な勘ぐりするんじゃねぇよ!」

 

「えぇー? ほんとにござるかぁ?」

 

「クッソむかつくなその声……!? だったら俺も聞かせてもらうが、オメェの方はどーなんだよ!? 一応ドラマの主人公なんだから、そろそろ浮いた話一つぐらい見せろや!? ヒロインっぽいってだけであからさまなヒロインが一人もいねーじゃねぇか!?」

 

「そーいえば、気になりますね……」

 

「………………」

 

「まゆさんが今までに見たこと無いぐらい真剣な目をしている……」

 

「え、だって俺……あっ、そうか()()か」

 

「「「「……えっ」」」」

 

「……そーいえばまゆちゃん、最近横山奈緒ちゃんと一緒にアニメのエンディングを歌ったって話を聞いたんだけど、全く同じ曲を赤羽根さんと武内さんも歌ったって本当?」

 

「話題の逸らし方が雑っ!」

 

「……えっ、ちょっ、一回CM入れて!?」

 

 

 

 

 

 

『あいてんっ!』

 

 

 

「さて、時間的に次のお便りが最後かな」

 

「いや待てこっちはそれどころじゃねーんだよ」

 

「サラッとトンデモナイ情報を匂わせておいてどうしてこんなに平然と進められるんですかこの人は……」

 

「………………」

 

「大変! まゆが白目剥いたまま動かないの!?」

 

「アイドルが見せていい絵面じゃないなぁ……」

 

「大体オメェ、人の好意が分かんねぇとか言ってたじゃねぇかよ」

 

「その話は長くなるから。ほらみんな切り替えて」

 

「納得いかねぇ……」

 

 

 

 HN『志保ちゃんを赤面させ隊 隊員No.24 Zodiac』

 

 良太郎さん、恵美ちゃん、まゆちゃん、天ノ川常夏さん、そして志保ちゃん。こんばんわ。明けましておめでとうございます。

 アイ転もついに四周年……いやー、感慨深いものがあるよーなないよーな……(ちゃんとあります)

 毎週放送を楽しみにしつつもまだまだ続くんだろーなー先は長いなーと思う日々です。うむ、取り敢えずアイ転最高。そして志保ちゃんかわいい。

 

 さて、新年といえば冬、冬といえば雪。という訳で、雪に関する思い出などあればお願い致します。因みに僕の住んでるとこは滅多に雪降らないので、高校の願書出しに行く日に積もった時はビビりました。雪って滑るんですね。雪国の人尊敬します。

 

 ではでは、今年もよい年になりますよーに。

 

 

 

「はい、ゾディアックさんありがとうございます。随分と素敵な隊があるんだなぁ……俺も入りたい」

 

「非公認です」

 

「さて、雪に関する思い出ときたか」

 

「なんつーか、雪が降るっていう話を聞くと真っ先に思い浮かぶのが次の日の仕事なんだよな」

 

「あぁ、分かります。以前はそうでもなかったんですけど、アイドルを始めてからは学校よりも仕事の現場に着くのが遅れないかと心配になることが増えました」

 

「子供の頃は雪が降るとテンションがあがったもんだけど、やっぱり仕事始めちゃうとね」

 

「思い出話となると少し長くなりそうですし、まずは『一番印象に残ったor面白かったというお話』の紹介をしておきましょう」

 

「そうねぇ」

 

 

 

 ――そんな『夢のようなアイドル』になってみせる。

 

 ――私は、天海春香だから。

 

 ――ようこそ、トップアイドルの世界へ。

 

 

 

「これはLesson104から111の『Bright or Dark』から『輝きの向こう側へ』の第三章クライマックスだねー」

 

「この辺は本当に色々と大変だったなぁ……主に俺と志保ちゃんが」

 

「ですね……」

 

「お便りを下さった方も『今までの伏線が回収されるとともに、良太郎さんの新しい『夢』が生まれ、765組の娘たちにとっても新たな一歩となった2ヶ月(の放送)でしてー……』とのことですよぉ」

 

「最後346のアイドル混ざったな」

 

「まだ本編出てきてないから触れれないけどね」

 

「まぁなんだかんだ言って、これまでの第一章と第二章と比べると随分長い伏線が張られてたよな」

 

「ずーっと隠された志保がリョータローさんを嫌ってた理由の全貌が明かされたわけですからねー」

 

「それに、私と恵美ちゃんが仲良くなった理由もよねぇ」

 

「ちなみにだが……他にもまだまだ回収していない伏線があるんだったよな?」

 

「あぁ。ただそれはもっと大掛かりでこの『アイドルの世界に転生したようです。』のラストに繋がる伏線だから、おいそれとここでは明かせないけどな」

 

「そんな重要な伏線あったんですか!?」

 

「あるよー。早い段階だと、第二章の初期の頃から」

 

「三年以上前じゃないですかー!?」

 

「そんな前からあるんですかぁ!?」

 

「しかもこれ、明かした後に『こんなん伏線だって分かるわけないだろいい加減にしろっ!』って怒られるレベルの伏線だから。気付けた人は預言者」

 

「それは本当に伏線と言っていいのでしょうか……?」

 

「あ、お便りの最後に読んどかないといけない重要なことが残ってるじゃん」

 

「え?」

 

「『あと志保ちゃんがかわいい』」

 

「……さて、改めて雪の思い出話ですが」

 

「こやつ力技で流そうとしとる」

 

「そんな中! アタシが雪の思い出話しようと思いまーす!」

 

「お、恵美ちゃんあるの?」

 

「はい! お便りを送ってくれたゾディアックさんも喜びそうなのが!」

 

「ん? ってことは……」

 

「……嫌な予感が……」

 

「えっとですねー、765プロのアリーナライブを終わった後、アタシとまゆ以外のバックダンサー組は養成所に戻ったじゃないですか?」

 

「志保ちゃんは123に、他のみんなが765に行くのは次の春だったからね」

 

「その間もアタシとまゆも、みんなと一緒に遊んだりしてたんですけど、時期が時期だったから雪が積もったんです。それで星梨花がやったことないって言うから雪合戦することになったんですよ」

 

「ふんふん」

 

「その頃の志保って結構丸くなってたけど、それでも今よりはまだ角が合って、一応一緒に外に出てきたはいいけどノリ気じゃなかったんですね」

 

「……あっ、恵美さんそれは……!?」

 

「だからそんな志保に悪戯しようとした奈緒が後ろからこっそりと忍び寄って、首筋に雪玉をピトッとくっ付けたんですよ。そしたら志保、どんなリアクションしたと思います!?」

 

「まゆさん離して!?」

 

「うふふ、ごめんなさいねぇ、志保ちゃん」

 

「んー、まぁ普通に考えれば『きゃっ!?』とか『ひゃっ!?』とか?」

 

「それがですねー……『ぁんっ……!』ですよ!? ヤバくないですか!? ヤバくないですかっ!?」

 

「なにそれちょーヤベエエエェェェ!?」

 

「恵美さあああぁぁぁん!?」

 

「くっそ! だからなんでそういう現場に限って俺がいないんだよおおおぉぉぉ!」

 

「地の底から響くような声で本気の悔しがり方だぞコイツ……」

 

「あのときの志保ちゃんの声、とってもセクシーでしたよぉ? 思わず私もハッとしちゃいました」

 

「………………」

 

「真っ赤になって沈黙する志保ちゃんも可愛いなぁ」

 

「いやぁ今回は本当にWebカメラ導入して正解でしたね!」

 

「……もう……おうちかえる……」

 

 

 

 

 

 

『あいてんっ!』

 

 

 

「さて、そろそろお別れの時間だ」

 

「で? オープニングで話してたアイ転の今後の話はどーなったんだよ」

 

「そーいやあったね、そんなの」

 

「結局エンディングまで引っ張っちゃいましたねぇ」

 

「まず確定事項としては、本編の『ミリオンライブ』編、そして外伝の『ディアリースターズ』編と『シャイニーフェスタ』編はほぼ確定らしい」

 

「『ミリオンライブ』というと、シアター組のみんながメインになる話ですね」

 

「『ディアリースターズ』は……えっと、876の三人がメインになるってことですかねぇ」

 

「それで『シャイニーフェスタ』がアタシとまゆが仲良くなるまでのお話、と」

 

「『sideM』編はどーすんだよ」

 

「それなんだよなぁ。メインキャラのお前らがこっちの事務所にいる以上、どう進めるか相当悩んでるらしい。あとついでに女の子が少ないから俺のモチベーションが上がらない」

 

「どーせ九割方後者が主な理由なんだろーな」

 

「そもそもそっちやる予定なかったから、時系列とか設定とか既に破綻してるっていうな」

 

「Lesson121で既に315プロのことに触れちゃってますからね」

 

「サラッと話数が出てくる志保ちゃんが地味に凄いです……」

 

「やるとしたら本編時系列とは別のパラレルワールド設定になるんだろうなぁ」

 

「それ以外にも、『ラブライブ』編や『個人的ワールドツアー』編、高町なのはちゃんをメインに据えた『芸能少女アイドルなのは』編を望む声も結構ありますしねー」

 

「え、なのはちゃんメインの話ってそんなタイトルだったんだ……?」

 

「まっ、要するにまだまだ当分終われないってことだな」

 

「……違いないですね」

 

「そろそろ本当に終わりの時間が近いから、最後に一言ずつ言って締めてこうか」

 

「それじゃあトップバッターはアタシ行きまーす!」

 

「恵美ちゃんよろしくぅ!」

 

「はい! みんな、ホントーにここまでありがとーね! アイ転がここまで続いたのも、みんなのおかげだよ! 最近は出番少ないけど、第五章にはまだアタシたち三人娘の見せ場が残ってるから、見逃しちゃダメだぞ! はい、まゆ!」

 

「はぁい。皆さん、本当にアイ転を、そして周藤良太郎さんを応援してくださってありがとうございまぁす。今後も続く良太郎さんの活躍、そしてそのついでにまゆのことも応援してくれたら嬉しいです。はい、志保ちゃん」

 

「はい。メインとなる346の皆さんほど出番は多くないですが、それでも精一杯、アイドルとして、皆さんに全力の自分を見せることが出来るように、頑張ります。これまでも、そしてこれからも『アイドルの世界に転生したようです。』をよろしくお願いします。冬馬さん」

 

「はいよ。おめぇら、いくら良太郎のキャラが濃かったり、他のアイドルたちが女ばっかりで気を取られてるかもしれねぇが、ちゃんとその裏で男のアイドルも頑張ってるんだってこと忘れんじゃねーぞ。……ありがとな」

 

「っつーわけで! 四周年本当にありがとうございます! これからまだまだ、まぁだまぁだ広がっていくアイ転ワールドを、どうぞ余すことなく楽しんでいただけるよう、演者一同全身全霊で撮影に挑んでいきますので、応援よろしくお願いします! せーの!」

 

 

 

『これからも! どうぞよろしくお願いします!』

 

『五周年記念放送で、またお会いしましょう!』

 

 

 




・登場人物のセリフの一文字目が五十音順
・某紐糸さんをリスペクト
あの作品はセリフがしりとりになってたり、一文字目が「あ」「い」縛りだったり、文章で遊べるって凄いなぁって思った(小並感)

・ドラマの中の話
この番外編内は本編とは似て非なる世界のパラレルワールドなので、961プロとの仲はそんなに悪くないです(良いとは言っていない)

・「しまった! 50こうねんは……じかんじゃない! ……きょりだ!」
USUMでは本当に光年の先に行ったって話を小耳に挟んだのですが。

・ツイッター限定公開の短編
ただの短編以外にも、作者がお迎え祈願だったりお迎え記念で書いた恋仲○○の短編(『志保編』『唯編』『フレデリカ編』『未央編』『美嘉編』)も公開されており、近いうちに『茄子編』も公開予定です(定期宣伝)
ちなみに『奏編』は「かえでさんといっしょ」の短編として公開してます。

・天ヶ崎恋
もし苗字が一緒というミラクルが起きていたら、冬馬の父親役として登場させるつもりだった。

・「え、だって俺……あっ、そうか()()か」
【この情報は現在開示されておりません】

・「最近横山奈緒ちゃんと一緒にアニメのエンディングを」
こんなところで全国のPが待ち望んでいたバネPとタケPのデュエットが実現するなんて、誰が予想できるんだよ……。

・アイ転の今後
一応こんな予定。理想としては、年末のドームライブで劇場版公開が決定して、第五章が終わった途端に劇場版編を書きたい。



 今回もお便り&アンケートにご協力いただきありがとうございました! 採用できなかった方は本当に申し訳ありません。

 そんなわけでまたまだ続いていきそうなこの『アイドルマスター』というコンテンツと共に、この作品も続けていきたいと思います。

 今年も一年、そして出来ればそれ以上に末永く、よろしくお願いします。

 次回からは本編に戻りまして、CI編になります。


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Lesson187 My existence value

お話が進むような進まないような、そんなCI編スタート!


 

 

 

「お待たせしましたー! ご注文のブレンドコーヒーです!」

 

「ありがとう、菜々ちゃん。……ところで、カフェテラス(こっち)でも資料室(あっち)でも給仕してるけど、大丈夫? 本当の職業忘れてない?」

 

「それ、良太郎さんにだけは言われたくないです……」

 

「えー? 一応これでもアイドル一筋六年やって来たんだけど?」

 

「『アイドルらしくない』と言われたことは?」

 

「数知れず」

 

「分かってるんじゃないですか……」

 

「おっかしいなぁ……」

 

 なんで『キングオブアイドル』だの『アイドルの頂点』とまで呼ばれているにも関わらず、職業を忘れられることが多いのだろうか。

 

 そんな疑問を浮かべつつ、菜々ちゃんが持って来てくれたコーヒーを一口。一番は勿論士郎さんが淹れてくれた翠屋のコーヒーなのは当然だが、最近では事務所で美優さんが淹れてくれたコーヒーの次ぐらいにこの346のカフェテラスのコーヒーを飲むようになった。まぁ純粋に346の事務所に来る頻度が増えたということなのだが……その内、123より346に入り浸る回数が増えそうで怖い。

 

 さて、そんなわけで早速346の事務所にやって来たところから今回のお話は始まるわけなのだが、今回はカフェテラスでこうしてコーヒーを飲みながら人を待っていた。

 

 ただ相手は凛ちゃんたちシンデレラプロジェクトのメンバーではなく、友紀や茄子でもない。かと言って美城常務でもないその相手は――。

 

 

 

「あら、待たせちゃったみたいね」

 

 

 

 ――コイツである。

 

「ここは座ってるだけで色んな女の子が見れるから、待ってるだけで楽しいんだよ」

 

「相変わらずね……」

 

 呆れたように笑いながら彼女――速水奏は俺の向かいの席に腰を下ろした。

 

 先日、この事務所にて謎の再会を果たした高校の後輩である彼女。どうやらここでアイドルになったらしいのだが、そのときはお互いに時間が合わずにその場を離れてしまったため、改めて場を設けて少し話をしようということになったのだ。

 

 というわけで、こうして時間を指定してカフェテラスにやって来てもらったわけなのだが……。

 

「リョーくんヤッホー! この間のサイン、忘れちゃったからまた書いてねー!」

 

「うわぁ、本物の周藤良太郎だ……」

 

 この間の金髪碧眼ハイテンション娘に加えて、何やら灰色ショートカット色白少女も増えていた。

 

「ごめんなさい、付いてくるって聞かなくて」

 

「別にいいけど……いきなりフランクだね、キミ」

 

「はれ? ダメだった?」

 

「いや、別にいいけどさ」

 

 ほぼ初対面の人間にこのノリで接することが出来る辺り、外国の血を感じる。いや、あくまでも彼女の性格の問題のような気もするけど。

 

「ユニットメンバー?」

 

「部署が同じっていうだけで、()()違うわ」

 

 とりあえずアイドルということで間違いないみたいだ。

 

「一応自己紹介しておくけど、123プロダクション所属の周藤良太郎だ」

 

「はいはーい! アタシは宮本フレデリカ~! 十九歳!」

 

「えっと、塩見周子、十八です」

 

「フレちゃんに周子ちゃんね」

 

 とりあえず二人にも座ってもらう。

 

「にしても、まさかお前がアイドルになるとは思わなかったよ、速水」

 

「そうね、私もまさかアイドルになるとは思ってなかったわ」

 

 三人の飲み物の注文を終えて、この間からずっと思っていたことを投げかけると、速水はしれっとした表情で肩を竦めた。

 

「えっと……奏ちゃん、良太郎さんとどこで知り合ったの?」

 

「俺の高校の後輩。俺が三年のときに、速水が入学してきたんだよ」

 

「懐かしいわ……入学して早々、あの周藤良太郎がいるって聞いて驚いたのに……実際に会ってみたらコレなんだもの」

 

「先輩捕まえてコレ呼ばわりとは良い度胸してるな?」

 

 そう言いつつ俺自身はそれほど気にしているわけではない。速水のこの態度も昔からのそれなので慣れたものだが、そんな俺たちのやり取りを知らない周子ちゃんはやや気まずそうにチラチラとこちらの様子を窺っていた。一応、俺を大御所アイドルとして扱ってくれているのだろう。果たしてこの態度がいつまで続くのか……。

 

 一方、フレちゃんはストローの袋で花の輪を作って遊んでいた。この子はこの子で大変自由である。

 

「友紀や茄子はこのこと知ってるのか?」

 

「姫川先輩と鷹富士先輩? えぇ、知ってるはずよ。所属したその日に挨拶してるもの」

 

 なら俺に教えてくれてもよかったんじゃないか、二人とも……後で問い詰めちゃる。

 

「さっきの言い方からすると、スカウトか?」

 

「ええ。街を歩いてたら、声をかけられたの。それまではアイドルになるなんて考えもしなかったけど……ふと、思ったのよ」

 

 足を組み換え、コーヒーカップを持ち上げる速水。こんな短いスカートでそんな仕草をするとは実に豪胆な奴である。もしくは絶対に見られないという自信があるのか、はたまた見せパンなのか……難しいところである。

 

「……話、続けてもいいかしら?」

 

「どうぞどうぞ。悪いな、話の腰を折って」

 

 速水は胸もいいが足もいいなぁとガン見してたので睨まれた。

 

(……謝るところは、話の腰を折ったところだけで、足を見てたことじゃないんだ……)

 

(お腹空いたなーケーキでも頼もっかなー!)

 

 何故か変なものを見る目をこちらに向けてくる周子ちゃんと、先ほどから鼻歌交じりにメニューを眺めているフレちゃん。本当にマイペースなフレちゃんはともかく、早速周子ちゃんからの信頼度が下がり始めている気がする。解せない。

 

「コホン。……ふと、思ったのよ。()()周藤先輩が『周藤良太郎』として生きている世界が、姫川先輩や鷹富士先輩も飛び込んでいってしまったアイドルの世界がどんなのものなのか……って」

 

 一つ咳払いをして仕切り直した速水はそう言った。

 

 ちなみにではあるが、俺は言わずもがな、友紀と茄子も高校ではそれなりに有名人だった。

 

 二人とも美人であることは勿論のこと、友紀は野球部の公式戦の度に応援に行って誰よりも大きな声で応援をする一種のマスコットガール、茄子は握手をするといいことがあると噂の一種のパワースポットのような扱いだった。

 

 ちなみに速水も新入生の中では抜きん出て美人だった上に、とある出来事……というか事件……寧ろ事故のせいで一部の人間の中では結構な有名人だったのだが……まぁ、今はいいだろう。

 

「フレちゃんと周子ちゃんも?」

 

「あー、はい、あたしもそうです」

 

「スミマセーン! イチゴのパフェ一つ下さーい!」

 

「……フレデリカもそのはずよ」

 

 何処までも自由なフレちゃんのフォローをする速水。コイツにしては珍しい姿である。

 

「デビューはしてるのか?」

 

「まだ貴方の耳に届かなかったぐらいの評判ではあるけど、一応してるわ。ただ……」

 

「?」

 

「あたしたち、元いた部署から美城常務に引き抜かれたんです」

 

「……そうか、お前たちが()()なのか」

 

 速水の言葉を継いだ周子ちゃんの言葉に、俺はなるほどと頷いた。

 

 以前美城さんが話していた、彼女自らが立ち上げるプロジェクト。志希も所属予定のそれが、ついに動き出したということか。

 

「? 何か知っているの? というか、そもそも何で他事務所のアイドルの貴方が当たり前のようにいるのよ」

 

「……そーいえばそーだよね。周藤良太郎がいるってこと自体が衝撃強すぎて頭から抜けてたけど」

 

「この間もいたよねー」

 

 根本的な問題にというか疑問点にようやく辿り着いたらしい三人。普通は一番最初に疑問に浮かぶのはそこだよな。

 

「んーそもそも俺がこの事務所に来るようになった理由から全部話すと、ザックリ一話四千文字換算で九話、計三万六千文字ぐらいになるけど……」

 

「かい摘まんで話しなさい」

 

「はいはい。それじゃあ、二人もフレちゃんみたいに何か頼んだらいいよ。ここは俺が出すから」

 

「えっ」

 

「あら、ありがとう。それじゃあ私は……」

 

「か、奏ちゃん……?」

 

 あっさりと受け入れた速水に対し、まだ少し抵抗がある周子ちゃん。果たしてこの謙虚な態度がいつまで続いてくれるやら……なんとなく、この子はフレちゃんや志希と同じ人種のような気がするし……。

 

 ついでだし俺も何か頼むことにして、追加注文をするために菜々ちゃんを呼んだ。

 

 

 

 

 

 

「『とときら学園』の評判、いいみたいですよ!」

 

 いつものように資料室でのひと時。テレビ番組の視聴率が載っている雑誌のページを広げながら、卯月はまるで自分のことのように嬉しそうにそう言った。

 

「視聴率もいいみたい」

 

 つい先日、ゲストとして『とときら学園』にスモックを着て参加したキャンディーアイランドのかな子も、困ったように笑っていた。

 

 ちなみにそのときのゲストはキャンディーアイランドの三人の他に菜々さんも含まれていた。年齢的には、杏たちとそれほど変わらないはずなのに……何故か、菜々さんのスモック姿だけは見ていてハラハラした。……本当に何でだろうか。

 

「おぉ! これは美城常務も『ぐぬぬ……!』ってなるね!」

 

「「………………」」

 

「……およ?」

 

 しかし、何故かかな子と智絵理は浮かない表情。

 

「『シンデレラの舞踏会』に向けて頑張らなきゃって思ってたのに、緊張しちゃって……」

 

「私も、上手く話せなかったです……」

 

「いやいや、渾身のツッコミあったじゃん!」

 

「『なんでやねん』、可愛かったですよ!」

 

 未央と卯月の言う通り、最近だとキャンディーアイランドの定番となりつつある『杏のボケに対する二人からのツッコミ』が、この間の放送でもしっかりと使われていた。

 

「ありがとう。杏ちゃんがいいタイミングでボケたり話振ったりしてくれたおかげだよ」

 

「杏って、案外ユニットをまとめてるよね」

 

 

 

 ――向こう何年か分、まとめて働いてるだけだよー。

 

 

 

 積まれた段ボールの壁の向こうから、そんな杏の声が聞こえてきた。今日も今日とて、お気に入りのウサギのソファーでダラダラとしている杏。

 

 不真面目ですぐにさぼろうとするものの、良太郎さんからも「杏ちゃんはいい司令塔役になるよ」とまで言わしめたのだから、本気を出せばきっと凄いのだろう。……本気を出すまでが、それはもうレジギガスもビックリするぐらいのスロースタートなのが玉に瑕だが。

 

 だから杏に本気というか実力を出させるためには、きっと彼女を無理やりにでも引っ張る存在をセットにするといいのだと思う。

 

 例えば――。

 

 

 

「にょわー! しゅっごい大変! うれすぅいー!」

 

 

 

 ――たった今しがた資料室に飛び込んできた、きらりのような存在と一緒にすれば。

 

「って、どうしたのいきなり」

 

「大変なのー? 嬉しいのー?」

 

「どっちも! だよ!」

 

 ノソリと段ボールの影から顔を出した杏に向かってピースサインを突き出すきらり。

 

「………………」

 

 そんな彼女の様子に、どうやら杏は何か嫌な予感を感じ取ったらしく、そのまま静かに戻っていった。

 

 ……ということは、仕事の話、かな?

 

 

 




・塩見周子
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。クール。
色白狐系京都娘な四代目シンデレラガール。
名前だけの登場でしたが、ようやく本編登場。今は大人しいですが、そのうちにいつもの調子になっていきます。

・速水は胸もいいが足もいいなぁ
だがやはり胸がいい(真理)

・とある出来事
ヒント:良太郎の同級生 × 速水奏の特徴 =

・「デビューはしてるのか?」
丁度このCI回のときに奏のPVが事務所で流れていたので、デビューはしてるはず。

・ザックリ一話四千文字換算で三万六千文字ぐらい
Lesson160~168ぐらい。

・レジギガスもビックリするぐらいのスロースタート
隣に「いえき」か「スキルスワップ」持ちを並べよう。



 というわけでCI回スタートです。

 つまり本来であればKBYDの出番でもあるのですが……ヒントは前回の凸レ回。

 そしてついに美城常務の方も動き出すようです。



『どうでもいい小話』

 ついに今日の15:00にデレステ宝くじの抽選発表ですね。

 前回の宝くじ同様に……今回! 三等以上が当たったら!



 R18作品を書きますっ!



 さぁ、出ませい!


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Lesson188 My existence value 2

まえがきショート劇場~良太郎&志保~

「『名探偵ナンナン』より『金魚鉢少女の事件簿』の方が語感的に好きなんだよね」
「そんなまだ番外編にすら出演していないアイドルの話題を振られましても……」


 

 

 

「――とまぁ、そんな理由があって、俺は他事務所のアイドルながらこっちの事務所に自由に出入りすることが出来る立場になりましたとさ」

 

 ほらコレと美城さんから貰った『例の許可証』を三人に見せると、フレちゃんは「おぉー!」と物珍しそうに感嘆の声を上げ、逆に速水と周子ちゃんはあからさまにドン引いていた。

 

「……ト、トップアイドルって凄いんだね」

 

「いや、これは多分『周藤良太郎』が無茶苦茶なだけよ……」

 

 まぁ、否定はしないさ。

 

「それにしても、その志希って子もあたしたちのプロジェクトメンバーになるってことかー」

 

 チーズケーキをパクッと食べながらポツリと呟く周子ちゃん、その隣でニコニコとイチゴのパフェに舌鼓を打つフレちゃん、奏はパンケーキ。いやぁ、女の子が美味しそうに甘いものを食べてる姿ってのもいいなぁ。いっぱい食べる君が好き。

 

「そーなるね。そんでこっちに事務所のアイドルを預かってもらう以上、俺も少しはそっちのプロジェクトの面倒を見るつもりだよ」

 

「……えっ」

 

「ということは……」

 

「お前たち三人のレッスンも見ることになるかもしれないな」

 

「マジですか!?」

 

「………………」

 

 驚愕する周子ちゃんと絶句する奏ちゃん。

 

「ワォ! 『周藤良太郎』にレッスンを見てもらえるとか、もしかしてアタシたち凄いコトになってるんじゃない!?」

 

 フレちゃんもこれにはそのマイペース加減がブれずとも驚いていた。

 

「こっちの事務所に顔を出すようになってからは、元々そうするつもりだったし。勿論お前たちだけじゃないけどね」

 

「……あぁ、その例のプロジェクトの子たちね?」

 

「そういうこと」

 

 今までは軽くアドバイスをしたり相談に乗ったりするだけだったが、美城さんのプロジェクトのメンバーのレッスンを見るというのであれば、なんとなく彼女たちだけなのは不公平なような気がしたのだ。いや、今更不公平も何もあったものじゃないが。

 

「でも、貴方も曲がりなりにもトップアイドルでしょう? 正直こうしてノンビリお茶をしている時間ですら何であるのか疑問に思うぐらいなんだけど」

 

「そこは流してもらいたい」

 

 だからスケジュールの詰め方にコツがあるって前から言ってるだろ!

 

「お前たちもそうだけど、凛ちゃんたち……シンデレラプロジェクトのみんなも、まだまだよちよち歩きの駆け出しアイドルだ。もうちょっとぐらいお節介焼いても罰は当たらないだろ」

 

 最初の頃は、まだ自分がアイドルをやるのに手いっぱいだった。

 

 トップアイドルと呼ばれるようになってからは、みんなの期待に応えることで精いっぱいだった。

 

 そうして心に余裕が出来始めたときに、俺は冬馬たちや春香ちゃんたちに出会って()()()()()()()()()()()()()()()()ことの嬉しさを知った。

 

 アイドルの王様だからだけじゃなくて、俺自身が彼女たちの成長を望んでいる。

 

 この業界に生きるアイドル全員とは流石に言えないが……それでも、こうして知り合って仲良くなったアイドルぐらいは、その成長を間近で見たいのだ。

 

「……ふふっ」

 

 突然、速水がクスクスと笑い始めた。たまに年下だということを忘れそうになるぐらい大人びた雰囲気を醸し出す速水だが、それでもその笑い方は心底楽しそうな少女のそれだった。

 

「トップアイドルの『周藤良太郎』だって言うからちょっと身構えてたのに……何だ、結局いつもの貴方と変わらないのね」

 

「ブレないことに定評があるからな、俺は。今だって真面目なこと言いながら意識はさっきお前たちの後ろを通って行った色気が溢れんばかりのお姉さま二人組に向いてたし。今の誰?」

 

「えっとー、高橋(たかはし)礼子(れいこ)さんと篠原(しのはら)(れい)さんだねー。二人ともアイドル部門のアイドルだよー」

 

「マジで!? 女優とかじゃなくて!?」

 

 あの二人がフリフリのアイドル衣装着て歌って踊るのか……アリだな!

 

「……『高校でも何だかんだいって後輩の面倒をよく見てたものね』みたいに少しは貴方の評価が上がりそうな話をしてあげようと思ったのに……本当に、この人は……!」

 

「……まぁ、どういう人となりなのかは痛いぐらい分かったよ」

 

 速水が目元を右手で抑えて、周子ちゃんがそんな速水の肩にポンと手を置いていた。

 

「高校の後輩に関しては、殆どなりゆきなところも多いけどな。……お前のあの一件も含めて」

 

「っ!?」

 

 ほんの少しの悪戯心でそう言うと、バッと勢いよく顔を上げる速水。その顔にはやや焦りの表情が浮かんでいた。

 

「んー? 奏ちゃん、高校の頃何かあったのー?」

 

「それが聞いてくれよフレちゃん、こいつ高校に入学してしばらくしてさー」

 

「それ以上その件に関して触れるようであれば、差し違える形になったとしても貴方の息の根を止めるわよ……!」

 

「オッケー。分かったからその右手に持ったテーブルナイフ(ティルフィング)を下ろそうか」

 

 言葉のチョイスがガチだった。せめて「貴方を殺して私も死ぬ」ぐらいだったら少しは可愛げがあったのに。

 

 ちなみに何があったのかというと……まぁ、アレは完全に事故みたいなものだ。

 

 今は割と大人しくしているので分かりづらいが、こいつの本性は悪戯好きの小悪魔系女子。ことあるごとに『キス』を迫る振りをして男女ともに翻弄するのがコイツの悪癖というかなんというか……。

 

 それはコイツが入学してほどなくして俺たち上級生の耳にも届くぐらいには有名だった。

 

 そうしてついに出会ってしまったわけなのだ……()()()が……というか――。

 

 

 

 ――()()が。

 

 

 

 もうここまで言えば聡明な諸兄は何が起こったのかご理解いただけるだろう。

 

 武士の情けとして詳細を語ることだけは止めてやるが、要するにいつもの調子で恭也にキスを迫り揶揄っていたところを、既に学園公認で『恭也の嫁』認定されている月村に見つかって……ということだ。

 

 ラブコメ的には恭也が月村にぶっ飛ばされるところだが、非常に残念ながら月村は諸悪の根源が誰なのかを正しく認識しており……後はご想像にお任せしよう。今でも速水は月村を見かけるとビクリと身体を震わせるようになってしまった、とだけ言っておく。

 

「……いい? 絶対に話すんじゃないわよ?」

 

「安心しろ、CVが付いていないキャラは喋ることが出来ない」

 

「どこにも安心できる要素がないじゃない……!?」

 

 基本的に小生意気な後輩に対する絶対的なカードを握っている優越感に浸りながら、俺はコーヒーの最後の一口を飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 仕事があると言って行ってしまったニュージェネの三人に、私もここから連れ出すように要請するもすげなく断られ、哀れ杏は嫌な予感しかしないこの状況から逃げることが出来なかった。

 

「……『あんきランキング』?」

 

 それはプロデューサーの口から発せられた新たなお仕事の内容であり、私にとっての死刑宣告でもあった。

 

「わぁ……!」

 

「凄い! 二人のコーナー!?」

 

 だというのに、智絵里ちゃんとかな子ちゃんはまるで自分の新コーナーのことのように嬉しそうな顔を見せた。いいよいいよ、羨ましいなら全然代わるよー。

 

「『とときら学園』の新コーナーです。先日の収録を見た関係者の方が、お二人の……コンビ感がいいと」

 

「えぇ……?」

 

 恐らく、帰ろうとする私を引き留めるきらりという定番のやり取りのことを言っているのだろう。まさか一度しか見ていないハズのそれを気に入られるとは思いもしなかった。くそぅ、それが原因で仕事が増えることになるとは……不覚。

 

「やろうよー! やろうよー!」

 

「やめろぉー」

 

 捕まえておくという名目でいつも私を膝の上に乗せる形で座らせるきらりが身体を揺するので、つられて私の体も左右に揺れる。

 

 ついでに後頭部にフニフニと柔らかいものが当たるが、別に嬉しくもなんともない。一瞬、この体験を文章に書き起こして良太郎さんに提出したらいくらかお小遣いがもらえないかとも思ったが、そんなことに労力を割くこと自体がもう面倒くさかった。

 

「まずは様子見で数回やってみる……というのは、いかがでしょうか」

 

「………………」

 

 面倒くさいことには変わらないけど、曲がりなりにもアイドル事務所に所属するアイドルだ。全ての仕事を突っぱねるというのは、将来(いんぜい)的に考えてもあまりよろしくないことは確定的に明らかだった。

 

「……まぁ、それなら」

 

 故に承諾する。

 

「……どうせすぐ終わると思うけど」

 

「うきゃあああぁぁぁ!」

 

 そんな私の負け惜しみのようなセリフも、テンションが上がったきらりの歓声によって掻き消されてしまった。そしてさらにユサユサと揺すられる私の小さな体。やめろよー。

 

「それから、お二人にも」

 

「え?」

 

「私たちにも、あるんですか?」

 

 どうやら智絵里ちゃんとかな子ちゃんにも仕事の話があったらしく、プロデューサーから話を振られた二人はキョトンとしていた。

 

「お二人には『とときら学園』のVTR出演、インタビューの仕事をしてもらいます」

 

「インタビュー……」

 

 インタビューかー……いや、智絵里ちゃんにインタビューはちょっと難しいような気がする。同じプロジェクトのメンバーにすらまだ遠慮する節がある智絵里ちゃんが全く見ず知らずの人に対して話しかける姿が想像できない。智絵里ちゃんほどではないが、かな子ちゃんもそういう仕事はそんなに向いているわけでもない。

 

「……出来るかな……?」

 

「……今のお二人に、必要な仕事だと思います」

 

 私の想像通り、本人自身が一番不安がっていた。

 

 しかし、プロデューサーはそれが智絵里ちゃんにとって必要なことなのだと言い切った。

 

「……分かりました」

 

「……ホントに大丈夫?」

 

 意を決して頷いたかな子ちゃんと智絵里ちゃんに、代わりに私が確認を取る。

 

「うん。みんなも舞踏会に向けて頑張ってるし、私も頑張らなくちゃ!」

 

「私も、人見知りを直して……ちゃんと喋れるようになりたいなって」

 

「……ふーん、二人がやりたいならいいけど」

 

 どうせ私は私の事で手いっぱいだ。気にかけることは出来るけど、二人がやりたいというのであれば私はこれ以上何も言うことはない。

 

「頑張ろうねぇ!」

 

「「うん!」」

 

 きらりの呼びかけに力強く答える二人。

 

 ……まぁ、何事も無ければいいよ。主に杏に。

 

 

 




・『名探偵ナンナン』
・『金魚鉢少女の事件簿』
もちろんTBネタ。
同級生恵美はいいとして……見たかったなぁ……ネコ沢志保……。

・いっぱい食べる君が好き
かな子のかの字も出してないのにかな子を追い浮かべさせるメンタリズム(偽)

・自分以外のアイドルが輝いてくれることの嬉しさを知った。
何気に良太郎が他のアイドルに気をかける理由をちゃんと語ったの初めてな気がする。

・高橋礼子
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。クール。
大人の色気漂う妖艶な31歳の、デレマス界最年長の一人。
なんとあのあずささんの中の人ことチアキングをモデルにしたらしいキャラ。となると、CVは……!?

・篠原礼
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。クール。
グラマラスな大人の女性な一方で怖がりでなぞなぞ好きな27歳。
なんとバストサイズは雫と拓海に続く三位タイという驚異の胸囲の持ち主。
あぁ^~一緒にお酒を飲んで酔い潰れたいんじゃ^~。

・差し違え
テーブルナイフ(ティルフィング)
同じタイミングで初登場したセリスユリアエフラムの神器強化来たんだから、エイリークのジークリンデ強化はよ!(バンバンッ

・やっちまった奏ちゃん
よりにもよって一番やっちゃいけない相手にやっちゃいけないことをやっちまった奏ちゃんは、哀れ忍さんがトラウマになってしまったとさ(チャンチャン)

・CVが付いていないキャラは喋ることが出来ない
いっそのこと良太郎の声もPPTP方式でいいんじゃないかな。



 というわけで、やっちまった奏ちゃん。寧ろこれだけで済んでよかったというべきか……。ちなみに忍の方も少しやりすぎたと反省して後ろめたい気持ちがあったり。

 しかし一向に良太郎がCI組と関わる気配がないが……(ちゃんと律儀にサブタイトルを訳している人なら気付き始めるはず)



 ……え? R18作品? なんのこったよ(泣)



※『番外編39 新春&四周年特別企画・後』を加筆修正しました。割と重要な情報をぶっこんできたので、よければ読み返していただくと幸いです。


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Lesson189 My existence value 3

ちょっとだけ真面目にやってネタに走ってからのシリアスどーん!


 

 

 

「さてと……そろそろ俺はお暇させてもらうよ」

 

 最後の一口を飲み干したコーヒーカップを置き、俺は机の上に置いてあった伝票を手に取った。最初から奢られる気満々だった速水とフレちゃんはともかく、最初は遠慮気味だった周子ちゃんもそれをごく自然に見送った辺り、段々化けの皮がはがれ始めたような気がした。正体現したね。

 

「今日はご馳走様、周藤先輩」

 

「ごちそうさまでした~」

 

「ご馳走様でーす」

 

「なんのなんの。可愛い女の子たちと一緒にお茶出来たんだから安いもんだよ」

 

 世の中には私財を投げ売ったとしてもそれを叶えることが出来ない野郎どもがいるというのに、いやぁアイドルっていう職業は本当に得だなぁ!

 

「志希の出向云々に関しては流石に俺の管轄じゃないだろうから、お前たちのレッスンを見てやるのはしばらく後になるだろうな」

 

「アナタのことだから、レッスン関係なくこっちの事務所に来てたまたま顔を合わせることになるでしょうけどね」

 

「確かに」

 

 その可能性は大いに否定できなかった。

 

 

 

 

 

 

「というわけで、今回の志希ちゃんの346出向に関してはお前に一任しようと思う」

 

「ちょっと待とうぜ」

 

 などという話を速水とした矢先にこれである。

 

 事務所に戻って兄貴に呼び出されたかと思ったら、いきなりそんなことを言い出された。

 

「人に対して散々『お前の職業を言ってみろ』なんて言ってる癖に、俺がトップアイドルだっていうことを知らないとは言わせないぞ」

 

 確かにフットワーク軽く色んな所に顔出してるただの気さくなお兄さんみたいなムーブしてるけど、これでも多忙なトップアイドルだ。その部分を文章にしていないだけなので誤解されがちだが、一応これでも文と文の間では過密なスケジュールを送っていたりする。

 

「兄さんが知らないハズないだろ」

 

「じゃあ教えてよ兄さん! なんでわざわざプロデューサーでもない俺にそれが一任されるんだよ!」

 

「ん」

 

「ん?」

 

 差し出されたのは、とある書類一式。読めということだろうからとりあえず手に取って読んでみる。

 

「……おぉ、美優さんのCDデビューが決まったのか」

 

 それは我らが事務所の美人事務員にして幻の九人目のアイドルとしてデビューする美優さんのCDデビューに関する書類だった。まだ正式なタイトルなどは決まっていないが、とりあえず現在進行形で楽曲を作成してもらっているらしい。

 

「というわけでちょっと手が離せなくてな」

 

 それに、と兄貴は無駄にデカくて本人も落ち着かないと語っている社長室の椅子に大きく身体を預けた。

 

「俺が何も言わなくても、結局お前は面倒見に行くんだろ?」

 

「……いや、行くけどさ」

 

「任せると言っても契約関係は全部終わらせてあるし、プロジェクトの進め方に関してはコチラから口出しすることはない。なら後はお前の領分だろ?」

 

「………………」

 

 確かに今までがそうだったように、これからもそうするつもりだが……なんだろうか、こうして改めて他者から指摘されると釈然としないものを感じる。

 

「……はぁ、分かったよ。兄貴のゴーサインが出たなら、つまり何をしてもいいってことだろ?」

 

「おい」

 

「冗談だよ」

 

「目の色がマジなんだよ」

 

 チッ、表情が変わらないからといって油断していた。

 

「しっかし、今更ながら他事務所のアイドルプロジェクトに協力的な事務所ってのもどうなんだよ」

 

 俺は元より望むところだが、仮にも一アイドル事務所経営者である兄貴がそれを推奨するのもいかがなものか。

 

 すると兄貴はそんなことかと鼻で笑った。

 

「この事務所を立ち上げたときから言ってるだろ」

 

 

 

 ――この事務所は『周藤良太郎』を超えることしか考えてないんだよ。

 

 

 

「………………」

 

 そーいやそうだったな。

 

「……本気で超えれると思ってんの?」

 

「せいぜい手を抜け。その間にトップの座は貰っていく」

 

 そう言って、兄貴はニヤリと口元を歪めた。

 

 

 

「……先ほどから貴方たちは何をやってるんですか」

 

「「なんかそれっぽい会話ごっこ」」

 

 最初から同席していた留美さんから呆れた目で見られてしまった。

 

 なんだかんだ言って、兄貴と俺は兄弟なのである。

 

 

 

 

 

 

「かな子ちゃんたち、頑張ってるみたいですね」

 

 最近、他のプロジェクトメンバーの活動を見るのがとても楽しいらしい卯月が、スマホで『とときら学園』の動画を見ながらニコニコと笑った。

 

 番組公式サイトで新コーナー『あんきランキング』で行った街頭インタビューの様子を無料配信しており、私たちニュージェネと最近一緒によくレッスンしている加蓮と奈緒を合わせた五人で、休憩中にスマホを囲んでそれを見ていたのだ。

 

「本人たちはだいぶ苦労してるみたいだけどね」

 

 そこに映っているのは、もはやNGシーン集なのではないかと思うぐらいのかな子と智絵里のあたふたする姿の数々。駆け寄れば転び、インタビューしている人の前に被り、そもそもインタビューのために声をかけることが出来ず……本当に大変そうだ。

 

「これも舞踏会に向けての試練ってやつなのかな?」

 

「舞踏会というか……アイドルとして活動していく以上、こういう仕事も増えていくんじゃないかな」

 

 良太郎さん……は、街頭インタビューなんてしようものなら大パニック間違いなしなので除外するとして、例えば765プロダクションの天海春香さんだったら、持ち前の明るさで街頭インタビューも軽々こなして……と言おうと思ったが、普段の春香さんのイメージから先ほどのかな子と同じように転ぶ姿を思い浮かべてしまった。

 

「……あのさ、舞踏会で部署が存続出来るかどうか決まるんだよね……?」

 

 流石に失礼なので首を振ってその姿を脳内から霧散させていると、加蓮がそんなことを尋ねてきた。

 

 これまで事務所の後輩として私たちに対して敬語を使っていた加蓮と奈緒だが、一応私たちと同年代ということで敬語は無しということになった。

 

「うん。……そこで結果を見せられなきゃ、解散になる」

 

 即時解散ということだけは良太郎さんのおかげでなくなったものの、それでもそれが美城常務との約束。私たちは私たちのプロジェクトを守るために戦っているのだ。

 

「でも! 逆にチャンスってことだよ!」

 

「未央……?」

 

「私たちの力を見せつけてやればいいってことでしょ? つまりそれは、みんなに私たちを見てもらうってこと! アイドルとして望むところじゃん!」

 

 ……確かに、言われてみればそうだ。私たちはアイドルで、プロジェクトの存続という目標を抜きにしたとしても、私たちの実力を魅せなければいけないことには変わらない。

 

「強気だね」

 

「勿論! わたくし、ニュージェネのリーダーですから!」

 

 未央はブイサインを作りながらニカッと笑みを浮かべた。

 

「……いいなぁ、目標があって」

 

 そう、ポツリと奈緒が呟いた。

 

 今の奈緒と加蓮はCDデビューが延期してしまって以来、こうしてレッスンをする以外にほとんど仕事が無いと言って等しかった。

 

 ……自分たちのデビューが決まらない、先の見えない状況が怖いということは、何となく分かる。かつてみくが、その恐怖で立てこもり騒動を起こしてしまったぐらいなのだから。

 

「……ねぇ、二人も何かやらない?」

 

「「えっ?」」

 

「いいと思う。他の部署の人たちも誘ってるんだ」

 

 二人に向かってそう提案した未央に、私も同意する。

 

 菜々さんや夏樹さん、仁奈やその他大勢のバラエティ路線のアイドルたちも、私たちの部署と共に活動している。そこに奈緒と加蓮が加わっても、問題ないだろう。

 

「でも、私たちはまだCDデビューすらしてないのに……」

 

「関係ないって! 仲間は多ければ多いほどいいもんね!」

 

「まぁその分プロデューサーの仕事は増えるわけなんだけど」

 

「しぶりん今はそういうデメリット的な発言はしなくていいんじゃないかな!?」

 

「冗談だって」

 

「……えっと、凛ちゃん……?」

 

「なに? 卯月」

 

「えっと……ご、ごめんなさい……なんというか……そういうところ、なんだか良太郎さんに似てるなぁ……なんて」

 

「……なん……だと……!?」

 

 卯月から放たれた一言が、まるでガラスの少年時代の破片のように深く私の胸に突き刺さった。一瞬目の前が真っ暗になり、足から力が抜けてその場に膝から崩れ落ちた。

 

「凛ちゃん!?」

 

「しぶりんのショックの受け方が半端ないね!? 気持ちは分かるけどさ!」

 

「分かるのか!?」

 

「え、良太郎さんに似てるってそんなにショックを受けることなの!?」

 

 私を取り囲むようにして卯月・未央・奈緒・加蓮の声が聞こえてくるが、それら全てがまるで遠くから聞こえてくるかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 頑張らなくちゃって、思ってた。

 

 プロジェクトの存続を駆けた『シンデレラの舞踏会』を成功させるため、今から私たち全員が一丸となってシンデレラプロジェクトそのものを盛り上げていかなくちゃいけない。

 

 ニュージェネレーションズとラブライカ、そして蘭子ちゃんことローゼンブルクエンゲルはプロジェクト内では知名度が高い三組で、小さいながらも様々なステージに呼ばれることが多い。アスタリスクの二人はあの絶妙な掛け合いが受けてMCとして声がかかることが多く、凸レーションの三人は『とときら学園』のレギュラー出演者だ。

 

 そして杏ちゃんがきらりちゃんと一緒に『とときら学園』のミニコーナーを任せられると聞いて、私も頑張らなくちゃと思った。多分、智絵里ちゃんも同じ考えだったと思う。

 

 だからまず最初に私が始めたことはダイエット。他のみんなよりも少し体型が気になる私が思い付いたことが、それだった。食事制限をして、レッスン以外にもトレーニングをするようになった。他にも智絵里ちゃんと一緒にインタビューが上手くなれるような勉強もした。

 

 最初は失敗が多かったインタビューの仕事を、今度はちゃんと成功させてみせる。

 

 

 

 ……でも。

 

 

 

 今回の仕事は、江戸切子職人へのインタビュー。絶対に失敗しないと意気込んで挑んだそれは……到底、成功とは呼べない散々なものだった。

 

『最近の若い子は、切子なんてものに興味はないと思うだがね』

 

『そ、そんなことないですよ! とても素敵だと思います!』

 

『ほぉ。切子の何処が好きなんだい?』

 

『え、え?』

 

『……まぁいいさ。アンタらも仕事で来てるんだしな』

 

『わ、私たち、本当に素敵だなって……』

 

『そんな顔をして言われてもね。……適当に撮っていってくれていいから』

 

 切子職人さんは、そう言って席を立ってしまった。その表情は怒っているというよりは、むしろ悲しんでいるようで。

 

「……あ、あれ……?」

 

 慌てて追いかけようと立ち上がった私は、しかしそのまま足を踏み出すことが出来なかった。

 

「か、かな子ちゃん!?」

 

 視界が暗くなってきた。身体から力が抜ける。

 

 

 

 ――そんな顔をして言われてもね。

 

 

 

 切子職人さんはそう言っていた。

 

(……そんな顔って……私、どんな顔してたんだろう)

 

 視線をお店の入り口のガラスに向けて、そこに映る私の顔を確認しようとして……しかし私の目に映ったものは私の顔ではなく、焦りの表情を浮かべるプロデューサーさん。

 

 私は私がどんな顔をしていたのか分からないまま。

 

 そのまま、意識を失った。

 

 

 

 

 

 

「……あ、あれ? 今の子たち……何処かで……。あっ、そうだ、良太郎さんや春香ちゃんたちが言ってた……」

 

 

 




・正体現したね。
2018/1/26 長きの沈黙を破り、ついに『王』が帰還した……!

・「兄さんが知らないハズないだろ」
・「じゃあ教えてよ兄さん!」
違う……兄さんは確かに『知って』いたんだ……! 今回のこの事件のことを……!

・美優さんのCDデビュー
ようやく現実でも美優さんのソロデビューが決まったので。

・「せいぜい手を抜け」
別に、良太郎(アレ)を倒してしまっても構わんのだろう?

・「なんだか良太郎さんに似てるなぁ……なんて」
かいしん の いちげき!
りん に 9999 の ダメージ!
りん は めのまえが まっくらになった!

・ガラスの少年時代の破片のように深く私の胸に突き刺さった。
二十年前……だと……!?



 この辺りは見返すたびに胃が痛くなる……!

 さて、こんなかな子たちの下に現れたのは一体……?

 次回で終わるといいんぁ(無計画)


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Lesson190 My existence value 4

なんか久しぶりに四話で収まった気がするゾ。


 

 

 

 私が目を覚ましたのは十数分後、江戸切子のお店の近くにある神社の片隅だった。

 

 木陰になったところに横になっていて、なんでもプロデューサーさんがここまで私を背負ってきてくれたらしい。恥ずかしい、という気持ちは一切沸くことなく、ただただ情けないという感情しか浮かんでこなかった。

 

「だ、ダイエット……ですか?」

 

「……はい」

 

 私が倒れた理由はなんとなく察していた。食事量を減らそうと、無理な食事制限。身体に悪いということが分かっていても私にはそれしか思いつかず、今日も朝ご飯を食べていなかった。

 

 仕事に支障が出てしまった以上、黙秘するわけにはいかず、私は素直にプロデューサーさんに白状した。

 

「何故、そんなに急にダイエットを……?」

 

「……私、すぐに気が緩んじゃうから……だから上手くいかないんだって思って……」

 

 俯き膝に乗せた台本に視線を落としたまま「ごめんなさい」と謝罪する。

 

「か、かな子ちゃん……ごめんなさい、私ももっと頑張らないといけないのに……!」

 

 隣に座る智絵里ちゃんの声も、涙で揺れていた。

 

「ダイエットしようとしてもコレなんて……やっぱり私、ダメなんだ……」

 

 

 

「だ、ダメって言っちゃダメだよ」

 

 

 

「……え」

 

 聞き慣れない声。智絵里ちゃんのものではなく、ましてやプロデューサーさんのものでもない……とても優しい女性の声。

 

「えっとね……自分のことをダメって言っちゃうことが、一番ダメなことなんだよ」

 

 白いワンピースの上に厚手のカーディガンを羽織った、まるでお嬢様のような出で立ち女性。凄く大人びていて、とても綺麗で……。

 

「っ!? あ、貴女は……!?」

 

 その女性を見るなり、プロデューサーさんは驚いた様子で立ち上がった。

 

 プロデューサーさんの知っている人なのかと思ったが……違った。

 

 その女性は()()知っている女性だった。

 

 

 

「……は、萩原……雪歩さん……!?」

 

 

 

 

 

 

「い、いきなりごめんなさい……さっき運ばれているのを見て、少し気になっちゃって……」

 

「い、いえ! そんな! 寧ろその……御見苦しいところをお見せしてしまって……」

 

 突然現れたトップアイドルの登場に、咄嗟に私は智絵里ちゃんと一緒に立ち上がったのだが、まだ万全になっているわけではなかったのでそのまま再びフラッとしてしまった。

 

 智絵里ちゃんと共に再び座り、先ほど前でプロデューサーさんが座っていた反対隣に雪歩さんが座った。

 

 ちなみにプロデューサーさんは雪歩さんが近付いてきてからススッと無言で距離を取った。どうしてそこまで距離を取る必要があるのだろうかと思うぐらい離れてしまったが、そんなプロデューサーさんに雪歩さんも何故かペコリと頭を下げていた。

 

 くぅ~

 

「あっ」

 

 先ほどまで意識を無くしていたので当然まだ何も口にしておらず、依然空腹状態は続行中。お腹が鳴ってしまった恥ずかしさに顔が熱くなるのを感じた。

 

「……えっと、もしよかったら、どうぞ」

 

 一瞬だけぽかんとした表情を見せた雪歩さんは、ゴソゴソと肩から下げていたトートバッグの中から可愛らしくラッピングされた透明な袋を取り出した。中にはクッキーが入っている。

 

「え!? で、でも……」

 

 一瞬美味しそうだなぁと思ってしまったが、それでもダイエット中ということとトップアイドルの大先輩からお菓子をいただくことに対する抵抗があり、素直に手は伸びない。

 

「春香ちゃんが作ってくれたクッキーだから、美味しいよ」

 

「余計にもらえませんよぉ!?」

 

 雪歩さんと同じ765プロダクションに所属する、同じくトップアイドルの天海春香さん。お菓子作りが趣味として有名な彼女が作るお菓子なんて、ファンからしてみれば垂涎ものだろう。そんな春香さんが雪歩さんに渡したお菓子を私なんかが貰うことなんて出来るはずが無かった。

 

「それじゃあ、三枚入ってるから一緒に食べよう、かな子ちゃん。智絵里ちゃんも一緒に」

 

「あっ……」

 

「私たちの名前……」

 

 まさか私たちのようなアイドルの名前を覚えてもらえているとは思わなかったので、一瞬呆気に取られてしまった。

 

 そうこうしている間に、雪歩さんは包みを開いて中からクッキーを摘み上げると私と智絵里ちゃんにそれぞれ一枚ずつくれた。

 

「……でも、私その……ダイエットしてて……これ食べちゃったら……」

 

 私は、意志が弱い。自覚しているからこそ、自制しなければいけない。なのに、ここで食べてしまったら……。

 

「……私にもあるよ。お仕事に失敗して周りの色んな人に迷惑をかけちゃった経験」

 

「えっ……」

 

 貰ったクッキーを口に運ぶことが出来ずに葛藤していると、唐突に雪歩さんはそんなことを言い出した。

 

「あれはまだ私たち765プロのみんなが駆け出しで、お仕事も全くなかった頃だったかなぁ。みんなで夏祭りのイベントを手伝うことになったの」

 

「765プロの皆さんで……ですか?」

 

「うん」

 

 なんというか、今では到底考えられない豪華さである。765プロの人全員を一度に集まるイベントなんて、それこそテレビの特番が組まれてもおかしくないだろう。かつて雪歩さんたちがアイドルとしての知名度が低かったからこそ出来た芸当である。

 

「私と春香ちゃんと真ちゃんで、ステージを任されることになったんだけど……その、私ね、実は……男の人と犬が苦手なの。今ではそれなりに慣れてきたんだけど……その頃は、まだ全然ダメで……すぐそこに男の人と犬がいるだけで、ステージに立つことすら出来なかった」

 

 男の人が苦手……確か『萩原雪歩は男性ファンが嫌い』という噂が流れたことがあった気がする。でもその噂自体はとある悪徳芸能レポーターが自分の番組内で取り上げるために書き込んだ()()で、その人は名誉棄損で捕まったはずだ。

 

 でも、嫌いとまではいかなくても苦手というのは本当だったということか。

 

(成程、だからプロデューサーさん……)

 

 必要以上に距離を取ったのは、そのことを配慮した結果ということか。他事務所のアイドルのことまで把握しているとは、流石だった。

 

「任された仕事もまともにこなせなくて、私はなんてダメなんだって思った」

 

「雪歩さん……」

 

「……でもね、みんなが私を支えてくれた。春香ちゃんと真ちゃんは私がステージに来るのを待っててくれた。プロデューサーさんも犬が苦手なのに私には絶対に近づけさせないって約束してくれた。ここで私が私をダメだって言ったら……それは、支えてくれたみんなのことをダメって言っちゃうような気がしたんだ」

 

「………………」

 

「だから……まずは、ちょっと顔を上げて、周りを見てみて? きっとかな子ちゃんを支えてくれている人たちの顔がよく見えるようになるし……今のかな子ちゃんに必要なものが、きっと見えてくるよ」

 

「……顔を、上げる」

 

 そう言われて、私はようやく気が付いた。

 

 先ほどの江戸切子のお店。私はお仕事のインタビューのことが頭に一杯で、台本のことや勉強してきた人と話をするときのコツのことしか考えていなかった。

 

 だから、()()()()を全然見ていなかったし、そして何より倒れる直前まで()()()()()()()()()()()()()()()すら全く分かっていなかった。

 

「……私……全然笑えてなかった」

 

 あんな顔でインタビューされたら、誰だっていい気分にはならないだろう。

 

「……私の先輩がね、こんなことを言ってたんだ」

 

 

 

 ――緊張してもいい。でも力まないで。

 

 ――落ち着かなくてもいい。でも焦らないで。

 

 ――笑顔になろうとしなくていい。今の君たちなら、自然と笑顔になれる。

 

 

 

「……大事なのは笑顔になることじゃなくて、自然に笑顔になれる心の余裕なんだって」

 

「心の余裕……」

 

 そうか……私に本当に必要なのは、自分の心を律することじゃなくて……余裕を持つことだったんだ。

 

 くぅ~

 

「あっ……!」

 

 再びお腹が鳴ってしまい、雪歩さんにフフッと笑われてしまった。

 

「春香ちゃんのクッキー、美味しいよ?」

 

「……いただきます」

 

 先ほどからずっと手にしたままのクッキーを、私は一口齧った。

 

 それはとても甘くて、本当に美味しいクッキーだった。

 

 

 

「……き、緊張したぁ……へ、変じゃなかったかな……? 説教臭くなってなかったかな……!? ……私もちょっとだけ、良太郎さんみたいなこと、出来たかな……?」

 

 

 

 

 

 

 さて、今回も知らない内にお話が進んでしまっていたらしいが、一応今回の事の顛末という名のオチを語ることにしよう。

 

 杏ちゃん不在のキャンディーアイランドの二人のお仕事は、伝統ある江戸切子のお店へのインタビュー。その際、少々ハプニングがあり一時撮影中断してしまったらしいのだが、なんと休憩中に偶然出会った雪歩ちゃんからアドバイスを貰ったらしい。

 

 自分が笑顔になれていなかったこと、そしてお店のことをよく見ていなかったことに気付いた二人は、改めて江戸切子のお店へ。自分たちが不勉強だったことを自覚し、まずはお店の中をしっかりと見せてもらうところからインタビュー開始。

 

 二人とも江戸切子という工芸品に興味がないと落胆していたらしい職人さんも、改めて江戸切子を知ろうとする二人の姿勢を見直してくれ、そのまま撮影は無事に終了した。

 

 とときら学園の杏ちゃんときらりちゃんの新コーナーも大好評で、万事オッケー!

 

 ……というのが、たった今しがた凛ちゃんから聞いたばかりである。

 

「なるほどね……みんな頑張ってるんだね」

 

「うん。私ももっと頑張らないと」

 

 そうエプロン姿で意気込む凛ちゃん。今日も今日とてお店のお手伝い中で、仕事の帰りに寄っていつものお話タイムである。

 

 ……それにしても、そっか、雪歩ちゃんがねぇ。

 

「………………」

 

「……良太郎さん?」

 

 この間の莉嘉ちゃんと真ちゃんの一件、そして今回のかな子ちゃんと雪歩ちゃんの一件。話を聞いたときに感じたこの感情は……多分、嬉しさ半分寂しさ半分、といったところだろう。

 

 彼女たちだって、いつまでもアイドルの卵じゃない。今では華麗に大空を羽ばたく立派なトップアイドルなり、俺がそうしてきたように、これからは彼女たちが他のアイドルのことを導いていくのだろう。

 

 アイドルとして成長していくということは、やがて俺が気をかけなくてもよい巣立ちのときがやってくるということで……それがきっと、嬉しくも寂しいのだ。

 

 そして……シンデレラプロジェクトのみんなを導いてくれるアイドルがこの先も現れるというのであれば……。

 

 

 

 ――俺の役割は、きっと……。

 

 

 

「……ねぇ、良太郎さん」

 

「ん?」

 

 ぼんやりしながら色々と考えていたら、凛ちゃんがモジモジと自身の指を絡ませながら上目づかいにこちらを見ていた。

 

「その……そろそろなんだけど、私たちも良太郎さんのレッスンを受けれるレベルには最低限達してると思うんだけど……」

 

「……俺にレッスン見てもらいたいって?」

 

「ぜ、贅沢なことだって分かってるよ!? 私たちよりも凄いアイドルで、良太郎さんのレッスンを受けたいっていう人なんて沢山いるだろうし!? でもその、そうじゃなくて……いや、そうでもあるんだけど――」

 

 

 

 ――成長している私たちを、見てもらいたいんだ。

 

 

 

「………………」

 

「……何か言って欲しいんだけど」

 

「いや、凛ちゃんは本当に可愛いなぁって思って」

 

「なっ!? 何を……!」

 

(全く、俺は何を考えてたんだか)

 

 俺らしくない先ほどの考えを、首を振って霧散させる。

 

 お節介上等。余計なお世話上等。

 

 きっとそれが、アイドル『周藤良太郎』の存在価値だ。

 

 

 

「覚悟しなよ、凛ちゃん。やるからには、甘やかしてあげないから」

 

 

 

 

 

 

「……あれ!? 良太郎さん、話がオチてないよ!?」

 

「大丈夫、たった今しがたオチたから」

 

 

 




・「みんなで夏祭りのイベントを手伝うことになったの」
アニマス第三話。今の知名度で考えると、あの夏祭りはある意味伝説になったのでは。

・『萩原雪歩は男性ファンが嫌い』
この辺のお話はREX版の漫画三巻参照。
ところであの掘削組の真ん中の人、何やら誰かに似ているような……(握野○雄)(個人の感想です)



 前回のまこまこりんに引き続き、今回は雪歩がゲスト参戦! スマヌ幸子……。

 そして若干良太郎のアイデンティティーが揺らぎましたが、そんな良太郎を持ち直させた凛ちゃんはメインヒロインの可能性が微レ存……? このままでは本当にりんや美希がメインヒロイン候補(笑)になってしまう……マズイマズイ……。

 そして次回……ついに、例のプロジェクト本格始動です。


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Lesson191 Project:Krone

ここからが第五章の本番! プロジェクトクローネ編スタート!


 

 

 

 それはとある日のこと、美城さんから突然「時間を作れないか」と持ち掛けられた。恐らく志希を含めた美城さんのプロジェクトの話なのだろうが、生憎その日は結構忙しかった。

 

 いや、既に何回も言っているように基本『周藤良太郎』というのは多忙なのだ。番組収録、レコーディング、雑誌の撮影、スタミナ消費、宝物庫周回、イベントの囲み取材や雑誌に寄せるコラム記事の作成なんてのも。

 

 そんなわけでその日の俺の自由に出来る時間は移動時間ぐらいだったのだが……。

 

 

 

「何か飲むかね?」

 

「あ、じゃあ水で……」

 

 そこには、リムジンの後部座席で美城さんと向かい合わせに座る俺の姿が!

 

 

 

 まさか冗談で言った「車を出していただけるのであれば、そこで時間を作れますよー」という言葉を真面目に捉えられた挙句、リムジンで送迎される羽目になるとは思わなんだ。

 

 初めて乗るというわけでもないが慣れるほど乗る機会は無かったリムジンに揺られつつ、美城さんが備え付けられた冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターのペットボトルを受け取ると、それと一緒に何やら企画書のような紙の束を手渡された。

 

「これは?」

 

「私が進めるプロジェクトの企画書だ。一ノ瀬志希も参加してもらう予定なので、君にも目を通しておいてもらいたくてな」

 

 普通こういうの社外秘なんじゃないかなーと思いつつ、ペットボトルの水を飲みつつ企画書に目を通す。

 

「『Project:Krone(プロジェクトクローネ)』……ですか」

 

「あぁ。流石は既に海外をも視野に入れていると噂で、つい先日も世界各国の名だたるアイドルたちに宣戦布告をしてきたばかりの周藤良太郎、見事な発音だ。英語だけではなく、ドイツ語の発音も完璧とは恐れ入るぞ」

 

「まさかそこを持ち上げられるとは思わなかったゾ……」

 

 よいしょのレベルがまゆちゃんと同レベルだった。ホントこの人、いつもキリッとしているくせして根っこの部分が熱狂的な俺のファン(りょーいん患者)なんだよなぁ。

 

 ちなみにドイツ語は月村から教えてもらった。理数系の成績は割と残念だった俺だが、どうやら言語的な分野では意外な才能を発揮するらしい。このままグロンギ語やヒュムノス語辺りも是非習得したいところだ。

 

 それはさておき『Project:Krone』……イチイチ発音するのも面倒くさいからクローネでいいや。英語とドイツ語が交ざってる辺り割と香ばしいネーミングだよなぁと思いつつも、成程王冠(クローネ)か……普通の女の子が『お姫様』になるシンデレラプロジェクトに対して、このプロジェクトの子たちは初めから美城という一城の主に見初められた『お姫様』ってことか。

 

「我が346プロダクションのアイドル部門の全部署から私自らが選出したアイドルたちで構成された、会社のイメージ戦略の中核を成す企画だ」

 

 パラリと紙を捲ると、そこにはクローネに所属するアイドルが顔写真付きで載っていた。

 

 『一ノ瀬志希』は最初から分かっていたとし、『速水奏』『塩見周子』『宮本フレデリカ』の三人もつい先日本人たちから話を聞いていたので知っていた。

 

「……え、美嘉ちゃん……?」

 

 しかし、そこに予想していなかった名前を見つけて驚いてしまった。

 

「彼女にはクローネの中心となるユニットのメンバーとしてオファーを出していて、つい先日、了承の返事を貰ったのだ。……もっとも『ユニットに入ったとしても、私は私らしさを貫く』と啖呵を切られてしまったがな」

 

「へぇ」

 

 正直意外だが、その言葉を聞いて納得した。あまり美城さんに対していい感情を持って無さそうな美嘉ちゃんだったが、きっと何か思うところがあったのだろう。

 

「彼女を含め速水奏、塩見周子、宮本フレデリカ、そして一ノ瀬志希を加えた五人が、クローネを代表するアイドルユニット――」

 

 

 

 ――『LiPPS(リップス)』だ。

 

 

 

「……へぇ」

 

 それは、その、なんというか……曲者(マイルド表現)が揃ってるなぁ。

 

 いや、美嘉ちゃんや志希は言わずもがな、美城さんが直々に選抜した速水やフレちゃんや周子ちゃんなのだから、アイドルの素質としては高いメンバーが揃っているだろうし、ビジュアル面で見ても相当レベルが高い。ならばアイドルユニットとしてはこれ以上ない素晴らしいものが出来るのだろうという、半ば確信めいた予感があった。

 

 ただ些か各々の個性が強すぎるような気もする。志希とフレちゃんはかなりフリーダムな性格をしているし、周子ちゃんは速水と同じく傍観するタイプ。となると必然的に、一番常識人な美嘉ちゃんが苦労するポジションになるわけだが……面白そうだからいいか。

 

 さらにパラリと紙を捲る。勿論クローネのメンバーはリップスの彼女たちだけではなく、他にも何人かいるようだ。

 

 えっと、(たちばな)ありすちゃんに、大槻(おおつき)(ゆい)ちゃん、そして……。

 

「……えっ!?」

 

 先ほどの美嘉ちゃん以上に予想していなかった名前を見つけて驚愕する。というか、その人はそもそもアイドルですらなかった人物だ。

 

「さ、鷺沢さん……!?」

 

 なんと、以前八神堂にてはやてちゃんから紹介された本好き仲間の鷺沢文香さんである。

 

「ん? 彼女のことも既に知っていたのか?」

 

「知っていたというか、なんというか……」

 

 知り合って以来、八神堂で何回か顔を合わせる機会が合ったので少々顔見知りではあるが、それでなお『周藤良太郎』の存在に気付かなかったぐらいアイドルに対して無関心だった彼女が、まさかアイドルになっているとは思いもしなかった。

 

「そこに載っているのはプロジェクトへの参加が決定しているメンバーだ。その他にも何人か声をかけている。……本来ならば、高垣楓にも参加してもらう予定だったのだがな」

 

 おぉ、楓さんまで。ある意味美城のアイドル部門の顔と言っても過言ではない彼女まで参加するとなると、話題性という意味でも申し分ないぐらいの戦力になるだろう。

 

 ただ、美城さんの言葉から察するにどうやら上手くいかなかったらしい。

 

「……例のライブの後に、私が直々に勧誘に行ったのだがな――」

 

 

 

 ――好きな人に意地悪したくなる人って、いるじゃないですか。

 

 ――自分を見てもらいたくて、わざと意地悪しちゃう人。

 

 ――でも私は……好きな人を甘やかして応援しちゃうタイプなんです。

 

 

 

「――などと訳の分からないことを言われてな……ふ、ふふ」

 

 組んだ手を額に当てながら暗い笑みを浮かべる美城さん。どうやらそれだけその勧誘が本気だったのだろう。

 

 ……しかし、楓さんの好きな人か……誰なんだろ、普通に気になるぞ。

 

「……まぁいい、話を戻そう」

 

 美城さんは顔を上げて、コホンと一つ咳払いをした。

 

「彼女たちプロジェクトクローネのメンバーは全員、346プロダクションの秋の定例ライブに目玉として登場してもらう」

 

 別の紙の束を差し出されたので受け取ると、そこには『Autumn festival』と書かれていた。346プロダクションの秋の定例ライブ、つまりは夏に行ったサマーフェスに対するオータムフェスなわけだが、346プロを代表するアイドルの共演の場として有名だ。

 

「……ふむ」

 

 パラリと一枚紙を捲り、そこに書かれたオータムフェスの概要が目が入った。

 

『今ライブは例外的に、各部署の今期中間発表の成果発表の場を兼ねる』

 

 それはいいのだが、問題……というか気になるのは次の文だ。

 

『なお特定の部署においては、その成果が評価に値しない場合、部署の存続を見直すこととする』

 

 特定の部署というのは、どう考えてもシンデレラプロジェクトのことだろう。

 

「周藤君には悪いが、今回の定例ライブを一つの通過点とさせてもらう。ここで成果を出せないようであれば、彼らの『シンデレラの舞踏会』は実現するに値しないと判断する」

 

「……分かりました」

 

 一応、冬まで待ってもらえるという話だったはずなのだが……シンデレラプロジェクトのみんなは解散を譲歩してもらっている側だ。流石に理不尽とも言えない。

 

 学生に分かりやすく例えるならば、期末考査の結果で部活の存続を決めるからと言って中間考査を受けなくていいというわけではなく、そちらの結果が悪かった場合でも部活の存続を考え直すことになる……といったところか。

 

「なに、安心してくれたまえ。君との約束がある以上、理不尽な評価はしない。しっかりと客観的な判断を行った上で厳正な評価をしよう。なんなら、君もその場に立ち会うかね?」

 

「……そこまで言っていただけるのであれば、信じましょう。……まぁこれぐらいの試練は乗り越えてくれると、凛ちゃんたちも信じてますよ」

 

「……その渋谷凛だが――」

 

「ん?」

 

 

 

「――彼女もプロジェクトクローネに参加してもらう予定だ」

 

 

 

「………………マジですか?」

 

 

 

 

 

 

「ど、どういうことですか……!?」

 

 その日、突然私とアーニャが呼び出された。呼び出したのは美城常務で、そのことを伝えに来たプロデューサー自身も、どうして呼ばれたのかよく分かっていない様子だった。

 

 呼び出された目的が全く分からず、思わず眉間に皺が寄る。アーニャも不安そうな表情を隠しきれておらず、プロデューサーもそれは同じだった。

 

 そしてやって来た常務の部屋で、私たちは驚くべき言葉を耳にすることとなる。

 

「わ、私たちが……」

 

「み、美城常務の企画に参加……!?」

 

「あぁ、その通りだ。渋谷凛、君には新たなユニット活動を。そしてアナスタシア、君にはソロで活動してもらおう」

 

「ま、待ってください! 承服しかねます!」

 

 呆然と常務の言葉を聞いていた私たちに代わり、プロデューサーが声をやや荒げながら常務に詰め寄る。

 

「今、私たちは冬の舞踏会に向けて活動しているところです! 秋の定期ライブに参加と言われましても、余りにも急です!」

 

「これは会社の方針だ。納得してもらう必要はない」

 

「ですが……!」

 

「それに……君たちが敬愛する周藤良太郎も、このことに関しては納得してくれているぞ」

 

「なっ……!?」

 

「えっ……!?」

 

「リョ、リョータローが……ですか?」

 

 全く予想していなかった名前が常務の口から出てきたため、私たちは全員面喰ってしまった。

 

「君たちならば『これぐらいの試練を乗り越えてくれると信じている』とも言っていた。……君たちは、彼の期待を裏切るつもりかね?」

 

「………………」

 

 これには、流石に何も言えなかった。

 

 私たちが良太郎さんと親しいことを知っている以上、すぐに確認が出来てバレるような嘘なんてことは言わないだろう。つまり、良太郎さんは本当にそれを了承したということだ。

 

「それに渋谷凛、君にはこの企画を気に入ってもらえると思っていたのだがな」

 

 常務はそう言うと、デスクに置いてあったノートパソコンを操作してからクルリとこちらに画面を向けた。

 

 そこには私の宣材写真と……もう二人の写真が映し出されていた。

 

「か、加蓮……!? な、奈緒も……!?」

 

「君にはこの二人とユニットを組んでもらう。ユニット名は――」

 

 

 

 ――『Triad Primus(トライアドプリムス)

 

 

 




・スタミナ消費
なおイベント時以外は基本的に溢れている模様。

・宝物庫周回
弓ギルのスキル3とエレちゃんのスキル2をLv10にしたらQP吹き飛んだゾ……。

・『Project:Krone』
アニデレ二期において、シンデレラプロジェクトのライバルポジションとして登場したプロジェクト。美城常務が理想とする幻想的な意味でのアイドルが集められているためか、一部例外を除きクール系が多い。
残念ながら全体曲はないが、作者は劇場版が作成された暁には彼女たちも全体曲を貰えると信じている。

・グロンギ語
・ヒュムノス語
※作者はまだ未習得

・『Lipps』
デレステ初出の美嘉・奏・志希・周子・フレデリカの五人からなる、プロデューサープロデュンヌ問わない大人気ユニット。
コミュでは明言されていないが、ユニットの雰囲気とメンバーから美城常務(ゲームだと専務)が設立に関わっているのではないかと噂されている。

・橘ありす
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。クール。
とにかく名前で呼ばれたくない系のイチゴ好きな12歳。クールタチバナ。
本編アニメでの出番は少なかったが、U149での活躍を期待したい。

・大槻唯
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。パッション。
超正統派金髪ギャルな17歳。正統派でギャルとはこれ如何に。
今回は名前だけですが、ようやく……よ う や く 登 場! 楓さんに続く作者のデレマス担当アイドルうううぅぅぅ!!
彼女を登場させるためのPK編と言っても過言ではない(真剣)

・鷺沢文香
番外編14以来、リアルタイムで二年四ヶ月ぶりの再登場。長かったぁ……。

・私は……好きな人を甘やかして応援しちゃうタイプ
(意味深)

・『Triad Primus』
凛・奈緒・加蓮の三人組ユニット、りんなおかれん改めトライアドプリムス。
これまたリップスに負けず劣らずの人気ユニット。おかげでつい先日のイベントはボーダーがおかしかった模様……。



 というわけで、今回から第五章の本番と言っても過言ではないPK編のスタートになります!

 アニメに沿った形でCPの面々も描きつつ、アニメではスポットが殆ど当たらなかったPKの面々とのオリストを中心に書いていきたい!(願望)

 何せようやく唯ちゃんが本編で書けるからね!(テンション爆上げ)



『どうでもよくない小話』

 完全新作『アイドルマスター シャイニーカラーズ』リリース決定!!

 うわぁ新プロダクションだとかアケマスに近いシステムだとかまた登場人物が増えるおだとか、色々言いたいことはありますが一つだけ。

 めぐるちゃんがかわいいです。


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Lesson192 Project:Krone 2

楓さん五体目の公式フィギュアが出ますね!(挨拶)


 

 

 

 ――私は、君たちに可能性を感じている。

 

 ――既存のユニットにはない新たな輝きを。

 

 ――なに、今のユニットを解散しろとは言わないわ。

 

 ――君たちは、自分たちの才能をもっと伸ばしてみたいとは思わないか?

 

 

 

「………………」

 

 その日の晩、自分のベッドに寝転がりながら、私は美城常務の言葉を反芻する。

 

 奈緒と加蓮とは、一度だけ歌ったことがある。以前、美嘉さんと一緒にボーカルレッスンをしていた二人とレッスン室で出くわして、その場の流れで私を含めた三人で私たちニュージェネのエボレボ(『できたて Evo! Revo! Generation!』)を歌った。確かその最中に常務が社内コンペでレッスン室を使いたいからと言って入って来たが……そのときに私たち三人の組み合わせを見たのだろう。

 

 自分のことを評価されるのは嬉しい。奈緒と加蓮がデビュー出来るのも嬉しい。もし本当に才能があるのならば、伸ばしたくないと言えば嘘になる。

 

 でも私にはニュージェネが……未央と卯月がいる。事務所に入ってデビューしてからずっと一緒にやって来た二人がいる。まだ半年しかアイドルをやっていない新人でも……いや、新人だからこそ、私にとってのアイドルとはこの二人とのユニットなのだ。

 

 美城常務は、話に割って入ろうとしたプロデューサーに対して「君には聞いていない」「私は彼女たちに参加の意思を問うている」「『アイドルの自主性を尊重する』……それが君のやり方だったと思うが?」と言った。確かにこれならばプロデューサーは関与出来ないが……逆に言うと、常務は私たちに判断を委ねた。ならここで私がきっぱりと断ればそれで終わり。この話はここまでで、あとは秋の定例ライブを頑張ればいい。

 

 定例ライブに参加すること自体は、この際甘んじて受け入れよう。良太郎さんが『信じている』と言ったのであれば、きっとそれは私たちが頑張れば乗り越えることが出来るということなのだろう。だったら『シンデレラの舞踏会』のついでにこちらでも結果を出してみせよう。

 

「………………」

 

 だというのに、私はその一言を言えなかった。とりあえずこの場ではすぐに返事が出来ないということにして、それでその話は終わってしまった。

 

 私は迷っていた。……このまま私が常務の話に乗れば、それはそのまま奈緒と加蓮が待ち望んでいたCDデビューに直結する。これを断ってしまえば、彼女たちのデビューがまた伸びてしまうのでは……そう考えてしまった。

 

 そしてなにより、私自身()()()()()()()()()()()という思いも少なからずあるのだ。

 

「……はぁ」

 

 溜息を吐きつつ、私はいつものように良太郎さんへ相談するためにスマホを眼前に掲げる。

 

 しかしつい先日『良太郎さんのレッスンを受けれるレベルには最低限達してる』だの『成長している私たちを見てもらいたい』だの言った矢先なので少々気まずい。良太郎さん自身は気にしないだろうが、私は気にする。

 

 気にする、というか……なんか、その……甘えているようで恥ずかしい。

 

「………………」

 

 そんな自分の考えが余計に恥ずかしくて、顔が熱くなるのを感じた。

 

 いや、今更何を言っているのだと言われてしまえば返す言葉もないのだけれど、その発言をした直後の分、余計に恥ずかしいのだ。

 

 しかし、悩んでいることも事実。自分一人で解決すればいいだけの話で、そうするとやはり良太郎さんに相談するのは甘えなのかもしれないが……。

 

「……えいっ!」

 

 十分ほどたっぷり悩んだ後、結局私は通話ボタンを押した。『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』という言葉が今回のこれに当てはまるかどうかは分からないが、それでも私は良太郎さんに相談するという選択肢を選んだのだった。

 

 二回、三回、四回、五回とコール音が続いていく。

 

(……しまった、先に今電話かけて大丈夫かどうか聞いておくんだった)

 

 電話をかけるかかけないかの二択で考えていたため、良太郎さんが電話に出れるかどうかが頭から抜け落ちていた。時計を見ると、ちょうど九時を回ったところ。もしかしてまだ仕事なのかもしれない。

 

『……はい、もしもーし』

 

 一旦発信を止めてメッセージアプリに切り替えようかと思ったそのとき、発信音が終わり良太郎さんの声が聞こえてきた。慌ててムクリと身体を起こす。

 

「あ、良太郎さん、えっと、こんばんは」

 

『はいこんばんは、凛ちゃん』

 

「えっと……」

 

『あ、ちょっとゴメン』

 

 とりあえず美城常務から聞かされたことを話そうと思ったら、いきなり遮られてしまった。

 

 

 

 ――直ったのー?

 

 ――もう少しです! 申し訳ありません!

 

 

 

 そんな良太郎さんの声と、恐らくスタッフの声。

 

『ゴメンゴメン』

 

「……もしかして、まだ仕事中?」

 

『あーうん、一応。ドラマの撮影だったんだけど、機材トラブルがあって一時撮影が中断してたんだ。これが今日最後の仕事だったからいいものの、おかげでこんな時間だよ……』

 

 はぁ……と溜息混じりの良太郎さん。珍しく声色から疲れが見え隠れしていた。いくら人並み外れた体力を持っている良太郎さんでも、疲れるときは疲れるということだろう。きっと精神的な意味もあるのかもしれない。

 

『それで、今回の御用はなーに? また何かの相談かな?』

 

「……ううん、忙しそうだし、やっぱりいいや」

 

『へ?』

 

「ごめんなさい、撮影中に電話しちゃって」

 

『いや、それはいいんだけど……いいの? 今なら時間が――』

 

 

 

 ――大変申し訳ありませんでした! 再開しまーす!

 

 

 

『――……あ、あるから』

 

「ないみたいだよ」

 

 それは先ほど聞こえていたスタッフの声だった。どうやら機材の修理が終わったらしい。

 

『……おうおう、周藤良太郎待たせた上に大事な妹分からの電話を遮るたぁいい度胸してんじゃねぇか』

 

「落ち着いて」

 

 流石に冗談だろうが、良太郎さんがそれを言うとシャレにならない。

 

「私の方は大丈夫だから」

 

『……分かった。何かあったら、遠慮なく相談してね?』

 

「うん、ありがとう。良太郎さんも撮影頑張って」

 

『もうちょっとこうハートマーク多めな感じに言ってくれると凄い頑張――』

 

 忙しそうなので、何か言っていた気がするけど通話を終了する。

 

「……はぁ」

 

 スマホを持ったまま、パタリと後ろに倒れ込む。

 

 なんとなくだけど……このタイミングで良太郎さんが忙しくて相談出来なかったのは、きっと今回のことは相談すべきことじゃないと、誰かにそう言われた気がしたのだ。

 

 ならば、もう少しだけ私が考えてみよう。

 

 良太郎さんに頼らずにどこまで出来るのか。私たちの力だけでどこまでいけるか。

 

 ……もうちょっとだけ、頑張ってみよう。

 

 

 

 

 

 

「……ふむ」

 

「良太郎くーん、撮影再開するみたいよー……あら、どうかしたの?」

 

「あ、いえ、有希子さん……妹みたいな子と少し電話してただけです。今戻ります」

 

 今回のドラマで共演することとなった女優の藤峰(ふじみね)有希子(ゆきこ)さんがわざわざ呼びに来てくれたので、スマホを荷物に戻して撮影に戻る。

 

「頼られてるのねぇ。ウチの新ちゃんなんか、最近めっきり学校のこととか話してくれなくなっちゃって……蘭ちゃんとどんな感じなのか聞きたいのにー!」

 

「まぁ、新一君も微妙なお年頃になってきたわけですし」

 

 これだけ若々しい見た目をしておきながら、小学生の子持ちの既婚者なのだから恐れ入る。

 

「むー……ちなみに良太郎君の小学生の頃はどんな感じだったのかしら?」

 

「俺はなんというか『見た目は子供、頭脳は大人』な感じだったので……」

 

「あら、面白いキャッチフレーズね」

 

 そんな会話をしつつ、今回の撮影において一番大御所に当たる俺たちは現場に戻っていくのであった。

 

 

 

 

 

 

「……さてと」

 

 そんな感じで撮影を終えた翌日のこと。俺は車ではなく徒歩で346の事務所に向かっていた。今日は少々スケジュールに余裕を持たせることが出来たので、先日出来なかった話の続きを美城さんとする予定なのだ。

 

 ちなみに例によって迎えをよこしてくれようとしていたが、近くで別の用事があったため遠慮した。流石に何度も足を出させるのは気が引けたのである。

 

 さらにちなみに、本来ならば今日は志希の奴も一緒に連れていく予定だったのだが、例の如く失踪しやがった。ホントにアイツは……!

 

 というわけで、再びアイツへのお仕置きの仕方を考えながら、俺は346プロへの道を歩いていたわけなのだが、その途中、交差点待ちをしている美少女の後姿を発見した。後姿なので当然顔は見えないのだが、その背中から漂うオーラが間違いなく美少女のそれであり、そもそも知り合いなので顔は分かっていて当然なのである。

 

 信号が赤から青に変わったが、彼女は歩き出そうとしない。どうやらスマホに視線を落としていて、信号が変わったことに気付いていないらしい。

 

Девушка(お嬢さん),Сигнал стал синим(信号変わったよ)

 

「っ!?」

 

 突然母国語で話しかけられたことで、その美少女(アーニャちゃん)は振り返った。

 

「や、アーニャちゃん、ドーブラエウートラ」

 

「リョータロー……!? ……おはよう、ございます」

 

 日本人の俺がロシア語で挨拶して、ロシアのハーフのアーニャちゃんが日本語で挨拶するのが何かちぐはぐだった。

 

「リョータロー、ロシア語の発音、とてもオープトニィ……上手、です」

 

「この間のワールドツアーのときにちょっとねー」

 

 ドイツ語以外も勉強中なのだ。まぁ今後表記が面倒くさいからこの設定が活かされるかどうかは神のみぞ知るところであるが。

 

 このままここで話を続けていたら再び信号が赤に変わってしまうので、二人並んで横断歩道を渡る。

 

「今から事務所?」

 

「ハイ。……リョータローも、事務所に用事、ですか?」

 

「うん、ちょっと美城さんとお話があってねー」

 

「……そう、ですか……」

 

 美城さんの名前が出た途端、分かりやすく雰囲気が変わったアーニャちゃん。先ほどの後姿を見たときも感じたが、何やら悩んでいる様子である。

 

「もしかして、美城さんのプロジェクトのこと?」

 

「……分かり、ますか?」

 

「まぁね。一応、俺も少し話は聞いてるから……アーニャちゃんに美城さんのプロジェクトでソロデビューの話が出てるって」

 

「はい……」

 

 やっぱり美少女が暗い表情で俯いてるのを見るのは、こっちも辛いなぁと思いつつ、346の事務所に到着する。入り口ではちゃんと許可証を見せたので流石に気付かれたが、それ以上余計な混乱を避けるためにまだ変装を解かないでおこう。

 

 さて、自分は美城さんのところに行くから、アーニャちゃんは……と話しかけようとして、アーニャちゃんが立ち止まって何かを見上げていることに気が付いた。

 

 その視線を追ってみると、そこには美城さんのプロジェクト……プロジェクトクローネの広告がデカデカと飾られていた。

 

 速水、美嘉ちゃん、周子ちゃん、フレちゃん、鷺沢さん、ありすちゃん、唯ちゃんの七人の宣材写真、そして空いた五つのスペースに『coming soon』の文字が。恐らくここに志希とアーニャちゃん、凛ちゃん、そして凛ちゃんとユニットを組む予定の加蓮ちゃんと奈緒ちゃんが入るのだろう。

 

「………………」

 

 そんな広告を見つめて、アーニャちゃんは一体何を思うのか……。

 

 ドンッ

 

「「きゃっ!」」

 

 そんなアーニャちゃんだったが、前を向いていなかったためか前方から歩いてきた女性とぶつかってしまった。その衝撃で女性が抱えていた数冊の本が床に落ちる。

 

「イズヴィニーチェ、ごめんなさい……!」

 

「いえ、こちらこそ……」

 

 謝りながら本を拾うアーニャちゃんと女性。自分も足元に飛んできた本を一冊拾う。

 

「はい」

 

「ありがとうございます……あら?」

 

「ん?」

 

 本を手渡そうとして、その女性に見覚えがあることに気付く。いや、見覚えと言うか、知り合いというか……そもそも広告を見上げればそこにいる女性。

 

「……周藤さん? どうして、こちらに……?」

 

 鷺沢文香さんだった。

 

 

 




・以前、美嘉さんと一緒に(ry
本来なつきち回でやっておくところですが、生憎そのシーンは丸々カットされております。

・その……甘えているようで恥ずかしい。
( *゜Д゜)o彡゜

・もうちょっとこうハートマーク多めな感じ
伊東ライフ的な(直喩)

・藤峰有希子
『名探偵コナン』において主人公・工藤新一の母親。藤峰は旧姓で芸名。本名は工藤有希子。
原作では二十歳で結婚と同時に女優を引退しているが、この作品では現役。
ちなみに新一と蘭は現在小学二年生。

・『見た目は子供、頭脳は大人』
原作再開まだかなー。

・毎度おなじみ適当ロシア語
エキサイトクオリティなので目を瞑って欲しい。

・七人の宣材写真、そして空いた五つのスペース
というわけでアイ転版クローネは十二人体制となっております。



 ついにフミフミが番外編ではなく本編登場!

 そしてこの後は……当然あの子の登場シーンだ! オラ、自分で書く癖にワクワクしてきたゾ!


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Lesson193 Project:Krone 3

唯ちゃあああぁぁぁん!(フライング挨拶)


 

 

 

「リョータロー、知り合い、だったのですか?」

 

 鷺沢さんが広告に写っているアイドルだということに気付いているアーニャちゃんは、俺と鷺沢さんのやり取りに首を傾げていた。

 

「あぁ、まぁ、プライベートの方で少しだけ。……まさか鷺沢さんがアイドルになってるとは思わなかったよ」

 

「……ご、ご存知、だったのですか……?」

 

「ご存知だったというか、存じ上げたというか」

 

 美城さんに見せてもらった資料のおかげなので、知ったのはつい最近である。

 

 すると鷺沢さんは持っていた本で恥ずかしそうに顔を隠してしまった。

 

「その……慣れたつもりではあったのですが……知り合いにアイドルになったということを知られるのは……は、恥ずかしいです……」

 

 何この子超カワイイ。

 

「……えっと、それより……私としては、周藤さんがこの事務所にいらっしゃることも疑問なのですが……」

 

「……あー、うん、そうだねー……」

 

 一体どういう経緯でアイドルになったのかが凄い気になったので聞こうと思ったら、先に話題を変えられてしまった。

 

 どうやら、まだ俺がアイドルだということには気づいていないらしい。名前が同じだけの他人と思っているのか、はたまた未だにアイドル『周藤良太郎』という存在そのものを知らないのか……。

 

「おーい、文香ー! どーしたのー?」

 

 どう返したものかと考えていると、鷺沢さんの名前を呼ぶそんな声が聞こえてきた。声の聞こえてきた方に視線を向けると、一人の少女がこちらに向かって駆けてくるのが見えた。

 

 ウェーブがかった長い金髪の少女。ギャルメイクは別として、やや広めの胸元が少しだけ美希ちゃんを彷彿とさせたが、瞳の色が翠色の美希ちゃんに対して彼女は青色。美城さんに見せてもらった資料に載っていたアイドルの一人で、今も見上げれば宣材写真が飾られている大槻唯ちゃんだった。

 

「あーっ! ラブライカのアナスタシアちゃん!?」

 

 そんな唯ちゃんは、来るなりアーニャちゃんの存在に気付いて驚きの声を上げた。

 

「だ、ダー」

 

「わー! やっと会えた! アタシ、大槻唯!」

 

 突然のことに目を白黒させるアーニャちゃんの手を取ると、唯ちゃんは上下にブンブンと振った。

 

「これからよろしく……って、あっ、ゴメン! 無視するつもりはなかったんだけど……おにーさんは誰?」

 

 そこでようやく俺の存在に気付いたらしい唯ちゃん。ギャルギャルした見た目とは裏腹に、周りに対する気遣いが出来るいい子である。というか、俺の知り合いのギャルっぽい子は基本的にみんないい子たちばかりである。

 

 さて、彼女もクローネの一員である以上これから関わりが増えていくだろうし、ちゃんと挨拶をしておいた方がいいだろう。

 

 そう判断して、俺は変装状態を解除した。恒例の正体バラシタイムである。

 

「初めまして。周藤良太郎です」

 

「……え、えええぇぇぇ!? 周藤良太郎っ!? リョータローくんっ!? え、マジ!? 本物!? 最近ウチの事務所に出入りしてるっていう噂が流れてたけど、あれってホントだったんだ!?」

 

 まぁそんな噂が流れてたとしても、普通は信じられないよなぁ。

 

「? 大槻さん……?」

 

 お馴染みのリアクションをしてくれた唯ちゃんだが、そんな唯ちゃんのリアクションに対して鷺沢さんは首を傾げていた。あれ、これもしかして本当にアイドル『周藤良太郎』のことを存じ上げていないパターンなのでは……?

 

「どうなされたのですか……?」

 

「どーしたもこーしたもないよ文香! あのリョータローくんだよ!? トップアイドルの周藤良太郎だよ!?」

 

「トップアイドルの……?」

 

 唯ちゃんの言葉の意味を理解したらしい鷺沢さんは、前髪に隠れた目を少しだけ見開いてこちらを見た。

 

「……周藤さんも、アイドルになられていたのですか……?」

 

「……そう来るかー……」

 

 どうやら微妙に理解していないというか、若干天然の気があるらしい鷺沢さんに、思わず脱力してしまう。

 

「……?」

 

 話の流れが分からず、一人首を傾げているアーニャちゃんが大変可愛らしかった。

 

 

 

 

 

 

「……ということは、八神堂でお会いしたときには……既に周藤さんは、高名なアイドルだったということなのですね……」

 

「まぁ、そーいうこと」

 

 その場で立ったまま話すのもアレなので、一先ずロビーの片隅に設置されたソファーにまで移動し、一先ず鷺沢さんに対して『自分がアイドルであること』『出会った時には既にアイドルだったこと』をザックリと説明する。

 

「ちなみに、そのとき一緒にいた響ちゃんもアイドルだよ」

 

「なんと……!」

 

「えっ!? ってことは文香、リョータローくんだけじゃなくて、765プロの我那覇響ちゃんとも知り合いだったってこと!?」

 

 いいなー! と本気で羨ましがっている様子の唯ちゃん。三人がアーニャちゃんを中心にしてソファーに座り、俺が三人の前に立っているという位置関係なので、唯ちゃんが鷺沢さんへと身を乗り出したことでその深い胸元をご拝謁賜ることが出来た。ありがたやありがたや……。

 

「……私は、本当に世間知らずだったのですね……アイドルになってから、改めて思い知らされました……」

 

「ホントだよー! 周藤良太郎知らないって、相当世間知らずだよ!」

 

「……やっぱり……そうですか……」

 

 あぁ、何気ない無邪気な唯ちゃんの一言が、鷺沢さんを傷付けてしまう……!

 

「それよりも! どーしてリョータローくん……じゃなかった、リョータローさんが346の事務所にいるの? しかもアナスタシアちゃんと一緒に」

 

「あぁ……まぁちょっとね」

 

 ズーンと落ち込む鷺沢さんを「元気、出してください」と慰めているアーニャちゃんの姿を横目に、唯ちゃんの質問に相槌を打つ。

 

「実はウチの事務所の新人が一人、君たちと同じクローネに参加させてもらうことになっててね。その関係で最近はよくこの事務所に出入りさせてもらってるんだよ」

 

 もっとも、それより前にも散々出入りしているわけなのだが、わざわざ言う必要もないだろう。そのときはまだ凛ちゃんの様子を見たり友紀たちに会いに来たりと完全にプライベートだったから。

 

 ……プライベートで他事務所に訪れるっていうのもアレかと思ったが、それを言ったら765や876や1054にだって遊びに行ってるし今さらである。

 

「そーいえば常務が他の事務所から……シュッコー? してくるアイドルがいるって言ってた気がする」

 

 まぁ、出向扱いで間違いはないだろう。

 

「一ノ瀬志希って言うんだけど、実はまだアイドルデビューもしてないド新人でね。こっちで面倒を見てもらう代わりに、俺もクローネの面倒を見ることになったんだ。だから、これから君たちのレッスンを見てあげる機会があるかもしれないね」

 

「え、えぇっ!? それマジっ!? ……ですか!?」

 

 なんか美希ちゃんがりっちゃんに対して使っていた無理のある敬語を彷彿とさせた。

 

「マジマジ。でもやるからには優しくはしてあげられないから、覚悟しといてね?」

 

 765プロのみんなや旧バックダンサー組……現シアター組のみんなをしごき上げたかつての腕前を見せるときが再びやって来たようだな……!

 

「すっごーい! まさかあの周藤良太郎にレッスン見てもらえるなんて! アタシたち超ラッキーだね、文香! アナスタシアちゃん!」

 

「え?」

 

「……え?」

 

 興奮気味にアーニャちゃんに話を振った唯ちゃんだったが、当のアーニャちゃんはキョトン顔だった。確かに先ほどまで鷺沢さんを慰めてはいたが、ちゃんとこちらの話は聞いているようだったので、話の流れが分かっていないというわけではないだろう。

 

 となると……。

 

「あれ? アナスタシアちゃんも、プロジェクトクローネに選ばれたんでしょ?」

 

「……その……私は、まだ……参加、決めてません……」

 

 アーニャちゃんは力なく笑いながら首を横に振った。やっぱりそのことで悩んでいたらしい。

 

「……え、えぇ~!? 何で何で~!?」

 

「突然、だったので……」

 

「一緒にやろうよ~! 衣装もキメキメでカッコイイしさ~! 迷うことなんてないって~!」

 

 ね~ね~とアーニャちゃんを軽く掴んでゆさゆさと揺れる唯ちゃん。こんな可愛らしいおねだりのされ方をされたら、俺だったら一発で落ちている自信がある。

 

 なんというかさー最近はあぁやって露骨におねだりしてくる子が減っちゃったんだよなーアレはアレで嬉しいというか楽しいんだけどなー。『毒も喰らう。栄養も喰らう。両方を共に美味いと感じ、血肉に変える度量こそが食には肝要』って誰かが言ってたし。あ、でも美人局(つつもたせ)とかは勘弁ね。

 

「文香もそう思うでしょ?」

 

「……はい」

 

 鷺沢さんはコクリと頷いてから「ですが」と続けた。

 

「アナスタシアさんが悩む気持ちも……よく分かります。私は、スカウトされるまではアイドルというものに興味がなくて……」

 

「そりゃあ周藤良太郎を知らないぐらいだから、アイドルなんて興味ないだろうねー」

 

「……はい……」

 

 あぁ、また唯ちゃんの何気ない一言に鷺沢さんがダメージを受けておられる!

 

「……なので、アイドルをすると決心するまで、だいぶ時間がかかりました」

 

「でも、やってみたら楽しかったっしょ?」

 

 しかし次の唯ちゃんからの一言に、鷺沢さんはしっかりと微笑みながら頷いた。

 

「初めてのことばかりで、戸惑うこともありますけど……それが、読んだことのない本のページを捲るみたいに、ドキドキして……」

 

 鷺沢さんは、自身の膝の上に置いた本の表紙を優しく撫でる。

 

「だから今回のプロジェクトも……やってみれば、また新しいページが開けるんじゃないかと思って……」

 

 文学少女らしい、随分と詩的で……とても素晴らしい言葉だった。

 

「………………」

 

 そんな鷺沢さんの言葉に何か思うことがあったらしく、アーニャちゃんはハッとした表情になっていた。

 

「現にこうして……私は、また新しいことを一つ知ることが出来ましたから」

 

 そう言いながら俺を見上げてくる鷺沢さん。

 

「……そうだね、()()()()()はもうちょっと色々なことを知るといいかもね。少なくとも、周藤良太郎ぐらいは知ってて欲しかったかな?」

 

「えっ……あ、その……はい……」

 

「文香照れてる~カワイー!」

 

 その呼び方が少しだけ気恥ずかしかったらしく、唯ちゃんに囃し立てられて文香ちゃんは俯いてしまった。

 

 

 

 ……さて、アーニャちゃんと同じ悩みを抱えているであろうもう一人の少女は、今頃どんなことを考えているのやら。

 

 

 




・今も見上げれば宣材写真が飾られている大槻唯ちゃんだった。
あああぁぁぁあああぁぁぁ!!(作者暴走中)

・少しだけ美希ちゃんを彷彿とさせた
放送当時も散々言われてたよなぁ……。

・俺の知り合いのギャルっぽい子は基本的にみんないい子
寧ろガチギャルになると逆に苦手なので(書くのが)

・何気ない無邪気な唯ちゃんの一言が、鷺沢さんを傷付けてしまう……!
いつはやみーが被害者になるかと戦々恐々としてる。

・『毒も喰らう。栄養も喰らう』
一度バキ全巻読んでみたいけど、一体どこから読めば……。



 まだだ……まだ唯ちゃん分が全然足りない……! 今後絶対メイン回書いちゃるけんのぅ……!

 というわけで、ほぼ原作通りに進んだアーニャサイド。次回はもう一人の悩める少女、凛ちゃんサイドです。



『どうでもいい小話』

 シャニマスの情報がちょっとずつ出てきてますね。

 今の段階で一番気になっているのは白瀬咲耶ちゃんです。


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Lesson194 Project:Krone 4

折角登場したのに唯ちゃんがいないぞおおおぉぉぉ!(挨拶)


 

 

 

「……ぐぬぬ」

 

「し、渋谷さん? どうしたの?」

 

「えっ? いや、別に……大丈夫、何でもない」

 

「普段の貴女からは想像できないような唸り声で、ちょっと心配になったんだけど……」

 

「ありがと、津辺(つべ)さん。それより、さっきトゥアールさんが観束(みつか)君を何処かに連れていくのが見えたけど、追わなくていいの?」

 

「トゥアアアァァァルウウウゥゥゥ!」

 

 今年の春に入学早々やってきた外国人の転校生の名前を叫びながら、津辺さんは黒髪のツインテールを揺らしながら凄まじいスピードで走っていってしまった。恐らく、もうしばらくしたらトゥアールさんの叫び声が聞こえてくることだろう。……トゥアールさんの声って、蘭子に似てるから少し微妙な気分になるんだよなぁ。

 

 しかし、どうやらクラスメイトに心配されるぐらい私は、傍目に見て悩んでいたらしい。

 

 実際、悩んでいることは事実である。内容は勿論、クローネのことだ。

 

 良太郎さんに頼らずにどこまで出来るのか一人で考えてみようと決めたのが、昨日の晩のこと。それからずっと、こうして次の日の放課後になるまで悩んでいたのだが、案の定、簡単には答えは出てこなかった。

 

 未央と卯月の三人でニュージェネを続けるか、加蓮と奈緒の三人で新たなユニットを組むか……。勿論、掛け持ちという手もあるが、まだアイドルを始めたばかりの私に、そんな器用なことが出来るのだろうか。ニュージェネの歌とダンスを絶対に大丈夫と胸を張れるレベルで完璧ならば良かったのだが、生憎自己評価はあまり高くない。

 

「……事務所行こ」

 

 はぁ……と溜息を一つ吐きつつ、私は鞄を持ち上げながら席を立った。

 

 ――ぎゃあああぁぁぁ……!

 

 校舎の何処からか、蘭子に似ているにも関わらず全く乙女らしさを感じさせない叫び声が聞こえてきたような気がした。

 

 

 

 

 

 

「……あれ」

 

「ヤッホー」

 

「……よっ」

 

 あと少しで事務所というところで、加蓮と奈緒が立っていた。

 

「えへへ、待ち伏せ成功ー!」

 

「待ち伏せって……」

 

 どうやら二人して私が事務所に来るのを待っていたらしい。

 

「……ちょっと、話がしたいんだけど……いいかな?」

 

「……話?」

 

 私が聞き返すと、加蓮はコクリと頷いた。その隣で、奈緒はやや気まずげに自身の毛先を指で弄っている。

 

 ……話の内容は、何となく想像できた。なら、私にそれを断る理由はない。

 

「……うん、いいよ」

 

「よかった。それじゃあ立ち話もアレだし……あそこ行こっか」

 

 そう言いつつ加蓮が指差したのは、ファーストフード店。軽いお話をするには丁度いい場所だった。

 

 私はそれに了承し、三人でその店へと向かった。

 

 

 

 放課後の時間帯なので学生客が多くいる可能性もあったが、幸いなことに空いていた。

 

 勿論何も頼まずに場所だけ借りるというわけにはいかないので、それぞれ適当なものを注文する。レッスン前なので軽めにということで、私はアップルパイと飲み物、加蓮はポテトと飲み物を注文。一方で奈緒が注文したものは……。

 

「………………」

 

「な、なんだよ……」

 

「いや、別に」

 

 所謂お子様セットと呼ばれるものだった。先ほどから嬉し気にオマケとして付いてきたフィギュアを見ていることから、どうやらそれを目当てに注文したらしい。確か……ウチの事務所の小関(こせき)麗奈(れいな)ちゃんがモデルであり本人が声優も務めている『幽体離脱フルボッコちゃん』とかいうアニメで、その主人公フルボッコちゃんのフィギュアだ。

 

「ふ、ふんだ、どーせ子どもっぽいとか思ってるんだろ……?」

 

 拗ねたように唇を尖らせる奈緒。そんな奈緒をニヨニヨと口元を歪めながら見ている加蓮は、多分子どもっぽいと思っているのではなく、そんな風に拗ねる奈緒が可愛くて笑っているのだろう。

 

「だから別になんとも思ってないって。良太郎さんもそれ注文してたし」

 

「「……えっ!?」」

 

 まぁそれなりに長い付き合いをしていれば、こういうファーストフード店で一緒に食事をする機会はそれなりにあったりする。そういうとき、たまに良太郎さんもオマケ目当てでお子様セットを注文することが多々あったのだ。

 

 そしてつい先日も、一緒にここの系列の別のお店へ一緒に行った際に、良太郎さんが奈緒が貰ったものと全く同じフィギュアを貰っていたのだ。私がそのフィギュアについて詳しく知っていたのも、そのとき良太郎さんから教えてもらったからだ。

 

「『基本的にここでしか手に入らないものが多いから、意外と侮れない』って言ってた」

 

「ふーん、意外……でもない、かな? 確かに、アニメやゲーム大好きとは公言してるもんね、良太郎さん」

 

「へ、へぇ……そうなんだ……」

 

(……ははーん。これは奈緒、話が通じる相手が見つかって喜んでるなぁ?)

 

 何故かそわそわしてる奈緒と、そんな奈緒を見ながら再び口元を歪める加蓮。よく分からないが、とりあえず加蓮が奈緒を弄ろうとしていることだけは分かった。

 

 そんなやり取りをしつつ、私たちは店の片隅のテーブルに着いた。一応、私たちもアイドルなので、それなりに人目を気にした結果である。

 

「改めて、付き合わせちゃってゴメン」

 

 私は「大丈夫」と首を振る。

 

「……トライアドプリムスのことでしょ」

 

 逆に私からそう切り出すと、二人とも少し驚いたような表情を見せた。もしかして、二人はまだ私がその話を聞いていないと思っていたのだろうか。

 

「色々考えてみたんだけど……私は参加できない」

 

 結局、私がとりあえず出した結論はそれだった。私はアイドルとしてデビューしてから今まで未央と卯月の三人でニュージェネレーションズとして活動してきた。今ではそれなりにファンの人が増えてきたが、それでもまだまだ駆け出しの半人前……三人揃って一人前なのだから、寧ろ三分の一人前だ。

 

 そして私たちが優先しないといけないのは、今回の定例ライブの後に控えている『シンデレラの舞踏会』。それを成功させなければ、ニュージェネどころかシンデレラプロジェクトのみんながバラバラになってしまう。

 

 ……やっぱり、それが一番嫌だった。

 

 「ゴメン」と謝ると、奈緒は「……やっぱりな」と寂しげに呟いた。

 

「そうだよな、凛にはニュージェネがあるもんな……」

 

 しかし、加蓮の反応は違った。

 

「……でも私、このチャンスを逃したくない」

 

「ちょっ!? 加蓮!?」

 

 加蓮は、話を断ったことに対し悲しむでもなく、ましてや怒るでもなく……ただただ真っ直ぐな目で私を見ていた。

 

 隣で慌てる奈緒を他所に、加蓮はさらに言葉を紡ぐ。

 

「デビューしたいっていうのは勿論だけど……私、奈緒と凛の三人でもっと歌ってみたいんだ。この前三人で歌ってみた時、凄くいい感じだった。……だから、この三人ならきっと凄いことが出来る……そう思えた」

 

 「凛はどうなの?」という加蓮からの問いかけに、私は言葉に迷う。

 

 ……何も思わなかったと言えば、嘘になる。

 

 あのとき、私たち三人で歌ったエボレボは、ハッキリと言って私たちニュージェネ三人が歌ったときのものと比べるとまだまだと感じた。うぬぼれかもしれないが、あの曲は確かに私たち三人のための曲で、最も上手く歌えるのは私たち三人だと自負している。

 

 けれど、()()()()()()()()での歌には、私の心の琴線に触れる何かがあった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()と思ってしまうだけの何かが。

 

 

 

 ――志半ばで途絶える夢もある。辿り着けずに挫折する夢もある。

 

 ――けれど、始めなければ分からない夢だってある。

 

 

 

 思い出すのは、まだ私がプロデューサーからアイドルのスカウトを受けていた頃に、電話で相談をした良太郎さんの言葉。

 

 

 

 ――まぁ要するに、何事もチャレンジってことだよ。

 

 

 

(……始めなければ……分からない……)

 

「……ねぇ、凛のこの後の予定は? まだ時間ある?」

 

「えっ……今日は、その……自主練の予定」

 

「だったらさ、今から一緒に事務所のレッスン室に行こ。そこでもう一度、この三人で合わせてみようよ……そうすれば、きっと分かる」

 

「………………」

 

 その加蓮からの提案に、私はコクリと頷いた。

 

 

 

 

 

 

「こんばんは、凛ちゃん」

 

『……こんばんは、良太郎さん』

 

 美城さんとの話を終えた日の夜。再び凛ちゃんから電話がかかって来た。

 

『えっと……今日は大丈夫?』

 

「うん、大丈夫だよ」

 

 まだ帰宅はしていなかったものの、その日の仕事を終えて後は帰るだけなので、キチンと話が出来る。

 

「それで、どんな悩み事?」

 

『……その、今日電話したのは、相談じゃないんだ』

 

「あれ」

 

 先日聞きそびれたことかと思ったら、どうやら違うらしい。だからといって、ただの世間話をするような雰囲気でもないし……。

 

『……私ね、今凄い悩んでることがあって……それを、良太郎さんに頼らずに、自分で決めようと思ってるの』

 

「……そうなんだ」

 

 何というか、嬉しさ半分寂しさ半分である。

 

『それは、私にとっての挑戦で……アイドルとして、新しい可能性が見つかるかもしれないことで……』

 

 だから、その……と若干要領を得ない凛ちゃんだったが、黙って彼女の言葉を待つことにする。

 

『……応援、して欲しんだ』

 

「……へ?」

 

 正直予想していなかった凛ちゃんからのそんな要望に、思わず呆気に取られてしまった。

 

『その、変なことを言ってるって自覚はあるよ。……でも、私はまだその一歩が踏み出せなくて……だから、えっと……』

 

「………………」

 

 

 

 ――もしアイドルになるっていうんなら、俺は全力で応援するよ。

 

 

 

 それは他ならぬ俺自身が、アイドルになるための一歩を踏み出せずにいた凛ちゃんに向けて言った言葉だ。

 

 最初から俺は、トップアイドル『周藤良太郎』としてではなく――。

 

 

 

「頑張れ、凛ちゃん」

 

 

 

 ――彼女の兄貴分として、応援すると決めていた。

 

「君が進むと決めたなら、俺はそれを全力で応援する。だから頑張れ」

 

『……うんっ。頑張る。……ありがとう、良太郎さん』

 

「どういたしまして。これぐらいなら、いつでもオッケーだよ。……あ、もっとハート多めがいい?」

 

『そーいうのいいから』

 

 クスクスという凛ちゃんの笑い声が聞こえてきた。

 

 

 

 ……さて、どうやらプロジェクトクローネの本格始動は、目前みたいだ。

 

 

 




・津辺さん
・トゥアールさん
・観束さん
今や既に懐かしき『俺、ツインテールになります』の登場人物たち。
良太郎のみならず、凛ちゃんの高校も魔改造していこう(提案)

・小関麗奈
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。パッション。
小物系悪戯っ子な13歳。レイナサマー。
デレマス勢の悪戯っ子枠。ただ滲み出る小物臭は一体……。
ちなみにデレステのステージ衣装の髪型が凄い好き(小並感)

・『幽体離脱フルボッコちゃん』
奈緒が好きらしいアニメ。……アニメ? 特撮?



 とりあえずキリがいいので、今回はここまで。次回からまたサブタイ変更してアニメ20話および21話編を続けていきます。微シリアスが続くよぉ……。

 だから空気読めてないかもしれないけど、次回は番外編書くよ!

 ある意味番外編が本編みたいなもんだもんね!(大暴言)


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番外編40 黄色の短編集 その2

キャラ選抜に結構悩んだ短編です。


 

 

 

・握手会の会場にて(Lesson79後のお話)

 

 

 

「あ、あの、わ、わたし、ずっとりょうたろうさんの、ふぁ、ファンで……! 『ゴールデンエイジ』に初めて出演したときからずっと応援してて……!」

 

「おぉ、久しぶりにその番組名聞いたよー。ありがとね、こんな不愛想な奴ずっと応援しててくれて」

 

 「これからもよろしくね」と女性の手を両手で握ると、彼女の両目から滂沱の涙が。こういう反応をされると、改めて「あぁ俺ってば人気あるんだなぁ」と実感する。いや、トップアイドルが何を言っているのだと言われるかもしれないが。

 

 さて、というわけで今回のお仕事はズバリ握手会である。

 

 アイドルのお仕事の代表格と言っても過言ではないこの握手会。昨今は色々あったせいかアイドルの安全面を考慮してその数が減ってきている。

 

 かくいう俺もいくら知名度や人気で言えば日本トップレベルのアイドルとはいえ、やはり嫌われるときは嫌われるものらしく、実は一度ガチで襲われかけたこともあったのだが――。

 

 

 

「良太郎、水だ」

 

「お、あんがと」

 

 

 

 ――ボディーガード役の恭也のおかげで事なきを得た。

 

 俺が初めて握手会を開くことになった際に自ら「お前に何かあったらなのはが悲しむ」という名目でボディーガード兼()()()役を志願してくれた恭也。当時はまだ自分の人気というものをよく分かっていなかった俺だったので「大げさだなぁ」と思いつつも、一応雇ってみたのだが、それが起きたのはアイドル二年目の握手会だった。

 

 

 

 ――申し訳ないが、そこで止まってもらおう。

 

 

 

 突然、恭也は握手をしに来た女性を数メートル手前のところで静止させた。

 

 一体何を言い出したのかと思いきや、女性は踵を返して逃亡を開始。入り口付近のスタッフによって取り押さえられたのだが、なんと荷物の中から巧妙に隠された塩酸入りのビンが見つかったのだ。

 

 恭也曰く「目線や動き方があからさまに怪しかった」らしい。あのままもう数歩前に近付いてきていたら、確実に塩酸がかかる距離になっていたことだろう。

 

 そんな経緯があり、こうして握手会の際は恭也にボディーガードをしてもらうことが恒例になった。

 

「流石の人気だな……それに、年々人も増えている」

 

「これでも現役でトップアイドルだから。まだ減ってもらっちゃ困るさ」

 

 水分補給の小休憩を終え、次の人をブースに呼び込む。

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

 ブースに入って来たのは、小学校高学年ぐらいの女の子だった。少し緑がかった長い黒髪にショートパンツ姿の彼女は、髪の毛が短かったら性別を見間違えたかもしれないボーイッシュな雰囲気を醸し出している。

 

 そして、初めて見る顔でもあった。

 

 全員の顔を覚えているというわけではないが、何度も来てくれた人の顔は流石に覚えている。中には毎回ボディーガードとして俺の後ろに立っている恭也とも顔馴染になる人もいるぐらいだ。

 

 今回のこの少女は俺の記憶にヒットしなかった。それは恭也も同じらしく、初めての人ということで少しだけ警戒を強くしたのを感じた。

 

 流石にこの子はないだろう……と思いつつ、いつも通り握手をするために手を差し伸べる。

 

「こんにちは。お嬢さん」

 

「こ、こんにちは! 南条(なんじょう)(ひかる)です!」

 

「よろしく、光ちゃん」

 

 やや緊張気味の光ちゃんと握手をする。うん、若いおなごの柔らかい手である。

 

「えっと……アタシ、覆面ライダー天馬やってた良太郎さんを見て、ファンになったんです!」

 

「おっ」

 

 たまに同じようなライダーファンが来ることもあるが、女の子は初めてだった。ならば、少しぐらいサービスしたくなるのが(さが)ってもんである。

 

 俺は手を放してスッと後ろに下がると、何かを持っているかのように右手を顔の横まで掲げた。

 

「『……確かに俺じゃ、お前には勝てないさ。それぐらい知ってる。分かってる』」

 

「……あっ!」

 

 どうやらそれだけで光ちゃんは気付いてくれたようだ。

 

「『だからこの変身は、お前を倒すための変身じゃない……お前を倒すアイツのための変身だ!』」

 

 一度右に腕を振ってから、それを腹部に当てる仕草をする。

 

「『天馬……俺に、最後の力を貸せ!』」

 

 

 

 ――変身っ!

 

 

 

「うわあああぁぁぁ! 『覆面ライダー竜』46話! 究極完全体ゼウスキメラ戦! ペガサスの最後の変身シーン!」

 

 それはもう目をランランと輝かせた光ちゃん。お気に召してくれたようでなによりだ。

 

「情報出てると思うけど、今度の劇場版『覆面ライダージェミニ』に俺もゲスト出演するから、楽しみにしててね」

 

「はいっ! 楽しみにしてます! これからも俳優やアイドル、頑張ってください!」

 

 元気にブンブン手を振りながら、光ちゃんは去っていった。

 

「……珍しいじゃないか。いくら女の子でも、あそこまでサービスすることなんて殆どないだろう」

 

「……さぁ、なんだろうな。もしかしたら、ライダーの勘があの子に何かを感じたのかもな」

 

「そこはせめてアイドルとしての勘で感じるべきでは……」

 

 そんな彼女と再会するのは、だいたい一年半後のことである。

 

 

 

 

 

 

・テレビ局の廊下にて その3(Lesson172後のお話)

 

 

 

「突然ですが! 本日、周藤さんにドッキリを仕掛けさせていただきたいと思っております!」

 

「……お、おう」

 

 凛ちゃんたちは今頃楓さんのステージを見てる頃かなぁと思いながら楽屋で待機していると、突然やって来たスタッフからそんなことを宣言された。

 

「え、いや、それ言っていいんですか? 寧ろ聞いていいんですか?」

 

「そ、その……や、やはり許可を取るべきかと思いまして、ハイ」

 

 どういうことだってばよ。

 

「んー……まぁ、俺とて業界の人間ですからね。テレビに使ってもらえるドッキリならば歓迎しますけど……あんまり酷いのは勘弁してくださいよ?」

 

「そ、それは勿論! ほんのささやかなドッキリですので!」

 

 それはそれでどうなのだろか。

 

 一応了承すると、スタッフは何度も頭を下げながら楽屋を出ていった。

 

 ……しかし、流石の俺もあらかじめドッキリだと宣言された上でのドッキリとか初体験だぞ。寧ろそれを知った上でどのようなリアクションをするのかを試させているのかもしれない。

 

「……まぁいいか」

 

 ちょっとウキウキしている自分がいた。

 

 

 

 というわけでその日の仕事をしながら、いつドッキリが来るのかを楽しみにしていたのだが、それは唐突にやって来た。

 

「はーっはっは! 喰らいなさい!」

 

 廊下を歩いていると、角から突然小さな影が飛び出して来た。おでこを大きく出した長い髪の女の子だったので一瞬伊織ちゃんかと思ったが、どうやら違うらしい。

 

 彼女の手にはおもちゃのボウガンがあり、先端に吸盤が付いた矢がつがえられていた。

 

「……って、アレ!? プロデューサーじゃなっ……!?」

 

 ポンッという軽い音と共に放たれる矢が、真っ直ぐ俺の顔めがけて飛んできて――。

 

 

 

「はっ!」

 

 

 

 ――咄嗟に人差し指と中指で矢を挟んで止めた上に、そのまま少女に向かって投げ返してしまった。

 

「あいたぁ!?」

 

 そのまま彼女の広いおでこに吸盤で引っ付く矢。まさか咄嗟の行動が二指真空把になるとは……自分でもビックリである。

 

「ちょ、ちょっとスタッフ!? ターゲットはプロデューサーって話じゃなかったの!? 別人じゃない!? というか周藤良太郎じゃない!? なんてことさせてくれんのよ!?」

 

 おでこに矢を張り付けたまま、おそらくドッキリの仕掛け人らしき少女が何やら叫んでいる。どうやら彼女もターゲットが俺だと言うことを聞かされていなかったらしい。……ということは、二重でドッキリだったということか。

 

「って、あれ? もしかして、小関麗奈ちゃん?」

 

「っ!?」

 

 見ると、なんと俺に向かって矢を撃ってきたのは346プロに所属する小関麗奈ちゃんだった。

 

 ……これは、好都合だ。

 

「麗奈ちゃん」

 

「……な、なに……は、はい……」

 

 

 

「サインください」

 

 

 

「……は?」

 

 一応自分でも持ち歩いている色紙を彼女に向かって差し出すと、麗奈ちゃんは呆けた表情になった。

 

「いやぁ、実はフルボッコちゃんのファンでさ。前々からサイン貰いたいって思ってたんだよねぇ」

 

 346の事務所でそれとなく探してたんだけど全然出会えなくて、こうして出会えて本当に好都合だった。

 

「………………」

 

「あ、ダメだった? もしアレなら、俺のサインと交換とかでどう?」

 

「……は、はい……」

 

 一瞬こちらに手を伸ばすのを躊躇した彼女だったが、色紙とサインペンを受け取った麗奈ちゃんは、そのままサラサラとサインを書いてくれた。しかもフルボッコちゃんの簡単なイラストと『周藤良太郎さんへ』という宛名付きだ。

 

「ありがと、麗奈ちゃん」

 

「……きょ、今日の所はこれで勘弁してあげるわ! このレイナサマに感謝することねー!」

 

 色紙を受け取りながらお礼を言うと、ハッと我に返った麗奈ちゃんはいつもの調子を取り戻してそのままピューッと走り去ってしまった。

 

「いやぁ、まさかこういう意味でのドッキリとは、スタッフもやるなぁ……」

 

 その後、何故か謝りに来たスタッフに麗奈ちゃん宛の俺のサインを預けてから、テレビ局を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

・ボルダリング施設にて(Lesson181後のお話)

 

 

 

「今日はよろしく頼むぞ、良太郎君! 真美君!」

 

「こちらこそよろしくお願いします、弦十郎さん」

 

「よろしくお願いしまーす!」

 

 差し出された右手を握ると、とても力強く握り返された。思わず顔をしかめそうになるが、男の意地としてそこはグッと我慢した。いや、そもそもしかめれないんだけど。

 

「えっと……ビッキーちゃんもよろしくね」

 

「はいっ! よろしくお願いします!」

 

 弦十郎さんの所属する209(ソング)プロダクションの後輩にして、現在放送中の『覆面ライダーガングニール』の主演である立花(たちばな)(ひびき)ちゃんとも握手を交わす。弦十郎さんほどではないにせよ、女の子にしては意外と力強い握手に少し驚いてしまった。ちなみに『ビッキー』は、我那覇響ちゃんと区別するためにファンの間でも用いられている彼女のあだ名である。

 

 というわけで今日のお仕事は俺・真美・弦十郎さん・ビッキーちゃんの四人の談話である。

 

 なんでもこの間の俺と弦十郎さんの談話記事の評判が相当良かったらしいので、恐らく今度はこの二人に同じく特撮繋がりの女の子二人を加えてみようという試みだろう。いや、どちらかというと次の映画で共演するビッキーちゃんと真美の二人がメインで、俺たち二人はあくまでもオマケのような気もするが……明らかにオマケの方が濃いような気もする。

 

 確かに男二人のときよりは、絵面的にも華やかになったとは思うが……。

 

「なんでボルダリングなんだ……」

 

 カラフルな凹凸が埋め込まれた壁を見上げながら、思わずそう呟いてしまう。なんでも『歴代&現役ライダーがボルダリングに挑戦!』という企画らしいのだが……いや本当になんでだよ。

 

 ちなみに、つい先日放送されたマッスルキャッスルで菜々ちゃんたちもやってたが、こちらは本当に僅かな凸凹しかない上に若干壁面が反っているガチ仕様である。

 

「真美、こんなのやったことないよ……」

 

「流石に俺もないって」

 

 高町家の山籠もりには連れていかれたが、流石に崖登りとかはなかったから……。

 

「えぇっ!? ないんですか!? 師匠、この間『特撮に出演するには壁登りは必須!』って言ってたのに!?」

 

 何故か驚愕しているビッキーちゃんが弦十郎さんに詰め寄っていたが、当の弦十郎さんは笑って誤魔化していた。いやまぁ、一応俺たちアイドルだし、君たちはどちらかというとスタント側の人間だから……。

 

 そんなわけで、とりあえず挑戦開始。スルスルと登る弦十郎さんや響ちゃんに対し、体力に自信はあるものの不慣れな俺や筋力的に辛い真美が、二人と比べて醜態を晒す羽目になった。いやまぁ、いくらある程度のスタントはこなしてきたとはいえ、流石にあの二人と比べられたら分が悪いどころの話じゃない。特に弦十郎さんはなんだあれ、何で片手で登れるんですかねぇ……完全に壁登りの業だコレ。

 

 そんなこんなでヘロヘロになりながらも写真撮影などをこなしていたわけなのだが……。

 

「わっ!? アイドルがいる?!」

 

 休憩中、そんな声が施設内に響いた。どうやらたった今入って来たばかりの一般利用者らしく、長い茶髪の一部を二本の三つ編みにした少女がこちらを見ながら目をキラキラと輝かせていた。

 

「すごーい! 765の真美ちゃんだ! 209のビッキーもいる! うわぁ本物も凄いかわいいー!」

 

「んっふっふ~、いやぁ流石真美だね!」

 

「えへへ……まだ面と向かって言われるのはなれませんね……」

 

 自信満々にドヤ顔する真美と、まだ少し照れが見えるビッキーちゃんが対照的だった。

 

「って、わわっ!? 俳優の風鳴弦十郎さんに、トップアイドルの周藤良太郎さんまで!? 何々、どうなってるの!?」

 

 俺と弦十郎さんにも気付いて一人大騒ぎする少女。休憩中故に邪魔にはなっていないため、普通に騒がしくて愉快な子だなぁという感想だった。

 

「ほう……中々鍛えている良い身体じゃないか。君、よかったらウチの事務所にこないか?」

 

「えっ、私!?」

 

 どうやら弦十郎さんのお眼鏡にかかったらしい。確かに、スタントが出来そうなしなやかな筋肉が剥き出しになっている二の腕やふくらはぎから見て取れた。あと凄い可愛い。アイドルとして十分やっていけるレベルだ。

 

「ご、ごめんなさい! ……その、実はオーディションを受ける予定で……」

 

 おっと、本当にアイドル志望の子だったのか……。

 

「ちなみに何処を受けるのか、聞いてもいい?」

 

「は、はい! その、765プロなんです!」

 

「えぇ!?」

 

 真美が驚いていたが俺も驚いた。そうか、シアター組の方か。……って、この間二次募集の最終選考が終わったばかりって言ってた気がするんだけど、まだ増やすのか……なんというか、流石高木さんだな……。

 

「はっはっはっ、どうやら765プロの方に先を越されてしまっていたようだな」

 

「うーん、私も残念です!」

 

 断られてしまったものの快活に笑う弦十郎さんと、本当に残念そうなビッキーちゃん。

 

「わー! ってことは、同じ事務所になるかもしれないんだ! 名前教えて教えてー!」

 

「は、はい! 高坂(こうさか)海美(うみ)です!」

 

「受かってたらよろしくね、うみみ!」

 

「はいっ!」

 

 まさかのところで、765プロの新たなアイドルの卵と出会うことになった。

 

 ……なんとなくだが、この子ならば本当に受かるような気がした。

 

 

 

 

 

 

・とある公園にて(Lesson186後のお話)

 

 

 

 テレビ局でみりあちゃんたちの幼児プレイ……もとい『とときら学園』の収録の見学を終えたその日の夕方、仕事帰りに346プロの近くの公園の前を通ったのだが、そこに見知った影を見つけた。

 

 既に遊んでいた子供たちも家に帰ってしまった閑散とした公園で、一人ポツリと寂しげにブランコに座るその姿がいつの日かのなのはちゃんの姿とダブってしまい、思わず足を止めてしまった。

 

「……こんばんは、仁奈ちゃん」

 

「え? ……あっ! 良太郎おにーさんでごぜーます! こんばんは!」

 

 少々うつむきがちで暗かった表情が、話しかけた途端パッと明るく花が咲いた。

 

「今日は収録お疲れ様。どうだった?」

 

「楽しかったでごぜーます! みりあちゃんたちみんな一緒のお仕事は初めてでごぜーましたし、きらりおねーさんと愛梨おねーさんも優しかったでごぜーます!」

 

 それにそれにと今日の収録のことを楽し気に話してくれる仁奈ちゃん。今の状態だと、先ほどまで感じていた暗い雰囲気はすっかりと鳴りを潜めている。

 

「……おっと、もうこんな時間か……良かったら、家まで送ろうか?」

 

 先ほどまで橙色に照らされていた公園だが、そろそろ太陽もビルの向こう側へと消えようとしていた。流石に暗くなってから九歳女児を一人歩きさせるのは忍びない。

 

 しかしそんな俺の提案に対し、仁奈ちゃんは首を横に振った。

 

「お迎えがきてくれるからだいじょーぶでごぜーます」

 

 あら、お迎え待ちだったか……どうやらいらぬ心配だったか……?

 

「仁奈ちゃーん……!」

 

 そんなとき、背後からそんな彼女を呼ぶ声が。どうやらそのお迎えの人が来てくれたようだが……何やら聞き覚えのある声だったぞ。

 

「あっ! 美優おねーさん!」

 

「……美優さん?」

 

「えっ……!? ど、どうして良太郎君が……!?」

 

 振り返った先にいたのは、紛れもなく今朝事務所で顔を合わせた123プロ事務員兼アイドルの卵である美優さんの姿だった。

 

「俺は公園に一人でいた友達の姿を見かけたんで、ちょっとお話してただけなんですよ」

 

「良太郎おにーさんがお話しててくれたので、退屈しなかったでごぜーます!」

 

「そうだったんですか……ありがとうございます」

 

 ニコニコと笑いながら美優さんに抱き着く仁奈ちゃん。そんな仁奈ちゃんを慈愛の笑みで抱きしめ返す美優さん。まるで親子のような、思わず心温まってしまうかのような光景である。

 

「それで、よろしければ美優さんと仁奈ちゃんの関係をお聞きしたいところなんですが」

 

「……えっと、ですね」

 

 もしかして言いづらいことなのかなぁとも一瞬思ったが、美優さんはちゃんと教えてくれた。

 

 要約すると、仁奈ちゃんと美優さんは同じマンションで暮らしており、海外出張中の父親や仕事で家にいないことが多い母親の代わりに、美優さんが仁奈ちゃんの面倒を見ているということだった。

 

「知り合ったのは、仁奈ちゃんが346プロでアイドルデビューしてからだったんですが……部屋に一人でいることが多いという話を聞いて……ほっとけなかったんです」

 

 そう言いながら仁奈ちゃんの頭を撫でる美優さん。

 

 仁奈ちゃんの家庭事情はなんとなくそんな気はしてたけど……既に解決済みの問題だったというわけか。それならば一安心である。

 

「一言、言ってくれればよかったのに……って思いましたけど、別に言うようなことでもなかったですかね」

 

 あくまでも彼女のプライベートの話だ。いくら他事務所のアイドルとはいえ、それをわざわざ言う必要もないか。

 

「あの、このことは……」

 

「わざわざ話すつもりはありませんけど、別に話しても問題はないと思いますよ」

 

 そもそも他事務所のアイドル云々の話をし始めたら、真っ先に矢面に立たされるのは俺である。

 

「いえ、いずれ話そうと思っていたことなので……もし何かあった場合、色々と問題ですし……」

 

「……分かりました。その時は言ってください、俺も口添えしますので」

 

「ありがとうございます……」

 

「さっきから良太郎おにーさんと美優おねーさんは何の話をしてやがるのですか?」

 

 何でもないよーと俺も仁奈ちゃんの頭を撫でる。

 

「……ねぇ、仁奈ちゃん。もし俺が『ウチの事務所に来ない?』って誘ったら、どうする?」

 

「? 仁奈が良太郎おにーさんの事務所に……でごぜーますか?」

 

「そうそう。美優おねーさんもいるし、どうかな?」

 

 そう尋ねると、仁奈ちゃんは「んー」と少し考えてから首を横に振った。

 

「今の事務所には沢山お友達がいやがりますから、仁奈は今の事務所がいいでごぜーます!」

 

「……そっか」

 

 フラれてしまったが、心の中は逆に嬉しかった。こういう場合は、いらぬ心配になってしまった方がいいのだ。

 

「それじゃあ、二人まとめて車で送りますよ」

 

 まだ日が暮れたばかりとはいえ、流石に美優さんと仁奈ちゃんの二人組を歩かせるのは心もとない。寧ろ送り届けなかったら色んな人から怒られそうだ。

 

「……それじゃあ、お言葉に甘えます」

 

「よろしくおねげーします!」

 

 左手で美優さんと手を握った仁奈ちゃんが、右手をこちらに向かって差し出して来た。

 

「……はい」

 

「えへへ」

 

 断る理由も無いので、左手で仁奈ちゃんと手を繋ぐ。仁奈ちゃんを中心に、俺と美優さんが手を繋いで三人並んでいる形になった。

 

「パパとママみてーです!」

 

「……え、ま、ママですか……!?」

 

「となると、俺がパパか」

 

 美優さんと夫婦か……全然ありだな! 寧ろない理由がないな!

 

 真っ赤になってアワアワしてる美優さん、そしてそんな美優さんの様子に首を傾げる仁奈ちゃん。そんな二人を微笑ましく思いながら、俺の車が停めてあるところまで並んで歩くのだった。

 

 

 




・『ゴールデンエイジ』
オリジナルの歌番組。多分新人発掘系。
しいて元ネタをあげるならば、昔サンデーで連載してていつの間にかwebに行ってしまったサッカー漫画。

・ボディーガード役の恭也
実は良太郎の知らないところで恭也が色々と奮闘している番外編ネタがあったりなかったり。

・南条光
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。パッション。
特撮大好きヒーロー少女な14歳。
ある意味ずっと出したかった子。名前だけは一応Lesson184にて登場済み。

・究極完全体ゼウスキメラ
多分『覆面ライダー竜』のラスボス。モチーフは特にない。

・二指真空把
北斗神拳奥義。飛んできて矢を指で掴んで投げ返す。他の奥義と比べると地味ではあるが、割とぶっ飛んだ技である。

・小関麗奈ちゃん
先週名前が登場したばかりだが、そのままご本人も登場。良太郎に対してもいつもの態度を取るべきか否か、割と悩んでいるご様子。

・209プロダクション
アイドル以外にもスタントに力を入れている芸能事務所。代表的なアイドルユニットは『ツヴァイウィング』。
元ネタは勿論シンフォギア。

・立花響
『戦姫絶唱シンフォギア』の主人公。この世界ではツヴァイウィングの二人に憧れて同じ事務所の門戸を叩いたという設定。胸に欠片? なんのこったよ。

・高坂海美
『アイドルマスターミリオンライブ』の登場キャラ。Dance。ミリシタのタイプはPrincess。デレマス的に言えば多分パッション。
体育会系熱血筋肉少女な16歳。腹筋背筋胸筋!
脚がすごくいい(迫真)三曲目の『スポーツ!スポーツ!スポーツ!』は迷曲中の迷曲。一度聞くべし。

・仁奈ちゃんと美優さん
仁奈ちゃんの保護者は美優さん派。事務所ではなくプライベートで出会っているため、既に仁奈ちゃんお預かり済み。寂しい思いは、しなくていいんやで……!



 というわけで、黄色の短編集その2でした。ネタに悩んだけど、いざ思い付いたら結構早く書けたゾ……。

 本編も終わり次回は番外編……じゃねぇや、番外編も終わり次回は本編に戻ります。

 ニュージェネのアレコレをやりつつ、クローネも進展させていきます。



『どうでもいい小話』

 アイ転作者としてではなく、一プロデューサーとしてオフ会を開催する予定です(小声)

 詳しくはツイッターの方でお知らせしていきます。



※莉緒ねぇの短編に修正不可のミスがあったため、削除しました。


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Lesson195 Ring a bell

久しぶりのシリアス注意報。


 

 

 

「そっかー、ついに始まるんだね。志希の346プロでの活動が」

 

「ようやくですか」

 

 たまたま時間が空いたアタシたち四人は事務所のミーティングルームで、美優さんが淹れてくれたお茶を飲みながらまゆが焼いてきてくれたクッキーを食べていた。話題は、ようやくアイドルとしての活動を本格的に始めることになる志希のことだ。

 

「でもそうなると、しばらく志希ちゃんがこちらの事務所に来る回数が減るんですよねぇ」

 

 少し寂しいですねぇと、ソファーに座り自分の膝の上に乗っている志希の頭を撫でるまゆ。最初は「どちらがリョータローさんに相応しいか」などと志希に対して対抗心を見せていたまゆだが、いつの間にかこの事務所で一番志希を可愛がるようになっていた。こうして膝枕をして頭を撫でたり、お菓子を食べさせたりと、文字通りの意味での猫かわいがりである。

 

「にゃはは~、どーせリョータローと同じで、色んな所にフラフラしてるとは思うけどね」

 

「それ自分で言っちゃうんですね」

 

 ゴロゴロとまゆに甘えながらクッキーを食べている志希に、呆れた様子の志保もクッキーを食べながらはぁと溜息を吐いた。

 

「でも少し複雑ですね……」

 

「ん? 志希が他の事務所に行っちゃうこと?」

 

 それを寂しがるなんて意外と可愛いところあるじゃーんと志保に抱き着こうとしたら、サッと躱されてしまった。我が事務所の猫第一号は未だに懐いてくれないので、少し寂しい。

 

「そうではなく。……志希さんが参加することになる企画というのは……その、言ってしまえば未央さんたちと敵対する企画になるわけですよね? ……そう考えると、素直に応援できないんです」

 

「志保……」

 

 流石にこの場面で「じゃあそれが無かったら素直に応援してあげたんだね」とは言わないでおく。

 

 ただ言われてみればそうである。アタシたちの事務所の後輩である志希を応援したい気持ちは勿論ある。しかもそのプロジェクト内では、なんと志希は美嘉と一緒のユニットになるというのだ。後輩と友人のユニットなのだから、もはや応援するのは当然である。

 

 しかし志希たちが頑張った結果、未央たちのシンデレラプロジェクトが解散する羽目になったらと考えると、確かに少し複雑な気分だ。

 

 果たして、アタシはどうすべきなのか……。

 

「ふふっ、そんなこと考えてたの?」

 

 ぐぬぬ……と割と真剣に悩んでいると、何故かクスクスとまゆに笑われてしまった。

 

「まゆは悩まないの?」

 

「悩まないわよぉ」

 

 しかもそれを問いかけたら断言されてしまった。

 

 

 

「だって、どっちも応援するもの」

 

 

 

「「「………………」」」

 

「良太郎さんなら、きっと迷わずにこう言うと思ったの」

 

「……あー、うん」

 

「確かに、あの人ならば言いそうです」

 

 思わず志保と二人で納得してしまった。

 

 志希には別事務所でのデビューとなるが、それがアタシたちのように後悔が付きまとうような結果にならないように、全力で頑張ってもらいたい。そして未央たちにはそれ以上に負けないぐらい頑張ってもらって、プロジェクトを存続させてもらいたい。それぐらい単純なことで良かったんだ。

 

 どっちも頑張れ。みんな頑張れ。きっとアタシたちは、それぐらいで丁度いいのだろう。

 

「応援してあげるんだから、ちゃんと頑張りなよ? 志希」

 

「……まぁ、それなりにやってみるよー。一応約束だしねー」

 

 口ではそう言いつつも、少しだけ照れた様子の志希が可笑しくて、思わずクスリと笑ってしまった。

 

(……未央も、頑張れ)

 

 

 

 

 

 

「わぁ! こんなに沢山!」

 

 私が鞄の中から数冊の本や数枚のDVDを取り出すと、しまむーはパァッと顔を綻ばせた。

 

「にへへ~、特訓の参考に借りてきちゃった!」

 

 『演劇のすすめ』『基本のボイストレーニング』『バレエの基本』『ウケる会話のコツ』エトセトラ……全て近所の図書館で借りてきたものだ。

 

 秋のライブが成功しないと、私たちは年度末を前にしてプロジェクトを解散させられてしまう。そうならないためにも、私たちはみんなパワーアップしなければいけない。ただそのパワーアップの方法というのが、イマイチ思い浮かばなった。

 

 どうしたものかと自分の部屋で悩んでいたところ、たまたま目に入った本棚の漫画類を見て思い付いた。

 

 少年漫画の基本中の基本。強大な敵に立ち向かうために主人公たちがすることといえば修行、即ち特訓! アイドルとしてのレッスンは勿論続けているが、それじゃいつもと変わらないから、それ以上の何か別の力を手に入れることが必要じゃないかと考えたのだ!

 

 要するに、修行パートというやつである!

 

 しかしこういう場合、修行する主人公たちには師匠が存在するのだが……生憎、私たちの師匠ポジションとなる人物はトレーナーさんたちぐらいしか思いつかない。別にトレーナーさんたちのレッスンが悪いとは一言も言わないが、それでも特別にパワーアップしたいとなると、何か違うのだ。

 

 本当は、折角知り合えたのだから良太郎さんにレッスンを見てもらえるのと一番素晴らしい展開になるのだが……まぁそう都合よくはいかないだろう。いくら妹のようにかわいがってもらっているしぶりんがいるとはいえ、流石に無理だろう。

 

 そうなると、一先ず自分たちの力で何とかしないといけないわけだが……何をどうしていいのか皆目見当が付かなかったので、こうしてアイドルに関係ありそうなものを片っ端から用意してみた、ということだ。少なくともアイドルとして習得していてもおかしくなさそうなラインナップにはなっているはずだ。

 

「これを参考にして、ニュージェネがパワーアップ出来ないかなーって思ったんだ!」

 

「私、こういうの全然思い付きませんでした。新しいの考えるの、苦手なのかも……」

 

「い、いやいや、私は勢いだけでも動きたくなるタイプだから……あ、あはは……」

 

 未央ちゃん凄いです! としまむーに褒められるが、その発想の出所が少年漫画だというのが若干言い出しづらくて、思わず笑顔が引き攣ってしまった。

 

 その時、ガチャリと資料室のドアが開いた。誰が入って来たのだろうかとそちらに視線を向けると、我らニュージェネ最後の一人のしぶりんだった。

 

「凛ちゃん! おはようございます!」

 

「遅いぞーしぶりん!」

 

「……うん、おはよう」

 

 私としまむーで声をかけるが、何故かしぶりんの顔が一瞬曇ったような気がした。

 

「今日から秋のライブに向けて、猛特訓を――」

 

「……あのさ」

 

 ――するんだから……と続けようとした言葉は、しぶりんによって遮られてしまった。

 

「二人に、話しておきたいことがあるんだ」

 

「話して……」

 

「おきたいこと……?」

 

「……うん」

 

 そう頷いたしぶりんは何故か悲しい目で……でも、強く決心したような、そんな目だった。

 

 

 

 

 

 

「『Project:Krone』……?」

 

「……べ、別の企画に参加するって……ど、どういうこと……?」

 

 そこはいつもの資料室。いつも私たちがみんなでコミュニケーションを取る場であり、みんなと一緒にいる時間が、以前のプロジェクトの部屋と同じぐらい長くなってきたこの部屋に、卯月と未央の震える声が響いた。二人ともとてもショックを受けている様子で、思わず膝の上に置いた手に力が入ってしまった。

 

「な、何で……!? これからみんなで力を合わせて立ち向かおうってときじゃん!?」

 

「……私も、初めは断るつもりだった」

 

 でも……と目を瞑ると、思い出すのはほんの昨日のこと。

 

 改めて加蓮と奈緒の二人と一緒に、私たちのために用意された曲を歌ってみたあのとき。私は、今までに感じたことのない何かを感じたのだ。そしてそれはきっと、私が触れたことのない何かで……私が触れたいと心の何処かで思っていた何かだった。

 

「私は……加蓮と奈緒と一緒に歌ったときに感じた何かを、確かめたい」

 

 きっとこの何かは、私が――。

 

 

 

「……ちょっと待ってよ」

 

 未央の震える声が耳に届く。彼女の肩は震えていて、見ると卯月も泣きそうな表情をしていた。

 

「ニュージェネは、どうするの……? もしかして、辞め――」

 

「辞めない! ニュージェネは辞めない!」

 

 勿論、私にそんな気はサラサラない。加蓮と奈緒と一緒に感じた何かがあると同じように、ニュージェネの三人でしか感じられない何かだってあるのだ。だから辞めるという選択肢は最初からなかった。

 

「掛け持ちでなんとか……!」

 

「そんな簡単なことじゃないじゃん……!」

 

「我儘だって分かってる! でも……!」

 

「……私、ヤダよ……私はこの三人だからやってこられた……この三人ならどんなことでも乗り越えられるし、どんなことでもチャレンジ出来るって……」

 

「未央……」

 

「ねぇしぶりん! その新しい何かってニュージェネじゃダメなの!? 私たちとじゃ無理なの!?」

 

「………………」

 

 答えは、出したはずだった。

 

 私は間違いなく、それはあの二人じゃないと見つけられない何かだと判断した。だから良太郎さんに背中を押してもらった。そのための電話だった。そして応援してもらった以上、もう迷わないって決めたはずだった。

 

 でも。

 

 二人に話すこの瞬間になって――。

 

 

 

「……分からない」

 

 

 

 ――踏み出したはずの一歩を、引いてしまった。

 

「……しまむーは、どうなの?」

 

「えっ」

 

 突然未央から話を振られ、戸惑う卯月。チラリと私に向けられた卯月の視線からも、私は目を逸らしてしまった。

 

「……わ、分かりません。わ、私にも……分かりません……」

 

 とても悲しい声。あと少し何かがあれば、まるで涙が零れてしまいそうな……そんな聞いていて辛い声。そんな声を、私が出させてしまっている。

 

 未央も卯月も。二人とも辛そうな顔をしている。

 

 私が……そうさせてしまったのだ。

 

「……ゴメン、私ちょっと出てくる」

 

「未央っ!? 待って!」

 

 引き止めようとした私の声を振り切るようにして、未央は資料室から駆け出して行ってしまった。

 

「ほ、本田さん? ……っ!? 本田さんっ! 待ってください!」

 

 資料室のすぐ外から、そんなプロデューサーの声が聞こえた。きっと彼が未央を追ってくれているだろう。

 

 ……本当は、私も追うべきだった。寧ろ私が追わなきゃいけなかった。

 

 

 

 けれど……一度踏み出し損ねた一歩は、まるで鉛のように重かった。

 

 

 




・自分の膝の上に乗っている志希の頭を撫でるまゆ
123のまゆは(良太郎が絡まなければ)お姉ちゃん属性。

・要するに、修行パートというやつである!
ちゃんみおの本棚は少女漫画よりも少年漫画のイメージ。



 重いなぁ(白目)

 良太郎がいないからこの有様だよ!(なおいてもそんなに変わらない模様)

 原作のニュージェネ解散イベントが発生しないまま今回の離脱イベントを迎えてしまいましたが、果たして……?


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Lesson196 Ring a bell 2

割とアニメ通りの展開で、しかし少々心理描写がアイ転風味となっております。


 

 

 

「……はぁ……はぁ……!」

 

 資料室を飛び出した私は、夕暮れの中庭で足を止めた。別にここに来たかったわけじゃなく、ただあの場にいることが出来ずに飛び出した結果、ここに辿り着いてしまっただけだった。

 

「……ぐすっ……」

 

 滲み出てきた涙で視界が滲む。それがとても情けなく感じて余計に悲しくなってきた。

 

 ごしごしと服の袖で涙を拭いながら、先ほどのことを思い出す。

 

 

 

 ――私は……加蓮と奈緒と一緒に歌ったときに感じた何かを、確かめたい。

 

 

 

 ……その言葉を聞いた瞬間、私の頭を過ったのは『裏切られた』という言葉だった。

 

 そんなことはないって分かってる。けれど、デビューのときから……いや、デビューする前に美嘉ねぇのバックダンサーとしてステージに登ったあのときから、私たちはずっと三人でやって来た。だからこれからも、ずっと三人でアイドルを続けているのだとばかり考えていた。

 

 だから、私は勝手にしぶりんに『裏切られた』と感じてしまったのだ。

 

 しぶりんが他の人とユニットを組むという事実にショックを受け、そしてそれを裏切りと感じてしまったことがそれ以上にショックだった。

 

 ……きっとしぶりんは、必死に考えた末にそこに至ったのだろう。それを告げたしぶりんはとても真剣な顔をしていて……私の『私たちとじゃ無理なのか』という言葉にとても辛そうな表情を見せた。

 

 だから、本当はそれを応援しなければならなかった。しぶりんが……渋谷凛が()()()()()()()新たな道を歩みだすことに、仲間としてそれを喜ばないといけなかった。

 

 でも……私には、それが出来なかった……。

 

 

 

「……本田、さん……」

 

 

 

 ――武内さんは、アイドルと距離を取り過ぎなんですよ。

 

 ――そんなに離れてしまっては聞き取れないアイドルの声だってあります。

 

 ――どうか彼女たちを全員、立派な一人前のアイドルにしてあげてください。

 

 

 

「……本田さん!」

 

「っ!?」

 

 背後から声をかけられ、慌てて涙を全部拭う。次から次へと溢れてくる涙だけど、お願いだから今だけは止まって欲しい。

 

「プ、プロデューサー……?」

 

 振り返ると、そこにいたのはプロデューサーだった。資料室から飛び出した際に私を呼ぶ声が聞こえたような気がしていたから、多分そこから私を追って来てくれたのだろう。それが申し訳ないようで、それで少しだけ嬉しかった。

 

 でも『シンデレラの舞踏会』でもっと大変なはずのプロデューサーに、余計な心配をさせるわけにはいかない。

 

「え、えへへ、恥ずかしいところ見せちゃったかなー……」

 

 だから、精一杯強がってみせる。これは私の心の問題だから……。

 

「本田さん……お話をしましょう」

 

「……へ?」

 

 しかし、プロデューサーから発せられた言葉は意外なものだった。

 

「お話って……?」

 

「……何でもいいんです。今貴女が思っていること、感じていること……もしよろしければ、私に聞かせてください」

 

「………………」

 

「私は……そのために、ここにいます」

 

 ……言うつもりはないって、心配させるつもりはないって、思ったばっかりだったんだけどなぁ……。

 

「……聞いてもらっても、いい?」

 

「……はい」

 

 ならば、少しだけ……甘えさせてもらおう。

 

 

 

 

 

 

「……うーむ」

 

 少々行儀が悪いものの、歩道を歩きながらスマホの画面を覗き込む。しかしメッセージを受信した形跡はなく、着信も無かった。

 

「? 良太郎さん、どうしたんですか?」

 

「さっきから頻りにスマートフォンを気にしてるみたいですけど……」

 

「あぁ、いや、なんでもないよ」

 

 『便りが無いのは良い便り』とは言うものの、何にも無いっていうのはそれはそれで心配になるなぁと思いつつ、俺はスマホをポケットにしまった。果たして凛ちゃんはどういう選択をしたのかが気になったが……まぁ、いずれ分かるだろう。

 

「それより聞いたよ、二人とも」

 

「?」

 

「何がですか?」

 

 左隣を歩く真ちゃんと、さらにその左隣を歩く雪歩ちゃんが首を傾げる。

 

「二人とも、悩んでる346プロの子たちにアドバイスしてあげたんだって?」

 

「えっ!?」

 

「ど、どうしてそれを……!?」

 

「二人がアドバイスをした子たち、実は今俺が気にかけてる子たちでね」

 

 驚いている二人に対し、簡単に俺と彼女たちの関係を話す。妹分である女の子が所属していること、その関係で春先から彼女たちのことをずっと見てきたこと。

 

「……美希が『最近の良太郎さんは346プロのアイドルばかりに構ってる』って怒ってましたけど、まさか彼女がそうだとは思いませんでした……」

 

「わ、私も、気付きませんでした……」

 

「まぁ、346プロのアイドルと一口に言っても、大勢いるからねぇ」

 

 流石老舗芸能事務所なだけあり、なんでも所属するアイドルは百五十を軽く超えているらしい。765プロ初期メンバーの十倍以上である。そんな中で、たまたま話をしたアイドルが俺と知り合いだとは流石に思わないだろう。いや、確かに多方面に顔は広いが、流石の俺でもまだ346のアイドルの半分以上と知り合っていないし。

 

「俺からも礼を言わせてもらうよ。ありがとう」

 

「い、いやいやそんな!」

 

「わ、私はその……真ちゃんや良太郎さんの真似をしてみたかっただけですから……」

 

 ちゃんと頭を下げて礼を言うと、二人はトンデモナイと首を振った。

 

「それにしても真ちゃんは随分とイケメンな登場の仕方をしたみたいだね」

 

 美嘉ちゃん経由で聞いた莉嘉ちゃんの話によると、男に絡まれているところに颯爽と現れたらしい。相変わらず男の俺よりもイケメンで主人公タイプの子である。

 

「あはは、そういう風にやった方が向こうも簡単に引き下がってくれると思ったので……」

 

「雪歩ちゃんも。距離はとってもらったみたいだけど、武内さんを前にして普通にしてられたんだね」

 

 あの男の人が苦手な雪歩ちゃんが、あの普通にしていても怖がられることで定評のある武内さんの強面に臆することなく接することが出来たとは……やっぱり、765プロのみんなも少しずつ成長してるってことなんだな……。

 

「はいっ! 舞台の稽古を沢山頑張りました!」

 

「……あれっ!? もしかして成長したのって演技の方!?」

 

 まさか平静に取り繕っていただけで、心の中ではシャベルを手に穴を掘って埋まっていたということなのか。

 

 いやまぁ、あからさまな拒絶をしなくなっただけマシと、前向きに捉えるべきなのだろう。ファンの人と握手も出来ずに拒絶して悪い噂を流された頃と比べれば、考えられないぐらいの成長とも言える。……思いっきり斜め横の成長だけどね!

 

「っと、着きましたよ」

 

「おぉ、ここか」

 

 話をしている間に、どうやら目的の場所に辿り着いたらしい。

 

 そこは、すぐそこが海という景観的には最高な立地の建設現場だった。関係者以外立ち入り禁止と書かれたので当然入れないが、随分と大掛かりな工事をしているということだけは外からでも分かった。

 

「いやぁ、随分と立派なのを建てるんだねぇ」

 

「……ここだけの話、事務所を新しくするための費用をこちらに回したらしいです」

 

「なんと」

 

 それだけ高木さんがこちらに力を入れているということなのだろう――。

 

 

 

 ――この『765プロライブ劇場(シアター)』に。

 

 

 

 そう、こここそが765プロが新しく始めようとしているシアター計画の拠点となる、765プロ専用の劇場。既に工事に入っているという話を春香(ポプ子)ちゃんと千早(ピピ美)ちゃんから聞きつけ、たまたま765プロの事務所にいた真ちゃんと雪歩ちゃんに見に連れてきてもらったのだ。

 

「プロデューサーもそろそろ帰ってくるって話ですし」

 

「私たちは直接関わることは少ないでしょうけど……やっぱり、楽しみです」

 

「……そうだよなぁ」

 

 アイドルとして活動している以上、やっぱり新しい企画というのは心躍るものなのだ。

 

 そんなまだ見ぬ少女たちの新たな夢のステージが、ここに出来上がるのだろう。

 

 

 

 

 

 

『えぇ!?』

 

 翌日。昨晩は余り眠れなかったので若干眠い目をこすりながら事務所にやってくると、資料室にみんなの驚きの声が響いた。

 

「美城常務のプロデュースで、ソロデビュー!?」

 

「ど、どういうこと……!?」

 

 先ほど、プロデューサーと共に告げられたアーニャのソロデビュー宣言に李衣菜とみくが詰め寄るが、アーニャの表情は全く揺るがなかった。

 

「み、美波ちゃんはそれでいいの!?」

 

 アーニャのユニットを組む美波に莉嘉がそう尋ねるが。

 

「えぇ。私は大賛成よ」

 

 彼女はニッコリと笑ってそれを肯定した。一番反対しそうな人物がそれを拒絶する様子が全くなかったため、その場にいた全員がひるんでしまった。

 

「………………」

 

 そんな中で一人、私の心は沈んでいた。

 

 アーニャはしっかりと自分の意志で常務のプロジェクトに参加することを決め、ユニットメンバーである美波もそれを応援している。私たちが知らないだけで、きっと二人だけのやり取りがあったのだろう。

 

 もし、私も未央と卯月に背中を押されていたら……などと馬鹿なことを考えてしまった。それを羨ましがるなんて最低な考えだ。これはあくまで、自分自身の言葉で想いを二人に伝えることが出来なかった私の責任だ。

 

 故に、良太郎さんにもそのことは連絡出来なかった。背中を押してくれた人に、結局一歩が踏み出せんでしたとは言い出せなかった。

 

 ……私は……もう一度、未央と卯月と話がしたい。今度はその席に二人が着いてくれるかどうかすら分からないけど……私は……。

 

「……突然のことで驚かれたと思いますが……もう一つ、大事なお知らせがあります」

 

 プロデューサーの言葉に、私は意識を前に戻す。どうやらアーニャのソロデビューのこと以外にも何かあるらしい。……私はまだ、ハッキリとプロデューサーに伝えてはいないので、私のことではないだろう。

 

「本日から……」

 

「あぁ、ちょっと待って! それ、自分で言うから!」

 

「……未央……?」

 

 プロデューサーの言葉を遮って、未央が元気よく手を挙げた。昨日走り去ってしまってからまだ会話をしていなかったのだが、一晩経っていつもの様子に戻っていた未央に若干の違和感を感じてしまった。

 

 未央は前に出てプロデューサーの横に並ぶと、笑顔のままこちらに振り返った。

 

 

 

「本田未央! 本日より、ソロ活動始めます!」

 

 

 

「……えっ……」

 

「……今後とも、よろしく」

 

 ニッコリと……けれど、いつものような明るさではなく、少し寂しそうに未央は笑った。

 

 

 




・『裏切られた』
この世界の未央はやらかしてないので、少々ショックが大きいです。

・「本田さん……お話をしましょう」
武内Pのイベントも無くなってしまっていたものの、その代わりに良太郎との会話イベント(蘭子回)が発生していたので、彼もまた良太郎の影響を受けています。

・「舞台の稽古を沢山頑張りました!」
実は内心でビクついてた雪歩。アイ転の雪歩は別ベクトルで成長しています()

・『765プロライブ劇場』
着々とミリマス編のフラグを立てておきます。

春香(ポプ子)ちゃんと千早(ピピ美)ちゃん
うん、来るって分かってた()



 アニメ通りにちゃんみおはソロ宣言。ただその背景にはアイ転オリジナル要素を入れておきました。ヒントは今回のサブタイトル。

 さて、ちゃんと同時進行でクローネの方も書いてかないと……。


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Lesson197 Ring a bell 3

さぁ新年度です。新たな生活が始まった皆さんに、いつもと変わらぬアイ転をお届け(なお内容はあまり普段通りではない模様)


 

 

 

「………………」

 

 事務所から自宅への道を歩きながら、私の思考はただひたすら同じ場所をグルグルと回っていた。

 

 

 

 ――自分で決めたことなんだ。

 

 ――勿論、ニュージェネの活動も手を抜かないから。

 

 

 

 「もしかして、未央ちゃんも美城常務の企画でソロデビュー!?」というみくの問いかけに首を横に振って否定した未央はそう言い、それをプロデューサーも肯定した。

 

(……私のせいだ)

 

 私が美城常務の企画への参加を仄めかした次の日に、この未央の決断。どう考えても、私がそれを迷っていると言ってしまったことが原因以外に考えられなかった。

 

 私への当てつけ……? それとも、ニュージェネの活動も手を抜かないと言いつつ、愛想を尽かした……? どちらにせよ、どう考えてもこのままでは秋のライブにニュージェネとして参加するのは難しいだろう。

 

 ……私のせいで『new generations』が、バラバラになってしまうかもしれない。

 

 じゃあ、私はどうすればよかったのか。

 

 加蓮と奈緒の話を突っぱねればよかった? そしたら、こんなことにはならなかった? その場合、加蓮と奈緒はデビューすることが出来ないままになるが、私はそれでも良かった?

 

 

 

 分からない。

 

 

 

 既に自分で踏み出した一歩は、その足跡さえも消えてしまった。

 

 

 

「……ただいま」

 

 陰鬱な気分のまま、帰宅する。そのまま店先へ入ると、どうやらお客さんが来ているようで――。

 

「ん、おかえりー」

 

「……え」

 

 ――そこにいたのは、良太郎さんだった。

 

「……良太郎、さん……!?」

 

「はいはい、正真正銘みんなのアイドル周藤良太郎お兄さんだよー」

 

 花を梱包する間お客さんに座ってもらう椅子に座りながら、良太郎さんが私に向かってヒラヒラと手を振っていた。

 

「久しぶりに生花店の方に顔出したくなってね。……別に、凛ちゃんが詳しく話してくれなくて、その後どうなったのか気になったわけじゃナイヨ?」

 

「………………」

 

 そう言う良太郎さんだが、勿論その言葉を額面通りに捉えるのなんて無理だった。これは絶対、私のことが心配になって様子を見に来てくれたんだ。

 

「ホラ、お土産の翠屋のシュークリームもあるから、一緒にどう――」

 

 

 

「……ぐすっ」

 

 

 

「――かなって!? ファッ!? 凛ちゃん!?」

 

 そんな良太郎さん(お兄ちゃん)の優しさに、気付けば視界が滲んでいた。

 

 普段はこんなことぐらいでは何ともないのに、今の私にはもう耐えれなかった。

 

「なになになにっ!? ショートケーキの方が良かった!? それとも……へっ!? 何ですか、おじさんおばさん!? ……いやいや『ぎゅっと抱きしめろ』じゃないよ『空気読んで』でもないよ! そっちが空気読んで! そ、そうだ凛ちゃん! 面白い話をしてあげよう! ついこの間なんだけど、家に帰る途中で水の入った赤い洗面器を頭の上に乗せた男の人とすれ違ってさ! 何でそんなことしてるのかって尋ねたら、その男の人は――!」

 

 

 

 

 

 

「……美味しい?」

 

 そう尋ねると、凛ちゃんはシュークリームに被りつきながら無言のままコクリと頷いた。既に泣き止みはしているものの、目はまだ少し赤かった。ついでに頬も赤いから、多分先ほどのことを恥ずかしがっているのだと思う。

 

 いきなり凛ちゃんがホロホロと泣き始めたので少々混乱したが、多分例の『悩んでいること』が上手く進んでいないのだろう。

 

「……ねぇ、良太郎さん」

 

 モグモグゴクンとしっかりと口の中のものを飲み込んでから、凛ちゃんは口を開いた。

 

「ん?」

 

「あのね――」

 

 それから凛ちゃんは、それまでのことを全て話してくれた。

 

 美城常務の企画に誘われ、断ろうと思ったこと。しかし加蓮ちゃんと奈緒ちゃんの二人と一緒の企画と聞いて、もしこれを断れば二人のデビューがまた遠のくのではないかと思ったこと。初めは半ば同情的な考えだったのに、実際に二人と歌ってみたことで、本気で二人とユニットを組んでみたいと思ったこと。そしてそれを未央ちゃんと卯月ちゃんに話したところ、未央ちゃんから大きく反対されてしまったこと。

 

 ポツリポツリとであるが、それでもしっかりと全て凛ちゃんは話してくれた。

 

「加蓮と奈緒のユニットに参加するって決めたのは私。良太郎さんに背中を押してもらったけど、それでも一歩を踏み出したのは自分の意思」

 

 でも私は……と凛ちゃんはシュークリームの包み紙をクシャリと握り潰した。

 

「結局、私は一歩も踏み出せてなかった……そのせいで、未央には愛想を尽かされちゃって、ソロ活動を始めるって言われちゃうし……卯月にも迷惑を……」

 

「……ふむ」

 

 その未央ちゃんの愛想を尽かせてソロ活動っていう点に関しては……まぁ、今は置いておこう。今の未央ちゃんの気持ちが分からない以上、それに関して何かを言うことは出来ない。

 

 だから、今の俺にはこれしか聞けない。

 

「……凛ちゃん、()()()()()()()()?」

 

「私は……出来るなら、加蓮や奈緒と一緒に歌ってみたい。でもそれだと、未央や卯月が……」

 

「俺は未央ちゃんや卯月ちゃんの話はしてないよ。勿論、加蓮ちゃんや奈緒ちゃんの話もしてない」

 

 君の話をしているんだ、と凛ちゃんの目を覗きこむ。一瞬目を逸らしかけた凛ちゃんだったが、キッと半ば睨むようにして俺の目を見返してきた。

 

「凛ちゃん、君が踏み出す一歩は未央ちゃんや卯月ちゃん、加蓮ちゃんや奈緒ちゃんのための一歩じゃない。君自身のための一歩だ」

 

 どちらかを選んで後悔するかもしれない、もしかして後悔しないかもしれない。

 

「『コーラの味はコーラ味』、だよ」

 

 凛ちゃんがアイドルの一歩を踏み出そうとしたときにも用いた言葉。その何かは、踏み出した人にしか分からない。俺だって言葉にして伝えることが出来るならそうしたい。けれど出来ない。だから踏み出すんだ。

 

「………………」

 

「もしそれでも不安だって言うんなら……最後の大サービスだ」

 

 ポンッと手を乗せる。幼い日の凛ちゃんにしていたように頭に……ではなく。必死に大きなものを担ごうとしている、その華奢な肩に。

 

「渋谷凛。君が踏み出したその一歩は間違いじゃない。それは周藤良太郎が保証しよう」

 

「あ……」

 

 手助けはしない。だから、今は少しだけ強く背中を押そう。もしかして強く押しすぎて前につんのめってしまうかもしれない。けれど、転んでも立ち上がればいい。その場で蹲ってしまうよりはずっとマシだ。

 

「だから胸を張れ。君が進む道の平穏は約束できないが、その先で()は待っている」

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 私にとって凛ちゃんと未央ちゃん……『new generations』とは、アイドルとしての全てでした。

 

 アイドル養成所でプロデューサーさんにスカウトされ、初めてアイドルとしてステージに立ったあの美嘉さんのステージからずっと、私たちは三人一緒でした。そのときから、私たち三人はアイドルで、その三人の『new generations』が私というアイドルそのもの。

 

 だからこそ、今、私は自分が置かれている状況について何も考えれません。

 

 凛ちゃんが美城常務の企画に参加し、未央ちゃんまでもソロ活動を始めてしまった今の状況を、私は受け入れることが出来ていませんでした。

 

 今こうして事務所からの帰り道を歩いていても、意識は何処か遠い場所。

 

(……もし、このままニュージェネが解散ってことになったら)

 

 二人ともニュージェネを辞めるとは一言も言っていません。けれど、真っ先に頭を過るのはそれでした。

 

 歩道橋の階段を下りながら、そんな最悪の状況を考えてしまいます。

 

 もしそうなった場合、私は――。

 

 

 

 ズルッ

 

 

 

「……え」

 

 

 

 ――あれ、足、空、見え、身体、浮いて――。

 

 

 

 

 

 

「っぶねぇ!」

 

 

 

 

 

 

 仕事の帰り、何やら見知った人影がトボトボと歩道橋を降りてるの見かけた。というか346プロの島村だった。なんというか、心ここにあらずと言った様子で、見ていて危なっかしい雰囲気を醸し出していた。

 

 これでも一度は面倒を見て、その後も何回か気にかけてやった身だ。なんとなくここで見て見ぬふりというのもアレだったので、声をかけてやることにする。

 

 最近デビューして今が大事なときだっていうのに、一体何を腑抜けているんだと発破をかけようとして――。

 

 ズルッ

 

「っ!?」

 

 ――目の前で、島村が足を踏み外しやがった。

 

 自分でも信じられないぐらい早く身体が反応した。荷物を投げ捨てて一気に駆け寄ると、今まさに宙に浮いた状態の島村の身体をキャッチすることに成功した。所謂お姫様抱っこの状態で、それほど重いとは感じなかった。これは果たしてコイツの体重が軽いのか、はたまた高町ブートキャンプを経て俺の体力が増えたのか。

 

「……はぁぁぁ……!」

 

 そして何とか間に合ったことに安堵し、全力で肺の中の空気を吐き出す。一瞬、力が抜けそうになったが、何とか体勢を保つ。

 

「……あ、あれ? あ、天ヶ瀬さん……?」

 

 腕の中の島村は目をパチクリとさせていた。我に返ってみれば、女性をこんな風に抱き上げたことは人生で初経験だったため、一瞬だけ身体が強張った。しかしそれ以上に、今は大事なことがある。

 

「……ボーッと歩いてんじゃねぇよっ! このアホ!」

 

 

 

「ったく……」

 

「す、すみませんでした……」

 

 一先ず近くの公園のベンチに連行し(勿論すぐに下ろした後、自分で歩かせた)、軽く説教をかます。ボーっとしながら歩かないなんて、アイドルとして以前に小学生で習うようなことだ。

 

「………………」

 

 ベンチに座る島村の表情は、やはり変わらずに暗い。一応冷えるからと買い与えた暖かい紅茶の缶を開けようとせず、ずっと俯いたままだ。これは俺から説教をされたというだけじゃなく、先ほどから悩んでいることの延長線だろう。

 

(……はぁ)

 

 本当は、こういうのは俺の役目じゃない。人付き合いというかコミュニケーション能力が並外れている良太郎や所の管轄だ。

 

 それでも――。

 

「……何か悩んでるなら話せ」

 

「えっ」

 

「いいから話せ。また目の前で転ばれたらたまったもんじゃねぇからな」

 

「で、でも……」

 

「ハ・ナ・セ」

 

「は、はいぃ!」

 

 ――放っておくことが出来なかった。

 

 こんな聞き方しか出来ない自分に、内心で舌打ちしつつ、言葉を選んでしどろもどろに説明し始めた島村の言葉を待つことにした。

 

 

 




・「……ぐすっ」
良太郎の存在のより、ほんの少しだけメンタルが弱い凛ちゃん。逆に、一人で頑張りすぎず人に甘えることが出来るとも言う。

・「いやいや『ぎゅっと抱きしめろ』じゃないよ『空気読んで』でもないよ!」
既に凛ちゃん側の外堀は埋まっている模様。

・赤い洗面器を頭の上に乗せた男の人
三谷作品によく登場する小話。よくオチの前で話が遮られることが多いが、実は本当のオチは――おっと、誰か来たようだ。

・『コーラの味はコーラ味』
はたしてあのクソ映画のこんなセリフを名言のように扱った作品があっただろうか。

・主人公属性持ちの冬馬
やっぱりコイツが主人公でいいのでは(問題発言)



 悩める少女の下に、主人公二人が登場! たまには良太郎にもちゃんと仕事してもらわないと……。

 次回、クローネ編『序章』最終話!



『どうでもいい小話』

 今年もやりました、エイプリルフール一発ネタ。

 活動報告に残ってますので、よろしければどうぞ。


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Lesson198 Ring a bell 4

ニュージェネ編、これにて一旦幕引き!


 

 

 

「やっぱりアホだろオメェ」

 

「あう……」

 

 島村から一連の事情を聞いたが、やはりそう断言せざるを得なかった。ユニットメンバーが別のユニットを組んだだの、ソロ活動を始めただの……全く、そんなことで悩んでたのか、こいつは。

 

 はぁと溜息を吐くと、島村はベンチに座りながら身を縮こませた。

 

 そんな島村の姿を見て、ふと思ったことがある。それは島村の姿がどこぞの元弱小事務所の看板アイドルの姿に重なったが故に、思ってしまった疑問。

 

「……オメェは、自分のユニットメンバーが信じられねぇのか?」

 

「……えっ」

 

 ()()()ならと思ってしまうのは、多分島村に対して失礼な話かもしれない。けれど、どうしても考えてしまう。961にいたときには気付けなかった団結力や仲間の絆というものを俺に教えてくれたアイツなら……今の島村と同じような状況になったら、一体どうするか。

 

 アイツなら間違いなく()()()()()()だろう。例え事務所の人間がバラバラになったとしても……いつかきっと全員揃う日が来ると信じ続ける、そんな気がした。

 

 アイツらの強みは……その信頼関係なんだと思う。

 

「渋谷も本田も、ニュージェネは辞めないって言ったんだろ? なのに、お前はその言葉が信じられねぇのか?」

 

「そ、そんなこと……!」

 

「信じてないから、不安に思ってるんじゃねぇのか?」

 

「………………」

 

 再び、島村は俯き沈黙してしまった。

 

 少し言い過ぎたかと思ったが、これぐらいで凹むぐらいならきっとそこまでだ。

 

「……俺は、お前たちが今までどんな活動をしてきたのか知らない。どういう経緯で知り合って、どうしてユニットを組むことになって、どんな活動をしてきたのかなんて、そんなこと一切知らない」

 

 そう。偉そうなことを言っておきながら、俺はコイツのことを全て知っている訳じゃない。良太郎みたいに他のアイドルのことを気にかけているわけでもない。こいつらがユニットとして活動しているのを実際に見たのだって、サマーフェスだけだ。

 

 けれど、それだけでも分かることはある。

 

 

 

 ――待っていてくださって、ありがとうございます!

 

 ――雨、大変だけど、盛り上がるように頑張ります!

 

 

 

 あの日、アイツらが見せた輝きは……間違いなく、765プロの連中に見たそれと同じものだった。

 

「ユニットが解散するかもしれないって考えたら、足下すら怪しくなるぐらいにショックを受けるってことは、そんだけユニットが大切なんだろ? それはきっとお前だけじゃねぇ。渋谷や本田だって、同じぐらい悩んで、その上で出した結論だ。なら……信じてやってもいいんじゃねぇか」

 

「……天ヶ瀬さんも」

 

「ん?」

 

「天ヶ瀬さんも、同じことがあったら……ユニットのお二人のことを信じますか?」

 

「……あぁ」

 

 もっとも、信じているのはアイツらだけじゃない。

 

 かつて、何も知らずにただ言われるがままにアイドルをやっていた頃の俺たちを、良太郎は『信じる』と言ってくれた。それなのに、結局裏切ったのは俺たちだった。天海たちだってそうだ。あんな嫌がらせをしたっていうのに、今では自分たちの事務所の新人アイドルを任せてくれるぐらいには信用してくれている。

 

 だから、俺たちは……天ヶ瀬冬馬は、二度と裏切らねぇ。あいつらが信じてくれるなら……いや、例え信じられなくなったとしても、俺はあいつらを裏切らない。

 

 それが、今の俺をここに立たせてくれた奴らへの精一杯の恩返しだ。

 

「……私、もう一度、凛ちゃんと未央ちゃんとお話してみようと思います」

 

 それまで俯いていた島村が、顔を上げた。

 

「もしかして、また泣きそうになるかもしれません。それでも……私は、二人を信じたいから。……信じるために、もっと二人が思っていることを聞かせてもらおうと思います」

 

「……まぁ、お前がそれでいいって言うんなら、俺はもう何も言わねぇよ」

 

 俺の役目はここまでだ。直接解決することなんて到底出来やしないから、適当に背中を蹴り飛ばすことしかできなかったが……俺はこれぐらいが丁度いいさ。

 

 まぁ頑張れよ、と言い残してその場を去ろうとして――。

 

「あ、あのっ!」

 

 ――島村に呼び止められた。

 

「……んだよ」

 

「そ、その……と、とても失礼なこととは重々承知の上なんですけど、それでも、その、いい機会だから……い、いや、いい機会なんて言い方はそんなに良くないとは思うですけど、その……」

 

 何故か慌てた様子でよく分からないことを言い募り、全く要領を得ない。

 

「……言いたいことがあるならさっさと言え!」

 

「は、はいっ! 連絡先を教えてもらうことは出来ますかっ!?」

 

「………………は?」

 

 こいつが言った言葉の意味を十秒ほど考えてしまった。

 

 今、俺の連絡先を聞いたか?

 

「……念のため聞いてやるが、()()()()()の連絡先を聞くってことの意味分かってんのか?」

 

 世間ではトップアイドルの一人として数えられている俺の連絡先だ。互いにアイドルの身とはいえ、それでもそれを聞くというのは良く言えば勇気があり、悪く言えば非常識だ。

 

「あ、いえ、その、失礼なことを聞いたとは思ってます! けど、あの、その……」

 

 顔を赤くして、指をモジモジとさせながら言葉が続かない島村。

 

「………………」

 

 バリバリと頭を掻きながら考える。

 

「……出せ」

 

「え!? お金ですか!? 代金が発生するんですか!?」

 

「するかバカ! スマホ出せって言ってんだ! ついでにメッセージアプリ起動しろ!」

 

「は、はい!?」

 

 差し出されたスマホを受け取り、俺のスマホと一緒に操作する。偶然同じ会社の機種だったので、操作には不自由しなかった。

 

「ほらよ」

 

 目的の操作を終え、島村にスマホを返す。

 

 ワタワタと慌ててスマホを受け取った島村だが、その画面を見て大きく目を見開いた。

 

「……え、あ、え!? あ、天ヶ瀬さん……!?」

 

「……くだらねぇこと連絡してくるんじゃねぇぞ」

 

 そう言い残して、公園を後にする。これでもう俺の気まぐれ相談は終わりだ。

 

「……あ、ありがとうございました!」

 

「……フンッ、まぁ精々ガンバレ」

 

 

 

(……うおあああぁぁぁ!? あれでよかったか!? なんか変じゃなかったか!? あ、天海のときはもっと自然な流れだったから、なんも意識してなかったけど……! アレ、俺、女子から連絡先をこうして直接聞かれたのって初めてじゃ……!?)

 

 

 

 

 

 

「……未央。私たち、話したいことがあるんだ」

 

「はい」

 

「……そっか、ちょうどいいや。私もあったんだ、話したいこと」

 

 次の日。私と卯月は、事務所で未央を待っていた。現在彼女は『秘密の花園』という舞台に出演するために、演劇の練習を頑張っているらしい。

 

 事務所に帰って来た未央にそれを告げると、彼女は笑顔で快諾してくれた。

 

 そして「でもここじゃ狭いねー」と笑う未央に連れられ、私たち三人は事務所の中庭までやって来た。

 

「……あの日はゴメン、話の途中で飛び出しちゃって」

 

 夕日に染まる中庭で、未央は私たちに背中を向けながらそう謝った。

 

「……ううん。私も、いきなりだったから」

 

「ありがと。……あの後ね、ここまでプロデューサーが追いかけてきてくれて、私の話を聞いてくれたんだ」

 

 よいしょと呟きながら、未央は噴水の縁に腰を下ろした。一瞬だけどうするか悩んだが、私はその左隣に腰を下ろし、その後反対側に卯月が腰を下ろした。

 

「話を聞いてもらいながら、落ち着いて自分たちのことを冷静に考えてみた。しぶりんは、かみやんやかれんと一緒にユニットを組んでみたい。私は、ニュージェネレーションズとしてもっと頑張りたい。……しまむーは、私と一緒で良かった?」

 

「……はい。私も、もっとこの三人で一緒にユニットを組んでいたいです」

 

 あの時とは違い、今度は卯月もしっかりと自分の思いを口にしてくれた。

 

「でも私は、凛ちゃんを信じようと思います」

 

 そして、卯月はその上で新しい思いを口にしてくれた。

 

「凛ちゃんは、ちゃんとニュージェネレーションズも大事にしてくれるって言ってくれました。だから、私はそれを信じます。他の人とユニットを組んでも、それと同じぐらい私たちのユニットを大切にしてくれるって」

 

 私はそう信じますと、卯月は笑顔を見せてくれた。

 

 ……それは、私が初めてアイドルになろうと決意したときに彼女が見せてくれた、その笑顔だった。

 

「うん! 私もしまむーと一緒。しぶりんが私たちニュージェネを絶対に忘れないって信じてる。しぶりんだけじゃない、しまむーも、私だって、三人は絶対に一緒だって」

 

 ()()()! と未央は突然立ち上がった。そのまま数歩前に歩き、私たちに背中を向けたまま右腕をグイッと捲った。

 

 その右腕には、何やらマジックで書いたと思わしき文字が書かれていた。Aというアルファベットの上にバツが書かれており、その上にWのアルファベットが書かれていた。

 

「へへ~、漫画読んでて思い付いたんだ~」

 

「……?」

 

 卯月はそれが何なのかよく分からないらしく首を傾げている。

 

 かくいう私も一瞬なんことが分からなかったが、まさかと気付いた。

 

「もしかしてそれ……『16点鐘(てんしょう)』の真似?」

 

「それ! よかったー気付いてくれる人がいて……これで二人とも知らなかったら私完全に滑ってたよ……」

 

「たまたま知ってただけだよ」

 

「な、なんですか、じゅうろくてんしょうって……?」

 

「……漫画の話だから、別に気にしなくていいよ」

 

 未央がそれと言ったので正解らしいが、それは某少年漫画の一場面。自分たちの力不足を知った主人公が、それぞれ別々に修行をして力を付けてからまた集合しようと仲間たちに向けて行ったサイン。確かアレは3Dの上に斜線を引いてその上に2Yと書くことで『三日(3 days)後ではなく二年(2 years)後に集合しよう』という意味だった。

 

 ということは、未央のこれは……。

 

「『(Autumn)のライブじゃなくて(Winter)のライブ』……ってこと?」

 

「そっ! しぶりんは多分、美城常務の企画に参加するから、秋のライブは出れそうにないでしょ? だから、秋じゃなくて冬。一番最初に常務が提案した年度末のライブまで、それぞれ新しいことをやってみよう。……そして、三人ともパワーアップしてから、もう一度集まろう」

 

 

 

 ――そのときはきっと、誰にも負けない最強無敵の私たちだよ。

 

 

 

「……うん」

 

「はいっ! ……あ、でも、秋のライブがダメだったら……」

 

 元気よく返事をした卯月だったが、それに気付いてシオシオと元気が無くなってしまった。

 

「大丈夫だって! 私たちが信じてるのは、別に()()()()()じゃないでしょ?」

 

 ねっ! と未央が視線を向けた先を見ると、そこにはプロジェクトのみんながこちらを覗き見ていた。

 

「……フンにゃ! とーぜん! 三人がいなくても、みくたちだけで十分にゃ!」

 

「そーだにぃ! きらりたちが未央ちゃんたちの分まで頑張っちゃうよぉー!」

 

 ……そっか、そうだよね――。

 

 

 

 ――私たちはみんな……仲間、なんだもんね。

 

 

 

 

 

 

 こうして私たちは、少しだけ自分たちの道を歩くことにする。

 

 

 

「……うん、加蓮? 奈緒? ……私、決めたよ」

 

 

 

「はぁ……はぁ……監督! もう一回やらせてください!」

 

 

 

「……あ、あの! 天ヶ瀬さん! お、お願いがあります!」

 

 

 

 だから、ほんの少しだけ『new generations』のお話はお休み。

 

 

 

 そして――。

 

 

 

 

 

 

「……これで、よーやく全員揃ったわけだ」

 

 346プロダクションの玄関ホール。そこに大きく掲げられたポスターを見上げながら、独り言ちる。

 

 そこに写るのは十二人の少女たち。一城の主より冠を賜った『お姫様』。

 

 

 

 ――『Project:Krone』、活動開始。

 

 

 




・アイツなら間違いなく仲間を信じただろう。
ちなみにここの冬馬君はアニマス最終局面の春香さんの一連の出来事を知りません。
故にほんの少しだけズレてます。

・「連絡先を教えてもらうことは出来ますかっ!?」
しまむー超頑張った。

・(……うおあああぁぁぁ!? あれでよかったか!?)
そしてこのヘタレである。

・『秘密の花園』
実在する物語らしいですね。オリジナルの劇中劇だと思ってたゾ(教養不足)

・『16点鐘』
言わずと知れた某海賊漫画。
それがし、龍玉しかり鳴門しかり、修行を経て成長した姿で登場する展開が大好き侍で候。



 彼女たちは折れなかったから、弱かった。

 けれど折れなかったが故に、しなやかだった。

 ついに三人にもパワーアップフラグ! 特にしまむーはどうなる!



 盛り上がっているところで、次回は番外編です。

 ()()が本編登場したことですし……ついに()()()()()が復刻するときですね!


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番外編41 もし○○と恋仲だったら 13

すっごい久しぶりの恋仲○○!
今回は期間限定公開の復刻版です!


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

「ふんふふんっ、ふんふんふふふふーふんっ」

 

「あら、ご機嫌ですね、奏ちゃん」

 

「あっ……千川さん。ふふっ、お疲れ様」

 

 事務所の廊下を歩いていると、向かい側から『LiPPS』のリーダーである奏ちゃんがやって来た。何やら楽しげに自分たちの代表曲である『Tulip(チューリップ)』を鼻唄で歌う様は、OLと間違われるほど大人びた普段の彼女よりも年相応の姿に見えた。

 

「何かいいことでもありましたか?」

 

「ちょっと、ね。……それは?」

 

 彼女は私が抱える段ボールに視線を向けながら首を傾げた。

 

「次のお仕事で各部署のプロデューサーさんたちにお配りする封筒です。今からこれの頭を青く縫って、それから刺繍を入れるんです」

 

「そういえば、そんな封筒を手にしたプロデューサーたちが一喜一憂してたわね」

 

 少々大袈裟なリアクションを取る一部のプロデューサーさんたちのことを思い返したのか、奏ちゃんはクスリと笑う。いつもの歳不相応な大人びた笑みだった。

 

「それにしても、一つ一つ手作業なの? 大変じゃないかしら」

 

「はい。でも特別な封筒なので、プロデューサーさんたちに喜んでいただけるように、私も一つ一つに心を込めたいんです」

 

 流石に量が量なので全部には出来ないが、少しでも多くこの『刺繍入り青封筒』を皆さんの手元に届けたいというのが、私なりのプロデューサーさんたちへの気持ちだ。

 

「優しいのね」

 

「いえいえ。奏ちゃんは、今日はこれからオフですか?」

 

「えぇ。少し人と待ち合わせをしているの」

 

「……男の人ですか?」

 

「さぁ、どうかしら?」

 

 私の問いかけに対し、答えをはぐらかす奏ちゃんだったが、その反応から察するにそういうことらしい。

 

 芸能事務所のスタッフとして、そういう行動は咎めるべきなのだろうが……。

 

「……アイドルとしての行動を忘れないでくださいね?」

 

 私は、どちらかというとアイドルの味方だ。彼女たちにだってプライベートはあってしかるべきで、それが恋愛だろうが自由にするべきなのだというのが私の持論。スタッフとしては落第点だが、そういう生き方もあっていいのではないかと私は思っている。

 

 奏ちゃんは「勿論よ」と返事をすると、颯爽とその場を後にするのだった。

 

 ……恐らく無意識だろうが、やや軽くなった足取りで。

 

「さてと、それじゃあ私も……あら?」

 

 奏ちゃんが去っていった方とは逆に足を進めようとすると、廊下の角からこちらを覗く四つの影があった。

 

 というか、奏ちゃんを除く『LiPPS』のメンバー四人だった。

 

「……えっと、何をしているんですか?」

 

 揃いも揃って眼鏡と帽子で一応変装をしているつもりなのだろうが、身を隠す上で一番大事な『目立たない』という点が全く守られていなかった。

 

「「「しっ!」」」

 

 周子ちゃんと志希ちゃんとフレデリカちゃんが揃って口元に人差し指を立てる。

 

「……美嘉ちゃん?」

 

 質問の矛先を唯一話が通じそうな美嘉ちゃんに向ける。

 

「え、えっとですね……実は奏の後を追ってまして」

 

「それは何となく分かりますけど……」

 

  三人がモソモソとあんパンを食べているところを見るとそれが悪ノリから来るものだというのと分かる。別にいいですけど、パンクズを廊下に溢さないで下さいね。

 

 疑問点は何故奏ちゃんを追うことになったか、その理由である。

 

「その……それがですね……」

 

 周りをキョロキョロと見回した後、何故か顔が赤い美嘉ちゃんが耳打ちの姿勢になったのでそちらに顔を寄せる。

 

「……実は……奏の奴、いきなり『今日はこの後デートなの』とか言い出したんです……!」

 

「……そうなんですか」

 

 どうやら先ほどの考えは当たっていたようだ。

 

 しかし何故、奏ちゃんはわざわざ美嘉ちゃんたちにそれを言い残したんでしょうか……まさか、わざと追わせるために?

 

(……あぁ、そういう)

 

 奏ちゃんの性格から考えると、その理由はすぐに分かった。

 

 奏ちゃんの後を追ってそそくさと移動し始めた四人の後姿を見送りながら、一人「若いですねぇ……」と呟いてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

「ふんふふんっ、ふんふんふふふふーふんっ」 

 

 少々早く到着してしまった待ち合わせ場所である駅前のベンチに座り、俺は時間潰しにスマホを取り出して動画を観ていた。プロジェクトクローネの五人組ユニット『LiPPS』の『Tulip』のMV(ミュージックビデオ)だ。

 

「……うーん」

 

 思わず唸ってしまったのは、別に彼女たちのパフォーマンスに不満があるからではない。俺が直接面倒を見てあげた甲斐もあり、寧ろ同世代のアイドルたちに比べると頭一つ抜きん出た実力となっている。

 

 男性人気は勿論のこと、可愛くも格好いい彼女たちの姿に女性人気も高く、プロジェクトクローネの顔と呼んでも差し支えはないだろう。

 

 少々アクの強いメンバーが揃ってしまったというか、よくもまぁこんなピーキーな五人を集めたものだと感心してしまうが、そんな五人の内の一人に俺の視線は釘付けとなっていた。

 

「……この子が俺の恋人かぁ」

 

 別に惚気的な意味ではなく『アイドルが恋人』という事実に対し、純粋に実感が沸いていないのだ。

 

 『お前もアイドルだろう』というツッコミもあるだろうが、それとこれとは話が別。アイドルだからといってアイドルと恋人になることに対して思うことが無いわけ無いのだ。

 

 そんな高校とアイドルの後輩でもある恋人の歌って踊る姿に(……割りと乳揺れがすげぇな)と釘付けになっていると、スマホの画面に影が降りた。

 

 近付いてきたことに全く気付いていなかったが、どうやら誰かが俺のスマホを覗き込んでいるらしい。

 

 やれリップス好きの同好の士でもいたかと思い、誰推しなのかを尋ねようと顔を上げ――。

 

 

 

「んっ……」

 

 

 

 ――唐突に唇を奪われた。

 

「……はっ!?」

 

 あまりにも突然すぎる出来事に一瞬意識が飛び、頭の中で恋人に向かって「これは違うんだ」とか「浮気じゃないんだ」とかそんな言い訳の言葉が飛び交う。

 

「ふふっ、隙だらけよ」

 

 と思ったらその恋人だった。

 

「ビックリした……不意打ちは勘弁してくれ奏、心臓に悪い」

 

「あら、不意打ちじゃなければいいの?」

 

 そう言いながら、どちらが年上か分からなくなりそうになる余裕の笑みを浮かべて奏は俺の隣に腰を掛けた。スルリと腕と腕が触れ合う距離に近付いてくるその自然な動作は随分とそういうことに対して慣れているようにも見えるが、実際には()()()()()振る舞っているだけなのだということを知っているので、余計に愛おしく感じてしまう。

 

「人前では控えろってこと」

 

「それじゃあ人気のないところにでもいけばいいのかしら?」

 

「そしたらこの間みたいに腰砕けにしてやんよ」

 

「……あれは忘れなさい」

 

 ぷいっとそっぽを向いた奏だが耳が真っ赤になっているので意味は無かった。可愛いなぁ。

 

「……ところで奏、後ろのアレは一体なんだ……?」

 

 後ろを振り返らないようにしつつ、スマホの画面を暗転させてそこに背後の光景を反射させる。

 

 そこには物陰からこちらの様子を窺っている四人の少女の姿が映し出されていた。全員眼鏡と帽子を着用しているのでコッソリしているつもりなのだろうが、そんな四人組が目立たないはずがなかった。

 

「美嘉たちよ。打ち合わせの後に『今日はこの後、デートなの』って言ったら凄い食いついてきたから、後を追ってきたんじゃないかしら」

 

 奏の性格的に、多分確信犯だろう。

 

「どうするんだ?」

 

 一応二人の関係は周囲に隠すと決めたはずだったが。

 

「別に何もしないわ」

 

 ほら行くわよ、と腕を引かれてベンチから立ち上がる。

 

 そのまま腕を組んで歩き出すと、後ろの四人組も付いてくる気配……というか話し声が聞こえてきた。隠れる気ねぇなアイツら。

 

「それで、結局何が目的なんだよ」

 

「目的なんてないわ。……しいて言うなら『私の恋人』を自慢したかっただけよ」

 

 そんなことを言いながら、奏は上機嫌だった。

 

 俺と奏の関係はまだ公表されていない。というか、誰にも話していない。いずれ話すことになるのだろうが、今はまだ秘密の関係と言う奴だ。

 

「直接言えないなら、こうして見て察してもらおうと思ったのよ。美嘉たちなら知っても口外はしないでしょうし」

 

 結局のところ、奏は美嘉ちゃんたちに俺のことを自慢したかったのだろう。意外と子供っぽい理由である。

 

 ……ただ。

 

「志希は結構前からもう気付いてたと思うぞ」

 

「………………えっ」

 

 フフンという余裕そうな表情が固まる奏。

 

「……そ、そんなはずないわよ。これでも私、結構気を使ってたのよ?」

 

「いや、この間、事務所で――」

 

 

 

 ――ん? んんー?

 

 ――すんすん……はすはす……。

 

 ――……なるほどなるほど~そーだったのか~。

 

 ――空気が読めるシキちゃんは黙っておいてあげるね~。

 

 

 

「――って言われて、その見返りとして検体を何個か要求された」

 

 アイツ、未だに俺を科学的に調査することを諦めてなかったらしい。まぁ唾液とか髪の毛とか、そういうのだったからまだマシだったが。

 

「志希が匂いを嗅ぐのなんて日常茶飯事じゃない。それがどうして、私たちのことに繋がるのよ」

 

「いや、志希にそれをされた日ってのが、お前が『たまにはいいでしょ?』とか言ってやたらと抱き付いてきた日で痛い(ひたひ)痛い(ひたひ)

 

 耳を真っ赤にした奏に頬を思いっきりつねられた。照れ隠しならもう少し手加減してくれ。

 

「つ、つまり、志希は貴方の身体に付いていた私の匂いに気付いたわけね?」

 

「まぁあれだけベタベタ甘えてきたらそりゃあ匂いも残る痛い(ひたひ)痛い(ひたひ)

 

 事実を述べただけで俺なにも悪くないぞ。

 

「志希が匂いに敏感って知ってるんだから、対策ぐらい立てておきなさいよ……!」

 

「そんなん考慮しとらんよ……」

 

 まぁ気紛れ猫娘な志希ではあるが、約束した以上誰にも話してはいないだろう。その辺りは信用している。

 

「ま、まぁいいわ、他の三人は気付いてなかっただろうし。ふふっ、特に美嘉なんか、真っ赤になってアワアワ言ってるのが目に浮かぶ――」

 

「おっと」

 

 前から自転車が結構なスピードで走ってきたので、ヒョイと奏の腰に腕を回してこちらに引き寄せた。少し勢いをつけすぎたので、結果として抱き寄せる形になってしまったが、自転車は避けることが出来た。

 

「全く、危ねぇなぁ。……奏?」

 

「………………」

 

 腕の中の奏が真っ赤になって俯いていた。自分からくっついてきたり中々積極的な一面を見せる奏だが、こうして不意打ちには相変わらず弱いらしい。表情は変わらないものの、顔が真っ赤になっている点だけはどうしても隠せないようだ。

 

「……意外と、あのリップスの中で一番純情なのはお前なのかもしれないな」

 

「な、何を……ふむっ!?」

 

「んっ……」

 

 奏のお株を奪うように、彼女の唇を不意打ちに奪う。ついでに彼女の弱点である耳に触れると、ピクンと身体を小さく震わせた。

 

 街中で。道の真ん中で。当然周りの注目は集まるが、どうせ俺は気付かれない。

 

 チラリと横目で、可愛い尾行者たち四人の姿を見る。先ほど奏が言ったように顔を真っ赤にした美嘉ちゃんと、同じく顔を真っ赤にした三人がこちらを食い入るように見ていた。

 

 唇を離し、そのまま彼女の頭を抱き寄せる。

 

「ほら、お望み通り、美嘉ちゃんたちの顔を真っ赤にしてやったぞ」

 

「……ばか……」

 

 額を俺の胸に押し付けるようにしながら、奏はポスッと脇腹を殴った。

 

 

 

 

 

 

 ――恭也にちょっかい出しちゃうとは……災難だったなぁ、新入生ちゃん。

 

 

 

 初めは、ただの高校の先輩だった。

 

 

 

 ――ん? 奢れって? もうちょっと胸を寄せながら頼んでくれたら喜んで奢ってやろう。

 

 

 

 その内、それなりに仲の良い先輩になった。

 

 

 

 ――ほら、立て奏。その程度じゃ、ファンの前には立てないぞ。

 

 

 

 やがてアイドルとしても先輩になった。

 

 

 

 ――……好きだよ、奏。

 

 

 

 ……そして気が付けば、恋人となっていた。

 

 笑ってしまう。本当にただの先輩だった。今までみたいに、少しだけ揶揄っているだけだった。

 

 しかし、いつの間にか私は()()()()()いたのだ。

 

 この人の前だと、私は私を保てない。顔はにやけるし、鼻歌を歌いたくなるぐらい上機嫌になってしまう。それを美嘉に見られて、逆に揶揄われることもあるだろう。

 

 でも、それも悪くないと思っている私がいた。

 

 好きな人に、自分を染められることが、こんなにも気持ちの良いものだとは思わなかった。

 

 

 

「……さ、デートの続きだ。呆けてないで戻って来い、お姫様」

 

「……誰のせいよ、誰の」

 

 

 

 それでも少しだけ意地になってしまうのは……きっと、()()がこんな私を好きだから。

 

 

 




・周藤良太郎(20)
(前略)
微ネタバレではありますが、リップスのレッスンに深く関わっています。
奏の影響により、こいつまでキス魔化しております。

・速水奏(17)
揶揄っている内に本気になってしまうという、ラブコメの王道パターン。
良太郎と恋仲になったことで浮かれ、若干ポンコツ気味。

・刺繍入り青封筒
やっぱりちっひは天使やな(洗脳済)

・どちらかというとアイドルの味方
まだ本編登場してない彼女ですが、アイ転のちっひはこういうスタンス。良太郎目線からは、ただの優しいお姉さんです。

・(……割りと乳揺れがすげぇな)
リップス最大のバストサイズ。文香より大きいと知ったときの衝撃たるや……。

・「そんなん考慮しとらんよ……」
生き返れ……生き返れ……!(中の人並感)



 久しぶりの恋仲○○シリーズは奏でした!

 今回のお話は、一年前に登場したデレステのフェス限奏のお迎え祈願として執筆し、ガチャ期間限定で公開していた特別短編の加筆修正版となっております。覚えている人が果たして何人いることやら。

 最近はツイッターに挙げているのでありませんが、実はもう一本だけ期間限定公開していた短編があるので、そちらもいずれ復刻させたいと思います。

 次回からは本編に戻ります。クローネ編のオリジナルストーリーです。



『どうでもいい小話』

 四月十五日は恵美の誕生日でした!

 それを記念して、恵美をメインヒロインに据えた新作連載『ころめぐといっしょ』を公開しました! もしよろしければ、そちらもどうぞよろしくお願いします!


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Lesson199 Please get into pairs

クローネ編が始まったと思ったら、いきなりアイマスキャラがおまけ以外に登場しない不具合(平常運行)


 

 

 

「――とまぁそんなわけで、これからしばらく頻繁に346プロに出入りすることになりました」

 

「へぇ、それは……普段と変わらないんじゃないかな?」

 

「いやいや、それでもこれでようやく堂々と事務所へ行く大義名分が出来たんですから。これでもう以前みたいに軽い気持ちで行かなくて済みます」

 

「軽い気持ちだったことは認めるんだね」

 

 仕事の合間の休憩時間。現場から現場への移動の際に少しだけ足を伸ばし、最近忙しくてゆっくりと顔を出すことが出来なかった翠屋へとやって来た。お昼とオヤツ時の間の微妙な時間帯でお客さんも少ないので、昔から座っているいつもの席に座ってコーヒーを飲みながら士郎さんへ近況報告を兼ねて談笑する。

 

「しかし君も大変だね。以前と変わらずトップアイドルとしての仕事をこなしながら、自分の事務所の後輩だけじゃなくて別の事務所の後輩の面倒も見てるんだから」

 

「まぁ、それも今更ですよ」

 

 前までは765プロのみんなを、そして元バックダンサー組のみんなのレッスンもたまにしてあげていた。その二組の代わりに346プロのみんなになったというだけである。

 

 それに最近では123の三人娘も安定してきたみたいで、特に志保ちゃんはアイドルとして歌の仕事をこなす一方で舞台の仕事の方にも手を出し始めた。志保ちゃんの性格上、どちらか片方にかまけてもう片方が疎かになるなんてことはないから心配はしていない。

 

 ちなみに志保ちゃんのアイドルの友達も最近舞台の方に手を出し始めたらしく、その子に負けてられないと対抗心を燃やしているらしい。彼女は誰かと競うことで伸びるタイプなので、これはいいことだ。

 

 っと、そーいえば、一応事務所の後輩は三人娘だけじゃなかった。

 

「最近こちらで話聞いてませんでしたけど、冬馬の奴どうです?」

 

 ウチの事務所に入って早一年半。ずっと高町ブートキャンプにお世話になっていた冬馬だが、それまでと比べると動きが格段に良くなっているのは明らかだった。

 

「冬馬君ね。最近だと恭也相手に十秒はもつようになったよ。あれなら、ナイフを持った暴漢に襲われても余裕で対処できるよ」

 

「おぉ! ……いや、そっちじゃなくて」

 

 そっちも大事ではあるけど。アイドルたるもの、最低限自分の身を守る手段は持ち合わせてないとね。

 

 ……アイドルとは(哲学)

 

「体力面も万全だよ。元々アイドルとして活動していた下地もあったからね」

 

 そしてなにより……と士郎さん。

 

「『何が何でも周藤良太郎に勝ちたい』……そんな強い意志を感じたよ」

 

「……そうですか」

 

「嬉しそうだね」

 

「よく分かりましたね」

 

「何年、君のことを見てきたと思っているんだい? 表情が変わらなくったって、君の感情の変化ぐらいは簡単に分かるさ」

 

「それはそれは、恐れ入ります」

 

 そう、俺は冬馬が噛みついてくれることが嬉しいのだ。

 

 そうでなければ、俺がわざわざ()()にいる理由がないのだから。

 

「ちなみにその冬馬君なんだけど、最近誰か別の子のレッスンを見てあげてるみたいだよ」

 

「へ?」

 

 突然士郎さんからもたらされたその情報は初耳だった。

 

「この前、人に指導するときのコツなんかを聞かれてね。ちょうど昔の良太郎君みたいに」

 

「それはそれは……」

 

 俺も以前、恵美ちゃんたちやバックダンサー組のみんなのレッスンを見てあげるために『人を指導するための指導』を受けたことがあった。ダンスレッスンやボーカルレッスンをしてくれるトレーナーさんは勿論のこと、その中には昔からお世話になっている士郎さんもいたのだ。

 

 話が逸れた。今は冬馬の話である。

 

「だから初めは恵美ちゃんたちのレッスンでも見てあげてるのかなぁって思ったんだけど……冬馬君の口ぶりからすると、どうやら違うみたいなんだよね」

 

「ふむ……」

 

 確かに事務所内でアイツが三人娘のレッスンを見てあげているところは殆ど見ない。全く見ないわけではないが、それでも一言二言アドバイスをする程度。わざわざ士郎さんに指導の仕方を教わるほどのものではなかった。

 

 となると、士郎さんが言ったように別の誰かのレッスンを見てあげているのだろう。

 

 ……あの冬馬が。

 

「あの冬馬がねぇ……」

 

 あの『打倒周藤良太郎』に全身全霊をかけている冬馬がわざわざ人のレッスンを見てあげるとは、アイツも性格が丸くなったなぁ……とも思うが、それでも冬馬がわざわざレッスンを見る相手とは一体誰なのだろうか。

 

 可能性があるとするならば、その筆頭は春香ちゃんである。以前に茶化す目的で『春香ちゃんみたいな純朴そうな女の子がタイプ』と称したが、別に好みの話自体は別に冗談でも何でもなく、そのまんまアイツの好みだ。なので、春香ちゃんのレッスンを見てあげているのではとも考えたが、今更春香ちゃんのレッスンを冬馬が見るであろうか。アイツの性格上、春香ちゃんと会いたいがための口実作りということもないだろうし……多分、彼女ではない。

 

 となると、俺も知らない別のアイドルということになるのだが……。

 

「一体誰なんだか……」

 

 別に詮索するつもりはないが、それでも気になるものは気になる。今度それとなく聞いてみることにしよう。

 

 それにしても……そうか。もう765プロのみんなだけじゃなくて、ウチの事務所のアイドルたちも、既に俺が気にかけなくてもよさそうなところにまで来てるってことなんだな。

 

 少し寂しい気持ちもあるが……それでも俺は、いつまでも誰かのお節介であり続けよう。

 

「それじゃあ俺も、もうちょっとだけ妹分のお節介に尽力することにしますよ」

 

「おっと、君の妹分にはウチのなのはも含まれているんじゃなかったのかい?」

 

「それは勿論。それじゃあ今度久しぶりにスタジオ観覧にでも招待して……」

 

「いや、実はそれがね……良太郎君にはまだ話してなかったんだけど――」

 

「ねーリョウタロウさーん……わたしたちもリョウタロウさんの妹分ってことで何か奢ってー……」

 

 それまで黙って机につっぷしていたロリっ娘の声が背後から聞こえてきた。

 

「ちょっとクロ、いきなり失礼よ」

 

「いや、俺は別にいいけど」

 

 クルリと振り返ると、そこにはクリーム色の髪に真っ白な肌の少女と薄いピンク色の髪に褐色の肌の少女が、瓜二つの顔を力なく挙げていた。

 

「君たちの管轄は俺じゃなくて衛宮でしょうに」

 

「だーかーらー! そのお兄ちゃんがいないから言ってるんでしょー!?」

 

「だからクロ!」

 

 俺の元クラスメイトの衛宮(えみや)士郎(しろう)の妹である衛宮クロエがウガーッと声を荒げ、双子の姉である衛宮イリヤが彼女を窘めていた。

 

「まぁ、衛宮の奴、卒業と同時にロンドン留学だしな」

 

 ついでに奴の嫁(俺たちが勝手にそう呼んでいる)である遠坂(とおさか)(りん)や、同じくクラスメイトの間桐(まとう)慎二(しんじ)もロンドンへ。さらについでに、今年の春には慎二の妹の(さくら)ちゃんまで三人を追いかけるように向こうへ行ってしまった。間桐兄妹という孫二人がいきなりいなくなったおかげで、臓硯(ぞうけん)さんが寂しそうにしていたのを覚えている。

 

「……あれ、でもこの間の夏休みに帰って来たって言ってなかった?」

 

「それが久しぶりに会ったことで余計に再燃しちゃったみたいで……」

 

 アハハと乾いた笑みを浮かべるイリヤちゃん。クロエちゃんのことを言っているのだろうが、彼女自身も結構なブラコンなので、寂しがっていることだろう。

 

「全くしょうがないなぁ」

 

 えっと、彼女たちの分と、セラさんとリズさんとアイリさんと……切嗣(きりつぐ)さんいるかな? ……まぁいいや、余れば誰かが食べるだろ。

 

「士郎さん、彼女たちにお土産のシュークリーム、六個お願いします」

 

「毎度ご贔屓にどうも」

 

 俺がこうして誰かにお土産を持たせることは少なくないので、苦笑しつつもシュークリームを用意してくれる士郎さん。……士郎さんと士郎で、名前が被ってるんだよなぁ……。

 

「そういえば士郎さん、さっき何か言いかけませんでした? ほら、なのはちゃんのこと」

 

「ん? あぁ、ついになのはも本格的にそちらへの道を進みだしたってだけだよ」

 

「成程、そういうことでしたか」

 

 ………………ん?

 

「えっ!? なのはちゃん、芸能界(こっち)来るんですか!?」

 

 いや、確かにそれらしいことは何度か耳にしたことはあった。けれど何だかんだ言って、結局この翠屋の跡取りになるとばかり思っていたので、結構衝撃的な事実だった。

 

「実はこの間、とある出来事があってね」

 

 何でも、街中で逃げ出したペットのフェレットを探している少年に出会って、彼と一緒にフェレットを探してあげて、その男の子が実は有名な外国の子役で、その子にお守りを貰って……という、なんとも主人公じみたイベントがあったらしい。

 

「それが直接の理由っていうわけじゃないらしいけど……きっかけにはなったらしいよ」

 

「……そうでしたか……」

 

 そうか……ついになのはちゃんもこちら側に来る日が来たのか……。

 

 

 

 つまり、これは……ここが物語の分岐点になるということか!

 

 

 

「なのはちゃんが主人公の外伝が始まるときは、この辺りの時系列で物語がスタートしていくっていうことなんですね。分かります」

 

 こうしておかないと、他の登場人物の年齢や起こった出来事がごちゃごちゃになっちゃうからね! そしてそっちの外伝に俺の出番が少なかったとしても『このときの周藤良太郎は346プロへの用事があってあまり時間が無かった』という尤もらしい理由を付けられる! 完璧な作戦だ!

 

 

 

「俺は良太郎君が何を言っているのかがさっぱりわからないよ……」

 

「わたしも分からない……クロは?」

 

「分かるわけないでしょ……」

 

 

 

 

 

 

おまけ『演技のご相談は志保ちゃんへ』

 

 

 

「ありがとう、志保ちゃん。相談に乗ってくれて」

 

「いえ、まゆさん。私なんかでよければ」

 

「志保おおおぉぉぉ! 助けてえええぇぇぇ!」

 

「っ!? 恵美さん、いきなりどうしたんですか?」

 

「じじ実はアタシも、今度ドラマ出演のお仕事を貰ったんだけど……」

 

「あら、凄いじゃないですかぁ、恵美ちゃん」

 

「それが、ホラー物なの!」

 

「……そうですか私もまだまだ勉強中の身ですからそれほどアドバイス出来ることはありませんのでそれではこの辺で失礼します私も次の現場へ……」

 

「あ、まゆも良太郎さんのところへ……」

 

「見捨てないでえええぇぇぇ!?」

 

 

 




・良太郎たちのすれ違いは続行中
今後はニュージェネの三人も別々に行動するので、ニアミスする機会も無くなります。
珍しくちゃんと勘違いが続いている……。

・アイドルとは(哲学)
それを見つけるのが人生なんやで(謎の老人的解答)

・衛宮士郎 ・イリヤ ・クロエ ・遠坂凛
・間桐慎二 ・間桐桜 ・間桐臓硯
・セラ ・リズ ・アイリ ・切嗣
全員Fateシリーズの登場人物(個別説明が面倒くさくなった)
アイ転特有のやさしいせかいなので、みんな仲良し。桜の血縁関係とかは深く考えてはいけない(いいね?)

・ロンドン留学
FGO第二部にてAチームが登場したおかげで、春休み編のロンドンに登場させられるキャラが増えてニッコリ。とりあえずカドアナは出したい(幸せにしたい)

・なのはちゃん芸能界入り
これで『芸能少女アイドルなのは』のフラグ立ては終了しました。
今後アイ転の裏側で物語が進行していく設定になります(いつ書くかは不明)

・おまけ『演技のご相談は志保ちゃんへ』
恵美の中の人が今期鬼太郎のヒロイン役だったので。
しっかし、猫娘可愛くなったなぁ……(歓喜)



 アイマス二次創作(アイマスキャラが全話で登場するとは言っていない)

 次回はちゃんとクローネメンバー登場します。そして今までセリフすら無かったあの子の出番です。



『どうでもいい小話』

 ついに5thBDの発売が決まりましたね! しかも二週間に一本のペースで発売されるよ!(白目)

 発売日に、とは言わないが、いずれ全部揃えたい……!


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Lesson200 Please get into pairs 2

この辺りからオリジナルストーリーで進んでいきます。

……あ、なんか200話目らしいです(適当)


 

 

 

「ついに二百回の大台に乗ったか……」

 

「ん? いきなりどーしたの、りょーくん」

 

「いや、俺が読んでる二次創作の小説の最新話がついに二百話目に到達したんだよ」

 

「へぇ……あれ? でも話数は全244話になってるけど」

 

「それは番外編も含めた数で、二百っていうのは本編の数で――」

 

「……ねぇ、本当にこの会話続けてて大丈夫なの?」

 

 翠屋での休憩を終え、続いてやって来た現場はテレビ局にて番組収録。撮影の合間にスタジオの片隅でネット小説を読んでいたところ、一体何をしているのかと寄って来た魔王エンジェルの三人と雑談することになった。

 

「というか、お前たちとこうして仕事するの凄い久しぶりな気がする」

 

「わたしたちも一応リョウに次いでのトップアイドルとして認識されているし、流石に大物二組を同時に出演させる番組も少ないだろうから」

 

「そういうものか……?」

 

「そもそもしれっと登場して会話し始めたけど、わたしと麗華って帰国してから登場するの初めてだよ。最後に喋ったのが春休みより前だから、リアルタイムで二年ぶり」

 

「そういえば、第三章のラスト以来になるんだよな」

 

「アタシは一応、帰国してすぐりょーくんに会いに行ってるもんねー」

 

「だから本当にこの会話続けてて大丈夫なの……!?」

 

 麗華は一体何を危惧しているのだろうか。

 

「それより聞いたわよ。アンタ、今346プロによく入り浸ってるらしいじゃない」

 

「相変わらず東豪寺財閥は耳が早いなー」

 

 別に隠していることでもないので調べればすぐに分かることだろうが、それでも他事務所の人間がそれを把握していることに驚きである。

 

「アンタのところの新人を預けてるんだっけ?」

 

「そうそう。いや、本当は元々向こうの常務が先に目を付けてた子を横から掻っ攫う形になっちゃったみたいだからさ。ちょっとばかり心苦しかったわけよ」

 

「ふぅん……」

 

 俺や兄貴とはと違い、他事務所の発展は特に願っていない麗華は「まるで意味が分からない」というような目になっていた。

 

 ……でもまぁ。

 

「良いアイドルが沢山育つのは、良いことだろ?」

 

 

 

 ――()()()()()()さ。

 

 

 

「っ! アンタまさか……!」

 

「? りょーくん、なんの話?」

 

「んー? 日本がりんみたいな美少女アイドルで溢れかえったら、それはとっても嬉しいなって話」

 

「え、えーっ? もう、りょーくんってばー! ……でも、やっぱりりょーくんにはアタシだけを見ててもらいたいかなー……な、なーんて!」

 

 そりゃあもう穴が開くぐらいガン見しますとも。特に今日の衣装とか胸が強調されている上に、今はスタジオが暑いからか知らないけど胸元が開いていて、更にかなり距離が近いので身長の関係上俺の視点からはその谷間が丸見えとなっている。

 

 ……あぁ……アイドルやってて良かった……!

 

「……まぁ、アンタが()()を知ってようが知ってまいが関係ない話ね」

 

「? 麗華、どういうこと?」

 

「別になんでもないわ、ともみ。まだ話すべきときじゃないってだけ」

 

「?」

 

「ほら、アベンジャーズも公式でネタバレしないでくれって言ってるだろ? つまりそういうことなんだよ」

 

「なるほど」

 

「人の話に適当な注釈付けないでもらいたいんだけど」

 

「いやぁまさかアイアンマンの正体がトニー・スタークだったとは」

 

「ネタバレ禁止だからって公式情報をさもネタバレのように言われても」

 

「……いや、ホント早く情報解禁されないかなぁ……マーベルそこまで詳しくないから、エンドロール後の映像の意味を誰かに教えてもらいたい……」

 

「大人しく待ちなさい」

 

 随分と久しぶりではあるが、それでも一番長い付き合いになる三人とのやり取りはやっぱり何処か心地よかった。

 

 

 

 

 

 

 さて、先日の『十六点鐘』……じゃなくて、『桃園の誓い』……でもなくて。……何て言ったらいいのだろうか……中庭の誓い? ニュージェネ再出発の誓い? まぁそこら辺の名前はどうでもいいや。

 

 中庭での一件を経て、私はようやくプロジェクトクローネの一員として……そして、加蓮と奈緒の三人組ユニット『Triad Primus』として活動していく決心をした。

 

「……そっか、決めてくれたんだね」

 

「あ、ありがとう、凛!」

 

 そのことを加蓮と奈緒に話すと、二人とも凄く喜んでくれた。

 

 

 

 というわけで、今日はそのクローネメンバーが全員揃初めてのミーティングである。普段通りに事務所に来た私は、つい最近までのようにそのまま地下の資料室へ……ではなく、久しぶりにエレベーターに乗って上の階へ向かう。場所が分からないので、加蓮と奈緒に連れて行ってもらう形になる。

 

「待って待ってー! アタシも乗る乗るー!」

 

 教えてもらった階数のボタンを押し、閉ボタンを押しかけたところでそんな声が聞こえてきた。ドアの外を覗くと、金髪ギャルといった風体の少女がこちらに向かって駆けてきていた。……良太郎さんが見ていたら大変喜びそうなぐらい胸が揺れていた。

 

「あ、唯だ」

 

「知り合い?」

 

「知り合いというか、プロジェクトメンバーだよ。大槻唯」

 

「……そうなの?」

 

 名前を知っていたので加蓮たちの知り合いかと思い、開ボタンを押しながら尋ねてみると、まさか自分の参加するプロジェクトのメンバーだった。

 

 ……あれ? そういえば私、加蓮と奈緒とアーニャ以外に参加するメンバー知らない気がする……いや、ポスターはちゃんと見たけど全員の顔は覚えてなかった……。

 

「ほら、文香も早く早くー」

 

「ま、待ってください……!」

 

 そんな大槻さんの後ろから走ってくるもう一人の影。ヘアバンド付けた長い黒髪の女性で、トテトテという擬音が似合いそうな、走るというにはあまりにもゆっくり過ぎる速度だが……ゆったりとした服の下で大きく胸が揺れているのが分かってしまった。

 

 ……そこに意識が行ってしまう辺り、良太郎さんの悪い影響を受けてしまっていることを自覚して自己嫌悪に陥ってしまった。

 

 二人が無事にエレベーターに乗り込んだところで、改めて閉ボタンを押した。

 

「ありがとー! ……って、あっ、渋谷凛ちゃんだよね! 凛ちゃんもプロジェクトに参加してくれることになったんだ!」

 

 わーい仲間が増えたー! とニコニコ笑いながら私の手を取りブンブンと上下に振る大槻さん。見た目に反して人懐っこい性格をしているようだった。

 

「えっと、よろしく、大槻さん」

 

「唯でいいよー! んでこっちが!」

 

「鷺沢文香です……」

 

 ペコリと黒髪の女性が頭を下げる。どうやら彼女もプロジェクトのメンバーらしい。

 

「それじゃあ、これでようやくプロジェクトメンバーが全員揃ったわけだね!」

 

「えっと、確か……十二人だったよね」

 

 私、加蓮、奈緒、唯と文香さん。そしてアーニャと志希さんと美嘉さんと……あと四人か。

 

「うん! ゆい、みんな揃うの楽しみにしてたんだよ」

 

 にへーっと笑う唯。

 

「これまでもちゃんとお仕事はしてたけどさ、それでもみんなが揃うっていうの、やっぱり嬉しくない?」

 

「……そうなのでしょうか」

 

「文香ノリ悪いー」

 

 首を傾げる文香さんの肩をユサユサと揺する唯。見た目的にも性格的にも正反対そうな二人だが、意外に仲は良いようだ。

 

 そんなやり取りをしている間に、エレベーターは目的に階に到着した。こっちこっちーと子供のように先導する唯に着いていき、とあるドアの前までやって来た。

 

「………………」

 

「……? 凛、どうかしたの?」

 

「……ううん、何でもない」

 

 そこは元々私たちシンデレラプロジェクトが使っていた部屋……ということはなかった。そもそも部屋の階が違うので、そんな出来すぎた偶然は無かった。

 

 それでも、以前の部屋の事を少しだけ思い出してしまったのだ。

 

「それじゃ~……ようこそ、プロジェクトクローネへ~!」

 

 唯がドアを開け、そして加蓮に背中を押されるようにして、私はその部屋の中へと足を踏み入れた。

 

 

 

 部屋はもぬけの殻だった。

 

 

 

「……って、あれ?」

 

「……誰もいない」

 

 全員揃っているとまでは思っていなかったが、まさか一人もいないとは思わなかった。

 

「ちょっとー!? ここは誰かが部屋にいてお話が続くところでしょー!?」

 

「物語の展開としては、それが自然なのでしょうが……」

 

「……まぁ、現実ってこんなものだよなぁ」

 

 空の部屋に向かってムガーッと叫ぶ唯に対し、文香さんと奈緒は「そりゃそうだ」と頷いていた。

 

「ぐぬぬ……なんかゆいが恥ずかしい感じー……」

 

「あはは、待ってれば誰か来るって」

 

 唇を尖らせる唯の肩を加蓮がポンポンと叩く。

 

「………………」

 

 ゆっくりと部屋の中を見渡す。事務所が同じで建物も同じなのだから、それは当たり前なのかもしれないが……以前の部屋と殆ど同じ造りだった。

 

 勿論今は、プロジェクトクローネとして、トライアドプリムスの一員として、秋のライブに向けて頑張っていく。けれど……いつか、またシンデレラプロジェクトのみんなであの部屋に戻れたら……。

 

 

 

 ガチャ

 

 そんなことを考えていたら、ドアが開く音がした。

 

「おはようございます」

 

 聞こえてきたのは、私たちよりもずっと幼い少女の声。見ると、そこにいたのは恐らく小学生ほどの少女。長い黒髪に利発そうな目付き。手にはタブレットを持っていた。

 

「おはよーアリスちゃん!」

 

「おはようございます、加蓮さん。あと橘です」

 

 加蓮が挨拶をすると、少女は挨拶を返しながらも何やら素っ気ない態度だった。

 

「……あ」

 

 そんな少女と目が合った。恐らくいつもと違う顔があったので驚いたのだろう、一瞬だけビクリと肩が跳ねたように見えた。

 

「……初めまして。今日からプロジェクトクローネに参加する、渋谷凛」

 

「……えっと、は、初めまして……た、橘ありすです」

 

「よろしく、ありす」

 

「……橘です」

 

「え?」

 

「……名前で呼ばれるの、好きじゃないんです。だから名字で呼んでください」

 

「……はぁ」

 

 名前で呼ばれるのが好きじゃない、ねぇ。なるほど、先ほどの加蓮とのやり取りはそういうことだったのか。いやまぁ、別にいいんだけど……。

 

 ……別に嫌いだとか苦手だとかそういうことじゃないんだけど……この子と仲良くなるには少し大変そう――。

 

 ガチャ

 

 

 

「たっだいまー! フレちゃんとしゅーこちゃんが帰って来たよー!」

 

「ん、結構揃ってるね」

 

「あっ! ありすちゃんもいた! ありすちゃんただいまありすちゃん!」

 

「おっ、ホントだ。ただいま~ありすちゃ~ん」

 

「だーかーらー!? 名前で呼ばないでくださいって何回言えば分かるんですか!?」

 

 

 

 ――あ、なんかすごく仲良くなれそうな気がしてきた。

 

 

 




・久々の魔王エンジェル
いや本当に久しぶりだなこの子たち……ストーリーの展開上、どうしても自然に出せないのじゃ……。

・「それはとっても嬉しいなって」
ちだまりスケッチ

・アベンジャーズ
つい先日見てきました。
なんというか、確かに公式でネタバレ禁止しているだけのことはありました……。

・『桃園の誓い』
三国志的な。その場合……卯月が劉備で、凛が関羽で未央が張飛?

・良太郎さんの悪い影響
むしろ作者の悪い影響。

・ありす登場
名前だけの登場でしたが、ようやく本編登場です。
クールタチバナはアイ転でもクールに……とはいかず、残念ながら苦労人枠です()



 ついに今までセリフが無かったありすが登場したことで、これでようやくクローネメンバーが全員登場と相成りました。長かった……。

 次回もオリストで続いていきます。


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Lesson201 Please get into pairs 3

主人公不在のクローネのお話。


 

 

 

 クローネの部屋で談笑していた私たちは、会議室へと集められた。私や加蓮や奈緒、唯に文香さん、そして先ほど初めて顔を合わせたあり……橘さんに、フレデリカさんと周子さん。そして後からやって来た美嘉さんと志希さんと奏さん。先ほど自己紹介を済ませたばかりの人も含め、全員プロジェクトメンバーだった。

 

「適当にかけてくれ」

 

 会議室の上座に座って待っていた常務の言葉に従い、各々適当な場所に腰を下ろす。私と加蓮と奈緒が固まって座ったように、文香さんの両隣に唯と橘さん、そして美嘉さんたちがそれぞれ固まって座った。

 

「……一人不在のようだが、とりあえずそれ以外は揃ったようだな」

 

 常務の言うように、諸事情によりアーニャは不在。しかし、それ以外のプロジェクトクローネのメンバー全員が初めて一堂に会したのだ。……何だろう、揃うのは初めてだというのに、この言いようのない既視感は……特にアーニャだけいないという辺りが……。

 

「さて、それでは改めて……こうして集まってくれたことに感謝する」

 

 それは多分()()()()()()という意味ではないだろう。

 

「そして誇ってもらいたい。……君たちは選ばれた()()()だ」

 

「………………」

 

 選ばれたお姫様。一城の主から王冠(クローネ)を賜った存在。それが、私たち『Project:Krone』ということか。別にそれが嫌とかそういうことはないのだが……それでも、元々シンデレラプロジェクトにいた私にとっては複雑な気分だ。それは多分、他の部署から連れてこられた他の人たちも同じなのではないだろか。

 

「基本的な方針としては、渋谷凛・北条加蓮・神谷奈緒の三人は『Triad Primus』として、城ヶ崎美嘉・速水奏・塩見周子・宮本フレデリカ・一ノ瀬志希の五人は『LiPPS』として、鷺沢文香・橘ありす・大槻唯・アナスタシアの四人はそれぞれソロで活動してもらう」

 

 詳しい話は後日担当の人間から聞いてもらう、と常務。

 

「そして……一つだけ伝えておくべき重要なことがある」

 

「……?」

 

 突然重々しい雰囲気でそんなことを言い出した常務に、その場にいた全員が疑問符を浮かべた。わざわざそう切り出したということは、よほど重要なことなのだろう。

 

「今回、このプロジェクトを進めていくに当たり……とある人物の協力を仰ぐことが出来た。君たちはこの人物の指導を受けることで、間違いなく今まで以上の実力を得ることが出来るだろう」

 

「………………」

 

 ……いや、それって。

 

(……なぁ凛……)

 

(もしかして良太郎さん……?)

 

(もしかしなくても良太郎さんでしょ……)

 

 こそこそっと奈緒と加蓮が尋ねてくるが、それ以外に考えられなかった。いかにも凄そうな雰囲気を醸し出していたので、一体どんな大物が来るのかと思ったら……あ、いや、周藤良太郎なんだからこれ以上ないぐらいの大物だった。如何せん、普段から顔を合わせすぎてるから……。

 

 元々私は良太郎さんから直接そのことを聞いているので、今更驚くようなことでもなかったが……確かにこの場にはそのことを知らない人間も多いだろうから、ここで話しておくことにしたのだろう。

 

 ややタメを作った後、常務は口を開いた。

 

「その人物は、123プロダクションに所属するアイドルの……周藤良太郎だ」

 

 

 

「え、えええぇぇぇ!? ……え?」

 

 

 

 会議室内で驚いたのは、橘さんだけだった。ガタッと音を立てて勢いよく立ち上がったのだが、他のみんなが全く反応をしていなかったので、周りをキョロキョロと見回していた。

 

(あれ……?)

 

 私は勿論のこと、既に面識のある美嘉さんや加蓮や奈緒、同じ事務所に所属している志希さんが驚かないのは分かるのだが、その他の人たちが驚かないのは意外だった。正直またいつものアレが起こるかと思っていたのだが。

 

「……ず、随分と落ち着いているのだな」

 

 私たちが驚かないことに対して驚いていたらしく、常務は表情が固まっていた。恐らく彼女的にはとっておきの情報だったのだろう。

 

「同じ事務所に所属している一ノ瀬志希、既に知り合いと聞いている渋谷凛・城ヶ崎美嘉は分かるのだが……」

 

「あー……えっと、アタシと加蓮は凛に紹介してもらってるから……」

 

「まぁもっとその前に知り合ってはいたんだけどね」

 

「アタシはこの前アーニャちゃんと一緒にいたところを紹介してもらったしー、文香も前から知り合いだったんだよねー?」

 

「その……はい……一応……」

 

「実は私、周藤先輩の高校の後輩なの。だからそういう話は少し聞いていたわ」

 

「私もその場にいたから知ってるー」

 

「フレちゃんもー! ケーキご馳走してもらったんだー!」

 

 なんと。昔から顔が広いことで有名な良太郎さんだが、まさかほぼ全てのクローネメンバーと既に知り合っていたとは思いもしなかった。特に文香さんと奏さんはプライベートでの知り合いだったとは……。

 

「そ、そうだったのか……な、ならば改めて顔合わせの場を設ける必要もないか……うん」

 

 よほど自信があるネタだったのだろう、微妙に常務が落ち込んでいた。それだけでイメージが全て覆るほどではないが、それでも少しだけ常務に対する印象が変わった気がする。

 

「………………」

 

 そんな常務以上にダメージを負っていたのが橘さんだった。あれほど大きな反応をしたのが自分一人だったのが恥ずかしかったらしく、顔を真っ赤にしながら座り直した椅子の上で小さくなっていた。

 

「……コホン」

 

 仕切り直すように常務が咳払いをした。

 

「周藤良太郎は不定期ではあるものの、こちらの事務所に出向いてくれると約束してくれた。しかし彼の日程と諸君らの日程を全て合わせるのは当然難しい。出来るだけ合わせるように調整はするが、それでも無理な場合はその日程が合う人間のみが周藤良太郎の指導を受けてもらうことになる」

 

 一応、私たちも普通にアイドルとして活動していくわけなのだから、毎日レッスンを受け続けるわけではない。良太郎さんが来てくれる日に仕事が無い人間は、良太郎さんのレッスンを優先することになるのだろう。

 

 つまりこれでようやく、私も良太郎さんのレッスンを受けることが出来るようになった。以前からそれを受けてみたいとは思っていた。良太郎さんに直接お願いしたこともあったが、結局時間が取れずに実現していなかった。

 

 ……本当だったら、シンデレラプロジェクトのみんなの指導もしてもらいたかったんだけど……流石にそれは贅沢すぎるお願いだろう。タダでさえ、私たちのためにわざわざ時間を割いてくれているというのに、さらに別の人たちの指導をお願いするのは流石に躊躇われた。私は、自分が他の子たちよりも良太郎さんにお願い事をしやすい立ち位置にいることを理解しているが、だからこそそれは出来なかった。

 

 私とアーニャがプロジェクトクローネとして参加する秋のライブ。そこで結果を残すことが出来なければ、シンデレラプロジェクトは解散となってしまう。だからこそ良太郎さんの指導を受けたかったのだが……。

 

(……信じよう、みんなを)

 

 きっとみんなならば、この苦難を乗り越えてくれると。

 

「さて、ここからが本題だ」

 

「えっ」

 

 割と今のが本題だったような気もするのだが、それ以上の話がまだあったのか。

 

「こんな質問を投げかけるのは、君たちに対する侮辱になるかもしれない。しかし、あえて問わせてもらおう」

 

 

 

 ――君たちは、周藤良太郎のことを十分に理解しているのか?

 

 

 

「……それは」

 

 どういうことなのだろうか。

 

 長年付き合っていても掴みどころが全くない良太郎さんのこと全てを理解しているとは流石に言えないが、それでも恐らくここにいるメンバーの中で一番『周藤良太郎』という人物について知っているのは私だろう。

 

 それとも……常務は私も知らない周藤良太郎の何かを、理解することが出来たということなのだろうか。

 

「勿論、私とて周藤良太郎の全てを知っているわけではない。ただ、彼から指導を受ける以上、周藤良太郎というアイドルに対する理解が浅くては彼に失礼だろう」

 

 それは……そうなのだろうか。

 

「今日この場に集まってもらったのは、それが主な理由だ」

 

 そう言うと、常務は何やらリモコンで操作をし始めた。部屋が暗くなり、カーテンが自動で閉まり、スクリーンが天井から降りてくる。スクリーンは常務の背後の壁際に降りてきたので、私たちに対しての妨げにならないように常務は場所を移動した。

 

「周藤良太郎についての映像資料を用意した。これを観て、諸君らの周藤良太郎に対する理解を深めてもらいたい」

 

「良太郎さんの、映像資料……?」

 

 それは一体なんなのだろうか……少しばかり興味が湧いてきた。もしかして、美城財閥という強大な力を利用してかき集めた重要な秘密だったり……!?

 

「それでは再生する」

 

 スクリーンに映像が映し出された。

 

 それは、何やらライブ会場のようなところだった。恐らくアリーナほどの大きな会場で、満員の観客たちが手にするサイリウムによりカラフルに彩られていた。まるでライブの開始直前のような雰囲気で……あれ?

 

 そこでようやく、()()に見覚えがあることに気が付いた。()()ではなく、その映像そのものに見覚えがある。

 

(っていうか、これって――)

 

『準備はいいかお前ら!?』

 

 聞こえてきたそんな声に、映像の中の観客たちは一斉に盛り上がりを見せた。そしてそんな盛り上がる声を、更に掻き消すような大きな声で……()()()()()はそれを宣言した。

 

 

 

 ――さぁ、盛大に祝ってくれよ!

 

 ――『アイドル』周藤良太郎! 生誕四周年だ!

 

 

 

「やっぱりだー!?」

 

 良太郎さんのアイドル四周年を記念して行われた記念ライブ、その円盤(BD)だった。私も持っている。通りで見覚えがあると思った……。

 

「おぉー! リョータローくんのライブだー!」

 

「私もこれ持ってるよー!」

 

 突然始まった周藤良太郎のライブ映像に盛り上がっているのは唯と加蓮だけで、他のメンバーは私と同じように呆然としていた。

 

「……あの、常務?」

 

「何かね? 手短に頼む」

 

 常務はこちらに視線を向けることなくそう返してきた。というか、視線が先ほどからスクリーンに釘づけだった。

 

「……これが周藤良太郎への理解を深めるための映像資料ですか?」

 

「うむ。伝説の始まりと名高いファーストライブも良かったのだが、やはり一番新しいセトリを揃えている四周年ライブの方が今の周藤良太郎に近いと判断させてもらった。このライブでは『Re:birthday』や『頑張る君に捧ぐ歌』といった往年の名曲は勿論のこと、一昨年のジュピターとのコラボの際に歌った『Alice or Guilty』も――」

 

「あ、いや、やっぱりいいです……」

 

「……そうか」

 

 求めていた答えが返ってこないことを悟って話を遮ると、常務は露骨に残念そうに口を閉じた。たぶん語り足りないのだろう。

 

 ……いやまぁ、確かに周藤良太郎がどんなアイドルなのかは分かるかもしれないけど。

 

(まさか、事務所の常務が他事務所のアイドルの熱狂的なファンだったとは……)

 

 腑に落ちないが、それでも良太郎さんのライブ自体は何度見ても楽しいものだ。折角なので、今は私もライブ映像を楽しむことにしよう。

 

 

 

 ……別に、現実逃避とかはしていない。

 

 

 




・この言いようのない既視感は
・特にアーニャだけいないという辺り
クローネ会議……アーニャが不在……苦労人事務所……うっ、頭が……!?

・「え、えええぇぇぇ!? ……え?」
一人だけ驚くありす。まだ良太郎と会ってないから……。

・映像資料
『Ryotaro Sudo 4th Anniversary LIVE TOUR』初回限定特装版\14,980

・『Re:birthday』や『頑張る君に捧ぐ歌』
最近忘れられがちな良太郎の持ち歌。後者はLesson36参照



 最近大人しかったけど、やはり一番キャラがぶっとんでしまったのはこの人だった。

 次回で恐らくいったん区切りです。



『どうでもよくない小話』

 5月7日は唯ちゃんの誕生日でした! ハピバ!

 記念短編はまだ書けてないけど、書きあがったらツイッターに挙げようと思います。


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Lesson202 Please get into pairs 4

第七回シンデレラガール総選挙!(あとがきで触れます)


 

 

 

「そういえば凛ちゃん、この前初めてクローネのメンバーでミーティングやったんだって?」

 

「……ミーティングはミーティングでも、ファンミーティングだったけどね」

 

「ん? どういうこと?」

 

「うん、あれは完全に周藤良太郎ファンミーティングだった」

 

「本当にどういうこと!?」

 

 

 

 さて、今日は午前中に予定が空いていたため、ついに凛ちゃんたちプロジェクトクローネと一緒にレッスンをする記念すべき初日となった。なお昼には仕事が入っているので二・三時間しか時間は作れなかったが……まぁ、その短時間で詰め込めるだけ詰め込めばいいよね!

 

 よーし、お兄さん張り切っちゃうぞー!

 

「……今、なんか寒気が……」

 

「もうすっかり冬が近づいてきたからね。暖房付ける?」

 

 というわけで、朝から車で346プロに向かっている最中であり、ついでなので渋谷生花店に寄って凛ちゃんを拾ってきた次第である。

 

「しかしそうか。美城さん、そこまでこじらせてたか……」

 

「本当もう、何事かと思ったよ」

 

「いやまぁ普段の様子から周藤良太郎のファン、引いてはただのアイドルオタクだからなぁあの人」

 

 だからと言って俺の参考資料という名目でライブの映像を流し始めるとは思わなかった。

 

 ちなみに加蓮ちゃんと唯ちゃんはノリノリで観ていてくれたらしいけど、他のメンバーは終始呆気に取られていたそうだ。そりゃそうだ。

 

「……でも、そんなにアイドルのことが好きなのに……どうしてこんな急な改変をしようって思ったんだろ」

 

 窓の外を眺めながらポツリとそんなことを溢した凛ちゃん。

 

「……さぁ。それは俺にも分からないよ」

 

 いや、本当は「もしかして……」と、とある可能性が頭を過るようになっていた。

 

 もし美城さんもアメリカで『アレ』を目撃していたとしたら……。

 

 尤も、全て俺の憶測でしかないのだが。

 

「その話は置いておいて、今日のレッスンは凛ちゃん以外は誰が来るの?」

 

「えっと、私と加蓮と奈緒のトライアドプリムスの三人と……アーニャと文香さんと唯と橘さん」

 

「ふむふむ」

 

 ようするにリップスの五人以外ってことか。凛ちゃんたち三人は勿論、アーニャちゃんと文香ちゃんと唯ちゃんには既に会ったことがあるから……初対面はありすちゃんだけか。これでクローネメンバー全員と顔を合わせることになる。

 

「ありすちゃんはどんな感じの子?」

 

「えっと……年の割には落ち着いてる感じかな。でも大人びてるというよりは、背伸びしてる感じ」

 

 ませてる……という感じじゃないか。

 

「あと、名前で呼ばれるのがイヤなんだって。名字で呼んでくださいって言われちゃった」

 

「あら、可愛い名前なのに勿体ない」

 

 語感的にも呼びやすかったから俺は好きなのに。

 

「そういえば、良太郎さんは割と名前呼びするよね。でも普通に名字呼びすることもあるし……なにか基準があるの?」

 

「そこはLesson127の友紀や茄子との会話を参考にしてもらおうかな」

 

「何の話?」

 

「そういえばついに茄子にも声が実装されるのか……感慨深いなぁ」

 

「だから何の話?」

 

 

 

 というわけで346プロに到着。車をいつものように来客用駐車場に停め、凛ちゃんと共にレッスン室へと向かう。

 

「そういえばそれなりにこっちの事務所来てるけど、レッスン室に行くのは初めてだな」

 

「そうなの?」

 

「結局シンデレラプロジェクトの子たちのレッスンも見てあげれなかったからなぁ……時間があれば、そっちも見てあげたいよ」

 

「……顔を見せるだけでも喜ぶと思うよ。特に莉嘉とかみりあとか。……みくと美波も」

 

 前者二人はともかく、後者二人はどうだろう……まぁ、無下にはされないとは思うけど。

 

「でもまぁ……そうだね。顔見せぐらいだったら簡単に出来るかな」

 

「うん」

 

「それにレッスン中なら、今の時期でもみんな薄着になってるだろうしね!」

 

「やっぱり来なくていいよ」

 

「誤解しないでくれ凛ちゃん。俺は別にみんなの素肌が見たいわけじゃないんだ」

 

「別に誤解はしてないけど」

 

「どちらかというと、汗でうっすらと透け――!」

 

「帰れ」

 

 そんな心温まるやりとりを妹分(りんちゃん)としながら、レッスン室近くの更衣室前に到着した。

 

「……あれ、良太郎さん何処で着替えるの?」

 

 このレッスン室は当然ここのアイドル部門のアイドルたちが使用するためのものだ。となると当然女性アイドルが使用することが前提となっているため、男性用の更衣室なんてものはないのである。

 

「んー、まぁ下はそのままでもいいから。上だけレッスン室で着替えさせてもらうよ」

 

 こういう点で男は楽である。衣装の早着換えとかでもその辺でパパッと遠慮なく着替えられるし。

 

「………………」

 

「何?」

 

「……いや、何でもない。ちゃんと気を付けてよ」

 

「? 確かに体力が溢れないように、こまめに営業へ送るように気を付けてるけど」

 

「そういうことじゃなくて。……まぁいいや」

 

 何やら意味深なことを言い残し、凛ちゃんは更衣室へと入っていってしまった。

 

「……さてと」

 

 そこから歩いて一分も経たないうちにレッスン室へと到着。

 

「失礼しまーす! みんなを応援! 元気のアイドル! キュア――って誰もいない」

 

 元気よく挨拶をしながら入ってみたはいいものの、まだ誰もいなかった。どうやら俺が一番乗りだったようだ。

 

「やっぱり広いなぁ」

 

 流石は大手芸能事務所の美城である。これと同じサイズのレッスン室が他にも何部屋かあるというのだから驚きだ。

 

 さて、凛ちゃんや他のみんなが来る前に着替えを済ませてしまおう。と言っても、先ほども言ったように上を着替えるだけの簡単なことなので、ものの数秒で終わる。上着を脱いでーTシャツも脱いでー汗かくだろうからシャツも脱いでーっと。

 

「「おはようございまーす」」

 

 おっと、どうやらもう来てしまったようだ。

 

「おはよう、加蓮ちゃん、奈緒ちゃん」

 

「あっ! 良太郎さ……ん……!?」

 

「……なっ……なっ……!?」

 

「ん?」

 

 

 

「「きゃあああぁぁぁ!?」」

 

 

 

「ふぁっ!?」

 

 何々、何事!? 何があった!? もしくは何かいた!? 虫とか!?

 

「はわわわっ……!?」

 

「なっ、何て格好してんだよアンタは!?」

 

「あ、そっちか」

 

 てっきりじょーじでもいたのかと思った。

 

 しかし……逆かぁ……どうせだったら一度ぐらい、俺も着替えに出くわすハプニングに遭遇してみたいものである。いや、でも実際にそうなった場合、色々と問題があるんだよなぁ……やはり創作物の中だけで楽しむのがベストであって……いやいやそう簡単に男のロマンは諦められないゾ。

 

「そこんとこどう思う?」

 

「「いいから早く上を着てっ!」」

 

「何セクハラしてんのさあああぁぁぁ!」

 

 そんな凛ちゃんの怒号と共に、飛来したタンブラー型の水筒が俺の眉間に直撃した。

 

 

 

「何か言いたいことはありますか?」

 

「反応が可愛くて調子に乗ってました」

 

「本音は?」

 

「こういうある意味理不尽な折檻もラブコメっぽくてちょっとオラわくわくしてるぞ!」

 

「反省の色なし」

 

 素直に答えるばかりが正解じゃないってことを思い知った……凛ちゃんいくら小型だからってアンプを重し代わりに石抱きは流石に無理だよ!?

 

「あー……り、凛? 私は大丈夫だから、もうそろそろ許してあげて……ね?」

 

「加蓮……」

 

 やや赤い顔のままではあるが、そう言いながら加蓮ちゃんは凛ちゃんの肩に手を置いた。

 

「その確かに驚いて叫んじゃったけど……寧ろ周藤良太郎のあんな姿見ちゃったから、私たちの方がお金を払わないといけないんじゃないかと……」

 

「落ち着いて加蓮」

 

「それでいくらぐらい払えば延長を……!」

 

「落ち着いて加蓮!?」

 

 ダメだ、まだ加蓮ちゃんも正気に戻ってなかった。おめめグルグルのままだった。

 

「ほ、ホントに少しは気を付けてくれよ!? こ、今回はアタシたちだったからまだ良かったけど、他のもっと小さい子だったらどうするんだよ!?」

 

 今度は奈緒ちゃんからお叱りの言葉。いや、寧ろもっと小さい子だったら尚のこと反応は小さかったような気もするけど……。

 

「おっはようございまーす! ……って、あれ?」

 

「一体何が……?」

 

 そろそろいいだろうと正座を解いて立ち上がると、ちょうどレッスン室に唯ちゃんと文香ちゃんがやって来た。

 

「やあ二人とも、おはよう。今日はよろしくね」

 

「あっ、リョータローくん! うん! 今日はよろよろ~!」

 

「よろしくお願いします……」

 

 トライアドプリムスの三人もそうだったけど、唯ちゃんと文香ちゃんも運動着姿だった。特に普段ゆったりとした服ばかり着ている文香ちゃんのジャージ姿というのが大変珍しかった。……やはりデカい。

 

「ドーブラエ・ウートラ。おはよう、ございます」

 

 次にやって来たのはアーニャちゃん。

 

「おはよう。久しぶりだね、アーニャちゃん!」

 

「リョータロー! はい! ……それで、リンとカレンは何をやっていますか?」

 

「あ、それアタシも気になってたー」

 

「んー……事故というかなんというか」

 

 これの詳細を語るとそれはそれでセクハラってことでまた凛ちゃんに怒られるだろうから、黙っておこう。これ以上は話が進まない。というか大分進んでいない。あと五百文字ぐらいしかないから、そろそろしめないといけないっていうのに……このままではまたエクストラステージに突入である。

 

「おはようございます」

 

 そんなことを考えていると、再びそんな声が。今度は俺の聞いたことなかった声で、さらにそちらに視線を向けると今まで会ったことがなかった姿があった。いや、正確に言えば姿だけは写真で見たことがあった。

 

「やぁ、君が橘ありすちゃんだね?」

 

「っ! す、周藤良太郎さん……!」

 

 ありすちゃん……橘さんは、俺の姿を見るなりビクリと身体を震わせた。

 

 ふむ……ここは全力を出して、初対面時の好感度を上げておこう。これ以上凛ちゃんを怒らせると怖いしね!

 

 片膝を付いて橘さんと視線を合わせる。

 

「今日から君たちプロジェクトクローネの指導をすることになった周藤良太郎だ。そんなに多く指導できるわけじゃないけど……君たちをトップアイドルにするために、俺も全力を出させてもらうよ」

 

 そう言いながら「よろしく」と握手を求めて手を差し伸ばす。

 

「………………」

 

「……? 橘さん?」

 

「っ! こ、こちらこそよろしくお願いします!」

 

 何故かポーッとしてた橘さんだが、突然再起動して勢いよく俺の手をブンブンと握り返してくれた。

 

「うん、よろしくね、橘さん」

 

「は、はい!」

 

 おぉ、目がキラキラしてる。これは初期好感度は高めに行けたんじゃないか! 幸先いいぞ!

 

 結局エクストラステージには突入しちゃったけどね!

 

 

 

「……どう思う?」

 

「……良太郎さんのことだから、すぐにボロが出ると思う」

 

 

 




・「ついに茄子にも声が実装されるのか……」
まさかまさかの第四位! やったぜ茄子さん!

・「こまめに営業へ」
意外とポイントとかチケットとかもらえて便利。

・「みんなを応援! 元気のアイドル! キュア――」
個人的に今期プリキュアは歴代でもかなり大当たりな部類だと思う。
え、今期は誰推しかって? そんなのはぐたんに決まってるだるろぉん!?

・じょーじ
地球に来たってところで作者の知識は止まっております。

・「理不尽な折檻もラブコメっぽくて」
ラブコメってのは主人公がとりあえずヒロインにボコボコにされりゃええんやろ(多方面に喧嘩を売るスタイル)

・「君たちをトップアイドルにするために、俺も全力を出させてもらうよ」
良太郎「ちょっと本気出してみた」

・結局エクストラステージには突入しちゃったけどね!
はーい五話目に入りまーす。



 結局四話で収まらなかったゾ! 次回に続きます。

 ……それにしても、どうしてありすはこうなったのか……。



『どうでもよくない小話』

 第七回総選挙! シンデレラガールの栄光に輝いたのは、ウサミンでした!

 おめでとうウサミン!

 というわけで、お祝いとして恋仲○○特別短編書きますので、少々お待ちを!

 あと我らが楓さんは八位! これは一度シンデレラガールに選ばれたアイドルとしては快挙ですが……ついに総選挙楽曲からは欠席です……無念っ……!


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Lesson203 Please get into pairs 5

おっと、来週はもう5th宮城公演の発売日か……予約せねば(ステマ)


 

 

 

「さて、これで全員揃ったね」

 

 初対面となる橘さんとの挨拶を終えたところで、改めて集まってもらう。今日レッスンするのはリップスの五人を除いた七人。全員ではないが、それでも一番最初だから少しそれっぽいことを言っておくことにしよう。

 

「いいかい、人と言う字は……」

 

「良太郎さん、それ本当に今このタイミングで言う一番最初の挨拶でいいの?」

 

「うん、俺も『なんかちげーな』って思った」

 

 テイク2。

 

「まぁそうだね……俺はアイドルとしては誰にも負けない自信があるけど、指導者としてはそれほど優秀じゃないということはまず分かってもらいたい」

 

 何人かが驚いたように少し目を見開いたが、特に誰も何も言わなかった。

 

「一応勉強はしたんだけど、それでも本職の人と比べると付け焼刃だ。細かいところの指導はこの事務所のトレーナーさんに任せることになる」

 

 765プロのときも、バックダンサー組のときも、そうだった。ある一定のレベルにまでならシゴくことが出来るが、それ以上のレベルに引き上げるすべなんて持ち合わせていない。

 

 だから、俺は俺にしか出来ないことをする。

 

「……今日から始めるレッスンで、みんなに本当に伝えたいことは技術じゃなくて、()()()()だからこそ教えることが出来るコツみたいなもので――」

 

 

 

 ――()が見ている世界の一端だ。

 

 

 

『……っ』

 

「全部理解しろとは言わないし、されたらされたでちょっと怖いけど……それでも感じ取ってみせろ。取り込んでみせろ。盗んでみせろ。それがお前たちにとって()()()()()()()()()()()

 

 みんなの表情がやや緊張に引き締まったような気がした。こういうとき、無表情だと怖い感じになっちゃうんだよなぁ、おーヤダヤダ。

 

「……さて、真面目なお話はここまでにして、そろそろ始めよっか」

 

 空気を変えるようにパンパンッと手を叩くと、みんな少しだけ気を緩めたように息を吐いていた。

 

「本当は準備運動も済ませておいてもらった方が時間短縮になったんだけど、まぁ今回はしょうがないか」

 

 というわけで、準備運動から始めていこう。

 

 

 

 ……しかし、俺はここでまた一つ言わなければけないことがある。それは、人によってはとても厳しい言葉で……きっと心に傷を負うことも、心の傷を抉ることにもなるかもしれない。かつてこの言葉に心を折られた人を、俺は何人も見てきた。幸い、俺自身はそれと縁のない人生を送ってくることが出来たが……きっと道を踏み外していたら、そうなってしまったのだろう。彼らの嘆きが、今も俺の脳裏に焼き付いて離れない。

 

 それでも俺は言わなければならない。彼女たちが今からのレッスンをやり抜くために……引いては今後もアイドルとして活動していくために。

 

 ならば俺は心を鬼にしよう。意を決し、俺はそれを彼女たちに……告げた。

 

 

 

「はい、準備運動するから二人組作ってー」

 

 

 

 

 

 

「はぁ……尊い」

 

 なんか加蓮が腐女子みたいなことを言い出した。

 

「いやだって、見た? あの良太郎さんの超真剣な顔……」

 

「ただ無表情なだけじゃ」

 

「それにあの自分がトップアイドルだと信じて揺るがない言葉……あれこそまさに『周藤良太郎』って感じ……もうこれだけで当分生きていける」

 

「加蓮ってこんなキャラだったっけ……?」

 

「いや、アタシもこんな加蓮は初めて見た……」

 

 奈緒に尋ねるが、彼女も意外そうなものを見る目で首を横に振った。というか微妙に引いていた。

 

 ……いやまぁ、確かにちょっと真面目でカッコ良かったけど、普段の姿を知っている身としては「一体心の中ではどんな余計なことを考えているやら」と疑ってしまう。これはこれで良太郎さんに毒されているような気もするけど、どちらかというとこれは良太郎さん側の責任だ。

 

(とか言いつつ、凛の口元も微妙にニヤついてることは黙っててやるか……)

 

 それはさておき、レッスン前の準備運動だ。曰く「高町家で散々(無駄に)戦闘技術まで叩き込まれた身としては唐突に全力で動くことぐらいは出来る」らしい良太郎さんは別として、一般人な私たちにとって激しい運動をする前に準備運動は欠かせない。

 

「んじゃ奈緒、加蓮よろしく」

 

 未だ余韻に浸っている加蓮を奈緒に任せることにする。

 

「文香ー! 一緒にやろー!」

 

「は、はい」

 

 向こうでは唯が文香さんとペアになったようだ。あとはアーニャと橘さん。というか、今回のメンバーは七人なんだから一人余ることになる。

 

「あ、いっけね、奇数だった……凛ちゃーん」

 

「はいはい」

 

 全くしょうがないなぁ……アーニャや橘さんも良太郎さんと一緒にやるのは抵抗があるだろうし、ここは私が良太郎さんと一緒に準備運動をすることにしよう。うん、しょうがないね、私は良太郎さんの妹みたいなもんだし、多少体に触られるぐらいだったら気にしないし、うん。

 

「よろしくお願いします、アリス」

 

「……えっ。あ、あの、私のことは橘と……」

 

「? どうかしましたか、アリス」

 

「……いえ、なんでもないです」

 

 向こうでは残りのアーニャと橘さんがペアを組んでいた。しかし私や良太郎さんのときとは違い、名前で呼ばれることに対して特に言及しなかった。……なんで?

 

「これまでもレッスンを受けてきてるから分かってるだろうけど、ちゃんと体をほぐしておいてねー」

 

 他のみんなも準備運動を始めたようなので、私も良太郎さんに手伝ってもらって準備運動を始めていこう。

 

「それじゃ、背中から押すねー」

 

「あ、良太郎さん、私この下にシャツ着てるから余計な期待はしても無駄だよ」

 

「……ナ、ナンノコトカナー」

 

 ……やっぱり、良太郎さんの考えが先読み出来てしまう自分が何か嫌だ。

 

 

 

 

 

 

「えっ、文香さん、アイドルになったのか!?」

 

「実はそうなんですよー、響さん」

 

 最近忙しくてあまり来れていなかった八神堂に寄ってはやてと立ち話を知っていると、そんな話を聞くことが出来た。

 

「ビックリだぞ……」

 

「私もビックリしましたよ。いきなり『アイドルをやることになりました……』って言われたんですから」

 

 文香さんは自分が八神堂をよく利用するようになってから度々顔を合わせることがあったが……なんというか自分とは真逆の存在。物静かで常に本を読んでいるか本についての話をしているかのどちらかで、とてもじゃないがステージの上に立って歌って踊るイメージが湧かなかった。

 

「346プロにスカウトされたらしいんですけど、そこで良太郎さんに出会って初めてアイドルだって気付いたらしいですわ。あと響さんも」

 

「よーやく気付いてくれたのか……」

 

 別に気付いてほしかったわけじゃないが、それでもほんの少しモヤモヤしたものを感じていた自分としては、少しだけホッとしている。なんとなく、次に顔を合わせたときに謝り倒されそうな気がする。

 

「……って、良太郎さん、346プロにいたのか」

 

「なんでも、文香さんが参加してるプロジェクトに良太郎さんのところの新人さんも参加しとって、その関係らしいです」

 

 要するに自分たちのところに恵美やまゆが来たときみたいなことになってるわけだ。

 

 そういえば前も346プロのアイドルの相談も受けてたっけ……相変わらず、色んなアイドルのために色々やってるなぁ、あの人は。

 

「それで良太郎さんが文香さんたちのレッスンを見ることもあるっちゅー話もしてました」

 

「え゛っ」

 

「えっ、なんですかその反応は」

 

「あ、いや、その……」

 

 良太郎さんとのレッスンは……うん、ためになることは間違いない。間違いないんだけど……。

 

「……文香さんが、()()やるのか……」

 

 思い出すのは自分たちが初めて良太郎さんと一緒にレッスンをしたとき。そしてバックダンサー組のレッスンに少しだけ顔を覗かせたとき。あの死屍累々とした状況。

 

「………………」

 

「響さん!? なんでそんな悲痛な面持ちで手を合わせとるんですか!? え、ホントに何があるんですか!?」

 

 

 

 

 

 

「――おっと、もうこんな時間だ……それじゃあ今日のレッスンはここまでだ。ゴメンね、結局これだけしか出来なくて。本当はもうちょっと色々やりたかったんだけど……まぁ最初はこんなものだよね」

 

『………………』

 

「でも、これで君たちにも()()がイマイチ欠けているってことが分かった。どーしてもここはみんな欠けがちだよねぇ……やっぱり基本は大事だよ」

 

『………………』

 

「勿論、君たちは大人数でライブをする機会の方が多いだろうから、それなりに休憩時間は取れると思う。でも将来的に一人で単独公演をすることになったら……そうでなくても、もし何らかのトラブルで二・三曲続けてステージに立たなくちゃいけないことになったら。そうなったときのために、今からでもしっかりと体力をつけておくことが大事だよ。うん、基本が一番」

 

『………………』

 

「というわけで、トレーナーさんにもちゃんと言っておくから、みんな体力はもっと付けておこう! しっかりとクールダウンしてから休憩して、午後からのお仕事も頑張ってね。それじゃあゴメン、俺も次の仕事があるから」

 

 お先に失礼するよーと言い残し、良太郎さんはレッスン室を出て行った。

 

『………………』

 

 レッスン室に静寂が漂う。

 

 僅かに首を持ち上げて周りを見渡すと……そこには床に倒れ伏してピクリとも動かないみんなの姿があった。

 

「……誰か、私以外に意識ある人、いる……?」

 

「……動ける人って聞かない辺り、あれだよな……」

 

 反応してくれた奈緒はあるらしい。

 

「……ゆいも一応起きてるよー……」

 

「……だー……」

 

 唯とアーニャも意識があることを確認した。

 

 となると、やはり問題は……。

 

「……か、加蓮……!? しっかりしろ……!」

 

「ふ、文香ー……!?」

 

「アリス……しっかり、してください……!」

 

 やはりこの三人だったか……。良太郎さんもこの三人には少しだけ手を緩めていたような気もするが……文香さんに関しては服の下で揺れてる胸に気を取られて若干それを見誤ってた気がするぞアノヤロウ。

 

 とりあえず体を起こせるようにはなったので、全く反応が無い加蓮と文香さんは奈緒と唯に任せ、仰向けに倒れる最年少の橘さんの下へと向かう。

 

「橘さん、大丈夫……?」

 

「………………」

 

 聞き取ることがかなり困難だったが、とりあえず「大丈夫です」というのだけは聞こえた。どう見ても大丈夫そうではない。

 

「……や、やっぱりすごいです……」

 

「……え?」

 

 聞き取れるようになったかと思ったら、突然そんなことを言い出した橘さん。

 

「あれが、トップアイドルと呼ばれる人なんですね……流石です……」

 

 息も絶え絶えだが、良太郎さんのことを褒めている。どうやらまだ良太郎さんに対する好感度が下がっていないようだった。

 

 ……あれ、そういえば……視線は確かに文香や唯の揺れる胸にロックオンされてたけど、それ以外は別に変な言動はなかった……?

 

 ……ふ、ふふ、いいよ、どうせ良太郎さんと会う機会なんてこれから増えるんだ……これから先、何処かで絶対にボロを出すに決まってるんだから……!

 

(……凛が変な方向で闇堕ちしてる気がする……)

 

 

 

 こうして、私たちプロジェクトクローネの良太郎さんとの初レッスンは、良太郎さんの完全勝利という形で終わった。……レッスンに勝敗がある時点でだいぶアレだけど、もうそれ以外に表現しようが無かった。

 

 ……とりあえず、美嘉さんたちにも忠告しといてあげよう……。

 

 

 




・「人と言う字は……」
片方がもう片方に依存している定期。

・「指導者としてはそれほど優秀じゃない」
アイドルの才能適応外です。

・「はい、準備運動するから二人組作ってー」
サブタイトル回収。

・「はぁ……尊い」
「しんどい」とかもそうだけど「萌え」に代わるいい表現方法だと思う。

・「加蓮ってこんなキャラだったっけ……?」
りょーいん患者進行度B(ツイッター参照)

・名前で呼ばれることに対して特に言及しなかった。
デレステのありすの1コマ劇場①参照。

・「この下にシャツ着てるから余計な期待はしても無駄だよ」
ブラ紐が透けて見える的な。

・八神堂
忘れた人はLesson45を読み返そう! あとついでに番外編14辺りも!



 りょうたろうは そんげんを まもった!

 果たしていつまで続くことやら……。

 さて次回は、待ってた人も多そうなあの五人のお話!


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Lesson204 Kiss my LiPPS

みんなお待ちかね!LiPPS編、始まるよー!


 

 

 

「――っていう感じで、終わった直後は本当に動けませんでした」

 

「うわぁ……」

 

 良太郎さんとのレッスンを終えた翌日。レッスン室でストレッチをしながら美嘉さんに昨日のレッスンの内容を述べると、彼女は分かりやすく引いていた。無理もない、今こうして改めて振り返った私自身が引いている。

 

「なんというか、こう……体が空気の重さにすら耐えることが出来ずにその場に押し潰されてる感覚でした」

 

 多分重力魔法を喰らって地面に叩き付けられるとこんな感じなのではないだろうか。

 

「ははは……で、でもその割には、今は平気そうじゃん? 疲れとか残ってないの?」

 

「そこなんですよ」

 

 確かに終了直後は指一本動かせなかったにも関わらず、朝起きてみたら寝る前まで残っていた倦怠感が綺麗サッパリ無くなっていたのだ。なんというかもう超常現象すぎて本当に怖い。

 

「……あー、そういえば恵美やまゆもそんなようなこと言ってたっけなぁ」

 

「恵美さんとまゆさん……ピーチフィズのお二人ですよね」

 

 美嘉さん曰く「アイドルデビュー直後からの友人」らしく、良太郎さんとのレッスンのことが話題に上がったことがあるらしい。

 

「うん。えっと――」

 

 

 

 ――リョータローさんとのレッスン? ……ウン、とてもキビシイヨー。

 

 ――……でも『私たちに期待してくれている』ことが凄く伝わってくるんだ。

 

 ――だからアタシたちも、その期待に応えたくてついつい頑張りすぎちゃうんだよねー。

 

 

 

「――だってさ」

 

「……少し分かる気がします」

 

 言われてみると、確かにそんな気がした。あの『周藤良太郎』が私たちのためにレッスンをしてくれるだけでも光栄なことなのに、その上あの人は本当に私たちに対して()()()()()()()のだ。きっと私も無意識の内にその期待に応えたいと思い、限界まで頑張ってしまったのだろう。

 

「それでも、この超回復した現象の理由は何も解明されてないですけどね」

 

「それは、その……りょ、良太郎さんだから?」

 

「流石にその理由は万能じゃないと思います」

 

 それでもほんの一瞬だけ「それもそうか」と思ってしまいそうになった自分がいる。

 

「でも本当に良太郎さんって不思議だよね。実際に会ってみると気さくなお兄さんで、少しノリが軽すぎる気もするけど……ふとした時に『あぁ、この人ってやっぱりトップアイドルなんだなぁ』って実感する」

 

「それを持続してくれた方が嬉しいんですけどね。何であの人、真面目な空気を保てないんだろう……」

 

「……やっぱり凛って、良太郎さんに対しては基本的に辛口だよね」

 

 

 

「そういえば凛、そろそろ敬語使わなくてもいいよ?」

 

「え、でも……」

 

「アタシの方がアイドルとしては先輩だけどさ、これからは同じプロジェクトのメンバーとしてやってくわけじゃん? 確かに前まではアタシのバックダンサーに付いてもらったこともあるけど、今後はちゃんと肩を並べて同じステージに立つんだから」

 

 戸惑う私に、美嘉さんは「歳も近いんだしさ」と言いながらパチリとウインクをした。

 

「……えっと、美嘉さん……じゃなくて。……美嘉が、そう言うんなら」

 

「うんうん、よろしくね、凛!」

 

 差し出された右手を握り返す。

 

 ……あ、プロジェクトメンバーで思い出したんだけど。

 

「そういえば美嘉、こうしてクローネに参加すること、莉嘉は何て言ってたの?」

 

 確かに私やアーニャは快く送り出してくれたけど……あのお姉ちゃん大好きな莉嘉のことだから、また少し状況が違うのではないだろうかと思ったのだ。

 

「………………」

 

「うわっ!?」

 

 突然タパーッと涙を流し始めた美嘉に、驚いて思わず握ったままだった右手を離そうとしてしまった。しかし美嘉がギュッと握ったままだったのでそれは叶わなかった。

 

「それが聞いてよ凛ー! アタシがリップスとしてクローネで活動していくって話したら、莉嘉が『ふーんだ! お姉ちゃんなんてもう知らない!』ってー!」

 

 実際にその言い方をしたのであれば、莉嘉も本気で言ったのではないだろう。そもそも普段の莉嘉の様子を見る限り、美嘉に対して怒っている様子は無かったので、間違いなく冗談の類いだと断言できる。

 

「ねぇ凛どうしよー! このまま『お姉ちゃん嫌い!』とか言われたら、アタシ立ち直れないー!」

 

 だというのに、美嘉は真剣な顔を青くしながら本気で悩んでいた。……ほんの数分前までカッコイイアイドルの先輩だったのに、ため口が解禁された途端にコレである。良太郎さんといい、カリスマを持ち合わせているアイドルは色々と残念なところがポロポロと零れるのがお決まりなのだろうか。

 

「落ち着きなって美嘉。莉嘉も本気で言ったわけじゃないって」

 

「ほ、本当に……?」

 

「そりゃあ、初めは莉嘉も同じプロジェクトメンバーの私やアーニャがクローネとして活動していくことに対してあんまりいい顔してなかったけど、そこのところは今ではちゃんと割り切ってるみたいだからさ。莉嘉も少しだけ美嘉に意地悪言いたくなっちゃっただけだよ、きっと」

 

 「仲が良い証拠だよ」と言って諭すと、美嘉はようやく落ち着いたようだった。

 

「な、ならいいんだけど……ゴメン凛、取り乱して……」

 

「しっかりしてよ、美嘉」

 

「……ちなみに今のは良太郎さんとの経験則だったりする?」

 

「……どうしてそんな話にナルノカナ?」

 

「この前、良太郎さんが『いやぁ凛ちゃんもアレで恥ずかしがりやさんだからね。辛口なコメントが多いけど、ちゃんと俺には分かってるよ』って」

 

「なに適当なこと言ってんだよアノヤロウ!」

 

「凛!? 口調口調!」

 

 地味に間違ってないのが腹立つし、それを認めようとしている自分にも腹立つ!

 

 

 

「ゴメン取り乱した」

 

「お、お互い様ということで……」

 

 話を良太郎さんのレッスンについて戻す。

 

「美嘉たちは明日だっけ?」

 

「うん。と言っても凛たちみたいにダンスレッスンじゃなくて、ボーカルレッスンを軽く見てくれるだけみたいだから、ヘロヘロになるようなことはないだろうけど」

 

 へーきへーきと笑う美嘉。

 

 まぁ確かに、ボーカルレッスンでダンスレッスン以上に体を酷使することはないだろうけど……何故か知らないが、昔良太郎さんが私の誕生日パーティーの余興として見せてくれた『やたらとクオリティーの高いモノマネ』を思い出した。まるで本物のフィアッセ・クリステラさんが目の前で歌っているかのようで、とても驚いた記憶があるのだが……いくら良太郎さんとはいえ、ボーカルレッスンでそんなことはしないだろう、うん。

 

「……まぁ、頑張ってね」

 

「うん! 任せて! アタシも良太郎さんの期待に応えるように頑張るからさ!」

 

「辛いことがあっても、挫けちゃダメだよ」

 

「う、うん。まぁ、辛いレッスンにはなるかもしれないけど……」

 

「もし耐えれそうに無かったら、頭の中に莉嘉の姿を思い出して……」

 

「すっごい怖いんだけど!? えっ!? 良太郎さんのレッスンってそんなレベルなの!?」

 

 それぐらいの心持ちで行った方が安全だろうから……あのキツいレッスンをケロッとした顔(無表情)でこなすような人だから、ボーカルレッスンも普通とは思えないのだ。

 

 そんな話をしつつ、ゆっくりと時間をかけたストレッチを終える。

 

「さてと……それじゃあ、二人だけだけど、少しだけおさらいしておこうか」

 

「うん」

 

 今回、私が秋のライブまでに覚えなければいけないのは二曲。トライアドプリムスのユニット曲と、()()()()()()()()()()()()()()。今までとは違い全てが新曲だから少し大変で、だからこそこうして少しでもおさらいをしておきたいのだ。シンデレラプロジェクトのみんなが笑顔で送り出してくれた以上、中途半端なことはしたくなかった。

 

 ……別に次の良太郎さんとのレッスンまでにしっかりと形にしておきたかったとか、そういうことじゃない。

 

「凛はダンスの才能あるからさ、早めに覚えて加蓮と奈緒の面倒も見てあげて。アタシはホラ……なんか向こうの面倒を見ないといけなさそうだから……」

 

「あぁ……」

 

 やや苦い顔をした美嘉に、思い浮かぶのは彼女とユニット『LiPPS』を組む四人の姿。

 

 奏さんはともかく、残りの三人がその……やや個性が強いというかアクが強いというか。私たちシンデレラプロジェクトもそれなりに個性的な面々が揃っていると自負しているが、それ以上に個性的なメンバーが同じユニットに揃っているのだ。いや、外見で言えば女の私から見ても美人が五人も揃っていて大変絵になっているのは認めるけど。

 

「リーダーとかは決めたの?」

 

「いや、まだ決めてないけど……」

 

 そこで言葉を濁した美嘉だったが、言外に『やりたくない』と言っているような気がした。

 

 ただリーダーが誰になったとしても……。

 

「リップスの苦労人枠は美嘉で決定かぁ」

 

「すっごい不吉なこと言わないでよ!?」

 

 

 

 

 

 

「捕まえたあああぁぁぁ!」

 

「にゃあああぁぁぁ!?」

 

「……えっとー……何やってんですか?」

 

 ソロでの仕事を終えて事務所に戻ってくると、ラウンジにて志希の首根っこを掴んだリョータローさんの姿があった。

 

「「あ、恵美ちゃんおかえり~」」

 

「た、ただいまー」

 

 そのままの状態で声が揃う辺り、なんだかんだ言ってこの二人はとても波長が合っている気がする。やっぱり似た者同士だと思う。

 

「恵美さん、そこは素直に『変人同士』って言ってもいいと思いますよ」

 

「それはちょっと……」

 

 ソファーに座って我関せずといった感じにいつも通り絵本を読んでいた志保の言葉には、流石に同意するのは憚られた。

 

「それで結局あの二人は何やってんの?」

 

「明日、346プロダクションの方で志希さんのレッスンがあるらしいので、今日の内からあらかじめ捕獲しておくそうです」

 

 そーいえば、リョータローさんも志希が346で参加するプロジェクトに関わってたんだっけ。

 

「ったく、手こずらせやがって……ほら、今日はもう帰るぞ」

 

「にゃ~……」

 

 まるで大きな猫のように良太郎さんに引きずられる志希の姿に思わずクスリとしてしまったが……そこでふと気づく。

 

「え……帰るって……」

 

「? 俺んちだけど」

 

「リョータローさんの家!?」

 

 えっ!? 何それドウイウコト!? リョータローさんと志希が一つ屋根の下!?

 

「あれ、恵美さんは知りませんでしたっけ」

 

 絶賛混乱中のアタシとは対照的に、何も動じていない志保がパタンと絵本を閉じた。

 

「志希さん、今はコチラのマンションに一人暮らしをされているということはご存知ですよね?」

 

「うん、実家が岩手だからって……」

 

 確か社長がお金を出してマンションを借りているという話は聞いた。

 

「ただ志希さん、放っておくと食事すら碌にしないらしいので、たまに良太郎さんの家へ連れて行って食事を取らせているそうです。それでそのまま泊まることもある、とのことで」

 

「そ、そういう……」

 

 よくよく考えてみれば、リョータローさんの家ということは社長の家でもあって、二人のお母さんや社長の奥さんの早苗さんも一緒に住んでいるわけだから、別に二人きりというわけでもないか……。

 

「……ちなみにそれ、まゆは……?」

 

「………………」

 

 スイッと視線を逸らされた。

 

 ……バレる日がこないことを祈ろう……。

 

 

 




・重力魔法
よくよく考えると、これ惑星を対象とした魔法なのでは……?

・「そろそろ敬語使わなくてもいいよ?」
そーいえば原作の凛は美嘉に敬語使ってなかったなーって思って。

・『やたらとクオリティーの高いモノマネ』
凛はまだそれが『モノマネ』レベルなのだと思っています。

・プロジェクトクローネの全体曲
やっぱりあってもいいと思うんだ。

・リョータローさんと志希が一つ屋根の下!?
実は説明してなかったけど、こういう設定。未成年を一人暮らしさせて以上、社長がある程度面倒見るのは当然だと思う。



 というわけで始まりましたリップス編です。

 果たして作者はあのフリーダムな空気を書ききることが出来るのか……?


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Lesson205 Kiss my LiPPS 2

周藤家の華麗なる朝の風景(父親と兄は不在)


 

 

 

「おはよ~」

 

「おはよー、良。顔洗ってきたー?」

 

「洗ったよ母さん」

 

「誰が母さんじゃ」

 

「ママの方が良いと申すか」

 

「言ってないわよ」

 

「リョウくーん! リョウ君のお母さんはこっちだよー!?」

 

「存じております」

 

 朝。キッチンで朝食を作ってくれている早苗ねーちゃんや母さんとそんないつものやり取りをしながらリビングへ。早苗ねーちゃんが兄貴の所に嫁に来てそろそろ一年近く経つので、既にこれも見慣れた光景だ。……童顔低身長で大乳な美人が嫁って、本当に兄貴は勝ち組だよなぁ……。

 

 そういえば、その兄貴の姿が見えない。

 

「兄貴はもう行ったの?」

 

「えぇ。もっと早くにね」

 

「ふーん」

 

 どうやら父さん不在の周藤家における名目上の大黒柱(一番稼いでいるのは勿論俺)である兄貴は、俺が起きてくる前から既に仕事へと向かったらしい。

 

 早苗ねーちゃんの返答を聞きつつ、リビングのテーブルに座りつつ新聞を広げる。いつも先に新聞を読んでいる兄貴がいないので、今日はゆっくり読めそうだ。

 

「美優ちゃんのグラビア撮影があるからそっちに行くって言ってたわ」

 

「何でそれを早く言わないんだ!?」

 

 笹なんか……じゃなくて、新聞なんか読んでる場合じゃねぇ!

 

「俺も行く! ちょっと短めのスカートを履いて裾を抑えつつ恥ずかしそうにしつつも必死に笑顔を作ろうとする美優さんを見に行く! スタジオ何処!?」

 

「アンタは志希ちゃん連れて346プロでしょーが」

 

 何よその具体的な妄想は、と呆れた目の早苗ねーちゃん。

 

 チクショウ……! 事務所の業務成績の七割を担っている稼ぎ頭になんて仕打ちだ……!

 

「というか、その志希もいねぇじゃん」

 

 後ほど事務所の社長に対して遺憾の意を表明すること決意しつつ、昨日からウチに泊まっているはずの気まぐれ猫娘の姿が無いことに気付く。すわ失踪かとも思ったが、自他ともに認める失踪娘な志希も何故かウチに泊まるときはちゃんと大人しくしているのでそれは無いだろう。

 

「あの子のことだから、どうせまだ寝てるんでしょ」

 

「志希ちゃん、よく寝るもんねー」

 

 何度も泊りに来ているので、既に二人とも志希がどういう奴なのかは十分把握している。手間がかかるとため息を吐く早苗ねーちゃんに対し、早苗ねーちゃんに続く二人目の娘が出来たようで嬉しい母さんはニコニコと笑っていた。

 

「しょうがない……ここは俺が起こしに」

 

「おめぇじゃねぇ座ってろ」

 

「ハイ」

 

 決してあわよくばパジャマが肌蹴ている場面に遭遇しないものかと期待したわけではなく、あくまでも朝食を作ってくれている二人の代わりにそれぐらいの仕事をしようという俺の善意は、席を立とうとした瞬間に人差し指で額を抑え込んできた早苗ねーちゃんにより封殺されてしまった。

 

「お義母さん、少しお願いします」

 

「はーい。よろしくねー」

 

 寝坊助娘を起こしに行くだけだというのに、何故か袖を捲ってグルグルと腕を回しながらキッチンを出ていく早苗ねーちゃん。ちなみに志希は母さんと一緒の寝室で寝ている。

 

 

 

 ――みぎゃあああぁぁぁ!?

 

 

 

 やがて聞こえてきた猫の鳴き声のような悲鳴に、あぁこれが噂の暴力系ヒロインか……などとどうでもいいことを考えながら、母さんが淹れてくれたコーヒーを飲みつつ新聞を捲った。

 

 

 

 

 

 

「頭が割れるように痛いよ~……」

 

「よしよし。次からはちゃんと起きましょうねー」

 

 泣きつく志希をあやしながら、それでもしっかりと注意をするところは意外としっかりしている我が家のリトルマミー。性格や言動は少々アレだが、それでもその辺は流石周藤良太郎と周藤幸太郎を生み育てているだけのことはあった。

 

「早苗ちゃんも、あんまりオイタはメッ! だよー」

 

「はい、反省してます」

 

「うん、よろしいー」

 

 嘘つけ絶対反省してないぞ。何かある度にアイアンクローかましてくるんだもんなぁ。どうせだったら腕ひしぎとかだったらまだ腕に胸が当たって大変素晴らしいことになるから大歓迎する手首が捻り挙げられるような痛みがあああぁぁぁ!?

 

「まーた碌でもないこと考えてるわね」

 

「母さんホラ! この人反省してない!」

 

「はい志希ちゃん、あーん」

 

「あーん」

 

 甘やかしモードに入った母さんの耳に、俺の悲痛な訴えは届かなかった。

 

 

 

「捻じられすぎて、危うく手首がボールジョイントのような可動範囲を得てしまうところだった……」

 

 手のひらを返すのに役立つかもしれないが、流石に体の造りは人間のままでいたい。

 

「はぁ、やっぱりコウ君とリョウ君も可愛かったけど、女の子もいいなー……ねぇ、早苗ちゃん?」

 

「……えっと、その……はい」

 

「もし気まずいなら、外に泊まってきてもいいよー?」

 

「………………」

 

 こんなミニマムサイズで少女にしか見えないような容姿の母親ではあるが、この手の話題は意外と容赦ない。その辺りはしっかりと年相応である。

 

 そして朝っぱらから振られてしまったアレな話題に早苗ねーちゃんは完全に沈黙した。これが俺から振られた話題だったら、先ほど同様暴力的に沈黙させるのだろうが、流石に母さんに同じことは出来ないらしい。

 

「よし志希。食い終わったな? そろそろ出るぞー」

 

「ちょっ!? 良?!」

 

「はーい」

 

「志希ちゃん!? アンタ普段はそんなに聞き分け良くないでしょ!?」

 

 言外に「助けなさい!」と言われているような気がしたが、気付かなかったことにする。それに母さんが孫を楽しみにしているように、俺も地味に甥っ子姪っ子を楽しみにしているところもあったりするのだ。

 

 そもそも結局兄貴と早苗ねーちゃんは式も簡単に済ませてしまっているため、盛大に挙げる式を楽しみにしていた母さんは少々不満に感じていたらしいのである。ならばせめて早めに孫の顔を見せてあげるぐらいのことをしてあげてもいいのではないか……ということにしておこう、うん。実際はどうか知らないケドネ!

 

 頑張れ早苗ねーちゃん! 今日は非番だから仕事に逃げることも出来ないゾ!

 

「早苗ちゃーん!」

 

(お、覚えてなさいよ~……!)

 

 

 

 

 

 

「はい到着ー」

 

「到着~」

 

 先日の凛ちゃんのときと同じように来客用駐車場に車を停め、到着早々フラフラ~っと何処かへ行こうとした志希の首根っこを掴み、そのまま正面玄関まで引きずっていく。

 

「あ、良太郎さん、おはようございます。志希もおはよー」

 

「おはよう、周藤先輩、志希」

 

「ん、おはよー」

 

「おっはよ~」

 

 その途中、美嘉ちゃんと速水の二人と遭遇した。普段は学校帰り故に制服だったことが多い二人だが、休日の今日は私服姿であり、特にほとんど学校での姿しか見たことが無かった速水の私服はとても新鮮だった。

 

「一緒に来たの? 同じユニット同士、早速仲が良くていいことだ」

 

「たまたま駅で一緒になっただけよ」

 

「それを言うんなら、良太郎さんと志希だって一緒に来てるじゃないですか」

 

「昨日からウチに泊まってたから、そのついでに連れてきただけだって。そもそもこいつは俺にとって天敵に近いから」

 

「えー? シキちゃん、何か嫌われるようなことした~?」

 

「以前、飯に痺れ薬を混入させたことを俺はまだ許してないぞ」

 

「でも割と普通に動いてたじゃん。その隙にサンプル取ろうと思ったのに、おかげで失敗しちゃったよ」

 

「高町家の山籠もり中に、何回か間違えて有害なキノコを口にしちまったことがあるからな……アレぐらいならマシ」

 

「ちょっと待って」

 

「色々とツッコミどころがあるから、整理させてちょうだい」

 

 大体お前は……と続けようとしたら、美嘉ちゃんと速水の二人からストップがかかった。何故か二人とも『頭痛が痛い』といった様子でこめかみに人差し指を当てていた。

 

「……どうする? どこをツッコむ? 痺れ薬の辺り?」

 

「キノコの辺りも気になるところだけど……やっぱり一番最初じゃないかしら」

 

 どさくさに紛れて何処かに消えようとする志希の首根っこを掴んだまま、二人のヒソヒソ話が終わるのを待つ。

 

「えっと……志希は昨晩、良太郎さんの家に泊まったんですか……!?」

 

「え? あ、うん」

 

「そそそ、それは一体どういう意味なんですか……!?」

 

「その辺のくだり、昨日も恵美ちゃんがやったんだけど、もう一回やるの?」

 

「本当にどういう意味なんですか!?」

 

 とりあえず簡潔に、周藤良太郎の家というよりも()()()()()()()()として何度も泊りに来ていることを説明する。

 

「あー……確かに志希ちゃん、私生活は無頓着そうなイメージ」

 

「一度様子見にコイツの部屋に行ったら、そりゃもう酷かったよ。着換えとか本とかよく分からない薬とかその辺に散らかりっぱなし。虫沸いても知らないぞ」

 

「ちゃんと特殊配合した殺虫剤撒いてるから平気だもーん」

 

「またツッコむべき場所が増えてしまった……」

 

「この人、しれっと一人暮らししてる女の子の部屋に入ってるわね……」

 

 あくまでも事務所の人間として行動しているだけなのに、どうして説明すればするほど二人から怪しいものを見る目で見られるのだろうか。

 

「つまり! リョーくんとシキちゃんは『朝チュン』したってことだね!」

 

「あ、フレちゃんおっすおっす」

 

「リョーくんおーっす!」

 

 突然現れたフレちゃんと「イエーイ!」とハイタッチを交わす。

 

「ところでフレちゃん、『朝チュン』ってなーに?」

 

「んっとねー、確か『朝起きたら雀がチュンチュン鳴いている様子がいとおかし』っていう古語! 古事記にもそう書かれている!」

 

「成程。『朝チュンや 遅刻確定 いとワロス』は朝の爽やかな雰囲気に反して学生の切羽詰まった緊張感や全てを諦めた喪失感を上手く表現した句として有名だからね」

 

「下の句はー?」

 

「『代返依頼 出来る友なし』」

 

「ワーオ! 更に友達のいない物悲しさも表しているんだね!」

 

「「イエーイ!」」

 

 再びハイタッチ。

 

 

 

「奏、良太郎さんの後輩なんでしょ!? あのカオスな空間止めてきてよ!?」

 

「無茶言わないで。同じ事務所の志希に頼めばいいじゃない」

 

「ん~アッチからいい匂いが~」

 

「「行くなっ!」」

 

 

 

「……離れて様子見してたおかげで巻き込まれずに済んだ……くわばらくわばら。賢いしゅーこちゃんは遠回りしまーす」

 

 

 




・美優ちゃんのグラビア撮影
※なお本編中にアイドル姿の美優さんが登場するのはだいぶ先の模様
というか、新しく123の事務員考えないと……(まだ考えてない)

・笹なんか……じゃなくて、新聞なんか読んでる場合じゃねぇ!
笹食ってる場合じゃねぇ!

・早苗ねーちゃんに続く二人目の娘が出来たようで嬉しい母さん
文字通り猫可愛がりしている模様。

・ボールジョイント
最近ガンプラとか作ってないなぁ……。

・痺れ薬
・有害なキノコ
よいこもわるいこもマネしないでね!
※良太郎は特別な訓練を受けています。

・朝チュン
さくばんは おたのしみ でしたね!

・古事記にもそう書かれている!
他にも『アイサツは欠かせない』とも書かれている。

・「賢いしゅーこちゃんは遠回りしまーす」
なお最終的な目的地は同じなので無意味な模様。



 フレちゃんが現れた途端、フリーダムなことになった。

 これ、あと二話も続くのか……。


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Lesson206 Kiss my LiPPS 3

女の子がキャッキャするだけのお話。


 

 

 

 さて、いつまでもフレちゃんに付き合って遊んでいるわけにもいかないので、そろそろレッスン室へと向かうことにしよう。

 

「酷いリョーくん! フレちゃんとは遊びだったって言うの!?」

 

「……そうさフレデリカ! 君とは遊びだ! 君だけじゃない! 俺には他にもスマホゲームを一緒にする遊び相手はいくらでもいるんだよ! 他にも囲碁将棋オセロその他ボードゲームでもなんでもいいぞ!」

 

「あっ、フレちゃん麻雀やってみたーい。あれでしょー『ポン』とか『ロン』とか」

 

「おっと意外だな。ちなみに麻雀にはそれ以外にも『チー』『カン』『ニャー』などの様々な鳴き声を組み合わせることで得点を競い合うんだ」

 

「にゃ~ご!」

 

「おぉ、可愛らしい猫だ。残念ながら嘘だけど」

 

「フレちゃん、猫辞めます」

 

「「イエーイ!」」

 

 

 

「流れるように第二回戦始めないでもらえますか!?」

 

 

 

 打てば響くフレちゃんとのやり取りが面白くてついつい話題が弾んでしまったが、美嘉ちゃんに怒られてしまったので断念する。

 

「はぁ……はぁ……奏、良太郎さんって学校でもこんな感じだったの……?」

 

「えぇ、基本的にこんな感じよ。その後、三年の高町先輩や二年の降谷(ふるや)先輩辺りが暴力的に鎮圧していたわ」

 

「……アイドルに対して、暴力的に……?」

 

「ウチの高校、周藤良太郎をアイドルとして扱わないっていう方針なのよ」

 

 ウチの高校事情を速水から聞いた美嘉ちゃんは頬を引きつらせて引いていた。

 

 流石に出席日数ギリギリ故にある程度の温情は貰っていたが、それ以上の特別待遇は無く、ある意味アイドルじゃないただの周藤良太郎でいられる貴重な場所だったので、正直ありがたかった。ただもう少しぐらい気を遣ってくれてもよかったのでは、と思っている。痕が見えないようにすればいいっていう問題じゃない。

 

 というか、懐かしい名前を聞いた。

 

「降谷って結局進路どうなったんだ? 警察か医者のどっちかって言ってたよな」

 

「大分悩んでたみたいだけど、警察学校に進んだらしいわ」

 

「成程。まぁ、アイツの腕っぷしから考えると、医者よりは警察の方が向いてそうだな」

 

 ボクシングをかじっているらしく、腰の入ったいい拳が何度も俺の肝臓を襲ったことである。しかし警察か……いずれ早苗ねーちゃんの後輩になるのかな。

 

 色黒茶髪でイケメンな後輩のことを考えながら、ようやく俺たちはレッスン室へとたどり着いた。

 

 一応今日はボイスレッスンなので激しく運動するつもりはないが声を出すための準備運動はするので、美嘉ちゃんたちには更衣室で着替えてきてもらう。一方俺は前回の失敗を省みて、最初から運動できる恰好なのでレッスン室で着替える必要も無い。

 

「さてと……」

 

 今回も一番乗りのレッスン室の片隅に自分の荷物を置くと、とりあえず彼女たちが揃うまで自分の声出しを少しだけしておくことにしよう。

 

 すぅはぁと二・三回深呼吸をして息を整えると、お腹に手を当てた。

 

 

 

 

 

 

「あ、周子」

 

「ヤッホー」

 

 更衣室に入ると、中にはベンチに座ってスマホを弄る周子がいて、アタシたちに気が付くとヒラヒラと手を振ってきた。

 

「いやーさっきは大変だったみたいだねー」

 

「……え、さっきのやり取り見てたの?」

 

「ずっと見てたわけじゃないけど、見かけたから巻き込まれたくなくて遠回りしてきた」

 

「ちょっと!?」

 

「ある意味賢明な判断ね」

 

 なんとなく見捨てられたというか自分たちを囮にして逃げられたような気がして少しだけイラッとしてしまった。

 

 とりあえず(散々あれだけ辟易させられた相手ではあるものの)先輩アイドルの良太郎さんを長く待たせるわけにはいかないので、さっさと着替えることにしよう。

 

「ほら志希も」

 

「めんどくさいなー」

 

 一応良太郎さんから「美嘉ちゃん、悪いけど志希の事よろしくねー」と頼まれているので、ぶーぶーと不満を漏らす志希に着替えを促すと、彼女はしぶしぶとコートを脱ぐと続いてTシャツを……って!?

 

 

 

「なんでブラしてないの!?」

 

 

 

 Tシャツを脱いだ志希は、既に上半身が裸の状態になっていた。

 

「へ?」

 

「えっ」

 

「わお」

 

「おー! シキちゃん大胆!」

 

 キョトンとする志希に、大なり小なり驚く三人。そしてその三人以上に驚くアタシ。別に女の子の裸を見るのが云々というわけではないが、何故か見ているアタシが恥ずかしくなってしまった。

 

「……あー、そういえば、朝文字通り叩き起こされて、そのまま適当に服着てきたんだっけ」

 

 無言で自分の体を見下ろしながらポリポリと頭を掻いていた志希だったが、思い出したようにポンと手を打った。

 

「ほら、シキちゃんってば寝るときは付けない派だからさ~」

 

「別にそんなことは聞いてないって!」

 

 え、確か志希って、朝からずっと良太郎さんと一緒だったわけだよね……!? しかも車内では二人きりだったわけだし……この子、そんな状態で男の人と二人きりだったの!? それは本当に大丈夫だったの!?

 

「ダイジョーブでしょ。上着着てたから気付いてないだろーし。気付いてたとしたらリョータローだったらそれとなく指摘しただろーし。リョータローってば、何だかんだ言いつつそーいうところヘタレだから」

 

「ヘタレって……」

 

 流石に天下のトップアイドルにして大先輩を捕まえてヘタレと称することに抵抗があった。

 

「ヘタレだよ~? 普段女の子の胸に興味津々みたいなことを喧伝してる癖に、直接見たり触ろうとしたりは絶対にしないからねー」

 

「いいから早く上を着なさいよ」

 

「というか志希ちゃん、まさかノーブラで今日一日過ごすつもりなん……?」

 

「んーっと、ママさんが洗濯物全部まとめてこの中に入れてくれたはずだからー……あったあった」

 

 奏と周子に指摘されて志希がゴソゴソと自身が持ってきたバッグの中を漁ると、中から地味なスポーツブラが出てきた。うら若き十代の乙女としてそれもどうかと思ったのだが……まぁ、ある意味志希らしい。

 

「それで、リョータローくんがヘタレって話だけど」

 

「そこ掘り下げるの!?」

 

 先ほどの志希の話にフレデリカが興味を持ってしまった。

 

「うん、ヘタレだよー。リョータローの研究サンプルが欲しかったから『協力してくれたら胸を触っていいよ』って言ったのに、触ろうとしないんだもん。普段からずっと見てるから、この条件だったら一発だと思ったのにー」

 

「それはヘタレというか、良識があるだけでは……」

 

 確かに先ほどのフレデリカとのやり取りを思い返すと少々頭が痛くなるが、あぁ見えて良太郎さんは常識人だ。社会人として当たり前と言えば当たり前だが、少なくとも自身の立場を利用してどうこうしようとするような人柄ではない。

 

 ……いやまぁ、セクハラ紛いな発言が多いことも認めるが、それでも冷静にその言動に注目すると彼が『大人』なのだと実感することが多々ある。でなければ、ここまで多くの人々に慕われるトップアイドルになんてなれやしないだろう。

 

「どうしたの美嘉、いきなりそんなギャグを言い出すなんて」

 

「ギャグ!?」

 

 しかしアタシの必死のフォローも、奏の(良太郎さんに対して)手痛い一言に寄ってバッサリと切り捨てられてしまった。

 

「でもそうね……言われてみると、高校でも周藤先輩は騒ぎを起こす側にいることが多いけど、たまに同級生を見る目が保護者や教師のそれになってることがあったわ。あの人の本質は、少し引いたところで人を見ることなのかもしれないわね」

 

「案外、いつもの言動も本当にキャラづくりだったりして」

 

「随分と用意周到な上に徹底したキャラづくりだこと」

 

 自分で言っててそれもないなーと思い、奏と二人でクスクスと笑ってしまった。

 

 

 

「……えっ、なに? 二人とも良太郎さんのこと好きなの?」

 

 

 

「「はあっ!?」」

 

 突然周子からトンデモナイ爆弾が投げ込まれた。たぶんアタシも奏も凄い顔をしていると思う。

 

「どうしてそういうことになるのさっ!?」

 

「いい加減なこと言わないでちょうだいっ……!」

 

「えーでも……ねぇ?」

 

「二人とも、いい笑顔だったよー?」

 

 周子がフレデリカに振ると、彼女はいい笑顔でそんなことを言い出した。いや、あれはどうしようもない先輩に対する呆れた笑いだから!

 

「ハスハス……うーん、恋の匂いはしなかったけど、何やら興味深い匂いはしたかなー? サンプル取らせてー!」

 

「華の乙女が他人に匂いを嗅がせるわけないでしょ!?」

 

「いいからそのシャーレとスポイトを置きなさい!?」

 

 先輩を待たせているということも忘れて、乙女五人が更衣室でギャーギャーと時間を無駄に消費するのだった。

 

 

 

 

 

 

「……ぼっちー……ぼっちー……ひとりーぼっちー……はぁ、みんな遅いなぁ」

 

 いやまぁ、女の子の着替えは時間がかかるということは十二分に理解しているが、まさか自分の発声練習が終わってもまだ来ないとは思わなかった。

 

「……暇だし何か歌うか」

 

 声出しの続きということで、このまま何か一曲歌うことにしよう。突発的な考えなので当然音源は無いから、アカペラで歌えるもの……かと言って、自分の持ち歌っていうのも味気ないから……。

 

「……よし」

 

 

 

 

 

 

「いっけなーい! 遅刻遅刻ー! アタシの名前はフレデリカ! 今日は転校初日だっていうのに寝坊しちゃって――」

 

「言ってる場合、かあああぁぁぁ!?」

 

「うわぁ、結構時間経っちゃったね……良太郎さん、怒ってないかな?」

 

「うーん、多分怒らないとは思うけどねー?」

 

「それでも、流石に褒められた行動ではないことは確かね……」

 

 バタバタと騒いでいたらいつの間にか三十分も経っていたことに気付いたアタシたちは、急いで着替えを終えると小走りで良太郎さんが待っているレッスン室へと急いだ。

 

 レッスンを見てもらう立場だというのに、流石にこれは失礼すぎた。志希の言う通り、良太郎さんが怒っている姿は想像できないが、それでも確実にアタシたちに非が――。

 

「――え?」

 

 レッスン室の前にまで辿り着いた途端、聞こえてきた()()に思わず足を止めてしまった。

 

 一瞬自分の聞き間違えかとも思ったが、見ると四人も足を止めて訝し気な表情をしているのでどうやらそれも違うようだ。

 

「……えっと、良太郎さんが待ってるレッスン室ってここ……だよね?」

 

「えぇ……ついでに言うと()()()は今頃ラジオの生放送に出る予定らしいから、ここにいるはずがないわ」

 

 アタシの問いかけに対して、奏が肯定しながら有益な情報を付け足してくれた。

 

 なら――。

 

 

 

「――なんで、中で()()()()()()()()の……?」

 

 

 




・「フレちゃん、猫辞めます」
なにっ!? フレちゃんのセカンドシングルは『ウルトラリラックス』ではないのか!?

・降谷
コナン時空より十年前のアイ転時空において、なんと75億の男ことバーボンこと安室透こと降谷零は良太郎より一つ年下で現在十九歳なのだ!
きっと今頃警察学校で、永い付き合いになる四人の親友と出会っていることでしょう。

・警察か医者
あぁいうことがあったわけだし、明美さんと一緒に医者になってる未来もあったんやないかなって……。

・ノーブラ志希ちゃん
当然作者の妄想ですがなにか()

・良太郎はヘタレ
ついに年下の女の子にまで言われる始末。

・スポーツブラ
趣味です!()

・「……ぼっちー……ぼっちー……ひとりーぼっちー……」
一人でカラオケー……一人で居酒屋ー……。

・「いっけなーい! 遅刻遅刻ー!」
今ではすっかりポプテネタになってしまった……。

・「――なんで中で楓さんが歌ってるの……?」
「よっしゃ! 完全再現は無理とは分かっていても、いっちょ楓さんの真似やってみっか!」



 フレちゃんが良太郎の代役として十分活用できる説(一理ある)

 次回、久しぶりに良太郎の本気。



 ……さてと、明後日の準備してこないと。


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Lesson207 Kiss my LiPPS 4

とりあえずリップス回は一旦幕引き。


 

 

 

 はぁい! 『佐久間流周藤良太郎学』のお時間でぇす! 今日は番外編として、トップアイドル周藤良太郎が『自分よりも優れたパフォーマンスをする』と認めるアイドルのことを解説しますよぉ!

 

 恵美ちゃんと志保ちゃんも知っている通り、良太郎さんは日本一のアイドルです。それは人気や知名度といったものだけではなく、歌やダンスといったパフォーマンスの面においても他の追随を許さないことから、日本一と称されています。例えるならば、ありとあらゆる面において百点満点なんです。流石良太郎さんですよねぇ!

 

 ……ですが残念ながら、それは()()()()()()()での話。世界に目を向けてしまうと、歌ではフィアッセ・クリステラさん、ダンスではヘレンさんといった各分野の頂点に立つアーティストの方々には一歩及ばないのが現実です。

 

 彼女たちは、各分野に置いて百点を超える存在。そしてアイドルという身でありながらそんな存在の領域に足を踏み入れているのが、良太郎さんが認めるアイドル……『歌姫』と呼ばれる三人なのです。

 

 まずはDNAプロダクションの佐野美心さん。彼女は良太郎さんがデビューした一年後に引退をしてしまっていますが、その圧倒的な歌唱力は良太郎さんが『彼女は俺の目標だった』と言わしめるほど! ……いつそんなこと言ったか? 三年前に発売された周藤良太郎ファンクラブ会報六月号のコラム内での発言ですよぉ。

 

 次に346プロダクションの高垣楓さん。二年前にアイドルデビューした彼女は、何と一年足らずでその実力を発揮した、まさにダークホース的な存在です。……そして、良太郎さんが珍しく『ファンだ』と公言しているアイドルの一人でもありますねぇ……ふふっ。

 

 そして最後に、お二人もよくご存知の765プロダクションの如月千早さん。彼女はデビュー当初こそ『それなりに歌が上手い』レベルだったそうなのですが、良太郎さんとのレッスンを経て自分の限界を知り、そこから才能を開花させ、今では日本一の歌手として名前が上げられるほどの存在になりました。

 

 ……はい、そうです、()()()()です。聞いた話によると、765プロの皆さんがまだ駆け出しの頃に一度、千早さんの『蒼い鳥』を千早さんの声で歌ったことがあるそうです。そのときの良太郎さんの歌を聞いたことで『私は自分の目指すべき歌声を知った』……と千早さんはおっしゃってましたねぇ。

 

 ……そうですねぇ……確かに、良太郎さんのアレはアイドルの心を折る一つの要因だったとは思います。でも、現にそれを目の当たりにした千早さんはこうしてアイドルを続けていますし……そもそも()()()もこうしてアイドルを続けているじゃないですか。

 

 これは私の憶測ですけど……良太郎さんのアレに心を折られて辞めるのは『良太郎さんと同期、もしくはそれに近かったから』なのではないかと思うんです。圧倒的実力が知れ渡った今でこそ良太郎さんと比較しようなんて思う人はいませんが、当時の良太郎さんはまだ『駆け出しアイドル』です。同期のアイドルは、どうしても比較してしまった……そして『敵わない』と決めつけてしまった。

 

 つまり心の奥で最初から『周藤良太郎には敵わないと思ってしまっている人』、もしくは『周藤良太郎の実力を認めている人』は、良太郎さんのアレを聞いても心が折れないのではないかと私は考えます。……なんですか志保ちゃん……「私は後者?」……はい、そうですねぇ、私は分かってますよぉ、えぇ。

 

 以上が私なりに解釈した『覇王世代が極端に少ない理由』です。この辺りに関する考察はまた別の機会にしますねぇ。

 

 ……っと、話がだいぶ逸れちゃいましたねぇ。

 

 良太郎さんが実力を認める三人の『歌姫』。では良太郎さんは()()()()()()()()()()()()()()()()()? ……そうなんです恵美ちゃん、実はあるらしいんですよぉ。私も気になって思わず『何か基準はあるのですか?』と聞いてしまったんです。

 

 

 

 ズバリ! 良太郎さんが完璧に()()を再現できない人、だそうです!

 

 

 

 声帯模写で声そのものは全く同じものを出すことが出来る良太郎さんが()()()()()()()()()()()()()()()()()アイドルが、その三人だったそうなんです。他人と直接比較することが難しい歌という分野に置いて、他人と同じ声を出せる良太郎さんだからこそ、自ら同じ土俵に立ちその優劣を決めることが出来るわけなのです。

 

 ……ですが! それはあくまでも一つの分野における話です! 彼女たちが百点超えで歌うのに対し、良太郎さんは百点。単純に点数で考えれば負けています! だがしかぁし! それと同時に良太郎さんは()()()()()()も披露しているということを忘れてはいけませんよぉ!

 

 私はこの、歌とダンスのクオリティを下げることなく同時に百点の実力を発揮することこそが、トップアイドル『周藤良太郎』の真価なのだと声を大にして主張したいのです!

 

 いやぁ、気分が乗ってきましたよぉ! それではこのまま『第十八回佐久間流周藤良太郎学~周藤良太郎の歌とダンスが織り成す相乗効果~』を始めて――どこ行くんですか、恵美ちゃん、志保ちゃん! まだ終わってませんよぉ!?

 

 

 

 

 

 

「……うぅむ」

 

 スマホを使って録音しておいた先ほどまでの俺の歌を聞き返す。黒羽先生直伝の声帯模写術のおかげで楓さんと同じ声は出せているが、やはりあの人と同じクオリティで歌うことは出来なかった。美心さんといい千早ちゃんといい、歌唱特化の彼女たちには敵いそうにない。

 

 逆にこの三人にお願いして歌のレッスンをつけてもらうのもいいかもしれない……などと考えていると、レッスン室のドアが開く音が聞こえた。振り返るとそこにいたのは着替えを終えたリップスの五人。

 

「え、えっと……お待たせしました」

 

「大丈夫だよー」

 

 きっと更衣室内で女の子がキャッキャしてたのだろうと脳内補完しているので、別に気にしていない。そのときのCGとかないかなぁ!? 音声データとかでもいいよ!?

 

「あの……良太郎さん、さっき中から楓さんの歌が聞こえてきたのですけど、あれは……?」

 

「ん? 聞こえてた?」

 

 まぁいくら防音設備がしっかりとしているとはいえ、流石に完全に音漏れを防ぐことは無理だったか。別に聞かれて困るものじゃないからいいんだけど。

 

「もしかしてとは思いますが……良太郎さんだったり……?」

 

「『アッタリー! さっすがアタシだねー!』」

 

「!? い、今の、もしかして……!?」

 

「……美嘉、貴女の声だったわ……」

 

「『フフッ、凄いでしょ?』」

 

「っ!?」

 

「わ、今度は奏の声……!?」

 

「ワオッ! リョーくんの口からミカちゃんとカナデちゃんの声が! ふっしぎ~!」

 

「……凄いけど、良太郎さんの口から二人の声って……なんか違和感というか……キモイ」

 

「ん~? 声帯どーなってんのー……?」

 

 美嘉ちゃんに続いて速水の声も出してやると、美嘉ちゃんと速水とフレちゃんは驚いてくれたが、周子ちゃんの感想は結構辛辣で志希も研究対象としか見ていなかった。声帯に関しては俺も知らない。教えてもらったはいいものの、結局どうやって声が変わってるのかよく分かってないし。

 

「あぁ……そういえば、一昨年の学園祭の『ロミオとジュリエット』でも、貴方が全部声を当てたって言ってたわね……こうして直接聞くのは初めてだから、脳の理解が追いついてなかったわ……」

 

 何故か額に手を当てながら溜息を吐く速水。

 

「とはいえ、まさか楓さんの声を出しながら楓さんの歌を歌ってるとは思わなかったわ」

 

「声を変えてその人の歌を歌うってのが、俺独自のレッスンなんだよ。こーやって他人になりきって歌うことで、自分の表現の幅を広げてるんだ」

 

「それじゃあ、フレちゃんの声でフレちゃんの曲も歌うこと出来るの?」

 

「ん? 勿論出来るけど」

 

「聞いてみたーい! リョーくんレベルにまで進化したフレちゃんは、果たしてどんな歌を歌うのか!」

 

「ご要望とあらば……どうせだったら、ここにいる全員分歌ってみるか?」

 

「「「えっ」」」

 

「んー……ちょっとだけ興味はあるかなー」

 

 割と前向きな反応を示した志希に対し、残りの三人はやや難色を示した。やっぱり男の喉から自分の声が出てくる様は、ちょっと見苦しいものがあったかな……?

 

「……私もお願いしようかしら」

 

「ちょっ、奏……!?」

 

 何かを決意したような表情を見せる速水の肩を、焦った様子で掴む美嘉ちゃん。

 

(い、いいの……? な、なんか良太郎さんレベルで歌う自分の声とか聞いちゃったら、色々とショックを受けそうな気がするんだけど……!?)

 

(……えぇ、そうね。きっとショックを受けるでしょうね)

 

(だったら……)

 

(でも……それは周藤先輩が教えてくれる『最高の私』なのよ。信じて努力すればいつか辿りつける、私の到達点。それを知っても損は無いわ)

 

「……奏」

 

「こう見えて私、志は高い方なのよ?」

 

 何故か俺に向かってパチリとウインクをする速水。一体なんの事なのか分からず困惑するが、まぁ美人にウインクされて嫌な気はしない。

 

「……分かった。良太郎さん、私もお願いします」

 

「ん、いいよ」

 

「……はぁ、みんながやるって言うんなら、しゅーこちゃんもやらないわけにはいかないよねー……ついでにお願いします」

 

 結局リップス全員分やることになったようだ。まぁ別に俺は歌うだけなのでそれほど労力はかからない。どうしてみんな決意に満ちたような目をしているのかは分からないが……まぁ、これぐらいのことで彼女たちのやる気が出るのであればお安い御用だ。

 

「それじゃあ早速……」

 

「その前に、一つだけいいかしら」

 

「ん? なんだ速水」

 

「貴方、いつまで私のことを名字で呼び続けるつもりなのかしら?」

 

「……どういうこと?」

 

「姫川先輩や鷹富士先輩に聞いたわよ。貴方、アイドルかそうじゃないかで呼び方を変えているらしいじゃない」

 

 そんなこと……言ったなぁ。確かアイツらがアイドルをやり始めた頃だったか。

 

「美嘉たちは名前で呼んでるのに、私だけ名字ってことは、まだ私はアイドルとして認められていないってことなのかしら?」

 

「別にそこまで強いこだわりがあるわけじゃないんだけどなぁ……」

 

 なんか俺の呼び方に対する認識のスケールが大事になっているような気がする。こいつの性格からして『自分だけ名前で呼ばれないのは寂しい』って言いたいわけじゃないだろうが……。

 

「まぁお前がそういうなら、それでもいいぜ、()

 

「……えぇ、それでいいわよ、()()()先輩」

 

「……ねぇ奏、やっぱりアンタって……」

 

「何を言おうとしてるのか知らないけど、それ以上先を口にしたら酷いわよ、美嘉」

 

「やるんならさっさとやらないとな」

 

「あっ、なら録音したいんだけどいいですかー?」

 

「フレちゃんも記念に欲しいー!」

 

「あたしもサンプルとして欲しいかなー」

 

「これいっそのこと、事務所のレコーディングスタジオ借りた方が早いかもなぁ……ちょっと聞いてみよう。……もしもーし――」

 

「いくらなんでもそんないきなり借りることなんて……」

 

「――美城さんに聞いたら、ちょうど時間が空いてるところにねじ込んでくれるらしい。ヤッタネ!」

 

「……あぁもう、本当にこの人は……」

 

「いや、この場合は常務の方も……」

 

 

 

 このあと滅茶苦茶奏たちの声で歌を歌った。

 

 その過程でみんなにそれぞれ歌のアドバイスが出来たから良かったんだけど……まぁ、こんなモノマネが役に立つなら、それでいいか。

 

 

 




・『佐久間流周藤良太郎学』
Lesson130参照。主な受講者は恵美と志保だが、基本的に二人とも話半分で聞いていない。

・ヘレン
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。クール。
世界レベルでダンサブルな24歳。ヘーイ!
本家ではお馴染みのネタ要員として有名な彼女ですが、なんとこのアイ転世界においては『本物の世界レベル』のダンサー。
(こういう設定の方が、逆にギャグかなぁって思った)

・『彼女は俺の目標だった』
割と後付けですが、良太郎より前にアイドルをやっていた中で唯一良太郎を超えていたので、別におかしくはないはず。本当に弟子とかでも面白かったかも……。

・珍しく『ファンだ』と公言
Lesson171参照

・何を持って自分以上だと判断したのか
・良太郎さんが完璧に歌声を再現できない人
なんかここだけ読み取ると、黄瀬の模倣みたいだなーって思った。

・黒羽先生直伝
Lesson28参照。
今更ながら、この辺りからコナン時空混ざってたな……と改めて思い出す()
ちなみに良太郎は有希子が姉弟子だということは知りませんし、有希子も弟弟子だということを知りません。



 昔とは事情が違い『周藤良太郎だったら自分よりも上手く歌が歌えて当たり前』という認識が定着しているので、例のアレをやられても傷は浅いです(傷つかないとは言っていない)

 このようにして、リップスは346プロが誇る歌唱お化け集団へと変貌を遂げていくのであった……。

 次回は久しぶりに番外編をば。……何を書こう。


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番外編42 もし○○と恋仲だったら 14

ちょっとだけキャラ崩壊気味だった彼女の恋仲○○です。


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 その日、私たちシンデレラプロジェクトのメンバーは久しぶりに全員レッスン室に集合していた。というのも、シンデレラプロジェクトとして出演するライブを控えていたため、久しぶりに全体曲の練習をするためだ。

 

 今ではそれぞれがバラバラに活動することが増え、色々なアイドルたちと仕事をする機会が増えた私たちではあるが……それでも、このメンバーが揃うと何処かホッとした気持ちになれた。

 

「ねぇ美波、聞きたいことがあるんだけど……いい?」

 

「えっ」

 

 通しでの練習を終えて休憩中。スポーツドリンクを飲んでいると、凛ちゃんが話しかけてきた。

 

 基本的に凛ちゃんは自分のことは自分の力で淡々とこなすタイプなので、こうして私を頼る言葉が少しだけ意外で、そして嬉しかった。

 

「なぁに? 私に答えられることなら、何でも聞いて」

 

 なので、私は二つ返事でそれを了承する。

 

 しかし、凛ちゃんが私に聞きたいこととは一体なんだろうか。先ほどまでの振付の中で気になるところがあるのだろうか? それとも歌の方?

 

「うん、大丈夫――」

 

 

 

 ――美波にしか、答えられないことだから。

 

 

 

「……え?」

 

 パチンッと凛ちゃんが指を鳴らすと、ガチャリという音と共にレッスン室が突然暗くなった。見ると未央ちゃんと李衣菜ちゃんが窓のカーテンを閉めており、ガチャリという音はみくちゃんがレッスン室のドアの鍵を閉めた音だった。

 

「……え、えっ?」

 

 一体何が起こったのか分からず困惑する。カーテンと鍵を閉める意味が分からず、そして他のメンバーが怯えた様子で部屋の片隅へと固まっている意味も分からない。更に言うなら、未央ちゃんと李衣菜ちゃんが申し訳なさそうにこちらに向かって手を合わせている意味も分からないし、凛ちゃんとみくちゃんが暗がりの中でニッコリと笑いながらこちらに近付いてくる意味なんて全く分からなかった。

 

「な、何? ふ、二人とも、どうしたの?」

 

 二人の笑顔が怖くて、思わず後ずさってしまう。特に凛ちゃんのこの満面の笑みは、ステージの上ですら見たことがないようなニッコリと花の咲くような笑みだ。凛ちゃんもこんな笑顔を浮かべられるんだなぁ……と考えてしまうのは、少し現実逃避が混じっていた。

 

「何でも聞いていいんだよね?」

 

「ミクもちゃんと聞いたにゃ。ね、美波ちゃん?」

 

 確かに言ったが、何故か肯定したくなかった。いや、既に肯定するしないの問題ではないような気もするけど。

 

 後ずさりを続けていき、ついに壁際まで追い込まれてしまった。

 

「……え、えっと……な、何を聞きたいの……?」

 

「うん、簡単なことだよ」

 

「そうにゃ、簡単なことにゃ」

 

 

 

「「いつから良太郎さんと付き合ってるのかな?」」

 

 

 

「……え、えええぇぇぇ!?」

 

 突然の二人からのそんな言葉に、一気に顔が熱くなるのを感じた。チラッと視界の隅に入って来た姿見に映る私の顔は、それはもう暗がりの中でも分かるぐらい真っ赤に染まっていた。

 

「ななな、何を言ってるの!? 二人とも知ってるでしょ!? わ、私はその……りょ、良太郎さんのことが苦手って……!」

 

「あ、そういうのいいから」

 

「ネタはとっくに上がってるのにゃ」

 

 そう言いながらスマートフォンを取り出す二人。タップやフリックを繰り返しながら、何やら中に保存している画像をハイライトが消えた目で見始めた。

 

「ほら、コレ見てよ、みく。良太郎さんと腕組みながら幸せそうな顔しちゃって……」

 

「こっちも見て凛チャン。良太郎さんにアーンされてるにゃ。顔は赤いけど、満更でもなさそうにゃ」

 

「きゃあああぁぁぁ!!??」

 

 思わず悲鳴を上げてしまった。

 

 二人のスマートフォンの画面に映っていたのは、紛れもなく私と()()()()の写真で、しかもオフの日に二人でデートに行ったときのものだった。

 

 思わず手を伸ばして二人からスマートフォンを取り上げようとしてしまったが、ひょいと軽く躱されてしまい私の手は空を切った。

 

「ふ、二人とも見てたの!?」

 

「たまたまだったけどね。二人とも変装してたけど、私は良太郎さんの認識阻害が効かないから」

 

 良太郎君は帽子と眼鏡を身に着けることで誰からも正体がバレないという特異な能力のようなものを持っているが、それは彼の知り合いには適用されない。逆に言うと、彼は変装をしても知り合いからは絶対にバレてしまうということだ。

 

「いやぁ本当に驚いたにゃ。アレだけ良太郎さんのことが苦手って言っておいて、その本人がちゃっかり良太郎さんの恋人になってるなんて」

 

「あ、別に怒ってるわけじゃないよ? 話してくれないなんて水臭いなぁって思ってさ……ほら、私は良太郎さんの妹分だから……ねぇ、オネエチャン?」

 

 怒っていないというのであれば、どうして先ほどから目が笑っていないのだろうか。

 

「それで、いつから付き合ってるの?」

 

「告白はどっちからにゃ? 良太郎さん? 美波チャン?」

 

 再びにじり寄ってくる二人。距離を取ろうにも、既に壁際に追いやられているのでこれ以上下がることは出来なかった。

 

 そんなとき、レッスン室の中にとある曲が流れ始めた。それは私たちの荷物を固めておいてあるところから聞こえてきて、どうやらスマートフォンの着信を告げるものだった。

 

 そして、それが聞こえた瞬間、先ほどから流れている冷や汗の量がどっと増えたような感覚を覚えた。

 

「……この曲は……凛チャン、分かるよね?」

 

「勿論、つい最近リリースされたばかりの良太郎さんの最新曲『空色ヴィーナス』だね」

 

「ねぇ、誰のが鳴ってるのか分かるー?」

 

「み、美波ちゃんのですっ!」

 

 ちょうど荷物を固めておいてある場所の近くで同じように固まっていた他のメンバーたちにみくちゃんが問いかけると、怯えた様子の卯月ちゃんが答えた。正直答えないでいてくれた方が嬉しかったが、反射的に答えてしまったであろう卯月ちゃんの気持ちもよく分かるので責めることは出来なかった。

 

「ねぇ知ってる、みく。この『空色ヴィーナス』って、良太郎さんが作詞したんだって。まるで誰かのことを歌ってるみたいだよね」

 

「凛チャンは物知りにゃ。みくが分かるのは、美波チャンは普段の着信音はみくたちで歌った『お願い!シンデレラ』になってるってことぐらいで、つまりこれは特別な誰かからの着信のときだけ音を変えているってことぐらいにゃ」

 

(誰かタスケテ)

 

 二人の言う通り、『空色ヴィーナス』は良太郎君が私をイメージして作詞してくれた曲で、それが嬉しくて思わず良太郎君からの着信音に設定してしまったのだ。

 

「ほら、誰からの着信なのかは分からないけど、出た方がいいんじゃないかな?」

 

「もしかして急用かもしれないし、まだ休憩中だから問題ないにゃ」

 

 言外に『出ろ』と言われていて、正直に言うと出たくなかったが……こんな状況でも良太郎君からの着信を嬉しいと思ってしまう辺り、存外私も色々とアレだった。

 

 その後、未央ちゃんが悲痛な面持ちで「……なんか……しぶりんが……ゴメン……」と私のスマートフォンを持って来てくれた。寧ろこちらが居た堪れなくなり、私は力なく首を横に振った。これは別に未央ちゃんが悪いわけじゃない……誰が悪いわけでもないのだ。

 

 改めて画面を見ると、勿論そこに表示されているのは良太郎君の名前。先ほどからだいぶ着信音が続いているので、もしかしたら本当に急用だったのかもしれない。

 

 観念した私は、通話ボタンを押した。

 

「……もしもし、良太郎君?」

 

『お、出た出た。よっ、美波』

 

 電話口から聞こえてくる良太郎君の声に、思わずホッとしてしまったが、目の前の凛ちゃんとみくちゃんの視線が怖くてブルリと震え上がってしまった。

 

「どうかしたの? 何か急用?」

 

『ちょっと美波の声が聞きたくなっただけ。いやぁ、恋人の声を耳元で聞けるって幸せだなぁ』

 

 思わず胸がキュンとしてしまったが、今はタイミングが悪すぎる――。

 

『あと、可愛い恋人が困ってるみたいだったからね』

 

「――え?」

 

『美波、ちょっとスピーカーモードにして』

 

 どういうことなのかと尋ねたかったが、とりあえず言われたとおりにスマートフォンをスピーカーモードにして少し耳から離す。

 

『あーこれを聞いてる少女諸君、確かに美波が少し涙目になってる姿は想像するだけで可愛いけど、これ以上は勘弁してあげてくれ』

 

「「「っ!?」」」

 

 凛ちゃんとみくちゃん、そして私が思わず息を呑んでしまった。それは間違いなく、こちらの状況を完全に把握している言葉だった。

 

 一体どうして……と困惑していると、視界の隅で何かが光った。そちらに視線を向けると、疲れた表情で杏ちゃんがスマートフォンの画面をこちらに向けて振っていた。

 

(あ、杏ちゃん……!)

 

 どうやらこっそりと杏ちゃんが良太郎君に連絡を入れてくれたらしい。孤立無援と思われた中での思いがけない救いの手に感激し、あとで沢山飴を買ってあげようと誓った。

 

『話が聞きたいなら別の機会に俺がするから、今はレッスンに集中すること。次のライブでもしミスがあるようだったら、美城さんに頼んで俺が直々に特別メニューでレッスンするからねー』

 

「「……はい」」

 

 結果的に良太郎君から注意を受ける形となり、シュンとしてしまった凛ちゃんとみくちゃん。少しだけ可哀想に思ってしまったが、私がその原因の一端を担ってしまっている以上、彼女たちにかける言葉は持ち合わせていなかった。

 

 

 

 

 

 

「今日は悪かったな、美波」

 

「ううん、大丈夫」

 

 ベッドを背もたれにして床に座る俺の肩にもたれかかる美波は、そう言って首を横に振った。その際、彼女の髪がさらりと首元を撫でて少しくすぐったかった。

 

 お互いにレッスンや仕事を終え、現在俺の部屋。流石にこのまま泊まるわけではないので、この後車で彼女を家まで送り届けなければならないが、それまでの僅かな時間を恋人との触れ合いタイムに当てている真っ最中である。

 

「杏ちゃんから連絡が来たときは何事かと思ったよ。……まぁ、いつかはバレるとは思ってたけど、凛ちゃんはともかくみくちゃんまであんな行動を取るとは思ってなかった」

 

 いくら彼女たちからの好意に気付くことが出来なかったからとはいえ、これは完全に俺の落ち度である。

 

「私は……いつかはこういうこともあるんじゃないかなって、少し思ってたかな」

 

「そうなのか?」

 

「うん。『周藤良太郎』と付き合うっていうことは、きっとそういうことなんだと思うから」

 

 だから私は覚悟してたよ、と美波は言う。

 

 咄嗟に「悪かった」や「ごめん」といった謝罪の言葉を口にしようとして、寸でのところで飲み込んだ。例えば立場が逆になったとして、そんな言葉を美波から言われて嬉しいはずがない。

 

「……ありがとう。ホント、出来た女だよ美波は」

 

「ふふ、こう見えて尽くすタイプよ」

 

「どこからどう見ても尽くすタイプだよ」

 

 寧ろ男をダメにするタイプだと思ったが、口に出すのは止めておこう。

 

 

 

 さて少しだけしんみりとした空気になってしまったので、いつものノリに戻って場を和ませることにする。

 

「昔は随分と嫌われてたみたいだったのになぁ……美波がこんなにデレてくれるとは」

 

「なっ……!? そ、そんなことないもん!?」

 

 今でもこうして揶揄うと、少しだけ以前のツンとした頃の美波が顔を出す。

 

「き、嫌ってたわけじゃなくて、苦手だっただけで……に、苦手って言っても良太郎君自身のことを苦手だったわけでもなくて、えっと、えっと……!」

 

 ただし言動は完全にデレきってしまっているので、それが可愛ことこの上なく、思わずギューッと彼女の体を強く抱きしめてしまった。

 

「……もう……そんなに抱きしめられたら、体が火照ってきちゃいます」

 

 言い訳を止め、力を抜いてクタッと俺の体に体重を預けてくる美波。

 

「もうすぐ夏だしな。これだけくっついてりゃ暑くもなる」

 

 相変わらずの思わせぶりな発言に内心で苦笑するが、美波はギュッと俺の胸にしがみついた。

 

「……そういう意味だもん」

 

「そういうのは、大人になってからな」

 

「っ!? わ、私だってもう大人です! 二十歳ですよ二十歳!」

 

「はいはい大人大人。もうそろそろ帰る時間だから、帰り支度をしましょうね~」

 

「良太郎君っ!」

 

「だから――」

 

 

 

 ――俺が大人にしてやるまで、ちょっと待ってろ。

 

 

 

「………………ハイ」

 

 世間では年齢にそぐわない大人びた色気などと称されることも多い美波だが。

 

 

 

 俺はこうして顔を真っ赤にして俯く美波の子どもっぽい姿の方が、大好きだった。

 

 

 

 

 

 

(……~っぶねぇ……今日もオトされるところだった……)

 

 

 




・周藤良太郎(21)
(前略)
可愛くて美人な恋人ができたことが嬉しすぎて、思わず恋人のことをイメージした曲を作っちゃうぐらい浮かれている。

・新田美波(20)
ついに二十歳になってしまった女神。
思わせぶりな発言で周囲を惑わせていたが、良太郎限定だが実は狙って発言している。
なお彼女が良太郎を好きになるまでの過程は、それはもう少女漫画もかくやといった展開があったりなかったり。

・ハイライトが消えた目
ヤンデレ凛ちゃん&ヤンデレみくちゃん

・良太郎君
そういえばこいつら一歳差だった(今更並感)

・『空色ヴィーナス』
久しぶりに作者のネーミングセンスが問われるシリーズ。

・「……なんか……しぶりんが……ゴメン……」
凛とみくのキャラをこんなことにしてしまって……ゴメン……(作者)



 なんか凄い久しぶりにまともに恋仲○○書いた気がする。



 さて次回は本編に戻りまして。

 なんと……!

 いよいよ……!

 ついに……!

 唯ちゃん回書くぞおおおぉぉぉ!


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Lesson208 I've got a feeling

()()()彼女は、そこにいたのか?


 

 

 

「ワン! ツー! スリー! フォー! ……よしそこまで!」

 

「はぁ……はぁ……」

 

「少し休憩にしよう。水分はちゃんと補給しておけよ、大槻」

 

「は、は~い……」

 

 

 

「……はぁ」

 

 

 

「……『LiPPS』……かぁ」

 

 

 

 

 

 

「……よし、出来た」

 

 仕事と仕事の合間の空き時間。チェーン店のコーヒーショップの二階席を陣取って書いていたレポートがようやく仕上がった。相変わらずアイドルとして(一応)多忙な生活を送っているので、大学の単位が足りなさ過ぎてヤバく、教授の温情によりレポート提出さえすれば下駄を履かせてくれることになっていた。ほら、日本の大学は『入学し難し出易し』って言うし……。

 

 ……しかし自分で書いておいてなんだが、本当に『トップアイドルの観点から考えるアイドル業界の進退』という内容でよかったのだろうか……いや、教授から指示されたから書いたんだけどさ。完全に私利私欲だろコレ……それで単位を貰える身としては文句はないが。

 

「しかし、これ本当に大学入った意味あったのか……」

 

 思わずそんなことを独り言ちてしまった。

 

 確か二年前(だいいちわ)ぐらいだと『社会人として大学ぐらいは出ておかないと』みたいなことを言ったような気もするが、自分の知り合いのアイドルは意外と大学に行ってなかった。例えば冬馬は高校を卒業と同時に123プロに就職という形になったし、765プロでも大学に行ったのは春香ちゃんだけで、千早ちゃん・響ちゃん・真ちゃん・雪歩ちゃんも765プロに就職してしまった。

 

 自分や魔王エンジェルの三人は大学に入学したものの、出席日数は全員足りていない。麗華なんかは成績でカバー出来るかもしれないが、俺を含め他三人の頭はお世辞にも優秀とは呼べないのだ。

 

 いやホント、もうちょっとトップアイドル『周藤良太郎』の仕事量を考えてから決めるべきだった……。

 

 もっとも今更そんなことを考えていてもしょうがないと、頭を切り替える。

 

「それにしても、二年……二年か」

 

 先ほどチラリと触れたが、俺が彼女たち765プロの面々と初めて顔を合わせてから二年だ。あの頃はまだ高校二年生だった春香ちゃんが今は華の女子大生で、未だに幼さが残るやよいちゃんがなんと女子高生である。初めて彼女のブレザー姿を見たときは、何故か父性が刺激されて泣きそうになったのを覚えている。

 

 そして中三だった美希ちゃんも高校二年に……なったのだが、彼女の場合は昔から年齢不相応な魅力的な体型をしていたので、寧ろようやく年齢が肉体に追いついたといった感じである。……いや、それでもまだ歳不相応だった。

 

 身体つきという話になると、やはり矢面になるのは年少組である。未だに順調な発育を見せる美希ちゃんを筆頭に、やよいちゃんや双海姉妹もだいぶ身長が伸びてきていた。双子に至ってはついにりっちゃんの背を追い抜いてしまった。伊織ちゃんは……まぁ、うん。

 

 そして勿論、年齢や身体的特徴だけではない。この二年の間に、彼女たちのアイドルとしての立場も――。

 

 

 

「この『LiPPS』ってユニット、いいよね……」

 

「いい……」

 

 

 

(……おや)

 

 そんな気になる会話が聞こえてきたため、思考を一時中断する。まるで知り合いの交番のお巡りさんが話していた『プロ同士、多くを語らない』みたいなやり取りだった。

 

 俺の二つ隣に座る二人の男性の会話らしく、少し気になったので残ったアイスコーヒーをストローで吸い上げながらそのまま聞き耳を立てる。どうやら話題は気になるアイドルについてらしい。最近リップスの面倒を見てあげた身としては、ファンからの評価は少々興味があった。

 

 

 

「色物が揃っている346プロから、あんなにオシャレなユニットがデビューするとは思わなかったよ」

 

「王道とはまた違うけど、765プロの『フェアリー』に近い雰囲気を感じるよな」

 

 

 

 765プロの『フェアリー』は美希ちゃん・貴音ちゃん・響ちゃんの三人ユニットだ。確かに雰囲気だけで考えると、リップスに一番近いのはフェアリーかもしれない。

 

 

 

「歌も上手いし、ビジュアルのクオリティも高い」

 

「同期のアイドルたちの中だと、間違いなく頭一つ出てるよね」

 

 

 

 その意見には俺も同意しよう。ビジュアル面は五人とも間違いなく美人だ。歌に関しても、どうやら俺が歌ってあげた彼女たちの歌を元に練習したらしく、短期間でだいぶ上達していたのを覚えている。

 

 ただ問題は一部のメンバーは口を開くと色々と残念だということ。その辺りはまだまだファンには伝わっていないようだが、歌番組やラジオ出演などでトークをする必要がある場面に直面したとき、果たして視聴者はどのような反応をするのかが大変楽しみである。恐らく美嘉ちゃんに対する同情の目が一番増えることだろう。

 

 

 

「で? お前は誰推しよ」

 

「それが決まんないんだよ……みんな可愛いからさぁ……」

 

「わかるマン」

 

「やっぱり美嘉ちゃんのカリスマが!」

 

「いやいやフレちゃんのフリーダムさも!」

 

「志希ちゃんの気まぐれ猫加減も!」

 

「周子ちゃんの気だるい感じも!」

 

「僕は神山(かみやま)満月(まんげつ)ちゃん!」

 

「奏ちゃんにキスされたい!」

 

「「……今の誰だ!?」」

 

 

 

 本当に誰だ。あと、その名前の呼び方は神山(こうやま)満月(みつき)ちゃんだと思うぞ。

 

 さて、そろそろ俺も行くとしよう。まだ少しだけ時間があるから、その辺を適当にブラついて――。

 

 

 

「……あ、そうだ、その『LiPPS』なんだけど、なんかこんな噂を聞いたんだけどさ」

 

 

 

 ――と思ったら、何やら関心を引く話題になったため、浮かしかけた腰を再び下ろす。

 

 リップスの噂……? 俺は聞いたことないんだけどな。

 

 

 

「何々? 周藤良太郎がプロデュースしてるとかいうやつ?」

 

「いや、それは本当にただの噂だろ。なんで123プロの周藤良太郎がわざわざ346プロのアイドルをプロデュースしてるんだよ」

 

「だよなー」

 

 

 

 ……その情報は一体何処から漏れたのだろうか……いや、あくまでも噂らしいし、微妙に信じられてないみたいだから問題ないだろう。

 

 

 

「俺が聞いたのは、メンバーに関する噂だよ」

 

「城ヶ崎美嘉はスリーサイズを逆サバ読んでるとか、速水奏はクソ映画好きとか、フレデリカは微妙にダンスがダサいとか、塩見周子は絶賛家出中とか、一ノ瀬志希はヤバい薬作ってるとか……?」

 

「そういうメジャーな噂じゃなくて」

 

 

 

 え、メジャーな噂って何? 既に定着してる噂があるってこと? しかも微妙に何個か当たってるのがある辺り、何とも言えない。

 

 

 

「『LiPPS』のメンバーには――補欠がいるんだってよ」

 

 

 

 ……なぬ?

 

 

 

 

 

 

「補欠……?」

 

「そうそう」

 

「そーいう噂」

 

 加蓮と奈緒とのレッスンを終えてロッカーで着替えをしている最中、話題になったのは346プロに関する噂だった。これだけ大きな事務所で所属アイドルも大勢いるので、噂話というのはネタに事欠かなかった。

 

 ――鷹富士茄子と握手をするとその日一日幸運が続く。

 

 ――高森藍子と会話をしていると時の流れが半分以下になる。

 

 ――遊佐こずえは人間と精霊のハーフである。

 

 ――イヴ・サンタクロースは本物のサンタクロースである。

 

 ……まぁ、内容は噂話というより都市伝説みたいなものばかりだが。本物のサンタが日本の芸能事務所でアイドルをやっているわけないだろうに。

 

 ちなみにこの事務所の人間でないにも関わらず『最近周藤良太郎を頻繁に見かけるのは、123が346をM&Aしようとしている』という噂も流れているらしい。出来て二年も経っていない事務所が古くから続いている老舗芸能事務所をM&Aとか、立場が逆じゃないかというツッコミもあるが、一瞬だけ「あの常務ならあるいは……?」と思ってしまった私はきっと疲れている。

 

 そんな与太話に近い噂話が多い中で、今回加蓮から聞いた噂話はやけにリアリティがあった。

 

「リップスに補欠ねぇ」

 

「ほら、志希ちゃんって元々常務がスカウトしたけど失踪されて、良太郎さんの事務所に所属することになったから偶然こっちに出向することになったって話じゃん?」

 

 その時点で噂話レベルの内容である。

 

「だから常務は、志希ちゃんが抜けても『LiPPS』を結成できるように、メンバーを一人補欠で用意してたんだって」

 

「ふーん……」

 

 そう言われてみると、確かにあってもおかしくはない話だった。聞いたところによると、美嘉も一時期常務の話を受けるか断るかで悩んでいたらしく、もし美嘉が断った場合というのも想定して補欠を確保していても不思議ではなかった。

 

「あ、ちなみに『神谷奈緒は髪の毛のもふもふ具合で明日の天気が分かる』っていう噂も流れてるよ」

 

「流れてるよ、じゃなくて、それ絶対お前が言い出したやつだろ!?」

 

 キャイキャイとじゃれ合う加蓮と奈緒を横目に、私は少しだけ思考を巡らせる。

 

 すなわち、その補欠とは一体誰なのか?

 

 リップスの補欠なのだから、同じくプロジェクトクローネのメンバーの中にいると考えるのが自然だろう。リップスにスカウトするレベルであるならば、例えリップスのメンバーにならなくてもそのままプロジェクトのメンバーとして起用していてもおかしくない。

 

 ……雰囲気的に考えると、橘さんや文香さんは違う気がする。志希の代わりに二人をあのメンバーの中に入れても、やや浮いているような気がした。アーニャも少しだけ違う気がするし、そもそも彼女は最初から美城常務がソロデビューをさせるという前提で、私と一緒にシンデレラプロジェクトから声をかけたはずだ。だから同じように、最初からトライアドプリムスとしてデビューする予定だった私や加蓮や奈緒も違うだろう。

 

 ……と、なると――。

 

「そ、そんなこと言うなら、あたしだって加蓮の噂知ってるんだからな!」

 

「え? 何々、聞きたい!」

 

 ――そこまで考えた思考は、奈緒の興味深い一言に寄って現実に引き戻された。

 

「私の噂か~どうせ昔は身体が弱くて入院しがちだったとかそういう――」

 

「……『昔、入院中にどうしても良太郎さんのサイン会に行きたくて、ダダこねて泣いたことがある』って」

 

「――その話の出所は何処だあああぁぁぁ!?」

 

 余裕綽々だった加蓮の顔があっという間に真っ赤になった。

 

 先ほど以上に騒がしくなった二人を尻目に、私は少しだけ距離を取る。

 

 この後三人でご飯を食べに行く予定だったのだが、もう少し時間がかかりそうだ。

 

 

 




・『入学し難し出易し』
逆に外国の大学は卒業が難しいらしいが、だからといって日本の卒業が簡単なわけでもない。

・「これ本当に大学入った意味あったのか……」
作者「これ本当に大学入れた意味あったのか……」

・765プロでも大学に行ったのは春香ちゃんだけ
独断と偏見。春香は女子大生が似合いそう。

・やよいちゃんがなんと女子高生
今まで全然触れてなかったけど、しぶりんと同学年なんだぜ……?

・『プロ同士、多くを語らない』
「アオ、いいよね……」
「いい……」

・知り合いの交番のお巡りさん
葛飾区亀有公園前交番に勤務中。たぶん早苗ねーちゃんの知り合いでもある。
絶対に良太郎と仲が良いと思うんだ、この人。

・「僕は神山満月ちゃん!」
ほら、タクトも生き返ったんだから、そろそろやっくんも……(白目)

・城ヶ崎美嘉はスリーサイズを逆サバ読んでる
・速水奏はクソ映画好き
・フレデリカは微妙にダンスがダサい
・塩見周子は絶賛家出中
・一ノ瀬志希はヤバい薬作ってる
※あくまでも噂です。

・イヴ・サンタクロース
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。パッション。
家なし服なしなサンタ系19歳。
『本物』のサンタクロース。……この子の登場辺りから、デレマスの世界観が怪しくなってきた気がする……。



 唯ちゃん回なのに唯ちゃんがいない?

 ご安心を。次回から作者が趣味に走ります(断言)


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Lesson209 I've got a feeling 2

水着唯ちゃんのフィギュア発売やったあああぁぁぁ!
(唯ちゃんP界隈において「おはようございます」の意)


 

 

 

「補欠ねぇ……」

 

 コーヒーショップを後にして適当に街中をブラつきながら、考えるのは先ほど聞いた噂話である。

 

 美城さんは最初から志希をメンバーにしてリップスを考案していたが、その志希が失踪。たまたま俺に着いてくる形で再会し、さらに俺が彼女を346へと出向させなければ今の五人は揃わなかった。ついでに美嘉ちゃんも、聞けば初めはクローネへの参加に難色を示していた様子。そんな状況で、彼女たちの代わりとなる人物を補欠として用意していてもおかしくはないだろう。

 

 ただそれが一般的なことかどうかと問われたら、首を傾げざるを得ない。

 

 例えば765プロを代表するユニットである『竜宮小町』。彼女たちはりっちゃんが765プロに所属していた十二人のアイドルから選抜されたメンバーだ。それ故に、伊織ちゃん・亜美ちゃん・あずささんの()()()()()()()()()であり、そこに代わりのメンバーは存在しない。……まぁ、あずささんがおたふく風邪を引いている間、りっちゃんが代理を務めたこともあったらしいけど、それはこの際置いておこう。

 

 一方で『LiPPS』は美城さんが考案したユニットにメンバーを選抜しているため、竜宮小町とは結成のされ方が逆である。故に、良く言えばメンバー構成が自由であり、悪く言えば()()がきく。個性を重視しない美城さんらしい考え方だとは思う。

 

 アイドルのためのユニットか、ユニットのためのアイドルか。別にどちらが良くてどちらが悪いと言うつもりはない。今はウチに所属しているジュピターも、元は黒井社長が結成したユニットのために選ばれたメンバーだし、その組み方が間違っているとは思わない。

 

 勿論、アイドルたちが納得せずに無理矢理組まされたのであれば話は別だが……美嘉ちゃんたち五人も何だかんだ言って楽しそうだし、問題は無いだろう。

 

(そういえば)

 

 竜宮小町といえば、以前に美希ちゃんが入りたがってりっちゃんにねだったことがあったっけ。それをりっちゃんに断られて、それが原因で美希ちゃんはレッスンに来なくなって、さらにはアイドルを辞めようと……したのは結局誤解で、それが原因でりんが自爆して真っ赤になって――。

 

 

 

「君可愛いね! どうどう? 一緒にお茶しない?」

 

「えー?」

 

 

 

 ――そうそう、ちょうどあのときも、あんな風に美希ちゃんがナンパされてて……って。

 

「……展開が早いぜ神様(さくしゃ)

 

 噂をすれば影が差すとはいうものの、流石にフラグを立ててから回収までにラグが無さ過ぎるのも問題だと思う。あとシチュエーションがベタ。普段ラブコメしない癖に、こういう導入だけはテンプレートを守るのか。というか、二年前と同じである。芸がないぞ。

 

 さて、見覚えのある軽くパーマがかかった長い金髪の後姿が男に声をかけられているところを見て見ぬふりは出来ないので、今一度変装がしっかりとしていることを確認してから声をかけることにする。

 

 ……というか、男の方にも見覚えがあった。

 

「オイコラ川平」

 

「え? ……げっ!? す、周藤先輩!?」

 

 自身の首に犬用の首輪をつけるというアブノーマルな性癖を持つ高校の頃の後輩は、俺を見るなり『しまった』という顔になった。そういう反応をするということは、自分でもまずいことをしているという自覚はあったらしい。最近何やら落ち着きを見せ始めたという話を聞いていたが、どうやら勘違いだったようだ。

 

「さて、ようこちゃんに連絡を入れて」

 

「弁明の余地無し!? ちょ、待って! 俺の言い分も聞いて!?」

 

「……まぁ、お前には在学中に何度か世話になってるからな。俺は許そう」

 

「周藤先輩……!」

 

「だが()()()が許すかな?」

 

 その瞬間、悪寒を感じたらしい川平がビクリと体を震わせた。

 

「……ケーイーター?」

 

「げえっ!?」

 

 俺が電話するまでも無く、既に川平の背後には自他ともに認める奴の嫁であるようこちゃんがスタンバイしていた。濃い緑色の髪が怒りのオーラにゆらゆらと揺らめいているような気がした。

 

「よ、ようこ、これはちがっ……!?」

 

「ようこちゃん、川平のことよろしく。しっかりとお灸を据えてやってくれ」

 

「うん! ありがとうね、リョータロー!」

 

 むんずっと川平の首根っこを捕まえてズルズルと引きずっていくようこちゃんを、ヒラヒラと手を振りながら見送る。二年前のように、腕力に頼るようなことにならずに済んで良かった……いや、ある意味腕力に頼った結果ではあるのだが、あれは愛の鞭であって暴力系ヒロインとはまた違うから。

 

 さてと。

 

「俺の後輩が迷惑かけたみたいで、悪かったね」

 

 後輩(ナンパ)がいなくなったので、制服姿の美希ちゃんに声をかけて――。

 

 

 

「アハハッ、面白い人だったけど、ありがとっ! リョータロー()()!」

 

「……えっ」

 

 

 

 ――そこにいたのは、キャンディー片手にニコニコと笑っている唯ちゃんだった。

 

 

 

(そういえば、美希ちゃん特有のアホ毛が無いじゃん)

 

 今気づいた。

 

 

 

 

「えーっ!? ゆいのこと、765プロの美希ちゃんと勘違いしてたのー!?」

 

「いやぁ申し訳ない……」

 

 黙っておけばいいものの、素直に喋ってしまうところに俺の美徳を感じていただきたい。なお本当に言わなくてもいいことまで言ってしまう模様。

 

 それを聞いた唯ちゃんは、不機嫌そうにぷくーっと頬を膨らませた。怒っているらしいのに可愛く見えるのは美少女と美人の特権である。ちなみに例外としてガチで怖い人もいるので注意。麗華とかりっちゃんとか……。

 

「むー……間違われたことがちょっとヤな感じなのに、その相手が美希ちゃんっていうのが複雑ー……!」

 

 相変わらず、美希ちゃんは同性からの人気も高いようだ。美嘉ちゃんがカリスマギャルとしてデビューする前は、中高生のカリスマって言ったら美希ちゃんだったからなぁ。

 

 さて、自分の間違いにより気分を害してしまった女の子に対して取る行動は一つである。

 

「ゴメンゴメン、お詫びに何か甘い物でもご馳走させてよ」

 

「え、いいの!?」

 

「任せてよ」

 

 なお女子高生を誑かしているわけではないので、通報の類いは一切やめていただきたい。下心とかないから! 一緒にいるだけでいいから!

 

「ヤッタ! リョータローくんとデートとか、美嘉ちゃんたちに自慢できそう!」

 

 そんな予防線を心の中で引こうとする自分に対し、ヒャッホウと言わんばかりの勢いで唯ちゃんは左腕にしがみついてきた。前から思っていたことだが、どうしてこうギャルっぽい子はパーソナルスペースが狭いのだろうか……。

 

「ちなみに俺も仕事があるから、出来るだけ手短に頼むよ?」

 

「りょーかい! それじゃあ……まずはクレープから!」

 

 ナチュラルに何件か回ることになっていたが……よかろう! 成人して自由に出来るお金の上限が大幅に増大したトップアイドルの財布(ぢから)を見せてやろう!

 

 まぁ変装もしてるし、()()()()()()()()()()()()()()()()()もいないだろう。

 

 ……え、今の意味深な傍点(ぼうてん)は何ですか?

 

 

 

 

 

 

「……リップスに補欠、ねぇ」

 

「うん。そういう噂」

 

「その噂はアタシも聞いたことあるけど……そういう話自体は聞いてないなぁ」

 

 たまたま後から更衣室にやって来た美嘉に、先ほど話題に上がったリップスの補欠の話を聞いてみると、噂を裏付けるような返事ではなかった。噂の当事者と言っても過言ではないリップスのメンバーが知らないのだから、やはりただの噂だったということなのだろうか。

 

「まぁアイドルのユニットに補欠っていう考え方もどうかと思うけど……あの常務だったら用意しててもおかしくないだろうね」

 

 結局美嘉も「いても不思議ではない」という考えに落ち着いたようだ。

 

「……それで? あっちの二人は何やってるの?」

 

 先ほどからずっと視界の隅に入っていつつもあえて無視していた二人を美嘉が指差しながら尋ねてきた。

 

 

 

「アッハハハッ!? ギ、ギブギブ!? 降参するから!」

 

「ならさっさとその噂の出所を吐け!」

 

「だから! たまたま聞いただけで覚えてないんだって!」

 

「嘘を吐くなあああぁぁぁ!」

 

「う、嘘じゃな……アハハハッ!?」

 

 

 

「加蓮に関する噂の出所を吐かせようとして、足の裏くすぐりの刑をしてるだけだよ」

 

「……そ、そう……」

 

 普段から割と周藤良太郎のファンを公言している加蓮だが、流石に泣いて駄々をこねたという話だけは否定したかったようだ。普段は飄々と奈緒を弄っている加蓮があそこまでムキになっているところを見ると、噂は本当なのだろう。

 

 意外と可愛い一面もあるじゃんと内心では思うが、それを口にするとこちらに飛び火してくるのが目に見えているので私は沈黙を貫く。

 

「……あ、そうだ」

 

 そんな二人を見ながらしばらく苦笑していた美嘉が、ふと思い出したようにパチンと指を鳴らした。

 

「アタシ、今から恵美と一緒に遊びに行くんだけど、凛たちも来る?」

 

「恵美さんと?」

 

 美嘉が言う恵美さんというのは、つい先日も話題に上がった123プロに所属するピーチフィズの所恵美さんのことだろう。

 

「ほら、歳も近いし、お互いに良太郎さんの後輩みたいなものなんだから、仲良くなれると思うよ」

 

 どうかな? と尋ねてくる美嘉。

 

 まぁ、何かしらの不都合がありそうなことでもないし、私たちも元々は三人でご飯を食べに行くだけだったから特別な用事があるわけでもない。

 

「私はいいけど……加蓮、奈緒、話聞いてた?」

 

「聞いてない!」

 

「聞いてる余裕ない!」

 

 聞いて。

 

 流石に収拾がつかないので仲裁に入り、美嘉と一緒に恵美さんと遊びに行くかどうかを尋ねる。

 

「恵美ちゃんと!? 行きたい行きたい!」

 

 真っ先に食いついたのは加蓮だった。周藤良太郎ファンから派生して、123プロに所属するアイドルのファンになる人は意外と多いらしいので、多分加蓮もそうなのだろう……と思ったが、確か加蓮と奈緒はサマーフェスのときに、観客席に来ていた良太郎さんたち123プロの面々と顔を合わせてるんだっけ。

 

「奈緒は?」

 

「はぁ、はぁ……あたしも別に構わないよ」

 

 くすぐられ、息も絶え絶えだった奈緒も体を起こしながら同意してくれた。

 

 というわけで、随分と長い着替えを終えて、私たちは美嘉と共に恵美さんとの待ち合わせ場所へと向かうのだった。

 

 

 




・竜宮小町
そういえばこの名前の由来も、三人が「水瀬」「双海」「三浦」と海に関係する名前だから付けられたんだっけ。正しくこの三人のためのユニット。
……天海? はて? のワの

・川平
・ようこ
Lesson161以来のいぬかみネタ。
なおコイツがいるということは街中には『アイツら』が蔓延っているということで……(これ以上掘り下げるのは止めておこう)

・唯と美希
唯ちゃん初登場時に散々言われてたし、当時まだ唯Pになってなかった自分も思った。
なおこの世界線においてこの二人、なんと同学年である。

・足の裏くすぐりの刑
劇場916話参照。
ちなみにこのお話の見どころは、凛の腕に寄せられて強調された奈緒のおっp(以下削除



 ひゃっはー唯ちゃんとデートだー!(完全に趣味に走った作者の図)

 なお次回から更に加速する模様。



 ※前回アミマミの身長に関して触れましたが、この小説ってアイマス2基準で考えてたから最初から抜いてたねっていう……まぁいいか!(思考放棄)



『どうでもいい小話』

・ここ一週間で引いた新規SSR
 浴衣文香・浴衣美玲・恒常泉・恒常ウサミン
 水着千鶴・水着このみ×3

 突然小説の更新が無くなったら、作者は事故ったとお考え下さい(白目)


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Lesson210 I've got a feeling 3

その日、運命が交差する……!


 

 

 

「んー! このクレープ美味しー!」

 

「そうかそうか、それはよかった」

 

「リョータローくんのは何だっけ?」

 

「ゴーヤクレープ」

 

「……美味しいの?」

 

「癖になる味ではあるかな」

 

 唯ちゃんに連れられていったクレープ屋は、偶然にも以前りんとのデートの際に利用したクレープ屋だった。今度こそ普通のクレープを買おうとしたはずなのだが、気付けば俺の手にはまたしてもゴーヤクレープ。決して不味くはないのだが……何故だろうか。

 

 さて、少々行儀が悪いと分かりつつもクレープを片手に食べ歩きをする俺と唯ちゃん。クレープを買うときは流石に離れていたが、唯ちゃんは先ほどからずっと俺の左腕に抱き着くように右腕を絡めていた。

 

 ……うーむ、ギャルの距離感ってよく分からないなぁ……まぁ大変ご馳走様なのだが。

 

「それで、次は何をご所望かな? ……の前にゴメン」

 

 ポケットのスマートフォンがバイブレーションで着信を告げていたので、取り出して見るとどうやら電話のようだった。

 

「悪いけど、ちょっと待っててもらっていい?」

 

「いいよー!」

 

 またナンパされないようにねーと言い残し、少しだけ唯ちゃんの元から離れて電話に出ることにする。

 

 さて、随分と珍しい奴からの電話だが……一体何事だろうか。

 

「よぉ北郷、珍しいな」

 

『久しぶり。いきなり悪いな、周藤』

 

 高校卒業後に卒業旅行として中国に行き、そこで何故かアイドル事務所のプロデューサーとしてスカウトされるというなんとも主人公チックな人生を送っている元同級生の北郷(ほんごう)一刀(かずと)の、春休みに中国で顔を合わせたとき以来に聞いた声だった。

 

「何か用か?」

 

『用というか……誰に連絡をするべきか悩んだ結果、真っ先に思い付いたのがお前だったというか……』

 

「……よく分かんねーんだけど」

 

『実は――』

 

「――はぁ?」

 

 北郷の口から聞かされたそれに、俺は思わずそんな声を出してしまった。

 

「……何やってんだよアイツ……」

 

『だからもしそっちで会ったら、よろしく頼むというか、一言声をかけておいてくれというか……』

 

「やめろよそれフラグだろ」

 

 全く了承したくなかったがとりあえず了承と返事をし、たまにはこっちに戻って来いよと一言付け加えてから通話を終了する。

 

「……ま、まぁ日本は広いからな、そんなバッタリ出くわすなんてこと……」

 

 被りを振ってから、唯ちゃんを待たせていたところに戻る。勿論そこには、俺を待っていてくれた唯ちゃんの後姿が……。

 

 

 

「貴女……良い眼ね。どう? これから一緒に……」

 

 

 

「……だから展開が早いって神様(さくしゃ)

 

 先ほども言ったが、フラグ回収に時間が無さ過ぎるのは問題なんだってーの! こんなんだからご都合主義とか言われるんだよ! この展開の早さをもっとストーリー方面に活かすとかさぁ!?

 

 遠い空の上への文句は多々あるが、今はそれよりも見覚えのある金髪の後姿が女性に声をかけられているところを見て見ぬふりは出来ないので……って、この文句もついさっきやったばかりである。

 

 ……おまけに、その女性にも見覚えがあるどころか、たった今しがた電話で話を聞いていた人物だった。

 

「日本のアイドルに粉かけるのは止めてもらおうか」

 

「……誰だか知らないけど、何か文句でも……って、アラ、貴方……」

 

 露骨に顔をしかめた金髪ツインロールに向かって伊達眼鏡をズラして自分を認識させる。相変わらず()()()()()という厄介な趣味嗜好をしているようで、男に声をかけられて邪魔をされたことがそんなに嫌だったか。

 

「久しぶりね」

 

「お陰様でな。……それで、日本になんのようだ――華琳」

 

「あら、随分と棘があるじゃない」

 

 (そう)華琳(かりん)――中国最大の芸能事務所『359(サンゴク)プロダクション』の社長という重々しい肩書を持つ女性は、いつの間にか習得していた流暢な日本語を話しながら、所属アイドル以上と称されることもあるその美貌でクスリと笑った。

 

「たった今、北郷から連絡があったんだよ。『いつの間にか華琳がいなくなってて、調べたら日本に行ってる』ってな。どうやって気付かれずにここまで来たんだよ」

 

「別に? 桂花(けいふぁ)が色々と手回しをしてくれたのよ。……帰ったら、とびきりの()()()をあげる約束をしてね」

 

 ホントあの社長秘書一号は、有能なのに余計なことしかしないな……。

 

「護衛の夏侯(かこう)姉妹を置いてか?」

 

「まさか、あの二人は連れてきてるわ。今は少しだけ別行動をさせてるだけよ。……と言っても、今頃どこからか見てるんでしょうけどね」

 

「だろうな」

 

 先ほどからピリピリと刺さるような視線を感じているので、多分これだろう。あの猪突猛進な姉が飛び出してこないところを見ると、妹が頑張っているようだ。

 

「で、もう一度聞くぞ。……()()()()()()()()()?」

 

()()()()()よ」

 

 そう言って笑いながらサングラスをかける華琳。俺とはまた別の意味でのポーカーフェイスで、その内心は読み取れそうになかった。

 

「……なら、ナンパなんかしてないでさっさと観光なりなんなりして、はよ帰れ」

 

 しっしっと手を払う仕草をするが、華琳は余裕の笑みを浮かべたまま肩を竦めた。

 

「えぇ、貴方に見つかった以上、スカウトは止めておくわ」

 

 下手なアイドルよりも優雅な仕草で踵を返した華琳は、「あぁ、そういえば」と首だけでこちらを振り返った。

 

「伝言があるわ。『私が日本に行く機会があったら、よろしく頼む』だそうよ」

 

 さて誰からの伝言でしょうね、とクスクス笑う華琳。尤も中国の知り合いで、尚且つ華琳に伝言を頼めるような人物は一人しか心当たりがないので、すぐに察しはついた。

 

「『了解した』って伝えておいてくれ」

 

「相変わらず甲斐性がないのね。もうちょっと情熱的な言葉はないの?」

 

「ほっとけ」

 

 ほらさっさと帰れと再び手を払うと、華琳は今度こそ振り返ることなくその場を立ち去って行った。それと同時にピリついていた感覚がなくなったので、護衛の姉妹も行ったのだろう。

 

「……はぁ」

 

 突然始まりようやく終わったシリアスな空気に耐え切れず、思わず重い溜息を吐いてしまった。心臓に悪いから、日常回に余分なシリアスを入れるのは止めてもらいたいものだ。

 

 しかし、本当にアイツはなんでこっちに来たんだよ……まさか本当に日本のアイドルを引き抜きに来たんじゃないだろうな。……もしくは、ナンパ目的か。こっちの方があり得そうなんだよなぁ、アイツだったら。とにかく、あとで北郷には一報を入れておいてやろう。

 

 さてと。

 

「別の意味で随分と質の悪いナンパだったけど……大丈夫だった?」

 

 華琳(ナンパ)がいなくなったので、待っててもらった唯ちゃんに声をかけて――。

 

 

 

「うん! 大丈夫! 真剣なりょーたろー()()、カッコ良かったの!」 

 

「……え゛っ」

 

 

 

 ――そこにいたのは、ウットリとした表情を浮かべる美希ちゃんだった。

 

 

 

(そういえば、今度は美希ちゃん特有のアホ毛があるじゃん!)

 

 これで前科二犯である。

 

 

 

「えーっ!? ミキのこと、他の女の子と勘違いしてたのー!?」

 

「本っ当に申し訳ない……」

 

 黙っておけばいいものの以下省略。

 

 美希ちゃんは一瞬だけショックを受けた表情になったが、そのまま目に涙を浮かべながらプクーッと頬を膨らませた。どうやら自分が思っている以上に、美希ちゃんを怒らせてしまっていたようだ。

 

「誰なの!? りょーたろーさんと白昼堂々デートしてた泥棒猫は!?」

 

 え、そっちに対して怒ってるの?

 

「リョータローくーん! ごめんごめん! クリームで手が汚れちゃったから洗ってたのー!」

 

 ちょうどそのとき、少し先にあるコンビニから唯ちゃんが出てきてこちらに向かってブンブンと手を振って来た。それに反応した美希ちゃんがグルンッと勢いよく振り返る。再び唯ちゃんとよく似た後姿がこちらに向いたので表情は見えないが、微かに「グルルッ……!」という威嚇のような声が聞こえたような気がした。

 

「? ……あー!? もしかして!」

 

 一瞬何事かと首を傾げた唯ちゃんは、パァッと明るい笑みを浮かべてこちらに向かって走って来た。そしていきなり動き出した唯ちゃんに驚いて身構えた美希ちゃんに一気に肉薄すると――。

 

 

 

「本物の美希ちゃんだ! うわっ、超カワイイ! 顔小っちゃい!」

 

 

 

 ――美希ちゃんの手を握り、ブンブンと上下に振った。

 

 

 

「……え?」

 

 これには美希ちゃんも呆気に取られた様子だった。いや、こういう反応をされること自体は多々あるのだろうが、今しがた自身が敵認定した相手にそれをされるとは全く予想していなかったのだろう。

 

「アタシ、346プロの大槻唯! まだまだ駆け出しだけど、美希ちゃんみたいなアイドルになりたいってずっと思ってるの!」

 

「……ふ、ふーん……そうなの?」

 

「うん!」

 

 喜色満面の笑みで頷く唯ちゃん。未だに背中を向けているので俺からは美希ちゃんの表情は見えないが、どうやら満更でもないようだ。恐らくだが、ファンから「可愛い」とか「綺麗」だとかは言われ慣れていても「美希ちゃんのようなアイドルになりたい」といった言葉を直接言われるのには慣れていないのではないだろうか。

 

「……ふふーん! あんまり外でサインはするなって律子に言われてるけど……プリクラだったら、一緒に撮ってあげてもいーよ? 唯には特別なの!」

 

「ホントに!? 撮ろ撮ろ!」

 

 そうして金髪ギャル二人はすぐ近くにあったゲームセンターへと足を向けて……って、アレ? もしかして俺忘れられて……。

 

「ほらほらー! リョータローくんも早く早くー!」

 

「りょーたろーさんも一緒に撮るの!」

 

 なかったようで、一安心だ。

 

 などと胸を撫で下ろしていると、むぎゅりと柔らかい感触が両腕に。見ると、右腕には美希ちゃんが、左腕には唯ちゃんが抱き着いていた。別に行くことを拒否しているわけでもないのに、何故この子たちは俺の腕を引いているのだろうか……いや、役得だから文句は言わないって先ほどから言ってるんだけどさ。

 

「ふっふっふ……りょーたろーさんと、初プリなの!」

 

「リョータローくんと美希ちゃんと三人でプリクラとか、超ラッキー!」

 

 そう言って笑う二人に引きずられ、俺はゲームセンターへとなだれ込んでいくのだった。

 

 

 




・ゴーヤクレープ
Lesson31に引き続き、ネギまネタ。柿崎が好きです(突然の告白)

・北郷一刀
恋姫無双シリーズの主人公。武将が女性ばかりの世界に迷い込んで……というわけではなく、中国に旅行に行った際に、なんやかんやあってプロデューサーをする羽目になったとい主人公体質。原作でいうところの魏ルートを進行中。

・華琳
・桂花
・夏侯姉妹
恋姫無双シリーズの登場人物で、それぞれ『曹操』『荀彧』『夏候惇』『夏侯淵』
今までのクロスキャラ同様、アイ転世界の影響を受けているため色々と設定が違う。

・359プロダクション
中国最大の芸能事務所。実は創立は最近で、それまで覇権を争っていた『曹魏プロダクション』『孫呉プロダクション』『劉蜀プロダクション』が合併して出来た事務所。

・日本になんのようだ?
忘れないように、定期的に伏線を撒いておく。

・『私が日本に行く機会があったら、よろしく頼む』
だーれだ?(なお、こちらもただの作者の趣味嗜好な模様)

・これで前科二犯である。
相変わらず学習しない主人公である。



 美希と唯が同時に登場するSSは珍しいのではないかと自負している。

 まぁただの作者の趣味が形になっただけなんだけどね!

 次回(多分)終わる!



『どうでもいい小話』

THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS 6thLIVE

 メットライフドーム初日 名古屋ドーム両日

 現 地 参 戦 決 定 !

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Lesson211 I've got a feeling 4

唯ちゃん編(という名の作者の願望をただ書き連ねただけのお話)完結です。


 

 

 

 今日は学校終わりの仕事が軽いインタビューだけでだいぶ時間に余裕があったので、アタシは美嘉と一緒に遊びに行く約束をしていた。アイドルをしているときも勿論楽しいのだが、やっぱりたまにはこういう遊びで息抜きをしたいのだ。

 

 というわけで、駅前のファーストフード店で待ち合わせ。外がよく見える席に座り、コーラを飲みつつスマホを弄って時間潰し中。

 

 ちなみに、今日はまゆと志保は一緒じゃない。今日のまゆはゲストとして出演することになった『高槻やよいのお料理さしすせそ』の収録のお仕事だ。今頃、料理の合間合間に聞かれてもいない周藤良太郎のことを語り続けていることだろう。そして志保は舞台の稽古。なんと未央との同じ舞台に出演することになったらしい。

 

 ……二人とも、頑張ってるなぁと思う。勿論アタシも頑張っているが……アタシも、少しだけ違うことを始めてみてもいいかもしれない。

 

 そんなことを考えていると、ピロリンとスマホがメッセージの受信を告げた。送信相手は美嘉で『お待たせー!』という内容。どういうことかと顔を上げてみると、ガラスの向こう……お店の外で笑顔の美嘉が手を振っていた。こちらも手を振り返して……そこでようやく、美嘉が一人じゃないことに気が付いた。いや、元々人数が増えるとは聞いていたが、そのときに聞いてなかった人物がいたのだ。

 

 とりあえず残り少なかったコーラを飲み干してから、店の外に出る。

 

「おっつー恵美!」

 

「おっつー美嘉!」

 

「恵美ちゃーん!」

 

「わっと」

 

 タタッと駆け寄りながら抱き着いてきた小さな影を、少しだけたたらを踏みながら抱き止める。

 

「久しぶりー! 恵美ちゃん!」

 

「おひさー莉嘉ちゃん! 相変わらず元気だねー」

 

 美嘉の妹である莉嘉ちゃんの頭を撫でると、彼女はえへへと笑った。

 

「ゴメン恵美、事務所出たところで捕まっちゃってさ。着いて行くって言って聞かなくて」

 

「全然ダイジョーブだよー」

 

 それで……と美嘉の後ろに立っていた三人の女の子に目を向ける。二人は以前にも顔を合わせたことがあった。

 

「やっほ! 夏フェス以来だね、加蓮」

 

「うん、恵美ちゃん!」

 

「恵美でいいってばー! もうアイドル友達じゃん!」

 

「! ありがとう、恵美!」

 

「奈緒も久しぶり。今日も眉毛がかわいー!」

 

「なっ!? 恵美っ!?」

 

 少し照れくさそうに笑う加蓮と顔を赤くする奈緒。今年の夏、未央に誘われ良太郎さんたちと行った346の夏フェスで出会ったときはまだ346プロのアイドル候補だったらしいが、最近ようやくデビューの目途が立ったらしい。

 

 そして、もう一人。

 

「初めまして。アタシは所恵美。よろしくー」

 

「……渋谷凛です」

 

 未央と同じニュージェネレーションズに所属し、今は加蓮と奈緒の三人ユニットのトライアドプリムスにも所属している渋谷凛。前はステージの上に立っている彼女を見ただけなので、こうして顔を合わせるのは初めてだった。

 

「未央からも何回か話は聞いてたから、一回話してみたかったんだよねー!」

 

「そ……そうなんですか?」

 

「もー、だからカタいってー! もっと楽にしてよー!」

 

 あからさまに力が入ってたので、ポンポンと凛の肩を叩く。

 

「それじゃあ、ここで話してるのもなんだから、まずはご飯でも食べに行こうか! この間、美味しいパスタのお店見つけたんだ~!」

 

 前にまゆや志保と遊んでいてたまたま見つけたお店で、是非美嘉たちにもお勧めしたかった。というわけで、五人でそのお店へと向かうのだった。

 

「……ん?」

 

「? 凛、どうかしたの?」

 

「えっ……別に、なんでもないよ」

 

 その途中、凛が何かを見つけたようなそぶりを見せたが、尋ねると彼女はそれを否定した。

 

 

 

(……今、金髪の女子高生らしい二人に挟まれた男の人が良太郎さんに見えたけど……なんかいつも良太郎さんを意識してるみたいで加蓮にからかわれそうだから、黙っておこう)

 

 

 

 

 

 

「アハハッ! リョータローくんやっぱり無表情!」

 

「そりゃあねぇ。写真撮るだけでも笑えるなら俺だって笑いたいよ」

 

「ねぇねぇりょーたろーさん! これスマホに貼ってもいい!?」

 

「誰かに見られるかもしれないから勘弁して」

 

 三人でプリクラを撮り終わり、ゲームセンターの外へ。

 

 最近のプリクラは撮るときに機械から色々と指示が出されるとは聞いていたが……まさかキス顔を要求されるとは思わなかった。二人からはめっちゃ期待された目で見られたが、自分の唇に人差し指を当てるポーズで勘弁してもらった。

 

 そしてそれだけならばまだいいのだが……一方で二人はなんと俺に向かって両側からキスするフリのポーズをするものだから、完全に他の人にはお見せ出来ないプリクラになってしまった。まぁ多分、これをりっちゃんに見られて怒られるのがオチなんだろなぁ……。

 

「ゆい、美希ちゃんともっとお喋りしたい! このまま三人で何処かお店入ろーよ!」

 

「オッケーなの! りょーたろーさんは……まだ大丈夫?」

 

 下から覗き込むようにして首を傾げる唯ちゃんと美希ちゃん。美少女二人からの懇願に脊髄反射で頷きそうになったが、グッと堪えながら腕時計を覗いて時間を確認する。

 

 ……んーあと三十分ぐらいなら大丈夫だが、この二人は多分それぐらいじゃ済まないよな……となると、一緒に何処かのお店に入って、俺は途中で伝票を持って離席する形になるかな。

 

「少しぐらいなら大丈夫かな」

 

「へへっ、やりぃ! なの!」

 

 パチンと指を鳴らして真ちゃんの真似をしながら喜ぶ美希ちゃん。

 

「それじゃあ……」

 

 次は何処がいい? と唯ちゃんに尋ねようとしたのだが。

 

「………………」

 

 何かを見上げる唯ちゃんに、思わず言葉が止まる。

 

 一体何を見上げているのかとその視線を追ってみると、そこにあったのは――。

 

「? ……えーっと、346プロダクションの……『LiPPS』……だったっけ?」

 

 ――美希ちゃんが言う通り、リップスの面々が映った映像広告で、彼女たちのデビューシングルとなる『Tulip』の宣伝だった。こうして見ると、まさに『女性が憧れるカッコイイ女性』といった印象を受ける雰囲気ではあるのだが……実際に会ってみると、その中身がアレなんだよなぁ。

 

 映像が終わり、再び視線を唯ちゃんに戻す。宣伝が終わって次の宣伝に移ってもなお、彼女の視線はそこから動いていなかった。

 

 

 

 ――『LiPPS』のメンバーには補欠がいるんだってよ。

 

 

 

 コーヒーショップで耳にした、そんな噂が脳裏を過る。

 

 もし……本当に彼女がリップスの補欠として選ばれていたら?

 

 もし……本当に志希が選ばれたことにより彼女がリップスから外れていたら?

 

 

 

 もし……本当は彼女もリップスとして活動したかったら?

 

 

 

「……唯ちゃんはさ、リップスに入りたいって思ったこと……ある?」

 

 それは聞くべきではなかったのかもしれない。けれど、気が付いたら俺はそれを尋ねていた。

 

「ほえ? リップスに?」

 

「うん。同じプロジェクトのメンバーなわけだしさ。もしかしたら、唯ちゃんがリップスの一人でも違和感ないと思うんだけどな」

 

「……うーん、そうだなー」

 

 むむむっと唯ちゃんは腕を組んで眉を潜めた。今は真面目な空気なので、その際に胸がむにゅりと押し上げられたところには意識的に意識しないようにする。だから何故か対抗するように胸を強調する美希ちゃんにも意識を向けない。

 

「……カッコいいなーって思うよ。もしあの中にゆいがいたらって考えたこともある……うん、入りたいって思ったこと、あるかな。……『どーしてゆいは選ばれなかったんだろう』って、思ったこともあるよ」

 

 そう言った唯ちゃんは、少しだけ寂しそうに笑った。

 

 

 

「……その気持ち、すっごく分かるの!」

 

 

 

「え?」

 

「美希ちゃん……?」

 

 突然、美希ちゃんが唯ちゃんの手を取った。

 

「ミキもね、昔おんなじこと考えたんだ! 『どーしてミキは竜宮小町に入れなかったのかな?』って!」

 

 先ほども少しだけ思い出した二年前のりんとのデートした日。その日、偶然出会った美希ちゃんはりっちゃんから竜宮小町への参加を断られたことに対してショックを受けていた。

 

「美希ちゃんも? 『あのユニットに入ったらもっと楽しそう』って思った?」

 

「思った思った! おんなじなの!」

 

 キャイキャイとはしゃぐ二人。年齢や見た目が似ている二人ではあったが、まさかこんなところにまで共通点があるとは思わなかった。

 

(……しかし)

 

 笑顔で美希ちゃんと話す唯ちゃんを見ていると、どうやら俺の心配は杞憂だったようだ。あの笑顔は、自分がユニットメンバーに選ばれなかったことに対して不服を抱いているようには見えなかった。ならば、今はもう俺が彼女にかけなければいけない言葉はないだろう。

 

 全てのアイドルに手を差し伸べるつもりではあったが……こうして手を差し伸べる必要がないアイドルもいるのが、嬉しいようで……少しだけ寂しい気もした。

 

 

 

「あー! 良太郎さんだー!」

 

 

 

「っ!?」

 

 突然名前を呼ばれ、思わず帽子と眼鏡を抑える。勿論しっかりと変装中なので身バレするはずがなく……つまり、誰か知り合いということだ。というか、今の声には聞き覚えがあった。

 

「莉嘉ちゃん?」

 

 てててーっと駆け寄ってきた三人目の金髪娘は「唯ちゃんと……わっ!? 765プロの美希ちゃんまでいる!?」と二人の姿を見るなり驚いていた。

 

「コラ莉嘉! いきなり走るな! それと大声で名前を呼んじゃダメでしょ!」

 

「……やっぱり見間違えじゃなかったのか……」

 

「良太郎さんだー! こんにちわー!」

 

「こ、こんにちは」

 

「やっほーリョータローさーん!」

 

 その後ろからは「そういう君も大声だよー」と言いたくなる声量の美嘉ちゃんの姿もあり、さらに凛ちゃんと奈緒ちゃんと加蓮ちゃんのトライアドプリムスに加え、なんと恵美ちゃんの姿までもあった。

 

 これは一体どういう組み合わせなのだろうか……と思ったが、恵美ちゃんと美嘉ちゃんの繋がりで、他の四人も知り合ったということだろう。……って、そういえば恵美ちゃんと加蓮ちゃんと奈緒ちゃんは夏フェスのときのも会ってたっけ。

 

「やぁ、美嘉ちゃん。随分と華やかなご一行だねぇ」

 

 見た目麗しいJKの集団(一人JC)は、その一団の中にいるだけでも幸福感と優越感に心が満たされるようだった。だから一人だけ「女子高生二人を侍らせて、良い身分だね?」と言いたげな凛ちゃんの冷たい目線も全然気にならなかった。

 

「あっ! そうだ、アタシ、唯ちゃんに聞きたいことがあったんだった!」

 

「んー? ゆいに?」

 

 

 

「うん! あのね、唯ちゃんがリップスの補欠って本当?」

 

 

 

(((((どストレートに聞いたー!?)))))

 

 莉嘉ちゃんも噂を聞いていたのだろうが、まさか張本人に直接問いただすとは思いもよらなかった。流石の俺も、躊躇ったというのに……。

 

 そんな莉嘉ちゃんからの質問に対し、唯ちゃんは――。

 

 

 

「え? 何それ、ゆい知らないよ?」

 

 

 

 ――キョトンとした表情で首を傾げた。

 

(((((……えっ)))))

 

「えっとね、リップスには補欠がいるっていう噂を聞いたんだけど、もしかして唯ちゃんなのかなーって思ったの」

 

「へーそんな噂があったんだ」

 

 莉嘉ちゃんから聞かされた噂に感心する素振りを見せる唯ちゃん。その様子はとても知らないフリをしているようには見えなかった。

 

 ……つまり、これは……。

 

 

 

(((((……か、勘違い……?)))))

 

 

 

 ……なんだよそのオチ!? あの無駄に長かった考察パートはなんだったんだよ!? というか、今回のお話の根本的な部分を全否定じゃねぇかよ! ついでにこの勘違いオチもりんとのデートの焼き直しだし!

 

「……ん? りょーたろーさん、どーかしたの?」

 

「美嘉たちも、どーしたのさ」

 

 両手で顔を覆う俺の背中をさする美希ちゃん。そして何故か俺と同じようなリアクションをしている美嘉ちゃんと凛ちゃんと加蓮ちゃんと奈緒ちゃんに首を傾げる恵美ちゃん。なんというかもう、色々とそっとしておいてほしかった……。

 

「良太郎さんたち、どうしたんだろうね?」

 

「んー、よく分かんないけど……これだけ揃ったんだから、またみんなでプリクラでも撮ろっか!」

 

 

 

 

 

 

「ん? 私が『LiPPS』の補欠を用意していたという噂が流れていたって? そんなわけないだろう。『LiPPS』は私が選んだあの五人だからこそのユニットだ。確かに、一ノ瀬志希や城ヶ崎美嘉がプロジェクトに参加しなかった場合も考えたが……その場合、きっと別ユニットや単独デビューといった形になっていただろうな。……それで周藤君、いきなりどうしたのかね?」

 

「……いえ、なんでもないです……」

 

 

 




・志保は舞台の稽古
・なんと未央との同じ舞台に出演
流石にあの舞台、役者全員346ってわけじゃないだろうから、多分いける。

・「初めまして。アタシは所恵美。よろしくー」
・「……渋谷凛です」
実は地味に顔を合わせたのは初めての二人だったりする。

・両側からキスするフリのポーズ
感想でも散々言われてたけど……願望ですが、なにか(開き直り)

・「え? 何それ、ゆい知らないよ?」
m9(^Д^)


 ……というオチでしたとさー!

 噂を信じちゃいけないってことですよ!(どうにもとまらない並感)

 というか、今回のお話が散々匂わせてきたように過去のりんとのデート回のセルフオマージュだということに気が付けば、今回のお話のオチも読めたのでは……。

 そしてついでにASデレミリ越境で美希・美嘉・莉嘉・加蓮・唯・恵美とギャルキャラオンパレード! 後はりなぽよだけだな! ……だから趣味だって言ってるでしょ!



 というわけで、念願の唯回だったわけですが……延長戦入りまーす!

 次回! 恋仲○○復刻編!



『どうでもいい小話』

 ついに恵美の恒常SSR来ましたね! 勿論お迎えしましたとも(マネーイズパワー)

 今回はお迎え記念短編は書かないけど、その分次回更新の『ころめぐといっしょ』の水着回に気合入れるよー!


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番外編43 もし○○と恋仲だったら 15

約1年7ヶ月ぶりとなる復刻恋仲○○です!


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 いきなりだが、海である。

 

 白い砂浜と青い水面、見上げれば白い入道雲と青い空。そんな青と白のコントラストを焼けるような太陽の輝きが照らす中、俺は海パンにパーカーを羽織りサングラスをかけながら、簡易テントを広げて拠点作りに勤しんでいた。

 

「……どうやら、今度は時系列バッチリみたいだな」

 

 以前これが掲載されたときは年末で季節感ガン無視だったよなぁ、というよく分からない電波を受信した。暑さに少々やられたかもしれない。

 

 とりあえずテントの設置も終わったので冷たいミネラルウォーターのペットボトルを取り出して蓋を開ける。そのまま上を向いて中身を呷ろうとしたのだが――。

 

 

 

「どーんっ!」

 

 

 

 ――そんな底抜けに明るい少女の声と共に背後から勢いよく強襲され、口ではなく顔面から水分を補給する羽目になった。

 

「おまたせー! 更衣室けっこー空いててラッキーだった! って、アレ? りょーちゃんビショビショだけどどーしたの?」

 

「……いや、ちょっと暑かったから水被っただけ。熱中症が怖いからね」

 

 顔面から水を被れば当然サングラスは濡れる。拭こうと思いサングラスを外そうとしたのだが、視線が集まっていることに気が付いて中断した。周藤良太郎だということがバレたわけではなく、恐らく金髪碧眼ギャルに現在進行形で抱き付かれて水着という薄布一枚に覆われた大乳と密着していることに対する嫉妬や好奇心の視線だろう。

 

 これだけの視線を浴びれば居心地が悪くなったり恥ずかしくなったりするのが普通の反応だが、生憎これ以上の視線を一身に浴び続けてきた俺にとっては爪の先ほども気にならない。寧ろ背中にムニムニと押し付けられている柔らかで張りのある膨らみの方が気になりすぎてヤバい。

 

 このまま幸せな感触を味わい続けたい衝動を抑え、とりあえず背中に抱き付いていた少女に離れてもらおう。

 

「抱き付くことに関して一切文句はないんだけど、とりあえず離れようぜ?」

 

「ん~……ヤダッ!」

 

 

 

 346プロに所属するアイドルであり俺の最愛の恋人でもある大槻唯は、ニパッと笑った。

 

 

 

 

 

 

 ヤダと言いつつも唯はすぐに離れてくれたので、俺たちに向けられる視線はある程度減った。あとは唯に向けられる野郎共の視線が残っているが、男としてその気持ちは分からないでもないのでそれぐらいは認めてやろう。俺も唯も基本的には見られるのが仕事。この程度を気にしていたらやってられないのだ。

 

「りょーちゃん、どぉどぉ? こないだ美嘉ちゃんや奏ちゃんと買いに行ったおニューの水着だぜぃ」

 

 そんな浜辺の野郎共の視線を釘付けにする唯が身に付けているのは、カラフルな三角ビキニ。下はその上からホットパンツを履いているが、とにかく上半身の肌面積が多い。小柄な体型にも関わらずその大乳の迫力は凄まじく、本当に奏の奴よりもバストサイズが小さいのか疑問に思うほどである。もしかして逆サバを読んでいるのでは……?

 

「凄い似合っててずっと見てたいぐらい。でも唯、ラッシュガードはどうしたよ」

 

 要するにそのまま水に濡れても大丈夫な上着のことだが、それらしきものを唯は持っていなかった。

 

「忘れちった!」

 

「その辺りもうちょっと気にしようぜアイドル……」

 

「でも日焼け止めちゃんと塗ってきたからダイジョーブダイジョーブ!」

 

 何やら一枚絵が挿入されるレベルの大きなイベントのフラグが彼女自身の手で叩き折られていた。ほんの少しばかり期待をしていただけにガッカリ感が大きい。

 

「そんなことよりりょーちゃん! かき氷食べたーい!」

 

「いきなりだな」

 

 文字通り『突然』と『まだ来たばかりだろう』という二つの意味でのいきなりである。

 

 しかし別段断る理由もないので、近くの海の家に買いに行くことにする。

 

「ゆいイチゴが食べたい!」

 

「りょーかい。んじゃ買ってくるから、テントの中で待っててくれ。いいか? ナンパには気を付けろよ? 声かけられてもちゃんと『彼氏がいるから』って断るんだぞ? 何かされそうになったら直ぐに大声出せよ? あと一応これ持っとけ」

 

「……なんかりょーちゃん、お父さんみたい」

 

 念のため持ってきていた防犯ブザーを手渡すと、何故か唯は呆れた様子で半目になった。

 

「そんだけお前のことが大事なんだよ」

 

 唯は見た目が派手なので誤解されやすいが、その実純真で良い子なのだ。だから、というには語弊があるかもしれないが、とにかく俺はこの大槻唯という少女の恋人で居続けたいし、これから先ずっと守っていきたいのだ。

 

「……そっかそっか、りょーちゃんはゆいのこと大事なのかー」

 

 すると唯はニコニコとご機嫌な笑顔に変わった。

 

「それじゃ、絶対にナンパされないおまじないやっとこーか」

 

「えっ、何それそんなのあるの?」

 

「ちゅっ」

 

 一体何なのかという問いに対する答えは、唯からの口付けという形で返ってきた。啄むような一瞬のバードキスだったが、彼女の柔らかい唇を感じるには十分だった。

 

「……はい、これでもうゆいはりょーちゃんだけの女の子だよ」

 

「………………」

 

 そんな可愛いことをされてなお、信じれないようでは恋人として失格である。逆に『こんなに可愛い女の子がナンパされないはずがない』という考えも浮かんでくるが……今は断腸の思いでこの場を離れることにしよう。

 

 最後にギューッと彼女の体を抱きしめてから、俺はかき氷を買いに海の家へと向かうのだった。さっさと買ってくることにしよう。

 

 

 

「結局遅くなっちまった……」

 

 買いに行った海の家が何やら店員不足だったらしく、結構待たされてしまった。ようやくイチゴと宇治金時のかき氷を購入し、唯が待ってくれているテントへと急いで戻る。離れる前に色々とやったものの、やっぱりナンパをされていないかどうかが不安なわけで……。

 

「……あれ?」

 

 そして予想通り、唯が待つテントの前には三人ほど人がいたのだが……全員女の子だった。これはまた華やかなナンパ……いや、女の子のナンパだから逆ナンになるのか?

 

 とりあえず緊急性はないと判断し、やや余裕が出来た頭でそんなどうでもいいことを考えながら近づいていくと、だんだんと彼女たちの会話が聞こえてきた。

 

「うわー! 顔ちっちゃい!」

 

「本物の唯ちゃん、超カワイイー!」

 

「私たち、大ファンなんです!」

 

「えへへ、ありがとー!」

 

 水着姿の女の子三人に褒められ、テレテレと笑う唯。どうやら唯のファンらしく、女の子四人がキャッキャしている光景が太陽と同じぐらい眩しかった。そんな中に入っていくのは若干躊躇われる気もするが、生憎女の子ばかりの業界で長年生きてきた身としてはこれぐらいで怯む俺ではなかった。

 

「……って、ダメだろ」

 

 変装状態の俺の正体が『周藤良太郎』とバレることはないだろうが、例えそうだとしても『アイドル大槻唯が男と二人で海に来ている』という事実自体がマズすぎる。スキャンダル待ったなしだ。

 

 これは女の子たちが立ち去るまで、何処かで時間を潰した方がいいかな。そう考えて、その場を立ち去ろうと――。

 

 

 

「……あっ、りょーちゃん! 遅いよー!」

 

 

 

 ――した俺を唯が呼び止めた。パァッと先ほどよりも明るい笑みを浮かべてブンブンとこちらに向かって手を振っているため、女の子たちもこちらに気付いてしまった。

 

「? もしかして、あそこのかき氷持ってる人ですか?」

 

「あの人って……」

 

「うん! ゆいの彼氏!」

 

「「「彼氏っ!?」」」

 

 そしてなんの躊躇も無くトンデモナイ爆弾に火を点ける唯。

 

(あぁ……これは関係各所から怒られる奴だな……)

 

 唯と恋人になったことに対して勿論後悔はないが、それでもこれから起こるであろう大騒動に思わずため息が零れた。

 

「……っていう、設定!」

 

「「「……せ、設定?」」」

 

 ……ん?

 

「そーなの! 今ねぇ、雑誌の企画で『彼氏と海デート』中の撮影中なんだ! 自然にしてるところを撮りたいらしいからカメラさんは近くにいないの!」

 

 今は休憩中だけどねーと笑う唯に、俺は思わず「成程」と心の中で膝を打った。これで後は俺がただの男性スタッフということにすれば、とりあえずこの場は凌げるはずだ。

 

 女の子たちもその説明に納得してくれたらしく、唯に向かって「撮影頑張ってねー!」と手を振りながら去っていった。俺もそれで安心して唯の下に戻れる。

 

「お帰り、りょーちゃん」

 

「ただいま。……さっきのは肝が冷えたぞ」

 

「暑いからちょーどいいんじゃない?」

 

「ゆーいー?」

 

「ジョーダンだってばー! 怖い声出しちゃイヤー!」

 

 ケラケラ笑いながら俺の頬を人差し指で突いてくる唯に買ってきたイチゴのかき氷を渡し、彼女の隣に腰を下ろして宇治金時にストローのスプーンを突き刺した。

 

 そんな俺に唯はぺとっと密着するように体を寄せてくる。露出の多い水着を着ている上にテントで日陰になっていても暑いものは暑いので、俺の二の腕に触れる唯の二の腕も汗ばんでいた。

 

「ん~! やっぱり夏と言ったらこれだよねー! はい、りょーちゃんにも一口あげる!」

 

 あーんとスプーンを差し出されたので、ありがたく頂く。かき氷のシロップは基本的に全て同じ味らしいが、それでも香料と見た目はちゃんとイチゴだった。

 

「りょーちゃんの抹茶味もちょーだい!」

 

「宇治金時な。はい」

 

 今度はお返しに俺が食べさせる。唯が目を瞑って口を開けている光景がなんとも煽情的だったが、グッと我慢して宇治金時を食べさせた。

 

「こっちも甘くておいし~!」

 

 その後、胸元に氷が落ちて「りょーちゃんが取って?」と悪戯っぽく唯に対して俺が躊躇なく氷を取ることで逆に赤面させるなどといったイベントもあったが、二人で楽しくかき氷を食べ終える。

 

「ねぇねぇりょーちゃん、唯の舌、赤くなってる?」

 

 ベーと舌を突き出す唯。彼女の舌はシロップの染料によって普段よりも赤色になっていた。

 

「なってるなってる」

 

 

 

「……それじゃあさ……りょーちゃんも舌、赤くしてみない?」

 

 そう言って、唯は妖艶に笑った。そのまま再び目を瞑り、俺に向かって舌を突き出してきて……。

 

 

 

「……それ、誰の入れ知恵?」

 

「奏ちゃん」

 

 あのキス魔! 俺の唯に変なこと吹き込むんじゃないよ! 危うく人目を憚らずにディープな奴をするところだったわ!

 

「でも……りょーちゃんとキスしたかったのは、ホントだよ?」

 

 コテンと俺の肩に頭を乗せ、上目遣いで見上げてくる唯。

 

 しっとりと濡れた唇が蠱惑的で……。

 

「……ん?」

 

 ……しかし、微かに聞こえてくるキャーキャーという声に顔を上げた。

 

 見ると、先ほどの女の子が遠巻きながら俺たちの様子を見ていた。

 

「……唯がああいうこと言うからー」

 

「ゆいのせいー!?」

 

「ジョーダンだってばー」

 

 先ほどの遺恨返しだとばかりに唯の鼻を摘まむ。

 

「今日一日、キスはお預けだ。でも、それ以外の事で存分にイチャイチャしようぜ」

 

「……うん!」

 

 一瞬だけ残念そうな顔をした唯だったが、立ち上がってから手を差し伸ばすと嬉しそうに俺の手を掴んで立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

(ねぇ、りょーちゃん、知ってる?)

 

 りょーちゃんはゆいのことをナンパされないか心配してくれてたけど……ゆいもりょーちゃんのこと、心配してるんだよ?

 

 

 

 ――ねぇねぇ、さっきのサングラスの人、カッコよくなかった?

 

 ――声かけてみるー?

 

 ――ヤダ、逆ナンー!?

 

 

 

 さっきの女の子たち……去り際のりょーちゃんを見て、そんなこと言ってたんだよ?

 

 トップアイドルの周藤良太郎は、ステージから降りても人気なのだ。だから、りょーちゃんが心配してくれているのと同じぐらい、ゆいもりょーちゃんのことが心配なのだ。

 

 心配させてゴメン。でも、アタシも同じだから……オアイコだよね?

 

「りょ~ちゃん!」

 

「なんだ、ゆい――」

 

 振り返ったりょーちゃんの唇を奪う。角度的にはあの女の子たちには口元は見えていないだろうが……それでも、黄色い声は聞こえてきた。

 

「ゆ、唯……!?」

 

 珍しく動揺した声を出すりょーちゃんが可愛くて――。

 

 

 

「……大好きだよ、りょーちゃん!」

 

 

 

 ――とても、幸せ。

 

 

 




・周藤良太郎(21)
基本的に現在と変わらないが、若干大人な立ち振る舞いを(奇跡的に)会得している模様。

・大槻唯(18)
性格上かなり押せ押せに良太郎を射止めた金髪ギャル。
年下であることに加え、適度に良太郎へ我儘を言って甘えることで、良太郎が若干落ち着く要因になった。

・「……どうやら、今度は時系列バッチリみたいだな」
これを挙げた当時は、12月30日31日というガチで真冬だった。

・カラフルな三角ビキニ
【サマータイム☆ハイ】特訓前の水着。これがフィギュア化とか……たまんないっすね!

・ラッシュガード
別名『二次創作絵殺し』

・啄むような一瞬のバードキス
※加筆修正前はガッツリちゅーしてました。

・「……それ、誰の入れ知恵?」
キス関連の事柄は大体この人のせいにしておけばいいという風潮。一理ある……ない?



 復刻恋仲○○第二弾は唯ちゃんでした!

 以前はフェス限唯ちゃんこと【ソル・パライソ】のお迎えを祈願するために書いた短編でした。懐かしいな……当時はまだ天井なんてなかったからなぁ(白目)(余裕の天井突破)

 ただそのフェス限唯ちゃんがきっかけとなり、自分は唯ちゃんの担当にもなったわけです。

 というわけで唯ちゃんの延長戦が終わったので、次回からは本編……さらにアニメ展開へと戻りつつ、文香&ありす回です!


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Lesson212 Is the moon out yet?

アニメ本編に戻る(すぐに戻るとは言っていない)


 

 

 

 見上げると、夜空には月が浮かんでいた。

 

 それは見事な満月。まるで物語のようなタイミングでのそれに、思わずクスリと笑ってしまう。

 

 ほんの少しだけ腕を持ち上げて月に手を伸ばしてみるが、勿論届くわけがない。だからこの行動に意味なんてない。

 

 

 

 そしてこの気持ちも、きっと届くことがないと私は知っている。

 

 そう、まるで満月のように完璧なあの人には、きっとこの気持ちは届かない。

 

 ……違う、届かないじゃない。本当は、届けちゃいけないんだ。

 

 

 

 

 

 

 それでも……意味なんてなかったとしても――。

 

 

 

 

 

 

「……月が、綺麗ですね」

 

 

 

 

 

 

 ――私は、手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

「夏目漱石が和訳したとされる告白の言葉として有名なものを、ご存知ですよね?」

 

「うん。『月が綺麗ですね』って奴だよね?」

 

「はい。かつて漱石が英語教師だったときにある生徒が『I love you』を『我君を愛す』と和訳した際に『日本人はそんなことを言わない。「月が綺麗ですね」とでも訳しておきなさい』とおっしゃったことが由来となっているそうです」

 

「少しだけ聞いたことはあるかな」

 

「ただこれは文献に残っている逸話ではないらしいので、創作の可能性が高いそうです」

 

「へぇ、そうなんだ」

 

 レッスンルームの床に座ってスポーツドリンクを飲みつつそう相槌を返すと、俺の正面で女の子座りをしながらタブレットを手にした橘さんは少しだけ得意げに笑った。

 

 

 

 毎度おなじみ346プロのレッスンルーム。今日は橘さんと文香ちゃんの二人のレッスンを見てあげていた。ハッキリと言うと、この二人がクローネメンバーの中では進みが遅いので、少しばかり重点的に見てあげることにしていた。まぁ最年少の橘さんと一番体力がないであろう文香ちゃんの二人だから、しょうがないと言えばしょうがないだろうが。

 

 そして休憩がてら橘さんとお喋りをしていたのだが……どうやら橘さんはタブレットで色々なことを調べるのが好きらしい。普段からタブレットを常備しており、何か分からないことがあるとそれを使って調べていた。

 

 彼女はそうやって得た知識を度々披露してくれる。中には俺にとって既知のものも含まれていたが……自信満々に話す彼女が可愛くて、思わず知らないふりをしてしまうこともしばしば。

 

 ちなみに「『ふぁんしーあいらんど』という可愛らしいサイトがあると聞きました」と言い出したときは流石に止めた。橘さんに『検索してはいけない言葉』を吹き込んだ奴は誰だぁ!?

 

 さて、そんな橘さんの今回の豆知識は文学系だったわけで、それならば純正文学少女であるところの文香ちゃんから何かしらの補足説明的なものを期待したいところなのだが……。

 

「文香ちゃん、大丈夫?」

 

「……はい……なんとか……」

 

 この通り、まだバテているので会話に参加できる状態じゃなかった。

 

 他のクローネメンバーが橘さんを含めて全員着実に体力を付けている中、どうにも文香ちゃんはずっとこんな調子である。いや、間違いなく体力は付き始めているのだが……みんなの体力が10から15になる一方で、彼女の場合は5から10って感じだからなぁ……上がり幅が同じでも、最初の体力が無さすぎた。

 

 彼女の持ち歌である『Bright Blue』自体はゆったりとした曲調なので、ダンスも大人しくて今の彼女でもこなすことは簡単だろうが、()()()()()()()()はそうも言ってられない。比較的に激しいダンスに加え、全体曲故に他のメンバーたちとの連携や立ち位置の移動が多いのでとにかく体力勝負だ。短期間故に完全に……とまでは言わないが、せめて1ステージぐらいは余裕でこなせるようになってもらいたいものだ。

 

 余談ではあるが、彼女と同じぐらいに体力が無かった志希には123プロの方でも別プログラムを用意して、文香ちゃんよりも遠慮なしに体力を()()()()()いた。123プロに所属している以上、生半可な体力でアイドル活動をさせるわけにはいかない……という名目で、普段から志希に振り回されている俺や冬馬が中心になって徹底的に扱いている。別に憂さ晴らしとかでは決してナイヨー。

 

 まぁそれはそれとして、もう少しだけ休憩させてあげることにしよう。

 

「それで橘さん」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「そんなことを調べるなんて……もしかして、好きな男の子でもいるの?」

 

「なっ!?」

 

 というわけで、ちょっとだけ橘さん()遊ぶことにする。

 

 俺が尋ねると、橘さんは顔を赤くしてワタワタとタブレットを取り落としそうになった。

 

「そそそ、そんなわけないじゃないですか! た、ただ気になっただけです!」

 

「学校のクラスメイトの男の子が気になった、と」

 

「そういう意味じゃありません!」

 

 十二歳の年相応の少女らしい反応に思わずホッコリとする。

 

「つい先日、ドラマでそんなセリフがあったんです! ヒロインの主人公への告白のセリフがそれだったので……」

 

 なんとも古風な告白の仕方である。

 

「文香ちゃんも、告白のときにそういうこと言いそうだよね?」

 

「……えっ」

 

 今度は文香ちゃんが赤面する番である。

 

「なんとなく、文香ちゃんは直接『好きです』って言葉より『月が綺麗ですね』っていう表現を使うのが似合う気がするんだ」

 

「それは私も思います!」

 

 ブンブンと勢いよく首を縦に振りながら同意を示す橘さん。

 

「……わ、私は……そんな……」

 

 体を起こし、照れた様子で両手で顔を隠す姿が大変可愛らしい。

 

 とはいえ、これだけ奥ゆかしい性格の彼女だから、実際に彼女から告白することは殆どなさそうだなぁ……。失礼かもしれないが、文香ちゃんは恋をしたとしても自分から告白することが出来ずに陰で涙を流すタイプのような気がする。

 

「……あれ、休憩中だった?」

 

 さてそろそろ……と立ち上がろうとした矢先、レッスンルームの扉が開いて凛ちゃんが顔を出した。いつもの運動着姿なので、彼女もレッスンをしに来たのだろうか。

 

「うん。凛ちゃんもレッスン?」

 

「それもあるけど……良太郎さんに伝言」

 

「俺に?」

 

「お母さんから『幸太郎君から《いつもの花を注文したいんですけど母さんが【リョウ君に取りにいってもらうねー】って言ってたので帰りに良太郎が取りに行きます》って連絡があったんだけど《母さんは【でもリョウ君にはまだ伝えてないのー】って言ってたからまたこちらから連絡しておきます》とも言われたの。良太郎君が事務所にいるなら凛ちゃん伝えてあげて?』って言われて」

 

「括弧が多い」

 

 日本語の使い方が不器用過ぎて逆に器用なことになってる。要するに、俺は帰りに凛ちゃんの家に寄っていつも通り花を買って帰ればいいってことだな。

 

「ついでだから、帰りは車で送っていこうか?」

 

 元々橘さんや文香ちゃんも送っていくつもりだったし、寧ろ方向的には凛ちゃんの家の方が俺の家に近い。手間にはならないし、そちらの方が早いだろう。

 

「最初からそのつもり。だから私も今からだけどレッスンに交ぜてもらうね」

 

 勿論俺はオッケーだし、橘さんもコクリと頷いた。

 

「とはいえ、まだ鷺沢さんの体力回復中だからもうちょっと待ってあげて。その間、凛ちゃんの理想の告白の言葉でも聞かせてもらおうかな。凛ちゃんは直球派? それとも変化球派?」

 

「……は?」

 

 ここで赤面せずに冷たい目になる辺り、凛ちゃんもだいぶ手慣れたものである。スレてしまったとも言い換えることが出来るが……あの素直で可愛かった凛ちゃんを一体何が変えてしまったのだろうか。

 

 とりあえず先ほどまでの流れをサラッと凛ちゃんに説明する。かくかくしかじか。

 

「というわけで改めて、凛ちゃんはどういう告白の言葉がいい?」

 

「……そんなの考えたことないよ」

 

「えー? 小さい頃は――」

 

 お姫様ごっこに付き合って王子様役をやって欲しいとせがまれた……と続けようとしたら、俺が何を言おうとしたのかを察知したらしい凛ちゃんの右手でガッと口元を掴まれてしまった。顔を赤くしながら(それ以上話したら許さない……!)と目で語っていた。

 

 頷きつつそのまま彼女の手のひらをクンカクンカしてたらバレてグーパンチと共に解放された。

 

「別に恥ずかしがるようなことじゃないと思うんだけどなー。ホラ、CMでも『女の子は小さい頃から王子様からのプロポーズを夢見ている』って言うじゃん」

 

「全員に当てはまるわけじゃないから! ……そ、そういう良太郎さんはどうなのさ?」

 

「俺?」

 

「理想のプロポーズ。男の人だって、あるんじゃないの?」

 

 これは思わぬ返球である。果たして何処に需要があるのだろうかと思わないでもないが、橘さんはやや興味深げで、文香ちゃんもチラチラとこちらを見ていた。

 

「うーん、そうだなぁ……ここはやっぱり『毎日俺の為に――』」

 

「定番だね」

 

「『――キュートマフィンとパッションマフィンとクールマフィンを焼いてください』って」

 

「マフィン!?」

 

「いやだって、親愛度上げきってないSSRアイドルがまだ四十人も残ってるんだよ? 手持ちのギフトだけじゃどうにも足りなくて……」

 

「もう本当に意味が分かんないんだけど……」

 

 とまぁ軽いボケはこの辺にしておいて……そうだなぁ。

 

「仮に俺に恋人が出来て、そしてこれからの人生を一緒に歩いてもらいたいって思ったら……そうだね。普通に『貴女を愛しています』って言うかな」

 

「……普通だね」

 

 凛ちゃんと橘さんはやや拍子抜けしたような様子だった。文香ちゃんは……よく分からない。

 

 

 

「普通だよ。()()()()()()()()()()()()()は、『普通』に戻るのがセオリーだからね」

 

 

 

「っ!? ……それって」

 

「そう……俺には結婚する予定が一切ないってこと! はい、休憩終わり! そろそろ文香ちゃんもいけるよね?」

 

「あ、はい……大丈夫です」

 

 スポーツドリンクとタオルを置きながらヨッコラセと立ち上がる。

 

「秋の定例ライブまで時間もない。周藤良太郎がレッスンを見てあげる以上、半端なステージはして欲しくないかな?」

 

「……分かった」

 

「分かりました……」

 

 凛ちゃんと橘さん、そして文香ちゃんも立ち上がる。休憩前と同じように、クローネの全体曲を中心に進めていくことにしよう。

 

 それじゃあ、気合入れていきましょうか。

 

 

 

「………………」

 

 

 




・『月が綺麗ですね』
ここまで来ると逆に定番の告白台詞。

・『ふぁんしーあいらんど』
いわゆる『検索してはいけない言葉』の一種。
ホラー系のドッキリサイトでグロくないが……正直見ていると精神が不安定になってくる。
気になる人は某笑顔動画に実況動画が上がっているので、そちらで観ればまだマシ。

・『Bright Blue』
文香のソロ一曲目。既に二曲目の『銀河図書館』も出ており、そちらは『With Love』に収録されているぞ!

・『女の子は小さい頃から王子様からのプロポーズを夢見ている』
最近映画を観に行くたびに、このCMをスクリーンで見ている気がする。

・三色マフィン
いや、在庫はあるんだけど、これは『担当や推しが急に来た場合すぐに親愛度をMAXにする』用だから……。

・アイドルがマイクを置くときは、『普通』に戻るのがセオリー
某伝説のアイドル「普通の女の子に戻ります」



 ちょっとだけ真面目な空気を醸し出しつつ、次回からは秋の定例ライブに入っていきます。



『どうでもいい小話』

 そう言えば触れ忘れてましたが、志保の恒常SSR来ましたね。まさか恵美に引き続き連続で来るとは……なんか狙われたような気がする(被害妄想)

 いつもだったらここで「お迎えしましたー!」と報告する流れですが……今回はまだ引けておりません。大人しくセレチケを待つか、最後にダメ押しするか……。

 でもなぁ……水着ジャンヌも来るしなぁ……。


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Lesson213 Is the moon out yet? 2

秋の定例ライブスタート!(開演するとは言っていない)


 

 

 

 さて、ついにやって来た346プロの秋の定例ライブ……オータムフェス当日だ。

 

 屋外で行われたサマーフェスとは違い、今回はしっかりと全天候型アリーナで行われる。落雷による停電は起こるときはアリーナだろうが屋外だろうが起こるだろうが……まぁ天気予報は悪くないから、その心配もないだろう。

 

 今回も凛ちゃんや美波ちゃんからチケットを貰い、そして同じように冬馬や恵美ちゃんたちを誘ったわけなのだが……残念ながら今回は誰も捕まらなかった。

 

 冬馬から「寧ろ何でお前は時間があるんだよ」と言われてしまったが、そんなもの作ったからに決まっている。勿論超能力的な意味ではなく、スケジュール調整をして定例ライブ当日に予定を空けたのだ。普段はそういうことをしないが……まぁ、今回は俺が直々に指導した子たちの初の大舞台。是非直接見届けてあげたかったのだ。

 

 というわけで前回と同じように変装をして一般客の中に紛れ込んで……ということはしない。今回は関係者席というものが存在するので、そちらでのんびりとサイリウムを振るつもりだったのだが……。

 

 

 

「ありがとうございます、美城さん」

 

「なに、確かに観客席で周りのファンと共にサイリウムを振るのも悪くないが……たまにはこうしてゆったりと座りながらライブ観賞というのもいいものだろう」

 

「ちなみに本音は?」

 

「……流石の私も、関係者席でサイリウムを振るわけにはいかないのでね」

 

(一応そこは自重するのか……)

 

 美城さんに誘われてやって来たのは、所謂VIPルーム。主に会社の重役や特別招待客などがステージを見るための部屋で、広々とした部屋内にソファーとテーブルが置かれ、広いガラスの向こうにステージと観客席を一望することが出来た。

 

 こんな部屋でゆったりと椅子に座りながらアイドルのステージを観ることが出来るとは、まるで自分がやんごとなき身分になった気分だ。こう、重々しい椅子に足を組みながら座ってワイングラスを揺らしたい気分。

 

「今用意させよう」

 

「コーヒーでお願いします」

 

 冗談のつもりだったが美城さんの心遣いで実現してしまうところだった。流石にみんながステージを頑張っている最中にアルコールを飲む気はないので、慌てて代わりの飲み物をお願いする。

 

「いやはや……美城君も、周藤良太郎の前ではまるで子どものようにはしゃぐんだね」

 

「今西さん」

 

 美城さんと一緒に今回同席することになった眼鏡をかけた灰色の髪の小柄な男性が、以前みくちゃんのストライキ騒動の際に謝りに行った今西さん。現在の346プロアイドル部門全体の統括部長だが、俺が過去に知り合ったときはまだ一部署の部長さんだったはずだ。出世したなぁ……。

 

「別に、はしゃいでなんていません」

 

 俺の分を含めて全員の飲み物をスタッフに頼んだ美城さんは、椅子に腰を掛けながらしれっとそう返した。まぁこの人はポーカーフェイス故に分かりづらいが、俺に限らずアイドルと一緒にいるときは基本的にテンション高めだからなぁ。

 

「……きっと、彼女のプロジェクトの初の大舞台を、周藤君に見てもらえるのが楽しみなんだよ。自分が自信を持って企画したプロジェクトだからね」

 

 こそっと耳打ちしてくる今西さん。しかし美城さんにも聞こえていたようで、彼女は「んんっ」と大きく咳ばらいをした。

 

「『Project:Krone』は、私が選んだ346に相応しいアイドルたちのプロジェクトです。自信ではありません。それは()()です」

 

 つまり自信ってことじゃないかとも思ったけど……ノリノリだから黙っておこう。

 

「それでまだ開演まで時間があるけど……アイドルのところにはいかないのかい? プロジェクトクローネのみんなだけじゃない、前からずっと君が気にかけていたシンデレラプロジェクトのみんなも、今頃きっとステージの裏で準備をしていると思うよ」

 

「……そうですね」

 

 スタッフの人が持って来てくれたホットコーヒーを一口飲みながら思案する。

 

 今回シンデレラプロジェクトからは凸レーションの三人、キャンディーアイランドの三人がユニットとして出演。蘭子ちゃんが小梅ちゃんとコンビを組み、そしてみくちゃんと李衣菜ちゃんがなんと夏樹ちゃんと菜々ちゃんの二人を追加して『*withなつなな』として出演するらしい。

 

 アーニャちゃんがクローネとして参加するので、ラブライカの美波ちゃんはソロでの出演。同じく凛ちゃんもクローネとして参加となり、ニュージェネレーションズの未央ちゃんと卯月ちゃんは今回は不参加とのこと。

 

 それ以外にも、美嘉ちゃんや幸子ちゃんや紗枝ちゃんなど、知り合いの346アイドルは多く出演する今回のライブ。

 

「……まぁ、後で少しだけ顔を出してみますよ」

 

 そのときは、ファンとしてではなく……彼女たちの成長を見守るアイドルの先輩として、少しだけ。

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 プロジェクトクローネのメンバーに宛がわれた控え室。化粧台の前に座り、鏡の中に映る私を見る。いつもはシンデレラプロジェクトでニュージェネレーションズとして赤と白を基調とした衣装を着ている私は、今回は全体的に黒を基調としたゴシック調な衣装を着ていた。黒はクローネのイメージカラーの一色でもあり……これが今日私がステージに立つ『Triad Primus』としての衣装だった。

 

「……なんか凛、落ち着いてるね」

 

「……そうかな?」

 

「そうだよ」

 

 私の左に座る加蓮にそんなことを言われて問い返すと、さらにその向こうに座る奈緒から肯定された。

 

 彼女たちも同じユニットメンバーとして私と似た衣装を着ていた。そして髪型がいつもと違っており、奈緒はお団子を、加蓮はチョココロネみたいなお下げ(良太郎さん談)をほどいて髪を下ろしている。二人とも、少しだけ落ち着いた大人の雰囲気を醸し出しているような気がした。

 

「やっぱりアレか? もう何回か大きなステージに立ったことがあるから、慣れてるのか?」

 

「そういうわけじゃないけど……」

 

「なら今日はリードお願いね、凛先輩?」

 

「ヤメてってば……」

 

 これからこの三人で初めてのステージに立つのだから、緊張しないはずがない。

 

 けれど確かに、美嘉のバックダンサーとして初めてステージの上に立たせてもらったときよりも、ニュージェネのデビューステージのときよりも、そしてサマーフェスのときよりも、比較的落ち着いているのは確かだった。自分ではそのつもりはないが……これが『場数を踏む』ということなのだろうか。

 

「そういえばリン、今回はリョータローからのピィシモー……手紙、もらってないですか?」

 

 そんなことを考えているとアーニャからそんなことを尋ねられ、思わずビクリと体を震わせてしまった。

 

「ん? 手紙?」

 

「アーニャちゃん、手紙って何のこと?」

 

「夏のフェスのとき、リン、リョータローからのアドバイスの手紙、貰ってきました。もしかして今回も、と思いまして……」

 

「良太郎さんからの手紙!?」

 

 何それ羨ましい! と眼を輝かせる加蓮に、思わず椅子を引いてしまった。

 

「なになにー?」

 

「リョーくんからの手紙がなんだってー?」

 

 その話を耳ざとく聞きつけた周子さんフレデリカさんの二人が近寄ってきたことにより、結局部屋の中にいたクローネメンバー全員がぞろぞろと集まって来てしまった。

 

「それで、結局良太郎さんからの手紙はあるの?」

 

「………………あるよ」

 

 ワクワクと期待した様子の加蓮が顔を覗き込んでくるので、ついに観念してしまった。

 

 そう、今回も初ステージや夏フェスのときと同じように良太郎さんから『アイドル虎の巻』を受け取ってしまった……というか、いつの間にか私の荷物の中に紛れ込んでいたのだ。恐らく、あらかじめ良太郎さんが渡しておいた奴をお母さんが入れたのだろう。私に受け取る気が無かったことを予測したのだろう……本当に、どうしてこんな無駄に手を込んだ手回しに全力をかけるのだろうか。

 

 しかも今回は『プロジェクトクローネ』宛と『シンデレラプロジェクト』宛の二通だ。一応、先ほど『シンデレラプロジェクト』宛の方を美波に渡しておいたのだが、それが良太郎さんからの手紙だと知って頬を引きつらせていた。多分開けたくないのは美波も同じだろうけど……彼女は前回の引け目があるだろうから、開けるんだろうなぁ……。

 

「リョータローくんからのアドバイスが書いてあるんでしょー? だったら読んでみようよー!」

 

 ねーねー! と私の体を揺する唯。他のメンバーもその度合いの差はあれど、手紙の内容に興味があるようだ。

 

「………………」

 

 ただ一人、このメンバーの中で私と同じように『周藤良太郎』が一体どういう人物なのかを正しく把握している奏さんだけが、苦い顔をしていた。

 

「……分かった、開けるよ」

 

 貰った以上、開けませんでしたという訳にもいかないので、私も観念してその封筒を開けることにする。

 

 全員が見守る中、封筒を開けると……中から出てきたのは、二枚の便箋だった。入っているのはそれだけ。また以前のように写真が入っているのかと思って一瞬身構えたが、そんなことはなかった。

 

 あれ、もしかして今回は真面目……? と思いながら便箋を開き、文章の内容を軽く流し読みをして――。

 

「………………はあああぁぁぁ……」

 

 ――思わず長い溜息を吐いてしまった。

 

「え、何々? どうしたの?」

 

 加蓮の問いかけに答えず、私は手紙を読み始める。

 

「『この手紙を読み始める前に、まずはすぐそこにいるであろう奏を拘束してもらいたい』」

 

「……えっ」

 

 突然名指しされた奏さんが素っ頓狂な声を上げる。そして彼女がそれ以上のリアクションを取る間もなく、すぐ傍にいたフレデリカさんと志希さんが奏さんの両腕を抑えた。

 

「ちょ、ちょっと凛? それ本当に書いて――」

 

 

 

「『さて、とりあえず緊張しているであろうみんなをリラックスさせる小噺を一つ。俺と奏が同じ高校に通っていたことはみんなも既に知っているだろうけど、実は奏も俺の高校ではそれなりに有名な生徒だったんだよ。そのきっかけって言うのが、奏が入学して間もない頃に――』」

 

 

 

「――ちょっと待って!? 本当にちょっと待ちなさい! 凛!」

 

 珍しく焦った様子で声を荒げる奏。私から手紙を奪い取ろうとするが、両腕をガッチリと抑えられた上に面白がった周子さんが後ろから腰に抱き着いているため全く身動きが取れていなかった。

 

「り、凛!? 貴女なら分かってくれるでしょ!? だから今すぐその手紙を読むのを止めなさい!」

 

「………………」

 

 そんな奏に必死の訴えに、私はニッコリと笑顔を返す。

 

 

 

「凛……!」

 

「……『――俺の友人であり学園内でも有数なイケメンを揶揄おうとしたことがあったんだ。ただそのイケメンって言うのが――』」

 

「凛っ!?」

 

 良太郎さんのアドバイスの手紙を、私はありがたく読み進めることにした。

 

 

 

(凛が真っ黒だ……)

 

(本人に言ったら怒るだろうけど……やっぱり、良太郎さんの妹分って感じだね……)

 

 

 




・「……流石の私も、関係者席でサイリウムを振るわけにはいかないのでね」
アイ転の常務だったら客席に紛れ込んでてもおかしくないけど、一応自重した結果。

・今西さん
名前だけは何回か出てたけど、実際に登場するのはこれが初めてだった気がする。

・アイドル虎の巻
既に定番となりつつあるこれ。今回の被害者は奏。

・真っ黒な凛ちゃん
服の色かな?(すっとぼけ)



 この小説が投稿されている頃、私はきっと船の上でしょう……。というわけで旅行のため、金曜日に予約投稿。過去最速で最新話が書けた気がする。

 なんかぐだぐだやってたら既に五話に収まる気がしなくなってきましたが……深くは考えないでいこう(思考停止)


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Lesson214 Is the moon out yet? 3

やや駆け足気味ながらも、四話に収まるかどうかが怪しくなってきた第三話。


 

 

 

 速水奏という尊い犠牲はあったものの、無事に良太郎さんから渡されたアイドル虎の巻(見えていた地雷)を処理した私たちプロジェクトクローネのメンバー。困難を乗り越えた私たちは、更なる結束力を身に着けて本番へと挑む……!

 

 ちなみに、後半はちゃんとした一言アドバイスになっていた。

 

(……どうして凛は……こうなっちまったんだ……!?)

 

(……もう、手遅れなんだね……)

 

 何故か奈緒と加蓮が悲壮に満ち溢れた表情をしていることはさておき、本番直前ということで今回の秋フェス出演者が舞台裏に揃っていた。

 

「「……えへへ」」

 

「ん?」

 

 当然私たちクローネだけでなくシンデレラプロジェクトのメンバーも集まっているのだが、何故か美波とみくは笑顔だった。普段の彼女たちからは考えられないぐらいの上機嫌で、それでいていつも以上に気合が入っている様子にはてと首を傾げる。

 

「……ねぇ、未央。美波とみく、何かあったの?」

 

 今回は出演者としてではなく裏方として参加する未央にそれを尋ねてみる。いつものステージ衣装ではなくスタッフの上着を羽織った未央は「あぁ、あれね!」と笑顔で頷いた。

 

「ほら、しぶりんが渡してきた良太郎さんからの手紙あったじゃん?」

 

「あぁ、あのアイドル虎の巻(不幸の手紙)ね」

 

「ん? なんか変なルビが……まぁいいや」

 

「あの二人が今回の被害者なの?」

 

 まさか余りにも酷い仕打ちを受けて精神に異常が……という私の危惧は、ニコニコと笑う未央によって否定された。

 

「それがさぁ聞いてよ! 私もちょっと身構えてたんだけど、開けてみたら入ってたのが私たちと良太郎さんが一緒に撮った写真が入っててさ、そこに全員分の個別メッセージが書いてあったの!」

 

「それは……」

 

 個別のメッセージは、一応私たちも同じだ。問題はそこではなく。

 

「……それだけ?」

 

「それだけ。今回は変なこととか何も書いてなかったよ」

 

「………………」

 

 チラリと美波とみくを見る。

 

「ふふっ、良太郎さんに期待されてるんだから、頑張らなくちゃね! みくちゃん!」

 

「勿論にゃ! 美波ちゃん!」

 

 いい笑顔でお互いに頑張ろうと気合を入れている美波とみく。彼女たちだけでなく、シンデレラプロジェクトのメンバー全員がやる気に満ち溢れていた。みりあや莉嘉といった元々良太郎さんに懐いていた面々は元より、なんとあの杏まで「しょうがないなぁ……」みたいな雰囲気を醸し出しているのだ。

 

「もしかして、そっちは違ったの?」

 

「……こ」

 

「こ?」

 

「この扱いの差はなんだあああぁぁぁ!?」

 

「うわぁ!? しぶりんがご乱心だ!?」

 

 あれか!? 妹分と後輩がいるこっちにはいつも通りにネタ振って、自分を慕ってくれている美波とみくの方は甘やかすってことか!? あぁん!?

 

「私だってたまにはネタとかオチとか一切抜きで甘やかされたいんだよコンチクショー!」

 

「ステイ! しぶりんステイ! 割とマズいこと口走ってるよ!? 後で思い出して苦しむ前に落ち着いて!?」

 

 

 

 

 

 

「……何処かで誰かに怒られてるような気がする」

 

「ん? 何か言ったかね?」

 

「あ、いえ」

 

 まぁ多分凛ちゃんか奏のどちらかだろう。シンデレラプロジェクトの方に渡すように頼んだ封筒にはネタが思い付かなくて何も仕込んでないから、そっちじゃないだろうし。それならば問題ないだろう。

 

「そういえば、周藤君の前評判を聞いていなかったね」

 

「俺の……ですか?」

 

「あぁ。勿論、私も今日出演するアイドルは全員素晴らしいと思うが、周藤良太郎目線からはどうかな、と思ってね」

 

 どうだい? と尋ねてくる今西さん。

 

「そうですね……前評判というほどのものはないですけど、とりあえずシンデレラプロジェクトのメンバーは特に心配していません。彼女たちならばきっと美城さんの予想をしっかりと超えてきますよ」

 

「………………」

 

 チラリと美城さんを見ると、彼女は目を瞑り足を組んだまま微動だにしなかった。

 

「……それじゃあ、『Project:Krone』は……どうだい?」

 

「……正直に言うと、俺が今回の定例ライブで一番気になるのが彼女たちですよ」

 

「………………」

 

 視界の端の美城さんの指先がピクリと動いた。

 

「おや、どうしてだい? 彼女たちには君も関わっているのだろう?」

 

 周藤良太郎が関わったから……という枕詞はそれほど好きではないが、確かに彼女たちは俺も面倒を見てしっかりと傍で見てきた。

 

 彼女たちは美城さんが自信を持っているだけのことはあり、そのレベルは高い。一度通しで見せてもらった全体曲も、シンデレラプロジェクトの『GOIN'!!!』にだって負けていないだろう。

 

 メディアへの露出もしっかりと行っており、今回のライブの目玉は彼女たちクローネのメンバーと言ってもいいだろう。

 

 そう、彼女たちは美城さんが見染めた()()()

 

 故に、一つだけ懸念事項が残ってしまった。

 

 

 

「流石346プロの定例ライブ。……ホント広いですよねぇ、ここ」

 

 

 

 

 

 

「先輩方に続いて、我々の出番となります」

 

 何やら凄く怒っていたしぶりんも気になったが、とりあえずシンデレラプロジェクトの出番が近付いてきたのでそちらに集まることにする。

 

 今回は前回の夏の定例ライブのときとは少しだけメンバーが違い、しぶりんとアーニャんが抜けた代わりにウサミンとなつきとうめちゃんの三人が加わったメンバーだ。

 

「沢山のお客さんが、皆さんの出番を心待ちにしています」

 

「……このステージで、冬の舞踏会が出来るかどうかが決まるんだよね」

 

 プロデューサーの言葉を聞き、ポツリと呟くみくにゃん。それを聞き、みんなの表情が少しだけ強張った。

 

「……そのことは、一旦忘れてください」

 

 しかし、そのプロデューサーの言葉に驚き、みんなは顔を上げた。

 

「会場のお客さんと一緒に……笑顔で、楽しんでください」

 

『……はいっ!』

 

 そうだ、まずアイドルである私たちが笑顔じゃないと……ファンのみんなも、笑顔になれないもんね。

 

「まぁ今回の私たちは裏方だけど……バッチリサポートしちゃうから、何でも言ってね! 雑用でも何でもしちゃうよ!」

 

「あ、それじゃあ杏の代わりに出てもらっていい?」

 

「「なんでやねん!」」

 

 ビシッと智絵里ちゃんとかな子ちゃんのツッコミが杏ちゃんに決まり、笑いに包まれるメンバーのみんな。うん、みんなリラックス出来てる!

 

「あはは、ちょっと私に杏ちゃんの代わりは出来ないかなー?」

 

「いやいや、私の衣装を未央ちゃんが着たらきっとパツパツになるだろうから、良太郎さん喜ぶと思うよ?」

 

「その発言の中に私が乗り気になる要素一切ないよ!?」

 

「……え、えっと、杏ちゃん。本当に無理だって言うんなら、私が……ほ、ほら、私ソロ曲しかないし」

 

「み、みくもやぶさかじゃ……」

 

「みなみんとみくにゃんが杏ちゃんの衣装着たら、それはある意味犯罪だからね!?」

 

 絶対にR指定が入ると確信できた。

 

 というか、こういうツッコミはしぶりんの役目でしょ!? カムバックしぶりん!

 

 

 

「……そ、それじゃあ、いつものアレやっとこうか!」

 

「う、うん!」

 

 場が落ち着いたところで、メンバー全員で手を繋ぎ円陣を組む。勿論私としまむーも一緒。

 

「……コホン」

 

 先ほどまでずっと笑顔だったみなみんが、小さく咳ばらいをしてから気を引き締める。

 

「シンデレラプロジェクト~! ……ファイトー!」

 

 

 

『オーッ!』

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ……いいじゃないか」

 

 トップバッターを務める愛梨ちゃんたちのステージが終わると、今度はシンデレラプロジェクトのみんなのステージが始まった。蘭子ちゃんwith小梅ちゃん、美波ちゃん、凸レーション、アスタリスクwithなつななと、みんな夏フェスのときと比べるとだいぶレベルアップしているように見えた。

 

「どのユニットも、個性が際立っているねぇ……それぞれの良さが、よく出ている」

 

 そんな彼女たちのステージに、今西さんも感心した様子だった。

 

「これが、シンデレラプロジェクトが掲げる『Power of Smile』かな?」

 

「……確かに、素材としては一定の強度があることを認めましょう」

 

 ですが、と美城さんはステージを見つめたまま首を振った。

 

「それなら猶更、美城の伝統に相応しくプロデュースするべきだと、私は考えます」

 

「……さてと」

 

 チラリと美城さんはこちらに視線を向けたが、俺はそれに気付かないフリをした。

 

 ステージの上では、シンデレラプロジェクトのメンバーが共通衣装に着替えて全体曲の『GOIN'!!!』を披露していた。

 

 ……彼女たちの、初ステージは近い。

 

「………………」

 

 

 

 

 

 

「……はぁ……はぁ……」

 

「お疲れー奏ちゃん」

 

「……ありがとう、周子」

 

 ステージを終えて舞台裏でパイプ椅子に座っていると、周子がスポーツドリンクを持って来てくれた。

 

 お礼を言ってそれを受け取ると、蓋を開けて中身を飲む。緊張と運動で汗として流れた水分が、補充されていくような感覚だった。

 

「どうだった?」

 

「……凄かった……なんて、とても一言で済ませられないわ」

 

 私は元々他のアイドル部門にいて、そちらでの初ステージは経験済みだ。完全に初めての鷺沢さんや橘さんと比べれば、それなりに経験者であると自負している……はずだった。

 

 しかし、今日立ったこのステージは今までのどのステージよりも大きく、そして大勢のファンが目の前を埋め尽くしていた。

 

 ファンの歓声が、振られるサイリウムの光が、彼らの熱気が、全て()()となって襲い掛かってくる……そんな感覚。

 

 ステージに立って初めて気付いたそれは、良太郎先輩の手紙によってそこに立つまで気づかされなかった。本番前に()()()()()に気を取られることで()()()()()()考えないように……というのは、きっと流石に買いかぶりすぎか。

 

 さて、そろそろ次の鷺沢さんのステージだ。彼女はこれが初ステージなので、同じユニットメンバーとして、仲間として、その晴れ舞台をちゃんと観て……。

 

 

 

 ――鷺沢さん!? 鷺沢さん!

 

 

 

「……え」

 

 聞こえてきたそれは、焦る橘さんの声。

 

「え? なになに? 何かあったの?」

 

 困惑する周子を他所に、スポーツドリンクのボトルを椅子に置いて私はその声がした方へと走る。

 

(まさか……!)

 

 嫌な想像が頭を過る。考えたくないそれを必死に振り払うように、鷺沢さんがスタンバイしているであろうステージ脇へと急ぐ。

 

 角を曲がり、そこに辿り着いた私が見たのは……その場に蹲る鷺沢さんと、涙目で立ち尽くす橘さん。

 

 そして――。

 

 

 

「……大丈夫、落ち着いて。ゆっくり深呼吸しようか」

 

 

 

 ――鷺沢さんの傍らに寄り添いながら、顔を覗き込んでいる良太郎先輩だった。

 

 

 

 まだどうなっているのか分からない。鷺沢さんの身に何があったのか、彼女がこの後のステージに立てるかどうかも全く分からない。

 

 けれど、何故か……少しだけホッとしてしまった自分がいた。

 

 

 




・見えていた地雷
・不幸の手紙
※トップアイドルの先輩からのアドバイスが書かれた手紙です。

・CPへのアイドル虎の巻
ネタが思い付かずに普通に書いたら大変喜ばれた図。
本人はそれが分かっていても地雷を踏みに行こうとする厄介な愉快犯なのでタチが悪い。

・しぶりんご乱心
アイ転だとある意味平常運転。

・懸念事項
まぁみんな気付いているだろうけど、詳細は次回。

・デレている(?)美波とみく
デレているわけじゃなくて、珍しく良太郎から真面目なアドバイスをされているので舞い上がっているだけ。彼女たちも後で思い出して恥ずかしくなるやつ。

・ある意味犯罪
どんな感じになるかは【プリティー魔女っ娘?】所恵美を参照。

・ライブの曲順
アニメだとクローネでも奏やアーニャは最初の方に歌ってましたが、少しだけ変更。

・「……大丈夫、落ち着いて。ゆっくり深呼吸しようか」
見てください! 主人公ムーブしてる良太郎です! 希少ですよ!



 良太郎君もボケたりネタに走ったりしなければ実は主人公ムーブ出来るんですよ(なお本人が意図的にしない模様)

 はたして次話に全部収まるのか……無理だろうなぁ。


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Lesson215 Is the moon out yet? 4

途中から四話で収めることを放棄した第四話。


 

 

 

(うーん……まさかこの俺がこんなに主人公チックな登場を出来るなんて……)

 

 思わずそんなことを考えてしまったが、今は文香ちゃんのことに集中しよう。目の前で女の子が苦しそうにしている状況でネタに走るほど、俺も空気を読めていないわけじゃない。

 

 胸を抑えて苦しそうに息をする文香ちゃん。発汗があって脈も早い。まるでいくら息を吸っても酸素不足のようで……過呼吸か?

 

 都合良くすぐそこに誰かの昼食らしきコンビニの袋があったので、拝借して彼女の頭に被せる。アイドルとしてはちょいと不格好だが、とりあえずの応急処置をする。しばらくすると呼吸が楽そうになったので一先ず安心。

 

「りょ、良太郎さん!? な、何を……!?」

 

「ごめん橘さん、説明は後で」

 

 とりあえず彼女を休憩できる場所に連れていかないといけないのだが、立てるかどうか聞く手間も惜しい。セクハラの汚名は甘んじて受け入れることにして、そのまま文香ちゃんの体を横抱きで抱え上げる。

 

 いやぁ軽いなぁ。この間動物系の番組で響ちゃんと一緒になったときに、飛びかかってきたいぬ美の方が重かったぞ……いや、セントバーナードと比べるのは流石に失礼か。大型犬は下手すると俺より重いし。

 

「救護室は?」

 

「こ、こっちです!」

 

「りょ、良太郎さん!? 鷺沢さんに、何が……!?」

 

 スタッフさんの後についていこうとすると、騒ぎを聞きつけたらしいステージ衣装姿の凛ちゃんが焦った様子でやって来た。改めて見回してみると、プロジェクトクローネのメンバーが勢揃いしていた。

 

「多分緊張によるストレスで過呼吸になっちゃっただけだよ。俺はこのまま彼女を救護室に連れてくから、みんなは予定通り……いや、()()()()()()()()()()待機してて。凛ちゃんは武内さんを呼んできて」

 

「……分かった、プロデューサーだね」

 

 戸惑いに揺れていた目をすぐにキッといつものそれに戻して、凛ちゃんは小走りに去っていった。その背中を見送ることなく、俺は文香ちゃんを抱えてスタッフさんの案内で救護室へと向かう。

 

「……もしかして、こうなるって分かってたのかしら」

 

 心配そうに付いてくる橘さんと奏。奏からのそんな質問に「確証は無かった」と答える。

 

「つまり、そういう可能性は考えてたってことね」

 

「……最悪のことを想定し続けるっていうのはガラじゃねぇけど、ちょっとだけ気になることがあってな」

 

「気になること?」

 

「あぁ。お前たちは()()()()()()んだよ」

 

「……口説いてる?」

 

「たわけ」

 

 彼女たち『Project:Krone』は美城さんが満を持して世に送り出した秘蔵のアイドルたちで、まるでお姫様のように蝶よ花よと育てられた。一流のレッスンを受けて一流の衣装を身に纏い、そして初ステージまで一流の舞台が用意された。

 

 しかし用意された舞台は、アイドルならば誰もが夢見る『観客で埋め尽くされたステージ』で……アイドルの卵の彼女たちが背負うには重すぎた。

 

「勿論、それをこなすことが出来る子もいる。でも文香ちゃんはそういうタイプに見えなかったからな」

 

 だから俺はもう少しだけ場数を踏ませてあげたかったのだが……美城さんは少しだけ、初ステージを華々しく劇的なものにしすぎてしまったのだ。

 

(……まるで()()()()()()()()()なって欲しかったみたいに)

 

 というのは、流石に考えすぎであって欲しかった。

 

「そ、それで良太郎さん、どうして鷺沢さんの頭にビニール袋なんか……く、苦しくないんですか?」

 

 早足で救護室へと向かう俺に小走りで付いてくる橘さんがそんなことを尋ねてくる。普通に考えたら頭にビニール袋を被っているこの状態は苦しいだろう。

 

「過呼吸って言って、簡単に言うと酸素を吸いすぎて血の中の二酸化炭素が少なくなったんだよ。だからこうして自分で吐いた二酸化炭素をもう一度吸わせてるんだ」

 

「そ、そうなんですか」

 

「……詳しいのね」

 

 感心した様子の橘さんに対し、意外なものを見たような様子の奏。

 

「これでもお前たちのレッスンを見させてもらってる身だからな。必要最低限の知識は身に付けてるさ」

 

 もしレッスン中に倒れてすぐ側に指導をしている人がいるというのに、何も出来ませんでしたなんて言葉が許されるはずがない。士郎さんから指導の方法を教わった際に、そういった指導中に起こりうる発作や症状への対処方法は一通り教わった。

 

「指導者っていうのは、指導される人が無茶をしないように外部からコントロールしてあげるのも仕事なんだよ」

 

 一時期士郎さんが怪我で動けなくなった際、恭也が無茶な修行をしすぎて膝を壊す一歩手前までいったことがあった。そういった事態を防ぐのも指導者の役目なのだ。

 

「指導ってのは『体を壊さないように』するのが大前提だ。それが十分に出来ない時点で、そいつに指導者の資格なんてないよ」

 

「先輩……」

 

「それに、ただでさえ俺のレッスンは少しキツいみたいだから」

 

「自覚はあったのね……」

 

 救護室へと到着すると文香ちゃんをベッドに寝かせ、被せてあったビニール袋を外す。顔色はまだ少し悪いが、それでも先ほどよりも穏やかに呼吸をしていた。

 

「さてと」

 

 改めて待機してくれていた医療スタッフに文香ちゃんを任せ、奏と橘さんを連れて救護室を出る。

 

「あ、あの良太郎さん、私、鷺沢さんの傍にいてあげたいんですけど……」

 

 出番まで時間はありますし、という橘さん。優しい子だなと思うのだが、申し訳ないが今は我慢してもらう。

 

「ゴメンね。順番が早まる可能性があるから、今は待機してもらいたい」

 

 先ほどの舞台裏まで戻りながら美城さんに電話を掛ける。勿論内容はこのことである。

 

 今歌っているアーニャちゃんが終われば、次に文香ちゃんがステージに立つ予定だった。しかし彼女がすぐに立てそうにない今、セットリストそのものを見直さなければならない事態になってしまった。そこで346の常務であり彼女たちクローネの責任者的立場にいる美城さんへと連絡を取りたかったのだが……。

 

「……出ない」

 

 そりゃそうだよなぁ……あの美城さんなんだから、公演中は電源切ってるよなぁ。

 

 すぐ側にいるであろう今西さんは携帯電話を持ってないし、あの部屋にスタッフ用の電話が設置されていたかなんて覚えていない。

 

 

 

 ――ならば、今は現場の判断で動くしかない。

 

 

 

「良太郎さん! 連れてきた!」

 

 舞台裏まで戻ってくると、ちょうど凛ちゃんが武内さんを連れて戻ってきてくれたところだった。

 

「周藤さん……!」

 

「武内さん、次の文香ちゃんがすぐに動けなくなりました。セットリストの変更を推奨します」

 

「はい、私も同じ考えです。ただ、すぐに動けるアイドルが……」

 

「……凛ちゃん」

 

「何? 良太郎さん」

 

 突然話を振ったにも関わらず、まるで最初から俺が声をかけることを分かっていたかのように凛ちゃんは反応した。

 

「奈緒ちゃんと加蓮ちゃんはいけそう?」

 

「……そこはまず私に行けるかどうか聞かない?」

 

「分かってることは聞かないよ」

 

「もう……一応聞いてくるけど、大丈夫だと思う」

 

「よし」

 

 それだけ聞ければ十分だ。

 

 武内さんに視線を向けると、今の俺と凛ちゃんのやり取りを聞いていた彼も分かってくれたらしく無言のまま頷いてくれた。

 

「じゃあ決まりだ。すぐに準備して」

 

 

 

 ――『Triad Primus』の出番だ。

 

 

 

 

 

 

「……い、今から……!?」

 

「ううう、嘘だろぉ!?」

 

 控室で待機していた加蓮と奈緒を見つけて私たちの出番が早まったことを伝えると、二人とも目に見えて動揺していた。

 

「ちょっと早くなっただけで、それ以外は何も変わりないよ」

 

「だ、だからって、そんな……」

 

「心の準備が……」

 

 やっぱり突然のハプニングというのは、自分が当事者になっていなかったとしても動揺するものだ。それが自分の知っている人物が倒れてしまったというものなのだから猶更で、さらにすぐに自分たちがステージに立つことになってしまったのだ。動揺しない方が無理というものだ。

 

「でも、やるしかないよ。今すぐ出れるのは私たちだけなんだ」

 

 きっと目の前で文香さんが倒れたことによる動揺で橘さんは辛いだろう。つい先ほどまでステージに立っていた奏さんを含む『LiPPS』の五人も無理。

 

 セットリストの関係上、残っているのは私たちだけ。

 

「「………………」」

 

 加蓮と奈緒の表情は優れない。二人が抱えている不安は、よく分かる。

 

「……初めて立つ大舞台は、私も怖かった。自分たちのステージじゃないけど、美嘉のバックダンサーとしてステージに立つ直前は……本当に怖かった」

 

 こんな緊張と不安に呑み込まれている状態で、とても練習通りに踊れるとは思えなかった。どうしよう、まだ何かするべきことはあるかって必死になってた。

 

「でも、良太郎さんが手紙で言ってくれたんだ」

 

 

 

 ――今君たちが考えるべきなのは、頑張らなくちゃなんてことじゃなく、ましてや失敗したらどうしようなんてことでもない。自分たちを鼓舞する掛け声だ。

 

 ――君たちに必要なのはただ一つ、ステージに上がる瞬間の勇気だけ。だから自分自身を奮い立たせる勇気の一言があれば、絶対にステージは上手くいく。

 

 

 

 それは初めて良太郎さんが『アイドル』として『アイドル』の私にしてくれたアドバイス。私は一言一句覚えていた。

 

「『ステージに上がる瞬間の勇気』って……私たちが『アイドルになろうと決意して一歩を踏み出す勇気』と同じなんだよ」

 

 きっと、アイドルはこの勇気の一歩の繰り返し。ステージを繰り返すたびに勇気の一歩を何度も踏みしめ……やがて、良太郎さんたちが待っている世界へ。

 

「私たちはもうその一歩を踏み出してる。……もう一歩、先へ行こう」

 

「……うん」

 

「……分かった」

 

 まだ表情は緊張で硬い。けれど、二人はしっかりと頷いてくれた。

 

 

 

 

 

 

「待ってたよ、三人とも」

 

「……どうしたの、それ」

 

 加蓮ちゃんと奈緒ちゃんの説得を終えて舞台裏まで戻ってきた凛ちゃんは、開口一番俺が羽織っているスタッフ用の上着の事を尋ねてきた。

 

「いやホラ、いつまでも私服でウロウロしてたらみんな気になるかなって思って」

 

「周藤良太郎がこの場に入る時点で気になって仕方ないと思うんだけど」

 

「まぁそんなことはどうでもいいや。……いけるね?」

 

「「「はいっ!」」」

 

 三人から返ってきたいい返事に満足する。

 

「スタンバイお願いします!」

 

「……よし、それじゃあ」

 

「その前に」

 

 スタッフさんからの呼びかけに三人を送り出そうとすると、凛ちゃんが一歩前に出てきた。そしてそのまま右手を持ち上げると、軽くポスンと俺のお腹に拳をぶつけてきた。

 

「……今回は、これで勘弁しておいてあげる」

 

「ん?」

 

 一体何を……?

 

「……はっ! まさか後から衝撃が伝わり内臓を破壊するという伝説の暗殺拳……!」

 

「後でもう一発全力で殴るから安心して」

 

 フンだ! と何故かご機嫌が斜めの凛ちゃんはそっぽを向いてしまった。

 

 何はともあれ……。

 

 

 

「いってらっしゃい、三人とも」

 

「……うん」

 

「ちゃんと見ててくださいね?」

 

「頑張ってきます!」

 

 

 




・過呼吸
自分が過呼吸という症状と対処法を知ったのは『スーパードクターK』だった。
あぁいう漫画の知識は意外と馬鹿にならない。あれらの知識に大学で何度お世話になったか……。
※追記
現在は推奨されていない方法だそうです。申し訳ありませんでした。これだから勉強を怠る愚か者は……。

・セントバーナードと比べる
※参考値
鷺沢文香 45kg
セントバーナード 50~91kg

・「簡単に言うと酸素を吸いすぎて血の中の二酸化炭素が少なくなったんだよ」
あくまでも『簡単に』だからね! 厳密には違うってことは覚えておいてね!
ついでにいうと袋を頭に被せるやり方も、本当に酸欠を招く可能性があるから気を付けてね!

・美城常務の携帯@電源オフ
そもそも原作だとどうしてすぐに連絡が取れなかったのか……。

・後から衝撃が伝わり内臓を破壊するという伝説の暗殺拳
ケンイチの浸透水鏡掌的な。



 珍しく主人公ムーブ継続中な良太郎。多分ギリギリ次回まで続くのではないかと。

 ……ネタが足りない(気の病)


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Lesson216 Is the moon out yet? 5

月は出ているか?


 

 

 

「……あれ……?」

 

「お」

 

 ベッドの上でスヤスヤと寝息を立てていた眠り姫が、どうやら目を覚ましたようだ。文学系美女の寝顔を眺めるというハイパー役得タイムは終わりを迎えてしまったようだ。次の機会をお楽しみにしたい。

 

「……え……私……?」

 

 ベッドの上で体を起こしながら困惑した表情を浮かべる文香ちゃん。まぁ本人的にはつい先ほどまでステージに立つ準備をしていたつもりなのだろうから、自分がいきなりベッドで寝ている今の状況に追いつけていないのだろう。

 

「気分はどう? 気持ち悪くない?」

 

「す、周藤さん……? えっと……は、はい……」

 

 そもそも何故俺がここにいるのかが分かっていない文香ちゃんは、質問に答えながらも首を傾げていた。

 

「あの、私、どうして……」

 

「覚えてない?」

 

「……私の出番が近づいてきて……橘さんと一緒にステージの裏で待機してて……それで……」

 

 口に出していく内に段々と思い出してきたようで、少し良くなっていた顔色が再びサァッと青ざめ始めた。

 

「っ、わ、私、その……も、もう大丈夫です! 今すぐ……」

 

「今すぐ、君は横にならなきゃね」

 

 ベッドから降りようとした文香ちゃんの肩を押さえる。そのまま軽くトンッと押すと、彼女の体は再びベッドの上に倒れこんだ。

 

「で、でも……!」

 

「大丈夫……ほら」

 

 チョイチョイと壁に設置されているモニターを指さす。

 

「あれは……渋谷さんたち……?」

 

 そこに映っているのは、文香ちゃんの代わりにステージに立つことになった凛ちゃんと奈緒ちゃんと加蓮ちゃん。

 

 

 

 『Triad Primus』のデビュー曲『Trancing Pulse(トランシングパルス)』の初お披露目だ。

 

 

 

「うんうん、いい感じだ」

 

 始まってすぐは少しだけ緊張の影が見えていたけど、それも歌っていく内に鳴りを潜め、今ではステージに立っていることを楽しんでいるように見える。『ステージを楽しむ』というのは、誰もが口にするがなかなか難しい。それが出来るのは……彼女たちが()()()()である証拠だ。

 

 ……とっくの昔に、自分の翼で羽ばたいてたんだなぁ。

 

「もしかして、私の代わりに……?」

 

「……まぁ、こういうハプニングは別に珍しいことじゃないさ。例えば――」

 

「えっと、鷺沢さんの調子が悪くなったと聞いたんですけど……」

 

「――シンデレラプロジェクトの美波ちゃんは、折角俺が無理しないでってアドバイスしたのに本番前に色々やりすぎた結果、熱出してステージに立てなくなったこともあったし」

 

「はぐぅっ!?」

 

「おや?」

 

 何やら可愛らしい呻き声が救護室の入り口から聞こえてきたのでそちらに視線を向けると、何故か美波ちゃんがプルプルとステージ衣装のままその場に蹲っていた。

 

「どうしたの美波ちゃん、君も体調不良? それともステージが終わって気が抜けちゃった?」

 

 とりあえず、衣装のままで床に座り込むのはあんまりよろしくないんじゃないかな。

 

「い、いえ……鷺沢さんが倒れたと聞いて、心配になって様子を見に来たんです……」

 

「あれ、君たち知り合いだったの?」

 

「はい、アーニャちゃん経由で……」

 

 成程、そっちの繋がりね。

 

「そ、それで、あの……先ほどは一体、何の話を……?」

 

「ん? あぁ、大したことじゃないよ。夏フェスのときの美波ちゃんみたいに、アイドルが直前になって体調不良になるハプニングは珍しいわけじゃないよっていう話をしてただけだから。ましてや緊張を誤魔化そうとして余計なことをし続けた美波ちゃんと違って、文香ちゃんはただ緊張してしまっただけだからマシだよって言おうとしてたんだ」

 

「かはぁっ!?」

 

 再びその場で膝から崩れ落ちた美波ちゃん。

 

 うん、二回目はわざと言ったけど……なんだろう、涙目になって床に手をつく美波ちゃんを見てると……こう、少しだけゾクゾクする。

 

「まぁそれは置いておいて」

 

「……い、いいんですか……?」

 

 俺と美波ちゃんの間で視線を彷徨わせながらオロオロする文香ちゃん。美波ちゃんも「うぅ……そうですよ……私が悪いんですよ……」と呟きながら立ち上がったのを横目で見つつ、文香ちゃんのベッドの横に置いてあるパイプ椅子に座り直す。

 

「もしかして文香ちゃんはスケジュールが狂ったことに対して罪悪感を抱いてるかもしれないけど、今は深く気にしなくていい。本当にこれはしょうがないことだ」

 

 体調管理もアイドルの仕事とはいえ、これは文香ちゃんの性格と気持ちの問題だ。それを管理出来るようになってしまうと、それはもうディストピアの誕生である。アンチスパイラルかな?

 

「しいて言うならこれは『大人側』の問題だ」

 

「大人……では、私は子どもなのですか……?」

 

「……うん」

 

「良太郎さん、今視線が文香ちゃんの顔から下に向きませんでした?」

 

 べ、別に『この胸で子どもはねぇな』とか思ってないよ?

 

「子どもというか、被保護者とか……俺とか舞さんとかが勝手に言ってるだけだけどね」

 

「……福山舞さんが、ですか……?」

 

「そっちじゃなく」

 

 彼女にはあんな風にならずに素直なまま成長してもらいたい。名前が同じだからなんて下らない理由であんなことになってしまったら不憫でしょうがない。

 

 文香ちゃんが美波ちゃんから『今から十五年ほど前に日高舞という伝説のアイドルがいた』という説明を受けている間、壁のモニターでは凛ちゃんたちがステージを降りるところだった。

 

 話しながらでたまに余所見もしてたが、特に目立ったミスもなく、初ステージは成功と言っても問題ないだろう。反省点を指摘するのはまた後日だ。

 

 次にステージに上がるのは……プロジェクトクローネの顔と言っても過言ではない五人……『LiPPS』の『Tulip』だ。

 

 イントロが流れ始め、彼女たちの登場と同時に一気に沸き立つ観客席。先程よりも黄色い声が多い辺り、彼女たちの女性人気の高さが窺える。

 

「……彼女たちが終われば、次は橘さん。そして……文香ちゃん、君だ」

 

「………………」

 

「無理しなくてもいい。でも、これだけは知っていてほしい」

 

 自身の膝の上に置かれていた文香ちゃんの手にそっと触れる。

 

「君の歌を聴くために来た観客がここにもいる。……君の歌を、聞かせてほしい」

 

「……はい」

 

「それじゃあ、まず顔を上げて」

 

「……はい」

 

「髪を整えて」

 

「はい」

 

「にっこり笑って」

 

「……こ、こうですか?」

 

「そこで胸を寄せて」

 

「はい……はい?」

 

「……良太郎さん?」

 

 軽いジョークだよジョーク。

 

 ジト目で俺を睨みながら、何故か自身が少しだけ胸を寄せるポーズをする美波ちゃん。そんな俺たちを見てクスクスと笑う文香ちゃん。

 

 ……どうやら、彼女は歌えそうだ。

 

 

 

「……とまぁ、そんな経緯です」

 

「……そうか」

 

 文香ちゃんに付き添って舞台裏に戻ってくると、丁度美城さんが武内さんに事情の説明を求めているところだったので、武内さんから俺にバトンタッチ。

 

 舞台裏にも設置されているモニターには、やや表情は固いもののしっかりと自分の持ち歌である『Bright Blue』を歌い上げる文香ちゃんの姿が映っている。ややメンタルやフィジカルに難がある彼女であるが、美城さんが見込んだアイドルとしての素質は間違いなかったようだ。

 

「武内さんの判断は間違ってないですし、それは俺が提言したことでもあります。寧ろ咎められるとしたら、他事務所の俺で……」

 

「……いや、君も彼も咎めるつもりはない。今回の一件は、君が言うように段階を跳ばしすぎた私の責任だ。……すまなかった」

 

 いつもより少し強く眉根を寄せながら、美城さんは謝罪の言葉を口にした。

 

「……ただ、間違っていたのはそれだけだ。私は、私の理想とするアイドルは……『Project:Krone』は間違っていない」

 

 そう言って俺に視線を向けてくる美城さん。その表情は既にいつもの屹然としたもので……それでいて、同意を求める子どものそれにも見えた。

 

「………………」

 

 俺はその問いかけに答えず、モニターへと視線を戻す。歌い終わった文香ちゃんが深く一礼をすると、歓声が沸き上がった。ここにまた一人、アイドルの誕生だ。

 

 この後はクローネメンバーによるMCが入り……その後は、いよいよ彼女たちの全体曲。

 

「……それを決めるのが誰か……貴女も知っているでしょう?」

 

 

 

 ――決めるのはいつだって、それを受け止めるファンのみんなだ。

 

 

 

 その曲はシンデレラプロジェクトの『GOIN'!!!』のようにファンを盛り上げる曲ではない。

 

 それはファンに()()()()()曲。

 

 そこに立っているアイドルたちがどういう存在なのかを知らしめるための曲。

 

 例えそこにどんな事情が孕んでいたとしても……彼女たちは選ばれた『お姫様』で。

 

 その曲は彼女たちが選ばれた存在であることを示すためもの。

 

 冠されたその名は――。

 

 

 

 ――『Absolute(アブソリュート)

 

 

 

 

 

 

 さて、今回の事の顛末という名のオチを語ることにしよう。

 

 初お披露目となったクローネの『Absolute』は、見事にファンたちを魅了し尽くして大成功に終わった。曲が終わった直後の一瞬の静寂からの大歓声は、裏で見てた俺たちにも直接振動となって届いたほどである。

 

 勿論クローネだけでなく、シンデレラプロジェクトのみんなも大成功と言っていい結果であり、それを聞きに来た武内さんに対し美城さんが「……私の口から言うまでもないだろう」と返したほどだ。これでシンデレラプロジェクトの一次審査は無事に突破となり……いよいよ、次は『シンデレラの舞踏会』になる。

 

 公演終了後、舞台裏のスタッフに交じってアイドルたちを出迎えたところ、俺に気づいたみりあちゃんが莉嘉ちゃんを伴って突撃してきて「何か頑張ったご褒美ちょーだい!」とねだってきた。そしてこんなこともあろうかと頼んでおいた『身内特権! 必殺翠屋デリバリー!』によって恭也が届けてくれたシュークリームを全員に振舞った。あらかじめ桃子さんたちに話をつけ、さらに前日の仕込みを手伝った甲斐があるというものだ。

 

 そしてそのまま打ち上げへ……と普段ならばいくところだが、生憎未成年が多い彼女たちをこれ以上拘束するわけにはいかない、というかそんなことをしようとするスタッフは俺が許さない。なので打ち上げは後日となり……アイドルのみんなは、そのまま帰路に付くことになった。

 

 

 

「……ふふっ、二人ともグッスリですね」

 

「疲れたんだろうね」

 

 家が同じ方向で知り合いだからという理由で、俺は凛ちゃんとみりあちゃんと文香ちゃんの送迎を申し出た。そして助手席に凛ちゃん、後部座席にみりあちゃんと文香ちゃんを乗せたのだが、出発して早々みりあちゃんが文香ちゃんの膝を枕にして眠ってしまい、凛ちゃんも気が付けば寝息を立てていた。

 

「文香ちゃんは大丈夫?」

 

「はい……今日は本当にありがとうございます」

 

「なんのなんの。女の子を乗せて車を走らせるとか男の本懐で……」

 

「……今日の全部に、です」

 

「……そうだね、その感謝の言葉は素直に受け取っておくよ」

 

 その後はしばらく車内には沈黙が流れる。けれどすぐに文香ちゃんの家に着いたため、その沈黙も終わる。

 

「今日はお疲れさま、文香ちゃん」

 

「お疲れ様です……周藤さん」

 

 起こさないようにみりあちゃんをそっと膝から下して車から降りる文香ちゃん。俺もハザードを点けて車を停め、外に出て彼女を見送る。

 

「……お、見て見て文香ちゃん。満月」

 

 やたら明るいと思ったら、見上げたそこには丸く光るお月様。

 

「………………」

 

 そんな月を見上げながら、文香ちゃんは腕を月に伸ばしていた。大人っぽい雰囲気の彼女にしては子どもっぽいその仕草が、何故だかとても神秘的に感じた。

 

「……()()()さん」

 

 こんな文学美少女と二人で満月を見上げるシチュエーションに一人静かに感動していると、文香ちゃんに名前で呼ばれた。何気に初めてのことである。

 

「なに?」

 

 

 

「……あの」

 

 

 

 

 

 

「『意を決した少女は口を開く』……」

 

「こんにちわー! 文香さーん!」

 

「っ! ……いらっしゃい、はやてちゃん」

 

「いやーこの間のライブ、凄かったです! 招待してくれてありがとうございました! ……ん? 何ですか、それ」

 

「これは……その……」

 

「……はっ!? まさか文香さんの自作小説!?」

 

「……少しだけ気になった小説の一文を、書き出しただけですよ」

 

 

 

 ――この気持ちは、きっと恋じゃない。

 

 

 

 ――だって。

 

 

 

 ――叶わないと知っていても……こんなに心が温かいのだから。

 

 

 




・『Trancing Pulse』
トラプリの初ユニット曲。アニメで初めて聞いた時の衝撃は今も忘れられない。
……あの衣装、デレステでも3Dモデルあったらよかったのに……。

・アンチスパイラル
ディストピアで思いついたのがコレかフレッシュプリキュアのアレだった。

・「私の責任だ。……すまなかった」
ここの常務は自分の非をちゃんと認められるいい子。

・『Absolute』
クローネ全体のオリジナル曲。相変わらず作者のネーミングセンスが(ry
なお似たような曲は元々あるけど、これしか思いつかなかったんや……!

・『身内特権! 必殺翠屋デリバリー!』
※Lesson06ぶり二度目

・この気持ちは、きっと恋じゃない。
実は最初はガチ告白させる予定だったのですが……そのあと色々とマズいことにしかならない展開しか思いつかなかったので没に。



 ふみふみガチ告白未遂。実は良太郎の相手は、こういう大人しい子の方がいいのかもしてない。

 ……さてと。いよいよこの時が来ましたね……来ちゃいました。第五章最大の山場です。

 次回『島村卯月』編スタート。



『どうでもいい小話』

 フェス限奈緒 & 月末加蓮

 無事お迎え完了!

 また後日ツイッターにてお迎え記念短編を上げますので、そちらもよろしくお願いします。


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Lesson217 Why are you a smile?

デレマス編最大の山場、スタート。


 

 

 

 ……憧れていた場所を、私はただ遠くから眺めていました。

 

 

 

 私と一緒に並んで歩いていたはずのみんなは、いつの間にかキラキラ輝くアイドルになっていて……。

 

 

 

 ……私らしさって……なんなんでしょう。

 

 

 

 

 

 

「……さてと」

 

「ん、冬馬、何処か行くのか?」

 

 そろそろお昼だから、事務所にいたジュピターの三人を連れて飯でも食べに行こうとしたら、何やら冬馬が出かける用意をしていた。

 

「とーま君、一緒にお昼行かないのー?」

 

「良太郎君が知り合いにおススメされたっていう親子丼を食べに行くって話になったんだけど」

 

 知り合いというか、外で食事をする際にたまに見かけて顔見知りになったグルメなおじさんなのだが、その人に教えてもらった『ふわとろ親子丼』というのが気になったのだ。おじさん曰くチャージ料なんてものも存在するぐらい意識の高いお店らしいが、それでも味は間違いないと太鼓判を押していた。

 

 しかし翔太と北斗さんの誘いに対しても、冬馬は一瞬悩む素振りを見せた後で首を横に振った。

 

「あー……悪い、この後少しだけ用事がある。次は確かテレビ局で打ち合わせだったよな?」

 

 それには間に合うように戻る、と言い残し、冬馬は自分のリュックを背負ってラウンジを出て行った。

 

「……とーま君、最近一人で何やってるんだろう」

 

「たまにこうして、一人でフラッといなくなるよね?」

 

「……もしかして」

 

「ん、良太郎君、心当たりがあるのかい?」

 

「心当たりって程のものじゃないんだけど……」

 

 以前、士郎さんから聞いた『冬馬が指導のコツを知りたがった』という話。もしかして、今日もその指導に行っている……ということなのだろか。

 

「とーま君が、誰かに何かを教えてるってこと?」

 

「そうなるな」

 

「ふむ……冬馬はあぁ見えて面倒見がいい性格だし、それ自体は別に不思議じゃないね。気になるのは()()ってところかな?」

 

 それは俺も気になっていたところだ。今更春香ちゃんたち765プロ組にレッスンすることもないだろうし、可能性として高いのはバックダンサー組だが……。

 

「……まぁ、気になるなら本人から直接聞けばいいだけでしょ」

 

 ここでどうこうと想像を働かせたところで答えは出ないし、弄るにも本人がいないのであればつまらない。

 

 さぁご飯ご飯と俺たちも出かける準備を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 ――天ヶ瀬さん! 私のレッスンを見てはもらえないでしょうか!?

 

 そんなメッセージが島村の奴から送られてきてから、早一ヶ月が経とうとしていた。

 

 それを読んだ瞬間は「寝言をメッセージとして送信するとは器用な奴だな」とでも返してやろうかと思ったが、話を聞いてみると一応寝言ではなく理由があったらしい。

 

 しかしその理由が『ユニットメンバーが他のことを始めたから、自分も何かしたかった』というものに一瞬だけイラッとしたが……わざわざそれを俺に頼んできたことに、きっとあいつなりに思うところがあったのだろう。そういうことにした。ただ単に頼める相手が俺だけだったとかそんなくだらない理由じゃないだろう、きっと。

 

 結局、俺はその申し出を受けてやることにした。

 

 基本的な流れとしては、俺の空いてる時間を島村に教えてやり、その時間に島村の予定が空いていたらそこでレッスンを見るというもの。俺から空いてる時間を教えてやらないといけないことが疑問だが、空いている時間は明らかに俺の方が少ないので、そうした方が効率がいいので仕方がない。

 

 そしてレッスンを見てやると言っても、当然俺はあいつのトレーナーじゃなければ同じ事務所に所属しているわけでもない。故に根本的な部分を教えてやることは出来ないので、細かい動作や仕草などを指摘してやる程度だ。それでも島村(あいつ)は、俺からの指導を喜んで受けている。いや、向こうからお願いしておいて喜ばなかったらそれはそれで問題だが。

 

 正直に言うと飲み込みはよろしくないが……努力して何とかしようとしている姿勢だけは認めてやろう。『諦めない』ということは、どんなことにおいても重要なことだ。

 

 というわけで今日も島村のレッスンを見てやるために、アイドル養成所のレッスンスタジオへとやって来た。俺と島村の古巣であり、俺たちが初めて出くわした場所でもあるここでレッスンを見てやっている。勿論養成所の先生には許可を貰っているが……あの人、「頑張ってね、天ヶ瀬君!」と何故か俺が頑張ることになっていたから、多分色々な意味で誤解してやがる。

 

 階段を昇り、スタジオの扉を開ける。そこにはいつものように、先に来ていた島村が自主練を――。

 

「………………」

 

 ――始めておらず、ジャージに着替えた姿で何故か床に座り込んで鏡をじっと見ていた。

 

「……よう」

 

「っ!? お、おはようございます!」

 

 俺が入って来たことにも気づいていなかったらしく、声をかけると島村はワタワタと慌てて立ち上がった。一瞬だけそんな島村の様子に違和感を感じたが、もしかしてプライベートなことかもしれないので触れないことにする。

 

「……今日も俺はこの後仕事がある。さっさと初めて早めに終わらせるぞ」

 

「は、はいっ!」

 

 着替えの手間を省くため、俺もすぐに動ける格好で来ている。こいつも俺が来る前には既にアップを終えているので、レッスンはすぐに始められる。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 しかしどうやら今回は違ったようだ。

 

「その、まだアップ終わってません……」

 

「……はぁ。時間少ないって言ってるんだから、それぐらいちゃんとやっとけ」

 

「す、すみません……」

 

 いつもだったら「なにボサッとしてたんだよ!」と言うところだが……先ほどから感じている違和感が気なり、その程度で済ませる。

 

「……オメェもそろそろ忙しくなるんじゃねぇか? そうなったらレッスンも見てやれなくなるんだから、一回一回気合い入れていけ」

 

「は、はい……あの、天ヶ瀬さん……そのこと、なんですけど……」

 

「ん?」

 

 

 

「……私、しばらくお仕事をお休みすることになりました」

 

 

 

「……は?」

 

 準備運動をしながら放った島村のその発言に、思わず呆気に取られた声が出た。

 

「だから、その、天ヶ瀬さんのご予定が空いていて、それでいて無理がないようであれば、私はいつでも時間を作れるようになりましたので、またレッスンを……」

 

「……何かあったのかよ」

 

 プライベートなことかもしれないので踏み込まないと決めたばかりではあるが、これは流石に聞いておかないといけないと感じた。

 

「……プロデューサーさんに『最近ちょっと仕事を頑張りすぎです』って言われちゃいまして……だから、少しだけお休みを貰って、基礎レッスンをやり直して体力をつけようって思ったんです」

 

 開脚前屈をしながらそう答える島村は、俺の位置からは後頭部しか見えないのでどんな表情をしているのかは分からなかった。

 

「このままだと……凛ちゃんや未央ちゃんたちに、迷惑をかけちゃうと思ったから……」

 

「……ふん。その代わり、俺の負担を増やすのは構わない、と?」

 

「えぇ!? あ、いや、違うんです! そういうことじゃなくて!?」

 

 少しだけ意地悪くそう尋ねると、島村は慌ててこちらを振り向こうとする。しかし開脚前屈の最中で体勢的に力を入れることが出来ず、床に倒れたままバタバタともがいていた。

 

「冗談だよ」

 

 とはいえ、仕事を休んでまで基礎レッスン……か。

 

「島村」

 

「は、はい、なんでしょうか!」

 

「その基礎レッスンてのは、本当に仕事を休んでまでやんなきゃいけねぇのか?」

 

「……え」

 

 仕事を頑張りすぎているから少し休むというのは……まぁ分からないでもない。常に能天気にバカみたいな仕事量を何でもないようにこなす良太郎を見ていると分かりづらいが、本来アイドルの仕事量というのは島村ぐらいの年齢の少女がこなすには激務すぎる。平日の仕事が制限されるため、本来の休日が休日として機能していない。今もオフは当然用意されているだろうが、ほんの半年前までは普通に学生をしていた人間にとっては天と地ほどの差の日程だ。

 

 きっとこいつに必要なのは、本当に休みなのではないだろうか。

 

「……でも、私……」

 

 立ち上がった島村は、俯きながら両手の指を弄ぶ。

 

「その、すぐに疲れちゃうのはきっと体力不足ですし……それに私、物覚えも悪いですから、こうしてちゃんと毎日レッスンしないと、すぐに他のみんなから遅れちゃって……」

 

「……はぁ」

 

 初めて会った時はもっとポジティブな奴かと思ったが、この間の一件からそんな気はしていたが、やっぱりこいつも一人で抱え込むタイプだった。

 

「今日の分のレッスンはちゃんと見てやる。……でも、しばらくこれも終わりだ」

 

「……えっ!?」

 

 俺がそう言うと、島村はバッと顔を上げた。驚愕に目を見開き、信じられないといった様子の愕然とした表情をしている。そんな表情に少し罪悪感を抱いたが、これはこいつのためだ。

 

「休むんなら休め。オメェのそれは体力不足じゃねぇ。それは散々レッスン見てやってたんだから分かる。いいか? 今お前がすべきことは――」

 

 ゴッと少し強めに島村の額を人差し指で突く。

 

「――そんな結論に至ってしまった自分自身を、もう一回考え直せ。自分の不調の原因が分かったら、またレッスン見てやる」

 

「……で、でも」

 

「ハイかイエスで返事をしろ」

 

「アイタタタッ!? わ、分かりましたっ!」

 

 まだ口答えをしようとした島村の額を強めにグリグリとやって分からせる。

 

 ……本当ならば、仕事に支障が出る前にレッスンを見てやっている俺がそれを止めるべきだった。結局まだ俺はそれに関してはズブの素人で……その辺りを配慮してやれなかった自分に腹が立つ。

 

 俺はこいつのプロデューサーじゃない。けれど、例えば秋月さんだったら、赤羽根さんだったら……良太郎だったら。そんなことを考えてしまう俺自身も、きっと島村と同じで考えすぎなのかもしれない。

 

「軽く体動かすぐらいは何も言わん。でも何回も言うぞ、お前のそれは体力の問題じゃない。基礎レッスンでどうこうなることでもない」

 

 だから考えろ。そう言って聞かせると、島村はようやく素直に頷いた。

 

「……分かりました。島村卯月、頑張ります!」

 

「だから頑張りすぎるなっつってんだろが……」

 

 けれど、これはこいつの癖みたいなものだし、そこを突っ込むのは今更だ。

 

 

 

「ただでさえ短い時間が今のでまた短くなった。さっさとやるぞ……しばらく俺がレッスンを見てやれない以上、ミッチリとシゴいといてやるからな」

 

「お、お手柔らかに……い、いえ、頑張ります!」

 

 

 




・ふわとろ親子丼
・チャージ料
帝愛というドブラック企業があるかどうかは秘密。

・天ヶ瀬さん! 私のレッスンを見てはもらえないでしょうか!?
実は今まで明言はしていなかったはず。……いやまぁ、みんな気づいてただろうけど。

・「頑張ってね、天ヶ瀬君!」
養成所の先生からもそういう目で見られている天ヶ瀬ぇ……。

・「……私、しばらくお仕事をお休みすることになりました」
物語進行してました。補完は次回。

・島村の額を人差し指で突く。
許せサスケには一本指が足りない。



 ついに始まってしまった島村卯月編ことアニメ23~24話編ですが、初めに言っておきます。

 アニメより酷いことになります。ネタではなくガチ的な意味で。多分何人かから怒られるレベルです。でも書きます。デレマス編を始めた時から考えてた展開ですから。

 ……胃が痛ぇ……。



『どうでもいい小話』

 SS3Aお疲れさまでした! 二日目のみLVで参加しました!

 言いたいことは何個かあるんですが、これだけ。

 ……新人組のキャラ濃すぎぃ!!


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Lesson218 Why are you a smile? 2

何処か不穏な卯月編二話目。


 

 

 

 秋フェスが無事に終わり、トライアドプリムスとしての活動が一段落ついた私は再びシンデレラプロジェクトでの活動を再開すべく、久しぶりに地下の資料室へとやって来た。

 

「あっ! 凛ちゃん!」

 

「凛ちゃん久しぶりー!」

 

 ドアを開いて私の姿を見つけた途端、みりあと莉嘉が駆け寄って来た。他のみんなも「久しぶり!」と声をかけてくる。

 

「久しぶり……と言っても、秋フェスの会場で一緒だったけどね」

 

「あ、そういえばそうだったね」

 

「それでもやっぱり、こうやってこっちで会うのは久しぶりだから……ね?」

 

「……それもそうだね」

 

 美波に言われ、お互いに顔を見合わせてクスリと笑う。

 

 そのとき、ガチャリとドアが開いた。

 

「……皆さん、お揃いのようですね」

 

 今では既に見慣れた仏頂面のプロデューサーが資料室へと入って来た。

 

「って、ちょっと待って。まだ卯月がいない」

 

 グルリと室内に目を向ける。私と同じように今日はクローネからこちらへやって来たアーニャもいるし、足しか見えないけど杏もいる。未央や美波といった、菜々さんや夏樹さんたちのように途中から入ったメンバーを除く初期メンバーが揃っている中で……卯月の姿だけがなかった。

 

「あれ、そういえばいないね」

 

「前の仕事が遅くなってるとか?」

 

 ワイワイとみんなが憶測を口にする中、何故かプロデューサーだけが気不味そうに目を逸らした。

 

「……何かあったの?」

 

「……はい、実は――」

 

 

 

「……よ、養成所……?」

 

「……はい」

 

 島村卯月は現在仕事を休み、養成所へと出向いている。それがプロデューサーの口から語られた卯月の行方だった。

 

「もうデビューしてるのに、なんで?」

 

 みりあが口にしたそれは、この場にいる全員が思った疑問だった。ただレッスンをしたいのであれば、事務所のレッスン室を使えばいい。トレーナーさんだっている。いくら常務によってこんな地下の資料室しか行き場が無くなった私たちとはいえ、それぐらいはいつだって出来るはずだ。

 

「っ! もしかして、美城常務が何か……!?」

 

 その可能性を口にしたのは、李衣菜だった。

 

 私も一瞬だけその考えが頭を過った。

 

 でも……。

 

 

 

 ――先日の一件は、君たちに場数を踏ませずに最初の舞台を大きくしすぎた私にも責任がある。

 

 ――……すまなかった。

 

 

 

 ……秋フェスが終わった後、常務は私たちに向かってそう言った。顔こそいつもと変わらぬしかめ面で、頭を下げたわけでもないが……それでも彼女は、しっかりと謝罪の言葉を口にしたのだ。

 

 確かにあの人は、多くのプロジェクトを解体し私たちを地下へと追い込んだ張本人で、奈緒と加蓮のデビューが遅くなったのも彼女のせいだ。

 

 けれど、クローネとして活動していく内に、少しだけ美城常務の行動基準が分かって来たような気がする。

 

 あの人は、自分の中に()()()()()()()()を持っており、それに逸脱しなければ肯定し、逸脱すれば否定する。そのアイドル像の範囲内であれば自分の非を認めるし、アイドルたちも応援する。

 

 楓さんの『大切な場所でのライブ』を優先させたように。

 

 そのライブの前説だった私に激励の言葉を贈ったように。

 

 アイドルのファンを自称しつつ、アイドルたちを蔑ろにするようなことをしていた美城常務。一見矛盾しているような行動には、彼女の中では明確な線引きがあったんだ。簡単な話が、彼女がアイドルとして認める者がアイドルであり、それ以外はアイドル未満なのだ。

 

 自分の中の価値観の押し付け。自分で言っておいて、まるで暴論だ。

 

 けれど圧制ではあっても暴政ではない。現に彼女がアイドル部門の革新を始めてから()()()()()()()()()()()()()()し、いい顔は全くしていないものの一応私たちシンデレラプロジェクトの活動も認められている。

 

 だから卯月がレッスンを出来ないように何かした、という可能性は低いと思う。

 

(……でも、そこだけ少しだけ引っかかるんだよなぁ……)

 

 「結果を出せばそれでいい」みたいなことをプロデューサーには言ってるみたいだけど、自分の理想のアイドルを推し進めたいという彼女の願望とはまた別の話になって……。

 

(……ん? ()()()()()()()?)

 

 あれ、今何か……。

 

「しまむーが、自分で……?」

 

「っ」

 

 未央の声に我に返る。美城常務に対する考察は後。今は卯月のことだ。

 

「はい、基礎レッスンをやり直したいという申し出がありましたので……ご本人の意向を汲むことにしました」

 

「で、でも、美穂ちゃんとのレギュラーのお仕事入ってるんですよね?」

 

 肯定したプロデューサーに、美波が問いかける。なんでも秋フェスが終わった後ぐらいから、別部署の小日向美穂とのレギュラーの仕事が決まったと言っていたはずだ。

 

「はい……ですのでその間、皆さんに何らかのフォローをお願いすることがあるかもしれません。そのときは、よろしくお願いします」

 

『……は、はい』

 

 そう言って頭を下げたプロデューサーに対するみんなの返事は、了承ではあったもののどこか気の抜けた返事だった。

 

「……舞踏会、もうすぐなのに……」

 

「卯月ちゃん、どうしたんだろ……」

 

 智絵里とかな子が心配そうに呟く。他のみんなも心配そうな表情をしていた。

 

「大丈夫。笑顔で待ってよう?」

 

「きらりちゃんの言うとおりね」

 

「ダー。笑顔、大事です」

 

 きらり・美波・アーニャの言葉に、みんなの間に流れていた重い空気が軽くなるのを感じた。

 

「………………」

 

 それでもまだ私は、心配が拭い去れなかった。

 

 ちらりと横目で未央を見ると、こちらもまた浮かない表情。

 

「……後で、連絡してみよっか」

 

「……うん、そうだね」

 

 

 

 

 

 

「……はぁ……はぁ……」

 

 天ヶ瀬さんとの最後のレッスンを終えた翌日。結局……私はまた、養成所(ここ)に来てしまっていた。

 

 天ヶ瀬さんの言葉を疑ったわけじゃない。彼の言葉を信じられなかったわけじゃない。ただ少しだけ昨日のレッスンのおさらいをするだけ……本当にそれだけのつもりだった。天ヶ瀬さんにアドバイスしてもらった点を復習するだけだった。

 

 でも。

 

「……なんで」

 

 今日の私は、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 昨日と同じように踊っているのに、どこか違う。いつもだったら、次に天ヶ瀬さんに会うときに聞けばいいやと、軽く流す程度の違和感。

 

 けれど、しばらくは天ヶ瀬さんとのレッスンはない。メッセージで聞いてみるという手もあるが、彼から「しばらく休め」と言われたばかりだったのでそれも憚られる。

 

 その結果、違和感を直すために何度も踊り、何度も繰り返し……気が付けば二時間が経っていた。

 

「……何がダメなんだろう」

 

 繰り返すほどに違和感は強くなる。どこがダメなのかが分からない。

 

 タオルで汗を拭いていると、スマホが鳴る音が聞こえてきた。

 

(もしかして、天ヶ瀬さん……!?)

 

 何の根拠もなかった。でもこれが天ヶ瀬さんの電話だったら……そう考えるだけで胸が熱くなった。でもレッスンをしていることを知られてしまったら……そう考えると急に怖くなった。

 

 複雑な思いで恐る恐るスマホの画面を覗き込むと、そこには凛ちゃんの名前が。

 

「………………」

 

 ホッとしたようなガッカリしたような……そんな思いで通話ボタンを押した。

 

「も、もしもし」

 

『あ、卯月……今、大丈夫?』

 

「はい。ちょうど休憩してたところです」

 

 その場に座り込み、話をする姿勢になる。

 

『そっか……話はプロデューサーから聞いた。ビックリしたよ。養成所って……なんで?』

 

「……もう一回、ちゃんとレッスンしようと思ったんです。……凛ちゃんも未央ちゃんも、凄い頑張ってますから」

 

 未央ちゃんは今演劇の勉強中で、本番の舞台も近づいてきている。たまに台本合わせの練習に付き合うことがあるが……日に日に上達していくのが、素人の目でもよく分かった。

 

 そして凛ちゃん。今や人気急上昇中のプロジェクトクローネの一員であり、トライアドプリムスのセンター。あの秋フェスの日。舞台裏から見た凛ちゃんのステージは、とてもキラキラしていて……一瞬だけ、私が凛ちゃんと同じユニットの一員だということが頭から消えてしまった。

 

 私は、こんな二人と肩を並べていいのだろうか。

 

 私は、こんな二人と比べて何が出来るのだろうか。

 

 秋フェスの前、三人それぞれ別の方法で成長しようと約束したあの日、二人のように何かをしたくて天ヶ瀬さんにレッスンのお願いをした。今思えば自分でもかなり失礼なことをお願いしたんじゃないかと思っている。

 

 しかし天ヶ瀬さんはそれを承諾してくれた。事務所も違えばそれほど親しいわけじゃない私のレッスンを、わざわざ空いている時間に見てくれた。

 

 ……それなのに……。

 

「……また凛ちゃんたちと一緒のステージに立てるように……私、頑張ります!」

 

『……本当に、大丈夫?』

 

「はい、待っててください! すぐに戻ります!」

 

『……分かった』

 

 

 

 ……すぐに、戻りますから。

 

 

 

 

 

 

 閉店間際の翠屋。お客さんがほとんど捌け、ほぼ貸し切り状態になった店内で、俺は凛ちゃんから「ちょっと聞いてほしいことがある」と切り出された。

 

「……ふーん、卯月ちゃんが養成所にねぇ」

 

「うん……そういう人って、実は珍しくなかったりする? アイドルデビューしてからも、養成所に戻ってレッスンする人」

 

「いや、少なくとも俺は聞いたことないなぁ」

 

 凛ちゃんからの問いかけに、ゴリゴリと手動ミルを回しながら知り合いのアイドルを思い浮かべる。春香ちゃんが一度事務所のみんなでのレッスンを重要視しすぎて仕事をお休みしようとしていたことはあったけど……それとはまたちょっと違うと思う。

 

「でも、ちょっと心配ではあるね」

 

「え?」

 

「受験が終わって志望校に入学できたのに、勉強不足だからって予備校に戻る人はいないでしょ? 勉強は学校でもできる。レッスンだって事務所でできる」

 

 それでも戻ったというのであれば、そこにあるのはきっと理由じゃなくて()()だと思う。

 

「もしかして何か悩みがあって、それをゆっくりと考えてるのかもしれないね……今の俺みたいに」

 

「……さっきからずっと聞こうと思ってたんだけど……良太郎さんはさっきから何してるの?」

 

「ん? 見てのとおり、コーヒー豆を挽いてるんだけど」

 

「……なんでわざわざカウンターの中に入ってまで?」

 

「たまーにこうして自分でコーヒーを淹れるのが趣味なんだ。たまに落ち着きたいときに、こうやって豆を挽いてるんだ」

 

「物心ついたころからの付き合いがある私ですら初耳なんだけど」

 

 そろそろ五年連載してるっていうのに今更初出の情報はどうなの? とジト目の凛ちゃん。ちなみに、勿論士郎さんからの許可を貰ってカウンターの中にいます。

 

「……それで? 良太郎さんの悩みって何?」

 

「別に大したことじゃないんだけどね」

 

「いつも話聞いてもらってるし……力不足かもしれないけど、私にも聞かせて」

 

 ……ありがとう、凛ちゃん。

 

 

 

「前回辺りから感想で全然主人公扱いされてなくて……」

 

「割と自業自得だと思うし、そもそも普段から別に主人公扱いはされてないと思う」

 

 

 




・……すまなかった。
この世界の美城常務はキチンと謝れる偉いコ。

・美城常務の基準
今までもちょくちょく触れてたけど、彼女は『自分の理想とするアイドル』を明確な基準として動いています。その基準の中であればちゃんと自分の非も認めます。

・圧制であっても暴政ではない。
まぁ異論は色々あると思うけど。
原作でも言ってることを言い換えれば「こうすれば売れるって! アイドルってこういうもんだから! ほらみんな路線切り替えて! 足並み揃えて!」だし。

・コーヒーを淹れるのが趣味
作者も初耳ですね(すっとぼけ)

・「前回辺りから感想で全然主人公扱いされてなくて……」
安心しろ! 今回本当にほぼちょい役だからな! あくまで『今回』はだけどな!



 卯月関連のことには触れません。その辺は後々の本編で。

 さて……いよいよ次回です。



『どうでもいい小話』

 デレステ三周年記念の宝くじ、みんなはちゃんともらえましたか? 作者は一枚取り逃しました……。

 というわけで今回も宣言しておきましょう。

 三等以上が当たったら! R18の番外編を書きます!



『どうでもよくない小話』

 み、ミステリアスアイズ(奏&楓)でイベントだとおおおぉぉぉ!?

 ……準備は、出来た(放置スコアS編成構築済み)


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Lesson219 Why are you a smile? 3

亀裂


 

 

 

「えっ……来ないでってこと……?」

 

「あ、いや、その……そういう言い方じゃなかったけど……」

 

 翌日の事務所。トライアドプリムスとしてのレッスンの休憩中、私の後に卯月に電話したらしい未央に話を聞いた。

 

「軽くそんな雰囲気だったっていうか……『わぁ! 来てくれるんですか!? 私も会いたかったんです!』……とか、しまむーだったら言いそうじゃん?」

 

「……うん」

 

「……ど、どーしたのさしぶりん! ほら、いつもだったらここで『なんか無駄に似てるのが腹立つ』とか、そんな感じで……」

 

「………………」

 

「……ごめん」

 

「ううん……こっちこそ、ごめん……」

 

 陰鬱な空気に、思わず閉口する。いつもの未央との会話とは思えないぐらい長い沈黙が流れる。

 

「……で、でもさ、これなら!」

 

 そう言って顔を上げた未央が取り出したのは、一枚の広告。それはつい先ほどプロデューサーから手渡されたもので……私たちニュージェネレーションズのライブの告知だった。クリスマスイヴという重要な日でのライブ。きっと、用意してくれたプロデューサーも大変だったんじゃないかと思う。

 

「久しぶりに、ニュージェネの三人でステージに立てるんだよ……きっと、しまむーも喜んでくれるよ!」

 

「……うん、そうだね」

 

 あの日、私たち三人が別々の道でパワーアップしようと誓ったあの日から立てていなかったステージに、また立つことが出来る。そう考えるだけで、私も嬉しかった。

 

「久々のニュージェネだよ! 気合い入れてかないとね、しぶりん!」

 

「そっちこそ頑張ってよ、リーダー」

 

「……う、うん!」

 

「待って、今の間は何?」

 

「……歌い出しって『小さく前ならえ』でよかったよね……?」

 

「ちょっと!?」

 

「冗談だってば~!」

 

「もう……」

 

 ニヘラっと笑う未央に、思わず苦笑してしまう。今度こそ、先ほどの重苦しい空気を変えることに成功したようだ。

 

 ……これで全てが解決するわけじゃないけど……それでも、これをきっかけにまた始めることが出来る。

 

 このときは、そう思っていた。

 

 

 

 

 

 

「……え、しまむー、ノリ気じゃないって……?」

 

「……はい」

 

「そんな……」

 

 その翌日。プロデューサーから告げられた言葉に、私たちは愕然とした。

 

 私たち三人で立つ久しぶりのステージを一番喜んでくれるのは、卯月だと思っていた。でも、その卯月がそのステージに上ることを肯定しなかった。

 

「……プロデューサー、なんで養成所なの? 卯月はどうしちゃったの?」

 

「……私も、ハッキリとは分かりません」

 

 私の問いかけに、プロデューサーは首を横に振った。

 

「ですが……『そこでやることがある』と、島村さんはおっしゃっていました」

 

「やること……?」

 

 それは……私たちニュージェネとしての活動以上に、やらなくちゃいけないことなんだろうか。

 

「個別の活動は、皆さんにとって必要なことだったと思っています。養成所の件も、島村さんが前に進むために必要ならばと了承しましたが……このままではよくないのではと、今は思っています」

 

「……卯月……」

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

「……凛」

 

「っ」

 

 トライアドのレッスンの休憩中、ベンチに座って卯月からのメッセージがないことに嘆息していると、声をかけられて慌てて立ち上がる。

 

「加蓮、奈緒……」

 

「卯月ちゃんのこと、心配なんだよね?」

 

「何日も仕事休んでるんだろ?」

 

「……さっきは、ごめん」

 

 三人でボーカルレッスンの最中、思わず卯月のことを考えてしまい、歌詞が頭から飛んでトレーナーさんから怒られてしまった。確かに卯月のことは心配だが、だからといってトライアドとしての活動を蔑ろにしていいわけにはならない。

 

「様子、見に行かなくていいの?」

 

「……うん、そうだよね」

 

 このままメッセージが来るのを待っているだけじゃ、きっと時間がかかりすぎる。それこそクリスマスイブのライブなんて、絶対に間に合わない。

 

 直接会って、話をしよう。あのときと、同じように。

 

「それじゃあ、レッスンが終わってから……」

 

「今すぐ行きなって」

 

「……え」

 

「歌詞を忘れるぐらい気になってるんでしょ?」

 

「ニュージェネは、あたしたちにとっても大事な存在だからさ」

 

「加蓮……奈緒……」

 

「トレーナーには、あたしたちが上手く言っておく!」

 

「……ありがとう」

 

 二人の気遣いが本当に嬉しくて、頭を下げる。

 

「……頑張って、凛」

 

「……うん!」

 

 

 

 加蓮と奈緒の後押しがあり、卯月と直接話そうと決めた。未央にも連絡を取り、一緒に卯月の養成所まで彼女と話をしに行こうと思ったのだが……生憎、私たちは養成所の場所を知らなかった。だから資料室で作業をしていたプロデューサーに教えてもらおうとしたのだが……。

 

「……島村さんの件に関しては……私に、任せてはもらえないでしょうか」

 

「え……!」

 

 プロデューサーは、私たちの頼みに対して首を縦に振ってくれなかった。

 

「お二人は、現在の活動に集中してください。島村さんは、私が……」

 

「もうそういうこと言ってる場合じゃないでしょ!?」

 

 思わずバンッと強くプロデューサーの机を叩いてしまった。

 

「しぶりん、落ち着いて」

 

「だって未央……!」

 

「ねぇ、プロデューサー。あのときさ、私がここから飛び出して行っちゃったとき……追いかけてきてくれたプロデューサー、私の話を聞いてくれたよね?」

 

 私の肩に優しく手を置いた未央。プロデューサーに話しかけるその口調は、普段の未央のものとは思えないぐらい優しいそれだった。

 

「はい……」

 

「そのときも話したけど……私、この三人が大好きなんだ。きっかけは、プロデューサーが選んだからだけど……今の私にはこの三人のユニットが一番大切。だからあのとき、私は話したいって思った。これからもずっとこの三人でいるために、少しでも長くこの三人でいるために」

 

「……はい」

 

「ねぇ、プロデューサー。今回もまた同じ。しまむーを連れてくるとか、理由を聞き出したいとか、そーゆーのじゃなくて……私たちは、しまむーと話したいんだ」

 

「………………」

 

 未央の言葉に、プロデューサーは目を瞑った。

 

「……今、地図をプリントアウトします」

 

「っ! プロデューサー!」

 

「じゃあ……!」

 

「……お二人にお任せしてしまうことが、大変心苦しいですが……きっと島村さんも、お二人にならば全てを話してくれるかもしれません」

 

 プリントアウトした地図を私たちに差し出しながら、プロデューサーは深々と頭を下げた。

 

「……よろしくお願いします」

 

「……任せて」

 

「プロデューサーは、私たち三人に最高のステージを用意しておいてよね!」

 

 こうして無事に養成所の場所を教えてもらった私たちは、そのままの足で卯月の元へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

「……ここ、だね」

 

「うん」

 

 プロデューサーに貰った地図を見ながらやって来た場所は、とあるビル。ここに卯月がデビュー前までお世話になっていて……そして今現在も通っている養成所が入っているらしい。

 

 一階の事務所で事情を説明して許可を貰い、レッスン室がある階へと昇っていく。

 

 ドアを開け、中を覗くと……そこには、いつものジャージを着た卯月がいた。鏡に向かって、何度もステップを繰り返していた。

 

「……あ、おはようございま……っ!?」

 

 誰かが入って来たことに気付き振り返った卯月は、それが私たちだということに気付いて目を見開いた。

 

「り、凛ちゃん……未央ちゃん……」

 

「………………」

 

「……や、しまむー」

 

 

 

「ビックリしちゃいました……二人とも、もうお仕事は終わったんですか?」

 

「う、うん……」

 

「卯月、クリスマスライブに出たくないって言ったの、ホント?」

 

「っ、しぶりん……!」

 

 未央に袖を引かれたが、聞きたいことを直球に聞く。そのためにここに来たんだから。

 

 タオルで汗を拭いていた卯月が動きを止める。

 

「出たくないなんて……その、今はまだ自信がなくて……だから、またしっかりとレッスンして、自分に自信をつけたら、そのときはまた……」

 

「……本当に、それだけなの? もしかして、私がトライアドとして活動を始めたから……とか?」

 

「……それなら、真っ先に舞台の仕事を始めちゃった私の責任……でもあるよね」

 

「ち、違います! そんなんじゃないです! 凛ちゃんも未央ちゃんも、凄い頑張ってるって、私凄いって思ってるんです! 部署の他の子たちも……それだけじゃなくて、プロジェクトクローネの皆さんも、本当にキラキラ輝いてて……眩しいぐらい、カッコよくて可愛いアイドルで……」

 

 そう言いつつ、徐々に声は小さくなり、俯いていく卯月。夕暮れで薄暗くなった室内でよく見えないけど……とても悲しそうな顔をしているような気がした。

 

「私も、みんなに追いつけるように、負けないように、頑張って……」

 

「それじゃあ、やっぱりライブやろうよ! 元々三人別々の活動を始めたのだって、新しいことをやってパワーアップするためだったんだからさ! 今こそ、誰にも負けない最強無敵な私たちを見せつけて、そのままシンデレラの舞踏会まで一気に……!」

 

「……舞踏会」

 

 意図的に明るく、いつもの調子で卯月に提案した未央だったが……卯月の顔色が変わった。……良い方にではなく、悪い方に。

 

「そう、ですよね……もうすぐなんですよね……なのに私、こんな風で……レッスン見てもらってたのに、何も変われてないや……」

 

 

 

 ――もしかして、アイドルになるの……ちょっと早かったのかなぁ……。

 

 

 

「ちょ、何を言って……!?」

 

「そうですよ、きっと早かったんです。私にはまだ、お城の舞踏会なんて……!」

 

「し、しまむー、ちょっと……!」

 

「そう考えれば、納得できます! 私はまだアイドルになるのが早すぎたから、みんなみたいにキラキラ出来ないんですよ。天ヶ瀬さんもきっとそのことを言ってたんですね……私、分かりました」

 

「待って……ねぇ、待ってって!」

 

「私、頑張りますね! みんなからは少し遅れちゃうけど……また養成所(ここ)で頑張って、それで……」

 

 

 

「いい加減にしてよっ!」

 

 

 

 それ以上、卯月の口からそんな言葉を聞きたくなかった。

 

「り、凛ちゃん……?」

 

 戸惑う卯月に近づき、その腕を掴む。

 

「来て」

 

 

 

 私は、卯月の本当の言葉が聞きたい。ただその一心で。

 

 

 

 

 

 

 でも、私は気づいていなかった。

 

 たった今、自分が開こうとしているのは卯月の心の扉ではなく――。

 

 

 

 ――()()だということに。

 

 

 




・「……私も、ハッキリとは分かりません」
・「ですが……『そこでやることがある』と、島村さんはおっしゃっていました」
原作からの乖離1
三人別々の活動をすること自体は全員納得していた。
だから卯月のきっかけが少しだけ変化。

・「私に、任せてはもらえないでしょうか」
原作からの乖離2
『アイドル辞める騒動』の件がないため「以前のときとは~」とはならない。

・「私たちは、しまむーと話したいんだ」
原作からの乖離3
クローネ騒動のときに、未央がしっかりとプロデューサーと話をしている。
経験してきたことが違うので、考え方も少しだけ変わっている。



 最善の選択が、最良の結果になるとは限らない。


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Lesson220 Why are you a smile? 4

決壊


 

 

 

「渋谷凛がダンスレッスンを休んだ……知っているな?」

 

「……はい」

 

「彼女のせいでトライアドに……いや、君の部署にすら影響が出ている。アイドル一人一人の気持ちを尊重する……その結果がこれか」

 

「………………」

 

 

 

「……切り捨てろ」

 

 

 

 

 

 

「ここって……」

 

「……私と卯月が、初めて会った場所」

 

 卯月を引っ張って、三人でやって来たのはとある公園。

 

 プロデューサーからアイドルにスカウトされて、良太郎さんから背中を押されて……そんな私の前に現れたのは、笑顔の可愛い女の子だった。

 

 

 

 ――初めまして、島村卯月です!

 

 

 

 プロデューサーが連れてきた彼女は、ニコニコと笑いながら私をアイドルの道へと誘おうとしていた。まだなるともならないとも言っていない私を必死に説得しようとする様が少しだけおかしくて……思わず笑ってしまった私に釣られて、彼女もまたにっこりと笑った。

 

 ……それが、私のきっかけだった。

 

 良太郎さんとはまた違う、私が憧れた『笑顔』だった。

 

 

 

「……卯月、あのとき言ってたよね? 『キラキラした何かになれる日がきっと来る』って」

 

「………………」

 

「……逃げないでよ」

 

「に、逃げてなんか……」

 

「舞踏会のこと、ニュージェネのこと……どう思ってるの? 卯月の答え、私まだ聞いてない。『頑張る』とか『早すぎた』とか、そんな嘘の言葉聞きたくない」

 

「う、嘘なんかじゃ……」

 

「もう嘘の笑顔なんて見たくないのっ!」

 

「っ」

 

 今の卯月の笑顔は……あのとき私が憧れた笑顔とは、到底似ても似つかなかった。

 

 笑顔だけど、笑っていない。良太郎さん以上に……笑っていない。

 

「……本当のこと言って。……このままじゃ私……卯月のこと、何も信じられない」

 

「う、嘘なんかじゃ……」

 

 助けを求めるように、卯月は未央を振り返る。

 

「……私も聞きたいな、しまむーが思ってること。なんでも言ってよ」

 

「わ、わた、私、私……」

 

 キュッと両手を握りしめる卯月。小刻みに震えるその姿に少しだけ罪悪感が沸いたが……それでも今、私はここで卯月の本心を聞かなきゃいけない気がした。

 

「いつも通りに、笑顔で……舞踏会に向けて、頑張って……みんなみたいにキラキラしなきゃって……歌とかお芝居とか、ダンスとか色々……みんな何か見つけてて」

 

 「だからっ!」と卯月は顔を上げる。その顔は……今まで見たことないぐらい必死で……見てるこっちが辛そうなものだった。

 

「私、頑張ったんです! もっともっとレッスンしたら、私もみんなみたいに何かを見つけられるって……! で、でも、ちっとも見つからなくて……私がキラキラ出来るものがなんなのか、分からなくて……!」

 

 ボロボロと、彼女の目から大粒の涙が零れ落ちる。

 

「このままだったらどうしよう……折角天ヶ瀬さんがレッスンを見てくれたのに、何も見つからないままじゃ、申し訳なくて……」

 

 天ヶ瀬さん……天ヶ瀬冬馬さん? さっきも名前が出てたけど、もしかして卯月が養成所に戻った理由……?

 

「怖かったんです……もし、私だけなんにも見つからなかったら……」

 

「しまむー……」

 

「いやだよ……怖いよ……」

 

 まるで怯える子どものように、卯月は泣き続ける。

 

「プロデューサーさんは、私のいいところは『笑顔』だって……でも――!」

 

 

 

 ――笑顔に意味なんて本当にあるんですか!?

 

 

 

「っ!?」

 

「う、卯月……!?」

 

「笑ってないアイドルだっていっぱいいる! 笑わなくてもキラキラ出来る! 『周藤良太郎』だってちっとも笑わないのに、他の誰よりもキラキラしてる!」

 

 初めて聞く卯月の慟哭。滅多に声を荒げるのない彼女のそんな様子に、言葉が出てこなかった。

 

「笑うなんて誰でもできる! でも必要ない! そして私にはそれしかない! だったら――!」

 

「う、卯月……!」

 

 

 

「それじゃあ……最初から、私には何の価値も無かったんじゃないですかっ!」

 

 

 

「………………」

 

 ……は?

 

「だってそうでしょう!? トップアイドルになるのに笑顔は必要じゃなかった!」

 

 ……何を。

 

「笑わなくても笑顔にすることが出来るなら、笑顔に意味なんてなかった!」

 

 何を。

 

「笑顔なんて必要ないって『周藤良太郎』が証明した!」

 

 何を。

 

「私には……最初から何にもなかった!」

 

 

 

 ――何を言っているんだ、()()()は?

 

 

 

「し、しまむー、落ち着いて……!」

 

「何もない……何も……!」

 

「……ないで」

 

「し、しぶりん……?」

 

 

 

「……ふざけないでっ!」

 

 

 

「っ!? しぶりん、ダメっ!!」

 

 

 

 

 

 

 パァンッ

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 本当に、嫌になる。

 

 

 

 ――俺は『俺が悲しませてしまった人』ですら笑顔にするような……そんな『夢のようなアイドル』になってみせる。

 

 

 

 そう、誓ったはずだった。

 

 けれど、結局俺は何も出来ていなかった。それどころか、こうしてまた涙を流す少女が一人。

 

 そして……間に合わずに、咄嗟だったとはいえ()()()()()でしか彼女を止めることが出来なかった。

 

 そんな自分が……本当に、嫌になる。

 

 

 

「……え」

 

「……りょ、良太郎さん……!?」

 

「……あ……あ、あぁ……!?」

 

「……はぁい、みんなのアイドル、周藤良太郎お兄さんですよー」

 

 こういうときにニコリと笑みの一つでも見せることが出来れば、みんなの間に走っている緊張を和らげることが出来たのかもしれない。しかし無表情ゆえに()()()()()()()を表に出さずに済んでいるのも事実だった。

 

「いやぁ、迫真の演技だったよ、三人とも。本当に修羅場かと思って、思わず飛び込んじゃった。台本合わせ? なんだったらお兄さんの華麗な演技を……はぁ」

 

 分かっていたさ、無駄だってことぐらい。

 

「……凛ちゃん」

 

「っ!」

 

 俺が呼びかけると、彼女はビクリと肩を震わせた。視線をさ迷わせる瞳からは、ボロボロと涙が零れ始めていた。

 

「ち、ちが、ちがう……ごめ、ごめん、なさ……!」

 

 首を振りながらゆっくりと後退る凛ちゃんの腕を掴むと、彼女がそれを振りほどかないうちに強く引き寄せた。そしてそのまま彼女の身体を真正面から抱きしめる。

 

 咄嗟の行動で、正直深い考えなんて全くない。セクハラだのなんだの、全部後回し。

 

「大丈夫、俺は怒ってないよ。……だから、落ち着いて」

 

「……ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 

 子どもをあやすようにポンポンと背中を叩くが、凛ちゃんはひたすら謝るばかりで反応がない。……これはしばらく、時間がかかりそうだ。

 

「………………」

 

「「っ」」

 

 背を向けていた未央ちゃんと卯月ちゃんの方に首だけで振り返ると、彼女たちも凛ちゃんと同じようにビクリと体を震わせた。未央ちゃんはそれほどでもないが……卯月ちゃんも、だいぶショックを受けている様子だった。

 

「……ごめん、未央ちゃん。卯月ちゃんのこと、お願いしていいかな?」

 

「……え、あの……はい」

 

 何か俺に言いたいことがあったのだろうか。逡巡してから未央ちゃんは頷いた。

 

「卯月ちゃん。どうして君のプロデューサーが、君の魅力は『笑顔』だって言ったのか、もう一度考えてほしい」

 

「………………」

 

 返事はなかった。彼女は彼女で、既に心はここにあらずといった様子だった。

 

 首を前に戻す。背後から二人が立ち去る足音が聞こえた。

 

 

 

 ……本当に、ここで彼女たちを帰してしまってよかったのだろうか。もしかしたら、キチンと話をした方がよかったのかもしれない。でも、未央ちゃんや卯月ちゃんはともかく、今の凛ちゃんはまともに話せそうになかった。

 

 凛ちゃんがそうなってしまったのは、自分のせいだ。自分が咄嗟に間に入ってしまったせいで、凛ちゃんはショックを受けてしまった。もしかしたら、自分が間に入らずにそのまま事が進んだ方が、今回の件は案外円満に進んだのかもしれない。

 

(……いってぇ)

 

 じんわりと口内に広がる鉄分の味。士郎さんたちとの特訓でも、基本的に顔を殴られることなんてなかったから、咄嗟に歯を食いしばり損ねてしまった。こんな痛みを卯月ちゃんに受けさせたくはなかった。

 

 ならば普通に凛ちゃんの腕を止めればよかったのだ。結局、間に合わずに止めることが出来なかった俺の責任だ。

 

(……反省は後だ)

 

 俺のことよりも、今は凛ちゃんたちだ。事情は風に乗って聞こえてきた彼女たちの断片的な会話からしか把握できていないが……それでも、今のやり取りが決して軽いものではないということぐらいは正確に理解しているつもりだ。きっと彼女たちは今、俺の頬の痛み以上に心を痛めているはずなのだ。

 

 他事務所のことだろうが、関係ない。だって俺は彼女たちの……。

 

 ……彼女たちの……。

 

 

 

 ――なんなんだろうな、俺は。

 

 

 

 腕の中の凛ちゃんを、ぎゅっと抱きしめる。それは未だに泣きじゃくる彼女を慰めるためであり……俺自身の不安を和らげるための行動だった。

 

 

 

 『ままならない』とは、口が裂けても言えなかった。

 

 

 

 

 

 

「島村卯月、か……高垣楓の前座としてステージに立っていたときの彼女は、今よりもマシな表情をしていたぞ」

 

「………………」

 

「……君は確か『作られた笑顔ではない本物の笑顔が魅力』と言ったな。『アイドルたちが、自分自身の力で笑顔を引き出すことが、力になる』とも」

 

「……はい」

 

「そのとき、私は問うたはずだぞ」

 

 

 

 ――それがどういう意味なのか、君は分かっているのだろうな?

 

 

 




・「私には何の価値も無かったんじゃないですかっ!」
『周藤良太郎』が存在することで生まれてしまった歪み。

・「……ふざけないでっ!」
自分の『憧れ』の卯月に、
自分の『憧れ』の周藤良太郎を言い訳にして、
自分の『憧れ』を否定された。



 『間違い』探し。

 『誰』が『何』を間違えたのか。

 それは決して一人じゃない。


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Lesson221 Near to you

少しずつ前話までの重さを緩和させていきたい。


 

 

 

「これはこれは……」

 

「一応、すぐに冷やしたんですけど」

 

「ちょっと痣になっちゃってるわね……」

 

 凛ちゃんたちの修羅場(真)を目撃してしまった翌日。朝起きたら昨日凛ちゃんから張り手を貰ってしまったところに痣が出来てしまっていた。決して大きくはないが、それでも一目で分かるはっきりとした痣だった。

 

 このままでは今日一日仕事が出来そうになく、そもそもこんな状態で現場に行ったら何を噂されたものか分かったものじゃない。そうなると、現場に行く前にこの痣をなんとか隠さなければならない。

 

 というわけで、メイクさんで唯一プライベートな知り合いであるシャマルさんに痣を隠すメイクをお願いするため、朝一で八神家へとやって来た。

 

「お願いできますか?」

 

「頑張ってみるわ。はい、前向いて」

 

 居間の掘り炬燵に座り、机に置かれた鏡に向き直る。目元に痣を作ったいつもの無表情がそこには映っていた。

 

「ビンタしたのって女の子なんですよね? それで痣出来るんですか?」

 

 コトリと熱い緑茶の入った湯呑を目の前に置いてくれたはやてちゃんが、そんなことを尋ねてくる。彼女たちには既にこの痣の原因は話してある。ちなみに家族全員にも勿論話してあり、全員から真面目に説教された。

 

「思いっきり振りかぶってた上に振り抜いてたからね。結構痛かったよ」

 

 ある意味当たり所が良すぎた結果だった。これを卯月ちゃんが受けるようなことにならなくて良かったと、その点に関してはホッとしている。

 

「それにしても『笑顔に価値なんてない』か……なかなか言う子だな」

 

 出勤前に一息ついていたリインさんが、何故か感心した様子で呟いた。

 

「笑顔に一切頼ることなくトップにまで上り詰めた周藤良太郎には、なかなか耳に痛い言葉だったんじゃないか?」

 

「そうですね……そう思わせてしまったことに対して、心が痛いです」

 

 俺が笑わないのは勿論()()()()からであり、笑えるのであれば笑いたいし、もう少し喜怒哀楽を前面に押し出していきたい。

 

「別に表情変わんなくても、オメーの喜怒哀楽はまる分かりだけどな」

 

 小学校に登校する前のヴィータちゃんからそんな評価をされたように、表情が変わらない分他者から分かりやすくしてきたつもりだ。

 

 ただまぁ、今回の一件は当然そこじゃない。気になるところがあるのだ。

 

「無表情の俺がトップアイドルで、イコール『笑顔は必要ない』っていう結論に至っちゃった経緯がイマイチ分からないんですよ」

 

「ん? どういうことだ?」

 

「別に、そういう結論に至ることは不自然ではないですよね?」

 

 その結論自体がそもそも『ちょっと待って』レベルのものでもあるのだが。

 

「あのときの卯月ちゃんは……なんというか、()()()()()()()()()()ような気もするんですよ」

 

「それは……他のアイドルたちと自分を比較してしまったから、じゃないのか?」

 

「それもあるとは思うんですけど……」

 

 はっきり言って、俺は卯月ちゃんとそれほど仲がいいわけじゃない。申し訳ないことに凛ちゃんと同じユニットの子程度の付き合いで……元から仲が良かった凛ちゃんやみりあちゃんは勿論、莉嘉ちゃんやアーニャちゃん、蘭子ちゃん辺りよりも話した機会は少なかった。

 

 それでも、俺の中での卯月ちゃんは()()()()()()()()()()ような子じゃなかった。

 

「伸び悩んでいたのだろう? それならば、自然と思考がそちらに向かっていってもおかしくはないと思うぞ」

 

「……やっぱり、俺の考えすぎですかね」

 

 きっと、俺が彼女にしてしまったことから目を背けようとして生み出した『そうであってほしい』という願望だろう。

 

「それで、その……良太郎さんを殴ってしもた子の方は?」

 

「……『周藤良太郎』ぶん殴るとか、よくよく考えたらトンデモねーよな……」

 

「まぁ、そっちは俺の家族みたいな子だから……ね」

 

 

 

 

 

 

「……落ち着いた?」

 

「……うん」

 

 あの後、泣きじゃくる凛ちゃんを連れて渋谷生花店まで彼女を送っていった。俺たち二人の様子を見て戸惑ったおばさんだったが、何も聞かずにいてくれたことがありがたかった。さらに俺を家に上げて、頬を冷やすものまで貸してもらえたので本当にありがたい。

 

「……あの、良太郎さん、頬……」

 

 リビングのソファーに腰を下ろして一先ず落ち着いた凛ちゃんが、氷で冷やしている頬を見ながら心配そうに尋ねてくる。

 

「俺は大丈夫だよ。凛ちゃんも大丈夫?」

 

「えっと……はい」

 

 どうやら殴った本人である凛ちゃんも手首を痛めていたらしく、ある程度泣き止んだ彼女を連れて帰る途中、左手で右の手首を抑えていた。あれだけ全力で手のひらを物にぶつけたのだから、当然と言えば当然である。なので彼女も彼女で氷で手首を冷やしている真っ最中だった。

 

「痛みが酷くなるようなら、ちゃんと病院に行くこと。あとは……もし明日起きて目が腫れてるようなら、目元を蒸しタオルで三分温めて、冷たいタオルで三分冷やす。これを三回ぐらい繰り返すといいよ」

 

「……ごめんなさい」

 

「うん、俺は気にしてないから……」

 

「そうじゃなくて――」

 

 

 

 ――こんなことに、なっちゃって。

 

 

 

「それは……」

 

 俺を、じゃなくて……()()()()()()殴ろうとしたことを言っているのだろう。

 

「……そうだね、アイドルの……ましてや女の子の顔を殴るのは、流石にいただけないかな」

 

 それだけはしっかりと言っておかないといけない。結果として俺が殴られたことと違い、それは「もう大丈夫だよ」の一言で済ませることは出来ない。

 

「……何を言っても、言い訳にしかならないと思うけどさ」

 

「言い訳でいい。凛ちゃんが思ってる事、なんでもいいから聞かせてほしい」

 

 今はまだ、凛ちゃんが腕を振り上げた理由は憶測でしか分からない。だから凛ちゃんの口から聞かせてほしかった。

 

「……あのね」

 

 凛ちゃんはポツリポツリと話してくれた。卯月ちゃんが事務所に来なくなったこと。武内さんから養成所に戻ったと聞かされたこと。未央ちゃんと二人で卯月ちゃんに話を聞きに行ったこと。

 

 ……そして、卯月ちゃんの口から『アイドルになるのはまだ早かった』と……『周藤良太郎には必要がなかったから』という理由で「笑顔に意味なんてなかった」という言葉が発せられたこと。

 

「私は……卯月に戻ってきて欲しかった」

 

 凛ちゃんは顔を俯かせたまま、そう言った。

 

「卯月は私の『憧れの笑顔』だったから……ユニットメンバーとしてだけじゃなくて、島村卯月のファンの一人として、卯月に戻ってきて欲しかった。……でも、いつもの笑顔を見せてくれなくて……私は友達だって思ってたのに、卯月は本心を見せてくれなくて」

 

 「だから」と凛ちゃんは両手で目元を抑える。

 

「思わず強く言っちゃったんだ。そうすれば、卯月も本心を口にしてくれるって思ったから……」

 

 しかしその結果、返って来た答えは彼女にとって予想外で……そして、決して聞き流せるようなことではなかった。

 

 

 

 ――笑顔に意味なんて本当にあるんですか!?

 

 ――最初から、私には何の価値も無かったんじゃないですかっ!

 

 

 

「……良太郎さんを言い訳に使われたことが嫌だった……でもそれを理由に手を上げた私も『良太郎さんを言い訳にした』んだ……」

 

 ボロボロと再び涙を流し始める凛ちゃん。

 

「……ねえ良太郎さん、私、間違ってたのかな……!?」

 

「………………」

 

 『そんなことないよ』『凛ちゃんは気にしなくていいよ』と、そう言ってあげたかった。許されるのであれば、そうして凛ちゃんの抱えているもの全てを肩代わりしてあげたかった。

 

 でも、それだけはやっちゃいけないことだ。それはなんの解決にもならない最悪の選択。『周藤良太郎(アイドル)』としてではなく周藤良太郎としても、それを選ぶことは出来なかった。

 

「……そうだね。手を上げたのはダメだった。俺がいなかったら、凛ちゃんは卯月ちゃんを殴ってたんだよ?」

 

 分かってるよね? と尋ねると、凛ちゃんはコクリと頷いた。

 

「なら、このことに対して俺から凛ちゃんに言うことはもうないよ」

 

「……怒ってないの?」

 

 恐る恐る凛ちゃんは顔を上げた。少しビクビクしながら、変わることがないと分かっていても俺の表情を窺うように。

 

「さっきも言ったけど、怒ってないよ。俺のこれは俺の責任でもあるから」

 

 顔を傷つけてしまったことは、アイドルとして俺が真っ先に反省するべきことだった。何があろうとも漫画家が自分の利き腕を守ろうとするように、俺も顔だけは絶対に守らなければいけなかった。

 

 だからこれは後ほど兄貴たちから怒られれば大丈夫だ。大丈夫ではないけど。

 

「それに、卯月ちゃんに戻ってきて欲しいっていう凛ちゃんの想いは間違ってない」

 

 春香ちゃんが周りから反対されても『可奈ちゃんも一緒に』と譲らなかったように。

 

 友を、仲間を、『信じて待つ』その想いを、俺は無下にしたくなかった。

 

「だから凛ちゃんがしなくちゃいけないのは……もう一度、卯月ちゃんと会うことだ」

 

「っ……」

 

 ビクリと凛ちゃんの身体が震えた。

 

「今はまだ顔を合わせづらいかもしれない」

 

 殴ろうとしてしまったことの後ろめたさもあるかもしれないし、自分の()()()()()を否定されたことに対する怒りも、まだ残っているかもしれない。

 

「でも、それが出来ないと凛ちゃんと卯月ちゃんは()()()()なんだよ」

 

 時間が経てば「あのときはゴメン」と自然に謝ることが出来るかもしれないし、「もう気にしていない」と許せるかもしれない。

 

 でも、それを出来るまで待っていたら……そのときにはもう、そこに『new generations』はいないだろう。

 

 凛ちゃんが卯月ちゃんに戻ってきてほしいのであれば……彼女たちがニュージェネである今にしか、そのタイミングはないのだ。

 

「でも、卯月が……」

 

 途中で口をつぐんだ凛ちゃんは、「ううん」と首を横に振った。

 

「……頑張ってみる。……これ以上、良太郎さんの手を煩わせるわけにはいかないから」

 

 凛ちゃんはそう言って涙を拭った。まだ強張った表情で、決して大丈夫そうには見えない。

 

 ……先ほどの言葉の後に、凛ちゃんがなんと言いたかったのか、なんとなく分かった。

 

 

 

『卯月が会いたくないと言ったら?』

 

 

 

「………………」

 

 それに対する答えを彼女に提示することが出来ず……自分の不甲斐なさにギュッと掌に自分の爪を食い込ませた。

 

 

 

 

 

 

「……はい、出来たわ」

 

「おぉ」

 

 話している最中もシャマルさんのメイクは進んでおり、いつの間にか俺の目元の痣は全く分からなくなっていた。

 

「流石シャマルさん、これはもう治ったといっても過言では……いてて」

 

「そりゃ触れば痛いだろバカ」

 

「ごもっともです」

 

 ヴィータちゃんからのマジレスに心が痛い。

 

「ありがとうございました」

 

「はい。……頑張ってね、良太郎君」

 

「……はい」

 

 

 

 

 

 

おまけ『身長差』

 

 

 

「………………」

 

「ん? ヴィータ、どないしたん?」

 

「いや……この雑誌に載ってる渋谷凛ってやつが、島村卯月ってやつを殴ろうとしたんだよな?」

 

「らしいね」

 

「……どう考えても、身長差的にリョータローの頬には当たらないんじゃねーか?」

 

「しーっ! そこに触れたらアカン! まだシリアスやねんから!」

 

 

 




・久しぶりの八神家
深い理由はないけど、今の良太郎の現状をいい具合に話せる相手が欲しかった。

・「追い詰められすぎてた」
実は良太郎以外にも理由はあった。

・おまけ『身長差』
感想で言われて気が付いた……ホントダヨ?



 もうそろそろ、第五章もクライマックスですね……。


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Lesson222 Near to you 2

未央プラス123三人娘のターン。


 

 

 

 今日はアタシとまゆと志保の三人で雑誌のグラビア撮影の仕事。学校が終わってスタジオへと直接行くことになっているのだが、時間に余裕があったので近くのファミレスに寄り道。志保は「早く行って出来ることもあるでしょう……」とやや苦言を呈していたが、なんだかんだ言って付き合ってくれるからいい子である。

 

「………………」

 

 さて、適当にポテトやらドリンクバーやらを注文して一息付いたところで、先ほどからずっと一人で机に突っ伏しているまゆに触れることにしよう。

 

「一体どうしたんですか、まゆさんは」

 

「さぁ?」

 

 とはいえ、まゆがこんな状態になるのはリョータローさん関係だろう。寧ろそれ以外に思いつかなかった。

 

「……今朝、用事があって登校前に事務所に寄ったんですよぉ」

 

 額をテーブルに付けて腕をダラーンと下した姿勢のまま、ポツリポツリとまゆは話し出した。体勢の問題もあって少々聞き取りづらいが、頑張って耳を傾ける。

 

「そこでたまたま、事務所に来てた良太郎さんと会えたんですよぉ」

 

「それは……」

 

 寧ろまゆのテンションが有頂天になる案件では……? と志保と目を合わせる。志保も訝しげな表情を浮かべていた。

 

「勿論『あぁ、朝から良太郎さんに会えるなんて、今日はなんて素晴らしい日なんだ』って、そのときはすっごいテンション上がったんですよぉ……それこそ今日のグラビア撮影の仕事で、美希さんや美嘉ちゃん以上の撮影が出来るのではと思ってしまうぐらい……」

 

「それは相当テンション上がってますね」

 

 やっぱり有頂天だった。

 

 

 

「でも……何故か良太郎さん、まゆと顔を合わせてくれなかったんですよおおおぉぉぉ!」

 

 

 

 腕を枕にするように顔の下に持ってきたまゆは「ひーんっ!」と情けなく泣き出してしまった。周りから注目を浴びてしまい、変装をしているといえ、あくまでも軽いものなので身バレが怖い。

 

「落ち着いてください、まゆさん。イマイチ状況が分かりません」

 

「うんうん。もーちょっと詳しい状況を教えてもらえない?」

 

「ぐすっ……えっとですねぇ……ほわんほわんほわん、まゆまゆ~」

 

「意外と余裕あるね」

 

「私の心配を返してください」

 

 

 

 

 

 

 ――あっ! 良太郎さん! おはようございます!

 

 ――っ! お、おはようまゆちゃん。

 

 ――はぁ、朝から良太郎さんに会えるなんて、まゆは幸せ者ですぅ……!

 

 ――うん、俺もまゆちゃんと会えて幸せだよ。

 

 ――……えっと、良太郎さん? どうしたんですか?

 

 ――え、何が? 俺はいつも通り絶好調だよ?

 

 ――いえ、その……何故お顔を見せていただけないのでしょうか?

 

 ――いや、俺の顔なんて見飽きてるでしょ?

 

 ――そんなことないですよぉ!? まゆは毎日毎時間毎分毎秒でも見てられますよぉ!

 

 ――いやいや、たまには見ない日があってもいいと思うんだよね。

 

 ――そんな日があったらまゆは死んでしまいますぅ!

 

 ――いやいやいや……。

 

 

 

 

 

 

「……という感じで……どれだけ前に回り込もうとしても、良太郎さんの動きについていけず……」

 

 まゆの身体能力的に考えると、本気で動くリョータローさんには敵わないだろう。きっとリョータローさんの周りをグルグルと回って顔を見ようとするまゆという、非常にシュールな光景が広がっていたことだろう。

 

「……話を聞く限り、確かに変ですね」

 

「そうだねー」

 

 ドリンクバーで作ったミックスジュースを飲みながら、首を傾げる志保に同意する。良太郎さんにまゆと顔を合わせづらい理由でもあるということなのだろうか?

 

 良太郎さんがまゆの顔を見たくないから……というのは若干考えづらい。というかその状況が全く思いつかない。思いつかない以上、一先ず考えるのはやめておこう。

 

 となると、逆に()()()()()()()()()()()……?

 

「……あ」

 

 そんなことを考えていると、まゆを慰めるのが面倒くさくなってポテトを摘まんでいた志保が店の前の道路に面している窓に視線を向けてそんな声を漏らした。

 

「おっ、未央じゃん……って、あれ?」

 

 釣られてそちらを見てみると、そこには歩く未央の姿があった。トレードマークとも言えるピンク色のパーカーの上から茶色のダッフルコートを羽織った彼女は、何故かやや俯き気味だった。普段の彼女の性格を考えると、明らかに元気がない様子だった。

 

「……うーん、こっちもかなぁ?」

 

「……まぁ、まゆさんの方は放っておいていいと思いますが」

 

 「志保ちゃんが酷いですぅ!」と嘆くまゆはさておき、やっぱり今の状況の未央が気になってしまった。

 

 未央が目の前を通り過ぎてしまう前にコンコンとガラスを軽く叩くと、それに気付いた未央が顔を上げてこちらを向いた。

 

「……? ……っ!?」

 

 ガラス越しで声はよく聞こえなかったが、多分「うわっ!?」と驚いたんだと思う。

 

 そのままチョイチョイと手招きをする。きっといつもの未央だったら、喜々としてファミレスに飛び込んできただろう。

 

 しかし、未央は「えっと……」と考える素振りを見せた。もしかして何か用事があったのかとも思ったが、なんとなくそういう雰囲気でもなかった。やっぱり、まゆに続いてこちらも何かワケあり少女のようだ。

 

 じっと未央のことを見ていると、しばらく自分の爪先を見つめて悩んでいた彼女は、顔を上げて困ったようにヘラッと笑った。そのままファミレスの入口へと向かっていく。とりあえず同じテーブルにはついてくれるようだった。

 

 店員に連れがいることを伝えた未央がこちらにやってくる。

 

「やっほー未央!」

 

「こんにちは、未央さん」

 

「やっほー! しほりんは稽古ぶりだね! めぐちんとままゆは久しぶりー! ……って、え? ままゆはどうしたの?」

 

 どうやら気付いていなかったらしく、未だに机に突っ伏したままグズグズ泣いているまゆの姿を見てギョッとしていた。

 

「なんか今朝事務所でリョータローさんに会ったんだけど、顔を見せてくれなかったーって言って泣いてるの」

 

「良太郎さん関係でまゆさんが大げさなリアクションを取ることはいつものことなので、お気になさらず」

 

「……え」

 

 アタシの隣に座ろうとした未央の動きが止まった。

 

「? 未央さん、どうかしたんですか?」

 

「……えっと、その……ゴメン」

 

「ん?」

 

 何故かいきなり謝りだした未央に、アタシたち三人は首を傾げる。

 

 

 

「良太郎さんのそれ……私たちが原因だ……」

 

 

 

「……え?」

 

「私たちって……どういうこと?」

 

「………………」

 

 怯えるように、怖がるように、チラリとアタシたちを一瞥した未央。やがて意を決したように顔を上げた。

 

「……あのさ、ゴメン……場所、変えてもいいかな?」

 

 

 

 

 

 

「……そう」

 

「そんなことが……」

 

「本当にゴメン……」

 

 ファミレスから近くの公園へと場所を移したアタシたちは、未央から昨日起きたことの顛末を聞かされた。

 

 未央のユニットメンバー内での意識のスレ違い。自分のアイデンティティーが崩れていく恐怖による慟哭。……そして振り上げられてしまった手と、それを庇ったリョータローさん。そんなことがあったなんて……。

 

 けれど、これでまゆが言っていた今朝のリョータローさんの行動の意味が分かった。

 

 つまりリョータローさんは殴られた顔を見られたくなかったのだろう。恐らく、一晩経って顔に痣か何かが出来てしまったんだと思う。勿論、リョータローさんは今日も仕事なので何かしらの対処はしているだろうけど、本人と同等かそれ以上にリョータローさんの機微に詳しいまゆにバレる可能性を考慮した結果の行動だったというわけだ。

 

 ……というか、リョータローさんってば、未央たちと知り合いだったんだ。前に美嘉たちと一緒に街で遊んでる最中に会ったとき、莉嘉ちゃんたちとも知り合いみたいな雰囲気だったから「あれ?」って思ってたけど、まさか凛と昔からの知り合いでニュージェネどころかシンデレラプロジェクト全体と知り合いだったなんて……。

 

「……あ、あの、まゆさん?」

 

 そんなことを考えていたアタシは、志保の声で我に返った。

 

 振り返ると、そこには俯くまゆに恐る恐る話しかける志保の姿。話の内容の重さに失念していたが『周藤良太郎が顔を殴られた』なんて、まゆが黙っているはずが……!?

 

「……大丈夫ですよぉ、恵美ちゃん、志保ちゃん。殴られたのは良太郎さんの行動の結果であって、未央ちゃんたちに悪意があったわけじゃないって分ってますから」

 

「……ま、まゆ?」

 

 意外なことに、まゆの声は落ち着いたものだった。顔を上げると、穏やかな笑みを浮かべるいつものまゆが……。

 

「ただ……頭では分かっていても、感情と身体が勝手に動き出しそうだから……志保ちゃん、ちょぉっと私のこと後ろから羽交い絞めにしてもらっていいかしらぁ……?」

 

「大丈夫じゃないじゃないですかっ!?」

 

 慌ててガシッと後ろから抱き着くようにしてまゆを抑える志保。……一先ず、まゆのことは志保に任せておこう。

 

「……私さ。しぶりんと一緒にしまむーに会いに行って……これできっと全部解決するって……楽観視してた。ちゃんと話し合えば、この間みたいに全部上手くいくって、そう簡単に考えてた」

 

 でも、とベンチに座った未央は、髪型が崩れることも考えずにグシャグシャと頭を掻いた。

 

「しまむーが抱えてたのは私が思っている以上のもので……それに対してしぶりんがあんなに怒るなんて考えもしてなかった。私は……二人のあんな姿、見知りもしなかったし考えもしなかった」

 

「未央……」

 

「私馬鹿だ……しぶりんとしまむーのこと、何も見てなかった……! ニュージェネのリーダーを自称してるくせに、メンバーのこと何にも分かってなかった……!」

 

 

 

「当たり前です」

 

 

 

「……え」

 

「まゆ……?」

 

「まゆさん……?」

 

 それは、まゆが発した一言だった。まるで怒っているようにも聞こえるその一言は……驚くぐらい優しい声色だった。

 

 呆気に取られて力が抜けていた志保の腕からスルリと抜けたまゆは、未央の目の前にしゃがみ込む。そして優しく未央の両手を取り、自身の両手で包み込んだ。

 

「自分の抱えてることはね、ホントは誰にも知られたくないもの。だから、それを知らなくても当たり前で、問題はそれを()()()()なんですよぉ」

 

「……知った後……」

 

「……私にも、経験あります」

 

「しほりん……?」

 

 まゆの隣にしゃがみ込むように、志保も未央の顔を覗き込んだ。

 

「自分を正当化するために、勝手に相手を悪者にして汚く罵ったことがあります。きっと今の卯月さんも、私と同じなんだと思います。自分を守ろうとして、自分の中で別の標的を作ってそこに矛先を向けているだけなんです」

 

 それはかつて卯月と同じように『周藤良太郎』を嫌うことで自分を守ろうとした少女の言葉。本当は誰も悪くないのに、自分を守ろうと他人を傷付け……その結果、結局自分も傷付いてしまった少女の思い。

 

「私のときは、恵美さんが受け止めてくれました。まゆさんが気付かせてくれました。……今の卯月さんには、まだ言葉が届かないかもしれない。それでも――」

 

 

 

 ――卯月さんを受け止めることが出来る場所に、居てあげてください。

 

 

 

「……卯月さんはきっと、そんな場所を……人を、求めてるんです」

 

「………………」

 

「未央……」

 

 未央はズズッと鼻をすすり、ゴシゴシと袖で目元を拭った。

 

「……何も出来ないのは、やっぱり辛いけど……出来ないなら出来ないなりに、私……待ってみる」

 

 目元を涙で光らせながら、それでも未央はニカッと笑顔を作ってみせた。まだちょっと無理がある、いつもの笑顔と比べて陰ったそれは……それでも、未央の()()だった。

 

「そうだよね、辛いのは私だけじゃない。……しまむーやしぶりんの方が、もっと辛いんだから。……リーダーらしい包容力、見せちゃいますか!」

 

 そのまま勢いよく立ち上がった未央。

 

 アタシは、そんな未央の腕を引き……。

 

「って、わっ!?」

 

 未央の頭を胸元に抱きかかえるように、彼女を抱きしめた。

 

「でも、ホントに辛かったらちゃんと吐き出すんだぞ。……アタシたちは、未央の先輩で――」

 

 

 

 ――友達なんだから。

 

 

 




・「ほわんほわんほわん、まゆまゆ~」
FGOネタ……ではなく、元ネタは『悪魔のメムメムちゃん』という漫画らしい。

・「リョータローさんってば、未央たちと知り合いだったんだ」
未央と恵美たちが知り合い、リアルタイムで早二年半の月日が流れ……ようやく認識の齟齬が解消されます!



 残念ながら、未央は卯月の問題を解消するための直接的ない要因にはなれません。ですが、全てが終わった後に、ちゃんと受け止める役目が待っています。

 次回は勿論、あの二人の話に……。


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Lesson223 Near to you 3

笑顔とは何か?


 

 

 

「冬馬くーん、お疲れちゃーん!」

 

「うっす、お疲れ様です」

 

 トーク番組の収録を終え、スタジオを後にする。これで今日の仕事は終わり、残りの予定は事務所に戻って北斗や翔太と合流して打ち合わせだ。

 

 珍しく誰ともスレ違わずに自分の楽屋に戻ってくると、ドサリと鏡の前の椅子に座り込む。

 

「はぁ……」

 

 思わずため息が出るのは最近の収録続きからくる疲れではなく、ましてや先ほど司会の大御所芸人から『好きな女子のタイプ』について散々弄られたせいでもなかった。

 

(島村の奴……本当に休んでるだろぉな……?)

 

 その話題のせいで、何故か、何故か、何故か頭に思い浮かんだ島村のことである。しばらくレッスンを休めと言ってまだ四日しか経っていないが、それが心配というか懸念事項だった。

 

 短い期間でもすぐに分かるぐらい、アイツは()()()()()()だ。基本的に言いつけは守る優等生タイプ。だから俺が「休め」と指示した以上、無理なレッスンはしていないだろう。

 

 ただ……。

 

(……なんなんだろうな)

 

 この言いようのない不安というか……何かを見落としているという感覚。最後のレッスンを終え、別れ際に島村が見せた笑顔が……なんかこう、言葉に出来ない違和感があったような、なかったような……。

 

 ガリガリと首筋を掻く。一体、俺は何をそこまで気にしてるんだか。

 

「……帰るか」

 

 

 

 

 

 

 着替えと変装を済ませた俺はテレビ局を出た。運転免許を持っていない俺は良太郎のように自分の車で移動ということが出来ないので、タクシーを利用する。

 

 俺も高校卒業と同時に免許を取るという選択肢もあったのだが、俺はその期間を高町家での修行に当ててしまった。その甲斐あり短期間で良太郎に近い体力を手に入れることが出来たわけなのだが……。確かに少しだけ不便を感じているので、また少し落ち着いたら考えることにしよう。

 

「……ん」

 

 後部座席でなんとなく流れる街並みを眺めていると、ちょうどそこは養成所の近くだった。ほんの三日前にも来ていた上にそれまでも頻繁に訪れていたので、勿論懐かしいなどという感情は湧かない。特に意識することもなくそのまま通り過ぎる。

 

 

 

 ――その養成所に入っていく島村の後姿を見付けなければ、の話であるが。

 

 

 

「……すんません、停めてもらっていいっすか。ここまででいいです」

 

 最初に告げた目的地までまだ距離はあったが、運転手はすぐに車を路肩へ停めてくれた。事務所から貰っているタクシーチケットで支払いをし、車を降りてやや通り過ぎた養成所へと足を向ける。

 

(ったく……)

 

 休めと指示した矢先のこれには怒りよりも呆れが大きかった。そしてそれ以上に疑問だった。先ほども言ったが、島村は基本的に言われたことは守るタイプだ。それなのに、たった四日でそれを破るとは一体どういう了見だ。

 

 ……いや、もしかしたら何か忘れ物をしただけなのかもしれない。それならそれで、俺の取り越し苦労というだけだ。軽いストレッチぐらいでも、まぁ見逃そう。結局、この目で確認してみないことには分からない。

 

 いつものように階段を昇り、養成所のレッスンスタジオの前に辿り着いた。

 

 ドアの前に立っても、中からレッスンしているような音は聞こえてこない。となると、やっぱりただの忘れ物か、もしくはただのストレッチか……何にせよ、どうやら俺の心配するようなことではなさそうだった。

 

 そのまま踵を返して階段を下りようとして――。

 

 

 

「……ぐすっ」

 

 

 

 ――そんなすすり泣くような声が耳に入ってきた。

 

「………………」

 

 思わず自分の耳の良さに頭を抱えてしまうぐらい、はっきりと聞こえてしまった。

 

 一瞬、このまま聞かなかったことにして立ち去ることを考えてしまう。しかしこのまま立ち去ってしまっては寝覚めが悪い。というか気になって仕方がない。気にならないのであれば、最初からここに立ち寄っていない。

 

「………………」

 

 意を決して、俺はスタジオのドアを開けた。

 

「……え」

 

 スタジオ内に入ると、四日前と同じように床に座り込んだ島村と、鏡越しに目が合った。こうして俺が来ることを全く予想していなかったであろう呆けた顔で……涙を流す両目は赤くなっていた。

 

「あ、天ヶ瀬さん……!? どうして……っ!? ち、違うんです!」

 

 慌てて立ち上がった島村は「これは、その……」と袖で涙を拭う。

 

 一体何が違うのか。思わずため息を吐こうとしてしまい、今ここでそれをするのは島村に対する余計なプレッシャーになると考えてグッと堪える。

 

「………………」

 

 情けない話、俺は泣いている女性をどのように扱えばいいのかが分からない。北斗のようなスマートさはないし、良太郎や翔太のようなフレンドリーさもない。下手なことを口にすると、逆効果になるであろうことは火を見るよりも明らかだった。

 

 悩んだ末。

 

「……腹減った」

 

「……え?」

 

「上着持ってついてこい」

 

 「外で待ってる」と言い残し、島村の返事を聞かずにスタジオから出た。

 

 ……本当にこれでよかったのか、正直自信はない。

 

 

 

 

 

 

「ん」

 

「……えっと……あ、ありがとうございます」

 

 近くの公園でやっていた屋台のたい焼きを数個買い、ベンチに座らせていた島村に紙袋の中から一つ取り出して手渡し、そして島村の隣に一つ分空けて座る。腹が減っていたのは本当なので、自分も一つ取り出して頭から齧り付く。

 

 さて、なんと話を切り出すべきかと食べながら考える。しかしどう悩んだところでそれを思いつくことはなった。

 

 チラリと横目で島村を見る。たい焼きに手を付けることなく、視線を手元に落としたまま動かなかった。

 

「………………」

 

 内心でため息を吐く。このままでは、ただ無言でたい焼きを食べるだけで終わってしまう。

 

「……休めって言っただろ」

 

 意を決して尋ねる。極力優しい口調のつもりだったが、島村は分かりやすくビクリと身体を震わせた。

 

「何か理由があるんなら、何でもいい……」

 

 口から出そうになった『話せ』という言葉を寸でのところで飲み込む。

 

「……話してくれないか」

 

「………………」

 

 返事はなかった。このまま少し待つ。

 

 しかし公園に設置された時計の長針が五分ほど進んでも、島村は話そうとしなかった。

 

 やっぱり駄目だったか……と内心で諦めたそのときだった。

 

「……昨日、凛ちゃんと未央ちゃんが、来てくれたんです」

 

 重い沈黙を破り、ようやく島村が口を開いてくれた。

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 何度も言葉を選んで詰り、たまに鼻を啜ったりと途中に何度も中断があり、島村が全てを話し終えるころには既に夕方になってしまっていた。

 

 あいつらとの打ち合わせの時間はとうの昔に過ぎていたが、あらかじめ今日は参加出来ないという旨のメッセージを入れてある。ありがたいことに、何の事情も説明しなかったにも関わらず「何かあったのかな? 了解」とそれ以上何も追及してこなかった。

 

 それにしても……。

 

「……はぁ」

 

 さっきからずっと我慢していたため息が、ついに口から漏れ出てしまった。

 

 自分の取り柄が笑顔だけだと思い込み、その笑顔をトップアイドル『周藤良太郎』が必要としていないから、『アイドルに笑顔は必要でない』という答えに辿り着き、最終的に『自分には何もない』という結論に至った、と……。

 

「……まぁ、そうだな。徹頭徹尾無表情鉄仮面の良太郎がトップアイドルなんだから、必要不可欠っていうわけじゃねぇんだろうな」

 

 それ自体は間違っていない。

 

「でもな、必要じゃないからって()()ってわけでもねーんだよ」

 

 普段は仏頂面をしている自覚のある俺ですらステージの上では笑う。ただ別に愛想を振りまいているつもりじゃない。

 

 

 

 ――大事なのは『笑顔』じゃない。

 

 ――自然と笑顔になれる『心の余裕』だよ。

 

 

 

 ……悔しいが、アイツの言う通りだ。勿論、全部のステージで全員が笑うわけじゃないが、少なくとも俺は『楽しいから』笑っている。

 

「そもそも、オメェは前提条件が間違ってんだよ」

 

 アイツは……周藤良太郎は『笑顔』が必要なかったわけじゃない。笑顔が、表情がないからこそ、アイツはそれ以外での感情表現を身に付けた。人一倍、喜怒哀楽がハッキリ分かるように力を入れた。

 

 周藤良太郎は努力の塊だ。その上、才能までありやがる憎たらしいほどの『天才』だ。

 

 その良太郎でさえ持っていないものが『笑顔』なんだ。

 

「だから笑うだけで、もう()()()()()()()()()()んだよ」

 

 よく漫画などで目にする王道の展開として『自分の勝てる分野で戦う』というものがある。悔しいが、歌やダンスなどでは、まだまだ到底良太郎の域には届かない。それでも『笑顔』ならば、手が届く。

 

 

 

 ――『笑顔』は、周藤良太郎という遥かな高みに至るための可能性だ。

 

 

 

「……俺はそう思ってる」

 

 とはいえ、それだけで『周藤良太郎』を越えることが出来たら苦労はしない。たったそれだけで超えることが出来るのであれば、最初からアイツはそこにいない。

 

 そして俺もそこでアイツに勝つつもりはない。俺は俺の実力で、アイツを越えてみせる。

 

「だからもしかすると……お前のプロデューサーも、案外そういう意味で『笑顔』って言ってたのかもしれねぇな」

 

 こいつらのプロジェクトがコンセプトとして掲げた『Power of Smile』。笑顔の力。

 

 島村の魅力を『笑顔』と答えたそのプロデューサーは……こいつの中に()()()()()()()()()()()()を見出したのかもしれない。

 

「………………」

 

(……はぁ)

 

 無言で俯く島村を見て、また内心でため息を吐く。

 

 正直「一体なにトンチンカンなことを抜かしてんだこのバカ!」と何度叫びそうになったことか。けれど流石にこれ以上は本気で泣かせてしまうと流石に自重した結果、なんとも俺らしくない説教になってしまった。こういうのは、どちらかというと良太郎の役目のはずだ。

 

 でもまぁ、これ以上俺がコイツに言うべきことはない。

 

 あとはコイツが自分で進むべきか、立ち止まるべきかを決めて……。

 

 

 

「……でも」

 

 

 

「あん?」

 

 ようやく島村が発したその言葉は、どうにも納得していない様子だった。これでもまだ何かグダグダ言うようであれば、流石にそろそろ……。

 

「でも……!」

 

「っ」

 

 しかし、顔を上げた島村は――。

 

 

 

()()は……何も、言ってくれなかったじゃないですか……!」

 

 

 

 ――そう言って、涙を流していた。

 

 

 

 




・運転免許
アイドルってどのタイミングで運転免許取りに行くんだろうか……?

・周藤良太郎という遥かな高みに至るための可能性
『歌姫』が一つの分野で良太郎を越えたように。笑顔もまた、良太郎を越えるための立派な一つである。

・「貴方は……何も、言ってくれなかったじゃないですか……!」
誰もが見落としていた、最後のキーワード。



 武内Pが掲げた『笑顔』というコンセプトは、いい意味で良太郎に喧嘩を売るためのもの。あぁ見えて、良太郎を越える野心満々だったのである。

 次回、ニュージェネ編完結。


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Lesson224 Near to you 4

それは、少女の胸に秘められた小さな願い。


 

 

 

 ――えっと……私、このオーディションに落ちているので……今回の選考理由を聞かせてもらえたらって、思いまして……。

 

 ――……笑顔です。

 

 

 

 それは、私が初めてプロデューサーさんと出会ったときの会話。

 

 養成所で天ヶ瀬さんと出会った翌日にやって来て、私をスカウトしたいと言ったプロデューサーさんから言われた言葉。

 

 

 

 ――説明不足でしたでしょうか……?

 

 ――い、いえ! 笑顔だけは自信があります!

 

 

 

 笑顔()()は、自信があった。歌で劣っていても、ダンスで劣っていても……どんなときでも笑っていられることが、私の取り柄だって……本気で思っていた。

 

 でも、だからといってそれ以外を疎かにするつもりは勿論なかった。笑顔は歌の代わりにも、ダンスの代わりにもならない。だから凛ちゃんが別ユニットで、未央ちゃんが舞台で活動していくと知ったとき……私に何が出来るかを考えた。

 

 

 

 ――天ヶ瀬さん……私のレッスンを、見てもらえないでしょうか!?

 

 ――……はぁ?

 

 

 

 私が取ったその行動は、無謀で馬鹿なことだったのかもしれない。何より……()()()()の傍に、少しでもいたいという、アイドルとは全く関係のない私利私欲を含んだものだった。

 

 だから、こんな不純な動機で天ヶ瀬さんが了承してくれるはずがないと……頼んでから後悔した。

 

 

 

 ――……やるからには、徹底的にしごいてやるからな。

 

 ――っ、はいっ!

 

 

 

 でも、天ヶ瀬さんはそれを了承してくれた。私はただ数度会って会話をした程度の知り合いでしかなく、そこになんのメリットもないはずなのに……天ヶ瀬さんはその話を受けてくれた。

 

 それがとても嬉しかった。

 

 

 

 ――だからそこさっきも注意しただろうがっ!

 

 ――は、はいぃ!?

 

 

 

 天ヶ瀬さんの宣言通り、レッスンは厳しかった。

 

 それでも私は頑張った。他のみんなみたいに、頑張ればきっと何かが見つかると信じて。

 

 それに……憧れの人がすぐそこにいるのだから。憧れの人がすぐ目の前にいるのだから。どんなに辛くても頑張れる……そう思っていた。

 

(分かってる)

 

 それは私のワガママだ。

 

(分かってる)

 

 天ヶ瀬さんは気まぐれでレッスンを見てくれているだけだ。

 

(分かってる)

 

 『私らしさ』だけじゃ、みんなみたいに輝けないって。

 

(分かってる)

 

 私には……何もないって。

 

 

 

(分かってるっ! 全部全部分ってる!)

 

 

 

 凛ちゃんたちプロジェクトクローネのメンバーは『選ばれたアイドル』だ。

 

 美城常務は確かに強引なやり方で、みんながそれに反発してて……それでも、それは()()()()()()()()()。彼女たちは間違いなくトップアイドルだった。

 

 彼女たちは選ばれた。私は選ばれなかった。それは紛れもなく正しかった。

 

 私に残されたのは、『周藤良太郎』によって無意味だと証明されてしまった『笑顔』だけ。それ以外になにもない。なんにもない。

 

 ……だからせめて。

 

 

 

 ――ったく、お前は……。

 

 

 

 せめて。

 

 

 

 ――まぁ、これなら及第点だな。

 

 

 

 せめて。

 

 

 

 ――……お疲れさん。

 

 

 

 ()()に『私のとりえ』を認めてもらいたかった。

 

 ()()に『私らしさ』を……褒めてもらいたかった。

 

 それに、本当に価値があるのだったら――。

 

 

 

『まぁ、笑顔ぐらいは認めてやるよ』

 

 

 

 

 

 

「……ぐすっ……ひっく……」

 

 ボロボロと涙を流す島村を前にして、俺は動けなくなっていた。

 

(……なんだよ、それ)

 

 訳が分からない。意味が分からない。()が何も言わなかったからなんだっていうんだ。言う必要ない。俺にそんな義務はない。

 

 だって俺はコイツの……コイツの……。

 

「………………」

 

 

 

 ――お前は諦めないんだな。

 

 ――はいっ! 諦めません! アイドルになるため、頑張ります!

 

 

 

 養成所のスタジオで初めて出会ったあの日。例え一人になろうとも諦めなかった島村の姿に、かつての自分を重ねた。周りが『無理だ』と言って消えていく中、一人でレッスンを続けるその姿を見て、俺は思ったはずだ。

 

 『こいつの力になってやりたい』と。

 

 それは同情で、哀れみだった。俺が力になってやったところでコイツが成功する確証なんて何処にもない。それでトップアイドルになれるぐらいだったら、今頃世の中にはトップアイドルで溢れかえっている。

 

 だから『同じ養成所のよしみ』で面倒を見てやった。それだけだった。

 

(……それで充分だろ)

 

 

 

 ――俺は、こいつの先輩だ。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()。傲慢にも聞こえるかもしれないが、一度そう思っちまった以上、投げ出すわけにはいかなかった。

 

 だから、今回のこれも口に出して言ってやれなかった俺の責任だ。

 

 ゆえに、俺は島村に謝罪の言葉を――。

 

 

 

「……甘ったれたことを抜かすのはこの口かぁ!? あぁん!?」

 

「ふえええぇぇぇ!?」

 

 

 

 ――かけてやるわけねぇだろうが!

 

 あぁそうさ、今回の一件は俺にも責任があるんだろうよ。叱るばっかりだったオレは指導者としては三流だったのだろう。

 

 でも今ここでコイツにかけるべき言葉は謝罪じゃない。これでもアイドルの端くれだ。島村(ファン)天ヶ瀬冬馬(おれ)に求めていることぐらいは分かっているつもりだ。

 

 無遠慮に。馴れ馴れしく。そして容赦なく島村の頬を両方から引っ張ってやった。突然の俺の行動に目を白黒させる島村。かなり強めに頬を抓っているので、先ほどとは違う意味で涙目になっていた。

 

「褒めなきゃヤル気でねぇとか小学生みたいなこと言うつもりか!? 褒められて伸びるタイプとか自分で言うつもりか!?」

 

ふぉ()ふぉ()ういうふふぉひ(つもり)ふぁふぁ(じゃな)いんふぇふ(です)~!?」

 

「何言ってんのかわかんねぇなぁ!」

 

 半ば八つ当たり気味に頬を引っ張り倒し、満足はしていないが適当なところで解放してやる。

 

 痛そうに頬を抑える島村だったが、先ほどまでの暗い雰囲気はなくなっていた。

 

「……いいか、一度しか言ってやらねーからな」

 

「……え」

 

 本当は、もっと早く言ってやるべきだった。そして今さらそれを言ってこいつに届くかどうか分からない。

 

「……笑顔は誰にでも出来る。俺にだって出来るし、お前のユニットメンバーだって出来る」

 

 けれど。

 

「でもな、()()()()()()()はお前以外に出来ねぇんだよ。渋谷凛にも出来ねぇ、本田未央にも出来ねぇ。天海春香にすら出来ねぇし、周藤良太郎なんか論外だ」

 

 今だけは、俺の本心を素直に口にしてやろう。

 

「顔を上げて胸を張れ。……俺がお前のレッスンを見てやってるのは――」

 

 

 

 ――島村卯月の笑顔に、魅かれたからなんだよ。

 

 

 

 

 

 

 さて、今回の事の顛末という名のオチを語ることにしよう。

 

 今回の凛ちゃんたち三人の一件……仮に『笑顔騒動』とでも名付けよう。『笑顔騒動』は、事の発端である卯月ちゃんが涙ながらに凛ちゃんと未央ちゃんに謝罪をしたことで収束に向かっていった。

 

 

 

 ――私、凛ちゃんの気持ちも考えずに、酷いこと言っちゃった……!

 

 ――私こそ、卯月の気持ち、なんにも考えてなかった……!

 

 

 

 ボロボロと涙を流しながらお互いに謝罪する卯月ちゃんと凛ちゃん。そんな二人を、目に涙を浮かべながら抱きしめる未央ちゃん。三人の姿を確認した()()()は、どうやら無事に元の鞘に収まったことを見届けてホッと胸を撫で下ろした。

 

 今からだと、年明けに行われるシンデレラの舞踏会どころかクリスマスイブのライブすら時間が足りなさそうだが……今の彼女たちならば大丈夫だろう。

 

 ……とまぁ、凛ちゃんと卯月ちゃんと未央ちゃんは一先ずオッケー。

 

 

 

「……はい」

 

 というわけで。

 

「反省会を始めまーす」

 

 123の事務所のミーティングルームに集まった俺と冬馬と恵美ちゃんとまゆちゃんと志保ちゃんの五人。

 

 今回の『笑顔騒動』を経て、俺たちが全員以前からニュージェネのメンバーと関わりがあったことを知ることになった。そしてお互いの話を聞いているうちに「あれ……? 今回のこれってもしかして俺たちにも原因あるんじゃね……?」ということになり、こうして反省会を開くことになった。

 

「………………」

 

「まぁ、と言っても今回は主に俺と冬馬に責任があるっぽいから、恵美ちゃんたちは是非とも文字通り馬鹿野郎二人に率直なご意見をお願いします」

 

 事務所の床の上で冬馬と共に正座しながら恵美ちゃんたちを見上げる。……こうして見上げると、やっぱり恵美ちゃんと志保ちゃんは凄いなぁ。

 

「まゆだって結構あるんですよぉ!?」

 

「まゆステイ」

 

「反省会と言いつつ、全然反省する気ないじゃないですか」

 

「二ヶ月近くシリアス続けてたから、そろそろ一回作風の換気をしておかないとダメかなぁって思って」

 

 わりと俺(と作者とついでに一部の読者)の精神はボロボロなのよ。

 

「………………」

 

 先ほどから冬馬は俺の隣で黙って正座している。文句を一切言わないあたり、今回のことでどうやら結構落ち込んでいるらしい。

 

「そうですねー……でも、リョータローさんは今回そんなに悪くないんじゃないかな?」

 

「じゃあまゆの胸が小さいせいだって言いたいんですかぁ!?」

 

「まゆちゃんステイ」

 

「早速ぐだぐだですね……」

 

 ある意味いつも通りではあるが、最後だからもうちょっと真面目にいこう。俺が言うのもなんだけどね。

 

「リョータローさんが()()()()のはしょうがないことですし、それを治せるならリョータローさん本人が一番治したいでしょ?」

 

「そりゃあね」

 

 誰も好き好んで鉄面皮貫いてないよ。

 

「卯月さんが抱いてしまった()()は誰にでも持ちうる可能性があった感情だと思います。今回の場合は、卯月さんが自分のとりえを『笑顔しかない』と思い込んでいたことがそれに拍車をかけてしまったのではないかと」

 

「……そうだね」

 

 笑わないトップアイドル。ならば『笑顔はいらないのでは?』という疑問。それは卯月ちゃんだけじゃなく、きっと日本にいるどこかの誰かが今も胸に抱いていることだろう。そう思わせてしまったのであれば……それはきっと、俺の責任ということになるのかもしれない。

 

 それと、と志保ちゃんは付け加える。

 

「プロジェクトクローネの面倒を()()()()というのも、原因の一つじゃないかと思います。未央さんから聞きましたけど、前川みくさんのときと同じじゃないですか」

 

「……あ」

 

 そういえばみくちゃんのストライキ騒動も『天海春香たちトップアイドルがニュージェネの三人のことを気にかけていたから』っていう理由だった。俺や美城常務が面倒をみたプロジェクトクローネの活躍も、卯月ちゃんが焦った理由の一つだっけ。

 

「……マジかー」

 

 二度目のやらかしには、流石の俺も手で顔を覆う。

 

「これは良太郎さん一人の責任とは言い切れませんけどね。問題は……」

 

 志保ちゃんはチラリと冬馬を一瞥する。

 

「……『自分の自信があるものを褒めてもらいたかった』という卯月さんの気持ちは分からないでもありませんが、それを完璧に汲み取れとは言いません」

 

「でも、乙女心が分からない男の人には生きてる価値ありませんねぇ……?」

 

 俺に向けられたものではないのに、まゆちゃんの冷たい視線が物理的な痛みを伴っているような気がした。というか、それ微妙に俺にも流れ弾が当たってる……。

 

 とはいえ、今回のこれは結局『自分のとりえに対するコンプレックス』と『好きな人に褒めてもらいたい乙女心』が入り混じった複雑な感情が、主な原因ということだろう。

 

 ……しかし『好きな人に』ってところを、果たして冬馬の奴は気づいてんだか気付いてないんだか……。

 

「ぐっ……は、反論はしねぇ……分かってるよ、俺の責任だって……」

 

「まぁまぁ、まゆ。結果として、今回の騒動を収めたのは冬馬さんなんだしさ?」

 

 うなだれる冬馬と見下ろすまゆちゃんの間に、恵美ちゃんが割って入った。

 

「それは原因なんだから当たり前です。恵美ちゃんは甘すぎですぅ」

 

「反省会で追い込むのも落ち込むのもナンセンスだって。『あのとき、ああすればよかったなぁ』で、それでいいじゃん!」

 

 「はい反省会終わり!」と恵美ちゃんはパチンと手を叩いた。

 

「それに、アタシたちには最後の仕事が残ってるわけだしさ?」

 

 そう言って恵美ちゃんが取り出したチケット。それはまゆちゃんと志保ちゃん、そして冬馬と俺も貰っている『シンデレラの舞踏会』のチケット。

 

「……そうだね。()()()()のが、俺たちの最後の仕事になるのかな」

 

 

 

 

 

 

「それにしても、結局美城常務は何がしたかったんでしょうね……?」

 

「……あぁ、それだったらもう見当はついてるよ」

 

「えっ!?」

 

「……知ってる?」

 

 

 

 ――海の向こうには、()()()()()()()がいるんだよ。

 

 

 




・島村卯月が願ったこと
それはずっと素直に真面目に頑張って来た島村卯月という少女が抱いた、ほんのささやかな『ワガママ』

・褒めて伸びるタイプ
「さ゛く゛や゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!!」

・「二ヶ月近くシリアス続けてたから」
本気で作者のメンタルズタボロよ……。

・『自分のとりえに対するコンプレックス』
・『好きな人に褒めてもらいたい乙女心』
結局今回の騒動の原因はこの二つ。
前者だけなら原作通りだが、後者が混ざったことでややこしくなった。

・『あのとき、ああすればよかったなぁ』
・「はい反省会終わり!」
らりるれロケットだーん!

・本物のバケモノ
第五章全ての元凶。



 『冬馬なら救える』?

 残念! それも正解ではあるんだけど、そもそもこいつが原因でしたぁ!

 簡単にまとめると

・冬馬に褒められたいと思ってしまった乙女心が自己嫌悪に変わり
・それが笑顔のコンプレックスに対する良太郎へベクトルが向き
・それを冬馬に論破されたことで
・卯月の手元に戻ってきて耐え切れず爆発した。

 という感じです。ややこしいですが、本質的には志保のときと同じです。

 ……これ本当にちゃんとまとまったのだろうか……? 自分でも扱いきれずに言葉が足りてないような気も……その場合、加筆修正するかもしれません。



 さて、これでデレマス編も山場を越え、ついに残すは最終話のみです。

 ……その前に、シリアス続きで疲弊しているので番外編で筆休みさせて……。


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番外編44 もし○○と恋仲だったら 16

(作者の)癒しとなる恋仲○○シリーズです。


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

「納得がいきません」

 

 楽しいデートが始まったばかりだというのに、俺の恋人は何故か憤っていた。

 

 チラリと横目で確認すると、助手席に座る志保は窓枠に頬杖をついてそっぽを向いていた。十六歳になり早くも美希ちゃんに迫るナイスぼでーとなった彼女は、胸がシートベルトによって大変素晴らしいことになっていた。運転中故、それに見とれているわけにはいかないが……運転していなくても、たぶん今はマズいだろう。

 

「納得がいきません」

 

「二回目」

 

 俺が反応しなかったため、志保は同じセリフを繰り返した。

 

「いや、そうは言われても」

 

 彼女が怒っている……というか不機嫌な理由は分かっている。

 

 

 

「どうして、りっくんは私よりも貴方との別れを惜しんだんですかっ……!?」

 

 

 

 それはつい先ほどのことだった。

 

 志保を迎えに彼女の家まで行ったのだが、そのとき見送りに出てきた弟の陸君(りっくん)と顔を合わせた。既に何度も顔を合わせ、なんだったら何度も遊んだ仲である彼にも挨拶をし、志保のお母さんにも「門限までには連れて帰ります」と約束して「さぁ行こうか」となった矢先だった。

 

 

 

 ――良太郎さん、もう行っちゃうんですか……?

 

 

 

 寂しそうなりっくんの表情に志保が思わず「今日は予定を変更して私の家にしましょう」と言い出したが、お母さんの後押しもあり何とか出発に漕ぎつけることが出来た。

 

「納得がいきません」

 

「三回目」

 

 先ほどからイライラと足を組み替えているが、ミニスカートから覗く黒タイツの太ももに視線を取られそうになるから止めてほしい。

 

「えっと、一応お兄さん、ちびっこに大人気なんだけど」

 

 これでも()()の覆面ライダーである。りっくんも昔から覆面ライダーを見てくれていたらしく、初めは『お姉ちゃんが連れてきたよく分からない男の人』という対応だったが、俺が『覆面ライダー天馬』だと知った途端に光の速さで懐いてくれた。最近では志保抜きでりっくんと二人で遊ぶことがあるぐらいだ。

 

「………………」

 

 しかし弟大好き(ブラコン)気味な志保にはそれが不服だったのようだ。ふてくされる志保も可愛いが、折角のデートなのだからもう少し笑顔を見せてもらいたかった。

 

「……将来の義弟と仲良くするぐらい、勘弁してくれって」

 

「………………え」

 

 赤信号で車を停めたのでしっかりと志保の方を向くと、彼女は呆けた表情でこちらを見ていた。その表情自体も珍しいが、それが徐々に赤く染まっていくのだから尚珍しい。

 

「どうかした?」

 

「あ、いや、その……」

 

 とぼけたふりして尋ねてみると、志保は聞き間違いだったかと顔を前に戻した。

 

「志保との子どもが生まれたときのための予行演習……って言っても、今のりっくんぐらいになるには最低でも七年かかるわけか」

 

「こどもっ!?」

 

 信号が青になって車を進めてしまったので今の志保がどんな表情をしているのかは見えないが、きっと顔を真っ赤にしていることだろう。

 

「せ、セクハラですよっ!? わ、私何歳だと思ってるんですかっ!? 最低でも七年ってなんですか!? すぐに産ませるつもりですか!? きょ、今日はなんの用意もしてきてないんですよ!?」

 

「志保ゴメン、謝るからちょっと落ち着こうか」

 

 思わずハンドルから手を放して今すぐ志保を抱きしめたくなってしまうので、それ以上可愛いことを言わないでほしい。いやそんな話題を振った俺にも原因はあるだろうが。

 

 そもそも俺は二十一で彼女は十六。母親から認められているからいいものの、下手をすれば青少年保護法でしょっ引かれそうだ。そんな彼女と今後の人生を歩いていく覚悟なんて……いやまぁ、最初から出来てるけど。

 

「……コホン。今のことはすぐに忘れるように」

 

「はーい」

 

 勿論忘れるわけがない。

 

「話を戻すんだけどさ」

 

「……忘れるようにって言ったばかりなんですけど」

 

「そっちじゃなくて、りっくんのこと」

 

 予行演習はともかく、義弟として仲良くなりたいのは本音だ。でもそれは()()の話。

 

「俺の勘違いかもしれないんだけどさ……りっくんは、父親の姿を俺に重ねてるんじゃないかな」

 

「………………」

 

 北沢家には父親がいない。

 

 それを自分から詮索したわけではない。志保がウチの事務所に所属することになった際に、彼女が未成年である以上確認しないといけないことの一つが保護者の存在。彼女自身隠すこともしなかったので、父親が数年前に事故で亡くなっていることはすぐに知ることになった。

 

 きっとりっくんの短い人生の中で一番親しい男性というのが俺なのだろう。父親というには流石に若すぎるが……幼い彼からしてみれば十分『大人の男性』の範囲だと思う。

 

「……そう、かもしれませんね」

 

 少しだけ寂しそうに呟く志保。

 

 ただ、それはりっくんに限った話ではない。

 

 

 

 ――志保は、貴方に父親の姿を重ねてるのかもしれません。

 

 

 

 それは、他ならぬ志保の母親から言われたことだった。

 

 父親が鬼籍に入り、働く母親の代わりに家事と弟の世話をするようになった志保。母親に心配をかけさせないため、そして弟を不安にさせないため、誰かに()()()ということをしなくなった彼女にとって、きっと俺は唯一甘えられる存在。そう言われた。

 

 父親代わりというには流石に俺じゃ役者不足だろうが……まぁ、前世を加算した精神年齢的に言えば、余裕で志保の両親よりも年上だろうしなぁ。

 

「私もお母さんも、りっくんには寂しい思いをさせないように頑張ったつもりです。でも、きっとあの子は見たこともない父親に憧れていたのかもしれません」

 

 「……だから」と志保は再びそっぽを向いた。

 

「……貴方が家族になってくれると……その、りっくんは凄く喜ぶと思います」

 

 チラリと見えた志保の耳は再び真っ赤に染まっていた。

 

「……それはどういう意味なのかなー? お兄さん分からないなー」

 

「なっ……!?」

 

 そんな恥ずかしがる志保が可愛くて、少しだけ意地悪がしたくなった。基本的に『あまり人に懐かない黒猫』である志保だが、こういうときは年相応の表情を見せてくれる。それが堪らなく可愛いのだ。

 

 ……こういう反応を見せてくれるようになったのは、彼女と恋人同士になってからだった。恋人になる以前だったら「はぁ? 何を寝ぼけたことを言ってるんですか?」と冷たい目で見られるのはまだマシで、最悪無視だ。

 

 それが今ではこの美少女っぷりである。今はまだお互いにアイドルとしての活動があるため公には出来ないが、このナイスばでーの美少女が俺の恋人なのだと声を大にして言いたい。もっとも、アイドル以前に年齢的な問題の方が公に出来ない一因だったりする。

 

(……あれ?)

 

 大体こういうとき、志保は先ほどのように「バカなことを言わないでください」みたいなリアクションをしてくれるのだが、何故か何も言ってこなかった。

 

「? ……っ」

 

 一体どうしたのかチラリと視線を向けると、予想外の光景に思わず息を飲んでしまった。

 

「……えっと……その……」

 

 顔を赤くしたまま俯いた志保が、モジモジと指を弄んでいた。時たまこちらを見てくるのだが、すぐに視線を外されてしまう。

 

 彼女と出会って三年ほどになるが、志保のそんな姿は初めて見た。あまりの可愛さに思わず眩暈がする。運転中になんて危険な真似を……!

 

「言わないと……分かってもらえませんか……?」

 

「あ、いやー……言ってくれると嬉しいんだけど……その、やっぱり俺から言った方がいいのかなーって思ったり思わなかったり……」

 

 そしてそんな予想外の反応に動揺し、逆に俺がしどろもどろになっていた。

 

「……ぷっ」

 

「え? ……あー」

 

 突然、志保がクスクスと笑い出した。

 

 そこでようやく俺は、志保から揶揄われた(仕返しされた)ことに気が付いた。

 

「……はぁ、参りました」

 

「ふふ、周藤良太郎を騙すことが出来るなんて、私も成長したってことですね」

 

 まぁ今回は惚れた女の子の可愛さに動揺したっていうのもあるが、それを抜きに考えても相当な演技だった。これならば今度のアカデミーの新人女優賞も狙っていけそうだ。

 

 俺から一本取れたことでご機嫌な志保。

 

 元々揶揄った理由は彼女の可愛いところが見たかったからなので、その目的さえ果たされればやり返されること自体に文句はなかった。それぐらいならば甘んじて受け入れよう。

 

「……でも、成長したのは演技だけじゃないんですよ?」

 

「……胸とか?」

 

「今真面目なところなのでもうちょっと真剣にお願いします」

 

「アッハイ」

 

 コホンと咳払いを一つした志保は、二度三度息を吸って呼吸を整えた。

 

 丁度車が赤信号で止まったので志保の方を向くと、彼女は真っ直ぐに俺を見つめて――。

 

 

 

「……好きです、良太郎さん」

 

 

 

 ――とても優しい笑顔で、そう言った。

 

 

 

 

 

 

「……不愛想で生意気だった私が、こうしてアナタへの想いを素直に口にする。……これも、きっと成長ですよね」

 

 

 

 ――だから私は、アナタを許さない……。

 

 

 

 それは二年前に、私が良太郎さんに向けて言ってしまった言葉だ。

 

 まだ雪月花のことで良太郎さんを逆恨みしていたあの頃の自分に、今の私のことを伝えてもきっと信じないだろう。

 

 その一件を和解したことで周藤良太郎への『嫌悪』は、元々抱いていた純粋な『アイドルとしての憧れ』へと戻った。それが同じ事務所に所属する先輩に対する『尊敬』に変わり……今では『恋』だ。それがわずか二年の出来事なのだから、自分の()()()()には思わず呆れてしまいそうになる。

 

 でも……分かってる。私はこの人に()()()()んだって。

 

 お母さんのために。りっくんのために。そして何より自分のために。懸命にアイドルの道をひた走って来た私を、良太郎さんは甘やかしてくれた。

 

 アイドルのこと以外に関する言動は適当で、女性の胸ばかりに視線が泳いで、真面目な場面でも空気を読まない、そんなどうしようもない人ではあるのだけど。……良太郎さんは、まるで()()()()のように私に甘えさせてくれるのだ。

 

 ……勿論、これは良太郎さんにお父さんを重ねているだけで、彼のことをお父さんのように思ったことはない。

 

 だって、これは『家族』に対する想いじゃない。

 

「私はまだ、小娘です。アナタの隣に立てるかどうかも分かりませんが……」

 

 

 

 ――これからも、ずっと一緒にいさせてください。

 

 

 

 『家族になりたい』という想いだ。

 

 

 

「……勿論だよ。ところで、デート始まったばっかりでそんなに飛ばして大丈夫?」

 

「大丈夫です」

 

 

 

 もっともっと、今日は甘えさせてもらいますから。

 

 

 




・周藤良太郎(21)
基本的に変わらないが、初の弟ポジションの陸を志保と同じぐらい可愛がっている。

・北沢志保(16)
かつてはツンデレ然としていたが、良太郎に父性を見出したことで甘え猫になってしまった。とはいえ基本的な態度は変わらない。要するに二人きりでイチャついてる。

・北沢陸
初登場時はまだ情報が少なかったが、漫画『Blooming Clover』にて初のメディア化したため、ようやくキャラ付けが終わり登場となった。
そろそろ本編でも出してあげないと……。

・志保のお父さん
漫画では離婚だったようですが、アイ転ではこういう設定です。

・「今真面目なところなのでもうちょっと真剣にお願いします」
だって二ヶ月近くシリアスだったし……。



 なんかすっごい久しぶりに恋仲○○書いたような気がする……。

 というわけで123三人娘最後の一人、志保の恋仲○○でした。志保に甘えられてぇなぁ(願望)

 そして申し訳ありませんが、諸事情により次回も番外編とさせていただきます。

※ヒント
アイ転更新日:13日
楓一緒更新日:14日
6thメット:10日、11日

 次は……()()()の最後の一人かな?


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番外編45 もし○○と恋仲だったら 17

作者の息抜き恋仲第二弾。


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 ピンポーン

 

「………………」

 

 ピンポーン

 

「……出ねぇ」

 

 とある平日の朝、オートロックのマンションの一階ロビーに俺はいた。

 

 何度も呼び鈴を鳴らしても反応が返ってこないところを見ると、もう七時になるというのに部屋の主は起きていないようだった。

 

「まぁ、そんな気はしてたよ」

 

 このまま呼び続けても無駄だと判断した俺は、合い鍵を使って自動ドアを開ける。最初からこうした方が早かったな、などと考えながらエレベーターに乗った。

 

 目的の階に到着すると、廊下を進み()()()()()へと向かう。途中、他の部屋の住人とすれ違うが既に顔見知りなので「おはようございます」「今日もご苦労様」と挨拶を交わす。

 

 部屋の前に着いたので、最終宣告としてドアベルを鳴らすも反応はない。ならば合い鍵所持者の権限に置いて、実力を行使しよう。

 

 鍵を開け、部屋の中に入る。一人暮らしをするにはだだっ広い部屋だが、実際に使っているのはリビングの一部屋だけなので迷う必要もない。廊下を進んでリビングに入ると、案の定ソファーの上に丸まって眠る人影があった。

 

「ソファーで寝るなって何度言ったら分かるんだか……」

 

 他の部屋を使わないことはまぁいいとして、せめてリビングの片隅に置かれたベッドで寝てほしい。二十歳の女性がタンクトップに短パンというラフすぎる格好のまま、ソファーでお腹を出しながら寝るんじゃない。いくら暖房が効いているからって風邪ひくぞ。

 

「すぅ……すぅ……」

 

 俺の呆れや心配をよそに、気まぐれ猫はスヤスヤと寝息を立てている。周囲に散乱した論文やスクリーンセーバーが起動したノートパソコン、カラになったマグカップから察するに、どうやらいつも通りの夜更かしだろう。これはちょっとやそっとは起きそうにない。

 

 ならばどうするか? 無理やり起こすに決まっている。

 

「おい、朝だぞ」

 

 彼女に覆いかぶさるようにして顔を覗き込む。傍から見ると俺が彼女を押し倒しているようにも見える体勢だが、他に見ている人がいるわけでもない。加えて、自分の()()なのだからこれぐらいは許容範囲だろう。

 

「んー……?」

 

 至近距離から声をかけたことにより、目は開かないが反応はあった。眠りが浅くなった今が勝負!

 

「ていっ」

 

 

 

 丸見えになっていた彼女のヘソに人差し指を優しく突っ込んだ。

 

 

 

 ――ひにゃあああぁぁぁっっっ!!!???

 

 

 

「よーやく起きたか。ったく、何度もソファーで寝るなって言ってるだろーが」

 

「それ以外に、っ、何かすること、あるんじゃない、かな!?」

 

「おはようのキスがご所望か?」

 

「早く、おヘソから指を抜いて、クニクニしないで、あっ」

 

 起きて早々に顔を赤くして悶える彼女が大変煽情的だが、流石に朝からスるつもりはないのでここら辺で止めておこう。

 

 ヘソから指を抜くと、彼女はタンクトップをグイッと下に引っ張ってお腹を隠しながら後退った。勿論ソファーの上なのでそれほど距離は取れない。そして下に引っ張ったことで逆に胸元が大きく開くことになり、下着をつけていない彼女の深い谷間が丸見えになった。

 

「朝から何するのさぁ……」

 

「いやぁ、可愛かったぞ」

 

「変態……」

 

()()()()()のお前には言われたくないんだけど」

 

 ともあれ。

 

 

 

「おはよう、志希」

 

「……おはよー、リョータロー」

 

 

 

 そっと志希の左頬に手を添えると、彼女は一瞬ビクリとしつつその意図を汲み取って目を瞑った。

 

 そしてそのまま、志希の唇を――。

 

 

 

 

 

 

「ったく、自分で作らないにせよ、せめて冷蔵庫の中身ぐらい買い足しとけって」

 

 ほぼカラの冷蔵庫を覗き込みながら、はぁと溜息を吐く。

 

 おはようのキスを終え、昨晩シャワーを浴びずに寝落ちしてしまったことを思い出したらしい志希が真っ赤になって逃げるように浴室へと駆け込んでいったのを見送ってから、俺は彼女の朝食を準備してやることにした。

 

 ただ必要最低限の調味料と僅かばかりの食料しかないので、『何を作ろうか』ではなく『何が作れるか』で頭を悩ませる。こんなことならばコンビニで何か買って来ればよかった。

 

 とりあえず卵とバターがあったのでオムレツでも作ってやろう。あとは残っていた野菜の切れ端でスープだな。

 

 料理をしない志希の部屋で料理を作ってやるようになってから、着実に自分の料理の腕が上がっていることが実感できた。基礎的なところは翠屋で教わっているので、あとは基本に忠実にやるだけなのでさほど難しいことはなかった。

 

「……普通は逆なんだよなー……」

 

 『一人暮らししている恋人の部屋にきて料理を作ってあげる』という素敵イベントのはずなのに、俺が料理を作る側なのが少々納得できなかった。女性が料理をすべきだとは言わないが、可愛い彼女が俺のために甲斐甲斐しく料理を作ってくれる幻想を抱いたっていいじゃないか。

 

 すっかり慣れた手つきでオムレツと野菜スープを並列して作り上げる。二品だけなので、さほど時間も手間もかからなかった。

 

 あとはそうだな……軽く部屋の片づけでもしておいてやりたいところではあるが、一見無造作に散らばっている論文の紙束も、もしかしたら志希なりに整理した結果なのかもしれないので触れない方が無難だろう。なので掃除機をかけるのも少しだけ躊躇われる。

 

 となると、他に俺がしておいてやれることは……。

 

 

 

「……志希ー、洗濯するから脱衣所入るぞー?」

 

『入るなバカー!』

 

 

 

 

 

 

「別に下着ぐらい、もう気にするような間柄じゃないだろ」

 

「あ、あたしは気にするの!」

 

 リョータローに対するあたしの精一杯の抗議は「はいはい」と軽く流されてしまった。

 

「俺としては、前みたいにラフな格好も大歓迎なんだけど」

 

「そ、それは……」

 

 思わず言葉に詰まってしまった。

 

 ……本音を言うのであれば、あたしだってリョータローが喜んでくれるのであれば、そういう格好をするのだってやぶさかじゃない。他の女性(ひと)を見るぐらいならあたしを見てほしいって思う。

 

 でも。

 

「……恥ずかしいし」

 

 結局のところ、それだった。

 

「ホント、昔ウチに泊まりに来てタンクトップ一枚でうろついてた頃とは大違いだな」

 

「そ、それは……!」

 

 思わずギュッと着ている服の前を押さえてしまった。肌蹴ていないはずなのに、見えていないはずなのに、既に()()()()()()()()はずなのに……今のリョータローに、自分の肌を晒すことが恥ずかしかった。

 

「今だから言うけど、たまにチラチラ見えてたからな?」

 

「~っ!?」

 

 顔から火が出るぐらい恥ずかしいとは、まさにこのことだろう。恥ずかしさを誤魔化すようにリョータローが作ってくれたオムレツを食べ進めるが、そんな様子を見たリョータローが「ゆっくり食べろよ」と言いながらサラリとあたしの髪を撫でくるのだから、さらに恥ずかしさが増していった。

 

 昔のことを思い出すだけで、いつも頭を抱えたくなる。

 

 あの頃のあたしは、まだ()()を知らなかった。だから別に見られるぐらい気にしていなかった。

 

 でも、今のあたしは()()を知ってしまった。

 

 ……違う。()()に溺れてしまったんだ。

 

 

 

 ――『恋』という、あたしがずっと研究してきたそれに。

 

 

 

 不思議な話で、おかしな話。コーイチとキャリーの二人を見たときからずっと気になっていた『恋』という現象が、ようやく一番身近な存在になったというのに……余計に分からなくなってしまったのだ。

 

 リョータローと一緒にいたい。でも近づきすぎると恥ずかしくて離れたくなる。

 

 リョータローに見てもらいたい。でも見られすぎると恥ずかしくて目を隠したくなる。

 

 リョータローに触れられたい。でも。でも。でも。

 

 心と脳が矛盾(エラー)をひたすら繰り返し、自分でも訳が分からなくなる。

 

 恋って何? 好きって何? どうしてこんなに恥ずかしくなるの?

 

 ……でも。

 

 

 

 ――その恥ずかしさでさえ……心地よいと思っているあたしがいた。

 

 

 

「志希はマゾ気質だからな」

 

「そーいう言い方すると一気に俗っぽくなるからやめてよ!?」

 

 いや、その……ちょ、ちょっと悪くないかなぁとか思ったりもしちゃったことあるけどさ……ち、違うからね!? そーいうんじゃないからね!?

 

「……ごちそーさまでした」

 

 オムレツと野菜スープを食べ終えて手を合わせると、リョータローは表情を変えずとも満足そうに頷いた。

 

 ……恋人の方が料理が上手いことに関して、何も思わないことがないわけではない。それも昔は全然感じたことなかったが、今ではリョータローにご飯を作ってもらう度に少しだけ悔しくなる。……あたしも、もーちょっと練習しよう。

 

「それじゃあ食器片づけておくから、お前は準備して来い」

 

「う、うん」

 

「あ、それとあのパソコンの周り、片づけて大丈夫か? 大事な論文だったらちゃんとまとめとけよ」

 

「あーうん。大丈夫――」

 

 その論文は全部覚えたから別に……と考えたところで、あたしは寝落ちする直前までノートパソコンで()()調()()()()()()()を思い出した。

 

「それじゃあ俺が片づけても大丈夫だな?」

 

「――ちょ、ちょっと待って!」

 

 今はスクリーンセーバーが起動しているから大丈夫だが、マウスを動かしただけでそれは解除されて画面が戻ってしまう。つまり()()をリョータローに見られてしまうのだ。

 

 慌ててノートパソコンを閉じようと駆け寄るが、こんなときに限ってカーペットに足を取られて転んでしまった。

 

「イタタ……」

 

「おいおい、大丈夫か? 何をそんなに慌てて……」

 

 打った鼻を押さえていると、あたしを起こそうと手を伸ばしたリョータローの動きが止まった。

 

 まさかと思って顔を上げると……あたしが倒れた振動でマウスが動いてスクリーンセーバーが解除され、()()()()()()()()()()()()のページが表示されたノートパソコンがそこにはあった。

 

「ち、ちが……じゃなくて、えっと、その……」

 

 咄嗟に否定の言葉が出そうになり、慌てて口を噤む。それを否定するということはリョータローとの()()を否定することであり、しかし肯定するには恥ずかしさが勝ってしまい……。

 

「………………」

 

「りょ、リョータロー……?」

 

 しかしリョータローからなんの反応もなかったので、不審に思って倒れた格好のままリョータローを見上げると……唐突に覆いかぶさるように抱きしめられた。

 

 

 

「あぁもう可愛いなぁお前はあああぁぁぁ!!」

 

「にゃあああぁぁぁ!?」

 

 

 

 『恋は盲目』という言葉があるが、それの意味がよく分かった気がする。

 

 好きな相手とのやり取り全てにおいて『好き』という感情が先立ってしまって、それ以上何も考えられなくなってしまう。

 

 かつては『天才』と持て囃されたあたしだったが……。

 

 (バカ)になるのも、悪くなかった。

 

 

 




・周藤良太郎(22)
私生活がだらしない恋人が出来た結果、元来の世話好きも合わさり通い妻ならぬ通い夫になった。

・一ノ瀬志希(20)
良太郎に恋をした(ツイッターでのアンケートの)結果、恥ずかしがりやになってしまった。
『トップアイドルの恋人が悪戯しながら朝起こしてくれた上に、美味しい朝食を作ってくれる』とか、まるでギャルゲの主人公のようだ。

・ヘソ責め
ツイッターのTLに流れていた『いいお腹の日』のイラスト見てて思いついた。



 誰だコイツと思わないでもないが、個人的には満足してる(特にヘソの辺り)

 次回からはついに、デレマス編最終話突入です!



『どうでもいい小話』

 6thメットライフドーム公演、お疲れさまでした!

 今回は初日現地二日目LVでの参加でした。

 全部語ると長くなるので、一言だけ。



 ……ななみん、可愛すぎひん?(真顔)


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Lesson225 Happily ever after

デレマス最終話編、開幕。


 

 

 

「「「……はー」」」

 

 

 

「「「……ん?」」」

 

 私たちシンデレラプロジェクトに割り当てられた控室。化粧台の前に座っていると、右隣から全く同じ息を吐く音が聞こえてきた。そちらに首を向けると、そこには私と並んで同じように首だけこちらに向けている未央と卯月の姿があった。どうやらニュージェネ三人並んで全く同じタイミングだったらしい。

 

「……ふふっ、一緒ですね」

 

「いやぁ、流石私たち! 息ピッタリ!」

 

 クスクスと笑う卯月と未央。思わず私も笑ってしまった。

 

「二人とも、緊張してる?」

 

「そりゃしてるよー! なんだかんだって、これだけ大きな舞台で自分たちの歌を披露するのって二回目だし!」

 

「……あ、そっか」

 

 美嘉のバックダンサーはカウントしないし、秋フェスにはニュージェネとして参加してないから、夏フェス以来ってことになるのかな?

 

「……でも、私は『楽しみ』っていう気持ちの方が大きいです!」

 

「卯月……」

 

「……うん、そーだね! 私もすっごい楽しみだよ!」

 

 笑顔を浮かべた卯月の言葉に、元気よく同意する未央。去年の年末の出来事を思い出し、卯月がそう言ってくれることが地味に嬉しかった。

 

「そーれーにー……」

 

「え?」

 

「しまむーの場合は、今回は特別に見せたい相手がいるもんねぇ~?」

 

「……え、えぇ!?」

 

 ニヤニヤと笑う未央に肩を組まれた卯月が顔を赤くする。

 

「わ、私は別に、と、冬馬さんに見てもらいたいなんて……!」

 

「おやおや~? 未央ちゃんは天ヶ瀬さんなんて一言も……ちょっと待って()()()()?」

 

「あっ……!?」

 

 想定していなかった言葉が出てきたためギョッとする未央と、失言に気付いて固まる卯月。かくいう私も正直驚いている。

 

「え、ちょっと待ってしまむーまさかホントに?」

 

「べ、べべべ、別に変な意味はないですよ!? ホントですよ!? ほら、良太郎さんだって良太郎さんじゃないですか!?」

 

「そっちは関係ないって! 今まで『天ヶ瀬さん』呼びしてたしまむーが『冬馬さん』って呼んでることが重要なんだよ!」

 

 真っ赤になって否定する卯月に、いやいやと驚きの表情を隠せない未央。

 

 卯月があの天ヶ瀬冬馬さんに個別でレッスンを見てもらっていたという事実を聞かされたときは私もかなり驚いたが、それがまさか()()するとは全く想像していなかった。

 

「若い男女……二人きりのレッスン室……何も起きないはずがなく……!」

 

「未央ちゃんっ!?」

 

「二人とも、どうしたのー?」

 

「なになにー?」

 

 プロジェクトメンバー全員が揃っている控室でそんな風にギャーギャーと騒いでいれば、他のメンバーたちの注目を浴びるのは当然のことだった。

 

「いやいや、何でもないよー。しまむーにも春が来たかもしれないってこと」

 

「春?」

 

「まだ冬だよ?」

 

 よく分からなかったらしい莉嘉とみりあが首を傾げる。

 

 しかし未央の言葉の意味が分かったらしい他のメンバーは「あっ(察し)」と言った様子で、興味津々に目を見開いたり優しい目で卯月を見たり、反応は様々だった。

 

「み、未央ちゃん~……!」

 

 そんなみんなの視線に、卯月は真っ赤な顔で縮こまってしまった。そしてキッと未央を睨むが、申し訳ないが全く怖くない。未央も「ごめんごめん」と苦笑しながら頬を掻いた。

 

「やっほー! みんな、そろそろ……って、どーしたの?」

 

 プロジェクトクローネの控室からやって来た美嘉が、こちらの控室を覗き込むなり首を傾げた。

 

「な、何でもないんですよ美嘉ちゃん! ホント何でもないんです!」

 

「へ?」

 

 真っ赤な顔のままブンブンと手のひらを横に振る卯月。ここでこういう反応をするから余計に怪しまれるんだけど……。

 

「くんくん……この匂いは恋のもがぁ」

 

「志希、それ以上は収拾つかなくなるから」

 

 いつの間にかそこにいた志希が余計なことを口走る前にその口を両手で塞ぐ。本当に場を引っ掻き回す絶妙なタイミングで現れる辺り、良太郎さんそっくりである。

 

「よく分かんないけど……みんな、そろそろリハだからステージ行くよ」

 

『はーい!』

 

 美嘉に促され、ぞろぞろと控室を出ていくみんな。私も卯月の背中を押す未央を追い、志希の手を引っ張りながら控室を後にする。

 

 さぁ、リハーサルだ。

 

 

 

 ――『シンデレラの舞踏会』の開演のときは、刻一刻と迫っていた。

 

 

 

 

 

 

「はい到着ー!」

 

「良太郎さんはもう来てるんですかねぇ……?」

 

 ピョンと車から降りる恵美さんに続き、まゆさんも周りを見回しながら車を降りる。

 

「留美さん、送迎ありがとうございました」

 

「いえいえ。それではいつものことではありますが、くれぐれも気を付けてくださいね」

 

「「「はい!」」」

 

 さて、私たち三人は仕事先から留美さんの車で送ってもらい、346プロダクション主催の冬のライブ『シンデレラの舞踏会』へとやって来た。会場前の広場は既にライブの開演を心待ちにする大勢のファンでごった返している。

 

「さてと、リョータローさんと冬馬さんと合流するわけだけど……」

 

 そう言いつつキョロキョロと良太郎さんたちを探す恵美さん。しかしこの人ごみの中から自力での人探しは無理があるので、これは素直に連絡を取った方が早いだろう。

 

「あ、いた」

 

「えっ」

 

 しかしそれは私がスマホを取り出すよりも早かった。恵美さんが指さす方に視線を向けると、そこにはサングラスをかけて帽子を被り、壁にもたれかかりながらスマホを弄る男性の姿があった。

 

「お疲れ様です、冬馬さん」

 

「ん? ……おぉ、お疲れさん」

 

「格好の描写が良太郎さんと被るので、それ止めてもらってもいいですかぁ?」

 

「開口一番それたぁ今日もご機嫌だなぁ佐久間ぁ!!」

 

 相変わらず良太郎さんとは百八十度正反対な態度のまゆさんに、冬馬さんがこめかみに青筋を浮かべる。最近、ただ単にまゆさんが冬馬さんのことを嫌いなだけなんじゃないかと思い始めた。

 

「ったく……」

 

「あ、あはは……そ、それで、リョータローさんはまだ来てない感じですかね」

 

「アイツならとっくにいるぞ」

 

「え?」

 

 よく見れば、冬馬さんの足元には良太郎さんのものと思わしき荷物が置いてあった。今回のライブのショッパーもあるところを見ると、既に物販にも並んだ後のようだ。

 

「えっと、その良太郎さんは……?」

 

 スマホを弄りながら顔を上げずに「ん」と冬馬さんが示す方向には――。

 

 

 

「りゅーせー!」

 

「「「りゅーせー!」」」

 

「凄ぇ! 未央ちゃんの『ミツボシ☆☆★』完璧じゃないか!」

 

「ただもんじゃないな!?」

 

 

 

 ――何やら見覚えのあるサングラスの男性が、無駄にキレのいいダンスを披露していた。

 

「……なんですか、アレ」

 

「俺が知るか」

 

 見間違いだと信じてグニグニと眉間を揉んでみたが、その光景は変わってくれなかった。

 

「え、えっと……本番前に、ファンを盛り上げてくれてるの……かな?」

 

「恵美さん、無理にフォローしなくてもいいと思います」

 

「流石良太郎さん! どんな状況でも完璧なパフォーマンスを披露するプロ精神が素敵ですぅ……!」

 

「まゆさんはお願いですからもう少し現実を見てください」

 

 バックダンサー時代を含めると一年以上の付き合いになるまゆさんだが、それでも何故この状況で目をハートに出来るのかが未だに理解できなかった。この人、それこそ良太郎さんが女装だとかしだしたとしてもきっと肯定するのだろう。

 

「志保、それ既に確認済みだから。女装した良太郎さんの写真見て『性別が変わっても良太郎さんは素敵ですぅ!』って言ってたから」

 

 りっくん……お姉ちゃん、今とっても頭が痛いわ。

 

 

 

「よし! いいかみんな! これは本番前の会場の外の空きスペースで周りの迷惑にならなかったから許されたことだからな! 本番で会場内に入ったら、主役は当然アイドルたちだ! 変なパフォーマンスや掛け声を出してアイドルより目立とうとするなんて言語道断だからな! 改造ペンライトとかも持ち込むんじゃねぇぞ!」

 

『オッス!』

 

「アイドルたちを困らせるな! アイドルたちを悲しませるな! それが俺たち崇高なるファンの役目だ! それを忘れるな!」

 

『オッス!』

 

「それじゃあ解散! 今日は全力で楽しむぞ!」

 

『おおおぉぉぉ!!』

 

 

 

 なんか無駄なカリスマを発揮していた。いやまぁ、言っていることは何も間違ってないんだけど……。

 

 最後に一人一人と「健闘を祈る!」と握手を終えた良太郎さんがこちらにやって来た。

 

「お疲れさま、三人とも。今日は仕事どうだった?」

 

「えっと……はい」

 

「絶好調でしたよぉ!」

 

「そうかそうか」

 

 スッと差し出されたまゆさんの頭を「偉い偉い」と撫でる良太郎さん。蕩けた表情になったまゆさんに、何とも言えない感情になった。

 

「それにしても、いつの間に物販なんて並んだんですか?」

 

 ショッパーを覗き込むと、既に売り切れになっているグッズまでしっかりと確保してあった。確か良太郎さんも午前中は仕事で、物販に並ぶ余裕なんてなかったと思うのだけれど。

 

「あぁ、コレ? 例のごとく、なじみのアイドルオタクに頼んだんだよ」

 

 なんでもありとあらゆるアイドルのイベントに参加している重度のアイドルオタクが知り合いにいるらしく、その人に頼んで物販に並んでもらったらしい。

 

「まぁその見返りってことで、次の志保ちゃんの仕事の予定を軽く話しちゃったから、もしかして出待ちされるかもね」

 

「なに勝手に人の情報話してくれてるんですかっ!?」

 

「大丈夫大丈夫。基本的に人畜無害な子だから、個人で楽しむ用の写真しか取らないよ」

 

 そういう問題じゃないんですけど!?

 

「あぁ、そうだった、志保ちゃんに渡すものがあるんだった……」

 

「今は謝罪の言葉しか受け取るつもりはありませんよ」

 

「メンゴ」

 

 かなり強めに良太郎さんの向こう脛を蹴っ飛ばす。流石に弁慶の泣き所というだけあって、私の力でもダメージを与えることが出来たようで「ぐおおおぉぉぉ……!?」とのたうち回っていた。そんな姿を見て少しだけ溜飲が下がる。

 

「こら志保ちゃん! 先輩にそういうことしちゃいけません! メッ!」

 

「どの口が……」

 

 私に向かって注意するまゆさん、そしてそんなまゆさんを見る冬馬さんの目は呆れ果てていた。

 

「ってて……はいコレ」

 

「? 伊達眼鏡、ですか?」

 

 良太郎さんから渡されたそれは、おそらく変装用と思われる伊達眼鏡だった。それだったら私も持っているのだが……。

 

「それは『346プロの眼鏡の妖精に貰って神様っぽい女の子に願掛けをしてもらった』身バレ防止用の眼鏡なんだ」

 

「どういうことですかっ!?」

 

 良太郎さんの言っていることの意味が何一つとして分からなかった。

 

「あぁ、それか」

 

「志保の分も貰って来たんですねー」

 

「それ本当に便利ですよねぇ」

 

「既に三人とも受け入れてる!?」

 

 良太郎さんの全てを肯定するまゆさんはともかく、冬馬さんまで納得している辺りどうやらこれはガチらしい。一体どういうことなの……?

 

「それをかけておけば身バレしないから安心して楽しめるよ。その効果はリボンを外した春香ちゃんレベル!」

 

「………………」

 

 その説明で「それは本当に凄い効き目だ」とか思ってしまい、心の中で春香さんに謝罪をするのだった。

 

 

 




・冬馬さん
深い意味はない(意味深)

・「何も起きないはずがなく……!」
元ネタは『男同士、密室、7日間。何も起きないはずがなく……』
BL作品のキャッチコピーらしい。勉強になったね!(要らぬ知識)

・『ミツボシ☆☆★』
未央の一つ目のソロ曲。
チョイスした理由は、それなりにダンス難易度が高そうだったから。

・「これは本番前の会場の外の空きスペースで~」
※それでも良い子は真似しないでください。

・変なパフォーマンスや掛け声
今のコール、自分だけで楽しんでない?(世直しギルティ―並感)

・なじみのアイドルオタク
Lesson156参照。

・身バレ防止用の眼鏡
おなじくLesson156参照。



 ついに始まってしまいました、デレマス最終話編こと25話編です。

 作者的にも少し寂しいですが、頑張って書き上げていきたいと思います。


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Lesson226 Happily ever after 2

趣味に走る。


 

 

 

 さて、開演にはまだ時間があるが入場は出来るようになったからさっさと入ることにしよう。

 

「下手にギリギリに入るとマラソンの危険性があるからな。余裕を持って入るのも観客側の嗜みだ」

 

「会場運営も346なんだからそれはねーだろ」

 

 ぞろぞろと五人(全員認識阻害眼鏡装着済み)で会場内に入っていく。

 

「座席指定なし、ですか」

 

「それどころか、ステージが何ヶ所かに分かれてるみたいですねぇ」

 

 入口で渡されたパンフレットと会場内に貼られた案内図を確認する志保ちゃんとまゆちゃん。

 

 今回の『シンデレラの舞踏会』は少々変わった形式で、メイン会場とサブ会場に分かれてそれぞれにステージがあり、さらにメイン会場にはメインステージと二つのサブステージに分かれているらしい。そしてその各会場で別々のタイムテーブルが組まれているらしいので、観客は目当てのアイドルが登場する会場へと足を運ばなければならない。所謂『野外フェス』とよく似ていた。

 

「えっと、シンデレラプロジェクトは……十八時頃からメインステージみたいですね」

 

「それまでは、色んなステージにバラけて出るみてーだな」

 

 恵美ちゃんと冬馬がパンフレットで大まかなスケジュールを確認する。勿論アイドルのイベントなので歌のステージは多いんだけど……ファンとの交流イベントがメインといった印象だった。確かに、これは美城さんの考えるアイドルとは方向性が全然違うな。

 

 でもこれはこれで新鮮だと俺は思う。色んなタイプのアイドルが所属する事務所だから出来るイベントで、基本的に一人でライブをする俺には逆立ちしても真似できそうにない。……123でライブってことになればワンチャンいけるか? いや、それでも人数的な規模がなぁ。

 

「えっと……流石に早く会場入りするのも身バレの可能性が上がるだけですから、会場の隅でじっとしてた方がいいですかね?」

 

「この眼鏡があるからその危険性はないと思うけどなぁ」

 

「でも認識阻害の効果時間を節約する意味でも、あまり人前に居続けるのもよくないんじゃないですかね」

 

「あ、これ効果時間あるんですね……」

 

「込められた不思議パワーも有限だからね」

 

「不思議パワー……」

 

 胡散臭そうこちらを見る志保ちゃん。いやホントに使い続ける内に効果が薄くなるんだって。俺は自前の認識阻害があるけど、冬馬たちは使い続けたら次第にバレることが増えたらしいし。

 

「だから冬馬たちの眼鏡も一度回収して、不思議パワーかけ直してきてもらったから心配しないで」

 

「いえ、別に心配してないわけじゃないんですけど……もういいです」

 

 何故か『頭痛が痛い』といった様子で首を振る志保ちゃん。ライブ直前だというのに、期待と興奮で疲れちゃったのかな?

 

「ともあれ、じっとしてるならそれでもいいよ。俺はちょっと用事があるから離れるけど」

 

「え、良太郎さん、まゆを置いて行っちゃうんですか……」

 

「そんな悲痛そうな目で俺を見ないでくれ……!」

 

 目の端に涙を浮かべて本当に悲しそうな表情をするまゆちゃん。いくらなんでもこれは演技だと分かっていても決断が揺らぎそうになるぐらい可愛かった。

 

(((……演技……?)))

 

 ところで三人はどうしてそんなに微妙な顔をしているのだろうか。

 

「ちなみに、どんな用事なのかは聞いてもいいですか?」

 

「ん、大したことないよ。ちょっと人に会ってくるだけだから」

 

 ポケットから()()を取り出してピラピラと見せる。

 

「あ、もしかしてそれが『周藤良太郎専用関係者立ち入り許可証』ってやつですか?」

 

「そうそう。これがあれば346プロが関係するところなら何処でも入れるからね。こういうライブ会場の裏側も関係無し」

 

「ヤバい奴にヤバいもの持たせるとか、ホントここの常務はいい根性してるよな」

 

「失敬な」

 

 いや、これに関しては俺マジで自重したよ? 一体何度346プロのアイドルが水着グラビアを撮影しているというスタジオに吶喊しようとして思い留まったことか……。

 

「って話が逸れた。今回はこれで人に会ってお話ししてくるだけだ。出演直前のアイドルにちょっかいをかけるつもりはないから、安心してくれ」

 

「「………………」」

 

 冬馬と志保ちゃんの信じていない目が痛いが、今回ばかりは本当だ。

 

 

 

 ――なにせ、これが()()なんだから。

 

 

 

 

 

 

「さてと……」

 

 四人と別れ、許可証を見せることで関係者通路へ侵入を果たした。とりあえず居場所が分からないから、誰か適当なスタッフに聞いて――。

 

「あら、良太郎君」

 

「ちひろさん」

 

 ――と思った矢先、正面から歩いてきたちひろさんに出くわした。

 

 兄貴たちから何やら散々「注意しろ!」と警告されていた彼女。346に顔を出すようになりちょくちょく話をする機会があったのだが……俺の中でのちひろさんは、会うたびに笑顔で丁寧に挨拶をしてくれる上に「お疲れ様です」と特製ドリンクをご馳走してくれる美人なお姉さんだ。本当になんで兄貴たちがあんなに怯えていたのかが分からない。

 

「こんにちは。今日は凛ちゃんたちの応援ですか?」

 

 「はいどうぞ」といつもの流れで渡された特製ドリンクの小瓶を受け取りながら「そうです」と首肯する。

 

「何しろ凛ちゃんたちシンデレラプロジェクトの集大成ですからね。彼女たちをずっと見守って来た身としては、見届けてあげたいんです」

 

「ふふっ、きっとみんな喜びますよ。……それで、今からみんなのところへ?」

 

「あ、いえ、そうじゃなくて……ちょっと美城さんに用事がありまして」

 

「常務に、ですか……?」

 

 コテンと首を傾げるちひろさん。その仕草のせいで、身長や童顔も相まって俺よりも年下に見えてしまう。

 

「あ、もしかして志希ちゃんのことで? ……っと、ごめんなさい。私が深入りするようなことじゃありませんよね、きっと」

 

「別にそこまで深刻なことでもないんですけど……まぁ、そんなところです。それで、もし時間があるようであれば美城さんのところに案内していただけるとありがたいんですけど……忙しいですよね?」

 

「いえ、それぐらいの余裕ならあるので大丈夫ですよ」

 

 本番直前のスタッフが忙しくないはずがないのだが、ちひろさんはニッコリと笑いながら快諾してくれた。

 

「こちらです。常務は今回も貴賓室にてライブの様子をご覧になられるそうです」

 

「秋フェスのときと同じですね」

 

 他のスタッフがいるところだと少し話しづらいことを話すつもりだったので、それならそれで都合が良かった。

 

 というわけで美人のお姉さんの案内の元、貴賓室へと向かう。今回はアイドルのみんなの激励に行くつもりはなかったので、彼女たちに見つからないうちに素早く――。

 

 

 

「あー! リョータローくんだー!」

 

 

 

 ――どうやら今回のミッションは開始と同時に失敗してしまったようだ。我ながら早すぎる! ……そもそも俺のアイドルエンカウント率の高さを考えれば目に見えていた結果のような気もする。

 

 さて、苦笑するちひろさんに見守られながら振り返ると、通路の向こう側からTシャツにジャージの下だけというラフな格好の唯ちゃんがこちらに向かって駆け寄ってきていた。

 

「もしかして、本番前のゆいたちの応援に来てくれたのー!?」

 

 そして俺の目の前で立ち止まると「ねーねー!」とチョロチョロと周りをグルグルと回りだす唯ちゃん。走って来たスピードを乗せてそのままとびかかってこないのが、見た目のよく似た美希ちゃんとの違いである。彼女だったら「ドーンッ!」と勢いよく抱き着こうとして、その直前にりっちゃんが襟元を掴むことで阻止して首が絞まるまでが一連の流れだ。

 

「いやぁ、実はこっそりと様子を覗くだけだったんだけどね」

 

「えへへーゆいが見つけちゃったんだねー! それじゃあホラ行こっ! みんな喜んでくれるよー!」

 

 唯ちゃんは俺の腕を掴むとグイグイと引っ張ってくる。

 

 普段だったらそのまま流されてみんなのところへ行くところなのだが……。

 

「本当にごめん、唯ちゃん。他に用事があるから、みんなのところへは行けないんだ」

 

「えー!?」

 

 やんわりと唯ちゃんの腕を離しながら断ると、唯ちゃんは露骨に残念そうな声を出した。それはもうさながらかまってもらえない子犬の如く上目遣いで「来ないのー?」と言われた上に、俺の視点からはTシャツの襟元から大乳の谷間まで覗く始末。これはもう二つ返事で了承した上で今すぐ激励のためのデリバリーを手当たり次第に呼びまくるレベルの誘惑だった。

 

「……ほんっとうにゴメン……!」

 

 しかし、だがしかし、俺は断腸の思いでこれを断る。

 

「……そーだよね、リョータローくんも忙しいんだもんね」

 

 寂しそうな唯ちゃんの笑みに、断腸というか内臓がズタボロになる思いだった。

 

「……その代わりなんだけど、みんなに伝言をお願いしてもいいかな」

 

「伝言?」

 

「そう……一言だけ、激励の言葉をね」

 

 今回は本当に彼女たちへ何も言うつもりはなかったのだが……きっとこれが()()のメッセージになると思うと、少しだけ感傷的になってしまった。

 

「えっと――」

 

 

 

 

 

 

「――だって」

 

 舞台裏の広いスペースに、今回出演するアイドルたち全員が集まっていた。私たちシンデレラプロジェクトは勿論、プロジェクトクローネやその他別部署のアイドルたちも、とにかく全員だった。

 

 既にステージ衣装にも着替え、そこで最後の打ち合わせというか各々気合いを入れたり最後の復習をしたいりしていたのだが……関係者通路でばったり良太郎さんに会ったという唯が、良太郎さんからのメッセージを聞いてきたらしい。

 

「……えーっと」

 

 しかし、その唯から発せられたメッセージの意味がよく分からず、全員が首を傾げていた。

 

「英語、よね……?」

 

「唯ちゃん、それ本当に発音あってる?」

 

「あってるよー! 信用しろー!」

 

 奏が首を傾げ、美嘉が疑いを向けると唯は両手を上げて抗議した。

 

「美波、アーニャ、今の分かる?」

 

「えっと、多分、このことなんだろうなっていうのは分かるんだけど……」

 

「ダー。でも、よく意味が、分かりません」

 

 シンデレラプロジェクトで英語が得意そうな二人に尋ねてみると、二人ともリスニングは問題なく出来たようだが、どうにもその意味を捉えかねている様子だった。

 

「良太郎さんのことだから、意味間違えて使ったとか?」

 

「いや、確か英語は得意って言ってたからそれはないと思うにゃ」

 

「アニメか何かのセリフの引用かもよ?」

 

 みんながあーだこーだと意見を出し合うが、もっともらしい答えには辿り着かなかった。

 

「ちなみに、直訳するとどういう意味なの?」

 

「直訳というか……これって、決まった言い回しみたいなものなの」

 

「言い回し?」

 

「うん。これはね――」

 

 と、美波からその言葉の意味を聞こうとしたのだが。

 

 

 

「あと『これが本当に最後だから……!』って言って、写真もくれた。えっと昔の凛ちゃんと高校での奏ちゃんの秘蔵写真だって――」

 

 

 

 そんな言葉が聞こえてきたため、奏と共に全力でそちらを阻止しなければならなくなってしまった。

 

 

 

 阻止できなかった。

 

 

 




・マラソンの危険性
もしかして:5th静岡

・『シンデレラの舞踏会』は少々変わった形式
BD化すると凄い長さになりそうだなぁとどうでもいいことを思った。

・効果時間
・不思議パワー
使い続けると不思議パワーを消費し続ける……まことのメガネの逆バージョンかな?

・ちひろさん
デレマス編が始まって二年と七ヶ月……番外編での登場はあったものの、なんとこれが本編での初台詞である。マジかよ(驚愕)

・最後のメッセージ
(別に深い意味も伏線も)ないです。



 今回は繋ぎ回なので、盛り上がり所はないです。

 なので華を添える意味での唯ちゃん登場。それ以外の意図はありません(担当優遇は作者の特権)



『どうでもいい小話』

 ミリオン6th福岡外れました。やっぱりプレミアム会員だろうがなんだろうがダメだな!(手のひらクルー)


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Lesson227 Happily ever after 3

クライマックス感が溢れる三話目。


 

 

 

「さて、そろそろ開演の時間が近づいてきたわけなんだが……」

 

「良太郎さん、まだでしょうか……」

 

 チラリと時計を覗き込むと、既に開演三十分前。そろそろ余裕を持って中に入るとは言いづらい時間になってきたが、まだ良太郎が帰ってきていなかった。

 

「先に中に入っちゃう?」

 

「いや、中に入ってからだと合流が難しいでしょうし……」

 

「おーっす。お待たせー」

 

 佐久間は元より、所や北沢もやや心配し始めたところで良太郎の奴が戻って来た。

 

「お帰りなさぁい、良太郎さぁん!」

 

「結構時間かかりましたね」

 

「用事はもう終わったんですか?」

 

「あぁ。ちゃんと()()()()()()()()()から、大丈夫」

 

「………………」

 

 終わらせてきた、ねぇ。

 

(……気にすることでもねぇか)

 

 なんとなくではあるが、これは悪い意味じゃないだろう。もしそうだったとしたら、素直に話すことなくもっと悪ふざけしながら誤魔化したはずだ。自分からは散々迷惑をかける癖に、自分側の迷惑は決して他人と関わらせようとしない。こいつはそういう面倒くさい奴だ。

 

 だからこうして素直に話したということは、それは本当にもう終わったことなのだろう。

 

「それじゃあ入ろうか。ほら志保ちゃん、はぐれるといけないから手を……もうまゆちゃんと繋いでるから繋げなくなったね、ゴメン」

 

「うふふっ。さぁ行きましょう、良太郎さぁん」

 

「……いやなんというか、まゆさんの行動が早すぎて突っ込みどころを何ヶ所か逃がしてしまったような感覚に……」

 

「リョータローさんが絡むとまゆの行動がハヤイナー」

 

 本当に異次元じみた動きで驚くタイミングすら逃してしまった。せめて行間ぐらい挟め。

 

「さて……全員、眼鏡はしっかりかけたか!」

 

「はいっ!」

 

「……効果を知っていても、シュールな光景ですよね」

 

 良太郎の問いかけに元気よく返事をする佐久間。そんな二人を見ながらポツリと北沢が呟いた。

 

 そりゃ、五人揃って似たような眼鏡かけて並んでればな。良太郎がわざとらしく眼鏡をクイッとやって、それを佐久間と所が真似している。まぁ、目立つ。

 

「ほれ、さっさと入るぞ」

 

「「「おー!」」」

 

「お静かに」

 

 

 

 

 

 

「いつか痛い目にあわせてやる……」

 

「り、凛ちゃんがなんか怖いです……!」

 

 しぶりんが堕ちてしまったがいつものことなのでスルーしよう。しまむーが怯えているが、実害は良太郎さん以外にはないはずだ。

 

 さて、良太郎さんからもたらされた二人ほどの黒歴史写真によって(二人以外の)緊張がほぐれたところで、いよいよ本番が近づいてきていた。壁に設置されたモニターには、照明が暗くなりテンションのボルテージが上がり始めている会場が映し出されていた。

 

 そして開演前の諸注意が終わり……『シンデレラの舞踏会』の幕が上がる。

 

 

 

 ――お願い、シンデレラ。

 

 

 

 スポットライトに照らされてメインステージ立つのは、楓さんや幸子ちゃんたち346のアイドル部門を代表する顔である『シンデレラガールズ』と呼ばれるアイドルたち。ユニットではなく選抜されたメンバーで構成された彼女たちは、346プロのアイドルを語る上で欠かすことが出来ない存在だ。

 

 そんな彼女たちが『シンデレラの舞踏会』の開幕を告げる様子を見つつ……私たちシンデレラプロジェクトのメンバーはプロデューサーの元に集合していた。

 

「皆さん。シンデレラプロジェクトのステージは十八時からとなります。それまでは、各々のスケジュールで動いてください」

 

『はいっ!』

 

 プロデューサーの言う通り、しばらくはそれぞれがそれぞれのステージの手伝いやパフォーマンスをする予定になっている。何せステージは大小合わせて何個もあるんだから、それぞれ全部でファンにみんなを楽しませるのが……この『シンデレラの舞踏会』なんだから!

 

「……何か、他に一言言ってあげたらどうだい?」

 

「は、はぁ……」

 

 私たちの様子を見に来てくれた今西部長さんからの言葉に、プロデューサーは首に手をやりながら私たちの方をチラリと見た。そして私たちの視線に気づいた彼は「皆さん、今日の舞踏会は……」とまで言ってから、首を横に振った。

 

「……私は」

 

 そしてプロデューサーは、言葉を紡ぎ始めた。

 

「アイドルにとって、笑顔が大切なものだと考えていました。……今でも、考えています」

 

 決して饒舌ではない。少しずつ、ゆっくりと言葉を選ぶように……それでいてその口調はハッキリとしていた。

 

「しかし、これは必要なものだという意味ではなく、()()()()()ための鍵となるものです」

 

 その代名詞が一体誰を指す言葉なのか、プロデューサーは明言しなかった。

 

 きっとそれが誰なのか、今までの私だったら分からなかったと思う。でも今なら分かる。

 

 私たちはまだまだ駆け出しで、追い付けないアイドルなんて数えるのが億劫になるぐらいいる。

 

 

 

 でも、アイドルにとって……いつだって目の前に立っているのは、()だから。

 

 

 

「……それを言葉にしなかったせいで、皆さんには大変なご迷惑をかけてしまったことを、深く反省しています。本当に申し訳ありませんでした」

 

 皆さんに、と言いつつも、プロデューサーはしまむーに向かって真っ直ぐと頭を下げた。

 

「そんな、プロデューサーさん、私は……!」

 

「卯月」

 

 きっとしまむーは「私は気にしていない」みたいなことを言おうとしたのだろう。しかしそれをしぶりんが肩を掴んで止めた。

 

 確かに済んだことだし、終わったことだ。しまむーが気にしていないのも本当だろう。しかしそれは紛れもない事実なのだから……傷付いた人がいて、傷つけられた人がいたことをなかったことにしちゃいけないんだ。

 

「……ですが、それを伝えてしまうと……それぞれの輝きを目指す皆さんに対する余計な重しになってしまうと、考えてしまったのです。だから、言うことが出来ませんでした」

 

 「全ては私の浅はかな判断による配慮不足です」と謝るプロデューサー。

 

 しかし、私もようやく分かった。

 

 プロデューサーは……彼は――。

 

 

 

 ――私たちを本気で『周藤良太郎を越えるアイドル』にしてくれようとしていたんだ。

 

 

 

 私たちはそんなこと知らなかった。それは勿論プロデューサーが何も言ってくれなかったことも原因だけど、それでも私たちはどこかでそれを諦めていた。……違う、諦める以前の話で、そんなこと考えたこともなかった。登山を始めたばかりの人が、エベレストを登ることなんて考えないように……それは余りにも果てしなさ過ぎた。

 

 だから以前の私たちならば……それを聞かされたとしても、その思いに応えることは出来なかっただろう。

 

 でも、今はきっと違う。

 

 プロデューサーは、私たちを見付けてくれた。私たちを選んでくれた。私たちを信じてくれた。

 

 なら……今度は私たちが、プロデューサーの思いに応える番だ。

 

「……任せて、プロデューサー」

 

「渋谷さん……」

 

 しぶりんの声にプロデューサーが顔を上げる。

 

「まだ実感が湧かないし……本当に越えれるかどうか分かんない。寧ろ辿り着けるかどうかすら分からないぐらい、遠いところだけど」

 

「私たちは、諦めません!」

 

「立ち止まることもあるかもしれません」

 

「な、泣いちゃうこともあるかもしれません」

 

「……たまには休みたいけどー」

 

「でも、みくたちは!」

 

「一人じゃないから!」

 

「ダー。仲間が、います」

 

「そしてプロデューサーさんもいます」

 

「ぜぇ~ったいにぃ!」

 

「「大丈夫だよー!」」

 

 しまむーが、かな子ちんが、ちえりんが、杏ちゃんが、みくにゃんが、りーなちゃんが、アーニャ、みなみんが、きらりんが、そして莉嘉ちゃんとみりあちゃんが。

 

 思っていることは、みんな一緒だった。

 

「皆さん……」

 

「私たちはアンタを信じてる。だから、アンタもこれまでみたいに信じてよ――」

 

 

 

 ――アンタは、私たちのプロデューサーなんでしょ?

 

 

 

 

 

 

「なぁ」

 

「ん?」

 

 唐突に冬馬から声をかけられた。

 

「なんだ?」

 

「……お前は」

 

「あ、ちょい待ち。……光ちゃーん! カッコいいぞー! 最高にヒーローだぜー!」

 

『ありがとー!』

 

 ステージの上、以前俺の握手会に来てくれていたヒーロー好きの女の子がいつの間にか346のアイドルになっていたので、思わず声援を送る。きっと向こうは俺に気付いていないだろうが、声援に気付いてこちらに向かってブンブンと手を振ってくれた。

 

「で? 何?」

 

「……あぁ。お前は」

 

「あ、もうちょい待って。……たくみんエローい! ついでにチョロそー!」

 

『ゴラアアアァァァ!? どこのどいつだ今チョロそうとか言った奴はあああぁぁぁ!?』

 

『えー。実際たくみん、チョロくない?』

 

 『セクシーギルティ』ではなく『ノーティギャルズ』というユニットとして藤本(ふじもと)里奈(りな)ちゃんとステージに立っていた拓海ちゃんに、素直な感想と共に声援を送る。しかし何故かお気に召さなかったらしく思いっきり怒鳴られた。

 

「折角褒めたのに」

 

「あれを褒め言葉と言い張るお前の根性だけは素直に羨ましい」

 

 いい加減人の話を聞けと小突かれたので、仕方がないから話を聞いてやる。

 

 ちなみに三人娘はサブステージを見に行ったのでここにはいない。なんでもかな子ちゃんを始めとした、本当の意味でのスイーツ系アイドルたちによるお菓子が配られているらしい。俺もそっちに行けばよかったなぁ……。

 

「それで?」

 

「お前、今回の美城常務の一件の原因を知ってるんだろ?」

 

「……なんだ、そんなことか」

 

 一体どんな重要なことかと思えば、全然大したことない話題だった。向こうのステージで雫ちゃんのボタンが弾け飛んだとか、それぐらいのことじゃないと俺は……。

 

「誤魔化すな。話せ」

 

「……だからこんなところで話すことじゃないっていう意味なんだけどなぁ……」

 

 はぁっと溜息を一つ吐いてから、冬馬と共に会場の隅へと移動する。もっと間近でアイドルたちのステージを見ていたかったが、ステージに集中している他のファンの邪魔をするわけにはいかない。

 

「それにしても、どうしてお前がそれをそんなに気にしてんだよ」

 

「……結局、島村のあれは、美城常務の改革も原因だったわけだろ」

 

 ホント、いつの間にコイツは卯月ちゃんに対してこんなに肩入れするようになったんだか……美由希ちゃんと春香ちゃんと星梨花ちゃんにチクってやろうか。

 

 ……しょうがないから、過去回想をしてやろう。

 

 

 

「……事の発端は、俺の春休み……三月だ」

 

 

 




・黒歴史写真
凛:幼き日の良太郎とのお嫁さんごっこ
奏:暗黒スマイルの忍に詰め寄られて涙目

・『周藤良太郎を越えるアイドル』
武内Pが本当にやりたかったこと。
アイドルの個性を大事にし、みんなのやりたいことをちゃんとやらせようとしてくれた彼が、たった一つ自分のためだけにやりたかったこと。
()()が『周藤良太郎を越えるアイドル』を見たかった。

・私たちを見付けてくれた。
・私たちを選んでくれた。
・私たちを信じてくれた。
名古屋二日目は激泣きしました。

・――アンタは、私たちのプロデューサーなんでしょ?
「ふーん、アンタが私のプロデューサー?」

・光ちゃん
アイドルデビュー済み。リアルでも声付いたし、今後の躍進に期待。

・藤本里奈
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。キュート。
ガテン系剃りこみギャルな18歳。
ある意味で美嘉や唯以上のリアルなギャル。でもめっちゃいい子。
デレステで『コンビニ前のゴミを拾う』という噂が流れた際に、実際に彼女のPたちがコンビニでゴミ拾いを始めた話が有名。

・『ノーティギャルズ』
漫画WWGでのユニット。実はこっちの漫画は未履修だったり……。



 武内Pのオリジン的なお話でしたとさ。



 次回、デレマス編最終話。



『どうでもいい小話』

 名古屋二日間お疲れさまでした! 二日目のななみんめっちゃ可愛かった……(アリーナ)

 そして唐突に告知される『新アイドル』七人! ……頑張って登場の機会は作ってあげたい。


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Lesson228 Happily ever after 4

皆々様、幕引きのお時間となりました……。


 

 

 

 あれはそうだな、アメリカでとある殺人事件に巻き込まれたときだ。

 

「ちょっと待てっ!?」

 

 

 

「話の腰を折るのが早いぞ」

 

「だったら冒頭一行目からとんでもないことをぶっこんでくんじゃねぇよ!? いいのか!? 一年半以上続けてきた第五章最終話の冒頭がこんな一行目でいいのか!?」

 

「事実だからしょうがないだろ」

 

 関係ない部分を省いて手短に話すとなると、ここから話し始めるしかないのだ。

 

「ほら、いいから黙って聞け。せめてシンデレラプロジェクトのステージが始まるまでには終わらせてぇんだから」

 

「お、おう……」

 

 

 

 アメリカのとある劇場で舞台俳優が殺害された。そのときミュージカルを見に行って、たまたま居合わせた俺も容疑者の一人になってしまった。

 

 ……大丈夫だったのかって? そりゃまぁ大丈夫だからここにいるわけなんだが。その事件自体は、たまたまそこにいた小説家の工藤優作先生が解決してくれたから問題なかったんだ。……さぁ? 推理小説も書いてるみたいだし、そういうのが得意なんじゃないの?

 

 ともかく、問題はその後だ。工藤先生に犯行を暴かれて逆上した犯人が拳銃を持って暴れ出してな。取り押さえようと飛び出した警官も撃たれて重傷、さらに舞台女優の一人が人質に取られちまったんだよ。犯人も興奮してて「この場にいる全員皆殺しだ」とか言い出して、割と人生クライマックス状態だったわけだ。うん、軽く言ったけどあのときはマジでヤバかった。

 

 ……そんな緊迫した状況で、()()()はただ一人――。

 

 

 

「――歌い出したんだ」

 

 

 

「……は?」

 

 呆気に取られてマヌケな顔を晒す冬馬。無理もない、あのときは俺もそんな感じだった。

 

「本当に突然歌い出してな……その場にいた全員が呆気に取られて動けなかった。でも当然そんなことすれば、犯人の狙いはそちらに向く」

 

 背後から人質の首に腕を回して拘束しながら、犯人の銃口が()()()に向けられる。それでも()()()は歌うことを止めなかった。その場にいた全員が撃たれる未来を覚悟して……。

 

「気が付けば、一曲歌い切ってたんだよ」

 

「………………」

 

 俺たちはおろか、拳銃を手にして興奮していた犯人ですら魅せられていた。引き金にかけられた指を動かすことすら忘れて、その歌に聞き惚れていたんだ。

 

「その硬直が真っ先に解けた俺がまだ硬直してた犯人を取り押さえて、無事に警察に引き渡しましたとさ」

 

 重傷だった警官も後遺症などなく予後は良好で、これでこの事件は一件落着。

 

「……その、()()()っていうのは」

 

 冬馬はそう問いかけてきたが、きっとこいつはなんとなく分かっているのではないだろうか。そんなことが出来るやつといって思い浮かぶ人物、その可能性がある人物は限られている。

 

「……アメリカが誇る()()()女性――」

 

 転生チートという反則技能を生まれ持ったこの身が()()()()()()()と本能的に察した正真正銘の『バケモノ』。

 

 

 

 ――『女帝(エンプレス)』玲音。

 

 

 

「………………」

 

「……俺は、自分の歌には自信がある。『覇王』と呼ばれる身として、誰にも負けないパフォーマンスをするという自負がある」

 

 だから誰が相手だろうが負けるつもりはない。それが『女帝』だろうが『福音』だろうが『三美姫』だろうが、性別問わず負けるつもりなんてサラサラない。それがアイドル『周藤良太郎』であり、日本の頂点に立つアイドルとして意地だ。

 

「……それでも」

 

 

 

 ――俺は、アイツのように自分の歌に命をかけることが出来るか?

 

 

 

「久々に会って、同じ舞台で争える日を楽しみにしてるって話をした直後だったんだけどな……俺は間違いなく、あの瞬間『覚悟』で負けたんだよ」

 

 それがアイドル『周藤良太郎』として初めて()()をした瞬間だった。

 

「……そんとき、俺は思ったよ」

 

「………………」

 

「……『あれ? 覇王っていう二つ名、俺よりコイツの方が似合ってるんじゃね?』って」

 

「シリアスな雰囲気の中わざわざ場を和ませてくれてありがとよっ!」

 

 

 

 

 

 

「……あのとき、貴女もそこにいたんですね、美城さん」

 

「……あぁ。工藤優作氏が推理ショーをしているステージの上にはいなかったが……舞台裏で、事の顛末を見させてもらっていたよ」

 

 開演前の貴賓室。徐々に人が増えつつある観客席を見下ろしながら、美城さんの言葉に「やっぱり」と頷いた。

 

「……私は、怖かったんだ。今でこそアメリカでのみ活動している彼女がIEという世界の表舞台に立ってしまったら……アイドルそのものが、きっと彼女という存在そのものに食われてしまうのではないかと」

 

「………………」

 

「笑いたければ笑うがいいさ。……けれど私は『日高舞』が築き、『周藤良太郎』が育てた日本のアイドルという文化が、『玲音』というたった一人の存在に全て壊されてしまうのが……怖かったんだよ」

 

 確かに、ただそれだけの理由だけを聞けばバカげた話だ。要するに『一人のアイドルのカリスマが凄すぎて他のアイドルが見向きもされなくなるのが嫌だから、それに少しでも対抗できるようなアイドルを育てたかった』ということなのだから。

 

 きっとそれを聞いて怒る人がいるだろう。呆れる人がいるだろう。「そんなことのために、何人ものアイドルが戸惑う羽目になったのか」と。

 

 ……違うんだ。

 

 

 

 あの()()は、あの場にいた人間にしか分からない。

 

 

 

 人の命を容易く奪う銃よりも。自分のために他者を害する人間よりも。

 

 

 

 殺意を向けられてなお、歌い続けるその精神の強さ(狂気)が……怖かったのだ。

 

 

 

「謝罪はしない。結果として『Project:Krone』は成功した」

 

「……そして『シンデレラプロジェクト』も成功した。それでいいじゃないですか」

 

 美城さんの今回の一件は、結果として収まるところに収まった。傷付いた人がいる。涙を流した人がいる。けれど、今日こうして全員が笑顔でステージに立つことが出来るのであれば……それで全ていいじゃないか。

 

「そもそも……そーいうのは『大人』の仕事ですから」

 

「周藤君……」

 

 

 

 ――次に会うときは、世界のステージかな?

 

 ――……あぁ、そうだな。

 

 

 

 別に「こいつの相手は俺じゃないと務まらない」という少年漫画的なことを言いたいわけじゃない。いやそれも少しはあるけど……もっと単純な話。

 

 

 

 『玲音(あいつ)』の相手は『周藤良太郎(おれ)』がする。ただそれだけの話だ。

 

 

 

「……あぁ、そうだ、もっと単純なことを失念していた。……『周藤良太郎』が負けるはずがなかったな」

 

 少しだけ憑き物が落ちたような表情の美城さんは、まるでヒーローを見るような目で俺を見た。

 

 実際ヒーロー役は何度もやってる身としては見慣れたその目は……純粋な子どもとそれとよく似ていた。

 

 

 

「それじゃあ、そろそろ俺は下に戻りますよ」

 

「……今日はここで見ていかないのかね?」

 

「人を待たせてるんで。……それで、これが本題です」

 

 今までのはあくまでも俺自身の答え合わせみたいなもの。

 

 今日こうして美城さんに直接会いに来たのは、別の用事があったからだ。

 

「シンデレラプロジェクトのみんなも、プロジェクトクローネのみんなも……彼女たちは一人前のアイドルになりました」

 

 シンデレラプロジェクトやプロジェクトクローネの面々と関わるようになって、まだ一年も経っていない。それでも、彼女たちもう()()()()()()なんて肩書を必要としない立派なアイドルになった。

 

 だから。

 

「……これはもう、必要ありません」

 

 美城さんに向かって差し出したそれは、俺が彼女から貰った『周藤良太郎専用関係者立ち入り許可証』だった。

 

 俺は彼女たちの行く末を見守ると約束した。これからも見守り続けることには変わらない。

 

 それでも。

 

「ここから先は、他の人たちと同じ場所からでも見守れます」

 

 近いところ(きひんしつ)からではなく、これからは離れたところ(かんきゃくせき)で見守っていこう。

 

 彼女たちは魔法の解けたシンデレラ。十二時を過ぎても自分たちの足で歩きだした彼女たちの側で手を引く役目は終わったのだ。

 

「……別にこれは、ずっと君が持っていてくれてもよかったのだがな」

 

 そう言いつつ、美城さんはしっかりと受け取ってくれた。

 

 これでもう、俺にお城へ立ち入る権利はない。けれどその必要はない。

 

 いずれ、お城の舞踏会では飽き足らない彼女たちの方からこちらへ飛び出してきてくれると信じているから。

 

「ありがとう、周藤君」

 

「大したことしてませんよ、俺は」

 

 所詮俺は、彼女たちの足元でチョロチョロ動き回っていたネズミだ。役に立ったのかもしれない。邪魔になっていたかもしれない。

 

 結局最後に足を踏み出したのは、他ならぬ彼女たちの力なのだから。

 

「それで、志希なんですが……」

 

「あぁ、来年度になったら正式に『LiPPS』の解散を――」

 

「……アイツが『残りたい』って言ったら、受け入れてやってもらえませんか?」

 

「――なに?」

 

 俺の言葉に、美城さんは意外そうに目を見開いた。

 

 初めてアメリカで会ったときの志希は……それはもう、なんにでも興味を持つくせになんにも関心を持たないやつだった。研究をしているのだってただ興味があっただけで、それが終わればすぐに関心を失くす。その繰り返し。

 

 でも、今のアイツは違う。アイツは……アイドルを楽しんでいる。楽しんでくれている。

 

 それはきっと……美嘉ちゃんたち四人のおかげなのだろう。

 

「アイツが『アイドルを続けたい』と思っているところに残るのが一番でしょうから」

 

 だから、志希がリップスを続けたいというのであればそれでいいだろう。

 

「……勿論、一ノ瀬がそれを望むのであればこちらに受け入れよう」

 

 しかし周藤君、と美城さんは続ける。

 

「……君自身は、どう思ってるのだね?」

 

 

 

「……俺は――」

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「……あっ! 志希ちゃんいた!」

 

「ちょっと! もうすぐ本番なんだからウロウロしないで……って、どうしたの?」

 

「……んっふふふ~! 何でもないよー!」

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ、卯月。未央」

 

「ん?」

 

「なんですか、凛ちゃん」

 

「……私、二人に会えて良かった」

 

「「……えっ」」

 

「プロデューサーに見付けてもらって、良太郎さんに背中を押してもらって……アイドルになって、二人に会えた」

 

「凛ちゃん…」

 

「一人だったらダメだった。奈緒と加蓮だけでも……きっとダメだった。卯月と未央だったから、私は今ここにいる」

 

「……な、なにさしぶりん! 本番前に泣かせに来ないでよぉ~!」

 

「……わ、わたしも……! 凛ちゃんと未央ちゃんに会えて……本当に良かったです……!」

 

「ほらしまむーも涙目じゃん! 化粧落ちるって!」

 

「ふふっ、未央もだよ」

 

「分かってるなら止めてってばー! なんなのさぁ、いきなりそんなこと言い出して」

 

「……さっきの良太郎さんの言葉」

 

「? あの『はっぴりぃなんちゃらなんちゃら』ってやつ?」

 

「うん。物語の締めに使われる言葉なんだって」

 

「え……じゃあ良太郎さんは、私たちに『ここで終わり』って……?」

 

「違うよ。……あれは省略されてるところを全部翻訳すると『彼らは幸せに暮らしましたとさ』っていう意味なんだって」

 

「あ、昔話でよくあるやつ!」

 

「良太郎さんは……多分『これから先も、君たちなら大丈夫だ』っていう意味で言ってくれたんだと思う」

 

「……なるほど!」

 

「あは、いい意味で心配されなくなっちゃったってことかな? お兄ちゃんっ子のしぶりんは、ちょっと寂しいんじゃない?」

 

「……ふん、別にいいもん。なんだかんだ言って、良太郎さんは甘やかしてくれるから」

 

「……あれ!? 予想外の反応に、未央ちゃんちょっと困惑……!?」

 

「ふふっ」

 

 

 

 ――スタンバイお願いしまーす!

 

 

 

「……さ、行こう。私たちのステージに」

 

「……はい!」

 

「うん!」

 

 

 

 

 

 

『人生という物語に終わりはない』

 

 きっとそんな類の言葉を、一度は耳にしたことがあると思う。勿論それは事実で、例えばこのシンデレラの舞踏会が終わったところで、凛ちゃんたちの人生が終わるわけじゃない。彼女たちはこれからもアイドルを続け、もしかしたらこれまで以上の苦難が待ち構えているのかもしれない。

 

 それでも『俺が彼女たちの手を取る物語』はここで幕引きだ。自分が関わらないから終わりというのも、なんとも身勝手な話だが……人生とはそういう物語の積み重ねで出来ている……ということで一つ。

 

 

 

 なので。僭越ながらこの俺が物語の幕を引かせてもらおう。

 

 締めの言葉は、勿論――。

 

 

 

 

 

 

 ――めでたしめでたし(ハピリィエヴァーアフター)

 

 

 

 

 

 

 アイドルの世界に転生したようです。

 

 第五章『Shine!!』 了

 

 

 




・アメリカでとある殺人事件
コナン世界が混ざっているのだから、避けては通れなかった……。

・玲音
文字通り「歌だけで発狂している犯人すら魅了する」というとんでもないことをしでかしたやばい奴。
言ったはずですよ? 『良太郎と同レベルのトップアイドル』だと。

・『三美姫』
流石に『黄巾の再来』っていう二つ名はどうかと思った。

・「貴女もそこにいたんですね、美城さん」
要するに『IEという舞台で玲音が無双する前にこちらの戦力を整えようとした』という、RPGの第一部のラスボスみたいなことをしてたわけです。
全部良太郎のせい……ではなく、全部玲音のせいでした。

・ヒーローのような
ただ構図としては魔王VS魔王の覇権争い的な。

近いところ(きひんしつ)
離れたところ(かんきゃくせき)
言われそうだから注釈しておくと、間違ってないです。

・志希の今後
おたのしみに。

・ニュージェネの会話
地の文がないのは手抜きだって? いや、本番前のステージ下で三人こそこそ話している雰囲気を表したかったんすよ(目逸らし)

・めでたしめでたし
物語の最後は、やっぱり。



 二年前の四月から始まったデレマス編、ついに完結です!長かったぁ(万感の思い)

 そしてこの小説自体も五年以上続いてしまったわけです(言い忘れてた)

 これも全て、いつも読んでいただいている読者の皆さんのおかげです。皆さんとお気に入り登録数と感想と評価があったからこそ、自分はここまで書いてこれました。本当にありがとうございます!

 そしてまだまだ続くアイ転の世界を、これからもよろしくお願いします!



 さて、今後の予定なのですが……ひとまず通常の番外編を挟んだのち、初の『長編外伝』なるものを書かせてもらいます。

 これは時系列を一切無視したお話になるので番外編に近いものがあるのですが、章を分けたいので外伝という形を取らせてもらうものです。実のところ、全何話になるのかすら曖昧な話なのですが……ここまでアイ転を読んできていただけた方ならば楽しめる内容になるはずです!

 本編(IEやミリマス)を楽しみにしていただいている方には申し訳ありませんが、もう少し作者に付き合っていただけると幸いです。

 そんな長編外伝の予告を最後に、今回の締めとさせていただきます。

 デレマス編、本当にありがとうございました!






 ――ぴ、ぴよおおおぉぉぉおおおおぉぉぉっ!!??



 事の始まりは、とある短い文章だった。

 それは日本中を震撼させる大事件の始まり。

 人々は惑わされ、荒れ狂い――。



「……私とアナタは敵だ」



 ――やがてそれは、争いへと繋がってしまう。



 その事件に名前を付けるとするならば……それは――。



「……さぁ、祭りの幕開けだ! 準備はいいか!?」



『ご来場のみなさん……123プロダクションは、いかがですか!』



 ――『123プロダクション感謝祭ライブ』!



 今ここに、アイドル史を揺るがす騒動が幕を開ける!



 アイドルの世界に転生したようです。

 外伝『Days of Glory!!』

 coming soon…


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番外編46 もし○○と恋仲だったら 18

割と最初期からいた彼女が、ついに恋仲○○のメインに!


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 とある平日の夕方。仕事を終えた俺は恋人を連れてドームへと野球観戦へやって来た。

 

 ……なんというか、個人名を出さなくても恋人が誰なのか容易に特定できる一文であるが、もしかしなくても友紀である。

 

「ん? どうしたの良太郎、そんな微妙な表情して……表情!?」

 

「自分で言っておいてなにをビックリしてるんだよ」

 

 ないよ、表情ないよぉ!

 

「だ、だよねー」

 

 あたしの見間違いかーと苦笑する友紀。

 

「むしろお前がどうしたんだよ。さっきから借りてきた猫みたいに」

 

 今まで時間が取れなくて叶わなかった野球観戦デート。しかもキャッツの本拠地での開幕戦だ。普段の友紀ならば、早速ビールを飲みつつ「今日も絶対に勝つぞー!」と大声を出しているような気もするのだが、何故か今日は先ほどからずっとそわそわして落ち着かない様子だった。

 

「え、えっと……笑わない?」

 

「場合による」

 

「そこは嘘でも『笑わない』って言ってよ!?」

 

 大丈夫笑わないからと説得すると、友紀は頬を赤らめて両手を合わせて口元に添え、チラリとこちらを見ながら潤んだ目でこう言った。

 

 

 

「……りょ、良太郎とのデートだから……ちょっと緊張しちゃった」

 

 

 

「うっそだぁ」

 

「歯ぁ食いしばれ」

 

 顔だけは勘弁して! これでも商売道具なの!

 

 

 

 必死の平謝りとビールを献上することでギリギリ鉄拳制裁は回避出来た。

 

「ったく、良太郎はっ! ちょっとは乙女心考えてよ!」

 

「いやだってお前、丸分かりの演技なんだからネタ振りだと思うだろ」

 

「うぐっ」

 

 どうやら本人は渾身の出来だったらしいアレを演技と見抜かれたことで、友紀は悔しそうに眉根を寄せた。

 

「でもまぁ、可愛かったよ。正直クラッときたことも認める」

 

 演技と分かっていても、ややしおらしいその姿に普段とのギャップも相まって非常に良きものだった。部屋で二人きりのときにやられていたら間違いなく行動に出ていたと思う。

 

「だから今度は、家で二人きりのときとかにやってもらいたいな」

 

「……考えとく」

 

 そっぽを向きながらビールを呷る友紀だが、その耳は今度こそ羞恥で赤く染まっていた。

 

「それで、結局なんでそんなにそわそわしてたんだよ」

 

「……いや……その、さ? 流石に()()は予想外だったから……」

 

 そう言いながら周りを見渡す友紀。

 

 というのも、ここは『プレミアムシート』と呼ばれる、所謂VIP席のエリアなのだ。通常の観客席とは違い、ひじ掛け付きのゆったりとした座席。すぐ後ろのスペースにはブッフェ形式で料理が並んでおり、飲み物もビールや酎ハイだけでなくワインや洋酒なども取り揃えてある。通常の内野席からはやや離れているものの、投手と打者の対戦はとても見やすい角度になっている。

 

「知り合いの球団関係者に『デートしたいからチケット融通して』って頼んだらここが用意されててさ」

 

「知り合いに球団関係者がいるって辺りが、流石芸能人だよね……」

 

「お前も芸能人(アイドル)だろ」

 

 というか、ここにいるのは大体重役か芸能人のどっちかだけどね。

 

「要するに、普段とは違う雰囲気に気後れしてるってことか?」

 

「や、それもあるんだけどさ……ここだとホラ、いつもの応援とか出来ないじゃん?」

 

「……あー、そうか。そういえばそうだな」

 

 原則として、応援歌や手拍子は外野席のみとなっており、分類的には内野席であるここではそういった類の応援は禁止されている。ならばしなければいいだけの話だろうとも思うだろうが、それもれっきとした野球観戦の醍醐味なのだ。

 

 つまり内野席で大人しく観戦するよりも外野席で大声を出した方が好きな友紀にとっては、この席はイマイチだったのだろう。

 

「その辺は全然考慮してなかった。ゴメン」

 

「あ、いや、別にいやだってわけじゃないから! むしろ連れてきてもらったのに文句言ってゴメン……」

 

「今日のところは滅多に来れないVIP席で、ちょっとしたセレブ感を味わってくれ。今度は一緒に外野席に行こうな」

 

「……うん! 楽しみにしてるから、また来ようね……野球観戦デート」

 

 次のデートの約束をしながら友紀は俺の左手を握った。

 

 

 

 

 

 

 さて、先ほどの会話はデート終盤の雰囲気を醸し出していたが、実際にはまだプレイボールすらしていない。そしてまだ時間があるので、折角だから料理やお酒を楽しむ。

 

「普段は大体売り子さんから買ったビールとおつまみだから、こうやって普通に料理と一緒にっていうのは初めてだなぁ」

 

「まぁ、外野席だとお弁当レベルがせいぜいだからな。ちゃんとした食事をしながら見れるっていうのが、一番の利点というか売りだろうからな」

 

 ローストビーフを一切れ箸で持ち上げながら「はいアーン」と友紀に向かって差し出すと、彼女は少々照れながらもちゃんとそのまま食べてくれた。やはり流石に人前での「あーん」は恥ずかしかったらしい。

 

 そのお返しということで、今度は友紀はナッツを一つ指で摘まんでこちらに「はいアーン」と差し出してきた。残念ながら俺はその行為に喜ぶことはすれど恥ずかしがることはないので、そのまま躊躇なく指ごと咥えてやった。

 

「ちょっ、こら!」

 

 流石にそれには慌てた友紀にペシリと額を叩かれてしまった。

 

「そういうフリかなぁって思ったんだが」

 

「んなわけないでしょーが!」

 

 ちなみに既に『周藤良太郎』と『姫川友紀』の交際は世間に公表しているため、熱愛報道だのなんだので騒ぎ立てられることもない。まぁ『周藤良太郎と姫川友紀が人目もはばからずイチャついていた』ぐらいの記事にはなるかもしれない。不仲を報じられるよりはマシである。炎上商法とまでは言わないが、それでも話題になるのであれば芸能人としてはありがたい話だ。

 

 なので今は俺も友紀も変装していない。なので時折サインを欲しそうにチラチラとこちらを見る人たちがいるが、残念ながら今は相手にしない。例えば俺が一人でいるときにサインを求められたら快く応じるが、今は友紀と一緒にいる完全なプライベートだ。恋人といるときぐらい、アイドルではなく『ただの周藤良太郎』でいさせてもらいたいものだ。

 

「……やーっぱり、なんか不思議だなぁ」

 

 両チームのスタメン発表及び監督によるメンバー表の交換が終わり、いよいよプレイボール間近となったところで友紀がポツリと呟いた。

 

「良太郎と一緒に野球観に来るの、別に初めてじゃないじゃん?」

 

「まぁ、高校のときに何回かクラスの奴らと一緒に来たりしてたからな」

 

 外野席の立ち見というのは意外と安く学生でも気軽に来ることが出来た。ただしナイターを観る際は、時間が遅くなって補導されないように気を付けなければならない。

 

「それがさ、今ではこうして……こ、恋人になって観に来るなんて……全然考えてもみなかったよ」

 

「……ってことは、そのときはまだ恋愛対象として見られてなかったってことか」

 

 そういうことを言いたいわけじゃないのだろうが、そう考えるとそれはそれで複雑な気分だった。

 

「あははっ。でも、それは良太郎も同じでしょ?」

 

「そんなことないぞ」

 

「え?」

 

 

 

「俺は初めて会ったときから、お前のことが好きだったけどな」

 

 

 

「……え、えぇっ!?」

 

「おっ、選手が守備につくぞ」

 

「今の発言が気になってるそれどころじゃないって!? ちょっと良太郎!?」

 

 

 

 

 

 

(……あれ?)

 

 体が揺れる感覚に目を覚ます。

 

(……誰かに、おんぶされてる?)

 

 ハッキリとしない意識の中、どうやら自分は誰かに背負われているということを把握した。

 

 それが一体誰なのか確認しようと目を開き……。

 

(……えへへ、りょーたろーだ)

 

 すぐそばにあった大好きなその横顔に、思わず頬が緩んでしまった。

 

「ん? 友紀、起きたのか?」

 

「………………」

 

「……まだ夢の中、か」

 

 やれやれという良太郎の声が聞こえる。確かに、良太郎に背負われているこの状況は夢の中という表現で間違っていないかもしれない。

 

 さて、寝たフリをしながらどうしてこんな状況になったかを考える。試合は無事にキャッツが勝ったことだけは覚えているが……どう考えても酔っ払って寝てしまった以外に考えようがなかった。それで良太郎が送ってくれている途中なのだろう。

 

 先ほどから良太郎の歩く揺れに合わせて私の身体も揺れており、時折ズリ落ちそうになった私を何度も背負い直している。……ただその際、良太郎の背中に強く押し付けられている私の胸の感触を楽しんでいるのは、なんとなく分かっていた。良太郎もわざとそれを楽しんでいる節が感じられた。

 

 少々恥ずかしい気もするが、お互いに恋人同士の身。それに私は良太郎に介抱されている立場なので、むしろご褒美代わりに少しだけ強めに押し付けてあげることにする。

 

(……良太郎が私を好きだった……かぁ)

 

 あの後、散々私は問い詰めたが良太郎はそれ以上その話題に触れることはなかった。しかしいつもの良太郎のことを考えると、九割方こちらを揶揄うための冗談だろう。

 

 ……しかし、残りの一割。

 

 もしも、本当に良太郎が昔から私のことを好きだったとしたら?

 

 良太郎との付き合いは、それなりの長さだ。高校に入学し、初めて同じクラスになってからかれこれ六年以上の付き合いになる。つまり六年近く、私は『私を好きでいてくれた良太郎』に友達として接してきたわけなのだ。

 

 

 

 ――周藤君、一緒に帰ろー!

 

 ――お、いいもん食べてるじゃん! 一つ寄越せ!

 

 ――ほらほら! 周藤君ももっと声出して応援して!

 

 

 

 ……好きな相手から()()()()()しか見られていない状況というのは、一体どれだけ寂しいのだろうか。どれだけ悲しいのだろうか。

 

 もし、良太郎を好きな今の私が、良太郎から友達としてしか接してもらえなかったとしたら?

 

(………………)

 

「ぐえっ。急に腕が絞まって……え、友紀起きてるのか?」

 

「………………」

 

「……反応なし、と。ほーれ、さっさと起きないともっと背中でお前の大乳堪能しちゃうぞー」

 

 ゆさゆさと揺さぶられる。

 

「……良太郎」

 

「おっ、ようやく起きたか。ほら、もうすぐお前の部屋に着くから、鍵を出して――」

 

「……ごめん」

 

「――ん? なんのこと?」

 

 とぼけるような良太郎の声に、私は心臓がギュッと掴まれたような感じがした。

 

「……私、ずっと気付けなかった……良太郎の想い……」

 

「……心配するな。俺はアイドルと同時にアイドルのファンでもある。アイドルのファンやってれば、想いの一方通行なんて珍しくもない。だから実っただけで、俺は十分幸せなんだよ」

 

「……っ」

 

 そう言ってくれるのが、本当に嬉しくて……。

 

「……ねぇ、良太郎――」

 

 

 

 ――ウチ、泊まってく?

 

 

 

「………………」

 

 自然と発していたその言葉に、良太郎が珍しく絶句していた。

 

 流石にこれはマズかったと頭では思ったが、それとは裏腹に口から言葉が次々とあふれ出していた。

 

「その……私も良太郎も子どもじゃないし……恋人同士になんだし……お互いにアイドルっていう点はネックかもしれないけど、世間では認められてるんだから……」

 

 素直に口にするのは恥ずかしいが私だって()()()()()()()()()()()ことぐらいある。

 

 誰だっていいわけじゃない。良太郎だからいい。良太郎がいい。

 

「だから……」

 

「ダメ」

 

 しかし、良太郎からの返答はそれを拒絶するものだった。

 

「えっ……」

 

 サァッと顔から血の気が引くのを感じた。

 

 嫌われた? なんで、どうして!?

 

「りょ、良太郎……!」

 

 

 

「そういうのは、お前が酔ってないときに俺の口から言わせてくれ」

 

 

 

「……えっ」

 

「………………」

 

 背負われている私には良太郎の顔は見えない。見えたところで表情は変わらない……私の視点からは、首筋まで赤く染まった良太郎の耳が見えていた。

 

 これはつまり、いつも飄々としていて顔色一つ変えずに人をおちょくってくる良太郎が本気で照れているということで……。

 

「……っ」

 

「ぐえっ!? だから苦しいっての!?」

 

 そんな良太郎が本当に可愛くて、思わず力一杯抱きしめてしまった。

 

「良太郎」

 

「な、なんだよ……!?」

 

 

 

「……そのときは、優しくしてね……?」

 

 

 

「……チクショウ、覚えてろよお前……」

 

 

 




・周藤良太郎(22)
既に恋人の存在を公表済みで、ある意味無敵状態。
本当に友紀のことが最初から好きだったかどうかは、まぁ各自のご判断で……。

・姫川友紀(21)
ある意味一番気さくに良太郎と付き合えるアイドル。
『友達』として積み上げてきたものが一気に『恋人』に変換されているため、かなりのデレ具合を発揮してくれる。
ちなみに同学年だが、誕生日の都合上年下。

・ないよ、表情ないよぉ!
表情ない事件。声優さんってやっぱりすげぇ。

・プレミアムシート
一度でいいから行ってみてぇなぁ……(願望)
外野席での応援も楽しいんだけど、疲れるからね(身も蓋もない)



 茄子に遅れること約四年。同級生として最初期からいた友紀の恋仲○○です。ようやくです。

 割と彼女もお気に入りのアイドル。デレステの限定スカチケを使ってバスガイドユッキを交換するぐらいにはお気に入りです。

 さて、次回も番外編になります。長らく間が空きましたが、青色の短編集その2を予定しております。


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番外編47 青色の短編集 その2

メリークリスマス! ……あれ、クリスマス更新って何気に初?

※今回はいつもの短編集と比べると話数が少ないです。


 

 

 

 

 

・母校の近所にて(Lesson189中のお話)

 

 

 

「そういえば、今年はどうだった? キワい新入生は入って来たか?」

 

「キワい新入生……?」

 

 速水たちとの会話を終え、そろそろお互いの仕事に戻ろうというところで、ふとそれが気になって尋ねてみた。

 

「いや、ウチの高校って何故か知らないけどよく分からないぐらいキャラが際立った生徒が入学することが多くてさ」

 

「リョーくんみたいな?」

 

「そうだねフレちゃん。ただ一応聞いておくけど、それは勿論『トップアイドル』という意味でキャラが際立っているって言いたいんだよね?」

 

「ははっ」

 

 なんだい、その今までのキャラとは全く違う曖昧な笑みは?

 

「それで、どうだ速水。『好きな家庭科の教師の気を引くために料理部に所属することにした大乳な色黒ギャル』とか入学してないか?」

 

「それは貴方のただの願望でしょう」

 

「というか何そのやたらと具体的な女子高生……」

 

 速水と周子ちゃんの視線が冷たいが、別にいつものことなので気にならない。それ以上に、大乳な女子高生が俺の後輩になったかどうかが重要なのだ。

 

「……まぁ、色黒でもギャルでもないけど……確かに胸の大きな子は入って来たわ」

 

「おぉ」

 

 それは素晴らしい。いや、速水を含めて毎年胸の大きな子は入学してきていたのだが、その情報は聞くだけでテンションが上がるな。

 

「ただ……貴方が期待しているような子とはまた別かもしれないわよ?」

 

「ん?」

 

 それは一体どういう意味なのだろうか。

 

「もしかして、胸じゃなくて胸囲が大きいパワー系の女子とかいうオチじゃないだろうな?」

 

 頭に大神(おおがみ)さくら先輩の姿が過る。あの人は女性ながら女の子に大変モテるので、チョコレート戦争の際はこちらについて色々と助力してくれた心優しき先輩ではあるのだが、それ以外は基本的に俺に対する抑止力側の人間なので苦手意識が高い。

 

「そうじゃないわ。……そうね、あの子は――」

 

 

 

「『――イケメン系女子よ』……とは言っていたが……まさかアレか?」

 

 それは346プロからの帰り道でのことだった。

 

「大丈夫だったかい? 危ない自転車だったね」

 

「は、はひ……!」

 

 何やらウチの高校の制服を着た長身でポニテの少女が、小柄な少女の肩に腕を回していた。シチュエーションと会話的に、自転車にぶつかりそうになった小柄な少女をポニテの少女が助けたようである。

 

 そのポニテの少女が、それはもうイケメンなことイケメンなこと。凛々しい美人という点では真ちゃんに近いものはあるが、身長が高い分、こちらの彼女の方がイケメン具合マシマシである。しかしそれでいて胸がデカい。この一点が彼ではなく彼女なのだと示していた。

 

 そんなイケメンな彼女に抱きかかえられ、なおかつ顔が近いものだから小柄な少女の顔が真っ赤になっていた。

 

「君のその可愛い顔が傷付かなくて良かったよ」

 

「あ、ありがとうございます……!」

 

 加えて、確実に堕としにいっているとしか思えないようなこのセリフ。意図的に発しているのか、それとも無自覚なのかは分からないが、相当な女たらしである。是非ともそのテクニックをご教授願いたいものだ。

 

「……さてと」

 

 逆にフラフラになって足取りがおぼつかない少女を「気を付けるんだよー」と見送った彼女がクルリとこちらを向いた。

 

「そこの貴方は、私に何か御用かな?」

 

「あぁいや、えらい美人さんが俺の母校の制服を着てると思ってな」

 

「おや。ということは、貴方は私の先輩ということですか。今年の春に入学しました、白瀬(しらせ)咲耶(さくや)です」

 

「これはご丁寧に。俺は二年前に卒業した……」

 

 さて、ここで名乗って大丈夫かどうか。俺が在学していた頃は有能生徒会長様のおかげで『周藤良太郎』に対する情報規制がしっかりとしていたが……彼も今は卒業してしまっている。その状況で入学してきた人たちに、周藤良太郎だと明かしてもよいものかどうか……。

 

 ちょい待ってねとタイムをかけて悩んでいると、白瀬は「……もしかして」と俺の顔を覗きこんだ。

 

「周藤良太郎先輩……だったりしますか?」

 

「……えっ」

 

「違いましたか?」

 

「いや、あってるけど……」

 

 完全変装状態で身バレするとは全く考えていなかったので思わず素直に答えてしまった。

 

「やっぱりそうでしたか。先輩から――」

 

 

 

 ――白瀬は胸が大きい美人だから、きっとどこかで黒の中折れ帽と赤の伊達眼鏡をかけた無表情の男に声をかけられると思うけど、多分それウチのOBの周藤良太郎先輩だよ。

 

 

 

「――と言われてまして。よくよくお顔を窺ったら少し似ているような気がしたんです」

 

「さようですか……」

 

 誰だよそれ言った奴。心当たりがありすぎて特定が出来ない。

 

「それであの、不躾なこととは承知の上でお願いしたいのですが……」

 

「ん?」

 

「……さ、サインもらえますか? こんなものしかなくて、恐縮なのですが……」

 

「……え、あ、うん、いいよ」

 

 あの凛々しい表情を少しだけ恥ずかしそうに赤らめながらそんなお願い事をしてくる白瀬の姿が第一印象とだいぶ違ったため、思わず戸惑ってしまった。

 

(意外と可愛い奴かもしれん)

 

「……あっ、すみません周藤先輩! ちょっと失礼!」

 

「ん?」

 

 白瀬が差し出してきたルーズリーフにサインを書いていると、何かを見付けたらしい白瀬が走って行ってしまった。

 

 一体何を見付けたのかと、そちらに視線を向けると……。

 

「大丈夫かい、お嬢さん?」

 

「えっ!? そ、その、少し足を捻っちゃって……」

 

「それは大変だ。さぁ、私に掴まって」

 

 ……どうやら転んだらしい少女を、先ほどと同じようなイケメンムーブで助け起こしていた。

 

「……まぁ、ウチの学校にしては少々大人しいが……確かに、濃い新入生ではありそうだな」

 

 

 

 

 

 

・765シアター前にて(Lesson196後のお話)

 

 

 

 それは真ちゃんと雪歩ちゃんの二人に新たに建築している765劇場を案内してもらっているときだった。

 

「……っ!?」

 

 不意に背後から凄まじいプレッシャーを感じて振り返る。

 

「きゃっ!?」

 

「ど、どうしたんですか!?」

 

 突然そんな行動をし始めた俺に、雪歩ちゃんと真ちゃんが驚いていた。

 

「……いや、どうやら知り合いが俺に会いに来たみたいで……随分と気合いの入った挨拶をされたらしい」

 

「……真ちゃん、良太郎さんは何を言ってるの……?」

 

「僕もよく分からない……」

 

 まだその姿は見えていないが、俺はこのプレッシャーの正体を知っている。

 

「……出来れば、姿を見せていただいてから改めて挨拶をしたいところなんですけど」

 

 俺がプレッシャーを感じる方に向かって話しかけると、建物の影から()()が姿を現した。

 

 

 

「ヘーイッ!」

 

 

 

 ビリビリと空気が振動するほど大きな声。横隔膜から声が出ている証拠である。

 

「……え、今のなんですかぁ!?」

 

「文字拡大の特殊タグとか、五年以上連載続けてて使うの初めてじゃないですか!?」

 

「いや、使うならこういうインパクトがあるシーンじゃないとって思って」

 

 二人が更なる混乱に包まれる中、彼女は長い黒髪を靡かせながらツカツカとこちらに近付いてきた。

 

 洗練された立ち振る舞いは彼女の体幹の良さを、ピンと伸ばされた背筋は彼女の自信を、そして一歩歩くごとに揺れる胸は彼女の大乳の素晴らしさを表していた。

 

「フッ……真っ直ぐに私を見つめるその視線……相変わらず穢れなき(まなこ)ね、良太郎!」

 

「「……穢れなき眼?」」

 

「ほら見てよこの真っ直ぐな瞳を」

 

 しかし二人とも全く信じていない目をしていた。

 

「なにはともあれ、久しぶりですね」

 

「えぇ。貴方も息災のようでなによりよ」

 

 ガッシリと握手を交わす。最後に会ったときと比べると大分日本語が上手くなっていたので少し驚いた。

 

「えっと……お知り合い、ということでいいんですよね?」

 

 そんな俺と彼女の様子を見ながら、真ちゃんが控えめに手を挙げた。

 

「あぁ、うん。彼女は……」

 

「ストップ、良太郎!」

 

 彼女の紹介をしようとすると、他ならぬ彼女によってそれを止められてしまった。

 

「貴方が口にしようとしたその名前は、既に過去のものよ」

 

「……ということは」

 

「えぇ。今の私は――」

 

 

 

 ――『ヘレン』よっ!!

 

 

 

「……とりあえず、キャラが濃いということだけは分かりました……」

 

「えぇ。これが世界レベルよ」

 

「せ、世界レベル……?」

 

 うん、気持ちは分かるよ二人とも。俺も最初はそんな感じだったから。

 

「『ヘレン』襲名おめでとうございます。先代はお元気ですか?」

 

「えぇ。きっと今も元気に踊っているはずよ」

 

 あのとてつもなく元気なお婆さんの姿を思い出して、思わず心の中でクスリと笑う。

 

「それは良かった。またいつか顔を出しますと伝えておいてください」

 

 ヘレンさんは「彼女も喜ぶわ」と笑顔で頷いた。

 

「それで、そっちの二人は貴方の事務所のアイドルかしら?」

 

「いえ、ここのアイドルです。まぁ事務所は違いますが、俺の後輩みたいなものです」

 

 チョイチョイと親指で後ろの建設中の劇場を指さす。

 

 ……あぁ、そうだ。

 

「実はこっちの子、菊地真ちゃんっていうんですけど……どちらかというとダンサーに近い子なんです」

 

 

 

「……へぇ」

 

 

 

「っ!?」

 

 ヘレンさんがスッと目を細めた途端、真ちゃんがビクリと身体を震わせた。

 

「……真ちゃん?」

 

 そんな彼女の様子に首を傾げる雪歩ちゃん。声をかけられるが、それに返事をする余裕は今の真ちゃんにはないのだろう。

 

「……いい眼ね。またいつか、ステージの上で会いましょう」

 

 そう言い残し、ヘレンさんは去って行ってしまった。

 

「……はぁっ、はぁっ……!」

 

 彼女がいなくなった途端、真ちゃんが大きく息を吸い始めた。どうやら先ほどまで強い緊張のせいで上手く呼吸が出来ていなかったようだ。

 

「ま、真ちゃん、大丈夫……!?」

 

「……うん、大丈夫……ありがとう、雪歩」

 

 雪歩ちゃんに背中をさすられる真ちゃんがこちらに視線を向ける。恐らく、彼女が誰なのかという説明を求めているのだろう。

 

「ノリとテンションは少し不思議な人ではあるけど、彼女は正真正銘――」

 

 

 

 ――()()()()()()()()()()()だ。

 

 

 

「世界一の……」

 

「トップダンサー……」

 

「日本での知名度は低いから、知らなくてもおかしくはないけどね。この先もダンスに力を入れていくなら、覚えておいて損はないよ」

 

 歌でフィアッセさんに勝てないように、俺がダンスで全く歯が立たなかったのが彼女だ。

 

「………………」

 

 彼女が去っていった方を見つめる真ちゃんの右手は、静かに力が入っているようだった。

 

 千早ちゃんがフィアッセさんと出会い影響を受けたように、彼女もまたヘレンさんと出会ったことで何かが変わるのかもしれない。

 

(千早ちゃんに歌で追い抜かれたみたいに、今度はダンスで真ちゃんに追い抜かれちゃったりして)

 

 それはそれで嬉しいが、もうしばらくは先輩として……『周藤良太郎』として、抜かれてあげるわけにはいかないかな。

 

 ……そういえば、結局あの人は何をしに日本へ来たんだ……?

 

 

 

 

 

 

・街の雑踏の中にて(Lesson228後のお話)

 

 

 

 『シンデレラの舞踏会』が大成功に終わり、早一週間が経った。シンデレラガールズのみんなは様々なメディアに引っ張りだこで、今では人気アイドルと呼んでも過言ではないだろう。

 

「ホラ良太郎さん、次はあっち」

 

「はーい」

 

 そんな人気アイドルの一人になった凛ちゃんに引っ張られ、俺は彼女と共に街の人混みの中を歩いていた。

 

 どうしてこんな状況になっているのか。連れ出される前に凛ちゃんから色々と言われたが、要約すると『もうちょっと甘やかせ』『買い物に付き合え』ということだった。

 

 ……まぁ確かに、彼女はアイドルとしての後輩以前に、妹のように可愛がってきた子だ。アイドルとして贔屓はしないといったものの、プライベートで妹として甘やかすぐらいは問題ないだろう。凛ちゃん自身もそういった分別が出来る子だし。

 

 というわけで俺の仕事の空き時間に、一日オフである凛ちゃんとともにデート(自称)へとやって来たわけだ。色々なお店に連れ回され、たまに気に入ったものがあればおねだりされてそれを買ってあげて……という、わりと普通のデート(自称)である。

 

 そしてそれは、そんな最中の出来事だった。

 

「ん?」

 

 人混みの中、何やら小さなメモを片手にキョロキョロと周りを見回している少女がいた。この世界では珍しくないキレイな青白い髪の美少女である。

 

「……えっと……」

 

 見るからに『不慣れな街中の人混みの中で目的地が分からず困っています』というオーラを発していた。正直、このまま放っておくとタチの悪いキャッチにでも捕まってしまいそうである。

 

「ねぇ、凛ちゃん」

 

「……まぁ、良太郎さんならそうするに決まってるよね」

 

 まだ何も言っていないのだが、凛ちゃんは俺が言わんとすることを察して「私は大丈夫だよ」と応えてくれた。

 

「ありがとう、凛ちゃん」

 

 凛ちゃんからの許可が出たところで、声をかける(ナンパする)ことにしよう。

 

「……今、(よこしま)なルビ振られてなかった?」

 

「ヘーイ! そこの迷える可愛いお嬢さーん!」

 

「………………」

 

 警戒されないように軽く声をかけたつもりだったのだが、あからさまに警戒されてしまった。アレー?

 

 ススッと距離を取り始めた少女に、凛ちゃんが「待って」と声をかける。

 

「ごめんなさい。この人、基本的に軽口しか言わないどうしようもない人だけどとりあえず悪い人じゃないから」

 

 今回は番外編三本全部で軽くディスられてるような気がするけど、本編通して大体こんな扱いが続いてるから平常運行である。

 

「……なんでしょうか」

 

「困ってるように見えたから、もしかして力になれるかと思って声をかけたの。もし余計なお世話だったなら、すぐにどこか行くから」

 

 そう前置きしてから「どうかな?」と少女に問いかける凛ちゃん。

 

 ……アイドルになる前は、街を歩くだけで子どもを泣かせたと誤解されるぐらい不愛想だった凛ちゃんが……今ではこんなにいい子になって……あっ、涙が。

 

「……それじゃあ、お願いしてもいいですか?」

 

「うん、任せて」

 

「ありがとうございます……それで、そちらの人は何故泣いているのですか……?」

 

「……私にも分かんない……」

 

 

 

 というわけで、金沢から上京してきたという少女の道案内をしてあげることになったのだが……。

 

「……ん?」

 

「良太郎さん、これ……」

 

 彼女からメモと一緒に渡されたのは、一枚の名刺。なんと765プロの名刺だった。

 

「実は、地元でこの事務所のプロデューサーという男性から『アイドルにならないか』という誘いを受けまして……」

 

 少しだけ恥ずかしそうに視線を外しながらそう話す少女。

 

「……もしかして、良太郎さんの知ってる人だったりする?」

 

「一応ね」

 

 なるほど、()()()にスカウトされた子なのか。

 

 それはともかく、765プロの事務所ならば何度も訪れている場所だ。案内するのに調べる必要すらないので、サクッと道案内することにする。

 

「私、凛。この人は兄の良太郎」

 

 事務所までの道のりを歩きながら、一応アイドルということで凛ちゃんが俺たちのフルネームを避けて自己紹介をする。

 

「……白石(しらいし)(つむぎ)です」

 

「白石さんは、アイドルになりたくてこっちに来たってこと?」

 

「……べ、別になりたいわけじゃありません。あの人が、どうしても私をアイドルにしたいというから……ちょ、ちょっと話を聞きに来ただけです」

 

「ふーん」

 

 話を聞くだけならばわざわざ事務所にまで来る必要はないんじゃないかと思いつつ、俺も凛ちゃんも口には出さなかった。

 

「……本当は、少しだけ不安なんです」

 

「不安?」

 

「実は揶揄われただけなんじゃないかって……事務所に行ったら『あれは本気じゃなかった』って言われるんじゃないかって……」

 

「……あの人は、そういうこと言う人じゃないと思うけどね」

 

「え……お知り合い、なんですか?」

 

「一応ね。だから、彼がそんな軽々しく自分の名刺を渡すわけじゃないってことも知ってる」

 

 割と色々なところで名刺をバラまいている印象もあるが、それでも彼が声をかけてきた女の子たちは俺の目から見ても()()()()()と確信を持って言える子たちばかりだ。

 

 そして例外なく、この紬ちゃんも()()()()()

 

 ホント、俺が言うのもなんだけど、どうして高木さんの下に集まるプロデューサーっていうのはやたら直感が鋭いんだろうか。

 

「それでももし忘れてるようだったら『バカなんですか?』とでも言っちゃえばいいよ」

 

「そ、それは……」

 

「言っていいよ。君をアイドルとして見初めないなんて、それこそ本物のバカだから」

 

「……あ、ありがとう……ございます……」

 

「………………」

 

「イテッ。え、なに? 凛ちゃん?」

 

「別に」

 

 

 

 何故か凛ちゃんに小突かれたりしたが、その後は特に問題もなく765プロの事務所へと到着した。

 

「はい、到着」

 

「頑張って来てね、白石さん」

 

「ありがとうございました」

 

 ペコリと頭を下げ、事務所への階段を上がっていこうとする紬ちゃん。

 

「……紬!」

 

「え?」

 

 そんな紬ちゃんに、突然凛ちゃんが声をかけた。いきなり名前を呼ばれ、紬ちゃんも驚いて振り返る。

 

 

 

「……いつか、ステージの上で会おうね」

 

 

 

「え……えっ?」

 

 混乱する紬ちゃんをよそに、凛ちゃんは俺の服を引っ張りながらその場から立ち去ってしまった。

 

「………………」

 

「……ねぇ、良太郎さん」

 

 凛ちゃんと並んで歩きながら「あんなことを言うなんて、凛ちゃんらしくないね」とでも言おうかと思ったら、先に凛ちゃんが口を開いた。

 

 

 

「……私、ずっと私たちを見守ってくれてた良太郎さんの気持ち……ちょっとだけ分かったかもしれない」

 

 

 

「……そっか」

 

 思わず彼女の頭をグシャグシャッと撫でてしまい「髪が崩れる」と脇腹をど突かれてしまった。

 

 それでも妹の……アイドル『渋谷凛』の成長が嬉しかった。

 

 

 




・白瀬咲耶
『アイドルマスターシャイニーカラーズ』の登場キャラ。デレマス的に言えば多分クール。
圧倒的王子様力を誇るイケウーメンな18歳。この世界線だと16歳。
ついにシャニマスのキャラがアイ転に初登場!実際の時間軸がどうなのかは別として、こちらでは原作二年前を想定しております。

・『好きな家庭科の教師の気を引くために料理部に所属することにした大乳な色黒ギャル』
最近の作者の一押しの漫画『ギャルごはん』
現在五巻まで絶賛発売中! 勿論みく派!

・大神さくら
ダンガンロンパの登場キャラ。
超高校級? なんのこったよ(すっとぼけ)

・ヘレン
Lesson207で名前だけ登場していた彼女がついに登場!まぁ番外編ではあるんだけど。
そのときのあとがきでも触れましたが、この世界において彼女は本当に世界レベルのダンサーです。

・特殊タグ
本当に初めて使ったゾ……。

・『ヘレン』襲名
デレステのコミュにて『ヘレン』の先代がいたことが明かされましたね。
ホントこの人、謎でしかないなぁ……。

・白石紬
『アイドルマスターミリオンライブ』の登場キャラ。デレマス的に言えば多分クール。
真面目でややお堅いが慌てると可愛い17歳。時系列的には16歳。
シアターデイズにて追加された二人の内の一人。正直ネタ的な意味で言えば彼女の方が多かった印象……誰だよ『金沢のイキリ金魚』とか『アイマス一弱い生き物』とか言った奴(よくやった)

・あの人
まだ未登場の新プロデューサーで、赤羽根Pではない。



 というわけで青色の短編集でした。本当は今まで通り五本書きたかったんだけど……ネタが……(切実)

 さて、これが今年最後のアイ転更新となります。次回は新年、しかも元旦更新です。

 ……このまま本編を始めるか、元旦記念の何かを書くか……。

 とりあえず一足早いですが、良いお年を。



『どうでもいい小話』

 デレステ、ついに七人の新人の一人『辻野あかり』が登場しましたね!

 これはまたいずれ、登場させてあげたいなぁ……!


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番外編48 もし○○と恋仲だったら 謹賀

あけましておめでとうございます!

今年も一年よろしくお願いします!


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

「正座」

 

「はい」

 

 

 

 新年一発目の番外編だというのに、「明けましておめでとう」よりも先に正座をさせられる主人公がいるらしい。

 

 俺である。

 

「……何か言い訳とかある?」

 

「えーっとですね……」

 

「言い訳しないで」

 

「どっち!?」

 

 正座を命じた上にかなり理不尽なことを仰るのは、つい先日『妹分』から『恋人』にまで関係が進んだ凛だった。

 

 腕を組んで正座する俺の正面に立っているので、下から見上げると胸が結構強調されている。十八歳になった凛は身体も成長しており、その胸もアイドルを始めた頃とは比べ物にならないほど育っていた。

 

「………………」

 

 胸をガン見していたことがバレた。というか、目の前にいるんだから視線がどこ向いてるかなんて丸分かりに決まっていた。凛はムスッとした表情のままほんのり頬を赤くしつつ、胸を強調していた腕を緩めてしまった。

 

 ……いや、まだだ。まだ俺には目の前のホットパンツから伸びる黒タイツが残されて……。

 

 

 

「……ぅぅん……」

 

「ふにぁ……?」

 

 

 

 背後から聞こえてきた二人分の声にクルリと首だけで振り返ると、ベッドの上で()()()()()()が丁度目を覚ましたところだった。

 

 

 

「……おはようございます……良太郎さん」

 

 体を横たえたまま、トロンと目を開ける文香。パジャマの上のボタン二つが開いてしまっているために見える谷間が大変眩しい。

 

 

 

「おはよーにゃあ……りょーちゃん」

 

 体を起こしてググッと背伸びをするみく。お腹が見えてしまうほどパジャマを引っ張り上げる胸が大変素晴らしい。

 

 

 

「おはよう、二人とも。明けましておめでとう」

 

「明けましておめでとうございます……」

 

「おめでとー……にゃふふ……昨日は楽しかったにゃあ」

 

「ええ……とても」

 

「………………」

 

 みくと文香の言葉に、凛の視線から発せられる温度が五度ぐらい落ちた気がする。

 

「……ヤッた?」

 

「ヤッてないです」

 

 ブンブンと首を横に振って全力で否定する。いくら俺たちの中で唯一用事があった凛だけ一緒に年越しを出来なかったからといって、彼女だけをハブいてスるようなことはない。

 

 ……そもそもまだ誰ともシてないから! みくと文香が言ってるのは昨晩一緒にやってたゲームの話だから!

 

「ゲーム(意味深)」

 

「もしかして眠い?」

 

「……ちょっとだけ」

 

 凛の目元をよく見てみると、若干しょぼしょぼしていた。まぁ深夜までテレビ出演の仕事があったし、きっと軽く仮眠してからこっちに来たのだろう。

 

 ……その状態で目撃したのが、自分以外の恋人(みくと文香)と一緒にベッドで眠りこける恋人(おれ)なのだから、凛が怒るのも当然か。

 

「ゴメン、凛。今から一緒に寝るか?」

 

「……それも魅力的なんだけど、いいや。私は一緒に寝るよりも、一緒に起きてたいから」

 

 そう言いながら俺の目の前に膝をつくと、髪を耳にかけながら目を瞑り「ん……」と唇を突き出した。

 

 あの()()()()がキスのお誘いをしてくるようになるとは……なんてことを考えながら、彼女の頬に手を添える。

 

「あぁ!? 凛ちゃん、それは流石に抜け駆け……!」

 

「んっ……」

 

 みくが言い切る前に、凛とのおはようのキスをするのだった。

 

 

 

 

 

 

 俺、周藤良太郎は数十年前に時の総理大臣『杉崎鍵』が一夫多妻制を導入した世界に転生した。まるで漫画のような状況の世界に転生した当初はかなり困惑したものの、流石に二十年以上生きていけば人生観も変わってくる。今ではこれが普通のことなのだとごく自然に受け入れていた。

 

 というわけで、という言い方が正しいかどうかは分からないが、転生特典でトップアイドルをしながら、俺は超絶可愛いアイドルの恋人が三人も出来たのである。

 

 

 

「ぐぬぬ……新年最初のキスはみくがするって決めてたのに……!」

 

「残念でした」

 

 炬燵に入り悔しがるみくに対し、同じく炬燵に入り得意気な笑みを浮かべる凛。凛の後にちゃんとみくともキスをしたのだが、どうやら彼女は『新年最初』のキスがお望みだったらしい。俺としては、ちゃんと三人とも愛してるんだからキスの順番ぐらい別にいいじゃないか、と思わないでもない。

 

「特にみくは、お望み通り首筋を撫でながらしてやったろ?」

 

「そ、それは! ……その、気持ちよかったけど……りょ、りょーちゃんの恋人として譲れないのにゃ! 例えりょーちゃんが均等にみくたちを愛してくれてるからとはいえ、それに甘んじるわけにはいかないの!」

 

 バンバンと机を叩きながら「戦わない猫はただの猫にゃ!」と息巻くみく。いや、野良猫ですら喧嘩すると思うんだけど……。

 

「文香はそういうの良かったのか?」

 

「え?」

 

 俺と一緒にキッチンに立って朝食の準備を手伝ってくれている文香に尋ねると、彼女は雑煮に入れる小松菜を切る手を止めて首を傾げた。キッチンに立つため長い髪をポニーテールにしている文香は、なんというか新妻感が五割増しになっている気がする。

 

「いや、既に凛やみくと済ませた後ではあったんだけど、新年最初のキスとかそういうの」

 

 文香の性格上、凛やみくのように自己主張するタイプではないので、一歩引いてしまうのは仕方がないとは思っているが……。

 

「……えっと」

 

 しかし何故か文香は頬を赤く染めて目線を逸らした。いそいそと小松菜を切る作業に戻ったが、何やら焦っているようにも見える。

 

「どうした文香」

 

「……その……あ、あの……実は……」

 

 何かを言いづらそうにしている文香。チラチラと俺の口元辺りに視線を向けているようにも見えるが……。

 

 ……あれ、もしかして。

 

 

 

「まさか、あの『ベッドの上で文香が覆い被さってきてガッツリキスされた夢』は夢じゃなかったのか!?」

 

「どうして大声で言っちゃうんですか……!?」

 

 

 

「「なんだってえええぇぇぇ!?」」

 

 リビングからドタバタと二人がキッチンに駆け込んでくる。

 

「埃が立つからキッチンでは暴れない。火も包丁も使ってるんだから」

 

「ごめんなさい! でもこっちも大事なの!」

 

「それってもしかして、みくたちが寝た後!? ということは、りょーちゃんとの真の新年最初のキスは……文香ちゃん!?」

 

 まぁ日付が変わってからベッドに入って、おやすみのキスはなかったから……年が明けてから最初のキスは文香だったってことになるな。

 

「「……抜け駆け……圧倒的抜け駆け……!」」

 

「ひぅ……!」

 

 完全に目が座っている二人に怯え、慌てて俺の影に避難してくる文香。恋人になる以前だったら精々服の端を掴む程度だっただろう。しかし心身共に距離が近くなった今では、それはもうムギュリと胸が背中に押し付けられていた。なんとも暴力的な大きさと柔らかさににやけそうになるが、幸か不幸か表情は動かない。

 

「デレデレしない!」

 

 しかしこの中で一番付き合いの長い凛には俺の心の機微が分かられてしまうようだ。

 

「いや、普通に性癖の問題にゃ」

 

 みくから「そんなこと誰でも知ってるにゃ」と言い切られてしまった。

 

「それより! みくだって結構あるんだよ!」

 

「存じております」

 

 前から抱き付いて胸を押し付けてくるみく。

 

 前方のみく、後方の文香。本編では絶対考えられない大乳のサンドイッチに、思わずガッツポーズをしてしまう。

 

「………………」

 

 そして凛からの視線が冷たくなるところまでが予定調和である。うん、知ってた知ってた。

 

「……私だって」

 

 そして負けず嫌いの凛がそこで黙っているはずがない。二人に対抗するかのように、俺の右腕に抱き着いてきたのだ。今朝も言ったが、昔よりずっと育った胸を押し付けてくる凛。これで三方向を胸に囲まれている状態になってしまった。

 

「………………」

 

「……あれ?」

 

「良太郎さん……?」

 

「ど、どーしたにゃ?」

 

「………………」

 

 

 

「「「……き、気絶してる!?」」」

 

 

 

 

 

 

「流石の俺もあれはキャパオーバーだった」

 

「いや、一緒に暮らしてきてあぁいう場面結構なかった?」

 

「あるたびにギリギリ我慢してた」

 

「じゃあどうして今日に限って……」

 

「朝だったから……」

 

「ごふっ」

 

「文香ちゃん!? 一体どうしたにゃ!?」

 

 俺の言葉の意味が分かってしまったらしく、雑煮を飲んでいた文香が盛大に咽た。寝込みにキスといい、意外とこの三人の中で一番のむっつりさんである。

 

 多少のハプニングはあったものの、無事に朝食の時間となった。メニューは元旦の朝らしく、お雑煮とおせち料理である。

 

 ちなみに「トップアイドルの癖に随分と朝のんびりしてるな?」と言われそうであるが、一夫多妻が浸透し恋愛観に対する考えが寛大なこの世界において、仕事よりも恋人と過ごす時間を優先しても何も言われないのだ。トンだご都合主義な世界であるが、まぁおかげで楽しくやれているので問題はない。

 

「凛、田作りどうだ? 味見はしたけど、甘すぎないか?」

 

「ううん、美味しいよ」

 

「えっと……みく、昆布巻きだったら食べられるんだよな」

 

「うん、魚介とはいえお魚じゃないから」

 

「ほい文香、黒豆」

 

「ありがとうございます……」

 

 どうせ自分で作ったものなのだからと、俺が三人に取り分けてやる。

 

「それにしても、まさかりょーちゃんがおせち料理作れるとは思わなかったにゃ……」

 

「作れるというか、作れるようになったんだよ。三人とも料理は出来るけど、おせちは作れないって言うから」

 

「「「ぐっ……」」」

 

 いやまぁ、今時おせち料理を作れる人の方が少ないので別にそれが普通なんだろうけど。

 

「ちょうど料理番組のロケで一緒になった美嘉ちゃんに教えてもらったから、若干城ヶ崎家の味に近いかもしれないけどね」

 

「「「……は?」」」

 

 おっと、凛やみくはともかく、文香から今まで聞いたことがないような声が聞こえてきたような気がするぞ?

 

「それってもしかして……美嘉の家で、ってこと?」

 

「え、うん……たまたま美嘉ちゃんと莉嘉ちゃんを車で家まで送って行ってあげる機会があってね。そのとき……」

 

「……ちょっと待ってて」

 

「アッ、ハイ」

 

 先ほどまでの炬燵でののんびりとした朝のワンシーンが一変、何やら不穏な空気になって来た。

 

 

 

「……どう思う?」

 

「……わざわざ家に上げてまで、好意の無い男性に料理を教えることがあるでしょうか……?」

 

「少なくともみくは絶対にやらないにゃ……」

 

 

 

 三人集まれば姦しいとは言うが、三人は集まって俺には聞こえない音量で何やら相談事をしていた。

 

 ……あ、戻って来た。

 

「判決を言い渡します」

 

「判決!?」

 

 え、もしかしてさっきの裁判だったの!? 容疑者不在のまま裁判行われてたの!? 弁論の余地すらねぇ!

 

「……も、もしこれ以上恋人を増やすのであれば」

 

「こ、今年中に」

 

「み、みくたちと………………を、作ること」

 

「………………え」

 

 三人とも顔を真っ赤にして俯いており、声も小さかったが……生憎難聴系主人公ではなかったため、なんといったのかしっかりと聞き取れてしまった。

 

 ……いや、別に美嘉ちゃんと恋人になりたいとかそういう気持ちが……まぁ、ないと言ったら嘘になるし美嘉ちゃんにも失礼だけど……。

 

 

 

「……今のところ、俺はお前たちとしか()()()()()()をするつもりはないよ」

 

 

 

「「「っ……!」」」

 

 さらに真っ赤になって沈黙してしまった三人が愛おしくて……笑えない自分が少しだけ悔しくなる。

 

 あぁ、今年もいい一年になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

「……うん、そんな気はしてたよ」

 

 久しぶりの夢オチである。

 

 皆さん、今年も一年よろしくお願いします。

 

「……もっかい寝よ」

 

 

 




・周藤良太郎(23)
再び一夫多妻時空にやってきた(夢オチ)トップアイドル。
凛・みく・文香の三人と恋仲になっており、マンションにて四人暮らし。
なお、まだ誰とも一線を越えてはいない。

・渋谷凛(18)
良太郎の恋仲1。順番的には一番最後に恋仲になった。
『兄貴分』から『恋人』になったばかりなので、まだ若干の気恥ずかしさが残っている。
けれど想い続けていた期間は他の二人には負けていない。

・前川みく(18)
良太郎の恋仲2。順番的には二番目に恋仲になった。
憧れのアイドルであった良太郎を熱意(と色仕掛け)で落とした主人公タイプ。
基本的には仲が良いものの、他の二人をライバル視している。

・鷺沢文香(22)
良太郎の恋仲3。順番的には最初に恋仲になった。
良太郎の牙城を真っ先に崩した猛者。決め手は控えめながらも情熱的な想い(と色仕掛け)だった。

・一夫多妻制
・杉崎鍵
※番外編17参照

・「戦わない猫はただの猫にゃ!」
魔法をかけられたマルコは、シンデレラだった……?

・『ベッドの上で文香が覆い被さってきてガッツリキスされた夢』
文香が一番、やるときは大胆に行動すると思う。

・「朝だったから……」
色々と大変(意味深)

・「美嘉ちゃんに教えてもらったから」
原作でも実際におせち料理を作っていたり、見た目はあれだがかなり家庭的。

・夢オチ
当然。



 新年最初は恋仲○○の特別編でしたー。ちなみに人選は単純に『今まで恋仲○○に選ばれていなかったから』です。

 というわけで、六年目を迎えたアイ転ですが、これからも末永くどうぞよろしくお願いします。

 次回からはついに、長編外伝スタートです!



『どうでもいい小話』

 ミリシタにて、フェス限志保登場! 無事にお迎えしました!

 まぁ諸事情があり記念短編は書けなかったのですが……。


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外伝『Days of Glory!!』
Episode01 その日、世界が震撼した。


完全オリジナルの新章開始!

※注意!
今回から始まるお話は『時系列を完全に無視した外伝』になります。
本編の展開や設定と矛盾する点が存在する可能性がありますが、あくまでもこれは外伝であるということをご留意ください。

『これはいつ頃のお話?』
『つまりこのあとこういう展開になるってこと?』

などといったご質問には一切答えかねますので、あらかじめご了承ください。


 

 

 

 ――ぴ、ぴよおおおぉぉぉおおおおぉぉぉっ!!??

 

 事の始まりは、私たち765プロの事務所内に響いた小鳥さんの叫び声だった。いや、本当はもう少し違うタイミングだったのかもしれないが、少なくともこの事務所にいる人間にとってはそれが始まりだった。

 

「こ、小鳥さん!?」

 

「どうかしたんですか!?」

 

 その日、たまたま事務所にいた私と律子さんが叫び声が聞こえてきた方に駆け寄ると、小鳥さんはあんぐりと口を大きく広げながらわなわなと震えていた。その視線は机の上に乗ったパソコンの画面へ釘付けになっている。

 

「ふわぁ~……もうちょっと静かにして欲しいの……」

 

 ソファーで寝ていた美希も騒ぎを聞きつけて起きてきた。

 

「春香ちゃん! 律子さん! 美希ちゃん! おおお落ち着いて!」

 

「至って落ち着いてますが」

 

「特に美希ちゃん! 本当に落ち着いてね!」

 

「「「?」」」

 

 小鳥さんから名指しされた美希が首を傾げる。というか私や律子さんも一体何のことなのか分からず首を傾げている。むしろ落ち着いていないのは小鳥さんの方ではないか。

 

「こ、これ!」

 

 小鳥さんがパソコンの画面を指差すので、三人でそれを覗き込み――。

 

「「「……えっ!?」」」

 

 ――そこに表示された文字に驚愕した。

 

「こ、これは……!?」

 

 それはまさしく、私たちを驚愕させるに値する出来事だった。

 

「つ、ついに……!」

 

 それはまさしく日本を……いや、世界を揺るがす大事件だった。

 

「そ、そんな……!?」

 

 

 

 

 

 

『123プロダクション感謝祭ライブ! ドーム公演開催決定!』

 

 

 

 

 

 

「大事件なのおおおぉぉぉおおおぉぉぉ!!??」

 

 とても寝起きとは思えないような声量だった。重症りょーいん患者の美希にとっては、それはもう一大事なのだろう。早速小鳥さんを押しのけて「先行予約! 先行予約は!? 前売り券はいつなのおおおぉぉぉ!?」とパソコンを操作していた。

 

「……いやぁ、ついに来ちゃいましたね、この時が」

 

「来ちゃったわね……」

 

 そんな美希の様子を見ながらボソリと呟くと、隣の律子さんが同意した。

 

 確かにこれは大事件である。いきなりドーム公演というのも驚きではあるのだが、何より『123プロ』として初めてのライブである。元々『頭がおかしい倍率』として有名な周藤良太郎に加え、ジュピターの三人やピーチフィズの二人、志保ちゃんや志希ちゃんや美優さんといった人気アイドルが勢揃いするのだ。きっと今頃美希と同じように、全国のファンが血眼になっていることだろう。

 

「あぁ!?」

 

 美希の叫び声が聞こえてきた。どうやら告知ページが落ちたらしい。やはりファンはみんな同じことをしていたようだ。

 

「これは色々と荒れそうね……ん?」

 

 ポケットからスマホを取り出した律子さん。画面を見るなり突然眉根を潜めて嫌そうな顔になった。律子さんがこういう表情をするときは、大体良太郎さん関係である。

 

「はぁ……ちょっと美希、落ち着きなさい」

 

「落ち着けるわけないの! これは戦争なの! 律子は黙ってて!」

 

「……へぇ、そう。なら――」

 

 ニタリと暗い笑みを浮かべながら律子さんは自身のスマホを横に振った。

 

「――良太郎から『765プロにもチケットあげるよー』っていうメッセージが来たんだけど、断ればいいのかしら?」

 

「律子さんごめんなさいっ!!」

 

 真っ先に美希が取った行動は、土下座だった。いやまぁ確かに、確実にチケットを手に入れることが出来るのであれば、ファンならば同じような行動を取ることだろう。

 

 しかし、一つだけ懸念事項……というか気になることがあった。

 

「律子さん……それって何枚いただけるんですか?」

 

 ピクリと土下座中の美希の肩が動いた。

 

 私たち765プロは他の事務所と比べて所属アイドルが少ないとはいえ、それでもアイドルだけで十二人。律子さんたちスタッフを含めても十六人。劇場のアイドルやスタッフも含めると五十人は余裕で超える。いくら知り合いだとはいえ、全員分は流石に無いだろう。

 

 案の定、私の質問に律子さんは気まずそうに目を逸らした。

 

「……四枚、らしいわ」

 

「四枚ですか……」

 

 いや、普通は二枚ぐらいだから多いと言えば多い。しかし、周藤良太郎のライブのチケットだ。りょーいん患者の美希や真美は勿論、そんなの私だって欲しいに決まっている。

 

「………………」

 

 無言のまま、美希がユラリと立ち上がった。

 

「み、美希……?」

 

「春香……私は、今から修羅になる。チケットを手に入れるまで……私とアナタは敵同士だ」

 

「いつもと口調が違うよ!?」

 

「アナタを倒し、私は楽園(エデン)へと至ってみせる……!」

 

「なにその本気の憎しみの目線は!?」

 

 みんなで撮影した『眠り姫』での敵の役を演じたときでさえ見せなかったような表情に、美希の本気を垣間見た気がした。

 

 

 

「はぁ……これはしばらく、色々なところが荒れそうね……」

 

 

 

 

 

 

「な、なんてこと……なんてことにゃ!?」

 

 シンデレラプロジェクトでのレッスンの休憩中、スマホを弄っていたみくが突然ワナワナと震え出した。

 

「みくちゃん、どーしたの? ……え」

 

「なにかあったのー? ……あ」

 

 そんな様子に興味を持った莉嘉とみりあが背後からみくのスマホを覗き込んだ。すると莉嘉は固まり、みりあは驚いたような表情になった。

 

「「123プロの感謝祭ライブ!?」にゃ!?」

 

『えぇっ!?』

 

 みくと莉嘉の叫び声に、その場にいた全員が反応した。

 

「みくちゃん、それホント!?」

 

「うっきゃー! しゅごーい!」

 

 李衣菜やきらりを始めとしたプロジェクトメンバー全員がその話題に興味を示す。

 

 まぁ普通に考えれば、当然の反応と言える。基本的に『周藤良太郎』のライブというのはそれだけで話題性が抜群なのに、それに加えて今回は()()()()()()()()()()()なのだ。

 

「……あれ?」

 

 美波が「詳細は? 詳細は!?」とガラにもなく興奮している一方で、プロジェクトメンバーの中でも驚いていないメンツがいた。私を含め、みりあと卯月、そして未央だった。

 

「……驚いてないの?」

 

「そーいうしぶりんこそ。しまむーとみりあちゃんも」

 

「わ、私は、その……冬馬さんが先に教えてくれたので……」

 

「みりあも、りょうお兄ちゃんが教えてくれた!」

 

「……まぁ、私も同じだよ」

 

 そういえばこの四人の共通点は『123プロにプライベートでの知り合いがいる』ということだった。私が良太郎さんに教えてもらったように、三人もあらかじめ知っていたから別段驚かなかったということか……いや、教えてもらった直後はみくたちみたいに驚いたのはきっと私だけじゃないだろうけど。

 

 

 

「……もしかして、そこの四人……誰かチケット貰ってたりする……!?」

 

 

 

 それは誰のつぶやきだったか。

 

『なにぃっ!?』

 

 グリンッとみくの周りに集まっていたみんなの首が一斉にこっちに向いた。

 

「うわっ!?」

 

「ひいっ!?」

 

「わ、なになに!?」

 

 それはさながらホラー映画のワンシーンのような光景だった。未央は驚き卯月に至っては完全に怯えていた。……みりあがそれほど驚いていないのは、まぁいつも通りだろう。

 

「……餌を食べるのに夢中になっていた化物が音に反応して一斉にこちらへ意識を向けるシーンが、あんな感じだったなぁ……」

 

「……い、今……ほ、ホラー映画の話、した……?」

 

「してないよー」

 

「そ、そっか……」

 

 杏が誰かと話をしていたような気がしたが、今はそれどころではない。

 

 亡者のような目でこちらにジリジリとにじり寄ってくるみんなに、思わず未央を盾にする形で距離を取る。

 

「ちょっとしぶりん!?」

 

「安心して、骨は拾うよ」

 

「そこを配慮するぐらいなら骨にならないような気遣いが欲しいかな!?」

 

「だから骨が残ってるじゃん」

 

「えっ!? しぶりんの配慮が無かったら私、チリも残らないの!?」

 

浄破滅焼闇(じょうはめっしょうえん)!」

 

「らんらんは闇の炎に抱かれて黙ってて!」

 

「というか、私はチケット貰ってないよ」

 

「……え?」

 

 その私の一言に、みんなの動きが止まった。

 

「わ、私も貰ってません!」

 

「みりあもー」

 

「私も貰ってないよ!」

 

「え、そうなの?」

 

 我に返ったらしい李衣菜の問いかけに、四人を代表してみりあが「うん」と頷いた。

 

「『346プロには、シンデレラプロジェクトに二枚、プロジェクトクローネに二枚あげる』って良太郎さんが」

 

 なんでも知り合いの事務所には四枚ずつチケットを配っているらしい。いつもだったら身内のチケットがあるので、正直に言えばそれを期待していたのだが……どうやら今回はそれも別の誰かにあげる予定らしい。

 

「って、二枚だけ!?」

 

「少ないにゃ!」

 

「むしろ何もせずに二枚もチケットが手に入るだけでも、凄いことだと思うけど……」

 

 莉嘉とみくが文句を言うが、美波の言うとおり、これだけでも破格である。

 

 なにせ、あの『周藤良太郎』のライブのチケットが無条件で手に入るのだ。IEを経て世界からも注目を浴びるようになってから初めてのライブ。しかも日本を牽引するトップアイドルであるジュピターやピーチフィズまで出演するのだから……当選倍率が何倍になるのか、想像もしたくない。

 

『………………』

 

 だからみんな、どうしてもこのチケットを手に入れたいのだろう。二枚のチケットを得るために、今度は全員が全員をけん制し始める。

 

「……そ、それじゃあこうしましょうか」

 

 流石にこのままではいままで築き上げてきたプロジェクトメンバーの絆にヒビが入りそうだと感じた美波がパチンと手を叩いた。

 

「まずはみんなでちゃんと抽選に申し込んで、それに外れちゃった人の中でこの貰ったチケットを貰うか決めるの」

 

「……そうだね、もしかしたら普通に抽選で当たるかもしれないし……」

 

 良太郎さんのライブのチケットの抽選は『彼の事務所のファンクラブのアカウント一つにつき一度応募できる』という制限がある。他のライブのように何枚もCDを買って応募券を集めるということをする必要がないものの、一人で多数応募するということが出来ないのだ。

 

 だからまずは全員でしっかりと応募して、外れてしまった人がチケットを受け取れば、少しでも多くの人がライブに参加できる……というのが、美波の考えだろう。

 

「それに、こーいうときは結構ご都合主義が発動するもんだから、意外と全員当たったりするんじゃなーい?」

 

 一人だけ輪の外でソファーに身を沈めていた杏の言葉。

 

「……そ、それもそうだね!」

 

「よーし! みんなで『周藤良太郎』のライブに行くぞー!」

 

『おーっ!』

 

 みんなは希望を見出し、揃って拳を突きあげる。

 

 そうだ、私たちはいつだって希望を胸にアイドルとしての道を歩き続けてきたのだ。

 

 今回だってきっと大丈夫……そう信じているのだ。

 

「………………」

 

 だから、私は言い出せなかった。

 

 

 

 ――ちなみに今回のライブに参加できる人なんだけど。

 

 ――神様(さくしゃ)()()()()()()()()()つもりらしいから。

 

 ――……健闘を祈るよ!

 

 

 

 良太郎さんがそんな不穏(でんぱ)なことを言っていたことを……。

 

 

 




・『123プロダクション感謝祭ライブ! ドーム公演開催決定!』
……あれ、良太郎のライブを真面目に書くの、これが初……?

・『頭がおかしい倍率』
外伝時空の話にはなりますが、123プロの年末ライブは180倍でした。

・美優さん
この世界では既にデビュー済です。

・「……い、今……ほ、ホラー映画の話、した……?」
チラ小梅。

・「浄破滅焼闇!」
テイルズコラボにて。6thの告知でこれ聞いたときは本気で爆笑してました。

・神様は本当に抽選で決めるつもり
はい、抽選します。
方法はまた後日……たぶんツイッター辺りで発表しますが、ガチで抽選します。765も346もその他のアイドルも、この結果次第でライブ参加が決まります。
……まぁ流石に可愛そうなので、落選したアイドルもビューイング参加はさせてあげる予定です。



 ついに始まりました、長編外伝『123プロ感謝祭ライブ編』!デレマス編はほぼアニメ準拠だったので、完全オリジナル展開を書くのは久しぶりです。

 元ネタというか書くきっかけとなったのは、ライブBDでよくある舞台裏の特典映像です。良太郎たちにあーいう感じのことをさせていきたいと思います。

 正直どれだけの長さになるのか、未だに不透明ではありますが……皆さま、しばらくお付き合いいただけると幸いです。



『どうでもいい小話』

 楓さん四枚目のSSRが……ついにキタアアアァァァ!

 そして引いたあああぁぁぁ!(辛勝)

 (残念ながら今回は記念短編とかは)ないです。


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Episode02 その日、世界が震撼した。 2

一方その頃、123プロダクション。


 

 

 

 『123プロダクション感謝祭ライブ開催決定』

 

 

 

 とある休日の昼間に発表されたそれは、瞬く間に日本中に……いや、世界中に波紋が広がっていった。その情報は様々なSNSで拡散され、瞬く間に世界のトレンドの一位に。さらに事務所の公式サイトに告知を掲載してしまったため、アクセス過多によりサーバーが落ちてしまった。

 

 もっともこれらの騒動はあらかじめ予想していたことでもあった。問い合わせが殺到することを予想し、事務所の固定電話の電話線を抜いておいたため、事務所の中はいたって静かなものである。和久井さんは『また後日あらためてライブについての問い合わせ窓口を設置しないと……』とため息を吐いていた。

 

 さて、そんな話題の中心となっている俺たち123プロダクションの事務所ではこれからミーティングである。参加するのは、アイドルスタッフ問わず所属する全員。

 

 社長兼プロデューサーの幸太郎さんは勿論、秘書兼プロデューサーの和久井さん。『Jupiter』の俺・北斗・翔太。『Peach Fizz』の所と佐久間。『Cait(ケット) Sith(シー)』の北沢と一ノ瀬。そして三船さんと――。

 

 

 

「ドームライブすーるひーと、こーのゆーびとーまれ!」

 

 

 

 ――事務所を代表するトップアイドル『周藤良太郎』である。

 

 椅子に座りながら右手の人差し指を天井に向ける良太郎に、はぁと思わずため息が漏れる。

 

「緊張感のきの字もねぇ」

 

「今更ドームライブで緊張しねぇっての」

 

 こういうことをサラッと言える辺り、悔しいがかなりの大物である。認めたくないが。

 

「い、いやー流石だなぁ、リョータローさん……アタシとか、話聞いてからずっと緊張しっぱなしで……」

 

「「………………」」

 

 強張った笑みを浮かべる所と、先ほどから俯いたまま一言も喋っていない北沢と三船さん。こちらの三人はしっかりと緊張しているようである。

 

「よくよく考えたら、これだけ規模の大きいライブって765プロの皆さんのバックダンサーとしてアリーナライブに参加させてもらって以来なんですよねー」

 

「ん? そうだったか?」

 

「はい……」

 

 思い返してみると、確かに所と北沢の言う通り、こいつらはまだ大きな箱でのライブ経験がなかったな。しかも以前とは違い、今度はしっかりと歌って踊るメイン側としての参加で、おまけにアリーナをすっとばしてドームだ。

 

 しかしバックダンサーとしてアリーナに立ったことがある所と北沢と佐久間はまだマシで……問題は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()一ノ瀬と三船さんだ。

 

「………………」

 

「……えっと、美優さん、ダイジョーブ?」

 

「お水、持ってきましょうか?」

 

「……だ、だだだ、だいじょぶぶぶぶ」

 

 真っ青な顔で所と北沢(年下の女の子)に気を使われている様子を見て、大丈夫そうだとは到底思えなかった。というか本当に今にも気を失いそうな雰囲気すら醸し出していた。

 

「まぁ、多少ライブ経験があってもドームは緊張するものだからねぇ」

 

「三船さん、人一倍緊張しいだからねー」

 

 北斗と翔太も、そんな三船さんを見てやや苦笑い。

 

「んで? おめーらは随分と余裕そうだな」

 

 その程度は違えど所と北沢と三船さんが緊張している様子を見せる一方で、佐久間と一ノ瀬は全くそんな素振りを見せることもなく良太郎が天井に向けて立てている人差し指に掴まっていた。

 

「ふふん、みくびってもらっては困りますねぇ……今の私にとって、ドームでライブするということよりも()()()()()()()()()()()()()()()()ということの方が重要なのです!」

 

 別にみくびるも何も、大方予想していた答えに呆れてるんだが。

 

「ゆえに! 例えアリーナであろうとドームであろうと全世界一斉生放送であろうと、緊張感とは別に昂った私は何人(なんぴと)たりとも止めることは――」

 

「でも緊張してた方が良太郎に構ってもらえそーじゃない?」

 

「――良太郎さぁん……まゆ、すっごい緊張しててぇ……」

 

「うげっ……」

 

 それまでの自信満々な様子から一変、しなを作りながら「よよよ……」と良太郎にすがり付く佐久間。本当にドラマ出演経験があるのか疑問に思わざるを得ないわざとらしい演技である。

 

「よしよし、大丈夫だよーまゆちゃん。俺が一緒なんだから、なんの心配もいらないよ」

 

「良太郎さぁん……!」

 

 そしてその演技に乗っかる良太郎、うっとりする佐久間。なんだこの茶番。

 

「んで、お前は緊張してねーのかよ」

 

「ん? あたし? してるに決まってるじゃーん」

 

 ケラケラと笑う一ノ瀬。してないように見えるから聞いてんだが。

 

「今から美優さんみたいにガタガタしててもどーしよーもないからね。研究だって、発表のことを考えながら始めないよ」

 

「……まぁ、言いたいことは分かった」

 

「それにあたしは、今の自分に何を求められてるのかがちゃんと分かってるから」

 

 そう言ってニッと笑う一ノ瀬。

 

 ……どうやらこいつは、俺の想像以上に成長してたみてーだな。

 

 

 

「絶対に本番までには間に合わせるから……みんなの緊張を消し去るオクスリ」

 

「ヤメロォ!」

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、そろそろ始めるぞ」

 

 兄貴の一声により、ようやく全員が落ち着いて席に座った。基本的に上座に兄貴、その両脇に俺と留美さんが座り、それ以外は各々ユニットで固まって着席する。

 

「みんなには前もって知らせてあった感謝祭ライブだが、今日正式に告知を出した」

 

「いやぁ、反響凄かったなぁ」

 

「そんな簡単な一言で済ませていい状況じゃなかったですけどね」

 

「お昼からスマホが鳴りっぱなしで……」

 

 ややげんなりした様子の志保ちゃんや美優さんの言うとおり、それはもう世間は大騒ぎだった。俺のスマホも知り合いから「どういうことだ!?」「詳細は!?」みたいなメッセージがひっきりなしに届いていたのですぐに電源を切った。多分あれ、放っておいたら通信量があっという間にオーバーしていたことだろう。

 

「詳細を明かす前にこれだけ話題になってるんだから、もうこれ以上宣伝しないでもいいんじゃないかな」

 

「基本的に良太郎さんも、必要以上の告知をされないですからねぇ」

 

 恵美ちゃんの言葉に頷くまゆちゃん。

 

 ありがたいことにわざわざ番組に出演して告知をしなくても、俺の新曲やライブの情報はSNSであっという間に拡散されるのだ。しかもその拡散源というのがりんや美希ちゃんといったトップアイドルなのだから、拡散速度は更に加速する。

 

 加えて今回は俺だけでなく、ジュピターやピーチフィズのファンたちも積極的に拡散してくれているようなので、宇宙が一周して新世界に到達するレベルのスピードである。

 

「感謝祭ライブのタイトル『メイドインヘヴン』とかどうかな?」

 

「それで今後の予定についてだ」

 

 無視された。

 

「開催は半年後だ。それまでにもそれぞれステージや仕事が当然あるから、感謝祭ライブだけに集中するわけにはいかない。それでも()()()()()()()()()()()()()初めてのライブだ。……全世界に、この事務所の力を見せつけようじゃないか」

 

「はいっ!」

 

「頑張りまぁす!」

 

「……全力で、いきます」

 

「にゃはは~」

 

「う、うぅ……」

 

「ついに、ここまで来たって感じだね」

 

「りょーたろーくんに便乗してる感は否めないけどね」

 

「けっ。んなもん、今回だけだ」

 

 恵美ちゃん、まゆちゃん、志保ちゃん、志希、美優さん、北斗さん、翔太、冬馬がそれぞれの想いを口にする。緊張していたり、意気込んでいたり、様々な反応ではあるが……それでも、誰一人として()()()()()アイドルはいなかった。

 

「さしあたっては……今回のライブに向けて、初となる()()()を用意することになった」

 

「全体曲!?」

 

「ホントですかぁ!?」

 

 兄貴の言葉に恵美ちゃんとまゆちゃんが立ち上がりながら驚く。

 

 前もって聞いた俺も、これには少々驚いた……というか、ちょっとテンションが上がった。何せ今までずっと一人でライブをしてきたのだ。冬馬たちとコラボして一緒にステージに立ったこともあるが、あれはお互いの曲を歌っただけだ。本音を言うと、春香ちゃんたちや凛ちゃんたちのように事務所のメンバーみんなで歌うステージというのに憧れていたのだ。

 

 ……今まで一人でステージに立ってきた『トップアイドル』の、ささやかな夢だ。

 

「全体曲だけじゃなく、他にもいくつかの新曲や新ユニットを用意する予定だ」

 

「うわ、豪勢なライブ」

 

「そうでもしないと、期待以上のライブは出来ないってことだろうね」

 

 素直な感想を口にする翔太の横で考察する北斗さんの言うとおり、今回のライブは正直に言って()()()()()()()()()のが現状だ。それは感謝祭ライブ開催決定の告知をしただけでこれだけ騒ぎになっていることからも分かるだろう。

 

 期待という名のハードルを、いかにして超えていくか。それがアイドルのライブに必要なものである。

 

「ただでさえ『周藤良太郎』のライブというだけで高いハードルが、ジュピターやピーチフィズも参加することでさらに跳ね上がり……今回の騒動を経て、さらにそのハードルは上がっているでしょうね」

 

 留美さんが言っている騒動というのは、サーバーが落ちたり世界のトレンドの一位になったりしたことだろう。経験則的にこれは夕方のニュースで取り上げられると思う。

 

「いやぁ期待されすぎて困っちゃうな」

 

「……随分と楽しそうだな?」

 

「そう見えるか?」

 

「ムカつくぐらいな」

 

 表情が変わらないのにも関わらずに内心がバレるぐらい、どうやら俺は昂っているらしい。

 

 

 

 ――『次のステージをみんなと一緒に楽しみたい』って、こう考えるだけでいいんだ。

 

 

 

 それは、かつて俺が春香ちゃんに向けて放った言葉だ。

 

 偉そうに言っていたものの、そのときの俺は『みんなと一緒』のステージなんて経験したことがなかった。

 

(……楽しみだなぁ)

 

 『輝きの向こう側に至った』と称されてなお、未だ見たことのない景色が待っているのだから……本当に、アイドルというのは面白い。

 

「初の感謝祭ライブ、初の全体曲、そして大きな期待……となると、あとは俺たちがすべきことは何か……分かるよな?」

 

「え?」

 

 

 

「……合宿に行くぞっ!!」

 

 

 

「行けるわけないだろ。自分の忙しさ考えろ」

 

「あっれぇ!?」

 

 そういう展開じゃないの!?

 

 

 




・『Cait Sith』
懐かない黒猫こと志保と気まぐれシャム猫こと志希によるユニット。みくにゃんが戦慄したとかしないとか。
二人はユニットを組ませないとかどこかで言ったような気がするけど……番外編だし、多少はね?

・アリーナレベルの人前に立ったことがない一ノ瀬と三船さん
初ライブがドームとか……鬼かな?

・みんなの緊張を消し去るオクスリ
これがあんな騒動の幕開けになるとは……(予定)

・宇宙が一周して新世界に到達するレベルのスピード
・『メイドインヘヴン』
良太郎なら加速した時の中でライブを完遂出来ると思う。

・全体曲
やはりこれがないと。

・合宿
ないです(無慈悲)



 進展のない所謂繋ぎ回。

 次回はチケットについてのお話と、未だに触れられていない『彼女たち』のお話。


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Episode03 その日、世界が震撼した。 3

久しぶりに翠屋スタート。


 

 

 

「どう考えてもおかしいだろ……合宿だぞ合宿、お話の醍醐味みたいなものだろ。それを飛ばすとか何を考えてるんだよ……今時のアニメだったら欠かせないだろ……そんなことで視聴率取れるわけないだろう! なぁ、恭也!」

 

「やかましい」

 

 ズガンッ! と俺の頭頂部に垂直に立てられた銀のトレイが振り下ろされた。手加減されていたとはいえ、角は普通に痛かった。

 

 というわけでミーティングを終えた翌日、俺は翠屋へとやって来た。基本的に俺が訪れるのは比較的人が少なく常連さんばかりの時間帯を狙ってきているので、今のようなやり取りをしても「あぁ、あの二人か」みたいな目でしか見られない。

 

「それにしても、随分と大きな騒ぎになってるじゃないか。まさか新聞の見出しが全てあれになっているとは思わなかったぞ」

 

 バサリと新聞を広げると、そこには恭也が言うように『123プロダクション感謝祭ライブ開催!』の文字が。取り上げられているのは勿論俺たちのライブのことなのだが、その内容としてはどちらかというと告知によって生じた騒動の方だった。

 

「スポーツ紙以外は全部一面か」

 

 そのスポーツ紙も読み進めれば123の記事が載っているので、見事に全ての新聞を制覇したようだ。

 

「ウチでも大変だったんだぞ」

 

「あー……なのはちゃん?」

 

「あと美由希もだ。二人同時にお前へ連絡を取ろうとして、ずっと電話を片手にウロウロしていた」

 

 残念ながらそのタイミングはずっとスマホの電源を切っていたので、勿論俺に電話が繋がるはずがなかった。大変申し訳ない。

 

「それでなのはちゃんはずっとあの様子なわけだ」

 

 今では310(ミッド)プロダクション所属のアイドルであるものの、空いた時間にはちゃんとお店のお手伝いをするとても良い子であるなのはちゃん。しかし先ほどからチラチラと彼女の視線を感じていた。俺に直接話を聞きたいのに、今はお手伝い中だから聞けない。そんな葛藤が見えた。

 

「……ふむ」

 

 グイッとグラスの水を一気に呷ると、それを掲げながらなのはちゃんを呼んだ。

 

「なのはちゃーん、お冷のお代わり貰えるー?」

 

「え? あ、はーい!」

 

「おい」

 

 目の前の恭也が「なに仕事を増やしているんだ」と言わんばかりの目で見てきた。

 

「まぁまぁ」

 

 そもそも本当にお冷が欲しいだけなら恭也に頼む以前に自分で勝手に入れる。

 

「お待たせしましたー」

 

 氷水が入ったピッチャーを手にやって来たなのはちゃんに、お冷を入れてもらう。

 

「ありがとう、なのはちゃん。最近のお仕事はどう?」

 

「にゃはは……ちょっと大変だけど、頑張ってます! 今度フェイトちゃんとはやてちゃんの三人で魔法少女ものの映画に出ないかっていう話も来てるんですよ!」

 

「へぇ」

 

 なのはちゃんと同じ事務所に所属している、金髪双子の妹とおなじみ八神堂の主の少女を思い浮かべる。この三人が変身する魔法少女か……きっと可愛らしいメルヘンな作品に違いない。

 

「それじゃあ、頑張ってるなのはちゃんに……はい、ご褒美」

 

「え?」

 

 封筒を取り出してなのはちゃんに手渡す。驚いた様子のなのはちゃんの視線が俺と封筒を行き来していたので「開けてみて」と促した。

 

 なのはちゃんは封筒を開けて中を覗き込み、気になったらしい恭也も彼女の後ろに回る。

 

「……えっ!?」

 

 そこに入っていたのは一枚のチケット。まだ正式な応募期間も始まっていない上にデザインすら定まっていない仮のものではあるが――。

 

 

 

 ――それは『123プロ感謝祭ライブ』のチケットだった。

 

 

 

「こ、これ……!」

 

「しーっ」

 

 口元で人差し指を立てると、なのはちゃんは慌てて自分の口を両手で抑えた。

 

「……い、いいんですか……!?」

 

「うん。でも、まだ他の人には内緒ね?」

 

「……あ、ありがとうございます!」

 

 最初は戸惑った様子のなのはちゃんだったが、パァッと明るい笑顔を向けてくれた。

 

「二枚入ってるから、誰か保護者の人と同伴してもらってね」

 

「はい! それじゃあ……」

 

「はいはいはーい! 私! 私! 私が一緒に行きます!」

 

「にゃあっ!?」

 

 なのはちゃんが驚き飛び跳ねるぐらい、彼女の背後から突然美由希ちゃんが現れた。どうやら俺たちの話を聞いていたようだ。

 

「恭ちゃん、いいよね!? ね!? ねっ!?」

 

「お前もやかましい」

 

 再び恭也の手によって振り下ろされる銀のトレイ。

 

 美由希ちゃんがここまで大興奮しているのを見るのは初めてのような気がする。

 

 

 

「……しかし、本当に良かったのか?」

 

 再びフロアの仕事に戻っていくなのはちゃんと美由希ちゃんを見送ってから、ボソッと恭也が尋ねてきた。

 

「あぁ……誰が何を言おうと、なのはちゃんは『周藤良太郎』というアイドルの原点(オリジン)だ」

 

 もし、あの日あの時あの場所でなのはちゃんが泣いていなかったら。そんなIFを考えたことがないわけじゃない。しかしそれは無意味な話で、少なくとも今の『周藤良太郎』がいるのは彼女のおかげなのだ。

 

 高町なのはの笑顔が、俺のスタート地点。

 

「だから周藤良太郎の一つの節目となるこの感謝祭ライブに、是非とも来てもらいたかったんだよ」

 

「……そうか」

 

 基本的にいつも仏頂面の恭也が、一瞬だけ微笑んだような気がした。

 

「そういえばチケットで聞きたいことがあったんだった」

 

「ん? 応募方法とかはまだ何にも決まってないから、答えられることは少ないと思うぞ」

 

「あぁ、大丈夫だ」

 

「ちなみに月村からチケットを無心された場合、今回は例外なく断るように」

 

「……了解した」

 

 ポチポチとガラケーを操作する恭也。どうやら本当に月村からチケットを融通するように頼まれていたらしい。

 

「申し訳ないが、今回は規模が規模だからな。俺たちアイドルに分配された身内チケットは各々二枚で打ち切りだ」

 

 つまり俺がなのはちゃんにあげた二枚が身内用のチケットだ。母さんや父さんは兄貴の分の身内チケットで招待するから、俺は第二の家族ともいえる高町家に融通したということだ。

 

「あとは関係各所に四枚ずつ配って……そうそう、茄子にも例外的に渡してある」

 

「鷹富士に、か?」

 

 予想外の名前が出たところで、恭也が首を傾げた。

 

「いやだってさ……アイツ、()()()()()()じゃん」

 

「……あぁ、そういうことか」

 

 鷹富士茄子の豪運について、もはや語る必要はないだろう。アイツが懸賞の賞金や商品まみれになっていないのはあくまでも自重しているからであって、出せば当たるのが鷹富士茄子という人間だ。

 

「念のため確認の電話したら『それは勿論私も参加したいですから……久しぶりに、本気を出そうと思います』……だってよ」

 

「それは当たるな」

 

「あぁ、200%当たる」

 

 それは一枚当選した上にシステムトラブルが発生してもう一枚当選するという意味である。アイツが本気を出したらそれぐらいやりかねないから困る。

 

「だからいっそのこと、関係者席に招待するから大人しくしておいてもらおうと思って」

 

「賢明な判断だな」

 

 恭也を持ってそう言わしめるほど、俺たちの高校での鷹富士茄子はそういう認識なのだ。

 

「しかし、あの基本的に無欲な鷹富士がそれほどまでに執着するとなると……チケットを巡る騒動も起こりそうじゃないか?」

 

「その点は既に解決済みだから心配するな。そのために『ファンクラブのアカウント一つにつき一枚のみ』っていう特殊な方法を取ってるんだから」

 

 それが『周藤良太郎』のライブにおいてチケットのトラブルを回避している秘訣である。

 

 最近のコンサートにおいてはチケットに当選者の名前を記載することで転売を防いでいるが、二席以上応募した場合の連番者の記名というものは当然ない。ゆえにその連番という一つの席を巡り、そこでも金銭トラブルなどが発生してしまう。

 

 一方で『周藤良太郎』のライブの場合、()()()()()()()()()()()()()()ので、このトラブルは一切発生しない。

 

 ではライブの参加者は全員一人での参加になるのかというと、そういうことでもない。実はウチのライブの場合、チケットの当選が確定した後に当選者同士で最大四人まで連番者として設定できる……という運営側の手間になりそうな作業を全て自動で行ってくれるシステムを()()()()()()()。これにより、一人一枚という制約を設けつつも仲間同士で連れだってライブに参加することが出来るのだ。

 

 ファンクラブの複数アカウントの所持という違反行為による抜け道もあるのだが……その辺りも兄貴がなんとかしたらしい。これだから天然チートは……。

 

「その点に関しては他力本願ではあるが……抜かりはないさ」

 

「そうか……そういえば」

 

 まだ何か気になることがあるらしい恭也が、拭き終わった最後のグラスを置いた。

 

「関係各所にチケットを配ったということは……勿論、朝比奈にも渡してあるんだよな?」

 

「え? りん? なんで?」

 

 予想外の名前が恭也の口から出てきて驚いた。いや、忘れがちではあるが一応大学の同級生だから勿論交友関係があってもおかしくないんだが。

 

「いや、深い理由はないんだがな」

 

「お前が全く理由のないことを聞くとは思えないんだが……」

 

 しかし恭也はシレッとした表情で目線を合わせないので、その真意は全く読めない。

 

 

 

「まぁ結論から言うと……チケット()渡してない」

 

「……チケット()?」

 

 

 

 

 

 

「……ふ、ふふ、ふふふふふ……」

 

「……ねぇ、りんはどうしたの?」

 

 竜宮小町の付き添いで向かったテレビ局にて、久しぶりに魔王エンジェルの三人と会ったのだが……何故か先ほどからずっとりんが怪しい笑みを浮かべていた。あそこまでいくと怪しいというか、もはや不気味だ。

 

「……あーあれね」

 

「律子のところにも、リョウからの連絡来たでしょ?」

 

 彼女のユニットメンバーである二人に尋ねてみると、麗華はうんざりした様子で首を振り、代わりにともみが答えてくれた。

 

「良太郎からってことは……ライブのチケットの話?」

 

 昨日、事務所のメンバー全員に『チケットが四枚だけ手に入った』ことを伝えてから起こってしまった騒動を思い出して、思わずうんざりとしてしまう。

 

 予想していた亜美真美は勿論のこと、いつもは控えめな千早や貴音ですらチケットを欲しがっていた。後日、シアター組のメンバーも合わせて抽選をすることになったのだが……その後で、事務所内の空気が悪くならないことを祈りたい……。

 

「つまり、良太郎からチケットを貰って浮かれてるってこと?」

 

「んー……半分正解、かな?」

 

「半分?」

 

 

 

「貰ったのは()()()()()()()()ってこと」

 

 

 




・310プロダクション
アイドルになったなのはちゃんが所属している事務所。
元ネタはリリカルなのはに登場する魔法世界『ミッドチルダ』

・フェイトちゃん
リリカルなのはの登場人物でメインキャラの一人。
よくよく考えたら嘘予告以外で名前出るの初めてじゃないかという魔法少女。

・魔法少女ものの映画
・きっと可愛らしいメルヘンな作品に違いない。
お、そうだな(目逸らし)

・『周藤良太郎』というアイドルの原点
『妹』であると同時に、良太郎にとっての全ての始まり。

・「アイツ、絶対に当てるじゃん」
鷹富士茄子、当選決定(白目)

・ファンクラブのアカウント一つにつき一枚のみ
・当選者同士で最大四人まで連番者として設定できる
・兄貴が開発した。
忘れがちですが、幸太郎もたいがいチートです。
※どうやら実在するシステムだったみたいです。知らなかった……。

・「チケットは渡してない」
・「貰ったのはチケットじゃないってこと」
……ということは、つまり……?



 今回も説明回的なサムシングでした。

 一部感想で懸念されていましたが、茄子はこういう扱いになりました。確かに彼女が外れた場合、宇宙の法則が乱れる可能性があるし……。

 そして久々の登場、魔王エンジェル。今までデレマス編でずっと出番がなかった彼女たちですが、今回は……?

 次回で、番外編の導入となるお話は終わる予定です。



『どうでもいい小話』

 先日迎えた志保の誕生日をお祝いするために、以前書けなかったフェス限お迎え記念を兼ねた記念短編をツイッターにて上げておりますので、よろしければどうぞ(定期宣伝)


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Episode04 その日、世界が震撼した。 4

まさかのっけから五話構成になるとは……。


 

 

 

 それはとある日のこと。私たち『魔王エンジェル』の三人は東豪寺の本社に集まっていた。

 

「……ねーねーともみ、アタシ変なとこないよね?」

 

「ないない。今日も可愛いよ」

 

 先ほどからそわそわと手鏡を覗き込みながら身だしなみを整えるりん。本社について早々に専属のスタイリストにメイクやら髪やら全て整えてもらってたというのに、それでもなお気になるらしい。

 

 そしてそんな彼女からの問いかけに雑誌を捲りながら答えるともみは、そちらを一瞥もしていない。全く興味を持っていないのは一目瞭然だった。

 

「それにしても、今日はどうしたんだろうね……麗華」

 

「私は『話があるから三人で時間を作って欲しい』としか聞いてないから、知らないわよ」

 

 それはつい先日、良太郎からかかって来た電話の内容だった。簡単な内容であればメッセージアプリでのやり取りで済ませる間柄である良太郎が、わざわざ電話で私たち三人とのアポを取って来たのだ。

 

「……今度は一体何をしでかすつもりなのかしら」

 

 しかし不思議なことに、いつもはこういうときに感じている()()()()が一切なかった。

 

「それはそれで、逆に嫌な予感がするのよね……」

 

「も、もしかして……あ、あたし、とか……? ……とか!?」

 

「アンタはいきなり何を言い出すのよ」

 

 何故かりんは顔を赤くしてキャーキャーと叫ぶ。一体どうしたのかとともみに視線を向けるが、彼女は「気にしなくていい」と首を横に振った。

 

「これでもアタシってば最初期からのヒロインだし! 第一話から登場してるし! 連載話数も三百が目前だし! そろそろそういう進展があってもおかしくないでしょ!?」

 

「でも出番は少ない……と」

 

「それは無理にシナリオに絡むわけにいかなかったからだから! 文章になってないところではちょくちょく連絡とって会ってたりしてたから!」

 

 などというよく分からない会話でともみと共にヒートアップするりん。

 

 そろそろうるさいので、少しぐらい大人しくしろと注意しようとして……コンコンとドアがノックされた。

 

『失礼します、麗華様。周藤様がお見えになられました』

 

 ドア越しに用件が伝えられたので「ありがとう」と下がらせる。

 

「ほら二人とも、あのバカが来たわ。仕方がないから会ってやるわよ」

 

「任せて麗華! アタシの準備はバッチリ出来てるよ!」

 

「寧ろあれだけ身だしなみを整えておいて準備できてなかったら置いてくわよ」

 

「ホント、五年経ってもこの二人は絶妙に噛み合ってないなぁ……」

 

「「ともみ?」」

 

「ただの独り言だから、気にしないで。ほら行くよ」

 

 りんと共にともみに背中を押されながら、レストルームを後にした。

 

 

 

「お、三人とも久しぶりー」

 

 応接室で待たせていた良太郎は、深くソファーに腰を掛けながらコーヒーを飲んでいた。他事務所だというのに全く気負うことなくリラックスしているその姿を『能天気』と称することは出来ても『大物』と称する気にはなれなかった。

 

「やっほーりょーくん!」

 

「久しぶり、リョウ」

 

「ふん。さっさと用件を言いなさい」

 

 私たち三人も、良太郎の向かいのソファーに腰を下ろす。

 

「まぁ折角四人でこうして顔を合わせたんだからさ、もうちょっとゆっくりしようぜ」

 

「『時間を作って欲しい』って言ったくせに時間を取らせるとかいい度胸してるじゃない」

 

「……最近、学校はどうだ?」

 

「『娘との会話が少ない父親』ムーブを止めなさい」

 

「というか、一応わたしたちも同じ大学だってこと忘れてない?」

 

 話が進まないのも、割といつもの事だった。

 

「っと、そうだった。今日は一応ちゃんとした訪問だから手土産を持って来たんだった」

 

「だから話を……」

 

 ゴソゴソとソファーの傍らに置いてあった荷物を漁りだす良太郎。どうやらまだこの茶番は続くらしい。

 

「はいこれ」

 

「……なにこれ」

 

「さっきコンビニで買ったスマートフォンアプリ用のプリペイドカード三万円分」

 

「要するに課金(まほう)のカードじゃない!」

 

 リンゴのマークが書かれたカード三枚をベシッと良太郎に叩き返す。

 

「金額としてみれば三万円って全然安くないんだけどね」

 

「まぁ流石に冗談だ。これは俺が後でガチャを回す用に買ったやつだから」

 

「寧ろここに来る前にそれを買ってきたこと自体が腹立つわね……」

 

 こいつ本当にただ私たちを揶揄うためだけに来たんじゃないだろうか。

 

「……ところで、まほうのカードってどういうこと?」

 

「アンタは知らなくていいわ」

 

「?」

 

 そっち方面の知識に疎いりんが首を傾げていた。そうよね、一般人からしてみたら『課金=魔法』って意味分かんないわよね……。

 

「というわけでこっちが本命」

 

 荷物の中にカードをしまった良太郎が次に取り出したのは、何かの箱だった。大きさ的に、お菓子のような気もするが……。

 

 

 

「『123プロ人形焼き』だ」

 

「だからボケにボケを重ねるのはヤメろっつーのっ!」

 

 

 

「あ、いや、これはマジ」

 

「……え」

 

「わっ、ホントだ」

 

「わぁっ! これもしかしてりょーくん!?」

 

 良太郎が箱を開けると、中には九つの人形焼きが入っていた。よく見てみるとデフォルメされた良太郎他八人の123プロ所属のアイドルだ。

 

「新しいグッズとして、今度のライブの物販だけじゃなくてネット販売もする予定なんだよ」

 

 「これはその試供品」と良太郎は真ん中に入っていた自分の人形焼きを摘まみ上げた。

 

 そしてそれを差し出してきたので、やや抵抗があったものの受け取るために手のひらを出して……。

 

「……っ!」

 

「………………はい」

 

 良太郎は横でキラキラと目を輝かせていたりんの手のひらに置いた。

 

「ありがとーっ! ……わぁ、食べるのもったいないなぁ……」

 

 ブツブツと「保存……防腐剤……」やらなにやら呟いているりんは置いておいて、別のやつを貰うことにする。なんとなく手を伸ばして摘み上げたのは最近『Cait Sith』というユニットで活動している北沢志保の人形焼きだった。

 

 アイドルなのだから笑顔で作ればいいものを、北沢志保のそれは良太郎曰く『人に懐かない黒猫』らしい彼女らしくキツい目つきで憮然とした表情をしていた。

 

「それにしても()()()()()()()()()なんだね」

 

「……っ」

 

 北沢志保のユニットメンバーである一ノ瀬志希の人形焼きに頭から噛り付いたともみの一言にハッとなる。

 

「そう。気付いた?」

 

 気付いてもらえたことが嬉しいらしく、良太郎の声が弾んでいた。

 

 

 

「123プロの感謝祭ライブが決定したんだよ」

 

 

 

「「「っ……!?」」」

 

「だからこれはそのグッズ展開の一部。驚いてもらえたようで何よりだ」

 

 表情は変わらないが、悪戯が成功したことを喜ぶ子どものような目をしていた。

 

「そう……」

 

 あの『周藤良太郎』を中心として、人気アイドルたちが集結したアイドル事務所の感謝祭ライブ……その開催を聞かされた私は、ふぅと息を吐いて心を鎮めた。様々な感情が入り混じり、声が震えそうになるのを抑えるためだ。

 

「……公表は、まだしてないのよね?」

 

「明日の午後にするつもり。事務所関係者以外で一番最初に伝えたんだから、光栄に思ってくれ」

 

「ふん、余計なお世話よ」

 

 きっと明日は大変な騒ぎになることだろう。場合によっては『周藤良太郎』との親交を知られているメディアから私たちの方にも取材の電話やら何やらがくるかもしれない。後でその対応も指示しておこう。

 

「……す、すごい! ホントなんだよねりょーくん!? いつ!? いつ!?」

 

「おっと、りん、ステイステイ。落ち着きなさい」

 

 衝撃発言にフリーズしていたりんがようやく再起動し、良太郎との間に置かれている机に身を乗り出すようにして詰め寄った。その際当然前屈みになるので、落ち着けと言いつつも良太郎の視線はりんの胸元に固定されている。

 

「詳細の告知は順次発表。まだ日程ぐらいしか決まってないよ」

 

「そっかー……アタシ、絶対にチケット当てるから!」

 

 力強く意気込むりん。絶対と言い切っているものの、その倍率はおそらく『周藤良太郎』の単独ライブよりも跳ね上がることだろう。果たしてりんに当てられるかどうか。

 

「……残念だけど、場合によってはりんたちは観客席での観覧を遠慮してもらうかもしれないんだ」

 

「………………え」

 

 しかし良太郎が唐突に口にしたその言葉に、りんの表情がサァッと青くなった。

 

「……え、え……!? ア、アタシ、りょーくんになにかしちゃった……!? な、なにかわるいところがあるなら、なおすから……!」

 

「悪い、ゴメン、言葉が悪かった、落ち着いてくれ、ちゃんと説明する」

 

 ガタガタと震えるりんに、慌てて良太郎は手を振った。

 

「どういう意味なの、リョウ。わたしたちは観覧出来ないって」

 

()()()()、だよ。ライブ自体にはちゃんと招待する。……俺が今日ここに来たのは123プロダクションの代表としてなんだ」

 

 そう言うと、良太郎は居住まいを正した。

 

 

 

 

 

 

「1054プロダクション所属アイドルユニット『魔王エンジェル』の三人に、特別ゲストとして感謝祭ライブへの出演依頼を申し込みたい」

 

 

 

 

 

 

「「「………………」」」

 

 多分『絶句』という表現が、私たち三人を表現するのに一番適していた。

 

 私も、りんも、ともみも。言葉を発さずともその胸中は手に取るように分かった。二人とも、その言葉の衝撃に二の句が継げずにいるのだ。

 

 口の中の水分が一気に無くなったのは、きっと人形焼きのせいではない。それでも『魔王エンジェル』のリーダーとして私が受け応えなければならない。必死に唾をのみ込み、無理やり喉を潤す。

 

「……今まで一人で自分の世界に引きこもってたやつが、私たちに出演依頼出すなんて、いい趣味してるわね」

 

 普段通りの憎まれ口を吐いたつもりだが、出てきた言葉は完全になりそこないだった。

 

 しかし良太郎は気まずそうに「それを言われるのは痛いな……」と首筋を掻いた。

 

「……765や346みたいに、みんなでステージに立つのが俺の憧れだったんだ。だから感謝祭ライブでみんなと一緒のステージに立つことが決まって、嬉しかった」

 

 でも、と良太郎は伏せていた目を開いた。

 

「俺が一番、一緒のステージに立ちたいって思ったのは……お前たち三人なんだ」

 

「っ……!」

 

「『日本のトップアイドル』と称されながらも俺がここまで走ってこれたのは、()()()()()()()()()()()()からだ。周藤良太郎の最大のライバルは『三美姫』でも『福音』でも『女帝』でもない――」

 

 

 

 ――『魔王エンジェル』なんだよ。

 

 

 

「………………」

 

 俯き、唇を噛みしめる。そうしないと()()()()()だった。

 

 私は、良太郎(こいつ)が嫌いだ。私たちは必死にアイドルしてるっていうのに、いつも余裕綽々で、自分が一番だって自信満々で。今だって、日本のトップアイドルだって疑っていない。

 

 私は『周藤良太郎』を認めない。認めてなんかやらない。

 

 それは初めて会ったときから、今もずっと変わらない私の意地。

 

 だからこれは……この感情は――。

 

 

 

「……私たちを呼ぶ以上、覚悟しなさい。……観客全員、私たちの虜にしてやるんだから」

 

「……あぁ、望むところだ」

 

 

 

 ――()()なんかじゃ、絶対にない。

 

 

 




・五年経ってもこの二人は絶妙に噛み合ってない
りんは自分の恋心がバレていないと思っている(本人的には隠してるつもり)
当然バレバレなのでともみは気付いてる。
しかし麗華は何故かそれに気付いていない。

・スマートフォンアプリ用のプリペイドカード
作者はクレジットカード派なので、最近買ってない。

・『123プロ人形焼き』
123プロ銘菓(になる予定)

冬馬 北斗 翔太
恵美 良太郎 まゆ
志保 美優 志希

という配置で入っている。

・特別ゲスト
参加はするが、観覧はしない。

・――『魔王エンジェル』なんだよ
なのはが良太郎のオリジンだったように、彼女たちは常に良太郎がライバルとして意識していた存在だった。



 皆さん予想していたように、魔王エンジェルの三人は特別ゲスト枠として参加です。サプライズとして隠しておくという手もあったのですが、今回のコンセプトは『ステージの裏側』なので、この辺りを隠しておくと後々面倒なことになりそうだったので。

 予定だとここでプロローグ的なお話は終わるはずだったのですが……もうちょっとだけ続きます。


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Episode05 『しんでれら』へようこそ

前回、プロローグがもうちょっと続くと言ったな?

……あれは嘘だ(ウワアアアァァァ…


 

 

 

 果たしてどれだけの人物が覚えているのか分からないが、俺こと周藤良太郎は既に成人済みである。

 

 ゆえに飲酒が可能で、お酒の席に呼ばれることも増えた。しかし別段『お酒が好き』というわけではなく、前世からずっと『お酒を飲むことが好き』なので、ベロベロに酔っぱらうまで飲むことはない。しかもどうやら体質的にお酒に強いらしく、まだ一度も完全に酔ったことはなかった。

 

 ……という話を以前冬馬にしたら、返って来た言葉は「そりゃお前は常に酔っぱらってるようなもんだからな」という大変失礼なもので、思わずコブラツイストを極めてしまった。

 

 さて、冒頭からこんな話題を出すぐらいなのだから、お察しの通り、今回はお酒にまつわるお話……なのだが、これはどちらかというと()()()()()()()()なのではないだろうか……と思ってしまうのは、きっと仕方がないことだろう。

 

 はぁ……と嘆息しつつ、左隣を見る。

 

 

 

「……りょうたろうさん、なにしてるんですか? グラスがあいてますよ」

 

「あーはいはい、ごめんごめん」

 

 キッと目尻を上げてキツい視線を向けつつ、しかし赤らんだ頬と座った目から酔っていることがハッキリと見て取れる()()()()()。普段の彼女からは想像できない足を投げ出した座り方をしており、暑いからと言って美波ちゃん自らの手で太ももまでロングスカートがたくし上げられていた。

 

 そしてそんな自分の状況を意に介さず俺に対して日本酒を注ぐように要求してくる姿は、本当に普段の美波ちゃんからは考えられないような酔いどれ姿である。

 

 美波ちゃんのグラスに日本酒を注いでいると、右隣からクイクイと服の裾を引っ張られた。

 

 

 

「なによー……みなみちゃんにはついで、わたしにはつげないってのー!?」

 

「あーはいはい、そっちにもつぐから」

 

 こちらも同じくキツい視線と赤らんだ頬と座った目の()()()()()。彼女もパンツ姿とはいえ普段ならば絶対にしないであろう胡坐をかいており、上着を一枚脱いでブラウスのボタンを上から二つ外している状況。涼しげではあるが、見ていると体温が上がりそうなものがチラチラと視界に入ってくる。

 

 彼女もまた自分のグラスに日本酒を注ぐように要求してくる、完膚なきまでに酔いどれ姿である。

 

 そんな二人にお酌をしつつ、思わずため息が零れる。

 

 いや、美女二人に挟まれてお酒が飲めるんだから、文句を言ったらバチが当たることぐらい俺にだって分かる。両隣りで普段は真面目な女性がお酒に酔って少々乱れているのだから、傍から見れば大変役得な状況なのは一目瞭然である。

 

 ……ただなぁ……もうちょっとこう、色気というか……いや、着崩れてるから色気はあるんだけど……そうじゃなくて……。

 

「りょうたろうさん!」

 

「りょうたろう!」

 

「はいはい」

 

 

 

 さて。

 

(……どうしてこうなった)

 

 そろそろここまでの経緯を説明するための過去回想に入ることにしよう。

 

 

 

 

 

 

 世間に感謝祭ライブ開催の告知をしてから早くも一ヶ月が経った。当初の混乱は落ち着いたものの、未だに様々な人から「開催日時はいつなのか」「チケットの公募はいつなのか」というのを尋ねられている。

 

 勿論ある程度は考えているものの、流石に社外秘。「もうちょっと待っててくださいねー」とはぐらかすのもそろそろ面倒くさくなってきた今日この頃である。

 

 さて、以前の話し合いの中で話題に上がった新曲だが、既に完成しており俺たちの手元に届いていた。兄貴が言っていたように九人全員による全体曲であり、俺にとっては大人数で歌う初めての曲なのだが……そこに一つだけ問題があった。

 

 それは()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。

 

 ありがたいことに、俺を含め123プロダクションに所属するのは全員引く手数多(あまた)の大人気アイドルばかりだ。スケジュールは基本的に埋まっており、全員が揃う時間なんていうのは滅多にない。会議やミーティングをするぐらいならばまだしも、全員で曲の振り付けを合わせる時間は取れそうにない。

 

 曲と振り付けを完璧に仕上げることだけならば俺一人でも出来るし、他のみんなにも出来るだろう。しかしパート分けやフォーメーションなどはそうもいかない。

 

 ……昔、春香ちゃんたち765プロのみんながなっていた状況に、今更俺たちがなるとはなぁ……それだけ、俺たち123に事務所単位での活動がなかったということだ。

 

 いずれにせよ、ちゃんと全員揃って練習する時間はしっかりと確保しなければならない。

 

 

 

「だから合宿しようって俺は言ったのに」

 

「その時間すら捻出できないからこういうことになってるんだろーが」

 

 123プロのレッスン室。俺と冬馬はタオルで汗を拭いながらスポーツドリンクで喉を潤す。

 

 全員での練習は難しいので、こうして時間があるやつらだけが集まって練習をしている。まぁ今日は俺と冬馬での合わせる練習というか――。

 

 

 

「美優さん、大丈夫ですかー?」

 

「は、はい……なんとか……」

 

 

 

 ――どちらかというと、美優さんの練習である。

 

 美優さんは123プロのアイドルの中では最年長であるものの、アイドル歴的には志希よりも新人である。123プロにはいなかった大人の女性の魅力と予想以上の歌唱力であっという間に人気アイドルに名を連ねるにまで成長した彼女であるが、如何せん経験が足りていない。

 

 運動神経が悪いわけでもないのだが、残念ながら基礎トレーニングによる体力作りを重点に置いているウチのアイドルにしてはまだまだ体力不足だ。現に今も俺と冬馬がまだまだ体力的余裕を感じている一方で、美優さんは床にへたり込んでしまっている。

 

「まぁ、倒れ伏してないだけマシという見方もあるけど」

 

「……お前がレッスンを見ると、基本的に死屍累々とした状況になるからな」

 

「またまたそんな」

 

 だが思い返してみると、俺が他のアイドルとレッスンをするシーンでは大体そんな感じだった。具体的にはLesson27とかLesson96とかLesson203辺り。

 

(……しかし)

 

「はぁ……はぁ……んっ、はぁ……」

 

 床に女の子座りをして水を飲んでいる息の荒い美優さんがエロい。年齢的にはそれほど変わらないはずなのに、留美さんや早苗ねぇちゃんには何故かない大人の色気である。ムッツリな冬馬がチラチラと見るぐらいなのだから、間違っていないはずだ。

 

「っと、もうこんな時間か……」

 

 壁掛けの時計に視線を向けると、既に時刻は午後七時を回っていた。夕方の仕事を終えてからのレッスンだったため、それなりの時間になってしまった。

 

「美優さん、そろそろ上がりましょうか」

 

「は、はい……」

 

 美優さんに手を貸して立ち上がらせると、ガチャリとレッスン室のドアが開いた。

 

「お疲れー。……三人とも、上がりか?」

 

 そこから顔を覗かせたのは兄貴だった。

 

「あぁ」

 

「おっ、丁度良かった」

 

「何かあったんすか?」

 

 冬馬が尋ねると、兄貴はニヤリと笑った。

 

 

 

「今から飲みに行くぞ!」

 

 

 

「「「……はい?」」」

 

 

 

 

 

 

「たまにはこういうのもいいなって思ったんだよ」

 

「なるほどね」

 

 今日事務所にいたのは俺と冬馬と美優さん、そして兄貴と留美さんの123プロの成人メンバーが北斗さんを除いて揃っていた。なので要するに『仕事終わりに飲みに行こうぜ!』ということだ

 

「一応北斗君にも連絡したんだけど、向こうは向こうで現場のみんなと食事会があるらしくてな。『俺のことは気にせず、楽しんできてください』って」

 

 というわけで事務所を後にした俺たちは、タクシー二台に分乗して居酒屋へと向かっているのだった。車は事務所に置いてくることになったが……まぁ、明日はタクシーで移動すればいいか。

 

「で? どこに向かってるんだよ」

 

「最近たまたま見つけた居酒屋でな。個室もある落ち着いた雰囲気の隠れ家的な店なんだ」

 

「へぇ」

 

 それは芸能人(アイドル)の身としてはありがたい店である。帽子と眼鏡の認識阻害があるとはいえ、食事のときぐらいもう少し気楽な格好になりたいものだ。

 

 やがてタクシーは赤ちょうちんが表に出た一軒の居酒屋の前に停まった。

 

 

 

「へぇ……『しんでれら』ねぇ」

 

 

 

 赤ちょうちんと暖簾に書かれていたのは、おそらく店名だと思われる『しんでれら』と文字。その言葉で連想したのは童話ではなく、凛ちゃんたちシンデレラプロジェクトの方だった。

 

「なんというか、不思議な感じっすね」

 

「だろう? 居酒屋なのに『しんでれら』。なんというか、絶妙なミスマッチ感が気になって思わず入っちゃったんだよ」

 

 冬馬の感想に、タクシーの支払いを終えた兄貴が応える。

 

 俺たちが乗っていたタクシーから少しだけ遅れて美優さんと留美さんが乗ったタクシーも到着し、そちらも兄貴が支払う。なんでも今日は飲み代から帰りのタクシー代まで全て事務所の経費で出してくれるらしい。

 

「私、こういう居酒屋っていうところ、あまり入ったことなくて……」

 

「私もあまり多くはないですね」

 

 赤ちょうちんを見ながら美優さんは少しだけ腰が引けているような様子で、一方の留美さんはそう言いつつもいつもの凛とした余裕のある様子である。

 

「でも店内は意外と落ち着いた雰囲気だよ」

 

 という兄貴を先頭に暖簾をくぐる。

 

 数人の店員の「いらっしゃいませー」という声が聞こえてきた。チェーン店の居酒屋ならば威勢のいい兄ちゃんたちの大声だが、なんというかそれに比べれば品のある掛け声だった。

 

「何名様でしょうか?」

 

「五人です。個室空いてます?」

 

「はい、どうぞこちらへ」

 

「……ん?」

 

 店員さんの案内で店の奥へ案内される途中、カウンターに何やら見知った三人の後ろ姿を見付けてしまった。

 

 きっと彼女たちもプライベートでこの店に来ていることだろう。しかし個人的には意外すぎるその組み合わせに、思わず声をかけてしまった。

 

 

 

「……楓さんと瑞樹さんと……美波ちゃん?」

 

「「「え?」」」

 

 

 

 カウンター席で振り返った三人は、やはり見間違いではなく346プロの楓さんと瑞樹さんと美波ちゃんだった。

 

「りょ、良太郎さん?」

 

「あら、久しぶりね、良太郎君」

 

「お久しぶりです、良太郎君」

 

「はい、お久しぶりです、瑞樹さん、楓さん」

 

 テレビ局で何回かすれ違うことはあれど、瑞樹さんと一緒に仕事をしたのは結局マッスルキャッスルの一件だけなので本当に久しぶりである。そして楓さんは……確か歌番組で一緒になったっけ?

 

「美波ちゃんも久しぶりだね」

 

「は、はい! お久しぶりです!」

 

「あーあー、いいからいいから」

 

 そしてシンデレラプロジェクトで何度も顔を合わせた美波ちゃん。真面目な彼女はガタッと立ち上がってまでしっかりと頭を下げようとしたので、手で制してそれを留める。

 

「お互いにプライベートなんだから、そういうの無しでいこう」

 

「は、はい」

 

 さて、後ろの兄貴たちは多分美波ちゃんたちとは初対面になるだろうから、ちゃんと紹介した方がいいよな。

 

 というわけで楓さんと瑞樹さんと美波ちゃんの紹介および、彼女たち三人に兄貴たちの紹介をしようとしたそのとき、再び店の入り口が開いた。

 

「いらっしゃいませー!」

 

「すみませーん、四人なんですけど……え?」

 

「えっ」

 

 

 

 店に入って来たのは、赤羽根さん・小鳥さん・りっちゃん・高木社長の765プロの裏方メンバーだった。

 

 

 

 ……落ち着いた雰囲気の店内だっていうのに、なんだかカオスなことになってきたぞ……。

 

 

 




・酔いどれミナミィ&りっちゃん
明記しませんが、既に二人とも成人済みの時系列です。

・全員で練習する時間がまるで作れない
その作れなさは、765プロ以上である。全員トップアイドルすぎる……。

・俺が他のアイドルとレッスンをするシーン
ただしレッスンシーンが存在するものに限る。
※漏れがあったら教えてください(他力本願)

・居酒屋『しんでれら』
漫画『After20』の主な舞台となっている居酒屋。
声無し大人組もバンバン登場してくれる素晴らしい漫画です(ダイマ)



 「……これやっぱりプロローグ続ける必要ないな!」と唐突に思い立ったので、予定を変更して次のお話になりました。まさか酒飲み回で、まさかの人物の組み合わせです。果たしてどんな絡みが繰り広げられるやら……。


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Episode06 『しんでれら』へようこそ 2

宴はまだまだ始まったばかり……。


 

 

 

 カラーン……

 

 

 

「なん……ですって……!?」

 

 

 

 ドリアを食べていたスプーンが、驚愕の表情を浮かべるまゆの手から滑り落ちた。

 

「め、恵美ちゃん? もう一度言ってもらってもいいかしらぁ……? その、今度は聞き逃さないようにゆっくりと」

 

「そんな重要なことを言ったつもりないんだけど……」

 

 でもまぁ、まゆにとってリョータローさんに関する事柄は全部重要か。

 

「さっき留美さんがメッセージで教えてくれたんだけど、今日は北斗さん以外の大人組でお酒を飲みに行くんだってー」

 

 

 

 カラーン……

 

 

 

「え、なに、今度は何が落ちた音? 今まゆ何も持ってなかったよね?」

 

「『自重』とかじゃないですかね」

 

 髪をかき上げてパスタを口に運びながら事も無げに答える志保。まゆならそれでもおかしくないけど、流石に物理的な音はしないと思うな……。

 

「な、なんというか……相変わらずままゆに対して辛辣ー……」

 

「そうですか?」

 

 そんなアタシたちにとってはいつものやり取りに未央は苦笑いだ。

 

「なんだか、ちょっと怖いときの凛ちゃんに似てる気がします……」

 

「……ちょっと卯月、それどういう意味かな?」

 

「ひゃっ……!?」

 

 卯月が凛に問い詰められてアワアワしている。

 

「それって要するに、二人とも良太郎さんに似てるってことなんじゃないの?」

 

「「あぁんっ!?」」

 

「ひぃ!? 二人とも、それ女の子が出していい声じゃないよ!? ス、スマイルスマーイル!」

 

 ……危ない危ない、未央が言わなかったらアタシが言ってたよ……。

 

 

 

 さて、というわけで今日は少々珍しく、アタシとまゆと志保のいつもの三人に加え、未央たちニュージェネの三人でファミレスへと夕飯を食べに来た。本当は志希もいたのだが、いつも通りふらふらーっといなくなってしまった。ただ先ほど美嘉から『志希を捕獲した』という旨のメッセージが届いたので、問題はないだろう。

 

「そ、それで、良太郎さんたちがお酒を飲みに行ったって話だったよね?」

 

 まゆの大げさなリアクションで大分逸れてしまっていた話を、凛と志保の二人がかりでもみくちゃにされていた未央が戻す。

 

「ままゆはどうしてそれでショックを受けてるのさ。別に良太郎さんが食事に行くことぐらい、今までにもあったんじゃないの?」

 

「……それは、そうなんですけどぉ……」

 

 まゆの咥えたストローから息が吹き込まれ、彼女のウーロン茶がぶくぶくと泡立つ。

 

「ほら、私たちはまだお酒飲めないじゃないですかぁ……? だから……良太郎さんたちは大人で、私たちはまだ子どもで……それが少しだけ、寂しいんです……」

 

「……んー! ままゆ可愛いー!」

 

「きゃあっ!?」

 

 拗ねるまゆがツボに入ったらしく、今度は未央がまゆをもみくちゃにし始めた。

 

「でもそっかー確かにねー……アタシもまゆもお酒を飲めるようになるまで、あと「み、未央ちゃんそこは!?」「よいではないか、よいではないかー」年だもんねぇ」

 

「そっか、恵美たちはそうなるのか……私はまだ「お待たせしましたーチーズリゾットです」「あっ、ありがとうございます」年あるから……」

 

 凛と二人、お互いにまだまだお酒は飲めないね、と苦笑する。

 

「………………」

 

「ん? 志保、どうかしたの?」

 

「いえ……時系列を誤魔化す手段が、あまりにも古典的だったもので……」

 

「「?」」

 

「そういえば、みなみんも今日お酒飲みに行くって言ってたよ」

 

「美波も?」

 

 凛が聞き返すと、未央は「うん」と頷いた。

 

 確か美波というと……三人と同じシンデレラプロジェクトに所属している新田美波ちゃんだっけ。あの子も成人済だったのか。

 

「………………」

 

 それを聞いた途端、まゆが何やら思案顔になった。

 

「まゆ、どーしたの?」

 

「……ねぇ、凛ちゃん……その美波ちゃんって、確か『良太郎さんのことを嫌ってたんだけどだんだん(ほだ)されていって最終的にはデレたタイプ』のツンデレですよねぇ?」

 

「……う、うん」

 

 まゆに対して美波ちゃんの偏った知識を吹き込んだのは一体誰なんだろうか……いやまぁ、下手人は多分まゆの隣で口笛を吹いてるパーカー娘なんだろうけど。

 

 

 

「……これは間違いなく、お酒を飲みに行った先で出くわしてます!」

 

 

 

「まゆさん、店内ではお静かに」

 

「あ、ごめんなさい」

 

 志保に静かに怒られ、立ち上がったまゆはそのまま腰を下ろす。基本的にいい子ちゃんの彼女は、怒られたことでシュンと落ち込んでいた。

 

「……えっと、それで? どうしてそういう結論に至ったの?」

 

「……多分ここにいる皆さんならご存じでしょうけど、良太郎さんは『アイドルを惹き付ける体質』です」

 

 ちょっとだけ可哀そうになったのでアタシが話の先を促すと、まゆは少しだけ涙目のまま言葉を続けた。可愛い。

 

「『アイドルを惹き付ける体質』ですか……?」

 

「心当たりはあるんじゃないですか?」

 

「……うん、すっごいある」

 

 卯月は首を傾げているが、凛は神妙な表情で頷いていた。

 

 確かにそれはリョータローさん本人が常々言っていることでもあるし、アタシにもいくつか心当たりがあることだった。アイドルと知り合いになったり、知り合いがアイドルになったり。街を歩けばアイドルに出くわすし、そもそもアタシも街中で出会ったリョータローさんにスカウトされてアイドルになった。

 

「そんな良太郎さんがお酒を飲みに行くって言ったタイミングで、その良太郎さんと露骨にフラグが立ってそうなアイドルがお酒を飲みに行ってるんですよぉ……? そんなの、お店でバッタリ遭遇するパターンに決まってるじゃないですかぁ!」

 

「あ、ありうる……」

 

 いやまぁ、ありえそうではあるんだけど……。

 

「それはそれでいつも通りなんだから、別に今更とやかく言うようなことでもないんじゃない?」

 

 そもそも。

 

 

 

 ――良太郎はフラグを立てるのは得意だが、回収するのが致命的に下手くそ。

 

 

 

「って、社長が言ってたような気もするけど」

 

「「……それもそうだね!」」

 

 あっさりと二人して納得してしまった。アタシが言い出したことではあるんだけど、自分を慕ってくれる女の子二人から微妙に不名誉な納得のされ方をされてしまったリョータローさんに同情を禁じ得ない。

 

「よしっ! 私たち未成年組は、飲み会じゃなくてカラオケにでも行きますか!」

 

「おっ! いーじゃん! 行こ行こー!」

 

 未央からの提案に、もろ手を挙げて賛同する。

 

「い、今からですか!? あんまり遅くなるのは……」

 

「そこまで長引かせないからヘーキだよ、卯月! ね? 志保とまゆも!」

 

「……仕方ありませんね」

 

「ご一緒しまぁす」

 

「しぶりんは、強制参加だから!」

 

「何それ……まぁ、いいけど」

 

 というわけで、ここで食事を終えたら六人でカラオケに行くことが決定した。大人組がお酒を飲みながら楽しんでいるというのであれば、アタシたちもそれ以上に楽しむことにしよう!

 

 

 

「よぉし! どうせなら事務所対抗歌合戦でもしようか!」

 

「おっ、面白そう! 何か罰ゲームとか賞品とか用意する?」

 

「……か、感謝祭ライブのチケットとかはー……?」

 

「ダメでぇす♡」

 

 

 

 

 

 

「……え、俺が乾杯の音頭するの?」

 

「このメンバーの中で全員が知ってるのはお前だけなんだから」

 

「頼んだよ、良太郎君」

 

 兄貴と高木さんのダブル社長から頼まれてしまっては断れない。

 

「ったく……えーっと、宴もたけなわですが」

 

「始まってすらいねぇよ」

 

 とりあえずお約束は済ませておいてっと。

 

「なんだか成り行きでこんなことになっちゃいまして……最初にいた三人は本当に申し訳ない」

 

 楓さんと瑞樹さんと美波ちゃんに謝罪すると、彼女たちは「大丈夫です」とヒラヒラと手を振ってくれた。

 

「お店の方のご厚意で急遽貸し切りということにさせていただきましたが、皆さん騒がずに節度を持って大人らしく落ち着いてお酒を飲みましょう」

 

「「「お前が言うな!」」」

 

「はい、兄貴と冬馬とりっちゃんは乾杯の音頭が終わるまでちゃんと静かにしててくださいねー」

 

 やかましい外野を黙らせてから、コホンと咳払いを一つ。

 

「長々と挨拶するつもりはないし、あんまり長引かせると料理も冷めちゃうので……それじゃあ、乾杯!」

 

『乾杯!』

 

 

 

 そんなわけで、本当に何の因果かは分からないが三つのアイドル事務所の人間が揃い踏みしてしまった上に『どうせなら一緒に飲もう』と楓さんと高木さんが言い出したことにより、まさかの『123・346・765合同飲み会』となってしまった。全部足すと1234だな。……え、何この偶然。

 

 しかも半数がアイドルだということでお店の人が特別に貸し切りにしてくれるという素晴らしい配慮まで。勿論それ相応の代金は支払うが、これは今後も贔屓にすること確実な素晴らしい対応のお店である。

 

 そして本当は個室に入ってひっそりと飲む予定だったのだが、貸し切りになったことで堂々と飲むことが出来るようになった。今世では成人したときには既にアイドルで人目を気にしなければいけなかったので、こういう()()()は前世ぶりである。

 

「へぇ、元々は楓さんが見つけたお気に入りのお店だったんですか」

 

「はい。そこにたまたま瑞樹さんが来るようになって」

 

「私も色んな人におススメしてて、346プロの中じゃそれなりに有名なのよ?」

 

 「乾杯」と楓さんや瑞樹さんと軽くグラスを合わせる。

 

「それにしても、まさか美波ちゃんがこういうところにいるのが意外だったなぁ」

 

「そ、そうですか?」

 

 美波ちゃんとも乾杯しつつ、話しやすいように彼女の横に腰を下ろす。一瞬だけビクッとした彼女だったが、別に距離を離されるようなことはなかったので少しだけホッとする。

 

「美波ちゃんは居酒屋で日本酒よりも、バーでカクテルっていうイメージ」

 

 こうアダルティーな感じで……と言うと、美波ちゃんはクスクスと笑った。

 

「それ、似たようなことをみんなから言われるんです。でも私、そもそもお酒にそんなに強くなくて……それで、楓さんと瑞樹さんにここへ連れてきてもらって練習してるんです」

 

「練習ねぇ」

 

 なんでも二十歳を過ぎてからお酒に誘われる機会が多いため、そういうお酒の席で失敗しないように……ということらしい。相変わらず真面目な子である。

 

「まぁ、美波ちゃんを誘いたい気持ちはよーく分かる。清楚な子がほんのりとお酒に酔ってる姿とか見てるだけで癒される」

 

 むしろお金を払うから見てみたい、まである。

 

「そ、そんなことないですよ……!」

 

 照れたようにパタパタと手を振った後で、自身のグラスの日本酒に口をつける美波ちゃんの姿が色っぽく、それだけで十分お酒の肴になるのだが……。

 

「………………」

 

 その向こうで、まるで「知らないっていいわねぇ……」とでも言うような遠い目をした瑞樹さんが気になった。

 

 

 




・123三人娘withニュージェネ
何気に初の絡みである。

・時系列を誤魔化す手段
ただ年齢を言ったところで、完璧な時系列を割り出す人は早々いないだろう。
正直に言うと、作者でも無r(ry

・『良太郎さんのことを嫌ってたんだけどだんだんされていって最終的にはデレたタイプ』
まるでラブコメの正ヒロインのようだ(直喩)

・『アイドルを惹き付ける体質』
そもそもアイドルが多すぎるだけという説も。

・回収するのが致命的に下手くそ
最終的に自分でへし折るのが良太郎スタイル。

・宴もたけなわ
改めて「たけなわ」を調べてみたら「一番盛り上がってるとき」のことを指すらしい。
へぇ~。

・全部足すと1234
すげぇ偶然……(ガチ驚き)

・「知らないっていいわねぇ……」
※良太郎が回収するのが得意な方のフラグです。



 ついに飲み会が始まってしまった。大丈夫大丈夫、みんな大人だからそうそう酷いことにはならないよ(ニッコリ)


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Episode07 『しんでれら』へようこそ 3

合言葉は『良太郎ざまぁ』


 

 

 

「お代わり」

 

「アッ、ハイ」

 

 完全に目が据わった美波ちゃんのグラスに日本酒を注ぐ。ほんのりと赤く染まった肌がとても色っぽく見えるのだが、今はそれを目の保養と言って楽しむ余裕を持ち合わせていなかった。

 

 

 

 さて、いきなり場面が飛んだので『あれ? もしかして一話抜けた?』と前ページに戻ろうとしている諸兄が画面の前にいるだろうが、これは間違いなくEpisode07だから安心してほしい。

 

 うん、ご覧の通り、あっという間に美波ちゃんが()()()()()()しまったのだ。

 

(もしかして練習って……)

 

 どうやら美波ちゃんの言っていた練習というのは、お酒の付き合い方という意味ではなく『酔わないペースでお酒を飲む』練習だったようだ。

 

 これじゃあ練習の成果が出てないじゃないか! と言いたくなったが、どう考えてもお酌をしてくれる美波ちゃんに俺が返杯をしてしまったのが原因である。こういう事態を防ぐために、瑞樹さんたちと練習をしていたんじゃないのか……。

 

(まぁ、紛いなりにも()()()()()()()から勧められたお酒なんだからもうちょっとぐらい……って思っちゃったんでしょうね)

 

 先ほどの遠い目ではなく、なにやら「若いっていいわねー」と言わんばかりの生暖かい目でこちらを見てくる瑞樹さん。そんな目で見る前に、美波ちゃんのお酒の練習を見てあげている人間としてセーブして欲しかった……というのは、流石に責任転嫁だろうか。

 

 ともあれ、流石にこれ以上美波ちゃんに飲ませるわけにはいかない。彼女の意識がおつまみに気を取られている内に、素早く彼女のグラスをお冷のそれと入れ替える。

 

「うふふっ、りょうたろうさん、あーんしてあげましょーか?」

 

「遠慮しとくよー」

 

 ニマニマと普段の美波ちゃんからは考えられないような笑みを浮かべながら、こちらに向かって玉子焼きを掴んだ箸を向けてきた。これで彼女が素面の状態ならば喜んで口にしていたのだが、今は少々躊躇われる。

 

 とはいえ、彼女のグラスはお冷やに取り替えてあるので、これ以上悪化することはないだろう。

 

 やれやれと自分のグラスに口を付ける。

 

「……あれ」

 

 おかしい。この日本酒、まるで水のように味がない。

 

「うふふふっ……りょうたろうさんも、意外と隙があるんですね」

 

 そう笑いつつ、コクコクと美味しそうにグラスの中身を傾ける美波ちゃん。

 

 ……え、まさか今の一瞬で俺のグラスと入れ換えられた!? そうだよこの子、基本的なスペックは高いんだった! こんなところで発揮しなくてもいいでしょ!

 

「あ、ちゃんと口を付けたところは拭いてあるので安心してくださいね」

 

「うわぁい美波ちゃんがアイドルとして徹底しててお兄さん嬉しいなぁ!」

 

 今欲しいのはそっちの配慮じゃないんだよ!

 

 というか、これは本格的にマズい。美波ちゃんが完全に酔っ払っているのこともそうなのだが、これはこのまま俺がツッコミ役に回らないといけない展開だ。

 

 ……でも、そうだよな。いつもは俺がみんなに迷惑をかけちゃってるし、今回ぐらいはこういう役割に甘んじて――。

 

 

 

 ――なんて言うとでも思ったか!

 

 

 

 この周藤良太郎、その程度で自分のアイデンティティを投げ出すような男ではない! 志希どころか志保ちゃんにまで猫キャラという領分を荒らされて、最近は本気で危機感を覚えているみくちゃんとは違うのだよ、みくちゃんとは!

 

 

 

 

 

 

「にゃっきしっ! ……誰かがみくのことを噂してる……?」

 

「え、今の何? もしかして、クシャミ?」

 

「なんにゃ、なんか文句あるの?」

 

「いや、いくら猫キャラだからって『にゃっきし』はないでしょ『にゃっきし』は」

 

「別にそれぐらいいいでしょ!? キャラがブレブレの李衣菜ちゃんに言われたくないにゃ!」

 

「誰のキャラがブレて……くちっ」

 

「………………」

 

「あれ、私も噂されてるのかな?」

 

「……なんにゃそのロックの欠片もないような可愛いクシャミはあああぁぁぁ!? やっぱりキャラがブレブレにゃあああぁぁぁ!」

 

「はぁ!? なんでクシャミ一つでそこまで文句言われるのさ!?」

 

 

 

「あ、あの、夏樹ちゃん……あれ止めなくてもいいんですかね……?」

 

「ほっとけよ、菜々。あれはあいつらなりのコミュニケーションだって」

 

 

 

 

 

 

 とりあえずこのままだと美波ちゃんのペースに飲まれちゃうから、なんとか俺のペースに引き込んで……。

 

「日本酒とも~焼酎とも~ハイボールとも~わからなくて~! 空いたグラス、あなたの酌で、欲しがるの!」

 

 まさかの自分のデビュー曲『ヴィーナスシンドローム』のセルフ替歌を、スプーン片手に熱唱する美波ちゃんの姿がそこにあった。

 

 ダメだ、こんな愉快すぎる状態の美波ちゃんに勝てる気がしない。

 

 というか、そろそろこれは強制ストップをかけた方がいいだろう。後は瑞樹さんに任せて……あれ、瑞樹さんどこだ?

 

 

 

「あら、冬馬君はカルーアミルク?」

 

「うぐっ……すんません、その、あんまり日本酒とか飲まなくて……」

 

「それなら、飲みやすいのがありますよ? 私のオススメです」

 

 

 

 冬馬アアアァァァ!!?? 貴様、なにをお姉様二人と楽しく酒飲んでんだゴラアアアァァァ!!?? 楓さんにお酌されるとか、本気で羨ましいんだよおおおぉぉぉ!! チクショウ! テメェなんて感想欄で読者の人たちに呪われちまえばいいんだバアアアァァァカ!!

 

「なんでかえでさんたちを見てるんですか……りょうたろうさんは、私だけを見ててください」

 

 クイクイッと力なく美波ちゃんが俺の服の裾を引っ張ってくる。先ほどまでとは打って変わって弱々しい雰囲気の彼女に、冬馬への怒りで沸いた頭が一瞬で冷えていくのを感じて……。

 

「私……この、自家製ジャーマンポテトが食べたいです」

 

「店員さぁぁぁん! 自家製ジャーマンポテトお願いしまぁぁぁす!」

 

 そろそろギブアップしたい。

 

 

 

 

 

 

「くっくっくっ……良太郎があんなに翻弄されてるのを見るのは久しぶりだな」

 

 幸太郎さんがグラスを傾けながら楽しそうに笑う。良太郎君とよく似た顔のその笑顔に、きっと彼が笑うとこんな感じなんだろうなぁ……と思ってしまった。

 

「そろそろ助け舟を出してあげた方がいいんじゃ……」

 

「大丈夫ですよ、赤羽根さん。あれだけ酔った女性を相手に良太郎君も変なことはしないでしょうし、あれはあれでいいお灸です」

 

 少々不憫に感じたのだが、123プロ社長秘書兼プロデューサーの和久井さんはそう言い切った。どうやら彼女も良太郎君に苦労をかけされられている側の人間として、色々と思うところがあったようだ。

 

「それに、良太郎君もだいぶ諦めモードに入ったみたいですから……これ以上ひどくなることはないんじゃないですか……?」

 

 三船さんの言う通り、良太郎君は既に諦めた様子で甲斐甲斐しく新田さんの世話を焼いていた。

 

 トラブルメーカー……というか場を引っ掻き回すようなことが多い良太郎君だが、意外なことにその本質は春香たちのことを気にかけてくれたように()()()()()。そして普段のふざけたような態度も反応してくれる相手にしかしない辺り、意外なことに()()()()()()

 

 以上のことから考えると、今のお酒に酔った新田さんと一対一になっている今の状況ならば、良太郎君は普段あまり見せない『大人』の一面を見せてくれることだろう。

 

「まぁ、それだと面白くないんで、そろそろ次の燃料を投下するんですけどね」

 

「「「「幸太郎さん!?」」」」

 

「おっ、何をするつもりだね?」

 

 ニヤリと悪い笑顔を浮かべた幸太郎さん。楽しそうにしている社長を除き、そのテーブルについていた全員が『一体何をするつもりなのか』と不安になる。

 

「……律子ちゃん、良太郎が呼んでるよ」

 

「……ふぇ?」

 

 幸太郎さんの言葉に顔を上げた律子。実は律子もお酒に強くなく、先ほどから既にフラフラの状態になっている。

 

「りょうたろうがですかー?」

 

「うん。ホラ、今は新田さんと二人きりでお酒飲んでるみたいだから、変なことしないように見張ってないと」

 

「……わかりましたー」

 

 幸太郎さんにそそのかされ、ヨロヨロと立ち上がって良太郎君と新田さんのテーブルへと向かっていった律子。そんないともたやすく行われるえげつない行為に戦慄してしまう。

 

「さてと……今度はどうなるかなぁ」

 

 そんな様子を眺めて一人楽しそうな幸太郎さんの姿を見て、その場にいた全員が思った。

 

 『あぁ、この人、やっぱり周藤良太郎の兄なんだなぁ』……と。

 

 

 

 

 

 

「コラりょうたろう!」

 

 我ながら柄にもなく甲斐甲斐しく酔っぱらい(美波ちゃん)のお世話をしていると、そんな頼もしい声が聞こえてきた。

 

 キタ! りっちゃんキタ! メイン抑止力キタ! これで勝つる!

 

 ……って、あれ? なんか微妙にりっちゃんの呂律が回っていなかったような……。

 

「なぁにみなみちゃんにばっかりお酌してるのよ……わたしのグラスはどうしたぁ!?」

 

 イヤアアアァァァ!? この子も酔ってるうううぅぅぅ!?

 

 ドッカと勢いよく俺の隣に腰を下ろすりっちゃん。普段ならばいい匂いがしそうなぐらい近いのだが生憎アルコールの匂いしかせず、そして心臓は別の意味でドキドキと早鐘を打っていた。

 

 というかりっちゃん、さっきまで兄貴たちのテーブルで飲んでたはずでは……? という疑問に視線をそちらに向けると、そこには満面の笑みでこちらに向かって手を振る兄貴の姿が。

 

(お前の差し金かあああぁぁぁ!)

 

 あの野郎……そっちがその気ならこっちにだって考えがある。とりあえず早苗ねーちゃんをこっちに呼び出して……。

 

「ちょっとりょうたろうさん、なにスマホなんて取り出してるんですか。今はそういうのなしです」

 

 しかし俺のスマホは美波ちゃんの手によって取り上げられてしまった。いかん、俺も色々と混乱してて隙がいつも以上に大きくなっている……。

 

「………………」

 

 そして取り上げた俺のスマホに視線を落としつつ、何やら考え込む美波ちゃん。

 

「……えいっ」

 

 そんな可愛らしいかけ声と共に俺の腕に抱き着いてきて――。

 

 パシャリ

 

 ――驚き硬直している間に、美波ちゃんは俺のスマホを使って自撮りをしていた。

 

 チラッと見えた画面には俺の腕に抱き着き満面の笑みを浮かべる美波ちゃんと、咄嗟の出来事にも関わらず同じく満面の笑みを浮かべてピースをするりっちゃん、そんな二人に挟まれて相変わらず無表情の俺が写っていた。

 

「えっと……そーしん」

 

「ちょっと美波ちゃん!?」

 

 送信って言った!? 今送信って言ったよね!?

 

「だいじょうぶですよーSNSにあげたとか、そういうのじゃないですから」

 

「そういう問題じゃなくてだね……!?」

 

 一体どこに送信したのかと履歴を見てみると、どうやらメッセージアプリを使って個人に送っただけのようである。

 

 しかしこれは場合によっては本当にシャレにならないことなので、本気で説教をしようと姿勢を正し――。

 

 

 

『朝比奈りん』

 

『星井美希』

 

『渋谷凛』

 

 

 

 ――送信先が視界に入ってしまったことで、思わず机に突っ伏してしまった。

 

 

 

 ……もうやだ、りょーたろーおうちかえる……。

 

 

 




・憧れのアイドルから勧められたお酒
自分も楓さんから勧められたお酒ならば意識がなくなるまで飲むと思う。

・――なんて言うとでも思ったか!
良太郎@反省しない

・ヴィーナスシンドローム 酔っぱらいVer
かの有名な『酔いかぜ』みたいな感じで考えてみた。

・冬馬アアアァァァ!!??
抜け駆け冬馬君にはあとで天罰を用意しておきます。

・自家製ジャーマンポテト
After20の一巻五杯目より。スパークリングワインと一緒にどうぞ。

・空気も読める。
しかし読んだ上で空気を読まないとか、こいつも訳わかんねぇな。

・「そろそろ次の燃料を投下するんですけどね」
(暗黒微笑)

・いともたやすく行われるえげつない行為
D4C



 珍しく良太郎がボコボコにされるの巻(愉悦)

 新鮮な反応をする良太郎は書いてて楽しかった(小並感)

 次回で酒飲み回は終わりの予定です。

 ……ん? バレンタイン? なんのこったよ(すっとぼけ)


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Episode08 『しんでれら』へようこそ 4

酔っぱらい回完結。


 

 

 

「あっ! りょーくんだ! なんだろー?」

 

(またリョウからのメッセージの受信音が新曲に変わってる)

 

「ちょっとりん、打ち合わせ中なんだから後にしてよ」

 

 

 

「美希ー、スマホ鳴ってるよー」

 

「今昨日良太郎さんが出た歌番組見返してるから後でー」

 

「その良太郎さんからみたいだけど」

 

「それを早く言うの!」

 

 

 

「ただいま。えっと、志保がオレンジジュースで未央がコーラだったね」

 

「ありがとうございます、凛さん」

 

「ありがとー! あっ、そうだしぶりん、メッセージ来てたよ」

 

「ありがと。誰だろ……」

 

 

 

「「「……あ?」」」

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、それにしても本当に美波ちゃんはセクシーだよねぇ」

 

「もう、りょうたろうさんったらー!」

 

「りっちゃんもまだまだアイドル出来たと思うんだけどなー」

 

「……ふんだ」

 

 かの有名なバスケの先生も『諦めたら? もうそろそろ試合終了だよ?』って言ってた気がするから、俺も諦めることにした。さっきからスマホの着信音がけたたましく鳴り響いているが、今は美女二人と仲良くお酒を飲むことに忙しいので後回しだ。

 

 

 

(……あの、幸太郎さん、良太郎君の目が据わってるように見えるんですけど)

 

(追い込まれすぎて自棄になったみたいだな)

 

(い、いいんですか……? あとが怖いような……)

 

(……まぁ、なんとかなるだろ)

 

((ダメだこの人、常識人枠のはずなのに根っこの部分が良太郎君と一緒だ……!?))

 

 

 

「でも、アーニャちゃんは私がそういうお仕事をするのがイヤみたいで……」

 

「そーなの?」

 

 脳内に「ミナミ~」と笑顔で駆け寄ってくるロシアンハーフ美少女の姿が浮かぶ。可愛い。

 

「はい……『ミナミはもっと清楚なんです! 水着のお仕事ばかりはおかしいです!』って」

 

 プンプンと怒るアーニャちゃんの真似をする美波ちゃん。可愛い。

 

「まぁ……そうだねぇ」

 

 シンデレラプロジェクト……厳密に言うとシンデレラプロジェクト()()()である美波ちゃんたちは最近だと武内さん主導での仕事は激減しているため、以前までとは少しだけ違う仕事が増えていたりする。

 

 ……ちなみにではあるがその武内さんは現在、シンデレラプロジェクト二期生を相手に頑張っているらしいのだが……なかなか一期生にも負けずとも劣らないアクの強いメンバーが集まってしまったらしい。その中の一人に会ったことがある比奈からの目撃証言によると「リアルなんJ民がいたっす」とのこと。どういうことだってばよ……。

 

 逸れてしまっていた話を戻そう。

 

 違う仕事が増えた彼女たちの中でも顕著なのが美波ちゃんだ。恐らく以前はラブライカとして清楚なイメージを前面に推したかった武内さんの意向により少なかったのであろう水着グラビアの仕事が、あからさまに増えていた。

 

 まぁ以前から年齢にそぐわぬ色気があると称されていた美波ちゃんなので、遅かれ早かれそういう仕事は増えるような気はしていたので別に不思議に思ったことはない。寧ろ男の目線的には大変ありがたくもろ手を挙げて歓迎する所存なのだが……どうやら彼女を慕う妹分であるアーニャちゃんにはそれがお気に召さなかったようだ。

 

「もしかして……私、色気ありませんか?」

 

「いや、寧ろ色気があるからアーニャちゃんは反対してるんじゃ……」

 

 グイッと身を寄せて下から覗き込みつつ、美波ちゃんが素面のときでは絶対に聞いてこないようなことを口にする。このお酒に酔って顔が赤らみ、ブラウスの上二つのボタンが外されて胸の谷間が覗いている美波ちゃん。この状態の彼女に色気がないと称してしまっては、色気というものの定義そのものが怪しくなってしまうだろう。

 

「……そーいえば、前々から思ってたことがあるんだけど」

 

 プハーッとカシスオレンジを飲み干したりっちゃんがタンッとグラスをテーブルに音を立てて置いた。

 

 

 

「アンタって性欲あるの?」

 

「ぶふっ」

 

 

 

 質問の内容も勿論のこと、りっちゃんの口から『性欲』という言葉が飛び出したことが衝撃的だった。

 

「おぉ……! 凄いですりつこさん! 五年間連載してきて一度も触れてこず全文検索をかけても一切ヒットしない『性欲』というキーワードに、鋭く切り込みました……!」

 

 何故か感心した様子の美波ちゃんがパチパチと手を叩いているが、日本酒が鼻に入った俺はそれどころじゃない。いや、どっちも無視できない事柄ではあるのだが。

 

「なんちゅーことを言い出すのさ、りっちゃん……」

 

「これでも割と気になってる人、多いのよ? アンタ散々大乳がどーだのこーだの言ってるくせに、全然手ぇ出す様子ないじゃない」

 

「手ぇ出したらアウトだから出してないんだけど」

 

「だからってシたくないわけじゃないんでしょ!?」

 

「今すぐその手をヤメロォ!」

 

 人差し指と中指の間に親指を通すりっちゃんの右手を掴んで隠す。

 

「ちょ、ちょっと……人前でいきなり手ぇ握んないでよ……」

 

「今更そんな乙女出されて誰がときめくか!」

 

 顔が真っ赤なのは照れじゃなくて酔いだって分かってるんだからな!

 

「でもそれは私も気になってます! かえでさんとみずきさんも『あれだけ周りに女の子がいるのに身を固めない良太郎君はヘタレ』って言ってましたよ!」

 

「ほほう」

 

 美波ちゃんからありがたい証言を得てそちらに視線を向けると、勢いよく首を背ける二人の姿が目に入った。いや、そういう周りから評価を受けていることは知っていたけど実際に言われると微妙に腹立つなコレ。

 

「ヘタレって言われたくないなら正直に答えなさい。アンタ、ちゃんと性的に興奮してるの?」

 

 もうツッコミを入れるのも億劫になるぐらいストレートな物言いだった。本当に酔いから醒めた後に記憶が残っていないことを祈りたい。

 

「どーなんですか?」

 

「流石にこの場にいる全員が聞き耳を立ててるこの状況でそれを聞くかぁ……」

 

 はぁ……とため息が出る。

 

「……そりゃまぁ、これでも健全な成人男性だからな。三大欲求ぐらいは人並にあるよ」

 

「もっと直接的な言葉をちょーだい」

 

「そんな濁した言葉じゃ騙されませんよ」

 

「本当にめんどくせぇなこの二人!」

 

 なんか『これが普段のお前だぞ』って言われたような気がするけど、流石の俺もここまでのセクハラ発言した覚えはない。

 

「さぁ早く言いなさい!」

 

「言わないと、先に私が言っちゃいますよ!」

 

「それ脅してるの!?」

 

 しかし何故か脅し文句として成り立ってしまう現状に疑問を抱かざるを得ない。

 

「あーはいはい、興奮してるよしてますよ」

 

「「おぉ~!」」

 

 感心したように目を輝かせるりっちゃんと美波ちゃんにイラッとした。

 

「はい、この話はこれで終わり。二人とも、そろそろお開きにしよう」

 

 割と時間もいい頃合いになってきた。みんな明日も仕事があるわけだし、これ以上の深酒は明日に支障が出てしまう。……いや、りっちゃんと美波ちゃんの場合は間違いなく出るだろうけど、色々な意味で。

 

「ちょっと、逃げる気?」

 

「まだまだこれからですよ~?」

 

「……しょうがない、この手だけは本当に使いたくなかったんだけど……」

 

 パキパキと拳を鳴らす。

 

「ちょ、ちょっと良太郎君!? 流石に暴力は……!?」

 

「安心してください、赤羽根さん。……ちょっとばかり()()()()()()()本気を出すだけなので」

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

「というわけで、りっちゃんと美波ちゃんをお願いします、赤羽根さん、瑞樹さん」

 

「お、おう」

 

「ま、任せておいて」

 

 完璧に()()()()()律子を俺が背負い、川島さんが新田さんに肩を貸す。

 

 ……いや、さっきのは本当に凄かったな……男の俺でも、聞いてて顔が赤くなるかと思った。川島さんを始めとした女性陣が全員顔を赤くしているところを見ると、真正面から()()()律子と新田さんは相当な破壊力だったのだと容易に想像できた。

 

「そ、それにしても少し安心したよ」

 

「何がですか?」

 

 他のみんながタクシーに乗り込んでいく中、女性陣が離れたことでこっそりと良太郎君に話しかける。普段と変わらない表情の良太郎君だが、お酒に酔って顔が赤くなっている様が少しだけ新鮮だった。

 

「ほら、良太郎君はなんというか……年齢の割には達観したところがあるからさ」

 

「『年齢の割には落ち着きがない』とも言われますが」

 

「いや、君ぐらいの年齢の男なんて普通はまだまだ子どもみたいなものだよ」

 

 大学で遊び呆けていた自分の過去を思い出して苦笑する。社長にプロデューサーとしてスカウトされていなければ、きっと今ほど充実した人生は送れていなかっただろう。

 

「だからそんな君がちゃんとそういうことに興味があるっていう当たり前のことを知れて、少しだけ親近感が沸いたというかさ……」

 

「……ほほう? つまり赤羽根さんもちゃんと事務所で無防備に寝ている美希ちゃんや駆け寄ってくるあずささんの胸元に興奮していると……?」

 

「助け舟を出さなかったことに関しては謝るから、勘弁してくれないか……」

 

 小鳥さんに聞かれたら後が怖い……。

 

「先ほども言いましたけど、俺も男ですから。……まぁ――」

 

 

 

 ――()()()()()()()()

 

 

 

「……え」

 

「あ、次のタクシー、お先にどうぞ」

 

 酔い潰れちゃった女の子優先です、とタクシーに乗るように促す良太郎君。

 

「……あ、あぁ……」

 

 聞き返すことが出来ず、先に小鳥さんが乗っているタクシーの後部座席に律子を乗せる。

 

「おやすみなさい。次は落ち着いた飲み会が出来るといいですね」

 

「……うん、おやすみ、良太郎君」

 

 

 

 

 

 

 さて、今回は後日談という名のオチを語ることにしよう。

 

 翌日、観念した俺は昨日の弁明をするためにりんと美希ちゃんと凛ちゃんと連絡を取ったのだが……放置していたせいで、例の写真を一緒に目撃してしまっていた他の子たちからも深く追及される始末。三人に加えて真美やまゆちゃん相手に釈明をすることとなり、全員に納得してもらうまで相当な時間を費やすこととなった。

 

「……その点に関して言えば俺の方が被害者なんだけど……」

 

「それじゃあ私たちの怒りは!」

 

「何処にぶつけたらいいんですかぁ!?」

 

「知らんがな」

 

 というかりっちゃんと美波ちゃん(この二人)、記憶が残ってるらしいのに昨日の今日でよく俺の楽屋まで来れるよなぁ……と感心してしまった。

 

「あああどうして昨日の私はあんなことをしちゃったのおおお……!」

 

「こ、こうなったら、良太郎を亡き者にした後で私も……」

 

「あーもー落ち着きなって」

 

 本格的に目がやばくなってきた二人を落ち着けるために、備え付けられているポットでお茶を淹れる。

 

「もうちょっと気楽に考えようよ。あれぐらいなら仲の良い友人とするレベルの話題だって」

 

 かなりのウザ絡みではあったが、仲が良ければ男女でもあれぐらいの話はするだろう。

 

「それとも、俺が周りに言いふらさないか心配?」

 

「……それは、別に……」

 

「……心配してるわけじゃないんですけど……」

 

「だったらこの話はこれで終わり。折角なんだから、もっと実りのある話をしようぜ」

 

 そう、例えば……。

 

 

 

「先日出た『色気』というキーワードについて、この過去に発売されたりっちゃんの水着写真集とつい先日発売されたばかりの美波ちゃんの水着写真集を眺めながらじっくりと……」

 

「わざわざオチを用意してくれてありがとうっ!」

「わざわざオチを用意してくれてありがとうございますっ!」

 

 

 

 

 

 

おまけ『りょうたろうくんのふくしゅう(一部抜粋)』

 

 

 

「ねぇ、コウ……この間の飲み会、留美ちゃんと美優ちゃんに挟まれて随分と楽しそうだったらしいじゃない……?」

 

 

 

「川島瑞樹さんと高垣楓さんにお酌されて鼻の下を伸ばしていたそうですねお相手がいたようでなによりですやはり今後は春香に近付かないでください」

 

 

 

「「……良太郎おおおぉぉぉ!!」」

 

 

 




・「「「……あ?」」」
(重低音)

・『諦めたら? もうそろそろ試合終了だよ?』
安西先生も諦めることを促すレベル。

・『ミナミはもっと清楚なんです!』
ボイスドラマ『MAGIC HOUR』参照。

・シンデレラプロジェクト二期生
・「リアルなんJ民がいたっす」
この世界ではあかりたち新アイドル組はCP二期生という設定。

・五年間連載してきて一度も触れてこず全文検索をかけても一切ヒットしない『性欲』というキーワード
作者的にも意外だった。

・嘘なんですけどね。
真面目なシーンでもぶっこまれるネタ。
奴の名は、四天王が一人『空のサクライ』……!

・おまけ『りょうたろうくんのふくしゅう(一部抜粋)』
幸太郎はともかく、冬馬は完全に八つ当たりだったりする。



 (なんか番外編のくせに重要そうなシーンが出てましたが、ある意味いつも通りなので深く気にする必要は)ないです。

 これにて酒飲み回は終了です。振り回される良太郎が新鮮で、書いてて楽しかったです。

 次回からは本格的に、123プロ感謝祭ライブのために動いていきます。


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Episode09 審判ノ刻、来タレリ

時間は飛んで、当落発表です。


 

 

 

「チケットを寄越せ……!」

 

 

 

 冒頭から新しい特殊タグ要素マシマシなドスの聞いた声で脅されているが、意外なことに相手は月村である。

 

「恭也、お前の彼女が暴走してるんだけど」

 

 普段の余裕のある姉御肌な一面は影を潜め、目が血走っていて完全に狩人のそれだった。いくら今日が感謝祭ライブチケットの当落発表の日だとはいえ、情緒不安定すぎやしないか。

 

「安心しろ、害はない」

 

 しかし恭也にしては珍しいやや突き放すような言動から見ると、それほど深刻な問題でもなさそうだった。

 

「何度も言ってるけど、俺の身内チケットはなのはちゃんと美由希ちゃんに上げちゃってるから、もう無理なんだって」

 

「あら、鷹富士さんにはあげたって話を聞いたわよ?」

 

「いや、あれは特別措置というか、不穏分子をあらかじめ手の届く範囲内に置いて管理しようという危険物的な処理であって、依怙贔屓とかそういう意味では……」

 

「本人が『いやぁ良太郎君からチケットを貰っちゃいましたよぉ……チラッチラッ』とか自慢してる以上、そんなの関係ないのよおおおぉぉぉ……!」

 

 どうやらこれが情緒不安定の理由らしい。茄子の奴、普段は物欲薄くて人に自慢するとかしない癖にこういうときに限って煽る辺り、本当にいい性格をしてやがる。

 

 久しぶりに月村邸でのお茶会に招かれたと思ったら、こういう意図もあったのかとこっそりため息を吐きながら紅茶を一口。

 

「あははっ! 忍がこんなことになるなんて珍しー!」

 

 そんな月村を見ながら、ケラケラと笑う金髪赤目の少女が一人。今日初めて月村から紹介された彼女の知り合いのお嬢様だという、黒埼(くろさき)ちとせちゃんである。

 

「いやー流石『周藤良太郎』だねぇ。人の心を惑わすのはお手の物って? 吸血鬼の私より、そーいう才能バッチリだね」

 

「へ? 吸血鬼?」

 

「そーそー。実は私、忍と一緒で吸血鬼の末裔なんだ」

 

 なんか知り合いを巻き込む形で蘭子ちゃん並の厨二設定を披露された。なるほど、彼女はこういうキャラか……。

 

「何を言っているのかしらちとせちゃんそんなわけないでしょ変なことを言うもんじゃないわよ」

 

「月村、手ぇ震えてるぞ」

 

 今の発言のどこに動揺する要素があったのだろうか。年下の女の子の冗談を笑って受け流す余裕すらないのかコイツは。

 

「それにしても、『周藤良太郎』が出演するライブかぁ……千夜ちゃんは興味あったりする?」

 

「あるはずありません」

 

 ちとせちゃんが背後に向かってそう尋ねると、側でずっと控えていた彼女の従者である黒髪紫目な白雪(しらゆき)千夜(ちよ)ちゃんはスッパリとそう断言した。

 

「大体なにがアイドルですか。他人のためにヘラヘラと笑顔を振りまく意味が分かりません」

 

「笑顔を振りまくとか、俺の場合は物理的に無理なんだけど」

 

 千夜ちゃんは千夜ちゃんで無表情なことが多いので少々親近感が湧いているが、彼女の場合は軽蔑とか侮蔑の表情を浮かべることが出来るので完全に上位互換である。

 

「そもそも――」

 

「えーでも私も『周藤良太郎』のライブ、参加してみたかったなー」

 

「――今すぐチケットを寄越しなさい」

 

「ちとせちゃん、お宅の従者さんの目が怖いんだけど」

 

「可愛いでしょ?」

 

「可愛いけども」

 

 ちとせちゃんの一言にすぐ様反応する辺り、この子従者云々以上にお嬢様のこと大好きすぎやしないだろうか。

 

 ニコニコと笑うちとせちゃんも可愛いなぁなどと思っていると、ちとせちゃんは「それにしてもアイドルかー」と言って足を組んだ。

 

「実は私も、アイドルにならないかーとか言われてるんだよねぇ」

 

 なんと、既にスカウト済みだった。

 

「なんかこう、熊みたいにおっきくて怖い顔の男の人から『……アイドルに、興味はありませんか?』って言葉少なに名刺を渡されて」

 

「心当たりがありすぎる」

 

 つい先日、シンデレラプロジェクト二期生のメンバーと対面したときにも思ったんだけど……少々武内さんは変化球に手を出しすぎではないだろうか。もしやそういう性癖?

 

「ちーちゃんも一緒にスカウトされたんだよねー?」

 

「お嬢様も『ちーちゃん』ですが」

 

 そして当然の如く、千夜ちゃんの方も同時スカウト済だった。

 

 ……しかし『笑顔』を信条としている武内さんがスカウトしたってところを考えると、やっぱり普段は仏頂面で「お嬢様のこと以外はどうでもいい」みたいな態度を取っている千夜ちゃんも笑えば可愛いのだろう。

 

「ねぇ千夜ちゃん、ちょっと笑ってみて?」

 

「は?」

 

 気の弱い人だったら思わず泣いて謝ってしまいそうになるぐらいの威圧が籠った「は?」だったが、残念ながらそーいうのには慣れっこの俺にダメージは無かった。

 

「流石、高校の頃に陰で『被虐趣味もないくせに無駄に打たれ強いバカ』と称されていただけのことはあるな」

 

「オイ誰だそれ言ってた奴」

 

 バカって言った奴の方がバカなんだぞバーカ!

 

「ふぅ……取り乱して悪かったわね、周藤君」

 

 紅茶を飲むことでようやく落ち着いたらしい月村が、いつもの調子を取り戻しながら謝罪してきた。

 

「こっちこそ悪いな。多分倍率はいつも通り『頭がおかしい』ことになってると思うが、頑張って自力で引き当ててくれ」

 

 一応ライブビューイングも全国で行う予定なので、もし現地参戦が叶わなかった場合はそちらに来てもらえるとありがたい。

 

 そしてこちらはまだ非公開情報になるのだが、感謝祭ライブの数ヶ月後には俺たちの舞台挨拶付の振り返り公演を予定していたりする。何せ一日しか行わない本当に特別な公演なので、少しでも多くの人に見てもらうための特別措置である。

 

「えぇ……そうよ、自分で当てれれば問題ないのよ。大丈夫、きっと私なら……」

 

「あっ、そうだ忍、ちょっと輸血パック分けてもらっていーい?」

 

「荳?菴謎ス輔r險?縺」縺ヲ繧九?縺九@繧峨■縺ィ縺帙■繧?s」

 

「おい、お前の彼女、今度は文字化けしたぞ」

 

「きっと出力をミスったんだろう」

 

 何か致命的な欠陥でも起きたのかと思ったが、恭也がシレッとしているところを見ると本当に問題はなさそうである。

 

 どうやら月村は吸血鬼ネタでいじられるのが苦手らしい……きっと昔、そういう系統のホラー映画でも見てトラウマにでもなったのだろう。

 

(……それにしても)

 

 月村でこのレベルだとすると……はてさて、俺のファンを公言してくれている他の子たちは今頃どうなっていることやら。

 

 

 

 

 

 

「ただいま戻りましたー……え」

 

「……えっと」

 

 千早ちゃんと二人での仕事を終えて事務所に戻ってくると、そこには異様な光景が広がっていた。

 

「えっと、律子さん、これは……」

 

「ほっときなさい」

 

 状況の説明を事務机で仕事をしていた律子さんに求めたのだが、そうキッパリと言い返されてしまった。横に座る小鳥さんも苦笑いだった。

 

「あの、律子? 流石に『事務所の真ん中で美希と真美が姿勢よく正座をしながら瞑目している』状況を放っておくのは難しいんだけど……」

 

 なんというか、二人の周りだけ空気が違った。どうしてアイドルの事務所で、こんな『寄らば切る』みたいな殺伐とした雰囲気になってしまっているのだろうか。

 

「……って、そっか」

 

 美希と真美に共通点を考えたところで、それに思い至った。というか、私自身今日を心待ちにしていたので忘れようにもなかった。

 

「二人は感謝祭ライブの当落発表の時間を待ってるんだね」

 

 かくいう私も、それを心待ちにしている一人だった。だから落ち着いた状況でそのときを待つつもりで、こうして千早ちゃんと共に一度事務所に戻って来たのだ。

 

「噂だと、今回は特に倍率が酷いことになるんじゃないかって言われてたわね」

 

 鞄を下ろしてソファーに座りながら、スマホを取り出す千早ちゃん。私も彼女の隣に腰を下ろして自分のスマホを取り出す。

 

「えっと……噂だと、200倍以上だっけ?」

 

 なにせドームツアーや二日以上の公演というわけではなく()()()()の感謝祭ライブ。いくらドームでのライブとはいえ、圧倒的に需要と供給が釣り合っていないのだ。

 

「いつも以上に多くの会場でライブビューイングをするとは言ってたけど……やっぱり現地に来たい人の方が多いだろうからなー」

 

「あ、響ちゃん。いたんだ」

 

「いたぞ」

 

 コトリと私と千早ちゃんの前にお茶を置いてくれた。どうやら私たちが帰って来たことに気付いて淹れてきてくれたようだ。一言「ありがとう」と言ってからありがたくいただく。

 

「今日はどこの現場に行ってもみーんなそわそわしてたぞ」

 

「それだけ感謝祭ライブを楽しみにしてた人が多いってことなんだろうね」

 

 響ちゃんの言うように、今日は一日そこら中でその話題ばかりを耳にしていた。数歩歩けば感謝祭ライブの当落の話題が耳に入るので、耳にタコが出来るを通り越してそれを聞くこと自体が当たり前のような状態になってしまっていた。

 

「まぁ、あぁやってチケットに命を懸けてる人も少なくないんだろうな」

 

「命って……」

 

 自分の分のお茶を啜りながら横目で美希と真美を見る響ちゃんに、思わず苦笑してしまう。

 

 

 

「さっき『現地に行けないぐらいなら切腹する』って言ってたぞ」

 

「やっぱり()()って見間違いじゃなかったんだね!?」

 

 

 

 彼女たちの目の前にスマホと一緒に置かれてある二本のカッターナイフがあまりにも怖すぎて思わず見なかったことにしていたが、まさか本当にそういう意味だったとは知りたくなかった。

 

「響ちゃんはなにノンキにお茶を飲んでるのさ!?」

 

「いや、だって二人とも『介錯はいらない』って言うから」

 

「誰もその心配とかしてないから!」

 

「春香、任せて。確か最期の食事として湯漬けを用意すればいいのよね?」

 

「やめて!? 千早ちゃんまで乗っかったらいよいよ収拾つかなくなる!」

 

 律子さんと小鳥さんが一切こちらに関わろうとしなかった意味が分かってしまったが、分かったところでどうにかなる話でもなかった。

 

 え、流石に違うよね!? ここまでフラグ立てたんだから、これは逆に美希も真美も当選する流れだよね!? 私、事務所で流血沙汰とか嫌だからね!?

 

 

 




・新しい特殊タグ
なんか他作者様の作品を読んでいていきなり文字が動き出してビックリしたから使いたくなった。

・黒埼ちとせ
・白雪千夜
『アイドルマスターシンデレラガールズ スターライトステージ』に登場するキャラ。
金髪赤目吸血鬼系お嬢様な19歳と、毒舌無表情系従者な17歳。二人ともキュート。
6thで情報公開された七人の新アイドルの内の二人で、最初からプロデューサーに鼓膜が実装されている状態で登場した。
ハーメルン最速登場を狙ってみたが、5日経ってるので流石に無理かな。

・吸血鬼
らしい。まさかのお嬢様キャラ以外で忍と共通点があるとは。

・舞台挨拶付の振り返り公演
諸事情により6thメラド両日の振り返りは見に行けなかった……。

・文字化け
文字化け変換サイトというところで変換してみた。
一応「一体何を言っているのかしらちとせちゃん」と言っている。

・「ここまでフラグ立てたんだから」
目逸らし。



 というわけで、ついにチケット当落発表の日を迎えました。

 そして登場人物たちの当落結果は既に決まっております。これはツイッター上にて、作者が診断メーカーで作った『123プロ感謝祭ライブ当落発表』という診断を用いて決めました。一般公開しておりますので、もしよかったら皆さんも試してみてください。

『#123プロ感謝祭ライブ当落発表』で検索!

 ……まぁ、結果はアレだったんですけどね(目逸らし)



『どうでもいい小話』

 デレステにて

 大 槻 唯 & 速 水 奏 同 時 限 定 ガ チ ャ 開 催

 なんとも恐ろしいガチャでしたが、なんとか無事に二人ともお迎えしました。

 あれですね、逆に二人とも担当だと天井に行くまでにもう片方が出るから効率がいいですよね(白目)


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Episode10 審判ノ刻、来タレリ 2

時系列無視だからと軽率に視点を増やしてみる。


 

 

 

「い、いよいよ今日だな……!」

 

「うん」

 

「な、なんか緊張してきたな……!」

 

「うん」

 

「……今日はポテト食べに行くのやめとくか?」

 

「うん」

 

「……ダメだコイツ、全然聞いてない……」

 

 うわの空で話を聞いていない加蓮に、奈緒が呆れた様子でため息を吐いた。

 

「レッスン中も全然集中出来てなかったし」

 

「うん」

 

「トレーナーさん怒ってたぞ」

 

「うん」

 

「ところでここに関係者チケットが」

 

○してでも うばいとる

 

「嘘に決まってるだろー!?」

 

 最近神様(さくしゃ)がはまっているフォント芸をこなしながら奈緒に飛び掛かる加蓮の姿を見つつ、私はシャツに袖を通す。

 

「あら、随分と賑やかね」

 

「奏」

 

 制服姿の奏が更衣室に入って来た。どうやら彼女は私たちと入れ違いで今からレッスンのようだ。

 

「今回は何が原因?」

 

「奈緒が冗談で『関係者チケットがある』って言ったら、加蓮が脊髄反射で飛び掛かったの」

 

 本人的には意趣返しのつもりだったのだろうが、それでさらに返り討ちにあう辺り実に奈緒らしい。

 

「っ」

 

「ん?」

 

 なにやら『関係者チケット』という単語に奏がピクリと反応した。

 

「え、もしかして奏……」

 

 本当に「貰ったのか?」と尋ねようとしたが、先んじて「違うわよ」と首を横に振られた。

 

「……散々茄子先輩に煽られたのを思い出して、ちょっとイラッとしただけよ」

 

「あぁ……」

 

 鷹富士茄子さんは良太郎さんの同級生であり奏の先輩であり、名実ともに『幸運の女神』として非常に運がいいことで有名だ。そんな彼女に「どうせ当たるから」と言って良太郎さんが先んじて個人的に関係者チケットを渡してあることは、私も話に聞いている。

 

「高校の頃は比較的に常識人枠だったはずなのに、それが卒業と同時に解き放たれて……いえ、周りが濃すぎて気付かなかっただけなのかもしれないわね」

 

「今まで何度も言ってきたしこれからも何度も言うことになると思うんだけど、本当になんなのその魔境校は」

 

 一体どれだけ周りを濃くすれば茄子さんのキャラが薄まるのだろうか……と思ったけど、その筆頭が良太郎さんなのだから納得せざるを得なかった。山椒は小粒でもピリリと辛いがハバネロパウダーの中に入れてしまえば味なんてなくなる。

 

「おかげで友紀先輩もすっかりやさぐれちゃって……野球を観に行っても厄介のようなヤジを飛ばすように……」

 

「それは割といつも通りじゃ……」

 

「ともかく、今の茄子先輩には注意しなさい。特に今日は当落発表の日だから」

 

 それもう『いい性格』を通り越して『嫌な性格』になってはいないだろうか。

 

 そんなことを考えていると、再び更衣室に入ってくる人影が。

 

「おやおや~? 奏ちゃんの声が聞こえますね~? 良太郎君から一足先にチケットを貰った幸運なこの私、鷹富士茄子が入りますよ~」

 

「「うっぜぇ!」」

 

 思わず奏と共に自分のキャラを忘れて叫んでしまった。

 

「むっ、ダメですよ二人とも、アイドルがそんなこと叫んじゃ」

 

 私は激怒した。必ず、かの邪智暴虐のナスを除かなければならぬと決意した。

 

「加蓮、あの人、本当に関係者チケット持ってるよ」

 

「ふしゃあああぁぁぁ!!」

 

 多分緊張感とか色々で吹っ切れてしまった加蓮が茄子さんに向かって飛び掛かる。

 

「えっ!? ちょ、今は持ってな……きゃあああぁぁぁ!?」

 

 あれだけ煽っていたくせにどうやらやられたときのことを考えていなかったらしい茄子さんは、あっという間に加蓮に押し倒された。

 

「この胸か!? この胸で譲って貰ったのか!? 私だって……私だって勇気があればあああぁぁぁ!」

 

「勇気ってどういうことですか!? 何をするつもりだったんですか!?」

 

「「……悪は滅びた」」

 

(……結局凛も加蓮も、ついでに奏も茄子さんも、良太郎さんに毒されてるんだよなぁ)

 

「「奈緒、今変なこと考えなかった?」

 

「加蓮から解放されて嬉しいなって言っただけだよ」

 

 

 

 

 

 

「あの、その、すみませんでした……本当に嬉しかったので、調子に乗ってました……反省してます……」

 

「そ、そんなことがあったのね……」

 

 カフェテラスで何やら鷹富士茄子さんがトライアドプリムスの三人にペコペコと頭を下げていたから何事かと思って話を聞いてみたら、どうやら茄子さんが良太郎さんから貰った関係者チケットを自慢していて顰蹙を買ったらしい。ちなみにその場には奏ちゃんもいたらしいのだが、今はレッスン中とのこと。

 

「でもまぁ、自慢したい気持ちは私も分かるから、これで許してあげる」

 

「ははーっ!」

 

 パクパクとフライドポテトを食べる加蓮ちゃんに茄子さんが平伏する。同じように凛ちゃんと奈緒ちゃんの前にもそれぞれ飲み物があり、それも合わせて全て茄子さんが支払いを持つということなのだろう。

 

「それにしても、本当にみんな欲しがってるのね、感謝祭ライブのチケット」

 

「そーいう美波も欲しいんでしょ?」

 

「勿論よ」

 

 凛ちゃんの問いかけに即答する。それを欲しがらない人なんていないだろう。

 

「だからもし鷹富士さんに同じことされたら……うふふ」

 

「さ、流石にもうしませんよ……」

 

 しかし、今日はもう当落発表の日だ。関係者チケットだけでなく、正規の入場チケットを手に入れる人も現れる。

 

「当落発表を境にこういうトラブルはきっと増えるんじゃないかな」

 

「ありそーだなぁ……」

 

 奈緒ちゃんがそれを想像して頷く。

 

「まぁ、トラブルもそーだけど……この一大イベントに浮かされて、色々と行動がおかしくなってる人はいるかもね」

 

 凛ちゃんは「加蓮みたいに」と言ってコーヒーを一口飲んだ。

 

 

 

 

 

 

「……こ、これは……?」

 

 今日のステージを終えて劇場の事務所にまで戻ってきたのだが、そこには祭壇があった。

 

 祭壇は祭壇でも()()()()()()意味合いでの祭壇であり、奉られているのは良太郎だった。『周藤良太郎』のグッズがブロマイドやらタオルやら、数えるのも億劫になるほどの量が揃っていた。よくもまぁここまで揃えたものだと呆れを越えて感心すら通り越し、辿り着いたのは恐怖である。

 

 そしてその恐怖の対象には、祭壇の目の前で髪を振り乱しながら床に膝をつき呪詛を唱えている妖怪も含まれている。随分と女の子のような見た目で、ツインテールが亜利沙に似てる妖怪だと思ったら亜利沙本人だった。

 

「あ、千鶴おつかれさまー」

 

「お疲れ様ですわ、翼」

 

 亜利沙らしき妖怪の後ろでそれを見ていた伊吹(いぶき)(つばさ)が振り返った。

 

「これは一体なんの呪術ですの?」

 

「呪術じゃないってさ」

 

 あの重篤なアイドルマニアである亜利沙からこれほどまでに恨みを買うとは、果たして良太郎は何をしでかしたのかと思ったが、どうやら違うらしい。確かによくよく聞いてみると、亜利沙が口にしているのは呪詛ではなく、良太郎の曲をただ羅列しているだけだった。

 

「チケットが当たるようにおまじないしてるんだって」

 

「……あぁ」

 

 そういえばそうだったと思い出して納得する。いや、この行動自体は納得しがたいものだけれど。

 

「ついでに、わたしも一緒にお願いしてるんだ~」

 

 そう言いつつムニャムニャとお願いをするフリをする翼。

 

「あら、貴女も応募していたんですの?」

 

 あれほど『周藤良太郎』に興味がないと言っていた翼にしては珍しく、驚いてしまった。

 

「んーわたしじゃなくて、美希先輩のため!」

 

「……美希のため?」

 

「うん! もしわたしがチケットに当たったら、美希先輩にあげるの! そしたら先輩からのわたしの好感度きゅーじょーしょー!」

 

 もろ手を挙げて「ひゃっほい!」とテンションを上げる翼。それはまぁ、765プロ内でりょーいん患者筆頭である美希ならば、間違いなく好感度が上がるだろう。

 

「これぞわたしの完璧な作戦!」

 

「そうですわね。当選したチケットの譲渡が出来ないという点を除けば、完璧ですわね」

 

「……え?」

 

「チケットの譲渡は原則禁止ですわよ」

 

 目から鱗と言った様子の翼に、利用規約をしっかりと読むように促す。

 

 今回の場合はシステム的に不可能ということもあるが、そもそもそのチケットを売る側の人間であるアイドルがそれをやっちゃダメだろう。

 

「……帰ろーっと」

 

 あっという間にヤル気を失くした翼は、荷物をまとめて止める暇なく事務所から出て行ってしまった。現金なものである。

 

「……ふぅ」

 

 しばらくして亜利沙が動きを止めた。

 

 まるで『やりきったぜ!』と言わんばかりに爽やかな顔で額の汗を拭う亜利沙。しかしよく見るとその恰好は良太郎のプリントTシャツに法被を身にまとい、額には公式ペンライトが鉢巻きで括りつけられていた。つい先ほどまで劇場の観客席でよく見た姿をこうして事務所に戻って来てまで見るというのは、なんとも複雑な気分だった。

 

「……おや千鶴ちゃん、戻ってたんですね」

 

「戻ってましたわ」

 

「あれ? 翼ちゃんいませんでした?」

 

「さっき帰りましたわ」

 

 どうやら先ほどの私と翼の会話は聞こえていなかったらしい。

 

「随分と必死ですわね」

 

「そりゃあもう! 123プロの感謝祭ライブですよ感謝祭ライブ! 周藤良太郎のドームライブというだけでも価値があるというのに今回はそれに加えてジュピターピーチフィズケットシーさらにさらに三船美優さんまでも参加する超豪華ライブなわけですそしてそしてなによりあの周藤良太郎が他のアイドルと一緒にライブをするんですよデビューして以来の快挙ですよ勿論ジュピターとのコラボ企画はありましたがあれはあくまでもコラボ企画でありライブのステージで周藤良太郎の隣に立つということが激ヤバなんですあとありさ的に注目したいところは美優さんとケットシーの志希ちゃんが初めて大きなステージに立つというところですね良太郎さんやジュピターのお二人は勿論ドーム経験がおありですしピーチフィズのお二人もアリーナライブは行っておりますし志保ちゃんも765プロのアリーナライブでバックダンサーを務めていたことがありますので大きな舞台という点では経験済みですので初めて大きな舞台に立つこの二人がいかにこの困難を乗り越えるのか考えるだけでも大興奮ですよあとあと一部解禁された情報によると新曲も発表されるんです新曲ですよ新曲しかも個人曲でもユニット曲でもなく全体曲123プロの全体曲ですよこのトップアイドル九人による全体曲ですこれは勝ちです勝ちました本当にありがとうございます!」

 

「当たらなければ現地参加は無理ですけどね」

 

「誰が敗北者ですかあああぁぁぁ!?」

 

「言ってませんわよ」

 

 床に手と膝をついてガックリと項垂れながら「はぁ……はぁ……敗北者……!?」と息を荒げる亜利沙の姿に、思わずハァとため息が零れる。

 

 その場にいてもいなくても人々に強く影響を与える辺り、私としてはアイドル『周藤良太郎』というよりは昔からよく知っている良太郎らしかった。

 

 

 

 

 

 

 ――当落発表まで、あと一時間。

 

 

 




・「○してでも うばいとる
アイスソード。フォント芸は面白いけど、今後は多用しないかなぁ。

・「幸運なこの私、鷹富士茄子が入りますよ~」
流石の茄子も調子に乗るレベルで嬉しかったらしい。

・私は激怒した。
凛にはこの物語の展開がわからぬ。凛は、346のアイドルである。歌を歌い、ファンを笑顔にして暮らして来た。けれども作者のご都合主義に対しては、人一倍に敏感であった。

・二階堂千鶴
ミリマス編メインキャラ(予定)の一人。番外編14にて先行登場済み。

・伊吹翼
『アイドルマスターミリオンライブ』の登場人物。
14歳でB85!!!???な14歳。デケェ。
ミリマスにおける信号機トリオの黄色であり、美希を先輩として慕っている。
アイ転的には非常に珍しく、良太郎にそれほど興味を持っていないアイドルの一人。

・「そりゃあもう! 123プロの感謝祭ライブですよ(ry
オタクは早口。

・「はぁ……はぁ……敗北者……!?」
エースの行動に関して言及すると荒れそうだから黙っておこう……。


 ミリマス編(予定)でのメインキャラである千鶴の再登場です。ツイッターでは少々触れていましたが、デレマスにおける凛ちゃんと同じように昔なじみ枠である彼女が、ミリマス編(予定)でのストーリーの語り部を担ってくれることとなります。

 まぁ実際どのあたりの時系列なのかは明言しないんだけどね!(予防線)

 さて、次回はいよいよ当落発表です。

 ……いやぁ、荒れるぞぉ……。


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Episode11 審判ノ刻、来タレリ 3

実はこの子も関係者チケットを貰っていたというお話。


 

 

 

「えっ!? 関係者チケット持ってるの!?」

 

 

 

「んー……?」

 

 とときら学園の収録の休憩中、パイプ椅子に座ってジュースを飲んでいるとそんな声が聞こえてきたので、視線をそちらに向ける。杏たちから少し離れたところに共演者であるちびっこたちが集まっており、その中心にいるのは着ぐるみアイドルこと市原仁奈ちゃんだった。

 

「はいでごぜーます!」

 

「なんでなんでー!?」

 

「誰から貰ったのー!?」

 

 ニパーッと無垢な笑みを浮かべる仁奈ちゃんに、みりあちゃんや薫ちゃんが詰め寄っている。

 

「美優おねーさんでごぜーます! お泊りに行ったときにくれたでごぜーますよ!」

 

 美優おねーさんというと……多分、123プロ所属の三船美優さんのことだろう。一体どういう繋がりなのかは知らないが、どうやら仁奈ちゃんとプライベートで仲が良いらしい。しかも感謝祭ライブのチケットを渡すほどなのだから、相当親密な間柄のようだ。

 

「いいないいな~!」

 

「私も行きたいよ~!」

 

 小学生だったらここで「ちょーだい!」と無茶を言う場面だが、346でアイドルをしている子たちはみんないい子なので、そんなことを言う子は一人も――。

 

 

 

「いいなー! 私にちょーだい!」

 

「ちょっ、友紀はん!? 何してはるん!?」

 

「いくらなんでも子ども相手に恥ずかしいことしないでくださいよ!?」

 

「だってー! 茄子が散々自慢してくるんだもん! 私だって行きたいー!」

 

「せめて今日の当落発表まで大人しくしててください!」

 

「ごめんなーこっちのことは気にせんとってー!」

 

 

 

 ――……なにやら今回のとときら学園のゲストに来ていた大きな子どもが、年下の女の子に諫められていたけど、見なかったことにしよう。

 

 そもそも仁奈ちゃんの持っているチケットは、関係者チケットは関係者チケットでもその意味合いが違う。何せ所属アイドルが直々に渡した、言うならば身内チケット。それを他人に譲渡したところで入れるはずがないのだ。

 

「やーっぱり、みんな行きたいんだねぇ」

 

「そーいうきらりも、行きたいんでしょ?」

 

「もっちろん!」

 

 隣に座って一緒に休憩していたきらりが力強く頷いた。

 

「杏ちゃんは違うの?」

 

「あー……うん」

 

 正直に言うと、杏はそこまで興味ない。だからチケットの応募すらしていなかった。

 

 日本一の人気を誇るトップアイドル『周藤良太郎』ではあるが、杏のようにそこまで興味を持っていない人だって勿論存在する。『周藤良太郎』の熱狂的なファンを『りょーいん患者』と呼ぶのに対して『抗体持ち』なんて呼ばれていたりする。

 

「えー!? 勿体ない!」

 

 応募をしていないことを素直に伝えると、きらりは驚愕して杏の肩を掴んできた。

 

「折角なんだから、応募すればよかったのにぃ!」

 

「いや、確かに123プロのアイドルはみんな凄いとは思うけど……だからって、それを理由にしてまでライブに行くと思う? 杏だよ?」

 

「すっごい説得力だにぃ……」

 

 という理由で、杏は今回の一件に関してはなんの興味も持っていないのでした、まる!

 

「杏おねーさん、応募してねーでごぜーますか?」

 

「えっ」

 

 いつの間にか仁奈ちゃんが杏の側に近寄って来ていた。何故か驚いたような表情をしている。

 

「あー……うん、応募してない」

 

「だったら丁度良かったでごぜーます!」

 

 ニパーッと再び眩い笑顔を浮かべた仁奈が、何かを取り出そうとポーチの中をゴソゴソとし始めた。

 

 ……なんだろう、すっごく嫌な予感がする。

 

「あった!」

 

 しかしこの嫌な予感を止める方法を思いつくことが出来ず、仁奈は笑顔のままそれを取り出した。

 

 

 

「仁奈と一緒に、感謝祭ライブに行ってくだせー!」

 

 

 

『……えええぇぇぇ!!??』

 

 仁奈の発言を聞いてしまった、その場にいた全員が驚愕の叫びを発した。杏も叫んでこそいないが、あんぐりと大口を開けてアホ面になっているのが自分でも分かった。

 

「……え……な、なにそれ……?」

 

「関係者チケットです! 美優おねーさんが二枚くれやがりました!」

 

 二枚貰ってた! なるほどね! なんか聞いたところによると123プロのアイドルの皆さん、個人的なチケットは二枚ずつ配ってるって話らしいから、美優さんも二枚持っててもおかしくないもんね!

 

 でも、だからってなんで仁奈ちゃんに二枚とも渡すの!? そして仁奈ちゃんもなんでそれを杏に渡そうとするの!? ほら、向こうの子ども組とか、すっごい羨ましそうな目で見てるよ!? あとついでにビールが飲める子どもがユニットメンバー二人に取り押さえられてるよ!?

 

「美優おねーさんは『私は一緒に行ってあげられないから、誰か頼りになるお姉さんと一緒に行ってね』って言われました! だから、前に優しくしてくれた杏おねーさんに一緒に来てほしいでごぜーます!」

 

「いや、それは……」

 

 いやまぁ……確かに、地下資料室時代にソファー貸してあげたことあったけどさ。それぐらいじゃん!? 本編どころか原作ですら描写なくて二次創作レベルの設定持ち出されても! 菜々ちゃんとかかな子ちゃんとか、他にも仁奈ちゃんのお世話してた人はいたはずなのに、なんで杏なの!?

 

「……杏おねーさん、ダメでごぜーますか……?」

 

「うっ……」

 

 杏が渋っていることに気付いた仁奈ちゃんの目が潤む。流石にそんな反応をされてしまっては杏の心も揺らぐ。

 

 ……でもなぁ。

 

「……行ってあげてぇ、杏ちゃん」

 

 ポンッと肩に手を置かれて振り返る。

 

「仁奈ちゃんはきっと、ライブに行くことと同じぐらい()()()()()()()ことも楽しみにしてるんだにぃ」

 

「きらり……」

 

「だから行ってあげて? きらりからも、お願いしまぁす!」

 

 

 

「……あの、凄く目が怖いんだけど」

 

 

 

 表面上はいつもの優しい笑顔なのに、目が笑っていなかった。『目は口程に物を言う』とは言うものの、ここまで露骨に『行ける癖に文句を言うんじゃない』と言っている目はそうそうないだろう。親友の意外な一面を、こんなところで見たくなかった。

 

「はぁ……分かった、杏も一緒に行くよ」

 

「っ! やったー! でごぜーます!」

 

 降参の意味を込めて手を挙げると、仁奈ちゃんはピョンピョンと飛び跳ねて喜んでくれた。これだけ喜んでくれるならば「まぁ行ってもいいか……」という気持ちに少しはなれた。

 

 それにこのチケットは関係者チケットだから席も一般席とは別で、確か入場口も別に用意されているはずだ。それならば、杏の嫌いな人混みも回避できるだろう。

 

「……はぁ」

 

 確かに杏の状況は、全国のりょーいん患者の皆さんからしてみれば夢のようなシチュエーションだろう。自分の欲しいものが何もせずに向こうからやってくるなんて、誰だって憧れるし羨ましがるだろう。

 

 しかし、今の杏にならこの言葉を言う資格があると思う。

 

 

 

「……ドーシテコーナッタ」

 

 

 

 

 

 

「さて、そろそろだな」

 

 用事があるので先に帰るというちとせちゃんと千夜ちゃんを見送ってから腕時計を覗くと、あと十分ほどで当落発表の時間だった。

 

「しかし、この当落発表は大勢の人が見るのだろう? サーバーが落ちたりしないのか?」

 

「勿論、最初から予想されきってたことだから対策はしてあるさ」

 

 他のアイドルのチケットでもそうだが、時間になった途端に大勢の人が結果を見ようとサイトへアクセスするとサーバーに負荷がかかり、最悪落ちることも予想される。というか告知ページですら落ちた実績を加味すると確実に落ちることが予想出来た。

 

「というわけで、兄貴が一時的にサーバー借りたり色々と手回しをしたらしい」

 

 詳細は知らんが、とりあえず重くなることはあれど落ちることはない……とのことだ。

 

「それでも繋がらなかったら、改めてそれぞれ当落発表のメールが届くことになってるが……」

 

「……それを大人しく待つ人が、何人いるだろうな」

 

 時間になった途端にサイトへと入る準備をしている神妙な面持ちの自分の彼女の様子を横目で見つつ、恭也はやれやれと首を振った。

 

「……いよいよだ」

 

 恭也の言葉に再び腕時計を覗けば、残り一分を切っていた。

 

 

 

「さてさて、誰が俺たちのライブに来てくれるのかね?」

 

 

 

 

 

 

「……絶対に、当てるの……!」

 

「待っててね、りょーにぃ……!」

 

「ドキドキしてきたわね、春香」

 

「うん……私はどちらかというと、あの二人が早まったことをしでかさないかでドキドキしてるよ……」

 

 

 

 

 

 

「お願いです神様もう我儘言いませんレッスンもさぼりませんポテトも食べ過ぎません奈緒への悪戯も控えますだからお願いです私を現地に連れて行ってくださいただ一度の奇跡を私にお願いしますお願いします……!」

 

「これだけ鬼気迫ってる加蓮も初めて見たよ」

 

「っていうか、それだけ祈ってるくせにあたしへの悪戯を控えるレベルってのはどういうことなんだよ!?」

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「色々なものを通り越して、もはや無表情になってますわ……あの、亜利沙? せめて呼吸ぐらいしませんこと?」

 

 

 

 

 

 

 ――この日の出来事は、『審判の刻』と呼ばれ、後のアイドル史に刻まれることとなる。

 

 

 

 

 

 

あああぁぁぁあああぁぁぁあああぁぁぁあああぁぁぁ!!!???

 

 

 

 

 

 

 ――その日、日本中が数多の叫び声によって埋め尽くされた。

 

 

 

 

 

 

「あぁ、残念……私はダメだったみたい。春香は?」

 

「今それどころじゃないから! 千早ちゃんも二人止めるの手伝って!? 早く!!」

 

 

 

 

 

 

「かーみーさーまーがくーれたー」

 

「かれえええぇぇぇん!? 帰ってこおおおぉぉぉい!?」

 

「物語でたまに見る『精神が壊れてしまった人』の目だ……」

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「ふぅ、やっぱりダメでしたわ……亜利沙はどうでしたの? ……まぁ、そのリアクションからなんとなく想像が………………え、ちょっ、亜利沙!? マジですのっ!?」

 

 

 




・仁奈ちゃんwith関係者チケット
番外編40にて美優さんとの関係が明かされた仁奈ちゃんですが、実は彼女もチケットを貰っていたのでした。

・大きな子ども
茄子の被害者がこんなところにも。

・『抗体持ち』
杏や翼のような良太郎に対してそれほど強い感情を持っていない人たちを指す言葉として、今後使っていく予定です。

・「仁奈と一緒に、ライブに行ってくだせー!」
意外! それは杏! まさかの参戦確定!

・本編どころか原作ですら描写なくて二次創作レベルの設定
番外編だから何してもいいってじっちゃが言ってた。



 というわけで、ついに当落発表。各々の詳細はまた次話になりますが……何やら一人だけ、リアクションの違う人がいますねぇ……?


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Episode12 審判ノ刻、来タレリ 4

今回はちょっとだけ短め。


 

 

 

(人によっては)悪夢のような瞬間から一夜明け、メッセージでの報告やSNSでの発言で、知り合いの結果がだんだんと判明してきた。

 

 どうやら765プロオールスター組やシンデレラプロジェクト組やプロジェクトクローネ組を含めた知り合いは全滅してしまったようだ。特に美希ちゃんと真美の荒れようが酷く、春香ちゃんから連絡を受けて俺が直々に宥めたぐらいである。

 

 逆に知り合いの中でチケットを手に入れたのは、346プロの川島さん、そしてなんと765プロシアター組の亜利沙ちゃんだ。こっちはこっちで相当アレだったんだろうなぁと、送られてきた『あたりました』というシンプルなメッセージから察することが出来た。

 

 それ以外にも外れた知り合いから「チケット融通してくれ~!」「お慈悲を~!」といった旨のメッセージが送られてくるが、残念ながら慈悲はない。一応二次募集……という名の()()()()の募集があるので、そちらで我慢してもらいたい。もしくはライブビューイング。

 

 だからそちらの応募が始まるまでに気になることと言えば……各事務所に配った関係者チケットの行方だろう。

 

 

 

 

 

 

「おはよう諸君。唐突だがプロジェクトクローネ会議を始める」

 

 その日、朝から事務所に集められた私たちクローネメンバーを会議室で待っていたのは美城専務だった。

 

「本当に突然ですね……」

 

「今日は一体なんなんですか?」

 

 昨日から全く使い物になっていない加蓮を引きずってきたので既に疲れている私と奈緒が尋ねると、専務は「いやなに」と肩を竦めた。

 

「周藤君から預かっている関係者チケットについての話だよ」

 

「ほら凛と奈緒も早く座って」

 

「「おい」」

 

 普段でも見せないような俊敏さで着席した加蓮に、思わず奈緒と声が揃ってしまった。

 

 仕方がないので他のクローネメンバーと共に席に座ると、それを見届けてから専務は口を開いた。

 

「さて、昨日は大変な一日だったようだな」

 

(……ん?)

 

 なんとなく専務の口調に違和感を覚えた。事務所内において筆頭りょーいん患者である彼女にしては、やけに落ち着いているような……もしや彼女も当選したのだろうか。

 

「一応確認しておくが、チケットが当選した者は素直に手を挙げたまえ……ありがとう」

 

 誰も手を挙げなかったということは、やっぱり誰も当選しなかったようだ。フレデリカさんや周子さんはそれほどでもないが、他のメンバーは大なり小なり悔しそうな表情していた。

 

「残念ながら誰も当選しなかったようなので、改めてこの関係者チケットの抽選をしようと思う。……あぁ、安心したまえ、()()()()()()()()()ので、君たちだけでの抽選だ」

 

 そうか、それならば十一分の二の確率で……って。

 

『えぇぇぇっ!?』

 

 驚愕の声が会議室に響く。恐らく、というか間違いなく、専務が既に関係者チケットを貰っているということに対しての驚愕だ。

 

「なんで!?」

 

「ズルーイ!」

 

「諸事情により、あらかじめ123プロから融通されていたのだ。何も不正はしていない」

 

 加蓮と唯からの抗議の声を専務は余裕の表情で受け流す。

 

 私も専務に対する不満は抱いていたが、先ほどから感じていた余裕の理由が分かり一人納得する。

 

(……でも1()2()3()()()()()、か……)

 

 しかし今度はそこが気になった。いや、ただの言葉の綾なのかもしれないが。

 

「というわけで、公平にくじを引いてもらう。言うまでもなく当たりは二枚で、引いた者が関係者チケットを手に入れる……至ってシンプルなくじだ」

 

 そう言って専務は傍らからよく見るくじ引きの箱を取り出した。……これを専務自ら用意したのかと思うと、なんだか微妙な気持ちになった。

 

 しかしこれで感謝祭ライブに参加できるかどうかが決まる重要なくじだ。ここは一つ神頼み……いや良太郎さん頼み……それもイマイチ不安だなぁ。

 

「あぁ、一つだけ注意点がある。……渋谷、アナスタシア」

 

「え?」

 

「?」

 

 突然名前を呼ばれた私とアーニャが思わず顔を見合わせる。

 

「君たちはプロジェクトクローネと同時にシンデレラプロジェクトにも参加しているわけだが……残念ながら関係者チケットの抽選はこちらのみだ。こちらが外れたからといってシンデレラプロジェクトでの抽選には参加できないということを覚えておきたまえ」

 

「ダー、分かりました」

 

「………………はいワカリマシタ」

 

「おい凛、なんだその返事」

 

 まさか本当にそのつもりだったんじゃないだろうな……という奈緒の視線を無視する。そんなわけないじゃない、失礼だな。

 

 

 

「それでは……引きたまえ」

 

 

 

 

 

 

「と、ゆーわけで凛ちゃんとアーニャちゃんはクローネの方で抽選するらしいから、こっちは残りのメンバーで抽選するよー」

 

「あ、杏ちゃんが仕切ってる……!?」

 

「し、仕事をしてる……!?」

 

 みくちゃんと李衣菜ちゃんが信じられないものを見るような目で杏を見てくる。いやまぁ確かに杏のガラじゃないってことぐらい自分でも理解してるけどさ。

 

「杏ちゃんはこの中で唯一関係者チケットを貰ってるからだにぃ」

 

 きらりのその注釈の通り(不本意ながら)仁奈ちゃんから関係者チケットを貰い、現状シンデレラプロジェクト内で唯一感謝祭ライブに参加が決定してしまっているので、こうしてまとめ役をさせられているというわけである。

 

 だから断じて杏は自分の立場を自慢したいわけじゃないからな!? さっきちょっと舌打ちが聞こえた気がしたけど、これは杏の被害妄想だっていうことにしておくからな!?

 

「えっと、杏ちゃんと凛ちゃんとアーニャちゃんがいないから……十一分の二?」

 

「うん。プロジェクトクローネと同じで、18.18%の確率だよ」

 

 偶然にも向こうと同じ人数で同じ確率になっていた。倍率ウン百倍と言われている一般応募のチケットと比べると破格の当選確率である。

 

 ちなみにこちらの関係者チケットの対象者にはプロデューサーも含まれていたのだが、彼は「皆さんでどうぞ……」と言って辞退した。なんだかんだ言って彼も相当な周藤良太郎ファンであるはずなのに……なんとも出来た大人である。

 

「というわけで早速くじ引きするわけだけど、みんな覚悟出来てるね?」

 

 プロデューサーが用意してくれたくじ引きの箱をみんなに向かって差し出す。

 

「え、ちょっ!? 早い早い!」

 

「心の準備出来てないよー!?」

 

「心の準備したところで別に引けるようになるわけじゃないんだから。ほらさっさと引いて」

 

 そして早くこの仕事を終わらせてほしい。今丁度無料十連ガチャの期間だから、今の内にリセマラを終わらせたいんだ。『スタンバイオッケー』は何回も出てるのに『アクアリウム』はなんで一向に出ないんだよー!?

 

 

 

「はいみんな早く引く引く」

 

 

 

 

 

 

「遅くなりました……って、うわぁ!?」

 

 良太郎さんから貰った関係者チケットの抽選をするということで仕事場から事務所に戻ってくると、そこには異様な光景が広がっていた。

 

「え、なに……? これ何の儀式……?」

 

 事務所の真ん中に謎の魔法陣が描かれ、その周りを『周藤良太郎』のグッズで取り囲んでいるその光景は、頭の中で『周藤良太郎を召喚するための儀式』という謎のワードを思う浮かべさせるには十分すぎた。ついでに黒いローブを着て虚ろな目で何やら呪文を唱えている美希と真美の姿もあったので、それが黒魔術の類いであることは一目瞭然だった。

 

「シアター組の亜利沙がチケットを当てたっていう話は、春香聞いてる?」

 

「え、うん」

 

 真からの問いかけに頷く。アイドル好きで基本的にいつもハイテンションな亜利沙ちゃんにしては珍しい、とても簡潔な『あたってしまいました』というSNSの文面がとても印象的だった。

 

「なんでも亜利沙、昨日シアターの事務所に良太郎さんの祭壇を作ってずーっとお祈りしてたんだって。それでその話を聞いた美希と真美がそれを真似して……」

 

「あぁなった、と……」

 

 あれでチケットが召喚されるのであればいいが、なんというか悪魔が召喚されそうな勢いである。「あー、俺、デーモンになっちまったよー」とか言いながら角が生えた良太郎さんが現れたらどうするつもりだろうか。そうなったら最後、この小説ごと終焉を迎える羽目になりそうだ。

 

「ちなみに生贄とか用意してたりするの?」

 

「別に本当に悪魔を召喚したいわけじゃないんだから……って言いたいところなんだけど、さっきあずささんと風花さんの水着グラビアの生写真を真ん中に置いてたよ」

 

 それは生贄というか触媒のような気もする。そして自分たちではなくその二人をチョイスしている辺り、なんというかガチだった。

 

「っと、春香も来たことだし、そろそろ始めようよ」

 

「あぁ、そうだな」

 

 真の言葉に、プロデューサーさんが頷いた。

 

 これから事務所に配られた関係者チケットの行方を決める抽選会が始まる。私たちの場合は人数も多いため、この抽選から辞退してくれた社長とプロデューサーさんがビンゴマシーン(忘年会などで度々使用していた)を使って当選者を決めるのだ。

 

 抽選の対象者はここにいる人で全員でなく、また翼ちゃんのように辞退をした子もいるため正確な人数は分からない。けれどオールスター組やシアター組も全て含めた抽選になるため、一般応募のようなウン百倍とまではいかないもののそれなりの確率になっていることだろう。

 

 ……とりあえず、関係者チケットまで外れてしまった場合に美希と真美がどんな行動を起こすか分からないので、二人にもしっかりと注意を向けておいて。

 

 

 

「よし、それじゃあ抽選始めるぞ」

 

 

 

 

 

 

 さて、今回のお話はここまで。

 

 事の顛末も何もなく、残るは関係者チケットを誰が手に入れたのかという結末のみ。

 

 

 

 あとは、本番までのお楽しみ……ということで。

 

 

 




・リアル当選者
自分が把握している中では、川島さんと亜利沙が本当に当選していました。他にも何人か当たっている人がいるという報告もあったのですが、多分ストーリーに登場してくるのはこの辺りだけです。

・見切れ席
微妙にステージが見えない席なのだが、場合によっては神席になる可能性を秘めた運試しの席でもある。

・美城専務
具体的なタイミングは不明ですが、この時期には既に常務から専務になっているはず。

・ミッシー関係者チケットゲット
実は彼女も貰っていたのだが、とある理由が……?

・十一分の二
・18.18%
合ってるよね……?(確率の計算をした記憶は遥か彼方)

・リセマラ
杏の独白はちょうどここを書いていたときの作者の本音。
しかしその後、作者は無事に引けた模様(どうでもいい小話に続く)

・「あー、俺、デーモンになっちまったよー」
もはやある意味原作よりも有名な実写版。

・本番までのお楽しみ
別にまだ決まってないわけじゃないよ?(目逸らし)



 というわけで、これにてチケット抽選編終わりです。関係者チケットで誰がライブに参加できるのかは、ライブ当日編までのお楽しみです。

 ……まぁツイッター見てた人には()()()()分かると思いますが。

 次回からは(おそらく)リハーサル編になります。



『どうでもいい小話』

 杏の発言から察している人もいたでしょうが、ようやくシャニマスのリセマラを終わらせました。

 というわけで、新たな担当『大崎甘奈』ちゃんと共にシャニマススタートだ!
(なおかなりのんびりプレイになる模様)


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Episode13 リハーサルのお時間です

予定通り、リハーサル編をお送りします。


 

 

 

「……くわぁ……」

 

 鳴き声とかそーいうのではなく、欠伸である。朝が眠いのは万人共通であり、それはトップアイドルになったからといって変わるものではない。……別に、昨日少々ゲームに熱中しすぎて就寝時間が遅くなったことは関係ない。

 

 しかし二度寝するほど堕落した性格ではないので、気合いを入れて起きる。収録やステージといった仕事があるわけではないが……俺は今日の仕事を楽しみにしていたのだ。

 

 少しだけウキウキしつつ、寝間着から着替えを終え、洗面所で顔を洗ってからリビングへ。

 

「おはよーリョウ君!」

 

「おはよう母さん」

 

 今日も元気なリトルマミーに挨拶をし、軽くお父祭壇に手を合わせてからテーブルに着く。

 

 相変わらず単身赴任中の父上様であるが、流石に今回の感謝祭ライブの際には休みを作って帰ってくることを約束してくれた。俺の関係者チケットはなのはちゃんと美由希ちゃんに上げてしまっているので、二人は兄貴の関係者チケットで入ってもらうことになる。

 

 ちなみに兄貴の嫁という名のもう一人の家族である早苗ねーちゃんの分のチケットがないが、彼女は留美さんのチケットで入ることになっている。そしてもう一枚のチケットで友人を呼ぶらしいが……まぁ、流石にプライベートなことを探るつもりはない。

 

 ついでなので、他のみんなの関係者チケットの行方にも触れておこう。恵美ちゃんとまゆちゃんはそれぞれ両親を、志保ちゃんは母親と弟に渡したそうだ。志希も両親にチケットを送ったらしいのだが、用事により来ることが出来るか怪しいとのことだった。

 

 そして美優さんは今も交流がある仁奈ちゃんに二枚ともチケットを渡し……なんともう一枚が杏ちゃんの手に渡ったという話を聞いた。一体どんな理由があったのか、全く想像がつかないが……面倒くさそうにしつつも面倒見がいい杏ちゃんが、仁奈ちゃんに引っ張られて会場にやってくる姿が容易に想像できた。

 

 最後にジュピターの三人は……。

 

「おーいリョウ、自分の分は自分で持ってきなさーい」

 

「はーい」

 

 早苗ねーちゃんに呼ばれてキッチンのカウンターごしに朝食のプレートを受け取る。

 

 さて、今日の予定をしっかりとこなすために、まずはお母様とお義姉様が作ってくれた朝食でエネルギー補給をすることにしよう。

 

 

 

 ――ふわぁ……おはよーございまーす……。

 

 ――あぁ、おはよう志希。

 

 

 

 廊下の方からそんな声が聞こえてきた。相変わらずウチに泊まることが多い志希と、兄貴の声――。

 

 

 

 ――……って、なんて格好してるんだお前は!?

 

 ――ふぇ?

 

 

 

 ――その瞬間、俺は疾走(はし)りだした。

 

 高町家で鍛えられた身体能力を総動員し、リビングから廊下へ飛び出す。

 

 今の兄貴の焦った声……間違いない、寝起きの志希が無防備な格好で歩き回っている! きっと裸ワイシャツに違いない!

 

 急げ良太郎! この先に夢にまで見たラッキースケベな光景が待っていると信じて……!

 

 

 

 間に合わなかった。

 

 

 

 

 

 

「……んで? アイツは朝からどーしたんだ?」

 

 朝、先に会場入りしていた良太郎の奴がパイプ椅子に座りながら不機嫌なオーラを醸し出していた。無表情のくせにあぁやって周りを威圧する辺り本当に厄介な奴である。

 

 俺の問いかけに、翔太は「詳しくは分からないんだけど」と肩を竦めた。

 

「さっき『どーして兄貴は出くわせたラキスケが俺にはないんだ……』とかどーとか言ってたよ」

 

 意味はよく分からないが、とりあえず下らないことだということは分かったので無視することにしよう。きっとその内、佐久間辺りがやってきて適当に良太郎の機嫌を直すはずだ。

 

「おはようございまぁす……え、良太郎さん、どうかしたんですか!?」

 

 などと考えている間に、本当に佐久間がやって来て不機嫌な良太郎に気付いた。

 

「おはよう、まゆちゃん。……いや、何でもないよ。ただ、この世界はいつだってこんなはずじゃないことばっかりだった……それを噛み締めてただけだよ」

 

 きっと何処かのアニメならば名言として扱われてもおかしくないようなことを言っていたが、先ほど『ラキスケ』発言を知っている以上、その内容が恐ろしく薄っぺらいことが丸分かりである。

 

 

 

 さて、今日の予定は間近に迫った感謝祭ライブのリハーサルである。ありがたいことに全員引っ張りだこの人気アイドルだらけの123プロの面々が一堂に会する貴重な日だ。

 

 そして、全員が会場となるドームのステージへと初めて足を踏み入れる日でもあった。

 

「よーし、全員揃ったな」

 

 会場となるドームの会議室に集合した俺たちが揃ったことを確認した社長に視線が集まる。

 

「……えっと、何かあったんですか」

 

「聞かないでくれ……」

 

 何故か社長の左頬にまるで漫画のようにきれいな椛マークがついていた。明らかにビンタされた跡である。多分良太郎のラキスケ発言と関係のあることだろうが、たぶんそっとしておいてあげた方がいいことだろうとその場にいた全員が理解した。

 

「それじゃあ、ステージに移動するぞ。ついにお披露目だ」

 

「ステージは写メってもいいですかー?」

 

「いいけど、SNSに上げる前にちゃんと俺か留美のチェックを受けるように」

 

「はーい! まゆ、一緒に撮ろっ!」

 

「はぁい」

 

「あっ、勿論志保と志希と美優さんも……って志希いないよ!?」

 

「最近大人しいと思ったらすぐコレだ!?」

 

 社長の一声で一ノ瀬捜索シフト、通称『オペレーション:チェシャ猫』がスタッフたちへ伝達される。俺たち含めてスタッフたちも慣れたもので、各出入り口の封鎖と隠れられそうな場所の捜索が効率よく同時に進行していく。

 

 このように度々失踪する一ノ瀬の捜索をついにシステム化した社長。……素直に凄いとは思うんだが、何故か才能の無駄遣いという感想が頭を離れなかった。こういう少しズレたところに全力投球する辺り、本当に良太郎の兄貴なんだなぁと思う。

 

 

 

「捕まった……」

 

「手間かけさせるんじゃないっつーの」

 

 というわけでものの十分ほどで捕まった一ノ瀬の首根っこを良太郎が引き摺りながら、俺たちアイドル九人は社長と和久井さんに連れられてステージへとやってきた。

 

「うわぁ……!」

 

「広いですねぇ……」

 

 所が目を輝かせ、佐久間がポツリとそんな言葉を漏らす。

 

 今回のステージはメイン・センター・バックの三つに分かれており、それらを真ん中に走る花道が繋いでいた。

 

「当り前ですけど、アリーナよりも広いですね……」

 

「キャパが違うからねー」

 

「今回は五万人以上入るらしいよ」

 

 やや緊張した面持ちの北沢の呟きに翔太と北斗が答える。

 

「……ここ一杯に、お客さんが入るんですよね……」

 

「美優、大丈夫?」

 

「は、はい……」

 

 観客で埋め尽くされた光景を想像したらしい三船さんが顔を青ざめていて和久井さんに心配されていた。一応一度はアリーナでのライブを経験させてあげることが出来たが、それでもまだ三船さんにはこのレベルは少々辛いのだろう。

 

「お前はどうだ?」

 

「んー? 緊張してるよーすっごいしてるよー」

 

「ホントかよ……」

 

 一方で未だに良太郎に首根っこを掴まれたままの一ノ瀬は飄々としたものである。こちらはこちらで順応するのが早そうだ。

 

「ちょっと失礼しまーす!」

 

「恵美ちゃん?」

 

 突然そんなことを言ってステージの前の方へと駆け出した所。佐久間が首を傾げる中、所は大きく右腕を振りかぶって……会場の一番後ろを指さした。

 

 

 

「後ろの方まで、ちゃーんと見えてるからねー!」

 

 

 

 広くガランとした会場に、所の声が響き渡った。

 

「……ふふ、恵美ちゃんったら……」

 

 クスクスと佐久間が笑う。

 

 あれは……そう、確かこいつらがバックダンサー組として参加した765プロのアリーナライブで、天海がやっていたやつだ。

 

「えへへ~一度やってみたかったんだよね~」

 

「私もやりまーす!」

 

 照れ笑いを浮かべる所に続き、今度は佐久間までもが「見えてますよー!」と声を張り上げる。そんな佐久間の様子を所が笑いながらスマホを使って録画しており、さらにそんな二人の様子をスタッフがカメラで撮影していた。恐らく円盤特典などで使うための撮影だろう。

 

「よーし、それじゃあお兄さんもやっちゃおうかなー!」

 

 そしてそんな二人に触発されたらしく、何故か良太郎がやる気満々に腕をグルグルと回し始めた。

 

 大声出すのに腕回す必要ないだろうとか、そもそも今更なにをやっているんだとか、そんなことを思ったが……良太郎が大きく息を吸い始めたところでハタと気が付いた。

 

「あ、これやべぇやつだ」

 

『え?』

 

 パッと耳を塞ぐと、同じように()()を知っている翔太・北斗・社長・和久井さんも耳を塞ぐ。周りのスタッフたちも耳を抑えたりヘッドセットをしたりと対策をする中、()()を知らない他の五人が困惑している。

 

 そして俺の「お前たちも塞いでおけ」という忠告は――。

 

 

 

「マーリンピックアップまだですかあああぁぁぁ!!??」

 

 

 

 ――アイドルのライブとは全く関係のない欲に塗れた良太郎の叫び声によって掻き消されてしまった。

 

 高町ブートキャンプによって鍛え上げられた肺活量と腹筋から生み出された凄まじい声量は、ビリビリと空気が揺れているような錯覚さえ覚えた。

 

「……ふぅ、スッキリした! いやぁ、こういうだだっ広い空間で大声出してストレス発散出来るのは、アイドルやってる特権だよな!」

 

「ドーム関係者に謝れ」

 

 今すぐコイツからアイドルという肩書を剥奪したい。

 

「あとコイツらにも謝っとけ」

 

 耳を塞ぐのが間に合わず、近距離で良太郎の叫びを聞いてしまい悶える五人の姿がそこにはあった。

 

 一番『周藤良太郎』というアイドルを知っている社長は勿論のこと、この中では次いで付き合いの長い俺たちや留美さんは知っていたので回避出来たが、一度もこれを体験したことなかったらしい五人にそれは無理だったようだ。

 

「おっとこれは失礼。大丈夫?」

 

「な、なんとか~……」

 

「頭がクラクラしますぅ……」

 

「全く、少しは手加減しろ」

 

 良太郎にそう注意しつつ社長が近くのスタッフに視線を向けると、スタッフはグッと親指を立てた。どうやら今のも特典用に録画してあったらしく、しっかりと撮れ高を抑えている辺り「やっぱりスタッフってすげぇな……」と感心してしまった。

 

「……あっ、しまった。特典用に映像を残すんだったら提供以外のゲームの話題はやめるべきだったか……それじゃあ撮り直しのためにもう一回……」

 

 流石にもういいと総出で止めに入った。

 

 

 

 まだリハーサルは始まってすらいなかった……。

 

 

 




・関係者チケットの行方
まぁそれぞれ無難な感じ。
留美さん二枚目とジュピター組はもうちょっとナイショ。

・ラキスケ
※なお遭遇するのは兄貴のみの模様。

・世界はいつだってこんなことじゃないはずことばっかりだ
リリカルなのはより、クロノ君の名言。
この世界だと、多分若き敏腕プロデューサーとかやってると思う。

・椛マーク
下手人は勿論早苗さん。

・『オペレーション:チシャ猫』
そういえばエイプリルフールで本当にチシャ猫役でしたね。

・今回のステージ
お察しの通り、デレマス6thのイメージ。ただしトロッコは無し。

・マーリンピックアップ
バビロニアアニメ放送記念であると信じて……!



 絶妙に今までなかったアイドルっぽいことをするリハーサル編です。主にデレマスライブ円盤の特典である『シンデレラの舞台裏』を参考にしています。



『どうでもいい小話』

 先日はエイプリルフールでしたね。ということで今年のささやかなネタを放り投げておいたので、お暇でしたら活動報告を覗いてみてください。


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Episode14 リハーサルのお時間です 2

久々に準オリキャラ(?)登場。


 

 

 

 初ステージを堪能したところで、リハーサルの準備をするために一度更衣室に引っ込む。

 

「そーいえば、今日はアイツらはこねーんだよな?」

 

 リハーサル用のジャージに着替えていると、冬馬からそんなことを尋ねられた。

 

「ん? 誰?」

 

「ゲスト出演の」

 

「あぁ、旭さんとアカリ?」

 

「別次元の話やめろ」

 

 最初から世界観を統一しておけば『アイ転バース』という名で色々と派生しやすかったものの……。

 

「そーじゃなくて、東豪寺の三人だよ」

 

「あぁ、麗華たちか」

 

「ダメだよ良太郎君、そこはちゃんと『りんちゃんたち』って言ってあげないと」

 

「なんで?」

 

 北斗さんの謎指摘はともかく、今日のリハーサルに魔王エンジェルは不参加である。

 

「アイツらもアイツらで忙しいからなぁ」

 

 流石に事務所が違うと予定も合わせづらい。恐らく俺たち全員と通しで合わせられるタイミングは本番直前まで存在しないだろう。

 

「ダメだよ良太郎君、忙しくても夜に少しぐらいりんちゃんのために時間を作ってあげないと」

 

「だからなんで?」

 

 さっきから北斗さんの謎指摘がよく分からない。冬馬に視線を向けてみるがこいつもよく分かっていなさそうに肩を竦めた。次に翔太に視線を向けると、何故かこっちには馬鹿にされたような目で見られた。解せぬ。

 

「はぁ……良太郎君のこれも、まだ先が長そうだね」

 

「こっち関係は冬馬君と揃って残念なんだもんねー」

 

「本当にどういうこと?」

 

「なんかついでに俺までディスられてねーかオイ」

 

 そんなことを話しながら、男四人でぐだぐだと着替えを済ませるのだった。

 

 

 

「私、今回の演出家の方は初めてです……」

 

「そうでしたっけ?」

 

 着替えを終えてステージに向かう途中で同じく着替えを終えた女子組と合流したのだが、その際に美優さんがそんなことを呟いた。それに対して「あー私も初めてー」と志希が挙手をする。

 

「私は……以前、恵美さんとまゆさんと一緒のステージに立たせていただいたときに、一度」

 

「アタシとまゆも、お仕事させてもらったのって最近になってからだよねー?」

 

「はい。まだまゆたちは、そのレベルじゃなかったですから」

 

 元祖三人娘も、数えるぐらいしか仕事をしたことがないらしい。

 

「俺はデビューしてすぐの頃からずっとお世話になってるからなぁ」

 

「寧ろあの人、『俺は周藤良太郎と共に成長してきた』ってあっちこっちで吹聴してるぞ」

 

「えっ」

 

 冬馬から教わったそれは流石に俺も知らなった。

 

 まぁ確かに今でこそ業界でかなりの大物演出家として名を馳せているが、俺がデビューしたばかりの頃はあの人もまだ売れる前だったんだよな。そういう意味ならば、俺と一緒に成長してきたっていう言葉もあながち間違いではないと思う。

 

「あの人を演出に迎えることが出来るっていうことが、アイドルの中では一種のステータス扱いになってるからね」

 

「俺たちも961にいた頃じゃ無理で、こっちに移籍してようやく演出を引き受けてくれたんだったな」

 

「ふーん」

 

 翔太と北斗さんの言っていることは知っていた。しかし、昔なじみの演出家という認識の方が強い俺にとってはイマイチピンと来なかった。

 

「良太郎さんは実感湧かないかもしれないですけど、凄い人なんですよ。……アレ以外は」

 

「まゆも初めてお仕事させてもらった時は緊張しちゃいましたよ。……アレは流石にないですけど」

 

「俺たちも世話になってるからな。……アレだけは慣れないけど」

 

 どうにも()()が不評のようである。俺としては、あれはあれで大変個性的で面白いと思うんだけどなぁ。

 

 そんなことを話している内に、再び九人のアイドル組がステージの舞台裏に戻って来た。既に俺たち全員分の名前が割り振られたマイクが用意されており、それぞれのマイクを取ってステージの上へ。

 

 スタッフたちによりリハーサルの準備は終わっており、俺たちの到着待ちだったようである。そして俺たちの姿を確認するなり、客席に仮組みされた音響ブースから壮年の男性がマイクを片手に立ち上がった。

 

『はい、それでは全員揃っていただけたということで、リハーサルを始めさせていただきたいと思います。……と、その前に、今回初めてお仕事をさせていただく方もいらっしゃるので、改めてご挨拶をさせていただきたいと思います』

 

 男性は被っていた中折れ帽を軽く持ち上げてこちらに会釈をした。

 

『今回の感謝祭ライブで、企画・演出を担当させていただくJANGO(ジャンゴ)です。よろしくお願いします』

 

 これが初対面になる美優さんと志希は勿論、何度も仕事をしている俺たちも全員で『よろしくお願いしまーす』と返事をする。

 

 彼こそがアイドル『周藤良太郎』のデビュー当初からほとんどのライブの演出を担ってくれた大物演出家だ。数々の斬新な演出を考え出す発想力の他、俺自身からの提案に対しても『周藤良太郎』に全く臆さずに意見をくれる貴重な存在でもある。俺がこの業界で強い信頼を置いている人物の一人と言っても過言ではないだろう。

 

『えー、それで今からリハーサルを始めていくわけなんですが……ちょっとだけ、このおじさんに時間をください』

 

 JANGO先生は帽子を被りなおしながら椅子に座った。

 

『今回のライブの企画・演出として声をかけられたことを、自分は大変光栄に思っています。何度も良太郎君のライブのお手伝いをさせていただいて、最近だとジュピターさんやピーチフィズさんのお手伝いもさせてもらって。そして123プロ初の感謝祭ライブなんていう重要なものが、自分の演出でいいのかって思ったりもしました』

 

 「流石に責任重大すぎて三キロ痩せちゃったよ」という発言に小さく笑いが起こる。

 

『それでも、他ならぬ123プロさんから直々に「お願いします」と言われてしまった以上、自分もそれ相応の覚悟を決めないといけないと思いました。今回のこのライブ、自分の演出家としての人生全てをかけるつもりで挑ませていただきたいと思っています』

 

「先生、重いっす」

 

『普段から軽い君に言われたくないでーす』

 

「軽くねぇよ!?」

 

 人には言えないけど、これでも『死』という人生におけるクライマックスを一度経験してきた身ですよ!?

 

 とまぁこんな感じに気さくに軽口を叩けるぐらいには昔なじみの先生なのだ。

 

『皆さんの全力を引き出せるぐらい、自分も全力以上で取り組ませていただきますので、よろしくお願いします!』

 

 再び立ち上がり、まるで新人のように声を張り上げて頭を下げるJANGO先生。……それだけ本気で、このライブを素晴らしいものにしようと考えてくれているのだろう。

 

「先生、こちらこそよろしくお願いします。勿論、他のスタッフの皆さんも一緒に、最高のライブにしましょう」

 

『よろしくお願いします!』

 

 俺の言葉に合わせてみんなも声を合わせると、会場内はリハーサルすら始まっていないというのにスタッフ一同による拍手が響き渡るのだった。

 

 

 

(((……でもやっぱり、あの()()()()()()()()()()()だけはないなぁ……)))

 

 

 

 

 

 

 JANGO先生と良太郎の軽い挨拶が終わり、ようやくリハーサルスタートだ。ライブの進行に沿って一つずつ確認をしていくので、まずはオープニングからである。

 

 先生は『大まかな段取りは前もって渡してあるから目を通して貰ってると思うけど』という前置きをしてから説明を始めた。

 

『まずメイン(ステージ)のスクリーンに、一人ずつシルエットが浮かび上がります』

 

 そのあとスクリーンがゆっくり開いてそこから登場……と思いきや、そこには誰もいない。

 

『観客の視線がそこに集まってるその瞬間に、まずはバックのポップ(アップ)からケットシーの二人と美優ちゃんが登場します。勿論、ちゃんとSEとライト入れるから気付かれないってことはないはずでーす』

 

 先生の注釈に一ノ瀬が「それなら安心~」とコメントを入れると、スタッフから小さく笑いが聞こえた。

 

『続いてセンターのポップからピーチフィズの二人、メインのポップからジュピターの三人です。皆さん登場時の一言を考えておいて下さいね』

 

「一言か~……アタシとまゆは、いつものアレでもいいのかな?」

 

「アレ、ですねぇ」

 

 アレとは、多分ピーチフィズとして登場する際の前口上のことだろう。

 

 既にお決まりの文句がある所と佐久間はいいが、そういうのが特に決まっていない他のメンバーは「どうしようか」と思案顔である。かくいう俺も、どういうセリフにするか頭を捻る。

 

「俺もアレがあるし、みんな存分に悩んでくれ」

 

『あっ、ちなみに良太郎君の例のアレは全員で使うので、また別のやつを考えておいて下さーい』

 

「たった今アレが使えなくなった件について」

 

 「マジかー」と額に手を当てる良太郎。ここでいう例のアレというのは、『周藤良太郎』おなじみの「周藤良太郎は、いかがですか?」のセリフのことだろう。

 

「俺たち全員でやるんすね」

 

『そう。良太郎君の決め台詞として有名だけど、今回は123プロとして使わせてもらおうと思ってね。勿論、事務所の許可は下りてるよ』

 

『聞いてないぞ兄貴ー!』

 

 この場にいない社長に向けて良太郎がマイクを使って叫ぶ。

 

『話が逸れちゃったから戻すよー。最後、再びセンターに戻って、そこから良太郎君がポップで登場。良太郎君の一言を貰ってから、全員で「123プロは、いかがですか?」』

 

 そこからライブスタート……と。確か一曲目は良太郎の『恩 Your Mark』だったな。

 

 今回のライブ、それぞれの持ち歌をそれぞれが歌うのは勿論だが、全員で歌ったりメンバーをシャッフルしたりもする。なにせ全員曲が新曲しかないのだから、オープニングやアンコールなど、全員で歌う場面ではこういう形にせざるを得ないのだ。

 

 ちなみに新曲は全体曲一つだけじゃない上に、サプライズ用の隠し玉というものも用意している。そのために色々と手回しをしたらしいが……まぁ、確かにアレはファンにとっちゃ堪らないんだろうな。

 

(しっかし)

 

 登場時の演出について先生に意見をする良太郎をチラリと横目で見る。

 

(打ち合わせは本当に真面目なんだよなぁ、コイツ)

 

 普段の言動で騙されるが、周藤良太郎は仕事に対して誰よりも真摯である。以前のコラボ企画のときもそうだったが、こうしてライブの打ち合わせなどをしている際はいつものふざけた態度が完全になりを潜めるのだ。

 

 メリハリがついていると言えば聞こえはいいが……なんというか、釈然としないものを感じてしまうのは、俺がひねくれているからだとは考えたくない。

 

 ただ、北沢が苦虫を噛みしめたような表情で良太郎を見ているところを見ると、少なくともこの複雑な感情を抱いているのは俺一人ではなさそうだった。

 

 

 

(……あれ、北斗クン! 今回のオチは!?)

 

(たまにはこうやって何事もなく次話に続くことだってあるさ、翔太)

 

 

 




・旭さんとアカリ
それぞれ作者の別作品『かえでさんといっしょ』『ころめぐといっしょ』の主人公となっております(ステマ)

・アイ転バース
「オッケー、もう一度だけ説明しよう」

・演出家のJANGO先生
・ハート形のサングラス
元ネタは勿論、アイマス関係のライブではおなじみのあの方。
しかし何故かこちらの世界ではワンピースの『1・2のジャンゴ』の見た目となってしまった。ドーシテコーナッタ。

・ピーチフィズのアレ
決め台詞考えてあったはずなんだけど、読み返してみたらまだ一度も言ってなかったらしい。

・良太郎のアレ
覚えていた人が果たしてどれだけいることやら。

・『恩 Your Mark』
久々に考えた良太郎の楽曲。相変わらずのネーミングセンスである。



(いきなりステージに立ってのリハーサルはしないんじゃないか、というツッコミは無しの方向でお願いします)

 関係者チケットの行方を隠さないといけないから、他の事務所視点書けないのが辛いなー……なんとかならないかなぁ。



『どうでもよくない小話』

 デレ7th開催決定いいいぃぃぃ!

 しかもまた地元愛知だあああぁぁぁ! いやっふうううぅぅぅ!


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Episode15 リハーサルのお時間です 3

とりとめもないお話のお話。


 

 

 

「えっ、美優さんポップの経験なかったんですか?」

 

「はい、実は……」

 

「あたしもないー」

 

 オープニングの確認も終わり、一旦舞台上から捌けるというタイミングで美優さんと志希からそんなカミングアウトがあった。

 

 それぞれの配置についていたメンバーが「なんだなんだ」と集まってくる。

 

「二人ともポップ未経験なんだってさ」

 

「へーそうだったんだー」

 

「大きな箱でのステージじゃないとないからねー」

 

 恵美ちゃんと翔太が「不思議じゃないねー」と頷く。

 

「それじゃあ、ちょっと練習しておいた方がいいんじゃないですかぁ?」

 

「そうだね。これって意外と難しいし」

 

「そ、そうなんですか?」

 

 まゆちゃんと北斗さんの言う通り。要するに急速上昇する一人用エレベーターなのだが、直前まで身を隠さなければいけない都合上、上昇中にしゃがんでる状態から立ち上がらなければならない。そのときにバランスを崩しやすいのだ。

 

「試しに一回やってみましょうか。……JANGOさーん?」

 

『大丈夫ですよー』

 

 JANGOさんの許可も得たので、急遽美優さんと志希のポップ練習の時間となった。

 

「それじゃあまずはお手本を……ヘイスタッフっ!」

 

 真ん中のポップの位置に立ってパチンと指を鳴らすと、そのまま下で待機してくれていたスタッフがガラガラとポップを下ろしてくれた。

 

「何仕込んでんだよ」

 

「いや俺もノリでやっただけだからこんなに素早く対応してくれて驚いてる」

 

 今回のスタッフも優秀な人が揃っているようで何よりだ。これなら俺がいくら無茶ぶりしても大丈夫だな!

 

「そのための優秀さじゃねぇよ」

 

 ともあれ、まずは基本的な解説から始めていこう。

 

「正式名称は『ポップアップリフター』。電動式や油圧式もあるけど、安全面への考慮から大体手動で動かしてるよ」

 

 手動の方が勢いとかスピードとか自由に変えやすいからね。

 

「ポップに乗ったらちゃんとしゃがむこと」

 

 危ないというのもあるが、身を屈めておかないと二階席からの角度の問題で頭が見えてしまうのだ。

 

「ん」

 

 チョイチョイとスタッフに指で指示を出すと「いちにさんしーにーにっさんしー」とカウントが始まる。

 

「ゴーッ!」

 

 二人がかりでポップが急激に持ち上げられ、クイッと上からの力がかかる。そして頂点に到達すると同時に――。

 

 

 

「ヘーイッ!」

 

 

 

 ――大ジャンプからのインディーグラブ! メソッドグラブ! 右膝と右の拳をステージに打ち付けるように着地!

 

「……とまぁこんな感じに」

 

「参考にさせる気ねぇだろお前。スーパーヒーロー着地は膝に悪いぞ」

 

「エンドゲーム、26日公開!」

 

「俺も楽しみにしてる……じゃなくて」

 

「展開としては、まぁその後にファーフロムホームの公開が決まってる時点でお察しだよな」

 

「マズい方向に話を広げるんじゃねぇ」

 

 調子に乗って全く参考にならなかった俺のポップテクは置いておいて、代わりに今度は恵美ちゃんからお手本を見せてもらうことになった。

 

「それじゃあ行くよー!」

 

 上から見下ろす恵美ちゃんの胸の谷間を堪能した後、ポップの位置から二歩三歩と下がる。

 

 再び聞こえてきたスタッフのカウントと共に、恵美ちゃんが勢いよくポップからせり上がって来た。勢いのままに恵美ちゃんも立ち上がりながら少しだけジャンプし、そのまま難なく着地してタタッとステップを踏む。

 

「……イエイッ!」

 

「可愛い!」

 

「褒めるとこそこじゃねぇだろ」

 

 おまけでギャルピースを決めてくれた恵美ちゃんに拍手を送る。それを抜きにしたとしても、ポップでの登場は完璧だった。

 

「まぁ美優さんの場合はキャラ的にゆっくりポップしても問題ないでしょうし、ゆっくりやってもらいましょう」

 

「わ、分かりました」

 

 お手本を見終えたので、次は美優さんの実践である。

 

「というわけでスタッフさん方、俺や恵美ちゃんのときよりもゆっくりでお願いしまーす」

 

 上からスタッフに指示を出しつつ美優さんの胸を上から見下ろす。うーむ流石恵美ちゃんの88に続く85……普段はゆったりした服が多いから分かりづらいけど、今はレッスン用のジャージだからその大きさをしっかりと把握することが出来た。

 

「お前イチイチ寄ってる理由丸わかりだからな」

 

「寧ろ分からない奴いるの?」

 

「コイツ開き直りやがった……」

 

 スタッフを含め、この場に『周藤良太郎』の性癖を把握していない人が今更いるとは思えなかった。なんならオススメのグラビアアイドルを教えてくれるスタッフがいるぐらいだ。スタッフとの結束も強いぞ!

 

「ねーねー、まゆちゃん的にあーいうリョータローはありなの?」

 

「ない良太郎さんなんてありませぇん♡」

 

 そんな志希とまゆちゃんの会話を聞き流しつつ、改めて美優さんのポップ初体験である。

 

「それじゃあスタッフ方、お願いします」

 

 俺が合図を出すと、見えないステージの下から再びスタッフのカウントが聞こえてきた。

 

 俺や恵美ちゃんよりだいぶゆっくりと美優さんがせり上がって来る。そしてそのスピードと同じぐらいゆっくりと美優さんはしゃがんだ状態から立ち上がり……。

 

「きゃっ」

 

 頂点に達してガタッと揺れたことでバランスを崩してしまった美優さん。

 

「おっと」

 

 そんな美優さんを助けたのは、いつの間にか近付いていた北斗さんだった。前のめりに倒れそうになった美優さんの横から右手で右手を取り、左手は彼女の肩を支えていた。

 

「気を付けてくださいね、美優さん」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 ……なんだろう、すっごい主人公ムーブを見せつけられた。あぁいうのを自然と出来るからイケメンなんだろうなー。

 

「今『それに比べてお前は』とか思っただろ!?」

 

「いきなりなんだ!?」

 

 なんか別次元からの電波を感じてイラッとした。

 

 ヘーン! いいもんねー! 俺は恵美ちゃんやまゆちゃんたちと同じ次元で生きてるもんねー!

 

 

 

 ちなみに、志希の奴は一発で成功させた上に見事なジャンプまで披露してみせた。天才が体力と体幹鍛えればそりゃこうなるよなぁ……とジャンプで揺れた胸を見ながらそう思った。

 

 

 

 

 

 

 ポップの練習が終わったところでリハーサルを再開。セットリストの順番に確認をしていき、今はステージ上でまゆちゃんが『アムリタ』を歌っている。この曲はまゆちゃんがピアノを演奏ながらの弾き語りをするので、彼女の歌声と共にピアノの音色も聞こえてきた。

 

「良太郎さん狂いの上に、最近はさらにハイスペックな志希さんが来たことで隠れがちですけど、まゆさんもかなりのハイスペックなんですよね」

 

 一番最初のそれがマイナス点として扱われているのが若干不服であるが、まぁ確かに志保ちゃんの言うことには一理あった。

 

「基本的になんでもそつなくこなす子だからねぇ。本当は初めて出来た後輩だからもうちょっと色々と面倒見てあげたかったんだけど、すぐにその必要もなくなったから」

 

 バックダンサー組時代にレッスンを見ては上げたけど、あくまでレッスンだけ。アイドルとしての基礎をしっかりと持っていたので、まさしくアイドルになるべくしてなった子だなぁと思ったのを覚えている。

 

「……まゆ、アンタも知らないところで色々とフラグ折ってたんだねぇ……」

 

「ん? 恵美ちゃん何か言った?」

 

「いえ、なんにもー」

 

 いや、実際には聞こえていたんだけど、内容がイマイチ……まゆちゃんが一体なんのフラグを折っていたというのだろうか……恵美ちゃんとのフラグ? えっ、なにそれお兄さんすっごい興味が湧いたんだけど!?

 

「でも弾き語りだったら、りょーたろー君も出来るでしょ? シャイニーフェスタでやってたじゃん」

 

「あぁ。俺はギターだけどな」

 

 123プロ所属アイドルになった直後に招かれた南の島で『Re:birthday』の生演奏&弾き語りを披露したことを思い出した。

 

「そうだ! リョータローさんもギターの弾き語りしたら!?」

 

 恵美ちゃんが「これは名案!」と言わんばかりにパチンと手を叩いた。

 

 確かに盛り上がる要素にはなると思うが。

 

「あれ以来、めっきりギターなんて弾いてないからなぁ」

 

 もしかして忘れてるかもしれない。

 

「えー?」

 

「でもまぁ、案外触ってるうちに思い出すかも」

 

 恵美ちゃんが残念そうな声を出したので、女の子の願いを無下にするわけにはいかないとチャレンジしてみることにする。

 

「って、ギターなんて何処にあるんだよ」

 

「ヘイスタッフっ!」

 

 再びパチンと指を鳴らすと、何処からともなく現れたスタッフが一台のエレキギターを持ってきた。

 

「……って、あるのかよ!? 何処から持ってきたんだよ!?」

 

 冬馬のツッコミはもっともで、俺も冗談のつもりだったから普通に驚いている。

 

 スタッフに話を聞くと、セットリスト内にバックバンドによる生演奏をする曲があり、そのバンドのものを借りてきてくれたらしいのだが……。

 

「対応が早すぎるだろ……」

 

「まさか『周藤良太郎』のライブは裏方まで優秀(へんたい)な人材が揃っているとは……」

 

 志保ちゃんが何やら失礼なルビを振っていたが、残念ながらこれには俺もぐうの音も出なかった。

 

 気を取り直して、早速ギターに触ってみることにする。スタッフがギターと一緒に持ってきた小型アンプにプラグを挿して軽く音を確認する。

 

「あれ、良太郎君、絶対音感とか持ってたっけ?」

 

「持ってないですよ、北斗さん。そんな大層なものじゃなくて、あくまで音が俺の感覚と違わないかどうか確認してるだけです」

 

「それを絶対音感って言うんじゃ……?」

 

 どうやらあらかじめチューニングを終えているギターを持ってきてくれていたようで、チューニングをし直す必要はなかった。

 

「それじゃあ適当に一曲……」

 

「「わーい!」」

 

 恵美ちゃんと志希がパチパチと拍手をくれた。

 

 えっと、そうだなぁ……と悩みながらジャカジャカと掻き鳴らす。

 

「……ん? おい良太郎、コレって」

 

 

 

「街を包む、ミッドナイト――」

 

「コブラじゃねーかっ!」

 

 

 

 まぁそんなやり取りがあったものの、とりあえずまだギターは弾けることが判明。JANGOさんにお願いして急遽俺も弾き語りパートを設けてもらうことになったとさ。

 

 

 

 

 

 

おまけ『いや待て、この孤独なシルエットは……?』

 

 

 

「ところで良太郎、オープニングで映す予定のあのシルエット……左手を真上に持ち上げて右手を添えてるポーズは一体なんだ?」

 

「当ててみな、ハワイへご招待するぜ」

 

「やっぱりコブラじゃねーかっ!」

 

 

 




・ポップアップ
アニメでもニュージェネが飛び出したりしてたアレ。
デレのライブの円盤の舞台裏特典が参考資料です。

・インディーグラブ
・メソッドグラブ
ともにスノボーのテクの名称で、簡単に言うと空中で足に触る技。

・スーパーヒーロー着地
本当は『三点着地』というらしいけど、実写版デップーさんがこう呼んだことでこっちが定着してしまった感がある。

・エンドゲーム
・ファーフロムホーム
ともにアベンジャーズとスパイダーマンの最新作。今から超楽しみ。

・88に続く85
恵美(88)美優(85)志希(83)志保(83)まゆ(78)
……こうして並べると本当に志保ってすげぇ(小並感)

・『アムリタ』
まゆの中の人のファーストシングルで劇場版ツバサクロニクルの主題歌。
雪歩がカバーしてるから、実質アイマス曲だよね!(暴論)

・「コブラじゃねーかっ!」
これも実質アイマスだから(暴論)

・おまけ『いや待て、この孤独なシルエットは……?』
コブラネタが分からない場合は『アイドルマスター(コブラ)』で検索しよう!



 リハーサル中の舞台裏のとりとめもないお話でしたとさ。

 次回はちょっとだけ真面目な話をしてから、リハーサルの締めになります。



『どうでもよくない小話』

 4月15日は恵美の誕生日でした! おめでとうめぐみぃ!

 そして一年書き続けてきた『ころめぐといっしょ』最終話の公開日でもありますので、もしよろしければそちらもどうぞ!


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Episode16 リハーサルのお時間です 4

外伝の割には新キャラ多いなぁというリハーサル回最終話。


 

 

 

 さて、ライブの最中に一番時間を取られることはなんだろうか。勿論ライブなのだから歌の時間が一番長く、次いでMCの時間が長い。しかしそういうことではなく『裏に入った出演者は一体何に時間を取られるのか』ということだ。

 

 長丁場のライブなので休憩だって大事だし、段取りのチェックだって大事だ。しかしそれらと同時進行してでもやらなければいけないことがあるのだ。

 

 

 

『……はいストーップ!』

 

 JANGOさんの一声で、自分たちの立ち位置についた俺たちは動きを止める。

 

『……うーん、ちょっと厳しいかなぁ……?』

 

「す、すみません……! 私が手間取ったばっかりに……!」

 

 ぐぬぬと唸るJANGOさんに、美優さんが慌てた様子でペコペコと頭を下げる。

 

『あぁいえ、三船さんだけの問題じゃないですから』

 

「全体的にバタついてたからねぇ」

 

 微妙に『三船さんにも責任がある』ことを否定しなかったJANGOさんの言葉はさておき、順調に進んできたリハーサルにおいて解決しなければいけない問題が発生してしまった。

 

 すなわち『早着替え』である。

 

 俺の単独ライブの場合、当然他に共演者もいないので俺の出番が連続する。しかしずっと同じ衣装というわけにもいかないので衣装替えを挟むと、どうしても空白の時間が生まれてしまう。それを最小限にするために、裏に引っ込んだらその場で着替えてすぐにステージの上に戻るなんてことはザラだった。

 

 勿論今回は単独ライブというわけじゃないため、曲が連続することはほぼなく、着替える時間も十分に確保されている。

 

 しかし問題はアンコールだった。今回のライブでは全員での曲を歌い終えてから一旦下がり、アンコールを受けて再び全員でステージの上に戻るという構成になっている。つまりステージ上に誰もいないタイミングが発生するのである。

 

 そこで一度、本番と同じように全体曲を終えて一度裏に戻り、それぞれが着替えて戻ってくる時間を計ってみたのだが……結果は芳しくなかった。

 

「俺一人だったら、すぐそこで着替えちまうんだけどな」

 

「僕たちもそうだよ」

 

 俺やジュピターの男性陣は裏に戻った途端、その場で着替えるということは何度も経験済みだ。元々男だからそういうことに対して抵抗がないというのもあるが、慣れてしまったというのが本音だ。

 

 しかし問題は、今回のライブが()()()()だということである。

 

「アタシはそこまで気にしないんだけどなぁ」

 

「あたしもー」

 

 恵美ちゃんと志希は俺たちや男性スタッフたちの前で着替えることに対して抵抗はなさそうだった。

 

「私は、その……必要ならば」

 

「まゆも同じくですぅ」

 

 こちらの二人は少々抵抗ありそうだったが、アイドルとしての意識の高さ故に我慢するといった様子。

 

 おっ! これは恵美ちゃんたちの生着替えもとい早着替えを間近で! ……と普段のノリだったら言っているところであるが、生憎今の俺はお仕事モードなので自然と口が自粛している。

 

 それに加え、残った一番の最年長である美優さんが――。

 

「……が、頑張ります……!」

 

「JANGOさん、何とか時間確保しましょう」

 

『うん、俺もそう思う』

 

 ――見ているこっちが申し訳なくなるぐらい顔が強張っているものだから、罪悪感が先立ってしまってそれどころじゃなかった。

 

 出演者一人のために演出を変えるのも如何なものかと言われそうであるが、これは『どのようにして出演者全員の着替えの時間を確保しつつ、ステージ上の空白の時間を縮めるか』というある種のチャレンジだ。

 

「俺のライブのときだと、『Re:birthday』のインスト流しておいたら自然に観客による合唱が始まったけど」

 

 本当は数秒だけ流すつもりだったのだが、みんながノリノリで歌い続けるもんだから「もうちょっとだけ流しとくか」と予定を変更して一曲丸々流したことがあった。

 

「それは訓練されたりょーいん患者だからなせる業では……」

 

『良太郎君のライブならそれでもいいかもしれないけどね』

 

 志保ちゃんとJANGOさんからのツッコミが入り、やんわりと却下されてしまった。妙案だと思ったのだが、ダメだったか。

 

「着替え終わるのが早い僕たちで先にステージに立つ?」

 

「でもアンコール後に全体曲だし、曲の前にMCを挟むのは雰囲気的にちょっと」

 

『あと非常に失礼なことだとは重々承知の上で言わせていただくと良太郎君の後に女性陣が登場するとなると……』

 

「まぁ、『周藤良太郎』の後に登場するにはまゆたちじゃ役者不足ですよねぇ」

 

 翔太の提案には北斗さんがやんわりと反論し、JANGOさんが言いづらかった部分をまゆちゃんがきっぱりと言い切った。

 

 そう、それがこのライブでの欠点というかなんというか。

 

 事務所の感謝祭ライブと銘打っているものの、世間では『周藤良太郎のライブ』という見方をされていることが多いのだ。765プロ感謝祭ライブで竜宮小町とその他みたいな扱いをされていたのと似たような状況である。

 

 勿論、申し訳ないがその頃の春香ちゃんたちと今のジュピターやピーチフィズのみんなでは知名度や人気に天と地ほどの差がある。それでも『周藤良太郎』が今回のライブのセンターである以上、どうしてもその扱いに上下関係が生まれてしまうのだ。

 

 冬馬たちがそれを了承してくれているため、一概に悪いこととは言わないが……全員でステージを作るつもりの俺としては、若干もやもやしてる事柄である。

 

 話を戻すと、翔太の提案の欠点は『メインである周藤良太郎より後にメンバーの登場がある』という点で……。

 

「……ん? そうだよ、一斉にステージに立つんじゃなくて順番に出ていけばいいだけの話じゃん」

 

「え?」

 

「だからそれが出来ないという結論になったばかりで……」

 

 恵美ちゃんが首を傾げ、志保ちゃんが呆れたような目を向けてくるが、そうじゃないのだ。

 

「だから女性陣が着替え終わるのを待って、俺が最後に出ればいいんでしょ?」

 

「「「「「……あ」」」」」

 

『あー、そうか、着替え終わるイコールステージに戻るって考えに固執しすぎてた』

 

 全員で「どうしてこんな簡単なことに気付かなかった」と自分自身に呆れた様子である。

 

「これなら女性陣の着替えの時間をちゃんと確保出来るね」

 

 それでもノンビリと着替える時間はないのだが、舞台裏の人前で着替えるという事態だけは避けることが出来そうである。

 

 ……ちょっとだけ残念に思っているのは、紛れもない事実なので否定はしないけどね!

 

「というわけでJANGOさん、アンコール曲の演出変更お願いしまーす」

 

『うーん……分かった、やってみます』

 

 当初予定していた一斉登場のプランからは大きく変更することになったが、JANGOさんは苦笑しつつも了承してくれた。流石、幾度となく俺の無茶ぶりにも応えてくれた名演出家である。

 

「ついでに、どうせだったら準備に時間がかかる仕掛けを用意してから登場するのもいいかも」

 

『例えば?』

 

「……上からとか?」

 

『舞台装置から変えろって!?』

 

 流石に無茶ぶりが過ぎた。

 

 

 

 

 

 

「……そーいえばなんだけどよ」

 

「んだよ」

 

 舞台裏の休憩スペース。手にした進行表に視線を落したまま、冬馬が返事をする。翔太と北斗さんはそれぞれ別スタッフと打ち合わせに行き、女性陣は全員ステージの上なのでここにはいない。

 

「結局お前たちのチケット、どうしたんだ?」

 

「あぁ」

 

 冬馬はパサリと進行表を手近のテーブルに置き、代わりにペットボトルのスポーツドリンクに手を伸ばした。そして「なんだそんなことか」と言わんばかりに、つまらなさそうにフンッと鼻を鳴らした。

 

「全部まとめて送りつけてやったよ」

 

「オイオイ……」

 

 全部ということは、翔太と北斗さんの分も含めて六枚ということか。それはもはや嫌がらせなのではないだろうか。

 

「それで? 何かしらの連絡はあったか?」

 

「………………」

 

 俺の質問に答えずに無言のままスポーツドリンクを呷る冬馬。

 

「……まぁ、基本的には周藤良太郎(オレ)のこと嫌ってるからなぁ――」

 

 

 

 ――()()()()

 

 

 

 世間一般で熱心な俺のファンを『りょーいん患者』、興味を持たない人を『抗体持ち』と呼ぶようであるが……黒井社長の場合は『アレルギー持ち』とでも呼べばいいのか。俺自身が直接彼に何かをしたわけじゃないのだが……765プロの件とジュピターの件で結構恨みを買ってしまったようである。そもそも俺が『周藤良太郎』という業界の頂点に立ち続ける限り、彼にとっては目の上のタンコブ以外の何物でもないだろう。

 

 そんな黒井社長が『周藤良太郎』の出演するライブに来るとは到底思えない。例え関係者チケットを手に入れたとしても、その考えが変わることはないだろう。

 

 しかしそれを分かっていたとしても冬馬たちは黒井社長をこのライブに呼びたかったのだろう。

 

「……まぁ、送り返されてないから、一応『受け取って貰えた』ということにしておくさ」

 

「寧ろ六枚もチケットあったら、普通は扱いに困りそうなもんだけどな」

 

 チケット自体には凄い価値があるのだが、転売禁止なので二枚以上持っていても意味はない。勿論関係者チケットなのである程度は融通が効くものの、関係者チケットはしっかりと番号で管理されているので、もし悪用された場合にはすぐに分かる。……まぁ、流石にそこまで腐っていないとは信じたい。あの人だって、今でもアイドル業界の一角に名を連ねる芸能事務所の社長なのだから。

 

「もしかしたら事務所のアイドルや()()()に渡してたりして」

 

「『ふんっ! あのような色物事務所のライブに学ぶようなことなどない! そんなことをしている暇があったら街頭でビラ配りでもしていた方がまだマシだ!』とか言いそうだけどな」

 

「言いそうだな」

 

 ともあれ、黒井社長にどうしても来てもらいたいが故に、ジュピターの三人はチケットを六枚も送ったのだ。

 

 自分たちの両親や親友よりも、かつて自分たちのアイドルとしての才能を見初め育ててくれた……『Jupiter』の生みの親である黒井崇男氏に見てもらいたい。そんな想いを込めて。

 

「まぁ、この際あのおっさんが来ようが来まいが関係ねぇよ。俺たちはもっと大勢の奴らに見てもらうために歌って踊()るんだからな」

 

「……そーだな。せめてライブが終わった後でチケットを持っていたことがアイドルや部下にバレて『どうしてくれなかったんですか!?』って黒井社長が怒られるぐらい、どデカい祭りにしてやろうぜ」

 

「ったりめーだ」

 

 ニヤリと笑う冬馬と、コツンと拳をぶつけるのだった。

 

 

 

 

 

 

「……ふんっ。あいつら、余計なことをしおって」

 

「どうしたのパパ? ……あれ、それって」

 

「なっ!? いつの間に後ろに……!?」

 

「って、あぁぁぁ!? それって123プロさんの感謝祭ライブのチケット!? なんで!? どーして!?」

 

「ち、違う! これはそんなものじゃない!」

 

「だったらどうして隠すの!? ちょっとパパ!?」

 

 

 

 

 

 

 そしてついに――。

 

 

 

 ――感謝祭ライブ当日がやって来た。

 

 

 




・早着替え
この辺りの下りは『シンデレラの舞台裏』4thSSA二日目のやり取りを参考にしました。

・インスト流しておいたら自然に観客による合唱
これも4thSSA二日目の一場面。作者も一緒になってGOIN歌ってた。

・ジュピターのチケット
まさかの黒井社長全ぶっぱである。これは流石に予想外だろう。

・『アレルギー持ち』
この世界だと『抗体持ち』よりもかなり数が少ないが、全くいないわけじゃない。

・あの娘
勿論、961のあの娘です。



 というわけで若干グダグダしましたが、リハーサル終了です。だいぶ作者の想像が入っているので、本物のリハーサルはもっと大変なんだろうなぁ。

 そしてついに次回は本番当日……なのですが、一旦番外編挟みます。外伝の真っ最中なのに番外編とはこれいかに……。



『どうでもよくない小話』

 ついに第八回総選挙の投票が始まりましたね。

 楓さんと唯ちゃん頑張れ! あと未央と加蓮も頑張れ!


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番外編49 もし○○と恋仲だったら 19

平成最後の日の更新!


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 それはとある休日のこと。遊びに来た良太郎の部屋で、彼のベッドに寝そべりながら雑誌を読んでいたときのことだった。

 

 

 

「イエスっ! パーティータイムだコラアアアァァァ!!」

 

「きゃあああぁぁぁっ!?」

 

 

 先ほど「ちょっとコンビニに行ってくる」と言って部屋を出ていった良太郎が、突然ドアを蹴破りながら戻ってきた。いくら自分の部屋だからとはいえ、流石に開け方が乱暴すぎやしないだろうか。

 

「……なんか未央にしては随分と可愛らしい驚き方だったな」

 

「それは流石に酷い暴言じゃないかな!?」

 

 曰く「なんか『うおぉぉぉ!?』ってイメージだった」とのこと。失礼な!

 

「りょ、良太郎の前だと……け、結構女の子らしくしてたつもりなんだけどなー……」

 

 自分で言っておいて少し照れくさくて、最近伸ばしている髪の毛の先を指で弄る。

 

ゴメンナサイ(恥じらいとはやるじゃないか)

 

 すると何故か、突然良太郎が謝罪の言葉を口にしながらその場に崩れ落ちた。本当に一体なんなのだろうか……。

 

 

 

「それで? 結局なんなの?」

 

「あぁ、実は帰ってくる途中でポストを覗いたら、こんなものが入っててな」

 

 良太郎がコンビニの袋を机に置きながら雑に放り投げてきた封筒を受け取る。しかし封筒と言ってもなにやら高級感が溢れるデザインで、どうやら蝋で封がされていた形跡もあった。

 

「何コレ」

 

「359プロ社長の婚約パーティーへの招待状」

 

「へぇ、どーりで高級感が溢れて……359プロの社長っ!?」

 

 『アジア最大』と呼ばれる中国の芸能事務所の社長ともなると、それこそ世界レベルのセレブであり有名人だ。

 

「……ん? ヘレンさんからメッセージ……『今、世界レベルの話をしたわね?』……?」

 

 良太郎がなにやら首を傾げているが、一体良太郎がどうしてそんな大物の婚約パーティーに招待されるのかと私も首を傾げる。しかしよくよく考えたら『周藤良太郎』も世界レベルの有名人だった。

 

「またヘレンさん……だから世界レベルの話はしてないですって」

 

「いやーすっごいねぇ、流石周藤良太郎……こんなセレブのパーティーだったら、きっと料理とか凄いんだろうね。羨ましいなー」

 

「お前も行くんだぞ?」

 

「……え?」

 

 スマホで誰かにメッセージを送っている良太郎にしれっとトンデモナイことを言われた。

 

「なんで!?」

 

「読んでみなって」

 

 良太郎に促され、封筒の中から招待状を取り出して内容を確認する。

 

「……ゴメン、読めないデス」

 

「あ、スマン」

 

 英語ですら怪しいというのに、中国語で書かれた招待状を読めるはずがなかった。

 

「まぁ簡単に言うと『是非パートナーと一緒にご参加ください』みたいなことが書かれてたんだよ」

 

「ぱ、パートナー」

 

 婚約パーティーに連れていくパートナーというのは、勿論そういう意味のパートナーということだろう。私は良太郎の恋人なのだからパートナーとしては適切なんだろうけど……なんというか、少しだけ気恥ずかしかった。

 

「というわけで来月だ。来てくれるよな?」

 

「う、うん」

 

 そして『私がパートナーとして一緒に来てくれる』と信じて疑っていない良太郎に思わず嬉しくなってしまう辺り、本当に私は良太郎のことが大好きなんだなぁと自覚してしまって恥ずかしくなった。

 

「よし。……ちなみに、パーティー用のドレスとかは?」

 

「……無いデス」

 

「そろそろ十八にもなる芸能人が、ドレス持ってないっていうのもどうなのよ」

 

 いや……そういうの着るときって大体撮影のときだし、そういうときは衣装さんが用意してくれるし……。

 

「よし、それじゃあ今から予定変更だ。お前のドレス買いに行くぞ」

 

「えっ、今から!?」

 

 先ほどのコンビニに行くときと同じような気軽さで言われてしまったが、そんなに簡単に買えるようなものなのだろうか。

 

「寧ろ今からオーダーしないと、来月までに間に合わないだろ」

 

 コンビニで買ってきたものを冷蔵庫にしまいながら「ほらほら準備する」と促してくる良太郎。……久しぶりにオフが重なったんだし、今日はのんびりと家デートするつもりだったんだけどなぁ……。

 

(……でも、これは今後のためだよね)

 

 『周藤良太郎』のパートナーとしてパーティーに出席する以上、良太郎に恥をかかせないようにしっかりとしないと。……川島さん辺りに、セレブなパーティーに出席する上で心がけるべきことを聞いておいた方がいいかもしれない。

 

「折角だから、未央の胸が零れんばかりのセクシーなドレスにしないとな」

 

「しないよ!? 絶対にしないよ!?」

 

「冗談だって」

 

 無表情のままHAHAHAとアメリカンナイズな笑い声をあげる良太郎に一抹の不安を抱えたまま、私のドレスを買いに出かけるのだった。

 

 

 

 

 

 

「冗談だって言ったじゃん!」

 

「サイズを測った日から今日までの間に成長したんじゃないか?」

 

「そんなわけあるかー!?」

 

 未央が今日のためにオーダーメイドしたドレスに身を包みながら怒っていた。キッと目を釣り上げて全力でこちらを睨んでくるが、涙目な上に隠そうとしている腕で胸がムニュっとなっているので、残念ながら俺にとっては目の保養にしかなっていなかった。

 

 というわけで、俺は未央とともに359プロ社長の婚約パーティーへと参加することになった。

 

 あの超巨大な芸能事務所をまとめ上げ、自身もアイドルと見紛うほどの美女でありながら大の女好きというなんとも曲者な女社長、曹華琳。そんな華琳の心を射止めたのは、なんと我が元級友であり中国へ渡った途端に何故かアイドルのプロデューサーとして華琳本人から直々にスカウトされた北郷一刀だった。

 

 世間一般的にも意外な組み合わせで、華琳の性格や性癖を知っている人ならば尚更驚くこと間違いなしだ。勿論俺も驚いたが、それと同時に「桃香(とうか)ちゃんか雪蓮(しぇれん)さんを含めた多角関係にようやく終止符が打たれたのか……」と、物語を一つ読み終えたような満足感と喪失感を覚えた。

 

 ちなみに何故日本で開くのかというと一応北郷への配慮らしく、正確には『日本での婚約パーティー』が正しい。中国でも後で盛大に開催するらしいので、元庶民である北郷はこれからしばらく大変だろう。

 

 そんなことを考えつつ、未央とともに会場となるホテルにタクシーでやってきた。

 

「ほらお姫様、お手を」

 

「…ふ、ふーんだ! そんな王子様ムーブしても誤魔化されないんだからね!」

 

 やや胸の部分が強調されたオレンジ色のドレスの未央は、そう言いつつちゃんと俺の手を取ってタクシーから降りる。未央は未央で今日のために色々と勉強してきたらしく、タクシーから降りるとそのまま俺の左腕に自身の右腕を軽く絡めた。

 

 芸能事務所の社長の癖にマスコミ嫌いな華琳のおかげで、取材のカメラのフラッシュなどが一切なく快適な状態でホテルへ入ると、中で待機していたボーイが一礼とともに声をかけてきた。

 

『お待ちしておりました、周藤様』

 

「え?」

 

 中国語だったから何事かと思ったら、ボーイじゃなくてガールだった。というか、ホテルの制服着てから気付くのが遅れたけど、確かこの子は以前北郷の直属の部下だと紹介された子である。

 

(なぎ)ちゃんだったよね?』

 

『はい。周藤様は一刀様の大切なお客様なので、私が直々にご案内させていただきます』

 

『そいつはどうも。ゴメンね、手間かけさせちゃったみたいで』

 

『いえ、お気になさらず』

 

 それではこちらへ、と言って先導してくれる凪ちゃんに付いて行く。

 

「……はぁ〜……中国語読めるのは知ってたけど、やっぱり喋れもするんだね」

 

 広いロビーを歩きながら、未央が感心した様子で顔を覗き込んでくる。その際、身体をこちらに寄せてくるので左腕が大変幸せなことになった。

 

「昔から語学系は得意だったからな。英語と中国語の他には、フランスドイツスペイングロンギオンドゥルetc……」

 

「絶対に使いどころがない言語が混ざってたような気がするんだけど」

 

ゴンバボドバギグ(そんなことないぞ)

 

「なんて!?」

 

 

 

「よう北郷。一足先に人生の墓場に足を突っ込むお前を激励に来てやったぞ。まじザマァ」

 

「久しぶりに会った友人が辛辣な件について」

 

 挨拶もそこそこにコンッと拳を付き合わせる。

 

「その子がお前の恋人?」

 

「あぁ」

 

「ほ、本田未央です!」

 

 一応社長の伴侶になる相手でありこのパーティーの主賓ということで、割と緊張している様子の未央。ここは一つお尻を撫でるぐらいのセクハラでもして緊張を取り除いてやろうか。

 

「っ、きゃあぁっ!?」

 

「ふふっ、いい声で鳴くのね」

 

 しかしもう一人の主賓に先を越されてしまった。

 

「おいコラ華琳、俺のスイートハニーに何してくれてんだ」

 

 怯える未央を女好きの魔の手から抱き寄せるように遠ざける。

 

「軽い冗談よ。あの『周藤良太郎』が選んだ女がどんなものか確かめたかっただけ」

 

 その確認に尻を撫でる必要はないんじゃないだろうか。結果として未央の緊張は解れたようなのだが、なんか納得がいかない。

 

「ちくしょう、俺も後で絶対に撫でるからな!」

 

「そんな宣言を今しなくていいから!」

 

 顔を真っ赤にした未央にポカポカと殴られるのだった。

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「どうしたんだ、こんなところで」

 

 パーティーが始まり、『周藤良太郎』に気付いて話しかけてくる他の招待客と適当な会話をしていると、いつの間に未央がいなくなっていた。一体何処へ行ったのかと探してみたら、彼女はソフトドリンクのグラスを片手に壁の花と化していた。

 

 いつも元気で人の中心にいることが多いムードメーカータイプな未央にしては珍しいそんな様子が少々気になった。

 

「……ううん、人が多くてちょっと疲れちゃっただけ」

 

「本当のこと言わないとここでベロチューするぞ」

 

「ここで!?」

 

 俺としては全然問題ないのだが、流石にそれは避けたい未央は白状し始めた。

 

「別に、良太郎は人気者だなって思っただけだよ」

 

「? 人気者具合でいったら、お前も負けてないだろ?」

 

 『本田未央』といえば、学年に一人はいるであろう男女問わない人気者の典型例と言っても過言ではないだろう。既にお互い卒業している身ではあるが、学校内という限られた範囲ならば俺よりも未央の方が人気者だったはずだ。

 

「そーいうのじゃなくて……」

 

 要領得ないなぁと思いつつ、小さくなっていく未央の声を聞き取ろうと彼女の口元に耳を近付ける。

 

「……さっき褐色チャイナドレス美人にデレデレしてた」

 

 どうやら先ほどまで話をしていた蓮華(れんふぁ)のことを言っているようだ。まさかわざわざ日本での婚約パーティーにまでやって来ているとは思わなかった海の向こうの友人との再会に、思わず話の花が広がってしまったことは認めよう。

 

「デレデレはしてないって」

 

 しかしいくら彼女が褐色大乳美女とはいえ、いつもみたいにじっくりと胸を見たりしていないぞ。いや本当に。

 

 蓮華と話をする際は緊張感を持って細心の注意を払っている。なにせいつもの調子で接しようものならば、また鈴の音とともに()()がやってきて俺の首級を狙ってくることだろう。『周藤良太郎』の首ならば、それはもう我ながら大将首として不足はないだろうが、いくら表情がないとはいえ首から上に愛着があるので持っていかれるのは困るのだ。

 

「俺と蓮華の関係は……」

 

 そうだなぁ……。

 

「ちょっとした誤解からお互いの護衛が殺し合いを始めてしまった程度の仲だ」

 

「ちょっと想像の斜め上だし、それは本当にどういう関係なの!?」

 

 冗談抜きでそれが間違っていない辺り、俺と蓮華は割と奇特な友人関係なんだろう。この詳細はいずれ語ることになる俺の春休みの話を参考にしてくれ。

 

 しかしそうか……未央は俺が蓮華と話をしているところを見て嫉妬してくれたのか。

 

 普段から自分の想いを言葉にして伝えているつもりなのだが、それでもなお不安が拭いきれないところを見ると、普段は明るく振舞っている未央も本当は色んな不安や葛藤を抱えているのだろう。

 

 ……あのシンデレラガール総選挙のときのように……。

 

「わっ、何々!?」

 

 普段明るい元気娘な未央がしょげている姿が可愛くて、思わず側に寄ってグイッと腰を抱き寄せた。手にした飲み物が溢れない程度ではあるものの、急な出来事に驚いた未央も俺に身体を預ける形になり、結果として未央と抱き合う形になった。

 

「心配させてごめんな。俺は未央以外の女の子に目移りなんてしないから」

 

「……ゴメン、もう一回言って?」

 

「……えっと、女の子の胸とかに目移りはするかもしれない」

 

 ジト目の未央に「分かってたけどさー」と頬を抓られた。

 

「そこはせめて『出来るだけ見ないように努力する』ぐらいのことは言って欲しかったなー」

 

「生憎と嘘がつけない性分なんだ」

 

 だから、とより一層未央の身体を抱き寄せる。

 

 

 

「俺は一生未央を愛するよ」

 

 

 

 打たれ弱い未央をこれ以上悲しませることがないように、これだけは絶対に破らない誓い。

 

「普段の行いから、イマイチ信じきれないのは自覚してるけど」

 

「……分かってるなら、もうちょっとだけ気を使って欲しいなぁ……――」

 

 

 

 ――だ、旦那様?

 

 

 

「……そ、それで、私たちはいつまで抱き合ってるのかな? 割と注目集めてるから、そろそろ離れたいんだけど……」

 

「やわっこくて気持ちいいからもうちょっとこのままで」

 

「こらっ!!」

 

 

 




・周藤良太郎(23)
なんやかんやで世界一になったトップアイドル(雑)
級友が一足先に結婚したが、こちらは相手の年齢的なものを加味してお預け中。
たぶんBぐらいは行ってる(昭和的表現)

・本田未央(18)
なんやかんやで良太郎の心を射止めた元ニュージェネリーダー(雑)
多分歴代の恋仲○○シリーズの中でも、一番『彼女』っぽい気がする。
なおこの世界線では既にシンデレラガールに選ばれている(第何回かは未定)

・「イエスっ! パーティータイムだコラアアアァァァ!!」
正直セトリの一番最初にYPTが来るとこんな感じだと思う。

・359プロ
この辺りはLesson210を参照。

・『今、世界レベルの話をしたわね?』
世界レベルとなると、エスパーレベルの察知をする(確信)

・桃香
・雪蓮
・凪
・蓮華
恋姫無双の登場キャラで、それぞれ『劉備』『孫策』『楽進』『孫権』。

・グロンギ
・オンドゥル
ケンジャキさんは最近出演しましたね。五代さんは……まぁ、無理だろうなぁ……。

・ちょっとした誤解からお互いの護衛が殺し合い
Lesson164で触れられたことと併せて考えると、まぁ大体何が起こったのかは分かると思う。



 というわけで、総選挙本田未央応援支援での恋仲○○でした!

 正直、楓さんにもう一度総選挙楽曲を歌ってもらいたいですし、唯ちゃんにもガラスの靴を履いてもらいたいです。それでも、今回は未央を応援すると決めました! 頑張れ未央!

 ちなみにこれとは別に支援短編も公開していますので、もしよろしければ作者ページからどうぞ。アイ転などとは一切繋がりのない短編ですので、ご注意を。

 そして次回は本編に戻ります。いよいよ感謝祭ライブ当日です!(ライブが始まるとは言っていない)

 それでは皆様、令和でお会いしましょう!


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Episode17 いざ、決戦の地へ!

令和最初の更新!


 

 

 

「……ん……?」

 

 目を覚ますと、そこは知らない天井だった……というのが、日本のサブカルチャーにおけるテンプレートらしい。あたしはよく分からないけど。

 

 勿論、寝ている間にこっそりと移動させられていたなんてこともない限り、知らない天井なんてことはない。そこはいつものリョータローの家、ママさんの寝室の天井だった。その証拠に、今もあたしの隣では年下と見紛う可愛らしい女性がくーくーと寝息を立てている。……これで経産婦だというのだから、人体とはなんとも不思議なものだ。ちょっと研究してみたくなる。

 

 リョータローや社長に『お前の一人暮らしは信用ならない』と言われて周藤家で寝泊まりするようになり、借りているマンションに帰ることの方が少なくなってしまった。もうそろそろ向こうのマンションを引き払ってもいいじゃないかという話が出てきたぐらいだ。

 

 ゴロンと寝返りをうって壁にかけられた時計を見てみると、時刻はまだ午前三時。道理でまだママさんが寝ているわけである。勿論あたしだって起きるような時間ではない。

 

「………………」

 

 しかし、今日はやけに目が冴えてしまった。このまま目を瞑っても二度寝は出来そうにない。

 

「……うみゅう……」

 

 なんとも見た目相応な寝言を口にするママさんを起こさないようにそっとベッドを抜け出すと、そのまま寝室を後にする。

 

 日の出前の廊下はまだまだ薄暗く、しかし真っ暗闇というわけでもないので気を付けてリビングへと進む。

 

「……あれ」

 

 リビングから音が聞こえた。それはパタパタというスリッパの音やジャーという水道の音といった生活音だったが、静まり返った家の中ではやたら響いて聞こえるような気がした。あたしの他にも、こんな時間に起きてきた人がいるということだろうか。

 

「ん? なんだ志希、随分と早起きだな」

 

 リビングに入ると、そこにはリョータローがいた。カウンターキッチンの向こうでヤカンをコンロにかけながら「おはよう」と挨拶をしてきたので、あたしも「おはよー」と返す。

 

「もしかして、緊張で目が覚めたか?」

 

 リョータローの「お前でもそんな感性があったんだなぁ」などと失礼な物言いに、少しだけムッとしてしまう。

 

「そーいうリョータローはどーなのさ」

 

「俺は大事なライブの日は毎回この時間に起きてますー」

 

 コーヒーの豆の袋を掲げてこちらに向かって軽く振るリョータロー。「飲む」と手短に答えながらカウンターに座ると、リョータローはマグカップを二つ用意し始めた。

 

「……昔だったら、この時間はまだ研究してて起きてたなー」

 

「夜更かし癖は昔から、か」

 

「そう考えると、今は健康的な生活をしてるんだなぁって」

 

 多分、リョータローに心の中で「どの口が」とか言われてるんだろうなぁって考えるぐらいには、今でも不健康な生活をしてる自覚はある。でなければ、こうして周藤家に半居候をしていないだろう。

 

 その後、リョータローが豆を挽くゴリゴリという音を聞きつつお互いに沈黙。別に気まずいとは思わなかったが、こうして黙っているリョータローというのが少しだけ珍しかった。もしかして冗談抜きでリョータローも緊張しているのでは……と少し思ったが、当の本人は相変わらずの無表情。付き合いの長い人間ならばそれでもなおリョータローの感情を読み取ることが出来るらしいのだが、生憎あたしはその域にまでは達していなかった。

 

 やがてお湯が沸いてリョータローも豆を挽き終わり、コーヒーのいい香りが漂い始めた。

 

「ほい。今日は五時に家を出るからな」

 

「ありが……え」

 

 マグカップと同時に初耳の情報を受け取った。

 

「聞いてないんだけど」

 

「言っても起きないだろうから、黙って寝ているところを車に詰め込む算段だった」

 

 まさか先ほどの『知らない天井』を本当にやる羽目になるところだったとは思いもしなかった。あと詰め込むってなに詰め込むって。

 

「とゆーか、そんなに早く出るの?」

 

 今回のライブは開場十六時の開演十八時だ。流石に入りが早すぎる気がする。

 

「そーいや、お前はまだ単独ライブは未経験だったな」

 

 確かに、あたしはまだ一人で箱を埋めるようなライブをしたことはない。うちの事務所で言うとピーチフィズの二人まで経験があり、確か次は志保ちゃんがその予定だったはずだ。

 

「午前中はリハも打ち合わせも満載だからな。喜べ、今日はマジで失踪する時間はないぞ」

 

「させてくれないくせに……」

 

 最近は社長がしっかりと体制を整えてしまったせいで、めっきり失踪が成功しなくなってしまった。まさかこんなところにあたし並のギフテッド持ちがいるとは思わなかった……今は甘んじて大人しくしているが、いつかは絶対に出し抜いてやる……!

 

「その熱心さを普段のアイドル活動にだな」

 

「それ盛大なブーメランだって気付いてる?」

 

 ちらっと寝巻にしているワイシャツの胸元を広げると、リョータローはカッと目を見開いた。リハのときはいくらあたしや恵美ちゃんが肌を見せても軽く注意するだけでまるで見ようとしない癖に、本当にステージの上と下では反応が……というか人間が違いすぎる。

 

「さてと……」

 

 リョータローは「あーいいもん見せてもらった」などと言いながら飲み終わったマグカップを流しへと持っていく。

 

「ちょっと走りに行くけど、お前はどうする?」

 

「え、今から?」

 

「軽くな。別に待っててもいいぞ」

 

 ……これも、以前のあたしだったら断っていたことだろう。というか、多分昨日までのあたしでも断っていた。

 

「……行く。準備してくるからちょっと待ってて」

 

「……おう、それじゃあ着替えてこい」

 

 今の一瞬の沈黙は、間違いなく驚きによるそれだろう。

 

「あ、ちゃんと下着も付けろよ」

 

「えっちー」

 

 

 

 

 

 

「……ん」

 

 目を覚ますと、そこは見慣れた自分の部屋。カーテンの隙間から朝日が差し込んでいて、目覚まし時計を見るとアラームを設定した時間よりも三十分も早かった。普段ならこのまま二度寝をするところだが、そのまま体を起こす。こうして自然に目が覚めるのは、多分今日という日を楽しみにしていたからだろう。

 

 今日は日曜日で学校は休み。午前中はニュージェネの新曲のレコーディングをして、お昼からは事務所に戻ってトライアドで次のライブの打ち合わせ。

 

 

 

 そしてその後は……ついに訪れた123プロの感謝祭ライブである。

 

 

 

 一般選考に落ちたときは一瞬目の前が真っ暗になったが……やはり神様は私のことを見捨てなかった。

 

 再びの抽選を経て、私はこの手に現地参戦のチャンスを掴んだのだ。この――。

 

 

 

 ――見切れ席チケットと共に。

 

 

 

 ……今誰かに「見切れ席かよ」とか言われた気がする。み、見切れでも現地だから! 現地参戦には間違いないから! こっちも凄い倍率だったことには変わりないから!

 

 ……いやまぁ、悔しいと言えば悔しい。これでも十分に幸運なことだとは理解していても、やはり目の前で関係者チケットを掻っ攫われるのは悔しかった。

 

 見切れ席は文字通り、メインステージが見切れる位置に存在する席だ。一応スクリーンである程度は見れるように配慮してくれているので、言うならば『会場内でのライブビューイング』である。

 

 それならば直接現地に行く意味はあるのかと問われることもあるが、『現地にいる』ということはバカにならない。あの場にいるからこそ味わえる空気というものが本当にあるのだ。……そして意外と現地にいても座席の場所によっては肉眼ではなくモニター越しに見ることも多かったりするので、これはこれで良かったのだと自分に言い聞かせる、うん。

 

「……支度しよう」

 

 ライブが始まるまでは『周藤良太郎のファン』としての渋谷凛はお預けだ。

 

 これでも私だって、346プロダクションに所属する『アイドル』渋谷凛なのだから。

 

 

 

 

 

 

 本音を言うと、勿論嬉しかった。何しろ『周藤良太郎』のライブであり『Jupiter』のライブであり『Peach Fizz』のライブであり『Cait Sith』のライブであり『三船美優』のライブだ。それを現地で……しかも関係者席というある意味プレミアムな席で観ることが出来るのだから、これまでの人生の中でも三番目ぐらいの幸運だ。ちなみに一番は勿論アイドルにスカウトされたことで、二番は周藤良太郎とプライベートな知り合いになれたこと。

 

 ……しかし、しかしである。

 

 

 

「「……いいないいなー」」

 

 

 

 ……美希と真美が未だに死んだ目で訴えてくるのは、そろそろ勘弁願いたかった。

 

「ホント、春香はズルいの」

 

「そーだそーだ!」

 

「もー勘弁してってばー」

 

 というわけで幸運にも765プロに配られた四枚の関係者チケットの内、一枚を私が手に入れることが出来た。そして残りのチケットはあずささんと、シアター組の可奈ちゃんとこのみさんの手に渡ることとなった。

 

 詳細を語るのは二人の名誉のためにやめておくが、関係者チケットの抽選の際は酷い有様だったとだけ言っておこう。見切れ席のチケットも外し、かろうじてライブビューイングへの参加だけはもぎ取った二人だが、それでも無言の圧力がヤバかった。

 

 律子さんの要請で直々に出張ってきた良太郎さんが『甘やかしツアー』と称してオフの日に二人を遊びに連れて行ってくれたことである程度は緩和したが、それがなかったら今頃どうなっていたことやら……。

 

 重度のりょーいん患者の二人の元にチケットが渡らないとは、本当に神様も酷なことをすると思う。何やら『いや、リアルでの当選確率2%で設定したからかなり温情だと思う』『それにガチャで出てこなかった君たちが悪い』などという電波を受信したが、それこそ私の知ったことではなかった。

 

「……ふぅ、もう終わったことだから、これ以上グチグチは言わないの」

 

「でもはるるん! 最後に言っておくよ!」

 

 美希と真美に詰め寄られ(既に十分グチグチ言ってるよなぁ)という言葉を飲み込む。

 

 

 

「ミキたちの分まで、全力で応援してきて!」

 

「マミたち以上に楽しまなかったら、許さないかんねー!」

 

 

 

「……うん! 任せて!」

 

 精一杯の笑顔と共に、私は二人と約束の指切りをした。

 

 

 

「……それじゃあミキたち、物販の列に並びに行くから!」

 

「じゃ! そういうことで!」

 

「えっ、ちょっ、二人とも仕事は……逃げたっ!? 早っ!? り、律子さぁぁぁん!」

 

 

 

 

 

 

 ――開演まで、あと『9時間』。

 

 

 




・知らない天井
既に古のネタと言っても過言ではないのでは。……あれ、アイ転で使ったことあったっけ?

・豆を挽く
良太郎の趣味の一つだという覚えている人が少ないであろう設定。

・【悲報】凛、関係者チケットを逃す
346組の関係者チケットの行方はまた別のお話。

・【朗報】春香、関係者チケットを手に入れる
ミリシタの10連ガチャの結果、『春香』『あずさ』『可奈』『このみ』の四人が関係者チケットを手に入れました。

・当選確率2%
「流石に現実的に倍率200倍とかにすると当選者いなくなるだろうな……」という温情の元2%で抽選かけたら、それでも壊滅的だった。



 というわけでライブ当日編です。ライブ前の演者側や観客側の視点で色々と書いていこうと思います。



『どうでもよくない小話』

 唯ちゃん誕生日おめでとおおおぉぉぉ!

 ちょっと忙しくて何もお祝い記念用意出来てなくてごめんよおおおぉぉぉ!


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Episode18 いざ、決戦の地へ! 2

まだまだ続く当日の朝事情。


 

 

 

 今日は日曜日である。休みである。オフである。すなわち……今日は一日、杏は自由の身なのだ!

 

 いやぁ学校もない上に仕事もなく、おまけにレッスンすらないというまさしく神様がくれた時間である。薄荷飴うまー。

 

 ともあれ、最近ではめっきり減ってしまった貴重な時間だからこれは贅沢に使わないと損である。

 

 ……だというのにも関わらず、自然と八時には目が冴えてしまったのが悔しい。いや、普段ならばこれでも遅刻の時間なのだから、世間的には十分惰眠を貪ることが出来たのだろうが……こんなの休みじゃない! 休むときはね、誰にも邪魔されず自由でなんというか救われてなきゃダメなんだ……独りで静かで豊かで……!

 

 眠れないならば、ゲームだゲーム! イベントを回すのに必死で全然進めることが出来なかった1.5部を進めるぞー! まだ杏のカルデアだとミドラーシュのキャスターとオケアノスのキャスターなんだからなー!?

 

 というわけで早速ジュースとポテチを用意して、ソファーに寝そべって優雅にゲームタイムを――!

 

 

 

「にょっわ~!」

 

「うわぁっ!?」

 

 

 

 ――その日、杏は思い出した。このお節介な親友の来襲という恐怖を……。

 

「おはよーごぜーます!」

 

「って、あれ? 仁奈ちゃん?」

 

 またいつものようにきらりが押し掛けてきたのかと思ったら、彼女とともにやって来た意外な人物に目を見張る。自慢じゃないけど、最近だとめっきりきらり以外の来客はなかったので驚いてしまった。

 

「おぉっ!? 杏ちゃんがもう起きてるにぃ!? どーしたの!?」

 

「目が冴えちゃっただけだよ……それより今日は何? 仕事もレッスンもオフでしょー?」

 

「何言ってるの杏ちゃん! 今日はライブの日でしょお!?」

 

「あーあーきこえないー」

 

 目を逸らそうとしていた現実を突き付けてくるきらりの言葉を、耳を塞いでシャットアウトする。

 

「杏おねーさん、忘れてやがったんですか……?」

 

「うぐっ……!?」

 

 しかし寂しそうな表情で顔を覗き込んでくる仁奈ちゃんに、流石の杏も言葉が詰まる。

 

「杏ちゃーん」

 

「……あぁもう覚えてるよ忘れてないよ。……とゆーことで、今のこの状況の説明プリーズ」

 

 確か今日はお昼過ぎに仁奈を迎えに行って、二人でライブ会場に向かう予定だった。午前中から仁奈がやってきたことが予想外で、ついでにきらりも一緒なのが予想外だった。

 

「あっ! もしかして杏じゃなくて、きらりと一緒に行きたくなった?」

 

「ちげーでごぜーます」

 

「あっ、そう……」

 

 僅かな望みをかけて尋ねてみたが否定され、ついでに即答されたことで背後のきらりも地味にダメージを受けていた。

 

「きらりは、仁奈ちゃんが早く杏ちゃんのおうちに行きたいっていうから、連れてきてあげたんだにぃ」

 

「杏おねーさんのことならきらりおねーさんに相談すればいいって、みりあちゃんが教えてくれやがりました!」

 

 流石、シンデレラプロジェクトのメンバーは杏の取り扱い方を熟知してるなぁ。ちくせう。

 

 それで結局なんでウチに来たのかを尋ねてみると、仁奈は「あのね!」と目を輝かせた。

 

「仁奈、物販に行ってみてーです!」

 

「……はぁっ!? 物販!?」

 

 なんでそんな戦場へ!?

 

 いくらりょーいん患者は(比較的)民度が高いことで有名でも、会場物販はそんなこと関係なしに修羅の道だ。ネットには既に『良太郎君のライブ物販、始発で来たのに長蛇の列……やむ……』と書き込まれていた。

 

「や、やめといた方がいいと思うんだけどなー……? 列並ぶの大変だよ?」

 

「大丈夫でごぜーます!」

 

 仁奈は大丈夫かもしれないけど杏は大丈夫じゃないんだよ……いや、きっと仁奈も大丈夫じゃないだろうけど……。

 

「杏ちゃん、チケット見た?」

 

「え? 見てないけど……」

 

 突然きらりからそんなことを尋ねられた。出来る限り思い出さないように、目の届かない場所に保管しておいたので、全く見ていない。

 

 一体これがなんなのかと思って取り出してみると……なんか裏面に書いてあった。

 

「……えっ? 関係者特別物販?」

 

 どうやら関係者チケットを持っている人は、一般物販とはまた別の場所でグッズを買えるらしい。

 

「なにそれきいてない」

 

「見てないなら知らなくて当然だにぃ……」

 

 なんでこんな配慮しちゃうんだよ123プロ! この身内贔屓! 今回身内側の杏が言えた義理ないけど!

 

「これで並ばずに買えるでごぜーます!」

 

 いや、確かに並ばずに買えるかもしれないが、現在進行形で会場周辺はすごい混雑しているだろう。

 

 というかそもそも並ばずに買えるのであればこんなに早く行く必要は……。

 

「………………」

 

「……はぁ、分かったよー」

 

 ワクワクウズウズとこちらの様子を窺っている仁奈ちゃんに、雀の涙ほどの杏の良心が屈してしまった。

 

「やったでごぜーます!」

 

「やったねぇ、仁奈ちゃぁん!」

 

 ハイタッチをする仁奈ちゃんときらりに、はぁと思わずため息が漏れる。

 

「それじゃー準備するからちょっと待っててー」

 

 しかし杏も最後の抵抗を見せてやる! 時間をかけて支度をして、少しでも時間を稼ぐんだ……!

 

「お手伝いするにぃ!」

 

「えっ、ちょっ」

 

 しかしその杏の企てを知ってか知らずか、いつもお仕事へ無理矢理連れていくときと同じノリできらりが手伝いを申し出てきた。

 

「い、いや、今日は仕事じゃないし時間にも余裕あるんだから……き、きらりも自分の休日を楽しんできたら……?」

 

「これが今日のきらりの予定だにぃ!」

 

 まさかと思って再びチケットを確認してみると、そこには『一枚につき一人まで同伴での物販利用可能』の文字が。きらりの狙いはコレかぁ!?

 

「どんだけ身内に甘いんだよコンチクショー!?」

 

「さぁ、早く準備しちゃうよぉ!」

 

「しちゃうでごぜーます!」

 

 親族経営どころか実質ワンマン経営というよくよく考えたら恐ろしすぎる事務所の本気を垣間見ながら、杏はきらりの手によって支度させられることになるのだった。

 

 

 

 

 

 

「相変わらず凄い人……って、寧ろ今まで以上に人多くない!?」

 

「うわぁ……」

 

  ノエルの運転するワゴン(いつものリムジンは目立つので不採用)でライブ会場までなのはと美由希を送ってもらえることになり、そのついでに関係者チケットの特典を使って俺と忍も物販へ行こうという話になったのだが……会場周辺の人の多さに忍と美由希が目を剥いた。

 

 『周藤良太郎』のライブは俺も何度か観に来たことがあるが、確かに今回のライブはそれ以上だった。

 

「やっぱり123プロ初の感謝祭ライブっていうのが大きいのかなぁ……」

 

「実質ジュピターとピーチフィズとケットシーと三船美優さんのライブでもあるからね」

 

「盆と正月どころかクリスマスと桃の節句と端午の節句も一緒に来たレベルね」

 

 なのはと美由希と忍の感想はともかく、これだけ多いと関係者特別物販がある関係者入口に辿り着くまでが大変だろう。

 

「なのは、気を付けろよ」

 

「うん、お兄ちゃん」

 

 なのはに注意すると、頷いたなのはは変装用の帽子とサングラスを整えた。今ではすっかり芸能人側のなのはも、この人ごみの中で正体がバレたら俺たちが大変な目に遭うだけじゃなく、ライブ主催側の良太郎たちにも迷惑がかかる。俺たちの方でもしっかりと気を付けておかないと。

 

「でも、やっぱりこれだけ人が多いと芸能人も多いだろうね」

 

 まぁ『周藤良太郎』のファンの芸能人なんていくらでもいるだろう。例えば俺が気付かないだけで、今もすぐそばをアイドルが通って行ったのかもしれない。

 

「そうそう。例えば、全種のグッズを買えてホクホク顔で横切って行った重装備の三人組。あれ765プロの松田亜利沙ちゃんと315プロの渡辺(わたなべ)みのりさんと283プロの三峰(みつみね)結華(ゆいか)ちゃんだよ」

 

「えぇっ!? あの『アイドルヲタアイドル三銃士』の!?」

 

「なんだ美由希、その括り方は……そして何でお前がここにいる、良太郎」

 

「「りょっ……!?」」

 

 咄嗟に叫びそうになったなのはと美由希がお互いの口元を抑え、忍は叫びこそしないものの口元を抑えて驚いていた。

 

 突然会話に入ってきた人物は、いつも通りの変装を施した今回のライブの主役の一人、周藤良太郎本人である。

 

「あれ、恭也は驚かないのね」

 

「後ろの冬馬共々、気配を感じてたからな」

 

「そーですか……」

 

「この人ごみの中で気配を感じるってどういうことだよ……」

 

 良太郎と共に冬馬も何故か呆れた様子だった。

 

「って、冬馬さんまで!?」

 

「ど、どうしてこんなところに……!?」

 

「リハーサル終わったから散歩」

 

「散歩っ!?」

 

 事も無げに答えた良太郎の返事に、抑えたはずの大声を上げて驚く美由希。気持ちは分からないでもないが注目を集めるわけにはいかないので、強めの手刀を頭頂部に叩き込んで沈黙させる。

 

「冬馬、良太郎が奇行に走ったら止めるのがお前の役目じゃないのか」

 

「寧ろ奇行に走らないためのお目付け役として指名されたんだよ」

 

「それよりお前は上の妹に対する扱いの雑さをなんとかしてあげろ」

 

 完全にいつものノリであり、我ながらこの大勢の人たちがお目当てとしているトップアイドル二人との会話とは到底思えなかった。

 

「というより、気分転換の散歩をするにしても、わざわざ外に出てくる必要はないんじゃないの?」

 

「いくら良太郎さんとはいえ、少しぐらい身バレの危険性を考慮した方が……」

 

「まぁ、二人の言う通りなんだけどさ」

 

 忍と美由希の言葉にポリポリと頬を掻く良太郎。

 

「……()()も、俺がライブのたびに楽しみにしてる光景の一つなんだよ」

 

 そう言った良太郎の視線の先を追う。今はどこに視線を向けても人しかいない。しかしそれは逆を言えば、どこを見ても()()()()()()()()()()()()()しかいないということでもあるのだ。

 

「……そうか」

 

「そんなことより、四人とも関係者物販行くんだろ? 案内してやるよ」

 

「いいの? 良太郎さん」

 

「全然オッケー、なのはちゃん」

 

 ポンポンとなのはの頭を撫でる良太郎。

 

 ……とはいえ、結局こいつはいい意味でも悪い意味でも、いつもと変わらない周藤良太郎なんだな。

 

 

 

「……それで、本当のところは?」

 

「物販のTシャツって結構薄手だから、こう、胸元が押し上げられてるおねーさんとかね!?」

 

「そこを言わなきゃいいのに……」

 

「語るに落ちるというか、積極的にオトしに行くところが周藤君よね」

 

「さっさと戻りてぇ……」

 

「にゃ、にゃはは……」

 

 

 

 

 

 

 ――開演まで、あと『7時間』。

 

 

 




・神様がくれた時間
・薄荷
加蓮の二曲目が大好きです(唐突な告白)

・休むときはね、誰にも邪魔されず(ry
どちらかというと杏はアームロック決められる側。

・杏のカルデア事情
基本的に作者の代弁をしてもらってます。
そもそもまだリンボにすら会っていないという……。

・――その日、杏は思い出した。
作者的追っかけてないけどとりあえずオチだけは知りたい漫画。

・『やむ……』
ちらりあむ。

・渡辺みのり
・三峰結華
三事務所越境ネタではおなじみの三人。
ちなみにLesson156での亜利沙の友人はこの二人だったりする。



 物販にまで辿り着かないというね。

 そして次回、久々に登場するあのキャラと初登場のあのキャラが。


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Episode19 いざ、決戦の地へ! 3

第八回総選挙結果発表!(あとがきにて触れます)


 

 

 

「……お、お宝の山にゃ……!」

 

「す、すっごーい……!」

 

 ここは()()()()()()()という、関係者以外は関係者チケットを持っている人しか入れない場所にある物販。ラインナップ自体は外の物販と変わらないが、ここならば一切並ばずに買うことが出来る。

 

 そんな特別な物販にやって来たみくちゃんとみりあちゃんは、目を輝かせていた。

 

 

 

「「ほんっとうにありがとう! 美波ちゃん! かな子ちゃん!」」

 

「どういたしまして……で、いいのかな?」

 

「寧ろごめんね? 私たちがチケットを貰っちゃって……」

 

 

 

 声を揃える二人に、()()()()()()()()()()()()私とかなこちゃんは思わず苦笑してしまった。

 

 

 

「それにしても、関係者チケットを持ってる人に同伴することで特別物販を利用できるなんて、良太郎さんも粋な計らいをしてくれるにゃ~」

 

 ホクホク顔であれもこれもとグッズを手にしていくみくちゃん。

 

 シンデレラプロジェクト内での関係者チケット抽選で私とかな子ちゃんがチケットを手にすることが決まった瞬間は、自分のキャラも一切忘れて「なんでやあああぁぁぁ!?」と地元の言葉丸出しで絶望していたみくちゃんだったが、私の同伴として特別物販に連れていくことを約束することで落ち着いてくれた。

 

 ちなみにもう一枚、かな子ちゃんのチケットの同伴はみりあちゃんだが、こちらは他のみんながみりあちゃんに譲る形で決まった。他にもきらりちゃんや莉嘉ちゃんも来たがっていたが……確か杏ちゃんと仁奈ちゃんのチケットで来るという話をしていたような気がする。

 

「うーん、どうしよっかなー……りょうお兄ちゃんのペンライトが欲しいけど、恵美ちゃんとまゆちゃんのペンライトも欲しいなー……」

 

 三本のペンライトを手にして悩むみりあちゃん。いくらアイドルとして活動をしてお給料を貰っているとはいえ、まだまだ彼女は中学生。きっとお小遣いのやりくりで頭を悩ませているのだろう。

 

「えっと、確か未央ちゃんは……」

 

 一方でかな子ちゃんはメモを片手に、他のシンデレラプロジェクトのメンバーから買ってくるように頼まれたグッズを選んでいた。未央ちゃんや卯月ちゃんも来たがっていたのだが、生憎ニュージェネの仕事が入っており物販に来る時間が確保できなかったため、最初から同伴の候補から外れてしまったのだ。

 

(……折角だし、私も買おうっと)

 

 三人とは別に、私もグッズを見ることにする。

 

 今回のグッズは殆どが一新された最新のグッズばかりらしいのだが、実は良太郎さんや123プロの皆さんのライブはこれが初参加となる私には残念ながらそれが分からない。しかしそのラインナップや種類から、どれだけ力を入れているのかはなんとなく分かるような気がした。

 

 定番のペンライトやタオルやTシャツの他、『123プロ人形焼き』なんて変わり種や、『まゆのまゆ』という名前の置物まで……え、これは本当に何……?

 

「………………」

 

 そんな中、私はとあるものの前で動きが止まってしまった。

 

 手を伸ばそうとして……チラリと横目で他の三人の様子を窺う。どうやら三人とも自分の買い物に夢中になっているようで、こちらを見ていない。

 

(……よし)

 

 別に買うつもりはない。ちょっとだけ中身が気になっただけなので、見本誌を手に取って少しだけ確認を――。

 

 

 

「美波ちゃんは何を買うの?」

 

「っ!?」

 

 

 

 ――しようとした瞬間、背後からみりあちゃんに声をかけられた。驚いた私は手を滑らせてしまい、平積みされたグッズの上でバサリと見本誌が広がる。

 

「どーしたのにゃ? 美波ちゃ……」

 

「何かあったの……」

 

 その音に振り返ったみくちゃんとかな子ちゃんの動きが止まる。

 

 

 

 二人の視線の先には、最新の『周藤良太郎』の写真集に掲載された、上半身裸でシャワーを浴びる良太郎さんの姿があった。

 

 

 

「「………………」」

 

「美波ちゃん、これ買うの?」

 

 無言のみくちゃんとかな子ちゃんと、無邪気に首を傾げるみりあちゃんの視線が、ただただ痛い。

 

「……かー! 卑しかー! なんにゃ美波ちゃん! 良太郎さんにそんなに興味ないフリしておいて、結局そういうのに手を出すのにゃ!?」

 

「なんで長崎弁なの!? い、いや、これはその、そういうのじゃなくて、ただちょっと中身が気になっただけで……!?」

 

「その中身が気になった時点でアウトにゃ!」

 

「んー? どーしてりょうお兄ちゃん、ズボン履いたままシャワー浴びてるの?」

 

「み、みりあちゃんにはちょっと早いかなー……?」

 

 やめてかな子ちゃん! そういう反応されると本当にイヤらしいみたいになっちゃうから!

 

 その後当然のように、いくら関係者以外の目がないとはいえあまり騒ぎすぎないようにとスタッフに注意されるのだった。

 

 

 

 ……ちなみに写真集は買った。

 

 

 

 

 

 

「わ、わあああぁぁぁ!? す、すっごいよお姉ちゃん! 123プロのグッズでいっぱいだよ!? 見たことないグッズばっかりだよ!?」

 

「すみません! ブロマイド全員分とラバスト全員分とペンライト全員分とうちわ全員分と――!」

 

 関係者特別物販に辿り着いたなのはちゃんと美由希ちゃんが大興奮していた。普段から『周藤良太郎』やその他の123プロアイドル慣れしている二人ではあるものの、流石に今回のライブのために一新されたグッズは琴線に触れたようだ。

 

「私はどーしよっかなー」

 

 そんな二人ほどではないもののテンションが上がっている月村もウキウキとグッズを物色し始めた。

 

 一般の物販とは違い、この関係者特別物販は文字通り関係者のみ利用できる物販であり、なのはちゃんたちのように関係者チケットを持っている人や()()()()()()たちが利用するためのものだ。そのため殆ど人が並んでいないため、こうしてゆっくりとグッズを選ぶことが出来る。

 

 ちなみにスタッフが言うには、先ほどまで346プロのアイドルの子たちがグッズを買いに来ていたらしい。誰が来てたんだろうか。もうちょっと早かったら顔を合わせられたのに……残念。

 

 三人が物販に気を取られているので、自然と男三人は手持無沙汰となった。

 

「いやぁ、女の子がキャピキャピとはしゃいでる姿はいいもんだなぁ」

 

「そうだな。あぁやってテンションの高いなのはは珍しい」

 

「もう一人の妹や彼女のことも言及してやれよ……」

 

「……そういえば冬馬、お前は関係者チケットを誰に渡したんだ?」

 

 ふと気になったらしい恭也がそれを尋ねると、冬馬は気まずげに視線を彷徨わせた。

 

「あー……俺たちはその、挑戦状としてチケットを使っちまってな」

 

「……どういうことだ?」

 

「犯人はヤスということだ」

 

「それは『たけしの挑戦状』じゃなくて『ポートピア連続殺人事件』だ」

 

 かくかくしかじかと黒井社長に対して関係者チケットを送ったことを説明する冬馬。

 

「そうか……そういえばお前たちも、複雑な事情を抱えていたんだったな」

 

「そんなに複雑でもねーよ。……育ての親の方針が嫌になって飛び出したっていう、ただそれだけの話なんだからな。未練も後悔もねぇ」

 

 それでも、と冬馬は物販に視線を向ける。視線の先には買い物を楽しむ三人娘……ではなく、物販の上に張られた自分たちのポスターだった。

 

「『あの日』『あの時』……もしもおっさんが振り返っていたら……なんて考えたことないっつったら嘘になるけどな」

 

 

 

「ふんっ。私が貴様らのような役立たずを引き留めるとでも思ったのか?」

 

 

 

「「っ」」

 

 突如聞こえてきた男性の声に冬馬と、その言葉に籠った敵意に反応した恭也が身構える。

 

「これはこれは……来ていただけたんですね、()()()()

 

 そんな二人に代わって俺が「いらっしゃい」と挨拶をすると、黒井社長は一目で「あぁ俺のことを嫌ってるなぁ」という目で睨んできた。

 

「誰が好き好んでこんな事務所の感謝祭ライブに来るか。私はたまたまこの近くに来る予定があり、たまたまそこの出来損ないが寄越して来たチケットを持っていたから、どれほどものか見に来てやっただけだ」

 

 忌々しそうにフンッと鼻を鳴らす黒井社長。

 

「確かにそれなりに見れた規模のライブのようだが……よくもまぁコイツらのような中途半端な連中を使う気になれたものだ」

 

 そう言いながら黒井社長はクイッと顎で冬馬を示す。それに対して冬馬は表情を変えず、逆に恭也の方がピクリと眉を動かしていた。その後ろではこちらに気付いた三人が遠巻きに様子を窺っている。なのはちゃんがオロオロと困った様子を見せる中、美由希ちゃんと月村も敵意マシマシな表情をしていた。美人の怒り顔は怖いなぁ……。

 

「しかしこちらとしてはありがたいことだ。あの忌々しい『周藤良太郎』の事務所に足を引っ張る存在がいるのだから、きっと私がなにもしなくてもいずれ勝手に潰れてくれることだろうさ」

 

 ニヤニヤと笑いながら「ふふふ……くくく……ふはははっ!」と綺麗な悪役笑い三段活用を披露する黒井社長。テンプレートな悪役ムーブに思わず感心してしまった。

 

「いやいや、流石は黒井社長が手ずからデビューさせたアイドルですよ。今ではすっかりウチの事務所で二番手の稼ぎ頭です」

 

 やり方はともかく、この人のアイドルを見る目は間違いない。なのでこれは俺の本心からの賛辞のつもりだったのだが、どうやら黒井社長には皮肉に聞こえたらしく「チッ」と分かりやすく舌打ちをされてしまった。

 

「他のアイドルにまで気をかけるとは、随分と余裕じゃないか。全く、随分と反吐が出るような面倒見のよさだな、えぇ?」

 

「どうぞお好きなだけ、反吐でも呪詛でも吐いちゃってください。貴方の頭上にいる俺には一切被害はありませんので」

 

(お、おい、良太郎が珍しく毒吐いたぞ……)

 

(俺も滅多に見ないぞ……)

 

 後ろで冬馬と恭也がコソコソと何かを話しているが、今は後回しだ。

 

 さて、折角の機会だ。実は本編時間軸でも滅多に顔を合わせなかった黒井社長に、この際だから色々と思っていたことをぶちまけておこう。

 

 そう決意して開いた俺の口は――。

 

 

 

「何をやってるんですかあああぁぁぁ!?」

 

「ぐほぉっ!?」

 

 

 

 ――目の前の黒井社長が勢いよく飛び込んできた少女の体当たりによって吹き飛んだことで、声を発することなく呆然と開いたままとなってしまった。

 

 一体何が起きたのかはイマイチ理解できなかったが、ただ一つだけ理解できたことがあった。

 

 

 

 どうやらここまでのシリアスな会話は、今から始まるギャグパートの前フリだったらしい。

 

 

 




・美波、かな子、関係者チケットを入手。
デレステの無料十連にてかな子のSSRが、そしてその後のローカルオーディションで一番最初に出てきたCP組が美波だったので、この二人が関係者チケット持ちとなりました。

・「なんでやあああぁぁぁ!?」
関西の血が出てしまったみくにゃん。

・『まゆのまゆ』
まゆの中の人が考案した、デレステ内に実装されている(狂気の)グッズ。
なおこちらは置物なので動かない。

・良太郎のセクシーショット
実は作中内でも初だったり(だからなんだ)

・「かー! 卑しかー!」
みくたんステイ!
元ネタは勿論シャニマスの恋鐘だが、実際はそんなこと言ってないんだっけ?

・「犯人はヤス」
ある意味ネタバレの原点ともいえるネタ。

・黒井社長登場
なんとLesson72以来の登場。
実は本編内では一度も良太郎と会話したことなかったりする。
※追記
Lesson70にて会話を確認。そーいやこんなのあったな……。

・「何をやってるんですかあああぁぁぁ!?」
シリアスブレイクアタック(体当たり)



 シリアス突入かと思った? 残念! 盛大な前フリでした!

 まぁちょっとだけ真面目な話はするけど、ついにあの子が!



『どうでもよくない小話』

 未央おおおぉぉぉ! 八代目シンデレラガールおめでとおおおぉぉぉ!!

 長かったなぁ……本当に長かったなぁ……!

 よっしゃ! 次は加蓮だ! 来年は加蓮を応援することを、もうここで宣言しておくぞ!


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Episode20 いざ、決戦の地へ! 4

一先ず『開場前』編ラスト。

……あ、なんか300話目らしいっすね(雑)


 

 

 

「うひゃー! すっごい人ー! ゆいたちのライブとは比べ物にならないねー、奏ちゃん!」

 

「そうね、唯。私たちもそれなりの人気アイドルと言われてはいるものの、流石に123プロと比べると見劣りしちゃうわね」

 

「大丈夫ですか、文香さん」

 

「は、はい……ありがとうございます、ありすちゃん」

 

 プロジェクトクローネ内で行われた厳正なる抽選の結果、見事関係者チケットを手に入れた私と唯は、関係者特別物販に行きたがったありすちゃんと文香の二人を連れて会場へとやって来た。

 

「それにしても、文香がこういうところに来たがるなんて意外だったわ」

 

 このような大勢の人でごった返した場所という意味と、アイドルのライブという意味の二つだ。後者に至ってはこうしてグッズを買うためにこうして私たちについてきて、さらに本番はLVを観に行くらしい。アイドルとしての文香を知っていたとしても、これは少々驚くべきことである。

 

「……そうですね、私も不思議です」

 

 行きかう人々と何度もぶつかりそうになりつつも、文香はいつもよりも少しだけ楽しそうだった。

 

「昔の私ならば、きっとこのような場所に来ようとは考えなかったでしょうね……」

 

「確かにー! 文香ってばこういう場所似合わないもんねー!」

 

 バッサリと切り捨てるような唯の物言いだったが、本人もそろそろ言われ慣れた様子でやや苦笑していた。

 

「……それでも、アイドルという世界を知った今は……ここのような場所も、悪くないと……そう思っています」

 

 そう言った文香は柔らかく笑顔を浮かべていた。それは思わず少しだけ嫉妬してしまうぐらいとても綺麗で優しい笑顔で、唯とありすちゃんもそんな文香に見惚れているようだった。

 

 そしてそんな私たちの反応に気付いて赤面する辺りが、実に文香らしかった。

 

「さぁ、そんなに可愛い文香をずっと見ていたいけど、早いところ人混みを抜けましょう」

 

 あまり大勢の人の中にいては、変装していても身バレのリスクは高くなる。早いところ関係者以外立ち入り禁止エリアに入ってしまった方がいいだろう。そこでなら、私たちがアイドルだと知られても問題はないだろう。

 

「えっと、関係者専用入口へ行けばいいんですよね……?」

 

 再確認するように、ありすちゃんがポロリと口にしたその言葉は――。

 

 

 

「……おや? 今『関係者』って言ったかい?」

 

 

 

「「「「っ!?」」」」

 

 ――不運にも、すぐ近くにいた人に聞かれてしまった。

 

「……っ!」

 

 サーッと顔を青褪めたありすちゃんが見上げてくるので、彼女を隠すようにそっと抱き寄せる。確かにこれはありすちゃんの過失ではあるが、だからといって彼女を責めることは出来なかった。

 

(……大丈夫、まだアイドルだってことはバレてない)

 

 あくまでも『関係者チケットを持っている』ということがバレただけであり、私たちの正体に気付かれたわけではないだろう。それでも関係者チケットを持っているということは、123プロと縁のある人物ということだ。流石にそれに気付かないほど、勘の悪い人間はいないだろう。

 

 唯と文香も緊張に顔を強張らせる中、ありすの言葉を聞いてしまったその人物は――。

 

 

 

「いやぁ、丁度良かった……実は俺も、関係者なんだよ」

 

 

 

「「「「……え」」」」

 

 ――そんなことを言い出した。

 

 適当に言葉を合わせて私たちに近付こうとでもしているのかと思ったが、見るとその人物は確かに関係者チケットを手にしていた。一瞬、自分たちのチケットを取られたのかと思ってしまい慌てて確認するが、私が唯から預かっている分を含めて二枚ともしっかりと鞄の中にあった。

 

「こういうライブは久しぶりの参加でね……賑やかしい所は好きなんだけど、知り合いがいないところは好きじゃないんだ」

 

 そう言ってにこやかに笑うのは……金髪にダークブラウンの瞳の外国人男性だった。しかしとても流暢に日本語を喋っており、見た目とのギャップが凄かった。

 

「それを持ってるってことは、君たちも()()()()()()()ってことなんだろ? ビックリさせちゃったみたいでごめんね」

 

 怯えた様子のありすちゃんに気付き、そう謝罪をする男性。私たちに配慮をしてくれたのか先ほどから喋る言葉はコソコソとした小さなものになっていた。

 

「それで不躾で申し訳ないんだけど、俺もご一緒してもいいかな? もしよかったら、みんなの123プロのアイドルに対する感想を聞いてみたいんだ」

 

 そんなことを聞いてくるということは……もしかして、123プロの関係者なのだろか。少々うさん臭さを感じるものの……不思議と『悪い人ではない』という印象だった。

 

 私は別にいいが……チラリと他の三人に視線を向けると、三人とも私に任せるとアイコンタクトを送ってきた。

 

「……えぇ、いいわ。本物の関係者チケットのようだし……悪い人じゃないって、信じてあげるわ」

 

「これはありがたい。美女四人とご一緒できるなんて、愛する妻がいなかったら、もう少しお近づきになりたいところだったよ」

 

「あら、関係者チケットを貰えるような立場なのに、123プロのライブの品位を下げるようなことをする気?」

 

「ははっ、こいつは手厳しい……けど、一理ある。少しばかり軽率だったかな」

 

 言い回しが日本人のそれなので、ますます外国人感が薄れていて不思議な男性である。

 

 ともあれ、少しばかり不思議な同行人を加え、私たちは関係者特別物販へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

「パパが大変失礼しましたあああぁぁぁ!」

 

 

 

 予想外に強力な一撃を腰に喰らってその場に倒れ伏した黒井社長のすぐ側でペコペコと頭を下げる少女。現在961プロの頂点に立つトップアイドルにして()()()()()()である黒井(くろい)詩花(しいか)ちゃんである。

 

「あぁいや、俺は気にしてないよ」

 

 一先ず恭也たちは一応一般人ということで、一旦下がってもらい俺と冬馬だけで二人の対応をする。

 

「………………」

 

「おい」

 

「……俺も別に気にしてねぇよ。おっさんの口の悪さは昔からだからな」

 

 無言を貫いていた冬馬の脇腹を軽く肘で小突いて口を開かせる。本当に気にしていないのだろうが、初対面の女の子に対するコミュ障は相変わらずのようである。

 

「それにしても、たまたま近くに寄っただけとは言いつつ、ちゃんと娘さんを連れて来てるじゃないですか」

 

「あ、いえ、これは私が無理を言ったんです! どうしても皆さんのライブに参加したかったんですけど、抽選に外れちゃったので……」

 

「へぇ」

 

 なんだかんだ言いつつ、娘さんには甘かったということだろうか。

 

「勘違いするな、私が見に来たのは貴様らの醜態だ……! ……それに、私がただで貴様らのライブを見てやるわけがないだろう」

 

 言葉は凄い上から目線だが、ダメージが大きかったらしく未だに倒れ伏したままなので物理的には下からの目線である。スーツが汚れるから、そろそろ起き上がったらいかがだろうか……。

 

「ただで……というと、何かしらの条件が?」

 

 尋ねると、黒井社長はフンッと鼻を鳴らしてポンポンと汚れを払い落としながら立ち上がった。

 

「まずは貴賓室に案内しろ。関係者席と言いつつ、どうせ一般席と変わらんのだろう?」

 

「それぐらいなら」

 

 今回の会場は普段野球の試合を行っているドームなので、貴賓室は存在してる。今回のライブだと使わない予定だったが……まぁ、下手に関係者席に座らせて他の人と角が立っても怖いし。

 

「……それと」

 

 次は「年代物のワインでも用意しろ」とでも言うのかな、と想像していると、黒井社長は胸元のポケットからチケットを取り出した。それは冬馬たちが送った関係者チケットで、六枚全てを俺に押し付けるようにして手渡して来た。

 

「二枚は私と詩花の分だ。……残りのチケットで」

 

 一瞬、視線を泳がせる黒井社長。

 

 

 

「………………高木と善澤………………ついでだ、音無小鳥も呼べ」

 

 

 

「「………………」」

 

 流石にその要求は予想外だった。俺だけじゃなくて冬馬も一緒になって絶句している。ちなみに詩花ちゃんは小さくクスクスと笑っていた。

 

「……なんだ」

 

「あ、いえ、なんでもないですよ。分かりました、善澤さんはプレス席にいるので、そちらからお呼びします。高木さんと小鳥さんは、今から連絡しますね」

 

 いきなりではあるものの、多分あの二人ならば来てくれるだろう。

 

「詩花ちゃんはどうする? 君も貴賓席で観る?」

 

「あ、いえ! 私はその……出来れば関係者席の方で……」

 

「了解」

 

 とはいえ開場前だから、それまでは黒井社長と一緒に貴賓室にいてもらうことにしよう。

 

 近くにいたスタッフを掴まえて、二人の貴賓室への案内をお願いする。

 

「それじゃあ、ごゆっくりお楽しみください」

 

「……ふんっ」

 

 去っていく黒井社長の背中に一言をかけるが振り返らず、代わりに詩花ちゃんがペコリと一礼してから彼の背中を追っていった。

 

「……お前たちは、あれでいいのか」

 

「ん?」

 

 そんな二人の背中を見送った後、背後から恭也にそんなことを問われた。振り返ると四人全員がなんだか怖い顔をしていた。

 

「冬馬さん、いいの!? あんなに酷いこと言われてたのに!?」

 

「あーいや……俺は別に……」

 

 本人よりもヒートアップしている美由希ちゃんに迫られてタジタジな冬馬。

 

 俺も本当は、冬馬たちのことや765プロのことでずっと言おうと思っていたことを言うつもりだったのだが……。

 

「なんか詩花ちゃんに毒気を抜かれちゃってな」

 

 アイドルに対する姿勢ややり方は勿論好きじゃないが、それでもこうしてちゃんと『娘をライブに連れてきた父親』に真正面からそれらを糾弾する勇気は俺になかった。

 

「あとは、言いたいことは全部ステージから伝えるさ」

 

 それが、アイドルだろう。

 

 

 

 

 

 

「九回の裏逆転満塁ホームランぴよおおおぉぉぉ!」

 

「ズルいのおおおぉぉぉ!?」

 

「ピヨちゃんの裏切り者おおおぉぉぉ!」

 

「あー美希君、真美君。実は黒井が冬馬君たちから受け取ったチケットは全部で六枚あるらしくてね、彼と詩歌ちゃんの分を除いて残りの四枚は私の好きにしていいと言われているんだよ」

 

「「……え」」

 

「……良太郎君からも『俺の大ファン二人をお願いします』とお願いされてしまったからね」

 

「「……えええぇぇぇ!?」」

 

 

 

 

 

 

「さてと、それじゃあそろそろ俺らも戻って最終調整を……ん?」

 

「良太郎、どうかしたか?」

 

「あぁ、いや、メッセージが届いててな。大したことじゃないんだが――」

 

 

 

 ――()()()()()()()も会場入りしたらしい。

 

 

 

 

 

 

 ――開演まで、あと『6時間』。

 

 

 




・唯、奏、関係者チケットを入手。
プロジェクトクローネのチケットはこの二人!
何でかって? ……この前、この二人が同じ限定ガチャで登場したじゃん? 二人ともお迎えしたじゃん? ……そういうことだよ!
※要約『私利私欲です!』

・謎の外国人男性
このタイミングでオリキャラ登場。
彼は一体ダレナンダー。

・詩花
『アイドルマスター ステラステージ』に登場するキャラ。
961プロに所属するアイドルで、なんと黒井社長の娘。
「似てねぇ!」ってすごく言いたかったけど、そもそも黒井社長の容姿を知らないっていうね。

・ツンデレ黒ちゃん
彼も既に、アイ転という腐海に沈んでしまっていた……!

・「九回の裏逆転満塁ホームランぴよおおおぉぉぉ!」
【速報】高木社長、小鳥さん、美希、真美、関係者席参戦決定!

・我が家の父上様
ついに登場!(紹介するとは言っていない)


 外伝でシリアスなんてやるもんじゃないって、じっちゃが言ってた。

 というわけで『開場前』編はこれで終わりです。

 次回からは……ピーチフィズの二人が主役の『舞台裏』編です!



 ……300話記念? ないよっ!(断言)


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Episode21 恵美とまゆの舞台裏リポート!

本番直前の緊迫した舞台裏。……緊迫?


 

 

 

「恵美ちゃあああぁぁぁん! 良太郎さんがいないんですうううぅぅぅ!」

 

 

 

 最後のリハーサルを終え、各自の調整時間。シャワーで軽く汗を流して戻ってきたアタシの元へ涙目のまゆがダバダバと走ってきた。レモンの蜂蜜漬けが入っていると思われるタッパーを手にしているところを見ると、リョータローさんに食べてもらうために持ってきたのだろう。

 

「リョータローさん? アタシはシャワー浴びてたから分かんないな……スタッフさーん」

 

 近くにいたスタッフさんに尋ねてみると、なんでも冬馬さんを伴って散歩に行ってしまったとのこと。しかも会場内ではなく、既にファンのみんなが集まっている会場の外へと出ていったらしい。

 

「このタイミングで散歩って、相変わらずだなー」

 

 リハーサルのときもそうだったが、これだけ大きなライブの直前だというのに良くも悪くも緊張感が見えなかった。というか、今まで一緒に仕事をさせてもらってリョータローさんが緊張している姿を見たことがない。

 

「どうしてそこでまゆを連れて行ってくれなかったんですかー!?」

 

 多分ストッパーとして力不足だったからじゃないだろうか。そもそもリョータローさんを止めることが出来る人物が果たして何人いることやら……少なくとも、所属アイドルの中で考えると冬馬さんか志保の二択だ。

 

 落ち込みながらも「恵美ちゃん食べます……?」とタッパーの蓋を開けて差し出して来たので、ありがたくまゆのお手製レモンの蜂蜜漬けをいただく。

 

「二人とも、ここにいたの」

 

「あっ、留美さん、お疲れ様です」

 

「お疲れ様ですぅ」

 

 レモンの蜂蜜漬けを食べていると留美さんがやって来た。なにやら私たち二人を探していたような口ぶりだけど、何かあったのだろか。

 

 

 

「今から二人に頼みたいお仕事があるの」

 

「「……え? 今から?」」

 

 

 

 

 

 

「「舞台裏のリポートをしてほしい?」」

 

「えぇ」

 

 ハンディカメラを手渡しながら、留美さんはそんなことをアタシとまゆに頼んできた。

 

「今回のライブは後日BDでの発売を予定しているのだけど、二人にはそのBDの特典として収録する映像を撮ってきてほしいの」

 

「特典映像!」

 

 確かに一般の人ならば入ることが出来ない舞台裏の様子ならば、特典映像としては十分すぎるほど価値があるものだろう。

 

「私と他のスタッフやカメラマンも一緒に同行して、撮影している貴女たちの様子を撮影しながら撮っちゃダメなものの指示を出すけど、基本的に貴女たちの自由に撮影していいわ」

 

「そ、それはつまり……良太郎さんのプライベートな姿をカメラに収めていいという事務所側からのゴーサインと捉えてよろしいんですね!?」

 

「「よろしくないよろしくない」」

 

 曲解にもほどがある。

 

「ま、まぁ貴女が良太郎君のプライベートな姿を自分の心の内に留めておかずに世間一般に公表したいというのであれば、社長に掛け合ってみてもいいけど」

 

「アイドルのプライベートを公表するとは何事ですかっ!」

 

「「どの口が」」

 

 まゆの熱い手のひら返しはともかく、アタシたちは本番直前の舞台裏のリポートをすることになったのだった。

 

 

 

「……よし、まゆはオッケー?」

 

「おっけーですよぉ」

 

 シャワーを浴びた直後だったので、まゆと二人でメイクを整える。

 

 服は舞台裏感を出したいということで、ステージ衣装や私服ではなく123プロのTシャツとハーフパンツという地味なもの。ただしちゃんと着ているまゆとは違い、アタシは袖と裾を結んで少々露出を増やしている。まゆからは「はしたない」みたいなことを度々言われてきたが、これはこれで『アタシらしさ』なのでそろそろ認めてもらいたいところである。

 

「えっと……録画開始のボタンはこれね」

 

 撮影係というかカメラを持つ係は基本的にアタシ。しかしこのままではアタシはカメラには映らなくなってしまうので、タイミングを見て交代することになった。

 

「まずはオープニングを撮るんだけど……」

 

 このままだと画面にはまゆしか映らない。それでもいいのだろうけど、折角ピーチフィズとしてリポートをしていくのだからオープニングぐらい二人一緒に映りたい。かといってカメラマンさんに引きの絵を撮ってもらうのもなんだか面白くない。

 

「うーんと……それじゃあ、こーしよっか!」

 

「きゃっ」

 

 普段スマホで自撮りをするときのようにまゆに抱き着き、斜め上から自分たちにカメラのレンズを向ける。液晶をグルッと回してアタシたちの方へ向けているので、満面の笑みのアタシと驚くまゆの表情がしっかりと確認できた。

 

「よし、これなら二人一緒に映る! まゆ、このまま始めるよー?」

 

「うふふっ、はぁい!」

 

 

 

 

 

 

「――はっ!? 今、なにやら見逃してはいけないものを見逃したような気がする!」

 

「いきなりどうした」

 

「具体的に言うと女の子二人が抱き合ってて、胸がムギュッと……!」

 

「お前のそのテレパシーみたいな第六感、もうちょっと他に有効活用出来んのか」

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、録画スタート!」

 

 恵美ちゃんの掛け声と共にハンディカメラのランプが付き、録画が開始される。

 

「カメラの前のみんなー! ピーチフィズの所恵美でーす!」

 

「同じく佐久間まゆでぇす」

 

 カメラに向かって二人で挨拶をする。スマホで自撮りをするときのように体を密着させながら顔を寄せているので、恵美ちゃんの息が耳元にかかって少々くすぐったかった。

 

「BD、買ってくれてありがとうねー! アタシたちのライブ、凄かったっしょ!?」

 

「と言っても、実際にはまだこれからなんですけどねぇ」

 

「あははっ! まだ本番前だもんねぇ」

 

 ライブ開始まで、まだ五時間以上ある。しかしこの映像を実際に見る人たちにとって、感謝祭ライブは既に過去のものになっているというのが、少しだけ不思議な感じがした。

 

「今回、このBDをお買い上げいただいた皆さんへの特典として、私たちピーチフィズの二人が感謝祭ライブの舞台裏を紹介したいと思いまぁす」

 

「多分みんなには『アイドルのライブの裏側』ってのは馴染みが無いだろうから、今回はこの恵美センセーとまゆセンセーの二人が、優しく教えてア・ゲ・ル……なんっちってー!」

 

「あら、恵美ちゃんいつにも増してセクシーな感じが」

 

 ウインクと共に投げキッスをする恵美ちゃん。事務所内の女性陣ではセクシーなグラビアなどの仕事が一番多い彼女ではあるが、今のは少しだけ大人路線なセクシーさで新鮮だった。

 

 ちなみにではあるが、普段の服装で言えば恵美ちゃんに続いて志希ちゃんの肌の露出が多かったりする。これは普段から彼女が衣服に関して少し無頓着なことも関係しているのだろうが……事務所のシャワー上がりにワイシャツ一枚でうろついているのを見付けてしまったときは思わず悲鳴を上げてしまった。男性陣が誰もいない状況だったから良かったものの、流石に肝が冷えたのを覚えている。

 

「まぁ実はこれ、前に事務所のレッスンルームで美優さんがやってた『セクシーな大人の仕草』の練習の真似なんだけどね」

 

「やめてあげましょうよぉ!?」

 

 年齢的に言えば年上のお姉さんであるがアイドル的には一番後輩の美優さん。そんな彼女の恐らく人に知られたくなかったであろう秘密の特訓が見られていた上に、こうしてBD特典映像という不特定多数の人に見られるであろうところで暴露されてしまったという事実に、流石に同情を禁じ得ない。

 

 一瞬カットにしてあげるべきではと思ったものの、視界の片隅に入っている留美さんがとてもいい笑顔を浮かべていたのでノーカット&収録は確実だった。

 

「このことに関して後でちゃんと本人の話を聞きにいくけど、そこまで映像飛ばしちゃダメだぞー!」

 

 恵美ちゃんの無自覚な熱い死体蹴りが止まらなかった。感謝祭ライブ直前という物理的にも時間的にも精神的にも逃げ場のないこの状況ではあるものの、心の中では美優さんに向かって精一杯「逃げてください!」と忠告を発信するのだった。

 

「それじゃあ早速、感謝祭ライブの舞台裏を巡るツアーを始めて行きたいと思いまーす!」

 

「は、はぁーい!」

 

 最後に二人でピースサインをカメラに向けて編集点を作る。しかし基本的にはカメラは回しっぱなしという方針らしいので、このまま撮影は続けていく。

 

「あっ、御存じの方もいるでしょうが、この人が123プロの美人社長秘書兼プロデューサーの和久井留美さんでーす!」

 

「あっ、コラ」

 

 カメラを下ろした恵美ちゃんは、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべて私たちのことを見守っていた留美さんにカメラのレンズを向ける。普段はクールな留美さんもこれには少々慌てた様子だった。

 

 以前アイドルだった765プロの律子さんとは違い、最初から裏方に徹していた留美さんは当然テレビなどの映像メディアに出演したことはない。しかし雑誌のインタビューなどで顔写真が掲載されたことがあるため、恵美ちゃんの言う通り、留美さんのことを知っている人もいるだろう。

 

「折角なんだから、留美さんも映ろーよ! 同じ事務所の仲間なんだからさー!」

 

「私はアイドルじゃないからいいのよ! やめなさいってば!」

 

 近くにいたスタッフさんの影に隠れるようにして逃げる留美さんと、それを笑顔で追いかける恵美ちゃん。感謝祭ライブの特典映像の冒頭がこんなのでいいのかと思いつつも、これはこれで『私たちの123プロらしい』気がしたので、二人の様子を遠目にバッチリと撮影しているカメラマンさんの側へと移動する。

 

「いくら撮っても無駄よ!? ちゃんとここカットするんだからね!?」

 

「ぶーっ、留美さんのケチー!」

 

 渋々といった様子で恵美ちゃんは引き下がったが、多分留美さんの意思に反して事務所の名目上のNo.1(幸太郎さん)実質的なNo.1(良太郎さん)の権限で収録されることは火を見るよりも明らかだった。

 

 

 

「それじゃあ気を取り直してー……感謝祭ライブ舞台裏リポートの旅、出発ー!」

 

「お、おー!」

 

 

 

 

 

 

「……っ!?」

 

「どうしたんですか、美優さん」

 

「し、志保ちゃん……い、いえ……なんだか悪寒がして……」

 

「大丈夫ですか? 少し横になって………………なんでしょう、私も嫌な予感がしてきたんですけど」

 

 

 




・レモンの蜂蜜漬け
なんかスポーツとかするときに食べるといいらしいっすよ(スポーツ弱者の申し訳程度のにわか知識)

・舞台裏のリポート
イメージ的にはデレ4th円盤の特典で飯屋や武内君がやってたアレ。

・見逃してはいけないもの
※各自脳内補完

・留美さんにカメラのレンズを向ける。
(アイドル化フラグでは)ないです。
これ以上裏方減ったら流石の幸太郎でも忙殺されてしまう!



 始まりました、舞台裏編です。こういうノリこそ良太郎が適任だと思ったのですが、事務所の立ち位置的にピーチフィズの二人になりました。

 まぁこんな面白そうなことやってるのに、良太郎が黙ってるわけないんだけどね!


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Episode22 恵美とまゆの舞台裏リポート! 2

※良太郎はまだ散歩中


 

 

 

 留美さんとの死闘を終えた恵美ちゃんと共に舞台裏から移動する。カメラを構え、すれ違うスタッフさんに「お疲れ様でーす」と挨拶をしながら廊下を進む。

 

「まずは……ステージと観客席からかなー」

 

「本邦初公開……と言いたいところですけど、生憎この映像を皆さんがお目にする頃にはライブ終了してますものねぇ」

 

 それでも現地にもLVにも来ることが出来なかった人は大勢いるだろうし、これが初見という人もいるだろう。そうだとしても、特典映像から見る人は流石にいないだろうが。

 

「……あっ! いいこと思い付いた!」

 

「いいことですかぁ?」

 

 突然「閃いた!」といった様子で恵美ちゃんがパチンと指を鳴らした。

 

「どうせステージと観客席見てもらうんだからさ、ポップアップでメインステージに上がるアタシたちの視点で見てもらおうよ!」

 

「おぉ、それは本当に妙案ですねぇ!」

 

「でっしょー!?」

 

 留美さんに視線で確認を取るとウインクと共に快い許可を得ること出来た。というわけでただステージに向かうのではなく、ステージの下側からステージへ上がる私たちアイドルの視点で撮影することになった。

 

 

 

「ここからステージ下になってまーす。薄暗いでーす」

 

 カメラの向こうに向かって恵美ちゃんが語り掛ける。

 

 基本的にここは一切部外者の目に映らない場所のため、ステージを下から支える文字通りの『縁の下の力持ち』である骨組みがむき出しのままになっている。明かりも必要最低限に絞られているために薄暗い上に、天井も低い。歩くときには細心の注意が必要だ。

 

「アイドルになって初めてこーいうステージ下に連れてきてもらった時のこと覚えてる?」

 

「はい。デビュー前に、良太郎さんのライブへ連れていってもらったんですよねぇ」

 

「そーそー! そのときさ、アタシたちを案内してくれたリョータローさんがよそ見してて骨組みで頭ぶつけちゃって『アイターッ!?』って! すっごい真面目な話してる途中だったから、思わず笑っちゃったよー!」

 

「えぇ、自分の身を挺してまで私たちの緊張を解そうとしてくれた良太郎さんの優しさが心に染みましたぁ……」

 

「あっ、まゆ的にはそう見えてたんだ……どーりで何故か一人だけ感極まったような表情をしてたと思ったよ……」

 

 まゆの中の美しい思い出に浸っていると、何故か恵美ちゃんは「まさか今になってあのときの謎が解けるとは思わなった……」と疲れた表情をしていた。自分で持っているカメラには映らないとはいえ、後ろから撮ってるカメラもあるんだから、気を抜いちゃダメよぉ?

 

「あれ、なんだか賑やかだと思ったら」

 

 辿り着いたメインステージ中央のポップアップには先客として御手洗さんがいた。

 

「あっ! 第一村人発見!」

 

「うん、所さん違いだね」

 

「怒られない程度にしましょうねぇ」

 

 笑顔はいいけど笑うのはコラえましょうねぇ?

 

「それでカメラ持ってどーしたの? 後ろもゾロゾロと連れて来てるみたいだけど」

 

「これはねー」

 

 首を傾げる御手洗さんに説明をする恵美ちゃん。アイドルとしては大先輩であるジュピターの御手洗さんだが年齢は私たちよりも年下ということで、恵美ちゃんは割と気さくに接している。

 

 今も尚カメラは回り続けているが、ファンにとっては恵美ちゃんと御手洗さんの会話風景というのもきっと珍しいものだろう。

 

「翔太君は?」

 

「ソロ曲のときの僕もこのポップから飛び上がるから、それの最終チェック」

 

 御手洗さんは狭い通路の端によって道を譲ると「お先にどーぞ」とポップを私たちに譲ってくれた。

 

「それじゃあ、アタシたちが先に上がって、後から上がってくる翔太君を撮っておくね!」

 

「おっと、それじゃあ下手なものは見せられないかなー」

 

 口ではそう言って笑っているものの、御手洗さんは自信で満ち溢れた目をしていた。良太郎さんが認める()()()()()を持つが故の自信だろう。私の中で良太郎さんが一番であることは例え世界が終焉を迎えたとしても揺るがないが、そんな良太郎さんに立ち向かおうとする彼らの姿勢は本当に尊敬に値すると思っている。

 

 ……尤も天ヶ瀬さんは少々調子に乗りすぎているから、痛い目に遭ってもいいとも思っている。そろそろ春香さんか卯月ちゃんに刺されて……しまっては二人の手が汚れてしまうので、自分で自分のお腹に刃物でも突き刺せばいいのに。

 

「ん? まゆ、どーかした?」

 

「いいえぇ、別に興味ない素振りを見せつつ女の子をその気にさせようとしているイキリヘタレのことなんて考えてませんよぉ?」

 

「「……お、おう」」

 

 何故か恵美ちゃんと御手洗さんが引いていた。

 

 

 

(……まゆ、今の言葉が微妙にリョータローさんにもブーメランになってるってこと気付いてるのかな?)

 

(というかこれ、ラブコメ的に考えるとまゆちゃんがとーま君とくっつくフラグなんじゃ……?)

 

 

 

 

 

 

「っ!? な、なんだ……今、凄まじい悪寒が……」

 

「お前はお前でそーいうネガティブな気配を察知すること多いよな。もっと人生ポジティブに生きようぜ!」

 

「そういうオメーはもう少しぐらいネガティブに生きてもいいんじゃねーか」

 

「昔々、偉い聖帝は言いました」

 

「引いて媚びて顧みろ」

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、お願いしまーす」

 

 若干暗黒面に堕ちかけていたまゆがこちらに戻ってきたことで撮影を再開。いや、カメラ自体はずっと回ってたんだけど、先ほどからの留美さんの表情を見る限り今のところは全面的にカットになるだろう。

 

 カメラを手にしたアタシがポップの上にしゃがみ込むと、前と左右の三方向からスタッフさんがポップを持ち上げる取っ手に手をかけた。

 

「それじゃー皆さん、ご覧ください。これがアタシたちアイドルがステージに出るときに見る光景です」

 

「いちにっさんしー、にーにっさんしー……ゴーッ!」

 

 ポップアップが押し上げられ、急速に視界が変わっていく。

 

 薄暗い舞台裏の世界から――。

 

 

 

 ――明るく輝く、ステージの上に。

 

 

 

「イエーイッ」

 

 思わず叫んでしまい、周りにいたスタッフさんたちの視線が集まるのを感じた。

 

「はぁー……やっぱりこの瞬間が一番気持ちいーなぁ……」

 

 まだ誰一人としてファンは入っていないがガランとしたドーム内。ステージの下と比べれば明るいとはいえ、まだまだ絞られている照明。少々煌びやかと称するには物足りないステージではあるものの……この瞬間が一番アイドルとしての実感を得ることが出来た。

 

「分かりますよぉ、恵美ちゃん」

 

 続いてポップから上がってきたまゆが、アタシの言葉に同意を示してくれた。

 

「ステージの脇から出てくるときも、勿論いいんですけど……こうしてポップで上がってくると、こう、自分が昇華するような感覚になるんですよねぇ」

 

「そう! そんな感じ! 自分がレベルアップしたような快感が、すーっごい気持ちいいんだよねぇ~」

 

 

 

「……和久井さん、恵美ちゃんの言葉のチョイス、あれいいの?」

 

「……多分ファンも良太郎君も喜ぶだろうから」

 

 

 

 何か下で翔太君と留美さんの声が聞こえたような気がしたけど、流石に開いているとはいえポップの下の会話は詳しく聞き取れなかった。何やら翔太君が半目でこちらを指さしていたが、何かマズいことでも言ってしまったのだろうか。

 

 その後、ポップの上昇に合わせてその場で宙返りをするという翔太君のアクロバティックな登場をしっかりとカメラに収めてから、改めて会場全体を撮っていく。

 

「ほんっとここ大きいよね~。初めてここのステージに立たせてもらったときも思わず圧倒されちゃったもん」

 

「五万人以上が入るらしいですからねぇ。周藤良太郎の立つステージとなると、それぐらいは妥当なんでしょうね」

 

「こんなにおっきなところに立たせてもらっちゃって気持ちよくさせてもらって……ホントーに、ファンのみんなには感謝しかないよー!」

 

 

 

「……留美さん」

 

「喜ぶだろうから」

 

「投げやりにならないでよ!? こーいうボケを拾うのは僕の役割じゃないんだからね!?」

 

 

 

 また後ろで翔太君と留美さんが何かを話していた。ストップがかからないところから何か撮影に不備があったわけじゃないとは思うんだけど……。

 

 少々後ろが気になるものの、このまままゆと二人で撮影を続けていこう。

 

 次はステージを降り、所謂『アリーナ席』と呼ばれる観客席部分を歩く。

 

 綺麗に並べてあるパイプ椅子の間を抜け、センターステージに一番近い下手側の椅子にまゆと並んで腰を下ろした。

 

「おぉー、こうして座ってみるとステージ超近いね」

 

 一緒についてきてくれた翔太君がセンターステージからピースをしてくれたので、カメラに収める。

 

 すると何かに気付いた様子の翔太君は、しゃがみ込んでこちらのカメラに向かって喋りかけてきた。

 

「今回のライブでセンターステージの近くに座ったであろうそこの君たちー! 君たちすっごい近くで僕たちを観れてラッキーだったって思ってるだろうけど、実はそこ、開演前に恵美ちゃんとまゆちゃんが座った椅子でもあるから、そういう意味でも超絶ラッキーだったね」

 

「「あっ」」

 

 翔太君に言われて気が付いた。確かにファンにとっては『アイドルが座った椅子』というだけでも十分に価値があるものになるのだろう。

 

「これは思いがけずにサプライズプレゼントをしちゃった形になるのかな?」

 

「ふふっ、気付いてもらえるのは大分先になっちゃうプレゼントねぇ」

 

 クスクスと笑うまゆの笑顔を映してから、立ち上がってアタシたちが座っていたパイプ椅子を映す。

 

「はい、このパイプ椅子だからねー! 左がアタシで、右がまゆ」

 

「ライブ中の記憶が飛んじゃう人も多いですけど、頑張って思い出してくださいねぇ?」

 

 確かにライブ中に盛り上がると『楽しかった』という印象ばかりが強く残りすぎて、細かい記憶が飛んでしまうのはアタシも何度か経験済みだ。

 

 

 

 ――でもまぁ、()()があるから今回のライブに限ってそれはあり得ないだろうけど。

 

 

 

 

 

 

「……ん? なんか今『パイプ椅子になりたい』っていう邪念が届いたんだが」

 

「どっから何の電波を拾ってるんだオメーは」

 

 

 




・第一村人
・笑うのはコラえましょう
正直所さんって呼び方を使うとそっちが頭を過る。

・恵美と翔太
あまりにも絡み少なすぎてお互いの呼び方忘れてた。

・自分で自分のお腹に刃物でも突き刺せばいいのに。
ダークまゆ(冬馬限定)

・ラブコメ的に考えるとまゆちゃんがとーま君とくっつくフラグ
古典ラブコメ学的観点から考えると、良太郎はりっちゃんか麗華、冬馬は千早かまゆ辺りとくっつくのが王道だと思う。

・「偉い聖帝は言いました」
未だに定期的に再翻訳北斗見て笑ってる。

・「すーっごい気持ちいいんだよねぇ~」
・「こんなにおっきなところに立たせてもらっちゃって気持ちよくさせてもらって」
(意味深)



 特に大きな山場もない二話目でした。

 次回辺りで、志保か美優さん辺りを出して色々と災難に見舞わせたい(迫真)


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Episode23 恵美とまゆの舞台裏リポート! 3

王の帰還(文字通りの意味で)


 

 

 

 ステージと観客席での撮影を終えた私と恵美ちゃんは、スタッフさんとの打ち合わせがあるらしい御手洗さんと別れ、再び舞台裏へと戻ってきた。

 

「また舞台裏に戻ってきたわけだけど、やっぱりこっちの方がみんなには馴染みがないよねー」

 

「基本的にファンの皆さんにはお見せしない部分ですからねぇ」

 

 やって来たのは、並べられたパイプ椅子の前にモニターが置かれた私たちの待機場所だ。

 

「裏に戻った私たちは基本的にここで待機してるんだよ」

 

「汗を拭いて衣装を変えて、もう表に出れる状態になってから、このモニターで今のステージの様子を見るんです」

 

 今はまだ開演前なので、モニターには今回のライブの紹介PVが流れている……はっ!?

 

「軽ーく飲んだり食べたり、簡単なメイク直しもここでやっちゃうんだけど……え、まゆ、どーしたのさ」

 

「この良太郎さんのPV、私見たことないのっ!」

 

 恐らく今回のライブのために新しく作ったPVなのだろう。今まで『周藤良太郎』が出演している映像全てを網羅してきたと自負している私の記憶にもないのだから、間違いない。

 

「目に焼き付けちゃいますから、ちょっと待っててください」

 

「えぇ~……」

 

「あぁ! 今のカットいいです! 八時の方向からの良太郎さんの流し目! 顎を三センチ上げて見下ろすような目付き! 流石です! 良太郎さんのことよく分かってるカメラマンさんです!」

 

(……無表情なのに流し目……?)

 

 これはいいものです! 是非とも社長にこのPVを貰えないか交渉して……あっ。

 

「さっ、次にいきましょうか恵美ちゃん」

 

(ジュピターの場面に変わった途端に興味を失った……)

 

「そろそろお昼時ですから……ケータリングなんてどうでしょうか」

 

「あっ、うん、そ、そうだね! アタシもちょっと小腹が空いたし!」

 

 何故か引きつった笑みの恵美ちゃんと共に、ケータリングが用意してある部屋へと向かうのだった。

 

 

 

「……留美さん、今のまゆのアレ、そのまま使って大丈夫かな?」

 

「……まゆちゃんの『重篤りょーいん患者』っぷりは既に周知の事実だし、大丈夫だと思うわ」

 

「あ、いや、そっちじゃなくて、冬馬さんに対する塩対応のことなんだけど……」

 

「そっちはそっちで『普段おっとりしてるまゆちゃんが見せる塩対応のギャップに興奮する』って、一部で好評みたいよ」

 

「あれっ!? まゆと冬馬さんのフラグが本気で立ちつつある!?」

 

 

 

 

 

 

 良太郎さんのPVで良太郎さん分を補給した私たちは、今度はお腹を満たすためにケータリングの部屋へとやってきた。

 

 お弁当などを持ってきてもらう仕出しとは違い、ケータリングは現場で料理を作って提供してくれるサービスだ。部屋には作ってもらった料理が並べられてあり、自分で選んで取っていくビュッフェ形式になっている。

 

 もっともスタッフの皆さんはともかく、私たちアイドルは本番を控えているので、好きなものを好きなだけとはいかない。

 

「えー、別に大丈夫じゃない?」

 

「今回のライブで一番気にするべきなのは恵美ちゃんだと思うんですけどぉ……」

 

 何せ彼女と志希ちゃんの個別衣装はお腹が出ているのだ。あまり食べ過ぎるとお腹がポッコリとしてしまうので、普通は気を付けなくちゃいけないのに……。

 

「その辺りのことは、気にしたことないなー」

 

「流石恵美ちゃんですねぇ……」

 

 食べても太りづらいという、なんともアイドルに向いた体質である。中には衣装のために食事や間食を制限するアイドルもいるというのに……。

 

 などというものの、志保ちゃんは年齢的に、志希ちゃんは健康的にダイエットよりも体作りを気にかけた食生活を心がけないといけない。そして美優さんは元々食が細いので、結果として123プロで自身の体重を常に気にしている女性アイドルは私だけである。

 

「え? まゆ、そーいうの気にしてたの?」

 

「気にしない恵美ちゃんの方が稀有なんですよぉ」

 

 とはいえ私もそれを苦にしているわけではないので、別に恵美ちゃんの体質を羨ましいと思ったことはない。

 

 逆にその(体系的な意味での)肉付きの良さをどれだけ羨ましいと思ったことか……!

 

「まゆ、顔が怖いんだけど……」

 

「まゆは笑ってますよぉ?」

 

「なら目も笑って!?」

 

 しかし良太郎さんが笑顔に固執しないように、私も胸に強く固執したりはしない。えぇしませんとも。

 

 話を戻そう。

 

 またこの部屋にはケータリングの他にも差し入れが置いてあり――。

 

 

 

「「あー……あっ!?」」

 

 

 

 ――今まさに志保ちゃんと美優さんが口を開けて食べようとしている『翠屋のシュークリーム』も、123プロでは良太郎さんが持ってくる差し入れとしては定番である。

 

「おっ、ナイスタイミングー! 二人とも、可愛い画が撮れたよー!」

 

「えっ、ちょっ、画!?」

 

「も、もしかして撮ってるんですか……!?」

 

 カメラを向けている恵美ちゃんと、その後ろからカメラを構えているスタッフに気付いた志保ちゃんと美優さんは、真っ赤になって食べるのを中断した。

 

「ライブのBDの映像特典用の撮影をしてるんだー。いやぁ、二人のファンには堪らない一場面だったね!」

 

 恵美ちゃんが良い笑顔で親指を立てる。

 

「「カットでお願いします!」」

 

 二人的には今のシーンを不特定多数の人間に見られることが恥ずかしいらしく、慌てて留美さんに対してカット要請。しかし当然のように留美さんは腕をバッテンにしてこれを拒否。まぁ、そうでしょうねぇ……私の目から見ても、今の二人は可愛かったですから。

 

「こ、こうなったら私たちだけじゃなく、恵美さんたちにも犠牲になってもらいます……!」

 

 そんな小悪党のようなことを言いながら、志保ちゃんは私たちに向かって新しいシュークリームを二つ差し出してきた。どうやら私たちがシュークリームを食べるシーンも撮ることで共倒れを狙うつもりらしい。美優さんも必死にコクコクと頷いていた。

 

「んー? 別にいいよねー?」

 

「はぁい」

 

 しかし私と恵美ちゃんは別段恥ずかしがるタイプではないので、申し訳ないが志保ちゃんの思惑通りにはならないだろう。

 

「あっ! どうせだったら、まゆが食べさせてー!」

 

 それどころか恵美ちゃんは別の取れ高を狙うようだ。よく分からないが、私と恵美ちゃんが仲良くしている姿というものに需要があるらしい。

 

 私としても別に拒否する理由もないので、それを承諾して志保ちゃんからシュークリームを受け取る。

 

「はい恵美ちゃん、あーん」

 

「あー……」

 

 カメラを下ろして撮影をスタッフに任せた恵美ちゃんが口を開ける。

 

 そしてそのまま私が差し出すシュークリームにかぶりつくかと思いきや、ニヤリと笑った恵美ちゃんは何故かそのまま頭を後ろに引いて――。

 

 

 

「あむっ」

 

 

 

 ――横から頭を差し出して来た良太郎さんが、私が差し出したシュークリームにかぶりついた。

 

「……え」

 

「んー流石は俺が差し入れに持ってきたシュークリーム……ここ以上の甘味を、俺はまだ知らない」

 

「って、何してるんですか良太郎さん!?」

 

「ん? いや、小腹が空いたからケータリング食べに来たんだけど、恵美ちゃんがチョイチョイと手招きしてくるもんだから、こーいうことを求められたのかなって思って」

 

「大正解ですリョータローさん! よかったねーまゆ! 念願だった『リョータローさんへのあーん』が出来たじゃん!」

 

「まゆさんのファンは炎上しそうですけど……」

 

「相手が『周藤良太郎』なら大丈夫じゃない? まゆのファンなら『夢が叶っておめでとう!』ぐらいのことは言ってくれるって」

 

「そ、それより、あの……」

 

「ん? どうかしましたか、美優さん」

 

 

 

「先ほどから、まゆちゃんが微動だにしないんですけど……」

 

「「「えっ!?」」」

 

 

 

 

 

 

 恵美ちゃん曰く「許容量をオーバーした」らしいまゆちゃんが救護室へと運ばれていった。本番前だというのに大丈夫なのだろうか……心配だが、留美さんが大丈夫と言っていたので大丈夫なのだろう。

 

「それで? 何やってたの?」

 

 もぐもぐとシュークリームを食べながら恵美ちゃんたちに問う。自分で持ってきた差し入れを自分で食べてしまっているが、元々多めに持ってきたので俺が食べても全員に行き渡るだろうから問題ないだろう。

 

「ライブのBDの映像特典を撮ってたんです。志保や美優さんの可愛いところとか、バッチリ撮れてますよー」

 

 なんと、それは楽しみだ。

 

「というか、そんな楽しそうなことをしていたというのに、俺を呼んでくれないなんてどういうことですか留美さん」

 

「これを『そんな楽しそうなこと』と言ってしまう辺りが原因だと思います」

 

 留美さんの代わりに志保ちゃんから「そもそも散歩に行ってたのは良太郎さんじゃないですか」と真っ当なツッコミを受けてしまった。

 

「まぁ過ぎ去ってしまったことに対しては何も言わないよ。大事なのは俺たちがこれから築き上げていく未来であって――」

 

「さっき恵美さんとまゆさんが抱き合っていたシーンがあったらしいですが」

 

「――だからなんで俺はそこにいないんだよおおおぉぉぉ!」

 

「舌の根が乾いてないですよ」

 

 膝をついて床を叩く俺を見下ろす志保ちゃんという、事務所内では割と見慣れた光景が広がっていた。多分この辺りも撮影されているだろうから、これはこれで取れ高だろう。

 

 閑話休題。

 

「まゆちゃんが戦線を離脱してしまった以上、今度は俺がその撮影役を代ろうじゃないか。ここからはこの123プロを代表するアイドルとして、責任を持ってその役目を果たさせてもらうよ」

 

「もっと自分の言葉で」

 

「面白そうだから代わって?」

 

 志保ちゃんの言葉に思わず本音が漏れ出てしまった。いやだって楽しそうじゃん。

 

「えっと……」

 

 恵美ちゃんがチラリと留美さんに視線を向けて指示を仰ぐ。留美さんは「ちょっと待って」と手で制した後、なにやらスマホを取り出して通話を始めた。どうやら兄貴に判断を委ねるようだ。

 

「ただ俺がカメラを持つと言っただけなのに、何故ここまで大事になっているのか……」

 

「それだけ良太郎さんが信用されてるってことですよ」

 

「つまり信頼されてないってことだね」

 

 わからないわ。

 

「ところで志保ちゃん、『シュレーディンガーの猫』って知ってる?」

 

「……まぁ、概要ぐらいなら知ってますが、なんですかいきなり」

 

「今この状況で、『兄貴が許可を出す』確率と『兄貴が許可を出さない』確率は五分五分だ」

 

「九割九分九厘ぐらいの確率で許可は出ないと思いますけど」

 

「しかしその結果を耳にしない限り、それは決定してないんだよ」

 

「……何が言いたいんですか?」

 

「……アレ!? なんでアタシが持ってたはずのカメラをリョータローさんが!?」

 

「えっ!?」

 

「いってきまーす」

 

 というわけで、兄貴の不許可が出る前に、俺は恵美ちゃんが持っていたカメラを拝借してその場を立ち去るのだった。

 

 

 

「留美さん! 良太郎さんが逃げました!」

 

「えっ!? スタッフ! すぐに捕まえて!」

 

「ダメです! なんか既にシュークリームやオフショットで買収済みです!」

 

「無駄に手の込んだ無駄のない無駄以外の何物でもない手回しっ!」

 

 

 




・まゆと冬馬さんのフラグ
( ´3`)~♪

・あまり食べ過ぎるとお腹がポッコリと
智絵里の中の人「新たなひk(バツンッ!」

・志保ちゃんと美優さんが口を開けて食べようと
前回から続いている『ちょっと想像するとほんのりえっちぃ場面』シリーズ。

・良太郎へのあーん
(確かそういうシーンはなかったはず……)

・信用と信頼
信用は過去のことに対してするものであり、信頼は未来のことに対してするもの。
この場合は『良太郎がこれまでやらかしてきたこと』を信用されていて『こいつなら大丈夫だろう』と信頼されてない。

・シュレーディンガーの猫
『死んだライオン』の親戚ではない。



 なんかサブタイトルの『恵美とまゆの』というあたりが変わり始めているが、深く気にしてはいけない。

 やっぱり良太郎が出ると作者的にも落ち着くな……あと志保との絡みは書いてて楽しかった(小並感)


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Episode24 恵美とまゆの舞台裏リポート! 4

あれ、なんか良太郎が真面目……?

※感想欄のことに関して、あとがきで触れます。


 

 

 

「えっと……」

 

「何、この状況」

 

 りんとともみの困惑した声が両脇から聞こえてくる。

 

 良太郎たち123プロの感謝祭ライブにゲスト出演するために会場入りしたのだが、スタッフたちが総出でドタバタと走り回っているこの状況が全く理解出来なかった。

 

 本番直前に何かトラブルでも起きたのだろうかと思ったが……先ほどからちらほらと聞こえてくる「何処に行った!?」「向こうにはいません!」という声で、これが深刻なものではなくコメディ的なアレだと理解した。

 

「ちょっとそこのスタッフ」

 

 とりあえず近くにいたスタッフを捕まえて事情を説明させる。

 

「……はぁ、公演の円盤の特典映像を撮影していたら」

 

「そのカメラをリョウが持っていってしまったと……」

 

 状況は理解出来たが、したくなかったというのが本音である。

 

「全く、そんなくだらないことで大騒ぎするなんて……」

 

「リョウらしいといえばリョウらしいけどね」

 

 呆れたため息しかでか出てこなかったが、何が面白いのかともみは薄く微笑んでいた。

 

「何言ってるのさ麗華! くだらなくなんかないよ!」

 

 しかし、何故かりんは一人だけ憤っていた。いや、どちらかというと興奮していたと言った方が適切かもしれない。とにかく、どうやら「くだらない」という私の言葉を否定したいようだった。

 

「ちょっとそこのスタッフ!」

 

 そして先ほどの私のように近くにいたスタッフを呼び止めるりん。りんの気迫と語気の強さに、スタッフはビクリと体を震わせながら足を止めた。

 

「聞きたいことがあるんだけど!」

 

「は、はい!」

 

「BDの発売っていつ!? その映像特典っていうのは初回生産版にしかつかないタイプ!?」

 

 まぁ、そんな気はしてた。

 

 しかしどうやらそのスタッフも詳細は知らされていなかったらしい。

 

「くっ……これはりょーくんか幸太郎さんに直接聞くしかないのか……!」

 

「ねぇ、りん。それって本当に今じゃなきゃダメ?」

 

 そろそろこの辺りのやり取りを終えて打ち合わせに行きたいんだけど。

 

 

 

 ――良太郎さんいましたー!

 

 

 

 いっそのことりんをともみに任せて一人で打ち合わせをしてこようかと考えていると、そんな声が聞こえてきた。どうやら無駄にハイスペックな能力を駆使して逃げ回っていた良太郎が、いよいよお縄につくときが来たようである。

 

「アタシたちも行くよ!」

 

「えっ」

 

「なんか面白そうだし」

 

「えっ!?」

 

 りんに手を引かれた上にともみに背中を押され、私は返答をする暇なく良太郎が見つかったという声がした方へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 どうやらリョウはスタッフがいなくなった隙に、大胆にもステージのど真ん中を陣取ったらしい。一番人目につくところへ敢えて姿を表して意表をつこうとしたようだ。

 

 ステージの下、リョウから見えない場所にはスタッフだけでなくアイドルまでもが集合していた。

 

「ん、アンタら来てたのか」

 

「来てたのよ」

 

「……だからって、なんでこっちにまで来てるんだ?」

 

「知らないわよ……」

 

 はぁっ……と麗華がため息を吐くと、ジュピターの天ヶ瀬冬馬から同病相憐れむような目を向けられていた。多分同病というか同類というか、同じ穴の狢。

 

「しっ、お二人とも静かに。良太郎さんに気付かれます」

 

 そんな私たちに振り返った北沢志保が人差し指を立てる。基本的にリョウに振り回される側のアイドルである彼女だが、何やら今の状況をノリノリで楽しんでいるようにも見えた。

 

「あぁはいはい、悪かったわよ」

 

「でも大丈夫、こっちは風下」

 

「室内に風上も風下もねーよ」

 

「ともみ、そもそも良太郎が匂いで気付けるという前提で話すのをやめなさい」

 

 多分一瞬でも(出来そう)と考えてしまったらしい麗華が頭をブンブンと振った。

 

「……あれ、そういえば佐久間まゆがいないね」

 

 良太郎関連の出来事なら真っ先に反応するであろうアイドルがいないことに気付く。

 

「あ、まゆだったら念願だったリョータローさんへのあーんが意図せずして叶ったことによる許容量オーバーで寝込んでます」

 

「本番直前に何やってるのよ……」

 

「本当よ。それぐらいで情けないわね」

 

「りん、違う、そうじゃない」

 

 全く……と呆れた様子のりんは、意外なことに熱狂的なりょーいん患者である佐久間まゆとそれほど仲が悪くない。確かに顔を合わせれば笑顔で威嚇し合うような間柄ではあるが、それでも一応お互いに『アイドル』としても『周藤良太郎のファン』としても認め合っているらしい。

 

「……さて、そろそろ行くぞ」

 

 天ヶ瀬冬馬がそう呟くと、その場にいたスタッフ一同が気を引き締めるような雰囲気になった。どうやらここから一気に距離を詰めてリョウを制圧するつもりらしい。

 

「アイドルに対して『制圧』という言葉を使う場面に初めて遭遇したわ」

 

「奇遇だな、俺も初めて使う」

 

 そう言いつつ、何故か陣頭指揮を執っているらしい天ヶ瀬冬馬が指を順番に折ってカウントダウンを始める。

 

 親指が折れ、小指が折れ、薬指が折れ、中指が折れ、最後に残った人差し指をリョウの方へと向けたその瞬間――。

 

 

 

『……この映像を見ているであろう、アイドルを志している諸君へ』

 

 

 

 ――そんなリョウの声が、聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

『この映像をみんなが見ているころにはきっと、俺は……まぁ、いつもと変わらぬアイドルとしての人生を送っていると思う』

 

 言葉の内容はいつものような冗談めいたものだったが……その声色は悔しいことにアタシも滅多に聞いたことがないとても優しい声で、思わずときめいてしまった。

 

『でも俺は直接みんなに向かってこういうことを言うような人間じゃないから、せめてメッセージという形で残させてもらおうと思う。まさか映像特典にこんなのが入ってるとは、誰にも想像出来ないだろう』

 

 しかし、続けられたりょーくんの言葉に、私はその先を一言一句聞き逃すまいと姿勢を正す。見ると、その場にいた全員がそのままの姿勢で固まっていた。

 

『さて、多分最初の方に恵美ちゃんたちが撮ってるだろうけど、俺はこのメインステージからの光景を今一度みんなに見てもらいたい。……そしてこれが、君たちがやがて辿り着く光景だと言うことを、知ってもらいたいんだ』

 

 姿は見えないが、りょーくんの『よっこいしょ』という言葉が聞こえてきた。多分ステージの上に腰を下ろしたんだと思う。

 

『広いだろ、ここ。初めてここに立ったときからずーっと、俺もそう思い続けてる。その広いステージに、俺はずっと一人で立ってたんだ。……そんで最近になって、よーやく気付いたんだ』

 

 

 

 ――あぁ、このステージに一人で立つのは、寂しいな……って。

 

 

 

「っ……!」

 

 それは意外な言葉だった。意外すぎる言葉だった。

 

 『周藤良太郎』は孤高のアイドルだ。常にアイドルたちの頂点に君臨し続け、バックダンサーすら立たせずに一人でステージに立ち続けた。他のアイドルとのステージに立つことも、以前コラボした『Jupiter』を除いて存在しない。……昔からずっと一緒だったアタシたち『魔王エンジェル』ですら、一緒のステージに立ったことはなかったのだ。

 

 そんな『周藤良太郎』が()()()と言ったのだ。その言葉に衝撃を受けたのはアタシだけじゃなく、その場にいたアイドルもスタッフも全員が驚き、言葉を失っていた。

 

『きっと「意外」だとか「イメージ違う」とか「失望しましたみくにゃんのファンやめます」とか色々言われてるんだろうなぁ』

 

 でも結構自分でもビックリしてるんだよ、とりょーくんは続ける。

 

『きっかけはきっと、ジュピターの三人とのコラボ。そして今回のライブで、みんなと一緒にレッスンして、立ち位置やフォーメーションの確認して……そういうのが、すげぇ楽しかったんだよ。人には『仲間たちと一緒に立つステージ』の重要性をうたっておきながら、俺自身がそれに気づいてなかったっていう間抜けな話』

 

 

 

 ――765や346みたいに、みんなでステージに立つのが俺の憧れだったんだ。

 

 ――だから感謝祭ライブでみんなと一緒のステージに立つことが決まって、嬉しかった。

 

 

 

 以前、アタシたちに出演依頼をしにきたときも、りょーくんはそう言っていた。

 

 『楽しい』という感情は聞いていた。しかし『寂しい』という感情は初耳だった。

 

 そもそもりょーくんは何故一人で立ち続けていたのだろうか。そのパフォーマンスが一人に特化したものだったから? そのレベルにバックダンサーすらついてこれなかったから?

 

 ……もしかしたら周りの人間が勝手に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と決めつけ、そういう空気になってしまったのかもしれない。確認のしようのないことだから、これはアタシの妄想に過ぎないんだけど。

 

『たぶんこの考え、人によっては「弱くなった」って取られるかもしれない。実際に自分でもそう思ってるし、間違ってない。でも……』

 

 りょーくんの言葉が途切れる。既にこの場にいる全員がりょーくんからカメラを取り上げようなんて考えは微塵もなくて、ただ彼の言葉の続きを待っていた。

 

『……いや、流石にこの辺りは俺の引退会見のときまでとっておこう。当分引退してやる気はねーけどな!』

 

 再びりょーくんの「よっこいしょー!」という声が聞こえてきた。きっと立ち上がったのだろう。

 

『ぐだぐだと自分語りしちゃって悪いね。でも、きっと……このライブが「周藤良太郎」の転機で、ここから先の「周藤良太郎」は弱くなってるかもしれない。それでも、当分は君たちアイドルの卵たちの目標として、ここに立ち続けよう』

 

 アイドルの卵だけではなく、現在活動しているアイドル全員の目標たりえる『トップアイドル』は「だから……」と言葉を続ける。

 

 

 

『早くここまで来いよ、みんな。お前たちが全員トップアイドルになって「周藤良太郎」の隣に並び立つその日まで、俺は図々しくここに居座り続けてやるから』

 

 

 

 

 

 

「りょーくん……」

 

 静まり返っていたステージ下には、いつの間にかすすり泣くような声ばかりが聞こえていた。かくいうアタシもちょっと泣きそうになってる。

 

 りょーくんとの付き合いは大分長いが、それでも彼の『弱さ』に初めて触れ……それが堪らなく嬉しかった。

 

「……ふんっ、随分と尊大な物言いね」

 

「全くだ。人のことを随分と下に見やがって」

 

 そんな中で、麗華と天ヶ瀬冬馬だけがあまりいい顔をしていなかった。この二人は今でもずっと『打倒 周藤良太郎』を掲げ続けているから、今のりょーくんの発言には少しだけ受け入れがたいものなのだろう。

 

 ……それでも話してる最中はちょっとだけしんみりした表情をしていたことを、アタシは見逃していない。

 

 二人は気づいていないかもしれないけど……きっと二人のその『想い』は、りょーくんにとっては一番嬉しいものなんだと思う。

 

 

 

『……さってと、真面目な話も終わったし、そろそろおまけという名のほんへを……』

 

「全員かかれー!」

 

『おおおぉぉぉ!』

 

 

 

 天ヶ瀬冬馬の一言で、男性スタッフ全員が飛び出していった。

 

『おわっ!? えっ、何々!? みんなどこに、や、ヤメローハナセー!』

 

 ステージの上ではきっと警察24時みたいな大捕り物が繰り広げられていることだろう。

 

「……さっさと行くわよ、二人とも」

 

「麗華……?」

 

「あのムカつく上から目線バカの鼻っ柱をへし折ってやらなきゃいけないんだから」

 

「……うん、そうだね」

 

「いひひっ、サイコーなアタシたち、見せてあげないとね!」

 

 待っててね、りょーくん。

 

 

 

 真っ先に君の隣に立つのは……絶対に『魔王エンジェル(アタシたち)』だから。

 

 

 

 

 

 

おまけ『一方その頃の医務室』

 

 

 

「なんか重要な場面に立ち会えなかった気がしますうううぅぅぅ!?」

 

「それだけ叫べればもう大丈夫みたいですね……」

 

「サブタイトルに私の名前があるのに、こんなのってないですよおおおぉぉぉ!? うえええん! りょうたろうさあああぁぁぁん!」

 

 

 




・魔王エンジェル会場入り
(別に忘れてたわけじゃないよ……?)

・「こっちは風下」
「いいか、こっちが風下だ。近づけば分かる」
「どうやってです?匂いを嗅げとでも?」
「ああそうだ!」

・りんとまゆ
実はそんなに仲は悪くない。良きライバル的な。

・『周藤良太郎』の独白
伏線というかなんというか、今回の外伝のオチというか正体というか……。
ネタばらしはこの外伝の最終話でします。
今は良太郎の言動に違和感を覚えてもらえればいいです。

・おまけ『一方その頃の医務室』
まゆ、まさかの良太郎のアレが感染する。



 なんか良太郎が真面目な話をしだしましたが、別に熱があるわけじゃないです()

 上にも書きましたが、今回の外伝全体の『正体』に関する伏線みたいなサムシングです。今はとりあえず「イイハナシダッタノニナー」ぐらいの感覚で大丈夫です。

 次回からは開演直前編です! まだまだヒッパルヨー書きたいこと沢山アルカラネー。



『どうでもいい小話』

 なんか前回までのお話で『もしかして冬馬とまゆがくっつくの?』と危惧されていた方が大勢いたようなので。

 結論として『ないです』と断言します。

 ただ、確かに受け入れがたい展開は各々にあるのでしょうが、「その展開やめて」だの「そうなら読むのやめる」だの言われても「そうですか」としか返せないということをご理解ください。


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Episode25 On Your Mark!

『開演直前編』という名の『観客席側の顔合わせ編』


 

 

 

 ――お待たせいたしましたー!

 

 ――只今より開場いたしまーす!

 

 ――チケットと一緒に本人確認できる身分証明書のご用意をお願いしまーす!

 

 

 

 

 

 

「えーっと……私たちの席は……」

 

「おっ! ここじゃないか!」

 

「わぁ! 五人並んでますね!」

 

「まぁそうやって申し込んだからねー」

 

 自分たちのチケットに書かれた番号の席を見付け、一先ず荷物を置く。

 

 事務所での仕事や打ち合わせを終え、見切れ席組である私・加蓮・奈緒・卯月・未央の五人はついに会場入りを果たした。

 

「それにしても、いくら見切れ席とはいえこの五人が揃って当たるとは思わなかったよ」

 

「ホントホント。仮にも現地チケットには変わりないから、こっちの倍率も凄かったはずなのに……」

 

 凄い偶然だよねーと顔を見合わせて笑う未央と加蓮。何故か『この二人が総選挙で頑張ったご褒美』という意味の分からない単語が脳裏に浮かんだが、きっと気のせいだろう。

 

「やっぱりメインステージが見えませんね……」

 

「まぁ、そういう席だからな」

 

 自分の席から首を伸ばしてステージを確認しようとする卯月を、奈緒は「仕方ないよ」と慰める。

 

 今私たちが座っている場所はメインステージの真横のスタンド席からさらに奥、ほぼステージ裏と言っても過言ではない位置だった。卯月の言う通り、そして見切れ席という名前の通り、ここからではメインステージは一切見えない。一応目の前にはモニターが設置されているので何も見えないというわけではなく、センターステージやバックステージはかろうじて見ることが出来るが、距離が離れているのでやっぱり見づらい。

 

「でもやっぱり、直接良太郎さんたちを見たかったなぁ……」

 

 「ホントーに残念」と苦笑する加蓮に、未央はニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

「そうだよね~? かれんも良太郎さんからのファンサービス、貰いたいよねぇ~?」

 

「むっ」

 

 ほんのり頬を赤く染めて言い返そうとした加蓮だったが、ぐっと言葉を飲み込んだ後で逆にニヤリとした笑みを浮かべた。

 

「……ふっふっふっ、悪いね未央」

 

「へ?」

 

「私はもう……自分を偽らない!」

 

 カッと目を見開いてそんなことを宣言した加蓮は、何やら持ってきた荷物をゴソゴソと漁り始めた。

 

 

 

「これが……私の本気っ!」

 

「「「「……お、おぉ……!?」」」」

 

 

 

 自信満々に胸を張る加蓮は……所謂『フル装備』状態だった。良太郎さんのイメージカラーである金と黒の法被を羽織り、額には『I♡RYOTARO』と書かれた鉢巻きを巻き、黄色と黒の公式ペンライトを両手に二本ずつ指の間に持っている。さらに頬には『周藤良太郎』と『123プロ』のロゴのフェイスペイントシールが張られていて、何処から見てもりょーいん患者だと一目瞭然で分かる格好だった。

 

「私はもう自分を隠さない! 『周藤良太郎』のファンとして……誇り高きりょーいん患者として! 私は今日、自分の全力を出し切る!」

 

「おぉ……かれんが吹っ切れてる……」

 

「普段のレッスンのときでもこんなにアグレッシブな加蓮は見たことないぞ……」

 

 加蓮を弄ろうとしていた未央といつも加蓮に弄られている奈緒が、普段の彼女との様子の違いに戸惑っていた。

 

「わ、私も負けません!」

 

「う、卯月?」

 

 そしてそんな加蓮に対抗心を燃やしたのか、卯月もまた自分の荷物を開け始めた。

 

「じゃーん! つ、ついに私も買っちゃいました!」

 

 そう言って取り出したのは赤を基調にした『天ヶ瀬冬馬』の法被だった。

 

「おぉ、卯月も法被買ったんだ!」

 

「はい! その、ふぁ、ファンとして、ちゃんと応援したいって思ったんです!」

 

「いいよ卯月! 今日は一緒に頑張ろう!」

 

「はい! 頑張ります!」

 

 肩を組んで「えいえいおー!」と腕を突き上げる加蓮と卯月。なんとも珍しい組み合わせが意気投合している光景に、思わず未央や奈緒と共に言葉を失ってしまった。

 

「……えっと、しぶりんは?」

 

「なんかあるか?」

 

「流石にないよ」

 

 『周藤良太郎』のファンとしては加蓮にも引けを取るつもりはないが……私は私なりの応援の仕方があるから、別に彼女たちと競うつもりはない、うん。

 

 ……まぁ、私も上着ぐらい脱ごうかな。

 

 

 

(……奈緒さん奈緒さん、凛さんが着てるTシャツ、見て御覧なさい)

 

(え? あぁ、良太郎さんの公式ティーシャツ……って、んん!? サイン入ってるぞ!?)

 

(もっとよく御覧なさい! 一つだけじゃないでしょ!?)

 

(ほ、本当だ……! アレはまさか『周藤良太郎』の()()()()()()!?)

 

(そう! あれは身内という特権を使うことで成し遂げた『デビューしてから今まで全てのサインが書かれたTシャツ』! 正真正銘世界でただ一つしか存在しない超絶激レアアイテムなのだよ!)

 

(しかもそれを飾らずに着用するところが、周りに対するマウントにしか思えない!)

 

(「流石にないよ」と言いつつも、負ける気がない辺りが実にしぶりんらしいよね!)

 

(負けず嫌いここに極まれりって感じだな!)

 

 

 

 何やら悔しそうな目でこちらを見てくる加蓮に優越感を感じつつ、私も今日は久しぶりに全力で応援しようと心に誓うのだった。

 

 ……きっと今頃良太郎さんたちも舞台裏で最後の準備を始めてるところかな。

 

 

 

 

 

 

「開場したな」

 

「そうだな」

 

「ファンのみんなが俺たちを楽しみに来てくれたな」

 

「そうだな」

 

「……関係者席にも、みんなの招待客が来てくれてるよな」

 

「そうだな」

 

「みんなの招待客ってことは、この事務所にとっての来賓でもあると思うんだよ」

 

「そうだな」

 

「……ここはこの事務所を代表するトップアイドルとして、俺が挨拶に言った方がいいと思うんだよ」

 

「そうだな」

 

 

 

「……兄貴、このポリバケツ下ろしていい?」

 

「ダメだ」

 

 許されなかった。

 

 

 

「見てください、冬馬さん。あそこで水が入ったポリバケツを抱えながら立たされてる男の人、なんか世間ではトップアイドルとしてチヤホヤされてるらしいですよ?」

 

「世も末だよな。見ろよ、無様に腕がプルプル震えてるぜ」

 

 こちらを見ながら志保ちゃんと冬馬がコソコソと何かを話していた。123プロが誇るダブルエースの仲が良くてなによりである……あっ、別にフラグじゃないからね? 過剰反応しないでね?

 

「というか、何故俺は本番直前にこんな拷問みたいな真似させられてるのだろうか」

 

 確かに特典映像用のカメラを持っていったが、別に映しちゃマズいものは(まだ)撮ってなかったから怒られる要因は何も……。

 

「その本番直前に、スタッフに余計な手間をかけさせたからだよ」

 

「過剰戦力を投入したのは指揮官である兄貴の判断ミスでは」

 

「さては反省してないな?」

 

 フルフルと首を横に振る。これ以上重しを増やされてしまっては流石に会話すら出来なくなってしまう。

 

「……とはいえ、そろそろ時間だ」

 

 ようやく下ろしていいという許しが出たのでゆっくりとポリバケツを床に下ろすと、そのポリバケツはスタッフさんが片付けてくれた。……スタッフの余計な仕事を増やしたからという理由での罰だったにも関わらず、結局仕事を増やしてしまったのだが、そこのところどうなのだろか……。

 

「調子はどうだ?」

 

「腕がプルプル震えてる」

 

「本番までに治せ」

 

「はーい……」

 

 素直に返事をしたはいいものの、果たしてどうやって治したものかと首を傾げる。

 

「良太郎さぁん、大丈夫でしたかぁ?」

 

 しかしその腕の僅かな違和感は、まゆちゃんが腕に触れながら上目遣いに俺の顔を覗き込んできたことで綺麗さっぱり無くなった。美少女ってすげぇ!

 

「大丈夫大丈夫、これぐらい慣れてるから」

 

「アレが慣れるまで引き下がらない辺り、流石良太郎さんですよね」

 

「もっと褒めてくれていいんだよ? 多分志保ちゃんからも撫でられたら最高のコンディションになると思うんだ」

 

 ちょっとの期待と共に志保ちゃんへ向かって腕を差し出すと、全力でしっぺされた。これはこれであり。

 

「それよりまゆちゃんは大丈夫? なんか倒れたっていう話を聞いたけど」

 

「ちょっと休憩してたのをみんなが大げさに言ってるだけですよぉ。まゆはこの通り、絶好調です」

 

 むんっ! と元気よく細腕で力こぶを作る仕草をするまゆちゃん。確かにコンディションは良さそうだった。

 

「ほらみんな、そろそろ準備をしに行くよ」

 

 パンパンと手を叩いて北斗さんがアイドル全員を促す。こういう役を自然にこなす辺りは流石最年長……と言いたかったのだが、最年長は美優さんだった。いや、あの人はなんというか、どれだけ経っても拭いきれない『妹感』があるからなぁ……。

 

「………………」

 

「……え、な、なんですか?」

 

「ちょっとあのカメラに向かって『お兄ちゃん』って言ってもらっていいですか?」

 

「えっ……!?」

 

社長(せんせー)、またりょーたろー君が何か始めましたー」

 

 翔太にチクられたので止める。いや、今も一応特典映像用のカメラはスタッフが回してくれているのだから、美優さんのファンが喜びそうなことをしておいた方がいいと思ったんだけどなぁ。

 

「それじゃあ代わりに俺が」

 

「何が『それじゃあ代わりに俺が』なんだよ」

 

 冬馬のツッコミを無視してちょいちょいとカメラさんを指で呼び寄せる。そしてカメラのレンズを女性の顎に見立てて人差し指でクイッと持ち上げ……自分に出せる全力の猫撫で声を出す。

 

 

 

「見てて、姉さん……今日は姉さんのために、最高のライブにするからね」

 

 

 

 ここでニコリと笑顔の一つでも出来れば良かったのだが、それはもう俺が『周藤良太郎』である以上不可能である。

 

「「「かふっ」」」

 

社長(せんせー)! またまゆが負傷しました!」

 

幸太郎さん(せんせー)! こっちのりんにも流れ弾が!」

 

「ついでに姉属性持ちの志保ちゃんも被弾しました……!」

 

 恵美ちゃんとともみと美優さんが、それぞれ膝を突いたまゆちゃんとりんと志保ちゃんを支えていた。あれ?

 

「余計な仕事を増やすなって言ったばかりだろうがあああぁぁぁ!」

 

「流石にこれは理不尽じゃないか!?」

 

 

 

 

 

 

 ――開演まで、あと『2時間』。

 

 

 




・見切れ席組
ニュージェネ+トラプリ組。
流石にここは作者の書きやすさを重視した選抜になっております。

・『この二人が総選挙で頑張ったご褒美』
そしてこういう意味合いも兼ねて。二人とも、本当にお疲れ様!

・良太郎のイメージカラー
設定してなかったけど、ここにきて『金』と『黒』に決定。
……うん、そうだね、オーマジオウカラーだね。もしくはゴルドドライブ。

・ポリバケツ
Lesson131で言われてたやつが実行に移された模様。

・美少女ってすげぇ!
効能:疲労回復・神経痛・筋肉痛・肩こりetc

・「「「かふっ」」」
りょーいん患者はおろか、まさかの志保ちゃんにまでクリティカルヒット。



 開演直前編です。しつこいですが、今度こそこれで本番前のお話は終わりになりますので、もう少々お付き合いください。

 そして次回からは、恐らく皆さんが気になっているであろう場面です。

 そうです、『関係者組の顔合わせ』です。ご期待ください。



『どうでもいい小話』

 フェス限恵美きたあああぁぁぁ! 無料十連!? そんなの待ってられないぜ!

 俺は自分の力で引くぜ!!(辛勝)(結構痛かった)(でも幸せならオッケーです)


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Episode26 On Your Mark! 2

「あれ? ここって初対面だっけ?」と作者も悩んだ組み合わせ。


 

 

 

 123プロ感謝祭ライブ。全国の……いや、全世界の人々が待ち望んだ奇跡の祭典。

 

 その祭典がついに開場し、私たち765プロ関係者チケット組も関係者入口から会場入りを果たした。他の人たちが長蛇の列を築いて少しずつ入場している横で悠々と入れてしまったことに対して、罪悪感と優越感が入り混じっていた。

 

「可奈ちゃん大丈夫?」

 

「は、はい……」

 

 そんな中、先ほどからずっと顔色が悪い可奈ちゃんを案じて声をかけると、彼女から返ってきた言葉は弱々しいものだった。

 

「ちょ、ちょっと緊張しちゃって……」

 

「気持ちは分かるけど、リラックスリラックス。こんなチャンス二度とないんだから、楽しまないと損だし、きっと良太郎さんたちもそれを望んでるよ」

 

「そそそそうですよね折角だし損しちゃちゃちゃ」

 

「あぁ、逆効果だった!?」

 

 気持ちを落ち着かせようとした言葉は、逆に可奈ちゃんを追い詰める結果になってしまった。顔色は青を通り越して白くなっており、既に緊張とかそういうのじゃなくて別の何かが心配になってきた。

 

「ほら可奈ちゃん、落ち着いて~」

 

「わぷっ」

 

 壊れた機械のようになってしまった可奈ちゃんを、あずささんが正面から抱き締めた。その豊満な胸にポフリと顔を埋める形になり、可奈ちゃんは驚いた様子であずささんの顔を見上げた。

 

「こういうのは、深く考えない方がいいのよ。ただ()()()()()()()だけ。それは私たちがステージに立つときも同じでしょ?」

 

「ふぁ、ふぁい!」

 

 あずささんに抱きしめられながら優しい言葉を投げかけられたことにより、どうやら可奈ちゃんの緊張が解けたようだ。

 

「おぉ……すごいのあずさ!」

 

「これが母性! 流石今日のメンバーの中で唯一のお姉さん!」

 

「ちょーっと真美ちゃーん? 今の言葉、お姉さんの目を見ながらもーいっかい言ってみなさーい?」

 

 そんな様子に感心した様子の美希と真美だったが、真美の余計な一言によりこのみさんが笑顔のまま青筋を浮かべるのだった。

 

 

 

 というわけで、最初に貰った四枚のチケットでやって来た私と可奈ちゃんとあずささんとこのみさん。そして961プロの黒井社長に招待されるという予想外すぎるミラクルによって当日参戦が決まった美希と真美の六人で、こうして関係者席へとやって来た。ちなみに黒井社長が指名したらしい社長と小鳥さんは貴賓室へと行ってしまったのでここにはいない。

 

「あっ! 春香さん!」

 

「詩花ちゃん!」

 

 関係者席へと向かう途中、その961プロのアイドルであり黒井社長の娘でもある詩花ちゃんと出会った。

 

「皆さん、お久しぶりです!」

 

 ペコリと頭を下げる詩花ちゃん。ファーストコンタクトこそ「以前はパパが大変失礼しましたあああぁぁぁ!」と土下座しそうな勢いで謝り倒して来た彼女だったが、今ではこうして普通に仲良くなることが出来た。少々腰が低い気もするが……それは彼女自身の性格的なものだろう。

 

「詩花ちゃん、久し――」

 

「ありがとー詩花お姉ちゃーん!」

 

「ありがとーなの詩花ー!」

 

「きゃー!?」

 

 久しぶりと言い切る前に、タックルと見まごうばかりの勢いで真美と美希が詩花ちゃんに抱き付いた。そのまま倒れそうになった三人を慌ててこのみさんと二人で支える。

 

「詩花お姉ちゃんのおかげでマミも参加出来たよー!」

 

「ホンットウにありがとーなの!」

 

「あ、いえ、正確には私じゃなくてお父さんなんですけど……喜んでいただけたなら、なによりです」

 

「こら! その前に危ないじゃない! 折角のライブの前に怪我しちゃったら元も子もないでしょ!」

 

「「ご、ごめんなさーい」」

 

 このみさんの叱責に、ばつが悪そうに苦笑しながら素直に謝る二人。こういうところを見ると、やっぱりこのみさんも『お姉さん』だなぁと実感する。

 

「詩花ちゃんは関係者席の方で観るの?」

 

 言外に「黒井社長たちと同じように貴賓室では観ないのか」と尋ねてみると、詩花ちゃんは「はい」と頷いた。

 

「あそこはちょっと落ち着き過ぎてるというか……やっぱりライブは、音を肌で感じたいので」

 

「分かる分かる! 私も観客側でライブに参加するときは、わーって盛り上がりたいから!」

 

「ですよね! あそこだと、パパや高木のおじさんたちがいますから……その、声を出して応援しづらいかなーって思いまして……」

 

「……それは多分、大丈夫だと思うけどね」

 

 事務所を出る際、美希たちに混じってウキウキとペンライトの電池を交換していた社長の姿を思い出す。多分本番は小鳥さんと一緒になって応援していることだろう。それで真面目な話が中断させられて青筋を浮かべる黒井社長の姿までは想像出来た。

 

「というわけで、今日はご一緒させていただいてもいいですか? 関係者席とはいえ、一人で座ってるのも寂しいので」

 

「勿論!」

 

 チラリと他のみんなに視線を向けると、全員も頷いてくれた。

 

「任せて詩花! 今日は先輩として、みっちりりょーたろーさんのライブとはなんたるかを教えてあげるの!」

 

「は、はいっ!」

 

「あ、あの! 是非私もお願いします!」

 

「おっ! いい心がけですな~かなりん!」

 

「だから騒がないの! 招待してもらっておいて迷惑かけない!」

 

「うふふっ」

 

 

 

 さて、関係者席と言っても決してVIP席のようなものではなく、あくまでも関係者たちがまとめて座る席を一ヶ所にまとめただけである。今回はセンターステージに対して向かって右側の三階席の一角がその関係者席となっていた。

 

「あっ」

 

 そんな関係者席に結構早めにやって来たつもりだったが、既に人が座っていた。しかも知り合いである。

 

「なのはちゃん、美由希ちゃん」

 

「あっ、春香さん!」

 

「お久しぶりです!」

 

 声をかけると二人とも笑顔で立ち上がってくれた。美希・真美・あずささんといった既に翠屋へと訪れたことがあるメンバーは同じように知り合いに会えたことで嬉しそうに会話を始めた。

 

「春香ちゃん、知り合い?」

 

「えっと、確か……310プロの高町なのはちゃん?」

 

 このメンバーの中で二人のことを知らないこのみさんにそう尋ねられた。同じく可奈ちゃんも首を傾げており、詩花ちゃんはなのはちゃんの姿に見覚えがあったようだ。

 

「はい。二人は……そうですね、良太郎さんのご家族みたいな間柄の人です」

 

 『喫茶翠屋の看板娘』や『310プロに所属しているアイドル』というよりも、この場においてはこういう紹介の仕方の方が適しているだろう。

 

「あら、可愛い子たちねー。やっぱりみんなもアイドルなのかしらー?」

 

 しかし、そんな二人の向こう側に座っている少女の姿には見覚えがなかった。

 

 多分私と同い年ぐらい。身長は私よりも低そうにもかかわらず、美希はおろかあずささんにも匹敵するような大きさの胸。ニコニコと柔和な笑みを浮かべている様もあずささんにそっくりだった。見覚えがあるような気もするのだが、123プロの新人アイドル候補の子だったりするのだろうか。

 

 そんなことを考えていると、すっと立ち上がった少女はペコリと頭を下げた。

 

「リョウ君たちのライブに来てくれてありがとう。今日は楽しんでいってくださいねー?」

 

「は、はい……」

 

 釣られて私も頭を下げてしまったが、頭の中の疑問が無くならない。新人アイドルかと思ったのに、その口ぶりはまるで良太郎さんの母親のようで……。

 

(ん? ()()?)

 

 その刹那、良太郎さんが事あるごとに口にしていた「うちのリトルマミー」という呼称が私の頭の中を過り……そして数年前にテレビでやっていた良太郎さんの日常を追ったドキュメンタリー番組を思い出した。

 

 ……ま、まさか。

 

「えっと、多分皆さん初対面だと思うので、私から紹介させてもらいますね」

 

 戸惑う私たちの空気を察したらしい美由希ちゃんが、苦笑しつつ手で少女を指し示した。

 

 

 

「こちら、周藤良子さん。良太郎さんと幸太郎さんのお母さんです」

 

「お母さんでーす」

 

 

 

『……母親ぁ!?』

 

 

 

 そんな私たちの驚愕の叫び声は、丁度会場内のモニターに流れ始めたPVに盛り上がった観客たちの歓声によって掻き消された。

 

 

 

 

 

 

 開演時間が迫り、俺たち出演者はオープニングステージでの衣装への着替えを終えた。一番最初の衣装はそれぞれ『デビューステージで着た衣装』をアレンジしたものになっており、それぞれ懐かしさに浸りながら思い思いに写真を撮ったりしていた。

 

 かくいう俺もその一人で、折角だからとみんなとのツーショットを撮って回っていたのだが。

 

「重い」

 

「そりゃあ、そんだけジャラジャラしてたらな」

 

 何故か俺の衣装のアレンジの方向性が『やたらと鎖や貴金属をあしらう』というもので、純粋に重い。いくら最初の曲は振り付けが激しくないからとはいえ「ここまでやる必要性はあるのか」と企画段階のときからずっと言い続けているのだが、JANGO先生と衣装スタッフがノリノリで聞き入れてもらえなかった。『もっとシルバー巻くとかSA!』じゃないんだよ! シルバーじゃなくて全部ゴールドじゃないかよ!

 

 加えてダメージ加工の入ったマントまで羽織っているので、見た目が完全に魔王だった。覇王なのに魔王だった。

 

「じゃあどういうのが覇王なんだよ」

 

「えーっと……こう、全身アカムの鎧みたいな感じで」

 

「お前の場合、『正しき闇の力』というよりは『ただひたすらに混沌』って感じだけどな」

 

 冬馬から「そもそも鎧の方が今より動きづれぇだろ」と尤もなツッコミを貰ってしまった。

 

「そういう良太郎さんもカッコいいですよぉ?」

 

「そーそー! すっごく強そう!」

 

 でもまぁ、まゆちゃんや恵美ちゃんからは好評みたいだから良しとしよう。

 

「実際にダンスが激しくなると、結局これ脱ぎ捨てるしな」

 

 むしろ脱ぎ捨てる用に重りをつけている感じもする。実際にマントを脱いで黒のインナーだけになると、今まで重かった分だけかなり動きやすい気がする。

 

お客様(良太郎さん)お客様(良太郎さん)お客様(良太郎さん)! 困りますっ! いきなり脱がれては! あーっ! お客様(良太郎さん)! 困ります! あーっ!」

 

「楽しそうですね、まゆさん」

 

 いきなりパシャパシャと連写を始めたまゆちゃんのために、インナー姿のままで何個かポージングをしてあげるのだった。

 

 

 

 

 

 

 ――開演まで、あと『1時間30分』。

 

 

 




・765メンバーと詩花
既に邂逅済みどころかある程度765と961の確執も解けていたりする設定。

・翠屋看板娘二人と765メンバー
ASの四人は翠屋へ行ったことがあり知り合いの設定。

・765メンバーとリトルマミー
ここが初対面。一応ドキュメンタリーに出演しているので顔は知っているはずだが、気付けなかった模様。

・リトルマミーの外見
以前にもどこかで書いた気がしますが、作者の中ではISの束のイメージ。

・良太郎の衣装
なんかジャラジャラしてた方がかっこええやん?(厨並感)

・『もっとシルバー巻くとかSA!』
もはや古典芸能。

・『正しき闇の力』
結局これってなんだったんだろう……。



 ついにリトルマミーが(春香たちの前に)初登場!

 この後もこんな感じで今までに関わりが少なかったキャラを対面させていきます……地味に大変だなコレ。



『どうでもいい小話』

 宣伝忘れてましたが、ツイッター限定でアイ転新章予告や外伝『四条貴音は告らせたい~恋愛頭脳戦とかそういうのは一切ない~』の試作などを公開しています。

 もしよろしければ、こちらもよろしく(小声)


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Episode27 On Your Mark! 3

以前登場した謎の金髪男性の正体は誰ナンダー?


 

 

 

「あら、美波、かな子」

 

「え……」

 

「あっ、奏ちゃん」

 

 関係者席へ向かう前に寄ったお手洗いからかな子ちゃんと二人で出てくると、速水奏ちゃんに声をかけられた。プロジェクトクローネに配られた関係者チケットでやって来た彼女は、同じくプロジェクトクローネの大槻唯ちゃんと一緒だった。

 

「美波ちゃん、かな子ちゃん、チーッス!」

 

「ふふ、こんにちは。今日は一緒に楽しみましょうね。……それで」

 

 彼女たちと一緒にいた男性に視線を向ける。ニコニコと私たちのやり取りを見ながら、金髪に深い茶色の瞳の男性は「いやぁ」と芝居がかった仕草で腕を広げた。

 

「やっぱり123プロの関係者っていうのは凄いね。奏ちゃんたちに続いてまた新たな美人さんに出会えるなんて」

 

「は、はぁ、ありがとうございます……?」

 

 一応褒められているのでお礼を言ったが、何故か男性の言葉に引っ掛かりを覚えた。いや、言葉というか……喋り方?

 

「それで、あの……」

 

「あぁ、この場での俺の自己紹介は控えさせてもらうよ。こういうのは、後に取っておいた方が面白いからね」

 

「……?」

 

 やっぱり言っている意味がよく分からない。なんとなく悪い人ではないだろうという気がするし、関係者チケットを持ってここまで来ているのだから不審者というわけでもないだろうが……。

 

「さぁさぁ、こんなところでの立ち話もなんだから、早く関係者席へ行こうじゃないか」

 

「どうしてこの人が仕切ってるのかしら……」

 

 溜息を吐く奏ちゃんに内心で同意しながら、五人になった私たちは関係者席へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

「ま、まさか良太郎さんのお母さんだとは……」

 

 衝撃の事実を目の当たりにし、思わず口元が引きつってしまった。まさか目の前の少女としか形容のしようがない女性が、成人男性二人の母親だとは誰も思わないだろう。幸太郎さんを早く二十歳ほどで産んでいたとしても、五十はいかずとも四十後半は間違いない。

 

「………………」

 

「春香ちゃん? 今どうして私の方を見たのかしら?」

 

「べべべ、別になんでもないですよ!?」

 

 私の視線に目ざとく気付いたこのみさんにジロリと睨まれる。

 

「大丈夫よ、身長はこのみちゃんの方が勝ってるわ」

 

「あずさちゃん、私はそういうことが言いたいんじゃなくて……」

 

「このみんの上位互換……」

 

「双海ぃ! 今なんつったぁ!?」

 

 あずささんが落ち着けたのも束の間、余計なことを言った真美のせいでこのみさんが爆発した。

 

 青筋を浮かべたこのみさんが真美の両頬をグニグニと引っ張る傍らで、いそいそと美希が良子さんに近付いていた。

 

「初めまして! 星井美希です!」

 

「あら、貴女が美希ちゃん? リョウ君からお話は聞いてるわよー?」

 

「っ!? それ、本当ですか!?」

 

「えぇ。『自分を慕ってくれてる可愛い女の子』って。本当に可愛い子で、お母さんもビックリだわー」

 

「ありがとうございます!」

 

 良太郎さんのお母さんに『可愛い』と言われたことで美希はいつも以上にニッコニコの笑顔だった。

 

「というか、今普通に敬語使ってましたね」

 

「律子ちゃん相手だと未だにタメ口になるっていうのに……」

 

 このみさんと二人で思わず呆れてしまった。これは良太郎さんのお母さん相手だから無意識に使えているのか、律子さん相手だから意図的に使っていないのか……。

 

「あっ、春香さん」

 

「え?」

 

 自分の名前を呼ばれたことで一瞬身構えるが、ここが関係者席で『周藤良太郎』の関係者に私の知り合いがいてもおかしくないことに気が付いた。

 

「「お久しぶりです」」

 

「美波ちゃん、かな子ちゃん」

 

 予想通り知り合いで、346プロの新田美波ちゃんと三村かな子ちゃんだった。その後ろにも二人の女の子が立っていて、確か彼女たちも346プロのアイドルで……速水奏ちゃんと大槻唯ちゃんだったかな。

 

 二人して「初めまして」と挨拶をしてくれたのでこちらも返すと、そのさらに後ろに立っている一人の男性に気が付いた。

 

 綺麗な金髪の外国の方と思われるその男性は「いやぁここも美人さんばかりだ」となんとも良太郎さんのようなことを言っていた。

 

 彼女たち五人と共にやって来たので、もしかして346プロの関係者なのだろうか。しかしその金髪の男性は誰なのかと視線で美波ちゃんたちに尋ねるが、何故か彼女たちも困惑した様子だった。

 

「あっ! お久しぶりです、おじさん!」

 

「おぉ、なのはちゃん!」

 

 そんな私たちの困惑を余所に、タタッと駆け寄ってきたなのはちゃんの頭を優しく撫でる男性。外国の方らしいのだが、随分と日本語が堪能なようだ。

 

「久しぶりだね。いやぁ、写真では見たことあったけど、随分とお母さん似の美人さんになったね」

 

「えへへっ」

 

 再び良太郎さんのような真っ直ぐな褒め方をする男性に、照れ笑うなのはちゃん。

 

(ん? ()()()()()()()()?)

 

 再び私の頭を過る何か。

 

 ……いやいや、そんなわけないって。いくらさっき良太郎さんのお母さんと衝撃的な出会いを果たしたからとはいえ、再びそんなことが立て続けに起こるなんて……。

 

 

 

「あー! お父さーん!」

 

「っ! 母さん!」

 

 

 

 彼を『お父さん』と呼んで駆け寄った良太郎さんのお母さんと、彼女を『母さん』と呼んで抱き締めた男性。

 

 どうやら、そういうことらしい。

 

「え、えっと、多分皆さん初対面だと思うので、私から紹介させてもらいますね」

 

 先程よりも戸惑う私たちの空気を察したらしい美由希ちゃんが、先程よりも苦笑しつつ手で男性を指し示した。

 

 

 

「こちら、周藤幸助さん。良太郎さんと幸太郎さんのお父さんです」

 

「お父さんでーす!」

 

 

 

『……父親ぁ!?』

 

 

 

 そんな私たちの驚愕の叫び声は、再び会場内のモニターに流れ始めたPVに盛り上がった観客たちの歓声によって掻き消された。

 

 

 

 

 

 

『父親が日本とイタリアのハーフっ!?』

 

 

 

「えっ、うん」

 

 本番を目前に控えて絶賛待機中の俺たち。話題が関係者席に招いたという恵美ちゃんたちの両親のものになり、そこから俺の両親の話題へとシフトしていったのだが、何故か話を聞いていた大半の人に驚かれた。

 

「あれ、言ってなかったっけ?」

 

「初耳ですよ!?」

 

 目を見開いた恵美ちゃんに詰め寄られる。

 

「あー……別に隠してたわけじゃないんだけど、公の場で口にしたこともなかったなぁ」

 

 ズゾゾッとエネルギー補給用のクラッシュゼリー(ドラゴン味とかいう謎の味)を吸い出しながら思い返してみるが、確かに言ってなかったかもしれない。

 

「普通、アイドルだったらハーフとかクォーターとか前面に押して売り出していくはずなんだけどね……」

 

「それを必要としなかった辺り、流石は『周藤良太郎』というか、社長の手腕のなせる業というか」

 

 翔太と北斗さんも苦笑していた。

 

「ま、まゆさんは知ってたんですか?」

 

「えぇ」

 

 志保ちゃんの問いかけに笑顔で頷くまゆちゃん。確か彼女の場合は、事務所に来た直後に色々と質問攻めに逢い、ピッタリと寄り添いながらだったから色々とペラペラ喋った気がする。

 

 ちなみに志希もウチのお父祭壇を見たことがあるので知っているはずだ。

 

 さらにちなみに、魔王エンジェルの三人も知っている。この三人の場合は純粋に付き合いの長さに、たまたまそういう話題になったことがあった。

 

「と、ということは、良太郎君と幸太郎さん、クォーターだったんですね……見た目が、その……」

 

 美優さんが何を言いたいのかは大体分かる。確かに俺も兄貴も黒髪黒目の純正日本人といった見た目だから、こうして打ち明けないことにはそれに気付かれることはない。

 

「でもよーく見てもらえれば分かるんですけど、実は黒目じゃなくて深いダークブラウンなんですよ」

 

『分かるかっ!』

 

 総ツッコミを受けてしまった。まぁ俺が自分の目のことを描写したことないから当然か。

 

「今さらになっての後付け設定じゃねーだろーな」

 

「ちゃんとした初期設定じゃい!」

 

「冬馬さんも良太郎さんも、設定って言うのやめましょうよ」

 

 ただ五年以上その設定を活かす機会に恵まれなかっただけである。

 

「……でも少しだけ納得です」

 

「何が?」

 

「女性を褒めて持ち上げる良太郎さんのそれは……四分の一混ざったイタリアの血だったんですね」

 

『……あぁ~』

 

 志保ちゃんの発言に、その場にいた全員が納得した様子の声を出した。

 

「……なるほど。先輩もそういうところ、ありますもんね」

 

「えっ、俺!?」

 

 何やら兄弟揃って父親からの風評被害を受ける羽目になってしまった。真に遺憾である。

 

「確かに父さんは女性と見るや隙あらば褒めるようなイタリアンな血が流れている人ではあるが、それと俺を一緒にしてもらっちゃ困るぜ!」

 

「良太郎さん。今日のまゆさん、どうですか?」

 

「え? 今日も変わらず可愛いよ」

 

「そういうところですよ」

 

「あ、勿論志保ちゃんも可愛いよ」

 

「……そういうところですよ」

 

「?」

 

 果たして今のやり取りに何の意味があったのだろうか。

 

 

 

「あの……どうして私は恵美ちゃんに耳を塞がれてたのかしらぁ?」

 

「いや、さっきの発言を聞いたらまたキャパオーバーで倒れると思ったから」

 

 

 

 

 

 

「っと、そろそろ時間だな」

 

 チラリと兄貴が視線でこちらに合図を送ってきた。

 

「よーし、みんな集まってー」

 

 俺がパンパンと手を叩きながら呼びかけると、アイドル全員が集合する。

 

 周藤良太郎・天ヶ瀬冬馬・御手洗翔太・伊集院北斗・三船美優・一ノ瀬志希・北沢志保・所恵美・佐久間まゆ。総勢九人のアイドルで円陣を組む。そんな俺たちをさらに取り囲むように、カメラを構えたスタッフが何人も集まってきて、パシャパシャとシャッター音が断続的に鳴っていた。

 

「はい、それじゃあ右手出してー」

 

 そう言ってみんなが右の手のひらを出したところで、俺もそっと右手でチョキを……。

 

「……なん……だと……!?」

 

 俺以外は全員グーを出していた。まさか、読まれていたというのか……!?

 

「考えることが単純なんですよ」

 

「後出しで負けたぞコイツ」

 

 おそらく全員に入れ知恵をしたらしい志保ちゃんと冬馬が「プークスクス」と笑っていた。他のみんなもクスクスと笑っており……まぁ、全員緊張とは無縁なようで何よりだ。

 

 気を取り直し、全員で手のひらを円陣の中心に向かって突き出す。

 

「……いよいよ、待ちに待った本番だ。今更長い挨拶なんてしないから、一言だけ」

 

 

 

 ――()()()()()()()を、始めるぞ。

 

 

 

 

 

 

 ――開演まで、あと『30分』。

 

 

 




・CP組とPK組
まぁこの辺りは普通に顔合わせ済みですね。

・五十はいかずとも四十後半
ちなみに幸太郎はデレマス編終了時点で28歳です。

・「双海ぃ! 今なんつったぁ!?」
荒ぶるこのみさん。早速キャラ崩壊に巻き込まれていく……。

・765組と346組
今回は春香が基本的に相手をしていましたが、一応美波は美希と真美とも面識があります。(Lesson123参照)

・良太郎の父親
初登場。一応名前だけはLesson18で既出。
キャラクターの片鱗はLesson01の時点で既に出ています。

・日本とイタリアのハーフ
・「良太郎君と幸太郎さん、クォーターだったんですね……」
300話以上使って初めて明かされる事実。本当に死に設定。

・クラッシュゼリー(ドラゴン味とかいう謎の味)
他にもロボット味とかいう謎すぎる味があるらしい。

・まぁ俺が自分の目のことを描写したことないから
良太郎の目の描写は番外編06でりっちゃんのモノローグのみのはず。



 ようやく登場した良太郎たちの父親です。多分本編での登場はないので、これが最初で最後の出番になります(無慈悲)

 次回は残った関係者席組の会話です。

 そして……。


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Episode28 On Your Mark! 4

ようやくここまで辿り着いたぁぁぁ!


 

 

 

「えっ、私ですか? 知ってましたよー。高校の授業参観で、お二人仲良く参加されていたのを覚えてます。美波ちゃんは初耳だったんですね」

 

「初耳だったんです……」

 

 良太郎さんの同級生だった茄子さんに彼の両親のことを聞いてみたら、やはり知っていたようだ。ただなんというか……『周藤良太郎』の授業参観というのがイマイチイメージが湧かなかった。

 

 さて、茄子さんを含め、関係者席にも人が増えてきた。

 

「ふぅ、間に合ったー!」

 

「す、すみません、私が遅くなったばかりに……」

 

「いーのいーの! 気にしない気にしない!」

 

 小柄でグラマラスな女性が、同じくグラマラスな女性と共に関係者席へやって来た。

 

「早苗ちゃん。その子が、留美ちゃんの友達?」

 

「これはまた美人さんだね」

 

「あ、お義母さん、お義父さん。はい、えっと……後輩なんだっけ?」

 

「はい。桑山(くわやま)千雪(ちゆき)です。今日はお招きいただき、ありがとうございます」

 

「正確には俺たちじゃなくて、良太郎と幸太郎なんだけどね」

 

「今日は一緒に楽しみましょうねー」

 

「は、はい」

 

 どうやら彼女たちも良太郎さんの身内らしい。

 

 良太郎さんや恵美さんたちの両親や高町なのはさんと高町美由希さんといった身内や、765プロや346プロといった彼らの知り合いのアイドルたち。ここにいるのはみんな『アイドル』の関係者なので、少々肩の力を抜いてステージに集中出来そうなのがありがたかった。

 

「はぁ……ついにここまで来てしまった……」

 

「楽しみでごぜーますね!」

 

 お仕事のとき以外滅多に見ることのないしっかりと着飾った杏ちゃんが、席に着くなりガックリと肩を落とした。そんな杏ちゃんの肩をゆさゆさと揺する仁奈ちゃん。資料室時代からもそうだったが、こうして見るとやっぱり姉妹感が強かった。

 

「あら、元気ないわねー。本番前だから、飴でもどーお?」

 

「飴っ!? ……あっ、えっと……」

 

「飴でごぜーますか!? 欲しいです!」

 

 杏ちゃんの前の席に座る良子さんが振り返りながら、鞄から飴を取り出して彼女に差し出した。大好物の飴に一瞬目を輝かせた杏ちゃんだが、その相手が良太郎さんの母親ということで流石に躊躇ったようだ。その一方で仁奈ちゃんはそんなことも気にした様子もなく、良子さんから飴を貰っていた。

 

「ありがとーごぜーます!」

 

「……ありがとうございます」

 

 仁奈ちゃんと一緒に飴を貰う杏ちゃん。

 

「はーい。うふふっ、可愛いわねー」

 

「「………………」」

 

 そしてそんな杏ちゃんと仁奈ちゃんを悔しそうに見つめるトップアイドル二人(美希さんと真美さん)。こそっと春香さんから教えてもらったのだが、二人とも良太郎さんのことが好きらしいので、その母親から可愛がられている杏ちゃんと仁奈ちゃんが羨ましいのだろう。

 

 ……その、他意はないのだけど、もう少し私も良子さんとお話を……。

 

「……あら?」

 

「? 奏さん、どうかしたの?」

 

 まるで誰かを探すかのように、奏さんはキョロキョロと辺りを見回していた。

 

「いや……ウチの専務がいないと思っただけよ」

 

「美城専務が?」

 

 奏ちゃんと同じくプロジェクトクローネのメンバーである凛ちゃんから、確か専務も関係者チケットを持っていると聞いていた。確かに言われてみれば、その姿は見られなかった。

 

「あの熱烈なアイドルオタクの専務のことだから、もっと早くからスタンバイしてるものだとばかり思っていたのだけど……」

 

「あっ、美城さんですか?」

 

 そんな奏さんの言葉に反応したのは、961プロの詩花さんだった。

 

「美城さんでしたら、765プロの高木さんのお誘いで貴賓室にいますよ」

 

「貴賓室?」

 

「はい。丁度私と入れ違いでした」

 

 えっと、確か詩花さんの話だと、貴賓室には961プロの社長の黒井崇男氏もいたはずだ。ということは、今現在貴賓室には『961』『765』『346』という三つの大物芸能事務所のトップが揃っていることになる。

 

 一体どんな会話がなされているのか……少しだけ気になってしまった。

 

 

 

 

 

 

「お招きいただき、ありがとうございます」

 

「いえいえ、今日は一緒に楽しみましょう!」

 

「私は楽しむために貴様をこんなところに呼び寄せたわけじゃないんだぞ……!?」

 

「そう言うな、黒井。我々は全員良太郎君と幸太郎君に招待された身なんだから」

 

(な、なんか場違い感が凄いぴよ……)

 

「ふん……まぁいい。最近調子に乗っている346プロの頭とは、一度話をしてみたいと思っていたところだ」

 

「私もです。961プロダクションの社長であり、あの『Jupiter』や『黒井詩花』を世に送り出した名プロデューサーでもある貴方の話を、是非聞いてみたかった」

 

「………………ふんっ」

 

「ははっ。しかし今日は折角のライブなのだから、話ばかりでは少々勿体ないな」

 

「それもそうですね。そちらも……()()()、ことに当たらせてもらいます」

 

「っ!?」

 

「ぴよっ!? す、すごい重装備ですね……!?」

 

「これはこれは……噂には聞いていたが、随分とアイドル好きな専務さんだ」

 

「はっはっはっ! これは私も負けていられんな! 音無君! 我々も全力でいくぞ!」

 

「は、はいっ!」

 

「き、貴様らあああぁぁぁ……!?」

 

 

 

 

 

 

「そろそろだね……」

 

「き、緊張してきました……!」

 

「ふぅ……」

 

「お前は飛ばしすぎだ」

 

 腕時計を覗く未央に、体全体を強張らせる卯月。そして開演前から若干疲れている加蓮と、呆れる奈緒。

 

 見切れ席にも人が増え始め、段々と会場全体のボルテージが上がり始めていることを肌で感じた。

 

「えっと、何処だろう……」

 

「んー……あっ! こっちだよ甜花(てんか)ちゃん!」

 

「ま、待ってなーちゃん……!」

 

 私たちの後ろの席にあずき色の長髪の少女二人がやって来た。どうやら姉妹らしくとてもよく似ていて、快活な姉らしき少女がやや内気そうな妹らしき少女の手を引いている。

 

「あっ、今日はよろしくお願いしまーす!」

 

「えっと……こちらこそ、よろしく」

 

「って、えぇ!?」

 

「っ」

 

 元気よく挨拶をされたので振り返り挨拶を返すと、目を見開いて驚かれた。

 

 まさかバレた……!? 変装はしっかりとしてたのに……!

 

「なにそのTシャツ凄い! 良太郎君のサインだらけ!」

 

「えっ……あ、うん。色々頑張ったんだ」

 

 どうやら私が着ていたTシャツに反応しただけのようで、内心でホッと胸を撫で下ろす。

 

 そのまま後ろの少女との会話が始まると思いきや……次の瞬間、会場が薄暗くなった。

 

 

 

『おおおぉぉぉ!?』

 

 

 

 会場全体にどよめきが走り、ボルテージが一気に跳ね上がった。

 

 

 

 

 

 

「ライブ前のこの感じいいよな。なんかこう……血が冷たくなるっていうかさ」

 

「どっかで聞いたことあるぞそのセリフ」

 

 会場では留美さんによる本番前の諸注意が始まり、俺たちもそれぞれの待機場所へと移動を開始する。

 

「おっ! 見ろ冬馬! カメラだカメラ! いえーい!」

 

「ただただうぜぇ」

 

 ステージ裏へと続く通路にカメラマンが待ち受けていたので冬馬の肩に腕を回しながらピースサインを繰り出したのが、冬馬から肘を貰ってしまった。

 

「ってて……んだよー、こういうカメラにもファンサービスするのが醍醐味だろー?」

 

「そうだぞ冬馬、これぐらいは……やってあげないと」

 

 俺の言葉に同意した北斗さんが、撮影中のカメラに向かってウインクと投げキッスをした。それを見ていた女性スタッフが「きゃーっ!」と黄色い声を上げる。

 

「ほら冬馬も」

 

「……やんねーよ」

 

「それじゃあ俺が」

 

 無表情ゆえに効果は薄いかもしれないが、人差し指と中指で唇を抑えてから軽くチュッとする。どうやらそれでも十分だったようで、北斗さんと同じぐらいの黄色い声をいただくことが出来た。

 

「僕もやるー! 冬馬君も恥ずかしがってないで!」

 

「……ちっ! 分かったよ!」

 

 それに続いてノリノリの翔太と、渋々冬馬もカメラに向かって投げキッスをする。これも映像特典として収録されるだろうから、十分すぎるファンサービスになっただろう。

 

「ねーねーまゆ! あれアタシたちもやろーよー!」

 

「ちょっと待って恵美ちゃん! ちょっと今の映像をすぐに見せてもらえないかどうか交渉中なの!」

 

「そーいうの後で!」

 

 恵美ちゃんに引っ張られ、まゆちゃんもカメラの前へ。そして二人並んで両手で口元を抑えて……。

 

「「んー……チュッ」」

 

 パチっとウインクをしながら両手で投げキッス。これは俺たち男連中では決して敵わない破壊力だ……!

 

「ほーら! 志保も恥ずかしがらずに!」

 

「えっ、わ、私もですか!?」

 

「志希ちゃんと美優さんもやりましょうねぇ」

 

「おっけー」

 

「え、えぇ……!?」

 

 志希は照れた様子もなく、チュッと軽く投げキッス。志保ちゃんはやや照れたように頬が赤かったが、それでも投げキッスの後に可愛いキス待ち顔を披露してくれた。そして決心がつかなかったことでオオトリになってしまった美優さんは、それはもう顔を真っ赤にしてプルプルと震えながらも、しっかりとノルマをこなしてくれた。

 

「本番前なのに、美優さんが憔悴してます……」

 

「その代わり俺はかなり絶好調になったよ」

 

 真っ赤になった顔を両手で覆いながら、志保ちゃんに背中を撫でられる美優さん。その姿までもが可愛らしくて、先程から俺のテンションは最高潮だ。

 

「……ちょっといいですか」

 

 ふと思い付いたことがあり、チョイチョイと近くにいたスタッフを呼び、小声で指示を出す。最終的には兄貴か留美さんを通すことになるだろうが、それでもこの()()は通るだろう。

 

 

 

(映像特典のみっていうのも勿体ないしね)

 

 

 

 

 

 

「それではお先に」

 

「いってきまーす!」

 

「い、いってきます……!」

 

「いってらっしゃーい」

 

 ガラガラと簡易トロッコで運ばれていく志保ちゃんと志希と美優さんを見送る。

 

 センターステージやバックステージへの移動はそれぞれを繋ぐ花道の下を通るのだが、天井が圧倒的に低いため中腰でなければ通ることが出来ず、ガッツリ衣装を着込んでいる状態での移動は困難を極める。そこで簡易的なトロッコを設置して演者を運んでもらうのだ。これもポップアップと同じようにスタッフさんの人力。いつもお世話になっております。

 

 バックステージから登場する三人を一先ずセンターステージに送り届けたトロッコが戻ってきたので、今度はセンターステージから登場する俺と恵美ちゃんとまゆちゃんがトロッコに乗り込む。

 

「それじゃあ三人とも、また後で」

 

「あぁ」

 

「ステージの上でね」

 

「チャオ」

 

 なんか久しぶりに北斗さんの「チャオ」を聞いたなーと思いつつ、メインステージから登場するジュピター三人を残してガタガタとトロッコに揺られる。

 

「「………………」」

 

 狭いトロッコ故に、三人で乗るとそれなりに距離が近くなる。しかし俺を含め恵美ちゃんもまゆちゃんも『本番モード』に入りつつあるので口数は少ない。

 

 普段のほわほわしたまゆちゃんの笑顔や、ニパーッとした恵美ちゃんの笑顔も好きだが、こうした真剣なアイドルの表情も大好きである。

 

 やがてトロッコはゆっくりとセンターステージ下に到着。志保ちゃんたちは既にバックステージ行きのトロッコに乗っていったのでいなかった。

 

 薄暗いステージの下をスタッフさんたちのペンライトの明かりを頼りに移動し、それぞれが登場するポップアップに辿り着く。

 

「……二人とも、覚悟出来てる?」

 

「……もっちろん!」

 

「……出来てますよぉ」

 

 それは重畳。

 

 

 

「いよいよですね」

 

「にゃはは、美優はだいじょーぶ?」

 

「正直に言うと大丈夫じゃないですけど……大丈夫、です」

 

 

 

「やるぞテメェら」

 

「うん!」

 

「主役は良太郎君だけじゃないってこと、証明しないとね」

 

 

 

「さぁ……行こうか」

 

 

 

 

 

 

 ――ご来場の皆様、大変長らくお待たせしました。

 

 

 

 

 

 

123production PREMIUM LIVE -Days of Glory!!-』

 

 

 

 

 

 

 ――今宵限りの奇跡のステージ、開演です!!!

 

 

 

 

 

 

 ――それは、後のアイドル史において『伝説』と語り継がれる奇跡の三時間。

 

 

 

 ――夢のような時間が、始まった。

 

 

 




・茄子と周藤両親
高校の授業参観で顔合わせ済み。仲睦まじく参加していた模様。

・桑山千雪
『アイドルマスターシャイニーカラーズ』の登場キャラ。デレマス的に言えば多分キュート。
母性という名のお母さんヂカラに溢れる23歳。
『アルストロメリア』のお母さん(断言)そしてPの妹(四月一日脳)

・美城専務in貴賓室
重役はこの部屋に全員放り込んでおけばいいかなと(雑)
その結果、黒井社長が不憫枠に……。

・甜花ちゃん
大崎(おおさき)甜花(てんか)
『アイドルマスターシャイニーカラーズ』の登場キャラ。デレマス的に言えば多分キュート。
大崎姉妹のダウナーな()の方な17歳。
毛布被ってる姿が超キュート。お世話したい(甘奈並感)

・なーちゃん
大崎(おおさき)甘奈(あまな)
『アイドルマスターシャイニーカラーズ』の登場キャラ。デレマス的に言えば多分キュート。
大崎姉妹のギャルな()の方な17歳。
ようやく出せたシャニマスでの作者の担当! アマナァァァ!

・「ライブ前のこの感じいいよな。なんかこう……血が冷たくなるっていうかさ」
ジミー・イシマール

・投げキッスタイム
今回のライブ編でやりたかったことの一つ。こういう舞台裏でのおふざけ好き。

・簡易トロッコ
トロッコと言いつつ台車に近い。
4th神戸ではうつ伏せに倒れた状態で運ばれるウサミンの姿があった(映像特典)

・「チャオ」
ガチで忘れてた。
だってこのセリフは既に例の宇宙人が脳に刷り込まれてて……。

・『123production PREMIUM LIVE -Days of Glory!!-』
ようやく明かされた今回のライブの名称。まぁ例の当落抽選のときにツイッターでは明かしてたけど。
ちなみに今回の特殊タグをバラすと

《xbig》《b》《i》《bgcolor:#000000》《color:#ff00ff》『《gold》1《/gold 》《green》2《/green 》《red》3《/red 》production PREMIUM LIVE -Days of Glory!!-』《/color 》《/bgcolor 》《/i 》《/b 》《/xbig 》

こんな感じになる。めっさなげぇ。
1(良太郎)2(ジュピター)3(五人娘)見たいなカラーイメージ。



 それはさておき、1月に外伝が始まってほぼ七ヶ月。ようやく……ようやく、本番前編が終了です! いやぁ我ながらよくもまぁここまで引き伸ばしたもんだ。

 次回からはいよいよ、いよいよ本番! 盛り上がっていくぞー!!


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Episode29 Like a flame!!

感謝祭開幕!!!


 

 

 

 それは一瞬の出来事だった。

 

 開演の宣言によって高まったボルテージが、メインステージのスクリーンにシルエットが映し出された瞬間、一瞬にして静まり返ったのだ。

 

 順番に浮かび上がっていくシルエットは、ちゃんと誰が誰なのかしっかりと分かった。

 

 

 

 右膝を軽く曲げ、左手を顔のすぐ横で広げている三船美優。

 

 左足を後ろに曲げて左手を腰に当て、右手の人差し指を立てている一ノ瀬志希。

 

 右を向き、少し背を逸らしながらこちらへと頭を向ける北沢志保。

 

 両膝を軽く曲げ、左手で頬に軽く触れている佐久間まゆ。

 

 右手の親指を自分に向け、左腕を後ろに伸ばした所恵美。

 

 右手をポケットに仕舞い、左手を真っ直ぐこちらに突き出している伊集院北斗。

 

 左手を腰に当て、右手で横ピースをする御手洗翔太。

 

 左手をガッツポーズにして右腕を真っ直ぐ前に伸ばした天ヶ瀬冬馬。

 

 

 

 そして、ただ右手を頭上に掲げて人差し指を真っ直ぐ上に伸ばしている……周藤良太郎。

 

 

 

 123プロダクションに所属しているアイドルが全員、そこに並び立っていた。

 

 再び湧き上がる会場。良太郎さんの黄色、冬馬さんの赤、まゆちゃんのピンク、恵美ちゃんの黒……それぞれのイメージカラーのサイリウムによって会場全体が染め上げられ、思い思いに声にならない声を上げていた。

 

 それは一部例外を除いて関係者席でも同じだった。私の横の美希と真美は、それはもう割れんばかりの黄色い声を上げている。……しかしそんな二人を笑えないぐらい、私も非常にテンションが上がっていた。

 

 徐々に大きくなっていくBGMに会場のボルテージはさらに上がり、彼らのシルエットが映し出されたスクリーンが上へと持ち上がり始めたことで最高潮に達し――。

 

「……え」

 

 

 

 ――その向こう側に誰も立っていないことに気付き、会場の熱気は一気に困惑へと変わった。

 

 

 

「あ、あれ……?」

 

「いない……?」

 

 スクリーンは完全に上がり切ったが、やはりそこには誰一人立っていなかったのだ。

 

 いつの間にかBGMも止まっており、ざわざわと困惑した雰囲気が広がっていく。

 

 良太郎さんたちのことだから、これも演出の一つなのだろうけど……それでも「何かしらのトラブルが?」という不安が頭を過る。

 

 そんな時だった。バンッという音と共にバックステージにスポットライトが当てられた。全員の視線がそちらに向かい、バックステージより前にいてメインステージを向いていた観客たちも、周りに釣られて振り返る。

 

 そして全員の視線をしっかりとバックステージに集め――。

 

 

 

『いえーいっ!』

 

 

 

 ――三つのポップアップから、三人の女性が飛び出した。

 

 

 

『一ノ瀬志希だよ~! みんなービックリしたー?』

 

『北沢志保。……今日は全力を出させていただきます』

 

『み、三船美優です。よ、よろしくお願いします……!』

 

 

 

 メインステージにいなかったアイドルたちが突然現れ、一度は下がったボルテージが先ほど以上に跳ね上がった。

 

「しきにゃあああぁぁぁん!」「私の匂い嗅いでえええぇぇぇ! 今日は気合い入れてきたからあああぁぁぁ!」「志保ちゃあああぁぁぁん!」「釣り目可愛いよおおおぉぉぉ!」「み、美優さあああぁぁぁん!」「今日もお美しいいいぃぃぃ!」

 

 歓声を上げる観客たちに向かって手を振る三人。志希ちゃんはいつものニコニコとした笑顔で、志保ちゃんはややすまし顔。美優さんも笑顔だが、やや緊張しているのがここからでも見て取れた。

 

「おかあさん! おねえちゃん! おねえちゃん!」

 

 視界の端に、隣の母親の服を引っ張る男の子の姿が目に入った。関係者席に招待された志保ちゃんの弟君で、姉である志保ちゃんの登場に目を輝かせていた。

 

 十分に手を振った後、三人は「「「せーのっ」」」とセンターステージを指さした。するとセンターステージにバンッとスポットライトが当たり、観客たちも「まさか……!」とそちらに視線を向ける。

 

 

 

『やっほー!』

 

 

 

 今度は二人の女性が、センターステージのポップアップから飛び出した。

 

 

 

『アナタのお好みは、弾けるように刺激的なアタシかな?』

 

『それとも、蕩けるように甘ーい私かしら?』

 

『所恵美とっ』

 

『佐久間まゆ』

 

『『今夜は「Peach Fizz」に酔わせてア・ゲ・ル』』

 

 

 

「きゃあああぁぁぁ!」「うおおおぉぉぉ!」「まゆすき」「めぐみいいいぃぃぃ!」「二人に酔わせてえええぇぇぇ!」「りょーくんと一緒のライブ出来てよかったねえええぇぇぇ!」「俺とあふたーすくーるぱーりーたいむしてくれえええぇぇぇ!」

 

 仲良さげに腕を組みながら周りに手を振る恵美ちゃんとまゆちゃん。123プロにおいてはジュピターに次いで三番目の人気ユニットの登場に、ただでさえ高いボルテージがさらに上がっていく。

 

 観客をさらに盛り上げた二人は「「せーのっ!」」と声を揃えてからメインステージを指さした。

 

 

 

『『『We are 「Jupiter」!』』』

 

 

 

 メインステージのポップアップから飛び出して来た三人の男性に、先ほど以上に黄色い歓声が会場内に響き渡る。

 

 

 

『御手洗翔太! 今日は君たち以上に、僕も楽しませてもらうよ!』

 

『伊集院北斗。さぁ、今日も可愛い声を聞かせておくれ……子猫ちゃんたち』

 

『天ヶ瀬冬馬! 相手が誰であろうと……今日のテッペンは俺だ!』

 

 

 

「冬馬あああぁぁぁ!」「北斗様あああぁぁぁ!」「翔太きゅうううぅぅぅん!」「お前なら勝てるって信じてるぞおおおぉぉぉ!」「私にもチャオしてえええぇぇぇ!」「俺の弟になってくれえええぇぇぇ!」

 

 先ほどよりもさらに盛り上がりを見せる観客たち。それはかつて961プロにいたときの彼らを軽く凌駕し、今や『周藤良太郎の後を継ぐ男性アイドル』とも称されるトップアイドルグループ。以前の彼らのことを知っている身としては……ちょっとだけ、歓声よりも先に涙が出そうになってしまった。

 

 観客へのアピールを終えたジュピターが揃ってセンターステージを指さした。流石に三度目ともなると、観客も「次はこっちか!」と直ぐ様そちらへと体を向ける。

 

 ……きっと観客は既に慣れていたのだろう。残るアイドルは一人で、『彼』がそこからポップアップでせり上がってくる姿を予測した。そしてそれは間違いではなく、ピーチフィズの二人が両脇に引いたセンターステージにスポットライトが当たり、ポップアップから右手を頭上に掲げた『彼』が現れた。

 

 ついに姿を表した『彼』の姿に、上がりきっていたはずのボルテージがまだ上がっていく。始まって数分にして最大級と思われる盛り上がりを見せる会場は――。

 

 

 

『聞け』

 

 

 

 ――次の瞬間、静寂に変わった。

 

 

 

 金の鎖で装飾された漆黒の外套を身にまとった姿の『彼』は、たった一言であれだけ盛り上がっていた会場を()()()()()のだ。

 

 確かに、ライブ会場を静まり返らせるほどの雰囲気というものは存在するし、そういう場面を私も何度も見てきた。765プロで言うならば、千早ちゃんや美希が出演するときにそういう場合が多い。

 

 しかし『彼』は一言で、たった一言でこのドーム内に集まった五万人以上の観客たちを一斉に黙らせてしまったのだ。

 

 この現象は『彼』のライブでは多々起こることのあるらしく、ファンの間では『王の御前』と呼ばれている。それを知っているファンはわざと口を閉ざすこともあるようだが……それでもあの空気を震わすほどの熱気を一瞬で鎮めてしまうのは、『彼』のもたらす威圧感故か。

 

 これがきっと……『周藤良太郎』というアイドルの本気。

 

 

 

『諸君。この周藤良太郎が宣言しよう』

 

 

 

 静寂に包まれる会場へ向けてそう告げた良太郎さんが、掲げていた右手を振り下ろした。

 

 

 

『……さぁ、祭りの幕開けだ! 準備はいいか!?』

 

 

 

『『『『『『『『ご来場のみなさん……123プロダクションは、いかがですか!』』』』』』』』

 

 

 

 わあああぁぁぁあああぁぁぁ!!!

 

 

 

 それは爆音と称するしかない怒号に似た歓声だった。

 

「『恩 Your Mark』なのおおおぉぉぉ!」

 

「りょーにぃの曲だあああぁぁぁ!」

 

 大歓声の向こう側に聞こえ始めたBGMに反応した美希と真美が、両手に持ったUO(ウルトラオレンジ)を折った。パキッという音と共にオレンジ色に発光し始めたサイリウムを、リズムに合わせて振り始める二人。あちらこちらで同じように次々にUOが折られ、会場全体がオレンジ色の光に包まれた。そしてイントロに合わせて一斉に「ハイッ! ハイッ!」とコールが響く。

 

 良太郎さんの『恩 Your Mark』は、走り出す前に気合いが空回りしている人の肩の力を抜かせ、それでいて激励する曲だ。全力で走る前のアップのように弾むリズムの曲なのだが、今の会場は既に全力で走り始めている人だらけだった。

 

 しかしそれも無理ないだろう。……ずっとずっと楽しみにしてきたこのライブの一曲目に、こんなに盛り上がる曲を持ってこられてしまったら、今まで楽しみにしてきた思いが自然と歓声になって溢れ出てしまうに決まっている。

 

 本来はしっかりと振り付けのある曲ではあったが、その振り付けは左手とステップだけの簡単なものに変わっている。その代わり、三つのステージやそれぞれを繋ぐ花道などを思い思いにアイドルたちが移動して、挨拶とばかりに観客たちへのファンサービスを振りまいていた。

 

 ギャルピースを決める恵美ちゃんとまゆちゃん。どさくさ紛れに志保ちゃんに抱き着こうとして片手で押し留められる志希ちゃんと、そんな二人を見てクスクスと笑う美優さん。

 

 女性陣の掛け合いは勿論華やかなものだったが、男性陣の掛け合いも中々のものだった。

 

 センターステージからメインステージへ向けて花道を歩く良太郎さん。そして花道からジュピターの三人に向かってクイクイッと人差し指を自分に向けて曲げたのだ。

 

 それは『こっちに来い』というジェスチャーにも見えたが……私の目には『かかってこい』という挑発に見えた。

 

 それに対し、ジュピターの三人は一斉に良太郎さんへ向かって拳を突き出した。北斗さんと翔太君は笑っていて……そして、冬馬さんも笑っていた。良太郎さんへのライバル心を隠そうともせず、先ほども宣戦布告に似た言葉を発した彼が……良太郎さんの挑発に対して、好戦的な笑みで返したのだ。

 

 その彼の笑みに、一瞬だけドキッと心臓が跳ね上がったような気がした。

 

 曲が終盤に差し掛かると、それまでバラバラに動いていたアイドルたちは全員メインステージに集合していた。そして先ほどのシルエットと同じ順番……左から美優さん・志希ちゃん・志保ちゃん・まゆちゃん・良太郎さん・冬馬さん・恵美ちゃん・北斗さん・翔太君の順番に並び――。

 

 

 

『さぁ! 位置につけ!』

 

 

 

 ――恩っ! ユアッ! マークッ!

 

 

 

 まるで訓練されていたかのように最後のコールが綺麗に揃い、そして会場は再びの大歓声に包まれた。

 

 既に全力のコールと興奮で心臓がバクバクと早鐘を打っていた。

 

 そしてこれが、まだ始まったばかりの一曲目だということを思い出して。

 

 

 

 ……これからの期待で、さらに鼓動が早くなっていった。

 

 

 




・アイドルたちのシルエット
良太郎以外はそれぞれ公式絵を基にしたポーズとなっております。探してみよう!

・観客たちの反応
若干俺ら多め。

・『『今夜は「Peach Fizz」に酔わせてア・ゲ・ル』』
ずっと考えてた二人の決め台詞。ようやく使えた……。

・「まゆすき」
まゆすき

・『王の御前』
謎オーラを発することで観客を黙らせる良太郎の必殺技だぞ!
わぁい、まるで転生チート主人公のようだぁ!



 ライブシーン初めてまともに書いた気がする(小並感)(まともに書けているとは言っていない)

 というわけでついに始まった感謝祭ライブ本番! 慣れないライブシーンで皆様のお目汚しが多々あるかと思われますが、どうかお付き合いいただけると幸いです。

 さて開幕曲が終わり、続いてMCパート。その後のトップバッターは……?


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Episode30 Like a flame!! 2

トップバッターは……この二人だ!


 

 

 

(はぁ……! はぁ……!)

 

 荒い息をマイクが拾わないように、出来るだけ小さく……それでいて大きく呼吸をする。始まったばかりの一曲目を終えたばかりだというのに、既に私の息は上がってしまっていた。それは肉体的な疲労が原因ではなく……高揚と興奮。

 

 大きなステージというものは経験済みだった。けれど、このドームという会場は文字通り桁違いだった。

 

 メインステージから見ると、そこはまさしく光の海。三階まであるスタンド席全てが観客で埋まり、そのほとんどがサイリウムを振っているその様は……会場全てが光り輝いているように見えた。

 

 ……ここに立っているのは私だけの力じゃないことは、分かっている。恵美さんとまゆさん、ジュピターのお三方、そして良太郎さんといった先輩方の力が大きいことぐらい理解している。それでも……今こうしてドームという大舞台にアイドル『北沢志保』が立っているという事実に、私は内心で感動に打ち震えていた。

 

 私はついに、アイドルとして一つの到達点に辿り着いたのだ。

 

 

 

『……ついに来たぞ、感謝祭ライブだ!』

 

 

 

(っ……!)

 

 一曲目の興奮冷めやらぬ観客たちをさらに湧き上がらせる良太郎さんの声に、今からMCパートということを思い出してハッとなった。感動に浸るのは後回しだ。

 

『出演する側の俺が言うのもなんだけど……随分とまた、豪華なメンバーだよね』

 

『確かにー』

 

 北斗さんと翔太さんのやり取りに、会場が『ふーっ!』と盛り上がる。

 

『リョータローさんが他のアイドルと一緒のステージに立たないことは有名だけどー、ジュピターの皆さんも、割とそうですよねー?』

 

『俺たちは……まぁ、な』

 

『色々あったからね』

 

『うん、色々あったからね』

 

 恵美さんの問いかけに、三人揃って明後日の方向に視線を向けるジュピター。冒頭からぶち込まれたブラックジョークに会場が笑いに包まれるが……今思い返してみると、その色々あった大元である黒井社長が観に来ている状態でこれはどうなのだろか……。

 

 っと、次は私と美優さんがまゆさんから話を振られる番だ。

 

『志保ちゃんと美優さんは、ドームでのライブは初めてなんですよねぇ?』

 

『は、はい……』

 

『はい、初めてです』

 

 美優さんと二人で頷くと、会場からは「待ってたよー!」という声を皮切りにして拍手が巻き起こった。台本には当然なかったが、美優さんと一緒に「ありがとうございます」と頭を下げる。

 

『そんなドームライブ初体験な二人がいる中、申し訳ないことに今日は俺も一切自重する気はないということをお伝えしておこう』

 

 そんな良太郎さんの宣言に、再び沸き立つ観客たち。

 

『そして自重はしないけど休息はちゃんとする。大事、休息。無理、絶対ダメ』

 

 そう言いながら良太郎さんはいつの間にかステージの隅に用意されている水が入ったペットボトルの蓋を開けていた。まだ一曲しか披露していないものの、確かに観客席でも何人かが飲み物を飲んでいる姿が見えた。

 

『開演前の諸注意にもありましたが、今日の公演に休憩はございません』

 

『全員、ちゃんと適度に休憩してよー!』

 

『皆さんが体調を悪くされては、私たちも心が痛みます』

 

 美優さんの『休憩なし』宣言辺りで歓声が上がりつつも、恵美さんとまゆさんの呼びかけにはしっかりと『はーい!』という返事が返ってきた。

 

『特に今日はなんか熱いからな』

 

『いや、それはお前がそんな大層なマントを着てるからだろ』

 

『やっぱり?』

 

『やっぱりもなにも、さっきからお前が何か行動するたびにジャラジャラジャラジャラ煩いんだよ』

 

『それは俺も思ってた』

 

 冬馬さんの言葉に同意した良太郎さん。観客に見せるようにわざと鎖を鳴らしながらバサリとマントを翻すと、確かにジャラジャラと鎖が音を立てた。そのワンアクションだけで会場が「おぉっ!」とどよめくのだから、流石は老若男女問わない人気アイドル『周藤良太郎』である。

 

『ちなみにこれ、後でカッコよく脱ぎ捨てる予定だから、お前たち見逃すんじゃないぞ?』

 

『期待してますっ!』

 

『誰よりも真っ先に反応した……』

 

 台本通りの進行とはいえ、この反応の早さはまゆさん自身の素の早さだと思う。

 

『それじゃあ早速ライブを始めていく前に……これだけはやっておこうかな』

 

「……え」

 

 ここまで順調に台本通りの進行だったのだが、突如として良太郎さんが予定になかったことを言い始めた。確かここはこのまま次の曲のフリをするはずだったのだが……。

 

 チラリと横目で恵美さんを見ると、口パクで(リョータローさんらしいよねー)と言いながら苦笑していた。確かに前もって社長や冬馬さんたちから「良太郎はいきなりアドリブ入れてくることもあるから気を付けて」という旨の話を聞いていたが、まさかいきなりそうなるとは思っていなかった。

 

『俺が一目置いてるアイドルのリスペクトなんだけどね』

 

 そう言っておもむろにヘッドセットマイクを外し始めた良太郎さん。多分音響スタッフが焦ってるんだろうなぁと考えていると、良太郎さんはすぅっと息を吸い込んだ。

 

『あっ』

 

 それは一体誰の声を拾ったものなのかは分からないが、それを漏らしたのは間違いなくステージ上にいる私たちの内の誰かだった。以前のリハーサルでの出来事を思い出し、自然と私たちは良太郎さんから距離を取って耳を塞いだ。

 

 

 

「アリーナ席も! スタンド席も!」

 

 

 

「二階席も! 三階席も! そして見切れ席も!」

 

 

 

「何処にいたって見逃してやらねぇからな!」

 

 

 

「全員、気ぃ抜くんじゃねぇぞっ!」

 

 

 

わあああぁぁぁあああぁぁぁ!!!

 

 

 

 音響機器に頼ることなく自身の声量だけでこのドームという広い空間にその言葉を轟かせた良太郎さんに、観客たちも負けじと大歓声を上げた。

 

『……あっ、ライブビューイング会場だけは勘弁してな。ちょっとトップアイドルになっても千里眼みたいな便利なスキルは貰えなかったから』

 

 再びヘッドセットを付けて発した良太郎さんの言葉は先ほどとは打って変わって軽いもので、歓声はそのまま笑い声に変わった。

 

『そういえば千里眼といえばついに――!』

 

『やめろぉ! いくらお前がそのゲームのプレイヤーだと公言していても、このライブの協賛にその会社はいねぇんだからな!?』

 

『ピックアップは絶対に回すからなあああぁぁぁ!』

 

『やめろっつってんだろぉがよおおおぉぉぉ!?』

 

 折角カッコよく決めたというのに、またしても自ら落としにいくとは……裏で社長に怒られるんだろうなぁ。

 

『はいはーい! リョータロー君のゲーム事情は今日は置いておいて、ライブ始めるよ! お客さんたちだってウズウズしてるんだから!』

 

 翔太さんが『ねー!? みんなー!?』と呼びかけると、観客たちはそれに歓声という形で応えた。

 

『おっと、悪い悪い。それじゃあ……本格的に、祭りを始めていくぞ!』

 

 良太郎さんは高々と掲げた右手を、真っすぐと振り下ろした。

 

 

 

『トップバッターは……お前たちだ!』

 

 

 

 

 

 

「一目置いてるアイドルのリスペクト、だって。誰のことかしらね~?」

 

 私の隣に座るこのみさんがニヤニヤ笑いながら「うりうり~」と肘でツンツンと小突いてくる。

 

「い、いや、その……わ、私のアレも、別のアイドルの真似なので、決して私というわけじゃ……」

 

「なぁに言ってるのよ! 今やアレはアイドル『天海春香』の代名詞でしょ?」

 

「代名詞とまで言われると、それはそれでちょっと複雑なんですけど……」

 

 私の勘違いや自惚れじゃないのであれば、良太郎さんが発した先ほどのセリフの元になっているのは、私がライブの際のよく口にする『後ろの席まで、ちゃんと見えてるからねー!』というセリフだろう。

 

 これも本当は昔のアイドルの真似だったりするのだけど……今では私の定番のセリフとして世間では定着してしまったらしく、少しだけ申し訳ないような気になってしまう。

 

(一目、置いてる……!)

 

 しかし、今はそれ以上に……良太郎さんに『一目置いてるアイドル』と言われたことが、顔がにやけそうになるぐらい嬉しかった。

 

「「じー……」」

 

 隣から美希と真美の視線が飛んでくるが、それも全然気にならない。……やっぱりちょっと気になるけど、それ以上に嬉しかったのだ。

 

 また一つ、私は『輝きの向こう側』に近付けたような気がしたのだ。

 

『……本格的に、祭りを始めていくぞ!』

 

 そんな良太郎さんの声と歓声にハッとなった。今は喜ぶことよりも、ライブを楽しむ方が先決だ!

 

『トップバッターは……お前たちだ!』

 

 そう言って良太郎さんが掲げていた右腕を振り下ろす。

 

 一瞬の静寂の後にイントロが流れ始め……その数フレーズで誰の何の曲なのかを理解した観客たちは歓声を上げながらペンライトの色を『黒』と『青』に変えた。

 

 

 

『トップバッターはー……! 所恵美とー!』

 

『一ノ瀬志希ちゃんだー!』

 

 

 

 わあああぁぁぁあああぁぁぁ!!!

 

 

 

『『Make me happy! いつだって!』』

 

 

 

「めぐみぃの『アフタースクールパーリータイム』だあああぁぁぁ!」「しかもしきにゃんとのコラボだとおおおぉぉぉ!?」「こいつぁ俺たちを生かして帰す気はねぇなあああぁぁぁ!?」

 

 恵美ちゃんの一つ目のソロ曲であり人気曲でもある『アフタースクールパーリータイム』は、ユニットメンバーであるまゆちゃんと一緒に歌っているところを何度か見たことがあった。しかし、同じ事務所内でもユニット外でのコラボは意外になかったため、今までにはなかった組み合わせに観客たちは一気に盛り上がりを見せた。

 

 他の出演者は裏に下がり、その代わりに良太郎さんの単独ライブでは見ることのないバックダンサーがステージ上に姿を現す。バックダンサーと共に大きく手を振るダンスをしながら、恵美ちゃんと志希ちゃんはとてもいい笑顔を浮かべていた。

 

「なるほど! 今日はこういうサプライズもあるわけね!」

 

 このみさんも両手に持ったペンライトの色を恵美ちゃんの黒と志希ちゃんの赤に変え、コールに合わせながら興奮気味に上下に振っていた。

 

 オープニングを終えた一曲目からこれだけ盛り上がる曲を持ってきたことで、今日のセトリへの期待は否応なしに膨らんでいくのだった。

 

 

 




・ブラックジョーク
なお台本を考えた演出家は黒井社長が来ていることを知らなかった模様。当然である。

・『今日の公演に休憩はございません』
寧ろ最近デレマスの現場しかいない人には休憩がないことがデフォのような気もする。

・千里眼
・ピックアップ
マーリンてめえええぇぇぇ! マジで覚悟してろよおおおぉぉぉ!

・恵美と志希の『アフタースクールパーリータイム』
現実でも二次創作でも、絶対にここ以外では実現しない組み合わせ。
あーあー! 作者に人力ボカロを作る技能と才能があったらなー!



 皆さん気になったであろうトップバッターは恵美と志希でした!

 基本的にセトリは『自分だったら絶対に盛り上がる!』という好みをぶち込んでいくことになりますので、もし好みに合わなくても勘弁してね!

 次回は少々ステージの裏側へ。


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Episode31 Like a flame!! 3

ライブ中のアイドルの裏側事情。


 

 

 

「始まったよー!」

 

「始まりましたー!」

 

 『アフタースクールパーリータイム』を披露している恵美ちゃんと志希をステージに残し、俺たちはステージ裏へと戻ってきた。ヘッドセットマイクとイヤホンモニターを外してスタッフに返していると、翔太とまゆちゃんがカメラに向かって満面の笑みと共にピースサインをしていた。

 

「俺も俺もー!」

 

 二人に続いて俺も「始まったぜ」とピースサインをカメラに向ける。さらにそれを見ていた他のメンバーも「……始まったぞ」「始まったよ」「始まりました」「は、始まりました……」と順番にカメラに映っていく。

 

 恵美ちゃんと志希以外の全員が映り終え、ここからしばらくは慌ただしく動くことになる。ライブが始まってしまった以上、多少の休憩は挟みつつも基本的にステージはノンストップだ。

 

「僕たちはこのまま準備に入るよ」

 

「頑張ってきまぁす!」

 

「うん、期待してるよ」

 

 次は翔太の『BACK FLIP☆EMOTION』、まゆちゃんの『エヴリデイドリーム』と続くので、待機を始める二人とハイタッチをする。

 

 このブロックはその後、志保ちゃんの『ライアールージュ』、俺の『Dangerous DEAD LiON』と続くので、俺もこのまま休憩ではなく準備に入る。とはいえ今更振り付けや歌詞の確認をすることもないので、パイプ椅子に座ってメイクさんにファンデーションを軽く塗り直してもらいながら、モニターで会場を見守ることにする。

 

 メインステージからセンターステージへの花道を歩きながら歌う恵美ちゃんと志希。とても新鮮な組み合わせによる曲の披露に、観客たちは我を忘れて歓声を上げている様子も見て取れた。

 

 今回のライブではこのように、()()()()()()()()()()という演出が多々存在する。何せ123プロは基本的に個人やユニット単位で活動しているため、その他のメンバーと共に曲を披露する機会がほぼなかった。つまりユニット曲はあってもそれ以外のメンバーとの曲がない。しかし折角の事務所の感謝祭ライブなのだから、普段はお目にかかれない組み合わせによるステージを観客は見てみたいだろう。という意見に対して全員が『やってみたい!』と声を揃えたのだ。

 

「でも、ちょっとだけ意外でした」

 

「何が?」

 

 俺の後ろで歌詞とステップの確認をしていた志保ちゃんがポツリと呟いたので、一体何のことを言っているのかと聞き返す。

 

「志希さんです。確か、ご自身でこの曲を歌いたいと申告されたんでしたよね?」

 

「あー……らしいね」

 

 こういう誰が誰の曲を歌うのかというものを含めたセットリストを考えたのは演出家(JANGO先生)だが、それは勿論俺たちの要望も考慮した上で構成されている。

 

 その打ち合わせの段階で、なんと志希自らが「恵美ちゃんと一緒に『アフタースクールパーリータイム』を歌ってみたい」とJANGO先生に申し出たらしいのだ。

 

「確かにそうだね」

 

 そもそもアイツが自分からそういう要望を口にすること自体が珍しい上に、その曲が普段志希が歌う曲のイメージとはかけ離れた恵美ちゃんの『アフタースクールパーリータイム』なのだから、志保ちゃんの感想にも頷ける。

 

「これはあくまでも俺の予想なんだけどさ」

 

「はい」

 

「……羨ましかったんじゃないかな?」

 

「……はい?」

 

 恵美ちゃんの『アフタースクールパーリータイム』が羨ましかったという意味ではなく、()()()()()()()()()()()が羨ましかったのではないか、という意味だ。

 

 昔の志希は『自分の興味が湧いたもの以外は一切関心を示さない』人間だった。しかしアイドルという彼女自身でも全てを把握しきることが出来ない不確定要素の塊と出会い、俺の後を追って海外から日本へと戻ってきた。

 

「そうして志希自身もアイドルになって……恵美ちゃんやまゆちゃんたちに出会った」

 

 今まで自分の興味があることしかなかった志希の世界に初めて現れた()()()()()()()。彼女たちの交流は志希にとっては……きっと『刺激的な退屈』だったのだろう。

 

 そんな今までには感じたことのない刺激の中で、少しずつ志希は変わっていった。

 

 大きなきっかけが一体何だったのかまでは分からないが……それでも『アイドル』だけではなく、志希は『女の子』にも憧れるようになった。

 

「……って、俺は考えてる」

 

「……志希さんは元々女性ですが……という意味では、ないですよね」

 

 俺の言いたいことが分かってくれたらしい志保ちゃんは、そう言って納得したように小さく頷いた。

 

『……恵美ちゃん!』

 

『なにー!? 志希!』

 

 ラスサビに入るまでの僅かな間奏で、志希が恵美ちゃんを呼んだ。

 

 

 

『……アイドルって、楽しいね!』

 

 

 

『っ……!』

 

 たった一言ではあるが、無邪気な笑顔と共に放たれた志希のその言葉は、泣き虫な恵美ちゃんの涙腺を崩壊させるには十分すぎる破壊力を有していた。まだライブは始まったばかりだというのにも関わらず、恵美ちゃんの両目からボロボロと大粒の涙が流れ始める。

 

 そんな状態でまともに歌えるはずもないので、涙声になってしまった恵美ちゃんの代わりに志希が歌い始めた。観客の中にも泣き始めた人がいるらしく、コールが若干小さくなった気がするのはおそらく気のせいではないだろう。

 

「志保ちゃんは我慢しなよ?」

 

「泣いてません!」

 

 そう強がりつつも、志保ちゃんの目元には光るものが見えた。実際これは俺でもちょっとだけ危なかった。

 

「『アイドル』っていう特別の中で『女の子』っていう平凡を見出すところが、志希らしいと言えば志希らしいか」

 

 逆に『天才(ギフテッド)』と呼ばれる志希にとっては、それこそが求めていた『特別』なのかもしれない。

 

「でもそれは、良太郎君のおかげでもあるんだろうね」

 

「俺の?」

 

 俺の前のパイプ椅子に座ってモニターを見ていた北斗さんが、優雅な動作で振り返った。

 

「だってそうだろう? 『周藤良太郎』なんていう特別の塊みたいな存在の側にいたからこそ、周りの人間どころか本人でさえ志希ちゃんを特別視しなかったんだから」

 

「あー……小顔効果的な?」

 

「良太郎君、その例えで本当にいいのかい?」

 

 そんなやり取りをしている内に、恵美ちゃんと志希のステージは終わりを迎えようとしていた。最後のワンフレーズを歌い終え、先ほどから感極まりっぱなしの恵美ちゃんはそのまま志希に抱き着こうと腕を広げるが――。

 

 

 

『志希ぃぃぃ! ……ってもういないし!?』

 

 

 

 ――早々にステージ裏へ戻ってしまったらしい志希はそこにいなかった。志希にしては殊勝な態度だと思った矢先にこれであるが、逆に安心感があった。

 

 歓声と笑い声に背にしつつステージを後にする恵美ちゃんの姿を見届けて、モニターから目を外す。

 

「たっだいまー」

 

 しばらくすると、先にステージから降りた志希がモニターのある待機場所に戻ってきた。いつも通りのニヨニヨとした笑みに汗を浮かばせながら……それでいて、とても満足そうだった。

 

「おかえり。一曲目から随分と飛ばしてきたじゃないか」

 

「にゃははー! 流石のシキちゃんも、大舞台の緊張感に当てられちゃったみたい!」

 

 ペロッと舌を出しながら「ガラにもないことしちゃったー」と笑う志希。

 

「志希いいいぃぃぃ!」

 

 志希の後を追う形で恵美ちゃんが戻ってくるが、その顔はモニターで見ていたステージ上よりもさらに涙で崩れていた。激しく動くために汗に強いメイクをしていなければドロドロに溶けてしまっていたことだろう。

 

「もう! もう! 一曲目からあんなこと言うなんて! 何考えてるのさ!」

 

「にゃはは、ゴメンって! ……でも、ステージの上じゃないと言えそうになかったからさ」

 

「あああぁぁぁもおおおぉぉぉまたそーいうこと言うううぅぅぅ!」

 

 志希にしがみ付くように抱き着きながら「アタシも大好きいいいぃぃぃ!」と号泣する恵美ちゃんの背中を、志希は「別に好きとは一言も言ってなかったけど……まーいっか」と零しながら軽くポンポンと叩く。

 

 そんな彼女たちの様子を、舞台裏カメラマンがしっかりと収めていた。天然で撮れ高を提供する辺り、二人とも根っからのアイドルである。あっ、ちゃんと俺たちは映らないようにしてくださいよ。女の子の友情の間に男が入ると荒れる原因になるから。(個人の感想です)

 

 ちなみに向こうから若干寂しそうなまゆちゃんの「私も混ぜてくださあああぁぁぁい!」という叫び声が聞こえてくるが、残念ながら君は出番が差し迫っているので遠慮してもらいたい。友情の確認はステージを終えてからじっくりとお願いします。

 

 モニターでは翔太のステージが始まっており、先ほどよりも多くの黄色い声がここまで聞こえてくる。

 

「二人とも、ほどほどにしておいてくださいよ」

 

 恵美ちゃんと志希のやり取りを横目で見つつ、さりげなく目元の涙を拭った志保ちゃんは「いってきます」と言って待機しに行ってしまった。

 

「よし……それじゃあ俺も、ちょっと身体ほぐすかな」

 

 既に一曲終えて身体は温まっているが、次に歌う『Dangerous DEAD LiON』(通称:死んだライオン)は俺の曲の中でもかなりダンスが激しいので、万全を期すためには少しでも身体を動かしておいても損はない。

 

「あーあー! これで俺の身体がちょっとぐらい硬かったら、女の子に背中を押してもらうイベントが発生するのになー!」

 

「うるせぇから体動かすなら向こう行け」

 

「ウーッス」

 

 有難い(残念な)ことに高町ブートキャンプによる基礎トレーニングのおかげで180度の開脚前屈が出来てしまうので、柔軟で背中を押してもらう必要がないのだ。

 

 冬馬の正論に対する反論を持ち合わせていなかったので、大人しく身体が動かせる場所へと移動するのだった。

 

 ……その前に。

 

「志希」

 

「んー?」

 

 抱き着かれていることをいいことにコッソリと恵美ちゃんをハスハスしている志希に一言だけ言っておこう。

 

 

 

「この程度で満足したとか言わないよな?」

 

「……言うわけないじゃーん」

 

 

 

 ニヤリと笑う志希。

 

 その笑顔はアイドルというよりは、高みを目指すアスリートのそれに近かった。

 

 

 




・『BACK FLIP☆EMOTION』
翔太のソロ曲。ライブでコールしてぇなぁ……。

・『Dangerous DEAD LiON』
良太郎のオリ曲。死んでも尚脅威を与え続ける百獣の王のような曲(適当)
ライオンは死んでいますが、ライブは盛り上がるので問題ありません(マックスウェル並感)(テテテテテッテッテー)(そしてこの顔である)

・志希ちゃんのアレコレ
アイ転時空の志希にゃんは良太郎という別種のギフテッドの近くにいたため、彼の影響を受けて原作よりも『女の子』してます。まぁ根っこの部分は逆に自重が外れてデンジャラスですが。

・「小顔効果的な?」
大きい人と並ぶことで自分が相対的に小さくなる的な。

・女の子の友情の間に男が入ると荒れる原因
百合の間に入ろうとすると、一部過激派から○○されるので注意。



 恵美の曲にもかかわらずメインが志希にゃんになっていた件について。一応外伝なのにメインキャラを掘り下げるとかどーいうことなんですかねぇ……?

 次回は再び観客席側に視点が戻ります。


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Episode32 Like a flame!! 4

ある意味デレマス編から続く志希のお話の最終話!

そしてついに、良太郎のステージ!


 

 

 

 ――あたし、一ノ瀬志希―。

 

 ――所属は346じゃなくて123なんだけど。

 

 ――まぁ、しばらくよろしくー。

 

 

 

 それが私と……私たちと一ノ瀬志希のファーストコンタクトだった。

 

 美城専務が立ち上げた企画『Project:Krone』内のユニット『LiPPS』。そのメンバーの一人として他事務所である123プロダクションからの出向としてやって来た彼女は、私・美嘉・フレデリカ・周子に対してニヘラと笑いながら手を振った。

 

 『アイドルを知る』ためにアメリカから良太郎先輩を追って海を渡ってきた志希は、彼曰く「一癖も二癖もあるが悪い子ではない」とのこと。確かに悪い子ではなく、ユニットメンバーとしてだけではなく友人としても良い付き合いが出来ていたと思う。

 

 しかし、良太郎先輩の後押しがありつつも最後は自らの意志でアイドルになると決めた志希だったが、サボり癖……というよりは失踪癖が酷かった。ふと目を離すと忽然といなくなり、レッスン中の僅かな隙にも姿を消す。123プロから『とにかく厳しく』と言われていたらしいトレーナーさんたちがやや力づくで連れ戻すという場面もしばしばあった。

 

 それにも関わらず、彼女は決して『不真面目』ではなかった。レッスンの最中は真剣そのものだったし、出来ない箇所や苦手な箇所を居残りして自主練するというストイックさも垣間見えた。……居残りするぐらいなら最初から失踪するんじゃないわよ、と思わないでもないけど。

 

 志希はアイドルに対して真剣だった。

 

 しかし……それはきっと、心のどこかでまだ『アイドルの魅力』を探していたからなのだろう。

 

 

 

 ――んー……まだイマイチ分かんない。

 

 

 

 『LiPPS』として最後の活動を終え、志希が346の事務所へやってくる最後の日。彼女は良太郎先輩から「どっちの事務所で活動してもかまわないんだぞ」と言われたことを明かした上で、私たちにこう告げた。

 

 

 

 ――みんなと一緒のステージに立てて嬉しかったし、これからも続けたいって思ったのもホントだよ。

 

 ――でもね、リョータローはね。

 

 ――『周藤良太郎として、一ノ瀬志希というアイドルを見守りたい』って。

 

 ――だから、あたしはリョータローの側で見つけたい。

 

 ――そして。

 

 

 

 ――こんなにも楽しいことを見付けることが出来たよって。

 

 ――いの一番に、教えてあげたいんだ。

 

 

 

 そんなガラにもなく健気な言動がまるで自分で捕まえた獲物をご主人様に自慢する猫のようで思わずホッコリとしてしまったが、志希は「リョータローにバラしたら、どーなっちゃうか、分かるよねー?」と極彩色の液体が入った試験管を振りながらニッコリと笑った。それも照れ隠しなのだろうが、その手段が人体実験なのは勘弁してもらいたい。

 

 ともあれ、一ノ瀬志希は『LiPPS』を脱退し、123プロへと帰っていった。

 

 交流が全く無くなったわけではないが、それでも同じグループとして活動していたときと比べると顔を合わせる機会が少なくなった志希。

 

 私は()()を見付けられたかどうか、少しだけ気になっていた。

 

 しかし――。

 

 

 

『……アイドルって、楽しいね!』

 

 

 

 ――もう、聞く必要はなさそうだった。

 

「……あれ? 奏ちゃん、泣いてる?」

 

「っ、そんなわけないでしょ……変なこと言わないでちょうだい」

 

 隣でサイリウムを振っていた唯が顔を覗き込んできたので、ちょうど痒くなってしまった目を手の甲で擦る。ニヤニヤと訳知り顔で笑っている唯に少しだけイラッとしつつ……先ほどのステージの上での志希の姿を思い出し、また少しだけ目が痒くなった。

 

 ……本音を言えば、私たちといるときに、それを知って欲しかった。分かって欲しかった。

 

 けれど、オープニングからここまでの僅か二曲の間で、()()()()()()こそ『アイドルとしての志希の居場所』だったのだと納得してしまった。

 

 いつか。いつの日か。『LiPPS』としては勿論のこと。『123プロの一ノ瀬志希』ともステージに立ってみたいと、そう思った。

 

 

 

『ほらほらみんなー! 感極まったり疲れてる場合じゃないよー!』

 

 恵美さんと志希の曲が終わり、感動や興奮などの様々な感情で揺れ動く観客たちの前に続いて現れたのは、『Jupiter』の御手洗翔太さん。『周藤良太郎』という例外を除いた人気ナンバーワン男性アイドルユニットの一人というだけあり、会場は先ほどよりも大きな黄色い歓声に包まれた。

 

 

 

『Dancing on Time!』

 

 

 

 Yeah!!!

 

 

 

『Dancing on Time!』

 

 

 

 Yeah!!!

 

 

 

 コールと共にサイリウムの光が上下する。

 

 先ほどの志希と恵美さんのステージの余韻に浸るのは後回しだ。アイドルのライブに来た以上、今は目の前のステージに集中することにしよう。

 

 私も周りとサイリウムの色を合わせ、ささやかながら上下に振るのだった。

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 佐久間まゆさんの『エブリデイドリーム』、北沢志保さんの『ライアー・ルージュ』と立て続けに振った赤いサイリウムを下ろしながら一息つく。

 

 オープニングMCを終えてここまで四曲が披露された。恵美さんと志希さんのデュエット、翔太さん、まゆさん、志保さんのソロ。どれもトップアイドルとして名を馳せている人たちのステージに、会場のテンションは常に最高潮の頭打ち状態だ。

 

 けれど、みんな心のどこかで()()()()を待ち望んでいる。

 

 私も、なんとなくそろそろ来るのではないかという予感があった。もしかしたらそれは予感でもなんでもなくて、ただの願望だったのかもしれない。

 

 しかし、その願望は実現することとなった。

 

 

 

『死して尚、獅子の如く、四肢を振る志士となりて――!』

 

 

 

 わあああぁぁぁあああぁぁぁ!!!

 

 

 

 待ち望んだ声。待ち望んだ姿。誰も他の出演者を蔑ろにするつもりはないだろうが、それでも自然と先ほどよりも熱の籠った歓声が怒号のように響き渡った。

 

 メインステージの左右に開いたスクリーンの中央から現れた良太郎さんが、歌いながら歩いてくる。

 

 そしてステージの中央へと辿り着くと、右手でマントの左肩部分を掴み……そのまま一気にマントを脱ぎ捨てた。

 

 

 

 きゃあああぁぁぁあああぁぁぁ!!!

 

 

 

 下の衣装がタンクトップだったため、突然良太郎さんの二の腕が露になり、会場全体が黄色い声に包まれる。その中に若干野太い黄色い声が含まれているのも流石である。

 

「ちょ、加蓮っ!?」

 

 そしてそんな歓声の中で微かに奈緒の焦ったような声が聞こえてきた。横を見ると、加蓮が呆然とした表情でその場に座り込んでいた。

 

「ど、どうした!? 気分悪くなったのか!?」

 

 焦った様子で加蓮の肩を揺する奈緒。

 

「こ……」

 

「こっ!?」

 

「……腰、抜けた……」

 

「はぁっ!?」

 

 どうやら今のに()()()()ようである。いくらりょーいん患者である加蓮とはいえ、良太郎さんの普段の姿を知っているはずだ。それでも思わず腰が抜けて座り込むほどの衝撃が、あのマントを脱ぎ捨てるワンアクションにはあったということだ。

 

 それはつまり……貴重ながらも未だに存在している『周藤良太郎に夢を見ているファン』相手にはどれほどの威力だったかというのは……周りやモニターに映る観客席に、その答えがあった。流石にライブを中断するほどのではないが、被害は少なくなさそうだった。

 

 

 

『――今ここに、俺がいることを示そうっ!』

 

 

 

 そんな人たちがいることを知ってか知らずか……いや、知っているはずにも関わらず、良太郎さんは「ボサッとしてると置いてくぞ!」と言わんばかりに観客たちを煽り始める。

 

 色々と衝撃が強すぎて頭が真っ白になっていたが、これは『Dangerous DEAD LiON(死んだライオン)』。良太郎さんの曲の中でもかなり激しい曲で、このままボーッとしてたら置いて行かれてしまう。観客たちのリアクションを見るのも面白いが、それにかまけて良太郎さんのステージを見逃すのは本末転倒だ。

 

 ペンライトを良太郎さんの黄色と曲の赤に変えると、モニターの中の良太郎さんはメインステージの中央でダンサー顔負けのダンスを披露していた。先ほどまで志保さんたちのステージを華やかにしていたバックダンサーは捌けており、そこは『周藤良太郎』の独壇場と化していた。

 

 これだけのダンスを披露しつつ、ヘッドセットマイクが拾う良太郎さんの歌声はまるで平常時に歌っているような安定感だった。ダンスと歌のための呼吸を僅かなワンブレスだけで済ませるとは、一体どんな肺活量をしているのだろうか。きっとこれが、良太郎さんがいつもこなしているという徹底的な基礎トレーニングの果てに得られるものの一端なのだろう。

 

(………………)

 

 良太郎さんのパフォーマンスを堪能しながらペンライトを振りつつ……頭の片隅では、少しだけ別のことを考えていた。

 

 ()()()()()を越える歌唱力を持つアイドル『歌姫』。彼女たちは良太郎さんが自分でも「勝てない」と負けを認めるほどの実力を持ったアイドルたち。

 

 では、ダンスの分野で良太郎さんを越えるアイドルはいるのだろうか?

 

 気になった私はそれを尋ねたことがあった。

 

 

 

 ――んー……()()()()()()いないかな?

 

 ――勿論、ヘレンさんみたいなトップダンサーなら勝てない人はたくさんいるよ。

 

 ――でも『アイドル』相手だったら()()負けない。

 

 

 

 そもそも男性アイドルと女性アイドルでは『性差』がある故に、体力や筋力的な問題が関わってくるこの分野では良太郎さんに分があるのは当然である。

 

 それを踏まえた上で彼を越えるためには、()()()()()()()()()()()()を覆すほどの良太郎さんの得意分野である『表現力』で大きく上回らなければいけないのだ。杏の言葉を借りるならば「それなんて無理ゲー?」である。

 

 でも、良太郎さんは『まだ』と称したのだ。

 

 きっと……良太郎さんの目には見えているのだろう。

 

 

 

 ――『周藤良太郎』が負けを認める『舞姫(まいひめ)』が現れる未来が。

 

 

 

『――死して尚、喰らえっ!』

 

 

 

 わあああぁぁぁあああぁぁぁ!!!

 

 

 

 果たして何度目になるか分からないが、割れんばかりの歓声が会場に響き渡った。

 

 

 




・志希ちゃんのお話
デレマス編で語られることがなかった、アイドル『一ノ瀬志希』のお話。
外伝ではあるものの本編時空という少々ややこしい時系列ですが、ここで決着です。
ここのお話(というか設定)は今後の本編内でも有効となります。

・いの一番に、教えてあげたいんだ。
オクスリを良太郎に試そうとしたのもの、実は無意識の中で真っ先に自分の研究成果を知ってもらいたかった。まさに獲物を自慢する猫。

・『LiPPS』を脱退
Lesson228で常務は「解散」と発言しましたが、その後志希を含めた五人の要望により存続が決定。今は四人で活動している設定。

・『死して尚、獅子の如く、四肢を振る志士となりて――!』
??「っ!」ガタッ

・黄色い声
・「……腰、抜けた……」
物語の関係上普段の良太郎ばかりが描写されてますが、ちゃんとアイドルをやってるときのコイツは凄いんだよってことを描写したかったんや……!

・『舞姫』
『歌姫』がいるんだから、いてもおかしくないよねっていう話。
ただダンスが超得意ってキャラの知識がイマイチ……。
なお『既存キャラの中から』生まれる予定。



 キャーリョータローサンカッコイー!

 おいおい……ちゃんとライブシーン書くの、もしかして運動会以来とか言わないよな……!?(未確認)

 というわけでひとブロック終わったところで一旦区切りです。

 普段ならばこの辺りで番外編を挟むところですが、今回はライブのテンポを大事にしたいので(出来ているとは言っていない)このまま続きまーす。



『どうでもいい小話』

 そういえば今更ですが、7th幕張間近ですね! 自分は仕事の関係上初日だけLV参加です!

 そして名古屋公演は無事に両日現地! ヒャッホー! 絶対にこれ銀のイルカやるぞー! ウルトラブルーめちゃくちゃ配布しまくってやるー!


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Episode33 Like a water…

第二ブロックスタート……の前に、アリーナ席視点。


 

 

 

『……ふぅ。はーい、みんな休憩休憩』

 

 曲の披露を終えて、良太郎君はセンターステージの中央から観客席に向かって『座って水飲めー』と呼びかけた。それに応じてここが一端の区切りだと理解した観客たちはバラバラと自分の席に座り始める。

 

 しかし、良太郎君が今現在いるのはセンターステージで、観客席から一番近い状態だ。私は恥ずかしながらすぐに座ってしまったが、文字通り目と鼻の先に良太郎君がいる状態で、その周辺の観客たちが大人しく腰を下ろすはずもなかった。

 

 

 

「りょーくうううぅぅぅん!」「あああぁぁぁ! こっち見たあああぁぁぁ!」「俺も! 俺も見て! 俺のことも見て!!」「りょ、良太郎君と同じ空気……すーはーすーはーすーはーすーはー」「しんどい」「尊い」「神」

 

 

 

 相変わらず男女問わない人気ぶりに、同じアイドルとして嫉妬するよりも気持ち良く尊敬してしまった。

 

「きゃあああぁぁぁ! 今日も相変わらずのカッコよさですうううぅぅぅ!」

 

 そしてたまたま私の隣の席になった彼女もまた、おそらく()()()()()()()だということを忘れて大興奮していた。

 

「ちょ、ちょっと、気持ちは分かるけど、少し落ち着きましょう?」

 

「これが落ち着いていられますか、瑞樹さん! こうやって観客として良太郎さんをすぐ側で観る機会なんて滅多にないんですから!」

 

「わからないわ……」

 

 こちらを全く見ようとせずサイリウムを振りながら歓声を上げ続ける765プロのアイドルである松田亜利沙ちゃんに、私は「これが若さ……だけじゃなさそうね」とため息を吐くのだった。

 

 

 

 亜利沙ちゃんと並んで座っているのは、なんてことはなくただの偶然だった。

 

 今回幸運にも123プロの感謝祭ライブのチケットを手に入れることが出来たが、ウン百倍と噂される倍率の中で他にチケットを手に入れた知り合いは流石にいなかった。だから今回のライブは一人で参加することになったのだが……。

 

 

 

 ――えっと、こっちね。……って、センターステージ目の前!?

 

 ――おや、こちらの席の方ですか!? 今日はよろしくお願い……はっ!?

 

 ――え?

 

 ――ももも、もしや……346プロの川島さん……!?

 

 ――っ!? ……って、そういう貴女は、確か765プロの……。

 

 

 

 ……とまぁ、変装はしていたものの、仕事の現場で一緒になったことがあるので正体はお互いにすぐバレたのだった。

 

 少々アイドル好き故に暴走気味の行動をする彼女だが、基本的にアイドルが不利益になるようなことはしない。私も彼女もプライベートだし、そもそもここは123プロのライブ会場。123プロのアイドルのことを熱く語ること以外は騒ぎ立てることもなく、今日はお互いにアイドルという立場を忘れて楽しもうと話していたのだが……。

 

「あああぁぁぁ! み、見ました!? 見ましたよね!? 今確実にありさたちのこと見ましたよね!?」

 

 これだけ騒いでいたら、いつか周りにもバレそうで怖い。

 

「えぇ、見てたわね」

 

 というか、恐らく良太郎君にはバレたと思う。ファン特有の勘違いでもなんでもなく、本当にバッチリと目が合った。ついでに軽く「あ、どーも」みたいに口が動いていたから間違いないだろう。まぁ、流石に()()()()()()()()()()()に座っているのだから気付いて当然か。

 

「あー……これでもうありさに悔いはありません。例えこの場で余命宣告を受けたとしても笑って……いや、まだ死ぬには惜しすぎますまだ良太郎さんのカウントダウンライブ未参加のままでは死ぬに死に切れません」

 

「大丈夫よ。貴女はきっと長生きするわ」

 

 ドサリと自分の椅子に座った亜利沙ちゃんは、若さの一言では済ませられないバイタリティに溢れていた。きっとこの先も病気とは無縁の人生を送ることだろう。

 

『あーはいはい、ありがとーありがとー。さて、折角共演者がいるのに俺一人でトークっていうのももったいないな』

 

 軽く周りのファンに向かって手を振った良太郎君は、そう言ってパチンと指を鳴らした。

 

『呼ばれて!』

 

『飛び出てー!』

 

『ジャジャジャジャーン!』

 

 するとセンターステージの三つのポップアップから三人の姿がせり上がってきた。先ほどのブロックで曲を披露したまゆちゃん・恵美ちゃん・翔太君だった。その登場に一度は収まった歓声が再び沸き上がる。隣の亜利沙ちゃんも例に漏れず「のわあああぁぁぁ!」と歓声というか雄叫びを上げていた。

 

 ……もしかしてコレ、既に周りから気付かれてるけど気を遣われてるとかじゃないわよね?

 

『はぁい良太郎さぁん! 良太郎さんの分のお水とタオルをお持ちしたので、どうぞぉ』

 

『おぉ、ありがとうまゆちゃん』

 

『いえいえ』

 

 トークが始まると思いきや、まずはまゆちゃんが良太郎君にペットボトルとタオルを手渡した。まるで部活のマネージャーのような甲斐甲斐しい姿に、一部の観客たちからは「おぉ!」と歓声が上がる。

 

『まゆは今日も平常運転っと……』

 

『普段の事務所からこんな感じでだからねー。いやぁ、二人のファンが黙ってられない光景なんだろなぁ』

 

 苦笑する恵美ちゃんとケラケラ笑う翔太君。確かに『周藤良太郎』のお世話をするまゆちゃんに彼のファンが、『佐久間まゆ』にお世話される良太郎君に彼女のファンが、それぞれ嫉妬しそうな光景ではあるが……。

 

 

 

「うんうん、まゆちゃんなら安心ね!」「ちゃんと分別ついてるからね!」「下手なアイドルと恋愛するよりこっちの方が発展しなさそうだしな!」「周藤良太郎が恋愛? ははっワロスワロス」「私たちが出来ない分、りょーくんのお世話お願いねー!」

 

 

 

 どうやら概ねファンのみんなからは(色々な意味で)信頼されているようで、これもきっと彼らの人徳の高さが為せることだろう。

 

『はぁーい! これからもまゆにお任せでぇす!』

 

『というかオイコラなにがワロスだオォン!?』

 

 笑顔で手を振るまゆちゃんに対し、良太郎君は「言った奴出てこいや!」と憤っていた。

 

 

 

 『佐久間まゆ』というアイドルのファンは、ざっくりと三種類に分けられる。

 

 一つはそのまま『佐久間まゆ』というアイドルのファン。123プロ内で随一の正統派アイドルとしての魅力に魅かれた人たち。

 

 一つは『Peach Fizz』というアイドルユニットのファン。所謂()()()というやつで、元々恵美ちゃんのファンだった人が『Peach Fizz』経由でまゆちゃんのファンになったというパターンだ。逆もまた然り。

 

 そして最後の一つが『周藤良太郎のファン』としてのファンである。つまり周藤良太郎のファンとしての姿のまゆちゃんを好きになったファンが一定数いるということだ。なんとも変わった層ではあるが、確かにあの良太郎君に関することで生き生きとしているまゆちゃんは、それはそれで魅力的な姿をしていると思う。

 

 

 

 ――私は、周藤良太郎さんに憧れてアイドルになりました。

 

 ――小さい頃からアイドルを夢見て……今こうして、私はここに立っています。

 

 ――憧れのアイドルと同じ事務所で、憧れだったアイドルになることが出来て。

 

 ――私は、幸せです。

 

 

 

 いつかの雑誌のインタビューで、まゆちゃんはそんなことを語っていた。

 

 ……周藤良太郎の背中を追うアイドルは、大勢いる。『魔王エンジェル』や『Jupiter』、天海春香ちゃんや星井美希ちゃん……公言しているアイドルの名前を挙げるだけでもキリがないが。

 

 きっと『純粋な憧れ』という点において、佐久間まゆちゃんの隣に並び立つアイドルはいないだろう。

 

 

 

『ったく……っと、そうだった。一つだけ恵美ちゃんに言いたいことがあったんだった』

 

『アタシにですか?』

 

 ひとしきり観客たちへの絡みを終えてトークに戻った良太郎君だが、彼に名指しされた恵美ちゃんが首を傾げた。

 

 そんな彼女に向けて良太郎君は右手の親指を立てると、ハッキリとこう言い切った。

 

『さっきは見事な泣きっぷりだったよ』

 

『それまた蒸し返すんですか!?』

 

 サッと顔が赤くなった恵美ちゃんに、観客たちが歓声を上げる。

 

『さっき裏で散々弄ったじゃないですかー!』

 

『いや、この歓声を聞くに改めてここで話題に上げて間違いじゃなかったと思うんだけど』

 

 良太郎さんの『可愛かったよねー?』という扇動に、観客たちの歓声はさらに大きくなった。赤面する恵美ちゃんと泣き顔の恵美ちゃんを思い出して興奮しているらしく、特に隣の亜利沙ちゃんはアイドルオタク筆頭として人間とは思えないような声で発狂していた。もう落ち着いてというのも疲れた。

 

『泣き虫で有名な恵美ちゃんのファンも、大満足な泣きっぷりだったんじゃない?』

 

『泣き虫で有名は不名誉だよ!?』

 

 ついには翔太君にさえ弄られ始める恵美ちゃん。

 

 そんな恵美ちゃんにトドメを指したのは、他ならぬユニットメンバーであるまゆちゃんだった。

 

『恵美ちゃん』

 

『もーまゆまでなにさぁ……』

 

 

 

『こうして憧れの良太郎さんと一緒のステージに立てることと同じぐらい……恵美ちゃんと一緒にアイドルユニットを組めて、私は幸せです』

 

 

 

『……う、ううぅ、う゛わ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ア゛タ゛シ゛も゛幸゛せ゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!!』

 

 

 

 多分マイクを付けていることも忘れて、恵美ちゃんはまゆちゃんに縋りつきながら大号泣を始めてしまった。これには観客たちの歓声の中にすら泣き声が混ざる始末。

 

 隣の亜利沙ちゃんも滂沱の涙を流しつつもステージの光景を一瞬たりとも見逃さないとばかりに目を見開いていた。正直怖い。

 

 

 

『ところでリョータローくん。ステージの上で女の子を泣かせてるっていうこの状況はどうなのかな?』

 

『めっちゃ可愛いって思いつつちょっとだけ罪悪感が湧いてきたから、打ち上げのときに甘いものでも用意しておいてあげようかと思う』

 

 恵美ちゃんの泣き声をBGMに、男子二人はそんな会話をしていた。

 

 

 

 

 

 

おまけ『センターステージ周辺の観客たち』

 

 

 

「あれ、765プロの松田亜利沙だよな?」

 

「寧ろあれだけ熱くアイドルについて語る女の子が松田亜利沙じゃなかったらどうしようかと」

 

「その松田亜利沙と親しげに話してるのは、多分川島瑞樹だよな?」

 

「確かインスタで『チケット当たった!』って言ってたから、そうだろうな」

 

「……そっとしておくのが、ファンのマナーだよな?」

 

「ファンも何も、あそこにいるのはただの同士でアイドルじゃないさ」

 

 

 




・川島さんと亜利沙
唯一の正規チケット入手組だったので、まとめさせてもらいました。

・「あああぁぁぁ! み、見ました!? 見ましたよね!?」
・ファン特有の勘違い
いや、6thナゴド二日目の牧野さんは間違いなく馬車の上からこっち見てたから()

・センターステージの真横
※もしかして:Episode22

・まゆちゃん・恵美ちゃん・翔太君
一人足りない? 次回をお待ちください。

・『純粋な憧れ』
佐久間まゆは『周藤良太郎を越えたい』という思いが一切ないにも関わらず、その他のアイドルに負けず劣らずの輝きを放つ。

・『……う、ううぅ、う゛わ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ア゛タ゛シ゛も゛幸゛せ゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!!』
『藤原竜也変換ツール』というものを活用してみました。
……使っておいてなんだけど、このツール需要あるのか……?

・おまけ『センターステージ周辺の観客たち』
モロバレ × 2



 第二ブロックの前のMCパートを、初めての川島さん視点でお送りしました。若干盛り上がりに欠けているような気がしないでもないですが、次回からまたステージが始まりますので頑張っていきます。

 ……しかしこの感謝祭ライブ編、年内に終わるのか……?


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Episode34 Like a water… 2

ライブの途中ですが、デレステ4周年おめでとうございまあああぁぁぁす!!


 

 

 

「あっはははっ! めぐちんメッチャ泣いてるー!」

 

 隣の席の未央がセンターステージでまゆさんに縋りつきながら泣いている恵美さんを見ながら笑っていた。当然それは馬鹿にするわけではなく、純粋に友人の愉快な姿が滑稽で笑っているのだろう。……どのみち失礼であることには変わらないとは思うが。

 

「普段からボロボロ泣いてるけど、まさか一曲目から大号泣とは思ってなかったなー」

 

「そういえば、未央は恵美ちゃんと仲いいんだっけ?」

 

 最後の良太郎さんの曲にやられて座ったままだった加蓮の質問に、未央は「うんっ」と目尻に涙を拭いながら頷いた。

 

「そもそも、私がアイドルになろうと思ったきっかけって、めぐちんとままゆとしほりんだからね」

 

「えっ、そうだったんですか?」

 

「初耳なんだけど」

 

「あれ? 言ってなかったっけ?」

 

 ユニットのリーダーからもたらされた新情報に、卯月と共に驚きを示す。

 

「聞いてないですよー」

 

()()()()のときに、三人が三人とも123プロのみんなと知り合いだったってことは知ったけど、その話は聞いてなかったよね」

 

 もっとも、そのときはそんなこと聞いてる場合じゃなかったっていうのもあるけど。

 

「えっとー、街でタピオカ飲みながら歩いてたら、めぐちんとぶつかっちゃって、服が濡れちゃったから着替えを用意するって言って楽屋に連れていかれてー……って感じ」

 

「え!? そのお話が掲載されたのは三年前だったっていうのに、タピオカ!?」

 

「三年後のタピオカブームを予期していた……!?」

 

「いや、そのときから既に流行ってたし……」

 

「お前ら、今の話で食いつくとこそこじゃねーだろ」

 

 お約束(メタネタ)で驚愕する卯月と加蓮に対し、未央と奈緒の冷静なツッコミが入った。

 

「そこで初めて『生のアイドル』っていうものを見て、興味が湧いたんだ。……だから、あのとき街中でめぐちんとぶつかってなかったら、もしかして私はアイドルになってなかったかもしれないなー」

 

 

 

「え、アナタ、アイドルなの!?」

 

 

 

「「「「「……え゛」」」」」

 

 突如後ろから聞こえてきたそんな声に、思わず五人の声が濁点で濁る。

 

 チラリと振り返ると、後ろの席のあずき色の髪のお姉さんが、キラキラと目を輝かせながら私たちのことを覗き込んでいた。

 

 私たちもアイドルの端くれ故に、身バレを防ぐための変装はしっかりとしている。そのおかげで、先ほども私のTシャツのことで話をした際も私たちがアイドルだということはバレなかった。

 

 しかし、先ほどの会話の中から『私たちがアイドルである』という文章をしっかりと聞き取ってしまったらしい。

 

(……ドーシヨウ)

 

 正直に言ってマズい状況だった。彼女が私たちのファンとは限らないが、それでも『私たちはアイドルである』という事実を周知されてしまうこと自体がよろしくない。

 

 もしかして「アイドルがいる!」と騒ぎたてるような子じゃないかもしれないが、そうじゃないかもしれない。そうなった場合、良太郎さんたちへ迷惑をかけないように即刻自主退場をしなければならなくなってしまう可能性もあるのだ。

 

 迷惑をかけてしまう申し訳なさ……というか、そもそもこの感謝祭ライブ現地参戦という千遇一財のチャンスを逃したくないという私欲の方が大きかった。

 

 だから、今私が取るべき行動は……!

 

 

 

「……ううん、言ってないよ」

 

((((盛大にしらを切ったー!?))))

 

 

 

「えー? 言ってたよー?」

 

「言ってないって。聞き間違いだよ」

 

((((そのままゴリ押す気だー!?))))

 

 

 

「うーん……特にそっちの良太郎君一色のお姉さん、なんかキラキラ眩しいオーラ(プレミアムカット)がある気がするんだよねー……」

 

 思わず「月末限定じゃなかったら私も輝くこと(プレミアムカット)出来るから!」と声を大にして主張したくなったが、グッと飲み込む。いきなり瞬きするなんてズルすぎると思う。

 

(なんか瞬きしただけで文句言われた気がする……)

 

 それでもまだ納得いってない様子の少女に、私は最後の言いくるめに出ることにする。

 

「それにさ、よく見てよ」

 

「え?」

 

 チラリと加蓮に目配せをする。彼女はライブが始まる前からずっと『周藤良太郎』グッズにその身を包んだ……どこからどう見ても完璧なアイドルオタクの姿。かく言う私も『周藤良太郎』のサインだらけのTシャツを着ているし、卯月も『天ヶ瀬冬馬』の法被という中々気合いの入った格好である。

 

「こんな見た目したアイドルが、いると思う?」

 

((((……割といる気がする))))

 

 自分で言っておいてなんだけど、多数の心当たりがあって「我ながら信憑性ないな」って思っちゃった。

 

 

 

「……それもそうだね!」

 

((((納得したー!?))))

 

 

 

 こうしてアイドルとしての身バレや、感謝祭ライブからの途中退出という危機から逃れることが出来たものの……なんとなく「いやそこはもうちょっと食い下がって欲しかった……」と考えてしまうのは、アイドルとしての贅沢だろうか。

 

 さて、かなりのピンチだったが、無事に乗り切ることが出来た。

 

(しっかし、すっげぇ良太郎さんみたいな手口だったな……)

 

(出会った頃のしぶりんは何処へ……いや、初期から割とこんな感じだったか)

 

 何故か奈緒と未央が遠い目をしていた。奈緒はともかく、この身バレの危機は未央が引き起こしたものなんだから、もうちょっと感謝してくれてもいいと思う。

 

 そんなやり取りをしながらもしっかりと耳を傾けていた良太郎さんたちのトークも終わりそうなので、視線をステージの上に戻す。

 

『よーし、そろそろ次のブロックに向かうぞー』

 

『みんなー! 準備は出来てるー!?』

 

 涙を拭った恵美さんの煽りに、観客たちは一斉に歓声を上げる。私たちも気持ちをトークパートからライブパートへと切り替える。

 

 先ほどはスタートダッシュを切るような勢いのあるブロックだったが、今度はどんなブロックになるのか……そんな楽しみに期待に胸を高鳴らせながら、その時を待つ。

 

 このまま四人揃って『次は……この曲だ!』みたいな曲振りをすると私は予想していたのだが、なにやら様子が違った。自分たちで観客たちを盛り上げておきながら、口元で「しーっ……」と人差し指を立てる。

 

 私を含めた観客たちは、そのジェスチャーに困惑しながらもざわつきを鎮めていく。

 

 会場が静かになったことを確認した四人は、そのまま囁くように次の曲名を告げた。

 

 

 

『『『『……「Last Kiss」』』』』

 

 

 

 わあああぁぁぁあああぁぁぁ!!!

 

 

 

 その曲名が告げられて曲のイントロが流れ始めた瞬間、まるで爆発するかのような歓声が響き渡った。静まり返っていた分、反動でより大きく聞こえたような気もしたが、これはきっとメインステージに現れた()()のアイドルに対する驚愕だろう。

 

 

 

『『そっと、聞き入る……』』

 

 

 

「おわあああ美優さん……と、えええぇぇぇ!?」「しほりんんんんんっ!?」「志保ちゃんがラスキス歌ってるうううぅぅぅ!?」「うわなにあの色気」「高校生の色気じゃない……」

 

 

 

 なんと『北沢志保』が『三船美優』と一緒に『Last Kiss』を歌っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

「おーすごい歓声」

 

 センターステージでのトークを終え、二人の曲の邪魔にならないようにそのままポップを利用してステージ下に引っ込むが、そこからでも大興奮した観客たちの歓声が大変よく聞こえてきた。

 

「美優さんの人気がすごいっていうのもありますけどぉ」

 

「今回は、それに加えて志保とのデュエットだもんねー」

 

「やっぱりそうだよね」

 

 まゆちゃんと恵美ちゃんの意見に俺も同意する。

 

 アイドル『三船美優』は123プロダクションの中では唯一の()()()()()()女性アイドルだ。インタビューなどで「キスの御経験は?」なんて聞かれようものならば顔を真っ赤にして言葉を詰まらせてしまう可愛らしい一面を見せつつも、いざステージの上に立つと大人の悲恋の曲をしっとりと歌い上げる様は、入社直後はただの事務員だったとは到底思えなかった。

 

 ……同じく事務員からアイドルになったこのみさんもそうだし、小鳥さんは言わずもがな。ちひろさんも意外と歌が上手いから、もしかしてアイドル事務所の事務員っていうのは総じて歌が上手かったりするのだろうか……?

 

 そんな美優さんの『Last Kiss』。これも志保ちゃん自らが「歌ってみたいです」と立候補したのだった。

 

 

 

 ――わ、私だって……お、大人の女性に憧れることぐらいあります。

 

 

 

 顔を赤らめてそんなことを言ったらしい志保ちゃん。勿論、彼女が素直に俺の前でこんな可愛らしいことを言ってくれるはずがないので、俺がいないところで軽い尋問を行った恵美ちゃんからのリークである。勿論、志保ちゃんは俺が恵美ちゃんから聞いているということを知らない。後でバラして着火する瞬間が楽しみだ。

 

「それじゃーお先に失礼しまーす」

 

「良太郎さぁん! 暖かいお飲み物を用意して待ってますねぇ!」

 

「それじゃ、コーヒーでお願い。一式用意してあるから、それ使ってくれていいよー」

 

「はぁい! まゆにお任せくださぁい!」

 

 レディファーストということで、メインステージ行きのトロッコに乗った恵美ちゃんとまゆちゃんを見送る。

 

 ヒラヒラと手を振って美少女二人が去っていくのを見送りながら、翔太が「それにしても」とこちらに振り返った。

 

「一式って言ったけど、もしかして何故か持ちこんでた私物の手動ミルのこと?」

 

「一応リラックスする手段の一つとして持ってきてるんだよ」

 

 これまでのライブでもたまに持ってきていたが、生憎それを使ってまでリラックスしたい場面に遭遇したことはなかった。

 

「へー、いつの間にかまゆちゃんも豆から挽けるようになってたんだ」

 

「さあ」

 

「……いや、さあって」

 

「出来るなら出来るで美少女アイドルが手ずから豆を挽いて淹れてくれたコーヒーを飲めるし、出来ないなら出来ないで涙目になってるまゆちゃんが見れる。それでいて俺は一切損をしない」

 

「……やっぱりリョータロー君、加虐趣味(エス)っていうよりは()()()()()だよね」

 

「自覚はある」

 

 翔太とそんなやり取りをしながら、迎えのトロッコが到着するまでステージの下から美優さんと志保ちゃんが歌う『Last Kiss』にじっくりと耳を傾けるのだった。

 

 

 




・「あれ? 言ってなかったっけ?」
(言ってなかったよね……?)

・「三年前だったっていうのに、タピオカ!?」
あれって結構前から流行ってたんだよね。

・「え、アナタ、アイドルなの!?」
珍しく身バレ危機。例のメガネしてないからね、仕方ないね。

・プレミアムカット
・いきなり瞬きするなんてズルすぎると思う。
15時になって更新して開いてマジでびっくりしたゾ……。
当然の権利のように楓さんと唯ちゃんは全部カットしました。

・美優さんと志保の『Last Kiss』
美優さんのソロ曲は志保とのデュエットになりました。
え? 志保にこの曲は早いんじゃないかって? 大丈夫大丈夫、デレマス編の時点でしほりん高校生だし。

・アイドル事務所の事務員
それASの頃からずっと言われてたから()



 次のブロックは若干しっとりめのセトリが続いていきます。盛り上がるかなぁ……?



『どうでもよくない小話』

 今日はデレステ4周年記念日! おめでとうございますありがとうございます!

 マジでこのアプリがこなかったら、アイ転も三章で終わってたんだろうなぁ……。

 これからもよろしくお願いします加蓮ちゃん引きたい!(最後に欲が出た)



 そして7th幕張公演初日だあああぁぁぁ!

 諸事情により初日だけのLV参加になりますが、皆さん楽しみましょう!


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Episode35 Like a water… 3

いやぁ、幕張公演よかったなぁ……(セクギャルサプライズで無事死亡)

それはさておき ト ラ ブ ル 発 生


 

 

 

『『最後のキス……』』

 

 

 

「『ライアー・ルージュ』では大人になりたい背伸びした女の子だった志保ちゃんが、こうして大人の恋愛の曲を歌うようになったんだなぁ……」

 

「リョータロー君って、基本的に親目線だよね」

 

「何せ実年齢は二十そこそこだけど、精神年齢的にはその二倍以上だからな」

 

「二分の一ではなく?」

 

 おうおう、誰が精神年齢男子中学生じゃい。

 

「僕としては志保ちゃんもそうだけど、美優さんがこれだけ大きな舞台の上で堂々と歌を披露できるようになったことが、感慨深いかな」

 

 翔太はそう言いつつ、天井しか見えないものの視線を美優さんたちがいるであろうメインステージに向ける。

 

「美優さんを事務員として紹介されたときの僕に『彼女は将来アイドルになって満員のドームのステージで堂々と歌う』って言っても、多分信じないと思う」

 

「俺はなんとなくそうなるような気がしてたけどな」

 

「それは、いつもの『アイドルとしての勘』?」

 

「それもあるけど……彼女はいずれボイスが実装される実力を秘めていると確信してた」

 

「……え、なに、初めて会ったときのリョータロー君には美優さんの声が聞こえてなかったの?」

 

 三章の冒頭に登場して、約一年後に声が付いたんだよなぁ……。

 

「真面目な話をすると、兄貴は最初からアイドルとしても起用する気満々だったらしい」

 

 事務員が欲しかったっていうのも本当だが、あくまでも事務所稼働直後だったから人手が足りなかったのであり、それも慣れれば二人でも十分に回ることが出来るようになる……と兄貴は考えていたようだ。

 

「それでも、美優さんの性格からするとアイドルになるとは思わないよ」

 

「それはまぁ、そうだな。それでも()()()()()()()()()()()()()()()()から『君にはアイドルとしての魅力がある』って口説かれたら、流石の美優さんも心動かされたってことなんだろ」

 

「ちょっと待って」

 

 そろそろ迎えのトロッコが戻ってくるかなーと首を伸ばして確認しようとすると、ガシッと翔太に肩を掴まれた。

 

「どうした?」

 

「いや、どうしたじゃなくて、そういうアイドルとしてはバラしちゃいけないことをサラッと言っちゃうの!? こんな誰が聞いてるか分かんないようなところで!?」

 

「大丈夫、お前以外誰も聞いてない」

 

「そんなわけないじゃん! 他にもスタッフの人が……いないし!?」

 

 いないことはないのだが、ライブ中故に色々とお仕事があるスタッフさんたちは俺たちの会話を聞いていられるほど暇ではなかった。

 

「ちなみに俺が勝手にそう考えてるだけであって、もしかしたら間違ってる可能性もあるから。信じるか信じないかは、お前次第だ」

 

「そんな取って付けたような補足をされても、既にそうとしか見れなくなっちゃうよ……」

 

 翔太が頭を抱えながら「あああ『Last Kiss』の歌詞がそういう意味に聞こえてくるううう社長と何かあったようにしか思えなくなってくるううう」と苦悩している内に、迎えのトロッコがメインステージから戻ってきた。

 

「あ、やっほー」

 

「おう、お疲れー」

 

 迎えのトロッコは無人ではなく、次の『秘密のトワレ』で登場するためにバックステージへ向かう志希が乗車していた。

 

「ん? 翔太はどーしたの?」

 

「知らなくてはいけないことを知ってしまったような気がしてるだけだから、放っておけば治るさ」

 

「ふーん?」

 

 よく分かっていなさそうだが、次の瞬間には興味を失ったらしい志希はそのままバックステージ行きのトロッコへと向かってしまった。

 

「頑張って来いよー」

 

「はいはーい」

 

 振り返ることなくヒラヒラと手を振る志希の姿がバックステージへと続く線路の向こうへと消えていった。

 

「さて、俺たちも戻るぞ。お前はこのブロックのトリでまた出番があるんだから、戻って準備があるだろ」

 

「分かってるよ……はぁ、僕はこれからこのモヤモヤを抱えたままステージに立たなくちゃいけないのか……」

 

 項垂れながら「これからどんな顔で美優さんの前に立てばいいんだ……」とぼやく翔太の背中をポンポンと叩きながら、俺たちはメインステージ下へと戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

「先ほどのMCで少々遅れが出ていますが、問題ありません。きっとこれも良太郎君の計算通りなのでしょうね」

 

「アイツは計算してるわけじゃないだろうけどな。……っ!?」

 

「先輩?」

 

「あ、いや……なんか、非常に俺の都合の悪いことが起こったような……」

 

「どうしたんですか、いきなり良太郎君みたいなことを言い出して」

 

「とりあえず一発引っ叩いとくか」

 

「流石に『とりあえず』で殴るのはいかがかと……」

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

「良太郎さあああぁぁぁん!!!」

 

 舞台裏に戻ってきた途端、涙目のまゆちゃんが飛び込んできた。どうやら流石のまゆちゃんでもミルを挽いてコーヒーを入れることが出来なかったらしい。

 

「まゆは、まゆは勉強不足でしたぁ……良太郎さんのことを考えて、コーヒーミルの使い方ぐらい覚えておくべきでしたぁ……!」

 

「大丈夫だよ、まゆちゃん。君のその気持ちだけで……」

 

「良太郎良太郎」

 

「ん?」

 

 しがみついてくるまゆちゃんの頭をポンポンと撫でていると、俺の肩がトントンと叩かれる。

 

 そして振り返った途端、ズドンと拳が俺の登頂部に突き刺さった。普通に痛い。

 

「自由を奪った状態で殴るなんて……!」

 

「自由が奪われてるのは、まゆちゃんを振りほどかないリョータロー君の自己責任では」

 

 いや、だってお腹にフニフニと柔らかいものが当たってて気持ちよくて……。

 

 それはさておき。

 

「何するんだよ兄貴」

 

 俺の頭に拳を振り下ろした下手人はやや疲れた様子の兄貴だった。今日は社長としてというよりはプロデューサーとして現場で働いているだけあって気苦労は多いのだろうが、だからといって頑張っているトップアイドルに暴力を振るうのは如何なものか。

 

「建前としては、冒頭からのお前の予定にない行動のせいで時間が若干押していることに対する制裁だ」

 

「本音は?」

 

「お前に何か不利益なことを言われた気がした」

 

 カーンデジファー様に唆された武史君でも、もうちょっとまともな理由を持ってくるぞ。

 

「社長、さっきセンターステージの下でリョータロー君が……」

 

「さぁまゆちゃん! 君には喫茶翠屋店主高町士郎氏直伝のコーヒー術を伝授しよう! これさえあれば豆から美味しいコーヒーを淹れることが出来るようになり、肩こりや眼精疲労ともおさらば! こんな僕でも彼女が――!」

 

「おっとまゆちゃん、そのまま良太郎を離さないように頼むよ」

 

「はぁい!」

 

 兄貴の言葉に従うように、俺の腰に回されていたまゆちゃんの腕の力が強まった。勿論まゆちゃん程度の腕力ならば振りほどくことは容易なのだが、俺が手荒なことをしないということを前提としたとても強力な拘束だった。これが『拘束のまゆ』……!

 

「というかまゆちゃん、次の志希の次の次が出番なんだから、そろそろ準備を」

 

「うふふふふふふふふふ」

 

「めっちゃいい笑顔!」

 

 なんの躊躇もなく俺に抱き着いているところ見ると、Lesson170で恵美ちゃんに「どーせ本当に抱きしめられたら顔を真っ赤にオーバーヒートして倒れるのが目に見えてるんだから、諦めなって」と言われていたときと比べて大分成長したらしい。

 

 先ほどのことが翔太の口から告げられるにつれて、段々と兄貴の纏う空気の温度が下がっていくのが分かる。

 

 とりあえずもう一発殴られることを覚悟しつつ、まゆちゃんの頭を撫でながらモニターで『秘密のトワレ』を披露し始めた志希を見守るのだった。

 

 

 

 

 

 

「……なんかまゆ、肌艶よくない?」

 

「うふふふふふふ」

 

 志希の次にステージに上った北斗さんの次は、アタシたち『Peach Fizz』の出番だ。

 

 メインステージで披露されている『ROMANTIC SHAKER』を聞きながら、センターステージの下でまゆと共に待機しているのだが……先ほど合流したまゆは、何故かとても機嫌が良かった。

 

「さっき良太郎さん成分をこれでもかっていうほど補充しましたから……」

 

「何があったの……」

 

 リョータローさんが持ってきていたミルを使うことが出来ずに涙目になっていたまゆが、一体この短時間で何があったというのか……。

 

「とりあえず絶好調なのはいいけど、これから本番だから切り替えてね?」

 

「ご安心を! 今のまゆならば世界を相手に戦えますよぉ!」

 

 このライブ自体がある意味で世界レベルの注目は浴びてると思うけど……。

 

 まぁ、まゆに限ってそんなミスをするとも思えないから、アタシの杞憂だろう。

 

「気合い入れていくよ、まゆ!」

 

「はぁい! この123プロのみんなの大舞台で、最高の『Peach Fizz』をお見せしましょうね!」

 

 

 

 

 

 

「ってて……いくら拳であんまりダメージが通らないからって、鈍器に手を出すのは流石にダメだろ」

 

「そう言いつつもポットで殴られて割とピンピンしてるお前が怖いよ……」

 

 冬馬はそう言ってドン引いているが、躊躇なくポットを振り切った兄貴の方がもっと怖いと思う。ギャグ時空だったから許されているものの、これがサスペンス時空だったら普通に事件現場である。

 

「サスペンス時空だと、高町一家はどういう立ち位置なんだろうな」

 

「出禁だろ」

 

 あの一家がいる状況で殺人事件はおろか傷害事件が起きるとは思えなかった。少なくとも仕掛けられたボウガンから放たれた矢ぐらいだったら間違いなく切り捨てると思う。

 

 さて、ステージの上を見守りたい気持ちを抑えて次のブロックで披露するギターの準備のために舞台裏の奥にまで引っ込んできた。

 

「……ん?」

 

 ギターホルダーを身に着けるために衣装を少々整えていると、腹部の辺りになにかがくっ付いているのに気が付いた。

 

「……イヤモニ?」

 

 それはステージに立って歌うアイドルの必需品、イヤホンモニターである。ぶっちゃけ俺とか一定のレベルになると必要ない場合もあるが、あると歌いやすさが段違いなのは確かである。

 

「あれ、俺のやつはさっき返したよな……」

 

 イヤモニやマイクといった音響機器は着替えや準備の際に落として紛失することを防ぐため、基本的にステージから降りる度に一度音響さんに返すことになっている。

 

 それが何故ここに……? というか、そもそも誰のだ……?

 

 

 

(……ん? ()()()()()にくっ付いてた……!?)

 

 

 

 あ、これヤベェ奴だ!?

 

 

 




・三章の冒頭に登場して、約一年後に声が付いた
最初声無し組として登場しつつ、今ではボイスが付いてるアイドルも増えたなぁ……。

・いくら既婚者とはいえ好きな男の人
( ´3`)~♪

・信じるか信じないかは、お前次第だ
都市伝説好きだけど、陰謀論的な奴は好きじゃない。

・「自由を奪った状態で殴るなんて……!」
ツイッターで流行ってた牛の漫画。ファブルパロの奴が好き。

・カーンデジファー様に唆された武史君
アカネちゃん、武史君の美少女化かと思ってたけど予想の斜め上の設定だった。

・『拘束のまゆ』
『グラッシー帝国』の大幹部。
きらりんロボはアニメ化してる設定にでもしようかしら。

・『ROMANTIC SHAKER』
伊集院北斗のソロ曲。たった一人でムンナイに立ち向かった男。

・高町一家は出禁
しかし、京極真という例があったな……。



 ついにトラブル発生です。元ネタは『拘束のまゆ』(6th名古屋二日目舞台裏話)だったりします。

 さぁ、彼らは無事に切り抜けられるか!?



『どうでもいい小話』

 幕張公演良かった……仕事の関係で二日目のLVに参加出来なかったのが悔やまれる……振り返り公演を楽しみにしてましょう。

 次は、再び地元名古屋だ!



『どうでもいい小話2』

 お迎え祈願短編書く前に加蓮が引けましたので、お迎え記念の短編をツイッターにて公開中です!

 そして続いてやって来た蘭子お迎え祈願短編も公開中なので、そちらもよろしくお願いします!


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Episode36 Like a water… 4

珍しい形で主人公が頑張るお話。


 

 

 

 まず初めに、イヤモニこと『イヤホンモニター』とはなんなのかという説明をもう少しだけちゃんとしておこう。

 

 そもそもパフォーマンス中のアイドルには、観客席側の人間が聞いている音は全くと言っていいほど聞こえていない。それはライブ会場に設置されたスピーカーなどの音響機器というのは、あくまでも()()()()()()()()()()()()()()配置されたものであり、そもそもステージの上に立っている人間が聞くことを想定されていないのだ。

 

 例え聞こえたとしてもそれは雑音が混じり、さらにスピーカーの配置によっては音のズレが発生する。音というのは意外に遅く、会場の反対側では聞こえるタイミングが全く違うことぐらいみんなも知っているだろう。

 

 そんなアイドルたちが自分たちの歌っている曲を聞くために付けるのが、イヤモニである。ここからは曲だけでなく、自分や他の演者の声が聞こえるようになっている。これのおかげで観客たちの歓声が怒号のように鳴り響いていたとしても、アイドルたちは曲のタイミングを間違えずに歌うことが出来るのだ。……いや、流石に怒号レベルはイヤモニ貫通して聞こえなくなるけど。

 

 さて、そんなイヤモニが俺の手元にある。俺のイヤモニではなく、これはまゆちゃんのイヤモニ。

 

 

 

 ……そう、()()()()()()()()()()()()()()が耳に付けていなければいけないものだ。

 

 

 

 

 

 

「……改めて、ありがとうございました、美優さん」

 

「いえ、こちらこそ……楽しいステージでした」

 

 額に汗を流しながらニコリと優しく微笑む美優さん。……私もいつか、美優さんのような大人の女性になれるだろうか。

 

 そんな感想を抱きながら、舞台裏に戻ってきた私たち。現在は北斗さんがステージに立っており、そのあとはいよいよ恵美さんとまゆさん(ピーチフィズ)の出番になる。アイドルでありつつ二人のファンでもある私としては、しっかりとモニターの前で彼女たちのステージを見たかった。

 

 なのでマイクとイヤモニを返したら早々にモニターのところまで戻ろうと思ったのだが。

 

「……ん?」

 

 何やら奥の方が騒がしかった。

 

 

 

 ――うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!

 

 

 

 というか、騒がしさがこちらに近付いてきていた。

 

 

 

 ――二人ともさっきのステージ良かったよぉぉぉ!!

 

 

 

 そして去っていった。

 

「……今の、良太郎君でしたよね……?」

 

「……そうですね、先ほどのステージで高揚したことにより二人揃って幻を見ていなければ間違いなく良太郎さんでしたね」

 

 感謝祭ライブ本番中に一体何をしているのだと思わず頭が痛くなるが……一体何があったのだろうか。あの無表情の良太郎さんが一目で()()()()()と察することが出来る状況というのが、少々気になった。

 

「だぁぁぁクソっ! 流石に追いつけねぇ!」

 

「冬馬さん……!?」

 

 そんな良太郎さんの後を追うかのように冬馬さんまで走ってくる。こちらは表情から焦燥感に駆られていることが一目で分かった。

 

「冬馬さん、何があったんですか?」

 

 あっという間に走り抜けていってしまった良太郎さんには声をかけることすら出来なかったが、冬馬さんには何とか話しかけることが出来た。

 

「佐久間のイヤモニが良太郎のところにあったんだよ!」

 

「「……えぇ!?」」

 

 そして聞かされた内容は、確かに焦るべきトラブルと呼べるものだった。

 

「こ、これってマズいですよね……!?」

 

「マズいと思います……!」

 

 冬馬さんの背中を見送りながら、まるで自分がミスを犯したときのように私の心臓は早鐘を打っていた。

 

 イヤモニというのは、私たちアイドルにとってはある種の生命線のようなものだ。ステージ上にてアカペラで完璧に歌を披露する良太郎さんや千早さんという例外はともかく、どれだけ練習を重ねて()()()曲を馴染ませたとしても、ドームという特殊な環境ではどうしてもタイミングがズレてしまう。

 

 いくらまゆさんが世間一般的にトップアイドルと呼ばれる存在だったとしても、イヤモニ無しでのステージはきっと難しいはずだ。それが分かっているからこそ、良太郎さんはそれを届けるため必死に走っていたのだろう。

 

「ま、間に合いますかね……?」

 

 心配そうに呟く美優さんだが……正直、厳しいと思う。

 

 既に北斗さんは()()()()()()()()、すぐにピーチフィズの出番になる。いくら良太郎さんは足が速いとはいえ、この舞台裏から花道の下を通りセンターステージで待機しているまゆさんのところまでイヤモニを届けるには流石に時間が足りない。

 

 せめてもうちょっとだけ時間があれば……。

 

 

 

『……ありがとう、子猫ちゃんたち』

 

 

 

「……え?」

 

 思わずステージの方向へ振り返る。歓声と共に聞こえてきた声は、間違いなくたった今曲を披露し終えたばかりの北斗さんの声だった。

 

『しー……だけど、少しだけ落ちついて』

 

 そんな北斗さんの声に聞こえていた歓声は徐々に収まっていくが……北斗さんは曲を終えたらそのままステージを降りる予定になっていて、MCを挟む予定はなかったはずだ。

 

「……まさかっ」

 

 私の頭に浮かんだのは『時間稼ぎ』という言葉だった。

 

 ステージの上の北斗さんは当然まゆさんがイヤモニを付け忘れたことなんて知る由もないだろう。けれど、そのイヤモニを使えば彼に尺を伸ばすように伝えることは出来る。……きっと走りながら、もしくはイヤモニ忘れに気付いた段階で良太郎さんが、スタッフから北斗さんへ伝えるように頼んだのだろう。

 

 しかしこれも、進行に支障をきたさない程度の僅かな時間しか稼げない。

 

 結局、まゆさんがイヤモニ無しでステージに立つかどうかは、良太郎さんの双肩……というか両足にかかってしまったようだ。

 

 

 

 

 

 

 123プロダクション感謝祭ライブで、ついにトラブルが発生してしまった。このトラブルを、トップアイドル『周藤良太郎』はどのようなアイディアで切り抜けるか……。

 

 

 

「はーいスタッフさん退いて退いてぇぇぇ!」

 

 アイディアなんて(そんなもん)待ってられるかあああぁぁぁ!

 

 

 

 いや、物語的にはここで俺がスマートな解決策を思いつく場面なんだろうけど、それよりも動いた方が早いという結論へ先に辿り着いてしまったため、イヤモニの存在に気付いた次の瞬間には既に走り出していた。

 

 そう! 結局フィジカル! ライブだろうがトリックだろうがなんだろうが、最終的に辿り着く場所はフィジカルなんだよ!

 

 走りながら途中のスタッフに、北斗さんへ『ほんの少しだけ時間を稼いでほしい』という伝言を任せつつ、まゆちゃんが恵美ちゃんと共に待機しているセンターステージへとひた走る。

 

 僅かに聞こえてくる北斗さんの声から察するにどうやら伝言はしっかりと伝わったようだが、これはあくまでも時間稼ぎだ。

 

 ……曲と曲の間に少しぐらい時間が空いてもいいんじゃないか、と言われてしまえばそこまでだ。間に合わなければ少しだけ『空白』が出来るだけだ。

 

 それでも……この苦労が無駄に終わろうとも、俺は()()()()()()()()()()()にどんなことでも全力を尽くす。

 

 

 

 何せこれは『俺たちを応援してくれているファンに対して感謝の気持ちを示すため』のライブなのだから。

 

 

 

「良太郎さん! トロッコに――!」

 

「危ないから却下!」

 

 先んじて連絡が届いていたスタッフが花道下のトロッコを用意してくれていたが、人力で動かすトロッコでスピードを出すと周囲が危険なので、それを飛び越し低姿勢のまま線路の上を駆け抜ける。勿論無理な姿勢でスピードは出ないが、それでも終点でトロッコの急ブレーキをかけるよりは安全だ。

 

 やがてセンターステージ下が徐々に見えてくると同時に、ポップアップで待機するまゆちゃんの姿を視界に捉えた。

 

「まゆちゃん!」

 

「っ!」

 

 俺の呼びかけに顔を上げたまゆちゃんは、表情に不安の色を浮かべて少しだけ泣きそうになっていた。イヤモニが無いことに気付いたのだろう。

 

「りょ、良太郎さん……!」

 

「そこ動かない!」

 

 腰を上げようとしたまゆちゃんを、少々心苦しいが強い言葉で押し留める。彼女にポップアップから降りてもらうより、俺がそこへ行って()()()()()()()()()

 

「二人ともすぐ出れるように準備!」

 

 すぐ隣のポップアップで待機していた恵美ちゃんにもそう声をかけると、俺はまゆちゃんのポップアップに飛び乗って彼女の耳へイヤモニを付ける。

 

「……良太郎さん、私……!」

 

「大丈夫」

 

 声が震えているまゆちゃんを安心させるように、俺も心を落ち着かせて出来るだけ優しい声色を意識する。

 

「君はもう、大丈夫」

 

「っ……はい」

 

 イヤモニを付け終えてポップアップから後ろ向きに飛び降りると、すぐにスタッフのカウントが始まった。どうやら音響のスタッフとタイミングを合わせておいてくれたらしい。

 

 カウントがゼロになると同時にまゆちゃんを乗せたポップアップは急上昇していき……最後にチラリと見えた彼女の顔は、いつもの本番前のそれに戻っていた。

 

 

 

『『今宵も、夢の中で秘密の口づけを……』』

 

 

 

 わあああぁぁぁあああぁぁぁ!!!

 

 

 

 『Peach Fizz』のデビュー曲にして代表曲『Secret cocktail』が始まると、観客たちのボルテージが本日何度目になるか分からない最高潮を迎える。

 

 聞こえてくる二人の歌声には動揺などは一切感じられなかった。彼女たちも一人前のトップアイドルゆえ、多少のハプニングならばステージの上に引きずることはない。

 

 今回のハプニングは、これにて一件落着といったところか。

 

 ……本当に――。

 

 

 

「――よ、良かっ……たっ……!」

 

「……りょ、良太郎さん? 大丈夫ですか……? 思いっきり後頭部打ってましたよね……?」

 

 

 

 急いでいたからとはいえ後ろに飛び降りた結果、足場の鉄パイプへ後頭部を強かに打ち付けたが……今のハプニングに比べると些細なことである。

 

 

 

 

 

 

 ……さて、俺も準備のために舞台裏へ戻らないとな。

 

 

 

 ――次のMCパートと言う名の()()()()()()が待っている。

 

 

 




・解決策『走る』
機転? そんなもんねぇよ! とにかく急ぐんだよ!

・結局フィジカル!
・ライブだろうがトリックだろうが
『犯人たちの事件簿』とかいう今イチオシのギャグ漫画。



 あとがきで話すネタ少ない……ある意味ギャグ展開なのに……。

 ちなみにまゆちゃんがステージ上で覚醒してアカペラ状態で歌いきるという展開もありましたが、ちょっと良太郎に頑張ってもらいたかったのでこちらになりました。

 さらにちなみに、今回のハプニングはデレ6th名古屋にて牧野さん(まゆの中の人)がステージに上がる直前にイヤモニを付け忘れたことに気付いたエピソードが元ネタだったりします。

 というわけで次回からは第三ブロックへ……行く前に。

 ミニコーナーという名のカオスの始まりやでぇ……!


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Episode37 Like a storm!?

トップアイドルの戯れ(序章)


 

 

 

「り゛ょ゛う゛た゛ろ゛う゛さ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ん゛」

 

 

 

「あーほらほら、泣かない泣かない」

 

 ステージを終え、舞台裏に戻ってきたまゆちゃんは大粒の涙を流していた。メイクが崩れないように目元の涙だけ軽く拭いてあげるが、これはどちらにせよメイク直しが必要だろう。

 

 というわけで、無事にまゆちゃんは恵美ちゃんと共にピーチフィズとしてのステージを成功させた。ステージの下から聞いていた分には、直前のトラブルによる動揺は一切なく、ちゃんと満点を上げることが出来るステージだった。俺も頑張ってイヤモニを届けてあげた甲斐があったってもんだよ。

 

「もーアタシまで焦っちゃったよー」

 

「ご心配をおかけしました……」

 

 グスグスと落ち込むまゆちゃんの頭を撫でながら「でも成功したんだから、落ち込まないの」と笑う恵美ちゃんのママみが強い。

 

「さ、まゆちゃんはメイクを直しておいで。恵美ちゃんはこの後のトークパートでステージに上がる準備しないと」

 

「分かりましたぁ……」

 

「はーい!」

 

「そのことなんですが」

 

「おや志保ちゃん」

 

 恵美ちゃんと共にステージに上る予定の志保ちゃんが背後から近付いてきていた。

 

「どうかしたの?」

 

「どうかしたの? ではなく、寧ろ()()()()()()()()()()なんですか?」

 

「……何のことだかワカンナイナー」

 

「逆に隠す気ないですよね」

 

 多分志保ちゃんはこの後の『ミニコーナー』のことを言っているのだろうけど、ここで喋ってしまっては()()()()()からね。

 

 しばらくジト目で俺のことを睨んでいた志保ちゃん(かわいい)は、それに効果がないことを悟り「……はぁぁぁっ」と分かりやすく深いため息を吐いた。

 

「もういいです。……少しは自重してくださいね」

 

「もーちょっと可愛らしくお願いしてくれたら考えようかな」

 

「あ゛?」

 

 可愛らしいどころか一体何処から出したのか分からないダミ声で返されてしまった。

 

 そのまま去っていく志保ちゃんの背中に手を振りながら見送りつつ……まゆちゃんに「さてと」と話しかける。

 

()()()()()? まゆちゃん」

 

「ぐすっ……お任せくださぁい!」

 

 

 

 

 

 

『『Happy×Happy Meating!』』

 

 

 

 きゃあああぁぁぁあああぁぁぁ!!!

 

 

 

 『Peach Fizz』に続いて登場した天ヶ瀬冬馬さんと御手洗翔太さんが披露する『HAPPY×HAPPYミーティング』に、観客たちが黄色い歓声を上げる。

 

 ……知名度や人気では勿論『周藤良太郎』が一番であることは揺るがないが、それでもどうして良太郎さんにはこういう感じの黄色い歓声が上がらないのだろうか。もしくは、上がっているけれどもそれ以上の普通の歓声で掻き消されているのかもしれない。

 

 

 

 そんな黄色い歓声に包まれている会場だが……私の隣に席に座っている『天ヶ瀬冬馬のファン』である卯月はどうだろうか。

 

 出会った当初はまだ普通のファンだった卯月だが、『例の一件』をきっかけに(未央曰く)少しだけその関係性が縮まったらしく、少しずつ()()が外れていた。勿論それは開演前に笑顔で見せてくれた『天ヶ瀬冬馬』の法被のことも含まれているが……こんなものは序の口である。

 

 世間一般向けのアイドル『島村卯月』のイメージならば、きっと冬馬さんの姿に見惚れつつも少々気恥ずかしそうに、それでいて必死にサイリウムを振っていることだろう。ついでに小さく「が、頑張れー!」とでも囁くような応援をしていれば、きっとみんなが描く島村卯月の姿としては満点だろう。

 

 ……それじゃあ、そろそろ現実の卯月の姿を見てみよう。

 

 

 

「きゃあああぁぁぁ!!! 冬馬さあああぁぁぁん!!!」

 

 

 

 ――そこには『天ヶ瀬冬馬』の(ファン)がいた。

 

 いや、他の本格的な(ファン)と比べてしまえば可愛いものなのだろうが、それでも「きゃーきゃー!」言いながらサイリウムやペンライトを全力で振っている姿はまさしく(ファン)と称しても問題ない姿だった。

 

 これには未央や奈緒は勿論、良太郎さんがいないことで落ち着いている加蓮すら若干引いていた。

 

 いや、これで歓声が「ぎゃあああぁぁぁ!」だったら取り返しがつかないだろうから、まだマシだと自分に言い聞かせる。

 

 ……いや、私は違うよ? 加蓮は怪しいかもしれないけど、私はここまでじゃないから。うん、大丈夫だから。

 

 

 

『みんな! ありがとなー!』

 

「……ふぅ」

 

 やがて曲が終わり、卯月も「一仕事終わった」と言わんばかりに満足そうな表情でハンカチを出して額の汗を拭った。

 

「今日も凄かったですね!」

 

「「「「………………」」」」

 

「ねっ!」

 

「「「「ア、ハイ」」」」

 

 多分いつもの笑顔だったと思うのだが、私たちは勝手に威圧されてしまった。

 

(なんというか、予想外の伏兵だったね……)

 

(凛と加蓮は知ってたけど、まさか卯月がここまでとは思ってなかった……)

 

 未央と奈緒がコソコソと話しているが、多分私と同じようなことを話しているんだと思う。

 

 

 

 

 

 

 冬馬さんと翔太君の曲が終わり、一度暗転したステージが再び明るくなった。どうやらここで一区切りだということを察した観客たちが自分の席に腰を下ろし始める。

 

 

 

「冬馬くうううぅぅぅん!」「しょうたあああぁぁぁん!」「こっち見てえええぇぇぇ!」「カッコいいいぃぃぃ!」

 

 

 

 しかし彼らの立つメインステージ付近の観客たちは中々座りそうになかった。人気トップアイドルが目の前にいるのだから、仕方がないことと言えば仕方がないことだろう。夢中になる彼女たちの気持ちは、少し私にも分かる。

 

 私も少し休憩をしようと座ったのだが、何故か真美が「おやおや〜?」とニヤニヤ笑った。

 

「はるるんも、負けないように気合を入れなきゃダメなんじゃないの〜?」

 

「え? ……うん、そうだよね! 冬馬さんも翔太くんも頑張ってるんだから!」

 

 今でこそ『123プロのファン』としてここに座っているが、私たちだって同じ『アイドル』なんだ。彼らに負けないように、私たちも頑張らないと!

 

「あ、いや、はるるん? マミはそーいうことを言いたかったんじゃないんだけど……」

 

「やめときなさい、真美ちゃん。最初に通じなかった段階で貴女の負けよ」

 

 何やらこのみさんにポンと肩を叩かれた真美がガックリと項垂れていた。

 

『ありがとー。でもそろそろ落ち着いてねー』

 

『オラ、ただでさえ長丁場なんだから少しでも休憩しろ』

 

 二人がそう呼びかけたことで、メインステージ付近の観客たちもようやく腰を下ろした。

 

『やぁ、お疲れ様、二人とも』

 

『お疲れ様でーす!』

 

 そのタイミングを見計らっていたように、メインステージにアイドルたちが姿を表した。北斗さんに恵ちゃん、志保ちゃんと美優さんと志希ちゃん。……良太郎さんとまゆちゃんの姿だけなかったが、きっと次の曲のための準備だろう。

 

『というわけで、美優さんと志保の「Last Kiss」から始まって、志希の「秘密のトワレ」、北斗さんの「ROMANTIC SHAKER」、アタシとまゆの「Secret cocktail」、冬馬さんと翔太君の「HAPPY×HAPPYミーティング」と続いたブロックでした!』

 

『「ROMANTIC SHAKER」からの「Secret cocktail」は、個人的に凄いと思った繫ぎでした……』

 

 志保ちゃんのその感想に同意するように、観客たちから歓声と拍手が巻き起こる。

 

『えへへ、アリガトー!』

 

『ありがとう。俺としても、レディ二人にいいバトンを渡すことが出来て良かったよ』

 

『僕としては、トップバッターの「Last Kiss」が凄かったと思うんだよね』

 

『それアタシも思った!』

 

 翔太君の言葉に、恵美ちゃんと共に観客たちも同意の歓声を上げる。その歓声を受けて、歌った美優さんと志保ちゃんが恥ずかしそうに体を揺する。

 

 そんな風に先ほどのブロックの曲の感想を話していた皆さんだが、冬馬さんが『……さて』と切り出したことで会話の流れが変わる。

 

『こうしてさっきのブロックの感想を言い合ってるわけなんだが……問題はこの後なんだよ』

 

 内心で「この後?」と首を傾げる。その疑問に答えてくれたのは、苦笑している翔太君だった。

 

『こういうライブっていうのは、一応台本が用意されてるんだけど……えーっと、スタッフさん? アレ映してもらっていい?』

 

 そう言いながら翔太君がチョイチョイと指で空に向かって指示を出すような仕草をすると、メインステージの大型スクリーンの画像が切り替わった。

 

 そこに映し出されていたのは、先ほどチラリと会話で触れた今日のライブのための台本のとあるページなのだが……。

 

 

 

『見てコレ。「ミニコーナー」の一言だけで、詳しい説明何も書いてないんだよ』

 

 

 

 ……頭を過ったのは、勿論彼だった。

 

 それが過ったのは私だけじゃないようで、現に冬馬さんは普段のライブでは見せないようなしかめっ面を晒しているし、志保ちゃんもこれでもかというほど眉間に皺を寄せていた。志希ちゃんだけは普段と変わらない表情で、他の面々は苦笑いだ。

 

『いやぁ、なんというか……恐怖でしかないよね』

 

『一体あの人は、こんな大舞台で何をやらかすつもりなんでしょうか……』

 

 ふぅ……と重いため息を吐く志保ちゃんは、既に()()()()()()何かをやらかすつもりだと断定していた。この会場には私を含め多くのアイドルが観に来ているだろうが……きっと彼女の言葉に心の中で深く頷いている人は私だけじゃないはずだ。

 

 とにかく、これで今ここに彼がいない理由はなんとなく察することが出来た。後はどれだけ被害が広がるのか……。

 

「……ん?」

 

 そんな不安を余所に、BGMが流れ始めた。

 

『……おい、なんか「帝○のマーチ」流れ始めたぞ』

 

『この時点で誰が何をしようとしてるのか大体分かるところがアレだよね』

 

 ざわつき始める観客たちとは対照的に、ステージ上のアイドルたちは「あぁ、始まったか……」みたいな達観的な目をしているのが印象的だった。私も観客席ではなくステージの上にいたら同じ目をしている自信がある。

 

 さて、何処から()が登場するのかと視線を彷徨わせると……メインステージの大型スクリーンが上へと持ち上がっていき――。

 

 

 

 ――玉座に座る『周藤良太郎』が姿を現した。

 

 

 

 その傍らには、多分従者的な役割なのであろうまゆちゃんが控えている。

 

 どうやら今からミニコーナーとやらが始まるのは決定的に明らかで……観客席の私に出来ることは、ステージ上の彼ら彼女らの無事を祈ることだけだった。

 

 

 




・ジト目で俺のことを睨んでいた志保ちゃん(かわいい)
笑顔も勿論可愛いけど、しほりんはこういう表情の方が似合うと思うんだよ(歪んだ性癖)

・『HAPPY×HAPPYミーティング』
冬馬のソロ曲。
主にアニマスでのイメージが強い自分は、初めて聞いた時「おぉ冬馬ってこういう曲歌んだ」とちょっとだけ驚いた。

・『天ヶ瀬冬馬』の女
いつから壊れているのは凛と加蓮だけだと錯覚していた……?

・「冬馬さんも翔太君も頑張ってるんだから!」
一方こちらは正統派ムーブを決めていた。

・「帝○のマーチ」
基本的に誰かが何かをやらかすときにはこれを流しておけばいいという風潮。



 さて、久しぶりにはっちゃけましょうか(基本的にいつもはっちゃけているのでは? というマジレスは無しの方向で)


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Episode38 Like a storm!? 2

王様の戯れ……おや?


 

 

 

(ベタだなぁ……)

 

 有名なSF映画のBGMであるところの『帝○のマーチ』と共に姿を現した周藤良太郎さんの姿を見た瞬間、杏の胸中に浮かんだのはそんな言葉だった。いやまぁ、このシチュエーションがこんなにも合うアイドルがどれだけいるのかという話であるが。それこそ、かの有名な『日高舞』ぐらいじゃないだろうか。

 

 そんなベタなシチュエーションで登場した良太郎さん。最初のブロックで『Dangerous DEAD LiON』を披露した際に脱ぎ捨てたマントを再び身に纏っていて、足を組みながらテンプレートな玉座に腰かけている。手すりに肘を置いて頬杖をついている様は、まさしく『王様』。……何処かで見たことある気がしたけど、これ『Muscle Castle』だ。

 

「きゃあああぁぁぁ!」

 

「良太郎さあああぁぁぁん!」

 

「リョウ君カッコいいよー!」

 

 観客たちはそんな王様ムーブをする良太郎さんに盛り上がっているし、杏の前の三人も例に漏れず盛り上がっていた。

 

「きゃあああぁぁぁ!」

 

 そして杏の後ろからは同じような美波ちゃんの声も聞こえてきている。彼女も最初の頃と比べると随分と丸くなったものである。良太郎さんにあまりいい顔をしてなかった頃が嘘のようである。いや、美波ちゃんは元々……。

 

『おい良太郎、これは一体何の茶番――』

 

 

 

『無礼者! こちらにおわすお方をどなたと心得る!』

 

 

 

『――お、おう』

 

 呆れ顔の天ヶ瀬さんが良太郎さんに話しかけた瞬間、良太郎さんの隣に従者よろしく控えていた佐久間さんがクワッと目を見開きながら一喝した。普段の天ヶ瀬さんならばきっと言い返している場面だとは思うが、あまりにも意表を突かれたらしく困惑していた。

 

『恐れ多くも日本のアイドルの頂点に立たれる覇王! 周藤良太郎様にあらせられるぞ!』

 

 何か佐久間さんが格さんみたいなことを言い出した。

 

『皆のもの、頭が高い……控えおろう!』

 

『いえ、まゆさん……いきなりそんなこと言われましても――』

 

 

 

 ははあああぁぁぁ!!!

 

 

 

 恐らく今後の人生でも約五万人の人間による一斉の『ははぁ』を見る機会はないと思う。勿論杏はやってないから会場の様子がよく分かるんだけど、随分と異様な光景が広がっていた。すごい一体感を感じる。今までにない何か熱い一体感を。

 

 そしてチラホラと見える杏と同じように頭を下げていない観客。流石にアレルギー持ちは会場にいないだろうし、きっと抗体持ちだろう。

 

『……そうですよね、皆さんならやりますよね……』

 

 これにはステージ上の北沢さんも思わず呆れたように溜息。天ヶ瀬さんも同じような表情で、他のメンバーは曖昧な笑みを浮かべているだけだった。

 

『………………』

 

 そして良太郎さんも王様のように厳かに右手を挙げる。多分『面を上げよ』的な意味なんだと思うんだけど、勿論頭を下げている観客たちには見えていない。

 

『……面を上げよ』

 

 なんとなくこの微妙に締まらない感が『周藤良太郎』というよりは良太郎さんって感じだった。

 

『……それで? これは一体なんの――』

 

『無礼者! 口を慎みなさい!』

 

『――話が進まねぇ……』

 

 天ヶ瀬さんが言葉を発しようとするたびに遮る佐久間さん。こちらはこちらで王様の忠臣ムーブなのだろうが、普段からの天ヶ瀬さんへの当たりの強さが見え隠れしている。

 

『王よ』

 

 すると伊集院さんが胸に手を当てながら片膝を突いた。

 

『卑賎なる我々に、どうか王の意向をお聞かせ願えないだろうか』

 

 同じようにスッと膝を突いて頭を下げる御手洗さんと所さん。この辺りはノリが良いメンバーが真っ先に動き、それに続く形で他のメンバーも困惑しつつ膝を突いた。天ヶ瀬さんと北沢さんが最後まで渋っていったが、所さんに『時間押してるから』と言われて嫌々頭を下げていた。

 

 そしてセンターステージ上のアイドル全員が頭を下げ、ついでに一部の観客たちも再び頭を下げるという異様な光景第二弾が眼下に広がる中、ゆっくりと良太郎さんが口を開いた。

 

 

 

『……この王様ムーブ、そろそろやめていい?』

 

 

 

『『『だあああぁぁぁ!?』』』

 

 天ヶ瀬さん・御手洗さん・所さんの三人が盛大にずっこけた。正直杏も力が抜けて椅子から滑り落ちそうになったし、実際に滑り落ちている観客も何人かいるようである。

 

『ここまで乗ってやったんだから、最後まで貫き通せよ!』

 

『いや、口数少なくなるからテンポ悪くなるんだよ』

 

 良太郎さんは『はーい終了ー!』とパンパンと手を叩くと、ずっこけていたメンバーも苦笑しつつ立ち上がった。ほとんどの観客は少々面食らっているかもしれないが、普段の良太郎さんを知っている面々からしてみたら謎の安心感を覚えてしまった。

 

『まゆちゃんも付き合ってくれてありがとうね』

 

『いえいえ。あれ一度やってみたかったんですよぉ。控えおろうって』

 

 先ほどとはうって変わってほにゃりとした笑みになる佐久間さん。多分彼女のテンションが上がっているのは、良太郎さんの従者という役柄を演じることが出来たからというのもあるだろう。……従者というか崇拝者に近い気もするけど。

 

『はぁ……今の茶番でも十分タイムロスしてるんだから、さっさと進めろ』

 

 杏も天ヶ瀬さんと同意見だった。

 

『まゆちゃん、説明よろしく!』

 

『はぁい! 皆さんには今から「ミニゲーム」をしていただきまぁす』

 

 良太郎さんがパチンと指を鳴らすと、佐久間さんは右手を掲げながらそう告げた。

 

『ミニゲーム?』

 

『はぁい! いくつかのミニゲームで皆さんに勝敗を争っていただき、()()()()()()()()()()方には罰ゲームを受けていただきまぁす!』

 

『うげ……』

 

 ますます『Muscle Castle』染みてきた。

 

『さぁ、罰ゲームが嫌なら他者を蹴落とし勝ち上がれ! 俺たちは同じ事務所の仲間だが、今この瞬間は敵同士となるのだ!』

 

 やめると言いつつ堂の入った王様ムーブである。どちらかというと『他人のデスゲームを眺めて楽しんでいる権力者』ムーブと言った方が近いかもしれない。

 

『っていうか、そのミニゲーム、リョータロー君はやらないの?』

 

『俺はホラ、王様ポジションだから』

 

『なにそれずっこい!』

 

『横暴だー!』

 

『あ~聞こえんな!』

 

 御手洗さんと一ノ瀬さんの抗議の声も何処吹く風で聞き流す良太郎さん。しかしそんな余裕の態度も、気不味そうな佐久間さんの一言によって崩れ去る羽目になる。

 

『え、えっと……それがですね……』

 

『ん?』

 

 

 

『……良太郎さんは、最後の一人の方と争っていただくことになるそうです』

 

 

 

『……え!?』

 

 今の驚きの声の高さから察するに、どうやら良太郎さんも知らなかったらしい。

 

『それで俺が負けた場合はどうなるの?』

 

『……罰ゲームです』

 

『逆シード!?』

 

『ごめんなさい! 社長から「黙っているように」と頼まれていまして……!』

 

『あんにゃろう……』

 

 まさかの忠臣からの裏切りである。これには天ヶ瀬さんもニッコリ。寧ろ良太郎さんを指差しながら『ざwまwぁw』と爆笑していた。

 

「まゆちゃんでも、良太郎さんを騙すようなことするんだ……」

 

 後ろの席の天海さんが驚いているように、どうやらこれはかなり珍しいことらしかった。

 

『はぁ……決まったものは仕方ない』

 

『その、勿論まゆもミニゲームには参加しますので……』

 

『大丈夫』

 

 良太郎さんは『気にしてないよ』とヒラヒラ手を振り、足を組みかえながら『それに』と言って再び王様ムーブをしつつ頬杖を突いた。

 

 

 

()()()()()()()の話だろ?』

 

 

 

『……っ!』

 

 そのたった一言で、会場全体が息を飲んだのを感じた。

 

 これまでで一番王様っぽい……というより彼の二つ名である『覇王』らしい言動だった。そのたった一言の中に『絶対に負けない』という、これまでアイドルの頂点に立ち続けている『正真正銘のトップアイドル』としての絶対の自信に満ち溢れていた。

 

『はい! それじゃあ始めていこうか! ……進行は予定通りまゆちゃん?』

 

 ――いえ、ここからは私がさせていただきます。

 

 良太郎さんの疑問に応えたのは、天からの声だった。ステージ上にいるアイドルではなく、そして開演前の諸注意でも聞いた声に会場がざわつく。

 

 ――皆さん、改めて自己紹介させていただきます。

 

 ――123プロダクションプロデューサーの和久井留美と申します。

 

 どうやらアイドルではないスタッフが進行するようだ。

 

 ――それでは『ミニゲーム』の説明をさせていただきますので、皆さんメインステージへとお集まりください。

 

 和久井さんの言葉に、センターステージにいたアイドルたちが花道を通ってメインステージに集まる。その間に良太郎さんが座っていた玉座が撤収され、約五分天下は幕を閉じた。

 

『ざまぁ』

 

『自分だけ楽しようとした罰だよ』

 

『うっせぇ』

 

 良太郎さんの腕を軽く小突く天ヶ瀬さんと御手洗さん。少々男子高校生のような子どもっぽいやり取りに、会場のお姉様方が色めきだった。

 

『私たちは一体何をさせられるんでしょうか……』

 

『でも、これでこのミニコーナーと罰ゲームはちゃんと社長や留美さんの審査を通ったということですから、よっぽど酷いことではないということが保証されました』

 

『そーそー! こーいうのは開き直って楽しんだ方がいいってー!』

 

 不安がり若干顔色が悪い美優さんの背中に軽く手を添える志保ちゃんと肩をポンポンと叩く恵美ちゃん。こちらはこちらで女性陣の絡みに会場が湧き上がる。

 

 ――さて、皆さん集まりましたね?

 

『はーいセンセー! 集まりましたー!』

 

 代表して良太郎さんがそう応えると、天の声さんはコホンと咳ばらいを一つ。

 

 

 

 ――アイドルの諸君! ニューヨークへ行きたいかー!

 

 

 

『アンタまでボケたら収拾つかねぇんだよおおおぉぉぉ!?』

 

 冬馬さんの全力のツッコミと共に、波乱のミニゲームコーナーが幕を開けたのだった。

 

 

 




・かの有名な『日高舞』ぐらいじゃないだろうか。
番外編ではこのBGMでラジオに突入してたりする。

・『無礼者! こちらにおわすお方をどなたと心得る!』
感想だとジオウムーブを期待されていたけど、王道を行く水戸黄門ムーブ。

・約五万人の人間による一斉の『ははぁ』
我々は約五万人による正拳突きは見ているはず。

・すごい一体感を感じる。今までにない何か熱い一体感を。
AA略

・……従者というか崇拝者に近い気もするけど。
杏は確信に迫る。

・『まゆちゃん、説明よろしく!』
「シズ! 説明よろしく!」

・『逆シード!?』
良太郎の戯れ? 残念! そうはいかないんだなぁ!(ゲス顔)

・ニューヨークへ行きたいかー!
たぶん世代的に留美さんも直撃はしてないと思う。



 というわけで定番のミニゲームタイムです。そして一人王様ムーブで高みの見物をしようとしていた良太郎も、同じ土俵どころか不利な状況に陥る羽目に。

 さぁ、ゲーム開始!



『どうでもいい小話』

 ついにバンドリに手を出した作者。アニメ全話および劇場版視聴完了。

 ……ロゼとかRASとか出したいなぁ……(私欲による願望)


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Episode39 Like a storm!? 3

話が進まないのは、別に遅延戦術じゃないよ?(目逸らし)


 

 

 

「まさかミニゲームコーナーが始まるとは思わなかったわ……」

 

 若干呆れたような口調のこのみさんに、私は思わず苦笑してしまう。

 

「あはは……私としては、良太郎さんたちらしいなって思います」

 

「……そうなの?」

 

「はい」

 

 765シアターが完成した頃からお互いに忙しくなってしまったため、123プロとの交流は少々減ってしまったが……それなりに長く付き合いがある私たちにとっては、良太郎さんは悪戯好きのお兄さんというイメージが強かった。

 

 まぁ、今回はさらにそのお兄さんである幸太郎さんにしてやられてしまった形になるみたいだが。普段は表立って行動しないだけで、やはり『周藤良太郎の兄』というのは伊達じゃないようである。

 

 ――さて、それでは早速第一のミニゲームを始めたいと思います。

 

 ――最初の参加者は『Jupiter』のお三方です。

 

 ――三人とも、前へどうぞ。

 

『俺たちか……』

 

 留美さんに名前を呼ばれて前に出るジュピターの三人に、会場から黄色い声が上がる。

 

『一体どんなゲームだろうね』

 

『ここまで来たからには、楽しまないとね!』

 

 嫌そうな表情をする冬馬さんに対し、北斗さんと翔太君はそれなりに楽しそうな表情をしていた。

 

 ――それではミニゲームの紹介をする前に。

 

 ――少々、123プロダクションについての説明をさせていただきます。

 

『なにゆえ!?』

 

 ――私たち123プロダクションは皆さんご存知のように、フリーアイドルとして活動していた『周藤良太郎』が、兄でありプロデューサーでもある『周藤幸太郎』と一緒に立ち上げたアイドル事務所です。

 

 冬馬さんのツッコミと会場の困惑を余所に、留美さんは説明を続ける。

 

 ――他の事務所と比べてしまうと歴史は浅いですが、ファンの皆様のお力添えにより、こうして感謝祭ライブとしてドーム公演をするまでに成長しました。

 

 ――改めて、皆さまありがとうございます。

 

 その留美さんの感謝の言葉に、会場からは拍手が巻き起こった。

 

 確かに123プロダクションの成長速度は他の追随を許さない。まぁ立ち上げた段階で所属アイドルが日本で一番のアイドルなのだから当然と言ってしまえば当然だが……それを抜きに考えたとしても、やはりそこは敏腕プロデューサー兼社長である周藤幸太郎氏の力があってこそなのだろう。

 

 しかし、何故留美さんは突然そんなことを言い出したのだろうか。

 

 ――そして歴史は浅いですが、それでも既に()()()()()()()()()と呼んでも差し支えの無い『レッスン』が存在します。

 

(……ん? ()()()()?)

 

 引っ掛かりを覚える一言だった。このみさんやあずささんは何も感じていなさそうだが、前の席に座る美希と真美、そして可奈ちゃんの肩がピクリと動いたので、どうやらそれを感じたのは私だけではないようだった。

 

 私の脳裏に過ったそれは……私たち765プロのみんなが良太郎さんと出会ったばかりの頃、初めて良太郎さんと一緒にレッスンをしたときの()()

 

 しかし、こんな大きなライブの最中に()()はないだろうと頭を振った私だが……。

 

 

 

 ――その名も『ランニングボイスレッスン』です。

 

 

 

(やっぱりだあああぁぁぁ!!??)

 

 ……留美さんが告げたそれは間違いなく私が思い出してしまったそれで、かつて良太郎さんと一緒にレッスンをさせてもらった際に、765プロのみんなの体力を根こそぎ奪っていった悪夢のようなレッスンである。

 

「ランニング……?」

 

「ボイスレッスン……?」

 

「あわわわわ……!?」

 

 なんのことか分からず首を傾げるあずささんとこのみさんに対して、可奈ちゃんはそれを理解したらしく顔を青褪めて震えていた。

 

「可奈ちゃんも体験済み……?」

 

「は、はい……その、アリーナライブ前に、私のダイエットを兼ねたバックダンサー組のレッスンで……」

 

 数年越しに、あのときの可奈ちゃんから送られてきた『リョウタロウサンノレッスンヤバイ』というメッセージの原因が判明した瞬間だった。彼女のダイエットも目的の一つだったとはいえ、アイドル候補生たちにあれをやらせるとは……いや、あれを体験した頃はまだ私たちも似たようなものだったかな。

 

 そのレッスン内容は単純明快、ただルームランナーの上で走りながら歌を歌うというもの。ダンスをしながら声を出すアイドルである私たちに必要とされる技能を鍛えるレッスンである……と言えば聞こえは良いが、その実態はただただ純粋にキツいのだ。

 

「春香ちゃんたちは知ってるの?」

 

 あずささんが頬に手を当てながら尋ねてくる。そういえば初めて良太郎さんとレッスンしたときは伊織や亜美と一緒に『竜宮小町』の仕事で参加出来なかったんだっけ。懐かしいなぁ……。

 

「は、春香ちゃんが遠い目をしてる……」

 

「とりあえず、彼らにとっては楽しいミニゲームにはなりそうにないということだけは分かったわ」

 

 ――123プロのアイドルの皆さんは当然ご存じでしょうが。

 

 ――これは文字通り、ただひたすら走り続けながら歌を歌うというレッスンです。

 

 ――ジュピターのお三方には、今からこれを行ってもらいます。

 

『ちょっと待てえええぇぇぇ!』

 

 冬馬さん全力のツッコミが会場に響く。まるで芸人のようなリアクションをする『天ヶ瀬冬馬』の姿に若干観客たちがざわつくが、そんなことお構いなしに冬馬さんは天井を見上げて姿の見えない留美さんに向かって声を荒げる。

 

『こんだけおっきいライブの最中に、こんなクソ疲れることやれってか!?』

 

『流石にこれは……』

 

『マジで……?』

 

 冬馬さんだけじゃなく、北斗さんと翔太さんも若干引いている様子だった。

 

『いやいや、そこまで大げさに言うこともないだろ』

 

『体力お化けは黙ってろっ!』

 

 無表情も合わせて本当に顔色一つ変えずにこれをこなせるアイドルは貴方だけです、良太郎さん。……アイドル以外なら恭也さんとか、なんなら美由希ちゃんも出来るんだろうなぁ。

 

「その……確かに辛いとは思うんですけど……」

 

「あのジュピターのお三方の嫌がり方は、少し普通じゃないような……?」

 

 後ろからそんな声が聞こえてきた。

 

「……あのね、かな子ちゃん、美波ちゃん……多分二人とも、かるーく流すぐらいのスピードで走りながら歌うことを想像してると思うんだけど」

 

「……ち、違うんですか?」

 

「うん」

 

 あの頃と比べると私も体力が付いたという自信はある。しかしながらもう一度アレを乗り越える自信は未だに持ち合わせていない。

 

 軽いジョグ程度のスピードならば、平常時と同じぐらいの声量で歌うことは出来るだろうが……。

 

「良太郎さん自身も『ジョグ程度のスピードで』って言うんだけど……良太郎さん換算のジョグっていうのは私たちにとってはかなりのハイペースなの」

 

 走るだけならば余裕だが、それに加えて全力で歌うとなるとギリギリでアウトなスピード。ハッキリ言って良太郎さんぐらいしかこなせそうにないそれを「大丈夫みんなも出来る出来る!」といったテンションで要求してくるのだ。

 

 ……でもそれは、無茶ぶりじゃなくて()()。私たちならばきっと辿り着いてくれるという期待なのだと、私は思う。

 

「あと疲れて息も絶え絶えな女の子がセクシーだからっていう理由もあると思いますよー」

 

 元クラスメイトである鷹富士さんの無慈悲な一刀両断は、今は少しだけ聞き流させてもらうことにする。私だってそれは考えないようにしてたのに!

 

『……ほんっと、アタシたちはコッチじゃなくて良かったよ……!』

 

『間一髪でしたねぇ……』

 

『心底ホッとしてます……』

 

『ですね……』

 

『にゃはは、日頃の行いが良かったかなー?』

 

 あからさまに嫌そうな顔をするジュピターの一方で、女性陣はあれをやらなくて済むと胸を撫で下ろしていた。

 

 そんなアイドルたちのリアクションを余所に、ステージの上にランニングマシーンが並べられて着々と準備が進んでいる。

 

 ――普段皆さんはこれをレッスンとしてこなしているわけですが。

 

『正直こなせているかどうかは怪しいけどな』

 

 ――ミニゲームである以上、ルールを設定させていただきます。

 

 ――今回、お三方には『恩 Your Mark』を歌いながら走っていただきます。

 

 ――走るスピードと声量には基準値を設定させていただき、双方が基準値を上回っていた時間を計測します。

 

 ――そして計測した時間が一番短かった方が敗者となります。

 

 気付けばジュピターの三人は先ほどとは別のヘッドセットマイクをスタッフの手により装備させられていた。

 

『まぁ、ルールは簡単なんだけど』

 

『なんだろーね、漫画とか映画でよくあるデスゲームみたいなルールだよね』

 

『和久井さん、これ大丈夫だよな? 基準を下回ったら電流が流れるとかないよな?』

 

 ――企画段階で良太郎君が提案したらしいですが、却下されています。

 

『オイコラ良太郎っ!』

 

『やっほー見切れ席のみんなー。楽しんでるー?』

 

『自分は参加しねぇからってちょっとはこっちに興味もてやぁ!?』

 

 いつの間にかメインステージの脇に移動していた良太郎さんは、ステージの上から身を乗り出して見切れ席を見上げながらブンブンと手を振っていた。見切れ席という直接出演者を見る機会に恵まれない席にいた観客たちは、突然の『周藤良太郎』からのファンサービスに歓喜の声を上げている。

 

 その後『あっ、アタシもアタシもー』『私もご一緒しまぁす』と良太郎さんや志希ちゃんの次ぐらいに自由な恵美ちゃんとまゆちゃんも反対側の見切れ席へとファンサービスに行くなど、準備をしている間は若干自由な時間が流れた。

 

 冬馬さんたち的にはこの時間が長引けばいいと思っているのだろうが……残念ながらタイムスケジュールが存在している以上、それはあり得なかった。

 

 ――それではお三方、準備はよろしいですか?

 

『よろしくないです』

 

 ――準備出来たということで、早速初めて行きましょう。

 

『聞く気ないなら聞かねぇでもらえますか!?』

 

 何度目か分からない冬馬さんのツッコミもむなしく、無情にもそれは始まってしまうのだった。

 

 

 

 ――『ランニングボイスレッスン』スタートです。

 

 

 




・765シアターが完成した頃からお互いに忙しくなってしまった
(まぁ実際にはデレマス編が始まったからなんだけど……)

・『ランニングボイスレッスン』
まさかのLesson26からの再登場である。

・デスゲームみたいなルールだよね
・基準を下回ったら電流
山田悠介感がある。



 冬馬「ミニゲームという名の罰ゲームだった件について」

 高町ブートキャンプ参加者である冬馬が有利に見えるが……?


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Episode40 Like a storm!? 4

久しぶりに四話で収まらなかった(ここまでテンプレ)


 

 

 

 正直に言うと、俺は慢心していた。

 

 『周藤良太郎』の背中を追いかけると決めてから、レッスンやトレーニングを欠かしたことはない。それは同じ事務所に所属するようになってからも変わらず、高町家で世話になるようになってからは最早鍛錬と言っても過言ではないほどにレベルアップした。

 

 そんな『周藤良太郎』の原点と言っても過言ではないであろう鍛錬をこなしてきた俺ならば、翔太や北斗には遅れをとらず、寧ろ圧倒的に有利だろう。

 

 ……そう、考えていた。

 

 

 

 ――ちなみにですが、音量やスピードの基準値はそれぞれ個別に設定されております。

 

 

 

(先に言えええぇぇぇ!?)

 

 全力で口と足を動かしながら、心の中で天の声に向かって絶叫する。

 

 同時にランニングマシーンをスタートさせ同時に歌い始めたにもかからず、あからさまにスピードが違ったのだ。

 

 翔太と北斗はそれなりに早いジョグ程度のスピードだが、俺だけほぼ全力を出さなければ追い付けそうにない。

 

 ――天ヶ瀬さんは唯一特別なトレーニングを積んでいるため、基準のスピードと音量はお二人よりも難易度が高めに設定されています。

 

(裏目ってるじゃねぇかあああぁぁぁ!?)

 

 いや、多分それぞれがギリギリこなせる程度の難易度設定になっているはずなので、条件としてはきっと翔太や北斗とも同じはずなのだ。

 

 ならば、俺は絶対に負けない。

 

 『周藤良太郎』に立ち向かうと心に決めた以上、それ以外の奴に負けるつもりはない。

 

 例えそれが、これまで共にアイドルの道を歩んできた翔太と北斗の二人だったとしても。

 

 

 

 俺はもう、負けるわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

 ――それでは結果発表に参りましょう。

 

 ――今回のミニゲームにおいてもっとも基準を満たすことが出来なかったのは。

 

 

 

 ――天ヶ瀬冬馬さんです。

 

 知ってたよおおおぉぉぉ!! こういうオチだってことぐらいよおおおぉぉぉ!!

 

 

 

 

 

 

「あれ絶対私に投げキッスした」

 

「あーはいはい、そーだな」

 

 呆けるような表情で先ほどからブツブツと同じことを繰り返す加蓮に、そろそろ面倒くさくなった奈緒が適当な相槌を繰り返す。

 

 先ほどの僅かな時間で、良太郎さんが見切れ席の観客に行ったファンサービス。見切れ席は右と左に分かれているのだが、偶然にも良太郎さんは私たちがいる向かって左側の見切れ席の方へとやって来た。

 

 そして見切れ席へと顔を覗かせると、軽く手を振ってからなんと投げキッスををしてきたのだ。

 

 これには見切れ席にいた観客たち全員から歓声が上がった。カメラには良太郎さんが何をしていたのか映っていなかったため、まさしくこの観客席にいた人だけに対して行われた超限定的なファンサービスになったのだ。

 

 そしてそんな過激なファンサービスの結果、りょーいん患者の加蓮がノックアウトされてしまった次第である。

 

 ちなみに加蓮が言っているのはファン特有の勘違いとかではなく、アレは実際に加蓮に向かって……というか私たちをしっかりと認識した上で投げキッスをしていたと思う。これだけの人数しかおらず、かなり距離が近いこの状況で良太郎さんが知り合いを見落とすはずがない。

 

 さて、そんな良太郎さんのファンサービスのアレコレは一先ず置いておこう。

 

「冬馬さん……大丈夫でしょうか……」

 

 かなり過酷なミニゲームをさせられステージの隅で息も絶え絶えな天ヶ瀬さんを見ながら、心配そうに卯月が呟く。ミニゲーム中も必死に天ヶ瀬さんに声援を送り、彼の声量やスピードが基準値を下回るたびに「あぁっ!?」とリアクションをしていただけあって、彼が最下位だと宣告されたときはまるで自分のことのようにショックを受けていた。

 

「まぁ、流石に罰ゲームとはいえライブ中だから、そんなにひどいことはしないはずだって」

 

「というか、既にこのミニゲームが罰ゲームみたいなものだし」

 

「でも、これですら罰ゲームじゃないってことは、本当の罰ゲームはもっとひどんじゃない?」

 

「「………………」」

 

 卯月に対して「心配ない」と声をかけた私と未央だったが、先ほどから何度も話して仲良くなった後ろの席の少女、甘奈の言葉に思わず押し黙ってしまった。折角考えないようにしてたのに……。

 

「ま、まぁ良太郎さん一人が考えたわけじゃなさそうだし。幸太郎さんがちゃんと監修してるから」

 

「そ、そうですよね!」

 

 むしろその言葉は自分自身に言い聞かせているところもあったが、卯月もようやく納得してくれた。

 

「……ん? 幸太郎さんって良太郎さんのお兄さん? 随分フレンドリーな呼び方するね」

 

「「「「「っ!?」」」」」

 

 未央が視線で(しぶりーんっ!?)と非難してくるので、私はサッと視線を逸らす。

 

 仲良くなったことで完全に気が抜けていた。再び訪れてしまったピンチに背筋に冷たいものが流れるのを感じる。

 

「そ、その……」

 

「?」

 

「……私、社長の周藤幸太郎さんのファンでもあるから」

 

「社長のファン!?」

 

「そうそう。良太郎さんだけじゃなくて、そのお兄さんでありプロデューサーでもある幸太郎さんも応援するっていうのが、りょーいん患者の中では()なんだよ」

 

(しぶりん、それは言い訳として苦しいんじゃ……?)

 

(いや、あながち嘘ってわけじゃないし……)

 

(本当かよ加蓮!?)

 

 実は私の言ったことは完全に嘘というわけではなく、『周藤良太郎』のデビューからずっと彼を支え続けている名プロデューサーである『周藤幸太郎』も、一定数のファンがいたりするのだ。

 

 勿論、社長である彼が表立って活動することは稀であるが、123プロダクションの社長としてメディアに登場することは少なくなく、『周藤良太郎』に似ているのに『周藤良太郎』とはまた別の雰囲気を持つ彼は、下手な芸能人よりも人気があるのだ。

 

 尤も幸太郎さん自身は芸能活動に興味を持っていないからデビューはしないと言っているので、これ以上のファンが増えることはないだろう。

 

「はぁ……そんなガチガチのTシャツ着てるから相当だとは思ってたけど、凛ってすごいんだね」

 

「それほどでもないよ」

 

(今のしぶりんの言葉、謙遜だと思う?)

 

(謙遜だと思う。内心では滅茶苦茶「それほどでもあるけど」って思ってる)

 

 さて、今回も無事に誤魔化せたし、意識をステージの上に戻そう。

 

 ルームランナーが撤去され、そろそろ次のミニゲームが始まりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 順当に冬馬が負けたようだな……奴は我ら123男性アイドル四天王最弱。……と言いたいところだが、ぶっちゃけ内心では焦っていたりする。

 

 何せジュピターの三人の中で一番身体能力が高いのは議論の余地なく冬馬だ。それにも関わらず最下位となった。これが意味することはなんだろうかと考えると、結論は一つ。

 

 

 

 ……すなわち、このコーナーがギャグ展開で進行していくということだっ!

 

 

 

 ふざけた電波な内容ではあるが、正直これはマズい。何故ならギャグ展開的で進む以上、どう考えても()()()()()()()()()()だということだ。

 

 やべぇよ……やべぇよ……恐ろしくなったよ……と言ってる場合でもない。いや、よっぽど理不尽な内容じゃない限りは大丈夫だろうが、最後のミニゲームは俺も知らず兄貴が監修しているだろうということを考えると楽観視も出来ない。

 

 果たして何をやらされるのか……。

 

 ――それでは、続いてのミニゲームを始めていきましょう。

 

 ――所さん、佐久間さん、北沢さん、一ノ瀬さん、三船さん、前へお願いします。

 

『まぁそうなるよねぇ』

 

『良太郎さんにいいところをお見せします!』

 

『あまり気は乗りませんが』

 

『何やるんだろーねー』

 

『不安です……』

 

 俺を除いた残りのメンバー、すなわち123プロの女性陣が留美さんに呼ばれて一歩前に出る。気合い十分なまゆちゃんや罰ゲームに対してなんとも思っていなさそうな志希はともかく、他の三人は不安そうな表情を浮かべていた。

 

 しかしまぁ、一応企画段階から参加している身としては、次のミニゲームほど楽なものはないと思っている。兄貴の手が加わったことでどう変わったのかは保証出来ないが、少なくとも先程の『ランニングボイスレッスン』よりは楽なはずだ。

 

 ――先程はアイドルとしての歌とダンスの両立を目的としたレッスンをミニゲームとさせていただきました。

 

 ――次はアイドルとしての『演技力』を競っていただきたいと思います。

 

『っ!』

 

 その言葉を聞いた途端、志保ちゃんがグッと小さくガッツポーズをしたのを見逃さなかった。女性陣の中において『演技』という分野では彼女が有利なので当然だろう。無論、それは他の子たちも分かっているので、恵美ちゃんや志希が『ズルいズルいー!』『贔屓だ贔屓だー!』と不平不満を漏らすのは無理もないことだ。

 

 ――その名も『I love you』選手権です。

 

 しかし志保ちゃんの余裕そうな表情は、留美さんから告げられたミニゲームのタイトルによってそのまま固まることになる。

 

 観客たちが「おおっ!?」と期待を高める中、留美さんから詳しい説明が入る。

 

 ――今から皆さんには、皆さんの名前が書かれたくじを引いていただきます。

 

 ――そして書かれていた名前の方の演技をしながら『I love you』……すなわち『愛の告白』をしていただきます。

 

 ――観客の皆さんの反応とスタッフによる厳正な審査のもと、それぞれの演技に採点をさせていただきます。

 

 ――残念ながら最も点数が低かった方が、次の最終ゲームへ進出となります。

 

 半ば想像していた内容に、観客たち……特に男性ファンたちのボルテージが一気に高まった。

 

『……絶対に、良太郎さんが考えたゲームでしょうコレ……!?』

 

 射抜くような視線でこちらを睨んでくる志保ちゃん。

 

『いや、需要あると思って……』

 

 観客席に向かって『あるよねー?』と語り掛けると、それは大歓声という形で肯定された。

 

『うーん、告白はいいんだけど、演技は苦手だなぁ……』

 

『告白はいいんですか……!?』

 

 恵美ちゃんの言葉に驚愕する美優さん。まゆちゃんと志希も比較的ケロッとした表情をしており、恐らくネックなのは『演技』という一点だろう。

 

 そうこうしている間に、スタッフの手によってステージの上にくじ引きの箱が用意された。

 

 

 

 ――それでは皆さん、早速くじを引いていただきましょう。

 

 

 




・慢心
慢心といえば慢心王。
慢心しない慢心王が見れるアニメ『Fate Grand Order-絶対魔獣戦線バビロニア-』は絶賛放映中!(ダイマ)

・音量やスピードの基準値はそれぞれ個別に設定
贔屓なんてしない心優しい設定(すっとぼけ)

・周藤幸太郎さんのファン
『周藤良太郎』に似ていて笑顔になれる、というだけで一定層の需要はある。

・このコーナーがギャグ展開で進行
・最終的に負けるのは俺
たぶんみんな最初からそう思ってる()

・『I love you』選手権
もしかしなくてもデレ5th福岡公演での『すいとーよ』選手権が元ネタ。



 というわけで、まず最初の敗者は冬馬です。……知ってた? うん、だろうね。

 そして次の敗者は志保ちゃんだろうって? ……うん、そうだね!(ニッコリ)

 久々に五話目に突入です。



『どうでもいい小話』

 なんかハーメルンの運営が頑張ってくれたらしく、なんと小説内で楽曲の歌詞が使用可能になったとのこと。

 折角アイドルアニメという楽曲と関係性の深い二次小説を書いているので、是非とも有効活用していきたい。


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Episode41 Like a storm!? 5

五人娘の告白タイム、スタート!


 

 

 

『ところで、これって自分の名前が書かれた紙を引いちゃった場合、どうするんですかー?』

 

 ――その場合は、自分の名前以外が書かれた紙になるまで引き直していただきます。

 

 最初にくじを引く恵美ちゃんからの質問に、天の声からはそのような回答が返ってきた。それだと最後の一枚が最後の一人のものになってしまった場合がフォローできないけど……まぁ、多分大丈夫だろう。物語の展開的に。

 

 ――皆さんがくじを引いている間に、周藤さんとジュピターのお三方も審査側に回っていただきます。

 

 ――舞台裏へとお戻りください。

 

『裏に戻らせるってことは、これガチで審査するやつか』

 

『力の入れどころ間違ってねぇか』

 

『入れどころさん!?』

 

『やっかましい!』

 

 そんなやり取りをしつつ、良太郎さんたち四人は『また後でねー!』と手を降りながらステージを降りていった。ステージの上では恵美ちゃんたちが「あ、これ私の名前だ」「……うわぁ……」などと様々なリアクションをしつつくじ引きを続けている。

 

「それにしても、まさか色物体力勝負の次はモノマネ合戦とは……」

 

 再び呆れた様子のこのみさんの物言いに、私も再び苦笑してしまう。色物体力勝負とモノマネ合戦……言いえて妙だった。

 

「でも、これなら志保ちゃんは有利ですよね! なんてったって、演技ですよ演技! 志保ちゃん、舞台女優としても頑張ってますもん! 志保ちゃんなら絶対に大丈夫ですよ!」

 

「可奈ちゃん、本当に志保ちゃんのことを思ってるなら、あんまりそういうことを言ってあげない方が……」

 

「え?」

 

 正直露骨なフラグにしか見えない。先ほどの『ランニングボイスレッスン』で一番有利だと思われた冬馬さんがそうだったように、一番有利と思われているからこそ志保ちゃんが負けるという展開になるような気がしてならなかった。

 

 ――はーい。ここからの天の声は和久井さんに代わって実況・御手洗翔太と。

 

 ――解説・周藤良太郎がお送りするぞ。

 

 そうこうしている内に、裏に戻っていった二人の声が再び聞こえてきた。どうやらここからはこの二人が進行するようだ。

 

 ――さて、ステージ上のみんなは絶賛くじ引き中なんだけど。

 

 ――リョータロー君、見どころはどこかな?

 

 ――見どころさん!?

 

 ――そのやりとりはさっきやった。

 

 『そうだなー』と考えるような良太郎さんの声。

 

 ――演技力という点で言えば、この五人の中だけじゃなくて事務所の中でも随一の実力者である志保ちゃんかな。

 

 ――おぉ、絶賛するね。

 

 ――志保ちゃんの演技には俺も一目置いてるよ。

 

 くじを引き終わり待機している志保ちゃんのアップがカメラで抜かれ、スクリーンに映る彼女の口元がピクリと動いたのが見えた。褒められて嬉しいが素直に喜べないところがいかにも志保ちゃんらしかった。

 

「それにしても、良太郎さんにしては随分と真面目に解説してるなぁ」

 

(春香ちゃん……それを失礼ともなんとも思わずにサラッと言えてしまっている以上、やっぱり貴女も『周藤良太郎』に毒されている側の人間なのね……)

 

 何故かこのみさんに不憫なものを見るような目で見られてしまった。一体何故。

 

 ――そんな志保ちゃんがいつものキャラじゃない子の演技をしながら告白する。

 

 ――これを見どころと呼ばずしてなんと呼ぶ!

 

 ――……まぁ、あながちその注目点も間違ってないとは思うよ。

 

 言っていることは間違っていないので強く否定できないが、それでも翔太君はそれを肯定することに抵抗があるらしかった。

 

 そして(本人的には)上げて落とされた志保ちゃんはとてもステージ上のアイドルとは思えないような能面みたいな表情になっていた。隣の美優さんに『し、志保ちゃん……』と励まされながらゆさゆさと横に小さく揺すられているのが、またほんのりと不気味だった。

 

 ――そもそも根本的なことなんだけど、これってわざわざ他人の演技をさせる必要あるの?

 

 ――勿論あるぞ。ただ告白させても一部の子が日和る場合があるからな。

 

 ――演技をさせることで、そのアイドルらしさが溢れた告白を見ることが出来る。

 

 なるほど、確かに言われてみればそうだ。自分で自分らしい演技をすることは難しいが、他人の演技ならばまだしやすいだろう。……言い方は悪いが、愛の告白をしたとしても「これは自分の告白じゃないから」と開き直ることが出来る、と。

 

 ――ついでに普段とは違うキャラの演技をしてもらうことで意外な一面も見れる。一石二鳥だな。

 

 ――なるほどね。

 

 ――でもまぁ、文章だと微妙に分かりづらいけどな。

 

 ――うーんメタいなぁ……。

 

 

 

 ――さて、それじゃあそろそろ全員引き終わったかな。

 

 良太郎さんと翔太君の会話を聞いている内に、五人のくじ引きは終わっていたようだ。

 

 ――それじゃあトップバッターは……恵美ちゃん!

 

『はーい!』

 

 良太郎さんに呼ばれ、恵美ちゃんが引いたくじを頭上に掲げながら一歩前に出た。彼女の手元にカメラが寄り、スクリーンに映し出されたくじには『北沢志保』と書かれていた。

 

 ――恵美ちゃん、準備は出来てる?

 

『大丈夫でーす! 他の人ならともかく、ずっと一緒にやってきた仲間なんだからさ。こんなこと言いそうだなーってのはすぐに浮かんできたよー!』

 

 そう言いつつフフンと胸を張る恵美ちゃん。

 

 ――それでは早速お願いします。

 

 ――『所恵美』による『北沢志保』の愛の告白です。

 

『……その、今日は時間を作っていただきありがとうございます』

 

 スッと表情を消した恵美ちゃん。普段『フローズンワード』を歌うときのようなクールな雰囲気に、観客席からは「おおっ……!」というどよめきが起こる。

 

『……いえ、別に大したことじゃないんです』

 

 演技を続けながら、恵美ちゃんは視線を外して髪の毛の先を指で弄ぶ。平静を装いながらその少しだけ落ち着かない様子を(志保ちゃんっぽいなぁ)と思ってしまい、思わずクスリとしてしまう。

 

 志保ちゃんも少しだけ思うところがあったのか、再びカメラに抜かれた彼女の口元がピクリと動いていた。

 

『……その』

 

 恵美ちゃんはカメラに視線を向け――。

 

 

 

『……好きです』

 

 

 

 ――次の瞬間、会場が爆発した。

 

 勿論本当に爆発したわけではなく、爆発と見紛うほどの歓声が沸き上がったのだ。現役アイドルからの告白なのだから、盛り上がらないわけがなかった。

 

『……っはぁ~! いやぁ演技でもハッズイねぇコレ~!』

 

 演技を終えて照れ笑いを浮かべる恵美ちゃん。

 

 ――さて解説のリョータロー君、今の告白はどう?

 

 ――うん、実に志保ちゃんらしい告白シーンだ。

 

 会場の興奮が冷めやらぬ中、天の声二人による先ほどの告白に対するコメントが始まる。

 

 ――言葉は少なくシンプルに。それでいて好意は明確にハッキリと。

 

 ――でもそうだな、最後にヘタって視線を逸らしたりしたらより志保ちゃんらしかったかな。

 

『あーそっかー!』

 

『あーそっかーってなんですか。最後にヘタるってなんですか』

 

 実際に告白の言葉を口にした恵美ちゃんが悔しそうにする一方で、勝手に自分の告白シーンを晒された形になった志保ちゃんの顔が微妙に赤かった。

 

 ――それじゃあドンドン行こうか。

 

 ――次はまゆちゃん。

 

『はぁい』

 

 恵美ちゃんに代わって一歩前に出るまゆちゃん。彼女が胸の前に抱えるくじにカメラが寄ると、そこには『一ノ瀬志希』と書かれていた。

 

『まゆが志希……!?』

 

『……ちょっと想像できないですね……』

 

 まゆちゃんとはキャラの方向性が違う人物の名前に、恵美ちゃんや志保ちゃんと同じように私も想像出来そうになかった。

 

『逆に志希ちゃんぐらいキャラが立っていた方が、演技しやすいですよぉ』

 

 そう語るまゆちゃん。しかし演技される側の志希ちゃん自身はそれほど興味なさそうなところが彼女らしい。

 

 ――それじゃあ。

 

 ――『佐久間まゆ』による『一ノ瀬志希』の愛の告白です。

 

『……にゃはは、突然で悪いんだけど、コレ飲んでくれない?』

 

 普段のまゆちゃんでは絶対しないような言動の新鮮さに会場から「おぉ……!」といういい意味でのどよめきが走る。

 

『え、怪しくて飲めない? つべこべ言わずに飲んで飲んでー!』

 

 そう言いつつ、何かを無理やり飲ませるような仕草をするまゆちゃん。

 

『……ど、どう?』

 

 そして何かを期待するような上目遣いになり――。

 

 

 

『……あたしのこと、好きになったりしない?』

 

 

 

 ――再び会場が爆発した。

 

『……うふふ、どうでしたかぁ?』

 

 ちょっとだけ赤くなった頬を手で押さえながらはにかむまゆちゃん。

 

 ――うーん、これはいい変化球。

 

 ――どうだった? 解説のリョータロー君。

 

 ――あぁ、直接好きとは言えずに態度と言葉で自分の好意を伝えることが出来ている。

 

 そして再び天の声からのコメントが始まった。

 

 ――惚れ薬らしきものに頼ろうとしているようにも見えるが、きっとこれは偽物だろう。

 

 ――あくまでも『貴方も私のことを好きになってくれたら嬉しい』という思いを伝えるための小道具に過ぎない。

 

 ――そんな小道具に頼ってしまうぐらい恋愛面では不器用そうな志希を上手く表現出来ていると思う。

 

 ――おぉ……そこまでのバックボーンを読みとくとは流石だね。

 

 深読みしすぎのような気がしないでもないが、それでも思わず納得してしまうような説得力があった。寧ろ私たちも「そうだったらいいなぁ」という気持ちになってくる。

 

 ――それじゃあ次は……志希。

 

『えっ』

 

 恵美ちゃん・まゆちゃんと来たからには次は自分だと思っていた志保ちゃんが一歩前に出ようとした足を止めた。

 

 ――あ、勿論志保ちゃんは大トリだよ。

 

 ――ここまで来たからには、徹底的にフラグを立ててもらおうと思ってね。

 

『ちょっとぉ!?』

 

 どうやら無条件シード権を掴まされてしまった良太郎さんは志保ちゃんを道連れに選んだようだ。良太郎さんのマイクを通じて冬馬さんの『いいぞいいぞー!』という煽りの言葉が聞こえてきた。

 

 ――というわけで志希、よろしく。

 

『はいはーい』

 

 若干恨めしそうな志保ちゃんの視線を気にする様子もなく、志希ちゃんが一歩前に出る。手にした紙に書かれているのは『三船美優』の名前が。

 

 ……志希ちゃんが演じる美優さんかぁ……一体どんな演技をするのだろうか。

 

 ――それじゃあ……と、スマン志希、ちょっと待ってもらっていいか。

 

『え?』

 

 早速演技を始めようとした志希ちゃんに天の声からストップがかかる。

 

 

 

 ――ここで一旦CMだ。

 

『どういうことっ!?』

 

 

 




・『入れどころさん!?』
・――見どころさん!?
マズいですよっ!

・「でも、これなら志保ちゃんは有利ですよね!」
はいはいフラグフラグ。

・実況と解説
書いてるうちにノリが福岡公演のときの社長となつねぇになってた。

・『所恵美』による『北沢志保』
ツンなところが強調されております。
デレを控えめにしたのは恵美の志保に対する優しさ。

・『佐久間まゆ』による『一ノ瀬志希』
不器用そうなところを表現したと思われているが、実は意図的に『好き』という明確な告白の言葉を避けていたり……。
ナンノタメカナー(すっとぼけ)

・志保は大トリ
勿論ですとも(無慈悲)



 ちょっとこのまま続けると長すぎるので、約六年ぶりとなる幻の六話目に突入です。

 そして露骨に志保ちゃんにフラグが立っていますが……これがフラグになるかならないかは……『皆様次第』です。詳細は次回あとがきにて。


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Episode42 Like a storm!? 6

『I love you』選手権、後半戦!


 

 

 

 ――さて、CMもあけたし、そろそろ行くか。

 

 協賛企業のCMかと思いきや、まさかの良太郎さんたち123メンバーのCDやDVDのCMだった。いや、間違ってないんだろうけど……何かが間違っているような気がした。

 

 ――志希、準備はいいか?

 

『だから最初から出来てるって言ってるじゃーん』

 

 ――悪かったよ。それじゃあ、よろしく頼むぞ。

 

 ――『一ノ瀬志希』による『三船美優』の愛の告白です。

 

 次の瞬間、志希ちゃんが纏う空気がスッと変わるのを感じた。

 

『……あ、あの……』

 

 普段の飄々とした様子は鳴りを潜め、両手の指を胸の前で落ち着かなく弄ぶ。視線もツイッと外れ、それはまるで何かに怯えているようにも見えた。

 

『……いいえ、なんでもないです』

 

 ふぅ……と小さくため息を吐くと、志希ちゃんは両手を下ろした。お腹の前で組まれた両手は、朗らかになった志希ちゃんの表情とは裏腹にギュッと強く握り締められていた。

 

『ただ……ご迷惑でなければ』

 

 うっすらと目に涙を浮かべながら――。

 

 

 

『……「貴方のことが好きでした」……という、私の気持ちだけ覚えておいてください』

 

 

 

 その言葉に、会場からどよめきが起こった。

 

『おめでとう、ございます』

 

 ――おおっと!? これは予想外!?

 

 ――確かにお題は『愛の告白』だから、そのシチュエーションに関しては自由だが。

 

 ――まさか『結婚式直前に最後の告白』で来るとは思わなかったな。

 

 何故か歓声よりも拍手が巻き起こる会場の中、翔太君と良太郎さんの感心した様子の声が聞こえてくる。

 

 ――これは随分と思いきったことをしたねぇ。

 

 ――しかし着眼点は悪くない。

 

 ――なんというかこう……美優さん、最後に一歩引いて自分の幸せを掴み損ねそうな雰囲気があるから。

 

 ――分かる。

 

 ――またの名を未亡人オーラ。

 

 ――分かる。

 

『な、なんですかそれ……!?』

 

 良太郎さんと翔太君からのあんまりな物言いに、珍しく抗議の声を上げる美優さん。彼女の気持ちも分からないでもないが、それ以上に『未亡人』という評価に内心で納得してしまったので私も良太郎さんたち側だった。

 

 ――いや、ホントに気を付けてくださいね?

 

 ――アイドルとしてもステージで一歩下がりそうなとき結構ありますから。

 

 ――それも美徳ですけど、美優さんはもうちょっと……ね?

 

『……はぃ……』

 

 抗議をしたら逆に年下から注意を受ける形になってしまった美優さん。言われたことに心当たりがあったらしく、先ほどよりも顔を赤くしながら俯いてしまった。

 

 そんな美優さんの横で、見事な演技を見せてくれた志希ちゃんが唇を尖らせる。

 

『ねーちょっとー。今、あたし結構頑張ったんだけどー』

 

 ――あぁ、悪い悪い。

 

 ――美優さんのことをよく見てるし、それを演じるだけの技量もある。

 

 ――そして何より『告白』というお題でこのシチュエーションを選ぶとは。

 

 ――流石だな、志希。

 

『ふっふ~ん!』

 

 珍しくオチもなく手放しで褒める良太郎さんに、志希ちゃんは自慢げに胸を張った。その様子が飼い主に褒められた猫のようで、思わずホッコリとしてしまった。

 

 ――さて、恥ずかしがってる美優さん、次は貴女の出番ですよ。

 

『この流れで私なんですか……!?』

 

 ――だって元々その順番だったし……。

 

『仕方ないですね……美優さんの心の準備が出来るまで、私が先に――』

 

 ――美優さん、このタイミングを逃すと大トリになりますよ。

 

『やります……!』

 

『美優さん!?』

 

 流石に大トリは嫌だったらしく、美優さんにしては珍しく志保ちゃんの善意(に見せかけた保身)を断るのだった。

 

 ――志保ちゃん、一人だけ逃げようったってそうはいかないよ。

 

『何が何でも私を道連れにしたいようですね……!?』

 

 見えないはずの天の声を睨む志保ちゃんの傍らで、美優さんはパタパタと自分の顔を手で仰いで熱を払っていた。その仕草がちょっと可愛らしい。

 

 ――それで美優さんは、誰の演技だったのかな?

 

『あっ、はい……』

 

 翔太君に促され、自分が引いた紙を前に掲げる美優さん。そこに書かれていた『所恵美』の名前に、会場から「おぉっ!?」という歓声が上がった。

 

 ――つまり……美優さんがギャルになる、と。

 

 そしてそんな良太郎さんの一言で、会場の歓声がさらに大きくなった。

 

 ――全っ然想像できないな……。

 

 ――自分とは全く違うギャルというキャラをどう表現するのか。

 

 ――美優さんには是非とも期待したいところだ。

 

『うぅ……』

 

 多分良太郎さんとしては純粋な意味で「期待している」と言ったのだろうが、美優さんにとっては逆にプレッシャーになってしまっている。

 

『……い、いきます』

 

 だが、そこは曲がりなりにも……いや、()()()()()()()()()()()()()を捕まえて『曲がりなりにも』と称するのは失礼だった。顔を上げた美優さんからは先ほどの戸惑いのような表情は消えていた。それでもちょっとだけ手が震えているように見えてしまうのは、先ほどの志希ちゃんの演技を見たせいだろうか。

 

 ――それでは、お願いします。

 

 ――『三船美優』による『所恵美』の愛の告白です。

 

『……きょ、今日は買い物に付き合ってくれてありがとねー!』

 

 ……先ほどはあぁ言ったものの、私も美優さんならば無難な感じにいくと思っていた。

 

 しかし、蓋を開けてみたら意外や意外、なんと初手ウインクからのギャルピースだった。これには会場も「ふうううぅぅぅ!」と盛り上がらざるを得ない。

 

『いやぁ、思わずいっぱい買っちゃったよー!』

 

 覚悟を決めたにも関わらず、やはり羞恥には勝てなかったらしい美優さんの顔が真っ赤になるが、それでも演技を止めないところは流石だった。

 

『……それで、その……きょ、今日だけじゃなくて、これからも、一緒に買い物出来たらなーって……』

 

 視線をふいっと逸らしながら人差し指を合わせるのは、演技だけではなく美優さん自身の照れも含まれているのだろう。

 

『と、友達としてじゃなくて』

 

 そして美優さんは畳みかけるように、チラリとカメラに視線を向けた。

 

 

 

『……こ、恋人として……なんて、どうかな?』

 

 

 

 地鳴りのような『うおおおぉぉぉっ!』という大歓声が響き渡った。

 

 ――おっ、これもいい告白!

 

 ――ドンドン赤面しちゃう辺りが美優さんだけど、雰囲気は頑張って恵美ちゃんらしさを出してたね。

 

 二人続けてやや変化球気味な告白になったが、天の声の二人からは当然のように高評価が聞こえてきた。

 

 ――解説のリョータロー君、今のはどういう心境の告白だったのかな?

 

 ――うん、そうだな……きっと最初は友達付き合いの一環だったんだろうな。

 

 ――しかし買い物という名のお出掛けを繰り返すことで、恵美ちゃん側の好意がライクからラブへと変わってしまった。

 

 ――だから彼女の方から一歩を踏み出したわけだ。

 

 ――なるほど……でもそうなると、これは男側にも問題がありそうだね。

 

 ――そうだな。男だったら是非とも自分からその一歩を踏み出したいところだな。

 

『あの短い演技でここまで話を膨らませてるよ……』

 

『……その、申し訳ないんですけど、私そこまで深く考えてなかったです……』

 

 恵美ちゃんが『凄いなぁ』とややズレた感心をする一方で、演技した美優さんは申し訳なさそうに顔を赤くしていた。

 

 ――何はともあれ、いい告白でしたよ。

 

 ――ギャルな美優さんも見れたし、会場のみんなも大満足。

 

 良太郎さんのその言葉に合わせるように、会場からは歓声と拍手が巻き起こる。

 

 ――さて、それじゃあ。

 

 ――志保ちゃん、誰の名前が書かれた紙を引いたのかな?

 

『………………』

 

 最後の一人なのだから分かっているだろうが、全員に確認してもらうために良太郎さんが促すと、志保ちゃんは観念した様子で紙を掲げた。そこに書かれていた名前は当然『佐久間まゆ』。

 

 ――おぉ……志保ちゃんが、あの甘々なまゆちゃんの演技をするのか……。

 

 ――大トリに相応しい引きをするとは、やっぱり志保ちゃんは持ってるなぁ。

 

『どうもありがとうございますっ!』

 

 ヤケクソじみた志保ちゃんの感謝の言葉が会場に響く。

 

「それにしても、志保ちゃんがまゆちゃんの演技かぁ……」

 

 確かに今回のみんなの演技の中で一番興味が湧く組み合わせだった。

 

 123プロの中で『最もクール(当社比)なアイドル』が『最もキュート(当社比)なアイドル』の演技をするのだ。そのギャップを想像するだけで、私もその演技を期待せざるを得ない。

 

「志保ちゃん、どんな可愛い演技するんだろう……!」

 

 隣の可奈ちゃんも期待を抑えきれない様子だった。

 

 ――それじゃあ志保ちゃん、覚悟はいい?

 

『……はい。……良太郎さん』

 

 ――ん? 何?

 

 

 

『こうなったからには、全力で挑ませていただきます』

 

 

 

 ――ほほう。

 

 ――楽しみにしてるよ。

 

『はい』

 

 それは、普段の良太郎さんと志保ちゃんを見慣れている私たちにとっては、割とありふれた二人のやり取り。

 

 しかし、その僅かなやり取りに、この二人だからこそ紡がれた信頼のような何かが見えたような気がした。

 

 ――それじゃあ最後、決めてもらおうか。

 

 ――『北沢志保』による『佐久間まゆ』の愛の告白です。

 

 

 

『……好きです』

 

 

 

「っ!?」

 

 いきなり放たれたその告白の言葉に、会場全体が騒然とする。

 

 先ほどまでの流れであればここで終了となる場面だが、天の声の二人は演技を止めようとせず、また志保ちゃんも演技を続ける。

 

『……分かっています。貴方が、私のこの想いを受け取ってくれないということは』

 

 手をお腹の前で組み、目を伏せてポツリポツリと独白するように言葉を紡ぐ志保ちゃん。まゆちゃんに似せた普段の彼女よりも少々高い声だが、不思議と可愛らしいという感想は浮かんでこなかった。

 

『これは貴方の重しになってしまうかもしれない。けれど……どうか、この想いを口にすることを許してください』

 

 顔を上げた志保ちゃんの目元が光る。口元は必死に笑おうとしつつも……その目からは静かに涙が零れ落ちていた。

 

『貴方を愛しています。世界の誰よりも……なんて言葉は使いません。私の愛は、他の誰のものでもない確かな()()()()()

 

 スッと自分の人差し指で涙を拭う志保ちゃん。

 

『立ち止まらないでください。……ただ、貴方が振り返ったとき。そこには、貴方を愛する一人の少女がいることを……覚えていてください』

 

 そして志保ちゃんはニコリと微笑み――。

 

 

 

『私は、貴方を愛しています』

 

 

 

 ――次の瞬間、会場が爆発した。それは良太郎さんがマントを脱ぎ捨てた瞬間に匹敵すると言っても過言ではないほどの大歓声だった。

 

 『佐久間まゆ』の告白であり『北沢志保』の告白でもあるそれは、なんというか言葉では言い表わせられない衝撃となって私たちの心を揺さぶり、思わず私も「きゃーっ!?」と叫んでしまった。

 

 志保ちゃんは『告白の相手』の名前は口にしなかった。けれど私には……いや、きっとこの会場にいる誰もが、一体その相手が誰だったのか気付いていることだろう。

 

『………………』

 

 何せ、先ほどの美優さん以上に真っ赤になった顔を両手で覆い、その場に座り込んでしまった少女(まゆちゃん)の姿がそこにあったのだから。

 

 ――いやはや、これは僕なんかが下手にコメントしていいもんじゃないね。

 

 ――はい、リョータロー君、任せたよ。

 

 ――……まぁ、俺も余計なことは言わないよ。

 

 ――ただ一言。

 

 

 

 ――……参った。俺の負けだよ、志保ちゃん。

 

 

 

『当然です』

 

 あの『周藤良太郎』の口から敗北宣言を引きずり出した少女は、先ほどとは打って変わりいつもの様子で自身の髪を背後に払った。

 

 

 

 

 

 

 ――さて、これで全員の告白が出揃った。

 

 ――この『123チャンピオン! 炎の告白王選手権!』の勝者は果たして誰なのか。

 

『名前変わってますよ』

 

『ついでに趣旨も変わってます……』

 

 

 

 ――勝者を決めるのは……。

 

 

 

 ――『アナタ』だ!

 

 

 




・『一ノ瀬志希』による『三船美優』
実は気合いを入れれば意外と演技派。取り繕うのが上手いとも言う。
奇才だけあって着眼点は他とは違うものの、美優さんらしさはあると思う。

・未亡人オーラ
朝霞リョウマ、美優さんに悲恋属性付けすぎ問題(楓一緒含む)

・『三船美優』による『所恵美』
ギャル美優爆誕の巻。
真っ赤になってギャルギャルしてる美優さん、いいですわぞ^~。

・『北沢志保』による『佐久間まゆ』
Q 演技ガチ派の志保が『自分に素直になったまゆ』の演技をしたらどうなる?
A 王 道 の 暴 力

・『123チャンピオン! 炎の告白王選手権!』
テレビチャンピオンは作者の青春。



 アイドル五人による告白シーンをお届けしました。

 そして五人の順位は……読者の皆様に決めていただきたいと思います!

 というわけで、公式の機能を利用しての初アンケートです! 外伝だし、こういうお遊びを入れていきたい!

 皆様が一番『これだ!』と感じた組み合わせにご投票をお願いします!


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Episode43 Like a thunder!

再びライブシーンに帰ってきました。


 

 

 

 ――と、言うわけで、厳正なる審査の結果。

 

 ――栄えある『I love you』選手権の勝者は。

 

 

 

 ――『北沢志保』!

 

 

 

 勝者を告げる良太郎さんの声に、会場が一斉に沸き立った。

 

『当然の結果です』

 

 そう言いつつも、モニターに映る志保さんの口元はとても嬉しそうだった。

 

 ――いやぁ、散々フラグが立ってたのに、凄いね志保ちゃん。

 

 ――チクショウ。

 

 ――リョータロー君、もうちょっと本音を抑えて。

 

「いやぁ、しほりんが勝ったかぁ……ぶっちゃけ負けると思ってた」

 

「私も」

 

 勝者を讃える拍手を送りながら、未央がポツリと零した一言に私も同意する。どうやら今回ばかりはギャグ時空ではなかったようだ。

 

 ――というわけで、志保ちゃんが一人勝ち抜けと……。

 

『意地でも私を道連れにしたいようですね……!?』

 

 往生際の悪い良太郎さんの抵抗むなしく、これで志保さんの罰ゲーム回避は確定した。

 

 ――それじゃあ四人とも、覚悟はいい?

 

 ――詳しい順位は後にして、サクッと誰が最下位かを発表しちゃおう。

 

 翔太君の言葉に、再び緊張が走る。

 

 なんとなくそんな気がしていた一位以上に、誰になるか分からない最下位の発表はドキドキとする。ステージ上でも恵美さんとまゆさんは手を合わせて祈っており、美優さんも不安な表情でギュッと目を瞑っている。一人志希さんだけが相変わらず平然としていた。

 

 ――本当はみんな可愛かったんだけどね。

 

 ――残念ながら、今回の五人の中で最も順位が下になってしまったのは。

 

 

 

 ――『所恵美』!

 

 

 

『うあああぁぁぁ……』

 

 その名前が告げられた途端、呻き声を上げながら恵美が膝から崩れ墜ちた。オイオイと泣きマネをする恵美さんの背中をまゆさんが擦っている。

 

 ――いやぁ、本当に残念だったね。

 

 ――勿論恵美ちゃんの告白の演技も良かったんだけど……。

 

 ――これは僕たちの口からはちょっと言いづらいから。

 

 ――冬馬、代わりに総評を簡潔にズバッと頼む。

 

 

 

 ――無難すぎてインパクトが弱い。

 

 

 

『ごっはぁっ!?』

 

 はっきりと言い切った冬馬さんの言葉に、恵美さんは膝を突いたまま前に倒れ伏してしまった。これは先ほどの泣きマネとは違って本当らしく、まゆさんも『恵美ちゃん!? 傷は浅いですよしっかりしてください!』とやや焦りながら励ましの声をかけている。

 

 かなり辛辣な言葉だが……冬馬さんの言葉に思いっきり納得してしまった自分がいる。

 

 ――トップバッターだったから、っていうのもあるとは思うんだけどね。

 

 ――他の四人と比べちゃうと、パンチが弱かったんだよね。

 

 ――まぁ、志保ちゃんの告白だから、しょうがないのかもしれないけど。

 

『今、私、ディスられました?』

 

 ――じゃあ志保ちゃん本人だったらどんな告白だった?

 

『そ、それは……い、言えるわけないじゃないですかっ!』

 

 ――これ! 恵美ちゃんこれ! この顔を赤らめながら声を荒げる感じ!

 

 ――これを告白に絡めたら、きっと良かったんじゃないかな。

 

『くっ、ゴメン志保……! アタシ、まだ志保のこと理解(わか)りきれてなかった……!』

 

『お願いだから誰かツッコミ代わってくださいっ!』

 

 志保さん(しょうしゃ)良太郎さん(ざんていはいしゃ)恵美さん(はいしゃ)に弄られている構図に、会場からは笑いが起こるのだった。

 

 

 

『私たち、何をしてるんでしたっけ……』

 

『アイドルのライブですねぇ』

 

長いこと(一ヶ月以上)ミニゲームを続けておいて、その言い分が通じるんですか……?』

 

 『I love you』選手権という名の女性陣のミニゲームが終わり、後半戦は次のMCパートに持ち越しということになり、志保が疲れたように溜息を吐く。

 

『ここからまたライブを再開するわけなんだけどー……多分みんな「えっ、今更この空気感で盛り上がれるの?」とか思ってるんじゃないかなー?』

 

 恵美ちゃんが『どーよみんな?』と会場を見渡しながらそう呼びかけると、会場からは「そんなことはない!」と言わんばかりの歓声が上がる。

 

『うふふ、皆さん元気いっぱいですね』

 

『まーでもー……次はみんな絶対にブチ上がるから、その心配は最初から杞憂なんだけどねー?』

 

 微笑むまゆちゃんと不敵に笑う志希ちゃん。彼女の言葉に周りの観客たちと同じように私の期待も膨らんでいく。

 

「普通だったら『ハードル上げるなぁ』って思うところだけど……」

 

「そのハードルを軽々と越えてくるんだろうな、って思っちゃうところが良太郎さんたちだよね」

 

 奈緒と加蓮の言うように『期待を上回ること』ことを期待されているのに、さらにそんな期待を軽々と越えてくるのが『周藤良太郎』、引いては123プロダクションだ。越え方がたまに斜め上にぶち抜くこともあるが、それはそれで盛り上がる。……自分に実害がない、ということが前提だが。

 

『……準備も出来たみたいですので……早速始めていきましょう』

 

 

 

『さぁ……慄きなさい』

 

 

 

 志保さんのその言葉を皮切りに、会場の照明が徐々に暗くなっていく。観客たちは再びペンライトを点けながら席を立ちあがる。私もカチカチとペンライトのスイッチを押して色を変えながら立ち上がり――。

 

 

 

「っ!? これは……!?」

 

 

 

 ――隣から聞こえてきた卯月の声に、顔を上げた。

 

 目の前のモニターには、メインステージに立つ四人のシルエットが映し出されていた。

 

 流れ始めたイントロは、かつてフリーアイドルだった良太郎さんが961プロに所属していた『Jupiter』とコラボした際に歌った曲。961プロが版権を持っていたために披露出来ずファンは長いこと待ち続けた曲。そして……961プロから版権を買収することでついに()()()()()伝説の曲……!

 

 

 

『『『『……Alice(アリス)』』』』

 

 

 

 きゃあああぁぁぁあああぁぁぁ!!!

 

 

 

 『周藤良太郎』と『Jupiter』の四人による『Alice or Guilty』に、ドームが黄色い大歓声に包まれた。全く男性の声が聞こえなくなるぐらいのそれはすさまじく、私も隣から発せられた卯月のそれによってかなり耳がキーンとしていた。

 

 メインステージでは、両サイドを翔太君と北斗さんが固め、良太郎さんと冬馬さんがダブルセンターという形でダンスを披露していた。

 

 元々ジュピターの三人で披露するときでも十分ダンスが激しかったこの曲は、良太郎さんとコラボすることによってそのダンスはさらに過激なものになる。四人がコラボした当時もこのダンスは話題となり、ジュピターの三人が「悔しいが今では追いつくのがやっと」と雑誌のインタビューで答えていたことを思い出した。

 

 そのコラボ直後にジュピターが961プロを辞めたことで長らく公の場に出ることはなくなってしまったが、123プロが版権を買い取ることでそれは解消され、再び『Jupiter』を代表する曲として返り咲いたのだ。

 

 ……うん、こんなに詳しいのは卯月からの受け売りだよ。普段の卯月からは考えられないぐらいキラッキラした目で語るんだから、私も未央も若干押されちゃったよ。私も散々良太郎さんのことを色々話してきたから人のこと言えないんだけどさ。

 

 そんな『幻の曲』とも呼べる曲がこうしてドームという大きな舞台で、しかも以前と同じように『周藤良太郎』とのコラボという形で披露されているのだから、ファンからしてみれば夢にまで見たような光景だろう。勿論、『Jupiter』ファンだけじゃなくて私のような『周藤良太郎』ファンも同じだ。

 

 私たちは感謝しないといけないだろう。ステージの上で披露してくれている良太郎さんたちは勿論、買収のために手回しをしてくれた幸太郎さんと――。

 

 

 

 ――それに応じてくれた、961プロに。

 

 

 

 

 

 

「……ふん、忌々しい。よもや私の見ている前でコレをやるとはな」

 

「はっはっは、そう言うな黒井」

 

「そうだぞ。元とはいえ、自分がプロデュースしたアイドルの成長を喜んでみたらどうかね?」

 

「笑えん冗談を抜かすな。私に逆らった時点であいつらは用済みだ。どこで何をしようと私の知ったことではない」

 

「なら、どうしてこの曲を123へと手放したのかね?」

 

「………………」

 

「お前なりの、けじめではなかったのか?」

 

「……くだらん。私の事務所のアイドルに相応しくない曲を、はした金に替えただけだ」

 

(……()()()()()()()()()()()()()()()()のではないかね……と言いたいところだが)

 

(これ以上は黒井がヘソを曲げかねないな……くくっ)

 

「……なんだその顔は。大体――」

 

 

 

「ぴよおおおぉぉぉ! 今、良太郎君が冬馬君の顎をクイッて! クイッて! 分かってる! 良太郎君分かってる! 彼は! 需要というものを! 理解(わか)っているっ! あぁでも個人的には良×冬よりは冬×良の方が! 冬馬君のヘタレ攻めの良太郎君の誘い受けの方がっ!」

 

 

 

「――……き、貴様ぁ……!?」

 

「はっはっはっ、いやぁ音無君は今日も絶好調だね」

 

 

 

「……765と961は、とても愉快な方々なのですね」

 

「サイリウムを両手で八本持ちしている貴女がそれを言っちゃうんですね?」

 

「お一ついかがです?」

 

「貴賓室にサイリウムを箱で持ち込んだのは、貴女が初めてでしょうね」

 

 

 

 

 

 

「うわぁ……リョータローさん、ファンサービスが凄い」

 

 四人と入れ替わる形で舞台裏に戻ってきたアタシたち。水分補給をしつつモニターを見ると、丁度リョータローさんが曲の合間に冬馬さんの顎を人差し指で持ち上げる瞬間だった。

 

 普段ならば絶対にやらないだろうが、()()()()()()()()()()()()()()()()を把握しているリョータローさんはステージの上だと平気でこーゆーことをする。……いや、平気というか吹っ切れているだけというか。

 

「……卯月さん、アレを見て何を思ってるんでしょうね」

 

 ポツリと志保が呟く。確かに、大の天ヶ瀬冬馬ファンである卯月は今のをどういう感情で見ていたのだろうか……。

 

 ちなみに。

 

「………………」

 

 りょーいん患者筆頭のまゆは死んだ目でモニターを見つめていた。推しのライブを見ている目には到底見えなかった。

 

「ま、まゆちゃん……そろそろ準備を……」

 

「……えぇ、分かってます美優さん、分かってます……」

 

 美優さんに促され、不服そうにしつつも次の準備に向かうまゆ。

 

 アタシはそんなまゆに近付いてコソッと耳打ちする。

 

(ライブが上手くいったら、ご褒美にやってもらうといいよ!)

 

「っ!」

 

 カッと目を見開き、視線で(恵美ちゃんは天才ですか……!?)と語っているまゆ。いや、自分で言っておいてそれほど凄いことは言ってないと思うけど……。

 

「それじゃあ、気合い入れて頑張ってきますっ!」

 

 次はそんなノリの曲じゃないけどなーと思いつつ、勇ましく去っていくまゆの背中に「いってらっしゃーい」と見送るのだった。

 

 

 




・栄えある『I love you』選手権の勝者
・『北沢志保』!
まぁ演技でガチればこうなるよねっていうね。

・恵美、負け抜け決定
そして最下位は残念ながら恵美に。

・無難すぎてインパクトが弱い。
自分で書いててそう思っちゃった()
やっぱり最初に書くからこうなっちゃったのかなぁ……。

・良太郎とジュピターの『Alice or Guilty』
第二章終盤で披露したアレ。
『橘です』とか色々ネタにも使われるけど、『強者としてのJupiterの象徴』みたいでお気にいりの曲です。

・961から買収
実際アニメとかだとどうなってたのかは知らない。

・黒ちゃんのツンデレムーブ
何故この小説には基本的に男のツンデレしかいないのか……。

・ピヨちゃん&ミッシー絶好調
女性陣は楽しそうでなによりです()



 五人の順位は下のアンケート結果を参照してください。かなりの大差で正直びっくりしてる。

 そして久々にライブパートに戻ってきました。……長かったなぁ(小並感)

 ちなみに、早速『Alice or Guilty』の歌詞使用してみようかと思ったら、ジュピターの曲は全部使用不可でした。悲しいなぁ……。

 それでは皆さん……次は名古屋ドームでお会いしましょう!


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Episode44 Like a thunder! 2

初めて歌詞使用やってみた!

……あれ、なんか最後シリアス……?


 

 

 

「オイテメェ良太郎! さっきのはなんだゴラァッ!?」

 

 ジュピターとのステージを終え、舞台裏に戻ってくるなり冬馬に胸ぐらを掴まれた。

 

「何って、勿論ファンサービスだよファンサービス。需要がある以上、それに応えるのがプロってもんだろ?」

 

 君も俺のファンになったのかな? と問いたいところだったが、きっとコイツの口から「忘れたのか! お前の一番のファンの顔を!」というセリフは出てこない。

 

 どーどーと手のひらを向けながら冬馬を諫めようとするが、残念ながら勿論それで治まるようであれば最初から怒っていないだろう。

 

「需要だぁ!?」

 

「………………」

 

 無言でちょいちょいと指さすと、そちらに視線を向ける冬馬。

 

『………………』

 

 そこには、とても良い笑顔で親指を立てるスタッフのお姉様方の姿があった。

 

「……チクショウ……なんだって……こんなことに……」

 

 まるで大切な何かを護れなかったキャラのようなことを言いながらその場に膝を着く冬馬。

 

 いやまぁ、俺だって比べるまでもなく男よりも女の子の方が好きだから、言いたいことは分かる。しかし間違いなく一定層の需要がある以上、例え重箱の隙間を突くようなことになろうとも、俺はその『ファン』も喜ばせたいのだ。

 

「ははっ、冬馬君の負けだよ――」

 

 そう言いつつポンッと北斗の肩を叩く翔太。

 

「――と言いつつ本当のところは?」

 

「本番前に恵美ちゃんのカメラを借りる際の手回しとしてちょっとした取引を……」

 

「アレがここに繋がるのかい!?」

 

「雑な伏線だね!?」

 

「っていうか、んな個人的なことに俺は付き合わされたってのかぁ!?」

 

 冬馬は憤慨していますが、会場は盛り上がったのでオッケーです。

 

 というか、そろそろこんなところで駄弁ってないで待機所に戻らないかと提案しようとしたが――。

 

 

 

「りょーくん! さっきのアレ、おいくらぐらいでアタシにもやってもらえるのかな!?」

 

 

 

 ――それは突然現れた興奮気味のりんによって遮られてしまった。

 

 それはもう勢い良くズイッと詰め寄ってきたので思わず一歩後ろに下がってしまったのだが、下がらなければりんの大乳がムギュッと押し付けられていたことに気が付いてしまい盛大に後悔すると共に自分を叱咤する。馬鹿野郎良太郎! お前何年この小説の主人公やってると思ってんだよ!

 

「りん、落ち着きなって」

 

「落ち着いてられないよ! 付き合いの長さならアタシの方が長いんだよ!? 男になんて負けてられないよ!」

 

「お金を払ってまでやってもらっても勝てないんじゃ……」

 

 距離感そのままで、一緒にやって来たともみと言い合いを初めてしまったりん。これコッソリと立ち位置を戻せば、まだワンチャンあるか……?

 

「あっ、良太郎君。りんちゃんの左の顎の下辺り、何かついてない?」

 

「え?」

 

 突然北斗さんに言われて思わずりんの顎の下を見ようとするが、身長差的に俺からは見えそうにない。そこで「ちょっとゴメン」と一言断ってからりんの左顎に人差し指で触れてクイッと持ち上げる。

 

「……何もないですけど」

 

「うん、俺の見間違いだったみたい」

 

 いつものように爽やかな笑みで「ゴメンゴメン」と謝る北斗さんだが、考えてみれば角度的に北斗さんも見えない位置だったのでは……?

 

「あぁ、いきなり悪かったな、りん」

 

「イイエ、アリガトウゴザイマシタ」

 

「?」

 

 何故か顔が赤い上に片言だった。

 

(サポートぢからが強い)

 

(さて、なんのことやら)

 

 何やら視線で会話してるっぽいともみと北斗さんなら何か知っていそうだが……まぁいいか、可愛い顔を間近で見れて役得だったし。

 

「ところで何でここに?」

 

「アンタ、まさか自分でゲストに呼んでおいて忘れてたなんて言うつもりないでしょうね……!?」

 

「そんなまさか」

 

 純粋に「ここ待機場所じゃないんだけど」という意味だったのだが、何故か麗華のこめかみに青筋が浮かんでいた。そんな折角俺が頭を下げてサプライズゲストとして出演依頼を出した『魔王エンジェル』の存在を忘れる奴がいるわけないでしょーに。

 

 ねぇ!?

 

「りんが『りょーくんに一言物申す!』って息巻いて飛び出したから、しょうがなく来てやっただけよ」

 

「? そういえばりん、俺に何か用だったのか?」

 

「イエ、モウジュウブンデス」

 

 よく分からないが、図らずもりんの望みを叶えることが出来たようでなによりだ。

 

「良太郎さん、そろそろ……」

 

 それじゃあついでにりんたちも一緒に待機場所に戻るかと思ったら、スタッフから次のスタンバイを促されてしまった。

 

 今ステージの上でソロのピアノ弾き語りを披露してくれているまゆちゃんに続き、俺も次はソロでギター弾き語り。このままの衣装ではジャラジャラしていてギターが弾きづらいので、今からサッと着替えなければならない。

 

「そんじゃ俺は行くぞ。冬馬たちは体冷やさねーよーに。麗華たちはそろそろ準備頼むぞ」

 

「言われるまでもねーっつーの……」

 

「また後でねー」

 

「ギターソロ、楽しみにしてるよ」

 

「りょーくん頑張ってねー!」

 

「期待してるよー」

 

「ふんっ」

 

 ジュピターと魔王エンジェルという世間的に見たら豪華すぎるアイドルたちに見送られ、俺は上着を脱ぎながら次のスタンバイへと向かうのだった。

 

 

 

「こふっ」

 

(りんが今のリョウの上着脱ぐ動作にダメージを受けてる)

 

(うーん、進展しないのは彼女にも問題がありそうだなぁ)

 

 

 

 

 

 

『聴かせて懐かしい歌を』

 

『遠くで口ずさんで』

 

 

 

 メインステージの中央には、先ほど暗転している僅かな間に用意されたグランドピアノが鎮座している。

 

 そしてその前に座ったまゆさんが、彼女のソロ三曲目『アムリタ』を見事な弾き語りで披露していた。ソロ一曲目や二曲目とはまた違った少しだけ寂しげな曲に、周りからは時々すすり泣くような声も聞こえてくる。

 

「……どう?」

 

「まだダメっぽいですなぁ……」

 

 そんな中、良太郎さんと冬馬さんのアレを目撃した卯月がフリーズしていた。先ほどから未央がペチペチと軽く頬を叩いているが、目を見開いて口を半開きにしたままの状態から動く気配を見せない。

 

「やっぱり冬馬さんのファンであるしまむーには、さっきのは衝撃的すぎる光景だったのかなぁ……」

 

「冬馬さん云々じゃなくて、純粋に卯月には刺激的すぎたんじゃ……」

 

 そんな小学生じゃあるまいし……と言いたいところだが、冬馬さんのちょっとだけ服が肌蹴たブロマイドを「ひゃー!?」とか言いながら指の隙間から見ていた卯月ならば、あるいはあり得るかもしれない話だった。

 

 

 

『銀色の雨が降ってきたら、私だと思って』

 

『涙を拭いて』

 

 

 

 サビに差し掛かり盛り上がっている最中、こちらはこんなことになってしまっていて少々申し訳ない気持ちになってくるが、元はと言えば良太郎さんの責任だから勘弁してもらいたい。

 

「放っておくしかないでしょ? 私たちまでライブを聞かない方が失礼だし」

 

「……まぁ」

 

 見捨てるようなことにはなってしまうが、加蓮の言い分ももっともだ。

 

 とりあえず何かあると危ないので、そっと卯月の肩に力をかけると彼女はそのままスッと自分の席に座ってくれた。あとは自然に意識が戻ってくることを期待しよう。

 

 

 

『降り続けて』

 

『その肩に蜜雨(アムリタ)

 

 

 

 

 

 

 うーん、やっぱりまゆちゃんの弾き語りは凄いなぁ。

 

 次は俺がバックステージから登場する予定なので舞台下で待機しているのだが、しっかりとここまで音が届いている。流石にドームという広い会場故に音響機器を使っているとはいえ、それでもちゃんと『ピアノの音』を響かせているのは流石と言っていいだろう。

 

 知り合いのピアニストが『プロのピアニストはマイクも何も使わずに音をホール内に響かせることが出来る』みたいなことを言っていたので、もしかしたらまゆちゃんにはそっちの方面での才能があるのかもしれない。

 

 そう考えると、やっぱりアイドルというのは面白い。まゆちゃんはピアノで、美優さんは歌で『聴かせる』タイプ。志保ちゃんと志希は演技で、恵美ちゃんはモデルで『魅せる』タイプ。アイドルそれぞれで特色が違う。

 

 ……今度『各アイドルが保有する属性について』みたいな論文でも書いてみようかな。

 

「その場合、良太郎君は全ての属性持ちということになりますね」

 

「俺ですか?」

 

 そんな俺の軽い雑談を聞いてくれていた留美さん(偶然こちらのスタッフと打ち合わせがあった)にそんなことを言われた。

 

「あらゆることに特化していないにも関わらず、あらゆる面で他の追随を許さない。私は『周藤良太郎』とはそういうアイドルだと思っています」

 

 なんかすっごい褒められている。いや、評価されること自体にはありがたいことに慣れているが、こうして素直に褒められるのは珍しかった。

 

「しいて言うなら、素行が弱点でしょうか」

 

 落とすのヤメテ。

 

「……一つだけ、貴方に聞いてみたいことがありました」

 

「ん?」

 

 留美さんが俺に聞きたいこととな。

 

 いつもならば「体重は事務所を通して」みたいなヒトネタを挟むところだが、生憎留美さん自身が俺のプロフィール全てを管理している事務所側の人間である。

 

「これは、きっとこんなときに聞くようなことではないのかもしれませんが」

 

「なんですか?」

 

 ジャカジャカとギターをかき鳴らすフリをしながら留美さんの言葉を待つ。

 

 

 

「……良太郎君。貴方は――」

 

 

 

 ――本当に()()()()()()()

 

 

 

「……はい?」

 

 なんかスゲェこと聞かれた。

 

「私は、貴方のお兄さんを知っています。弟の良太郎君ほどではありませんが、それなりに長い時間あの人のことを……()()と呼ばれる存在を傍で見てきたつもりです」

 

 兄貴の後輩であり、現在は兄貴の秘書でもある留美さん。確かにそろそろ俺よりも兄貴と接している時間は長くなっているかもしれない。

 

良太郎君(あなた)幸太郎さん(あのひと)は、何かが違うんです。きっとこんなあやふやなことで何を言っているのかと言われてしまえばそれまでです」

 

 留美さんは「だからこそ」と首を振った。

 

「直接聞いてみたかったんです。例え失礼な質問になってしまったとしても――」

 

 

 

 ――()()()()()()()()()? と。

 

 

 




・君も俺のファンになったのかな?
・「忘れたのか! お前の一番のファンの顔を!」
『ファンサービス』という単語にかけられた呪い。

・とても良い笑顔で親指を立てるスタッフのお姉様方
本当はゆりゆりにこの辺りの役割を担ってもらおうと思ってたけど、彼女確か生ものはそんなに好きじゃないらしいので却下になりました。

・『魔王エンジェル』の存在を忘れる奴がいるわけないでしょーに。
ねぇ!?(威圧)

・『アムリタ』歌詞使用
しかしわざわざ使う必要はそんなに(げふんげふん)

・フリーズ卯月
(まだ比較的)ピュアな卯月には情報量が多すぎた。

・『プロのピアニストはマイクも何も使わずに(ry
確か『スパイラル』のカノン編で言ってたような。

・『各アイドルが保有する属性について』
Visual Vocal Dance

・――貴方は誰なんですか? と。
意外! 良太郎の正体に切り込んだのは、まさかの留美さん!



 なんかシリアスっぽいけど、そんなに重いことにはなりませんのでご安心を。



『どうでもいい小話』

 デレ7th名古屋公演二日間お疲れ様でした!

 色々と言いたいことが多い神公演でしたが、ここでは一つだけ。



 ……冗談抜きに、目の前にななみんがいたよ……声が届くような距離にななみんがいたよ……めっちゃ可愛くて号泣しちゃったよ……。


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Episode45 Like a thunder! 3

前半若干シリアス。後半からは完全趣味(これがやりたかった……!)


 

 

 

「……そう、ですねぇ」

 

 ジャラランと軽くギターの弦を鳴らしながら、留美さんからの質問に対する答えを探す。

 

 俺が誰か、なのか。それは俺自身が()()()()()()から考え続けたことでもある。

 

 転生する前の名前は……生憎思い出せない。忘れたというわけではなく、転生時の補正の一環として思い出すことが出来なくなっていた。そして今の俺は勿論『周藤良太郎』なのだが……それは()()()()()()()()()()()

 

 ……なんて厨二めいたことを考えたことは、一度や二度ではない。兄貴や恭也に対する劣等感に苛まれていた時期はずっとこんなことを考えていた。

 

 そのときも結局答えはでなかったし、今となっては出すつもりもない。寧ろ黒歴史を引きずり出されたような気がして若干ポンポンが痛い。

 

「誰なのか? という質問はさておき……まぁ、自分は『天才』なんて呼ばれるような存在じゃないことは確かですね」

 

 さて、どう説明(いいわけ)したものか。

 

「……留美さんは、世界で最強の武器って何だと思います?」

 

「……え、武器ですか? ……核兵器、でしょうか……?」

 

 脈絡もなく全く別の話題に代わり戸惑いつつも、律儀に答えてくれる留美さん。

 

「まぁそうですね、真っ先に思い浮かぶのは某国御用達の……」

 

「カメラ回ってないとはいえ、流石にその発言はNGですよ!?」

 

 慌てた留美さんに止められる。うん、今のは彼女が止めてくれることを前提にしたジョークだった。

 

「仮にその核兵器を留美さんが所持していたとします」

 

「物騒な例えですね……」

 

「その場合、留美さんは世界で最強になったと思いますか?」

 

「それは……ありえませんね」

 

「でしょうね」

 

 勿論所持しているだけでも意味がある武力というものも存在する。けれど、それを使いこなす前に制圧されてしまってはその武器に意味はない。

 

 要するに、使い方なのだ。

 

「俺が神様から貰ったのは『才能』じゃなくて、そんな『世界で最強の武器』なんですよ」

 

「……それはまた、随分と曖昧なものですね」

 

「そうですね、大雑把過ぎて把握することすら困難な代物です」

 

 それは転生特典というバカげた存在。『天からの授かりもの(ギフテッド)』という意味ならば、まさしく文字通りの意味での才能なのかもしれないが――。

 

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()は、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 使いこなせているかどうか未だに分からないそれは、今も()()()()()()()()()

 

 こんなものを手にしてしまった俺は……もしかしたら、()()()()()()()()()()()()()()

 

「そして世界で最強の武器と言えば、勿論……」

 

「勿論……?」

 

 

 

「『リボルケイン』ですよ」

 

 

 

「……は?」

 

「おっとそろそろ時間ですね。それじゃあ行ってきまーす」

 

「えっ、ちょっ……!?」

 

 狙い通り、丁度俺の登場するタイミングが目前に迫っていたため、留美さんにヒラヒラと手を振ってその場を立ち去る。

 

 さて、久しぶりのギター披露だ。気合いを入れていこう。

 

 

 

「……これは、はぐらかされた……のでしょうね」

 

 

 

 

 

 

『………………』

 

 ピアノでの弾き語りを終えて立ち上がったまゆちゃん。彼女が観客席側に向かって頭を下げると、観客からは歓声ではなく万雷の拍手が送られた。

 

 今までとはまた違う盛り上がり方を見せる会場からは、少々すすり泣くような声が聞こえたような気がした。

 

「うーん、あぁいうところを見ると普通のいいところのお嬢さんなのにねぇ」

 

「えっと、違うんですか?」

 

「……昔ね? たまたま街ですれ違ったときに『初めまして、佐久間まゆです。良太郎さんと幸太郎さんには、大変お世話になっています』って」

 

「……え、えっと……すみません、それのどこが……?」

 

「ええ、普通よね……それが()()()()()()()にも関わらず、()()()()()()()()()()()のでなければね」

 

「?」

 

 良太郎さんのお義姉さんである早苗さんと留美さんの友人という千雪さんが、向こうでそんな『意味が分かると怖い話』みたいな会話をしていた。うん、きっと良太郎さんか幸太郎さんが早苗さんの写真を見せてたんですよ……。

 

 怖いので、意識を早苗さんたちからステージの上に戻す。既に暗転しているためイマイチ分かりづらいが、メインステージの上ではピアノの撤収が始まっている。このままこのメインステージで次のアイドルのパフォーマンスはしないだろうから、次はセンターかバックか……。

 

 などと考えている内にバックステージがライトによって照らし出され……そこに立っていた人物に会場がざわつき交じりの歓声が上がった。

 

 

 

「あっ!?」「良太郎君!」「ギター持ってる!?」「え、えっ!?」

 

 

 

 先ほどはジュピターの三人に合わせて装飾が少なくなった衣装を着ていた良太郎さんが、さらに装飾を少なくした衣装になり……そして真っ赤なギターを携えていた。

 

「え、良太郎君ってギター引けたの……?」

 

「「知らないの!?」」

 

 ポツリと呟いたこのみさんの一言に、美希と真美が真っ先に反応した。

 

「りょーたろーさんのギターと言ったら、あの『シャイニーフェスタ』なの!」

 

「歌とダンスだけじゃなくて、ギターもチョーチョースッごいんだよ!」

 

「懐かしいわねぇ」

 

「そんなこともあったねぇ」

 

 二人の言葉にあずささんと私も同意する。

 

 私たちがアリーナライブを行う前、南の島で『アイドルたちによる()()()の祭典』として開催されたそれに、それまで楽器に一切触れてこなかった私たちまで何故か参加することになってしまい、事務所のみんなで必死に練習したのを覚えている。

 

 そしてそれには勿論『周藤良太郎』も招待されていて、それまでバンド演奏を主として活動していたアイドルたちに引けを劣らない演奏を披露して、会場を大いに盛り上げたのだ。

 

 しかし、それ以来『周藤良太郎』がギターを披露する場面は一切なかった。

 

「つまり、ギターを装備したりょーたろーさんは激レア!」

 

「それはメインライダーがサブライダーの変身ベルトを装着するぐらい激レア! つまり劇場版レベル!」

 

「真美ちゃんの例えはよく分からないけど、とりあえず貴重だってことは理解したわ」

 

 そんなやり取りをしている間に良太郎さんの演奏は始まっていた。

 

 

 

『何一つ変わらないものなんてないはずで』

 

『それはきっと人の想いだって同じ』

 

 

 

 曲は『全く同じ()()はこの世に存在しない』と歌った『千恋万華(せんれんばんか)』。声色一つで様々な感情を表現する良太郎さんだからこそ歌いこなすことが出来ると称された曲で、どうやらそのギターソロアレンジバージョンのようだ。

 

 

 

『それなのに俺は変われなかった。変えれなかった』

 

『君を笑顔で見送れなかった』

 

 

 

 ……良太郎さんが作詞に携わったというこの曲は、きっと彼の『心の叫び』なのだろう。

 

 周藤良太郎は笑わない。鉄面皮という言葉ですら生易しく思えるほど、彼の表情は変わらない。目は動く、口も動く、頬も動く、なんだったら鼻も動かせると彼は言う。

 

 しかし、何故かそれが()()()()()()()

 

 もしかしたら笑っているのかもしれないし、怒っているのかもしれない。しかめているのかもしれないし、辛そうにしているのかもしれない。

 

 それでも私たちは、それを表情として捉えることが出来ないのだ。

 

 だからこれは、本当の周藤良太郎を知ってもらいたいという()()()()()()……なのかもしれない。

 

 けれど、それももしかして「『周藤良太郎』とは斯くあるべきだ」と私たちが彼に抱いている期待(イメージ)なのかもしれない。結局のところ、本当のことなんて分からない。聞いたとしても、きっと良太郎さんは話してくれないだろう。

 

 もし、彼がそれを口にするとしたら……果たして、どんなヒトなのだろうか。

 

 

 

『どうかこの想いが』

 

『泡沫の夢ではありませんように』

 

 

 

 

 

 

 わあああぁぁぁあああぁぁぁ!

 

 

 

「……ふぅ」

 

 最後のフレーズを問題なく歌いきり、大歓声を一身に浴びながらこっそりと息を吐く。我ながら無縁の代物と思っていたが、久々のギターに加えて弾き語りというものはそれなりに緊張した。

 

 まぁ、ステージ下のやり取りで少々()()()()()()()()のも原因の一つだろうが、それほど問題ではないだろう。

 

 しかし、まさか留美さんからあぁいうことをブッ込まれるとは思っていなかった。正直そーいう役回りがあるとするならば、もーちょっとこう……俺に近しい人じゃないかと思っていた。

 

 なんというか……ぶっちゃけ微妙じゃん? 俺と留美さんの距離感って。アイドルと副社長。先輩の弟と兄の後輩。イベント足りてないと思うんだよなぁ……。

 

 だがその距離感だからこそ気付ける何かがあったのかもしれない。きっといつかは彼女と同じように、気付く人物が表れるのかもしれない。

 

(けど、少しだけ遅かったかなぁ)

 

 俺はもう、それを()()()()()()()()()と心に誓ったのだ。

 

 これは俺の胸に秘め。決して明かさず。

 

 

 

 ――この世の淵へと沈んでいこう。

 

 

 

 さぁ、俺も早く裏へと戻ろう。

 

 何せ、個人的にはこの後が()()()()()だと思っているのだから。

 

 

 

 

 

 

「……ぐすっ」

 

「ほら唯、これ使いなさい」

 

「ありがと、奏ちゃん……」

 

 良太郎さんの歌を聞いて、感極まってしまったらしい唯ちゃんに奏ちゃんがハンカチを貸していた。通常バージョンでも『周藤良太郎』を代表するバラードの一曲でもある『千恋万華』のギターソロアレンジなのだから、周りでも唯と同じようにすすり泣いている人が多いようだ。

 

 一曲前のまゆちゃんのときと同様に、万雷の拍手と共にステージの下へと捌けていった良太郎さん。

 

 先ほどの曲の余韻に浸りつつ、さて次の曲はなんだろうかと再びステージへと視線を向けて――。

 

 

 

「……え」

 

 

 

 ――聞こえてきたイントロに真っ先に反応したのは、他ならぬ奏ちゃんだった。

 

 ピンクと紫のライトに照らされたメインステージに現れた五人の影。恵美ちゃん、まゆちゃん、志保ちゃん、志希ちゃん、美優さんの123プロダクションに所属する女性アイドル全員が並び立つそのシルエットには、何やら既視感があった。

 

「これって……!」

 

「もしかして……!」

 

「……もしかしなくても、そうよ」

 

 驚く唯ちゃんとかな子ちゃん。そして奏ちゃんの声も驚愕に震えていた。

 

 会場も「まさかこの曲は……!?」とどよめく中、恵美ちゃんの口から最初の一フレーズが紡がれた。

 

 

 

『忘れてきてあげたのよ、自分の傘は』

 

 

 




・本当に周藤良太郎なのか?
・ようやく気付けたコレの正体
以前から数回出ている『この外伝の正体』に関するキーワードです。

・某国御用達の……
こんなところにまで目は届かないだろう(震え声)

・リボルケイン
オーバークオーツァーで「お前が使うんかい!」ってなった。

・『意味が分かると怖い話』
ほら、まゆちゃんだから(真理)

・メインライダーがサブライダーの変身ベルトを装着
エージ君とかシンにーさんとか。

・『千恋万華』
良太郎のオリ楽曲。自分で考えておいてボカロ曲みたいなタイトルって思った。

・表情にならない。
六年ずっと色々と考えておいて、こーいう感じにようやく落ち着いた。

・最初の一フレーズ
今や『シンデレラガールズ』を代表する一曲。



 外伝のくせしてやや重めにシリアスしましたが、この辺りは全て外伝最終話で回収していきます。本編のネタバレにはならないのでご安心を。

 そして最後のこれは、感謝祭ライブ編で一番やりたかたことです!

 次話を待てぇい!


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Episode46 Like a thunder! 4

 聞こえるだろうか……この雷鳴が。


 

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!???」

 

 

 

 随分と汚い雄叫びのようなものがすぐ隣から聞こえてくるが、残念ながら発しているのは現役の人気アイドルである。ファンが見たら百年の恋も冷めそうな光景かと思ったが、アイドル『松田亜利沙』的には恐らく平常運航なのだろう。

 

 しかし、彼女がこれだけ発狂(と称しても問題ないだろう)しているのも無理はない。そう考えてしまうぐらい……目の前の光景と会場全体の熱気は凄まじいものだった。

 

 

 

 『Tulip』。それは346プロダクション所属のアイドルユニット『LiPPS』を代表する曲であり、今や346プロダクションを代表する一曲としても広く認知されている人気曲だ。つまりカバーであり、彼女たちの曲ではない……というのは正確ではない。

 

 何せ今ステージに立っている志希ちゃんは、その『LiPPS』の元メンバー。きっとその縁で今回歌うことになったのだろうが……今はそんな考察をしている暇じゃないということは、私でも感じることだった。

 

 

 

『雨の日は寄り添って近づけるでしょ』

 

『公園のチューリップも濡れて咲いてる』

 

 

 

 まゆちゃんと志希ちゃんが歌いながら指先で観客たちを撫でるように挑発すると、会場は更なる盛り上がりを見せる。亜利沙ちゃんも、もはや言語化出来ないような音を口から発しているぐらいテンションがぶち抜けていた。

 

 

 

『このチャンス逃したら次はないかも』

 

 

 

 妖艶に、それでいてその一言を力強く歌う美優ちゃん。何度か一緒にお酒を飲む機会があったが、そのとき楓ちゃんに絡まれてタジタジになっていた子と同一人物とはまるで思えなかった。

 

 

 

『唇は喋るためじゃなく』

 

 

 

 そしてこの大舞台のセンターに立つ志保ちゃんが人差し指で自身の唇に触れる。

 

 ……先ほどの美優ちゃんと一緒に披露した『Last Kiss』もそうだったが、志保ちゃんにこの辺りを歌わせる辺り、もしかして良太郎君の性癖か何かなのではないかと思わず勘ぐってしまう

 

 しかしそんな考えがすぐに消えてしまうぐらい――。

 

 

 

『『『『『キミのためにキスするために、咲いている』』』』』

 

 

 

 ――五人の中で一番年下だということを忘れてしまうほどに、彼女は決して劣らない魅力を有していた。

 

 

 

 

 

 

『はじまりはそっと』

 

『『『『『素Kiss kiss kiss』』』』』

 

 

 

 FuFuuuuuuu!!!

 

 

 

 周りに合わせて、私もサイリウムを振りながら声を張り上げる。コールの経験は浅いものの奏ちゃんたち『LiPPS』の『Tulip』ならば何度も聞いた曲だから、すぐにコツは掴めた。

 

(まさか346プロの曲を歌うなんて……)

 

 志保ちゃんのウインクと共に紡がれた『……なんてね』の一言に会場が湧き上がる中、私は少しだけ別のことを考えていた。

 

 カバー曲を歌うというのは、別段珍しいことじゃない。なんだったら私たちだってライブで歌うことはあるし、そもそもこのライブの前半の志希ちゃんの『アフタースクールパーリータイム』や志保ちゃんの『Last Kiss』だってカバー曲のようなものだ。

 

 しかし、これは他事務所(346プロ)の曲なのだ。実現すること自体は難しいことではないだろうが、流石にこのライブでそれをするとは思っていなかった。

 

(……あぁ、だから)

 

 きっと、これが()()()()()()()()()()()()だ。勿論ちゃんとした契約を結んで楽曲の使用許可を出したのだとは思うが、そのお礼という形で関係者チケットを貰ったのだろう。……流石に、チケット欲しさに使用許可を出したわけではないだろう、うん。

 

 

 

『無防備に寝たふりで肩を寄せたり』

 

 

 

 小悪魔のような笑みを浮かべながら歌う志希ちゃん。まだ彼女が123プロから346プロに出向していた頃に何度もこの曲を歌う姿を見たが……周りのメンバーが変わるだけでこれほどまで印象が変わるとは思わなかった。

 

 リップスとしての志希ちゃんがメンバーとして溶け込んでいる自然な姿だとしたら、今ステージに立っている彼女は……彼女から感じ取れるのは……。

 

 

 

 ――負けたくない。

 

 

 

 彼女たち五人は、事務所こそ同じだがユニットではない。端から見ていても仲が良く、志保ちゃんとは『Cait Sith』というユニットを組んでいる。しかし同じステージに立ち、同じ歌を歌い、見る人を魅了するパフォーマンスとコンビネーションを披露していても、そこにいるのは『トップアイドル』の五人。

 

 123プロという事務所の縮図を、私はそこに見たような気がした。

 

 

 

 ふと、気になった。

 

(……奏ちゃん)

 

 志希ちゃんと同じく『LiPPS』のメンバーで、彼女の『友人』であり『ライバル』でもある奏ちゃん。そんな彼女にチラリと視線を向ける。

 

 

 

「………………」

 

(っ……!?)

 

 

 

 彼女はポロポロと涙を流していた。先ほどまでと同じように、ささやかなサイリウムの振りとコールをしつつ、真剣に志希ちゃんたちが歌う『Tulip』を聞いている。しかし、その両眼からは涙がこぼれ落ちていた。

 

 一体、奏ちゃんの中でどのような感情が渦巻いているのか分からない。けれどそれは普段見せることのない彼女の姿だった。

 

 

 

『恋はココからだし』

 

『魅せてあげるよアタシ』

 

『キミはコレからだし』

 

『今夜』

 

 

 

 

 

 

「冬馬君は聞いた?」

 

「何をだ?」

 

 待機場所のモニターでカバー曲を歌う五人の姿を見ながら、パイプ椅子に逆に座った翔太が尋ねてきた。

 

「これも志希ちゃんの希望だったんだって」

 

「……ふーん」

 

 全く興味がないわけではなかったが特にコメントが思いつかなかったため、そう返す。

 

 所の曲を歌いたがったり、イマイチやる気が分かりづらい(当社比)アイツにしては珍しいことが続くもんだ。

 

「まぁ他の子たちもノリノリで、リョータロー君が『なにそれ俺も超聞きたい』って率先して346のお偉いさんに直接お願いしにいったからこそ実現したんだろうけどね」

 

 ライブのためという名目があったとはいえ、私利私欲で他事務所に吶喊するんじゃねぇよ。……いつものことだった。

 

 周藤良太郎という人間を再認識していると、紙コップを片手に「それ、俺も聞いたよ」と北斗が近づいてきた。

 

「歌いたがった理由がシンプルに『好きな曲だから』っていうんだから、思わず笑っちゃったよ」

 

 北斗の言う笑うというのは文字通りの意味での笑うではなく、微笑ましく思うという意味だろうが……確かに、それはいい意味で笑えそうだ。

 

 なかには()()()なんて奴らもいるが、アイツがそんなことを気にするとは思えない。元メンバーに対する当てつけか、なんて馬鹿なことを言い出す奴らも現れることだろう。

 

 しかし、それがどうした。

 

 それぐらいの『自分』を貫き通せないような奴が、この事務所にいるわけがない。

 

 ()()()は、そういうアイドルだ。

 

 

 

『このあとはもっと』

 

『『『『『skip skip skip』』』』』

 

『……なんてね』

 

 

 

 

 

 

「……嬉しかったのよ」

 

 私の視線に気付いていたらしい奏ちゃんは、他の人に見られる前に涙を拭いながらそう言った。

 

「これでも、私は私たちの『LiPPS』というユニットと『Tulip』という曲に誇りを持ってる。だから、こんな大舞台であの123プロのアイドルたちに披露してもらえたことが、嬉しかった」

 

 涙を見られたのが恥ずかしかったのか、耳を少しだけ赤くしながら奏ちゃんは「出来れば私たち自身で披露したかったけどね」と苦笑した。

 

「あと、そうね……ちょっとだけ嫉妬かしら。あの浮気者の気紛れ猫娘に」

 

「浮気って……」

 

「冗談よ」

 

 クスクスと笑う奏ちゃんは、どうやらいつもの調子に戻ってきたらしい。

 

「ホント、こんなもの見せられたら……私も昂っちゃうじゃない」

 

 ……いや、いつもの調子どころじゃなかった。先ほどの志希ちゃんたちのステージに当てられてしまったのだろう。

 

 奏ちゃんだけじゃない。きっとこの会場にいるアイドルの多くが同じように、良太郎さんたち123プロのアイドルに刺激を受けているはずだと断言できる。

 

 だって私も、そう思っているのだから。

 

 

 

「というわけで、このライブが終わったらよろしくね、美波」

 

「……え?」

 

 

 

「……あら、貴女はまだ聞いてなかったのね」

 

「えっ、何、どういうこと?」

 

「フフッ、楽しみにしてるわね」

 

「だからどういうこと!?」

 

 ――私と奏ちゃんがユニットを組んでお仕事をすることになるのは、このライブが終わった後のお話。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……!」

 

「肩で息してる……」

 

「はっはっは、自分の事務所のアイドルの曲を全力でコールする……うん、このアイドルに対する愛情は、同じ経営者として見習わなければならないな!」

 

「………………」

 

(黒井の目が……死んだ……)

 

 

 

 

 

 

「ありさはしにました」

 

「生きてるから落ち着いてちょうだい」

 

 ようやく再起動したと思ったら、亜利沙ちゃんの口から放たれた一言目はそんな言葉だった。衝撃的だったのは間違いないが……熱烈なアイドルファンにはそこまでの攻撃力を有していたということなのだろうか。

 

「いやぁ、まさか突然『Tulip』をぶつけられるとは思っていませんでした……これは最早災害と言っても過言ではないですね」

 

「流石に過言……とは言い切れないのが本当にアレよねぇ……」

 

「ですが、もう大丈夫です! 一度死の淵から蘇ったアイドルオタクは戦闘力が上昇します!」

 

「それ、最近だと死に設定らしいわね」

 

「まさしく死んじゃいましたね!」

 

「上手くはないわよ」

 

「とにかく! これでもうどんなサプライズが来ようとも耐えられます! サプライズ新曲でもサプライズゲストでも余裕です!」

 

 テンションが高いのはライブが始まってからずっとだが、それでもなお彼女のテンションは高まりつつある。

 

 しかし、それも頭打ち……ではなく、天井を突き破る瞬間がやって来た。

 

 

 

 ――いやぁ、すっごい盛り上がり!

 

 ――流石、123プロの感謝祭ライブだよね。

 

 

 

「「……え?」」

 

 

 

 ――まぁ、認めてあげるわ。これが日本で……いえ、世界で一番のライブだって。

 

 

 

 突如聞こえてきた天の声に会場がざわつく。これは123プロに所属するアイドルの声ではない……しかし、それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()アイドルの声。

 

「……え? え? え?」

 

 亜利沙ちゃんの様子がおかしいが、私もそれを気にする余裕がなくなっていた。

 

 だって、まさか、そんなことが……!?

 

 

 

 ――でも、それなら()()()がいないのはおかしいと思わない?

 

 ――そうだよねー、おかしいよねー。

 

 ――許されざる蛮行。

 

 

 

 おおおぉぉぉ!?

 

 

 

 ――そろそろ気付いてるんでしょ?

 

 ――なら、高らかに叫びなさい……私たちの名前を!

 

 

 

 魔王! 魔王! 魔王!

 

 

 

 ――聞こえないわ!

 

 ――世界一のライブってのは、そんなものなの!?

 

 

 

 魔王! 魔王! 魔王!

 

 

 

 ――いいわ! ならば聞かせてあげる!

 

 ――周藤良太郎じゃないからって気ぃ抜くなよ!

 

 ――準備はいい!?

 

 

 

『『『「Blazing Thunder」!!』』』

 

 

 

 わあああぁぁぁあああぁぁぁ!!!

 

 

 

 今、魔王の雷鳴が会場に轟いた。

 

 

 




・123五人娘による『Tulip』
作者の願望詰め合わせ。恵美と志保と美優さんのチューリップ聞きたい……。

・センター志保
相変わらず志保にキス関連の曲を歌わせたがる作者の性癖。
ちなみに前回ではセンター恵美になっていましたが、変更しています。

・美城専務が招待された理由
というわけです。別にミッシーがねだったわけじゃないよホントダヨ。

・私と奏ちゃんがユニット
デレステにて絶賛イベント中! みんな頑張って!

・ミッシー大興奮
自分でプロデュースしたアイドルの曲でも盛り上がれる常務はファンの鑑。

・死の淵から蘇ったアイドルオタクは戦闘力が上昇
・最近だと死に設定
まぁその設定生きてたとしても、最近のパワーインフレの前には微々たるものだろうし……。

・高らかに叫びなさい……私たちの名前を!
主人公より王様ムーブしてる()



 作者がやりたかった『123五人娘によるチューリップ』からの、サプライズ『魔王エンジェル』の登場! 自分で書いてて脳汁溢れ出てきた。

 テンション上がってまた四話に収まらなかったけど、些細な問題だな!


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Episode47 Like a thunder! 5

六年……長かった。


 

 

 

 『魔王エンジェル』

 

 

 

 あの『周藤良太郎』と同期のアイドルの生き残りにして、彼が()()と世間で呼ばれる中であえて()()を名乗り、そしてそれが受け入れられている存在。先に行われたIEにて激戦を繰り広げた『女帝』を彼の生涯の宿()()と称するならば、彼女たちは永遠の()()()

 

 三条ともみ。良太郎さんに及ばないものの、世間一般的な意味で『無表情』と称されるほど感情の起伏に乏しい女性。しかし意外と気さくで悪ノリが大好きという点まで良太郎さんによく似ており、そしてライブ中にかける()()までとても似ている人。

 

 朝比奈りん。小さな体にとても女性らしい体つきの小悪魔系正統派アイドル。良太郎さんの同期のライバルであると同時に、彼の熱烈なファンであることも公言している彼女だが……『周藤良太郎』に立ち向かうための()()()()()を持ち合わせている人。

 

 東豪寺麗華。『魔王エンジェル』のリーダーにしてプロデューサー。『周藤良太郎』という身近に存在する巨大すぎる壁に決して屈することなく、ただひたすらに前に向かって足を進め続けたその姿を、今や誰も挑戦者(チャレンジャー)などとは称さない。

 

 彼女たちこそ、現在の日本のアイドルで()()――。

 

 

 

 ――『周藤良太郎』に並び立つ()()()()である。

 

 

 

 

 

 

『悲鳴のように轟かせ!』

 

『燃えるように熱く激しく!』

 

『咆えろ! 咆えろ!』

 

 

 

 咆えろ! 咆えろ!

 

 

 

 普段の無口な印象のともみさんからはまるで想像もつかないような煽りに、会場全体があらん限りの声を張り上げる。私も持てる限りの全力を持ってコールに合わせる。

 

 123プロのライブを観に来たファンたちばかりの会場だというのに、1054プロのアイドルである彼女たちのコールに応じることが出来ない人物は存在しなかった。

 

 

 

『アンタの耳に叩き込む!』

 

『その心に刻んであげる!』

 

『響け! 響け!』

 

 

 

 響け! 響け!

 

 

 

『『『魂を焼け尽くす雷鳴の如く!』』』

 

 

 

 2番のサビが終わり、最後のイントロに差し掛かる。

 

 

 

 ――それは天の剣。大地への慟哭。

 

 

 

「っ!?」

 

 再び聞こえてきた天の声。魔王エンジェルの三人のものではないそれは、一体誰がという疑問を抱く暇すらなくその正体を現した。

 

 

 

『今ここに王としての証を刻もう!』

 

 

 

 わあああぁぁぁあああぁぁぁ!!!???

 

 

 

(このタイミングで、()()()()()!?)

 

 

 

 バックステージのポップアップからせり上がってきたのは、つい先ほど『Tulip』の前にそこから捌けていった良太郎さんだった。マイクを手に現れた彼は――。

 

 

 

『『『『さぁ行くぜBlazing Thunder!!』』』』

 

 

 

 ――そのまま魔王エンジェルの三人と共にラスサビを歌い始めた!

 

 

 

 わあああぁぁぁあああぁぁぁ!!!

 

 

 

 それは、彼らのファンならば一度は夢見た光景。『周藤良太郎』と『魔王エンジェル』が同じステージで同じ曲を歌うという、奇跡のコラボレーション。

 

「っ……!」

 

 涙で滲む視界を、袖で拭って必死に広くする。この光景を一瞬でも見逃すなんて、あってはならないことだ。

 

 もはや涙でかすれた声を必死に絞り出しながら、意識を全てステージの上へと集中させるのだった。

 

 

 

 

 

 

「……ひっく、ぐす……」

 

「大丈夫か、加蓮……」

 

 泣きじゃくる加蓮の背中を、優しく撫でる奈緒。思わずあの加蓮が素直に感情を露にするなんて……とも思ってしまったが、これは仕方がないことだった。かくいう私もかなり怪しく、先ほどから何度も涙を拭っている。隣の未央や卯月も……そして後ろの甘奈も一緒になってグズグズと鼻を鳴らしていた。

 

 正直に言うと、私は自称するほど『魔王エンジェル』のファンというわけではない。それでも、昔から『周藤良太郎』を知っている身としては『魔王エンジェル』という存在は切っても切れない関係ゆえに、自然と涙が零れ落ちるのだ。

 

 

 

『……ようこそ、「魔王エンジェル」』

 

 良太郎さんが彼女たちのユニット名を口にしたことで、会場から改めて大歓声があがる。

 

 『周藤良太郎』のライブに『魔王エンジェル』の三人が出演する。両者がアイドルとして活動してきた期間はそれなりに長くなり、お互いに良き友人であり良きライバルであることは世間的にも認知されているにも関わらず、それは未だに実現しなかった。そういう意味でも、これは歴史的な瞬間と言えるだろう。

 

『どーだ、俺らのライブは。凄いでしょ? 最高でしょ?』

 

 無表情ながら「フフン」と自慢げな様子で指を振る良太郎さんに、観客たちが再び歓声をあげる。

 

『うん、悪くない』

 

『裏で見ててもサイコーだったのに、ステージに立てて更にサイコーだよー!』

 

 微笑みながら頷く三条さんと、「いひひっ」と笑みを浮かべる朝比奈さん。

 

『ほら、麗華』

 

『……だから、さっき認めてあげるって言ったでしょ』

 

『………………』

 

『……何よ』

 

『いや、流石に「麗華ってば素直じゃないんだからー」って言い飽きたなーって思って』

 

『どういうことよ!?』

 

『もー! 少しは毎回その台詞を言わされるこっちの身にもなってよ!』

 

『知らないわよ!』

 

 123プロの感謝祭ライブという、並のアイドルではまともに立つことすら出来ないステージで、そんなことを微塵も感じさせない彼女たちのいつものやり取りが繰り広げられていた。

 

『二人とも落ち着いて。そのやり取りはわたしたちの()()()()なんだから、安易に変えちゃダメ』

 

『まずアンタはアイドルに鉄板ネタは必要ないという認識を持ちなさいっ!』

 

『アタシ知ってるよ! これが「ここまでテンプレ」ってやつだよね!』

 

『うがあああぁぁぁ!?』

 

 三条さんが余計な燃料を投入した直後に朝比奈さんが着火したことで、ついに東豪寺さんが炎上してしまった。

 

 ……こういうやり取りを毎回やってるから伝統芸とか言われることは、流石に気付いてはいるはずなのに……と若干不憫に思いつつ、それでも私も周りの観客同様に笑いを堪えられなかった。

 

『もしもーし。女の子たちがキャッキャウフフしてるのも悪くないんだけど、寧ろ「続けてどうぞ」って言いたいところなんだけど、そろそろお兄さん一人で寂しいんだけどー』

 

『あーあーはいはい悪かったわよ!』

 

 ここでちゃんと謝れるところに麗華さんの人の良さが滲み出ている気がする。

 

『りょーくん、ごめんねー!』

 

『ちょっとテンション上がってた』

 

 ペロッと舌を出して可愛らしく謝るりんさんの姿に観客が盛り上がる一方で、表情にあまり変化のないともみさんに対して(テンション上がってたの……?)と全員の内心で首を捻っている気がする。

 

『ったく。……改めて、今日呼んでくれたこと……一応、感謝してあげる』

 

『なんのなんの。寧ろ呼ぶのが遅くなって悪かったな』

 

 ニヤリと笑う麗華さん。良太郎さんの表情は変わらないが、きっと内心では彼女と同じような表情をしているのだろう。

 

 そんな二人のやり取りに『おぉっ!』というどよめきと共に……少しだけすすり泣くような声も聞こえた。長年良太郎さんや魔王エンジェルのファンを続けてきた人の中には、この四人の共演を待ち望んだ人もいることだろう。

 

『……いや、違うわ』

 

『ん?』

 

 良太郎さんの言葉を否定した東豪寺さんは、二度三度とすぅはぁと深呼吸した。

 

 

 

『私たちこそ……()()()()来るの、遅くなったわね』

 

 

 

 その、一言に。

 

 『魔王エンジェル』の東豪寺麗華から放たれた、たった一言に。

 

 普段の様子からは考えられないような柔らかい笑みで放たれた、たった一言に。

 

「っ」

 

 再び、私の視界は涙で滲むことになった。

 

『待たせてゴメンね』

 

『りょーくん、寂しくなかったー?』

 

『ちょー寂しかった。お前らホントに遅ぇんだもん』

 

『『『うっさい!』』』

 

 フンッと鼻で笑う東豪寺さん。アハハッと笑う朝比奈さん。ふふっと微笑み三条さん。そんな三人と同じ舞台に立ち……良太郎さんも、笑っているように見えた。

 

 ……いや、きっと良太郎さんも笑っていた。

 

『けど遅くなった分、それなりに()()()()()()になったと思わないか?』

 

『……ふん』

 

 これも彼女なりの肯定だろう。それを察した良太郎さんも『だよな』と満足げに頷いた。

 

『そんじゃ……そろそろいくか?』

 

『オッケー!』

 

『準備万端』

 

 良太郎さんの問いかけに朝比奈さんと三条さんが頷きマイクを構えると同時に、観客たちも次の曲がくると身構えた。

 

 

 

『……私たちの足、引っ張るんじゃないわよっ!』

 

『……上等ぉ!』

 

 

 

 その言葉を『周藤良太郎』に真正面から言ってのける人が果たして何人いるのか。

 

 

 

『始めるぞ!』

 

『私たちの!』

 

『俺たちの!』

 

 

 

『『「王様遊戯(ゲーム)!!」』』

 

 

 

 わあああぁぁぁあああぁぁぁ!!!

 

 

 

 流れ始めたのは『魔王エンジェル』の楽曲である『王様遊戯』。彼女たちの楽曲には自分たちのユニット名繋がりで『王』に関するような曲が多い。それはきっと『覇王』に対する挑発や挑戦状のようなものではないか、というのが世間の認識だった。

 

『ひれ伏せ、王の御前であるぞ』

 

『拝謁奉るその御言葉を聞け』

 

 

 

 絶対! 絶対! 絶対!

 

 

 

 けれど、今こうしてその『覇王』と並び立った今だからこそ分かる。

 

 

 

(こうべ)を垂れよ、口を慎め』

 

『その意向、背くこと違わず』

 

 

 

 絶対! 絶対! 絶対!

 

 

 

 『覇王』に対するユニットだから、ではない。

 

 

 

 彼女たちもまた、()()()()()()()アイドルだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 ――泣いている暇があったら、少しでも早く立ち上がった方がよっぽど有益だと思うぞ。

 

 

 

 ――どうだ? 立ち上がったら、有益なことがあったろ?

 

 

 

 あれから、随分と経った。

 

 今更あのときの一件に未練なんてないし、後悔もしていない。

 

(でも)

 

 あぁ、やっと。

 

 

 

 私たちは。

 

 

 

 良太郎と、肩を並べることが出来たんだ。

 

 

 




・『魔王エンジェル』
「彼女たちを登場させてみたかった」
ある意味、この小説の原点ともいえる存在です。

・凄いでしょ? 最高でしょ?
「天才でしょ?」

・『Blazing Thunder』
・『王様遊戯』
共に『魔王エンジェル』のために作者が考えたオリジナル楽曲。
……彼女たちの曲って『ラッキースター!』『ゆるして☆パイタッチ』とかだから、ちょっとこの場で歌わせづらくて……。



 連載開始して六年。ようやく……ようやく、良太郎と魔王エンジェルの三人の共演です。ホント……ホンット長かったなぁ……。

 中盤からとんと出番が減ってしまった彼女たちですが、作者は今でも『この作品を象徴するアイドル』の一組だと思っています。今後はちょくちょく出番作るからねぇ! 待っててくれぇ!



 そして先ほども少しだけ触れましたが、先日の11/29をもってなんと連載六周年を迎えることが出来ました。

 デレもミリも全く知らずにアニマスと二次創作の知識だけで書き始めたこの小説が、思えば遠くまで来たものです。

 まだまだミリのアイドルもシャニにアイドルも、なんならデレの新人組も書きたいのでまだまだお付き合いいただけるとありがたいです。

 感謝祭ライブ編もいよいよ終盤にさしかかっております!

 これからもどうぞよろしくお願いします!


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Episode48 Like a dream

皆さん……何かお忘れではないか?


 

 

 

「 病 む 」

 

 

 

 それは事務所のソファーでうつ伏せになったりあむさんから発せられた一言だった。

 

「いつもと違って、かなりガチめの『やむ』デスね」

 

「……だって、だって……!」

 

 弄っていたスマホから顔を上げたあきらちゃんの言葉に、りあむさんはガバリと勢いよく体を起こす。その勢いで、ぶかぶかのロングTシャツの襟から深い谷間が見えてしまった……。

 

「今日はあの123プロダクションの感謝祭ライブなんだよ!?」

 

「そーデスね」

 

「本会場だけじゃなくて、全国各地にLV会場があるんだよ!?」

 

「海外も含めると百を超えるらしいデスね」

 

 

 

「……それなのに、どーしてぼくたちは事務所にいるのさぁ!?」

 

 

 

「……えっと、レッスンがあったからですよね」

 

「あかりちゃん! ぼくは今そんな正論を求めてないの!」

 

 正直に答えたら怒られた。

 

「123プロのライブだよ!? あの『周藤良太郎』と『Jupiter』と『Peach Fizz』と『Cait Sith』と『三船美優』のライブなんだよ!? 国は今日という日を祝日にして国民は全員で観に行くべきだよ! これは国民の義務だよ!」

 

「気持ちは分からないでもないデスが、言ってること無茶苦茶デスね……」

 

 頭を抱えながら髪をブンブンと振り乱すりあむさんに、あきらちゃんは「そもそもりあむさん」と言葉を続ける。

 

 

 

「本会場のチケットはおろか、LVすら外してるじゃないデスか」

 

「ぐっはあああぁぁぁ!?」

 

 

 

 あきらちゃんから突き付けられた無慈悲な事実に、りあむさんはそのままソファーへ後ろに倒れ込んだ。今度はロングTシャツの裾から下着が丸見えに……。

 

「って、りあむさんアンスコ履いてないんご!?」

 

「そんなこと今はどーでもいいよぉ……」

 

「どーでもよくないんご!?」

 

 いくらレッスン後で他の人の出入りが少ないシンデレラプロジェクトの部屋とはいえ、あまりにも無防備すぎる格好に私が慌ててしまった。プロデューサーさんが入ってきたらどうするつもりなのだろうか……。

 

「まぁ、そーいう私もチケットは全滅してるんデスけどね」

 

 小さく「はぁ」とため息を吐くあきらちゃん。

 

 そう、私たちがここにいる主な理由は『レッスンがあるから』というよりは、どちらかというと『チケットが当たらなかったから』なのだ。

 

 私たちシンデレラプロジェクトのプロデューサーさんは、あの周藤良太郎と知り合いらしく「……その機会があるのであれば、是非そちらに参加してください」とレッスンよりもライブを優先してくれるぐらい優しい人だった。……顔は、まだちょっと慣れないぐらい怖いけど。

 

(はやて)サンも(なぎ)サンも、ちとせサンも千夜サンもみんなLV参加してますもんね」

 

 プロデューサーさんの許可を得て、今日のレッスンを休んだ他のプロジェクトメンバーたち。勿論千夜さんはちとせさんに連れていかれる形で、自主参加というわけではなかった。

 

「なんでぼくたちだけ当たらなかったのさー!?」

 

「りあむサンに限っては普段の行いかと」

 

「今日のあきらちゃん辛辣じゃない!?」

 

 多分だけど、あきらちゃんもライブに参加したかったんだろうなぁ。

 

「うぅ~……! この鬱憤、全部TLに流してやる……!」

 

「また炎上する気デスか?」

 

「しないよ! 前にPサマとちひろサンに散々怒られたから懲りたよ!」

 

 その場面は、私も目撃してしまったので覚えている。二人とも凄んだり声を張り上げたりはしないのだが、懇々とりあむさんを叱る姿はプロデューサーさんの見た目とちひろさんの満面の笑みのおかげで、第三者から見ても背筋が伸びるほどの恐怖を感じた。

 

「それならいいんですけど……ちなみに、どんなことを呟くつもりだったんデスか?」

 

「『なんかよそのライブで盛り上がってるらしいけど、そんなことよりレッスン!』って」

 

「よくそれで炎上しないって豪語出来ましたね!?」

 

「えぇ!? 123プロの名前出さないように考慮した上に、レッスン頑張ってるってアピールしただけなのに!?」

 

「もうちょっと自分のコメントを客観視する努力をしてください! しかも123相手って、冗談抜きで私たちなんて吹けば消し飛ぶんデスからね!?」

 

 ワーギャーと騒がしくなってしまったが、これが私たち『NEXT NEWcomer(ネクストニューカマー)』らしくて、思わずクスリとしてしまった。

 

「あぁもう、後で呟く文章添削してあげますから何個か案を出しておいてください。絶対に勝手に呟いちゃダメデスからね」

 

「年下にSNSの添削されるってなんだよこの状況……やむ……」

 

 一先ず落ち着いたらしく、二人とも自分のスマホに向き直ってしまった。私はどうしようかな……喉が渇いたし、三人分のお茶でも……。

 

 

 

「……って、なんじゃコリャー!?」

 

 

 

「わっ!?」

 

 椅子から立ち上がろうとした途端、突然りあむさんが大声を出したので驚いて腰を抜かしてしまった。

 

「もー、今度はなんデスか。また何か炎上してましたか?」

 

「ヤバいって! ぼくの炎上なんか比じゃないぐらいヤバいって!」

 

「一体何が――」

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 

「――はぁっ!?」

 

 驚愕したあきらちゃんも慌てて自分のスマホを操作し始めた。私も気になって自分のスマホを取り出す。

 

「ほらコレ! SNSに感謝祭ライブの写真とか動画とか、めっちゃ上げられてる! コレとか見てよ! ステージの上に周藤良太郎と天ヶ瀬冬馬と東豪寺麗華が並んで……はあああぁぁぁ!? え、なんで麗華ちゃんいんの!? それどころかりんちゃんとともみちゃんもいるんだけど!?」

 

 りあむさんは別のことに気を取られてしまっているが、確かにこれは大問題だった。どんなライブであっても、基本的には『公演中の撮影録音は禁止』だ。そもそもスマホは取り出すこと自体憚られる状況だ。

 

「……あっ! もしかしてコレじゃない!?」

 

「「どれっ!?」」

 

 そんな中、その答えとなりそうコメントを見付けると、両脇からりあむさんとあきらちゃんが覗き込んできた。

 

 

 

「「……は、はあああぁぁぁ!?」」

 

 

 

 

 

 

『……さて、二曲お送りしたところで、遅ればせながらちゃんと紹介させてもらうか』

 

 歴史的瞬間とも呼べる時間に心奪われていた私だったが、良太郎さんの声によって現実に引き戻された。

 

『サプライズゲストの「魔王エンジェル」! 東豪寺麗華! 朝比奈りん! 三条ともみ!』

 

 

 

 わあああぁぁぁあああぁぁぁ!!!

 

 

 

 この大歓声が、この場にその名前を知らない人はいないということを証明していた。

 

 麗華さんたちが観客に手を振っている間に先ほどまでセンターステージにいた良太郎さんがメインステージに移動し、さらに後ろから冬馬さんたち他のアイドルが表に出てきた。

 

『今日は良太郎にわざわざ声をかけられたから、来てあげたわよ』

 

『123プロファンのみんなー! おじゃましてまーす!』

 

『紛れ込んでる魔王ファンのみんなはもっと声を張り上げてー』

 

 ともみさんの煽りに、それはもう大きな歓声が上がる。この会場に集まった観客の九割以上が彼女たちのファンだったとしても、別に驚かない自信があった。

 

『さて、皆さんご存知「魔王エンジェル」。良太郎さんと肩を並べて日本を牽引するトップアイドルユニットのお三方を交えて、今からフリートークタイム……の! 予定だったのですが……』

 

 まゆちゃんの言葉に一瞬沸き立った会場の空気が困惑に変わった。

 

『……皆さん、お忘れではないでしょうか……まだ()()()()()()()()()()()()()()()ということを!』

 

 おおおぉぉぉ!? と改めて沸き立った会場の歓声の向こう側に良太郎さんの『忘れてて欲しかったなぁ』という呟きが聞こえた。

 

『これが最後のミニゲーム!』

 

 まゆちゃんからバトンを引き継いだ翔太君が右手を突き上げる。

 

 

 

『相手のNGワードを引き出せ! 「アイドルトークバトル」ゥゥゥ!』

 

 

 

 わあああぁぁぁあああぁぁぁ!!!

 

 

 

『それじゃあ、ルール説明するからよく聞いてよー!』

 

 変わらぬ無表情の良太郎さん、げんなりした表情の冬馬さん、苦笑する恵美ちゃんを余所に、メインステージのモニターにルールが説明される。

 

『今からフリートークに参加するリョータロー君、冬馬君、恵美ちゃん、麗華さんの四人にはそれぞれNGワードを設定させてもらうよ! それをフリートーク中に口にしたらアウト! その時点でその人の罰ゲームが決定する一発勝負!』

 

『NGワードは皆さんが普段からそれなりに口にされる言葉が設定されますので、うっかり使ってしまってすぐにトークが終了しないように気を付けてくださいねぇ』

 

 

 

『ちょっと待てや』

 

 

 

 翔太君とまゆちゃんのルール説明にドスの効いた声で待ったをかけたのは、当然麗華さんだった。

 

『なに人をしれーっと参加させてんのよ!? 罰ゲーム!? 聞いてないわよ!?』

 

『あたしたちも聞いてないけど』

 

『面白いからオッケー』

 

『やかましいわ!』

 

 メンバーからの裏切りに会う麗華さんだったが、これもいつもの光景である。

 

『はっはっは、ようこそ地獄へ』

 

『俺たち123プロは、お前の参加を歓迎するぜ』

 

『くんな負け犬ども!』

 

『んだとぉ!?』

 

『俺はまだ負けてねぇよ!』

 

『不戦敗が粋がんじゃないわよ!』

 

『それブーメランだからな!?』

 

 ワーギャーとステージの上が騒がしくなるが、観客席からは笑いが巻き起こる。麗華さんには同情するが、確かにこれは盛り上がる展開ではあった。

 

『ちょっと騒がしくなっちゃったけど、ルール説明の続きするよー』

 

『この四人にしてもらうトークテーマは()()()()()()で募集しまぁす』

 

「……え」

 

 今、まゆちゃんがシレッととんでもないことを言った。会場もそれに気付きざわついている。

 

『勿論、SNSを利用するためにはそれなりの電子機器が必要ですねぇ……?』

 

 にやりと笑うまゆちゃん。不敵な笑みのつもりなのだろうがそれはとても可愛らしく……いや、今はそんなことを言っている場合じゃない。

 

 

 

『このトークバトル中に限り! スマートフォンの使用を解禁だぁ!』

 

『ついでに撮影録音全てを許可させていただきまぁす!』

 

『ほらほらみんなみんなー! ドンドンじゃんじゃん拡散だー!』

 

 

 

 わあああぁぁぁあああぁぁぁ!!!???

 

 

 

 と、トンデモナイことになったあああぁぁぁ!?

 

 

 




・『NEXT NEWcomer』
シンデレラプロジェクト二期生「辻野あかり」「砂塚あきら」「夢見りあむ」の、所謂新人三人組ユニット。本来はこの三人の固有ユニット名ではないらしいのですが、調べてもこれしかなかったのでそのまま採用させていただきました。
三人の詳細は……まぁ、きっと彼女たちが本格参戦したときにでも。
個人的にはめっちゃ良太郎とりあむを絡ませたい。

・「どーしてぼくたちは事務所にいるのさぁ!?」
無 慈 悲 な 全 敗
なお原作りあむは現地至上主義でしたが、あまりにもチケットが手に入らない良太郎のライブに何度も直面しているためそれが無い設定。

・颯サン
・凪サン
勿論彼女たちもシンデレラプロジェクト二期生。
良太郎となーを絡ませたら、一体どうなることやら……。

・ライブ流出
(シリアスとか)ないです。

・『アイドルトークバトル』
元ネタどこだっけなぁ……?

・麗華参戦!
当然ですよね()

・スマートフォンの使用を解禁
・撮影録音全てを許可
こっちの元ネタというかインスパイア元は、バンドリ7thのRAS。



 Tulipからの魔王からのコレである。我ながら落差がヤバい。

 ミニゲーム最終戦はトークバトル。そしてそのトーク内容は『皆さんから募集させていただきます』!

 詳しくは活動報告でご確認ください! 絶対にここの感想欄には書かないように!

 皆さんのコメント、お待ちしておりまーす!


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Episode49 Like a dream 2

NGワード発表!


 

 

 

真123プロ総合スレ改MarkⅡネオ その241

 

 

 

881:ご一緒に774はいかがですか?

おまつりはじまってる

 

882:ご一緒に774はいかがですか?

一体何が起こっているんだ……!?

 

883:ご一緒に774はいかがですか?

>>882 大惨事世界大戦

 

884:ご一緒に774はいかがですか?

>>883 世界大戦っていう点も間違ってないところが末恐ろしい

 

885:ご一緒に774はいかがですか?

こんな状況になっても鯖落とさないSNS運営が神

 

886:ご一緒に774はいかがですか?

あらかじめ123の方から事情説明してたりして

 

887:ご一緒に774はいかがですか?

一介の芸能事務所にそんなことできるのか

 

888:ご一緒に774はいかがですか?

123が一介の芸能事務所なわけないだろ

 

889:ご一緒に774はいかがですか?

ああああああなんで俺は現地にいないんだよおおおおおお俺も周藤良太郎と魔王エンジェルのステージ見たかったよおおおおおおお

 

890:ご一緒に774はいかがですか?

俺だって見てぇよ!

 

891:ご一緒に774はいかがですか?

現地勢からの状況報告まだか!?

 

892:ご一緒に774はいかがですか?

現地にいるのにこんな掲示板に来てる暇があるわけないだろ

 

893:ご一緒に774はいかがですか?

ステージに集中するか写真撮るのに集中するかの二択だな

 

894:ご一緒に774はいかがですか?

なんか123の五人娘が346のリップスのチューリップを歌ったって話を小耳に挟んだんだけど……

 

895:ご一緒に774はいかがですか?

俺も志保ちゃんが美優さんと一緒にラストキス歌ったって聞いた

 

896:ご一緒に774はいかがですか?

>>895 マジで!?

>>894 流石にこっちはデマだろう

 

897:ご一緒に774はいかがですか?

やばいりょーくんすぐそこにいる

 

898:ご一緒に774はいかがですか?

>>894 流石にそれはないだろ

 

899:ご一緒に774はいかがですか?

>>897 現地勢がきたああああああ

 

900:ご一緒に774はいかがですか?

逃がすな囲め!

 

901:ご一緒に774はいかがですか?

尋問にかけろ! あらゆる情報を聞き出すんだ!

 

902:ご一緒に774はいかがですか?

輝子だ! 輝子を出せ!

 

903:ご一緒に774はいかがですか?

近いならりょーくんの画像を! なにとぞ! なにとぞ!

 

904:ご一緒に774はいかがですか?

>>902 346板はここじゃないぞ

 

905:ご一緒に774はいかがですか?

https://――――――

 

906:ご一緒に774はいかがですか?

ああああああああああああああああああ

 

907:ご一緒に774はいかがですか?

くぁwせdrftgyふじこlp

 

908:ご一緒に774はいかがですか?

すごい

 

 

 

「うーん、掲示板が凄いことに……まさかライブの最中にスマホの使用を許可するとは思わなかったデスね」

 

「や、やることのスケールがデカすぎるんご……」

 

 ライブ映像の流出という非常事態ではないと分かってホッとしたものの、今度はそのスケールの大きさに思わず冷汗が流れ始めた。ライブ中の撮影を許可するなんて、私には到底思いつかないような発想だった。

 

「SNSだと画像や動画、あと四人に話してもらいたいトークテーマが『#123プロ感謝祭ライブ』のハッシュタグで尋常じゃない勢いでバズってます」

 

 スマホの画面を見ながらら「これは世界のトレンド1位どころか、未来永劫抜かれることのないバズり方デスね……」と引き攣った笑みを浮かべるあきらちゃん。

 

「それにしても、凄いなぁ……まさか魔王エンジェルとのコラボだなんて」

 

 『周藤良太郎』と『魔王エンジェル』は、アイドルを志す前の私ですら知っているぐらいの知名度を誇るトップアイドルだ。両者の関係などもかなり有名なので、それがどれだけ凄いことなのかは説明されずとも理解できた。

 

「りあむさんはトークテーマ送るの?」

 

 そんな私以上の()()()()()()()であるりあむさんは、一体どんなリアクションをしているか気になった。振り返り、ソファーでスマホを操作していた彼女を振り向くと――。

 

 

 

「………………」

 

「……し、死んでる……!?」

 

 

 

 ――スマホを片手に、目を見開いたまま一切の身じろぎをしていなかった。

 

 なんというかいつも着ているスケルトン柄のTシャツも相まって、完全にホラー映画のワンシーンそのものだった。

 

「り、りあむさん!?」

 

「あー、どうやらこれを見てしまったようデスね」

 

 あきらちゃんと共にりあむちゃんのスマホを覗き込むと、そこには『周藤良太郎の肩を拳で小突く東豪寺麗華』の画像が映っていた。

 

「えっと、これが……?」

 

「あかりさんもこのお二人の関係性を知っているでしょうが、その事情をより深く知っている人からするとこの光景はかなり()()()んデスよ」

 

「え、エモい?」

 

「エモい」

 

 よく見ると、あきらちゃんもちょっと涙目だった。まだ二人ほどの領域に至れていない私には少しだけ理解できないが、それでも二人にとっては……いや、『周藤良太郎』のファンにとっては凄いことなのだろうということだけは分かった。

 

「こ、これ以上の推しの供給は流石に死んじゃう……!」

 

「あ、生き返った」

 

「吐き出していい!? この想いを吐き出していい!? 呟きたい! この胸の中に渦巻く想いを放出しないと、ぼく死んじゃうよ!」

 

「……まぁ、気持ちは分かりますけど、今の状態のりあむさんに呟かせたら大炎上させそうで怖いんデスよね……」

 

「そこをなんとかー!?」

 

 十五歳(あきらちゃん)に縋りつく十九歳(りあむさん)という構図が繰り広げられているが、私たちネクニューの三人にとってはいつもの光景だった。

 

「掲示板! 掲示板なら!? これなら失言しても問題ないでしょ!?」

 

「失言する前提で物事を考えている時点で色々とアレデスけど……まぁいいでしょう、許可します」

 

「ありがとうございます!」

 

 あきらちゃんからの許可を得て、喜々としてスマホを操作し始めるりあむさん。果たしてどんなことを書き込むのか……。

 

 

 

994:ご一緒に774はいかがですか?

>>1000なら明日も感謝祭ライブ

 

995:ご一緒に774はいかがですか?

>>1000ならピーチフィズの単独公演開催決定

 

996:ご一緒に774はいかがですか?

>>1000ならジュピターが日本一

 

997:ご一緒に774はいかがですか?

>>1000なら感謝祭ライブのBDが明日発売

 

998:ご一緒に774はいかがですか?

>>1000なら俺が周藤良太郎

 

999:ご一緒に774はいかがですか?

>>1000なら123で世界征服

 

1000:ご一緒に774はいかがですか?

はぁーまじ123なんなん

こんなんしてくるとか、マジでざこって感想しか湧かない

 

1001:ご一緒に774はいかがですか?

このトピックは1000を超えました。

もう書けないので、新しいトピックを立ててください。

 

 

 

「ホラこれならいいでしょ!? ただの感想だよ!? 123持ち上げて自分を下げる! これなら炎上する要素ないよね!?」

 

「あぁもうなんか色々とおばかあああぁぁぁ!」

 

「いだだだ引っ張らないでその一本飛び出たアホ毛引っ張らないでえええぇぇぇ!?」

 

 

 

 

 

 

『いやぁ、お陰様でSNSが大盛り上がりしてるみたいだねー』

 

 ステージ上で自分のスマホを覗きながらケラケラと笑う翔太君。

 

 スマホ使用の解禁という異例の事態が起こり、みんなはステージを見たり写真を撮ったりSNSに質問を送ったりと大忙しの大騒ぎだ。あまりのやることの多さに美希や真美が目をグルグルと回しつつも凄まじい勢いでカメラのアプリとSNSのアプリを交互に使用していた。……本当にちゃんと処理出来てるのかな、アレ。

 

『さて、それじゃあそろそろ今回のトークバトルのキモである、みんなのNGワードを確認していこうか!』

 

『まずは恵美ちゃんのNGワードからでぇす。メインステージのモニターに映しますので、本人は見ちゃダメですよぉ?』

 

『あと、他の人は絶っ対にそれを口にしないように! 観客のみんなも、依怙贔屓して特定のアイドルを有利にするようなことしちゃダメだよー!? 分かったー!?』

 

 

 

 はあああぁぁぁい!!!

 

 

 

 翔太君の問いかけに対し、観客たちからの返事が響く。民度がよいことで有名な123プロのファンばかりだから、この辺りは心配しなくてもよいだろう。

 

『それじゃあ、恵美ちゃんのNGワードは……これでーす!』

 

 

 

 ――『テンション上がる』

 

 

 

 おおおぉぉぉっ!

 

 

 

『あーこれは恵美ちゃん普段から言ってるねー』

 

『え、何々、みんなのその反応なにー!?』

 

 恵美ちゃんの声は困惑するというよりは楽しそうな感じだった。こういう催しごとを素直に楽しめる性格だとは思うけど……このNGワードはその性格が仇となりそうだった。

 

『はい、次は冬馬君!』

 

 

 

 ――『ふざけんな』

 

 

 

 おおおぉぉぉっ!

 

 

 

『これはどちらかというと、リョータロー君に言わされてる感じだねー』

 

『……なんかそれだけでなんとなく分かる気がするぜ』

 

『まぁ基本的にこういうゲームって「普段から言ってそうな言葉」がNGワードに選ばれるからね』

 

 嫌そうな顔をする冬馬さん。確かに、良太郎さんと会話しているときの冬馬さんが度々口にしていたような気がする。

 

『次は麗華さんだよー』

 

 

 

 ――『冗談じゃない』

 

 

 

 おおおぉぉぉっ!

 

 

 

『……これNGワード決めたのウチの社長なんだけど、どう考えてもリョータロー君との会話を前提として決められてる気がする』

 

『これのおかげで俺のNGワードの方向性がまた搾れたぜ』

 

『そのリアクションのおかげで私もなんとなく分かったわ』

 

 苦い顔をする冬馬さんと麗華さん。この二人の場合、何がNGワードか分かっていても良太郎さんとの会話で思わず使ってしまいそうな危険性が孕んでいる気がする。

 

『ハイ最後、リョータロー君のNGワードはこちら!』

 

 

 

 ――『OPPAI』

 

 

 

 お、おおおぉぉぉっ!?

 

 

 

『『『勝った』』』

 

『冬馬と麗華はともかく、恵美ちゃんまでそのリアクション!?』

 

 腕組みをして『一体なんだ……?』と首を傾げている良太郎さん。本気で分からなさそうにも見えるが……え、良太郎さんなりの冗談だよね……?

 

 確かにそのリアクションには私も納得だが、結局四人とも『油断していたらすぐに言ってしまいそうな言葉』であるのことには変わりなかった。

 

『さて、みんなのNGワードが出揃ったところで、ゲームに参加する四人以外は全員裏に戻るよー』

 

『あたしたちのトークはもしかしてBDに収録されるかもねー?』

 

『特典に期待』

 

 りんさんとともみさんのそんな一言に盛り上がりつつ、裏へと下がっていくアイドルたちを拍手で見送る。

 

『……まぁ、しょうがないし始めていくか』

 

『はーい!』

 

『気乗りはしねーけどな』

 

『トーク自体は楽しませてもらうわよ』

 

 スタッフさんたちによって運び込まれたアップライトチェアに良太郎さんたちが座ったことを見届けてから、再び天の声になった翔太君の声が響いた。

 

 

 

 ――それじゃあ、トークバトルスタート!

 

 

 




・久しぶりに掲示板ネタ
書いてて楽しいやつ。

・真123プロ総合スレ改MarkⅡネオ
そんだけ沢山板が消費されてるんだよっていうアレ。多分次は全部消えて『帰ってきた』とかになるパターン。

・輝子だ! 輝子を出せ!
ガチで変換誤字ったからそのまま使った。

・『周藤良太郎の肩を拳で小突く東豪寺麗華』
あっっっ(書いてる本人も死ぬ)

・ネクニュー
ネクストニューカマーの略称はこれでいいのだろうか。

・りあむ炎上芸
『こんなんしてくるとか、(同じアイドルとしてぼくなんか)マジでざこって感想しか湧かない。(ぼくももっと頑張らないと)』

・NGワード
恵美→「テンション上がる」
冬馬→「ふざけんな」
麗華→「冗談じゃない」
良太郎→「OPPAI」
作者が気を付けないとあっさり終わってしまいそうなラインナップ。



 りあむとあきらの二人のやり取りが書いてて楽しすぎた。今から(いつ書くか分からないけど)CP二期生編が楽しみすぎる。

 というわけで次回からは募集したトークテーマを使ってのトークパートです。感覚的にはしばらく出来ていなかった周年記念回みたいな感じになりそう。


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Episode50 Like a dream 3

トークバトル(トーク99%)


 

 

 

「全く! 本当にりあむさんはりあむさんデスね!?」

 

「やめろよぉ!? 流石のぼくものび太君扱いは辛いよぉ!?」

 

「将来的にちゃんとした成長をするのび太君に失礼デスよ!」

 

「もうそろそろ勘弁してくれないと泣くよ!? それはもうエグい泣き方するよ!? 目や鼻や口から汁という汁を撒き散らすよ!?」

 

「わー今日はTLが流れるの早いなぁ……んご!?」

 

「大体デスねぇ!」

 

「あきらちゃん! りあむさん! そんなことしてる場合じゃないよ!?」

 

「あかりちゃんまで『そんなこと』扱いするの!?」

 

「123プロの公式チャンネルで、音声オンリーで生放送してる!」

 

「「……な、ナンダッテー!?」」

 

 

 

 

 

 

『さて、トークバトルを始めていくにあたって三人に提案がある』

 

『なんだよ』

 

『降伏勧告は聞き入れないわ。私にはアンタと刺し違えてでも息の根を止める覚悟がある』

 

『冬馬と麗華の目が据わっている……』

 

『え、えっと、それでリョータローさん、提案ってなんですか?』

 

『そんな難しいもんじゃないよ。NGワードとか罰ゲームとか色々あるけど、とりあえずその辺は横に置いておこうぜ。それを気にしすぎて全員口数が減っちまったら、ファンのみんなが楽しくないからな』

 

『……まぁ、それもそうね』

 

『ライブが盛り上がらなかったら意味ねーからな』

 

『アタシも賛成です!』

 

『とはいえ、あっという間に終わっても面白くないからみんな気を付けること』

 

『はーい!』

 

『……りょーかい』

 

『まぁ、そこだけは協力してあげるわ』

 

『よし。……ところで冬馬と麗華、「やかましいわ!」って言ってみない?』

 

『『誰が言うか!』』

 

『えーNGワードじゃないから大丈夫だよー』

 

『可能性がありすぎて怖ぇんだよ!』

 

『やっぱり集中的にアンタの息の根を止めることに専念した方がいいようね……』

 

『わーわー! 三人とも、トーク! 楽しいトークしましょ』

 

『『ちっ』』

 

『よし、それじゃあスタッフさーん、まず一つ目のトークテーマくださーい』

 

 

 

 ――なぜアイドルになったのか。

 

 

 

『なんかいきなり王道なのがきたわね』

 

『王道というか哲学的というか』

 

『えっと、この場合、一番後輩であるアタシから話した方がいいんですかね?』

 

『まぁオチという名のトリは冬馬に任せるとして』

 

『どう考えてもトリはオメーだよ』

 

『確かアンタはオーディションじゃなくてスカウトされた口だったわね?』

 

『はい。お休みの日に街を歩いてたらウチの社長とリョータローさんにスカウトされたんです』

 

 

 

 おおおぉぉぉ!

 

 

 

『街を歩いてたら「周藤良太郎」と「周藤幸太郎」に声をかけられてアイドルデビューか』

 

『ここだけ聞くと、トンデモないサクセスストーリーよね』

 

『俺が言うのもアレだけど、ここまで強烈な「アイドルになった理由」は他にないと思う』

 

『えへへー』

 

『そのときすぐにアイドルになろうって思ったわけ?』

 

『あーいや、そのときはまだ全然アイドルになりたいとか、そーいうのなかったんです』

 

『あのときの返事はとりあえず保留だったよね』

 

『はい。それで家に帰って、両親に「周藤良太郎からアイドルにならないかってスカウトされた」って話したんですけど……』

 

『俺が親だったらまずは娘の正気を疑うな』

 

『妄言扱いされるんですね!?』

 

『まぁ一般人目線なら「街中で周藤良太郎と出会うわけない」って考えるのが普通よね』

 

『ところがドッコイ、意外とどこにでもいるんだなぁコレが』

 

 

 

 えええぇぇぇ!?

 

 

 

『これが冗談じゃないんだよ』

 

『コイツ、免許持ってるくせに結構な頻度で歩いて移動するからな』

 

『あっ、だからって街中で偶然「周藤良太郎」に出会えることは期待しない方がいいよー』

 

『王者の変装はいつだって完璧だから、絶対にバレない自信がある。もしダメだったら埋めてもらっても構わないよ!』

 

『次のコマでババーンと木の下に埋まってるやつ』

 

『そーいえば、冬馬さんはどうしてアイドルになろうと思ったんですか?』

 

『……あー……俺は、そう、だな……』

 

『私知ってるわよ、アンタも良太郎がキッカケ組でしょ』

 

 

 

 えええぇぇぇ!?

 

 

 

『えっ、そうだったんですか!?』

 

『……まぁ、別に隠してたわけじゃねぇよ。一応数は多くねぇけど公表はしてるし』

 

『あれ、お前も「覇王翔吼拳(ビギンズナイト)」にいたんだっけ?』

 

『今なんか……まぁいい。いや、直接現場にはいなかった。ネットに上がってた動画見た』

 

『それでリョータローさんみたいになりたいって思ったんですか?』

 

『冗談じゃねぇ! 誰がコイツみたいに――』

 

 

 

 おおおぉぉぉ!?

 

 

 

『な、なんだ!?』

 

『ちっ、惜しかったな……』

 

『それっぽかったのに……』

 

『あっぶねっ! やっぱりそういう感じのNGワードかよ!?』

 

『今のはナイスアシストだったよ恵美ちゃん』

 

『そういう感じでバンバンこいつを怒らせなさい』

 

『所ぉ!』

 

『今のアタシ悪くないですよー!?』

 

『はいはい、後輩イジメないイジメない』

 

『結局アンタがアイドル目指したのは、コイツへの対抗心みたいなものってことでいいのね?』

 

『……まぁ、要するにそんなようなもんだよ』

 

『麗華さんは、それより前にアイドルを目指してたんですよね?』

 

『えぇ。私とりんとともみは幼馴染で……まぁ、女の子の嗜みとしてアイドルが好きだったから』

 

『前身の「幸福エンジェル」を結成したのは中学の文化祭だったか?』

 

『三人で初めてステージに立ったのが文化祭であって、「幸福エンジェル」はその後で正式にアイドルを目指し始めてからよ』

 

『そーだったんですね』

 

『だからアイドルになったきっかけがあるとすれば、その三人で立った初めてのステージがとても楽しかったから……かしらね』

 

『ほー、俺はてっきり有名なあの「良太郎とのエピソード」絡みかと思ったぜ。かなり影響されてんだろ?』

 

『……ふっ、甘いわね天ヶ瀬冬馬。私がそんな挑発に乗るとでも?』

 

『麗華、なんか胸元が寂しいけど大事なものを落としたんじゃないか?』

 

『アンタの命という大事なもんを落としてやろうかあああぁぁぁ!?』

 

『れ、麗華さん落ち着いて!?』

 

『挑発っていうのはこうやるんだぞ、冬馬』

 

『オメーのは挑発じゃなくて単純に怒らせてるだけだろ。やりすぎてNGワードどころじゃねぇじゃねーか』

 

『むっ、確かにそれもそうだな』

 

『顔色一つ変えずに淡々と反省会しないでください!』

 

『ふしゃあああぁぁぁ!』

 

『麗華さん! マイクは、マイクは鈍器じゃないですから! あっ! そ、そうだ! 実は私もいたんですよ、あの夜のあの公園に!』

 

『『『……え!?』』』

 

 

 

 えええぇぇぇ!?

 

 

 

『あ、あれ? 冬馬さんや麗華さんやファンのみんなはともかく、リョータローさんまで……え、言ってませんでしたっけ』

 

『ちょー初耳なんだけど。え、そうなの?』

 

『はい。正確にあの場所にいたわけじゃないんですけど、たまたま車で近くを通りがかって、そのときリョータローさんの曲を聞いてるんです』

 

『それは純粋に驚いたわ……ということは、アンタのユニットメンバーともそのときにニアミスしてたかもしれないってことね』

 

『そーなりますね』

 

 ――恵美ちゃあああぁぁぁんっ!

 

『わっ!?』

 

『おっと天からまゆちゃんの声が』

 

 ――それ私も聞いてないですよぉ!?

 

『えっ!? アタシ、まゆにこれ話してなかったっけ!?』

 

 ――話してないですよぉ!

 

『まゆちゃんにすら話してないなら俺だって知らないよ』

 

『あー……これ思い出したのって、ユニット組む前だったんだよねー……とっくに話したもんだと思ってたよー……』

 

 ――酷いですよおおおぉぉぉ!

 

『まゆちゃん、気持ちは分かるけどその話はまた後でお願いするよ』

 

 ――あとで覚えててくださいね……!

 

『まゆーゴメンってー!』

 

『その話に関連することなんだが……こんだけ集まってんだから、その夜に居合わせたファンもここにいるんじゃねーか?』

 

 

 

 おおおぉぉぉ!

 

 

 

『あー確かに』

 

『五万人も集まってんだから、何人かいてもおかしくなさそうね』

 

『それじゃあ聞くよー? この中で、あの日あの夜に自分もいたよーって人ー!?』

 

 

 

 はあああぁぁぁい!

 

 

 

『ふーん、結構いるわね……いや、多すぎでしょ!?』

 

『嘘つけ絶対こんなにいなかったゾ』

 

『明らかにあの公園のキャパ超えてんだろ!?』

 

『半分近く手を挙げてるよー……』

 

『まぁいいや、こんだけいるなら本当にいた奴も混ざってるだろ。やっほー久しぶりー! もしかしてあの夜からずっとファンでいてくれたか? それだったら、本当にありがとうなー』

 

 

 

 わあああぁぁぁ!

 

 

 

『おー泣いてる奴いるぞ』

 

『ホント、あれから色々あったわね……一応私も当事者だから、感慨深いわ』

 

『この辺りはまたじっくり話す場所を設けたいな』

 

『そうね……私たち「魔王エンジェル」の周年記念ライブでゲストに呼んであげるから、そこはどうかしら?』

 

 

 

 おおおぉぉぉ!?

 

 

 

『おっ、いいな。ちゃんと呼べよ? 約束だぞ?』

 

『いいわよ。ほら、指切り』

 

『ゆーびきーりげーんま……あだだだっ!? 人体の指はそっちに曲がらねぇよ!?』

 

『おほほほトップアイドル様なら大丈夫でしょー?』

 

『麗華さん! ステージ上でいつものノリはマズくないですかー!?』

 

『イイゾモットヤレー』

 

『ほら麗華!? 俺の「なぜアイドルになったのか」まだ話してないぞ!?』

 

『アンタの理由は散々色んなメディアで話してるんだから、ここにいるファンが知らないわけないでしょ』

 

『『それは確かに……』』

 

『俺がトリって言ったじゃーん!? ウソツキー!』

 

 

 

 

 

 

「お、音声だけだけど超カオスなんデスけど……」

 

「トップアイドルはトークも一味違うんだね……あれ、りあむさん?」

 

「……尊み秀吉」

 

「そろそろ面倒くさくなってきましたから、放置しましょう」

 

「そうだね」

 

「あかりちゃんまで辛辣になってる……やむ……」

 

 

 




・のび太君扱い
実は「バカ」とか「マヌケ」とかいう蔑称を使わないために「のび太のくせに」というセリフになったって話を聞いた(ソースはない)

・「周藤良太郎」と「周藤幸太郎」に声をかけられてアイドルデビュー
安室何某氏と小室何某氏に声をかけられたぐらいな感じ。

・次のコマでババーンと木の下に埋まってるやつ
きるみーべいべー

覇王翔吼拳(ビギンズナイト)
久々にこの呼び方二つ使った気がする。

・「幸福エンジェル」結成前のおはなし
この辺りはLesson103参照。

・ビギンズナイトin恵美
こっちはLesson107参照。
※Lesson133で冬馬が恵美がビギンズナイトを知っている描写をしたことをすっかり忘れていました……が、外伝ということでここは一つ……それほど重要なことでもないので……。



 トークバトルということで(?)ほぼ会話文のみでお送りしました。決して手抜きじゃナイデスヨー。

 次回もトークバトル続いていきます。

 ……あ、メリークリスマス。


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Episode51 Like a dream 4

トークバトル決着!


 

 

 

『危うく二度と約束が出来ない体にされるところだったゾ』

 

『小指が無くても約束ぐらい守りなさいよ』

 

『約束は守るかもしれないが、そもそも碌な約束しねぇだろうが』

 

『さ、三人とも、暴力沙汰は流石にちょっとー』

 

『ほら、唯一の常識人枠の恵美ちゃんが困惑してるから、トークに戻るぞ』

 

『『誰のせいだ!』』

 

『はい天の声ー、次のトークテーマ!』

 

 

 

 ――仮にこの四人が兄弟姉妹になった場合、一番上と下は誰?

 

 

 

『おー! けっこーおもしろそーな質問来ましたね!』

 

『兄弟姉妹、ねぇ』

 

『この場合、実際の年齢とかそういうのは関係なく考えるべきかな』

 

『そうね、そうしないと所恵美が一番下になるものね』

 

『それじゃあ、まずはせーので一番上を指差しましょうか』

 

『オッケー』

 

『『『『せーの!』』』』

 

 

 

良太郎 → 良太郎

冬馬 → 麗華

麗華 → 麗華

恵美 → 麗華

 

 

 

『『……なん……だと……!?』』

 

『イイ判断ね、天ヶ瀬冬馬、所恵美』

 

『あ、あはは……』

 

『冬馬! お前も自分を指差すタイプだろ!』

 

『……いやまぁ、冷静に考えるとこーなるだろ』

 

『自分で自分を指差しておいて負けるとは、随分と滑稽な姿よね』

 

『チクショウ……頭では納得出来るが、心では納得出来ない……!』

 

『え、えっと、とりあえずそれぞれ指定した理由を言いませんか!?』

 

『そんなの、私がアンタよりも頼りがいがあるからにあるからに決まってるじゃない』

 

『『………………』』

 

『……待ちなさい? 天ヶ瀬冬馬はともかく、どうして所恵美まで目を逸らすのかしら?』

 

『……えーっと……』

 

『ちなみに冬馬はなんで麗華を選んだんだ』

 

『消去法』

 

『消去法!? どういうことよ!?』

 

『所は俺より上っていうイメージが湧かねぇし、良太郎は根っからの次男坊気質だろ』

 

『言いたいことは分かる』

 

『だから東豪寺に一番上の責務を投げ出して置いた方がいいって思ったんだよ』

 

『……確かに、良太郎(コイツ)が弟とか、それだけで悪夢ね』

 

『そんな悲しいこと言わないで、お姉ちゃん』

 

 

 

 きゃあああぁぁぁあああぁぁぁ!!??

 

 

 

『マジでやめなさい!? 見てこの鳥肌!』

 

『ハッハッハッ、この周藤良太郎、どんな立ち位置にでも瞬時に受け入れるだけの順応力は持ち合わせておるぞ』

 

『言われたわけでもねーのに、俺もウゼェって思ったぞ』

 

『観客のみんなには、十分なファンサービスになったみたいですけどねー』

 

『あっ、ちなみに今の弟としてのファンサービス、舞台裏でもカメラに向かってやってたりするから、円盤の特典映像を期待してろよー!』

 

 

 

 わあああぁぁぁあああぁぁぁ!!

 

 

『あー……そーいやそんなことやってたな』

 

『それで恵美ちゃんは、どうして麗華が一番上だと思ったの?』

 

『アタシはその……純粋におねーちゃんが欲しかったなぁーって理由です』

 

『貴女はイイ子ね……ホント、123なんかよりウチに来ない?』

 

『おっと公開引き抜きは勘弁。この子は「周藤良太郎」が見初めた原石だぜ』

 

 

 

 おおおぉぉぉ!

 

 

 

『あ、あははー、やっぱり正面から言われると照れちゃうなー』

 

『そもそもウチの事務所はわりと少数精鋭で、俺は家族みたいなところだと思ってるからな。家族は渡せないさ』

 

『……ふん』

 

『あー……そう考えると、リョータローさんはお兄ちゃんっていうよりは、お父さんって感じかもしれませんね』

 

『こいつが親父ぃ……?』

 

『見ろよこの冬馬の嫌そうな顔を。でもそうだな、これからは123プロのパパとして活動していくのもいいかもしれん。……つまり、パパ活動!』

 

『『おいバカヤメロォ!』』

 

『このままだと色々とマズそうなので、次は一番下にいきましょう! ね!?』

 

『りょーかい。それじゃあ、せーの』

 

 

 

良太郎 → 冬馬

冬馬 → 良太郎

麗華 → 良太郎

恵美 → 良太郎

 

 

 

『どーいうことだってばよ!?』

 

『へーいハイタッチへーい!』

 

『所恵美、へーい!』

 

『へ、へーい!』

 

『ちくしょう、楽しそうに三人でハイタッチしやがって。というか恵美ちゃん、さっきのお父さんみたい発言はどうしたのさ』

 

『……えへへ、アタシなりに空気を読んでみました』

 

『可愛いから許す! 俺はこれから恵美ちゃんの弟として生きていこう』

 

『私を姉と指定した所恵美の弟になる……つまりこれがどういうことか、アンタには分かってるのよね?』

 

『弟の存在は抹消されました』

 

『朝令暮改も真っ青だな』

 

『お姉ちゃんが手編みのマフラーを作ってあげる弟の存在なんて、最初からいなかったんや!』

 

『おい公式から存在を抹消された弟の設定やめーや』

 

『一体なんの話なのよ……』

 

『というか、そもそも何で俺が弟なのよ』

 

『どう考えても手がかかるからの一択でしょうが』

 

『これでも、この業界だとかなり頼れる存在だともっぱらの評判なんだけど』

 

『それお前の本性を知らない奴らからの評価だろ』

 

『メリット以上のデメリットを持ってくるから厄介なのよアンタは』

 

『誠に遺憾であるが、ここで恵美ちゃんに「そんなことないよね?」と話を振らない俺の優しさは評価してもらいたい』

 

『あ、あはは……』

 

 

 

 

 

 

 

「まるでトップアイドルとは思えないような、芸人めいた会話の応酬デスね……」

 

「や、やっぱりこれぐらいのトーク出来ないとアイドルって難しいのかな……?」

 

「はー……良太郎君が弟とか夢が広がりまくり……」

 

 

 

 

 

 

『それにしても、なかなかNGワードが出てこないわね』

 

『実は既に言ってたりしねーか?』

 

『裏でスタッフたちがしっかりと判定してくれてるから大丈夫だろ』

 

『次のトークテーマで決着が着くといーけど』

 

『それじゃあ次、お願いしまーす!』

 

 

 

 ――今一番気になっているアイドルは?

 

 

 

『気になるアイドルか』

 

『これはうかつな発言は出来なさそうね』

 

『そーですね、なんてたって日本のアイドル業界の先頭に立つ三人なんですから、それはもうとんでもなく注目が集まっちゃいそーですね』

 

『恵美ちゃんも十分その一角だよ? ……しかしそうだなぁ』

 

『アタシはそーですねー……346の大槻唯ちゃん!』

 

『あっ、なんとなく言いたいこと分かるかも』

 

『美嘉とかと一緒のステージ出来たら面白そーだなって思うんだ!』

 

『何それチョー見たい。冬馬はどうだ?』

 

『……ノーコメント』

 

『おいそれは無しだぞ』

 

『ノーコメントだっ!』

 

『……オッケー、それだけで逆にもう分かった。後でSNSで拡散しちゃる』

 

『オイっ!?』

 

『恥ずかしがって言わない奴が悪いんだよ!』

 

『麗華さんはどうですか?』

 

『私はそうね……北沢志保なんか、伸びしろがあっていいと思うわ』

 

『志保ですか!?』

 

『おっ! お目が高い。志保ちゃんはいいぞ、割と付き合い長いのに未だに懐いてくれない黒猫みたいで可愛いくてさぁ』

 

『同意します!』

 

『超個人的感想をドーモ』

 

『私、あぁいう挑戦的な目をする子が好きなのよ。特に彼女の場合は、色々と()()()()()()()からね』

 

『……なるほど、そーいうこと。それなら俺も一人気になってる子がいるんだよなぁ』

 

 

 

 おおおぉぉぉ!?

 

 

 

『「周藤良太郎」が気になってるアイドルね……』

 

『気ぃ付けて発言しろよ?』

 

『俺だって自分の影響力ぐらい分かってるさ。でもあの子なら大丈夫だと思うんだよ』

 

『誰なんですか、リョータローさん』

 

 

 

『夢見りあむちゃん』

 

 

 

 ……えっ!?

 

 

 

『『『……え?』』』

 

 

 

 

 

 

「「「……え?」」」

 

 

 

 

 

 

『……わりぃ、誰だ?』

 

『私も知らない名前ね……』

 

『確か346プロの新人ちゃん……でしたよね?』

 

『そーそー』

 

『どういうアイドルなの?』

 

『逸材なのか?』

 

『えっと、まだ正式にデビューはしてないはずですけど……』

 

『基本的には麗華と一緒。ネットで噂を聞いて彼女のSNSを覗いてみたんだけど、もう凄いぐらいの挑戦的な発言が多くてさ。思わず感心しちゃったよ』

 

『ふーん』

 

『新人の癖に根性あるな』

 

『……そ、そーいう捉え方でいいんですかね……?』

 

『炎上気味なのがちょっと気になるけど、それでもなおそのスタイルを変えない辺りも純粋に凄いって思うよ。あぁいう子が伸びてくれると、お兄さん嬉しいな』

 

『お前がそこまで言うってことは、相当なんだな』

 

『私も覚えておくわ』

 

『……いいのかなー……?』

 

 

 

 

 

 

「……ウゲッ、ゴボッ、オロロロロロロ……!」

 

「りあむさん大丈夫!?」

 

「#ギリギリセーフ

 #あってよかったエチケット袋

 #正直同情はする」

 

 

 

 

 

 

『お前にしては随分と真面目に選んだな』

 

『アンタのことだから、どーせ胸がどーだのこーだの言い出すのかと思ったわ』

 

『そりゃあお前、俺だっていつも()()()()()()()()言ってるわけじゃ』

 

『『『あっ』』』

 

『え?』

 

 

 

 おおおぉぉぉおおおぉぉぉっ!!

 

 

 

 ――周藤良太郎、アウトー!

 

 

 

『『よっしゃあああぁぁぁ!』』

 

『やったー!』

 

『あー……やっぱりこれだったかぁ……なんとなく予測はしてたんだけどな』

 

『へへ、ざまぁ!』

 

『これで罰ゲーム回避よ!』

 

『ごめんなさいリョータローさん!』

 

『いいよいいよ、楽しんでもらえたなら。みんなも楽しかったー!?』

 

 

 

 楽しかったあああぁぁぁ!!

 

 

 

『そうかそうか、それなら俺は本望だよ。……あとは罰ゲームがせめてまともなものであることを祈ろう』

 

『幸太郎さん、是非キツいやつを』

 

『コイツの心が折れるぐらいのやつを』

 

 

 

 ――罰ゲームの発表は後日になります。

 

 

 

『ちっ、命拾いしたな』

 

『懺悔の用意をしておきなさい』

 

『お前ら後で覚えてろよ……?』

 

『え、えっと、というわけで、相手のNGワードを引き出せ! 「アイドルトークバトル」! これにて決着です!』

 

『SNSでテーマを投稿してくれたみんな、ありがとなー』

 

 

 

 わあああぁぁぁあああぁぁぁ!!

 

 

 

『それじゃあ最後に、いつものアレいっとこう!』

 

『……いつものアレって何!?』

 

『知らないんですけど!?』

 

 

 

『みんなー! 次回のトークもまた、見てくれるかなー!?』

 

 

 

 いいともおおおぉぉぉ!

 

 

 

『ダメなやつじゃねぇか!』

 

『観客巻き込んで何やってんだよ!?』

 

『うわーん! まゆ助けてー! もう疲れたー!』

 

 

 




・この四人が兄弟姉妹になった場合
個人的には上から麗華・良太郎・冬馬・恵美。

・パパ活動
ころめぐとか唯ちゃんとかにパパって呼ばれてぇなぁ(願望)

・『弟の存在は抹消されました』
今井リサに弟? ははっ、なんのこったよ(すっとぼけ)

・『夢見りあむちゃん』
・『『『……え?』』』
りあむのメンタルにダイレクトアタック!(良太郎に悪意はない)

・周藤良太郎、アウトー!
(みんな知ってた)(オッズ1.0倍)(約束された敗北)

・いいともおおおぉぉぉ!
だんだん分からない世代も増えていくんだろなぁ……。



 というわけで、罰ゲームは良太郎でした。はい、順当ですね。

 これにて長かったミニゲームもすべて終了です。そして次回からは、いよいよ感謝祭ライブの終盤戦です。まさか一年以上書き続けることになるとは思わなかった……。

 でもその前に、もしかしたら久しぶりに番外編書くかも……。

 それでは皆さん、よいお年を。


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番外編50 もし○○と恋仲だったら 新春

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

新年早々趣味に走ります。


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 目を開けると、そこには乳があった。

 

 

 

「……んん?」

 

 比喩表現とかそういうのじゃなくて、本当に眠りから覚めると目の前にはTシャツに包まれた大乳があったのだ。

 

「……ふむ」

 

「んっ」

 

 とりあえず一揉みしつつ、果たしてこれは誰のものだろうかと考える。申し訳ないが、この大きさは美嘉ではない。昔から大分逆サバを読んでいる彼女であるが、それでもまだこのサイズには至っていない。

 

「……むむ」

 

「んんっ」

 

 もう一揉み。大きさ的には加蓮や唯の可能性もあるのだが、流石にここまで大きくない。加えて彼女たちの胸はもう少し張りがあるが、この胸は突きたての餅のようなやわっこさだ。よって彼女たちのものでもない。

 

(……まぁいいか)

 

「ひゃっ」

 

 なんで朝からこんなに頭を使わなければいけないんだと思い至り、そもそも誰の胸でもそれほど関係なかったという結論に達し、そのまま目の前の膨らみへと顔を埋めた。顔面でその柔らかさを堪能しつつ二度寝を敢行するのだった。

 

 

 

「えっ……寝た? また寝ちゃった? 待って待って待ってマジ? 周藤良太郎がボクの胸に顔を埋めて寝てるんだけどこれマジうわちょっと髪、髪が、え、男の人なのにいい匂いする凄いアイドル凄いヤバいヤバいちょっと興奮してくる恋人が甘えてくるとか何このシチュエーション現実凄すぎるマジでこんな美味しい思いタダでしていいの料金発生しないとか価格破壊どころじゃないよというか恋人って恋人って恋人ってヤバいやっぱりまだ現実味湧かないだって恋人だよボクに恋人だよしかもあの周藤良太郎が朝ベッドの中で甘えてくるんだよなんだよオタクたちの夢小説かよしかも触ってたよ揉んでたよボクの乳ヤバいちょっと興奮するんだけど……し、シていいのかな……す、スるよ!? ボクだってそーいう欲求ぐらいあるんだからね!?」

 

 

 

「二人ともー! 美嘉がちょっと早いけどお昼作ってるからそろそろ起きてー……ってあああぁぁぁ!?」

 

「ちょっと加蓮ー、何を大きな声出して……ってあああぁぁぁ!?」

 

 

 

 

 

 

「全く、油断も隙もあったもんじゃないんだから」

 

「だから言ったじゃん、二人きりにするとりあむが何しでかすか分からないって」

 

「不可抗力だよぉ!? 二人だって同じシチュエーションになったらワンチャン考えるでしょ!?」

 

「「ソンナワケナイジャン」」

 

「片言ぉ!」

 

 時の総理大臣『杉崎鍵』が一夫多妻制を導入した世界に転生して早何年経っただろうか。最初の頃は戸惑いもあったものの、これだけ長く生活していれば価値観も変わってしまい、今では恋人が複数人いることになんの違和感も覚えなくなってしまった。

 

 しかしそれでも、こうして自分のことを愛してくれる恋人たちがいるという幸福そのものは、何度噛みしめてもいいものである。

 

 そんな恋人たちのやり取りを炬燵に入りながら微笑ましく見つつ、俺は「くわぁ」と欠伸を噛み殺した。

 

「ねーねー、お腹空いたから先にご飯にしないー?」

 

「もー! もとはと言えば良太郎も……って、アレ?」

 

「良太郎クン、なんかお疲れ?」

 

「か、顔色悪くない!? ももももしかしてボクのせい!? ボクの駄肉のせいで気分悪くなった!?」

 

「「その発言にこっちの気分が悪い!」」

 

「あいたぁ!?」

 

 心配そうに顔を覗き込んできた加蓮と美嘉だったが、りあむが余計な一言を発したせいで表情を怒り変えて彼女の乳を両側からバチーンッと叩いた。二人とも大きいことには変わりないが……まぁ、流石に拓海ちゃんレベルと比べればねぇ。

 

「んー、まぁ疲れてると言えば疲れてるな……年末からずっと忙しかったし」

 

「良太郎、ずーっと働きっぱなしだったもんね」

 

「ボクですら引っ張りだこだったんだから、良太郎君はそれ以上だよね……」

 

「最後のオフっていつだっけ?」

 

「……クリスマス前? いや、その頃から年末ライブに向けての準備とか色々あったから……あぁ、十一月か」

 

「一ヶ月以上かぁ……」

 

「トップアイドルとしては稀によくあるのかもしれないけど、実際に目の当たりにするとなかなかだね……」

 

「話を聞いてるだけでやみそう……」

 

 そんなやり取りをしつつも俺の要望を聞き入れてくれた彼女たちは、すぐさま昼食(俺にとってはほぼ朝食)の準備に取り掛かってくれた。簡単なパスタとサラダではあるものの、ずっとパーティーの豪華な料理(忙しくてまともに食べれなかった)か仕出し弁当(同じく忙しくてまともに食べれなかった)ばかりだったので、逆にこういう方が嬉しかった。

 

「「「いただきます」」」

 

「いただきます……って、えっ!?」

 

「どーした、りあむ」

 

「フォークなかった?」

 

「お箸の方が良かった?」

 

「あるよ! ボクのフォークはちゃんとあるし、お箸もいらないよ! そうじゃなくて、どうして二人とも良太郎君の両隣に座ってるのさぁ!?」

 

 りあむが炬燵の対面に入っているのに対し、加蓮と美嘉は俺の両隣に入っていた。正直狭くて腕も動かしづらいが、そもそも腕は彼女たちに抱き着かれているので動かすどころの話じゃなかった。

 

「りあむちゃんはさっきまで良太郎クンとイイコトしてたでしょ?」

 

「だから今度は私たちの番。はい良太郎、あーん」

 

「あーん」

 

 自分でフォークは持てなかったが、代わりに左に座る加蓮がパスタを口元に運んでくれたのでありがたくそれを頂戴する。

 

「良太郎クン、こっちもあーん」

 

「あーん」

 

 今度は反対側の美嘉からサラダを食べさせてもらう。

 

「うぅ……いいなぁ、ボクもそーいうリア充イベントやりたかった……」

 

「りあむにも食べさせて欲しいなー」

 

「えっ」

 

 あーんと口を開けて催促をする。

 

「え、えっと」

 

 ずっと口を開けたままでいるのが辛いし、両隣の二人も空気を読んで待っていてくれているのだから出来れば早くしてもらいたい。

 

「……あ、あーん」

 

「あーん」

 

 対面から腕を伸ばしたりあむにパスタを食べさせてもらう。うんうん、恋人からのあーんは疲労回復の効果がある。

 

「……やっぱり疲れてるよね、良太郎クン」

 

「うん、いつもと比べて元気なさそうな感じ」

 

「どっちかというと、くたびれたって感じかなぁ」

 

 別に体力的には問題ないんだけど、なんとなくやる気が湧かない感じだ。

 

 しかし今日は待ちに待った恋人たちとのオフ。それを一日家でダラダラして過ごすというのも勿体ない。

 

「予定通り、唯が帰って来たら遊園地に――」

 

 

 

「話は聞かせてもらったよー!」

 

 

 

「――っと、お帰り唯。早朝の収録お疲れ様」

 

「ただいまー! りょーちゃんとのオフが楽しみだったからソッコーで終わらせてきたよー!」

 

 俺が起きる前から既に仕事へと出ていた四人目の恋人である唯が、ババーンと勢いよくリビングへと入ってきた。

 

「お帰り、唯」

 

「お、おかえりなさい、唯ちゃん」

 

「お帰り。お昼まだだったら、今から用意するけど?」

 

「んーん、食べてきたからダイジョーブ!」

 

 美嘉の申し出に「ありがとー!」と言いつつ断った唯は「寒かったー!」と言いつつコートとマフラーを脱ぎ捨てながら炬燵へと入ってきた。我が家のママである美嘉が「ちょっと、ちゃんと片付けなさい」と注意をするが、唯はおろか美嘉すら炬燵から出なかった。寒い上に食事中だからね。

 

「それで、りょーちゃんが疲れてるって話だよね?」

 

「まぁ、概ね間違ってないけど」

 

「それなら! 今日は一日りょーちゃんを()()()()ってゆーのはどーかな?」

 

「「「「甘やかす?」」」」

 

「そー! いつものお礼を兼ねて、ゆいたちでりょーちゃんを全力で癒すの!」

 

 それは若干申し訳ないと思いつつも魅力的な提案ではあるのだが。

 

「具体的には何をするの?」

 

「うんとねー……」

 

 顎に人差し指を当てながら思案顔になる唯。その間も俺は両脇の加蓮と美嘉にパスタを食べさせてもらっていたのだが。

 

 

 

「大丈夫? おっぱい揉む?」

 

「ぶっ」

 

 

 

 自分の大乳を下から持ち上げながら小首を傾げた唯に、思わず吹き出してしまった。口の中のパスタは当然正面に座るりあむへと降りかかる。

 

「ス、スマンりあむ」

 

「だ、大丈夫……寧ろありがとう!」

 

 逆にお礼を言われたが、気持ちは分かる。

 

「というか唯、そんな言葉どこで覚えてきた……?」

 

「りょーちゃん、この間SNSでそーいう画像見てたじゃん」

 

「良太郎?」

 

「良太郎クン?」

 

「良太郎君?」

 

「絵師さんが書いたイラストぐらい自由に見させてくれよぉ!」

 

 これは恋人がいても別腹どころの話じゃないぞ。

 

「でもまぁ、唯の言いたいことは分かったよ」

 

 「つまりこう言うことだよね?」と言いながらフォークを置いた加蓮は、体を捻って俺に向けると両手を広げた。

 

 

 

「良太郎、おいで?」

 

「………………」

 

 

 

 無言のまま加蓮の胸へポフリと顔を落とすと、後頭部にそっと手が添えられた。

 

「ふふっ、いい子いい子」

 

「………………」

 

 そのまま優しく頭を撫でられると、なんかもういろんなものがどうでもよくなってくるようなきぶんになってきた。

 

「顔は見えないけど、すっごいリラックスして地の文がひらがなになってる」

 

「な、なんかさっきのボクも同じことしてるはずなのに、この反応の違いは一体……!?」

 

「……つ、次、アタシ!」

 

 かんしんしたようなゆいのこえと、くやしそうなりあむのこえにつづき、おなじくくやしそうなみかのこえがしたかとおもうと、からだをうしろにひっぱられた。

 

「……いつもありがとう、良太郎クン。これぐらいしか出来ないけど……」

 

 こんどはみかのひざまくらだった。あぁ、あたまをなでられながらしたからのぞくみかのだいちちははくりょくまんてんだなぁ……。

 

「……にししっ、えいっ!」

 

「きゃっ」

 

「ムグッ!?」

 

 いきなり視界と呼吸が塞がれた。

 

「ちょっ、唯っ!? 重いから寄りかからないでよ!?」

 

「りょーちゃん、おっぱい大好きだからこれぐらいしてあげた方が喜ぶかなーって」

 

「ムグーッ!? ムグーッ!?」

 

「ホラ喜んでるよ」

 

「いやどー見ても苦しがってるよ!? 窒息寸前だよ!? ある意味男の人にとっては夢のような死が迫ってるよ!? 周藤良太郎という人類の財産が絶滅危惧だよ!?」

 

 本編で欲しいぐらいキレのいいツッコミはいいから早く助けてくれぇ!?

 

 

 

「疲れどころか生命が吹き飛ぶところだった……」

 

 城ヶ崎美嘉の胸に埋もれて窒息とか、ファンが聞いたら助走をつけて殴り飛ばされるような幸福であることには間違いないが、愛する女性たちやファンを悲しませてまで手に入れたいものではない。

 

「りょーちゃんゴメンね……」

 

 珍しくシュンとしている唯。美嘉や加蓮に怒られたのが効いているようだ。その美嘉と加蓮は食器を洗いに行き、りあむは部屋へ着替えに行ったため、今度は唯と二人きりになり並んで炬燵に入っている。

 

「確かに苦しかったけど、俺を労おうと思ってくれたんだろ? ありがとう、唯」

 

「……えへへ」

 

 頭を撫でると、唯は照れくさそうに笑った。

 

「……よし、それじゃあ次は唯の番だな」

 

「え?」

 

「まだ唯には甘やかしてもらってないからな」

 

 こうなったら俺も覚悟を決めてトコトン甘やかされる覚悟を決めたぞ。

 

 唯の返事を待たずに、彼女の胸へと顔を埋める。

 

「……むふふー、りょーちゃんってば甘えんぼさんなんだからー」

 

 それには「唯が言い出したことだろう」と言い返したいところではあったが、実際に今日の俺はすっかり甘やかされる気分なので甘んじて受け入れよう。

 

「……それじゃあ、そんな甘えんぼさんなりょーちゃんには――」

 

「ん?」

 

 何やらゴソゴソと動き出した唯。顔を上げると、何故か彼女は自身の背中に手を伸ばしていて――。

 

 

 

「――もっといいもの、あげるね」

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 毎年恒例の夢オチである。

 

 ここまで来ると、逆に次はどんな夢を見るのか楽しみになってきた。

 

「……よし、二度寝だ」

 

 今年もよろしくお願いします。

 

 

 




・周藤良太郎(2X)
お正月恒例の一夫多妻時空(夢オチ)に慣れ始めたトップアイドル。
りあむたちの時系列をまだはっきりさせていないので、今回の年齢は不詳。
そして過去最多となるりあむ・加蓮・美嘉・唯の四人と恋仲に。
人選? 趣味+りあむが書きやすかったから。

・夢見りあむ(2X)
良太郎の恋仲その1。ポジション的には次女。
恋仲になれた瞬間、確実に吐いたと思われる。
まさかの人選と思われるだろうが、作者もそう思っている。
いや、先週まで色々書いてたら思いの他書きやすくて気に入っちゃって……。

・北条加蓮(2X)
良太郎の恋仲その2。ポジション的には長女。
かなり熱狂的なりょーいん患者だったが、恋仲になれたことにより一番距離が縮まった。

・城ヶ崎美嘉(2X)
良太郎の恋仲その3。ポジション的には母親。
告白する場面でテンパって余計なこと言って顔を真っ赤にして……というループが容易に想像できる。
……あ、ご結婚おめでとうございます。(中の人)

・大槻唯(2X)
良太郎の恋仲その4。ポジション的には三女。
ケロッとした表情で告白した後で真っ赤になってへたり込むという妄想。

・一夫多妻制
・杉崎鍵
毎度お馴染み※番外編17参照

・四人のバストサイズ
りあむ(95)>唯(84)>加蓮(83)>美嘉(80)
……どう考えても脳内でバグが発生する大きさ順である。

・「大丈夫? おっぱい揉む?」
男 の 夢

・何故か彼女は自身の背中に手を伸ばしていて――。
わっふるわっふる。



 新年恒例の一夫多妻恋仲○○特別編。完全に作者の趣味に走ったメンツ&シチュエーションでお送りしました。

 次回からは本編に戻り、いよいよ感謝祭ライブ編の最終幕へと突入していきます。

 最後までどうぞお付き合いください。



『どうでもいい小話』

 りっか様&れいちゃま&じゅりさん&あやっぺ&るるきゃん&のじょさん、ご結婚おめでとうございます!

 なんというか情報量が多い年末年始だったなぁ……。


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Episode52 Like a HERO!

新年初の本編(外伝)更新です。

本格的にラストに向かっていきますよ。


 

 

 

『よーし! トークバトル終わったから、みんなちゃんとスマホしまえよー』

 

『こっそり録音状態にしたままにするんじゃねぇぞー』

 

『このライブの現地に選ばれた人間ならば、誇りを持って行動しなさい』

 

『みんなー! 分かったー!?』

 

 

 

 はあああぁぁぁい!!!

 

 

 

 長かったミニゲームコーナーを終え、観客たちにスマホをしまうように促す良太郎さんたちの指示に従い、私たちも手にしていたスマホを鞄の中に仕舞う。

 

 

 

「それにしても、りあむちゃんだっけ? あの『周藤良太郎』が名前を挙げるんだから、凄い子なんでしょうね」

 

「申し訳ないけど、私は聞いたことない名前だったわ~」

 

「私も知りませんでした……」

 

「あ、さっきちょっとマミ調べてみたよー! なんかりょーにぃが好きそうなおっぱいおっきな子だった!」

 

「むぅ……それならミキだって負けてないもん!」

 

「きっとそれだけじゃないんだろうけど……うん、私もちょっとだけ後で調べてみようかな」

 

 

 

「「………………」」

 

 同じ関係者席故に聞こえてきてしまった765プロの皆さんのそんな会話に、私とかな子ちゃんは思わず顔を見合わせてしまった。きっと私もかな子ちゃんのように大変気まずい表情をしていることだろう。

 

 先ほど良太郎さんが口にした『夢見りあむ』ちゃんは現在の『シンデレラプロジェクト』に所属するアイドルであり、早い話が私たちの後輩にあたるアイドルだ。同じ事務所の先輩として、私たち元CPの面々も一度は彼女を含む『CP二期生』とも呼ばれる子たちと顔を合わせているのだが……。

 

 

 

 ――私たちのときにもチラッと思ったけど、これで確信したよ。

 

 ――プロデューサー、バラエティー方面で良太郎さんに勝つのは無理だと思うよ。

 

 

 

 真顔でプロデューサーさんにそう言い切ったのは、凛ちゃんだった。

 

 確かに二期生は控えめに言っても個性的なメンバーが揃っていて、その中でもりあむちゃんは最も際立ったキャラだった。未央ちゃんは彼女を『内面のスペックを女性的な体つきというステータスに極振りした杏ちゃん』と称しており、それを聞いた李衣菜ちゃんと莉嘉ちゃんは爆笑していた。……引き合いに出された杏ちゃんは少々苦い顔をしていたけど。

 

 そんな未央ちゃんの言葉を正面から肯定するわけではないのだが……その、確かにりあむちゃんは少々面白い性格をしていることは確かだった。少なくとも良太郎さんが感心したような強いメンタルは持ち合わせておらず、麗華さんや天ヶ瀬さんや天海さんたちが興味を抱くような人物とは少し違うのではないか……というのが素直な感想である。

 

「りあむちゃん、大丈夫かな……」

 

「う、うーん……」

 

 心配そうなかな子ちゃんの言葉に、流石に手放しで「大丈夫」とは言えなかった。きっと今のトークを聞いていた人たちがこぞって彼女のことを調べ始めることに違いない。そして彼女のSNSに辿り着いて、彼女の普段の言動を目の当たりにしてしまい……。

 

(……や、やっぱり後で誤解を解いておいてあげた方がいいかな……?)

 

 このままではこれまで以上に炎上をしてしまいそうだから、少し私の方からフォローをしておいてあげた方がいいだろう。

 

「でも、多分凛ちゃんがフォローのメッセージを良太郎さんにしてくれるだろうから、きっと大丈夫だよね」

 

「……そ、そうよね」

 

「?」

 

 別に私がメッセージを送る理由なくなってガッカリとかしてないもん。

 

 

 

 

 

 

『それじゃあ俺たちは下がるが……麗華たち魔王エンジェルの三人は、また後で出てきてもらうからな』

 

 

 

 おおおぉぉぉ!?

 

 

 

『ったく、しょうがないわね』

 

『それじゃあオメェら、次に行く準備はいいか!?』

 

 

 

 おおおぉぉぉおおおぉぉぉ!!!

 

 

 

『それじゃあ……頼むぜ、二人とも!』

 

 

 

 

 

 

『アナタの瞳に映る私は、ただの子猫?』

 

『爪を立てられても知らないわよ?』

 

 

 

 わあああぁぁぁあああぁぁぁ!!!

 

 

 

 舞台裏に戻りながら、ステージに上がった『Cait Sith』の二人によるユニットデビュー曲『黒猫は遥か高みの夢を見る』に盛り上がる観客たちの歓声を耳にする。

 

 俺の出番はこの四曲後だから、少しぐらいは休憩出来るな。

 

「良太郎さぁん、お飲み物をお持ちしましたぁ!」

 

 何か飲み物でも、と考えていると丁度タイミングよくまゆちゃんが現れた。手にはアイスコーヒーの入ったグラスが。

 

「ありがとう、まゆちゃん」

 

「いえ。……その、ミニゲームは残念でした……」

 

「あぁ、俺は気にしてないから大丈夫だよ、ありがとう」

 

 勿論、誰だって罰は受けたくないが、兄貴が考えている罰ゲームならばきっとそれほどひどいものではない上に、何かしらの利益が発生するようなものになっていることだろう。具体的に言うと円盤の特典映像的なサムシングに。

 

 そんなやり取りをしつつ、まゆちゃんから受け取ってアイスコーヒーを一口。

 

「……あれ、これってもしかして翠屋の?」

 

 控室に置いてあった市販のアイスコーヒーだと思って飲んだら、予想外の飲み慣れた味で少々驚いた。

 

「はぁい! 上手く挽けて良かったですぅ!」

 

「……ん? ()()()?」

 

「良太郎さんの道具をお借りしまして……」

 

「本当に一から挽いたの!?」

 

 その知識が無くて俺に泣きついてたの、まだ一時間ぐらい前の話だよね!?

 

「そもそもこれ水出しじゃん……!?」

 

 明らかに時間が足りていないのだ!

 

「えっと、ギュッとしてドーンってやってからエイって……」

 

 説明は可愛らしいのだが、本当に何も分からなかった。……いいや、この世の中には知らない方が幸せなことなんていくらでもあるし、きっとこれもそのうちの一つなのだろう。美少女が淹れてくれた美味しいアイスコーヒーという認識だけ持っておこう。オイシイナー。

 

「まゆー! ちょっとこっちきてー!」

 

「はぁい、今行きまぁす! それじゃあ、良太郎さん」

 

「うん、行ってらっしゃい」

 

「行ってきまぁす!」

 

 恵美ちゃんに呼ばれてパタパタと去っていくまゆちゃんの背中を見送る。

 

「……それで、りんは何してるの?」

 

 視界に入ってはいたものの触れるタイミングを失っていたが、休憩場所の片隅では先ほどからりんがこちらに背中を向けてスマホを操作していた。

 

「さっきリョウが言った『夢見りあむ』って子のことを調べてるみたい」

 

「なるほどね」

 

「……お、おっきい……いや、アタシも負けてないし……トップとアンダーの差で寧ろ勝ってるから……多分……」

 

 ブツブツと何やら聞こえてくるが、別に俺は胸の大きさだけで彼女のことを注目したわけじゃないんだけどなぁ。

 

「違うの?」

 

「入口がそうだったということは否定しない」

 

 いやあの低身長のこじんまりした体躯にあの胸だよ? 興味惹かれるに決まってるじゃないか。

 

(……無意識にりんと似たような子に惹かれた……っていうのは、都合のいい解釈かな)

 

「何?」

 

「なんにも」

 

 なにやらともみの目が暖かくなっていたような気がしたが、気のせいらしい。

 

「りょーくん! 今度アタシもこの子が着てるようなTシャツ着てみようと思うんだけど!」

 

「マジで!?」

 

 それを見ることが出来るのであれば大変喜ばしいのだが、果たしてそれは公に披露していいものなのかどうか真剣に悩んでしまった。

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「冬馬君? どうかした?」

 

「……別に、なんでもねぇよ」

 

「そう? 『罰ゲームざまぁ』とか嘲笑ってたりしない?」

 

「それは済ませた」

 

「済ませてた……」

 

 そう苦笑しつつ、翔太は「それじゃあどうしたのさ」と首を傾げる。別に何もないと言っているのだが……コイツはその答えで納得はしないだろう。

 

「……もしかして、この後の曲のことで緊張してる?」

 

「今更俺がステージで緊張するとでも思ってんのか?」

 

「思ってないよ、それが()()()()()ならね」

 

「………………」

 

「少なくとも僕だったら凄い緊張する自信があるよ」

 

 何も答えていないのも関わらず、苦笑する翔太が勝手に話を進める。

 

 

 

「何せ、実質『周藤良太郎』との()()()()になるんだから」

 

 

 

「……ただいつも通りにステージに立っていつも通りに歌うだけだ。対決も何もねぇよ」

 

「勿論冬馬君も、なんだったらリョータロー君もそう思ってるだろうね。でも実際にあのゲネを観た僕たちからしてみたら……あれは今まで現実することのなかった『周藤良太郎』と『天ヶ瀬冬馬』の直接対決に見えたよ」

 

「良太郎だけじゃなくて、お前らも目ぇ悪くなったんじゃねぇか?」

 

「少なくとも僕は両目1.5だよ」

 

 ヘラヘラと笑う翔太に少々イラッとした。

 

「……正直な話、結構嬉しいんだよ」

 

「……嬉しい?」

 

 その感想は予想外で、思わず聞き返してしまった。

 

「冬馬君が僕たちとのユニットを大切に思っていることは分かってるよ。でも、それと同じぐらい『周藤良太郎』への挑戦をいつだって忘れていないことぐらい分かってる」

 

「………………」

 

「勿論俺も翔太も、『周藤良太郎』に勝ちたいって思ってるさ。それぐらいの野心は持ち合わせてる」

 

「北斗……」

 

 いつの間にか近付いてきていた北斗が翔太の肩に手を置いた。

 

「でも俺たちの中で、周藤良太郎に手が届くのは……冬馬、お前だ」

 

「だから、冬馬君」

 

「だから、冬馬」

 

 

 

「「勝て」」

 

 

 

「……ったく、なに二人して盛り上がってんだよ」

 

 正直に言うと考えないようにしてた。それを意識するだけで手が震えそうになるから。

 

 でもそれは確かに、俺が待ち望んでいたことでもあった。

 

 『周藤良太郎』。あらゆるアイドルの頂点に立ったと称しても過言ではないアイドルであり、俺が常に越えたいと目標にし続けた男。俺たちがデビューした頃には既にトップアイドルとなっていて、並び立つどころか足元に辿り着くことすら果てしない道のりだった。

 

 しかし、今。こうしてついに。

 

 『Jupiterの天ヶ瀬冬馬』としてではなく、一人のアイドル『天ヶ瀬冬馬』として奴の正面に立つ機会を得たのだ。

 

「……言われなくても、勝ってやるさ」

 

 拳が届く距離にいる。

 

 だから、全力で『周藤良太郎』に殴り掛かる。

 

「あぁ、勝つんだ」

 

 

 

 それ以外、もう何も考えない。

 

 

 

「……まぁ、その前に『Jupiter』としてのステージがあるんだけどな」

 

「ゴメンね。盛り上がらせちゃったけど、そのスイッチはそっちが終わってから切り替えてね」

 

「だからオメェらは上げてから堕とすんじゃねぇよおおおぉぉぉ!?」

 

 

 




・りあむ@注目の的
ギャグ時空のアイ転だから無事だけど、本家のりあむだったらガチで胃潰瘍とかになってもおかしくないと思う。

・バラエティー方面で良太郎さんに勝つのは無理だと思う
んごリンゴ娘、♯ギザ歯ネット娘、黒白主従、マンションポエム姉……。
突っ込み兼苦労人枠がはーちゃんに決定した瞬間である。

・『内面のスペックを女性的な体つきというステータスに極振りした杏ちゃん』
※個人の感想です。

・『黒猫は遥か高みの夢を見る』
ケットシーの二人の楽曲。(電気羊とかは関係)ないです。
相変わらずのネーミングセンスである。

・「ギュッとしてドーンってやってからエイって……」
まゆちゃんがギュッってしたぞ!

・『周藤良太郎』との直接対決
魔王 VS 勇者 の構図である。



 年が明け、ようやくアイ転の本編に戻ってきました。

 外伝が始まり一年が経ち、ようやく終盤戦です。とはいえ皆さんももうなんとなく気付いているでしょうが、ちまちまと長引く可能性があるので……気長に読んでいただけるとありがたいです。

 ……そろそろ総選挙に向けて、新しい応援小説考えねば……。


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Episode53 Like a HERO! 2

良太郎と冬馬のーちょっといいとこ見てみたいー!


 

 

 

『モザイクカケラ ひとつひとつ繋げ合わせて描いていく』

 

『あなたがくれた 出会いと別れも』

 

 

 

 ケットシーの二人(しほちゃんとしき)による『黒猫は遥か高みの夢を見る』が終わり、先ほどまでピンクと白のサイリウムによって染め上げられていた会場が、今度は水色に染まり三船美優さんの『モザイクカケラ』に合わせて静かに揺れていた。

 

 ウチにおいて一番後輩でありながら一番年上という彼女の歌うその姿は、先ほど志保ちゃんと共に披露した『Last Kiss』とはまた違う、大人の女性としての余裕を感じるような気がした。

 

「……さてと」

 

 次の次の次が俺の出番だ。しかも()()()()()()()()()()という、結構サプライズじみたことをしでかす予定だ。

 

 観客たちに対するサプライズを成功させるため、しっかり一緒のステージへ立つ冬馬と共にモチベーションを上げて……と言いたいところではあるが、今回はむしろ逆。

 

 

 

 今から共にステージへと立つが故に、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 現に俺がコーヒーを飲んでいる間に冬馬は待機場所から既に移動しており、勿論声すらかけられていない。しかしそれでいい。

 

 冬馬本人がどう考えているかは知らないが、俺はこのステージを『周藤良太郎と天ヶ瀬冬馬の一騎打ちの場』だと考えている。

 

 『天ヶ瀬冬馬』というアイドルは、男性アイドルの中で初めて『周藤良太郎』という存在に噛みつき、そして唯一ここまで上り詰めたアイドルだ。

 

 俺も人間故に()()を向けられてなおそれを寛容するほどの度量は持ち合わせていないが、()()ならば話は別だ。挑んでくる以上、俺はそれに対して全力で応えたい。

 

 

 

 ――なにせ、冬馬は……。

 

 

 

 

 

 

 それは、感謝祭ライブが決まった直後のことだった。

 

「はぁ!? 俺と良太郎の新曲!?」

 

 実は珍しい良太郎と二人という組み合わせで呼び出されたスタジオで、俺はボーカルトレーナーからそんなトンデモナイことを告げられた。

 

「はい。社長とJANGOさんのお二人が直々に手掛けられた曲です」

 

「ふーん、JANGO先生はともかく、兄貴も噛んでるのか」

 

 なんでもないことのように呟きながら、トレーナーから楽曲の情報が書かれた書類を受け取る良太郎。

 

「そんな重要そうなことをこんなにアッサリと告げられる気にもなってくれよ……」

 

「す、すみません……」

 

 トレーナーに対しての愚痴だったつもりではないのだが、恐縮してしまったトレーナーから俺も書類を受け取る。

 

「……って、なんだこの曲……!?」

 

 書かれていた情報に、思わずギョッとしてしまった。確かにこれは()()()()()曲ではない。ありえないわけじゃないのだが……。

 

「なるほどねぇ……とりあえず、兄貴とJANGO先生が俺とお前に何をさせたいのかは大体分かった」

 

 良太郎が「お前は?」と目で問いかけてくる。

 

「……分からないわけねーよ」

 

 ここまで()()()()されておいて、その意図を汲めないほど愚鈍なつもりはない。

 

「というわけでトレーナーさん、この曲のレッスンは冬馬と別々にします。合わせも一切しません」

 

「あっ、はい。……え?」

 

 良太郎の言葉に思わず頷いてしまったトレーナーは、一瞬間を置いてからその意味を理解して慌て始めた。

 

「え、す、周藤さん!? この曲で合わせ無しは流石に無理がないですか!?」

 

「無理がないどころか、寧ろそうしないと()()()()()

 

 慌てるトレーナーを余所に、普段と変わらず良太郎は飄々としたものだ。

 

「冬馬もそれでいいだろ?」

 

「……あぁ、それでいいぜ」

 

「天ヶ瀬さんまで!?」

 

 トレーナーには悪いが、これは俺も良太郎と同意見だ。これは、俺と良太郎がお互いに合わせることを意識しては意味がない曲だ。

 

「というわけで、今日の所は俺が自主練してくるんでトレーナーさんは冬馬のレッスンを見てやってください」

 

「勘弁してくださいよ周藤さん! 流石に無理ですって!」

 

「大丈夫大丈夫、心配性だなぁ」

 

「心配とかそういう話じゃなくて――!」

 

 

 

「……『一文字で鬼』」

 

 

 

「――っ!?」

 

 なおも食い下がろうとしていたトレーナーは、良太郎のその一言によって身動きを止めた。

 

「『二文字で悪魔』」

 

 さらに一言。トレーナーの口は開いたまま、しかし声にはならず、寧ろ呼吸をしているかどうかも怪しい。

 

「『三文字で……』は飛ばして、『四文字で悪鬼羅刹』」

 

 冗談交じりだが、その口調に冗談は一切含まれていない。隣で聞いている俺も思わず生唾を飲んでしまった。

 

「トレーナーさん?」

 

 

 

 ――五文字で、なんだと思います?

 

 

 

「………………」

 

「安心してください、上から何か言われたら俺の名前を出してもらえば大丈夫です」

 

 完全に硬直しているトレーナーの肩にポンと手を置いてから、良太郎は「それじゃあ冬馬、頑張ってなー」とヒラヒラ手を振りながらレッスン室を後にした。

 

「……はっ!? ここはドコ!? 私はダレ!?」

 

 動かないトレーナーが心配になったが、どうやら結構余裕あったようだ。

 

「……はあああぁぁぁ……怖かったあああぁぁぁ……!」

 

 大きくため息を吐きながらその場にしゃがみ込んでしまったトレーナー。良太郎が初対面時に「そのガタイでダンストレーナーじゃない……だと……!?」と驚愕していた巨漢がビビッて蹲っている姿は、申し訳ないが少々面白かった。

 

「大丈夫っすか?」

 

「だ、大丈夫です……いやぁ、普段の様子で忘れがちになりますけど……そうですよね、あの人は『周藤良太郎』なんですね……」

 

 なにを当たり前な……と思わないでもないが、きっとそれは俺がアイツに慣れてしまっているからだろう。

 

 『周藤良太郎』はトップアイドルで、それを感じさせないほど気さくで、ファンや同業者だけじゃなくスタッフたち裏方の人間にも分け隔てなく接していて。

 

 

 

 しかし、ふとした瞬間に覗かせる顔は紛れもなく『覇王』だった。

 

 

 

 『周藤良太郎』という名前は()()()()()()であると同時に()()()()()()でもあった。盲目的に過信されることを危惧して滅多に使うことはないが、アイツは誰にも被害が及ばない絶妙なタイミングでそのカードを切るので余計にタチが悪い。

 

「……すんませんが、今回ばかりは俺も良太郎と同意見です」

 

 しかし、今回ばかりは俺も良太郎と同意見なので強くは言えなかった。

 

「うぅ、分かりました……それじゃあ今日は天ヶ瀬さんだけでレッスンさせていただきます……」

 

「お願いします」

 

 大男がメソメソと泣き言を言う様に呆れつつ、それでも123プロが信頼を寄せるボーカルトレーナーからのレッスンを受けるのだった。

 

 

 

「……これは、俺もいつも以上にガチでやらないとな」

 

 

 

 

 

 

「いや~、美優ちゃん凄いわねぇ」

 

「はい……あの三船さんがアイドルになったと聞いて驚きましたが、あの姿を見るとそれも当然だったんだなぁって思います」

 

「桑山さんもどう? ウチの旦那の事務所でアイドルやってみない?」

 

「わ、私はちょっと……」

 

 幸太郎さんの奥さんである早苗さんが、隣の女性に対してスカウトのようなことをしていた。実際彼女にそんな権限はないだろうが、あの桑山千雪という女性ならば、本当に123のアイドルになってもおかしくないのでは……と思ってしまった。

 

 さて、三船さんの曲が終わり、誰が来るのだろうかとペンライトの色を青からカチカチと変えつつ次の曲に備える。

 

 そしてやがて聞こえてきたイントロに――。

 

「――あ」

 

 

 

 わあああぁぁぁあああぁぁぁ!!!

 

 

 

 ――会場は一瞬で()()に染め上げられた。

 

 

 

 スモークが炊かれ、徐々にせり上がってくるポップアップから現れる人影に、私の心臓はドキリと跳ね上がった。きっとこれは、感動に近い歓喜。

 

 ()()が先ほど披露したのは、かつて掴んだ栄光の曲。しかしこのイントロは、今の彼らの始まりとなる曲であり……彼らにとっての再誕の歌(リバースデイ)

 

 

 

『Brand new field』

 

『キミを今』

 

 

 

 in mind!!

 

 

 

『連れてゆくよ』

 

『『『ミライは待ってる。僕らが描く――』』』

 

 

 

 ――新たなキセキ!

 

 

 

 『Jupiter』の登場に、会場は何度目か分からない爆発的な歓声に包まれた。

 

 

 

『Go! Future 振り向かないで All right!』

 

 

 

 感じて! All the time!!

 

 

 

 気が付けば、私も周りと一緒になって大声を張り上げていた。

 

 

 

 ……私たちとジュピターの出会いは、思い返せばあまりいいものではなかった。

 

 ファーストコンタクトはテレビ局の廊下でぶつかり「ぼーっとしてんじゃねぇよ」と罵られ、その後765プロの仕事を奪われたりと、正直散々なものだったと思う。

 

 そんな彼らとも今では『仲が良い』と称しても間違いない間柄となり、以前の一件で一番憤っていた伊織ですら「ふんっ、周藤良太郎よりマシよ」と言いながら三人と雑談をしていたりするのだ。……きっとこれもある意味、良太郎さんのおかげなのかもしれない。

 

 彼らは良太郎さんや魔王エンジェルの皆さんと同じように、私たちにとって目指すべき憧れの先輩だった。

 

 そんな彼らが961プロを辞めたと聞いたときはアイドルとして引退してしまったのかと悲しくなったし、その後123プロに入ったと聞いたときはまた彼らのパフォーマンスが見れると知ってホッとした。

 

 だから今こうして、ステージの上でトップアイドルとして歌って踊る彼らの姿を見るのが本当に嬉しくて――。

 

 

 

『夢のカケラ もうすぐそこに……きっと!』

 

 

 

 ――でも、この()()()()()に私は名前を付けない。

 

 アイドルだからとか、千早ちゃんが良い顔しないからとか、ましてや彼が懇意に面倒を見ている女の子がいるからとか、そういう理由じゃなくて。

 

 

 

 私はこの感情を()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 

 

(……なーんてね)

 

 まるで物語の主人公のようなことを考えてしまった自分がおかしくてクスリと笑いつつ、そんなことをしてる場合じゃないと私は全力で緑のペンライトを振るのだった。

 

 

 

『俺たちなら、楽勝! だぜっ!』

 

 

 




・『モザイクカケラ』
カバー曲ですが、美優さんの二曲目として採用させていただきました。
元はコードギアスの曲です。

・ありえない曲
勿論作者の脳ではそんな大それたことは考えられないので、実際に存在する楽曲モチーフ。
イイ子だから予想を感想に書き込んで作者を追い詰めないように()

・『一文字で鬼』
なんとLesson02以降一切使われていないフレーズである。

・『BRAND NEW FIELD』
ジュピターの楽曲ですが、詳しいことは語らず。
『Episode of Jupiter』を! 観ましょう!

・胸の高鳴り
・その程度のものにしたくない
なんのこったよ(すっとぼけ)



 冬馬君が主人公としてアップを始めたと同時に、春香さんもヒロインとしてアップを始めました。いやまぁ、何度も言ってるけどここって外伝なのよね……。

 次回ぐらいが、ある意味本番になります。



※誤字脱字とかじゃない重大なミスを発見しましたが、現在諸事情により修正不可となっております。後日修正します。


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Episode54 Like a HERO! 3

……いざ、尋常に!


 

 

 

「ねぇしぶりん」

 

「なに未央。今恵美さんとまゆさんの応援で忙しいんだけど」

 

「しまむーがさっきから動いてない」

 

「知ってる」

 

 案の定というかなんというか、天ヶ瀬さんたちジュピターの『BRAND NEW FIELD』に卯月がノックアウトされていた。普段は比較的仏頂面でいることの多い天ヶ瀬さんの爽やかな笑顔にやられたらしい。顔を手で覆いグスグスとすすり泣きながら「しんどい」とか「つらい」とか、普段の彼女の口からは決して出そうにないような言葉が漏れ出ていた。どんだけ効いてるのさ……。

 

 しかし私もそれどころではない。ステージの上ではピーチフィズの二人による『TOP SPEED!』の応援で忙しいので、後で時間が出来たら心配してあげよう。

 

「つまりそれまでは心配することすらしないという……」

 

 未央が何か言っているが、君もちゃんと応援しなよ。ファンとか以前に友達なんでしょ?

 

 

 

『誰にも止められないこのスピード!』

 

『一直線へアナタへと!』

 

『『届け! この滾るBurning heart!!』』

 

 

 

 しかし、なんだろうか。

 

(この胸騒ぎは……)

 

 ピンクと黒のペンライトを振りながら、私は何かを感じとっていた。それはアイドルとしての勘というか……なんとなく、妹としての勘? もしくは『周藤良太郎』ファンとしての勘? のような気がした。

 

 つまりこの後、良太郎さんが何かしらをするかもしれないということだ。

 

 あくまで私の勘なので信憑性は薄いだろうが、時間的にもそろそろトリが来てもおかしくないのだ。123プロ感謝祭ライブと銘打ってはいるものの、そのメインはどう取り繕ったとしても『周藤良太郎』には間違いなく、そうなるとトリを良太郎さんが飾るのが自然だろう。

 

 ……アンコール前とはいえ、まだまだ大きなネタを一つ二つ残しておいてもおかしくないのが良太郎さん、ひいては123プロだ。この短時間の間で何度も「これ以上はないだろう」という予想をことごとく裏切ってきた彼らならば、まだまだ十分に可能性があるだろう。

 

(……っ!)

 

 そう考えるだけで、ワクワクが止まらなかった。目の前のまゆさんたちのステージも素晴らしいというのに、まだこれ以上の何かがあるという期待をさせてくれるのだ。

 

 

 

 そんなことを考えながら……私は、刻一刻と近付いてきている『終わりの時』から目を逸らしていた。

 

 

 

 

 

 

「……ふむ」

 

 次の出番の準備を終え、ステージの下で恵美ちゃんとまゆちゃんのデュエットに耳を傾ける。

 

 活発的に見えて根っこの部分は落ち着いた性格の恵美ちゃんと、大人しそうに見えて事務所一と言っていい行動力を誇るまゆちゃん。この二人は最初期からデュエットを組んでいる親友同士で、しかしそれと同時にお互いのことをライバルだと認識しているという、まさしく理想的な関係と言っていいだろう。この二人は見ているだけでこちらも楽しい。

 

「………………」

 

 

 

 ――周藤さんが、自身のライバルだと思われるアイドルは誰ですか?

 

 

 

 それは雑誌などのインタビューで度々聞かれることのある質問だ。基本的には誰に対しても角が立たないように「俺自身です」だとか「俺を倒せるのは俺だけだ」とか適当なことを言って流してきた。

 

 勿論、麗華たち魔王エンジェルや、最近だと玲音とかいうバケモノもその候補に挙がる。……いや、玲音はいいや、マジでいいや、アイツとは二度と()りたくないし、寧ろ関わりあいたくないし。

 

 いや愚痴になるけどマジでアイツなんなんだよ。確かに美城さんとのやり取りで「アイツの相手は俺がします」的なニュアンスのことは話したからさ、勿論それが無くても最終的に対峙することにはなる運命だったとは思う。だからって転生チートを持ってる俺と同等のレベルだとは思わないじゃん!? アイツだけじゃなくて、てんちーれん三姉妹とか、エヴァにゃんとか、天然チートたちが意外に多すぎるんだよ……。

 

(いやまぁ、勝ったけど)

 

 それでも世界一をもぎ取ったのは、もはや意地である。あれだけ豪語しておいて勝てなかったらカッコ悪いにもほどがあるし。

 

  ……あれ、なんの話してたっけ?

 

「周藤さん、スタンバイお願いします!」

 

「はーい」

 

 そろそろステージ上の二人の曲が終盤に差し掛かったため、スタッフに促されてスタンバイに入る。俺はメインステージのポップアップからの登場になるため、あらかじめ下がっているポップに乗ってしゃがむ。恐らくバックステージのポップアップでは同じように冬馬が準備をしていることだろう。

 

 

 

『全てを抜き去る光速の世界!』

 

『君と手を繋いで共に!』

 

『『これが! 私たちのTop speed!!』』

 

 

 

 わあああぁぁぁあああぁぁぁ!!!

 

 

 

 ラストサビを終え、会場からの歓声がここにまで届いてくる。

 

 さて、いよいよだ。

 

 合わせ練習無し、打ち合わせ無し、リハおよびゲネ無し。正真正銘ぶっつけ本番の一発勝負。信じるのは己の実力以上に、相方が完璧なパフォーマンスをしてくれるという()()。トレーナー含むスタッフたちは随分と心配していたが、俺は最初から何も心配していない。

 

 なにせ、今回の相方は天ヶ瀬冬馬なのだ。

 

 

 

 ……あぁ、そうだ、確か『俺のライバル』っていう話をしてたっけ。

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「天ヶ瀬さん、大丈夫ですか?」

 

「……あぁ」

 

 目を瞑って集中していたら、心配になったらしいスタッフから声をかけられた。

 

 確かに今から俺たちがやることは、周りの連中からしてみたら無謀なことなのだろう。何せ個別の練習のみで合わせることは一切せず、普段自分たちが歌いなれている曲ですら絶対にするリハーサルとゲネですらしていないのだ。それがどれだけ異常なことかは素人にだって分かる。

 

 しかし、多分作詞作曲を担当した先生も、これを依頼したという社長やJANGO先生もそれを期待しているのだろう。

 

 

 

 すなわち、俺と良太郎が()()()()()()()()()という奇跡だ。

 

 

 

(……奇跡、か)

 

 自分で考えておいて随分とロマンチストな思考に苦笑する。

 

 俺はこれまで『奇跡』なんてものに縋ったつもりはなかった。アイドルとして黒井のおっさんに拾ってもらったのも奇跡ではなく俺の実力あってのものだし、その黒井のおっさんがスカウトしてきたからこそ北斗や翔太と出会えたと思っている。こうして123プロに所属しているのだって、俺たちのアイドルとしての実力が認められたからだ。全部、俺たちの実力ありきのものだと信じている。

 

 ……だから、今から俺が立つステージも『奇跡』なんてつまらない言葉で済ませるつもりは一切ない。

 

 

 

 俺は俺の実力で『周藤良太郎』にまで辿り着いたのだ。

 

 

 

 そうでなければ、『周藤良太郎』に見せる顔がない。

 

 

 

「天ヶ瀬さん! 準備いいですか!?」

 

「……いつでも行けるぜ」

 

 頭上からピーチフィズの二人に向けられた歓声が響いてくる。

 

 いよいよ、その時が来たらしい。

 

 もう一度、ゆっくり深呼吸をする。

 

 俺が今からするのは、いつも通り『歌って』『踊る』だけ。

 

 そう、ただそれだけ。

 

 アイツに合わせようなんて考えない。アイツだって合わせようなんて考えていない。

 

 

 

 ……さぁ、始めよう。

 

 

 

 

 

 

「やっぱりころめぐとままゆ凄いよねー!」

 

「むぐぐ……悔しいけど、流石なの」

 

 真美と美希がステージを終えたばかりの二人について話している。

 

 あの二人が私たちのバックダンサーとしてアリーナライブを盛り上げてくれたのだと思うと、なんというか誇らしくなると同時に、これまで以上に頑張ろうという気になってくる。

 

 さて、時間的にそろそろ最後の曲が来てもおかしくない。勿論アンコールもあるだろうが、一旦フィナーレとなる全体曲が来る頃合いである。

 

 しかし、暗転した会場内に流れてきたのは全く聞いたことのない曲だった。

 

「……ん? あれ?」

 

 周りが「え、何この曲!?」「このタイミングで新曲!?」とざわついている中、一人だけ可奈ちゃんがキョロキョロと周りを見回していた。

 

「可奈ちゃん?」

 

「春香さん、これ、()()()()()()()()?」

 

『……えっ』

 

 突然そんなことを言い出した可奈ちゃんに、周りのみんなが驚きの声をあげる。

 

 一体何を言ってるのかと思ったのも束の間。

 

「……あっ、ホントーだ!」

 

「よく聞くと()()()()が流れてるの!」

 

「ほ、本当だ……!?」

 

 今流れている曲は、言われなければ気が付かないぐらいほどシンクロする二つの曲から構成されていた。

 

 そして一体何が始まるのかと考える暇もなく――。

 

 

 

 わあああぁぁぁあああぁぁぁ!!!

 

 

 

 ――それは始まった。

 

 

 

 メインステージに姿を表した『周藤良太郎』。

 

 バックステージに姿を表した『天ヶ瀬冬馬』。

 

 まるで相対するように向かい合った二人は……いや、二人は間違いなく相対していた。

 

 モニターに映る二人の目線は真っ直ぐ前を向いていて、きっと周りの観客など見えていないと確信できるほどに、ただひたすら()()()()()()に集中していた。

 

 観客たちのボルテージも高まり……そしてついに二人はマイクを口元へと近づけ――。

 

 

 

 ――()()()()()()()()

 

 

 

『前に進むと誓ったから』

  『お前の誓いを信じよう』

 

 

 

  『どれだけの月日をかけてでも』

『例えどれだけ永くとも』

 

 

 

『お前を超える!』

      『お前を迎え撃つ!』

 

 

 

『困難を越えて栄光を掴む!』

      『栄光のための困難となろう!』

 

 

 

『『さぁ!!』』

 

 

 

『覚悟しな!』

『かかってきな!』

 

 

 

 『Per aspera』 / 天ヶ瀬冬馬

 『Ad astra』 / 周藤良太郎

 

 

 




・「しんどい」とか「つらい」とか
原作卯月だと絶対に言わなさそう。

・『TOP SPEED!』
ピーチフィズの二人の二曲目。なんかオリジナル楽曲が似たような傾向なのは、作者のセンスの限界デス。

・「俺を倒せるのは俺だけだ」
赤い弓兵といい、どうして諏訪部ボイスのキャラは自分と戦いたがるのだろうか……。

・耳がいい可奈ちゃん
アイ転世界においては『コナン』タイプの音痴キャラ。

・『Per aspera』
・『Ad astra』
詳細は次回。



 ついに始まりました。これが今回の感謝祭ライブの『メインイベント』です。


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Episode55 Like a HERO! 4

例え、その手に『聖剣』なんてなかったとしても。


 

 

 

「………………」

 

 舞台裏、わたしたち『魔王エンジェル』に用意された控室。ステージ上で歌うリョウと天ヶ瀬冬馬が映し出されているモニターを、わたしは黙って見つめる。

 

 

 

『夢の始まりから』  『どれだけの時間が経っただろうか』

      『ずっとこの椅子に座り続けてきた』

 

 

 

     『一人でずっと走り続けて』  『どれだけの時間が経っただろうか』

『輝きの中で一人』  『待ち続けることも悪くはなかった』

 

 

 

「「………………」」

 

 麗華やりんも、わたしと同じように食い入るようにモニターを見つめていた。先ほどまでリョウの出番が来るたびに「キャーキャー!」煩かったりんも、流石に黙って見入っている……いや、()()()()()()

 

 りんにとって……いや、わたしや麗華にとっても『周藤良太郎』というのは特別な存在だ。りん以外は変な意味じゃないが、リョウは親友にして恩人。他のアイドルと比べてしまうとどうしても一線を画すのは当然である。

 

 しかし、そんなリョウには到底及ばないものの、『天ヶ瀬冬馬』もまた少々特殊な存在になりつつあった。

 

 なにせ、彼は『周藤良太郎』に()()()()()()()アイドルなのだ。

 

 わたしたち『魔王エンジェル』は、結構最初から近いところにいた。海の向こうの女帝や三美姫などは最初から並び立っていた。しかし、天ヶ瀬冬馬は文字通り()()()()あそこまで昇りつめたのだ。言葉にこそしないが、これでも彼のことは一目置いている。多分麗華やりんも同じだろう。

 

 

 

『いつの間にか一人ではなくなった』

『いつの間にか』  『それが当たり前だった』

 

 

 

『いつの間にか』  『それでもいいと思っていた』

『いつの間にかそれを諦めることを考えた』

 

 

 

『『……冗談じゃねぇ!』』

 

 

 

 リョウも嬉しかったのだろう。わたしたちがすぐ側にいたとはいえ、ずっと一人で頂点に立ち続け……ようやくこうして、()()()()()()()()()()にまで上り詰めたアイドルが現れたのだ。

 

 多くの人間はサプライズの新曲とユニットに歓喜して気付くことすらしないだろうが……リョウのことを、そして天ヶ瀬冬馬のことを知っている人間にとっては、このステージは全く別のものに見えていることだろう。

 

 

 

 ……すなわち、『周藤良太郎』という王へと立ち向かう、一人の青年の物語に。

 

 

 

 

 

 

『ここには俺がいる、それを刻み付ける!』

『そこにはお前がいる、それを歓迎しよう!』

 

 

 

 冬馬さんが、歌っている。きっといつもの私だったら、それだけで酷く熱狂していたことだろう。それこそ先ほどジュピターとしてステージに立ったときも、彼の爽やかな笑顔に我を忘れてしまっていた。

 

「………………」

 

 けれど、どうしてだろうか。

 

 今こうして、良太郎さんと共に新曲を披露するという素晴らしいシチュエーションだというのに……私の心は、ざわついていた。

 

 冬馬さんがカッコいいとか、良太郎さんにも頑張ってほしいとか、色々と思うことはあった。それなのに、『天ヶ瀬冬馬』が『周藤良太郎』と向かい合って歌っているこの状況に、いつもとは違う胸の高鳴りを感じたのだ。

 

 『周藤良太郎』は日本を代表する……いや、世界に誇るトップアイドル。そんな彼と向かいあって、それもまるで競い合うように歌っている。まだまだ冬馬さんの足元にも及ばないようなアイドルである私にも、それがどれだけ()()なことなのかは容易に想像できた。

 

(……戦ってるんだ……)

 

 モニターに映る冬馬さんは、モニターの中で良太郎さんに向かって真っすぐに歌をぶつけている冬馬さんは……私の目には、戦っているように見えたのだ。

 

 ギュッと両手を握り締め、思わず閉じてしまいそうになる瞼を必死に開ける。『見ていられない』というのは冬馬さんに対する侮辱。だから私は、絶対にモニターから目を離さない。

 

 こんなことを考えるのは、私ごときが烏滸(おこ)がましいのかもしれない。それがどれだけ難しいことなのかも重々に承知している。

 

 それでも、私は――。

 

 

 

 

 

 

『前へ!』  『進め!』 『壁を!』 『砕け!』

   『ここへ!』 『挑め!』 『俺を!』 『倒せ!』

 

 

 

「………………」

 

 新曲故にコールは分からず、私はただステージを見つめながら静かにペンライトを振っていた。……いや、そもそも会場には歓声すらほとんどなかった。

 

 きっとみんな、私と同じように彼らのことを見守っているのだろう。

 

 『周藤良太郎』に挑むという、『天ヶ瀬冬馬』のそんな偉業に。

 

 良太郎さんは、王様だ。悪政を敷いているわけではないが、彼のことを『覇王』の他に『魔王』と称する人もいる。日本のアイドルで『魔王』といえば『魔王エンジェル』の三人を連想するだろうが、彼ほどその呼称が似合うアイドルもいないだろう。……えっと、日高舞さんに関しては、今回言及しない。

 

 ならば、そんな『魔王』に立ち向かう冬馬さんは……『勇者』、なのだろうか。

 

 この『魔王』は物語のように簡単に倒れてはくれない。ここにいるファンのみんなもその『魔王』の配下と言っても過言ではなく、彼の敗北を望むものはきっといない。

 

 しかし、それでも、きっと心のどこかでは『勇者』が『魔王』を倒すという、奇跡の瞬間を期待している。

 

 ……少なくとも、私はそうだった。

 

 心のどこかではなく、しっかりと心の中心で。先輩であり恩人でもある良太郎さんへの感謝と尊敬に少しだけ蓋をして、私はただただ願うのだ――。

 

 

 

 

 

 

 ――冬馬さんに、勝ってほしい。

 

 

 

 

 

 

 歌う。歌っている。俺は、歌っている。

 

 ただそれだけだった。勿論ダンスだって手を抜くつもりはない。ただひたすら、歌って踊る。それ以外のことを考える余裕なんて、俺にはない。

 

 踊る。歌う。

 

 違う、歌うとか踊るとか、そんなことすら考えている余裕なんてない。

 

 動かす。声を出す。

 

 気を抜けば、きっと俺の歌声とダンスは、良太郎に塗り潰される。

 

 曲調やリズムが微妙に違うため、()()()()という極々単純な理由も勿論あるのだが、それ以上に俺という存在そのものが良太郎の存在によって()()()()()()()()()

 

 『周藤良太郎』というアイドルの存在の強さを知っていたつもりだった。しかしそれは知ったような気になっていただけだと気付かされた。

 

 相対した『周藤良太郎』は、こんなにも凄まじかった

 

 イヤモニから聞こえてくる歌声は、一分の隙も無く一切の息切れが感じられない。正面で披露されるダンスは、遠く離れていてもその動作一つ一つの精密さと力強さに圧倒される。

 

 これが()()()のアイドル。これが()()()()()()アイドル。

 

 『届かない』なんて考えたくない、けれどどうしてもそれが頭に過る。

 

 あぁ、知ってるさ。これがどれだけ無謀なことか。

 

 

 

『『さぁ、星を数えよう』』

 

 

 

 それでも、俺はこいつに届きたい……!

 

 

 

『それは俺が手を伸ばした数』

『それは』   『俺が迎え撃った数』

 

 

 

 そのために、俺はここにいるんだ……!

 

 

 

『何度迎え撃たれようとも』  『絶対に諦めない』

『何度迎え撃とうとも』 『諦めないお前がそこにいる』

 

 

 

 そうだ、例えこの先、アイドルとしての道が断たれることになったとしても!

 

 

 

『星が輝く限り』      『星がそこにある限り』

      『俺は輝き続けよう』       『俺は待ち続けよう』

 

 

 

 この一瞬に、俺は全てを――!

 

 

 

『『届け!』』

 

 

 

 刹那。

 

 

 

 

 

 

「「冬馬さんっ!」」

 

 

 

 

 

 

 声が、聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 

『天上に光る、お前の元へ!』

『天上に光る、星となって!』

 

 

 

 

 

 

 ……あぁ、何度浴びても、この大歓声というものは心地よい。アイドルを始めたそのときから、これはずっと変わらない快感。

 

 けれど、今はそれ以上に俺は()()()()()()()

 

 きっとそれに気付いたのは、俺以外には片手で数えられるぐらいだろう。そうだな……麗華と高木さんと黒井さん、ぐらいだろう。

 

 最後の一瞬。刹那とも呼べる僅かな時間。

 

 『天ヶ瀬冬馬』が手にした(つるぎ)の切っ先が――。

 

 

 

 ――『周藤良太郎』へと、確かに()()()のだ。

 

 

 

『はぁ……はぁ……はぁ……』

 

 イヤモニを通して、冬馬の荒い息が聞こえてくる。随分と全力を出したようで、メインステージからでもバックステージで大きく肩で息をしている冬馬の姿が見て取れた。

 

 きっとアイツ自身はそれに気付いていないのだろう。気付く余裕もないほど、全力を出し切ったということか。

 

 本来ならばこの後は全員ステージ上に出てきてMCの予定だが、まだ裏から誰も出てくる気配がない。トラブルなのか、それとも裏の人間全員が感極まってしまったか。理由は分からないが、丁度いい。

 

『……冬馬』

 

 マイクを使ってバックステージへと語り掛けると、爆音のように鳴り響いていた歓声が収まっていく。

 

『………………』

 

 冬馬は顔を上げない。もしかしたら俺の声が聞こえていないのかとも思ったが、イヤモニは『なんだよ……』というささやかな声を拾っていた。

 

 聞こえているのであれば、伝えよう。今まで口にしなかった言葉を、今この場で『天ヶ瀬冬馬』という()()()()()()()への賛辞として。

 

 

 

『ありがとう――』

 

 

 

 ――最高の友よ。

 

 

 




・『Per aspera ad astra』
ラテン語の格言で、意訳すると『No pain,no gain』痛みなくして得るものなし。
異なる二曲が重なるイメージとしては『戦姫絶唱シンフォギア』のザババ、『ルパンレンジャーVSパトレンジャー』のOP。



 決して『魔王』を倒すことが出来たわけではない。

 けれど、彼の者の心の臓へと刃は届いたのだ。

 魔王よ、歓喜せよ。

 汝の望みは、今叶えられた。


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Episode56 Like a HERO! 5

『それ』は、もうすぐそこに……。


 

 

 

「……まぁ、予想外とは言えないわね」

 

「麗華がそう言うってことは……」

 

「……届いたんだ、天ヶ瀬冬馬」

 

「一応これを言っておくべきかしら。……『私たちもウカウカしてられないわよ』?」

 

「またまた、心にもないことを」

 

「……でもまぁ、無視は出来なくなったね」

 

「……ふん、元々無視なんかしてないわよ」

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「……あ、黒井社長、何処へ……」

 

「そっとしておいてあげてくれないか、小鳥君」

 

「例えどういう形になろうとも……彼が『周藤良太郎へと届く刃』になると、そう見抜いた自分の目が正しかったんだ。……アイツにも、思うところがあるのだろう」

 

「……本当に、素晴らしい慧眼なのですね」

 

「あぁ、そうとも美城君。……少しだけ意地が悪くなってしまっているが……アイツは、紛れもなく素晴らしいプロデューサーなのさ」

 

 

 

 

 

 

「……は、はるるん……?」

 

「大丈夫……?」

 

「……うん、大丈夫」

 

 万雷の拍手や歓声が鳴り響く会場内で、真美や美希に心配されながら私はそっと涙を拭う。私も拍手に参加したり歓声を上げたりしたかったが、今は手も声も震えてしまっていた。

 

 

 

『いやぁ、今のは我ながらいいステージだった。なぁ、冬馬』

 

『………………』

 

 

 

「りょーくんサイコー!」「きゃあああ良太郎おおおぉぉぉ!」「カッコいいー!」「頑張ったぞ冬馬ー!」「りょーくん相手によくやったぞー!」「流石ジュピターだぜ!」

 

 肩で息をしつつもケロッとしている良太郎さんと、目元を抑えてステージの上に膝を付く冬馬さん。そんな対照的にも見える二人に、そんな声が投げかけられていた。他のみんなからは『周藤良太郎相手に善戦した天ヶ瀬冬馬』という構図に見えているのだろう。

 

 私は、そうは思わない。確かに勝敗で言ってしまえば、冬馬さんは良太郎さんには勝てなかったかもしれない。けれど、絶対に()()()なんかいなかった。私は『周藤良太郎』と『天ヶ瀬冬馬』が()()()()()()()と信じている。証拠も何もないが、私はそうだと信じて疑わない。

 

(……凄いなぁ)

 

 本当に、ただそんな感想しか思い浮かばなかった。

 

 『周藤良太郎』に追いつく。数多のアイドルが一度は考え、そしてすぐに夢物語と頭から捨て去ってしまうそれを、本当の本当に実現してしまったのだ。

 

 

 

 ――もしかしたら、私たちでも……。

 

 

 

 そう考えてしまったのは、きっと間違いじゃない。いや、きっと私たちにその小さな種火を灯すことこそが先ほどのステージの目的だったのではないだろうか。

 

 『周藤良太郎』に並び立つ。そんな夢物語が実際に手の届く場所にあるのだと、彼は示してみせたのだ。

 

 ならば、私たちは先ほどのステージを「凄かった」「感動した」という言葉だけで済ませちゃいけない。

 

「真美、美希、このみさん、あずささん、可奈ちゃん」

 

「へ?」

 

「な、なに?」

 

「い、いきなりどうしたの?」

 

「……なぁに?」

 

「は、春香さん……?」

 

 

 

「次は、私たちがあそこに行く番だよ」

 

 

 

『………………』

 

 きっと私にしては強気すぎる発言に、全員が呆気に取られたのを感じた。

 

「……んふふ~、言うね~はるるん!」

 

「あはっ、さっすが春香! 分かってるの!」

 

「はぁ、大変そうね」

 

「うふふ、でも私たちなら……でしょ?」

 

「はい! 私も頑張ります!」

 

 きっと765プロ(わたしたち)だけじゃない。この会場内だけじゃなくて、このステージを目撃した世界中のアイドルたちがそれを感じたことだろう。

 

 『Per aspera ad astra』。先ほど美波さんが教えてくれたその言葉の意味『困難を通じて天へ』、すなわち『痛みなくして得るものなし』。そこに至るまで、きっと今まで以上の困難が待ち構えていることだろう。あの冬馬さんが膝を付き、血と汗を流し、歯を食いしばってようやく辿り着いたのだから、当たり前だ。

 

 それでも、辿り着けないわけではないのだ。

 

 ……あぁ、そうだ、考えてみれば、良太郎さんもずっと()()だった。いつもずっと先のステージに立ちながら、それでも()()()()()()()()()()()と手を差し伸ばしてくれていた。

 

 『周藤良太郎』が切り開き、『天ヶ瀬冬馬』が証明してみせた――。

 

 

 

 ――それは『輝きの向こう側』という世界。

 

 

 

(……待っててください)

 

 そんな義理はないとは分かっていても。

 

 ()()には、そこで出迎えて欲しいから。

 

 

 

 

 

 

「ひっく……ぐす……」

 

「ぐす……ほら、加蓮……ハンカチ……」

 

「……あ、ありがと……ずびーっ!」

 

「ベタなことしてくれてありがとよっ……!」

 

 加蓮ちゃんと奈緒ちゃんがすすり泣く声が聞こえてくる。

 

「……ぐす……」

 

「……え、えへへ、しぶりんたちに釣られて、私も泣いちゃったよー」

 

「未央の涙と私の涙を一緒にしないで欲しい……」

 

「うん、照れ隠しだよね、分かってるよ、そうじゃないと未央ちゃん別の意味で泣いちゃうから」

 

 凛ちゃんと未央ちゃんも、その会話で泣いているのが分かった。

 

 周りの状況は、音や会話でしか分からない。未だに私の視界は、とめどなく流れ落ちる涙で埋め尽くされていた。

 

 正直に言うと、怖かった。そんなこと絶対にありえないと頭では分かっていても、心の何処かではまるで二人がお互いを傷つけあっているように思えてしまい……そして()()()()が傷つき倒れてしまうことが怖かった。

 

 実際に歌い終わった冬馬さんが跪いている姿を見た瞬間、喉の奥から「ひゅっ」という音がして一瞬呼吸が出来なくなってしまった。

 

(……ダメだなぁ私……)

 

 結局、私は冬馬さんの無事を信じ切ることが出来なかった。そんな罪悪感と自己嫌悪に苛まれなれながら……その後からようやく()()()()が胸の奥から湧いてきた。

 

 冬馬さんは、あの良太郎さんに立ち向かい、そして真正面から戦い抜いた。

 

 『周藤良太郎』も『天ヶ瀬冬馬』も、私にとっては雲の上の存在であることには変わらない。けれど『周藤良太郎』という()()()()()()()()()()()相手に、冬馬さんは負けなかったんだ。

 

(……私も……!)

 

 負けてられない。そう考えるのは、流石に私には分不相応だろう。負けていられないもの何も、私にとってまだ遥か遠くの話だ。

 

 ……それでも、進んだ道の先には、間違いなく彼らが……冬馬さんがいるのだ。

 

「……凛、ちゃん、未央、ちゃん」

 

「……卯月?」

 

「しまむー……?」

 

 

 

「私たちも……絶対に、あの、場所、に……」

 

 

 

 嗚咽交じりの途切れ途切れな言葉。ユニットメンバー二人に対する私の宣言は、とても不格好なものだった。

 

「……勿論、絶対に」

 

「うん! 私たちなら大丈夫だよ!」

 

 まだ顔を上げれていない私には、二人の姿が見えないけれど。

 

 それでも、二人なら、笑顔で頷いてくれたと思う。

 

「ぐすっ……ちょっとちょっとー、私たちは仲間はずれー?」

 

「そ、そうだぞ! あたしたちだって思いは同じなんだからな!」

 

「あはは、仲間はずれなんているわけないじゃん!」

 

「うん、加蓮と奈緒も一緒に」

 

 ……きっと、まだまだ私一人じゃ躓くこともあるし、戸惑うこともある。落ち込むことも逃げ出したくなることもある。夢や目標を胸に抱いたとしても、そういうことはまだまだ絶対あると思う。

 

 でも、みんなとならば。

 

(……貴方は、見ててくれますか?)

 

 まだまだ『周藤良太郎』という高みを目指し続けて、貴方はそれどころじゃないかもしれないけれど。

 

 

 

 ――少しだけ、()()もこっちを振り返ってくれたら嬉しいな。

 

 

 

 

 

 

「……ふふっ、やっぱりそうだ」

 

「なーちゃん、どうしたの……?」

 

「ううん、なんでもないよ、甜花ちゃん」

 

「……?」

 

 

 

 

 

 

『ほらほら冬馬君、いつまで泣いてるのさ』

 

『泣いてねぇよ適当なこと言ってんじゃねぇよ』

 

『はいはい』

 

 本来は他のみんなと共にメインステージの袖から登場する予定だった翔太と北斗さんが、未だに膝を付いて動かない冬馬がいるバックステージから現れる。

 

 いつものようなやり取りをしながら二人が手を貸すと、それでようやく冬馬が立ち上がった。顔を上げる直前、袖で目元を拭ったのはきっと汗が目に入りそうだったのだろう。うん、そういうことにしてやろう。

 

『リョータロー! さっきの凄かったね!』

 

『その、私も思わず裏で泣いてしまいました……』

 

 こちらは予定通り袖から現れた普段より三割増しぐらいでテンション高めな志希と、そう言いつつもメイクはバッチリと崩れていない美優さん。きっと嘘ではなく、崩れたメイクをメイクさんが頑張って直してくれたのだろう。

 

『……あれ、恵美ちゃんとまゆちゃんは?』

 

 真っ先に飛び出してきそうな二人の姿が未だに見えないが、その疑問に応えてくれたのは平静を装いつつも少々目が赤い志保ちゃんだった。

 

『お二人でしたら、美優さん以上に号泣してしまってメイク直しの真っ最中です』

 

『目に浮かぶなぁ……』

 

 観客から笑いが起こる。

 

 それならばもうちょっと尺を稼ぐために何を話すか……と考えている内に『お待たせしましたー!』という声がスピーカーから聞こえてきた。

 

『遅れましたー!』

 

『す、すみませぇん!』

 

 ワタワタと慌ててステージに飛び出して来た恵美ちゃんとまゆちゃん。この短時間でバッチリとメイクが整っているところを見ると、流石ウチのスタッフは優秀である。

 

『りょ、良太郎さん……あ、あの、あの……!』

 

『あぁストップまゆ! 多分これ以上喋るとまた泣くから! まゆだけじゃなくてアタシもなくからぁ!』

 

 感極まった様子でマイクを両手に握り締めつつ何かを言おうとするまゆちゃん。そんな彼女を必死に止めようとする恵美ちゃんもまた、言葉尻が涙に濡れ始めていた。

 

『これは今から今の曲について話そうと思ったんだけど、無理そうだな』

 

『これからの進行に支障をきたすレベルでまゆさんと恵美さんが泣いてしまいそうですから、やめた方がよいかと』

 

『そういう志保ちゃんは?』

 

『……ノーコメントです』

 

 冷たくあしらわれてしまったが、否定されなかっただけ十分である。

 

 

 

『……さてと』

 

 123プロ(おれたち)らしいやり取りを見てもらったところで、改めて顔を上げて観客席を見渡す。俺が空気を変えたのを感じ取ってくれたらしく、わーきゃーと上がっていた歓声が徐々に鳴りを潜めていった。

 

『こうしてこのタイミングで「俺たちが全員ステージの上に立った意味」……みんななら、なんとなく察してるんじゃないか?』

 

 その一言に、途端に会場はざわつき始める。

 

 

 

『さぁ、お前たち、心してかかれよ――』

 

 

 

 そう、いつだって()()()というものは必ず、しかも突然に、訪れるのだ。

 

 

 

 

 

 

『――Beginning of the end(おわりのはじまり)だ』

 

 

 




・気付いた三人
明確に『周藤良太郎』に並んだと感じ取ったのは、麗華と高木社長と黒井社長だけ。
他の人はあくまでも勘とか予想とかそう思っているだけ。

・もしかしたら、私たちでも……。
それこそが『彼』の目的だったのかもしれない。

・貴方
ダレノコトコカナー?



 今後も勇者トウマの活躍に、こうご期待!(なお次回がいつになるかは……)

 というわけで、冬馬が勇者で良太郎が魔王なお話でした。色々な思惑が裏で渦巻いていましたが、まぁみんななら分かってるよね?(説明しないスタイル)

 ……そして良太郎が言った通りです。いよいよ『クライマックス』の瞬間が訪れました。長かった感謝祭ライブ編も、ついにラストです。



 しかしここで流れをぶった切るのがアイ転なのだよ!

 次回は今までとは少し毛色の違う番外編をお送りします!

 その内容はここまで頑張ってくれた冬馬に対する、ささやかなご褒美的なサムシング。

 ……冬馬×春香×卯月のラブコメ的バレンタイン回だー!


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番外編51 春香と卯月のバレンタイン大作戦!

遅ればせながらのハッピーバレンタイン!


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 二月十四日。バレンタインデーは、女の子にとって大切な日だ。今では広く認知されたことで男性からのチョコや友チョコなどが増えたものの、それでも『異性に自分の想いを伝える日』という認識が一番強いだろう。

 

「……ふぅ」

 

 そんな日に私は手作りのチョコが入った紙袋を手に緊張していた。

 

 渡す相手は男性。これでも幅広い交友をしてきた身なので、今までにも男性へバレンタインのチョコを渡す機会は多々あった。だが、それらは全て所謂義理チョコと呼ばれる存在で、申し訳ないことに特別な感情は込められていない。

 

 しかし、今私が手にしているチョコはそうじゃない。

 

 

 

 正真正銘、私の『好き』だという想いを伝えるためのチョコレートだった。

 

 

 

 アイドルがそんなことにうつつを抜かしていていいのかという、お叱りの幻聴が聞こえてくる気がするが、アイドルである以前に私だって女の子なのだと声を大にして言いたかった。いいじゃないか、プライベートぐらい一人の男性を好きになったって。

 

 そんな関係各所に怒られそうなことを考えつつ、そっとスタジオの物陰からチョコを渡す相手へと視線を向ける。

 

 

 

「ふはははっ、砂隠れ光の粉サダイジャに攻撃が当てられるかな!?」

 

「ご丁寧に麻痺まで撒いてきやがって……!」

 

 

 

 私が好きな人(とうまさん)は、良太郎さんと共にゲームに興じていた。

 

 今日は様々な事務所のアイドルが出演する歌番組の収録なので、渡すとしては申し分なかった。欲を言えば冬馬さんが一人きりのときに渡したかったが、そこまで贅沢は言えない。寧ろ申し訳ないがカモフラージュとして利用させてもらおう。

 

 作戦としては、良太郎さんを含む共演者や周りのスタッフに義理チョコを渡しつつ、冬馬さんには本命のチョコを渡すという作戦だ。これまでのバレンタインでも私は義理チョコを周りに配っていたので、この行動に不自然なところはない。これならば怪しまれずに冬馬さんへ本命チョコを渡すことが出来る。

 

 自分が手にしている紙袋の中を覗く。段取りとしては、まずこの現場で一番先輩である良太郎さんにチョコを渡し、そのまま目の前にいる冬馬さんへチョコを渡す。渡すチョコを間違えないように、ちゃんと順番通りに渡さないと……。

 

「……よしっ!」

 

 私は深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、紙袋を握り締めて二人の元へと向かった。

 

「ダイマックス技で突破されたか……ならば次はこの天の恵みトゲキッスがお相手しよう」

 

「……投了」

 

 どうやら丁度良くゲームの対戦が一段落着いたらしい。ガックリと項垂れる冬馬さんもちょっと可愛いと思いつつ、いつも通りを装って声をかける。

 

「お疲れ様です、良太郎さん、冬馬さん」

 

「ん、春香ちゃん、お疲れさまー」

 

「……お疲れ」

 

「これ、バレンタインのチョコレートです」

 

「おっ、ありがとう春香ちゃん」

 

 予定通り、まずは良太郎さんにチョコを渡す。こうして毎年チョコを渡しているので、これ自体は不自然なことではない。

 

「はい、冬馬さん」

 

 そして……こちらが本命。冬馬さんにもこうしてチョコは渡していた。しかし、今年のチョコは今までのそれとは込めた意味合いが違う。今までもずっと、その気持ちは込めていたが……今回ばかりは気持ちだけじゃない。

 

 しっかりとした、正真正銘、本物の本命チョコなのだ。頑張って手の震えや顔に出ないように頑張って平常心を保つように心掛ける。

 

「……おう、ありがとよ」

 

 勿論、そんなことを知らない冬馬さん。去年と同じように私のチョコを受け取ってくれた。

 

「後でゆっくり食べてくださいね。それじゃあ、スタッフの皆さんにも配ってきますので」

 

「毎年律儀だな、お前」

 

「みんな喜ぶよ。頑張ってねー」

 

 そんな二人の言葉に一礼で返してから、私はその場を離れた。

 

(……やった! 渡せた!)

 

 そして心の中でガッツポーズを決める。ついに、ついに私は冬馬さんに本命のチョコレートを渡すことが出来たのだ! しかも途中でコケたりするミスもない完璧な仕事が出来た! 最近だと美希や亜美真美のせいでついにファンのみんなからも『ドンガラがる』という謎の動詞が認知され始めてしまったが、ようやくその汚名をそそぐことが出来た。

 

 それよりも、ついに冬馬さんに自分の気持ちを伝えることが出来たのだ。

 

 ……一体冬馬さんはどういう反応をするのだろうか。

 

 勿論、想いを伝えたところでそれが報われるとは限らない。ずっとひたむきにアイドルとしての活動に力を入れ続けている彼だから「そんなことにうつつを抜かしている暇はない」と言われてしまうことだって十分にあり得るのだ。

 

 しかし、それでもよかった。私はそんな冬馬さんのことが好きになったのだから。

 

 スタッフさんたちにチョコを配りながら、こっそりと冬馬さんへと視線を向ける。冬馬さんは近くのテーブルにチョコを置いて再びゲームに興じていた。そしてその向かいで良太郎さんは早速私のチョコの包みを開いていた。

 

 ……まぁ、冬馬さんじゃなくて良太郎さんならば、開けても問題ないだろう。何せ良太郎さんに渡したのは、今からスタッフさんたちに配るものと同じチョコだから。

 

「……あ」

 

 しかし何故か良太郎さんは箱を開けた瞬間に何かを呟き、チラリと私を見た。そしてそのまま箱を閉じると、丁寧に包みを元に戻して――。

 

(えっ!?)

 

 ――机に置いてあった冬馬さんのそれと入れ換えて親指を立てた。一体なにをしているのかと声を上げそうになったが、良太郎さんは意味もなくこういうことをするような人間ではない。じゃあなんでこんなことをしたのかと、先ほどの良太郎さんが立てた親指の意味と共に冷静に考えた結果。

 

(……も、もしかして、()()()()……!?)

 

 サーッと血の気が引くのを感じた。

 

 見ただけで冬馬さんのチョコとそれ以外のチョコに違いがあるように見せないため、包みに差を付けなかったことが仇になってしまったようだ。ドンガラがりはしなかったものの、その代わりにこんなところでドジをする羽目になるとは……。

 

 しかし良太郎さんは自分のチョコが冬馬さんへのものだったことに気が付き、黙って冬馬さんのそれと入れ換えてくれた。これで当初の予定通り、本命チョコが冬馬さんの元へと渡った。

 

「………………」

 

 だが良太郎さんが無言で何度も頷いているのが、まるで「うんうん、春香ちゃんも乙女だねぇ」とでも言っているようで、恥ずかしさに顔から火が出そうだった。

 

「……ん? 良太郎、なにしてんだ?」

 

「なーんにも。もう一試合するか?」

 

「害悪パを置いて来たら考えてやるよ」

 

 冬馬さんもそれに気付いた様子がないので、問題なくことを運ばせることが出来たと無理やりポジティブに考えつつ、スタッフさんたちへのチョコを配り終える。

 

 

 

(は、春香ちゃんが顔を赤らめながら、俺にチョコレートを……!?)

 

(こ、これはもしや……!?)

 

(つ、ついに俺にも春が……!?)

 

 

 

 さて、あとは無事に撮影を終えれば、今日の私のミッションは完璧に――。

 

 

 

「す、好きですっ!」

 

 

 

 ――いくはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 やってしまった。

 

 本来ならば、ただバレンタインのチョコを渡しつつ日頃の感謝を伝えるだけのつもりだった。まだまだ私には冬馬さんへ想いを伝える資格はないと、そう思っていた。

 

 

 

 ――はい、冬馬さん。

 

 

 

 しかし、あの天海春香さんが冬馬さんにチョコを手渡しているその姿を見てしまった瞬間、直感でそれに気が付いてしまったのだ。

 

(……あぁ、天海さんも冬馬さんのことが好きなんだ)

 

 そんなことは一言も言っていないし、冬馬さんへ渡したチョコの包みも良太郎さんへ渡したものと全く同じだ。

 

 けれど、冬馬さんへとチョコを渡した天海さんの目が……恋する乙女の瞳だった気がしたのだ。

 

 だから、というのは適切な理由にはならない気がする。

 

 けれど、その瞬間私の中に生まれてしまった焦りは――。

 

 

 

「好きですっ!」

 

 

 

 ――そんな言葉になってしまった。

 

「……し、島村?」

 

「卯月ちゃん……?」

 

 言われた冬馬さんが困惑した表情を浮かべ、すぐ側にいた良太郎さんが困惑した様子だった。

 

(……言っちゃった……!)

 

 言うつもりがなかった私の恋心。しかも良太郎さんや天海さんだけじゃなく、大勢のスタッフさんがいるところで。後には引けないどころの話ではなく、この後で起こりうるであろう問題にも血の気が引くのを感じた。

 

 ……それでも、言ってしまった以上、私は止まれない。この気持ちと言葉が嘘じゃない以上、私は止まれない。

 

「あ、あの……!」

 

 何を言えばいいのかまだ整理できてない。けれど、何かを、何かを言わなくちゃと口を開き――。

 

 

 

「わ、私も天ヶ瀬さんのこと好きですよー!」

 

 

 

 ――後ろからの衝撃に、私の言葉は遮られた。

 

「えっと、本田……だったな」

 

「はい! しまむーのユニットメンバーの本田未央です! 覚えててくれたんですね!」

 

 その衝撃は、後ろから抱き着いてきた未央ちゃんだった。

 

「ねっ!? しぶりんもそうだよね!?」

 

「……まぁ、うん。卯月のことで、天ヶ瀬さんには感謝してますから」

 

 未央ちゃんに話を振られ、後ろに立っていた凛ちゃんも頷いた。

 

 色々と混乱してしまい、元々は二人と共にみんなへ義理チョコを配りに来たことをすっかり忘れてしまっていた。

 

「……はぁ……ったく、オメェらもアイドルの端くれなら、軽々しく『好き』なんて言葉を使うんじゃねぇよ」

 

「まぁまぁ、こんな可愛い子たちに好きって言われるなんて光栄なことじゃないか」

 

 人差し指でこめかみを抑えつつため息を吐く冬馬さんと、そんな冬馬さんの肩を叩く良太郎さん。

 

 ……どうやら、未央ちゃんと凛ちゃんも『好き』という言葉を使ったことで、私の『好き』が別の意味として捉えられたようだ。ギョッとしていた周りのスタッフたちも「なーんだそういうことか」という空気になっていった。

 

「ちなみに凛ちゃん、俺は俺は?」

 

「ワロス」

 

「誰だ凛ちゃんにこんな言葉を教えた奴!? ……どう考えても俺しかいねぇ!」

 

 良太郎さんと凛ちゃんがそんな会話をしている間に、未央ちゃんに引き摺られて私は後ろに下がる。

 

(しまむー、いきなり何暴走してるのさ!?)

 

(ご、ごめんなさい……! その、天海さんがチョコを渡してたのを見て、頭が真っ白になっちゃって……)

 

(焦る気持ちは分かるけど、流石に今はマズいって! ちょっと落ち着こう!?)

 

(だ、大丈夫、落ち着いたから……ありがとう、未央ちゃん)

 

(もー、後で何か奢ってよー。……いくらあーいう形でも、好きって言うの恥ずかしいんだからね)

 

(……未央ちゃん、それはどういう意味なんですか?)

 

(変な意味はない! だから落ち着いてって言ってるでしょうが!)

 

 ベチンと額を叩かれて、ようやく頭が冷えた。

 

 改めて凛ちゃんたちと共にバレンタインのチョコレートを渡す。勿論三人で用意した全て同じの義理チョコだが……せめて気持ちだけ。

 

「……冬馬さん、いつもありがとうございます」

 

「……おう。これは受け取ってやるが、出来ればその恩はステージの上で返せ」

 

「は、はい!」

 

 どうかこの秘めた想いが、いつか貴方に届く日が来ますように……。

 

 

 

 

 

 

「……で、だ。冬馬」

 

「……んだよ」

 

 今日の撮影が終わり、とある打ち合わせがあるため123プロの事務所に戻ってきた俺と冬馬。電話で退室した兄貴を待っている間、今日の現場で春香ちゃんや凛ちゃんたちから貰ったチョコを摘まみながら、冬馬に話しかける。

 

「どうするんだ? ……とは聞かねぇが、流石に()()()()()()()んだろ?」

 

 春香ちゃんのチョコはあからさまだったし、卯月ちゃんのアレも本当はそういう意味だったということぐらい、すぐ側で聞いていれば分かる。

 

 チラリと冬馬を横目で見る。これで迷惑そうな表情や面倒くさそうな表情をしていたら、乙女二人に代わって鉄拳制裁も辞さないつもりだったが……。

 

「………………」

 

 冬馬は難しい表情を浮かべながら、しかしその顔は言い訳のしようがないほど真っ赤になっていた。

 

 男の照れ顔なんて誰得なんだよと思わないでもないが……。

 

(……まぁ、俺が無理やり聞き出しても誰のためにはならないだろうからな)

 

 人の恋路というものは、邪魔だけじゃなくて余計なことをしても馬に蹴り飛ばされてしまうものだ。

 

 だから今の俺に出来ることは、この珍しい冬馬の顔をこっそりと盗撮して春香ちゃんと卯月ちゃんの二人へ送ることぐらいだろう。

 

(『君たち二人、十分に脈あり。片方だけを応援は出来ないから、どうか二人とも頑張れ』……っと)

 

 そう、見守っているぐらいが丁度よく楽しめるのだ。

 

 

 

 

 

 

「っ!? えっ、冬馬さん、かわい――」

 

「春香?」

 

「――なんでもないよ!?」

 

 

 

「っ、きゃあああぁぁぁ!?」

 

「しまむーが良太郎さんからのメッセージ見て絶叫した!?」

 

「また何かセクハラしたなあのバカ!」

 

 

 




・二月十四日
二次創作やってる身としては別名「何かしらのネタを考えなければならない」日。

・砂隠れ光の粉サダイジャ
・天の恵みトゲキッス
※良太郎と冬馬の仲だからこそ許されています。実際に使う際は気を付けよう!

・(間違えた……!?)
コケて投げ飛ばして砕く? そんな安直なミスはしないのが春香さん!

・「す、好きですっ!」
暴走しまむー@おめめグルグル

・「わ、私も天ヶ瀬さんのこと好きですよー!」
未央ちゃんは気遣いが出来る優しい子です。

・「気付いてはいるんだろ?」
二人の想いに気付いたのは、これが番外編だからなのか、それとも……?



 冬馬君頑張ったね記念のバレンタイン回でした。もうちょっと露骨にイチャイチャさせてもよかったけど……それはまた、別の機会に。

 というわけで次回からは今度こそ、感謝祭ライブのクライマックスです。一年以上続いた感謝祭、最後に大きく花火をぶち上げていきましょう。



『どうでもいい小話』

 デレ7th京セラ二日間お疲れ様でした!

 生バンドの迫力とか、牧野さんの本気を垣間見たとか、ついに姿を現した紅だとか、色々と言いたいことが多すぎる二日間でした。

 アイマス最高!


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Episode57 We are IDOL!!

終わりの始まり、クライマックススタート!


 

 

 

『さぁ、行くぜっ!』

 

 

 

 

 

 

「……はっ!?」

 

 目が覚める。

 

「……えっ、夢オチ!?」

 

 一年以上時間をかけて外伝を書いておいて、こんな終わり方でいいのかと恐怖しながら周りを見回すと、しかしそれが夢ではなかったことを確認できた。

 

 そこは事務所のラウンジ。俺はその片隅で床に座り、壁を背にブランケットをかけただけの状態で寝ていたようだ。周りでは同じようにアイドル組が眠っていた。

 

 床で大の字になって寝ている冬馬や翔太、椅子に座り足を組み綺麗な姿勢を保ったまま首が下がっている北斗さん、ソファーでお互いにもたれかかりながら寝ている恵美ちゃんとまゆちゃん、隣のソファーで志保ちゃんと志希に膝枕した状態で寝息を立てている美優さん。

 

「今回の人生だと、珍しい状況だな……」

 

 仲間の家で宅飲みした翌朝がこんな感じだったと思う。

 

 ……確かスタッフ含めた全員での打ち上げはまた後日ってことになったんだが、「今日ぐらいは大目に見よう」ってことで、事務所に帰って来てから身内だけで先に打ち上げしたんだったな。

 

 成人済みメンバーはしっかりとアルコールが入っていたためかなりの大騒ぎだった。勿論未成年は飲酒していないが、全員場の空気に流されていた感が否めなかった。翔太と恵美ちゃんのダンスバトルも凄かったが、志保ちゃんと美優さんのラップバトルは123プロにおけるベストバウトだと語り継いでいきたい。いやぁ『ライアー・ルージュ』と『モザイクカケラ』をあんな風にアレンジするとは……。

 

「『兵どもが夢の跡』……っと」

 

 多分意味は違うと思う。

 

 スマホのカメラを起動して、その光景をパシャリと一枚。あとで兄貴に検閲してもらってからSNSにでも上げよう。その兄貴の姿はなく、ついでに留美さんの姿も見えない。あの二人は殆ど飲んでいなかったし、きっと早々に事後処理を始めているのだろう。

 

 壁にかけられている時計を見ると、まだ午前三時。アルコールが入ったために随分と変な時間に目が覚めてしまったものである。

 

「……ふぅ」

 

 コテンと頭を後ろの壁に預ける。

 

 真っ先に頭に浮かんだのは「終わったんだなぁ……」という感想だった。

 

 今でも目を瞑れば、まるで昨日のことのようにライブの情景を思い浮かべることが出来る。……いやまぁ、まるでもなにも事実昨日の出来事なのだが。なんだったら六時間ぐらい前の話だから、四半日前の出来事だ。

 

 しかし、そうじゃなかったとしても。

 

 

 

 これから先、俺はあの光景を忘れることはない。

 

 

 

 

 

 

「Beginning of the end……終わりの始まり」

 

 良太郎さんのその言葉だけで、一体何が始まるのかを悟った観客も多かっただろう。

 

 その歓声は観客たち全員の名残惜しさの表れで……それでいて、今日という盛大なお祭りの最後を飾るに相応しい高まりでもあった。

 

『俺たちは! この日を忘れない!』

 

『お前たちへの感謝を忘れない!』

 

『ここまで駆け抜けた苦難の日々!』

 

『ここまで辿り着いた栄光の日々!』

 

『アタシたちはもっと!』

 

『もっともっと!』

 

『もっともっともっと!』

 

『先へ進むから!』

 

『ついてきてください!』

 

 イントロが始まると同時に、次々とセリフを発しながら各々の位置につく良太郎さんたち。そして観客たちはそのイントロに合わせた曲の準備をしようとして……それが()()()()()()()ことに気がついた。

 

 

 

 ――『Days of Glory!!』

 

 

 

 わあああぁぁぁあああぁぁぁ!!!

 

 

 

 全員から告げられたそれは、今回の感謝祭ライブの名を冠した新曲だった。

 

 

 

『この光景を、なんて表現しようか?』

 

『星の海。光の雨。命の輝き』

 

『他では見れないものが、ここにはある』

 

 冬馬さんと御手洗さんと伊集院さんが、バックステージまでの道を歩きながら歌う。

 

『ここまでの道のりは、なんて表現しようか?』

 

『茨の道。苦難の連続。不安と後悔』

 

『他の道を進んでいればと思ったことは、一度じゃない』

 

 志保さんと志希さんと美優さんが、センターステージに立って歌う。

 

『一人の力じゃここにいない』

 

『君がいるからここにいる』

 

『君が、俺たちをアイドルにしたんだ!』

 

 まゆさんと恵美さんと……良太郎さんが、メインステージで腕を振り上げる。

 

 

 

 ――感謝の言葉を、歌で届ける!

 

 ――感謝の気持ちを、ダンスで魅せる!

 

 ――君たちに、栄光の光を!

 

 

 

 わあああぁぁぁあああぁぁぁ!!!

 

 

 

 それは、良太郎さんたちからの感謝の歌。()()()()()()に相応しいと称する以外に何があるのだろうか。

 

 私たちの方こそ『ありがとう』と伝えたい。こんなに素敵なステージを、これまでの楽しい時間を、沢山の幸せを私たちは貰ってしまった。この感謝の気持ちは、ステージ上のみんなに対する歓声で応えよう。

 

 少しでも、私たちの感謝の気持ちが届くように、喉の奥から声を絞り出す。きっとこの後アンコールがあるとか、明日のレッスンが大丈夫だろうかとか、もうそんなことを考えている段階は疾うに過ぎ去った。

 

 私も、未央も、卯月も、加蓮も、奈緒も、みんな声を張り上げている。例えここが彼らから直接見えない見切れ席だったとしても、必ずこの想いは届くと信じている。

 

 だって、これは()()()()()()なのだから。

 

 私たちだって、この感謝の気持ちを届けたいのだ。

 

 

 

『Thank you for……!』

 

 

 

 ……あぁ、こんなに楽しい時間を、ありがとう。

 

 

 

 ――My dear!!

 

 

 

 

 

 

(……はぁ……はぁ……はぁ……!)

 

 マイクに拾われないように小さく、それでいて全身に満遍なく酸素を供給できるように深く呼吸をする。

 

 普段から『体力バカ』だとか『持久力オバケ』だとか『嘘つけ疲れない癖に』だとか散々なことを言われる俺であるが、こうして全身全霊をかけてステージに臨めば疲れることぐらいあるのだ。しかし普段は手を抜いているとかそういうことではないのであしからず。

 

 さて、曲が終わり未だに歓声と拍手が鳴り響いている。イヤモニすら貫通してきそうな勢いのその大音量はきっとこちら側から制止しない限り鳴りやまないだろうが、それも想定内。なにせバックステージのジュピター組や、センターステージのケットシー&美優さん組が戻ってくる時間をこれで稼ぐのだ。

 

『ありがとよ、おめぇら』

 

『みんな大好きだよー!』

 

『ホントにありがとうね、子猫ちゃんたち』

 

『皆さん、ありがとうございます』

 

『ありがとねー』

 

『ありがとう、ございます……!』

 

 冬馬たちが観客たちに手を振りながら戻ってくるので、メインステージの俺や恵美ちゃんやまゆちゃんも観客たちに手を振って六人を待つ。

 

『ありがとうございまぁす。……ほら、恵美ちゃんも』

 

『うわぁぁぁん! みんなありがどおおおぉぉぉ!』

 

『感極まるのは分かるけど、もうちょっとアイドルらしく……』

 

 まだアンコールもあるというのに、ダバダバと涙を流す恵美ちゃんと苦笑するまゆちゃんを横目にしつつ、俺は視線を『関係者席』に向ける。

 

 最近大分視力が悪くなっているため、流石に全員一人一人の顔を見分けることは難しいが、それでも大体誰が誰かぐらいは分かる。あのブンブンと手を振っているのが真美と美希ちゃんだろう。その前で同じぐらい全力で手を振っている男女が我が家の父上様と母上様だ。母上様はともかく、父上様はようやくライブに参加してくれたよ全く……。

 

 観客席へと手を振ってから、今度は一人見切れ席へと向かう。

 

 かなり個人的な行動にはなってしまうが、確かこっちに凛ちゃんたちがいたよなーとスクリーンの裏にひょっこりと顔を出すと、モニターに映っていた俺の行動で気が付いたらしい観客たちがより一層大きな歓声を上げた。その中には勿論凛ちゃんたちも含まれており……あんなに声を張り上げてる凛ちゃんも珍しいなぁと思いつつ、ヒラヒラと手を振ってからステージへと戻る。

 

 ステージでは既に俺以外のメンバーが揃っていた。「何をやっていたんだ」という呆れた目や「最後お願いします」という信頼された目、様々な視線を送ってくる()()()()に見守られながら、メインステージの一番前に進み出る。

 

 いつの間のか観客たちの歓声も収まっており、最後の俺の言葉を待ってくれているようだった。

 

『……感謝の気持ちは、散々歌に込めた』

 

 それでも。

 

『今日は、ありがとうございました!』

 

 

 

 ――ありがとうございました!

 

 

 

 俺の言葉に合わせて全員で深々と頭を下げると、再び爆音のような歓声が俺たちの頭上へと降りかかってきた。「ありがとう!」や「楽しかった!」という嬉しい言葉を聞きながら心の中で五秒を数え、ゆっくりと頭を上げる。

 

『みんなありがとー!』

 

『ありがとねー!』

 

 そして全員で手を振りながら、再び中央から開いたメインスクリーンの向こうへと帰っていく。殿を務める俺が軽く投げキッスをしたのを最後に、より一層大きな歓声と共にスクリーンが閉じ切った。

 

 

 

 ……さて、()()()()()()()だ。

 

 

 

 振り返ると、既にそこにアイドルの面々は誰もいなかった。観客たちからは見えないところへと入った瞬間、全員走っていってしまったようだ。かくいう俺も、振り返った瞬間から走り始めており、さらにいうと走りながら()()()()()

 

 ここからが今回のライブでの懸念事項の一つ、演者全員によるアンコールに向けての『早着替え』だ。

 

 俺や冬馬たち男性陣はこうやって走りながら脱ぎ始めることが出来るが、女性陣はそうはいかない……というのは、まぁリハーサルの段階で分かっていたことだ。きっとみんな必死に更衣室へと走っていることだろう。俺も脱ぐことは出来ても衣装はここになく軽い化粧直しもあるため、どのみち更衣室へ行かねばならないのでそれなりのスピードで走る。

 

 ……途中の通路でなんか脱ぎ捨てられた衣装の一部を見かけたが、きっと冬馬たち三人の内の誰かのものだろう。うん、女物のはずがないさ、なんか志希の衣装に似てたような気もするけど気のせい気のせい。……というかスタッフ誰か拾って!

 

 自分の脱いだ衣装は並走するスタッフへと投げ渡しつつ、俺はステージのフィナーレへと向かって走るのだった。

 

 

 




・「……えっ、夢オチ!?」
そんなわけないじゃないか(目逸らし)

・志保ちゃんと美優さんのラップバトル
黒歴史確定。

・『兵どもが夢の跡』
(意味深)

・『Days of Glory!!』
今回の外伝タイトルであり、感謝祭ライブの名前であり、123プロとしての初の全体曲。
実は作者がツイで呟いたデレステの嘘イベントのタイトルでもある。



 ついに始まりました、感謝祭ライブのクライマックスです! どうか最後まで楽しんでいただけると光栄です!


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Episode58 We are IDOL!! 2

いきなり盛り上がりに欠ける舞台裏。


 

 

 

「……はぁ……はぁ……」

 

 大声を出しすぎて大きく荒れた息を整える。曲中のコールや歓声は勿論、去り際の良太郎さんたちに向かって声援を送りすぎたため、若干喉が痛くうっすら血の味がしたような気がした。

 

 少々冷静になりつつある頭が「それはアイドルとしてどうなのか」と問いかけてくるが、そのときはそんなことを考える余裕なんて一切なかった。

 

 全て無意識の行動だった。気が付けば声を出していた。気が付けばペンライトを振っていた。気が付けばサイリウムを折っていた。曲が始まった瞬間、『周藤良太郎』が……否、123プロのアイドル全員が作り出した()()に私は飲み込まれていたのだ。

 

(……『Days of Glory!!』……栄光の日々)

 

 確かに、彼らはその表現が相応しいほどの躍進をし、現在の日本のアイドルの頂点に君臨している。嘘偽りない輝かしい栄光を彼らは突き進んできた。そこに至るまでの苦難や困難は想像に容易いが、しかしそれら全てを包み込んでしまうほどの()()

 

 紛れもなく、彼らは私たちを()()へと導いてくれる光だった。

 

「……けほっ」

 

「ちょっと唯、大丈夫?」

 

「だ、ダイジョーブダイジョーブ! 後で喉飴舐めるから!」

 

「つまり大丈夫じゃないでしょ、それは……」

 

 コンコンと咳き込む唯ちゃんを心配する奏ちゃん。彼女も私と同じように、無意識的に声を張り上げていたのだろう。

 

「明後日のボイスレッスンが怖いわ……」

 

「大丈夫です! 私なんか三日後に収録ですから!」

 

 それのどこに大丈夫の要素があるのかと思いつつかな子ちゃんを見ると、興奮冷めやらぬ表情で若干目が据わっていた。どうやら私以上に()()()()()しまったらしい。きっと私たち以外にも、先ほどまでの空気に当てられてしまった人たちが多いことだろう。

 

 早くもアンコールが起こり始めている会場を眺めつつ……早いと思いつつ私もこっそりと「アンコール」と小さく声を出し始めた。

 

 

 

 

 

 

(パクパク)

 

「何を言っているのか全く分からないけど、大体何が言いたいのかは分かるわ」

 

 滂沱の涙を流しつつ口をパクパクとさせながら何かを訴えている亜利沙ちゃん。どうやら先ほどの曲中に歓声を上げすぎたせいで声が枯れてしまったらしい。

 

 アイドルとしてそれはどうなのかと思わないでもないが、それだけ全力になる気持ちだけは痛いぐらいに分かった。何せ、この私ですら少々喉が痛いぐらい声を出してしまったのだから。アナウンサー時代は全くなかったが、アイドルになってからというもののアイドルのライブに参加する機会に恵まれるようになった。それでもここまでの声を出して応援をすることはなかった。

 

「ケホッ……本当に凄かったわね……」

 

 元アナウンサーの身としては恥ずかしいことに、それ以上の感想が全く思い浮かばなかった。

 

(パクパク)

 

「同意してくれるのは嬉しいけど、落ち着いてちょうだい」

 

 先ほどまでまるで悲鳴のような歓声を上げ続けたというのに、全く疲れた様子も見せずに目を輝かせている亜利沙ちゃん。きっと彼女の喉が正常だったならば、それはもう見事な長セリフを息継ぎ無しで披露してくれたことだろう。

 

 さて、周りでは既にアンコールが始まっていた。あれだけ素晴らしいステージを目の当たりにして未だに満足することが出来ず……というわけではないだろうが、それでも皆がアンコールに先ほど以上のステージを期待しているのだろう。

 

 アンコールならば一体どんなステージになるのだろうか、と。

 

 なにせ、まだ今日は()()()が披露されていないのだから。

 

(パクパク)

 

「え? ……『早すぎるアンコールはあまり推奨できない』?」

 

 口パクと身振り手振りで亜利沙ちゃんが言いたいことを読み取ると、なんでも『今のこの時間は演者がアンコールのための準備時間なのだから、気持ちは分かるが少し間を置くべきだ』とのこと。

 

「『早すぎるとこちらも疲れてアンコールの声が小さくなる』……まぁ、そうね」

 

 亜利沙ちゃんが訴えたいことも分かる。それでも、きっとみんなこの昂りは抑えられそうにないのだろう。

 

 まだ観たい。もっと聞きたい。この瞬間(とき)がずっと続けばいいのに。

 

 願っても叶わないと分かっていても、少しでも想いが天に届くように、みんなは声を張り上げているのだろう。

 

(パクパク)

 

「『届け先が間違ってる』? 『天じゃなくて123プロの皆さん』? ……ふふっ、えぇ、そうね」

 

 今この瞬間、この場所にいる私たちは天ではなく、紛れもなく彼らに祝福されているのだから。

 

「さて、それじゃあ私もそろそろ……なに?」

 

 アンコールに参加しようかとペンライトのスイッチを入れ直すと、亜利沙ちゃんがクイッと袖を引いてきた。

 

(パクパク)

 

「『もしかしてこれで最後になるかもしれないから、言っておきたいことがある』? アンコールの後でも……『ライブ後は放心しているだろうから』?」

 

(パクパク)

 

「『もしくはこれが私の遺言になるかもしれないから』って……」

 

 それはそれで心配になることではあるのだが……それでも、亜利沙ちゃんが真剣な表情でわざわざ言葉にしたいというのであれば、私はそれを聞いてあげよう。

 

「……川島瑞樹さん」

 

「はい」

 

 

 

「『Gaze and Gaze』、とてもいい曲でした……!」

 

「………………ありがとう、巴ちゃんも喜ぶわ」

 

 

 

 自分で遺言になるかもしれないと言っておいて最期の言葉がそれでいいのかとも思わなかったが、亜利沙ちゃんはとても言い切った顔をしていたので、よしとしよう。

 

 

 

 

 

 

「……はいっ! 伊集院さんのメイク一丁あがりー!」

 

「こっちも御手洗君上がったよー!」

 

「天ヶ瀬さんまだー!?」

 

 まるでお昼時のファミレスの厨房のような光景ではあるが、生憎ここは男性用更衣室である。

 

 俺よりも先に更衣室に入った冬馬たちは、あらかじめ待機していたスタッフたちの手によるメイクと衣装替えが行われていた。衣装替えを済ませ、我ら123プロお抱えメイクの熟練された業によりあっという間にメイク直しが終わり、これでアンコールのためのステージへ立つ準備が整った。

 

「はい天ヶ瀬さんも上がりー!」

 

「三番テーブル持ってってー!」

 

「三番テーブル何処だよ」

 

 基本的にノリがよいメイクさんたちの掛け合いにツッコミを入れつつ、自分の頬を軽く叩きながら「よし」と気合いを入れる冬馬。

 

「良太郎、先に行くぞ」

 

「あぁ、俺は女性陣の支度が整ってからだからな」

 

 リハーサルのときに決めた段取り通り、支度が早いジュピターがまずステージに上がり、次の準備に時間がかかる女性陣が順次登場、最後に俺が登場するという順番だ。

 

「………………」

 

 しかし入口で北斗さんと翔太が待っているというのに、何故か冬馬は黙って突っ立っている。全く時間に余裕がないというわけでもないが、それでも早く行動した方がいいことは冬馬も理解しているはずだ。

 

「どうした?」

 

「……この曲が、お前にとって大事なものだってことは、承知してるつもりだ」

 

 どうやら、今から()()()()()()()()()曲のことについてらしい。

 

「だから、その……」

 

 珍しく歯切れが悪いが、ここは茶化さずメイクをされながら大人しく言葉を待つ。

 

 

 

「……全力で、歌わせてもらう」

 

 

 

 言い逃げするかのように、それだけを言って冬馬は足早に、入口で待っていた北斗さんと翔太すらも置き去りにして行ってしまった。

 

「……今のを要約すると」

 

「しなくても分かるって」

 

 『Per aspera』『Ad astra』のときもそうだったが、今日は随分と素直だなぁと内心で苦笑する。これは後で今日あったアレコレを思い返して逆ギレされるパターンだ。それはそれで楽しみである。

 

「というか、お前たちもホラ、さっさと準備しろって」

 

「分かってるよー」

 

「けど、冬馬が素直になったのに、俺たちが言わないっていうのも癪だからね」

 

 早く冬馬とステージに立ってこいと促すが、何故か翔太と北斗さんが俺に体を真っ直ぐ向けて背筋を伸ばした。

 

 

 

「……周藤良太郎さん」

 

「貴方の大切な歌、僕たちも大切に歌わせていただきます」

 

 

 

 しっかりと首の裏側が見えるほど真っ直ぐ深く頭を下げる二人。

 

「……あぁ、俺も後で追いかける。それまでしっかり頼んだぞ」

 

「「はいっ!」」

 

 ニカッと爽やかな笑みを浮かべ、二人は足早に更衣室を去っていった。

 

「……はぁ、ちょっとだけ調子が狂うな」

 

「普段はぞんざいに扱われてるから、丁重に扱われるのに慣れてないんでしょ?」

 

「そんなわけないだろ俺ってばトップアイドルだからそれはもう何処に行っても特別待遇だから」

 

「声震えてるわよ」

 

 いや本当にそれなりの扱いは受けてるから……と言い訳しつつ、振り返るとそこにはヅカヅカと更衣室に入ってくる魔王三人娘の姿があった。

 

「おっと、アイドルの生着替え現場は安くないぞ?」

 

「アンタもう着替え終わってるでしょ」

 

「りん、お財布しまって」

 

「がっかり……」

 

 何故かともみに窘められたりんが残念そうな表情をしていた。

 

「……お前たちも、準備は終わってるんだな」

 

「当たり前よ」

 

 魔王エンジェルの三人は最後の曲にも参加してもらう予定なので、三人ともメイクも衣装も準備万端の状態になっていた。

 

「アタシとしては、次の曲も一緒に歌いたかったんだけどなー?」

 

 ぷーっと可愛らしく頬を膨らませながら顔を覗き込んでくるりん。

 

「ここから先、そんな機会はいくらでもあるさ」

 

 りんのツインテールの先を指で弄びながら「なんならお前らのライブにゲスト出演したときにでも歌うか」と提案する。

 

「……やっぱり、アンタ変わったわね」

 

「そうか?」

 

「……自分で気付けてないのなら、私からは何も言わないわ」

 

 俺も知らない何かを麗華は知っているということなのだろうか……?

 

「りん、俺変わった?」

 

「んー? いつも通りカッコいいよ?」

 

「ありがと。りんも可愛いぞ」

 

「いひひっ、知ってる~」

 

 

 

「……はぁ、能天気なところは変わらないわね」

 

「二人が幸せそうで私は満足」

 

 

 




・「明後日のボイスレッスンが怖いわ……」
後日編の内容が決まった。

・あの曲
忘れていなければ分かるはずのあの曲。

・早すぎるアンコール
個人的にはちょっとだけ時間を置いてからアンコールしたい派。

・「『Gaze and Gaze』、とてもいい曲でした……!」
あの額コツンからの照れ笑いヤヴァかった……。



 準備だから盛り上がらないのは当然である(すみませんでした)

 大丈夫、次回は女子側の更衣室だから……!


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Episode59 We are IDOL!! 3

「こいつら本当にアンコール直前かよ」という緊張感のなさ。


 

 

 

 さて、ジュピターの三人に続いて準備を終えた俺も魔王の三人と共に移動を始める。その途中、女性陣の更衣室の前を通った。

 

 ……女子更衣室、なんとも夢が溢れる場所である。いや、別に中を覗きたいとかそういう願望を持ち合わせているわけではない。ありとあらゆる方面から「嘘だぁ」とか言われていそうだが、別に嘘は言ってないぞ。俺が好きなのはそういう直接的なことじゃなくて……なんというかこう、ロマンなんだよ。

 

 ほら、中では女の子が数人で着替えとかしてるわけじゃん? そうなるとやっぱり「胸大きくなったんじゃない?」「そうかなー?」というやり取りを期待するわけである。あとは「可愛い下着じゃん」「ちょっと見ないでよー」とかそういう奴。うんうん、男のロマンだよね。

 

 

 

 ――鏡空いた!?

 

 ――次! 恵美ちゃんこっち座って!

 

 ――違う! こっちは志保ちゃんのスカート!

 

 

 

 ……しかし残念ながら、中から聞こえてくるのはジャパリパークもかくやといったドッタンバッタン大騒ぎである。いやまぁ、アンコールのためにみんな急いでいるから先ほどの妄想のようなやり取りをしている暇なんて何処にもないのだから当たり前だった。

 

「でもアイドルとしてはそっちの方が正しい姿だと思わないか?」

 

「女子更衣室の前を通り過ぎてから何を黙っているのかと思ったら、案の定くだらないことを考えてたみたいね」

 

「男のロマンをくだらないと申すか」

 

 半目で溜息を吐く麗華に抗議しようとすると、通り過ぎた女子更衣室の扉が開いた音がした。

 

「先行くねー!」

 

「ちょっと待ったぁ!?」

 

 そして志希の声と恵美ちゃんの声がしたかと思うと、勢いよく扉が閉まった音がした。振り返ってみても、当然そこには誰もおらず女子更衣室の扉は閉まったまま。

 

「今志希出てこなかった?」

 

「……あー」

 

「出てきたけど出てこなかったよ、うん、出てこなかった」

 

 たまたまその場面を目撃したらしい三人に尋ねてみたが、何故か麗華は呆れた様子で、りんに至ってはいい笑顔でよく分からないことを言われてしまった。

 

「どういうこと?」

 

「リョウは知らなくていいことだよ」

 

「?」

 

 ともみにポンッと肩を叩かれて余計に訳が分からなくなったが、知らなくていいのであれば知らなくていいのだろう、うん。なんかとても惜しいものを見逃した気がしてならない。

 

「ほら、女子更衣室なんて中の見えないものにこだわってないで、りょーくん!」

 

「そうそう、美少女三人と一緒に歩いてるんだから、そっちに気を取られるべき」

 

「えっ、確かに美人とか可愛いとかは認めるけど、俺と同い年なんだから少女では……」

 

「「「美少女パンチッ!」」」

 

 痛いって。

 

「あっ、リョータローさん!」

 

「準備終わりましたよぉ!」

 

 三人と戯れていると再び背後の女子更衣室の扉が開き、今度こそ恵美ちゃんとまゆちゃんが出てきた。二人ともメイクも衣装も万全の状態になっている。

 

「お先に失礼します!」

 

「頑張ってきまぁす!」

 

「うん、よろしく」

 

 二人とも俺よりも先に登場するため、俺たちの脇をすり抜けていく。そんな二人に向かって右手を掲げると、意図に気付いた二人はすり抜けざまにハイタッチをしていった。

 

「あ、リョータローだ」

 

「おう志希」

 

「行ってきまーす」

 

 続けざまに出てきた志希も、同じようにハイタッチをしてからステージへと足早に向かっていった。

 

「……あの三人は、それほど気負ってないみたいね」

 

「そうでもないと思う」

 

 恵美ちゃんと志希にしてはハイタッチの力が弱かったし、まゆちゃんは逆に力が強かった。三人とも顔や態度に出ていないだけでちゃんと緊張しているようだった。それだけ特別視してくれるのはありがたいけど、変に緊張されるのもむず痒いものがある。

 

「そんだけ、アンタが誰にとっても『特別なアイドル』ってことよ」

 

 そんな意外なことを言った麗華に意外そうな視線を向けると、自分の言葉に照れたらしい麗華がフンッと視線を逸らした。

 

 

 

「……デレ方があざといなぁ」

 

「あぁんっ!?」

 

 

 

 

 

 

 名目上最後の曲である『Days of Glory!!』を歌い終えて舞台裏に戻ってきた私たち。勿論これでライブが終了するわけではなく、舞台裏にも聞こえてくるアンコールに応えなければいけない。

 

 なので私たちは現在、大急ぎでアンコールに応えるために早着替えをしている真っ最中だった。

 

「はいシキちゃん終わったー! 先に行くねー!」

 

「えっ、はや……ってちょっと待ったぁ!?」

 

「志希ちゃん、スカートぉ!?」

 

 さっさとメイクと着替えを終えて意気揚々と控室を出ようとする志希さんに慌てる恵美さんとまゆさん。周りのスタッフさんの協力のおかげで、あわやスカートを履かずに外へ出るという非常事態は免れた。

 

 実はこのような良太郎さんが喜びそうなハプニングは度々起こりそうになっていたのだが、全てスタッフたちの尽力によって未然に防がれていたりする。

 

「おっと、うっかりしてた」

 

「うっかりってレベルじゃないですよぉ!?」

 

「さっきも戻ってくる途中で衣装を脱ぎ始めて怒られてたばかりじゃないですか……」

 

 いくら早着替えとはいえ、男性スタッフも見ている中で上着を脱ぎ始めたときはこちらが焦ってしまった。いや、確かにアイドルとしてそういう思い切りも必要な場合があることは重々承知しているが、そのための時間をちゃんと設けたのだからその辺りは慎みを持ってほしい。

 

「……ふぅ」

 

 隣から聞こえてきた溜息にそちらを向けば、緊張した面持ちの美優さんが鏡を前に目を伏せていた。

 

「……美優さん、大丈夫ですか?」

 

「志保ちゃん……はい……」

 

 心配になって声をかけてみたが、返ってきたのは予想以上に落ち着いた声だった。

 

 そんな私の心境を感じ取ったのか、美優さんは私を一瞥してからクスリと笑った。

 

「大丈夫ですよ……志保ちゃんが想像する十倍は死ぬほど緊張して眩暈がしてますから……」

 

「それは良……くないですよね!?」

 

 なんていい笑顔でとんでもないことを言い出すのだろうかこの人は!? あぁ!? よく見ると目が死んでる!? ファンデーションで誤魔化してるだけで顔色も微妙に悪い!?

 

「当り前じゃないですか……! だってこの後は()()を歌うんですよ……!? 緊張しないアイドルがいないわけないじゃないですか……!?」

 

「魔王の三人だったらそれほどでもないんじゃないかなー」

 

「志希さんは余計なこと言ってないで準備出来たなら移動してください!」

 

 相変わらず緊張感が薄い志希さんは「はーい」と飲んでいたクラッシュゼリーのゴミを捨ててから、今度こそ支度を終えて控室を出ていった。

 

「……でも、美優さんの気持ちもよく分かります」

 

 一応、これでも『周藤良太郎』に憧れた身だ。曲がりなりにも()()()()()()()歌うのだから緊張しない方がおかしい。

 

 ……それだけ、()()()は神聖なもので。

 

 

 

 ――さらに言うならば、()()()()はもっと恐れ多いのだが。

 

 

 

「……よし! 美優ちゃんと志保ちゃん終わり!」

 

「二人とも、最後頑張って来てください!」

 

「はい」

 

「は、はいっ……!」

 

 そうこうしている間に、私と美優さんの支度が終わった。恵美さんとまゆさんは既に志希さんに続いて準備を終えていたため、私たちが最後だった。

 

 そろそろジュピターのお三方が先に曲を歌い始めるタイミングだろう。その後、恵美さんとまゆさん、志希さん、私と美優さんが順次登場していき、最後に良太郎さんが登場するという流れ。見方によっては良太郎さんが登場するまでの前座のような登場ではあるが……この曲に関していえばそれも致し方なかった。

 

「行きましょう、美優さん」

 

「は、はいっ……!」

 

 我ながら女性陣最年少と最年長のやり取りにしては逆だよなぁと思いつつ、ガチャリと更衣室の扉を開いた。

 

 

 

「……デレ方があざといなぁ」

 

「あぁんっ!?」

 

 

 

「………………」

 

 開いた途端、良太郎さんの胸ぐらを掴んで締め上げる麗華さんの姿が視界に入ってきて思わず脱力してしまった。

 

「アンコール直前に何してるんですか……」

 

「あ、志保ちゃんと美優さんも準備終わったんだね」

 

 そのままの姿勢のまま「ハイターッチ!」と手のひらをこちらに向けてくる良太郎さん。あまりにもいつも通り過ぎるその姿に、先ほどまで真剣に緊張していたのが馬鹿らしくなってきた。

 

「うんうん、それでいいよ」

 

「え?」

 

「みんなが特別視してくれるのは嬉しいけど()()()俺の曲なんだから。みんなで歌って、みんなで楽しんで、ファンのみんなが喜んでくれる。それぐらいでいいんだから、もっと肩の力を抜いて歌ってもらいたいな」

 

「「………………」」

 

 美優さんと二人で思わず黙り込んでしまった。

 

 あの曲を所詮なんて称せる人が、果たして何人いることやら。それと、これが普通に言えたのであれば……その、カッコいいのに、締め上げられた状態のまま言っちゃうところがなんとも良太郎さんらしかった。

 

「……はぁ、アドバイスありがとうございます」

 

「ありがとうございます、良太郎君……」

 

 一応美優さんと二人でお礼を言うが、当の本人は「ちょっ、麗華、それ以上は流石に……!?」と麗華さんの手を叩いていた。真面目が続かないところも良太郎さんらしいが、この状況で手を緩めようとしない麗華さんも麗華さんである。

 

「……行ってきます」

 

「……うん、行ってらっしゃい」

 

 パチンと、自分の右手を良太郎さんの右手と合わせる。

 

 たった数分のことではあるが。

 

 

 

 私は、確かに良太郎さんからのバトンを受けとることが出来た気がした。

 

 

 

 

 

 

 アンコール! アンコール! アンコール!

 

 疎らだったアンコールが揃い、会場全体がアンコールの大合唱に包まれてから五分以上が経とうとしていた。

 

 流石に全力で、とは言わないが一応杏も「アンコール」と小さくそれに参加しているが、多分隣で「あんこーる!」と声を張り上げている仁奈ちゃんのそれに掻き消されていることだろう。

 

 さて、もうそろそろアンコールの曲が来る頃合いだろうが、一体何が来るのだろか。まだ披露していない()()()は最後に持ってくるとして、あとこの状況に相応しい曲は……と考えたところで、会場の照明が暗転してアンコールが「おおおぉぉぉ!?」というどよめきに変わった。

 

「……っ!?」

 

 そして流れてきたイントロに、全員が息を飲んだ。

 

 そして、メインステージに現れた()()の姿に驚愕の歓声が上がった。

 

 

 

 ステージに立っているのは、先ほどとは別の衣装を身に纏った『Jupiter』の三人。

 

 

 

 流れてきたこの曲は『周藤良太郎』の代表曲――。

 

 

 

 ――『Re:birthday』だった。

 

 

 




・女子更衣室のアレコレ
残念ながらアイ転にそんなものは存在しない(無慈悲)

・ジャパリパークもかくやといったドッタンバッタン大騒ぎ
流行ったのは既に三年前……だと……!?

・最後の曲
まだ仕込んでますよー。

・『Re:birthday』
周藤良太郎のファーストシングル。



 アンコールは良太郎の(作者的にも名付けた)記念すべき一曲目!

 ガチで終わりが近づいてきておりますが、まだまだこれからが本番!


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Episode60 We are IDOL!! 4

再誕日を歌おう。


 

 

 

 それはトップアイドル『周藤良太郎』の代名詞とも呼べる、彼のデビュー曲。彼の歌唱力に惚れ込んだ有名作曲家が作曲し、彼自身が作詞をしたという、まさしく『周藤良太郎』のために作られた曲。

 

 それが『Re:birthday』という曲だった。

 

 

 

『これは少しだけ不思議な話』

 

『昔話のような おとぎ話のような』

 

『一人の少年の物語』

 

 

 

 そんな彼のための曲をステージ上で歌うジュピターの三人は、きっとどれほどの重責を感じているのだろうか。

 

 湧き上がる歓声の中で歌う彼らを見て、私は頭の片隅でそんなことを考えてしまった。そして少しだけ、私も『天海春香(アイドル)』として彼らと同じようにあんな風に歌えるだろうかと、そんなことを考えてしまったのだ。

 

 

 

『平凡な日々 変わらぬ毎日』

 

『ずっと続くと思ってた』

 

『悠久なんてないはずなのに』

 

『それが永遠だと思ってた』

 

 

 

 良太郎さんがデビューしてから何度も耳にしたこの曲を、別の人物が歌っている。それ自体は別段おかしなことではない。歌を歌うことは誰にだって出来るし、なんだったら私だって友人とのカラオケで歌ったことぐらいある。

 

 けれど、ここには良太郎さんもいる。今、彼らはこのライブのアンコール曲として()()()()()()()()()にこの曲を歌っていると称しても過言ではないのだ。

 

 

 

『知らない場所で 駆けずり回って』

 

『何をしたいか 何を出来るか』

 

『焦って苦しんで 悩んで呻いて』

 

 

 

『『『それでもそこには 確かに光があった!』』』

 

 

 

 

 

 

「……あー緊張してきたー……」

 

 ステージの下、まゆと共に自分の登場タイミングを計りながら二度三度と深呼吸をする。

 

「まゆは大丈夫?」

 

「……大丈夫って言いたいところだけどぉ」

 

 まゆはへにゃりと力なく笑いながら、アタシの手に触れた。キュッと力なく握られたその手は、いつもより冷たくて少しだけ震えていた。

 

「……そうだよね、憧れの人の一番大事な曲なんだもんね」

 

 リョータローさんは、自分でもこの『Re:birthday』のことを「俺の得物で、俺の相棒で、俺の半身で、俺の人生そのもの」と言っていた。それだけ大事にしている曲を、こうしてアンコールの全体曲としてアタシたちが歌うのだ。

 

 ……かなりぶっちゃけるなら、プレッシャーが凄い。

 

「えぇ……それに、私にとっても大事な曲。だって、私の人生を変えた曲だもの」

 

「……そうだったね」

 

 この曲こそ、あの『伝説の夜』や『ビギンズナイト』と称される夜に歌われた曲。きっとこれじゃなかったとしても、リョータローさんはあの場所にいたかもしれない。けれど、間違いなくこの曲がまゆや志保、魔王エンジェルの運命を変えたのだ。

 

 ……そう考えたら、さらにプレッシャーが凄い。

 

 今度は微妙に痛くなってきた胃を抑えつつ、頭上から聞こえてくる冬馬さんたちの歌声に耳を傾ける。

 

 

 

『その日「ボク」は「オレ」になる』

 

『世界を救う力はなくて 世界を作る力もなくて』

 

 

 

 一番のサビの部分だ。二番からはアタシとまゆも合流し、その途中で志希と志保と美優さんも順次合流していく予定になっている。

 

「……恵美ちゃん」

 

 アタシの緊張を感じ取ったらしいまゆが、私の手に触れる。

 

「今から歌うのが『良太郎さんの曲だから』とか、『みんなにとって大切な曲だから』とか、そういうのは考えちゃダメよぉ」

 

「でも……」

 

「今この瞬間だけは()()()()()

 

 

 

『それでも守れる笑顔がある 笑ってくれる君がいる』

 

『それならきっと この歌に意味がある』

 

 

 

「だから……一緒に歌おう?」

 

 

 

『『『Happy Re:birthday! この奇跡に感謝を!』』』

 

 

 

「……ホント」

 

 こーいうときのまゆは強いなぁ……。

 

 

 

 

 

 

『夢を見続け ずっと願って』

 

『手が届かなかった明日がある』

 

 

 

 ジュピターの三人が一番を歌い終え、二番が始まると同時にセンターステージから恵美さんとまゆさんが歌いながら登場する。ポップアップでせり上がってきたと同時に手を繋ぎ、お互いに歌っていないときにマイクを持った手で周りに手を振っていた。

 

 勿論それでジュピターの三人がお役御免なんてことはあり得ず、今度は五人で歌い続ける。

 

 

 

『本気じゃないと嘯いて』

 

『投げ出してしまった未来がある』

 

 

 

 先ほどまでは色々と衝撃的で頭が真っ白になっていたが、二番に入って大分落ち着いて曲を聞くことが出来るようになった。おかげで隣で『天ヶ瀬冬馬のRe:birthday』に歓喜している卯月の嗚咽まで聞こえてくるが、そちらは意図的に無視する。

 

 一番のときもそうだったが、各々が意図的に『周藤良太郎』を意識していない歌い方をしているような気がする。

 

 あくまで感覚的な話だが、冬馬さんは叩きつけるような、伊集院さんは誘うような、御手洗さんは跳ねるような、恵美さんは弾むような、まゆさんは溶けるような。

 

 

 

『一度しかない人生 二度目があったとしたら?』

 

『そんな奇跡を 君は掴んだ』

 

『二度とないチャンスの 二度目を掴んだ!』

 

 

 

『『『だからこそ今! 生まれ変わるんだ!』』』

 

 

 

 メインステージの両脇から新たに出てきた、志希さんは笑うような、志保さんは語るような、美優さんは祈るような。

 

 全部私の主観だが、それは八通りの『Re:birthday』。

 

 きっと123プロダクションが無ければ絶対に聞くことが出来なかった『Re:birthday』。

 

 これがきっと、彼らの『周藤良太郎』に対するリスペクトの形。

 

 

 

 

『『『その日「オマエ」は「キミ」になる』』』

 

『『世界を救える力がある 世界を作れる力がある』』

 

 

 

 今この会場に、良太郎さんが歌っていないことに対して不満を抱く人はいないだろう。

 

 

 

『『俺には出来ないこと 君にしか出来ないこと』』

 

『『『生まれ変わった世界で なすべきことがきっとある』』』

 

 

 

 だって、私たちファンにとっても大切な曲を、こんなに大切に歌ってくれているのだから。

 

 

 

『『『『『Happy Re:birthday! この世界に祝福を!』』』』』

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 まさか、今更になってこの曲を歌う直前に緊張する日が来るとは思わなかった。なんだろうか、みんなが歌うことで本人登場に対するハードルが上げられているような気がしてならない。

 

 自分が登場するタイミングを待ちながら、アンコール曲として歌われる俺の曲に耳を傾ける。

 

 冬馬と翔太と恵美ちゃんは自分なりの歌い方を貫いてる。北斗さんとまゆちゃんと志保ちゃんは基本に忠実。志希は自由すぎ、美優さんはちょっと緊張が抜けてない。

 

 それでも、この曲に込められたみんなの想いが伝わってきた。

 

 ……はっきり言ってしまえば、この曲はそんなに崇高なものじゃない。作曲こそ有名作曲家に作ってもらったものの、作詞をしたのはそっち方面では素人の俺。長年歌い続けた相棒で、今なおその切れ味に助けられている最高の得物には変わらないが、自分の中では他の曲より劣っているのではないかと思うこともある。

 

 けれど、この曲を『運命』と称してくれる人がいる、『至高』と讃えてくれる人がいる、『伝説』と謳ってくれる人がいる。

 

「……俺が『トップアイドル』だって言うんなら、やっぱり相棒のお前もそれぐらいの箔が必要かな?」

 

 勿論、相棒は何も答えてはくれない。もしかしたら「崇高なものじゃない」って言ったことに対してヘソを曲げているのかもしれない。

 

「……そろそろだな」

 

 いつもだったら自分のところから自分でマイクを持っていくのだが、それより前にスタッフがマイクを差し出してきた。まるで武将に刀を差し出すときのような仰々しい仕草に内心で苦笑し、周りのスタッフが全員片膝を付いて頭を下げている光景に若干引いた。いや、そこまでせんでも……。

 

「……それじゃあ、ご本人登場シーンと参りましょうかね」

 

 

 

 

 

 

『まずは落ち着いて』

 

『そっと目を閉じて』

 

『三つ数えるおまじない』

 

 

 

 それは所謂Cメロと呼ばれる部分。八人全員がメインステージに集まり、観客たちと一緒になって声を揃えて指を折る。

 

 

 

 ワンッ!

 

『『『『もう逃げない!』』』』

 

 

 

 ツー!

 

『『『『『もう負けない!』』』』』

 

 

 

 スリー!

 

『『『『目を開け!』』』』

 

 

 

 瞬間、ピンスポが切り替わる。

 

 

 

『Happy Re:birthday!』

 

 

 

 わあああぁぁぁあああぁぁぁっっっ!!!

 

 

 

 待ちに待ったこのとき、『周藤良太郎』の登場。

 

 123プロの感謝祭ライブだとは理解している。

 

 けれど、この歓声だけは抑えようとしても抑えられるものじゃなく、抑えるとかそういう考えの外、感情の濁流が声となって溢れ出たもの。

 

 すなわち、『覇王』を拝謁賜れたことに対する歓喜の雄叫びだった。

 

 

 

『その日「ボク」は「オレ」になる』

 

『世界を救う力はなくて 世界を作る力もなくて』

 

『それでも守れる笑顔がある 笑ってくれる君がいる』

 

『それならきっと この歌に意味がある』

 

 

 

 もう言葉はない。

 

 考えることなんてない。

 

 今はただ。

 

 目の前のステージを。

 

 見届け――。

 

 

 

『今日の「オレ」から昨日の「ボク」へ』

 

『死ぬほど辛い昨日があって それでも明日を諦めなくて』

 

『生まれ変わった今日はどうだい 昨日の明日より輝いてるかい』

 

『それならきっと 今度は君が歌う番だ』

 

 

 

『Happy Re:birthday! この奇跡に感謝を!』

 

 

 

 

 

 

 これは少しだけ不思議な話。

 

 昔話のような おとぎ話のような。

 

 何処かの誰かの物語。

 

 

 




・『Re:birthday』
周藤良太郎のデビュー曲にして代表曲。
今回、ガチで作詞を頑張った。しかもフル。センスのなさは目を瞑って欲しい。
後日、ツイッターかどこかで全文掲載とかするかも。



Q これは最終回ですか?

A いいえ、まだまだ続きます。

 書いてるうちに筆が乗ってまるでこのまま連載終了するのではないかというようなノリになってしまった。

 勿論まだまだ続きます。「え、まだこの小説続いてるの?」って言われるぐらい続けてみせます。(というか既に言われたことがある)

 読者が飽きるのが先か、作者が飽きるのが先か、勝負だ!

 それはさておき、アンコール曲を終えて場面はラストシーン。

 良太郎たちの演者挨拶へ。


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Episode61 Grand finale!!

感謝祭ライブ最終話、開幕。


 

 

 

「………………」

 

「良太郎君も目が覚めたのかい?」

 

「ん、北斗さん」

 

 喉が渇いたので給湯室で水を飲んでいると、北斗さんが入ってきた。大きめに開いたワイシャツの胸元が男の俺から見ても大変セクシーで、これが俺に足りていない大人のミリキ(双海姉妹的表現)かと一人で感心してしまった。

 

「いやぁ、俺も久しぶりに結構飲んじゃったよ」

 

 俺と同じように冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してコップに注ぐ北斗さん。「明日が怖いね」と苦笑しているものの、きっと平気な気がする。寧ろ冬馬や美優さん辺りが酷いことになってそうで、それはそれでその様子をSNSに上げたら面白そうだ。

 

「チラッと覗いたけど、未だにSNSじゃ大騒ぎが続いてるね」

 

「自分たちのことではありますが、正直『でしょうね』っていう感想しか湧きませんね」

 

 コップをシンクに入れながらポケットからスマホを取り出す。SNSアプリを起動してサーッと様子を眺めるが、深夜の二時も過ぎているというのにタイムラインがあり得ないぐらい活発に流れまくっていた。内容は勿論、先ほど終わったばかりの俺たちのライブについてのことばかり。

 

 「凄かった」「感動した」「これでこの先100年は生きていけるが、しかしライブが終わってしまった以上何を目標に100年生きていけばいいのか分からない」などといったファンたちの感想や、「オンユアマークのサビでりょーくん腕振り上げてたじゃん? あのとき完全に私と目ぇ合ってたから」「妄想乙、私と合ってたから」「恵美ちゃんが俺を見て笑ってた……」「志希ちゃんのウィンクは俺のもの」などといった現地勢の報告や、「志保ちゃんにラストキスを歌わせた運営は神」「JANGOという神による神セトリ」といったライブそのものに対する評価など。

 

 さらには現地やLVに参加した絵師による報告レポ漫画や、ファンたちによる打ち上げの様子を映した写真や、「俺はDay2参加だから、楽しみだなぁ」という現実逃避や、中にはライブ終わりに「この余韻を君と二人で永遠に分かち合いたい」というプロポーズをして見事成功したというおめでたいカップルの話まで、本当に深夜なのかと疑ってしまうぐらい盛り上がっていた。

 

 とりあえずカップルのSNSにはお祝いのコメントを送っておいた。引用もしてやろう。精々世界中の人間に祝福されるがよい。

 

「しばらくはこの騒ぎが続きそうだね」

 

「反響が大きいことはありがたいことですけど……はぁ、こっちもか……」

 

 騒ぎの中には知り合いのアイドルも含まれており、彼女たちのSNSを覗いてみると「喉が痛い」やら「腕が痛い」やら「現実に帰りたくない」といった呟きがチラホラ。今度はお前らが夢見せる番なんだよ気合い入れろやオラァン!?

 

「現実に帰りたくない気持ちは分かるよ。……ステージに立ってる側の俺ですら、既にあのステージに戻りたくなってるんだから」

 

 それは北斗さんにしては珍しい言葉だった。俺もその言葉には同意したいところではあるが。

 

「ダメですよ北斗さん。ちゃんと()()()()()()じゃないですか」

 

「……あぁ、そうだね」

 

 俺たちが今後もアイドルとしてみんなの前に立つ以上――。

 

 

 

 ――絶対に、ライブは終わらせなければいけないのだから。

 

 

 

 

 

 

 わあああぁぁぁあああぁぁぁっ!!!

 

 

 

『みんなー! アンコールありがとなー!』

 

 マイク越しの声よりもさらに大きな歓声に負けないように、俺もマイクを使いつつ声を張り上げる。他のみんなも「ありがとー!」「サンキュー!」とお礼を言いながら観客に向かって手を振っている。既に感極まってグスグス言っている恵美ちゃんを除き、全員がやり切った笑みを浮かべていた。

 

 一通り手を振りつつ、全員でメインステージに集まる。これから最後の演者挨拶だ。

 

『ほら恵美ちゃん、もうちょっとだけ頑張りましょぉ?』

 

『ま゛ゆ゛ぅぅぅっ……!』

 

 恵美ちゃんだけが涙で前が見えていないので、まゆちゃんに介護されながらゆっくりと花道を歩いてきた。その様子をステージのアイドル含め、会場の全員で微笑ましく見守る。

 

『みんなー、アンコール曲のコールで大分声上げてたから、喉大変でしょー?』

 

『恵美ちゃんみたいに現在進行形で体から水分が抜け落ちてる人もいるだろうから、今の内にしっかりと水分補給しておけよー? 言っとくけど、これが最後のタイミングだからなー?』

 

『シキちゃんは遠慮せずに飲むからねー』

 

『私もいただきます』

 

 翔太と共に観客へと呼びかけると、志希と志保ちゃんがプロンプター(歌詞を表示する演者用のモニター)付近に置いてあるペットボトルの水を取りに行く。俺も自分のペットボトルを取りに行き、ついでに恵美ちゃんとまゆちゃんのペットボトルも取ってあげることにする。

 

『お待たせしましたぁ』

 

『お待たせしましたー……』

 

『はい、二人ともお疲れ様』

 

 二人を出迎えながらペットボトルを渡す。先ほどまゆちゃんにタオルを持ってきてもらったお返しだ。

 

『ありがとうとございますぅ!』

 

『あ、ありがとうございます』

 

 全く疲れを感じさせない満面の笑みのまゆちゃんと既に泣きつかれている恵美ちゃんにペットボトルを渡し、ようやくアイドル全員がメインステージに集結した。

 

 下手から順番に、美優さん・志希・志保ちゃん・恵美ちゃん・俺・まゆちゃん・翔太・北斗さん・冬馬。

 

 俺たちが並んだことに気付いた観客たちの歓声も、徐々に鳴りを潜めていく。未だに個人個人からの「りょーくぅぅん!」「まゆちゃぁぁぁん!」と言った声は聞こえてくるが、それも手のひらを下に向けるジェスチャーで治まっていった。

 

『……さてと。改めてアンコールありがと。演者全員での「Re:birthday」はどうだったかな?』

 

 

 

 わあああぁぁぁあああぁぁぁっ!!!

 

 

 

「サイコーだったあああぁぁぁっ!!!」「いいもん見せてくれてありがとおおおぉぉぉ!!!」「俺の中の新たな扉が開いたあああぁぁぁっ!!!」「伝説だ……これが伝説だあああぁぁぁっ!!!」「我々は歴史の目撃者となったあああぁぁぁっ!!!」

 

 何人かベクトルが別の方向に向ききってしまっている観客がいるようだが、りょーいん患者的に考えたら平常運航だから問題なかった。

 

『きっとここまで歌わなかったことに対して「まさか歌わないんじゃ」って不安に思った人もいるんじゃないかな?』

 

『まぁ「周藤良太郎の原点」ってことは、大きく解釈すれば「123プロの原点」ってことでもあるだろうから、歌わないわけないよねっていうね』

 

 北斗さんと翔太の言葉に「不安だったー!」という声や「歌うって信じてたー!」という声がちらほらと飛び交う。

 

 さて、恵美ちゃんが泣き止み、他のメンバーの水分補給が済んだことを確認する。

 

『……さてと、それじゃあ最後に演者一人ずつみんなに向けての挨拶をするところなんだけど……』

 

 そこで言葉を区切ると、観客たちが一瞬ざわついた。

 

 

 

『……みんなに、悲しいことを伝えないといけない』

 

 

 

 そして俺のその発言に、観客たち全員が一斉に息を飲んだのを感じた。

 

 そう、それはとても悲しい知らせ。俺もこの場でそれを口にしなければいけないことが心苦しくて、しかしその役目を他のメンバーに託すわけにもいかなかった。

 

 これは俺の口から、『周藤良太郎』が自ら告げなければいけない大事なこと。

 

 果たしてみんなは悲しむだろうか、憐れむだろうか。

 

 痛む胸を抑え、意を決して俺は口を開いた。

 

 

 

『……俺の罰ゲームの内容が決定してしまった……!』

 

 

 

 わあああぁぁぁあああぁぁぁっ!!!

 

 おい歓声ヤメロォ! 喜ぶんじゃないよお前ら! お前らが推してるアイドルが罰ゲーム受けるっていうんだから悲しんでくれよ! おいそこぉ! 冬馬はガッツポーズすんな! 志保ちゃんも可愛らしく小さく拳を握らない!

 

『え? そんなのあったっけ?』

 

 志希ぃ! おめぇはおめぇでもうちょっと興味持たんかい!

 

『え、えっと……先ほど行われたトークバトルの結果、良太郎君が罰ゲームを受けることになったんでしたよね……?』

 

 志希以外に忘れている人はいないと思いたいが、一応美優さんが全員に向けて説明をしてくれる。いやホント、忘れるなら兄貴に忘れて欲しかったよ。

 

『この罰ゲーム、ウチの社長が決めたんだけど、かなり悩んでたよね』

 

『普通の罰ゲームになりそうな内容って、大体りょーたろー君には効かないもんね』

 

 罰ゲームの定番と言えば絶叫系の乗り物とか激辛料理辺りが候補に挙げられるが、絶叫系も激辛も平気なので俺にとっては罰ゲームにはならないのだ。そもそもその辺りはリアクションを見て楽しむタイプの罰ゲームだというのに、無表情の俺がしても周りが面白くないのでバラエティ的な意味でもNG。

 

『でも本当に何なんだろーね? 社長は「罰ゲームとは受ける本人が本当にイヤがる上で、周りのみんなが楽しめること」ってかなり鬼畜なこと言ってたけど……』

 

『良太郎さん、大丈夫でしょうか……』

 

 まだ内容を聞かせれていない恵美ちゃんが首を傾げ、まゆちゃんが泣きそうな表情で祈ってくれている。

 

 ……いや、かなりコメディ的なノリで発表したんだけど、ぶっちゃけ俺も怖いんだよ。何せあの兄貴が「とっておきだぞ」と満面の笑顔で親指を立てたのだから。

 

『それじゃあ、俺もまだ知らない罰ゲームの内容は……これだ!』

 

 そう言って背後のメインスクリーンを指差す。

 

 そこに表示された、俺の罰ゲームの内容は――。

 

『………………え゛』

 

 

 

 周藤良太郎の初恋について、赤裸々コラム掲載!

 

 

 

 

 

 

 唐突だがハイパー電波タイムである。外伝も最終話に近いということで、今回ばかりは画面の向こうの諸兄に向かって語り掛けさせてもらおう。

 

 さて、ここまで俺のお話を読んできてくれた諸兄の中に()()()()というキーワードでピンと来た人はいるだろうか。覚えていなくても大丈夫、なにせ結構昔の話だ。

 

 流石に自分の口で語るのに抵抗があるため、是非Lesson44辺りを読み返してきてもらいたい。うん、響ちゃんが恋の演技で悩んでる辺りのお話だ。

 

 ……読み返して来た? オッケー?

 

 つまりそういうことだ。

 

『なんでオメェが知ってんだよ兄貴いいいぃぃぃ!!!???』

 

 満を持してこれを罰ゲームとして採用したってことは、絶対知ってるだろ!? 何で知ってるだよ!?

 

 ――天才ですから。

 

『うるせぇよっ!!!』

 

 チクショウ! 外伝補正とギャグ補正が混ざりまくった結果とんでもないことになりやがった!

 

『りょ、良太郎さんの初恋!?』

 

『こ、これは……確かにファンの皆さんは喜びそうですが……』

 

『良太郎君の嫌がり方が半端じゃないね……』

 

 ステージ上でもまゆちゃんが盛大に反応し、美優さんと北斗さんが苦笑しながらチラリと俺に視線を向けてくるが、そんなことを気にしている余裕もなく俺は頭を抱えてその場に蹲る。

 

『んごごごご……マジでやばいって……』

 

『良太郎さんが不幸で!』

 

『飯が美味い!』

 

 楽しそうにハイタッチをしてからスキップで俺の周りをグルグルと回っている二人が、先ほどまで俺の曲を大事に歌ってくれた人と同一人物とは思えなかった。

 

 

 

 ……いや、マジでどうしてこうなった……!?

 

 

 




・SNS
基本的に作者はツイッターしかやってないから主なモデルはツイッター。
現実でも大体こんなノリだと思う。

・罰ゲーム
作者が考えうる中で、良太郎が本気で嫌がりつつ実害は存在しないという悪魔のような罰ゲーム。
なんで兄貴が知ってたのかって? そういうこともあるよ(目逸らし)



 なんかグランドフィナーレとか感動的なサブタイトルで始まったかと思ったら、中身は類を見ないほど混沌としていた。アイ転ではよくあることである。

 というわけで感謝祭ライブ最終話(終わるとは言っていない)です。こっから先は本当に真面目に書きますので、お楽しみに。……いや、別に今回もふざけてたわけじゃないんですけどね?



『どうでもいい小話』

 ツイッターにて『Re:birthday』の歌詞の全文、
 活動報告にて『アイ転におけるクロスオーバー作品の設定』なるものを公開しておりますので、興味がある方は覗いてみてください。


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Episode62 Grand finale!! 2

これまでの『ありがとう』を込めて。


 

 

 

 はぁ……というわけで、俺の罰ゲームのコラムは今回のライブの特典として掲載されるぞ。みんな、今回ばかりは無理して買わなくていいからな?

 

 ……買う? やっぱり? だよね、うん、そうだよね、こんな特典映像満載だからね。はいスタッフさん、例の写真ドウゾー。

 

 

 

 おおおぉぉぉっっっ!!!???

 

 

 

 どうよコレ、開演前の舞台裏で全員でやった投げキッス顔。はいチラ見せ終了ー。もっと見たい人は是非円盤買ってね。俺のコラムは捨ててもいいからね。……痛い痛い、志保ちゃんわざわざパンチしに来ないで、一部の人にはご褒美だから。ありがとうございます。

 

 さて……楽しい時間もそろそろ終わりだ。

 

 

 

 えええぇぇぇ!!!???

 

 

 

 俺たちも名残惜しいけど、終わるときはちゃんと終わらせないといけない。

 

 最後に一人ずつ挨拶をさせてもらうけど……それじゃあみんなから向かって左から順番に、美優さんからお願いします。

 

 

 

 

 

 

 ……はい、三船美優です……皆さん、本日はご来場いただき、本当にありがとうございました。

 

 ……えっと、この中で一番新参者の私が一番最初に挨拶をすることになってしまい、とても緊張しています……ついでに言うと、何を話すべきなのか、まだ悩んでいます……。

 

 ……そ、その、ですね。ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが……元々私はアイドルとしてこの事務所に入ったわけじゃありませんでした。大学の先輩である事務所の社長と副社長のお誘いを受けて……事務員として123プロダクションに入社しました。

 

 最初は良太郎君やジュピターの三人、ピーチフィズの二人のお仕事を、事務員としてお手伝いしていましたが……社長や副社長の手により、いつの間にかアイドルをすることになってしまいました。

 

 正直に話しますと……最初は、少しだけ嫌でした。元々人前に出るのは苦手で、ましてやアイドルとして歌って踊るなんて、自分には出来るわけがない……そう考えていました。

 

 ですが、良太郎君、冬馬君、北斗君、翔太君、恵美ちゃん、まゆちゃん、志保ちゃん、志希ちゃん……アイドルとして輝いている皆さんの活躍を、近くで見させていただいている内に……私の中で、今までに感じたことのない感情が浮かんでいたんです。

 

 きっとこれが……憧れ、というものだったんだと思います。

 

 今まで着たこともないような可愛らしい衣装に袖を通して、慣れない笑顔でカメラの前に立って、不慣れな歌やダンスに苦労して……私はこうして……皆さんの前に『アイドル』として立っています。

 

 ……えっと、ごめんなさい、言いたいことが全然まとめられませんでした……。

 

 その、ですね……こんな私でも、アイドルになれる……それだけを、皆さんに言いたいんです。どうか、頭の片隅にでも留めておいていただけると、嬉しいです……。

 

 こ、こんな私ですが……これからも、この123プロダクションのアイドルとして恥じないように精進していきますので……どうか皆さん、よろしくお願いします。

 

 改めまして……ほ、本日は! あ、ありがとうございました! み、三船美優でした!

 

 

 

 

 

 

 にゃはは、ガチガチに緊張した美優さんの挨拶可愛かったねー? あれだけ堂々と歌ってたのに、挨拶ってなるとまだ緊張しちゃうんだからさー、この可愛さには反則だよねー?

 

 というわけで、やっほー、一ノ瀬志希だよー。みんな、今日はありがとー。

 

 美優さんがぶっちゃけてたからシキちゃんもぶっちゃけちゃうけど、あたしも最初はアイドルとか興味なかったんだよねー? アイドルなんて、視覚に一過性の刺激を与えて充足させるだけの娯楽ぐらいにしか思ってなかったから。

 

 あーゴメンゴメン、今はそーでもないからそんな声出さないで。……恵美ちゃんとまゆちゃんも、そんな目でこっち見ないでって、大丈夫だから。

 

 あたしは元々、海の向こうの大学にいたんだけどさ。そこでたまたまリョータローに出会った。リョータローに出会って、アイドルっていうものを始めて間近で見た。

 

 間近で直接『アイドル』を見て、聞いて、感じて……何一つとして()()()()()()()()

 

 あたしの心が震えた理由も、原因も、原理も、何も分かんなかったんだ。

 

 ホント、不思議だよねアイドルって。それを理解するためにわざわざ海を越えてリョータローを追いかけてきて、わざわざこうしてアイドルになったっていうのに……まだまだ分からないことだらけ。

 

 でも、一つだけ。……とにかく楽しい! ってことだけは分かった!

 

 だからたまーに「志希ちゃんいなくならないでー!」って言ってくれる人もいるけど、とーぶんいなくならないから安心して。

 

 ……でも、シキちゃんがいなくなっちゃわないよーに、みんな、あたしから目を離しちゃダメだぞー? にゃはは、なんてねー?

 

 それじゃ、今日は楽しかったよー! 一ノ瀬志希でしたー!

 

 

 

 

 

 

 ……はい、北沢志保です。本日は皆さん、ご来場いただきありがとうございます。

 

 美優さんと志希さんがご自身の過去のことに触れていらっしゃったので、私も少しだけ昔の話をしたいと思います。

 

 ご存じの方もいらっしゃるとは思いますが、私は以前、アイドルとしてデビューするより前に765プロダクションのアリーナライブにバックダンサーとして出演させていただいたことがありました。

 

 同じくアイドルとしてデビューする前に、123プロダクションからバックダンサーとして出向されていた恵美さんやまゆさんとお会いして……その縁で、私は良太郎さんやジュピターのお三方ともお会いすることが出来たのですが……。

 

 ……お二人のように、私もぶっちゃけましょう。私はアイドルとしての『周藤良太郎』を、あまり好ましく思っていません。苦手と言っても差し支えありません。

 

 その理由はとても幼稚で理不尽な八つ当たりのようなものです。きっとこんな場所で言うことじゃありません。けれど、私は良太郎さんが苦手だからこそ、このステージに立っています。

 

 123プロダクションは、社長である周藤幸太郎さんの「周藤良太郎を超えて業界の一番二番三番全てを独占する」という壮大な野望を掲げた芸能事務所です。そんな事務所だからこそ……私は『周藤良太郎』を超えるために門戸を叩いたんです。

 

 大それた願望です。まだまだ世間知らずの小娘が抱くには、とても重すぎます。

 

 けれど……長く険しい道の先が必ずあると教えてくれたのは、他ならぬ良太郎さんです。

 

 私は『周藤良太郎』が苦手です。そしてそれと同時に尊敬しています。そんな彼の言葉だからこそ、私は信じているんです。

 

 ……私はこれからも『周藤良太郎』のような高みを目指します。

 

 そしてそんな私の挑戦が皆様の笑顔に繋がるのであれば、私は幸せです。

 

 とても身勝手な願いではありますが……どうか、見守っていてください。

 

 ……本日は本当に、ありがとうございました。北沢志保でした。

 

 

 

 

 

 

 ……えっと、恵美ちゃんが前の三人の挨拶で大変なことになってるので、先に私が挨拶させていただきまぁす。

 

 というわけで、佐久間まゆですよぉ。皆さん、今日はありがとうございまぁす。

 

 どうやら自分の過去に触れていく流れになっているようなので、私もそれに乗っかることにしますねぇ。

 

 そうですねぇ……私の場合、いつも色んなところでお話させていただいているので新鮮味はないと思いますが……私は、周藤良太郎さんに憧れてアイドルになりました。良太郎さんの歌に聞き惚れ、ダンスに見惚れ、その全てに憧れ……少しでも良太郎さんに近付くため、アイドルを目指しました。

 

 ……その頃の私は、それ以外に何もありませんでした。アイドルになりたい、アイドルになりたい、アイドルにならなくちゃいけない。ずっとずっと、それだけを考えて生きていました。

 

 良太郎さんが社長と共に立ち上げた123プロダクションに所属させていただいてからも、その考えは変わりませんでした。ただひたすら良太郎さんのお側でアイドルになることだけを考えていました。

 

 ……そんな私を、恵美ちゃんが変えてくれたんです。そうですよぉ、今そこでグスグス泣いてる恵美ちゃんです。

 

 泣き虫な恵美ちゃん。でもそんな彼女だからこそ、歪んでしまっていた私の心を直してくれたんです。きっと恵美ちゃんに出会わなければ、私はこうして皆さんに応援されるアイドルにはなれなかったと思います。

 

 ……私にとって『周藤良太郎』は特別な存在です。でもそれと同じぐらい、恵美ちゃんも特別な存在なんです。

 

 いい機会ですからねぇ、この場を借りて私も恵美ちゃんに……お礼、を……。

 

 ……あ、アレ? お、おかしいですねぇ……ここで恵美ちゃんに、お礼を、言って、もっと泣かせちゃって、それで、えっと……。

 

 ……こ、こんなはずじゃ、なかったんですけどねぇ……あ、あはは……ぐす……ひっく。

 

 め、恵美ちゃん、だけ、じゃなくて……こんな、自分勝手な私を、アイドルとして、応援してくれた、ファンのみんなに……お礼を、言いたいです……!

 

 ……本当に、ありがとうございます!

 

 

 

 まゆはぁ! ……()()()()()()()()! 本当に嬉しかったです!

 

 

 

 これからもぉ! ()()()()()()()()()をぉ! よろしくお願いしまぁす!

 

 今日は本当に! ありがとうございましたあああぁぁぁ!!

 

 

 

 




・例の写真
Episode28参照。

・三船美優
実はガチでアイドルとして登場させる予定がなかった人。今ではよき大人の女性ポジにして貴重な控えめツッコミポジ。
登場させた当初はまだボイス未実装だったんだよなぁ……(しみじみ)

・一ノ瀬志希
事務所入りさせるのは第四章で既に決まっていたものの、プロジェクトクローネとの絡みを書きたかったために第五章まで登場がお預けになってしまった子。
よきトラブルメーカー。もっと番外編で活躍して()

・北沢志保
気になって書き始めたらどんどん好きになっていって、いつの間にか担当になっていた子パート2(パート1は楓さん)
良太郎へのツッコミ、本当にお疲れ様です。これからも頑張って(無慈悲)

・佐久間まゆ
『周藤良太郎』の熱烈なファン役としての素質が採用理由。勿論今はそれだけじゃない。まゆすき。
最後のまゆの挨拶、今までの作中内で一人称が「私」じゃなくて「まゆ」になっているのは、良太郎の前もしくは良太郎に関する話題だけだった……という情報を元に、ちょっとだけ読み返してもらいたい。あとは好きに解釈するといいよ(丸投げ)



Q 最終回?

A だから違うって言ってるでしょ!

 まぁある意味『最終回』ではあるのですが……まぁその辺りの詳細は外伝の最終話にて。



『どうでもいい小話』

前話にて良太郎が触れていた『SNSで結婚報告をしたカップル』のお話を、ツイッターにて公開中です(宣伝)


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Episode63 Grand finale!! 3

これからの『よろしく』を込めて。


 

 

 

 えっと、恵美ちゃんを飛ばしてまゆちゃんが挨拶したから、ホントーは恵美ちゃんに戻るところだったんだけど……その恵美ちゃんがご覧の有様だから、またまた飛ばしてボクが挨拶することになりましたー。恵美ちゃんは頑張ってオオトリのりょーたろーくんよりも前に挨拶出来るようになっててよー。

 

 というわけで、御手洗翔太だよー! みんなー! 今日はありがとー! 定番だけど……みんなー! 今日は楽しかったー!?

 

 

 

 楽しかったあああぁぁぁ!!!

 

 

 

 だよねー! 僕も楽しかったー!

 

 あんまりこーいう話すると色んな人に怒られるから黙ってたんだけど、ほら僕たちって一時期活動自粛してた時期あるじゃん?

 

『オメーよくこの場でその話ぶっこめたな!?』

 

 いやー、だってみんな知ってることだし。

 

 正直な話をすると、その自粛期間でも僕たちは「絶対に大舞台に戻ってくる」っていう自信があった。どんな状況からでも、僕たち三人なら絶対に失ったものを取り戻せるっていう自信があった。

 

 でも、まさかその大舞台がこうやって事務所のアイドルみんなでのものになるなんて、全く考えてなかった。いや、僕たちだけのドーム公演もあったよ? でも、他のアイドルとステージ上で共演する機会に恵まれるなんて想像もしてなかったんだ。

 

 ……きっとそれが、以前の僕たちの()()であると同時に()()でもあったんだと思う。

 

 『Jupiter』は僕たち三人だからこそ『Jupiter』だった。昔からずっと『Jupiter』が一番最高のユニットだって疑ったことはないし、それはこれから先も変わらない。

 

 ……でも、三人だけじゃ、それだけだった。それ以外には絶対になれやしなかった。

 

 『輝きの向こう側』があるってわざわざどっかの誰かさんが教えてくれてるんだから、それを目指さないっていうのも面白くないじゃん? 折角アイドルをやってて、こんなに沢山のファンが応援してくれてるんだからさ。

 

 だから……冬馬君だけじゃないよ? 僕だって、りょーたろー君を超えて一番になる夢を諦めてない。

 

 

 

 ……僕が『周藤良太郎』に勝てないなら、他の人には全員無理でしょ?

 

 

 

 例えこの先この言葉で冷やかされることになったとしても、僕はこの言葉を吐き続ける。それが()()()()()()()()だって知ってるからね。

 

 というわけで、今後も『Jupiter』と御手洗翔太の活躍にこうご期待! ってことで!

 

 最後に、あの辺りの貴賓席にいるであろうあの人に向かって……ザマーミロー! ってね!

 

 御手洗翔太でしたー! 今日はホントーにありがとー! みんな大好きだよー!

 

 

 

 

 

 

 チャオ、会場のエンジェルたち。伊集院北斗です。

 

 本当は今日のライブのことについて、無難なことを話すつもりだったんだけど……翔太が随分とハードルを上げてくれたから、俺もちょっとだけ昔のことに触れることにしようかな。俺たちのリーダーのために、可能な限りハードルを上げておいてあげることにするよ。

 

 そうだね……俺がアイドルを始めたきっかけは、たまたま前の事務所の社長にスカウトされたからだった。その頃は私生活で色々とあってね、正直何か気を紛らわすことが出来るものなら何でも良かったんだ。

 

 元々読者モデルをやってて、見てくれはそれなりに自信があったからね。アイドルも似たようなもんだろうって、その頃は高を括ってんだ。今思えば随分な思い上がりだったって少し恥ずかしいよ。

 

 だから……というわけじゃないけど、俺は冬馬や翔太ほどアイドルという存在そのものに執着なんてしてなかったんだ。

 

 俺がアイドルになったときなんて、まさしく『周藤良太郎』の全盛期だった。真面目にアイドルを続けていても、必ずすぐに終着点が来る、遠くない内に限界が来るって、心の何処かで思ってた。だからそれまでの暇潰し……そう思ってたんだ。

 

 あぁ、悲しい声を出さないでくれ、エンジェルたち。勿論今はそんなこと考えてないよ。

 

 最初からずっと高みを目指し続けていた冬馬。最初のきっかけは似ていても全力だった翔太。そんな二人を見守る立場だと勝手に思って、自分ではいつも一歩引いたところで二人を支えようなんて、そんな大それたことを考えてた。

 

 きっかけがあったとしたら……そうだね、さっきも翔太が少し触れた自粛期間の後の話かな。

 

『オメーもぶっこむのかよ!?』

 

 ははっ、俺たちとは切り離せない事柄だからね。腫物扱いするぐらいなら、自虐ネタとして末永く付き合っていこうじゃないか。

 

 前の事務所を離れ、今の事務所の社長に拾ってもらって、俺たちは新たな環境で再スタートをした。そこで俺たちは初めて……他者と共に作り上げるステージっていうものを知ったんだ。

 

 当たり前だけど、俺たちのステージの裏側には、俺たちを支えてくれるスタッフたちがいる。横には共にステージに立つ仲間がいる。そして……目の前には、こうして手を振るとちゃんと振り返してくれるファンのみんながいる。

 

 それらをちゃんと認識して、俺はやっと『Jupiter』としてここに立っている意味に気付いたんだ。冬馬の足手まといにならないためじゃない。翔太のサポートをするためじゃない。ましてや人生の暇潰しなんかじゃ断じてない。

 

 『Jupiter』の伊集院北斗は、トップアイドルになるために、ここにいたんだ。

 

 普段の俺からしてみたら、こんなに熱いのはガラじゃない。

 

 

 

 でも……やっぱり、()()()()()()……なんてね。

 

 

 

 さて、そろそろ次の人に挨拶を譲ろうかな。

 

 その前に、俺も貴賓室にいるであろうあの人に一言。貴方の見る目、やっぱり間違っていませんでしたよ……ってね。

 

 それじゃあ、また会おうね、エンジェルたち。伊集院北斗でした。

 

 

 

 

 

 

 

 ……ぐすっ、うん、大丈夫、大丈夫だから。もー、泣くのを見こされて目元のメイクが薄くなってる上に防水対策完璧になってるのがすっごい複雑ー……。

 

 あ、あはは、みんなごめんねー! お待たせー! 所恵美でーす!

 

 いやぁ、お見苦しいところをお見せしたようで……コラー誰だー!? いつものことでしょって言った奴ー!? ……リョータローさんとまゆは黙ってて!

 

 もー、おかげで話そうと思ったこと全部頭から飛んじゃったじゃんかー! もういいもん! アタシもアドリブで話す!

 

 ……と、言ってもー……あはは、アタシってば、みんなみたいにドラマチックなバックグラウンドとか持ってないんだよねー。

 

 トークバトルでも言ったけど、アイドルになったきっかけだって街を歩いてたらリョータローさんと社長にスカウトされたからっていう理由で、何か特別な理由があってアイドルを始めたわけじゃない。

 

 勿論、やる以上は全力だし、これまでだって全力、今だって全力!

 

 ……でも、今でもたまーに考えるんだ。アタシよりも可愛い子なんていくらでもいるし、歌やダンスが上手い子だっていくらでもいる。だったら、今こうしてここに立っているのはあたしじゃなくてもよかったんじゃないかなって。

 

 だけどその度に、リョータローさんの曲を聞いて思い直すの。

 

 今をやり直すことなんて出来ない。でも、もしやり直すことが出来たとしたら……それってすっごい幸せなことだよね。

 

 ってことは、今すっごい幸せなアタシは、そのやり直すことが出来た今を生きてるってことと同じなんだよ!

 

 ……あれ!? アタシ今いいこと言ったはずだよ!? なんでクスクス笑われてんの!?

 

『恵美ちゃんはそのままで素敵よぉ』

 

 なんか褒められてる気がしないんだけど!? ……えぇ!? バカっぽいって何!? アホの子っぽいって何さ!? アタシそーいうキャラじゃないでしょ!?

 

 コホン、気を取り直して……。

 

 自己評価が低いってのは、よく言われてたんだけどさ。こーやって応援してくれるファンもいるし……そろそろ自分の評価を改めないといけないかなって。

 

 だからアタシも、ちゃんと言葉にする。

 

 

 

 アタシも目指すよ、『周藤良太郎』みたいなトップアイドルを。

 

 

 

 ……へへーん! どーせみんな、最後はまたアタシがボロ泣きして終わるとか思ってたんでしょー? アタシだって、そんなにいつもいつも泣いてるわけじゃないんだからねー? だから志保も、そーいうツッコミはいいから! 泣いてないから! あんまり言うと別の意味で泣くからね!?

 

 全く……それじゃ、最後に改めて!

 

 みんなー! 今日はめっちゃ、めーっちゃ楽しかった!

 

 次のライブでまた会おうね! 所恵美でしたー!

 

 

 

 

 

 

 天ヶ瀬冬馬だ。……そうだな、俺は今日のことを少しだけ話させてもらう。

 

 俺が良太郎と歌った新曲……あぁ、俺の『Per aspera』と良太郎の『Ad astra』だ。

 

 タイトルは英語じゃなくてラテン語。結構有名な格言だから、この中にも知ってる奴がいるだろ。『困難を克服して栄光を獲得する』もしくは『困難を乗り越えて星のように輝く』。意訳すると『痛みなくして得るものなし』、所謂『No pain,no gain』ってやつだ。

 

 これは俺と良太郎が同時に別々の曲を歌うっていう珍しい形になってるんだが……実は俺たちは一回も曲合わせをしていなかった。この一回も、というのは文字通りの意味で皆無だったってことで、リハでもゲネでも俺と良太郎が同時に歌うことはなかった。

 

 随分と無謀なことをしたと思ってるが、それでもちゃんと形になっていただろ?

 

 ……俺はこの曲で、初めて『周藤良太郎』の目の前に立てたと思っている。

 

 思い上がりや自惚れじゃなくて、ようやくそこに辿り着けたんだっていう自信がある。

 

 俺がアイドルを始めたきっかけも、続けている理由も、目指すべき場所も、全部『周藤良太郎』だ。だから前の事務所だとそれ以外のことを考える余裕が全くなくて、周りのことが何にも見えてなかった。

 

『結局冬馬君もその話してるじゃん』

 

 うっせぇ。

 

 ……今の事務所に来ても、それは変わってねぇ。でも周りを見る余裕が出来た。周りを見て、俺はようやく『天ヶ瀬冬馬』の背中を押してくれる人の存在を、ちゃんと理解することが出来たんだ。

 

 ファンのみんなだけじゃねぇ。『周藤良太郎』を超えるなんていう無茶を応援してくれる人や、それを成し遂げることが出来ると信じてくれる人もいた。

 

 ……何より、()()()()()()()()()()()って思えたんだ。

 

 きっと、俺がここにこれたのは俺の力だけじゃねぇ。お前らが、俺をここに押し上げてくれたんだよ。

 

 ……だからって、ここで礼を言うようなタマじゃねぇ。俺の背中を押してくれる人は、最初からそんなこと望んじゃいねぇだろ?

 

 だから、俺は代わりにこう言わせてもらう。

 

 

 

 ……『周藤良太郎』には決して見せることが出来ねぇもんを、俺が見せてやるよ!

 

 

 

 『魔王エンジェル』でもねぇ、『女帝』でも『福音』でも『三美姫』でも、誰でもねぇ!

 

 『天ヶ瀬冬馬』にしか見せることが出来ないもんだ! テメェら覚悟してろよ!

 

 以上! 天ヶ瀬冬馬! 今日はありがとよっ!

 

 

 

 ……さぁ、オオトリ任せたぜこの野郎。

 

 

 

『……あいよ』

 

 

 




・御手洗翔太
数少ない123プロの悪戯っ子タイプ。良太郎と組み合わせることで、書いてて楽しい悪ガキ兄弟と化す。
本編でこれまで掘り下げることが出来なかったことが、今更になって悔やまれる……。

・伊集院北斗
123プロの頼れるお兄さん。良太郎に重要な助言をする役割として大変お世話になりました。
翔太同様、もうちょっと掘り下げてあげればよかった……。

・所恵美
一人称としての主人公もしっかりとこなしてくれる超絶有能ギャル。いや、ホントこの子がいなかったら第三章は成り立たなかったよ……。
アイ転を書き始めたことによって一番作者内の株が上がったアイドル。ミリオンライブで彼女を見付けることが出来たことが、何よりの幸運だったと思う。

・天ヶ瀬冬馬
良太郎を際立たせる存在であると同時に、良太郎には出来なかったことを全てこなしてくれたアイ転の『主人公』。良太郎はラスボス。
頑張れ冬馬! 負けるな冬馬! これからも頼むぞ冬馬!



 次回、感謝祭ライブ閉幕。


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Episode64 Grand finale!! 4

感謝ライブ閉幕!!!


 

 

 

 さて、いよいよ俺の番になったわけだ。

 

 それじゃあ……よいこのみんなー! こーんばーんわー!

 

 

 

 こーんばーんわー!

 

 

 

 いやまぁ最初にやっとくべきものだった気もするけど、周藤良太郎だ。今日は本当にありがとう。

 

 さて、みんながいいコメントしてくれたからには、俺もそれに負けないぐらいいいコメントしたいんだよなぁ……って思ったんだけど、そもそもそう思っちゃった時点でコレ負けてるよね? っていうね?

 

 しかしそうだな……俺の場合、自分の過去とかそういうのは色んなメディアで語りすぎててみんな聞き飽きてるだろうから……これからのことにでもついて話そうと思う。

 

 はい、この前の『アイドルエクストリーム』の中継、見たよって人、手を挙げてー!

 

 

 

 はあああぁぁぁい!!!

 

 

 

 おぉ、大勢いるね。はいありがとー手ぇ下げていいよー。うん、分かったから……手ぇ下げろって言ってんだろ! サイリウム振ってまでアピールしなくていいから! 分かったから!

 

 あのIEで晴れて優勝して、一応名目上は()()『世界一のアイドル』になったわけなんだけど、俺自身は正直に言うとそれで満足したわけじゃない。世界一で満足しないとかそういうわけじゃなくて、まだ納得してないっていう意味。

 

 てんちーれん姉妹とかエヴァにゃんとか『正直もう名前も呼びたくない女帝様(笑)』とか、世界レベルのアイドルたちと競い合って世界一の称号を手に入れて。けれど、それをアイドルの頂点だと思ったらきっとそれで終わりだ。

 

 例えば、今日の俺と冬馬の新曲のステージを見てみんなはどう思った?

 

 ……ステージを比べるっていうのも中々最低なことだとは理解してるが、それでも俺は今日のステージの方が満足できたし、最高の出来だったと思う。

 

 けれど()()()()()()()()なんてものはきっと存在しない。

 

 アイドルのステージっていうのは、常に進化する。今日のステージは昨日のステージよりも素晴らしいものになったかもしれないけど、明日のステージはもっと素晴らしいものになるかもしれない。今日のステージを最高だと思ったときのように、未来のステージを最高だと思う日がきっとくる。

 

 それと同じように、()()()()()()()()()だっていずれ現れる。まぁそう易々と世界一の称号を明け渡してあげるほど心優しくはないけど、それを永遠と考えることはこの『アイドルの世界』の限界を定めてしまうことだから。

 

 まぁ色々と言ったけど、要するにこういうことだ。

 

 

 

 みんな! 次のステージはもっと凄いから楽しみにしてろよ!

 

 この程度で、まだ満足するんじゃないぞ!

 

 

 

 わあああぁぁぁあああぁぁぁ!!!

 

 

 

 とまぁそんな宣言で盛り上げたところで悪いんだけど、空気をぶった切らせてもらおうかな。

 

 ……俺は、みんなに感謝したい。

 

 さっきみんなで歌った『Days of Glory!!』。この中の歌詞で俺たちは『君がいるからここにいる』『君が、俺たちをアイドルにしたんだ!』って歌わせてもらった。

 

 これは、紛れもなく俺の想いそのものだ。

 

 俺はたまたま歌とダンスが上手かった。自然と魅せ方を理解することが出来た。でも逆に言えばそれだけだった。それ以外に何もない、ただの無表情な男だ。

 

 俺が神様から貰ったこの才能は、ファンのみんなが評価してくれて初めて意味を為すものだった。

 

 だから、今ここにアイドル『周藤良太郎』が立っているのは君たちのおかげだ。

 

 君たちが、俺の歌を好きと言ってくれた。俺のダンスを好きと言ってくれた。

 

 君たちがいなかったら、俺はアイドルにはなれなかった。

 

 アイドルがステージに立つから、ファンが出来るんじゃない。ファンがいるから、俺たちはアイドルになれる。

 

 

 

 君たちが『周藤良太郎』をアイドルにしたんだ。

 

 

 

 だから、何度でもお礼を言いたい。

 

 

 

 本当にありがとう。

 

 

 

 君たちがファンになってくれて、俺は幸せだ。

 

 

 

 

 

 

『さてと、名残惜しいが、本当の本当に次で最後だ』

 

 すすり泣く声と最後を惜しむ声が会場に響く。横を見ると、アイドルの何人かも目元を拭っていた。

 

『最後の曲は、サプライズゲストの魔王エンジェルにも一緒に歌ってもらうぞ』

 

 裏に向かって『ヘイカモーン』と呼びかけると、舞台袖から魔王エンジェルの三人が姿を現した。

 

『……って、なんでお前たちまで泣いてるんだよ』

 

『泣いてないわよっ!』

 

 強がる麗華だがガッツリ涙の跡が残っているので、残念ながらその言い分は通らない。

 

『り゛ょ゛ぉぉぉぐぅぅぅん!』

 

『……ぐすっ』

 

 一方でりんとともみはガッツリ泣いていた。アイドルだったらステージの上でぐらい涙はもうちょっと我慢しなさい。

 

『もうちょっと頑張れよお前ら! ホラ最後! アイドルだったらステージの上は笑顔!』

 

『『一番出来てないお前にゃ言われたくないよっ!』』

 

 麗華と冬馬のツッコミがシンクロして響く。

 

 このやり取りを皮切りに、全員から笑いが零れていつもの調子に戻っていく。

 

 感動や別れを惜しんで泣いてくれるのはいいが、最後はやっぱり笑顔で締めていきたい。

 

『さぁ、準備はいいか!?』

 

 

 

『『『『『はいっ!』』』』』

 

 

 

 おおおぉぉぉおおおぉぉぉっ!!!

 

 

 

 アイドルと観客全員からの返事を受け、俺が人差し指を頭上に掲げると最後の曲が流れ始めた。

 

 今度こそ、これで最後。

 

 今日という日のグランドフィナーレ。

 

 

 

『これで今日は最後だけど!』

 

『まだまだ俺たちは終わらねぇ!』

 

『明日も明後日も!』

 

『ずっとずっとその先も!』

 

『アタシたちのライブは終わらない!』

 

『地球の全てが私たちのステージ!』

 

『貴方たちが望んでくれるならば!』

 

『あたしたちはいつだってアイドルだから!』

 

『さよならは言いません!』

 

 

 

『『『『『また次のステージで会おうぜ!』』』』

 

 

 

 『LIVE E@rth days!!』

 

 

 

 

 

 

「……はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 気が付けば、息も絶え絶えに俺はステージ裏の階段を降りていた。

 

 背後からは大歓声が響き続けており、それはしばらく納まりそうにない。曲が終わった直後からずっと叫び続けているというのに、元気なものだ。

 

 通り過ぎるスタッフたちが揃って「お疲れ様でした!」と声をかけてくる。全員揃いも揃って涙声になっていた。どうにもウチのスタッフたちは涙腺が緩いようだ。

 

「……はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 先ほどから息が全く整う気配を見せない。体力的には問題ないはずなのに、脳が酸素を欲し続けて肺を酷使し続けている。

 

 今日はいつも以上に疲れているような気がする……というか、多分疲れている。全力を出していること自体はいつものことなのだが、今日はその全力以上の力を出せたということか。

 

 ……いや、違う。全力以上を()()()()()()()()()()のだろう。

 

 いつもよりもおぼつかない足取りでステージ裏の通路を進む。俺よりも先にステージから降りたみんなの姿が見えないが、恐らく待機場所にいるのだろう。

 

 ひぃこらと重い足を動かしながら、ようやく待機場所へと辿り着いた。

 

 ワイワイと賑やかな声が聞こえてくるところから察するに、全員で今回のライブの成功を喜びあっているところなのだろう。きっと恵美ちゃんとまゆちゃん辺りが抱き合って胸元が大変素晴らしいことになっているだろうから、是非網膜に焼き付けたいところだ。

 

「みんなー俺もまーぜーてー!」

 

 

 

「良太郎さあああぁぁぁん!」

 

「ごっふ」

 

 

 

 待機場所に顔を出した途端、腹部に何かが勢いよく突っ込んできた。体力がレッドゾーンに入っている今の状況で、持ちこたえることが出来たのが奇跡である。

 

 この遠慮のなさは志希か恵美ちゃん辺りかなーとか思って視線を下げると、そこにはそのどちらでもない黒髪の少女がいた。

 

「どうしたの志保ちゃん?」

 

「……良太郎さん!」

 

 ガバッと勢いよく顔を上げる志保ちゃん。その両眼からは大粒の涙がボロボロと零れ落ちていた。

 

「……あ、ありがとうございましたっ!」

 

「……それはこっちのセリフだよ。みんながいたから今回のライブは成功したんだ。だから俺だけじゃなくて――」

 

「だとしても! ()が今日このステージに立てたのは、貴方のおかげです!」

 

 叫ぶようにそう言いながら、額を俺の肩に押し付ける志保ちゃん。

 

「例え貴方が『ファンのおかげでアイドルになれた』と考えていたとしても! 私は『貴方のおかげでアイドルになれた』んです! 今日のライブが成功したのは、貴方のおかげです!」

 

 だから! と顔を上げないまま志保ちゃんは叫んだ。

 

「ありがとうございました!」

 

「……志保ちゃん」

 

「私だってそうです! ありがとうございました、良太郎さん!」

 

「ありがとうございました!」

 

「ありがとうございました、良太郎君……!」

 

 他のアイドルも俺に向かって頭を下げる。アイドルだけじゃなく、メイクやカメラマンといったスタッフまでもが次々と頭を下げていく。

 

「……下げんぞ」

 

「……下げないわよ」

 

「寧ろホッとしてる」

 

 唯一頭を下げていない冬馬と麗華の安心感たるや。

 

「……その礼はありがたく受け取るよ。でも今はそんなことしてる場合じゃねぇだろ?」

 

 志保ちゃんの頭をそっと撫でてから手を叩いて全員の頭を上げさせる。

 

「はいはいアイドル集合! カメラさんたちも仕事して!」

 

 未だにグスグスと涙を流す123のアイドルたちを集めて円陣を組む。魔王の三人はちょっとだけ待っててもらう。

 

「ほら最後なんだからちゃんと締めるぞ!」

 

 全員で円陣の中心に向かって手のひらを下にして向ける。

 

「……あっ、そういえばかけ声決めてなかったな」

 

「「「「「だあああぁぁぁっ!?」」」」」

 

 その場にいた全員が膝から崩れ落ちた。普段はそんなキャラじゃないはずの麗華や冬馬や北斗さんまでしっかりと倒れた辺り、全員の本気で崩れ落ちたらしい。

 

「お前っ! お前っ!? お前えええぇぇぇっ!?」

 

「どーどー」

 

 語彙が完全に消失してしまった冬馬を宥める。

 

「……よしっ! 折角の機会だから、結構な大口叩いてみようぜ」

 

 パッと思いついたかけ声を全員に伝える。

 

「これはこれは……」

 

「でも123プロらしいんじゃない?」

 

「はい、私たちはいつもそのつもりでステージに立ってますから」

 

「でもこれ本来はライブ前にやるべきじゃ……」

 

「しー、どうせ忘れてたんだから黙っておきなって」

 

 色々言われているが、気にせず再び円陣を組む。

 

 

 

 今度こそ、本当に最後。

 

 

 

「翔太!」

 

「……うん!」

 

「北斗さん!」

 

「あぁ」

 

「美優さん!」

 

「はい……!」

 

「志希!」

 

「はーい!」

 

「志保ちゃん!」

 

「……はいっ!」

 

「恵美ちゃん!」

 

「はい!」

 

「まゆちゃん!」

 

「はぁい!」

 

「冬馬!」

 

「……あぁ」

 

 

 

「今日のライブ! みんなの力で成功した!」

 

 

 

「この先の未来は分からないけど!」

 

 

 

「この瞬間は間違いなく、俺たちが『最強のアイドル』!」

 

 

 

「だから胸張って宣言するぞ!」

 

 

 

 ――天上天下っっっ!!!

 

 

 

 ――123独占っっっ!!!

 

 

 

 

 

 

『123production PREMIUM LIVE -Days of Glory!!-』

 

 

 

 アイドル史に『伝説』と語り継がれる一夜の夢が、幕を閉じた。

 

 

 




・アイドルエクストリーム
世界一のアイドルを決める世界最大のコンテスト。良太郎の他、世界中の『輝きの向こう側』のアイドルが集い競った。

・『正直もう名前も呼びたくない女帝様(笑)』
良太郎が圧倒的に苦手とする女性第二弾(第一弾は華琳)
詳しくはまだ語らないが、まぁ色々とあった。

・『LIVE E@rth days!!』
読み方は『ライブアースデイズ』。『Re:birthday』のアナザーソング。アンサーソングの登場はまた別の機会。
約四年前に感想欄に書いていただいた曲名を使わせていただきました。
ずっと使いたかった……!

・周藤良太郎
本作の主人公兼ラスボス。あんまり転生オリ主っぽくない転生オリ主。
本当は勘違いキャラにするつもりが、いつの間にかヒャッハータイプの無表情型ラスボス系主人公になった。ドウイウコトナノ。



 今回のお話の中で良太郎に言ってもらったセリフは作者の言葉でもあります。

 書き始めた当初は、良太郎はただテンションが高いだけのオリジナルキャラクターでした。

 しかし書き続けるにつれて良太郎をちゃんとアイドルとして見てくださる方も増え、中には『良太郎のファン』や『りょーいん患者』を自称してくださる方も現れました。

 烏滸がましいかもしれませんが、自分の中では良太郎は本物のアイドルです。そう思えるようになったのは、ひとえに読者の皆さんのおかげです。

 この場を借りて、お礼の言葉を述べさせていただきます。

 本当にありがとうございました。

 この小説も良太郎のように図々しく居座り続けますが、これからもどうぞよろしくお願いします。



 次回からは外伝エピローグ的な後日談編です!


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Episode65 夢から醒めて

ライブから一週間後のお話。


 

 

 

「俺が大乳好きな理由は、きっと母性を欲していたんだと思う」

 

 

 

「前話であれだけ劇的に締めておいてからの第一声がそれってお前ぇ……!?」

 

 何故か冬馬が脱力しているが、きっとライブの疲れが残っているのだろう。

 

「いや、初恋コラムを書くにあたって、お前たちにも俺の初恋が自分の母親だということが知れ渡ってしまったわけだろ?」

 

 本当はコラムが収録される円盤発売まで沈黙を貫くつもりだったのだが、打ち上げの際に「結局誰なのか」という話題になってそこでバレた。

 

 当然の流れとしてマザコン疑惑が持ち上がるのだが、事務所のメンバーは全員我が家のリトルマミーを知っているので「……まぁ、あれなら仕方ない……のか?」と微妙な反応をされた。そして何故か「なるほど……社長が片桐さんを選んだのはそういう……」「やはり兄弟……」と何故か兄貴に飛び火した。まぁ確かに早苗ねーちゃんも母上様と同じくスタイルの良い童顔の女性だからなぁ。

 

 そんな兄貴の想定外な事態もあって、ウチの事務所内ではそれほど大事にならなかった俺の初恋問題。転生云々を隠しつつどのようにして他人に読ませてもよい文章にしたものかと頭を捻っている内に、自分の好みについて今一度振り返ってみようと思ったのだ。

 

「何故俺はこれほどまでに女性の豊かな胸部に並々ならぬ関心を抱いているのか……と」

 

「それを真剣に考え始める辺り、何かが間違っているとは思わないのかオメェは……」

 

「冬馬もご存じの通り、我が家のリトルマミーは少女と見紛う見た目と身長にも関わらず、驚くほど胸が大きい」

 

「他人に対して自分の母親のそういうことを言及するな」

 

 気まずそうな顔をする冬馬。まぁ俺も自分の友人がいきなり「自分の母親は胸が大きい」という話をしだしたら「その話、是非詳しく」と……アレ?

 

「そんな見た目麗しい母親に、幼き日の純情な良太郎少年は淡い想いを抱いてしまった……なんと美しい話だろうか」

 

「この話、長くなるか?」

 

 既に興味を失ってスマホを弄ってるくせに野暮なことを聞くんじゃない。俺はそれでも構わず喋るけど。

 

「しかし相手は当然母親、『ぼくおかあさんとけっこんするー』なんて言えるのは子どもだけの特権。成長してそんな考えはすっかり無くなったものの、そんな初恋の影響を受けて俺は女性の大きな胸に強く意識を惹かれるようになってしまったんだ」

 

 そう、これが周藤良太郎という人物を構成する一つの要素である『大乳好き』の真実なのだよ!

 

 

 

「……という設定でコラムを書こうと思う」

 

「設定と言い張るか……」

 

 

 

 興味なさげに「好きにしろ」と言い捨てた冬馬は、本当に興味がなかったようでそのままスマホの画面に視線を戻してしまった。

 

 

 

 

 

 

 さて、感謝祭ライブから早くも一週間が経った。

 

 ありがたいことに俺たち123プロ初の感謝祭ライブは自他ともに認める大成功という結果に終わった。日本のみならず世界中のSNSで話題となり、日本では『#123プロ感謝祭ライブ』のタグがトレンド一位を獲得。生憎『123』のみでは単語として扱われず世界のトレンド一位は逃したが、それでも俺たちは世界中の注目を浴びることとなった。

 

 ……あぁ、注目を浴びるで思い出した。感謝祭ライブに出演した俺たち123プロや麗華たち魔王エンジェル以外で唯一トレンドに乗ってしまったアイドルが一人いる。そう、俺がトークバトルの最中に名前を挙げた346プロの『夢見りあむ』ちゃんだ。

 

 先日、話の流れとはいえ名前を出してしまったことに対して事後報告的な挨拶をしに346の事務所へと向かったのだが、そこで件のりあむちゃんと初の邂逅を果たしたわけなのだが。

 

 

 

「初めまして! 大ファンです! すみませんでした!」

 

 

 

 挨拶とファン宣言と謝罪と土下座を同時にされたのは人生で初の経験である。

 

 一体何事かと尋ねるが、りあむちゃんは額を床に擦り付けたまま女の子が出してはいけないような嗚咽を漏らすばかりで要領を得ない。というか意思疎通が取れそうになかったので、彼女の奇行にまるで動じていないユニットメンバーに事情を聴いてみた。

 

「えっと、状況の説明をお願いしてもいい?」

 

「そ、そのですね……」

 

「あのSNSでの発言は、色々と誤解があったんデスよ」

 

 辻野あかりちゃんと砂塚あきらちゃん曰く、なんでも彼女の普段のSNSでの発言はただのイキリオタクの炎上発言だったらしい。それを俺が文面通りの挑発的な発言だと受け止めてしまったと……。

 

(うーん……これは流石に俺が悪いなぁ……)

 

 俺がりあむちゃんに『興味がある』発言をしてしまったがために彼女へと注目が集まったことで、どうやら心無い人たちにより炎上してしまったようなのだ。

 

「あ、炎上自体はいつものことなのでお気になさらず」

 

「基本的に懲りないりあむさんの責任デスので」

 

「そ、そう……」

 

 ユニットメンバーからの扱いに若干の親近感を抱きつつ、膝を付いてりあむちゃんの肩に手を乗せる。

 

「ごめんね、りあむちゃん。俺のせいで辛い思いをさせちゃったみたいで」

 

「ぶえぇぇぇっ、ぐすっ、りょ、りょうたろうくんのせいじゃ、な、ないんですぅ……!」

 

「そんなことないよ。今回のりあむちゃんは悪くないから……ほら、顔を上げて」

 

 流石にこのまま後頭部と会話を続けるのは忍びなかったので、よいしょと脇の下に手を入れて彼女の上半身を持ち上げる。その際、ゆさっと重量感たっぷりに揺れた胸に一瞬目を奪われそうになるが今は我慢。

 

「ほら、泣き止んでりあむちゃん。君を応援しているのは、本当だから」

 

「……うわあああぁぁぁん!?」

 

「あっれぇ!?」

 

 ガラにもないことをしたがために不自然だったかもしれないが、流石にさらに号泣されるとは思わなかったゾ!?

 

「あかりちゃん! あきらちゃん! 俺どこら辺で選択肢間違えたと思う!?」

 

「え、えぇ!? 選択肢ですか!?」

 

「いえ、多分正解を踏みまくった結果デス」

 

 正解したのに泣かれるのはしんどいんですけどぉ!?

 

「ご安心を。りあむさん喜んでますから」

 

「これで!?」

 

 ファンサービスして感動の涙を流されたことならば何度もあるけど、ここまで顔面グシャグシャにして泣かれた経験はなかった。

 

「りあむさんのことは私たちに任せてください」

 

「今日はわざわざこちらまで足を運んでくださり、ありがとうございました」

 

「……まぁ、そこまで言うなら……」

 

 自分が原因でドン引くぐらい泣いている女の子を残してこの場を去ることがとても心苦しいが、俺よりもりあむちゃんのことをよく分かっている二人がそう言うのであればきっと大丈夫なのだろう。

 

「「あ、でもその前にサインをいただけますか!?」」

 

 この状況のこのタイミングでそれが言える辺り、本当に武内さんは面白い子を揃えたものである。

 

 りあむちゃんの分を含めて三人分のサインを色紙に書いてあげてから、俺は346プロを後にするのだった。

 

 今回の訪問はりあむちゃんのことをメインにしつつも、その他のシンデレラプロジェクト二期生メンバーを見てみたかったのだが、どうやら全員出払ってしまっていたため顔を見ることが出来なかった。話を聞くにりあむちゃんたちに負けず劣らずの愉快なメンバーが揃っているらしいので、また会える日が楽しみである。

 

 ちなみに、後にシンデレラプロジェクト二期生の中で『魂の妹(ソウルシスター)』とも呼べる仲になる少女と出会うことになるのだが、また別の話である。

 

 

 

 

 

 

「ぐすっ……良太郎君優しすぎるよぉ……ますます推しになっちゃうよぉ……」

 

「その推しに汚い泣き顔をしっかりと見られたわけデスが」

 

「ボクのことは問題ないんだよぉ! 良太郎君がカッコいいことが問題なんだよぉ!」

 

「りあむさんの周藤良太郎さん推しに拍車がかかってますね……」

 

「そんなりあむさんに悲報ですが」

 

「なに!? 今のボクはちょっとやそっとのことじゃ動じないよ! 神様にだって今のボクは揺るがせないよ!」

 

 

 

「これ外伝ですから、この辺りのやり取り全部なかったことにされます」

 

「本当に神様から介入じゃないかよヤダー!?」

 

 

 

 

 

 

「……よし、こんなものかな」

 

 先日346プロを訪問したときのことを思い返しつつコラムを書き上げることができた。

 

 元々文章を考えることが得意ではなかったことに加え、色々と言葉を選びながらだったために時間がかかってしまった。事務所ラウンジの壁にかけられた時計で確認すると三時間ほど経っていたらしく、仕事の合間の時間潰しをしていた冬馬もいつの間にかいなくなっていた。

 

「アンニャロウ、こちとら一応先輩なんだから敬えとは言わないが一言ぐらい挨拶していかんかい」

 

「冬馬君、出ていかれるときに声をかけてらっしゃいましたけど、良太郎君は目を瞑って何かに集中されていたようなので……」

 

 お疲れ様でしたと目の前にコーヒーが淹れられたマグカップを置いてくれる美優さん。

 

 多分それ、結構な御手前なものをお持ちだったりあむちゃんの乳揺れを脳内で反芻してるときだった可能性がある。

 

「……あれ、どうしたんですか美優さん、そんな事務員みたいな服を着て」

 

「元々事務員でしたよ……!?」

 

 いや、元事務員で現アイドルの美優さんが事務員の制服を着ているから聞いたんですが。

 

「そもそも美優さん、今日お休みじゃなかったですか?」

 

「えっと、少し事務所でやることがあったから出社したんですが……皆さんがお仕事をされているところを見てたら、その……」

 

「申し訳なさが先に立って思わず事務仕事を始めてしまった、と」

 

 無表情ながらも「そういうところですよ」と目で訴えると、通じたらしい美優さんは「うっ……」と怯んだ。

 

「その、アイドルは勿論楽しいのですが……やっぱり自分はこちらの方が性に合っているようなので……」

 

 まぁ、その辺りは簡単に抜けないのだろう。

 

 

 

「そう、俺の大乳好きもそれと同じなのですよ」

 

「それと同じに括られるのは大変不本意なのですが」

 

 いつもの三点リーダーが無くなるほど本気の口調だった。

 

 

 




・俺が大乳好きな理由
※諸説あります。

・マザコン疑惑
良太郎切腹の覚悟とは裏腹にそんなに大事にならなかった模様。そして兄貴に飛び火。

・りあむたちとの邂逅
外伝時空とはいえ、初対面。
やっぱりりあむは良太郎を崇め讃えるムーブをすると思う。

・「ほら、泣き止んでりあむちゃん」
このラスボス系主人公、基本的にトラブルメーカーのくせして最初から困っている人に対しては普通に優しく接するからタチが悪い。

・『魂の妹』
???「一体誰なのでしょうか……このジョインジョインナギィの目をもってしても全く読めません」

・「これ外伝ですから」
『大変申し訳ない』



 ライブ後の日常編です。若干尻すぼみ的になるかもしれませんが、こういうのも大事(メイビー)



『どうでもよくない小話』

 第九回シンデレラガール総選挙始まりましたね!

 自分は今回、加蓮を全力で応援します!

 というわけでそんな彼女を応援するための短編『34日後にお姫様になる少女』をツイッターにて毎日更新中です!

 北条加蓮に、清き一票を!


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Episode66 夢から醒めて 2

今度は二週間後のお話。


 

 

 

 ライブから二週間が経った。

 

「二週間か……今回は随分と長い滞在だったな」

 

 ライブのときから我が家に帰って来ていた父さんが再び海の向こうへと戻る日を迎えたため、周藤家揃って空港へと見送りにやって来た。

 

「※なおこの世界では新型コロナウイルスの影響を受けておりません」

 

「いきなりなんだ良太郎……それに滞在って、父さんの本籍はこっちだぞ」

 

「はっはっはっ! 確かに滞在だね。今回は久しぶりにゆっくりとしたバケーション気分を楽しませてもらったよ。寧ろ、母さんと新婚気分かな?」

 

「もーあなたったらー」

 

 ポヤポヤと照れながら父さんの脇腹をツンツンと人差し指で突く母さん。

 

「あぁもう母さんは可愛いなぁ~!」

 

「やぁん!」

 

 そんな母さんの身体をギュッと抱きしめる父さん。正直、家以外ではあまりそういうことをしないでもらいたい。

 

「そんなこと言ってー、本当は初恋の人がイチャイチャしてるのを見たくないだけなんじゃないのー?」

 

 ニヤニヤと笑いながら俺の顔を覗き込んでくる早苗ねーちゃん。

 

「そういうことを言ってるんじゃないんだって」

 

 首を横に振りながら我が両親を指差す。

 

 金髪の中年男性が見た目少女と言っても差し支えの無いうら若き女性を抱きしめているのだ。見た目と身長差の関係でかなり危険な絵面になっているため、結構周りからの視線が痛い。

 

「あれがせめて父と娘の親子の触れ合いぐらいならいいんだけど……」

 

「あの二人は雰囲気的にその言い訳も通じないからな……」

 

 兄貴と揃ってため息を吐く。父さんが海の向こうへと単身赴任する前、家族で出かける度に職務質問をされたことが果たして何回あったことやら……。

 

「確かにお義母さんは小柄な上に見た目が若いからねぇ」

 

「「………………」」

 

「……なに?」

 

 いや、「お前もやろがい!」っていうツッコミ待ちかと思って。

 

「さて、最愛の母さんとのお別れは済ましたから、次は愛する息子たちだな」

 

 母さんとの触れ合いを済ませた父さんは、今度は俺たちに向かって腕を広げた。

 

「幸太郎」

 

「……はいはい」

 

 流石に三十を過ぎているが故に抵抗を覚えつつも、ちゃんと父さんの要望に応えてハグをする兄貴。ポンポンとお互いの背中を二度三度と叩いてから体を離す。

 

「良太郎」

 

「はいよ」

 

 次は勿論俺の番。俺はそれほど恥ずかしいとか抵抗とかそういうのはないが、結局父さんの身長は抜けなかったなぁ……と少々陰鬱な気分になってしまった。ちくせう……やはり身長面は母親の血の方が若干強かったようだ。

 

「はい! コウ君! リョウ君! 次はお母さん!」

 

「「なんでだよ」」

 

 ニコニコ笑顔で腕を広げる母さんを「はいちょっと大人しくしててねー」と制止する。

 

「幸太郎、既に結婚している君にお願いするのも心苦しいが、これからも母さんと良太郎を頼むよ」

 

「あぁ、任せてくれ」

 

「早苗ちゃんも、よろしくね」

 

「お任せを!」

 

 グッと拳を握りつつ兄貴の腕に抱き着く早苗ねーちゃん。先ほどの父さんと母さんを見てからこの二人を見ると、確かに親子揃って似たような趣味をしていると誤解されてもおかしくなかった。……いや、誤解だよな……?

 

「いやはや、本当に幸太郎はいいお嫁さんを貰ったよ。あとは良太郎も……そろそろ、いい人を紹介してくれたりしないのかな?」

 

「リョウ君、お母さんも楽しみにしてるんだよー?」

 

 ニヤリと笑う父さんとキラキラと目を輝かせる母さん。

 

「……申し訳ないけど、そーいう期待を俺にされても応えられるのは随分先だぜ?」

 

「そう言って早何年になることか……」

 

「アイドルが恋愛厳禁っていうのは分かるけどー、そろそろ気になる女の子ぐらい紹介してくれてもいいんだよー?」

 

 両親揃ってそんなことを言ってくる始末。ほらトップアイドルのプロデューサー兼アイドル事務所の社長さん、言ってやってくださいな。

 

「今さらお前に熱愛報道が流れたところでそれほどダメージにならんだろうな」

 

 誰が俺じゃなくて両親の援護射撃をしろと言った!?

 

「別に気になる女性がいないわけじゃないんだろ?」

 

「……そりゃあな、俺も男だ。気になる大乳の女性ぐらいいるさ」

 

「何故それを限定した」

 

「でも……ゴメン、恋人を作ることは出来ません。今、『周藤良太郎』はアイドルの絶頂期です。この国に起ころうとしているアイドルブームの一端を私は作っています。本当は、大乳への未練はあるけれど……。でも、今はもう少しだけ興味がないフリをします。私の作るこのアイドルブームも、きっといつか、誰かの青春のアイドルを生み出すから……」

 

「よくもまぁそんなネタがポンと思いつくなお前」

 

「興味がないフリ出来てないわよ」

 

「そうか……良太郎には、そんな壮大な夢があったんだな……ぐすっ」

 

「お母さんも、リョウ君のこと応援するからね……ぐすっ」

 

「お義父さんにお義母さん!?」

 

「感受性豊かだなぁ俺の両親は!?」

 

 兄貴は無理だったが、父さんと母さんは誤魔化せたようだ。本当に血が繋がっているのか怪しくなるほどの素直さであるが、きっとこんな両親に育てられたからこそ俺も自分に素直に生きることが出来る人間になったのだろう。

 

「いい話にはまとまらないからね」

 

 早苗ねーちゃんからのジト目のツッコミを貰ったところで閑話休題。

 

「……さて、良太郎。今までもそうだったように、父さんは向こうで君のことを自主的に調べることはしないよ」

 

 コホンと一つ咳ばらいをしてからの父さんのこの発言、捉え方によっては俺に興味がないように思われるかもしれない。

 

「だからこれからも、何もしない父さんの耳に届くような活躍を期待している」

 

 しかしそうじゃない。これは父さんからの期待の形なのだ。

 

「任せなさい。イヤってほど『周藤良太郎』の名前が耳に入るようにしてみせるよ」

 

「その意気だ。是非こちらでの『女帝』の知名度を越えてみせてくれ」

 

「ゴメン前言撤回していい?」

 

 だからアイツと関わるの嫌だって言ってんだろぉ!? 父さん知ってて言ってんな!?

 

「……さて、名残惜しいがそろそろ行くよ」

 

 キャリーケースを取っ手を伸ばしながら一歩下がる父さん。

 

 ……いつものことではあるものの、やはり家族との別れは寂しいものだ。

 

 それでも、俺たち家族は快く父さんを見送る。

 

 例え陳腐で使い古された言葉だったとしても……俺たち家族は、離れていてもいつだって変わらぬ絆で結ばれているのだから。

 

「「「「いってらっしゃい」」」」

 

「あぁ、行ってきます」

 

 

 

 ……初恋が母さんならば、父さんは俺が()()()()()()()()

 

 そんな彼の笑顔は、いつでも俺にとっては眩しかった。

 

 

 

 

 

 

「「………………」」

 

「……春香、あの二人はいつになったら生き返るわけ?」

 

「……か、感謝祭ライブの振り返り公演が決まったら?」

 

「少なくともあと三ヶ月あるじゃない……」

 

 はぁ……と、それはそれはとても重いため息を吐く伊織。確かに感謝祭ライブ後からずっとあぁして溶け切っている二人の姿はそろそろ見飽きたというか……もうちょっとしっかりしてもらいたいというのが本音である。

 

「ほら美希! 真美! いい加減にしゃんとしなさい!」

 

「だってー……」

 

「ライブ終わったばかりでー……」

 

「終わったのはもう二週間も前でしょう!?」

 

 だらけ切っている二人を叱りつける伊織だが、美希と真美は全く動じた様子もなく机に突っ伏したままである。

 

「気持ちは分かるけど二人とも、そろそろ気持ちを切り替えよう?」

 

「「無理ー……」」

 

 私から声をかけても暖簾に腕押しのようだ。

 

「……おっ、もう返信来た。反応早い。ちょっと二人ともーこれ聞いてー」

 

 そんな二人に、誰かと連絡を取っていた響ちゃんが自身のスマホを向けた。

 

「なにさー……」

 

「リョータローさんの応援メッセージなら聞いてあげるのー……」

 

「『あんまりダラけてちゃダメだぞ、メッ』とかいうのだったらやる気出すー……」

 

「あ、それいいのー……」

 

 

 

『ライブの余韻に浸ってくれてるのはありがたいけど、ちゃんと切り替えなきゃメッ、だぞ』

 

 

 

「「……!!??」」

 

 ガバッと、それはもう電光石火と言わざるを得ない超反応を見せて身体を起こす美希と真美。残像が見えて風切り音が聞こえるって、一体どんなスピードなんだか……。

 

「い、今のりょーにぃの声だよね!? そーだよね!?」

 

「ワンモア! ワンモアプリーズなの!」

 

 距離を詰めてあわよくばスマホを奪い取ろうと腕を伸ばす二人を、響ちゃんはヒラリと躱す。身体能力の高い美希と真美ではあるが、それでも流石に響ちゃんには敵わない様子だった。

 

「二人がダラけてるって良太郎さんに伝えたらボイスメッセージで送ってくれたんだ」

 

「よくやったわ響」

 

 話を聞きつけた律子さんがニヤリと暗い笑みを浮かべながら現れた。

 

「二人とも、今のボイスメッセージが欲しかったら仕事中だけじゃなくて事務所でもちゃんとしなさい」

 

「えーっ!?」

 

「ひ、ひびきん……!?」

 

「元々そのつもりだったからな」

 

 期待するような目で響ちゃんを見るも、そうは問屋が卸さなかった。

 

「横暴なの!」

 

「りっちゃんのケチ!」

 

「なんとでも言いなさい」

 

「ヒロインなりそこねメガネ!」

 

「好ポジションにいたにも関わらずツッコミ役に収まっちゃった残念キャラ!」

 

「んだとコラアアアァァァ!?」

 

 アイドル事務所の光景とは思えないような取っ組み合いの喧嘩が始まりそうだったので、伊織と響と一緒にその場を離脱する。

 

「全く……あぁでもしないとヤル気が出ないなんて信じらんない」

 

「あはは……でも二人の気持ちも分かるよ。本当に凄かったもんね……」

 

「ライブビューイングで見てた自分たちでもアレだけ衝撃的だったんだから、現地は本当に凄かったんだろうなぁ……」

 

 目を瞑りしみじみと感嘆の息を吐く響ちゃんに、伊織が「フンッ」と鼻を鳴らす。

 

「いつまでファン気分でいるつもりなのよ! アイドルなら『あのライブを超える!』っていう意気込みを持ちなさいよ!」

 

「……確かに、そうだね」

 

「ははっ、ホントーだな」

 

 響ちゃんと顔を見合わせて笑う。確かにそれが、良太郎さんが一番望んでいることだ。

 

「……なんだかんだ言って、一番良太郎さんのことを理解してるのって伊織なのかもね」

 

「は、はぁ!? そんなわけないでしょ変なこと言わないで!」

 

「またまたー、照れるなって」

 

「そうじゃなくて、そういうことを言うと……!」

 

 

 

「一体誰が!?」

 

「りょーにぃのことを一番理解してるってぇぇぇ!?」

 

「ホラ変なのがこっちに来たあああぁぁぁ!?」

 

 

 

 ……なんかホラー映画のようなオチになってしまった。

 

 

 




・新型コロナウイルスの影響
番外編でその辺りのネタも面白そう。動画ネタとか。

・「ゴメン、恋人を作ることは出来ません」
地図に残る仕事。大○建設。

・だからアイツと関わるの嫌だって言ってんだろぉ!?
いい加減に次話ぐらいで登場させます。

・「ヒロインなりそこねメガネ!」
いや、普通ならばメインヒロイン筆頭ぐらいのやり取りをしているはずなのに……。



 親父殿の帰還。周藤一家勢揃いしていると良太郎もほどよくツッコミに回るから書いてて面白かった(小並感)

 次は……三週間後ぐらいのお話かな?(曖昧)


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Episode67 夢から醒めて 3

三週間……ではなく三ヶ月後のお話。


 

 

 

「ついに、この日が来たね、しまむー」

 

「えぇ、この日が来ましたね、未央ちゃん」

 

 事務所の壁にかけられたカレンダーを見つつ、厳かな雰囲気をかもしだしながらそんなことを言い合う未央と卯月。その背中からは壮大な覚悟というかヤル気というか、そういう意志の強さが感じ取れた。

 

「随分と重々しいね」

 

「そういうしぶりんこそ、本当は気合い入ってるんじゃないの?」

 

 何を言ってるんだか……。

 

「そんなの当たり前じゃん」

 

「お、おぉ……しぶりんの目がマジだ……」

 

「なんて言ったって今日は――」

 

 

 

 ――123プロ感謝祭ライブの振り返り上映会なのだから。

 

 

 

 あの伝説の一夜から、早くも三ヶ月が経った。

 

 全国どころか世界中でLVを開催した感謝祭ライブだが、それでも尚もう一度見たいと渇望する人は大勢いる。そんな人たちのために、LVでの映像に加えて演者による舞台挨拶まで行う欲張りセットがこの振り返り上映会だ。これも全国の映画館などへ生中継される。

 

 そしてそんな振り返り上映会の演者挨拶の現地チケットを……なんと手に入れることが出来たのである!

 

 というのも『当日は関係者チケットあげれなくてゴメン』『その罪滅ぼしっていうわけじゃないんだけど……どうかな?』と良太郎さんが私のためにチケットを一枚融通してくれたのだ。

 

 ちなみに同じような理由で未央と卯月もそれぞれ恵美さんと冬馬さんからチケットを貰っており、加蓮と奈緒は自力で抽選に勝利。本番当日と同じメンバーで舞台挨拶に参加することになった。

 

「いやぁ……ようやく記憶を取り戻すことが出来るんだねぇ……」

 

 未央がしみじみと少年漫画のようなセリフを呟いていたが、言いたいことはよく分かった。

 

 正直に言うと、私もあの感謝祭ライブの記憶が殆ど無い。なんでも『好きという昂った感情を抑えながら見た情報は記憶に残りにくい』らしい。道理で良太郎さんのライブに参加するたびに軽い記憶喪失になっているはずである。

 

 ある程度はセットリストを見ることで思い出すことが出来るが、どんな感じだったのかを鮮明に思い出すことは至難の業だった。

 

「その、恥ずかしながら私もライブのときの記憶が殆ど無くて……」

 

「おっ、しまむーもかい」

 

「冬馬さんがこちらに向かって投げキッスをしてくれたことは覚えてるんですけど……」

 

「島村さんや」

 

 卯月も初めて出会ったときと比べると、随分といい性格になったものである。

 

「投げキッスしてくれたのは良太郎さんでしょ」

 

「渋谷さんや」

 

 ともあれ、これで忘れてしまっていたライブの内容を思い出すことは出来そうだ。

 

「……というか冷静になって考えてみたけど、そもそも私たちが舞台挨拶の会場に行って大丈夫なのかな?」

 

 未央が凄く今更な話をし始めたが、まぁ確かに懸念事項の一つであることには間違いなかった。大勢の人が集まるところにアイドルが集団で参加すること自体が身バレの危険性が高い行為だ。

 

 現に感謝祭ライブ当日の見切れ席で後ろに座っていた少女にも、結局私たちの正体がバレていたようだし。

 

 

 

 ――それじゃあ、また何処かで会おーね、()()()ちゃん。

 

 

 

 確か、妹さんからアマナちゃんと呼ばれてた少女はライブ終了後、感極まりその場から動けずにいた私に向かってそう言い残して去っていった。

 

 その言葉の意味を理解したのは、無事に家へ帰りシャワーを浴び遅い夕飯を食べてベッドに入って泥のように眠って朝になって目覚めて朝食を食べつつ昨日のライブのことを反芻しているときだった。我ながら随分と時間が経ってからである。

 

 ……しかし、()()()()()()()()っていうことは……もしかして、彼女もアイドルだったり? ……良太郎さんじゃあるまいし、そんなに簡単にアイドルと遭遇するはずもないか。

 

 閑話休題。

 

「でも身バレの危険があるからなんてつまらない理由で舞台挨拶の参加を見送るの?」

 

「それはないかな」

 

「ないですね」

 

 私の問いかけに未央と卯月は躊躇なく首を横に振った。だよね、私もそうだし。

 

「というわけで、良太郎さんから必勝の身バレ防止策なんてものを貰ってきました」

 

「え、なにそれ!?」

 

「そんなものあるんですか!?」

 

 ゴソゴソと鞄を漁る私に期待の眼差しを向ける二人。えっと、確かこの辺りに……。

 

「あったあった」

 

「……メガネ?」

 

「うん、伊達メガネ」

 

 そう、それは一見なんの変哲もない伊達メガネ。

 

「なんでも346プロに生息している妖精さんにおまじないをかけてもらったおかげで、これをかけるだけで身バレしなくなるんだって」

 

「なにその不思議アイテム!? むしろ秘密道具!?」

 

「346プロって妖精さんがいるですか!?」

 

 確かにツッコミどころは沢山あるし私も散々良太郎さんにしたが、これが意外と馬鹿に出来なかった。

 

「『嘘だと思うなら試してみるといいよ』って良太郎さんが言うもんだから、実際に私も試してみたんだけど……」

 

 あまりにも自信満々に言うもんだから、街中で人通りが多くさらに私の写真広告の目の前という圧倒的に身バレしやすそうな場所で、良太郎さんと二人でそれなりに騒がしくしながら自撮りを行ってきたのだが……。

 

「ビックリするぐらいバレなかった」

 

「へ、へぇ」

 

「そうなんですね~」

 

 そのときに撮った写真を見せながら二人に説明すると、卯月は素直に感心した様子だったが何故か未央の反応がイマイチ乏しかった。

 

(……仲良さそうに二人顔を近づけた状態のツーショットを見せられた私は、どんなリアクションをするのが正解なんだろうか……)

 

(ふふっ、良太郎さんと一緒に写真撮れて、凛ちゃん嬉しそうです!)

 

「というわけで効果は実証済みだから」

 

 二人に伊達メガネを渡す。全部で五つ貰っているから、あとは加蓮と奈緒にも渡さないと。

 

「ありがとうございます!」

 

「ありがとう……結局、その妖精さんっていうのは……?」

 

「さぁ?」

 

 元々サンタや吸血鬼がいるっていう噂が流れている事務所なんだし、妖精が増えたところで今更だろう。

 

 さて、振り返り公演の前に一仕事終えることにしよう。

 

 

 

 

 

 

「というわけで振り返り公演なわけだ」

 

「誰に対する説明なんですか」

 

「そりゃあもう、これをご覧の紳士諸君にだよ」

 

「淑女は居ないんですか……?」

 

 こんな小説に女性読者がいるわけないだろいい加減にしろ!

 

 さて、振り返り公演と同時に行われる演者による舞台挨拶。流石に123プロの全員での参加は色々と無理があったので、今回は俺・翔太・志保ちゃん・美優さんという四人が参加することになった。

 

「へぇ、ここから下が見えるよーになってるんだ」

 

「お客さん、集まってますね……」

 

 今回の会場は都内某所の劇場であり、現在俺たちは観客席を眼下に望むVIPルームに通されていた。今日はまずここで他のみんなと共に振り返り公演を鑑賞した後、下のステージに降りてライブの振り返りトークをするという流れになっている。

 

「いやぁ今日の振り返り公演、すっごい楽しみにしてたんだよ!」

 

「良太郎さんも出演していた側の人間じゃないですか」

 

「だって当日は自分の出番もあるからみんなのステージをゆっくり観てる暇はなかったし、今日まで一度も映像を見る機会もなかったし」

 

「僕も楽しみにしてたよ」

 

「その……私も……」

 

 俺の意見に賛同してくれた翔太と美優さん。

 

 視線だけで「志保ちゃんは違うの?」と尋ねてみると、志保ちゃんは「うっ」と言葉を詰まらせてツイッと視線を逸らしてしまった。

 

「志保ちゃんも楽しみにしててくれたようで楽しみだ」

 

「た、楽しみというか……その……」

 

 視線を逸らしたまま言葉を詰まらせる志保ちゃん。

 

「……寧ろ、怖いというか……」

 

「何が、怖いんですか……?」

 

「その……ステージの上で昂って、何か変なことしてなかったかなぁ、とか……」

 

「っ、そ、それは……」

 

 志保ちゃんの言葉に美優さんも顔を青褪める。

 

「二人とも、そこまで変なことはしてなかったと思うけどなぁ」

 

 寧ろ最後のステージ裏での一場面の方が色々とあっただろうけど……まぁ、その辺りは今日映されることはないから大丈夫だろう。

 

「それにしても……三ヶ月かぁ」

 

 スタッフが用意してくれたコーヒーに口を付けながら、しみじみと呟く。

 

「光陰矢の如し。まさしくこのことだね」

 

「しばらくは何処に行っても『ライブ凄かったです!』っていう感想ばかりでしたね」

 

「元々多かったお仕事が、さらに増えたような気がします……」

 

 四人でライブ後のあれこれを振り返る。

 

 一週間ぐらいは何処のメディアでも感謝祭ライブの話題で持ちきりであり、一ヶ月もすれば流石に落ちいたものの、セトリを一曲ずつ振り返っていくコラムを未だに連載している雑誌も存在したりする。

 

 そして注目は感謝祭ライブだけでなく、当然出演者である俺たちそのものにも向くことになる。元々仕事が多かった俺やジュピター、ピーチフィズはともかく、ケットシーの二人と美優さんの仕事も爆発的に増えた。少数精鋭な芸能事務所とはいえ、所属アイドル全員がここまで注目されるのも珍しい……と言いたいところだが、そういう点で言うならば765プロに一日の長があるかもしれない。

 

 そんな風にあまりにも話題に上がりすぎることで他のアイドルたちの活動に支障を来すのではないかという懸念事項もあったが、意外なことにそちらはそれほど大きな影響がなかった。寧ろアイドルもファンも『123プロが盛り上げてくれたのだから!』とより一層それぞれのアイドル活動やファン活動を勤しむようになったように見受けられる。

 

 ……それはまさしく、俺が目指していた形の一つだったため、思わず目頭が熱くなってしまったことは内緒である。

 

 そんな風に123プロダクションの感謝祭ライブが関係各所に与えた影響はとても大きく……そして俺たち自身にも大きな影響を与えたのだが。

 

「っと、そろそろ上映会の始まりだな」

 

「いつの間にポップコーンとコーラを用意したんですか」

 

「完全に観客気分……」

 

「あ、リョータロー君、僕にもちょーだい」

 

 それはまぁ、後にしよう。

 

 徐々に暗くなっていく劇場に期待を膨らませながら、俺は背もたれに大きく背中を預けた。

 

 

 

「あっ、振り返り公演を体験したい人は、今からEpsode29辺りに戻って読み返すといいよ」

 

「文量あるから結構苦行だよね、それ」

 

 

 




・振り返り公演
普通のライブだとこういうのないかもしれないけど、基本的にアイマスライブ基準。

・『その罪滅ぼしっていうわけじゃないんだけど』
形は違えど、ようやく現地チケットを確保。やったね凛ちゃん!

・記憶喪失
俺も早く名古屋と大阪の記憶を取り戻したい……。

・「冬馬さんがこちらに向かって投げキッスをしてくれたことは覚えてるんですけど……」
アイ転インストール完了済み。

・妹さんからアマナちゃんと呼ばれてた少女
こちらの正体はバレたものの、向こうのことは結局分からなかった模様。

・妖精のメガネ
なんかゼルダの伝説にありそうそうな名前になった。

・女性読者
いたら逆にビビる。



 次回、振り返り公演の舞台挨拶です。

 そして今度こそ正真正銘、外伝最終話です。


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Episode68 夢から醒めて 4

一年四ヶ月のときを経て、ついに外伝完結!


 

 

 

 人の夢と書いて『儚い』。以前阿良々木の彼女さんであるところの戦場ヶ原がドヤ顔で語っていたことを思い出す。

 

 『儚い』という言葉には、夢という文字が使われている。それは夢も同じように淡く消えやすいことにも由来しているのだろう。

 

 眠っている間に夢を見て、朝になって起きたらその内容を忘れてしまっていた、なんてことはザラだろう。なんだったらその夢が楽しかったかそうでなかったかすら忘れてしまうこともある。それぐらい、夢と言うのは脆いものだ。

 

 けれど、夢はいくらでも存在する。

 

 消えてしまっても。忘れてしまっても。目が醒めてしまっても。

 

 目を瞑って暗闇に想いを馳せれば、そこには再び夢が現れる。

 

 容易に掴むことは出来ない。けれど、いくらでも手を伸ばせる。

 

 

 

 それが『夢』だ。

 

 

 

 

 

 

「「「「「……よかった……」」」」」

 

 五人揃って語彙力が死んでいるが、逆に言うとそんな感想を口に出来る程度には意識がはっきりとしているということでもあった。

 

 余韻に浸りながら、周りの観客たちと共に万雷の拍手を送る。

 

「いやぁ、あんな感じのライブだったんだねぇ……」

 

「ようやく思い出せたって感じ……」

 

「ほんっとに記憶がなかったからな……」

 

「カッコよかったです……」

 

 卯月の感想の頭には『天ヶ瀬冬馬さんが』が付いただろうが、みんな気付いているが故に黙っていた。

 

 それにしても、本当に凄いライブだった。こうやって落ち着いて振り返ることでその凄さを改めて再認識することが出来た。

 

 ……訂正しよう、落ち着いてなんかなかった。一度見たことがあるライブで、しかも現地ではないにも関わらず、まるで初見のように昂ってしまった。特に良太郎さんと冬馬さんの『Per aspera』『Ad astra』からの『Days of Glory!!』、そしてアンコールの『Re:birthday』『LIVE E@rth days!!』の流れは、再び記憶が飛びそうなほど熱狂してしまった。

 

「私たち、あの現地にいてよく生き延びたよね……」

 

「いや、加蓮はあのとき本気でギリギリだったぞ……」

 

 目を瞑りしみじみと呟く加蓮に、半目の奈緒がツッコミを入れる。

 

 奈緒の言う通り、あのライブ終了後の加蓮はあれだけ大騒ぎしていたのに突然大人しくなったかと思うと、席に座って幸せそうな顔で目を瞑っていたのだから、本当に召されてしまったかと慌ててしまった。

 

「はぁ……これは何度見ても満足できませんな~……」

 

「ホント、円盤が待ち遠しいよね」

 

 未央の言葉に同意しつつ、未来の感謝祭ライブのBDに想いを馳せる。発売日はまだ未定ではあるものの、良太郎さんの例のコラムのこともあるから発売すること自体は決定しているはずだ。

 

 こんな素晴らしいライブを(推定価格)二万円払うだけで毎日観れる上に、舞台裏のトークや未公開映像を楽しめるのだから、これは実質無料と言っても過言ではないだろう。

 

 ……それに、良太郎さんの初恋も知ることが出来る。いや、これは別に重要視してるわけじゃないよ? あくまでおまけ。年齢的に考えて私じゃないことは絶対だけど、ほら、親しいお兄ちゃんの初恋話なんて面白い話、女の子としては興味がないはずがない。うん、そういう理由。

 

 さて、そんな感謝祭ライブの感想をあれこれと話している間も、ステージの上ではこれから始まるトークショーの準備が進められていた。あらかじめ出演を告知していた四人分のアップライトチェアと二つのミニテーブルがスタッフによって用意される。そして……。

 

「っ! あれってもしかしてっ!?」

 

 加蓮が素早く反応したそれは、四人の椅子の両脇に置かれた二体のマネキンが着ている衣装。感謝祭ライブで良太郎さんと志保さんが着た衣装だ。

 

「あれって本物かな!?」

 

「絶対本物だって!」

 

 周りの観客たちもそれに気付いてざわつき始める。

 

 残念ながら見切れ席での参加だった私たちは、良太郎さんたちの衣装を直接見る機会は殆どなかった。だからこれが本物かどうかは分からないが、123プロがこういう場面でレプリカを持ってくるとも思えなかった。その証拠に、今からトークショーだというのに衣装には二人ずつスーツ姿のスタッフが歩哨に立っていた。衣装一つに大げさかもしれないが、あの感謝祭ライブで『周藤良太郎』が実際に着た衣装ともなれば、無謀な行動に走る人がいないとは断言できなかった。

 

「しゃ、写真撮りたい……!」

 

「加蓮、まだスマホ出しちゃダメだぞ」

 

 会場内でのスマホの使用は禁止されているため、当然撮影も禁止。今は目に焼き付けるだけに抑えておいて、あとは円盤特典のブックレットに写真が載っていることを期待しよう。

 

「っ!」

 

「きたっ!」

 

 衣装に注目していると、小さく流れていた『Re:birthday』のインストの音量が上がった。

 

 それが意味することを理解した観客たちのボルテージが徐々に上がり――。

 

 

 

 わあああぁぁぁあああぁぁぁ!!!

 

 

 

 ――舞台袖から演者四人が姿を現したことで、爆発した。

 

 

 

 

 

 

『はーい、みんなー! こーんばーんわー!』

 

 

 

 こーんばーんわー!

 

 

 

 俺の呼びかけに観客たちが声を合わせて応える。グルッと観客席を見回してみると、俺たちがチケットを上げたニュージェネの三人や自力でチケットを手に入れた加蓮ちゃんと奈緒ちゃんの姿を見付けることが出来た。他にもチラホラと知った顔があったので、ヒラヒラと手を振っておく。

 

『今日は123プロ感謝祭ライブの振り返り公演に来てくれてありがとー! 123プロ所属、みんなのアイドル周藤良太郎君でっす!』

 

『同じく123プロ所属、御手洗翔太でーす!』

 

『同じく123プロダクション所属、北沢志保です』

 

『お、同じく123プロダクション所属、三船美優です……今日はMCも担当させていただきます』

 

 四人で声を揃えて『よろしくお願いします!』と頭を下げると、歓声と拍手がより一層大きくなった。

 

『ところでみんな、俺が「みんなのアイドル」とかやったんだからノってよ』

 

『えー? そういう色物は全部リョータロー君の役目でしょ?』

 

『私は事務所NGが出てるのでちょっと』

 

 歯に衣着せぬ言い方をする翔太と、無難な理由で回避しようとする志保ちゃん。俺も君と同じ事務所なんだけど?

 

『……み、みんなのアイドル、三船美優ちゃん、です……!』

 

 そんなノリが悪い二人とは違い、美優さんは顔を真っ赤にしつつもノってくれた。あの感謝祭ライブ以来一皮剥けた感がある美優さんであるが、その方向性が若干間違っているというか、どうしてそんな変なところで思い切りがいいのかというか……。

 

 とりあえず盛り上がる観客たちの歓声を聞きつつ、マイクを脇に挟んでしっかりと美優さんに向かって手を合わせる。大変ご馳走様です。

 

『え、えっと、本日はこの四人で、先日の感謝祭ライブの振り返りトークをしていきたいと思います……』

 

 真っ赤になりつつも進行を始める美優さん。

 

『それでは皆さん……』

 

『『『『よろしくお願いしまーす!』』』

 

 

 

 

 

 

 

『……さて、楽しい時間を過ごさせていただきましたが、そろそろお別れの時間が差し迫ってきました……』

 

 

 

 えええぇぇぇ!!!???

 

 

 

 美優さんの言葉に観客たちが一斉に残念そうな声を上げる。

 

『えーもー終わりー?』

 

 翔太も残念そうな声を出しており、かくいう俺もかなり残念だ。

 

『まるで一瞬の出来事のようだった……』

 

 時間的には一時間ほどトークショーをしていたはずなのに、何故か数行スクロールしたら終わってしまったかのようにあっという間だった。

 

 みんなからの感想のメールを読んだり、感謝祭ライブでの思い出を四人で語ったり、舞台裏の写真を紹介したり、トークバトルの際にやった兄弟姉妹を当てはめるやつをこの四人でやってみたり。……美優さんからお兄ちゃん指名をされたときは興奮を通り越して若干困惑してしまった。え、美優さん、何か辛いことあった……?

 

 そんな中で一番盛り上がったのは、やはり満を持して表舞台に出ることになった志保ちゃんと美優さんのラップバトルだろう。打ち上げのときとは違い俺と翔太も参戦したのだが、やはりこの二人には勝てなかった。

 

 これは是非とも何かしらのメディア化を検討すべき事項だとは思ったのだが、二人揃って『もうにどとあんなことやりません』『きえたい』と難色を示してしまった。まぁ兄貴ならばGOサインを出してくれるだろうから、いっそのこと事務所のみんなでラップアレンジCDを発売してもいいかもしれない。オラ、ちょっとワクワクしてきたゾ。

 

『それでは最後に、皆さんから一言ずつメッセージを……』

 

『はい、俺から言いたいと思います!』

 

『『ちょっ!?』』

 

 先陣を切ろうとすると、慌てた様子で翔太と志保ちゃんが止めに入った。

 

『こういう場合普通リョータロー君が最後でしょ!?』

 

『本当に自分の立場理解してます!?』

 

『はっはっはっ、君たちもそろそろ「周藤良太郎」の後に挨拶をするというプレッシャーに慣れないといけない頃だよ』

 

『自分で言っちゃうんだね!?』

 

『何も間違ってないところが余計に腹立ちますね!?』

 

 ぶつくさ文句を言いつつも、必死に大トリになるまいと挨拶の順番を決めるジャンケンを始める翔太と志保ちゃん。美優さんが大トリにならないように配慮している点は素晴らしいが、そんな必死に押し付けあおうとするんじゃないよ。

 

『さて、今日は感謝祭ライブの振り返り公演と、俺たちのトークショーに来てくれてありがとう。長い時間お疲れ様。肩凝ってない? 大丈夫?』

 

 グリグリと自分の肩を回してみせると、観客のみんなも笑いながら自分たちの肩を小さく回した。

 

『俺は今日の振り返り公演を自分たちで観るのが楽しみだったし、こうやってみんなの前でトークショーするのも楽しみだった。みんなはどう? 楽しみに待っててくれたか?』

 

 

 

 待ってたあああぁぁぁ!!!

 

 

 

『うんうん、重畳重畳。……俺たちアイドルの仕事ってのは、そういう「楽しみ」をみんなに提供し続けることだって思ってる』

 

 俺が真面目なことを話し始めたと察した翔太と志保ちゃんが静かになる。会場の雰囲気も、そんな二人に触発されたわけではないだろうが自然と静まり返っていった。スタッフも空気を読んだらしく、BGMがやや控えめになっていた。

 

『感謝祭ライブが終わってしまって残念だけど、次は振り返り公演が待ってる。その振り返り公演が終わっても、今度は円盤の発売日が待ってる』

 

 人生っていうのは、そんな楽しみの繰り返し。

 

『今回よりも次を。今日よりも明日を。そうやって、()()()()()()()()ですら「楽しみ」という(いろどり)を与え続けるのが、俺たちアイドルだ』

 

 『夢』は、儚い。

 

 しかし、ライブという夢が醒めてしまっても、目を瞑ればそこには俺たちがいる。

 

 偶像(アイドル)っていうのは、目に見えない神様に形を与えて崇め讃えるものだ。

 

 同じように俺たち(アイドル)も、不確かな『夢』を形にしたものだから。

 

 俺たちを想ってくれれば。

 

 

 

 そこにはきっと、君たちの『夢』がある。

 

 

 

『というわけでここでサプラアアアァァァイズ!』

 

 

 

 えええぇぇぇ!!!???

 

 

 

『えっ、ちょ、なにそれ!?』

 

『何も聞いてませんよ!?』

 

『りょ、良太郎君……!?』

 

 観客たちどころか、同じステージ上に立っているアイドルですら驚いている。当然だ、何せ今回のこれは俺と兄貴と一部のスタッフしか知らない正真正銘のサプライズなのだから。

 

『ハードル上げまくった上にサプライズまでされるとか、本当にこれ僕たちの挨拶どうすればいいのさ!?』

 

『頭が痛い……』

 

『私は気分が……』

 

 口々に文句を言いつつ、三人とも口元は笑っていた。観客たちも同じように驚きに声を上げながら期待に満ちた視線を俺に向けてくる。

 

『さぁさぁ皆の衆、ステージ上のモニターにご注目!』

 

 

 

 期待に応えるっていうのは、簡単じゃない。

 

 

 

 応えた期待をさらに超えるものを届けるのも、簡単じゃない。

 

 

 

 けれど、俺はその期待を背負い続けよう。

 

 

 

 何故なら俺は――。

 

 

 

『サプライズは……これだあああぁぁぁ!』

 

 

 

 ――『周藤良太郎』なのだから。

 

 

 

 

 

 

 えええぇぇぇえええぇぇぇえええぇぇぇ!!!???

 

 

 

 

 

 

 アイドルの世界に転生したようです。

 

 外伝『Days of Glory!!』 了

 

 

 




・人の夢と書いて『儚い』。
ある意味伝説的な阿良々木君とヶ原さんの初デートfeat戦場ヶ原父の一コマ。

・セトリ
そういえば公開してなかったから、後でツイッター辺りで公開しておきます。

・初恋コラム
こっちもツイッター公開にしようかな(露骨な宣伝)

・そろそろお別れの時間が
大胆な全カットはアイ転の特権(そろそろ怒られそう)

・『夢』
次を楽しむという夢。トップアイドルになりたいという夢。
その形は違えど、『周藤良太郎』という偶像へ手を伸ばせば、きっと届く。



 まず初めに、一年以上もこのようなオリジナルストーリーにお付き合いいただいたことに感謝させていただきます。本当にありがとうございます。

 本当は次の章までの尺稼ぎ的な意味で書き始めたこの感謝祭ライブ編。「書いてるうちにミリオンアニメ化するだろ」などと考えていたら全くそんなことはありませんでしたね。悲しみ。



 そんなこの外伝。本編ではない理由ですが、時系列的に本編に組み込むことが難しいことに加えてもう一つ理由があります。感想でも少々感づいていた方もいらっしゃいましたが、この外伝の正体は『あり得たかもしれない最終回』です。仮面ライダーの劇場版的なアレです。

 良太郎の言動の端々に滲ませていましたが、この世界は良太郎が「IEでのとある出来事をきっかけに、生涯アイドルを貫き続けよう」という考えに至った世界線です。なんとヒロイン不在の孤高エンドです。

 外伝がそれならば、つまり本編は……? という疑問は、是非本編中でお確かめください。そろそろ良太郎も身を落ち着けさせんとな(意味深)



 一度番外編を挟んだのち、いよいよ本編へと戻っていきます。新章の予告を最後に、今回の締めとさせていただきます。

 これからもアイ転をよろしくお願いします!






 世界中のアイドルたちが鎬を削りあった『IE』から、早くも二ヶ月が経とうとしていた。

 日本では第三次アイドルブームが巻き起こり、『スクールアイドル』と呼ばれる学生アイドルも現れ始めた。

 アイドルとは身近な存在であり、故に憧れる夢の職業となった。

 そんなアイドルの世界の門戸を叩く少女たち。



 ――見つけた!

 ――私が一番やりたいこと!



 ――私には時間がないの。

 ――立ち止まってる場合じゃない。



 ――大丈夫、わたしなら出来るから。

 ――……ダメぇ?



 これは、そんな彼女たちの成長の物語。

 今、『劇場(シアター)』の幕が上がる。



 アイドルの世界に転生したようです。

 第六章『Dreaming!』

 coming soon…


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番外編52 もし○○と恋仲だったら 20

123プロ五人娘最後の一人!


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

「「「かんぱーい!」」」

 

「か、かんぱーい……」

 

 

 

 ワンテンポ遅れてしまったが、瑞樹さん、心さん、楓さんの掛け声に合わせて自身のコップを掲げる。あの、皆さんの大ジョッキって二キロぐらいあるって聞いたことがあるんですけど、どうしてそんなに軽々と持ち上げられるんですか……?

 

「「「……ぷはーっ!」」」

 

 そしてそのまま一気にビールを半分以上飲み干すお三方。凄いというか、純粋に少し引いてしまった。

 

「今日はありがとうね、美優ちゃん」

 

「いえ、こちらこそありがとうございました……」

 

 瑞樹さんの言葉にペコリと頭を下げる。

 

 今日は346プロの川島瑞樹さん、佐藤心さん、高垣楓さんの三人とお仕事をご一緒させていただき、そのプチ打ち上げという名目で飲み会のお誘いを受けた。というわけで彼女たちに誘われるがまま『しんでれら』という名の居酒屋にやってきた。

 

「いやぁそれにしても、あの美優ちゃんが123プロのアイドルになったって聞いたときはすっごい驚いたけど……今ではすっかり、トップアイドルの一員だな☆」

 

 口元に付いた泡を拭いながら空になったジョッキを机に置く心さん。心さんは高校のときの同級生だったので、なんとなく背中がむず痒いものがあった。……というか、もう飲んだんですか……!? 私、まだ一口しか飲んでないんですけど……!?

 

「そんな、私なんか、良太郎君たちに比べたらまだまだ……」

 

「その比較の対象に『周藤良太郎』が挙がる時点で相当アレだってこと、自覚してるか?」

 

「うふふ、流石『静謐の歌姫』ね」

 

「や、やめてください……!」

 

 その呼び方自体まだ自分自身で受け入れられていないというのに、よりにもよって『翠の歌姫』にそう呼ばれるのは色々な意味で耐えられない……!

 

「まぁまぁ、美優ちゃんが可愛いからってあまり弄りすぎないようにね」

 

「「は~い!」」

 

 瑞樹さんが助け舟を出してくれた。……いい人たちだということは今日の撮影で十分理解したのだが、それでもこの先お酒が入ることでどうなることか……。

 

「でも、本当に今日の美優ちゃん凄かったわ。楓ちゃんの後であれだけ堂々と歌えるアイドルなんて早々いないわよ?」

 

 冷ややっこを箸で切り分けながら、興味に満ち溢れた目で私を見てくる瑞樹さん。

 

「そうそう、本番前は顔真っ青で本当に大丈夫なのかって心配しちゃったけど、いざカメラが回り始めたらまるで別人だったぞ☆」

 

「とてもカッコよくてお綺麗でしたよ」

 

 同じような目の心さんに、どうぞとお酌をしてくれる楓さん。ようやく半分飲んだ私のコップが再び最初の状態に戻ってしまった。

 

「ありがとうございます……その、やはり大勢の人に見られるということに、どうしても慣れなくて……」

 

「……こう言っちゃ失礼かもしれないけど、それでどうしてアイドルになろうって思ったの?」

 

「……えっと……」

 

 瑞樹さんからのごもっともすぎる質問に、ツイッと視線が横に逸れる。

 

「……その、こんなことを言っては失礼だとは思っているんですが……わ、私も本当は、アイドルになるつもりはなかったんです……」

 

 私は大学の先輩である周藤幸太郎さんと同級生の和久井留美さんに声をかけられて、事務員として123プロダクションに入社した。あの『周藤良太郎』とそのプロデューサーが立ち上げた事務所という、よくよく考えたらその時点でトンデモないところに入社したものである。

 

 それでもお世話になった先輩のため、ついでに大成功間違いなしの宝船とも呼べる就職口という魅力には抗えず、私は意を決してそこに就職した。

 

 始めは『周藤良太郎』や『Jupiter』といったトップアイドルに会うだけでも緊張して身体が固まってしまったものだが、誇張抜きで明るく気さくな職場だったため、いつしか居心地の良さを感じるようになった。

 

 私には人前に出るような度胸がない。それでも事務員として、このアイドルとして輝く人たちを裏から支えることが出来る。それがとても誇らしかった。

 

 

 

 そして気が付けば、私もそんなアイドルになっていた。

 

 

 

「「どうしてそうなった!?」」

 

「あらあら」

 

 大変驚かれているが、本当に自分でもビックリするぐらい突然だったのだ。

 

 周藤先輩と留美さんに「ちょっと手伝ってほしいことがある」とスタジオに呼び出され、「こういう衣装、少しは興味ない?」という留美さんの口車に乗せられ、いつの間にか宣材写真を撮ることになり……。

 

「……何処かでおかしいって思わなかったの?」

 

「『試しにこの曲歌ってみない?』『ほら、今なら録音ブース空いてるからアイドル気分で』って収録をさせられたときは、流石におかしいと思いました……」

 

「それは流石に遅すぎじゃない!?」

 

 そのとき歌った曲が私のデビュー曲となる『Last Kiss』だった。ここまで来てしまっては既に私の逃げ場は無くなっており、そのままあれよあれよとアイドルデビューをすることになってしまったのだ。

 

「……でも」

 

 それまで黙っておつまみを食べていた楓さんが小首を傾げた。

 

「アイドルになったこと……後悔してるわけじゃ、ないんですよね?」

 

「……勿論です」

 

 人前は未だに慣れない。ステージに立つ直前は手も足も震えるし、鏡で見る自分の顔はいつも青褪めている。観客が多いときは、酷くなるとえずいたりもする。

 

 それでも。

 

「ステージの上から見える光景が……()()()()()()()へ向けて自分の歌を歌うのが……とても好きなんです」

 

「……うふふ、私もです」

 

 普段のクールな笑みではなく、花が咲くような楓さん。それに釣られるように、私の口元も自然に持ち上がっていた。

 

「……なんというか、『歌姫』同士だと気が合うのかしらね?」

 

「きっとはぁとたちとは見えてる世界が違うだろーな☆」

 

「っ、だ、だからそういうのじゃなくて……」

 

 そんな私たちを見ながら微笑ましげな表情を浮かべる瑞樹さんと心さんに、慌てて首と手を横に振る。

 

 ただ必死に歌っていただけなのに、いつの間にか『静謐の歌姫』なんて呼ばれ方をしているのかが本当に訳が分からなかった。

 

 それもきっと、良太郎君が――。

 

 

 

 ――いやぁ、最近の美優さん凄いですよね。

 

 ――きっと歌なら俺も敵わないかもしれません。

 

 ――祝え! ここに新たなる『歌姫』が誕生した!

 

 ――なんつって。

 

 

 

 ――なんてことをテレビで口にしたせいである。あの『周藤良太郎』がそんなことを発言してしまえば、当然世間は大きく取り上げるに決まっていた。そして気が付けば『静謐の歌姫』なんて大層な呼ばれ方をするようになってしまったのだ。

 

 別にそれ自体に文句を言いたいわけではないのだが、それでもこう、なんというか、もうちょっと何かなかったのかというか……。

 

「でもいいじゃない、『静謐の歌姫』。凄く清楚な感じで」

 

「そう呼ばれるの嫌なの?」

 

「嫌っていうわけじゃないんですけど……」

 

 心さんの問いかけにコップに口を付けながら頷くと、彼女はニヤリと口元を歪めた。

 

 

 

「そうだよな~折角()()()()がそう呼んでくれるんだもんな~☆」

 

 

 

「ぶっふ!」

 

 我ながらアイドルとして人にお聞かせ出来ないような音と共に、口の中のものを吹き出してしまった。

 

「にゃ、にゃにを言って……!?」

 

「「「ふっふっふ~」」」

 

 見ると、心さんだけじゃなくて瑞樹さんと楓さんまでニヤニヤと笑っていた。

 

「それで隠せてると思ったら大間違いよ~美優ちゃん」

 

「話してるときも、()()()()に限って目が違ったぞ☆」

 

「名前が出る度に口元が緩んでましたよ~」

 

「だ、だから何を……!?」

 

 

 

「周藤良太郎君、好きなんでしょ?」

 

 

 

「ひゅっ」

 

 それは肺から空気が抜け出る音だった。

 

「大丈夫、隠さなくても分かってるぞ☆」

 

「そもそも、いつもお財布からツーショット写真がチラチラ見えてたわよ」

 

「仲良さそうに映ってますよね~」

 

「っ!?」

 

 今は見えていないと分かっていても、思わずお財布が入ったカバンの口を手で押さえてしまった。

 

「正直、今時写真を財布の中に入れておくのもどうかと思うけど、そういうことしちゃう辺りが美優ちゃん可愛いわ」

 

「はぁとたちだから良かったけど、今後はちゃんと気付かれないようにしろよ☆」

 

「………………はい」

 

 顔から火が出るというのはまさにこのことだろう。耳どころか首筋まで熱くなっているのを感じた。

 

「よし、それじゃあ今日はその辺りを根掘り葉掘り聞いていこうかしら」

 

「えっ……?」

 

「ほらほら、飲んで白状しちゃえ☆」

 

「えっ……!?」

 

「うふふ、ちゃんと話してくれるまで、楓さんは返(で)さんわよぉ~」

 

「えぇっ……!?」

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

 本日の収録を終え、さぁ帰ろうと自分の車に乗り込んだと同時にスマホが着信を告げた。

 

「美優……?」

 

 一体全体、こんな時間にどうしたのだろうかと内心で首を傾げつつ通話ボタンを押す。

 

「もしもし、どうしたんだ?」

 

『りょーたろーくんは、わらしのこと、あいしてますか!?』

 

 その第一声だけで酔っていることを理解した。

 

(ふむ……)

 

 一体全体どうしてこんな状況になっているのかを考える。

 

 確か、今日は川島瑞樹さん、佐藤心さん、高垣楓さんと一緒に仕事をして、そのまま食事をしてくるという連絡があったはずだ。時間的にはまだその食事が続いていてもおかしくない。というか、その食事の席でお酒を飲んで酔っ払ったというのが自然の流れだろう。そしてそうなると、今この電話の向こう側には美優だけじゃなくて、その三人もいるはずだ。

 

 そんな状況でこんな電話がかかってきたということは……。

 

(……バレたか)

 

 俺と美優の関係を隠していなかったと言えば嘘になる。お互いに現役のアイドルの身として、しばらくは秘密にしておくつもりだった。それでもずっと隠し続けるわけではなく、いつかは世間に公表して()()()()()()()とも考えていたが……美優さんや、少々バレるのが早すぎやしませんか?

 

『りょーたろーくーん……ろーなんですかぁ~? あいしてくれないんですか~?』

 

 美優の声に少々泣きが混ざり始めた。少々聞こえる息遣い的に、多分三人とも聞き耳を立てていることだろう。

 

 ならばいっそのこと、その三人にも聞かせるつもりの言葉を選ぶとしよう。

 

「……あぁ、勿論愛してるよ」

 

 初めて会った時、俺は美優が()()()()()()ことを知っていた。そんな彼女の心の隙間を付け込んでしまったようで心苦しくもあったが……それ以上に、俺は三船美優という女性の涙を見たくなかった。

 

「俺は貴女が好きだった人の代わりにはなれない。でも周藤良太郎として貴女を愛し、貴女を幸せに出来るという自信がある」

 

 それを自惚れだとは思わない。俺が世界一のアイドルになったのは、きっと彼女のためだと言い切れる。

 

「俺の全てを捧げても、周藤良太郎は三船美優を全力で愛そう」

 

 だから。

 

 

 

「だから美優、お前の愛を俺にくれ」

 

『……はい。わたしのあい……あなたに、ささげます』

 

 

 

「……というわけだから、これを聞いているであろうお三方、内密にお願いしますねー」

 

「「「っ!?」」」

 

 息を飲む音とバタバタと離れていく音が聞こえた。

 

「……あんまり飲みすぎるなよ、美優」

 

『……はい、良太郎君』

 

 

 

「……バレてたみたいね……」

 

「す、すっげぇ惚気聞かされたな……」

 

「こ、こっちが照れちゃいますね……」

 

 

 




・周藤良太郎(21)
全略(※ここの説明枠もういらないよね?)
時系列的にはIE終了後の第六章開始直後ぐらい。
相手が相手のため、結構真面目にお付き合いをしている。

・三船美優(27)
若い燕を手に入れたような形だが、実際には良太郎が落とした形。
年下の男の子に呼び捨てにされて少々キュンとしている模様。
なんか既に『嫁』の貫禄が出ているような気がする。

・瑞樹さん、心さん、楓さん
当初普通に『川島片桐高垣』トリオで書いていて「ちげぇ早苗ねーちゃんはいない」と気付いて慌ててしゅがはを登板。

・『しんでれら』
なんでデレマス編が終わってからの方が出番が多いのか……。

・『静謐の歌姫』
本当は美優さんのイメージカラーを使おうと思ったのですが『浅葱の歌姫』ってなんか字面がアレだったので……。

・祝え!
この先も延々使われ続けそうなウォズさん。



 というわけで123プロ三人娘最後の一人、美優さんの恋仲○○でした。事務員としてでも事務所に引き入れておいてよかった……。

 次回は本編……ではなく、また番外編です。

 何故って? 作者は()()がシンデレラになると信じてますので。


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番外編53 もし○○と恋仲だったら 21

総選挙おめでとう記念!


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

「………………」

 

 青い空と白い雲、聞こえてくる波の音。南国特有のキツい日差しはビーチパラソルに遮られているのでさほど脅威ではない。気温も高いが、湿度が高くないので日本特有のじめっとした暑さは感じない。ビーチチェアではなくレジャーシートの上に寝転がっているため砂からの熱も相当だが、バスタオルを挟んでいるのでそれほど熱くはなかった。

 

「……はぁ」

 

「ちょっとー」

 

 それはほんのささやかなため息だったにも関わらず、彼女は聞き逃さなかったらしい。

 

「こんなに可愛い水着姿の彼女と一緒に海に来たっていうのに、ため息吐くってどーいうこと?」

 

 ゴロンと首を左に傾けると、レジャーシートに肘を突いてうつ伏せになった彼女が俺の顔を覗き込んでいた。白を基調にした花柄のビキニ姿の彼女は、先ほどまで海に入っていたので髪や二の腕に水滴が付いている。まさしく水も滴るイイ女状態であるが、髪まで濡れている辺り大分はしゃいでいたようだ。

 

「それともー……こーやって私と一緒じゃなきゃ楽しめない、甘えん坊さんなのかな?」

 

 クスクスと揶揄うような笑みを浮かべながら俺の頬を「えいえいっ」と人差し指で突いてくる。

 

「………………」

 

 そんな彼女に向かって俺も左手を伸ばして――。

 

 

 

「てい」

 

 ――胸の谷間に人差し指を突っ込んだ。

 

 

 

「っっっ!!!???」

 

 一瞬で顔が真っ赤になった彼女は、普段は見せないような俊敏な動きで身を仰け反らせた。しかし無理に距離を取ろうとした結果、体勢を崩してそのまま向こう側へとゴロンと倒れてしまった。

 

「……何か言うことない?」

 

 ゆっくりと身体を起こしながら低い声を出す彼女。

 

「柔らかかったぞ」

 

「そうじゃなくて!」

 

 感想を求められたのかと思ったが、違ったらしい。

 

「いきなり何!? あのいい感じの雰囲気で……む、胸、触ってくるとかどういうこと!?」

 

「いや、いい大乳が手を伸ばせば届くところにあったからつい」

 

 レジャーシートに潰されて大変素晴らしいことになっていたので、思わず手が伸びてしまった。

 

「ったく、信じらんない……」

 

()()可愛い彼女だったらこれぐらいの悪戯許してくれると思ったんだよ、ゴメン」

 

「……えっち」

 

 頬を赤く染めたまま、俺の恋人である北条加蓮は『べーっ』と舌を突き出した。

 

 

 

「それで!? こんなに綺麗な海に遊びに来たっていうのに、どーしてため息なんかついてたの!?」

 

 語気を荒げてプリプリと怒っている加蓮だが、現在ビニールシートに体を起こして座った俺の足の間に腰を下ろしていた。先ほどのセクハラのお詫びとして要求されたのだが、果たしてこれが本当にお詫びと成り立っているのかどうか疑問である。しかし本人は抱きしめるように俺の腕を自分の前に持ってきているので、どうやら満足しているようだ。

 

「いや、あまりにもトントン拍子にことが進んだから」

 

 つい先日346プロで行われた『アイドル総選挙』において見事一位に輝き、『シンデレラガール』という称号を手にした加蓮。自分の彼女の活躍を喜ばない恋人がいるはずもなく、俺も加蓮を祝福するために「何かして欲しいことはあるか?」と尋ねたところ、彼女の口から飛び出したのは――。

 

 

 

 ――二人で南国へ旅行に行きたい。

 

 

 

 ――という少々難易度の高いものだった。

 

 この難易度というものは、現在現実世界(がめんのむこう)を騒がせているウイルス騒ぎのことではなく、『周藤良太郎』と『北条加蓮』というトップアイドル二人が時間を合わせて海外旅行へ行くことに対する純粋な難易度のことである。

 

 二人で海外旅行をすること自体に不満はないので、お互いのスケジュールを調整して早くて半年後、最悪一年後ぐらいを目途に計画していけばいいかな……と俺は考えていた。

 

 しかし、そんな悠長なことを考えていたのは俺だけだったらしく……そのお願いをした時点で加蓮の手回しは終わっていたのだ。

 

 いつの間にか俺と加蓮の三日間のオフが確保されており、旅券とホテルも予約済みだった。なんでも総選挙の結果発表前から加蓮は兄貴や自分の事務所と掛け合ってオフを調整し、さらに俺経由で知り合った月村に海外旅行の手配をお願いしたらしい。

 

 結果発表前からその手回しをしていたことに対して「随分と自信があったんだな?」と尋ねると、加蓮はクスリと笑いながらこう答えた。

 

 

 

 ――ダメだったら慰めてもらう名目だったんだ。

 

 ――でも、私も良太郎の恋人だから。

 

 ――自分に対する自信は、人一倍あるつもりだよ。

 

 

 

「……ホント、加蓮ってばいい女だよな」

 

「い、いきなり何?」

 

 ともあれ、そんな加蓮の手回しによって、あれよあれよという間に気が付けば俺はこうして南国のビーチへとやって来たのだった。それがあまりにもトントン拍子すぎたので、なんというか現実感が湧かなかったのである。

 

 ……「何かして欲しいことはあるか?」と尋ねたにも関わらず、結局俺は何もしてなかったことに関しては、この際置いておこう。

 

「しかし、まさか月村家所有のプライベートビーチとは思わなかった」

 

「それは私も予想外だった……忍さんが『私に任せておいて!』って笑顔で言い切るからいいところなんだろーなーって思ってたんだけど……」

 

「セレブってすげーな」

 

「……一応、良太郎もセレブなんじゃないの? 日本が誇るトップアイドルなんだよね?」

 

「セレブに見えるか?」

 

 フルフルと加蓮の後頭部が横に振られた。

 

 確かに純粋な金額的には日本の長者番付に名前が載りそうなぐらいは稼いでいるが、究極的に庶民感覚が抜けることがない偉大な母上様のおかげか、どこまでいっても『庶民』の枠から外れないのが周藤家の良いところである。

 

「さてと……それじゃあそろそろ遊ぶか」

 

「……本当に疲れてるとかそーいうのだったら、無理しなくてもいいよ?」

 

「大丈夫大丈夫、加蓮の大乳に触ったら元気出てきた」

 

「こらっ!」

 

 再び耳元を赤くしながらベシベシと腕を叩いてくる加蓮と共に立ち上がりながら、彼女の手を引いて波打ち際へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

「ふへー……」

 

 ボフリとベッドに倒れ込む。高級ホテルのスイートルームのベッドというだけあって、かなりフカフカだった。

 

「こら、服に皺が付くぞ」

 

 良太郎の小言が背後から聞こえてきたので、私は仰向けに寝転がると彼に向かって両腕を伸ばした。

 

「なら、良太郎が脱がせて?」

 

「……お望みとあらば」

 

 一瞬だけ躊躇する素振りを見せた良太郎だが、ずっと私の胸に視線が固定されているので断らないことは最初から分かっていた。

 

 ギシリと音を立ててベッドへと上がり、私に覆いかぶさるように腕を付く良太郎。プツリプツリと一つずつ、彼の手によって私の服のボタンが外されていく。元々上二つは外していたので、あっという間に私のシャツのボタンは全て外されてしまった。

 

 そのままシャツが広げられて私の下着が露わになり、良太郎の手が私の下着のフロントホックへと伸ばされ――。

 

 

 

「……ぎぶあっぷ」

 

 

 

 ――結局、私が羞恥に音を上げてしまった。

 

「俺の勝ち。なんで負けたのか、明日まで考えといてください」

 

 私の上から体をどかしながら「そしたら何かが見えてくるはずです」と無表情ながら内心でドヤッてるのが丸わかりの良太郎。私が折れることが最初から分かっていたようで、それが猶更悔しかった。

 

「うぅ……今度こそ良太郎からマウント取れると思ったのに……」

 

 自分から誘惑しておいて自滅するという情けなさから、顔をクッションに埋める。

 

(……()()()と同じホテルだから、少しぐらい進展出来るかなって思ったんだけどなー……)

 

 三年前、私たちが初めてこのホテルを利用したのは、私が『シンデレラガール』になった直後だった。そのときは忍さんに手配してもらったが、今ではこうして自分たちの意志とお金でこの高級ホテルのスイートを利用できるようになった。

 

 そんな私たちの思い出のホテルとも呼べる場所ならばそろそろ……と思っていたのだが。

 

(……結局私がヘタレちゃうんだもんな……)

 

 昔、どれだけ誘惑してもキス以上のことをしようとしなかった良太郎を『ヘタレ』と称して小馬鹿にしたことがあった。しかしお互いに成人し、両親や事務所にもしっかりと認識された関係になった今、肝心なところで一歩を踏み出せないのは他ならぬ私自身だった。

 

 チラリとクッションから顔をズラして良太郎へと視線を向ける。

 

「……ん?」

 

 隣のベッドに腰を掛けてスマホを操作していた良太郎は、私の視線に気づいて顔を上げた。可愛い彼女がベッドに突っ伏しているというのに何をしているのかという理不尽な苛立ちを込めて良太郎を睨む。

 

「どうしたそんなに睨んで」

 

「良太郎は、その……私と()()()?」

 

「……どストレートだな」

 

 スマホをサイトテーブルに置いた良太郎は立ち上がり、再び私のベッドに腰を下ろした。サラリと髪を撫でられ、そのまま耳元を触ってくるのものだからくすぐったさに身を捩ってしまう。

 

「俺だって別に枯れてるわけじゃない。さっきだって惚れた女があんなことしてくるんだから、お前がギブアップしなかったらきっとそのままだったぞ」

 

 良太郎が口にした「そのまま」という言葉の意味を考えて再び顔が熱くなり……それと同時に罪悪感が胸を刺す。

 

「……ゴメン」

 

「謝るなって」

 

 ギシリとベッドが音を立てる。チラリと横を見ると、良太郎が私の側に体を倒していて顔を覗き込んでいた。ベッドに並んで横になっている状態で、数センチ先に良太郎の顔が迫っていた。

 

「加蓮のペースでいい。お前が俺に身を委ねたいと思ったそのときは――」

 

 

 

 ――忘れられない夜にしてやるから。

 

 

 

「~~~っっっ!」

 

 耳元で囁かれた甘い声に、私は自分自身の限界を感じた。先ほどまでの前言を撤回して今すぐ良太郎の胸に飛び込みたい衝動に身を委ねようと、勢いよく上体を起こして……。

 

 

 

「「……あ」」

 

 

 

 どうやら先ほど良太郎の手が触れていたこと。私がうつ伏せになっていたこと。この二つが組み合わさった結果、ホックが外れて下着が――。

 

 

 

 ――叫ばなかった私を、誰か褒めて。

 

 

 

 

 

 

(……幸せだなぁ、私)

 

 

 

 ずっと昔。病院にお世話になりっぱなしだったあの頃。

 

 まだアイドルになるなんて思ってなかったあの頃。

 

 誰かと結婚するなんて考えもしなかったあの頃。

 

 考えもしなかった幸せが、私の人生を彩っていた。

 

 

 

 願わくばずっと。

 

 この愛する人と共に。

 

 

 




・周藤良太郎(21→24)
加蓮が未成年のときはあくまでも悪戯(※セクハラ)で済ませていたが、成人してからは結構攻め始める。
加蓮が照れていなかったら本当に食べていた(意味深)

・北条加蓮(17→20)
良太郎の本命と9代目シンデレラガールを見事に勝ち取った勝者。
凛に「お義姉ちゃん」と呼ばれる日を待ち望んでいる。実に妹ではないのにも関わらず待ち望んでいる。
しかしそれより先に良太郎と結ばれる方が先である。

・月村家所有のプライベートビーチ
番外編11以来の久しぶりの登場。

・「なんで負けたのか、明日まで考えといてください」
hnd「ほな、いただきます」

・――忘れられない夜にしてやるから。
この辺書いてるとき、はめふら見てたからジオルドにキャラを引っ張られた気がする。
はめふら面白いよ!(ステマ)



 わっふるわっふる。

 というわけで加蓮! 総選挙一位おめでとう! いやホントおめでとう!

 ツイッターで連載してた『34日後にお姫様になる少女』が少しでも力になってたといいんだけどな!(ステマ)

 そして次回からは今度こそ、新章『ミリマス編』に突入です!

 基本は漫画を軸にお話を考えていきますが、様々な差異があるアイ転世界ではどのようなことになるのか……!

 それではまた。


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第六章『Dreaming!』
Lesson229 新時代、到来


長い長い外伝を終え、ついにミリマス編のスタートです!


 

 

 

 ――引退を決意したきっかけはなんだったのでしょうか?

 

 

 

 そうですね……一言で言うなら『後進のため』です。

 

 これ以上『周藤良太郎』の存在が他の後輩たちの出番を奪わないように、この業界から身を引こうと決意したんです。

 

 

 

 ――ファンの方から引退を惜しむ声が殺到していると伺っていますが。

 

 ――勿論、後輩の方々からも。

 

 

 

 ありがたい話ではあります。

 

 それでも、やはり自分はこの世界に少し長く身を置きすぎてしまいました。ファンの皆さんの暖かい声がとても心地よくて、自分自身この世界がとても楽しかったんです。

 

 なにせ、自分の小さい頃の憧れだったんですから。

 

 

 

 ――それでも、引退の決意は変わらないと?

 

 

 

 はい。

 

 でも、一つだけ誤解しないで欲しいのは、俺はなかったことにしたいわけじゃないんです。

 

 俺にとってもかけがえのないもので、この先の発展を願うからこその決断だと言うことが分かってもらえると幸いです。

 

 

 

 ――ありがとうございます。

 

 ――それでは最後に、ファンの皆様へ一言お願いします。

 

 

 

 えっと、皆さん。今まで応援してくれてありがとうございました。

 

 俺がこうして皆さんの前に出てくる機会はこれが最後になりますが、俺は『この世界で戦っていたんだ』という誇りを、この先の人生でかけがえのない宝として胸に抱いて生きていきます。

 

 これからは俺もこの作品の一ファンとして、この作品を愛する一人として、見守らせてください。

 

 

 

 覆面ライダー天馬、周藤良太郎でした。

 

 

 

 

 

 

 アイドルの引退会見かと思った? 残念! アイドルじゃなくて覆面ライダーでした!

 

「す、周藤さん……! 今まで……今まで、お、お疲れさまでした!」

 

「……どぞ」

 

「ありがとう、二人とも」

 

 今期の『覆面ライダーデク』の主演である覆面ライダーデク役の緑谷(みどりや)出久(いずく)君と覆面ライダー爆轟役の爆豪(ばくごう)勝己(かつき)君から花束を受け取り、二人と握手を交わす。

 

「これからの『覆面ライダー』をよろしくね」

 

「は、はい!」

 

「……アンタを超えるライダーになってやるよ」

 

「……期待してる」

 

 

 

 『覆面ライダー』からの引退。それは少し前から考えていたことだった。

 

 俺がサブライダーの覆面ライダー天馬として出演させてもらった『覆面ライダー竜』は既に五年前の作品だ。それでも『周藤良太郎』人気も相まって後輩ライダーたちの劇場作品などに何度も客演させてもらった。

 

 しかし、そこでふと思ってしまったのだ。流石に過去作のライダーがいつまでも表に立ち続けるのはいかがなものか、と。

 

 勿論覆面ライダー自体は俺も大好きなので出演することは大歓迎だ。なんならわざわざ毎年ライダー枠として仕事の枠を確保しておくぐらいには力を入れていた仕事と言っても過言ではない。

 

 だが『周藤良太郎』という名前の大きさがネックになってきた。覆面ライダーなどの特撮物は若手俳優たちの登竜門であり、彼らが世間に名前を売る最高の環境だ。そんな作品にいつまでも『周藤良太郎』が出演し続けることによる弊害を考えてしまった。

 

 今更かも知れない。けれど、このまま出演を続けて『覆面ライダー』=『周藤良太郎』という認識が強くなってしまう前に、俺は身を引かなければならない。

 

 故に今回の劇場作品『覆面ライダー天馬』を最後に、覆面ライダー作品からの引退を決めたということだ。

 

 

 

「よっ! お疲れさん!」

 

 今日はそのクランクアップとインタビューと写真撮影。ゲストとして登場してくれた二人からの花束を受け取ると、新たに花束を手にして現れた男が一人。

 

「城之内!」

 

 『覆面ライダー竜』の主演を務め、その後は俳優から引退してしまった城之内(じょうのうち)克也(かつや)だった。

 

「久しぶりだな」

 

「劇場版の撮影以来だな」

 

 となると、四年ぶりになるのか……。

 

 花束を受け取ってからコツンとお互いの拳を合わせる。

 

「うわぁっ……! か、かっちゃんかっちゃん! ど、ドラゴンだよ! 覆面ライダー竜の城之内克也さん! 俳優引退しちゃってからは一度も芸能界に顔を出してなかったらしいのに! いるよ! すぐそこに本人がいるよ!」

 

「体揺するんじゃねぇクソナード!」

 

 幼馴染同士だという後輩ライダー二人が仲良さそうに戯れているのをチラリと横目で見てから、視線を城之内へと戻す。

 

「今日はわざわざこのために来てくれたのか?」

 

「おうよ! 一緒に財団Rの陰謀を食い止めた仲間の、華々しい引退だからな! 俺が祝わなきゃ誰が祝うってんだよ!」

 

 そう言いながら城之内はバシンバシンと背中を叩いてくる。痛い痛い、スキンシップならもうちょい弱めで頼む。

 

「しっかし、あのデビューしたての新人アイドルだった周藤が、今ではとんでもないアイドルになったもんだな!」

 

「いや、一応あの頃もそれなりに騒がれてた人気アイドルだったんだけど」

 

 自分で言うのもなんだが、例の『始まりの夜』の一件で覆面ライダー俳優として抜擢されたときからかなりの知名度だったと自負している。

 

「お前ぐらいだぞ、そんなこと言うの」

 

「いやぁ、相変わらずアイドルっていうもんには疎くてな!」

 

 だーっはっは! と笑う城之内。

 

 一先ず、覆面ライダー竜と覆面ライダー天馬の五年ぶりの再会ということでそのまま写真撮影へ。

 

 お互いに握手をしながらカメラに目線を向けつつ、ポソポソと会話を続ける。

 

「今は(マジック)(ウィザーズ)ってカードゲームのプロプレイヤーやってるんだっけ?」

 

「おっ! 俺も中々名の知られたプレイヤーになったもんだな!」

 

 『根っからのギャンブラー』とか『博打野郎』とか『カードゲームだからって運ゲーも大概にしろ』とか『運に根性と気合いを持ち出すんじゃない』とか散々な言われようだったのは黙っておくが、多分知られたところで気にしないんだろうなぁ。

 

「しかしギャンブラーとディーラーのカップルとは、お似合いな二人だよ全く」

 

「へ? カップルって誰のことだ?」

 

「お前マジか……!?」

 

 一昔前の恭也みたいなことを言い出した城之内に驚愕する。お前、アレだけ孔雀(くじゃく)(まい)さんといい感じになっておいて、未だに進展していないと申すか。

 

「カップルといやぁ、お前こそどうなんだよ?」

 

「俺?」

 

「アイドルとはいえ、好きな女の一人や二人いるだろ?」

 

 城之内はニヤニヤとゲスい笑みを浮かべながらそんなことを尋ねてくる。現在進行形で写真撮影をしているというのにその表情は如何なものかと思われるかもしれないが、『覆面ライダー竜』の作中でも似たような表情を浮かべていたのである意味お馴染みの表情だった。

 

「ほれほれ、一緒に世界を救った仲なんだから、教えてくれてもいいじゃねぇかよ~」

 

 握手をしたまま反対の肩をゴツゴツとぶつけてくる城之内。

 

「……あぁ、いるぞ」

 

「へ?」

 

 

 

「好きな人」

 

 

 

「……え」

 

「はい、撮影終わりー」

 

 そろそろ次の現場があるため、俺はここまでである

 

「ちょっ、お前!? 今俺にしか聞こえないような小声でとんでもないこと言いやがったな!?」

 

「さて、なんのことやら」

 

 詰め寄って肩を掴んでこようとする城之内をヒラリと避け、さっさと現場を後にする。

 

 あートップアイドルは忙しいなー。

 

 

 

「おい待て周藤!」

 

「あ、あの! 城之内さん! さ、サインお願いできますか!?」

 

「……おう、いいぜ。そっちのお前はいらねぇのか?」

 

「………………」

 

「あ、これかっちゃんの分の色紙なので、こっちもお願いします」

 

「クソナードオオオォォォ!」

 

 

 

 

 

 

 世界一のアイドルを決める史上最大の大舞台『アイドルエクストリーム』の激闘から、早くも二ヶ月が経とうとしていた。

 

 二週間という長期間におよぶ異例のコンテストの様子は世界中に配信され、多くの人々に影響を及ぼした。特に日本ではその影響が大きく、社会現象にまでなってしまった。

 

 『日高舞』が巻き起こした第一次アイドルブーム、彼女の引退と共に訪れたアイドル冬の時代を終わらせた『周藤良太郎』の第二次アイドルブームに続く、新たなるアイドルの波。

 

 

 

 すなわち、第三次アイドルブームの到来である。

 

 

 

 第二次アイドルブームから間を置かずにやってきたこの新たな波は、多くの芸能事務所とアイドルたち、さらにアイドルが立つためのステージや劇場を生み出した。誰もが気軽に『アイドル』という職業を目指すことが出来る風潮は賛否両論あるが、俺自身はそれが悪いことだとは思っていない。

 

 アイドルは偶像であり星でもある。その数だけ夢と可能性があるのだ。

 

 

 

「おっ、凛ちゃんたちだ」

 

 次の現場が近かったため徒歩にて移動中、見上げた看板にニュージェネの新曲リリースの告知のポスターが大きく貼られていた。

 

 変装の眼鏡を少しズラしながら見上げたそれは、既に彼女たちがトップアイドルに片足を踏み入れたことを感じさせる。

 

「………………」

 

「よろしくお願いしまーす!」

 

 ほんの少しだけ感傷に浸っていた俺の意識を引き戻したのは、そんな少女の声だった。

 

 いつもの流れならばここで知り合いの少女たちが登場する場面だが、残念ながらそれは見知らぬ少女たちだった。

 

「今度ステージがありまーす!」

 

「是非見に来てくださーい!」

 

 道行く人たちのチラシを手渡しているのは、学校の制服姿の少女たち。

 

 ちょうど進行方向なので、俺もそのまま彼女たちからチラシを受け取る。その際、軽く「頑張ってね」と声をかけるとパァッと明るい笑顔で「「「ありがとうございます!」」」と頭を下げられてしまった。当然俺の正体に気付いたわけではないだろうから、こうして声をかけられたことが純粋に嬉しかったのだろう。

 

 再びチラシを配り始めた少女たちの声を背中で聞きながら、視線をそのチラシに落とす。とても手作り感溢れて贔屓目に見てもプロの仕事ではないそれには、とあるアイドルのステージの告知が記載されていた。

 

 そのとあるアイドル、というのが今回の第三次アイドルブームの最も大きな特徴と言っても過言ではない存在。

 

 

 

 ――スクールアイドル。

 

 

 

 簡単に言えば『部活動としてのアイドル』である彼女たちは、悪い言い方をすれば地下アイドルよりもさらにアマチュアで、良い言い方をすれば誰もが気軽に志すことが出来るアイドルだ。

 

 アイドルの部活という存在を学校が認めるほどのアイドルブームということだろうが、正直にいうとここまで来るとは想像していなかったのが本音である。これまでも前世よりもアイドルというものが浸透している世界だとは常々思っていたのだが、まさか部活にまで発展するとは思いもしなかった。

 

 しかし、俺が想像すらしていなかったそれを、ずっと前から予想し行動していた奴がいたことも事実だった。

 

 

 

「……『UTX学園』芸能科アイドルコース……ねぇ」

 

 

 

 ホント、経営者としても一流なんだよなぁ……()()の奴。

 

 

 




・覆面ライダーからの引退
以前「流石に過去ライダーなのに表に出すぎでは?」みたいな指摘を受けて「確かに!」と納得してしまった。

・緑谷出久
・爆豪勝己
『僕のヒーローアカデミア』の登場キャラ。この世界ではライダー好きな高校生で、スタント志望の俳優の卵みたいな感じ。
ちなみに覆面ライダー爆轟は誤字ったらそれっぽかったからそのまま起用。轟君? はて……?

・城之内克也
『遊戯王』の登場キャラ。この世界では元俳優の現プロゲーマー。
覆面ライダー竜の変身者と考えた結果、なんとなくイメージにぴったりだった。
もしかして→ロード・オブ・ザ・レッド

・M&W
遊戯王作中内のカードゲーム名を覚えている人が果たして何人いることやら。

・孔雀舞
『遊戯王』の登場キャラ。
この世界ではディーラーで(多分)城之内の恋人(仮)

・「好きな人」
(´3`)~♪

・スクールアイドル
『ラブライブ』に登場するキーワード。要するにアイドルの部活動。

・UTX学園
こちらも『ラブライブ』に登場する学校。
この世界ではその存在に麗華が深く関わっているが、詳しくは次回。



 いよいよ始まりましたミリマス編です! ……ミリマス編です!(再確認)

 ……おっかしいなぁ……なんでこんなラブライブ編の冒頭みたいな感じになってるんだろう……。

 ミリマス編は漫画を元にストーリーを考えていたのですが、そのままだと少々内容的に物足りないかなぁと考えたため、少々設定というかお話を盛ろうとした結果こうなりました。

 なのであくまでエッセンス程度のラブライブ要素になりますので、そちらを期待されている方には申し訳ありません。

 しばらくは今回のような説明回が続きますが、もう少しお付き合いください!


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Lesson230 新時代、到来 2

ミリオン要素が増え始める二話目。


 

 

 

「しかし、本当にお前が経営側になるとはな」

 

「意外だとでも言いたいの?」

 

「いや、寧ろなんで今まで手を伸ばさなかったのかが不思議なぐらいだ」

 

 俺のそんな言葉に、麗華は大層な机に向かってパチパチとパソコンを叩きながらフンッと鼻を鳴らした。

 

「そもそも経営自体は私じゃなくて東豪寺財閥よ。私は一つの部門を任されてるだけ」

 

「そうだな、()()()()()()()()()()()()、兼()()()()()()()()

 

「……アンタにそう呼ばれるの、なんか腹立つわね」

 

 個人的には『一国一城の主』的な意味合いで褒めたつもりだったのだが、どうやら麗華はお気に召さなかったようでジロリと睨まれてしまった。

 

「そもそも、なんでアンタが東豪寺の本社(こんなところ)にいるのよ」

 

「いや、ちょっと通りがかったから寄ったんだよ。ちょうど次の現場まで時間があったし」

 

「帰れ」

 

「手土産持参してやったんだから、三時のおやつがてら世間話でもしようぜ。生憎翠屋のシュークリームではないけどな」

 

 前回「トップアイドルは忙しい」みたいなこと言ったような気もするけど、細かいところは気にしない気にしない。

 

「……っはあああぁぁぁ」

 

 すっごい重いため息。

 

「はあああぁぁぁ」

 

 しかも二回。

 

「……なに飲みたい?」

 

「ベンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンドキャラメルエキストラホイップキャラメルソースモカソースランバチップチョコレートクリームフラペチーノで」

 

「六年も前のネタを持ってくるんじゃないわよ……!」

 

 劇中時間だと二年前ぐらいだけどな。

 

 とりあえず二人揃ってコーヒーを持ってきてもらい、東豪寺本社の麗華の部屋に設けられた応接用のテーブルに向かい合って座る。

 

「改めて、開校おめでとう。悪いな、忙しくてお祝いが遅れた」

 

「別にあの花輪だけで十分よ」

 

 芸能科アイドルコースが四月に開校してから一ヶ月。勿論IEが終わって第三次アイドルブームが始まってから準備を始めていては間に合うはずがないので、IEが始まる前から水面下でずっと動き続けていたらしいのだ。

 

「あれだけ大きな『お祭り』なんだから、こうなるのは目に見えてたわよ。動いてた人は他にも大勢にもいたけど、たまたま私だけ成功したっていうだけの話よ。元々学園の話自体は財閥の方で動いてたわけだし、私はそこに乗っからせてもらっただけ」

 

 麗華は普段のアイドル活動中だと自信満々な姿勢を崩さないが、こういう場面だと結構謙遜するんだよな。

 

「それでどうだ? 良さそうな子はいたか?」

 

「……やっぱりそこを気にするのね」

 

「そりゃあな」

 

 俺はいつだって新しいアイドルと女の子の胸の膨らみには強い関心を寄せていると自負している。だから今の言葉には『アイドルとしての素質がある子』と『麗華が羨むようなスタイルの子』という二つの意味が含まれていて……。

 

「……あんまり他の女の子に気をかけすぎると()()()()わよ?」

 

「……まさかお前の口からそんな言葉が飛び出してくるとは思いもしなかったぞ」

 

「うっさい」

 

 いやマジで。麗華だって女性なのだからそういう感性は俺よりも上だということは理解しているが、わざわざそれを言うタイプではなかったはずだ。

 

「大丈夫。慢心するつもりはないが、俺とアイツはその程度じゃ揺らがないさ」

 

 

 

 何せ()()()()()()()()()()()()()()()()と誓ったのだから。

 

 

 

「惚気なら余所でやりなさい」

 

 先ほどよりも重いため息を吐きながら「ったく、ホントIEの後に何があったのよ……」と頭を抱える麗華。その辺りの話はまたいつか話すから……うん。

 

「まぁ良さそうな子とはいえ、まだ入学して一ヶ月そこそこだろうし。流石にいないか」

 

「いるわよ」

 

「……一ヶ月だぞ?」

 

「その一ヶ月で()()()()()のお眼鏡にかかったのよ」

 

 なるほど、それだけの逸材……というか、磨けば光る何かを見出したってことか。

 

「どんな子たちなんだ?」

 

 麗華がそれだけの評価をするアイドルが如何なものか気になったが、麗華からの返事は「べー」と突き出された舌ベロだった。

 

「ケチだなぁ」

 

「ケチじゃない。それに、どうせ教えなくてもアンタだったらいずれ顔を合わせることになるわよ」

 

「ん?」

 

 それは一体どういう意味なのだろうか。

 

「……私は蝶よ花よと育てるつもりはないわ。それが磨けば光る原石であるならば猶更」

 

「お前はそういう性格だろうな」

 

「だから学生である内からステージに立たせて実践経験を積ませるつもり。そのためにウチの生徒専用の劇場も造る予定よ」

 

 ふむふむ、劇場か。最近ではスクールアイドルと同じぐらいにアイドルたちによる劇場っていうのも増えてきたからな。

 

「……ん? 造る予定?」

 

 麗華のことだからとっくに造ってあって、早速そこに立たせるとか言い出すものだとばかり思っていた。

 

「苦労自慢をするつもりはないけど、これでも殆ど一人で芸能科の基盤を作ったのよ? 流石にそこまでは手が回せなかったわ」

 

「誰かに手伝ってもらえばよかったじゃねぇか」

 

「最初はマネージャーに手伝わせてたんだけどね」

 

 あぁ、優秀な麗華に殆ど仕事を奪われた結果、マネージャーというか小間使いみたいなことしか出来ないって嘆いてたあの女性か。最後に登場したのっていつだっけ……?

 

 しかしそんな重要な仕事を手伝わせるとなると、実はかなり優秀だったのだろうか……と思いきや、麗華が露骨に目線を逸らしたのでどうやらそういうことらしい。これは今回の章でも出番は無いかもしれない。

 

「あの子にはまた別の仕事が……って、話が逸れたわ。そんなわけで専用劇場はまだ未着工。だからそれまでの間、()()()()()()()に立ってもらうわ」

 

「……それって」

 

「そう。アンタたちのやり方を真似させてもらおうってわけ」

 

 なるほど、事務所に入りたての頃の恵美ちゃんやまゆちゃんのように、内部での準備が整うまでは外部の経験を積ませるってわけか。

 

 ……話が見えてきたぞ。1054以外のプロダクションで、劇場を持っていて、麗華が信頼を寄せていそうで、さらに俺ならばいずれ顔を合わせるってことは……。

 

 

 

「765だな?」

 

「そういうこと」

 

 

 

 

 

 

「麗華が、ですか?」

 

「あぁ、1054プロダクションからの直々の依頼だよ」

 

 事務所の社長室で社長から聞かされたのは、765プロが1054プロからとある依頼を受けたという話だった。

 

「……UTX学園の生徒をウチの劇場で、ねぇ」

 

 話を簡単にまとめると、この春から麗華が開校したアイドル学校の生徒を三人ほど765プロライブ劇場(シアター)に立たせて欲しいというものだった。

 

「要するに二年前の良太郎たちと同じってことですね」

 

「まぁ、そういいうことだろうね」

 

 ふむ、とそれがウチのシアターにもたらす影響を考える。

 

 私たちの765プロライブ劇場(シアター)は去年の冬にその幕を上げた。今にして思えばIE直前という何とも間の悪いタイミングではあったものの、こうして第三次アイドルブームの真っ只中で盤石の状態を期すことが出来たのだから結果オーライだった。

 

 そんな私たちのシアターは、現在()()()()のアイドルを抱えている。以前アリーナライブでバックダンサーを務めてくれた『シアター組一期生』が六人、そして劇場が開いてから新たに迎え入れた『シアター組二期生』が三十人、という内訳である。……ホント、少数精鋭の事務所だと言われていた頃が懐かしいぐらいの増えっぷりだ。

 

 そんな中、新たにアイドルが増えるとなると……。

 

「……面倒見切れますかね?」

 

「そこはホラ、ウチの子たちはみんな優秀だからね」

 

 それは果たして答えとして成り立っているのだろうか。

 

 なんというか、良い言い方をすれば信頼されているのだろうが、悪い言い方をすれば体良く使われているような気がしてならない。

 

 

 

「ちなみに見返りとしてこれぐらい用意してくれるらしいのだが……」

 

「やりましょう!」

 

 

 

 私たちはアイドル事務所。ファンのみんなに夢を見せるのも仕事の内だが、アイドルを志す少女たちを導くのも立派な仕事だ。そのためならば学生アイドルの一人や二人や三人ぐらい、喜んでステージに立たせてあげるのが『大人』の役目だ。

 

 ……いや、正直な話、この劇場の建設運営土地代その他諸々で金庫の中身はスッカラカンなのよね。

 

「いやぁ、まるで昔みたいだよねぇ、律子君!」

 

「そこで楽しそうにしないでくださいよ社長……」

 

 基本的には尊敬している社長ではあるものの、未だに(経営者としてはちょっと……)という思いが脳内を過ることが多い。確かに常に仕事に困っていた昔のような状況であるが、それを楽しまないでくださいよ……。

 

「とにかく、今回の話は受けるつもりだよ。もっとも麗華君曰く『アイドルとしての最低限を叩きこんでからそちらに送る』とも言っていたから、すぐにというわけではないだろうがね」

 

「……となると、早くても夏ですかね」

 

 あの麗華が『最低限』と称したのであれば、求められるレベルはかなり高いはずだ。彼女が見初めた以上、かなりの逸材なのだろうが、それでも時間はかかることだろう。

 

 ……スクールアイドル、か。

 

 

 

「今年の夏も……また、暑くなりそうだな、律子君」

 

「……えぇ。一段と暑い夏になりそうです」

 

 

 

 

 

 

「まぁ、まだ春先なんだけど」

 

「いきなり何を言い出してるのよアンタは」

 

 なに、いつもの電波だ。

 

「しかし、765プロライブ劇場か……そういえば、あんまり顔を出せてなかったな」

 

「……意外ね。アンタのことだからいつも通り入り浸ってるもんだと思ってたわ」

 

「それが全然」

 

 劇場が出来た頃っていうと、まだ346プロで凛ちゃんたちのアレコレで色々と忙しかった時期だから。具体的に言うと凛ちゃんビンタ事件辺り。痛かったなぁアレ。

 

「そうだな……これを機にまた765プロの方にも足を伸ばすことにするか」

 

 IEも終わって一段落したことだし、そろそろ俺も平常運航に戻っていきたいところだ。

 

「……私の生徒は勿論だけど、律子たちにも迷惑かけるんじゃないわよ」

 

「……()()()()、か。お前も変わったな」

 

「一番変わったアンタに言われたくないわよ」

 

 文面はいつもの皮肉ではあったが、コーヒーカップを傾ける麗華はニヤリと笑っていた。

 

「しかし、一つだけ気になることがある」

 

「……なによ」

 

 

 

「……俺たちのこの会話、二十一歳と二十歳のそれじゃねぇよな」

 

「何を今更」

 

 

 




・UTX学園秋葉原分校校長
・芸能部門統括部長
分校とか芸能科とかその辺りはオリジナル設定。まぁそこまで深い意味はない。

・六年も前のネタ
Lesson50参照。

・俺の秘密を同じ墓場まで持っていく
前回の「好きな人」発言が大分スルーされてたけど、多分いつもの軽口だと思われてたんだろうな(ニッコリ)

・魔王エンジェルのマネージャー
作者が発見したのはLesson52が最後だった。他にあったっけ……?

・アイドル学校の生徒を三人
『UTX学園』の『アイドル三人』です。

・三十六人
いないのは恵美と志保と……あと一人は誰かなー?(ヒント:ゲッサン版漫画)

・二十一歳と二十歳のそれ
良太郎(21)と麗華(20)



 おそらくミリマス編としてのお話が見え始めたのではないだろうかという二話目でした。

 次話はようやくミリのアイドルたち出演予定です。


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Lesson231 新時代、到来 3

ついに登場! ミリマス編のメインキャラの一人!


 

 

 

 それは去年、とある冬の日の出来事だった。

 

 

 

「あら、良太郎じゃないですの」

 

「げっ」

 

 登校途中。いきなり人の顔を見るなり、朝の挨拶すらすっとばして「げっ」などと言い放った弟のような存在に、思わず口元が引き攣る。

 

「随分とご挨拶じゃありませんの? トップアイドル様は違いますわね?」

 

「いや、そういうんじゃなくて……ゴメン千鶴、おはよう」

 

 流石に今の態度は間違いだったと自覚しているらしく、良太郎は素直に謝った。

 

「はい、おはようございますわ。ついでに『千鶴さん』だったら完璧でしたわ」

 

「チッヅーもこれから大学か」

 

「ランクダウンするんじゃありませんわ!」

 

「どう? 卒業できそう?」

 

「……単位は足りてますわ」

 

「卒業試験はどうなんですかねぇ……?」

 

 いえ、そちらより卒業論文の方が……。

 

 そんなやりとりをしつつ、ふと良太郎が頑なにこちらへ顔を向けないことに気付いた。

 

「なんですの? いくら親しい間柄とはいえ、人と話すときはちゃんと顔をこちらへ向けなさい」

 

「あ、いや、ちょっと千鶴が可愛すぎて直視できないんですよホント」

 

「はいはい、そういうのは結構ですわ」

 

 普段ならば気にするほどのことではないが、なんとなく良太郎の態度が気になった。何かを隠していると私の勘が囁いていた。

 

「ほら、顔を見せなさい」

 

「イヤーヤメテーイタクシナイデー!」

 

「痛い目みたいんですのぉ……!?」

 

 グギギと良太郎の顔を掴んでこちらに向かせようと力を入れた。

 

「イタッ……!」

 

「っ!?」

 

 咄嗟に手を引っ込める。

 

「ご、ごめんなさい! 本当に痛い目に遭わせたかったわけじゃ……!」

 

「あ、いや、千鶴のせいじゃなくて……」

 

 はぁ……とため息を吐く良太郎。気分を害してしまったのだろうかと少々不安になったが、そんな私の内心に気付いたらしい良太郎は「そうじゃないよ」と手を振った。

 

「……悪いけど、このことは黙っておいて欲しいんだ」

 

 そう言いながら、ようやくこちらを向いた良太郎の顔は――。

 

「……!? ちょっと貴方、それどうしましたの!?」

 

 ――サングラスの下、左の目元に青痣が出来ていた。

 

「その説明をする前に今の銀河の状況を理解する必要がある。少し長くなるぞ」

 

「良太郎」

 

「……ちょっと昨日、色々あってね」

 

「……大丈夫なんですの?」

 

「全く大丈夫じゃないから、知り合いのメイクさんにこれをメイクで誤魔化してもらいにいくところ」

 

「………………」

 

 昔から『アイドルは顔が命』とはよく言ったものである。それは当然、トップアイドルの『周藤良太郎』も例外ではないはずだ。だから良太郎が不用意に自分の顔を傷付けるような行動をするわけがない。

 

「……それは、()()()()()に負った怪我ですの?」

 

 だからこの怪我はきっと、自分じゃない誰かのためだと、そう思ったのだ。

 

「……そんなカッコいいもんじゃないさ。女の子を助けてヘマしただけだよ」

 

 女の子を助けて……ね。

 

「そんなことありませんわ。とてもカッコいいじゃありませんの」

 

 そっと良太郎の頬に触れようとして、きっと痛いだろうと思い直す。

 

 

 

「自分の身を挺して女の子を守る。頑張りましたわね、男の子。偉いですわ」

 

 

 

 その代わりに、良太郎の頭を撫でる。

 

 きっと良太郎のこれは公に出来るものではない。ひっそりと一部の人間の記憶に残るだけで、彼の頑張りは正しく評価されないだろう。だからこうして偶然話を聞いてしまった私ぐらいは、それを報いてあげたかった。

 

 トップアイドルの『周藤良太郎』ではなく、私の幼馴染の周藤良太郎として。

 

「……ありがとう、千鶴。そう言ってもらえるとちょっとは気が楽になる」

 

 変わらず表情がない良太郎ではあるが、少しだけそのやり取りで安らいでくれたような気がした。

 

 

 

「それにしても本当に大変ですのね、アイドルというのは。怪我一つ大っぴらに治しにいけないんですもの」

 

「大変なのはそれだけじゃないけどな」

 

 並んで歩きながら、良太郎は肩を竦めた。

 

「なぁ千鶴。俺が世間で何て呼ばれてるか知ってるか?」

 

「……おっぱい星人?」

 

「千鶴の口からそう呼ばれるとちょっと興奮するんだけど」

 

「う、煩いですわ!」

 

 そんなわけないって分かってましたけど、それ以外に思いつかなかったんですわ!

 

「確かに、豊かに育ってくれた幼馴染の胸の膨らみに興味が尽きない俺ではある」

 

「っ……!」

 

 思わず自分の胸元を両腕で隠しながら良太郎から距離を取ってしまった。

 

「そんな俺でも、世間では『アイドルの王様』『キングオブアイドル』『アイドルの頂点』なんて大層な呼ばれ方してる」

 

「……本当に、大層な呼ばれ方ですわね」

 

 私の幼馴染がこんな呼ばれ方をするようになるなんて……ホント、()()()()()()()からは想像もつきませんわ。

 

 そんなことを話しながら、赤信号で止まる。『八神堂』に向かうと言っていた良太郎は、この横断歩道を渡った先で私と別れることになるだろう。

 

「それでも、俺はそんな大層な呼ばれ方を背負うと決めた。……今回の件を含めて、王様としてはまだまだ足りないところもあるかもしれないけど」

 

「………………」

 

 

 

 ――凄いよな、兄貴は。

 

 ――俺とは違う。俺みたいな()()なんかじゃない。

 

 ――なぁ、千鶴。

 

 

 

 ――……俺って、誰なんだろうな。

 

 

 

「……本当に、貴方は凄いですわよ、良太郎」

 

「……なんだか、やたらと今日は褒めてくれるんだな」

 

「貴方が真面目に会話をする気があるのであれば、わたくしだっていくらでも真面目に相手をしてさしあげますわ」

 

「それはそうと、縦セーターって千鶴は自分の武器をよく理解していらっしゃる」

 

「だから自分でオチをつける悪癖をなんとかなさい!」

 

 信号が青に変わり、再び歩き始める。久しぶりの会話もここまでのようだった。

 

「頑張りなさい、良太郎。応援してあげますわ」

 

「ありがと、千鶴。たまにはライブ観に来てくれよ」

 

「当たりましたらね」

 

 小さく手を振ってからお互いに背を向けて歩き出す。

 

「……はぁ」

 

 少し歩いた先でチラリと後ろを振り返る。良太郎の背中を一瞥してから、自分の鞄の中に手を入れて()()を取り出した。

 

(……良太郎に会ったら、色々と相談するつもりでしたが……言い出せませんでしたわ)

 

 ()()は先日行われた私の大学のミスコンの際に、とある男性から手渡されたものだった。

 

 

 

 ――そこの君!

 

 ――アイドルに興味はないかい?

 

 

 

(まさかアイドルにスカウトされるとは思いもしませんでしたわ)

 

 『765プロダクション』と書かれた名刺にチラリと視線を落としつつ、思わずはぁと溜息が漏れてしまった。

 

 なんでも、近々出来る765プロダクション専用劇場のステージに立つアイドルを探していたらしく、私はそこのプロデューサーのお眼鏡にかなったらしい。

 

 ……アイドルに興味がない、といえば嘘になる。

 

 しかし765プロといえば、良太郎以外のアイドル事情に明るくない私でも知っているぐらい有名な芸能事務所だ。そこのアイドルともなると、いくら劇場のアイドルとはいえかなりレベルが高い女性が集まることだろう。だから私なんかがそこでやっていけるのだろうかという不安があった。

 

 そこでアイドルである知り合いの良太郎にちょっと相談しようと考えていたのだが……。

 

(……良太郎は良太郎で、それどころじゃなさそうでしたわね)

 

 話を持ち掛ければ、良太郎ならば快く相談に乗ってくれるだろう。しかし今の良太郎に余計なことを考えさせたくはなかった。良太郎が抱えている問題の手助けになれないのであれば、せめてそれぐらいの気遣いぐらいはしてあげたい。

 

 それならば、今年の春頃からアイドルになったばかりだという渋谷さんのところの凛に話を聞くという手もありますが……。

 

「……いつの間にかアイドルになっていて良太郎を驚かせる……というのも、面白そうですわね」

 

 いつもアレコレと気苦労をかけさせてくれる幼馴染に対するお返しを思い付く。それまでそんな素振りも気配も見せなかった幼馴染が突然アイドルになったら、流石の良太郎でも驚くだろうか。あの無表情をさらに凍り付かせて「……え」とか間抜けな声を上げるだろうか。

 

「ふふっ……よし」

 

 先ほどよりも少しだけ足取り軽く大学へと向かう。

 

 アイドルになる。そのためにまず私がしなくてはいけないことは……。

 

 

 

「……大学を卒業すること、ですわね……」

 

 

 

 軽くなった足取りが、また少しだけ重くなった。

 

 

 

 

 

 

「……さん、千鶴さん」

 

「……ぅん……?」

 

「そんなところで寝てたら風邪引いちゃいますよ?」

 

「……わたくし、寝てましたの?」

 

「はい。それはもう気持ちよさそうに」

 

 ぼんやりとしていた意識が徐々にハッキリとしていく。どうやら劇場の事務所で雑誌を捲っている最中に眠ってしまったらしい。

 

「ありがとうございますわ、美咲」

 

「いえいえ」

 

 765プロライブ劇場の事務員である美咲にお礼を言うと、彼女は二十歳にしては幼い顔でニッコリと笑った。

 

「千鶴さんがこんなところで居眠りなんて珍しいですね。珍しく夜更かしでもしたんですか?」

 

「確かに自宅で次のステージの確認をしていましたが、それでも十一時には床に就きましたわ。それに、夜更かしならば貴女の方がしているんじゃありませんの?」

 

「やだなぁ、千鶴さん。いくら衣装作りが佳境だからって、夜更かしするほど切羽詰まってないですよ」

 

「あら、ごめんなさい」

 

「昨日は三時には寝たんですから!」

 

「わたくしの謝罪の言葉を返しなさい」

 

 それは昨日ではなく今日ですわ。

 

 以前から劇場のアイドル三十六人分の衣装を一手に引き受けるのは流石に無茶だと何度も言っているのだが、この小さな体の事務員はそれを止めようとしない。それどころか頼まれてもいない新作の衣装をドンドン作っているのだから、感謝の気持ちよりもある種の恐怖に似た感情が浮かんできてしまう。簡単に言うと引いている。

 

「それにしても~……私、聞いちゃいましたよ~」

 

 くふふ~と怪しい笑みを浮かべる美咲。やはり寝不足で変なテンションになってしまっているのだろうか。

 

「千鶴さん、寝言で男の人の名前、呟いてましたよ~」

 

「っ……」

 

 どうやらあの冬の日の出来事を夢見ていたせいで、良太郎の名前を口にしていたらしい。

 

「大丈夫です、私はちゃーんと黙っておいてあげますからね~」

 

「ちょっ」

 

 それは誤解だということを説明する暇なく、美咲は足早に立ち去ってしまった。

 

「……全く」

 

 これは私の不注意故、良太郎に文句を言うのはお門が違うだろうが……。

 

 

 

「勘違いが広まる前に、さっさと顔を出したらどうですの……良太郎」

 

 

 




・二階堂千鶴
番外編14以来、約五年ぶりの再登場です。
良太郎の幼馴染ということで、彼女にはミリマス編におけるしぶりんのポジションを担ってもらいます!(=苦労人枠)

・大学卒業
色々な要因が重なった結果、今作での彼女は原作よりも一歳年上の22歳となります。

・目元の青痣
凛ちゃんビンタ事件後、八神堂に行く前のタイミングです。

・「その説明をする前に今の銀河の状況を理解する必要がある。少し長くなるぞ」
朝霞リョウマは新たなネタ『サム8語録』を習得した!

・あの頃の良太郎
これだけ続けておいて、実はまだ説明されていない良太郎の過去があるという事実。
具体的に言うと『恭也と出会う前』です。

・青羽美咲
こちらもLesson160で名前のみ登場していましたが、ミリマス編ということで本格参戦です。



 というわけでミリマス編のメインキャラの一人、二階堂千鶴です。凛と同じ昔からの知り合いという理由からのツッコミ役として活躍してもらいます。

 ただ担当Pには申し訳ないですが、彼女の『セレブキャラ』が若干扱いにくかったためその要素を大幅カットさせていただきました。その代わりに彼女の世話焼き属性が強化された結果、正統派姉さん女房系アイドルが爆誕しました。

 この状態の千鶴が書いてて本当に新鮮で、思わず担当になるところだったぜ……(担当沼半身浴状態)

 次回、良太郎、ついに劇場へ。


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Lesson232 新時代、到来 4

初登場のあの子とか再登場のあの子とか、まさかのあの子とか!


 

 

 

 というわけで。

 

「やってきたぜ! 765プロライブ劇場!」

 

 麗華と話をした翌日、早速俺は765プロライブ劇場へとやって来た。

 

「最後に来たのは……確か、真ちゃんと雪歩ちゃんに案内してもらったときだったかな」

 

 それ以来一度も訪れていなかったため、今回が初めての劇場訪問になる。

 

 ちなみに記憶力に自信があるというわけではないので、流石にいつのことだったかまでは覚えていない。みんなは是非自力でどのシーンだったか探してみよう!

 

「……意外と人が多いな」

 

 捉え方によっては失礼な言い方になってしまったが、思っていた以上に劇場には人が集まっていた。

 

 日曜日なのだから当たり前と言えば当たり前だ。しかし、春香ちゃんたちオールスター組が出演することは滅多になく、今日も彼女たちは出演しない。それでもこれだけ人が集まっているということは、既にシアター組の子たちにも固定ファンが付き始めている……ということだろうか。

 

「それにしても」

 

 他の人たちと同じように開場時間を待ちつつ、人が大勢いるところを避けて劇場前の広場の片隅でパンフレットを広げる。パンフレットには所属している劇場のアイドルの簡単なプロフィールが掲載されていた。

 

 そこには杏奈ちゃんたち元バックダンサー組の他にも、以前事務員として紹介されたこのみさんや元子役の桃子ちゃんパイセンの他、何人か見たことある顔がチラホラ。相変わらずの顔見知り率の高さに我ながら驚くのだが……。

 

「まさか千鶴がアイドルになってるとはなぁ……」

 

 一番驚いたのは、恭也以上に幼馴染としての付き合いが長い千鶴がいたことだった。

 

 二階堂精肉店の長女であり、凛ちゃんに並ぶ商店街の二大看板娘でもある二階堂千鶴。アイドルとしては申し分ない器量を持っている彼女ではあるが、まさかアイドルになっているとは思いもしなかった。

 

「そんな素振りあったっけ……?」

 

 ここ最近での千鶴との会話を思い出してみるが、それらしきことを匂わす発言はしていなかったと思う。彼女の性格的に『アイドルになったことを知られるのが恥ずかしかった』という理由もないだろうから……恐らく『アイドルになったことを黙っておいて驚かせたかった』という理由だと推測する。それならばその思惑は成功だ。正直かなり驚いた。

 

「ふむふむ……『心はセレブにゴージャスに! 劇場の頼れるお姉さん!』……ねぇ」

 

 それが千鶴の紹介キャッチコピーらしい。どうやらあのなんちゃってお嬢様口調はそのままで、しかしその口調からお嬢様キャラに流されるということもなく、お姉さんキャラを通しているようだ。つまり素の千鶴ってことだな。

 

 ……知り合いがいつの間にかアイドルになってたことがあるのは、まぁそれなりに経験のあることだ。友紀や茄子もそうだし、奏やなのはちゃんも知ったのはアイドルになってからだった。それが寂しいことだとは思わない。

 

 

 

 けれど()()()()()()()を理解してしまった以上、少しばかり変な勘ぐりをしてしまう自分がいた。

 

 

 

「……あ、あれ!? ももも、もしかしてそこにいらっしゃるのはリョーさん!?」

 

「……ん?」

 

 思考が我ながら似合わないシリアスなものになりつつあったが、そんな声に意識が現実に戻ってくる。

 

 パンフレットに落としていた視線を持ち上げると、長い茶髪を可愛らしいツインテールに結んだ少女がこちらを見ながら驚愕の表情を浮かべていた。その後ろには「そのお兄サン、ダーレ?」「知り合いなの?」と二人の少女がこちらを様子を窺っている。

 

「やぁ、亜利沙ちゃん。久しぶりだね」

 

「あ、その……お、お久しぶりです」

 

 ツインテールの少女ことアイドルヲタ仲間である松田亜利沙ちゃんは、やや視線を宙に泳がせながらペコリと頭を下げた。

 

「……ここにいらっしゃるということは、もうお気づきになられてしまったのですね……」

 

「まぁね。遅ればせながら()()()()()()()()おめでとう」

 

 彼女もまた、いつの間にかアイドルになっていた俺の知り合いの一人だった。色々な意味でアイドルに多大なる興味を示していた彼女がアイドルになること自体は不思議なことではないが、彼女はそれ以上にファンとしてアイドルたちを追いかけ続けるタイプだと思っていたから驚いている。俺の目もまだまだだなー。

 

「……ありがとうございます。すみません、ご報告が遅れてしまって……」

 

 シュンと顔を俯かせる亜利沙ちゃん。普段のライブ現地でのハイテンションとのギャップが大きくて、申し訳ないがそんな姿がとても可愛らしかった。

 

「その辺りの事情は俺も理解があるから気にしてないよ。亜利沙ちゃんは、今日出演するんだよね?」

 

「は、はいっ! まだまだ未熟なありさではリョーさんに満足していただけるようなパフォーマンスは出来ないかもしれませんが……一生懸命頑張ります!」

 

「期待させてもらうよ。頑張ってね、亜利沙ちゃん」

 

「はいっ!」

 

 満面の笑みを浮かべながらフンスッと拳を握る亜利沙ちゃん。

 

「それで、後ろの二人も劇場の子だね?」

 

 亜利沙ちゃんの後ろの二人へと視線を向ける。長い若葉色の髪の少女と、同じぐらい髪が長い茶髪の少女。若葉色の子は興味深そうにこちらの顔を覗き込んでいて人懐っこい雰囲気で、一方で茶髪の子はこちらに対する警戒心が見え隠れてしていた。

 

「うん! 島原(しまばら)エレナだよー!」

 

「……田中(たなか)琴葉(ことは)です」

 

「よろしく。俺は……そうだね、遊び人のリョーさんとでも名乗っておこうかな」

 

 自分で名乗っておきながら、脳裏に知り合いのお巡りさんの顔が浮かぶ名前だった。

 

「よろしくネ、リョーサン!」

 

「………………」

 

 フレンドリーに握手を求めてくるエレナちゃんに対して、琴葉ちゃんからの警戒心が一段階上がったのを感じた。

 

「大丈夫ですよ琴葉ちゃん! リョーさんは亜利沙が尊敬するアイドルファンの鑑です!」

 

「貧乏旗本の三男坊で、今は越後のちりめん問屋で働いております」

 

「ややこしいからせめて設定は一つに絞り込んでください……」

 

「なんだかエミリーが喜びそうだネ!」

 

「……少々癖が強いことは、その、ありさも認めざるを得ませんが……」

 

 頭が痛そうにこめかみを人差し指で抑える琴葉ちゃんと、視線をツイッと逸らす亜利沙ちゃん。そんな二人とは対照的にエレナちゃんはニコニコと笑顔だった。可愛い。

 

「っと、亜利沙、そろそろ準備に戻らないと間に合わないわよ」

 

「ハッ、そうでした!? そ、それではリョーさん! 今日は楽しんでいってください!」

 

「ワタシも頑張るから、応援してネー!」

 

「うん、三人とも応援してるよー」

 

 バタバタと去っていく三人の背中に手を振って見送る。

 

「……さて、そろそろ開場かな?」

 

 開幕までにはまだまだ時間があるが、それでも中に入れるようになったのであれば中で物販やポスターなどを見ながら待つことにしよう。

 

 あわよくば新しいアイドルファン仲間を増やせるかもしれない。そんな期待を抱きつつ、パンフレットを畳んでショルダーバックの中へとしまった。

 

 

 

(……アレ? さっきのって、三つとも『主人公が身分を偽って庶民と関わる』作品……ぐ、偶然、よね?)

 

 

 

 

 

 

「「「遅くなりましたー!」」」

 

「本当に遅いですわよ! 早く支度なさい!」

 

 少しコンビニに用事があるからと言って外へ出ていた亜利沙・琴葉・エレナの三人がバタバタと戻って来た。開演の時間が迫っているというのに、一体何処で油を売っていたのやら。

 

「軽食も用意しておいてあげますから、ちゃんと手を洗ってくるんですのよ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「わーい! ありがとー千鶴ママー!」

 

「だからママはお止めなさい!」

 

 キャーキャー言いながら更衣室へと走っていく三人の背中を見送りつつ「全く……」と思わずため息を吐いてしまった。

 

「全く……何度言っても聞かないんですから……」

 

「いやぁ……ママでしょ」

 

「ママですね……」

 

「ちょっとぉ!?」

 

 同年代のアイドル仲間でもある友人までもそんなことを言い出し始めた。

 

「このみさんはともかく、風花も一緒になってなんですの!? 同い年捕まえてママとはどういう了見ですの!?」

 

「だって千鶴ちゃん、とても親身になって劇場のみんなのお世話を焼いてるじゃないですか。時に厳しくしたり、時に甘やかしたり」

 

「そ、それは……お世話ではなく、ただのお節介ですわ。甘やかしているのも、ただ当たりの強いことばかりを言って諍いを起こしたくないだけです」

 

「完璧にママね」

 

「これ以上ないぐらいママですね」

 

「だからぁ!」

 

 人の話を聞こうとしない二人に対する苛立ちがフツフツと湧き上がり――。

 

 

 

「着替え終わったヨー! 千鶴ママー!」

 

「ごはんー!? 何用意してくれたんだママー!?」

 

「千鶴ママー、私の髪飾り知らなーい?」

 

 

 

「……手を洗ってらっしゃい、エレナ。軽食はウチの家から持ってきたコロッケですわ、(たまき)。貴女の髪飾りなら先ほど休憩室に置いてあるのを見ましたわ、海美」

 

 

 

「やっぱりママね」

 

「紛れもなくママですね」

 

 

 

 

 

 

「俺の幼馴染が何処かでバブみを発しているような気がする」

 

「……何か言った?」

 

「いや別に。いつもの電波を受信しただけだからお気になさらず」

 

「いきなり電波とか訳の分からないことを言い出した相手に気にせずにいろと……?」

 

 早速仲良くなったアイドルファンの女の子と共に着席する。たまたま席が隣同士になったという理由で知り合ったのだが、若いながらアイドルに対して中々造詣が深い女の子である。流石に亜利沙ちゃんには及ばないが……まぁ、彼女は特例中の特例だから一緒にする方が可哀そうだろう。

 

「えっと、千鶴の出番は……おっとオープニングの後のトップバッターか」

 

 セトリ順的にもお姉さんポジションとは随分と信頼されているな、俺の幼馴染は。

 

「……ホントーにアンタ、千鶴ちゃんの幼馴染なの?」

 

「あれ、信じられてない?」

 

「『遊び人』を名乗ってアイドルの幼馴染を自称する相手を信用する要素があるとでも?」

 

「俺なら距離を置くかな」

 

「席離れてもらっていい?」

 

「仲良くしようぜ()()()()()

 

 この子も反応が楽しいなぁ。

 

 そんな会話をしていると、会場の照明が薄暗くなり始めた。

 

「……っと、始まるみたいだね」

 

「大人しくしてなさいよ?」

 

「曲によっては了承しかねるかな」

 

 ペンライトとサイリウムの準備が出来ていることを再確認する。

 

 

 

 ……さぁ、待ちに待ったライブの始まりだ。

 

 

 

 観客たちの期待を受け、今、劇場の幕が上がる。

 

 

 

 

 

 

 ――ようこそ、765プロライブ劇場へ!!

 

 

 




・どのシーンだったか探してみよう!
ヒント:「ヘーイッ!」

・転生特典の正体
第六章の良太郎の最大の特徴は『自分の正体を理解してしまった』ということ。
『知った』ではなく『理解した』というところがポイント。

・亜利沙ちゃん
ついに本編での本格登場です。
外伝で大分荒ぶっていましたが、全てなかったことになっています()

・島原エレナ
『アイドルマスターミリオンライブ』の登場キャラ。
ブラジル生まれのラテン系少女な17歳。
ミリオン勢唯一の外人キャラ。……いや、あの金髪の子は大和撫子だから。
……あれ、もしかしてヘレンさんと関係あるのでは……?

・田中琴葉
『アイドルマスターミリオンライブ』の登場キャラ。
ザ「委員長タイプ」な真面目系少女な18歳。
本来はエレナと共に恵美とのユニットが有名ですが、この作品では恵美が別事務所なので……。
この二人との絡みは何処かで書いてあげたい。

・遊び人のリョーさん
・貧乏旗本の三男坊
・越後のちりめん問屋
上から『遠山の金さん』『暴れん坊将軍』『水戸黄門』。

・千鶴ママ
早くもキャラ付けが決まった瞬間である。

・このみ
・風花
・海美
三人とも再登場キャラなので、詳細はそちらへ(丸投げ)

・環
本格登場のときに解説しますね(丸投げパート2)

・ニコちゃん
彼女は一体ダレナンダー?



 というわけで、良太郎が劇場のライブに初参加したところでようやく第六章本格スタートとなります! 未だにメインキャラとなる『あの子』が登場していませんが……じ、次回には出るから(震え声)

 ミリオンライブ編(兼、微ラブライブ編)張り切っていきましょー!


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Lesson233 夢が溢れる場所

前話までは序章。今回から本格始動!


 

 

 

 

 私には『夢』がある。

 

 

 

 ――分かった。それほど言うなら仕方ない。

 

 

 

 本気で挑み(かなえ)たい『夢』がある。

 

 

 

 ――ただし、条件がある。

 

 

 

 その『夢』を叶えるための時間が。

 

 

 

 ――今のうちに、楽しんで()()()おきなさい。

 

 

 

 私には、残されていない。

 

 

 

 

 

 

「……え? 今日のレッスンは休み?」

 

 放課後、私のスマホにかかってきたのはプロデューサーからのそんな受け入れ難い内容の連絡だった。

 

「もうステージまで時間がないんですよ? それなのにレッスン無しなんてどういうことなんですか?」

 

 プロデューサーに問い詰めるが、返ってきた言葉は『静香は詰め込みすぎだから少し休んだ方がいい』という納得できないものだった。

 

「……もういいです。私はこちらで自主練します」

 

 プロデューサーは未だに何か言っていたが、構わずそのまま通話を終了する。

 

「……はぁ」

 

 スマホを鞄に仕舞いながら、思わずため息を吐いてしまった。

 

 今の私に必要なのは休息などではなく、ただひたすらに練習だ。私は、自分が優秀ではないということを理解している。だからこそ人一倍練習しなければいけないというのに、一体プロデューサーは何を考えているのだろうか。

 

 プロデューサーへの愚痴を胸の内に抑え込み、自主練出来そうな場所を求めて校内を歩き回る。出来れば人目に付かない場所が良い。

 

 だが生徒が大勢残っている校内で、そんな場所を簡単に見付けることが出来るはずもなかった。教室も運動場も音楽室も多目的室も、全てダメ。

 

(……そういえば)

 

 ウチの中学校は珍しく屋上が解放されている。しかし屋上は運動部から出る洗濯物を干す場所として使用されているため、そこで部活動をする生徒はいない。

 

「………………」

 

 そこがダメだったら諦めて校外で探そう。そんなことを考えながら、私は屋上へと続く階段を昇り始めた。

 

 

 

 

 

 

「……ふんふふふーん!」

 

 イヤホンから流れてくる曲に合わせて鼻歌を歌いながタオルを物干し竿に干していく。今日はとてもいい天気だから、きっとすぐに乾くはずだ。

 

「うーん、なんかいい気分~!」

 

 快晴の空の下、心地よい風が吹く中で洗濯物を干していると、なんだかすっごい青春している気分になってくる。雑用が多い私だけど、こうしてみんなの役に立っていると考えるとそれはそれで誇らしい。それに洗濯物がキレイになるとそれだけで無条件に気分がいいしね! ……うちでのお手伝いはイマイチ気が乗らないのは、なんでだろなー?

 

 パンパンと生物部の白衣の襟を伸ばしながらハンガーにかけ、それも物干し竿にぶら下げていると、ふと視界の端で何かが動いた。それは風でなびいたシーツだった。恐らく保健室のベッドのものだと思われるそれは、ヒラヒラとまるで()のように動いていた。

 

(……幕かぁ)

 

 ヒラリと幕が上がり、ステージへ駆け上がる。そんな妄想が頭を過ったのは、きっと今もこうしてイヤホンで曲を聞いているから。なんてことのない日常風景に曲が流れていると、まるで映画のワンシーンのように思えてしまった。

 

 歌手、ダンサー、女優。自分が誰なのか、そんな具体的なことは考えない。

 

 再び風が吹き、フワリと(シーツ)が上がる。

 

 そのまま一歩前に踏み出して、私は高らかに――。

 

 

 

 ――そこには、女の子がいた。

 

 

 

「……ふぇ?」

 

 シーツの向こう側。私しかいないと思っていた屋上で、黒髪の綺麗な女の子が踊っていた。私と同じようにイヤホンを耳に付けて何か曲を聞きながら、ブレザーを脱いでブラウスの袖を捲り上げている。よく見ると額からは汗が流れているから、きっと私が気付かなかっただけで長い間踊っていたのだろう。

 

 

 

「……かっ、カッコいい!」

 

 

 

 そんな女の子の姿を見て……私は思わず叫んでしまった。

 

「っ!? えっ!?」

 

 ビクリと肩を跳ね上げされた女の子が動きを止める。慌てた様子でイヤホンを外し、キョロキョロと周りを見回し、そしてすぐに私と目が合った。

 

「み、見て……!?」

 

 カァッと顔が赤くなっていく女の子。そんな女の子に、私は手にしていたタオルを投げるように物干し竿にかけてから駆け寄った。

 

「今のなになに!? もしかしてダンス部!? カッコいい! 私もやってみたい! 入部したいかも!!」

 

「ち、違います! 私はダンス部じゃ……!」

 

「え、違うの? それじゃあアレだ、ポンポンの! ポンポン部!?」

 

「それを言うならチアリーダー! 違うけど!」

 

 違うらしい。他にダンスをする部活ってあったっけ……?

 

「というか、どうしてこんな屋上で踊ってたの?」

 

「あ、貴女こそこんなところで何やってるのよ!」

 

「洗濯だけど」

 

「……そ、そうね!」

 

 

 

「私、二年A組の春日(かすが)未来(みらい)! よろしくね!」

 

「……二年B組の最上(もがみ)静香(しずか)よ」

 

 

 

 

 

 

 誰もいないと高を括ってダンスの自主練をしていたら、バッチリ同級生に見られてしまった。正直顔から火が出るぐらい恥ずかしい。

 

 いや、これでも曲がりなりにもアイドルなのだからダンスを見られたぐらいで恥ずかしがっている場合ではないのだが……ステージ以外で、しかも制服のまま踊っているところを見られるのは妙に恥ずかしかった。

 

 そんな気恥ずかしさから話題を逸らすために「そういう春日さんは何の部活に入っているの?」と質問を投げかけたのだが。

 

「……は? テニス部と陸上部とソフトボール部を兼部?」

 

「あと生物部もだよ!」

 

 そんなふざけたような答えが返って来た。

 

「いやぁ、部活沢山だと洗濯物も多くてさー」

 

 エヘヘと何故か照れ笑いをする春日さん。なるほど、それで合点がいった。

 

「だから二年だっていうのに洗濯(こんなこと)やってるのね……」

 

 本来ならば洗濯といった雑用は新入部員である一年の仕事のはずだ。四つも掛け持ちしているせいでまともに活動に参加させてもらえないのだろう。

 

「あれ? もしかして私、呆れられてる?」

 

「あのね、春日さん。同じ二年として言わせてもらうけど、中学生活はたった三年しかない貴重な時間なのよ!? 光陰矢の如し! 常に目標を持って過ごさなきゃダメなの!」

 

 同級生に対して説教じみた言い方になってしまったが、きっとこれは()()()()に対しての言葉でもあった。

 

 三年というのは、本当にあっという間なのだ。

 

「えへへ、色々やってみたら一番やりたいことが決まるかなって思ったんだけど、どれも楽しくて気付いたら一年経っちゃったんだ」

 

「……呆れた。楽しいって、それだけで?」

 

「うん! テニス部も陸上部もソフトボール部も生物部も楽しいんだ!」

 

 ……洗濯をしながら、随分と幸せそうな顔をする子である。

 

「そういう静香ちゃんは、ダンス部楽しい?」

 

「……だからダンス部じゃないって……」

 

 ……楽しい、か。

 

 

 

 ――今のうちに、楽しんで遊んでおきなさい。

 

 

 

 私は、楽しんでいるだけじゃ、ダメなんだ。

 

「っと」

 

 不意に強い風が吹いた。干してある洗濯物が飛んでいくなんてことはなかったが、それでもシーツやタオルは大きくはためいていた。

 

「……さっきもね、風が吹いたときに洗濯物がパッと開いてね、それがまるでステージの幕みたいで私ワクワクしちゃったんだ!」

 

「………………」

 

 そんなことを楽しそうに語る春日さんの笑顔が、とても眩しくて。それはきっと、ステージの上に立っている私よりも眩しかった。

 

「……春日さん。私――」

 

 

 

 ――アイドルになりたいの。

 

 

 

「……え」

 

「春日さんに偉そうなことを言っておいて、自分だけ黙ってるのは卑怯だと思うから」

 

 違う。本当はそうじゃない。目の前の眩しい光から目を閉じようとしているだけだ。

 

「まだ駆け出しだし、歌もダンスもまだまだ未熟」

 

 同期のみんなと比べても、私のパフォーマンスは見劣りすることは自覚している。

 

「無茶な夢だって分かってる」

 

 簡単になれることだったらそもそも夢になんて見ない。

 

「それでも私は――!」

 

 

 

「あ、アイドルゥゥゥ!?」

 

 

 

「っ!?」

 

「す、すっごーい! アイドルってアイドルでしょ!? そっかー! さっき踊ってたのってアイドルだからなんだ!」

 

 何故か突然テンションが跳ね上がった春日さんが、私の両手を取ってキャッキャとはしゃぎ始める。

 

「踊るだけじゃなくて歌うんだよね!? 歌って踊るんだよね!? すごいすごい!」

 

「ちょ、ちょっと春日さん落ち着いて……」

 

「あっ! そうだサイン貰わなきゃ! えっと、何か書くもの……あ! それじゃあこの白衣にサインを……!」

 

「その白衣貴女のじゃないでしょ!? だから落ち着いてってば!」

 

「『未来ちゃんへ』って書いてね!」

 

「人の話を聞けえええぇぇぇ!」

 

 

 

「全く……」

 

「えへへ……ごめんなさい」

 

 結局自主練は進まずにそのまま帰宅することになったのだが、何故か春日さんまで付いてきた。

 

「部活はいいの?」

 

「私のお仕事はアレで終わりだから大丈夫!」

 

「部活動としては全く大丈夫じゃないわね」

 

 本人が楽しんでいるからとはいえ、本当にそれでいいのだろうか。

 

「それで静香ちゃん、さっきの話なんだけど……」

 

「……はぁぁぁっ」

 

 これ見よがしにため息を吐くが、春日さんには全く通じていなかった。

 

「……はいコレ」

 

 鞄の中に入れっぱなしになっていたチケット。『765プロライブ劇場』の定期公演、私が初めて()()()ステージに立つ公演のチケットを春日さんに渡す。

 

「これ!? これがライブ観れちゃうチケットなんだね!? ありがとう!」

 

 観に行きたいと駄々をこねて煩かったから、仕方がなく渡すことになってしまった。

 

「しかも二枚もある! よっ! 静香ちゃんの太っ腹!」

 

「なんかムカつくからその言い方ヤメテ」

 

 二枚あるのは家族の分として渡されたからだ。けれど、私の両親は()()()()()()。使うアテもなかったから、言い方は悪いが処分の方法としては丁度良かった。

 

「ただし、絶対に学校の子には内緒にしてよ。誘って一緒に来るとかもっての他だからね?」

 

「ねぇねぇサキちゃーん! 週末って予定ってアイタァァァッ!?」

 

 舌の根も乾かぬ内に……というか本当に人の話を全く聞いていないので、思わず通学鞄を春日さんの後頭部目がけてフルスイングしてしまった。

 

 ……やっぱり、早まったかもしれない。

 

 

 




・最上静香
『アイドルマスターミリオンライブ』の登場キャラ。
ミリオンライブの信号機トリオの青色な14歳。要するに『蒼』担当。
ミリオンライブの顔の一人と言っても過言ではない。
ただし青色の呪いか、地味にポンコツ枠でもあったりする。

・春日未来
『アイドルマスターミリオンライブ』の登場キャラ。
ミリオンライブの信号機トリオの赤色な14歳。
春香卯月と並ぶ正真正銘ミリオンライブの顔。
地味にアイ転では珍しい元気溌剌天然系だったりする。

・テニス部と陸上部とソフトボール部と生物部
今回のストーリーの主軸にしているゲッサン版での設定。多すぎィ!
……アイ転的には各部活に色々なキャラが良そうですねぇ!

・「人の話を聞けえええぇぇぇ!」
良太郎がいないにも関わらず、早速アイ転の洗礼を受ける静香ちゃんの図。

・『765プロライブ劇場』
前話も含めて表記を変更しております。



 ついに登場! ミリオンライブの赤担当と青担当です! 本格的にミリオンライブっぽくなってきましたね!(小並感)

 良太郎が登場しておらず、流れがほぼゲッサン版のままですが、次回からちゃんとアイ転になりますから……!



『どうでもいい小話』

 ついに志保のフィギュアの予約も始まりましたね! これは買わねば!

 ……おっと、ちょっとヴァリサのフィギュアも欲しいぞ……!?


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Lesson234 夢が溢れる場所 2

謎()の二人登場!


 

 

 

「着いた!」

 

 週末、私は静香ちゃんのステージを見るために劇場へとやって来た。

 

「うわぁ~! ここが会場か~!」

 

 屋上に大きなネオン管で『765 LIVE THEATER』と書かれたその建物が今日の会場であり、静香ちゃんが所属している事務所の専用劇場らしい。

 

 乗って来た自転車を手で押しながら会場の周りを見て回ると、私と同じように今日のライブを観に来たらしい人たちが大勢いた。

 

「っ! あぁ!?」

 

 そんな中、私は掲示板のガラスの向こうに張られているポスターに気が付いてしまった。

 

「静香ちゃんだー!」

 

 思わず自転車をその場に停めて駆け寄ってしまった。

 

 ポスターの中の静香ちゃんはステージ衣装に身を包み、マイクを片手に笑顔を浮かべていた。さらには静香ちゃんの直筆と思われるサインまで書かれている。

 

「本当にアイドルなんだー……!」

 

 制服姿で踊っていたときもカッコ良かったけど、こんな衣装で踊るともっとカッコいいんだろうなぁ……!

 

「よし! 私も早く会場に……!」

 

 そこでいきなり振り返って動き出したのがいけなかった。

 

「きゃっ」

 

「わっ!?」

 

 私のすぐ後ろを歩いていたお姉さんにぶつかってしまった。そのままバランスを崩して後ろに倒れるお姉さんの姿に「しまった」と手を伸ばすが、私の手が届く前に女性の隣を歩いていたお兄さんがその肩を優しく支えた。

 

「おっと。二人とも、大丈夫か?」

 

「あ、うん、ありがとう」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 お姉さんが無事だったことにホッとするが、慌てて頭を下げる。危うく怪我をさせてしまうところだった。

 

「私は大丈夫。でもこれからは周りに気を付けてね?」

 

「は、はい!」

 

 優しいお姉さんで良かった! ……っと、そうだ!

 

「あ、あの、もし良かったらお詫びにコレを……!」

 

 ポケットから今日のチケットを取り出す。静香ちゃんは二枚くれたけど、学校の友だちを誘うことが出来なかったから結局一枚余らせてしまっていたのだ。

 

 ……って、あぁ!? 明らかにデート中の二人だっていうのに、チケット一枚だけ渡してどうするの私!? 二人ともそれに気付いてなんか逆に困ってるっぽいし!?

 

 ……う、うぅ……でも、私から言い出しちゃったし……こ、ここは二枚とも……!

 

「……ふふっ、そんな悲しそうな顔しなくて大丈夫だよ。実は私も、一枚だけチケットを持ってたの」

 

「え?」

 

「一枚しかないから、今日は諦めようかなーって思ってたんだけど……どうかな? 今日は私たちと一緒に観ない?」

 

 優しいお姉さんは本当に天使のように優しかった。

 

「こちらこそ、是非よろしくお願いします!」

 

 一人で観るのちょっと寂しかったから、同行者がいきなり二人も増えて嬉しいな!

 

 

 

(……ゴメン、勝手に決めちゃって)

 

(いいんじゃない? なんか面白そうな子だし)

 

 

 

 開場時間になったため、ダークブラウンのロングヘア―のお姉さんと赤いメガネをかけたお兄さんと共に、私は劇場の中へと入っていく。

 

「でもごめんなさい……」

 

「え? さっきのことはもう大丈夫だよ?」

 

「そっちじゃなくて、デート中にお邪魔しちゃったみたいで……」

 

「で、デート!? 違う違う! そんなんじゃないから!」

 

 顔色を変えてブンブンと首を横に振って否定するお姉さん。これだけならば照れて慌てているだけのようにも見えるのだが、顔色は赤ではなく青褪めているところを見ると本当に違うらしい。

 

(その反応は流石に傷付くんだけど)

 

(その誤解が()()さんの耳に入った場合、物理的に傷付くのは私なんだからね!?)

 

 そんなやり取りをしつつ、劇場の中へ。私が貰ったチケットの席はお姉さんが持っていたチケットの席は偶然にも前後並んでいて、お兄さんのご厚意により私とお姉さんが並んで座り、お兄さんが後ろの席へと着いた。

 

 席に座り、改めて劇場を見回してみる。

 

「テレビとかで見る劇場ってもっと広いイメージですけど、ここは結構狭いんですね!」

 

「え゛っ」

 

「ハッキリ言う子だなぁ……」

 

「で、でも765プロ自前の劇場だし、この座席数埋めるの結構大変なんだよ!?」

 

「埋める……」

 

「うん! 今日は埋まってないけどね! 今日は!」

 

 何故か必死に弁明をするお姉さん。それだけここに思い入れがあるってことなのかな?

 

「そ、それにホラ、狭いからいいこともあるんだよ! どの席からでもステージが凄く近いでしょ?」

 

「え?」

 

 お姉さんのそんな言葉に、少し身を乗り出してステージを覗き込む。

 

「本当だ! っていうか、一番前の席近すぎだよ!?」

 

 席とステージの距離が二メートルぐらいしか離れていなかった。あんなすぐ近くまでアイドルが来るなんて!

 

「……ハッ!? 大変! あんなに近いとパンツ見えそう!」

 

「そう! いいところに目を付けたな少女よ! それがこの劇場におけるいいところの一つと言っても過言ではない! ステージ衣装故に中身は当然アンダースコートなのは決定的に明らか! しかしスカートという布がチラリと捲り上がったことにより見えるものこそが『下着』という神秘の存在に近しいものであり、それはすなわちブベラッ!?」

 

「わっ!?」

 

 突然風切り音が聞こえたかと思うと、スパンッという乾いた音が静かに響いた。何が起きたのかと振り返ってみると、何故かお兄さんが鼻っ柱を抑えながら呻いていた。

 

「……一体何処から……ナオちゃんのハリセンを……!?」

 

「……どうしたんですかね?」

 

「なんでもないよ。鼻先に蜂が止まってたから、追い払ってあげたの」

 

 なんと、蜂! それは危ない!

 

「気を付けなきゃダメだよお兄さん! お姉さんが追い払う前に、自分で追い払わないと!」

 

「うん、そうだね……でも自分で追い払うのは難しいんだ……何せ百八匹もいるから……」

 

 一体何処にそんな蜂の大群が!?

 

 

 

()()さんに怒られちゃえばいいのに)

 

(なに、この程度では怒られんさ……)

 

(声震えてるよ)

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「……静香」

 

「………………」

 

「……しーずーか」

 

「ひゃっ!?」

 

 突然ポンと背中を叩かれ、台本に集中していた私は驚き思わず台本を落としてしまった。

 

「あ、ごめんなさい……でも、集中しすぎもいけませんわよ」

 

 わざわざ台本を拾ってくれた上に、そんな言葉まで投げかけてくれたのは、私と同じく今日のステージに立つ二階堂千鶴さんだった。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「緊張を誤魔化すために何かに集中すること自体は悪くはありません。けれどこれからステージに立つというのに、周りが見えていないというのは困りものですわよ?」

 

「は、はい……」

 

 私よりも先にステージに立っている先輩からの苦言に、思わず身が縮こまってしまう。

 

 何故か普段からお嬢様口調で喋るという少々変わり者な先輩ではあるが、それ以上に曲者揃いの劇場の中では圧倒的にまともな頼れるお姉さんである千鶴さん。そんな彼女からの言葉は、自分でも予想以上に心に響いた。

 

「……静香、口をお開けなさい」

 

「え」

 

「はい、あーん」

 

「あ、あーん」

 

 千鶴さんに言われるがままに口を開けると、彼女は「えいっ」と何かを私の口の中に放り込んだ。

 

 思わず口を閉じて咀嚼してしまったそれは……。

 

「……お、美味しい……!」

 

「ふふん、わたくし手作りの肉団子ですわ。美奈子が作ったものにも負けない自信作ですのよ?」

 

 本当に美味しくて、すぐに食べてしまった。

 

「まだまだありますが……これは、ステージを無事に終えてきてからお食べなさい。肩の力を抜いて挑めば、あっという間に終わりますわ」

 

 そう言いながら千鶴さんが浮かべた柔らかい笑みは、同性の私でもドキッとしてしまうほど魅力的なものだった。

 

「けれど、ただ漠然とステージに立つのではなく、しっかりと自分がどういうアイドルなのかということを意識すること」

 

「は、はい!」

 

 思わず背筋が伸びてしまったが、それでも先ほどよりも身体の強張りはなくなっているような気がした。

 

「いいお返事ですわ。頑張りなさい、静香」

 

 

 

「はい、頑張ります、千鶴マ――」

 

 

 

「……マ?」

 

「………………」

 

「静香?」

 

「……違うんです」

 

「静香」

 

「言ってません」

 

「まだ何も言ってないですわよ?」

 

「……私、そろそろ出番です!」

 

「……行ってきなさい」

 

「は、はい!」

 

 

 

 

 

 

「あっ! そうだ! 実は今日、私の友だちが初めて一人でステージに立つんです!」

 

「あら、そうなの? どの子どの子?」

 

「この子です! 最上静香ちゃん!」

 

 パンフレットを取り出し、静香ちゃんの写真を指差す。先ほどの笑顔のポスターとは違い、こちらの静香ちゃんはキリッとした表情でカッコ良かった。

 

「実は同じ学校の同級生で、今日のチケットも静香ちゃんから貰ったんです!」

 

「そうだったの……静香ちゃんが」

 

 あれ、もしかしてお姉さんも静香ちゃんをご存じ?

 

 ……あっ! もしかして、静香ちゃんのファン!?

 

「ここで会ったのも何かの縁ですし、良かったらサイン貰ってきてあげましょうか!?」

 

「え?」

 

「実はまだ私もサイン貰ってなかったから、それと一緒に貰ってきてあげますよ! お兄さんもどうですか!?」

 

「ん? 俺? ……そうだね、折角だからお願いしようかな。でも貰うだけじゃ悪いから、代わりに俺のサインをあげちゃおう。アイドルのサインと同じぐらいの価値はあると思うよ」

 

「またまたー! お兄さん冗談ばっかりー!」

 

「はっはっはっ」

 

 全然表情が動かないからちょっと怖い印象のお兄さんだったけど、喋ってみるととても愉快のお兄さんだった。

 

(……劇場の子たちが束になっても、この人のサインの価値には届かないんだろうなぁ……)

 

「っと、そろそろ準備しないとね」

 

 そう言いつつお兄さんはショルダーバックの中からオレンジ色の棒を何本も取り出した。

 

「それなんですか?」

 

「これは『サイリウム』。折ると光るから、これを振って応援するんだ。はいお裾分け」

 

「わっ、ありがとうございます!」

 

 お兄さんは五本もくれたので、試しに一本、力を入れて折ってみる。するとパキッという音と共に棒が明るく光り始めた。

 

「わー! キレー!」

 

「アイドルのステージが始まると会場は暗くなるから、サイリウムのおかげで客席も負けないぐらいに綺麗に光るんだよ。光の海みたいに」

 

 なんかテレビで見たことあるかも! そっか、客席が光ってたのは、みんなこれを持ってたからなんだ!

 

「……今日は観てく予定じゃなかったって言ってたのに、なんでそんなに持ってるの?」

 

「俺はファンとしてもいつだって全力なのよ」

 

「……流石、あの亜利沙ちゃんと仲良くしてるだけのことはあるよ……」

 

 そのとき、ふっと会場の照明が暗くなった。

 

「わっ、暗くなった!?」

 

 キョロキョロと周りを見回す私に、お姉さんはフフッと笑った。

 

「ほら――」

 

 

 

 ――始まるよ。

 

 

 




・ダークブラウンのロングヘア―のお姉さん
・赤いメガネをかけたお兄さん
一体コノ二人ハ誰ナンダー?(ヒント:お互いの口調)
※指摘があったのでお姉さんの髪型を変更

・「いいところに目を付けたな少女よ!」
誰だか知りませんが、やけに生き生きとしてますねこのお兄さん(棒)

・「はい、頑張ります、千鶴マ――」
千鶴ママの躍進は止まらない!



 再び未来&静香の視点でお送りした二話目でした。この当たりからちょっとずつ漫画の展開と差異が生じていきます。



『どうでもいい小話』

 祝! ミリオンライブアニメ化決定! やったぜ!

 ……いや、もうちょっと早くその情報欲しかったなぁ……。

 こういうことにならないように、わざわざ一年以上外伝書いて時間を稼いでたっていうのに……。


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Lesson235 夢が溢れる場所 3

お兄さんとお姉さんの正体が明らかに!(バレてた)

※前回からのお姉さんの髪型の描写を変更しております。


 

 

 

『閉じ込められている砂の 零れていく音色』

 

『……ねぇ、聴こえているでしょう?』

 

 

 

 ステージの幕が上がり、聴こえてきた歌声は紛れもなく静香ちゃんのものだった。

 

 けれど、眩しいライトの向こう、逆光の中に立つ少女は、まるで静香ちゃんとは別人のようだった。

 

 

 

『限られた未来が落ちていくのを』

 

『眺めるだけなんて、嫌』

 

 

 

 ダンスはきっと、学校の屋上で踊っていたものとおなじはず。けれど、それも制服で踊っていたときとは全く別物のようだった。

 

 

 

『星の数ほどあるはずなのに』

 

『この掌に数えるくらい』

 

 

 

 初めて聞く静香ちゃんの曲。それでも徐々に高まりつつある盛り上がりは肌で感じ取っていた。

 

 そして気付いたときには――。

 

 

 

『たった一粒でもかけがえのないモノ!』

 

『輝きに変えながら叶えていきたいの!』

 

 

 

「静香ちゃあああぁぁぁん!」

 

 ――私は、叫んでいた。

 

「凄い! 静香ちゃん凄い!」

 

「ちょ、ちょっと落ち着いて……!?」

 

 

 

『たった一つだけのかけがえのない夢!』

 

『あなたにも見えたのなら……手を差し伸べて、硝子の外へ!』

 

 

 

「カッコいぃぃぃ! アイドルみたいぃぃぃ!」

 

「アイドルだから! 落ち着いて! コラ! 前に身を乗り出さない!」

 

「元気な子だなぁ……」

 

 

 

 

 

 

(……はぁ……はぁ……)

 

 マイクに入らないように静かに息を整える。

 

(……ちゃんと、歌えた……踊れた……)

 

 先ほどの自分の歌とダンスを思い返す。百点満点をつけるほど自分には甘くないが、それでも十分に及第点に達している自信があった。今の自分自身の力を全て注ぎ込めたと思う。

 

(次は、全体曲……!)

 

 一人で立つステージはこれで一段落。あとは、次の自分の出番まで……

 

(……え)

 

 そのとき、上手(かみて)の舞台袖からスケッチブックを掲げるスタッフさんの姿が目に入った。

 

 

 

 ――スタンバイちえん トークでつないで!

 

 

 

 スケッチブックに書かれた走り書きに、私はサァッと血の気が引いたのを感じた。

 

 歌の練習はした。ダンスの練習もしてきた。けれど、トークの練習なんてしていない。同僚にはそんな練習しなくてもトークが出来る人もいるだろうが、少なくとも自分にそんなことが出来るわけないということは分かり切っていた。

 

(なにか、喋らないと……!)

 

 このまま黙ったままステージに立っているわけにはいかない。真っ白な頭のまま、私は口を開いた。

 

『本日は、本当にありがとうございました』

 

 そう言って頭を下げて、直後自分の失敗に気付いた。

 

(これじゃ、まるで終わりの挨拶じゃない……!)

 

 頭を下げたまま、クスクスと笑われているような気がしてカァッと顔が熱くなるのを感じた。

 

(どうしよう……何か、何か言わなきゃ……!)

 

 しかし考えれば考えるほど、私の口から出てくるのは「あの、えっと」という到底その何かですらないただの声だけ。

 

 

 

(なにか……だれか……!)

 

 

 

 

 

 

「……静香ちゃん、どうしたんだろ……」

 

「様子がおかしいね……」

 

 歌い終わった途端、静香ちゃんがステージ上で動かなくなってしまった。

 

 歌い終わったのだから下がらないのかとか、どうしてあんなに必死な表情をしているのかとか、私には分からないことが多い。

 

 けれどただ一つだけ。今、私の友だち(しずかちゃん)が困っているということだけはすぐに分かった。

 

 だから咄嗟に、ここから声を張り上げようとして――。

 

 

 

「わっほーい!」

 

 

 

 ――突然、隣に座っていたお姉さんが立ち上がった。

 

 ダークブラウンのロングヘアーをいつの間にか赤いリボンで一つにまとめたポニーテールにしたお姉さん。バンザイするように両腕を頭上に持ち上げ、先ほどまで大人のお姉さん然とした柔らかい笑顔は満面の笑みになっていた。

 

「みなさーん! 一曲目、最上静香ちゃんで『Precious Grain』をお聴きいただきましたが、いかがでしたかー!? 盛り上がって、くれましたかー!?」

 

 ()()()()()()()()()()()みんなに話しかけるお姉さんに、周りのお客さんたちがざわつき始めた。

 

 

 

 ――あれ!? 佐竹美奈子ちゃん!?

 

 ――え、今日の出演者にいたっけ!?

 

 ――サプライズってこと!?

 

 ――きゃあああぁぁぁ美奈子ちゃあああぁぁぁん!

 

 ――今日来れて良かったあああぁぁぁ!

 

 

 

 え、え、何? どういうこと? さたけみなこちゃんって誰?

 

 

 

 

 

 

 さて、なかなか面白い状況になりつつあるが、そもそもどうしてこういう状況になったのかを振り返ることにしよう。

 

 

 

 事の始まりは、俺が「そろそろ俺も劇場のみんなに顔を見せようか」という考えに思い立ったことである。

 

 現在、俺こと周藤良太郎が765プロと親密な関係であることを知っているアイドルは春香ちゃんたちAS(オールスター)組、杏奈ちゃんたちシアター一期生組の他は、このみさんとジュリアぐらい。つまりシアター二期生組とはほぼ面識がない状態なのだ。

 

 知り合いという点で言えば千鶴や亜里沙ちゃん、名前を知っているという点で言えば白石紬ちゃんや桜守歌織さんなどもいるが、765プロとの関わりやアイドルとしての俺を知らないだろうから除外。そんな子たちを全員まとめて驚かせたいのである。

 

「というわけで、今回の共犯者は美奈子ちゃんにお願いしようかなと思った次第です」

 

「共犯者っていう表現されると、協力したくなくなるんだけど……」

 

 そう苦笑しつつも拒否しない美奈子ちゃんは本当にいい子である。同い年捕まえていい子もないが、かといって年齢相応にイイ女と称してしまったら色々なところから怒られそうだ。

 

 そんなわけで美奈子ちゃんの協力を取り付けつつ、まずは腹ごしらえとして彼女の実家の佐竹飯店で昼食にする。

 

 一人前のチャーハンとラーメンのセット(通常のお店での二人前相当)を注文し、美奈子ちゃんからお手拭きとお冷を貰ったところで彼女は「あれ?」と首を傾げた。

 

「この間、一人でこっそり観に来たんじゃなかったっけ?」

 

「あれ? なんで知ってるの?」

 

「琴葉ちゃんから『亜利沙の知り合いで「遊び人のリョーさん」って名乗る怪しい人物がいた』っていう話を聞いてたから」

 

「不審人物扱いされてて草」

 

「なんで他人事なの……」

 

 志保ちゃんといい美波ちゃんといい、真面目な子に対する初対面での印象の低さは相変わらずだが、マイナスからスタートしたその二人と比べれば今回はまだマシだと思う。

 

「どうしてそこまでポジティブシンキングなんだか……」

 

 そんな人の長所をまるで短所のように言わないでほしい。

 

 話が逸れた(かんわきゅうだい)

 

「本当はそのときに一人で舞台裏に突撃するつもりだったんだけどさ、席が隣になった子と仲良くなってそのあと一緒にご飯食べに行っちゃったんだなコレが」

 

 いやぁ、凄かったなぁニコちゃん。随分と若いのに俺や麗華たちよりも上の世代のアイドルについても詳しくて、正直かなり勉強になった。

 

「……え、子っていうからには女の子だよね? 女の子と二人きりでご飯食べに行ったの?」

 

「と言ってもファミレスだけどね」

 

 アイドルの後輩だったら食べたいものを聞いて好きなところに連れていってあげるのだが、まぁしょうがないよね。

 

「……良太郎君、君、本当にそういうこところだよ」

 

「ん? 何? 押し上げられたエプロンもいいなぁとか思ってるところ?」

 

「そういうところも!」

 

 さっと手で胸元を隠されてしまったが、寧ろその仕草を見たかった。

 

「はぁ……良太郎君は()()()()()()ぐらいじゃ変わらわないね」

 

「寧ろ変わると思った?」

 

「そこは変わっておこうよ……」

 

 呆れたように笑う美奈子ちゃん。

 

「彼女さんに怒られない?」

 

「これぐらいじゃ怒られないって。向こうもこれが『周藤良太郎』だって理解してくれてるから」

 

「だからって甘えすぎちゃダメだよ? もうちょっと彼女さんを大事にして……」

 

「そりゃあもう大事さ」

 

 他人から見た俺がフラフラしていることぐらいは理解している。これはもう性分だから勘弁してもらいたい。

 

 それでも、俺が彼女を大事にすると心に決めたことも偽りではない。

 

 

 

「この先の俺の命、その全てをかけてでも愛すると誓ったからね」

 

 

 

「………………」

 

「……割と真面目に言ったから、ノーリアクションは流石に心にくるんだけど……」

 

「……はぁぁぁ……ちゃんとすればチャーハン食べながらでもこれだけカッコいいとか本当にズルいよねー良太郎君は」

 

「褒められた?」

 

「今回はちゃんと褒めてあげたよ」

 

 やったぜ。

 

 

 

 

 

 

 さて、腹ごしらえも終えて美奈子ちゃんと共に劇場へとやって来た。

 

「……もしやこれって同伴出勤では?」

 

「そろそろ上げた評価をわざわざ自分の手で落とすのやめない?」

 

 ゴメンこれも仕様だから……。

 

 さて、俺はいつもの帽子と伊達眼鏡装備、そして美奈子ちゃんは髪の毛を下ろした姿で劇場前を歩く。

 

「ふふっ、良太郎君とこうやって変装して歩くことになるなんて、バックダンサーやってた頃には到底考えられなかったなぁ」

 

「有名になったもんだね」

 

 劇場の前に貼られたポスターに映る美奈子ちゃんは、既に人気アイドルの風格を漂わせている。劇場が始まってから早半年、ずっとステージに立ち続けている美奈子ちゃん他シアター一期生組はみんな劇場の顔とも呼べる存在になっていた。

 

「あっ、この子、今日初めて一人でステージに立つ子なんだよ」

 

 そう言って美奈子ちゃんが指さしたポスターに視線を向けると、そこには青みがかった黒髪ロングの少女がこちらに向かって笑顔を向けていた。

 

 そしてそのポスターを食いつくように見つめている茶髪の少女がいた。

 

「……既に熱心なファンが出来てるみたいだね」

 

「そうだね」

 

 二人で微笑ましく思いながら少女の後ろを通り抜ける。

 

「よし! 私も早く会場に……!」

 

 しかし、いきなり動き出した少女の体が美奈子ちゃんにぶつかった。俺が車道側を歩いていたため、庇うことも出来なかった。

 

「きゃっ」

 

「わっ!?」

 

「おっと」

 

 しかし倒れそうになった美奈子ちゃんの体を支えることには成功した。

 

「二人とも、大丈夫か?」

 

「あ、うん、ありがとう」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 ペコペコと頭を下げる少女。ちゃんと謝れるのはいいことだし、わざとじゃないということもちゃんと分かっているので美奈子ちゃんも「私は大丈夫」と笑顔で手を振った。

 

「でもこれからは周りに気を付けてね?」

 

「は、はい!」

 

 さて、余り長いこと話をしていると身バレの危険性もある。なのでこのまま立ち去ろうと思ったのだが……。

 

 

 

「あ、あの、もし良かったらお詫びにコレを……!」

 

 

 

 少女がプルプルと小さく震えながらチケットを取り出したため、思わず足を止めてしまったのである。

 

 これは……なにやら面白そうなことになりそうだな。

 

 

 




・『Precious Grain』
静香の持ち歌。歌詞書くために改めて聞き返したけど、聞けば聞くほど静香の曲だなって思った(小並感)

・「わっほーい!」
古きPだとこれ春香さんのセリフなんだよね。
全部『relations(REM@STER-A)』が悪いんや(悪くない)

・あれ!? 佐竹美奈子ちゃん!?
・ダークブラウンのロングヘア―
というわけでお姉さんの正体は佐竹美奈子ちゃんでした!
……色々感想とかで指摘されて、髪の描写が微妙だったことに気付いて訂正しております。いや、俺の中で美奈子はゆっこぐらいの長さのイメージだったんだ……すみませんでした……。

・同い年
いい機会なので、原作と年齢の相違がある子たちを活動報告の方でまとめておきたいと思います。

・彼女
次話ぐらいでそろそろ出そうかなぁ……。



 というわけで、謎のお兄さんとお姉さんの正体は良太郎と美奈子でした!(知ってた)

 原作漫画ではこの場面、春香さん一人だったのですがアイ転世界だと春香さんのアイドルレベルが上がりすぎているので、ここでこんなことをしでかしたら大パニック不可避。良太郎も参加させたいという理由もあり、美奈子になりましたとさ。

 次回、新たなるアイドルの誕生!


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Lesson236 夢が溢れる場所 4

ここが少女の夢の始まり。


 

 

 

「はぁ……! はぁ……!」

 

 今日のステージを終え、舞台を下りた私は劇場の中を走っていた。関係者以外立ち入り禁止エリア内で、先ほど私の窮地を救ってくれた先輩の姿を探す。

 

「おっ、静香お疲れさーん」

 

「な、奈緒さん!」

 

 その途中、今日共にステージに立った別の先輩である横山奈緒さんとすれ違った。

 

「お、お疲れ様です!」

 

「だからそんなにイチイチかしこまらんでえぇって」

 

 思わず足を止めて一礼する私に、奈緒さんは苦笑しながら手を振った。

 

 奈緒さんはかしこまらないでいいと言うものの、奈緒さんはあの伝説と謳われる765プロ感謝祭ライブでバックダンサーを務め、さらに劇場が始まった当初からステージに立ち続けている。さらに既にメジャーデビューも果たしている先輩でもあり、私が目標としている人物の一人でもあるのだから、どうしてもかしこまってしまう自分がいた。

 

「それで、何をそんなに慌ててたん?」

 

「えっと、慌ててるわけではないのですが……その、美奈子さんを見ませんでしたか?」

 

「美奈子? なんや人を待たせてるゆーて裏口出てったで」

 

「ありがとうございます!」

 

 奈緒さんにお礼を言ってから、裏口へと向かう。

 

 あのとき、私は何も出来なかった。突然の出来事に何も出来ず、自分の失敗に言葉を失くしてしまうという更なる失敗を重ねてしまった。たまたま観客席にいた美奈子さんが助けてくれなかったら、危うく今日のステージを台無しにしてしまうところだった。

 

 辿り着いた裏口の扉を勢いよく開ける。

 

「美奈子さん!」

 

 

 

「はい、これでいいかな? 未来ちゃん」

 

「わぁ! ありがとうございます!」

 

 

 

「……は?」

 

 何故か美奈子さんが春日さんのTシャツにサインをしていた。そして美奈子さんの隣に立っている男性は誰だろうか。

 

「あっ! 静香ちゃん!」

 

「静香ちゃん、お疲れさまー!」

 

「……あ、はい、お疲れ様です……って、春日さん!? なんでここにいるの!? なに!? 何してるの!?」

 

 そういえばさっき美奈子さんの隣にいたような気がしたけど、どうやら見間違えじゃなかったらしい。

 

「ねぇねぇ静香ちゃん、聞いて! この人誰だか知ってる!?」

 

 何故か興奮気味に私に詰め寄ってくる春日さん。

 

「なんとテレビにも出てるアイドルの佐竹美奈子さんなんだって! さっきのステージに立ってた横山奈緒と一緒にジャスミンっていうユニットに組んでるすっごいアイドルでね!」

 

「春日さんお願いだからちょっと黙ってて!」

 

 それはもう嫌というほど存じております!

 

「み、美奈子さん、今日は本当に……本当にすみませんでした……!」

 

「そんなことないよ。私の方こそでしゃばっちゃってゴメンね」

 

「情けない初ステージになってしまい、危うく台無しにしてしまうところでした……本当に、反省しています……」

 

 もし、美奈子さんがいなかったら。

 

 考えたくもない。けれど、その可能性があったということを忘れてはいけない。

 

 私は……私は……!

 

「……ねぇ、未来ちゃん。未来ちゃんは今日が人生で初めてのライブだったんだよね?」

 

「え? はい! そうなんです!」

 

 突然、美奈子さんの隣に立っていた男性が春日さんにそんなことを問いかけた。

 

「……そう、ごめんなさい、春日さん……わざわざ観に来てくれたのに……」

 

 もっと素晴らしいステージを観せてあげたかった。アイドルのステージはもっと凄いんだと、教えてあげたかった。

 

「ありがとう! 静香ちゃん!」

 

「……え」

 

 

 

「今日のライブ、すっごく楽しかったよ!」

 

 

 

「っ……!」

 

「歌ってるときの静香ちゃん、すっごいカッコよかった!」

 

 春日さんは、そう言って笑ってくれた。それは子どものような無邪気な笑みで、含みなんて一切感じさせない本心からのものだということが手に取るように分かった。

 

(私のステージを……楽しんで、くれたの……?)

 

 ジワリと視界が滲む。ペラペラと今日の感想を楽しそうに話す春日さんに悟られないようにそっと涙を拭った。

 

「そうだ! 次はもっと近くで静香ちゃんのこと応援するからね! 最前列で……最前列?」

 

 何故か自分の言葉を反芻して動きを止める春日さん。

 

「……春日さん?」

 

「……見付けた」

 

「え?」

 

「ありがとう静香ちゃん!」

 

「え、何が?」

 

「私、今日観に来れて良かった!」

 

「それは嬉しいんだけど、え、何?」

 

 私の手を握る春日さんの目は何故かキラキラと輝いていた。

 

「美奈子さんもお兄さんもありがとうございました!」

 

「え、う、うん」

 

「どういたしましてー」

 

 今度は美奈子さんと男性に頭を下げる春日さん。美奈子さんも戸惑っている様子で、その一方で男性は無表情にヒラヒラと手を振っていた。

 

 

 

「見つけた! 私が一番やりたいこと!」

 

 

 

 春日さんは、そう言って人差し指を空に向けた。

 

 

 

 

 

 

(これはこれは……)

 

 愉快な少女の初めてのアイドルのステージ体験記を間近で見れると思っていたら、それ以上に面白そうな場面に出くわしてしまった。

 

「というわけで美奈子さん! アイドルってどーやってなるんですか?」

 

「え、何が『というわけで』なのかな……?」

 

「ふむ、アイドルになる方法ね。それなら劇場アイドルのオーディションを受けるといいんじゃないかな」

 

「オーディション、ですか?」

 

「そう。確か765プロライブ劇場は新しいプロジェクトのために劇場アイドルを募集してるはずだから。それに応募するのが、今の君にとってベストな方法じゃないかな」

 

 だよね? と美奈子ちゃんに問いかける。

 

「う、うん。……詳しいね」

 

「ハッハッハ、アイドルのことにやたらと詳しいことに定評がある『遊び人のリョーさん』とは俺のことさ!」

 

「凄いです! リョーさん!」

 

「そうだろうそうだろう! 未来ちゃんは素直でいい子だなぁ!」

 

 是非君はそのままの君でいてほしいものだ。

 

「安心して。いずれ彼女もスレていくから」

 

 ポンッと俺の肩に手を置きながら何も安心出来ないことを告げる美奈子ちゃん。大丈夫、この子もきっと星梨花ちゃんと同じで最後まで無垢なままでいてくれると信じている……!

 

「『遊び人のリョーさん』……? それって、亜利沙さんのご友人だという……」

 

 どうやら静香ちゃんも耳にしたことがあったらしい。良かった、琴葉ちゃんの不審人物としての側面が浸透していなくて本当に良かった……。

 

「美奈子さんとも知り合いだったんですね」

 

「うん……まぁね。そろそろ二年ぐらいの付き合いになるかな?」

 

「体感的にはそろそろ五年ぐらいになりそうだけどね」

 

 いやホント長いなぁ……。

 

「そんなに長く……お、お付き合いされているんですか……!?」

 

 そんな俺たちのやり取りを見ていた静香ちゃんが、顔をほんのりと赤くしながらそんなことを尋ねてきた。

 

「だから違うんだってえええぇぇぇ!」

 

 そして先ほどの未来ちゃんのときのように全力で否定する美奈子ちゃん。まぁ俺としても誤解されて得することは一切ないからいいのだが、それでも複雑である。

 

「……さっきもそうでしたけど、美奈子さんがそんなに怖がるなんて、一体どんな恋人さんなんですか?」

 

 純粋に疑問に思ったらしい未来ちゃんが首を傾げる。言葉を発しないものの、静香ちゃんも少々興味ありげな雰囲気を醸し出しているところを見ると、彼女たちも女の子なんだなぁと当たり前のことを思ってしまった。

 

「どんな恋人さんか、かぁ」

 

 なんと表現するのが最も適しているのか。

 

 

 

 ――例え()()()()()()()()()殺してでもっ!

 

 ――アタシは()()()()()愛してみせるっ!

 

 

 

 ……そうだな。

 

 

 

 ――だから、お願い……!

 

 ――……死ぬなんて言わないでよぉ……!

 

 

 

()()()()()俺のことを愛してくれる人、かな」

 

 

 

 

 

 

 未来ちゃんにオーディションのアレコレを教えることになった美奈子ちゃんたちと別れ、俺は一人劇場からの帰路に着く。

 

 ……あれ? そういえば俺、今回劇場のみんなにサプライズするっていう目的があったような……。

 

(……面白そうな場面に出くわせたからいいか!)

 

 当初の目標は何も果たせていなかったが、今後劇場へと足を運ぶ楽しみが出来たから今回はこれで満足である。千鶴他劇場アイドルに対するサプライズは……まぁ、もう少し後でいいや。

 

 マンションの駐車場に車を停め、ロックをしてエレベーターに乗ったところでスマホがメッセージの着信を告げた。

 

 

 

 ――部屋で待ってるからね。

 

 

 

 それはふんだんにハートマークが散りばめられた恋人からのメッセージだった。元々今日はウチで夕飯を食べていく予定だったが、どうやら仕事が早く終わったらしい。きっと母上様や早苗ねーちゃんと一緒に台所に立っていることだろう。

 

「『我、昇降機ニテ上昇中。現着所要時間十五秒也』っと」

 

 返信を打ち終えたタイミングでエレベーターは目的の階に到着した。一瞬で既読が付いたことを確認してからスマホをしまい、自室へと歩を進める。

 

 心の中で「ごー、ろーく、なーな」と呟きながら廊下を歩き、部屋の前でゆっくりと鍵を取り出しながらタイミングを合わせる。ドアの向こうから聞こえてくるパタパタというスリッパの音が近づいてきたことを確認してから、俺はドアを開けた。

 

「ただいま」

 

「お帰りー!」

 

 バッと飛び込んできた彼女を全身で抱き留める。軽くて柔らかい身体をぎゅっと抱きしめると、ほんのりと甘い香りが漂ってきたような気がした。

 

「今日もタイミングバッチリだな」

 

「えへへ、そろそろ()()()()()が帰ってくる雰囲気が分かってきた」

 

 それは凄い。これはそのうちタイミングを計らなくてもよくなる日が来るかもしれない。

 

 玄関から飛びついてきた故に何も履いていない彼女の体を廊下に下ろし、改めて向き合う。

 

 

 

「ただいま、()()

 

「お帰り、りょーくん」

 

 

 

 背中まで届く赤紫の髪を揺らしながら、りんは花が咲くような笑顔を浮かべてくれた。

 

 

 




・横山奈緒
久々の登場! 彼女他、元バックダンサー組は全員『先輩枠』となっております。
ちなみに彼女を含め、元バックダンサー組は全員年齢がプラス二歳です。
つまり……(詳しくは活動報告にて)

・ジャスミン
美奈子と奈緒のユニット『Jus-2-Mint』。
漫画版(ブルーミングクローバー)では『ダブルエース』というユニット名ですが、ジャスミンの方がカッコよかったので(個人の意見です)

・――例えアイドルである貴方を
反転文字ってワクワクするよね。

・「ただいま、りん」
ただ一人『愛する』ことが出来た女性。



 ゲッサン版第一話編、これにて終了です。それと同時に本格的にミリオンライブ編のスタートとなります。まだ登場していないミリのアイドルたちも順番に登場させていきますので、気長にお付き合いいただけるとありがたいです。



 そして約七年の時を経て、ようやく彼女の想いは成就されました。ご意見は多々あると思いますが、自分は『ハーレム』を書いてきたつもりはないので、こうして一人の女性と恋仲になることは最初から決めていました。

 そこに至るまでの過程は、まだ語られるときではありません。そこには『朝比奈りんでないと辿り着けなかった想い』があるのですが、それを明かすのはこの物語の最後になるやもしれません。

 まぁしばらくは何も考えず、良太郎とりんがイチャつく様を眺めていただければ幸いです。


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Lesson237 私、アイドルになりました!

未来ちゃん、アイドルになるってよ。


 

 

 

「……ふーん。で、その未来ちゃん、だっけ? 765に?」

 

「本人は凄いノリ気だったから、オーディション受けるのは間違いないと思うよ」

 

「そっかー」

 

「……興味ない感じ?」

 

「アタシは最初からりょーくん以外のアイドルに大して興味ないよー」

 

 それはそれでどうなんだろうと思いつつ、可愛い奴めとりんの体をギューッと抱きしめる。

 

 夕食の席も終わり、俺の部屋にてりんとイチャつきタイム。相変わらずトップアイドルな二人である俺たち故に一緒の時間は貴重なので、こうして僅かな時間を見付けてはスキンシップを重ねていた。

 

「……えへへ、りょーくんが手の届く場所にいる」

 

 俺の足の間で体重をこちらに預けてくるりんが俺の頬に触れてきた。見上げるように逆さまになったりんの緩み切った笑顔に、俺も優しく触れる。

 

 IE最終決戦前夜。ありとあらゆる感情と想いを全てぶちまけあったことで、ようやく俺はりんからの想いを()()()()ことが出来た。我ながら相変わらず他にも色々と欠陥を抱えていそうな気もするが、それでも今はこうして一人の女性を愛することが出来るようになった幸福を噛みしめていたい。

 

「でも765プロのオーディションなんだから、簡単じゃないでしょ。受かるのかな?」

 

 興味がないと言いつつも、その辺りはちゃんと気にしているりんに内心でニヤニヤとしてしまう。

 

「まぁ大丈夫だと思う。765はアイドルとしての技術よりも、アイドルとしての素質を重視するだろうから」

 

 そういうのを見抜くことに関しては、高木さんは本当に異次元のような才能を発揮する。

 

「きっと未来ちゃんも高木さんのお眼鏡にかかる気がするんだ。勘だけどね」

 

「ふーん」

 

 先ほどからずっと俺の頬をスリスリしていたりんが「そのりょーくんの勘も」と口を開く。

 

 

 

 ――()()()()ってやつなの?

 

 

 

「……いや、これは多分違うと思う」

 

 俺自身のものだと、そう信じている。

 

「……安心して、りょーくん」

 

 体を起こしたりんは、クルリと体の向きを変えてこちらへ向いた。

 

「例えりょーくん自身が自分を否定したとしても、アタシは絶対にりょーくんを肯定してあげる。りょーくんは間違ってないって」

 

「……普通、そこは間違ってたら叱ってあげるって言うところじゃないか?」

 

 ラスボスを全肯定する一番近い存在って一番ダメなやつじゃん。主人公に『間違っていたらそれを止めるのがお前の役目だろう!』って怒られるやつじゃん。

 

「りょーくんにはこれぐらいで丁度いーの」

 

 しかしりんはそう言って正面から抱き着いてくる。

 

「だってこうでもしないと、りょーくんまたやけっぱちになりそーなんだもん」

 

「……その節は大変ご迷惑をおかけいたしました」

 

 言い訳するわけじゃないが、あのときは玲音(バケモノ)との最終決戦直前で、今までのアイドル人生で最大のプレッシャーに曝されて色々と頭がおかしくなっていた。今になって思い返してみれば、普段減少しないSAN値が減るという珍しい状況で盛大に混乱してたんだよな……。

 

 若干の気恥ずかしさと気まずさを勝手に感じていると、りんは「迷惑になんて思ってないよ」と俺の頭をキュッと自分の胸に抱いた。俺の顔面がフニフニと柔らかいものの間に挟まり、後頭部をポンポンと軽く叩かれる。

 

「りょーくんのカッコ悪いところ沢山見れて、アタシは嬉しかった」

 

「カッコ悪かったことは否定してくれないのね……」

 

「カッコ悪いところもカッコよかったよー」

 

 よーしよしよしと、まるで犬猫のような勢いで頭を撫でられる。まぁこれはこれで……。

 

「……ねぇ、りょーくん」

 

 頭の上から聞こえてくるりんの声に、若干の湿っぽさを感じた。

 

「その……そろそろ」

 

「……そうだな、そろそろだな」

 

 りんの肩に手を置いて天国から顔を離すと、眼前には潤んだ瞳のりんの顔が。

 

「……りょーくん」

 

「りん……」

 

 近付いてきたりんの額に、コツンと自分の額を合わせる。

 

 

 

「帰る時間だぞ」

 

「やだあああぁぁぁ! 帰らないいいぃぃぃ!」

 

 

 

 ギューッと力強く俺の体にしがみ付きながらりんはイヤイヤと首を横に振るが、これも既に何度も繰り返したやり取りである。しっかりとこの部屋の空気がギャグ時空に切り替わったことを確認してから、りんの体を「そーい!」と優しくベッドの上に放り投げた。

 

「ほら、送ってくから早く帰り仕度しなさい」

 

 立ち上がり、財布とスマホをポケットに押し込みながら車のカギを指にひっかけてクルクルと回す。

 

「……ふ、ふっふっふ、残念だったね! こんなこともあろうかと! さっきの晩御飯のとき、りょーくんのコップにちょっとだけお酒を混ぜておいたんだ! これでりょーくんは運転出来ないよ!」

 

 何故りんは自分の恋人に対して最低なナンパ野郎みたいなことをしているのだろうか。

 

「それ、早苗ねーちゃんが気付いて取り替えてくれたぞ」

 

「そんな!? くぅっ……こ、これが交通課……!?」

 

「多分それは関係ないと思う」

 

 もしそれが成功していたとしても運転する人が代わるかタクシーになるだけである。

 

「はーい強制帰宅ー」

 

「うわーん! いい雰囲気だったのに、このままギャグ時空で片付けられるなんて不本意だよおおおぉぉぉ!」

 

 なおもグズるりん。ったく、しょうがないなぁ。

 

「りん」

 

「え」

 

 チュッと軽くりんの頬にキスをする。

 

「ほら、今日はこれで()()()()我慢しようぜ」

 

「……い、いひひっ、もう、しょうがないなー」

 

 不満顔から一転して蕩けたニヤケ顔になるりん。俺の嫁さんはチョロいなぁ。

 

 腕にすり寄ってくるりんを伴いながら、ドアを潜り部屋の電気をパチンと落とした。

 

 

 

 

 

 

リョーさん

 

既読

18:32

というわけで!

私、アイドルになりました!

 

おぉ、おめでとー!

合格通知届いたんだね?

 

19:55

 

既読

19:59

はい!

 

既読

20:00

学校から帰ったら家のポストに入ってました!

 

やっぱり俺の目に狂いはなかったようだね

俺も嬉しいよ

 

20:08

 

既読

20:15

えへへ!ありがとうございます!

明日から早速事務所に行くんです!

 

あれからもう一ヶ月かぁ

どんなアイドルになりたいか、何か見つかった?

 

20:30

 

既読

20:33

はい!

全然見つかりませんでした!

 

うん、元気のよいお返事だね()20:40

 

既読

20:55

でもとりあえずステージに立って歌いたいです!

静香ちゃんと一緒に!

 

……なるほど

そういう気持ちは大切だよ

 

23:02

 

あの天海春香ちゃんも

『仲間と一緒にステージに立ちたい』っていう

夢を叶えるために頑張ったらしいからね

 

 

23:03

 

既読

9:11

春香ちゃんも!?

なんかすごい!

 

既読

9:12

リョーさんは色んなことを知ってるんですね!

 

はっはっは!

アイドルのことなら任せたまえ!

 

12:23

 

既読

12:50

それじゃあ、他に765プロの

マル秘情報とか何かないですか?

 

怪しい薬を飲まされて体が子供に

なっちゃった女性アイドルがいるらしいよ

 

13:52

 

 

 

 

「えっ!?」

 

 自転車を停め、リョーさんから送られてきたメッセージの内容を確認してビックリする。

 

 アイドルについての豆知識やらなんやら色々と知っているリョーさんだからもしかして……と思って聞いてみたのだが、まさか本当にそんなマル秘情報が飛び出てくるとは思わなかった。

 

「ここに、そんな訳アリのアイドルがいるなんて……!」

 

 自転車を停め、窓ガラスに765とテープが張られた建物を見上げて思わずゴクリと生唾を飲む。い、一体どんな事情があってそんなことになったんだろう……?

 

 ちょっとだけ別の意味でドキドキしつつ、私は事務所への階段を昇り始めた。

 

 765プロについては軽くリョーさんから教えてもらったけど、私が知っていたのは天海春香ちゃんと如月千早ちゃんと星井美希ちゃんぐらいで、他の人たちは名前しか知らなかった。この建物もなんだか少し古いし、それほど大きな事務所じゃないのかな?

 

 ……でもそっかー! 天海春香ちゃんと知り合いになれる可能性もあるのかー! そう考えると、俄然ワクワクしてきた!

 

「こんにちわー!」

 

 第一印象は勿論元気よく! 挨拶をしながら『芸能プロダクション 765プロダクション』と表記された扉を叩く。

 

「はーい」

 

 すると中から人が――。

 

「……あれ」

 

 ――出てきたと思ったら、小さな女の子だった。

 

「……えっと、どちらさまでしょうか」

 

 キョトンとした様子がとても可愛らしい女の子で、精一杯背伸びしたような言葉遣いに思わずホッコリとしてしまった。

 

「えっとね、お姉ちゃんこの事務所に用事があるんだ。だから誰か大人の人を呼んできてくれないかな?」

 

 腰を屈めて女の子と目線を合わせ、ポンッと頭を撫でた。

 

 すると女の子は照れてしまったのか、顔をカァッと赤く染めて――。

 

 

 

「あ、頭を撫でるなー! 私は二十四歳なのー!」

 

 

 

 ――照れ隠しにそんなことを叫んだ。

 

「うんうん、お姉さんなんだねー。パパかママはいるかな?」

 

「信じてないわね!?」

 

 両手を挙げてウガーッと怒りを全身で表現する女の子。怒ってる姿も可愛いなぁ。

 

 ……ん? 待てよ? もしかして、この子がリョーさんが言っていた『子どもにされてしまった女性アイドル』なのでは……!?

 

「………………」

 

「な、何よ、今度はジッと見て……」

 

「あら、このみさん、どうしたんですか?」

 

 女の子の様子をじっくりと確認していると、彼女の後ろから女性が現れた。

 

 今度こそ大人の女性で、口元の黒子がセクシーな緑髪のお姉さん。この人もアイドルなのかなぁ?

 

「……あら? もしかして春日未来ちゃん?」

 

「あ、はい! そうです!」

 

「私は事務員の音無小鳥です。よろしくね」

 

「よろしくお願いします!」

 

 わ、こんなに綺麗な人なのに事務員なんだ!? それはビックリ!

 

 右手で握手をしつつ、音無さんの左手の薬指にキラリと光るシルバーリングがはまっているのに気が付いた。おぉ、美人人妻事務員さん……!

 

「それにしても、随分と早く来たのね?」

 

「え? 十四時ピッタリですよね?」

 

 スマホを出して確認する。うん、間違いなく十四時。我ながら時間調節ピッタリ!

 

 

 

「えぇ、明日のね?」

 

「……え?」

 

 

 




・りんとのイチャラブ
あぁ、ようやくメインヒロインとのイチャつきが書けたんやなって……。
※なお頻回するわけではない模様(メインヒロインとは)

・IE最終決戦前夜
SO2の告白イベントみたいなことがあったんやで。
でもそんなに甘酸っぱいものではなかったんやで。
何せ大の大人が「○ぬ」だの「○す」だの叫びあってたんやからな。

・――転生特典ってやつなの?
Lesson230で語った、同じ墓場まで持っていくと誓った秘密。

・某メッセージアプリ画面
ちょっと試してみたくて他の方が作った奴をアレンジして使ってみたのだが、それでも調節するのがかなり面倒くさかった。
絶対に頻繁には使わない(確固たる意志)

・怪しい薬を飲まされて体が子供に
俺の名前は(ry

・未来の765プロ知識
原作よりもトップアイドルぢからが強まっているため、いくらアイドル事情に無頓着な未来でも名前を聞いたことぐらいはある程度に。それでも色々と勘違いして覚えているところも。

・音無さんの左手の薬指にキラリと光るシルバーリング
結婚しても旧姓で仕事してる女性っていますよね(意味深)



 まるで恋仲○○のような冒頭からの、未来劇場訪問編の第一話でした。

 ちなみにですが、通常の恋仲○○はこれからも書いていきますのでその辺りはご安心を。別腹別腹(ゲス)



『どうでもよくない小話』

 アイドルマスター15周年おめでとおおおぉぉぉ!!!

 先日の生放送楽しかったですね! 仕事とか色々あって全ては観れていないのですが、初めてMマスとシャニマスのライブを観ることが出来ました!

 おかげで作者の中のアイマス熱が過去最高潮となっております!

 例え短編や番外編という形になろうとも、絶対にMマス編もシャニマス編もディアリースター編も全部書いてやるからなあああぁぁぁ!!!

 全アイドルマスター横断作品作者に、俺はなる!


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Lesson238 私、アイドルになりました! 2

やっぱり123のアイドル書いてると落ち着くなぁ……。


 

 

 

「初めて765プロの事務所に……か」

 

 未来ちゃんへのメッセージを送りつつ、俺が初めて765プロへ行ったときのことを思い返す。あの頃はまだ春香ちゃんたちの存在を知らず、りっちゃんがアイドルからプロデューサーに転向したって聞いたから、ただその激励に行っただけだったんだよなぁ。

 

「あれから大体三年……か」

 

「んー? 何が三年なんですかー?」

 

「765プロ、とも仰ってましたね」

 

 俺の呟きを聞こえていたらしく、我が123プロのラウンジのソファーに座って寛いでいた恵美ちゃんと志保ちゃんが反応した。

 

「俺が765プロのみんなと初めて会ってから三年経ったなーって。あの頃のみんなは鳴かず飛ばずの無名アイドルだったんだよねぇ」

 

「……あの765プロが無名、ですか」

 

「そうそう、天下の天海春香と如月千早が街頭でCD手渡し会とかしてたんだよ?」

 

「それ、今やったら大混乱になるんだろーなー」

 

 なんとも言えない表情の志保ちゃんに対し、ケラケラと笑う恵美ちゃん。

 

 恵美ちゃんの言う通り、日本を代表する()()()()()()()と称される『天海春香』と、世界に誇る『蒼の歌姫』と称される『如月千早』が街頭でCDの手渡しなんてしようものなら、交通事故の一つや二つは覚悟しなければならないだろう。……俺だったら? いくら民度が高いと有名な俺のファンでも、控えめに言って流血沙汰が起こるかな。

 

「でも、それは今の恵美ちゃんと志保ちゃんでも同じでしょ」

 

「……そうだといいのですが」

 

「自信持ちなって志保ー。アタシたちもチョー頑張ってるんだからさー」

 

 謙遜の姿勢を崩さない志保ちゃんの肩をポンポンと叩く恵美ちゃん。彼女たちもとうの昔に()()()()()()()の仲間入りを果たしているのだから、突然街頭に立とうものならば大混乱間違いなしである。

 

「ねーまゆ! まゆもそー思うよね?」

 

 恵美ちゃんは振り返り、自身のユニットメンバーであり親友でもあるまゆちゃんに話しかける。

 

「……あ」

 

 

 

 しかし、そこにまゆちゃんの姿はない。

 

 そう、まゆちゃんはもう……いないのだ。

 

 

 

「………………」

 

「……あの、恵美さん……」

 

 先ほどまでの明るい表情が影を潜める恵美ちゃんに、志保ちゃんはどんな言葉をかけるべきか悩み、そして自分自身も言葉を失っていた。

 

「……全部、俺のせいだよ。二人とも気にする必要はないさ」

 

「そんな、リョータローさんの……せいじゃ……」

 

 尻すぼみになっていく恵美ちゃんの言葉が答えだった。

 

 これは俺のせいなのだ。

 

「俺が……」

 

 

 

 ――それじゃあいくよ、まゆ!

 

 ――勝負です! 恵美ちゃん!

 

 ――あっちむいてー……!

 

 ――やっほー、こんにちわー。

 

 ――あっ! 良太郎さぁん!

 

 ――ホイッ!

 

 ――……あ。

 

 

 

「……恵美ちゃんとまゆちゃんが『どっちが失踪中の志希を探しに行くかを決めるあっちむいてホイ対決』をしている最中にラウンジに入ってきたばっかりに……」

 

「あれは……悲しい事故だったね……」

 

「そもそもの原因は失踪した志希さんですし……というか、冷静になって考えると何でわざわざあんなことしてたんでしょうね……」

 

「まゆがたまには別の方法で決めようって言い出したから……」

 

 そう考えるとまゆちゃんにも責任の一端はある気がしてきた。

 

 ちなみに防犯カメラの様子から志希は事務所の外に出ていないようなので、今頃まゆちゃんは涙目になりながら無駄に広い事務所内を駆け回っていることだろう。

 

 先ほどから「志希ちゃあああぁぁぁん!? 何処ですかあああぁぁぁ!?」という涙交じりの叫び声が聞こえてくるが、まゆちゃんは強い子だからきっと大丈夫である。あと十五分ほどで留美さんが志希を迎えに来るので、是非それまでに見つけ出してほしい。

 

「……765プロで思い出しました」

 

 流石にあと五分ぐらいしたら俺も手伝いに行こうかなーとか考えていると、志保ちゃんが膝に乗せていた絵本をパタンと閉じた。

 

「良太郎さん、最近よく765プロライブ劇場へ行っているそうですね」

 

「あれ、なんで知ってるの?」

 

「劇場内で大分噂になっているらしいですよ、松田亜利沙さんの知り合いの『遊び人のリョーさん』という謎の人物が」

 

 どうやら順調に噂が広まっている様子である。

 

「……もっとも、このことを教えてくれた可奈は『誰なんだろね!?』と全く気付いた様子がありませんでしたけど」

 

「可奈ちゃんぇ……」

 

「ま、まぁ可奈は純粋だったから……」

 

「ちなみにその場に一緒にいた星梨花が苦笑していたところを見るに、彼女は気付いていましたよ」

 

 恵美ちゃんのフォローをバッサリと切り捨てる志保ちゃん。星梨花ちゃんを引き合いに出すことで友人に容赦なく『アホの子』のレッテルを張ろうとする辺り、名刀もビックリするほどの切れ味である。本当に志保ちゃんは可奈ちゃんと仲がイイナー。

 

 しかしそれだけ『遊び人のリョーさん』が浸透しているとなると、既に千鶴の奴にもバレていると考えるのが妥当だろうか。これからは彼女も劇場内の内通者として動いてもらうことにしよう。

 

「それで、346プロが落ち着いたかと思えば今度はまた765プロですね」

 

「……あ、そっか。またリョータローの気になる子が現れたってこと?」

 

 志保ちゃんの言わんとすることを察した志希が納得した様子で頷いた。

 

「まぁ、気になると言えば気になる……のかな」

 

 元々の目的は『麗華が見つけたアイドルの卵三人がお世話になる予定の劇場に、あらかじめ顔を出しておく』という目的だった。だから初対面となる新人アイドルたちにサプライズの一つや二つ……と考えていたのだが、愉快な子(みらいちゃん)と知り合ってしまったので少々予定を変更したのだ。

 

「三人も気になるだろ? 麗華のアイドル学校で、麗華が見つけて、麗華が指導に回ってるアイドルが、一体どんな子たちなのか」

 

「……そりゃあ、まぁ」

 

「めーっちゃ気になります!」

 

 今はまだ卵も卵。しかし将来的には『東豪寺麗華の秘蔵っ子』とも称される可能性を秘めた原石だ。アイドルとして気にならないやつはいないだろう。ここにはいないが、きっと冬馬たちだって興味を示すはずだ。

 

「私はそこまでー」

 

「志希、お前はもうちょっと興味を持て」

 

 それは未だ学生である彼女たちにとっての重しになるかもしれないが、麗華に見初められた以上それぐらいの覚悟は決めてもらいたい。

 

「まぁ実際、それぐらいのプレッシャーを背負ってるぐらいが丁度いいんだって」

 

 興味? 期待? そんなもの、()()()()昇りつめればジンバブエドルの札束よりも多く背負うことになる。

 

「それに、プレッシャーは多ければ多いほど、後々強みに変わる」

 

 知ってるか?

 

 

 

「プレッシャーっていうデバフは、あるレベルを超えると()()というバフに変わるんだよ」

 

 

 

「「……デバフ? バフ?」」

 

 この単語は知らなかったかー……。

 

 

 

「うえええぇぇぇん……! 見つかりませんんん……」

 

 ガチャリとドアが開き、半ベソのまゆちゃんがラウンジへと入って来た。普段は志保ちゃんや志希に対してお姉ちゃん然としているまゆちゃんだが、こうやってベソかいてヘニャっている姿もこれはこれで可愛い。

 

 よよよと恵美ちゃんの膝に泣きつくまゆちゃんの頭を、恵美ちゃんが優しく撫でる。

 

「志希ちゃん、何処に行ったんですか~……この部屋には来てないですよねぇ~……?」

 

「アハハッ、当たり前じゃん。志希がいたら流石にみんな気付いて……」

 

 ………………。

 

「「「……ん!?」」」

 

 バッと一斉にラウンジ中を見回す俺と恵美ちゃんと志保ちゃん。

 

 当然、志希の姿はない。

 

「? どうしたんですかぁ、いきなり……」

 

「な、なんでもないよ、まゆちゃん!」

 

「ア、アタシたちも志希探すの手伝うよー!」

 

「よ、四人で探せばすぐに見付かりますよ!」

 

 突然協力的になった俺たちに対して、何の疑問も抱かずに「ありがとうございますぅ!」と涙するまゆちゃん。そんな彼女に対して抱いた感情は、きっと恵美ちゃんと志保ちゃんが抱いたそれと全く同じものだという確信があった。

 

 ……いや、マジでゴメン……。

 

 

 

 

 

 

「でへへ~、ごめんなさーい! 一日勘違いしてました!」

 

 まさか明日だったとは思わなかった。きっと今日が楽しみすぎたせいだろう。

 

「ふふっ、未来ちゃんはうっかり屋さんなのね」

 

 よく言われます!

 

「でもいいわ、折角来てもらったんだから今日の内に済ませちゃいましょう」

 

 来客用の椅子に座る私の前の机にジュースとお菓子を置いてくれた音無さんは「書類を用意してくるからちょっと待っててね」と言って事務所の奥へと行ってしまった。

 

「ふぅ」

 

 ストローでジュースを一口。

 

「………………」

 

 お菓子をパクリ。

 

「……見学して待ってよっと!」

 

 折角芸能事務所という普段入ることが出来ない建物の中に入ることが出来たのだから、色々と見てみたい! もしかしたらアイドルのサインとか貴重なアイテムとか、そういうのを見れるかもしれない!

 

 まずはこの衝立の向こうから!

 

「……あ、誰かいる」

 

 衝立の向こう、ソファーの上に誰かがいた。

 

 背もたれの方を向いて横になっており、小さく「すぅ……すぅ……」と寝息が聞こえてくる。もしかしなくても寝ているようで、私からは金色の綺麗な長髪しか見えなかった。

 

(……金色の毛虫みたい)

 

 そんな感想を抱きながら「もしかしてこの人もアイドルなのかなー」とその人の顔を覗き込んだ。

 

「……っ!?」

 

 思わず叫び出しそうになった口を咄嗟に抑えることが出来た自分を誰か褒めてほしい。

 

 

 

(ほ、ほ、星井美希ちゃん!?)

 

 

 

 私が知っている数少ないアイドルだった。

 

 ほんの少し期待していたところはあるが、それでもまさか本当にこんな凄いアイドルに出会えるとは思っていなかった。しかもお昼寝中という超絶レアな姿で、だ。

 

(顔ちっちゃーい! 睫毛ながーい!)

 

「むにゃ……」

 

(そんでもっておっぱいデカーい!?)

 

 ゴロンと寝返りをうったことで彼女の豊かな胸部が無防備に揺れた。

 

「こらっ! その手はなに!」

 

「はっ!?」

 

 思わず触ろうとしてしまった自分の右手を左手でペシリと叩き落とす。危ない危ない、まさか同性の私ですら魅了してしまうとは……。

 

 私を止めてくれたのは、先ほどの女の子だった。

 

「全く、さっきの反応といい、まるでリョウタロウ君ね……いや、彼の場合は同じ状況でも精々ガン見する程度か……」

 

 リョウタロウ君……? 765プロの男性アイドル……はいなかったはずだから、スタッフの誰かだろうか。

 

「それより、美希ちゃんは休憩中なんだから邪魔しちゃダメじゃない」

 

 女の子は「めっ!」と人差し指を立てる。

 

 ……うーん、見た目はやはり可愛らしいただの女の子。しかしこの態度、もしかしてやっぱりこの子が……。

 

「あの、一つ聞きたいことがあるんですけど……」

 

「あら? 何かしら? その態度、もしかして私が大人のレディーだってちゃんと理解して――」

 

 

 

「怪しい薬を飲まされて体が子供になっちゃった女性って、貴女のことですか?」

 

「――誰だそんな怪しい噂流した奴はぁ!?」

 

 

 

 すっごくこわかった……。

 

 

 




・123四人娘
今回の時点で
恵美(18) 高3
まゆ(17) 高3
志保(16) 高2
志希(17)となっております。

・そこにまゆちゃんの姿はない。
シリアスかと思った? 残念! 盛大な前フリでした!

・ジンバブエドルの札束
最終的に100兆ジンバブエドルのお札は0.3円ほどの価値にしかならなかったそうです。
なので天井(9万円)するためには3000京ジンバブエドルが必要となります(テストには出ません)

・バフ デバフ
まぁ普通にゲームやってるぐらいじゃこんな単語使わないよね。

・「「「……ん!?」」」
しきにゃんをさがせ。

・金色の毛虫
金髪毛虫と呼ばれていた頃が懐かしい……。

・「こらっ! その手はなに!」
・「はっ!?」
実は半公式的な設定で大乳スキーな未来ちゃん。こいつぁ良太郎と組ませ甲斐がある子だぜ……!



 めぐみぃたち書くのすっごい久しぶりな気がするゾ……。

 ちなみにりょうりんに対するまゆのアレコレはもうちょっと後。別にギスギスとかシリアスにはならないのでご安心を。

 次回はようやく劇場へイクゾー!


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Lesson239 私、アイドルになりました! 3

主人公不在にも関わらずアイ転らしくなってまいりました。


 

 

 

 つまり。

 

「このみさんは薬を飲まされたことも、不思議な龍の玉で間違った願いを叶えられたこともないと」

 

「当り前じゃない! ついでに魔法のコンパクトも使ってないわよ!」

 

「魔法のコンパクト?」

 

「ナンデモナイワ」

 

 プリプリと腰に手を当てて怒りを露にするこのみさん。改めて実年齢(24さい)を知っても私より年下にしか見えず、免許証を見せられてもイマイチ信じられなかったが、一升瓶を抱えて寝ている写真を見せられたことでようやく納得することが出来た。

 

 その際、このみさんは「なんでこんなところまでリョウタロウ君と同じなのよ……!」と苦虫を噛んだような表情を浮かべていた。本当にリョウタロウ君とは何者なのだろうか。

 

「コホン……改めて、765プロ所属シアター組二期生の馬場このみよ! 貴女も私みたいなセクシーアイドルを目指したいなら何でも聞きなさい! このみお姉さんが大人の魅力全開でレッスンしてあげるわ!」

 

「……セクシー」

 

「やめなさい、そんな澄んだ目で美希ちゃんと見比べないで」

 

 何も言っていないのにこのみさんは悲しそうに目を伏せてしまった。

 

 ともあれ、これ以上ここで話し続けていると美希ちゃんが起きてしまいそうなので少々場所移動。

 

 

 

「あっ、でもその前に一枚だけ美希ちゃんの写真を……!」

 

「ダメに決まってるでしょ!」

 

「十三年前からずっとファンなんです!」

 

「貴女と美希ちゃんは何歳なのよ!?」

 

 ダメだった。

 

 

 

「それじゃあお姉さんはこれから仕事だから、大人しく待ってるのよ?」

 

「はーい……あ、そうだこのみさん、今日は静香ちゃんいないんですか?」」

 

 再びソファーに座りジュースを飲みながらこのみさんに問いかける。

 

「実は私、同じ学校なんです!」

 

「静香ちゃんって……最上静香ちゃん? それじゃあ、案内は静香ちゃんに頼んだ方がいいわね。メッセージ送っておいてあげるわ」

 

 そう言ってスマホを取り出すこのみさん。

 

「えっ!? 静香ちゃんもいるんですか!? こんな狭い事務所の何処に隠れて!?」

 

「狭い言わない!」

 

 スパンッと後頭部を引っ叩かれた。

 

「静香ちゃんはここにいないわよ。私は用事があったからたまたま立ち寄っただけで、基本的にシアター組は劇場よ」

 

 ……そういえば、さっきこのみさんも言っていたけど。

 

「しあたーぐみってなんですか?」

 

「……貴女、本当にちゃんと調べて765プロの劇場アイドルのオーディションを受けたのよね?」

 

「はい! 全然調べてません!」

 

 正直に答えると、このみさんは頭が痛そうにこめかみを押さえた。

 

「……えぇい! この際だから765プロのことを教えてあげるわよ! そこに座りなさい!」

 

「座ってます!」

 

 何処からか眼鏡を取り出したこのみさんは、それをかけると壁にかけられたホワイトボードを指差した。

 

「まず、ここは765プロダクション。事務所は小さいけど、そこで寝てる星井美希ちゃんの他に、天海春香ちゃんや如月千早ちゃんといったトップアイドルが所属している芸能事務所よ」

 

 このみさんが指し示した先、ホワイトボードに貼られた写真には美希ちゃんや春香ちゃんや千早ちゃん、全員で十二人のアイドルが映っていた。おぉ、パッと名前は思い浮かばないけどみんな見たことある子たちだ……!

 

「それじゃあもしかして、このみさんもトップアイドルなんですか!?」

 

「……トップアイドル自体を自称するほどではないけど、勿論アイドルよ。ただし美希ちゃんたち通称『AS(オールスター)組』とは違って、主に劇場で活動する『シアター組』。私や静香ちゃんが所属していて、これから貴女が所属するのもこの『シアター組』よ」

 

「なるほど……つまり主な活動場所が異なる二つの所属に分かれていて、こっちはその『AS組』の事務所だから美希ちゃんがお昼寝してたんですね!」

 

「お、おっと、何故いきなり理解度がマックスに……」

 

 何故か口元が引くついているこのみさんが眼鏡を外す。

 

「ともあれ『シアター組』は765プロの新たなチャレンジ! 専用のライブ劇場で毎月の公演を行う新たなタイプのアイドルの集まり! それが私たちなのよ!」

 

「新しいチャレンジ……!」

 

 な、なんかすっごいカッコいい!

 

 

 

「……この試みが成功するか、失敗するか、それは君たちにかかっている」

 

 

 

 突然聞こえてきた男性の声に振り返る。

 

「やぁ、ようこそ春日未来君。私は765プロ社長の高木だ」

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

 咄嗟に立ち上がり、頭を下げる。

 

「うんうん、元気がいい。さて、それでは早速聞かせてもらうかな」

 

 朗らかに笑う男性が、私に向かって手を差し伸ばした。

 

 

 

「アイドルになる決心は、ついているかね?」

 

 

 

「……はいっ!」

 

 

 

 

 

 

「それにしても、本当に765プロに入るとは思ってなかったわ。私にチケットを強請ったときもそうだけど、相変わらず凄い行動力ね」

 

「でへへ~そうかな~」

 

 劇場の駐輪場に自転車を停めながら照れ笑いをする春日さん。個人的には褒めたつもりはなかったのだが……本人が喜んでいるので別にいいか。

 

 さて、このみさんから連絡を受けて事務所へと春日さんを迎えに行った私は、彼女を連れて劇場までやって来た。

 

「……これだけは言わせてほしいけど、これは部活じゃない」

 

 今流行りのスクールアイドルなんかとは違う。自分たちが満足するためのアイドルじゃない。誰かのために、劇場へ来てくれる人のために歌って踊るアイドルなのだ。

 

()()じゃないんだから……真剣にね」

 

「うん! 勿論!」

 

 元気よく返事をする春日さんだか……何処まで本気で分かっているのやら。

 

「……それじゃあ、劇場を案内するわ」

 

「よろしくお願いしまーす!」

 

 劇場の裏口、私たちアイドルがいつも利用している入口から春日さんを伴って中へ――。

 

 

 

 「はいほー!」

 

 

 

 ――入ろうとしたら、春日さん共々中から出てきた白馬に突き飛ばされた。

 

 うん、我ながら『白馬に突き飛ばされた』という状況がよく分からないが、事実なのだから頭が痛い。ついでに尻もちをついたからお尻も痛い。

 

 そんな私と春日さんに、『白馬の模型』の大道具に腰をかけた女性(おひめさま)がニッコリと微笑みかけた。

 

「新しい王国民さんはじめまして、まつり姫のお城にようこそ! なのですー!」

 

「えっ、お祭り姫!?」

 

「それだと『お祭り男』的なニュアンスになりそうだから、頭に『お』を付けるのはメッなのですよー」

 

 若干衝撃を受けてはいるものの、それでも尚自分のペースを崩さずに()()徳川(とくがわ)まつりさんと普通に会話をしている春日さんに内心で驚愕する。

 

 そして()()に気付いた私は、スカートのまま尻もちをついた状態で固まっている春日さんの前に体を割り込ませた。

 

 次の瞬間、数回のフラッシュとシャッター音。

 

「あぁ!? 折角新人アイドルちゃんのセクシーシャッターチャンスが……けれど静香ちゃんのその苦々し気な表情もまたグッドですねー! もっと蔑むような視線でもいいですよー!」

 

「亜利沙さん! 写真を撮るならちゃんと断ってからと言ってるじゃないですか!」

 

「ご安心を! 劇場のみんなの写真はありさの胸に留めるだけではなく、思い出を共有するために月に一度アルバム形式でみんなで楽しめるようにしておきますから!」

 

「そんな心配はしていません!」

 

 というかそれは『個人で楽しむだけ』よりもタチが悪いじゃないですか!?

 

「と、冗談はさておき……未来ちゃん、ですよね?」

 

 アイドルに夢中になっているときの緩み切った表情から、スッと年上感を感じさせる微笑みに変わった亜利沙さんが春日さんに手を伸ばす。

 

「リョーさんから話は聞いていますよ」

 

「リョーさんですか!? 私のこと、なんて言ってました!? もしかして、将来のビッグアイドルとか……」

 

「はい」

 

「「……え?」」

 

 でへへ~と相変わらず調子のいいことを宣う春日さん。この世界はそんなに甘くないと苦言を呈そうとするが、それを亜利沙さんがハッキリと肯定してしまった。私と一緒になって春日さんも驚きの声を出す。

 

「流石にビッグアイドルとは言っていませんでしたが、リョーさんはハッキリと『将来有望な子』と言いました。彼のアイドルちゃんを見る目は確かですから、きっと未来ちゃんも凄いアイドルちゃんになれますよ」

 

 亜利沙さんにしては珍しく真面目な声色。そこにいつも劇場アイドルたちのお宝ショットを求めて劇場内を這いまわっている彼女の姿はなく、まるで何年もこの道を歩いている先輩のような風格を漂わせていた。……いやまぁ、アイドルの追っかけをしていた経歴を考えれば、下手なアイドルよりもその道に詳しいのかもしれないが。

 

「……で、でへへ~そうですか~」

 

 そしてそんな亜利沙さんの実情を知らないであろう春日さんは素直に褒められたことを喜んでいた。まだ付き合いの浅い私でも分かる、珍しい本気の照れ笑いを浮かべながら春日さんは人差し指で頬を掻き――。

 

「その表情いただきましたあああぁぁぁ!」

 

 ――そんな彼女を、亜利沙さんは目の前で連写したのだった。

 

「ちょっと亜利沙さん!?」

 

「いやぁこれは最高の一枚ができましたよ! 是非()()にお見せせねば!」

 

 なんかもう色々と台無しだった。いや最初から台無し以前の問題だった気もするが。

 

 そんな感じに全く悪びれる様子のない亜利沙さん、そして「姫を放ったままにするつもりなのですかー?」とまつりさんもマイペースな様子。これには流石の私にも少々イラッとしてしまい、息を大きく吸い込むと――。

 

 

 

「千鶴さーん! また亜利沙さんとまつりさんがあああぁぁぁ!」

 

「「ちょっ」」

 

 

 

 ――『シアター組のお母さん』に全力でチクるのだった。

 

「……亜利沙あああぁぁぁ! まつりいいいぃぃぃ!」

 

「わわわっ、お母さん来ちゃいましたよ!?」

 

「静香ちゃん!? もっと穏便にするつもりはなかったのです!?」

 

「知りません! 今日来たばかりの新人アイドルが変な事務所だって誤解したらどうするんですか!?」

 

 

 

(……アイドルの事務所って、面白そうなところだなぁ!)

 

 

 




・不思議な龍の玉で間違った願いを叶えられたこと
多分瞬間移動が使えなくなる。

・魔法のコンパクト
てくまくまやこん。

・「十三年前からずっとファンなんです!」
中の人が滲み出てくるのがアイ転クオリティー。

・お祭り男
わっしょーい!

・徳川まつり
『アイドルマスターミリオンライブ』の登場キャラ。
やや独特な雰囲気の不思議なお姫様な19歳。ほ?
良太郎と組ませると面白い化学反応を起こすミリアイドルその1。
あっ、マシュマロとか大好物らしいっすよ?

・「是非先生にお見せせねば!」
我々も普段お世話になっているあのお方です。

・『シアター組のお母さん』
委員長以上の抑止力が定着した模様。



 劇場には良太郎以外のお騒がせムーブしてくれる子が多くて楽しいなぁ。

 だから良太郎がいなくても沢山『お母さん』出来るよ! やったね千鶴!(にっこり)


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Lesson240 私、アイドルになりました! 4

初めての劇場編最終話。


 

 

 

「亜利沙! 何度も言っているでしょう! 写真を撮るときは相手の許可を得る!」

 

「あーいや、その……も、勿論分かっていますよ? ただその、一応ありさにもアイドルちゃんたちの成長記録をしっかりと保存するという使命もありましてね……?」

 

「貴女がプロデューサーからも撮影を依頼されているのは知っています! ですがそれも許可ありきの話です! 写真を撮影するときはまず了承を得る! そう約束しましたでしょう!?」

 

「……し、しました……」

 

「思い出の写真を撮るなとは言いません! けれど節度を守りなさい!」

 

「は、はぃ……」

 

「写真を撮る前に一声かける。そうでなくとも節度は守る。はい復唱!」

 

「写真を撮る前に一声かけて、節度を守ります……」

 

「よろしいっ」

 

「全く、亜利沙ちゃんにも困ったものですね」

 

「まつり! 貴女もです! 大道具を勝手に持ち出さない! もし壊した場合、誰が修繕すると思っているんですの!?」

 

「ほ、ほ? そ、それは姫の従者たちが喜んで……」

 

「………………」

 

「……た、たまには愛馬のお世話をするのもいいかもしれないですね? ちょっとだけ毛並みのお手入れをしておくのです」

 

「……ほどほどにしておきなさい」

 

(……全く、相変わらず()()()は口うるさいのです……)

 

「聞こえてますわよ~……!?」

 

「ひぃ!?」

 

 

 

「……とまぁ、あれがこの劇場名物の『千鶴お母さんのお説教』だよ。未来ちゃんはお母さんを怒らせないようにね?」

 

「は、はい」

 

 正座する亜利沙さんとまつりさんの目の前で腰に手を当ててガミガミとお叱りの言葉を投げかける千鶴さん。そんな三人の様子を楽しそうに説明する美奈子さんに、春日さんは少々頬を引き攣らせながら頷いた。

 

「美奈子さん……あれは寧ろ劇場の恥部として新人に見せるようなものでは……」

 

「いやいや静香、あれはあれで劇場らしくてええんちゃう?」

 

 カラカラと笑う奈緒さんにポンポンと肩を叩かれる。

 

「いい? 春日さん、いつもはもっと普通の人が多いのよ? そもそも明日来るって言う話だったから、みんな気を抜いていたというかなんというか……とにかく誤解しないように! ちゃんと真面目な事務所なんだから!」

 

「う、うん、大丈夫、静香ちゃん。いきなりだったからちょっと面食らっちゃったけど……」

 

 困惑していた春日さんは、振り返ったときには既にヘニャリとした笑みに戻っていた。

 

「楽しそうな事務所で、私、ワクワクしてきたよ!」

 

「……はぁ……」

 

 事務所に対して失望する、なんてことは春日さんに限ってあり得ないとは思っていたが、それでもここまで楽しそうに笑われては肩透かしを食らった気分である。

 

「ええやんええやん、この子は大物になりそうや」

 

「でへへ~」

 

 奈緒さんに頭を撫でられてにやける春日さん。いや、ある意味既に大物ではあると思う。

 

「よーし! それじゃあ未来ちゃんのために、いつもよりも腕によりをかけておやつを作ってくるね!」

 

「おやつ! いいんですか!?」

 

「もっちろん! 未来ちゃん、沢山食べられる?」

 

「はい! おやつだったらいっぱい食べられます!」

 

「「ちょっ」」

 

 私と奈緒さんの声が被る。

 

 このままではマズいと私は慌てて春日さんの肩を掴んだ。

 

「春日さん、そんなに考えなしにそんなこと言っちゃダメ!」

 

「え? でもお腹空いてるし……」

 

「お腹空いてても! ここではダメなの!」

 

 当然と言えば当然なのだが、何も分かっていない春日さんはポカンとしていた。

 

 一方で奈緒さんも美奈子さんを止めるために必死の説得を始めていた。

 

「美奈子! 加減! 加減するんやで!? 沢山食べれるゆーても、おやつなんやからほどほどにな!?」

 

「えー? でも未来ちゃん、いっぱい食べられるって」

 

「ほら、いっぱいやのーて『一杯』! お汁粉とかどうやろか!?」

 

「そんな『そうめん地蔵』の昔話じゃないんだからー」

 

「あー懐かしいなー日本昔話。あれやろ、住職が旅の途中のお寺で『そうめんを一杯ご馳走してください』って頼んだら山盛り(いっぱい)無理矢理食わされたっちゅう……ってそうじゃないねん!」

 

 奈緒さん、ノリツッコミしてる場合じゃないです!

 

「というわけで、大学芋三十人前作ってくるね!」

 

「アカンって!? 今日公演日ちゃうから人全然おらへんのやで!?」

 

 ダメだ、あぁなってしまった美奈子さんは誰にも止められない。意気揚々と給湯室に去っていく美奈子さんと、彼女を追いかけていく奈緒さんの二人の背中を見送る。

 

「……一体、どうなっちゃうのかしら……」

 

「静香ちゃん」

 

 項垂れる私の肩に、春日さんが優しく手を置いた。

 

「その後、謎の旅人さんがやって来てね、お坊さんと同じように『そうめんをいっぱいご馳走してください』って……」

 

 違う、私は昔話の続きが知りたかったわけじゃない。

 

 まぁ、すぐ事態に気付いた千鶴さんが大慌てで美奈子さんの後を追ったのできっと大丈夫だろう、うん。

 

「あてんしょーん! それじゃあここからは、このお城の姫であるまつりが未来ちゃんを案内するのです!」

 

 お説教から解放され、素直に大道具の白馬を片付けてきたまつりさんが意気揚々と手を挙げた。

 

「さぁついて来るのでーす!」

 

「はーい!」

 

 最初はその勢いに面食らっていた春日さんだが、普段のテンションは寧ろまつりさんに近いこともあり先ほどとは打って変わってノリノリで彼女の後ろを付いて行ってしまった。

 

 私が案内するという話だったはずなのだが……まぁ別に誰が案内しても問題はないだろう。ただまつりさんが変なことを吹き込まないか見張るために私も一緒に行こう。

 

 

 

「まずここは使用人のお部屋なのです。まつり姫の愉快な仲間たちが毎日集まる場所なのです」

 

「なるほど、今まさにあそこで野球をしようとしている人たちが使用人なんですね」

 

「……普段私たち劇場アイドルが集まる楽屋よ。二人とも、また千鶴さんや琴葉さんに怒られるわよ」

 

 

 

「こっちは執事室なのです。お城に仕える執事やメイドたちが、まつり姫に相応しいステージを用意するための場所なのです」

 

「おぉ、執事さんにメイドさんもいるんですね!」

 

「……プロデューサーさんや事務員さんたちの事務所よ。今は諸用で席を外しているみたいだから、また後で挨拶しましょう」

 

 

 

「そしてこっちはティール―ムなのです――」

 

「わっほーい! 千鶴さん、そっちはどうですかー!?」

 

「お任せなさい! お父様直伝の一口コロッケ、抜かりはないですわ! おーっほっほっほげほっゴホゴホ!」

 

「……アカン……私には……止められなかった……!」

 

「――が、今回は後回しにするのですよー」

 

「いい匂いがする~! おやつ楽しみだね、静香ちゃん!」

 

「エェ、ソウネ。……あと、給湯室ね」

 

 

 

 

 

 

 ――私、見たい場所があるんです!

 

 まつりさんに案内をされている最中、春日さんはそんなことを言い出した。

 

「………………」

 

 そして連れてこられた()()で、それまでずっと楽しそうだった春日さんが静かに息を呑んだ。

 

「……どう? 客席から見たときと印象が違うでしょ?」

 

 ――この『ステージ』の上は。

 

「静香ちゃん……」

 

「今はひんやりしてるけど、これが満員になると熱気が凄いの」

 

 目を閉じれば……いや、目を閉じなくても脳裏にその光景を思い浮かべることが出来る。

 

 集まってくれた観客たちの熱や、彼らが持つペンライトとサイリウムの光、そして期待に満ちた視線。その全てが私たちに重圧(プレッシャー)となって圧し掛かってくる。

 

「目がチカチカして、自分の身体が自分のものじゃなくなってしまうような……」

 

「……すぅ――」

 

 

 

「はいほー!」

 

 

 

「まつりの『わんだほー!』なパーティーにようこそー! 今日は新しい仲間を紹介するのですよー!」

 

 突然ステージの中央(センター)に躍り出たまつりさんは、無人の観客席に向かってそんなことを言い出した。

 

「新入りさん、来るのでーす!」

 

「……えっ!? もしかして私ですか!?」

 

 まつりさんは春日さんが戸惑っている間に手を引いてステージの中央へと連れていってしまった。

 

「では自己紹介を兼ねて一曲どうぞー!」

 

「えぇ!?」

 

 それには私の方が驚き声を上げてしまった。

 

「まつりさん、春日さんはついさっき来たばっかりです! それにマイクもないの急に……!」

 

 例え観客がいなかったとしても、ここはステージの上。そんな状況で歌うなんて……。

 

「ほ?」

 

 しかしまつりさんは舞台袖にいる私に向かって怪しげに微笑んだ。

 

「静香ちゃん、まつりたちはいつだってみんなの(アイドル)なのですよ?」

 

「っ……」

 

 言いたいことは分かる。けれど、春日さんは今日が事務所初日。まさしく今日、アイドルとしての一歩を踏み出したばかりの新人。そんな彼女にそれを要求するのは酷だ。

 

 だから私は、無理しなくていいと春日さんに声をかけようとして――。

 

 

 

「春日未来! 中学二年です!」

 

 

 

 ――しかし、それはただの杞憂だったらしい。

 

 

 

「アイドルになるために部活を辞めてきました!」

 

 堂々と、それでいて気負わず、自然体のままで。つまりいつも通りの様子で、春日さんは無人の観客席に向かって声を張り上げた。

 

 私が想像していたよりもずっとアイドルとしての覚悟か出来ているからなのか。それとも深いことを何も考えていなかったからなのか。どちらが正しいのか分からない。

 

 それでも一つだけ分かることがある。

 

「それじゃあ歌っちゃいまーす!」

 

 右手でマイクを持つフリをして、左手の人差し指を観客席に向けるポーズを取った春日さんは。

 

 咄嗟のハプニングに身動きが取れなくなってしまった()()()()()()――。

 

 

 

 ――ずっとアイドルに見えた。

 

 

 

「天海春香ちゃんの! 『乙女よ大志を抱け!!』」

 

 

 

 

 

 

「はぁ~……今日はすっごく楽しかったなぁ」

 

「そう」

 

「おやつも美味しかったし!」

 

「……そう」

 

 劇場の見学が終わり、静香ちゃんと共に帰路に着く。静香ちゃんはおやつの時間からずっと口数か少ないけど、どうしたのかな? 大学芋もコロッケもとても美味しかったから、それで不機嫌になってるってことはないだろうし……私が食べすぎちゃったから?

 

 それはともかく、初めて訪れたアイドルの事務所、そして劇場。見るもの全てが新鮮で、とても楽しかった。

 

 小鳥さん、このみさん、まつりさん、亜利沙さん、千鶴さん、美奈子さん、奈緒さん……それ以外にも、快く私を迎え入れてくれた人たち。

 

 みんなみんな、いい人たちばかりだった。

 

 でも。

 

「ねぇ、静香ちゃん」

 

「……なに、春日さん」

 

 

 

「アイドルってなんなんだろ」

 

 

 

「……どうしたの、急に」

 

「ほら、シアターの人たちってあんまりアイドルっぽくなかったから!」

 

「ちょっ!?」

 

「おかげで全然緊張しなかったよー」

 

「違うのよ!? たまたま! たまたまなの! 普段はもっとアイドルっぽい人たちが……いや、まつりさんたちが違うってわけじゃないけど!」

 

 先ほどまでやや沈んだ表情の静香ちゃんだったが、ワタワタと慌てた表情になった。

 

「……し、失望した?」

 

「しつぼう? なにが?」

 

「その……折角アイドルになるって決めたのに……事務所が、その……」

 

 どうして静香ちゃんがそんなことを聞いてくるのかは分からなった。けれど、私は「そんなことないよ」と首を振った。

 

 

 

「私も、あんな楽しいアイドルになりたいって思ったから!」

 

 

 

「……楽しい、アイドル……」

 

「……あっ! 小鳥さんからメッセージ! 社長さんがお祝いにご飯奢ってくれるって!」

 

「えっ」

 

「ほら行こう! ほら事務所までダッシュ!」

 

「ちょっと、あれだけ食べてまだ食べるつもり!? って待ちなさい! そっち自転車はずるいわよ!? もうっ――」

 

 

 

 ――待ちなさい、()()

 

 

 




・『千鶴お母さんのお説教』
叱りながらもちゃんとダメな点とどうすればよくなるのかをしっかり提示してくれる辺り、少々甘いお母さん。

・『そうめん地蔵』
にほん昔話。いいお話のはずなんだけど、あれ子どもの頃は「もったいねぇ!」っていう感想しか思い浮かばなかった。

・美奈子sキッチン!
なお今回は何故かストッパー役の千鶴までも暴走した模様()

・野球をしていた二人
登場は後日()

・私なんかより
軽率に闇の種を撒いていくスタイル。

・私が食べすぎちゃったから?
元気な子は一杯食べるという謎の偏見により、未来ちゃん健啖家化。
やったね美奈子!



 良太郎不在のまま終わりましたが、まぁ公演日じゃないから(という言い訳)

 次回からも未来や静香メインの話が続きますが、チョイチョイいつも通りの123や765や346のアイドルの出番も増やしていきたいです。

 ……アイドル科の三人? もうちょっと先の話です……(目逸らし)

 次回は久々の恋仲○○です! 恋人確定しましたが、こっちはこっちでちゃんと続けますよ続けますとも!


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番外編54 もし○○と恋仲だったら 22

ミリマス編初の恋仲○○は彼女から!


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

「はぁ……」

 

「ん? どないしたん?」

 

 レッスン後、お腹が空いたという奈緒ちゃんのためにチャーハンを作って上げているのだが、思わず出てしまったため息を奈緒ちゃんに聞かれてしまった。

 

「なんか悩みでもあるんか? レッスン中も注意散漫やって何回か注意されとったし」

 

「あはは……ちょっとだけ、ね。はい、お待たせ」

 

「おぉ、ありがとぉ!」

 

 しっかりと手を合わせて「いただきます」をしてから食べ始めた奈緒ちゃんの向かいに座る。よほどお腹が空いていたらしい彼女の食べっぷりを見ていると……少しだけ私を悩ませるそれを嫌でも思い出してしまった。

 

「……私でよかったら相談に乗るで?」

 

 そしてそれを奈緒ちゃんに気付かれてしまったらしい。

 

「でも……」

 

「私らの仲やん、遠慮せんでなんでも話してや」

 

「……ありがとう」

 

 本当は私だけで解決するべき問題だとは思っていた。しかし、やっぱり誰かに聞いてもらうことで何か気付くことがあるかもしれない。

 

「実は良太郎君(こいびと)とのことなの」

 

「っ! ……なんか、あったんか?」

 

「あったというか……なかったというか……」

 

 良太郎君と恋人になって早半年。恋人になってからも良太郎君はいつも通りちょっとだけ意地悪で、けれどそれと同じぐらい優しくて、こんなにも人を好きになれるのかと毎日ずっとドキドキしていて……。

 

 それでも、私の胸の中にはほんの一つまみのモヤモヤが残っていた。

 

 

 

「良太郎君、大きくなってくれないの」

 

 

 

「ごふっ」

 

「ん、大丈夫?」

 

 突然、奈緒ちゃんが咽始めた。

 

 変なところに入ったのか、それとも喉に詰まったのか。どちらにせよ水を渡すことに間違いはないだろうから、水差しからコップに水を灌ぐ。コップを受け取った奈緒ちゃんが勢いよく水を飲み始めたので、どうやら後者だったらしい。

 

「もう、落ち着いて食べないと危ないよ?」

 

「だったら食事中に変なこと言うのやめぇや!」

 

 何故か憤慨した様子の奈緒ちゃんがコップを机に叩きつけるように置く。コップ割れちゃうよ?

 

 というわけで、これが私の目下の悩み。良太郎君が全然私好みのふくよかな体型になってくれない、ということだ。

 

 良太郎君のことが大好きで、今の彼に不服があるわけではない。けれど少しだけ、ほんの少しだけ『これだけ好きなのに、体型がふくよかになったら一体どれだけ好きになってしまうのだろう』と考えてしまったのだ。

 

 勿論、良太郎君はアイドルなので体型を崩すなんてナンセンスなことだ。そのことを私も理解しているのだが……それを抜きにしても、良太郎君は全く太らない。恋人になってから同棲を始めたので、これはチャンスと良太郎君の食事を全て私が作っているのだが、それはもうビックリするぐらい太らないのだ。

 

「た、確かに『遠慮せんでなんでも話してや』っちゅーたのは私やけど……そ、その……よ、夜の話なんて思うわけないやん……」

 

 顔を真っ赤にゴニョゴニョと言葉を濁してしまった奈緒ちゃん。

 

 夜? ……夜ご飯ってことかな?

 

「夜だけじゃなくて朝(ご飯)もなんだけどね」

 

「あ、朝もなんか!?」

 

「そりゃあ勿論! 一緒に暮らしてるわけだし、朝(ご飯)でも大きくなってもらうために頑張ってるんだよ! おかわりだってしてくれるし」

 

「お、おかわり(意味深)……」

 

 奈緒ちゃんは何故か首筋にまで真っ赤になっている。暑いのかな?

 

「そりゃあ少しやりすぎかなぁって思うこともあるけど……全然大きくならないから私もムキになっちゃって、お昼も私の(お弁当)を食べてもらったりしてるんだけど……」

 

「あ、朝だけやのぉて昼まで……!? っちゅーことは……も、もも、もしかして、外でしとるんか……!?」

 

「外? ……あぁ、うん、外で(外食)することもあるよ。仕事柄、お互いにそういう機会も多いし」

 

「ししし仕事柄!? え、なにどういうこと!?」

 

「でもやっぱり、家で二人でゆっくりっていうのがいいよね。お互いにあーんって食べさせあったりして」

 

「あーんって……あーんって……そ、そこまでやっても、大きくならへんもんなの?」

 

 ちょっとだけ興味ありげにそんなことを尋ねてくる奈緒ちゃん。おっ、奈緒ちゃんもふくよか系男子に興味がおあり?

 

「うん。だからどうしたらいいかなーって」

 

 結局のところ、良太郎君が太りづらい体質ということに加えて彼が普段からレッスンやトレーニングでかなりカロリーを消費していることが原因だろう。つまりそれを上回るカロリーを彼に与えることが出来ればいいのだけど……。

 

「……その、噂だと……ウナギとか、すっぽんとか、ええって聞くけど……」

 

「へぇ?」

 

 ウナギにすっぽんかぁ……私は聞いたことなかったけど、折角だし試してみるのもいいかも。流石にウナギもすっぽんも捌いたことないから、お店に頼ることになるかなぁ。

 

「あっ、そうだ、よかったら今晩奈緒ちゃんもどう?」

 

「なんでやねんっ!」

 

 折角だから一緒に晩御飯でもどうだろうかと誘ったら、何故か思いっきり怒られた。

 

「なんで! そこで私を誘うんや!」

 

「え、奈緒ちゃん嫌いだった?」

 

「なっ!? ……す、好きとか嫌いとか、そーいう問題ちゃうやろ!」

 

 うーん、ウナギやすっぽんの気分じゃないかったのかな。

 

「ったく……まぁ、その……二人ともアイドルなんやから、ほどほどにせなアカンで?」

 

「それは勿論だよ」

 

 良太郎君はアイドルで、私もアイドル。今はまだまだステージの上に立っていたい。

 

「本格的に(良太郎君を大きく)するのは、お互いに引退してからかな」

 

「……それはそれで、気ぃ長い話やな」

 

 そうかもしれない。けれど、私はずっと良太郎君と一緒になると心に決めている。ならばどれだけ時間がかかろうが関係ない。

 

「私はいくらでも待てるよ。だって、良太郎君のことが大好きだもん」

 

「……あーはいはい、ご馳走様でしたっと」

 

 いつの間にかチャーハンを食べ終えていたらしく、スプーンを置いた奈緒ちゃんは手を合わせた。

 

「はい、お粗末様でした。あ、いいよ洗い物は後で私がまとめて……」

 

「作ってもろてそないなことまでさせられんて。後は私が全部やっとくから、アンタはさっさと愛しの彼氏さんのところへ……」

 

「ここにいましたのね美奈子」

 

 給湯室へやって来た千鶴さんは、私の顔を見るなり呆れたような表情を浮かべた。

 

「あ、お疲れ様です、千鶴さん。千鶴さんも何か食べます?」

 

「結構ですわ。……そんなことより美奈子、貴女少しは加減したらどうですの?」

 

「え?」

 

「良太郎が『そろそろキツい』ってボヤいていましたわ」

 

「……あ、あはは……」

 

 どうやら良太郎君の小姑とでも呼ぶべき相手の耳に入ってしまったらしく、思わず乾いた笑みを浮かべてしまった。

 

「貴女の好みは理解していますが、それを良太郎に強要するのは些か問題ですわよ」

 

「いやぁ、初めはちょっとした出来心だったんですけど、良太郎君が思いの他手強かったから少しムキになっちゃって……」

 

「まぁ、良太郎は昔からずっと変わりませんが……それでもいずれ彼の伴侶となる以上、それをしっかりと管理するのも貴女の仕事ですわよ」

 

「はい、お義母さん……」

 

「色々と間違った方向にランクアップするのやめてくださる!?」

 

「ちょちょちょ、ちょい待ちぃ! りょ、良太郎さん、千鶴に相談したんか!?」

 

 いずれあのとても可愛らしいお義母様よりも義母っぽい存在になるであろう千鶴さんからのお叱りの言葉にしゅんとしていると、慌てた様子の奈緒ちゃんが詰め寄って来た。

 

「え? えぇ、良太郎にしてはかなり深刻そうにしてましたので」

 

「だ、だからってそんなプライベートなことを……!?」

 

「プライベート? ……まぁ確かに、食生活もプライベートと言えばプライベートでしょうが」

 

「………………なんて?」

 

「だから、食生活と。『美味しいから大丈夫でも量に限度はある』と言っていましたわ」

 

「………………」

 

「……奈緒ちゃん?」

 

「……っ~~~!!!」

 

 

 

 

 

 

「なんで奈緒ちゃん、俺の顔を見るなり『紛らわしいねんこのバカップルウウウゥゥゥ!』って怒鳴りながら腹パンしてきたんだろう」

 

 雨が降って来たから劇場まで車で美奈子を迎えに行ったら、何故か顔を真っ赤にした奈緒ちゃんが襲い掛かって来た。『顔以外に向けられた女の子の拳は避けるべからず』という父上様の教えに従い避けずに甘んじて受け入れたが、的確に鳩尾に入ったのでかなり痛かった。

 

「あ、あはは……ちょっと色々あってね」

 

 エプロンを付けて食事の準備をしながら苦笑する美奈子。

 

 お互いに家を出て同棲を始めて以来、ずっと美奈子が食事を作ってくれている。彼女の作る料理は本当に美味しくて、母上様の料理にも劣らない第二の家庭の味になりつつあるのだが……いかんせん量が多い。

 

 どうやら美奈子は俺の体型を自分好みふくよかなものに変えたいらしいのだが、こちとら()()で体型が変わらず運動量も少なくないトップアイドルの身。なんとか彼女からの猛攻(カロリー)を凌いできたが、純粋に食事の度に腹が苦しくなるのはなんとかしたい。

 

 ……と、思っていたのだが。

 

「……あれ? 今日はなんというか……」

 

 食卓に並べられた料理は、いつもの美奈子が作るそれよりも目に見えて少なかった。

 

「うん、ちょっと控えめにしてみたよ」

 

 どうやら俺がポロッと千鶴に零してしまった愚痴が美奈子の耳に入ってしまったらしい。

 

「悪いな。一応これでもアイドルをやっている身としては、惚れた女のためとはいえそう易々と体型を変えるわけにはいかないんだ」

 

 何せ髪型や髪色変えるだけでも色々言われる可能性がある業界だから。とはいえ、前世よりも今世は髪色がカラフルだからピンと来ないかもしれないが。

 

「ううん、大丈夫。だって、体型とかそんなことよりも――」

 

 エプロンを外した美奈子は、()()()()()()()()()腰を下ろした。

 

 

 

「――私が一番好きなのは()()()()()君そのものだから」

 

 

 

「……ありがとう、美奈子」

 

 コテンと肩に頭を乗せてきた美奈子の手を、ぎゅっと握り締めた。

 

「それに……良太郎君に()()()()()()私にも責任があるだろうしね」

 

 彼女の声に僅かな艶が混じったことを感じ取った。そして食卓に並べられたウナギの蒲焼きやすっぽん鍋……つまりはまぁ、そういうことなのだろう。

 

 それじゃあ美奈子のご期待に応えて、この言葉を使うことにしよう。

 

 

 

「……今日は寝かせてやらないぞ?」

 

 

 

「あ、でも明日の朝ご飯の仕込みまでには起きたいかな」

 

 もー、そーゆーとこ大好き。

 

 

 




・周藤良太郎(21)
本編で恋人出来たにも関わらず番外編では別のアイドルとくっ付くふてぇ野郎。(なお作者の都合)
全編奈緒ちゃんに持っていかれてしまったため今回影が薄いゾ……。

・佐竹美奈子(21)
実は良太郎と同い年の千鶴に続くいいお嫁さんになれる系アイドル。
年齢が近い故に頻繁に食事やら飲み会やらに行っている内にどんどん親しくなって……というくっ付き方が一番似合いそうな気がする。

・「良太郎君、大きくなってくれないの」
あんじゃっしゅ。良太郎をおっきくする(意味深)
好きな男性を自分色に染めたいなんて、美奈子は積極的だなぁ(満腹)



 なんか良太郎があんまり良太郎してない気がしますが、美奈子との恋仲○○でした。やはり心の奥ではりんへの遠慮があるというのか……!?

 次回、本編に戻りつつアイ転らしいクロスを……!


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Lesson241 足の踏み出し方

ちょっとだけ今回の章の裏テーマのお話。


 

 

 

 

 それはとある日のお昼の出来事である。

 

 

「はい、りょーくん、あーん」

 

「あーん」

 

 満面の笑みで唐揚げを食べさせようと俺に箸を向けてくるりん。そして無表情でその唐揚げを食べようと口を開ける俺。何処にでもいる至極一般的なカップルの姿である。

 

「いやまぁ、そのやり取りだけを見れば至極一般的なのかもしれないけど……」

 

「世界一のトップアイドルと日本一のトップアイドルのカップルを、一般的と称していいのか些か疑問だけどね」

 

 そんな俺たちの姿を見て、正面で仕出し弁当を食べながら苦笑する翔太と北斗さん。恥ずかしいとかそういう感情は特になく、寧ろ目の前で気が散るようなことをしてて若干の申し訳なさが立つ。止めるという選択肢? 悪いけどウチじゃ取り扱ってないんだ。

 

「いや、疑問に思うべきところはそこじゃねぇだろぉがよ……!」

 

 代わりに今度は俺がりんの口元に唐揚げを運んでいると、翔太と北斗さんの間に挟まれて弁当を食べていた冬馬がこめかみと口元を引き攣らせながら箸を握り締めていた。お前の握力でそんなに力込めると割り箸が折れるぞ。

 

「おい朝比奈りん」

 

 おぉ、強気にいった。

 

「……なぁに?」

 

「………………」

 

 りんの笑顔の圧力に負けた! 強くなったかと思ったら相変わらず弱かった!

 

「……アンタ、ここがどこだか分かってんのか?」

 

 気を取り直した冬馬の質問に、りんは「一体何を聞いているんだ」と眉を潜めた。

 

 

 

「123プロの事務所に決まってるじゃない」

 

 

 

「そうだ、123の事務所だ。……なんでアンタがいるんだよ、1054」

 

「旦那様の職場にお弁当を届けるぐらい普通じゃない」

 

「旦那の職場で一緒になって弁当食ってることは普通じゃねぇだろうが!」

 

「なによー、ちゃんとアンタたちにも差し入れ持ってきてあげたでしょ」

 

「唐揚げありがとー! りんさん!」

 

「美味しくいただいてるよ」

 

「ってちょっと待て!? 俺の分減ってるじゃねぇか!?」

 

「文句ある人の分なんてありませーん。御手洗君と伊集院さんで食べちゃっていいよ」

 

「「ご馳走様でーす」」

 

「ちょっ、おまっ、ヤメロー!」

 

 ワイワイと楽しそうなりんとジュピターに少々寂しさを……感じるということもなく、寧ろ今までこの四人がこうやって仲良さそうに話をしている場面を見たことがなかったので新鮮な気持ちで眺めている。どう足掻いても冬馬は弄られ役なんだよなぁ。

 

 ちなみに挙式も入籍もしてないから正確に言えば旦那ではないが、まぁ概ね間違っていないから訂正しない。周藤りん、もしくは朝比奈良太郎は確定事項だし。

 

(あぁ、楽しいなぁ)

 

 

 

 

 

 

 ったく、良太郎の奴、元々身内に甘かったっていうのに、彼女に対してはより激甘じゃねぇかよ。

 

「っと悪い。ちょっと電話」

 

 唐揚げを食いっぱぐれて嘆息していると、良太郎が「食事中に失礼」と言って席を立った。

 

 スマホを片手に良太郎が部屋を出ていくと、俺と北斗と翔太と朝比奈の四人が残された。別に気まずいとかそういうのはないが、それでも(かなり珍しい組み合わせだなぁ)みたいなことを考えながら番茶を啜る。

 

「……ありがと」

 

「へ?」

 

 突然、朝比奈がお礼の言葉なんか口にし始めた。

 

「アンタたちジュピターは、ずっとりょーくんに立ち向かい続けてくれた。りょーくんはそれがすっごい嬉しかっただろうし、アタシたち『魔王エンジェル』も嬉しかった。だから、そのお礼。こうやって面と向かって言う機会、なかったからさ」

 

「……別に、お前に――」

 

「ん?」

 

「――アンタにお礼を言われるようなことは何もしてねぇよ」

 

((やっぱり弱い……))

 

 確かに俺は『周藤良太郎』を目標としてアイドルを続けてきた。けれど、それは自分のための信念で、俺だけの覚悟だ。それが『周藤良太郎』のためのものだとは認めない。それだけは、絶対に譲れない。

 

「……っそ。まぁ、アンタならそう言うと思ったわ」

 

 そう言って朝比奈はそれでこの会話は終わりとでもいうように、自分で作ってきた弁当のおかずを再び口へと運んだ。……今更「それさっき良太郎に食べさせてた箸だよな」とは言わない。

 

「ってそうだ、それとは別に個人的に伊集院さんにお礼を言いたいんだった」

 

「ん? 俺に?」

 

「うん。りょーくんに聞いたんだけど、前に恋愛相談を受けてくれたって。えっと、なんだっけ……好意の生き血?」

 

 ヴァンパイアかなにかなのか。

 

「好意の()()の、感じ取れる好意の上限の話だね」

 

 どうやら北斗には何の話か分かったらしく「懐かしいなぁ」と苦笑していた。

 

()()()()()()()()()だから詳しくは話せないんだけど、りょーくんがそのことを話してくれたおかげで、アタシも色々と踏み込むことが出来た」

 

 朝比奈は「だから」と箸を置き、背筋を伸ばしてから頭を下げた。

 

「本当にありがとうございました」

 

「……お礼は、この美味しい差し入れで十分だよ。幸せになってね」

 

「はいっ」

 

 顔を上げた朝比奈は満面の笑みで、きっとそれはテレビで見せる表情よりもずっと本心からのものなのだろうと、そう思った。

 

「と言っても、傍目に見てても順風満帆な二人に『幸せになって』は今更って感じじゃない?」

 

「ははっ、それもそうだね」

 

「寧ろちょっとは何かあるぐらいが丁度いいんじゃねーか?」

 

 翔太の言葉に北斗が笑い、俺もちょっとした軽口を叩く。

 

「………………」

 

「……な、なんだよ」

 

 急に朝比奈の笑顔が固まった。あれぐらいの軽口すらダメなのか……。

 

(冬馬君が露骨にビビってる……)

 

(冬馬は基本的に魔王エンジェルの三人が苦手だからね……)

 

「……まさか、マジなのか?」

 

「………………」

 

 もしやと思い、恐る恐る尋ねてみると朝比奈は静かに両手で顔を覆った。

 

「え、ホントーに?」

 

「良太郎君が今更りんさんに隠し事をするとは思えないんだけど……」

 

 意外そうに驚く翔太と北斗。正直俺もビックリしている。恋人相手云々以前に、そもそもアイツは隠し事をするようなタイプじゃないと思ったんだが。

 

「隠し事ってほどじゃないし、アタシの気にしすぎかもしれないんだけどさ……」

 

 少々涙目になった朝比奈が俯きながらポソポソと話し出した。

 

「……三人はさ、それなりにりょーくんと仲良くてプライベートな話するわよね?」

 

「まぁ、そこそこに」

 

「アイドルの先輩後輩として以前に、男友だちみたいな付き合い方はしてきてるね」

 

「……まぁ、同じ事務所になってからはそういう機会も増えたな」

 

 周藤良太郎世代で唯一生き残った男性アイドルユニットが俺たちだけだったこともあり、他事務所の割には交流は多かった。お互いの楽屋でゲームをしたことがあれば、適当な雑談に興じたことだってある。

 

「それじゃあ、()()()()()()()()、聞いたことある?」

 

 ……昔話?

 

「えっと……それは『伝説の夜』のことじゃなく?」

 

 翔太が尋ねると朝比奈は「それよりも前」と首を横に振った。

 

「……アイドルになったきっかけの話?」

 

 次いで北斗の言葉にも再び首を振る朝比奈。

 

「……高町家でトレーニングを受け始めた頃ってわけでもなさそうだな」

 

 首肯する朝比奈。

 

 確か恭也と出会ったのは小学六年の頃だと言っていた。つまり、それよりも前。

 

 ……なるほど。

 

「……あれ」

 

「そういうことか……」

 

 どうやら翔太と北斗も気付いたらしい。

 

「りょーくん、自分のこと、どんなことでも話してくれる。カッコいい話やカッコ悪い話も、全部全部。……でも――」

 

 

 

 ――何故か()()()()()()()()()を全くしてくれないの。

 

 

 

「……確かに、聞いたことないね」

 

「でも小さい頃に346の渋谷凛ちゃんと遊んでいたっていう話をしていなかったかい?」

 

「いや、それはあくまでも『渋谷凛との思い出』だ。良太郎自身の話じゃねぇ」

 

 思い返してみると確かにそうだった。良太郎は恭也と出会う前の自分のことを「天才な兄貴への劣等感の塊だった」と称したことがある。そしてそれ以上()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 ……そりゃあ、肉親に嫉妬して腐ってた頃の話なんてしたくないだろうとは思う。しかしそこにあったのは『周藤良太郎の感情』だけで『周藤良太郎の姿』が何一つ見えなかった。

 

 

 

 まるで、そこには()()()()()()()()()()()()()()()のようで……。

 

 

 

「……教えてくれないっていうことは、それだけ踏み込んで欲しくないことだっていうことなんだと思う。それぐらいは、アタシも分かってる」

 

 でも、と朝比奈は俯き膝の上で拳を握った。

 

「アタシじゃその辛い思い出に敵わないのかなって考えたら……悲しくなっちゃって」

 

「………………」

 

「だから……」

 

 朝比奈は何かを吹っ切るように顔を上げた。

 

 

 

「いくらぐらい払ったら教えてくれるのかな、って……」

 

「「「待て待て待て」」」

 

 

 

 目ぇグルグル回しながらトンデモないことを言い出しやがった。吹っ切れたっていうか色んなものをぶっちぎるんじゃねぇよ!?

 

「だってこれ以上何も思い浮かばなかったんだもぉぉぉん!」

 

 机に突っ伏してオイオイ泣き始める朝比奈。おいヤメロ、この状況で良太郎が戻って来たら色々とマズいから今すぐヤメロ!

 

「そうだね……本人が話したがらないことを詮索するのは正直マナー違反だけど……誰か良太郎君の昔を知っている人に話を聞いてみるのも手かな」

 

「アイツの家族か?」

 

「それはもう聞いてみた……」

 

 実践済みということは、ダメだったということか。

 

「渋谷凛……は、流石に分からんか」

 

 いくらなんでも年下の女の子に自分の黒い話をするような奴じゃねぇし、してたとしても当時五歳だか六歳だかの渋谷が理解していたとも思えない。

 

「つまりリョータロー君と()()()()()()()()()に話を聞けばいいわけだね」

 

 しかし幼馴染という存在自体希少な昨今だ。果たしてそんなピンポイントな条件を満たす相手がいるのだろうか。

 

 

 

 

 

「……くちっ」

 

「あれ、千鶴さん、可愛らしいクシャミですね」

 

「失礼しましたわ……」

 

「もしかして、例の男の人が千鶴さんの惚気話してたりして~」

 

「……美咲、貴女まだそんな与太話を信じていましたの……」

 

 

 




・唐揚げ
実はアイドル大運動会でりんが作ったのも唐揚げだったという地味な小ネタ。

・りんの笑顔の圧力に負けた!
魔王エンジェルと冬馬のやり取りは色々と悩むんだよ……口調とか態度とか……。

・好意の閾値
Lesson83参照。

・小学五年生以前の話
恭也と出会う前。つまり『転生特典が分からず焦り悩んでいた』頃。



 漫画本編のお話に入る前に、ちょっとだけ第六章の裏テーマに触れるお話。

 第三章の『志保の過去』や第五章の『美城常務の目的』のように、章丸々使って書いていく裏テーマです。……自分で話していくのか(困惑)

 次話からはちゃんと良太郎と未来ちゃんたちを出していきますよー。


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Lesson242 足の踏み出し方 2

話が進まないのは割といつものこと。


 

 

 

「……なにかあった?」

 

 電話から戻って来たら休憩室の空気が微妙に変わっているような気がした。

 

 りんと冬馬二人きりだったら多少険悪になっていてもおかしくないが、翔太と北斗さんがいるのでそれもないだろう。そもそも口喧嘩したところで冬馬がりんに勝てるはずなかった。コイツ基本的に魔王エンジェルの三人が苦手だからな。

 

「なにかって?」

 

「……いや、何でもない」

 

 気のせいではないだろうが、はぐらかす以上俺に聞かれたくない何かを話していたのだろう。ならば無理に聞き出すのも野暮ってものだろう。

 

 関係ないけど今の首コテンってやったりん可愛かった。

 

「ちょっと昔話をしてただけだよ。冬馬が小学校の頃に近所に住んでいた憧れてたお姉さんが引っ越したときの話とか」

 

「ヤメロォ!」

 

「アイドルなり始めの頃にクラスの女の子に色紙渡されて自分のサイン書いたら実は他のアイドルのサイン貰ってきて欲しかったっていう話とか」

 

「だからヤメロっつってんだろぉぉぉ!」

 

 何それめっちゃ聞きたい。こいつにもそんな愉快なゲフンゲフン純朴な少年時代があったのか。

 

「ちくしょう、人が折角忘れかけてたっつーのに……くそったれな記憶が領空侵犯してきやがる……!」

 

 そりゃ、めくるめく走馬灯だ! やばいぞ!

 

「僕としてはリョータロー君の昔話とか、たまには聞いてみたいんだけどー」

 

「……ん、俺の?」

 

「そうそう。リョータロー君にはそーいうのなかった?」

 

「甘酸っぱい初恋の話、とかさ。身が固まった今だからこそ出来る話って言うのもあると思うよ?」

 

 翔太と北斗さんはそんなことを言うが、いやいや恋人の目の前でそーいうのはちょっと……と言いたいところだったが、当のりんは目がキラキラと輝いていた。え、俺の初恋話に期待してるの? うっそぉ。

 

「あーいや、俺の初恋は小学校の枠に収まらなかったから」

 

「どーいうことだよ」

 

 俺の初恋については外伝を参照してほしい。別次元の話? ナンノコッタヨ。

 

「……ついでに、俺の小学校の頃は()()()あったからな」

 

「「「「っ」」」」

 

 思い出したくない過去とは言わない。二度目の俺の人生に不必要だった過去は何一つとして存在しない。けれどこれは、口に出したくない過去なのだ。

 

 ……違うな、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()があってる、うん。

 

 

 

「さて、そろそろご馳走様だな」

 

 既にお弁当も残りわずか。次の仕事までの時間も残り僅かなので、ちゃんと味わいつつも手早く食べ終わる。

 

「ご馳走様。りん、お弁当ありがとう、美味しかった」

 

「……うん、どういたしまして」

 

「それじゃ、次の現場まで車で送るよ」

 

 弁当箱を片付けて(後で俺が洗う)、この後収録があるりんを送ろうと立ち上がる。

 

「あ、良太郎君、朝比奈さん送って来たら事務所に戻ってくる?」

 

「そろそろフェスの話がしたいから、時間あるかなって思って」

 

「ん? ……最近黒タイツにローファーとかいいなって思ってる」

 

「誰がテメェの性的嗜好(フェチ)の話をしろっつったよ!? フェスだフェス! シャイニーフェスタ!」

 

 そうか、そういえばそんな時期だったな。去年は不参加だったから、今回こそは是非と運営から参加するようにお願いされていたんだっけ。

 

「いや、今日はこのまま出る予定だ。打ち合わせだったらまた後日でいい?」

 

「それなら大丈夫だよ」

 

「黒タイツにローファー……って、あれ? りょーくん、このあと予定あったっけ?」

 

 俺の予定を把握しているりんが再び可愛らしく小首を傾げる。

 

「なかったけど、たった今出来たんだよ」

 

「もしかしてさっきの電話?」

 

「そうそう。面白そうな()()()()()()があったんだ」

 

 スマホを振りながらそう応えると、りんが疑問符を浮かべて翔太と北斗さんが苦笑して冬馬が思いっきり苦い顔をした。

 

「まぁたテメェは碌でもねぇことやらかそうとしてんのかよ」

 

「碌でもないとは失敬な。今回は比較的まともな部類の悪戯だ。ちゃんとサプライズと呼んでも過言ではないぞ」

 

「まともな悪戯って何だよ……」

 

「楽しみにしとけって、悪いようにはならんから」

 

 とはいえ、その内容を知ったら目ん玉引ん剝きながら「バカじゃねぇの!?」って罵られるんだろうなぁ。

 

 

 

 何せ、しっかりと出る所に出れば()()()()()()()()()レベルのことをやらかそうとしているのだから。

 

 

 

 

 

 

「……さっきのどう思う?」

 

「うーん、確かに昔のことを話すの、躊躇した感じがあったね」

 

「……そうか? ありゃ話せないことがあるっつーか話すのが『バツが悪い』って感じじゃねぇか?」

 

「「……つまり?」」

 

「ただの惚気だ。俺たちが気にすることじゃねーよ」

 

 

 

 

 

 

 きょっ! うっ! はっ!

 

「初レッスンの日だー!」

 

 階段の真ん中ぐらいからジャンプする。そんな軽やかな動作をしてしまうぐらい、今の私は心が軽かった。

 

 今日は私のアイドルとしての初レッスンの日。つい先日劇場の事務所の案内を終え、スタッフさんたちへの挨拶を経て、ようやく私はアイドルになったのだ! ……静香ちゃん曰く『まだまだ私たちはアイドルの卵』らしいのだが、卵だろうが雛だろうが鶏だろうがアイドルはアイドルでしょ!

 

 というわけで同じ学校の静香ちゃんと一緒にレッスンへ行く予定になっているので、放課後に迎えにいっているわけである。

 

「静香ちゃーん! お待たせー! 今日からレッスンだね! ここが私、春日未来のアイドルとしての第一歩になるのかな!? いやぁずっと楽しみに――」

 

 

 

「結構です!!」

 

 

 

「ぴえん」

 

 静香ちゃんが怖い……。

 

「小さい子どもじゃないんですから。……はい、未来は私に任せてください。それでは。……未来? 何してるの?」

 

「し、静香ちゃん……お、怒ってる……?」

 

 柱の影からそっと静香ちゃんの様子を窺う。スマホに向かって怒鳴ってたみたいだけど、何かあったのかな……?

 

「……別に怒ってたわけじゃないわ。ちょっとプロデューサーと電話してただけ」

 

「プロデューサーさんと?」

 

「……あんまり学校(ここ)でそういう話をしたくないから、行きましょう」

 

 既に帰宅準備を終えて鞄を手にしていた静香ちゃんの背中を追って校舎の外へ。

 

「……未来は、プロデューサーともう会ったことあるのよね?」

 

「うん! 色々と聞かれたよ! どんなことが好きなのかーとか、どんなことをやってみたいのかーとか!」

 

 優しそうな人で「これから一緒に頑張ろう!」と力強く言ってくれた。

 

「そもそもプロデューサーさんって、どんなお仕事をする人なの? 曲作ったり衣装作ったりダンス作ったり芋を掘ったりポテトを揚げたり?」

 

「そんなわけないでしょ……特に最後の二つはなんなのよ」

 

「ほら、そこのお店のポテトが美味しそうだったから……」

 

 ファーストフードの有名チェーン店で女子高生と思わしきお姉さん二人が美味しそうにポテトを食べていた。……なんか、焦げ茶でふわふわした髪のお姉さんが明るい茶色のおさげのお姉さんに怒っていたようにも見えたけど、二人とも楽しそうに笑っていたので多分凄く仲が良いんだろうなぁ。

 

「……ねぇ、静香ちゃん」

 

「寄らないわよ」

 

 ちぇー。

 

「……あれ? なんの話してたっけ?」

 

「……プロデューサーと電話で話してたって話よ」

 

「そうだった! えっと、プロデューサーさんに怒ってたの?」

 

「だから怒ってないって。プロデューサーが『今日のレッスンに付き合う』とか言い出して聞かないから」

 

「えー? 別に来てくれるぐらいいいんじゃない?」

 

「来てもやることなんてないんだから、邪魔になるだけよ」

 

「………………」

 

 辛辣な静香ちゃんの物言いに思わず口を噤んでしまった。

 

 なんとなくこのままでは静香ちゃんのイライラがこちらにまで波及してしまうような気がして、慌てて話題の転換を図る。

 

「そ、そうだ静香ちゃん! 今日のレッスンってボーカルトレーニングなんだよね!?」

 

「えぇ、そうよ」

 

「つまり歌の修行でしょ! だから私、あらかじめ練習してきたんだ!」

 

「……どういうこと? トレーニングの練習?」

 

 鞄の中から先日の休日の成果を書き記したメモを取り出して静香ちゃんに渡す。

 

「私の持ち歌高得点ランキング! カラオケで頑張って歌って調べてきたの!」

 

 これが私の練習の成果! いやぁ、五時間ぐらいかかっちゃったけど、我ながらいい成果が出せたと自負してるよ!

 

「私、水蓮寺ルカちゃんの曲が全体的に歌いやすくて得意でね! ほらほらコレ! 九十八点!」

 

「……ホント、色々と勘違いしてるみたいね」

 

 え?

 

 

 

 

 

 

「あ゛~……! あ゛~っ……! あ゛ぁっ~……!」

 

 背後から聞こえてくる亡者のような声を聞き流しながら、私は私のストレッチを続ける。

 

「貴女、体硬いわねぇ……本当に運動部だったの?」

 

「殆どマネージャーでしたぁ~……!」

 

 未来の背中を押している先生の声が呆れを通り越して逆に感心しているように聞こえてしまった。

 

 そんな先生のポケットの中のスマホから着信を告げる音が聞こえてきた。

 

「……っと、来たみたいね。最上さん、春日さんのウォームアップお願いね」

 

「はい、分かりました」

 

 先生が退室してしまったので、私が代わりに未来の手伝いをすることになった。

 

「ほらシャンとしなさい未来。次は腹筋よ」

 

「ふえぇ~!? そもそもなんで歌うのに体育やんなきゃいけないの~!?」

 

「体育じゃなくてストレッチ。体をほぐしてウォームアップするの」

 

 歌うのだって体力がいる。そもそもアイドルというのは基礎体力がものを言う世界で、あの『周藤良太郎』だって「アイドルに体力と持久力は必須」と常日頃からトレーニングを重ねているのだ。

 

「ほら、次は腹筋。やり方ぐらい知ってるでしょ?」

 

「世の中には知ってても出来ないことがあってですね……」

 

「つべこべ言わない」

 

「はぁい……」

 

 床に横になった未来の足を抱えるように抑える。

 

「はい、テンポよく続けるのよ?」

 

「……ねぇ、静香ちゃん」

 

「なに?」

 

 

 

「……ビックリするぐらい()()()()()ね」

 

「……それが遺言でいいのね……?」

 

 

 




・小学校の頃に近所に住んでいた憧れてたお姉さん
・クラスの女の子
あやふやにすることで、後にどんなキャラでもテコ入れさせることが出来るようにしておくスタイル。
良太郎は√確定しちゃったが、今後もハーレム野郎役は冬馬が続投。ガンバレー

・「くそったれな記憶が領空侵犯してきやがる……!」
・そりゃ、めくるめく走馬灯だ! やばいぞ!
ネタを知ったのはシンフォギアだけど、元ネタはワイルドアームズっていうゲームらしいです。

・性的嗜好の話
最近脚回りにも興味が(爆)

・ぴえん
……え、ぴえん超えてぱおんってのはもう古いの?

・女子高生と思わしきお姉さん二人が美味しそうにポテトを食べていた。
最近大活躍の担当をテコ入れしていくスタイル。

・水蓮寺ルカ
未来と中の人が一緒だったのか……。



 話が進んでないけど、次回は進むから許して。

 良太郎の過去話はちょっとずつ進めてきます。まぁ色々とあるからね、コイツにも。



『どうでもいい小話』

 デレステ二十四時間生放送お疲れ様でしたー!

 二十時間しか見れませんでしたが、久々に歌って踊るななみんとまいまいが見れて大満足です……!


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Lesson243 足の踏み出し方 3

アイ転的にはちょっと珍しい展開だったり。


 

 

 

「全く……未来のせいで私までトレーナーさんに怒られちゃったじゃない」

 

「私のせい!? 人の顔を見て勝手に笑ったのは静香ちゃんでしょー!?」

 

 だって腹筋してる最中の未来の百面相が面白すぎて……。

 

 カラオケの点数をメモってくるなど色々と勘違いしていた未来と共に初めてのボイスレッスン。腹筋をして上体を起こす度に変な顔をするので思わず笑ってしまい、そのときのことがレッスン中にずっと頭を過ってしまって思い出し笑いを堪えるのに必死だった。

 

 そのせいでトレーナーさんに「真面目にやらない子は曲の練習させないからね?」と怖い笑顔で怒られてしまった。

 

「はぁ、結局私は歌えなかったなぁ……」

 

「まだ歌う曲が決まってないんだから仕方ないじゃない」

 

 まだ歌う曲どころか初めてのステージすら決まっていない未来は、残念ながら発声練習までで歌のレッスンは見学という形になってしまった。

 

 未来がレッスン室の片隅で寂しそうに体育座りをしている中、私は自分の持ち歌である『Precious Grain』のレッスンを始める。

 

 既に人前で歌う機会は何度もあったが、それでもまだまだ完璧と胸を張ることは出来ない。ステージの上では振り付けがある以上、こちらに強く意識を割かなくても完璧に歌えるように仕上げなければならない。

 

 ……それがどれだけ難しいことかは分かっているが、それでもそれが私の目指すべき高みの一端なのだから。

 

「ねー、静香ちゃんってさ」

 

「んー?」

 

「歌ってるときカッコいいよね」

 

「えっ」

 

 そんなレッスンを終えて休憩所の自動販売機でジュースを買っていると、突然未来がそんなことを言い出した。

 

「い、いきなり変なこと言わないでよ……」

 

 言われたことがないそんな褒め言葉に、思わず動揺して買ったばかりの缶ジュースを落としてしまった。炭酸飲料じゃなくて良かった……。

 

「私なんかまだまだ練習不足なんだから、カッコいいなんて……」

 

「え~そうかなぁ? 歌うときだけ別の人みたいだったよ~?」

 

「そ、そんな……って、待ちなさい。普段の私はどう思ってるのよ?」

 

「やだ、そんな、静香ちゃん……私の口から言わせないでよ……」

 

 無駄にしなっぽくて色っぽいのが腹立つ!

 

「みーらーいー……!」

 

 

 

「しーずーかーっ!」

 

 

 

「みぎゃあっ!?」

 

 未来に詰め寄ろうとした途端、誰かに背後からスパンッと勢いよくお尻を叩かれた。

 

「だ、誰!?」

 

「おっす、お疲れさん」

 

「奈緒さん!?」

 

 一体誰だと振り返った先にいたのは、ニコニコと笑う奈緒さんだった。

 

「な、なにを……!?」

 

「んーもうちょっと引き締まっとった方がええんちゃうかな?」

 

「勝手に人のお尻の評価をしないでください!」

 

 思わず自分のお尻を押さえながら後退ってしまった。

 

「あっ! 奈緒さん!」

 

「おっ、未来もお疲れさん! 今日も元気そうやな」

 

 笑顔で駆け寄って来た未来の頭を、まるで犬を撫でるように撫でまわす奈緒さん。なんか、私と扱いが違うような……。

 

「……一体なんのようですか」

 

「そんな警戒しなさんなって。二人とも、お腹空いとらん?」

 

 そう言って奈緒さんは『たこ焼き』と書かれたビニール袋を掲げてニカッと笑った。

 

 

 

 

 

 

「なるほど、今日が初レッスンやったんやな。ボイトレの先生、優しそうな見た目でそこそこ厳しいお人やから気ぃ付けなアカンで」

 

「えへへ、もう怒られました」

 

「あれは私たちがふざけてたせいでしょ?」

 

 三人でテーブルについて奈緒さんが持ってきてくれたたこ焼きを食べる。んー熱いけど美味し~はふはふ。

 

「厳しくしてくれるならそれに越したことはないわ。一度ステージに立てば誰も助けてくれない……頼れるのはこうした日々の練習だけなんだから」

 

「静香ちゃん……」

 

 この間ステージ外どころか客席にいた美奈子さんに助けてもらったことは口にしない方がいいだろう。それぐらいは私も空気が読める。

 

「相変わらず静香は真面目ちゃんやなぁ」

 

 奈緒さんは「でもなぁ」と苦笑した。

 

「あれぐらいならまだ可愛い方やって」

 

「確かに、トレーナーさん美人系というよりは可愛い系でしたね」

 

「せやねん、あの人童顔やし髪型もあってかなり幼く見えて……ってちゃうわ!」

 

 ズビシッと手の甲でツッコミを入れられてしまった。これが本場のノリツッコミ……!

 

「鬼コーチ具合で言うんなら、律子さんの方が格上やから。あの人のシゴキと比べてまったらまだ優しいで」

 

「律子さん?」

 

「765プロの事務所でオールスター組の皆さんのプロデューサーをされている秋月律子さんのことよ。結構有名な人だけど……まぁ、春香さんと千早さんと美希さん以外知らなかった未来が知ってるわけないか」

 

「えへへ、それほどでも~」

 

「褒めてない」

 

 ん? でもどうしてオールスター組のプロデューサーさんのレッスンを、奈緒さんが?

 

「前にオールスター組の皆さんがアリーナライブやったときにバックダンサーさせてもろたことあってな。そのときのレッスンで、律子さんが直々にコーチしてくれたんや」

 

 アリーナライブ……あんまり想像できないけど、多分すっごいライブだよね。そんなライブのバックダンサーって、それってすごいことなんじゃないかな!

 

「静香ちゃん知ってた!?」

 

「765プロに所属してて知らない人はいないわよ……」

 

 呆れたように溜息を吐かれてしまった。

 

 でもそうなると、私がその律子さんのレッスンを受けることはないんだろなぁ。それはちょっとだけ安心かな。

 

「……まぁ、未来や静香は律子さんよりも、もっとマズい()()()のレッスンを受ける可能性の方がありそうやけどな……」

 

「え? 奈緒さん、何か言いました?」

 

「いや、なんでもないで」

 

 むむむ、確か「もっとマズいあの人」って言ったような気がしたんだけど……。

 

「よっしゃ! 腹ごしらえも済んだことやし、そろそろ行こか、静香」

 

「そうですね」

 

「え?」

 

 たこ焼きを食べ終わり、立ち上がる奈緒さんと静香ちゃん。もうレッスンは終わりのはずなんだけど……。

 

「私と奈緒さんはこの後ダンスレッスンがあるの。未来は暗くならないうちうちに帰った方が……」

 

「なんなら見学してったらどうや? ウチで一番ダンスが上手いアイドルも一緒におるから、見るだけでも勉強になると思うで」

 

「えっ、いいんですか~!?」

 

 ヤッター! 歌だけじゃなくて、静香ちゃんの踊ってる姿も見れる~!

 

「お客さんおった方が私らも気合い入るし。なー静香?」

 

「……えぇ……そう、ですね……」

 

 なんで静香ちゃんはそんなに笑顔のまま顔を青褪めてるのかな?

 

 

 

 

 

 

「ダンスレッスン楽しかったねー」

 

「そりゃ未来はレッスンしてないから、気楽にそういうことが言えるのよ……」

 

「えー? ちゃんと私も踊ったじゃん! 静香ちゃんの代わりに!」

 

「貴女のアレは盆踊りじゃない」

 

「先生笑ってたよ!」

 

「あれは笑われてたって言うのよ」

 

 ダンスレッスンを終え、制服に着替えてビルの廊下を歩く。

 

 静香ちゃんたちのダンスレッスンは、さっきのボイスレッスンよりも凄かった。凄いというか、激しいというか。みんな汗がダラダラと流れていて、静香ちゃんは必死に頑張っていて……その姿も、やっぱりカッコ良かった。きっとそう言ってもまた信じてくれないんだろうなぁ。

 

「私、次のレッスンまでにはあのダンス覚えておくね!」

 

「いや、貴女があれを覚える必要は……」

 

 そんなときだった。

 

「……あれ? この声……」

 

「静香ちゃん?」

 

 突然、静香ちゃんが立ち止まった。私も釣られて立ち止まる。

 

「……歌?」

 

 それは何処からか聞こえてきた綺麗な歌声。聞いているだけで、心がジンワリと暖かくなるような、そんな歌声。

 

 私と静香ちゃんの足は自然とその歌声が聞こえる方へと吸い寄せられていた。

 

 辿り着いた先は少しだけドアが開いていたレッスンルーム。どうやらここからこの歌声は聞こえて来ていたらしい。

 

「「………………」」

 

 無言のまま、私と静香ちゃんはそのレッスンルームの中を覗き込む。

 

 

 

 二人の女性が歌っていた。

 

 

 

 一人は長い青みがかった黒髪の女性。一人は……薄い茶髪? のロングの女性。

 

 二人はそれぞれ日本語と英語で一緒に歌うというとても不思議なことをしていたのだが、それがなんの違和感もなく混ざり合っている。なんと表現すればいいのか分からないけど、きっとこれが『心の中に染み入る』ということなのかもしれない。

 

「千早さんと……あ、あの人って……!?」

 

「えっ!? 千早さんって、如月千早さん!?」

 

「ちょっ!?」

 

 静香ちゃんの呟きに驚き大声を出してしまった。当然入り口で大声を出せば気付かれるわけで、二人の女性は歌うのを止めて視線をこちらに向けた。

 

「最上さん……?」

 

「あら、可愛いお客さんね」

 

 ポカンと呆けた表情の黒髪の女性……改め、日本が誇る『蒼の歌姫』如月千早さんと、ニコニコと素敵な笑顔の薄茶髪のお姉さん。瞳をよく見ると緑色で、外国人のお姉さんだった。

 

「す、すみません! お邪魔してしまって……!」

 

「綺麗な歌声が聞こえてきたんで、思わず誘われてきちゃいました~。千早さんもそうですけど、お姉さんも歌がとってもお上手ですね!」

 

「ちょっとぉ!?」

 

 千早さんと一緒に歌えるなんて凄いなぁと思っていると、凄い必死の形相になった静香ちゃんに肩を掴まれた。

 

「未来貴女誰に何を言ってるのか分かってるのっ!?」

 

「えー? お姉さんの歌下手だった?」

 

「下手なわけないでしょありえないわよそんなこと!」

 

 ならば静香ちゃんは一体何をそんなに必死になっているのだろうか。

 

「……ふふふ」

 

 するとお姉さんがいきなり笑い出した。必死な静香ちゃんの姿が面白かったのかな?

 

「ありがとう、最近はそうやって素直に褒められることが少ないから、嬉しいわ」

 

「えー? みんな酷いですね。ちゃんと『上手だね!』って褒めてあげないと!」

 

「ありがとう。ねぇ、貴女のお名前教えてくれる?」

 

「はい! 春日未来! 765プロの新人アイドルです!」

 

「ふふ、元気ね」

 

 クスクスと笑う美人なお姉さんは、私に向かって手を差し伸ばした。

 

 

 

「私はフィアッセ・クリステラ。よろしくね、未来」

 

 

 

(……あれ? 何処かで聞いたことあるような……)

 

 お姉さんと握手を交わし、続いてすっごい恐縮した様子の静香ちゃんとも握手をしている姿を見ながら首を傾げる。

 

(もうちょっとで思い出せそうなんだけど……)

 

 しかし、それを思い出す前に、私はそれ以上の衝撃に考えていたこと全てを吹き飛ばされることになってしまった。

 

 

 

「二人ともお待たせー、電話ついでにお茶買ってきたからちょっと休憩でもしない? ……って、あれ?」

 

 

 

 それは、聞き覚えのある声で、聞いたことのある声で、忘れることが出来ない声。

 

 それは、誰もが憧れるアイドルの声。

 

 静香ちゃんと共に振り返った先に、『彼』はいた。

 

 

 

「「……す、周藤良太郎!!??」」

 

 

 

 

 

 

(やっべ、二人しかいないとばっかり思ってたから変装解いてた)

 

 

 




・レッスンの様子
詳しくはゲッサン版コミック『アイドルマスターミリオンライブ』にて!
みんな、買おう!(ダイマ)

・あの人のレッスン
まぁみんな予想はしてるよね(テンプレ)

・久しぶりのフィアッセさん
え、リアルで六年ぶりってマ!?



 正直このタイミングで邂逅するとはみんな考えてなかったと思う。

 そして千早&フィアッセ&良太郎という組み合わせ。詳細は次回ですが、これが億単位の金銭が動く悪戯です。公表された日には全世界が阿鼻叫喚待ったなし。

 というわけで、次回に続きます。


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Lesson244 足の踏み出し方 4

久々に四話で収まらなかったゾ。


 

 

 

 さて、時間を今日のお昼まで戻すことにしよう。

 

 

 

『良太郎、動画を撮影しましょう!』

 

 

 

「なんて?」

 

 りんの愛妻弁当に舌鼓を打っている最中にかかってきた珍しい相手からの電話に出ると、予想外すぎる第一声に思わず呆気に取られてしまった。

 

『ん? 電波が悪かったかしら? あのね、私と一緒に動画を撮影して欲しくて……』

 

「今聞きたいのは内容ではなく、そこに至るまでの経緯なんですが……」

 

『えっとね、今朝いつもみたいになのはたちと朝ご飯を食べてたらね……』

 

「そういうことでもなく」

 

 あっれー? フィアッセさんってこんなにアレな感じだったっけー?

 

 これは長くなりそうだと、廊下の壁に背中を預ける。

 

『今、歌って踊る動画をネットに公開するのが流行ってるじゃない? ほら、学校のアイドルの』

 

「スクールアイドルですね」

 

 春先から一気に流行したスクールアイドル。テレビでの活動を主体としているアイドル(おれたち)とは違い、彼ら彼女らの主な活動場所は動画サイト。なにせ自分たちで撮影してアップロードするだけで世界中の人たちに見てもらえるのだから、お手軽さが違う。

 

『前になのはも動画を公開したことがあるっていうから、私もちょっとやってみたくて』

 

「なのはちゃんが? ……あー」

 

 そういえばまだなのはちゃんがアイドルになる直前に、俺がダンス指導して『メイド小学生が踊ってみた』動画をアップしたことがあったなぁ……。

 

 勿論アイドルデビューした現在では削除済みだが、色々と勿体ないのでなのはちゃんが所属している310プロの社長さんに元データを渡してある。なかなか話が分かるお方だったので、いずれ美味しいタイミングで改めて公開してくれることだろう。

 

『それで折角だから私一人だけじゃなくて、ゲストも呼んで一緒にやろうかなって思って』

 

「そのゲストとして俺に白羽の矢が立った、ということですか」

 

『あともう一人いるから、良太郎も一緒に歌おう!』

 

「それは構いませんけど、そのもう一人というのは?」

 

 話の流れからすると、なのはちゃんかな……という俺の予想は、テンションアゲアゲでウッキウキな声色のフィアッセさんによって否定されることとなる。

 

『如月千早! 前からずっと一緒に歌いたかったの!』

 

「なるほど……なるほど?」

 

 クリステラソングスクールに紹介したりと色々と仲良くしていることは知っているが、そうか、千早ちゃんか……。

 

 つまり『フィアッセ・クリステラ』『如月千早』『周藤良太郎』の歌ってみた動画を撮影するわけだ。

 

(なにそれ怖い)

 

 オイオイ普通にステージにしようと思ったら億単位の金が動くぞ……億は億でも円じゃなくてドルだけどなHAHAHA!

 

「喜んで参加させてもらいますね」

 

 そんな面白そうなことにこの周藤良太郎が乗らないわけないでしょう!

 

『ありがとう! それで、その撮影のための練習をするつもりなんだけど……』

 

 

 

 

 

 

 『光の歌姫』フィアッセ・クリステラとの共演。それは私、如月千早という一人の歌手の悲願の一つと言っても過言ではないだろう。

 

 かつて彼女の母親が経営する『クリステラソングスクール』でレッスンを受けたこともあったが、そのときもタイミングが合わずそれは叶わなかった。

 

 それがついに実現したのだ。

 

「……ふぅ」

 

 一通りの歌い合わせを終え、一息つく。これが練習だということを理解していても、心の底から湧き上がる高揚を抑えるので必死だった。

 

「ふふ、流石『蒼の歌姫』と『王様』ね。あっという間に殆ど出来上がっちゃうんだから」

 

 スクールの生徒でもこうはいかないわよ? と微笑むフィアッセさん。

 

「それを『光の歌姫』の貴女に言われてしまうと、とても申し訳ない気持ちが……」

 

 本来『歌姫』とは彼女と彼女の母親を指す二つ名だった。それを私が名乗ることになってしまい大変恐縮してしまう。

 

「そうじゃなくて、千早ちゃんがそう呼ばれるだけの存在になったってことだよ」

 

 変装用の鼻眼鏡を付けた良太郎さんはそう言うが、そもそも『歌姫』という二つ名が付く原因になったのはこの人だったような……。

 

「しかし、英語と日本語で同時に歌うとは」

 

 ピコピコと付け髭を動かしながら良太郎さんは「面白いこと考えましたね」と譜面を軽く手の甲で叩く。

 

 今回、フィアッセさんが私たちと歌おうと用意した曲は、世界的に有名な『童謡』であった。その主旋律を私とフィアッセさんがそれぞれ日本語と英語で歌い、良太郎さんが副旋律を歌う形になっている。

 

「ごめんね、良太郎。私から誘ったのにサポート役任せちゃって」

 

「いやいや、フィアッセさんと千早ちゃん相手だったら流石に俺も霞んじゃうから、これぐらいでちょうどいいですよ」

 

 良太郎さんはそう言うものの、よくよく考えてみると『周藤良太郎』をバックに歌うという随分と贅沢なことをしているものだ。美希と真美辺りに知られたら、怒られるか羨ましがられるか。

 

「それにしても、こういう言い方もよくないとは分かっていますが……本当にここでよかったんでしょうか?」

 

「言いたいことは分かるけど、逆にこういうところにこの三人が揃ってるなんて誰も思わないじゃない?」

 

「それは……言われてみればそうですね」

 

 鼻眼鏡の縁が虹色に光り出した良太郎さんの言葉に同意する。

 

 今回、私たちはいつも765プロが使わせていただいているレッスンスタジオで練習をすることにした。ここは普通に一般の人も利用できるようなスタジオで、そこに『フィアッセ・クリステラ』と『周藤良太郎』が揃っているとは誰も思わない。

 

「私、こういうスタジオで歌うの初めてだからちょっとだけワクワクしてるの。それに秘密の特訓ってドキドキしない?」

 

 そう言いながらキョロキョロとスタジオを見渡すフィアッセさんが、少しだけ年下の女性に見えてしまって思わずクスリと笑ってしまった。

 

「さて、ちょっと一息入れましょうか?」

 

「そうですね。それじゃあ私が飲み物でも――」

 

 

 

「……いい加減に誰かツッコまんかぁぁぁい!」

 

 

 

 ――突然、良太郎さんが鼻眼鏡を床に叩きつけた。

 

「あれ、取っちゃうの? 素敵なアクセサリーだったのに」

 

「良太郎さんならそういう変装もするのかなと思ってましたが、違いましたか?」

 

「そんなわけあるかい! チクショウ、最近自分でも大人しいような気がしたからここら辺で本来の役割(ボケやく)に戻ろうとした矢先にこれだよ!」

 

「良太郎さんはいつも騒がしいと思いますが」

 

「ねぇねぇ良太郎、次は私がそれ付けてみてもいい?」

 

「そうだね人選ミスだね! 天然相手にボケようと思った俺が間違ってたよ!」

 

 良太郎さんが一体何に憤っているのか分からないが、それでも失礼なことを言われたということだけは分かった。

 

「はぁ……まぁいいや。休憩だね? 俺が飲み物買ってくるよ」

 

 無表情のまま何かを諦めた雰囲気になった良太郎さんが、自分の荷物の中から財布を取り出したので慌てて止める。

 

「良太郎さんにそんなことさせるわけには……」

 

「前にも教えたでしょ? こういう好意は喜んで受け取ればいいの。何がいい?」

 

「……お水で」

 

「ありがとう良太郎。私も同じのをお願いしようかな」

 

「了解」

 

 

 

 

 

 

 ……とまぁそんなことがあって、変装を解いたまま飲み物を買いに行って戻って来たら、何故か俺たちのレッスンルームに未来ちゃんと静香ちゃんがいたわけである。

 

 ……こんなに早く正体を明かすつもりはなかったんだけどなー。

 

「ほほほ、本物の周藤良太郎さん……なんですか……!?」

 

「……あー、うん、紛れもなく本物。正真正銘、123プロの周藤良太郎だよ」

 

「凄いよ静香ちゃん本物だよ!」

 

「おおお落ち着きなさい未来! 失礼なこと言わないように!」

 

 うん、女子中学生にワーキャー言われるのは悪くない。アイドル冥利に尽きるってものだ。

 

 というか、アレ? バレてない? いや『周藤良太郎』としてはバレてるけど……。

 

(……あ、そうか、()()()()()()()を見せてなかったな)

 

 これまでの俺のアイドル人生を支えてきた変装による認識阻害は、勿論今でも健在。当然、これまでこの二人と接してきた『遊び人のリョーさん』と、今目の前にいる『周藤良太郎』が同一人物だと認識できていないのだ。

 

「ふふふ、やっぱり私たちのときと比べると反応が違うわね」

 

「やはり知名度と人気では『周藤良太郎』には敵いませんからね」

 

 そう言って微笑むフィアッセさんと千早ちゃん。二人に買ってきた水を渡したいが、今はこの女子中学生たちの相手が先か。

 

「あの、サイン! サインいいですか!」

 

「ちょ、ちょっと未来!」

 

「あー……いいよ。その代わり、今日ここでこうやって三人で集まってたことを秘密にしてもらいたいかな」

 

 疚しいことをしていたわけではないが念のため。逆にこういうことを言うと後ろめたいようにも聞こえてしまうが、未来ちゃんならばこう言っておけばちゃんと守ってくれるだろう。

 

「分かりました! この秘密はお墓まで持っていきます!」

 

 お墓にはもうちょっと大事な思い出とかを持って行った方がいいと思う。

 

「静香ちゃんはどうする?」

 

「えっ!? ……お、お願いしますっ!」

 

 未来ちゃんと静香ちゃんがそれぞれ鞄の中から出したルーズリーフを貰い、サインペンでサラサラとサインをする。ついでに「口止めということならば」と千早ちゃんとフィアッセさんもサインを書きたし、今ここに『周藤良太郎』『如月千早』『フィアッセ・クリステラ』と二度と見ることが出来ないような超希少なサインが完成した。……これだけでも、出すとこに出したらトンデモナイ値段になりそうである。

 

「わー! これも家宝にしますね!」

 

「あ、ありがとうございます……!」

 

 文字通り宝物を見るように目を輝かせながら俺のサインを頭上に掲げる未来ちゃんと、先ほどからずっと恐縮しっぱなしだがそれでも抑えきれぬ喜びに表情を綻ばせる静香ちゃん。二人とも年相応な反応にお兄さんも思わずホッコリ。

 

「えっと、それで、聞きたいことがあるんですけど……」

 

「だから未来!?」

 

 うーん、ここでなお理由を尋ねるところが未来ちゃんっぽいなぁ。

 

(……どうしますか、良太郎さん、フィアッセさん)

 

(結局いつかは公開することだし、何をするかは話していいんじゃないかしら?)

 

(口止めは渡したことだし、その方向で行きますか)

 

 よし、意見は一致した。

 

「未来ちゃん、何が聞きたいのかな?」

 

 

 

「はい! あそこに落ちてる虹色に光ってる鼻眼鏡はなんですか?」

 

「「「そっち!?」」

 

 

 




・『メイド小学生が踊ってみた』動画
Lesson158参照。

・フィアッセ、動画を撮影せんとす
気軽に始めていますが、ガチで億単位案件です。

・虹色に光る鼻眼鏡(髭つき)
雑にボケようとするとこうなるという図。

・身バレセーフ
しばらく『周藤良太郎』と『遊び人のリョーさん』の二束のわらじを履くことに。



 この三人が揃えば、たかが動画でもドル箱ですよ。

 ……ちなみにフィアッセさん、収益化とか知らないらしいっすよ?(火種)

 久々に五話構成で次回に続きまーす。


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Lesson245 足の踏み出し方 5

とりあえず今回のオチ。


 

 

 

「わぁ光る! それに動く!」

 

「横のボタン押すと音も鳴るよ」

 

「ホントですか!?」

 

 

 

 ――『眼鏡キラーン!』

 

 

 

「カッコいー! 付けただけですっごく頭良くなったような気がします!」

 

「多分気のせいよ」

 

 床に打ち捨てられたままだった俺のゲーミング鼻眼鏡に興味を惹かれた未来ちゃんはさておき、この三人が揃っていることに疑問を感じたらしい静香ちゃんへ事情説明。

 

「ど、動画を撮影するんですか……!?」

 

「そういうこと」

 

「それはテレビや雑誌の企画、とかではなく……?」

 

「完全にフィアッセさんの私情」

 

「一度やってみたかったの」

 

「そ、そうですか……」

 

 フィアッセさんの完全無欠な美人スマイルを前に、静香ちゃんは色々と浮かんだであろう疑問を飲み込んだようだ。

 

 まぁ静香ちゃんの気持ちも分かるよ? ただ俺はその気持ちが分かってて尚こちら側に立つタイプの人間だから。ちなみに千早ちゃんは『歌うこと』に集中しすぎると周りが何も見えなくなるタイプ。流石、まだ売れてなかった時代はクチバシ付けて頑張ろうとしてただけあるぜ。

 

「いずれ一般にも公開する予定だから、そのときまではお口にチャックでお願いね?」

 

「分かりました!」

 

 自分の口を閉じる仕草をすると、未来ちゃんは元気よく返事をしてから口を閉じる仕草の真似をした。うーん、中学生よりももっと下の子を相手している気分だぞ。

 

「あっ! ちなみに、何処のチャンネルで公開する予定なんですか?」

 

 わざわざ口のチャックを開ける仕草をしてから、未来ちゃんがそんな疑問を口にした。まぁ芸能人が三人も揃って撮影した動画なのだ。未来ちゃんが知っているかどうかは分からないが、一応俺たちは全員所属している事務所が違うわけだし、何処が主体となって動画を公開するのかが気になるのだろう。

 

 尤も。

 

「チャンネル?」(知らない)

 

「なんのことですか?」(知らない)

 

「なんのことだろーね」(知ってる)

 

「「……え?」」

 

 この二人は、そういう動画事情には疎いだろうからなぁ。

 

「む、無料公開なんですか……!?」

 

「? ネットの動画は基本的にみんな無料で見れるでしょ?」

 

 当然のように『限定公開』や『収益化』などといった概念を知らないフィアッセさん。この認識の疎さに関して、日本における彼女の実家と言っても過言ではない高町家で一体どういう生活をしていたのだと少々問い質したいところではある。

 

「……い、いいんですか……!?」

 

 それが意味することを、多分フィアッセさんや千早ちゃん以上に正しく認識している静香ちゃんが、やや顔を青くしながら俺に尋ねてくる。

 

 何度もしつこいが世界的に活躍している『周藤良太郎』『如月千早』『フィアッセ・クリステラ』の三人が揃って歌うということは史上初であり、多分今後も簡単に実現するようなものではない。それこそ人とお金を集めてドームで開催し、世界中にビューイング配信、さらにはグッズ展開や円盤化などなど、その経済効果は軽く数億ドルを超える。少々汚い言い方をすれば、滅茶苦茶お金を稼ぐことが出来るのだ。

 

「あくまでも私が個人的にやることなんだから、それでお金を取るのは流石に申し訳ないじゃない?」

 

「………………」

 

 フィアッセさんの言葉に静香ちゃんが『世界有数のトップアーティストがそれでいいのか』と目で訴えかけてくる。彼女も俺と同じようにチャリティーコンサートを定期的に開催しているというのに、根本的なところが()()という俺たち三人の共通点が原因なのかもしれない。

 

 ちなみに俺が黙っているのは、これ以上ないサプライズを盛り上げたいという気持ちと、数億ドルが泡沫に消えるという世界一とも言える贅沢を味わってみたいというかなり真っ黒な欲望に負けた結果である。

 

「君たちはまだそんな大人の事情とか気にする必要ないから、ただで俺たちの歌が聞けるって純粋に喜んでくれればいいよ」

 

「わーい!」

 

「わ、わーい……」

 

 無邪気に喜ぶ未来ちゃんと口元が引き攣っている静香ちゃん。うんうん、いいコンビだ。

 

 

 

「そういえば、最上さんはつい先日初めてのソロ曲を披露したって聞いたわ。遅ればせながら、お疲れ様。力強いステージだったって美奈子さんから聞いたわ」

 

「あっ……」

 

「そうだったの? おめでとう。初めての曲を披露するのってドキドキするよね? どうだった?」

 

「……えっと……」

 

 おっと、純粋に後輩を労おうとした千早ちゃんとフィアッセさんの優しさが静香ちゃんの胸に突き刺さる。美奈子ちゃんもわざわざ人の失敗を吹聴する子じゃないから、それが仇となったか……。

 

 あの一件は下手するとトラウマになってステージに立てなくなる可能性もあったので、静香ちゃんは大丈夫だろうかとこっそりと彼女の様子を窺う。

 

「……私、もっと堂々とステージに立ちたいんです。千早さんや、フィアッセさんや、周藤さんみたいに」

 

 少しだけ言葉を詰まらせた静香ちゃんは、一瞬下がった視線をグイッと持ち上げた。

 

「だから、そのためには何をすべきか教えてもらえませんか」

 

 そして真っすぐと俺たち三人を見据えながら、そう問いかけてきた。

 

「……何をすれば、ですか」

 

「……そうねぇ」

 

「………………」

 

 真面目に考えている千早ちゃんとフィアッセさん。俺もなんと答えたものかと頭を捻る。

 

「……やっぱり練習かしら」

 

「そうね、それが一番大事なことよね」

 

「自主練習もいいけど、先生がいるならその指導をちゃんと聞けば間違いないかな」

 

 とりあえず『これを言っておけば間違いない』感に溢れているが、何も間違っていないのだから仕方がない。先生の言うことをよく聞いて練習するのが一番の近道。俺だって千早ちゃんだってフィアッセさんだって、初めは先生の指導を受ける所からスタートしているのだから。

 

「練習! ですよね! やっぱりそうですよね!」

 

 俺たちの返答が納得のいくものだったようで、力強く返事をしながらしきりに頷いている静香ちゃんだが、勿論それはあくまでも大前提の話であり最初の一歩ですらない。

 

「はい! もっとなにかありませんか?」

 

「ちょっと未来!?」

 

 随分とストレートな聞き方の未来ちゃんに焦る静香ちゃん。

 

「そうだね……ここから先は、きっと君たち自身で見つけないといけないことだ。でも、例えば俺たちの場合を挙げるとするならば……」

 

 チラリと千早ちゃんとフィアッセさんに視線を向ける。

 

 

 

「私の場合は……繋がること」

 

「心の奥の相手を、想うこと」

 

「自分という存在に向き合うこと」

 

 

 

 

 

 

「……あの子たちには、まだ難しかったかな」

 

 静香ちゃんと未来ちゃんが去っていった部屋のドアを見つめながら、フィアッセさんがポツリと呟いた。

 

「難しくていいんですよ。他人に教えられた答えで成長出来るほど甘い世界じゃないんですから」

 

「でも意外でした。良太郎さんのことだから、また彼女たちにレッスンをしてあげるものだとばかり……」

 

「意外かな?」

 

 千早ちゃんは首肯するが、俺とて誰彼構わず面倒を見てあげているわけではない。選り好みをしているわけではなく、まだ彼女たちはそのレベルにすら達していないという簡単な話である。

 

「『輝きの向こう側』とまでは言わないけど、せめて『輝きに手を伸ばす』レベルにはなってもらいたいものだね」

 

 そこまで辿り着いたのであれば、そのときは改めて手を差し伸ばすことにしよう。

 

 さぁ、彼女たちはどうだろうか。

 

 

 

 ここにまで、足を踏み出す勇気はあるか?

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 英語の予習を終え、私はノートを片付けると共に一息ついた。

 

 レッスン後、未来と別れた私は一人ファミレスに入ると次の日の予習を進めていた。勉強を疎かにする、などという()()()()()を見せないためにも、成績を落とすわけにはいかなかった。

 

 次は数学の予習をしようとノートに手を伸ばし……ふと、先ほど千早さんたちから言われた言葉を思い返す。

 

(……繋がること……想うこと……向き合うこと……)

 

 どれも抽象的過ぎて、今の私には理解出来なかった。

 

「……()()()()が終わるまでに分かるのかしら……」

 

 

 

「なんの時間が終わるって?」

 

 

 

「っ!?」

 

 突然声をかけられ、思わず叫び出しそうになるのをグッと堪える。

 

「りょ、リョーさん……!?」

 

「やぁ、こんばんわ」

 

 私の後ろのテーブルに座っていたのは、なんとあの『遊び人のリョーさん』だった。相変わらずの無表情のまま、アイスコーヒーをストローで飲んでいた。

 

「こ、こんばんは……い、いつからそこに?」

 

「数分前だよ。たまたま外を通りがかったら、見知った女子中学生が一人でファミレスにいたから、ちょっと気になったんだよ。周りの人に気付かないぐらい集中してるのはいいことだけど、もうこんな時間だよ?」

 

 リョーさんがトントンと自分の腕時計を指で叩く。時刻は八時を回っており、ガラス窓の向こうは既に夜の帳が広がっていた。

 

「……家より、ここの方が集中出来るんです」

 

「勉強スタイルをとやかく言うつもりはないし、真面目なことはいいことだけどさ。あんまり遅くならないようにね」

 

 そう言うとリョーさんは「終わったら声かけてねー」と何やら鞄から取り出した文庫本を読みだした。

 

「えっと……私に、なにか?」

 

「ん? いや、もう遅いから送っていってあげようかと思ってね。余計なお世話だった?」

 

「それは……」

 

 正直に言うと、未だに『怪しい人』という印象は拭えていない。それでも決して『悪い人』ではない……なんとなく、そんな気がした。

 

「……あと、三十分ほどで終わるつもりです」

 

「りょーかい。勉強もアイドルも頑張れ、静香ちゃん」

 

「……ありがとうございます」

 

 既に文庫本に視線を落としてしまったリョーさんを横目に、私は数学の予習に取りかかるのだった。

 

 

 

(……あれ? ()()()()()……?)

 

 そういえば、さっき周藤良太郎さんからサイン貰ったとき……。

 

 

 

 ――静香ちゃんはどうする?

 

 

 

(私、自分の名前、言ったっけ……?)

 

 

 

 

 

 

 というわけで今回の事の顛末という名のオチである。

 

 後日、無事に撮影を終えた俺と千早ちゃんとフィアッセさんの三人は動画を公開。

 

 編集などなにもせずチャンネルも開設していないフィアッセさんが個人で挙げた動画は、一切の宣伝もしていないというのに口コミだけで爆発的に再生数を伸ばした。

 

 『フィアッセと千早と良太郎が童謡を歌ってみた』というシンプルすぎるタイトルの動画は世界中で話題となり、一日で一千万再生を超えるというトンデモナイ記録を叩き出した。

 

 当然これだけ騒ぎになってしまったのだから、俺たちの事務所の上の人間の目に留まらないはずがなく……。

 

 

 

 フィアッセさんはティオレさんの秘書のイリアさんに叱られて涙目になっていた。

 

 千早ちゃんはりっちゃんに叱られて涙目になっていた。

 

 俺は兄貴に水が満たされたポリバケツを抱えたまま廊下に立たされた。

 

 

 

 解せぬ。

 

 

 




・『眼鏡キラーン!』
シグルド? いいえ、彼はジークフリートです。
今年の水着イベも楽しかったですね! もっとホラー要素多くてもよかったのよ!?

・クチバシ付けて頑張ろうとしてただけあるぜ。
「私たち、仲間だもんげ!」

・「チャンネル?」(知らない)
・「なんのことですか?」(知らない)
・「なんのことだろーね」(知ってる)
そーいうとこやぞ。

・まだ彼女たちはそのレベルにすら達していない
嘘つけ絶対面白いかそーじゃないかで判断してるゾ。

・『フィアッセと千早と良太郎が童謡を歌ってみた』
一週間後には一億再生を余裕で超える模様。
ちなみに歌った童謡は、作者の中では適当に『きらきら星』

・イリアさん
クリステラソングスクール教頭兼ティオレさんの秘書の美人さん。

・解せぬ
兄「知ってて止めなかったお前が一番悪いに決まってるだろう」
弟「ぐう、正論」



 動画のくだりのオチが弱い気がしますが、この辺りのネタは後々も使っていきたいです。

 というわけで色々とストーリーが進んでおりましたが、次話、いよいよミリオン信号機トリオ最後の一人の登場です。そうです、外伝にて先行登場した彼女です。

 デレ枠? ははっ、そんな幻想、最初からないよ。


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Lesson246 だいっきらい!

まだ登場してないとは言え、翼登場回とは思えないサブタイトルである。


 

 

 

 自他共に認める人気アイドルとして活動を続けて早七年。多くのファンに愛されている一方で、当然ながら一定数はそうじゃない人たちも存在する。

 

 世間では『周藤良太郎』のファンのことを『りょーいん患者』と称するのに対して、『周藤良太郎』に興味を持たない人を『抗体持ち』、『周藤良太郎』を嫌悪している人を『アレルギー持ち』と称するらしい。俺の知り合いでそれが分かりやすいのは、346の杏ちゃんが『抗体持ち』で黒井社長が『アレルギー持ち』だ。

 

 人間である以上、好き嫌いは当然ある。だから多くの人に好かれている以上、それと同じぐらいの人から嫌われることも覚悟の上で俺はアイドルとして活動している。ただ、今のところ『抗体持ち』はともかく『アレルギー持ち』は殆どいないのが幸いだった。

 

 しかし、それでも()()()()()は確実に存在している。それを忘れたことはないし、実際にそれを宣言されたことだって何度もある。

 

 そう、何度も経験したことだが――。

 

 

 

「……わたし、周藤良太郎のこと嫌いだもん」

 

 

 

 ――それでも、やっぱり少し寂しい気分になるのは仕方がないことだろう。

 

 

 

 

 

 

「良太郎さんもフィアッセさんも嫌い!」

 

「「うごばぁっ!?」」

 

 なのはちゃんの口から放たれた強烈な一言に、俺とフィアッセさんは揃って大ダメージを受けた。それはもう致命的な一撃である。口からトップアイドルやトップアーティストのものとは到底思えないような声が漏れ出ても仕方がなかった。

 

「良太郎さん!? 口から声どころか血ぃ出てるけど!?」

 

「大丈夫、美由希ちゃん。これミネストローネだから」

 

「アイドルの口からミネストローネが出て来てる時点で大丈夫じゃないと思うよ!?」

 

 それもそうだね、と紙ナプキンで口元を拭う。うん、思わずランチセットのミネストローネを吹き出してしまうぐらいにはショックだった。

 

 

 

 というわけで、今回のお話はなにやら随分と久しぶりのような気がする我が第二の実家『翠屋』からお送りしているわけなのだが。

 

「ご、ごめんね、なのは」

 

「つーん」

 

 フィアッセさんが涙目になりながら必死に謝っているにも関わらず、全く譲る気配を見せない辺り相当お冠ななのはちゃん。俺もダメージを負っていなければ、フィアッセさんが顔を覗き込もうと前へ回るたびになのはちゃんが首を背けるやり取りを微笑ましく見れるのだが……。

 

 なのはちゃんがこれほどまでにご立腹している原因。それは先日フィアッセさんがネットに挙げた動画『フィアッセと千早と良太郎が童謡を歌ってみた』である。

 

 フィアッセさんが新しく作ったアカウントに事前告知なしで挙げられた無加工無編集の十分程度の歌ってみた動画。普通ならば数多くの動画の海の中に沈んでしまいそうなものだが、そこは流石に俺たちの動画である。直ぐに俺たちのファンの目に留まり、SNSで拡散された結果あっという間に再生数が一千万を越え、そろそろ一億に迫るという勢いである。というか、多分明日には超えると思う。

 

 そんなネットニュースのみならずテレビの情報番組にすら取り上げられてしまうほどに世間をお騒がせしてしまった動画を観て、なのはちゃんは大層腹を立てた。

 

「私も一緒に歌いたかったのに!」

 

 ……ということらしい。

 

 いやはや、あのとき『家族に迷惑をかけないように』と一人で泣いていたなのはちゃんが、こんなに可愛らしい意志をしっかりとぶつけてくれるなんて……とそれだけで感無量なのだが、真正面から「嫌い」と言われてしまってはそれどころじゃなかった。

 

「つらたん」

 

「うぅ……なのはぁ……」

 

「ま、まぁまぁ、なのはも本心じゃないだろーし、良太郎さんもフィアッセさんも気を落とさず……」

 

「いい意味でも悪い意味でも世間を騒がせすぎた罰の一つだ。しっかりと反省しろ」

 

 落ち込む俺とフィアッセさんを慰めようとしてくれる美由希ちゃんに対し、現実を突きつけてくる恭也。

 

「罰なら事務所でもしっかりと受けてるんだよなぁ……」

 

「私もイリアに怒られちゃった……」

 

 どうやらフィアッセさんはティオレさんの秘書のイリアさんからお説教をされたらしい。しかしティオレさん自身からは「次はもうちょっと手回ししてからやりなさい」という説教という体裁すらなしていないアドバイスを受けたらしく、なるほど親子だと妙に納得してしまった。

 

 一方、俺は水がなみなみと満たされたポリバケツを抱えたまま廊下に一時間ほど立たされた上、三ヶ月間給料30%カットという労働基準法に喧嘩を売るような減給処分を下された。いくら稼いでるとはいえ、平均年収より少々多め程度しか貰ってないんだから加減しろ馬鹿!

 

 ちなみに千早ちゃんもりっちゃんからのお説教以外に特にお咎めはなかった模様。しかしかなりキツめの雷が落ちたらしく、本人からは『とても貴重な経験が出来たので悔いはありません』というメッセージが届いたが、美希ちゃんから『涙目になって春香に慰められてた千早さん、ちょっと気の毒だったけどいつもよりキュートだったの!』という目撃情報が寄せられた。

 

 結果として、俺だけやたらと重い罰を受けていることになっていた。本当に解せぬ。

 

「わざわざ『普段の行いの差だろう』というツッコミをする俺の身にもなってくれ。流石に言い飽きた」

 

「なら言うんじゃねぇよ!」

 

 そこまでやらかしてねぇぞ! 少なくとも本文中では!

 

「お前、春休みに何をやらかしたか思い出してみろ」

 

「今年? それとも去年?」

 

「そこでその選択肢がある時点でアレだってこと分かってるか?」

 

 春休みの出来事は、いずれちゃんとお話にするから待っててくれよな!

 

「良太郎さん、最近は春休みになるたびに色々とやらかしてるよね」

 

「ほら、空白期は色々と設定を盛りやすいから……」

 

 ちなみにその両方の春休みに関係する事柄として、今回の動画のことで世界中の『輝きの向こう側』の奴らから「どーしてそんな面白そうなことにちーを誘わなかったのよ!」「そうだそうだー!」「経済的損失というものを知らないんですか?」「貴様! 私を差し置いて随分と楽しそうなことをしてるじゃないか、え?」「全く、君と私の仲だっていうのに水臭いわね」と様々なメッセージが届いたが、全部返信せずに消去した。イチイチお前らの相手なんかしてられねぇんだよ自分の国から出てくるな大人しくしてろ!

 

「さて来年の春休みは何処に行こうかなーっと」

 

「お前こそ大人しくしてろよ」

 

「だって新婚旅行まだだし」

 

「式もまだだろ」

 

「入籍すらまだですよね」

 

「あっ! そういえばまだちゃんとしたお祝い出来てなかったわね! おめでとう良太郎! 新婚旅行だったら、イギリスはどう? 私が案内するわ!」

 

「個人的にはハワイでりんの水着姿を堪能したい気分でもあるんだが……」

 

 

 

「二人とも聞いてるの!? なのは今本当に怒ってるんだよ!?」

 

 

 

 その後、なのはちゃんに対して俺とフィアッセさんが『なんでもいうことを聞く権利』を譲渡することで怒りを鎮めることが出来た。随分と危ない権利を渡してしまったが、相手がなのはちゃんだから別に問題ないだろう……多分。

 

 

 

 

 

 

「765プロカバーチャレンジ?」

 

 それは劇場の事務所でお昼を食べているときに、劇場の先輩である琴葉さんの口から告げられた言葉だった。

 

「……って、なんですか?」

 

 一緒に聞いていた未来がモグモグとカレーライスを食べながら首を傾げる。口の中に物を入れたまま喋らないの。

 

「公演会の新しい企画よ。プロデューサーと今回の運営メンバーで考えたの」

 

 そう言いながら、琴葉さんは私に概要が書かれた紙を手渡して来た。

 

 ちなみに運営メンバーというのは文字通り、定期公演会の運営を担うメンバーのことだ。基本的に765プロライブシアターの公演はプロデューサーと私たちアイドルが考えており、その運営メンバーは毎公演ごとに代わっていく。今はまだ主に先輩方が中心となっているが、いずれ私にもその役割が回ってくることだろう。

 

 さて、箸を机に置いてからその紙に視線を落とす。

 

「まだまだ私たちの曲って少ないでしょ? だからコーナーを設けてカバー曲をやってみようって。きっと新規の方も常連の方も一層盛り上がれるライブになると思うの」

 

 琴葉さんはそう笑ってから、しっかり「いただきます」と手を合わせてから割り箸を割った。こういう小さな仕草にも、琴葉さんの几帳面な性格が表れていると思う。

 

「私とエレナ、このみさんとまつりちゃんの曲は決定したわ」

 

 どうやら琴葉さんとエレナさんは『チェリー』を、このみさんとまつりさんは『私はアイドル♡』をそれぞれユニットでカバーするらしい。

 

「静香ちゃんにはプロデューサーがその曲を是非って」

 

「『GO MY WAY!!』ですか……これを私たち二人で……」

 

「申し訳ないんだけど、急な企画だからスタジオでレッスンする時間もないの。上のストレッチ室を空けておいたから、振りを頭に入れておいてね」

 

「わ、分かりました。頑張ります」

 

 こうやって短期間で振りを覚えて練習するのも、少しだけアイドルっぽいなぁと能天気なことを考えてしまった頭を振って気持ちをリセットする。

 

 ……前の公演では、美奈子さんや他の人たちにも迷惑をかけてしまった。

 

 だから今度こそ、胸を張れるような素晴らしいステージにしてみせる。

 

「……くぅ~! 私もついにステージデビューなんですね! 任せてください!」

 

 カレーライスを勢いよく頬張りながら、何故か未来は目を爛々と輝かせていた。

 

 

 

「静香ちゃんのウソツキ……」

 

「いきなり人聞きの悪いこと言わないでよ!?」

 

 お昼を食べ終えてストレッチ室に入るなり、先ほど琴葉さんから貰った紙を見た未来が部屋の片隅で落ち込みだした。

 

「だって私たち二人でって言ったのに、私の名前ないじゃん!?」

 

「ついこの間事務所に入ったばかりでまともなレッスンも受けてない貴女がいきなりステージに立てるわけないでしょ!?」

 

 全く、なんで未来まで一緒になってストレッチ室について来たのかと思ったら、そんな勘違いをしていたとは……。

 

「ぶーぶー、抗議してやるー」

 

 不貞腐れながらゴロゴロと床を転がる未来。

 

 琴葉さんから借りた振り付けのDVDを準備している間に大人しくならなかったら叩き出してやろうかと考えていたら、急にピタリと未来の動きが止まった。

 

「そういえば、初めて聞く名前なんだけど、今回静香ちゃんと一緒にステージに立つ――」

 

 

 

 ――伊吹翼ちゃんってどんな子なの?

 

 

 




・『抗体持ち』『アレルギー持ち』
アイドル『周藤良太郎』に対して興味を持たない人と嫌悪感を抱いている人。
初出じゃないけど、一応ここでも説明。

・「良太郎さんもフィアッセさんも嫌い!」
勿論本心ではないにせよ、二人にとって今回の動画騒動で一番の罰。

・三ヶ月間給料30%カット
労働基準法で定められた減給処分は一ヶ月10%までらしい。

・『チェリー』
・『私はアイドル♡』
765ASの楽曲。この辺りはよく複数人で歌ってたから誰の曲って言及しづらいんだよね。

・伊吹翼
外伝で先行登場済みでしたが、ようやく本編初登場!
しかし、なにやら外伝時空とは少々変化があるようで……?



 翼ちゃん出ていませんが、翼初登場回です。次回にはちゃんと出ます。

 懐かしの翠屋、書いてて楽しかったです(小並感)……え、なのはちゃんに感謝祭ライブのチケット渡したとき以来ってマっ!?(驚愕)


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Lesson247 だいっきらい! 2

久しぶりにリリなの成分マシマシ。


 

 

 

 昼食を終えて翠屋を後にした俺はそのまま街へと繰り出した。本当だったらそのままテレビ局へと早入りするつもりだったのだが、予定が変わった。

 

 なのはちゃんへ譲渡した『なんでもいうことを聞く権利』が早速使われてしまったのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()と宣言してしまった以上、俺はそれに従わざるを得ない。なのはちゃんの要求を拒否することが出来ない。例えそれが悪魔のような願いだったとしても、寧ろ俺自身が悪魔のようにその願いを叶えなければいけないのだ。

 

 そして俺が叶えなければいけない、なのはちゃんの無慈悲な願いとは――!

 

 

 

「えへへ、良太郎さんと一緒にお出かけって久しぶりだね!」

 

 

 

 ――なのはちゃんとのお出かけ(デート)である。

 

 なんともまぁ可愛らしくいじらしいお願いである。わざわざ『なんでもいうことを聞く権利』なんて大層なものを使わなくても、それぐらいいつでも叶えるというのに……。

 

 さらに今からだと俺の仕事までという時間制限まで付いているからと別日を提案しても「そこまでしてもらわなくても大丈夫だよぉ!」とワタワタと手を振る始末。そこで気を使っちゃう辺りがなのはちゃんホント天使(なのはちゃん)

 

 おう、石を投げたければ投げろ。甘んじて受け入れよう。俺は逃げも隠れもしない。ただし可愛い妹とデートしてる俺は無敵だからダメージ受けないけどな! あっ、恭也はやめろよ!? (とおし)で無敵貫通しようとするんじゃないぞ!?

 

「それにしても、本当にこれで良かったの?」

 

 なのはちゃんが望むのであれば、こんな街中じゃなくてもうちょっと別の場所へ遊びに行っても良かったんだけど。

 

「ううん、これで十分だよ。……良太郎さん、りんさんと恋人になったでしょ?」

 

「うん、お陰様で」

 

「お兄ちゃんにも忍さんがいるし、良太郎さんも……って考えたら、この先、こうやって一緒にお出かけする機会も少なくなっちゃうのかなぁって」

 

「……そう考えてくれることは嬉しいけど、気にしすぎだよ。例え俺や恭也に恋人がいても、この先結婚することになったとしても、なのはちゃんは俺たちの妹なんだから」

 

 だからそんな生意気なこと考えなくていいの。そうなのはちゃんの頭を乱暴にグシャグシャと撫でると、彼女は「うにゃぁ~!?」と悲鳴を上げつつも嫌がる素振りは見せなかった。

 

「それに、美由希ちゃんだっているだろ?」

 

「このタイミングでお姉ちゃんの名前を挙げるのは、それはそれで失礼なような……」

 

 

 

「そういえば、最近だとなのはちゃんも忙しいみたいだね」

 

 ぴょこぴょこと歩くなのはちゃんに歩調を合わせて隣に並びながら「頑張ってるね」と声をかけるとと、彼女は満面の笑みで「うん!」と頷いた。

 

「フェイトちゃんと一緒に頑張った映画がもうすぐ公開だから、今はその宣伝お仕事がいっぱいあるの!」

 

 フェイトちゃん、というのはなのはちゃんが所属している310プロの副社長さんの娘さんである。金髪美少女双子姉妹の妹で、事務所で真っ先に仲良くなったとなのはちゃんが嬉しそうにツーショット写真を見せてくれた。その写真が丁度その映画の撮影中の写真で……。

 

「……あー、うん、あの映画ね。俺も楽しみにしてるよ」

 

 俺の「絶対に観に行くよ」という言葉に、なのはちゃんはさらに嬉しそうに破顔する。

 

 なのはちゃんが言う映画とは、『Little Wish ~lyrical step~』で既にデビューしているアイドル『高町なのは』の映画初出演にして初主演となる特撮映画のことである。

 

 なのはちゃんが魔法少女に変身して各地に散らばってしまった魔力の結晶の欠片を集めながら、フェイトちゃん演じるライバル魔法少女との戦いや友情を描くSFファンタジー。その名も『魔法少女戦記リリカルサーガ~始まりの章~』。

 

 ……うん、俺もあらすじを読んでて途中から「ん?」ってなった。そしてタイトルを聞いてん「んん?」ってなった。さらに公開されたスチルでなのはちゃんとフェイトちゃんが魔法の杖で鍔迫り合いをしている場面を見て「んんん?」ってなった。

 

「良太郎さんの覆面ライダー観てたから、アクションもバッチリだよ!」

 

 うん、参考にしてもらえたのは光栄なことなんだけど、アイドル的には歌とかダンスとか演技とか、その辺りを参考にしてもらいたかった。一番最初になのはちゃんが参考にしてくれた俺の要素がアクションって……特撮とはいえ魔法少女モノの参考になるアクションって……いや、御神の剣を参考にしたって言われなかっただけマシなのだろうか。

 

 しかしツッコミどころは多いものの、これがまた普通に面白そうで興味が尽きないのだ。俺よりもそちら方面に特化している荒木先生や菜々ちゃんや奈緒ちゃん(ミシロのすがた)が口を揃えて「この春の覇権映画!」と豪語しているのだから、間違いはないだろう。

 

 どうやら三部作構成らしいので、何処かで俺も出演出来ないものか。……エキストラで潜り込むという手があるな、うん。

 

「それじゃあ、これはなのはちゃんの映画大成功の前祝だね」

 

「えへへ、そう言ってくれるの嬉しいな」

 

 大成功祝いは後日310プロや翠屋で盛大にやるだろうから、これは本当に個人的な前祝だ。そのときは減給だろうが何だろうがポケットマネー絞り出して盛大にやっちゃるけんのぅ……!

 

「それじゃあ、ささやかながら……まずはクレープなどいかがでしょうか、姫」

 

「うむ、よきにはからえー」

 

 なのはちゃんの「良きに計らえ」いただきましたー!

 

 というわけで、まずはデートの定番とも呼べる食べ歩きの王様、クレープを買いに。生憎この世界だとタピオカはそれほど流行らなかったんだよね。あることにはあるんだけどさ。

 

 ここでわざわざクレープを提案したのは気まぐれではなく、今なのはちゃんと歩いているこの通りの先に、以前りんや唯ちゃんと一緒に訪れたクレープ屋があるのだ。他の女の子とのデートで利用したお店をまた使うのかとか思わないでもないが、レストランならいざ知らずクレープ屋ぐらい許してほしい。

 

「おっ、あったあった」

 

 半年ぶりぐらいにやって来たクレープ屋。しかし店先には先客らしき女の子がいたので、彼女の後ろに並んで……。

 

 

 

「アイスの試食、ひとくちどう?」

 

「え、いいの~? 本当に~? あ、でもわたしチョコよりもストロベリーチーズが食べたいかも~! それとレモンシャーベットにー、あとあとハニークッキーに~」

 

「えっ……え?」

 

 

 

 #ひとくち #とは。

 

 いやはや、店員のお兄さんカッコよく声かけたのに逆にタジタジだよ。まさか試食を申し出たら複数のフレーバーのリクエストが飛んでくるとは思いもしなかったのだろう。

 

 

 

「……ダメぇ?」

 

 

 

 うっわ、すっごい甘くて可愛い声。まだ後姿で女の子の顔は見えていないが、これは間違いなく美少女の風格。店員のお兄さんも「しょうがないなぁ~」みたいにデレッデレになっている。

 

 ……おいおい、普通にディッシャー(アイス掬うやつ)使い始めちゃったよ。そのままコーンにアイス乗せちゃったよ。しかも三段重ね。これはもはや試食ではなく実食である。

 

「き、気前がいいお店なんだね……」

 

 これにはなのはちゃんも苦笑い。うん、流石にこれと同じことをしてほしいとは言わないが、俺たちのときも多少の気前の良さを見せてもらいたいものである。

 

「はい、ど~ぞ」

 

「ありがと~! 優しいお兄さんで良かった!」

 

「次は買ってね~」

 

 次は本当にあるのかなぁ……と思いつつ、カウンターから離れようとする少女を避けて前に出ようとして――。

 

「わっ!?」

 

「っ!」

 

 ――振り返ろうとしてよろけた少女がなのはちゃんに向かって倒れそうになったので、咄嗟になのはちゃんをかばうために前に出た。

 

 そのまま少女を支えることが出来れば良かったのだが、見ず知らずの女の子の体に触れることを躊躇している間に彼女の体が俺にぶつかり……。

 

「きゃっ」

 

 手にしていたアイスが、俺の上着にベタリと付いてしまった。

 

「あぁ!? アイスが~!?」

 

 真っ先にアイスの心配をする辺り、とりあえず怪我とかはなさそうなのでそこは一安心。

 

「って、そうじゃなくて、ごめんなさいお兄さん!」

 

「あぁうん、大丈夫。次からは周りに気を付けてね? なのはちゃんも大丈夫?」

 

「うん、大丈夫なの」

 

「その、上着……」

 

 アイスを手に満面の笑みだった少女の表情は、打って変わってシュンとした子犬のような表情になってしまった。

 

「いいよいいよ。脱いで手で持って歩けば気にならないから」

 

 今日は少々暖かいので上着を一枚脱いでも肌寒いということはない。後でテレビ局のクリーニングにお願いすれば、撮影が終わることには何とかなっているだろう。

 

 さて、上着はいいとして……落ち込みつつ地面に落ちたアイスをチラチラと気にしている少女の姿に内心で苦笑しつつ、店員さんに声をかける。

 

「すみません。今のアイス、俺の上着が食べちゃったのでもう一個。今度は俺がお金払いますんで」

 

「「えっ」」

 

 店員さんと少女の声が重なる。

 

 デート中とはいえ、これぐらいはいいよね? と視線をなのはちゃんに向けると、苦笑しつつも優しい目をしていた。

 

「わ、わかりました……あっ! 貴方は!?」

 

 頷きかけた店員さんは俺の姿を見て声を上げた。

 

 

 

「ゴーヤクレープの人!」

 

「ちょっと待った」

 

 

 

 確かに、俺は二度このお店でゴーヤクレープを注文しているが、だからと言ってたった二回で『ゴーヤクレープの人』認定されるのは些か納得がいかない。

 

「ゴーヤクレープ頼む人、貴方ぐらいですよ」

 

「そんなもんさっさとメニューから外しちまえ!」

 

 いや、二回も注文してる俺がそんなもんなんて言うのもどうかと思うけど!

 

「えっと、それでご注文は、先ほどと同じアイスと……?」

 

 なのはちゃんは壁にかけられたメニューとにらめっこしているようなので、先に俺の注文を済ませておこう。

 

 

 

「……ゴーヤクレープで」

 

「貴方ならそれを注文すると信じていました!」

 

 

 

 チクショウ! ここで違うの注文したら負けた気がするんだよ!

 

 

 

「そこで乗っちゃう辺りが良太郎さんだよねぇ……」

 

「……なんか、面白そーなお兄さんだね!」

 

 

 




・なのはちゃんとのお出かけである。
石投げ祭り会場はコチラ。

・徹
雑に説明すると、衝撃で内部を攻撃する技。

・「美由希ちゃんだっているだろ?」
だってギャルゲヒロインを安易に主人公以外でカップリングすると過激派が……(言い訳)

・『Little Wish ~lyrical step~』
『リリカルなのは』無印のED。

・『魔法少女戦記リリカルサーガ~始まりの章~』
要するに『リリカルなのは』無印本編。

・奈緒ちゃん(ミシロのすがた)
「そこに三匹のナオがおるじゃろ?」
ナオ(ミシロのすがた)
ナオ(ナムコのすがた)
ナオ(サイコーのすがた)

・「……ダメぇ?」
こんなおねだりされて断れる奴おりゅ?(漫画を読みつつ)

・「俺の上着が食べちゃったので」
覇気を習得してる少女が凄い定期。いや、スモーカーさんは意識して煙になってないだけだからきっと……。

・ゴーヤクレープ
おかしい……一発ネタだったはずなのに、どうして初登場から六年も経っているのに使い続けているんだ……?



 彼女は一体ダレナンダー(棒)


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Lesson248 だいっきらい! 3

※今話のために前々話の一部分をサイレント修正しました。


 

 

 

「翼がどんな子か……ね」

 

 未来からの問いかけに対する答えを、ストレッチをしながら少し考える。

 

「……何から言えばいいのかしら」

 

「それじゃあスタイルから聞いてみようかな」

 

「それ本当に聞かなきゃいけないこと!?」

 

 この状況で何故それを真っ先に尋ねたのか。

 

「……まぁ、スタイルはいいわ。同年代とは思えないぐらい」

 

「なるほど……」

 

 未来との短い付き合いの中で初めて聞く真面目な声が、どうしてこんな場面だったのだろうかと自分自身に問いかけたい。

 

「私は346プロの棟方愛海ちゃんを魂の師として仰いでるから」

 

「誰もそんなこと聞いてないわよ!」

 

 真剣な目で「いつか、そんな彼女が慕っていると噂される『大師匠(グランドマスター)』に会うのが私の夢なの……!」と語る未来に、一瞬だけ本気で彼女を事務所に招き入れた責任みたいなものを感じてしまった。

 

「性格は……このみさんは『天真爛漫な甘え上手』って言ってたわ」

 

 これは本当に的を射た表現だった。

 

 翼には兄と姉がいるらしく、そのせいか根っからの末っ子気質。無意識に『許されること』のギリギリを見極めているようで、彼女からの本気のお願いを断れる人は殆どいない。

 

 しかし彼女のことを語ろうとすると、重要なところは『甘え上手』ではなく『天真爛漫』という点である。天真爛漫、というか自由気ままのマイペース。他人の都合よりも自分の都合を優先しようとするタイプの人間だ。

 

「あまり私と合うタイプの子じゃないわ」

 

「ふーん」

 

 きっと今も、街中をフラフラと歩いていることだろう。

 

 

 

 

 

 

「アイスありがとーね! 眼鏡のお兄さん!」

 

「次はちゃんと気を付けるんだよ」

 

「はーい!」

 

 店員さんから再度三段アイスを受け取り、少女は花が咲くような満面の笑みを浮かべた。

 

 ようやく正面から向かい合うことで彼女の顔を見ることが出来たのだが、やはり想像通り、いや想像以上の美少女だった。

 

 彼女の溌剌とした元気の良さを表すかのように明るい金髪に緋色の瞳。身長と顔立ちの幼さから、多分中学生ぐらい……だと思われる。そこに自信がないのは、彼女の胸部が大変豊かに育った大乳だからだった。多分志保ちゃんと同じぐらいあるだろうが、身長的に彼女の方が大きく見える。

 

(……おや、この子……)

 

「あっ、お兄さん、わたしの体ジロジロ見てどうしたのかな~?」

 

 俺の視線に気付いたらしい少女がニヤニヤと笑いながら俺の顔を覗き込んできた。そういう立ち位置に来ると余計に胸の大きさが際立って……痛い痛い、なのはちゃんゴメンって、二の腕抓らないで。

 

「いや失敬、余りにも可愛いもんだから、思わず見入っちゃったよ」

 

「え~? も~お兄さん上手だな~!」

 

 素直に答えると少女はテレテレとハニカミ嬉しそうだった。……痛い痛い、だからなのはちゃんゴメンって、二の腕叩かないで。

 

 さて、少々のハプニングはあったものの当初の目的であるクレープは買えたから、このままなのはちゃんとのデートの続きを――。

 

「二人は恋人さんなの?」

 

 ――しようと歩き始めたら、何故か少女も付いてきた。

 

 もし成人男性と小学生女子が並んで歩いている姿がそう見えるのだとしたら、それは早苗ねーちゃん案件になってしまうので是非とも勘弁願いたいのだけど。

 

「ち、違います! きょ、兄妹です!」

 

「ふーん」

 

 しかしなのはちゃんがそれを否定してくれた。実際には「みたいなもの」ではあるが、そこまで詳しく説明するほどのことじゃないだろう。

 

「それで、俺たちに何か御用かな?」

 

「んー用ってほどじゃないんだけど、なんとなくちょっとお話してみたいな~って」

 

 俺を挟んで反対を歩くなのはちゃんの顔を覗き込みながら、少女は「デート中にゴメンね~」と笑いかけた。なのはちゃんは「は、はぁ……」と困惑しつつもそれを拒否せず、ついでにデートであることも否定しなかった。お兄さん地味に嬉しい。

 

「改めて、アイスありがとうね、お兄さん! わたしは――」

 

 

 

「――伊吹翼ちゃん」

 

 

 

「……えっ!?」

 

 俺が名前を言い当てると、少女改め翼ちゃんは驚いて目を見開いた。

 

「なんでどーして!? もしかして、お兄さんエスパー!?」

 

「実はそうなんだ。だから君の考えていることも筒抜けで……」

 

「今、わたしのスリーサイズ考えてみたんだけど」

 

「……っていうのは冗談でぇ」

 

 チクショウ! なんで俺には本当に読心能力がないんだ!

 

「パンフレットで見たからね」

 

「えっ」

 

 そう、彼女は『765プロライブ劇場』のパンフレットに載っていたのだ。

 

「これでもアイドルに関しては色々と詳しくてね。765プロのシアターアイドルの伊吹翼ちゃんだよね?」

 

「……あ~バレちゃったか~」

 

 口では「しまったなぁ」と困りつつも、顔では満更でもなさそうに笑っていた。

 

 静香ちゃんも亜利沙ちゃんもそうだが、シアター組二期生の子たちはまだ知名度が微妙なので変装をしている子が殆どいないので、しっかりと顔を見ることが出来ればすぐに分かった。

 

 そう、俺が彼女のことをじっくりと見ていたのはそのためだったのだよ!

 

「改めて、伊吹翼です! プライベートだから、サインはお断りだよ!」

 

 少女改め翼ちゃんは、そう言いながらパチリとウインクをした。

 

「それは残念。俺は……そうだな、アイドル好きのリョーさんとでも名乗っておこうかな」

 

 最近よく使う偽名というか通称をここでも使う。これからもシアター組のアイドル相手にはこの名前で統一することにしよう。

 

「こっちは妹の……」

 

 なのはちゃんのことを紹介しようと思い、どうしようかと考える。

 

 なのはちゃんも既にメジャーデビューしているアイドルなので、そのまま本名で紹介するのはダメだろう。となると、彼女も俺と同じように偽名か通称を使ってもらうことになるのだが……そうだなぁ。

 

 

 

「ナッパちゃん」

 

「ナッパちゃん!?」

 

 

 

「ダメだった?」

 

「寧ろダメじゃないと思ったの!?」

 

 どうやらお気に召さなかったらしいなのはちゃんが「どうして相変わらずネーミングセンス皆無なの!?」という軽い罵倒と共にベチベチと再び二の腕を叩いてきた。

 

「りょう……じゃなくて、リョーさんと同じで『なーちゃん』で良かったでしょ!?」

 

「いや、その呼び方は将来別の人に使われるような気がしたから、今から枠を潰すのも忍びないなって思って……」

 

「いつ書かれるか分からないようなお話の考慮なんてしなくていいの!」

 

 うーん、面白い呼び方だと思ったんだけどなぁ……。

 

「あっはははっ! お兄さんのネーミングセンス変なのー!」

 

 俺たちのやり取りを見ていた翼ちゃんがお腹を抱えて笑っていた。目元にうっすらと浮かんだ涙を拭いながら「それじゃあさぁ」と問いかけてきた。

 

「わたしだったら、どんなニックネームにする?」

 

「翼ちゃんの?」

 

「そーそー!」

 

 よく分からないが、恐らくこれは俺のネーミングセンスを試されているようだ。ならばここは一つ、気合いを入れて素晴らしい名前を進呈してみせよう。

 

「そうだな……翼……つばさ……ツバサ……」

 

 ……閃いた!

 

 

 

「タッキー」

 

「タッキー!?」

 

 

 

「個人的には渾身の出来」

 

「色々と待って!? いぶきだから『ブッキー』ぐらいは予想してたけど、タッキー!? タは一体何処から来たの!?」

 

「いや……翼ならタッキーかなぁって」

 

「発想が異次元過ぎて本当に訳分かんないんだけどー!」

 

 ツボにはまったらしい翼ちゃんは、街中だというのにその場に蹲ってゲラゲラと笑い出してしまった。

 

「どうやらお気に召してもらったようで何よりだよ」

 

「多分そういうのじゃないと思うの……」

 

 

 

「あー笑った笑ったー」

 

 一通り大笑いして満足した様子の翼ちゃん。気に入ってくれたのかと思いきや、実際に『タッキー』と呼ぼうとするとノーサンキューを突き付けられてしまった。どうして。

 

「もしかしてお兄さん、芸人さん? ちょっと変装してるようにも見えるし」

 

 おっと、そういう見解をされたのは初めてだな。

 

「芸人ではないけど、テレビ関係の仕事ではあるよ。カメラの前に出ない仕事」

 

 これは初めて亜利沙ちゃんと会ったにした説明と同じ設定である。

 

「つまり『ぎょーかいじん』ってやつ!? すっごい! それじゃあ……」

 

 なのはちゃんに視線を向けながら「君の方が本物の芸能人だったりするのかな?」という疑問を投げかけてくる翼ちゃん。まさかのなのはちゃんへの流れ弾である。避けろナッパちゃん!

 

「え、えっと……まだ、違います」

 

「おっ? まだっていうことは、もしかして……」

 

「はい」

 

 ニッコリと笑いながら頷くなのはちゃん。どうやらなのはちゃんは明言せず、翼ちゃんの想像力に任せる方法を取ることにしたらしい。いやまぁ明言してないっていうだけでゴリゴリの嘘なんだけどね。銀幕デビュー決定してるでしょ貴女。

 

「私、昔色々あって辛かった時期にアイドルの『周藤良太郎』さんの歌とダンスで、助けてもらったことがあるんです。だから、私も誰か悲しんでる人を助けてあげられるようなアイドルになりたいなぁって、そう思ってるんです」

 

「……ナッパちゃん」

 

「私結構いいこと言ったんだからその呼び方ヤメテよぉ!?」

 

 まさかなのはちゃんがそんなことを思ってくれているなんて……思わず涙が零れそうになり、眼鏡を外さないように気を付けながらそっと目元を拭う。

 

 

 

「……好きなんだ、『周藤良太郎』」

 

 

 

 突然、翼ちゃんの声のトーンが低くなった。

 

 いつの間にか足を止めていた翼ちゃんに振り返ると、彼女は困ったように眉を潜めながら唇を尖らせていた。

 

「翼ちゃん……?」

 

 

 

 

 

 

「なんか話を聞く限り、私、仲良くなれるような気がするな~」

 

「寧ろ貴女が仲良くなれない子ってどんな子よ」

 

 初対面の私に勢いよく突撃してきた未来に、苦手な人なんているのだろうか。

 

「……あぁ、そうそう、翼には一つだけ()()があるから覚えておいた方がいいわよ」

 

「地雷?」

 

 好きなものは好き、嫌いなものは嫌いと、はっきりと口にする翼。

 

 そんな翼が()()()()()()ことすら嫌な顔をする地雷。

 

「翼はね――」

 

 

 

 

 

 

「……わたしは、嫌い」

 

 

 

 

 

 

 ――765プロで唯一の『周藤良太郎』ギライなのよ。

 

 

 




・「棟方愛海ちゃんを魂の師として」
・『大師匠』
書ける日が楽しみです!

・多分志保ちゃんと同じぐらいあるだろうが
原作では同い年の二人でしたが、アイ転では志保ちゃんの方が二歳年上で、さらに身長や胸部も育っている模様。

・ナッパちゃん
良太郎のクソダサネーミングセンスの餌食に……。

・『なーちゃん』
シャニの担当なので、絶対に出ます(鉄の意志)

・タッキー
翼と言えば。

・避けろナッパちゃん!
勿論竜玉。今の日本ならばこの辺りもそろそろ女体化しそう。



 次回シリアス……だと思った? 残念、ネタなんだなぁ……。


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Lesson249 だいっきらい! 4

誰もがみんな、崇高な想いを抱えているわけではない。


 

 

 

「……わたし、周藤良太郎のこと嫌いだもん」

 

 

 

 私、高町なのはにとって、その言葉は余りにも馴染みがなさすぎるものだった。

 

 とはいえ、そういう人が全くいないと信じているわけでもない。昔では『クラスみんなのスーパースター』という存在だった周藤良太郎が、小学校の六年生にもなればそんな彼への興味が薄れていく子も少なからず存在する。

 

 今ではすっかり親友となったフェイトちゃんも、最初は良太郎さんの無表情を怖がっていた。そういう意味で『周藤良太郎』を苦手としている人もいることは知っている。

 

 しかし『明確に周藤良太郎を拒絶する』人を目の当たりにするのは、初めてだった。

 

 それは私の短い人生の中でも、それでも衝撃的過ぎる出来事で。

 

「……どうして……」

 

 思わず、そんな言葉を呟いてしまっていた。

 

 人の好みなんて色々あって、その人の感性を否定することはダメなことだって理解している。

 

 それでも、どうしても知りたかった。

 

「……だって――」

 

 翼さんはチラリと私を一瞥してから、少しだけ躊躇いながら口を開いた。

 

 

 

「――わたしのモテモテハッピーライフの障害だもん!」

 

 

 

 ……え?

 

 

 

 

 

 

 久しぶりにシリアスさんがやって来たかと思いきや、早々にお帰りになられた模様。いや、重い展開を望んでいるわけではないんだけど、せめてこのページのラストぐらいまで頑張ってくれよ。……ラストにもう一回だけ顔を出す? いや、帰るならそのまま戻ってこないでクレメンス。

 

 さて、失礼を承知で言わせてもらえば随分と頭の悪いワードが翼ちゃんの口から飛び出して来たわけなのだが、果たしてこれはどういう意味なのだろうか。

 

「えっと……どういう意味なんですか?」

 

 俺と同じ疑問を抱いていたらしいなのはちゃんが素直に質問すると、翼ちゃんは「えっとね!」と正直に答えてくれた。

 

「楽しくってモテモテで最高の人生を送るのが、わたしの目標なの! 男の子たちに告白されちゃって、女の子たちからも大人気な、そんな毎日を送るのがわたしのハッピーライフ!」

 

 その考え自体は全然嫌いじゃないけど、随分と男子中学生みたいな願望を抱く女子中学生である。しかし翼ちゃんみたいに明るく可愛くてスタイル抜群の美少女ならば、既にモテモテで告白の嵐なのではなかろうか。

 

「わたしがアイドルになろうと思ったのも、そのための第一歩。街中でプロデューサーにスカウトされたのは偶然だったけど、そこからクラスのみんなからの注目の的になるはずだったのに……!」

 

 

 

 ――ねーねーみんな聞いて! わたしね、春休みに街で……!

 

 

 

 ――見たか!? アイドルエクストリームのアレ!?

 

 ――見ないわけねぇだろ! 周藤良太郎のアレだろ!?

 

 ――すっごかったよね、あのステージ!

 

 ――ホントカッコいいよね! 周藤良太郎!

 

 

 

「……春休み明けて、ずっとみんなして周藤良太郎の話題ばっかり! おんなじアイドルの話題なんだから、少しぐらいこっちに興味持ってくれてもいいじゃん!」

 

「あっ……」

 

 春休み直後の時期と言えば、直前まで開催していたIEの話題で世間が一色に染まっていた頃だ。春休みにスカウトされた翼ちゃんは、タイミング悪くそちらに話題を奪われてしまったらしい。

 

「………………」

 

 なのはちゃんが無言で見上げてくるが、正直そんな目で俺を見ないでほしい。無実とまでは言わないが、ぶっちゃけ他のアイドルたちも同罪だと思う。

 

「それに美希先輩も、話しかけてもずっと『周藤良太郎』のことばっかりだし!」

 

「美希先輩……っていうのは、765プロの星井美希ちゃん?」

 

「そう! おしゃれで可愛くて男の子にも女の子にもモテモテな超キラキラ輝いてる最高のトップアイドル! わたしのお手本にして目標!」

 

 確かに翼ちゃんが語る目標に一番近い人物像として美希ちゃんが最適だろう。『モテモテ』という表現がピッタリである。

 

「えっと、星井美希ちゃん、周藤良太郎さんのことをそんなに話すんですか?」

 

「寧ろ今のところそればっかりだよ! 語ってくれるだけまだマシで、酷いと『周藤良太郎は、いいの。心が豊かになるの』としか言ってくれないし!」

 

 まるで語彙力を失くしたオタクのようだ。美希ちゃんが最近色々と拗らせているという報告は765の子たちから聞いていたけど、そんな斜め上の方向に進んでいたとは……。

 

「………………」

 

 だからなのはちゃん、そんな目で見ないでって。流石にこの件に関して責任の所在を問われても困るから。

 

「だからわたしは周藤良太郎が嫌い! わたし以上に男の子も女の子もみんな夢中になっちゃう周藤良太郎が嫌い!」

 

 ふーんだ! と可愛らしく頬を膨らませたかと思うと、そのまま勢いよくアイスに齧りつく翼ちゃん。しかし冷たさに「くぅ~!?」と別の意味で顔を顰める様に、なのはちゃんも「にゃはは……」と苦笑をし……。

 

 

 

「……わたしも美希先輩みたいに()()()()()()()()、キラキラになりたいなー」

 

 

 

「………………」

 

 何気なく零した翼ちゃんの一言に、なのはちゃんの表情が静かに消え失せた。

 

「……翼ちゃんは、努力嫌い?」

 

 そんななのはちゃんを自分の身体で隠すように動きながら、翼ちゃんに問いかける。

 

「そんなの当たり前じゃん! ひつよーさいてーげんの努力でキラキラ出来るなら、そっちの方がいいって!」

 

「まぁ、そりゃそーだ」

 

 努力せずに人気になれるのであれば、誰だってそちらの道を選ぶ。

 

「………………」

 

「なに?」

 

 何故か物珍しそうに俺の顔を覗き込んでくる翼ちゃん。

 

「いや、大人の人にこれ言うとよく『そんなんじゃダメだー!』って怒られるのに、お兄さんは違うだなって思って」

 

「……他人から強制された努力には何の意味もないからね。君が本当にそれを必要としないなら、俺は何も言わないよ」

 

 聞きようによっては見放すような発言かもしれない。事実俺は今の彼女を『アイドル』としてではなく、あくまでも『アイドルに憧れる女の子』としてしか見ていない。

 

 

 

 努力とは、その境界線を乗り越えるための一歩だ。

 

 

 

「まだ君は若いから、それが必要かどうかはゆっくりと考えてみるといいよ」

 

「……お兄さんよりは若いだろうけど、お兄さんも十分若いよね?」

 

 そうなんだよ、前世の記憶やらなんやらが混ざっててたまに忘れそうになるけど、俺まだ二十一歳なんだよ。なんか最近自分がアラサーぐらいの感覚になってて……。

 

「……よく分かんないけど、もうしばらくわたしはわたしらしくってことでいーの?」

 

「それでいいよ」

 

「ふーん」

 

 一先ず納得したらしい翼ちゃんは、突然「あっ」と声を上げてスマホを取り出した。

 

「静香ちゃんと練習する約束があるんだった。バイバイ、お兄さん!」

 

「バイバイ、練習頑張ってね」

 

「ナッパちゃんもバイバイねー!」

 

「ナッパちゃんはヤメテー!」

 

 そのまま俺たちの進行方向と反対に向かって去っていく翼ちゃんの背中を見送る。

 

「……さて、浮かない顔だね、なのはちゃん」

 

 先ほどからずっと静かになっていた少女に振り返ると、彼女は顔を曇らせていた。

 

「……努力が人それぞれだっていうことは、分かってる。私の努力、翼さんの努力……良太郎さんの努力、フェイトちゃんの努力。全部違うって分かってる」

 

「努力ってのは、そこに辿り着くまでの労力だからね」

 

 今こうして並んで歩くなのはちゃんが二歩進む距離を俺が一歩で進むように、積み重ねなければいけない努力は人それぞれだ。

 

 だからなのはちゃんの努力が実らず()()に辿り着けない可能性もある。翼ちゃんがなんの努力もせず()()に辿り着く可能性だって、十分ある。

 

「……私は、努力する。努力しないと、良太郎さんみたいなアイドルにも、フィアッセさんみたいな歌手にも、なれないって分かってるから」

 

「……うん」

 

 なのはちゃんの考えが合っているとは言わない。翼ちゃんの考えが間違っているとも言わない。その答えが合っているのか間違っているのかを決めるのは、彼女たちの未来だけなのだから。

 

 けれど俺は。

 

「頑張れ、なのはちゃん。君がここまで辿り着くのを、俺は心待ちにしてるよ」

 

「……うん!」

 

 やっぱり、こっちの道を選んだ子を応援したかった。

 

 周藤良太郎が手を差し伸べるのは、輝きに向かって手を伸ばした人だけだ。

 

 

 

 

 

 

「一体貴女は何してたのよ!?」

 

「いやーごめんごめん」

 

 思わず私の背筋が伸びてしまうような静香ちゃんの怒鳴り声に、目の前の少女は全く動じる気配を見せなった。

 

「十二時に集合って言ったわよね!? 今六時よ六時! 電話にも出ないし!」

 

「友だちと電話してたら充電切れちゃったみたーい」

 

 そう言ってケラケラと笑う金髪の少女が、先ほどまで静香ちゃんが話題に挙げていた伊吹翼ちゃんらしい。……なるほど、まるで同年代とは思えないような胸の膨らみ……!

 

「って六時? いっけなーい、わたし帰らなきゃ」

 

「はぁ!?」

 

 いきなり踵を返して「良い子は門限を守らなきゃね~」と帰ろうとする翼ちゃんを、静香ちゃんがガッチリと後ろから羽交い絞めにする。

 

「どうせドラマが観たいだけでしょ!? いいから練習するわよ!」

 

「え~?」

 

「私たちは今回、先輩たちの歌を歌うの! それが中途半端なパフォーマンスだったらみんなに認めてもらえないわ!」

 

「……だったら~」

 

「っ」

 

 

 

 ――静香ちゃんより上手く踊れたら、今日はもう帰っていい?

 

 

 

 スッと目が細くなった翼ちゃんに、私はゾワリと背中に冷たいものを感じた。

 

 

 

 

 

 

「……なるほど、そういう理由があったのか」

 

「うん。……私だけじゃイマイチ自信がなかったから、千早にも協力してもらったの」

 

「しかし、それならばもっと穏便な方法があったんじゃないか?」

 

「あっ、良太郎と千早と一緒に歌ってみたかったというのも本当だから」

 

「はぁ……まぁいい。……それで、どうだったんだ?」

 

「うん。……千早も、私と同じことを感じたって」

 

「……『フィアッセ・クリステラ』と『如月千早』が同意見だったのならば、間違いはないか。しかし、それはつまり……」

 

「……良太郎、IEが終わった辺りから――」

 

 

 

 ――以前みたいに()()()()()()()()

 

 

 




・小学校の六年生
実はこの世界のなのはちゃんは既に六年生だったりします。
初登場時が三年生設定だったからね。

・モテモテハッピーライフ
だいたいゲッサン版と同じだから(震え声)(責任転嫁)

・『周藤良太郎は、いいの。心が豊かになるの』
「綾瀬さんはいいぞ。心が豊かになる」

・以前みたいに歌えなくなってる。
不穏の種を躊躇なくばら撒く。



 色々と翼が残念なことになっておりますが、覚醒イベント前なのでご勘弁を。

 ……いやまぁ、中学生って普通こんなもんじゃない?

 ただ良太郎のことを嫌っていることに関しては、『周藤良太郎』よりも自分のことをちゃんと見ることが出来ているという点で『素質』持ちではあります。

 というわけで、また次回。


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Lesson250 届け、この想い

未来ちゃん初ステージ編です!


 

 

 

「良太郎、そこに正座」

 

 

 

 冒頭一言目から義姉に正座を命令される系主人公、周藤良太郎です。

 

「え、いきなり何? 出来れば理由を先に……」

 

「正座の方が先に決まってるでしょ」

 

 早苗ねーちゃんに睨まれて理不尽を覚える前に正座をする俺がいた。義理だろうがなんだろうか、弟は姉よりも弱い生き物なのだ。

 

 さて、出勤前のこんな朝早くから何で俺はこうして正座をすることになったのだろうか。近頃は割と落ち着いてきた(当社比)ともっぱらの噂なんだけど。(個人の感想です)

 

 最近怒られるようなことがあるとすれば勿論例の動画の一件だが、それはもう先日散々怒られた後だ。体罰と減給、そして()()()()()()()()ことで一応のお許しは得たはずである。

 

「アンタ、昨日、女の子と一緒に街中歩いてたらしいわね」

 

「……え? 昨日?」

 

 確かに昨日はなのはちゃんとデートしてたけど、何故そこまで怒っているのだろうか。なのはちゃんは早苗ねーちゃんにとっても妹のような存在のはずである。

 

「ほぉ? 私が聞いた話だと、金髪の女子中学生ぐらいの子と仲良さそうに歩いてたらしいけど、いつからなのはちゃんは金髪になったのかしらねぇ?」

 

「冤罪でござる」

 

 ちょっとした事故でアイスを奢ってあげたら美少女がついて来るミラクルが起きるなんて普通は考慮しないでしょ!? 魔物の肉をあげたら戦闘終了後について来るモンスターズ的なシステムじゃないんだからさぁ!

 

「はぁ……なんでアンタはこうも街を歩く度に色んな女の子とエンカウントするのよ。しかもそれがどれもこれも美女美少女だらけってどういうことよ」

 

「今更それに触れる?」

 

 神様がエンカウント率の設定を間違えたんだと思う。多分この世界のパッケージ裏を覗いてみたら『開発:バースデイ』とか書いてあるんじゃないかな。おっ、なんか俺の『Re:birthday』と上手い具合にかかってるな。

 

 しかし結局未だに理解出来ないのは、どうして早苗ねーちゃんはこんなにもご立腹なのだろうかということだ。俺の知り合いに女の子が多いことぐらい、早苗ねーちゃんも昔から知っているはずだ。

 

「悪いけど私、義弟よりも()()を可愛がるつもりなの」

 

「その選択肢なら勿論俺だってそっちを選ぶけど……あぁ、そういうことね」

 

 まだ籍は入れていないので正確に言えば義妹ではないが、近い将来そうなる予定なので誤差みたいなものだろう。

 

「私は、どんなやり取りがあった結果、アンタとりんちゃんが今の関係になったのか知らない。知ろうとも思わない」

 

 そうは言いつつ、あのときりんが()()()()()()()()()って聞いたら、知りたがるんだろうなぁ。

 

「でも、あの子の懐がどれだけ広かろうと、自分の愛する男が不特定多数の女の子と仲良くしてるのを見るのはね、女なら辛いものなの」

 

「……はい」

 

「アンタもりんちゃんのことが大事なら、少しぐらい改める努力をしなさい」

 

 正座する俺の頭頂部に軽く手刀を落としながら「いいわね?」と問いかけてくる早苗ねーちゃんに、俺は素直に「はい」と頭を下げた。

 

「よし、いい返事ね。それでこそ私と幸の弟よ。IEが終わって世界一になったからって、まだまだ腑抜けるんじゃないわよ!」

 

「はい!」

 

「……ちなみに聞くんだけど、今日の仕事終わりの予定は?」

 

「楓さんと瑞樹さんから飲みに誘われています!」

 

「なんも分かってないじゃないのよアンタはあああぁぁぁ!」

 

 だってりんがいいって言ったもん! りんが仕事で遅くなるから楽しんできてねって言ってくれたもん!

 

 

 

 

 

 

 さて、そんなやり取りがあったのも早一週間前。この一週間の間にも楓さんたちとの飲み会の他、凛ちゃんたちトライアドプリムスにお昼ご飯をご馳走したり、亜美真美姉妹や杏奈ちゃんたちとゲームしたりと様々な女の子とのイベントが発生していた。

 

 ただ言い訳のようだが男性との交流が一切なかったわけでもなく、この前は数少ない男のアイドルヲタ友だちである渡辺みのりさんと二人で飲みに行った。亜利沙ちゃんがアイドルデビューしたことを静かに祝いつつ、彼女がアイドルになったことでみのりさん自身も『アイドル』そのものに対する興味が湧いてきたらしく、なんと彼も最近アイドル事務所からのスカウトを受けたという話を聞くことが出来た。

 

 みのりさんは恥ずかしそうに笑いながら「リョー君も一緒にこっちに来てみるかい?」と誘われたが「俺はまだいいですよ」と若干の含みを持たせながら断っておいた。

 

 しかしみのりさんまでもがアイドルになった場合、我らアイドルヲタ仲間で残された結華ちゃんはどうなるのだろうか。いっそのこと彼女もアイドルになればいいのに。可愛いんだし。

 

 そんな風に色々な人との付き合いが多い俺ではあるが、だからといってりんを蔑ろにしているというわけではない。

 

 ちゃんと予定が合うときは部屋でのんびりイチャイチャしながら愛を囁いたり恋人らしいことをしている。寧ろ早苗ねーちゃんに言われたことを気にしていつも以上に俺なりの愛情表現をしてみたところ、りんが完全にのぼせ上がってしまったぐらいだ。

 

 いや、そのときのりんが超可愛くてさ。いつも可愛いんだけど何割か増しで可愛いの。普段から好き好きと俺への愛情を隠さなくなったりんが、恥ずかしくなって顔を伏せるところとか本当に可愛くて、そんなりんが俺の恋人なんだという事実がこれまた……。

 

「……あのさぁ」

 

「ん? なに?」

 

「惚気なら余所でやってくんない?」

 

「ニコちゃんが『アイドルにかまけてて恋人蔑ろにしてるんじゃないでしょうね?』っていうから、現状報告したのに」

 

 しかしニコちゃんのジト目という名の警戒心が薄れることがなさそうだったので、飲み物を奢ることで警戒心を下げることにする。

 

 

 

 さて、今日は久しぶりに765プロライブ劇場の観覧日。相変わらずのエンカウント率によりニコちゃんと再会したので、開演まで二人並んで仲良くおしゃべりをして時間を潰す。

 

「はぁ……こんな無表情で何考えてるか分かんないアイドルオタクが恋人なんて、私なら絶対にお断りね」

 

「そもそもニコちゃんは『アイドルに恋愛はご法度』主義者だから、恋人は作らないんじゃないの?」

 

「……別にまだ私はアイドルじゃないし」

 

 そう言いつつ、ニコちゃんはスイッと目線を逸らした。アイドルオタクであろうともやっぱりその辺りはちゃんと女の子してて、内心で思わずホッコリしてしまった。

 

「どう? スクールアイドルの方は順調?」

 

「まだメンバー集めの途中よ。進展なくて悪かったわね」

 

 フンッと不機嫌そうに鼻を鳴らしながらそっぽを向くニコちゃん。このご時世、スクールアイドルになりたい子なんていくらでもいると思っていたが、どうやら彼女の周囲ではそうでもないらしい。

 

「ちなみにニコちゃんはどんなアイドルを目指してるの? 可愛い系? カッコいい系?」

 

「……346プロのニュージェネ」

 

 346プロの中でも特に自分と関わりの深いユニット名が出てきたので、思わず少しだけ嬉しくなってしまった。今日はまた公演終わりにご飯を奢ってあげることにしよう。

 

「ピンチェみたいに可愛くて、トライアドみたいにカッコよくて、ポジパみたいに元気いっぱいで……ニュージェネはそんな全てを併せ持ってるみたいで、私は大好き」

 

「いいよね。俺も好きだよ、ニュージェネ。自慢じゃないけど俺も彼女たちが結成した当初からのファンでさ、新人アイドルだった彼女たちが今みたいにトップアイドルとして活躍してるのを見てると、俺も頑張らないとって思うんだ」

 

「はぁ? 私なんかデビューイベントからのファンだから。ステージの真ん前で手ぇ振ったら凛ちゃん私に向かって手ぇ振り返してくれたから」

 

 別にそんなつもりは全くなかったのだが、ニュージェネのファンとしてニコちゃんからマウントを取られてしまった。一瞬スマホの中に収められている俺とニュージェネ三人との記念写真を見せびらかしてマウントを取り返してやろうかと思ったが、流石に大人げなさすぎる上にこんなことで身バレするわけにもいかないので我慢する。

 

 というか、えっマジで? あのニュージェネとラブライカのデビューイベント、ニコちゃんもいたの? 凄まじい後付け設定感が否めないけど、完全に否定する要素は一切ないしなぁ……。

 

「話戻すけど、メンバー揃ってデビューすることになったら教えてよ? ちゃんと応援しに行くからさ」

 

「………………」

 

「そんな露骨に嫌そうな顔しなくても」

 

 おかしいなぁ、まだ二回しか会ってないっていうのにどうしてこんなにも好感度が低いというか警戒心が高いのだろうか。

 

「……まぁ、アンタのことだからただ単に『女子高生が見たいから』なんて理由じゃないってことぐらいわかるけど」

 

「………………」

 

「わざわざ私からフォローしてやったってのに何でアンタが目ぇ逸らすのよ」

 

 自分に素直な生き方しか出来ない性分でして……。

 

 結局「絶対に呼んでやんないんだから!」と機嫌を損ねてしまったニコちゃんに、今度は売店で買ったお菓子を貢ぐことで機嫌を直してもらう。

 

「ニコちゃんのアイドルデビューの話はまた今度するとして」

 

「二度としてやんないんだから」

 

「そんなこと言わずに。……今日の公演の見どころの話でもしようよ」

 

 ニコちゃんの将来の話もいいが、そろそろ開演直前のステージの話をしよう。

 

「見どころなんて一つに決まってるじゃない。『765プロカバーチャレンジ』よ」

 

 俺が広げたパンフレットをビシッと指さしながら、ニコちゃんは断言した。

 

 『765プロカバーチャレンジ』とは文字通り、まだまだ持ち歌の少ないシアター組の子たちが、AS組の子たちの曲をカバーするという企画だ。劇場新規のファンのみならず、昔からの765プロのファンも楽しめそうな企画ということで、俺も楽しみにしていた。

 

「琴葉ちゃんとエレナちゃんの『チェリー』も気になるけど、個人的には新人の最上静香ちゃんが参加してる『Marionetteは眠らない』ね。かなりレベルが高い曲だからこそ、彼女の本当の実力が見れそうで楽しみだわ」

 

 おぉ、流石ニコちゃん。目の付け所がまるで女子高生とは思えないガチオタクっぷりに感心していると、視線で「アンタは?」と問いかけられる。

 

 そうだなぁ、俺も静香ちゃんって言おうとしたんだけど……。

 

 

 

「……今日初めてステージに立つところを見る、伊吹翼ちゃん……かな」

 

 

 




・モンスターズ的なシステム
実はルカとキャラバンハートしかやったことない()

・『開発:バースデイ』
有名なところだと『貝獣物語』や『じゅうべえくえすと』を開発した会社です。

・俺の首を絞めていた
(殺し愛とかでは)ないです。

・渡辺みのり
『アイドルマスターsideM』の登場キャラ。
元花屋さんの超アイドルオタク系アイドルな31歳。31歳!?
以前からちょいちょい存在を匂わせていましたが、ようやく登場です(ただし回想)
花屋つながりで、凛ちゃんも関われると面白そうだなぁ。

・結華ちゃん
こちらの登場はもーちょっと先。

・凄まじい後付け設定感
後付け設定に決まってるでしょ(開き直り)



 原作の未来ちゃんと静香ちゃんのシーンが大幅にカットされていますが、後々ちゃんとやりますのでご安心を。

 次回は舞台裏側のお話。千鶴さん、出番ですよー。



『どうでもいい小話』

 え、ミリオンライブのパチンコってマジ? コラじゃなかったの?

 さ、流石にパチンコはやらないかなぁ……(目逸らし)


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Lesson251 届け、この想い 2

後輩のピンチに、彼女が立ち上がる……!

※また前話をサイレント修正しています。


 

 

 

「今日はー私が所属して初の定期公演!」

 

 まぁ私はまだステージに立てないんだけどね!

 

 しかしそれでも、観客として座席に座っていただけの前回とは違う。アイドルとしてではないが、劇場スタッフの一員としてみんなのお手伝いをするのだ!

 

 えっとー、今日の私が担当するお仕事は、ステージに立つみんなにドリンクとかタオルとかを持っていく仕事! 持ってくよ~どんどんドリンク持ってくよ~! ついでに汗とか私が汗とか拭いちゃおうか! ほら、胸の下の汗とかちゃんと拭かないと汗疹が出来ちゃうっていうし! ……美奈子さんとか、拭き甲斐がありそうだし!

 

 静香ちゃんたちのステージと同じぐらいスタッフとしての仕事を楽しみにしつつ、私は鼻歌交じりに劇場へと歩みを進める。

 

「……それにしても」

 

 赤信号で立ち止まりながら、ポケットからスマホを取り出す。そして普段から利用しているメッセージアプリを起動する。

 

 私からの『今日は頑張ってね!』『今から劇場行くよ! なにか買ってきて欲しいものある!?』というメッセージに対し、静香ちゃんからの反応がない。既読すら付かないことに、何故か違和感を覚えてしまった。

 

「……リハーサルで忙しいんだよね、きっと」

 

 信号が青に変わったので、スマホをポケットに戻して渡り始める。

 

 

 

 頭上には、ライブ日和のとても気持ちのいい青空が広がっていた。

 

 

 

「おはようございまーす! 春日未来、入りまーす!」

 

 まずは今日ステージに立つ先輩方への挨拶をするために、控室へ。

 

「これ皆さんに差し入れです。えへへ、うちのお母さんが持って行けって……」

 

 手提げカバンから包みを取り出そうとして……控室の空気が何か重いことに気が付いた。

 

「……はい、分かりました。出来る限り調整してみます」

 

 琴葉さんが電話をしている。

 

「こちらは大丈夫ですからプロデューサーは静香ちゃんをお願いします」

 

 電話の相手はプロデューサーさん? 静香ちゃんをお願いしますって、どういうこと?

 

「あ、未来ちゃん……」

 

「このみさん、静香ちゃんがどうかしたんですか?」

 

 近くにいたこのみさんに尋ねる。既にステージ衣装に着替えて準備万端のこのみさんは「大丈夫だから、落ち着いて聞いてね」と前置きをしてから、私の問いに対する答えを口にした。

 

 

 

「静香ちゃん、リハ中に高熱で倒れちゃったの」

 

 

 

「……え」

 

「連日居残りで練習してたみたいだし……きっと疲れが出たんだと思うわ」

 

 ……そういえば、ここ最近の静香ちゃん、ずっと練習してるって言ってた。私が一緒に事務所へ行けなかった日も、夜遅く連絡しても『まだ練習中』って返事が返ってきて、それが終わっても『今は予習復習中』って。

 

「気付けなかった私の責任だわ……」

 

 そう言って琴葉さんが顔を伏せる。

 

 ……違う、琴葉さんの責任じゃない。私の責任だ。だって私は()()()()()()のに何も出来なかった。

 

 いつ休んでるんだろうって、無理しちゃダメだよって、思ってただけで口に出せなかった。必死になってる静香ちゃんの邪魔になっちゃわないようにって、それで……。

 

「プロデューサーが病院に連れていって、さっき連絡があったの。このまま一日二日入院になるかもって」

 

「にゅ、入院……!?」

 

 それじゃあ……!

 

「残念だけど……今日のライブに静香ちゃんは出られないわ」

 

「そ、そんな……!」

 

 咄嗟に口を開いた私が一体何を言おうと思ったのか、私にも分からない。

 

 『あんなに頑張ってたのに』『私も病院に』『どうにか出来ないんですか』

 

 きっとそんなどうしようもない言葉が口をついて出ようとして……。

 

 

 

「切り替えますわよ」

 

 

 

 それは遮ったのは、厳しくも優しいお母さんのような声だった。

 

「千鶴さん……」

 

「少し休めばきっとよくなります。今のわたくしたちに出来ることは、そんな静香が必死になって成功させようとしたこの定期公演を完遂すること。これを失敗したとなっては、静香に合わせる顔がありませんわ」

 

 パンパンッと二度手を叩いた千鶴さんに全員が注視する。

 

「……千鶴さんの言う通りですね。今はライブをどうやってカバーするかを考えましょう」

 

 まだ少々顔が青いままの琴葉さんの一言に、全員が()()()()()()()動き出した。

 

「それじゃあまずはセットリストを見直しましょう」

 

 このみさんが持ってきたノートパソコンを手近な机の上で開く。

 

「ソロと全体曲以外の静香ちゃんの曲は『Marionetteは眠らない』と『GO MY WAY!!』の二曲ね。歌の順番を考えると……昴ちゃん、マリオネットいける?」

 

「おおおオレが!? マリオネット!?」

 

 このみさんから話を振られて「無理無理無理!」と必死に首を横に振っているのは……えっと、確か一番最初に事務所へ来たときに野球をしてた永吉(ながよし)(すばる)ちゃん……だっけ。

 

「そ、そうだ! 亜利沙、前にカラオケでノリノリで歌ってたよな!?」

 

「ほわぁ!? ありさ!? イヤイヤイヤあれはコールを覚えていただけで、歌うとなるとまた別問題というか、あまりにもコールをし過ぎた結果本来の歌詞を忘れてしまっているというか!」

 

「忘れてんのかよっ!」

 

 亜利沙さんと何やらワチャワチャしているが、要するに二人は歌えないらしい。

 

「このみさん、わたくしが……」

 

「千鶴ちゃんはダメよ。次の準備が間に合わなくなる」

 

 どうしたものかと頭を悩ませる千鶴さんとこのみさん。他のみんなもいつどんな風にセットリストが変わっても動けるように準備を進めている。

 

(私も、何か……)

 

 そんな私の後ろから、声が聞こえてきた。

 

 

 

「……マリオネットなら、出来るよ」

 

 

 

 振り返ると、そこには藍色の髪の少女が眠そうな目で立っていた。

 

「杏奈!? 貴女、今日はお休みじゃ……!?」

 

「忘れ物、取りに来た。……でも、何かあったみたいだから、こっちに顔出したの」

 

 千鶴さんが問いかけると、少女は手にした携帯ゲーム機を見せるように掲げた。

 

 ……えっと、思い出した! 確か私たちシアター二期生組の先輩、シアター一期生組の望月杏奈ちゃん!

 

「それより杏奈ちゃん! マリオネット出来るってホント!?」

 

 このみさんに詰め寄られて杏奈ちゃんはコクリと頷いた。

 

「でも貴女、来たばっかりだし、アップもなにも……」

 

「大丈夫」

 

 たった一言。そのたった一言で、このみさんは言葉を止めた。それは、まだ杏奈ちゃんのことをよく分かっていない私にも簡単に理解できるぐらい、()()()()()()()()声だった。

 

 凄い……! 私と同じぐらいの背格好なのに、ものすごい先輩アイドルオーラが……!

 

 

 

(杏奈ちゃん、本当に大丈夫?)

 

(マリオネット、難しいやろ?)

 

(…………うん、大丈夫だよ、美奈子さん、奈緒さん)

 

(かなり不安になる間があったんやけど)

 

(……昨日やってたゲームに、こういう先輩が助けにくるシチュエーションが……)

 

(……それに影響されちゃったってこと?)

 

(百合子やないやから……)

 

(そんな百合子さんは、同じくオフで自宅でゴロゴロしてるって)

 

(杏奈やないんやから……!)

 

(誠に遺憾である……)

 

 

 

 杏奈ちゃんと同じく一期生組の美奈子さんと奈緒さんが何やらお話をしている。すっごい真剣な表情で、彼女たちがいるだけでなんとかなるのではないかと思ってしまうぐらいで。静香ちゃんがいない不安が少しだけ安らいだような気がした。

 

「よし、これでマリオネットはクリア。問題は『GO MY WAY!!』ね……カバー曲だから誰も練習してないし」

 

「私か美奈子だったらいけるで」

 

「……順番を入れ換えたらいけるかしら……」

 

 奈緒さんの提案に色々と試行錯誤をしているらしいこのみさんだが、どうにもまとまらないらしくグヌヌと唸っていた。

 

「やっぱり厳しいわね……カバー曲は今日の目玉だから残念だけど、ここは飛ばして……」

 

 そんなこのみさんの発言を聞いて「えー?」と不満の声を上げたのは、先ほどから飴を舐めながら傍観していた翼ちゃんだった。

 

「わたし一人でも歌えるよ?」

 

「翼ちゃん、気持ちは分かるけどダンスもボーカルもユニットのレッスンしかしてないでしょ?」

 

「えー? ダメですかー?」

 

 琴葉さんに諭されるも、尚も不満そうな翼ちゃん。

 

「でもでも、こうその場のノリでバーッとぉ……」

 

 そのとき、翼ちゃんと目が合った。

 

「……ねぇねぇ! 確か未来ちゃんだったよね!」

 

「え? は、はい」

 

「静香ちゃんから聞いてるよー? 静香ちゃんの自主練に付き合って、一緒に『GO MY WAY!!』練習してたんでしょ?」

 

 翼ちゃんは「だったらさ」とニッコリと笑顔を浮かべた。

 

 

 

「未来ちゃんが代わりにステージに出ちゃおーよ」

 

 

 

「……はい?」

 

「『はい』だね、言質取った! 決まり!」

 

 ぎゅーっと手を強く握り締められ、そこで私はようやく我に返った。

 

「ご、ごめんなさい! そうじゃなくて! わ、私まだ新入社員のぺーぺー見習いだから本番は……!」

 

「えー歌いたくないの? 折角練習したのに?」

 

「………………」

 

 歌いたくないといえば、嘘になる。ステージに立って歌ってみたいとは、事務所に入ってからずっと思っていたことだ。でも、まだその勇気が……。

 

「大丈夫大丈夫、ステージに立つなんて簡単だから!」

 

「………………」

 

 結局、私は小さくコクリと頷いた。

 

「大丈夫? 未来ちゃん」

 

「……やって、みたいです」

 

 琴葉さんからの確認の問いかけに、今度はしっかりと自分の言葉で肯定した。

 

 私は、ステージに立ってみたい。

 

「……分かったわ! プロデューサーと相談してみる!」

 

「わたくしは衣装の準備を。多分、エミリーのサイズが合うと思いますわ」

 

「よっしゃ! 気合い入れていくで!」

 

「みんな! ご飯は食べたね! まだの人はすぐに用意するよ!」

 

「美奈子、ステイ」

 

 みんなが一斉に動き出す中、私は「メイクしてあげるー!」と翼ちゃんに手を引かれてメイク室へと向かうのだった。

 

 

 

(……静香ちゃん……!)

 

 

 

 

 

 

「……ふむ」

 

「ん? どーしたのよ」

 

「いや、俺ぐらいアイドルに精通してくると、現場の雰囲気で何かがあったことを察知することが出来るんだよ」

 

「ウソクサ」

 

「四文字で片付けられてしまった……」

 

 

 




・胸の下の汗とかちゃんと拭かないと
落ち着きを見せる良太郎に対し荒ぶる未来ちゃん。

・「静香ちゃん、リハ中に高熱で倒れちゃったの」
伝統芸能(ボソッ

・厳しくも優しいお母さんのような声
原作改変その1。千鶴さんマジお母さん。

・永吉昴
『アイドルマスターミリオンライブ』の登場キャラ。
ボーイッシュ野球少女な15歳。事務所で野球をしてはいけません。
野球関連だから、たぶんそのうちユッキと絡ませるかなぁ。

・「……マリオネットなら、出来るよ」
原作改変その2。カッコよく杏奈登場!
アイ転時空では16歳の先輩お姉ちゃんで、オフ状態でも少々頑張れます。



 うん、まぁいつものだよね。

 本当にアイマス世界では定番というか伝統芸能というか……うん、様式美だね!



『どうでもよくない小話』

 全事務所合同のアプリ『ポップリンクス』の話題を挙げようと思ったけど、それどころじゃなかった。

 約一年ぶりの、デレマスライブ開催決定じゃあああぁぁぁい!!!


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Lesson252 届け、この想い 3

心が帰る場所。


 

 

 

「……そうだな、そっちで頼む。それからもう一度、音無さんと代わってくれ。……あぁ、大丈夫。頼りにしてくるからな、琴葉」

 

 ……すぐ側で電話をしているはずのプロデューサーの声が、やけに遠くから聞こえるような気がする。きっとそれだけ、今の私の気持ちがここには存在していないのだろう。

 

(……なんで私、病院(ここ)にいるんだろう)

 

 今日は定期公演の当日だ。私は公演メンバーに選ばれているので、すぐに準備しないと……衣装にも着替えていないし、メイクもしていない。あぁ、そういえば未来が差し入れを持ってくるなんてメッセージを送っていたっけ。まだその返信をしていないが、きっと今なら彼女も劇場についていることだろう。

 

「……静香」

 

「っ」

 

 どうやら電話が終わったらしいプロデューサーに声をかけら、肩がビクリと震える。

 

「あぁ、無理に顔を上げなくてもいいぞ。まだ辛いんだろ?」

 

 辛い……辛い。何が辛いのだろうか。喉? 身体? ……それとも心?

 

 一番辛いのは、私が今劇場にいないことだ。私は、なんでここに……。

 

「ユニット曲だが、代わりに杏奈と未来が出てくれることになったそうだ。だからステージのことは心配せずに、今日はゆっくりと……」

 

「え」

 

 

 

 ……未来が、ステージに?

 

 

 

 

 

 

「おや?」

 

「こんにちわー。……げっ」

 

 ニコちゃんと一緒に物販を覗きに行ったら、見覚えのある店員さんが接客をしていた。なんと劇場アイドルの中では旧知の仲と呼んでも過言ではない、桃子ちゃんパイセンである。

 

「あっ、桃子ちゃん、こんにちは。今日は売り子なんだね」

 

「……ハイ、ソウデスー」

 

 フレンドリーに話しかけたら、露骨に嫌そうな顔をされてしまった。

 

 さらにそんな俺の態度が気にくわなかったらしいニコちゃんまでもが睨んでくる。

 

「なによアンタ、桃子ちゃんに馴れ馴れしいわね」

 

「桃子ちゃんがアイドルになる前からの知り合いだから。ね?」

 

「え? なんのことですかー? 桃子、分かりませーん」

 

「ハハハこやつめ」

 

 普段は絶対に見せないようなキャピルーンというブリッ子ポーズで白を切られてしまった。見ろ、そのせいでニコちゃんから視線が一段と険しいものになってしまったじゃないか。

 

「桃子ちゃーん、ちょっといいー?」

 

 パイセンに声をかけながら、彼女と似たような身長のレディーが劇場の奥からやって来た。今度は元事務員現アイドルというウチの美優さんと似た経歴を持つ馬場このみさんである。

 

「このみさん、こんにちは。今日も遊びに来ましたよ」

 

「……ハイ、ソウナンデスネー」

 

 フレンドリーに話しかけたら、露骨に嫌そうな顔をされてしまった。おっと再放送かな?

 

「アンタ、まさかこのみちゃんも知り合いとかいう妄言吐くつもりじゃないでしょうね」

 

「……このみちゃんさん! 信じてますよ!」

 

「今日はご来場いただき、ありがとうございまぁす!」

 

「お前もかよブルータス!」

 

 実は見てたのではないかと疑うほどにパイセンと全く同じポーズで白を切られてしまった。おかげでニコちゃんからの視線が完全に不審者を見るそれである。

 

 しかし、これはきっと俺が『周藤良太郎』だとバレないように考慮してくれた二人の優しさに違いない。ならば今はその優しさを甘んじて受け入れることにしよう。

 

 ……チクショウ、あとで覚えてろよ。

 

「ったくアンタは本当に……所構わず妄言吐くのは止めておきなさいよ」

 

 ふぅ……という重いため息と共に、ニコちゃんから注意を受けてしまった。まさか六つ年下の少女に説教をされるとは……と思ったが、つい最近九つ年下(なのはちゃん)にお説教されたばかりだったことを思い出した。おかしい……過去を振り返ってみても結構な頻度で年下の女の子に説教をされているような気がする……。

 

「ほら返事」

 

「……はい、分かりました」

 

 しかしそれはそれとして、ニコちゃんのお姉ちゃん感が尋常じゃない。確か歳の離れた妹と弟がいるって話を聞いたが、きっとそのせいだろう。

 

 さて、色々とあったが物販での買い物(サイリウムの買い足しエトセトラ)も終わったことだし、そろそろ自分の席で開演を待つことにしよう。

 

「ありがとうございました。今日も()()()()()ステージを楽しみにしてます」

 

「……はい、楽しみにしていてください」

 

 一瞬、パイセンの眉がピクリと動いたのを見逃さなかった。どうやら先ほど感じたトラブルの雰囲気は間違っていなかったらしい。

 

(……とはいえ、今回は本当に部外者だからなぁ)

 

 346のときも部外者といえば部外者だったが、あのときは一応クローネの指導役という名目があったから介入することが出来た。しかし今の俺は『アイドル好きのリョーさん』でしかないため、本当に何も出来ない。

 

(……ダメだな、ちょっと思考が過保護になってる)

 

 心配だからといって過保護になっても、それが彼女たちのためになるとは限らない。そもそも俺に何とか出来るタイプのトラブルじゃない可能性だってあるのだから『解決してあげたい』なんていう傲慢な考えは捨てよう。

 

 彼女たちは『765プロのアイドル』だ。きっと大丈夫だろう。

 

 ニコちゃんに「だから変なこと言うんじゃないの!」と怒られながら、物販を後にするのだった。

 

(……まぁ、急なトラブルでパニックになってるかもしれないし、未来ちゃんぐらいにはメッセージを送っておいてあげてもいいかな。どうせ彼女はステージに立つわけじゃないだろうし、うん)

 

 

 

 

 

 

『ゆっくり流れる雲の先』

 

『たくさんの夢を描いては』

 

『まだ全てが未来形だった日々』

 

 

 

「………………」

 

 ステージの上では美奈子さんと昴ちゃん、そしてすっごいウネウネした金髪の女の子……篠宮(しのみや)可憐(かれん)ちゃんが『ココロがかえる場所』を披露していて、私はそれをステージの脇から眺めていた。

 

 ほんの少しだけ静香ちゃんが病院から戻ってくることを期待したが、そんな奇跡は起こらなかった。そして今日ステージに上るはずだった静香ちゃんが不在のまま、今日の公演は始まってしまった。

 

 

 

『それは今だから分かる』

 

『かけがえない宝石みたいな永遠で』

 

 

 

 ステージ衣装に身を包み、メイクをして、既にステージに立つだけとなった私。未だにステージに立つという実感が湧かず、まるで現実ではないような感覚でボンヤリと曲を聞きながら……あの夜の静香ちゃんとの会話を思い出していた。

 

 それは、初めて翼ちゃんと会った、あのレッスンの日の夜のこと。

 

 

 

 

 

 

「いや~凄かったねぇ、翼ちゃん」

 

「……そうね。お世辞にも完璧なんて言えないけど、少なくとも昼から練習してた私よりずっとうまかったわ」

 

 唇を尖らせながら「……悔しいけど」と付け足した静香ちゃんがちょっと可愛くて、思わずクスリと笑ってしまった。

 

「でも今日は楽しかった! やっぱり歌って踊るのって楽しいね!」

 

「貴女は何をやってもそればっかりじゃない」

 

「そんなことないよー。それに、静香ちゃんだって同じでしょ?」

 

「私?」

 

 キョトンとする静香ちゃんに「うん!」と頷く。

 

「だってこんなにアイドル頑張れるんだもん」

 

「……私は、最初に屋上で言ったでしょ」

 

 

 

 ――夢だから。

 

 

 

「……私ね、アイドルになりたいの」

 

 それは初めて静香ちゃんと出会った屋上で聞いた、彼女の夢。

 

「ただのアイドルじゃないわよ? みんなに愛されるような、誰からも認められるような、そんなアイドルになりたいの」

 

 夜空を見上げ、月に向かって手を伸ばしながら、静香ちゃんは笑顔を浮かべて――。

 

 

 

 

 

 

『胸の奥のポケットから今日も勇気をくれる』

 

『うれしい時、悲しい時』

 

『心が帰る大事な場所』

 

 

 

 ――それで、いつか武道館いっぱいのファンの前で歌うの。

 

 

 

『キミはどんなふうに笑っていたのかな』

 

『会いたいな』

 

 

 

「……静香ちゃん」

 

「未来ちゃん! もうすぐ出番だよ……あれ? どーしたの? もしかしてお腹痛い?」

 

「翼ちゃん……私、私……」

 

 

 

 ――やっぱり出るの辞めたい……!

 

 

 

「だって、だって、この曲もステージも、本当は静香ちゃんのものだったのに……!」

 

 振り付けや歌詞の確認をしていても、脳裏を過るのは必死に練習していた静香ちゃんの姿だった。

 

「あんなに頑張ってた静香ちゃんが歌えないなんて……」

 

 ダメだよ……私には歌えないよ……。

 

「私、やっぱり今から病院に――!」

 

 

 

「はい、スマホ」

 

 

 

「――わぁっ!?」

 

 振り返った目の前に杏奈ちゃんが立っていたので、思わず大きく仰け反ってしまった。

 

「な、なになに!?」

 

「メッセージ来てたよ」

 

「えっ」

 

 杏奈ちゃんが手にしていたのは私のスマホだった。

 

 受け取って画面の電源を付けると、そこには二件のメッセージを受信したことを告げる通知が。先に来ていたメッセージは、なんとリョーさんからだった。

 

 

 

 ――今日は未来ちゃんがアイドルになって初の公演だね。

 

 ――ステージには立たないって言ってたけど、おにーさんから一言だけ。

 

 ――もし何かトラブルがあっても、焦らないで。

 

 ――焦っている仲間がいたら、傍にいてあげて。

 

 ――アイドルの世界っていうのは、一人じゃない。

 

 ――仲間がいる、スタッフがいる、お客さんがいる。

 

 ――例え()()()()()()()()()()()()

 

 ――心のすぐ傍に、大事な人はきっといるから大丈夫だって。

 

 ――そう、教えてあげて。

 

 

 

「リョーさん……」

 

 彼が今の私の状況を知っているはずがない。だからきっと偶然なのだろうが……今の状況にピッタリすぎるアドバイスに、思わずクスリと笑ってしまった。

 

「リョーさん、まるでアイドルの先輩みたい」

 

 そんな私の呟きに何故か杏奈ちゃんがピクリと肩を振るわせたが、気にせず次のメッセージを開く。

 

「って、静香ちゃん……!?」

 

 

 

 ――ごめんなさい。私のせいで、迷惑をかけちゃったわね。

 

 

 

 そんなことない。迷惑なんて思ってない。

 

 

 

 ――でも未来が私の代わりにステージに立ってくれるって聞いて少しホッとしてるの。

 

 

 

 えっ。

 

 

 

 ――頑張って。

 

 ――未来なら出来るわ。

 

 

 

「……静香ちゃん……」

 

 ポツリと彼女の名前を呟きながら涙で滲む目を拭おうとして「メイク落ちちゃうよ」と杏奈ちゃんが代わりにハンカチで優しく目元を拭いてくれた。

 

「……未来ちゃん。ステージどうする? やめる?」

 

 翼ちゃんは「それとも……」と言いながら、ニッコリと笑っている。それは最初から私の答えが分かっている表情だった。

 

 

 

「……私、歌うよ!」

 

 

 




・劇場プロデューサー
初セリフ。勿論ゲッサン版Pです。詳細はもうちょっとしっかり登場してからです。
……つまり説明は多分終盤ですね()

・桃子ちゃんパイセン
久々の登場。当然既に劇場入りしてます。
芸能キャリア的に言えば、多分劇場で一番上なんだよね。

・ニコちゃんのお姉ちゃん感
嫁はりんだが、実は姉属性に弱かったりする良太郎であった。

・篠宮可憐
『アイドルマスターミリオンライブ』の登場キャラ。
オドオド系ハスハス型バインバインタイプな16歳。B90!?
色々な意味で良太郎と鉢合わせると大変なことになりそうな子。
代わりに志希にゃんと鉢合わせさせよう(提案)



 良太郎のアドバイスがピンポイントすぎる? 勘だよ(適当)

 次回、未来ちゃんオンステージ!


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Lesson253 届け、この想い 4

未来ちゃん初ステージ編最終話です。


 

 

 

『今日は調子がいいので、姫の魔法でこのみちゃんの背だって伸ばせそうな気がするのです!』

 

『待ってまつりちゃん! ただでさえセクシーレディーな私がこれ以上セクシーになってしまったら危険(デンジャラス)よ』

 

『略してナンジャラスなのですね』

 

『なんじゃらす!?』

 

『なにはともあれ、ワンツースリーほー!』

 

『あぁ、かけてしまったのね、まつりちゃん! このままでは会場にいるみんなを虜にしてしまう……!』

 

『このみちゃんのご希望に応えてコンパクトになる魔法をかけたので、明日の朝には5cmほど小さくなっているはずなのです』

 

『なんてことをしてくれたのよぉぉぉ!?』

 

 

 

 先ほど見事なステージを披露してくれたこのみさんと徳川まつりちゃんの二人が、今度は軽快なトークを披露していた。

 

「でもまぁ、確かに身長さえ伴っていれば普通にセクシーなお姉様だと思うんだけどなぁ」

 

「はぁ? アンタなに言ってんのよ、このみちゃんはあの身長だからこそセクシーなんじゃない」

 

 結局いつも通り隣の席になったニコちゃんから、まるで十五歳の少女とは思えないような反論を受けてしまった。うん、確かに今のは俺の方が理解(わか)ってなかったから甘んじて受け入れよう。

 

「さてと、次はようやく静香ちゃんと翼ちゃんの番かな」

 

 二人のトークに耳を傾けながらも手元のパンフレットを捲る。

 

 今回二人が歌う『GO MY WAY!!』はよく伊織ちゃんややよいちゃんが歌ってた曲だ。何回か直接見たことも聞いたこともある、ある意味俺にとってもなじみの深い曲だから、それを次世代のアイドルが歌うことが少しだけ感慨深かった。

 

 やがて二人のトークが終わり、ついに静香ちゃんたちの出番が……!

 

 

 

『わぁ~、()()たくさんだねー』

 

 

 

「「……ん?」」

 

 

 

『アレ!? 私の声おっきー! マイクってもう入ってるんですか!?』

 

 

 

「……み、未来ちゃん?」

 

 何故かステージ衣装を身に纏った未来ちゃんが、ステージの上でヘッドセットを付けながらワーキャーと慌てふためいていた。そんな彼女を見ながら隣でケラケラと笑っている翼ちゃん。

 

『……え、わっ、喋った! ……あ、ごめんなさい! はい! 分かりました!』

 

 イヤホンの向こう側に人物と話しているらしい未来ちゃん。どうやらそのやり取りで落ち着いたらしく、翼ちゃんに『もー未来ったらー』と頬を突かれて『でへへ、ごめんなさーい』と笑っていた。

 

 ステージ上であんなことがあって尚も普通に笑っていられる未来ちゃんは、初めて会ったときからずっと思っていたことだが随分と強心臓である。

 

 しかし、である。

 

「……静香ちゃん、いないわね」

 

 隣からそんなニコちゃんの呟きがポツリと聞こえてきた。

 

 未来ちゃんの登場で若干呆気に取られていたが、落ち着いてステージを見るとそこにいるのは未来ちゃんと翼ちゃんだけで()()()()()()()()()のだ。

 

(なるほどね、感じてたトラブルの雰囲気は()()だったか……)

 

 恐らくだが、何かしらのトラブルで静香ちゃんがステージに立てなくなって代役として急遽未来ちゃんが抜擢された……ってところか。

 

 誰か別の子ではなく、ステージ経験が一切ない未来ちゃんが選ばれた辺り、それなりに切羽詰まった状況なのだろう。静香ちゃんの状況も気になる所だが、それは未来ちゃんの様子から大丈夫なんだろうと予想できた。

 

「しかし、未来ちゃんの初ステージが代役か……」

 

「……なに、アンタ、あの新人まで知り合いっていうつもりじゃないわよね?」

 

「さて、どうだろうね」

 

 曲が流れ始め、ついに未来ちゃんと翼ちゃんの二人による『GO MY WAY!!』が始まった。

 

 

 

 ――キツい努力せずに、キラキラになりたいなー。

 

 

 

 ……なるほど、翼ちゃんは以前あれだけの大言を臆することなく口にするだけのことはある。美奈子ちゃんたち一期生組には及ばないものの、それでも他の二期生組の中では頭一つ抜き出ていることは間違いない。そこから一歩先に進めるかどうかは、本人のやる気次第だろう。

 

 そして未来ちゃんは……歌もダンスもつたなく若干のミスも見受けられる。まぁ初ステージという点を加味すればギリギリ及第点レベルだろうか。うん、未来ちゃんのパフォーマンス自体には問題ないだろう。

 

 ……それなりの数のアイドルの初ステージというものを見てきたわけだが、その中でも『代役』としての初ステージというのは珍しいパターンに入る。あらかじめその()()()が出来ている状態ならまだしも……。

 

「……元気系の子かなー? あの新人」

 

「ん? そーだね、普通って感じ?」

 

 そんなやり取りが後ろから聞こえてくる。

 

「まぁ、いいんだけどさ。私やっぱり――」

 

 

 

 ――今日は静香の歌が聞きたかったなぁ……。

 

 

 

(……そうじゃないと、それはキツいぞ、未来ちゃん……)

 

 

 

 

 

 

「……なぁ、千鶴さん」

 

「なんですの?」

 

 今日はアイドルではなく裏方として音響(PA)の仕事に徹しているジュリアが、未来と翼のステージの音響調節をしながら私に話しかけてくる。

 

「あたしは今でもストリートでよく歌うんだけどさ……歌を聴かせたい相手があたしに興味ないときほど『届け!』って、そういう意識を強く持つようにしてるんだ」

 

「……そうですわね。そうしなければ……いえ、そうしたとしても()()()()

 

「あぁ。それを()()()()()からこそ『周藤良太郎』は伝説になった」

 

 それは今なお『伝説の夜』として語り継がれる七年前の出来事。まだ無名同然だった良太郎は音響設備どころかまともな照明すらない夜の公園で、歌とダンスだけで道行く人々を引き留めた。つまり『目当てのアイドルがいないファン』どころの話ではなく、『アイドルそのものに興味を持っていなかった通行人』の心すら掴んでしまったのだ。

 

(……そろそろ未来も余裕が出てくる頃ですわね)

 

 余裕が出ると客席が見えてくる。そうすると、きっと嫌でも目に入ってきてしまうだろう。

 

 

 

 ――『最上静香』の登場を期待していたファンの落胆する姿が。

 

 

 

 

 

 

『未来! もっと前に行こっ!』

 

『わっ!?』

 

 曲の間奏中、翼に手を引かれて私はつんのめりながらもステージの前へ。

 

 すると逆光で見えていなかった観客席のみんなの顔がよく見えるようになって――。

 

『……っ!』

 

 ――笑っていない、寧ろ曇ってしまっている人を見付けてしまった。その中には静香ちゃんのグッズを身に着けている人もいた。

 

(……そっか。みんなも静香ちゃんの歌、聞きたかったんだよね……)

 

 彼ら彼女らの気持ちは痛いぐらいによく分かる。だって私自身、静香ちゃんの歌を聞きたかったのだから。

 

(……静香ちゃん)

 

 私は最上静香じゃない。けれど私は静香ちゃんが抱いていた頑張りも想いも夢も、全部知っている。だから代わりに私が全部全部届ける。

 

(だから)

 

 聞いてほしい。私の――。

 

(行くよ、静香ちゃん)

 

 

 

 ――私たちの歌。

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 未来ちゃんと翼ちゃんは無事に歌い終わり、ステージでは既に次の曲の準備が始まっているが、未だにニコちゃんは呆けたまま動かない。

 

「……ねぇ、あの新人の子、名前」

 

「春日未来ちゃん」

 

「……あの子のソロのとき、ステージから風が吹いてきたような気がした」

 

「奇遇だね。俺もそんな気がしたよ」

 

 ニコちゃんは小さく「……名前、覚えとくわ」と呟いた。どうやら未来ちゃんの歌は、ニコちゃんの琴線に触れたらしい。先ほど静香ちゃんの不在を嘆いていた背後のお客さんもなにやら満足そうにしているので、どうやら未来ちゃんのライブはひとまず成功ということでいいだろう。

 

 ……アイドルの先輩として、一応この業界の第一人者として、未来ちゃんのステージを真面目に評価するならば『もうちょっと頑張りましょう』だ。練習不足は勿論のこと、フリを曖昧に覚えているであろうところも見受けられ、そもそも歌詞も一部間違っていた。とりあえず物怖じしない姿勢だけは評価出来る。

 

 しかしそれ以上にステージ上の未来ちゃんは、あのソロパートのときに見せたその姿は……。

 

(……元々は近い将来麗華の秘蔵っ子たちが来る劇場をあらかじめ見ておこう程度の理由だったけど)

 

 どうやらもう一つ、足を運ぶ理由が増えてしまったようだ。

 

 だから願わくば。

 

 

 

「次は()()()を聞かせてくれ、未来ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 ぐうううぅぅぅ……。

 

「……え、今の凄い音、もしかしてお腹の音?」

 

「……で、でへへ、終わったら急にお腹空いてきちゃって……」

 

 自分でもビックリするぐらい大きくお腹の虫が鳴いてしまい、恥ずかしさに顔が熱くなる。また美奈子さんと千鶴さん、ご飯作ってくれないかなぁ……。

 

「ね! それよりも今日のステージ! すーっごく良くなかった!?」

 

「うん! すごくすーっごく良かったと思う!」

 

「だよねー! 歌詞間違ってたりステップ間違ってたけど凄い良かったよー!」

 

 一瞬「あれ?」とも思ったけど、満面の笑みで抱き着いて来る翼ちゃん改め、翼にそんなことはどうでもよくなってしまった。あっ、でもそろそろ空腹で目が回り始めて……。

 

「未来ちゃん! 初ステージお疲れ様! 頑張ったね!」

 

「ふむぐっ!?」

 

 バンッ! と勢いよく控室のドアが開いて美奈子さんが飛び込んできたかと思うと、一瞬で私の視界と鼻と口が塞がれてしまった。え、これはもしや、美奈子さんのお山!? あの大きなお山が今私の顔面に!?

 

 ……って喜びたいところなんだけど、苦しい! 本当に苦しい! 今は本当にマズいです美奈子さんただでさえ目が回ってるんだからその上酸欠は本当にちょっとあぁいい匂いだし柔らかいしいい気持だけど気分が悪くなってくるしぃぃぃ……!

 

「ちょっ! 美奈子タンマ! それ以上はアカン! 未来痙攣しとる! 手足がグッタリしながらピクピク痙攣しとる!」

 

「え? ……って、きゃぁぁぁ!? ゴメン未来ちゃん大丈夫!?」

 

「……我が人生……一片の悔いなし……」

 

「十四歳が人生に幕を下ろすのは早すぎるわ! しっかりしぃ未来!」

 

「わたし知ってるよ、コレが昇天するってことなんだよね」

 

「言っとる場合かあああぁぁぁ!」

 

 

 

 

 

 

「……きっとお腹が空いているだろうと思って差し入れを作ってきてあげましたのに、随分とまぁ騒がしいこと」

 

 まるで嵐のような子ですわね、と苦笑する。

 

「……今回の未来のステージ、成功する自信があったんですの? プロデューサー」

 

 着替え中のアイドルもいるため、控室の中が見えない廊下にいるプロデューサーにそう問いかけると、返って来た答えは「いや、自信はなかったよ」という否定から始まった。

 

「完璧じゃなくてもいいとさえ思ってた。ただこのステージは、未来に新しい景色を見せてくれるって思ったんだ」

 

「……寧ろ新しい景色を見せられたのは、わたくしたちだったかもしれませんわね」

 

 何はともあれ……。

 

「おめでとうございますわ、未来」

 

 

 

 今は、765プロに誕生した新たなアイドルを祝いましょう。

 

 

 




・ナンジャラス
ついさっきまで『オーバーマスター』聞いてましたからね!

・「身長だからこそセクシー」
※諸説あります。

・美奈子さんのお山
舞台裏で良太郎と愛海ちゃんが血涙を流しているようです。



 今日は未来ちゃん頑張ったからね! そのご褒美だよ! ……良太郎は美人の嫁さん貰ったでしょ! 座ってろ!

 次は今回の事後を書きつつ……そろそろ千鶴さんのお話も書いていこうかな?

 ……ただ次回は番外編です!そうです!アレです!(ヒント:日付)



『どうでもいい小話』

 NHKラジオの『アイマス三昧』お疲れ様でした!

 あーあー!24時間アイマス楽曲をずっと流してくれるチャンネルがあったらいいのになー!


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番外編55 七周年特別企画 その1

How do you like 123?


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 ○月○日 AM 6:00

 

 都内某所コインパーキング

 

 

 

 はい、皆さんおはようございます。123プロダクション所属、周藤良太郎です。

 

 今日はですね、珍しく事務所のメンバーと共に旅ロケを撮影させてもらうことになりました。いやぁ、ありがたいことに俺も含めてみんな多忙な身なので、こういう旅をする企画ってのは通りにくいんだけどね、今回は通って良かったよ。

 

 ただ流石に全員でっていうわけにもいかなかったから、一部のメンバーだけだ。いつか全員で旅したいね。

 

 というわけで今回旅するメンバーを紹介しましょう。

 

「みんなおっはよー! 123プロダクション所属、所恵美でーす!」

 

「……123プロダクション所属、天ヶ瀬冬馬だ」

 

 ……以上です!

 

「いや三人って。所属アイドル何人だって話だよ」

 

 だからみんな多忙なんだって。

 

「おいやめろ俺たちが暇みたいな言い方すんな」

 

 

 

『123プロのここが凄い! その1』

 九人いるのに集まったのは三人だけ

 

 

 

「というか今日()()集まるって話を聞いてるんだが?」

 

 当初の予定は四人だったんだよ。しかし残念ながらその四人目っていうのが志希の奴でな……。

 

「集合前に失踪済みってどーいうことだよ」

 

 

 

『123プロのここが凄い! その2』

 一ノ瀬志希(失踪)

 

 

 

「ごめんなさい、アタシが目を離したばっかりに……」

 

 それはもう仕方がないから、諦めよう。うん、アレはもうどうしようもない。

 

「そもそもだよ、今回の企画で色々とツッコミたいところが多すぎる」

 

 オープニングだし、一個ずつ解消していこう。

 

「まずはスタッフだ」

 

 ……あぁ、それは俺もツッコミたかった。

 

「えっ、これの発案ってリョータローさんじゃないんですか?」

 

 発案自体は俺だけど、()()()()は流石に想定外なんだよ。

 

 こうやって俺が自分でハンディータイプのカメラを回してること自体はまだいいんだ。そういうスタイルの旅ロケもあるからね。

 

 ちょっとカメラ動かすから、視聴者のみんなはよーく周りを見てもらいたいんだ。

 

 ……スタッフが誰もいないんだ。

 

 

 

『123プロのここが凄い! その3』

 スタッフ完全不在

 

 

 

「おかしいだろ。カメラや音声はともかく、ディレクターすらいないってどういうことだよ」

 

「アタシ、今日は一番最後の入りだったんですけど、リョータローさんと冬馬さんしかいなかったから何か手違いがあったのかと思いましたもん」

 

 一応指示書は貰ってるからこれに沿って進行するわけなんだけど、なんで俺がカメラマン兼ディレクターやんなきゃいけないんだよ。絶対コレ兄貴の仕業だろ。

 

「普段はストッパー側だけど、こういうときにお前と同じ血筋なんだなって実感する」

 

 

 

『123プロのここが凄い! その4』

 私がやりました(周藤幸太郎・123プロ社長兼総合プロデューサー)

 

 

 

「そして最後のツッコミどころにして、今回の最恐ポイントは……未だに今日何をするのか知らされてないってところだよ」

 

「旅ロケ自体は私も楽しみにしてましたけど、アタシもそれが怖かったです……」

 

 いかにも旅ロケっぽいだろ?

 

「バラエティー的な意味でな」

 

 目的地に関しては四人目を迎えに行ってから発表したいと思います。

 

「えっ、志希の居場所分かったんですか?」

 

 目下捜索中らしいけど、確実に間に合わないから急遽別の人に参加してもらうことになりました。

 

「こんな時間にオファーだしてオッケー出る奴なんているのか?」

 

 そこはちょっと『周藤良太郎』のネームバリューを利用させてもらってね。丁度そこのお偉いさんが海外にいて時差の関係上普通に電話が繋がって良かったよ。

 

「……なんとなく、そのお偉いさんが何処の誰なのか分かったような気がします……」

 

「奇遇だな、所。俺もだ」

 

 よし、それじゃあ出発するぞ。最初の運転は俺がするから。

 

「最初の運転は? ……あれ、冬馬さん、もしかして免許取ったんですか?」

 

「……あぁ、本当に最近な。といっても一週間前に交付されたばっかりだから、正直俺をドライバーとして当てにすんなよ」

 

 いーや、残念ながら今日はお前もガンガン登板させるつもりだからそのつもりでいろ。長丁場だから、流石に一人でずっと運転はキツい。

 

「……えっ、長丁場? アタシ、今日夜に収録あるんですけど」

 

「俺だってそうだよ……! おい良太郎本当に今日は何処に行く気だ……!?」

 

 震えて待て。

 

「怖いなー……」

 

「帰りてぇ……」

 

 

 

 

 

 

 AM 6:57

 

 都内 美城プロダクション前

 

 

 

「やっぱりリョータローさんのオファーにオッケー出したのって、美城さんだったんですね……」

 

「コイツのこと好きすぎるだろあの人……」

 

 

 

『123プロのここが凄い! その5』

 他事務所のお偉いさんも周藤良太郎の大ファン

 

 

 

 プロデューサーにも既に連絡済みだから、あとはターゲットが出社して来たら迅速に拉致するだけだ。

 

「拉致って言いました!? 今思いっきり拉致って言いましたよね!?」

 

「穏やかじゃねぇ」

 

 ちなみに敷地入口の守衛さんには既に話をしてあるので、不審者として扱われることはないのでご安心を。その辺りの配慮はちゃんと出来てます。

 

「アイドルに対する配慮は出来てるんですか?」

 

「出来てねぇんだろうなぁ……」

 

 ……あっ! キタキタ! あのサングラスとマスクの完全不審者スタイルの子がターゲット! 恵美ちゃんゴーゴーゴー!

 

「アタシですか!?」

 

 ほら、相手女の子だから! 俺や冬馬が行くと色々と問題あるから!

 

「所、面倒くさいからさっさと済ませて来てくれ」

 

「あぁもう分かりましたよー!」

 

 いってらっしゃい!

 

 

 

「ゴメン! 本当にゴメン! ちょっとこっちに来てー!」

 

「えっ!? なになになに何が起きたの!? えっ、所恵美ちゃん!? ちょっと近い近い近いホントなにぼく何処に連れていかれるの!?」

 

 

 

『123プロのここが凄い! その6』

 アイドルを拉致

 

 

 

「連れてきましたー!」

 

 はいお疲れ様。そしてようこそ、夢の箱舟へ!

 

「行先は今のところ地獄(仮)だけどな」

 

「うぅ、本当になんなんだよぉ……いきなり車の後部座席に連れ込まれるとか、これもう薄い本案件じゃん、恵美ちゃんじゃなかったらゲロ吐いてでも抵抗してたよ……やむ……」

 

「それはアイドル的にどーなの……?」

 

「連れ去られる人としては間違いなく大正解の対応だと思うが」

 

 というわけで、今回の旅に同行してくれることになったのはこの子! 夢見りあむちゃんです!

 

 さぁ意気込みをどうぞ!

 

「ちょっとぐらい説明してくれてもいいんじゃないかなぁ!?」

 

「「確かに」」

 

「……って、助手席にいるのって天ヶ瀬冬馬君!? ……え、え、え、ちょっと待って、恵美ちゃんと冬馬君ってことは、もしかして運転席に座ってるのって……!?」

 

 よぉ、りあむ。今日はこの周藤良太郎が、君を夢の世界へと連れてってやるよ。

 

「こひゅっ」

 

 

 

 ※しばらくお待ちください

 

 

 

 落ち着いた?

 

「はい……」

 

「アイドルがしちゃいけない顔と共に気絶してたな……」

 

 

 

『りあむちゃんのやむポイント その1』

 周藤良太郎の甘い言葉に気絶

 

 

 

「ダメですよリョータローさん、軽々しくそーいうことしちゃ」

 

 はいゴメンナサイ。

 

 というわけで改めて、346プロダクション所属の夢見りあむちゃんです。

 

「ゆ、夢見りあむです……それで、旅番組ってどーいうこと? ぼく、あかりちゃんたちとレッスンの予定だったんだけど……」

 

 専務さんとプロデューサーさんの許可は貰ってるから、君の今日の予定は旅だよ。

 

「えぇ……」

 

 

 

『123プロのここが凄い! その7』

 私がやりました(美城敦子・346プロ専務)

 

 

 

「分かる、分かるよーその困惑する気持ち」

 

「ひぇ、恵美ちゃん顔が良い……うわいい匂いもする……!?」

 

 

 

『りあむちゃんのやむポイント その2』

 隣に座る所恵美の顔と匂いに動揺

 

 

 

「無理だってこんな顔も声も何もかもが最高なトップアイドルと一緒の車の中で長時間過ごすとか無理無理無理無理カタツムリ! ぼく死んじゃうって!」

 

 今回の旅の途中で何回りあむちゃんが気絶するのかも見所だね。

 

「鬼か」

 

 さて、メンバーが揃ったところでそろそろ今回の旅の目的を発表しましょう。

 

「ぼくの訴えは本当にこのままスルーされるの!?」

 

「諦めろ」

 

「気をしっかりもって」

 

「めっちゃやむ!」

 

 はい、みんな注目ー。このためにちゃんとフリップも用意されてるんだから。

 

 ○○県にある日本一の○○。これが今回の旅の目的です。なんだと思う?

 

「あっ、なんかこういうクイズ形式それっぽい!」

 

「こんなところでそれっぽさを出されてもな」

 

「……なんだろう、ぼくもう『日本一の』っていう文字が見えてる時点で嫌な予感しかしないんだけど……」

 

 まぁここはクイズもへったくれもないから捲っちゃおう。はい、岐阜県です。

 

「岐阜っ!?」

 

「もうちょっと近場だと思ってたんですけど……!?」

 

「ぎゃぁぁぁ!? 岐阜で日本一って、これもう流れ的に一択じゃん!? ぼく知ってるよ!? これ多分知ってるよ!?」

 

 おっ、りあむちゃんはしっかりと予習してる。感心だなぁ。

 

「おい、夢見のリアクションからすると、これ絶叫系なんじゃねぇか……!?」

 

 はい、冬馬正解!

 

 元々は茨城県に日本一がありましたが、最近新しく岐阜県に出来たことでこちらが栄えて日本一となりました! その日本一とは!

 

 

 

 バンジージャンプです!

 

 

 

『123プロのここが凄い! その8』

 トップアイドルなのにノリが完全に芸人のそれ

 

 

 

「やっぱりじゃあああぁぁぁん!?」

 

「ちょっと待て! いや今からわざわざ岐阜県に足を運んでまでバンジージャンプをすることに関しては百歩譲ってやるよ!」

 

「冬馬さん、そこ譲っちゃうんですか!?」

 

「お前往復何時間かかると思ってるんだ!?」

 

 えーっと、一応予定では片道四時間半、往復九時間ってところかな。

 

「えっと、今が七時過ぎですから……」

 

 最速で十六時には帰ってこれる予定。楽勝だな!

 

「それ諸々の所要時間全部差っ引いてますよね!? アタシ二十時から生放送なんですけど!?」

 

「俺なんか十九時だよ!」

 

 はっはっはっ、奇遇だな冬馬。俺も十九時だよ。

 

「さっさと引き返せえええぇぇぇ! シートベルトを締めるな! エンジンを回すな! 人の話を聞けっ!」

 

「リョータローさんもマズいんでしょ!? どうしてそのまま突き抜けよーとすんの!?」

 

 こんなもん自棄にならなきゃやってられないんだよぉ! 俺だってもうちょっとマトモな旅ロケやりたかったさっ!

 

「もうわけわかんない! めっちゃやむっ!」

 

 

 

 

 

 

 お、オープニングから色々と大変そうですが、どうやらようやく四人の旅が始まりそうですね……。

 

 それは僅か半日、旅と呼ぶには些か短い道行き……。

 

 けれど、そこにはきっと、みんなが笑顔になれる輝きが待っているはずです……。

 

 ナレーションは私、三船美優でお送りさせていただきます……。

 

 それでは皆さん、良い旅を……。

 

 

 

 

 

 

 良太郎・冬馬・恵美・りあむの珍道中!

 

『123どうでしょう~How do you like 123?~』

 

 大空を舞え! トップアイドル天翔列伝! ~正直めっちゃやむ~

 

 

 




・旅ロケ
流石に泊まりは時間がかかりすぎるからね、仕方ないね。

・『123プロのここが凄い!』
どうでしょうというよりはめちゃイケ的な。



 というわけで皆さん、先日11/29を持ちましたアイ転は七周年を迎えましたおめでとうございますありがとうございます!

 最近周年記念の番外編を書いてなかったなぁと思い、そろそろ何か書こうかなぁと思っていた矢先に目に入って来たのは某氏の某作品の旅ロケネタ(ヒント:美優さん)

「これはもう旅に出るしかないな!」

 タイトルとは裏腹にどうでしょう一辺倒ではなく作者の好きなバラエティー番組要素を詰め込んだお話になっていきます。

 ちょっとだけ長くなるかもしれませんが、まぁ年内には終わるでしょ(楽観的観測)

 それでは皆さん、次回からよろしくお願いします。



『どうでもいい小話』

 デレステのイベントの楓さんと加蓮のツーショットいいよね……。


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番外編56 七周年特別企画 その2

いざ出発!


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 123プロの旅ロケの企画として、岐阜県にある日本一のバンジージャンプへと向かうことになった良太郎君と冬馬君と恵美ちゃん。そして失踪してしまった志希ちゃんの代わりに参加することになったりあむちゃん……。

 

 果たして彼らは、無事に今晩の番組収録の時間までに帰ってくることが出来るのでしょうか……。

 

 そんな四人の車中の様子をお楽しみください……。

 

 

 

 

 

 

 AM 7:35

 

 首都高速道路入口

 

 

 

 ETCのゲートを潜っちゃうと、なんかいよいよ遠出って実感が湧いてきますよね。

 

「そーだね。まぁ色々と取り乱したけど、折角の旅ロケなんだから楽しんでいかないと。これを観てくれてる人たちもつまんないから」

 

「……ここまで来てグダグダ言ってもしゃーねぇしな」

 

「いやだよぉぉぉ飛びたくないよぉぉぉ帰りたいよぉぉぉ!」

 

「……オメェはオメェで逆にメンタル強ぇなオイ」

 

「大丈夫大丈夫、りあむちゃんおっぱい大きいから」

 

「ドウイウコト!?」

 

 

 

『123プロのここが凄い! その9』

 おっぱいが大きいから大丈夫だよ!

 

 

 

 それにしても、まさか車載カメラすら用意されてないとは思わなかったなー。

 

「そのせいで車内でもそうやって恵美ちゃんがカメラを回すことになっちゃったね。兄貴に代わって俺が謝るよ、ゴメン」

 

 楽しいから大丈夫ですよー!

 

「俺と冬馬の後頭部ばっかり撮っててもつまんないだろうから、存分に隣に座ってるりあむちゃんを撮ってあげて」

 

「それは123プロの動画としてはどうなんだ……?」

 

 任せておいてください! アタシ、前からりあむちゃんと仲良くなりたいって思ってたんです!

 

「どうして恵美ちゃんはそんな残酷なことを言うの!?」

 

 残酷なこと!?

 

 

 

『りあむちゃんのやむポイント その3』

 仲良くなりたいという言葉は残酷

 

 

 

 え、えっと、改めて、所恵美だよ! こうやって面と向かって会うのは初めてだよね?

 

「は、はい……」

 

 そんな堅苦しくなくていいからさー! これからよろしくね、りあむ!

 

「ひぃ!? いきなりフレンドリー!? が、頑張ります……!」

 

「先は長そーだな」

 

「この中で直接面識があるのは俺だけだよね」

 

 え、そーなの?

 

「……なんか、そんなことがあったよーな、なかったよーな……」

 

「おい良太郎……」

 

「違うから! 俺の虚言じゃないから!」

 

 お仕事で一緒になったんですか?

 

「いや、あれあれ、感謝祭ライブのトークバトルのときにりあむちゃんの名前出しちゃったじゃん? それを謝りに行ったんだ」

 

 

 

『123プロのここが凄い! その10』

 詳しくは絶賛発売中のブルーレイボックスにて!(特装版 税別59,800円)

 

 

 

「あのときはホントにゴメンね。若いのに随分と気概がある子だなぁって純粋に嬉しくて」

 

「いや、その……炎上すること自体は、別に慣れっこだから大丈夫なんだけど……えっ、良太郎君が事務所に来てくれたのってぼくの妄想じゃなかったの!?」

 

 りあむの中だと妄想ってことになってたのね……。

 

「いやいや現実だよ。なんかもう色々と顔面ぐちゃぐちゃにしながら号泣してたことは現実だから」

 

「その現実を突きつけようとするお前は本当に謝る気があるのか?」

 

「そっかぁ、夢じゃなかったのかぁ……良太郎君がすっごい優しかったから、気持ちがぽわぽわしてて、イマイチ現実味がなくて……」

 

 その言い方色々とマズくない!?

 

「えっ?」

 

「自覚ねぇのかコイツ……」

 

「俺も燃えるだろうけど、りあむちゃんの方が激しく燃えそうだなぁ」

 

 

 

『123プロのここが凄い! その11』

 良太郎君が優しい(意味深)

 

 

 

「でも結局お前がコイツ気になってるのって、やっぱり見た目的にも好みだったからなんだろ?」

 

「お前はお前でなんて爆弾を投げ込んでくるんだ」

 

「えっ!? えぇっ!? どどど、どういうこと!?」

 

 冬馬さん、リョータローさんの好み知ってるんですか?

 

「まぁコイツの母親と義理の姉見てたらなんとなく。お前の好み、背ぇちっこくて胸大きい奴だろ」

 

「……んー胸に関しては常日頃から言ってるからその通りだけど、身長に関しては気にしたことなかったな……でも、言われてみればそうかもしれん」

 

 だって、りあむ! よかったじゃん!

 

「よくないよぉ! 嬉しいけどこれもまた燃える案件じゃん!」

 

 

 

『りあむちゃんのやむポイント その4』

 周藤良太郎の好みとかいう極大の火種

 

 

 

 ……なんだろう、基本的にりあむって『燃える』か『燃えない』かの二択で生きてるような気がしてきた。

 

「良太郎を揶揄おうとして余計なこと言って申し訳ないって思うぐらい不憫に見えてきた」

 

「はいはいこの話題ヤメヤメ!」

 

 

 

 

 

 

 AM 8:50

 

 足柄SA(下り)

 

 

 

 さて、あっという間に神奈川を通り越して静岡に入ったわけなんだけど、一つ重要なことを忘れている。

 

「なんですか?」

 

 ……まだ朝ご飯を食べてないってことだよ。

 

「あー、言われてみればそうですね」

 

「……そういや食ってなかったな」

 

 りあむちゃんは?

 

「ぼくは普通に食べてきたけど……良太郎君たち、食べてなかったの?」

 

 朝早かったから、用意してくれてるとばかり思ってたんだよね。

 

「いつもだったらオニギリとオカズのお弁当、用意してくれてますもんねー」

 

「スタッフが一人もいないっていう根本的におかしな状況に気を取られて、そっちに気ぃ回らなかったな」

 

「……123プロって、もしかして色々とアレな事務所なの?」

 

「そこに所属してる身としては否定したいところだが、トップがコイツな時点で察しろ」

 

 だから今回のコレは俺の責任じゃないって。あの馬鹿兄貴の仕業だから。

 

 ともあれ、ここらで腹ごしらえをしようと思ってサービスエリアに寄ったわけだ。

 

「それはいいが、施設内を撮影する許可はどうするんだよ」

 

「あっ、そういえばそーだった……どーします? 誰かが買ってくる?」

 

「ぼ、ぼくパシろうか?」

 

 大丈夫大丈夫。そういう撮影に関する交渉は全部裏で済ませてくれる手はずになってるから、多分今兄貴が交渉中。……あっ、今『許可取れた』ってメッセージ届いた。

 

「相変わらずわけ分かんないぐらいハイスペックだなホント……」

 

 

 

『123プロのここが凄い! その12』

 またまた私がやりました(周藤幸太郎・123プロ社長兼総合プロデューサー)

 

 

 

 というわけでちゃんと中で食事出来るよ。ただ騒ぎにならないように、出来るだけコッソリね。

 

「はーい! ちゃんと変装してっと……」

 

「うわぁ……変装しても可愛い……アイドルオーラは隠せても美少女のオーラが全く隠せてない……!」

 

 俺もちゃんと変装してっと。みんな大丈夫?

 

「オッケーだ」

 

「アタシもでーす!」

 

「ぼ、ぼくも……」

 

「「ちょっと待った」」

 

「えっ、え?」

 

 りあむちゃん、それはヤメておこう。今朝も思ったけど、大きめのサングラスとマスクは不審者感が強すぎる。正体を隠すという点では間違ってないけど、それでお天道様の下を歩くのは些かよろしくない。

 

「だ、ダメ?」

 

「寧ろなんでそれで大丈夫だと思ったんだよ」

 

「もーちょっと控えめにさ? ほら、サングラス取るだけでも印象変わるよ?」

 

 そもそもなんでそんなに過剰な変装を?

 

「……えっと……その……この間の感謝祭ライブの一件で、ちょーっとだけ厄介なことに巻き込まれたことがあって……」

 

「オメェ案件じゃねぇかよ」

 

 本当にすんませんっしたぁぁぁ!

 

 

 

『りあむちゃんのやむポイント その5』

 リアル凸案件発生済み

 

 

 

 いやマジでゴメン。りょーいん患者の方には俺からキツく言い聞かせておくから。

 

「あぁぁぁいやいや頭上げてそうじゃないから! その、あの人多分りょーいん患者じゃなかったし、ただの『ちょっと注目浴びてるぐらいでいい気になってるなよ』的なやっかみだったし、丁度Pサマが一緒にいるときだったからすぐに退散していったし……」

 

「あの人に睨まれりゃ俺だって逃げるわ」

 

「何もなくてよかったね……」

 

 今度もう一回改めて謝りに行くか……。

 

 と、とりあえずそっちのことは横に置いておいて……要するにりあむちゃんはまだアイドルとしての変装に慣れてないから、加減が分からないってことでいいのかな。

 

「徹底するのはいいことだが、やりすぎても逆に目立つからな」

 

 特にりあむちゃんの髪色は派手だからねぇ。

 

「どーします? 同じ髪色の美嘉にアドバイス貰います?」

 

 いや、美嘉ちゃんの場合はカリスマJKモデルってことで身バレしてなんぼみたいなところあるから、完璧に隠そうとしてないと思うんだ。

 

 ……うーんそうだね。帽子はあるよね?

 

「うん、真っ先に隠さなきゃいけないのが髪の毛だし」

 

 とりあえず髪の毛を結んで帽子の中に隠してもらうとして……恵美ちゃん、メイクで印象変えれたりしない?

 

「メイクさんなら出来るだろーけど、アタシにはそこまで高等なテクニックはちょっと……っていうか、今朝から気になってたんだけど、りあむ」

 

「な、なに?」

 

「……今メイクしてる?」

 

「……ぜ、全然……」

 

「これでノーメイクって嘘でしょ!?」

 

「ひぃぃぃゴメンナサイ顔近付けないでその可愛い顔を近付けないでぇぇぇ!?」

 

 

 

『りあむちゃんのやむポイント その6』

 すっぴんでテレビ出演

 

 

 

「はぁーこんなに可愛いんだからもっと自信持てばいいのに」

 

「別に、可愛いだけでアイドルとして売れるってわけじゃないし……ボクより可愛い子なんていくらでもいるし……」

 

「……あーなんか、すっごい既視感。というか親近感。りあむー! 今回の旅でもっと仲良くなろうねー!」

 

「いやあああぁぁぁ抱き着かないでぇぇぇメッチャいい匂いしゅりゅうぅぅぅおっぱい柔らかいぃぃぃ!?」

 

 

 

『りあむちゃんのやむポイント その7』

 所恵美に抱き着かれて色々と限界

 

 

 

「おい、こんなところで時間使っていいのかよ」

 

 まぁ待てって。大乳な美少女アイドル二人が胸を押し付けあって戯れてる姿という大変な取れ高をもうちょっと稼いでから……。

 

 

 

 

 

 え、えっと、恵美ちゃん、今回の旅でりあむちゃんと仲良くなろうと決意したみたいですね……色々と押しが強そうですが、りあむちゃんは大丈夫でしょうか……。

 

 まだまだ文字通り『朝飯前』な時間……どうやらこの旅は、本当に長くなりそうです……。

 

 

 




・恵美ちゃん視点
今回の旅では『カメラを持っているアイドル』の視点で進行していきます。
つまりりあむ一人称もあります。果たしてりあむ式着火プロセスを再現できるか……。

・おっぱいが大きいから大丈夫だよ!
元ネタであるところのかな子も(ry

・感謝祭ライブ
今回の番外編は、以前好評だった『感謝祭ライブ編』の外伝時空となっております。

・足柄SA
多分自分も実際に寄ったことあると思うんだけど、うろ覚え……。

・リアル凸案件
りょーいん患者の民度は基本的にいいので、ただのアンチです。



Q りあむ比較的に大人しいし、発言がマイルドじゃない?

A 憧れのアイドルに囲まれてるのでまだ借りてきた猫状態です。そのうち慣れてきて調子に乗って冬馬に睨まれて泣きます。

 今回の番外編は基本的に「作者が書きたいだけシリーズ」なので、長くなりそうです。ミリマス編の続きをお待ちの方には本当に申し訳ありませんが、今しばらくお付き合いください。

 あっ、ちなみに岐阜のバンジーは作者も飛んでくる予定です。出来るだけ年内に済ませておきたいですね。


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番外編57 七周年特別企画 その3

だんだん『りあむwith123』みたいになりつつある三話目。


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 前回、少し遅い朝食をとるために足柄サービスエリアへとやってきた皆さんでしたが、その前に車内でりあむちゃんを変装させるために四苦八苦……。

 

 果たしてりあむちゃんは、怪しくならなさすぎず、尚且つちゃんとアイドルだとバレないように変装することが出来たのでしょうか……?

 

 

 

 

 

 

 AM 9:17

 

 足柄SA(下り)フードコートエリア

 

 

 

「ほ、ホントにこれでダイジョーブなの……?」

 

「大丈夫だって。そんなに心配?」

 

「だって、コレ変装って言わないし! ぼくの顔丸出しだし!」

 

 結局髪の毛結んで帽子の中にしまっただけだからな。

 

「堂々としてれば意外とバレないって。周りからは『ビデオ撮影しながら旅行中の二組のカップル』にしか見えてないから」

 

「カ、カップルですか!?」

 

「おっと、恵美ちゃんの方が反応しちゃうのはちょっと予想してなかったぞ。落ち着け恵美ちゃん」

 

「こここ、この場合どっちがどっちとカップルになるの!?」

 

「ちなみにりあむちゃんはどっちがいい?」

 

「……ちょっと待って、真剣に考えていい?」

 

 くだらねぇことで真剣になってないで、さっさと飯食うぞ。時間ねぇし、腹も減った。

 

「くだらなくなんかないよぉ! この選択肢で今後のぼくの扱い色々と変わるかもしんないじゃん! それに『周藤良太郎』か『天ヶ瀬冬馬』かなんて究極の選択、いち123ファンとしてはそれはもう一日中時間をかけてでも真剣にすべきなの! そんなことも分かんない!?」

 

 あぁん!?

 

「ひぃぃぃ!? ゴメンナサイ調子乗りました!」

 

 

 

『りあむちゃんのやむポイント その8』

 オタク特有の早口で天ヶ瀬冬馬に睨まれる

 

 

 

「コラ冬馬、後輩で年下で女の子だぞ。もうちょっと手心を加えて威嚇しなさい」

 

「威嚇すること自体は止めないんですね……」

 

 ぐっ……悪かったな大人げなかったよ。

 

「大丈夫だよーりあむー、態度や言葉は怖いけど冬馬さん面倒見が良くていい人だから」

 

「ほ、ホント……? かみつかない……?」

 

 噛みつくか!

 

「はいはいそこまで。恵美ちゃん、悪いけどりあむちゃんと二人で俺と冬馬の分のご飯買ってきてもらっていい? 財布渡すから、二人もこれで好きなもの買ってきていいよ」

 

「分かりました!」

 

「俺は月見うどん。冬馬は?」

 

 ……ラーメンセット。

 

「了解です! いこっ、りあむ」

 

「う、うん……」

 

「さて、二人にご飯を買ってきてもらってる間に、カメラの電池交換しとこうぜ」

 

 

 

 

 

 

「……冬馬、あんまりこういうこと言いたくないんだけど」

 

「なら言うな」

 

「お前さ」

 

「わざわざカメラ止めてまで言うな」

 

「相変わらず女の子と接するの下手すぎだろ。何年この業界でやってんの」

 

「だから言うなっつってんだろっ!」

 

「男の照れ隠しも需要はあるだろうが、もうちょっとこう……なぁ?」

 

「余計なお世話だっ!」

 

 

 

 

 

 

「……よし、これでオッケー」

 

 飯食ってるときも回すのか?

 

「基本的にはずっと回すぞ。最近はただ食事風景を垂れ流すだけの動画とかも人気らしいし、これも一定の需要はあるはずだ」

 

 ホントかよ……。

 

「あー……ウチの事務所でも、かな子ちゃんがお菓子を食べる動画がありまして……」

 

 あるのかよっ!

 

「123だとどうだろう……志希に無理やり食事させる動画とかどうかな?」

 

 どうせすぐに失踪して画面から誰もいなくなるに決まってる。

 

「確かに。よし、食べようかね。はい、いただきます」

 

「いただきまーす!」

 

「い、いただきます……」

 

「りあむちゃん、それだけで良かったの?」

 

「さっきも言ったけど、ぼく朝は食べてきたから……」

 

「りあむ、もしよかったらこっちも食べなよ。はいあーん」

 

「やめてぇ! フライドポテトを手ずから食べさせようとしないでぇ!?」

 

 

 

『りあむちゃんのやむポイント その9』

 所恵美のあーんはある意味拷問

 

 

 

 ……夢見、さっきのは俺が悪かったからチラチラこっち見ながらビクビクすんな。

 

「うぐっ、ご、ゴメンナサイ……」

 

「だから謝らなくてもいいって。ホラ、恵美ちゃんだって後輩なのに俺たちに対してフランクに接してるでしょ?」

 

「そーそー。強引に引き込んじゃったからとはいえ、こうやって一緒に旅することになったんだからさ。もっと気軽に気軽に!」

 

「が、頑張リマス……」

 

「ん? なんだって? ガンバりあむ?」

 

「言ってないよ!? そんな何処かで聞いたことあるようなフレーズ口にしてないよ!?」

 

「いいじゃんガンバりあむ。こうやってピーカブースタイルなブリッ子ポーズで……ガンバりあむ! って」

 

「定着させようとしないで!?」

 

 

 

『123プロのここが凄い! その13』

 ガンバりあむ!

 

 

 

 オイ、これもある種のパワハラじゃねぇか?

 

「いやいや、先輩アイドルとして業界を生き抜くためのアドバイスの一つだよ。りあむちゃんは今回の旅でこの『ガンバりあむ!』を是非持ちネタとして自分のものにしてもらいたい」

 

「持ちネタ!? え、やらなきゃダメなの!?」

 

「えー? 可愛いじゃん、ガンバりあむ!」

 

「「かっわいい! さすめぐ! さすめぐ!」」

 

 さっきからずっと思ってたんだが、こいつら根っこの部分が殆ど同じだな……。

 

「ほら! やっぱりこういうのは可愛い子がやんないとダメだって! ぼくがやっても事故るだけだって!」

 

「大丈夫大丈夫、事故るのは免許持ってる人の方が多いんだって」

 

「何が!? 何が大丈夫!? ぼくの免許は運転免許ぐらいだからね!? 別にアイドル免許持ってていつも事故ってるわけじゃないからね!?」

 

「……ん?」

 

「え?」

 

 ……お前。

 

「……え、え? な、何?」

 

「りあむちゃん、今『運転免許持ってる』って言ったよね?」

 

「え……あ゛」

 

 

 

 

 

 

 AM 10:04

 

 新東名高速道路下り

 

 

 

 はい。朝食でお腹を満たした我々は再び車に乗り込み、東名から新東名に乗り換えたところです。

 

 先ほどのサービスエリアにて、我々は今まで明かされていなかった新情報を手にすることが出来ました。今回の急行旅、使えるものはなんでも使っていきたい所存なので、是非ともその新情報を有効活用させてもらおうと思います。

 

 というわけで、ご紹介しましょう。

 

 

 

 ドライバー役として緊急登板していただきました、夢見りあむちゃんです。

 

「なんでこうなるのさあああぁぁぁ!?」

 

 

 

『りあむちゃんのやむポイント その10』

 運転免許を持っていることがバレる

 

『123プロのここが凄い! その14』

 運転手 周藤良太郎 → 夢見りあむ

 

 

 

 冬馬用に用意しておいた初心者マークを早くも使うことになるとはね。

 

「こんなこと言いたくないけど! 憧れのアイドルであり偉大な先輩である良太郎君にこんなこと言いたくないんだけど! バカじゃないの!? バカなんじゃないの!? ぼくにハンドル握らせるとか何考えてるの!?」

 

 あーホラホラちゃんと前向いて。右車線、後ろから大型車来てるから風で煽られないようにしっかりとハンドル握ってね。ガンバりあむ!

 

「みぎゃあああぁぁぁ!」

 

 いやー、まさかりあむちゃんが免許持ってるとは予想外だった。これでさらに運転の負担が減らせるよ。ありがとう、りあむちゃん。

 

「いやあああぁぁぁそっとぼくの手に手を重ねないでえええぇぇぇ!? ハンドル狂うから!? いやマジでマジでマジで!?」

 

「危ねぇからマジでやめとけって」

 

 なんだよ冬馬……りあむちゃんが心配か?

 

「べ、別に、そんなんじゃねぇよ」

 

「やめてえええぇぇぇ『乙女ゲーの主人公を取り合う攻略対象二人』みたいなやり取りしないでえええぇぇぇ運転に集中出来なくなるうううぅぅぅ!」

 

「あははっ! それにしても意外だったなー! まさかりあむが車の運転出来るなんて」

 

「はぁ……はぁ……免許を持ってて『運転が出来る』っていうだけで、別に『運転に慣れてる』わけじゃないんだよぉ……マジでずっとハンドル握ってないペーパーなのに、いきなり高速道路って……」

 

 いや真面目な話、初心者は高速道路の方が運転しやすかったりするよ。車間距離さえ取っちゃえば一定のスピードで走り続けるだけでいいからブレーキ操作は少なくていいし、信号待ちが無ければ難しいカーブもない。しかも新東名は比較的新しく作られた高速道路だから、カーブや高低差もゆるやかだから走りやすいんだよ。

 

「へー、そうなんですね」

 

 と言っても、俺も殆ど高速道路使うことないから殆ど受け売りだけどね。旅行とかも行かないし。

 

 だから初心者のりあむちゃんでも安心! ついでに俺も助手席からこうやってシートベルトで強調されたりあむちゃんの大乳を撮影しながらちゃんとサポートするよ。

 

「うぅ……その配慮は嬉しいんだけど……なんだろう、飴と鞭というか、すっごい甘い飴を無理やり喉の奥に突っ込まれているような感じ……」

 

 俺の飴がりあむちゃんの喉の奥にとな?

 

「オイコラ」

 

 

 

『123プロのここが凄い! その15』

 周藤良太郎の飴(意味深)

 

 

 

「うぅ……本当に、どうしてぼくはこんな目に遭ってるんだろうか……」

 

 うーん、確かにこのままだとりあむちゃんには何もメリットがない旅になっちゃうね。

 

「別に俺たちにもメリットねぇけどな」

 

「りあむー、なにかアタシたちにして欲しいことってある?」

 

「……え? して欲しいこと?」

 

 そうそう。俺たちに出来ることなら何でもするよ。

 

「何でも!?」

 

 前! 前見て!

 

「……そ、そそそ、それじゃあ……さ、サイン……とか?」

 

「え? そんなのでいいの?」

 

 ふむ、それじゃありあむちゃんはバンジーを飛べたらそのご褒美ということで、俺たち三人と一緒に写真を撮ってそこにサインをしてあげる……っていうのはどうかな?

 

「なにその超お宝!? 国宝じゃん!? 新時代の神器じゃん!」

 

「食いつきがスゲェ」

 

 おっ、やる気になった。それじゃありあむちゃん、ご褒美に向かってガンバりあむ!」

 

「ぼく、ガンバりあむ!」

 

「アハハッ! りあむ、ガンバりあむー!」

 

「定着しつつある」

 

 これは流行る。

 

「流行らねぇよ」

 

 

 

 

 

 

 まさか、りあむちゃんが運転することになるとは思いもしませんでしたね……。ですが、良太郎君たちからご褒美がもらえることになり、りあむちゃんはすっごく張り切っています……。

 

 りあむちゃんも大変でしょうけど……ふふっ、ガンバりあむ、ですね……。

 

 

 




・『ビデオ撮影しながら旅行中の二組のカップル』
バレはしなかったものの、周りからは「すげぇ美男美女カップルがいる」と注目は浴びていた模様。

・食事風景を垂れ流すだけの動画
315の翼とか、283だとチョコ先輩とか、その辺りの食べるだけの動画見たい……見たくない?

・ガンバりあむ
流行らせコラっ!(せめてアイ転内だけでも流行らせてやる……!)

・ピーカブースタイル
多分ヲタ的には幕ノ内一歩スタイルと言った方が分かりやすいかもしれない。

・りあむの運転免許
元ネタはツイッターの漫画。見た途端「これだ!」と思った。



 なんだコレは……段々りあむに浸食されている……いや、マジでこの子動かしやすいのホント。

 次回辺り、いよいよバンジーですが、リアルの都合上まだ作者取材に行けてませんので、ルポ記事を頼りに書こうかと思います。

 実際の飛ぶのは、多分本当に年末かなぁ……。


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番外編58 七周年特別企画 その4

りあむちゃん、燃え上がるの巻。


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 前回、良太郎君に代わってりあむちゃんが運転することになりました……。本人はペーパードライバーだからとかなり恐縮した様子でしたが、見ている分にはとても丁寧な運転だったと思いますよ……?

 

 さて、どうやらいよいよ、今回の旅の目的地に到着するようです……!

 

 

 

 

 

 

 PM 0:35

 

 岐阜県 某所

 

 

 

「あー、くたびれたぁ……」

 

 運転お疲れ様でーす、リョータローさん!

 

「結局すぐに夢見から交代したな」

 

「まぁなー。運転慣れてないっていうのは本当だろうし、撮れ高は稼いだから。あんまり長く後輩の子にハンドルを握らせておくのも先輩として情けないしね」

 

 ……ん? そーゆーときって、後輩が先輩のために運転するんじゃないですか?

 

「深いことは気にしない気にしない」

 

「そ、それでえっと……ここが執行場所なんだよね……」

 

 りあむ、執行場所って……。

 

「まぁ縄を括りつけて飛び降りるっていう点で言えば、刑の執行と言っても差し支えねーかもな」

 

 差し支えあると思いますよ!? 色々と対外的によろしくないと思いますよ!?

 

「はい、というわけで東京を離れて約五時間。我々はようやく今回の旅の目的地である『バンジージパング岐阜』へとやってきましたー!」

 

 わーパチパチー!

 

「……なんか、そういう施設とかあるわけじゃないんだ」

 

「駐車場に車が停めてあるだけなんだな」

 

「ここは受付で、ここから飛ぶところまでは車で連れていかれるらしい。さて、受付に行く前に一つだけ用意しなければいけないことがある」

 

 なんですか?

 

「恵美ちゃん、りあむちゃん、今君たちの服装は何かな?」

 

 服装? ……普通の私服ですけど?

 

「ぼくもそうだけど……」

 

「そう、私服。大変可愛らしくて太ももが眩しいミニスカートだ」

 

 ……あっ、そーいうこと?

 

「そーいうこと。流石にそのまま飛ばせるわけにはいかないからね」

 

 ちゃんと用意してくれてるんですね! リョータローさん、やっさしー!

 

「あ、ありがとう良太郎君」

 

「はっはっはっ、もっと褒めてくれていいよ」

 

「せめて服装の指定ぐらいしときゃよかったんじゃねーか? 動きやすい服装にしてくるように、とかよ」

 

「だって俺がミニスカート見たかったし」

 

「完全に私欲じゃねぇか」

 

「というわけで、はい。この袋の中に入ってるから」

 

 ありがとーございます!

 

「俺と冬馬は車降りてるから、中見えないようにカーテン引いて着替えてね?」

 

 

 

 

 

 

「……リョータローさん」

 

 おっ、二人とも着替えてきたね。

 

「……アタシ、過去一でリョータローさんに失望してます」

 

 俺が言うのもなんだけど、これが過去一でいいの?

 

 

 

『123プロのここが凄い! その16』

 めぐみ 腰 E:ジャージ(赤)

 りあむ 腰 E:ジャージ(緑)

 

 

 

「ダッサイ! ダサイよリョータローさん! これはないって! 無しよりの無し!」

 

 そんなに?

 

「いやまぁ、楽だし家だとこーやってスカートの下にジャージ履くことあるけど……流石のぼくも外でこんな格好しないよ」

 

「良太郎、流石にコレは俺もないって思うぞ」

 

 おっと全員からの総スカン。知ってたけど。

 

「こんなことなら、途中何処かに寄って服を買うタイミングを作って欲しかったなぁ……」

 

 いやまぁ、俺もそれを考えたよ? 考えた末に実行しなかったってだけで。

 

「実行して!」

 

 まぁまぁ、これはこれで撮れ高だから。

 

「お前それで全部済ませようとしてるが、撮れ高は何でも許される万能の言葉じゃないぞ」

 

 はいはーい、受付するよー。

 

「せめて出来るだけカメラに映らないようにしよー……」

 

 恵美ちゃんとりあむちゃんは今回の旅の華なんだから、ドンドン映してくよ。

 

「リョータローさんのオニチク!」

 

 

 

 

 

 

「すみませーん、バンジーお願いしまーす」

 

『あ、はい……えっ、周藤良太郎!?』

 

「あっ、分かります? いやぁ俺も有名になったもんだなぁ」

 

 オメーが有名じゃなかったら日本のアイドル全員知名度地の底だよ。

 

『えぇ!? 天ヶ瀬冬馬!? それに所恵美!? そして……!』

 

「………………」

 

『……えっと、マネージャーさん?』

 

「知名度で負けてることは知ってるけど流石にこの対応はやむっ!」

 

 

 

『りあむちゃんのやむポイント その11』

 アイドルオーラ イズ ゼロ

 

 

 

「実はこっちの子もアイドルなんですよ。『夢見りあむ』ちゃんって言うんですけど、これからよろしくお願いします。ちょっと発言が際どくてSNSでよく炎上してるんですけど、それはそれで面白くてですね……」

 

 なんで他事務所のアイドルの営業みたいなことしてるんだよ。

 

「良太郎君にそうやって紹介されるだけでめっちゃやむんだけど!?」

 

「りあむちゃんの紹介はこの辺にしておいて……今日は動画の撮影をさせてもらいたくて、撮影の許可は出てるはずなのでちょっと確認してもらってもいいですか?」

 

『え、あ、はい、少々お待ちください……』

 

 ここはあらかじめ社長の手回しが済ませてあるのか。

 

「途中に気まぐれで寄ったサービスエリアはともかく、一応ここは目的地だからな。とはいえ現場の人間に知らされてないのはどうかと思うが」

 

 ここのトップもお前たち兄弟みたいな性格してるんじゃねぇか?

 

「それはなんとも言えないが……」

 

『お待たせしました! それではこちらで注意事項の説明と、ハーネスの装着をさせていただきたいのですが……』

 

「ん? 何かありました?」

 

『えっと、その……上の者から、出来ればサインを貰っておいてくれという指示がありまして……』

 

 ちゃっかりしてんなぁ。

 

「まぁそれぐらいは全然オッケーですよ。りあむちゃんにあげる奴の練習っていうことで、全員で書こうか」

 

「分かりました! ほら、りあむも一緒に書こ?」

 

「えぇ!? ぼ、ぼくも一緒に書いていいの!?」

 

『……勿論です!』

 

「ちょっと待ってぇ!? 一瞬躊躇しなかった!? もしかして『周藤良太郎と天ヶ瀬冬馬と所恵美のサインを貰ってくれ』としか指示されてないな!? ぼくのことアイドルだって伝えてない上にスルーしようとしたな!?」

 

『イエソンナコト』

 

「片言ぉ!」

 

 

 

『123プロのここが凄い! その17』

 対応するスタッフが色々な意味で空気読んでる

 

 

 

「いやぁ、ここはスタッフさんも愉快なんだなぁ」

 

 なんでこんなところに来てまでウチの事務所と似たようなノリの会話を見ることになるんだよ……。

 

「あ、アハハ……」

 

 

 

 

 

 

 はい、というわけで全員ハーネスを装着しました。ジャージにハーネスが良く似合ってるよ、恵美ちゃん、りあむちゃん。

 

「アリガトウゴザイマス」

 

「恵美ちゃんの目が死んでる……」

 

 ここで全員の意気込みを聞きたいところなんだけど、その前にもう一つだけ決めなきゃいけないことがあります。

 

「まだあるのかよ」

 

 あるよ。バンジーを飛ぶ順番っていう一番重要なことが。

 

「あー……それは確かに重要ですね」

 

 一番最初に飛ぶのも勇気がいるし、逆に一番最後となるとそれはそれでプレッシャーだよ。何せこれ撮影だからね。

 

「……え、オオトリなんだから、良太郎君じゃないの……?」

 

 公平を期すためにジャンケンにしよっか。

 

「ジャンケン!?」

 

 

 

『123プロのここが凄い! その18』

 結構重要なことなのにジャンケンで決めちゃう

 

 

 

「えっ、それでぼくが最後になったらどうするの!? 飛ぶ前から事故じゃない!?」

 

 勝った人から決めるとかじゃなくて、純粋に勝った人から順番に飛んでいくことにしようか。一番負けた人が最後ね。

 

「うーん、アタシ的には最初の方がいいかなー」

 

「最後じゃなけりゃどこでもいい」

 

「ぼくだって最後ヤダよぉ!」

 

 はい、最初はグー! ジャーンケーン、ポン!

 

「……ん、俺と所の勝ちか」

 

「りあむとリョータローさんが負けだね」

 

 ありゃ、負けちゃったか。

 

「うわぁぁぁなんかぼくがオオトリになるオチが見えてきたんだけどぉぉぉ!?」

 

 りあむちゃんは相変わらず元気だなぁ。その泣き顔も大分愛着が湧いてきたよ。

 

「嬉しいような嬉しくないようなぁぁぁ!」

 

 

 

『りあむちゃんのやむポイント その12』

 泣き顔に愛着が湧く(周藤良太郎談)

 

 

 

 それじゃありあむちゃん。華々しいオオトリのバンジーをかけた大勝負を始めようか。

 

「いやあああぁぁぁプレッシャーかけないでぇぇぇ!」

 

 そんなりあむちゃんに朗報だよ。

 

「え?」

 

 俺は絶対にグーを出す。だからりあむちゃんは安心してパーを出してくれればいいよ。

 

「え、えっ!? ここに来て心理戦なの!? そういう感じなの!?」

 

 いやいや、純粋な善意だから。それじゃあいくよ、りあむちゃん。覚悟はいい?

 

「えっ、あっ、ちょっ」

 

 最初はグー! ジャーンケーン、ポン!

 

「「「………………」」」

 

 ……うん。俺の勝ちだね。

 

「……えっとぉ……」

 

「夢見、お前……」

 

「……ほんっっっとぉにすみませんでしたあああぁぁぁ!」

 

 

 

『りあむちゃんのやむポイント その13』

 ガチでやらかす

 

 

 

「なんでよりにもよってチョキ出すんだよお前……良太郎が嘘吐いてチョキを出す読みのグーだったら、最悪アイコだったっつーのに……」

 

 逆だったかもしれねェ……。

 

 いやまぁ、色々と俺が意地悪しすぎたせいで疑心暗鬼になっちゃったんだよね、うん。

 

「生まれてきてごめんなさいいいぃぃぃ!」

 

「りあむ!? 流石に土下座は色々な意味でヤバいよ!?」

 

「どーすんだコレ」

 

 流石にコレは俺も擁護のしようがないから、罰ゲームっていう意味でも本当にりあむちゃんにオオトリで飛んでもらうことにしようか。

 

「もう最悪紐無しでも大丈夫ですうううぅぅぅ!」

 

「大丈夫じゃないよ!? ちょっとりあむ落ち着いてって!」

 

 ……なんだろう、本当にりあむちゃんって色々()()()()よね。

 

「アイドルとして必要なものでは一切ねぇけどな」

 

「ちょっとは二人とも慰める手伝いとかしてくれませんかぁ!?」

 

「誰かぼくを穴に埋めてえええぇぇぇ!」

 

 ガンバりあむ!

 

 

 

 

 

 

 ……え、えっと、あの、その……。

 

 ……だ、台本に『自由に感想を』と書かれても、非常に困るというか、その……。

 

 ……じ、次回、いよいよ本番ですね……! 良太郎君も、冬馬君も、めぐみちゃんも……り、りあむちゃんも、みんな頑張ってくださいね……! が、ガンバりあむ……!

 

 

 




・『バンジージパング岐阜』
※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

・E:ジャージ
所謂イモジャー。こんな恵美とりあむ見たことねぇ!

・逆だったかもしれねェ……。
ナルトスのボルトVerってないんすかね?

・オオトりあむ
いやぁりあむは持ってるなぁ(白目)



 大先輩の言葉を信じなかった結果、本当にオオトリで飛ぶ羽目になってしまったりあむ。これは炎上不可避。……いやまぁ、今まで色々と良太郎がやらかしてきたせいもあるから……(擁護)

 次回いよいよラストぉ! 作者の悪ふざけにもうちょっとだけ付き合ってください!


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番外編59 七周年特別企画 その5

僕たちは天使だった(落下)


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 ついに今回の旅の目的であるバンジージャンプ直前です……!

 

 良太郎君……! 冬馬君……! 恵美ちゃん……! りあむちゃん……! 四人とも、頑張ってくださいね……!

 

 

 

 

 

 

 PM 1:20

 

 岐阜県 バンジージパング岐阜

 

 

 

 はい、というわけでいよいよ我々はジャンプ台までやってきました。本来ならばここまでカメラを持ち込むことは出来ないそうなのですが、今回は特別に許可を貰っております。

 

 ……いや、ホントに高いなぁ。何メートルでしたっけ?

 

『215メートルです。ビルだとおおよそ40~50階ほどの高さになります』

 

「つまり今からぼくたちはビルからの投身自(ピー)をする人と同じ体験をするんだ……」

 

「りあむ!? 発言がめっちゃネガってるよ!?」

 

 これは流石に修正案件かなぁ……多分ピー音入ってると思う。

 

「まさかこの動画初の修正音がコイツとはな。俺はお前だと思ってたけど」

 

 失敬な。

 

 

 

『りあむちゃんのやむポイント その14』

 はじめてのピー

 

 

 

 さて、それじゃあトップバッターとなった恵美ちゃん! 準備はいい?

 

「は、はい! めっちゃ緊張してるけど、頑張るね!」

 

 よしその意気だ! ちなみに恵美ちゃんは最初ということで、オプション無しだから。

 

「ちょっと待て」

 

「オプション!? えっ、なにそれぼく聞いてないよ!?」

 

 うん、冬馬とりあむちゃんがスタンバイする直前に言うつもりだったからね。

 

 いやぁ、オプションのことを俺にだけこっそり教えてくれる辺り、ここのスタッフさんは動画企画というものをよく理解していらっしゃる。あとで個人的にサインをあげよう。

 

「おいお前! スタッフ! オプションってのは何があるのかすぐに教えろ!」

 

「ないよね!? 紐なしバンジーとかないよねっ!?」

 

 はいはい、変なオプションはないし、俺もオプション付けて飛ぶから公平だろ?

 

「お前は自分で楽しみたいだけだろぉがよぉ!」

 

 はいはい、それじゃあ俺たちがワチャワチャやってる間にスタッフさんの手によって後は飛ぶだけの段階に準備が進んでる恵美ちゃん、飛ぶ前に一言お願いします。

 

「あ、アハハッ……うーんと、確かこーいうときなんて言うんだっけ……」

 

 ん?

 

「あっ、そうだ! 『アタシ、このバンジーが終わったらりあむと一緒に遊びに行くんだ』っ!」

 

 死亡フラグー!?

 

「おい夢見ぃ!」

 

「教えたのぼくじゃないよぉ!?」

 

 

 

『123プロのここが凄い! その19』

 所恵美の死亡フラグ

 

 

 

 恵美ちゃんに変なことを教えた下手人を探すのはまた後にして……。

 

「冷静になって考えてみると、第一容疑者オメェじゃねぇか?」

 

 後にして! それじゃあスタッフさん、カウントダウンお願いします!

 

『はい、いきますよー! ごー! よん!』

 

「さん」

 

「にー……!」

 

 いちっ!

 

 

 

 ――バンジィィィッ!!!

 

 

 

「キャアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 

 

 おー……恵美ちゃんが落っこちてった。

 

「間違ってないが間違ってる」

 

「あわわわっ……!?」

 

 

 

「アハハハッ、たっのしー!」

 

 

 

 宙づりになりながらめっちゃ笑ってる。どうやら恵美ちゃんはお気に召したみたいだね。

 

「まぁなんとなくそんな気はしてた」

 

「す、すごいなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 というわけで先鋒の恵美ちゃん、どうだった?

 

「飛び出す瞬間はめっちゃ怖かったんですけど、決心してジャンプしてみたらすっごい爽快! リョータローさん! 連れてきてくれてありがとーございます!」

 

 企画したのは兄貴だけど、まぁ喜んでもらえたようで何よりだよ。

 

「ほ、ホントに……? ホントに楽しかったの、恵美ちゃん……?」

 

「楽しかったってー! りあむも怖くても飛べば変わるってー!」

 

「そ、そうかな……」

 

 うーん、りあむちゃんが怖がらなくなっちゃったら、それはそれで撮れ高が……。

 

「ちょっとぉ!?」

 

 さて、次鋒と書いてネクストジャンパーと読む冬馬、準備はいいか?

 

「……物理的に準備は出来ちまってるけどとりあえず目隠し外せぇぇぇ!」

 

 

 

『123プロのここが凄い! その20』

 天ヶ瀬冬馬のオプション:目隠し

 

 

 

「もう恥も外聞も投げ捨てるけどコレめっちゃ怖ぇってマジで!」

 

 えー? 下が見えないんだから怖くないだろ?

 

「何も見えない方が怖ぇに決まってんだろ! 真の恐怖とは完全なる暗闇の中に潜んでんだよっ!」

 

「なんか346の蘭子ちゃんが喜びそーなこと叫び出しましたよ、冬馬さん……」

 

 アイツがあぁいう風に慌てふためく姿を見てるのも楽しいが、そろそろカウントダウンお願いしまーす。

 

「ちょっ、まっ、せめて風景を見せろ……!」

 

『ごー! よん!』

 

「さんっ!」

 

「にー……!」

 

 いちっ!

 

 

 

 ――バンジィィィッ!!!

 

 

 

「クソがあああああああああああああああ!」

 

 

 

 アイドルらしからぬ叫びと共に落ちていった。

 

「なんかすっごい恨みが込められた叫びだった……」

 

「はわわわっ……!?」

 

 

 

「クソッ! こんなんでも結構爽快なのが腹立つ!」

 

 

 

 なんだかんだ言ってアイツも楽しんでるみたいだな。

 

「ほらほら、やっぱり爽快なんだってー!」

 

「うぅ……着実にぼくの順番が近づいてきてる……」

 

 

 

 

 

 

 はい! 次鋒の冬馬さん! お疲れ様でした!

 

「おう……とりあえず、癪だが面白かったことは認めてやるよ。目隠しでスリル倍増した代わりに絶景は見逃したけどな」

 

 次やるときはアタシもそっちでやってみたいなー!

 

「恵美ちゃん、陽キャな上につよつよメンタル……」

 

 さて、次はリョータローさんの番です! リョータローさーん! 今のお気分どうですかー!?

 

「気分的には、人生最期の瞬間を迎えるような気分。『あぁ、刑が執行される人ってこんな感じなんだなぁ……』って」

 

「めっちゃネガティブ!?」

 

 ま、まぁ気持ちはなんとなく分かります……。

 

 

 

『123プロのここが凄い! その21』

 周藤良太郎のオプション:目隠し+椅子に座ったまま後ろ向き

 

 

 

「色々と迷惑かけた自覚はあるが、まさか本当にこんな形で罰を受けるとは思わなかった」

 

 でも意外と平気そーですね。

 

「いや、自分が想定していた恐怖よりも格上の恐怖に身を晒されていてめっちゃビビってる。え、俺マジでこのまま落ちるの?」

 

「周藤良太郎、最期に言い残したことはあるか」

 

「今回の視聴者プレゼントか? 欲しけりゃくれてやる! 応募しろ! 詳細は動画の最後に置いてきた!」

 

「えっ、それってぼくも応募していいやつ!?」

 

 してもいいとは思うけど、後でサインあげるってこと忘れてない?

 

「おいスタッフ、さっさとこのバカ突き落せ」

 

『いきまーす! ごー! よん!』

 

「さ、さん……!」

 

「にー」

 

 いーちっ!

 

 

 

 ――バンジィィィッ!!!

 

 

 

「ぎゃあああああああああああああああ!」

 

 

 

 リョータローさんにしては珍しいガチ叫びで落ちてった……!

 

「りょ、良太郎くぅぅぅん!?」

 

「ははっ、ざまぁ」

 

 

 

「チクショウ! 冬馬の癖に生意気な! 後で色んなところにあることないこと適当に言いふらしまくってやる!」

 

 

 

「おい馬鹿ヤメロ変な報復しようとすんな!」

 

 なんだかんだ言って、リョータローさんと冬馬さんってホントに仲良しだよね。

 

「このやり取りが生で見れただけで、ぼくの人生一回分の価値がある……!」

 

 

 

 

 

 

 はい! 副将のリョータローさん! どうでしたか!

 

「ぶっちゃけ普通のバンジーを想定してたから滅茶苦茶怖かった。ほら、子どもの頃に教室で椅子を後ろに傾ける奴あるじゃん? あのまま奈落に落ちていく感じ。こう両足が浮いて、フワッと意識も浮くんだよ。そんで『あっ、まずっ』って思った次の瞬間に背中に痛みが走るはずが、一切何も感じない。浮遊感がそのまま永遠に続くような感覚が……」

 

 ちょっとこっちまで怖くなってきたんで中断してもらっていいですか!?

 

「ただ今になって思い返してみるとそのゾクゾク感が堪らないから、リピーターになる可能性大だわ……」

 

「また新たな沼の開拓か」

 

 

 

 

 

 

 さてと、カメラを恵美ちゃんから受け取ってっと。

 

 さぁ、今回の大将、オオトリのりあむちゃん。NDK?

 

「せめて略さずに聞いてっ! 今はこんなところに来ちゃったことを絶賛後悔してるところだよぉぉぉ!」

 

 炎上が得意なりあむちゃんなら吊るされるのも得意じゃない?

 

「なにそれすっごい暴言じゃない!?」

 

「なんかリョータローさんの発言に棘があるような……」

 

「もしかして、さっきの地味に怒ってんのか……?」

 

 

 

『りあむちゃんのやむポイント その15』

 夢見りあむのオプション:宙づり

 

 

 

「ねぇこれ本当に大丈夫な奴!? 絶対に安全な奴!?」

 

 お亡くなりになった方から苦情は来てないと思うよー。

 

「それ苦情言えない奴ぅぅぅ!」

 

 ※死傷者は一切出ておりません。

 

 まぁ俺も鬼じゃない。今から言う条件をりあむちゃんが飲んでくれたら、普通のバンジーで勘弁してあげよう。

 

「条件飲んでも飛ぶことには変わらないのかよぉ!」

 

「それで、その条件ってのは?」

 

 ……東京を出発してからまだ半日も経ってないけど、今回の旅は本当に楽しかったと思わない?

 

「え? ……はいっ! アタシもそう思います!」

 

「え? このタイミングでもう締めに入るのか?」

 

「そーいう長くなりそうな話、せめてぼくを吊るす前にやってもらえますぅー!?」

 

 きっとこれは、俺や恵美ちゃんや冬馬だけじゃなくて、りあむちゃんがいたからこそ成立したと思う。この四人だからこその楽しさが、きっとあった。

 

 そう考えると、今回志希が失踪したのも不幸中の幸いだったのかもしれん。

 

「いや、それとこれとは普通に別の話だろ」

 

 うん、やっぱり後でお仕置きしておく。

 

「あのー! 話が見えない上にそろそろ頭に血ぃ昇って来たんだけどぉぉぉ!?」

 

 ごめんごめん、本題に入るよ。

 

 

 

 ――りあむちゃん、ウチの事務所に来てみない?

 

 

 

「………………え」

 

 歌もダンスも拙いけど、君はしっかりと磨けばちゃんと光るタイプだと思ってる。向上心という点が余りにも欠落しすぎてるような気もするけど、それでもウチの事務所の人間と仲良くやっていけると思う。

 

 だからりあむちゃん。

 

 123プロに、来ないか?

 

「……え、えっと」

 

 うん。

 

 

 

「……ぼ、ぼく、Pサマに声をかけてもらって、アイドルになって……いつの間にか、プロジェクトのメンバーとして活動するようになって……」

 

「そこで、プロジェクトのメンバーに会って」

 

「みんながみんな、優しくしてくれるわけじゃないし、なんだったらいつも睨んでくる怖い子もいるけど……」

 

「……でも、ぼく……今、すっごく楽しいんだ」

 

「あかりちゃんと、あきらちゃんと、三人でユニット組んで」

 

「まだ全然活動出来てないし、アイドルとしても全然知られてないし」

 

「ぼくだったらぼくみたいなアイドル絶対に推さないし、ぼくはぼくが推したいようなアイドルになれるなんて思ってない」

 

「でも」

 

「ぼくは」

 

 

 

「……346プロで、シンデレラプロジェクトで、アイドルを続けたい!」

 

 

 

「……ぐすっ、りあむぅ……!」

 

「……まさか夢見にフラれるとはな?」

 

 いや、俺はりあむちゃんのその言葉を待っていたよ。

 

 

 

「……あぁぁぁでもちょっと待って待って! 掛け持ちとか! 掛け持ちとかどうかな!?」

 

 

 

「……りあむぅ……」

 

「台無しだよ」

 

 はーいスタッフさーん、もうカウントダウンとかいいから落としちゃってー。

 

 

 

 ――バンジィィィッ!!!

 

 

 

「ぎょえええええええええええええええ!?」

 

 

 

「……まさか本当に『ぎょえええ』なんて叫び声をあげる奴がいるとはな」

 

「さっきのを含めて、りあむらしいオチだったね」

 

 文字通り落っこちたからね。

 

 さて、それじゃあそろそろ一応最後の挨拶しておこうか。

 

「えっ、もう終わんのかよ」

 

 編集点ってやつ。ほら、もしかして帰りの道中に撮れ高がないかもしれないし。

 

「下でまだりあむが宙ぶらりんですけど……」

 

 一旦後で。

 

「今更だが、他事務所のアイドルの扱いこれでいいのか……」

 

 

 

『123プロのここが凄い! その22』

 私は一向に構わん(美城敦子・346プロ専務)

 

 

 

 各々の感想はいつも通り動画の最後に入れるとして……よっと。

 

 それじゃあみんな、また次の動画で会おうな!

 

「それじゃあねー!」

 

「次は大人しい動画にしてもらいたいもんだぜ」

 

 

 

「「「ばいばーい!」」」

 

 

 

「誰かぁぁぁ助けてぇぇぇ!?」

 

 

 

 

 

 

 最後に色々あったみたいですが……皆さん、ちゃんと飛べましたね……凄いです……!

 

 この後、良太郎君たちは帰路につき、途中渋滞に巻き込まれたものの無事に次のお仕事に間に合ったそうです……。

 

 車内での会話のノーカット版は、ブルーレイorDVDの特典となります……皆さん、とても楽しく会話をされていましたので、是非そちらもご覧いただければ幸いです……。

 

 それでは皆さん、次の動画でお会いいたしましょう……。

 

 ナレーションは私、三船美優がお送りしました……。

 

 

 

 

 

 

 ……あ、良太郎君、お疲れ様です……え? この後ですか? ……はい、お食事、ですか……構いませんが……。

 

 いえ、お酒を飲みに行くのはいいのですが……。

 

 ……ど、どうして良太郎君は、カメラを構えているんですか……!?

 

 も、もしかして、次の動画って……!?

 

 

 

 

 

 

 次回!

 

 良太郎・美優・楓・あずさの放浪記!

 

『123どうでしょう~How do you like 123?~』

 

 朝まで梯子酒! トップアイドル飲酒奇譚! ~どうか吐かないで~

 

 乞うご期待!

 

 

 




・215メートル
前までは茨城県の竜神バンジーが日本一でしたが、それでも100メートルです。

・バンジーのオプション
※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
※岐阜県でバンジーしても、このようなオプションは存在しません。

・所恵美の死亡フラグ
※実は346のキュート眉毛ちゃんが教えました。

・「詳細は動画の最後に置いてきた!」
ゴールド・良太ロジャー

・りあむちゃん、ウチの事務所に来てみない?
実は作者の望みでもあったりする。今更引っ張ってこれないけど、初期の頃だったら間違いなくりあむは123入りしてた。

・その言葉を待っていたよ
BJ先生、良太郎にだったらどんだけふっかけるんだろうなぁ……。

・私は一向に構わん
誰が本当に烈さん異世界転生するって思うよ……。

・朝まで梯子酒!
所さんの番組のアレ。



 というわけでりあむ編でした! 間違えた! 七周年記念123どうでしょう編でした!

 ……いやホントりあむズルいは、書いててすっげぇ楽しいんだもん。次何か新作書くとしたらこの子レギュラー確定だわ。

 というわけで、長らく続いてしまいましたが、七周年記念でした! これからの一年もまたよろしくお願いします!

 次回は新春恒例の恋仲○○です! もうちょっとだけ、もうちょっとだけ番外編にお付き合いください!

 それでは皆さん、良いお年を!


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番外編60 もし○○と恋仲だったら 恭賀

あけましておめでとうございます!今年もアイ転をよろしくお願いします!

今回は一風変わって○○○な良太郎の恋仲○○!


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

「……くわぁ」

 

 リビングの炬燵の中で噛み殺しきれなかった欠伸が口から漏れ出る。時刻は午後十一時を過ぎようとしていて、()()()()ではそろそろ活動限界時間が近くなっているようだ。

 

「りょーちゃん眠いの?」

 

「眠たいのなら寝たら~?」

 

 そんな俺の欠伸を聞いて投げかけられた声に、俺は「いやいや」と首を横に振る。

 

「まだまだ宵の口だよ? そんな子ども扱いしてもらっちゃ困るよ」

 

「子どもでしょ~?」

 

 まぁ世間一般的に言えば()()は子どもである。しかし前世も含めれば精神年齢は三十を超えているのだから、ここでそれを認めるのは屈辱というかなんというか……。

 

「りょーちゃん、ゆいのお膝どーぞ?」

 

「わーい!」

 

 ポンポンと叩かれた太ももにふらふら〜っと吸い寄せられる。そのままポスリと仰向けに頭を下ろすと、優しく頭を撫でられるオプション付き。あー、子どもで良かったー!

 

 ……あっ、やべっ、ホントに眠くなってきた……美少女アイドルの膝枕で眠れるのは贅沢なことだが、流石にホントに寝るのは……。

 

「年越し蕎麦出来ましたよ~! ……えっ、なにを羨ましいことを! ……じゃなくて、良太郎君、寝ちゃうんですかぁ?」

 

「……起きる〜」

 

「葛藤あったね〜」

 

 うるさい! 葛藤するに決まってるだろ! 美少女アイドルの膝枕なんだぞ!

 

「また後でしてあげるから、心配すんなってー」

 

 やったぜ!

 

 

 

 

 

 

 俺、周藤良太郎がこの世界に転生してから早()()の月日が経った。

 

 なんかジュニアアイドルとしてデビューしたり、転生特典がアイドルとしての才能だったらしく凄い人気を博したり、あれよあれよとトップアイドルになってしまったり、とても濃密な十年間だった。

 

 しかしそれらの出来事も、時の総理大臣である『杉崎鍵』が導入した一夫多妻制のせいでこの世界の人々の恋愛観が若干緩くなっており、僅か十歳にして年上の恋人が三人も出来てしまったことと比べれば大したことではないだろう。

 

 三人とも絵に描いた美少女な上にアイドルという素晴らしい存在故、未だに戸惑うこともあるが……とりあえず今は姉弟のような関係で仲良くやっていた。

 

 

 

「はい、良太郎君。気を付けてねぇ?」

 

「ありがとー、まゆちゃん」

 

 六つ年上の恋人であるまゆちゃんから年越し蕎麦を受け取って炬燵の中に潜り込むと、そのすぐ隣に七つ年上の恋人である唯ちゃんがピッタリと隣に入り込んできた。

 

「ふー、ふー。はいりょーちゃん、あーん」

 

「……いや、甘やかしてくれること自体はとても嬉しいし、あーんしてくれることも嬉しんだけど、お蕎麦はちょっと危ないかなーって」

 

「あーん」

 

「……あーん」

 

 肉体的には年上でも精神的には年下の女の子の笑顔に負けたわけではない。

 

「あー! 唯ちゃんズルいです! 私がお蕎麦茹でたんですよぉ!?」

 

「アハハッ、ゴメンゴメン! 次はまゆちゃんの番ね!」

 

「いや、そろそろ普通に食べたいなーって……」

 

「はい良太郎君! あーん!」

 

「……あーん」

 

 だから笑顔に負けたわけじゃないんだからな!

 

「ちょっとー、恋人を一人仲間ハズレっていうのはどーなのさー?」

 

 そんな俺たちのやり取りに、炬燵の対面でうつ伏せに寝転がっていた八つ年上の恋人である志希が体を起こしながらブーブーと抗議の声を上げた。

 

「我関せずでパソコン弄ってたのは志希だろー」

 

 さっきまで俺からは姿すら見えていないというのにどうしろというのだ。

 

「志希ちゃんの分もお蕎麦持ってきたから、伸びる前に食べましょう?」

 

「はーい。その前にちょっとお花摘みー」

 

 折角の比喩表現なんだから堂々と宣言するのはどうなんだと思いつつ、炬燵から抜け出た志希を――。

 

「「ぶっ」」

 

 ――見送ろうとして、その後ろ姿に思わずまゆちゃんと二人揃って口の中のものを吹き出してしまった。

 

「わっ、志希ちゃんダイターン!」

 

「ちょっ、おまっ……!?」

 

「どうして下に何も穿いてないんですかぁ!?」

 

「え? 炬燵熱かったから。それにパンツ穿いてるから何も穿いてないってことないよ」

 

「それでも世間一般的に何も穿いてないって言うんですよぉ!」

 

 黒のレースの下着を堂々と晒しながらキョトンと首を傾げる志希に、手にした割り箸が折れるんじゃないかと思うぐらいの力が入っているまゆちゃんが叫ぶ。

 

「……あー、もしかして、リョータローにはまだちょっと刺激的過ぎたかにゃ~?」

 

 慌てる俺たちを見て、ニヤニヤと笑いながら自身の下着のラインを指でなぞる志希。

 

「い、い、いいから早く下に何か穿きなさぁぁぁい!?」

 

「にゃはは~、廊下は寒いから言われなくても穿くよ~」

 

 真っ赤になって怒るまゆちゃんを尻目に、志希は床に脱ぎ捨ててあったホットパンツに足を通してさっさとリビングを出ていってしまった。いや、あの短さのホットパンツだとあってもなくても寒さは変わらないのでは……?

 

「もうっ! 志希ちゃんってば! 良太郎君の目の前で、あ、あんな格好……!」

 

 顔が赤いままプリプリと怒っているまゆちゃんに悪いので、決して『驚きはしたものの正直眼福だった』とは口に出さないでおこう。

 

「まーまーまゆちゃん、そんなに怒らなくてもいーじゃん? 家の中なんだしさー」

 

「この際だから言わせてもらいますけど、唯ちゃんも大概ですからねぇ!?」

 

 まゆちゃんを宥めようとした唯ちゃんだったが、その矛先が自分に向いてしまったことに「えー?」と不満げな声を上げた。

 

「いつも胸元ゆるゆるな服着てぇ! 下着の紐チラチラ見えてるんですよぉ!?」

 

「それが可愛ーんじゃーん」

 

 両サイドの二人が俺を挟んで言い争いを始めてしまったので、俺は二人の邪魔にならないように身を縮こませて蕎麦を啜りながら、数時間前まで俺が出場していた紅白歌合戦を観る。まだ年齢的に八時以降の出演NGだからなー。アーティストの端くれとしてオオトリを任されてみたいものだが、当分先の話だ……八年は長い。

 

「りょーちゃんにしか見えないんだから、別に良くない?」

 

「良くないですぅ! 良太郎君にはまだそういうのは早いんですぅ!」

 

「えー、そんなことないと思うけどなー? ねー?」

 

 ……え、もしかして今、俺に話振った?

 

 視線を左右に振ると、二人ともジッと視線を俺に向けていた。えぇ……コレなんて返答するのが正解なんだろか……。

 

「……一応俺もオトコノコだから、そーいうの見えるのは嬉しかったりするけど」

 

「ほらー!」

 

「ぐぬぬ……!」

 

 ふふんと笑う唯ちゃんと悔しそうなまゆちゃん。最後まで聞いてって。

 

「こー見えて俺にも独占欲ってものがあるわけだから、普段からそーいうのは気を付けて欲しい」

 

「「………………」」

 

 あれ、外した? 結構恥ずかしいのを我慢して、俺なりに頑張ってみたんだけど……。

 

 

 

「「……もー! もー! もぉぉぉ!」」

 

 

 

 えっ、なになに!? 二人して両側から抱き締めながらその鳴き声みたいな声は何事!? あれか!? 来年は丑年だからか!?

 

「りょーちゃん、ちっちゃいのにそんなカッコいいこと言ってー! もー! ゆいチューしちゃう! チュー!」

 

「まゆも! まゆもチューします! チューしちゃいます! ちゅ、チュー!」

 

「あー! 二人ともまた抜け駆けしてズルいー! シキちゃんもチューするー!」

 

 なんだなんだ!? 確かにまだ子年だけどってそうじゃなくて、今俺蕎麦食べてるから! 一斉に抱き着かれると危なっ、汁っ、零れっ……アッツゥイ!!

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「……リョータロー、寝ちゃった?」

 

「大人しくなっちゃったねー」

 

「ふふっ、可愛らしい寝顔ですねぇ」

 

 意識はまだ起きているが、十歳の子どもボディーはまゆちゃんの膝枕の快楽に抗うことが出来ずすっかり休息モードに移行してしまい、そんな彼女たちの言葉に反応することが出来なかった。本当は年越しの瞬間まで起きているつもりだったのだが、それも難しそうだ。

 

「……ねーねー、まゆちゃん」

 

 すぐ近くから唯ちゃんの声。どうやら俺の顔を覗き込んでいるらしい。

 

「なんですかぁ?」

 

「……ゆい、ちゃんとりょーちゃんのこと、好きだからね」

 

「……へ?」

 

 唯ちゃんの言っていることの意味がよく分からず、思わず俺も内心でまゆちゃんと同じように呆けてしまった。

 

「まゆちゃんみたいに真剣じゃなくて不真面目みたいに思われてるかもしれないけど……ゆいも本気でりょーちゃんのこと好きだから。……一番りょーちゃんのことが好きなまゆちゃんには、ちゃんと言っとこーって思ったの」

 

「唯ちゃん……」

 

「……あたしも。色んなことにコロコロ興味が移ることは自覚してるけど……リョータローだけはこれから先、ずっとずーっと大好きなままでいるから。まー、まゆちゃんには負けちゃうかもしれないけどねー」

 

「志希ちゃんまで……」

 

 ……別に、二人からの好意を疑っているわけじゃない。それでも心の何処かで俺は『結局このまま姉弟のような関係が続く』のではないか、そんなことを考えたことがなかったとは言い切れなかった。

 

 トップアイドルと持て囃されていても、所詮たった十歳の子どもだ。唯ちゃんや志希、そしてまゆちゃんのようなとてもいい子たちが、このまま俺の恋人でいてくれる確証なんて何処にもなくて……。

 

「……ダメですよぉ、そんな嘘ついちゃ」

 

 そんな二人の言葉を、まゆちゃんはバッサリと切り捨てた。

 

「……っ! う、嘘じゃないよ!」

 

「そうやって断定されると、流石のシキちゃんも傷付くんだけどー……」

 

「いいえ、嘘です。だって――」

 

 

 

 ――二人とも、まゆと同じぐらい良太郎君のことを愛してるって。

 

 ――ちゃーんと分かってるんですからね。

 

 

 

「「……まゆちゃん……」」

 

「うふふっ、同じ男の子を愛してしまった人同士、誤魔化しても無駄ですよぉ」

 

 目を瞑っているが故に、俺の視界には映らない。けれど今のまゆちゃんは、きっととても優しい笑顔を浮かべているに違いなかった。

 

「だから来年も、これから先もずっと……同じ良太郎君の恋人として、よろしくお願いしますねぇ。唯ちゃん、志希ちゃん」

 

「……うんっ! よろしく、まゆちゃん!」

 

「にゃはは、よろしくね~」

 

(……そうだよな)

 

 俺はもう、彼女たちからの『愛』を疑わない。十歳だからだとか、年が離れているからだとか、そういうことはもう考えない。

 

 今の俺に出来る限り、そしてこれから先の未来の全てを持って。

 

 三人の愛する女性を、幸せにしてみせると、ここに誓おう。

 

「………………」

 

「あれ?」

 

「りょーちゃん?」

 

「起きちゃいましたかぁ?」

 

 瞼が重くて上がらない、口も重くて開かない。それでも、今の俺の気持ちを彼女たちに伝えようと必死に両手を伸ばすと、誰かの頬に触れた。それがまゆちゃんなのか、唯ちゃんなのか、志希なのか、流石にそれだけでは分からない。けれどそれは俺の愛する女性の顔であることには間違いがなく……。

 

 

 

 ――精一杯の力で引き寄せて、口づけをした。

 

 

 

「「「っ!?」」」

 

 他の二人にもしたいけど、今の俺にはこれが限界。

 

 何やら騒ぎ始めた三人の声を子守歌に、俺の意識はまどろみの中へと溶けていった。

 

 あぁ、きっと。

 

 来年も素敵な年になる。

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 どうやら今年もまた、何やら幸せで不思議な夢を見たようだ。内容はイマイチ覚えてないけど。

 

「……まだ寝れるな」

 

 今年もよろしくお願いします。

 

 

 




・周藤良太郎(10)
史上初! なんと十歳のショタ良太郎!
九歳でアイドルデビューして、そのまま一気に階段を駆け上がった設定。
上手く取り繕っているが、内心では普通に美少女三人に囲まれてドキドキしている。

・佐久間まゆ(16)
ショタ良太郎の恋仲その1。良妻担当。
良太郎への好意の向け方が殆ど変わってないので、結構危ない感じ。
しかし他の恋人がいることにより自然と良き妻のようなポジションに。

・大槻唯(17)
ショタ良太郎の恋仲その2。ギャル担当。
ポジション的には姉の友人枠みたいな感じ。
ある意味で三人の恋人の中での常識人枠でもある。

・一ノ瀬志希(18)
ショタ良太郎の恋仲その3。セクシー担当。
出会い方に色々あったらしくため口を使われているが、ポジション的には憧れのお姉さん枠。
恋人ではあるが年下の男の子でもあるため羞恥心は薄い。

・黒のレース
しきにゃんは黒(断言)
実はちゃんと良太郎を意識して下着を選んでいるという裏話。

・八時以降の出演NG
十三歳未満は八時、十八歳未満は十時みたいですね。



 新年恒例の一夫多妻恋仲○○特別編。今年はなんと良太郎ショタ化というさらに特別バージョンでお送りしました。これはこれで新鮮で、書いてて楽しかった。

(アイ転こそこそ噂話。実は唯ちゃんじゃない別のアイドルで七割ほど書きあがっていたけど、デレステで唯ちゃんの新規SSRが来たからそのお迎え祈願を込めて急遽書き直したらしいぞ)

 さて、次回こそミリマス編の本編に戻っていきます! 主な登場人物は、ようやくスポットが当たる良妻賢母な彼女です!

 それでは来週、シンデレラニューイヤーライブ後の更新でお会いしましょう!


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Lesson254 お母さんとは呼ばないで!

久々の本編は千鶴回から!


 

 

 

「なるほどね……」

 

 風呂上がり。バスタオルで髪の毛をガシガシと拭きながら、先ほど届いた未来ちゃんからのメッセージに目を通す。かなり興奮していることが理解出来るほどの熱量を持った長文だったが、とりあえず今日の公演に静香ちゃんが出演していなかった理由は分かった。

 

「静香ちゃんが入院か……」

 

 なんとなく美波ちゃんと似たようなタイプだと思ったから、その可能性を考えて未来ちゃんにそんな感じのメッセージを送っておいたのだが、まさかそれがドンピシャで噛み合うとは……予想通り過ぎて予想外というかなんというか……。

 

 とはいえ、心配と言えば心配である。以前ステージの上で固まってしまったときもそうだったが、静香ちゃんはしっかりとフォローをしてあげないと一度のミスを重く引き摺るタイプの子だ。他事務所のアイドルなのでそれは俺の仕事ではないといえばそれまでの話だが、それを抜きにしても知り合いの子が入院したとなれば普通に心配だった。

 

 検査入院らしいから大事ではなさそうだが……ふむ。

 

「入院? シズカって誰ー?」

 

「765劇場の新人ちゃん。今日のステージに立つ予定だったんだけど、ちょっと無理が祟っちゃってリハーサル中に倒れちゃったんだって」

 

「ふーん……まぁ新人にはありがちな話だね。良く知らないけどご愁傷さま」

 

 そう言うとりんはあっという間に興味を失ってしまったらしく、俺のベッドにうつ伏せの姿勢のまま足をパタパタさせながら手元の雑誌に視線を戻してしまった。別にそれが悪いことだと言うつもりはないけれど、もうちょっとこう、先輩アイドルとして後輩アイドルのことに興味持ったりしない……?

 

「あたしは昔からりょーくん以外のアイドルにそれほど興味持ってなかったし、その代わりりょーくんはあたしたち以外のアイドルにも興味津々だから、丁度いいでしょ」

 

 ……もしかしてだけど。

 

「りんさんや、妬いておられるのですか?」

 

「……妬いてないもーん。りょーくんが他のアイドルのことが大好きでも、アタシの方がもっと愛されてるって知ってるもーん」

 

 口ではそう言いつつ、りんはプイッとそっぽを向いてしまった。かわええなぁ。

 

「……それに、()()はこれからのりょーくんにとって大事なことだって知ってるから。りょーくんは本当の意味で()()()()()()()()になるんだもんね」

 

「りん……」

 

 あぁ、本当に俺はとてもいい女性と一緒になれるんだなぁと、心の奥からその幸福を噛みしめる。

 

「ありがとう、りん」

 

「別にそんなことでお礼なんて言われなくていいもーん。それよりりょーくん、早く寝ようよー」

 

 今まで読んでいた雑誌をサイドテーブルに放り投げ、ポンポンと自分の隣を叩くりん。確かにもう遅い時間だから、そろそろ寝るとしよう。

 

 

 

「りんを送ってからね」

 

「あぁぁぁ今日こそ自然な流れで一緒に寝れると思ったのにいいいぃぃぃ!」

 

 

 

 果たしてこのやり取りは何度目になるんだろうかと、車のカギをチャリチャリと回しながらベッドの上でジタバタしているりんのお尻を眺める。ホットパンツの隙間から下着が見えるぞー。

 

「だからそーいうのはちゃんとしかるべきタイミングにしようって決めただろ?」

 

 このやり取りはLesson237にやったばかりなんだから、ちょっとばかりスパンが早い気がする。いやまぁ、一応時系列的には二ヶ月ぐらい経ってるから期間は空いているといえば間違いないんだけど。

 

「胸はちゃんと触ってくれたから、そろそろワンチャン心変わりしてないかなーって思って……」

 

 そりゃその辺りは遠慮しなくていい関係になったんだから、堪能しとかないとなーと思って。大変素晴らしゅうございました、合掌。

 

「りょーくんははやる気持ちとか、ムラムラして堪らないとか、そーいうのないの!?」

 

 言いたいことは分かるけど、もうちょっと言葉選んで?

 

「折角()()()()()()()()()()()()()()()んだから、のんびり行こうぜ?」

 

「それは、そうなんだけど……うぅ~……絶対におかしいよ~……何であたしの方が焦らされるの~……?」

 

 焦らしてるつもりはないんだけどなぁ……。

 

 その後もぶーたれながらもちゃんと言うことを聞いて帰り支度をしてくれるりんの姿を可愛いなぁと見守りつつ、そろそろ腹を括らないとなぁ……と一人内心で決心を固めるのだった。

 

 

 

(……もう一回、相談に行っとこーかな……)

 

 

 

 

 

 

「えっと……この病院ですわね」

 

 定期公演を終えた翌日、私は商店街の青果店で購入したリンゴを手にとある病院へとやって来た。目的は勿論、昨日から入院している静香のお見舞いである。

 

 それほど大事ではないという話は聞いているものの、それでもやはり心配はしてしまう。プロデューサーの話を信用していないわけではないが、ちゃんと静香の顔を見ておきたかったのだ。

 

「すみません、先ほど連絡をさせていただいた……」

 

 あらかじめ電話でお見舞いを連絡しておいたので、受付で入院の手続きを済ませて静香の病室へと向かう。

 

「……あら?」

 

 その途中の廊下で、見知った顔を見付けてしまった。それはこんな病院で出会うことになるとは思いもしなかった意外な人物で、一瞬足を止めてしまった。なにやら白衣を着た医者らしき人物と話をしていたので声をかけづらかったが、静香の病室へ行くには彼らのすぐ側を通らなければならない。

 

「……ん? 千鶴?」

 

 どうしたものかという私の悩みは、向こうが私に気付いたことで解消されてしまった。ヒラヒラとこちらに向かって手を振っているので、少々近づきがたいものを感じつつも観念して彼の元へと歩み寄る。

 

 

 

「久しぶり、千鶴」

 

「久しぶりですわ、良太郎」

 

 

 

 私の幼馴染で、弟のような存在。そして日本が誇るトップアイドル『周藤良太郎』。

 

 きっと良太郎は私がアイドルになったことを既に知っているだろうから、これはそういう意味で私がアイドルとなってから初めての邂逅。考えていたよりも、意外とあっさりとしたものになってしまった。

 

「どーしたのこんなところで」

 

「その言葉、そのままお返しします。貴方ほど病院が似合わない人も珍しいと思いますわよ」

 

「失敬な。これでもずっと最前線で走り続けた身だから、結構不調があったりするんだぜ?」

 

「っ、ご、ごめんなさい、軽率な言葉でしたわね……」

 

「最近は特にガチャの調子が悪くてな……」

 

「わたくしの謝罪の言葉を返しなさい」

 

 貴方、真面目なときとそうじゃないときの落差が激しすぎて反応に困るんですのよ!?

 

「ふふふっ……」

 

「っ、お騒がせして申し訳ありません」

 

 良太郎と話をしていたお医者さんがクスクスと笑っていたので、良太郎と一緒になって騒いでしまったことを謝罪する。

 

「いや、随分と良太郎君と仲が良いんだなと思ってね。……もしかして彼女が良太郎君の()()()かい?」

 

「いや、仲は良いですけど幼馴染です」

 

「おや、そうだったのか……失礼、お嬢さん。私は神宮寺(じんぐうじ)寂雷(じゃくらい)。この病院に勤務している医師で、良太郎君の……友人かな?」

 

 そう言って微笑みながらお医者さん……神宮寺先生は、紫がかった長髪を靡かせながら優しく微笑んだ。まるで芸能人のような美形の甘いマスクに(こんなに顔が良い医者もいるんですわね……)と内心で感心してしまった。

 

「友人と言っていただけるのはありがたいですけど、お世話になっている身としては少々恐縮ですね」

 

「少し世間話をしているだけさ。世話などと呼べるようなことは何もしていないよ」

 

「……そうですの」

 

 『医者の世話になる』ということがどういうことなのか……良太郎がはぐらかす以上、深く踏み入るべきことではないと判断してそれ以上は何も聞かなかった。

 

「それで? 結局千鶴はどーしたのさ」

 

「分かりません?」

 

 良太郎も知っている青果店の袋を掲げ、中のリンゴを見せる。顎に手を当てて「んー?」と首を傾げた良太郎は、パチリと指を鳴らした。

 

「イベント周回」

 

「ソーシャルゲームから離れなさい」

 

 ついでにイチイチネタを振るのもやめなさい!

 

「冗談はさておき、お見舞いだよな。……もしかして、最上静香ちゃんが入院してるのってこの病院だったのか?」

 

「……その察しの良さを最初から見せていただけませんこと?」

 

 そうすればこの数行全部省けましたわよ。

 

「丁度良かった。俺も静香ちゃんのことが気になってたんだよ」

 

 言外に「俺も一緒に行っていいか」と尋ねてくる良太郎。どうして静香が入院していることを知っているのかなど、色々と聞きたいことはあったが、彼女のことを心配していることは嘘ではないだろう。一緒に病室へと向かうこと自体は勿論構わないのだが……。

 

「貴方の用事はもう終わったんですの?」

 

「あぁ、大丈夫。それじゃあ神宮寺先生」

 

「えぇ、またいつでも来てください。話ぐらいならばいつでも聞きますよ」

 

 神宮寺先生は「それでは、お元気で」と言い残して行ってしまった。その背中に向かって良太郎と共に頭を下げつつ、チラリと良太郎に視線を向ける。

 

「……貴方の交友関係の広さは知っていましたが、まさかお医者さんとも仲が良いとは思いませんでしたわ」

 

「士郎さんの昔の友人らしくてね、その関係で知り合ったんだよ」

 

 それはそれで珍しい繋がりだと思っていると、院内放送が頭上から聞こえてきた。

 

 

 

 ――神宮寺先生、整形外科へとお越しください。

 

 

 

「……整形外科の先生でしたのね」

 

 

 

 ――神宮寺先生、小児科へとお越しください。

 

 

 

「……ん?」

 

 

 

 ――神宮寺先生、泌尿器科へとお越しください。

 

 

 

「……良太郎、神宮寺先生の専科はなんですの?」

 

「そんだけ凄い先生ってことなんでしょ」

 

 だからといってこの引っ張りだこ具合は一体……。

 

「ほら、静香ちゃんのお見舞いに行くんだろ? 俺もこの後用事があるんだから、手早く済ませようぜ」

 

「……色々と言いたいことや聞きたいことはありますが、分かりましたわ」

 

 今度は良太郎を伴いつつ、改めて静香の病室へと向かう。

 

「そういえば言い忘れてた」

 

「なんですの?」

 

 

 

「アイドルデビュー、おめでとう」

 

 

 

 ……本当は、良太郎の知らない間にアイドルデビューをして大々的に驚かせるつもりだったのですが、その計画もオジャンですわね。

 

 とはいえ。

 

「……ありがとうございますわ」

 

 こうして良太郎から()()()()()()に立ったことを祝福されるのも、悪くなかった。

 

 

 




・ヤキモチりんちゃん
メインヒロインだから定期的にイチャイチャさせないと(使命感)

・「胸はちゃんと触ってくれたから」
わっふるわっふる。

・神宮寺寂雷
『ヒプノシスマイク』の登場人物で、チーム『麻天狼』のリーダーな35歳。
正体的なアレコレは士郎の知り合いという点で察していただけると。

・「イベント周回」
リンゴを齧りつつ頑張りましょう!

・「神宮寺先生の専科はなんですの?」
アニメで色んなところから呼ばれてたけど、何処なんだろう……。



 久しぶりの本編です。原作通りの流れに沿いつつ、千鶴メインのお話になっていきます。

 そして突然のヒプノシスマイクからのクロスキャラ。先日友人夫婦に二人がかりで布教された結果がコレだよ! 元々チートな雰囲気のお医者さんキャラ探してたから丁度良かった。作者の気まぐれで隣人が独歩と一二三になる可能性もありますが、大目に見てね☆



『どうでもいい小話』

 ニューイヤーライブお疲れ様でした! いやぁ……配信ではあったけど久しぶりのライブ凄い楽しかった……。

 いつか現地でみんなと一緒にうんコールが出来ますように!


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Lesson255 お母さんとは呼ばないで! 2

良太郎がプライベートな知り合いと会話をするとこうなる。


 

 

 

「……とまぁ、そういう経緯で未来ちゃんと静香ちゃんの二人と知り合いになったわけだ」

 

 以上、ページとページの間で終わった『俺が劇場アイドルと仲良くなった経緯の説明』でしたとさ。静香ちゃんの病室へ行くまでの間だから、サクッと済ませておかねば。

 

「……やっぱり、そうだったんですのね」

 

 あれ、反応が薄いな。

 

「もしかして知ってた?」

 

「琴葉から『亜利沙の知り合いで「遊び人のリョーさん」を名乗る怪しい人物がいた』という話を聞いていたので、もしかしたらとは思っていましたわ」

 

 周囲に対する注意喚起なんだろうけど、本当に不審者として定着する前にそろそろ琴葉ちゃんの誤解を解いておいた方がいいような気がする。

 

「でも確信したのは昨日。ステージに上る直前に知り合いから的確なアドバイスが来たと、未来がメッセージを見せてくれましたわ。……きっと貴方ならばそういうことをするのではないかと、思ったんですの」

 

「……まぁ、なんとなく嫌な予感がしたから、念のためにって思っただけだよ」

 

「ふふっ、照れてるんですの?」

 

「照れてねーよ」

 

 俺を照れさせたら大したもんですよ。とは言いつつ、千鶴は訳知り顔でクスクスと笑っているのを見ると本当に気恥ずかしい気分になってくる。ちげーし本当に照れてねーし。

 

「話は一期生の子たちから聞いていますわ。以前のアリーナライブのときも、他事務所だというのに貴方も裏で色々と頑張っていたのでしょう?」

 

「いや、それはウチの事務所のアイドルもお世話になったから、その縁で……」

 

「あら、理由はそれだけですの?」

 

「……まぁ、そう言い切れないこともないけど……」

 

「相変わらずちゃんと他の誰かのために頑張れているんですのね、良太郎。偉いですわよ」

 

 ヤメロヤメロ、頭撫でようとするな。

 

「自分がしてきたことをひけらかさないのは美徳ですが、謙遜のし過ぎもよくありませんわ。全く、普段からそうならばもっと見直して差し上げてもいいのに……」

 

「千鶴、さっきから気になってたんだけどブラ紐見えてる」

 

「ホンットそういうところですわあああぁぁぁ!」

 

 

 

 千鶴の見事なアッパーカットにより顎を撃ち抜かれ、騒いでいたところを看護師さんに注意されたところで閑話休題。

 

「ってて……そーゆー千鶴こそ、話は未来ちゃんや美奈子ちゃんたちから聞いてるぜ、おかーさん?」

 

「……だからその呼び方は止めなさい」

 

「自然とその呼び方が定着してる以上、これはもう言い逃れのしようもないだろ。いい加減諦めろって」

 

「同年代の子たちにお母さん呼ばわりされることを受け入れられるわけないでしょう!?」

 

「大声出すとまた怒られるぞ」

 

 どうやら千鶴は未だに『お母さん』と呼ばれることを受け入れられていないようだ。商店街では自分が『二階堂精肉店の看板娘』の他に『二代目若奥様』と呼ばれていることは知らないのだろうか。

 

「別に老けてるとかそーゆーことじゃなくて、純粋に千鶴が大人の女性として認識されてるってことなんだから、褒め言葉として受け取っておけよ」

 

「……最近、静香を含め中学生よりも下の子たちが特に頑張っていますの」

 

 いきなりどうした。

 

「一応扱いとしてはわたくしも彼女たちと同期になるのですが、そんな子たちが頑張っている姿を見ていると……」

 

「見ていると?」

 

「……こう……何かをしてあげたくなるというか……胸がキュンとするというか……」

 

「もう諦めろって」

 

 母性が溢れ出ちゃってるじゃん。

 

「そう……これは可愛がっているだけ……決して彼女たちの母親になりたいなんて、そんな欲望は存在しませんわ……」

 

 落ち着け千鶴。お前はツッコミ役としてもうちょっとまともな感じでいてくれ。

 

「その庇護欲を拗らせて変な男に捕まらないようにしろよ。……と言っても、お前はそーゆー紐になりそうな男は甘やかすんじゃなくて尻を蹴り飛ばすタイプだろうけど」

 

「……そうですわ、()()で思い出しましたわ」

 

「ん?」

 

 

 

「商店街で噂になってますわよ、『周藤良太郎の恋人』の話」

 

 

 

「……え、噂になってるの?」

 

 俺とりんの関係は一部の人間にしか知られていない事柄である。周藤家や123の人間は当然だが、プライベートでは高町家や渋谷家、業界では765プロの人ぐらいにしか知らない。それとなく恋人の存在を仄めかしてそろそろ身を固めようとしている雰囲気は醸し出しているつもりだが、それでも恋人の噂が流れるほどではないと思ったんだが……。

 

「……貴方のお母様、と言えば分かりますか?」

 

 あっ(察し)

 

「お母様の名誉のために言っておきますが、直接恋人がいるという話はしていませんわ。ですが――」

 

 

 

 ――えっとねー、リョウ君がねー。

 

 ――えへへ、まだ内緒なんだけどー。

 

 ――家族が増えるのって、嬉しいよねー。

 

 

 

「――と喜色満面に話していれば、察する人もいますわ」

 

「母さんぇ……」

 

 なにやってんだよマイリトルマミー!? そういうところも可愛いなぁ!(ヤケクソ)

 

「安心なさい。商店街で『絶対にこの噂を商店街の外に出さない』という取り決めになりましたわ」

 

「今度商店街の方に何かお礼をせねば……」

 

 何か催し事的なイベントがあれば教えてほしい。ステージでもゲスト出演でもMCのお仕事でも喜んで引き受けるから。

 

「俺の近所の自治会といい、結構俺ってば周りの人たちに支えられてるんだなぁって実感するよ……」

 

 それを実感するタイミングが恋人の存在の隠蔽だというのが若干アレだが。

 

「それで? どうなんですの? ついに身を固める覚悟を決めたんですの?」

 

 隣を歩く千鶴がグイグイと体を寄せてくる。こうやって恋愛事情に興味深々なところは女の子というよりは近所のおばちゃん的な雰囲気を感じてしまう。

 

「……まぁ、別に千鶴にだったら教えてもいいけどさ」

 

「あら、珍しく観念が早いんですのね」

 

「病室、ここだろ?」

 

 チョイチョイと目の前を指差す病室の番号は、先ほど静香ちゃんが入院している病室だと聞いていたものだった。

 

「その話はまた後でな」

 

「時間ありますの?」

 

「そんなに長くはならんよ」

 

 正確には『いくら千鶴といえど長くなるほど話してやるわけにはいかない』んだけど。

 

「仕方ありませんわね、今のところはそれで勘弁しておいて差し上げますわ」

 

「なんで俺が譲歩されてる側なの?」

 

 さて、幼馴染同士の気兼ねのない軽快なトークはここまで。

 

「……あら、変装を解きませんの?」

 

「一応『周藤良太郎』との面識はあるけど、いきなりお見舞いに来るのは流石に理由がなさすぎるだろ」

 

 それならば未来ちゃんから話を聞いて、知り合いの千鶴のお見舞いに便乗したということにした方がいいと思ったのだ。

 

「というわけで千鶴も『遊び人のリョーさん』と知り合いだったっていう設定でよろしく」

 

「設定も何も知り合いであることは間違いないじゃないですの。別にいいですけど」

 

「キャー! チヅルサンハナシガワカルイイオンナー!」

 

「裏声キモいですわよ」

 

「コッチミテー! コロッケアゲテー!」

 

「いつでも揚げたてを貴方の食卓に! 二階堂精肉店のコロッケをよろしくお願いいたしますわ!」

 

 いかん、終わらせたはずの軽快なトークが続いてしまった。

 

 これ以上は本当に遅くなってしまうので、俺は眼鏡をかけ直してから病室のドアをノックした。

 

 

 

 

 

 コンコン。

 

 個室のベッドのテーブルに教科書とノートを広げて明日の授業の予習をしていると、ドアがノックされた。先ほど千鶴さんが見舞いに来てくれるという連絡を貰ったので、恐らく彼女だろう。

 

「はい、どうぞ」

 

「失礼しますわ。静香、お加減はどうですの?」

 

「千鶴さん、ありがとうございます。すっかり良くなりました」

 

 ドアを開けて入って来たのは予想通り千鶴さんだった。しかしそんな彼女の後ろに、全く予想していない人物がいた。

 

「やぁ静香ちゃん、こんにちは」

 

「りょ、リョーさん?」

 

 それは『遊び人のリョーさん』。相変わらずニコリとも笑わないにも関わらず朗らかな声で挨拶をしながら、千鶴さんの後ろからヒラヒラと手を振っていた。

 

「ど、どうしてリョーさんが?」

 

「未来ちゃんから静香ちゃんが入院したって聞いてね。たまたま千鶴が君のお見舞いに行くって聞いたから便乗させてもらったんだよ」

 

 手をプラプラとさせながら「お見舞いの品が何もなくてゴメンね」と謝るリョーさん。いえ、それはお気持ちだけでありがたいので大丈夫ですけど……。

 

「……千鶴さんとも、知り合いだったんですか?」

 

「幼馴染でね。千鶴のお店に足繁く通って色々とサービスしてもらってる仲だよ」

 

「ちょっ、良太郎貴方なにを……!?」

 

「? ……あぁ、千鶴さんの実家の精肉店の常連客ということですか?」

 

「うん、その通り。どうした千鶴、焦った声出して」

 

 とりあえず二人の仲が悪くないということは、勢いよくリョーさんの足を踵で踏み抜いている千鶴さんの姿を見ればなんとなく分かった。

 

「お前ヒールでそれはマズいって……!」

 

「静香、このバカのことは気にしなくて結構です。コレお見舞いの品ですわ」

 

 足を抑えて蹲っているリョーさんの頭にゴチンと拳骨を落としてから千鶴さんが私に手渡して来た袋の中には、リンゴが入っていた。

 

「わっ、ありがとうございます!」

 

「わたくし行きつけの青果店のリンゴですわ。ミツがたっぷり入っていて美味しいんですのよ」

 

「美味しそう……すぐに食べられないのが残念です」

 

「そんなこともあろうかと! すぐに食べられるようにカットしてきて差し上げましたわ!」

 

 そう言って千鶴さんは持っていた手提げ鞄からタッパーを取り出した。

 

「ドラマだとお見舞いに持ってきたリンゴの皮を病室で剥く描写はよくあるけど、普通に考えてナイフ持ち込めるわけないもんな」

 

「コンプラってやつですわね」

 

「現実は無情である」

 

 そんな掛け合いをしながら千鶴さんはタッパーのリンゴを、リョーさんはお手拭きをそれぞれ準備し始めた。本当に仲が良いというか、息が合っているというか。

 

「ちなみにコレ、何処産?」

 

「青森と言っていましたわ。貴方、そういうこだわりありましたっけ?」

 

「いや、最近『山形りんごを食べるんご』っていうフレーズが頭から離れなくてな……」

 

「なんですのそれ」

 

「分からん。とりあえず頭の中をリンゴに直接手足が生えた生き物が歩き回っててな……」

 

「誰かに洗脳か何かされましたの?」

 

「そんなことはないと思うんご」

 

「語尾変わってますわよ!?」

 

「きっと千鶴も山形リンゴを食べたくなるんご」

 

「それ呪いじゃありませんの!?」

 

 とりあえずこの二人に会話をさせているといつまでも続きそうな気がしたので、一先ず私が止めることにしよう。

 

 

 




・良太郎&千鶴のトークショーin病院の廊下
こいつら病院でなにやってんだか。ただ書いてて楽しかった。

・俺を照れさせたら大したもんですよ。
流行ったの15年以上前ってマ? 今の若者は知らんのだろうな……。

・「偉いですわよ」
地味に良太郎をちゃんと褒めるキャラって少ないんだよね。

・戦犯未遂マミー
可愛い娘が増えるからね! 嬉しくなっちゃうのは仕方ないね!

・ナイフ持ち込み
漫画だとナイフで皮剥いてたけど、院内に刃物持ち込みはアウトじゃないかな。

・『山形りんごを食べるんご』
本編だとまだ本人未登場なのに、既に洗脳が始まっている模様。
ネット流行語だしね、仕方ないね。



 ただ千鶴と駄弁るだけの二話目でした。お互いに気兼ねしない相手とのトークは書いてて楽しかった。凛ちゃんに近いものを感じる。



『どうでもいい小話』

 ノ ワ ー ル フ ェ ス 限 定 S S R

〔 深 淵 な る 月 影 〕 高 垣 楓

 天井に頭を打ち付けましたが、大変素晴らしい楓さんをお迎え出来て作者は幸せです。


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Lesson256 お母さんとは呼ばないで! 3

時空の歪み発生中(アイ転だとこうなる)


 

 

 

「いやぁゴメンね静香ちゃん。つい昔なじみのノリで話しちゃったんご」

 

「まだ語尾が呪われてますわよ」

 

 静香ちゃんをほったらかしにしてしまったことを謝罪しつつ、丸椅子を二つ用意して千鶴と共に座る。元々体を起こしていた静香ちゃんも、俺たちと向かい合うように体をこちらに向けてベッドの縁に座った。

 

「ん……このリンゴ、本当に美味しいです!」

 

「わたくしの家で昔から贔屓にしている青果店ですもの、当然ですわ! そんじょそこらのスーパーで売っているリンゴとはモノが違いましてよ!」

 

 まるで自分が褒められたかのように、口元に手の甲を当てるお嬢様ポーズで「おーほっほっほっ!」と高笑いをする千鶴。これもそろそろ堂に入って来たかなぁと思った矢先に「げほっごほっ」と咽ていた。昔からずっとやってる癖にどうして慣れないんだか。

 

 ……うん、確かに美味い。

 

「千鶴の行きつけってことは、駆紋青果店か。最近顔見てないけど、戒斗(かいと)の奴どう? 相変わらずダンス一筋?」

 

「先日足の骨を折ったらしく松葉杖を付いていましたわ」

 

 ダンスが得意な癖に虚弱体質なのも相変わらず、か……。

 

「……あの、リョーさんは千鶴さんと幼馴染なんですよね?」

 

「そうだよ。小学校の低学年の頃から一緒」

 

「昔は今と比べて()()()()()()()()()子だったのに、いつの間にかこんな生意気になってしまって……何処で道を間違えてしまったのか……」

 

 千鶴はヨヨヨッ……と古風な泣き真似をしながら失敬なことを宣ってくれた。コラそこ、静香ちゃんまで「まさかそんな……」みたいな信じられないようなものを見る目でコッチ見ない。小学校中学年までは結構ナイーブだったんだからもうちょっと丁重に扱いたまえ。

 

「そういうお前はある日突然『わたくしはお嬢様になりますわ!』とか言い出したちょっと痛い子だったけどな」

 

「ちょっ、誰が痛い子ですの!?」

 

「寧ろ痛くないと思ってたの?」

 

 あれでイジメとかそーいうのが一切なかったのが奇跡である。今になって思い返してみればウチの小学校の先生たちはかなりの人格者揃いだったから、そのおかげだろうけど。

 

「あ、千鶴さんのその口調、小学校の頃からだったんですね……」

 

「そうそう。もしかしてそれを聞きたかったの?」

 

 コクリと頷く静香ちゃん。まぁ、こんな商店街の精肉店の長女がお嬢様口調で喋ってれば気になるよね。

 

「普段から堂々とされていて、その言葉遣いも凄く似合っていたのですが……どうしてなのかなってずっと気になってしまって」

 

 曰く「事務所内で気にしてる人が誰もいなかったから聞けなかった」らしい。

 

「それに、千鶴さんはお嬢様というよりは、その……」

 

「最後まで言わなくてもいいよ。何を言いたいのか分かったから」

 

 やっぱりお母さんじゃないかという視線を千鶴に向けると、彼女は自身の両手で顔を覆いながら俯いていた。だから諦めろって。

 

「諦めたらそこで試合終了ですわ……!」

 

「ブザーが鳴り終わってから粘られてもなぁ」

 

 審判から促されてるのに整列してないのお前だけだぞ。

 

 そんな俺たちのやり取りを見ながら静香ちゃんがクスクスと笑っていると、コンコンと病室のドアがノックされた。

 

「はい、どうぞ」

 

「失礼します」

 

 静香ちゃんに促されて入室してきたのは俺も良く知っている少女と、そして以前に一度だけ出会ったことがある女性だった。

 

「こんにちは、静香ちゃん」

 

「体の調子はどう?」

 

「星梨花さん! 歌織さん!」

 

 病室の入り口でニッコリと笑っている少女は、かつて恵美ちゃんたちと共に春香ちゃんたちのバックダンサーを務めた星梨花ちゃんだった。

 

 早くも身長の伸びに陰りが見え始めた杏奈ちゃんとは違い、二年前と比べると身長がそれなりに伸びた星梨花ちゃん。元々小柄だった故に手放しに「大きくなった」とは言えないが、それでも昔と比べると落ち着いた雰囲気になって来て「大人になった」とは言ってもいいかもしれない。

 

 ……うん、女性的な体つき云々はまだまだ今後に期待かな!

 

 そしてそんな星梨花ちゃんの隣に佇む女性は、以前駐屯地という特殊な現場で同じステージに立った桜守歌織さんだった。

 

 パンフレットで彼女もアイドルになっていたことは知っていたが、こうして直接顔を合わせるのは一年ぶりである。あのときもアイドルに興味がある素振りを見せていたが、アイドルになるまでが早かったなぁ……。

 

 ……うん、彼女は彼女で相変わらず素晴らしい体つきだな!

 

「星梨花さんと歌織さんもお見舞いに来てくれたんですか!?」

 

「はい、入院したと聞いて心配になっちゃって……」

 

「心配をおかけしてしまって、すみませんでした…」

 

「静香ちゃんが元気なら、それだけで大丈夫ですよ」

 

 心配したという星梨花ちゃんに、静香ちゃんは申し訳なさそうにシュンと俯く。そんな彼女の頭を歌織さんが柔らかく微笑みながら撫でる。うんうん、美女美少女同士のやり取りは見てるだけで心の栄養になるなぁ!

 

 ……先ほどの千鶴の登場時よりも静香ちゃんが喜んでいるように見えるのは、きっとそれよりも俺の存在というインパクトの方が大きかったせいだろう……というか、歌織さんはともかく星梨花ちゃんはまだ俺たちの存在に気付いてないな?

 

「実は千鶴さんもお見舞いにきてくださってまして……」

 

「ご機嫌よう、星梨花、歌織」

 

「あら、千鶴ちゃん、こんにちは」

 

「千鶴さんもお見舞いに……って、えっ!?」

 

 千鶴に挨拶をしたことで、その隣に座っている俺の存在にようやく気付いたらしい星梨花ちゃんは驚いた様子で口に手を当てた。

 

「やーやー星梨花ちゃん久しぶり。遊び人のリョーさんは今日も元気だよ」

 

「っ、はい、お久しぶりです、リョーさん」

 

 星梨花ちゃんはすぐに俺の言いたいことを察して話を合わせてくれた。相変わらず聡明な子である。

 

 一方で桜守さんは俺のことに気付いていないようで「お二人の知り合い?」と首を傾げていた。まぁ桜守さんもまだ知り合い以下ってところだからなぁ。

 

「桜守さんもお久しぶりです」

 

「えっ!? ……申し訳ありません、何処かでお会いしたことが……?」

 

「一度だけでしたから、覚えていなくても仕方がないと思います。去年、駐屯地で一緒にお仕事をさせていただきまして……」

 

「っ!?」

 

 静香ちゃんに見えないようにチラリと眼鏡を下にズラして桜守さんに直接自分の目を見せると、それでようやく彼女も俺のことに気付いてくれたらしい。

 

「あのときは、大変お世話に……!」

 

「してませんしてません。寧ろ俺がお世話になったぐらいですから、その件に関してはお互い様ということにしておきましょう」

 

 「これからもよろしくお願いします」と手を伸ばすと、桜守さんは「……はい! よろしくお願いします!」と両手で手を取ってくれた。美人さんに手を握られるのは大変嬉しいことなんだけど、あんまり畏まられると静香ちゃんに怪しまれるからちょっと抑えめにして欲しいかなーって。

 

「……まさか、星梨花さんや歌織さんまで知り合いだったとは……リョーさん、あと何人765プロに知り合いがいるんですか……?」

 

「何人ぐらいだろうね」

 

 静香ちゃんからの疑問に首を傾げる。俺が一方的に知ってるとか、俺の変装に気付けるとか、その辺りの基準が曖昧だから厳密な知り合いが何人になるのかはよく分からない。

 

 えーっと、俺こと『遊び人のリョーさん』が『周藤良太郎』だと知っているのは一期生組以外だとジュリア、桃子パイセン、このみさん、白石紬ちゃん。

 

 そして『周藤良太郎』として顔を合わせたことがあるのは高坂海美ちゃん、豊川風花さん。この二人はアイドルになる前に一度だけ会っている。案外俺が覚えていない(まだ描写されてない)だけで、会ったことある人がいたりして。

 

「まぁ今後は俺のお仕事の関係でアイドルのみんなと顔を合わせることも増えるだろうから、知り合いは増えていくかもね」

 

「……ずっと気になっていたのですが、結局リョーさんってなんのお仕事をされてるんですか? 亜利沙さんからは『テレビ関係のお仕事』とは聞いているのですが……」

 

「静香ちゃんがもっと人気アイドルになったら、嫌でも顔を合わせることになるような仕事だよ」

 

「……?」

 

 それとなく匂わせたつもりだったが、それでも静香ちゃんには難しかったらしく首を傾げていた。

 

「俺のアイドル知り合い事情は今は置いておこう。折角お見舞いに来てくれたんだから、星梨花ちゃんと桜守さんもリンゴ食いねぇ! 美味しいよ!」

 

「そのセリフはお見舞いされる側の静香か、持参したわたくしが言うべきものですわ」

 

「え、えっと、お二人も良かったら……」

 

「わぁ、ありがとうございます! ……っとそうだった、わたしたちからもお見舞いが」

 

「私と星梨花ちゃんの二人からです」

 

 そう言って桜守さんは手にした紙袋を静香ちゃんに渡す。静香ちゃんがお礼を言いつつ受けとって中身を出すと、それは見るからに高級そうなフルーツが盛られた籠だった。

 

「THEお見舞いって感じだな」

 

(……りょ、良太郎……こ、この赤いやつはなんですの……!?)

 

(マンゴーぐらい分かるだろ……)

 

 いくら高級そうだからって、たかがフルーツの盛り合わせぐらいで圧倒されるんじゃないよ。庶民ってレベルじゃないぞ。

 

(この薄緑色で網目が付いた大きい奴は!?)

 

(メロンだバカタレ)

 

「これはすぐに食べられませんね……また今度、ゆっくり召し上がってくださいね」

 

「ありがとうございます、星梨花さん、歌織さん」

 

「お、お二人もこのわたしく行きつけの青果店で買った庶民的なお買い得リンゴを食すとよろしいですことよ!?」

 

「……えっと、千鶴さん……?」

 

「ちょっと混乱してるだけなんで、そっとしておいてやってください」

 

 はーい千鶴ちゃんはちょっと落ち着こうねー。はい座ってー、大人しくリンゴ食べてようねー。

 

 

 




・駆紋青果店
名前の登場はLesson91以来。正直自分でも良く覚えてたなっていうレベルのネタ。

・戒斗
初代中の人虚弱二号ライダー(二代目はバンジョー)

・星梨花さん
静香(14)と星梨花(15)なのでこうなった。この改変の仕方は我ながらかなり珍しいものだと思う。

・歌織さん
番外編31以来の登場となります。彼女も既にアイドルデビュー済。



 ついに登場! 星梨花(15)! 静香と年齢的立場が逆転しております故、こんな感じになりました。でも身長は変わらず静香の方が上。

 そして歌織さんも再登場。漫画連載中はまだ未登場だったので、つむつむ共々色々なところで介入させていきたいですね。



『どうでもいい小話』

 『アイドルマスター ポップリンクス』がついに正式稼働!

 楓さんも唯ちゃんも加蓮もおらず、逆に志保と志希とジュピターがいたので疑似123プロロールプレイで楽しんでおります。

 志保志希冬馬の三人によるオリジナルユニット、名付けて『ヒートディザイア』!

 今後何処かでこのネタ使いたいなぁ……。


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Lesson257 お母さんとは呼ばないで! 4

嬉しい言葉と、優しい瞳と、曇り空。


 

 

 

「あっ、もう退院なんだ」

 

 五人でシャリシャリとリンゴを食べながら、目的が静香ちゃんのお見舞いのため話題は当然入院状況についてのものに。そこで俺たちは彼女が午後には退院することを知った。

 

「それじゃあもう治ってたんですね」

 

 ほっと安堵の息を吐く星梨花ちゃんに、静香ちゃんは「ありがとうございます」と頭を下げた。

 

「元々、入院するほどじゃなかったんです」

 

「油断は禁物です。ちゃんと養生するにこしたことはありませんわ」

 

「そうそう。いくら自分の調子がよく感じても、お医者さんやプロデューサーの判断にはしっかりと従っておくこと」

 

 基本中の基本。まだまだ自分で判断するには経験値が足りてないんだから。

 

「俺の知り合いにも『無理しすぎちゃダメだよ』っていうアドバイスを聞かずに無理しすぎたせいで、本番直前に倒れちゃった子がいるんだから」

 

「えっ、それは……だ、大丈夫だったんですか?」

 

 心配そうな表情を浮かべる桜守さん。

 

「最後の全員でのステージまでには回復したけど、その前の出番はその子も代役に出てもらうことになっちゃったんだよ」

 

 これぐらいのことならばしっかりと分かっているであろう千鶴と星梨花ちゃんも含めて、みんなはこうなるまで無理しちゃダメだよと注意する。

 

(……本当に、リョーさんって何者なんだろう……)

 

 

 

 

 

 

「私それいつまで言われ続けるんですか!?」

 

「んごっ!?」

 

「い、いきなりどーしたんデスか、美波さん?」

 

「も、もしかしてぼく今なにかした!?」

 

「はっ!? ご、ごめんね三人とも……何か突然『自業自得なんだけどもうそろそろ勘弁してくれてもいいんじゃないかな』っていう複雑な心境になって……」

 

「#何事

 #電波発言」

 

「そういう訳が分からないことは、りあむさんの専売特許じゃ……」

 

「どーいうこと!? あかりちゃんの中でぼくはどーいう認識なの!?」

 

「ご、ゴメンね驚かせちゃって! レッスンに戻ろっか!?」

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、このエピソードは教訓として便利すぎて……」

 

「? どうしたんですか?」

 

「いつもの電波だから気にしないでください」

 

「「電波!?」」

 

「あぁ、またですの」

 

「千鶴さん!?」

 

「リョーさん、昔からたまにそういうことありますよね」

 

「星梨花ちゃんまで!?」

 

 一番俺との関わりが少ない二人が千鶴と星梨花ちゃんの反応に驚愕していた。千鶴はともかく、星梨花ちゃんは少しだけ申し訳なさが先に立ってしまうが……まぁ、時間の問題だったということで諦めよう、うん。

 

「ともあれ、大したことにならなかったのは本当に良かったよ」

 

「あ……ありがとうございます、リョーさん。千鶴さんと星梨花さんと歌織さんも」

 

 静香ちゃんは改めてペコリと頭を下げた。

 

「劇場にも出来るだけ早く顔を出します。私のせいでみんなに迷惑をかけてしまって……」

 

 そう言って表情が曇る静香ちゃん。

 

「特に未来には、いきなり私の代わりにステージに立つなんて無茶なことをさせてしまって……ごめんなさいって、ちゃんと謝らないと……」

 

「そんな、迷惑だなんて……」

 

「静香ちゃん、そんな暗い顔をしないで……」

 

 俯く静香ちゃんを見て、まるで自分のことのように悲しそうな顔をする星梨花ちゃんと桜守さん。

 

「……確かに、貴女は本番直前に倒れてステージに立てなくなってしまった。それは間違いなく貴女の失敗ですわ」

 

 そんな静香ちゃんに対して、千鶴はハッキリと事実を告げる。

 

「けれどその失敗は……貴女が人一倍の努力をしたからこそ起こってしまったことですわ。ならば堂々と胸を張りなさい。反省はしても後悔だけはしてはいけません」

 

「そうそう。後悔と違って、反省っていうのは前を向きながらでも出来るから」

 

 後悔っていうのは『その過去をなかったことにしたい』というマイナスの願望だ。いい意味でも悪い意味でも今回の事はなかったことにしてはいけないから、後悔だけはしてはいけない。

 

「練習を頑張りすぎちゃったっていうだけで、頑張ったこと自体は間違いじゃない。自分のしてきたことを信じることも必要なことだよ」

 

 本番直前で不安になることはあるだろうけど、だからこそ自分がしてきた努力を信じることも大事なんだ。

 

「そうじゃないと、最後の確認だって言って無理なオーバーワークする羽目になっちゃうからね」

 

(……芸能関係のお仕事なのかな……?)

 

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

「え、美波さんまたですか!?」

 

「今度はりあむさんの邪念でも受信しましたか?」

 

「べ、別に汗で首筋がエロいことになってるとか考えてないよ!?」

 

「いや、その……ぎゃ、逆にこういうのも悪くないかなって、ちょっと、ゾクッとしちゃったというか……」

 

「美波さん!?」

 

「美波ちゃんがご乱心だぁぁぁ!?」

 

「#救急車

 #119

 #病院が来い」

 

「え、ちが、いや全く違うわけじゃないんだけどそうじゃなくてね!?」

 

 

 

 

 

 

「なんかゴメン」

 

「え、いきなりどうしたんですか?」

 

「それは一体何に対しての謝罪なんですか……?」

 

「ついに自分の人生を悔い改める気になりましたの?」

 

「リョーさん、反省を出来ることはとてもいいことです!」

 

 急に胸に押し寄せてきた申し訳なさの正体と星梨花ちゃんが大分毒されてしまっていることについては一先ず置いておこう。

 

「確かに未来ちゃんは静香ちゃんの代わりにステージに立った。それはハプニング故の偶然で、彼女にとっては突然の試練になってしまったかもしれない」

 

 ゲーム的に言うならば「ボス戦直前に告知無しセーブ無しは無理ゲー」といったところか。うんうん、110番道路のジュプトルはキツいよね。

 

「それでも未来ちゃんはやり遂げた。やり遂げた人間に対して謝罪っていうのは、ちょっと違うと思わない?」

 

「……わたしもリョーさんと同じ考え」

 

 星梨花ちゃんは静香ちゃんの手を優しく握りながらニコリと微笑んだ。

 

「わたしだったら、『ごめんなさい』よりも『ありがとう』の方が嬉しいな」

 

「星梨花さん……そう、ですよね」

 

 静香ちゃんの先ほどまでの暗い表情は、幾分か和らいでいた。これはもう、あとは実際に未来ちゃんと対面してそれを伝えて『でへへ~どういたしまして~』と彼女が笑うことで全て解決だろう。うん、短い付き合いだけどそういう反応をするという自信があった。

 

「……午後に退院するというのであれば、長居しても迷惑になりますわね」

 

「そうですね」

 

「そろそろお暇させていただきますね」

 

「お騒がせしてゴメンね、静香ちゃん」

 

「いえ……騒がしかったのは事実ですが」

 

 この子も言うようになりつつあるな。

 

「でも、嬉しかったです。ありがとうございます」

 

 星梨花ちゃんの言葉をしっかりと守った静香ちゃんは、今日一番の笑顔を見せてくれた。

 

 

 

 

 

 

「話が途中でしたわね」

 

 それぞれ家からのお迎えが来ている星梨花ちゃんと歌織さん(名前呼称許諾済み)と別れ、俺は千鶴を途中の駅まで送迎することになった。

 

 その道中、助手席の千鶴がそう切り出した。

 

「……まぁ、聞かれるだろうとは思ってたよ」

 

 チラリと横目で千鶴を見るが、彼女は顔を窓の外に向けていたためその表情を窺うことは出来なかった。

 

「……俺がそいつと会ったのは夢の中でだった」

 

「夢とは、随分とロマンチックですわね」

 

「いや、そんなにいいもんじゃなかった。寧ろ悪夢に近いよ」

 

「……随分と酷い言い草ですわね」

 

「なにせ手足が生えたリンゴが『食ーべるんご食べるんご』と歌いながら近づいてきて……」

 

「誰が呪いの話の続きをしろと言いましたの!?」

 

 隣から「さっさとお祓いに行きなさい!」というお叱りと共にグーパンチが飛んできた。

 

 あれ、違った? この後、頭に双葉みたいなアホ毛が生えた女の子が出てくるんだけど。

 

「貴方のコ・イ・ビ・トの話ですわ!」

 

「あぁ、そっちか」

 

 そういえば病室に入る直前までそんな話してたっけ。

 

「噂は間違ってないよ。殆ど婚約者に近い恋人が出来たっていうだけの話」

 

「っ……婚約者、ですの。随分と気の早い話ですわね」

 

 確かに俺は二十一歳で、世間一般で言えばまだまだ若造だ。この年齢で身を固めるのは十分早いと言われてもおかしくない。

 

 それでも。

 

「アイツは()()()()()の全てを受け入れてくれるって啖呵を切ってくれた。……男としては情けないけど、それに堕とされちまったんだよ」

 

「……そうですのね」

 

 再び千鶴を見ると、今度はちゃんとこちらを向いていたのでその表情が確認できた。

 

 

 

 ……そんなに優しい目ぇしておいて、お母さんはヤメロって無理な話なんだよ。

 

 

 

(……あれから()()……良かったですわね、良太郎)

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございますわ」

 

「名前、聞かなくて良かったのか?」

 

「それはもう少し先の楽しみとして取っておきます。他のみんなと一緒に、その名前を聞いて驚かせていただきますわ」

 

 駅のロータリーで車を降りた千鶴はそう言ってドアを閉めた。

 

 しかし何かを思い出したらしく、コンコンと助手席の窓と叩いてきたので窓を開ける。

 

「でも、ちゃんと公表した暁にはウチに連れて来なさいな」

 

「……なんで?」

 

「それは勿論、貴方の姉として……姉として! その方にしっかりと挨拶をさせていただきたいからですわ!」

 

 強調するなぁ、姉。

 

「まぁ母親に挨拶するのは当然だからな。分かったよ、おかーさん」

 

「だから――!」

 

 

 

 ――お母さんと呼ぶんじゃありませんわっ!

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「ちーっす! センセー! ……あれ?」

 

「ちょっ、声が大きい……! 先生の迷惑になるだろ……!」

 

「おや、一二三(ひふみ)君、独歩(どっぽ)君。どうかしましたか?」

 

「いや、いつもお世話になってるお礼にウチの店でご飯でも……って思ったんすけど、何かありました? なんか読みながら、こー、眉間に皺が」

 

「何か患者さんのことかもしれないだろ……! 詮索するなって……!」

 

「いえ、私の患者……というわけではないのですがね。少々難しい方がいましてね」

 

「難しい? 病気ってことっすか?」

 

「一二三……! いい加減にしろよ……!?」

 

「病気……いえ、彼のコレは、きっと――」

 

 

 

 ――『運命』なんでしょうね。

 

 

 




・美波失敗談再び
だって使い勝手が良すぎるから……。

・美波@ユニ募のレッスン中
ついに本編では初登場となるあかり・あきら・りあむの三人ユニット『#ユニット名募集中』。外伝では別の名前にしてましたけど、やっぱりこれがしっくり来ますね。
多分美波は先輩として後輩の面倒を見てる途中でした。

・「ぎゃ、逆にこういうのも悪くないかなって」
美波@迷走中

・110番道路のジュプトル
こちとらヌマクローやぞ!?(四倍弱点)

・一二三
・独歩
共にヒプマイの登場キャラで『麻天狼』のメンバー。
もうちょっとセリフがある出番があったときに詳しく説明をば……。
気になる人はググってね☆(個人的には独歩ちん好き)



 というわけで静香お見舞い編兼千鶴編の序章でした。うん、序章。

 彼女の場合はヒロイン的な意味よりも良太郎の過去を知るキーパーソン的な立ち位置の方が強いので、その辺りの話はもうちょっと先になります。

 ……最後の会話? はて?(すっとぼけ)

 ではまた次回!


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Lesson258 ワタシのミライ

意味深なタイトル。


  

 

 

 ――こんにちは、未来。

 

 ――えぇ、体は大丈夫よ。

 

 ――……未来、ありがとう。

 

 ――何って、私の代わりにステージに立ってくれたお礼よ。

 

 ――そして……ステージデビューおめでとう。

 

 ――これから一緒に頑張っていきましょう。

 

 

 

(……よし! これね!)

 

 脳内シミュレーションの結果に満足した私は、うんと内心で力強く頷いた。

 

 定期公演が行われた週末が明けた月曜日。昨日退院したばかりとはいえ、殆ど回復した私は通常通り授業を受け、放課後になると未来の教室へとやって来た。目的は勿論、彼女にお礼を言うためだ。

 

 昨日まではずっと「迷惑をかけてごめんなさい」と謝るつもりだったが、お見舞いに来てくれた星梨花さんの「『ごめんなさい』よりも『ありがとう』の方が嬉しい」という言葉に少しだけ考えを改めた。

 

 申し訳ないという気持ちは薄れていないが、それでも私は未来に『ありがとう』という感謝の言葉と『おめでとう』という祝福の言葉を伝えたいと思ったのだ。

 

(だって未来は、私にとって……)

 

 ガラリという教室のドアが開く音に顔を上げる。どうやら未来のクラスのホームルームが終わったようだ。先に自分のクラスのホームルームが終わって廊下で待っていた私は、背にしていた廊下の壁から離れる。

 

 しかしちょうどそのタイミングでスカートのポケットの中のスマホが震えた。取り出してみると母親からの着信だった。一瞬未来が来てしまうのではないかと躊躇してしまったが、()()が脳裏を過り無視することが出来なかった。

 

 チラリと教室のドアを一瞥してから、私は通話をするためにその場から離れるのだった。

 

 

 

「よし! 静香ちゃんの教室にいこーっと! 昨日退院したって言ってたから、今日は来てるよね!」

 

 

 

「もしもし、お母さん? ……今? まだ学校だけど。……大丈夫、今日は劇場には行かない。明後日まではまっすぐ帰ってちゃんと休むわ。……お父さんとの()()だもの」

 

 最後に「だからちゃんと帰るって!」と語気を強めてから通話を終了する。電話の内容は予想していた通り『まだ退院したばかりなのだからまっすぐに帰ってきなさい』と確認というか念押しをするものだった。

 

(……仕方ない)

 

 今未来と会ってしまうと、話が長くなってしまう予感がある。きっと未来はステージでのことを事細かに話そうとするだろうし、私もそんな未来の話をゆっくりと聞きたかった。明日ならばきっと今日よりも時間を取ることが出来るだろう。

 

 少しだけ後ろ髪を引かれる思いを胸に抱きつつ、私は未来の教室に背を向けて昇降口へと向かうのであった。

 

 

 

「えっ!? 静香ちゃん、もう帰っちゃったの!? 学校には来てたんだよね!?」

 

「うん、なんか急いでたみたいだよ」

 

「そっか……ありがと」

 

 

 

 

 

 

 ――千鶴さんから話は聞いてるわ。

 

 ――翼に誘われてステージに立ったんですって。

 

 ――ふふっ、きっと大変だったんでしょうね。

 

 ――でも、楽しかった……でしょう?

 

 ――そう思えたのであれば、貴女も立派なアイドルよ。

 

 

 

(……なんていうのは、流石にカッコつけすぎかな……)

 

 翌日も放課後になると私は未来の教室へと向かった。今日は昨日よりもホームルームが遅くなってしまったが、それでも流石にまだ未来も帰ってはいないだろう。

 

 今日はあらかじめ母親から『学校で少しだけ友だちとお喋りしてから帰る』という旨を説明してあるので、早く帰って来いという催促の電話がかかってくることはない。今度こそ、未来とステージの話を……。

 

「……え、居残り?」

 

「そーそー」

 

 一向に教室から未来が出てこないので彼女のクラスの友人に事情を聞いてみると、返って来た答えはそんな情けないものだった。

 

「未来の奴、英語の授業で宿題忘れと居眠りでバカのコンボ決めちゃってさ」

 

 ぐうの音も出ないの程のバカのコンボだった。何故よりにもよって厳しいことで有名な英語教師の授業でそれをしてしまったのか……。

 

「何か伝言ある?」

 

「……いや、また明日にするわ」

 

 まさか未来の方の都合が合わないとは思っていなかった……仕方がない。また明日出直すことにしよう。

 

「わざわざありがとうね」

 

「なんのなんの。また明日の委員会でね」

 

 ……ん?

 

()()()?」

 

「あれ? 忘れてたの? 最上さんにしては珍しいじゃん」

 

 ……すっかり忘れていた。私はクラス委員長で、明日は委員会の日だった。

 

 委員会はいつも一時間ほど時間がかかる。しかも最近では直近に控えている文化祭の話し合いという普段より時間がかかる内容だ。きっとそれが終わることには未来も帰ってしまうことだろう。どうやら今日だけでなく、明日も未来には会えそうになかった。

 

 教えてくれてありがとうと友人にお礼を言いつつ、私は未来の教室を後にした。

 

(……でも)

 

 今日と明日はダメでも、明後日はようやく劇場へと行ける日だ。そこでならゆっくりと話すことが出来るだろう。

 

 そう前向きに考えて、私は無理やり足取りを軽くしながら帰宅するのだった。

 

 

 

 

 

 

未来ちゃん

 

最近静香ちゃんと

会えてないんですぅぅぅ!

16:10

 

 

 

 

 そんな嘆きのメッセージが未来ちゃんから届いたのは、静香ちゃんのお見舞いへ行った日の翌々日、つまり未来ちゃんの初ステージの日から三日後のことだった。

 

 普段ならば多忙な身ゆえに早々に返信することは難しいのだが、たまたまロケバスでの移動時間だったために軽くメッセージを返す。

 

 

 

 

既読

16:32

いきなりどーしたの?

 

こないだの初ステージのこととか16:33

 

今度は一緒にステージに立とうねとか16:34

 

そーいうのを話したいんですけど16:35

 

なんかタイミングが合わなくて……16:35

 

既読

16:37

メッセージとかじゃダメなの?

 

既読

16:37

……っていうのは流石に無粋かな

 

むわく?16:39

 

既読

16:41

ぶすいって読むんだよ

 

 

 

 

 ちくしょう、不意打ちだったからちょっと笑ってしまった。

 

 

 

 

やっぱり直接話したいです16:44

 

既読

16:46

まぁそうだよね

 

既読

16:47

となると夜寝る前の電話とかもダメか

 

その手がありました!16:49

 

 

 

 

「それでいいのかよっ!」

 

「? 良太郎君、どうかしたの?」

 

「あぁいえ。なんでもないですよ、あずささん」

 

 思わず声に出してツッコミを入れてしまったところ、停車中ということもあって前の座席に座っていたあずささんが振り返って顔を出して来た。

 

「しいて言うなら、そちらの事務所の若い子のお悩み相談中といったところですかね」

 

 相談というよりも寧ろ愚痴を聞いているだけのような気もするが。

 

「ウチの事務所……?」

 

「『周藤良太郎』君に悩みを聞いてもらえるなんて、凄い幸せな子なんですね」

 

 首を傾げるあずささんの隣に座っていた楓さんもひょっこりと顔を出して来た。美人二人が前の座席から顔を覗かせているという、なんとも素晴らしい絶景が目の前に広がっていた。しかも三浦あずさと高垣楓のツーショットなのだから、出るとこに出れば数万円の値が付きそうな光景である。

 

「いえ、相手は俺が『周藤良太郎』だとは知りませんよ」

 

「まぁ、なんだかワクワクする状況ですね」

 

 そう言って目を輝かせる楓さん。付き合いが長くなり分かったことだが、この人結構悪戯好きというか、子どもっぽいというか、それでいて基本的にはクールな大人のお姉様なのだから本当にズルい。

 

「お二人とも、信号が変わりますから……」

 

「「はーい!」」

 

 通路を挟んで反対側の席に座っていた美優さんからのやんわりとした注意に、お姉様二人は元気よく返事をして座席に座り直した。

 

「今更ウチの事務所で、良太郎君のことを知らない子なんていたかしら~?」

 

 どうやらあずささんはそれが気になっているようだ。

 

「勿論オールスター組にはいないですよ。新キャラ加入とかそーいうのがなければ」

 

「なんですか、その新キャラって……」

 

 美優さんから訝し気な目で見られてしまった。

 

 なんというか……こう、近い将来765プロの関係者の知り合いから新しいアイドルが生まれそうな、そんな予感が……。

 

「全ては五月二十七日に分かるかもしれません!」

 

「もう過ぎてますけど……!?」

 

 最近、作中内時系列がイマイチ適当なんだよなぁ……多分春以上夏未満ぐらい……?

 

「……あっ! もしかして劇場の新人さん?」

 

 どうやらずっと考えていたらしいあずささんが、ようやく答えに辿り着きポンと手を叩いた。

 

「そっか、可奈ちゃんたちよりも後に入って来た子には、まだ会ってないものね~」

 

 まぁその中にもかなりの数の知り合いが紛れ込んでいたわけなんだけど。

 

「どう? 新人ちゃんたちの中に、良太郎君のお眼鏡にかないそうな子はいた?」

 

「さぁ、どうでしょうね?」

 

 軽くはぐらかしてそろそろこの会話を終わらせることにする。どうやら目的地まで目と鼻の先のようだ。

 

「それじゃあ、今日はよろしくお願いします、あずささん、楓さん、美優さん」

 

「はぁい、よろしくお願いしますね、良太郎君」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

「よ、よろしくよろしくお願いします……え、えっと……」

 

 あずささんと楓さんがにこやかに挨拶を返してくれた一方で、美優さんは何処か浮かない表情だった。これから収録だっていうのに、そんな表情じゃファンのみんなが喜んでくれませんよ?

 

「も、勿論お仕事ですから、頑張りますけど……」

 

「けど?」

 

 

 

「……お願いですから皆さん、ほどほどにしてください……!」

 

 

 

「えぇ!」

 

「勿論!」

 

「任せてください!」

 

 

 

 夕方から夜まで()()()()()()()という、人によっては天国にも地獄にもなりえそうな今回のロケ番組。笑い上戸(あずささん)ウワバミ(かえでさん)ザル(おれ)の気持ちの良い返事に、美優さんは無言のまま両手で顔を覆うのだった。

 

 

 




・某メッセージアプリ画面
二度とやらないとか言いつつ『かえでさんといっしょ』の方で毎月やってたから慣れた。

・楓さん久しぶりの登場
名前だけはちょいちょい出てたけど、本編登場っていつぶりなんだろうか……。

・あずさ&楓&美優
梯子酒ではないけれど、番外編ラストのアレみたいな奴。
頑張れ美優さん! 貴女が唯一の良心だ!

・近い将来765プロの関係者の知り合いから新しいアイドル
まだ名前は明かさないけど、最近紹介された15歳でB88のあの子だよ!
15歳でB88!?



 怪しげなタイトルですが、未来と静香の文化祭編になっております。

 恐らくそれほど大きな変化というか進展は……が、頑張ってアイ転らしくします!


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Lesson259 ワタシのミライ 2

その感情の名前は。


 

 

 

 最近、静香ちゃんとちゃんとお話が出来ていない。具体的には私が初めてステージに立った日の前からずっと。

 

 静香ちゃんが体調不良で入院してしまったときはしょうがないと思う。お見舞いに行こうかと思ったのだが、すぐに退院すると聞いてから学校で話せると思っていた。でも静香ちゃんの用事や私の補習などで全然放課後に会うことが出来なかった。

 

 だからリョーさんから提案された『夜、寝る前に電話する』という案を本当に名案だと思ったので、その日の晩に早速実践するつもりだったのだが……。

 

「まさか、静香ちゃんのウチは夜九時以降のスマホの使用が禁止されていたとは……」

 

 今時のジョシチューガクセーに対してなんたる仕打ちと私が憤るのは間違っているとは思うのだが、それでも静香ちゃんと電話できなかったことへの不満は募る。

 

「明日は私、事務所には行かないしなぁ……」

 

 聞いた話では、明日ようやく静香ちゃんが事務所に出てくるらしい。事務所でならば、ライブのときの映像を見つつゆっくりと話を出来ると思ったのに……。

 

「でも諦めない!」

 

 明日がダメでも明後日がある! 明後日がダメならばその次の日がある! 私は諦めないゾー!

 

「せめて文化祭までには……ん?」

 

 スマホがメッセージの受信を告げる。もしかして静香ちゃん!? かと思ってスマホに飛びつくが、そこに表示されていたのは全く違う友人の名前だった。

 

 えっと、何々……。

 

 

 

「明後日? 放課後? 委員会?」

 

 

 

 なんのこと?

 

 

 

 

 

 

「まず初めに語るべきは最初の入りの場面でしょう! 『わぁ~、ひとたくさんだねー』という第一声と『マイクってもう入ってるんですか!?』という二言目は、確かにアイドルとして本番のセリフとして演出的には間違っているのかもしれません! けれどたったそれだけの言葉では『春日未来』が一体どんなアイドルなのかを正しく理解をしたはずです! ちょっとだけ天然が入った元気っ子! 翼ちゃんの隣に並んでも引けを取らないその明るいキャラクターを一瞬で理解してもらったんです! こんな簡潔で有用な手段を意図せずに行ってしまう未来ちゃんはある意味でアイドルとしての才能があるのではないかとありさは考えます! そしてそこから始まる翼ちゃんとの『GO MY WAY!!』! そのパフォーマンスに関しては残念ながら完成度が低いと言わざるを得ないでしょう! 歌もダンスもミスが見受けられましたが、それは今回に関しては仕方がないので触れないでおきます! しかし今回のステージで特筆すべきパフォーマンスのクオリティーなんかでは断じてありません! それはアイドル性! 未来ちゃんのアイドル性について語らせていただきたい! 曲の間奏中に翼ちゃんに手を引かれてステージの前方に出来た未来ちゃんは、表情が変わりました! それまで楽しそうに歌っていた笑顔が、キュッと! こうキュッと眉が吊り上がって真剣な表情に変わったのです! ちくわ大明神! そして次の瞬間、風が吹いたんです! えぇ、間違いなく吹きました! 風です! 空調の変化などといったそんな無粋なものではなく、未来ちゃんの歌で風が吹いたんです! 客席にいたリョーさんがハッキリと証言してくれたので間違いありません! ことアイドルに関してはこのありさが一目を置くリョーさんが太鼓判を押したのです! その風はきっと! 彼女が本当に意味でアイドルとなり巻き起こしたもの! それまで翼ちゃんがメインだった会場の空気を全て自分の空気に書き換えてしまったのです! まさに! まさにアイドル! しかもこれは全て! 全て静香ちゃんのため! あぁなんと! なんと素晴らしいアイドル友情物語! 倒れてしまった友のために、初めてマイクを握りステージへと飛び出していった少女は、友のために歌ったのです! ありさは涙が止まりません! けれどこの涙を拭く暇があるのならば私はその友情をもう一度この目に焼き付けたい! しかし涙が滲んで画面が見えないというジレンマ! ありさに目が三つあったならば二つの目で涙を流し残りの一つで画面を見ようと思いましたが多分三つとも号泣してしまって何も見えませんね! というわけで静香ちゃん、ライブの映像を流しますが心の準備はよろしいですか!?」

 

「アッ、ハイ」

 

 事務所で亜利沙さんに先日のライブの映像を見せてもらおうと思って話しかけた結果がコレである。途中から軽く聞き流していたので話してくれた内容の半分も理解できていないが、とりあえず未来は頑張っていたということだけは伝わって来た。

 

 ……未来、頑張ったのね。

 

(それも、私のために)

 

 心の中がジンワリと熱くなり、思わず頬が緩む。

 

「あっ、静香ちゃんだー! やっほー!」

 

「翼」

 

 亜利沙さんが映像の準備をしてくれているのを待っていると、控室に翼が入って来た。

 

「体治ったんだ!」

 

「えぇ、もうすっかり。……珍しいわね、貴女がこんなに早く来るなんて」

 

 いつもの翼ならばレッスンの時間のギリギリまで外でフラフラしているはずなのに。

 

「この前のライブの映像を見せてくれるっていうから~」

 

「そうだったの。ちょうど良かったわね、今亜利沙さんが準備をしてくれているわ」

 

「……映画でも見るの?」

 

「え?」

 

 翼は一体何を言っているのかとチラリと亜利沙さんを見ると、なんか壁に白い布を張ってプロジェクターの角度を調整していた。そして次はスピーカーの位置を動かして……え、音響まで弄るつもりなんですか?

 

「……もうちょっと時間がかかりそうね」

 

「そうだねー」

 

 翼は「お隣しつれー」と言いつつ私の横のパイプ椅子に座った。

 

「……えっと、翼もごめ……ありがとう。私がいなくなっちゃった分、カバーしてもらって」

 

 咄嗟に謝罪の言葉が口をついて出そうになったが、星梨花さんの言葉を思い出してなんとか飲み込むことが出来、代わりに感謝の言葉を翼に告げた。

 

「えへっ、全然ヨユーだったよ!」

 

 頬杖をつきニューっと猫のように目を細める翼は「それに」と言葉を続けた。

 

 

 

「未来とわたし、けっこー相性いいみたいだし!」

 

 

 

 ………………。

 

「……そう、なのね」

 

「うん! 未来のフリってめちゃめちゃでさー! だからわたしも自由に出来てやりやすいんだー!」

 

 それをやりやすいと言っていいのか……という私のツッコミの言葉は、何故か口から出てこなかった。

 

「あっ! そうだ! プロデューサーさんが来月のイベントで改めてわたしと静香ちゃん二人のステージを作ってくれるんだって! ね? ね? 何歌う? ……あれ? 静香ちゃん? おーい、もしもーし?」

 

 

 

「最上さん」

 

 

 

「っ、はい!?」

 

「……聞いているのですか?」

 

「つ、紬さん……」

 

 名前を呼ばれて慌てて顔を上げると、ちょうど控室に入って来たばかりの白石紬さんが鋭い目つきで……それでいて心配そうな表情をしていた。

 

「す、すみません、ぼーっとしていました」

 

「私が話しかける前に、散々伊吹さんからも話しかけられていたようですが?」

 

「翼もごめんなさい……」

 

「んーん、気にしてないよー」

 

 紬さんに促されて翼にも謝罪すると、彼女はフルフルと首を横に振った。

 

「まだ調子が悪いのであれば、無理に出てこない方がいいのではないですか。また大事なときに倒れてしまったら、再び色々な人に迷惑をかけてしまうことになりますよ」

 

「っ……」

 

「うっひゃ~……紬さんきびしー……」

 

 紬さんの目つきに怯えた翼が私の影に隠れる。

 

「私が特別厳しいというわけではありません。皆さんが甘いのです、プロならば体調管理も仕事のうちのはずですよ」

 

 紬さんはピシャリとそう言い切った。

 

 ……確かに、紬さんの言う通りだ。

 

「ごめん翼、やっぱり今日はもう帰るわ。まだ調子が悪いみたいだから」

 

「え~? また話したいことがいっぱいあったのに~」

 

 荷物をまとめて立ち上がると、翼は「入口まで送ってあげる~」と引っ付いてきた。正直歩きづらくてうっとうしいが、振り払うのも面倒なのでそのままにすることにした。

 

「それじゃあ、お先に失礼します」

 

「……お疲れ様です」

 

 

 

「……よし! 準備出来ましたよ! ……アレ? 静香ちゃんはどこへ? 翼ちゃんの声も聞こえたような気がしたのですが……あっ、紬ちゃん、今ここに二人がいませんでしたか?」

 

「……い、言い方キツかったかな……い、いやでもこういうことはキチンと言っとかんとアカンし、他の人に迷惑かけたら最上さん自身が気を病んじゃいそうだし……でも、うちだってまだ人のこと言えるような立場じゃないのに偉そうなこと言って……あああぁぁぁ……」

 

「……よく分かりませんが、とりあえず苦悩している姿も大変可愛らしいので一枚撮っておきましょうか」

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 久しぶりに事務所へと顔を出した翌日、私は再び放課後の委員会に参加しながらため息を吐いた。

 

(委員会、早く終わらないかしら……)

 

 文化祭の準備がそんなに早く終わるとは思えないが、それでもそう思わずにはいられなかった。

 

 結局、未だに未来とは顔を合わせることが出来ていない。軽いメッセージのやり取りはあっても、お互いに意図的にライブのときの話はしていなかった。きっと私も彼女も、直接会って話をしたいという気持ちは同じなのだ。

 

(……でも)

 

 亜利沙さんに褒められる未来。翼に認められる未来。……私の代わりにステージに立って、無事にライブを成功させた未来。そんな彼女のことを考えると、心の奥で何かがくすぶるような感覚を覚える。

 

 この胸のモヤモヤは一体……。

 

「えーっと、次にお昼のステージ企画だけど、まずは紹介したい人がいるので全員注目!」

 

「っ」

 

 いけない、またボーッとしてしまっていた。

 

 黒板の前に立っていた文化祭実行委員長の言葉に、私は顔を上げる。

 

「……え」

 

「よ、呼ばれて来たんですけど、私何かやっちゃいました?」

 

 そこには、何故か未来がいて――。

 

 

 

「芸能事務所765プロからアイドルデビューした、二年A組の春日未来さんだ!」

 

 

 

 ――そんな委員長の言葉に、教室中が湧き上がった。

 

「えぇ!? 765プロって竜宮小町とか星井美希の!?」

 

「うっそ、マジで!?」

 

「スクールアイドルじゃなくて、事務所アイドル!?」

 

「もうテレビ出てるの!?」

 

「いつデビューしたの!?」

 

 盛り上がる生徒たちに混乱しているのは私だけじゃなく、大々的に紹介された未来自身も何が起こっているのかよく分かっていない様子だった。

 

「春日さんには、生徒を代表して文化祭のステージをお願いしたい! どうかな!?」

 

「えっ、ステージですか!? 立っていいんですか!?」

 

 委員長の言葉に、パッと顔を明るくする未来。

 

「あぁ、勿論! 頼んだよ――」

 

 

 

 ――我が学校のアイドル!

 

 

 

「………………」

 

 胸の奥のくすぶりは。

 

 いつの間にか。

 

 

 

 『痛み』に代わっていた。

 

 

 




・静香ちゃんのウチは夜九時以降のスマホの使用が禁止
作者の偏見。でもあの父親ならそれっぽくない?

・亜利沙の長セリフ
読み飛ばした人、正直に手を挙げなさい。

・ちくわ大明神
「誰だ今の」

・白石紬
番外編47以来の再登場! 原作ではここは志保が登場したシーンですが、彼女ならば代役が務まるのではないのかと思い登板していただきました。
……つまり、今後志保が登場するはずだったシーンでは……?

・「……い、言い方キツかったかな……」
本当に心配してるのに言葉選びが下手な紬ちゃんUC

・『痛み』
逆流性食道炎ではないです。



 何故か原作よりもシリアス感が増してる理由は『志保がいなかったから』となっております。だからと言って紬ちゃんは悪くありませんので念のため。

 良太郎ー! さっさと出てきてシリアスブレイクしてくれー!


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Lesson260 ワタシのミライ 3

※寒暖差注意(シリアスとネタ的な意味で)


 

 

 

「良太郎、この間はウチのあずささんが世話になったみたいね」

 

「いやいや世話なんて。お酌し甲斐のある飲みっぷりで、こっちも楽しいお酒を飲ませてもらったよ」

 

「……嫌みって知ってる?」

 

「今のりっちゃんの言葉でしょ?」

 

「そうよねアンタに嫌みが効くわけないわよね……! 私が間違ってたわ……!」

 

「自分を卑下するのはよくないな、りっちゃん。なにか悩み事があるなら相談に乗るぞ」

 

「……そうね……先日ウチのアイドルがロケだっていうのに本気で酔っ払ってスタッフや他事務所のアイドルに大変な迷惑がかかったことと、そのアイドルが事務所に帰ってきてから色々と大変だったこととか、その辺りの話を聞いてもらってもいいかしら?」

 

「大丈夫、俺は迷惑になんて思ってないから」

 

「アンタのことは一切考慮しとらんわぁぁぁ!」

 

 そう叫びながら繰り出されたりっちゃんの右ストレートを腹筋で受け止めるところまでが、今回のお話のオープニングアバンである。

 

 

 

「ったく、あれだけ『沢山飲ませないで』って言っといたっていうのに……」

 

「フリかと思って」

 

 視聴者的には酔ったあずささんと楓さんと、ついでにそんな二人を相手にしてアワアワしてる美優さんを期待しているはずなのだから、それに応えるのがアイドルというものである。

 

 そして俺は優しいので『そもそもそれが嫌ならオファーを受けなければ良かったのでは?』というマジレスはしない。きっとりっちゃんも心の奥底ではそれを『美味しい』と感じているに違いない。

 

「現に滅茶苦茶可愛かったぞ、酔いどれあずささん。酔いどれ楓さんと並んで、それはもう行動一つ一つが取れ高の塊」

 

 いやー俺だけ先に見ちゃって悪いなー全然酔わないタチだから完璧に記憶しちゃって悪いなー放送するまでみんなにはお見せできないのが本当に悪いなー。

 

「それで、わざわざそれに対する文句を言うためだけに来たわけじゃないでしょ?」

 

 いくら顔なじみのりっちゃんとはいえ、わざわざテレビ局の楽屋まで文句を言いに来るほど暇ではないだろう。

 

「そうね、アンタを一発殴るのはあくまでも目的の一つよ」

 

 多分それは目的ではなくサブターゲットとかデイリーミッションとかその辺りの言葉の方が適していると思う。

 

「アンタ、最近ウチの劇場周辺によく出没するらしいじゃない」

 

「扱いが完全に不審者のそれ」

 

 『出没』という点もそうだが、『劇場周辺』なんて言葉のチョイスが特に不審者目撃情報の書き方っぽい。

 

「その辺りの話はこの前、千鶴さんから聞いてるわ」

 

 それは説明が省けるからありがたい。正直その辺りのやり取りを何回もやるとそろそろ飽きてくる人もいるだろうから。

 

「未来ちゃんはプライベートでもなんか懐かれてるからね、放っておけないというか無下に出来ないというか」

 

 なのはちゃんが良く出来た素直な妹、凛ちゃんがちょっと生意気な妹とすると、未来ちゃんは少しだけ手のかかるバカわいい妹、という感覚である。

 

 それに、未来ちゃんにはこの間のステージでいいものを見せてもらった礼がある。いつか彼女にも是非()()()()()()()ってやつを見せてあげたいものだ。

 

「あと静香ちゃんは……」

 

 そしてある意味で、彼女の方が未来ちゃんよりも気になっているアイドルだ。

 

「この間も直接会って話したけど……()()()()よね?」

 

 静香ちゃんはこの業界ではよく見かける『何故か人生に焦っている』タイプの人間だ。少し目を離すといつの間にか泥沼に嵌ってしまっていそうな、そんな危うさを静香ちゃんから感じていた。

 

 昔の千早ちゃんや志保ちゃんを見ているような感覚。特に志保ちゃんは俺自身が彼女の考えを歪めてしまい、その罪悪感が未だに胸に燻っている。まさかまた自分が……とまでは流石に考えないが、それでも気になってしまうのだ。

 

「………………」

 

「多分りっちゃんは、その理由を知ってるんだよね」

 

 俺の問いかけに対して、りっちゃんは眼鏡を押し上げながら無言で首肯した。

 

 何も言わないってことは、多分俺が聞かない方がいいことか、それともりっちゃんの口から話すわけにはいかないことか。どちらにせよ、無理に聞き出すことは出来そうにない。

 

「……ねぇ、良太郎」

 

「ん?」

 

 不意にりっちゃんに名前を呼ばれ、その声色がいつもと違うことに首を傾げる。それはいつもの気軽なものではなく、かといって重いものでもなく。何かを悲しむような、そんな彼女にしては珍しい声。

 

「アンタは昔からアイドルで、今もアイドルで、これからもアイドルで。そうあり続けたアンタを否定したいわけでも非難したいわけでも、糾弾したいわけでもない」

 

 「でもね、良太郎」とりっちゃんは力なく首を横に振った。

 

 

 

 ――本当に()()()()()子もいるの。

 

 

 

「………………」

 

「静香は頭がいいわ。今自分が置かれている状況をちゃんと把握していて、そしてその覚悟をしっかりと決めてからウチの事務所の扉を叩いた。ちょっとずつ経験を積んで足場を固めて……それが()()()()()、それでも()()()()()()と知っているからこそ、あの子は焦ってるんだと思う」

 

 ……そうか。

 

「そうだよな……」

 

 ずっとアイドルで居続けると、居続けたいと、死ぬまで俺はアイドルなんだと、そう考え続けていた俺は、そんな単純なことを失念していたようだ。

 

「悪い、りっちゃん」

 

 言い訳するつもりはないが、俺は『輝きの向こう側』に居すぎたのかもしれない。

 

「この件に関しては、アンタは何も悪くないわ。でも、本気であの子が自分の問題と向き合って、それでも苦しむようなことがあれば……そのときはアンタが力を貸してあげて。アンタなら、あの子の問題を解決できるかもしれないから」

 

「勿論」

 

 俺に出来ることがあるなら何でもするさ。

 

 

 

「ん? 今、何でもって」

 

「えっ、りっちゃんがそれ言うの?」

 

「わ、私だってシリアスに耐え切れないことぐらいあるわよ!」

 

 

 

「ん?」

 

 りっちゃんの捨て身のシリアスブレイクのおかげで空気が和んだところで、スマホが机の上でPUIPUIと鳴き始めた。

 

「……何その音」

 

「最近流行ってるから」

 

 全く俺を含めて人類は愚かだぜ……っと、どうやら未来ちゃんからの電話らしい。

 

 りっちゃんにスマホを振って確認を取ると、彼女は「また今度でいいわ」と言って楽屋を後にしてしまった。どうやら話したかったことは全て話せなかったようだ。

 

 はてさて、バカわいい妹っぽい子がいきなり電話をかけてきた理由はなんだろうかなっと。

 

「はいはいこちらアイドル電話相談センター、担当リョーさんが承り――」

 

 

 

『静香ちゃんに嫌われたかもぉぉぉ!!!』

 

 

 

 鼓膜ないなった。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……! はぁ……!」

 

 大きくラケットを振りかぶる。強く打たれたテニスボールは練習用の壁に飛んでいき、そして跳ね返ってくる。その跳ね返って来たボールに、私は再びラケットを叩きつける。

 

 それは、紛れもなくやつあたりだった。

 

 

 

 ――ねぇ! 静香ちゃん!

 

 ――静香ちゃんも一緒にやろーよ!

 

 

 

 それはあの日、文化祭の委員長からお昼のステージをゲストとして任された未来から投げかけられた言葉だった。

 

 

 

 ――私、一番静香ちゃんと歌いたいの!

 

 ――だからお願い!

 

 

 

 彼女のその言葉は、きっと嘘偽りなかった。屈託のないいつもの笑顔で私の腕を軽く引っ張ってくる彼女を……。

 

 

 

 ――やらないってば。

 

 

 

 ……私は力任せに振り払った。

 

 

 

 ――未来はいいわよね、そうやって好きなことして。

 

 ――でも私は違う。

 

 ――何でもできるわけじゃない。好きにやらせてもらえない。

 

 ――私には時間がないの。立ち止まってる場合じゃないの。

 

 ――なのに、なのに……!

 

 

 

 ――どうして……!

 

 

 

「……うわあああぁぁぁ!」

 

 叫びながら、力任せにラケットを振り回す。

 

 違う、私はこんなことを言いたかったわけじゃないかった。未来にこんなことを言いたくなかった。でも気が付いたときには口にしてしまっていた。

 

(私は、私は……!)

 

 せめてこのお腹の奥底で蠢く黒い感情を発散させようと、テニスの練習場へとやって来たというのに、ラケットを振る度にそのときのことがリフレインされてしまう。

 

(違う、違う、違う……!)

 

 私は、未来に、未来に……!

 

「っ、しまっ……!?」

 

 力任せにラケットを振り続けた代償に、ついにボールはあらぬ方向へと飛んで行ってしまった。ボールは練習場のフェンスを大きく飛び越え、近くの公園の遊歩道へと向かい――。

 

 

 

 スコーンッ!

 

「あいったぁぁぁ!?」

 

 

 

 ――そんな若い女性の声に、私は血の気が引くのを感じた。

 

(人に、当たって……!?)

 

 ラケットを放り投げて慌ててそちらへと駆け出す。

 

 声が聞こえてきた方へと走っていくと、そこには三人の制服姿の女性がいて、その中の一人が道の真ん中に座り込んでいた。きっと彼女たちだと声をかけようとして――。

 

 

 

「いったぁぁぁ……!? え、大丈夫!? 私の頭取れてない!?」

 

「辛うじて」

 

「辛うじて!? えっ!? 何!? 首の皮一枚で繋がってるとかそういう感じ!?」

 

「それにしても凄い気持ちのいい音がしたよね……私ちょっと感動しちゃった」

 

「しぶりんは感動する前に私の心配してもらってもいいかなぁ!?」

 

「だ、大丈夫ですか未央ちゃん!? 頭は大丈夫ですか!? 頭はおかしくなってないですか!?」

 

「しまむーは心配してくれるのはいいけど言い方ぁ!」

 

 

 

 ……なんか一瞬「大丈夫そうかなー」とか思っちゃったけど、そうじゃないと首を振る。

 

「あ、あの、すみませんでした!」

 

「あー大丈夫大丈夫。でも気を付けてね」

 

「それしぶりんが言っちゃうの……いや別にいいんだけどね……」

 

 蹲っているセミロングの茶髪の女性の代わりに、黒髪ロングの女性が「はいこれ」とテニスボールを手渡してくれた。

 

「……ん? しぶりん……? 未央ちゃん……? しまむー?」

 

「「「あっ」」」

 

 何やら聞き覚えのある呼び方に、よくよく見れば見覚えのある姿。寧ろ見覚えがあるという表現の仕方が失礼なぐらいに、彼女たちは有名人だった。

 

 

 

「にゅ、ニュージェネレーションズ……!?」

 

 

 

「……うん、まぁ」

 

「そうだよねー……」

 

「バレますよね……」

 

 

 




・酔いどれあずささん
・酔いどれ楓さん
俺も見たいぞ!(ただの願望)

・良く出来た素直な妹
・ちょっと生意気な妹
・少しだけ手のかかるバカわいい妹
美由希「あの」

・そんな単純なことを失念していた
久しぶりの良太郎反省ポイント

・「ん? 今、何でもって」
りっちゃん渾身のシリアスブレイクがコレである。

・PUIPUI
凄い勢いで流行っててビックリ。



 ネタとシリアスが行ったり来たり、まるで現実世界の寒暖差みたいだぁ……(最近暖かくなりましたね、という挨拶)

 志保がいなかったりちょっとした差がありやや原作よりも険悪ムードですが、ここでニュージェネの登場です! 未来は良太郎が相手をしますので、静香はニュージェネの三人にお任せします!

 勿論この三人になった理由も……?



・どうでもいい小話

 年明けてからの作者のガチャ事情

ミリシタ 志保→恵美のSSRコンボ
デレステ 唯→楓のSSRコンボ
ポプマス 唯&恵美同時実装

 運営が俺を仕留めに来ている……!


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Lesson261 ワタシのミライ 4

ニュージェネのアイドル相談コーナー!


 

 

 

「こうやって三人でのんびり歩いて帰るのも、なんだか久しぶりですね!」

 

「そうだね」

 

「最近は私たちもすっかり人気者だからね~!」

 

 レッスンを終えた私たちニュージェネは珍しくその後の予定がなにも無かったので、久しぶりに三人一緒に帰路へついていた。

 

「いやホント、一年前からは考えられないぐらいの人気っぷりじゃない? 我らながら!」

 

「ホントですね……」

 

 近道として運動公園の敷地内を歩きながら、ジュース片手に最近の私たちニュージェネレーションズの話。半年前までながら未央に「あんまり調子に乗ると痛い目をみるよ」というツッコミを入れていたところであるが、今となっては卯月と共に同意せざるを得ない。

 

 あの『シンデレラの舞踏会』から半年が経ち、私たちもようやく『アイドル』だと胸を張れるようになった。

 

「まさか巷では『346プロダクションの新たな顔』とまで呼ばれるようになるなんてね」

 

「あはは……ちょっと恐れ多いですけどね」

 

「でもでも、それだけ期待されてるってことだから、より一層頑張らないとね! それこそピーチフィズやケットシーに負けないぐらい!」

 

 そこで『魔王エンジェル』や『Jupiter』って言わない辺り、わきまえていると言えばいいのか日和っていると言えばいいのか。

 

「はい! これからも頑張りましょう! 未央ちゃん! 凛ちゃん!」

 

「……まぁ、そうだね。ここまで来たんだから、まだまだ行けるところまで行きたいよね」

 

 始めはただ『三人でアイドルを続けられる』だけで良かった。けれど今では『三人でアイドルの高みへ行きたい』と、そう考えている。

 

 『周藤良太郎』を超える……とは流石にちょっと言えないけど。それでも……私も、彼らが活躍する『輝きの向こう側』を覗いてみたかった。

 

「行ける行ける! 今の私たちは、飛ぶ鳥を落とす勢いなんだから!」

 

 そう大声で意気込む未央は――。

 

 

 

 スコーンッ!

 

「あいったぁぁぁ!?」

 

 

 

 ――飛ぶ鳥を落とす勢いで飛んできたテニスボールが頭に直撃してその場に蹲るのだった。

 

 

 

 

 

 

「ほ、本当にすみませんでした……!」

 

「あーうん、痛かったことには痛かったけど、今はもう平気だからダイジョーブだよ」

 

 テニスボールを未央の頭にジャストヒットしてしまったらしい運動服の少女がペコペコと頭を下げ、それに対して未央は「気にしないで」とヒラヒラと手を振った。

 

「それで……最上静香ちゃん、だっけ」

 

「は、はい。765プロの劇場で……あ、アイドルをさせていただいています」

 

 公園の敷地内とはいえ遊歩道の真ん中にいては邪魔だということで近くのベンチまでやって来た私たちは、そこで運動服の少女の自己紹介を受けた。

 

(765プロダクションの劇場というと、千鶴さんとおんなじところか)

 

 千鶴さんはウチの生花店と同じ商店街にある精肉店の長女。私と合わせて『商店街の二大看板娘』なんて呼ばれ方をしているが……私は恥ずかしいので好きじゃなかった。

 

 そんな千鶴さんから突然「私もアイドルになりましたの」と聞かされたのは……世間がIEで騒ぎ始める直前ぐらい。ちょうどおつかいを頼まれてお店を訪れたときで、ついでに「驚かせたいから良太郎には黙っておいてほしい」とも頼まれてしまった。それから結構経つけれども……そろそろネタバラシはしたのかな?

 

 そんなことを考えていると、じっと最上さんの目を見ていた卯月が「……あの、最上さん」と話しかけた。

 

「は、はい」

 

「何かお悩みですか?」

 

「えっ」

 

「なんだかそんな気がして……」

 

 「違っていたらすみません」と言いつつ、卯月の言い方は半ば確信しているようだった。

 

「そ、そんな風に見えましたか……?」

 

「はい……なんとなく」

 

「私にも見えたよ。いやーウチの事務所にも色々と悩んでる子が多くてさー、そーいう雰囲気はなんとなく分かるようになっちゃったよ」

 

 ウンウンと頷きながら卯月の言葉に同意する未央。

 

「そうだね、悩んでた筆頭の未央」

 

「ダメですよ凛ちゃん、未央ちゃんにも色々あったんですから」

 

「しぶりんとしまむーにそれを言われたくはない」

 

 私たちは『色々とお騒がせしましたトリオ』だから全員『お前が言うな』状態だった。

 

「まぁそんなことはさておいて……どうかな、もがみん。私たちで良かったら相談に乗るよ?」

 

「い、いえ、そんな、皆さんのお手を煩わせるようなことは……も、もがみん?」

 

 突然の未央からの提案と『もがみん』呼びに困惑する最上さん。

 

 いきなり何を言い出すのかという意味を込めて未央に視線を向けると、彼女は「だってさ」と肩を竦めた。

 

「私たちもようやく()()()()()()()として胸を張れるようになってきたわけですよ」

 

 確かに今では『シンデレラプロジェクト』では二期生が活動している。美波やみくを中心にしてその子たちのレッスンを見てあげたりしているから、先輩という表現で間違いないだろう。

 

「少し前の私たちだったら自分たちのことで精一杯で、人の相談に乗るどころの話じゃなかったじゃん?」

 

「……まぁね」

 

 私がトライアドプリムスとして活動すると決めたとき。

 

 未央がソロ活動を始めると宣言したとき。

 

 卯月が一人で養成所に戻ってしまったとき。

 

 その都度、私たちはプロデューサーや良太郎さんたちに話を聞いてもらった。ときに優しく慰められて、ときに激しく叱咤されて、そうやって周りの人たちに支えられながら私たちは今ここにいる。

 

「だからさ、今度は私たちの番だよ」

 

「……そうだね」

 

 良太郎さんは、いつも私たちのことを気にかけてくれた。それは妹のような存在だからとか、そういうことじゃなくて……いつだって彼は『アイドルの味方』だったから。悩んでいるアイドルや困っているアイドルに手を差し伸ばして来た彼に助けられたからこそ、今度は私たちが同じように次の世代のアイドルの力になる番だ。

 

「というわけで、もがみん! おねーさんたちにドーンと悩みをぶつけてみるといいよ!」

 

「島村卯月、頑張って相談に乗りますね!」

 

「え、えっと……」

 

 キラキラとした表情で身を乗り出してくる未央と卯月に、最上さんは困った様子でチラチラとこちらを見てきた。

 

「……言いづらいことなら無理に言わなくてもいいよ。でも、もし私たちに話して少しでも気が晴れるようなことなら話してほしいかな。アイドルの先輩として、貴女の力になりたいんだ」

 

「………………」

 

 最上さんは視線を逸らして迷う素振りを見せた。いくら私たちが名前を知っているアイドルだからとはいえ、自分の悩みを話すことに抵抗があるのは仕方がないことだろう。

 

「……聞いて、いただいてもいいですか?」

 

「「「……勿論!」」」

 

 だから、それでもなお話してみるという最上さんの決断が嬉しくて、私たちは勢い込んで頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

「――ということが、ありまして……」

 

 今人気急上昇中の『new generations』の三人に一体私は何を話しているのだろうかと、頭の片隅の冷静な私が問いかける。今日初めて言葉を交わした先輩アイドルに、他事務所といえど憧れているアイドル相手に、本当に私は何を話しているのだろか。

 

 悩み事があるなら話してほしいと持ち掛けてきたのは相手だが、それでもこんなドロドロとした感情を口にするなんて、私はどうかしているのではないだろうか。

 

 ……それでも私の口は、自分でもビックリするぐらい全てを吐き出していた。

 

 きっと心の何処かで誰かに話したいと、そう考えていたのかもしれない。

 

「……酷いですよね、私……同じ劇場の仲間に向かって、こんな――」

 

 

 

「分かる!」

 

「分かります!」

 

 

 

「――えっ」

 

 顔を上げると、本田さんと島村さんが凄い勢いで頷いていた。

 

「その焦る気持ち分かるよ~! ウチのユニットメンバーの青色もさ~別プロジェクトの別ユニットに抜擢されちゃって~」

 

「そのユニットでのステージがそれはもうカッコよくて……このまま私たち取り残されちゃうのかって心配になっちゃいましたよね……」

 

「ちょっと待て」

 

 しみじみと語る本田さんと島村さんの背後に忍び寄っていた渋谷さんが、二人の後頭部をガシッと掴んだ。

 

「それ関係で色々とやらかした二人には色々と言われたくないんだけど……!? 特に卯月……!?」

 

「「イタタタタ!? 力込めないで!?」」」

 

 ……ただじゃれついているようにしか見えないが、本当にこの仲良さそうな三人にもそんな薄暗い感情を抱くような出来事があったというのだろうか……?

 

「もがみんが落ち込んじゃう気持ちは分かるよ。でも友だちだから、仲間だからこそ、そういう感情は湧くんだよ」

 

「仲間だから、こそ……」

 

「そう。負けたくない。置いて行かれたくない。不満や嫉妬は……その子が、もがみんの『ライバル』だからだよ。……だから私も焦って、何か出来ることをしようとして、結果二人を余計に不安にさせちゃったんだけど」

 

 ……ライバル……。

 

「最上さんの事情は分かりませんが、早く何か結果を残さないといけないと焦る気持ちもそうです」

 

「はい……私には時間が……」

 

「でも、私たちに本当に必要なことは()()()()()じゃなくて……自分のことを応援してくれる()()()()()()、なんです。……それを忘れちゃったせいで、私も色んな人に怒られちゃいました」

 

 ……ファンのため……。

 

 

 

 ――歌ってるときの静香ちゃん、すっごいカッコよかった!

 

 

 

 初めてアイドルのステージを見た未来は、私に向かってそう言ってくれた。

 

 ことあるごとに、彼女は私の歌がカッコよくて好きだと褒めてくれた。

 

 ライバルだから。ファンのために。

 

 本田さんと島村さんが教えてくれたその二つの言葉が、私の頭の中でグルグルと渦巻いている。

 

「……なんか、私が何か言う前にその必要はなくなっちゃったみたいだね」

 

「えっ」

 

「さっきよりだいぶマシな顔になったよ」

 

 渋谷さんに言われ、分かるはずもないのに思わず自分の顔をペタペタと触ってしまった。

 

「もう見えてるはずだよ……アンタだけの、たった一つの譲れない想い(たいせつなことば)が」

 

 

 

(今しぶりん、多分頭の中ですっごいルビ振ったよね)

 

(はい、私もそんな気がします)

 

 

 

「こーやって力を込めると痛いって良太郎さんが教えてくれてー」

 

「「アイタタタタタッ!?」」

 

 

 

 ……凄くいい言葉を聞いたはずなんだけど、先ほどからずっと渋谷さんが本田さんと島村さんの後頭部を掴んだままだったから……なんだかなぁ……。

 

(……私の、想い……)

 

 まだはっきりとした言葉には出来ないけれど、それでも先ほどまでずっと抱き続けていた未来への罪悪感という名の顔を合わせたくないという感情は薄れていて。

 

 

 

 早く未来に会いたいと、そう思った。

 

 

 




・一年前からは考えられないぐらいの人気っぷり
原作でもそうだけど、この世界は一年での人気の上り方は凄まじいと思う。

・『商店街の二大看板娘』
番外編14以来……のはず。
たまに質問がありますが、凛と千鶴は昔から面識があります。
ついでに言うとこの商店街と翠屋は離れている設定なので、初登場時の凛ちゃんが翠屋を知らなかったわけです。

・『色々とお騒がせしましたトリオ』
良太郎というかアイ転の空気に着実に毒されている三人なのであった。

・やらかし先生@未央&卯月
こじつけっぽいけど、大体のやらかし案件ってアイドルの誰かが先にやらかしてるんだよなぁ……。



 ニュージェネのお陰で漫画よりも早めの決着が着きそうな雰囲気になっております。

 さて一方で良太郎はどんな話を未来ちゃんとしているのか……。

 (ぶっちゃけ想定外だった)五話目に続きます。


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Lesson262 ワタシのミライ 5

貴女は私の……。


 

 

 

「なるほどねぇ……」

 

 まだ耳鳴りがしているような感じを覚えつつ、グジュグジュと泣きながら必死に自分の状況を説明してくれた未来ちゃんの話を頭の中で反芻する。

 

 

 

 ――どうして未来だったのよ……!

 

 ――私だって本当はあのステージに立ちたかった!

 

 

 

(……きっつい言葉だなぁ……)

 

 未来ちゃん自身には一切悪気がないのだから、きっと彼女の胸に鋭く突き刺さったことだろう。そして咄嗟にその一言が出てしまったのであろう静香ちゃんにも悪気がないのだろうから、余計に悲しい出来事だ。

 

『ねぇ、リョーさん……私、何が悪かったのかな……私、嫌われちゃったのかな……』

 

 スマホの向こうから聞こえてくる未来ちゃんの声に心が痛くなる。普段の明るく笑う彼女は、今どこにもいなかった。

 

「静香ちゃんがそんなこと言う子じゃないっていうのは、未来ちゃんが一番分かってるんじゃないかな?」

 

 実際、静香ちゃんもそのときの自分の感情の勢いで言ってしまっただけだろうし、本心から未来ちゃんを突き放そうなんて一ミリも思っていないだろう。短い付き合いではあるが、彼女がそんな子ではないことも未来ちゃんと本当に仲が良いことは分かっている。

 

 だからこそ、確信を持って「そんなことはない」と断言出来た。

 

『でも……静香ちゃん……すっごい怖い顔してた……』

 

 俺の一言で立ち直れるぐらいなら、最初から電話なんてしてこないか。

 

「逆に未来ちゃんは、静香ちゃんが怒ってる理由はなんだと思う?」

 

『静香ちゃんが怒ってる理由……?』

 

 スマホの向こうが少々沈黙した隙にチラリと壁の時計を見て時間を確認する。まだ時間は大丈夫だった。

 

『……私のステージが、静香ちゃんの期待に応えれなかったんじゃないかなって……』

 

 未来ちゃんは『「未来なら出来る」と言ってくれた静香ちゃんが怒るぐらい、自分のステージがイマイチだったのではないか』と考えているらしい。一応静香ちゃんが怒る理由として可能性がないわけではないだろう。

 

 けれど実際に未来ちゃんのステージを見た『周藤良太郎』が、どれだけ辛口に採点しても赤点になることはないと断言しよう。それだけあのステージは、新人アイドルながらとても素晴らしいものだった。

 

「未来ちゃんは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って、そう思ってるの?」

 

『だって……静香ちゃんは「どうして未来だったの」って……「私がステージに立ちたかった」って……そう言ったから……』

 

「もしかしてそれは()()()()()()()だったんじゃない?」

 

『そのまま……?』

 

 声色から未来ちゃんが困惑しているのが分かった。

 

 それはすなわち()()()という感情。決して嫌っているわけではない、疎ましく思っているわけでも邪険にしているわけでもない。友好になればなるほど強く抱いてしまう『負けたくない』という不思議なマイナスの感情。

 

(ウチだと志保ちゃん、765だと伊織ちゃん、346だとみくちゃんあたりかな)

 

『え? え? でも静香ちゃんは文化祭のステージには立ちたくなさそうだったし……?』

 

 今の未来ちゃんには、きっと静香ちゃんみたいな考え方を理解するのは難しいだろう。

 

『リョーさんには分かるんですか? 今の静香ちゃんの気持ちが……』

 

「……分かる気になってるだけ、だよ。静香ちゃんが抱いている感情は静香ちゃんだけのもので、俺が邪推していいものじゃない」

 

 今回の一件、問題……という言い方をしていいのかは分からないが、それでも解決の鍵は未来ちゃんではなく静香ちゃん側に存在する。だから今ここで未来ちゃんにかけてあげられるの言葉は「静香ちゃんを信じて待ってあげて」という当たり障りのないものしかなさそうだが……。

 

「でも一つだけ静香ちゃんの代わりに()()()()()を言うとするなら……」

 

『よ、余計なこと?』

 

「きっと静香ちゃんがそうやって『ステージに立ちたい』っていう強い感情を吐き出したのは……相手が未来ちゃんだったからだよ」

 

『私、だったから……?』

 

 同じ劇場アイドルに「何かあったのか」と問われればきっと口を噤んだだろう。俺のように外部の存在に「悩んでるなら話を聞くよ?」と問われれば素直に話したかもしれない。

 

 けれど()()静香ちゃんが声を荒げて『悔しい』という感情を剥き出しにするのは、きっと未来ちゃんだけだ。未来ちゃんだからこそ、静香ちゃんは真っ直ぐに自分の感情を吐き出したんだ。

 

「未来ちゃんにはちょっと難しかったかな」

 

『えぇ!? もしかしてリョーさん、私のことバカだって言いたいんですか……!?』

 

「違う違う」

 

 こうやって会話してて(やっぱりバかわいいなぁ)とか思ってないよ。

 

「未来ちゃんは、今から静香ちゃんに話しかけるのが怖い?」

 

『……怖いわけじゃないけど……何を話したらいいのかなって……』

 

「なら、どうして()()()()()()()()()()()()()()()()()()を、未来ちゃんの言葉で静香ちゃんに伝えてみたらどうかな」

 

『どうして一緒に立ちたいのか?』

 

「それが俺からのアドバイス。それがどういう意味なのかは、自分で考えてみてほしい」

 

 「出来る?」と尋ねてみると、未来ちゃんは少し沈黙した後に『……分かりました』と返事をした。

 

『私、静香ちゃんともっと一緒にアイドルをやりたいから……伝えてみます、私の言葉』

 

「うん、いい返事だよ」

 

 最後に『ありがとうございました! また次のステージ、観に来てくださいね!』という元気な言葉を述べてから、未来ちゃんとの通話は終了した。

 

「……そろそろ俺も時間だな」

 

 時計を見るとそろそろ俺もスタジオ入りの時間が近づいてきていた。

 

「全く、青春してるなぁ……若者は」

 

 精神年齢的に考えると四十を軽く超えた身故に、そろそろ彼女たちの輝きが少しだけ眩しく感じ始めていた。

 

「……ん? 凛ちゃん?」

 

 と思ったら、今度はちょっと生意気な方の妹からのメッセージが届いた。そろそろ時間だし、軽く覗いてから後で返信を――。

 

 

 

『765プロ劇場のアイドルと知り合ったんだけどさ、遊び人のリョーさんっていう人物に心当たりあるよね』

 

 

 

 ――見なかったことにしよう。

 

 

 

 

 

 

「……『どうして一緒に文化祭のステージに立ちたいのか』」

 

 リョーさんに問われたその言葉の意味を、私は昨晩ずっと考え続けた。だって一緒のステージに立ちたい理由なんて、一緒に歌いたいからに決まっている。そんなことが分からないリョーさんじゃないと思うんだけど……。

 

 考えて考えて、ずっと考えた。あまりにも考えすぎていて晩御飯のときも上の空で、お風呂のときに至っては集中しすぎて思わずのぼせてしまったぐらいだ。

 

 そしてベッドの中に入り、眠くなってきた思考で唯一辿り着いた答えがあった。

 

 

 

「……よし!」

 

 先ほどプロデューサーさんから受け取った茶封筒を両手でしっかりと握りながら、劇場へ静香ちゃんがやってくるのを待ち受ける。

 

 それはこの前のライブの特別手当だと言って手渡してくれた、私の生まれて初めてのお給料。貰った瞬間は何に使おうかと心躍ったが、すぐに別の使い道に気が付いて思わず小躍りをしてしまったぐらいだ。

 

 アイドルとしての初めてのお給料は大事に使いたかった。私にとっての大事なことに。

 

 一体何をしているのだろうかという他のアイドルの視線もなんのその。私は静香ちゃんがやってくるのを今か今かと待ち続け……ついにその瞬間がやって来た。

 

「おはようございます」

 

「静香ちゃん!」

 

「っ……!?」

 

 扉を開けた人物が静香ちゃんだと分かった瞬間、思わず大声を出してしまった。静香ちゃんはその声にビクリと肩を跳ね上げ、そしてその声の主が私だと気付き一歩後退り……そんな彼女との距離を詰めるように一歩前に出た私は――。

 

 

 

「静香ちゃんの時間を買わせてくださいっ!」

 

 

 

 ――自分の望みを、高らかに叫んだ。

 

 

 

「……パパかt」

 

 何かを呟こうとした杏奈ちゃんが、奈緒さんと百合子さんに両サイドから頭を引っ叩かれていた。

 

 

 

 

 

 

 事務所に入ると、いきなり未来からお金が入っていると思われる茶封筒を突き出された。

 

 一体何を言っているのかと思うけど、私も何を言っているのか正直よく分かっていない。

 

「……み、未来? そ、それは一体どういう意味なの……?」

 

 まさかリョーさん辺りに変なことを吹き込まれたのではないかと心配になってしまう。一応あの人は常識のある大人だとは認識しているが、それでも何かしら余計なことを言いそうな気がする。

 

「静香ちゃんはアイドルでしょ? だから『私と一緒にステージに立ってください』って、正式にソファーを出すの!」

 

「……未来、ソファーじゃなくてオファー」

 

「オファーを出すの!」

 

 こっそりと奈緒さんに訂正されて言い直す未来。

 

「オファー……私に……?」

 

 そうまでして、私と一緒にステージに立ちたいっていうの?

 

「……なんで……」

 

 どうして……という考えしか浮かばなかった。私は昨日、未来に酷いことを言ったばかりだ。まずはそのことを謝ろうとした矢先の出来事に、私の考えが追い付かない。だからせめて、どうして未来がそんな行動に出たのかという理由が知りたかった。

 

「えっとね……昨日静香ちゃんに言われたこととか、そのあとリョーさんに相談に乗ってもらったときの言葉とか、私なりに色々と考えたの」

 

 未来が手にしている茶封筒がクシャリと歪む。それだけで彼女の手に力が入っていることが分かった。

 

「昨日はただ一緒のステージに立ちたいとしか言わなかったけど……どうして一緒がいいのか、すっごい考えた。それはね――」

 

 

 

 ――静香ちゃんは、私にとって()()()()()()()だから。

 

 

 

「……え……」

 

「静香ちゃんも、憧れのアイドルと一緒にステージに立ちたいって考えるでしょ? 私にとってのそれが静香ちゃんなの!」

 

 一歩。距離を詰めて私の手を取った未来は、私の顔を覗き込みながらニパッと笑った。

 

「だから静香ちゃん――」

 

 

 

 ――私と一緒に歌おう!

 

 

 

「……あのね……未来」

 

「うん」

 

「昨日はあんなこと言いたかったんじゃなくて……ありがとうって、言いたかったの……」

 

「うん」

 

「私の代わりにステージに立ってくれて、ありがとうって……!」

 

「うん」

 

「それで、おめでとうって、デビューおめでとうって、言いたくて……!」

 

「うん……!」

 

「それで……それで……初めてステージに立った話、いっぱい聞きたくて……!」

 

「うん……話す! いくらでも話すよ!」

 

 滲む視界を、ゴシゴシと袖で拭ってハッキリとさせる。

 

 

 

 時間がないと焦っていた。前に進めている実感が殆どなかった。

 

 それでも。

 

 こんな私を()()()()()()()だと言ってくれる女の子がいてくれるだけで。

 

 それだけで、全てが救われてしまったような気がした。

 

 『ごめんなさい』よりも『ありがとう』と『おめでとう』を何度でも言おう。

 

 

 

 ありがとう、そしておめでとう……未来……私のライバル(ともだち)……。

 

 

 




・良太郎のお悩み相談
実は原作だとこの辺りの話を志保としています。つまり志保の代役。

・『遊び人のリョーさんっていう人物に心当たりあるよね』
(断定)
どうやらこちらの妹も気付いた模様。

・「……パパかt」
関係ないけど未来ちゃんにパパって(ry



 というわけで、未来と静香編終了です! ……文化祭編? なんのこったよ(すっとぼけ)

 良太郎とニュージェネにより両方へのアドバイスが早期に入ったことで原作よりも早い段階で決着が着きました。JCこのみさんなんていなかったんや……。

 今回の一件を気に、未来と静香の仲はさらに進展します。えぇ、進展します(意味深)(そういえばそういう関係書いたことなかったなって)(だがそれがいい!!!)

 次回はホワイトデー記念の恋仲○○シリーズになります! ……え、バレンタイン? なんのこったよ(すっとぼけPart2)


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番外編61 もし○○と恋仲だったら 23

本編はママでもこちらでは……?


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 ――某理髪店店主の反応。

 

「……え、あの二人が? ……いや、勿論めでたいんだけど、なんというか『ようやくか』っていう感想なんだよな。昔っから一緒だったし、収まる所に収まったというか。なんにせよ、二人が幸せなら一番だよ」

 

 

 

 ――某八百屋店主夫人の反応。

 

「周藤さんのところの良太郎君と、二階堂さんのところの千鶴ちゃん!? あらホントに!? まぁビックリ……はしないわね。順当な結果じゃない? 二人ともずっと仲が良かったし、二階堂さんも良太郎君のことを気に入ってたみたいだし」

 

 

 

 ――某居酒屋店員の証言。

 

「……え、寧ろまだくっついてなかったの? まだそのときじゃないから公表してないだけだと思ってたのに、純粋にくっついてなかっただけなのか。……まぁ、二人とも素直にならなさそうな雰囲気あるからなぁ」

 

 

 

 ――某青果店長男の証言。

 

「……特に興味はないが……ふん、アイツらは間違いなく()()だ。今更何があろうともどうこうなるような奴らじゃない」

 

 

 

 ――某小学校教員の証言。

 

「なに!? 良太郎と千鶴君が!? それはめでたい! ……思えば、千鶴君はまだ今のように前向きでなかった頃の良太郎の身をずっと案じていたんだったな……おめでとう、二人とも! 今度またラーメンでも奢ろうじゃないか!」

 

 

 

 ――某寿司屋大将の証言。

 

「二人ともアイドルだから、公表したとなると世間の風当たりは強くなるんじゃないかな……まぁ、二人ともいざとなれば地元に帰ってくればいいだけだからな! うちの商店街のみんなは良太郎と千鶴ちゃんが大好きなんだから! 幸せになってもらわないと!」

 

 

 

 

 

 

「……なんか、わたくしが思っていた反応と違いますわ」

 

「何を今更」

 

 私と良太郎が交際していることを世間に公表……する前に、商店街を中心に信用のある人たちに打ち明けて早一週間。それはもう大騒ぎになるものだとばかり考えていたが……その予想に反して、みんなの反応はアッサリとしたものだった。

 

「普通……こう『えぇ!? あの二人が!?』みたいな感じになりません!?」

 

 仮にもアイドルとアイドル、しかも両者ともに昔からよく知っている二人が交際を始めたのだから、驚く要素は沢山あるはずなのだ。

 

「寧ろ何でそうなると思ったの」

 

 たまたま立ち寄った渋谷生花店でその疑問を吐き出したのだが、店番をしていた凛は呆れた様子でため息を吐いた。

 

「千鶴さんと良太郎さんが付き合ってるなんて噂、もう半年前からずっと流れてるよ」

 

「半年前!?」

 

 それは実際に私と良太郎が恋人になるよりも前じゃないですの!? 寧ろ噂通りに恋人になってしまったということじゃないですの!?

 

「商店街の人たちはみんな『周藤良太郎』のファンで、二階堂精肉店の看板娘『二階堂千鶴』が大好きだから。その二人が恋人っていうなら静かに見守ろうっていう流れになるのは自然なことだよ」

 

「そ、そもそもどうしてそんな噂が流れるんですの……!?」

 

「……知りたいの?」

 

 どうして凛は『今から怖い話するけど』みたいな雰囲気を醸し出しているのだろうか。

 

「まぁ、千鶴さんが聞きたいっていうなら話すけど……どの話がいいかな」

 

「ちょっと待ちなさい」

 

 ポケットからスマホを取り出したところでストップをかける。

 

「何を見ようとしてますの……?」

 

「千鶴さんと良太郎さんの目撃情報の掲示板」

 

「掲示板!? 商店街の方々はわたくしの知らないところでそんなものを使って情報交換してましたの!?」

 

「回覧板だけだと千鶴さんにバレる可能性があったから。……はいコレ、公表前のやつ」

 

 というか、今回まさかの掲示板回ですの!?

 

 

 

 

 

 

【商店街の希望】S・RとN・Cを見守るスレ【我らの誇り】

226:八百屋

R&Cがウチの前を通過。

体の影で見づらかったが手は繋いでいない。

 

227:理髪店

平日の昼間とはいえ今日はちょっと人通りが多いからな。

二人とも遠慮してる感がある。

 

228:煙草屋

いつになったら二人の子どもを見れるのかしら。

この手でCちゃんの子どもを取り上げるまでは死ねないわ。

 

229:魚屋

>228 なぁに時間の問題よ。あの二人ならくっついちまえばすぐよ。

 

230:薬局

>228 スマホを巧みに操りこうやって掲示板を利用している時点で、当分お迎えは来ないだろうけどね。

 

231:バイク屋

>228 こんな八十代見たことない。

 

232:煙草屋

>231 まだ79だ口の利き方には気を付けろよ小僧

 

233:バイク屋

ひぇ……

 

234:生花店(長女)

 

245:八百屋

菜っ葉

 

246:弁当屋

バラン

 

247:生花店(長女)

 

248:生花店(長女)

【速報】R&C、人通りが少なくなったところで手を繋ぐ

 

249:理髪店

>248 でかした

 

250:八百屋

>248 やったぜ

 

251:煙草屋

>248 詳細キボンヌ

 

252:弁当屋

ウチからも確認した。

Rはいつも通りだがCははにかんでる。可愛い。

 

253:精肉店

ウチのCはいつだって可愛いだろいい加減にしろ!!

 

254:魚屋

>253 大将! そろそろ新鮮なR&Cネタ仕入れてないかい!?

 

255:古書店

>>254 魚屋がそれを言うのか……。

 

256:精肉店

ウチだと隠す必要もないが、一応親の前ということで大っぴらにはイチャついてない。

しかし陰でイチャついてる。

 

257:煙草屋

>256 詳細キボンヌ

 

258:薬局

>256 葉っぱ

 

259:弁当屋

>258 お前がそれ言うとシャレにならねぇんだよぉ!

 

260:精肉店

Rが夕飯食べに来るとな。

食卓の下でお互いの爪先でイチャイチャしてる。

 

261:理髪店

うひょぉぉぉ!!

 

262:八百屋

ベタだなぁ(だがそれがいい)

 

263:煙草屋

寿命が十年伸びた。

 

264:精肉店

バレてないと思ってるんだろうなぁ。

よく見るとCもRを見ながらニマニマ笑ってるの。

Rは表情変わらんから、反応を楽しんでるんじゃなくてアレは純粋に相手の顔を見て幸せに浸ってる。

 

265:古書店

尊み秀吉

 

266:中華料理屋

めっちゃええ庵

 

267:煙草屋

寿命がさらに十年伸びた。

 

268:バイク屋

>267 めっちゃ寿命伸びてて草

 

 

 

 

 

 

 ――何をしてくれてんですのお父様あああぁぁぁ!!??

 

 ――というか貴女も何してくれてんですのおおおぉぉぉ!!??

 

 

 

「ん?」

 

 なんか渋谷生花店の前を通ったら、やや聞き慣れない荒っぽい口調の聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

 一体何事かと店内を覗いてみると、そこには店番をしている凛ちゃんと何故か真っ赤になった顔を両手で押さえている千鶴がいた。

 

「一体何事?」

 

「あ、良太郎さん」

 

「っ!? りょ、良太郎……!?」

 

 いらっしゃーいと手を振る凛ちゃんに対し、顔を上げた千鶴は真っ赤な顔の上にさらに涙目にもなっていた。めっちゃ可愛いけど、本当に何事だろうか。

 

「こ、これ……!」

 

 千鶴の震える手の中には彼女のスマホが。珍しく掲示板なんてものを開いているようで、一体何を見て……。

 

「……あぁ、俺たちの目撃情報掲示板?」

 

「知ってましたの!?」

 

 ヒント:この商店街に『バイク屋』なんてものは存在しない。

 

「それだけ俺たちが商店街の人たちに応援されてるってことなんだから、素直に喜ぼうぜ」

 

「わたくしは貴方ほど厚顔無恥じゃありませんのよ……!」

 

 今まで自分たちが秘密裏に行っていると思っていた恋人同士のやり取りが商店街の住人に筒抜けだったのだから、まぁ恥ずかしがる気持ちは分かる。

 

「確かに『二人で並んで歩いてるときに「夫婦みたいですわね」って手を繋いだ』ことや『こっそりクレープをお互いに「あーん」してた』ことや『千鶴の部屋で「今日の私は甘えんぼなのー」って言って膝枕を要求してきた』ことが、全部知られていることは事実だ」

 

「貴方はわたくしを慰めたいんですの!? トドメを刺したいんですの!?」

 

 再び両手で顔を覆い「その事実を知りたくありませんでしたわあああぁぁぁ!」と叫びながらその場に蹲ってしまった千鶴。

 

 凛ちゃんが「R&Cがウチの店内で羞恥プレイなう」と書き込んでいるのを尻目に、俺は千鶴の側にしゃがみ込む。

 

「ホラホラ、今日はウチに泊まりに来るんだろ? 早く帰ろうぜ」

 

「どうして貴方は徹底的に餌を撒きに行きますの!?」

 

 涙目を通り越して滂沱の涙を流しながら「ホラ! 凛が早速打ち込んでるじゃありませんの!」とまるで子どものように凛ちゃんを指差す中、俺は彼女の両脇に手を差し入れて無理やり彼女を立たせる。その際胸の柔らかさをしっかりと堪能するが、既に()()()()()()()()()()()恋人同士なので問題はないと勝手に判断した。

 

「凛ちゃん」

 

「……はいはい。全く、人んちでイチャつかないでよね」

 

 そう言いつつ、凛ちゃんは俺の意図を汲んで店の奥に引いてくれた。

 

「……さぁ、千鶴」

 

「………………」

 

 珍しく完全に不貞腐れてしまっている千鶴がとても可愛い。

 

「ホントにゴメン。ちょっと意地悪しずぎたな」

 

「……本当ですわ。貴方じゃなかったら嫌いになっていますわ」

 

「そうだな、俺もお前じゃなかったらこんなことしない」

 

 そう、例えばの話。俺の恋人が千鶴じゃなくて、例えばりんだったり、美希ちゃんだったり、まゆちゃんだったり、凛ちゃんだったり、そういう可能性があったとしても。

 

 

 

 きっと俺は、千鶴以外にはこんなことをしない。

 

 

 

()()()()からずっと俺と一緒にいてくれたお前だからこそ、ちょっとだけ意地悪がしたくなっちゃったんだよ」

 

「……性悪」

 

「そうだな」

 

「変態」

 

「それも甘んじて受け入れよう」

 

「……大好き」

 

「俺も」

 

 流石にこんなところでキスはしないけれど。

 

 コツンと額を軽く合わせる。

 

「千鶴」

 

「……なんですの」

 

 

 

「愛してる」

 

「……私も、愛してる」

 

 

 

 

 

 

「『REC』」

 

 ……さて、千鶴が店の奥に気付く前に帰ろうかね。

 

 

 




・某青果店長男
口調こんなんだけど、妹健在なのでいい兄ちゃんやってます。

・某小学校教員
本編でいずれ登場予定(確定枠)

・>
掲示板形式特殊入力フォーム使ってなかったから、変なことにならないように>>から一つ消して使用中。



 『ただひたすら千鶴さんを赤面させたい』というテーマでお送りした恋仲○○でした。本編だとお母さんだったけど、ちゃんと女の子というか乙女させてあげたかったんや。

 次回は本編に戻りましていよいよ始まります『アイル編』……と言いたいのですが、最近ちょっと珍しく執筆のモチベが急下降しておりますので、モチベ維持のために番外編に逃げる可能性があるのでご了承ください。



『どうでもいい小話』

 メジロマックイーン可愛いですね(訳:とりあえずウマ娘リセマラ終わらせました)


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番外編62 とある転生者がこの世界を考察するお話

ただ作者がカキタカッタダケー

※番外編なので深く考えずに緩く読んでいただけると幸いです。


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 突然だが、俺は転生者である。前世で不慮の事故により命を落とし、神様によって転生特典を貰ってこの世界に生まれ落ちたテンプレートな転生者である。

 

 ロボットモノの作品が好きだった俺は何も考えずに『ロボットを操る才能』を望んだが、転生した先がSFなんかとは縁の無さそうな世界だったという不幸もあった。しかし完全に死に特典というわけでもなく、ロボットを操縦するタイプのゲームでは完全無敗の絶対王者としてそれなりに活躍出来ているので、これはこれでありだと思っている。

 

 

 

 さて、そんな俺が転生したこの世界は一体なんの世界なのかというと……ぶっちゃけよく分からない。というかかなり不思議な世界だった。

 

 基本は多分『アイドルマスター』シリーズだ。前世よりもアイドルという存在の認知度が高く、テレビを付ければ765プロや346プロのアイドルを見かけない日は存在しない。しかしアニメでは一切登場していない1054プロや、他にも聞いたことがない芸能事務所が多数存在していた。アニメで描写されていなかっただけという可能性もあるので、それだけならば俺はここが『アイドルマスター』シリーズの世界だと確信していただろう。

 

 しかし、それ以外に色々な作品の要素が()()()()()()()()のだ。

 

 

 

「どうしたんだ、ボーっとして」

 

「ん?」

 

 放課後、自分の席で色々と考え事をしていた俺に声をかけてきたのは友人の織斑(おりむら)一夏(いちか)。そう、あの『インフィニット・ストラトス』の主人公である織斑一夏なのだ。

 

 高校に入学してコイツとクラスメイトになったことで「やったISの世界だ!」と喜んだのも束の間、そもそもここはIS学園でなければ藍越学園ですらなく、やっぱりどれだけ調べても篠ノ之(しののの)(たばね)がインフィニット・ストラトスを開発したという歴史は存在しなかった。

 

 いや、正確には『インフィニット・ストラトス』は存在しているのだが……。

 

「なぁ、今日もゲーセン寄っていこうぜ! 今度こそISでお前に勝つ!」

 

「だから俺に勝つのは生まれ変わらない限り無理だって」

 

「言ったな!? その自信、今日こそへし折ってやる!」

 

 この世界のISこと『インフィニット・ストラトス』はコックピットに乗り込んで遊ぶタイプのアーケードゲームだった。織斑はそれに大層ハマっていてかなりやりこんでいるのだが、当然俺の特典範囲内であるゲームで負ける要素は一切なかった。

 

「おい一夏! 今日は私と剣の修行をするはずだ!」

 

「なにをおっしゃいますか! 今日はわたくしとデートをする約束ですわ!」

 

「はぁ!? なによアンタら、一夏はアタシと出かけるの!」

 

「ちょ、ちょっと、僕だって……!」

 

「おい嫁、さっさと行くぞ」

 

「……俺、帰るな」

 

「えっ!? ちょっ、待っ……!?」

 

 色とりどりの髪色の少女たちに詰め寄られている織斑を見捨て、俺は早々に教室を後にした。

 

 

 

 先ほどのISヒロインズもそうだったが、この世界は地毛のカラフルな人が多い。『アイドルマスター』シリーズのアイドルが特に顕著だが、そんなカラフルな髪の毛の色に対して誰も違和感を覚えないのもこの世界の特徴だった。それでいて日本人といえば黒髪という認識はしっかりと存在するのだから、一体どういうことなんだか。

 

 帰り道を一人歩きながら、この世界に関する考察を続けることにする。

 

 先ほども言ったが、基本的にこの世界は『アイドルマスター』シリーズだ。そこに色々な作品が()()()()()()のが、この世界の正体なのではないかと考える。そしてその際、『アイドルマスター』の世界観に合わせて色々と設定が変更されているようだ。

 

 織斑たちも基本的なキャラクター設定はそのままで、その他のロボット作品としての要素が殆ど抜け落ちていた。他にも一つ上の学年の先輩には『俺、ツインテールになります』の観束総二や津辺愛香やトゥアールなどがいるのだが、宇宙からエメリアンは侵略してきていない。

 

 アニメや漫画の創作物の日常パートのみを抽出した世界、所謂『やさしいせかい』という表現があっているのかもしれない。

 

 

 

 そんなことを考えながら、俺は一軒の喫茶店に立ち寄る。そこは高校への進学と同時に発見してかなりテンション高く通い詰めるようになってしまった、前世で好きだった作品に登場する喫茶店――『翠屋』だ。

 

「いらっしゃい」

 

 カウンターの向こうから高町士郎さんに声をかけられ、若干ビビりながら会釈をする。十五年以上生きていても、こうやって割とお気に入りだった人物に声をかけられるというのはどうにも慣れない。

 

 いつものカウンター席に座っていつもと同じブレンドを注文しつつ、この世界についての考察を再開する。

 

 『翠屋』は『とらいあんぐるハート3』もしくは『魔法少女リリカルなのは』シリーズに、それぞれの主人公である高町恭也や高町なのはの実家として登場する喫茶店だ。

 

 前者の作品において高町士郎は既に故人となっているため、その点でいえばこの世界は後者の作品の設定が適用されているようにも見える。しかし、残念ながら少なくとも『魔法少女リリカルなのは』の世界ではないことは確実だ。

 

 その証拠が、店内の片隅のポスター。落ち着いた店の景観を決して崩すことがないように飾られているそのポスターにはフリフリの衣装を身に纏ってポーズを取る高町なのはの姿が映っている。

 

 

 

 なんと、この世界の高町なのはは()()()()なのだ。

 

 

 

 なんでも310プロダクションという芸能事務所で、フェイト・テスタロッサや八神はやてと共にアイドルとして所属しているらしい。その芸能事務所も社長がリンディ・ハラオウンだったり副社長がプレシア・テスタロッサだったり、アリシア・テスタロッサが健在だったり、ここも『やさしいせかい』状態だった。

 

 これも『アイドルマスター』の世界だと確信している理由の一つ。高町なのは以外にもアイドルや芸能人になっているキャラクターが多数存在するのだ。

 

 例えば、この世界の日曜朝に放送している特撮番組『覆面ライダーデク』の主演を務めているのは『僕のヒーローアカデミア』の主人公である緑谷出久。彼はアイドルではないが『UAプロダクション』という事務所に所属している若手スタント俳優になっていた。所属しているメンバーも爆豪勝己や他の雄英のメンバーが揃っているので、ヒロアカ組は大体この事務所に所属しているらしい。

 

 さらに『覆面ライダーデク』の前作である『覆面ライダーガングニール』の主演を務めるのは『戦姫絶唱シンフォギア』の主人公である立花響。彼女も他の奏者と共に『209プロダクション』に所属するアイドル兼スタント女優として活動している。しかも原作では組織の指令だった風鳴弦十郎が社長兼伝説のスタント俳優で、さらに天羽(あもう)(かなで)が生存していてツヴァイウィングが現役で活動しているというおまけつきだ。

 

 『覆面ライダー』シリーズはさらに前作が765プロの双海姉妹が主演の『覆面ライダージェミニ』になったりするのだが、特撮談義は少し横に置いておこう。

 

 他にアイドルに関していえば、海の向こうで『魔法先生ネギま』のエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルがアイドルになっていたり、世間ではスクールアイドルが流行り始めていたりと、一つ一つ枚挙していてはキリがないほど話題に事欠かない。ちなみにスクールアイドルに関しては『μ’s』どころか『A-RISE』すらいないので、恐らく『ラブライブ』無印本編前の時系列なのではないかと考える。

 

 世間では『第三次アイドルブーム』と呼ばれ、前世以上にアイドルたちが活発に活動するこの世界。きっと『アイドルマスター』だと思われるこの世界で、一つだけ全く分からない存在があった。

 

 

 

 それが――『周藤良太郎』というアイドルだった。

 

 

 

 七年ほど前にデビューして以来、常に日本の頂点に立ち続ける正真正銘の()()()()()()()。今の日本のアイドルブームの火付け役であり、765プロや346プロの人気アイドルですら彼のファンであることを公言して憚らないアイドルすら憧れるアイドル。

 

 しかし、俺は周藤良太郎というキャラクターを知らなかった。

 

 かつての世界で、あんな男性キャラクターを見たことがあっただろうか? アレだけ徹底した鉄面皮キャラならば何かしらの話題に上がってもおかしくない。日本のみならず世界からも注目を浴びて老若男女問わず人気の中心にいる彼が、なんの何かの作品のキャラクターではないとは考えづらかった。

 

 いや、全てのアニメや漫画やゲームを網羅していたわけではないので知らないキャラがいても不思議ではない。特に女性向けコンテンツだったりしたら殆ど分からなくて当然なので、もしかしたらそっち方面のキャラなのかもしれない。

 

 ……いや、()()()()()()という呼び方はあまりよろしくなかったな。

 

 彼らは()()()()()。例え俺の前世に似たようなキャラクターが登場した作品があったとしても……今こうして俺にコーヒーを出してくれた高町士郎さんのように、俺を遊びに誘ってくれた織斑一夏のように、みんな俺と同じようにこの世界に生きている。そこに差なんてなくて、俺がこうやって上から目線で語ること自体も間違っているのかもしれない。

 

 結局何が言いたかったのかと言うと。

 

 

 

(あ~今回の新曲も安定の神だったわ~)

 

 すっかり俺も周藤良太郎のファンだった、というだけの話である。

 

 

 

 俺は転生者である。神様から貰った特典をゲームセンターで無駄遣いしているような少し残念な転生者で、転生直前に期待したファンタジーやSF溢れる世界に生まれ変わることは出来なかったが。

 

 俺はこの世界を楽しんでいる。

 

 

 




・とある転生者
今後登場することはないただのモブ転生者君です。

・ロボットを操る才能
良太郎が選択をミスってたらこうなってたっていうアレ。

・織斑一夏
『インフィニット・ストラトス』の主人公。王道を往く朴念仁系。
最近ようやくIS動かせる理由が明かされたってきいたけど、結局まだ確定じゃないんすね。

・篠ノ之束
ISを作り出した天才科学者。
作者内における良太郎のお母様のイメージモデルでもある。

・色とりどりの髪色の少女たち
面倒くさいの以下略。
まぁ今更ISヒロイン知らない人もいないでしょ()

・緑谷出久
・UAプロダクション
この更新作業日に発売されたジャンプのネタバレを見て情緒不安定になった作者がここにいます(虚無)

・天羽奏
『戦姫絶唱シンフォギア』の主人公。……え?主人公は響?
はっはっは、何をおっしゃる、ホラちゃんと放映前の特集記事でメインキャラとして紹介されてるじゃないですかやだなぁ()



 たまにはヤマなしオチなしなお話を書いてみたかったんです。最近気分が乗らなくて……べ、別にトレーナーとの兼業に忙しいわけじゃないよ?()

 今回、モブ転生者が登場しましたが、あくまで『アイドルの世界に転生したようです。』という世界を振り返るための作者の分身みたいな存在なので、ご心配なく。今後登場しませんし、何かしらの事件を起こしたりすることもありません。

 次回こそアイル編のスタートです。


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Lesson263 Aisle for AISLE

アイル編スタート!


 

 

 

「そうだ、馬主になろう」

 

「頼むからせめて脈絡のある一言から始めてくれ」

 

「いやな、俺も一応収入的には日本のセレブの仲間の一人のわけだから、ここらで一つセレブらしいことをしてみようかなぁと」

 

「それ絶対お前が現在進行形でやってるアプリゲーの影響だろ」

 

「差せ! 差せぇぇぇ!!」

 

「人の話を聞け……オイオイそこから差すのか!?」

 

「強いぞ流石だゴールドシップ!」

 

「納得のキャラ選!」

 

 そんな本編と全く関係ない冬馬との無駄話から、今回のお話もスタートである。

 

 

 

 未来ちゃんと静香ちゃんの些細なすれ違いはどうやら間もなく解消できたらしく、未来ちゃんから「仲直り出来ました!」という報告が静香ちゃんとのツーショット写真と共に送られてきた。二人とも目が少し赤く泣いていたらしいが、それでも二人が仲良さそうに笑っていたため、一応円満に解決したらしいことが分かってホッとした。

 

 というやり取りが、大体一週間前の出来事である。

 

 その間に凛ちゃんから『遊び人のリョーさん』のことで問い詰められたり、また変なことをするつもりじゃないだろうなと疑われたり、ついでに劇場へ行くなら今度私も連れていけと強請られたり、この辺りの話はまた後日。

 

「やっぱりこうやって後進の子たちが成長する様を見るっていうのは、何度経験してもいいもんだな」

 

「アイドルのことなんだろうが、ゲームのライブシーン見ながらだと全く別の意味に聞こえるぞ」

 

 冬馬から「いい加減にスマホを置け」と言われたので、素直に従う。

 

「ったく、真面目にやれ。本番まで三ヶ月もねぇんだぞ」

 

「はいはい」

 

 冬馬に促されてスマホをギターに持ち替える。

 

 夏休みに開催されるアイドルによるバンドの祭典まで残り三ヶ月。今回はジュピターと一緒に四人でバンド参加をするため、こうしてお互いの隙間時間を使って音合わせの真っ最中だった。ちなみに冬馬はベースで俺と一緒にダブルボーカル。北斗さんがキーボードで翔太がドラムである。

 

「そういえば聞いたか? 今年の765プロは前回とは別のメンバーで参加だってさ」

 

「ふーん」

 

 まるで興味がなさそうな反応だが、コイツが本当に興味なかった場合はハッキリと「興味ない」と切り捨てるからな。興味ないわけではないらしいので、このままこの話題を続行する。興味無さそうでも続けるけど。

 

 さて二年前は三つのバンドで参加をした765プロ。しかし今回はお互いのスケジュール的にそのバンドを再結成することが出来なかったため、新たなメンバーで参加するらしい。

 

「特に美希ちゃんと響ちゃんと貴音ちゃんは『フェアリー』がついに全国ツアーらしいから、バンドの練習してる暇ないんだろうね」

 

「ヤメロ俺たちが暇みたいだろ」

 

 当然俺も冬馬も暇というわけではない。だからこそこうして時間の隙間を見付けてわざわざちょっとずつ音合わせをしているのである。

 

「お前もそろそろフラフラすんのやめろよ。忙しいんだから、少しぐらい落ち着いてこっちの仕事に専念しろって」

 

「ちゃんと仕事には穴開けてないんだから、それ以外のことは自由にさせてくれよ」

 

 そうじゃないとお話が進まないでしょ。誰が語り部やるのよ。

 

「……お前さっき、()()っつったな」

 

「ん?」

 

 

 

「まさか()()()()()()()じゃねぇだろーな」

 

 

 

「……そう凄むなって」

 

 ジャランと適当に弦をかき鳴らすが、冬馬からの厳しい視線は揺るがなかった。

 

「そんな大層なもんじゃねぇよ。俺の趣味ってなんだと思う?」

 

「……アイドル」

 

「そう、()()()()だ」

 

 トップアイドルであると同時に俺自身も『アイドルオタク』。俺自身がアイドルとして輝くのと同じぐらい、他のアイドルが輝いてくれることが嬉しく、そしてその過程を見守ることが楽しいのだ。

 

「……育成ゲームでもやってるつもりか?」

 

「なに? 今日の冬馬、棘多めじゃない?」

 

 そんなに俺がトレーナー業にハマっていることが気に入らなかったか。

 

「捉え方によっちゃそう見えるかもしれん。……でも悪いな、冬馬」

 

 

 

 ――俺は()()を見てるんだよ。

 

 

 

「……人を視野狭窄みたいに言いやがって」

 

「そこまで言ってねぇって。でも、お前もそろそろそーいうことを考えた方がいいんじゃねぇか?」

 

「ウルセェ。そーいうのはオメェを超えてからって決めてるんだよ」

 

 ここで優しい俺は「それじゃあ一生無理じゃねぇか」とは言わない。そして優しい故に冬馬の将来を心配してあげるのである。

 

 

 

「すぐにとは言わないけど、お前も春香ちゃんか卯月ちゃんかを考えておけよ」

 

「ごふっ」

 

 

 

 冬馬のベースの弦がブチッと千切れた。オイオイ危ないな、怪我してないか?

 

「……本当に何の話をしてるんだぁ……テメェはぁ……」

 

 さて、なんの話をしてるんだろうなー?

 

「ホラホラ、時間が無いんだからさっさと弦を張り替えろって」

 

「その無い時間を無駄に浪費しようとしてるのはテメェだろうがっ!」

 

 そう叫びつつ慣れた様子で手際よく弦を張り替える冬馬を尻目に、俺は再び適当に弦をかき鳴らすのだった。

 

 

 

 

 

 

「『フェアリー』の新アルバム発売&全国ツアー決定……かぁ……!」

 

「メンバーは美希さんと貴音さんと響さん! やっぱりすごいよねこの三人!」

 

「すっごい可愛いしすっごく綺麗だしすっごくカッコいいもんなぁ」

 

「プロモ見た!? ダンスが最高にクールなんだよ!」

 

「はいはい皆さん! テレビに注目! ちょうどCMやってますよCM!」

 

 劇場は今、『フェアリー』の話題で持ちきりだった。

 

 あの『竜宮小町』と共に765プロを代表するユニットである彼女たちは、つい先日告知PVを公開してから世間の注目を浴び続けていた。

 

「私たちもさっきおっきい広告見てきたもんね、静香ちゃん!」

 

「えぇ……本当に綺麗だったわね」

 

 当然私や未来もその話題に興味がないわけがなかった。未来は純粋に凄いアイドルとして、私はそれに加えてアイドルの大先輩の大舞台が何か勉強にならないかと、とにかく彼女たちのことが気になって仕方がなかった。

 

「ところで静香ちゃん、ツアーって何? 旅行?」

 

「……それを知らずに盛り上がっていたのね、貴女」

 

 未来らしいと言えば未来らしいが。

 

「色んな場所で順番にライブをすることをツアーっていうの。同じ場所で何回もライブをするより、色んな場所でライブをした方がより多くの人に聞いてもらえるじゃない?」

 

「あぁ、なるほど!」

 

「ちなみにありさは全公演&全日程に参加する予定です!」

 

 私と未来の会話を聞いていた亜利沙さんが、両手にサイリウムを構えながらドヤ顔で話に入って来た。……もしかしてそのサイリウム、たった数秒流れたCMのためだけに折ったんですか……?

 

「えっ、全部!? 全部同じライブじゃないの!?」

 

「ノゥッ! ライブとは水物っ! 会場によってセトリや演出は微妙に変化し、例え同じだったとしても全く同じライブというものはこの世に一つとして存在しません! 後日円盤として発売されても初日がダイジェスト版になってしまったりすることもあるので、こればかりは現地でしっかりと見届けなければいけないのです!」

 

「へー……静香ちゃん、私たちも観に行こうよ!」

 

 どうやら亜利沙さんのダイレクトマーケティングが成功したらしく、元々未来にあったライブへの興味がさらに増したらしい。

 

「そうね。勉強にもなるし、プロデューサーに席を貰えるか頼んでみましょうか」

 

「ちょっと待ったぁ!」

 

 そんな私の提案に亜利沙さんからの『ちょっと待った』コールがかかった。

 

「いいですか静香ちゃん、関係者席は邪道です」

 

 亜利沙さんの顔とフォントが怖い。

 

「まずはチケットの申し込み! 抽選結果を待つドキドキ感! 例えそのチケットサイトで過去何度辛酸を舐めさせられようとも、決して感謝の気持ちを忘れてはいけません!  信じていれば救われるのです!」

 

 先日「イー○ラスゥァア゛ー!」という叫び声が聞こえたような気もしたが、きっと亜利沙さんの声によく似た誰かだったのだろう。

 

「そして神席が当たった際の高揚感! そう! ここからライブは始まっているのです!」

 

「ハズレ席だった場合は?」

 

「リピートアフタミー! 『現地ならば勝ち組』!」

 

 要するにプラス思考ということでいいいのだろうか。

 

「ライブ会場への移動手段の確認! 遠征ならば宿の確保! シングルの部屋は早々に埋まってしまうので、ありさは友人と一緒にダブルの部屋を予約します! 安いですし!」

 

 普段から一緒に各地のライブに参加している『ミツミネさん』というアイドルオタクの友人がいるという話は何度か聞いたことがあった。

 

「そしてライブ当日! 隣のお客さんと盛り上がるアイドルトーク! ライブに参加する方々は皆いい人なので、少々愛想に欠ける静香ちゃんでもすぐに仲良くなれますよ!」

 

「余計なお世話です」

 

 余計ついでに無粋な考えをするならば、周りがいい人なのは亜利沙さんが美少女だから優しくされているという理由もある気がする。

 

「泣き! 笑い! ファンとアイドル、会場全体が一体になる瞬間! 全てが揃ってライブなのです!」

 

 ……イチイチ大げさではあるが、亜利沙さんの言いたいことはなんとなく分かる。私だってアイドルのライブに参加するのは好きだ。私も一度だけ大きな会場でのライブに参加したことはあるが、あの独特の雰囲気と高揚感は現地でしか味わえない。

 

 とはいえ。

 

「だから……だから、ありさは……! 関係者席には頼りたくないのです……! ありさはアイドルである前に……一人のファンでいたいのです……! 例えそれが悪魔の誘惑であったとしても……せめてありさだけは、唇を噛みしめてでも耐えなければいけないのです……!」

 

 必死すぎる亜利沙さんの姿を見ていると逆に引いてしまった。こちらのダイレクトマーケティングはどうやら失敗のようである。

 

「……私たちはプロデューサーに頼みましょう」

 

「? うん」

 

 

 

「ちなみに『周藤良太郎』さんのライブだったら?」

 

「手段は選びません」

 

「目が血走っている……」

 

 

 




・「そうだ、馬主になろう」
ウマ娘面白すぎてダメだったよ……。

・「強いぞ流石だゴールドシップ!」
絶対良太郎と気が合うであろうウマ娘。
ちなみに作者未育成である。

・ライブとは水物
画面に映らないところで面白いことやエモいことしてる演者も多いからね。

・「イー○ラスゥァア゛ー!」
ありさぴぴっく。
ぶっちゃけ作者は仲間内でチケット相席共有とかやってたから、絶対に参加したかった現地逃したことないから……。

・ミツミネさん
シャニマス編始まる前に本人は登場すると思う。



 アイル編なのに翼が登場しておりませんが、仕様です。



『どうでもいい小話』

 すっかりウマ娘にハマって更新作業中の生放送で一番の推しであるメジロマックイーンの新衣装星3の実装が発表されて変な声を上げていたのは何処の朝霞りょーうま?


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Lesson264 Aisle for AISLE 2

765組、久しぶりの登場!


 

 

 

「おっ、みんな盛り上がってるな」

 

 亜利沙さんから今回のツアーの見どころを熱く語られていると、プロデューサーがやってきた。

 

「あっ! プロデューサーさん! 私と静香ちゃんにもこのライブのチケットください!」

 

「やっぱりその話題か」

 

 早速チケットを強請ってくる未来に苦笑するプロデューサー。

 

「でもな、いつまでもお客様気分じゃ困るぞ」

 

「? どーいうこと?」

 

 

 

「お前たちもバックダンサーとしてステージに立ってもらうってことだよ」

 

 

 

『……えええぇぇぇっ!?』

 

 プロデューサーの口から告げられた突然の言葉に、その場の全員が驚愕の声を上げた。

 

「せ、先輩方と全国ツアーに出られるってことですか!?」

 

「大きい会場で踊れるの!?」

 

「私、シアター以外でライブするの初めて!」

 

「何人出れるの!? 全員出れるの!?」

 

「勿論旅費は出るんだよね!? もしかして地元の美味しいものとか食べれる!?」

 

「ついでに観光とかできませんか!?」

 

「えぇい静まれぃ!」

 

 ワラワラと詰め寄るアイドルたちにプロデューサーが一喝すると、全員が大人しく聞く姿勢になった。

 

「勿論全員出られるわけじゃない。メンバーはオーディションで決める」

 

「旅費は?」

 

「美味しいものは?」

 

「観光は?」

 

「その辺りは一旦忘れなさい」

 

「「「えー!?」」」

 

 プロデューサーが『お静かに』という看板を掲げると、再び全員が大人しく聞く姿勢になった。

 

「審査はツアーメンバーである『フェアリー』の三人が直接行う。だからこそダンスの技術だけで選ばれるとは言えないぞ。『コイツに自分のバックダンサーを任せたい!』と思わせるようなアピールをするんだ」

 

 つまり、通常のアイドルのオーディションと同じ……ということだろうか。

 

 ダンスだけで、歌は歌えない。しかしバックダンサーと侮るなかれ。シアター組一期生である美奈子さんたちも始まりはバックダンサーだったのだから、きっとこれは765プロなりの登竜門なのだろう。

 

(……絶対に出たい……!)

 

 そう意気込んで顔を上げた先に――。

 

 

 

「……へぇ、美希先輩出るんだ……」

 

 

 

 ――ニヤリと笑う翼が立っていた。

 

 

 

「……じゃあ、絶対わたしが出るよ」

 

 

 

 

 

 

「というわけで改めて。自分、『フェアリー』の我那覇響だぞ」

 

「同じく四条貴音です」

 

 そしてやってきてしまったオーディション当日。いつものレッスン室に姿を現したオールスター組の二人に、シアター組の全員が緊張しているのが手に取るように分かった。

 

「美希は仕事で遅れるから、まずは自分たち二人で審査を進めていくぞ」

 

「どうぞよろしくお願いします」

 

『よ、よろしくお願いします!』

 

 二人が準備を進める間、みんなはストレッチや振り付けの最後の確認を始める。

 

「いよいよね……」

 

「ねぇねぇ静香ちゃん」

 

「なに?」

 

「響ちゃんと貴音さん、テレビで見るより綺麗だねー」

 

「……そうね」

 

「あと二人ともテレビで見るよりお胸大きいね……!」

 

「未来?」

 

「特に響さんは身長の低さも相まって……!」

 

「未来」

 

 相変わらず緊張のきの字も見せようとしない未来のメンタルが本当に羨ましくなる。

 

 私以外にも緊張している様子のシアター組のメンバーは多く、基本的に私たちのまとめ役になってくれている琴葉さんでさえも「リリリリラックスしまひょ!」とかなりテンパっている様子だった。

 

 ちなみに今回のオーディションに参加しているのはシアター組はシアター組でも二期生のみで、一期生である美奈子さんや奈緒さんは参加していない。今回のオーディションが私たち二期生の登竜門と考えれば妥当である。

 

「それじゃ、早速始めていくぞー! 一番、最上静香!」

 

「っ、はい!」

 

 我那覇さんに名前を呼ばれ、私は立ち上がって前に出る。

 

(……大丈夫、練習通りに!)

 

 未来の声援を背に息を整え、背筋を伸ばす。

 

「……行きます!」

 

 

 

 

 

 

「もうダメ……落ちたわ……」

 

 始まる前の気合いは何処へやら。すっかりと意気消沈して完全にフォントが掠れてしまっている静香の姿に、自分は思わず苦笑してしまった。

 

(ステップを間違えたことよりも、メンタルの打たれ弱さも課題だよなぁ)

 

 手元の資料にちょちょいと書き込みつつ、ふぅと一息つく。オーディションも残り数人。こうして人のダンスを審査する側に回ったのは初めてだから、こっちはこっちで意外と気を張っていて大変だった。

 

「どうでしょう響、貴女は気になっている子はいますか?」

 

 横からひょこりと貴音が自分の手元を覗き込んでくる。

 

「そうだな……今のところ『この子だ!』って思ってるのは何人かいるぞ」

 

 まずはコイツ。

 

「島原エレナ、十七歳。日本とブラジルのハーフ」

 

 特技はサンバ。話すみたいに自然にダンスが出てくるタイプだ。小さい頃から踊り続けてるからダンスを『覚える』んじゃなくて『理解する』ことが出来る。技術じゃなくてダンスそのものが体に染みついてるんだ。

 

「それと高坂海美、十六歳。自己アピールはスタミナに自信あり」

 

 確か真美が良太郎さんと一緒にボルダリング施設でウチのオーディションを受けたばかりの彼女に出会ったって言ってたな。でも自分が注目したのはスタミナよりも、あの身体。表現力を高める柔軟性とそれを支える鍛えられつつもしなやかな筋肉……恐らくバレエ経験者だ。

 

「次は舞浜(まいはま)(あゆむ)、十九歳。なんと真のお墨付きだ」

 

 アメリカ留学で培った抜群のリズム感でR&BやHIPHOPを踊りこなす生粋のダンサー。シアター組の中からバックダンサーを選出するという話になり、真っ先に真は彼女の名前を挙げた。ダンスという一点においては十分に『トップアイドル』レベルだ。

 

「そして最後。北上(きたかみ)麗花(れいか)、二十歳」

 

「麗華殿?」

 

「一瞬自分もビクッとしたけど字が違うぞ」

 

 すらりと伸びた手足と長身、そして独特の雰囲気がステージ映えしそうなんだけど……なーんか彼女を見てると、心がざわつくというか落ち着かないというか……端的に表現すると()()()()がする。いや、別にアイドルとして問題はないんだろうけど。

 

「今のところ、この四人が候補だぞ」

 

 技術とステージ映えだけで評価をするならば、きっと彼女たちがシアター組のダンス四天王ってところかな。

 

「四天王……つまり五人目がいるということですね」

 

「貴音は一体何を言ってるんだ」

 

「四天王は五人、三銃士は四人いるのが『お約束』なのでしょう?」

 

「それ言ったの良太郎さん?」

 

「いえ、百合子です」

 

「百合子ぉ!」

 

 良太郎さんとよく一緒にゲームしているせいで結構影響を受けている杏奈に隠れているが、百合子も大概だった。ホントいい意味でも悪い意味でも影響力強いなぁあの人!

 

 閑話休題。

 

「この四人以外は……まぁ、うん」

 

「皆、身体が堅く全力を出せているとは思えませんね」

 

 自分が言葉を濁した部分を、貴音はハッキリと口にした。

 

「きっとオーディションそのものに慣れてないんだろうな」

 

 一応外での仕事も存在するシアター組二期生だが、その仕事はまだイベントMCやキャンペーンガールが多い。彼女たちの実力で勝ち取った仕事ではなく、プロデューサーたちが()()()()()()()ばかりだ。

 

「ついでに劇場でのステージが多いから余計にだな」

 

 まだ彼女たちには歌とダンスをこなすことで精一杯なのだろう。こればかりは場数をこなすしかない。これからこれから。

 

「これは美希が遅れてて良かったもしれないな。いつもの調子でズバズバ本音を言われたら、みんな余計に固まっちゃうぞ」

 

 しかも最近の美希は()()()()()()()()()()()()からなぁ……。

 

「ミキがなぁに?」

 

「っ!?」

 

 バッと振り返ると、そこにはいつもの眠そうな表情で手を挙げる美希が立っていた。まだ帽子やサングラスを付けたまま、鞄も持ったままの『たった今来ました』スタイルだ。

 

「遅れてゴメンなのー……あふぅ」

 

「だ、大丈夫だぞ」

 

「お疲れ様です、美希」

 

 眠そうに欠伸をした美希は、そのままパイプ椅子に座ろうとして――。

 

 

 

「美希せんぱーい! おっはようございまーす!」

 

「ひらり」

 

 

 

 ――勢いよく飛び込んできた翼を流れるように躱した。

 

「ぐべぇ!?」

 

 あまり女の子が出すことを推奨されない声で地面に倒れ伏す翼。そういえばやたらと美希にご執心だったな、この子は。

 

「み、美希先輩酷い……」

 

「ミキ、自分からはともかく、抱き着かれるのはリョータローさんだけって決めてるの」

 

「ぐぬぬ……! おのれ、周藤良太郎……!」

 

 おぉ、珍しい形で良太郎さんへのヘイトが上がっている!

 

「……いいぞ……もっとだ……もっと憎しめ……!」

 

「響、闇が漏れています」

 

 はっ!? 思わず良太郎さんへの日頃の恨みが……。

 

「ねぇ響、オーディションってあとどれだけ残ってるのー?」

 

「あ、あぁ、あとニ・三人ってところだ」

 

「それじゃ、パパッと終わらせよ? ミキ、今日は移動が多くて疲れちゃった」

 

 寧ろ移動時間はいつも寝てるんだから、回復出来ているのでは?

 

「……そうですね」

 

 聞きようによっては興味がなさそうにも捉えることが出来てしまう美希の言葉に、翼は一人だけ目の色を変えた。それは悲しみの色ではなく……。

 

 

 

 ――パパッと、終わらせちゃいましょう。

 

 

 

 ……やる気に満ち溢れた、まるで獣のような目。

 

 

 

「……まさか貴音の言葉通りになるとはなー……」

 

 どうやら、本当に四天王は()()いたらしい。

 

 

 

 

 

 

「……凄い」

 

 私は、目の前で披露されている翼のパフォーマンスをそう称することしか出来なかった。

 

 決してステップが正確だったわけじゃない。なんだったら、先ほどの琴葉さんよりもミスが多いかもしれない。けれど翼は満ち溢れる自信と生まれ持った感覚だけで()()()()()()()()()

 

(私とは生まれ持った才能が違いすぎる……)

 

 私だけじゃない。シアターのみんなだけでもない。審査員である響さんや貴音さんや美希さんまでも、翼のことを食い入るように見つめている。

 

 伊吹翼から、目が離せない。

 

 きっと、真っ先にバックダンサーに選ばれるのは、彼女……。

 

 

 

「……ふーん」

 

「なるほど……」

 

「……自分は、悪くないと思うんだけど……美希?」

 

「ミキがなんて言うか、分かってるくせにー」

 

 

 

 ……え?

 

 

 

「……美希せんぱーい! どうでした!? わたし、ツアーに連れていってもらえます?」

 

「ねぇ、翼」

 

「はい?」

 

 

 

「翼、ミキたちのバックダンサーは似合わないって思うな」

 

 

 




・「あと二人ともテレビで見るよりお胸大きいね……!」
未来ちゃんさぁ……。

・響&貴音
やっぱり765組に語り手やってもらうと、書いてる側としてもホッとするものがある。

・舞浜歩
『アイドルマスターミリオンライブ』の登場キャラ。
ヒップホップダンサー系少女な19歳。まいがー!
アイ転補正を受けて能力微強化済み。多分アメリカでヤツと遭遇している。

・北上麗花
『アイドルマスターミリオンライブ』の登場キャラ。
ミステリアスな雰囲気の20歳。スレンダー美人。
……説明おかしいって? ははっ、そんな馬鹿な。



 登場していないのに各方面からヘイトを集める系主人公。人気者は辛いね()

 内容的には、原作よりもフェアリー三人組の対応が若干大人になっております。なにせ美希(18)、響(19)、貴音(21)ですからね。ミリオン組と年齢差が開いており、翼(14)なので普通にお姉ちゃんに甘える妹ぐらいの感じになっております。

 ……しかしこれ本当に四話で収まるかな?(ここまでテンプレ)


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Lesson265 Aisle for AISLE 3

主人公を探せ!(難易度1)


 

 

 

「………………」

 

「静香。……しーずーかー」

 

「えっ」

 

 顔を上げると、テーブルの向かいに座る奈緒さんが私の顔を覗き込んでいた。

 

「なんやボーっとして。箸止まっとるやん」

 

「すみません、ちょっと考え事というか……」

 

「まぁ、唖然とする気持ちは分かる。……今日も美奈子は絶好調やもんなぁ」

 

「いえ、そっちではなく」

 

 確かに美味しそうな湯気を漂わせている十人前のチャーハンと餃子の山には唖然としてしまいそうになるが、今私が考えているのは全く別の事だった。

 

「おかわりはもうちょっと待っててねー!」

 

「結構です!」

 

「あっ、そちらのお客様にもおかわりサービスしますねー!」

 

「結構です」

 

 美奈子さんからの追加の料理をブロックし、その標的が奈緒さんの背後の男性客へと向いたことに安堵しつつ、コホンと咳払い。

 

「……先日のオーディションのことなんです」

 

 今日のレッスンを終えた私と未来は、奈緒さんのお誘いを受けて美奈子さんの実家である佐竹飯店へと夕ご飯を食べにやって来た。そこで私は、奈緒さんに先日からずっと考えていることをアイドルの先輩である奈緒さんに尋ねることにした。

 

「奈緒さんは先日行われた『フェアリー』のバックダンサーのオーディションのことはご存知ですよね?」

 

「あぁ、エレナと海美と歩と麗華が選ばれたんやったっけ。残念やったな、静香」

 

「はい……でも、悔しいと思う暇もないぐらい、皆さんとても凄かったんです」

 

 同じシアター組とは思えないほどの実力者揃い。実際に私も見ていて、きっと選ばれるのはこの人たちだろうと思った。

 

 ……それでも、一つだけ疑問が残ってしまった。

 

「どうして、翼はダメだったんでしょうか……」

 

 あのとき、オーディションに参加したアイドルの中で一番のパフォーマンスを()()()のは翼だった。それはアイドルとしてはまだまだ若輩者である私の目から見ても明らかなことだった。

 

 しかし、何故か翼は選ばれなかった。

 

 

 

 ――ミキたちのバックダンサーは似合わないって思うな。

 

 

 

 美希さんはキッパリとそう言い切り、響さんと貴音さんはそれを否定しなかった。つまり、765プロが誇るトップアイドル三人が『翼はバックダンサーとしてそぐわない』と判断したのだ。

 

「何がダメだったのか、それが本当に分からなくて……」

 

「静香ちゃん、食べないの?」

 

「未来は静かに食べてて」

 

 先ほどから黙々とチャーハンの山を切り崩している未来にコップの水を渡す。貴女にはこの大量のチャーハンと餃子を消費するという大事な役目があるのだから、是非そちらに専念してほしい。

 

「せやなぁ……私はその翼のダンスを見てないから断言は出来んけど、これでもバックダンサーやっとった身として、大事なことは分かるで」

 

「大事なこと?」

 

「そ。バックダンサーに一番必要なことや」

 

 卵スープにレンゲを入れながら「なんやと思う?」と尋ねてくる奈緒さん。

 

「……えっと……」

 

「バックダンサーっていうぐらいなんだから、ダンスの技術じゃないんですか?」

 

 代わりに答えた未来だが、私もそれと同じ考えだった。

 

「……あ、でもそういえば……」

 

 

 

 ――だからこそダンスの技術だけで選ばれるとは言えないぞ。

 

 

 

 オーディションの話を持って来たとき、プロデューサーはそんなことを言っていた。

 

「想像してみぃ? もしも私らが大きな舞台でライブをすることになったとするやん?」

 

「は、はい」

 

 奈緒さんにそう言われ、想像する。

 

 大きなステージ、大勢の観客、そしてステージの中央に立つ私の姿。今はまだその光景を望むことは叶わないけれど、それでも想像の中の私は彼ら彼女らの視線を一身に浴びていて――!

 

 

 

「そのときのバックダンサーが『周藤良太郎』やったら?」

 

 ――その視線は一瞬で消え去った。

 

 

 

「ちょっと奈緒さんんんん!?」

 

「どや? かなりゾッとするやろ?」

 

「なんでいきなり『洒落にならない怖い話』が始まったんですか!?」

 

 ライブ中に観客からの視線が消え失せるなんて、想像するだけでも恐ろしかった。どれだけ必死に歌って踊っても、観客の意識が全てバックダンサーに持っていかれてしまうなんて……。

 

「……あっ、もしかして、コレが理由ですか……!?」

 

「まぁコレは極端すぎる話やけどな」

 

 ダンサーという言葉に気を取られていたが、バックダンサーとは文字通り背後で踊ることでステージに華を添えるのが本来の役目だ。それがメインのアイドル以上に目立ってしまうなんてナンセンスだった。

 

「目立ちすぎるな、なんてことは言わん。でもライブっちゅーのはチーム戦、個人の技量と同じぐらい団結力も必要や」

 

「私たちも昔はそこで苦労したもんね」

 

「あんときはホンマに大変やったなー……」

 

 本当に追加の料理を持ってきてしまった美奈子さんが会話に参加すると、奈緒さんの目が遠くなった。これは昔のことを思い出しているのか、それとも減った分以上に量が増えてしまった料理を見たくないのか、どちらなのだろうか。

 

 ……それにしても。

 

(団結力……か)

 

 確かに翼は協調性に欠けるしワガママな面もある。人の話は聞かないし、自分の興味が無ければ練習にだってまともに参加してくれない。そういった部分がダンスにも出ていて、それを美希さんたちは感じ取ったということなのだろう。

 

 

 

 でも、トップ目指すアイドルとしてなら……本当にそれが正解なのだろうか。

 

 

 

「まぁ、万が一なにかの奇跡が起きて良太郎さんがバックダンサーをすることになったとしても、そうはならんやろーけどな」

 

「良太郎君、自分の存在感の隠し方上手だもんね」

 

「えー? 『周藤良太郎』に気付かないなんてことあるわけないじゃないですかー。ねぇ、静香ちゃん?」

 

「そうね、流石に『周藤良太郎』に気付かないなんてこと、ありえないと思います」

 

 

 

 

 

 

(……だってさ、良太郎君)

 

(まぁ、そう思ってもらえるのは嬉しいけどね)

 

(いくら変装しとるからって、後ろの席で飯食っとるとは思わんわなぁ……)

 

 

 

 

 

 

 久しぶりにガッツリ食べたいなーという欲求のままに佐竹飯店で夕飯を食べていたら、背後の席に奈緒ちゃんが静香ちゃんと未来ちゃんを伴ってきたというミラクルが発生したのが、大体三日前の話である。

 

 お店のお手伝いをしていた美奈子ちゃんは言わずもがな。奈緒ちゃんも俺に気付いていたが、静香ちゃんと未来ちゃんは気付いておらず、そのまま彼女たちのお悩み相談を盗み聞きしてしまった。まぁ悩みというか、疑問というか、若きアイドルの必修課題みたいなものだ。是非とも自分で答えを見つけ出してほしい。

 

 さて、そんな静香ちゃんの疑問の種となった翼ちゃんだが……。

 

 

 

「はい、ジュリアーノ、あーん!」

 

「ヤメロ。ついでにジュリアーノもヤメロ」

 

 

 

 ……なんか知り合いの街中ロック不良娘とイチャイチャしているところを目撃した。

 

「へぇ、デートかよ」

 

「なっ!? アンタは……!?」

 

「あーリョーさんだ! 久しぶりー!」

 

「久しぶり、翼ちゃん。ジュリアも。しかしいかんぞ二人とも、現役アイドルが不純異性交友とは」

 

「誰が異性だ!?」

 

「不純じゃなくて純粋です!」

 

 遠目で見てたけど、街中を歩きながら翼ちゃんがジュリアにアイスを食べさせようとしている様子が完全にカップルのそれだから、二人の見た目も相まって誤解してる人は多いと思う。

 

「それでアンタは……えっと……」

 

「おいおい、この『遊び人のリョーさん』を忘れたとは言わせないぞジュリア」

 

「あぁ……そういう設定なのな……」

 

 これだけで事情を察してくれる子たちが多くて助かる。

 

「それで? もう一回聞くけどデート?」

 

「ちげぇよ!」

 

「そうです!」

 

 ジュリアが否定して翼ちゃんが肯定する。うん、つまりデートだな!

 

「そういうアンタは珍しいもん担いでんじゃねぇか」

 

「あー!? それってギターケースですよね! ジュリアーノのとおんなじ!」

 

 ジュリアと翼ちゃんが指摘するように、俺の肩にはギターケースがかかっていた。先日も冬馬と一緒に音合わせをしたが、今回は新曲のための打ち合わせに必要だったのだ。

 

「まぁちょっと仕事で必要になってね。いつもギターケース担いでるジュリアに比べれば珍しいかもしれないけど」

 

「いつもは担いでねぇよ」

 

「寧ろギター持ってないお前の姿を見たことないんだけど」

 

「………………」

 

 どうやら自分でも反論が見つからずにジュリアは閉口してしまった。

 

「今日はジュリアーノがわたしの行きたいところ何処でも付き合ってくれるんですよ~! リョーさんも、時間が合ったら一緒にどーですか!?」

 

「だから何処でもとは言ってねぇよ!」

 

 やっぱりデートじゃないか。

 

 さて、ここは「二人のデートのお邪魔をするわけにはいかない」と断る場面なのだろう。女の子と女の子の間に入ると一部界隈では呪殺されるから正直遠慮しておきたいのだが、なんかジュリアが視線で『助けてくれ』と言っている気がした。

 

(助けてくれ)

 

 口でも言ってた。しょうがないなぁ……。

 

「それじゃあ、少しだけね」

 

「やったー! それじゃあリョーさん! またクレープお願いします!」

 

「おっとそういう役目か」

 

「っていうかお前、さっきまでアイス食べてただろ……」

 

「デザートは別腹!」

 

「アイスは主食だった……?」

 

 ルンルンと鼻歌を口ずさむ翼ちゃんに、ジュリアと共に手を引かれて歩く。ギターケースを肩にした二人を引きずる美少女は随分と目立つことだろう。俺には認識阻害(へんそう)があるが、二人は大丈夫だろうか。

 

 はぁ……と重いため息を吐いたジュリアと、翼ちゃんに聞こえないように小声で話す。

 

(……わりぃ良太郎さん、助かった……)

 

(別にいいけど……正直翼ちゃんと仲良いとは意外だったぜ)

 

 勝手ながらジュリアは翼ちゃんみたいなタイプが苦手だと思ってた。

 

(仲良いわけじゃなくて……ちょっと、翼と向き合ってみようと思ってな)

 

 ここにもお悩み少女がいたようだ。静香ちゃんの方は正確には悩みではなかったが、どうやらまたしても話題の中心は翼ちゃんらしい。

 

 

 

(……ふむ)

 

 

 




・「未来は静かに食べてて」
未来ちゃんは大食いキャラ&大乳好きキャラ固定です。

・「へぇ、デートかよ」
調べてみたんだけど、もしかしてこれも原作では言ってないシリーズ……?



 ネタが少なけりゃあとがきも少ない。当然である。まぁアイル編は基本的に真面目な話だから。

 だが安心してください、アイル編が終わればある意味で『第六章の本番』が始まる予定です(ハードルを上げる)


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Lesson266 Aisle for AISLE 4

翼のためのツバサ


 

 

 

「二人ともー! ちゃんと見ててよー!」

 

 

 

「見てるよーバッチリ見てるよー」

 

「……何処を?」

 

「お尻」

 

「潔く言えば許されるわけじゃねぇんだぞ」

 

 フラフラと立ち寄ったゲームセンターにてダンスゲームに興じようとしている翼ちゃん。俺はジュリアと壁に寄りかかって後方彼氏面で見守りつつ、先ほどのジュリアの発言が一体どういう意味だったのかを尋ねてみた。

 

「……ふむ、つまり」

 

 次のステージで自身のソロ曲にコーラスを入れることにしたジュリアは、プロデューサーに相談したところ翼ちゃんともう一人のアイドルに頼んでみるといいと言われ、快諾した二人と共に練習を開始。しかし翼ちゃんは自身の感覚だけで歌ってこちらの指示に従ってくれず、挙句の果てにリハーサルに遅刻。これには流石のジュリアもおこ。

 

「そんでヤキを入れるために翼ちゃんを街へと連れ出した、と」

 

「全然ちげぇ! ……って、微妙に強くは言えないんだよなぁ……」

 

 勿論ジュリアがそんなことをするはずがない。

 

 しかしケジメはキッチリつけるべく今度こそ厳しく言ってやろうと意気込むジュリアだったが、コーラスに入ってくれるもう一人のアイドルの子から「素直な気持ちで伊吹さんと向き合ってみてはどうでしょうか」と言われたため、遅刻のお説教もそこそこにこうして二人で街へと出て来てみた……ということらしい。

 

「良太郎さんなら分かるか? 翼が考えてること」

 

「んー……やったクリア出来たーとか」

 

「現在進行形で思考のトレースをしろとは言ってねぇよ」

 

 その翼ちゃんは初見のダンスゲームのノーマルモードをパーフェクトでクリアして「よーし次はもっと難しいのだー!」と意気込んでいきなりベリーハードモードを始めていた。あのダンスゲーム、確かベリハから難易度が指数関数的に跳ね上がるって聞いたけど大丈夫だろうか。

 

「……こないだ、ウチの事務所で『フェアリー』の三人のライブツアーのバックダンサーの選考会があったんだけど、そのオーディションで落とされちまったらしいんだ」

 

「聞いたよ。すごいダンスだったのに、美希ちゃんからバッサリ切られちゃったんだってね」

 

「……相変わらず何でアンタはそうも自然に他事務所の内部事情を知ってるんだよ」

 

 これに関していえば問題は俺じゃなくて静香ちゃんたちにあるんだけど、彼女たちに飛び火させるのは忍びないので「子飼いのスパイがいるから」と適当な嘘を吐いたら「やっぱりいるのか……」と引かれてしまった。冗談に決まってるじゃないか。

 

「だから一瞬、そのことに対して不貞腐れてんのかとも思ったんだが……少なくとも、それを引きずるような奴じゃないってことは理解出来た。でもそれ以外は全然分かんねぇや。アイツのことを理解してみようと思って、行きたいところ全部トコトン付き合うつもりだったんだけど……」

 

「まぁ他人を理解するのは難しいことだからそれは当たり前だけど……ジュリアは翼ちゃんと()()()()()だからすぐに分かりあえると思うんだけどな」

 

「……はぁ!?」

 

 頭のおかしいノーツ数に翻弄されて「何コレー!?」と微妙におこな翼ちゃんを見つつそんな感想を口にすると、ジュリアから「何を言っているんだコイツは」みたいな目で見られてしまった。

 

「あたしが!? 翼と!?」

 

 心外だと言わんばかりに必死なジュリアだが、そう感じたんだから仕方がない。

 

「あー! ジュリアーノとリョーさん、二人だけで楽しそうに何話してるのー!?」

 

「大したことじゃないよ。それより、どうだった?」

 

「アレ人がやるゲームじゃない」

 

 ブスッとした表情の翼ちゃん。やはりアレは無理だったようだ。

 

「なんだ、ダンス得意なお前でも無理なのか」

 

 そんな翼ちゃんの子どもっぽい不貞腐れ方に苦笑したジュリアのやや挑発的な発言に、翼ちゃんは「だって!」と語気を強めて反論した。

 

 

 

「あんな踏む位置を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()もん!」

 

 

 

「っ」

 

 その一言に、ジュリアの目が僅かに見開いた。

 

「いやダンスの基礎は決められた位置を踏むことじゃないの?」

 

「そういうことじゃないの! もー素人のリョーさんには分かんないかもしれないけど、色々あるの!」

 

「なるほどなぁ、アイドル好きを自称してはいるけど、その辺りは素人の俺には分かんないなぁ」

 

 俺の言葉にジュリアからの視線が絶妙に形容しがたいものになった。なんだその、まるで『卒業研究の発表の際に「素人質問で恐縮なのですが」とヤバい教授が手を挙げたとき』みたいな目をして。自分で表現しておいて訳わからん目だぞ。

 

「でもジュリア、ギターは違うよな? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()いいんだもんな?」

 

「……分かりやすい挑発すんじゃねぇよリョーさん。んなわけねーだろ」

 

 ククッと笑いながら、ジュリアはグリグリと拳を肩に押し付けてきた。リングが当たって痛いっつーの。

 

「二人とも! 次はあっちのゲーム!」

 

「はいはい」

 

「走るな走るな」

 

 別のゲームに興味が移ったらしい翼ちゃんの背中をジュリアと二人並んで追う。

 

「……だから『フェアリー』の三人は、翼にあんなこと言ったんだな」

 

「あの子たちだって日本を代表するトップアイドルの一角だ。分からないわけないさ」

 

「そしてアンタもホントに何でも分かるんだな」

 

「何でもは分からんよ」

 

 今回のこれも、あらかじめ佐竹飯店で翼ちゃんの話を聞いていたからなんとなく予想を立てていただけの話。実際、コレが正解なのかは答え合わせをしていないので分からない。

 

 それでも、数少ない彼女との交流でなんとなく彼女のタイプが見えてきた。

 

 最初の邂逅で抱いた感想は少々生意気でまだ現実を完全に見えていない『アイドルに憧れる女の子』だった。彼女のステージを初めて見た感想は『大言壮語を口にするだけのことはあるアイドルの卵』だった。

 

 そして気になって美奈子ちゃんたちに見せてもらった過去の彼女のステージと、今回耳にしたオーディションでの様子。自分の目指すものへと全力で走り、その一方でやる気がないように見えるその態度。

 

 

 

 彼女は()()()()()()のではない。

 

 ()()()()()()()()()()好きなものへの原動力という名の()()で形作られているんだ。

 

 

 

「アイドルとしてのレッスンやトレーニングはさぼることが多いのかもしれないし、それを疎かにしていい理由にもならない」

 

 でも翼ちゃんのエンジンのスイッチはそこにはないんだ。

 

「お前なら分かるだろ?」

 

 なぁ、街中ロック不良娘。ロックってのは『(まつろ)わねぇこと』なんだろ?

 

「……ほんっと自信無くすぜ。確かにあたしも翼と関わり殆どなかったけどよ、なんで他事務所のアンタの方が理解出来てるんだよ」

 

「ウチにもいるんだよ。そういう変なところにスイッチがある面倒くさい小娘が」

 

 最近はマシになったけど。

 

 

 

 

 

 

「へぇっぷしょぉぉぉい!」

 

「ちょっ!? あっぶなっ!? ちょっと今試験管の中身零れたよー!?」

 

「それもそうですけど……志希ちゃん、アイドルなんですからもう少し可愛らしいクシャミを……」

 

 

 

 

 

 

「えー!? リョーさんもう帰っちゃうのー!? まだまだこれからなのにー!?」

 

「いや帰るんじゃなくてお仕事ね。寧ろ君たちの方が帰った方がいいんじゃないの?」

 

 すっかり夕暮れに染まる街中で、俺は翼ちゃんとジュリアの二人に別れを告げる。俺はこれからラジオ番組出演があるのだ。

 

「だから最後に一つだけ。本当に一つだけ付き合うよ」

 

「それじゃあ締めにカラオケ! 最後にバーッと歌いたい気分だから、一曲だけ一緒に歌いましょー!」

 

「……なら、カラオケより()()()()()()を教えてやろうか?」

 

 そう言って肩にかけたギターケースを揺らすジュリアは、それはもう悪い笑顔を浮かべていた。おー極悪だなぁ、この不良娘は。

 

「えっ!? なになにー!?」

 

「……なるほどね。俺が言うのもアレだけど、あんまり派手にやりすぎて怒られるなよ」

 

「本当にアンタが言うのもアレだけどな。見たぞあの動画」

 

 フィアッセさんと千早ちゃんの三人で撮ったあれね。俺もこの間久しぶりに覗いたら百億再生越えてて草生えた。

 

「ま、怒られるのは多分俺だけだろうけど」

 

「……えっ、本当にアンタもやんの?」

 

「何のために今回ギターケース背負って登場したと思ってるんだよ」

 

 一応三話前からの伏線なんだぞ。

 

「アンタの場合、怒られるだけで済むのか……?」

 

「バレなきゃいいんだよ」

 

「バレる奴の常套句じゃねぇか。……まぁいいや、一度アンタともヤッてみたいと思ってたとこなんだ」

 

 ニヤリと笑うジュリアに、なんだかよく分からないけど楽しいことが始まりそうだとワクワクする翼ちゃん。

 

 ……それじゃあ、一つ街中にブチかましに行きましょうかね。

 

 

 

 

 

 

 さて、今回の事の顛末と言う名のオチを語ることにしよう。

 

 翼ちゃんが一体どういう少女なのかということを掴んだジュリアは、彼女の中の光を見出しなんと一日で新曲を作り出し、それを翼ちゃんやもう一人のコーラスの子と徹夜で仕上げ、次の日の公演で即興で披露するという大勝負に出た。

 

 翼ちゃんとその子をコーラスにして歌うジュリアの曲ではなく、ジュリアとその子という()()を従えて世界へと羽ばたく翼ちゃんの曲、『アイル』。英語だと『通路』とかそういう意味だけど……ラテン語の『翼』ともかけてる辺り、なかなか分かってるネーミングセンスである。

 

 そう、翼ちゃんはコーラスやバックダンサーなんて枠組みに捕らわれるような子じゃない。彼女はその名が示す通り、もっと広い空へと羽ばたく翼だったのだ。

 

 まぁ、アイドルである以上、もうちょっと周りとの協調性は身に着けた方がいいかもしれないけどね。その後で予定通りに披露したジュリアの後ろでのコーラスは結構お粗末な仕上がりだったし。

 

 ……え? ハマるアソビってのはなんだったのかって? 所謂路上ライブだよ、俺とジュリアのギターを小型アンプに繋いで、翼ちゃんが歌うって言うゲリラ路上ライブ。ギター勉強してから一度やってみたかったんだけど、確かに楽しかったよハッハッハ。

 

 

 

 そのとき、ふと閃いた!

 

「このアイディアは、ゴールドシップとのトレーニングに活かせるかもしれない!」

 

「お前はさっさとトレセン学園から帰って来い。そしてこのポリバケツを抱えて立ってろ」

 

 後日当然のようにバレた。

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

「……ようやく、様になったわね」

 

「「「はぁ……はぁ……はぁ……」」」

 

「これなら予定通り、()()()()()()()()()()()わ」

 

「っ、ホントですか、麗華先生!?」

 

「えぇ。……だからそれまでに、より完璧に仕上げてやるわ。覚悟しなさい――」

 

 

 

 ――ツバサ、英玲奈、あんじゅ。

 

 

 

 夏が、始まる。

 

 

 




・もう一人のアイドル
今回頑なに名前出さなかったけど、また出番作るから許して!
あの子、ある意味良太郎と絡ませると面白そうだから!

・「素人質問で恐縮なのですが」
自分の卒研では回避出来ました(隙自語)

・『アイル』
滅茶苦茶名曲なのに漫画版オリジナル曲とかいうスゲェ曲。
今は配信されてるけど、一時期は漫画特典限定だったんだぜ……?

・ラテン語で翼
正確にはちょっと違うらしいけど。
ちなみに作曲者はこちらは意図していなかったらしい。

・そのとき、ふと閃いた!
そろそろスピ9因子が欲しいです(願望)

・ツバサ、英玲奈、あんじゅ
いずれ、まだ見ぬ少女たちに前に立ちはだかる者たち。


 というわけでアイル編でしたとさ。良太郎介入によりアッサリ答えが出ちゃいましたが、この辺のやり取り原作めっちゃ好きなのでみんなちゃんとした流れは漫画読んでね!(ダイマ)

 そして次話からはクレッシェンドブルー編に入りつつ、いよいよ、ようやく、アイ転オリジナルストーリーへと足を踏み入れていきます。



『どうでもよくない小話』

 第十回シンデレラガールズ総選挙が始まりました!

 今回自分は高垣楓を二冠シンデレラガールにするために応援していきます!

 つきましては、毎日『高垣楓怪文書』なるものをツイッターにて投稿していきますので、こちらもよろしければ是非。

 面白かったならば、是非とも高垣楓に一票をよろしくお願いします!

 二度目の頂き、いただきます!


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番外編63 もし○○と恋仲だったら 特別総集編

突然ですがなんと豪華四本立て!

※などと言っておりますが、諸事情により次話の制作が遅れておりますので、過去にツイッターにて公開した短編の修正版の再掲になります。ご容赦ください。


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

「お疲れ様でした」

 

「お疲れ様でーす!」

 

「志保ちゃん、今日も良かったよー!」

 

「ありがとうございます」

 

 共演者やスタッフにお礼や挨拶をしながら、私はドラマの撮影現場を後にする。

 

 それも大事なことだとは理解しているが、未だに愛想を良くするということは苦手だ。私なりに精一杯愛想を良くしているつもりだが、他の女優やアイドルのようには出来ない。

 

「あ、志保ちゃん! この後みんなで食事に行こうって話になってるんだけど、君もどう?」

 

 しかしそれでも、私が二十の誕生日を迎えてからこうしたお誘いは目に見えて増えた。

 

 これでもアイドルを経て女優となった私は、自身の容姿は優れているということをしっかりと自覚している。身長もさらに伸び、体つきもより女性らしいものとなった。だから、この男性スタッフのお誘いが下心から来るものだということは分かっていた。

 

 しかし『123プロ』の私にこうして声をかけるのだから余程の剛の者か、もしくは何も考えていないのか。いずれにせよ、私の回答は決まっている。

 

「申し訳ありませんが、遠慮させていただきます」

 

「えー? いいじゃんたまにはさぁ」

 

 しっかりと断ったにも関わらずヘラヘラと笑う男性は、どうやら後者だったようだ。

 

「今日は先約がありますので」

 

「えー? 同じドラマを作っていく仲間として親睦を深めようよー」

 

 会話をしているだけで頭が痛くなってくる。先約だと言っているのに引かず、むしろ距離を縮めようとしてくる。

 

「それで、どんな約束? あ、お友達だったらこっちに呼んでも……」

 

 

 

「へぇ、お招きしてくれるんですか」

 

 

 

「……え゛」

 

 私の背後から現れたその人物に、男性はカエルが潰れたような声を出した。

 

「実は事務所のみんなと一緒にご飯を食べに行く予定だったんですけど、お招きしてくれるというのであれば、今から全員こちらに来るように連絡しますけど?」

 

 文面だけをとればとても友好的に、しかし発せられる雰囲気と口調からはあからさまな敵意を感じさせながら『周藤良太郎』は問いかけた。

 

「あっ……いや……えっと……その……」

 

 突然現れた予想外の超大物に、男性は口をパクパクしながら言葉を詰まらせる。当然だ、何せ相手は今や世界的に有名なトップアイドルで、しかもその事務所のみんなというと『Jupiter』に『Peach Fizz』といったトップアイドルたち。別の意味で場違いな人たち揃いだ。

 

「大丈夫ですよ。先ほどお断りしたところ、ちゃんと分かっていただけましたから」

 

 そうですよね? と男性に問いかけると、彼は勢いよく首を縦に振ってくれた。

 

「それでは、失礼します。行きましょう、良太郎さん」

 

「ん、了解」

 

 わざわざ私を迎えに来てくれた良太郎さんと共にスタジオを後にする。

 

 私を連れ出すために良太郎さんは一つだけ嘘をついてくれた。それはご飯を食べに行くというところではなく、事務所のみんなでというところ。

 

 ……本当は、二人きり。世間一般でいうところの、デート。

 

 

 

 『恋人同士』のデートなのだ。

 

 

 

 

 

 

「全く……俺の恋人に手を出そうたぁふてぇ野郎だ」

 

 いや、世間にはまだ公表していないので知らなかったのは当たり前だが、それでも自分の恋人がナンパ紛いなことをされている場面を目の当たりにして腹を立てない方がおかしい。

 

「もう……折角のデートなんですから、あまりヘソを曲げないでください」

 

 顔に出なくても分かるんですからね、と助手席から手を伸ばし運転中の俺の頬を指で突きながらクスクスと笑う志保ちゃん。初めて俺と会った六年前と比べると、本当に丸くなったというか、柔らかくなったというか……性格も身体つきも。

 

 ちなみに志保の『初めて会う人には警戒心MAXな猫のような性格』はどうやら遺伝らしく、母親はともかく弟君は初めて会ったときは随分と警戒というか敵対心をむき出しにされてしまった。まぁこれはどちらかというと『大好きなお姉ちゃんについてきた悪い奴』みたいなニュアンスだった気もするが。

 

「まぁ、あのスタッフの気持ちも分からないでもないよ。デビュー当時からずっと美人だったのに、今ではそれ以上に美人だから」

 

「……そ、そうですか」

 

 そっけなく平然と振る舞おうとしているのに、その反応にはテレが混ざっていた。

 

「……その、良太郎さん」

 

「んー?」

 

 何故かすーはーと二度三度深呼吸をする志保ちゃん。まるで、何か重要なことを言い出そうとしているようで……。

 

 

 

「……きょ、今日は……帰りたくないです」

 

 

 

「………………」

 

 時が止まったかと思った。ハンドル操作をミスって事故らず、ついでに思わず聞き直すこともしなかった自分を褒め讃えたい。

 

 きっと志保ちゃんも意を決して言った言葉なのだろう。しかしどうしてもこれだけは言いたかった。

 

「あのさ、志保ちゃん……その言葉って、どちらかというと帰り際に言うべきじゃ……」

 

 少なくとも、先ほど合流してご飯を食べに行く途中に言う言葉じゃないと思う。

 

「……あ」

 

 自分でもそれに気付いたらしく、耳だけじゃなく顔全体が真っ赤になった。

 

「ち、ちが……!? いや、ち、違わないんですけど……そ、その別に期待しているとか、そういうことでもなくて……!?」

 

 普段のクールな若き名女優の姿は何処へやら。ワタワタと慌てる志保ちゃんの姿が可愛くて、運転の為に前を向くことがここまで苦痛に感じるとは思わなかった。

 

 ……まぁ『期待』をしているのは俺も同じなのだから、どうこう言えた義理は無いのだが。

 

「志保ちゃん」

 

「だ、だから、その……!」

 

「今夜は帰さないよ?」

 

「………………………………ハイ」

 

 頭から湯気を出しながらそれっきり沈黙した志保ちゃんに、果たしてこのままいつも通り食事が出来るのか不安になりつつ、あぁ本当にこの子は可愛いなぁと初めて会ったときから思い続けていることを、今一度噛みしめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

「フンフフーン!」

 

「ご機嫌だなぁ」

 

 付き合い始めてから五度目になる茄子の誕生日である元旦を迎え、お互いに二十歳となった俺と茄子は初詣にやって来た神社の境内を並んで歩いていた。

 

 今日は茄子が振袖なので軽く腕を絡める程度だが、それでもお互いの暖かさが分かる程度には距離が近い。

 

「だって、見てください! ついに! ついになんですよ!」

 

 そう言いつつ、喜色満面の笑みで茄子が俺の眼前に突き出してきたのは一枚の紙。それは先ほど引いた一枚のおみくじだった。

 

 幸運の女神に愛されるどころか幸運の女神そのものと言っても過言ではない茄子は、これまでの人生の中で大吉以外のおみくじを引かない。故に、今年もそうなのだろうなと思っていたのだが――。

 

 

 

「初めておみくじで『中吉』を引けたんですから!」

 

 

 

 ――そう。そうなのだ。あの茄子がおみくじで中吉を引いたのだ。

 

 これには一緒に初詣に来ていた兄貴たちや友人たちも目を引ん剥いて驚愕していた。かく言う俺も声にならないぐらい驚きまくっていた。寧ろこのおみくじの中に大吉を入れ忘れたのではないかと疑ってしまったぐらいである。

 

 元旦にも関わらず、これが今年一番驚愕した出来事間違いなしと確信できた。

 

「思わず結ばずに持って帰って来ちゃいました……これは記念に飾っておきましょう」

 

 一方で茄子はその中吉のおみくじを心底嬉しそうにニコニコと、まるで宝物を手にした小学生のように楽しそうだった。中吉を引いてここまで喜ぶ人もそうそういないと思う。

 

「……私、ようやく普通の女の子になれたんですね」

 

「既に女の子って言う歳ではないけどな」

 

「……そーいう余計なことしか言えない口はこれですかー?」

 

「いふぁいいふぁい」

 

 思わず軽口で流してしまったが、つまりそういうことだった。

 

 茄子は産まれてこの方、ずっと幸運の星の下で生きてきた。茄子はどんなときもその幸運に恵まれ、そしてときに過剰なそれは『他人の幸運』を奪ってしまい、彼女を苦しめた。

 

 心優しい彼女にとって、自分の幸運が無くなる以上に、他人の幸運を奪うことが無くなることの方が嬉しいのだろう。

 

「しかしその場合、茄子の幸運は何処に行ったんだろうな」

 

「? そんなの、決まってるじゃないですか」

 

 そう言うと、茄子はそっと俺の胸に手を置いた。

 

「良太郎君のところに行ったんですよ」

 

「……俺、今年のおみくじ、末吉だったんだけど」

 

 一番リアクションに困る結果だった。

 

「つまり、私がいなかったら良太郎君は凶を引いていたということです。是非私に感謝してくださいね?」

 

「はいはい、ありがとうございます女神様」

 

 しかし、確かにここ最近少しだけ運が良くなったような気もするので、あながち間違っていないのかもしれない。

 

「おっ! 良太郎! 茄子ちゃん! あけましておめでとう!」

 

 兄貴たちと別れて境内をブラブラしていると、知り合いのおじさんに声をかけられた。

 

「おめでとうございます」

 

「おめでとうございます。……福引、ですか?」

 

「おうとも! ……あ、本当に申し訳ないんだけど、出来れば茄子ちゃんは……」

 

 特賞はハワイのペアチケットかぁと思って見ていると、そんな情けないおじさんの声。そりゃあ、茄子が引いたら一等間違いなしだ。だから普段の茄子だったら、それが分かっているので引くのを遠慮しているところなのだが。

 

「ご安心を! 今の私は、運が悪いんです!」

 

「へ?」

 

 フンスッ! と意気込む茄子におじさんは首を傾げた。

 

「いや、運が悪いって言ってもあくまでも当社比だろ」

 

「まぁまぁ見ててください! 今の私には、三等以下を引く自信しかありません!」

 

「無駄に低い微妙な自信」

 

 とりゃーっ! と勢いよくガラガラを回す茄子。

 

 そしてコロンと転がり出てきた玉は……四等を示す橙色だった。

 

「……な、なにぃ!? 茄子ちゃんが四等!?」

 

「やりました! やっぱり今の私は、運が悪いんですよ!」

 

「本当に運が悪い方々に謝った方がいいと思うぞ」

 

「……でも、ちょっとだけ残念です」

 

 おじさんから三千円分の割引券を受け取りながら、茄子はポツリと呟いた。

 

「良太郎君とハワイ旅行も、少し行きたかったです」

 

 それは勿論、俺だって行きたかった。普段はゆったりとした服の下に隠されている茄子の我儘ボディをサンサンと輝く太陽の下で拝めたならば、今年一年の無病息災間違いなしだ。

 

「……ならいい方法がある」

 

「え?」

 

「おじさん、俺も回すよ?」

 

「勿論! 良太郎なら、精々ティッシュだろ!」

 

「……大口叩けるのも今の内だぜ?」

 

 右手でガラガラの取っ手を掴むと、左手で茄子の右手を引っ張り俺の右手の上に重ねた。

 

「お前の幸運が俺の所に来てるなら、こうすれば前と同じだろ?」

 

「……はいっ!」

 

 「せーの」の掛け声とともに二人で、ゆっくりとガラガラを回す。

 

 おじさんが「まさか……!?」と青褪めるが、もう遅い。

 

 コロンと転がり出た球は……当然、特賞を示す金色だった。

 

 

 

「でも、私の一番の幸運は……こうして、良太郎君と手を繋いで入られることですよ」

 

「それじゃ、俺たちはこの先ずっと世界で一番幸運な二人だな」

 

 

 

 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

「雨ー」

 

「あめー」

 

「止まない雨ー」

 

「やまないあめー」

 

 未だに雨を降らし続ける曇天の空を見上げながら、俺と志希は適当な歌を口ずさむ。フレちゃんばりの適当な歌詞だが、そもそもただの暇つぶしなので何も深くは考えていない。

 

「ねー、やっぱりもう行こうよー。ちょっと濡れるぐらいだったら、あたし気にしないしー」

 

「ダメに決まってるだろ。俺が許しません」

 

「えー? ほら、今日のあたしの服、白だしさー濡れ透けするよー? 下着とが透けて見えちゃうかもよー?」

 

 興味ないのー? と問われたので「大変興味があります!」と答えるが、そういう問題じゃないのだ。

 

 今日は二人のオフが重なったのでデートに来ていたのだが、運悪く雨に降られてしまい、咄嗟に近くのブティックの軒先へと非難することになった。折角なので中に入れればよかったのだが、ここでも運悪くブティックは休業中である。

 

「風邪引いたらどうすんだよ」

 

「ダイジョーブ! ちゃんとオクスリ飲むから!」

 

「そもそも引くなって話をしてるんだよ。ほら」

 

 肌寒いのでグイッと志希の肩を抱いて引き寄せる。

 

「……これなら、もうちょっとこーしてていいかな」

 

 えへへ、と笑いながら、志希はコテンと俺の肩に頭を預けた。

 

 ――にゃー

 

「ん?」

 

 何やら足元から可愛らしい鳴き声が聞こえてきた。見ると、そこには一匹の猫の姿が。首輪をしているので飼い猫らしいが、どうやらコイツも俺たちと同じように雨宿りをしているらしい。

 

「君もあたしたちと同じかー」

 

 志希はその場に屈むと猫に向かって人差し指を差し出した。猫はスンスンと志希の指を嗅いでから、スルリと彼女の足元へとすり寄ってきた。

 

「お、成功~」

 

 飼い猫はやっぱり人に慣れてるなぁと思っていたら、志希の口から何やら不穏な言葉が。

 

「おい、何したよ?」

 

「別にオクスリとかじゃないよ? たまたまポケットに煮干しが入ってただけだから」

 

「どっかで聞いたことあるぞ、その台詞……」

 

 まさかポケットの中に煮干しを忍ばせておくことが流行ってるわけでもないだろう。

 

 ――にゃー

 

「にゃー」

 

 ――にゃーん

 

「にゃーん」

 

 猫に相槌を打つように、自身も猫のように鳴く志希が凄く可愛い。みくちゃんには悪いが、やはり今の猫としてのトレンドは志希だな(暴言)

 

 俺も膝を折って志希の隣にしゃがみ込む。そんな俺の肩に頭を乗せるようにもたれかかりながら、志希は尚も猫の喉を撫でる。

 

「猫ってねー、額や頬からフェロモンを分泌する腺があるんだって。だからそこを撫でると手にその匂いが付いて、自分の匂いがすることで猫も安心するんだってさー」

 

「へぇ」

 

 では俺も試してみよう。

 

「ほれ、ゴロゴロー」

 

「へ? ……ごろにゃーんっ」

 

 手で志希の喉元辺りを軽く撫でると、彼女は一瞬キョトンとしてから、うにゅーっと猫のように目を細めてさらにこちらにすり寄ってきた。

 

 俺が志希を撫でて、志希が猫を撫でる。素晴らしき幸せの連鎖である。

 

「アイタッ!?」

 

 しかし、それは猫が突如として志希の手を叩いたことで終了してしまった。

 

「大丈夫かっ?」

 

「アテテ……うん、傷にはなってない」

 

「そうか……」

 

「リョータローより先に、猫にキズモノにされるところだったよー」

 

「ヤメナサイ」

 

「してくれないの?」

 

「……まぁ……その……いずれ……うん」

 

「それにしても、なんでだろ……撫で方間違えたのかな?」

 

「いや、ただ単に飽きたってだけだろ」

 

 先ほどまで志希に撫でられて気持ちよさそうにしていた猫は、既にこちらに対して興味無さそうに毛づくろいをしていた。

 

「猫の気まぐれだよ。撫でて欲しいときだけ撫でられたい。満足しちゃえばそれで終わり。猫ってのはそういう生き物らしいぜ」

 

 この辺りはすずかちゃんからの受け売りだけど。

 

「……ふーん」

 

 そんな猫を横目で見つつ、志希は何かを言いたそうだった。

 

「どうした?」

 

「……その、あたしは、さ」

 

 先ほどよりも大きくこちらへ身体を預けてくる志希。

 

「多分この先も、どっかに行っちゃうことがあると思う。それは自覚してる」

 

「……そうだろうなー。だからせめて、こうやって雨降ってるときぐらい大人しく――」

 

「でも……リョータローのところに絶対帰ってくるし……飽きたりなんてしないから」

 

「……例え飽きたところで、離してなんかやらないからな」

 

 クイッと顎を指で持ち上げると、志希はポッと頬を赤く染めた。そしてそわそわと周りを見回すその姿が、普段の彼女からは考えられないぐらい可愛らしくて……。

 

「いただきます」

 

「……め、召し上がれ……?」

 

 

 

 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 つい先日の9月5日に誕生日を迎えた加蓮は、17歳になった。

 

 サプライズにプレゼントを……というのいいが、加蓮が喜ぶものをあげたいので直接「誕生日に何が欲しいか」と尋ねてみた。

 

「そうだなー……年齢的にはもう大丈夫だけど、まだお互いにアイドルとして活動を続けていくだろうから……『良太郎君のお嫁さんになる権利』が欲しいな」

 

 「予約、していーい?」と上目遣いにお願いされてしまい、逆に俺がプレゼントをもらってしまうというサプライズにより返り討ちにあってしまったが、そこからさらに「俺はもう『加蓮をお嫁さんにする権利』をもらってるつもりだったんだけどな?」と反撃することに成功した。

 

 ……そんな両者KOの引き分け劇はさておき、再度何が欲しいかを尋ねた結果。

 

「遊園地って久しぶりー!」

 

「俺も、遊びに来たのは久しぶりだな」

 

「? 遊ぶこと以外に遊園地に来る理由ってあるの?」

 

「営業。これでもお兄さん、アイドルとしてのお仕事をしておりまして」

 

「……『周藤良太郎』が営業をしていたという事実が信じがたいんだけど」

 

「光の速さで過ぎ去ったけど、一応下積み時代はあったのよ」

 

 お互いにオフの日を調整して遊園地へデートにやって来た。

 

「でもそれを言うなら、私もヒーローショーのMCのお仕事で来たことあったなー」

 

「加蓮が『良い子のみんなー!』とかやったのか、何それ見たい……ちらっ」

 

「良太郎君は悪い子だからやってあげなーい」

 

 どうやら、この間いたずらでくすぐり倒したことを根に持っているらしい。

 

「さて、どうする?」

 

 夏休みは終わっているとはいえ、休日の遊園地はやっぱり人が多い。お互いに身バレ対策だけはしっかりとしつつ、まずはどこに行きたいかを加蓮に尋ねる。

 

「うんとねー……ポテト食べたい!」

 

 何か乗り物に乗るとかではなく、最初に軽食を要求された。

 

「ほらあそこ! ここトルネードポテト売ってるんだよ」

 

「何そのかっこいいポテト」

 

 風属性が付与されたポテトかと思ったら、螺旋状に切って揚げたフライドポテトらしい。

 

「トレーナーさんにポテトの食べ過ぎるなって言われてなかったか?」

 

「デート中に食べるポテトはゼロカロリーだから大丈夫だよ」

 

 何やらノーベル賞もののトンデモ理論が飛び出したが、そこまでしてポテトが食べたかったのか……アレもしかして今回のデート、それのダシに使われたのでは……?

 

 それ以上考えると悲しくなるから、二人でワゴン販売されていたトルネードポテトを購入する。まだお昼にも早い時間だったので、他に並んでいる人もいなかったのですぐだった。

 

「美味しそー!」

 

 串にささった揚げたてのトルネードポテトに目を輝かせる加蓮。

 

「ちゃんと後でレッスン頑張れよ?」

 

「そーいう良太郎君はどうなのさ」

 

「俺はアイドルになってから大きく体形が変化したことないから、心配ない」

 

「ぜったいにゆるさない」

 

 

 

 行儀が悪いと知りつつも、二人並んで歩きながら早速トルネードポテトを齧る。

 

「んー、美味しっ!」

 

 満足そうに破顔する加蓮。形が変わっただけでただのフライドポテトだよなぁとか思っていたが、加蓮をこんな素晴らしい表情にしてくれるのであれば、それだけで十分に価値があるポテトだった。やるなコイツ。

 

 そんな加蓮を横目に俺も自分の分のポテトに舌鼓を打っていると、ズイッと横からトルネードポテトが割り込んできた。

 

「はい、あーん」

 

「……あーん」

 

 同じものを買ったのだから味は同じだろうと思ったが、素直に口を開ける。加蓮は一瞬だけ意外そうな顔をしたが、構わずそのままポテトを齧る。

 

「良太郎君はちゃんと食べてくれるんだね? 奈緒だったら『同じ奴だろ』って言って食べてくれないよ」

 

 奈緒ちゃんだったら言いそうだなぁ。

 

「あの『北条加蓮』からのあーんを断る男はいないって。寧ろお金を払ってその権利を買う」

 

「それを言うなら『周藤良太郎』にあーんする権利にも料金が発生しそうだなぁ」

 

「それはお互いに恋人特権ってことで。……でも奈緒ちゃんにはしてあげてるんだよなー」

 

「良太郎君だって、凛にやってたじゃん」

 

「……え、見てたの?」

 

 この間久しぶりに二人でご飯を食べに行く機会があったのだが、そのときに思わずやってしまったのだが……見られていたのか……。正直ヤッちまった感が半端ないって。いやだってそんなこと出来ひんやん普通……。

 

「まぁ、ここはお互いになかったってことで一つ……」

 

「凛、『良太郎さんってば、未だに私のことを妹扱いするから……ホント困っちゃうよ』って言ってたけど、口元笑ってたからね」

 

 なかったことに出来なかった上に、急にポンポンが痛くなってきた。

 

 弁解ではなく、どうやってこの落とし前をつけるべきかを模索していると、俺の左手に自分の右手を絡めていた加蓮がススッと身を寄せてきた。左の肘辺りに女の子の柔らかさを感じる。

 

「妹扱いする凛にあーんするんだったらー……恋人の私には、何をしてくれるのかな?」

 

 上目遣いでそう尋ねてくる加蓮。

 

「そうだな……俺に出来ることと言ったら」

 

 ポテトの串を持ったまま右手の人差し指で加蓮の顎をクイッと持ち上げる。そして加蓮が「えっ」と一瞬固まっている隙に彼女の唇の端をペロリと舐めた。

 

「こうやって、口の端に付いてた塩を舐めとってあげることぐらいかな」

 

「……あの、不意打ちは流石にまだ照れるんだけど……」

 

 奇遇だね、表情に出てないだけで俺も照れてるよ。

 

 ただその照れっていうのも自分の行動に対してではなくて、真っ赤になって俯いてしまった加蓮の反応が可愛くてこちらが照れてしまった。

 

「あーもう! いつもやられてる良太郎君に今日こそやり返せると思ったのにー!」

 

「何度でもかかってくるといいさ。……これからずっと、そのチャンスはあるんだから」

 

「……もう」

 

 さて、可愛い恋人との遊園地デートは始まったばかりだ。

 

 

 




・恋仲○○志保編
ミリシタ1枚目の志保のSSRお迎え記念に書いた短編です。
良太郎(26)×志保(20)の設定です。

・恋仲○○茄子編
こちらもデレステ1枚目の茄子のSSRお迎え記念に書いた短編です。
番外編08からの続きとなり、二人ともアイドルにはならなかった世界線です。
……このときまだ茄子さん、CV未実装だったんだよなぁ……。

・恋仲○○志希編
志希のデレステフェスSSRお迎え祈願に書いた短編……のはずです(おぼろげ)
基本的にお迎え祈願や記念はそのときのSSRモチーフになっております。

・恋仲○○加蓮編
加蓮の3枚目のSSRお迎え記念に書いた短編です。
しかしモチーフは1枚目のSSRです。



 というわけで恋仲○○特別総集編でした。これら四本は作者のお気に入りの抜粋で、その他にも十五本ほどの恋仲○○短編を公開しておりますので、もしお時間があればそちらもよろしくお願いします。

 ツイッターで見たことあるという方は、少々懐かしさに浸っていただければ幸いです。

 今回、急遽番外編という形を取らせていただきました。少々書こうと思っていたことが上手くまとまらず、若干ストーリーを変更しようと考えていたため、書き上げることが出来ませんでした。

 恐らく次回には本編に戻ると思いますので、よろしくお願いします。


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Lesson267 少女たちの夏の始まり

新章スタート(章が変わるとは言っていない)


 

 

 

「……っというわけで~!」

 

 それは、とある晴れた昼下がりの出来事だった。

 

 

 

「未来、デビュー曲のCD完成おめでとー!」

 

 

 

「……おめでとう」

 

「翼も静香ちゃんもありがとー!」

 

 シアターの事務所内でクルクルと嬉しそうに回りながら、出来たばかりのCDを天井に掲げる未来。

 

 そう、ついに未来のデビュー曲『素敵なキセキ』のCDが完成したのだ。

 

「レコーディング本当に大変だったよ~……」

 

「苦労してたもんね」

 

「未来は変なことをごちゃごちゃ考えすぎなのよ」

 

 未来の初めてのレコーディングということで、近くで撮影の仕事が入っていた私と翼がプロデューサーと共に様子を見に行ったのだが、それはもう力なくショボショボとした未来の姿があった。

 

 歌うことが大好きな彼女であっても、『上手に』『決められたように』『丁寧に』『指示通りに』歌うということは全く慣れておらず、大変苦労したらしい。

 

「でもおかげで、こうして無事に完成したよ! 二人のおかげ!」

 

「……別に、私は……」

 

「よーし! それじゃあ今から未来のCD完成のプチ打ち上げだー!」

 

「ちょっと!? この後は一緒に自主練するんじゃ……!?」

 

「そーいうのは後々! 友だちから聞いて、一回行ってみたかった喫茶店があるんだよねー!」

 

「いいねいいね! 行っちゃお~!」

 

 結局二人に押し切られる形になってしまった。……ま、まぁ、美味しいスイーツがあるという話らしいから、私も嫌というわけではないし……。

 

「なんていうお店なの?」

 

「えっとねー……確か――」

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 グラスをカウンターに戻し一息つく。

 

「あの……どうですか?」

 

「うん、美味しいよ。流石に士郎さんには及ばないけど、逆に言えばそっちと思わず比較しちゃうぐらい美味しい」

 

「えへへ、ありがとうございます」

 

 テレテレとはにかむその姿が大変可愛らしいが、彼女が淹れてくれたコーヒーが美味しいという事実に思わないことがないわけではない。

 

 

 

「恭也、実家の家業であるところのコーヒーの淹れ方を、本業が人気急上昇中の現役アイドルであるなのはちゃん(いもうと)に追い抜かれる気分はどうだ?」

 

「俺の妹は天才だから当然だろう」

 

 せやな。

 

 

 

「はぁ、いつ飲んでも美味しい翠屋のアイスコーヒーがさらに美味しくなる季節がやってきてしまったな」

 

 要するに夏である。

 

 基本的にホットコーヒー派の自分ではあるが、流石に暑い時期にまでそれを貫くほど頑固というわけではないので、こうしていつもの翠屋のいつもの席でアイスコーヒーを堪能していた。勿論シュークリームもセットである。

 

「なのはちゃんも随分とコーヒーを淹れるのが上手くなったね」

 

 今俺が飲んでいるのは、なんとなのはちゃんが淹れてくれたコーヒー。正直現役小学生アイドルが淹れるレベルのコーヒーじゃないと思う。

 

「良太郎さんだって上手じゃないですか」

 

「俺となのはちゃんとじゃ年季が違うって」

 

 一応これでも小学校高学年ぐらいから士郎さんの指導を受けているから、そろそろ九年になる。なのはちゃんがまだ幼稚園に通っていた頃からやっているものの、あくまでも俺は趣味の範囲だからいずれなのはちゃんに追い抜かれる日も近いだろう。

 

 別のお客さんの接客へと向かったなのはちゃんの背中を見送りつつ「うむ」と頷く。

 

「もう免許皆伝じゃな」

 

「そういうお前はいつ免許皆伝したんだよ」

 

 お墨付きは貰ってるからいーの。

 

「それより良太郎、さっきから手が止まってるがいいのか」

 

 エプロン姿の恭也が水分を拭きとったグラスを棚に戻しながら、空いた手でちょいちょいと俺の手元を指差した。

 

「今日中に仕上げないといけないと言ってなかったか」

 

「ご心配どーも。おかげさまで捗ってるよ」

 

 今日俺がこうして翠屋にいるのはただコーヒーを飲みに来たのではなく、雑誌に寄稿するコラムや取材の記事などの所謂デスクワーク的な仕事を消化するためでもあった。隙間時間でチマチマとこなしていたのだが、どうにも進みがよろしくなかったのでまとめて済ませてしまおうと、ノートパソコンを携えて自宅や事務所よりもリラックスできる翠屋へとやって来たのだ。

 

「周りに人がいて凄い静かってわけじゃないんだけど、それでも落ち着いた雰囲気のところでこうやって書き物してると学生の頃を思い出して捗るんだよ」

 

「今も学生だろ」

 

 それそろそろ死に設定だから無かったことにしちゃダメかな?

 

 

 

 とまぁそんな感じで恭也やなのはちゃん、士郎さんや桃子さんといった高町家の面々とたまにお喋りをしながらコラムを書き進め、あと一息だと小さく肩を回す。

 

 そんなとき、チリンというドアベルが鳴った。それは営業中なので何もおかしいことではなく、先ほどからも何人も出入りしているので今更そちらに意識を削がれるようなことはない。

 

 

 

「うわぁ、中もいい雰囲気~!」

 

「でしょでしょ! 友だちも絶賛してたんだ~!」

 

「ちょっと二人とも、声が大きい……!」

 

 

 

 しかし、それが知り合いの声ともなれば別の話だ。

 

 最近になってやたらと聞く機会が増えたような気がする三人の少女の声が聞こえるなぁと思ってそちらに視線を向けると、たった今店内に入って来た三人は紛れもなく俺が脳内に思い浮かべた三人……すなわち未来ちゃん・静香ちゃん・翼ちゃんのシアター二期生組だった。

 

「ってアレ!? 静香ちゃんあそこ! あの一番奥のカウンターの席に座ってなんか意識高い人みたいにノートパソコンを広げながらコーヒー飲んでる眼鏡の人!」

 

「大きい声で本当に失礼なこと言わない!」

 

 それを失礼なことと認識する静香ちゃんも大概失礼だと思う。

 

「って、リョーさん……!?」

 

「アレー!? リョーさんだ!」

 

 真っ先に気付いた未来ちゃんに続いて、静香ちゃんと翼ちゃんにも気付かれてしまったようだ。

 

「やぁ三人とも、こんにちは」

 

「こんにちは!」

 

「お、お久しぶりです……」

 

「こんにちわー! こないだの路上ライブ楽しかったですねー!」

 

 うん、楽しかったね。その後のポリバケツの刑が相変わらず辛かったけど。

 

「いらっしゃいませ! 三名様ですね? 今お席に――」

 

「……あー!?」

 

「――あっ!」

 

 とそこに、店員として新規来店者である三人を席へと案内するためになのはちゃんがやって来た。そして翼ちゃんと顔を合わせるなり、お互いに「あっ」と声を上げて……。

 

 

 

「タッキーさん!」

 

「ナッパちゃん!」

 

 

 

「「ってだからそれ止めてってばー!?」」

 

 タッキー&ナッパ、奇跡の再会である。

 

 

 

 

 

 

「へー、なのはちゃん、この喫茶店の子だったんだ」

 

「にゃはは……実はそうなのです」

 

 俺のカウンター席のすぐ後ろになる四人掛けのテーブルに案内された三人の前に、苦笑しつつおしぼりと水のグラスを並べるなのはちゃん。

 

「もしかしてリョーさんもそうだったりするんですか!?」

 

「一体どうしたらそんな考えに至るのよ……」

 

 未来ちゃんの「まさか!」と言わんばかりの発言に苦笑する静香ちゃん。まぁあながち間違いってわけでもないんだけどね。

 

「この喫茶店は昔からの行きつけでね、今日もちょっとした仕事をするために使わせてもらってるんだ」

 

「……結局リョーさんはなんのお仕事をされてるんですか?」

 

「秘密」

 

 未来ちゃん辺りが覗いて来る可能性を考え、パタンとノートパソコンを閉じる。

 

「あっ、恭也。この子たちの伝票はこっちに回してくれ」

 

「それは構わんが……お前の知り合いということは当然アイドルなんだよな?」

 

「最初から決めてかかるのやめようぜ」

 

 事実そうなのだからなんとも言いづらいが。

 

「765プロ劇場のアイドルの子たちで、胸の大きい順に翼ちゃんと未来ちゃんと静香ちゃん」

 

「リョーさん、何故その紹介方法を選んだのか詳しい説明をしていただいてもよろしいでしょうか? 今、私は冷静さを欠こうとしています」

 

「リョ、リョーさんにも悪気はないんです静香さん!」

 

「なのはさんも、どうして私が『静香』だと判断したのか教えていただいても?」

 

「最初からアイドルとして知ってただけですよ!?」

 

 静香ちゃんがまるで千早ちゃんのようなキレ方をしていた。うーん、これが所謂『青の系譜』ってやつか……。

 

「そんなことよりリョーさん! 聞いてください聞いてください!」

 

「そんなことより!?」

 

 未来ちゃんの言葉に俺より早く静香ちゃんが反応してしまった。はーい静香ちゃんは翠屋名物桃子さん特製シュークリームを食べて落ち着いてねー。

 

「おいしー!」

 

 別にいいんだけど未来ちゃんは『そんなことより』はいいのか。

 

「まぐまぐ……ってそうだった、あのねリョーさん! 私ついにCDデビューしたの!」

 

「おぉ、凄いじゃないか」

 

 未来ちゃんたちシアター二期生組は()()()()企画として最初から募集していたとはいえ、トントン拍子のCDデビューには素直に驚く。

 

「今ここに出来上がったばかりのCDもあるんですよ! 良かったら聞きますか!?」

 

「ちょっと未来!?」

 

「嬉しいけど、それ社外秘って言われてない?」

 

 色々な人に聞いてもらいたいぐらい嬉しいってことなんだろうけど、流石にそれはダメだと静香ちゃんに止められた未来ちゃんはシュンとしてしまった。

 

「発売されたら買わせてもらうから、発売日決まったら教えてね。あとそのときはサインとか貰えると嬉しいんだけどなー」

 

「はい! サインの練習をしっかりしておきますね!」

 

 フンスと気合いを入れる未来ちゃん。うんうん、こうしてまた一人、アイドルとして一歩前進する姿を見ることが出来てお兄さん嬉しい。

 

「知ってました!? レコーディングってとっても大変なんですよ!」

 

「へぇ」

 

 そのままデビュー曲のレコーディングがいかに大変だったかを語ってくれる未来ちゃん。静香ちゃんたちを放っておいていいのかと思ったが、静香ちゃんと翼ちゃんもその話題に乗っかってきたので、自然と会話は俺を含めた四人で進んでいってしまった。

 

 原稿は……まぁ、もうすぐ終わるから少しぐらいいいよな。大丈夫、すぐ終わる。

 

 ……フラグじゃないよ?

 

 

 




・『素敵なキセキ』
あふれーるゆーめ「「「「いっぱい!!!!」」」」

・タッキー&ナッパ
恐らく二度目はない。

・「今、私は冷静さを欠こうとしています」
元ネタは『風の大地』というゴルフ漫画らしいっすね。



 本編に戻ってまいりましたが、今回からは夏フェス導入編となっております。

 一部でお騒がせしてしまったユニット問題に関しましては、自分の中でしっかりと決着を付けましたので、その答えは本編を持って変えさせていただきたいと思います。


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Lesson268 少女たちの夏の始まり 2

初登場キャラ祭り!


 

 

 

「それでですねぇ、さっきも私たち三人で新しい衣装合わせをしてきたんです!」

 

「そーそー! すーっごく可愛い衣装だったんだ!」

 

「へぇ……それも事務員さんが一人でねぇ……マジで?」

 

「……マジなんです……」

 

 喜々として自分たちの衣装事情を語る未来ちゃんと翼ちゃん。確認するように話をすると、静香ちゃんはなんとも言えない表情で頷いた。

 

 三十七人分の衣装を一人で作成って……。

 

123(ウチ)の衣装もお鶴さんが殆ど一人で作ってるけど、上には上がいるもんだなぁ……)

 

 実は血縁者とかいうオチだったりして。

 

 とまぁそんな感じに、翠屋へとやってきた未来ちゃんと静香ちゃんと翼ちゃんの三人に混ざって談笑中。

 

 ちなみにこの世界ではまだ新型ウイルスとかそーいうのは流行ってないから、画面の向こうの諸兄は喫茶店で談笑とかもうちょっとだけ自粛してね。どうしても必要な場合は対面を避けて、マスクは食べるときだけ外そう。リョーくんとの約束だぞ。

 

「プロデューサーさんは何の衣装か教えてくれなかったけど、きっとわたしと未来と静香ちゃんの三人で新ユニット結成! そして次の定期公演でお披露目ライブ~っていう流れだよ!」

 

「私もそれがいいなぁ! 静香ちゃんもそう思うでしょ!?」

 

「私もそう思うけど……二人とも、何か忘れてない?」

 

 ため息を吐いた静香ちゃんに対し、翼ちゃんと未来ちゃんが揃って首を傾げる。

 

「ん? 未来、何か忘れてる?」

 

「んー……あっ、お財布!?」

 

「えぇ!?」

 

「ちょっと未来!?」

 

「あー大丈夫大丈夫、三人の分も俺が払うから」

 

 まだ明かしていないとはいえ先輩アイドルなんだから、これぐらいは出してあげないと。

 

「えっ、いいんですか!?」

 

「やったー! リョーさん、ケーキも頼んでいい!?」

 

「もうちょっとあざとい感じで」

 

「リョーさぁん……つばさぁ、ショートケーキ食べたいなぁ」

 

「ホールで持ってこんかぁい!」

 

「たわけ。そして煩い」

 

 恭也が振り下ろした垂直に立てられた銀のトレイが、俺の頭頂部にズガンと突き刺さる。だから縦はヤメロって……!

 

「って、話が逸れてる! 二人とも、宿題をするって話を忘れてるって言いたいの!」

 

 苦笑するなのはちゃんが持ってきたショートケーキ(三つ)に舌鼓を打ち、その甘さに呆けていた静香ちゃんがハッと我に返った。ガサゴソと手提げ鞄の中から取り出したのは、中学生の課題用と思われるテキスト集だった。

 

「「えー宿題ー?」」

 

「スイーツ食べながら、夜のミーティングまでに夏休みの宿題頑張るって決めたでしょ? ホラ二人も宿題出して!」

 

「「忘れてきました!」」

 

「リョーさん、今日はご馳走様でした。私たちは今すぐ事務所に戻りますね」

 

「「待って待って! あるから! 忘れてないから!」」

 

 ニッコリと良い笑顔で席を立とうとする静香ちゃんを、未来ちゃんと翼ちゃんが縋りつくように引き留める。やっぱりこのシアター組トリオ面白いなぁ。

 

「ちぇー、こんないい喫茶店で宿題なんてー」

 

「もうちょっとお喋りしてたかったのにー」

 

 唇を尖らせて不平を漏らしつつ、鞄から宿題を取り出す二人。

 

「いいお店だから、でしょ。……って、すみません、あの……」

 

「構いません。ゆっくりしていってください」

 

 静香ちゃんが『少し長居することになります』と言おうとしていたことを読み取った恭也が先んじて頷いた。学校帰りに寄って勉強に利用する学生も結構いるからな。

 

「よし、それじゃあ俺もお仕事を片付けようかな」

 

「えっ、なになに、どういうお仕事なんですかー?」

 

「みーらーいー……?」

 

 俺のノートパソコンを覗き込もうと立ち上がった未来ちゃんが「はーい……」とそのまま逆の動きで自分の椅子に戻っていった。まぁ本当にこっそり人のノートパソコンを覗き込むようなことはしないだろう。

 

 声のボリュームは控えつつキャイキャイと宿題を始めた三人の声をささやかなBGMにしつつ、俺もコラムの仕上げにかかるのだった。

 

 

 

「それじゃあ、第一回ユニット名会議を始めま~す!」

 

「はい翼議長! 『シュークリーム』なんてどうですか! ここのシュークリーム美味しかったから!」

 

「ダメよ二人とも! ユニット名はアイドルグループにとって一番のシンボル! 目標とかテーマとかキチンと意味を持たせなきゃいけないんだから!」

 

 

 

 ……果たして三人の宿題は進むのだろうか。

 

 

 

 

 

 

「あれ? 静香ちゃんもこっちで宿題?」

 

「は、はい……今日は昼間遊んじゃって……」

 

 夕方、事務所に戻ってきた私は琴葉さんからの質問に苦笑で返事をするしかなかった。

 

 そう、結局宿題は殆ど出来ずに私たちは喫茶『翠屋』を後にしてしまった。

 

(ち、違うの……アレはリョーさんまでこっちの話に乗っかってくるから、そのノリで私も乗っからざるを得なくなって……!)

 

 果たして誰のための言い訳なのか。多分自分自身への言い訳だった。

 

「ジャーン! こっちに戻ってくる途中で花火買ってきましたー!」

 

「ミーティング終わったらみんなで花火大会しよー!」

 

 背後ではまだ遊び足りなかったらしい未来と翼が、他のシアター組の面々に買ってきた花火セットを見せびらかしていた。

 

「ふふっ、相変わらず未来ちゃんと翼ちゃんは元気ね」

 

「元気良すぎです……あの子たち、絶対八月後半に泣きついてきますよ……」

 

「あ、あははっ、そのときは一緒に頑張ろうか」

 

 多分琴葉さんの言う通り、私も『事務所の宿題やってない組』の面倒を見る側になるのだろう……。

 

「でも夏休みも始まったばっかりで、時間もまだまだあるんだから。静香ちゃんも一杯遊ばないとね」

 

 そう琴葉さん「宿題はしっかりやることは前提だけど」と付け足してから笑う。

 

「……そうですね」

 

 ……()()()()()()()()()……か。

 

「よーし皆集まってるかー?」

 

「プロデューサーさん花火!」

 

「はいプロデューサーさんは花火じゃありませーん。ミーティング始めるぞー」

 

 どうやらミーティングが始まるようなので、私はテキストを閉じて筆記用具をしまった。

 

 

 

 ……間違いなく()()()はアイドルだ。だから、私は今を頑張ろう。

 

 

 

 

 

 

「――とまぁ、そんな感じだ。次は大事な話をするからちゃんと聞けよー」

 

 次の定期公演についての説明を終えたプロデューサーは、そう言って全員の注目を改めてからコホンと一つ咳ばらいをした。

 

 

 

「新しいユニットを二つ結成してもらうことになった」

 

 

 

「っ!」

 

 やっぱり、昼間の新しい衣装はそのための……!?

 

「メンバーを言うぞ。まず――」

 

 

 

 ――七尾百合子。

 

 ――高山(たかやま)紗代子(さよこ)

 

 ――真壁(まかべ)瑞希(みずき)

 

 ――ジュリア。

 

 ――伊吹翼。

 

 

 

 

「――この五人でのユニットだ。そして――」

 

 

 

 ――箱崎星梨花。

 

 ――野々原(ののはら)(あかね)

 

 ――北上麗花。

 

 ――白石紬。

 

 ――最上静香。

 

 

 

「――この五人で新ユニットだ。それぞれ百合子と星梨花を中心にして動いてもらうことになる」

 

「は、はい!」

 

「頑張ります!」

 

 プロデューサーの言葉に力強く返事をする百合子さんと星梨花さん。なるほど、シアター一期生組の二人がリーダーとなる新ユニット……! 

 

 ……あれ?

 

「ん? どうした未来、面白い顔してるな」

 

 プロデューサーの言葉にチラリと未来に視線を向けると、彼女は呆気に取られすぎてまるでハニワのような表情になっていた。確かに面白いけど、私も今はそれどころじゃない。

 

「あ、あの、プロデューサー? ユニットって、私と翼と未来の三人ユニットじゃないんですか……? 今朝衣装合わせした……」

 

「ん? あぁ、一足先に試着してもらった新しい衣装か? アレはシアター組の()()()()だ」

 

「きょ、共通衣装? 三人ともデザイン違ったじゃないですか……」

 

「三種類あるからな。だから三人に試着してもらったんだよ」

 

「そ、そういうことだったんですね……」

 

 再びチラリと未来に視線を向けると、ハニワを通り越して土偶みたいな表情になっていた。自分でも何を言っているのか分からないけど、土偶だった。

 

「ここからは二人以外にも関係する大切な話になるから聞いてくれ」

 

 パンパンと手を叩き、全員からの注目を再び集めてからプロデューサーは話し始めた。

 

「新ユニットの結成や新衣装の制作は他でもない! 九月に開催される新しいライブイベントへ出場するためだ!」

 

 新しいライブイベント……前から告知が来ていた奴だ。

 

 それはあの346プロが主催となって行われる複合ライブ。いつも夏に開催していた346プロのフェスを、他事務所も参加できるように変更された超大型イベントだ。

 

「出場者を決めるオーディションは来月。新ユニットのみんなは勿論、他のユニットも今年の夏はフェス出場を第一目標に頑張ってほしい!」

 

『はい!』

 

 私は机の下でギュッと握り拳を作る。

 

 これはチャンスだ。限られた時間の中でアイドルとして次の一歩を踏み出す大きなチャンスなんだ。

 

 ……それでも。

 

 

 

(……未来と一緒のユニット……)

 

 

 

 やっぱりそれだけは、どうしても残念だった。

 

「そしてそしてさーらーにー重要なこと話すぞー!」

 

 一体何回注目を集めればいいのかと思わず考えてしまうぐらい、しつこく注目を集めるプロデューサー。そろそろくどい。

 

 

 

「次の定期公演のステージには、三人の()()()()()()()にも立ってもらう」

 

 

 

『……えええぇぇぇ!?』

 

 今日一番の衝撃情報に、全員が驚愕の声を上げた。

 

「あ、新しいアイドルの子が入ったんですか!?」

 

「い、いつの間に!?」

 

「残念ながらそうじゃない。そして正確には()()アイドルじゃない」

 

 ど、どういうこと……!?

 

「その説明をする前に」

 

 プロデューサーが廊下に続くドアをコンコンとノックすると、向こうからコンコンとノックが帰って来た。

 

「来てくれてるみたいだな。というわけで、まずはその三人を紹介しよう」

 

 そう言って、プロデューサーはドアを開けた。

 

 

 

 そこには、三人の少女が立っていた。

 

 

 

「初めまして皆さん。私たちは()()()()()()()()()()()()()の――」

 

 

 

 ――綺羅(きら)ツバサと言います。

 

 ――統堂(とうどう)英玲奈(えれな)です。

 

 ――優木(ゆうき)あんじゅでぇす。

 

 

 




・お鶴さん。
業界では『ミス・クレーン』を名乗っているらしい。
あの変顔見た瞬間アイ転への適性を感じてしまった……。

・新型ウイルス
もうちょっと自粛と言いつつ一年以上経ってるんだよなぁ……。

・高山紗代子
『アイドルマスターミリオンライブ』の登場キャラ。
眼鏡型委員長タイプの熱血属性バーニングガールな17歳。
ぶっちゃけこの子が一番炎属性だと思う。

・真壁瑞希
『アイドルマスターミリオンライブ』の登場キャラ。
無表情系マジック少女な17歳。
ちょっと前まで名前出てなかったけど、アイル組の一人。メインのお話残ってるから許して!

・野々原茜
『アイドルマスターミリオンライブ』の登場キャラ。
超絶可愛い美少女な16歳。
所謂ウザ可愛い枠にも関わらず、可哀そうに苦労人枠……。

・新しいライブイベント
デレマス編の第四章ラストのアレ。今回からは他事務所合同イベントになりました。

・三人の新しいアイドル。
詳細は次回!



 まだミリオンのアイドル全員登場してないのにラブライブのキャラが登場するアイマス小説ってマ?

 一応その……段取りっていうものがありましてね……(精一杯の言い訳)


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Lesson269 少女たちの夏の始まり 3

アイ転は新キャラをこうする()


 

 

 

「えっ、今『東豪寺財閥が経営して麗華が運営するUTX学園秋葉原分校の生徒であり、麗華が手塩をかけて育てている三人の女子高生アイドルがついに765プロ劇場シアターのステージに立つことになり、今晩シアター組のアイドルと対面している頃だ』って言った?」

 

「聞き返す必要が無いぐらいハッキリと聞こえてるじゃん」

 

 テレビ局の廊下でたまたま一緒になったともみから、そんな面白そうな話を聞くことが出来た。

 

「そうか、ちゃんと話進んでたんだな。全く俺の耳に入ってこなかったから、まだ先の話かと思ってた」

 

「麗華が情報統制をしっかりとしたからね。本気を出せばリョウにも隠し通せるって知って麗華喜んでたよ」

 

 人をそんな凄い情報屋みたいな扱いしないでほしい。俺はただ芸能界に知り合いが沢山いて、その人たちからちょっとずつ情報を貰ってその見返りにちょっとずつ情報を渡して、たまに個人的なお礼を渡したりしているうちにいつの間にか色んな人から色んな話が聞けるようになってるだけである。

 

「一番タチの悪いタイプの情報屋だよ」

 

 基本的に善意で動いているというところがポイントである。

 

「それで? どんな子たちなんだ?」

 

「胸が大きな子は一人だけだよ」

 

「なんで真っ先にその情報言ったの?」

 

「リョウなら絶対にこれを聞きたがるって、わたしは信じてたから」

 

「ともみ……」

 

 隣を歩くともみと、コツンと拳を合わせる。

 

 

 

「ゆ「ゆうじょうパ」パワー!」

 

 ツッコミ役がいない場合の俺とともみの会話はこうなるという一例である。

 

 

 

「で?」

 

「自分で言うのもアレだけど、わたしたちと似たタイプの三人組ユニットだよ。元々アイドル選抜クラスで麗華が目を付けた子たちなの」

 

「ふーん。やっぱり自分たちに似た子たちに何かしら思うことがあったのかね」

 

「多分、麗華は()()()()()()王道を育てようとしてるんだと思う」

 

 なるほどね。自分たちこそが『王』だから、か。

 

「でもしばらくは正式にアイドルデビューさせるつもりはないんだって。具体的には三年ぐらい」

 

「え、なんで?」

 

 いや765のシアターでステージに立つ経験をさせるぐらいだから、それなりのキャリアを積んでからデビューさせるつもりなのは分かってたけど、随分と長いな。

 

「シニア級までじっくりと育てないとね」

 

「確かにちょうどメイクデビュー後の時期で間違ってないからな」

 

 まだ頭がトレセン学園から帰ってきていない二人だった。

 

「タウラス杯どう?」

 

「わたしのミホノブルボンがジェットストリームゴルシに轢き殺された」

 

「一人はお前のゴルシなんだよなぁ」

 

 閑話休題(ぜんぜんかてねぇ)

 

「麗華はトップアイドルでもありプロデューサーでもあり、『校長先生』でもあるからね」

 

 『校長先生』で『三年』ってことは、高校の三年は学業に専念させるってことか? でも芸能科の高校なんだからそれこそ学業に専念となると……いや待てよ。

 

「……そうか、()()()()()()()をさせるつもりなのか」

 

「流石リョウ。感想で『まるで未来が分かってるかのような察しの良さ』と揶揄されただけのことはあるね」

 

「お話を円滑に進めるためだから仕方ないね」

 

 もしくは電波が降って来たってことにしておいてくれ。

 

「つまり麗華はその三人を『UTX学園のスクールアイドル』として活動させるんだな」

 

「そういうこと。麗華は『今はまだ部活動レベルだったとしても、きっとこの波はまだまだ大きくなる。いや、寧ろ私が大きくしてみせる』って言ってた」

 

「モノマネ上手だね」

 

「幼馴染だからね」

 

 しかしそうか。麗華もスクールアイドルに目を付けるとは思っていたが、()()()()()()()()スクールアイドルを育てるつもりだとは思っていなかった。俺はてっきりそっちは生徒の自主性に任せて、その三人はさっさとメジャーデビューさせるものだとばかり考えていた。

 

 だが麗華は、まだ名も知らぬ三人の少女を『スクールアイドル時代の火付け役』として育てるつもりだったんだ。

 

 確かに『トップアイドルから直接指導を受けることが出来る』というのがUTX学園の利点の一つだ。きっと彼女たちが他のスクールアイドルたちから頭一つ抜き出てしまうことは確実だろう。

 

 

 

 だからこそ、そんな頂点に立つであろう彼女たちへの『挑戦者』はきっと現れる。

 

 

 

 麗華の秘蔵っ子も楽しみだ。しかし俺はそれ以上に、そんな『挑戦者』たちの存在も楽しみだった。

 

「っと、わたしこっち」

 

「俺はこっちだ」

 

 お互いに手を振り「またね~」と軽く別れる。久しぶりに話したはずなのだが、そんなことを一切感じないぐらいの気軽さだった。

 

「……って、そういえば結局どんな子たちか聞いてないぞ」

 

 新しい情報は『大乳な子が一人いる』ということだけだった。いや、これはこれで俺的には重要な情報なんだけど。超楽しみ。

 

 けどまぁ、なんだ。あの麗華が目を付けた『トップアイドルの原石』だ。

 

 

 

「きっと自信と向上心に溢れた子たちなんだろうな」

 

 

 

 

 

 

「っ……!」

 

 プロデューサーに促されて入室してきた三人の姿を見た瞬間、私は息を呑んでしまった。

 

 プロデューサーは「まだアイドルじゃない」と言った。それが本当ならばきっと彼女たちはアイドル候補生かそれに準ずる存在なのだろう。

 

 でも、彼女たちはまるでそんなことを感じさせない堂々とした佇まいで、自信に満ち溢れた表情で、私たち劇場アイドルの前に立っていた。

 

「し、静香ちゃん、大変だ……!」

 

 そんな彼女たちの様子には、普段はそういうことに関して無頓着な未来も圧倒されていて……。

 

「『ツバサ』と『エレナ』って、二人も名前同じアイドルがいるよ!?」

 

 やっぱりされていなかった。

 

「ていうか1054プロダクション!? すっごい! あの魔王エンジェルの1054プロダクションだよね!?」

 

 そう言って真っ先に駆け寄った辺り、やっぱり未来は未来だった。

 

 しかしアイドルになる前から変わらずにこの業界についての知識に乏しい未来ですら当然のように知っているビッグネーム、それが1054プロダクションだ。

 

 私たちだってあの765プロダクションに所属している身だが、まだその肩書を背負えるほどの自信は持ち合わせていない。しかし目の前の彼女たちは臆することなく、笑顔で「1054プロダクションだ」と口にしたのだ。

 

「えぇ、そうです春日未来さん。残念ながらまだデビュー前ですけど」

 

「えっ、私のこと知ってるの!?」

 

「当然です。これからお世話になる事務所の先輩方なのですから、全員の歌とダンスは見せていただきました」

 

「凄い……! 勉強熱心だ……!」

 

 いや、それぐらいはして当然というか、しなかったの多分貴女ぐらいよ未来。

 

「え、えっと、それで、プロデューサーさん……?」

 

 結局彼女たちは何故ここにいるのか、と琴葉さんがプロデューサーに尋ねる。

 

「えっとだな……」

 

 どうやら1054プロダクションの東豪寺麗華さんから765プロの社長へ直々に「ウチの事務所のアイドル候補生を、そちらのステージに立たせてもらいたい」という旨の依頼が来たらしい。曰く「デビュー前にアイドルとしての経験を積ませたい」とのことだが……。

 

「安心してください」

 

 三人の中で真ん中に立つ少女……先ほど綺羅ツバサと名乗った彼女がそう口を開いた。

 

「確かに私たちはデビュー前の身ではあります」

 

「それでも765プロダクションさんのステージに立たせていただけるように、これまでしっかりとレッスンを受けてきました」

 

「決して皆さんのステージに泥を塗るような真似はしません」

 

 ツバサさんに続いて、英玲奈さんとあんじゅさんもそう口にする。

 

 謙遜の言葉は、きっと嘘じゃない。けれどその口調から、彼女たちからは自分たちに対する絶対的な自信を感じられた。

 

 まだ彼女たちのステージを見たわけではない。それどころか顔を合わせて数分しか経っていない。

 

 

 

「必ず、1054の名に恥じないステージにしてみせます」

 

 

 

 それでも、きっと彼女たちのステージは凄いのだろうと、そう感じられた。

 

 

 

「………………」

 

(……ん?)

 

 何だろうか、自信満々にそう言い切ったツバサさんが目を伏せて黙ってしまった。見ると、微妙にプルプルと震えているような気がする。

 

 ……もしかして、本当は緊張しているのに、それを隠すために……!

 

「……流石に十五分は持たなかったな」

 

「でも今日はいつもより持ったと思うよぉ?」

 

 しかしツバサさんの両隣の二人の反応を見ると、どうやら私の考えは間違っているらしい。英玲奈さんは腕時計を見ながら小さくため息を吐いているし、そんな様子を見ながらあんじゅさんは小さく笑っていた。

 

 えっと、一体何が……?

 

「……いっ」

 

 い? と首を傾げる間もなく、小さく呟いたツバサさんが顔を上げた。

 

 

 

「今の私、すっごい決まってなかったっ!?」

 

 

 

 ……え?

 

「どう!? 英玲奈!? あんじゅ!? 今すっごいそれっぽくなかった!? それっぽかったよね!?」

 

「ツバサ」

 

「今回は麗華さんというよりはともみさん成分を増してみた感じなんだけど、やっぱりあのクールな感じも憧れるよね!」

 

「ツバサちゃん」

 

「あぁでもなぁ、りんさんの小悪魔チックな感じも魅力的だし、でもアレには私じゃちょっと背も胸も足りてないからなぁ、流石に分が悪いかなぁ、でも諦めたくないなぁ!」

 

「うるさい」

 

「いだぁ!?」

 

 英玲奈から放たれた手刀がヒートアップしていたツバサさんの頭頂部に突き刺さった。

 

「……え、え~っと……」

 

「お見苦しいところをお見せしましたぁ」

 

 私たちが困惑していることを悟ったあんじゅさんが苦笑と共に頭を下げた。

 

「実はウチのツバサちゃん、極度のアイドルオタクなんですけど、その中でも魔王エンジェルさんの狂信者でしてぇ……」

 

「まだアイドルのユニットとしての方針がなにも決まっていないのに『魔王エンジェルっぽい感じでアイドルやりたい!』と言って聞かず……」

 

「カッコいいじゃん! 魔王エンジェル!」

 

『………………』

 

 そのとき、口にはしなかったものの、私たち765プロのシアター組アイドルは大半が同じことを考えただろう。

 

 

 

 ――あぁ、亜利沙さんの同類か、と……。

 

 

 

 

 

 

「ぶえっくしょぉぉぉい!? ずずっ……なんですかね、誰かありさの噂でもしたんですかね……?」

 

 

 




・「ゆ「ゆうじょうパ」パワー!」
『神代學園幻光録クル・ヌ・ギ・ア』(通称ぬぎゃー)
で検索!

・「タウラス杯どう?」
ウチはブルボンさんが三勝を逃げ切ってくれたので、ギリギリAリーグ決勝進出してしまいました。
……虐殺が始まる……!

・彼女たちへの『挑戦者』
現れるのは二年後。

・「二人も名前同じアイドルがいるよ!?」
アイマスだけで300人近いアイドルがいるんだから、被るに決まってるんだよなぁ……。

・「今の私、すっごい決まってなかったっ!?」
久 し ぶ り だ な(美城常務以来約四年ぶり二度目のキャラ崩壊)
なお作者は「殆どメディアに登場してないなら勝手にキャラ付けしてもかまへんやろ」などと供述しており()



 というわけでついにラブライブから『A-RISE』の参戦です!

 そして早々にツバサがアイ転時空に飲み込まれました。彼女は犠牲になったのだよ……犠牲の犠牲に……。

 これにより、ラブライブ無印二期三話のあのシーンが大分愉快なことになります。(そこまでは多分行かないけど)

 え? 詳しい紹介?

 ……次回!


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Lesson270 少女たちの夏の始まり 4

続・アイ転は新キャラをこうする()


 

 

 

「改めまして、綺羅ツバサです! 好きなアイドルは『魔王エンジェル』さんです!」

 

 三人の真ん中に立つ少女……薄い茶色のボブカットの少女は、先ほどまでの威風堂々とした態度から一変して人懐っこい笑みを浮かべていた。

 

 ……仕切り直しての自己紹介で、名前の次に言うべきことが好きなアイドルなのは、ある意味アイドルとしては正しい……正しいのだろうか……?

 

「私、魔王エンジェルさんが大好きで、麗華さんみたいなクールだけど心が熱いアイドルを目指してるんです! ……あ、高校一年生です!」

 

 心が熱いアイドルを目指すとは一体……って、ちょっと待って。

 

「えっと、それじゃあさっきまでのアレは……」

 

「はい、麗華さんの真似です! どうでしたか? 自分ではかなりそれっぽく出来てたと思うんですけど」

 

 ニコニコと笑うツバサさんからは、先ほど感じた威圧感のような雰囲気は一切感じられなかった。そう、()()感じられないのだ。

 

(つまり、あれが全部演技……いや、()()()()()()()だけってこと……!?)

 

 にわかには信じられないようなことだが、両隣の二人も「今日の出来はまぁまぁ良かったぞ」「だいぶ慣れてきたねぇ」と笑っていることから、どうやら本当らしい。いや、それどころか恐らくツバサさんだけでなく英玲奈さんやあんじゅさんも同じだ。

 

 ここまで明確に『スイッチ』を切り替えることが出来るアイドルが、まだデビューまでの候補生だなんて……。

 

「それよりツバサちゃん、自己紹介も大事だけどそれよりも先に説明しないといけないことがあるんじゃないの~?」

 

「?」

 

「……代わりに私から説明させていただきます。同じく高校一年の統堂英玲奈です」

 

 あんじゅさんの言葉に小首を傾げるツバサさんに変わって英玲奈さんが一歩前に出た。サラリと長い紫の髪を手で払う仕草がとても大人っぽく、なんとなく彼女がこの三人の中のまとめ役なんだろうという予想できた。

 

「私たちは1054プロダクションが経営に携わっているUTX学園芸能科アイドルコースに通うアイドル候補生です。入学してすぐに校長である東豪寺麗華先生に声をかけていただき、今日まで直接個別に指導をしていただいていました」

 

 あの『周藤良太郎』と並び立つトップアイドルである『東豪寺麗華』から直接……!?

 

「それで、先生からデビュー前に『ステージでの経験を積んで来い』って、765プロさんのステージに立たせてもらえるように取り計らってくれたんです。あっ、同じく一年生の優木あんじゅで~す」

 

 英玲奈さんの説明に続く形で口を開いたのは、ふわふわとウェーブがかった茶髪の優木あんじゅさん。……なんというか……その……すっごいスタイルがいい……。

 

(高校生って凄いね、静香ちゃん!)

 

 目を輝かせないで、未来。

 

「要するに、この三人は1054プロからアイドル候補生として本物のアイドルの元へインターンとしてやって来たってところだな」

 

 ざっくりとプロデューサーがそうまとめるが、多分未来辺りは『インターン』の意味が分かっていないだろうから後で説明が必要だと思う。

 

「アイドル候補生と言ってもその実力はあの『魔王エンジェル』のお墨付きだ。ハッキリ言ってレベルが違うぞ」

 

 あの『東豪寺麗華』から直接指導を受け、『魔王エンジェル』からお墨付きを受ける実力。それはもうアイドル候補生という括りで許される存在なのだろうか……?

 

「勿論765プロに所属することになるわけじゃないが、それでもしばらくは同じステージに立つ仲間として、共に実力を高め合ってもらいたい」

 

『はいっ!』

 

 他のみんなと共に返事をしながら、気合いを入れ直す。

 

 そうだ、怯んでいる場合じゃない。私だってアイドルとして高みを目指す身なのだから、彼女たちを超えるつもりでステージに挑まなくてはいけない。寧ろ『魔王エンジェル』が認めるレベルを間近で見ることが出来るのであれば、きっと私にとってプラスにはなってもマイナスになることはないだろう。

 

「よし、それじゃあ新しい仲間が加わったところで……」

 

「っ!」

 

 プロデューサーは(分かってるな?)という視線を私たちに向けてきた。

 

 勿論分かっています、プロデューサー。夏に控えている大きなライブ、新しいユニット、強力なライバルとなるであろうアイドル候補生たち……これは私たちものんびりしている時間なんてない。

 

 早速、次のレッスンに向けての準備を――!

 

 

 

 

 

 

「それでは『ようこそ! ツバサちゃん・英玲奈ちゃん・あんじゅちゃん! 歓迎花火大会』を始めまーす!」

 

『いえーい!』

 

 どうして(電話猫)。

 

 

 

 事務所の屋上で、元々未来と翼が用意していた手持ち花火を用いて小さな花火大会が始まった。765プロに所属するわけではないが、それでもみんなは新しい仲間としてやって来た三人のアイドルと楽しそうに花火に興じていた。

 

「はぁ……」

 

「静香ちゃーん、そんな隅っこにいないでこっち来てよー!」

 

 みんなから少し離れたところで線香花火の火花を眺めていたら、先ほどまで手持ち花火を両手に持ってはしゃいでいた未来が近づいてきた。

 

「未来はともかく、どうしてみんなもこんなに危機感が薄いのかしら……」

 

「あれ、今しれっと貶さ(ディスら)れた?」

 

 少し唇を尖らせながら、私の隣にしゃがみ込んだ未来が線香花火に火を付けた。私もまた新しい線香花火に火を付ける。

 

「もー、落ち込みたいのは私の方だよー! 折角静香ちゃんと翼の三人でユニットデビューする気満々だったのに、私だけ一人なんだから!」

 

 プンプンとわざわざ口にする未来に思わずクスリと笑ってしまった。

 

「未来はソロCDの発売が今週末で、しばらくはその営業やミニライブで凄く忙しくなるから難しいのよ。それに私たちのユニットだってイベントまでの限定みたいなものなんだから」

 

「それでもさー……」

 

「……大丈夫よ」

 

 

 

 ――未来には、沢山時間があるんだから。

 

 

 

 パチパチと音を立て、火花が散る。

 

「夏休みが終わったって、冬休みも春休みもあるし、次の夏休みだってある」

 

「静香ちゃん……?」

 

「ユニットだって、未来なら誰とでもユニットが組めるからきっと大丈夫よ」

 

 火花が徐々に小さくなり、そのままポトリと下に落ちる。ほとんど同じタイミングで火を付けた未来の花火は、まだ元気よく火花を散らしていた。

 

「……それじゃあ、約束して」

 

「え?」

 

 

 

「イベントが終わったら、真っ先に私とユニット組んでね?」

 

 

 

「………………」

 

 膝に顔を埋めるようにして私の顔を見上げる未来は、少しむくれているように見えた。

 

「……ふふっ。えぇ、約束するわ。一緒に頑張ってプロデューサーを説得しましょう」

 

「それじゃあ指切り」

 

「いいわよ」

 

 私の小指を未来の小指と絡める。

 

(……今の私に、みんなと一緒にアイドルを続ける『未来』なんて存在しない)

 

 それでも。だからこそ。私のアイドルとしての時間を、ただの良い思い出で済ますつもりはないけれど。

 

 

 

 ……今こうして『未来』と一緒に過ごすこの時間を大切にしよう。

 

 

 

「二人とも、仲良いんだねー」

 

 

 

「っ」

 

 突然声をかけられて、思わず未来の手を振りほどこうとしてしまったが、間一髪のところでそれに耐える。

 

「ツ、ツバサさん?」

 

「はい、ツバサです」

 

 声をかけてきたのは、先ほどまで向こうの翼たちと一緒にキャイキャイと楽しそうに話をしていたツバサさんだった。

 

 ……何故だろうから、翼とツバサで同じ名前のはずなのに、こうして敬称がなくてもしっかりと呼び分けが出来てしまっているような気がする……。

 

「って、もっと気軽に呼んで? 年上だけど、しばらくは一緒にステージに立つ仲間なんだから、仲良くさせて欲しいな!」

 

「あ、いえ、その……」

 

「それじゃあツバサちゃん!」

 

「はーい! ありがとう、未来ちゃん」

 

 私たちと向かい合うようにしゃがみ込んだツバサさんと小さくハイタッチをする未来。未来もかなり社交的というか友好的な性格してると思ったけど、ツバサさんもかなりいい性格をしているようだった。

 

「二人とも線香花火なんて雅だね~。私も混ぜて~」

 

 そう言いつつ線香花火に火を付けるツバサさん。未来も新しい線香花火を手に取ったので、私ももう一本手に取った。

 

「……えっと、何か御用でしたか?」

 

「御用と言えば御用かな? 二人とももっと仲良くなりたかったから」

 

 ニコニコと屈託ない笑顔で笑うツバサさん。未来も釣られて「私ももっと仲良くなりたいです!」と笑っている辺り、よく似ている二人である。

 

 

 

「特に~……静香ちゃんと」

 

 

 

「「……え?」」

 

 まだ火を付けて間もないというのに、私と未来の線香花火が早々に下へ落ちてしまった。

 

「私たちが『1054プロのアイドル候補生だ』とか『魔王エンジェルから指導を受けてる』ってことを話したとき、みんな『すごいなー』みたいに驚いた顔をしてたじゃない?」

 

 それは、みんなそんな顔をせざるを得ないだろう。

 

「でも、静香ちゃんはすぐに『負けたくない』って顔になった。私、そういう顔をする子が好きなんだ~」

 

「好っ……!?」

 

 あっけらかんとそんなことを言ってのけたツバサさんに、私は自分の顔が熱くなるのを自覚した。

 

「だから……ね? 仲良くしよう、静香ちゃん」

 

 何が『だから』なのか『ね?』なのかも分からない。仲良くなるという意味が本当にそのままの意味なのかどうかすら分からなかった。

 

 だけど、パチリとウインクをするツバサさんの顔が直視出来ずに目を逸らしてしまった。

 

「だ、ダメダメ! 私の方が静香ちゃん好きなんだから!」

 

「未来!?」

 

 貴女は一体何を口走ってるの!?

 

「おっ、それじゃあ未来ちゃん勝負しちゃう? とりあえず最後まで線香花火が残ってた方が勝ちね」

 

「の、望むところだー!」

 

 本当に何が起こってるの!?

 

 

 

 

 

 

「なーんか、静香ちゃんたちすっごい楽しそうなことになってるー」

 

「……色々とスマン」

 

「ウチのツバサちゃんがごめんなさいね、翼ちゃん」

 

 

 




・綺羅ツバサ
『ラブライブ』におけるライバルユニットのリーダー。
原作では三年生だが今作ではまだ一年生。魔王的には麗華ポジ。
キャラが大幅に崩壊した言い訳は↓にて。

・統堂英玲奈
『ラブライブ』におけるライバルユニットのメンバー。
ツバサと同じく一年。魔王的にはともみポジ。
……棒読み? なんのこったよ(すっとぼけ)

・優木あんじゅ
『ラブライブ』におけるライバルユニットのメンバー。
同じく一年だけど発育よしっ!(現場良太郎)魔王的にはりんポジ。
……『完全にフルハウス』? なんのこったよ(すっとぼけ)

・どうして(電話猫)
花火をするにあたって消火準備よしっ! ご安全に!

・「……それじゃあ、約束して」
・「仲良くしよう、静香ちゃん」
この辺に、なんか主人公よりもラブコメチックなフラグ立ててる女の子がいるらしいっすよ?



 アライズのメンバー出したいなぁ
 → でも小説版読んでないからイマイチキャラが掴めない。
 → 待てよ、もしアニメでのキャラが『作られた』ものだったとしたら?
 → 無印二期三話も内心では『今私メッチャカッコいい!』とか思ってたら?
 → こ れ や !

 以上、ツバサがキャラ崩壊したことに対する言い訳でした。英玲奈とあんじゅも微妙にキャラ変更入ってますが、まぁ常識の範囲内かと。

 最後唐突にラブコメ始まりましたが、大丈夫です、作者の趣味です()

 次回は久しぶりに普通の恋仲○○編をお送りします。


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番外編64 もし○○と恋仲だったら 24

かなり古参キャラの恋仲○○!


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 ――乳を、揉んでいた。

 

 

 

「……えーっと」

 

「どーよ」

 

「どーよと言われても……」

 

 突然の出来事に混乱して頭が働いていない。とりあえずムニムニと指を動かしてその類まれなる大乳を揉んでみる。

 

「大変素晴らしい大乳だと思います」

 

「でしょ?」

 

「というか、いきなりどーしたんだよ早苗」

 

 突然早苗から『うちへこい さもなくば』というとても怖い文面が送られてきたのが今から大体三十分ほど前の話。収録終わりに早苗のマンションを訪れたところ、彼女は既に一人で酒盛りを始めていた。

 

 やはり酒の相手が欲しかっただけか……とため息を吐きつつ、なんとなくそんな気がして買ってきたつまみを袋ごと机の上に置いて、カーペットに座る早苗の隣に腰を下ろした途端、いきなり腕を掴まれて強制的に早苗の胸に押し付けられたのだった。

 

 いや、本当に急展開過ぎる。いつからこの世界は薄い本仕様になったのか。

 

「困惑しつつも手は止めないのね」

 

 俺だって健全な成人男性で、誰もが知ってるおっぱい星人である。揉んでいいと言われた大乳が目の前にあり、なおかつその相手が自分の恋人なのだから、流石の俺も遠慮はしない。

 

「まぁ誰も揉んでいいとは言ってないんだけど」

 

「図ったなぁ!?」

 

 クソッ! 芸能界の闇を華麗に掻い潜って来たこの周藤良太郎が、こんな簡単なハニートラップに引っかかってしまうとは! この悪徳童顔美女婦警め!

 

「なにが目的だ!」

 

「声だけ凄まれても手はまだ動いてるわよ」

 

 マジで自分の意志では手ぇ離せないよコレ……。

 

 自分の頬を張って無理やり正気に戻って手を離す。まさかこんな自分の指の骨を折って痛みで幻術から逃れる青年期の火影補佐みたいなことをする羽目になるとは。

 

「で? ホントにどーしたのさ」

 

「べっつにー。一人で飲むのも味気なかったから、暇そうな恋人なら付き合ってくれると思ったのよ」

 

 世界一のトップアイドルを捕まえておいて『暇そう』と申すか。それに応じてホイホイとやって来てしまった俺も俺だけど。ちゃうねん、たまたま収録明けやってん。あとは帰って寝るだけやってん。

 

「ほらほら、甲斐甲斐しくお世話しなさい。恋人でしょ役目でしょ」

 

 最近はハチミツ集めめっちゃ楽だからハチミツ難民はいないと思う。

 

「少なくともあたしの胸を楽しんだ分はしっかりと働いてもらうわなきゃ」

 

「もう早苗の旦那として永久就職するつもりだったんだけどなぁ」

 

「……プロポーズの言葉としては軽すぎるから、今回は聞かなかったことにしてあげる」

 

「オッケー」

 

 とりあえずテーブルの上に転がっているビールの空き缶を集めて、ついでに散らかっているスーパーの総菜のゴミを片付ける。その性格とは裏腹に意外と几帳面な早苗にしては珍しい散らかり具合だった。

 

「……そーいえば、もう来週なのよねー」

 

「……そーだなー」

 

 内心では(何が『そーいえば』だよ)と少し毒づきながら、早苗の言葉に相槌を打つ。

 

「入籍してから大分時間がかかったわね」

 

「事務所立ち上げたり冬馬たち受け入れたり恵美ちゃんたちスカウトしたり、ずっと忙しかったからな」

 

 けれどそれも一段落着いた。そして来年の春を予定しているIEを迎えてしまうとまたさらに忙しくなることが目に見えている。だから、このタイミングで兄貴は()()()()と結婚式を挙げることに決めた。

 

「なにか出し物とかやるの?」

 

「そりゃあ実の兄の結婚式だから盛り上げてあげるのが弟としての役目だろう」

 

 とはいえ兄貴と留美さんの結婚式なのだから、周藤良太郎がただ登場して歌ってもサプライズにはならない。それを上回る何かを披露しなければ披露宴としては役不足なのだ!

 

「誰が主役の披露宴なのかコレもう分かんないわね」

 

「でも忘れられない一生の思い出にするために俺は労力を惜しまないぞ」

 

「そんなことしなくても一生の思い出でしょ」

 

 そう言いながら早苗はテーブルに突っ伏した。早苗の大乳が重力に負けてゆさゆさと揺れている。……やはり付けていなかったらしい。道理で予想以上に柔らかいと思った。

 

「はぁ……結婚式、かぁ……」

 

「………………」

 

 なんともあからさまな『何か話しかけろ』という露骨な待機である。このまま揺れる大乳を肴にして一杯やってもいいのだが、一応酒の席に招待された身なので意を決して声をかける。

 

「その姿勢重くない?」

 

「めっちゃ重い。……ってそーじゃないでしょ!」

 

 ガバッと身体を勢いよく起こしたことで大乳がぶるんと揺れる。

 

「普通ここは『まだ未練があるの?』とか聞くところでしょ!」

 

「聞いてほしいの?」

 

「聞いてほしい。んであたしは『そんなわけないでしょ、今のあたしの男の方が百倍はいい男だ』って返事するの」

 

 そうケラケラと笑いながら、早苗はまた新しい缶ビールのプルタブを起こして中身を呷り始めた。折角なので俺も一本頂戴する。

 

 ぷはぁっ! と勢いよく缶をテーブルに叩きつけた早苗ねーちゃんは、ポツリと呟いた。

 

「……まぁ、未練が一ミリも無いって言っちゃうと、嘘になるんだけどね」

 

「……知ってる」

 

 早苗ねーちゃんが小学校の頃から兄貴のことを好きだったのは知っている。身長は中学から殆ど伸びなくなったにも関わらず胸は順調に大きくなっていき、それと同じぐらい兄貴への想いを強く募らせていたことも知っている。その想いがあと一歩のところで届かなかったことも当然知らないわけがない。

 

 そしてその想いを、今でも胸の奥に秘めていることを。

 

「ホントに好きだったんだから……」

 

 だからそんな言葉が、早苗の本音に聞こえてしまい――。

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「……良?」

 

 気が付けばあたしはカーペットの上に仰向けに倒されていて、その上に良が覆い被さっていた。あたしの頭の横に腕を突き、昔からずっと変わらない無表情であたしの顔をじっと見つめていた。

 

「……やっぱり俺じゃダメだったか?」

 

「えっ……」

 

「その……一応、俺も兄貴と似たような顔してるし。兄貴の顔が好みだったなら、俺の顔もそんなに大きく外れてないと思う」

 

「………………」

 

「世界一のアイドルじゃ、周藤幸太郎は越えられなかったか?」

 

 そんなことを尋ねてくる良の声は、いつもの様子からは考えられないぐらいに不安に揺れていて……。

 

 

 

 ――待って待って、なにこの可愛い子。

 

 

 

 正直に白状しよう。こういう展開にならないかなーと軽く状況を誘導したことは認める。別に幸のことが本気じゃなかったとかいうわけじゃなく、折角年下の恋人と一緒に宅飲みするのだから、こう、たまには弄びたくなってしまったというか……。

 

 それがまさか、ここまで素直に可愛い反応を見せてくれるとは思わなかった。

 

「……もしここで、あたしが『そうだ』って頷いたらどうするつもりだったの?」

 

「………………」

 

「……あーもーあたしが我慢ならん!」

 

「わっぷっ」

 

 ついに辛抱できなくなったあたしが、良の顔を自分の胸の中に引っ張り込んだ。そろそろ夏の暑さが見え隠れし始めたこの時期、お酒も入っているあたしは薄着の上に下着も外しているので、良の顔はすんなりとあたしの胸の間に入り込んだ。

 

「冗談だって! 今のあたしは周藤幸太郎じゃなくて周藤良太郎にメロメロなんだから、今更そんな移り気なこと言わないわよ」

 

「………………」

 

 先ほどまでの自分の発言が恥ずかしくなったのか、それとも単に拗ねてしまったのか分からないが、良はそのままグリグリと顔を埋めてきた。普段の飄々としている良からは考えられないぐらい素直に甘えてくる仕草に、さらにきゅんきゅんしてしまい、抱きしめる力をぎゅーっと強くする。

 

「……証明してほしい?」

 

「……いや、その必要はない」

 

「へっ」

 

 ガバッとあたしの拘束から離れたと思うと、そのまま起き上がった良はあたしの身体をお姫様だっこで持ち上げた。

 

「えっ、ちょっ、良?」

 

 一体どうしたのかと尋ねようとするが、その必要は無かった。

 

 良の目が据わっていた。

 

「早苗は非番だっけ?」

 

「……ふ、普通に出勤です」

 

「そっか。俺も朝から収録あるから、お互いに早起き頑張ろう」

 

 そんな会話をしつつ、良はあたしを抱きかかえたままリビングを出た。

 

「……一応聞くけど、何処向かってる?」

 

「一応聞くけど、もしかしてベッド以外が良かった?」

 

(ちょっと意地悪に挑発し続けたかなー)

 

 なんて思いつつ、それでもこの後のことを考えてワクワクしているあたしがいた。

 

 

 

(……さよなら幸太郎)

 

 

 

 アンタを好きだったときよりも、幸せになってやるんだから。

 

 

 




・いつからこの世界は薄い本仕様になったのか。
絶対になりません(鋼の意志)

・自分の指の骨を折って痛みで幻術から逃れる青年期の火影補佐
この辺りまではNARUTO読んでたって人多いんじゃないかな。

・ハチミツ集め
でも昔の習性でハチミツ見付けると飛び掛かってしまう……。

・留美さんと結婚式
留美さん大勝利の世界線。



 アイ転的にはかなり古参キャラとなる早苗さんとの恋仲○○でした。

 なんか今までの恋仲○○と雰囲気違いますが、コレは最近作者の中でおねショタが熱い影響げふんげふん。

 あっ、そっち方面の小説の展開、あるらしいっすよ? 来月ぐらいにツイッターで告知するらしいっすよ?(ステマ)



『どうでもいい小話』

 ついに! 久しぶりの! シンデレラのライブじゃーい!

 一発目は地元愛知! みんな、感染対策はしっかりとしてから現地で会おう!


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Lesson271 灼熱の特訓! の巻

ここでオリチャー発動!


 

 

 

『……というわけで、私と静香ちゃんと翼の三人ユニットは、ひと夏の夢と消えました……』

 

「まだ夏休み中だろうから、ひと夏の夢にすらなってない気がするんだけど」

 

 夜に未来ちゃんから電話がかかって来たので何事かと思えば、なんてことはない女子中学生の愚痴だった。確かにアイドルとしての正体を明かしてない以上、未来ちゃんとは友人の間柄なので気軽に電話してくること自体は何も問題はないんだけどさ。俺以外にその対象いなかったのかな?

 

「まぁアイドルをやってればいずれユニットを組む機会はあるだろうし、今はソロでの活動に力を入れるべきっていうのは間違いないから。頑張れアイドル春日未来」

 

『……うん、そうですよね! 頑張ります!』

 

 うん、元気があって大変よろしい。ただ夜の時間だということと、俺がスマホを耳に当てているということを考慮してもらいたかったかな。耳がキーンとした。

 

「それにしても……そうか、765のシアター組も参加オーディションを受けるのか」

 

『リョーさんも夏フェスのこと知ってるんですか?』

 

「勿論、アイドル好きの二つ名は伊達じゃないよ」

 

 というか、123(ウチ)からもケットシーの二人と美優さんが参加予定だからね。折角久しぶりの芸能事務所合同イベントなんだから、ウチが参加しないわけにはいかないでしょう。ちなみに俺を含めて他の六人は別件で不参加。仕方ないね。

 

「そしてこれもあんまり外部の人に言わない方がいいことだから、今後は気を付けてね」

 

『えっ!? それじゃあ1054プロダクションのアイドル候補生が今度の定期公演に参加することになったっていうことも言わない方がいいですか!?』

 

「うん、言わない方が良かったね」

 

 未来ちゃんは本当にバ可愛いなぁ……お兄さん割とマジで心配になるんだけど。

 

 しかしそれはそれとして凄く気になる話題だったので軽く話を聞いてみる。

 

『えっとですね、1054プロのアイドル学校の生徒さんらしくて……えっと、なんていう学校だっけ?』

 

「UTX学園のことかな? 芸能科アイドルコースっていうのがあるらしいし」

 

『おぉ~! リョーさん、アイドルのことだったら本当になんでも知ってるんですね!』

 

 いやぁ、それほどでもあるよ。

 

『統堂英玲奈っていうカッコいいお姉さんと、優木あんじゅっていうおっぱいの大きなお姉さんと、綺羅ツバサっていう……あーっ!? そうだ聞いてくださいリョーさん!』

 

「聞いてるからもうちょっと声のボリュームを……」

 

 個人的には優木あんじゅっていう子の話を聞きたかったが、何故か未来ちゃんはご立腹の様子だった

 

『この綺羅ツバサっていうお姉さんがですね! 可愛くてキラキラしててすっごくアイドル~って感じの人なんですけど! いきなり静香ちゃんのことを好きとか言い出して! 仲良くしようって近付いてきて! だから私、ツバサちゃんと線香花火勝負して勝ったんです! でも最後はシレっとメッセージアプリの連絡先交換して! 私もついでに交換してもらって! 今度一緒に遊びに行くことになって! でも二人とも合宿に行くって!』

 

「情報の勢いがすいりゅうれんだ」

 

 聞きたいことが多すぎて一体どれから聞いていいのか分からなくなる。

 

『あっ、観たい番組が始まるのでまた今度話しますね! おやすみなさい!』

 

「話題の終わり方があんこくきょうだ。……え、おやすみ」

 

 多分俺の挨拶は最後まで未来ちゃんへと届いていなかっただろう。

 

 ……えっと、どういうことだったんだろうか。綺羅ツバサっていう子が静香ちゃんのことを好きで、未来ちゃんが静香ちゃんを賭けて勝負したってことでいいのかな?

 

 

 

「……線香花火勝負って何だと思う?」

 

「……知らなーい」

 

 

 

 先ほどからずっと真正面からジト目で睨んできていたりんに聞いてみたが、プイッとそっぽを向かれてしまった。

 

「もーりょーくん信じらんない! 目の前にお風呂上がりでしっとりしてるパジャマ姿の恋人がいるっていうのに、他の女の子と楽しそうに電話するなんて!」

 

「嫌いになった?」

 

 

 

「大好きっ!!」

 

 

 

 我ながらズルいと理解しつつも、このやり取りをすると可愛いりんが真正面から抱き着いてきてくれるのでやめられないのだ。

 

 りんの要望で彼女の髪をドライヤーで乾かしつつ、今度は彼女の逆鱗に触れないようにUTX学園の三人の話を聞いてみる。

 

「そーだなー……とりあえず、まず初めにりょーくんへ伝えておかないといけない重要なことがあります」

 

「なに?」

 

「あたしの方があんじゅより胸大きいから」

 

「アッ、ハイ」

 

 ここまでテンプレ。

 

「え? ツバサのことが聞きたいの?」

 

「うん。未来ちゃんの話だと、なんだか愉快そうな子みたいだから」

 

「……愉快、ねぇ」

 

「? りん?」

 

 現在進行形でりんの後頭部しか見えていないのでその表情は窺えないが、それでも彼女は腕組みしながら難しそうな声で唸っていた。

 

「……あたしの第一印象も似たような感じだったよ。麗華に目ぇ付けられて個別に呼び出されたときの第一声が『大好きです!』だったからね」

 

「それは確かに愉快なエピソードだ」

 

 大胆な告白は女の子の特権。

 

「根っからのアイドルマニアで、アイドルが好きすぎて自分もアイドルになりたいって志したタイプ。でも、ツバサのことを話す上で一番重要なことはそんなことじゃない」

 

 しっかりとりんの髪が乾いたことを確認したのでドライヤーの電源を切ると、それと同時にりんが振り返った。

 

 

 

「麗華はあの子のことを『まっさらな天才』って言ってた」

 

 

 

「……まっさらな天才、か」

 

「純粋なアイドルへの憧れだけでどんなレッスンにも弱音を吐かない典型的なアイドルバカタイプ。『どんなアイドルになりたいか』っていう未来へのビジョンだけが欠落してるけど、それは弱点でもあり利点でもある……だって」

 

「……欠落という弱点と利点か……なるほどね」

 

 なりたい自分が見つからないというのは、人によっては痛すぎる弱点になってしまう。春香ちゃんや卯月ちゃんも、その壁にぶつかってかなり苦労していた。

 

「あたしは難しくてよく分かんなかったけど、りょーくんは分かる?」

 

「なんとなく」

 

 まだ俺はその綺羅ツバサという少女と直接会って話したことが無い。どんな少女なのか、人伝でしか知らない。だから予想することしか出来ない。

 

 けれど、麗華が『まっさらな天才』と称した彼女が、俺の想像するような少女だとしたら。

 

 

 

 ――綺羅ツバサは、きっと次世代アイドルの王になる。

 

 

 

(麗華が何処目指してんのか分からんが、スクールアイドルやらせとくには過剰戦力にもほどがあるだろ……)

 

 あまりに強大過ぎると、挑戦者どころの話じゃなくなってくるからなぁ……。

 

 願わくば、未来のスクールアイドル界隈が彼女たち一色に染まらないことを祈るばかりである。アイドル業界を席巻していた『周藤良太郎』が言えた話じゃないけどさ。

 

「……ねーウチのアイドル候補生の話はもういいでしょー? イチャイチャしようよイチャイチャー!」

 

「これ以上のイチャイチャをご所望か」

 

 今でもベッドに腰かけて後ろからあすなろ抱きしてるのに。

 

「もっとこう……甘い言葉を囁くとか?」

 

「はちみーはちみーはっちっみー」

 

「ちっがぁぁぁう!」

 

 腕の中でジタバタもがくりんをギュッと抱きしめながら、ふと先ほど未来ちゃんが最後に口にした一言を思い出す。

 

 

 

(そういえば……合宿って言ってたっけ?)

 

 

 

 

 

 

 

「「「着いたー!」」」

 

 勢いよく手を挙げて叫ぶ翼と麗花さんと茜さん。一体何処にそんな元気があるのかと甚だ疑問である。

 

「ここで合宿をするんですね……」

 

 暑い日差しの中、『わかさ』と書かれた看板を見上げて汗を拭いながらポツリと呟く。

 

 そう、合宿である。

 

 今度のイベントに参加する二つの新ユニットは、短い時間で集中的にユニット練習を行うために東京を離れて福井まで合宿にやって来たのだ。

 

「懐かしいですね、百合子さん」

 

「そうだね、星梨花ちゃん。……もう二年も前になるのかぁ……」

 

 二つのユニットのリーダーである一期生の星梨花さんと百合子さんが、合宿先となる民宿を見上げてしみじみとしていた。

 

「お二人は、以前もここに来たことがあるんですか?」

 

「はい、私たちがまだアイドル候補生だった頃に」

 

「春香さんたちのバックダンサーをさせてもらったときに、ここでみんなで合宿したの」

 

 つまり、あの伝説のアリーナライブの……!

 

「おぉ、よー来てくださったぁ」

 

「いらっしゃい」

 

「っ、旦那さん! 女将さん!」

 

「ご無沙汰してます!」

 

 この民宿の主人とその奥さんと思われる二人が中から出てくると、星梨花さんと百合子さんはパァッと表情を明るくしてパタパタと駆け寄っていった。

 

「私たちのこと、覚えていらっしゃいますか?」

 

「そりゃあもう、忘れるはずがありませんとも」

 

「ありーならいぶ、ってには参加出来んかったけど、でぃーぶいでぃーってのは見せてもらったよ」

 

「わぁ! 嬉しいです!」

 

 楽しそうにワイワイと話しているが、少しばかり暑いから早めに中に入りたいかなーって……。

 

 

 

「はい、もう民宿着いたけど、水分補給はこまめにね!」

 

 

 

「……ありがとうございます、ツバサさん」

 

 ニコニコと笑顔でペットボトルを差し出すツバサさんに、一言お礼を述べてからそれを受け取る。

 

「もー、ツバサでいいってばー静香ちゃん」

 

「いえ、色々と紛らわしいのでツバサさんでお願いします」

 

「ツバサ、そろそろ諦めなって」

 

「あんまり押しすぎても嫌われちゃうわよー」

 

 英玲奈さんとあんじゅさんに窘められたツバサさんは「はーい」と引き下がってくれたが、今日ここに来るまでにもこのやり取りを何回したことやら。十を超えた辺りから数えていない。

 

 ……そう、この合宿にはツバサさんたち三人も参加することになっているのだ。

 

「麗華先生も『765のレッスンもいい経験になるわ』って言ってたから、楽しみだなぁ!」

 

 多分、ここまで純粋に『レッスンそのもの』に対して楽しみを抱いている人も少ない気がする。

 

 ……でも、合宿にかける意気込みという点ならば私だって負けてない。

 

 

 

(……絶対に、イベントに出てみせる……!)

 

 

 

 私の熱い夏は、ここから始まるんだ。

 

 

 

「あっ、やっぱりお風呂は大浴場なんだって。静香ちゃ~ん!」

 

「背中は流さなくて結構です」

 

「よ、読まれてる……」

 

 

 




・俺を含めて他の六人は別件で不参加
ちなみにそろそろシャイニーフェスタにより良太郎がしばらく離脱する模様。

・すいりゅうれんだ
・あんこくきょうだ
とりあえず伝説戦で相棒のバルジーナと共にマスボ級乗ってから二ヶ月ぐらいポケモンやってねぇな……。

・『まっさらな天才』
綺羅ツバサ魔改造計画継続中。

・「はちみーはちみーはっちっみー」
はちみーをー舐めーるとー!

・民宿『わかさ』
久々の登場!



 漫画ではここから静香のクレブル編が始まるわけですが、折角アイ転なんだから一味変えたいよなぁ? という冒険心が湧いた結果、オリジナル展開で合宿編が始まりました。

 やっぱりアイマスの夏と言えば合宿だよな!

 というわけで、クレブル編の要素を含んだ合宿編withアライズのスタートです。



『どうでもよくない小話』

 ずっと触れ忘れていましたが、ふみふみシンデレラガールおめでとう! またいつか記念短編書くからね!


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Lesson272 灼熱の特訓! の巻 2

……特訓と言いつつ特訓してねぇなぁ!


 

 

 

「突然ですが、ラジオネーム『恋するウサギちゃん』もとい匿名希望の方からのお便り」

 

『本当に突然ですわね』

 

「『最近のアイ転は電話でのシーンが多いですね』……とのことです」

 

 ちゃうねんて。今までは気軽に会える子たちが主要人物だったから直接会話が出来てたけど、今はまだ未来ちゃんたちに俺が『周藤良太郎』だと明かしてないから、気軽に会うことが出来へんねん。そうなると電話かメッセージアプリかでのやり取りが増えるねん。

 

 しかしこのお便りの言うこともご尤もである。

 

「というわけで今回はただの電話ではなく、ビデオ通話でお送りしております」

 

『これも電話には変わりありませんわ』

 

 結局文字だけだし、何も変わらないけどな!

 

 

 

 そんなわけでロケバスの中からスマホを使って、765プロの事務所にいる千鶴とビデオ通話をしていた。

 

『全く、いきなり連絡をしてきたかと思えば……』

 

 画面の向こうでやれやれと首を振る千鶴。

 

『あれ? 千鶴さん、良太郎さんと通話中?』

 

「あ、春香ちゃんヤッホー」

 

 たまたま千鶴の後ろを通りがかったらしい春香ちゃんが、ひょっこりと顔を出した。

 

『お久しぶりです、良太郎さん!』

 

「本当に久しぶりだね。アレ? リボン切った?」

 

『切りませんよ!? なんですかその「髪切った?」みたいなノリは!?』

 

『私もそろそろ切った方がいいと言っているんですけど……』

 

『千早ちゃん!?』

 

 姿は見えないが、画面外には千早ちゃんもいるらしい。昔はただひたすら歌うことしか考えていなかった歌唱ジャンキーが見る影もなかった。お兄さんは嬉しいよ。

 

『それで? 今日は一体なんの用件ですの?』

 

「ちょっと千鶴の顔が見たくなってな」

 

『キモ』

 

「マジトーンヤメロォ!」

 

 冗談だって分かってても女性からそーいうこと言われるのホントにキツいんだからな!? シンプルな罵倒が一番傷付くんだからな!?

 

『さっさと用件を言いなさい。わたくしだって暇じゃありませんのよ』

 

『アレ? 千鶴さん、今日この後の予定ってありましたっけ?』

 

『………………』

 

「背後からバッサリ切られてて草」

 

『春香さん、後でちょっとだけお話がありますの。よろしくて?』

 

『えぇ!?』

 

 まぁ暇じゃないのは俺も同じなので、そろそろ本題に入ろう。

 

「とはいえそこまで真面目な話でもないんだけどな。この前、未来ちゃんが『静香ちゃんが合宿に行く』っていう旨の話をチラっとしてたから」

 

『あぁ、そのことですの。それだったらお二人の方が詳しいですわね』

 

 千鶴が首を竦めながらそう言うと、画面から千鶴がフェードアウトして代わりに春香ちゃんがフェードインしてきた。どうやらスマホを渡したらしい。

 

『そうですよ。今シアター組の一部の子たちは夏の346プロのイベントに参加するために、あの民宿で合宿中なんです』

 

「やっぱりあそこなのか」

 

 以前に765プロがアリーナライブのための合宿をした民宿『わかさ』。今回の静香ちゃんたちもそこで合宿をしているらしい。

 

『凄いですよね「わかさ」さん。良太郎さんもご存じでしょうけど、346プロの子たちも合宿に使ってましたもんね』

 

 そう、あの民宿は凛ちゃんたちシンデレラプロジェクトのメンバーも合宿に利用したちう話を聞いたから、今回もそうなのではと思って……って、え?

 

「なんで春香ちゃんがそれを知ってるの?」

 

『ふふっ、実は私と千早ちゃん、その346プロの子たちが合宿してるところに顔を出したことあるんです』

 

 どういうこと?

 

『実はですね……』

 

 

 

 

 

 

 ついに今日から本格的な合宿が始まる。昨日の夕飯は美味しい海と山の幸に舌鼓を打たせてもらったが、私たちがここに来た理由はレベルアップのためなんだ。

 

 だからこれからは、ただひたすら歌とダンスに集中する。それ以外にうつつを抜かす余裕なんて、今の私にはどこにも存在しないのだから。

 

「あっ! 見て見て静香ちゃん! 天海春香ちゃんたちのサイン!」

 

「えっ」

 

 ……ま、まぁまだ練習が始まる前だから……それに先輩のサインをしっかりと拝見しておくっていうことも、悪くはないから……うん……。

 

 今回の合宿の練習で使わせてもらう、民宿の敷地内にある体育館のような運動場。入ってすぐのところに、サイン色紙が三枚飾ってあった。翼が「こっちこっち!」と興奮気味に指さすそちらへ視線を向けると、そこには確かに春香さんたちのサインが飾ってあった。

 

「おぉ、すげぇなコレ。オールスター組全員のサイン色紙じゃん」

 

「これは二年前の合宿のときに皆さんが書いてた奴だね」

 

 驚いた様子でヒュゥッと口笛を吹くジュリアさんに、百合子さんが「懐かしいなぁ」と微笑んでいた。

 

「百合子さんと星梨花さんたちのお名前が無いようですが?」

 

「この頃はまだ私たちは、ただのアイドル候補生でしたから……」

 

 瑞希さんの疑問に応えたのは星梨花さんだった。そうか……このときはまだ、養成所の候補生なんだっけ。

 

「そしてその隣が……うっわ~! こっちもすっごいお宝!」

 

 そう言って大げさに「どっひゃ~!」とリアクションをする茜さんだけど、そのリアクションの大きさ自体は決して大げさなものではなかった。

 

 なにせ隣のサイン色紙には、あの『周藤良太郎』と『天ヶ瀬冬馬』のサインが書かれているのだから。

 

「あのときは、まだ本格的なデビュー前だった123プロの所恵美さんと佐久間まゆさんがこちらのバックダンサーとして参加してましたから、その関係で良太郎さんと冬馬さんも私たちにレッスンをしてくれたんです」

 

「なにそれすっごい! ……いやホントに凄いね!?」

 

「あんま下世話な話はしたくねぇけど、コレ一枚でどんだけの価値があるんだろーな……」

 

 茜さんとジュリアさんが冷汗を流している。いやホント、この一枚だけで車が買えるんじゃないだろうか……。

 

 ちなみにそんな色紙を前にして翼はスンッとしていた。本当に周藤良太郎のことが嫌いなのねこの子……。

 

「あの頃はまだ志保ちゃんもいて……ふふっ、私たちの中での一番の出世頭だね」

 

「流石ですよね、志保さん」

 

 こちらも少しだけ聞いたことがあったけど、123プロの北沢志保さんも元々は星梨花さんたちと同じ養成所の同期だったらしい。ホントに凄いなぁ……いや勿論今の星梨花さんたちも十分凄いんだけど。

 

「そしてその隣が……み、346プロのシンデレラプロジェクトのサイン!?」

 

「しかも全員揃ってる! えっ、この人たちもここで合宿したの!?」

 

 その隣の色紙を見て、今度は紬さんと紗代子さんが驚きの声を上げた。

 

 シンデレラプロジェクト。それは今の346プロダクションを牽引していると言っても過言ではない人気アイドルプロジェクトの名前だ。今はプロジェクト二期生が活動をしているが、このサインは一期生の人たちのものだった。

 

「もしかして、ここってアイドルの合宿の聖地だったりするんですか……?」

 

「さ、流石にそれはないんじゃ……」

 

 思わず口にしてしまった疑問は苦笑する星梨花さんによって否定されてしまったが、これだけ人気アイドルのサイン色紙が並べられているところを見ると、どうしてもそんな風に考えてしまう。

 

「つまりそんなところで合宿する私たちも、凄いアイドルになっちゃったりするんじゃないかな?」

 

 キランという擬音が聞こえてきそうなぐらいドヤ顔を浮かべる麗花さん。

 

「……するんじゃないかな、じゃないです。なるんです」

 

「おっ、静香ちゃん燃えてる~! マシュマロ焼ける?」

 

「焼けません」

 

「ダメか~」

 

 ……どこからその串に刺さったマシュマロを取り出したかというツッコミはさておき。

 

 ご利益とかそういうのがあるとは、本気で考えていない。けれど、それでも少しだけ期待してしまう自分がいる。

 

 この合宿で……掴んでみせる。

 

 

 

 このサインを書いたアイドルたちのように、高みへの道を。

 

 

 

「……そういえば、こんなお宝を前にして騒がないはずがない人がさっきから静かだね?」

 

 言われてみれば……。

 

 茜さんの言葉に、クルリと後ろを振り返る。

 

 

 

「……っ! ……っ!!」

 

「ツバサ、せめてまばたきぐらいしてくれ」

 

「そうだよ、目が乾いちゃうよ~?」

 

「それもあるけど純粋に恐い。血走った目で網膜にサインを焼き付けようとしている姿が本当に恐い。そんなに必死になるなら、写真を撮ればいいじゃないか」

 

「写真! そういう手があったか! それじゃ英玲奈! ツーショット撮ってツーショット!」

 

「……誰と?」

 

「そんなのサイン色紙様に決まってるじゃん!」

 

「サイン色紙に様付ける人初めて見た~」

 

「三人いるから写真三枚でお願いね! あぁ、髪の毛大丈夫かな~……」

 

「お前は髪の毛よりもその頭の中を心配した方がいいと思うぞ」

 

「あっ、流石にジャージ姿じゃ失礼だから着替えてくるね!」

 

「いい加減にしろっ! この脳内アイドルお花畑!」

 

「ありがとうございます!」

 

「褒めてなぁぁぁい!」

 

 

 

「「………………」」

 

 思わず茜さんと無言で視線を合わせてしまった。何故だろう、基本的に普段はシアター組のトラブルメーカー側の茜さんから同じ空気を感じる。

 

「……茜ちゃんも全力であっち側に戻るから、あとは任せた静香ちゃん!」

 

「逃がしません」

 

 

 

 

 

 

「へー、たまたま仕事で近くに来て顔を出してみたら、ちょうどシンデレラプロジェクトが合宿中だったと」

 

『そうなんです! 凄くないですか!?』

 

「確かに凄い」

 

 『アイドルはアイドルに引き寄せられる』っていうのは俺だけの話かと思ったけど、もしかしてこれはアイドルならば誰にでも当てはまる事柄なのでは? ……いっそのこと、大学の卒業論文コレで書いてみるか?

 

「となると、今度は静香ちゃんたちのところに別のアイドルが顔を出してるかもしれないな」

 

『やだなー良太郎さん、そんな偶然あるわけないじゃないですかー』

 

「だよなーそんな偶然あるわけないよなー」

 

 

 

「『アッハッハッハッハッ!』」

 

 

 

 ……ないよね?

 

 

 




・ラジオネーム『恋するウサギちゃん』
そろそろ通じなくなってくるでしょうが、作者は歌詞全部暗記してる世代なもので……。

・『最近のアイ転は電話でのシーンが多いですね』
まぁそもそもアイ転って会話劇みたいなところあるから……。

・「アレ? リボン切った?」
お昼休みはウキウキウォッチも、もう通じないんだろうなぁ……。

・茜さんから同じ空気を感じる
アイ転ではっちゃけキャラがそのまま通じると思うなよ?(謎脅し)



 こいつら特訓してねぇなぁ! 次回からはちゃんとさせるから!



『どうでもよくない小話』

 6/14は高垣楓さんの誕生日でした! おめでとうございます!

 そんな彼女のお誕生日をお祝いすべく、六年前から『かえでさんといっしょ』という作品を毎月投稿しておりますので、よろしければそちらも……(ダイマ)


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Lesson273 灼熱の特訓! の巻 3

三話目にしてようやく特訓開始!


 

 

 

「ワン! ツー! スリー! フォー!」

 

 

 

(くっ……!)

 

 星梨花さんの声に合わせて、必死に手足を動かす。

 

 夏休み中の合宿は基本的に自主練となっている。一足先に振り付けをマスターしている星梨花さんと百合子さんがそれぞれのユニットの中心となってレッスンが進められていた。

 

(……まだ、だ……!)

 

 最初の見せてもらった星梨花さんの振り付け。星梨花さんは「私もまだ完璧じゃないですよ」と謙遜していたが、私の目には完璧に見えた。そして私は未だそのレベルに至る気配すら感じない。やっぱり、二年というキャリアの違いは小さいように見えてとても大きかった。

 

「はぁ……はぁ……! っ、きゃっ……!?」

 

「紬さん!?」

 

 ズルリと足を滑らせ、紬さんが尻もちをついた。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「はっ、はっ……大丈夫です。……私の心配をするぐらいなら、ご自身の心配をしてください」

 

「っ……何が言いたいんですか」

 

 差し伸ばした手を取る素振りすらせずに立ち上がった紬さんの言葉に、思わずカチンときて喧嘩腰の姿勢になってしまう。

 

「はいはいはーい! ここでチームのムードメーカー! みんなのアイドル茜ちゃんの緊急参戦だぁぁぁ! ネクストニューチャレンジャー茜ちゃぁぁぁん!」

 

 そんな私と紬さんの間に茜さんが割って入ってきた。

 

「えーっと、茜ちゃん的にはね~? チーム全体の体力アップが今の課題かなって思うん――」

 

「ヘーップシッ!」

 

「――だけど~……」

 

 茜さんの言葉は、麗花さんのとてもアイドルとは思えないほど豪快なクシャミによって遮られてしまった。

 

「ずずっ……あ、ごめんね続けて続けて」

 

 麗花さんは気まずそうにニヘリと笑いながらヒラヒラと手を振った。

 

「静香ちゃんも紬ちゃんも、私たちに比べると動きが全体的に小さいけど大丈夫かなって話だったっけ?」

 

「「ぐっ……!?」」

 

「おーっとぉ麗花ちゃん!? 安全運転の茜ちゃんを尻目にアクセル全開でインド人を右に!?」

 

 言葉だけならば悪意があるように聞こえるが、麗花さんに限ってそんなものは存在しないだろう。しかしそれはそれで純粋な感想ゆえに私と紬さんの心に深く突き刺さった。

 

 先日のフェアリーのツアーライブに参加した麗花さんは当然のようにダンスが高レベルだ。私たちのユニット五人の中で最も大きくしなやかな動きは、とてもダイナミックでステージ映えするだろう。茜さんも小柄ながらスピードとキレで見劣りはしない。星梨花さんは言わずもがな。

 

 結果、三人の動きに合わせることが出来ない私と紬さんの動きが浮いてしまっていた。

 

(……どうしよう……)

 

 単純な話、頑張ればいいだけのことだ。けれどオーディションまで()()()()()。こんなところで立ち止まるぐらいなら、いっそ……。

 

「あの、麗花さん」

 

「んー?」

 

「その、みんなに合わせて、もう少し動きをコンパクトにできませんか?」

 

「っ!? あ、貴女は何を言っているのですか!?」

 

 私のその提案に異を唱えたのは、麗花さんではなく紬さんだった。

 

「そんなことをして、イベントのステージに通用すると思っているのですか!?」

 

「それは……だって、仕方ないじゃないですか。まずはユニット全体のバランスを整えないと見栄えが……」

 

「つまり私が劣っていると!? 足手まといだと!? 馬鹿にしているのですか!?」

 

「そ、そうじゃなくて……!」

 

 顔を真っ赤にして目に涙を浮かべる紬さんに正面から肩を掴まれる。掴むその手に強く力が込められているが、肩以上に罪悪感で心が痛い。

 

 けれど、今はそんなことを言っている場合じゃないんだ。

 

 頑張って追いつくなんて悠長なことをしている()()()()()んだ。

 

「あ、あの、二人とも、ケンカは……!」

 

 咄嗟に言い返そうとしてしまったが、そんな泣きそうな星梨花さんの声にハッと我に返った。紬さんも同じだったようで、パッと肩から手が放された。

 

「……その、ごめんなさい。熱くなりすぎました……」

 

「……うちもごめんなさい……」

 

 二人揃ってバツが悪そうにお互いに謝る。

 

「んー確かに暑いよねー、宿のおばさんに麦茶貰ってこよーっと」

 

「麗花ちゃんここにスポドリあるんですけどー!?」

 

 私たちのせいで流れてしまった気まずい空気をものともしていない麗花さんが、すたこらさっさとレッスン場を後にしてしまった。見方によってはこの空気に耐えられなくなったようにも見えるが、麗花さんに限ってそれはないだろう。

 

「えっと……私たちも休憩しましょう、ね?」

 

「「……はい」」

 

「そ、それじゃあここは一つ気分転換に茜ちゃんのキュートな小話を一つ!」

 

「「結構です」」

 

「……ふ、二人が仲良くて何よりぃ……」

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「あーもー練習疲れたー! 静香ちゃん聞いてよー!」

 

 その日の晩。大浴場の湯船に浸かっていると、バシャバシャと翼がこちらに近付いてきた。

 

「……ちょっとぐらい隠そうとしなさいよ……」

 

「えー? だってタオルをお湯に浸けちゃいけないって紗代子ちゃんが」

 

「そうだけど、そうじゃないのよ……!」

 

 別に私は自分のスタイルに不満を持っているわけではない。というかまだ中学生なのだから、イチイチそんなことを気にしてもどうにもならないことぐらい分かっている。

 

「んー! やっぱり大きなお風呂気持ちいい~!」

 

 ……それでも、同い年の翼が()()()()()のを見ていると、こう、なんか色々な強い感情が湧き上がってくるのだ……!

 

「って話が逸れた! 聞いてよ静香ちゃん! 紗代子ちゃん酷いんだよ!」

 

「見えてたから大体知ってるわよ。アレは貴女が悪い」

 

 レッスン中にお腹が痛くなったなんていう見え透いた嘘を吐いて抜け出そうとするなんて、翼ぐらいなものである。

 

 そしてそんな翼に対して紗代子さんの反応が……。

 

 

 

『えっ!? お腹が痛い!? 分かった、すぐに病院に行こう! 変な病気だったら大変だから! 大丈夫、休んだ分は元気になってから三倍練習すれば取り戻せるよ! ……え、治った!? 本当!? 良かった、それじゃあ練習頑張れるね、翼ちゃん!』

 

 

 

 ……なんというか、これをわざとじゃなくて素で言っているのだから、翼の天敵みたいな性格である。流石劇場一熱いアイドル……。

 

「はぁ~……別に紗代子ちゃんイヤじゃないんだけど~、ちょーっと私にはキツすぎるっていうか、性格的には静香ちゃんの方が合ってると思うんだけどな~」

 

 ちょっとだけ想像してみたが……確かに、そうかもしれない。逆に翼だったら、星梨花さんと麗花さんと茜さんにも見劣りしないパフォーマンスを披露することが出来ただろう。

 

(……ホント、なんでこのユニットなのかしら)

 

 今のユニットが嫌なわけじゃない。けれど、不満がないと言えば嘘になる。

 

「……とりあえず」

 

 昼間のこと、後でもう一度紬さんに謝りにいこう。

 

 

 

 

 

 

「……えっと……」

 

 宿の人に貰ったフルーツ牛乳の瓶を二つ手にして紬さんを探していると、こちらに背を向けて縁側に座り込む銀色の毛虫のような何かを発見した。というか紬さんの後ろ姿だった。

 

 その後ろ姿がなんだか可愛くて思わず笑ってしまいそうになったが、グッと堪えて声をかける。

 

「紬さん」

 

「っ!」

 

 ビクリと身体を震わせる様がまた可愛くて、ちょっとだけ唇を噛んで堪える。

 

「……最上さん」

 

「お隣、いいですか?」

 

「………………」

 

 無言でコクリと頷いてくれたので隣に座らせてもらい、フルーツ牛乳の瓶を差し出すと小さな声で「……ありがとうございます」と言って受け取ってくれた。

 

「……その、昼間は、すみませんでした」

 

「……こちらこそ、すみませんでした」

 

「……凄いですよね、星梨花さんも麗花さんも茜さんも」

 

「……えぇ、本当に……」

 

 ポツリ、ポツリと。一言二言の言葉の応酬ではあるが、少しずつ紬さんと会話を重ねる。

 

「私、プロデューサーさんからスカウトされて、765プロにやってきた……っていう話は、しましたっけ?」

 

「はい。凄いですよね、スカウトなんて」

 

 何でも地元の金沢で実家の呉服屋の手伝いをしていたところ、仕事で訪れたプロデューサーさんにスカウトされたらしい。

 

「そのときはイマイチ信じられなくて、揶揄われたんじゃないかって、社交辞令を本気にしちゃったんじゃないかって」

 

 そんな不安を抱えつつも、勇気を出して一歩を踏み出して上京した紬さん。私はその勇気を素直に凄いと思う。

 

「東京に来ても不安で……でも、たまたま道案内をしてくれた人たちが、私の背中を押してくれたんです」

 

 

 

 ――君をアイドルとして見初めないなんて、それこそ本物のバカだから。

 

 ――いつか、ステージの上で会おうね。

 

 

 

「………………」

 

「紬さん?」

 

「あ、いえ……あのときの妹さん、何処かで見たような……?」

 

 何かを思い出そうと首を捻っていた紬さんだったが、やがて諦めた様子で首を横に振った。

 

「あのときの二人がどうして見ず知らずの私の背中を押してくれたのかは、分かりません。……それでもアイドルとしての私の背中を、プロデューサーの次に押してくれた人がいるから。……私は、頑張りたいんです」

 

「……そうなんですね」

 

 しっかりとアイドルとしての背中を押してくれる人がいたという事実が、少しだけ羨ましかった。勿論今では私もプロデューサーや未来たちが背中を押してくれているけど……。

 

(……()()()()()は、絶対にそんなことしてくれないから)

 

 そんな自分の環境を憂いていても、なにも変わらない。

 

「頑張りたいのは、私も同じです。……明日から、もっともっと頑張りましょう、紬さん」

 

「はい、勿論です」

 

 お互いに示し合わせたわけじゃないが、小さくフルーツ牛乳の瓶をカチンと合わせる。

 

 

 

 少しだけ、私がこのユニットに組み込まれた理由が分かったような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「……明日? 寄るの?」

 

「う、うん……どうかな?」

 

「うん! いいと思うよ!」

 

「えー……めんどー……」

 

 

 




・静香vs紬
志保がいない代わりに紬とバトる静香。なんかぶつかりそうな二人。

・「インド人を右に!?」
ゲーメスト『くお~! ぶつかる~! ここでアクセル全開』

・静香&翼in大浴場
また黄色の胸の大きさで青色が曇ってるよ……。

・劇場一熱いアイドル
誰が呼んだか『765のしゅーぞー枠』



 漫画では星梨花の体力の無さがキッカケで静香と志保がバトりましたが、アイ転の星梨花はその辺りを克服済みなので、結果として静香と紬が大変な目にあっております。

 さて、次回登場するアイドルは誰でしょう?



『どうでもいい小話』

 そういえばデレ愛知公演、日曜日現地が当たりました。

 皆さん、久しぶりの現地でお会いしましょう。


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Lesson274 灼熱の特訓! の巻 4

レジェンドアイドル登場回(仮面ライダー的なアレ)


 

 

 

 次の日も、勿論レッスンという名の特訓は続く。

 

 

 

「くっ……!」

 

 昨晩、一緒に頑張ろうと言葉を交わした紬さんと共に、私も必死に他の三人の動きについていこうと必死に歯を食いしばる。勿論、気持ちだけで飛躍的に動きが良くなるわけもないが、それでも少しでも変われるように全力を振り絞る。

 

「静香ちゃん! 動きに自信がなくてもキョロキョロしちゃダメです! しっかりと意識はお客さんに!」

 

「はっ、はい!」

 

「紬ちゃんもっと飛んで! 茜ちゃんたちは体の小ささを動きでカバー!」

 

「くっ、はい!」

 

 そんな私たちの気持ちを汲んでくれたのか、星梨花さんも茜さんも昨日よりも私たちへの要求がより厳しいものになっていく。オーディションに合格するために、高みを目指すために……そしてなにより、トップアイドルになるために。

 

 ……それでも。

 

「ほらほら二人とも~! そんなもんじゃないでしょ~!?」

 

「「も、勿論です!」」

 

 やっぱり、壁は大きかった。

 

 

 

 

 

 

「「………………はぁ」」

 

 思わず口からこぼれ出たため息が、偶然紬さんのそれと重なってしまった。

 

 休憩時間になり、私と紬さんは運動場の裏の階段に並んで座っていた。今日も予報通りの真夏日となってしまったが、日陰の上に風の通りも良かったので運動場の中よりは涼しかった。

 

「……分かっていましたが、気持ちだけでは上手くなりませんね」

 

「それでなったら、みんなトップアイドルですからね」

 

 ややネガティブな発言になってしまうが、それもまた事実だった。

 

 気持ちだけで上手くはならない。ましてや一日二日でダンスが向上するならば、わざわざこうしてレッスンなんてしない。

 

 それでも、やっぱり優秀な人たちに囲まれてしまうと、どうしても自信は少しずつ削れてしまうのだ。

 

「……伊吹さんも、綺羅さんも、凄かったですね」

 

 ポツリと紬さんが呟く。同じ運動場の中でレッスンをしているので、他のユニットのレッスンは意識しなくても目に入ってしまう。

 

 そして意識しなかったとしても、目に入った瞬間に意識を持っていかれてしまうのが、その二人のダンスだった。

 

 翼とツバサさん、同じ名前の二人は、同じように人々の目を引き寄せる魅力に溢れていた。

 

 翼が見ているこちらが楽しくなるようなパフォーマンスであるのに対し、ツバサさんは自然とその先を見たくなるようなパフォーマンス。今を楽しませる翼と、その先を楽しませるツバサさん。今回の合宿のメンバーにおいて、抜きんでて優秀なのはやっぱりこの二人だった。

 

「あれが私たちの目標……って、胸を張ることが出来れば良かったんですけどね」

 

 随分のネガティブな発言だとは自分でも分かっている。けれど、流石にそんな風に楽天的(みらいのよう)なことを考えられるほど、私はアイドルという存在に対して盲目的になりきれなかった。

 

「……やっぱり、無理なんでしょうか」

 

 そう言った紬さんが膝を抱えて顔を俯かせる。

 

「プロデューサーに声をかけられたからなんて簡単な理由で上京して、トップアイドルになるなんて分不相応な夢を見て……」

 

 紬さんの声が涙で震えている。

 

「そんなこと……」

 

「やっぱり……うちじゃ、ダメなんだ……」

 

 

 

「そ、そんなこと言っちゃダメだよ……!」

 

「自分のことをダメって言っちゃうことが、一番ダメなんだよ!」

 

 

 

「「っ!?」」

 

 突然聞こえてきた声に、私と紬さんはバッと顔を上げた。今の泣き言のような会話を聞かれてしまったことに対する焦りと、聞き覚えの無い声に一体誰がという疑問に満ちた私の視線の先に立っていたのは――。

 

 

 

「……きゃ、キャンディーアイランド……!?」

 

 

 

 ――346プロのアイドルだった。

 

 

 

 

 

 

(なーんか妙なことになったぞー)

 

 それは智絵里ちゃんが「仕事の帰りに以前合宿でお世話になった民宿へ挨拶に行こう」と言い出したことがきっかけだった。

 

 本来ならば移動日の今日は帰るだけの予定だったのだが、その提案に他の人たちが賛成してしまったため、こうしてあの長い石段を登る羽目になってしまった。

 

 そうしてやって来た民宿『わかさ』。去年杏たちが合宿で利用したこの民宿は、なんと今年も別事務所のアイドルが合宿に利用している真っ只中らしい。旅館の入り口には『765プロ劇場ご一行様』の文字が。どうやらあの有名な765プロのようだ。

 

 はてさてどんなアイドルが合宿をしているのかと興味を持ってしまった他の子たちに引き摺られるように運動場に近付くと、そこには絶賛お悩み中らしい様子の女の子が二人。その子たちの会話が偶然耳に入ってしまったのだが……。

 

「み、346プロの、緒方智絵里さんと、三村かな子さん……!?」

 

「それに、双葉杏さん……!?」

 

 あ、別に杏のことは無視していいよー、特に会話に参加するつもりはないから。

 

「ご、ごめんなさい、お話を盗み聞きするつもりは、なかったんです……」

 

「でも少しだけ気になっちゃって……」

 

 どうやら二人は、青白い髪の子の「うちじゃダメなんだ」という言葉が気になってしまったらしい。

 

「え、えっとね、私もね、自分のこと、ダメだって思ったこと、いっぱいあるの」

 

「私も仕事で失敗しちゃって、すっごく落ち込んだことあるの。でもね、そのときアイドルの先輩が教えてくれたの」

 

 それは、以前二人から聞いた話。インタビューの仕事のときに失敗をして落ち込んでいたところを、偶然出会った765プロの萩原雪歩さんが励ましてくれたらしい。どんな偶然だ。……いや、そんな二人がこうして落ち込んでいる後輩アイドルの元へ現れたのも凄い偶然なんだけどさ。

 

「……自分で自分をダメって言うことが、ダメ……」

 

「うん……だって、自分のことをダメって言っちゃったら……それは自分を支えてくれるみんなのことも、ダメって言っちゃうことだから……」

 

「………………」

 

 智絵里ちゃんの言葉に思うことがあったらしい青白い髪の少女改め白石紬さんは、スッと視線を下げた。その表情は未だに悩みが晴れたようには到底見えず、まだ自分の中の何かと葛藤しているようにも見えて――。

 

 

 

「けどまー、ダメならダメでもいいと思うんだけどねー」

 

 

 

 ――先ほどの言葉とは裏腹に、思わず口を挟んでしまった。

 

「「っ!?」」

 

「あ、杏ちゃん……!?」

 

「ちょ、ちょっと……!?」

 

「えー、だってそーじゃん?」

 

 四人とも「何を言い出すんだ」と言わんばかりの表情だが、杏的にはダメ=終わりみたいな考え方はどうかと思う。

 

「『今しかない』『今回しかない』『これがダメだったら終わり』なんて考えで、本当に上手くいくと思う? そーいう背水の陣的な精神が通用するのは薩摩武士か八月三十一日に慌てて宿題やる小学生ぐらいだよ」

 

「……え、杏ちゃん違ったの?」

 

「杏は初日に終わらせるタイプ」

 

「「「「初日!?」」」」

 

 そんな例えを出した杏も悪いかもしれないけど、折角人がやる気になって一杯喋ってるんだからもうちょっと違うところをしっかり聞いてほしい。

 

「本当に()()()()()()()()()()()、終わってから『あーダメだったー』って後悔すればいいじゃん。悪いけど杏、ゲームオーバーするまではリセットボタンに手を付けないタイプだから」

 

「……杏ちゃん、すっごくカッコいいこと言ってるけど……」

 

「普段のあんまり真面目じゃない態度は、どうして……」

 

 理由考えるの面倒くさいから映画版ジャイアンっていうことにしておいて。

 

 

 

「……そうだね。ダメって言って落ち込むのは、本当に全部終わってからでも出来るもんね」

 

 

 

 おっ、電話してた『青色』が来た。

 

 

 

 

 

 

「り、凛さん……!」

 

 杏さんたちの後ろからやって来たのは、例の未来との一件でお世話になったニュージェネの渋谷凛さんだった。

 

「久しぶり、静香。それに……紬も」

 

「えっ」

 

 まさか紬さんも渋谷さんと知り合っていたのかとそちらに目を向けると、彼女は渋谷さんを見ながら口をパクパクとさせていた。

 

「あ、あ、貴女は、やっぱり、あのときの……!?」

 

「ゴメンね、あのときはプライベートだったからさ。……次に会うのはステージの上かなって思ってたけど、もう少し早かったね」

 

 渋谷さんはクスッと微笑んだ。

 

「杏の言う通り、まだダメだって諦めるには早いんじゃない? まだオーディションも受けてないどころか、合宿すら終わってないんでしょ?」

 

「それは……」

 

 渋谷さんの言う通りだった。私たちのスキルアップ、レベルアップのための合宿をしているのだから、合宿が終わってすらいないのに諦めるのは間違っている。

 

「『頑張れ』っていう言葉は、アンタたちにとっての重荷になっちゃうかもしれないから言わない。だからその代わりに、私がずっとずっと憧れてるトップアイドルの言葉をあげる」

 

 そう言うと、渋谷さんは私と紬さんの手を取った。

 

 

 

 ――輝くステージの上で、待ってるから。

 

 

 

 

 

 

「……カッコよかったですね」

 

「ですね……」

 

 『レッスン頑張ってね』と言い残し、渋谷さんたちは去っていった。あの長い階段を下っていく姿が見えなくなってから、紬さんと共に大きく息を吐く。それはため息とはまた違う、心の中にあった何かを大きく吐き出すためのものだった。

 

「……気は楽になりました?」

 

「いえ全く」

 

 予想していなかった回答をハッキリと言い切った紬さんに、思わずその場からずり落ちそうになってしまった。

 

「でも……この感情を抱いたまま……もうちょっと頑張ってみようって、思いました」

 

「……そうですね」

 

 紬さんと共に立ち上がる。

 

 私たちの合宿は、まだ始まったばかりだった。

 

「それじゃあレッスン、にいいいぃぃぃ!?」

 

「つ、紬さん一体どうしまし、たあああぁぁぁ!?」

 

 振り返り、二人揃って変な声を上げてしまった。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 そこには、目を瞑り静かに涙を流しながら手を合わせるツバサさんの姿があった。

 

「つ、ツバサさん!? いつからそこに……!?」

 

「……悪いとは思ってたけど、二人だけで話してるときから……声かけようと思ったら、思いがけずトンデモない場面に遭遇しちゃって……黙って壁になってた……」

 

 壁になるとは一体……。

 

「いやーそれにしても凄いね二人とも! まさかあの渋谷凛さんと知り合いだったなんて! 羨ましい!」

 

 あの魔王エンジェルから直々にレッスンを受けている貴女がそれを言っちゃうんですか……?

 

「何処で知り合ったの?」

 

「私は、その、こちらに上京してくるときに、彼女のお兄さんと一緒に街中で声をかけられて……」

 

「いまなんていった」

 

「え?」

 

「今、なんて、言った」

 

 えっ、なんでツバサさん、いきなり目がマジになったんですか?

 

「そ、その……渋谷さんが、お兄さんと一緒にいるところを……」

 

「お兄さんっ!」

 

 もうツバサさんが何に反応しているのかが全く分からず、思わず紬さんと二人で恐怖に震える。

 

「渋谷凛にっ! 兄弟姉妹はいないのっ!」

 

「え、で、でもあのとき確かに、自分の兄だと……」

 

「そう! でも渋谷凛には! 自分で『兄のように慕っている』と公言している一人のアイドルがいる!」

 

「え、そ、そうなんですか?」

 

「そう! ……つまり彼女は、プライベートでそんな彼とお忍びデートをしていたということで……!」

 

「え、だ、誰なんですか?」

 

「うっひょおおおぉぉぉ! これは早急に亜利沙ちゃんに教えてあげないとぉぉぉ!」

 

「なんなん!?」

 

 今までに見たことが無いような満面の笑みで、ツバサさんは走り去っていってしまった。

 

「………………」

 

「……え、えっと……レッスン……」

 

「……戻りましょうか……」

 

 なんか微妙な空気になりつつも、私と紬さんは運動場の中へと戻る。

 

 不思議なことに、今なら先ほどよりも動けそうな気がした。

 

 

 

 

 

 

「「はぁ……」」

 

「どうしたのさ、二人揃って」

 

「頑張って、萩原さんみたいなこと言おうって、頑張ったんだけど……」

 

「やっぱり、私たちにはまだ早かったのかなぁ……」

 

「そんなことないと思うけど」

 

「そーそー。最初なんにもしようとしなかった杏よりマシだって」

 

「「なんでやねん!」」

 

「今何でツッコまれたの!?」

 

 

 




・「自分のことをダメって言っちゃうことが、一番ダメなんだよ!」
受け継がれる雪歩の系譜。

・CIwith凛ちゃん
まさかの組み合わせ。予想できた人はいたかな?

・どうした杏!?
アイ転の杏は結構働き者というか、お姉さん属性マシマシ。

・どうしたツバサ!?
アイ転のツバサは作者の中でアグネスデジタル(ウマ娘)になってきました。
大体あんな感じ。



 合宿編というかつむつむ編でした。原作の志保とはまた違う感じの静香のライバル的な感じになってくれればなーと思っています。

 そして恒例のレジェンド枠。智絵里とかな子はレジェンドレベルが少し足りなかったため、いいところを凛と杏に持っていかれてしまいました。また今度頑張れ。

 あ、合宿自体はもうちょっと続きます()


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Lesson275 アナタに届けたいオモイ

一方その頃の未来ちゃん。


 

 

 

「……はぁ……」

 

「どうした、ため息なんて吐いて」

 

「っ、お疲れ様です」

 

「お疲れ。劇場のプロデュースも大変そうだな。悩み事か?」

 

「あ、いえ、悩み事というか……実はシアターの新人組にちょうどいいライブの仕事が来ているんですが」

 

「へぇ。新人組というと……永吉昴や春日未来あたりか?」

 

「ですがその日程が……夏フェスと同じ日なんです」

 

「あらら、それは……」

 

「当然俺はフェスの方へ着いていくから付き添えませんし……何より、新人たちにもフェスのステージを見せてあげたかったんです」

 

「確かに他の事務所のアイドルと一緒のステージっていうのもいい経験だし」

 

「はい。定期ライブとは違う一味違う先輩アイドルたちの姿は、きっと彼女たちにはいい刺激になると思うんです」

 

「そうだな。……とはいえ、まずはオーディションだ。百合子や星梨花たちが全力を出せるように、しっかりとプロデュースするんだぞ」

 

「はい、勿論です。任せてください――」

 

 

 

 ――赤羽根先輩!

 

 

 

「……それはそれとして、先輩は今からお帰りですか?」

 

「あぁ。今日はこれから小鳥さんと一緒に食事の予定なんだ」

 

「はぁ……765プロを支えてきた敏腕プロデューサーは、お嫁さんも美人とか、ホント羨ましい……」

 

 

 

 

 

 

「えー!?」

 

 静香ちゃんたちが合宿を始めて二日目の夜。自宅ではないから夜九時以降のスマホ使用が解禁された静香ちゃんから電話がかかってきて合宿の様子を聞いたのだが、その内容に私は思わず大声を出してしまった。

 

「春香さんたちのサインだけじゃなくて、周藤良太郎さんや天ヶ瀬冬馬さんのサインもあったの!? いいなー! 私も見たかったー!」

 

『貴女が反応するのはやっぱりそこなのね……』

 

「だって見たいじゃん! そんなの!」

 

『周藤良太郎さんと如月千早さんとフィアッセ・クリステラさんの三人の夢のようなプレミアムサイン持ってるでしょ』

 

「それとこれとは話が別だよぉ!」

 

 ラミネート加工して私の部屋に鎮座している国宝級のサインが貴重であることは間違いないが、それでも見たいものは見たいのだ。

 

 しかしそれで一つ納得したこともあった。

 

「今日、劇場でいきなり亜利沙さんが白目を剥いて叫びながら倒れたのは、それが理由だったんだね」

 

『あぁ、やっぱり送ったのね、ツバサさん……』

 

 それはもう漫画のように「むっはぁぁぁ!?」と奇声を上げてビッターンと勢いよく真後ろに倒れた。普段から彼女の奇行には慣れたつもりだった劇場の面々もこれには流石に驚いた。その理由が結局いつものことだったため、すぐに解散してしまったが。

 

「でもそれは分かったけど、夕方にいきなり膝から崩れ落ちたのは結局なんだったんだろ」

 

 スマホ見てたらいきなり『エモオオオォォォッ!?』と叫びながらズシャァァァッとその場で蹲っていた。

 

『えっと、それは……よく分かんない』

 

「静香ちゃんも分からない?」

 

『原因は分かるけど理由は分からない』

 

「?」

 

 亜利沙さんの奇行は置いておいて、やっぱり向こうの合宿は楽しそうだった。

 

「はぁ~……私も行きたかったなー、合宿」

 

『未来は未来で今は大事な時期でしょ』

 

「そうなんだけどー」

 

 折角の夏休みなんだし、静香ちゃんや翼たちと一緒にお泊りしたかったー……。

 

「でもこれから、私たちも全国ツアーとか行くようになったら、そういう機会あるよね!」

 

 この間のフェアリーの皆さんのツアーには付いていけなかったけど、私たちがアイドルとして売れていけばきっと全国ツアーだっていけるよね!

 

 えっとー、北海道に行ったら美味しい海鮮を食べてー、沖縄に行ったら美味しい海鮮を食べてー……あれ、おんなじ?

 

『……そうね』

 

「静香ちゃんもそう思うよね!」

 

『えぇ……一緒に色んなでライブ、出来たらいいわね』

 

「出来るよ! きっと!」

 

『……うん。……そろそろミーティングがあるから、切るわね』

 

「うん! 明日からも頑張ってね、静香ちゃん!」

 

『貴女も頑張って、未来』

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 通話を終了したスマホをしばらく見つめた後、縁側に腰を掛けたまま夜空を見上げる。

 

「……未来なら全国ツアーも夢じゃないわ」

 

 そう、貴女なら、きっと。

 

 

 

 

 

 

 そんな会話を静香ちゃんとした翌日、私はプロデューサーたちとの打ち合わせのために劇場の楽屋を訪れた。楽屋に集まったのは私以外は昴と、エミリー・スチュアートちゃんと宮尾(みやお)美也(みや)さんの四人だった。

 

「CDの手渡しイベント……ですか?」

 

「あぁ、そうだ」

 

 全員が揃ったところでプロデューサーさんは、そう言って次の仕事の話を切り出した。

 

「どんなイベントか、未来は分かるか?」

 

 どんなイベントかと言われても……。

 

「……CDを、手渡す?」

 

「そう、その通りだ」

 

「おぉ、分かったのか未来」

 

「流石です、未来さん!」

 

「凄いですね~、未来ちゃん」

 

 あれ、もしかして馬鹿にされてる?

 

「リリースイベント、所謂リリイベってやつだ。メンバーはここにいる四人。デビューCDをしっかりファンにアピールしていこう!」

 

「「「「はい!」」」」

 

 プロデューサーの言葉に、全員揃って返事をする。うん、私はまずはここから! デビューイベントで頑張って、そこでようやく静香ちゃんたちと同じ土俵に立てるんだから!

 

「というわけで、今日の仕事はコレだ」

 

 そう言うと、プロデューサーは一本のマジックペンを取り出した。

 

「はい、アイドルがマジックペンを使ってすることとはなんだ? はい昴君早かった!」

 

「えっ!? ば、バント!」

 

「やれるもんならやってみなさい。正解はサインだ」

 

「……バントの?」

 

「野球から離れなさい!」

 

 

 

 というわけで、今日の私たちの仕事は『イベントで手渡しするCDにサインをすること』だった。

 

「み・ら・い・か・す・が……っと!」

 

 キュキュッとCDケースにサインをする。

 

「えへへ、いい感じー!」

 

 こうやって沢山サインを書いてると『あぁ私、今すっごいアイドルっぽいことしている』という気分になってくる。つい先日、エミリーちゃんと一緒にサインを書く練習をしていたのだが、それが役に立つときがすぐにやってくるとは思わなかった。

 

「練習しててよかったね、エミリーちゃん……って、えっ!?」

 

 机の正面で同じようにサインをしていたエミリーちゃんが、涙目になって震えていた。

 

「うぐぐぐ……」

 

「エミリーちゃんどうしたの!? お腹痛い!? なにか変なもの食べた!?」

 

「そんな未来じゃあるまいし」

 

「未来ちゃん、夏場は食べ物が痛みやすいですから気を付けましょうね~」

 

 やっぱり馬鹿にされてない!?

 

「いえ、お腹が痛いのではなく……私、初めての署名は『絶対に筆で!』と決めていたのですが……容器に墨で書くのが難しくて……」

 

「「「あー……」」」

 

 三人でエミリーちゃんの手元を覗き込むと、そこにはベタリとサインが墨で書かれているというよりも乗っているだけの有様のCDケースがあった。……まぁ、よくよく考えればプラスチックのCDケースに墨でサインは無理だよね……。

 

「こんなことでは立派な大和撫子にはなれません……!」

 

 そう言って涙を拭ったエミリーちゃんは「一筆奏上!」と意気込んで再び筆を手に取った。

 

「エミリーちゃん、エミリーちゃん」

 

 そんなエミリーちゃんに美也さんが待ったをかけると、自分の鞄の中から綺麗な和紙を取り出した。

 

「こうやって、和紙を定規で切って……はい、どうぞ~。小さくした和紙にサインを書いて、それをケースに入れたら大丈夫ですよ~」

 

「はぁ!? す、すごいでしゅ美也さん! これが日本の知恵袋でしょうか!?」

 

 確かに、和紙を使う辺りとても和風な感じだった。

 

「……なーなーエミリー、ずっと気になってたんだけど」

 

 そんな二人のやり取りをじっと見ていた昴がマジックペンを振りながら口を開いた。

 

「はい、なんでしょうか? 昴さん」

 

「エミリーがたまに言ってる『やまとなでしこ』って誰? 偉い人?」

 

「え、昴知らないの?」

 

「む。そーいう未来は知ってるの?」

 

 勿論だよ!

 

「えっと、玉の輿を狙う客室乗務員と貧乏な魚屋さんがー……」

 

「何の話してるの?」

 

 あれ?

 

「大和撫子というのは日本の女性の美しさを表す言葉です。私の憧れであり、目標なんです!」

 

 へ~、そーいう意味だったんだ。エミリーちゃん、日本のもの大好きなのも、そーいう理由もあるのかな。

 

「昴さんは大和撫子を目指してはいないのですか?」

 

「オ、オレ? いや……なんか凄そうだし、オレには無理じゃないかな」

 

「むむっ! では昴さんの目標は一体なんなのでしょうか! 私、気になります!」

 

「え、えぇ、目標……?」

 

 何かのスイッチが入ってしまったらしいエミリーちゃんが昴に詰め寄る。

 

 そんなエミリーちゃんに、昴は「え~……?」と困った様子でポリポリと首筋を掻いた。

 

「……オレ、アイドルは親に勧められて始めてみただけだから、そんなこといきなり言われても分かんないよ。……未来はある? 目標とか」

 

「私はあるよ!」

 

 静香ちゃんのステージに憧れて、この事務所に来て色んなアイドルのステージを見て、こんなアイドルになりたいっていう目標は沢山ある。

 

 静香ちゃんみたいにカッコよくなりたいし、翼みたいに凄くなりたいし、星梨花さんみたいに可愛くなりたいし、あとはー……。

 

「周藤良太郎さんや如月千早さんやフィアッセ・クリステラさんみたいに凄いことをするアイドル!」

 

「なにそれすげぇ。全宇宙を支配しようとしたフリーザ様が謙虚に見える」

 

「私の目標も、ずばり歴史的アイドルですよー!」

 

「え、美也もそっち側なの!? っていうか決まってないのまさかオレだけ!?」

 

 ゆるふわと「えいえいおー!」と拳を突き上げる美也さんの姿に、昴は「他のみんなはどうなんだ~!? オレだけ決まってないのはヤバくないか~!?」と頭を抱えていた。

 

「………………」

 

 ……アレ?

 

(私の目標って……)

 

 

 

 ――これで、よかったのかな。

 

 

 




・赤羽根先輩
久々登場バネP!何処で書いたか忘れたけど、第六章開始時点で既に海の向こうから帰ってきております。
そしてピヨちゃんの旦那。

・「むっはぁぁぁ!?」
・『エモオオオォォォッ!?』
王大人「松田亜利沙の死亡確認!」
当然こうなる。

・エミリー・スチュアート
『アイドルマスターミリオンライブ』の登場キャラ。
大和撫子を目指す金髪美少女な13歳。
カタカナ縛りなので色々と大変そう……。
あとなんかアニメPVで色々と増量しt(ry

・宮尾美也
『アイドルマスターミリオンライブ』の登場キャラ。
シアター組のゆるふわ枠なほんわかさんな17歳。
あずさ・藍子と組み合わせると多分時間の進み方が三分の一ぐらいになる。

・「一筆奏上!」
次の劇場版で千明がオリキャスで出演するってマ?

・やまとなでしこ
・玉の輿を狙う客室乗務員と貧乏な魚屋さん
多分ウサミンあたりは「主題歌の『Everything』が懐かしいですね~」とか言ってくれる。

・「私、気になります!」
何年えるたそは蔵の中に閉じこもったままなのだろうか……。

・フリーザ様
最近ずっと株が上がりっぱなしの帝王様。



 久しぶりのバネP! 実は帰ってきておりましたっていう報告でした。

 そして今回から未来の手渡し会編です。……名称これであってるのかな。

 いつも通りふんわりと進んでいきます。


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Lesson276 アナタに届けたいオモイ 2

楓さん!!!(訳:久しぶりに登場です)


 

 

 

「そういえば奏はもう観たのか? 今公開されてる『100日間生きた――」

 

「冒頭一言目から危険球投げてくるのヤメてくれない?」

 

「フフッ、冒頭から暴投ね」

 

「ホラ、クソさむダジャレお姉さんが反応しちゃったじゃない」

 

「お前がクソさむダジャレのトスを上げたせいなんだよなぁ……」

 

「二人とも、私も悲しいときは泣くのよ?」

 

 

 

 撮影の休憩中、なんとなくハンバーガーが食べたくなって近くの有名チェーン店に足を運んだら、たまたまそこで奏と楓さんに遭遇するというお約束(ミラクル)が発生したので、同席させてもらった。

 

 いやマジでなんだこのミラクル。アイドルとの遭遇自体は多々あることだけど、あの『高垣楓』が大口開けてハンバーガーにかぶりついている場面とかピックアップSSR十枚抜きレベルだろ。一瞬写真撮ろうかと思っちゃったゾ。

 

「現役JDであるところの奏はともかく、楓さんもこんなところに来るんですね」

 

「私だってジャンクなものが食べたくなるときはありますよ。それを言うなら良太郎君だって」

 

「俺は高頻度で出没しますよ。主におまけ目当てで」

 

 今のおまけである覆面ライダーダイナマイトの発破宙返りのオモチャのねじを巻きながら答える。あっ、宙返り失敗した。……コレ、実物見た爆豪君ブチ切れてるんだろうな……。

 

「そういえば、フライドポテトってお酒の肴にもなりますよね。居酒屋のメニューにあるぐらいですから」

 

「飲ませないわよ?」

 

「うふふ、分かってまーす」

 

 呆れ顔で注意をする奏に、笑顔で返事をする楓さん。奏は元々年上であろうと遠慮をする性格じゃなかったとはいえ、楓さんに対してそれ以上の気安さみたいなものを感じる。

 

「あぁ、そういえば映画の撮影でフランスに行ってたんだっけ?」

 

「えぇ、私と楓さんのユニット『ミステリアスアイズ』でね」

 

「楽しかったですよね、奏ちゃん」

 

「ほんっとうに大変だったわ」

 

 なんだろう、お互いの認識に齟齬があるのかな?

 

 ともあれ随分と仲良くなったようだ。いくら奏とはいえ、大人のお姉さんであるところの楓さんと一緒の撮影で色々とお世話になったに違いない。きっと朝起こしてもらったりしたんだろう。

 

 いいなぁ、俺も楓さんにモーニングコーヒー片手に起こしてもらいたいなぁ……ん?

 

 

 

りん

 

明日はアタシが起こすから

りょーくんはゆっくり寝てていいよ

12:35

 

既読

12:36

いきなりどーした

 

ちょっと電波が12:36

 

既読

12:37

電波なら仕方がない

 

 

 

 

 突然のりんからのメッセージ。よく分からないが、とりあえず明日は目覚まし時計を使わなければいいのかな?

 

「あっ、そういえばユニットの新曲、凄い良かったです」

 

「あら、ありがとうございます」

 

「十枚買おうとしたけど購入制限があったから五枚で我慢しました」

 

「ありがたいけど、なんでそんなに買うのよ……」

 

 ほら、事務所のみんなに布教しようと思って。志保ちゃんと恵美ちゃんと美優さんは既に購入済みで、志希は渡しても聞かないだろうし、ジュピターの三人とまゆちゃんにあげた。まゆちゃんは苦虫を噛みしめてももうちょっと穏やかなんじゃないかってぐらい渋い顔をしてたけど。

 

「……ずっと明言してることは知ってたけど、本当に楓さんのファンなのね」

 

「そりゃあもう」

 

「うふふ、嬉しいです」

 

 『周藤良太郎』の発言が与える影響を考えてそういうことを口にしないようにしているが、高垣楓と魔王エンジェルは今更そういう次元の話じゃないので遠慮する必要がなかった。そうじゃなくても普通に彼女の声と歌が好きだった。

 

「でもそう言っていただけるのであれば、例の動画で声をかけてくれなかったのが本当に残念です」

 

「あー……あの動画は俺主体じゃなかったので……」

 

 とはいえ本当に楓さんも参加して歌姫×3with『周藤良太郎』なんてことになっていたら、一体何十億ドルが動いたんだろうなぁ……。

 

「というか、貴方レベルなら一声かければいくらでもCDなんて貰えるんじゃないの? 特にウチの専務とか、喜んで贈りそうなものだけど」

 

「分かってないなぁ奏は。こういうのは自分のお金で購入することに意味があるんだよ」

 

 楽曲ダウンロードという選択肢がある昨今だからこそ、こうして実物のCDを買うことに意味があるんだ。そこには握手券やシリアルコードとは別の何かが存在するのである。

 

「欲を言うならばリリイベのCDの手渡し会にも参加したかったんだけどな」

 

「そうならなくて良かったわ……貴方が列に並んでいるところを見たらきっと大混乱よ」

 

「勿論変装はするぞ」

 

「混乱するのは私の頭よ」

 

 やめろよ、人を生きるメダパニみたいに言うのは……ん? またメッセージ?

 

 何かりんが言い忘れたことがあったのかとスマホを再び取り出すが、そこに表示されていた名前はりんのものではなかった。

 

「……未来ちゃん?」

 

 

 

 

 

 

「……よしっと」

 

「おーい未来、プロデューサーが集合だってさー」

 

「あ、うん! 今行く昴ー!」

 

 今日は私たちのCD手渡し会当日。リョーさんにそのことを伝え忘れていたことを思い出したので『もし時間があるようだったら来てください!』とメッセージを送ってからスマホを仕舞う。

 

「何やってたの?」

 

「えっとね、いつもお世話になってるリョーさんに今日の手渡し会のこと教えてたの」

 

「リョーさん? ……あぁ、あの亜利沙さんと仲が良いっていう怪しい男の人」

 

「怪しくなんかないよー! ちょっと無表情で本名が分からないけどアイドルのことにやたらと詳しくて何故かアイドルの知り合いも多いらしくて女の人の胸が好きな面白いお兄さんだよ!」

 

「今の説明でオレの中の警戒度が上がった」

 

 アレー!?

 

「おーい二人ともいいかー? エミリーにお手本やってもらうからちゃんと見ろよー」

 

「「はーい」」

 

 着物姿のエミリーちゃんが自分のCDを一枚手に取ると、両手でプロデューサーさんに差し出した。

 

「『はい、どうぞ』『ありがとうございます、ごヒイキ様』」

 

 エミリーちゃんの言う『ごヒイキ様』というのは『ファンのみんな』という意味だ。彼女は日本のことが好きでカタカナ言葉を使いたがらないから、こういう不思議な言葉遣いをする……ということを以前リョーさんに話したら「なにその縛りプレイ」と言っていた。……縛りプレイってなんだろう?

 

「『いつも応援しています』……と」

 

 エミリーちゃんが差し出したCDを受け取ったプロデューサーが「こんな感じだな」と腰に手を当てた。

 

「お客さん一人一人にCDを手渡しすることになる。お礼を言うときはちゃんと相手の顔を見るんだぞ。それぞれ三十秒ぐらい会話する時間も設けてあるからちょっと長くなるが、最後まで笑顔で頑張るように」

 

「「「はーい!」」」

 

「は、はーい……」

 

 元気よく返事をした私とエミリーちゃんと美也さんに対し、昴だけがちょっと頬が引き攣っていた。

 

「開場まで三十分でーす!」

 

「よし、それじゃあ俺も列整理を手伝ってくるから」

 

 そう言ってプロデューサーさんはスタッフさんと共に控室を出ていってしまった。

 

 三十分という微妙な時間、手持無沙汰になってしまった私たちはとりあえずパイプ椅子に座り……昴だけが、その場でストレッチを始めた。

 

「あらあら、昴ちゃんは落ち着きがないですね~」

 

「だ、だって動いてないと緊張するんだもん!」

 

 美也さんの悪気一切無しの笑顔に、昴は顔を赤くして少し拗ねたように唇を尖らせた。

 

「昴さん! 体操でしたら私もお付き合いいたします!」

 

 ふんすと鼻息荒くエミリーも立ち上がった。着物のままだけど、運動って出来るのかな?

 

「それじゃあ、ちょうどいいものあるので流しますね~」

 

 美也さんがそう言って自分のスマホを操作し始めた。

 

 ちょうどいいものって何だろうと首を傾げていると――。

 

 

 

『みなさーん! ラジオ体操第一の時間ですよー!』

 

 

 

 ――突然の大音量に思わず椅子から転げ落ちそうになった。

 

「あら~大きな音ですね~」

 

「美也さん音量下げて!」

 

「は~い」

 

 これでも一切動じない美也さんすごい……。

 

「こ、この声って、346プロの日野茜さんですか?」

 

「はい~。346プロの皆さんはラジオ体操の曲もカバーしていらっしゃるんですよ~」

 

「……これってカバー曲の括りに入れていいのか……?」

 

 へ~、ラジオ体操第二は新田美波さんなんだ~。

 

「なんつーか、346プロってアイドルの数が多いから知らないけど、たまにぶっとんだ変な曲カバーしたりするよね」

 

「私、どなたかが『高砂(たかさご)』を歌っていらっしゃったのを聞いたことがあります」

 

「エミリー、たかさごってなに? 誰の曲?」

 

「室町時代の猿楽士、世阿弥が作った能の一つです」

 

「むろまち!? さるがくし!? ぜあみ!? 何一つとして分かんないんだけどどういうこと!? 未来!?」

 

 私に助けを求めるような目を向けられても答えられるわけないじゃん……。

 

「あ、こっちは123の三船美優さんがカバーされたシューベルトの子守歌ですね~……」

 

「……美也さん?」

 

「………………すぅ」

 

「美也さん!? 流石に今寝るのはマズいんじゃないですか!?」

 

 

 

「お前たち~……緊張してないのはいいがリラックスしすぎというか、ちょっと煩いぞ~……」

 

 

 

 

 

 

おまけ『フカが足りねぇ!』

 

 

 

「それじゃあ『ゴジラVSコング』は観たか?」

 

「えぇ、観たわ。ゴジラの新作とキングコングの新作を二時間に詰め込んだような映画だったわ」

 

「詰め込め切れずに溢れ出てたけどな」

 

「次回作の『ゴジラVSコングVSシャークネード』に期待ね」

 

「アレ? もしかしてお前だけ別の次元に生きてる?」

 

 

 




・『100日間生きた――』
多分色々な意味での教訓として今後語り継がれるんだろうなぁ……。

・覆面ライダーダイナマイト
かっちゃんのヒーローネームが明かされたので。
覆面ライダー爆轟の強化形態というか別ベルトでの変身形態。

・発破宙返り
サスケのチャクラ宙返り、今3000~4000円するってマ?

・日野茜のラジオ体操第一
・『高砂』
・三船美優のシューベルトの子守歌
デレステ謎カバーシリーズ。あとはほたるの『蛍の光(閉店Ver)』とか本気で謎。

・おまけ『フカが足りねぇ!』
多分ワニもサメが足りなかったんじゃないかな(適当)

・ゴジラVSコング
更新日の前日に観てきました。やっぱり怪獣映画はこうでなくちゃ!



 ミステリアスアイズの二人が合流しました。つまりそういうことです。

 果たしてシアター新人四人組は無事に手渡し会を終えることが出来るのか……!?


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Lesson277 アナタに届けたいオモイ 3

いつもの中身のない会話 ×2


 

 

 

 というわけで。

 

「やって来たぜ、握手会」

 

「CD手渡し会ね」

 

 未来ちゃんから『CDの手渡しイベントをするので、もし時間が合ったら来てください!』というメッセージが送られてきた上に、ここから会場である765劇場がそれほど遠くないとくれば、顔を出さないわけにはいかなかった。主に面白そう的な意味で。あと女の子たちの手を握る大義名分を得た的な意味で。

 

「あら、私で良かったらいくらでも握手しますよ」

 

「えっ!? いいんすか!? ふ、ふひひ、ちょ、ちょっと待って、手ぇ拭いてから……」

 

「貴方トップアイドルの癖してその完璧なオタクムーブはなんなの?」

 

 根っこの部分はずっとオタクだよ。

 

「それより休憩時間は大丈夫なの? 撮影中って言ってたじゃない」

 

「撮影順調で休憩時間が長めになってるから問題ない。寧ろお前たちは大丈夫なのか?」

 

 まさか奏と楓さんまでついて来るとは思わなかった。

 

「私たちもこの後は収録だけど、時間には余裕あるわ」

 

「それに私も一度参加してみたかったんです、こういう握手会」

 

「だから握手会じゃないでしょ」

 

 まぁ楓さんは勿論、奏もこういうイベントに参加したことないだろうな。

 

「よかろう、今から俺が二人に伝授しよう……握手会の流儀ってやつを」

 

「わー!」

 

「だから手渡し会……もうそれでいいわよ」

 

 パチパチと小さく拍手する楓さんと、やれやれと溜息を吐く奏。公共の場、それも人が多く集まる場所ということで当然二人とも変装済みである。それでも隠しきれない美人のオーラが滲み出ているせいで、周りからチラチラと見られていた。

 

「まずは流儀以前に俺たちは正体がバレてしまった時点で大混乱間違いなしだから、出来るだけ目立たないように心掛けること。今更注意するようなことじゃないとは思うけど、二人は特に目立つんだから……」

 

 

 

 ――お、おいあそこにいるの!?

 

 ――りょ、『リョーさん』だ!

 

 ――なに!? あの目を付けたアイドルが次々に売れていくという、あの!?

 

 ――あぁ……やはり今年も持っているみたいだな……765プロ!

 

 ――こいつぁ楽しみになってきたぜ……!

 

 

 

「……二人は特に、なにかしら?」

 

「おっかしいなぁ……」

 

 いかん、リョーさんとしての活動が長すぎてこっちの知名度も大きくなってしまった。

 

「リョーさん凄いですね、有名人」

 

「元から有名人よ。全く……変装と偽名の意味がないじゃない」

 

「バ、バレなきゃいいんだよ」

 

「変装の基本は目立たないことでしょ」

 

 ぐぅの音も出ねぇ。

 

「とりあえず俺のことは、今はどうでもいい」

 

「この()()うでもいいことは、(サイド)に置いておこうって、ことですね」

 

「「……うん」」

 

 楓さんのファンであることには間違いないけど、なんとなく力が抜けるな……。

 

「……なんか騒がしい上に『リョーさん』って名前が聞こえてきたかと思ったら、やっぱりアンタだったのね」

 

「むっ、この声は……」

 

 振り返ると、黒髪ツインテールの少女がジト目で俺を見ていた。

 

「やっぱりニコちゃん。久しぶり、身長伸びた?」

 

「ふんっ」

 

 この「ふんっ」は鼻を鳴らしたのではなく、俺の足を踏む付けるための掛け声的なものである。痛い。

 

「あら、リョーさんのお知り合い? 初めまして、めーぷるです」

 

「えっ。……り、リップよ」

 

 ニコちゃんに挨拶をした楓さんがもの凄く自然な流れで偽名を使い、ギョッとした奏もそれに倣って偽名を使った。……ちょっと源氏名みたいだなって思ってしまった。

 

「……ニコです。……ふ~ん」

 

 何やら興味深そうに楓さんと奏を見るニコちゃん。アイドルマニアだし、流石に気付くか……?

 

 

 

「……で? どっちがアンタの彼女なの?」

 

「「えっ」」

 

 

 

 げっ。

 

「……いや、違うよ」

 

「ふーん。まぁ確かにアンタから聞いてた彼女のイメージと違ったわね」

 

 そう言ってニコちゃんは「変なこと言ってすみません」と丁寧に二人に向かって頭を下げた。うーんニコちゃんはれいぎただしいなー。

 

「「………………」」

 

 先ほどから『え、マジで?』みたいな目でこっちを見てくる二人。まさかこんな形でこの二人に恋人の存在がバレるとは思わなかった。きっとこれもリョーさんとして長く活動しすぎた弊害である。

 

(後でおねーさんに詳しく教えてくださいね)

 

(逃げてもいいわよ。その場合は高町先輩たちに聞くから)

 

 わー楓さんの目がキラキラしてるー奏も悪い笑顔浮かべてるー。

 

 えぇい、今は俺の彼女のことはいいんだよ。

 

「ここにいるってことは、勿論ニコちゃんも手渡し会に参加するために来たんだろ? お目当ては未来ちゃん?」

 

 そう尋ねると、ニコちゃんは「勿論全員に決まってるでしょ」と今度こそふんっと鼻を鳴らした。

 

「なんせ全員これがデビュー曲になるんだから。アンタは違うの?」

 

「俺も全員だよ。でもまだエミリーちゃんと美也ちゃんのステージを直接見れてないから、ちょっとその二人への興味は強いかな」

 

「ふーん。動画とか見てないの?」

 

「公式が上げてる奴は見たけど、俺は直接『眼』が見たいんだ。コレ、リョーさん的アイドル見極めポイント」

 

「なに? 名プロデューサー気取り?」

 

「アイドルに関する視力だけは誰にも負けないって自負してるよ」

 

「あーはいはい」

 

「例えばエミリーちゃん、実は結構な大乳なんじゃないかって……」

 

「目が腐ってんじゃないの?」

 

「いやマジマジ。こう、PVで突然大きくなるんじゃないかって信じてる」

 

「頭が腐ってんじゃないの?」

 

「正気でアイドルオタクなんてやってらんねぇよ!」

 

「こっちを巻き込んじゃないわよゾンビ」

 

(相変わらず誰とでも仲良くなるのね)

 

(うふふ、兄妹みたい)

 

 おっと、会話を楽しんでいたがそろそろ開場時間だ。

 

「めーぷるさんとリップも、そろそろ入場するよ」

 

「「? ……あっ、私か」」

 

 おい。

 

 

 

 

 

 

「時間だぞ! 四人とも、準備してくれ!」

 

「「「「はーい!」」」」

 

 プロデューサーさんに呼ばれ、私たちは控室から手渡し会の会場へと向かう。

 

 会場には白い布がかけられた机が並べられており、そこには私たちの名札が並べられていて、その後ろには私たちのCDが詰まった段ボールが並べられていた。

 

「……本当に、こんなに沢山売れるのかなぁ……」

 

 ポツリと昴がそんなことを呟いた。確かに、なんというかこう新人アイドルはもっとこじんまりと頑張ってCDを売っているイメージがあるから、こんなに沢山売れるような気がしなかった。

 

「安心しろ昴」

 

「プロデューサー……」

 

「在庫は後からどうとでもなるから」

 

「そのフォローの仕方は本当にあってるの!?」

 

「冗談だって」

 

 プロデューサーさんが言うには、在庫は物販に並べるだけだから問題ないらしい。そっか、確かにここで売り切る必要なかった。

 

「そもそもそんなこと気にする必要ない。今のお前たちに必要なことは、一人でも多くの人に自分のことを知ってもらうこと。そしてそんな自分のCDを買ってくれた人に感謝の気持ちを伝えることだ。だから笑顔と感謝の言葉だけは絶対に忘れないように」

 

「「「「はい!」」」」

 

「よし、開場だ!」

 

 そのプロデューサーの言葉を合図に、開場した。

 

 

 

 ――わー! 未来ちゃん! 本物だー!

 

 ――み、美也ちゃんだ!

 

 ――すすす昴くんだぁぁぁ!

 

 ――エミリーちゃぁぁぁん!

 

 

 

「……っ!」

 

 お客さんが、私たちのことを見ながら歓声を上げている。たったそれだけで『あぁ、自分って本当にアイドルになったんだ』ということを再認識する。何度も何度も思っていることで、きっとこれからもずっと思い続けること。

 

「………………」

 

 ふと自分の手元のCDに視線を落とす。

 

(……これが私の、初めてのCD)

 

 これをファンに手渡す。

 

(……私の、ファンに)

 

 うーん……。

 

 

 

「あっ、あの!」

 

 

 

「はぁい!?」

 

 突然声をかけられたので、変な声になってしまった。

 

 手にしたCDから顔を上げると、そこには緊張した面持ちの男の人が立っていた。

 

「か、春日未来さん!」

 

「は、はい春日未来です!」

 

「俺は、えっと、貴女のファンです!」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 何やら二人して英語の授業みたいな会話になってしまった。お互いに緊張してしまっているようで要領を得ていない。とりあえず両者勢いだけはいいと思う。

 

「こ、これ、花屋の店先に並んでいた綺麗な花です! どうぞ!」

 

「か、かたじけない!」

 

 ついでに咄嗟に言葉が武士になった。エミリーちゃんがちょっとだけ目を輝かせたような気がしたけど、是非自分の目の前のファンに集中してあげて欲しい。

 

「そ、それじゃあ! これからも頑張ってください!」

 

「きょ、恐悦至極!」

 

 小さな花束を受け取った私は、男の人の背中に向かって手を振った。

 

 あー緊張したー……。

 

「……あれ?」

 

 左手には貰った花束。右手には私のCD。

 

「……渡してないじゃん!?」

 

 何のための手渡し会なのさ!?

 

 貰った花束を机の上に置いて、慌てて男の人を追いかける。

 

「ま、待ってください! 花束くれた人!」

 

「え?」

 

「CD、どうぞ!」

 

「あっ……!」

 

 自分の失敗に気付いたらしい男の人は、照れくさそうに鼻の頭を人差し指で掻きながら反対の手で私の手からCDを受け取って――。

 

 

 

「ありがとうございます……! 頑張ってください!」

 

 

 

 ――満面の笑みを、浮かべてくれた。

 

「……はい! 頑張ります!」

 

 ……そうか、きっとそうだ。

 

 きっとこれが。

 

 これが私の……!

 

 

 

 

 

 

おまけ『噂のリョーさん』

 

 

 

「……あの人があのリョーさんだってのは分かった」

 

「あぁ」

 

「……一緒にいる二人って誰だろーな」

 

「……すっごい親しそうだけど、まさかどっちか彼女とか……?」

 

「二人ともめっちゃ美人だな……あっ、なんかまた可愛い子に声かけた」

 

「「……ま、まさかの陽キャ……!?」」

 

 

 




・握手会の流儀
せめて画風をもうちょっと原作に近かったらなぁ……。

・「リョーさん凄いですね、有名人」
裏ではずっとリョーさん名乗り続けていた結果がコレである。
今では一種の名物オタク的な立ち位置。

・「どっちがアンタの彼女なの?」
リョーさん、珍しく痛恨のミス!

・「実は結構な大乳なんじゃないかって」
・「PVで突然大きくなるんじゃないかって」
あのシーンは思わず二度見してしまった。

・おまけ『噂のリョーさん』
今までもモブ目線からはずっとこんなんだったんだよっていう。



 珍しくミスによる彼女バレが発生。これにより、ちょっとずつ346プロ内でも彼女の存在が知られていくことになります。大丈夫大丈夫大騒ぎになんてならないよ(棒)

 次回ようやく合流です。


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Lesson278 アナタに届けたいオモイ 4

(二人とも)アイドルの握手会。


 

 

 

「初めてとはいえ、まさかCD渡し忘れるとは……流石未来ちゃん」

 

「それ褒めてんの?」

 

 大絶賛だよ。

 

 さて、未来ちゃんの初々しい一場面を目撃してホッコリとしたところで、俺たちも彼女たちと握手するための列に並ぶことにしよう。

 

「しかし、残念ながら一人一列にしか並べない……と」

 

 混雑緩和のためか、未来ちゃんたちのそれぞれのCDを四枚買ったとしても手渡ししてもらえるのは一人だけらしい。うーむ、無念。

 

「まぁ確かに感染対策は大事だもんな」

 

「ワクチンを接種しても感染対策はしっかりとしなきゃダメですよ」

 

「先輩はともかく、めーぷるさんまで何を言ってるの……」

 

(やっぱり変な人たちは集まるもんなのね)

 

 とりあえず今回は未来ちゃんから「来てください」って言われたから、未来ちゃんのところに並ぼうかな。

 

「ふーん……私は宮尾美也のところに並ぶわ」

 

「それじゃあ私は、エミリーちゃんのところに並んでみようかしら」

 

「……えっ? なに、そういう流れなの? ……まぁいいわ。永吉昴ちゃんのところに並ぼうかしら」

 

 というわけでニコちゃんは美也ちゃんの列へ、楓さんはエミリーちゃんの列へ、奏は昴ちゃんの列へ、俺は未来ちゃんの列へと並ぶことになった。

 

 一人一人と笑顔で握手をし、楽しそうに一言二言会話をする未来ちゃん。ファンの人たちも笑顔で未来ちゃんへ「頑張ってください!」「応援してます!」「大好きです!」と自分の熱意を伝えていて、それに対して未来ちゃんも「でへへ~! ありがとうございます!」とニッコニコだ。

 

 そんな楽しそうな未来ちゃんを静かに見守りながら列に並び、いよいよ俺の番となった。

 

「CDデビューおめでとう、未来ちゃん」

 

「え……えぇ!? リョ、リョーさん!?」

 

 ヒラヒラと手を振りながら目の前に現れた俺に、未来ちゃんは「本当に来てくれたんですか!?」と目を大きく見開いて驚いていた。

 

「是非来てくださいって言ったのは未来ちゃんじゃないか。握手いい?」

 

「勿論ですよ! ありがとうございます!」

 

 差し出した俺の右手を両手で握った未来ちゃんがブンブンと力強く上下に揺する。いつもとは逆の立場のつもりだったのだが、結局いつもと同じような立場での握手になってしまったような気がする。

 

「さっきから見てたけど、楽しそうだね、未来ちゃん」

 

「はい! やっと気付けたんです!」

 

「気付けた?」

 

「はい! 私……『ファンの人に会えるお仕事』が一番好きだって!」

 

 ……へぇ。

 

「CDの収録したり、ラジオに出たり、衣装を着たり、サインを書いたり。アイドルのことをいっぱいやらせてもらったけど……こうやって、目の前のファンが笑ってくれるお仕事が、一番です!」

 

「……例えばステージが大きくなった場合、ファンの笑顔はちょっとだけ遠くなる。こうやって握手をする機会も少し減る。それでも君は(うえ)へと進むのかい?」

 

 屈託なく笑う未来ちゃんに、少しだけ意地悪な質問をしてしまった。

 

 それはかつて、あの春香ちゃんもぶつかった壁とよく似た問題。アイドルを続けていく上では避けて通れぬ道。新人アイドルならばその意味を図り損ねて言い淀むであろうそんな質問に――。

 

 

 

「あ、私、そういうの難しく考えてません!」

 

 

 

 ――未来ちゃんは一切迷う素振りを見せずにそう言い切った。

 

「さっきもちょっとだけ考えちゃったんです、これだけ沢山のCDがちゃんと売れるのかって。でもきっとそういうことは()()()()()()()()()()()って思ったんです」

 

 ずっと握ったままの手から、未来ちゃんが少しだけ力を込めたのが分かった。

 

「そういうことを考える暇があったら、私は一人でも多くの人と手を繋ぎます。一人でも多くの人のために歌います。一人でも多くの人と()()()()()()()

 

 先ほどまでの満面の笑みではない。けれど、未来ちゃんはしっかりと()()()()()()()()()笑っていた。

 

 

 

「私にはまだ目標がないから、今はとにかく歌いたいんです」

 

 

 

「……そっか」

 

「……あー未来、そろそろ手を離そうか」

 

「あっ」

 

 背後からスッと現れた男性の言葉にハッとなった未来ちゃんが俺の手を離す。ファンではなくアイドル側に()()()が入ってしまった。

 

 しかし随分と入るのが遅いなと思ったら、はがしに入った男性は劇場のプロデューサーで、こっちに視線を向けてとても小さく会釈をした。俺の正体を知っている彼は、どうやら未来ちゃんとの会話を聞いてわざと止めに入らなかったらしい。

 

「お時間を取らせてしまいすみませんでした。それじゃあ未来ちゃん、頑張ってね」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

 未来ちゃんに手を振ってから列を離れる。

 

(……『未来』は未だ見えず、か)

 

 

 

 しかし、目の前のファンのことしか考えないと語った未来ちゃんのその目は……それよりももっと先のものが映っているような気がした。

 

 

 

「……なんか、随分と仲良さそうだったわね」

 

 出口へ向かうと、先に昴ちゃんとの握手を終えていたニコちゃんが開口一番そんなことを言ってきた。

 

「前に言わなかったっけ? 未来ちゃんとは知り合いだって」

 

「それは聞いてるけど、なんか違うってことぐらい分かるわよ」

 

 相変わらずニコちゃんはジトっとした目が似合うなぁ。

 

「ひゃ、ひゃぁぁぁっ!?」

 

「え、えええぇぇぇっ!?」

 

「ん?」

 

 さてなんと言い訳したものかと考えていると、なにやら大声ではないけれどしっかりとした悲鳴が聞こえてきた。これはエミリーちゃんと昴ちゃんだ。

 

 よもや不貞なことをしでかした輩が現れたのではあるまいな? もしそうであればただではおかぬ。最近設定として忘れられがちな高町仕込みの戦闘能力をもって暴力的に鎮圧するぞ。

 

「って、あれ?」

 

 しかし何やらそういう雰囲気ではなく、何故かエミリーちゃんと昴ちゃんがそれぞれ感激した様子でファンと握手をしていた。未来ちゃんもそうだったけど普通逆じゃないかと思ったが、その相手が楓さんと奏だったから納得してしまった。

 

 バレたのかバラしたのかは分からないが、二人とも自分と握手をしに来てくれた人がトップアイドルだと気付いて感激してしまったらしい。やっぱり逆だコレ。

 

「……アンタの知り合いだって時点でそんな予感はしてたけど、二人とも只者じゃないみたいね」

 

 ニコちゃんからのジト目が三割増し(当社比)になった。美少女の睨みは絵になるなぁ。

 

 

 

 ……いやホントなんて言い訳したもんか。

 

 

 

 

 

 

「みんな、お疲れ様!」

 

「「「「お疲れ様でした~!」」」」

 

 プロデューサーさんからの労いの言葉に全員で返事をするが、私を含めて誰一人としてその言葉に疲れは見えなかった。

 

「ほら冷たいジュースだ! 好きなの持ってけ!」

 

 プロデューサーさんが手にした袋から、思い思いにジュースを持っていく。

 

「それにしても、握手会すっげー楽しかったな!」

 

「私もまだ興奮が冷めません!」

 

 見るからにテンションが高い昴とエミリーちゃん。言葉は少ないが、美也さんもいつも以上にニコニコとしているような気がした。

 

「それにしてもまさかあの高垣楓さんに来ていただけるなんて……今思い出しても、涙が出そうです……!」

 

「オレもオレも! あの速水奏と握手できるなんて、夢みたい!」

 

 なんでもエミリーちゃんと昴の列にあの高垣楓さんと速水奏さんが並んでいたらしい。

 

「いいなー! 私も楓さんや奏さんと握手してみたかった!」

 

「いや気持ちわかるが逆だろ逆……」

 

 呆れたように笑うプロデューサーさんは「それに未来だって」と言葉を続ける。

 

「まさか知り合いだったとは思わなかったぞ」

 

「え? ……もしかしてリョーさんのことですか?」

 

「ん? あぁ、そうだけど……え、もしかしてお前……」

 

 何故か言葉を詰まらせてこめかみに人差し指を当てるプロデューサーさん。

 

「……あの人が誰だか知ってるのか?」

 

「知ってるもなにも、だからあの人が『遊び人のリョーさん』ですって。プロデューサーさんも聞いたことあるでしょ?」

 

 なんだかんだで劇場内で話題に上がることが多いので、プロデューサーさんも名前ぐらいは聞いたことあるはずだ。

 

「……あぁ、聞いたことあるよ。……聞いたことあるけど、まさか()()()だとは思わないんだよなぁ……」

 

「「「「?」」」」

 

 何故か頭を抱えてしまったプロデューサーさんに四人で首を傾げる。もしかしてプロデューサーさんもリョーさんと知り合いだったのかな?

 

「まぁいい、その話は置いておこう。後でこのみさんや千鶴辺りを集めて話を聞く」

 

 なんでその二人の名前が?

 

「さて、一仕事終えたばかりのお前たちに早速次の仕事の話だ」

 

「っ!?」

 

「えっ!?」

 

「本当ですか、仕掛け人様!?」

 

「あらあら~」

 

 プロデューサーさんからの言葉に全員が身構える。

 

「今回のデビュー曲を引っ提げての外部ライブだ! 遊園地のステージだからそれほど大きくないが、今のお前たちならばちょうどいい大きさの筈だ」

 

「ライブ!」

 

 早速訪れたお客さんの前に立つお仕事に、一気に気分が高まっていくのを感じた。

 

「……ただこのライブの日程が、ちょうど夏フェスの日と被るんだ」

 

「……えっ」

 

 夏フェス。今まさに静香ちゃんがオーディションに向けての合宿をしているステージ。そのライブと同日ということは、当然彼女のステージを見ることが出来ないというわけで……。

 

「……みんなも静香たちのステージを見たいだろう。けれど、きっとこのステージはお前たちのいい経験になる。だから……」

 

 

 

「参加します!」

 

 

 

「っ!」

 

「未来……」

 

「未来ちゃん……」

 

「……あら~」

 

 真っ先に、私は真っ直ぐ真上に手を伸ばした。

 

「私、リョーさんにも言ったんですけど……今すっごく歌いたいんです!」

 

 静香ちゃんのステージが見れないことが残念じゃないと言えば嘘になる。

 

 だけど、静香ちゃんは夏フェスという目標に向かって頑張っている。

 

 だから。

 

 

 

「私の目標は、とりあえず『今を頑張る』です!」

 

 

 

「……へへっ、勿論オレも参加するぞ!」

 

「私も、共に参ります!」

 

「四人で頑張りましょうね~」

 

 昴とエミリーちゃんと美也さんも手を挙げる。この場にいる四人全員が、そのライブへ参加する意思を表明した。

 

「……そうか。なら決まりだ! お前たちもみんなに負けないぐらいのライブにするんだ!」

 

「「「「はいっ!」」」」

 

 

 

(……静香ちゃん)

 

 

 

 私も、頑張るから。

 

 

 




・感染対策
定期的にこの小説更新当時のことを入れておく。

・春香ちゃんもぶつかった壁とよく似た問題
人気が出れば出るほど、離れていくものもある。

・俺の正体を知っている彼
番外編47でも示唆していましたが、劇場プロデューサーとは既に知り合っています。

・高町仕込みの戦闘能力
使いどころ皆無。いやあったらあったで問題だけど。



 というわけで握手会編でした。ちなみにミステリアスアイズが抜擢された理由は完全に作者の趣味です。趣味です(念押し)趣味です(鋼の意思)

 次回からは未来の遊園地ライブと静香の夏フェスを同時進行していく形になると思います。いつも以上にごっちゃになる可能性があるんで、みんな頑張って(読者任せ)

 ただ次回更新は番外編です。たまにはアイ転らしくアイマス色が薄目なお話にしてみます。……アイ転らしくとは?



『どうでもよくない小話』

 デレ10th千葉公演に楓さんを超える超絶SSRとなるふみふみの参加が発表されましたね。マジでビビりました。

 個人的には彼女をライブで観る機会は最初で最後だと思ってますので、担当の方々は頑張ってください。応援してます。



『ほんとにどうでもいい小話』

(作者、R18のデレマス二次新作書き始めたらしいっすよ)

(投稿してるの別サイトらしいっすよ)

(気になる人はツイッター辺りから探してみるといいっすよ)

(おねショタものらしいっすよ)


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番外編65 良太郎の華麗なる混沌とした日常

アイマスキャラが会話以外で出演しない番外編を書くという勇気!


 

 

 

「あっ、周藤先輩、お久しぶりです」

 

「げっ」

 

「出会いがしらの一言目がそれは流石に酷くありゃしませんかねぇ!?」

 

「すまん無意識だ」

 

「そっちの方が酷ぇよ!」

 

 とある休日のこと、街中を歩いていたら後輩とばったり出会った。それが普通の後輩だったら普通に挨拶して最近どうだ的な話題に移行するのだが、生憎我が出身校に普通の後輩は限りなく少ないのでそれも難しい。しかも今目の前にいる後輩は、その中でも特に面倒くさい部類に属する男だった。いや、こいつの性格自体にはなにも問題はないのだが……。

 

「とにかく、久しぶりだな上条」

 

「っす」

 

 どうやら目的地の方向が同じらしい上条当麻と、自然に並んで歩く。

 

「風の噂で聞いたが、大学合格という奇蹟(エンデュミオン)が起きたらしいな?」

 

「自分でも奇跡だと思っちゃってるからなんも反論できない……」

 

 決して頭の回転が悪いわけじゃないのに常に赤点と補習の常連だった上条が大学に受かったという話を聞いたときは、思わずカレンダーを見てエイプリルフールだったかと確認してしまったほどである。

 

「成績的な意味も勿論あるんだが、お前の場合は『受験日を間違える』とか『受験票を失くす』とか『受験会場を間違える』とか『郵送した入学手続きが紛失する』とか、そういうことをやらかしそうだったから本当に驚いたよ」

 

「ちくしょう! それも自分で思っちゃったから反論出来ねぇ!」

 

 ついでに不幸体質と肝心なところでポカをやらかす体質を兼ね備えているもんだから、余計に信じられなかったのだ。

 

「とはいえ本当に受かったのであれば、それだけお前が頑張ったってことなんだろう。この後時間あるか? ちょっと遅くなったが合格祝いに飯でも奢ってやるよ」

 

「あざっす!」

 

 というわけで急遽後輩とご飯へ行くことになった。どうせこいつはいつも金欠だろうし、ちょっといい肉が食える店を探して……。

 

「っ! 先輩、ちょっとすみません!」

 

 などと考えていると、突然血相を変えた上条が走り出した。一体何事かと思ったら、上条が走っていく先に小学生ぐらいの子ども二人と、そんな二人に絡んでいるように見える二人の男の姿が……。

 

「……まぁ、見過ごすわけにゃいかんわな」

 

 相変わらずの行動の早さに内心で苦笑しつつ、俺も上条の背中を追った。

 

 ……ん? あれ? もしかしてあの子……。

 

「おいテメェら! なにやってんだ!」

 

「あぁん? なんだテメェ」

 

 上条が啖呵を切ると男たちの視線がこちらを向いた。どういう理由で子どもたちに絡んでいたのか知らないが、この反応を見る限りはどうやら『迷子を案内していた』とかそういう和やかなものではなさそうだ。

 

 ではどういう状況なのかという説明は、泣いている女の子を庇う様にして立っている男の子が、男たちを指差しながら教えてくれた。

 

「こいつらが蘭の自転車こわしたんだ!」

 

「うるせぇな、そんなところに停めてる方が悪ぃんだろ」

 

「だからってわざわざ蹴る必要ないだろ!」

 

 なるほど。すぐそこのコンビニを利用するために停めておいた自転車を、この男たちか蹴り壊したのか。

 

「おい、この子に謝れ!」

 

「はぁ? なんでだよ」

 

「俺らはこんなところに自転車停めた悪い奴を懲らしめたんだっての」

 

「そーそー、俺らのが正義なわけ」

 

「何が正義だ! それが正義なんて寝言を言うんなら……まずはその幻想をブチ殺す!」

 

 上条がキレて、一色触発の空気になってしまった。……本当ならば先輩として上条を諫める立場なんだろうけど……。

 

「……悪いが上条、俺は手ェ出せないからな」

 

「当然っす。俺は大丈夫ですから、先輩はその子たち連れて下がってください」

 

 二対一という不利な状況に加えて特別高い身体能力を有しているわけではないが、あの魔境校を生き延びた上条ならばきっと問題ないだろう。

 

「二人とも、こっち」

 

 男の子と女の子を呼び寄せて俺より後ろに下がらせつつ、とりあえず早苗ねーちゃん辺りに連絡を入れて……。

 

 

 

「……おいおい、何やってんだよ?」

 

「なにそいつら? やんの?」

 

「なんだテメェ?」

 

 

 

 ……なんか、コンビニから複数の男たちが出てきたんだけど。

 

「「……おいおい」」

 

 思わず上条とハモる。二対一という不利な状況が、五対一というさらに不利な状況へと悪化してしまった。

 

「上条く~ん、君さ~……」

 

「ほんっっっとすんませんっ……!」

 

 この不幸体質というかトラブル体質は本当になんとかならないのか……!?

 

 しかしどうしたもんか……いくら上条とはいえ五人相手は出来ないはずだ。一応俺も参戦すればなんとかなるかもしれないが、大事になればなるほどアイドル的に問題が大きくなるんだよなぁ……。

 

(……逃げるか)

 

 二人で子ども二人を抱えて逃亡しようと上条に提案しようとして……。

 

 

 

「くぉらあああぁぁぁ! お前らあああぁぁぁ!」

 

 

 

 ……そんな怒鳴り声と共に、自転車でカッ飛んでくる警官の姿が見えた。

 

「げっ、警察だ!?」

 

「お前ら行くぞ!」

 

 国家権力という存在が怒りの形相で迫ってくるという状況に、流石の男たちもバタバタと逃げていった。

 

 そして自転車の警官はそのままのAKIRAばりのドリフトを決めながら俺たちの目の前で停車する。

 

「ったく、あのクソガキども……(ツラ)覚えたからなぁ……!」

 

 まるで警官とは思えないような言動と袖捲りしてサンダルという風変わり過ぎる格好をしているが、それが信頼に値する知り合いだったためにホッと胸を撫で下ろした。

 

「ふぅ、ありがとうございます、両さん」

 

「ん? ……なんだ、誰かと思えば良太郎じゃねぇか!」

 

 俺を認識した途端、特徴的な繋がり眉毛を持ち上げながら両津(りょうつ)勘吉(かんきち)巡査長はニカッと気持ちのいい笑みを浮かべた。

 

「早苗ちゃんの結婚式以来だな! お前さんも忙しいだろうが、たまには派出所に顔出せ! 中川や麗子も喜ぶ!」

 

「はい、また何か差し入れ持ってきます」

 

「でもってお前は上条か。まぁたトラブルに巻き込まれてんのか、ったく」

 

「はい……すみません……」

 

 高校の頃からトラブル続きでいい意味でも悪い意味でも警察のお世話になることが多かった上条も、当然のように両さんから顔を覚えられていた。

 

「で? なにがあったんだ?」

 

「実は……」

 

 かくかくしかじか。

 

「そういうことか。……ったく、見付けたらただじゃおかんぞあのクソガキども」

 

「それでなんだけど、両さんならこの自転車直せない?」

 

 手先が器用で家電の修理も出来る両さんならば自転車ぐらい修理できるのではないかと思って提案してみる。

 

「んーどれどれ……チェーンが切れてハンドルが曲がっただけか。これならすぐに直してやる」

 

「ホントか、お巡りさん!」

 

「ほ、ほんとうに……?」

 

「おう、任せとけ!」

 

 両さんの頼もしい答えに、それまで恐怖やらなんやらで暗かった少年少女の表情が明るくなった。

 

「よかったな()()君」

 

「えっ!? なんで俺の名前……!?」

 

「やっぱり気付いてなかったか」

 

 膝を折り、工藤先生と有希子さんの一人息子である工藤新一君と目線を合わせつつ、伊達眼鏡をズラして名乗る。

 

「俺は周藤良太郎。お母さんやお父さんと一緒に食事したこと、覚えてない?」

 

 以前、二人に誘われて工藤家で食事をした際に顔を合わせているのだが、まぁ彼はまだ俺の変装にも慣れてないだろうから気付かなくてもおかしくなかった。

 

「……あっ! 確か母さんが弟弟子とか言ってた人!」

 

「……いやまぁ、それも間違ってないけど」

 

 確かに黒羽先生からちょっとした技術(ワザ)を教わった間柄だけど、有希子さんは変装術で俺は変声術だから分野が違うというか……。

 

「さて、君は初めましてだよね? 新一君とは知り合いの周藤良太郎だ」

 

「も、毛利(もうり)(らん)です……え、えっと、周藤良太郎ってもしかして……!?」

 

 やっぱり、彼女が有希子さんが話していた新一君の幼馴染の女の子か。俺が名乗ったことで目を見開いて驚いているが、人差し指を口元に当ててシーってする。

 

「ん? 毛利? なんだ、誰かと思ったらお前さん、毛利の娘か」

 

 壊された自転車の様子を見ていた両さんが、蘭ちゃんの名前を聞いてこちらを向いた。

 

「あれ、両さん知り合いでした?」

 

「こいつの親父さん、刑事(デカ)やっとってな。確か今は目暮(めぐれ)の下にいるはずだぞ」

 

 へぇ、確か目暮って、よく工藤先生に助言を求めに来る刑事さんだっけ。色んなところで色んな縁があるもんだ。

 

「ま、この場であったのも一つの縁だ。新一君も蘭ちゃんも、よければ両さんも一緒に食事でも」

 

「おっ! ワシもいいのか!? すまんなぁ! お言葉に甘えて……!」

 

 

 

「くぉらあああぁぁぁ! 両津うううぅぅぅ!」

 

 

 

「げぇ!? 部長!? いかん、追われとったの忘れとった!?」

 

 道の向こうから聞こえてきた怒声とパトカーのサイレンに、両さんは「すまん! 派出所に置いといてくれれば明日までには直しといてやる!」と言い残して、ヒラリと自分の自転車に跨ってあっという間に走り去ってしまった。

 

「「「「………………」」」」

 

 まるでバイクのように加速して走り去っていく両さんと彼を追いかけるようにして走り去るパトカーを無言で見送る。

 

「……あのお巡りさん、なんでパトカーに追われてるんだ……?」

 

「大丈夫大丈夫、あれあの人にとってはいつものことだから」

 

「お巡りさんなのにいつもパトカーに追われてるの!?」

 

「上条さんは、怒られた腹いせに部長さんのデスクに罠を仕掛けた辺りじゃないかと思ってますよ」

 

「デスクに罠!?」

 

 両さんという人物をよく知っている俺と上条には見慣れた光景だけど、まだこの二人には早かったようだ。

 

「まぁいいや、それじゃあ自転車を亀有の派出所へ持ってってから、ご飯食べに行こうか」

 

「え、えっと、いいんですか……?」

 

「子供が遠慮しない。お兄さんに任せなさい」

 

 さて、人数が増えたものの今度こそ食事へ……。

 

 

 

「あー! 見付けたー!」

 

 

 

 ……と思ったら、今度はなんだ? 振り返ると、そこには上条を指差しながら可愛らしい顔立ちに怒りを張り付けて立っている少女の姿が。

 

「……上条く~ん、君さ~……」

 

「二度目っ!」

 

 上条は心外だとばかりに首をブンブンと横に振るが、この様子を見る限りではとてもなにも無いとは言えないだろう。日曜日にも関わらず着ているこのお上品な制服は、間違いなく『私立常盤台学園』のものだ。こんなお嬢様校の生徒と何処で知り合ったんだこの後輩は。

 

「見付けたわよっ! 今度こそリベンジしてやるんだから!」

 

 少女はズンズンと力強い歩みで上条への距離を詰める。

 

「何したの、お前」

 

「……え~っとですね……前にゲーセンのロボゲーで周りを煽りながら調子に乗ってたから、ちょーっとばっかし鼻を折ってやろうとしまして……」

 

 年下相手に何やってんだよお前は。

 

「ロボゲーってあれか? 最近流行ってるストラトス?(※番外編62参照)」

 

「あ、いや、バーチャロン……」

 

 あれが現役で稼働してるゲーセンがあったのか……。

 

「なにゴチャゴチャ話してんのよ!? ほら、さっさと決着を……!」

 

「や~ん! 上条さ~ん! こんなところで会えるなんて奇遇です~!」

 

 なんかまた増えたんだけど!?

 

「げっ!? 食蜂(しょくほう)!? なんでアンタがここに!?」

 

「え~? それはこっちのセリフなんですけど~? なんで御坂(みさか)さんがここにいるのかしら~?」

 

 今度はかなり素晴らしい大乳の金髪少女が、満面の笑みで上条の腕に抱き着いていた。こっちの少女と同じ制服を着ているところからも知り合いだというのが分かるが……。

 

「あぁもうごちゃごちゃ面倒くせぇ! 全員まとめて飯食わせてやるからさっさと移動するぞ!」

 

 予想以上に大所帯になってしまったが、自己紹介前の少女二人も加えて全員を食事に連れていくことにした。

 

 こうなったら自棄だ! 次はなんだ!? 何でも来いってんだ!

 

 

 

 

 

 

「……そ、それで? どうなったの?」

 

「それが全員で入ったお高いフレンチの店で殺人未遂事件が起きてな」

 

「殺人未遂事件っ!?」

 

「これまた不幸にも上条が容疑者になっちまって、流石にマズいから工藤先生に連絡してきてもらおうと思ったんだけど、たまたまそこに同級生の衛宮たちが留学したロンドンの大学の教授がいてな? その人が解決してくれたと思ったら犯人が往生際悪く逃げ出そうとして、それを上条が顔面を一発ぶん殴って一件落着」

 

 とまぁそんなわけで。

 

「今日は何事もない平和な一日だったよ」

 

「りょーくんは一体何を言ってるのっ!?」

 

 

 




・上条当麻
Lesson26から度々名前が出ていた『とある魔術の禁書目録』の主人公がついに登場。
この世界では奇跡的に大学受験に合格しております。

・エンデュミオン
映画のねーちん生身で宇宙行ったってマ?

・工藤新一
・毛利蘭
『名探偵コナン』のメインキャラ二人。この頃は小学二年生ぐらい。

・AKIRA
無事とは言えないけどオリンピック中止にならなくて良かったね。

・両津勘吉
皆ご存じ元祖りょーさんがついに登場!
事務所経営に辺り幸太郎が意見を求めたとか求めてないとか。

・弟弟子
一番弟子がシャロンで、その次に有希子と良太郎が続く。
つまりこの世界だと(一応)良太郎は快斗の兄弟子になる。

・毛利
・目暮
毛利小五郎と目暮十三。刑事時代で、年齢的には両さん(35)の年下で後輩。
本来ならば時期には既に小五郎は刑事を止めて私立探偵になっているが、この世界では現役刑事。多分今後も刑事。

・バーチャロン
その昔、『とある魔術の禁書目録』×『電脳戦機バーチャロン』という中々訳の分からないコラボがあってじゃな……。

・御坂
・食蜂
上条ヒロインズ。この世界だと既にJK。御坂はともかく食蜂は色々と凄いことになっているはず。作者、食蜂推しなんすよ(隙自語)

・ロンドンの大学の教授
嫌々ながらも日本でしか買えない戦略ゲームを買いに来たらたまたま事件に巻き込まれたとか、一体なにメロイ二世なんだ……!?



 アイマス作品が関わらないとカオスになる良太郎君の日常でしたとさ。恋仲○○シリーズとはまた別ベクトルで書いてて楽しかった。またこんなノリで良太郎の高校の思い出話とか書きたいなぁ。

 次回は本編に戻ります。そろそろ始まる夏フェス。ついに静香たち新ユニットのステージ、そして『346プロの新人アイドル』がついに登場……!?


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Lesson279 開演! 夏の祭典!

夏フェス編開始!


 

 

 

「え~ではでは皆様、アイスをお持ちください」

 

 コホンと一つ咳払いをしてから未来は自分のアイスバーを掲げた。それに倣って私も自分のカップアイスを持ち上げ、翼もソフトクリームを……既に食べてるわね。

 

 

 

「346プロダクション主催の夏季ライブイベント『トロピカルサマーフェスティバル』オーディション合格おめでと~!」

 

 

 

 ――かんぱーいっ!

 

 

 

「それにしても、未来の部屋って思ったよりも片付いているのね」

 

「乾杯後の一言目がそれなの!?」

 

 未来は「心外だ!」と言わんばかりにプンスカしているが、普段の彼女の様子から考えると服の一つや二つ脱ぎ散らかしていても不思議ではなかった。

 

「それにしてもさー、もう夏休みが終わるっていうのに、結局殆ど遊べなかったよねー」

 

 あっという間に自分のソフトクリームを食べ終えて物欲しそうな目をこちらに向けてくる翼の言葉に、私は自分のアイスを体で隠しながら「仕方ないじゃない」と相槌を打った。

 

「私と翼はオーディションで、未来はCDデビューで忙しかったんだから」

 

「明日から学校行きたくなーい!」

 

「気持ちは分からないでもないけど、我がまま言わないの」

 

「いいじゃん翼と静香ちゃんは! 合宿なんて楽しそうなことしたんだから!」

 

 再びプンスカと頬を膨らませる未来。

 

「いや、私たちはオーディションに合格するために合宿をしたのであって、別に楽しんできたわけじゃ……」

 

「楽しんできたわけじゃ?」

 

「……えっと……」

 

「楽しんできたわけじゃ?」

 

「……うん……まぁ……楽しくもあったけど」

 

「もー! もー! もー!」

 

 バフバフと自分のクッションを殴りつける未来。

 

「写真送られてくる度に羨ましかったんだからね!? みんなで駄菓子屋に行った写真とか! 海で遊んでる写真とか! 肝試しの写真とか!」

 

「枕投げとかもしたよねー!」

 

「うわぁぁぁんっ!?」

 

 翼の一言によってとどめを刺された未来は、クッションに顔を埋めてオイオイと泣き始めてしまった。羨ましがる気持ちは分からないでもないけど、なにもそこまで泣かなくても……。

 

「決めた! 今日は二人ともウチにお泊りです!」

 

「はぁ!?」

 

「わっ! いいねーそれ!」

 

 ガバッと顔を上げてそんな突拍子もないことを宣言し始めた未来に、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。突然の提案にも関わらず翼はノリノリだが、明日から学校が始まるという話をしたばかりである。

 

「明日早く起きて朝チュンすればいいんだよ!」

 

「貴女は何を言ってるの!?」

 

 

 

 事情聴取して(くわしくきいて)みたところ、どうやらネットで聞きかじった知識として『朝に帰る』という意味で使ったらしい。本当の意味を聞かれたが、自分の口から答えるのが憚られたので適当に「リョーさんに聞いてみるといい」と答えておいた。

 

「ちぇー! 折角三人で()()の上映会でもしようかなーって思ったのに」

 

「ドレ?」

 

「コレ!」

 

 そう言って自分のノートパソコンを操作して私たちに見せてきた画面は、先日行われた『シャイニーフェスタ』のアーカイブ配信の視聴ページだった。

 

「えへへ~! お給料があるから思い切ってノートパソコンを買ってプレミアム会員にもなっちゃいました~! 三日間全ての配信チケット買ったら結構したけど、それでもすっごい良かったよ!」

 

「へぇ、確かにこれを全部見ようとするなら泊りがけでもないと無理ね」

 

 シャイニーフェスタは南の島で三日間行われるアイドルによる音楽の祭典だ。南の島という特殊な環境でのライブのため、現地で参加するのはごく一部の限られたファンだけになってしまう。そのため、このように公式でビューイング配信およびアーカイブ配信を行ってくれていた。

 

「それじゃあ今から見れるだけ見ようよー! 私もコレ見たかったの!」

 

 翼が「見たい見たい」と目を輝かせる。泊りがけは無理だが、今から数ステージぐらいならば観ることが出来るだろう。

 

「どのステージ見る? 個人的にはやっぱり周藤――」

 

「絶・対・に・ヤ・ダ!」

 

「――ダヨネー」

 

 未来の提案を言い切る前に却下した翼。未来もそれを予想していたらしく乾いた笑いを浮かべていた。

 

「いやでも本当に凄かったんだよ! 周藤良太郎さんとジュピターのステージ! ちょっとでもいいから見ようよー! 食わず嫌いせずにさー!」

 

「ヤダー! 何が何でも見ないー! ほくほくめっちゃカッコよかったっていう話も聞いたけど、周藤良太郎が一秒でも映ってるなら絶対に見ないー!」

 

 全力で拒否する翼に「冒頭だけ! 先っちょだけ!」と強引に見せようとする未来。二人に「騒がないの」と注意しつつ、しかし未来がそれだけ周藤良太郎のステージを推す気持ちもなんとなく理解出来た。

 

 周藤良太郎と『Jupiter』の四人によるバンドは三日間全ての公演に出演したのだが、その全てがネットニュースになるほど強く話題となった。楽器を演奏する姿だけでも珍しいというのに、それぞれの持ち歌のバンドアレンジの初披露のオンパレード。中でも『Re:birthday -Shiny Remix-』は、それに関連する単語がいくつもトレンド入りするほどの反響を見せたのだ。

 

「本当に凄かったんだよ! 『Re:birthday(リバース)』も勿論凄かったんだけど、個人的には『Alice or Guilty(アリギル)』で良太郎さんと冬馬さんが二人揃って『Alice……』って言ったところが本当に凄くて! どれぐらい凄かったかっていうとそれにやられた現地の人たちの悲鳴で一時的に歌が全く聞こえなくなっちゃったぐらい!」

 

「とーま君のそれは聞きたいけど周藤良太郎のそれは聞きたくないー!」

 

「頑なね」

 

 アイドルの多くが『いつか周藤良太郎と共演すること』を夢見るというのに、このままアイドルを続けていった先で本当に共演することになったらどうするのだろうか。……いや、そうなるまでに一体どれだけの時間がかかるのか全く想像もつかないけど。

 

「もー。……あっ、そうだ! そういえばリョーさん、なんとこれ現地に行ってたんだって!」

 

「えっ!? あの人現地チケット当たったの!?」

 

「す、凄いわね……」

 

 南の島ということで宿泊費や交通費などの所謂遠征費がとても大きいイベントにも関わらずトンデモナイ倍率になったと噂されるのだが、それを当てるとは……。

 

「それがビックリ! お仕事なんだって! スタッフ側での参加だって!」

 

「えぇ!?」

 

「芸能関係の仕事とは言ってたけど、本当だったの!?」

 

「ホラこれ!」

 

 そう言って未来が見せてくれたスマホの画面を翼と共に覗き込むと、そこには観客が入っていない会場で自撮りをするリョーさんの写真が映っていた。

 

「た、確かにコレは関係者じゃないと撮れない写真ね……ん?」

 

 未来と翼は「凄い凄い!」と大はしゃぎだが、よくよく考えればこの写真は何かがおかしい気がする。

 

 確かに関係者しか撮れない写真ではあるが、ただの設営スタッフや運営スタッフが自分のスマホを持ち込んでこんな写真を撮っていたらかなりの問題行動だ。しかし、彼の背後に映っているスタッフはそれを咎めるような様子はなく、寧ろ一緒になってピースをしている人まで映っている。

 

「……リョーさんって、役職的にはどの辺りの人なのかしら」

 

「前に聞いたら『ちょっと言えないとこ』って言ってた」

 

 ただでさえ怪しかったリョーさんがさらに怪しくなった。

 

「『周藤良太郎さんやジュピターさんのオフショットって撮ってたりしませんか?』って聞いてみよーっと!」

 

「やめなさい!」

 

 なんかもう色々な意味で怖くなってきたから!

 

「リョーさんも言ってたけど、シャイニーフェスタって会場に屋台とか色々出てたんだって。いいなー縁日みたいでー」

 

「それだったらトロフェス(トロピカルサマーフェスティバルの略)でも出るわよ。食べ歩きしながら野外ステージを自由に行き来きるんだから、これも縁日みたいなものじゃない」

 

「面白そうだよねー!」

 

 ニコニコと「わたし絶対チョコバナナ食べるー!」と宣言する翼。確かに新人である私たちは出番が終わったら基本的にフリーになるけれど、最初から屋台を満喫するつもりでいないでちょうだい……。

 

「勿論未来もトロフェスには来るのよね?」

 

「わたしと静香ちゃんのステージが終わったら待ち合わせして遊ぼーよ!」

 

「……それなんだけど」

 

 きっと未来ならば悩むことなく「行くっ! 遊ぶっ!」と諸手を挙げると思っていたのだが、その返事は全く予想していないものだった。

 

「えっと、実は……その日、別の仕事が入ったんだ」

 

「……え」

 

「え~!? 折角のフェスなのに~!?」

 

 翼も不満そうにブーブーと唇を尖らせていた。

 

「その……外せない仕事なの? 未来にも、私たちのステージを見て欲しいから……」

 

「……ライブなんだ! エミリーちゃんや昴たちと遊園地で!」

 

 私の問いかけに対して、未来は誇らしげな表情でそう言った。

 

「静香ちゃんや翼が出演するフェスみたいな大きなステージじゃないけど……私も、アイドル頑張りたいから」

 

「未来……」

 

「この前の握手会でファンの人たちと直接会って思ったんだ……『今は一人でも多くのファンの前で、一度でも多く歌いたい』って」

 

 自分で自分の言葉に照れくさくなったのか、未来は「でへへ」と笑いながら抱えていた熊のぬいぐるみの手足を動かして弄ぶ。

 

「まだアイドルの目標とかそーいうのはよく分かんないし、静香ちゃんたちのステージだって本当は見に行きたいんだけど……今はとにかく歌いたいんだ」

 

「……そうなのね」

 

 私も本当のことを言えば、未来に来て欲しい。私たちが……私が頑張った集大成として、掴み取ったこのステージを見に来て欲しい。

 

 でも、それが未来の選択なら……未来が進むべきアイドルとしての『未来』だと言うのならば、私もそれを応援しよう。

 

「未来は未来のステージで、翼と私はフェスのステージで、それぞれ出し切りましょう」

 

 私が右手を前に出すと、ほぼ同じタイミングで未来と翼も右手を前に出した。三人とも考えていることは一緒だったらしく、顔を見合わせてクスリと笑ってしまった。

 

 夏休みは今日で終わる。

 

 

 

 けれど、私たちの夏の本番は、これからだ。

 

 

 

 

 

 

「あっ、リョーさんから返信来た……え゛」

 

 え、なにその声は。

 

「……え、えっとね……」

 

「う、うん」

 

「……楽屋らしきところで、湯呑片手にピースサインしてる周藤良太郎さんの写真が……」

 

「「「………………」」」

 

 周藤良太郎に興味が無いはずの翼も交えて大騒ぎになってしまった。

 

 リョーさんへの疑惑が、さらに深まった……。

 

 

 




・『トロピカルサマーフェスティバル』
作者のネーミングセンスが問われるシリーズリターンズ。

・『シャイニーフェスタ』
相変わらずの主人公のライブは全カットの方向性。
外伝で散々やったからええやろ?()

・『ちょっと言えないとこ』
サマウォより。理一さん、マジでどこ所属なんだろ。

・リョーさんがさらに怪しくなった。
この人、愉快犯だからすぐにこういうことする。



 というわけで始まりました夏フェス編ですが、未来ちゃんは自分のライブへ出演するため不参加です。恐らく同時進行になりますが、果たして良太郎はどちらへ出没するのか……。


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Lesson280 開演! 夏の祭典! 2

半分以上無駄話(平常運航)


 

 

 

「なぁ冬馬」

 

「なんだ」

 

「明日の仕事、お昼には終わらせられないかな?」

 

「三時間番組の収録をどうやって三時間で終わらせるつもりだよ」

 

 明日の予定をスマホで確認しつつ、時間短縮案を冬馬に相談したが返ってきた言葉は『現実を見ろ』という無慈悲なものだった。

 

 ダメかーと諦めつつ事務所のラウンジのソファーにボスリと深く腰を掛ける。

 

「分かった、明日のトロフェスに参加するつもりだったんでしょ」

 

 翔太の言う通り、明日はトロフェス当日だった。ウチの事務所からはケットシーの二人と美優さんが参加することになっているのだが、俺は番組収録の仕事が入っているため参加することが出来なかった。

 

「まだ諦めてなかったのかよお前……」

 

「ヤダヤダー! 俺も夏のアイドルフェスに参加するんだー! アイドルが水鉄砲で撃ってくれる水を浴びながら今年の夏の最後を締めくくるんだー!」

 

「自分で自分を撃ったらいいじゃねぇか」

 

「絵面がロシアンルーレット!」

 

 先日、未来ちゃんから『静香ちゃんと翼がトロフェスのオーディションに合格しました!』というメッセージが送られてきた。相変わらずの情報管理の甘さを注意しつつ素直に祝福したのだが、それと同時に『私は別の仕事が入ってるので、私の分も応援よろしくお願いします!』というリョーさん(おれ)がトロフェスに参加するという前提のメッセージも送られてきたのだ。

 

 しかし先ほども述べたように、残念ながら今回のトロフェスはアイドルとしてもファンとしても不参加。美城さんから直々にオファーも貰っていたのだが、先に別の仕事が入っていたため断らざるを得なかった。

 

「こんなことやってるから『主人公が主人公してない』とか『主人公いらなくね?』とか言われるんだよ」

 

「昔は逆に『トップアイドルの癖にオフ多すぎだろ』って言われてたからバランスが難しい……いや、そもそも何の話だ」

 

 ついでに冬馬たちジュピターも別件の仕事のため、今回123プロからはアイドル側の参加となる三人だけだった。

 

「仕方ない……俺の代わりの応援は志保ちゃんたちにお願いすることにしよう」

 

「寧ろ良太郎君が志保ちゃんたちを応援してあげるべきでは……?」

 

 北斗さんが苦笑するが、今更応援しなくてもあの三人なら心配いらないだろうと思う。

 

「まぁ志保ちゃんに『志希のことくれぐれもよろしく』とはメッセージ送っておこうかな」

 

「そういえば志希ちゃん、美優さんも一緒に今日は志保ちゃんの家なんだって?」

 

「はい。朝早くに留美さんが迎えに行く予定なので、一ヶ所にまとまってる方が都合がいいからって」

 

 最近の志希は八割方周藤家の居候状態になっていて、朝早い仕事の場合は兄貴か俺が車に乗せて直接仕事場に放り投げてくるのだが、今回は俺も兄貴もそれが出来ないためにこういう形になった。というか、なってしまった。

 

「はぁ……心配だ……」

 

「リョータロー君が心配するのはそっちなんだね」

 

「まぁ気持ちは分からんでもない」

 

「志希ちゃんは奔放だからね。でも美優さんも一緒なんだから、流石にそこまで迷惑をかけるなんてこと……」

 

(おとうと)君の性癖を歪めるようなことが起きないといいんだが……」

 

「なんつー心配してんだお前!?」

 

 いやだって、風呂上がりにタオル一枚でうろつくんだぞ志希(アイツ)。服を着ろって注意されてもシャツとパンツだけで「着た」って言うんだぞ志希(アイツ)

 

 一方、美優さんは存在そのものが危険要素の塊だ。彼女の場合はジャージ姿でも青少年の性癖を歪めかねない。三船美優とはそういう概念だと言っても過言ではないだろう。

 

「考えてみろ、姉の友だちの『だらしないズボラなお姉ちゃん』と『おっとり優しいお姉さん』がウチに泊まりに来ているんだ。目覚める要素はいくらでもある」

 

「………………」

 

「そこで黙っちゃうからとーま君、色々とダメなんだと思うよ」

 

 冬馬も思わず無言の肯定をしてしまうほどの事態である。陸君が変な性癖に目覚めたらと思うと心配で心配で……。

 

「志保ちゃんが聞いたら『余計なお世話です』って言って怒るだろーね」

 

 閑話休題(まーそれはそれとして)

 

「志希がいないおかげで今日の我が家は平和だ。ついでにりんもいなけりゃ早苗ねーちゃんもいない」

 

 そのため先ほどからリトルマミーが「寂しいから早く帰ってきてー!」と泣き顔のスタンプをポコポコと連打していた。流石に煩いからミュートにしているが、やること終えたら早々に帰宅することにしよう。

 

「しれっと朝比奈のいる状態がデフォルトになってるとか、親父さん泣いてるぞとか、何処からツッコミゃいいんだ……」

 

「あれ? 早苗さんもいないの?」

 

「え? ()()()()()だろ」

 

 ……ん?

 

 

 

「あれ? 早苗ねーちゃん、今()()()で実家に帰ってるって聞いてない?」

 

「「「初耳だよっ!?」」」

 

 

 

「兄貴が言ったもんだとばかり思ってた」

 

「オメェら兄弟はよぉ……!?」

 

 頭が痛そうに眉間を人差し指で押さえる冬馬。

 

 どうやら開示していなかった情報なので今さら明かすが、なんと結婚三年目で早苗ねーちゃんが身籠ったのである。

 

「えー!? もー! そーいうことは早く言ってよー! おめでとー!」

 

「おめでとう良太郎君。ついに叔父さんだね」

 

「……まぁ、おめでとうよ」

 

「ありがとう。よければ二人にも言ってあげてほしい」

 

 これから一番大変なのは、兄貴と早苗ねーちゃんだから。

 

「予定日とか決まってるのかい?」

 

「大体十月って話」

 

 つまり早苗ねーちゃんが最後に登場したLesson250の頃には目立っていなかっただけで、既にお腹は大きくなり始めていたのである。……だから後付けじゃねーぞ!? ちゃんと予定されてる展開だからな!?

 

「そうかー、社長もお父さんになるんだねー」

 

「俺は社長と歳が近いから、少し不思議な気分だよ」

 

「北斗さんのご予定は?」

 

「確実に良太郎君よりは遅いよ」

 

 微笑みながら肩を竦める北斗さん。果たして相手がいるのかいないのか……。

 

「そんなわけだ。今後早苗ねーちゃんの方で何かあった場合、兄貴が急遽早苗ねーちゃんの実家まで飛んでくことになるから、そのときは三人にも色々とフォローを頼みたい」

 

「もっちろん!」

 

「任せてくれ」

 

「……いいけど、普通それもっと早い段階で社長の方から言われることじゃねぇの?」

 

 俺も兄貴も、重要なところで何かしらのヘマをやらかすのは多分母親譲りの血だと思う。

 

 さて、それじゃあそろそろやることやって、本格的に帰宅準備を……。

 

「ん?」

 

 恵美ちゃんからメッセージだ。なになに……。

 

 

 

 ――志希と美優さんが羨ましかったので!

 

 ――まゆと一緒に、アタシたちも志保の家にお泊りでーす!

 

 

 

「りっくぅぅぅん!?」

 

 普通に羨ましかった。

 

 

 

 

 

 

 ついに、この日がやって来てしまった。

 

 

 

 ――『トロピカルサマーフェスティバル』入場列最後尾はこちらになりまーす!

 

 ――入場券を一人一枚ずつお持ちになってゆっくりとお進みくださーい!

 

 

 

 入場口からスタッフさんたちのそんな声が聞こえてくる。それに重なるようにガヤガヤと観客たちの声も聞こえてくる。

 

「……すー……はー……」

 

 765プロに宛がわれた控室のテント。胸に手を置き、ゆっくりと深呼吸。必要以上に高鳴ってしまっている心臓の音を少しでも抑えようと、何度も何度も深呼吸をする。

 

「……すー……はー……」

 

 ついに今日が本番。私たちの新ユニットの公式の場でのお披露目。星梨花さんや麗花さんからセンターの座を明け渡されてしまった私の、初めてのステージ。失敗は出来ない。だから緊張を取り除こうと、何度も深呼吸をする。

 

「……すー……はー……」

 

「………………」

 

「すーはーすーはーすーはーすーはーすーはーすーはー」

 

「待って待ってやりすぎやりすぎ!」

 

 ガシッと背後から百合子さんに肩を掴まれた。

 

「放してください百合子さん! 私は一回でも多く深呼吸をしないといけないんです!」

 

「手段と目的が入れ替わってるよ!? 落ち着いて!」

 

「だから落ち着くために深呼吸をしてるじゃないですか!?」

 

「静香ちゃあああぁぁぁん!?」

 

 

 

「こんなときに余計なご迷惑をおかけしたことを心よりお詫び申し上げます……」

 

「うん、私は大丈夫だから……」

 

 深々と頭を下げて百合子さんに謝罪する。こんな大事なときに先輩に迷惑をかけて私は何をやっているんだか……。

 

 しかし不幸中の幸いと言っていいのか、先ほどよりは肩の力が抜けたような気がする。

 

「……お客さん、きっといっぱいですよね」

 

「……うん、そうだね」

 

 百合子さんは言葉を選ばずに肯定してくれた。どう取り繕ったところでそれは揺るぎない事実だから。

 

「でもやることは同じだよ、静香ちゃん。私たちはステージに立つだけ。それは今まで劇場に立ってたときと何も変わらないよ」

 

「……はい」

 

 本当にそうなのだろうか。

 

 いや、先輩の言うことを否定するつもりじゃない。でも……。

 

(……今頃未来も、ステージを頑張ってるのよね)

 

 彼女もまた自分の『未来』へと向かって頑張っている。それなのに、私は()()()()()のステージで本当にいいのだろか。

 

「……静香ちゃん、また肩に力が入っちゃってますよ」

 

「うひゃっ!?」

 

 背後から優しく肩を揉まれて、思わず変な声が出てしまった。

 

「せ、星梨花さん……!?」

 

 振り返ると、そこには私と同じように既にステージ衣装に着替え済みの星梨花さんが、いつもと変わらない笑みを浮かべていた。

 

「どうでしょう? 少しテントを出て歩いてきてはいかがですか?」

 

「え?」

 

「テントを出れば、他の事務所のアイドルの方もいらっしゃいます。彼女たちはライバルである以前に『共演者』です。少しお話してみると、気分が変わるかもしれませんよ?」

 

 それはそれで緊張感が増しそうというか……。

 

「翼ちゃーん! 静香ちゃんが一緒にお散歩に行きたいそうでーす!」

 

「星梨花さん!?」

 

「えっ!? ホントー!? やったー静香ちゃんの方から誘ってくれるなんて嬉しー!」

 

 わざわざ翼を召喚する辺り、星梨花さんの『絶対にテントから外に出す』という強い意志を感じる……!?

 

「私もちょっと外に出たいと思ってたんだー! ホラホラいこー!」

 

「ちょ、ちょっと翼!?」

 

 

 

「……ちょっと強引じゃなかった?」

 

「良太郎さんならこんな感じかなーって思ったんだけど……」

 

「否定できない……」

 

 

 

「自分で歩くから押さないでって……!?」

 

 翼に背中を押されるようにしてテントから外に出る。その瞬間、眩しい太陽に光が目に飛び込んできて、一瞬視界が真っ白になり――。

 

 

 

 ばいんっ

 

 

 

 ――何かにぶつかって、逆に跳ね飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

「えっ!? なになになにっ!? 何が起きたの!?」

 

「ひ、人が飛んだんご!?」

 

「#交通事故

 #天然のエアバッグ

 #チッ」

 

 

 

 

 

 

おまけ『翔太「はいチーズ」』

 

 

 

「そういえばこの前送った写真、あんなので良かったの?」

 

「両手映ってれば自撮りには見えないだろうし」

 

「?」

 

 

 




・良太郎不参加
なんで主人公がこんなに動かしづらいアイドルなんだろ……(作品全否定)

・陸君
実は初登場自体はLesson65だからかなりの古参キャラっていう。

・陸君の性癖を歪めるようなことが
志希・美優・恵美・まゆがお泊りに来た北沢家。ヤバい(迫真)

・まーそれはそれとして。
まー↑それ↑は↓それ↑と↑して↓ \ワカルマーン/

・早苗ねーちゃん産休中
実は第六章開始時には妊娠四ヶ月でした。

・なぞのさんにんぐみ
一体何を募集中なんだ……?

・おまけ『翔太「はいチーズ」』
(でもあんなにダサいポーズを選ぶ必要は……?)



 無駄話ばかりでしたが、一番のトピックとしては早苗さんの懐妊です。第一子誕生! メインストーリーではないサイドストーリー的なお話になりますので次に登場するときは既に母親になってます。

 そしてついに始まった夏フェスで、静香はとあるアイドルたちに遭遇します。なんか最近どこかの高校の制服着て「簡単なんだよこんなのw」とか煽ってそうだなぁ?

 というわけで次回に続く。


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Lesson281 開演! 夏の祭典! 3

ニュージェネレーションズよりもニュージェネレーションな三人組。


 

 

 

「大変申し訳ありませんでしたぁぁぁ!」

 

 

 

 それはまるでお手本のような土下座だった。いやお手本にしてまで土下座をする機会は来てほしくないけど。

 

「ウチの駄乳がご迷惑をおかけしました」

 

「駄乳!? 今あきらちゃん、駄乳って言った!?」

 

「言いました。ただでさえ目障りなのに人様に危害を加える駄乳は駄乳以外の何物でもないデス」

 

「うわぁぁぁん!? これがぼくの唯一の取り柄なのにぃぃぃ!」

 

 先ほどは何が起こったのかよく理解出来ていなかったが、どうやら私は765プロのテントから出た途端にこの土下座しているピンク髪の女性の胸にぶつかって弾き飛ばされたらしい。

 

「凄かったんだよー! 静香ちゃん、まるで漫画みたいにバイーンッて跳ね返って来たんだもん!」

 

 そう興奮気味に語る翼。翼も結構大きいが、このピンク髪の人はそれ以上だった。

 

「え、えっと、私は大丈夫ですから」

 

「本当にご迷惑おかけしました……」

 

 茶髪ロングの少女がペコペコと頭を下げ、その頭頂部のリンゴのようなアホ毛が揺れる。

 

 えっと、ここにいるということはこの三人もアイドルということで間違いないだろう。

 

「私、765プロの最上静香です。今日はよろしくお願いします」

 

「同じく、伊吹翼でーす!」

 

 翼と共に挨拶をすると、ピンク髪の人を責めていた黒髪ツインテールの少女とリンゴアホ毛の少女もハッとした様子で挨拶を返してくれた。

 

「えっと、346プロの砂塚あきらデス」

 

「お、同じく辻野あかりです!」

 

「そしてコレが同じく夢見りあむデス」

 

「コレって言うなよぉ……」

 

 先ほどからずっと地面に突っ伏したままのピンク髪の人が滂沱の涙を流す。あの、本当に気にしてないのでそろそろ立ち上がっていただけるとありがたいのですが……。

 

「全く、本当に気を付けてくださいよ、りあむサン。只でさえ新参者の自分たちがフェスに参加出来たこと自体が奇跡みたいなものなんデスから」

 

「だからキョロキョロ周りを見ながら歩くのは危ないって言ったじゃないですか」

 

「うぅ……年下の女の子二人から正論で叱られてるよぉ……やむ……」

 

「えっ」

 

 砂塚さんが口にした『新参者』というワードが気になった。

 

「あの、実は私たちも今回が始めての大きなステージなんです」

 

「そうだったんデスか?」

 

「それじゃあ私たち、新人仲間ですね!」

 

 辻野さんが「わーい!」と明るく笑う。……頭頂部のリンゴのようなアホ毛がピコピコと動いたような気がしたが、きっと気のせいだろう。

 

「お二人は同じユニットなんデスか?」

 

「いえ、私たちは別々のユニットです。三人はもしかして……」

 

「はい! ユニット名募集中です!」

 

「……え?」

 

 辻野さんの言葉の意味が分からずに呆けてしまったが、きっとこれは彼女なりの冗談なのだろう。こんなステージ本番を数時間後に控えている状況でユニット名が決まっていないユニットなんているわけがなかった。

 

「それで、ユニット名は……」

 

「……あー、最上サン、実は()()がユニット名なんです……」

 

「……え?」

 

 今度は砂塚さんの言葉の意味が分からず呆けてしまったが、スッと夢見さんから差し出された今回のフェスのパンフレットを受け取る。そういえば自分のことで精一杯で、他の参加者リストを含めてその辺りを全然確認していなかったっけ。

 

 そして346プロからの出演アイドルのリストを眺めると……。

 

「えっ!? 本当に『#ユニット名募集中』っていうユニット名なんですか!?」

 

「はい……」

 

 何故そのような『とりあえず付けておいた名前をそのまま採用してしまった』みたいなユニット名になってしまったのだろうか……流石にそれは……。

 

 

 

 

 

 

「「ハーックション!」」

 

「ん? なんだなんだ、みくとりーな、二人して仲良くクシャミなんてして」

 

「夏風邪には気を付けてくださいね?」

 

 

 

 

 

 

「どうしようかと色々話し合ったんデスけど、結局決まらなかったんデス」

 

「それでりあむさんが『いっそのことファンの人に決めてもらおうよ』って提案したんですけど……」

 

「そしたらPサマ……プロデューサーがユニット名欄に書いておいた『#ユニット名募集中』の文字をそのままユニット名だと勘違いしちゃったらしくて……」

 

 ず、随分とユーモアに溢れたプロデューサーなのね……。

 

 

 

 

 

 

「……クシュ」

 

「あら? プロデューサーさん、風邪かしら?」

 

「お嬢様、お離れください。オマエはさっさとマスクをして風邪薬を飲んで来い」

 

 

 

 

 

 

「で、でもこれはこれで気に入ってるんだよ! ね!?」

 

「まぁ……なんだかんだ言ってインパクトは抜群デスからね」

 

「一度聴いたら忘れないって評判なんです!」

 

 私も忘れることはないと思うは……三人の印象も合わせて。

 

「お二人のユニットはなんていう名前なんですか?」

 

「私のユニットは『Over the limit』っていうんだ~」

 

「か、カッコいいんご!」

 

(……んご?)

 

 今回の翼のユニット名に目を輝かせる辻野さんの不思議な語尾に内心で首を傾げる。何かを言い間違えたのかな……?

 

「最上さんはなんてユニットなんですか?」

 

「私のユニットは――」

 

 

 

「ま、間に合いましたっ……!」

 

「にゃはは~! ギリギリだったね~!」

 

「貴女はもうちょっと反省する姿勢を見せてください……!」

 

 

 

「――っ!?」

 

 突然聞こえたその声に、私は思わず言葉と動きを止めてしまった。いや、止めたのは私だけじゃない。翼や砂塚さんや辻野さんや夢見さんも、その場にいた全員が思わず動きを止めた。

 

 その声は『アイドル』ならば知らない人はいない、そんな声。

 

「……あ、あああ、あきらちゃんあかりちゃん、ちょっとぼくの頬抓って貰っていい?」

 

「……お望みとあれば」

 

「全力で……」

 

「あだだだだだっ!? ちょっとって言ったよね!? ちょっと抓ってって言ったよね!? 全力でなんて一言も言ってないよね!?」

 

 夢見さんたち三人が何やら愉快そうなことをしていたが、そんなことを気にしてる余裕はなかった。

 

 三船美優。一ノ瀬志希。……そして北沢志保。

 

 かのトップアイドル『周藤良太郎』の超一流アイドルプロダクション『123プロダクション』に所属するトップアイドルが、そこにいた。

 

 どうやらたった今到着したばかりらしく、入りの時間としては遅い。何やら息を切らしているところを見ると急いできたらしいが、何かしらのトラブルに巻き込まれたのだろか……?

 

 

 

「はぁ……良太郎さんが『志希には気を付けろ』って口を酸っぱくして言っていた理由が今更ながら実感しました」

 

「えー? 私のせいー? 急いで支度しようとしたのを止めたのは志保ちゃんじゃーん」

 

「そりゃ止めますよ!? 素っ裸で脱衣所から出ようとしたんだから止めるに決まってるじゃないですか!?」

 

「別に見られて困るようなものは何もないのにー」

 

「誰も貴女のことなんて配慮してません! りっくんの教育に悪いって言ってるんです!」

 

「し、志保ちゃん、声が大きいから少し落ち着いて……!」

 

「でも昨日の晩、恵美ちゃんが弟君に『一緒にお風呂入る?』とか言ってたよ」

 

「……あんにゃろう……!」

 

「志保ちゃん!?」

 

 

 

 ……聞こえてくる内容的には、それほど大事ではなさそうだった。というかかなり俗っぽい……?

 

 

 

「って、そんなことをしている場合じゃありませんでした。ホラ志希さん、急いで準備しますよ! 今日は一秒たりとも失踪なんてさせませんからね!」

 

「くくくっ……その程度で志希ちゃんを制御しようなんて笑止千万……! 必ずや抜き出てみせようじゃないか……!」

 

「一ノ瀬ぇっ!」

 

「だから志保ちゃん!?」

 

 

 

 そんなよく分からない会話をしながら移動を始めた123プロの三人だったが、北沢さんの鞄からハンカチが滑り落ちた。北沢さんはそれに気付いていない。

 

 そして気が付いたときには、私は声をかけていた。

 

 

 

「き、北沢さん!」

 

 

 

 

 

 

「……なぁ、未来」

 

「……なに? 昴」

 

「……本当にここが、オレたちの歌うステージなんだよな?」

 

「……うん」

 

 昴が何を言いたいのか、手に取るように分かった。

 

 何せ、今こうして私たちが立っているステージは……。

 

 

 

 ――次アレ乗りたーい!

 

 ――ギャハハハハー!

 

 ――はい! アルトじゃ~ないと!

 

 ――それさっきの芸人さんの真似ー?

 

 ――面白くな~い!

 

 

 

 ……なんというか、全くもって『アイドルのファン』のためのステージとは呼び難いものだった。

 

「お客って、子どもばっかりじゃん!」

 

「そんなことありませんよ~。ほら、お母様方とお婆様方もいらっしゃいますし~」

 

「そーいうこと言ってんじゃないの!」

 

 ほんわかと後方に手を振る美也さんに昴が反論する。

 

 これは『小さな遊園地』のステージというか、小さな『遊園地のステージ』というか……。劇場よりもお客さんとの距離が近いと言えば聞こえはいいが、流石に完全フリースペースのようなステージだとは思っていなかった。

 

「あー! 今あいつオレって言ったー! 男だ男ー!」

 

「オレは女だ!」

 

「外人いるガイジンー! なんか英語喋ってー!」

 

「えっ!? いえ、その、私は大和撫子として舞台の上では礼儀正しい日本語を……!?」

 

 観客席にいる子どもたちからのヤジですらない言葉に、昴とエミリーちゃんが四苦八苦している。

 

「………………」

 

 ……私が立つステージは、大体劇場のものだった。そこはいつだって『私たちを観に来てくれるファン』の人がいて、私に興味がなかったとしても、そこに座っていれば間違いなく聞いてくれた。

 

 けれど今、それとは全く違うステージに私は立っていた。観客席に座っている人たちは文字通り()()()()()()()。他のことで遊んでいる子どもたちは勿論、談笑しているお母さん方も、私たちが歌い出したとしてもこちらに意識を向けてくれることはないだろう。

 

 ……でも。

 

「これはどうしましょうね~? 未来ちゃん」

 

「大丈夫です!」

 

 美也さんからの問いかけに、私はそう言い切った。

 

 

 

「私、とりあえず歌ってみます!」

 

 

 

「え、歌うって……この雰囲気で?」

 

「だ、大丈夫なのですか……?」

 

 昴とエミリーちゃんが不安そうな顔をしているが、私は笑顔で「平気です!」と返す。

 

 

 

 ――未来は未来のステージで。

 

 ――翼と私はフェスのステージで。

 

 ――それぞれ出し切りましょう。

 

 

 

 ……だって今頃、静香ちゃんと翼も頑張ってるから。

 

 

 

 

 

 

 ……なんか風に乗って聞き覚えのある声が聞こえてきたかと思ったら。

 

「まさかここだったとはなぁ……」

 

 

 




・#ユニット名募集中
外伝での先行登場から(多分大体)二年の時を経て、ようやく本編登場!
外伝の頃は『ネクストニューカマー』だったけど、やっぱりこっちのユニット名がしっくり来すぎてしまった。

・『とりあえず付けておいた名前をそのまま採用してしまった』
アスタリスクパイセンちーっす!

・ユーモアに溢れたプロデューサー
???「いえ、夢見さんと砂塚さんならば、その……そういうユニット名を付けてもおかしくないかな、と……」

・『Over the limit』
翼・百合子・紗代子・瑞樹・ジュリアの五人ユニットを、オリジナルで命名。
まさかこの五人にユニット名付いてないとは思わなかったゾ……。

・アルトじゃ~ないと!
多分どこかの社長さんが趣味で芸人やってる。傍らには美人秘書。



 ようやく本編にてユニ募登場です。実はシンデレラガールズ『オリジナル三期編』があって、そのメインキャラが新人組七人だったりするのですが、選ばれたのはミリオンライブ編でした。補完する話はいつか書きたい。

 最後、誰かさんが重役出勤したところで次回に続く。


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Lesson282 開演! 夏の祭典! 4

弟妹キャラとの交流に定評のある主人公。


 

 

 

『はーい! 改めまして! 765プロのアイドルの春日未来でーす! 私のデビュー曲! 「素敵なミライ」でした! 聞いてくれてありがとー!』

 

 一曲歌い終え、そのままステージの上でMCを始める。ステージそのものは特に大きな問題は無かったと思う。自分のソロ曲だから、という理由でコレはいつも以上に練習したから大丈夫だった。

 

 ただ。

 

 

 

 ――次はアレ乗ろうぜー!

 

 ――えー!? もう無理だってー!

 

 ――やってみせろよ、マフティー!

 

 ――なんとでもなるはずだ!

 

 

 

 相変わらず観客席のお客さん、主に子どもたちはコチラに興味を示してくれなかった。

 

 内心では(うーん……)と苦笑しつつ、とりあえずMCを続行する。

 

『みんなー! アイドルは好きですかー!』

 

「……ふーん」

 

 そんな私の呼びかけに、一人だけ反応してくれる少女がいた。最前列に座って何やら私を()()()()ような視線だったが、とりあえずその子ならば反応してくれそうなので、しゃがみ込んでステージの上から彼女に向かってマイクを向ける。

 

「お嬢ちゃんはどうかなー? アイドル好きですかー?」

 

「……アイドルは好きです。でも貴女はアイドルとしてまだまだです!」

 

 おっと、これは予想外に手厳しい意見が飛び出してきたぞ?

 

「わたしが聞くのは123プロの曲だけです! お姉様も常日頃から『765プロの新人はまだまだね』とおっしゃってます! なのでお姉様がキチンと認められるようなアイドルになったら、しっかりと聞いてあげます!」

 

 ……おや? なんだか発言内容とは裏腹に、この子は明確に()()()()()を聞きに来てくれているような? ……気のせいかな?

 

『へぇ~! いいよね~123プロ! 私も大好きだよ! ねぇねぇ、お名前教えて!?』

 

「……『こころ』です」

 

『可愛い名前だね! ねぇ、こころちゃんは123プロの誰の曲が好き!?』

 

「しいて言うならば、佐久間まゆちゃんの『エヴリデイドリーム』です」

 

『おっ! いいよねぇまゆちゃん! 可愛い曲! それじゃあこころちゃんも一緒に歌おう!』

 

「え?」

 

 私はステージから降りて、こころちゃんの手を引いてステージの上へと招く。そして舞台袖でこちらの様子を窺っていた昴からマイクを貰うと、こころちゃんに手渡した。

 

『はい! 曲は流れないけど、アカペラでもいけるよね?』

 

「……勿論です! 私は完璧に歌えます! 寧ろ貴女こそ、適当な歌詞で誤魔化さないでくださいね!」

 

『……が、頑張るね!』

 

 若干歌詞に不安を覚えつつ、それでも私はこころちゃんと共にアカペラで『エヴリデイドリーム』を歌い始めるのだった。

 

 

 

「えぇ……? おいおい、いいのかよコレ……?」

 

「だ、大丈夫なのですか……!? 未来さん、怒られたりしませんか……!?」

 

「でもでも~。未来ちゃんもあの女の子も、とても楽しそうですよ~?」

 

 

 

 

 

 

 ……なんというか。

 

「そういう手でくるとはなぁ……」

 

 所謂『後方腕組み彼氏面』でステージを見守っていたのだが、観客をステージの上にあげるという手法に出た未来ちゃんには素直に驚かされてしまった。流石にここまで小規模のステージ経験が乏しい俺には出来ない芸当である。

 

「しかしあの女の子、何処かで見たことあるような……?」

 

 黒髪赤目のサイドテールという、なんとなく物足りなさを覚える見た目。ついでに聞き覚えがあるような声。もうちょっと、喉元辺りまで答えが出かかっているもどかしさに頭を悩ませる。

 

 

 

「……え、なにこの状況、なんでこころがステージに立ってるのよ」

 

 

 

「答え来たわ」

 

「は? ……はぁ!?」

 

 ステージに上がった少女とよく似た容姿をした、知り合いの少女が横に立っていた。というか先日のCD手渡し会でも一緒になったニコちゃんだった。

 

「やぁニコちゃん、こんにちは」

 

「ちょ、なんでアンタがここにいるのよ!? トロフェス当日よ!?」

 

 あ、そっちで驚いてるのね。

 

「今日はこの遊園地の近くでたまたまお仕事があったんだよ」

 

 そして昼休みにたまたま近くを歩いていたら風に乗って聞き覚えのある歌声が聞こえたので調べてみたら、765プロのアイドルが来ているという話を聞いて入園してきたというわけだ。

 

「そういうニコちゃんこそ、トロフェス不参加だったんだね」

 

「……色々と事情があるのよ」

 

 その事情というのは、今こうして会話をしている最中もニコちゃんと手を繋いで俺のことを不思議そうに見上げている()()()()()()()()()()男の子と女の子、そしてあのステージ上で歌っている()()()()()()()()()()女の子に関係した事柄なのだろう。

 

 そしてそれはきっと彼女にとってプライベートな内容。ならば俺がそれを尋ねる理由なんて一切なかった。

 

 とりあえず、膝を折って俺は男の子と女の子と視線を合わせる。

 

「こんにちは、二人とも。俺はニコちゃんの知り合いでね、もしよかったらお近づきの印にアイスでもご馳走させてくれないかな?」

 

「二人とも、知らない人から物を貰っちゃダメだからね」

 

 やはり手厳しい。

 

 

 

 

 

 

 今日は346プロダクション主催の合同ライブイベント『トロピカルサマーフェスティバル』の当日である。様々な事務所から様々なアイドルが参加するこのイベントに、123プロからは私と志希さんの『Cait Sith』と美優さんの三人が参加することになっている。

 

 本当は『周藤良太郎』への直々のオファーが来ていたのだが、良太郎さんは別件の仕事。ついでにジュピターの三人もピーチフィズの二人も予定が空いていなかったため、私たちが参加することになった。勿論、参加する以上は私たちも全力でオーディションを受けたし、パフォーマンスに手を抜くつもりはない。

 

 ……それ以上の一ノ瀬志希(ふあんようそ)があるため、別の意味での不安はあるが。というか既に今朝からやらかされていた。現場入りも殆ど遅刻だし、さっさと着替えて準備しないと……。

 

 

 

「き、北沢さん!」

 

 

 

「え?」

 

 しかし自分たちの楽屋へと向かおうとする私の名前を呼ぶ声に足を止めた。

 

 振り返るとそこにはステージ衣装に着替えた一人の少女が立っていて、その手には見覚えのあるハンカチが……。

 

「こ、これ、落としましたよ」

 

「っ!」

 

 やっぱり私のハンカチだった。しかもこれはりっくんが誕生日に選んでくれて、いつも大事なライブの日にはお守り代わりに持ってきている本当に大切なモノ。

 

「あ、ありがとうございます……!」

 

 冷や汗を流しながら少女からハンカチを受け取る。……えっと……。

 

「な、765プロダクション所属、最上静香です! 今日はよろしくお願いします!」

 

 名前が出てこない私に気付いたらしい少女は、そう自己紹介をしつつ頭を下げた。

 

「よろしくお願いします。ごめんなさい、同じステージに立つというのに不勉強でしたね」

 

「そ、そんなことありません! まだ私なんて、北沢さんの耳に届くようなアイドルじゃありませんから!」

 

 ブンブンと黒髪を振り回しながら首を振る最上さん。それはいつか見た、トップアイドルを前にしたときの可奈や星梨花の反応のようで、それを自分がされる立場になったのだと思うと背中にむず痒いものが走ったような気がした。

 

「それじゃあ、今日のステージを楽しみにしてますね」

 

「……えっ!? そ、それはその、こちらこそそれを言わなければいけない立場というか……!?」

 

 私の言葉に最上さんはさらに慌てふためくが、そんなことはない。これは分不相応ながらも世間ではついに『トップアイドル』と称されるようになってしまった私だからこそ、彼女に言わなければいけないことがあった。

 

 

 

()()()()()()()ようなステージを期待していますね」

 

 

 

「っ……!」

 

 最上さんの目つきがキツくなるほどの、それは明確な挑発の言葉。ただ普通にステージに立つだけでは()()()()()()()という圧倒的な上から目線。

 

 ……私はきっと、良太郎さんや恵美さんのように力強い言葉や、春香さんやまゆさんのように優しい言葉で他のアイドルを導くようなことは出来ない。だから私はこっちのやり方を、天ヶ瀬さんのように燃え上がらせる言葉を選ぶ。

 

 今はもう、ただのアイドルで居続けるわけじゃない。

 

 まだまだ『周藤良太郎』や『魔王エンジェル』という壁は高く、『Jupiter』や『Peach Fizz』にも届かないようなアイドルだけど。

 

 

 

 ……私だって、アイドルの先輩なんだから。

 

 

 

 

 

 

「……っ、かはぁ!? 息! 息止まってた! 呼吸忘れてた! やっべぇ! 北沢志保ちゃんヤベェ! 本物のトップアイドルオーラまじぱねぇ! 超自慢したい! SNSでめっちゃ自慢したい! 呟いていいかな!?」

 

「絶対にダメデス」

 

「この前、プロデューサーさんからしばらく自粛するように言われたばかりじゃないですか……」

 

 

 

 346の三人がそんなやり取りをする中、私は先ほどからずっと北沢さんが去っていった方に視線を向けたまま動けずにいた。

 

「……静香ちゃん?」

 

 普段と様子が違うことに気付いたらしい翼が、珍しく声色を抑えつつ私の顔を覗き込んできた。

 

「……翼、私ね」

 

「? うん」

 

「正直、今の今まで浮かれてたの」

 

 緊張で身体が震えるほどではあったけど、それとは別に心は何処か浮かれていた。

 

「あぁ、私は()()()()()()()()()()()って」

 

 でも、それはただの思い上がりだった。

 

 私は必死の思いでオーディションを受けて、そして合格して今回のステージに立つことになった。だから私はここを一つの『ゴール』だと思っていた。しかし北沢さんの言葉が、私に大事なことを思い出させてくれた。

 

 

 

「ここは『スタート』なんだ」

 

 

 

 そう、ここがアイドル『最上静香』の本当のスタート。劇場という巣から飛び立ち、『アイドルの世界』へと飛び込むためのスタートライン。私というアイドルをファンの記憶に刻み込むためのステージ。それがここなんだ。

 

 先日のジュリアさんとの一件で、翼は自分だけの『翼』がどういうものなのかに気付き始めた。未来も自分が進むべき『未来』へ向かっている。

 

 なら私は……じゃない。そうじゃない。そんなことを考えている場合じゃない。そんなことを考えている暇も器用さも私は持ち合わせていない。

 

 

 

「歌うんだ。全力で」

 

 

 

 迷うのも。悩むのも。不安になるのも。

 

 全部、ステージの後だ。

 

 

 




・やってみせろよ、マフティー!
鳴らない言葉を(ry
『はちみー冬優子マフティー構文』とかいう奇才の産物。

・こころちゃん
なにやら誰かに似ている少女。果たして誰の妹なんだ……?

・良太郎はここにいた。
トロフェスは無理でも、こっちぐらいには参加させとかないと……。

・志保と静香
原作ではそれぞれ14歳の同い年でしたが、アイ転の志保は16歳の上にアイドルとしても先輩なのでこういう関係性になっております。



 漫画の『ジュピター好きのあーちゃん』の代わりに謎の少女こころちゃんが登場しました。果たして一体彼女の正体は……!?(特に重要ではない)

 そして当然のように四話で収まらなかったため、この際なので次話を夏フェス本番編とします。(多分)感謝祭ライブ編以来のしっかりとしたライブのお話じゃーい!


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Lesson283 天に輝く星の名は

夏フェス編本格スタート!


 

 

 

『それじゃあみんな、用意はいいー!?』

 

 舞台裏にも聞こえてくる346プロの新田美波さんの声。それが、今回のイベントの開幕を告げる合図(のろし)となった。

 

 

 

『トロピカルサマーフェスティバル、スタート!』

 

 

 

「……つ、ついに始まっちゃった……」

 

「……始まっちゃいましたね」

 

「……緊張してる?」

 

「してないと思います?」

 

 自分たちのテントで、隣に座る紬さんとポツリポツリと言葉を交わす。私たちの出番はまだまだ先なので、しばらくはこうして待機することになるだろう。

 

「静香ちゃーん! 向こうのテントにケータリングあるんだってー! 紬ちゃんも一緒にいこー!?」

 

 そんな私たちとは対照的に平常運転の翼は、キャッキャと笑いながらパイプ椅子に座る私の袖を引っ張って来た。

 

「私はいいわ。お腹もそんなに空いてないし」

 

「うち……いえ、私も遠慮しておきます……」

 

「えー? つまんなーい!」

 

「軽食を食べに行くのにつまるもつまらないもないでしょ……」

 

 そしてそれを断ると、予想通り翼は不満そうに頬を膨らませた。

 

「おっと翼ちゃん、一緒にお茶するオトモをご所望かな~!? それなら特別に、この可愛い茜ちゃんがご一緒してあげてもいいよ~!? いやぁ茜ちゃんってばなんて優しいんだろうな~!」

 

「えっ、茜ちゃんお茶しにいくの? それじゃあ私も一緒に行っちゃおうかな~! ほらほら早く~!」

 

「えっ、ちょっ、麗花ちゃんそんな茜ちゃんが可愛いからってそんな小脇に抱えなくても何処にも行かないというか自分で歩けるから下ろしてほしいというか待って待ってそのスピードで移動しないで机に当たる出口に当たる色々なものに当たるぅぅぅ!?」

 

「「「………………」」」

 

 茜さんがやって来たかと思ったら、流れるように麗華さんに拉致されていってしまった。

 

「ふふっ、本当に麗華さんは茜さんのことが好きなんですね」

 

「えっ、星梨花ちゃん、今の光景を見た感想がそれで本当にいいの?」

 

 ニコニコと笑っている星梨花さんに対してツッコミたい言葉を百合子さんが代弁してくれた。やっぱりこの場で一番肝が据わってるのって、星梨花さんだよなぁ……。

 

「二人が行かないなら、私一人で行こーっと。あっ、ジュリアーノでも誘おっかなー」

 

 そう言いながら翼もスタコラとテントを後にしてしまった。765プロのテントに残されたのは私と紬さん、そして何やら打ち合わせのような話し合いをしている星梨花さんと百合子さん。真壁さんと高山さんとジュリアさんは既にテントからいなかった。

 

「……ふぅ」

 

 なんだか先ほどのやり取りを目にしたおかげか、少しだけ落ち着いた気がする。

 

 そして今から立つステージ以外のことに想いを馳せる余裕も、少しだけ出来た。

 

 

 

(……未来も、きっと今頃頑張ってるわよね)

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん、ありがとう!」

 

「ありがとー」

 

「どういたしまして」

 

 ニコニコと満面の笑顔のニコちゃん似の少女B(Aはステージで歌っている子)と若干ポンヤリとした表情のニコちゃん似の少年は、俺が近くの売店で買ってあげたアイスクリームを早速食べ始めた。

 

「……一応、お礼を言ってあげるわ」

 

「なんのなんの」

 

 苦々し気な表情なニコちゃんと共に、ステージから一番離れたベンチに座る。俺から一メートル以上距離を離した上に、自分と反対側に少年と少女を座らせる辺り、不審者対策は完璧でお兄さんも安心だ。

 

「それでその二人と、ステージの女の子は、ニコちゃんの妹と弟ってことでいいのかな?」

 

「……違うって言ってアンタは満足するの?」

 

 うーん、今日はいつにも増して棘が多い気がする。まぁイマイチ素性が分からない相手に自分の身内を近付けたくないっていう気持ちは分からないでもないから、これ以上は踏み込まないでおこうかな。

 

「休みの日に遊園地に連れて来てくれるなんて、優しいお姉ちゃんだね」

 

「うん」

 

「おねえちゃんだいすき!」

 

「……フンだ」

 

 うんうん、仲良きことは良きことかな。

 

「……アンタ、参加しなかったのね」

 

 ステージの上で未来ちゃんと楽しそうにまゆちゃんの『エヴリデイドリーム』を歌っている少女の姿を静かに見守っていると、ニコちゃんの方から話しかけて来てくれた。先ほどのニコちゃんの発言を加味すると、十中八九トロフェスのことを言っているのだろう。

 

「どうしても外せない仕事があってね。こうやってこっちに来れたのも偶然なんだよ」

 

 そもそも未来ちゃんたちがここに来てたこと自体知らなかったし。未来ちゃん、自分の仕事があるからトロフェスには行けないとは言っても、自分がどこで仕事をするのかは伝えてくれなかったからね。

 

「まさか『アイドルヲタのリョーさん』があのトロフェスに不参加なんて、一部の人間が聞いたら仰天するでしょうね」

 

 うーん、ちょっと有名になりすぎたなぁ……。

 

「そういうニコちゃんも参加しなかったんだね。家族サービスを優先したってことかな?」

 

「……それもあるけど……」

 

 ぷいっとそっぽを向いたニコちゃん。遊園地の喧騒があるものの、しっかりと耳を傾けると微かに「お小遣い足りないのよ……」という言葉が聞こえた。あー、なるほどね……。

 

 765シアター劇場は高木さんの『アイドルを身近な存在に』という考えから始まったステージなので、チケットの料金もとても良心的なものになっている。しかしそれでも塵も積もればなんとやら。ニコちゃんの場合はちゃんとCDやファングッズも買っているため、高校生の彼女にとっては相当な出費となっていることだろう。

 

音ノ木坂(おとのきざか)はアルバイト禁止だっけ?」

 

「禁止されてないけど……ちょっと待チナサイ」

 

 何やらニコちゃんの目線が先ほど以上に不審者を見る目になった。

 

「なんでアンタが私の通ってる高校知ってるのよ……!?」

 

「前にライブに制服で参加してたじゃん」

 

 基本的に765の劇場は休日に開かれるので殆ど私服だったが、一度だけ珍しく制服で参加したことがあったのを覚えていた。多分何かしらの学校行事の帰りに寄ったのだろう。

 

「俺の母親の母校の制服だから。『私の母校の制服、とっても可愛くなったの~!』って母さんがパンフレットを見せてくれたのを覚えてたんだよ」

 

「……まぁ、信じてあげるわ」

 

 ありがとう。

 

「それで話は戻るけど、アルバイトだったら今だけいいところを紹介してあげられるけど、興味ある?」

 

「今の言葉で素直に頷く女子高生がいると思う?」

 

「思わない」

 

 全く意識していなかったが、あからさまに怪しいバイトの勧誘の言葉だった。

 

「まぁ気が向いたら早めに連絡してよ。俺の知り合いのお店なんだけど、近々アルバイトの子が抜けるかもしれないらしいからさ」

 

「……まぁ、とりあえず覚えておいてあげる」

 

 それだけでも結構。

 

 さて、ステージに意識を戻すと丁度未来ちゃんとニコちゃんの妹ちゃんAが歌い終わったところだったので、パチパチと拍手を送る。妹ちゃんAもステージでマイクを使って歌うという貴重な体験が出来て大変満足そうだった。

 

「おねえちゃん! わたしも歌いたい!」

 

「え?」

 

 買ってあげたアイスを食べ終えたニコちゃんの妹ちゃんBが、目を輝かせながらニコちゃんの袖を引っ張った。

 

「あのね、わたしね、天海春香ちゃんの『世界で一番がんばってる君に』が歌いたい!」

 

「ここあ、あのね、本当はあのステージに立つのは……」

 

「いいんじゃないかな」

 

 今にもステージへと走り出しそうな妹ちゃんBを説得しようとするニコちゃんの言葉を途中で遮る。

 

「アンタまで何言って……」

 

「アイドルのお姉さーん、今度はこの子が一緒に歌いたいってー」

 

 ヒラヒラと手を振ってアピールしながらステージ上の未来ちゃんへと声をかける。

 

『おっ! いいですよ……って、えええぇぇぇ!?』

 

「うるせ」

 

 未来ちゃん、驚くのはいいけどせめてマイク下ろして。

 

『なんでリョーさんここにいるの!?』

 

「俺のことはいいから、このお嬢さんがリクエストだって」

 

 妹ちゃんBに「ほら行っておいで」と促すと、彼女はパァッと明るい笑顔になって駆け足でステージへと向かっていった。

 

「ちょっ……はぁ、アンタねぇ……」

 

 妹ちゃんBを追うことを諦めたニコちゃんは、一瞬浮かせた腰を再びベンチに下ろして今日何度目になるか分からないジト目になった。

 

「ごめんごめん。でもホラ、楽しそうだし」

 

 ステージへと辿り着いた妹ちゃんBは、お姉ちゃんと思われる妹ちゃんAや未来ちゃんとステージ上で並ぶと、今度は春香ちゃんの歌をアカペラで歌い始めた。

 

「あーゆーのも、アイドルの形としてはありだと思わない?」

 

「………………」

 

 ニコちゃんは肯定も否定もしなかった。きっと彼女の中にある『アイドルの理想』辺りの思考が色々と巡っているのだろう。

 

(さて)

 

 未来ちゃんの相方であるところの静香ちゃんが出演するトロフェスの方は、一体どうなってるのかな?

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

「お疲れ様です、北沢さん!」

 

「ん、お疲れ様です、新田さん」

 

 トロフェスのオープニングステージを終えて舞台裏に戻ると、同じくオープニングステージで一緒に歌った346プロの新田美波さんが声をかけてきた。

 

 頬を紅潮させ、照れ笑いのような表情を浮かべる新田さん。ステージから降りてきたばかりということでやや汗ばんでいて息も少々荒い。なんというか、同性の私の目から見ても色っぽかった。

 

「ステージに上がる前は言いそびれちゃったんですけど、私、北沢さんと一緒のステージに立つのをとても楽しみにしてたんですっ」

 

「それは、ありがとうございます」

 

 未央さんが教えてくれたが、彼女たちシンデレラプロジェクトのアイドルたちは私のデビューステージを観に来てくれたらしい。そんな彼女に『一緒のステージに立つのを楽しみにしていた』と言われるのは、なんだかむず痒かった。

 

「それに、ちょっとだけ個人的にお会いして聞いてみたいことがあったんです……」

 

「聞いてみたいこと……ですか?」

 

「はい」

 

 そう頷いた新田さんは、頬は紅潮したままだが真剣な表情になった。

 

 一体何を聞かれるのだろうかと、少しだけ背筋を伸ばして――。

 

 

 

「……りょ、良太郎さんに恋人が出来たって、本当なんですか……!?」

 

 

 

 ――小声で尋ねられたその内容に、全身が硬直した。

 

 ど、何処から漏洩したんですかその情報!?

 

 

 




・麗華さんに拉致
茜ちゃん「いやこら拉致だよ!」

・音ノ木坂
どうやらニコちゃんが通っている学校で、リトルマミーの母校でもあるらしい。
一体どんな学校なんだ……?(すっとぼけ)

・『世界で一番がんばってる君に』
実際はカバー曲ですが、この世界では春香の持ち歌に。
きーみのためのアールートー。

・何処から漏洩したんですか
なにやらみなみぃとユニットを組んでそうなキス魔がいましたねぇ?



 今回からが夏フェス編の本番になります。

 ミリマス編も終盤に近付いてますので、そろそろ本格的にラブライブ色も強くしていかないと(ミリマス編とは)。

 ……もしかして第七章入りする可能性も微レ存。


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Lesson284 天に輝く星の名は 2

今回のメインの静香ちゃん不在ってマ?


 

 

 

「ねーちゃん、覆面ライダーの曲歌えんの?」

 

「あー、まぁな。たまに見てるし」

 

「じゃあアレは歌えるか!? 電光刑事バン!」

 

「寧ろお前歌えんの……!? それオレが生まれるより前の覆面ライダーの前身番組だろ……!?」

 

 

 

「それでは僭越ながら歌わせていただきます……346プロ村上巴さんで『おんなの道は星の道』!」

 

「よっ! 待ってました!」

 

「ウチは家内ともども、巴ちゃんの大ファンでねぇ」

 

 

 

「もー! 私、静香ちゃんの応援に行って言ったのに! どーして来ちゃうんですかリョーさん!」

 

「ゴメンゴメン、どうしても外せない仕事があったんだよ」

 

 まさか出演アイドルから直々に観に来たことに文句を言われるとは思わなかった。

 

「というか、いくらステージが圧倒的フリースタイルになったからって客席に座ってお喋りはどうなの?」

 

「えー? でも美也さんも、おじいちゃんおばあちゃんと一緒になって席で手ぇ叩いてますし、大丈夫ですよ」

 

 だからって隣に座って雑談に興じるのは身近なアイドル過ぎない?

 

「あっ! そっちの貴女は前にリョーさんの隣に座ってた人ですね!」

 

「っ!?」

 

 未来ちゃんが俺の向こう側に座っているニコちゃんに声をかけると、新人とはいえ正真正銘のアイドルに直接声をかけられたニコちゃんはビクリと肩を震わせた。

 

「今日もステージ観に来てくれてありがとうございます!」

 

「あ、いや、その……こ、これからも頑張ってください」

 

「はい!」

 

 目を逸らしながら若干どもるニコちゃん。典型的なアイドルを前にしたオタクムーブです本当にありがとうございます。アイドルに認知されてよかったね。

 

「しかもまさかこの子のお姉ちゃんだったなんて! 一緒にステージを盛り上げてくれてありがとうね!」

 

「……まぁまぁ楽しかったです。でももっと精進してくださいね!」

 

「アハハッ、はーい」

 

 先ほどステージ上で歌っていた妹ちゃんAもすっかり上機嫌になってこちらに戻って来ていた。これ以上失礼な発言をしないか、ニコちゃんがハラハラしているのがちょっと面白かった。

 

「それにしてもステージに観客を上げて一緒に歌うとは、流石に俺も思いつかなかったよ」

 

「でへへ~! 私も特に何か思い付きがあったわけじゃないんですけど、きっとステージの上に立って歌えば誰だって楽しいって思ったんです!」

 

「未来ちゃんらしい考え方だなぁ」

 

 女子中学生の純真な考え方が眩しすぎる。

 

「あっ! そうだ、貴女もステージに立ってみない?」

 

「えっ」

 

「そうですよお姉様! 是非お姉様のステージを見せてください! ここがアイドルとしての第一歩にしてしまいましょう!」

 

「えっ」

 

 突然の未来ちゃんからの提案に面食らい、そして妹ちゃんAからの援護射撃に固まるニコちゃん。そういえば俺もニコちゃんの歌は聞いたことないから、ちょっと聞いてみたい。

 

「って、えっ!? 貴女もアイドル目指してるの!? もしかしてウチの劇場に来たいって考えてたりする!?」

 

「えっ!? え、えっと……その……」

 

 そして妹ちゃんAの発言を聞いて目を輝かせた未来ちゃんに詰め寄られて仰け反るニコちゃん。普段の様子とは違いたじたじな感じのニコちゃんがただただ面白い。

 

「私はー……そのー……す、スクールアイドルから目指してみようかなー……なんて……」

 

「スクールアイドル!? あ~それもいいね~! なんかこう、青春って感じで!」

 

 私の学校にもアイドル部があったらなぁ~と悔しそうな表情を浮かべる未来ちゃん。

 

「その、本職のアイドルの人からしてみたら、お遊びみたいなものかもしれませんけど……」

 

「そんなことあるわけないよっ!」

 

 珍しくネガティブなニコちゃんに、未来ちゃんは拳を握りしめながら熱弁する。

 

「アイドルに本職もお遊びもないよ! アイドルになりたいって思ったのなら、それは全部本気なんだよ!」

 

「……全部、本気」

 

「ですよね!? リョーさん!?」

 

「……あ、うん、そうだね」

 

 まさかそこで勢いよく俺に振ってくるとは思わなかったから少し面食らってしまった。一応リョーさん、ただのアイドルマニアの設定なんですけど。

 

「私もまだまだ新人だから、一緒に頑張ろうね!」

 

「……あ、ありがとうございます」

 

 ニッコリと花の咲くような笑顔を浮かべる未来ちゃんに、ニコちゃんも少しだけくすぐったそうに笑みを浮かべた。

 

 うんうん、いい場面だ。いい場面なんだけど……。

 

 

 

「未来ちゃん、こちらのニコちゃん、実は高校一年生なんだよね」

 

「……年上だったの!?」

 

 

 

 まぁ気付かないよね。ニコちゃん、色々とサイズが控えめだし。

 

 何故か何も言葉にしていない俺だけがニコちゃんに殴られた。

 

 

 

 

 

 

 ――こんにちは、美波。

 

 ――あら奏ちゃん、こんにちは。どうしたの? なんだか楽しそうね?

 

 ――うふふ、分かっちゃう? ちょっとだけ面白い話を耳にしたのよ。

 

 ――あら、どんな話なの?

 

 ――あの『周藤良太郎』に恋人がいるっていう話よ。

 

 ――へぇ……え?

 

 ――本人が言ってたから間違いなさそうよ。

 

 

 

 ――……えっ?

 

 

 

 

 

 

「……っていう話を奏ちゃんから聞きまして……」

 

「そ、そうですか……」

 

 舞台裏で突然新田さんからブッ込まれた衝撃発言に愕然としつつ、それを知ってしまった経緯を詳しく聞いてみると、どうやら大元の原因は良太郎さん本人のやらかしのようだった。

 

(私たちが必死になって隠してあげてるっていうのに……!)

 

 『周藤良太郎』の恋人。その情報は現在のアイドル業界においての『核兵器』と呼んでも差し支えないだろう。今更『周藤良太郎』の人気が()()()()()()()で揺らぐとは思わないが、それでも関係各所が大混乱するのが目に見えていた。社長は「日経平均株価が下がる」と冗談交じりに言っていたが、目がマジだったので多分ガチ。

 

 そしてその恋人の正体と()()()()()()()()()()を知っている私たち一部の人間は『核兵器のスイッチ』を持たされてしまっている状況なのだ。正直こんなもの投げ捨ててしまいたかったが、それをするためには志希さんのオクスリを飲んで記憶を消す以外の方法が存在しないため出来なかった。

 

「いや~美波ちゃんも知っちゃったんだね~」

 

「きゃっ」

 

 多分誤魔化すことは無理だよなぁなんてことを考えていると、私たちと共にオープニングステージに(珍しくずっと)立っていた志希さんが新田さんの背後から肩に手を置いた。

 

「知ってしまったからにはタダじゃおかないよ~?」

 

「え、えぇ!? そ、それって……!?」

 

「あたしが開発したこのオクスリを飲んでもらおうかな~。大丈夫、苦しくないよ」

 

「苦しくないこと以外には何が起きるオクスリなんですかそれは!?」

 

「志希さんステイ!」

 

 胸の谷間から取り出したケースから一粒のカプセルを摘まみ上げた志希さんを、全力で新田さんから引き剥がす。記憶が消える程度で済めばいいが、それ以上の何かが起こりそうで怖かった。そして『記憶が消える程度』なんて思ってしまった自分の考え方も怖かった。完全に毒されてる。

 

「薬物なのに毒されてるってね!」

 

「やかましい!」

 

 思わず志希さんの頭頂部にチョップしてしまった。

 

「でもでも~、それが広まるとみんな困るでしょ?」

 

「それも困りますけど、今ここで一人の人間が記憶喪失になる方が困ります」

 

「私、記憶喪失にさせられるところだったの!?」

 

「ダイジョーブダイジョーブ、ちょっと身体が縮むぐらい」

 

「それなら……まぁ」

 

「それならまぁ!?」

 

 『周藤良太郎の恋人』というキーワードこそ大きく声に出していないものの、それでも少々騒ぎすぎてしまった。周りからの視線と次のステージのための準備もあるため、こそこそと新田さんと志希さんと共に移動を開始する。

 

「えっと……新田さん、一つ聞きたいんですけど、その話はどれぐらい広まってますか?」

 

「奏ちゃんと楓さんが面白そうに話しまわってたから、多分346の事務所の殆どの人が一度は耳にしてると思うわ。でも『周藤良太郎の恋人』の噂自体は……なんというかある種の人気コンテンツみたいなものだから……」

 

「まぁ……そうですね」

 

 有名人の恋人の噂なんてものは週刊誌の定番ネタのようなものだ。それは当然ながら『周藤良太郎』にも当てはまり、しかし彼の場合はプライベートをパパラッチされることが一切存在しなかったために基本的に何の裏取りもされていない話ばかり。私を含む123プロの女性陣も全員一度は『周藤良太郎の恋人』として記事が書かれたぐらいで、訓練されたりょーいん患者の方々は基本的に本気にしない。

 

 しかし、今回は噂の出所が出所だ。

 

「新田さんが思わず私に確認したくなるぐらい、その噂を『もしかして』と思ったんですね」

 

「うん。あの二人が無意味な噂話をするとは思わなかったし……特に奏ちゃんは良太郎さんの高校の後輩らしいし」

 

「う~ん……」

 

 今までは荒唐無稽なホラ話だったのが、信憑性のある話にまで昇華されてしまっている。流石に業界が混乱するような広め方をするような人たちではないと信じたいが……。

 

「でもまー、時間の問題なんじゃないかなー」

 

 隣を歩きながら黙って私たちの話を聞いていた志希さんが、人差し指を顎に当てた。

 

「いずれはバレることだし、リョータローもいつかはバラすつもりでしょ? なら今のうちにその下地を作っておくことも大事なんじゃないかなー?」

 

「……それは」

 

 そうなのかもしれない。

 

 でもきっと、それは今じゃない。

 

「……新田さん、このことは」

 

「……うん、大丈夫。ごめんなさい、変なことを聞いてしまって」

 

 新田さんが理解のある方で助かった。

 

「それで……その、もう一つだけ聞きたいんだけど」

 

「なんですか?」

 

 

 

「……一ノ瀬さん、何処?」

 

 

 

「………………」

 

 立ち止まってゆっくりと周りを見渡す。志希さんは、いない。

 

「……ふー……」

 

 どうやら逆にわざと話しかけることで『しっかりと意識を向けている』と思わせてから、その隙を突いたらしい。なんとも手の込んだやり方である。

 

 

 

「……■■■■■■■■■っっっ!!!」

 

 

 

「北沢さんっ!?」

 

 

 




・電光刑事バン
Lesson173以来のシンフォギアネタ。

・『おんなの道は星の道』
下手なコール曲よりもライブで楽しい曲。
「お嬢ぉぉぉ!」
「よっ! ニッポンイチ!」

・「日経平均株価が下がる」
※参考資料『第五回佐久間流周藤良太郎学~周藤良太郎のウインクがもたらす株式への影響~』

・「ちょっと身体が縮むぐらい」
しきにゃんは子どもの遊び心に大人の身体だね!(オヤジ)

・「……■■■■■■■■■っっっ!!!」
北沢志保 クラス:バーサーカー



 繋ぎ回。ついでに世間に対する『良太郎の恋人』という存在の考え方的なアレコレ。

 次回はちゃんとライブシーン……のはず。


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Lesson285 天に輝く星の名は 3

ライブシーン……どこ……どこ……?


 

 

 

「っ!?」

 

「静香ちゃん、どうかしましたか?」

 

「あっ、いえ……今、なんだか、こう、狂戦士チックな声が聞こえたような気がして……」

 

「きょうせんしチック……?」

 

「……重要なことではないので、気にしないでください星梨花さん」

 

「?」

 

 地響きに似た観客の歓声に混ざって、なにやら地(獄)の底から響くような声が聞こえたような気がしたが、きっと気のせいだろう。ましてやそれが北沢さんの声に似ていたような気がするなんて、緊張しすぎて幻聴が聞こえたに違いない、うん。

 

「………………」

 

 テントで自分たちの順番を待つ。私たちはまだまだトリを任されるような実力も先陣を切るほどの実力もないので、大体中盤ほどの出番になっていた。だから今から身体を動かすには時間が足りず、かといってすぐにスタンバイするほどの時間に余裕がないわけでもなかった。

 

 だからこうして、パイプ椅子に座りながら天井を見つめて息を整える。

 

「……未来はどうしてるかしら」

 

「未来ちゃん?」

 

「っ!?」

 

 頭の中で考えたつもりが口から出てしまっていたらしく、隣に座る星梨花さんに聞かれてしまい、思わず口を手で押さえてしまった。

 

「ふふっ、静香ちゃん、未来ちゃんの方が気になるんですね」

 

「……はい」

 

 こんな本番直前のタイミングに未来のことを気にしてしまったこと、そしてそれを思わず口にしてしまったこと、さらにそれを聞かれてしまったこと、そんなありとあらゆることが恥ずかしくて思わず顔を伏せてしまった。今凄く顔が熱い。

 

「未来ちゃんは、美也さんや昴さんやエミリーちゃんと一緒に遊園地でしたっけ?」

 

「はい……そう聞いてます」

 

 未来に遊園地の名前を聞いてみて事前に調べてみたのだが、そんなに大きな遊園地ではなかった。きっと観客も多くない小さなステージだろう。ならば心配するようなことは何もない。それでも気になってしまうのは……。

 

(心配、だからじゃない)

 

 私のステージを()()()()()()()()()。ただそれだけの、私の我儘だ。

 

「……あの、星梨花さん」

 

「なんですか?」

 

「星梨花さんは、その……『この人には自分のステージを観てもらいたい』っていう特別な人、いますか?」

 

「特別な人ですか?」

 

 質問してから(なんで私はこんなこと聞いてるの!?)と我に返った。捉えようによってはかなり不躾な質問だし、変な勘ぐりをされてしまうかもしれない。しかし星梨花さんは特に疑問を抱く様子もなく「そうですね~……」と真剣に悩んでいた。

 

「やっぱりファンの皆さんが特別です。でも、個人ということならば――」

 

 

 

 ――私は、冬馬さんに見てもらいたいです。

 

 

 

「……え、えぇ!?」

 

 そして全く予想していなかった名前が出てきたことに驚き、思わず大声が出そうになり咄嗟に口を手で塞いだ。

 

 それは一体どういう意味なのかと聞こうとしたら、爆弾を投げ込んできた張本人は慌てる私を見ながらクスクスと笑っていた。

 

「……もしかして、冗談ですか……?」

 

「いいえ、本当ですよ。今のは静香ちゃんの反応がおかしくって」

 

 と、ということは、今の回答は本当に……!?

 

「そ、それはそういう意味なんですか……!?」

 

「どういう意味でしょうね?」

 

 そう言って再びクスクス笑う星梨花さん。も、弄ばれている……!

 

「そういう静香ちゃんは、やっぱり未来ちゃんに見てもらいたいんですね」

 

「えっ」

 

 しかも私の見てもらいたい人まで断定される始末。ダメだ、このままでは星梨花さんに私の色々なものが蹂躙される……! それはそれでちょっといいかなって思ってしまう私がいる……!

 

「あっ、そろそろ時間ですね」

 

「えっ」

 

 しかし星梨花さんは時間を確認するとサッと立ち上がってしまった。

 

「……そ、そうですね、準備しないと」

 

 私もそれに続いてパイプ椅子から立ち上がる。

 

 なんか色々あったけど、切り替えよう。パチンと強く自分の両頬を叩く。

 

 

 

 ……あぁダメだちょっと気になるぅ~!?

 

 

 

 

 

 

「「……あっ」」

 

 ステージ裏の楽屋テント付近を歩いていたら、たまたま星梨花と出くわした。

 

「志保ちゃん! お久しぶりです!」

 

「えぇ、久しぶりね。……他のみんなは元気、なんて聞く必要なかったわね」

 

「勿論ですよ! そちらも恵美さんやまゆさんのご活躍はいつも聞いてます!」

 

 なんとなく、特に用事があったわけでもないけれど、なんとなくお互いに足を止めて少しだけ立ち話をする姿勢になった。

 

「こうして現場で一緒になるのは初めてだったかしら」

 

「そうですね……私たちがこうやって他の大きな現場に出られるようになったのは、つい最近ですから」

 

 そう言いつつ「志保ちゃんはすぐにデビューでしたもんね」と笑う星梨花。彼女に嫌みを言うつもりなんてなかっただろうけど、私は勝手にダメージを受けてしまう。律子さんの誘いを受けず一人だけ123プロのオーディションを受けたことに、未だに自分で勝手に負い目を感じていた。

 

「……覚えてますか? 二年前の夏」

 

「……忘れるわけないわ」

 

 何があろうとも忘れるわけがない。二年前の夏に、私たちの運命が大きく変わったと言っても過言ではないのだから。

 

「私、あの頃からずっと冬馬さんの大ファンなんです」

 

「……ん?」

 

 あれ? 流れ変わった?

 

「レッスンで頑張ってる姿も、ライブで頑張ってる姿も、ずっと冬馬さんに見てもらいたかったんです」

 

「………………」

 

「私の歌とダンスを見て欲しい特別な人。単純ですけど、きっとそういう人がいる方が頑張れるんですよね」

 

「……なんというか色々言いたいことはあるけど……やっぱり真っ先に思いついた感想は『意外』だったわ」

 

「そうですか?」

 

 星梨花はクスリと笑いながら、パチリと小さくウィンクをした。

 

 

 

「アイドルに憧れるのは『女の子』の嗜みですよ?」

 

 

 

 

 

 

「ラブコメの波動を察知」

 

「……いきなり何言ってんのよアンタは」

 

 いや、お約束のアイキャッチ的な。

 

 未来ちゃんたちのステージが終わったのでそろそろお仕事へと戻る俺は、同じくそろそろ帰宅するというニコちゃんたちと共に遊園地の出口へと歩を進めていた。

 

「……あのさ、さっきのアルバイトの話なんだけど」

 

「ん? やっぱり興味ある?」

 

 ニコちゃんはバツが悪そうにしつつもコクリと頷いた。

 

「その、一応家計の足しにもなると思うし……」

 

 ええ子やなぁ……。

 

「それじゃ知り合いのところだから、俺が話しつけておくよ。もし本当に信用が無いっていうんなら、親御さん連れて一回どういうところなのか様子でも見に行く?」

 

「……そこまで本気で信用してないわけじゃないわよ」

 

 嘘、ニコちゃんがデレた……。

 

「お姉様がアルバイトをするんですから、きっとそのお店は『しょばいはんじょう』間違いなしですね!」

 

「まちがいなし!」

 

「なしー」

 

 妹ちゃんA&Bwith弟くんの方が何やらノリノリだった。

 

「それで? 結局どんなバイトなのよ」

 

 そういえば言ってなかったね。

 

「俺が昔から馴染みにしてるお店でね、実はそこの看板娘が現役のアイドルで……ん?」

 

「えっ、ちょっと今アイドルって言った!?」

 

 スンスンと周りの匂いを嗅ぐ。

 

「……一雨来そうだね」

 

「名前まで教えろとは言わないからせめてどの事務所かぐらい……え、雨?」

 

「うん、雨」

 

 志希から教わった『土の匂い』。確かペトリコールとゲオスミン。

 

「……多分、トロフェスの会場も降るだろうな」

 

 夏フェスで雨というと、去年のことを思い出す。俺と冬馬と恵美ちゃんとまゆちゃんの四人で、凛ちゃんたちニュージェネのステージを観に行ったんだっけ。そんでもって雨に降られて、雨宿りしてるところでたまたま加蓮ちゃんと再会して……。

 

「………………」

 

「どうしたのよ」

 

「いや、あれからまだ一年しか経ってないのかと思って……」

 

 月日の流れが早かったり早くなかったりしろ。

 

 

 

 ……さて、静香ちゃんたちはどうなるかな?

 

 

 

 

 

 

「「………………」」

 

 ステージ裏を歩いていた私と紬さんが階段の前で足を止める。この階段から紬さんはステージに上がり、少し先の階段から私がステージに上がることになっている。

 

 ついに私たちの出番が来てしまったのだ。

 

「……いよいよですね」

 

「……はい」

 

 これから共にステージに立つ仲間である紬さんに、本番直前になんと声をかけようかと口ごもる。こういうとき、私の口は自然と動いてはくれなかった。かける言葉が見つからないならば、私もさっさとスタンバイへと向かうべきなのだが……。

 

「……()()()()

 

「……えっ」

 

 紬さんに名前を呼ばれ顔を上げて、そして『最上さん』ではなく『静香さん』と呼ばれたことに気が付いた。

 

 

 

「今日は()()()()()

 

 

 

「………………」

 

 歓声が大きくなる。きっと私たちの二つ前のアイドルのステージが終わったのだろう。私たちもそろそろ準備を終えなければいけない。

 

「……私もです」

 

 だから一言だけ。「頑張りましょう」でも「良いステージにしましょう」でもない。そんな言葉じゃない。今の私が紬さんにかけるべき言葉は。

 

 

 

「私も()()()()()

 

 

 

 コツンと拳を合わせてから、私は自分の持ち場へと着いた。

 

「……ふぅ」

 

 ゆっくりと息を吐く。目を閉じて集中する私の耳に、観客の歓声が届く。ビリビリという振動となって、彼らの放つ熱気がここまで届いて来る。

 

「………………」

 

 紬さん。星梨花さん。麗花さん。茜さん。そして私。

 

 この五人による、初ステージ。今日という日を迎えるために頑張って来たユニット。

 

 

 

 ――残念ながら、私たちはまだトップアイドルじゃありません。

 

 

 

 それはこのユニットを結成するに辺り、ユニットリーダーである星梨花さんがそんなことを言っていた。

 

 

 

 ――でも私たちはそのすぐ側にいます。

 

 ――夜空の一番上で輝く北極星ではないけれど。

 

 ――私たちは間違いなく輝く星たちになれます。なります。

 

 ――だから、私たちのユニットの名前は……。

 

 

 

「………………」

 

 目を開く。前のグループのステージが終わった。

 

 出番だ。階段に足をかける。

 

 一歩を、踏み出す。

 

「私たちは」

 

 私たちの名前は……!

 

 

 

『『『『『Cassiopeia(カシオペア)!』』』』』

 

 

 




・星梨花のおはなし
ちょっと触れただけでずっと投げっぱなしだったから、ここらで決着。
彼女は何処までも『ファン』以上にはなれなかった。

・星梨花に弄ばれる静香
年齢が逆転しているアイ転だからこそ起こった現象。

・ニコちゃんのアルバイト先
・看板娘が現役のアイドル
元々一ヶ所を想定してたけど、感想で言われてあと二ヶ所があったことに気付いた。
何処にするかはギリギリまで悩むことにする。

・あれから一年
リアルだと四年半。相変わらず進むのが遅ぇなこの小説……。

・『Cassiopeia』
静香・星梨花・紬・麗花・茜のオリジナルユニット。
カシオペア座は北極星を探す指標ともなる『五つの星』から形成された星座。



 というわけで色々とありましたが、ついに静香たちのユニット名の登場です。ネーミングセンスに関しては相変わらず目を瞑っていただきたい。

 星梨花の冬馬に対するアレコレは、まぁ実はこんなこともあったんだよって話です。ちょくちょくそれっぽい話はしていましたが、これ以上は発展しません。

 彼女はアイ転において『一線を超えない選択をし続けた佐久間まゆ』みたいな存在です。



 色々ととっちらかったお話になってしまいましたが、次回こそライブシーン。

 そして第六章最終話(仮)です。


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Lesson286 天に輝く星の名は 4

最上の光となりて。


 

 

 

「あー! やっぱりアイドルのライブって楽しー!」

 

「楽しむのはいいが、ちゃんと水分補給を忘れるなよ」

 

「分かってるってばー! 恭也は心配性なんだからー!」

 

 そう言ってケラケラと笑いながら忍は持ってきていたペットボトルの蓋を開けた。

 

 俺は忍ほど声を出していないし大きく動いてもいないので汗はそれほどかいていないが、忍に注意しておいて自分だけ水分補給をしないわけにはいかないので、俺も自分のペットボトルを取り出そうとして……。

 

「んっ!」

 

 ……忍が自分のペットボトルを俺に差し出して来た。

 

「……はい、恭也も飲むんでしょ?」

 

「いや、大丈夫だ」

 

「もーなに? 今更間接キスに照れるような間柄じゃないでしょ?」

 

「これでも飲食店の店員として衛生的にちょっと」

 

「衛生的にちょっと!?」

 

「冗談だ」

 

 改めて忍からペットボトルを受け取って喉を潤した。

 

 

 

「それにしても残念だったわね、なのはちゃんたち。本当はフェイトちゃんやはやてちゃんと()()に参加するつもりだったんでしょ?」

 

 ()()とは勿論、今こうして二人で参加している『トロピカルサマーフェスティバル』のことだ。忍が言う通り、元々310プロとしてなのはもフェイトちゃんやはやてちゃんと共に『Lyrical GIRLS』としてオーディションを受ける予定だったのだが……。

 

「310プロも初の単独ライブが間近に控えているからな。そちらに専念したいのだろう」

 

「そっちも今から楽しみよね。……ちなみに、関係者チケットとかは……?」

 

「優先順位的に母さんと父さんと美由希の後に余っていたらな……ん?」

 

「どうしたの?」

 

「降ってきたな」

 

 先ほどから雨の気配が強くなってきていたが、ついにポツリポツリと降り始めた。

 

「あっちゃー、流石に持たなかったか」

 

「一度屋根のあるところに戻るか」

 

「んー……そうね、志希ちゃんや志保ちゃんの出番はもーちょっと後だろうし。ついでにご飯も食べよっか」

 

 周りの観客も少しずつ屋根を求めて退避を始めていて、ステージの前からドンドンと人が少なくなっていく。これも野外フェスの宿命だろう。

 

 

 

「ツバサ、私たちも雨宿りするぞ」

 

「ヤダ!」

 

「このままじゃ風邪引いちゃうよ~?」

 

「絶対にヤダ! 私はこのままここで静香ちゃんたちのステージを観るんだぁ!」

 

「ワガママ言うな! ほら行くぞ!」

 

「ヤメロー! 私は屈さないゾー!」

 

「……あんじゅ、もうコイツ殴っていいかな?」

 

「英玲奈ちゃんも落ち着いて~?」

 

 

 

 ……中にはあぁいうステージの真ん前に齧りついて離れようとしない熱心なファンもいるが、これもまた野外フェスの醍醐味なのだろう。

 

 さて、そんな愉快な少女たちが風邪を引かないことを心の中で祈りつつ、俺と忍は雨宿りをするために移動を……。

 

 

 

『――っ!』

 

 

 

「「っ!」」

 

 ……歌が、聞こえた。

 

 いや、歌なんて先ほどから散々聞こえてきた。しかしこれはそうじゃなくて、思わず足を止めてしまう歌だった。

 

 忍と二人、段々と雨が強くなっていく中で立ち止まり振り返る。

 

「……あの子は」

 

 そうして視線を向けたステージのセンターに立っているアイドルに見覚えがあった。

 

「恭也、知ってる子? どの子?」

 

「センターの子。前に翠屋に来た子だ。良太郎と知り合いらしい」

 

「なるほど。……それじゃあ折角だし、私たちも応援しよっか」

 

「え?」

 

「周藤君の知り合いってことは絶対に凄い子よ。そんな子のステージを見逃すわけにはいかないわ!」

 

 そう言うと忍は再びステージの前へと足を向けた。

 

「いや、しかし……」

 

「このステージ見たらすぐに下がるから、ちょっとぐらいだったら平気だって」

 

「……分かった」

 

 こう言い出した以上、忍は簡単に引き下がらない。俺も観念して忍と共にステージの前へと戻っていった。

 

 

 

 ……遠くでは雷も鳴り始めている。雨はこのまま強くなりそうな雰囲気だった。

 

 

 

 

 

 

 歌い出し。

 

(大丈夫、悪くない)

 

 声。

 

(強く出てる。茜さんにも絶対負けてない)

 

 ステップ。

 

(雨で床が濡れてて少し不安。でも出来る限り大きくダイナミックに)

 

 悪くない。順調。文句のない出来。練習通り出来てる。

 

 でも()()()()に出来ない。

 

 私たちの何かがかみ合っていない。

 

 まだ、私たちには何かが足りない。

 

 

 

 まだ()()()()

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「どう? 志保ちゃん、星梨花ちゃんたちのユニットは」

 

「百合子さん」

 

 舞台裏から星梨花たちのステージを見ていたら、背後から百合子さんが話しかけてきた。

 

「そうですね、とても完成されたユニットだと思います」

 

「志保ちゃん()そう思うの?」

 

「はい。()()()()()()()()()十分かと」

 

「うわぁ……」

 

 百合子さんの話に乗って正直に答えたというのに何故「相変わらずだなぁ」みたいな表情をされなければいけないのだろうか。

 

「星梨花は……本当に二年前とは比べ物にならないほど体力が付きましたね」

 

 杏奈と二人で真っ先に音を上げそうになっていた少女が、今では濡れた床という普段より体力を使うステージの上でアレだけダイナミックな動きを見せるセンターを任されているのだ。先ほどはメンタルの強さを垣間見たが、今はフィジカルの強さを目の当たりにしている。

 

 そんな星梨花に付いていく北上麗花さんと野々原茜さん、そしてそれに一歩後ろを行くものの見劣りはしない白石紬さんと最上静香さん。五人のパフォーマンスのクオリティーは決して低くない。それはこうしてオーディションを勝ち抜き夏フェスのステージを任されていることが何よりの証拠である。

 

 けれど完成とは()()()()()()()()()ことを意味する。()()()()()()()なのだ。

 

「……ウチのプロデューサーさんは『きっと鍵は静香が握ってる』って言ってた」

 

「……最上静香」

 

 先ほど少しだけ話をした少女。まだ()()覚悟を目に宿していた少女。

 

 最上静香が彼女たちの鍵を握っているのであれば。

 

 それは一体どんな『高さ』なのだろうか。

 

 

 

「……それで志保ちゃん、その……さっきから握ってるその紐は何?」

 

「リードです」

 

「先が一ノ瀬志希さんに繋がってるように見えるんだけど……」

 

「だからリードですって」

 

 

 

 

 

 

 きつい。苦しい。雨が強くなってきた。体が冷える。体力が奪われる。

 

 曲と曲の合間で息を整えつつ、頭の片隅ではそんなことをぼんやりと考えていた。

 

 次が最後。紬さんに、茜さんに、麗花さんに、そして星梨花さんに、負けないようにと必死に頑張って来たが、次で最後の曲だ。

 

 私は彼女たちに勝てたのだろうか? 追いつけたのだろうか? 置いて行かれなかっただろうか?

 

 分からない。寧ろ今彼女たちがステージに一緒に立っているという事実そのものが私の頭の中で少しだけ曖昧になってきた。

 

 だから。チラリと他のメンバーに、少しだけ視線を向けて。

 

 そして偶然にも全く同じことを考えていたらしい他のメンバーと視線が重なって。

 

 

 

 ――()()()()()

 

 

 

 

 

 

「よく『お互いを高め合う』関係って言うじゃん?」

 

「……え、なんスか良太郎君いきなり。カップリングの話っスか?」

 

「ちげーよ。高め合う(意味深)じゃねーよ」

 

「私もそこまでは言ってないっスけど……」

 

 アニメ収録スタジオでたまたま一緒になった比奈に話しかけると、いきなり何事かと疑問符を浮かべつつも話を聞く姿勢になってくれた。

 

「『アイツに勝ちたい』とか『あの人には負けたくない』とか、そういうモチベーションは悪くないと思うんだよ」

 

「まぁ王道っスよねー。ライバル同士、競い合いながら成長していくやつ」

 

 生憎俺の人生にそれっぽいものは無かったが、それは現実の世界でもなかなか重要な存在だ。

 

「え? 良太郎君には海の向こうの女帝様が……」

 

「アイツの話だけは絶対にするんじゃねぇ」

 

「ガチトーンのフォント芸ヤメてもらっていいっスか……?」

 

 話を戻そう。

 

「そんなライバルたちが()()()()()()ってどんなときだと思う?」

 

「成長する瞬間っスかぁ……『オモイヤリ』と『ヤサシサ』と『アイジョウ』に目覚めたときっスかね?」

 

「なんでわざわざ『友情』って言葉をウォーズマン理論で言い換えたんだよ」

 

 『シンジルココロ』が足りてねぇぞ……ってそうじゃなくて。

 

「まぁ友情でも間違ってないかもしれないけどな。ちょっとだけ違う」

 

 コイツよりも前に。アイツよりも上に。そうやって競い合うことで、より遠く、より高くただそれだけの話。それで終わってしまう話。個人個人で成長するならばそれでいいだろう。

 

 けれどそんな全力を出し尽くしている人間同士が、全力にも関わらず()()()()()()()としたら?

 

「人はよっぽどのことが無い限り、一つ一つの星の名前を覚えたりなんかしない」

 

 

 

 ――しかし、それが夜空に並ぶ『星座』だったとしたら?

 

 

 

「揃うことに意味がある。横に並ぶことに意味がある」

 

 ただ光るだけじゃダメだ。全力を出して並ぶからこそ。

 

 

 

 ――最上(てっぺん)の光になるんだよ。

 

 

 

「……あ、今のセリフ、次の新刊に使いたいんスけどいいっスか!?」

 

「いいけどさぁ」

 

 もうちょっとこうさぁ!

 

 ガリガリと勢いよくネタ帳にペンを走らせる比奈センセーの姿を横目に少しだけ脱力する。しかし次の新刊がどんな塩梅になるのか少しだけ気になってしまう。

 

「で? 結局いきなりどうしたんスか? いきなりカッコいいこと語り出しちゃって」

 

「ん~? ……いや、なんとなくこれぐらいのタイミングでこういうこと言っておけばちょうどいいんじゃないかなっていう勘」

 

「アレだけ長々と私は勘の話を聞かされてたんスか!?」

 

「こう見えてお兄さん、なんでも見えてるから」

 

「……良太郎君が言うと、割と洒落にならないっスね」

 

 冗談だよ。

 

 

 

 

 

 

「……晴れましたね」

 

「うん、晴れたね」

 

 雨の音も雷の音も、いつの間にか遠くへと消え去っていた。

 

 今私たちの耳に届いているのは、多くの歓声と拍手。それは今ステージに立っている彼女たちが『届いた』証明だった。

 

「最上静香のソロからでした。……やっぱり765プロのプロデューサーさんは大変優秀な方なんですね」

 

 間違いなく彼女が『鍵』だった。

 

「お互いに負けてられませんね」

 

「うん!」

 

 ニコニコと笑う百合子さんに釣られて、私も思わず口角が緩む。

 

 私たちのステージはまだこれからだ。歌やダンスの技術で負けるつもりはない。私と志希さんならば共に素晴らしいステージに出来ると確信している。

 

 それでも、これだけは認めよう。

 

 

 

 『トロピカルサマーフェスティバル』のMVPは、最上静香だ。

 

 

 

「……あのね、志保ちゃん」

 

「なんですか?」

 

「非常に言いづらいことなんだけどね……私も今気づいちゃったから許してほしいんだけどね……」

 

「?」

 

「……リードの先の一ノ瀬志希さん、いなくなってるよ……?」

 

 

 

「……■■■■■■■■■っっっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 夏が、終わる。

 

 

 




・久しぶりの恭也&忍
あれ? もしかして忍って本編だとめっちゃ久しぶり?

・なのは・フェイト・はやて
今回のお話書いてるぐらいのタイミングで『あっ、トロフェス参加させれば良かった』と気付いた。お前のプロットがばがばだなぁ!

・アライズの皆さん
実は今までのライブにもいた可能性。

・久しぶりの比奈センセー
初登場と勘違いしている人もいるでしょうが、実はLesson183以来の二度目の登場。

・ウォーズマン理論
1200万パワーが有名だけど、こういうのもあるらしい。

・最上の光
自分が進むべき『未来』へ向かう未来。自分だけの『翼』に気付いた翼。
彼女は、そこに手を触れた。



 すんません第六章最終話(仮)は(仮)でした(震え声)

 本当は一旦区切るつもりだったのですが、現在の六章の話数と残りのお話を考えた結果このまま続行することを決めました。……まぁプロットがばってるから伸びる可能性もあるんだけどね!

 次回は多分恋仲○○。そろそろ総選挙記念書かないとね。


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番外編66 もし○○と恋仲だったら 25

第十回シンデレラガールズ総選挙記念!(今更


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 昔々、とある古ぼけた本屋に一人の少女が暮らしていました。

 

 沢山の本に囲まれてお店の番をしつつ、少女は毎日本を読み続けていました。

 

 文字通り夢のようなファンタジー。勇ましい英雄の冒険活劇。涙なしにはページが捲れない詩集。そこに全ての本があったわけではないけれど、それでも少女の人生を埋め尽くすには十分すぎる本が溢れていました。

 

 少女はいつも本の世界の中でした。決して現実から逃げているわけではありません。少女にそのつもりはありませんでしたが、しかし周りの目からはきっとそう映っていたのかもしれません。

 

 少女は周りの目を気にすることなく、本を読み続けました。本は少女をありとあらゆる時代と場所へと連れていってくれました。だから少女は寂しいと思うことはありませんでした。

 

 ここが、ずっと少女の居場所でした。

 

 

 

 

 

 

「こんちわー」

 

 ガラガラと引き戸を開けて店内に入る。他店と比べるのはナンセンスだとは思うものの、それでも上手く近代化の波に乗った八神堂と比べるとレトロ感に溢れた古書店である。

 

 さて、迎えに行くという連絡をしておいたのだが店の奥から返事が返ってこない。どうしたのかと店の奥へと足を進めると、探し人はカウンターの向こうでスヤスヤと寝息を立てていた。

 

「店番とは……」

 

 無防備すぎる。いくらお客さんが来ること自体稀な古書店とはいえ、大乳の黒髪美人が眠りこけている姿はあまりにも無防備すぎる。

 

「……んっ」

 

「おぉ……やわらけぇ……」

 

 故にこうして悪戯をすることも出来てしまうのだが、これは俺がこの美人さんの恋人だから許されていることであることは留意してもらいたい。みんなは絶対にしないように。

 

 ……何処を触ったかって? 想像にお任せするよ。

 

「……あれ、私、寝て……」

 

「寝てたよ。気持ちよさそうに涎垂らしながら」

 

「っ!?」

 

 ポンヤリと目を覚ました彼女は俺の発言に、普段以上にバッと目を見開いて普段以上にキビキビとした動きで、ゴシゴシと袖で自身の口元を拭った。そしてそれが俺の冗談だったことに気付き「むぅ……!」と睨んでくる。しかしそれが全く怖くなくてすごく可愛い。

 

 

 

「おはよう、文香。可愛い寝顔だったぞ」

 

「……おはようございます」

 

 

 

 俺の可愛い恋人は悪戯されたことに対する怒りと可愛いと褒められたことに対する喜びが入り混じった複雑な表情を赤くしつつ、小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 そんな寝顔の可愛い文香を連れて、俺たちは一度自宅へと帰って来た。文香の実家ではなく、俺の実家である。

 

「おぉ……」

 

 自宅のリビングに置いてある姿見で、自分の格好を上から下まで見直す。そこに映る自分はいつもと変わらぬ無表情を顔面に引っ付けたまま、着ているのは甚平だった。

 

「ウチ甚平とかあったんだな」

 

「俺のお下がりで悪いけどな」

 

「兄貴がこれ着てるの見たことねーんだけど」

 

「お前が仕事でいないときに、早苗とのデートで一回着たきりだからな」

 

「破り捨ててぇ……」

 

 コイツは俺がアイドルとして忙しく働いている間に、童顔大乳美人とデートしてたってのか。腹立たしい。

 

 しかし破り捨てようにも、甚平の生地は意外と丈夫なので素手では破れそうになかった。

 

「落ち着けって。お前だって、今からとびきりの美人さんな文香ちゃんとデートだろ? 羨ましいこった」

 

 ポンポンと肩を叩かれ宥められる。

 

 ……まぁいいだろう。兄貴のお下がりとはいえ折角のデートの衣装を兄貴の血で染めるのも忍びない。命拾いしたな。

 

「それで、俺の愛しい美人さんはまだ?」

 

「女の子の支度には時間がかかるのは世の常だぞ。……と言いつつ、もう出来たみたいだな」

 

 廊下からパタパタという足音が聞こえてきたかと思うと、彼女はリビングに入って来た。

 

「お、お待たせしました……!」

 

「待ってな、い……」

 

 普段はゆったりとした服に長い髪を背中に流している文香だが、今日の彼女は一味違った。長い黒髪を後頭部で結い上げ、さらには白地に花柄の浴衣姿である。

 

「ど、どうでしょうか……?」

 

「……これは困った」

 

「え、えぇ……!? ど、どこかおかしかったですか……!?」

 

 わたわたと慌てた様子で自分の姿におかしなところがないか探す文香。背中の方を見ようとしてその場をクルクルと回っていた。そんな自分の尻尾を追いかける子犬のような仕草がこれまた愛おしい。

 

 さらに、チラリと真っ白なうなじが見えたことでさらに俺は「なんてこった……」と手で目元を覆う。

 

「俺の嫁が美人すぎる……!」

 

「よ、嫁だなんて、そんな……ま、まだ早いです……」

 

 そして『俺の嫁』発言に照れて赤くなる文香がまた可愛い。ちくしょう、IE後のゴタゴタが色々と残ってるから今すぐに入籍出来ないのが口惜しい……!

 

「浴衣の着付けも久々だったけど、ちゃんと出来て良かったー!」

 

 そんな文香の後ろからヒョコッと顔を出した我が家のミニマムマミー。元々美人だった俺の嫁をさらに美人さんにしてくれた立役者である。まさか浴衣の着付けも出来るとは、意外と多芸なお人である。

 

「ありがとう、母さん」

 

「ありがとうございます……良子さん……」

 

「どういたしましてー! それより文香ちゃん、お義母さんでいいよー? 文香ちゃんももう家族なんだからー!」

 

「……はい、ありがとうございます……お義母様……」

 

 まだ早いと言いつつもノリノリな文香。 早苗ねーちゃんや志希に続く三人目の娘の誕生に、母さんは満面の笑みで頷いた。

 

 

 

 さて、どうしてわざわざお互いにこんな格好をしているのか。

 

 その答えは至ってシンプル。近所で行われる七夕の祭りへデートに行こうという話になり、母さんが文香に浴衣を着ることを勧め、文香に合わせて俺もそれらしい格好にしようということになり、兄貴から甚平を借りることになった……というわけだ。

 

 折角のオフなんだから二人でゆっくりしてこいと兄貴たちに見送られ、俺と文香は徒歩でお祭りの会場へとやって来た。この辺りだとそれなりに規模の大きいお祭りなだけあり、既に多くのお客さんで賑わっていた。

 

「文香」

 

「はい……」

 

 当然ここは定番の『はぐれるといけないから』をする場面なので、文香に左手を差し伸べると、何も言わずとも意図をくみ取ってくれてソッと右手が乗せられた。

 

「………………」

 

「どうかしましたか……?」

 

「いや、昔は小指を握るぐらいで精一杯だった文香が、こうしてちゃんと手を握ってくれるなんてなぁ……」

 

「そ、それは……」

 

 俺の揶揄うような言葉に文香は照れたように頬を赤く染め、少しだけ拗ねたように唇を尖らせた。

 

「……わ、私でも……好きな男の人と手を握りたいって思うことぐらい……あります……」

 

 そしてキュッと握られる左手を、俺はしっかりと握り返す。

 

「俺も、こうして文香と手を握るような関係になれて嬉しいよ」

 

「私も、です……」

 

 そうして二人で手を繋ぎながら出店を回る。二十歳を過ぎて数年経つというものの、まだまだ若い胃袋を持つ俺は先ほどから漂ってくるソースの香りの誘惑に抗えそうになかった。

 

 とりあえずたこ焼きを一つ買い、少々行儀が悪いと知りつつも歩きながら食べようとしたのだが……文香と手を繋いでいるので片手しか使えないことに今気づいた。なんとか文香と手を繋いだまま食べる方法はないものか……。

 

「……良太郎君、爪楊枝を貸してください」

 

 右手にたこ焼きのパックを携えたまま悩んでいると、左側から文香が腕を伸ばしてきた。そしてパックに付いていた爪楊枝を手にすると、それでたこ焼きを一つ持ち上げた。

 

「ふー……ふー……はい、あーん……」

 

 そのままごく自然な流れで湯気が立つアツアツのたこ焼きに息を吹きかけて冷まし、そのまま俺の口元へと持ってきた。

 

「……あーん」

 

 まさか文香が自分からそんなことをしてくれるとは思ってもいなかったので、一瞬感極まってしまったが、すぐに我に返って口を開けてたこ焼きを頬張った。まだ少し熱かったものの、これぐらいならば全然食べられる。

 

「んぐっ……超美味い」

 

「……ふふっ」

 

 ただそんなたこ焼きの味は、直後の文香の微笑みにより一瞬で忘れ去ってしまった。

 

「……文香も食べるか?」

 

「いえ……今は、貴方が美味しそうに食べる姿を見て、胸が一杯ですから」

 

 そんなことを言われてしまうと、俺も胸が一杯でたこ焼きが喉を通らなくなりそうだが、それでも文香が手ずから食べさせてくれるという誘惑には抗えず、また俺は餌を求める雛鳥のように口を開けるのだった。

 

 

 

「花火どうする? 河川敷の方行くか?」

 

「いえ……これ以上人が多いところに行くと、目が回ってしまいそうですから……」

 

「なら、ちょっと見づらくても人が少ないところを探すか」

 

 果たしてそんなところが都合よくあるのかという不安もあるものの、文香と手を繋ぎながらまったりと歩き回る。

 

「っ……!」

 

「っと、文香もっとこっち」

 

 河川敷周辺ほどの賑わいではないが、それでもまだ十分人は多い。時折ぶつかりようになる文香を手を引き、殆ど抱き寄せるように密着させる。……やわっけぇなぁ……。

 

「ありがとうございます、良太郎君……」

 

「なんのなんの」

 

「やっぱり、話には聞いていましたが、お祭りとは大勢の人がいるのですね……」

 

「そりゃー……ん?」

 

 文香の発言に引っ掛かりを覚えて首を傾げる。それではまるで……。

 

「文香、まさかお祭りに来るの初めてとか言わないよな?」

 

「………………」

 

「マジか」

 

 文香は小さくコクリと頷いた。まさか二十歳の娘がお祭り未体験とは思わなかった……。

 

「私は、その、いつも部屋の中でしたから……」

 

「……そんなことも言ってたっけ」

 

 今更言葉にする必要もないだろうが、鷺沢文香という女性はアイドルである以前に凄まじいまでの愛本家だ。

 

「初めて会ったとき、周藤良太郎って正直に名乗ったのにアイドルだって気付かなかったぐらい俗世離れした生活してたもんな」

 

「……その件に関しましては、大変失礼いたしました……」

 

 いや別にいいんだけどさ。逆に新鮮でちょっと嬉しかったぐらいだし。

 

「でも今日は来てくれたんだな」

 

「……だって、貴方がいたから」

 

 え?

 

「良太郎君がいたから……私は、一歩踏み出せるんです」

 

 

 

 

 

 

 良太郎君はいつも私の手を引いて色々なところへと連れていってくれる。きっと私一人では行こうとすら考えないような場所へと連れていってくれる。

 

 そこは私が本でしか知らなかった世界。本当は心の奥で行きたいと思っていた世界。

 

「……ありがとうございます、良太郎君」

 

 だからそんな気持ちを、感謝の言葉で伝えようとして……。

 

 

 

「それは違うよ、文香」

 

 

 

「え……」

 

 良太郎君は、首を横に振ってそれを否定した。

 

「文香は、俺が手を差し伸べる前にアイドルとしての一歩を踏み出したじゃないか」

 

「それは……」

 

「それに、こうして恋人になれたのも文香のおかげだよ」

 

 二人で少しだけ喧騒から外れる。花火は見えないけれど、立ち止まっても人の邪魔にならない場所で、良太郎君は真正面から私の両手を握った。

 

「情けない話、俺は人の好意ってのがよく分からない。誰から好かれてるとか、どれだけ好かれてるとか、そういうのが人一倍疎いんだ。……だから、あの日、文香の告白の言葉で気付くことが出来たんだ」

 

 それはあの月夜の晩。車で家まで送り届けてくれた良太郎君に対して、思わず発してしまった言葉。『月が綺麗ですね』なんて遠回しな言葉を止め、咄嗟に口から漏れ出た私の素直な気持ち。

 

 

 

 ――貴方が好きです。

 

 

 

「俺の方こそ文香に感謝したい。……あの日、告白してくれてありがとう」

 

「っ……!」

 

 フワリと、とても優しく、私は良太郎君に抱きしめられた。

 

「俺が君を()()()()ことが出来たのは、文香が勇気を出して一歩を踏み出してくれたからだ。文香の勇気が無かったら、きっと俺はこうして君を抱きしめられなかった」

 

 ジワリと視界が滲んだことで、私はようやく自分が泣いていることに気が付いた。

 

「だからこれからずっと、()()()()()()()()()()、文香の勇気に応えさせてほしい。……だから、文香――」

 

 

 

 花火の音。それは意外に大きくて、きっと普通の会話ならば掻き消されてしまっていた。

 

 しかし良太郎君の腕の中にいる私の耳には、しっかりと彼の言葉が届いていた。

 

 返事をしなければいけないのに、涙が溢れて止まらない。彼の背中に回す腕が振るえて止まらない。

 

 だからせめて、すぐに私の気持ちが彼に伝わるように。

 

 

 

 自分の唇を、彼の唇に合わせた。

 

 

 

 

 

 

 少女が王子様に出会えたのは、魔法なんかではありませんでした。

 

 それは誰もが持っている小さな力。どれだけ小さくても、振り絞れば誰の手にも等しく与えられる奇跡の力。

 

 『勇気』を出して一歩を踏み出した少女は王子様と結ばれ、そして末永く幸せに暮らしましたとさ。

 

 

 

 めでたし、めでたし……。

 

 

 




・何処を触ったかって?
乳だよ(断言

・白地に花柄の浴衣姿
参照:[星祭りの夜]鷺沢文香

・七夕の祭り
季節は気にするな!

・やわっけぇなぁ
乳だよ(天丼

・貴方が好きです。
Lesson216で文香が告白していた世界線。



 鷺沢文香十代目シンデレラガール就任おめでとう記念の恋仲○○でした! 遅ればせながらおめでとうございます! 幕張公演楽しみにしてます!

 ちなみにこの恋仲○○は三年前に浴衣文香をお迎えした記念にツイッターで公開した短編の加筆修正版です。……手抜きじゃないよ、リサイクルだよ……(震え声

 次回からは本編! 夏フェスが終わり、少女たちの新たなる日常が……?



『どうでもいい小話』
 シンデレラ10thツアー福岡公演お疲れ様でした! 自分は両日リモート参加でしたが、やっぱりライブはいいね!

 ……いいか、俺は沖縄に行くからな。絶対現地獲るからな!!!(山下七海さん出演決定!!!


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第七章『Thank you!』
Lesson287 雨上がりの虹


ここからミリマス編終盤に入っていきます。

※追記
第六章が長すぎたため、ここから新章に分けました。(2022/3/8)


 

 

 

 夏休みが終わった新学期。今日も私の朝はいつも通りだ。

 

 朝、目覚まし時計のアラームで起きる。たまに寝坊することもあるけど、最近はそれも少なくなった。疲れていることも多いけど、今日一日起こることに対する楽しみの方が勝ってしまうことの方がもっと多かった。

 

 寝起きの口の中は細菌が多いらしいから、朝ご飯を食べる前に歯を磨く。それからお母さんが用意してくれた朝ご飯を食べて、そこからもう一度歯を磨く余裕は流石にないからうがいで済ませる。

 

 それで自分の部屋に戻ってパジャマから服を着替えて、リュックの中身を確認してから家を出る。

 

 自転車でいつもの登校ルートを走り、その途中のいつものコンビニに寄っていつも飲んでいるパックの牛乳を買うのが、私のいつもの朝のルゥティン……じゃなくてルーティーンだった。

 

「……あっ」

 

 そんないつもの朝に、いつもとは違う光景。それはコンビニの窓に貼られている一枚のポスターで――。

 

 

 

 ――夏フェスのときの静香ちゃんの写真だった。

 

 

 

「うわっ! 静香の写真、ここにも張られとるんやな」

 

「奈緒さん! おはようございます!」

 

「おっす、おはよーさん」

 

 なんとなくぼんやりと静香ちゃんのポスターを眺めていると、いつの間にか背後に奈緒さんがいた。最近知ったことだが、ここのコンビニは奈緒さんの登校ルートでもあったらしい。もしかしたら気付かなかっただけで、以前から彼女とニアミスしていたのかもしれない。

 

「ホンマ奇跡の一枚って感じの写真やな」

 

「私、この写真大好きなんです!」

 

 それは一ヶ月前、夏フェスで静香ちゃんたちの『Cassiopeia』の最後の曲を歌い終わった直後、雨が上がり日が差した瞬間を切り取った写真だった。奇跡的なシチュエーションと、その直前の五人のパフォーマンスも相まってそれが大きな話題となったのだ。

 

「『自分はセンターじゃなかったのに』って言ってず~っと星梨花に対して謝りっぱなしの静香はおもろかったな~」

 

 カラカラと笑う奈緒さん。星梨花さんはニコニコと笑って自分のことのように喜んでいたが、それが余計に静香ちゃんへのプレッシャーになってしまったのかもしれない。

 

「……ホンマ、何が起こるのか分からん。この写真一枚がここまで話題になるなんて、きっとこれがアイドルの世界なんやな」

 

「……そう、ですね」

 

 

 

 

 

 

 ――え、コレうちの先輩なの!? マジで!?

 

 ――超美人じゃん!

 

 

 

(学校でもすっかり有名人だっ)

 

 廊下を歩いていると、静香ちゃんの写真が表紙になっている雑誌を見ながら話をしている生徒を目撃した。静香ちゃんが美人だ美人だと褒めそやされているのを聞くと、思わず私も嬉しくなってしまった。

 

 思わず足取りが軽くなりながら、静香ちゃんの教室へ赴くと入口から中に顔を覗かせる。

 

「静香ちゃーん!」

 

「あ、未来じゃん。静香ならさっき早退したよ」

 

「えー!?」

 

 しかし友人から静香ちゃんの不在を告げられてしまった。

 

「うーん、お昼休みに借りてたCDを返しに行くよって言ってあったのにー……」

 

 放課後仕事があるから学校にいる間にと考えていたのだが思惑が外れてしまった。

 

「ねぇねぇ! やっぱり静香って今忙しいの!? やっぱりあの写真の影響!? 今すっごい話題だもんね!」

 

「え、えへへ、まぁ~ね~!」

 

「なんで未来が自慢げなのよ」

 

 静香ちゃんが褒められると、自然と頬が緩むようになってしまった。やっぱり自分のことの嬉しくなってしまう。

 

「って、静香ちゃんから電話だもしもし!」

 

「反応はやっ」

 

『もしもし未来? ごめんなさい、急に予定が変わっちゃったのよ』

 

「うん大丈夫だよ! 夜は遅くなるの?」

 

『えぇ。今日は劇場にも寄る予定が無いから、CDは明日でもいい?』

 

「勿論だよ! お仕事頑張ってね!」

 

『ふふっ、ありがとう、頑張るわ。……それじゃあ、また明日』

 

「うん! 明日劇場でね!」

 

 ちょっとだけ名残惜しいけど静香ちゃんとの通話を終了する。

 

「……なんというか、新婚奥様の電話を聞いた気分」

 

「ん? 何?」

 

「なんにも」

 

「? ……えへへ」

 

 何故か乾いた笑みを浮かべている友人に首を傾げつつ、それでも明日久しぶりに静香ちゃんに会えるという事実に、私は思わず笑みを浮かべてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

「……うふふっ」

 

「ご機嫌だな静香。未来と話せたのがそんなに嬉しかったのか?」

 

「っ!? 何言ってるのプロデューサー変なこと言わないでください!」

 

「スマンスマン。でも新婚さんみたいなやり取りだったぞ」

 

「え……そ、そうですか? そんな風に聞こえましたか? 本当に?」

 

「おっとその反応はちょっと予想外だぞ?」

 

 

 

 

 

 

「ホント、何が起こるのか分からないから面白いね、この業界は」

 

 先ほど買ってきたばかりのアイドル誌の表紙を眺めながらポツリと呟く。そこに映っているのは、つい先日の夏フェスで撮影された静香ちゃんの写真である。

 

 俺は直接観に行けてないので現地参加という名の出演者側だった志保ちゃんや美優さんに話を聞いたのだが、二人とも『最上静香がMVP』という意見で一致していた。元々伸び代があるんじゃないかと思っていたが、予想よりも開花が早かった。

 

 そしてこの雨上がりで水も滴るイイ女な静香ちゃんの写真。元々ネット記事に掲載されていた一枚だったのだが、これが元々美少女だった静香ちゃんが超絶美人さんに見える神がかったこの奇跡の一枚。思わず「おぉ……」という感嘆の声を漏らしてしまい、一緒にネット記事を覗いていたりんに脇腹を小突かれしまったぐらいだ。

 

 そんな静香ちゃんの写真が世間で大反響を呼んでおり、ネットを中心に静香ちゃんの人気が急上昇中だった。

 

「感慨深いなぁ。あの初めてのソロステージで緊張しすぎた結果、MCの開口一番に『今日はありがとうございました!』って言っちゃった子が、こんなに有名になっちゃうんだから」

 

「それは何? そのステージを見ることが出来なかった私に対するマウントなの?」

 

 同意を求めて投げかけた言葉が、意図せずニコちゃんを傷付ける言葉になってしまったらしい。めっちゃ睨まれてる。

 

「その喧嘩買ってやるから、アンタも代わりに何か買っていきなさいよ」

 

「まぁ元からそのつもりだったんだけどさ」

 

 そういえば言いそびれていたがあった。

 

 

 

「割烹着と三角巾似合ってるよ」

 

「……それも喧嘩売ってる?」

 

「俺は一体何を言えば褒め言葉として認識してもらえるんだ……?」

 

 『二階堂精肉店』でアルバイト中のニコちゃんに睨まれながら、俺は首を傾げた。

 

 

 

 というわけで、俺がニコちゃんに紹介したアルバイト先は千鶴の実家である二階堂精肉店だった。千鶴がアイドルを始めてお店に出る機会が少なくなり、その代わりに雇ったアルバイトの子も諸事情により辞めることになったので新しい子を探している……という話をおじさんから聞いていたのだ。

 

「……正直なことを言うと、アイドルが看板娘っていう話を聞いて勝手に喫茶店とか花屋とかを想像してたわ」

 

 まぁ確かにアイドルが看板娘の翠屋(きっさてん)渋谷生花店(おはなやさん)も知ってるけど、そっちはアルバイト募集してなかったんだよね。

 

「でもなんとなくだけど、ニコちゃんこっちの方が良かったでしょ」

 

「………………」

 

 ニコちゃんは無言で目線を逸らした。やっぱり自分でもお洒落な喫茶店のウェイトレスよりも精肉店の店員さんの方が性に合ってると分かっているらしい。

 

「いらっしゃい良太郎君。いやぁニコちゃん紹介してくれてありがとうね」

 

「どうもおじさん」

 

 別のお客さんの接客をしていたおじさんがこちらにやって来た。

 

「ニコちゃん、新しい看板娘も可愛いって商店街ですっかり有名だよ」

 

「千鶴とはまた別ベクトルで可愛いですからね」

 

「オイ今何処見ていった? ん? 私の目を見て言ってみなさい?」

 

 割烹着を見ただけだよ(すっとぼけ)

 

「それで、今日もいつもの大口注文でいいのかな?」

 

「はい、三十個ほどお願いします」

 

「毎度御贔屓にどうも。直ぐに準備するから待っててくれ」

 

 今回の注文も差し入れ用のコロッケである。

 

「………………」

 

「ん? なに?」

 

 店の奥へと入っていったおじさんの背中を見送っていると、何やらニコちゃんからの視線を感じた。

 

「アンタ、()()()()()()っていう名前だったのね」

 

「……うん、実はそうなんだよ」

 

 そういえばニコちゃんの前ではずっと『リョーさん』で通してあったっけ。その辺りの口止めをおじさんにするのをすっかり忘れていた。後でまたちょっとだけ話をしておいた方がいいかもしれない。

 

「あのトップアイドルと同じ名前とか、名前負けもいいところね」

 

「一応同い年だけど比べるのは勘弁してもらっていいかな」

 

 本当は比べるも何も同一人物なんだけどね!

 

「……ホント、アンタって不思議な生き物よね」

 

「せめて人間って言ってほしいなぁ」

 

「アイドルの知識があって、業界の裏側の事情にも詳しくて、あの二階堂千鶴の幼馴染で、それ以外にも色々とアイドルの知り合いが多くて……」

 

 確かにそうやって羅列されると『アイドル好きのリョーさん』は謎多き人物である。

 

「………………」

 

「……なに?」

 

 美少女にジッと見つめられるのはイヤじゃないけど、せめてもうちょっとだけ目元を柔らかい感じにしてくれるとお兄さん嬉しいんだけどなぁ。睨まれるのもそれはそれで悪くないけど。

 

「……あのさ」

 

「うん」

 

 

 

「……年内にデビューしてみせるわ」

 

 

 

「……え?」

 

 カウンターに肘を突いてそっぽを向いたニコちゃんがポツリと零したその言葉に、思わず驚きの声が漏れてしまった。

 

「デビューって……スクールアイドルだよね」

 

「……そうよ」

 

 一応確認してみるが返って来たのは肯定の言葉。

 

 どうやらニコちゃんもアイドルの道を歩く決意を決めたらしい。

 

「ソロ? それともユニット?」

 

「ユニット。……一応二人見つかったのよ」

 

「やったじゃないか! おめでとう!」

 

 思わず少しだけ声が大きくなってしまったが、()()の決断を喜ばないはずがなかった。

 

「曲は? 振り付けは? 衣装は?」

 

「何にも決まってないわよ悪かったわね!」

 

 いきなり色々と聞きすぎて怒られてしまった。

 

 まぁ何にせよ。

 

 

 

「頑張ってニコちゃん。デビューステージは是非呼んでね」

 

「ぜ~ったいに呼んでやんない!」

 

 そう言ってニコちゃんはベーッと舌ベロを突き出した。

 

 

 




・ルゥティン
「よろしゅーこー!」

・『自分はセンターじゃなかったのに』
じゃあなんで写真撮られたのかとかは、まぁ色々と大人の事情的なアレコレで勘弁してください(目逸らし)

・「おっとその反応はちょっと予想外だぞ?」
なにがもんだいですか?(すっとぼけ)

・ニコちゃん@二階堂精肉店アルバイト
実は最初は翠屋の予定だったけど、感想で言われて「確かに肉屋の方が似合ってるな!」ということでこうなった。すまんなニコちゃん。

・年内デビュー
がんばれニコちゃん!(ヒント:無印ラブライブ第五話)



 しっているか える アイてんのさくしゃは「最終的にはヤサシイセカイになるからそれまでは原作よりも闇が深くていいよね!」とか かんがえている


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Lesson288 雨上がりの虹 2

ほぼラブライブ&デレマス回。


 

 

 

「はふはふ……うまー」

 

 二階堂精肉店でいつもの差し入れ用コロッケを購入し、別に分けてもらったアツアツのコロッケを歩きながら食べる。

 

 むむっ!? 俺より先にコロッケ買ってた恰幅の良いおじさんも食べ歩きしている上に、なんか自販機で缶ビール買って飲んでるぞ!? まだ昼間だっていうのに、年齢的に定年退職してる感じかな? ……ちょっとそそられるけど、まだ仕事が残っているからガマンガマン。

 

 さて、コロッケに舌鼓を打ちながら先ほどのニコちゃんとの会話に想いを馳せる。

 

「年内デビュー、ときたか」

 

 それを早いとは言わない。寧ろスクールアイドルならば少しのんびりとしたスタートかもしれない。

 

 一般的にスクールアイドルのデビューというのは『既存のアイドルの曲の披露』だ。何せ学生である彼女たちには自分たちのオリジナル楽曲を制作するための知識や技能、または資金が存在しない。だからまずは()()()()()()()ことが第一目標となっているため、そのハードルは意外と低い。

 

 そして第二目標が『オリジナル楽曲の作製』となり一気にハードルが高くなる。バカッ……! 刻むだろっ ! 普通もっと…… ! 段階をっ……!  とまぁ憤りたくなるが、残念ながらこれが厳しい現実なのだ。オリジナル楽曲を持っているスクールアイドルと持っていないスクールアイドルには大きな隔たりがある。この辺の格差が少々問題視されていたりもするのだが……まぁ今は置いておこう。

 

 スクールアイドルに関するアレコレならばきっと俺よりもニコちゃんの方が詳しい筈だ。彼女は第一目標までで良しとするような殊勝な性格ではないと思うから、オリジナル楽曲を作成してもらう目途が立っているのか、それとも……。

 

(……()()()()の存在に焦った、か……)

 

 静香ちゃんが特集されていたアイドル誌にも掲載されていたので、きっとニコちゃんの目にも留まっているであろう記事を思い返す。

 

 

 

 ――これぞアイドルの新たなる可能性!

 

 ――その名は『A-RISE(アライズ)』!

 

 

 

 世間が『最上静香』というアイドルに夢中になる中で、彼女たちはひっそりと、それでいて確実にこちらの世界に頭角を現した。

 

 UTX学園所属スクールアイドル『A-RISE』。1054プロダクションと東豪寺麗華というとても大きなバックアップを受けた彼女たちは、スクールアイドルでありながら765シアター劇場にてオリジナル楽曲を披露するという鮮烈なデビューを果たした。

 

 765プロと1054プロの両者の許可を貰って見せてもらったその初ステージの映像は、『周藤良太郎』の目をもってしても唸らざるを得ないものだった。

 

「麗華の奴、大人げないことしやがって……」

 

 アライズの三人を批判するつもりは一切ない。これは紛れもなく彼女たちが自分たちの手で掴んだ揺るぐことのない実力だ。彼女たちを称賛することはあれど非難する道理は何一つとして存在しない。

 

 しかしそんな彼女たちを『スクールアイドル』として活動させるのは正直どうなんだろうと思ったり思わなかったり。

 

 今のところスクールアイドルの活動には小さなライブイベントぐらいしかないものの、今後高校野球における甲子園のような()()()()()()()が行われるようになった場合、アライズの影を踏めるスクールアイドルは現れるのだろか。

 

 ……いやまぁ、本家本元のアイドル業界で散々やらかしてる俺が言うのはアレなことぐらい理解してるけど、それでもそう思ってしまうのだ。

 

 そしてそんなアライズを見て、ニコちゃんは何を感じたのか……。

 

 ニコちゃんは生粋のアイドルオタクゆえに目が肥えている。だからアライズがアイドルとして完成されていると理解しているだろうし、そんな彼女たちと同じ土俵に立つことになるからと言って簡単に諦めるような性格はしていない。まだまだ短い付き合いだがそれぐらいは分かる。

 

 だから『私もすぐにアライズに追いついてやるわ!』なんて感じに燃えていてくれればいいのだが……。

 

「いっそのこと、俺もスクールアイドルのプロデュースでもやってみようかしら」

 

 麗華ほどのプロデュースぢからがあるとは思っていないが、それでもアイツの手がけたアイドル一強という状況というのはなんとなく悔しいというか、それはそれで麗華も不本意だろうし。

 

 

 

「えっ、なに、まさかとは思ってたけど、リョーさんそっち方面の仕事だったの?」

 

 

 

「ん?」

 

 何やら今の独り言を知り合いに聞かれたらしい。さて今回は誰とエンカウントしたのだろうか。

 

「なんだりあむちゃんか」

 

「なんだってなんだよぅ!? こっちは本物のアイドルなんだぞぉ!?」

 

 この世界ではさほど珍しくないものの目を惹くことには変わらないピンク色の頭のアイドルオタク仲間である夢見りあむちゃんだった。相変わらず背はちっこいのにおっぱいはおっきいなぁ。

 

「り、りあむさん、一般の方相手にそんな……!」

 

「また怒られますよ」

 

「別に大丈夫だって~、この人昔なじみの知り合いだし」

 

 そんな彼女と一緒に歩いている二人は……りあむちゃんとユニットを組んでる辻野あかりちゃんと砂塚あきらちゃんだな。

 

「初めまして、リョーって言います。りあむちゃんとは昔からアイドル好き仲間として付き合いがありまして、この度はりあむちゃんと同じユニットを組んでいただきありがとうございます」

 

「リョーさんはぼくのなんなのさ!?」

 

「こ、これはこれはご丁寧に……!」

 

「こちらこそ、ウチのおバカがご迷惑をかけていたようで申し訳ありません」

 

「あかりちゃん!? あきらちゃん!?」

 

 あかりちゃんとあきらちゃんもすっかりりあむちゃんの扱いが分かっている様子である。これはユニットメンバー同士仲が良さそうで何よりだ。

 

「そんなことよりリョーさん! ぼくに何か言うことあるんじゃないかな!?」

 

「はて……?」

 

 腰に手を当てて胸を張って何かを自慢したい様子のりあむちゃん。おっぱいの大きさは変わって無さそうだし……。

 

「……あっ、分かった。アレだね、先月のアレ」

 

「そうそう! それそれ! 分かってんじゃん!」

 

「トロフェスで舞台裏の画像をSNSにあげて『お前らがどうこう言ったところでここにはこれないからなwww敗北者www』っていう煽りからの炎上は最早名人芸で思わず舌を巻いたよ」

 

「そっちじゃなぁぁぁい!?」

 

 流れるように燃えるから思わず感心して『周藤良太郎』としてファボっちゃったよ。その後もう一回激しく燃え上がったのは多分俺のせいじゃない。

 

「それじゃないなら『ユニットとしての初の大きなステージ出演おめでとう』ってことぐらいしかないけど、本当にそれでいいの?」

 

「それしかないの! それだけでいいの!」

 

 それでいいらしい。

 

「ただの面倒くさい炎上系アイドルオタクが、まさか面倒くさい炎上系アイドルになるとは思わなかったよ」

 

「褒められてる気がしない……!」

 

 いやホント。たまにやらかしすぎて同じアイドルオタク仲間の亜利沙ちゃんや結華ちゃんからガチめに怒られていた子が、こうしてちゃんとしたアイドルになるとは流石に思っていなかった。

 

「改めておめでとう、りあむちゃん。少し寂しい気持ちもあるけど、君がアイドルになってくれて本当に嬉しいよ。これからも応援させてもらうね」

 

「えっ。……う、うん……あ、ありがと」

 

 素直に褒めたら褒めたで反応薄いなぁ。

 

(りあむさん、照れてるんご!)

 

(りあむさん、照れてるなぁ)

 

「ところで水着グラビアの予定は? 今年はもうない?」

 

「どうせぼくのおっぱい目当てだと思ったよぉ! このおっぱい星人!」

 

 どうしたどうした褒めるな褒めるな。

 

 ズンズンと肩を怒らせて去っていくりあむちゃんと、その後を追いかけるあかりちゃん。

 

 そしてそんな二人の後に続こうとするあきらちゃんを呼び止めた。

 

「あ、ちょっと待ってもらっていい?」

 

「あ、すみません。両親に『おっぱい星人と話してはいけません』と教育されているもので」

 

「立派なご両親だね」

 

 是非ともその教えを守って生きてもらいたいけど、今回ばかりは目を瞑ってもらいたい。

 

「りあむちゃんの昔なじみとしてデビュー祝いに食事でもって思ったけど、多分誘っても来てくれないよね?」

 

「はい」

 

 いいお返事。

 

「だから今度三人でこのお店に行ってくるといいよ。大将が知り合いで話はしておくから」

 

 先ほどのコロッケを買った際に貰ったレシートの裏に店名と住所を書いてあきらちゃんに渡す。訝し気な顔で一応受け取ってくれたあきらちゃんは、そこに書かれていた店名にギョッと目を見開いた。

 

「ちょっ、コレめっちゃ有名なお寿司屋さんじゃないデスか!? 私たち三人だけで入れるわけないじゃないデスか!?」

 

「大丈夫大丈夫。お店の人には――」

 

 あきらちゃんにだけ見えるように、伊達眼鏡を下げる。

 

「――『周藤良太郎』のツケで、って言えばいいから」

 

「っっっ!!!???」

 

 咄嗟に自分の口を抑えたあきらちゃん。存分に驚いてもらえたようでお兄さんも満足だ。

 

「納得してもらえた?」

 

「……あ、頭は全く理解が追い付いてないデスけど、と、とりあえず分かりました」

 

 本当は二万円ぐらい渡して「これで好きなもの食べてきて」って言いたいところだけど、成人男性が女子中学生にピン札握らせてる絵面が早苗ねーちゃん案件過ぎたのでこういう形にしたのだった。

 

「も、もしかして、りあむさんは知らないんデスか……?」

 

「まだ教えてないからね。いずれは教えてあげるタイミングはあると思うけど」

 

「じゃ、じゃあなんで私にだけ……?」

 

「だってほら、考えてみてよ」

 

 こんな街中でりあむちゃんに「実は俺は『周藤良太郎』なんだよ」なんて告白なんてした日にゃあ……。

 

「うら若き乙女が涙と鼻水と涎を垂れ流しながら五体投地してる姿を晒すことになるよ?」

 

「見るに堪えませんね」

 

 させたくない、というか見たくなかった。

 

「まぁ行きたくなかったら行かなくてもいいよ。その場合は、今度改めて食事に誘わせてもらうから」

 

「……『周藤良太郎』のツケで食事と、『周藤良太郎』と一緒に食事って、どっち選んでも味しなさそうデスね……」

 

 先に行ってしまったあかりちゃんが向こうから「あきらちゃーん!」と大きく手を振っている。そろそろ引き留めるのも限界かな。

 

「りあむちゃんだけじゃなくて、あきらちゃんも頑張ってね」

 

「……あ、ありがとうございます。食事、ありがたく行かせていただきます」

 

 そう言って深々と頭を下げて「失礼します」と言い残してあきらちゃんもりあむちゃんたちの後を追っていった。

 

 りあむちゃんも若干メンタルに難ありな子がだけど、良い子たちとユニット組めたようだ。これなら心配ない……かな?

 

 ……ニコちゃんもユニットメンバーに恵まれれば、きっとアライズにも心折れることはないだろうけど。

 

 

 

(……もしかして)

 

 先ほど店先でニコちゃんと会話をしているときに電柱の影からチラチラとこちらの様子を窺っていた紫髪の女の子が、ニコちゃんのユニットメンバーだったりするのかな?

 

 

 




・コロッケ買ってた恰幅の良いおじさんも食べ歩き
大槻班長をイメージした人が多そうだけど、元ネタは『野武士のグルメ』。
孤独のグルメ系の漫画だけど、お酒を飲む人にはこちらをお勧めしたい。

・『既存のアイドルの曲の披露』
流石にオリジナル楽曲前提だとハードル高すぎるでしょって思った。

・バカッ……! 刻むだろっ ! 普通もっと…… ! 段階をっ……!
前にも使ったけどトネガワのかつ丼ネタ。

・『A-RISE』デビュー
実は既にステージに立ってたんですよ()

・全国規模の大会
第一回開催は二年後だったりする。

・「なんだりあむちゃんか」
ようやくユニ募との邂逅。

・有名なお寿司屋さん
Lesson162でも利用したミーハーな大将がいるお店。

・周藤良太郎バレ
久しぶりの正体バレはあきらちゃんでした。あきらちゃんは今後リョーさんに対するりあむの発言や行動に胃を痛める羽目になります()

・紫髪の女の子
スピリチュアルやね!



 書き上がってからミリマス要素が一切ないことに気が付いたけど、些細な問題ですね()

 次回はちゃんと静香ちゃん視点のお話。


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Lesson289 雨上がりの虹 3

登場人物変わっただけでやっぱりラブライブ編じゃないか(呆れ)

※今回少しだけ苦言が飛んできそうな描写がありますが、あとがきに補足がありますのでそちらにも是非目を通してください。


 

 

 

「えっと、それじゃあね~これは? こーゆー衣装可愛くない?」

 

「ん~? どれどれ~?」

 

「………………」

 

「音符とハートが静香ちゃんと未来のイメージになってるの! スカートの色も三人のイメージカラーに分けてるんだよ~!」

 

「わっ! 翼、絵上手い!」

 

「………………」

 

「ねぇねぇ、静香ちゃん! これどう!? ……あれ?」

 

「可愛いよね! ……あれ?」

 

「………………」

 

「「……静香ちゃん!」」

 

「わっ!?」

 

 突然大声で名前を呼ばれ、ビックリして顔を上げる。周りを見渡す間もなく、未来と翼が真正面から私の顔を覗き込んでいた。

 

「静香ちゃん聞いてるのー?」

 

「ぼーっとしてどうしたの? お仕事疲れてる?」

 

 自分の話を聞いていなかったことに対して抗議するように頬を膨らませる翼と、私が疲れているのではないかと心配そうな表情を浮かべる未来。

 

「ご、ごめんなさい。別のことを考えてて……」

 

「もーちゃんと聞いてよねー! 私たち三人のユニットに関することなんだから!」

 

「あははっ! 静香ちゃんってば、考え事しながら手を動かしてたから絵が変なことになってるよ!」

 

 未来が私の手元の紙を見て笑っているが、はてと首を傾げる。

 

「ちゃんと描けてるわよ?」

 

「「え?」」

 

 そう、これこそ私が三日三晩考え抜いた私たち三人のユニットのトレードマーク!

 

「コンセプトは『断崖絶壁を登るような新しい時代への挑戦』よ!」

 

「……えぇ? な、なにその絵……?」

 

「なんか、都市伝説の特番で見たチュパカブラっていう生き物みたい……」

 

 ふふふっ、余りにも斬新なイラストに二人とも言葉を失ってしまったみたいね。

 

「………………」

 

 私のイラストをしげしげと眺める二人の姿を眺めつつ、私は一人再び思考の海に沈んでいく。

 

 それはつい先ほど、劇場で未来と翼を待っていたときのことである。

 

 

 

 

 

 

「サインくださいっ!」

 

「ず、()が低い……」

 

 ビックリするぐらいキレイに腰を九十度曲げて頭を下げて、両手で持った色紙を私に真っ直ぐに差し出している少女。この状況だけを見れば、熱心なファンからサインを求められているところである。

 

 まぁ確かに『熱心なファン』であることには変わらないんだけど……。

 

「え、えっと、そこまで畏まらなくてもサインぐらいしますよ……ツバサさん」

 

「いや! アイドルからサインを貰うときには最大限の敬意を払うのがファンとしての私のモットーなので!」

 

 ……スクールアイドルとはいえ、貴女もアイドルでしょう……? いやファンでも間違ってないんだけど……。

 

「本当にウチのツバサがスマン……」

 

「この子本当に静香さんのことが大好きでー」

 

 ツバサさんの後ろに立っている彼女のユニットメンバーである英玲奈さんとあんじゅさんに視線で助けを求めるが、英玲奈さんは申し訳なさそうに頭を下げ、あんじゅさんは困ったように笑っていた。

 

 いや、サインすること自体は別にいいんですけどね……なんというか、いつも低姿勢すぎてヘッドスライディングでもしてくるんじゃないかって戸惑っちゃうのよね……。

 

 とりあえずツバサさんから色紙と一緒にサインペンを受け取り、最近になって書く機会が一段と増えた自分のサインを書く。

 

「……はい、どうぞツバサさん」

 

「あぁ! ありがとうございます! 静香ちゃん! これも家宝にするね!」

 

 ()()()という言葉から察するに、多分彼女の部屋にはサインという名の家宝で溢れかえっていることに違いない。

 

「でもサインっていうなら、寧ろ私も貴女たち三人のサインも貰いたいです。ね? 今人気急上昇中スクールアイドル『A-RISE』の皆さん?」

 

 そんな私の言葉に対し、目を輝かせながら私のサインを見つめていたツバサさんは照れた様子ではにかんだ。

 

「いや~そんなそんな……」

 

「お褒めの言葉は大変ありがたいけど」

 

「私たちなんてまだまだだからー」

 

 彼女たちは謙遜した様子でそんなことを言うが、実際凄いと思う。未だに公式で立ったステージは765プロの劇場でしかないというのに、この知名度と人気だ。正式に彼女たちの高校であるUTX学園のスクールアイドルとして活動を始めたら、一体どれほどのカリスマを発揮することになるのだろうか。

 

 

 

()()()()()()()スクールアイドルとして勉強させていただきます!」

 

 ……ん?

 

「かの有名な天海春香さんたちも()()()は大事だったと言っているしな」

 

 ……んん?

 

「ふふふっ、今から()()()が楽しみねー」

 

 ……んんん?

 

 

 

「あっ! 長々と時間を取っちゃってゴメンね! これから打ち合わせだったったけ?」

 

「……え、あ、はい」

 

「私たちもこれから東豪寺の方に戻っての打ち合わせがあるから、これで」

 

「失礼しまーす」

 

 振り返りながらブンブンと全力で手を振るツバサさんと、そんなツバサさんが壁にぶつからないように手を引く英玲奈さんと背中を押すあんじゅさん。

 

 そんな三人に対して私も手を振りながら……しばらく三人の言葉の意味を考えてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

(スクールアイドルを軽視してる……っていうことは、流石にないと思うけど)

 

 軽視ではない。スクールアイドルを下に見ているわけじゃなくて、多分自分たちの立ち位置よりも()()()を見ている。そして何より彼女たちはその遥か上を目指す実力を兼ね備えていた。

 

 『慢心』ではなく『余裕』。いや、きっと余裕だとすら思っていない。そもそも彼女たちはUTX学園芸能科の生徒。東豪寺麗華の下に『アイドルになるため』に入学した人たちだ。最初から決めている目標から違っている。

 

 だからこれはきっと、彼女たちにとっては三年間の『実地試験』なんだ。

 

(……本当にそれでいいのかしら)

 

 そう考えてしまうのは、私がまだ世間を知らない子どもだからなのだろうか。

 

「……あっ! 分かった! こっちが足だ!」

 

「……え? いやそっちは尻尾よ」

 

「えぇぇぇ!? これ尻尾ぉ!?」

 

「し、静香ちゃんの絵がハイセンスすぎて分からない……」

 

 どうやら私がツバサさんたちのことで考え事をしている間に、翼と未来は私のイラストをじっくりと観察してくれていたようだ。それでもまだ理解には至っていないらしい。

 

「ふふっ、二人ともまだまだね」

 

「え、これ私たちのレベルが低いって話になるの?」

 

「なんか釈然としない……」

 

 

 

「おっ、楽しそうだな仲良しトリオ」

 

 二人に対して懇切丁寧にイラストを説明しているとプロデューサーがやって来た。

 

「それじゃあそろそろミーティングを始めるぞ。まずは三人が()()()()()()で何をしたいのかを……」

 

「そんなことよりプロデューサー!」

 

「そんなことより!? えっ!? 俺今めっちゃ大事なこと言ったよ!?」

 

「プロデューサーはこの絵、何に見えますか!?」

 

「いやそもそもコレの手と足って何処だと思いますか!?」

 

「はぁ? ……手がこっちで足がこっちで、コレは尻尾か?」

 

「「嘘でしょ!? なんで分かるの!?」」

 

 ふふっ、やっぱり分かる人には分かるのね。

 

 

 

 

 

 

「……ということで、ついに私たちのユニットの初ステージが決まりました!」

 

「おぉ、おめでとう」

 

 十月の定期公演終了後。久しぶりに定期公演をゆっくりと鑑賞することが出来た俺は、先ほどまでステージに立っていた未来ちゃんと劇場裏で少しだけお喋りをしていた。

 

 一応ただのファンとして来ている身分の癖に随分と生意気なことをしているじゃないかと思われかねないが、未来ちゃん本人からのお呼ばれがあったのだ。多分この初ステージが嬉しくて直接報告したくなったのだろう。相変わらずバ可愛い妹枠である。

 

「ユニット名は?」

 

「えっとですね……はっ!? ダメです! ()()()()()なので秘密です!」

 

「うん、良く出来ました」

 

 以前俺が言ったことを覚えていてくれたようで、自分の口元で人差し指をバッテンにした未来ちゃんの頭を撫でる。

 

「十二月の定期公演の予定なんですけど、リョーさんは来れますか?」

 

「うーん、どうだろうなぁ……年末年始は忙しいからなぁ」

 

 これからの時期は年末年始のイベントで忙しく、今も特番の収録が増えてきているので来月の定期公演すら顔を出せるかどうか怪しいことになってきている。

 

「予定が空いてたら勿論観に来るけど、約束は出来そうにないや。ゴメン」

 

「そうですか……ちょっと寂しいですけど、そう言ってくれるだけで嬉しいです」

 

 寂しそうな笑顔にいじらしい言葉。なんというか大型犬もかくやという勢いで撫で繰り回したい衝動に駆られるが、女子中学生相手にそれをやれば事案である。最近事案の地雷が多いなぁ……。

 

「そういえば、今日はニコちゃんさん来てなかったですね」

 

 先日の遊園地の一件でニコちゃんのことを認知した未来ちゃん。どうやら今日の観客席に彼女の姿がいなかったことに気付いていたらしい。

 

「ニコちゃんも今はちょっと忙しいらしいからね。アルバイトとか練習とか」

 

「そうなんですね……ん? アルバイトはともかくとして、練習?」

 

「そう、スクールアイドルの」

 

「えぇ!? そうなんですか!?」

 

 別に口止めされていないからという言い訳のもと、一応共通の知り合いである未来ちゃんにはその情報をリークしてみた。

 

「いつ頃デビューとかは聞いてないんですか!?」

 

「まだ聞いてないなぁ。あっ、アルバイト先知ってるから聞いてみる? というか千鶴の実家なんだけど」

 

「千鶴さんの実家!? もー! なんでそういうことは早く教えてくれないんですか!」

 

「はっはっはっ、ごめんごめん」

 

 さらに未来ちゃん相手にならばニコちゃんも口を開くのではないかという企みからさらに情報をリークする。

 

「そっかー! それじゃあ今度千鶴さんにお願いして、お店に行っちゃおっかなー!」

 

「うんうん。デビューの日程が聞き出せたら是非俺にも教えてね」

 

 ふふふ……覚悟しておくがいいニコちゃん。俺の武器は、たまに自分でも訳分からなくなる人脈だ! 何処から知り合いが飛んでくるか分からないぞ!

 

「でへへ~! 自分のステージも楽しみだし、ニコちゃんさんのステージも楽しみ! 私今、すっごい楽しい!」

 

 最近はやや涼しくなってきたが、幸せそうにニコニコ笑う未来ちゃんを見ていると心がほっこりと暖かくなるのだった。

 

 

 




・『断崖絶壁を登るような新しい時代への挑戦』
個人的にミリを知らないPへ真っ先に聞かせたい曲No1

・「()が低い……」
ウルトラマンゼェェェット!

・アライズのスクールアイドル観
色々と言われそうなところではありますが、
『スクールアイドルが登場し始めてから一年未満』
『まだラブライブ開催どころか社会全体に熱が浸透しきっていない』
『全体のレベルが圧倒的に低い』
ということを留意していただけるとありがたいです。



 プロ野球選手目指してる人に『甲子園が無い高校野球の地方大会だけで頑張ってね』って言ってモチベを保たせるのが無理な話なんすよ()

 じゃあなんで麗華さんこんなことさせてるのっていう話ですが、明かされるのはラブライブ編の終盤だから多分リアルでニ三年後カナ(目逸らし)

 ちなみにそれに関する伏線自体はしっかりと六章の序盤から投げてあるので……。


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Lesson290 雨上がりの虹 4

……例え雨が上がっても。


 

 

 

「……どうだ?」

 

「「「………………」」」

 

 プロデューサーが持ってきてくれたデモCDを聞き終えた私たち三人は顔を見合わせた。

 

「……早く歌いたい!」

 

「私コレ好き!」

 

「イメージ通りのとてもいい曲でした」

 

 私たちの感想は勿論好意的なものだった。

 

 デモCDの中の曲は、ついに完成した私たち三人のユニット曲。……そう、私たち三人の初めての曲だ。

 

「気に入ってもらえたようで何よりだ」

 

 私たちが「気に入らない」なんて微塵も考えていないくせに、プロデューサーはそう言いながらニコニコと笑っていた。

 

「ユニットのお披露目は予定通り十二月の定期ライブ。勿論この新曲もそこで歌ってもらう。時間は十分あるからしっかりと仕上げていこう!」

 

「十二月というと、今年最後の定期ライブですね」

 

 初ステージとしては申し分ないほど素晴らしい機会だ。一年の最後のステージということで少しだけ背筋が伸びる気持ちだった。

 

「でへへ~! すごい楽しみだなぁ~! ……はっ!? はいプロデューサー!」

 

「ん? はい何ですか春日さん」

 

 いつものニヘラっとした笑みを浮かべていた未来が、突然ハッとした表情になって真っ直ぐ手を挙げた。まるで小学生が授業中に質問するかのような行動に、プロデューサーもまるで先生のように対応した。

 

「この新曲のことも()()()()()ですか!?」

 

「……うん、ちゃんと聞いてくれて偉いぞ未来」

 

「でへへ~それほどでも~」

 

 言葉では褒められてるけど、それは褒められてないわよ未来。

 

「全体のミーティングで決めることにはなるが、俺はお前たち三人を十二月の定期ライブの目玉にしたいと考えている」

 

「目玉……!」

 

「だから勿論……コレだ」

 

 プロデューサーが「しーっ」と人差し指を口元に立てる。

 

「分かりました!  絶対に秘密にします!」

 

「うん偉いぞ」

 

 ……未来が張り切っていると不安になるのはなんでかしらね……。

 

 

 

 

 

 

『十二月の定期ライブ、来てくれたらきっとビックリすると思います! 無理しなくてもいいけど、これたら絶対来てくださいね!』

 

 未来ちゃんから届いたそんなメッセージ。

 

「多分プロデューサーさんか静香ちゃんあたりから秘密にするように念を押されたんだろうなぁ」

 

 未来ちゃんにしては曖昧な内容ではあるが、多分サプライズ的なことがあるんだろなぁということは分かった。そして未来ちゃんのテンションの高さから察するに、多分未来ちゃんと静香ちゃんと翼ちゃんの三人の新曲を披露するってところだろうな。

 

 さて『これたら絶対来てくださいね』と言われたものの。

 

「……まぁ、無理だよなぁ」

 

 まだ十一月が始まったばかりだというのに、俺の予定表には既に来年の二月の頭まで予定がびっしりと埋め尽くされていた。年末年始のアイドルなんてこんなものである。

 

 それが嫌だとか苦痛だとかは言うつもりはない。『アイドル』側としてファンの前の立てること以上の幸せは存在しないが、それでも『ファン』側としては数々のアイドルのイベントに参加出来ないことは残念で他ならなかった。

 

「十二月の定期ライブもそうだけど、楓さんのクリスマスライブとか参加したかったなぁ……」

 

「多分ほとんどのアイドルもりょーたろーくんと同じようなこと考えてると思うよ」

 

「やっぱりみんな楓さんのライブ行きたいよなぁ!?」

 

「そっちじゃなくて、りょーたろーくんのライブだよ」

 

「それじゃあみんなは俺のライブに来てくれていいから、俺は楓さんのライブに参加するわ。これがwin-winってやつだな!」

 

「そのみんなは一体何を見るんだ……?」

 

「いいからお前らは手ぇ動かせ」

 

「お喋りもいいけど、作業だけはしっかりね」

 

 冬馬と北斗さんから注意を受け、俺と翔太は「「はーい」」と素直に作業へと戻る。

 

 今日の俺たちのお仕事はとっても簡単! なんとサインを書くだけ! その数たった千枚!

 

 だんっ!(台パン)

 

「ちょっ、バカ揺らすな! ズレるだろ!」

 

 冬馬スマン。だが流石にコレは文句の一つも言いたくなる。

 

「流石に多いんだよ……! 千枚ってなんだよ千枚って……!?」

 

「良太郎君だったら今までそれぐらいの量は書いてきてないかい?」

 

「通算すりゃそうかもしれませんが、一度に書く量じゃねぇんすよ……!」

 

 今回のコレは123プロの新年ライブにて会場限定で販売するCDに封入される予定になっていて、俺たち九人の直筆サインがランダムで入っている。みんなは是非お目当てのアイドルのサインが入っていることを祈って欲しい。

 

「つべこべ言ってるといつまで経っても終わらねぇぞ。オメェもプロのトップアイドルならサインの千枚や二千枚、文句言わずに書けっての」

 

「冬馬は辛くねぇのかよ」

 

「たりめーだ」

 

「本音は?」

 

「悪い、やっぱ辛ぇわ」

 

 言えたじゃねぇか。

 

 しかも俺たちに至っては日程的なことを考えて今日中に終わらせなければいけない案件だったりする。間違いなく徹夜コース。ちょっとぐらい雑談をしながらじゃないと集中力とやる気が持たないのだ。

 

「そういえば」

 

 さっき冬馬が言った「プロのトップアイドル」という言葉で思い出した。

 

「十二月と言えば、ニコちゃんのスクールアイドルデビューもそれぐらいって言ってたっけなぁ」

 

 正確には『言っていたのを聞いた』のである。結局ニコちゃんは素直にデビューの日程を教えてくれなかったので、あの後で本当に二階堂精肉店に吶喊したらしい未来ちゃんからのタレコミである。どうやら彼女の通う音ノ木坂学院の中で披露するらしいので、結局見に行くことは出来ないんだけど。

 

「なになに? りょーたろーくんもそっちに進出するつもりなの?」

 

 俺の呟きに翔太が興味を示して身を乗り出してきたが、邪魔だったらしく冬馬にベチンと叩かれていた。

 

「良太郎君が面倒を見るスクールアイドルか。それはそれは、あの『A-RISE』の良いライバルになるんじゃないかな?」

 

「俺まだ何も言ってねーんすけど」

 

 なんで北斗さんまでノリノリなんだ。

 

「まぁお前のあの魔境校だったらアイドル出来る人材の一人や二人、余裕で転がってんじゃねーの」

 

「お前もかよ」

 

 まさか冬馬までこの話に乗ってくるとは思わなかった。そしてジュピターの全員が『俺が魔王エンジェルに対抗してスクールアイドルのプロデュースをしようとしている』と決めてかかっていた。

 

「今の俺はそれどころじゃないっての。まだIEの余波が残ってて自分のこと以外を考えてる余裕なんて……」

 

「りょーたろーくん、昨日のお昼休憩のときに何処行ってたって言ってたっけ?」

 

「同じ撮影所を使ってた346のシンデレラプロジェクト二期生の子たちの撮影してたから、ちょっと様子を見に……」

 

「そういうところだよ」

 

 イヤだって気になるじゃん。あのりあむちゃんがちゃんとやれてるのかって気になるじゃん。しかも見に行ったらりあむちゃんに引けを取らないぐらいの濃いメンツが揃ってるんだからさらに気になるじゃん。こう言っちゃ武内さんに失礼かもしれないけど凛ちゃんたち一期生以上に心配になるメンツなんだから仕方がないじゃん。

 

「結局良太郎君の本質は()()()()()()だからね。一度気になるとその子たちが何処に辿り着くのかを見届けなきゃ気が済まない」

 

「それ僕たちも当てはまるよね~」

 

「余計なお世話だったけどな」

 

 まぁ冬馬の言う通り、俺や兄貴が手を差し伸ばさなかったとしてもこの三人なら何処でもやっていけただろう。それこそ、今流行りの男性アイドル専門事務所として名高い315プロ辺りなら諸手を挙げて受け入れただろうに。

 

「……ん?」

 

 さてそろそろ雑談を止めて本腰入れてサイン書き作業に戻ろうかと姿勢を正した矢先にスマホが鳴った。どうやらメッセージらしいが、噂をすればのパターンを考えるともしかしてニコちゃんかりあむちゃん辺りだったりするかな?

 

「ってなんだ兄貴か」

 

 そこは空気を読んで欲しいと思いつつ、一応仕事の内容かもしれないので無視せずにメッセージに目を通す。

 

 

 

「っ!!!???」

 

 

 

 心臓飛び出るかと思った。

 

「中止! 中止中止! 作業中止! お前ら集まれぃ!」

 

「は?」

 

「え、いきなりどーしたの?」

 

「何かあったのかい?」

 

 

 

()()()()って!」

 

 

 

「「「っ!?」」」」

 

 ガタンバタンと椅子をなぎ倒す勢いで立ち上がった三人が俺の後ろに回り込んでくると、ちょうどそんなタイミングでビデオ通話がかかって来た。

 

 通話に出ると、映し出されたのは()()にいる兄貴の姿だった。

 

『おっ、映ったな。四人ともお疲れ。ちゃんとサインは書けてるか?』

 

「そんなこたぁどうでもいいんだよ!」

 

「もっと重要なことあるだろ!」

 

「社長どいて見えない!」

 

『お前らさぁ……』

 

 俺と冬馬と翔太の言葉に従い体を退ける兄貴の向こう側に見えるのは()()()()()()()()()()()早苗ねーちゃんの姿。

 

 

 

 そんな彼女の腕の中で『赤ちゃん』が眠っていた。

 

 

 

「……お疲れ様、早苗ねーちゃん」

 

『ホンット疲れたわ。話には聞いてたけど、ここまでとはね』

 

 そう言って笑う早苗ねーちゃんには確かに疲労が目に見えていたが、それ以上に生き生きとしているようにも見えた。

 

 性別とか色々と聞きたいことも言いたいことも沢山ある。

 

 けれど、今はまずは――。

 

 

 

「おめでとう、兄貴、早苗ねーちゃん」

 

 

 

 ――生涯の宝を授かった兄と義姉への祝福の言葉を口にした。

 

 

 

 

 

 

 雨上がりの空を見上げる。

 

 冷たい雨を乗り越えたものを祝福するように虹がかかる。

 

 

 

 けれど忘れないでほしい。

 

 虹が見えるような雨上がりは――。

 

 

 

「……はい社長、なんですか? ……静香に話がある?」

 

 

 

 ――足元がぬかるんでいるということを。

 

 

 




・悪い、やっぱ辛ぇわ
・言えたじゃねぇか
産まれてこの方一度もFFという作品をやったことが無い奴がここに。
(KHとチョコボの不思議なダンジョンぐらい)

・CP二期生邂逅済み
その辺りの補間エピソードはまた後日。

・『赤ちゃん』
兄貴と早苗ねーちゃんに第一子誕生!



 本当はもうちょっと色々と書きたかったけど、少々リアルの事情で心にダメージを負ってこれ以上書けないからご勘弁を……。

 次回は本編でありつつ番外編のような短編集。名付けて『ほんのりシアターデイズ 』。これまで微妙に登場が薄かったシアター組を登場させていきます。マジック得意そうな子とかおっぱいおっきい子とか。


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Lesson291 ほんのりシアターデイズ

本編であり番外編のような短編集スタート!


 

 

 

・ほんのりシアターデイズ その1

 

 

 

「真壁さん、僕とお付き合いしてくれませんか?」

 

 

 

 その日、劇場の控室へとやって来た私の目に飛び込んできたのは、静香ちゃんが瑞希さんに告白をしている光景だった。

 

「……し、静香、ちゃん……!?」

 

「え? あ、未来、おはよう――」

 

「ゴメンナサイ!」

 

 気が付けば私は踵を返して走り出していた。

 

「――って、未来!? ちょっと待ってコレは違うの!?」

 

 ダメ! 追いかけてこないで静香ちゃん! 今なんか泣いちゃいそうだから!

 

 

 

 

 

 

「……へ? ラブソング?」

 

「はい、ラブソング、つまり恋の歌です」

 

 改めて控室に戻って来た私に向かって、瑞希さんはそう言いながらコクリと頷いた。なんでも、次の瑞希さんの新曲が恋をテーマにした曲らしい。

 

「しかし先日……」

 

 

 

 ――真壁さんは本当に綺麗な声ね。

 

 ――ただもう少しだけ気持ちを乗せて歌えるといいわね。

 

 

 

「……と、レッスンの先生に言われてしまったのです」

 

「はぁ……」

 

「気持ち……知りたい、恋の気持ち……」

 

 リョーさんに負けず劣らずの無表情のまま、しかし瑞希さんの目は好奇心にキラキラと輝いていた。

 

「それで『男性役で告白してみてください』って頼まれただけよ」

 

「そ、そうだったんだ~……私、てっきり……」

 

 ビックリしたと同時に、少しだけホッとしている私がいた。……なんでホッとしてるんだろう?

 

「それでジュリアさん、次は貴女にお願いしたいのですが」

 

「うげっ」

 

 瑞希さんがそれまで黙って様子を窺っていたジュリアさんに詰め寄ると、ジュリアさんは頬を引き攣らせながら身を仰け反らせた。

 

「……はぁ……まぁ、どうせこんなことだろうとは思ったけどよ」

 

 そう言ってため息を吐きながらソファーから立ち上がるジュリアさん。どうやら今度は彼女が男性役をするらしい。ジュリアさんはどんな風に告白をするのかとちょっとだけワクワクしながら見守る。

 

 ジュリアさんは壁際に瑞希さんを立たせると、彼女の頭のすぐ側に腕を突いて顔を寄せた。

 

 

 

「好きだぜ、お前のこと」

 

 

 

 ……お、おぉ~……!

 

「これは……非常にドキドキしました。なるほどこれが恋でしょうか?」

 

「いや絶対違うと思う……」

 

 やや頬を紅潮させた瑞希さんに対してジュリアさんは苦笑しながらそう言うが、あながち間違ってないと思う。

 

「はいはいは~い! 今度は私がジュリアーノにそれやってもらいたいで~す!」

 

「わっ!? ビックリした!?」

 

 勢いよく控室に入って来たのは翼だった。どうやら先ほどのやり取りを聞いていたらしく、ジュリアさんに向かって「次は私!」と詰め寄っていた。

 

「ヤだよ! なんであたしがお前にやってやんなきゃいけないんだよ!」

 

「だってジュリアーノかっこいいんだも~ん」

 

「答えになってねぇんだよ!」

 

「ねーねー、未来もそう思うよね?」

 

「えっ、あ、うん……」

 

 ジュリアさんがカッコいいのは同意するけど……私は、どちらかというと……。

 

(……チラッ)

 

「真壁さん! もう一度私に挑戦させてください!」

 

 どうやら静香ちゃんは自分のときとジュリアさんのときとで瑞希さんの反応が違ったことに不満らしく、再チャレンジを自分から申し込んでいた。

 

「いえ、他を当たってみたいと思います」

 

 しかし瑞希さんはそれをきっぱりと断った。

 

「他って、何かアテがあるのか?」

 

 翼からの熱烈なアピールを片手で制しながらジュリアさんが尋ねると、瑞希さんは「はい」と小さく頷いた。

 

「同じ相談を双海亜美さんにしたところ『ふっふっふ~! それじゃあみずきんには我が765プロが誇る恋愛マスターを紹介してしんぜようではないか~!』と、とある方を紹介されたのです」

 

「「「「な、765プロが誇る恋愛マスター!?」」」」

 

 思わず私と静香ちゃんと翼とジュリアさんの声が揃ってしまった。

 

 

 

 

 

 

「……というわけでよろしくお願いします、我那覇さん」

 

「ちょっと待て」

 

 突然シアター組の真壁瑞希が自分のところにやって来たかと思うと「恋愛のことを教えてください」なんて訳の分からないことを言い出した。

 

「なんで自分なんだよ!?」

 

 せめて既婚者のぴよ子とかにいくだろ!

 

「ですが我那覇さんはあの『クリスマスライナー』に出演されたと伺っています」

 

「うぐっ!?」

 

「あー! そういえばそうだった! 三年前ぐらいでしたっけ!?」

 

「『クリスマスライナー』って、あの切ない恋や遠距離恋愛がテーマのドラマCMですよね!?」

 

 何故か瑞希と一緒に付いてきた未来と静香が盛大に反応した。

 

「た、確かに出たけどさぁ……」

 

「双海亜美さんも『クリスマスライナーに出演したひびきんは一皮も二皮も向けた大人の女……存分に恋愛の極意を聞いて来るといいさ!』と仰っていましたので」

 

 亜美には今度へび香との強制触れ合い動物園させてやる。

 

「あのCMの響さん、す~っごい綺麗でした!」

 

「私も『これが恋してるっていうことなんだ』って感動した記憶があります」

 

 未来と静香は褒めてくれるけど、アレは結局恋の演技が出来なかったから……。

 

「というわけでどうか私にも恋愛の極意を教えていただけないかと思い、こうしてお願いにきたわけなのです」

 

「……う~ん……」

 

 真っ直ぐ頭を下げる瑞希。どうやら彼女に揶揄う意図は一切なく純粋に『恋愛について知りたい』と思っているらしい。それは確かに自分も一度通った道なので、先輩としては無下に扱うことは出来なかった。

 

「……はぁ、分かったぞ……」

 

「っ! ……ありがとうございます」

 

「でも悪いけど、自分も恋愛がなんたるかを偉そうに講釈できるわけじゃないからな」

 

 というか、そんなことを出来る人間なんてきっといない。いたとしてもそれが絶対の答えだなんて限らない。

 

 だから自分も、その問題に直面したとき先輩からしてもらったものと同じアドバイスをすることにしよう。

 

「よし瑞希、今から時間あるか?」

 

「? はい、ありますが」

 

「それじゃあ自分について来るといいぞ。今からいいところに連れてってやるさ!」

 

「……いいところ、とは?」

 

 

 

「瑞希が自分だけの恋愛を見つける手助けをしてくれる場所、だぞ」

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? 響ちゃんじゃん。久しぶりだね」

 

「どうせそんな展開になるんだろうなって思ってたぞ!」

 

 『八神堂』の受付ではやてちゃんと雑談をしていたら響ちゃんが来店してきたので挨拶をしたら突然叫ばれた。何事だよ。

 

「響さん、どーかされたんですか?」

 

「いやもうなんでもないぞ……いきなり大声出してゴメン、はやて」

 

 俺はスルーですか響ちゃん。

 

「おじゃまします」

 

「ん?」

 

 そんな響ちゃんと一緒に入店してきた一人の少女がいた。

 

(……無表情な子だなぁ)

 

(……無表情な人ですね)

 

 なんだろう、凄いシンパシーを感じる。……って、この子確かシアターの子だったな。

 

「えっと……真壁瑞希ちゃんだっけ? 765プロシアターの」

 

「はい、真壁瑞希と申します。今日は我那覇さんにこのお店が『自分だけの恋愛を見付ける手助けをしてくれる』というお話を聞いてきました」

 

 ん? 何やら聞き覚えのあるフレーズ。具体的には三年前ぐらいに響ちゃんを初めてこの『八神堂』に連れてきたときに言ったような気がする。

 

「えっと、実は……」

 

 ※沖縄少女説明中

 

「というわけなんだ。はやて、またお願いしてもいいか?」

 

「そりゃあもう、お安い御用です! ちょい待っててくださいね~」

 

 響ちゃんの要請を受けたはやてちゃんは小さく力こぶを作る真似をしてから店の奥へと消えていった。なのはちゃんと同じ事務所でアイドルとしても精力的に活動しているおかげで、最近のはやてちゃんは実に健康的な美少女に育っていた。

 

「それにしても『恋愛について』か」

 

 アイドルやってるとどうしても一度はその問題にぶつかるようだ。そして過去にその問題にぶつかった響ちゃんが、今度は同じ問題にぶつかった後輩のために動いていることに、今更ながら彼女たちの成長を実感してちょっと感動。

 

「それで我那覇さん、こちらの方とはお知り合いですか?」

 

「え? あ、あぁ……実は自分もこの人に『自分だけの恋愛を見つける手助けをしてくれる場所』ってこのお店を紹介してもらったんだ」

 

「なんと、つまり恋愛マスターのマスター……恋愛グランドマスターということですね」

 

 なにそのある意味では俺とは縁遠い称号。

 

「でもまぁ、美人な嫁さん捕まえたことだしあながち間違いでもないだろ?」

 

「さらに既婚者でしたか。それはそれは、私にも是非ともご教授をお願いします」

 

「寧ろ俺が捕まえられた側だし、そもそもまだ結婚はしてないけどな」

 

 ご教授と言われても。確かに俺もりんもお互いのこと大好きだが、ぶっちゃけ()()()()()()()()とは言えないから……。

 

「ではせめて、既婚者からの本気のドキドキを体験してみたいです」

 

「本気のドキドキ?」

 

 ※無表情少女説明中

 

「ほう……それは面白そうだ」

 

「……え゛」

 

 ちょっとばかりやる気を見せると、響ちゃんがアイドルの喉から出してはいけない声を出した。

 

「ちょ、本当にやるのか!?」

 

「実は前にりんから甘い言葉を囁いてほしいって言われたことがあってね。丁度いいからその予行演習でもさせてもらおうかなと」

 

「えぇ……」

 

「それじゃあ準備はいいかな?」

 

「バッチコーイ」

 

 既に壁際でスタンバっている瑞希ちゃん。準備はいいということなので、伊達眼鏡を付けたままではあるが彼女の頭の横に軽くドンッと音を立てながら右腕を突く。

 

 

 

「可愛い唇の子猫ちゃんだね」

 

 

 

 そう囁きながら左手の親指を彼女の唇に触れるか触れないかという距離まで近付ける。

 

 

 

「その唇、食べちゃいたいぐらいだ」

 

 

 

「もしもしポリスメン?」

 

「ヤメ、ヤメロォ!?」

 

 スマホを取り出して国家権力召喚をしようとする響ちゃんの姿に、慌てて瑞希ちゃんから飛び離れる。

 

「やれって言ったからやったんだろぉ!?」

 

「やりすぎだぞ! あんなの犯罪だぞ犯罪! なんだよあの子猫ちゃんって!」

 

 北斗さんイメージしてやったのに酷い言われようだ。

 

「ゴメンな瑞希! この人、遠慮とか配慮とかそーゆーの全くしない人だから! ……って、あれ? 瑞希?」

 

「………………」

 

「瑞希ちゃん?」

 

「………………」

 

「「……き、気絶してる……!?」」

 

 無表情のままだったから気付くのが遅れたけど、瞬きしてねぇ!?

 

「さ、流石の瑞希もキャパオーバーすることあるんだな……!?」

 

「はやてちゃーん! お店の奥を貸してもらっていいかなー!?」

 

 

 

 話を聞いたシグナムさんとシャマルさんに正座で説教された。

 

 確かにやりすぎたのかもしれないけど、なんとなく納得は出来なかった。

 

「嫁さんにもチクッとくからな」

 

「ままならねぇなぁ……」

 

 

 




・真壁瑞希
ほぼ名前だけでアイル編もすっとばしちゃったので、今回ピックアップ。
元ネタは当然ゲッサン版三巻の特別編。

・リョーさんに負けず劣らずの無表情
流石にあの鉄面皮ほどではないけど、一応無表情キャラ。
笑うと可愛いのは当然である。

・恋愛マスター我那覇響
・クリスマスライナー
初期も初期、Lesson44のネタである。

・「可愛い唇の子猫ちゃんだね」
・「その唇、食べちゃいたいぐらいだ」
良太郎が本気を出して口説く(演技をする)とこうなる。

・「もしもしポリスメン?」
ポプテは使いやすい言葉が多くて二次書きもニッコリ。



 ほんのりシアターデイズ、初日は真壁瑞希編でした。気絶落ちで本当に申し訳ない……。

 こんな感じの短編を四週にわたってお送りしていく予定です。

 来週はおっぱいが大きい子他数名。



『どうでもいい小話』

 凡ミスで名古屋公演の現地を手放してしまった作者は、二次先行で再び現地を勝ち取ることが出来るのか!?


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Lesson292 ほんのりシアターデイズ 2

大人組とのお話!


 

 

 

・シアターデイズ その2

 

 

 

「それじゃあ、今日のレッスンお疲れ様でした~!」

 

 

 

「「「「かんぱ~い!」」」」

 

 

 

「……っぷはぁ! やっぱり寒くなっても生ビールは美味しいわねぇ!」

 

「……やっぱりこのみさんがジョッキを呷ってる姿は、その、なんというか……」

 

「と、とても、その……」

 

「風花ちゃん? 歌織ちゃん? 貴女たちは何を言いたいのかしら? 怒らないからお姉さんに言ってみなさい?」

 

「中学生が子どもビールを飲んでるみたいですわね」

 

「言ったわね!? 二人が言葉を濁したことを、千鶴ちゃん貴女言ったわね!?」

 

 だってそういう風にしか見えないんだから仕方がないじゃないですの。

 

「まぁまぁ! そんなこのみ姉さんも可愛いんだから!」

 

「莉緒ちゃんはフォローするならもうちょっと丁寧にフォローして! 雑すぎるのよ!」

 

 プンスコという擬音が聞こえてきそうなこのみさんの隣に座る百瀬(ももせ)莉緒(りお)さんが、彼女の肩を「まぁまぁ」と言いながら軽く揉んだ。

 

 

 

 さて、今日はシアター組の成人五人で一日のレッスンを終えて居酒屋へとやって来た。本当は同じく成人を迎えている麗花も誘う予定だったのだが、生憎予定があったらしく茜を小脇に抱えて何処かへ行ってしまった。……茜が無事だといいのだけれど。

 

「それにしてもいい店ですね。『しんでれら』でしたっけ」

 

「変わった名前だけど、落ち着いた雰囲気ですね」

 

 未だに中身を半分も飲んでいないグラスを両手で持ったまま、風花と歌織さんがキョロキョロと店内を見渡す。

 

 たまたま見つけて名前が面白いからという理由で入った赤提灯の居酒屋だったが、まさかの隠れ家的な雰囲気で大当たりだった。お客さんが少なく、かといって廃れているという印象もない。お酒や料理の種類が豊富で、値段も特別高いわけでもない。まさしく知る人ぞ知るお店って感じだった。

 

「なんとなくだけど、こういうお店を芸能人がよく利用するんでしょうね」

 

 風花は少しだけソワソワした様子だ。この子、結構ミーハーなところあるから、そういうことを少しだけ期待しているのだろう。

 

「でもまぁ、そんな都合よく芸能人がやってくるなんてことあるわけが……」

 

 

 

「こんばんわー、いつものお願いしまーす」

 

 

 

 ガラガラとお店の引き戸が開く音と共に聞こえてきたその声を、私が聞き間違えるはずが無い。入店してきた孤独なsilhouetteは、紛れもなく良太郎(やつ)だった。

 

「……良かったですわね風花、お望み通り芸能人が来ましたわよ」

 

「えっ!? だ、誰ですか!?」

 

「んー? 今入って来たお兄さん?」

 

「……あら? あの人、確か……」

 

「げっ……」

 

 風花はあたふたと、莉緒さんは首を傾げながらたった今入店してきた人へと視線を向ける。歌織さんはなんとなく気付いている様子で、何度も交流があるこのみさんは露骨に嫌そうな顔をした。……なんというか()()()()()でこうも反応に違いがあるのも面白いですわね。

 

「……ん? おや聞き覚えのあるSilent voiceがすると思ったら、千鶴じゃないか。それにこのみさんに歌織さんも」

 

「こんばんは、良太郎さん」

 

「……はぁ、こんばんは」

 

 こちらに気が付いた良太郎が変装状態のまま声をかけてくる。挨拶を返す歌織さんとこのみさんだが、相変わらずその正体に気付いていない風花と莉緒さんは疑問符を浮かべたままだった。

 

「えっと……千鶴さんたちのお知り合いの方なんですか?」

 

「まぁそうですわね。知名度という点では貴女たちも知ってるはずですけど」

 

「?」

 

 良太郎は現在変装中。この二人に正体を明かすつもりなのかどうかが分からないため、私からは正体に関しては口を噤む。未来たちみたいにリョーさんで通す可能性もあるし。

 

「なるほど、シアター組の飲み会ですか。……おや、風花ちゃんもいるじゃん久しぶり」

 

「えぇ!?」

 

 突然フランクに声をかけられた風花が驚いていた。

 

「わわ、私、どこかでお会いしたことありますか……!? か、勘違いとかではなく……!?」

 

「勿論、俺がそのおっきな胸を見間違えるはずないよ」

 

 それを堂々と言い切る胆力は本当に凄いと思う。

 

 そしてそんなことを言われて隠すように自身の胸部を腕で抱いた風花に対して、良太郎はさらにこう言った。

 

「『ガン見してた俺が言うのもアレですけど、もう少しこーいう視線に慣れた方がいいんじゃないですかね、職業的にも』」

 

「……え? あ、あれ?」

 

 風花は良太郎の言葉に何か思い当たることがあるらしい。

 

「そうそう、ルーズリーフに書いたサイン、まだ残ってますか?」

 

「……ルーズリーフの、サイン……って、ままま、まさか……周藤りょっ!?」

 

 ついにその正体に気付いた風花が良太郎の名前を叫ぶ前に間一髪後ろから口を塞いでそれを阻止する。

 

「えー!? 風花ちゃんも知り合いなのー!? 私だけ仲間ハズレじゃない! 結局このお兄さんは誰なの!?」

 

「周藤良太郎です」

 

「「軽っ!?」」

 

 あっさりと伊達眼鏡を外して正体を明かした良太郎に対して、思わずこのみさんと声が被ってしまった。

 

 

 

 

 

 

「わー! わー! 本当に周藤良太郎なんだー! ねぇねぇ! 握手してもらっていい!?」

 

「そりゃもう、いくらでも」

 

 テンションの高いお姉さんことシアター組の百瀬莉緒さんとの握手に応じる。握手一つで凄い喜んでくれたが、正体を明かしてこういう新鮮な反応をされるのが久しぶりだったから俺もちょっと嬉しかった。……うーん至近距離だと余計に莉緒さんの広い胸元が良く見える!

 

「……それにしてもなんだろう、なんとなく莉緒さんは俺の大学の先輩だったような気がするんですけど」

 

「奇遇ね、私も何故か良太郎君が大学の後輩だったような気がするわ」

 

「貴方たちは一体なんの話をしてますの?」

 

 前世というか、無かったことにされた過去……?

 

「というか、貴方でも一人で居酒屋に入ることがあるんですのね」

 

「そりゃ俺だって一人で飲みたいときぐらいあるよ」

 

 この『しんでれら』は以前見付けたときからちょくちょく利用させてもらっていて、お店の人と仲良くなってボトルキープしてるぐらいなんだから。

 

 結局流れで一緒の席に着くことになりその目的は果たせなかったが、美人のお姉さんたちに囲まれてお酒が飲めるのだから断る理由は一切なかった。

 

「それにしても既に風花ちゃんとも知り合いだったのね」

 

「数年前、ライブ後にぶっ倒れて二泊三日の検査入院したときにちょっとね」

 

「さらっと凄いこと言ったわね!?」

 

「そんなことがあったんですか!?」

 

 このみさんと歌織さんが驚いている。あれ? あのとき入院したって世間に公表してなかったっけ?

 

「そんでそのとき検温に来てくれたのが前職時代の風花ちゃん。大乳(いいもの)見せてもらったお礼とお詫びに、たまたまその場にあったルーズリーフにサイン書いてあげたんですよ。ね?」

 

「は、はい! あのときのサインは、まだ額縁に入れて飾ってあります! ……あっ、注ぎますね」

 

「おっと、ありがとうございます」

 

 恥ずかしそうに笑う風花ちゃん。うーん、アレだけ胸をガン見されたというのに、隣でお酌してくれるなんて本当にいい子。年上なのに年下のような、このみさんのそれとはまた違った雰囲気を醸し出している。

 

「……随分と良い御身分ですわね、良太郎」

 

「まぁ確かに身分的には割と良い位置にいるとは思うけど」

 

 自分で言っちゃうけどこれでもアイドル界の重鎮ぞ? 日高舞と並んで日本における近代アイドルの礎を築いた中心人物ぞ? 一部のアイドルスクールだと既に座学のテキストに乗っちゃうレベルぞ?

 

 しかしなにやら含みを持たせた千鶴の物言いだが、一体何事だろうか。

 

 

 

「流石に恋人よりも風花の胸の方が大きいに決まってますわよね?」

 

「いや、多分負けてないと思うけ、ど……」

 

 

 

 ……なるほどなぁ~これを引き出すためだったかぁ~。

 

「なるほど、風花に負けない胸の大きさと……特定しましたわ」

 

「えっ、早くない?」

 

 確かに風花ちゃん結構な大乳だけど、流石に判断材料としては少なすぎる気がする。

 

「貴方一度自分の女性関係見直してみてはいかが?」

 

「多すぎて見直すどころじゃねぇんだけど」

 

「……そういえば貴方は()()()()()()を認識できないんでしたわね」

 

 やめろよー悲しいものを見る目で見るんじゃないよーこれでも結構必死に改善の努力をしている真っ最中なんだぞー。

 

「……はっ!? え、余りにも衝撃的な会話をしてて意識がトんでたけど、なに、良太郎君、()()の!?」

 

「そそそ、そうなんですか!?」

 

「び、びっくりしました……」

 

「うわ聞きたくなかった……絶対面倒ごとじゃない……」

 

 『周藤良太郎に恋人がいる』という情報にフリーズしていた四人が再起動した。ただこのみさんだけリアクションが違う気がする。

 

「はい、いますよ。まだオフレコでお願いしますね」

 

 この場にいる全員がアイドルだから言いふらすようなことはしないと思うが一応口止めをしておいた。

 

 以前ニコちゃん経由で奏と楓さんに恋人がいることがバレたこともあってニコちゃんには口止めをしておいたが、それでもそろそろ俺の知り合い連中には広まりつつある気がする。世間的にはバレてもまだゴシップの一種として扱われるだろうからいいけど、そろそろ時間の問題かなぁ。

 

「はぁ~残念だなぁ~! もし良太郎君がフリーだったら、お姉さん立候補してあげようかなって思ってたのに~!」

 

 リップサービスだと分かっていても大変嬉しいことを言ってくれる莉緒さん。

 

「ありがとうございます。だけど莉緒さんは素敵な女性ですから、俺なんかよりももっと素敵な男性が相応しいですよ」

 

 なので俺もリップサービスで返そうと思ったけど、莉緒さんが素敵な女性だということは事実だからリップサービスじゃなくてただの褒め言葉だった。

 

「……そ、そう……?」

 

「えっ、莉緒ちゃん貴女チョロくない……?」

 

「だ、だって周藤良太郎に褒められれば誰だってこうなるでしょ……!?」

 

「え? どういうこと?」

 

 あたふたと可愛らしく慌てる莉緒さんに対して、このみさんが本当に理解していない怪訝そうな顔をしていた。ダメだ、もう手遅れだ、このみさんの中では既に『周藤良太郎』がトップアイドルだという事実が忘却の彼方……!

 

 

 

「………………」

 

(……千鶴ちゃん、風花ちゃんどうしたのかしら、急に背筋伸ばして……)

 

(相手に恋人がいるいない抜きにしても、ちょっとでも『大ファンのアイドルに褒めて貰いたい』っていう乙女心ですわね)

 

(まぁ……ふふっ、風花ちゃん可愛い)

 

 

 

 その後、お店の迷惑にならない程度にワイワイと盛り上がりながら、俺は大乳なアイドルのお姉様方に囲まれながらお酒を楽しみましたとさ。

 

 

 

 

 

 

「……というのが昨晩のお話になります」

 

「りょーくん、ちょっとそこに正座して♡」

 

「はい」

 

 

 




・百瀬莉緒
『アイドルマスターミリオンライブ』の登場キャラ。
シアター組の何故かモテないセクシーお姉様な23歳。
なんとなく大きいイメージだったけど、実は千鶴よりも小ぶりだと知ってちょっとショックを受けた。
……なるほどまた逆サバか。

・『しんでれら』
ついに本編登場の例の居酒屋。良太郎は既に常連。
また好きなキャラだけぶっこんで全員酔わせる番外編とか書きてぇなぁ!

・孤独なsilhouetteは、紛れもなくやつ
・Silent voice
なんだアイマスか……。

・莉緒さんは俺の大学の先輩だったような気がする
実は一度そういう設定で黄色の短編集のお話を描いたのですが、莉緒の年齢を勘違いしてそれを読者の方に指摘されたので削除したという経緯があります。

・二泊三日の検査入院
Lesson73と番外編21参照。

・恋人よりも風花の胸の方が大きい
りんの公式サイズがないので独自設定になりますが、多分拓海ぐらいはあるんじゃないかと思ってる。



 風花との再会&りおねぇの初登場回でしたとさ。

 初登場時からそうでしたが、風花は結構なりょーいん患者です。重症患者たちの影に隠れてこっそりグッズを買い揃えてるレベルです。……なのに何故ここまで登場させなかったんだ……!(後悔

 次回はデレミリ名前被り組です。(前回登場のまかべーは残念ながら……)


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Lesson293 ほんのりシアターデイズ 3

カレンとカレンとナオとナオ。


 

 

 

・シアターデイズ その3

 

 

 

「……それでお説教が二時間ぐらいになったんだけど、その間ずっと正座してる俺の膝にりんが腰かけて来るもんだから、色々な意味で大変でねぇ」

 

「とりあえず一発殴るね」

 

「やめて?」

 

 適当な話題として昨日の周藤家の一場面を話したら、突然凛ちゃんからの暴行宣言。その拳とともに疼くviolenceは抑えたままでいて欲しい。

 

「はぁ……全く、惚気れる相手が少ないからってそれをわざわざ私に話すってどういう神経してるのさ」

 

 呆れたように溜息を吐く凛ちゃん。確かに凛ちゃん含む渋谷家の面々は俺とりんのことを知っているが、だからと言って狙って惚気たわけじゃないぞ。コレだってたまたまそういうことになっただけで惚気たかったわけじゃないし。そもそも凛ちゃんが「最近りんさんとどうなの?」って聞いてきたから話したんだし。

 

「それに名前が同じ『りん』だから色々と変な感じするんだよね」

 

「それは確かに俺も思った」

 

 りんは『りん』で凛ちゃんは『凛ちゃん』だからまだ区別出来てるけど、もし俺が凛ちゃんのことを『凛』と呼んでいたら今頃色々と面倒くさいことになっていたことだろう。

 

 ……同じ名前と言えば。

 

「不思議なことに、346プロのアイドルって一人も苗字と名前が被ってないのって凄いよね。どんな確率なんだろう」

 

「良太郎さん、それ以上イケナイ」

 

 不思議だなーと一人感心していると、何故か神妙な面持ちの凛ちゃんが俺の肩に手を置いて静かに首を横に振った。まるでそれ以上この話題に触れると、何か良くないことが起こってしまうような、そんな何かを憂うような悲しい表情だった。

 

「でもその代わり、別の事務所だと同じ苗字や名前もそれなりにいるんだよね」

 

 1054の朝比奈りんと346の渋谷凛を筆頭に、例えば先日八神堂で知り合った765の真壁瑞希ちゃんも346の川島瑞樹さんと同じ名前だし。

 

 これだけ大勢いれば同じ名前のアイドルがいてもなにも珍しくないのだが、それでも何故か面白いと思ってしまう。

 

「いつか俺と同じ名前のアイドルもデビューする日が来るのかなぁ」

 

(プレッシャー凄そう……)

 

 

 

 さて、凛ちゃんとそんな雑談に興じつつチラリと時計に視線を向ける。

 

「それで、まだ遅れてるって?」

 

「ん……今ちょうどメッセージ来た。もうすぐ着くって」

 

 自分のスマホを覗く凛ちゃん。

 

 実は今日、凛ちゃんと奈緒ちゃんと加蓮ちゃんのトライアドプリムス三人をご飯に連れていく約束をしていたのだ。どうやら二人が乗ってくる予定だった電車が遅れていたらしいので、こうして車で一足先に拾った凛ちゃんと共に駅の改札出口前で待っていたのだ。

 

「適当な駅で降りてもらえれば、そのまま迎えに行ったのに」

 

「ただでさえ『周藤良太郎』を足にするっていうのに、それ以上の迷惑はかけられないって思ったんじゃない?」

 

「俺は気にしないのになー」

 

 今日だって『先輩として』というよりは『凛ちゃんの兄貴分として』妹の友人たちを食事に連れていくつもりだった。

 

「大先輩でトップアイドル相手に気にしない人はいないって」

 

「凛ちゃんも気にするの?」

 

「気にしてると思う?」

 

 先ほど助手席に乗るや否や「充電させて」とUSBポートに充電ケーブルを差した凛ちゃんの姿を思い出しながら首を横に振った。

 

「……あ、来たみたい」

 

 凛ちゃんの言葉に視線を改札の向こうへ向けると、こちらに気付いて小走りでやってくる奈緒ちゃんと加蓮ちゃんの姿が見えた。コケると危ないので焦らなくていいよと声をかける。

 

「ゆっくりでいいよー、奈緒ちゃーん、加蓮ちゃーん」

 

 

 

「へ? ……って、良太郎さんですやん。なんで私らが来るって知っとったんですか?」

 

 

 

「……ん?」

 

 すぐ側からかけられたそんな言葉。咄嗟に視線を向けると、そこにいたのは765プロの関西ガールだった。

 

「あれ? 奈緒ちゃん? 偶然だね」

 

「はい、偶然ですけど……え、今、良太郎さん私らの名前呼びましたよね?」

 

「え? いや、確かに奈緒ちゃんとは呼んだけどそれは……ん? ()()?」

 

 何やら話がかみ合っていないような気がしつつ、奈緒ちゃんの発した複数形の一人称が気になった。そういえば、金髪のなかなか派手な見た目の少女が奈緒ちゃんの影からチラチラとこちらを窺っている。

 

 ……なんか見覚えがある気がする。確か、765プロのシアター組の中にこんな子がいたような……。

 

「……あっ! 思い出した! ()()()ちゃんだ!」

 

「え? あ、はい、お待たせしました」

 

「……んん?」

 

 明らかに金髪少女の口から発せられていないその言葉は、いつの間にか改札を抜けてこちらに来ていた加蓮ちゃんのものだった。その後ろには何が起こっているのか分かっていない様子で首を傾げる奈緒ちゃんの姿も。

 

「……ねぇ良太郎さん、コレどういう状況?」

 

 ……うーむ……。

 

 

 

「……ナオちゃん」

 

「「なんですか?」」

 

 

 

「……カレンちゃん」

 

「はい?」

 

「ひぅ……!?」

 

 

 

「……こういう状況らしい」

 

「いやだからどういう状況?」

 

 俺にも分からん。

 

 

 

 

 

 

「さて、ちょっと落ち着いて整理しよう。お互いの自己紹介とか諸々を兼ねて」

 

 改札前はちょっとだけ目立つので、少しだけ隅に寄る。美少女が五人も揃っているので目立たないってことはないとは思うが。

 

 とりあえず今回の主目的ではない俺と凛ちゃんの紹介は一先ず置いておいて。

 

「こちらがコガネ弁の子がジムリーダーのアカネちゃん」

 

「はーい! うちが アカネちゃーん! え? うちに ちょうせん するの? ゆうとくけど うち めっちゃ つよいでー! ……って誰がコガネシティのジムリーダーやねん! 共通点関西弁だけやん! アカネだったら別のアイドルになってまうやろ!」

 

「「「「おぉ~……」」」」

 

「拍手やめぇ!」

 

 ゲーム内のセリフを忠実に引用しつつお手本のようなノリツッコミを披露してくれた奈緒ちゃんに、思わずトライアドの三人と共に拍手してしまった。

 

「改めて、765プロの横山奈緒ちゃん」

 

「はい横山奈緒ですー……もう、疲れることさせんといてぇな、良太郎さん」

 

 ゴメンゴメン。

 

「そしてこっちのとても眉毛な子が346プロの神谷奈緒ちゃん」

 

「おぉい!? 特徴を説明するにしてももうちょっとあるだろぉ!? もっとこう……もっとこうさぁ!?」

 

「奈緒、アイデンティティは大事にしてこ」

 

「やっかましぃわ!」

 

 自分でも何処を特徴にするべきかを悩んでしまったらしいが、それでもこちらの奈緒ちゃんからも加蓮ちゃんと一緒にツッコミを貰ってしまった。

 

「続いてこちらの『俺のサイン会で渡すつもりで小さい頃に書いていた手紙がまだ机の奥底に封印されている』という噂が似合いそうな子が346プロの北条加蓮ちゃん」

 

「奈緒おおおぉぉぉ!?」

 

「この噂の出所が私のわけねぇだろぉぉぉ!?」

 

 俺も噂自体はお酒の席で楓さんから聞いたものなので出所は知らない。しかし加蓮ちゃんの反応を見るに、あながち嘘というわけでもなさそうだった。

 

「また気が向いたときにでもいいから渡してくれると、俺は嬉しいんだけど」

 

「渡せるわけないじゃないですか……!?」

 

 両手で顔を覆いながら「いっそのこと土に埋めてやる……」と呻く加蓮ちゃん。それでもまだ破棄するという選択肢を選ばない辺り大変可愛らしいと思ってしまった。

 

 さて、これで俺の知っている範囲での紹介は終わった。

 

「それじゃあ……初めましてだよね?」

 

「ひぅ……!」

 

 一応初対面となる金髪少女に声をかけると、彼女は一瞬たじろぎ何かに助けを求めるようにキョロキョロと視線を彷徨わせた。……なんだろう、この反応、雪歩ちゃんや智絵里ちゃんを見ているようだ……。

 

「ほら可憐、頑張りぃ」

 

「は、はいぃ……」

 

 奈緒ちゃんにポンッと軽く背中を押され、意を決したように少女は一歩前に出た。

 

「え、えっと、その……な、765プロダクション所属の、し、篠宮可憐です……」

 

 オズオズと自己紹介をする金髪少女改め可憐ちゃん。こう言ってはアレかもしれないが、派手な見た目とは裏腹に随分と気弱そうな子である。多分今全力で「がおぉぉぉ!」とかやったら盛大にビビってくれそう。ちょっとだけ悪戯心が湧いて来る。

 

 あと意外と胸がデカいのもいいね! 多分貴音ちゃんぐらいあるぞ!

 

 そんなちょっとした疑問をちょろっと奈緒ちゃんに聞いてみる。

 

「なんで私に聞いたんですか」

 

 間違えた。346じゃなくて765の奈緒ちゃんに聞いてみる。

 

 奈緒ちゃん曰く、どうやら『気弱な自分を少しでも変えたい』という想いの表れらしい。

 

「確かに今は衣装が変わると性能もガラリと変わる時代だからな」

 

「良太郎さんはなんの話をしてるのさ……」

 

「そりゃあ可憐ちゃんの話だよ」

 

「カレンチャンにはまだ新衣装来てないですよ」

 

「え? 私の新衣装、もう来たよ? 奈緒にも写真見せたじゃん」

 

「ん? 今私のこと呼んだ?」

 

「い、いえ、今のは奈緒さんのことでは、ないと思います……」

 

 えぇい、色々とややこしい! 台本形式じゃないんだから一度に喋らないで! 今回に限っては台本形式でもややこしいことになってたと思うけど!

 

「って、今『自分を変えたい』から派手な格好をしてるって言った?」

 

「わ、私は言ってませんけど……そ、そうです……」

 

 何やらキュピーンと目を光らせた加蓮ちゃんが、一歩後退ろうとした可憐ちゃんの手を掴んだ。

 

「そっかそっか。じゃあさ……『ギャル』とか、興味ない?」

 

「……え?」

 

「似合うと思うんだよねぇ~! 前にウチの事務所の晴ちゃんにギャルファッションさせようとして逃げられたことがあってさ~! ちょっとだけフラストレーション溜まってるんだよね~!」

 

 めっちゃ目がキラキラ光ってる加蓮ちゃんにガッツリと手を握られていて逃げられない可憐ちゃん。助けを求める目でこちらを見ていたが、二人の奈緒ちゃんと共に黙って首を横に振りつつ人差し指と中指を交差させる。

 

「それじゃあ早速行こうか!」

 

「え、えぇ~!?」

 

「ちょっ、加蓮!? お前何処行くつもりだよ!?」

 

「……えっと、奈緒さん、いいんですか?」

 

「まぁ私たちもたまたま一緒にご飯食べに行くことになっとっただけで、特に用事があったわけでもあらへんから」

 

「それじゃあ、お互いにちょっとだけ予定変更だね」

 

 可憐ちゃんの手を引いて歩き出した加蓮ちゃんを追いかける奈緒ちゃん。そんな三人をりんちゃんと奈緒ちゃんと共に歩きながらのんびりと追いかける。

 

 晩御飯は少しだけ遅くなりそうだけど、凛ちゃんたちの楽しそうな姿を見れるのであれば良しとしよう。

 

 

 

 ちなみに俺が『周藤良太郎』だということを明かすのをすっかり忘れていたため、一緒に食事をした際に眼鏡と帽子を外して結果的に盛大にビビらせることになってしまった。本当にごめんなさい。




・疼くviolenceは抑えたままで
コブラじゃねーか!

・346プロのアイドルって一人も苗字と名前が被ってない
ふしぎだなー()

・ジムリーダーのアカネちゃん
苦戦した記憶が無いのは、多分作者が安全マージン多めに取ってジム戦に挑むタイプだからだと思われる。

・篠宮可憐
Lesson252で名前だけ出ていましたが、今回改めて登場。
ちちがデカいぞ!

・衣装が変わると性能もガラリと変わる
・カレンチャン
皆さんはトレーナー生活いかがお過ごしですか?
作者はキタサンピックアップで力を使い果たして瀕死です()

・晴ちゃんにギャルファッションさせようとして
デレステの1コマ劇場『結城晴②』参照。

・人差し指と中指を交差させる
Good luck!



 台本形式でもややこしい会話を地の文すら挟まずにさせるという蛮行()

 というわけでWカレンとWナオのお話でした。可憐ももっと登場させてあげたかったんだけど……その……ね? エピソードが雪歩や智絵里と被りそうで……。

 ただ恋仲○○させたいぐらいには興味があるよ!

 次回、聖母降臨(予定)



・どうでもよくない小話

 スターリットシーズンに楓さん参戦! ……PCの買い替え時かなぁ……。



・どうでもいい小話

 実はR18書き始めたよってことをすっかり告知し忘れてた。

 他サイトだし、別名義だし、ただの性癖垂れ流しだし、アイ転関係ないですけど、一応ツイッターから簡単に辿り着けるようになっています。おねショタはいいぞ。


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Lesson294 ほんのりシアターデイズ 4

聖母(強キャラ)降臨。


 

 

 

・シアターデイズ その4

 

 

 

「……てなわけで、これがその『北条加蓮ちゃんによってギャル風にコーディネートされた篠宮可憐ちゃん』の写真」

 

「ふ、ふおおおぉぉぉ!?」

 

 スマホに表示させた画像を見せた途端、亜利沙ちゃんは目を見開き鼻の穴を大きく広げて奇声を発し始めた。まるで現役アイドルとは思えないような反応ではあるが、正直その反応は分からないでもないし、何だったらもうちょっとリアクションが大きくてもおかしくなかったかなとも思った。

 

「ななな、なんというお宝画像……! 可憐ちゃんの派手な服は、内気な自分の性格を変えたいという意思の表れだとは窺っていましたが、どこか上品さを感じるものばかりでした……! それが、それが……!」

 

 プルプルと震えながら食い入るように画面を見つめる亜利沙ちゃん。そっとスマホを自分の手で持つように促してみると、彼女は震える手で恐る恐るそれを受け取った。多分王様から宝剣を賜る騎士だってもうちょっと恐れ多くないと思う。

 

「あぁ、なんという! 普段の可憐ちゃんの私服からは考えられないようなミニスカート! 生のおみ足が何ともまぁ眩しいこと! なんてことでしょう! シャツのボタンが二つも開けられてるじゃないですか! 胸元が! 胸元が! あぁなんてこと! なんてことを!」

 

「その画像、次にスライドしてみ? 北条加蓮ちゃんの手でギャルメイク施された篠宮可憐ちゃんの画像出てくるから」

 

「あー! いけません! そんな画像を見てしまった日には、私の目が! 私の命が! ダメです私にはまだまだアイドルちゃんたちの晴れ姿を見届けるという義務が! そう義務があるんです! 確かにギャル風になった可憐ちゃんの姿も見たいですが、ここで命を散らすわけには……!」

 

「はい画像どーん」

 

「ぴぎゃあああぁぁぁ!!! しゅごいいいいぃぃぃ!!!」

 

 

 

 

 

 

「……大変お見苦しい姿をお見せしました」

 

「大丈夫だよ」

 

 顔を赤らめて恥ずかしがる亜利沙ちゃんの姿が可愛らしかったので、喉まで上がって来ていた「割と見慣れた醜態だし」という言葉をゴクリと飲み込みつつスマホを返してもらう。

 

 ちなみにこの画像をさらに横にスライドし続けると、何故か可憐ちゃんに対抗しようとしてギャル風の格好をしたりんの自撮り画像が出てくるのだが、流石にそれは『周藤良太郎』としても『遊び人のリョーさん』としても見せるわけにはいかなかった。

 

「それにしても、わざわざありがとうございます、リョーさん。この画像をありさに見せるためだけに来ていただいて。この際、どのような経緯でリョーさんがこの画像を手に入れたのかなんてことは聞きません! めっちゃ気になりますけど! それはもうめっちゃ気になりますけど!」

 

 だろうね。俺も何も知らなかったらめっちゃ気になってる。

 

「こちらこそ現役アイドルがわざわざ時間を割いてくれて光栄だよ」

 

「いやいやそんなそんな」

 

「いやいやいやなんのなんの」

 

 765プロシアター劇場の裏で、二人の男女が「いやいやいや」と首を振り続ける異様な光景が繰り広げられていた。

 

「それに亜利沙ちゃんの近況とか聞きたかったしね。どう? 見る側じゃなくて見られる側のアイドルになって」

 

「……そう、ですね」

 

 事務所の壁に背中を預けながら、亜利沙ちゃんは空を見上げた。

 

「……ありさがこれまで見てきたアイドルちゃんたちは、まだまだ氷山の一角だったということを思い知りました」

 

 俺もなんとなくその隣で壁にもたれかかりながら空を見上げる。

 

「頭では理解していたつもりだったんです。アイドルちゃんたちはみんな、ファンからは見えないところで沢山努力をしてるって。ありさたちじゃ考えられないぐらい頑張ってるんだって。……でも、それは想像以上でした」

 

 首を下げた亜利沙ちゃんは、苦笑しながら首を横に振った。

 

「だからこそ、もっとアイドルちゃんたちを応援したくなりました。そしてそんな()()()を見てアイドルに憧れてくれる子がいると信じて、もっともっとアイドルを頑張りたくなりました」

 

「……そっか」

 

「リョーさんは知ってたんですか? アイドルがこんなに大変なんだって」

 

「一応これでも、亜利沙ちゃんと知り合うずっと前からアイドルに携わる仕事をしてる身だからね。ステージに立つ彼ら彼女らをすぐ側でずっと見ていたから、痛いぐらいよく分かるよ」

 

「ならばもっとよく理解してみるのはいかがですか? リョーさん、結構カッコいいですから、アイドルとしてもやっていけますよ!」

 

「亜利沙ちゃんみたいな可愛い子にそんなこと言って貰えると、お世辞でも頑張ってみたくなっちゃうなぁ」

 

 いっそのこと『リョーさん』としてもアイドルデビューしてしまおうか。

 

「そうだ! お返しと言ってはあれですが、ありさが劇場で撮影した765プロのアイドルちゃんのお宝画像の一部をお見せいたしましょう!」

 

「え、いいの?」

 

「はい! ありさはリョーさんのことを信じていますので!」

 

 ニッコリととてもいい笑顔でとても嬉しいことを言い切ってくれる亜利沙ちゃん。確かに付き合いは長いけど、こんな胡散臭い男をそこまで信じてくれるなんて……あっ、ちょっと涙が……。

 

「ちょっとお待ちくださいね~……そうですねぇ、リョーさんほどのお方にお見せするとなると、それ相応のお宝画像を選らばなければ……」

 

 流石にないとは思いつつも(水着の写真とかがいいなー)と少しの期待を胸に抱きつつ、亜利沙ちゃんが画像を選ぶのを待つ。

 

「……よし! これはどうでしょう! こいつはお宝ですよ! なんとあの朋花ちゃんがプリンを――!」

 

 

 

「亜利沙さ~ん」

 

 

 

「………………」

 

 先ほどから近付いてきていたクリーム色の髪の少女が、亜利沙ちゃんの背後にニコニコとまるで聖母のような慈悲深い笑みを浮かべていた。

 

「私がプリンを……なんですか~?」

 

「……え、えっと……」

 

 そんな少女のとても優しい声に亜利沙ちゃんはダラダラと凄い勢いで汗を流していた。大原部長に悪事を見つかった両さんのようである。

 

「亜利沙さんが一体どんな写真を撮ったのか、私も凄く気になりますね~」

 

「……い、いえいえ……と、朋花ちゃんにお見せするようなものでは~……」

 

「亜・利・沙・さん♪」

 

「すみませんでしたぁぁぁ!」

 

 なんとかこの場を切り抜けようとしていた亜利沙ちゃんだったが、名前を呼ばれた途端に土下座しそうな勢いで深々と頭を下げた。

 

「うふふっ。次からはちゃ~んと、許可を取ってから撮影してくださいね~」

 

「イエスマム!」

 

 一応大人として「隠し撮りはダメだよ」と注意する場面なのだろうが、俺も隠し撮りではないものの冬馬たちの着替えを撮影した上にその写真を凛ちゃんたちにあげるということをしている身なので口を噤む。

 

「貴方もダメですよ~? 軽々しくアイドルのプライベート写真を人に見せるなんて」

 

「いやはやご尤も」

 

 メソメソと涙を流す亜利沙ちゃんにスマホから画像の消去を命じた少女は、俺に向かって人差し指を立てた。口調では「めっ」と優しく諭すような感じではあるものの、なんというか目ぢからが強く有無を言わせぬ迫力がある。

 

「申し訳ない。今後は自重するよ……朋花ちゃん」

 

「うふふっ。物分かりの良い子豚ちゃんは嫌いじゃないですよ~」

 

 素直に謝ると、目ぢからを弱めた天空橋(てんくうばし)朋花(ともか)ちゃんは口元に手を当ててコロコロと笑った。

 

(しかし『子豚ちゃん』か……)

 

 朋花ちゃんは自分のファンのことをそう呼ぶんだっけ? ……そういえばハンガリーの『ドラゴン娘』も自分のファンのことを「子ブタ」呼びしてた気がする。アイツ、少しは他人のために歌うことを覚えただろうか。

 

「それで、貴方が噂の『遊び人のリョーさん』なるお人ですね~?」

 

「どういう噂が流れてるのかは分からないけど、劇場の子たちにはよく『遊び人のリョーさん』を名乗っているのは確かだよ」

 

「色々聞きますよ~? 優しいお兄さんだとか、アイドルに詳しい不審者だとか、よく女の子と一緒にいる不審者だとか」

 

 三分の二が不審者認定である。いやまぁ基本的に自分の素性を話すことが無いし、話した時点で『リョーさん』ではなく『周藤良太郎』になってしまうため、結局のところ『遊び人のリョーさん』はよく分からない男という認識になってしまうのは仕方がないことだった。

 

「私もどんな人なのかな~と気になっていたところ、亜利沙さんと楽しそうにお話をされているところを見かけたので……こうやっていつでも110番出来るように準備してから話しかけさせていただきました~」

 

「朋花様、どうかその右手をゆっくりと下に降ろしていただきたい」

 

 既に110のダイヤルが入力されており後は発信ボタンを押すだけとなった状態のスマホに右手の人差し指を近付ける朋花様に向かって腰を折る。警察関係者に知り合いが多いとはいえ、それとこれとは別問題である。

 

「どうしましょうか~……それでは、一つだけ聞かせてほしいことがあるのですけど~」

 

「何なりとお聞きください」

 

 

 

「……貴方は何者ですか?」

 

 

 

「………………」

 

「ただの遊び人ではないということは百も承知です。貴方の眼は『子豚ちゃん』たちや『天空騎士団』の皆様のそれとは違います」

 

 ……多分朋花ちゃんの親衛隊のことだろうけど、騎士団とはまた大層な。

 

「私たちアイドルのことを一番に考えていることも認めてあげましょう。……だからこそ、貴方が誰なのか分からない」

 

「……()()()()()()、ねぇ」

 

 どんな質問が飛んでくるのかと思いきや、これは予想外だった。なんというか「キャッチボールしよう」と言って投げられたボールをキャッチする直前にそれが砲丸だと気付いてしまった気分。気軽に受け取ったら肩が外れそう。

 

 ……まさか星梨花ちゃんと同い年の十五歳の女の子からこんな質問をされるとは、自他ともに認める『聖母』の眼は確かだったということか。

 

 唐突に始まったシリアスな雰囲気に目を白黒させている亜利沙ちゃんを一瞥してから、俺は肩を竦めた。

 

 

 

()()()()()()()()()よ」

 

 

 

「……なるほど、そういうことですか」

 

「……えっ。……え? と、朋花ちゃん、今ので分かったんですか?」

 

「はい、勿論ですよ~」

 

 言いたいことが伝わったらしい朋花ちゃんが納得の表情を浮かべる一方で、先ほどから俺たちの会話を聞いているだけだった亜利沙ちゃんには当然のように伝わっていなかった。

 

「今の回答で満足してもらえた?」

 

「はい。でも怪しいことには変わりありませんから、気を付けてくださいね~」

 

 それは反論の余地もない。

 

「ご忠告ありがとうね、朋花ちゃん」

 

「いえ~。それでは、私はこれで~」

 

 ペコリと軽く会釈をして離れる朋花ちゃん。色々とこちらに気を遣ってくれた彼女のために、俺はその背中へ声をかけた。

 

 

 

「ありがとうね。今度朋花ちゃんが()()()()()()()()()()()()()()()()を差し入れさせてもらうよ」

 

 

 

「……っ」

 

 朋花ちゃんの足が止まった。

 

「……亜~利~沙~さ~ん?」

 

「いやいやいや!? ありさじゃありませんよ!? なんでリョーさんがそれを!?」

 

 どうやら先ほど亜利沙ちゃんが見せてくれようとしたお宝画像っていうのはそのことらしい。

 

「ゴメンね、朋花ちゃん。俺の知り合いは()()()()()()()()()()()()んだよ」

 

 つまりはそういうことである。

 

 

 

「………………」

 

 ん? あっ、ちょっ、朋花ちゃん、そのスマホはなにを……!?

 

 

 

 

 

 

 そんなのんびりとした劇場の日々(シアターデイズ)

 

 

 




・ギャル可憐
各自想像で補いましょう。

・ギャルりん
各自想像で補いましょうpart2。

・大原部長に悪事を見つかった両さん
リョウさん同士のシンパシー。

・天空橋朋花
『アイドルマスターミリオンライブ』の登場キャラ。
聖母型カリスマ系な15歳。
中の人がマジでハイスペック美女なことで有名。……いやマジで。

・冬馬たちの着替えを撮影
Lesson155参照。

・ハンガリーの『ドラゴン娘』
多分親戚に裁縫の得意なイケおじがいる。

・「……貴方は何者ですか?」
同じく『カリスマ』持ちとして気付くことがあったらしい。

・「ご想像にお任せするよ」
訳:君の想像している通りだよ。



 聖母朋花様回でした。作者の中では朋花様は高ランクカリスマ持ちのイメージだったためにこうなりました。

※なお草案の段階では346の時子様も初登場させる予定だったのですが、どう考えてもとっちらかりそうだったので没に。

 というわけで、短編のような本編でした。色々と書けて楽しかったです。

 次回からは普通の本編に戻ります。戻りますが……色々と大変なことになりそう。



『どうでもいい小話』

 先日11/29を持ちましてアイ転は八周年を迎えることが出来ました。

 今回は記念短編を用意できずに申し訳ありません。

 ここまで長く週刊連載を続けていられるのは、ひとえに感想や評価で暖かい応援をしてくださる皆様のおかげです。本当にありがとうございます。

 アイドルマスターのコンテンツが続く限りアイ転を続けていく所存ですので、これからもどうかよろしくお願いします。


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Lesson295 アイドルになるということ

不穏な空気(序章)


 

 

 

「静香、ちょっといいか?」

 

「はい? どうかしかしましたか、プロデューサー」

 

「ちょっと一緒に事務所の方へ来てほしいんだ」

 

「……事務所、というと……」

 

「あぁ、()()()()()()()()()()だ。社長が呼んでてな」

 

「……社長が……ですか?」

 

 

 

 

 

 

「え? 今ニコちゃん、なんて言ったの?」

 

 今日も放課後に二階堂精肉店でアルバイト中のニコちゃんの様子を見に来たのだが、そこでニコちゃんの言葉を思わず聞き返してしまった。

 

「……別に私、聞き返されるようなこと言ったつもりないんだけど」

 

「途中で聞き逃しちゃって。一応『十一月の定期公演は見送るわ。衣装の資金を貯めないといけないし、トレーニングや合わせの練習もあるから、ちょっと難しいのよ』ってところまでは聞こえたんだけど」

 

「その後は『アンタには関係ないけど』しか言ってないわよ!」

 

 いやいや重要だよそれ。そっかー俺には関係なかったかー。

 

「衣装の資金ねぇ。なるほど、スクールアイドルとして活動していくにはそういうのも必要になってくるわけだ」

 

「正式に学校から部活動として認められているスクールアイドルなら部費として資金援助があるけど、私たちはまだ認可されてないからそういうのは全部自分で調達しなきゃいけないのよ」

 

「あしながおじさんからの資金援助いる?」

 

「財布しまえ」

 

 しかし話には聞いていたことだったが、実際にそうやって資金繰りを苦労している子を見てしまうと、もうちょっとこう何かしらの援助体制を整えてもいいのではないかと少し考えてしまう。

 

(麗華と少し相談してみるか……)

 

 元々スクールアイドル全体の発展を考えており、素で『こんなこともあろうかと』をやっちゃうタイプの麗華ならば既に色々と考えていそうだが、俺も気になる案件ではあるため必要であれば力を貸すことにしよう。

 

 ただよくよく考えてみればアイツって『アイドル』と『プロデューサー』と『経営者』と『指導者』の四足の草鞋を履いているんだよな。蜘蛛かな?

 

「……何? 珍しく考え事でもしてんの?」

 

「うん。結局ダイパリメイクは何がいけなかったのかなって」

 

「プレイヤーのモラルじゃない?」

 

「ぐうの音も出ない……」

 

 この話題は広げすぎると炎上案件(りあむちゃん)になるので止めておこう。

 

「でもまぁ、考えようによってはユニットメンバーと一緒に『アルバイトをして資金を集める』っていうのも青春してるって感じでいいんじゃない?」

 

「え?」

 

「え?」

 

「……そ、そうね、そういう考えもありよね」

 

「どうしたのニコちゃん、いきなり身長が縮んだりして」

 

「誰が豆粒ドチビかー!?」

 

 荒ぶり始めたニコちゃんを伊織ちゃんの声で「落ち着いて(にい)さん!」と宥める。

 

「さて、ニコちゃんとのおしゃべりも楽しいけどそろそろ行くよ」

 

「結局三十分も店先に居座ったわねアンタ……」

 

「ちゃんとコロッケ買ったんだから、それぐらいの世間話は許してほしいかな」

 

 それに二階堂のおじさんも「ゆっくりしていきな!」とまるで肉屋とは思えないようなことを言ってくれたわけだし、これはゆっくりせざるを得ないだろう。

 

「それじゃあニコちゃん、アルバイト頑張って。気が変わったらいつでもデビューステージに招待してくれていいからね」

 

「私の意志はシーラカンスぐらい変わらないわよ」

 

 約四億年経っても変わらないとは、なんという鋼の意志。これはきっとレース序盤に前が詰まったときに持久力を回復してくれるに違いない。

 

 ニコちゃんの一切心の籠っていない「またどうぞー」という適当な挨拶にヒラヒラと手を振って返しつつ、俺は二階堂精肉店を後にした。

 

(……うーむ)

 

 歩きながら、先ほど荒ぶる前のニコちゃんの反応を思い返す。なんとなーく悪い予感がしたので適当に話を流したが、もしその予感が当たっていたとしたら本格的に色々と考えなければいけない。

 

 しかしニコちゃん本人に直接聞いてたとしてもはぐらかされてしまうだろうから、ここは一つ()()()()()()()()()()()()()()に話を聞いてみよう。

 

 

 

「というわけでこんにちはお嬢さん」

 

「……え」

 

 

 

 ()()()()()()()()()ニコちゃんの様子を窺っていた紫髪の少女に声をかける。まさか自分が声をかけられるとは想像していなかったようで、キョトンとした表情をしていた。

 

「物陰から見守るぐらい気になるなら、直接話に行けばいいのに」

 

「あ、その……えっと、う、ウチは別に、その……」

 

「もしかして君がニコちゃんのユニットメンバー?」

 

「……ウチは違います」

 

 ふむ、()()()()()か。となるとアタリかな。

 

「可愛らしいお嬢さん、もしよかったらちょっと俺にナンパされてみない?」

 

「な、ナンパ!?」

 

「そう、ナンパ。『ニコちゃんを応援している者同士』、少しお茶でもしながら話をしない?」

 

「………………」

 

 ナンパという言葉に顔を赤くしつつ困惑した様子を見せた少女だが、少し考えてから小さくコクリと頷いてくれた。どうやら『ニコちゃんを応援している者同士』という言葉が正解だったようだ。良かったー『お互いが知ってるニコちゃんの情報を交換しようぜ』とか言わなくてー。

 

「それじゃあ早速……あっ、ちょっとだけ待ってもらっていい?」

 

「え? あ、はい」

 

「嫁さんに女の子をナンパしたって報告しておくから」

 

「嫁さんに女の子をナンパしたって報告!?」

 

 

 

 

 

 

「……で? 朝比奈はなんと?」

 

「『もーしょうがないなーリョーくんはー♡』(原文ママ)ってメッセージが返って来た」

 

「それは……怖いな」

 

「そうか?」

 

 折角だから最近顔を出せていなかった翠屋に少女を連れてきたのだが、店員として働いていた恭也に事情を聞かれたので全て正直に話すと何故か頬を引き攣らせていた。嫁さんからの愛に溢れたメッセージにホッコリしていたんだけど、どうやら俺のリアクションは間違っているらしい。はて?

 

「さてと」

 

 とりあえず俺はコーヒーを頼み、少女も紅茶を頼んだところで話を進めることにしよう。

 

「俺はリョウタロウ。気軽にリョーさんとでも呼んでくれ。ニコちゃんとはアイドルのライブで知り合ったアイドルオタク仲間でね、彼女にあの店でのアルバイトを進めた張本人でもあるんだ」

 

「え、えっと、ウチはノゾミです。矢澤さんとは同級生です」

 

「ふむふむ……えっ」

 

 ニコちゃんと同じ制服着てるから音ノ木坂の子だとは思っていたけど、同い年? この大乳で?

 

「? どうしたんですか、急に目頭を押さえて……」

 

「ちょっとね、理不尽な胸囲の格差社会を憂いてるんだよ……」

 

「脅威の格差社会……?」

 

 転生特典貰ってる俺が言えた義理はないけど、神様はいつだって理不尽である。

 

(……あれ? 今、眼鏡外してちらっと見えた素顔、何処かで見たことあるような……?)

 

 気を取り直して。

 

「それでノゾミちゃんは、どうしてあんなところでニコちゃんの様子を窺ってたの? 友だちなら直接声をかけに行ったらいいのに」

 

「……それは……えっと……」

 

 何やら言葉を選んでいる様子のノゾミちゃん。

 

「……ウチと矢澤さんは、その……友だち、というわけでは……」

 

「え? 違うの?」

 

 予想外の発言に素で驚いてしまった。

 

「クラスも別で、たまたま校内で『スクールアイドル募集』のチラシを配っているところを見ただけで、話したこともそんなにないんです」

 

「それはそれは……」

 

 しかし、それなら何故アルバイト中のニコちゃんを物陰から覗くような真似を?

 

「あっ、もしかして君もスクールアイドルになりたかったけど、言い出せなかったとか?」

 

「……そう、なのかもしれません」

 

「……ふむ」

 

 なんだろう、ちょっと事情がある感じなのかな?

 

「ただ、その、それ以上にちょっと心配で……」

 

「心配?」

 

「……リョウタロウさんは、矢澤さんがアルバイトしている理由はご存知ですか?」

 

「ニコちゃんからは『スクールアイドルの衣装の資金』を稼ぐためって聞いたけど」

 

 もしかして違うのだろうかと尋ねてみると、ノゾミちゃんは首を横に振った。

 

「それであってます。あってるんですけど……」

 

 何かを言いづらそうにしているノゾミちゃん。ニコちゃんが口にしなかった何か別の理由があるっていうことなのだろうか。

 

 ノゾミちゃんはチラチラと手元のカップと俺の間で視線を行き来させていた。

 

「別に言いづらいことなら俺は無理に聞かないよ。ニコちゃんが黙ってるっていうことは俺に言いたくないってことだろうし、ノゾミちゃんの口から聞いちゃうと怒られるかもしれないしね」

 

「……リョウタロウさんは、矢澤さんのことを本気で応援していますか?」

 

「勿論」

 

 即答してからそれが俺を試すような発言だったことに気付いた。自分でも後から気付く即答っぷりにノゾミちゃんも驚いていた。

 

「実はお兄さん、これでも一部の界隈では『アイドルオタクのリョーさん』として有名でね。世界中のアイドルの味方と言っても過言ではないよ」

 

「せ、世界中のアイドルの味方ですか……それはまた、スケールが大きいですね」

 

「あっ、ゴメン、海の向こうの『女帝』だけは例外ね。アイツは無し。寧ろ敵」

 

「えぇ!? じょ、『女帝』って、あの玲――」

 

「その名前を口にするんじゃない! 魂を抜かれるぞ!」

 

「どういうことですか!?」

 

 閑話休題(アイツのわだいなんてなかった)

 

「ニコちゃんがどれだけアイドルが好きかを知ってる。そのニコちゃんが自分でアイドルの道へと進もうと決めたとき、本当に嬉しかったんだ。だから俺は、ニコちゃんがアイドルになると決めたのであれば全力で応援するよ」

 

「……私から聞いたってことは言わないでください。それと、これを聞いてすぐ矢澤さんに対して何かをするっていうことも少し待ってあげてください」

 

「……分かった」

 

 俺の言葉を聞いて目を伏せていたノゾミちゃんは、意を決した様子で彼女は顔を上げた。

 

「……その、矢澤さん――」

 

 

 

 ――()()()()()()()()()()の費用も払ってるみたいなんです。

 

 

 

 ……なぬ?

 

 

 




・衣装の資金
九人分の衣装をアレだけ作って、お金どれだけかかったんだろう……。

・『アイドル』と『プロデューサー』と『経営者』と『指導者』
麗華は兄貴に次ぐ天然チートキャラ。

・ダイパリメイク
ジラーチと一緒に旅できたのは楽しかった。

・「誰が豆粒ドチビかー!?」
・伊織ちゃんの声
男の子なら一度は手のひらをパンッ!って合わせたことあるでしょ?

・シーラカンス
沼津の水族館で冷凍のやつ見たけど、薄暗さと肌寒さが相まって不気味だった。

・鋼の意志
条件もうちょっと緩和して?

・ノゾミちゃん
彼女は一体誰ナンダー?

・胸囲の格差社会
ちょっと記憶になかったからわざわざツイッターで一年の頃の彼女のバストがどんな感じだったのか聞いちゃったよ。教えてくれた人ありがとう。

・ユニットメンバーの分の費用
おや? 闇が深くなってきたな……?



 ほぼラブライブでスタートした今回のお話。申し訳ないことに年内のアイ転はずっとこんな感じだから覚悟してほしい()


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Lesson296 アイドルになるということ 2

まだマイルド(当社比)


 

 

 

「そ、それでは、みなさん、お手を介錯……!」

 

「お手を介錯!?」

 

「それをゆーなら『お手を拝借』やろがい! いや『お手を拝借』でも間違っとるけど!」

 

 

 

 グラスを片手にした涙目の可憐ちゃんの言葉に昴ちゃんと奈緒ちゃんのツッコミが飛ぶ。それで少しは可憐ちゃんの緊張が解れればよかったのだが、生憎そうはならなかった。寧ろ奈緒ちゃんの全力のツッコミに、余計委縮してしまった感がある。

 

「ほらほら可憐ちゃん、落ち着いてもう一度、ね?」

 

「み、美奈子しゃん……わ、分かりました……」

 

 私が声をかけると、ぐしゅぐしゅと涙声になりつつもしっかりと頷いた可憐ちゃん。その涙は慣れない挨拶を任された故のものではなく……きっと先ほど無事に大役を終えた安心感からくるものだろう。

 

 可憐ちゃんはキュッと目に力を入れ、しかし次の瞬間には再び涙を滲ませながらも、グラスを掲げながら彼女なりの大声を張り上げた。

 

 

 

「じゅ、十一月の定期公演……お、おづ、おづがれさまでじだぁ~!」

 

 

 

『お疲れ様でした~!』

 

 結局最後はしっかりと涙声になってしまった可憐ちゃんの言葉に合わせて、その場の全員が各々のグラスと天井へと突き上げた。

 

 

 

「お疲れ様、奈緒ちゃん。はいコレ、駆けつけ三杯」

 

「お疲れさん、美奈子。ほんで私は最初っからここにおって駆けつけてないからチャーハン三人前は食わんで」

 

「まぁまぁチャーハンどうぞ」

 

「……いやまぁ一人前は食うけど」

 

 奈緒ちゃんに出来立てのチャーハンを盛ったお皿を渡しつつ、お互いに今日の定期公演を労う。

 

「可憐ちゃん、今日のセンター頑張ってたね」

 

 亜利沙さんや昴ちゃんから大絶賛されてアワアワとさらに涙目になっている可憐ちゃんを見つつ、こっそり奈緒ちゃんのお皿に追加のチャーハンを盛ろうとしたらやんわりと押し留められてしまった。

 

「せやなぁ。こないだのアレで何か思うところがあったのかもしれんなぁ」

 

 奈緒ちゃんの言う『こないだのアレ』とは、奈緒ちゃんが可憐ちゃんとお出かけをした際に良太郎君や346プロのトライアドプリムスと偶然出会って一緒に遊んだことだろう。

 

「改めて聞くと凄いことなんだけど……」

 

「……まぁ、私らはそれぐらいじゃイチイチ驚かんようになってしもたからなぁ……」

 

 奈緒ちゃんと二人で思わず虚空を見つめてしまった。例えばこの打ち上げ会場にしれっと彼が混ざっていたとしても「ビックリしたぁ」程度で済んでしまうと思う。

 

「ただどっちかっちゅーと良太郎さんというより、同じ名前繋がりで仲良ぉなった北条加蓮の影響が強いかもしれんな」

 

 奈緒ちゃんに見せてもらった可憐ちゃんと北条加蓮ちゃんの画像を思い出す。ギャル風の衣装という普段とは別ベクトルで派手な格好をした可憐ちゃんの姿を見たときは、思わず私も「……ありだね!」と親指を立ててしまったほどだった。

 

「でもこの繋がりも、元を辿れば良太郎君とのご縁があったから、とも言えないかな?」

 

「良太郎さん経由すればどのアイドルともご縁が結べそうやな」

 

「アイドル縁結びの神様だね」

 

 クスクスと笑いながら、もう一人のある意味()()()()()()で縁を結んだと言って良さそうな少女に視線を向ける。

 

「未来ちゃんと初めて会ったときも、良太郎君がいたっけなぁ」

 

「あぁ、あの良太郎さんとデートしとったときか」

 

「だからデートじゃないってば」

 

 あの朝比奈りんさんに睨まれるからそういうのはちょっと勘弁してもらいたい。アイドルとしてならばいくらでも挑めるが……。

 

「そもそも良太郎君、別に私のタイプってわけじゃないし」

 

「……意外とえげつないこと言うなぁ、美奈子は……」

 

 ウチのお店へご飯を食べに来るたびにいっぱい食べてもらってるけど、やっぱりアイドルだから自己管理が完璧で全然ふくよかになってくれないんだもん。

 

「って、話が逸れちゃった。今は未来ちゃんの話」

 

「あぁ、せやったな。……初めてのダンスレッスンで盆踊りを披露して、ボイスレッスンでひーこら言ってたあの未来が、今ではちゃんとアイドルやっとるんやもんなぁ」

 

 奈緒ちゃんはしみじみと、そのときのことを思い出すように目を瞑る。

 

「可憐や未来だけやない。今話題沸騰中の静香や翼も、それに昴も亜利沙もみんなみんな、順調に前に進んどる」

 

「不思議だね。ちょっと前までの私たちだったら、他の人の成長を喜べるような立場じゃなければ余裕もなかったはずなのに」

 

「前に進んどるのは私らも同じってことや。ええことやん」

 

「……うん、いいことだよね」

 

 

 

 だから願わくば、どうか()()()のように誰かが欠けるようなトラブルが起きませんように……。

 

 

 

「……なぁ、美奈子」

 

「ん? 何?」

 

「今ウチがちょっと目ぇ瞑っとった間に、()()()な?」

 

「わっほーい!」

 

「せめて否定せぇ!」

 

 

 

 

 

 

 あっ! 奈緒さんが美奈子さんから沢山チャーハン貰ってる! いいなぁ!

 

 私もお腹が空いているので早速貰いに行こうとすると、ガチャリとドアが開いて「お疲れ様です」という声が……この声は!

 

「静香ちゃん!」

 

「あ、未来、お疲れ……ぐえっ!?」

 

 思わず勢いよく抱き着いてしまった。何やら静香ちゃんの口から潰れたカエルの鳴き声のような声が聞こえたような気がしたが、きっと聞き間違いだろう。

 

「お疲れ様! 今日のお仕事は!? もう終わったの!? もしかしてライブ観てた!?」

 

「え゛、え゛ぇ゛、最後の゛方だげ……!」

 

「未来ー、静香の息の根が止まる前に手ぇ緩めたれよー」

 

 確かに抱き着いたままではお話がしづらいし、ちょっと離れることにする。

 

「ねぇねぇ聞いて! 今日私、八曲も歌ったんだよ!」

 

「……未来」

 

「最近いっぱい覚えて、沢山ステージに立てるようになってすっごい楽しいの!」

 

「あの、未来」

 

「それでね、それでね!」

 

「未来!」

 

「へ?」

 

 私の名前を強く呼びながら、静香ちゃんが私の肩を掴んだ。少しだけ勢いが強くて、少しだけ力が入っていて……少しだけ手が震えているような気がした。

 

「大事な話があるの」

 

「……大事な話?」

 

 なんだろう、もしかして楽しいサプライズだろうか……なんて、そんな考えが全く思い浮かばないぐらい。

 

 静香ちゃんは、とても真剣な目をしていた。

 

 

 

 

 

 

「……えっ? ……は、白紙?」

 

 

 

 静香ちゃんによって連れてこれてた別室には、プロデューサーさんと翼もいた。

 

 そしてそこでプロデューサーさんの口から発せられた言葉に、私の理解はすぐに追いついてくれなかった。

 

「は、白紙って? ゆ、ユニットデビューが、ですか?」

 

 そんな、だって、新曲が、そう新曲だって出来てるのに、衣装だって、衣装だって私と静香ちゃんと翼の三人で、可愛いねって言った衣装だって、そんな、だって。

 

「落ち着いて、未来」

 

 隣に座る静香ちゃんが私の手をギュッと握ってくれた。先ほど私の肩を掴んだときと同じように、少しだけ力が強くて、そして少しだけ震えている手。

 

「ちゃんと理由は説明する。だからまずは落ち着いてくれ、未来」

 

 プロデューサーさんの言葉に、一つ二つと深呼吸を繰り返す。

 

「つい先日、社長直々に俺と静香に話があったんだ」

 

 

 

 ――突然呼び出してしまって申し訳ないね、最上静香君。

 

 ――話というのは他でもない。

 

 

 

 ――『武道館』で歌ってみたくはないかね?

 

 

 

「「ぶ、武道館!?」」

 

 私と翼の声が重なる。

 

 武道館って、あの武道館!?

 

「屋根の上に金色の玉ねぎが乗ってるあの武道館!?」

 

「未来にとって武道館はそういう認識なの……?」

 

「へ~、あれって擬宝珠(ぎぼし)って言うんだ~」

 

「翼、気になることを自分で調べることはとても大切だけど、今はスマホをしまって」

 

「実はそのまんま『大きな玉ねぎの下で』っていう、武道館で待ち合わせした女の子がこなかったっていう失恋の曲があってだな……」

 

「プロデューサーまで脱線したら収拾がつかなくなるでしょう!?」

 

 三人纏めて静香ちゃんに怒られたところで、話を戻す。

 

「なんでも、各事務所の大型新人を集めて競わせる企画の話が来たらしくて、それに静香が選抜された。その最終ライブが武道館なんだ」

 

「す、凄いよ静香ちゃん! 武道館だなんて!」

 

 『武道館で歌う』ということは、私でも分かるぐらい凄いことだ。

 

 しかし、何故か静香ちゃんの表情は曇っていた。

 

「……ねープロデューサー。その最終ライブって()()なの?」

 

「……十二月二十五日……つまりクリスマスだ」

 

 翼からの質問に答える形でプロデューサーさんが教えてくれたその日程は、なんとクリスマス! 凄い! クリスマスに武道館でライブなんて……え?

 

「く、クリスマス……?」

 

 え、だって、それって……。

 

 

 

「……そうだ。()()()()()()()()()()()()だ」

 

 

 

 ……それが……白紙の、理由……。

 

「……静香の選抜企画は『765プロはAS組だけじゃない』って世間に広く知らしめるためにも逃したくないチャンスなんだ。だから最終ライブまでの一ヶ月と少し、静香にはこちらの企画に集中してもらいたい」

 

 そう言って膝の上で拳を握るプロデューサーさんは、目を瞑って何かを耐えるような表情をしていた。

 

「……今回は事務所の都合で三人を振り回す結果になってしまった……本当にすまない」

 

 頭を下げるプロデューサーさん。何かを言おうとして口を開いたけど言葉は出ず、静香ちゃんや翼も何も言わなかった。

 

「ユニットの件は一先ず白紙だが、落ち着いた頃にもう一度改めて報告をさせてもらう。だから三人とも――」

 

 

 

 ――今回は()()()()()()で、しっかりと経験を積んで備えて欲しい。

 

 

 




・「まぁまぁチャーハンどうぞ」
妖怪高カロリー

・『大きな玉ねぎの下で』
爆風スランプさんの曲らしい。



 この段々と重苦しくなっていく雰囲気が、書いててなんだかワクワクしてきます()

 先に宣言しておきますが、年内のアイ転はずっとこんな感じです^^


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Lesson297 アイドルになるということ 3

若干の晴れ間(前フリ)


 

 

 

 四人での話し合いを終え、私たちは打ち上げに戻った。といっても私は今回の定期公演に参加していないのだが、そのまま未来と翼に連れ込まれた形だった。

 

 私の手を引く二人はユニットの中止が言い渡された直後とは思えないぐらい普段通りで、翼は私を連れてきた後はそのままジュリアさんの方へと行ってしまったし、未来も何事もなかったかのように話しかけてきた。

 

 ……私にこんなことを言う資格はないのかもしれないけれど、そんな二人の変わらない態度が、少しありがたかった。

 

 

 

「……こんなところにいたのね、未来」

 

「あっ、静香ちゃん」

 

 打ち上げ終了後、いつの間にか姿が見えなくなっていた未来を探していると、彼女は撤収前のステージの上で横になっていた。

 

「そんなところで寝転んでると、服が汚れちゃうわよ?」

 

「大丈夫! ちゃんと下にジャージ敷いてるから!」

 

 そのジャージが汚れるという発想はないのかしら……?

 

 体を起こした未来が、少しお尻を移動させて自分の横をポンポンと叩いた。何を言われたわけではないけれど、私はその意図を読んで未来の隣に腰を下ろす。二人並んでステージから客席を見るような形になった。

 

 ジャージの上に二人で座ろうとすると自然と体は近くなる。それでもぶつからないように少しだけ距離を置こうとしたのだが、未来の方から体を寄せてきて肩と肩が触れ合った。

 

「ねぇ、静香ちゃん! 今日のステージのセットも綺麗でしょ?」

 

「え? え、えぇ、そうね」

 

「私も飾り付け手伝ったんだよ。星空のイメージなんだって~」

 

 未来は楽しそうに笑いながら「アレとアレ、私が付けたんだよ~」とステージ横の飾りつけを指差す。ゆらゆらと体を揺らしながら飾り付けのときのエピソードを語る未来の横顔がとても眩しくて、私は少しだけ体を彼女から離してしまった。

 

「……ねぇ、未来。あのね、私……」

 

「静香ちゃん」

 

 まるで私が何を言おうとしたのか分かっているように、笑顔の未来が私の言葉を遮った。

 

「武道館、おめでとう」

 

「っ……」

 

 やっぱり、未来は私が何を言おうとしていたのか分かっていた。それを悟られてしまうほど露骨だった私の態度と、そしてそれを未来に気遣わせてしまった事実に、痛かった心臓がさらにギュッと締め付けられるような感覚に襲われた。

 

「静香ちゃん、前に言ってたもんね」

 

 

 

 ――私ね、アイドルになりたいの。

 

 ――みんなに愛されるような、誰からも認められるような、そんなアイドルになりたいの。

 

 ――それで、いつか武道館いっぱいのファンの前で歌うの。

 

 

 

「私、ちゃんと覚えてるよ」

 

 それは確か、いつの日かのレッスンの帰りに彼女へ語った自分の夢。未来は、そんな私の言葉を覚えていてくれたのか。

 

「夢が叶うかもしれないんだよね。やっぱり静香ちゃんは凄いなぁ」

 

「……でも、そのせいで私は約束を破ろうとしてる。未来はそれでもいいの?」

 

「大丈夫! ユニットは()()()()()()()よ! また()()やろう!」

 

「………………」

 

 その言葉に、私の心臓はさらに締め付けられた。咄嗟に口から出てしまいそうになった『私に来年なんてない』という言葉を必死に飲み込む。

 

 きっとその言葉は、私と未来の全てを終わらせてしまう言葉だから。

 

「それに……私、静香ちゃんの夢が叶う方が嬉しいんだ! だって私は……アイドル『最上静香』のファンだから!」

 

 そう言って笑いながら立ち上がった未来が、私に向かって手を差し伸べる。一瞬、躊躇してしまいそうになったが、私はその手を取って立ち上がった。

 

「……あっ! 二階席にリョーさんがいる!?」

 

「嘘っ!?」

 

「嘘!」

 

「……未来~!?」

 

「アハハッ! 静香ちゃん騙された~!」

 

「嘘ならもうちょっと嘘っぽいものにしなさいよ!」

 

 あの人のことだから本当にいてもおかしくないなぁって思っちゃったじゃない!

 

 ヘラヘラと笑う未来に少しだけムッとしてしまったが、それが彼女なりの気遣いだと分かっていた。

 

「……私、絶対に武道館へ行く。選抜に勝ち残って、武道館で歌う。だからその間、私の分まで劇場をよろしく」

 

「うん、任せて! 私だってもうアイドルなんだから!」

 

 握ったままの手に、ギュッと力を込める。

 

 ……未来との約束を破ってしまったが、また一つ新しい約束を交わす。

 

 絶対に、勝ち残ってみせる。

 

 

 

 ――()()だ。

 

 

 

 

 

 

「こんばんはニコちゃん、今日のおススメは何?」

 

「肉」

 

「つまり逆に精肉店でそれ以外がおススメになることがあると……?」

 

 先ほどまで主婦のお姉様方の接客中に浮かべていたニコちゃんの営業スマイルを見たかったのだが、俺の姿を認識した途端にスーッと表情が消え失せていく様子は逆に見ものだった。演技力はそこらのアイドルよりも上だと思う。

 

「今日は真面目に夕飯の買い物に来たんだよ。合い挽きミンチ八百グラムくださいな」

 

「……アンタが普通に買い物してくなんて珍しいわね」

 

「先日産まれた子どもを連れて義姉が帰って来たばかりだから、色々とゴタゴタしててね」

 

 名前とか性別とかその辺りのことは今は置いておく(もうちょっとじらす)として、ついに早苗ねーちゃんが子どもを連れて我が家へと帰って来たのだ。これにより周藤家は七人の大所帯となった。

 

 兄貴と結婚した早苗ねーちゃんがやって来て、余りの生活力の無さに志希が居候となり、最近だとりんもウチにいる時間の方が長くなっている。元々俺と兄貴と母さんの三人家族だったのだが、随分と賑やかになったものである。

 

 ……アレ? 元々三人? 何かを忘れているような気がするが……まぁすぐに思い出せないってことは大したことじゃないんだろう、うん。本編を読み返しても周藤家は最初から三人しかいなかったからな!

 

「それにしばらくはニコちゃんの様子を見に来ることが出来そうにないからね。最後に顔を見ておきたくて」

 

「……え?」

 

 俺の注文を店の奥に通して袋の用意などをしていたニコちゃんが、呆気に取られた表情で顔を上げた。

 

「俺も業界人だからさ、年末年始に向けて色々と忙しくなるんだよ」

 

 この時期は元々忙しかったのだが、今年はIEでの一件を経て忙しさに拍車がかかってしまった。来週辺りからテレビやラジオやネットで『周藤良太郎』の名前が途切れることはないだろう。『人気者は引っ張りだこで辛いぜ』という冗談が冗談になっていなかった。

 

「……ふーん。まぁ別に? 私も色々と忙しくなるし? アンタの顔を見なくて済むならありがたい話だし?」

 

「ニコちゃん、デレるならもうちょっと表情を作ってくれない?」

 

「あ゛?」

 

 スクールアイドルや接客業以前に女の子がしちゃいけない表情を作れとは言っていない。

 

「だからこれだけはニコちゃんに聞いておきたかったんだ」

 

「なによ。何度も言ってるけど、デビューステージの日程も曲も衣装も、何も教えることなんて……」

 

 

 

「ニコちゃんは、()()()()()()()()()で、後悔しない?」

 

 

 

「………………」

 

 俺の質問にニコちゃんは表情を強張らせた。きっと彼女の脳内では今頃(まさかコイツ知ってる……!?)(いやまさか……!)(ただの偶然に決まってる……!)なんて言葉が浮かんでいることだろう。

 

 

 

 ――衣装代やその他諸々の経費は全てニコちゃんが払う。

 

 

 

 ……それがニコちゃんと未だに姿も名前も知らない彼女のユニットメンバーとの間に交わされた約束(けいやく)だと、俺は先日ノゾミちゃんから教わった。

 

 ノゾミちゃんがそれを知ってしまったのは偶然だったらしい。たまたまニコちゃんが校内で勧誘活動をしているところに遭遇し、二人の女子生徒に対してその条件を()()()()()()()()()()()場面を目撃してしまった、と言っていた。

 

 具体的な金額までは分からないが、スクールアイドルとしての活動にかかる費用は決して安くはない。それはアルバイトぐらいしかまともな資金源が存在しない女子高生にとってはきっと死活問題とも言えるだろう。逆に言えば、その問題さえ解決すればスクールアイドルへのハードルはグッと下がるということだ。

 

 ……それを言い出したのがユニットメンバーからだったならば、流石に俺も口出ししていただろう。けれど言い出したのはニコちゃん本人だ。彼女自身が、その選択を選んでしまった。

 

 『どうしてそこまで』だとか『焦っていたのだろうか』だとか、色々と思うことはある。しかし俺は、ニコちゃんの事情も相手の事情も知らない。もしかしたらユニットメンバーはニコちゃん以上に資金苦なのかもしれない。そうすることでニコちゃんの本気を推し量って「貴女の本気、見せてもらったよ」みたいな(はざま)黒男(くろお)先生みたいなことを言って本当はニコちゃんにお金を払うつもりなのかもしれない。

 

 だから今ここで俺が出来ることは、ニコちゃん自身の気持ちを聞くことだけなのだ。

 

「……後悔するかしないかなんて、そんなの分かるわけないじゃない」

 

 十秒以上沈黙していたニコちゃんの口から発せられたのは、そんな言葉だった。

 

(……まぁ、そうだよな)

 

 ニコちゃんはまだまだ十六歳の高校生、アイドルどころか候補生ですらないんだ。少しだけ酷な言葉だったかもしれない。

 

 それでも、俺はニコちゃんから本気を感じ取ったからこそ、彼女に期待したいんだ。

 

「それじゃあせめて、失敗するときのアドバイスを……」

 

「普通そこは失敗しないアドバイスじゃないの!?」

 

「いやだってどれだけ準備しても失敗するときはするもんだし……」

 

 それに失敗だって、まだ上を望むことが出来ると考えると悪いもんじゃない。

 

「失敗も後悔も、全部ステージの上でするんだ」

 

「ステージの上で……?」

 

「そう。例え振り付けや衣装が未完成でも、練習不足でも、観客がいなくても、まずはステージに立つんだ」

 

 中途半端な状況でステージに立つことは、プロとしては許されないことだろう。でも今のニコちゃんに求められることは『完璧』じゃなくて『経験』だ。

 

 

 

「恥をかこうが笑われようが……()()()()()()()()()()()は、そんなもんじゃないぞ」

 

 

 

 あの日、まだ幸運エンジェルだった頃の麗華たちの涙を俺は一生忘れない。それと同時に、同じ涙を()()()()()()()()()()()()という罪も俺は一生背負い続ける。

 

「ここがアイドルになるための覚悟の一歩だ、ニコちゃん。君に踏み出せるか?」

 

「……舐めるんじゃないわよ」

 

 俺への問いかけに対するニコちゃんの回答は、笑みだった。まだ緊張に引き攣りながらも、それでもしっかりと犬歯を見せる好戦的な笑み。

 

「私は、アイドルになるのよ!」

 

「……いい啖呵だ」

 

 

 

 願わくば。

 

 何事もなくとまでは言わないが。

 

 それでもニコちゃんにとって実りのある初ステージになりますように……。

 

 

 




・また来年
それは静香を苦しめる呪いの言葉。

・「合い挽きミンチ八百グラムくださいな」
世界的なトップアイドルが商店街でお使いをする図。
セレブなはずなのに相変わらず小市民思考な周藤家。

・兄貴と早苗ねーちゃんの子ども
別に考えてないわけじゃないんだよ?(ホントダヨ)

・三人家族
なにかを忘れているような……(祭壇から目を逸らす)

・衣装代やその他諸々の経費は全てニコちゃんが払う
原作には存在しない闇設定を捏造していく。
詳細を語られてないはずだから問題なし!

・間黒男先生
月の欠片を集めて夢を飾って眠りそう。



 おっ、静香もニコちゃんも上昇思考やな()これは勝ったな()


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Lesson298 アイドルになるということ 4

メリークリスマした。


 

 

 

 『ゴールデンエイジ』。それが今回私が参加することになった企画の名前だった。各事務所の大型新人を集めて、アイドルとして持ちうる全てを競い頂点を目指すオーディション番組だと……そういう説明を受けた。

 

 今回の企画中、基本的に私は765プロの仕事から外れ、代わりに今回の企画プロデューサーである灰島という女性の方の下で、他の事務所のアイドルたちと活動することになった。

 

 ……なったのだが……。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 ついにゴールデンエイジの撮影が始まり、その合間の休憩中に私はテレビ局の廊下の自販機にスポーツドリンクを買いに来た。先ほどの撮影は肉体的な疲労よりも精神的な疲労が強く、口の中がカラカラになってしまっていた。

 

「このテレビ局、周藤良太郎も撮影に来てるらしいよー!」

 

「えっ!? マジ!? 偶然会ったりしないかなー!?」

 

 自販機には先客として、ゴールデンエイジに参加している共演者のアイドル二人がスポーツドリンクを買っていた。確か同じ事務所から参加していると聞いているので、とても仲良さそうだった。

 

「……ねぇねぇ」

 

「あっ……」

 

 二人の視線がこちらに向いた。先ほどまでのそれなりに大きな声が途端に鳴りを潜め、何やらクスクスと笑いながらヒソヒソ話を始める。

 

 ……この企画が始まった頃から何度も目にした光景だった。どうやら先日の雑誌の一面を飾った件が、他の事務所のアイドルにはいい印象を与えなかったらしい。

 

 クスクスと笑いながら二人は私の両脇を通り抜けていった。一瞬、何かされるのではないかと思ってビクッとしてしまったがそんなことはなく、そんな私の様子を見てさらに二人は笑っていた。

 

「……はぁ」

 

 今の数十秒の出来事で余計に喉が渇いてしまった。私も早くスポーツドリンクを買って戻ろう。

 

「最上さん」

 

「え……あっ、灰島さん……」

 

 小銭を取り出していると、灰島さんがやって来て声をかけてきた。

 

「お、お疲れ様です」

 

「お疲れ様、最上さん。さっきの収録のことなんだけど」

 

「え? ……な、何かありましたか……?」

 

 個人的には歌もダンスも全て完璧にこなせたと思っている。一緒に出演したメンバーの誰よりも上手く……とは流石に言えないけれど、それでも上出来だったという自負がある。

 

「さっきの収録のMCなんだけど。貴女の持ち時間より随分と早く切り上げたけど、どうして?」

 

 しかし灰島さんはピクリとも笑うことなく、眼鏡のツルを指で押し上げた。

 

「……えっ、あっ、それは……すみません、私……」

 

 いつも劇場でMCをしているときは、トークが好きな他のメンバーへ少しでも多く話させてあげたくて自分の持ち時間を少しだけその子にあげてしまうのだ。そのときの癖というか、なんというか……。

 

「もしかして貴女、トーク舐めてる? 歌に自信? アピールせずに勝ち上がれると思ってる?」

 

「そ、そんなことありません! 私は……!」

 

「最上さんは、またこの企画の趣旨が分かってないのかしら?」

 

 灰島さんは呆れたように溜息を吐きながら首を振った。

 

「私がこの企画で欲しいのは、いつでも誰よりも、目立って輝いて……そして()()()アイドル。()()()()()という強い意志を持ってるアイドル。()()()()()()じゃダメなのよ」

 

「………………」

 

「この企画のメンバーは貴女の『仲間』じゃないわ。全員蹴落とさなきゃいけない『宿敵』なの。それが分からない子は、容赦なく予選で落とすつもりよ」

 

「……はい、次は気を付けます」

 

「分かって頂戴。私は貴女に期待しているの」

 

 頭を下げる私にそう言い残して、灰島さんは足早に去っていった。

 

 残された私は、買ったばかりのスポーツドリンクの蓋を開けることもせずにその場に立ち尽くす。

 

(……全員を……蹴落として……)

 

 分かっていた。灰島さんのその言葉が『時間の無い私』が『最短で夢を叶えるための方法』だと分かっていた。今回の企画で武道館へ行くための椅子は僅か。その椅子を他の人に譲りながら自分も座る……そんなことをするような余裕が私にあるはずが無い。

 

 私は夢を叶えるためにここに来た。未来が夢を応援してくれたからここに来た。

 

 それでも、誰かを蹴落とさなきゃいけないと、誰よりも前に出なきゃいけないと、そう考えたとき……。

 

 

 

 ――静香ちゃん!

 

 

 

 ……どうしても、未来の笑顔が脳裏に浮かんでしまうのだった。

 

 

 

「……予定の変更があったのなら、もうちょっと早く連絡してほしかったなー」

 

「「本当にすみませんでした!」」

 

 

 

「……え?」

 

 なにやら聞き覚えのある声が聞こえてきて、まさかと思い顔を上げる。

 

「りょ、リョーさん……!?」

 

 そこにいた意外すぎる人物に、思わず目を剥いてしまった。一瞬その姿が『周藤良太郎』のように見えてしまったが、きっとそれは先ほど『このスタジオで周藤良太郎が撮影をしている』という話を聞いてしまったからだろう。確かに背格好は似ているような気もするが、リョーさんと周藤良太郎が同一人物だなんてあり得ない話だった。

 

 そんなリョーさん。確かに未来に送られてきていた写真の数々を見る限り、こちらの業界でそれなりの立ち位置にいる人物なのだろうという予想はしていた。しかしこうしてテレビ局の廊下を、それも二人のテレビ局スタッフを付き従えるようにして闊歩している姿を見るに、この予想は間違っていなさそうだった。

 

 

 

「新しい予定は?」

 

「こちらです! 他の出演者の方への連絡はこれから!」

 

「優先していただけてありがとうございます。すぐに連絡してあげてください」

 

「はい!」

 

「それと、俺のリハを出来るだけ削って、その時間を他の人のリハに回してあげてください。特にこの子たちはまだこういう収録に慣れていないはずなので」

 

「わ、分かりました!」

 

「あとここの演出。いくらなんでも俺が前に出すぎです」

 

「……す、すみません、それはウチのディレクターがどうしてもと……」

 

「……あんの狸オヤジ。……分かりました、俺が直接話をするので『今すぐ俺のところに顔を出せ』と伝えてください。原文ママでお願いします」

 

「りょ、了解しました!」

 

 

 

 少し距離が離れているので具体的にどんな会話をしているのか、しっかりと聞き取ることが出来なかった。表情はいつもと変わらず無表情だけど、いつも以上に真剣な表情をしているような気がした。

 

「あ、リョ……」

 

 一瞬、思わず声をかけようとしてしまったが、慌てて口を閉じる。いくらプライベートで知り合いとはいえここはテレビ局、リョーさんと私にとっては仕事の場だ。あんなに忙しそうなリョーさんを呼び止めることなんて出来なかった。

 

(……リョーさんでも、灰島さんと同じことを言うのかしら……)

 

 私に気付くことなく足早に去っていってしまったリョーさんの背中に視線を向けつつ、私は思わずそんなことを考えてしまった。

 

 今の様子と普段の言動から考えると、多分リョーさんも灰島さんに負けず劣らずアイドルの業界に深く携わっている人間だ。だから私はリョーさんにも、灰島さんが言ったことをどう思うのか聞いてみたかった。

 

(リョーさんも……他のアイドルを蹴落として進めって、言うのかしら……)

 

 きっと私は、リョーさんがそれを否定してくれることを期待していた。

 

 未来だけじゃなくて他の劇場のアイドルとも仲が良くて、いつも無表情の癖に言動は浮ついてて、それでも私や未来に対して色々なアドバイスをしてくれる、アイドルに詳しい不思議な男性。彼ならきっと『そんなことはない。みんな一緒に進む道もあるよ』と言ってくれると、心の何処かで期待していたんだ。

 

 

 

(……そんな道、あるわけないじゃない)

 

 

 

 私は誰かに席を譲る余裕なんてない。誰かを押しのけないと、席は奪えない。これが私にとって武道館のステージに立つ最初で最後のチャンスだ。

 

 ……だって、未来が応援してくれてるんだ。他でもない未来が、私の夢を応援してくれているんだ。だから私は、絶対に負けられない。

 

 新たな決意を胸にスタジオにへ戻る。

 

 

 

 喉の渇きを、私はいつの間にか忘れていた。

 

 

 

 

 

 

 あーもーいっそがしぃなぁー!

 

 師走を目前に控えたこの時期が多忙になることはいつものことだ。しかし今年は輪にかけて忙しい。忙しいったりゃありゃしない。

 

 今日も朝から別の現場での収録を終えて次の現場に入ったのだが、そこでいきなり予定の変更を告げられてしまった。色々と言いたいことをぐっと飲み込んで軽いお小言程度に留めると、自分の実年齢よりも年上のスタッフさんからペコペコと平謝りされながらテレビ局を移動する。

 

(ん? 今、静香ちゃんがいたような……?)

 

 その途中、見覚えのある少女がステージ衣装を着て廊下の自動販売機の前に立っていたような気がしたのだが、少々距離があったこととスタッフさんに指示を出しながらだったこともあって、それを確かめる間もなくその場を通り過ぎてしまった。

 

「それじゃあ、そういう流れでお願いします」

 

「分かりました!」

 

「あ、それと一つ聞きたいことがあるんですけど。今回の収録とは全く関係のないことで」

 

「は、はい。なんでしょうか?」

 

 一通りの指示を出し終えてから、スタッフさんに尋ねてみる。

 

「この局で他に何かアイドル関係の収録ってしてます? 特に新人アイドルとか」

 

「えっとですね……確か『ゴールデンエイジ』という、色んな事務所の大型新人アイドルを競わせるオーディション番組の撮影をしていたと思います」

 

 なるほど、コレだな。

 

 最近は未来ちゃんや静香ちゃんからの連絡が極端に減っていて近況が全く分からなかったのだが、どうやら静香ちゃんはこの企画に参加するようだ。

 

 気を利かせてくれたスタッフさんがもう少し詳細を教えてくれたのだが、なんでもオーディションを勝ち残ったアイドルは、最終審査として二十五日のクリスマスに武道館のステージに立つらしい。……教えてくれるのはありがたいし聞いた俺が言えた義理もないけど、アンタたちは未来ちゃん以上に守秘義務を徹底しなきゃいけない立場でしょーが。

 

(……アレ? 二十五日?)

 

 確かその日は、アレだけ未来ちゃんが『是非来てください!』と言っていた劇場の十二月定期ライブがある日だったはずだが……。

 

(俺の知らないところで色々なイベントが発生しているような気がする……)

 

 それが喜ばしいイベントならばいいのだが……なんだろうか、この周りのマスが全てクッパマスに変化してしまったかのような胸騒ぎは。

 

 小さくふぅと息を吐く。とりあえず後で少しだけ連絡を入れてみようと心に決め、一先ず今はスマホを触る余裕もないので自分の仕事に専念することにしよう。

 

 

 

 ……だからこのときの俺は。

 

 

 一体何が起こっているのかを。

 

 

 

ノゾミちゃん

 

リョーさん15:12

 

どうしよう15:12

 

矢澤さんが15:12

 

 

 

 

 ……まだ何も、知らないのだ。

 

 

 




・『ゴールデンエイジ』
一応オリジナル番組(のつもり)。
昔公開したプロト版アイ転からの使いまわし。

・良太郎(お仕事モード)
多分数えるぐらいしかないお仕事中の良太郎描写。
描かれていない行間は大体こんな感じなんやでっていう。

・一瞬その姿が『周藤良太郎』のように見えてしまったが
現在伊達眼鏡だけの認識阻害(弱)の状態。

・「あ、リョ……」
ここが分岐点。
 1 勇気を出して声をかける
>2 忙しそうだからやめておこう

・クッパマス
マリオパーティーは手のひらの皮が剥けた思い出しか残ってない。



 静香とニコちゃん、闇墜ち√(仮)を進行中です()

 ……こんな状況で今年最後の更新を終えるってマ?()



 ……それでは皆さん、よいお年を!(ヤケクソ)



『どうでもいい小話』

 シンデレラ10th愛知公演お疲れ様でした!

 現地は二日目だけの参戦でしたが、やっぱり現地楽しいね!

 ……ファイナル公演、ワンチャンはやみー来ないかなぁ……。


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番外編67 もし○○と恋仲だったら 新年

今年は清楚な三人と共に!


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 新年あけまして。

 

 

 

「「「「おめでとうございます」」」」

 

 

 

 元旦(いちがつついたち)、自宅マンションのリビングに敷かれたカーペットの上。俺は()()()()と膝を付き合わて正座をしながら、お互いに深々と頭を下げる。例え家族であっても新年の挨拶はキチンとしたい……というのが、真面目な嫁さんたちの総意だった。

 

「今年もよろしく。美優、風花、美波」

 

「こちらこそ……よろしくお願いします、良太郎君」

 

「はい、よろしくお願いしますね」

 

「お願いします、良太郎さん」

 

 それぞれ控えめな笑顔で挨拶を返してくれる美人なお嫁さんたちの姿に、なんというか凄い満足感で心が満たされる。

 

 一番は『ファンの笑顔のため』であることのは間違いないが、それでもアイドルやってて良かったぁと思わず天に感謝をしたくなるぐらいだ。あとはこの転生した世界に一夫多妻制という素晴らしい法律を導入してくれた時の総理大臣『杉崎鍵』にも。

 

「それじゃあ毎年恒例の……はい、三人にお年玉」

 

「……あの、良太郎さん、去年も言いましたけど私たちは夫婦なんですから……」

 

 三つのポチ袋を取り出して三人に差し出すと、美波は困ったような笑顔でやんわりと苦言を呈されてしまった。

 

「それに……私たちは、良太郎君よりも年上ですし……」

 

「二つの意味で受け取りづらいです……」

 

 さらに美優と風花も遠慮の構えを見せる始末。

 

「確かに夫婦だし年上かもしれないけど、アイドルの後輩でもあるんだから。気持ちだけだって」

 

「その気持ちだけの金額が大きすぎるんですよ……」

 

 睨むような目つきになった美波が「一体そのポチ袋の中に()()入れたんですか?」と尋ねられる。……うーん……十枚?

 

「えぇい! 四の五の言わずに受け取りなさい! さもなくば、胸の谷間に差し込むぞ!」

 

「やめてください……!?」

 

「その大きな胸の谷間に差し込まれたくなければ、早く受け取るがいい!」

 

「わざわざ大きなって形容詞を付ける必要あったんですか!?」

 

「寧ろ差し込みたいから受け取らなくてもいいぞ!」

 

「う、受け取ります!」

 

 結局三人は普通に俺の手からポチ袋を持って行ってしまった。チッ。

 

 そんなこんなで朝の挨拶を終え、朝食の準備にとりかかる。

 

「はい……それじゃあ、私はお雑煮を暖め直しますね……」

 

「美波ちゃん、お餅をお願いしていい? 私はおせちを用意しますから」

 

「はいっ、分かりました!」

 

 とは言ったものの、三人とも優秀過ぎて俺の仕事はテーブルを拭くことぐらいしか残っていなかった。キッチンの三人が楽しそうなので余計にちょっとだけ寂しく、構ってもらいたいからこちらから話しかける。

 

「そういえば今年は寅年だけど、虎といえば美優の『セクシーでかわいいどうぶつコスプレショー』だよな」

 

「「「っ!?」」」

 

 ……ん?

 

「……な、なにが『といえば』なんですか……!?」

 

 予想通りの美優のツッコミが返ってきたけど……何か今、変な間があったな? それに美優だけじゃなくて風花と美波の反応も気になるんだけど。

 

「結局直接見れなくて宣材写真見せてもらっただけだったし」

 

 『セクシーでかわいいどうぶつコスプレショー』とは346プロが度々企画する中々愉快なイベント。文字通りアイドルたちが動物のコスプレをするものなのだが、それが結構肌色の多いコスプレなのだ。特に美優が着たものはかなり際どい虎柄のセクシーな衣装だった。

 

「アイドルの仕事だから仕方がないとはいえ、それをファンには見せて夫には見せないのは酷いんじゃないか? 寧ろもっとセクシーな衣装でもいいんだぞ?」

 

「それは……えっと……」

 

「……良太郎さん、もしかして」

 

「嫉妬……してたりします?」

 

「……いやまぁ、そうだけど」

 

「「「……へ、へぇ~……」」」

 

 なんだろう、三人とも何故かそわそわしてる。

 

「え、もしかして見せてくれたりするの?」

 

「「「み、見せません!」」」

 

 ……美優はともかく、なんで風花と美波にまで怒鳴られたんだろか。

 

 やっぱり何処か落ち着かない様子の三人に首を傾げつつ、せっせと食卓の準備を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 ――このとき、良太郎の嫁である三人の心の中は偶然にも一致していた。

 

 

 

(((……た、タイミングを逃した……!)))

 

 

 

 ――そう何を隠そうこの三人、実は服の下に……。

 

 ――美優が仕事で着たものよりももっと肌色の面積が広い……。

 

 

 

 ――虎柄のビキニを着ているのである!

 

 

 

 ――きっかけはただの気まぐれだった。

 

 ――ある者は『直接見せてあげることが出来なかった』から。

 

 ――ある者は『どうせ着るように要求されると思った』から。

 

 ――ある者は『新年だしサービスしてあげようと思った』から。

 

 ――そんな思いを胸に、三人は元旦早々から虎柄のビキニを身に付けたのだ。

 

 ――そしてお互いに同じことを考えているなんてことも微塵も考えていなかったのだ。

 

 

 

 ――あえてハッキリと言おう。

 

 

 

 ――なにやってんだコイツら、と。

 

 

 

 

 

 

「見たいな~美優の大胆な衣装が見たいな~仕事の写真じゃなくて、直接美優が虎柄ビキニ着てるところが見たいな~」

 

「も、もう……! 元旦から何を言ってるんですか……!」

 

 美優ならばもうちょっと押せば行けるんじゃないかと思って交渉を続けるのだが、頬を赤らめた美優に「えっちなことはいけません」と可愛らしく注意されてしまった。楓さんや瑞希さんといった他のアイドルたちから『美優ちゃんは流されやすい』と評価されていたはずなのに、随分とたくましくなったものである。

 

 はぁ……清楚な美優が大胆なビキニを着てるところが見たかった……。

 

 

 

 

 

 

 ――良太郎に清楚と称された美優。

 

 ――しかし、女性的な魅力に溢れる肉付きを隠すゆったりとした服の下に……。

 

 

 

 ――虎柄のビキニを着ているのである!

 

 

 

 

 

 

「あっ、もしかして風花が代わりに着てくれたりする?」

 

「き、着ません! お仕事だって嫌なのに、プライベートでそんなの絶対に着ません!」

 

 美優よりも大分素晴らしい大乳の風花にもお願いしてみたのだが、案の定断られてしまった。普段からセクシー系の仕事をこなしているのでそろそろ慣れた頃合いかと思ったのだが、全くそんなことは無かったようだ。

 

 ……プライベートだからこそ恥ずかしがる必要ないと思うんだけどなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 ――真っ赤になりながら「私はもっと清楚な仕事がしたいのに……」と愚痴る風花。

 

 ――しかし、その豊満な胸元を隠しきることが出来ない服の下に……。

 

 

 

 ――虎柄のビキニを着ているのである!

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「……言っておきますけど、私だって着てあげませんからね?」

 

 頼む前からキッパリと断られてしまい「だよねー」とため息を吐く。我が家の中で一番のしっかり者が何を隠そうこの一番年下の美波なので、そうなることは予想出来ていた。

 

 美波もきっと仕事だったら着てくれると思うんだけどなー。

 

 

 

 

 

 

 ――三人の妻の中で一番のしっかり者と称された美波。

 

 ――その無意識に魅了を振りまく健康的でありつつ蠱惑的な肢体を隠す服の下に……。

 

 

 

 ――虎柄のビキニを着ているのである!

 

 

 

 

 

 

「あっ、そうだ! ならせめて服の上からビキニを着るっていうのはどうだろうか!」

 

「なにが『ならせめて』なんですか……!?」

 

 我ながら名案だと思う。美優たちは服を脱ぐ必要が無いし、俺は彼女たちの水着姿を見ることが出来る。これぞ両得!

 

「服を脱がないことは私たちにとってのプラスにはならないですからね!? 着る行為がマイナスなんですからね!?」

 

「重ね着することが何故マイナス!?」

 

「服の上から水着を着るなんて、マニアックすぎます! え、えっちです!」

 

 えっちなことなの!? ダメなの!?

 

 

 

 

 

 

 ――服の上から水着を着ることをえっちなこととして拒否した三人。

 

 ――しかし服の上から着るまでもなく、その服の下に……。

 

 

 

 ――虎柄のビキニを着ているのである!

 

 

 

 

 

 

「……仕方がない、今日の所は諦めることにするよ」

 

「「「えっ」」」

 

「一応ワンチャンをかけてお願いしてみたけどさ。やっぱりダメだったか……」

 

 非常に残念ではあるが、寅年は今日から一年続くわけだし、その間に一度ぐらい目にする機会があると信じている。俺は待てる男。

 

「……そ、そうですよね……」

 

「お、お正月から水着なんて着るわけないですよ」

 

「もう、良太郎さんったら」

 

 

 

 

 

 

 ――良太郎は三人の様子がおかしいことに気付かない。

 

 ――三人の妻はそれぞれ「それはない」と口にしつつも。

 

 ――内心では「引くのが早い!」「もうちょっと押して!」と懇願しているのだ。

 

 ――何故なら三人は既に、良太郎からお願いされるよりも早く、自主的に……。

 

 

 

 ――虎柄のビキニを着ているのである!

 

 

 

 

 

 

「おっ、準備出来た?」

 

「は、はい……」

 

「お待たせしました~」

 

「今持っていきますね」

 

 虎柄ビキニの話をしている内に、どうやら朝食の準備が終わっていたようだ。たった今俺が綺麗にした食卓の上に、彼女たちが昨日の晩から仕込んでくれたお雑煮やおせち料理が所狭しと並べられていく。

 

「おぉ……とても一般家庭の食卓とは思えないぐらいスゲェ豪華」

 

「私たち夫婦が一般家庭の範疇に収まるのかは別として……ふふっ、ありがとうございます……」

 

「良太郎君に喜んでもらいたくて、私たち頑張ったんですよ」

 

「私たちの愛情、しっかりと堪能してくださいね」

 

「……ぐすっ」

 

「「「泣いた……!?」」」

 

 いかん、美優も風花も美波も、スゲェ良い嫁さん過ぎて思わず涙が流れてしまった。

 

 自分のアイドルとしての仕事をこなしつつ、家庭では俺の仕事のサポートまで引き受けてくれているのだ。コレが良妻でなければなんだというのだ。

 

 俺には勿体ない……とは言わない。それは彼女たちの想いを無下にする言葉だ。

 

 だからその代わり、何度でもお礼を言おう。

 

「本当にありがとう、美優、風花、美波」

 

 

 

 

 

 

 ――良太郎からのお礼の言葉にさらに笑みを深め、甲斐甲斐しく彼の世話を焼く三人。

 

 ――お酌をし、料理を取り分け、望まれれば恥ずかしがりながらも『あーん』をする。

 

 ――そんな良妻の鑑のような美女三人は服の下に……。

 

 

 

 ――虎柄のビキニを着ているのである!

 

 

 

 ――しかも結構際どいビキニなのである!

 

 

 

 

 

 

「それじゃあコレを食べ終わったら初詣に行くか」

 

「「「えっ」」」

 

 

 

 

 

 

 ――この後、良太郎と三人の嫁は初詣へと出かけることになる。

 

 ――全員アイドルのため変装をしつつ、それなりに人の多い近所の神社へ。

 

 ――芸能人とはバレなかったものの、三人の美女を引き連れていれば注目を浴びる。

 

 

 

 ――そんな衆人観衆の視線を集める三人の美女は、その服の下に……。

 

 

 

 ――えっちな虎柄のビキニを着ているのである!!!

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「あっ、りょーくん起きた! あけましておめでとう! じゃーん! どうどう? ちょっとだけ恥ずかしいけど、りょーくん喜ぶと思ってちょっとだけ大胆な……」

 

「……なんだ、まだ夢か」

 

「……え?」

 

 どうやらまだ夢を見ているようなので、新年恒例の二度寝は夢の中で行うことにする。

 

 皆さん、今年もよろしくお願いします。

 

 

 

「えっ、ちょっ、りょーくん!?」

 

 

 




・周藤良太郎(22)
新年恒例一夫多妻時空の良太郎。
今回はしっかりと結婚している模様。
今回は三人のお嫁さんの性格的なこともあり亭主関白……と思いきや、実は今までの時空の中でも結構な尻の敷かれ具合だったりする。
良太郎は下からこられると弱い。

・三船美優(27)
良太郎のお嫁さんの甘やかし担当。
甘やかしと言いつつどちらかと流される感じ。

・豊川風花(24)
良太郎のお嫁さんの躾担当。
コラッと叱るけど結局流される。甘やかし担当と変わらんな?
ちなみに過激な仕事は良太郎に配慮したプロデューサーが若干減らしている模様。

・新田美波(21)
良太郎のお嫁さんのしっかり者担当。
結局流される他のお嫁さんを押し留める最後の良心。しかし結局(ry
他の二人から妹のように可愛がられるのが新鮮で嬉しいらしい。

・虎柄ビキニ
よく確認したら美優さんが着てた奴はそんなに過激じゃなかった。
なので今回三人が着てるのはもっとビキニ感が強い奴のイメージ。

・――虎柄のビキニを着ているのである!
なんて清楚な三人なんだ!()



 今年の新年記念の恋仲○○は美優・風花・美波の清楚な三人でお送りしました。

 今回のナレーション調の本文は、気付いた人は気付いたでしょうが、ツイッターにて有名になった『アフロ田中』シリーズの『誰も消防車を呼んでいないのである!』のネタをオマージュさせていただいております。このゴリ押し感が楽しい。

 ……本編での若干暗い空気がコレで少しは解消されたらいいなぁ……。

 次回からは本編に戻ります。良太郎には色々と頑張ってもらいます。



『どうでもいい小話』

 シンデレラ10thファイナル公演! なんと出演者オールシークレット!

 初日は予定が入っているそうですが、二日目に早見さんの出演を期待!


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Lesson299 「やめたくないよ」

王様は考える。


 

 

 

 テレビ局で静香ちゃんの姿を目撃した翌日。別のテレビ局での収録のため、朝早くからスタジオ入りした俺はその一区画を陣取ってスタンバイをしつつ今日の予定の再確認をしていた。

 

 今日はテレビの収録が四本、ラジオが二本、その合間に年末特番の打ち合わせと新年ライブの衣装合わせエトセトラエトセトラ。今日もゆっくり食事をする時間どころか休憩も碌に取れそうにない。合間合間にりんが送ってきてくれた自撮り写真を眺めて癒されることにしよう。

 

「………………」

 

 なんてことを考えつつ、意識が少しだけ昨日のことに逸れていく。

 

 静香ちゃんのことと、ニコちゃんのことだ。

 

 

 

 テレビ局で見た静香ちゃんのことが気になった俺は、未来ちゃんに『久しぶりー!』『最近どう?』みたいなニュアンスのメッセージを送ってみた。そこで『十二月の定期ライブに静香ちゃん出ないから寂しい!』みたいな返事がきたら、俺もここまで気にしなかった。

 

 しかし、今まで自分の近況よりも静香ちゃんとのアレコレを話してくれた未来ちゃんが、静香ちゃんが『ゴールデンエイジ』に出演するということを話してくれなかった。それどころか()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

(静香ちゃんとケンカした……ってことはないだろうけど……)

 

 それぞれお互いの道を頑張ろうっていう話になっただけで俺の通り越し苦労ならばそれでいい。ただ俺が心配しすぎの気にしすぎだっていう話で済むのであればそれに越したことはない。越したことはないが……。

 

 

 

 ――でもね良太郎。本当に時間がない子もいるの。

 

 

 

 以前りっちゃんから言われたことが頭を過る。

 

 もし()()()()()()()()()()()()()()()()としたら、静香ちゃんは一体どのような行動に出るのだろうか。その行動が今回の『ゴールデンエイジ』だとしたら、未来ちゃんとは一体どんな会話をするのだろうか。

 

(……そういうことを気にするのは、プロデューサーさんの仕事のはずなんだけど)

 

 劇場の彼を責めるわけじゃないし、未来ちゃんとのことまでを考えるとそれは既に彼の役割の範疇を超えている。しかし彼が今のままでいいと判断したのであれば、きっと何かしらの考えがあるのだろう。そう信じよう。

 

 

 

 さて次に気になるのはニコちゃんのこと。こちらも昨日の出来事になるのだが、内容に変更が入ったりトラブルで長引いたりした収録の最中にノゾミちゃんからメッセージが届いていたのだ。そこでついにニコちゃんがスクールアイドルとしてのデビューステージが行われたことを知ったのだが……。

 

 ステージに立ったのは()()()()()()()()()だった、らしい。

 

 話には他に二人のユニットメンバーがいると聞いていたし、ノゾミちゃんに見せてもらったチラシにも三人組のスクールアイドルユニットだと書かれていた。

 

 しかし実際にステージに現れたのは、ニコちゃん一人だけ。そして彼女はそのまま一人で今回のデビュー曲として用意していた伊織ちゃんたち竜宮小町の『七色ボタン』を……笑顔のまま涙を流しながら歌い切ったそうだ。

 

 ノゾミちゃんは『始まる前に何かステージ脇で言い争う声が聞こえた気がする』とも言っていた。友だちではないと言いつつとてもニコちゃんのことを気にしていたノゾミちゃん。きっと本番前に激励をしようとして結局出来なかったのだろう。

 

 ……言い争っていたってことは、本番直前のタイミングにはまだ間違いなく他の子たちもいたということだ。

 

(つまり他の二人は、いざ本番のステージに上がるタイミングになって二の足を踏んでしまい、そしてそのまま……)

 

 そうなると思っていた、とまでは言わない。けれど『衣装代やその他諸々の経費は全てニコちゃんが払う』という約束(けいやく)の話を聞いた時点でそういう()()()()()を想像してしまった。そしてその想像通り、ユニットメンバーの二人はアイドルを目指す上で避けては通れない『ステージに上がる瞬間の勇気』を踏み越えることが出来なかった。

 

 だから俺はニコちゃんに『失敗も後悔も全部ステージの上でするべきだ』と言った。せめて彼女だけでもその勇気の一歩を踏み出してもらいたかった。そんなことがニコちゃんの勇気の一歩の邪魔になって欲しくなかったんだ。

 

 そしてニコちゃんはその勇気の一歩を踏み出した。涙を堪えることは出来なかったが、それでもしっかりと彼女はステージに立った。それは十分すぎる成果だ。

 

 ……けれど、心には一抹の不安が残る。

 

 ()()()()()を経験して尚、ニコちゃんは()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「………………」

 

 この世界で第二の人生が始まり二十一年。アイドルとして第三の人生が始まり七年。ついでに連載が始まってから三年、現実世界換算で八年。

 

 この世界でこういう生き方をしていれば、困難や苦悩に直面したことは一回や二回程度で済むわけがない。それは自分自身のことだったり、自分と親しい人のことだったり、内容も簡単なことから深刻なことまで千差万別。幸運なことに大事件と呼ばれるようなことは『始まりの夜』や『IEの一件』、あとは『()()()()()()()()()』ぐらいだった。

 

 だからそれらの事柄と比べると、きっと今回のことは()()()()()()大事件ではないのかもしれない。しかし少女二人の『アイドルとしての人生』がかかっていると考えると、決して楽観視出来るようなものではなかった。

 

 『果たして俺がすべきことなのか』とか、『他の人に任せておくべきことではないか』とか、そういうことは考えない。

 

 

 

 ――俺は『アイドルの王様』なんだから。

 

 

 

 

 

 

「師匠、真面目な顔してるところ大変恐縮なんだけど、すっごいお山の恋人が出来たってマジ? あたし聞いてないんだけど」

 

「五年ぶりに登場して第一声がそれか棟方ぁ!」

 

 俺のモノローグなんて聞こえてないだろうから仕方がないとはいえ、真面目な顔してるって分かってるなら恐縮しろよぉ!

 

 

 

 そんなわけで、突撃してきた弟子こと棟方愛海への対応をしなければいけないため真面目なモノローグは一旦お預けである。

 

「というか、俺の恋人に関してそんな具体的な内容の噂が流れてるのか?」

 

「いや? 師匠の恋人ならきっとお山がすっごいんだろうなーっていうあたしの信頼」

 

 弟子からの信頼感が凄い。

 

「けど自分の恋人を胸だけで選ぶと思われるのは流石に心外だな。確かに俺は女性の胸部の遥かな高みが大好きではあるが、それはあくまで趣味嗜好の話であって……」

 

「でもどうせすっごいんでしょ?」

 

「そりゃあもうすっごいぞ」

 

 大きさで言えばもっと大きい子はいるだろうけど、りんは身長の低さも相まってとんでもないことになっている。……周藤家の女性陣、大体そんな感じだなぁ。

 

「……ありゃ、恋人の存在自体は否定しないんですね」

 

 俺の発言に、棟方は意外そうに目をパチクリとさせていた。

 

「俺が今更ここで何言ったって噂は勝手に流れるんだ。それにお前だって何かしらの確信があったから聞いてきたんだろ?」

 

「まぁねー。凛さんが『ノーコメント』って言った時点で確定かなーって」

 

 凛ちゃん、そういう腹芸は苦手だろうしなぁ。

 

「で? そんな素晴らしいお山の恋人がいるっていうのに、師匠は何を真剣に考えてるんですか?」

 

「……お? なんだ、弟子が一丁前に師匠の心配か?」

 

 お団子頭の真ん中に手を置いてユサユサと横に振ってやると、棟方は「や~め~ろ~」と抗議の声を上げつつも手で振り払うようなことはしなかった。

 

「……あたしが師匠の心配なんてするわけないじゃん」

 

 手鏡で自分の髪型が崩れていないかを確認しながら棟方は「でも」と言葉を続けた。

 

「師匠がアイドルの仕事に対していつも真面目だってことぐらい知ってるけど、()()()()()()()()()()()って分かっちゃうぐらい真面目な雰囲気出してるの、他の出演者のプレッシャーになっちゃうよーって思ったんです」

 

「っ」

 

 ギクッとして周りを見渡すと、確かに年末の忙しさを加味したとしてもいつも以上にピリついている雰囲気になっているような気がした。

 

「……スマン」

 

 自分の周りに与える影響力がすっかり頭から抜け落ちていた。静香ちゃんやニコちゃんのことが気になるが、今は目の前の仕事に集中するべきだった。

 

「よっしゃ。それじゃあちょっとだけ空気を和やかにするために、今から男子中学生みたいな話をしようぜ」

 

「あたし女子中学生なんですけど」

 

「最近、765で一番大乳な豊川風花ちゃんと飲み会したときの写真とか興味ないか?」

 

「今だけは男子中学生でぇす!」

 

 

 

 その後、めっちゃ大乳な話をした。

 

 

 

 




・りんが送ってきてくれた自撮り写真
隙あらばイチャコラ。

・ニコちゃんただ一人
原作では確か描写されていなかったと思う。
こちらのニコちゃんは良太郎の言葉を思い出して一人でもステージに立ちました。

・『ステージに上がる瞬間の勇気』
かつてニュージェネやトラプリが乗り越えた勇気。
きっと乗り越えられなかったアイドルは無数にいた。

・『アイドルの王様』
それは果たして称号か、それとも呪縛か。

・五年ぶりの棟方
マジで今まで出番が無かった師匠、シリアスブレイカーとしての登板です。



 誰だよニコちゃんにこんな原作よりも重いもん背負わせたの俺だよ()


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Lesson300 「やめたくないよ」 2

闇への道連れ(ハードモード)


 

 

 

 さて問題です。『周藤良太郎』よりも時間があり、『周藤良太郎』の事情を大体知っていて、『周藤良太郎』よりも最上静香と矢澤ニコから直接話を聞くことが出来そうな人物は誰でしょうか?

 

 

 

(……まぁ、わたくしですわよね……)

 

 

 

 ――悪い千鶴。

 

 ――ちょっと静香ちゃんとニコちゃんのことをお願いしたいんだ。

 

 

 

 珍しく、本当に珍しく殊勝な態度で良太郎が連絡をしてきたのが先週のことである。どうやら良太郎はこの二人の様子が気になっているらしい。

 

 選抜企画に出演するため一時的に劇場を離れている静香。

 

 デビューステージがとても苦いものになってしまったニコ。

 

 一応、私自身も良太郎に頼まれるよりも前から彼女たちのことは気になっていた。私もニコのデビューステージでの出来事は良太郎から聞いていて、その後もニコはウチにアルバイトへ来てくれているが、特に変わった様子が見られないのが逆に心配だった。静香は劇場に殆ど顔を出さないものの、その代わりに未来が日に日に萎れていくように元気を無くしていくのが心配だった。

 

 私もアイドルとしては発展途上の身なので恐らく話を聞くだけになってしまう可能性もあるが、それでも私自身が気になり、良太郎も気がかりになっているのであればもう少しだけ二人へ踏み入ってみることにしよう。

 

 しかし先ほども触れたが最近の静香は劇場へ来ていないので話どころか顔すら見ていない。ニコも最近はテスト期間に入ったらしく、アルバイトの回数が極端に減っているため中々タイミングが合わなかった。だからと言って無理に二人との時間を作るわけにもいかず。

 

 結局私も彼女たちと話が出来ないまま、十二月に入ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 ――新人アイドル選抜プロジェクト『ゴールデンエイジ』最終予選Cブロック。

 

 ――最初に勝ち上がったアイドルは……!

 

 

 

 ――765プロ『最上静香』さん!

 

 ――見事、クリスマスの決勝ライブ、武道館への切符を手に入れました!

 

 

 

『『『やったあああぁぁぁ!!!』』』

 

 劇場の一室で、固唾を飲んでテレビを見守っていた一同が歓声をあげる。奈緒が「よっしゃぁぁぁ!」と勇ましい声を上げる一方で、星梨花は「わぁー!」とにこやかに拍手をしていた。かと思えば亜利沙と未来は嗚咽と共に咽び泣いており、その反応は多種多様。しかし『仲間の活躍を祝福している』という一点は誰も変わらなかった。

 

 私はどちらかというと、安堵感の方が大きくて思わずホッと胸を撫で下ろしてしまった。勿論予選通過は嬉しいのだが、つまり予選に影響するような問題は抱えていなかったということだ。

 

(寧ろ良太郎が気にしていたのは、どちらかというと……)

 

 チラリと、奈緒に宥められながらグシグシと涙を拭っている未来に視線を向ける。

 

 良太郎は未来が静香の話題を一切あげなかったことを気にしていたようだ。しかし未来は次の定期公演で初のセンターを立候補したぐらいなので、私はそれを『未来が静香と一緒に頑張ると決めた決意の表れ』だと思っている。

 

 ……でもまぁ確かに、最近の未来は今までほど『静香ちゃん静香ちゃん』と言わなくなったが、それはきっと寂しさを押し込めているということなのだろう。また沢山おやつでも作ってあげて、話を聞いてみよう。きっと溜まっているはずの愚痴が溢れ出てくるはずだ。

 

 

 

 ――それでは最上さん、今の気持ちと決勝に向けて意気込みをどうぞ!

 

 

 

 テレビの中のインタビュアーが、静香にマイクを向けた。

 

 

 

 ――はい。私は武道館でライブをすることが夢だったので、本当に嬉しいです。

 

 

 

 にこやかに笑いながら挨拶をする静香。その姿に、昔初めてのステージでMCを任されて緊張しまくっていたときの彼女の姿が重なり、その成長に思わず目頭が熱くなり……。

 

 

 

 ――今回この企画にお声をかけていただいたプロデューサーさんと。

 

 ――私を送り出してくれた事務所のみんなのためにも。

 

 

 

 ――私は()()()()()()()()

 

 

 

 ……静香のその一言に、言いようのない違和感のようなものを覚えた。

 

「……はぁ~、なんや静香、あんな強気なこと言うなんて珍しいなぁ」

 

「そうね、静香ちゃんにしては珍しいセリフチョイス」

 

 奈緒と百合子も小さく驚いていた。他の面々も同じような反応で、亜利沙だけは「うっひょおおおぉぉぉ! カッコいぃぃぃ!」と一人大興奮していた。

 

 そしてその静香の言葉への反応で一番気になった未来はというと……。

 

「電話! 静香ちゃんに電話しなきゃ……ってコレ生放送だった!」

 

 静香に対してお祝いの電話をかけようとしていて、コレが生放送中だということに自分で気付いて「あちゃー!」と額に手を当てていた。

 

 

 

 ……後ろを向いていて、その表情は私からは見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 ――静香ちゃん、決勝進出おめでとう! ついに武道館だね!

 

 ――クリスマス当日は定期ライブの日でもあるから生放送は観れないけど。

 

 ――いつも通りお互いに頑張ろうね!

 

 

 

「……未来」

 

 生放送を終えて自分の控室に戻って来た私は、スマホに来ていたメッセージに目を通した。それはいつもの未来からの応援メッセージ。これを見るだけでも、少しだけ疲れが癒されるような気がするのだから我ながら現金なものである。

 

 なんと返信をしようかと考えていると、トントンと控室のドアが叩かれた。

 

「最上さん、入るわね」

 

「灰島さん、お疲れ様です」

 

「お疲れ様。今日もとても良かったわよ」

 

 控室に入って来たのは灰島さんだった。以前は色々と灰島さんから指摘を受けることが多かった私だが、最近の彼女はよく褒めてくれるようになった。きっと灰島さんのアドバイス通りのパフォーマンスが出来ているからに違いない。

 

「その調子で決勝も頑張ってね。それで話が変わるんだけど、今日この後の予定は?」

 

「この後、ですか?」

 

 特に予定はない。しいて言うならば、予定が無いから劇場に少し顔を出そうかなというのが予定になるが……。

 

 

 

「そう、つまり()()()()じゃないわね。キャンセルしなさい」

 

 

 

 それを伝えると、灰島さんはキッパリとそう言い切った。

 

「これ、『三船美優』のワンマンライブのチケットよ。一流のトップアイドルのステージを見て勉強すること。タクシーを呼ぶから一人で行けるわね?」

 

「え、えっと……」

 

「これは()()()()()なのよ? 分かるわよね?」

 

「………………」

 

 

 

 ――これはお前のために言っているんだ。

 

 ――分かるな? 静香。

 

 

 

「……はい、分かりました」

 

 私がチケットを受け取ると、灰島さんは「タクシーが来るのは三十分後。裏で待ってなさい」と言い残して控室から出ていった。

 

 三十分後とはまた急な話だが、既に出る準備は済ませていたので寧ろ三十分は暇を持て余す時間になってしまった。仕方がないので、もう一度控室の椅子に座り直す。

 

 そういえば先ほど来た未来からのメッセージの返信をしていなかったことを思い出してスマホを取り出すと、そこには『今から劇場に顔を出そうと思うんだけど、未来はまだ』とまで書かれた未送信メッセージが残っていた。

 

「………………」

 

 私はそれを全て削除すると、また新しくメッセージを考える。

 

『えぇ、お互いに頑張りましょう』

 

 ただそれだけを打てばいい筈なのに、何故か私の指は動かなかった。

 

 

 

 

 

 

「……あら」

 

「あっ、千鶴さん……こんばんは」

 

「えぇ、こんばんは」

 

 劇場で行われた『静香の最終予選を応援する会』を終えて帰宅すると、店先にニコがいた。

 

「どうなさったの? まだテスト期間中と仰ってましたわよね?」

 

「えっと、今日が最終日だったので、自分へのご褒美ってことでハンバーグでも作ろうかと思って……」

 

「あら、お疲れ様ですわ」

 

 そしてわざわざウチのお店をチョイスするところが素晴らしいですわね!

 

 お父様からお肉の入った袋を受けとっているニコの姿を見つつ、話を聞くなら今がチャンスなのではないかと思い立つ。

 

 ニコを悪戯に傷付けないように、かといって遠回しに聞いてはぐらかされたりしないように、出来るだけ端的に、シンプルに。

 

「……テスト期間が終わったのならば、またスクールアイドルとしての活動を再開しますの?」

 

「………………」

 

 私がそう尋ねると、ニコは袋を手にしたまま顔を俯かせた。

 

 私は良太郎から事情を聞いてしまっているが、本当はニコのデビューステージの事情を何も知らないということになっている。だから『デビューステージを済ませた』と思っているというテイで彼女に話しかけたのだが……。

 

「……あの、千鶴さん……少し話を聞いてくれませんか?」

 

 数秒黙り込んでいたニコは、顔を俯かせたままそう尋ねてきた。

 

「……えぇ、わたくしでよければいくらでも」

 

 

 

 店先で話し込むのはよろしくないため、ニコを家へと送りながら話を聞くことになった。もうすっかり日も落ちてしまったが、商店街はこの時間でもまだまだ喧騒に溢れているので女二人で歩いても危険なことはなにも無かった。

 

「ニコもすっかりこの商店街の一員ですわね」

 

 寧ろ二人で歩いていると『二階堂精肉店の看板二人娘』として良く声をかけられた。なんだか私も妹が出来たようで少し嬉しい。

 

「商店街の皆さん、本当に優しくて……ここに来ると、少しだけ気分が晴れます」

 

「………………」

 

「……私のデビューステージのこと、聞いてほしいんです」

 

 切り出すタイミングを計っていたのだが、ニコの方から切り出してくれた。

 

「聞くだけならばいくらでも。アドバイスとなると少し怪しいですが……もしアドバイスが欲しいのであれば、業腹ですが良太郎に聞いてもらうというのも意外とアリですわよ?」

 

 ニコは既に『リョーさん』の本名が良太郎だということを知っているため、名前を出しながらそんな提案をしてみる。

 

「良太郎が何処まで話したのかは知りませんが、わたくしよりもアイドルの業界では大先輩になりますわ。普段の様子からは想像できないでしょうが、あぁ見えて意外と後輩には慕われるタイプで……」

 

 しかしニコは静かに首を横に振って私の提案を拒絶した。

 

 やっぱりまだ良太郎を信用しきっていないのだろうかとも思ったが、ニコの口から発せられた言葉はその考えとは真逆の言葉だった。

 

「私は……アイツのアドバイスを聞く資格なんてないですから」

 

「……それは、一体……」

 

 

 

「……やっぱり私、アイドルになるのは無理だったみたいです」

 

 

 




・千鶴(道連れ)
またいずれ詳細を説明しますが、今回の件を良太郎一人に任せた場合確実に『詰みます』。
そこで千鶴を引き込む必要があったんですね(RTA並感)

・私は絶対に負けません。
静香ちゃん@覚醒(?)中



 千鶴さんと共に静香とニコを同時攻略中です。今回のイベントは一手間違えると二人どころか良太郎自身がバッドエンドルートに突入します。千鶴さんの走りに期待しましょう(RTA並感)(なお現状攻略の鍵が足りずにバッドエンドルート進行中)


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Lesson301 「やめたくないよ」 3

深淵はまだ深く。


 

 

 

「やっほーちづたん! おっすおーっす! 元気元気ー? 最近どーよアガッてるー?」

 

『電話の相手を間違えてますわよ』

 

 有無を言わさずブツッと切られた。リダイヤル。

 

「悪い悪い、今までずっとお嬢様キャラを貫いてきたが故にギャルとは無縁の存在だった千鶴には理解しづらい言葉だったな」

 

『は? 意味分かんないし、それぐらいよゆーで分かるっての。舐めんなっつーの』

 

 マジで? ウケる。

 

「てかぶっちゃけどーよ? ほら、この前お願いした件? つーかしずっぴとニコっちの件?」

 

『っ……と、とーぜんっしょ! マジあーしにかかればラクショーよ! とりまニコっちからは話きーといてやったから……』

 

「……千鶴?」

 

『……ニコの話は聞いておきましたわ』

 

「いきなりどうした」

 

『……居間に入って来たお母様に……凄い目で見られて……』

 

「ウケる」

 

 というか自室じゃなくて居間で電話してたのか。それに関してはコチラにノッて来た千鶴にも非があるから、流石に俺だけの責任ではないと主張したい。

 

「ほら、俺も撮影現場で周りに人がいる状況だったから、お相子お相子」

 

『わたくしと貴方とではキャラが違うんですのよ……!?』

 

 お嬢様口調の精肉店の娘がなんかキャラとか言ってるよ。

 

「それで? ニコちゃんどうだった?」

 

 流石に落ち込んでない……とは考えづらい。アレだけスクールアイドルとしてデビューすることを楽しみにしていた子なのだから、それが苦い思い出になってしまったとなると結構凹んでいるのではないかと思う。

 

『……そう、ですわね』

 

 だから千鶴に様子を窺ってもらいたかったのだが、()()()()千鶴からの反応は芳しくなかった。

 

『正直に話すと、あまりよろしくはありませんわ。かなりショックが強かったようで、しばらくスクールアイドルとしての活動は見送りたいと……』

 

「……そっか」

 

 しかし、千鶴の言葉通りだったとしたら完全にスクールアイドルを辞めたわけではなさそうなので少しだけ安心した。

 

『……その、良太郎、ニコのことなのだけど……私……』

 

「大丈夫だよ千鶴。あとは俺がフォローに回るから」

 

『……え』

 

 元々は俺が自分で首を突っ込んだ話だ。ニコちゃんという一人の友人がアイドルとしての道を選んだのだから、俺はその行く末をしっかりと見守りたい。

 

 

 

「そういうのは全部、俺が背負うって決めたから」

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 良太郎との通話を終えて、私は力なく手元のスマホに視線を落したまま動けなかった。

 

「……全部……背負う……」

 

 そう言い切った良太郎の電話の向こうからは、現場の喧騒が少しだけ聞こえてきた。きっと忙しい中、ニコや静香のことが気になって電話をしてきたのだろう。

 

 トップアイドルとして多忙で、人に頼むぐらい動きに制限がされてしまっている状況にも関わらず、良太郎はニコと静香のことを気にしていた。普段から口にしている『アイドルの王様』として、自分のこと以上に周りのことを見ようとしていた。

 

 だからこそ、私は。

 

 

 

「……背負わせられるわけ、ないじゃない……!」

 

 

 

 全てを話すことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

「無理……って……」

 

 ニコの口から語られたその言葉に、私は動揺してしまった。いや、そういった類いの言葉が出てくることは予想していた。しかし実際に聞くと心がざわつく。

 

「……諦めるには、早すぎるのではないかしら。ステージで失敗したアイドルなんていくらでも……」

 

「いえ、その……私、今回のステージ自体は失敗だって思ってないんです」

 

「えっ」

 

 思わず顔から血の気が引いた。

 

「ごごごごめんなさい!? 私、気軽に失敗だなんて言って……!?」

 

「あ、いや、こっちこそゴメンナサイ! そうじゃなくて、いやそうじゃなくないんですけど……!?」

 

 しばし両者アワアワと混乱。

 

「そ、それで……失敗だと思っていないのであれば、何故……?」

 

 それで何故アイドルを諦めるという言葉が出てきたのか、私には分からなかった。

 

「……涙声になってブレスの位置は無茶苦茶だったけど、それでも歌詞は間違えませんでした。涙で視界がちょっと悪かったからバミったところからちょっとだけズレちゃいましたけど、大きな振り付けミスもなかったと思ってます」

 

 ニコは自分のステージをそう自己評価した。自分のステージをそれだけ客観的に見ることが出来るなんて、そこらのアイドルでも簡単に出来ることではない。

 

「……でも、歌とダンスが終わって、全部終わって、私……ホッとしちゃったんです。ちゃんと出来たっていう安堵感じゃなくて……」

 

 

 

 ――あぁ、やっと()()()()()()()()()()()って。

 

 

 

「……ニコ……」

 

 ニコは、立ち止まってしまった。

 

「メンバー二人が『矢澤さんのノリについてけない』って、『こんなことにマジになんてなれない』って言って、直前に居なくなって、それでリョウタロウがアドバイスしてくれたから、一人でもステージに立って、頭グチャグチャでも歌って踊って、全部終わって、それで私は『ようやくステージから降りられる』って思っちゃったんです……!」

 

 段々と涙声になっていくニコの両肩に優しく手を添える。その小さな肩が、いつもは妹や弟のことを嬉しそうに話す姉としての大きな肩が、震えていた。

 

「『私は二人とは違う』って、『私は誰より本気だ』って自信満々にステージに立ったくせに、私自身がそのステージを()()()()()にしか思ってなかった……! リョウタロウが悔いを残さないようにって言ってくれたのに、私にはその悔いすら無かった……! 『舐めるんじゃない』とか偉そうなことを言って、私は、私は……!」

 

「ニコ、ちょっと落ち着いて……」

 

「結局私もおんなじだったんです……ステージの前に逃げたか後に逃げたかっていうだけの違いなんです……! ステージに上がる直前に『あんな奴ら』って思った私自身が『あんな奴ら』だったんです……!」

 

「落ち着きなさい、ニコ!」

 

 少しでもニコの震えが止まるように、ギュッと彼女の体を抱きしめる。商店街故に周りの視線が少々気になりもしたが、今はそんなことを考えている余裕はなかった。

 

「貴女の考えていることは分かりましたわ……それとアイドルを諦めることは違いますわ」

 

 きっとニコは裏切られたショックとステージから解放された安堵感で色々な感情がゴチャゴチャになっている。これはきっと彼女の本心なんかじゃない。

 

「今は何も考えずに落ち着きなさい。落ち着いてから、またゆっくりと考えればいいですわ」

 

「………………」

 

 腕の中のニコは無言のまま、コクリとも頷かなかった。

 

「……最後に一つだけ聞かせてくださいまし。こんな考えだからアイドルにふさわしくないとかそういうことを全て無視したとしたら……貴女は本当に、アイドルをやめたいって思っていますの?」

 

 少しだけ強引な私のその質問に、ニコはか細い声で答えてくれた。

 

 

 

「……やめたくないです……」

 

 

 

 ――でも、私じゃダメなんです。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 思わずため息を吐きながら、私は自分のベッドに倒れ込む。

 

 口でどうこう言いつつも、やっぱりニコは良太郎のことを信頼していたんだ。だからこそ良太郎のアドバイスに従い『悔いが残らないように』ステージに立ち、しかしその言葉の意味を『ただの義務感』で終わらせてしまったと、そう感じてしまった。

 

 だから今のニコの胸中にある思いは、きっと『罪悪感』だ。

 

「………………」

 

 きっとニコにそのつもりはなく、良太郎にだって非はない。けれどこれをこのまま伝えてしまっては……。

 

(良太郎はきっと……自分の責任だと思いますわね……)

 

 良太郎のアドバイスが間違っていたとは思わない。ステージに立つための最初の一歩というものは本当に大切なものだ。だから良太郎はそのきっかけとなるように、ニコへの『まずはステージに立つ』というアドバイスをしたのだろう。

 

 だが結果として、この言葉がニコに対する枷となってしまった。

 

 ……別に、アドバイスの言葉が裏目に出てしまうことなんて、ありふれたものだ。きっと同じアドバイスで上手くいく子だっているはずだ。しかし、たまたま今回のニコには当てはまらなかった。きっとそれだけの話。

 

 けれど、きっと良太郎がこれを知ったら……。

 

「………………」

 

 

 

 ――別に、俺に構う必要ねーよ。

 

 ――これは全部俺の問題だ。

 

 ――兄貴と自分を見比べて勝手に腐ってる俺自身の問題だ。

 

 ――だから千鶴。

 

 

 

 ――お前には関係ない。

 

 

 

(……あの良太郎が頼ってくれた。私を頼ってくれた)

 

 色んなものを一人で背負って、ずっと背負って、押し潰される直前になっても結局自分では何も言わなかった良太郎が、自分が抱えようとしていたことを私に任せてくれたんだ。

 

 私は、あんなに冷たい目の良太郎を二度と見たくない。

 

(……私が何とかしてみせる)

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「あら、どうしたんですか良太郎君、じっとスマホを見つめて」

 

「あ、いえ……」

 

 どうやらボーっとしていたらしい。現在収録中の歌番組の共演者である楓さんから指摘されて、ようやく俺は千鶴との通話を終えたスマホを鞄にしまった。

 

「あっ、もしかして、噂の恋人さんからのお電話でしたか?」

 

「違いますし、その噂の出所って楓さんでしょう……」

 

 キラキラと期待に目を輝かせる楓さん。相変わらずこのお姉さんは俺の恋愛事情に関して興味津々らしい。

 

「いつかちゃんと紹介してくださいね? あの周藤良太郎のハートを射止めた女の子が誰なのか、とても気になってるんですから」

 

「……まぁ、いつかはしますよ、紹介」

 

「はい! お願いしますね! 良太郎君にかかってるんですから!」

 

「……ん?」

 

 俺にかかってる……?

 

「……楓さん」

 

「はい、なんですか?」

 

 

 

「オッズは?」

 

「一番人気は当然……あ」

 

 

 

 やっぱり346のお姉様方で賭けてやがるな!?

 

「絶対にしばらく公表は差し控えます」

 

「えー私の『菊理媛(くくりひめ)』はお預けですかー?」

 

 賭けてるもんがガチだな!?

 

 

 




・「俺が背負うって決めたから」
バッドエンドルート進行中。

・ステージから降りられる
アニメではステージに立てなかったニコちゃん。
しかし、立てたからと言ってそれが良い結果に繋がるわけではなかった。

・冷たい目の良太郎
昔から今のような性格というわけではなかった。

・色んなものを一人で背負って
志保のときもニュージェネのときも、良太郎は基本的に一人で背負う。

・『菊理媛』
なんか五万円とかするらしい。



 千鶴は背負うと決めたものの、彼女はまだ一人残っていることを忘れている。

 深淵はすぐそこに迫っている。



『どうでもいい小話』

 本編重すぎてやってられない人向けの適当な話題()

 最近の作者がハマったもの↓



・遊戯王マスターデュエル

 時間足りねぇ!!



・その着せ替え人形は恋をする

 久しぶりに紙の漫画まとめ買いしたわ……。

 コレは神……アニメは間違いなく今季覇権……。


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Lesson302 「やめたくないよ」 4

深淵の最果て。そして差し込む一条の光。


 

 

 

 良太郎に伝えず私で何とかしてみると意気込んでみたものの、実際どうしたものだろうかと思案する。

 

 アイドルとしての経歴で言えば、私なんてニコに毛が生えたようなものだし、人生経験という点でも偉そうにできるようなものでもない。よって何か彼女へのアドバイスのような言葉はまるで思い浮かばない。

 

 ならばいっそのことアドバイスなどといった直接的な解決手段ではなく、プレゼントのような今の気を紛らわすような何かならばどうだろうか。性急な解決を目指すのではなく、彼女自身の傷は彼女自身で癒してもらうという……。

 

(……本当にそれでいいのかしら……)

 

 

 

「あっ! 千鶴さん!」

 

「……奈緒?」

 

 劇場の廊下の向こうからバタバタと走ってくる奈緒の姿が見えた。それを見て「また琴葉に見付かると怒られますわよ」と口にしようとして、彼女の泣きそうな表情にギョッとなって言葉が出なくなってしまった。

 

「ど、どうしたんですの?」

 

「わ、私、このままじゃあかんと思ったんです……! このままじゃ未来と静香もあかんことになってしまうって、そう思ったんです……! で、でも……!」

 

 震えている奈緒の声に、まるで心臓が冷たい手で掴まれたかのような感覚に襲われた。

 

「落ち着きなさい、奈緒」

 

 しかしここで私も一緒になって取り乱すわけにはいかない。だからこの「落ち着きなさい」という言葉は自分にも向けての言葉だった。

 

「何があったのか、ゆっくりと最初から話してくださいな」

 

「……わ、分かりました」

 

 奈緒が「こっちに来てください」と小走りに廊下を進むので、私もルール違反と分かりつつも小走りのスピードで彼女の背中を追う。

 

「千鶴さんは、最近未来の様子がおかしいことには気づいとりましたよね?」

 

「……えぇ、気になっていましたわ」

 

 企画のために静香が不在のまま開催することが決定した十二月の定期公演。そこでの全体曲のセンターに未来は自ら立候補した。きっと静香がいないことで、それをバネにより一層頑張ろうとしているのだろうと私はそう思っているし、実際大きく間違ってもいないと思う。

 

 ただ自ら立候補したセンターとしてのプレッシャーを感じているとしても、普段のレッスンやリハーサルでのミスの多さが目立った。元々ミスの多い子ではあったものの、それが『元気が良すぎて空回りしている』様子だったならば、私もここまで気にならなかった。

 

 ……厳しい言葉を使うならば、今の春日未来にセンターが務まるような勢いと力強さは感じられなかった。

 

「私、先月の終わりの音楽祭ライブで未来と一緒にステージに立ったんです。その後、ステージを下りた未来……静かに泣いとったんです」

 

「泣いて……」

 

「そんだけやったら、私も気にせんかったんです。未来って基本的に泣き虫ですし、ライブ終わって感極まることなんて誰にでもあることですし。でもそんときは気付かんかったんですけど……こう、魂が抜けとるみたいな表情しとったんです……心ここにあらず、みたいな……」

 

 奈緒と共に階段を昇っていく。どうやら屋上に向かっているようだ。

 

「だから、未来絶対無理しとるって、このまま心ん中モヤモヤしたまんまやとアカンって、そう思ったんです。だからプロデューサーにお願いして、収録終わりの静香をプロデューサーに捕まえてきてもらって、私もボーっとしとった未来を捕まえてきて、ちゃんと二人で会って話をさせようと思ったんです……そしたら……!」

 

 屋上への扉が見えてきた。その側にはプロデューサーもいて、その開いたままの扉の向こう側には夜空の屋上が見えていて……。

 

 次の瞬間、その扉から静香が飛び出して来た。

 

「「「静香っ!?」」」

 

 私と奈緒とプロデューサーの声が重なるが、静香は足を止めることなく私たちの横をすり抜けていってしまった。

 

 その眼には、確かに光る涙を見た。

 

「私、静香追います!」

 

 咄嗟に踵を返した奈緒が数段飛ばしに階段を駆け下りていった。あっという間に見えなくなってしまった静香だが、きっと奈緒ならばすぐに追いつくだろう。

 

 ……静香が泣きながら飛び出していった。ならば、今屋上にいるはずの未来は?

 

「っ、未来!」

 

 残りの数段を駆け上がって屋上に飛び出す。

 

 澄んだ空気の冬の屋上。ビル明かりのせいで星はそれほど見えず、けれどそのビルの明かりそのものがまるで星空のように輝く夜の中で……。

 

 

 

「……しずかちゃん……!」

 

 

 

 ……未来は一人、屋上に腰を落として涙を流していた。

 

「未来っ!」

 

 慌てて未来の元に駆け寄って膝を突き、その震える肩に手を置く。

 

「大丈夫ですの!? 未来、しっかりしなさい!」

 

「……ごめんなさい……しずかちゃん……ごめんなさい……」

 

 まるで私のことなんて見えていないように、ボロボロと涙を流す未来。

 

「……プロデューサー」

 

 そのままの姿勢で背後にいるプロデューサーに呼びかける。その声は、自分でも驚くぐらい冷たいものだった。

 

「貴方、全て知っていますわよね?」

 

 全部話せ。そんな意思を込めて問いかけた。

 

「……これは静香のプライベートなことにも関わってくることだから、あまり言いたくはなかったんだが……そうも言ってられなくなってしまったな」

 

 プロデューサーはため息を吐きかけてグッとそれを飲み込んだ。

 

「まずは簡潔に、一番重要なところだけ話そう」

 

 そう前置きしたプロデューサーが口にした言葉は……。

 

 

 

「静香は来年、アイドルを辞めるつもりなんだ」

 

 

 

 ……あまりにも、あまりにも非情すぎる現実だった。

 

 

 

 

 

 

 私は昔からアイドルが好きだった。テレビの中のアイドルの真似をして、片時もマイクを離すことがなかった。

 

 アイドルになりたい。アイドルになって、大きなステージで歌いたい。それが小さな頃から変わらない私の夢。

 

 だから765プロがアイドルの劇場を作って、そこに出演する新人アイドルを募集するという話を聞いたときは胸が躍った。きっと神様が私に『夢を叶えなさい』と言ってくれたんだと本気で思った。

 

 ……でも、それは間違っていた。

 

 

 

 ――分かった。それほど言うなら仕方がない。

 

 ――ただし、それは高校受験までだ。それでキッパリと諦めなさい。

 

 ――中学生の間はそうやって()()()楽しんでおくといい。

 

 

 

 中学三年生になって受験勉強を始めるまで。しっかりと学業と両立させること。それが私が父と交わした約束。アイドルになるために許された条件。

 

 神様は、私に『夢を見せただけ』だった。それは、やがて目が覚めてしまうことが最初から分かっている悲しい夢。

 

 私は、そんな夢でも見たかった。満員の観客席、輝くステージの上でアイドルになった私。そんなひと時の夢を、私は見たかったんだ。

 

 

 

 何が何でも、そんな夢を、叶えたかった。

 

 

 

 

 

 

「……わ、私、静香ちゃんのこと、なんにも、知らなくて……! だから、来年一緒にって、そんなこと言っちゃって……! でも、静香ちゃん……!」

 

 

 

 ――私、未来が羨ましいわ

 

 ――だって未来は、きっと誰にも負けないトップアイドルになるもの。

 

 ――普通の大人になる私は、そんな未来をテレビで見るの。

 

 ――そして『あぁ、なんで私はここにいるんだろう』って。

 

 ――だからね、今ひと時の夢でもいいから。

 

 

 

 ――未来(あなた)貴女(みらい)のステージに、私も立ちたいの。

 

 

 

「……そんなわけないもん! 私、静香ちゃんが、そんなこと思うなんて、思わない……! 私の知ってる静香ちゃんは誰よりも、誰よりもアイドルが大好きなんだもん……! だから絶対『やめたくない』って思ってるに決まってるもん……!」

 

 ワンワンと子どものように泣きじゃくる未来を正面からギュッと抱き締める。

 

「……こればかりは静香と親御さんの話だから、俺はこれ以上の干渉は出来なかった。このまま静香がアイドルとして活躍していけば、きっと認めてもらえるようになると、そう信じるしかなかったんだ」

 

 背後のプロデューサーは「……問題を先延ばしにした俺の責任だ」と口にしたが、きっとそうじゃない。誰かの責任なんて話じゃない。

 

 静香をどう諭すかとか、静香の親御さんにどう説得するかとか、泣きじゃくる未来をどう宥めるかとか、そういう話じゃない。

 

 最上静香の()()()()()()、そんな『奇跡』が必要なんだ。

 

(……私じゃダメだ……!)

 

 静香だけじゃなく、未来も、そして同じようにアイドルを辞めたくないと涙を流したニコも、もう私一人の力どころか、劇場にいる人間の力を借りてもまだ足りない。

 

 

 

 もっともっと、彼女たちの運命を変える()()じゃないとダメなんだ。

 

 

 

(……良太郎……!)

 

 脳裏に浮かぶのは、一人の男性の姿。年下の癖に生意気で、いつも無表情で、それでも感情は人一倍色鮮やかで、そして「彼ならばもしかしたら」と思わせてくれる不思議な、私の大事な幼馴染(おとうと)

 

 彼ならばきっと。きっと彼ならば。

 

 でも。

 

(こんなこと……良太郎にだって……!)

 

 良太郎はきっと背負う。静香のことも、未来のことも、ニコのことも、すべて背負う。

 

 全て背負って、自分がなんとかしないといけないという使命感で動いて、そして一人でボロボロになる。

 

 良太郎一人に背負わせるには、余りにも重すぎた。

 

(せめて……せめて良太郎と一緒に背負ってくれる、誰かがいてくれたら……)

 

 それはきっと私では力不足で、そして良太郎もそれを良しとしない。私では良太郎を止めることが出来ない。周藤良太郎とはそういう人間だから。

 

 だからせめて、周藤良太郎と将来を誓い合い、お互いの全てを曝け出して、良太郎の心を支えてくれる……例えるならば、そう。

 

 

 

 『周藤良太郎のお嫁さん』のような、そんな存在がいたならば……!

 

 

 

 

 

 

「おっ、千鶴お帰り。……なんだ暗いな? 何かあったのか? ……ってそうだ聞いてくれ! ついにウチに来たんだよ! ほら! 商店街で噂になってた! あれあれ! アレだよアレ! ()()()()()()()()()!」

 

 ……え?

 

「も、もう、まだお嫁さんじゃないですってば~! ……って、貴女が二階堂千鶴ね。アタシを知らないとは思わないけど、今日はアイドルとしてじゃなくてプライベートとしてだからしっかりと挨拶させてもらうわね」

 

 ……は?

 

「アタシは朝比奈りん。りょーくん……周藤良太郎の……こ、婚約者よ。今日来たのはこのお店が周藤家御用達だったから未来の嫁として挨拶に来たっていうのと……貴女、りょーくんの幼馴染なのよね? ちょっとだけりょーくんの昔の話を聞かせて貰いに来たの」

 

 ………………。

 

 

 

 嫁きましたわっ!?

 

 

 




・静香の約束
高校受験と同時にアイドルを辞める。
しっかりと時間が流れるこの世界では、決して避けることのできない問題。

・運命を変える
彼にそんな力はない。
それでも『そう思われている』ことを彼は知っている。
だからこそ。

・「貴女、りょーくんの幼馴染なのよね?」
実はこの子、あのときからずっと探し回ってたんですよ……。

・嫁きましたわっ!?
カンダタの糸(荒縄)



 原作知ってる人ならばご存じでしょうが、ようやく静香の抱えていた闇が登場しました。劇場版の誰かさんと違って、この子は本当に時間がありませんでした。

 というわけでニコと静香、ついでに未来の闇が出揃った今回の深淵の底です。ぶっちゃけ書いてる作者も辛かった。

 ですがそれもここまで。問題解決までまだ時間がかかるので、もうしばらく真面目なお話は続きますが、それでもご安心を。

 朝比奈りんは、皆さんが考えている以上に強い女性です。



『どうでもいい小話』

 沖縄公演お疲れ様でした! ななみんめっちゃ可愛かったですね!

 ところで二日目の業務連絡、気のせいですかね、新規SSR三人のシルエットのうち、二人が担当アイドルっぽい気がしますね……。


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Lesson303 朝比奈りんは知りたい

りんちゃんの活躍が始まる!


 

 

 

 アタシ、朝比奈りんはずっと考えていた。どうすればりょーくんの過去……具体的には小学五年生の頃の話を知ることが出来るのか、と。

 

 りょーくんは自分のことならば何でもアタシに話してくれた。『神様から特典という名目で能力を貰って生まれ変わった転生者であること』みたいな些細なことから、『初恋が自分の母親であること』みたいな結構重要そうなことまで話してくれた。

 

 アタシはりょーくんが嘘を吐かないと信じているから、他の人ならば荒唐無稽だと鼻で笑いそうなことも全部本当のことだと信じている。

 

 信じているからこそ、アタシは『IE決勝前夜』に聞いてしまったりょーくんの言葉に本気で腹が立って……と、ダメだダメだ、今りょーくんと結ばれた馴れ初め話を始めると色々と尺が足りない。話を戻そう。

 

 それほどまでに何でも話してくれるりょーくんなのだが、頑なに、本当に頑なに自分の小学五年生の頃の話だけはしてくれないのだ。一応、直接「話したくない」と拒絶されたわけではない。しかしさりげなく聞き出そうとするとさりげなく話題を逸らされるし、直接「小学五年生の頃の話が聞きたい」と聞こうものならば「そんなことより」と露骨に話題を逸らされる。

 

 そこでさらに強引に問い詰めようものならば、お返しとばかりに強引に()()()()()しまうのだ。くそぅ……りょーくんめ……恋人になった途端にあんな……だいしゅき……。

 

 ……とにかく! アタシはりょーくんの過去を知りたい! あー見えてりょーくん結構負けず嫌いだけど、アタシだって負けず嫌いなんだからね! 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、忍! 恭也君! りょーくんの昔のこと、なんでもいいから教えて!」

 

「珍しく一人で来たかと思ったら……」

 

「必死ね~」

 

 りょーくんの第二の実家でもある喫茶『翠屋』。ここの長男でりょーくんの幼馴染でもある恭也君や、彼の恋人で高校の頃はよく一緒にいた忍ならば、話を聞いたことがあるんじゃないかと考えた。

 

「私たちを頼りにきたってことはそういうことなんだろうけど、一応聞くわね? 周藤君のお母さんとかお兄さんからは話聞けなかったの?」

 

「……お義母さんもお義兄さんも『良太郎が話さないなら話さない』って……」

 

 りょーくんとお義兄さんの共通の幼馴染である早苗さんにも一応聞いてみたけど、こちらは何も知らなさそうだった。ちなみにもう一人の周藤家の住人と化している志希は流石に知っているわけないと判断して聞いていない。

 

「しかし申し訳ないが、アイツとの付き合いは六年生の頃からでな。それまではクラスも一緒になったことがないから何も分からないんだ」

 

「えぇ!?」

 

 一番頼りにしてた恭也君からの返事はあまり芳しくないものだった。

 

「んー、高校の昼休みとかで小学校の頃の話題が出たこともあったけど……周藤君は『昔はこれでも結構陰キャだったんだぞ』みたいなことを言ってたような気が……」

 

「それはアタシも聞いたことあるけど、その具体的な内容を知りたいの!」

 

「陰キャであることの具体的な内容……?」

 

「りん、ちょっと落ち着きなさい」

 

 りょーくんってば、お兄さんに劣等感を抱いたり恭也君に劣等感を抱いたり、そんでもって転生特典に落胆して落ち込んだり、話を聞く限りなんだかんだで昔はマイナス方面にいることが多いんだよね。

 

 でも話を聞くとそのマイナス方面に対するスタンスが何か違う気がする。

 

「なんというかこう、before小五は『後ろ向きなネガティブ』だったのがafter小五は『前向きなネガティブ』になった? みたいな?」

 

「それ略すとB5とA5になるわね」

 

「用紙サイズ的には小さくなってるな」

 

「ちょっと二人とも真面目に聞いてよ!?」

 

 プライベートのりょーくんと一緒にいることが多かったからか知らないけど、二人ともノリがりょーくんだよ!? なんかズルい!

 

「まぁ確かに、その小学校五年生の頃の周藤君に何かがあったのは間違いなさそうね」

 

「……そういえば、五年生の頃の良太郎のクラスの噂を少しだけ聞いたことがある」

 

 えっ!? 何それ!?

 

「確か……他のクラスの生徒からは『地獄のクラス』と呼ばれていたらしい」

 

「……らしい? なんでそこ曖昧なの? 友だちから聞いたとかじゃなくて?」

 

「りん、そこに突っ込まないであげて」

 

「え?」

 

 何故か忍が恭也君の肩に手を置いて、その手を恭也君が結構な力で抓り上げていた。よく分からない。

 

「アイタタタ……。そ、それにしても小五の周藤君だけじゃなくて、そもそも周藤君のクラスそのものが訳アリだったみたいね」

 

「一体何があったら『地獄のクラス』なんて呼ばれ方するんだろ……」

 

 りょーくんの過去の謎を解き明かすつもりだったのに、まさか謎が増えるとは思わなかった……。

 

 でも恭也君と忍の話を聞いて分かったことは、小五りょーくんのクラスが『地獄のクラス』なんて呼ばれる謎の存在だということ、そしてりょーくんは恭也君ほど親しい間柄でも話していないということだ。

 

 ということは、アタシが探さないといけないのは『りょーくんから昔の話を聞いている人』ではなく『りょーくんの昔のことを知っている人』だ!

 

「ありがとう二人とも! またなにかあったら相談に乗ってね!」

 

 次の現場の時間も近付いていたので、紅茶代を支払ってアタシは翠屋を後にした。

 

 またりょーくんの過去に一歩近づいた気がした!

 

 

 

 

 

 

「……そういえばなんだが」

 

「ん?」

 

「良太郎には俺よりも古い幼馴染がいるのだが、朝比奈はそれを知っているのだろうか」

 

「もしかして渋谷凛ちゃん?」

 

「いや、違う。確か渋谷生花店と同じ商店街に周藤家が懇意にしてる精肉店があって、そこの娘さんと仲が良かったという話を聞いたことがある。歳は一つ上……だったかな」

 

「恭也はあったことないんだ?」

 

「ウチとその商店街は結構離れているからな。もしかしたら客として来てくれていたかもしれないが、少なくとも良太郎から紹介されたことはない」

 

「ふーん……まぁ周藤君なら話してるんじゃないかな?」

 

 

 

 

 

 

「うわおっぱいでっか!」

 

 ……まさかりょーくん以外に初対面の開口一番でこんなことを言う人間がいるとは思わなかった。

 

「ちょ、ちょっと友紀ちゃん……! 流石にそれは失礼ですよ……!?」

 

「でもすごくない!? 背ぇこんなに低いのにおっぱいこんなにデカいんだよ!?」

 

「せめて声のボリュームを落としてください……!」

 

 そんな会話をアタシの目の前で堂々と繰り広げているのは、今回のグラビア撮影で一緒に仕事をすることになった346プロの姫川友紀と鷹富士茄子だった。アタシの楽屋に挨拶に来たかと思ったら姫川友紀がいきなりそんなことを言い出して、それを鷹富士茄子が申し訳なさそうにペコペコとこちらに頭を下げながら止めようとしていた。

 

 確かこの二人、りょーくんと恭也君と忍の同級生だったっけ。

 

「姫川友紀、いくらアンタがりょーくんの同級生だからって、アタシにまで同級生のノリはどーなの?」

 

「えー? でも良太郎の彼女なんでしょ? なら同級生みたいなもんじゃない?」

 

「いくらなんでもその理論は滅茶苦茶……チョットマッタ」

 

 え、今なんて言った?

 

「良太郎の彼女、朝比奈さんなんでしょ?」

 

 ギョッとして聞き返すと、姫川友紀はヘラヘラ笑いながらもキッパリと断言した。

 

「……まさかりょーくんから聞いてる、とか?」

 

「いや茄子に当ててもらった」

 

「どーいうこと!?」

 

 再びギョッとして姫川友紀が名前を挙げた鷹富士茄子に視線を向けると、彼女は思いっきり引き攣った笑みを浮かべた。

 

「え、えぇっとですね、これにはやんごとなき事情がありまして……」

 

 

 

「えっと、つまり何? 鷹富士茄子は賭け事で絶対に負けないってことを利用して『りょーくんの恋人が誰かを賭けさせた』ってこと?」

 

「普段の茄子だったら絶対そういうことやってくれないんだけど、346プロが誇る酒豪のお姉様方の力を借りて酔い潰して、正常な判断が出来ない状態にしてから賭けてもらったんだ!」

 

 子どものように無邪気な笑顔でトンデモナイこと言い出したわコイツ。

 

「鷹富士茄子、アンタ流石に友人関係見直した方がいいんじゃない?」

 

「……とても……楽しいお酒でした……!」

 

「アンタもアンタでなにしっかり楽しんでるのよ!?」

 

 恭也君と忍もそうだったけど、なに!? りょーくんのクラスメイトになると漏れなく全員こーいうノリになるの!?

 

「いやー良太郎からは親友兼ライバルって話をよく聞いてたから『滅茶苦茶凄いアイドル』っていう印象だったんだけど、良太郎の彼女だって聞いたら一気に親しみが湧いてきちゃって~! りんって呼んでいい?」

 

「もう好きにしなさいよ……」

 

「ありがとうございます、りんさん」

 

「アンタもいい性格してるわホント……」

 

 思わず深いため息が出てしまったが、コレはコレで好機かもしれない。

 

「アンタたち二人とも、この撮影終わったら時間ある?」

 

「え? この撮影後ですか?」

 

「茄子と二人で飲みに行く予定ぐらいだったけど」

 

「なら丁度いいわ。ちょっとアタシに付き合いなさい。りょーくんのことでちょっと聞きたいことがあるの」

 

 忍と恭也君以上の情報を知ってるとは思わないけど、それでもりょーくんの過去を知ってる人間に心当たりがあるかもしれない。

 

「……ほほう? 私たちにお酒の席で聞きたいことがあると……?」

 

「それはそれは……それなりの対価をいただかないといけませんねぇ……」

 

 突然二人して怪しい笑みを浮かべ始めた。

 

「え? なによ対価って……奢れって?」

 

 別に最初からアタシが出すつもりだけど、ちょっと図々しすぎない?

 

「そーじゃなくて、お酒っていったら飲み比べに決まってるでしょ!」

 

「決まってないわよ!?」

 

「テキーラのショット一杯につき一つの質問を許可してあげましょう!」

 

「テキーラのショット一杯!?」

 

 ヤバい、この二人面倒くさいタイプの酒飲みだった……もしかして早まったかもしれない……。

 

「おやおや~? 良太郎だったらこれぐらい喜んで付き合ってくれるのにな~?」

 

「……っ!?」

 

「これだけで恋人の話を聞くことが出来るって言うのに、りんさんの愛はそんなものなんですか~?」

 

「……っっっ!?」

 

 

 

 やってやろうじゃないのよコノヤロウッ!

 

 

 

 

 

 

 ……で?

 

「お前ら、俺の恋人酔い潰したことに対する釈明はあるか?」

 

「「すっごく楽しいお酒でした!」」

 

 友紀と茄子から連絡があったので指定の居酒屋に行くと、お座敷席の座布団の上で涎を垂らしながら幸せそうな笑みで寝ているりんの姿があった。

 

 とりあえず二人の頭を強めに引っ叩いておいた。

 

 

 




・朝比奈りんはずっと考えていた。
具体的にはLesson242から。

・『IE決勝前夜』
と書いて馴れ初め話と読む。

・『地獄のクラス』
そりゃあもう担任の先生が地獄ですよ。

・ウチとその商店街は結構離れているからな。
地理的には良太郎の家を挟んで反対側みたいな立地のイメージ。
初期の凛ちゃんが翠屋に行ったことがなかった理由。

・「うわおっぱいでっか!」
残念! 良太郎ではない!

・『りょーくんの恋人が誰かを賭けさせた』
主犯は泣きボクロがセクシーなダジャレお姉様。

・やってやろうじゃないのよコノヤロウッ!
杉谷



 問題はまだ何も解決していませんが、それでもちょっと空気の入れ替え回。

 滅茶苦茶引っ張って来た良太郎の過去に触れつつ、りんが千鶴の元に辿り着くまでの経緯のお話となります。

 しばらくはこんな感じで緩くいきます。


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Lesson304 朝比奈りんは知りたい 2

ようやくたどり着くりんちゃん。


 

 

 

 アタシ、朝比奈りんはずっと考えていた。どうしてりょーくんの過去を知るためとはいえ、あんな馬鹿みたいな条件を飲んでしまったのかと……朝からベッドで二日酔いに悩まされる頭を抱えながら、考えていた。

 

 ……いやどうしてもなにも、どう考えなくてもあの二人(バカ)のせいであり、そして自分のお酒の許容量を超えてしまったアタシ自身のせいだった。自分でもテキーラのショットが何杯も飲めるとは思っていなかったが、アタシが一杯を頑張って飲んでいる間に何であの二人は二杯も三杯もカパカパ飲めるのよ……。

 

 しかも「当然私たちも同じ条件だよねー?」と『一杯につき一つの質問』という約束を向こうからも要求されてしまい、結果二人から話を聞く以上にアタシとりょーくんのことを洗いざらい話す羽目になってしまった。

 

 結局アタシは時間をかけて飲んでも五杯でダウン。茄子が机に突っ伏したアタシに上着をかけてくれて、友紀が誰かに電話をしているところまでは覚えている。しかしそこから先に記憶が全くなく、気が付いたらりょーくんの部屋のベッドで横になっていた。

 

「……もしかして、りょーくんが迎えに来てくれた……?」

 

 この状況を考えるとその可能性が高く、それに気付いたアタシは頭痛とはまた別の意味で血の気が引いたような気がした。

 

 なにせ、りょーくんとお酒を飲む機会は多々あったものの酔い潰れる姿を見せたことはない。そもそも酔って記憶が無くなるという状況そのものが初めてだ。乙女の尊厳に関わるような粗相をしてしまっていないかという不安が過る。

 

「……とりあえず」

 

 顔を洗おう。

 

 

 

 

 

 

「奏、お前のユニットの相方の酔いどれ美人のお姉様が『俺の恋人が誰かを賭けの対象にした挙句、その答え合わせのために鷹富士茄子を泥酔させた上で賭けさせる』とかトンデモナイことをしでかしてくれたんだがどうなってんだ」

 

「知らないわよ」

 

 朝、テレビ局の廊下でたまたま一緒になったファッションキス魔の後輩に昨晩のことを愚痴るが、私には関係ないとばかりに全くの無関心だった。いや実際関係ないんだけど。

 

「ホントやることが豪快なんだよあの人、というかあの事務所の酒飲みのお姉様方。何回か一緒させてもらったことあるけど、半数以上が墜ちてからが本番とか結構怖いこと言ってたぞ」

 

「それに堕ちずに付き合う貴方も結構怖いけどね」

 

 母親に対して頑丈な身体に産んでくれたことを感謝したことは多々あるが、頑丈な肝臓に産んでくれたことを感謝する日が来るとは思わなかった。ザルで良かった。

 

「それにしても、なかなかいじらしいじゃない貴方の恋人も。慣れないお酒で無茶してまで、貴方のことを知りたかったってことでしょ?」

 

 クスクスと笑う奏。

 

「そこまでして知りたがってるのに、どうして教えてあげないのよ? それとも、知られたらマズいようなことでもあるの?」

 

「………………」

 

「……え、本当にあるの?」

 

 知られたらマズいというか……知らない方がいいというか……。

 

「なぁ奏、例えば――」

 

 

 

「――って感じなんだけど」

 

「ぜっっったいに! それ以上話すんじゃないわよ!?」

 

 軽く触りだけ説明してやったら、奏にしては珍しく全力の否定だった。やっぱり?

 

「っていうか、貴方のそれわざとでしょ!? わざとやってるでしょ!?」

 

「いや、だって折角だし」

 

 けどまぁ、やっぱり話さない方がいいということだけは分かった。

 

「ありがとう奏、お前のおかげだよ」

 

「こんなことで感謝されても嬉しくないわよ!」

 

「スマンスマン」

 

 珍しく全力で怒る奏を宥めつつ、やっぱりコレをりんに話すのは時期尚早だと再認識するのだった。

 

 

 

 

 

 

 着替えや洗顔やその他の身だしなみを整え終わった頃には、既に午前十一時を回ろうとしていた。今日がオフで本当に良かった……。

 

 勿論りょーくんもお義兄さんも早苗さんも、ついでに志希もお仕事なので既におらず、専業主婦であるお義母さんだけがリビングで掃除機をかけていた。フンフンと鼻歌交じりにチョコマカと動き回るお義母さんの姿を、りょーくんは「小学生のお手伝い」と称していたことを思い出した。

 

 ……いや、アタシもそれなりに小柄だという自覚はあるけど、まさか良子さんがそれ以上に小柄だとは思いもしなかった。というか早苗さんのことも考えると、周藤家の男性陣の女性の好みのようなものを垣間見たような気がした。

 

「ふんふ~ん……あっ、りんちゃんおはよー!」

 

「おはようございます、お義母さん。昨晩はご迷惑をかけてしまったようで、本当に申し訳ありませんでした……」

 

 リビングに入って来たアタシに気付いたお義母さんが声をかけてくれたので、挨拶もそこそこに迷惑をかけたことに対する謝罪をする。しかし予想通りといってはアレだが、お義母さんはそんなアタシに対して「そんなこと気にしなくていいよ~」といつものようにニコニコと笑っていた。

 

「それより気分はどう? 気持ち悪くない?」

 

「その、ちょっとだけ頭が……」

 

「今日の朝ご飯に作ったシジミの味噌汁がまだあるから、少し飲むー?」

 

「……いただきます」

 

「はいはーい! ちょっとだけ待っててねー!」

 

 将来の嫁としては酔って昼近くまで寝ていた挙句、お義母さんに色々とお世話をされてしまい結構凹む。というか別の意味で頭を抱えたくなる。

 

「はいどーぞ! 熱いから気を付けてねー!」

 

 リビングのソファーに腰を下ろすと同時に、お義母さんが味噌汁の器を箸と共にお盆に乗せて持ってきてくれた。

 

「本当にありがとうございます。……それで、その、少し昨日のことをお聞きしたいんですけど……」

 

「んー? なになにー? ベロベロに酔っ払ったりんちゃんをリョウ君が背負って帰ってきてー、そのまま部屋に行ったと思ったら『りょーくんだいしゅき~!』って大きな声が聞こえてきたことー?」

 

「すみません本当にすみませんごめんなさい」

 

 思わず両手で顔を覆ってしまった。今滅茶苦茶顔が熱い。普段からそれに近しいことを言っているという自覚はあるが、それを恋人の母親に聞かれてあまつさえ口に出して言われるのは精神的なダメージがデカすぎる。

 

「うふふー若いっていいねー。私もねー昔はお父さんとねー」

 

 ポッと赤く染まった頬に手を当ててイヤンイヤンと体をくねらせるお義母さん。……この人から年下扱いされることが、未だに慣れない……。

 

 とりあえず、予想通り昨日のアタシはりょーくんに連れて帰ってきてもらったらしい。きっと友紀が電話して呼んでくれたのだろう。でも礼は言わない。茄子ともども、いつか目にモノ見せてやる。

 

「そ、それで、その……りょーくん、どうでした? 呆れたりとか幻滅したりとか……」

 

「んーリョウ君に限ってそーゆーことはないと思うよー? 昨日もわざわざおんぶからお姫様抱っこに持ち替えてりんちゃんのおっぱいの感触楽しんでたぐらいだしー」

 

 やだもうりょーくんったら♡って喜ぶべきか、実の母親に対しても性癖が筒抜けであることに対して同情するべきか……。

 

「りょーくんのアレも小学五年生のときの……おーっと、おくちにチャーック」

 

「っ!?」

 

 気を抜いていたところに重要そうな情報が飛び出してきて、思わず目を剥いてしまった。肝心のお義母さんは口元で指をバッテンにしているためこれ以上聞き出せそうにないが、それをきっかけにして昨日の友紀と茄子との飲み会で得ることが出来た数少ない情報の一つを思い出した。

 

 

 

「お義母さん、りょーくんに恭也君や早苗さんや渋谷凛とはまた別に『もう一人幼馴染がいる』って本当ですか?」

 

 

 

 ――良太郎の過去を知ってそうな人ねぇ。

 

 ――幼馴染が何人かいるって聞いてますから、誰か知ってるんじゃないですか?

 

 ――良太郎の幼馴染といえば、なんか最近アイドルになった人がいるらしいじゃん。

 

 ――そういえば、765プロでデビューしたって言ってましたね。

 

 

 

 765プロでアイドルデビューした幼馴染。その存在をアタシは昨晩初めて知った。

 

 りょーくんもお義兄さんもお義母さんも話してくれなかったこの存在は、きっとりょーくんの過去を知る重要人物に違いない!

 

 

 

「え? うん」

 

 

 

 ……軽い!? えっ!? なんか予想してた反応と違うんだけど!?

 

「りんちゃん、知らなかったのー?」

 

「し、知らなかったですけど、え?」

 

「私、リョウ君からとっくに聞いてるものだとばかり思ってたんだけどー」

 

「えぇ!?」

 

 あれ!? もしかしてりょーくんから聞いてたのにアタシ忘れてる!? それともただ単に話を聞く機会が無かっただけ!? こんだけ一緒に生活してて!? そんなことある!?

 

「か、隠された存在とか、そーいうアレは……?」

 

「全然ないよー? 志希ちゃんも知ってるぐらいだから、りんちゃんも知ってるものだとばかりー」

 

「志希知ってるんですか!?」

 

 誰!? 『志希は流石に知っているわけないと判断して聞いていない』なんて言った奴は!? 前回のアタシだ!

 

 思わず頭を抱えてしまう。一体アタシは朝から何回頭を抱えればいいんだ。

 

「いつもウチがお世話になってるお肉屋さんの娘さんでねー、二階堂千鶴ちゃんっていうのー。765プロでアイドルになったらしいんだー」

 

「そ、そうなんですね……」

 

 765プロのアイドルという、友紀と茄子から教えてもらった情報とも一致する。

 

 お義母さん曰く、なんでもりょーくんが小学校低学年の頃からの付き合いになるらしく、昔は一人でいようとすることが多かったりょーくんをいつも気にかけていたお姉さん的な存在らしい。渋谷凛が妹分の幼馴染だとするならば、二階堂千鶴は姉貴分の幼馴染ということか。

 

(小学校低学年の頃からのりょーくんを知っている幼馴染……)

 

 彼女に会えば分かるかもしれない。りょーくんがひた隠しにする過去を。

 

 なら、会いに行こう。

 

 

 

 ……二日酔いが、収まってから……。

 

 

 

「あ、なら晩御飯のおつかいも頼んでいーい?」

 

「はい、分かりました……」

 

 

 




・テキーラのショット
みんなは合間合間にお水を飲みながら楽しんでね!

・酔いどれ美人のお姉様がしたトンデモナイこと
Lesson301で会話をした矢先にこんなことやってたっていう。
無茶だよ()

・「ぜっっったいに! それ以上話すんじゃないわよ!?」
奏さんブチギレ案件。

・周藤家の男性陣の女性の好み
父嫁 リトルマミー(バストサイズ大)
兄嫁 片桐早苗
弟嫁 朝比奈りん

・「え? うん」
リトルマミー「だって聞かれなかったしー」

・「志希知ってるんですか!?」
流石に良太郎の過去は知らないが、志希に話を聞いていれば飲み比べなんかしなくても千鶴の存在を知ることが出来たのである。



Q 今のりんの状況ってどうなってるの?

A またいずれ書くけど、両親公認の半同棲状態。着替えとかも置いてある。

 というわけでようやく前々話の終わりに繋がるところまで来ました。

 ただ真面目な話はしますがシリアスにはならない予定です。もうちょっとだけ良太郎の過去のアレコレが続くんじゃよ。


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Lesson305 朝比奈りんは知りたい 3

いつから良太郎の過去話がシリアスだと錯覚していた?


 

 

 

「……とまぁ、ここに辿り着いた理由はそんな理由よ。いきなり押しかけて悪かったわね」

 

「そ、そうだったんですのね……」

 

 突如我が家にやって来た良太郎の嫁という名の婚約者である、トップアイドルの朝比奈りん。まさか彼女が良太郎の恋人とは……という驚きはそれほどない。どちらかというと『やっぱりそうだったのか』という妙な納得感の方が強かった。

 

 何せ『周藤良太郎』と『魔王エンジェル』は切っても切れない関係だ。『周藤良太郎』が日本のナンバーワンのトップアイドルであるという常識と同様に、『魔王エンジェル』がナンバーツーであることに議論の余地は存在しない。『周藤良太郎』という圧倒的な輝きの隣に並んで尚霞むことのない輝きを放つのが、彼女たち『魔王エンジェル』なのだ。

 

 その中でも朝比奈りんは常々から『周藤良太郎』の熱狂的なファン(りょーいんかんじゃ)であると公言しており、プライベートでも仲が良いというのは有名な話だ。『周藤良太郎の恋人としてふさわしいのは誰だ?』という議論では真っ先に名前が挙がるほどだ。

 

 さて、そんな朝比奈りんが、プライベートとはいえ私の部屋のクッションに腰を下ろして湯呑を持っているというのが現在の状況。

 

(……偶然というのは本当に恐ろしいですわね……)

 

 まさか『良太郎を支えられる嫁のような存在がいてくれたら』なんて考えた矢先、そのような存在が向こうから私を尋ねて来てくれるなんて誰が考え付くだろうか。

 

「それで『良太郎の過去が知りたい』ということでしたわね?」

 

「そーそー。具体的には小学五年生の頃の話。りょーくん頑なに話そうとしてくれないから、色んな人に聞いて回ってるうちにアンタに辿り着いたってこと」

 

「小学五年生の頃……」

 

「なんかりょーくんが話したがらなさそうな、そーゆーエピソードに心当たりある?」

 

「そうですわね……」

 

 私は良太郎と学年が違うため、学校での様子を全て把握しているというわけではない。しかし良太郎が小学五年生の頃の話ならば()()()()()()()()()()にはいくつか心当たりがある。それは良太郎の口から無理矢理聞き出したものだったり、噂として他クラスに流れていたものだったり、それらは正直()()()()()()()()()()()()()()()でもあった。

 

「……一つだけ、条件がありますわ」

 

「なに? アンタまで飲み比べしろとか言わないよね?」

 

「言うわけないでしょう」

 

 ……全く関係ないが、そのテキーラの飲み比べをさせられたという話。実はそれ『良太郎の同級生の二人なりの試験』みたいなものだったのではないだろうか。

 

 私とは別の高校に通っていた良太郎だが、その高校は『周藤良太郎』に対する秘匿を徹底していたと聞いている。その高校の同級生である二人は、良太郎のことを聞こうとした朝比奈さんのことを『酔い潰れるまで飲ますこと』で試したのではないだろうか。果たしてどこまで良太郎のことを本気なのか、と。

 

 あくまで私の推測に過ぎないが。

 

 

 

 

 

 

「いやー昨晩の飲み比べ、ちょー楽しかったね、茄子!」

 

「ふふっ、そうですね」

 

「結局支払いは全部良太郎が持ってくれたし!」

 

「それに、りんさんが『如何に良太郎君のことを本気か』ということも知れましたし」

 

「え? なんのこと?」

 

「……友紀ちゃ~ん?」

 

 

 

 

 

 

 閑話休題。

 

「条件、というか確認作業みたいなものですわ」

 

 りんさんの前の座っていた私は、居住まいを正して彼女に体ごと向き直った。

 

「朝比奈りん、貴女は例えが何があろうと周藤良太郎を支えますわね?」

 

「そんなわけないじゃん」

 

「……え」

 

 即答されるのではないかとは思っていたが、まさか否定されるとは思っていなかったため面食らってしまった。

 

「支える? はっ、そんな安っぽい関係じゃないのよアタシとりょーくんは」

 

 りんさんはそう言って私の言葉を鼻で笑った。

 

 

 

「もう()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なの。悪いけど、アタシとりょーくんはもうそーゆー次元で生きてるの」

 

 

 

(……あぁもう、本当に良太郎ったら……)

 

 いいお嫁さん、見つけましたわね。

 

 

 

 

 

 

「先ほどの発言は失言として謝罪させていただきますわ」

 

「いいわよ別に。こっちこそちょっと生意気だったし」

 

 しっかりと頭を下げる二階堂千鶴。言葉遣いこそ精肉店の長女らしからぬおかしなものだが、それ以外は本当にしっかりとした女性であることはこの短い時間で十分に理解することが出来た。

 

「それで朝比奈さんは……」

 

「りんでいいわよ。さんも付けなくていい」

 

 どーせアタシは周藤家に嫁入りするんだから、これから長い付き合いになるだろうし。あーでも新居がこの商店街の近くとは限らないかなー……?

 

「では遠慮なく。りんは良太郎の小学五年生の頃の話を知りたいと思ったのは、当然そこで()()()()()()()()()()()()()ことを確信しているから、ですわよね?」

 

「まーね。話を聞く限り、どうにも時期を境に今のりょーくんになったって感じだから」

 

 この世界に転生した直後でまだ自分の転生特典に気付けなかった頃のりょーくんは、正真正銘の天才であるお義兄さんへの劣等感で苦しんでいたらしい。

 

「えぇ、昔の良太郎は今よりもっと卑屈な性格をしていましたわ。誰かに何を言われても『どうせ兄貴と比べて』なんて言葉で全てを投げ出そうとして、わたくしが何度注意してもやめようともしませんでしたの」

 

 やだ、ちょっとその頃のりょーくんも見てみたい……小学校のランドセルを背負った卑屈な小さいりょーくんとか、絶対に可愛いやつじゃん……。

 

「ですが、良太郎は変わりましたわ。まるで憑き物が落ちたかのように前向きな性格になって……それ以外の大切な何かまで落ちてしまったかのような変わりっぷりでしたけど……」

 

 アタシ的には今のりょーくんも全然大好きだから問題はないんだけど、確かに話に聞く昔のりょーくんと今のりょーくんは大分違うみたい。それだけ衝撃的な何かがあったってことなのだろうか。

 

「今思えば良太郎のクラスは色々な意味で凄いクラスでしたから、それも当然といえば当然の結果だったのかもしれませんわね」

 

 千鶴は苦笑しつつ肩を竦めた。

 

「りんは、良太郎のクラスがどんなクラスだったのかという話はもう聞きまして?」

 

「なんか『地獄のクラス』って呼ばれてたことだけは聞いた」

 

 正直そんな呼ばれ方をするようなクラスでりょーくんが前向きになるような何かが起こるとは到底思えないんだけど。寧ろもっとグレてしまうような……グレりょーくんも見てみたいなぁ……今度ちょっと演技してもらおうかなぁ……。

 

「ふふっ、懐かしい響きですわね。えぇ、あの小学校のあのクラスは『地獄のクラス』と呼ばれていましたわ。ですがそれは蔑称などではなく、担当教諭を讃えるための呼び方ですわ」

 

「担任の先生が地獄ってこと?」

 

 ますます意味が分からない。地獄にいいイメージなんて全く湧かないんだけど。

 

「あっ! もしかして『A hell of a woman(すげぇいいおんな)』みたいなそういうニュアンス?」

 

「残念ながら男性の方ですし、整った顔立ちではありましたが全くと言っていいほどモテないことでも有名でしたわ」

 

 昔のことを懐かしむように千鶴はふふっと笑った。

 

「けれど呼ばれ方こそ物騒ですが、あの方はとても気さくでユーモアに溢れていて、常に生徒のことを思って行動できる素晴らしい教師でしたわ。少し女性にだらしないのが玉に瑕ですが」

 

「小学校教師で最後のそれはマズいんじゃないの?」

 

「わたくしが卒業する頃にご結婚されましたが、確かお相手は当時女子高生でしたわね」

 

「本当に大丈夫なのその小学校教師!?」

 

 やっぱり地獄ってそういう意味なんじゃないの!?

 

「突然ですがりん、貴女は()()()()についてどう思います?」

 

「え? なに? 心霊現象?」

 

 千鶴が本当に突然訳が分からないことを尋ねてきた。色々と情報過多のところにまた新しい情報を追加するのは勘弁してもらいたいんだけど。

 

「もし、その心霊現象が()()()()()()()としたら? もし、その心霊現象が()()()()()()()()()()()()()としたら? ……もし、その心霊現象に対処することが出来る()()()()()()()()()()としたら?」

 

「……え」

 

 ぞくりと背筋に寒気が走った。

 

 

 

「この世には、目には見えない闇の住人たちがいて、彼らはときとして牙を剥き、わたくしたちを襲ってくる」

 

 

 

 先ほどまでと変わらぬ千鶴の柔らかな表情が、何故だか急に別の意味を含んでいるように見えてきてしまった。

 

 

 

「彼は、そんな奴らからわたくしたちを守るため、地獄の底からやってきた『正義の使者』……だったのかもしれませんわね」

 

 

 

 思わず生唾を飲み込む。

 

「まさか……本当に……!?」

 

「一度だけですが、わたくしもしっかりと目にしたことがありますの。あの学校出身の人間に心霊現象を信じない者はいませんわ」

 

 千鶴はしっかりとそう言い切った。心霊現象が存在すると、そう言い切ったのだ。

 

 アタシは霊とかそういう類の話は全く信じていないのだが、ここまではっきりと言われると「もしかして……」という考えが湧いて来る。

 

「良太郎が在籍した五年三組の担当教諭『鵺野(ぬえの)鳴介(めいすけ)』。彼は生徒たちからはこう呼ばれていましたわ」

 

 カッと目を見開いた千鶴は、高らかにその名前を呼んだ。

 

 

 

「『地獄先生ぬ~べ~』と!」

 

「『地獄先生ぬ~べ~』!?」

 

 

 




・良太郎の同級生の二人なりの試験
友紀「お酒に理由なんていらないんだよ……」
茄子「カッコいい気がするだけでダメな発言ですね……」

・小学校のランドセルを背負った卑屈な小さいりょーくん
チラ見えする作者の性癖(おねショタ

・A hell of a woman
定型文というかスラング的な。

・結婚相手は女子高生
学生ではなかったけど確か当時16歳だったような……。

・心霊現象
なんか昔そういうのは無いって断言しちゃったような気もするけど、アイマス世界には小梅ちゃんがいるからね。仕方がないよね。

・「この世には、目には見えない闇の住人たちがいて」
このナレーションの方、お亡くなりになられてたんですね……。

・『地獄先生ぬ~べ~』
言わずと知れた少年オカルト漫画の金字塔、ついにアイ転世界に本格参入です!
……貴方のトラウマは、何処から?(作者は犬の内蔵を食べてたエイリアン)



 というわけで(良太郎のモノローグ以外で)ハッキリと明言されましたが、良太郎の小学五年生の頃のクラスは『ぬ~べ~クラス』でした。

 実はデレマス編で小梅ちゃんに電話をした際、あの子と普通に会話をしていたのは昔の体験のせいですっかり耐性が出来てしまっていたからという設定でした。



 ……さて問題です。『地獄先生ぬ~べ~』において、良太郎が関わるとかなりヤバいことになるエピソードとはなんでしょうか? ヒントは『転生者』。


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Lesson306 朝比奈りんは知りたい 4

この世には知らなくてもよかったことがある。


 

 

 

 前回のあらすじ。りょーくんの小学五年生の頃の担任の先生のあだ名がダサかった。

 

「いや、ぬ~べ~って……ぬ~べ~って……」

 

「小学生が考えるあだ名ですから、そんなものでしょう」

 

 なんだかあだ名のインパクトが強くて情報が頭から抜け落ちそうになったが、重要なのは呼ばれ方ではなく、その先生が霊能力者と呼ばれる存在であったというところだ。

 

「その霊能力者っていうのは、幽霊をお祓いしたりする人ってことなの?」

 

「概ねその認識で間違っていませんわ。鵺野先生のクラスは幽霊や妖怪といった怪奇現象に見舞われることが多く、そのような存在から鵺野先生はわたくしたち生徒を守ってくださりましたの」

 

「まるで漫画の世界の話を聞いてるみたい……」

 

 まさかドラマのセリフ以外で『幽霊』や『妖怪』といった言葉を真面目に口にする日が来るとは思わなかった。

 

「……ん? ちょっと待って、今『守って』って言った?」

 

 『守る』ということはつまり『害をなす』存在がいるということで、そして『守られた』ということは『害された』ということで……! それに千鶴さっき『闇の住人たちが牙を剥く』って言ったよね……!?

 

「りょーくんは大丈夫だったの!?」

 

「大丈夫じゃなかったら、今頃日本で一番のトップアイドルは貴女たち『魔王エンジェル』になっていたことでしょうね」

 

「いやりょーくんがいなかったら正直アタシたちはここまで成長しなかった……ってそうじゃなくて!」

 

 もしかして、それが『りょーくんが変わった理由』と『りょーくんが話したがらない理由』!?

 

「……あの事件は、良太郎のクラスのみならず学校全体を巻き込んでの騒動になりましたわ。幸いわたくしは巻き込まれずに済みましたが……あの一件で心に傷を負った生徒も少なくはないでしょう」

 

「じゃ、じゃあ、りょーくんも……!?」

 

「……忘れもしない、あの夏の日。その日、校庭で体育の授業をしていた良太郎のクラスの前に、突然()()()は現れましたわ」

 

 千鶴は悲痛そうな面持ちで目を伏せた。

 

「それは一般人の目には普通の人と変わらぬように見える存在でしたが、鵺野先生はいち早くそれが人あらざる者と見抜きましたわ。生徒たちに下がるように指示をしながら自身はその存在の前に出ていく様子を、わたくしは授業中の窓から見ていましたの」

 

 

 

 ――誰だぁ? あのおっさん?

 

 ――お前たち、下がるんだ!

 

 ――え? 急にどうしたのさ、ぬ~べ~?

 

 

 

「普段は温厚な鵺野先生が声を張り上げている様子から、それがとても危険な存在だということはすぐに分かりましたわ。きっと、鵺野先生はその時点でそいつが『鬼』だということを理解していたのでしょう」

 

「お、鬼……!?」

 

「そう。鬼というのはとても危険な存在。人間では到底適うことのない説明不要の『強者』。その日、学校を混沌の渦に巻き込んだ張本人……その怪異の名は」

 

「か、怪異の名は……!?」

 

 

 

「吸血鬼『Y談(ワイだん)おじさん』!」

 

「吸血鬼『Y談おじさん』!?」

 

 

 

 

 

 

「はぁ今日も疲れたー……って、おっ、りん、ただいま」

 

 今日の激務を終えて帰宅し、着替えのために自室へ入るとそこにはりんの姿が。可愛いお嫁さんが自分のベッドに座って待っていてくれるこの状況に何度目になるか分からない感動を覚えつつ、りんが何とも言えない表情になっていることに気が付いた。お手本のような『苦虫を噛み潰した』ような顔である。

 

「どうした? もしかしてまだ二日酔い引き摺ってる?」

 

「あ、うん、二日酔いは大丈夫。……昨日はありがとう、りょーくん。わざわざ迎えに来てくれて」

 

「なんのなんの。滅多に見られない酔いどれ状態のりんがちょー可愛かったし」

 

 普段も可愛いんだけど、酔っ払った女の子ってのはどうしてあんなにも可愛いのかね。真っ赤になってふにゃふにゃ笑ってデロデロに甘えてきて……あれ? 普段のりんと変わらんな? 今もこうしてテレテレしてるし……まぁいいか!

 

「えっと、そのね、今日お義母さんのおつかいで初めて二階堂精肉店に行って、お店のおじさんたちに挨拶してきたの」

 

「へぇ。ってことは千鶴にも会ったのか?」

 

「うん、会った。というか、アタシとしては彼女に会いに行くのが目的だった」

 

「ん? 千鶴に?」

 

「……りょーくんの昔の話が、聞きたかったから」

 

「……そっか」

 

 りんが言う『昔の話』というのは、多分俺が鵺野先生のクラスに在籍していたことの話だ。

 

 まぁ別に口止めしていたわけでもない。なんとなく俺の口から言うのが憚られていたっていうだけだから、いつかは知られてしまったことだろう。

 

「他のクラスの千鶴視点だったとはいえ、なかなか面白い話が聞けたんじゃないか?」

 

「……うん、まぁ、その……一応、りょーくんが今のりょーくんになった話、とか……」

 

「……その話か」

 

 言いよどむりんだったが、その内容が内容なので納得してしまった。

 

「まぁ、俺も色々と思うところがあったわけだよ」

 

「うん」

 

 それは俺という存在の否定。それまでの曖昧だった自分自身が()()()()()()()()()()()のかもしれないという、まるで暗闇に堕ちていくかのような恐怖。

 

「正直苦悩した。全てを鵺野先生に話すべきか悩んで、結局全部話すことが出来なくて……」

 

 それでも、鵺野先生はしっかりと答えてくれた。詳細を話すことが出来なかった俺に対して、きっと先生は大体の事情を察してくれたんだと思う。

 

「だから、せめて精一杯生きることにしたんだよ。()()()だって、どんだけやさぐれようとも、やけっぱちになろうとも、それは全部()()()なんだって」

 

「……うん」

 

 

 

「それが『本来この身体で生きるはずだった周藤良太郎』に対する精一杯の償いなんだって」

 

 

 

「……うん?」

 

「不謹慎かもしれないけど、それに気付かせてくれた広のお母さんには感謝しないといけないな」

 

「え?」

 

「えっ」

 

 滅茶苦茶真面目な話をしていたのに、りんから返って来たのは『一体なんの話をしているんだ?』みたいな反応だった。

 

「……えっと、アタシが千鶴から聞いたのは『吸血鬼が卑猥な言葉しか話せなくなる呪いをばら撒いたせいで学校中がパニックになった』っていう話なんだけど……」

 

「あー、そっちか」

 

 りんが言ってるのは吸血鬼『Y談おじさん』のことだな。あれの呪いは意思疎通する手段全てが自分の性癖になるっていう色んな意味でヤバいものだった。

 

「大変だったなぁ。真っ先に対峙した鵺野先生は勿論、一緒に授業中だった俺たちクラスメイト全員も呪いにかかっちゃって、そっからはもう大騒ぎよ」

 

 何せ口にする言葉全てがその人の性癖になってしまうのだ。そりゃあもうここでは言えないような卑猥な言葉のオンパレードだし、要するにその人の隠された性癖が全部暴露されてしまうのだ。人によってはマジで舌を噛み切るレベルで心の傷を負うことになる割とガチで悪質な怪異だった。

 

「そこからだよ……俺が自分の性癖(おっぱいせいじん)を隠さなくなったのは……」

 

「千鶴から話の概要を聞いた時点で『きっとそうなんだろうなぁ』って思ったよ……」

 

 それまでの俺は自分の転生特典が分からずに結構捻くれたガキで、クラスでも一人浮いてた。しかし自分の性癖を晒すことになってしまい、それで色々と吹っ切れてしまったのだ。

 

 女性型の怪異が現れる度に……。

 

 

 

 ――良太郎! あの人はどうだ!

 

 ――うむ、良い大乳だ。

 

 ――出た! 良太郎のお墨付きだ!

 

 

 

 ……みたいなやり取りをするのが定番になってしまったほどである。

 

「まぁクラスに打ち解けるきっかけになった怪異だし、俺個人としては感謝してるよ」

 

 いつかY談おじさんとはお酒の席でしっかりと話をしてみたいものだ。

 

「……そ、それじゃあ、さっきりょーくんが言おうとしてたのは……?」

 

「ん? あぁ、そっちは『クラスメイトの立野(たての)(ひろし)の母親が幼稚園児の少女に転生してしまったために、少女の自我が消滅の危機にあった』って話で、それをきっかけに『転生者として俺は元々この身体で生きるはずだった周藤良太郎の自我を消してしまったんじゃないか』って悩んだっていうだけの話だから、そこまで大した話じゃないよ」

 

「大した話だよ!?」

 

 よくよく考えてみればこの話を千鶴が知ってるわけなかったな。いやぁ勘違い。

 

「だ、大丈夫だったのりょーくん!?」

 

「正直当時は色々と精神的にキツかったけど、そのY談おじさんの騒動で吹っ切れてクラスメイトと打ち解けた後だったからな」

 

 この辺りのことを詳しく話そうとすると外伝として『地獄先生ぬ~べ~編』が始まってしまうので割愛する。

 

 ただ転生者であるという悩みを打ち明けることは出来なかったが、それでも鵺野先生や広たちクラスメイトには色々と助けられた。そういった点でもY談おじさんに感謝したい。

 

「……とまぁ、多分これがりんの知りたがってた『周藤良太郎が変わったきっかけ』の話だ。そんな大げさに話すようなことでもなかっただろ?」

 

「……色々とりょーくんに言いたいことはあるんだけど……ほんっとーにごめんなさい!」

 

 流石に文句を言われるかなぁって思っていたのだが急に謝られた。

 

「そんな真面目な理由があったなんて知らなくて、千鶴からその話を聞いて『やっぱりりょーくんだなぁ』なんてちょっと呆れちゃって本当にごめんなさい!」

 

 それを謝られると、それはそれでこちらとしても色々と複雑なんだけど。

 

「おわびにアタシのおっぱい好きにしていいから!」

 

 思わず「それは別に今更」って言葉が出そうになったけど、別に俺にとっての不利益は何もなかった。うっひょー。

 

 

 

 

 

 

 念願叶ってりょーくんの空白の過去を知ることが出来たアタシだけど、疑問が一つだけ残ってしまった。

 

「結局りょーくんはどうして頑なにそのクラスでの出来事を話してくれなかったの?」

 

「……話したくなかったというか、()()()()()に話せなかったというか」

 

 アタシのため?

 

「ここまで来たら乗りかかった舟だ。最後までしっかりと聞かせてやるよ」

 

「ホント!?」

 

 

 

 ……このときのアタシは、正直甘く考えていたのだ。

 

 

 

「よし、それじゃあ……」

 

「……えっ、りょーくん? なんでカーテン閉めたの? ……なんでアロマに火を付けたの? ……なんで部屋の電気を消したの?」

 

 

 

 ……りょーくんが小学五年生に体験してきた数々の出来事を。

 

 

 

「……そう、これは本当にあった話」

 

 

 

 ……『周藤良太郎』が本気を出して語ったらどうなるのか。

 

 

 

「身も凍るような、寒い寒い、真夏の話」

 

 

 

 

 

 

「……は? 良太郎の怪談話? あぁ、あれはなかなか凄いぞ。これは俺よりお前たちアイドルの方が詳しいだろうが、アイツは無表情故に声の感情表現が優れていてな。おまけに人の怖がるポイントというものを熟知しているらしく、ダメ押しとばかりに不気味なまでの無表情だ」

 

「高校の頃も夏休みによく怪談話とかしてたんだけど、奏ちゃんは聞いたことなかったの?」

 

「……そういうことは、もうちょっと早く聞きたかったわ……高町先輩……月村先輩……」

 

 

 




・ぬ~べ~
・鵺野鳴介
改めて紹介すると『地獄先生ぬ~べ~』の主人公で、左手に鬼の力を宿した『鬼の手』を駆使して生徒たちを妖怪たちから守る正義の小学校教師。
この世界だと左手は普通の手。でもこの人、鬼の手なくても普通にヤバい霊能力者だから大丈夫だと思う。

・吸血鬼『Y談おじさん』
『吸血鬼すぐ死ぬ』に登場するある意味で最悪の吸血鬼。CV井上和彦
要するに良太郎は原作のロナルド君みたいな状況になってた。

・『本来この身体で生きるはずだった周藤良太郎』
転生モノでは時に滅茶苦茶重く扱われるこの話題をこんなに雑に終わらせるってマジ?

・立野広
『地獄先生ぬ~べ~』の登場人物で主要キャラ。
典型的スポーツバカタイプのサッカー少年で、次回作では見事Jリーガーになった。

・広のお母さん
幼稚園児の少女として転生してしまったが、このままでは少女の魂が消滅してしまうということでぬ~べ~が成仏させようとするが……。
結構泣ける話なので是非原作を読んでね!

・『地獄先生ぬ~べ~編』
※書きません。

・良太郎の怪談話
ただの読み聞かせならば作者別作品のあっちの俳優さんの方が上なのだが、こと怪談という点に関していえば良太郎に軍配が上がる。
ひたすら無表情の人間が不気味に話せばそりゃ怖いに決まってる。



 ぬ~べ~だけでは飽き足らずにY談おじさんまで登場するアイマス二次創作があるってマジ?()

 というわけでコレが良太郎の過去の全てです。本当にコレで全部です。ミリマス編が始まってからずっと引っ張って来た話のオチがコレです。(ほら、一応周りのシリアス具合と良太郎の反応に温度差があるっていう伏線あったから……)

 ここまで一ヶ月前とは比べ物にならないぐらいコメディやってきたので、次回からはそろそろ真面目に本編に戻ります。これも本編だけど。

 ……みんな、一ヶ月前にどんなシリアスやってたか、忘れてないよね?


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Lesson307 周藤良太郎は救いたい

ようやく真面目な話に戻りそう。

※諸事情により一つ章を増やしました。目次よりご確認ください。


 

 

 

「りょ、りょーくん……もう、ダメ……」

 

「ほら、もうちょっとだよ、りん」

 

「で、でも……!」

 

 嫌がる素振りを見せるりんに優しく言葉をかけるが、彼女にしては珍しく拒絶の反応を見せた。そんな珍しい姿が新鮮で、俺の心の奥の嗜虐心がほんの少しだけ鎌首をもたげる。

 

「大丈夫、ちゃんと()()()()やるからさ」

 

「そ、そんな、これ以上は、アタシ……!」

 

 目にうっすらと涙を浮かべるりんの両手首を抑える。りんは抵抗しようとするが、まるで何処か期待しているかのようにその力は弱々しかった。

 

 

 

「……そうして広と金田を連れて、鵺野先生はマンホールの下に降りていった。……そこは暗い暗い下水道。なんとなく付いていったことを軽く後悔するぐらい、そこは現実とはかけ離れた暗闇だった」

 

「い、いや……」

 

「懐中電灯の明かりだけで進んでいくと、やがて下水の中に何かが動いたんだ」

 

「ひっ……!?」

 

「鵺野先生がそれの正体を確かめるために少し離れる。そんなときでも広と金田は言い争いを止めなかった……やれどっちがビビってるだの、やれ俺は平気だの、小学生男子の意地の張り合いだ。俺はそれを止めようとして……見ちまったんだよ」

 

「えっ」

 

「二人の後ろ。思わず『あっ』と呟いてしまった俺の視線に気付いて振り返った二人の視線のその先に、見ちゃったんだよ……」

 

「……な、何を……?」

 

 

 

「……ドロドロに朽ち果てて尚恨みを晴らさんとする少女の腐敗死体を!」

 

「きゃあああぁぁぁ!?」

 

 

 

 

 

 

「いやぁリアクションがいいと話し甲斐があるなぁ」

 

「いじめっこ! りょーくんのいじめっこ!」

 

 涙目のりんがぷんすかと頬を膨らませながらクッションでボスボスと殴り掛かってきた。奏もそうだったが、美人が怖がる様子を見ているとゾクゾクする。

 

「でも聞いてて面白かっただろ? ぬ~べ~クラスの思い出話」

 

「……悔しいことにすっごい興味をそそられる話ばっかりだった……」

 

 今思い返してみても到底一年間の出来事とは思えないような密度だった。多分漫画にすれば単行本で三十一冊ぐらいにはなるんじゃないだろうか。

 

「それにしても立野広って名前を聞いたときはまさかって思ったけど、本当にあのJリーガーの立野広選手と同級生だったんだね」

 

「小学生の頃の悪ガキ時代を知ってるから、今の活躍を見るとちょっと面白いけどな」

 

「多分それ、向こうも同じこと考えてると思うよ」

 

 さて、晩御飯休憩などを挟んで長々と俺の怪談(おもいで)話を続けてきたが、そろそろ夜も更けてきた。ある意味ではこの話を続けるには最適な時間になって来たが、お互いに明日は朝早くから仕事がある身なのでそろそろお開きにしよう。

 

「続きはまた今度だな」

 

「まだ続くの……?」

 

 まだまだこれからが本番だぞ。鵺野先生と奥さんの馴れ初めの話とか、鵺野先生が勝手にライバル視してたイケメン霊能医師の話とか、面白い話はいっぱいある。

 

「……あれ?」

 

「ん? どうかしたか?」

 

 寝る前に水を飲もうとキッチンへ向かおうとすると、不意にりんが首を傾げ始めた。

 

「アタシ、何かを忘れているような……?」

 

「何かって何さ」

 

「う~ん……」

 

 腕を組んで首を捻るりん。典型的な悩むポーズはりんの大乳が強調されるので、個人的には忘れている何かを思い出すのはもうちょっと後でもいいと思います。

 

「……あっ、思い出した!」

 

 思い出してしまったらしい。

 

「りょーくん、千鶴に頼み事してたでしょ」

 

「……え、うん、してたけど」

 

 りんの思い出した内容が正直予想外だったので面食らってしまった。

 

 千鶴への頼み事、それは『最近色々な意味で気になっているニコちゃんと静香ちゃんの様子を見て来て欲しい』という個人的なものだった。申し訳ないが俺よりも自由に動くことが出来て、尚且つその二人と親しい人物として真っ先に候補に挙がったのが千鶴だったのだ。

 

 それ自体は別に意図的に隠していたわけではないので、りんが知っていることに対してマズいとかそういう感想はない。しかし『何故千鶴は第三者であるりんにその話をしたのか』という点が疑問だった。

 

「……あのね、りょーくん――」

 

 

 

 

 

 

「実はわたくし、良太郎から頼まれごとをしておりましたの」

 

「頼まれごと?」

 

 りょーくんの過去話の概要を一通り聞き、そろそろお義母さんのおつかいを済ませて帰ろうとしたアタシを千鶴はそう言って引き留めた。

 

「えぇ。貴女も知っているでしょうが、良太郎は昔から色々なものを背負う性格をしていますわ」

 

「……そうだね。あぁ見えてりょーくん、()()()()()()()()()()()()タイプだもんね」

 

 悔しいが、本当に悔しいが、悔しくてたまらないが、りょーくんを昔から知っている千鶴の言葉にはアタシも身に覚えがないわけでもない。

 

 特に、以前話して聞かせてもらった『北沢志保との一件』はまさしくそれだ。自分のことだからと周りには何も話すことなく、たまたまその場に佐久間まゆと所恵美が同席していなかったら、きっとりょーくんは北沢志保からの憎悪を全て一身に背負おっていたことだろう。

 

 

 

 ――俺はアイドルの王様だから。

 

 

 

 りょーくんが度々口にするその言葉は、彼の誇りであると同時に呪いでもあった。

 

「今回、わたくしが頼まれたのも、まさしくそれですわ。『周藤良太郎』が王様として背負おうとしていることの調査を頼まれましたの」

 

「へぇ……なんで貴女に?」

 

「ただわたくしとの共通の知り合いだったってだけですわ目のハイライトを戻しなさい」

 

 おっと思わずりょーくんに頼られなかったことに嫉妬してつい。

 

「それでこの数日で良太郎が気にしている二人の人物の様子を見ていたのですが……少々、良太郎一人に背負わせるには重すぎると判断しましたの」

 

「ふーん。……自分で一緒に背負おうとか、そーゆーことは考えなかったの?」

 

 別に意地悪や嫌みを言うつもりではなかったのだが、聞きようによってはそうとも捉えられるような尋ね方になってしまった。

 

 しかし千鶴は全く気にした様子もなく、静かに首を横に振った。

 

「わたくしでは無理ですわ。これを良太郎と共に背負えるのは『周藤良太郎が心を許し、共に全てを分かち合うと誓った存在』だけだと判断しましたの」

 

「……なるほど、それでアタシに話を持ちかけたってことね」

 

「そうですわ」

 

「りょーくんと将来を誓い合った妻(予定)であるアタシに、話を持ちかけたってことね!」

 

「……そうですわ」

 

 しかし、りょーくん一人では背負いきれないなんて、一体どんな闇が深い案件なのだろうか。まさか()()()()()()()()()()()だったり、()()()()()()()()()()()()()()()の話なんかではあるまいし。

 

「いいわ、全部話しなさい。アタシがりょーくんと一緒に背負ってあげる」

 

 例えその闇がどれだけ深くても。

 

 

 

 アタシとりょーくんが二人で乗り越えた闇より深いものなんてない。

 

 

 

 

 

 

「――とまぁ、そんな理由」

 

「そうだったのか……」

 

 とりあえず千鶴がりんに事情を説明した理由を説明してもらった。

 

 ……千鶴が俺のことを心配してくれたことに関しては、純粋に嬉しい。ただそれと同時にそこまで心配されなくても……と思ってしまう自分もいる。俺ってば、そんなに頼りにならないかなぁ?

 

「ということで、今からりょーくんが千鶴にお願いしていた『矢澤にこ』と『最上静香』の二人のことを報告するけど……その際に、りょーくんに一つ注意事項があります」

 

「注意事項?」

 

 突然そんなことを言い出したりんに思わず首を傾げる。なんだろうか、あまり重く考えすぎるなとか、そういうことだろうか。

 

 

 

「しばらくの間、シリアス禁止です」

 

「シリアス禁止!?」

 

 

 

 予想の斜め上の釘の差され方だった。なんかこの釘すっごくひん曲がってる。

 

「ほら、りょーくんって普段は明るいけど、シリアスになった途端重苦しい感じになるじゃん。IEのときもそうだったし」

 

 IEのときは緊張感とかその辺りのこともあったから仕方がないと思うんだけど……。

 

「だから一人で背負いすぎないように、シリアスな空気になるのを禁止します。真剣に考えてもいいけどシリアスにはならないように気を付けましょう」

 

「そんな注意のされ方、前世でも今世でもされたことないぞ……」

 

 シリアスにならないように気を付けるって、一体何をどう気を付ければいいんだ……?

 

「もしシリアスになった場合は……」

 

 なった場合は……?

 

 

 

「アタシの胸でビンタします」

 

「胸でビンタ!?」

 

 

 

 本能は『寧ろご褒美だぜやっほい!』と騒いでいるが、頭の冷静な部分では『こいつぁやべぇ……!』と戦々恐々としていた。

 

 おっぱい星人ならば一度は憧れる胸でのビンタだが、よく考えて欲しい。例えば水を一杯に入れたビニール袋の口を縛って、大きく振りかぶって殴り掛かったとしよう。痛くないわけないだろう? それと同じように、いくら胸が柔らかろうが数キロもある物体に殴られれば痛いに決まっているのだ。

 

 流石にこれは実体験ではないが、それでも経験者である兄貴(下手人は早苗ねーちゃん)が口では語らずとも無言で首に湿布を貼っている光景を見れば嫌でも分かる。

 

 大乳とは神がこの世に遣わした祝福であると同時に、愚かな人間を屠る武器でもあったということだ……。

 

「分かりましたか、りょーくん?」

 

「……分かりました」

 

 なんとも言えない注意事項を破った場合、何とも言えない罰則を受けることを同意するなんとも言えない状況になってしまった。

 

 ……別に重苦しい雰囲気が好きなわけでもないし、進んでシリアスがしたいわけでもないんだけど……なんだろう、この何とも言えない感情は。

 

「それじゃありょーくん、今から話すけど心して聞いてね」

 

「心して聞かなきゃいけないことなのにシリアス禁止なのか……!?」

 

 

 

 この胸の高鳴り(ドキドキ)の正体を、俺は知らない……。

 

 

 




・少女の腐乱死体
(ある意味)金田勝が初のメイン回となったやみ子さんの一件。
ちなみに良太郎は割と平気だったらしい。

・単行本で三十一冊
NEOとか含めるともっと。

・イケメン霊能医師
そういえば最近殺生石が割れたらしいですね(唐突)

・シリアス禁止
無理矢理シリアスを回避()

・おっぱいビンタ
ブラックジャックって武器知ってる?



 シリアスは(無理矢理)置いてきた。これ以上の戦いは(作者自身が)(ついでに読者の一部も)耐えられそうにない。

 てなわけで二人の解決策をりんと二人で探っていくお話になっていきます。シリアス禁止と言いつつも、ふざけすぎない程度には真面目なお話にしていきます。

 それと前書きでも触れましたが、ちょいと第六章の話数が増えすぎたので整理してきました。特に大きな問題はないのですが、気分の問題です。



『どうでもいい小話』

 シンデレラガールズ、ツアーファイナル両日当たりました!

 俺は!!! 楓さんが来る奇跡を!!! 信じている!!!


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Lesson308 周藤良太郎は救いたい 2

シリアスを撃ち抜くおっぱいビンタ!()


 

 

 

「それじゃありょーくん、心して聞いてね」

 

 夜も遅くなってきてそろそろ寝ようかとしていたタイミングだというのに、俺とりんの手元には先ほど淹れてきた暖かいお茶が入った湯呑が。なんかもうとにかく時間がかかる説明をする気がしたのでさっき淹れてきた。

 

「なんかもう既に色々な意味でドキドキしてるんだが……」

 

 わざわざりんがシリアスを禁止にしてまでも話そうとしている内容と、さらにそれを聞いてシリアスになってしまった場合に行われるおっぱいビンタ。その二つが気になりすぎる。一体俺は今から何を聞かされるんだ……!?

 

「それじゃあまず、矢澤ニコの話からするよ。えっと、千鶴から聞いた話だと……」

 

 

 

 

 

 

「……で、千鶴は良太郎が責任感を感じると思って、言い出せなかったんだって」

 

「………………」

 

「んで次は最上静香の話なんだけどー」

 

「チョットタンマ」

 

 他人事のようにあっけらかんと語るりんに待ったをかける。実際りんにとっては他人事なのだろうけど、もう少し、こう、何というか、手心というか……。

 

「りょーくんだって、さっきアタシが散々『やめてー』って言っても話すの止めてくれなかったじゃん」

 

 そう言って「お返しだよー」と舌ベロを突き出すりん。ちくしょう可愛らしい舌しやがって……。

 

 とりあえずお茶を飲んで一息つく。長話になって冷めるのではないかと考えていたが、りんが恐ろしく淡々と語るおかげで全くと言っていいほどお茶は冷めていなかった。まだ湯気すら立っていた。

 

(……ニコちゃん、そんな風に考えちゃったのか)

 

 仲間だと思っていた二人から本番直前になって梯子を外されるという裏切りを受けたニコちゃんは、それでも俺の言葉を信じてステージに立ってくれた。勇気の一歩を踏み出してステージに上がれば、そこでしか見えない景色があり、俺はニコちゃんに一目でいいからその景色を見てもらいたかった。

 

 けれど、俺の言葉を守ろうとしてくれたニコちゃんは、それに気を取られてしまい()()()()()()に目を向けることが出来なかった。立つことが目的ではなく、立つことで見えることが大事なのだと、ニコちゃんは気付くことが出来なかった。

 

(……やっぱりコレは俺のミスだ)

 

 曖昧な言葉にせず、しっかりと俺の口から伝えるべきだった。意図をくみ取ってくれると慢心した俺の責任だ。

 

「………………」

 

「りょーくん……」

 

 手元の湯呑に視線を落とす俺の肩に、りんが優しく手を置いた。

 

 

 

「ビンタいっとく?」

 

「いかないです」

 

 

 

 ヤメロヤメロ素振りするな。大乳を横に揺するな。傍から見ると大変素晴らしい光景なんだろうけど、それが顔面に襲い掛かってくる可能性がある自分には全く喜べない。

 

「これダメ!? これシリアス判定!?」

 

「なんかりょーくんが重い空気感を出したからダメ」

 

 重いのはりんのその胸だろう。パジャマ越しだというのにユサユサ揺れよってからに。

 

「そもそも重い空気というのがなんで分かったんだよ」

 

「それぐらい分かるよ。だってアタシ、ずっとりょーくんのこと見てきたから」

 

「りん……」

 

「表情が変わらないぐらいじゃ、アタシのりょーくんへの愛の妨げにはならないよ……なーんて」

 

 りんはそう言って微笑んだ。

 

 ……情けない話だ。こんなに素晴らしい女性がずっと昔から慕っていてくれていたことに、俺は気付けなかった。彼女からの魂の告白を受けてようやく、俺は『朝比奈りんは周藤良太郎を愛している』ということに気付くことが出来たのだ。

 

 そして彼女はこれから先の人生の苦楽を共にしてくれると誓ってくれて、現にこうして悩みを一人で抱え込みすぎないように……おっぱいビンタをしようとしているのだ。

 

(いややっぱりオカシイだろなんでおっぱいビンタなのさ)

 

 ダメだおっぱいビンタが気になりすぎてシリアスどころかしんみりした空気すら出せなくなってる。

 

 大丈夫か!? コレ本当に大丈夫か!? シリアスな場面で中途半端なギャグ時空をねじ込むと結構読者様からお叱りを受けることあるんだぞ!?

 

「そろそろ次の最上静香の話するね? もう日付も変わっちゃうし、サクサクいかないと睡眠時間がどんどん減っちゃう」

 

「やっぱり日を改めてゆっくりと聞くべきだったかなぁ……」

 

 意を決して話を聞くはずだったのに、話の内容とは別のところで心が折れそうになっていた。

 

 

 

 

 

 

「……で、父親との約束に従って、最上静香は来年アイドルを辞めるつもりなんだって」

 

「………………」

 

「そんで千鶴はりょーくんなら何とか出来るじゃないかって思って、こうしてりょーくんに話すことを決めたらしくてー」

 

「本当にチョットタンマ」

 

 他人事のようにあっけらかんと語るりんに再び待ったをかける。だから手心をって言ってるでしょ!?

 

「だから重いんだって……!?」

 

「いい感じだよりょーくん! そのシリアスになり切れない感じ、調子いいね!」

 

「喧しいわ!」

 

 以前にりっちゃんが『本当に時間がない子もいるの』と言っていたのは、どうやらコレのことを言っていたらしい。そしてそのときはりっちゃんも『アンタならあの子の問題を解決できるかもしれないから』って言っていたが……。

 

(……本当に、俺にどうにか出来る問題なのか……)

 

 紛れもない事実として、俺こと『周藤良太郎』はとても強い影響力を持っていると自負している。俺が気に入っていると公言した食べ物や飲み物がプチブームになることなんて日常茶飯事だし、それに対するお礼と称してその商品が企業から送られてくるなんてこともザラである。

 

 だから一言、俺が『最近、最上静香っていう子のことが気になっている』と公言した場合……どうなるかは想像に容易かった。

 

(でも、それで本当にいいのか?)

 

 それだけで本当に解決するのか? その方法で解決していい問題なのか?

 

 俺は静香ちゃんの父親のことを話でしか知らない。どのような男性で、どのような父親なのかを知らない。だから彼が静香ちゃんに課した『アイドルは中学生まで』という条件の真意が知る術がない。

 

 ……アイドルを守るためならば、俺は『アイドルの王様』として自分の影響力でもなんでも使ってみせるという覚悟がある。番組や企画とは別の場面でアイドルに対する『無茶で過度な要求』を無理矢理握り潰したことだって何度もある。

 

 けれどそこは『芸能界』だ。静香ちゃんの問題は()()()()()()

 

 これは静香ちゃんだけじゃなくてニコちゃんもそうだ。アイドルの問題ならばいくらでも干渉する。彼女たちが『輝きの向こう側』を見たいと望んでくれているのであれば、俺はいくらでもこちら側への道標となる。足元の小石を全て取り除くほどの過保護な真似はしないが、それでも彼女たちに降りかかる理不尽な悪意という名の硝煙弾雨から守り抜いてみせる。

 

 でもこれは、きっと()()()()()()()()()()だ。そこは『アイドルの王様』なんて肩書はなんの役にも立たない世界だ。

 

 アイドルじゃない周藤良太郎に、運命を変える力なんて……。

 

 

 

「おりゃあ!」

 

「ぶぼっ!?」

 

 

 

 ――それは、ズドンという強い衝撃だった。

 

 顔面に柔らかいのに重量がある塊が衝突して、そのまま俺の頭を後方へと撃ち抜いた。

 

 

 

 りんのとても素晴らしい大乳による、おっぱいビンタだった。

 

 

 

「りょーくん、アタシ散々シリアス禁止って言ったよね!?」

 

「……待って……大丈夫か……俺の首は、本当に大丈夫か……!?」

 

 プンスコとりんのお叱りの言葉が聞こえてくるがそれどころじゃない。あまりの衝撃の強さに自分の首がもげるイメージが脳裏を過ったほどだ。今でも自分の首が胴体と繋がっているかどうか自信がなかった。

 

 ……首がもげると言えば、昔飛頭蛮(ひとうばん)っていう妖怪になっちゃったパン屋のおじさんがいたっけなぁ。

 

「いってて……りん、確かに今のでネガティブな考えが吹き飛んだからありがたいと言えばありがたいんだけど、流石に今回のコレは無理だって……シリアスにならざるを得ないって……」

 

 千鶴に頼られたからには応えたい。頼ってきたのが千鶴以外だったとしても、きっと俺は同じことを考えた。

 

 ただ今回のコレは少々厄介すぎる。決してギャグ描写で解決が許されるような案件ではない。

 

 今回のコレは、二人のアイドルとしての生命の危機なのだ。

 

「だとしても、だよ」

 

 しかし、それでもりんは頑なに首を横に振った。

 

「アタシだって、話を聞いて可哀そうだと思ったし、なんとかしてあげられるならなんとかしてあげたいとも思った。でもアタシにとって、それは()()()()()()()()()()なんてことにはならないの」

 

 それは聞きようによっては、全てを無下にするような発言だった。

 

 ……でも、違う。

 

 

 

「だって、そうしないとりょーくんがりょーくん自身を大事にしてくれないから」

 

 ――本当に全てを無下にしているのは、俺自身だった。

 

 

 

「りょーくんがしたいこと、人助けでもなんでも、アタシも一緒だから。りょーくんがりょーくんを大事にしてくれない分、アタシがりょーくんを大事にする。りょーくんが必要以上に自分を追い込まないように、今みたいにぶん殴ってでも目を覚まさせる」

 

 りんは俺の目を覗き込みながら「アタシがIEの前夜に言ったこと、忘れてないよね?」と尋ねてきた。

 

「……忘れるわけないよ」

 

 それは熱烈な愛の告白。

 

 

 

 ――例え()()()()()()()()()殺してでもっ!

 

 ――アタシは()()()()()愛してみせるっ!

 

 

 

 そう怒鳴られて()()()()()()ことも。

 

 

 

 ――だから、お願い……!

 

 ――……死ぬなんて言わないでよぉ……!

 

 

 

 そう泣かれてしまったことも。

 

 

 

「……そうだったな」

 

 

 

 あの日、俺は【周藤良太郎】として生きると決めた。

 

 これ以上、俺を愛してくれる女性を泣かせないと決めた。

 

 

 

「ありがとう、りん」

 

「りょーくん……」

 

 りんの肩に手を置くと、涙目になっていた彼女はそっと目を瞑った。

 

 そのまま少し唇を突き出してくる彼女に、俺は――。

 

 

 

「よっしゃ! そんじゃ気分転換にアニメでも観るか!」

 

「……え、えええぇぇぇえええぇぇぇ!?」

 

 

 

 ――盛大に遺恨返しをするのだった。

 

「りょーくん流石にそれは酷いよ!?」

 

「シリアスはダメって言ったのはりんですー俺は悪くありませんー」

 

「もー! もー! いじめっこ! 本当にりょーくんいじめっこ!」

 

 再びボコスカとクッションで殴ってくるりんを宥めつつ、気分転換として本当にアニメを見始めるのだった。

 

 

 

「とりあえず目に入ったウマ娘だな」

 

「ふんだ! アタシは知らないもん!」

 

 

 

 結局二人して観た

 

 体力が30回復した。

 

 「夜更かし気味」になってしまった。

 

 

 




・「ビンタいっとく?」
シリアスインターセプト!

・『無茶で過度な要求』
寝具用品のイメージキャラクターかな?(すっとぼけ)

・俺の頭を後方へと撃ち抜いた。
おっぱいビンタとは名ばかりのヘビィ級右ストレート。

・飛頭蛮
東方でいうところのばんきっき。
ぬ~べ~だと一般人のおじさんが先祖返りして首が(文字通り)飛んでった。

・熱烈な愛の告白
王子様の目を覚まさせるのは、いつだってお姫様の渾身の愛の拳。

・「夜更かし気味」になってしまった。
最近は修正入ってかからなくなったなぁ。



 シリアスとギャグの温度差でメドローアになりそう()

 とりあえずこれでようやく良太郎も、現状発生している問題を把握しました。次回からは解決策を探していくパートになっていきます。

 そんで最後が何か最終回チックなアレが見え隠れしましたが、別に大したことないんで今は気にしないで()


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Lesson309 周藤良太郎は救いたい 3

良太郎はちょっと真面目に考える。


 

 

 

「うーっす……」

 

「おはよーリョータロー君……って、なんか眠そーだね?」

 

「これはまた、随分とお疲れみたいだね」

 

 

 

「あぁ……ちょっと朝方近くまでりんとうまぴょいしてて」

 

「ぶふぅっ!?」

 

 

 

 朝、新年ライブのための打ち合わせをするために123プロの事務所へとやって来たら、何故かいきなり冬馬が盛大にコーヒーを吹き出した。

 

 幸い誰かに悲劇が降りかかることは無かったものの、突然の冬馬の奇行に全員の視線が集まる。

 

「ちょっ、いきなりどーしたんですか冬馬さん!? 大丈夫ですか!?」

 

「汚いですねぇ。ちゃんと自分で拭いてくださいよぉ」

 

 慌てて心配する恵美ちゃんに対し冷ややかな視線のまゆちゃん。相変わらず冬馬に対しては辛口なまゆちゃんである。

 

「良太郎……何言ってんだお前……」

 

「やっぱり二期ラストのうまぴょい伝説は笑いながら涙が出るよな……」

 

「……ちくしょう本当にそのままの意味かよ……それには同意せざるをえねぇ……」

 

 しんみりした空気を吹き飛ばすエンディングテーマに、ガッツリとハマってしまいマックイーンとテイオーのやり取りにグシュグシュと泣き腫らしていたりんも「もーなにこの変な曲ー!」と文句を言いながら楽しそうに「うまぴょいうまぴょい!」と口ずさんでいた。

 

「要するに、りんさんと一緒に朝までアニメ見てたってことね」

 

「仲良しでなによりだけど、目元だけはなんとかしようね」

 

「了解でーす」

 

 北斗さんからも注意されてしまったので、打ち合わせの時間までに目元の隈を隠すためにファンデーションを荷物から取り出した。アイドルの嗜みとして、これぐらいの簡単なメイクは一人で出来る。

 

「あっ、良太郎さぁん、よろしければまゆがお手伝いしますよぉ」

 

「ん……それじゃあお願いしようかな」

 

「はぁい、まゆにお任せあれぇ!」

 

 しかし事務所に備え付けてある卓上鏡を使ってメイクをしようとすると、まゆちゃんが手を挙げてくれた。わざわざ他の人の手を煩わせることもないと思ったが、後輩が手伝いを名乗り出てくれたのにそれを無下にしたくなかったので、折角だから手伝ってもらうことにする。

 

「それじゃあ、失礼します……はっ!?」

 

「ん? どーしたのまゆちゃん」

 

 俺の正面に座ったまゆちゃんが、俺の顔を見るなり急に口を手で覆った。まさか自分では気づけなかった何かが、俺の顔に付いている……?

 

「か、顔がいい……!」

 

「アッハイ」

 

 そんな茶番を挟みつつ、メイクをしてくれるまゆちゃんの己の顔面を委ねる。

 

「……ねぇまゆちゃん、一つ聞きたいことがあるんだけど」

 

「一つどころかいくらでもどうぞぉ。まゆのスリーサイズですかぁ?」

 

「興味はあるけど今はいいかな……」

 

 事務所の方針としてスリーサイズは公表しているため、それは調べようと思えば調べられることであるというのは余談である。

 

「まゆちゃんが『アイドルになる』って言ったとき、両親はどんな反応をしたのかなって思って」

 

「え? そうですねぇ……」

 

 手を止めたまゆちゃんは「うーん……」と右斜め上に視線を向けた。

 

「……元々私が『周藤良太郎』に憧れてアイドルを目指していたことを知っていたので、快く送り出してくれましたよ」

 

「反対とかはされなかったんだ」

 

「はい。……はい、出来ましたよぉ」

 

「おぉ、ありがとう」

 

 目元だけの簡単なものだったとはいえ、喋りながらでもまゆちゃんのメイクはしっかりと出来ていた。流石である。

 

「それにしても、急にどうしたんですかぁ?」

 

「うん、まぁちょっとね」

 

 ちょっとというか、勿論静香ちゃん関連のことなんだけど。

 

 

 

 りんからシリアス禁止を言い渡され、物事を重く考えようとすると首の痛みを思い出してしまうのでシリアスにはなりきれないが、それでも少しぐらい真面目に考える。

 

 昨晩りんから聞かされた静香ちゃんが抱える問題。家庭の事情という中々介入しづらい部分に存在するそれを解決するために必要なことは、何をおいても『最上静香の父親が一体どんな考えを持っているのか』という点である。

 

 ならば『実際に会って話をする』のが手っ取り早いのだが……流石にそれは最終手段。もう少し別の方向からのアプローチを考えるべきだろう。俺まで静香ちゃんのように『時間がない』と焦るわけにもいかない。

 

(そもそも、今必要なことはそこじゃないんだよ)

 

 確かに静香ちゃんの将来のアイドルとしての人生がかかっていることではあるのだが、今一番問題として考えなければいけないことは『静香ちゃんが自分の夢を叶えることに固執しすぎて、未来ちゃんや周りのことが見えなくなっている』ことだ。

 

 静香ちゃんが参加している『ゴールデンエイジ』はオーディション番組であり、明確な順位付けをするものだ。そこで勝つことに固執するあまり、視野狭窄になってしまうアイドルはいくらでも目にしてきた。

 

 一昔前の冬馬がいい例だ。今でこそ大分丸くなったものの、デビューしたての頃のこいつはそれはもうギラギラに尖りきっていたものだ。

 

 

 

「……ったく、朝っぱらから雑巾がけする羽目になるとは……」

 

「いきなりコーヒーを吹き出す冬馬君の自業自得でしょ?」

 

「冬馬、ついでだからそっちも拭いておいてくれないかい?」

 

「はぁ!?」

 

 

 

 ……自分で汚した床をせっせと雑巾で拭いている姿から到底想像出来そうもないが、事実である。

 

 その生き方自体を否定するつもりはない。しかし、それは自分の隣を歩いてくれる人を切り捨てる生き方だ。そんな生き方を、俺は彼女にして欲しくない。

 

(でも、静香ちゃんは、自分を引き止める未来ちゃんの手を振り払ってしまった)

 

 それほどまでに静香ちゃんの意志は強いのだろう。既に彼女は()で動かない。

 

 ……そうか。

 

 

 

「情で動かないなら……」

 

 

 

「へ? どうしましたか?」

 

「あ、ううん、なんでもないよ、まゆちゃん」

 

 隈隠しに協力してくれたまゆちゃんに「ありがとう」とお礼を言うと、彼女は「どういたしましてぇ」とふにゃりと笑った。

 

「よし、みんな揃ってるなー?」

 

 ガチャリとミーティングルームのドアが開いて兄貴が入って来た。その後ろからは留美さんや美優さんといったまだこの部屋にいなかったメンバーもおり、これでようやく123プロの全員が揃った。

 

「それじゃあ打ち合わせを始めていくぞ。新年ライブまで時間も短い。みんな、朝早いが気合いを入れてくれ」

 

「任せろ、気合いを入れるのは得意だ」

 

「お前は二段階ぐらい気合いを抜け」

 

 逆に難しくないか、それ。

 

「……あー良太郎、忘れる前に言っておくことがある」

 

「ん?」

 

()()()()()()()()()、今度こそ一言言え」

 

「……へ?」

 

 突然の兄貴の言葉に周りのみんなは一体何を言い出したのかと困惑しているが、言われた俺も困惑している。いや確かに少々思い付いたことがあるから動く気ではあったけど、なんで兄貴はそれに気付いたんだ……?

 

 その疑問は、次の兄貴の言葉で解決した。

 

「あらかじめ俺へ許可を取りに来たりんちゃんに、後でお礼を言っておけよ」

 

「……分かった」

 

 あぁもう、本当に敵わないな、りんには。

 

 

 

 

 

 

「……そうか、周藤良太郎君にこの話をしたのか」

 

「悪いとは思っていますが、わたくしは謝りませんわ。これが静香と未来にとっての最善だと判断しましたから」

 

「いや……俺もそう思う」

 

 朝比奈りんに全てを話した翌朝、私は劇場でそのことをプロデューサーに全て打ち明けた。ある意味で事務所の恥部とも言えるような出来事ではあるが、それを外部の人間に話したと知ったプロデューサーは寧ろホッとした表情を浮かべた。

 

「俺がなんとかしなきゃいけない問題だって言うのに、周藤君が関わってくれると知って少しだけホッとしてしまった……プロデューサー失格だな」

 

「それを言うのであれば、全てを丸投げにしようとしたわたくしの方の責任ですわ」

 

 良太郎ならばきっと。まるで子どもがヒーローに全てを託すかのように、私は良太郎へと問題を投げ出してしまった。

 

「だけど『それじゃあ後は任せておけば一件落着』などと、考えるわけありませんわよね?」

 

「勿論だ。静香も未来も、ウチの劇場の大事なアイドルだ。ファンを笑顔にするアイドルの笑顔を守るのが俺の仕事だ」

 

 プロデューサーはハッキリとそう言い切った。

 

「ですが、実際どうすればいいのかしら」

 

 静香と彼女の父親との約束の件ではなく、今は静香と未来の二人のことを考える。

 

「静香は『武道館でライブがしたい』。未来は『静香と一緒にライブがしたい』」

 

「静香も本心では未来とのライブを望んでいるはずなんだけどな……」

 

 そもそも静香も今回のライブが終わったらすぐにアイドルを辞めるわけではない。だから後日改めて二人のステージを用意することは不可能ではないはずなのだ。

 

 しかし、今こうして二人が仲違いしている状況ではその関係の修復が間に合わなくなるのではないかと考えてしまう。

 

 だからせめて、二人が納得する形で今回のライブに臨むことが出来ればいいのだけど……。

 

 するとそのとき、私のスマホがメッセージの着信を告げた。

 

「……良太郎?」

 

 画面に表示されたメッセージの送り相手は良太郎。

 

 まさか一晩で解決策が……!? という淡い期待と共にメッセージアプリを起動する。

 

『突然悪いんだけど、劇場のプロデューサーさんの連絡先教えてくれないか?』

 

「良太郎君、なんて?」

 

「……貴方の連絡先を知りたがってますわ」

 

「え? 俺の? なんで?」

 

「それは分かりかねますが……」

 

 二人揃って首を傾げつつ、とりあえずメッセージを返す。

 

『プロデューサーなら今私の隣にいますわよ』

 

 その返信に既読マークが付いたかと思うと、即座に良太郎から電話がかかって来た。

 

「はい、おはようございますわ」

 

『おはようちづたん。突然悪いな』

 

 悪いと思うのであればその呼び方を止めなさい。思わず通話を終了しそうになったじゃありませんの。

 

「……いきなり電話をかけてきたってことは」

 

『あぁ。ちょっとプロデューサーさんと話をさせてもらいたくてな』

 

 そうだろうなと思いつつ、通話をスピーカーモードにする。

 

「おはよう良太郎君」

 

『あっ、おはようございます。ウチの千鶴がいつもお世話に……』

 

「そういうのいいですからさっさと用件を言いなさいな」

 

『だってシリアスになりすぎるとおっぱいビンタが……』

 

「「おっぱいビンタ!?」」

 

 突然訳の分からない単語が飛び出してきてプロデューサーと二人で驚愕する。

 

『朝早いですし、早速用件から入りますね』

 

「なら謎の単語で混乱を招くのはやめていただけないかしら……!?」

 

 しかしこうして朝早くから電話をかけてきたということは、きっと何か思い付いたことがあるということなのだろう。

 

 そう考えて、プロデューサーと二人で真面目に聞く姿勢を整えて――。

 

 

 

『プロデューサーさん、ウマ娘のアニメって観たことあります?』

 

「「……は?」」

 

 

 

 ――結局、良太郎が何を言いたいのか分からずに再び二人で首を傾げる羽目になった。

 

 

 




・「りんとうまぴょいしてて」
・二期ラストのうまぴょい伝説
あれがいいんだよ……。

・『だってシリアスになりすぎるとおっぱいビンタが……』
若干トラウマになっている模様。

・『ウマ娘のアニメって観たことあります?』
どうした急に。



 シリアスにならない真面目な話。なんかめぐまゆコンビ登場させたの凄い久しぶりなような気がする……。

 多くは語らず、次回へ。


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Lesson310 周藤良太郎は救いたい 4

例えそれがエゴだとしても。


 

 

 

「「………………」」

 

 良太郎との通話を終えた私とプロデューサーは、思わず無言で顔を見合わせてしまった。

 

「……なんというか、まさか周藤君がこんな方法を提示してくるとは思わなかった」

 

「そうですわね……」

 

 静香やニコ、彼女たちの『運命』を変える一手を私も求めたが、まさかその手段として()()()()()を進めるとは……。

 

「……出来ますの?」

 

「……周藤君がここまで考えてくれた企画だ。それに俺もコレは悪くないと思ってる」

 

 プロデューサーは「俺も全力で協力する」と拳を手のひらに打ち付けた。

 

「わたくしも何か、協力できることは……」

 

「いや、確かにかなりの大仕事にはなるが、だからこそ千鶴は定例ライブに集中してもらいたい。この企画の成功の鍵は()()()だ」

 

 ……確かにそうですわね。この企画の成功させるためには、静香と未来とニコを救うためには『私たちがライブを成功させる』必要があるのだから。

 

「……頼みましたわよ、プロデューサー」

 

「あぁ、頼んだよ、千鶴」

 

 コツンと、お互いの拳を合わせた。

 

 

 

 

 

 

「……というわけで兄貴、そういう感じに動く予定だから」

 

「………………」

 

「あっ、それとこの差し入れのワインは別に貢物とか賄賂とかそういうのじゃなくて、単純に年末の激務に追われてる兄貴を労わるためのものだから」

 

「………………」

 

「事務所で酒を開けるなって? いやいやもう九時回ってるんだから業務時間外ってことでいいだろ」

 

 無言の兄貴を尻目にワインの蓋を開ける。注ぎ方とかそーゆーのには疎いので、適当に用意したグラスに適当に注ぐ。いいお酒はそれでも十分美味いのだ。

 

「さぁさぁ兄貴、たまには兄弟二人水入らずのお酒でも楽しもうってうえっ!?」

 

 社長室の豪華な席に座ったまま、何故か兄貴が滂沱の涙を流していた。

 

「えっ、いやいや、わざわざ涙で抗議しなくてもいいだろ」

 

 そんなに嫌か、俺とのサシ飲み。

 

「……いや、違うんだ……不快にさせたのならば謝る……」

 

 ティッシュでグジュグジュと涙と鼻水を拭きながら、兄貴は「すまん……」と謝った。

 

「まさかお前が……こんなに大きな事をやらかす前に、しっかりと報告をしてくれたことが嬉しくてな……」

 

「嘘でしょ……!?」

 

 兄貴の俺に対する評価が低すぎて思わずサイレンスチハヤになってしまった。……何か言い間違えた気がするけど、大体合ってるから問題ないだろ。

 

「フィアッセさんと千早ちゃんの三人の動画」

 

「だからアレは俺が主犯じゃなくて……」

 

 まぁいいや、細かいことはお酒飲んで忘れよう。はいはい兄貴もグラス持って。

 

「はい乾杯」

 

「……ったく、乾杯」

 

 無理矢理グラスを持たせて無理矢理乾杯する。……うん、いい酒だ。

 

「それにしても、今回もまた相当大事だな」

 

「良い企画だろ?」

 

「そうだな、事前報告がしっかりされている良い企画だ」

 

 そこ以外も評価してくれ。

 

「だけど、本当にお前一人で進めるつもりか?」

 

「一人じゃねぇよ。765プロだって協力してくれるし、実際に動くのは現場の人たちだ。俺は名前を貸してその人たちが円滑に動けるように調整するだけ」

 

 クイッとグラスのワインの飲み干して、手酌で二杯目を注ぐ。何かつまみでも持ってこればよかった。

 

「それを『一人で進める』って言うんだよ」

 

 兄貴のグラスも空いたのでお酌をする。色々と楽だから兄貴のデスクに腰を掛けている状態で我ながら行儀が悪かったが、兄貴は何も言わなかった。

 

「俺や留美だって動いてやれないことはないんだぞ?」

 

「俺が勝手に進めた企画なんだから、忙しい二人の手をこれ以上煩わせるわけにはいかねぇよ」

 

 特に兄貴のところは子どもが産まれたばかりなんだ。そろそろ早苗ねーちゃんも実家からこちらに帰ってくるし、俺よりもそっちの手伝いをしてやってくれ。

 

「日本で一番忙しいアイドルであるはずのお前にそれを言われてもな」

 

「そこはホラ、俺ってば身体が丈夫だから」

 

 士郎さんに扱かれたお陰というのもあるが、こうして健康な身体に産んでくれたリトルマミーには感謝してもしきれない。

 

「……()()()()()……か」

 

「おうとも、()()()()()だよ」

 

 なにやら意味深な兄貴の発言に相槌を打ちながら、グイッとグラスを呷る。

 

 

 

「……っ、ゲホッ……!」

 

 

 

「っ、良太郎!?」

 

「いやゴメンまじで紛らわしくてゴメン本当にコレ咽ただけ」

 

 タイミングがドンピシャ過ぎて自分でも引くけどマジで咽ただけなの。赤ワインが口の端から漏れてマジで喀血したみたいになってるけど咽ただけなの。

 

「はぁぁぁ~っ……無駄に焦らせるな」

 

「安心しろ、今の俺はおっぱいビンタの恐怖で易々とシリアスにはならん」

 

「なんて?」

 

 まさかこの俺が女性の大乳に対して恐怖を抱く日が来るとはな……。

 

「……まぁ、確かにな。あれで殴られるのはかなり痛いからな」

 

「真正面から喰らってマジで首がもげたかと思ったもん」

 

「分かる。俺のときは横っ面をいかれたけど、丸一日首が自然と横に傾いたままだった」

 

 そしてまさか兄貴とおっぱいビンタの話題で盛り上がる日が来るとはな……。

 

 

 

「っと、そろそろ帰るか」

 

 ちょうどワインも一本空になった。

 

 今日の周藤家には志希がいるのでリトルマミーも寂しがっていないだろうが時刻は十時も近い。明日も朝が早いのでそろそろ帰宅せねば。

 

「俺はまだ少しだけやることがあるから残る。タクシーを呼んであるからお前は先に帰れ」

 

 ワインを飲みながら俺と会話をして、しかしそれでもしっかりと手は動かし続けていたにも関わらず、兄貴の仕事は終わっていなかったようだ。当然ではあるが、一プロダクションの社長というのはアイドル以上に多忙だった。

 

「あいよ。そんじゃグラス洗ってそのまま帰るわ。お疲れ様」

 

「あぁ、お疲れ……待った、一つ聞きそびれたことがあった」

 

「ん?」

 

 空になった瓶とグラス二つを手に社長室を後にしようとしたら、兄貴に呼び止められた。なんか言い忘れたことあったっけ?

 

「『情』で動かない最上静香ちゃんを『利』で動かすために今回のこれを企画したのは分かった」

 

 あっ、それそんなにさらっと言っちゃうんだ。前回俺が凄いそれっぽく「情で動かないなら……」って意味深な感じで残しておいたセリフ、そんなに簡単に言っちゃうんだ。折角この後、今回のお話のラスト辺りでカッコよく言うつもりだったのに。

 

「そしてこれは矢澤にこちゃんのために企画したものであるのも分かってる」

 

 さらにまだ詳しく説明していなかったことまで言い当てられる始末。やっぱり兄貴の方が俺なんかよりもよっぽどチートだって。

 

「だから聞きたい。……何故そこまでする?」

 

「何故って……女の子が泣いてるんだ、それで十分理由になるだろ?」

 

「あぁ、そうだな」

 

 俺の反論をすんなり同意した兄貴だったが、すぐさま「だが」と言葉を付け加えた。

 

 

 

「例えそうだったとしても()()()()()()()の『周藤良太郎』として動くことはなかったんじゃないか?」

 

 

 

 それは俺に対する問いかけではなかった。

 

「765も346も、お前がアイドルとして関わったのはそこにウチのアイドルがいたからだ。しかし今回の件では123と765は何の関係もないし、矢澤にこちゃんに至ってはアイドルですらない。にも関わらず、お前は今回の企画のために『周藤良太郎』の()()を使った」

 

「………………」

 

「俺が知る限りでは、お前は『アイドルとしての依怙贔屓はしない』っていうスタンスだったと思ったんだがな。どういう心境の変化があったんだ?」

 

「……はぁ」

 

 思わずその場で脱力する。多分バレるとは思っていたが、こうして真正面から問い質されるのはもう少し後だと考えていた。本当にこの人マジでチート。

 

「……りんと約束したんだよ」

 

「りんちゃんと?」

 

「あぁ」

 

 IE決勝前夜。りんに全てを打ち明けて共に生きると誓ったあの夜。

 

 『アイドルの王様』として()まで全て捧げるつもりでいた俺を止めてくれたりんは、その俺の想いを否定しつつ、しかし一つの約束と引き換えに肯定してくれた。

 

 

 

 ――りょーくんは『我儘な王様』になって。

 

 

 

 ――『アイドルの王様』として生きるのはもう止めない。

 

 ――でも、我儘でいて。

 

 ――王様として自分の心を殺さないで。

 

 ――不公平だとか依怙贔屓だとか、そんなことどうだっていい。

 

 ――貴方は目の前のアイドルを、手の届く範囲にいるアイドルを。

 

 

 

 ――全員、愛して。

 

 

 

「……だから俺はもう自重しない」

 

 自分の気になったアイドルを、我儘に、自分勝手に手を差し伸べる。

 

 そんな最低最悪の王様になる。

 

「……なんというか、まぁ……」

 

 呆れたように笑いつつ、兄貴は大きく背もたれに体を預けた。

 

「りんちゃん、ちょっとイイ女過ぎないか?」

 

「だろ?」

 

 しかも上のセリフを言った後で「でも周藤良太郎個人の愛はアタシだけのものだからね!?」と念押ししてくるのだから、可愛さも備えている世界最強の俺の嫁。

 

 

 

「まぁ、IE決勝当日の朝、頬に青痣作ってきたときはマジで終わったって思ったけどな」

 

「その節に関してましては本当に申し訳ないと思っております」

 

 りんってば、無茶をしようとした俺を止める手段が顔面グーパンチなんだもんなぁ……。

 

 

 

「理由は分かったし、納得もした」

 

「これから先、多分こういうことで動くことが増えると思うけど……」

 

「好きにするといいさ。お前は()()()()()()()()()そういう生き方をするって決めたんだろ?」

 

 そう言って笑った兄貴はしっかりと「ただし事前報告だけは絶対にしろ」と付け加えた。

 

「分かってるよ」

 

 それじゃあ今度こそ帰ることにする。

 

「それじゃあ、お疲れ様、兄貴」

 

「あぁ、お疲れ様、良太郎」

 

 挨拶を交わし社長室を後にした俺は、俺と兄貴以外は全員帰宅した後の事務所の廊下を歩く。

 

「……あ、グラス洗ってねぇ……」

 

 時間的にそろそろタクシー来るよなぁ。

 

 ……うん、冬馬辺りにお願いしとこーっと。

 

 

 

 

 

 

「……ゴホッ」

 

 

 




・兄貴号泣
「連載八年以上続いてようやく事前報告してくれた……」

・「嘘でしょ……!?」
・サイレンスチハヤ
おや? 何か間違ったかな?

・健康な身体
身体は健康。

・おっぱいビンタトーク
おっぱいビンタに恐怖する兄弟とか史上初では?

・『情』と『利』
感情ではなく利益。

・最低最悪の王様
感情を殺さず、誰一人切り捨てない、そんな愚かな王様。



 良太郎が動く理由。今までのアイ転のエピソードの大半がなんだったんだということになりかねませんが、逆に言うと『朝比奈りんと結ばれた』からこそようやくこういう考えをすることが出来るようになったんです。

 『大いなる力には大いなる責任が伴う』という蜘蛛男の名言を真正面から殴り飛ばす系ヒロインりんちゃんです。

 結局真面目な話が続きましたが、いよいよミリオンライブ編もクライマックスが近付いてまいりました。皆さんどうか、最後までお付き合いください。

 ただ次回は久しぶりの恋仲○○です。箸休め箸休め。



 ……それでは皆さん、ツアーファイナル公演後にお会いしましょう!


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番外編68 もし○○と恋仲だったら 特別総集編2

予定を変更してなんと豪華四本立て!

※などと言っておりますが、諸事情により執筆が滞ってしまったため、過去にツイッターにて公開した短編の修正版の再掲になります。ご容赦ください。


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

「リョつん! 外見て外! 積もったよ!」

 

「………………」

 

 朝目が覚めると、そこには恋人の満面の笑みが。

 

「……あのさ、一ついいかな」

 

「何なにー!? 手短に済ませて、早く外行こうよ外!」

 

 眠い目を擦りつつ、まるで子供のように俺の胴体に馬乗りになってユサユサ揺すってくる恋人に問いかける。

 

「……今回のお泊り、お互いの寝室には入らないっていう約束で兄貴や武内さんたちに許してもらったんじゃなかったっけ……?」

 

 寧ろたったそれだけの制約で、現役アイドル二人のお泊りが許可されたのが驚きである。

 

「いーじゃんそれぐらい! ホラホラ、起きた起きた!」

 

「あーハイハイ、起きたから……着替えてすぐ行くから、外で待ってて」

 

「ラジャー!」

 

 そんな恋人同士というよりは親子のようなやり取りをしつつ、彼女はヒラリと身軽に俺の身体から降りてベッドの下に着地する。短いスカートだったらフワリと中が見えそうになっていたところだが、残念ながらストッキングにショートパンツだった。

 

 小走りに部屋を出ていこうとした彼女はふと思い出したように足を止め、振り返りながら照れくさそうな笑顔をこちらに向けた

 

「おはよっ! リョつん!」

 

「……おはよう、未央」

 

 

 

「「おぉ……!」」

 

 手早く着替えを済ませ、朝食も後回しにして玄関の扉を開けた俺たちは、目の前の光景に思わず感嘆の声を上げてしまった。

 

「積もったなぁ……」

 

「昨日の晩、すっごい降ってたもんねー!」

 

 まぁ主語を抜いて話しているものの何となく分かってもらえると思うが、雪である。

 

 今回、たまには恋人らしいことをしたいという俺と未央の願いが叶い、こうして小さなロッジを一軒貸し切っての旅行へとやって来たのだが、時期が時期で場所が場所だったので一晩明けたら見事に雪が積もっていた。

 

「ねぇねぇリョつん! せーので外に出よ?」

 

「ん? ……あぁ、最初の一歩か」

 

 まだ誰も踏み入れていない雪化粧の上に足跡を付けるのが楽しいらしいが、その気持ちはよく分かる。まだ誰もしたことがないことをするというのは、優越感があるものだ。

 

「それじゃあ、せーのでね」

 

 自然とお互いの指を絡めるように手を握り合い、俺は右足を、未央は左足を持ち上げた。

 

「「……せーのっ!」」

 

 ザクッという心地よい音と共に、俺と未央は真っ白な世界へと足を踏み入れた。

 

「く~っ! この感覚がたまんないねぇ!」

 

 やり遂げた顔の未央。大事な最初の一歩は終えたとばかりにそのまま俺の手を離し、二歩三歩と真っ白なロッジの庭を駆け回る。まるで犬っぽいというか、寧ろポジパ的には茜ちゃんっぽいというのが真っ先に思い浮かんだ感想だった。

 

「未央、雪でテンションが上がるのは分かるけど、一先ず朝飯に……ぐべっ」

 

「アハハッ! リョつんってば隙だらけー!」

 

 いつも間にか作っていたらしい未央の雪玉が俺の顔面に飛来した。

 

「コイツめ……やったなぁ」

 

「へっへーん!」

 

 どうやらミオワンワンは雪合戦がご所望らしい。俺も雪をかき集めて雪玉を作る。

 

「そりゃ」

 

 軽く投げた雪玉は、そのままタートルネックのセーターを着た未央の胸元に当たった。

 

「おっ! やったなー! お返しー!」

 

 未央の投げた雪玉が俺の肩に当たる。

 

「とりゃ」

 

 俺の投げた雪玉が未央の右胸に当たる。

 

「……も、もう、コイツー!」

 

 未央の投げた雪玉が俺の腹に当たる。

 

「うりゃ」

 

 俺の投げた雪玉が未央の左胸に――

 

「って、コラアアアァァァ!?」

 

 ――怒られた。

 

「さっきから私の胸ばっかり狙ってない!?」

 

「大きいから当たりやすいだけだって」

 

「あ、そうなの? いやぁ未央ちゃんってばナイスバディですからなぁ……って、そんなわけないでしょっ!?」

 

 ここでちゃんと乗ってくれる辺りが未央らしい。

 

「もうっ! リョつんが女の子の胸に興味津々なのは知ってるけどさぁ……い、言ってくれれば……私は、その」

 

 照れくさそうに人差し指を合わせる未央の耳が赤いのは、多分寒いからではないだろう。そんな未央の申し出に俺は諸手を挙げて喜びたいところではあるのだが、現実は厳しい。

 

「いや、流石にまだお互い現役アイドルだし……兄貴たちにも約束しちゃってるし」

 

 二人の交際を認めてもらう際に『お互いの芸能活動に支障を来さないようにする』という約束をお互いの事務所で秘密裏に交わしてあるのだ。故に俺も、本当ならばこう、手を出したい(物理)ところではあるのだが……。

 

「………………」

 

 という説明をすると、何故か未央は不満そうに頬を膨らませた。

 

「……未央?」

 

「……フーンリョつんってば、私にアイドルとして接してたんだーフーン」

 

 拗ねて唇を尖らせつつススッと寄って来た未央は、そのままポフッと抱き着いてきた。

 

「……私は、リョつんの前ではいつだって普通の女の子なんだよ?」

 

「………………」

 

 そんなことを言いながら上目づかいになる未央が本当に可愛くて思わず(ry

 

 

 

 

 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

『第七回シンデレラガール総選挙……栄えある第一位に輝き、シンデレラガールの称号に手に入れたのは――!』

 

 テレビから聞こえてくる司会者のその言葉に、俺は人知れず息を呑む。その緊張のしようと言ったら、IUの決勝のとき以上だった。

 

『――安部菜々さんです!』

 

「っしゃあっ!!」

 

 菜々の名前が呼ばれた途端、楽屋で一人盛大にガッツポーズを決めてしまった。

 

 早速恋人の快挙にお祝いの電話をしたくなるが、残念ながらこれは生放送。今電話をしたところで、舞台の上で涙を流しながら祝福されている彼女がそれに出ることはないだろう。ならば現場に飛んでいきたくなるが、この後すぐに収録を控えているのでそれも出来ない。

 

 ならば今の俺に出来ることはただ一つ。

 

 ――全力を持って仕事を終わらせるのみ。

 

 

 

 というわけで有無を言わさぬ一発撮りで収録を終えた。しかしそれでも遅い時間になってしまったが、どうやら彼女も彼女で取材や打ち上げで今まで自由に動けなかったらしい。ようやくお互いに時間が空いたので、車を走らせて恋人の下へと向かう。

 

「菜々!」

 

「……良太郎さん!」

 

 いつも待ち合わせに使う駅前のロータリーへと車を進めると、彼女はいつもと同じようにそこで待っていてくれた。もう遅い時間だというのに、未成年の少女をそんなところに待たせてしまったことに対する罪悪感に苛まれながらも、今はそんなことすら気にする余裕が無かった。

 

 ハザードランプを点けて停めると、車を飛び降りそのまま菜々の体を抱きしめた。

 

「菜々っ! おめでとう!」

 

「良太郎さん……! ナ、ナナ……私、やりました! ……ぐすっ」

 

 あの大きな舞台に一人で立ち大勢の観客を魅了したその少女の体は、ギュッと抱きしめると折れてしまうのではないかというぐらい小さく華奢だった。

 

 そのまま人目も気にせずにずっと彼女のことを抱きしめていたかったが、流石にこれ以上は身バレの危険性が高いので、名残惜しいが体を離す。その際、菜々がやや寂しそうな顔をしたのでまた抱きしめたくなったが、グッと堪える。

 

「一先ず移動しよう」

 

「はいっ!」

 

 菜々を助手席に乗せて自分も運転席に戻り、そのまま車を発進させる。特に行くアテは決めていない。このまま夜のドライブである。

 

「それにしても、流石菜々だよ。シンデレラガール……あのバカみたいに多い346プロのアイドルの中で一番になったんだから」

 

「『バカみたいに』のところはイマイチ触れづらいですけど……はい。これで少しは、ナナも良太郎さんの隣に立つのにふさわしいアイドルになれましたかね……」

 

「何言ってるんだ。別にシンデレラガールじゃなかったとしても、俺の隣は菜々だけだよ」

 

「……そう言ってくれるだけで、ナナは幸せです」

 

 ひじ掛けに乗せていた俺の左手に、菜々がキュッと両手を乗せた。

 

「……あの、良太郎さん」

 

「ん?」

 

「……少し、お話したいことがあるんです」

 

「……っと、この辺でいいかな」

 

 菜々が話をしたいということで、適当に車を走らせて海が見える公園までやって来た。夜景も見えるここは夜になるとカップルのデートコース定番になっているのだが、今日は珍しく俺たちの貸し切り状態になっていた。

 

「んー、潮風が気持ちいいー。最近暑くなってきたからな」

 

「そうですねぇ。あっ、だからといってあまり薄着で寝ちゃダメですよ! 明け方は冷えることもあるですから!」

 

 メッと可愛らしい菜々からの忠告に「はーい」と返事をすると、彼女は満足そうに頷いた。

 

「………………」

 

 しかし唐突に押し黙り俯いてしまった菜々。こんなめでたい日での二人きりのデートだというのに、一体……?

 

「……良太郎さん。ナナは……私は、貴方に言わなければいけないことがあります」

 

「俺に、言わなきゃいけないこと……?」

 

「はい。……私の秘密です。ずっと黙ってきた、私の秘密。世間のみんなどころか、良太郎さんにもずっと言えなかった秘密」

 

 菜々はそう言いながら目を伏せた。まるで、とても辛いことを話すかのように。

 

「……別に無理しなくてもいいぞ? 秘密の一つや二つ、あっても受け入れるのが……」

 

「違うんです! これは……これだけは、貴方を愛しているからこそ言わなければいけないことなんです!」

 

「菜々……」

 

「……良太郎さん……私は……安部菜々は――」

 

 

 

「――それが、菜々の秘密……?」

 

「……はい」

 

 全てを語り終えた後、菜々はポロポロと涙を流し始めた。

 

「本当は、もっと早く言っておくべきでした……! そうすれば、良太郎さんは……良太郎君は、こんな私に――!」

 

「……よかった~……!」

 

「――え?」

 

 はぁっと安堵の溜息を吐きつつ、菜々の体を抱きしめながら頭を撫でる。

 

「もしこれで『本当は貴方のことなんて愛していませんでした』とか言われたらどうしようかと思った……いや、それでも俺の気持ちは変わらないけど、やっぱりそれはショック――」

 

「……なんで……?」

 

「――ん?」

 

「なんで……!? 私は、貴方を騙していたんですよ!? それなのにどうして……!」

 

 ボロボロと泣きながら、俺の体を引き剥がそうとする菜々。しかし俺は逆により強く彼女の体を抱きしめた。先ほどの駅前でのときよりも、ずっと強く。

 

「それは……お前が、俺の愛した安部菜々という一人の女の子だからだよ」

 

「……で、でも、私はもう女の子なんて……」

 

「……菜々が言ってくれたんだから、俺だけ隠し事するのもズルいよな」

 

「え……?」

 

「……あのな、菜々。実は俺、周藤良太郎はな――」

 

 菜々にだけ打ち明けた俺だけの秘密。

 

 この先ずっと、二人一緒に居られるようにと約束するように。

 

 

 

 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

「奈緒っ! 突然だが新妻というものに大変興味が湧いたから今すぐこのフリフリピンクエプロンを着てお玉を片手に『おっ、お帰り。ご飯と風呂、どっちにする? ……へっ? お風呂で奈緒をご飯に……ってなに変なこと言ってるんだよ!? い、いくら夫婦だからってそんなことしないからな! このバカ!』と言いつつ顔を赤らめてくれ!」

 

「番外編だからって導入が雑すぎる上にもう半分以上話が終わってるじゃねぇかよ!?」

 

 折角用意したエプロンは、顔を真っ赤にした奈緒に「このバカっ!」という罵声とともに投げ返されてしまった。ただこれだけで当初の目的の半分近くは達成してしまった。

 

「ったく……いきなりどうしたんだよ。わざわざこんなの買ってきてまで」

 

 奈緒が落ち着いたところで、改めて二人でリビングのソファーに腰を下ろす。

 

「いや、この間346で恒例のアイドル主演のドラマやってたじゃん? ほら、アーニャちゃんと響子ちゃんと芳乃ちゃんの」

 

「あー……『桜の風』?」

 

「そうそう。あのときのアーニャちゃんのピンクエプロンが可愛くてさ。絶対奈緒にも似合おうと思って。絶対可愛い」

 

「………………」

 

 奈緒の中で『他の女の子を褒めたことに対する怒り』と『自分が可愛いと褒められたことに対する喜び』がせめぎ合っているのが分かった。もうひと押しすれば着てくれそうだ。

 

「ほらほら~着てみてよ~本当は奈緒も着てみたいんだろ~可愛いぞ~」

 

「や、でも……」

 

「えぇい! ぐだぐだ言わずに着るのだ!」

 

「きゃあああぁぁぁ!?」

 

 結局強硬手段に出るのであった。この手に限る。

 

 

 

「うぅ……」

 

「おぉ……可愛い……今日までアイドルの仕事頑張っててよかった……」

 

「そいつは良かったな……!」

 

 涙目で顔を赤くしながらフリフリピンクエプロンの裾を両手でギュッと握りしめる姿は、まさしく俺が思い描いていた奈緒の姿だった。

 

「よし、それじゃあ次はセリフ言ってみようか」

 

「まだ続くのかコレ!?」

 

「ポーズが先でもいいけど」

 

「最終的にポーズまでつけさせるつもりだったのかよ!?」

 

 両手で顔を覆いながら「あたしの恋人が変態だ……」と嘆く奈緒。普段から「チチシリフトモモー!」と叫び続けている男を捕まえて、今更何を言い出すのか。

 

 だがしかし、未だ俺にピッタリと寄り添うようにソファーに座っている辺り、本当に嫌がっているわけじゃなさそうなのが大変愛い奴である。

 

「そもそも、これは俺の欲求を満たすだけじゃなくて、奈緒のためでもあるんだぞ?」

 

「現在進行形で恋人に辱められてるこの状況が、あたしのためだって……?」

 

「可愛いお嫁さんになるのが夢だって聞いたけど……」

 

「話した奴誰だ!? 凛か!? いや絶対に加蓮だ!」

 

 髪を振り回しながら身もだえる奈緒。ペチペチと髪先が頬に当たるのがくすぐったい。

 

(本当はカマかけただけなんだけど……心当たりがあるなら、別に言う必要もないか)

 

 なおかわいい。

 

「女の子が『お嫁さん』に憧れるなんて、別に恥ずかしがるようなことじゃないだろ」

 

「……そうだけどさ」

 

 落ち着いた奈緒のポニーテールの先をクルクルと弄ぶ。

 

「その夢はもうしばらく叶えてあげれそうにないし、せめて気分だけでもって思ったんだが、お気に召さなかったか」

 

「………………え」

 

「IEも控えてるし、そもそもお互いにまだ現役のアイドルの身。俺はともかく、奈緒はこれからもっとトライアドの三人での仕事が増えていくだろうから。もうちょっとお互いに落ち着いてからの方が世間的にもいいかと思ってな」

 

 ただ果たして『周藤良太郎』が落ち着くのは何年先の話になるのやら。

 

「………………」

 

「……どした?」

 

 先ほどから動きが止まっていた奈緒は、顔を真っ赤にしながら口をパクパクさせていた。

 

「……そ、それって……そ、そーいう意味……なのか……!?」

 

「俺は最初からそのつもりだよ。奈緒と結婚するって」

 

「けっ……!?」

 

 重たい男と思われるかもしれないが、生憎別の女性とのことを考えるなんて器用なこともプレイボーイなことも出来る性分じゃない。

 

 奈緒は、俺に欠けていた『誰か特別な一人を好きになる』という根本的な感情を取り戻させてくれた。

 

 だから、なんて言葉は使いたくないが……彼女以外の女性とのことは、考えたくなかった。

 

「……あ、あたしも……」

 

 もしかして奈緒にはそのつもりが無かったのだろうかと一人不安になっていると、奈緒が俺の服の裾を掴んだ。俯いているのでその表情は見えないが、髪の毛の隙間から真っ赤になった耳が覗いていた。

 

「け、結婚するなら……りょ、良太郎以外……考えたこと、ないから……」

 

「……ありがとう、奈緒」

 

「……うん」

 

 そっと奈緒の背中に腕を回して抱き寄せると、彼女はポスンとこちらに倒れこんできた。小柄な奈緒の体を抱きしめながら――。

 

「どう!? 凛ちゃん! 加蓮ちゃん! 撮れた!?」

 

「バッチリ」

 

「撮れてますよー!」

 

 ――先ほどから部屋の入り口でビデオ撮影をしてくれていた凛ちゃんと加蓮ちゃに声をかけると、二人はいい笑顔で親指を立ててくれた。

 

「はあああぁぁぁ!? 凛!? 加蓮!? おおおお前らいつから……!?」

 

「勿論、良太郎さんの『突然だが新妻というものに大変興味が湧いたから』……の辺りから」

 

「本当に冒頭じゃないかあああぁぁぁ! 良太郎! あたしを騙して――!」

 

「……俺が嘘を言ったと思うか?」

 

「――思わないですハイ」

 

 今日一番の顔の赤さを披露しつつ……顔を覆う手の隙間から見える口元がニヤニヤと笑っている奈緒が可愛くて、もう一度彼女の体を抱き寄せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 我らが生きる《時》が重なったのは、果たして世界の祝福か。我が片翼《ブリュンヒルデ》と共に彼女の魔力の糧となる《禁断の果実》を求める。

 

「くくくっ、共に儀式に臨めることを、光栄に思うが良い!」

 

「この誉れ、我はこの胸に刻もう」

 

 我と対峙する《ブリュンヒルデ》は妖艶な笑みを浮かべる。戦の舞台では何人も寄せ付けぬ《覇者の風格》を放つ彼女も、儀式を前に昂っているのが手に取るように分かった。

 

 やがて劫火にその身を晒し我らの生贄となる《禁断の果実》が捧げられると、その瞳は極光の輝きを放ち始めた。

 

「「さぁ……我らの魔力となるが良い!」」

 

 捧げられた供物は、《神の剣の使い》からもたらされた伝承の通りであった。

 

「我が片翼よ、汝の供物には異なる秘薬が注がれているのだな」

 

「左様」

 

 供物から魔力を取り込みながら、《ブリュンヒルデ》はこちらの魔力を探っているのを感知した。比翼連理である我らの間に言葉は要らず、我は自らの供物を彼女のために捧げることに一切の躊躇いはない。

 

「受け取るが良い」

 

「……流石は我が片翼よ」

 

 一瞬のためらいを見せつつ、しかし《ブリュンヒルデ》はそれを自らの魔力とした。

 

「……代償を払おう」

 

 過剰な魔力が焔となって溢れ出す彼女から、その《チカラ》の一端を譲渡される。この儀式により我らの魔力が一つとなったことを告げると、彼女から溢れる焔は彼女の供物にかかりし真紅の秘薬よりも《朱く》燃え上がるのだった。

 

 

 

 折角の休日でオフが重なったので、恋人の蘭子と一緒に彼女の好物であるハンバーグを食べに行くことにした。

 

「えへへ、良太郎さんと一緒にお食事に行けて嬉しいです」

 

「喜んでもらえたようで、俺も嬉しいよ」

 

 俺の対面に座りつつ蘭子は楽しそうに笑う。普段はキャラ的にもやや大人っぽく見られる彼女であるが、やはりこういうところは年相応だった。

 

 そしてアツアツの鉄板に乗ったハンバーグが運ばれてくると、その目はさらにキラキラと輝いた。

 

「「いただきます!」」

 

 早速お互いのハンバーグを食べ始める。うん、恭也たちに聞いた評判通りの美味しさだ。

 

「……良太郎さんが頼んだのは、デミグラスソースがかかってるんですよね」

 

「あ、うん」

 

 目の前のケチャップハンバーグを美味しそうに食べつつ、チラチラとこちらに視線を向けてくる蘭子。何が言いたいのかを察した俺は自分のハンバーグを小さく切り分けると、フォークに刺すと彼女に向かって差し出した。

 

「はい、あーん」

 

「っ! ……あ、あーん」

 

 恥ずかしそうにしつつも、素直に俺のフォークからハンバーグを食べる蘭子。

 

「……お、お返しです。あーん」

 

 顔を赤らめつつ、蘭子は自分のハンバーグを俺に差し出してくる。お言葉に甘えてそれを咥え……間接キスだということを伝えると、彼女はかかっているケチャップよりも顔を赤くするのだった。

 

 

 




・恋仲○○未央編
限定SSR【カレイドスノー】お迎え記念短編……だったはず。
恋仲○○19よりも書いたのは前だったと思う。

・恋仲○○菜々編
安部菜々シンデレラガール記念短編。
菜々さんの秘密? はて?

・恋仲○○奈緒編
ハロウィン奈緒お迎え記念短編。
良太郎の相手(ツッコミ的な意味)で奈緒は色々と扱いやすすぎる……。

・恋仲○○蘭子編
……何記念短編だったかなぁ……?
とりあえず書いてて楽しかった。



 ツイッターで公開した恋仲○○特別編の総集編でした。

 今回はライブの関係で執筆時間が取れず、帰宅してからも色々と心の整理が付かなかったのでこういう形になってしまいました。申し訳ありません。

 一体何がどう心の整理なのかは、作者ツイッターにて。もう未練はありません。

 次回こそ、本当に恋仲○○をお送りします。


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番外編69 もし○○と恋仲だったら 26

あからさまに先週のアレが影響している恋仲○○です!


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 

 

 

 いやホントに凄かったですね今回の十周年ライブは! 流石346プロといった豪華さですよホントなんですかあの素晴らしいライブは卯月ちゃんのアカペラから始まった瞬間から涙が溢れてしょうがないじゃないですかその後の未央ちゃんのミツボシも往年と変わらないキレの良さですよ素晴らしいですよ彼女だけじゃありませんまさかリップスの五人が全員ステージで揃う姿を再び見ることが出来る日が来るとは思っていませんでしたなんですかアレ美嘉ちゃんに至っては二児の母親とは思えないような若々しさでデビュー当時のカリスマギャルさ加減が何一つ衰えていないじゃないですかあのボディーラインは同じ女性として羨ましい限りですホント変わらないと言えば高垣楓さんの復活うううぅぅぅあり得ますか夢見たわけじゃないですよねちょっと頬を抓ってみてくださアダダダダちゃんと痛いですありがとうございます夢じゃありませんでした本当に高垣楓さんがあそこにいたんですねアイドルとしてだけではなく芸能界からも完全に引退してしまった高垣楓さんが目の前でこいかぜを歌ったんですよ一体なんの奇跡ですか今回のライブのアリーナ席が当たっただけでも奇跡だというのに奇跡のバーゲンセールじゃないですか自我と人間としての尊厳を保てたこと自体が奇跡ですよ隣に愛する人がいてくれたおかげでもありますね感謝してますりょーさんホントに!!!!!!

 

「うん、俺も愛してるよ、亜利沙」

 

「はわっ!?」

 

 

 

 

 

 

 346プロダクションの十周年記念ライブ終了後、車に戻ってくるや否や今まで溜め込んでいた分を一気に吐き出してヒートアップしたかと思ったら、一瞬で鎮火した。愛する人って言ってくれたから愛してるよって返したのに、相変わらず亜利沙はヨワヨワで可愛いなぁ。

 

「それはそうと、確かに凄かったな」

 

 興奮とはまた別の火照りで顔を赤くしている亜利沙ほど言葉を連ねることは出来ないが、それでも先ほどのライブが近年稀に見るクオリティの高さだったということは間違いなかった。

 

 十周年記念ライブということで、かつて346プロの黄金期の中心に立った卯月ちゃんや未央ちゃんだけでなく、既にマイクを置いた美嘉ちゃんや楓さんまで引っ張ってくるとは思わなかった。……美城さん、今頃いい顔してるだろうな。

 

「っと、これ以上の感想戦は移動しながらにしようか」

 

「そ、そうですね。それじゃありょーさん、よろしくお願いします」

 

「お願いされます」

 

 お互いにシートベルトを締めたことを確認すると、未だに興奮冷めやらぬ他のファンたちが多数存在する駐車場から出た。注意深くゆっくりと。

 

 

 

 

 

 

「……あのときの、木村夏樹さんのサプライズ登場! あれってやっぱりそうですよね!」

 

「四周年記念のときの再現だね。俺は参加出来なかったから、円盤で見たことあるよ」

 

「私もアレは現地出来ずに大変悔しい思いをしました……!」

 

「知ってる。散々愚痴られたの覚えてるよ」

 

「はわっ!? そそそそうでしたか!? そんな失礼なことを……!?」

 

「あの頃はまだ『周藤良太郎』じゃなくて『アイドル好きのりょーさん』だったから、仕方ない仕方ない」

 

 昔の思い出話と絡めつつ今日のライブの感想に華を咲かせる。二十歳を超えてプライベートではツインテールにしなくなった亜利沙だが、こうしてアイドルのことを喜々として語る姿は初めて出会った高校生の頃と何も変わっていない。

 

「……そういえば、まだその頃は私とりょーさんはただのアイドル仲間だったんですよね」

 

「その直後だったっけ、俺が亜利沙に正体バレしたの」

 

「はい。それはもう魂が抜け落ちたのではないかと錯覚するほど驚いたことを覚えてます」

 

 いや、あのときの人様にお見せできないような表情は本当に魂が抜けてたと思う。

 

「それが今こうして、一緒にライブに参加するような恋人同士になるなんてね」

 

 夢にも思わなかった……とは流石に言わない。俺も男なので、趣味の合う女友達とさらに仲良くなる夢ぐらいは見たりする。それが亜利沙のような美少女ならば猶更だ。

 

 流石にこれは少々気恥ずかしいので言わないでいたのだが、亜利沙は隣の席で「え、えっと……」と人差し指を合わせながら顔を赤らめていた。

 

「あ、ありさは、その……ちょ、ちょっとだけ、夢見てました……」

 

「……ん?」

 

「その頃の私は、その、一応アイドルをしつつも花の女子高生でもありましたので……共通の趣味が合って、変な面も知りつつ受け入れてくれて、無表情だけどカッコよくて、優しい年上の男性に……あ、憧れて妄想するぐらいの……嗜みは……その……」

 

 語尾がドンドンと小さくなっていくところがまた可愛くて、めっちゃ顔をガン見したくなってしまった。こんなときに限って信号で引っかからない。運転の手を休めることが出来ない。運がいいんだか悪いんだか。

 

 結局、信号で止まれた頃には亜利沙の赤面は治まってしまっていた。チクショウ。

 

 

 

 

 

 

「「かんぱーい!」」

 

 お互いの顔のことがあるため、外飲みではなく宅飲みを選んだ俺たちは、亜利沙の部屋でチューハイの缶をぶつけ合った。

 

「っ、ぷは~! 普段余り飲みませんけど、今日のお酒が美味しいってことぐらい分かりますよ!」

 

 多分今の一口で半分ぐらいを飲んだのだろう。下戸の亜利沙にしては結構いったな。

 

「セトリも公開されましたね! これだけで朝まで語り明かせそうです!」

 

「そんじゃまずはオープニングから振り返るか」

 

 カーペットに並んで座り、二人で肩を寄せ合いながらスマホの画面を覗き込む。

 

 朝まで行けるかどうかは分からないが、それでも亜利沙とならば語り明かすのは楽しかった。特に今回のライブは二人して一番嵌りまくっていた346プロ黄金期を中心としたライブだ。今日だけではなく昔の思い出話にも発展していくため、いくらでも話すことが出来そうだった。

 

「……本当に、既に引退してしまった人たちまで来てくれて、ありさは感謝の言葉しか言えません」

 

 余りの興奮に一人称が昔に戻った亜利沙は、ずびーっと勢いよく鼻をかんだ。

 

「そうだな。一度は事情でマイクを置いた彼女たちだ……それでも再びステージに立ちたいと思う何かがあって、戻って来てくれたんだろうな」

 

「……りょーさんも」

 

「ん?」

 

 

 

「……良太郎さんも、もう一度ステージに立ちたくなったりしましたか?」

 

 

 

「……まぁ、戻りたくないと言えば嘘になるよ」

 

 カシュッと新しい缶の蓋を開ける。

 

 ちゃんと理由があってステージを降りた身だ。未練はあっても悔いはない。

 

「寧ろ、亜利沙は俺にステージへ戻って欲しいか?」

 

「……私も『周藤良太郎』のステージをもう一度見たくないと言えば嘘になります」

 

 亜利沙にしては珍しく、三本目になる缶チューハイを開けた。

 

「でも、ありさは『周藤良太郎』よりも『アイドル好きのりょーさん』の方が好きになりました。貴方がそれを選んだのであれば、ありさはそれを全力で応援します」

 

 そう言って亜利沙はニヘリと笑った。顔は既にアルコールで真っ赤になっていて、先ほど見損ねた照れ顔には少々物足りないものの……それが今この瞬間、一番見たかった表情かもしれない。

 

「……亜利沙、酔ってるか?」

 

「へ? そうですね……ちょっとふわふわしてますけど、まだ意識はしっかりしてます! 何だったら、今ここで本田未央ちゃんのミツボシを歌って踊ることだって出来ますよ!」

 

 そこは自分の持ち歌じゃないのか……じゃなくて、酔いが回るから止めときなさい。

 

「それじゃあ、ちょっとだけ真面目な話をするぞ」

 

「ま、真面目な話ですか。分かりました、心して聞きます」

 

 ちょこんと居住まいを正して正座をする亜利沙。そんな小動物チックに動くところがまた可愛らしかった。

 

「亜利沙」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

「結婚しよう」

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「別にアルコールの勢いってわけじゃなくて、本当はもうちょっといい雰囲気で言うつもりだったんだ」

 

 指輪を用意できていない以上そんなものただの言い訳にしかならないが、それでもしっかりと考えていたことだということは信じて欲しい。

 

 それでも、今この状況で、アイドルではなくただのアイドル好きとしての自分を好きと言ってくれた、この隣に座る一人の女性と、結婚したいと、そう強く思ってしまったのだ。

 

「アイドルを引退して、今ではただの裏側の人間で、ただの凡人だ。そんな俺だけど……」

 

「……本当に、いいんですか?」

 

 俺の言葉を遮った亜利沙の声は、震えていた。

 

「……例え、引退してもりょーさんは周藤良太郎です。そんな貴方に、私は……」

 

「『周藤良太郎』よりも『アイドル好きのりょーさん』だって先に言ってくれたのは亜利沙の方だぜ。俺はその告白の答えを、先延ばしにしてしまった答えを、今返しただけのつもりだったんだけどな」

 

 きっとこれ以上は言葉ではなく行動だと、彼女の体を抱きしめることで示す。

 

 未だに現役アイドルとしてステージに立っている亜利沙だが、それでも今の俺よりも華奢で柔らかい女の子の身体だった。

 

「寧ろ俺から言い出すのが遅くなってゴメン。こんな歳で既に余生を楽しむだけになっちまっただけのつまらない男だけど、それでもこの先亜利沙と一緒にいたいんだ」

 

 

 

 だから結婚して欲しい。

 

 

 

「……ありさで……ありさで良かったら。いくらでも……」

 

 

 

 

 

 

「っていうのがママとの馴れ初め」

 

「むっひょおおおぉぉぉ! ありがとうございます! ありがとうございます!」

 

「ちょっとパパ!? いきなり何を語り出してるんですか!?」

 

「推しと推しの馴れ初めからでしか得られない栄養素があるんです!」

 

「……って愛娘に言われちゃしょうがないだろ」

 

「もー!」

 

 

 




・十周年ライブ
現在どの時系列なのかとか良太郎と亜利沙が何歳なのかとか、そういう細かい設定は抜きでお願いします!フィーリングフィーリング!

・高垣楓
リアル泣き崩れたよ……。

・引退した良太郎
本編ではどうなるのかはまだ秘密。

・愛娘
書いてるときのイメージは完全にアグネスデジタルだった。



 というわけで今度こそきちんとした恋仲○○です。今回は地味に早期出演組だった亜利沙でした。

 亜利沙との恋仲はりょーさんとしてのお付き合いとか色々と妄想しました。一つのカップリングで二度おいしい!(もう片方は脳内だけ)

 リアルで色々あったため長々と番外編でお茶を濁させていただきましたが、次回からは本編に戻ります!いよいよ静香&ニコ編の解決編に入っていきます!


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Lesson311 てづくりのぶどーかん

ミリマス編、最終局面開始!


 

 

 

「良太郎さん! クリスマスですよっ! クリスマスっ!」

 

「どうした急に」

 

 

 

 たまたまテレビ局の廊下で一緒になり隣を歩いていた春香ちゃんが突然叫び出した。

 

「いや、よくよく考えてみたら私、この定型文を一度も使ったことなかったなって思いまして……」

 

「春香、一度も使ったことがないのに定型文っていうのはおかしくないかしら?」

 

 さらにその春香ちゃんの隣を歩く千早ちゃんの疑問も尤もであるが、春香ちゃんの言いたいこともなんとなく分かるような気がした。

 

「確かにね。『こんな設定あったなぁ』とか『こんな設定を作っておけば良かったなぁ』って後悔することはよくあることだよ。かくいう俺も『そういえば先生とか師匠ポジションのキャラを作っておけばよかったなぁ』という後悔の電波を受信することが何度も……」

 

「その話、長くなります?」

 

 

 

 さて、そんなわけで十二月二十四日。持つ者と持たざる者、リア充と非リア充、勝者と敗者の様々な思惑が渦巻くクリスマス、別名『悪夢の聖夜ナイト○アービフォアクリスマス』。実に三年(ななねん)も前に使ったフレーズである。よく覚えてたな俺。

 

 しかしこのフレーズを口にした当時はまだ愛を知らぬ若造だったが、今では最愛の女性が存在する勝者だ。今年のクリスマスは、長年夢見た恋人と二人きりの夜を楽しむことにしよう。

 

 ……そう考えていた時期が俺にもありました。

 

「アイドルにクリスマスなんてあってないようなもんなんだよなぁ……」

 

 思わずため息交じりに漏れ出てしまった俺の言葉に、春香ちゃんは苦笑と共に同意してくれた。

 

「そうですね。私たちも昔はみんなでケーキを持ち寄って事務所に寄ってクリスマスパーティーをしたこともありましたけど、今ではみんな忙しくてそれも出来なくなっちゃいました」

 

「別日に時間を合わせることはあるけど、それでも誰かしらの不参加者は出ちゃうものね」

 

 俺が初めて顔を出した頃はまだまだ駆け出しだった765プロであるが、今ではすっかり人気芸能事務所の代表格である。

 

「それにしても、そうですよね、良太郎さん、今年はりんさんが……」

 

 ポンッと手を叩く春香ちゃん。

 

「現金だとは思うけど、それでも結果的に今まで無視し続けちゃったわけだから、少しでも報いたいんだよ」

 

 我ながら酷い話である。りんは初めて出会った頃からずっと俺のことを想っていてくれていたというのに、俺はそれに一切気付くことが出来ず、彼女の想いを無下にし続けてしまったのだ。

 

 大勢のファンが待つステージと、恋人。その二つを天秤にかけるなんてことをするつもりはないが、それでもそう考えてしまうことは仕方のないことだった。

 

「でも良太郎さんが仕事をお休みしても、りんさんにもお仕事がありますよね?」

 

「そうなんだけどさぁ!」

 

 今はそういうことを言ってるんじゃないの千早ちゃん! 毎回言ってるけど、千早ちゃんは本当に愉快な方向に成長しちゃったなぁ!

 

 そういう理由でクリスマスイブの恋人との逢瀬はお互いの仕事が終わる深夜までお預け。りんが魔王エンジェルとしてイブライブをしている一方、俺は春香ちゃんや千早ちゃんと一緒にイブの特番に出演するのであった。

 

「そういえば律子さんから聞きましたよ。明日の()()、良太郎さんが企画したんですよね?」

 

 まだリハーサルまで時間があるので、休憩がてらちょっとだけのんびり廊下を歩いていたら春香ちゃんがそんな話題を切り出した。

 

「律子さん怒ってましたよ。『こんな年末の忙しいときに余計な仕事を増やすんじゃないわよあのバカ!』って」

 

 ん~? 劇場のプロデューサーさんの話だと、りっちゃんが一番張り切って準備を手伝ってくれたって聞いたんだけどな~? 擬態型(ツンデレ)か~?

 

「でもなんで急にこんな大掛かりな企画を?」

 

「年が明けて落ち着いてからでも良かったのでは?」

 

 二人の疑問も尤もである。

 

 千鶴とプロデューサーさんに提案した日から一ヶ月どころか二週間も経っていない。本来ならばもっと時間をかけて内容を詰めていくところだったが、今回の企画はあくまでも『手段』なのだ。()()()()()()()()三人の少女の笑顔を取り戻そうとする、最低最悪の王様の我儘なのだ。

 

「俺にも色々と考えがあるんだよ、こう見えても」

 

「でもこんな大掛かりなことを黙って進めて、またお兄さんに怒られたんじゃないですか?」

 

「ダメですよ、良太郎さん! こういうことはしっかりと身内と相談してから始めないと!」

 

 どうやら千早ちゃんと春香ちゃんの中では、今回のイベントも俺の独断で行ったことになっているらしい。

 

「えっ……!? しっかりとお兄さんへ事前に説明をしてから……ですか……!?」

 

「そ、そんな……!? 良太郎さんが……!?」

 

 そして兄貴の了承を得ていることを説明したらこのリアクションである。なんてことだ。

 

「なんか、俺イコール突拍子もなく色んなことをするみたいなイメージがこべり付いてしまっているような気がする」

 

 不服の言葉を漏らす俺に対し、苦笑いを浮かべる春香ちゃんとスンッとそっぽを向く千早ちゃん。お世辞でもいいから「そんなことないですよ」と言いたまえ君たち。

 

「でも結局()()()()()()()()わけですから、サプライズには変わりないじゃないですか」

 

「そうじゃないと意味ないからね。いい意味でも悪い意味でも、これは『罠』みたいなものだから」

 

「「罠?」」

 

 春香ちゃんと千早ちゃんが揃って首を傾げる。

 

 『サプライズ』というのは殆ど『ドッキリ』と同義であり、それは『罠』と同じなのだ。

 

「明日は俺も仕事で自由に動けない。だから自分が動かなくてもいいように罠を張った」

 

 二人の少女の願いを叶え、一人の少女を罠にかける。

 

 今頃、千鶴がその罠に一人の少女を誘い出してくれていることだろう。

 

「「?」」

 

 やっぱり俺が何を言いたいのか分からなかったらしく、二人は再び首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

「ニコ、突然ですが明日のご予定を聞いてもいいかしら?」

 

「明日……ですか?」

 

 その日、ウチでバイトをしている時間を狙って早めに帰宅した私は、エプロンを身に着けたままのニコにそんな質問を投げかけた。

 

「妹たちに『クリスマスケーキが食べたい!』とせがまれましたので、明日の昼間は一緒にケーキ作りをして、夜にママ……母が帰って来てから一緒に小さなクリスマスパーティーですね」

 

 ニコから返って来た答えは、概ねこちらが想像していたようなものだった。

 

 あまり深くは聞いていないものの、ニコの家は母子家庭。まだ小さな妹や弟のためにニコが家事をしていることは知っているし、家族仲がとても良いことも知っていた。故にニコが料理を作って、家族でクリスマスパーティーをすることも予想できた。

 

「そう。もし時間があったらでいいのだけど、妹さんたちを連れて商店街に来てはいかがかしら?」

 

「何かあるんですか?」

 

「……ここだけの話ですわ」

 

 少しだけ周りを気にするフリをしてから声を潜める。実際、余りニコ以外に聞かれると面倒になることなので、殆どフリではないのだけれど。

 

「ちょっとしたサプライズステージがありますの」

 

「えっ」

 

 私の言葉に目を見開いて驚くニコ。二階堂千鶴(わたくし)がそれを口にしたことで、きっと彼女の脳裏には()()()()()()が過ったことだろう。

 

「だ、誰が来るんですか……!?」

 

「それは教えられませんわ。サプライズステージですし。そもそもわたくしも詳細は聞いていませんわ」

 

 わざとらしくすっとぼけると、ニコは分かりやすく眉をひそめて「ぐぬぬ……」と唸った。

 

 元々ニコは、明日行われるクリスマスの定例ライブを金銭面を理由にして断念した。そんなタイミングで聞いてしまったサプライズステージ。ニコほどではないにしろ妹たちもアイドルが好きだというので、間違いなく彼女は来るだろう。

 

(……まるで罠に嵌めているようで、心が痛いですわ……)

 

 彼女に対して害をなそうとしているわけではない。良太郎が企画した今回のコレは、静香のためであり、未来のためであり、そしてニコのためでもあるのだ。

 

 しかしそれが本当に『ニコを救える』かどうか、私はまだ自信がない。もしかしたら逆効果ではという不安もある。

 

 けれど良太郎は、これで『ニコに大切なことを思い出してもらう』と言っていた。

 

(……わたくしは、良太郎を信じますわ)

 

 まるで何も思いつかなかった私ではなく、りんと共に全てを背負うと決意した良太郎を信じよう。

 

「それで、いかがですの?」

 

「……多分妹たちも来たがると思いますので」

 

 どうやら来てくれるようだ。自分の役目を真っ当出来たことに内心でホッと胸を撫で下ろす。

 

「……千鶴さん、もしかしてりょーさんから何か言われました?」

 

「っ!?」

 

 しかしニコが発したそんな言葉に撫で下ろした胸がドキリと大きく跳ね上がった。

 

「どどどどうしましたの急に!?」

 

 そんな状態で無理やり声を出したのが間違いだった。どれだけ鈍感な人でも動揺していることが分かるような反応になってしまった。

 

「……なんとなく、そんな気がしたんです。アイツ、実はアイドルの業界でそれなりに凄い奴なんですよね?」

 

「……えぇ、そうですわ」

 

 随分と察しの良い子だ。しかしこの口ぶりから察するに、どうやら流石に『周藤良太郎』にまでは結びつけることが出来ていないらしい。……尤も、よっぽどのことがない限りは『アイドル好きのりょーさん』と『周藤良太郎』を結びつけることは出来ないだろうが。

 

「アイツが何を考えているのか分かりませんが……それでも、私のことを心配してくれていることだけは、なんとなく分かりました」

 

「……えぇ。いつもの態度で分かりづらいでしょうけど、凄く心配していましたわ」

 

 良太郎は、そういう奴なのだ。

 

 

 

「そうですね。つい先日SNSで『おっぱいビンタ怖い』なんて呟いてましたけど、一応心配してくれているんですよね」

 

 本当に何やってんだアイツ。擁護した私まで巻き込まれ事故みたいになってしまったじゃないか。

 

 自分の役目を果たせたものの、それとは別にまた一つ良太郎を殴る理由が出来てしまった。

 

 

 

 明日は、クリスマスだ。

 

 

 




・「良太郎さん! クリスマスですよっ! クリスマスっ!」
確か掲示板回でしか使ってなかったと思う……。

・『悪夢の聖夜ナイト○アービフォアクリスマス』
あの千早の事件があった辺りのお話。

・そう考えていた時期が俺にもありました。
ボクシングに蹴り技はありまぁす!

・擬態型か~?
あのダークな世界観すこ。



 本編に戻って来まして、ついにミリマス編の佳境を迎えます。とはいえ作者のペースだとまだまだ当分続きますので、お付き合いしていただけたら幸いです!


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Lesson312 てづくりのぶどーかん 2

本番直前!


 

 

 

 クリスマス当日。天気予報では雪の可能性が示唆された鼠色の曇り空。ライブ日和とは言えないが、それでもクリスマスにはピッタリの雰囲気になっていた。

 

 とはいえ今日もいつもと変わらぬお仕事の日。しかし、しいて言うのであれば、今日は『765プロ劇場のクリスマスライブの日』であり『ゴールデンエイジの決勝ライブの日』であった。

 

 765プロの方が基本的にはいつもと変わらぬ定期ライブなのだが、クリスマスという特別感はやはりファンの心を躍らせるものである。時期的にサンタ衣装のアイドルが見れるかもしれないと、今日参加を表明しているファンが期待の言葉をSNSで呟いていたのを見かけた。ついでに今日のチケットを握れずに嘆くファンの呟きも。

 

 一方でゴールデンエイジは番組企画なので、こちらはテレビで中継されることになっている。つまり誰でも観れるということだ。いや、忙しくて俺は見れないから誰でもではないな。一応録画すれば観れるけど、折角生中継なんだから本当はリアルタイムで見たかった。

 

 そんな中、そのどちらにも参加しないということを表明した少女がいた。

 

『私、今日は商店街のイベントに参加するわ』

 

 そんなメッセージを送ってくれたのは、俺が気にかけている少女の一人であるニコちゃんだった。

 

 元々参加する予定がなかった定期ライブだけでなく、テレビで中継されるゴールデンエイジも録画すると言い、そして妹弟を連れて商店街に行くと。

 

(千鶴が上手く誘い出してくれたんだな)

 

 とりあえずここまでは計画通りに進んでいるみたいで、ホッと胸を撫で下ろす。

 

 しかし、既に計画は俺の手元を離れている。俺はもう彼女たちの行く末を見守ることしか出来ない。いや、正確には見守ることすら出来ない。

 

 だから願わくば。

 

 

 

 みんなが笑顔になったと、そんな幸せな結果が、俺の耳に届きますように。

 

 

 

 

 

 

「むむむ~」

 

「あっ、未来ここにいた~」

 

 ペタリとおでこをガラスに貼りつけながら劇場の客席を見下ろしていると、翼がやって来た。

 

「どう? お客さん入ってる?」

 

「もっちろん! 見て見て、二階席まで埋まってる!」

 

 この部屋はガラスがマジックミラーになっているため、主に関係者がステージを見るために使われる。そこから見下ろす客席は、見事にお客さんで埋まっていた。

 

「チケット完売満員御礼! 私もワクワクしてきた!」

 

「いよいよ本番って感じだね!」

 

 翼は舐めていた棒付きの飴を口から離すと、ニヤリと笑った。私もきっと、ニコニコと口元が吊り上がっていることだろう。

 

「そういえば静香ちゃんは? ()()()()()()()?」

 

「さっきメッセージ来てたよ!」

 

 こちらの状況を報告すると同時に、静香ちゃんの現在の状況も教えてもらった。

 

「『今は武道館の控室』『待ち時間が長くて落ち着かない』って」

 

「アハハッ、背筋ピーンって伸ばしてパイプ椅子に座って、手をグーにして膝の上に乗せてる静香ちゃんの姿が想像出来る~!」

 

「うわっ! すっごい出来る!」

 

 いつも何故か自分への自信が控えめな静香ちゃんのことだから、身体が少しだけ強張っていることだろう。もしかしたら、他の参加者に声をかけられてビクリと身体を震わせているかもしれない。

 

「それじゃあ静香ちゃんの緊張をほぐすために、ここはもう一回メッセージを送っちゃおうかな~」

 

「未来ってば、それを口実に静香ちゃんへメッセージ送りたいだけでしょ~」

 

「でへへ~」

 

 翼にはバレバレだったが、だからといってメッセージを送るのを止めるつもりはない。集中したいのであればやめておくが、きっと静香ちゃんは緊張しているだろうからそれを解すためのものだ。だから悪いことじゃない。うんうん、完璧だ。

 

「さーて、なんて送ろうかな~」

 

 ウキウキとスマホを取り出すと、静香ちゃんへのメッセージ画面を起動する。そこには先ほどまでの私と静香ちゃんとのケータリングに何を食べたのかという他愛もない会話が残っていた。

 

「うーん、ライブが終わったら一緒にご飯行きたいなー」

 

「でも静香ちゃんに聞くとまた『うどん』って言うと思うよ」

 

「だよねー……」

 

 静香ちゃんに「何食べたい?」という話題を振ると間髪入れずに「うどん」と返ってくる。それが嫌というわけじゃないだけど……なんというか……ね?

 

「……あ、食べ物と言えば」

 

 『うどん以外で何か食べたいものある?』というメッセージを打っていると、翼が何かを思い出した。

 

「そういえば346プロのアイドルの間で、ステージに上るときに食べ物の名前を叫ぶのが流行ってるらしいね」

 

「そうなの?」

 

「結構前の話になっちゃうけど、トロフェスのときも346プロのアイドルが三人揃って『山形リンゴー!』って叫びながらステージに上がってたんだー」

 

 想像していたよりも随分と産地が限定されていた。

 

「聞いたら、あのニュージェネレーションズが『ステージに上がるときに勇気が出るおまじない』ってことで最初にやり出して、それがシンデレラプロジェクトの中で流行ったんだって」

 

 翼は「って、そのアイドルの人に聞いたんだ~」と手にした飴を横に振った。

 

 なるほど、好きな食べ物の名前を言いながら、かぁ。

 

「私の場合は『ぎゅーうーにゅー!』かな~」

 

「めっちゃ言いづらそ~」

 

 ケラケラと笑う翼。

 

「逆に静香ちゃんの『うーどん!』だったら、掛け声としては結構良くない?」

 

 特に最後に『ドン!』って言うところが、なんか『今から行くぞ!』っていう感じがしてくる。

 

「そうだ! 静香ちゃんに『うどんを掛け声にしてステージに上がろう』って言ってみよう!」

 

 そうすればきっと、離れていても一緒みたいな感じになる気がした。うんうん、これだよ!

 

 それじゃあ早速、そうメッセージを打ち始めてから、さっきまで書いていたメッセージが残ったままだということに気が付いた。こっちを消しておかないと、変なメッセージに……。

 

 あっ。

 

 

 

 

 

 

 緊張を紛らわすために未来へ何かメッセージを送ろうかと考えていたら、急に『うどん以外でステージに上がろう』というメッセージが。

 

 えっ、何? 未来は私が『うどんでステージに上がる』って思ってたの? そもそも『うどんでステージに上がる』ってどういう意味? 私自身がうどんになるってこと?

 

 ……なるほど、つまり未来は私が『うどんの化身』と言いたいってことね!

 

(ふふっ、どうしたのよ未来ったら、いきなりそんな褒め言葉を……)

 

 でも、そうね、今回のステージは私は『うどん』としてではなく『アイドル』としてステージに上がらなければいけない。

 

 きっと未来は、そういうことが言いたかったんだと思う。私の緊張をほぐすために、そして『一緒に頑張ろう』と言うために。

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ、翼。間違えて変なメッセージ送っちゃって、送信取り消しするのにモタついてたら静香ちゃんから『大丈夫よ、今日の私は、うどんじゃないから』って返ってきたんだけど」

 

「え、えぇ……?」

 

 果たしてこれは静香ちゃんなりのノリツッコミのつもりなのか、それとも何か別の意味があるのか。

 

 翼と共にしばらく頭を悩ませるのだった。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ。765プロの……静香ちゃんって呼んでいい?」

 

「え? あっ、はい」

 

 我ながらいい感じの返信が出来たと満足していると、隣のパイプ椅子に座っていたアイドルから声をかけられた。思わず頷いてしまったが、確かこの人は……。

 

(……ゴールデンエイジの撮影が始まったばかりの頃に、テレビ局の廊下で私のことを話しながらクスクス笑ってた人だ……)

 

それに気付いた途端、頬が引き攣りそうになってしまった。露骨に嫌そうな顔をするのもマズいので、必死に笑顔を作って誤魔化すことにする。

 

 ついでに、彼女の隣にはそのときの話し相手になっていた女性もいた。どうやら二人はユニットメンバーだったらしい。

 

「ちょっと耳にしたんだけど、今日って765プロの劇場のライブもあるんでしょ? それなのに静香ちゃんはこっちに来ちゃって大丈夫なのかなって……」

 

 彼女はそう言いつつ、すぐに表情を申し訳なさそうな笑みに変えて「あっ、ごめんなさい、余計な心配だったかな?」と手を振った。

 

 今までは陰口ぐらいしかされておらず、直接的な嫌がらせなどは全くなかった。だからこの本番直前というタイミングでここまで露骨に仕掛けてくるとは思わなかった。いや、このタイミングだからこそ仕掛けてきたのかもしれない。

 

「……劇場のことは、仲間たちに任せていますので」

 

 そう端的に答えると、彼女は「そっか、そうよね」と朗らかに笑いながら両手の指先を合わせた。

 

「いつもやってるライブと、今回の武道館でのライブ、どっちが大事なんて野暮なこと聞いちゃったわね」

 

 口では謝罪の言葉を述べつつ、目は笑っていない。

 

「きっと()()()()()()()()()()()()()()()()と思うけど、静香ちゃんには関係のない話だもんね」

 

「………………」

 

()()()()()()()()()()()()()ひとりぼっちで大変だろうけど、ステージ頑張ってね」

 

「……えぇ、ありがとうございます」

 

 心にもない激励の言葉に、私も心にもない感謝の言葉で応じる。

 

 色々と反論したいこともあったけど、生憎今の私は()()()()()

 

(どっちが大事だって?)

 

 先日までの私だったら、悩んだ末に武道館と答えたかもしれない。けれど今の私は迷うことなく()()()()()()だと答えることが出来る。

 

(事務所のみんなは良い気はしてないって?)

 

 未来も翼も千鶴さんもプロデューサーも、みんなみんな、笑顔で私を送り出してくれた。あの事務所に、そんな暗い考えを持つ人なんていない。

 

(……ひとりぼっちだって?)

 

 断言する。

 

 

 

 ――()()()は今から最高のステージに立つ。

 

 

 




・『うどん』
ドヤ顔で饂飩とか書いちゃう系うどん女子。

・『山形リンゴー!』
当然あかりんごがじゃんけんで勝った結果である。

・「静香ちゃんって呼んでいい?」
漫画だと一応名前付いてたけど、どうしよう、アイ転だと別の名前あげようかな。



 なんかすごい久しぶりに真面目なお話を書いた気がするぞ……()

 しばらく真面目なお話続きますが、シリアスではないのでご安心を!


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Lesson313 てづくりのぶどーかん 3

良太郎だからこそ出来る、奇策であり力技!


 

 

 

「……千鶴さん」

 

 本番直前、出演メンバーがいつものように円陣を組むために舞台裏に集まる中、不安そうな表情で奈緒が声をかけてきた。

 

「未来の姿が見えんのですけど……ほ、本当に大丈夫なんですかね……?」

 

 そう言いつつキョロキョロと周りを見渡す奈緒。私も同じように周りを見渡すが、そこにいるべき未来の姿がまだ見えない。

 

 あの日、静香と未来のやり取りを直接目撃してしまった奈緒は、その日からずっと二人のことを気にかけていた。奈緒は元々良太郎とも知り合いだと聞いているので、今回の件を良太郎に任せたことを伝えるとホッとした表情を見せたが、それでもやっぱり気になってしまうようだ。

 

 何せ良太郎が進めた()()()()は、実は一部のメンバーにしか伝えられていない正真正銘のサプライズ企画になっていて、奈緒もそれを知らないのだ。何をするのか知っている私ですら不安が拭えないのだから、何も知らない奈緒が不安なのは当然だった。

 

「先ほど翼が探しに行きましたから、大丈夫ですわ」

 

「そ、そうですか……」

 

 そんな話をしていると、その翼が未来と共に姿を現した。

 

「遅れてごめんなさ~い!」

 

「ごめんなさい!」

 

「ほっ……スンマセン、千鶴さん、どうにも私、心配しすぎて……」

 

 いつも通りの元気の良い笑顔の未来にホッとする奈緒だったが、それは私も同じだった。

 

「気持ちはよく分かりますわ。でも、今は未来の心配よりもこれからのステージ。集中しきれずにミスをして、未来たちの足を引っ張るようなことをしてしまっては本末転倒ですわ」

 

「……そうですね」

 

 自分の顔を軽く叩きながら「集中集中」と呟く奈緒の姿を横目に、私もふぅと静かに大きく息を吐く。

 

(静香と未来は……そしてニコも、きっと大丈夫ですわ)

 

 

 

 さぁ、開演だ。

 

 

 

 

 

 

「……始まった」

 

 メイク室でメイク直しをしてもらいながら、鏡の側に立てかけたスマホに視線を向ける。映っているのは、今日決勝のステージが行われる『ゴールデンエイジ』。地上波の放送だけでなくこちらでの配信も行われているため、こうしてスマホでも確認することが出来た。

 

 とはいえ生憎ゆっくり見ている時間なんてなく、このメイクが終わり次第問答無用で視聴終了だ。事前に聞いている出演順から考えると、静香ちゃんのステージまで粘ることはほぼ不可能だろう。

 

「あっ、これって『ゴールデンエイジ』ですよね。良太郎君も見てたんですね」

 

 今回臨時でメイクをお願いすることになったシャマルさんが、メイクの手を止めることなく話しかけてきた。

 

「へー、シャマルさんも見てたんですね」

 

「はい、はやてちゃんたちと一緒に見てました。だから分かりますよ~良太郎君が今回気になっているアイドルが誰なのか!」

 

 そう言って自信満々に「この子ですよね!」とシャマルさんが指さしたのは、今回の出演アイドルの中で一番大乳な子だった。……うん、はやてちゃんと俺は同じ趣味(おっぱいせいじん)だから、そういう考えに行きつくのは何も間違っていない。そして静香ちゃんという個人的な事情がなければ本当にその子のことが気になっていたから本当に間違っていない。

 

「あれ? 違うんですか!?」

 

「手が止まるほど驚愕しなくても」

 

 メイクの時間が延びれば静香ちゃんのステージを見れるかもしれないけど、そんな土曜日の朝に星のカービィを見てから登校する小学生みたいなことをしたくないので手早いお仕事をお願いしますシャマルさん。

 

「うーん、誰なんでしょう……?」

 

「俺の口から明かさなくても、この番組が終わる頃には分かりますよ」

 

「え?」

 

 どんなパフォーマンスをするかとか、どんな容姿をしているかとか、そういう具体的な話を何もしなかったとしても。

 

「きっと『あぁこの子だ』って、すぐに分かります。それぐらい凄い子ですから」

 

「……ふふっ、周藤良太郎がそれほど自信満々に言うなんて、本当に凄い子なんですね」

 

「えぇ、凄い子です」

 

 ……パフォーマンスの技量的な話をしてしまうと、申し訳ないが正直この中で一番だと断言してあげることは出来ない。勿論静香ちゃんのそれが低いとは言うわけではないが、彼女以上のパフォーマンスをするアイドルがいないわけではない。

 

 それでも、今回のライブで一番の注目を集めるのは間違いなく彼女だ。

 

「……シャマルさん」

 

「なんですか?」

 

「『周藤良太郎』が一人のアイドルを依怙贔屓したら、幻滅しますか?」

 

「……良太郎君が、依怙贔屓ですか?」

 

「はい」

 

 それを聞いたのは、本当にただの気まぐれだった。

 

 既に俺の覚悟は決まっていて、世間から酷評されることになろうともこの考えを今更改めることはしない。俺は俺としてこの世界で生きるために、我儘になると決めた。

 

 しかし、それでも。

 

 心の何処かでは『そんなことないですよ』と、言ってほしい自分がいた。

 

「……そうですね、それが本当に依怙贔屓なのだとしたら、少しだけビックリしちゃうかもしれません」

 

 シャマルさんは多分、俺に気を使って言葉を選んでくれた。

 

「でも私は、その方が逆に良太郎君らしいなって思います」

 

「俺らしい、ですか?」

 

「はい。トップアイドル『周藤良太郎』じゃなくて、いつもウチに遊びに来てくれる周藤良太郎君。『周藤良太郎』なら違うんだろうなって思うことでも、良太郎君ならそうなんだろうなって。少なくとも私はそう思います、きっとはやてちゃんたちも同じだと思いますよ」

 

 ……俺らしい、か。

 

「はい! メイク終わりです!」

 

「お~……」

 

 これだけ雑談をして途中で手を止めたりもしたにも関わらず、そんじょそこらのメイクさんよりも手早く仕事が終わるのだから、流石である。

 

「こちらとしてシャマルさんがフリーのままでありがたいんですけど、はやてちゃんの事務所の専属にならないんですか?」

 

「……えっと、まぁ色々と」

 

 そう言って苦笑するシャマルさんの右手は、人差し指と親指で丸を作っていた。……うん、まぁ、310プロも一応新参事務所だからね、現実的なところを見ないとね、八神家の収入に関わってくるところだからね。

 

「……さてと」

 

 名残惜しいけど、俺はライブの視聴ページを閉じた。

 

 次に彼女たちの姿を見るのは……きっと、今晩のネットニュースかな。

 

 

 

 

 

 

『みなさーん! こんばんわー!』

 

 オープニングの曲を歌い終え、私はマイクを使って客席へと声をかける。

 

『本日のセンター、春日未来です! まずは一曲目『Welcome!!』を聞いてくれてありがとー!』

 

 客席に向かって大きく手を振ると、ファンのみんなが大きな歓声で返事をくれた。何度ステージに立っても、この歓声がとても気持ちいい。

 

『さていきなりですが! 私、ここで言いたいことがあります!』

 

 そんな歓声も、そんな私の突然の言葉にどよめきに変わる。いきなりそんなこと言われてビックリするかもしれないけど、悪いことじゃないから安心して聞いてね!

 

 他のみんながステージ脇に下がっていく中、ただ一人残ってくれた翼が私の横にやってきた。

 

『えっと、実は今日のライブ、本当は私と翼と……そして静香ちゃんの三人のユニット曲を披露する予定でした。だけど、みんなも知ってるだろうけど、静香ちゃんは今武道館で歌っています』

 

 チラリと時計を見る。あんまりこういうことは得意じゃないけど、今日のために必死に練習した。()()()()()()()()()()()

 

『武道館に立つことは静香ちゃんの夢でした。だから静香ちゃん、どっちのステージを選ぶのかすっごい悩んでました。私が「一緒のステージがいい」って泣いちゃったから、余計に困らせちゃったりもしました』

 

 自分で暴露しつつ、なかなか恥ずかしいエピソードだと思わず照れ笑いをしてしまった。

 

 

 

 ――ほぐわぁ! その笑顔てぇてぇ!

 

 

 

 なんかステージ脇から亜利沙さんの声が聞こえたような気がした。

 

『……私、アイドルになって色んなことを知りました』

 

 静香ちゃんと出会い、アイドルになって、たった十四年しか経っていない私の人生は一変した。

 

『ステージで歌って踊るのは楽しいだけじゃないってこと』

 

 ただ歌うだけじゃダメで、踊るだけでもダメで、それを届けたい誰かのためにアイドルはステージに立つ。

 

『大きな夢は頑張って手を伸ばさないと届かないぐらい遠くにあるってこと』

 

 どれだけ努力しても届かないかもしれないぐらい遠い夢は、それでも手を伸ばすことに意味があった。……違う、どれだけ遠くても、手を伸ばすことから夢は始まる。

 

『……でも、私の夢は、きっと今ここだから』

 

 私には、静香ちゃんや翼のような、なりたいアイドルの姿が無かった。目標がなく、歌うことが楽しくて、見に来てくれるファンのみんなのために、歌い続ければ見つかると思っていた。

 

 

 

『今このステージに立っている私が、()()()()()()()だから!』

 

 静香ちゃんと出会ったそのときから、ずっと願っていたこのステージが、私の夢そのものだったんだ。

 

 

 

『だから歌います! 翼!』

 

『おっけー!』

 

 呼びかけると、翼はニカッと笑って親指を立てた。

 

『わたし待ちくたびれちゃった~。……そっちも準備いいよね?』

 

 

 

 ――えぇ、勿論。

 

 

 

 それは、私と翼の耳の中にだけ聞こえてきた声。

 

 今一番遠くにいて、今一番会いたくて、今一番大好きな……。

 

 

 

 ……私の大切な女の子。

 

 

 

『行くよっ! 静香ちゃん! 翼!』

 

『えぇ、行きましょう!』

 

『盛り上がってくよー!』

 

 

 

 

 

 

「なっ……なっ、なんっ、どーなんっとんねんコレ?」

 

 それは観客席に聞こえないギリギリの声量で発せられた奈緒の叫びだった。驚愕に目を見開き、行き場のない感情で手がワナワナと動いている。

 

 チラリと周りを見渡すと、他の子たちも同じような反応をしていた。

 

「ちちち千鶴さん! こ、コレ!?」

 

「えぇ、上手くいきましたわ」

 

 

 

「なんで()()()()()()()()()()()()んですか!?」

 

 

 

 ステージの後ろの大型モニターに映し出されたのは、紛れもなく静香の姿だった。

 

「それに、その周り! 静香が映っとる画面を取り囲むように映っとるアレ!」

 

 そう、それこそが良太郎が提案した奇策。そして『周藤良太郎』だからこそ実現することが出来た圧倒的な力技。

 

 

 

 ――()()()()()()での参加型サプライズイベントである。

 

 

 




・土曜日の朝に星のカービィ
世代によってここがデビチルだったりグレンラガンだったりする。

・静香がモニターに映っとる
ここまでは原作通り。

・全国同時中継での参加型サプライズイベント
ここから先が良太郎の奇策。



 詳細は次話になりますが、これが良太郎の思い付いた全ての解決策です。この時点で気付く人は気付いてるでしょうが、そうです、ウマ娘のあれです。


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Lesson314 てづくりのぶどーかん 4

差し伸べられた手。


 

 

 

「す、スクリーンに765プロのライブ……!? そ、それにその周りの映像は……!?」

 

「うまく繋がったみたいね……」

 

「は、灰島さん!? 何ですかコレ!? リハと違うじゃないですか! こんなのズルです! 認められません!」

 

「……あら、私、貴女には言っていなかったかしら? 私がこの企画で欲しいのは『いつでも誰よりも目立って輝いて』そして『勝てる』アイドル。『絶対に勝つという強い意志を持ってる』アイドルだって。ズルかどうかを判断するのはお客さんよ」

 

「そ、そんな……」

 

(……それにしてもここまでしてくるとは、流石765プロ……いえ、裏で動いているって噂が流れてる()()()だからこそ為せる業かしら……)

 

 

 

 

 

 

「こ、これ考えたの良太郎さん……!? ほ、ホンマですか……!?」

 

「えぇ、本当ですわ」

 

 良太郎は『ウマ娘のアニメ二期でトウカイテイオーの引退ライブでダブルジェット師匠のレースの中継を映すシーンを観て思い付いた』と言っていたが、私には何を言っているのかよく分からなかった。少し気になって調べてみたけどダブルジェット師匠なんてキャラは登場していないのだけど……?

 

「今は『世界が狭くなった』と呼ばれるような時代ですわ。映像と音声を繋げて()()()()()()()()()()()()()()()()ことぐらい、造作もありませんわ」

 

「確かに……特に昨今は何事もリモートでの開催を推奨されとりますしね……」

 

「それは別の世界線(がめんのむこう)のお話ですわ」

 

 ともあれ、これが良太郎の考えた策。静香の武道館ライブの夢を叶えつつ、静香と未来を一緒のステージに立たせる。未来と自分の願いという()だけでは動けなくなってしまった静香を『ステージ上の演出として盛り上げる』という()で動かすための策だった。

 

 この策を聞いた当初は『ゴールデンエイジ』のプロデューサーが了承するかどうかが不安だった。いくら『演出に関しては各事務所に一任する』という企画であったとしても、流石にライブの中継をするのはやりすぎではないか、と。

 

 しかし担当プロデューサーからは『企画が盛り上がるのであれば』と予想以上にすんなりと了承の返事が返って来た。どうやら『禁止されていなければやってもいい』タイプのルールだったらしい。……それはそれで本当によかったのだろうか。

 

「……楽しそうに歌っとりますね、未来と翼……ほんで静香も」

 

「そうですわね……」

 

 意識をステージの上へと戻す。新曲を歌っている未来と翼、そしてスクリーンに映っている静香の三人は、それはそれはとても楽しそうな笑顔で歌っていた。曲調的に真剣な表情を浮かべることの多い静香はともかく、未来と翼は笑顔で歌うことが多い。しかし今はそれ以上の、見ているだけで『楽しいこと』が手に取るように分かる笑みを浮かべている。

 

「『武道館で歌う』と『仲間と一緒に歌う』。その二つの夢が一度に叶っているのですから、当然ですわ」

 

 これこそが、良太郎が作り出した二人の夢のステージ。言うならば『()()()()()()()』。

 

 あの日、屋上で涙を流した二人の少女。静香の方の根本的な問題はまだ解決していないけれど……それでも、今はただ、こうして大切な仲間とのステージを楽しめていることが大切だった。

 

「……きっと、大丈夫ですわ」

 

「それで千鶴さん、静香のステージが映っとる理由は分かったんやけど……全国同時中継は一体何があったんですか?」

 

「……そっちは、良太郎の我儘ですわ」

 

「……え? 良太郎さんの……わ、我儘?」

 

「えぇ」

 

「なんですか? 誰か胸の大きなアイドルが出演するとか、そういう……?」

 

「そういう考えに至るのも無理はありませんが違いますわ」

 

 寧ろニコの体型を考えると真逆……ではなく。

 

 

 

「……『たった一人のアイドルに肩入れする』という、良太郎としての我儘ですわ」

 

 

 

「それはやっぱり胸の大きな……」

 

「そういう思考から離れなさいな」

 

 

 

「あと全国同時中継って、中継のタイムラグ的なアレは……」

 

「そういうことに触れるのもお辞めなさい」

 

 

 

 

 

 

 その日、クリスマスの夜。私はこころとここあと虎太郎の三人を連れて、商店街へとやって来た。今日行われる『ゴールデンエイジ』の放送を録画してまでこちらにやって来たのは、ひとえに千鶴さんから聞かされた『サプライズステージ』の存在があったからだ。

 

 765プロのアイドルである二階堂千鶴がわざわざ教えてくれたのだから、それは765プロが関わっているステージの可能性が高い。その千鶴さんは今頃劇場の定期公演のステージに立っているだろうから登場することはないだろうが、それでも765プロの誰かが来てくれるのではないかと、そんな期待をしていた。

 

 そして実際に商店街には特設ステージが設定されていた。ステージがある以上厳密にはサプライズとは呼べないのかもしれない。しかし二階堂精肉店でアルバイトをするようになり仲良くなった商店街の人たちの話でも、ここで何が行われるのかは知らない様子だった。

 

 私は三人の妹弟と共にステージの側でイベントが始まるのを待つ。他の人たちも何かイベントが起こるということを察して足を止めている。

 

 そして、それは突然始まった。

 

「っ!?」

 

「わぁ! お姉様これって765プロのアイドルのステージですよね!」

 

「わー! すごーい!」

 

「おー」

 

 興奮気味にこころとここあが私の服を引っ張って来て、手を繋いでる虎太郎が驚くような声を上げる。そして私も、余りの出来事に思わず声を失ってしまった。

 

 ステージの後ろ、バックスクリーンに映し出されていたのは、私が何度も足を運んだ765プロの定期ライブのステージだった。

 

「え、何コレ……!? ま、まさか、中継……!?」

 

 過去のステージの映像かと思ったが、ステージの飾り付けがクリスマスのものになっている。そしてそれだけではなく()()()()()()のはずの『ゴールデンエイジ』の映像が、劇場のスクリーンに映し出されているのだ。生中継の生中継。765プロの定期ライブのスクリーンに映る武道館のステージ。

 

 正直、もう訳が分からなかった。

 

 

 

『画面の向こうのみんなー!』

 

 

 

 色々と衝撃的過ぎて呆然としてしまったが、スピーカーから聞こえてきたそんな声に私はハッとなった。

 

 スクリーンに意識を戻すと、春日未来ちゃんがこちらに向かって手を差し伸ばしていた。

 

 

 

『みんなも! 私たちと一緒に! 歌おう! 踊ろう!』

 

 

 

(……そっか)

 

 これは()()()()イベントだったのか。だから、千鶴さんは私をここに誘ったんだ。

 

 別にショックだったとか、そういう千鶴さんに対する負の感情はない。寧ろ気を使ってくれたことへの申し訳なさが先に立ってくる。

 

 商店街のステージの上には、既に数人が上っていた。みんながみんな、素敵な笑顔で、疑似的とはいえ本物のアイドルと一緒のステージに立てることを喜んでいた。

 

 ……私の足は、動かなかった。

 

「お姉様! わたしたち出遅れてます!」

 

「わたしも! わたしもステージに立ちたい!」

 

 ピョンピョンと小さく飛び跳ねながら、こころとここあがキラキラと目を輝かせながら訴えてくる。流石に虎太郎は行きたがる素振りは見せていないが、それでもステージを見ながら「おー……」という声を漏らしているところを見ると興味がないわけではないらしい。

 

「……私はいいわ」

 

 私はもうステージに上がれない。一度でもステージを降りることを望んでしまった以上、私にステージに上る資格はない。

 

 ……例え資格があったとしても、もう私は自分の足でステージに上がることはない。そんな気になれない。

 

 ここが、ステージの下が、本来私が居るべき場所なんだ。

 

「……アンタたちだけでいってらっしゃい。私はここで……」

 

 

 

「「ダメ!」」

 

 

 

 妹二人を送り出そうとした私の言葉は、その妹二人によって遮られてしまった。

 

「お姉様も行くんです!」

 

「おねえさまのアイドル見たいです!」

 

「え、だから、私は……!」

 

 こころとここあにグイグイと引っ張られる。いつもは聞き分けのいい妹二人の強引な行動に戸惑ってしまう。

 

「ダメですよ! 嘘ついても! お姉様は誰よりもアイドルが大好きだって、わたしたち知ってるんですから!」

 

「嘘ついちゃダメ! あの遊園地でだって、おねえさま本当はステージに立ちたかったって、知ってるんですから!」

 

(……嘘……私の、嘘……)

 

「だから、お姉様!」

 

 

 

 ――わたしたちと一緒に、ステージへ!

 

 

 

「……あ」

 

 

 

 ……足が。

 

 

 

 ……動かなかった足が。

 

 

 

 ……あの日、ステージを降りたときから、二度とステージへと向くことがなかった足が。

 

 

 

 動いた。

 

 

 

 妹二人に手を引かれ、弟と手をつないだまま、私はステージへと向かって歩いていた。

 

 

 

(……なんだ)

 

 どうやら私は。

 

(……我ながらバカみたい)

 

 

 

 誰かに手を引かれることを。

 

 

 

 望んでいたらしい。

 

 

 

 

 

 

「……ふー……」

 

 撮影の合間、たまたま覗いたスマホに届いていたのは、一時間近く前のメッセージ。ニコちゃんのことが気になっていたノゾミちゃんからのメッセージ。

 

 

 

 ――矢澤さんが、ステージに立ってます!

 

 ――楽しそうに歌ってます!

 

 

 

 ただの文章だというのに、ノゾミちゃんの嬉しそうな様子が伝わってくる。そして自分の浅はかな策が成功したことに対する安堵感に、まだ収録が残っているというのに思わず安堵の息を吐いてしまった。

 

 そう、浅はかな策。策とも言えぬような猿知恵。

 

 自分の足でステージに立つことが怖いのであれば、()()()()()()()()()()()()()()という、ただそれだけの話だったんだ。

 

 ニコちゃんが心を引かれ、それでも足が竦んでしまったそのタイミングで、彼女の()()()()が手を引いてくれれば、きっと彼女はステージに上る。

 

 今回は、アイドルが好きで、それ以上にお姉ちゃんのことが大好きな妹二人が。

 

 これだけでニコちゃんのステージに対する恐怖全てが消えるとは思わない。

 

 それでもいつか。

 

 いつかきっと、遠くない未来に。

 

 

 

 

 

 

 ――行こっ! にこちゃん!

 

 ――行きますよ、にこ。

 

 ――一緒にがんばろー!

 

 ――ほら、ボサッとしないの。

 

 ――置いてっちゃうにゃー!

 

 ――が、頑張りましょう!

 

 ――行くわよ、にこ。

 

 ――ホラホラ、にこっち!

 

 

 

 

 

 

 ニコちゃんの手を取ってくれる大切な仲間が、現れる。

 

 俺はそう、信じている。

 

 

 

 未来ちゃんも、静香ちゃんも、ニコちゃんも。

 

 

 

「……メリークリスマス」

 

 

 

 輝かしい明日が待つ少女たちに、幸多からんことを。

 

 

 




・ダブルジェット師匠のレース
あそこは今観ても涙が出る。

・別の世界線のお話
早くこれも「あぁこの時期にはこんなの流行ってたなぁ」っていう思い出話にならないもんかねぇ。

・矢澤にこ
『ラブライブ』無印に登場するメインキャラで『μ's(ミューズ)』のメンバー。
作者が『ラブライブ前日譚編の主人公に相応しい』と考えたのが彼女だった。
……ここまでちゃんとした紹介なかったってマッ!?

・わたしたちと一緒に、ステージへ!
仲間だと思っていた人に裏切られ、ステージを降りてしまったニコちゃん。
彼女が本当に必要としていたのは『ともにステージに立ってくれる』『ステージから手を伸ばしてくれる』そんな『大切な人』だった。

・いつかきっと、遠くない未来に。
(作中時間だと二年後)



 まとめて全員を同じステージに立たせるという暴挙のような力業。ありとあらゆるところに顔が利く周藤良太郎だからこそ出来た力業。そんな解決策でした。

 まだ静香の家族の問題の解決は出来ていませんが、それでも全員の笑顔を取り戻すことが出来ました。

 さて良太郎、最後の大仕事だぞ。


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Lesson315 765劇場大勝利!静香と未来へレディ・ゴー!

(こんなタイトルになってしまって本当に申し訳)ないです……。


 

 

 

「なんだってこんなサブタイトルに……」

 

「作者自身が真面目な空気に耐えられなかったんじゃない?」

 

 そんな俺とともみの異次元な会話から始まる今回のお話の時系列は、クリスマスから一ヶ月ほど経過して123プロの新年ライブも終えた頃になっていた。

 

 年末年始の忙しさもようやく陰りを見せ始め、こうして東豪寺の本社ビルの一室でともみとのんびり会話出来るぐらいに時間の余裕が作れるようになった。もっとも諸事情でこっちにいたりんを迎えに来たついでの時間潰しをしてるだけなんだけど。

 

「クリスマスのゲリラライブイベントの話題も、リョウたちの新年ライブの話題であっという間に下火になっちゃったね」

 

「劇場の子たちには悪いけど、あんまり長いことあのイベントの話題が続くのは俺の心情的にもよろしくなかったから、二ヶ月ちょっと経たずに鎮火してくれてありがたいよ」

 

「人の噂も四十九日?」

 

「七十五日」

 

 ベタだなぁ……。

 

 

 

 りんとの徹夜でのウマ娘鑑賞会中に思い付いた『複数個所でのライブの同時中継』は、結局『静香ちゃんと未来ちゃんに楽しんでもらうこと』と『ニコちゃんへステージに上がる楽しさを知ってもらうこと』の二つを同時に達成するためだけに行ったイベントだ。

 

 未来ちゃんの劇場のステージと静香ちゃんの武道館のステージが偶然にも同時刻だったため実現した……ということは流石にない。これはプロデューサーさんやりっちゃんに協力してもらって開演時間とセトリを調整し、さらに未来ちゃんと翼ちゃんにもMCでの尺調整をしてもらったことで実現したことだ。流石にテレビの生放送中の静香ちゃんにそれをしてもらうわけにはいかないからな。

 

 それと『ゴールデンエイジ』側への説明は全て765側からしてもらった。番組プロデューサーがこういう大掛かりで話題性に溢れそうな演出を好んでくれたことが幸いして実現したが、どうやら裏で『周藤良太郎』が関わっていたことに気付いていそうな雰囲気だった。全国同時中継というかなり大掛かりなことになったため、流石に完璧な箝口令は無理だったみたいだ。

 

 その大掛かりな全国展開も、ウチの近所の商店街にだけステージを用意するのが不自然なのでそれを誤魔化すための作戦だ。木を隠すならうんたらかんたらというやつだ。

 

 映像とはいえ本物のアイドルと一緒のステージに立てるとなれば、間違いなくニコちゃんではなく()()()()()が食いつくと思っていた。あの遊園地のステージもそうだったから、きっと二人がニコちゃんの手を引いてステージへと引っ張り上げてくれると、そう考えたのだ。

 

「今更だけど、よくそれで成功したよね」

 

「自分でも全部ドンピシャにハマって驚いてる」

 

 こういうとき、普通何処かでハプニングが起こるものだと思っていたのだが、終わってみれば何事もなく全て予定通りだった。ここまで来ると逆に怖い。俺の与り知らぬところで別の致命的な何かをやらかしてしまったのではないかと不安になる。

 

「多分リョウも予想してなかったところへの余波だったらあったけどね」

 

「えっ、嘘」

 

「麗華」

 

「……麗華?」

 

 本当に予想していなかった名前が出てきて思わず首を傾げる。アイツが気にするようなことは何もしてないと思うんだけど。

 

「本当は麗華も()()()()()()()()()()()()()()()()()()をするつもりだったらしいんだけど、今回のコレで色々と時期を考えなきゃいけない羽目になったって」

 

「一ヶ月前に急に麗華から送られてきた文章無しの死神の絵文字はそれだったのか……」

 

 それは流石に俺の責任では……ない、よね? よね?

 

「ウチの子たちもそろそろ劇場での実戦経験も積み終わったし、そろそろ全国デビューしてもいいかなって考えてたタイミングだったし、余計にだったんだろうね」

 

「ウチの子……あぁ、アライズか」

 

「そう、最近全然描写されてなかったけどちょくちょく劇場に立たせてもらってちゃんとスクールアイドルとしての知名度を高めてた『A-RISE』だよ」

 

「あぁ、自由奔放なアイドルオタクなツバサちゃんとそんな彼女のツッコミ役に回る苦労人な英玲奈ちゃんと素晴らしい胸のあんじゅちゃんの三人組ユニット『A-RISE』だな」

 

 二人揃って忘れていなかったことをアピールする。いやホントに忘れてなかったから、ホントホントリョータローウソツカナイ。

 

 彼女たちの活躍により『スクールアイドル』という存在そのものの知名度が上がり始めている。といっても彼女たちは『スクールアイドル』というよりは殆ど『1054プロの新人アイドル』といった方が正しいのかもしれないが。

 

「どう? リョウも対抗してスクールアイドル育てたりしない?」

 

「さて、どうしようかね」

 

「なになにー? なんの話ー?」

 

 どうやら用事を終えたらしいりんが部屋に入って来た。髪を下ろしてお出かけオフモードになっている彼女の後ろには、逆に髪を結んで眼鏡をかけた裏方モードの麗華の姿もあった。

 

「リョウも新しい育成をしてみないかっていう話?」

 

「今度は誰の育成? アイネスフウジン?」

 

「ついにりんまでそっち側に行ってしまった……」

 

 徹夜での鑑賞会で見事にウマ娘にハマってしまったりんに、麗華は頭を抑えながらため息を吐いた。お前もこっちに来るといいさ……。

 

「よし、それじゃありんの用事も終わったんなら行くとするか」

 

「うん!」

 

 ソファーから立ち上がるなり、ムギュッと胸を密着させるように腕を組んでくるりん。うむ、顔面に飛んできさえしなければやはり素晴らしいものである。

 

「今日は何処行くの?」

 

「特に決めてない」

 

「今日はりょーくんとぶらぶらするデートなのー!」

 

 年末からずっとデート出来ていなかったから、今日は何かしようということを何も考えないのんびりとしたデートの予定だった。

 

「ブラつくのはいいけど、二人揃って身バレすんじゃないわよ」

 

「「大丈夫だって」」

 

 麗華の忠告を受けて、俺とりんは揃って眼鏡をかける。俺の眼鏡は普段から使っている奴だが、りんの眼鏡は久しぶりに346プロで魔法をかけてもらった特別製だ。まずバレることはないだろう。

 

「それじゃあ麗華お義母さん、娘さんをお預かりします」

 

「誰が母か」

 

「麗華お母さん、行ってきま~す!」

 

「りんまで乗っかるんじゃないわよ!」

 

「はは、ちち、ない」

 

「ともみゴラァ!?」

 

 突然ブチギレた麗華からの飛び火に巻き込まれる前に、俺とりんはスタコラサッサと本社ビルを後にするのだった。触らぬ神に祟りなし、私の好きな言葉です。

 

 

 

 

 

 

「はい静香ちゃん、あ~ん!」

 

「あ、あーん……!」

 

 私が口元にアイスを乗せたスプーンを近付けると、静香ちゃんは恥ずかしそうにしつつも素直に口を開けてくれた。

 

「えへへ、どう? 新作フレーバー? 美味しいでしょ?」

 

「そ、そうね……そ、それじゃあ私も、お返しを……」

 

 今度は反対に静香ちゃんがスプーンにアイスを乗せて私の口元へと差し出してくれた。

 

「あ、あーん……」

 

「あ~ん!」

 

 口を大きく開けて、ほんのり頬を赤く染めた静香ちゃんが食べさせてくれるアイスを……!

 

 

 

「見てくれ、りん……あれが俺の守りたかった世界なんだ……!」

 

「随分と背景がお花畑だね」

 

 

 

「ふえっ!?」

 

「あべちっ!?」

 

 食べようとしたら急に静香ちゃんがスプーンを引いてしまって、私は宙を思いっきり食べる羽目になった。

 

「もー静香ちゃんのイジワルー」

 

「そ、そんなこと言ってる場合じゃないのよ未来!」

 

「えー?」

 

 先ほどよりも顔を真っ赤にした静香ちゃんが指差す先に視線を向ける。

 

「あっ! リョーさん!」

 

「やぁ二人ともこんにちは」

 

 そこにいたのは、いつもの帽子を被ったリョーさんだった。

 

「ゴメンね、色々とお楽しみの所をお邪魔しちゃって」

 

「そそそそそんなお楽しみなんてことは全然全然ぜんぜん……!?」

 

「えへへ~。それより、もしかしてその人が噂の彼女さんですか!?」

 

 リョーさんの左腕には滅茶苦茶美人で胸の大きなお姉さんが、まるで抱き着くようにくっ付いていた。そうかーこの人がずっと前から美奈子さんたちが言ってたリョーさんの彼女さんなのかー。

 

「そう、リンって言うんだ」

 

「どーも初めまして、りょーくんの恋人のリンよ」

 

「初めましてー! 春日未来です! リョーさんには色々なことでお世話になっています!」

 

「うん、色々と知ってる」

 

 あれ、知られてた。リョーさんが話してたのかな?

 

「俺たちもデート中だったんだけど、入ろうとしてたカフェのテラス席で知り合いの女の子二人がアイスを食べさせあいながらイチャイチャしてたから、思わず感極まっちゃって……」

 

「いいいイチャイチャなんてしてません!」

 

 何故か目元の涙を拭う仕草をするリョーさんと、何故かさらに顔を真っ赤にして否定する静香ちゃん。

 

「えー? 私は静香ちゃんとイチャイチャしてたつもりだったんだけどなー?」

 

「え、えええぇぇぇ!? みみみ未来、貴女なにを言って……!?」

 

「仲良きことは良きことかな……」

 

「なんかアタシも見ててちょっと楽しくなってきた」

 

 

 

 始めは別の席へ行こうとしてたリョーさんとりんさんだったが、折角だから一緒にって誘ったら了承してくれた!

 

「ゴメンね静香ちゃん、お邪魔しちゃって」

 

「だから違いますって! ……そ、それに、私も改めてリョーさんとお話したかったんです」

 

「俺に?」

 

 このカフェおススメのパフェのアイスをスプーンで掬い取り、自然な動作でリンさんに食べさせながらリョーさんが首を傾げた。リンさんもリンさんで、見ているこっちがニヤケてしまいそうになるぐらいフニャフニャな蕩けきった笑顔でそれを食べている。幸せそう!

 

「未来から聞きました。去年からずっと、私たちのことを気にかけてくださっていたと。だからそのお礼を……」

 

「なんだ、そんなことか」

 

「そ、そんなことって……」

 

 アッサリとしたリョーさんの反応に、折角姿勢を正した静香ちゃんが肩透かしを食らっていた。

 

「結局俺は何も出来なかったから、そのお礼を受け取る資格はないよ」

 

「で、でも……」

 

「どうしてもって言うんなら……そうだな、また劇場にでも誘ってよ。静香ちゃんと未来ちゃんが出演する定期ライブ、楽しみにしてるから」

 

「……はい!」

 

 劇場に誘う……あっ、そうだ! イイコト思い付いた!

 

 

 

「リョーさん! 今から劇場に来ませんか!? リンさんも一緒に!」

 

 

 

「「「……え?」」」

 

 

 




・こんなサブタイトル
皆さん! いよいよお別れです!
……いやホントなんでこんなサブタイトルに?(作者)

・スクールアイドルの全国規模のイベント
多分劇中で二年後ぐらい。

・アイネスフウジン
天井しました()

・「はは、ちち、ない」
ほんけの はは の ちち ばるんばるん

・私の好きな言葉です。
シン・ウルトラマン面白かった……。

・未来×静香
おほー()



 歴代で一番不真面目なタイトルの最終話、はーじまーるよー!

 諸々の説明し損ねた部分を補足しつつ……皆さんが気になっているであろう(気になってるよね?)第八章の情報を出していきたいと思います。

 そんなわけでミリマス編クライマックスです。


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Lesson316 765劇場大勝利!静香と未来へレディ・ゴー! 2

良太郎、ついに気付かれる!?


 

 

 

 久しぶりのりんとのデートの最中、未来ちゃんと静香ちゃんの美しい友情の現場を目撃して感涙していたら、突然未来ちゃんから事務所へのお誘いを受けてしまった。

 

「へぇ、屋上でバーベキュー」

 

「はい! ウチの定番なんです!」

 

「えっと……いいの? そんな身内だけでやってそうなやつに部外者のアタシたち呼んで」

 

「ダイジョーブです! ちゃんとプロデューサーさんに確認しましたから!」

 

 俺の疑問を代わりに聞いてくれたりんに、未来ちゃんはグッと親指を立てた。

 

「プロデューサー、初めは少し渋ってたのに『リョーさんの彼女が一緒』だって知って……」

 

 静香ちゃんが右の手のひらをクルッとひっくり返した。あんにゃろう……。

 

 とはいえ、劇場のメンバーで『リョーさん=周藤良太郎』だということを知っている人たちはみんな信用に値する人たちばかりだ。りんのことを知られるのも時間の問題だろうし、これもいい機会かもしれない。

 

 そう思ってりんに(二人きりのデートじゃなくなってゴメン)と目配せすると、りんからは(りょーくんがいいならアタシは何も言わないよ。でも次のデートこそ二人きりでゆっくり出来るプランを考えてくれると、アタシは嬉しいなー)というアイコンタクトが返って来た。アイコンタクトというには具体的かつ長文だが、そんな風に受け取れてしまったのだから仕方がない。

 

(愛の力だよ)

 

(今は目ぇすら合わせていないんだけど)

 

 愛って凄い。(小並感)

 

 そんなわけで俺とりんは未来ちゃんと静香ちゃんの二人と共に、バーベキュー会場になる765プロ劇場へと向かっていた。

 

「しかし飛び入りで余所者がお邪魔させてもらうことには変わりないわけだから、手土産の一つでも持っていくべきだろうな」

 

「バーベキューってゆーぐらいだから、お肉とか?」

 

 恋人になってから二人で歩くときはずっと腕を組むようになったりんが、より一層胸を腕に押し付けながら俺の顔を覗き込んできた。個人的には少しあざといぐらいが好みだから胸の感触含めてこういう仕草はどんどんやってもらいたいものである。

 

「肉に関しては二階堂精肉店の長女がいるから、俺が用意するまでもなくいいものが用意されてるだろうし」

 

 そうなると無難に飲み物かな? 俺たちやプロデューサーさんも含めて成人しているメンバーがそれなりにいるからアルコールもいいかもしれない。元々用意されているものも合わせるとかなりの量になってしまう可能性もあるが、俺とこのみさん(おおざけのみ)がいるから大丈夫だろう。

 

 そうと決まれば何処か途中のスーパーで飲み物を買って……。

 

「ん?」

 

 ふと知り合いが前方から歩いて来るのが見えた。ヒラヒラと手を振ってみると向こうもこちらに気付いたらしいが、露骨に嫌そうな顔になった。口の動きから多分「ゲッ」って言った。

 

 そしてそのままクルッと進行方向を百八十度後ろへと向けて逃走の姿勢を見せたので、逃がしてなるものかと大声で彼女に呼びかけた。

 

「おーい! 多分五年後ぐらいには上の妹ちゃんに身長が抜かれてそうなニコちゃーん!」

 

「誰がギリギリ小学生に身長が抜かれるぐらいの豆粒ドチビかー!?」

 

 このネタも二回目だけどしっかりと反応してくれたニコワード・エルリックちゃんが、怒り心頭といった様子でズンズンとこちらにやって来てくれた。

 

「この手に限る」

 

「寧ろその手しか知らないのでは……?」

 

 静香ちゃんからジト目で見られるが気にしない。

 

「やぁニコちゃん、ご機嫌いかが?」

 

「アンタのせいで最悪よ!」

 

 ガルルと威嚇するかのように歯を見せるニコちゃん。しかしこちらが「こんにちは」と挨拶すると、語気粗めだがしっかりと「こんにちは!」と返してくれる辺りとてもいい子。

 

「わー! ニコさんだ! 久しぶりー!」

 

「え……か、春日未来!? ……ちゃん!?」

 

 お互いに遊園地での出会いを思い出したらしい未来ちゃんとニコちゃん。ニコニコと笑顔の未来ちゃんに対し、目を見開いたニコちゃんは驚き一歩後退った。

 

「呼び捨てでもいいですよー! 私の方が年下だし!」

 

「……そ、そう……ならお言葉に甘えさせてもらうわ」

 

 遊園地でも一度親しく話した間柄ということもあり、ニコちゃんは未来ちゃんからの提案をすんなりと受け入れた。

 

 そんな未来ちゃんとニコちゃんのやり取りに「どちら様……?」と首を傾げる静香ちゃん。りんは先日の一件で「あぁ、この子が」とニコちゃんを知っているので、この場でニコちゃんのことを知らないのは彼女だけだった。

 

「えっとね、静香ちゃん、この人はニコさんって言って……」

 

「……あっ、もしかして劇場に来ていただいたこと、ありますよね?」

 

「え、あ、うん……」

 

「やっぱり! 客席で見たことがあったと思ったんです!」

 

 静香ちゃんはスッキリした表情でパチンと手を叩き、「いつもありがとうございます」と丁寧に頭を下げた。

 

「あ、いや、そんな私なんか……!」

 

「知っていただけていると思いますが、私は最上静香です。ニコさん……でよろしかったですか?」

 

「……うん、そうです」

 

 キラキラとした真っ当な年下の女の子のアイドルムーブに、ニコちゃんはスッカリと毒気が抜かれてしまったようだ。

 

「それでニコちゃんはこんな休日に制服着てどうしたの?」

 

「聞くな」

 

 何も変なところもない真っ当な質問だったにも関わらずバッサリと切り捨てられた。……多分、この感じからすると補習かな。未来ちゃんと静香ちゃんの手前、これ以上は触れないでおいてあげよう。

 

「そんで? アンタは何? その人が例の恋人なんでしょうけど、その上、女子中学生アイドルまで侍らせていい身分ね?」

 

 休日に補習で気分が悪いのか、それとも先ほどの低身長発言が尾を引いているのか、ニコちゃんの言葉の端々から棘を感じる。俺だけを対象にした指向性のある棘……ナルガクルガかな? なんか猫っぽいし。

 

「いや、それが765プロ劇場のバーベキューにお誘いされちゃってね」

 

「……ふーん」

 

「……あれ、リアクションなし?」

 

 ここは「なんでそーなるのよ!?」とか「アンタ何様よ!?」みたいな反応が来ると思ってたんだけど、その予想に反してニコちゃんの反応はそっけないものだった。どうしよう、ツッコミ役として酷使し続けた結果、彼女の体内に二十七存在すると思われるツッコミ回路が焼き切れてしまったのかもしれない。

 

「……一部では有名な話だけど。クリスマスのサプライズイベントを進めたの、765プロだけじゃなくて裏では()()()()()()()が動いてたっていう噂、アンタの耳にも入ってるんじゃない?」

 

「っ」

 

 突然放り込まれたそんな話題に、思わずピクリと肩が動いてしまった。腕に抱き着いたままのりんも僅かに身を引いたのが分かった。

 

「あっ! それ私も聞いたよ! プロデューサーさんが……もがっ」

 

「未来、しーっ!」

 

 あらかじめプロデューサーさんから事情を聞いていた未来ちゃんがそれを肯定してしまった。慌てて静香ちゃんが口を塞いだが、時既に遅し。

 

 そんな俺たちの反応を見て、ニコちゃんは「やっぱり……」と何かしらの確信を得たようにフッと笑みを浮かべた。

 

「なんとなくそんな気がしたのよね。……あのクリスマスの日、私をあのステージに上らせるために千鶴さんは私に声をかけた。だけど()()()()()()()()()()()()()()()()()()あのサプライズイベントを、どうして千鶴さんが知っていたのか。誰がそのイベントを千鶴さんに伝えたのか」

 

(……あー……中途半端に情報を伏せてたことが裏目になったか……)

 

 あのイベントの詳細を知っていたのは、当然裏で動いてくれたプロデューサーさんやりっちゃんを含め、高木さんや兄貴などの上層部、現場で実際に動いてくれた各地方のテレビ局スタッフ、実際にステージに立った未来ちゃん・静香ちゃん・翼ちゃん。それ以外は春香ちゃんを始めとしたごく一部の人間で……その中に()()が含まれていた。

 

 イベント後のインタビューで奈緒ちゃんや美奈子ちゃんたちが『自分も知らなかった』という旨の話をしてしまったが故に、その中で『二階堂千鶴が知っていた』ということと『二階堂千鶴がそのイベントの内容をニコちゃんに話した』という二つの出来事が、ニコちゃんの中で引っかかってしまったのだろう。

 

 準備期間が殆ど存在しない状態での電撃作戦だったため、流石にそこまでは気が回らなかった。

 

「千鶴さんと()()()()()()の接点を考えたとき……不思議と、自然にアンタのことが思い浮かんだのよ」

 

 そしてニコちゃんは、そこから自力で辿り着いてしまったらしい。

 

「薄々そんな気はしてた。アンタ、芸能界の事情にやたら詳しいし、色々なアイドルの話はするくせに()()()()()()()の話だけは露骨にしようとしないし」

 

「……あっ、確かに! リョーさん、()()()の話ほとんどしない!」

 

「……言われてみれば、私も()()()のことを聞いたことないわ」

 

 ニコちゃんが語る人物が誰なのか、未来ちゃんと静香ちゃんも察してしまったらしい。

 

「……まさか、こんなことでバレるとは思わなかったよ」

 

「りょーくん……」

 

 りんが心配そうに声をかけてくる。

 

 大丈夫だよ、りん。いつかはそんな日が来ると思っていた。

 

「私も初めは信じらんなかった。でも、まさかアンタが――」

 

 ニコちゃんはキッと睨みつけるような真剣な目で真っ直ぐと俺を見据えた。

 

 

 

「――『周藤良太郎』とプライベートなやり取りを出来るお偉いさんだとはね……!」

 

 

 

「「……え?」」

 

 気の抜けた声がりんとハモッてしまった。

 

「軽々しく口外出来なかった事情は分かるけど、なんか腹立つから一発殴らせなさい……!」

 

「あーやっぱりそうだったんだ! だからシャイニーフェスタのときに、周藤良太郎さんのプライベートっぽい写真を撮れたんだ!」

 

「えっ、何それ私も見たい!」

 

「テレビ局で見かけたこともありましたが、スタッフさんを引き連れてお忙しそうでしたもんね……」

 

「「………………」」

 

 少女三人がキャイキャイと盛り上がる中、俺とりんは思わず閉口。

 

 いや、うん、まぁ、そういう考えになるのが普通だよね、うん。

 

 

 

 ……バレなかったから、ヨシッ!(現場アイドル)

 

 

 




・「誰が豆粒ドチビかー!?」
・ニコワード・エルリックちゃん
二回目。実写版公開記念()

・ナルガクルガかな?
もうそろそろサンライズくるなぁ。

・二十七存在すると思われるツッコミ回路
アンリミテッドツッコミワークス

・ヨシッ!(現場アイドル)
某るつぼさんのツイッターに慣れすぎたせいで、商業化してる方の猫に違和感を感じる。



 良太郎、ついに気付かれる!?(それが正解だとは言っていない)

 ニコちゃん痛恨のミスは『こいつが周藤良太郎のわけがない』という強い先入観があったことです。これがなければ多分気付けた……気付けた? ホントに?(疑)

 まぁここでバレちゃったら、ラブライブ編で色々と大変なことになるしね。


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Lesson317 765劇場大勝利!静香と未来へレディ・ゴー! 3

まだバーベキュー始まらないってマジ?


 

 

 

「いい? サインよサイン。私たち家族分なんて贅沢言わないから、一枚ちゃんとした『周藤良太郎』のサイン!」

 

「はいはい! 私も! 私も欲しいです!」

 

「……えっと、リョーさん……」

 

「分かった分かった、三人分ね」

 

 ニコちゃんと未来ちゃんと静香ちゃんからサインを強請られ、それを了承する。サインを強請られることには慣れてるけど、周藤良太郎として直接要求されたわけではなくリョーさんとして間接的に要求されたのは流石に初めてである。

 

 いやそろそろ正体を白状する頃合いかなぁって思っていただけに肩透かしを食らった気分というか、不意の事故による身バレがなくてホッとした気分というか、複雑な感じ。

 

「りょーくん、アタシもいい?」

 

「なにゆえ?」

 

 何故か便乗したりんにもサインを要求された。いや確かに最近『周藤良太郎』としてサインあげてなかったけど、今更いります……?

 

「そうだニコちゃん、一つ聞きたいことがあるんだけどいいかな」

 

「……サイン貰ってきてくれるお駄賃程度のことだったら話してあげてもいいわよ」

 

(……『周藤良太郎』のサインの価値を考えると、人によっては預金残高とか余裕で話しそう……)

 

 何故か微妙な目線でニコちゃんを見ている静香ちゃんはさておき、お駄賃程度で話してくれるのであれば聞いてしまおう。大丈夫、多分それでもおつりは来る。

 

 

 

「アイドル、続ける?」

 

 

 

 回りくどい聞き方なんてせず、真っ直ぐにそれを聞いた。

 

「……聞かれるとは思ってたわよ。……続けるつもりはある。でも今は無理」

 

 目を逸らしながらニコちゃんは溜息を吐き、そして首を横に振った。

 

「あれだけお膳立てしてもらって今更『ステージに立つ気はない』なんて言わない」

 

 ニコちゃんは「でも……」と言葉を濁した。

 

 ……きっと、まだ恐怖心そのものは拭えていないのだろう。一人でステージに立つだけの勇気を持てていないのだろう。

 

 でも。

 

「『今は無理』なんだね。なら、俺は()()()()を楽しみに待ってるよ」

 

「……いつになるかなんて、私にも分からないわよ」

 

「それでもいいよ」

 

 一年だろうが二年だろうが、俺は楽しみに待ち続けよう。

 

 ニコちゃんならば、ニコちゃんをステージの上に引っ張り上げる誰かならば、きっと素晴らしいステージを見せてくれると、そう信じているから。

 

「……ふんっ、勝手にしなさい」

 

 鼻を鳴らしながらそっぽを向いたニコちゃんはそんな憎まれ口を叩きながら、しかし僅かに見える口元が少しだけ緩んでいるような気がした。

 

 

 

 

 

 

「……は? 良太郎が恋人を連れて劇場に来る?」

 

「そうなんだよ!」

 

 本日開催される765プロ劇場でのバーベキューのため、ウチの店から届けてもらった食材を給湯室で下ごしらえをしていると、少々興奮気味のプロデューサーが突然そんなことを言い出した。

 

「一体何がどうしたらそのような事態になりますの?」

 

 流石にコレは片手間に聞くべき話ではないような気がしたので、包丁を置いて水道で手を洗って話を聞く姿勢になる。

 

「それが偶然街中で未来と静香の二人が、恋人とデート中だった周藤君に会ったらしくてさ、色々とお世話になったお礼がしたいとか言って誘ったらしいんだ」

 

「本当に凄い偶然ですわね……」

 

「いくら『周藤良太郎』とはいえ、正体を明かしていない状態の一般人の参加はどうかとも思ったんだけど、周藤君の恋人が一緒だって聞いたら思わずオッケーしちゃって」

 

「なにをしてますの貴方」

 

 いくら知り合いといえその辺はしっかりしなさいプロデューサー。

 

「いやだって『周藤良太郎』の恋人だぞ? 誰だって気になるに決まってるだろ? 千鶴だって気になるだろ?」

 

「………………」

 

「……ん?」

 

「……あ~はい、まぁ、そうですわね」

 

「んん!? アレ!? これお前知ってるな!?」

 

「ワタクシモ恋人ガ誰ダカ気ニナリマスワー」

 

 そういえば一応私も既にそれを知っている側の人間だった。

 

 さて、下ごしらえの続きですわ。何せ劇場のメンバーに加えて、今日は良太郎とりんも合わせた大所帯。早く美奈子が帰って来て手伝いをして欲しいところだ。

 

「えっ、誰々!? 教えて教えて!?」

 

「今から良太郎が連れてくるのだからそこで確認してくださいまし」

 

 というか貴方も手伝いなさいプロデューサー! 食べさせませんわよ!? いえ寧ろ逆に食べさせますわよ!? 美奈子のフルコースを!

 

「ただいま~」

 

「只今戻りました~」

 

 しつこいプロデューサーをあしらっていると、足りない食材の買い出しを頼んでいたこのみさんと風花が戻って来た。

 

「はい千鶴ちゃん、こっちに置いておくわ」

 

「下ごしらえ、私も手伝いますね」

 

「ありがとうございますわ」

 

 風花も手伝ってくれるようなので、これで多少戦力の補強になった。

 

「それで、プロデューサーは何を騒いでるの?」

 

「今からここに良太郎が連れて来る恋人が誰なのか気になってるらしいですわ」

 

「「へぇ、周藤良太郎が恋人を連れて……えっ!?」」

 

「今凄いハモり方しましわたわね」

 

 流石にハモるにしては長文すぎる気がしたが、それだけ二人にとっても寝耳に水だったということだろう。

 

「良太郎君が来るの!?」

 

「しかも例の恋人を連れてくるんですか!?」

 

「アレ!? もしかして二人も周藤君に恋人がいること自体には驚いていない感じなのか!?」

 

 二人の驚いているポイントに驚くプロデューサー。そういえばこのみさんと風花、それに莉緒さんと歌織さんも居酒屋でそれを知ったんでしたわね。

 

「と言っても、名前も姿も知らないんだけどね。……あぁ、姿に関していえば、確か胸が風花ちゃんに負けず劣らずなんだっけ?」

 

「それは、なんというか……実に周藤君らしいな」

 

「ま、負けません!」

 

「「なにが?」」

 

 何故か意気込む風花に対してプロデューサーとこのみさんは首を傾げるのだった。

 

「あぁ、俺は今、凄いワクワクしてる……確実にいると数年前から囁かれ続け、これまで決して公にされなかった『周藤良太郎』の恋人の正体が、ついに明かされるのか……!」

 

 噂自体は数年前からあったが、恋人になってからまだ一年経ってないらしいけど。

 

「どんな子なんだろうな……」

 

 

 

「こんな子です」

 

「こんな恋人です」

 

 

 

「「「「……んん!?」」」」

 

 突然増えた二人分の声に、その場にいた全員がビクリと肩を跳ね上げてその声の発生源へと視線を向けた。

 

「お邪魔してまーす」

 

「初めましてー」

 

「良太郎!? りん!?」

 

 しっかりと変装状態の良太郎とりんが、しれっと給湯室にいた。手にはソフトドリンクのペットボトルやアルコールの缶などがぎっしりと詰まったエコバックを携えていて、キチンとしていて大変よろしい……じゃなくて。

 

「しれっと入ってくるのはやめてくださいまし!」

 

「ちゃんとノックしたけど、なんか俺の話題で盛り上がってて気づかなかったのはそっちじゃないか」

 

「……そ、それは、確かにこちらに非がありましたわ。ごめんなさい」

 

 言われてみれば、プロデューサーたちが盛り上がっている最中、ドアを叩く音がしたような気が……。

 

「プロデューサーさん、今日はご招待いただきありがとうございます。コレ、ささやかながら差し入れです」

 

「ご、ご丁寧にどうも。……って、周藤君! もしかして、その人が……!?」

 

 良太郎から袋を受け取りながら、プロデューサーの視線はその隣に立つりんへと釘付けになっていた。その際チラリと彼女の胸部を確認していることがここからでも分かってしまう。正直同性の私でも視線が吸い寄せられるのだから、男性のプロデューサーは責められなかった。

 

「はい。バーベキューの前にプロデューサーさんたちには先に紹介しておこうかと思って」

 

「初めまして、りょーくんの恋人よ」

 

 そう言いながらりんは変装用の伊達眼鏡を外した。正直変装と言ってもアイドルとして表に出るときのツインテールを解いて伊達眼鏡をかけているだけだったのだが、それでもプロデューサーたちは彼女を認識できていなかったらしい。

 

「あ、貴女は……!」

 

 ついに素顔が晒され、その正体を知ったプロデューサーは、驚愕に目を見開いた。

 

 

 

「とある雑誌の『周藤良太郎の恋人本命候補ランキング』で三位だった朝比奈りんさん!」

 

 

 

「その話題を出すなぁ!」

 

「確かそれ、一位は東豪寺麗華ちゃんだったわね……」

 

「追撃ヤメテェ!」

 

「二位は佐久間まゆちゃんでしたね……」

 

「わぁ……ぁ……!」

 

「泣いちゃった」

 

 プロデューサーとこのみさんと風花による三連続の連携攻撃に『周藤良太郎』と双璧をなすトップアイドルである『魔王エンジェル』の朝比奈りんの眼からは涙が。三人ともそのつもりはなかったんでしょうけど、恋人である貴方がその態度はどうなんですの良太郎。

 

「いやまぁ、アレは仕方ないって。傍から見てると周藤君と東豪寺さん、息の合ったパートナーみたいな雰囲気だから」

 

「良太郎さんとりんさんは、アイドルとファンみたいな関係として認知されてる弊害ですよきっと……」

 

「同じくファン枠であるはずのまゆちゃんは二位だけどね」

 

 良太郎の胸でさめざめと涙を流すりんを慰めるような言葉をかけるプロデューサーと風花だが、このみさんの言葉は更なる追い打ちとなってりんを襲う。

 

「ふーんだ! いいもんねー! 世間ではどう思われようとも、りょーくんの恋人はアタシだという事実には変わりないもんねー!」

 

 りんはグリグリと良太郎の胸に額を押し当てながらそんなことを言う。確かにその通りですけど、内容が完全に負け惜しみである。

 

「というわけで、周藤良太郎の恋人は朝比奈りんでしたわ」

 

「そ、そうだったんだな……いやまぁ、ある意味で納得する相手ではあったよ、うん」

 

「確かに『魔王エンジェル』ぐらいじゃないと釣り合わないか」

 

「……ま、負けてませんもん……」

 

「「なにが?」」

 

 ともあれ、こうしてバーベキュー前に良太郎の恋人との顔合わせという目的は達成されたのであった。

 

 だから貴方たち、いいから下ごしらえを手伝いなさい。

 

 

 

「あ、ちなみに俺は『周藤良太郎とプライベートな付き合いのある芸能界の重役』っていう設定になってるから、口裏合わせよろしくお願いします」

 

「「「「……なんで?」」」」

 

 

 




・一年だろうが二年だろうが
作中では二年後でも、現実だと何年後になるんだろなぁ……。

・とある雑誌の『周藤良太郎の恋人本命候補ランキング』
・三位だった朝比奈りんさん
ツイッターで呟いたネタをこちらでも活用していく。

・「わぁ……ぁ……!」
・「泣いちゃった」
負けヒロイン気質……てこと!?



 ニコちゃんの事後処理というかその辺りのお話はコレで一旦解決です。今後もちょくちょく顔を出すかもしれませんが、それでも本格的な活動はラブライブ編に入ってからになります。……本当に入るかどうかは未定。

 そして次回ようやくバーベキュー! ……もしかしたら一話伸びるかも()


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Lesson318 765劇場大勝利!静香と未来へレディ・ゴー! 4

765プロ劇場、これにて閉幕。


 

 

 

「それでは皆さん、宴もたけなわではございますが」

 

「初手ターンエンド!?」

 

 

 

 プロデューサーさんが「折角だから」と何故かバーベキューを始める前に一言欲しいと言われたのだが、その一言は不評だったようでこのみさんを始めとしたアイドルからブーイングが。一応今回がこの章の最終話になる予定っていう意味も含めてなんだけど、伝わるわけがなかった。

 

「流石に真面目にやりなさいな」

 

「分かった分かった」

 

 千鶴からもお小言を貰ってしまったのでテイクツー。

 

「この冴え渡る青空の下、こんな素敵なバーベキューにお誘いいただきありがとうございます」

 

「リョーさん、もう夕方なんです」

 

「イチイチ小ボケを挟まないと話が出来ませんの!?」

 

 テイクスリー。

 

「顔見知りが何人かいるとはいえ、部外者である俺やりんの参加を許可してくれてありがとう。普段はファンとして観客席で大人しくしてるけど、これを期にみんなと仲良くなれると嬉しい。それでは、765プロ劇場のますますの発展を祈念して、乾杯!」

 

 

 

『乾杯!』

 

 

 

「ところで静香ちゃん、『発展を記念』ってどういう意味なんだろ?」

 

「発展祝い! ってこと?」

 

「……未来、翼、多分貴女たちが思い浮かべている漢字は間違っているわ……」

 

 

 

 夕方となり、765プロ劇場の屋上でバーベキューが始まった。

 

 部外者として異例の参加をすることになった俺とりんだが、既に半数どころか三分の二近くが『遊び人のリョーさん』として知り合っており、ついでにそのうちの半分近くが俺が『周藤良太郎』だということを正しく認識しているため、正直アウェイ感は全くない。

 

 まだ直接会ったことがなかった子たちも、一応俺のことは『アイドル好きの変な人』であり『なんか怪しいけどとりあえず芸能界でそれなりに偉い人』だということがプロデューサーさんたちによって説明済みである。間違ってないけど、イチイチ『変な』とか『怪しい』とか注釈しなくてもよかったのではないだろうか。

 

「改めて周藤君、去年のことはありがとう」

 

「いえ、あれはこっちの事情も便乗させてもらった結果ですから、お礼なんて」

 

 プロデューサーさんと缶ビールで軽くぶつけ合う。今日の仕事は終わっているため、彼も飲むらしい。

 

「寧ろ大丈夫でしたか? あっちの名前の影がチラついて、色々と言われませんでした?」

 

「まぁ少し勘ぐられたことはあったけど、曲がりなりにも劇場(うち)だって()()()だからね」

 

「あぁ、なるほど」

 

 最近出てきたばかりのアイドルに対して、というよりは元々旧知のアイドル事務所に対する手助けだと思われているらしい。以前から765プロの面々と交友を深めていた恩恵がこんなところで現れるとは思っていなかった。

 

「そうだ、君にお礼っていう話だったら、俺だけじゃなくて静香からもあるんだった」

 

「静香ちゃんから?」

 

「っ! そうでした」

 

 ちょっとだけ離れたところで未来ちゃんと一緒にりんと話をしていた静香ちゃんだったが、プロデューサーさんの言葉が聞こえたらしくてハッとなってこちらへやって来た。何事かとりんと未来ちゃん、ついでに近くにいた千鶴も近付いて来る。

 

「私、周藤良太郎さんにお礼が言いたかったんです」

 

 俺に?

 

「私は、周藤良太郎さんのおかげで――」

 

 

 

 ――私はアイドルを続けることが出来ます、と。

 

 

 

「「「……え?」」」

 

 俺とりんと千鶴の声が重なった。千鶴は同じ事務所でも知らなかったらしく、逆にプロデューサーさんと未来ちゃんは既に聞いていた話のようだ。

 

「え、えっと……ど、どういうこと?」

 

「……リョーさんはご存じなかったかもしれませんが、本当は私、父と『高校受験が始まる三年生になったらアイドルを辞める』っていう約束をしていたんです」

 

 リョーさんとしては聞いていないが、周藤良太郎としては千鶴たちから事情を聞いているので知っている。そしてそれをなんとかしようと色々と考えていたのだが……。

 

「もしかして、あのクリスマスの一件でお父さんが考え直してくれた……とか?」

 

 だからその企画を進めた『周藤良太郎』にお礼が言いたい、ということなのだろうか。

 

 しかし静香ちゃんは「そうじゃなくて」と首を横に振った。

 

 

 

「正確には、()()()()()()()()()()()のおかげなんです」

 

 

 

「「「えっ!?」」」

 

 再び重なる三人の声。なんでそこで俺の親父が出てくるんだ……?

 

「実は偶然、父と周藤さんのお父様が一緒に仕事をする機会があったそうなんです」

 

(……良太郎、貴方のお父様のお仕事って確か……)

 

(……ざっくり言うと外資系)

 

 海外の本社を拠点として仕事をしているため、基本的に日本にいない。例え仕事で短期間帰国する場合でもそれを母さんに連絡しないわけがないので知らない内に帰って来ていたということもありえない。となると、リモートでの会議とかその辺りかな?

 

「その時の軽い雑談の中で、周藤さんのお父様に『息子たちが何億も稼いでいては、働き甲斐がないんじゃないですか?』という不躾な質問をしてしまった方がいたそうです」

 

「それは……確かに失礼な質問ですわね」

 

 千鶴が不快感を隠そうとせずに眉を歪めた。

 

「そのとき、周藤さんのお父様が笑いながらおっしゃったそうです」

 

 

 

 ――確かに息子たちは立派に自立しています。きっと私よりも何倍も立派です。

 

 ――けれど、もしも何かあったら、そんなことを考えてしまうんです。

 

 ――何もかもを失ってしまうような、何かが起こってしまったら。

 

 ――『アイドル』というのはきっとそんな仕事です。

 

 ――そんなときに『親』は『子』から頼られる相手でいるべきだと、私は思うんです。

 

 ――例え何があっても『子』のために何かをしてあげられる存在でいたいんです。

 

 ――通り越し苦労ならそれで構いません。

 

 ――それだけで私は、子どもたちの活躍を安心して見ていられるんです。

 

 ――私も妻も、いつまでも愛する我が子たちのために、苦労していたいんです。

 

 

 

「……それが子どものために出来ることだと、おっしゃったそうです」

 

「………………」

 

「……相変わらず立派なお父様ですわね」

 

「……あぁ」

 

 帰国するたびに空港まで迎えに来た母さんと抱き合ってクルクル回って周りに迷惑をかけている人間と同一人物とは思えないけど、言ってることは確かに立派だったし……とても嬉しかった。

 

「そんなお話を聞いて何か思うところがあったらしくて、父は改めて私と話し合いの場を設けてくれたんです」

 

 それは「本当にアイドルを続けるつもりなのか?」という静香ちゃんに対しての最終確認だったらしい。

 

「そこで父は私に『出来る限り失敗の少ない道を進ませたかった』という本音を教えてくれました」

 

 ()()()()()道、()()()()()()()道なんてものは存在しない。しかし()()()()()()道は、探せばいくらでもあるだろう。子にそこへ進んでもらいたいと親が考えるのは、きっと間違いではない……それが子の意志に反していなければ。

 

「……私は、絶対にトップアイドルになります。その道を進むと決めました」

 

 

 

 ――……分かった。

 

 

 

 静香ちゃんの決意に対して、彼女の父親はそう言葉少なく頷くと、それ以上何も言わなかったらしい。

 

「父は認めてくれたんだと思います。いえ、きっと認めてはくれていないのかもしれませんが……それでも、私の心が折れる何かがあるそのときまで、期間を延長してくれたんだと思います」

 

「……そっか」

 

「だから、お礼が言いたかったんです。間接的とはいえ、私は周藤良太郎さんに自分の夢を守って貰ってしまったんですから」

 

 ここで「そんなことはないよ」……と言えるのは、周藤良太郎本人だけだろう。

 

「分かった、伝えておくよ」

 

「こんな伝言を頼むような真似をして申し訳ありませんが、よろしくお願いします」

 

 ……それにしても、まさか俺じゃなくて親父が静香ちゃんの問題を解決してしまうとは。

 

(これでも結構意気込んでたんだけどなぁ……)

 

(まぁまぁりょーくん、結果オーライってことで)

 

 肩透かしを食らった気分でちょっぴりガッカリしていると、そんな俺の機微に気付いたりんがクスクス笑いながらチョイチョイと俺の頬を突いてきた。

 

 ともあれ、これで未来ちゃんと静香ちゃん、そしてニコちゃんが抱えていた問題はほぼ解決したとみなしていいだろう。去年から続いていたミッションは無事コンプリート。一件落着だ。

 

(……本当は、全部終わったらそろそろネタバラシするつもりだったんだけどな)

 

 つまり『周藤良太郎』としての正体バレなのだが、なんかそれをする雰囲気ではなくなってしまった。

 

 しかしこのまま『遊び人のリョーさん』で通すのも悪くないような気がしてきた。一部のアイドルは俺のことを知っているし、一応芸能界の人間としてある程度の信用は得ることが出来たはず。……出来たはず。それならば無理に正体バレする必要もないだろう。

 

 

 

 今回は珍しく正体バレなしで幕引き――。

 

 

 

「リョーさん! ちょっと眼鏡外してみませんか!?」

 

 

 

 ――……んんー!?

 

「え、どうしたの未来ちゃんいきなり」

 

 突拍子もなくそんなことを言いながら、未来ちゃんが翼ちゃんを伴って突撃してきた。

 

「あのね! リョーさんって名前だけじゃなくて見た目も『周藤良太郎』に似てるなって、翼と話してたんです!」

 

「私はぜーったいに似てないって思うんだけど、未来が似てるっていうから!」

 

「似てるって! 眼鏡外したら絶対に似てるって! ねっ!? 静香ちゃんもそう思わない!?」

 

「えぇ? そんなこと……ん? いや、似てる……ような……?」

 

「ほらー!」

 

 ……そうか、未来ちゃんと静香ちゃんは去年レッスンスタジオで『周藤良太郎』と会ってるから、認識阻害が薄まってたのか。

 

「というわけでリョーさん、私と静香ちゃんの予想が当たっていることを確認するために!」

 

「ぜーったいに似てないもん!」

 

「……ちょ、ちょっと気になります」

 

 ズイズイと女子中学生三人に詰め寄られて後退る俺。絵面的にも色々とマズい状況になっているが、何故かこういう状況で真っ先に助けてくれるりんが何のアクションも起こさなかった。

 

「……いひひっ」

 

 あぁ!? こんな状況に限ってりんの悪戯心が芽生えてしまっている!? なんてタイミングだ! チクショウその表情可愛いじゃねぇか!

 

「隙ありぃ!」

 

 あっ! ちょっ! アーッ!

 

 

 

「「「……えっ」」」

 

 

 

 ……その日、夕闇が迫る空の下、765プロ劇場の屋上で少女たちの叫び声が次々と連鎖していったらしい。

 

 まぁ、なんだ。

 

 世はなべてことも無し。へーわへーわ。

 

 

 

 

 

 

「アレ!? なんか私たちのあずかり知らぬところで重大なイベントがあった気がする!?」

 

「いきなり何を言ってるんだお前は……」

 

「ツバサちゃん、早く麗華さんからのレポート仕上げないとレッスンの時間になっちゃうわよ~?」

 

 

 

「……ようやく、ここがスタートね」

 

 

 

 

 

 

 アイドルの世界に転生したようです。

 

 第七章『Thank you!』 了

 

 

 




・「初手ターンエンド!?」
うらら三枚増G二枚……完璧な手札だ()

・半数どころか三分にニ近く
数えてみたら37人中22人だった。

・「周藤良太郎さんのお父様のおかげなんです」
【悲報】どうやら最後の見せ場を父親に取られた主人公がいるらしい【役目零】

・「ちょっと眼鏡外してみませんか!?」
【速報】連載七年目にしてついに力業を試みるアイドルが現る【この手に限る】



 静香ちゃんの家庭の問題は流石に良太郎が直談判するわけにもいかず、良太郎の父親経由で間接的に解決となりました。父親を説得できるのは父親目線だけですからね。

 ……いや、良太郎がいなかったらこういうことにならなかったし、良太郎のお陰には変わらないから(震え声)

 というわけで、丸々二年の連載を経てミリマス編完結です。ラストは若干オチが弱かったような気もしますが、ピークが静香とニコの闇辺りだったから……。

 アライズのことも含め、まだ描き切れていないアレコレは次章以降に続いてきます。良太郎の設定アレコレは作品全体のテーマというか主題なので……これ書き切っちゃったらアイ転終わっちゃうので……。



 いつもならばここで次章の予告を書いて幕引きなのですが、今回は次章の設定が固まり切っていないのでまだ公開できません。ニ三話ほど番外編を挟みつつ次章の準備を進めていきますので、もうしばらくお待ちください。

 その代わりと言っては何ですが次章のテーマを三つほど公開して、今回の締めとさせていただきます。

 これからもアイ転をよろしくお願いします!






 アイドルの世界に転生したようです。

 第八章のテーマは……。



 『876プロ』!

 『SideM』!

 『全 事 務 所 総 出 演』!



 風呂敷は広げてなんぼじゃーい!!!

 何年かかっても畳んでやるわーい!!!


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番外編70 朝比奈りんは恋人である

何故本編でやらなかったシリーズ。


 

 

 

 諸事情によりそこへと至る経緯は省かせてもらうが、IEの最終決戦の前夜、俺は朝比奈りんからの熱烈(ぶつりてき)な愛の告白を受け、彼女からの好意に気付いた。具体的には青痣がくっきりと残るレベルのグーパンチによって。

 

 

 

『恋人に、いずれ妻に、貴女と共に生涯を』

 

 

 

 そんなプロポーズをしたのは、俺からだった。

 

 りんは涙を流し、しかし今までの人生で見てきたものの中で一番素晴らしい笑顔で受け入れてくれた。

 

 

 

 こうして『周藤良太郎』と『朝比奈りん』は、恋人となった。

 

 

 

 

 

 

 それはIEの余波がまだまだ冷めやらぬ、とある平日の朝食の場でのことだった。

 

「母さん、兄貴、早苗ねーちゃん、報告したいことがあるんだ」

 

「なーに?」

 

「どうした」

 

「何かあった?」

 

 

 

「恋人が出来た」

 

 

 

「「ぶーっ!?」」

 

「わー! リョウ君、ほんとー!? おめでとー!」

 

 兄夫婦が揃って飲んでいたものを吹き出してリビングに虹を作る中、相変わらずマイペースなリトルマミーがパチパチと手を叩いて祝福してくれた。

 

「ねぇねぇどんな子どんな子ー? お母さんも知ってる子ー?」

 

「今度ウチに連れてくるからそこで紹介するよ。楽しみにしててくれ」

 

「わー楽しみだなー! お母さん、ご馳走作っちゃうから前もって教えてねー」

 

「「待て待てまてマテマテ!?」」

 

 ここでようやく兄貴と早苗ねーちゃんからの待ったコールが。大分咽ていたから時間がかかったようだ。

 

「恋人!? お前に恋人!?」

 

「いつもの冗談!? いつもの冗談よね!?」

 

「実は冗談なんだよHAHAHA! ……なんて言うとでも思ったかバカめ!」

 

 揶揄ったら「バカ」と言ったことが気に食わなかったらしくて思いっきり頬を抓られた。痛い。特に左頬はまだ微妙にりんに殴られた跡があるから余計に痛い。

 

「……ほ、本当なんだな? 本当に、恋人が出来たんだな?」

 

「だからそうだって言ってるじゃん。そんなに信じられないか?」

 

「「信じられない」」

 

 この兄夫婦、さっきから同じことしか言わない。

 

「だってデビューする以前から女の子からの好意に一切気付くことのなかったお前に、いきなり恋人が出来るとは思えないんだよ」

 

「そーそー。昔からアンタのことが気になってた女の子、それなりの数いたのよ?」

 

 マジで?

 

「バレンタインで義理チョコしか貰えたことないんだけど」

 

「アンタ、義理チョコが本当に全部義理チョコだと思ってたの?」

 

 むつかしいことよくわかんない。

 

「とにかく、恋人が出来たことは事実だ。先に言っとくけど妄想とかそういう類の話でもないぞ。しっかりと連れて来るって言ってるんだから、実在する女性だ」

 

「……そうか」

 

 ようやく信用する気になったらしい兄貴が、至妙な面持ちで先ほどからずっと手にしたまま下ろすことを忘れていたマグカップを机に置いた。

 

「……トップアイドルのプロデューサー兼芸能事務所の社長としては喜ぶべきではないのかもしれないが……家族として、お前にそういう相手が出来たことは素直に嬉しいよ。おめでとう、良太郎」

 

「おめでとう、リョウ」

 

「……ありがとう、兄貴、早苗ねーちゃん」

 

 二人の表情からそれが本心だということが分かって、俺は思わずホッとしてしまった。

 

 恋人のことに、否定的なことを言われるとは思っていなかったが、それでも少しだけそれが気がかりでもあった。少しでも嫌な顔をされたらどうしようかとも考えたが、それも通り越し苦労に終わったようだ。

 

「……で? 結局本当に誰なんだよ、お前の恋人」

 

「いつも通り、六行空白挟んで場面転換してから教えるわ」

 

「は?」

 

 

 

 

 

 

「というわけで、恋人のりんだ」

 

「せ、せせ、先日からりょーくんのここここ恋人やってます! 朝比奈(あしゃひな)りんです!」

 

 若干強引に場面転換して、後日。改めて時間を取った俺は、りんを家族へと紹介するために自宅へと連れてきた。

 

 対面するメンバーは、今朝と同じ母さんと兄貴と早苗ねーちゃん。あと母さんの意向で一応父さんも写真だけで参加しているが、絵面が完全に故人である。リビングの片隅にお父祭壇が作られているので今更だけど。

 

「わー! りんちゃんだったんだねー! うんうん! リョウ君とお似合いさんだよー!」

 

「あ、ありがとうございます……!」

 

 喜色満面の笑みで歓迎するリトルマミーに、りんは恐縮しつつやや縮こまっていた。

 

「……そうか、りんちゃんだったか……」

 

「意外だったか?」

 

 そう尋ねると、兄貴は「まさか」と首を横に振った。

 

「朝比奈のりんちゃんだったら予想の範囲内だったよ。流石に渋谷の凛ちゃんを連れてこられたら椅子ごと後ろにひっくり返ってたけど」

 

「流石にそれだけはないって」

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「ひゃっ!?」

 

「うわっ!? しぶりん!? 中身入ってなかったとはいえ、なんで今いきなり紙コップ握り潰したの!?」

 

「いや……なんか、イラッとした」

 

 

 

 

 

 

「ちなみに、他は誰とか予想してたの?」

 

「可能性がありそうだと思ったのは、麗華ちゃんとか律子ちゃんとかだな」

 

 なんだその俺のハートを射止める前に息の根を止めに来そうな人選は。

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「……麗華? いきなりどうしたの?」

 

「ともみ……なんかいきなり『ありえるわけないだろ』ってイラってした……」

 

「なんの電波?」

 

 

 

「………………」

 

「……律子さん? いきなりどうしたんですか?」

 

「小鳥さん……なんかいきなり『ありえるわけないでしょ』ってイラってして……」

 

「な、なんの電波ですか……?」

 

 

 

 

 

 

 さて、元々お互いに顔見知りだったということもあり、りんと俺の家族の顔合わせは滞りなく進んだ。

 

 前もって連絡しておいたから、母さんは宣言通りに大量の料理を用意しておいてくれた。早苗ねーちゃんの手伝いもあったとはいえ、よくもまぁこれだけの料理を作れたものである。

 

「……さて」

 

 そして料理のお皿を全て空にして、食後のデザートを持ってくると母さんが席を立ったところで兄貴が肘を突いて口元を手で隠す、所謂『ゲンドウポーズ』を取った。

 

「こうして折角りんちゃんも来てくれたのだから、早急に決めなければいけないことを話し合いたいと思う」

 

 早急に決めなければいけないこと?

 

「……入籍日、とか?」

 

「や、やだもうりょーくんってば……そ、それはお互いの活動が落ち着いてからって……」

 

「そーゆーのは一回後回し! いやそれはそれで間違ってないんだけどそうじゃない!」

 

 違ったらしい。

 

 

 

「『周藤良太郎』の恋人の存在を()()()()()()()()()って話だ」

 

 

 

「……え、公表するの?」

 

 兄貴の口から発せられた言葉の内容が予想外だったため、思わず呆気に取られてしまった。そこは『何が何でも隠し通せ』って念を押すところじゃないのか?

 

「勿論それが出来るのであればそれに越したことはない。だが現実的なことを考えるとそれは不可能だろう。ただでさえお前たちはプライベートだけでなく仕事の現場でも一緒になることが多い。不測の事態が起こったときのことを考えると『誰も知らなかった』よりは『知っている人がいる』方が何かと都合がいい。それにお前たちだってデートぐらいしたいだろ? そういうときに話を合わせてくれる協力者がいた方が便利だろう。あと秘密を共有してくれる人が多い方がお前たちも気が楽だと思うぞ」

 

「長い。三行で」

 

「ある程度周りに知られてた方が秘密にしやすい。

 口裏合わせてくれる協力者になってもらえる。

 その方がお前たちも気が楽」

 

「本当に三行に収まった……」

 

 なるほど、確かに言われてみればその通りだ。

 

「とりあえず今ここにいる周藤家の三人……あ、親父も入れれば四人か」

 

 そういえばまだ親父に話してないな……早苗ねーちゃん以上に血が繋がった家族のはずなのに……。

 

「あとはそうだな……お互いの事務所の人間は知っておいた方がいいだろうな」

 

「つまり123と1054か」

 

「ウチは麗華とともみと……あとはマネージャーぐらいかな。それ以外は事務所っていうか財閥の人間だから」

 

 123はともかく1054はかなりの人がいるように思われているが、芸能部門に限定すれば実は殆ど人がいなかったりする。元々麗華が『魔王エンジェル』のためだけに東豪寺財閥の中に立ち上げた部署だもんな。

 

「123はジュピターの三人と五人娘と、あとは留美さんだな」

 

「……そっか、まゆにも話しておいた方がいいわよね」

 

「りん?」

 

「んーん、何でもないよ」

 

 何故かまゆちゃんの名前を呟いたりんだったが、しかし気にすることはないと首を横に振った。お互いに『周藤良太郎』のファンとして中々語気強めではあるが楽しそうに話していたところを何度か見たことあるが……。

 

「あとはそうだな、外部の信頼できる人にも知っておいてもらった方がいいだろう。業界内外でそれぞれいてもいいな」

 

 ふむ、業界内外となると、一組はプライベートでの知り合いか。

 

「俺とりんの共通の知り合いってことも加味すると、恭也たち高町家にも話しとくべきだろうな」

 

 あとついでに俺たち共通の友人であり恭也の(暫定)嫁でもある月村にも。この辺りが俺たちのことを知ってくれていれば色々と協力してくれることだろう。

 

「あと業界内で信頼が出来るとなると……」

 

「まぁ、高木さんや律子ちゃんがいる765プロだろうな」

 

「そこが無難だな」

 

 765プロはそれこそ彼女たちが活躍する以前、もっと言うなら彼女たちが在籍する以前からの知り合いだ。高木さんもりっちゃんも所属アイドルのみんなも、俺に恋人が出来たからと言って周りに言いふらすなんて不利益な行動をする人物はいないだろう。

 

「……美希」

 

「ん? りん?」

 

「だから何でもないよー。……うん、なんでもない」

 

「……そっか」

 

 またしてもりんは首を横に振った。事情はよく分からないが、りんにも色々と思うところがあるのだろうか。

 

「どうする? 俺が123プロ公式の文書として連絡してやってもいいが」

 

「我ながら大事だとは自覚してるけど、それでも結局は俺の恋人のことだ。俺から直接連絡を入れるよ」

 

「……そうか」

 

 

 

 かくして『周藤良太郎に恋人が出来た』という衝撃の事実が一部の関係者に明かされることとなるのだが。

 

 それにより生じた新たな混乱は……また別のお話。

 

 

 

 えええぇぇぇえええぇぇぇえええぇぇぇ!!!???

 

 

 




・「恋人が出来た」
周藤良太郎、第一の爆弾!

・どの程度公表するか
こうして高町家と765プロ組は知ることとなる。

・まゆと美希
それは彼女が認めていた二人。



 というわけで本編終了後にようやく良太郎が恋人バレしたときの話です。本編でやるほどの長さが無かったため後回しになっていました。

 あと一話ほど続きます。次回は周りの反応集的なお話。


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番外編71 あなたはだぁれ? 前編

今更こんなネタである。


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 

 

 

 前略。

 

 なんか頭打って記憶が無くなった。

 

 

 

「導入が雑だなぁ!?」

 

 なにやら叫んでいるこの人は、なんでもオレの兄らしい。確かにチラッと鏡で見たオレの顔とよく似ている気がする。……っていうか、導入って何?

 

「……本当に覚えてないんだな?」

 

「残念ながら」

 

 とても不思議な感覚だった。こうしてきちんと会話は出来るし、今自分がいるのが病院のベッドの上だということも知識として理解している。しかし自分の名前も、こうしてここにいる理由も、それら全てが分からないのだ。

 

 分かることと言えば、鏡に映る自分の頭には痛々しく包帯が巻かれていることから頭を怪我したことと、身体の節々がちょっとだけ痛むこと、なんとなく視界がボヤけるような気がするから視力がよろしくないことだけだった。

 

「その割には、やたら落ち着いてるな……」

 

「実感湧かないんですよね」

 

 思い出そうとすればするほど自分の頭の中に何も残っていないことがよく分かるのだが、それでも不思議と焦りはなかった。

 

「とりあえず、どうしてオレはこんな状況になったのかを教えてもらっていいですか?」

 

「あぁ、勿論。……その前に、敬語はヤメていいんだぞ」

 

「分かった。さっさと話せ」

 

「落差ぁ!」

 

 ダメだったらしい。

 

 そもそも記憶がない以上、距離感が掴めないからやっぱり敬語の方がいい気がする。

 

「いやお前本当に記憶ないんだよな!? 普段のお前と話してるときと同じ感覚なんだが!?」

 

「だから覚えてないんですって」

 

 

 

 兄上説明中。

 

 

 

「……つまりオレは車に撥ねられそうになった子どもを庇って……」

 

「あぁ」

 

「そうですか……代わりに撥ねられて、強く頭を打ったんですね」

 

「いや、そうじゃなくて」

 

 え?

 

「子どもを抱えたままボンネットの上を転がって車との直撃は免れたんだが、そのまま急ブレーキがかかったことで慣性の法則に従って前方にふっ飛ばされて、そこで地面に強く頭を打ち付けたんだ」

 

 オレそんなスタントみたいなことしたの!?

 

「普段のお前だったら受け身ぐらい取れたんだろうが、生憎子どもを抱えたままだったからそれも難しかったらしい」

 

「そ、そうなんですか……」

 

 兄さんの口ぶりからすると、どうやらオレ一人だけだったら車に撥ねられても平気だった可能性があるらしい。

 

「あの、オレって一体何をやってた人間なんですか……?」

 

「え? ……あぁ、そうか。今のお前は、それも忘れちゃってるんだな……」

 

 自分の身体能力の高さに驚いてそんなことを尋ねてみると、何故か兄さんは悲しそうな表情を浮かべた。

 

「周藤良太郎、お前はな。その徹底的に鍛えられた身体能力を十全に生かして……」

 

「生かして……?」

 

 

 

「トップアイドルとして活躍していたんだ」

 

「嘘でしょ……!?」

 

 

 

 え、アイドル!? それこそ本当にスタントマンとか、消防士とかそういう身体を張った職種の人間だと思ってたのに、アイドル!? しかもトップアイドル!?

 

「え、オレ本当にアイドルなんですか!?」

 

「あぁ、しかもただのアイドルじゃないぞ。正真正銘、世界一のトップアイドルだ」

 

「世界一!? え、ちょっ、オレの眼鏡ありますか!?」

 

 兄さんが差し出してくれた眼鏡をかけ、壁にかかっている鏡に視線を向ける。そこには当然オレの顔が映し出されていた。

 

 ……記憶がないため当然客観的な評価になるのだが、見てくれは確かに悪くないと思う。

 

 しかし自分がアイドルだとはとても信じられない。つまりステージの上で歌って踊りながら、ファンに笑顔を振りまいて……笑顔を、振りまいて……?

 

「……記憶喪失以外にも障害が残ってるらしいです」

 

「なにっ!?」

 

「表情が……笑顔が……作れません……!」

 

「あっ、それデフォルト」

 

「デフォルト!?」

 

 無表情がデフォルトってどんなアイドル!? しかもそれで世界一!? そんなアイドルいるの!? そんなアイドルが世界一になれるの!?

 

「それは世界中の人間が一度は抱いた疑問だが、それら全てをなぎ倒してお前は世界一になったんだ。それだけは紛れもなく事実なんだ」

 

「そ、そうなんですか……」

 

 一瞬この人の嘘かとも疑ったが、こんないかにも嘘みたいなことを本当のことだと嘘つく理由もないだろうし、やっぱり本当のことなんだろうな……。

 

「ん?」

 

 コンコンというノックの音。閉められたドアの向こうからはやや荒い息も僅かに聞こえており、どうやら怪我をした俺の様子を見に来てくれた人がいるらしい。

 

「どうぞ」

 

 オレの代わりに兄さんが応えると、ドアが開いて勢いよく二つの人影が飛び込んできた。

 

 

 

「りょーたろーさん! 大丈夫なの!?」

 

「良太郎さん! 大丈夫ですかぁ!?」

 

 

 

「っ」

 

 ゆるふわっとした金髪の少女と、ボブカットにカチューシャを付けた茶髪の少女。共に美少女としか形容出来ないほど、とても可愛い少女だった。

 

「は、はい、えっと、その……い、一応大丈夫……らしいです、身体は」

 

「よ、よかったの……」

 

「良太郎さんにもしものことがあったら、まゆは、まゆはぁ……」

 

 よっぽどオレのことが心配だったらしく、オレが無事であることを知ると二人とも安堵していた。息が荒いところを見ると、かなり急いでオレのところまで来てくれたらしい。

 

「……まさかこんな美少女二人から好意を受けていたなんて、よっぽどオレは幸せ者だったんですね」

 

「「「っ!?」」」

 

 思わず呟いてしまったそんな言葉に、美少女少女二人だけでなく兄さんまでもがギョッと目を向いて驚愕の表情を見せた。

 

「りょ、良太郎、お前……!?」

 

「……なんかオレ、マズいこと言っちゃいました……?」

 

「ひ、人からの好意が分かるようになったのか!?」

 

「どーゆーこと!?」

 

 兄さんの口ぶりからすると、記憶を無くす前の俺は『人からの好意が分からなかった』みたいなんだけど!?

 

「いやいや、こんな可愛い子たちが目に涙を浮かべながら無事を喜んでくれてるんだから、そりゃあそれなりの好意を持ってくれてるぐらいちょっと考えれば分かるでしょ」

 

「そのちょっと考えれば分かることが以前のお前は分かってなかったんだよ……」

 

 まさかそんな、アニメや漫画の難聴系主人公じゃあるまいし……。

 

「そんなことより、りょーたろーさん!?」

 

「強く頭を打ったってお話を聞いてましたが、も、もしかして……!?」

 

 ……そうだな、そのこともキチンと説明してあげないとな。

 

 

 

 兄上説明中。

 

 

 

「「き、記憶喪失……!?」」

 

「お医者さんの見立てでは一時的なものらしいが……」

 

 兄さんの説明を聞いて、少女二人は顔を青褪めていた。

 

「ほ、ほんとーに……? ほんとーにミキのこと、忘れちゃったの……?」

 

「……ごめんなさい」

 

 頭を下げて謝罪すると、星井美希と名乗った金髪の少女はフラリとその身体をよろめかせる。危ないと思い手を伸ばそうとするが、そうなることを予想していたように兄さんが美希ちゃんの身体を後ろからそっと支えた。

 

「……そうなんですねぇ」

 

「君も……えっと、まゆちゃんも、ごめんなさい」

 

 佐久間まゆと名乗った茶髪の少女にも謝罪すると、彼女は「いいんですよぉ」と弱々しく首を横に振った。

 

「まずは良太郎さんが無事でいてくれて、ホッとしているんです。忘れてしまったことは、これからゆっくりと思い出していけばいいんですから」

 

「まゆちゃん……」

 

 まゆちゃんが優しくオレの手に触れた。そんな仕草と言葉で、オレは本当にこの子から愛されていたんだなと、そう強く感じた。

 

「でも、これだけは知っておいてください」

 

 まゆちゃんはキュッとオレの手を握ると、優しくニコリと微笑んだ。

 

 

 

「まゆは、良太郎さんの恋人なんです」

 

 

 

「ちょっとまゆ何言ってんのおおおぉぉぉ!?」

 

「……やっぱり、そうだったんだね」

 

「やっぱりって何りょーたろーさん!? 違う違う! 全然違うの!」

 

「え、違うの?」

 

 まゆちゃんから向けられる視線とか、距離感とか、恋人に対するそれっぽく感じたんだけど、美希ちゃんは力強く否定した。

 

 どういうことなんだと首を傾げていると、まゆちゃんは美希ちゃんに強引に首元を後ろに引っ張られてグエッという女の子としてはちょっとアレな声をあげた。

 

 

 

「ちょ、ちょっと何するんですか美希ちゃん!」

 

「それはこっちのセリフなの! どさくさに紛れてまゆはなんてこと言い出すの!?」

 

「なんのことですかぁ? まゆ、別に変なこと言ってませんよぉ?」

 

「そもそも『まゆは恋人になりたかったわけじゃないですからぁ』って言ってたの! あれは嘘だったの!?」

 

「やせ我慢に決まってるじゃないですかぁ!」

 

「言い切ったの!?」

 

「そんなもんなれるならなりたいに決まってるじゃないですかぁ! 恋人ですよ恋人! 良太郎さんの恋人! 美希ちゃんはなりたくないんですかぁ!?」

 

「なりたいに決まってるの!」

 

 

 

「……えっと、あの二人は一体何をやってるのかな……?」

 

 突然取っ組み合い(と呼ぶにはやや可愛らしいもの)を始めた二人を指差し、少なくともオレよりは今の状況を理解していそうな兄さんに解説を求める。

 

「……多分、あれだな、本編で描こうとするとシリアスになりすぎるから、番外編の方で発散させようっていう神様の意志だな」

 

「番外編……? 神様の意志……?」

 

 結局言っていることがよく分からない。

 

「……結局、まゆちゃんがオレの恋人なの……?」

 

「嘘なの!」

 

「いいえ本当です! ()()()()()ということです!」

 

「……ど、どういうこと?」

 

 

 

「つまり! 二人とも良太郎さんの恋人ということです!

 

 

 

 ……なん……だと……!?

 

 

 

「ま、まゆ……!?」

 

(美希ちゃん、忘れちゃいけません、この件に関して一番の強敵は私たちお互いじゃないんです!)

 

(っ! た、確かにそうなの……!)

 

(だからここは共同戦線を張りましょう! どうせ良太郎さんの記憶が戻るまでの間、もしくはりんさんにバレるまでの間なんですから、短い期間に吸えるだけ甘い蜜を吸うんです!)

 

(て、天才! まゆは天才なの!)

 

 何やら二人がゴニョゴニョと話しているが、まゆちゃんの口から語られた衝撃の事実に動揺してそれどころではなかった。

 

「に、兄さん、今の話は、本当、なんですか……」

 

「………………」

 

 兄さんは何かを深く考えるように目を瞑ると、眉間を軽く指でほぐした。そして数秒間沈黙した後、目を開いた兄さんはそれはもういい笑顔になっていた。

 

 

 

「あぁ、(アイドルにとって)恋人は一人じゃない(っていうスタンスの方が多い)ぞ!」

 

 

 

「……な、なんてことだ……!」

 

 衝撃の事実にオレは頭を抱えてしまった。

 

 記憶を無くす前のオレは、一体どんな人間だったんだ……!?

 

 

 

 

 

 

「ちょっと麗華!? いい加減にアタシも病院に行きたいんだけど!?」

 

「分かってるからマジでもうちょっとだけ我慢してって言ってるでしょ!? これでも急いで終わらせてあげてんだから黙ってて!」

 

(……なんだろう、心配よりも面白そうっていう気持ちが湧いてきた……)

 

 

 




・なんか頭打って記憶が無くなった。
カカロット症候群。

・「こんな美少女二人から好意を受けていたなんて」
ある意味第三者視点になったおかげとも言える。

・二人とも良太郎さんの恋人ということです!
「「「な、なんだってー!?」」」

・愉悦部兄貴
これも全部『周藤の血』ってやつのせいなんだ……。



 久しぶりにギャグ全振りな番外編です。寧ろ今までこんな定番ネタ使わずにやってこれたなっていう感じ。

 当然のように続きます。


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番外編72 あなたはだぁれ? 中編

【悲報】面白くなりそうだから良太郎の記憶喪失続行


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 

 

 

 前回までのあらすじ。

 

 記憶無くす前の俺は恋人が複数いた。

 

 

 

 いやマジでどうなってるんだよ記憶無くす前のオレ。見てくれが悪くないことは鏡を見れば分かるが、それでも平然と複数人の恋人がいていい理由にはならないと思うのだ。アイドルっていうのは、オレの知識以上にモテるっていうことなんだろうか。

 

「はい良太郎さん、あ~ん」

 

「あ、あ~ん」

 

「りょーたろーさん! ミキもミキも! あ~ん!」

 

「あ~ん……」

 

 未だに自分という人間に納得は出来ていないものの、恋人(仮)の二人が剥いたリンゴを口元に差し出してくるので、素直にこれを食べる。

 

 ベッドで身体を起こした状態でその両脇に美少女が二人より添うように座っており、その二人からあーんをされている。自分のことじゃなかったら嫉妬に狂いそうな状況で、正直自分のことだという実感がないから自分への嫉妬に狂いそう。

 

「そ、そういえば兄さん。アイドルの仕事の方は大丈夫なんですか?」

 

 信じられないことだが、表情を全く動かせないにも関わらずオレはトップアイドルらしい。そんなトップアイドルが事故にあって入院して、さらに記憶喪失になってしまっているのだから、色々なところに支障を来たすのではないだろうか。

 

「それなら大丈夫……とは強く言い切れない状況だが、なんとかするさ。お前はそんなことを気にせずに、しっかりと身体を休めてくれ」

 

「……分かりました」

 

 本当は何も大丈夫じゃない状況なんだろうということぐらい、記憶を無くして自分の立場が分からなくなってしまったオレにも理解出来た。しかし兄さんが笑顔でなんとかすると言ってくれたのだから、オレはそれを信じよう。

 

「そういえば二人もアイドルなんだよね? 二人は大丈夫なの?」

 

 そんな会話中もニコニコと笑顔でオレに寄り添い、時たま甘えるように肩に頭を預けていたまゆちゃんと美希ちゃんに尋ねる。なんと二人も俺と同じようにトップアイドルらしいので、実は二人も忙しいところを無理してまで俺のところに駆けつけてきてくれたのではないだろうかと考えたのだ。

 

「「……あっ」」

 

 どうやらオレの考えは当たっていたようで、二人揃って表情が「マズい」と物語っていた。

 

「もしかして、仕事抜け出してきたんですか……?」

 

「ぬぬぬ、抜け出したわけじゃないですよぉ!? そ、その……ちょ、ちょっと休憩時間が長いだけで……」

 

「ミ、ミキも! 実は今日オフなの!」

 

 ウソでしょ。さっきから二人のスマホがティロンティロンとメッセージ受信音を鳴らしまくってるよ。絶対に「戻ってこい」っていうお叱りメッセージでしょ。

 

「心配してくれるのはとても嬉しいです。でもそれで貴女たちの活躍を楽しみにしているファンの皆さんを待たせることになってしまうのは……」

 

「っ、ご、ごめんなさい、良太郎さん……」

 

「ミキ、お仕事行くの……」

 

 シュンとした表情になってしまった二人。結果的に二人を責めているような言葉になってしまい心が痛む。

 

「……そ、その、良太郎さん」

 

「ん?」

 

「え、えっと、ですね……お仕事、いつも以上に頑張ってくるので……」

 

 指をもじもじとさせながら顔を赤らめるまゆちゃん。チラチラとこちらに顔色を窺いながら言葉を選んでいるようだったが、やがて決心したようにキッと目尻を持ち上げた。

 

 

 

「……き、キス! してください!」

 

「!?」

 

 

 

「……も、勿論ほっぺでいいですよぉ」

 

 

 

(日和った……)

 

(日和ったの……)

 

(誰も何も言ってないのに日和った……)

 

 まゆちゃんのこの反応を見る限り、どうやら恋人とはいえ普通のキスはまだしていないようだ。正直オレも記憶がないままでまゆちゃんとキスをするのは何となく躊躇われたからありがたかった。

 

「それでまゆちゃんが頑張れるっていうのであれば」

 

「……えっ」

 

 少し恥ずかしいがまゆちゃんの頬に手を当てて軽く彼女の顔を引き寄せると、反対側の頬へそっと唇を触れさせる。記憶はないが、きっと以前のオレもこんな感じにキスをしていたのだろう。

 

「………………」

 

「はい、お仕事頑張ってきてくださいね、まゆちゃん。……まゆちゃん?」

 

 リアクションがない。恥ずかしいところを頑張ったのに、ノーリアクションはさらに恥ずかしくなってくるから何かしらの反応をしてほしいところなんだけど。

 

「……ふ、ふふっ」

 

 数秒固まったかと思うと、まゆちゃんは怪しい笑みを浮かべながらユラリ立ち上がった。

 

 

 

「まゆはもう、誰にも負けません」

 

 

 

「誰に? 何に?」

 

 やたらと自信に満ち溢れた雰囲気を醸し出したまゆちゃんは「それじゃあ良太郎さん、お大事にしてくださいねぇ」と言い残してオレの病室を出て行った。

 

 よく分からないけど、確かに今のまゆちゃんならば誰にも負けないと思う。何の勝負か分からないし、そもそもアイドルの仕事に勝ち負けがあるのかどうかも分からないけど。

 

「……えっと、美希ちゃんは」

 

「はい、どーぞなの」

 

 当然とばかりに美希ちゃんも自身の頬をオレに向かって突き出してきた。まぁ、して欲しいっていうことなんだろうけど……グイグイと身体を寄せてくるもんだから、胸が、その、当たるんだけど……。

 

 あまり強く意識しすぎないように、美希ちゃんの頬にもキスをする。

 

「はい、これでいいですか?」

 

「……えへへ~、りょーたろーさんにチューしてもらっちゃったの~」

 

 赤くなった頬を両手で抑えてテレテレと笑う美希ちゃん。この反応からするとまゆちゃん同様に美希ちゃんにもキスはまだだったらしい。やっぱりお互いにアイドルだからその辺は色々と弁えてたんだろうな。

 

「それじゃあミキも、お仕事頑張ってくるの! りょーたろーさん、お大事に!」

 

「うん、頑張ってきてね」

 

「うっふふふっ! 今のミキなら、りょーたろーさんの一番をりんさんから奪えるぐらい絶好調なのー!」

 

 最後にとてもいい笑顔で手をフリフリしてから、美希ちゃんも病室を出て行った。

 

 ……ん?

 

「ふぅ、ようやく静かになった。それじゃあ俺も仕事に戻るから、お前はゆっくりと……」

 

「ねぇ、兄さん」

 

「どうした?」

 

()()って誰ですか?」

 

 それはたった今、美希ちゃんが口にした名前だった。そして美希ちゃんの口ぶりから察するに、その人も『オレの恋人』である可能性が高いと考えたのだ。

 

「……察してるだろうけど、その子もお前の恋人だよ。まゆちゃんや美希ちゃんよりも早くお前と恋人になった……な」

 

 なるほど、だから美希ちゃんはりんちゃんを『オレの一番』と称したのか。てっきり序列的な何かが存在するのかと思ってしまった。

 

(……どんな子なんだろうな)

 

 自分の恋人のことなのだから、気にならないわけがなかった。まゆちゃんも美希ちゃんもとても可愛い子で、思わず期待してしまうのは男としてしょうがないと心の中で言い訳する。

 

「ん?」

 

 再びノックの音。それも先ほどと同じように若干荒い、焦ったようなノックの音だった。

 

 再びオレの代わりに兄さんが「どうぞ」と入室を促すと勢いよくドアが開いて、これまた先ほどと同じように少女が飛び込んできた。今度は長い黒髪の少女だった。

 

「良太郎さん!? 大丈夫!?」

 

 まゆちゃんたちと同じように、焦った様子でオレの身を案じる言葉を口にする少女。

 

 ……もしかして。

 

「身体はとりあえず大丈夫です。……ただ、その……」

 

「え、ど、どうしたの……? なんか、喋り方が……」

 

「……実は良太郎、頭を強く打って記憶が混乱してるんだ。俺のことだけじゃなくて、自分のことすら思い出せない」

 

「っ、そ、それって、記憶喪失っていう……!?」

 

 オレの代わりに説明してくれた兄さんの言葉に、少女は「信じられない」とばかりに驚愕に目を見開いて口を抑えた。

 

「そ、それじゃあ、私のことも……!?」

 

「……ごめんなさい」

 

「……ううん。無事でいてくれたのなら、それでいい」

 

 謝ることしか出来ないオレに、少女は「それは貴方の責任じゃない」と首を横に振ってくれた。

 

「改めて、君の名前を教えてほしいです」

 

「……あ」

 

「? 兄さん?」

 

「いや何でもない」

 

 少女に名前を尋ねたら何故か兄さんが一瞬反応したが、すぐに「どうぞ続けて」と笑顔で促された。

 

 

 

「……私は、渋谷凛」

 

 

 

「っ!」

 

 ()()……そうか、この子だったんだ。

 

「私は、良太郎さんの、えっと……」

 

「大丈夫、さっき兄さんに聞きました」

 

「え?」

 

 部屋に入ってきたときから、なんとなくそんな気がしたんだ。オレのことを心配する様子とか、命に別状がないことを知ったときに安堵した様子とか。オレを見る目を見れば、彼女がオレに対して特別な感情を抱いていることは、なんとなく察することができた。

 

 

 

「君もオレの恋人だったんですね」

 

「………………」

 

 

 

「覚えていてあげられなくて、本当にごめんなさい」

 

(え、良太郎さんいきなり何を言い出してるの私が良太郎さんの恋人なにがどうすればそんな結論になるのいやいやないからそーゆーのじゃないから良太郎さんはあくまでも私のお兄ちゃんみたいな存在ってだけであってそうじゃなかったとしてもアイドルとファンの関係にしかならないというかそれだけの感情しか持ち合わせていないというかどうせアレでしょ名前がリンだからりんさんと私のことを間違えてるだけなんでしょはいはい分かってる分かってる所詮その程度の話なんだってあーやだやだそんな簡単なことで私が喜ぶとでも思ってるのそもそも喜ぶわけないじゃんお兄ちゃんの恋人になりたいって考える方が変なわけで当然私だってそんなこと考えるわけない――)

 

「……も、もしかして違った……?」

 

「――もう、何言ってるのさ」

 

 あ、やっぱり間違えて……。

 

 

 

「勿論、私は良太郎の恋人だよ」

 

 

 

「っ! よ、よかった、間違ってなかった……」

 

「ふふっ、焦ってる良太郎、表情が変わらなくてもおかしかったよ」

 

 やっぱりこの子もオレの恋人だったらしい。

 

 

 

(……ヤバい……超面白くなってきたけど、そろそろ仕事に戻らんといかん……だがしかし……いやでも……)

 

 

 




・「……き、キス! してください!」
頑張ったまゆちゃん!

・「……も、勿論ほっぺでいいですよぉ」
もうちょっと頑張れまゆちゃん!

・「勿論、私は良太郎の恋人だよ」
凛ちゃん参戦!



 本当は今話で終わらせる予定だったんだけど、りんと凛ネタを思い出してしまったためにこうなった。もうちょっと続けるのじゃ。


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番外編73 あなたはだぁれ? 後編

王 者 の 風 格


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 

 

 

 前回までのあらすじ。

 

 三人目の恋人が登場。

 

 

 

 

 

 

「へぇ、凛ちゃんはそんなに昔からの付き合いだったんですね」

 

「うん。良太郎の家は昔っからウチの店を贔屓にしてくれてたから。……そんなことより、手が止まってる」

 

「あぁ、うん、ごめんごめん」

 

 凛ちゃんから促され、彼女の頭を撫でることを再開する。オレの膝に覆い被されるように体を預けている凛ちゃんは、クールな第一印象とは裏腹にまるで猫のような愛らしさがあった。

 

「本当に、いつもこんなことやってたの?」

 

「……ううん。実は嘘」

 

「嘘!?」

 

 凛ちゃんが「いつもやってることだから」と言ったから、こうして言われるがままに頭を撫でていたというのに、あっさりと前言を撤回されてしまった。

 

「だっていつもはこんな風に甘えられないから」

 

「……そうだったんだね」

 

 きっと、オレに恋人が三人もいるせいで凛ちゃんには寂しい思いをさせてしまっていたに違いない。

 

「ごめんね、こんなときに余計な我儘言っちゃって」

 

「いや、いいですよ。これからももっと、好きなときに甘えてきてください」

 

 今度はちゃんと自分の意志で凛ちゃんの頭を撫でる。これまでの寂しい思いを拭うように、これからも寂しい思いをさせないようにと心を込めて、可愛い恋人の頭を優しく撫でる。

 

(えっ、凛ちゃん凄いな……この状況であえて()()()()()()とは……! それにいつもの良太郎じゃないからこそ、普段とは違い素直な行動が出来ている……! なんという冷静で的確な判断……ではないな。俺がいること完全に失念してるし、良太郎の記憶が戻ったときのこと何にも考えてないだろコレ)

 

 凛ちゃんの視界に入らないところで兄さんが微笑ましいものを見る目でオレたちのことを見ていた。兄さん、仕事戻らなくていいの?

 

「ねぇ、その敬語は取れないの?」

 

「普段の自分の口調が分からないので、一応誰に対しても無難な言葉を使ってるつもりなのですが……」

 

「いつも私に対しては敬語なんて使ってなかったから、いいよ、普通で」

 

「……こんな、感じでいいのかな?」

 

「うん、そう。それで私の呼び方は『凛』だったよ」

 

「……分かったよ、凛」

 

「よく出来ました」

 

 身体を起こした凛が、手を伸ばしてオレの頭を撫でる。先ほどまでオレが凛にしていたことを、今度は凛がオレにする形になった。

 

「……ねぇ、良太郎、お願いがあるの」

 

「何? 今のオレに出来ることなら、何でもするよ」

 

「……気軽にそんなこと言っちゃダメだよ」

 

「恋人である君のことを忘れちゃったんだから、それぐらいのことでもしないと気が済まないんだ」

 

 凛もそうだが、まゆちゃんや美希ちゃんも、オレのことをとても好いてくれていることは嫌でも分かる。にも拘わらず、オレは彼女たちのことをすっかりと忘れてしまったのだ。例えその原因が事故だったとしても、オレはそれが許せなかった。

 

「……やっぱり、良太郎は『()()()()()』なんだね」

 

「え? もしかして記憶を無くす前のオレってそんな感じじゃなかった……?」

 

「ううん、真面目だよ。いつだって真面目だった」

 

 クスクスと笑う凛。ううむ、気になる……。

 

「それで、凛はオレに何をしてほしいの?」

 

 もしかしてまゆちゃんや美希ちゃんみたいにほっぺにキスだろうか。

 

 

 

「……『好き』って言ってほしいんだ」

 

 

 

「……え? そんなことでいいの?」

 

「うん。そんなことがいいの」

 

 まさか、記憶を無くす前のオレは恋人に好きだとも言っていなかったとでもいうのだろうか……本当に以前のオレは何をやっていたんだ。

 

「凛がそう言うならいくらでも言うよ」

 

「……うん、言って」

 

 凛は姿勢を正してベッドの縁に腰を下ろした。長い髪を耳にかけて少しだけソワソワしている様子が可愛らしくて、思わず微笑みそうになったけどそもそも表情が動かないことを思い出す。我ながら不便な、という不思議な体である。

 

「……凛、オレは凛のことが――」

 

 

 

「あら、楽しそうなことしてるじゃない」

 

 

 

「チッ」

 

「ここで舌打ち出来る根性は嫌いじゃないわよ」

 

 突然聞こえてきた女性の声。どうやら兄さんがドアを開けていたらしく、入口に一人の女性が立っていた。

 

 そのウェーブがかった紫色の長い髪のその女性は、とてもいい笑顔を浮かべていて、しかし一目で『あっ、怒ってるな』ということが分かる雰囲気を滲み出していた。

 

「……別に、これぐらいいいじゃないですか」

 

「そうね、後ろ手に隠してるスマホがなかったらもうちょっとだけ許してあげたかもしれないわね」

 

「持ってるだけですよ」

 

「しっかりと画面に『録音中』って出てんのよ」

 

 病室に入ってくるなり、いきなり凛と険悪な雰囲気になった女性。

 

「………………」

 

 本当は「二人とも落ち着いて」と言うつもりだった。新しく入ってきた女性が何者なのか、どうして不機嫌なのか、どうして凛と仲が良くなさそうなのか、オレには分からないことだらけだった。だから一旦落ち着いて情報を整理する時間が欲しかった。

 

 でも、彼女の姿を見た途端。

 

 オレは、言葉を無くしてしまった。

 

 分からない。記憶がないから分からない。覚えていないから分からない。それでも、彼女の姿から目が離せなかった。とても魅力的で女性的な体つき、意志の強そうな鋭い眼差し、自分という存在に対する自身で満ち溢れていることが分かる彼女は、きっと()()()()()()()()()だと、記憶ではない心の何処かで理解するには十分だった。

 

「……あーあ、やっぱり()()には適わないか」

 

「適いたかったの?」

 

「別に。一回ぐらいそういう気分を味わってみたかっただけ」

 

 ベッドから立ち上がった凛は、まるで悪戯がバレたかのように軽く肩を竦めた。

 

 そして「ねぇ良太郎、聞いて」と何かを耳打ちしようと顔を寄せてきて――。

 

 

 

 ――チュッ。

 

 

 

「っ」

 

「嘘ついてゴメンね、お兄ちゃん」

 

 オレの頬にキスをすると、凛ちゃんはそのまま何事も無かったかのように「お大事に」と言い残して病室を去っていった。

 

 

 

「「………………」」

 

 いつの間にか兄さんもいなくなっており、病室にはオレと紫髪の女性だけが残された。

 

「……そんな……」

 

 しかし今はとても重要なことを知ってしまい、オレは一人打ちひしがれていた。

 

 

 

「……まさか妹を恋人にしてしまっていたなんて……!?」

 

「りょーくん、そこを中途半端に信じちゃうの!?」

 

 

 

 オレは一体なんて罪深いことを……と頭を抱えていたのだが、紫髪の女性が「違う違う!」と慌てた様子でそれを否定した。よかった……。

 

「そ、それで、その……」

 

 凛が本当はオレにとっての誰だったのかは一先ず置いておいて、今目の前にいる女性へと意識を向ける。

 

 当たり前のようにオレの病室に入ってきて、そして凛も兄さんも何も言わなかったところから察するに、彼女も間違いなくオレの関係者だということだろう。

 

 

 

「結婚してください」

 

 

 

「……え?」

 

「……えっ!?」

 

 女性が驚き目を丸くしているが、オレがオレ自身に驚愕していた。

 

 オレは「貴女は誰ですか?」と尋ねようと口を開いたのだが、何故か求婚していたのだ。

 

「……ぷっ、あははははっ!」

 

 自分自身の言動の意味が分からずに混乱していると、呆気に取られていた女性がいきなりお腹を抱えて笑い出した。確かに突然求婚なんてされようものなら笑うしかないだろう。対するオレは正直色々な意味で泣きたい。

 

「あー笑ったぁ……そっかそっか、()()()()()()()とか()()()()()とか、そういうことを一切考えなくてよくなった場合、りょーくんはアタシに対してそーゆー感情を持ってくれてるってことなんだね」

 

「ど、どういうことですか……?」

 

 彼女は何かを察しているようだったが、オレにはオレのことがさっぱり分からなかった。

 

「……ねぇ、りょーくん。りょーくんは、アタシのこと、分かる?」

 

「……分かりません」

 

 勿論分からない。記憶を無くしてしまっているオレは、当然彼女の姿に見覚えがない。例え名乗られたとしても聞き覚えはないだろう。きっと何度も会っているはずなのに、彼女とした会話も、何もかもを思い出すことができない。

 

 でも。

 

「もっと一緒にいたいって、思うんです」

 

「……アタシもだよ。アタシもずっとりょーくんと一緒にいたい」

 

 そっと近づいてきた彼女は、優しくオレの頭を抱えるように自身の胸元に引き寄せた。ビックリするぐらい大きくて柔らかい胸元に顔を埋めることになり……しかし、ドキドキするよりも驚くぐらい安らいでいる自分がいた。

 

「大丈夫、もし思い出せなかったとしても、もう一度やり直せばいいだけなんだから」

 

「……いいのかな」

 

「いいんだよ。だって――」

 

 

 

 ――アタシはりょーくんの……。

 

 

 

 

 

 

 なんか寝て起きたら記憶が戻ってた。

 

 

 

「オチまで雑だなぁ!?」

 

 いやぁビックリだよとリンゴを食べる俺に対して兄貴が叫ぶ。実際に一晩で戻ってしまったんだから仕方がない。誰も悪くないし、当然俺も悪くない。

 

「って、やっぱり昨日のことは覚えてるんだな」

 

「そりゃ忘れるわけないよ」

 

 そこで忘れてしまったら記憶喪失の再発みたいなものである。

 

「……それじゃあ三人ほど、何か言わないといけない相手がいるんじゃないか?」

 

「何のことやら」

 

 一応これでも人並みに良心というものが存在している。普段のテンションと変わらなかった美希ちゃんや少しだけハッスルしていたまゆちゃんはともかく、凛ちゃんは下手に突いたら大爆発する可能性があるのでもうちょっと様子を見たいのだ。

 

「……ただまぁ、嫁の顔はみたいかな」

 

「……そうだな」

 

 久しぶりに……というには時間が短すぎるが、愛する人に愛の言葉を囁きたい気分だった。

 

「ん?」

 

 そんなことを考えていると病室のドアをノックする音。またお見舞いかな?

 

 

 

「りょ、良太郎さん! 貴方の恋人の美波ですよ!」

 

 

 

 ドアから勢いよく入ってきたおめめグルグルの美波ちゃん。これは掛かってしまっているようですね。冷静さを取り戻せるといいのですが。

 

「「………………」」

 

 兄貴と目を合わせる。……コレ、俺が言わなきゃダメ? マジで?

 

「……あのね、美波ちゃん――」

 

 

 

 

 

 

 オチ? もう言わなくても分かるでしょ?

 

 はい、どっとはらい。

 

 

 




・めっちゃしたたかな凛ちゃん
番外編補正も相まって感情が大爆発してます。
恋愛クソ雑魚な凛ちゃんなんていなかった。

・正妻登場
実は兄貴が電話で召喚しました。
果たして愉悦のためか、場を収めるためか……。

・なんか寝て起きたら記憶が戻ってた。
アイ転は基本的にいつだって雑()

・「貴方の恋人の美波ですよ!」
真のオチ。……なんかこんな風に終わるの、以前にもあったような……?(忘却)



 たまにはギャグ一辺倒なお話を書きたかったので、本編では絶対に出来ないような記憶喪失なお話でした。こんなに大人しい良太郎を書くのはこれが最初で最後なんだろうなぁ。

 次回は恋仲○○です。本編再開をお待ちいただいている方には本当に申し訳ないのですが、本編の次章がそれだけ難産だということをご理解いただきたいです。

 本当にもうちょっとだけお待ちください。


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番外編74 もし○○と恋仲だったら 27

作者すら予想外の形になったお話。


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 

 

 

「――病める時も、健やかなる時も、変わらぬ愛を誓いますか?」

 

「「はい、誓います」」

 

 

 

 それは神前での愛の誓い。これから夫婦となる男女が、ともに変わらぬ愛を誓う。

 

「それでは、誓いのキスを」

 

 神父に促され、男女は向き直った。

 

 ……彼らはこの日をずっと待ち望んでいた。いや、待ち望んでいたのは二人だけではなく、彼と彼女を知る全ての人間もそれは同じだった。

 

 二人の出会いは、なんてことのないものだった。

 

 ごく普通に出会い、ごく普通の仕事仲間として共に働き……そして気が付けば、そこに愛が芽生えていた。

 

 しかしそこから今日に至るまでに少しばかり時間がかかってしまった。主に新郎側の都合に理由があり、新婦もそれに理解があったために待った。待ち続けた。内心では(自分の年齢的な意味で)少々焦りもあったが、それでも新婦は新郎を待ち続けた。

 

 そしてついに迎えたこの日、二人はようやく夫婦になるのだ。

 

 新郎がゆっくりと新婦のヴェールを持ち上げ、そしてその唇に……。

 

 

 

 ――おめでとうございます。

 

 ――()()()()()()()()()()

 

 

 

 信頼する仕事仲間であり、大事な友人でもある二人へ、俺は参列者席から拍手を送るのだった。

 

 

 

 

 

 

「……っかぁ~! 五臓六腑に染み渡るぴよ~!」

 

 ()()()()()の言動が酒飲みのおっさんな件について。

 

 

 

「ほらほら、良太郎君も飲んでるぴよか~?」

 

「飲んでますよ、小鳥さん」

 

 個人的にはその語尾がとても気になるところなのだが、それはそれで可愛らしいのでヨシとする。

 

「……はぁ~……」

 

 そしてテンション高く缶ビールをカパカパ飲んでいた小鳥さんは、突然重い溜息を吐いたかと思うと突然机に突っ伏した。すわ急性アルコール中毒かと焦ったが、どうやら違うようだ。

 

「……プロデューサーさん、結婚しちゃいましたね……」

 

「……えぇ、しちゃいましたね」

 

 正確なことを言えば入籍したのは今日ではなく一ヶ月ほど前だったが、今日、赤羽根さんとあずささんが結婚式を挙げた。赤羽根さんが海外研修中に少しずつ『アイドルとプロデューサー』という関係以上の絆を深めていき、婚約の話を聞いたのは半年ほど前のことだった。

 

 彼らの両親、高木社長に次いで、三番目に俺へ結婚の報告が来たことに少々疑問というか「本当にそれでいいの?」感があったものの、勿論俺は素直に二人を祝福した。あのあずささんの大乳を……! という思いも無かったと言えば噓になるが、それでも大事な友人でもある二人の門出を祝わないほど狭量な人間のつもりはなかった。

 

 そしてひとしきり二人に祝福の言葉を投げかけ、次に脳裏に浮かんだのは……。

 

 

 

「ん~! 年下の男の子が手作りしてくれたおつまみ美味し~!」

 

 

 

 今こうして目の前で飲んだくれている765プロ事務員のお姉さんのことだった。

 

「もう俺も『男の子』なんて年じゃないですけどね」

 

「それはつまり私も『女の子』ではないと言いたいぴよ!?」

 

 喉元まで出かかった「そりゃそうでしょ」という言葉を辛うじて飲み込む。なにこの可愛い人と思ったことは幾度とあれど、向き合わなければいけない社会的な現実というものは存在するのだ。

 

 グチグチと愚痴を漏らしながらお酒を飲み続ける小鳥さん。俺はそんな彼女に付き合ってお酒を飲みつつ、おつまみとお酒の追加を供給して、暇さえあれば空いたお皿や洗い物を流し台へと持っていくお世話係に徹していた。

 

「……私が女の子だったら、振り向いて貰えたのかなぁ……」

 

 ふいに聞こえてしまったその呟きと、その呟きの後に聞こえたような気がした二人の男性の名前に、俺は思わず手を止める。

 

 ……俺の誤解や勘違いじゃなければ、小鳥さんはこれで()()()()()()になる。俺と知り合う前のことは流石に知らないので正確な回数は分からないが、それでも俺と知り合ってから僅かな期間で二度の失恋をしていることは確かだった。

 

 一度目は、俺の兄である周藤幸太郎。

 

 二度目は、765プロのプロデューサーである赤羽根健治。

 

 彼らは小鳥さんと親しくなり、そして良好な関係を築いていき……しかしそれぞれ別の女性と結婚した。

 

 彼らのことを薄情だと罵るつもりはないし、小鳥さんもその類のことを口にしたことはない。そうしたところで意味なんてないことを、俺も小鳥さんも理解していた。

 

「……ねぇ、良太郎君」

 

「なんですか、小鳥さん」

 

「良太郎君は、今恋人いる?」

 

「残念ながらフリーですよ」

 

「それじゃあ、行き遅れちゃったお姉さんのこと、貰ってくれないぴよか~?」

 

 それは酔った人間としての戯言としてはテンプレすぎる発言だった。

 

「小鳥さん、それ男女問わずセクハラになりますよ」

 

「いいじゃないですか~私と良太郎君の仲なんですから~」

 

 一応俺もテンプレ通りの忠告をすると、再び返ってきた言葉もテンプレ通りだった。

 

 独り身を寂しがってお酒を飲み、異性に対して恋人の有無を確認してからその相手に立候補する。お酒の場ならばきっと日本どころか世界中で見られるであろうそんなやり取りに対する、俺からの返答は。

 

 

 

「いいですよ」

 

 

 

 きっと、これはテンプレではないだろう。

 

 

 

 

 

 

「……知らない天井だ」

 

 嘘。言って見ただけ。知っているどころか見飽きることすら通り越した自室の天井だった。

 

「……頭痛い」

 

 横になったまま額を抑える。この感じは間違いなく、深酒をした翌日特有の感覚。要するに二日酔いだ。

 

 ガンガンという頭痛の奥から湧き出してくる若干の気持ち悪さに顔を顰めつつ、昨日の出来事を少しずつ思い出してく。

 

 えっと昨日は……プロデューサーさんとあずささんの結婚式だったんだ。それで披露宴と二次会が終わった後で、確か……そうだ、良太郎君がタクシーに乗せてくれて、その流れで無理やり部屋に上げて、無理やり晩酌に付き合わせて……。

 

(……なかなかとんでもないことしちゃったなぁ……)

 

 昨夜の自分の行動を思い出して冷や汗を流す。年下の男性を捕まえて私は一体何をしているのだろうか。

 

 幸い今日の私は休みだ。とりあえず喉が渇いたので、一回起きて台所で水を飲んでくるとしよう。

 

 そうして身体を起こした私は……()()()()()()()()()()ことに気付き、脳内が一瞬で真っ白になった。

 

(……え、えっと……えっと……そうだ最近裸で寝ることがマイブームで)

 

 そんなセレブみたいなマイブームは存在しない。無理やり脳を動かしてもバグるだけなので、冷静に、冷静になって一体何が起きているのかを把握しようと試みる。

 

(……まさか)

 

 まさか、まさかである。昨日の思い出せる状況から現状まで、なんの違和感もなく繋がる出来事があるとするならば、それは()()である。

 

 いやいやそんなわけがないと頭を振るが、二日酔いの頭でそれはなかなかの自殺行為だったので再び布団に倒れこむ。このままもう一度眠れば全てなかったことになるのではないかと一瞬考えたが、私の心が全力で『それは勿体ない!』『勇気を出して確かめろ!』と意識を手放すことを拒否していた。

 

「………………」

 

 ゴクリと唾を飲み込んでから、私は身体を起こした。一糸纏わぬ格好のままでは()()()()()()()()()()色々と大変なので、手近なところにまとめて脱ぎ捨てられていた下着と肌着を手早く身に着け、覚悟を決めて私は自室を出る。

 

 

 

「あ、おはようございます、小鳥さん」

 

 

 

 私の予想は、台所に立っていた良太郎君の存在によってあっさりと肯定されてしまった。

 

「……おはよう、ございます」

 

「丁度今起こしに行こうとしてたんですけど……どうしたんですか、そんなところでへたり込んで。気分良くないですか?」

 

「……良太郎君」

 

「? はい」

 

 

 

「自首します」

 

 

 

「土下座!?」

 

 ゴツンと音を立てて私は自分の額をフローリングに叩きつける。

 

 やってしまった。ヤッてしまった。本当にやらかしてしまった。ずっと気付かないフリをしていた()()()()はつまりそういうことだった。今までは妄想の中だけで押しとどめていた黒い感情を、現実で吐き出すというやってはいけないことをやってしまった。

 

「……小鳥さん、頭を上げてください」

 

「はい……」

 

 頭上から聞こえてくる良太郎君の優しい声。恐る恐る頭を上げると、そこには私の目の前で正座をする良太郎君の姿が。推しが自分のエプロンを付けているという状況がとてもクるものがあるが、今はそんなことを考えている場合じゃない。

 

 どう落とし前を付けるべきかと涙目になりつつ、良太郎君の口から放たれる最後通牒を心して聞く。

 

 

 

「結婚してください」

 

 

 

「………………ぴよ?」

 

 え、もしかして私、まだ夢見てる? この期に及んで自分に都合のいい妄想をしてる?

 

「現実ですよ」

 

「で、でも、でも、あの周藤良太郎が私に求婚だなんて、そんなの夢以外の何物でも……」

 

「……こっちこそ、憧れのお姉さんからお誘いを受けて、まるで夢のような話だったんですからね」

 

「………………」

 

 良太郎君の言葉を処理しきれずに再び脳内がフリーズする。

 

「……俺なんかが兄貴や赤羽根さんの代わりになるとは思えません。それでも俺は俺として、貴方だけの俺になりたいんです」

 

 あ、そのセリフかっこいい……じゃなくて。

 

「……ほ、本当に私で、いいんですか……?」

 

「貴女がいいんです」

 

 ずっと私が妄想し続けた言葉しか言わない良太郎君に、やっぱり現実味が湧かない。まるで私の妄想を綴ったノートを見ながら言っているようなセリフに……ん?

 

「……あの、良太郎君」

 

「はい?」

 

「……()()()()()?」

 

「………………」

 

 今日初めて、良太郎君が目を逸らした。

 

 

 

「……死にます」

 

 

 

 うえーん! こんな夢みたいな展開なら、最後まで夢見心地でいさせてよー! なんでこんなオチを用意するのよー! 神様のバカー!

 

「早まるな俺の小鳥!」

 

 嘘! バカじゃない! 神様ありがとう! ぴよ!

 

 

 




・バネPとあずささん
きっとこういう未来もあったんじゃないかなって。

・ぴよ
???「変な語尾ザウルス!」

・朝チュン
実はアイ転では恋仲でも珍しいシチュ。



 年上相手だと大人しくりょーくんと小鳥さんの恋仲○○でした。

 実は別の人の恋仲○○の予定だったのですが、納得がいかなかったので結婚式のシーン以外の全てを削除した後に書き直しました。締め切り約2時間前の出来事でした。

 その結果、小鳥さんの恋仲○○に。もともと予定していた恋仲○○は次回!

 本編再開までまた伸びちゃったけど本当にすみません!


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番外編75 もし○○と恋仲だったら 28

一週間先延ばしにして仕上がったのがコチラ。


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 俺の婚約者、桜守歌織は意外と子どもっぽい。

 

 年上の女性を捕まえて子どもっぽいと表現するのは失礼かもしれないが、それでもそう感じてしまうのだから仕方がない。

 

 

 

「………………」

 

「……すぅ……すぅ……」

 

 朝、目が覚めると俺は乳の中にいた。正確には『一緒のベッドで寝ていた歌織が俺の頭を胸に抱いていた』という状況だ。力を込められているわけではなかったので息苦しくはない。エアコンが効いている快適な室内のため暑いということもない。フニフニと柔らかい感触に包まれているため悪い気分ではない。

 

 どうやら歌織は昔から抱き枕を抱いて寝ていたらしいのだが、同棲を始めたことを期に抱き枕を実家に置いてきた。曰く「私ももう大人ですから、こういう子どもっぽいものは卒業します」とのこと。抱き枕は別に子どもっぽいわけでもないだろうし、そもそもその発言そのものが子どもっぽいとも思ったが、彼女がそうと決めた以上俺は頑張ってと応援するしかなかった。

 

「……ただし、結果はこれである、と」

 

 眠りながら無意識に抱き枕を探した結果、彼女はすぐ隣で眠る俺を抱き枕として認識したらしい。

 

 最初こそ毎朝心臓に悪かったが、流石に数ヶ月ずっと続けていれば慣れてしまった。今では興奮よりも安心感が先に来る。俺も今の状況を割と楽しんでいるので、俺は今もこのことを歌織に伝えていない。

 

 加えて歌織は朝に弱い。それはもう弱い。顔が濡れたアンパンマンだってもうちょっと抵抗するぞっていうぐらい弱い。例え歌織の方が早く起きなければいけない予定であっても、同じベッドで寝ている関係で目覚ましの音は俺も二人とも聞こえているため、俺の方が先に起きることになる。寧ろ俺が歌織を起こさなければ、彼女は間違いなく時間通りに目を覚まさない。その段階で俺は歌織の胸の中から脱出しているので、結果として彼女は俺を抱きしめて寝ているということに気付かない。

 

 そうして今日も歌織は何も知らず、幸せそうな表情で俺を抱き枕にしながら眠っているのだった。

 

「よっと……歌織、朝だぞ」

 

 歌織の胸の中は名残惜しいものの、そろそろ朝の支度をしなければいけない。先に身体を起こしてから、歌織の身体を揺すって起床を促す。

 

「……やぁ……」

 

 可愛らしく拒否られた。これもいつものことである。

 

 とりあえずもう一度だけ身体を揺すり、それでも起きる気配がないことを確認してから俺は歌織を起こすことを諦める。

 

 勿論見捨てるわけではない。一緒のベッドで眠るようになって気が付いたのだが、歌織は抱き枕を失うと段々眠りが浅くなっていくらしい。なのでまずは俺が先に起きて朝食の準備などを済ませておき、そこから改めて歌織を起こすのだ。

 

 歌織としては、毎朝俺に朝食を用意されることが申し訳ないらしいのだが、朝弱いのはしょうがない。人間には誰しも得手不得手がある。良家出身で育ちのよいお嬢様であり、美人でスタイル抜群のお姉さんでもあり、次期歌姫候補とも称される抜群の歌唱力で世間を魅了するトップアイドルでもあるのだから、これぐらいの弱点なんて可愛いものである。

 

 なお朝起きたばかりの歌織の状態に関してはコメントを差し控える。千鶴やこのみさんが容赦なく『朝の歌織ちゃんは亡者』と称そうとも、俺は歌織が大好きだから……うん。

 

「……んぅ……」

 

 小さな寝言とともに、身体を起こそうとした俺の服の裾を握る歌織。本当に小さい子供のようなしぐさがイチイチ可愛いが、これぐらいの可愛さで行動不能になっているようでは歌織との同棲なんて不可能である。

 

「……やぁ……」

 

 え、なに今の寝言可愛い。……じゃなくて。

 

 寝ている歌織を見ていたらいくら時間があっても足りないので、後頭部が禿げるのではないかと錯覚するぐらい強く後ろ髪を引かれつつも、俺は断腸の思いでベッドから降りるのだった。

 

 

 

 

 

 

 私の婚約者、周藤良太郎は意外と子どもっぽい。

 

 日本が世界に誇るトップアイドルを捕まえて子どもっぽいと表現するのは失礼かもしれないが、それでもそう感じてしまうのだから仕方がない。

 

 

 

「………………」

 

「……すぅ……すぅ……」

 

 夜中、ふと目を覚ますと良太郎君が私の胸の中にいた。正確には『一緒のベッドで寝ていた良太郎君の頭を私が胸に抱いていた』という状況だ。力強く抱きしめているわけではないので苦しくはないと思うし、エアコンが効いているので暑くもない。しかしよくこんな状況でスヤスヤと寝れるものだと少し感心してしまう。

 

 どうやら私が無意識のうちに良太郎君を抱き枕代わりにしてしまっていたらしい。同棲を始めたことを期に抱き枕を実家に置いてきたのだが、どうやら完全な卒業はできなかったらしい。やはり長年の習慣は簡単に抜けないようで、ふいに目が覚めてしまったときに私はそれに気付いた。

 

「最初は迷惑かな……って思ったんだけどなぁ」

 

 流石に苦しいだろうと良太郎君を解放しようと腕の力を抜いたのだが、逆に良太郎君が私の腰に腕を回して放してくれなかったのだ。

 

 そのままグリグリと私の胸に頭を擦り付けてくるので「もしかして起きてる……?」と声をかけるが無反応。私を揶揄っているのかとも思ったが、耳元で「もしかして玲音さんの夢でも見てるんですか?」と尋ねてみるがこれも無反応。いつもの良太郎君ならば「冗談でも言っていいことといけないことがあるって幼稚園の先生に教わらなかったか!?」って叫びながら猛抗議をしてくるだろうから、どうやら本当に寝ているらしい。

 

 ……そう、つまり『良太郎君が無意識に私の胸に甘えている』ということなのだ。その事実に気が付いた瞬間、まるで心臓が鷲掴みにされたかのようにギューッとトキメキで締め付けられてしまった。

 

 普段から朝が弱いというのに、これに初めて気が付いた日はその後全く眠ることが出来なくなり、良太郎君に多大な迷惑をかけてしまったほどである。

 

 その後もたまに目を覚ますと、良太郎君は決まって今のような状況になっていた。私が無意識に抱き枕を求めて抱きしめた結果なのだろうが、良太郎君は毎日のように私の胸に甘えていた。

 

 子どもっぽくて可愛い……と思うこの感情を、きっと母性と呼ぶのだろうということはすぐに分かった。普段はカッコよくて落ち着いていて、たまに悪戯っぽくて意地悪な良太郎君が、こうして子どものように甘えてくる姿が堪らなく堪らなかった。

 

「……良太郎君」

 

 返事はなく、リアクションもない。けれど良太郎君を抱きしめる力を少しだけ強くすると、それに応えるように良太郎君が私を抱きしめる力も少しだけ強くなった。苦しいかなと思いつつも更にギューッと力を込めると、やっぱりギューッと同じぐらいの力が込められた。

 

 ……正直なことを話すと、こうして良太郎君を抱きしめていると私の心の奥から『優越感』という名の黒い感情が溢れ出してくる。寝ている『周藤良太郎』を抱きしめることが出来るのはきっと世界に私一人で、『周藤良太郎』個人の愛を受けることが出来るのもきっと世界に私一人なのだ。

 

 それは()()()()()()()を秘めていた女性たちへの罪悪感でもあった。もっと早くから彼への想いを抱いていた女性たちへ、後から知りあった私なんかがという罪悪感。

 

 しかし例えそれを直接咎められたとしても、私は今胸にしている幸福を手放したくないのだ。

 

「……かおり……」

 

「良太郎君……?」

 

 

 

「……もうあさだぞ……」

 

 

 

「……いやまだ夜だけど」

 

 思わず素で突っ込みの言葉を口にしてしまい、そしてワンテンポ置いて笑いが込み上げてきた。声を上げて笑いたくなる衝動を、良太郎君の頭を強く抱きしめることで緩和する。もしかして良太郎君が起きてしまうかもしれないが、そうでもしないと耐えられない。

 

「ふふっ……良太郎君ってば、夢の中でも私を起こしてくれてるの……?」

 

 多分ドラマならば「愛してる」みたいな寝言を口にする場面だった。しかし絶妙なタイミングでの的外れな寝言に、失礼ながら「良太郎君だなぁ」って思ってしまった。

 

「……それじゃあ、私も良太郎君に甘えちゃおうかな」

 

 良太郎君が私の胸に甘えてくれるというのであれば、私は良太郎君の『朝起こしてくれる』という好意に甘えよう。

 

 朝起こされるなんて子どもっぽいかもしれないが、良太郎君に甘えてもらえるのであれば私は子どもっぽいままでもいい。

 

 子どもっぽい私と、子どもっぽい良太郎君。

 

 私と彼が共に歩く人生はまだまだ始まったばかりだけど、私たちはきっとこのままでいい。そう思っている。

 

 

 

 

 

 

 朝食も後は温めるだけの状態にしておき、俺は再び歌織を起こすために寝室へと戻って来た。

 

 相変わらず強めに揺すってもすぐには目を覚まさず、それを数分続けることでようやく彼女は目を開けた。

 

「………………」

 

「おはよう、歌織」

 

 返事はない。そのまま静かに再び目を瞑る歌織だが、少しだけ唇が突き出されていた。つまりそういうおねだりである。

 

 勿論断る理由もないので、俺はゆっくり歌織に顔を近づける。

 

 

 

 子共っぽい歌織と。

 

 

 

 

 

 

 子どもっぽい良太郎君の。

 

 

 

 そんな二人の一日は、こうして始まる。

 

 

 




・桜守歌織は意外と子どもっぽい。
・周藤良太郎は意外と子どもっぽい。
意外と……?

・良太郎抱き枕化
このやろう(怨嗟)

・『朝の歌織ちゃんは亡者』
二次創作で盛られる設定。

・「もしかして玲音さんの夢でも見てるんですか?」
現在判明している良太郎の明確な弱点。
理由はそろそろ本編で明かされるかなぁ。



 というわけで二週連続恋仲○○は歌織さんでした。この間ミリシタの方でセカンドヘア歌織さん引いたからお迎え記念で書き始めたんですが、結婚式の場面書いている最中に別シチュを思いついてしまったがためにそちらをぴよちゃん編に書き換えた……というのが前回突然ぴよちゃん編になった理由でした。

 というわけで一ヶ月以上番外編を続けてきましたが、次回からはついに本編再開です。

 長いこと悩み続けてようやく方針が決まりました。どういうお話なのかという簡単な説明は、下の次章予告で何となく感じ取ってください(丸投げ)

 それでは今度こそ、本編でお会いしましょう!





 いずれはこうなる運命だった。

 この戦いは避けられぬ運命だった。



「お前が俺に勝てるとでも?」

「私がアンタに敵わないとでも?」



 周藤良太郎と東豪寺麗華。

 誰もが認める日本のトップアイドルは対峙する。

「「勝つのは――!」」



「白組だっ!」

「赤組よっ!」



 その名も『アイドル紅白超合戦』!

 数多の事務所の垣根を超え、日本で最大のアイドルイベントが幕を開ける!

 白黒ハッキリ……いや!



『赤白ハッキリ!』

『つけるわよ!』



 これは男性アイドルと女性アイドル、その似て非なる彼ら彼女たちが織り成す新たなる可能性の盛大なお祭りであり……。



 ……そして、そこに至るまでの『理由』の物語。



 アイドルの世界に転生したようです。

 第八章『Reason!!』

 coming soon…


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第八章『Reason!!』
Lesson319 祭りの狼煙を上げろ!


理由あって、章タイトル変更!

(ほぼ)sideM編、始まるよー!


 

 

 

『番号っ!』

 

 

 

『1!』 『2!』 『3!』

 

『4!』 『5!』 『6!』

 

『7!』 『8!』 『9!』 『10!』 『11!』 『12!』 『13!』

 

 

 

「もういっかい!」

 

 

 

「1!」 「2!」 「3!」

 

「4!」 「5!」 「6!」

 

「7!」 「8!」 「9!」 「10!」 「11!」 「12!」 「13!」

 

 

 

 俺と麗華の声に合わせて、ステージの上のアイドルたちが高らかに自分たちの存在をアピールする。

 

 俺たちを含め男女それぞれ十四人ずつ、総勢二十八人のアイドルたち。しかしまだステージに登場していないだけで、今回のライブに集まったアイドルたちはそれだけじゃない。何故なら今回のライブは総勢()()のアイドル事務所が参加する超大型ライブ。

 

 

 

『もう やるきゃない! って言っちゃって!』

 

『『『いーじゃん!』』』

 

 

 

 いーじゃん!

 

 

 

『『『いーじゃん!』』』

 

 

 

 いーじゃん!

 

 

 

『考えずに 行け!』

 

 

 

 会場に集まってくれたファンのみんなからのレスポンスが、俺たちのステージを更に『最高』の高みへと押し上げてくれる。冬の寒さが吹き飛んでしまうぐらいの熱が、上昇気流となってこの会場全体を天空の頂へと導いてくれる。

 

 

 

『アタマでっかちなんて!』

 

『『『バイバイ!』』』

 

 

 

 バイバイ!

 

 

 

『『『バイバイ!』』』

 

 

 

 バイバイ!

 

 

 

『『『感じてフッフー!』』』

 

 

 

 ――今回のライブの開催に至るまで、色々なことがあった。

 

 いや、大型ライブなのだから色々なことがあって当然だし、しかもライブ中止の危機があったとかそういう大事の話ではない。

 

 まぁ、色々は色々なのだ。

 

 

 

『合言葉は!?』

 

 

 

 Victoryのブイ!

 

 

 

 ――そんなライブの始まりは、まだまだ冬の寒さが見え隠れする春先にまで遡る。

 

 

 

 

 

 

「いやぁ765プロシアター組は強敵でしたね」

 

「言いたいことはそれだけか?」

 

 何故か123プロの事務所で正座をする俺と、何故かそんな俺の前で腕を組み仁王立ちしている兄貴。はて? 一体何があったのだろうか?

 

「シアター組のみんなに恋人(りんちゃん)のことが盛大にバレた件に決まってるだろうが」

 

「……あぁ、そんなこともあったっけ」

 

 何せ番外編を六本(やくにかげつ)も間に挟んだんだからすっかり前回のラストを忘れてしまっていた。

 

「章も変わったことだし、その辺りもリセットってことでダメですか?」

 

「ダメです」

 

 ダメだった。

 

「とは言っても、今回の件は俺マジで被害者側なんだけど」

 

 今回は珍しく『遊び人のリョーさん』のままで貫き通そうと思ったのに、未来ちゃんに伊達眼鏡と帽子を取られるのは流石に想定外だった。

 

 おかげでその後は色々と大変だった。千鶴やこのみさんを中心に俺の正体を最初から知っていた人も大勢いたが、それでも知らなかったメンバーは当然大騒ぎだ。

 

 まずは俺に周藤良太郎への感謝の言葉を伝えてもらおうとしていた静香ちゃんが撃沈した。真っ赤になった顔を両手で抑えてその場に蹲ってしまった。若干申し訳ない気持ちになったが、それと同じぐらい(この場面で照れ隠しに殴りかかってこないなんていい子だなぁ)と別の意味でホッコリしてしまった。

 

 次に未来ちゃんと共に静香ちゃんを宥めていた翼ちゃんから静かに睨まれた。以前から『周藤良太郎』のことを嫌いと公言していて、それを直接俺にも口にしたことがある彼女だったが、そのことを気まずいと思っている様子ではなかった。多分『それなりに仲の良かった知り合い』が『嫌悪している相手』と同一人物だった事実に、色々とモヤッているのだろう。

 

 あとはまぁ、遊園地のライブで顔を合わせていた昴ちゃんと美也ちゃんが「あのときの兄ちゃんがあの周藤良太郎!?」「あら~」といったリアクションを見せてくれたり、凛ちゃんと一緒に道案内をしたことがファーストコンタクトだった紬ちゃんが「なんやいね!?」とまるで猫のように威嚇してきたり、そんな感じのリアクション。

 

 そんな感じに騒がれながら握手などを求められてそれに対応していたのだが、その中で一番騒がしい筈の少女が一番大人しかったことに気が付いた。そう、亜利沙ちゃんである。

 

 元々アイドルヲタ仲間として交流を含めれば劇場メンバー内で千鶴の次に付き合いの長い亜利沙ちゃんだが、当然俺は自分の正体を隠して彼女と友人関係を築いていた。アイドルの話題である以上当然『周藤良太郎』に触れることは多々あったため、彼女からの熱い『周藤良太郎』語りを聞かされることもしばしば。

 

 さて、そんな熱心なりょーいん患者だった亜利沙ちゃんが、身近な友人であった『アイドル好きのリョーさん』が『周藤良太郎』だったと知ってしまったとき、どんなリアクションを取るのだろうか?

 

 それはもう凄まじいいテンションで「えええぇぇぇ!? りょりょりょリョーさんが周藤良太郎!? マジですか!? それは本当に言ってるんですか!?」と目を白黒させてくれると思ったが、こうも静かなところを見ると一切リアクションなく「し、死んでる……!?」という状況になっているのだろう。

 

 というわけで答え合わせ。

 

 

 

 ――えっ……え? ……え?

 

 

 

 (こたえ) ちょっと顔を赤らめて目を泳がせながら手も虚空に漂わせていた。

 

 おそらく普段から熱く語っていた相手がその語っていたアイドル本人だったことに対する羞恥なのだろう。きっと静香ちゃんと同じパターンだ。

 

 正直予想外に乙女な反応でお兄さんちょっとドキッとしてしまった。これがりあむちゃんだったら涙と鼻水で顔面がとても人前でお見せできるような状況になっていなかったことだろう。彼女に身バレする機会があれば是非カメラを回しておいて、アイドルヲタメンバーで集まったときの話題の肴にしてやろう。

 

「その亜利沙ちゃんの件に関しては管轄は俺じゃなくてりんちゃんだからいいとして」

 

 管轄って何? なんで「その件に関してはまた後日改めて」みたいなこと言ってるの?

 

「りんちゃんのことは、当然全員緘口令は出したんだよな?」

 

「出さないわけないし、全員誰にも言わないって約束してくれたよ」

 

 『リョーさん=周藤良太郎』となったことで『リョーさんの恋人=周藤良太郎の恋人』という等式が成り立ってしまったため、りんのことも説明せざるを得なくなった。一般人女性と付き合ってると誤解される方が色々と面倒だし、当然『朝比奈りん』として改めて紹介した。ここでも更に一騒動あったのだが、こちらは割愛しよう。

 

「ったく、何万回と言ってるが、本当に気を付けてくれよ」

 

「何万回も言ってるけど、分かってるよ」

 

 俺だって別に好き好んで身バレや恋人バレしてるわけじゃない。

 

「身バレってのは、もうちょっとこう、劇的な場面というか効果的なシチュエーションというか……」

 

「さては反省してないな?」

 

「山よりも深く海よりも高く」

 

 正座の時間が一時間延長した。

 

 

 

「それじゃあそろそろ本題に入るぞ」

 

「正座は?」

 

「あと五十分」

 

 今回、俺が兄貴の社長室へとやって来たのは正座をするためではない。結果としてそうなってしまったが、本来は別の話をするためだったのだ。

 

()()()……考え直すつもりはないんだな」

 

「ない」

 

 兄貴は暗に「考え直してほしい」「あわよくば撤回してほしい」というニュアンスで言ったのだろうが、当然俺はそれにノーで返す。

 

「りんと約束したからな」

 

「………………そう、だな。そうだよな」

 

 残念そうに、しかし何処かホッとした様子で兄貴はソファーに深く背中を預けた。

 

「分かった。もう二度と言わない」

 

「あぁ頼む。……あと何分?」

 

「あと四十八分」

 

 長ぇなぁ。

 

「それでこの企画は、()()()()()()ってことなんだな?」

 

 兄貴が手に取った企画書は、以前俺が()()()()()()()()()()と共に話していたもの。IEとかスクールアイドルとか色々なことがあって少しずつしか進めることが出来なかったが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()企画だ。

 

「言っとくけど後付けじゃないからな」

 

「言わなけりゃ誰も疑わなかったよ」

 

 パラパラと企画書を捲る兄貴。一度目を通した書類なんて内容どころかフォントの形式まで覚えているはずなので、これはあくまでも内容を思い返すための手癖みたいなものだろう。

 

「やろうとしている内容もコンセプトもしっかりとよく分かる。流石麗華ちゃんがまとめた企画書だな」

 

 コンセプト考えたの俺なんだけどなぁ……。

 

「……そして()()()も明確になっている点も大事だ」

 

「……そうだな」

 

 今回の企画、要するに『大規模な合同ライブを開催する』というものなのだが、俺が考えたコンセプトを満たすために一つだけ乗り越えなければいけない問題点という名の課題があった。

 

「あてはあるのか?」

 

「………………」

 

 目を逸らす。ないわけではないが、正直嫌な予感しかしていない。

 

「……俺から声をかけるより、お前から声をかけた方が可能性は高い気もするが……」

 

「どっちも変わらないと思うけどな」

 

 俺と兄貴が、そして麗華たちも考えている問題点。それは周藤良太郎と共にステージに立つことが出来る――。

 

 

 

 ――男性アイドルが存在するか、だ。

 

 

 

「……あと何分?」

 

「あと四十二分」

 

 

 




・『番号っ!』『1!』『2!』『3!』
予告で気付いた人もいるでしょうが、今回のコンセプトは765ASの『紅白応援V』という楽曲が元になっています。


・八つのアイドル事務所
『123』『1054』は確定として、さてあと何処でしょう?

・「いやぁ765プロシアターは強敵でしたね」
ほぼ前章から地続きで始まります。

・番外編も六本
正直作者も読み返して思い出すレベル

・亜利沙のリアクション
作者的には亜利沙ってヒロイン適正高いと思うんですよ(唐突)

・『例の件』
Lesson250で触れてた話。

・周藤良太郎と共にステージに立つことが出来る男性アイドル
男性アイドルが少ない理由、覚えてる?



 お待たせしました。今回から本編の再開……ついに(ほぼ)エムマス編です!

 ほぼです! ぶっちゃけジュピターが123にいる以上アニメの展開は無理なので、基本的にはオリジナルストーリーを展開しつつ、315プロのアイドルを中心にその他様々な事務所のアイドルたちの交流を書いていきます!

 女の子目当てで今まで読んできたそこのあなた! 安心してください! 女の子もいますよ!

 なんで章タイトル変えたのかというと、更新三日前に新しいストーリーを思いついてしまったからっていう、ある意味いつものアレです()

 ちなみにエムマス編を始めるにあたって、いくつか不都合な個所があったのでしれっと『過去改変』しています。お話の内容に変更はありませんが、気になる人は読み返してみてね!(該当箇所を教えない)

 そんなわけで、アニメではアイドルをやってなかったあんなキャラやこんなキャラ、そもそも『ゲーム本編ですらアイドルになれなかった』アイドルなんかも登場させる予定なので、これからよろしくお願いします!



『どうでもよくない小話』

 多くはぁ! 語りませぇん!

 今年もぉ! 高垣楓にぃ! 清き一票を! よろしくお願いしまぁす!


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Lesson320 祭りの狼煙を上げろ! 2

色々と男性キャラが多い二話目。


 

 

 

 覇王世代に『周藤良太郎』以外の男性アイドルはいない。

 

 

 

 覇王世代とは文字通り『覇王』こと『周藤良太郎』と同期のアイドルを指す言葉である。『魔王エンジェル』の三人を筆頭に『水蓮寺ルカ』や『沖野ヨーコ』などがこれに該当する。

 

 そう、女性アイドルばかりで男性アイドルが存在しないのだ。

 

 勿論、最初から誰もデビューしなかったわけではない。俺よりも少し先にデビューした先輩アイドルはいたし、少し後にデビューした後輩アイドルもいた。『日高舞』が去った後のアイドル冬の時代の直後ということもありとても少なかったが、間違いなくいたのだ。

 

 だが今はいない。()()()()()()()()()

 

 一つ下の世代になると『Jupiter』の三人を筆頭にちらほらと存在しないこともないが、ほとんど地下に潜っているような活動しかしていないため名前を聞くことはない。

 

 近年の世代になり、急激にその数を減らしてしまったその理由は……。

 

「……俺、なんだろうな」

 

 間違いなく『周藤良太郎』という存在である。

 

 

 

「でも周藤君が直接なにかしたわけじゃないんでしょ?」

 

「流石に何もしてないとは言えないさ……」

 

 軽く愚痴を聞いてもらいたくなり、俺は第二の実家である喫茶『翠屋』へやって来た。最近はめっきりアイドルとして忙しくなったなのはちゃんはホールに出ておらず、今日のホールは月村だった。カウンターの中では恭也がコーヒーを淹れているため、今の翠屋は実質高町家の暫定息子夫婦による営業中である。

 

「『周藤良太郎の影響による男性アイドルの減少』か……アレ? なんだろう、何処かで聞いたことあるような……」

 

「多分それ、まゆちゃんがネットに公開してる『佐久間流周藤良太郎学』じゃないかな」

 

 今や『熱烈な周藤良太郎ファン』アイドルとして()()()()()()になりつつあるまゆちゃん。最近ではアイドルをやめる気は一切ないと前置きしつつも、もし引退したら『周藤良太郎専門家』として活動していくと公言しているらしい。そろそろ何らかの形で彼女の人生を大きく変えすぎてしまった責任を取るべきじゃないかと考えている。

 

 少し話が逸れてしまったが、そもそも何故俺が今更になってこのようなことを愚痴にしながら、翠屋のカウンターでコーヒーカップを傾けているのかというと。

 

 

 

「全然集まらんな……『周藤良太郎と一緒にステージに立てる』男性アイドル……」

 

 麗華たちと企画している大規模合同ライブのオファーを受けてくれる()()()()()()が見つからないのだ。

 

 

 

 今は詳しい経緯の説明を省くが、今回の企画は『アイドル紅白歌合戦』。女性アイドルによる紅組と男性アイドルによる白組に分かれて()()()()()で行うライブだ。俺とジュピターの三人の参加は確定しているのだが、それ以上の男性アイドルのオファーがなかなか成功しないのだ。

 

「あの『周藤良太郎』と同じステージに立てるのであれば、アイドルならば諸手を挙げて承諾しそうなものだと思うのは……やはり素人考えか?」

 

「『観客席側』からの目線で言えばきっとそうなんだろうけど、『ステージ側』から見ればちょっとばかり事情が違うんだよ」

 

 自分で説明するのもアレだが『周藤良太郎』と()()()()()()()()()のは簡単なことではない。立つだけならば誰でも出来るが『周藤良太郎』と()()()()()ことの重圧に耐えられるように骨のある奴なんてそうそういない……というのは冬馬の言葉。

 

「ついでに『そんなことも気付けずただの下心だけで参加を希望するような木っ端は相手する必要ない』とも言ってた」

 

「言いたいことは分かるわ」

 

「要するに他事務所の男性アイドルに求める条件が高いということか」

 

「いっそのこと俺が出演しないことにすれば人も集まるんだろーけど」

 

「本末転倒にもほどがあるわよ」

 

 だよなー。

 

「はー、どっかにそれなりに新人でガッツのあるよさげな男性アイドルいねーかなー!」

 

「お前なら歩いてれば出会うんじゃないか」

 

「アイドルエンカウント率高いんでしょ?」

 

「それを期待して歩き回ってたらそれはもうポケモンなんだよ」

 

「しかも特性プレッシャーだからレベルの低い奴らが集まってこないっていう」

 

「ちょっと上手いこと言わなくていいから」

 

 恭也と月村に愚痴っても解決策が浮かぶわけではないが、それでもこうしてグダグダと雑談をすることで少しだけ心が軽くなる。

 

「壮一郎とかどう? アイドルやってみない?」

 

「……え、私、ですか?」

 

 先ほどからずっと俺たちの話が聞こえていたであろう場所にいた、細目のパティシエへと話題を振る。

 

 

 

「……なんでだろうな、いつも顔を合わせてたはずなのに、凄い久しぶりに話しかけた気がする」

 

「奇遇ですね、私も何故だか良太郎君には七年ぶりぐらいに話しかけられたような気がしますよ……」

 

 

 

 おっかしーなー俺たち同い年で高校在学中ぐらいからの付き合いになるのになーどうしてこんなに初めて登場するキャラみたいな雰囲気なんだろうなー不思議だなー。

 

「それはさておき……実は私、先日街中でスカウトされたんですよ」

 

「……え、アイドルに!?」

 

「なにっ」

 

「そうなの!?」

 

 壮一郎からのまさかのカミングアウトに驚愕する俺たち。なにそれお父さん聞いてませんよ。

 

「えぇ。突然、そうですね……とても()()()()男性の方から『ウチの事務所でアイドルにならないか!』と」

 

「……()()()()?」

 

「えぇ、とても()()()()としか形容の出来ない男性でした」

 

 ……んー。

 

「どうしたの周藤君、急に黙って」

 

「やっぱり知り合いだったか?」

 

 やっぱりってなんだ。

 

「知ってるような、知らないような……」

 

 記憶の隅に引っかかる感じ。……えっと……あれは確か……まだ俺がデビューした直後で、舞さんや高木さんと知り合いになったばかりとか、それぐらいだったような……。

 

「名刺とか貰ってない?」

 

「貰いましたが、何処にしまったか……」

 

 苦笑と共に肩を竦める壮一郎。残念、どうやら神様は『カンニングせずに自力で答えを思い出せ』と言っているらしい。

 

「それで、専門学校を卒業してそのままここでパティシエを続けてるぐらいだから、当然断ったってことよね?」

 

「勿論ですよ、月村さん。私はまだまだ桃子さんの下で学ぶべきことがありますから」

 

 壮一郎の作るシュークリームも美味いんだけど、桃子さん作と比べると何かが半歩足りないからなぁ。寧ろ今更になって桃子さんの凄さというか色々な意味での恐ろしさを知る。

 

「……『暑苦しい』アイドルのスカウト、か……」

 

 

 

「ちなみに言葉の端々に混ざる『パッションヌッ!』が口癖のようです」

 

 唐突に壮一郎が全力を出してきたので恭也と月村が噴き出した。俺も危なかった。

 

 

 

 

 

 

「唐突だけどアイドルやらない?」

 

「本当に唐突すぎる提案やめてくれません……?」

 

 例え出演メンバーが決まらなくても地球(おしごと)は回る。今日のお仕事はトーク番組の収録で、その途中で別番組の招待された『プロゲーマー』の知り合いとばったり出会ったので恒例の廊下歩きトーク中。

 

「ゲーム雑誌の表紙を飾って下手なアイドルよりも女性人気が高い魚臣(うおみ)(けい)ならいけるって」

 

 無茶ぶりと知りながらも「はいスマーイル」と煽ると、やや戸惑いつつも人前に出るときと同じような爽やかな笑みを浮かべる魚臣。……うん、イケメンだ。イケメンなんだが……。

 

()()()()の顔立ちだよなぁ」

 

「それ絶対別の意味持たせましたよね? そうですよね?」

 

 根っこの部分がネット社会の住民なもんで、色々とそういう情報というか世界があることを知ってるんだよ……魔境とか。

 

「それよりアイドルですよね。今回は男性アイドルがご所望のようですけど、女性アイドルだったら天音(あまね)永遠(とわ)さんとかどうでしょうか?」

 

 魚臣の口から出てきたのは、意外にもJKのカリスマ城ヶ崎美嘉ちゃんとは別方向で女の子たちのカリスマ的存在のモデルの名前だった。

 

「へぇ、魚臣って永遠さんと知り合いだったんだ」

 

「……まぁ、ちょっと仕事で。実は天音さん、めちゃくちゃ歌が上手いんですよ。そりゃあもう凄いのなんの」

 

「それは初耳」

 

 モデルとしても一流なのに歌も上手いとは、まるで楓さんみたいな人だったんだな。

 

「ちょっと試しに聞いてみよーっと」

 

「はい! 是非!」

 

 ここまで魚臣が全力で進めるのだから、きっと本当に凄いんだな

 

 ……魚臣の表情が、なんか『全力で冬馬を持ち上げた後に勢いよくハシゴを外す直前の翔太』の表情に似ているような気がしたけど、多分気のせいだろう。

 

 

 

 さて、そこまで期待していたわけではないが魚臣のアイドルスカウトを失敗。どうやら俺には武内さんたちのようなスカウト(ぢから)が足りていないことを再確認しつつ、再び思考は他事務所男性アイドルのことへと切り替わる。

 

「なんだろうな……誰かを忘れてるような気がするんだよな……」

 

 魚臣と会話するより前、翠屋で恭也たちと会話をするよりももっと前、ずっと喉の奥に刺さった魚の小骨のような感覚に首を捻る。

 

 一体なんだろう……昔からの知り合いで、冬馬たちほどではないがそれなりにベテランの域に入りつつあって、今回のライブで俺と肩を並べることになっても参加してくれそうな、そんなアイドルに心当たりがあるような、そんな気が……。

 

 

 

「わっ」

 

「おっと」

 

 

 

 考え事しながら歩いていたら、廊下の曲がり角で誰かとぶつかりそうになった。ギリギリで踏み留まれたからいいものの、もう少しで正面衝突するところだった。

 

「すみません、考え事してて……あ」

 

「いえこちらこそ……あ」

 

 俺の謝罪の言葉に対して返ってきた声はどうやら知り合いのもので、そしてその瞬間、喉に刺さっていた小骨の正体に気が付いた。

 

 

 

「そういえば涼、お前男だったな」

 

「いきなりなんですか!?」

 

 

 

 秋月涼。りっちゃんのいとこにして876プロダクションに所属する――。

 

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()『男性アイドル』である。

 

 

 

 

 

 

おまけ『とあるメッセージグループ』

 

 

 

鉛筆:おい

 

鉛筆:出てこい魚介類

 

鉛筆:やっていいことと悪いことがある

 

3:珍しいキレ方するじゃん

 

鰹:いやいや、純粋な真心だよ

 

鰹:あの周藤良太郎に話しかけられてラッキーでしょ?

 

鉛筆:だからってなんであんなこと言うかな!?

 

鉛筆:誤魔化すの大変だったんだからね!?

 

鰹:ウケる

 

3:ちょっと今からポップコーンとコーラ買ってくるからじっくり聞かせて

 

 

 




・カウンターの中では恭也がコーヒーを淹れて
この世界では忍嫁入りルート。

・『周藤良太郎専門家』
今でもたまにテレビ番組のテロップとかで『アイドル周藤良太郎に関する第一人者』とか紹介される。

・東雲壮一郎
なんと実に七年近くぶりの登場である。
正直なことを言うと、sideM編をやるつもりなかったから自然フェードアウトさせるつもりだった。
ただし再登場してもアイドルにはならない模様。

・暑苦しい男性
パッションヌッ!!!

・魚臣慧
・天音永遠
Twitter見てる人からは多分「どうせ出すんだろうな」と思われていただろう『シャングリラ・フロンティア』のメインキャラ二人。
世界的にVRはないけど多分普通のオンラインゲームで知り合った。

・「めちゃくちゃ歌が上手いんですよ」
作者さん曰く「見た目で歌唱力を誤魔化す」。つまり……。

・秋月涼
こちらもなんと約八年ぶりの再登場である。
登場しなかった理由はほとんど壮一郎と同じ。ディアリースターズ編は真面目に書こうとすると色々とシリアスがががが……。

・おまけ『とあるメッセージグループ』
とっても なかよしな さんにんぐみ!



 懐かしいキャラや新しいキャラなどが複数名いる二話目でした。

 壮一郎がアイドルにならないように、sideMのキャラは何人かはアイドルではない状態での登場になる予定です。また何人かはソロデビューとかその辺りになる可能性も……。

 そして涼も既に男性アイドルとして再デビュー済みで再登場。その辺りの経緯と現在の立ち位置の話は次回。


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Lesson321 祭りの狼煙を上げろ! 3

約八年越しの876プロ事情(一部)


 

 

 

「ほい」

 

「ありがとうございます」

 

 テレビ局の廊下の途中に設けられた休憩所の自動販売機で買った缶コーヒーを差し出すと、涼は頭を下げてからそれを受け取った。

 

 

 

「何故でしょうね、こうして良太郎さんと話すのは八年ぶりぐらい久しぶりな感じです」

 

「あぁ悪い、そのくだり前話で壮一郎ともうやった」

 

「えっ!?」

 

 

 

 けどまぁ、八年だか七年だか六年だかはともかくとして、こうして涼と落ち着いて話すのは涼が()()()()()()()()()()一件以来なので久しぶりであることには間違いなかった。

 

「今日はソロの仕事か?」

 

 ベンチに座って缶コーヒーをプルタブを起こしながら訪ねると、涼は俺の隣に腰を下ろしながら「はい」と頷いた。

 

「お陰様で、男性アイドルとしての仕事も増えてきました」

 

「比率は?」

 

「……まだちょっと女性アイドルとしての方が多いです」

 

 乾いた笑いと共に目を逸らす涼。男性だということを暴露した後で一時期活動を自粛していたにも関わらず、未だに女性アイドルとしても仕事が入ってくるところにファンの性癖の闇……ではなくて、ファンからの信頼と人気の高さが窺える。

 

「今はジェンダーレスの時代でもあるし、そういう需要もきっと増えていくんだろうな」

 

「僕も詳しくは知らないですけど、ジェンダーレスってそういう意味じゃないと思います」

 

 男女ハイブリッドの新型アイドルとでも呼べばよいのだろうか。『男性アイドル』と『女性アイドル』の二つの顔でステージの上に立つ涼は、紛れもなく新たなる時代を切り開く存在だと思う。

 

「……そうだな、お前ならきっと大丈夫だな」

 

「何がですか?」

 

 涼の首を傾げる仕草に沁みついてしまった女性らしさを感じつつ、俺は企画しているイベントの内容を説明した。

 

「……男女混合のイベント、ですか」

 

「あぁ。でも単純な男女混合ってわけじゃなくて『男性アイドルと女性アイドルがそれぞれの陣営に分かれて競い合う形式』のイベントだ」

 

「それは、その……」

 

 眉を潜めた涼が言葉を濁す。

 

 俺が原因云々の話は一先ず置いておいて、現在のアイドル業界は圧倒的に男性アイドルが少ない。女性アイドルの十分の一以下と言ってもいい。アイドル業界を牽引する1054や765や346といった芸能事務所には女性アイドルばかりで、男性アイドルの芸能事務所は軒並みマイナーなところばかり。

 

 要するに涼は「その形式のイベントを開催するための男性アイドルが集まるのか」ということを危惧しているのだろう。

 

「そのうちの一人にお前がなるんだよ!」

 

「まぁ話の流れとしてそういうことだろうなとは思っていましたけど」

 

 涼は苦笑しつつ、しかし二つ返事で「分かりました」と頷いた。

 

「そのイベントには良太郎さんも出演するんですよね?」

 

「勿論」

 

 寧ろ俺が出演したいから企画した、と言っても過言ではない。感覚的にはハーレムものの主人公が『最近女子とばっかりいるから、男子と遊ぶの楽しいわー』みたいなことを言っている場面に近いものがある。女の子ばかりに囲まれて仕事をするのは流石に慣れているけど、それでも俺だって男子で集まりたいときぐらいあるのだ。

 

「分かりました。是非参加させてください」

 

「……ありがとう、涼」

 

「そんな、お礼を言うのは僕の方ですよ。良太郎さんから直々にイベント出演の依頼があったなんて、愛ちゃんと絵理ちゃんに自慢出来ます」

 

 そう言って笑う涼。どうやら愛ちゃんや絵理ちゃんの二人とも相変わらず仲睦まじいようで何よりだ。

 

 

 

「ちなみにどっちが本命?」

 

「ちょっと何言ってるのか分からないですね」

 

 

 

 そこで「なんのことですか?」って聞き返さない辺り、語るに落ちてるんだよなぁ。

 

 無表情という名の鉄面皮で覆い隠されているものの、俺の内心は既にニヤニヤと下世話な笑みを浮かべている。

 

「絵理ちゃんはともかく、愛ちゃんはなぁ。本人は凄くいい子なんだけどなぁ……母親がアレだからなぁ」

 

「良太郎さん、噂をすれば影って言葉知ってます?」

 

「っ!?」

 

 思わずベンチから立ち上がり自動販売機の裏や天井の開きそうなところを確認してしまった。

 

「やめろよ涼、あの人の場合それで本当に出てくる可能性があるんだぞ」

 

「その出てくる可能性がある場所の第一候補として、廊下の向こう側とかよりも自動販売機の裏と天井を真っ先に確認しちゃうんですね……」

 

「いいか『神出鬼没』っていうのは『鬼神(オーガ)のように自由自在に出没して居所が分からないこと』っていう意味なんだ。ちゃんと辞書で調べたんだからな」

 

「辞書にも鬼神にルビでオーガとは振ってないってことぐらい僕にも分かりますよ……」

 

 そんな例のあの人モドキのことはさておき、すっかり涼によって話題が流されてしまった。ここから強引に話を戻すのは流石に無粋だから、今日のところはこれで勘弁しておいてやろう。

 

「それじゃあ、後日改めて123から876へ正式な出演オファーを出させてもらうな」

 

「はい。僕からも社長に話しておきますね」

 

「よろしくな、涼」

 

「っ! はい! よろしくお願いします!」

 

 握手をするために手を差し出すと、涼はパァッと顔を輝かせながら両手で俺の手を握り締めた。……うーん、やっぱり女性アイドル時代の方を長く知ってるから、女の子にしか見えない……。

 

 それじゃあお互いにお仕事頑張ろうとベンチから立ち上がり――。

 

 

 

「えっ、涼!?」

 

 

 

 ――そんな声が聞こえてきたので二人揃ってそちらに振り返る。

 

「あれ、夢子ちゃん?」

 

 明るい茶髪をワンサイドアップにした眩しいへそ出しルックの女の子と、どうやら涼は知り合いらしい。

 

「あっ、良太郎さんはご存じなかったですかね? 先日ウチの事務所に移籍してきた『桜井(さくらい)夢子(ゆめこ)ちゃんです』

 

「へぇ。初めまして、周藤良太郎です」

 

「……え、えぇぇぇ!? す、すすす、周藤良太郎!? ははは初めまして桜井夢子です!」

 

 うーん、なんだか懐かしいリアクション。花丸あげたい。

 

「ちょ、ちょっと涼!? こんな凄い人と知り合いだったなんて私聞いてないわよ!?」

 

「あれ? 話したことなかったっけ……事務所で話題に出したことぐらいあったと思ったけど……ほら、前に愛ちゃんが言ってた『りょーおにーさんは親戚のお兄さんみたいな人です!』って」

 

「……その発言で周藤良太郎と結びつくわけないでしょうが!」

 

 夢子ちゃんの言うとおりである。良太郎もそうだそうだと言っています。

 

「夢子ちゃんは涼を探しに来たの? こっちの話は終わってるから、連れて行っちゃっていいよ」

 

「さ、探しに来たわけじゃないですけど……連れて行っていいのであれば、連れていきます!」

 

「ゆ、夢子ちゃん?」

 

 何故かガッシリと涼の腕にしがみつく夢子ちゃん。……なるほど、分かっちゃった(アイコピー)

 

「それじゃあまたな、涼。夢子ちゃんも。仕事頑張れよー」

 

「は、はい!」

 

「し、失礼します!」

 

 ズルズルと夢子ちゃんに引きずられていくように去っていく涼を見送り、さて俺も仕事だと飲み終えた缶をゴミ箱に捨てる。

 

「……これでようやく一人か」

 

 俺とジュピターの三人も合わせても、五人である。具体的に何人集めるといったことは決めていないのだが、それでも先はまだ長そうだ。

 

「我こそはという骨のある男性アイドル事務所は名乗り上げよ~……つってな」

 

 

 

「ここにいるぞぉ!」

 

 

 

「どわっほぅ!?」

 

 思わず変な声が出た。ビックリして振り返ると――。

 

 

 

「君の望み! この私が叶えてあげようじゃないか!」

 

 

 

 ――なんかやたらとガタイのいいポロシャツの男性が、願いを叶える妖精さんみたいなことを言いながら親指を立てていた。

 

 ……って、アレ、この人、確か……。

 

 

 

 

 

 

「……では改めて。我々1054プロダクションは、正式に765プロダクションへと出演依頼を申請させていただきます」

 

「はい。喜んでお引き受けしましょう」

 

 提出した書類に高木社長の捺印する。これで正式に765プロダクションが今回の企画に参加することが決定した。

 

「……しかし、あれだね、麗華君。君たちとウチの仲なんだから、ここまで堅苦しくしなくてもよかったんじゃないかね?」

 

「そうはいきませんよ、ケジメは必要です」

 

「そうですよ社長! 知り合いだからって、全員良太郎みたいに緩いわけじゃないんですから」

 

「うーん、ここで肯定するといささか良太郎君に悪いかな……」

 

 良太郎にそんな気遣いはいらないと思います。

 

 

 

 場所は765プロダクションの事務所。ウチと肩を並べつつある日本有数の芸能事務所だというのに、相変わらずここは雑居ビルのテナントのままである。折角劇場を造ったんだから、そっちに事務所を全部移転すればよかったのに……。

 

 そんな事務所へ良太郎と共に進めている企画への出演依頼をするためにやって来た私は、高木社長と律子の二人と話を進める。

 

「出演メンバーの人選はこっちで決めていいのよね?」

 

「任せるわ。コンセプト的に劇場のアイドルも連れてきて欲しいところね」

 

「うーん、そうなると門司(もんじ)プロデューサーとも相談しないといけないわね」

 

 門司……あの眼鏡のプロデューサーは赤羽根だったはずだから、きっと劇場のプロデューサーね。

 

「『魔王エンジェル』と『周藤良太郎』にビビらない、骨のあるアイドルを頼むわ」

 

「あら、それじゃあ全員出演させてほしいところね」

 

 挑発の言葉に対して挑発の言葉が返ってきた。律子も変わらないわね。

 

「まぁでも、男性側の出演メンバーが揃わないことには何とも言えないところね」

 

「……それなのよね」

 

 律子の指摘に対して少し頭を抱えてしまう。

 

 良太郎がやりたいことは分かるし、それを実行しようとする理由も分かる。それでも現実問題として、今回のイベントに参加できるような男性アイドルが果たして何人いるのか。

 

 男女で人数を揃えるつもりは最初からないが、それでもある程度均一にしなければ『対抗イベント』という形式すら成り立たなくなってしまう。

 

「基本的に男性アイドルの方は良太郎に任せてるけど……果たして何人見つかることやら」

 

 ……ん? 噂をすれば、その良太郎からメッセージが……。

 

「……えっ」

 

 

 

 ――出演してくれる男性アイドル十数人、確保出来そうで候。

 

 

 

「急に何処からそんな人数が湧いて来たのよ……」

 

 相変わらずアイツにはアイドルとの変な縁があるなと、別に頭は痛くないのにいつもの癖で頭を押さえてしまった。

 

 

 




・八年ぶり
最後の登場は第一章最終話だった模様。

・涼の性別暴露
既に男性バレ済みで、さらにその上で女性アイドルとしても活動しているという。
これがアイ転世界の涼ちんです。

・「ちなみにどっちが本命?」
関係ないけど現在の時間軸では愛ちゃん16歳で涼と絵理ちゃん18歳。

・桜井夢子
ディアリースターズ本編において涼のライバルになる女の子。
手段を選ばないプチ子悪党なところが原作魔王エンジェルチック。
アイ転世界では876プロに移籍しております。

・良太郎もそうだそうだと言っています。
実際にこのセリフを口にしたのは小美人の方。

・アイコピー
トップガンは観に行っていません。ジュラシックワールドは観に行きました。

・ガタイのいいポロシャツの男性
まるでパッションそのもののような男。略してまパお。

・門司プロデューサー
担当CVが決まっていなかったので、作者の方のお名前を拝借させていただきました。



 果たしてどういう経緯で出演アイドルがいきなりフエタンダー()

 ようやく胸を張ってサイドエム編だと言えそうな展開になってきました。

 彼らが正式に登場するまでもうちょっとです!

 ……勘のいいというか記憶力のいい人はこの時点で違和感を覚えているでしょうが、過去改変してるので気にしなくていいですよ(暴論)



『どうでもよくない小話』

 ついに本家モバゲーのシンデレラガールズのサービスが終了してしまうようです。本格的にはほぼやっていませんでしたが、やはり寂しいですね。


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Lesson322 祭りの狼煙を上げろ! 4

ようやく第八章プロローグ終わり!


 

 

 

「いやぁ、いきなりすまんね! 周藤君!」

 

「いえ……まぁ、驚きはしましたが」

 

 正直いつもは自分が驚かす側の人間なので驚かされるのは結構新鮮だなぁなんて思ったり思わなかったり。

 

 それより、この男性である。やたらとガタイが良く、必要以上に声が大きく、全てひっくるめて()()()()。先日壮一郎から話を聞いたときにも少しだけ既視感を覚えていたが、こうして実際に顔を合わせて全てが合致した。

 

「えっと……、齋藤さんでしたよね」

 

「おぉ!? まさか私のことを覚えていてくれたのか!?」

 

「勿論ですよ」

 

 実際はたった今思い出したんだけど。いやこんな濃いキャラをなんで忘れてたんだか。

 

 彼は高木社長の古い友人であり、俺が芸能界に入ったときに紹介してもらった記憶がある。確かプロデューサーとしての腕を磨くために海外へと渡っていたという話を聞いていたが……。

 

「帰国されていたんですね」

 

「あぁ! 今はまだそのときではないと思って挨拶に行かなかったことは謝罪させてくれ! ()()()()()が落ち着いてきたから、こうして会いに来たのだよ!」

 

「……()()()()()ですか」

 

「そうとも! 改めて自己紹介させてもらおう!」

 

 そう言って齋藤さんは一枚の名刺を差し出してきた。

 

 

 

315(サイコー)プロダクション代表取締役社長! 齋藤(さいとう)孝司(たかし)だ!」

 

 

 

 この人さっきからずっと声の圧が強いなぁ、なんて思いつつ手渡された名刺に視線を落とす。

 

「……へぇ、なるほど。()()()()()()専門芸能事務所ですか」

 

 それはなんとも好都合。まさに狙ったような展開である。

 

「設立したのは去年だ! そこから何組かの男性アイドルグループをプロデュースしている! 今回このタイミングで声をかけさせてもらったのは、当然()()()()()()を耳にしたからだよ!」

 

 今の俺の状況、つまり『企画に参加してくれる男性アイドルを探している』ということだ。

 

「それはつまり」

 

 

 

「あぁ! 我が事務所の男性アイドルたちを君へ()()()()に来たのだよ!」

 

 

 

 

 

 

「という経緯だ」

 

『高木社長の知り合いの事務所だったわけね』

 

 麗華からかかって来た電話は当然先ほど彼女に送ったメッセージの内容についてだったので、齋藤社長登場シーンから丁寧に説明してやった。

 

 しかし何も言わなかったけど、多分高木社長が裏で何かしらの話をしていたのではないかと考えている。あの人もあれでなかなか食えない人だ。

 

「おかげでなんとか予定通り(プランA)で企画が進みそうだ」

 

『私聞いてないんだけど、代替案(プランB)はあったわけ?』

 

「いっそのこと(はおう)VS俺以外(れんごうぐん)という形にするストロングスタイル」

 

『……ちょっと面白そうって思ったけど、それだと当初の目的が何も果たせないわね』

 

 だから本当の本当にどうしようもうなくなったときの代替案だったんだが、その必要はなくなった。

 

 しかしまぁ、こんな男性アイドル事務所が活動を始めていたなんて本当に気付かなかった。男性アイドル事務所は珍しいからいくらなんでも普通は気付くはず……って思ったが、まともな活動が始まったのが秋から冬頃という話を聞いてその理由に思い至る。

 

(未来ちゃんや静香ちゃんやニコちゃんのアレコレで色々と気が回らなかった時期だ……)

 

 今になってじっくりと思い返すと、なんとなくそんなような話を小耳に挟んだようなそうでもなかったような……。

 

『一応こちらでも少し調べてみたわ、315プロ』

 

「俺も色々と話を聞いてみたが……なんというか」

 

『346以上の色物事務所があるとは思ってなかったわ』

 

「もうちょっと言葉を選ぼう」

 

 俺の第一印象もそれだったから強く否定できないけど。

 

『元弁護士に元医者に元パイロットに元教師って……なんかもう絶対コレは狙ってるでしょ。まともに養成所に通ってたアイドル候補生なんて一人もいないじゃない』

 

「いやいや346は346で眼鏡の妖精さんとかサンタクロースとかなかなかバリエーションに富んでたぞ?」

 

『アイドルの素性に関するバリエーションは求めてないのよ』

 

 いやいやなかなか重要だぞ……と反論しつつ、眺めていた315プロ所属アイドルの一人に目が留まる。

 

「……一人だけ、アイドル候補生に負けないぐらいの情熱を持った人はいたけどな」

 

『? 何、知り合いでもいたの?』

 

「あぁ。なんか元コンビニ店員や王子様とユニット組んでるらしい」

 

『コンビニ店員はともかく、王子様とはまたありきたりな肩書ね。……えっ、ちょっと待ちなさい、ただの肩書よね?』

 

「さぁ?」

 

 いてもいいんじゃないかな、王族。

 

 それはさておき、そんな二人と『アルバイト仲間』という共通点でユニットを組んだらしい我が友人たる男性。去年の春先に「アイドル事務所にスカウトされた」という話をしていたが、まさか本当にアイドルになっているとは思わなかった。

 

 ……というかアレ? 俺まだアイドルになったっていう報告貰ってないんだけど? 恥ずかしかったからとかそういう理由ならいいんだけど、それでりあむちゃんや亜利沙ちゃんは知ってて俺だけ知らなかったとか言われたら泣くよ?

 

「一応男子チームとして顔を合わせに事務所へ行く予定になってるから、それが楽しみだよ」

 

『……随分と嬉しそうじゃない』

 

「え、分かる?」

 

『ムカつくけどこれでもアンタとの付き合いは長いから、それぐらい分かっちゃうのよ、腹立たしいけど』

 

「そんな! 俺と麗華の仲じゃないか!」

 

『ペッ』

 

 あ、こら! フリとはいえ唾を吐く真似はやめなさい! いい年した女性なんだから!

 

 ……麗華の言う通り、俺は嬉しかった。はしゃいでいるとも言っていい。

 

 齋藤社長との会話を思い返す。

 

 

 

 

 

 

「……なるほど」

 

 自分の事務所の男性アイドルを周藤良太郎に売り込みに来るとは、相当自信があるらしい。

 

 勿論、今までそういった一切なかったわけではない。それでもその殆どはそれによって得ることが出来るで()()()利益に目が眩んだ連中ばかりだ。そんな連中がどうなったかは……言わなくても分かるだろう。

 

 だがしかし、齋藤さんは違う。この人からは自分の事務所のアイドルに対する絶対の自信を感じる。

 

「私がこの目で選び! そして私がこの目で選んだプロデューサーが選んだ、若き星たちだ! 彼らならそう――」

 

 

 

 ――『周藤良太郎』にだって()()()()()()とも!

 

 

 

「……へぇ」

 

 もしも俺が無表情という呪縛に囚われていなかったならば。

 

 それはもう、とてもいい笑顔を浮かべていたに違いない。

 

 それは嘲笑ではなく、呆れ笑いでもなく、純然たる歓喜の笑み。

 

 俺を真正面に見据えて尚それを力強く言い切る彼の眼は『高木順二朗』と『黒井崇男』のそれとよく似ていた。高木社長よりも挑戦的で、黒井社長よりも友好的で、しかしどちらにも劣らない『自分のアイドルへの自信』に満ち溢れた眼は、彼の事務所のことを一切把握していなかった己を恥じるには十分すぎるものだった。

 

「……気が変わりました」

 

「む!?」

 

「齋藤社長。周藤良太郎から315プロダクションへと正式に参加オファーを出させてください」

 

 頭を下げる。既に立場は逆転し、俺が齋藤社長へと出演依頼をする側になった。

 

 それはただの予感だった。それでもきっと彼らならば《《俺の望みを叶えてくれる》と、そう思えたのだ。

 

「……勿論だとも! 君が作り出すアイドルの新たなる未来に、私たちも是非参加させてほしい!」

 

 齋藤社長と握手を交わす。

 

 今ここに、俺の望みを叶えてくれる最後のヒトカケラが見つかった。

 

 

 

 

 

 

「……とかなんとか意味深に言ってるけど、要するに『次世代アイドルの育成』が目的なんだけどね、っていうね」

 

『何よいきなり』

 

「改めて再確認をね」

 

 いつもだったら物語の終盤まで引っ張る話題だけど、今回は序盤で白状しておこう。俺と麗華が今回の企画を立ち上げた主な理由がそれなのだ。

 

 『日高舞』の第一次アイドルブーム。『周藤良太郎』の第二次アイドルブーム。その間に訪れてしまったアイドル冬の時代とも呼ばれる空白期間。それはすなわち『日高舞』という強烈な火種が突然消えてしまったことが原因だと考えている。

 

 『日高舞』という光が消えたことで、他のアイドルへと目が向くようになったかと思われた。しかし実際には太陽が如き強烈な閃光に目を焼かれ、ファンの網膜には『日高舞』という伝説の残滓しか映されていなかった。強すぎる光は、消えた後も影響が残ってしまう。

 

 だから俺と麗華は考えてしまったのだ。もし、もしも――。

 

 

 

 ――『周藤良太郎』や『魔王エンジェル』が突然いなくなったとしたら?

 

 

 

 男性アイドルならば冬馬たち『Jupiter』が、女性アイドルならば春香ちゃんたち765プロの面々がそれぞれ次世代のトップアイドルであることには間違いないだろう。

 

 それでも尚、俺たちは気になってしまうのだ。

 

 それは余計なお世話なのかもしれない。トップアイドルと持て囃されたものの傲慢さなのかもしれない。

 

 例えそうだったとしても、俺たちは勝手に『アイドル業界の未来』を心配してしまうのだ。

 

 

 

 ――それがきっと俺たちが『最後に残すことが出来るもの』だと思うから。

 

 

 

『それじゃあ、大方の下準備は終わったから……』

 

「……そろそろ公表するタイミングだな」

 

 

 

 

 

 

 それは、現代日本におけるアイドル事務所の二大巨頭と呼ばれる『123プロダクション』と『1054プロダクション』から同時に告知された衝撃的なニュースだった。

 

 まだ詳しい出演アイドルや内容は明かされない。しかしそのイベントに名を連ねた765や346といったアイドル事務所という世間は騒然となった。

 

 

 

 ――ハッキリつけようぜ!

 

 

 

『アイドル超合戦!!』

 

 

 

 それは後に『第三次アイドルブーム』の象徴とも呼ばれる日本最大級のアイドルイベントの第一報であった。

 

 

 




・齋藤孝司
アイドルマスターsideMにおける315プロダクションの社長。
歴代の社長と比べるとなんかやたらとキャラが濃い……。
原作では明言されていませんでしたが、アイ転世界では高木社長と旧知の仲。

・315プロダクション
アイドルマスターsideMの舞台となる男性アイドル事務所。
何故か訳あり?のアイドルが多いことで有名。
……え? 前に登場したことあるはずなのになんで今更説明してるのかって?
ははっ(ごまかし

・『次世代アイドルの育成』
今まで散々引っ張ってこのまま最後まで引っ張りそうな雰囲気を出してましたが、要するにこういうことだよって先出ししました。



 ようやくプロローグが終わり、次回から本格的にsideM編が始まります! 基本はアニメ組のユニットを中心に、数人を抜擢してオリジナルユニットを組んだり、はたまたアイドルにならなかったアイドルとの短編を書いてみたり、そんな感じでしっかりとsideM編を書いていきますので、どうぞよろしくお願いします!

 ……だから今回のために過去改変してきて315プロが今まで登場しなかったという世界線に変えたことは大目に見てください……本当に以前はsideM編やるつもりはなかったんです……。

 ともあれ、これからよろしくお願いします!


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Lesson323 サイコーなアイドルたち

いざ315プロダクションへ!


 

 

 

 説明しよう! 315プロダクションとは、社長である齋藤孝司が去年設立した男性アイドル専門の芸能事務所である! 所属しているアイドルは総勢……えーっと……十五人ぐらい! 二十人はいない! はず!

 

 世間は第三次アイドルブームで盛り上がっているが、男性アイドルという存在は圧倒的に数が少なく注目度も少ない。というか圧倒的な頂点(すどうりょうたろう)不動の次席(ジュピター)の人気が高すぎて注目されづらいというのが辛い現実だ。

 

 しかしそんな逆境をものともせず! トップアイドルを目指してひた走る!

 

 

 

 それが俺たち! 『DRAMATIC STARS(ドラマチックスターズ)』だ!

 

 

 

「まずはリーダーの俺! 努力と根性の熱血ヒーロー! 天道(てんどう)(てる)!」

 

 以前は弁護士として活動していたがちょっとしたトラブルで所属していた弁護士事務所を辞め、みんなを笑顔にするためにアイドルになった! 

 

「続いて二人目のメンバー!」

 

「……えっ!? あ、えっと、す、ステージを華麗にリフトオフ! 柏木(かしわぎ)(つばさ)です!」

 

 翼は元パイロット! 翼も過去に色々あったが、今は俺と一緒にトップアイドルを目指す良きユニットメンバーだ! ご飯を凄い食べるぞ! そりゃあもうビビるぐらい食べるぞ! いやマジで!

 

「そして最後! 三人目のメンバーは!」

 

 

 

「……さっきからキミは何をしているんだ」

 

 

 

「っだぁぁぁ! 乗れよそこは!」

 

 三人目のユニットメンバーで元医者のアイドルでもある桜庭(さくらば)(かおる)が呆れたように眼鏡を指で押し上げながらため息を吐いた。寧ろ俺が何をしているんだと言いたい。

 

「相変わらずノリが悪いなぁお前は」

 

「まずは説明をしろ。それぐらい言わなくても理解できるだろう」

 

「ま、まぁまぁ……」

 

 睨みあう俺と桜庭、そしてその間に引き攣った笑みで入ってくる翼。俺たち三人の中では既にお馴染みの光景である。

 

「ほら、プロデューサーが『今日は社長が大事なお客さんを連れてきます』って言ってただろ? だからそのお客さんにする挨拶の練習だよ」

 

「……こんな挨拶をするつもりなのかキミは? そしてこんな挨拶の練習をするためにわざわざレッスン室に僕たちを呼び出したのか?」

 

「こんな挨拶とはなんだよ!」

 

 別に今回だけじゃなくて、これからのステージでも使える汎用性のある自己紹介だ。俺たちは誰かさんのせいでその辺りがかなり疎かになってるんだから、しっかりと練習してものにしないと。

 

「どんな場面であろうとも僕は絶対にこんな挨拶しないからな」

 

「しろよ!」

 

「そんなことより」

 

「そんなことだとぉ!?」

 

「ま、まぁまぁまぁ……」

 

「そろそろ時間だぞ」

 

 桜庭に言われて壁の時計を見ると、いつの間にか予定の時間が迫っていた。確かにそろそろ準備をしないとお客さんが来てしまう。

 

「今日のところはこれぐらいにしといてやる! 次回までには自分の挨拶をしっかりと出来るようにしておけよ、桜庭!」

 

「自分の挨拶ぐらい出来る。キミのそのノリが嫌なだけだ」

 

「なんだとぉ!?」

 

「ま、まぁまぁまぁまぁ……」

 

 

 

 レッスン室を後にした俺たちは、着替えを済ませて事務所の応接室へと向かう。その道中の話題は今日訪れるという大事なお客様についてだ。

 

「結局誰なんだろうな」

 

「プロデューサーさんも『実は私も知らないんです』って言ってましたね」

 

 ということは社長だけが知ってるってことだけど……もしかして業界で相当偉い人を連れてきたりするんじゃないか?

 

「……もしそうだとしたら絶好のチャンスだ。何か大きな仕事に関わることが出来るかもしれない」

 

「大きな仕事……やっぱりテレビ出演だな!」

 

 深夜にやってる小さな番組には出演したことがあるが、やっぱりゴールデンタイムに進出したい。

 

「何処かの企業の広告塔、っていうのもありじゃないですか?」

 

「それもいいな! 三人で並んで、栄養ドリンクなんかを一気飲みしちゃって!」

 

 ……自分で言っておいてあれだけど、元弁護士と元パイロットと元医者が勧める栄養ドリンクってなんかヤダな。何処かブラックな香りが漂ってきそう。

 

「……あ、プロデューサー」

 

「皆さん、お疲れ様です」

 

 廊下の向こうからプロデューサーが歩いてきた。いつものようにほんわかとした笑みを浮かべているプロデューサーだが、何故か今日は少しだけ緊張しているような、そんな感じがした。

 

 ……今気付いた、プロデューサーの後ろに誰かいる。中折帽子を被り眼鏡をかけた男性。

 

「紹介します、彼らは……」

 

 そんな男性に向く俺の視線に気付いたプロデューサーは振り返って男性に俺たち三人の紹介を始めた。

 

 しかしそんなプロデューサーの言葉を男性は「大丈夫」と遮った。

 

 

 

「所属アイドルに関してはしっかりと予習しているでヤンス」

 

 

 

「「「「ヤンス!?」」」

 

「天道輝・桜庭薫・柏木翼の三人組アイドルユニット『DRAMATIC STARS』でヤンスね。実に王道のアイドルグループで気になっていたでヤンスよ」

 

 しっかりと認知されていた上に褒められてるのに、語尾が気になりすぎてそれどころじゃない。いたのか、現代日本にこんな語尾の人間が本当にいたのか。

 

「どうしたでヤンスか?」

 

「い、いえ、その……そ、そういうキャラで通すつもりなんですか……?」

 

 プロデューサーがここまで引き攣った顔をしているのを初めて見た。

 

「大丈夫でヤンス。多分飽きたら終わるでヤンス。具体的には後に二話ぐらい。三話は怪しいでヤンス」

 

 いや本当に語尾が気になりすぎて会話の内容も全く入ってこない。

 

「315プロに所属しているアイドルは、なかなか『キャラが濃い』という話を伺っていたでヤンスから、自分もそれに負けないぐらい濃いキャラで挑まなければ影が薄くなってしまうと思ったでヤンスよ」

 

 今現在アンタのキャラの濃さで俺たちが極限にまで薄まってるよ。

 

「……それでプロデューサー、結局彼は誰なんだ?」

 

 呆れ顔が一周して真顔になった桜庭がプロデューサーに問いかける。男性に直接話しかけようとしない辺り、この人のことをどう考えているのか手に取るように分かる。

 

「『社長が連れてくる大事なお客様』とやらの関係者か?」

 

「……ん? え?」

 

 何故か目を白黒させているプロデューサーに代わって、男性が「正解でヤンス」と答えた。

 

「流石鋭いでヤンスね桜庭さん。伊達に眼鏡をかけていらっしゃらない」

 

「眼鏡は関係ない」

 

「ちなみにアッシのこれは伊達眼鏡でヤンス」

 

「いやそれも関係な……一人称までそれなのかキミは……」

 

 凄い。あの桜庭がこれだけの短い会話であんなにも消耗させられるなんて。

 

「桜庭さんのご指摘通り、アッシは本日齋藤社長に招かれた『とある人物』の付き人みたいなものでヤンス。申し訳ないことに社長とその人が遅れているようでヤンスから、先に自分が事務所や所属アイドルのことを見せてもらっていたでヤンス」

 

「付き人みたいなものですか」

 

「大体そんな感じでヤンス」

 

 ちょっとだけ慣れてきた。とりあえず悪い人ではないみたいだし、プロデューサーが直々に連れてきたってことは悪い人でもないだろう。

 

「よし! それじゃあここはプロデューサーに代わって俺たちが案内してあげますよ!」

 

「なっ」

 

「えっ」

 

「ありがたい提案でヤンスけど、いいんでヤンスか?」

 

「勿論! 俺たちの事務所のことを、もっと多くの人に知ってもらいたいからな!」

 

「でも柏木さんはともかく、桜庭さんの顔が凄いことになっているでヤンスよ」

 

 男性が指さす先には、多分渋柿をゆっくり味わって食べてもあぁはならないだろっていうぐらい渋い顔をした桜庭が。

 

「いいだろ桜庭。さっきの自己紹介が出来ない以上、こうなったらこの人から『大事なお客様』にこの事務所のいいところを紹介してもらわないと」

 

「なんでその二択になるんだ……」

 

「まぁまぁ、いいじゃないですか薫さん。語尾は少し怪しいですけど、良い人そうですよ」

 

「少し?」

 

「……け、結構」

 

 そこは譲れないんだな桜庭。そして訂正しちゃうんだな翼。俺もそこには同意するけど。

 

「……まぁいい。僕も同行してやる」

 

「おっ、ようやく乗り気になったな」

 

「勘違いしないでくれ。不審者に変なことを説明しないように監視するだけだ」

 

 ひでぇ言い草。

 

「悪いな、えっと……」

 

「あぁ、そういえばアッシの自己紹介がまだでヤンスね」

 

 キャラの濃さにそれどころじゃなかった男性が、ようやく俺たち三人に対して自己紹介をしてくれた。

 

 

 

「アッシは……そうでヤンスね、今は『仕事人リョーさん』とでも呼んで欲しいでヤンス」

 

 

 

「やはり通報するべきだプロデューサー。キミは騙されている」

 

「薫さん! もうちょっと! もうちょっと様子を見ましょう!」

 

 正直俺も前言撤回したい。

 

 

 

 

 

 

(……えっと、本気ですか? 本気でそのキャラを押し通すつもりですか?)

 

 ドラマチックスターズ略してドラスタの三人に聞こえないように配慮して声を小さくしてくれるプロデューサーさん。

 

(さっきも言いましたけど、ずっとコレで行くわけではないですよ。俺が『俺』だとバレないようにするための偽装工作でヤンス)

 

(語尾抜けきってませんよ)

 

 齋藤社長が遅れているのは本当だ。だから俺がこうして一人で先に事務所へとやって来たのだが……。

 

(なんというかこう、久しぶりに悪戯心がフツフツと……ね?)

 

 思い出すなぁ。346プロでは出来なかったけど、初めて765プロへ行ったときはこんな感じで自分の正体を隠してたんだよなぁ。ケーキ屋さんだと勘違いした響ちゃんに事務所に案内されて……懐かしい記憶だ。

 

(……風の噂で『最近はトンと大人しくなった』と聞いていたのですが……全然そんなことないじゃないですか)

 

 そんな噂流れてるのか、我ながらウケる。

 

 

 

「おーいリョーさん、何こそこそ話してるんだー? 事務所案内するぜー!」

 

「おっとこれは失礼したでヤンス」

 

 天道さんに呼ばれ、自分のキャラを先ほど急造した『仕事人リョーさん』へと切り替える。ぶっちゃけまだキャラが固まりきってないからアドリブで作っていくしかない。

 

 さてさて、315プロではどんなアイドルに出会えるかな?

 

 

 




・『DRAMATIC STARS』
サイドエムの信号機トリオユニット。
知らない人はいいから黙って『MOON NIGHTのせいにして』を聞くんだ(迫真)

・天道輝
アイドルマスターsideMの信号機トリオの赤担当。
元弁護士という経歴を持つ28歳。デレミリ勢からしてみるとかなり年齢が高く見えるかもしれないけどエムマスだと割と普通。
特撮ヒーロー好きなので覆面ライダー関係でも色々とやりたい。

・柏木翼
アイドルマスターsideMの信号機トリオの黄担当。
元パイロットな24歳。パッションチックな輝に対して、黄色ながらキュート寄り。分かる人に伝われ。
いや本当に凄い食うのよ。

・桜庭薫
アイドルマスターsideMの信号機トリオの青担当。
元医者という経歴もありなかなか過去が重め。26歳。
なおアイ転では一番の被害者になる予定なのは言わずもがな。

・315プロのプロデューサー
通称石川P。今までのアニメPに対して厳しいことを言うかもしれないけれど、マジで優秀なお人。

・『仕事人リョーさん』
一体誰なんでヤンスか……!?



 ついに! ついにやってきました315プロダクション! 覚悟してください! これからしばらくは女の子成分皆無ですよ! 大丈夫女の子みたいに可愛い男性は何人かでますから! いやマジで!

 真面目な話。昔は書く気が一切なかったエムマス編がここまでくるとは思わなかったです。こうなったからにはしっかりと、それでいて趣味に走り、そしてさらにアイ転らしいお話にしていきたいと思います。



『どうでもよくない小話』

 総選挙グループA! 唯ちゃん2位&楓さん3位! やったぜ!


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Lesson324 サイコーなアイドルたち 2

新キャラ増えるよ何処までも。


 

 

 

「……? 翔太、良太郎の奴知らねぇか?」

 

「りょーたろーくん?」

 

 事務所のラウンジに顔を出し、ソファーで横になって雑誌を読んでいた翔太に良太郎の所在を尋ねる。

 

「確か急用がなければ一日事務所で雑務やってるって話だったって聞いてたんだが」

 

 良太郎は最近は事務所の事務方の仕事をやり始め、本格的に副社長としても活動を始めようとしていた。流石のアイツもいきなりアイドル引退ってことはしないだろうが、将来的にはそういうことを考えているのだろう。

 

「んー、僕は知らないなぁ。何か用事だったの?」

 

「あぁ、次のイベントのことでちょっとな」

 

 良太郎と東豪寺麗華が主体となって開かれる大型イベント『アイドル紅白超合戦』。男性アイドルと女性アイドルがそれぞれ白組と紅組に分かれて様々なパフォーマンスで勝負をするというコンセプトのそのイベントに、当然俺たちジュピターも参加が決定している。

 

「あー、もしかしてそれじゃない?」

 

「それって?」

 

「ほら、なんか『出演してくれる男性アイドルを探してる』って言ってたじゃん? そのアテが見つかったとか、そんな感じ」

 

 なるほど、確かに一理ありそうだ。

 

「でもそんな骨のある奴いたのか?」

 

「どーだろーね?」

 

 どいつもこいつも『周藤良太郎』と『Jupiter』の名前にビビるような奴らばかりだ。一応876プロの秋月涼の参加が決定したらしいが、それ以外の事務所の話は少なくとも俺の耳には届いていない。

 

「でもいないなら、育てればいいんじゃない?」

 

 雑誌を閉じて身体を起こした翔太が、こいつにしては随分と珍しいことを言っていた。

 

「多分りょーたろーくんはそんなことを考えながら動いてるんじゃないかなって。実際僕たちだって、ちょっとだけとはいえ765プロの子たちの面倒を見てあげたことあったわけだし」

 

「……そんなこともあったな」

 

 所と佐久間と北沢の三人。そしてかつてはバックダンサー組と呼ばれ今ではシアター組一期生と呼ばれる六人。こいつらが765プロのやつらと同じアリーナライブのステージに立てるレベルまで引き上げるため、俺たちもそのレッスンに協力をした。

 

「だから冬馬君も、新人アイドルが参加することになっても怖い態度取っちゃダメだよ? ただでさえ冬馬君は基本上からの威圧的な態度取ることが多いんだから」

 

「っだよそれ!?」

 

 これでも個人的に島村の奴の面倒を見てやったことがあるんだから、その点に関して言えばお前だけじゃなくて北斗よりも経験あるんだからな!?

 

「さっきから何を騒いでいるんだい?」

 

「あっ、北斗君お疲れー」

 

「……別に騒いでねぇよ」

 

 大声を出したことは認めるが、騒いではいない。

 

「北斗君、りょーたろーくんがどこ行ったか知らない?」

 

「良太郎君? 確か次のイベントに参加してくれることになった事務所を見に行くって言ってたよ」

 

「あ、やっぱりそうなんだ」

 

「ちっ、そうならそうと俺にも一言言えっての」

 

 無駄に探しちまったじゃねぇか。

 

「おや? 良太郎君に構ってもらえなくて拗ねてるのかな?」

 

「おいバカマジでそういうのヤメロ」

 

 思わずガチトーンで反論してしまった。

 

(……冬馬の奴、何かあったの?)

 

(やめときゃいいのに、自分の掛け算スレっての見ちゃったらしくて……)

 

 知ってはいた……そういう存在自体は知ってはいた……! それでも……俺はもう……あんな深淵を……見たくない……!

 

「……一体冬馬はどんな闇を見たんだ……?」

 

「詳しくは知らないけど、多分詳しく知らなくてもいいことだと思う」

 

 

 

 

 

 

「ほうほう、それではドラスタのお三方が315プロ初のアイドルにあるでガンスな?」

 

「語尾変わってるぞ」

 

「間違えたでヤンス」

 

 相変わらず語尾が怪しすぎてイマイチ信用しきれないこの男性、自称『仕事人リョーさん』に事務所を案内することになった俺たち。俺や翼はそろそろ慣れ始めたものの、桜庭はずっと不審人物を見る目のままだ。

 

 ……いや、正直に言うと不審人物であることには変わりない。ただ俺も前の職業柄、人の嘘や虚偽に関してはそれなりに見る目があるのだが……不思議なことに嘘は付いていても騙そうという気配が感じられなかった。悪意がない、とでも言えばいいのだろうか。純粋に悪戯を楽しんでいる少年……そんな印象だった。

 

「えっと、今所属しているのは全員で十五人であっていたでヤンスか?」

 

「えーっと……」

 

「そうですよ」

 

 指折り数えようとしたが、代わりに翼がスッと答えてくれた。

 

「ただウチの事務所、社長やプロデューサーさんが突然スカウトしてくることがあるので、今のところは……という枕詞が付いちゃいますけど」

 

「人数が安定しないんだよな」

 

「まるで346プロみたいなフットワークの軽さでヤンスね……」

 

 そんな会話をしているうちに、会議室から出てくる三人組の姿が見えた。

 

「おっ、ちょうどいいところに、先生方!」

 

「む?」

 

「Hey! ミスターてんどう、ミスターかしわぎ、ミスターさくらば!」

 

「おや、お客さんかい?」

 

「はい。……リョーさんならきっと予習してきてくれてるだろうけど」

 

 というわけで、この三人がリョーさんがこの事務所で出会う二組目のユニット。

 

 元教師の肩書を三人組アイドルユニット『S.E.M』だ。

 

(はざま)道夫(みちお)だ。以前は高校で数学の教鞭を執っていた」

 

舞田(まいた)(るい)! 元English teacherだよ!」

 

山下(やました)次郎(じろう)、元化学の教師ですよ、っと……」

 

 元弁護士の俺に言えた義理はないけれど、元高校教師という一風変わった肩書を持つ三人。教師を辞めた後にアイドルを志したわけではなく、アイドルになるために教師を辞めたという珍しい経歴を持っている。

 

「どうも皆さん初めまして。アッシのことは『仕事人リョーさん』と呼んでほしいでヤンス」

 

「あぁ、よろしくリョーさん」

 

「Nice to meet you! ミスターりょー!」

 

「えっ、ちょっと待ってお二人とも普通に接するの!?」

 

 十人中十人が怪しいと感じるリョーさんの自己紹介をアッサリと受け入れてしまった硲先生と類は、どうやら幻の十一人目と十二人目だったらしい。普通は山下さんみたいな反応するんだよなぁ……。

 

「事前に予習させていただきましたが、本当に凄い経歴でヤンスね。現役の教師からアイドルになるとは、なかなか勇気のいる選択だと思うでヤンス」

 

「よく言われますよ……」

 

「俺とミスターやましたは、ミスターはざまに誘われちゃったんだよね~」

 

 その辺りの経緯は俺も聞いている。確か意外なことに硲先生が言い出しっぺで、教師以上に生徒たちを導く存在になるためにアイドルへ……っていう話だった。

 

「実は私たちが勤務していた高校に、とてもアイドルに対する造詣が深い女子生徒がいたのだよ」

 

「ほうほうでヤンス」

 

「彼女はとても熱意のある生徒だった。アイドルのライブに参加した次の日には『先生にも是非アイドルちゃんの素晴らしさを!』と熱く語ってくれたものだ」

 

「ほうほうでヤ……んんん?」

 

「その熱意をそのまま勉学へと向けることが出来れば、それはきっと教師よりも生徒たちを導くことが出来るのではないか……私はそう考えたのだ」

 

「あーいましたねーそんな子」

 

「彼女の熱いIdol talk、とても面白かったよね!」

 

「………………」

 

 俺も初耳のそのエピソードを聞いて、何故か途中からリョーさんが黙ってしまった。

 

「ん? どうかしたのかい、リョーさん」

 

「あーいや、別になんでもないでヤンス。後でちょっと確認したいことが増えただけでヤンスから。大丈夫、別に貴方たちに不都合があったとかそういう悪い話じゃないでヤンスから、心配しないで欲しいでヤンス」

 

「分かったでヤンス」

 

『ぶふっ』

 

 真顔の硲先生がリョーさんの語尾を真似したせいで、その場にいた殆どの人間が噴出してしまった。あの桜庭ですら笑ったのだから相当な破壊力である。真面目な顔してこういう茶目っ気を出すから硲先生はズルい。

 

「そ、それで、お三方は会議室で何をされていたんですか……?」

 

 堪えきれない笑いをかみ殺そうと努力しつつ、最初から感じていた疑問を三人にぶつける。確かこの時間、打ち合わせの類いをする予定はなかったはずなのに、何故三人は会議室から出てきたのだろうか。

 

「あぁ、それね。ちょ~っとだけ、前の職業に戻ってたのよ」

 

「前の職業?」

 

 山下さんの言葉に首を傾げるが、次の類と硲先生の言葉に納得した。

 

「中間testが近いらしいからね! 315プロの臨時teacherになってんだよ!」

 

「彼ら全員から、少しだけ勉強を見てほしいと頼まれてね」

 

 ……なるほど、つまり中には()()がいるらしい。

 

「俺たちは今、リョーさんに315プロのアイドルを紹介してるところだったんだ」

 

「Wow! それはGood timingだったね!」

 

「315プロの学生組は()()全員、会議室の中にいますよ~」

 

 それは本当にグッドタイミングだった。

 

「それじゃあリョーさん、次は315プロ唯一の学生アイドルバンドユニットと、()()()()()()()()()()()()()を紹介するぜ」

 

「おっと、前者は予習済みでヤンスが、期待の新人さんの情報は伏せられていたので期待したいでヤンス」

 

 流石のリョーさんもデビュー前の新人の情報を知る伝手はなかったようだ。……自分で言うのもあれだけど、流石にウチはまだ発展途上事務所だからな。

 

「お~いみんな~お客さんだぞ~勉強中断~」

 

 

 

 

 ――やったっす!

 

 ――やったぜ!

 

 ――ちょっと二人とも喜びすぎじゃ……。

 

 ――急に元気になったねー。

 

 ――僕たちの活動のためにも真面目にやってください。

 

 ――まーまー、ちょっとぐらいいいじゃん?

 

 

 

 山下さんが会議室のドアを開けて中へと声をかけると、学生たちのそんな声が聞こえてきた。

 

 そして硲先生と類に誘われて会議室に入るリョーさん。

 

 ……多分だけど、()()()()()()()だろうな。

 

「お勉強中のところ失礼……ん?」

 

 足を踏み入れるなり、リョーさんは動きを止めた。

 

「……あの、天道さん?」

 

「どうした?」

 

 

 

「……()()がいるでヤンスねぇ……」

 

 

 

 ほらやっぱり。

 

 

 




・全員で十五人
※なおあくまでも現在の数字である。

・碇道夫
アイドルマスターsideMのキャラクター。
元数学教師な32歳。アイマス世界におけるアイドル最年長。
真顔具合が良太郎レベル。

・舞田類
アイドルマスターsideMのキャラクター。
元英語教師な23歳。意外と若い!
セリフがところどころルーさんになるけど、英語間違ってたらゴメン……。

・山下次郎
アイドルマスターsideMのキャラクター。
元化学教師な30歳。硲先生より年下なのか……。
先生、2020年の東急ハンズコラボの時は引率ご苦労様でした……!

・とてもアイドルに対する造詣が深い女子生徒
設定は生やすもの。一体何田なんだ……!?

・「女性」
パピッ!



 何故か知らないけどやたらと書きやすかった二話目。紹介回だったからっていうのもあるんだろうけど……なんだろうね。

 SEM出ましたよSEM。初期衣装のアレさに引かれることが多いけど、曲は凄い良いからM未履修の人は是非。

 そして最後にチラ登場したのは勿論(かのじょ)です。次回をお待ちになって!


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Lesson325 サイコーなアイドルたち 3

まだまだ新キャラ増えるよ何処までも。


 

 

 

「良太郎さ~ん……あれぇ?」

 

「こんちわー! リョータローさんいませんかー?」

 

 元気よく事務所のラウンジに入って来たのは佐久間と所。どうやら二人も良太郎を探しているらしい。

 

「こんにちは、二人とも。残念ながら良太郎君は事務所にいないよ」

 

「えー」

 

「残念ですぅ……」

 

 北斗から良太郎の不在が告げられると、二人とも不服そうな声を上げる。所は形だけだが、佐久間は露骨にガッカリしていた。

 

「もしかして二人も次のイベントのことかい?」

 

「はい、そーです!」

 

「紅組のことは麗華さんに聞いた方が早いんですけど、事務所に良太郎さんがいるなら良太郎さんからお話が聞きたいなぁって」

 

 完全に佐久間の私情じゃねぇか、というツッコミは口にするとまた絡まれて面倒くさいので黙っておく。

 

「それにしてもまゆちゃんがりょーたろーくんの居場所を知らないなんて珍しいね」

 

「……私にだって……良太郎さんの……知らないことぐらいあります……!」

 

「いやそこまで悔しそうな声出さなくても……」

 

 翔太の言葉に、まるで自らのアイデンティティーを自分の口で否定するかの如く苦しそうな声を出す佐久間。別に言わねぇけど、お前のアイデンティティー本当にそれでいいのか。……いいんだろなぁ。

 

「ちなみにリョータローさん何処に行ったんですか?」

 

「次のイベントに参加してくれることになった男性アイドルの事務所を見に行ったらしいよ。……えっと……315プロ、だったかな」

 

「315プロ……んーなんだか聞き覚えがあるようなないような……」

 

「知る人ぞ知るって事務所らしいからね」

 

 315プロ、ねぇ……。

 

「……ん? あれ? このホームページに映ってる社長さんって……」

 

 どうやらスマホで調べたらしい翔太が何かに気が付いたように顔を上げた。

 

「知ってんのか?」

 

「知ってるというか、この人じゃなかったっけ?」

 

 だから何が。

 

「ほら、961を辞めた直後にスカウトしてきた人」

 

「「何っ?」」

 

「ほら」

 

 北斗と共に翔太のスマホを覗き込む。そこはスマホの画面に映っていたのは315プロのホームページであり、そこにはやたらとガタイのいいポロシャツの男性の写真が掲載されていた。

 

 紆余曲折あって961プロを辞めた俺たちは、わずかな期間ではあるが同じタイミングで961プロを辞めた和久井さんと共にフリーで活動をしていた。そのときに「私が立ち上げる事務所へスカウトさせてくれないか!?」と無駄に力強く声をかけてきたの男性がいたのだが……。

 

「……確かに」

 

「この人だったね」

 

 流石にこのビジュアルを見間違えることはないだろう。

 

「……少し時間は空いたらしいが、本当に事務所を立ち上げたんだな」

 

「もしかして、この人の事務所でアイドルをするっていう未来もあったのかもしれないね」

 

「……どーだろーな」

 

 もしもあのとき、良太郎と幸太郎さんから手を差し伸べられなかったら……そんな未来もあったのかもしれない。

 

「アタシはジュピターの三人と一緒の事務所で良かったって思ってますよ!」

 

「ありがとう、恵美ちゃん。そう言ってもらえると俺たちも嬉しいよ」

 

「でもその場合、私たちのデビューが早まっていた可能性もありますよねぇ」

 

「そっか、僕たちのこともあったから二人は765プロに出向してもらったんだっけ」

 

「そうなったら二人は765プロのアリーナライブのバックダンサーにならなかったかもしれないのか。そう考えるとちょっとした違いで、大きく未来が変わってたのかもしれないね」

 

「……ふんっ」

 

 

 

 

 

 

「えっ、男性? 女性じゃないでゴンスか?」

 

「また語尾変わってるぞ」

 

「また間違えたでヤンス」

 

 相変わらず語尾が安定しないが、今回ばかりは思わず間違えてしまう気持ちは少し分かる。俺も()と初めて会ったときは似たような反応だった。いやこんな可愛らしく髪をツインテールにして目元パッチリメイクしてたら、ちょっとハスキーな声の女の子だって思うよ普通。

 

「っはぁ~……見れば見るほど可愛い女の子でヤンス」

 

「えへへっ」

 

 感心した様子のリョーさんに対して、()は「改めまして!」と姿勢を正した。

 

「あたし、水嶋(みずしま)(さき)! よろしくお願いします!」

 

「こちらこそよろしくでヤンス。気軽にリョーさんと呼んで欲しいでヤンス」

 

「あははっ! なにその喋り方~!」

 

 なんとなく咲はすんなりと受け入れるかもなぁって思っていたけど、その通りだった。

 

「先ほどチラリと聞き及んだでヤンスが、咲さんはデビュー前なんでヤンスね?」

 

「はい、先日プロデューサーさんにスカウトされたばかりで。でもそろそろデビューっていう話が出てるので、リョーさんも応援してくださいね!」

 

「勿論でヤンス。こう見えても自分、全てのアイドルを応援するというスタンスでお仕事をさせていただいているでヤンスからね。今から咲さんのデビューを心待ちにさせていただくでヤンス」

 

「ありがとうございます! あたし、パピッと頑張るのでよろしくお願いします!」

 

 ニッコリと笑顔でリョーさんに握手を返す咲。一方のリョーさんは、終始無表情のまま。

 

 数分前に会ったばかりであるが、リョーさんは一切表情が変わらない。声色から感情の起伏が豊かなのは間違いないだろうが、ここまで表情が変わらない人は初めて見た。まるで『周藤良太郎』のようで……ん?

 

「よーし! 咲っちの自己紹介が終わったら、次はオレたちの番っすよー!」

 

 何かが気になった俺の思考は、そんな大声によって遮られた。

 

「なんだかよく分からないっすけど、とりあえずお客さんに自己紹介すればいいんすよね!? だったらオレから()()()()()()()紹介させてもらうっす!」

 

「待ってましたでヤンス!」

 

 多分よく分かっていないはずにも関わらず、ピーピーと指笛を吹いて煽るリョーさん。基本的にノリがいい人だということはなんとなく分かっていた。

 

「まずはリーダーでギター! 秋山(あきやま)隼人(はやと)!」

 

「あっ、ど、どうも」

 

「続いてクールなベース! (さかき)夏来(なつき)!」

 

「初めまして……」

 

「次! アグレッシブなドラム! 若里(わかざと)春名(はるな)!」

 

「よろしく!」

 

「そしてエレガントなキーボード! 冬美(ふゆみ)(じゅん)!」

 

「……どうも」

 

「ラスト! ボーカルのオレ、伊勢谷(いせや)四季(しき)! 五人揃って! ハイパーメガマックス高校生バンドアイドルグループ! 『High×Joker(ハイジョーカー)』っす!」

 

「まだ四季君は正式なメンバーじゃありませんけどね」

 

「ぬわー! 旬っち厳しいっす!」

 

 旬からの一言に四季は頭を抱えて大げさに仰け反る。これだけ一緒に活動をしておいて、まだメンバーとして認められていないっていうのは流石に無理あると思うんだけどなぁ。

 

「でもオレは諦めないっすよ! いずれは旬っちにバンドメンバーとしてだけじゃなくて、ファンにトップアイドルとしても認められるように頑張るっすよ!」

 

「……いいねぇ、その志の高さは嫌いじゃない……でヤンス」

 

「っ」

 

「? 輝さん? どうかしましたか?」

 

「あ、いや……何でもない」

 

 心配そうに顔を覗き込んできた翼に、大丈夫だと首を横に振る。

 

 ……一瞬、一瞬だけ、リョーさんの声にゾクッとした。この感覚はその昔、超大物先輩弁護士と相対したときに感じたそれとよく似ていた。今のは、一体……?

 

「咲ちゃんへの自己紹介を聞いてたかもしれないけど、アッシは『仕事人リョーさん』でヤンス。今日は齋藤社長から招待されてきたこちらの事務所にお邪魔させてもらったでヤンス」

 

「そうなんすね! よろしくお願いしますっす!」

 

 うん、四季も受け入れるだろうなって思ってた。ハイジョの他のメンバーに関しては、旬が露骨に怪しそうにしていて、隼人もそこそこ怪しんでる。夏来と春名は……まぁ様子見してるってところかな。

 

「リョーさん、もしかして雑誌の記者さんとかそういう感じっすか!?」

 

「ん~……ちょっと違うでヤンスけど、やってることは大体同じでヤンス。だから皆さんのことを教えてくれると嬉しいでヤンス」

 

「そういうことなら、オレがハイジョのことを熱く語らせてもらうっすよ! まずはオレとハイジョの四人の出会いから聞くっすか!?」

 

「うーん、興味はあるでヤンスけど、そういうのはもうちょっと時間があるときに腰を据えて教えて欲しいでヤンスね。今はあくまでも社長がコチラに戻ってくるまでの間の時間で事務所を案内してもらっている最中でヤンスから」

 

「それじゃあ、あたしが最近使ってるおすすめコスメの話とか?」

 

「それもまた別の機会にじっくり教えて欲しいでヤンス」

 

 それも聞くのか……。

 

「えっと、これでまだ紹介されていないアイドルは……四人でヤンスか?」

 

「ああ。あとは三人組ユニットの……」

 

 

 

「ヤフー! 道夫たちからここでお客さんへの自己紹介大会してるって聞いたよー!」

 

 

 

 バンッ! と勢いよく金髪の少年が会議室に飛び込んできた。その後ろから一緒に入って来た二人も含め、俺が今リョーさんに紹介しようとした三人がタイミングよくやって来たらしい。

 

「すみません突然。さっき廊下ですれ違った硲さんたちから話を聞いて……」

 

「いやいいタイミングだった。丁度そのお客さんにお前たちの紹介をするつもりだったんだ……ん?」

 

 何やら一人、部屋に入ってくるなり目を見開いて驚いている奴がいた。頬は引き攣った笑みを浮かべていて、その視線の先にはリョーさんが……。

 

「……え……え?」

 

「あっ、こんにちはでヤンス」

 

「ヤンス!? いや今更君が変な語尾を使い始めた程度では驚かないけどさ!?」

 

 気軽にリョーさんが声をかけたところを見ると、どうやら知り合いだったらしい。反応から察するにそれなりに付き合いは長そうだった。

 

 

 

「改めてアイドルデビューおめでとうでヤンス。……渡辺みのりさん」

 

 

 




・もしもあのとき
このルートの場合、志保と良太郎との確執が解消されないので志保の123入りもなくなります。

・水嶋咲
アイドルマスターsideMのキャラクター。
可愛いものが大好きな17歳(原作18歳)の男性アイドル。
もう一度言います、男性アイドルです。
ツインテールでめちゃくちゃ可愛いですが 男 性 アイドルです。
気になる人は検索検索ぅ!

・秋山隼人
・榊夏来
・若里春名
・冬美旬
・伊勢谷四季
アイドルマスターsideMのキャラクター。
五人組バンドアイドルユニット『High×Joker』のメンバーたち。
流石に多いので個別の紹介は、またメイン回で……。

・渡辺みのり
Lesson250では回想のみでしたが、ついに本登場!
アイドルオタクお兄さん!

 新キャラ追加六人! ……多いなぁ!

 流石にキャラ増えすぎたので、今更ながらキャラシート作って登場キャラの整理始めましたよ。寧ろ今までなんで作ってなかったんだっていうね。

 ちなみにエムマスだと咲ちゃんとみのりちゃんが最推しなのでどんどん出番は作っていく所存です。



『どうでもいい小話』

 先日はライブお疲れ様! 我は配信参加でした!

 いやぁ……クソコラお面ラインダンスには度肝を抜かれましたね()


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Lesson326 サイコーなアイドルたち 4

ついに明かされるリョーさんの正体……!


 

 

 

「こうして直接会うのは久しぶりでゲスなぁ」

 

「語尾語尾」

 

「そろそろ面倒臭くなったきたでヤンス」

 

 自分でキャラ付けしておいてそりゃねえってリョーさん。

 

 ともあれ、みのりさんはリョーさんとプライベートでの知り合いだったらしい。

 

「なんとなく芸能界での仕事をしてるっていうのは知っていたけど、まさか本当に業界の人間だとは思わなかったよ」

 

「立場上色々と言えないことが多かったでヤンス。ちなみに先にアイドルになってた亜利沙ちゃんやりあむちゃんも、先日会う機会があったから知っているでヤンス」

 

「……結華ちゃんは?」

 

「………………」

 

 みのりさんからの問いかけに、リョーさんはそっと目を逸らした。

 

「事情があるとはいえ、それはそれで可哀そうなんじゃないかな……?」

 

「アッシもそう思うでヤンスから、近々久しぶりに『集会』を開くでヤンスかねぇ」

 

 そんな知り合い同士の個人的なやり取りを終え、みのりさんはリョーさんへ自分のユニットメンバーを紹介し始めた。

 

「リョー君のことだから下調べはしてるだろうけど、俺の方から改めて紹介させてもらうよ。この事務所で組ませてもらっているユニット『Beit(バイト)』のメンバー」

 

「やふー! キミがリョー!? みのりから話、聞いてるよー! ボク、ピエール! よろしくー!」

 

 異国の王族という異色な経歴を持つ少年がリョーさんと握手をする。

 

「よろしくでヤンス、ピエール」

 

「ヤンス? 面白い言葉だね! ボクも使う! でヤンス!」

 

「リョー君、ピエールの教育に悪いのでちょっと……」

 

「教育的指導で草。……いやもうちょっとで終わる予定なのでご勘弁をでヤンス」

 

 リョーさんのそのよく分からないこだわりは一体なんなんだ……?

 

「えっと……鷹城(たかじょう)恭二(きょうじ)です。初めまして」

 

「初めましてでヤンス……ん?」

 

 二人目のユニットメンバーと握手をするリョーさんだったが、恭二の顔を見るなりなにやら首を傾げた。

 

「……綺麗な目でヤンスね」

 

「あ、ありがとうございます」

 

(青と緑のオッドアイ……泣き黒子……なにやら既視感が……)

 

 唐突に恭二の目を褒めたかと思うと、再び首を傾げるリョーさん。一体何なのだろうか。

 

「二人は俺が以前アルバイトをしていた商店街で知り合った友人でもあるんだ。前にちらっと話したことがあったかな?」

 

「もしかして三人まとめてスカウトされた感じでヤンスか?」

 

「そうだよー! ボクとみのりと恭二、一緒にアイドルになったんだ!」

 

 ウチのプロデューサーはアイドルをユニット単位で見つけてくることが多い。ドラスタ(おれたち)や咲は例外だけど。

 

「これでアイドルは全員紹介し終わったかな?」

 

「所属アイドル十五人中十五人でヤンスね」

 

 

「流石にそろそろ社長も戻ってくるだろうし、それじゃあ――」

 

 

 

「諸君! ここに集まっていたか!」

 

 

 

「――噂をすれば」

 

「相変わらず声の圧が強い社長さんでヤンスね」

 

 ドバーンッ! と勢いよく会議室に入って来たのは、我が315プロダクションの齋藤社長である。後ろには先ほど別れたばかりのプロデューサーも一緒だ。

 

「いやぁ遅れてすまなかったな! 次回のイベントについて各事務所の社長たちとの打ち合わせを調整していたのだ!」

 

『次回のイベント!?』

 

 社長の言葉に、その場にいたリョーさん以外の全員が反応した。

 

「何かイベントが決まったんですか!?」

 

「しかも各事務所のってことは……!」

 

「あぁ! 聞いて驚くがいい! なんとあの123プロと1054プロが主催する『八事務所合同ライブ』に、我々315プロも参加させてもらうことになったのだ!」

 

『え、えええぇぇぇ!?』

 

 社長からもたらされた突然の爆弾情報に、全員の驚愕の絶叫が会議室に響き渡る。

 

 123プロと1054プロ。それはアイドルとして活動している人間が知らないわけがない事務所で、日本で一番有名な事務所と二番目に有名な事務所だ。何せあの『周藤良太郎』と『魔王エンジェル』がそれぞれ所属しているのだから、アイドルになる前の俺ですら知っているぐらいだ。

 

 そんな二つの事務所が主催のライブに参加出来るなんて、突然やって来たあまりにも大きすぎる仕事に驚かない奴なんているわけがなかった。

 

「ほ、本当ですか社長!」

 

「本当だとも! というか、まだ彼から聞いていなかったのだな!」

 

「そういうのは社長である齋藤さんの口から直接お話されるべきだと思って黙っていたでヤンス」

 

「はっはっは! 随分と愉快な喋り方だな! もしかしてそれも()()の一環かな!?」

 

 リョーさんの喋り方はともかく……へ、変装?

 

「りょ、リョーさん、アンタは一体……!?」

 

「リョー君……!?」

 

「……黙っていたことは謝りますよ。一応これでも気軽に話せない理由がありますから」

 

 変な語尾を外したリョーさんのその言葉は、これまで俺たちと軽口を叩いていた人物から発せられたものとは到底思えないような『重さ』が感じられた。

 

 突然雰囲気が変わったリョーさんに全員が戸惑う中、リョーさんは何故かずっと被ったままだった帽子を脱ぎながら社長の隣に立つ。

 

「まずはちゃんとした自己紹介をしてこなかったことに対する謝罪を。『俺』という存在を意識しない自然な皆さんの様子を見たかったとはいえ、騙すようなことをしてすみませんでした」

 

「それで? 直接君の目で見たウチのアイドルたちはどうだったかな?」

 

「申し分ないです。みんなとならばきっと、最高のステージを作り上げることが出来ると確信しました。……まぁ、ステージ上でのパフォーマンスのレベルはまだ見れていませんが」

 

 社長の問いかけに答えながら、リョーさんは眼鏡に手をかけて……。

 

「……えっ」

 

「なっ!?」

 

「嘘……」

 

 その眼鏡の下から現れたリョーさんの素顔に全員が絶句した。

 

 まさか。そんな。なんで。ありえない。どうして。

 

 そこに立っていたはずの『仕事人リョーさん』が消え、代わりに現れた()()()()の存在に誰もが信じられずに言葉を失い、ただ戸惑う。

 

 

 

「改めて初めまして。123プロ所属アイドルの『周藤良太郎』だ」

 

 

 

 絶叫が響いた。

 

 

 

 

 

 

 なんか俺すっげぇ大物アイドルしてる!

 

 いや普通に大物アイドルというか世界的なトップアイドルなんだけど、ここまでしっかりと驚いてもらえるのは久しぶりなんだよ。

 

「す、周藤良太郎……!?」

 

「こ、この人が……!?」

 

「ほ、本物……!?」

 

「うわやべーっす周藤良太郎っす本物っすハイパーメガマックスやべーっす!」

 

「あらら……」

 

「うわー! この人が周藤良太郎なんだねー! すごいアイドル!」

 

 ピエールだけはなんというか普通のリアクションだが、それ以外は普通に驚いてくれている。いやぁ懐かしいなぁ初めて765プロに顔を出したときもこんな感じにプチパニック状態で大騒ぎになったもんだよ。これこれ、これが見たかった。

 

「というわけです。黙っててすみませんでした」

 

「……え? あ、いや、その、はい、大丈夫、です、周藤さん」

 

 一応一番最初にお世話になったからという理由で天道さんに声をかけたのだが、返ってきたリアクションはまだ事態を飲みこみきれていない感じだった。

 

「敬語はいいですよ。アイドルの経歴なんかよりも、人生の経歴が長い貴方の方が先輩であることには変わりないんですから」

 

「えっと……そ、それじゃあリョーさんぐらいで勘弁してほしい……かな」

 

 うん、十分十分。

 

「っと、そうだみのりさん」

 

 ここにいる中では一番付き合いの長いみのりさん。アイドル好きの仲間として、昔から亜利沙ちゃんやりあむちゃんや結華ちゃんと共に色々と楽しくやって来たのだが、結果として俺は彼を騙し続けてきた。

 

 つい先日、割と事故のような理由で亜利沙ちゃんにも『リョーさん=周藤良太郎』だということを知られてしまったし、同じようにアイドルになったみのりさんにも教えてあげるいい機会だと思ったのだ。……りあむちゃんもそろそろかなぁ?

 

「すみませんみのりさん、今まで黙ってて」

 

「………………」

 

「でも貴方が俺の友人であることには変わりません。今後はプライベートのアイドルオタク仲間としてだけじゃなくて、仕事仲間としてもよろしくお願いします」

 

「………………」

 

「……みのりさん?」

 

 リアクションがない。というかまるで俺のように表情が動かない。寧ろ瞬きすらしない。

 

 ……王大人(わんたーれん)が、死亡確認! って言ってる場合じゃねぇ!

 

「桜庭せんせぇ! 急患でぇす! みのりさんが息してませぇん!」

 

「なっ!? おい大丈夫か!?」

 

「みのりさん!?」

 

「わわわっ!? みのり、しっかり!」

 

 ひゅー! この展開(ノリ)もなんだかそれっぽいけど今はそれどころじゃねぇ!

 

「みのりさんしっかり! 後で前にみのりさんが欲しがってた周藤良太郎とのツーショット撮ってあげるから!」

 

「リョーさんそれ多分トドメというか死体蹴り!」

 

「はっはっは! 早速周藤君がウチの事務所に馴染めたようでなによりだ!」

 

「社長、今はそれどころではないと思うんですけど……!?」

 

 多分今ほど『しっちゃかめっちゃか』という形容動詞がピッタリな状況もないだろう。

 

 ……けどとりあえず、みのりさんはこちらの世界に帰ってきて!?

 

 

 

 

 

 

「……ん? みんな、良太郎知らないか?」

 

『……えっ』

 

「どうした? みんなしてそんな変な声出して」

 

「……えっと、社長、良太郎が今何処にいるのか知らないんですか……?」

 

「というか聞かされてないんですか……?」

 

「……今日は一日時間が空いているから事務所にいる、としか聞いていないぞ、俺は」

 

『………………』

 

「……事情は察した、うん、そういうことか。……すぅ」

 

 

 

 ――あのバカは何処に行った!?

 

 

 

「さ、315プロらしいですよ!?」

 

「最近大人しくなったかと思ったら……」

 

「うふふっ、やっぱり良太郎さんは良太郎さんですねぇ」

 

 

 




・ピエール
アイドルマスターsideMのキャラクター。
異国からやって来た着ぐるみ系王子様なじゅーごさい。
国名は明かされていないものの、なんと本物の王子様。
かわいい(迫真)

・鷹城恭二
アイドルマスターsideMのキャラクター。
「うなるレジ打ち! 光るメス!」のうなるレジ打ちの方な20歳。
青と緑のオッドアイで、目元には泣き黒子。誰かを髣髴とさせるが、オッドアイは遺伝しないからなぁ……。

・なんか俺すっげぇ大物アイドルしてる!
久しぶりに王道ムーブしてる気がする。

・王大人が死亡確認
類似例:水落ち 崖落ち

・大原部長オチ
これも久しぶり。



 315プロの面々との邂逅編でした。ミリマス編がちょっと引っ張りすぎたので今回はあっさりと。というかそもそもライブで一緒に仕事するっていうのに正体隠したままにするわけにゃいかんので……。

 アニメ版との相違としては、まずはWの二人が加入前ということ。ご安心を、ちゃんと登場していただきます。Wも大好き。

 そして次回は恋仲○○です。


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番外編76 もし○○と恋仲だったら 29

限定SSR引けなかった記念()


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 ぼくには恋人がいる。とびっきりカッコよくて社会的な地位も高くてすっごいお金持ちで、たまに意地悪なところもあるけど基本的にはぼくのことが大好きで甘々な、そんな男性とぼくは恋人になった。

 

 少女漫画というよりは少年漫画の主人公……むしろなろう系小説の主人公みたいな男性。ぼくみたいなクソ雑魚な人間とは不釣り合いだと自覚しているし、正直恋人同士だということそのものが信じられない。まさに夢見てるんじゃないかって感じ。

 

 当然、周りからのやっかみは結構ある。ぼくたちのこと、というか彼のプライベートをよく知っている人からは「まぁ納得」だとか「色々とお似合い」だとか「#もしかして #類友 #もしくは #同じ穴の狢」だとか、結構というか散々な言われようをするもののそれなりに認められている感はある。

 

 しかし彼に夢を見ている女性の方が何倍も多いわけで。幸い、直接何かされたってことはない。精々すれ違いざまの舌打ちと掲示板での誹謗中傷程度。前者はぼくが気にしなければ何もないし、後者の酷いものは事務所がそれなりの対応をしてくれているので大きな問題はなかった。寧ろぼくの普段の発言の方が燃えるぐらい。

 

 この前だって『幸せなぼく』って本文と共に恋人との腕組み自撮り(恋人の顔は映らないように配慮)も盛大に燃えた。……いやホントにコレなんでダメだったんだろ……別に煽ってないし……恋人のプライバシーにも配慮したのに……。

 

 閑話休題(そんなことはいいんだよ)

 

 結局ぼくが何を言いたいのかっていうと、実は特別に何か言いたいことがあるわけじゃない。しいて言うならば、今までパッとしない人生を送って来た自分にとって今が人生で絶頂の時期だということを自慢したいだけだ。

 

 そんな人生の絶頂であるぼくは現在――。

 

 

 

「おい」

 

「ひゃい」

 

 

 

 ――その恋人である『周藤良太郎』にすっげぇ怖い声で壁ドンされていた。

 

(え、顔が良い)

 

 鉄面皮ゆえに良太郎君の表情はいつもと変わらない。だから顔が良いのはいつも通りなのだが、それでも良いものは良い。何度見ても見飽きない。寧ろ見れば見るほどその良さが増しているような気がする。おいおい顔面界のボジョレーヌーボーかよ。

 

 しかし発せられる声のトーンから良太郎君が怒っているということは十分に理解出来た。普段ぼくを揶揄うときや、ぼくに優しくしてくれるときとは全く別物の声。ぼくを非難するためのその声は思わず背筋が伸びてしまうほど恐ろしく……しかしそれと同じぐらい思わずキュンとしてしまった。『周藤良太郎』のこんなマジな声をこんな至近距離で浴びちゃって……(はら)んだ、今絶対に(はら)んだ、確信した、赤ちゃん出来た。

 

「りあむ、俺はお前に言いたいことがある」

 

「ひゃい」

 

「なにか分かるか?」

 

「わ、分かりまゅ」

 

「言ってみろ」

 

「ぜ、絶対に産みましゅ」

 

「え? 何を?」

 

「え?」

 

 あれ? なんか違った?

 

 良太郎君が素の反応に戻ったことでぼくのテンションも素に戻ってしまった。そして素に戻ったテンションはそのまま一気に地の底へと転がり落ちていった。

 

 え、本当に何? ぼくマジで何した? またぼく何かやっちゃいました?

 

「どうやら分かってないみたいだな……お仕置き、必要か?」

 

「ぴっ!?」

 

 クイッて!? 顎をクイッて!? 壁ドンの次は顎クイッ!? オイオイなんだよ怒ったフリしてぼくを喜ばせるためのハッピーセットかぁ!? 

 

「俺が怒ってるのはな、りあむ……」

 

「ひょい」

 

 違った、ひゃいだぞ。

 

「この画像だよ」

 

「……ん?」

 

「見覚えはあるな?」

 

「……そりゃあ」

 

 つい先日ぼくがSNSに上げて、当然のように燃えた画像だから。

 

 この画像が一体どうしたのかと疑問が本格的になってきたところで、良太郎君は絞り出すような声を出した。

 

 

 

「普通にめっちゃ羨ましい……!」

 

「……へ?」

 

 

 

 

 

 

 ここに一枚の写真がある。実際には本物の写真があるわけではなく、ここではスマホのカメラ機能を用いて撮影された画像のことを指す。

 

 そこに映っているのは四人の少女たちだ。四人の内、三人は346プロ所属アイドルで『セクシーギャルズ』というユニットを組んでいる。城ヶ崎美嘉、大槻唯、藤本(ふじもと)里奈(りな)という三人のギャルによって結成されたそのまんま名前通りのユニットだ。

 

 そしてそんな三人と共に映る一人の少女。同性である三人に囲まれて、なんともまぁオタク丸出しなニチャアッとした笑みを浮かべている少女こそ、彼女たちと同じく346プロ所属アイドル兼我が恋人である夢見りあむである。

 

「なんともだらしない表情しちゃってまぁ……」

 

 文字通りアイドルに囲まれるオタクの図になっているのだが、オタクはオタクでも反応が男性なんだよ。男オタクがギャルに囲まれてフヒッてなってる場面なんだよ。よくよく見ると冷や汗をかいてるから実はテンパっていたのかもしれないけれど。

 

 そんなりあむに対して真っ先に抱いた感想は『えっ、羨ましい!』だった。

 

 別に隠しているわけではなく割とオープンにしているからここでも明言するが、どちらかというと俺はオタク側の人間だ。一昔前なら高らかと萌えを謳い、今はもっぱらエモと尊み秀吉を感じるタイプの人間だ。

 

 そんな人間ならばアイドルに囲まれた写真を羨ましがらないわけがない。それがギャルならば猶のこと。ギャルが嫌いな男なんていないんだよ。(諸説あります)

 

「HEYりあむさんYO! どうしてこのとき俺を呼ばなかったんだYO!」

 

 というわけで、すげぇ羨ましい状況ですげぇ羨ましい写真を撮ったりあむをこうして問い詰めているわけである。

 

 自撮りを取るためにすげぇ顔近いしすげぇ肩寄せてるしなんだったら唯ちゃんの胸の間にりあむの腕挟まってるし、見れば見るほど凄い一枚だ。これは納得の炎上と言わざるを得ない。実際、この画像で炎上したときに付いたコメントは『そこどけ夢見』『お前なんかがカリスマJKの横に並ぶな』『裏山ゆるさん』と言ったものばかりであった。

 

 

 

 ……いやまぁ、本気で問い詰めてるわけないけどさ。流石にそこまで大人げなくない。

 

 

 

 羨ましいこと自体は本気だけど、これは一種のコミュニケーションである。アイドルヲタグループとして亜利沙ちゃんやみのりさんと一緒に集まっていたときも似たようなやり取りはいくつもやって来た。

 

 基本的には良識のあるメンバーで構成されてはいたものの、そこは生粋のアイドルヲタたちの集まり。意識的にせよ無意識にせよ荒れるときは荒れる。基本的には俺かりあむが自身の渾身のネタで煽り、それに対して亜利沙ちゃんと結華ちゃんがキレる。普段温厚なみのりさんもたまに「ちょっと表出ようか?」と笑顔で親指をクイッとすることもあった。

 

 今回のコレもそのノリである。りあむちゃんのことだからきっと――。

 

『え、え、なになに羨ましい~? 当然だよね~なにせセクシーギャルズの三人との自撮りだもんね~こんときめっちゃいい匂いしたんだけど、聞きたい? 聞きたい~? いやぁぼくってば今アイドルだもんね~当然だよね~』

 

 ――みたいな感じで煽ってくると予想していた。そして調子に乗りまくったところで、急転直下ジェットコースターりあむちゃん……という流れになると、そう予想していた。

 

 では実際にお出しされたりあむを見てみよう。

 

 

 

「………………」

 

 なんかめっちゃプクーッて頬を膨らませてるんだけど。

 

 

 

 アッレー? なんか全然予想と違うぞー? いつもの調子に乗りまくったときの憎たらしい笑顔じゃなくて、不機嫌そうな表情で睨まれてるんだけどー?

 

「……良太郎君、ぼくが羨ましいんだ」

 

「お、おう」

 

「美嘉ちゃんたちに優しくされたりボディータッチ多かったりしたぼくが羨ましいんだ」

 

「は、はい」

 

 おや? なにやら立場逆転したな?

 

「………………」

 

 一体何を言われるのかと思いきや、壁ドンの状態のままだったりあむはスッと俺の腕を取ると、そのまま自身の胸の間に俺の腕を挟み込んだ。自室ということでTシャツ一枚というラフな格好だったりあむがそんなことをすれば、当然俺の腕はしっかりとバインとした迫力を満遍なく感じることになる。

 

「りあむ?」

 

「……ぼ、ぼくがいるじゃん」

 

「……え?」

 

「そ、そりゃあ自分を美嘉ちゃんと同系列に扱うのはぼくだって抵抗あるよ、というかぼく自身が嫌だよ、ぼくなんかが美嘉ちゃんたちと同じアイドルだってこと自体が未だに信じられなくなるときあるぐらいだよ、分不相応だってことぐらい自覚してるよ」

 

 ツラツラと低い自己評価を並べ立てるりあむ。ここまでくれば流石の俺もりあむが何を言いたいのか分かってきたが、それでも直接彼女の口から聞きたい。

 

 まるで自分の大切な宝物が取られないように、大事なものをギュッと放さないように、そんな風に力を込めたりあむは、頬を赤く染めて涙目で俺の顔を見上げた。

 

 

 

「ぼ、ぼくじゃダメかよぉ……」

 

 

 

「………………」

 

「ほ、ほら、こうやってバカみたいな話するのってぼくの方が都合いいだろうし、おっぱいだって結構大きいし、それに、それに……」

 

 りあむ……お前……。

 

「鼻が垂れてなかったら完璧だったんだけどなぁ……」

 

「うぎゃあああぁぁぁ!?」

 

 ホント、こういうところで決めきれないのがなんというか、りあむだなぁ……。

 

「ちょっ、ちょっとタンマ……! やり直しを要求……!」

 

「ダメ、チャンスは一回」

 

 顔を隠そうとするりあむの腕を掴んでそれを阻止する。それでも顔を隠そうと必死になって身を捩るりあむの身体を、今度こそ本物の壁ドンで動けなくする。

 

「りあむ。自己評価の低いお前に一言だけ、一言だけ言うぞ」

 

「な、なんだよぉ……」

 

 

 

 ――お前は、俺のだ。

 

 ――放してなんか、やらないからな。

 

 

 

「……はい」

 

 顔を真っ赤に染めながら。しかし目は真っすぐ俺を見据えたまま。

 

 りあむは、しっかりと笑ってくれた。

 

 

 




・恋人りあむ
夢見りあむが恋人になった場合、ダダ甘になるか調子に乗るか謙虚になるか、それは二次創作の数だけ存在するのである(訳:このネタもうちょい擦れるな)

・またぼく何かやっちゃいました?
アレ? いつの間にアニメ始まって終わってたの?

・セクギャル三人との自撮り
プレミアムカットで汗が流れてて笑った。



 世にも珍しい限定SSR非お迎え記念の恋仲○○でした。寧ろ無料10連期間内で新規SSR一枚も来てないんだよなぁ!

 来週は本編に戻りまーす。315プロ最後の一人を紹介しつつ、いよいよイベント参加事務所勢揃い!(全アイドル出すとは言っていない)


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Lesson327 集いし八つの芸能事務所!

またの名を円卓会議編(嘘)


 

 

 

「皆さんに、一つご報告があります」

 

 突然、厳つい顔のボクたちのPサマが、ボクたち『#ユニット名募集中』を集めて言った。

 

「辻野あかりさん、砂塚あきらさん、夢見りあむさん……お三方には、年末に行われるイベントへと参加していただくことになりました」

 

「年末に行われるイベント……ですか?」

 

「その言い方からすると、346プロのイベントじゃなさそうデスね?」

 

 あかりちゃんとあきらちゃんが揃って首を傾げる姿が可愛いなぁなんてことを考えつつ、ボクも二人と同じように内心で首を傾げる。事務所外のイベント、しかも今から年末を見据えて動くとなると、かなりの大掛かりなイベントのような気が……。

 

「はい。……皆さんも既に一度は耳にされているかもしれませんが……」

 

 そう言いつつPサマが取り出して机の上に置いた一枚の書類を、ボクたち三人は覗き込んだ。

 

 

 

「皆さんには『八事務所合同ライブ』に参加していただきます」

 

 

 

「「「えええぇぇぇ!?」」」

 

 目ん玉飛び出るかと思った。

 

「ちょっ、Pサマ本気で言ってんの!?」

 

「こ、これってあれデスよね!? 123プロと1054プロが主催で行われるっていうあの……!?」

 

「す、す、すっごく大きなイベントじゃないですか!?」

 

 三人揃って滅茶苦茶動揺してしまったが、無理もないというか当然の反応。寧ろ一人もソファーから転げ落ちなかったことが奇跡である。ボクはちょっと危なかった。

 

「ボクたちみたいな木っ端じゃなくて、普通こういうでっかいイベントはもっと有名なアイドルが出るもんじゃないの!?」

 

 346プロダクションには『ニュージェネレーションズ』や『LOVE LAIKA』みたいな大人気ユニットは沢山いるし、『翠の歌姫』と称されるようなスーパートップアイドルな高垣楓さんだっている。そんな346プロの中でわざわざボクたちみたいな新人に毛が生えたレベルのアイドルユニットに出演依頼が出るなんて、とても信じられなかった。誰が選んだのか知らないけど、ちょっと頭おかしいよ?

 

「私は、貴女たちのことを木っ端だとは思っていません。もっと自信を持ってください」

 

「「「………………」」」

 

 やだ、ちょっとキュンってしちゃった。

 

「先輩のアイドルの皆さんという点で言えば、数名他の方々の参加も予定しています。しかし先方からは『是非若い芽の積極的な参加を』という要望があったのです」

 

「若い芽……デスか」

 

「えっと……」

 

「あかりちゃん? 今なんでボクのこと見た? ん?」

 

 ボクだってまだ十九だぞぉぉぉ!? 十分若いに決まってるだろぉぉぉ!? そもそも若い芽ってそういう意味じゃなぁぁぁい!

 

「今回のイベントは全国クラスの規模の大きなものとなります。年末の開催が予定されたライブですが、皆さんにはこのイベントに向けて活動を進めていきたいと考えています」

 

「つまりそれが私たちの今年の目標ってことデスね」

 

「つまり育成目標……それまでにファン数が一定以上にならないと育成失敗になったりするわけね」

 

「#もしかして #お馬さんのゲーム」

 

 ともあれ、明確な目標が決まっているというのはそれはそれで悪くない。ただ闇雲に頑張るというよりは、しっかりとタスクが決まっていた方が人間は動きやすい。

 

「……皆さん、頑張りましょう」

 

「「「はい!」」」

 

 よーし、メンタルクソ雑魚なりあむちゃんだけど、年末の話だったらまだまだ先だし余裕だな! 流石に一年もあれば心の準備ぐらいできるでしょ! 多分!

 

「つきましては、本日ライブに参加する全事務所でのリモート会議が予定されていますので、皆さんにも参加していただきます」

 

 おや? 風向き変わったぞ?

 

「……まさか、全事務所ってことは……」

 

 

 

「はい。主催である『周藤良太郎』さんと『東豪寺麗華』さんも参加されます」

 

 

 

「ほげえええぇぇぇ!?」

 

「りあむサン、せめてもうちょっと女性らしい悲鳴をデスね……」

 

 そんなこと言ってる場合じゃないって! だって『周藤良太郎』と『東豪寺麗華』だよ!? 現在進行形でアイドル界の伝説を作り続ける文字通りの生きる伝説だよ!? そんな人たちと画面越しとはいえ直接会うんだよ!?

 

「画面越しは直接ではないと思いマスが」

 

 言葉の綾!

 

「というかあきらちゃんはどうしてそんなに冷静なの!?」

 

 ホラ見てよ! あかりちゃんなんか驚きすぎて白目向いちゃってるよ!? 手でりんごろうのマスコットを握り潰すんじゃないかって勢いだよ!? 

 

「貴女たち二人がそれだけ取り乱してるから、逆に冷静にならざるを得なかったんデスよ」

 

 うっわマジでどうしようどうしようどうしよう心の準備っていうか覚悟が決まらないというか何か用意するべきなんじゃないかっていうか……!?

 

「スパチャは投げれるの!?」

 

「プロデューサーサン、今からでも参加メンバーを選抜しなおすべきでは?」

 

「………………」

 

 せめて否定して!

 

 

 

(周藤良太郎サン……りあむサンのこの感じからすると、まだ伝えてないんデスね)

 

 

 

 

 

 

 さて、初めての315プロ訪問から早一週間。事務所に帰ったら何故か兄貴に怒られ「違うもんちゃんと()()()()()()って言ったもん!」という言い訳の言葉もあっさりと退けられ既に相棒の風格を漂わせるポリバケツ君との熱い一時間を過ごしたなんてこともあったが、とにかく一週間が経ったのである。

 

「あの拷問のような罰をそれだけで済ませるリョータローさんもリョータローさんですよね」

 

「流石ですぅ!」

 

「なにが流石なんですか……?」

 

 なんとなく久しぶりな気がする恵美ちゃん・まゆちゃん・志保ちゃんの三人娘と共に、現在事務所の会議室。本日これから今回の『八事務所合同ライブ』の第一回打ち合わせが行われる予定になっていた。

 

 ただ参加事務所と参加アイドルが多いため、全員ではなく各事務所の代表者や一部アイドルだけが参加するリモート会議となっている。今流行ってるらしいし。

 

「……なんで今リモート会議が流行ってるんだ?」

 

「さぁ?」

 

「なんでですかねぇ?」

 

「よく分かりませんけど、とりあえず流行ってますね」

 

 俺を含めて誰も知らないが、とりあえず流行っているらしい。

 

 ついでに最近では映画館でのライブビューイングじゃなくて各家庭でのライブストリーミング配信も流行ってるらしいね。

 

「……なんでだろうね?」

 

「さぁ?」

 

「なんでですかねぇ?」

 

「よく分かりませんけど、とりあえず流行ってますね」

 

 やっぱり俺を含めて誰も知らないが、とりあえず流行っているらしい。

 

 何故か触れてはいけない世界の謎に迫ってしまったような気分になったが、そんなことはさておこう。

 

「そろそろログインしておこうか」

 

 会議の予定時間は午後三時。まだ三十分前だが一足先にログインをしてもいいだろう。こっちの画面の映り方も確認しておきたいし。

 

 というわけでログイン。……うん、しっかりと横並びに座っている俺たちの姿が映っている。一応代表して俺の目の前の机にマイクを置いているが、コードに余裕があるので他の三人にもすぐにマイクを渡せるようになっているため、問題ないだろう。

 

「あっ、ごめんなさい良太郎さん! お飲み物をご用意するの忘れてましたぁ!」

 

 突然まゆちゃんが「しまった!」という表情になって口元を抑えた。確かに言われてみれば何も用意していなかったが、それを忘れていたのは俺も同じだし、そもそもミスというわけではないのだけれど……。

 

「すぐにご用意しますね! 何が良いですか!?」

 

「……それじゃあ折角だし、コーヒーをお願いしようかな」

 

「分かりましたぁ!」

 

「まゆさん、お手伝いします」

 

「ありがとうございます、志保ちゃん。恵美ちゃんはどうしますかぁ?」

 

「えっと、それじゃあアタシもコーヒーで。ありがとう、まゆ」

 

「いえいえ」

 

 まゆちゃんと志保ちゃんが席を立って会議室を後にした。

 

「あー手伝いそびれちゃったーちょっとだけ罪悪感ー」

 

「まゆちゃんも志保ちゃんも気にしないと思うけどね」

 

 どうやら志保ちゃんに先を越されて手伝いを申し出ることが出来なかったことに対して不満があるらしい恵美ちゃん。唇を尖らせて不満そうにする彼女の姿を微笑ましく思っていると、ピコンという電子音がノートパソコンから聞こえてきた。どうやら誰かログインしてきたらしい。

 

 さて誰が……。

 

 

 

『………………』

 

「「っ!?」

 

 

 

 そこにはめっちゃドアップで映る厳つい顔の男性の姿が!

 

 

 

『……お疲れ様です、123プロの皆さん』

 

「「……お、お疲れ様でーす」」

 

 もしかしなくても346プロの武内さんだった。見知った顔であるにも関わらず、思わず恵美ちゃんと二人で固まっちゃったぞ。

 

『……周藤さん、今回はこのような素晴らしいステージの機会を与えてくださったこと、346プロダクションを代表してお礼を……』

 

「あーいいですって、まだ会議すら始まってないんですから。そういうお堅いのなしなし」

 

 深々と頭を下げてつむじを見せてこようとする武内さんを、軽い口調で押し留める。

 

「寧ろこちらに参加要請に応じてくれたことに感謝してるんですから、一先ずこの場はイーブンってことにしておいてください」

 

『……はい、ありがとうございます』

 

 うんうん、武内さんも割といい感じに笑えるようになって何よりだ。

 

「それで? もしかして後ろの子たちが今回のイベントに参加してくれるシンデレラプロジェクト二期生のアイドル?」

 

 この話題を一旦さておいて、先ほどから武内さんの大きな体の後ろにチラチラと見えていた少女たちの姿が気になっていた。見覚えのある三人の少女、その中でも特に見覚えのあるピンク色の頭が見えるもんだから余計に気になっていた。

 

『はい。周藤さんにしっかりとご紹介するのはこれが初めてになりますね』

 

 武内さんが体をズラしたことで、三人の少女の姿がしっかりと画面に映った。三人とも緊張を全く隠しきれていない表情で、しかし画面に映ったことに気が付くと慌ててその場に立ち上がった。

 

「初めまして三人とも。折角だから君たちから直接自己紹介してもらいたいな」

 

 本当は初めましてではないが、それでも()()()()()()()以上その体裁は保たなければいけない。

 

『……あ、え、えっと……!』

 

 

 

辻野あ夢見!り塚あきあむ!デスす!です!

 

 

 

 ゴメン、なんだって?

 

 

 




・『#ユニット名募集中』
デレステのイベントでついに正式名称が決まったけど、こちらはもうちょいこのまま。
そのうちしっかりと改名イベントを挟みます。

・ファン数が一定数以上にならないと
メジロマックEーン

・リモート会議
・ライブストリーミング配信
なんで流行ってるんですかねぇ?
……って、数年後読み返したときに笑えるような未来になってるといいなぁ。

・ゴメン、なんだって?
『辻野あかりです!』
『砂塚あきらデス』
『夢見! りあむ! です!』



 2/8事務所。

 ついにユニ募と『周藤良太郎』の邂逅。果たしてりあむはどれほどの痴態を晒すのか!? 頑張れりあむ! お前がリョーさんの正体を知るのはもうちょい先だ!



『どうでもいい小話』

 デレマス、コンステ二日間当選しました! 二日目はSS!

 唯ちゃん! 加蓮! ソロ曲は二日目のメインステージでお願いします!


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Lesson328 集いし八つの芸能事務所! 2

音量注意回。


 

 

 

「えっ!? 私たちでユニットですか!!!???」

 

 

 

「未来……声が大きい……」

 

「大丈夫? 窓ガラス割れてない?」

 

 驚愕したことで発せられた未来の大声を真横で聞いてしまった私と翼が、揃って耳を抑える。

 

「あっ、ごめんなさい……」

 

 それに気付いた未来がしゅんっと身を縮こませながら謝罪の言葉を口にする。反省する姿が子犬のようで可愛らしいが、それはそれとして耳へのダメージが尋常じゃないので今後は控えてもらいたい、本当に。

 

「そ、それでプロデューサーさん」

 

()()()()()()()()()()……ですか?」

 

「あぁ、そうだ」

 

 改めて紬さんと歌織さんの二人から確認され、プロデューサーは「勿論だ」と頷いた。

 

「春日未来・最上静香・伊吹翼・白石紬・桜守歌織の五人によるユニット『スター・ドリーマーズ』で、年末に行われる『八事務所合同ライブ』に参加してもらう」

 

「「「「「八事務所合同ライブ!?」」」」」

 

 思わず五人揃って聞き返してしまった。

 

 話には聞いていた、あの『周藤良太郎』さんと『東豪寺麗華』さんが主催となって行われることになったというイベント。そんな大きなイベントに、まさか765プロから私たちのような劇場アイドルが参加出来るなんて夢にも考えていなかった。

 

「も、勿論参加するのは、私たちだけじゃないですよね?」

 

「あぁ。でも765プロとしてはオールスター組ではなくお前たちシアター組を全面的に出していきたいと考えている」

 

「なして!?」

 

 思わず地元の言葉が出てしまっている紬さんだが、気持ちとしては私も同じだ。

 

「これは周藤君の提案なんだ。……いや『周藤良太郎』さん……いやここはあえてリョーさんと呼ぼうか?」

 

 プロデューサーは「その方が君たちにとっては馴染み深いだろ」と笑う。いや確かにそれも間違っていないけど……。

 

 私たちシアター組のアイドルとリョーさんこと『周藤良太郎』の邂逅は記憶に新しい……というかつい二ヶ月ほど前の話だ。忘れるような過去の話ではないし、そもそも十年経っても鮮明に思い出すことが出来そうなぐらい強烈な出来事(じけん)である。

 

 一年ほど交友を続けていた知人である自称『遊び人のリョーさん』。自他ともに認めるアイドルオタクでシアター組の様々なイベントに顔を出して、一部アイドルの知り合いという繋がりで私たちとも交流があった、胡散臭くても間違いなく良い人だった不思議なお兄さん。そんな彼の正体が『周藤良太郎』だと突然明かされたあのときは、本当に色々と大変だった。

 

 今までの失礼な態度を詫びようとしたら「そういうの大丈夫だから」「寧ろ今まで以上にフランクでいいんだよ?」と言われてしまい、正直今でも距離感を図り損ねている。図らずも直接本人をベタ褒めすることになってしまった私や、今までそれなりに仲良くしていた人物の正体が自身が嫌っていた相手だと知ってしまった翼なんかがそうだ。私たち以上に親しい間柄だった亜利沙さんも現在進行形で色々と大変らしいが、とりあえず今は横に置いておこう。

 

 そんな『周藤良太郎』さんが、一体何を提案したのだろうか?

 

「リョーさんは、今回のライブを『若手アイドルの成長の場』として活用してもらいたいらしい」

 

「……若手アイドル、ですか」

 

「あぁ。お前たち五人はシアター組としてアイドルデビューして、決して少なくない回数の経験を積んでいる。特に静香なんかは『ゴールデンエイジ』の影響で一時期()()()として騒がれたぐらいだ。しかし、でも()()()()()()だ」

 

「………………」

 

 思わず閉口してしまったのはプロデューサーの言葉が癇に障ったからではない。それが私も思わず納得してしまうようなぐうの音も出ないぐらいの正論だったから、だ。

 

 まだそれだけ。嫌味や自慢を含めない事実として、この五人の中で一番名前が売れているであろう私ですら『トロフェスとゴールデンエイジで話題になった』だけのアイドルで、それ以外はまだ何もないのだ。

 

「今回のライブは『周藤良太郎』と『東豪寺麗華』が開催する大きなお祭りだ。そこで『存分に名前を売れ』と言われたんだから、それに甘えるのも悪くないだろう?」

 

 甘える。……以前の私ならば何も考えずに飛びついていた言葉で……そして今の私ならば。

 

「……望むところです」

 

 隣で笑ってくれている仲間と共に輝けるステージに、笑顔で飛びつく言葉だった。

 

 

 

「というわけで、今からそんなライブの打ち合わせにリモートで参加してもらうぞー」

 

「「「「「今から!?」」」」」

 

 

 

 え、ちょ、本当に!? なんで机にノートパソコンとマイクが用意されているのかと思ったら、そういうこと!?

 

「あ、もう繋がるぞ」

 

「え!? あっ! 挨拶は大事ですよね! 任せてください! っすぅ~!」

 

 待って未来なんで挨拶するのに大きく息を……!?

 

 

 

 

 

 

 

「えっ!? りょーおにーさんのライブですか!!!???」

 

 

 

「愛ちゃん……声が大きい……」

 

「大丈夫? 窓ガラス割れてない?」

 

 驚愕したことで発せられた愛ちゃんの大声を真横で聞いてしまった僕と絵理ちゃんが、揃って耳を抑える。

 

「あっ、ごめんなさい……」

 

 それに気付いた愛ちゃんがしゅんっと身を縮こませながら謝罪の言葉を口にする。反省する姿が子犬のようで可愛らしいが、それはそれとして耳へのダメージが尋常じゃないので今後は控えてもらいたい、本当に。

 

「それでまなみさん、つまり良太郎さんの方から正式なオファーが来たってことですね?」

 

「えぇ、そうよ。びっくりしちゃった、いきなりあの『周藤良太郎』さん本人から直接電話がかかってくるんだもの。思わず受話器を落としちゃった」

 

 そう言って我ら三人のプロデューサーである岡本(おかもと)まなみさんはウフフと笑う。本人は軽くさらっと言ったものの、実際その場面を目の当たりにした身としてはそんな生易しいリアクションじゃなかったと注釈しておく。リアルで「どっひゃぁぁぁ!?」っていう人初めて見たよ、僕。

 

「あれ!? つまり涼さんは先に知ってたってことですか!?」

 

 僕とまなみさんの会話を聞いていた愛ちゃんがそんなリアクションをするが、逆に僕は先ほどの大声と合わせてなんでそんなリアクションなのかと問いたい。

 

「愛ちゃん……もしかして涼さんの話、聞いてなかった?」

 

「え?」

 

「涼さん、愛ちゃんにもお話していたと思いますけど?」

 

「え?」

 

 絵理ちゃんとまなみさんからの問いかけにキョトンとする愛ちゃん。

 

「ほら、愛ちゃんは通知表に『落ち着きがない』って書かれるタイプだから」

 

「涼さんのそれはフォローじゃないですよね!?」

 

 あまりこういうことを言いたくはないけど、デビューしたて事務所入りたての頃と違って愛ちゃんももう十七歳なんだから、もうちょっと、こう、さぁ……。

 

「い、今大事なのは私の通知表の話じゃありません! りょーおにーさんのライブの話です!」

 

「でも愛ちゃんの成績が悪かったら流石にライブは……」

 

「うわあああぁぁぁん!」

 

 流石に意地悪が過ぎたらしく、愛ちゃんは隣に座る絵理ちゃんの膝に泣きついてしまった。絵理ちゃんはそんな愛ちゃんの頭をヨシヨシと微笑みながら撫でる。

 

「ともあれ『八事務所合同ライブ』ですよ」

 

「なんというか、本当に私たちで大丈夫?」

 

「一応良太郎さん直々のオファーだから……」

 

 正直な話をすると、多少の縁故採用みたいなところがないとは言い切れない。それでもあの『周藤良太郎』さんが誘ってくれたライブなのだから、これに参加しない手はなかった。

 

「概要が書かれた資料をメールで送っていただきましたけど、本当に凄いですね。123や1054だけでなく765や346まで、有名アイドル事務所が名を連ねてますよ」

 

「……あれ? でもコレ、男女分かれて行われる紅白戦ってことは、涼さん敵チーム?」

 

「そうなるね」

 

「えぇ!? そんなぁ!?」

 

 絵理ちゃんの膝の上で泣いていた愛ちゃんがガバッと勢いよく顔を上げる。絵理ちゃんが身を逸らせるのがあと一瞬遅かったら、彼女の顔面に愛ちゃんの後頭部が勢いよく叩きつけられていたことだろう。

 

「折角の大舞台なのに『Dearly Stars(ディアリースターズ)』の三人が揃わないなんて!」

 

「……本当は、私もちょっとだけ期待してた?」

 

「……うん、僕も少しだけ、それを期待したよ」

 

 『Dearly Stars』。それは僕と愛ちゃんと絵理ちゃんが組んでいる三人組ユニット。元々は()()()()によるアイドルユニットで、今は()()()()()()()()という変則的なアイドルユニットだ。

 

 『秋月涼の本当の性別を巡る騒動』のせいで一時期は解散の危機どころか僕自身の芸能界追放の危機にも陥ったが、良太郎さんの肩入れやファンの人たちの強い信頼、そして何より『愛ちゃんと絵理ちゃんの記者会見』の一件で、僕はこうして今もアイドルとして活動を続けることが出来ている。

 

 今では女性アイドルとしても男性アイドルとしてもソロの仕事が増えてきたけれど……やっぱり僕としてはこの三人での仕事がもっとしたかった。

 

 ……だって二人は、僕にとって()()()()だから。

 

「それじゃあ、今から周藤さんに直談判しちゃいましょうか」

 

「直談判!?」

 

「今から!?」

 

「ど、どういうこと?」

 

 あっけらかんと言い放ったまなみさんの言葉の意味が分からずに混乱する僕たち三人。

 

「えっとですね、実は今日これから八事務所合同のリモートでの打ち合わせがあるんですよ」

 

「もしかして私にパソコン用意させたのってそれ?」

 

 まなみさんが絵理ちゃんに『リモート会議用のパソコンを用意してくれませんか?』とお願いしていたけど、どうやらそれだったらしい。

 

 まなみさんに教えてもらったIDとパスワードで入室すると、どうやら既に何組か入室しているらしい。

 

「やっぱり挨拶は大事ですよね! 任せてください!」

 

 え、ちょ、愛ちゃんちょっと……!

 

 

 

 

 

 

「……ん? どうやら他の事務所も入って来たみたいだ」

 

 自己紹介がキメラ合体した『辻野あ砂か夢見り塚あきりあむら』ちゃんたちの自己紹介を改めて聞いていると、別の参加者が入室したことが通知された。どうやら765プロと876プロが同時にやってきたようだ。

 

 ……あ、なんか嫌な予感がしてきたから音量を――。

 

 

 

 

 

 

お お

 

は は

 

よ よ

 

う う

 

ご ご

 

ざ ざ

 

い い

 

ま ま

 

ぁ ぁ

 

ぁ ぁ

 

ぁ ぁ

 

す す

 

! !

 

! !

 

! !

 

 

 

 

 

 

 こまくないなった。

 

 

 




・『スター・ドリーマーズ』
漫画『Brand New Song』で結成されたユニット。
要するにミリシタ初期タイトルの五人。

・876プロ
ついに! ついに! 876プロの三人の本格再登場です!
いやマジですみませんでした(平伏)

・岡本まなみ
876プロのプロデューサー。アニメでも最終話にチラっと登場。
愛ちゃんルートだと途中で辞めて舞さんのプロデューサーになるらしいけど、アイ転時空では変わらず三人のプロデューサー。
※追記 原作だとマネージャーだった……いやまぁアイマス世界はマネージャーもプロデューサーも似たようなもんだし(暴論)、アイ転ではプロデューサーということで……。

・愛ちゃんももう十七歳
なんと『愛ちゃん17歳』『絵理ちゃん19歳』『涼19歳』なんですよ……。

・『秋月涼の本当の性別を巡る騒動』
・『愛ちゃんと絵理ちゃんの記者会見』
また後々明かされるパターンの奴です。



 初手ハイパーボイス! 1+1は2じゃなくて200! 10倍だぞ10倍!(テンコジ並感)

 そんなわけで765と876が合流しました。実に八年ぶりの876プロです。しっかりとお勉強してきましたのでよろしくお願いします!



『どうでもいい小話』

 オケマス初日当選しました。初の『高垣楓』の名前が最初からある現場案件となります。対戦よろしくお願いします。


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Lesson329 集いし八つの芸能事務所! 3

ついに全事務所集合!


 

 

 

『『本当にごめんなさい……』』

 

「はい、以後気を付けるように」

 

 

 

「……りょーたろーさんのガチ説教って初めて見た」

 

「ぶっちゃけ俺も初めてした」

 

 現状会議に参加しているメンバーの中だと、一応社会的には一番上の立場になっちゃうからね。共通の知り合いでもあるし今回の打ち合わせの主催でもあるわけだから、その辺りはしっかりとしておかないと。

 

「怒ってる良太郎さんも珍しくて素敵でしたよぉ~」

 

「普段怒られ慣れてるだけありますね」

 

 ありがとうまゆちゃん。それは関係ないんだよ志保ちゃん。

 

 ともあれ、未来ちゃんと愛ちゃんへのお小言はこれで終わり。

 

「久しぶりだね、愛ちゃん、絵理ちゃん」

 

『はい! お久しぶりです!』

 

『一年ぶり?』

 

「………………」

 

『良太郎さん?』

 

「あぁうん、そうだね、涼の騒動以来だから一年ぶりだね」

 

 絵理ちゃんの発言に一瞬脳内がバグったが、うん、こうして876プロの面々と揃って話すのは一年ぶりだね。何も間違っていない。

 

「現状()()()()()()()()()()()()()()()は国内で唯一無二の存在だからね。活躍はそれなりに俺の耳にも入ってるよ」

 

『男女混合ユニット!? 何それ凄いですね!』

 

「未来ちゃん音量」

 

『凄いですね』

 

 よろしい。

 

『逆を言えば、それだけ話題性があっても「それなり」レベルなんですよね……』

 

 苦笑する涼だが、それに関しては『もうちょっと精進しなさい』としか言えない。

 

 とはいえ『Dearly Stars』の三人はそれでも十分に売れているし人気のあるアイドルユニットである。それにも関わらずイマイチパッとしないのは、『周藤良太郎(オレ)』や『魔王エンジェル(れいかたち)』といったバグみたいな存在や、『Jupiter(とうまたち)』や765プロ(はるかちゃんたち)といった正統派の王道みたいな存在が強すぎるだけなのである。

 

 涼たち三人のキャラが薄いとはとても言えないが、例えば『魚嫌いを公言しているにも関わらず水族館のお仕事に選抜されて、とてもいい営業スマイルだけどよく見ると目が死んでるみくちゃん』とか、比較対象が濃すぎるのが問題なのだ。……いやこれに関して言えば俺も勝てない。ちょっと面白過ぎた。

 

 要するに俺の知り合い(とうじょうじんぶつ)のレベルが高すぎるだけなのである!

 

『あっ! そうだ! 私りょーおにーさんに言いたいことがあったんでした!』

 

「愛ちゃん音量」

 

『あったんでした』

 

 よろしい。

 

『りょーおにーさん、私、今回のイベント『Dearly Stars』の三人で出演したかったです』

 

『私も同じ気持ち?』

 

『えっと……ごめんなさい良太郎さん、僕もです』

 

「ふむ」

 

 なるほどね。確かに今回のイベントは以前から告知しているように男女別の対抗ライブという形式になっている。そうなると当然、男女混合ユニットであるディアリーの三人はそのままでは出演することが出来ない。この仲良し三人組はそれが不満らしい。

 

「まぁ出来ないことはないよ」

 

『本当ですか!?』

 

「愛ちゃん音量」

 

『本当ですか?』

 

 よろしい。

 

「りょーたろーさん、もうよくない?」

 

 いやだって釘刺しておかないとこの子たちならまた絶対にやらかすっていう負の信頼感があるから……。

 

「涼は数が少ない男性アイドル枠で出演する予定だったわけだけど、別に誰も()()()()出演できないとは言ってないし」

 

『そりゃ言う必要もないでしょうから……ってまさか』

 

「男性名義と女性名義で二人分出演するってことで……」

 

『『その手があったか』』

 

『いやいやいや……』

 

 目を輝かせる愛ちゃんと絵理ちゃんに対して、涼は苦笑して手を横に振った。

 

「確かにギャラは二人分出せないから割に合わないかもしれないけど」

 

『流石にそれの心配はしてませんよ。してませんけど……』

 

 言葉に出来ない何かがもにょっている様子の涼。この件に関してはあくまでも『例えば』の話なので、実行するかどうかは別問題だ。

 

「お前たち三人の考えもよく分かるから、この件はまた改めて話そうな」

 

『『『はい』』』

 

 さて876プロの三人との会話を一旦区切り、彼らと同時に入室してきた765プロへと会話を振る。

 

「未来ちゃんたちはバーベキュー以来だね。あのときはどうも」

 

『そうですね』

 

『はい、えっと、その……改めて、よろしくお願いします、周藤良太郎さん』

 

 画面越しにペコリと頭を下げる静香ちゃんの態度に若干の余所余所しさを感じる。

 

「いいよいいよそんなに畏まらないで。以前みたいに気軽にリョーさんって呼んでくれて」

 

『そ、それはその……』

 

『分かりました、リョーさん』

 

『ちょっと未来!?』

 

 あっさりと受け入れてくれた未来ちゃんに対して慌てる静香ちゃん。ここで無理強いをしてもパワハラになる可能性があるからやめておくが、今回のライブの通してもうちょっと馴染めたらいいなって思う。

 

 ……765プロの場合は、そんな静香ちゃん以上の難敵がいるわけだけど。

 

「翼ちゃんも久しぶり」

 

『………………はい』

 

 まるで時差のようにラグの発生した返事と、普段の翼ちゃんからは考えられないような仏頂面。これは返事をしてくれただけマシだと考えるべきか……。

 

「……やっぱり『周藤良太郎』は嫌い?」

 

『………………』

 

 翼ちゃんの性格的なことを考えると、否定しないってことは肯定ってことだよなぁ。

 

「……処します? 処します?」

 

「まゆステイ、あれぐらいなら可愛いもんでしょ」

 

「はいまゆさん深呼吸」

 

 マイクに拾われない音量だけど横から少しだけ物騒なセリフが聞こえてきたような気がする。うーん、今日のまゆちゃんの目のハイライトは絶好調。

 

 俺も世界中の人間に好かれてるなんて自惚れるつもりはない。なんだったらこれだけ露骨に嫌ってくれた方が逆にありがたかったりする。

 

 俺は『周藤良太郎』に対する反骨心を持っているこの方がアイドル的な意味で好みである……っていうのは、色々とややこしくなるから黙っておこう。これでも真剣な場所では沈黙することが出来る程度には大人なのである。

 

 

 

『……あ、風花さんこんにちは、今この部屋会議に使ってて……なにその衣装胸のところ凄いですね!?』

 

「未来ちゃんカメラ動かして! 風花ちゃんの方に! 早く!」

 

 真剣な場所がどうしたって? バカ野郎俺はいつだって真剣に生きてるんだよ!

 

 

 

『イイハナシダッタノニナー』

 

『これでこそ良太郎さん?』

 

『いつものりょーおにーさんですね!』

 

 

 

『これが……トップアイドル……!』

 

『#多分 #例外』

 

『ちょっと豊川風花ちゃんの艶姿だったらぼくも見たいんだけど!?』

 

 

 

 

 

 

「いや~緊張してきた……なぁ俺変なところないよな?」

 

「そうだな、身だしなみを整えるというのであれば髭を剃ってくるといい」

 

「これはオシャレ!」

 

「ま、まぁまぁお二人とも……」

 

 今日は俺たちが参加させてもらう『八事務所合同ライブ』についてのリモート会議の日。315プロ側からは今回の一件の責任者であるプロデューサーと、たまたま事務所にいて時間が空いていた俺たちドラスタの三人が参加することになっていた。

 

「それでプロデューサー、パソコンの調子どうだ?」

 

「……だいぶご機嫌が直ってきたみたいです」

 

 立ち上げた瞬間にブルースクリーンになったときは四人揃って思わず固まってしまったが、どうやらなんとかなりそうだ。

 

「一応打ち合わせの時間には間に合いましたね」

 

「とはいえ十分前だ。他の参加事務所と比べて僕たちはまだまだ新参者だから、出来るだけ早めに入室しておいた方がいいだろう」

 

「それもそうだけど桜庭、あのリョーさんならそんなこと気にしないと思うけどな」

 

「個人が気にする気にしないの問題ではなく……というか、君は本当に『リョーさん』呼びを続けるんだな……」

 

「え、だって本人がそれでいいって言ってたし」

 

 最初こそ面食らってしまったが、話すと気さくな人だということがよく分かった。トップアイドルとして敬意を払わないつもりはないが、それでもなんとなく仲良くやれそうな気がしたのだ。

 

「君はなんというか……いややっぱりいい、口にするまでもない」

 

「お? なんだ? 喧嘩売ってるか?」

 

「ほ、ほら二人とも会議繋がりますよ!」

 

「それじゃあ入室~」

 

 プロデューサーがそう宣言しつつログインボタンをクリックした。マイクとスピーカーは既に設定されているため、すぐに会議室の音声が繋がって――。

 

 

 

『はい復唱』

 

『私は二度と会議室で女性の胸部に執着を持たないことを誓います』

 

 

 

 ――なんかメッチャ怖い声を出す東豪寺麗華さんと、床に正座するリョーさんの姿が映し出された。

 

 ……え、ナニコレどういう状況?

 

『……あ、315プロの皆さん、お疲れ様です。今日はよろしくお願いします』

 

「「「「よ、よろしくお願いします……」」」」

 

 その状態のリョーさんが普通に話しかけてきたので、俺たちも同リアクションすればいいか分からず揃ってオウム返し。いや本当にどうなってるの?

 

『いやなに、ちょっと男のロマンを追い求めた結果、壁にぶつかっちゃってね。……今俺すげぇ上手いこと言った』

 

『誰が壁だっ!?』

 

 よ、よく分からないけど、とりえあずリョーさんが東豪寺麗華さんを何らかの理由で怒らせてしまった……ということでいいのかな?

 

『ったく、入室早々説教する身にもなりなさいよ』

 

『いや分かるよ、俺もさっきまで説教する側の人間だったから』

 

『また分かりやすい適当な嘘吐くんじゃないわよ』

 

『本当なんだけどなぁ……』

 

 そんなリョーさんたちのやり取りを眺めつつ、現在この会議室に入室している事務所を確認する。

 

 リョーさんの123プロ、東豪寺麗華さんの1054プロ、765プロに346プロ。それにえっと、876プロ? あ、確かあの去年話題になった男女混合ユニットの事務所だ。そして俺たち315プロを含めて、現在六つの芸能事務所が揃っている。

 

『これでまだ入室していない事務所はあと二つ……って、噂をすれば』

 

 リョーさんの言葉に画面の隅を見れば、そこには他者のログインを知らせる通知が届いていた。どうやら残りの二つの事務所が同時に入室してきたらしい。

 

 そして新たに映し出された画面に映ったのは……美人の女性と、壮年の男性の姿だった。

 

 

 

『遅れてすみません。310プロダクション社長のリンディ・ハラオウンです』

 

283(ツバサ)プロダクション社長の天井(あまい)(つとむ)だ。今日はよろしく頼む』

 

 

 




・男女混合三人組アイドルユニット
アイ転世界ではこのような形式で現在も活動中。

・水族館のお仕事
お魚の仕事だぞ猫なら喜べ前川ぁ!

・310プロダクション社長
・リンディ・ハラオウン
まさかほんの出来心で追加したクロスキャラがここまで参加することになるとはなぁ……。

・283プロダクション
・天井努
『アイドルマスターシャイニーカラーズ』の舞台となる事務所と、その社長。
CVツダケンでめっちゃ強そう。



 七つ目の事務所は高町なのは他リリなのキャラ所属の310プロでした。お忘れかもしれませんが読み方はミッドプロです。参加者は勿論三人娘となっています。

 そして最後の参加事務所は283プロです。そうですシャニマスです。

 これに関して言えばマジで土壇場で設定変更しました。具体的には更新四時間前。元々は別の事務所を参加させる予定だったのですが、時系列的にもそろそろ事務所が立ち上がっていてもおかしくないと考えた次第です。

 シャニ関連の設定はかなりのオリジナル色が強くなっていくことになりますが、出来るだけ破綻が無いようにしたいと思います。

 なお肝心の所属アイドルは……?


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Lesson330 集いし八つの芸能事務所! 4

緊急参戦した283アイドルはこの人!


 

 

 

「リンディさん、今回の呼びかけに応じていただきありがとうございます」

 

『いえ、こちらこそ、このような場にお声をかけていただいたことを感謝しますわ』

 

 ニッコリと微笑む、エメラルドグリーンの髪をポニーテールにした彼女は、310プロダクションという新進気鋭の若手アイドル事務所の社長であるリンディ・ハラオウン。ここはなのはちゃんとはやてちゃんが揃ってアイドルとして所属している事務所であり、その縁で俺から声をかけさせてもらった。

 

 所属アイドルは、二人の他に副社長であるプレシア・テスタロッサの娘であるフェイト・テスタロッサちゃんを含めた僅か三人だが、全員贔屓目を抜きにしてもなかなか光るものがある。

 

『三人ともとても喜んでいましたよ。「あの周藤良太郎さんと同じステージに立てる!」と』

 

 特になのはちゃんとはやてちゃんが、とコロコロ笑うリンディさん。正直なことを言えば、まさか本当になのはちゃんとはやてちゃんと同じステージに立つ日が来るなんて……と若干しみじみとしている。

 

 そんな310プロに声をかけたのは勿論俺で、そしてもう一つの事務所に声をかけたのは麗華だった。

 

『君と初めてになるかな、周藤君』

 

「……そうですね。初めまして、天井さん」

 

 渋い声のナイスミドルである283プロダクションの社長である天井努さん。俺と彼は直接の知り合いというわけではないが、()()()()()()()()()()()()。正確には舞さんから聞いた『俺が生まれるよりも昔の話』を、彼が関わった()()()()()()()()()を知っていた。

 

『きっと君も、東豪寺君と同じように私のことを知っているのだろうな』

 

「デビューした直後からアイドル業界に長く住み着くとある鬼によく絡まれてましたので。そういう話は色々と」

 

『えっ!? りょーおにーさん、アイドルの世界には鬼が住んでるんですか!?』

 

「『………………』」

 

 愛ちゃん、君がそれに反応しちゃうんだね……そして誰のことを言ってるのか分かってないんだね……。

 

 とりあえず画面の向こうの愛ちゃんは『愛ちゃんはそのままでいて』『知らなくてもいいこともあるよ?』と彼女の頭を撫でている涼と絵理ちゃんの二人に任せておこう。

 

「昔のことに関して、俺から何かを言うつもりはありません」

 

『勿論、私だって何も言わないわ。今回声をかけたのだって、最近立ち上がったばかりの事務所に()()()が入ったって話を聞いたからなんだから』

 

()()()?」

 

 そういえばどうして麗華が283プロに声をかけたのか、その理由を聞いていなかった。麗華にしては珍しく、だいぶ小さな事務所にオファーを出したなとは思っていたが。

 

『こちらでのデビューはこれからになるが、我が事務所の第一のアイドルにして唯一のアイドルだ』

 

 そう言って天井さんは画面外に出ると、それと入れ替わるように一人の女性が画面に……って。

 

 

 

「……美琴?」

 

『久しぶり、良太郎』

 

 

 

 周藤良太郎(おれ)や『魔王エンジェル(れいかたち)』と()()()()()()()緋田(あけた)美琴(みこと)が画面の向こうにいた。

 

「え、あ、久しぶり」

 

『ふふっ、戸惑ってる良太郎は珍しいね。相変わらずの無表情だけど』

 

「そりゃ俺だって戸惑うことぐらいあるよ……」

 

 なにせ全く音沙汰がなかったのだ。てっきりアイドルを辞めてしまったものだとばかり思っていたのだけど……。

 

『実はずっと961プロにいたんだ』

 

「961に?」

 

 なんと、これは驚いた。いや本気で。美琴の性格的に961の方針は合わないはず……と思ったが、それはそれで今まで音沙汰がなかった理由と、今回283プロに入った理由の二つが一度に理解出来た。

 

 ちなみに今回のライブに参加しない961プロ。勿論声をかけたけどあっさりと拒否された。正直「だよね」って感じ。

 

 

『天井社長の話は前々から聞いたことがあったから。……事務所を立ち上げるって話を聞いて、私から手を挙げたの』

 

「なるほどな」

 

 多少驚きはしたが、しっかりと話を聞けば納得することが出来た。

 

 しかしまさかこんな形で旧友と再会するとは思わなかったな……。

 

「……また麗華たちも一緒に話そうぜ」

 

『りんやともみも喜ぶわ』

 

『うん……ありがとう、良太郎、麗華』

 

 っと、ここまで完全に同期の三人で身内話に更け込んでしまった。

 

「すみません、皆さんを置いてけぼりにしちゃって」

 

『いえ、構いません』

 

『大丈夫ですよ』

 

『三人とも仲良しなんですね~』

 

『貴重なところを見させていただきました』

 

『うふふっ、寧ろ邪魔になっちゃったかしら』

 

 それぞれ346・765・876・315のプロデューサーさんたち、そしてリンディさんが微笑ましいものを見る目になっていた。

 

 ……そういえば、こういうときにハッスルしそうなやつが一人やけに静かだが……。

 

『りあむさん何してるんデスか、一応会議中ですよ』

 

『ちょっ、言わなきゃバレなかったのに!』

 

 あ、いた。……ん? なんかメッセージ届いた?

 

 

 

 ――へっへ~ん! なんと今、あの周藤良太郎とリモート会議してるんだ~!

 

 ――凄いだろー! 羨ましいだろー!

 

 ――どうしてもって言うんなら、詳しい話を教えてあげてもいいぞ~?

 

 

 

「………………」

 

 めっちゃ顔文字入って煽り散らかしたメッセージだった。差出人は当然のように、画面の向こうのバカピンク頭。こんにゃろう……。

 

 まぁいい、無視だ無視。後で適当になんか俺の画像をちらつかせて黙らせることにしよう。

 

「さて、それじゃあ改めて」

 

 今回の会議の参加者を一瞥する。

 

 123・1054・346・765・876・315・310・283、これら八つの芸能事務所が一堂に介する大イベントが、来年の年明けに行われるのだ。

 

「では、改めて俺から一言」

 

 

 

 

 

 

『今回の呼びかけに応じてくれて、本当にありがとうございます』

 

 良太郎に表情はない。だからこいつが真面目にしているのかふざけているのか、声で判断するしかないが、魔王エンジェル結成以前からの長い付き合いとなる私は、今の良太郎は珍しく真面目だと判断した。

 

『この合同ライブは以前から麗華と話をしていたものでした。きっかけは……ふとこんなことを考えたんです』

 

 

 

 ――アイドルは永遠じゃない。

 

 

 

『記憶に残り続ける以上、アイドルという存在は永遠なのかもしれません。けれど圧倒的な太陽となり得た日高舞があっさりとその道を退いてしまったように……その時間はいつか終わりが来ます。それは「周藤良太郎」や「魔王エンジェル」も例外じゃない』

 

 画面の向こうの何人かが、良太郎の発言にショックを受けている様子だった。しかしそれを大きく騒ぎ立てる様子はない。

 

 ……騒ぎそうな数人のアイドルは、同僚によってその口と動きを止められていた。珍しく良太郎がシリアスしてるんだから、ちょっと面白い光景にするの止めなさいよ。

 

『だから俺たちは永遠を目指す道ではなく、後に続く者たちのための道を選びました。アイドルの頂点に居続けるだけではなく、この頂点への階段を示してあげる道です』

 

 現在東豪寺が行っているUTX学園や『スクールアイドル支援プロジェクト』もその一環。おそらく本格的な始動は来年頃になるだろうが『A-RISE』の三人には、私たちと同じようにスクールアイドルの礎となってもらう予定だ。

 

『今回のライブは、貴方たちと共にその階段を作ることが目的です。ただファンを感動させるだけじゃなく、()()()()()()()()()()()ためのライブ。『自分たちもいつかはここへと辿り着けるのだ』という希望の光を灯すためのライブです』

 

「………………」

 

 おそらく、この場に集まっているプロデューサーや社長は良太郎がしようとしていることの『残酷さ』に気が付いているだろう。勿論私は気付いているし、良太郎だって分かっていて言っている。

 

 『希望』とは『絶望』の裏側だ。希望を持つからこそ絶望に堕ちる。

 

 ()()に耐えられなかったアイドルを私も良太郎も、何人も見てきた。

 

 それでも良太郎は「それに賭けたい」と言った。「みんななら大丈夫だ」と言った。

 

 「誰もが絶望しない、暖かな希望の光を」と、そう言った。

 

(……ほんと、くだらない)

 

 少しだけ聞いた話。良太郎はりんと恋人になった際に『我儘な王様になる』ことを約束したらしい。誰かのためだけじゃなくて、自分の思うままに生きる王様になってほしい、と。

 

 どうやら、この夢物語が良太郎の考える我儘らしい。

 

『どうかこのライブの成功のために、皆さんの力を貸してください』

 

 

 

(……ばーか)

 

 

 

 

 

 

「「「「………………」」」」

 

 打ち合わせが終わり、しかし俺たち四人はその場から動けなかった。

 

 打ち合わせ自体は第一回ということもあり、比較的軽いものだったのだが……。

 

「……アレが、正真正銘のトップアイドルなんだな」

 

 ポツリと呟いた桜庭の言葉は、きっと俺たち全員の総意だ。

 

 ヒーローのようなアイドルになりたい。その自分の考えを恥じるつもりはない。これは今も変わらない俺の目指すべアイドルの姿だ。

 

 しかし、そんな俺の目指すべきアイドルの先に立っているトップアイドルは……それよりも遠く、遥かに永く、そしてとてつもなく大きなものを視ていた。

 

 そんな彼の言葉に、すっかりと飲み込まれてしまった。

 

「……なぁ、プロデューサー!」

 

「は、はい、どうしましたか?」

 

 

 

「レッスン室、空いてるか!?」

 

 

 

「……はい?」

 

「て、輝さん……?」

 

「お前はいきなりなにを……」

 

 三人揃って呆れたような目で見てくるが、今はとにかく体を動かしたい気分だった。

 

「俺、絶対に、ぜ~ったいに今回のライブ、成功させたいんだ!」

 

 彼の考えに賛同した、なんて大それたことは言えない。彼のために何かをしたい、なんて仰々しいことも言わない。

 

 それでも、言い表せられないこの衝動は、きっと『アイドルとして』大事な何かなんだ。

 

「……僕もお付き合いします!」

 

「……まぁ、自主練は悪くない。付き合ってやろう」

 

「ふふっ、分かりました。でも無理だけはなさらないように」

 

「あぁ!」

 

 よ~し! やるぞ~!

 

 

 

 

 

 

おまけ『300倍返し』

 

 

 

「んご!? なんでりあむさん、突然奇声を上げてぶっ倒れたんご!?」

 

「え? なに? 『これは人におみせできない』? 何が?」

 

 

 




・天井努の過去
ワンチャン触れない可能性がある。
つまりその過去に触れる必要がある彼女はまだ登場しないわけで……。

・緋田美琴
アイドルマスターシャイニーカラーズの登場アイドル。
アイドル以外のことはある意味ポンコツな24歳。現在は23歳。
アイ転世界では良太郎と同期で、フリー→961→283と渡り歩いた設定。

・バカピンク頭
良太郎以外に空気を崩せるキャラがいるの助かる。

・おまけ『300倍返し』
りんにおねだりされた自撮りの没ネタをちょいと加工して送ってみた。



 結局軽い紹介だけになってしまいましたが、以上が今回のイベントというなの第八章に参加する八つの事務所です。

 以前から『283』は出す予定がないという話をしていたのですが、美琴さんのアイドル歴やら天井社長の元担当アイドルのアレコレやらを考えて、シャニマスの過去編という立ち位置で登場させるべきではと考えた次第です。

 美琴の相方? はて?(いないわけではない)(神様は死んでない、って)



 さて、実はここまでが第八章のプロローグとなります。長い。

 第八章の主なテーマは『壮大な日常編』です。sideMの面々を中心に、ライブに向けてのレッスンや打ち合わせや交流がメインとなっていきます。

 正直多分二年ぐらいかかるんじゃないかなって(目逸らし

 ともあれ、これからよろしくお願いします。


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Lesson331 Episode of DRAMATIC STARS

まずはドラスタの三人から。


 

 

 

 八事務所合同円卓会議……もとい、合同ライブに向けての打ち合わせの記念すべき第一回はつつがなく終わった。基本的に顔合わせだしね。

 

 次回からは演出家の先生も同席してもらい、本格的にライブの内容についての話し合いになっていくことになっている。要するに次回からが本番だ。

 

 それでは、それまでの間は何をするのか?

 

 決まっている。いつもと変わらない日常(おしごと)だ。

 

 流石に年明けのライブ一本に絞って仕事やレッスンをするわけにもいかない。というかそんなこと世間が許してくれない。今日も周藤良太郎は大忙しなのだ。

 

 ……いつも暇そうなイメージ? そんなバカな。

 

「……ふぅ」

 

 現に今日もこうして、仕事と仕事の合間に近場のレッスンスタジオを借りて自主練中だ。

 

 世界一のトップアイドルだとチヤホヤされようとも、残念ながら俺の物覚えは相変わらずの凡人レベル。正真正銘の天才たちが一発で振り付けを覚える傍らで、俺はひたすら反復練習を繰り返して身体に浸透させていくしかないのだ。

 

「よーやくそれなりになったか……」

 

 とりあえず()()()ほど反復することで、最初から最後までミスなく通すことが出来るようになった。先ほど動画が送られてきたばかりのフリにしては上出来である。

 

「んー……あと三十分か」

 

 ……もーちょい続けるかな。よしとりあえずもう十セットほど……。

 

 

 

「って、いつになったら休憩するにゃあああぁぁぁ!」

 

 

 

「うおっ!?」

 

 突然レッスン室のドアが勢いよく開け放たれた。なんだなんだ、敵襲か?

 

「って、なんだみくにゃんか」

 

「なんだとはご挨拶にゃ! 折角レッスン中の先輩に対して可愛い後輩アイドルが差し入れのドリンクを持ってきてあげたっていうのに!」

 

「あ、そうなの? ありがとう」

 

「それよりホントいつ休憩するにゃ!? レッスンの合間を見計らって中に入ろうとしてたのに、全然休憩しないからみくたち十分以上待ってたにゃ!」

 

「そうですよ! 人に対して無理するなとか言うくせに、自分は無理するなんてどういうことですか!?」

 

「魔力の過剰放出は禁忌なり!」

 

 あ、みくちゃんだけじゃなくて美波ちゃんと蘭子ちゃんもいたのか。

 

「美波ちゃんと蘭子ちゃんも久しぶり。二人ともこの間の歌番組よかったよ」

 

「えっ、ほ、本当ですか?」

 

「わ、我の儀式を閲覧していたのか!?」

 

「二人揃って早々に絆されるにゃぁぁぁ! そんでもってそーゆーのみくにはないのかぁぁぁ!?」

 

 みくにゃんは元気だなぁ。リアクションが大きいとその分、大きく胸も揺れるからお兄さん大満足である。

 

 

 

 さて、みくちゃんが落ち着いたところで改めて差し入れのドリンクを受け取る。自分で用意していた分はついさっき飲み干してたからありがたい。

 

「みくちゃんたちは、合同ライブの話聞いた?」

 

「勿論にゃ」

 

「プロデューサーさんから直々にお話がありました」

 

「八つの陣営によるラグナロク……我が魔力を解き放つに相応しい宴である!」

 

 基本的に出演するアイドルの選出は各事務所にお願いしている。今回のライブのコンセプトは説明しているので新人アイドルを中心にしたメンバーとなるだろうが、当然シンデレラプロジェクト一期生といった()()()()()()()の面々からも数人選出されることになるだろう。

 

「うちの場合、出演アイドルの事務所内オーディションが行われることになりました」

 

 そんな内部事情を教えてくれながら美波ちゃんは「これもどうぞ」と、おそらく自分たち用に用意していたレモンのはちみつ漬けを差し出してくれた。うーん、美人マネージャーにお世話される部活動感があっていいなぁ……。

 

「特に凛ちゃんと加蓮ちゃんが、それはもう張り切っちゃって」

 

「まるで鬼神の如き気迫であった……」

 

 二人に引っ張られていく涙目の奈緒ちゃんの姿が、ありありと目に浮かぶよ。

 

「ふっふっふ~、張り切ってるのはその二人だけじゃないにゃ。ね~美波ちゃん?」

 

「っ!?」

 

「みく、聞いちゃったんだけどにゃ~? めっちゃ小声で『良太郎さんと一緒のステージ』って言ってるの、聞いちゃったんだけどにゃ~?」

 

「きゃあああぁぁぁ!? い、言ってない! そんなこと言ってないもん!」

 

「いーや言ってたにゃ! 間違いなく言ってたにゃ! みく嘘つかない!」

 

 突然みくちゃんと美波ちゃんがきゃーきゃーとじゃれあい始めた。うんうん、最悪の初対面のときから考えると、美波ちゃんからの好感度が人並みに上がっていることに少しだけホッとした。

 

「我も覇王との共闘を心より望んでいるぞ!」

 

我も汝と(おれもきみと)儀式の場にて(いっしょのステージに)相見える日を(たてるひが)渇望せん(たのしみだよ)

 

 それはそうと、みくちゃんと美波ちゃん? そのじゃれ合いいつまで続くくのかな?

 

「言った!」

 

「言ってない!」

 

 

 

 

 

 

 俺は天道輝! 最強のヒーローアイドル目指してひた走る俺は、今日もユニットメンバーの二人と共にレッスンだ!

 

「君はいきなり何を言い出すんだ」

 

「ほら、こういうナレーションが入るとなんかテンション上がらないか?」

 

「会話にならん」

 

「なにをぉ!?」

 

 完全に人を馬鹿にしたような目の桜庭に会話を切り上げられてしまった。

 

「お前だって男ならヒーローに憧れた記憶ぐらいあるだろぉ!? 覆面ライダーとか、電光刑事シリーズとか、ハイパー戦隊シリーズとか!」

 

「そんなものはない」

 

「……ははーん、さては魔法少女シリーズだな?」

 

「………………」

 

「桜庭さん! ダメです! お医者さんだったらそんな水筒で人を殴ったらどうなるのか分かるでしょう!? それに相手は弁護士ですよ!?」

 

 そんなやり取りをしつつ、今日も今日とてレッスンである。

 

 諸事情により、今回利用するレッスンスタジオはいつものところとは違うところで、他の事務所のアイドルもよく利用するらしい。既に自分もアイドルになった身ではあるものの、それでも「他のアイドルに遭えるのではないか」と考えてしまう自分がいる。

 

 現に今も三人で乗り込んだエレベーターのドアが閉まる瞬間に、階段から降りてきたであろう年若い女性の声が聞こえて……。

 

 

 

 ――もー美波ちゃんも頑固なんだから。

 

 ――わ、私のせいなの!?

 

 ――双方、そろそろ剣を収めてはどうだ……。

 

 

 

「っ!?」

 

「わっ!?」

 

 突然、桜庭が閉まったエレベーターのドアに手のひらを力強く叩きつけた。

 

「……今の声……!?」

 

「ど、どうした桜庭!? 何か忘れものか!?」

 

「……いや、なんでもない」

 

「いやいや何でもないことはないだろ……」

 

 流石にこれを「そうかなんでもないのか」と流すのは無理があるぞ。

 

「………………」

 

 しかし桜庭は「何も言うことはない」と言わんばかりに口と目を閉ざしてしまった。

 

 無言のまま翼と視線を合わせる。翼も桜庭の様子が気になっていたが、これ以上何かを聞き出すことは出来ないだろう。

 

 なんとなく気まずい空気になってしまったが、そのまま予約したレッスン室へと向かう。

 

「……あれ? まだ誰か使ってる?」

 

 チラリと時間を確認する。どうやら俺たちが早く到着してしまったようで、前の人がまだ使っているらしい。

 

「……男の人みたいだな」

 

「おい」

 

「ちょっと覗くだけだって」

 

 男性アイドルは数が少なく、ダンサーの人という可能性もあるのだが、それでも少しだけ気になってしまうのだ。

 

 ドアの前の通り過ぎるように、自然な動作で中を覗く。そこには一人の男性がなかなか激しいステップを踏んでいて、ほとんど素人みたいな俺からしてみてもその動きからただものではないことがアリアリと理解することが出来て……。

 

「……って、リョーさん!?」

 

「えっ!?」

 

「なにっ!?」

 

 レッスン室の中にいたのは、なんと『周藤良太郎』だった。

 

「? ……!」

 

 レッスン室は防音になっているため、外にいる俺たちの声が聞こえたわけではないだろう。しかしたまたま目に入ったのか、ドアの外の俺たちに気付いたリョーさんがこちらに向かってヒラヒラと手を振ってきた。

 

 そしてそのままこちらへと歩いてきてドアを開けた。

 

「どーも、お疲れ様です」

 

「「「お、お疲れ様です」」」

 

 無表情だというのに朗らかな雰囲気がアリアリと感じられる、そんな声だった。

 

「もしかして次のこの部屋予約してました?」

 

「そ、そうです」

 

「それじゃあそろそろ空けますね」

 

「あっ、いえそんな!」

 

 思わず遠慮の言葉を口にする翼だったが、リョーさんも「お気になさらず~」と言いながら片付けを始めてしまった。ルールとしては誰も何も間違っていないのに、なんだか罪悪感が……。

 

「っ! そうだリョーさん! まだ少し時間ありますか!?」

 

「? ありますけど」

 

「もしよかったら、俺たちのダンス見てもらえませんか!?」

 

「「!?」」

 

「? いいですけど……」

 

 よし!

 

「ちょ、輝さん!? いきなり何を言い出すんですか!?」

 

「何を考えているんだ君は!?」

 

 確かに我ながら突拍子もないことだとは思うけれど、別に何も考えずに言ったわけじゃない。

 

「俺たちはまだ実践経験が少ない。でも『周藤良太郎』に見てもらうことは、十分実践経験にカウントされると思わないか?」

 

 正直千人の人たちに見られるよりも『周藤良太郎』一人に見られる方がプレッシャーが凄いと思う。

 

「そ、それはそうかもしれませんが……」

 

「そんなことのために彼の時間を使わせるわけには……」

 

「俺は大丈夫ですよ~」

 

「ほら! リョーさんもこう言ってくれてるし!」

 

 苦言を呈する翼と桜庭だったが、流石にリョーさん本人から直々のオッケーをもらってしまっては反論のしようがないだろう。

 

「さぁ、見せてやろうぜ!」

 

 今の俺たちの実力を! あの『周藤良太郎』に!

 

 

 

 

 

 

「うん、なかなかいいですね、合格だと思いますよ」

 

「ほ、本当か!?」

 

「はい。六十五点です」

 

 赤点ギリギリじゃないかよおおおぉぉぉ!?

 

 

 




・俺の物覚えは相変わらずの凡人レベル
Lesson59参照。

・みく美波蘭子
デレマス組から三人。メンツで何となく察せると思う。

・六十五点
え!? 最近の戦隊は笑顔で仲間を警察に売り飛ばすんですか!?



 ようやく始まったエムマス編の本編は、ドラスタの三人からです。登場人物から察している人もいるでしょうが、そういうお話をやります。

 他の二人もちゃんと見せ場あるのでご安心を。


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Lesson332 Episode of DRAMATIC STARS 2

アイ転ではこうなった(いつもの)


 

 

 

「輝さん雑過ぎ。翼さん動きが縮こみ過ぎ。薫さん遊びが無さ過ぎ」

 

「ざっくりだな!?」

 

「詳細なダメ出しがご所望でしたら、まず輝さんは始まって三十秒頃のステップが……」

 

「そんなに細かく!?」

 

 彼らのダンスをほぼ初見の俺ですらパッと見ただけで分かるミスというか改善点がチラホラ見受けられた。人前でお見せできるレベルではないとは言えないが、それでも及第点ギリギリといった感想ゆえの六十五点である。五点はおまけ。

 

「要するに『もう少し頑張りましょう』っていったところですね。あくまでも俺目線からの評価になるので、世間からの評価はもう少しだけ高いと思いますけど」

 

「……いや、それが『周藤良太郎』からの評価であるならば、素直に受け止めよう」

 

 意外にも薫さんは俺の言葉をすんなりと受け入れてくれた。なるほどこれがクールなストイックってやつか……。

 

 なんてやり取りをしている間に、そろそろ俺も移動をしなければいけない時間になってしまった。

 

「細かいアドバイスは後程メッセージで送らせてもらいますので、連絡先教えてもらっていいですか?」

 

「え!? そこまでしてもらえるのか!?」

 

「乗り掛かった舟……というか、俺たちはもう来年のライブに向けての航海を共にする仲間じゃないですか」

 

 今はまだ先輩と後輩という接し方が強いものの、貴重な男性アイドル仲間として315プロのみんなとはドンドン仲良くなりたい所存である。

 

 俺と連絡先を交換することに対して、喜ぶ輝さんと気後れする翼さんは予想通りだったが、これまた意外にも薫さんが積極的な反応だった。どうやら向上心はとても高いようだ。

 

 そんなわけで連絡先を交換して俺はドラスタの三人と別れるのであった。

 

 

 

 ……というのが先週の話である。

 

『度々すまない、またアドバイスをもらえないだろうか』

 

「お、また薫さんか」

 

「……誰だっけ?」

 

「315プロのアイドル」

 

「ふーん」

 

 自宅でりんとの一緒に映画を見ていると、スマホに薫さんからのメッセージが届く。先日の邂逅以来、こうして薫さんからアドバイスを求められるようになった。

 

 腕の中のりんがスマホを覗き込んでくるが、別に見られて困るような内容でもないのでスルー。メッセージには薫さんの振り付けの動画と、それに対する薫さん自身の意見が書かれてた。人に聞く前に自分の考えをまとめている辺り、元医者というだけあってしっかりと勉強の仕方が分かっている人である。

 

「なんというか『俺は他人のアドバイスなんかいらない』って言いそうな雰囲気の人なのに、熱心なんだね」

 

「言いたいことは分かる」

 

 薫さんはアイドルとしての技術を高めることに対して人一倍熱心だということは、この一週間でのやり取りで十分に理解出来た。

 

「ただまぁ、ダンスは上手だけどパフォーマンスとしてはちょっとね」

 

「そーだね。いくらレッスンとはいえ表情固すぎでしょ」

 

「お? それは俺に対する嫌味か? お?」

 

「え、ちが……お腹はやめてっ!」

 

 身を捩るりんを片手で抑え込んで悪戯しつつ、送られてきた動画を見て気になった点をいくつか文章化する。

 

「ダンスのアドバイスではないから今のところ一度も指摘してないけど……そーいうイベントを発生させるのは多分俺じゃなくて同じユニットメンバーである輝さんや翼さんだろうし」

 

 もしくは315のプロデューサーさん。

 

「えー、でもりょーくんも今まで散々そういうイベントに関わっておいて、今更それはないんじゃない?」

 

「大掛かりなイベントは去年の暮れからの一件でしばらくお腹いっぱいなんだよ」

 

 満腹どころか胃もたれや胸やけがするレベルだったから、しばらくはお腹に優しいおかゆみたいなイベントだけを消化していたい。二つの意味で。

 

「……お腹いっぱいといえばさ」

 

「うん、略しておっぱいだな」

 

「今日りょーくん晩御飯一杯食べてたよね」

 

 鍋だったし、今日は一日ずっと動きっぱなしな上に昼食をまともに食べれなかったからお腹空いてたから、まぁそれなりには食べた。

 

「しっかりとデザートも食べたよね」

 

「翠屋のシュークリームはどれだけお腹いっぱいでも食べることが出来る魔法のスイーツだから」

 

 翠屋へ通うようになってから今まで一度も満腹でシュークリームが入らないという経験をしたことがなかった。冷静になって考えるとちょっとだけ怖い。

 

「……なんでお腹ぽっこりしてないの!?」

 

 驚愕した表情で俺の腹を撫でまわすりんが、逆に俺はりんに問いたい。

 

「寧ろなんでするの? アイドルなのに?」

 

 グーパンされた。

 

 

 

 

 

 

 ……というのが昨日の話である。

 

「「いやそれは絶対に良太郎さんが悪い」」

 

「あ、悪逆非道……!」

 

「知ってる」

 

 最近一緒に仕事をする機会が多いらしく、再び美波ちゃんみくちゃん蘭子ちゃんの三人と今度はテレビ局で顔を合わせた。

 

「というか、今まさにケーキを食べようとしている私たちに対してそんな話をするなんて……!」

 

「良太郎さんは心がないにゃ……!」

 

「こ、これが覇王の所業……!」

 

「ごめん」

 

 しかしこのテレビ局内の喫茶店のケーキは業界でも美味しいと有名なため、結局その誘惑に抗うことが出来ずに三人は美味しそうに食べ始めるのだった。くっくっく、いいぞ、そのままいい感じにムチムチになるといい……!

 

「それにしても、その桜庭薫さんは随分と熱心な方なんですね」

 

「まるで美波ちゃんを彷彿とさせる勤勉さにゃ」

 

「わ、私はそこまでじゃないと思うんだけど」

 

「女神の情熱は太陽が如き灼熱である」

 

「そこまでじゃないって! あっ! 良太郎さんは何も言わなくていいですからね! 何を言うつもりなのかもう分かってますから!」

 

「そんな」

 

 だが確かにこれも二年ぐらい擦り続けたネタだし、そろそろ勘弁してあげてもいい頃かもしれない。

 

「………………」

 

 そこで何かを期待する目で見られても俺はどうすりゃいいんだよ、と悩みつつコーヒーカップを傾ける。うーん、ケーキは美味しいらしいけど、残念ながらこっちはインスタントである。

 

「だが確かに以前にも覇王は一度に数多の贄を食していたと記憶する」

 

「ん~? ……あ、もしかしてアレか、貴音ちゃんと……」

 

 コクコクと頷く蘭子ちゃん。正直思い出すだけでお腹がいっぱいになりそうになるが、あの『佐竹飯店で散々食べた後で麺塊と称する他ないギガ盛りラーメンを食べた』ときのことを言っているのだろう。うえっぷ。

 

「それなりに食べるとは言っても、アレは二度とやらないしやっちゃダメなやつだから」

 

 いくらスピードメーターの数字が140まであるからとはいえ、そこまでアクセルを踏み抜いてはダメに決まっているのだ。

 

「……でも体重は変わらないんですよね?」

 

「アイドルになってからずっとプラスマイナス二キロをキープしてるよ」

 

 ポコポコポコと三人から一斉に殴られた。

 

「……あれ? 良太郎さん?」

 

「はい?」

 

 三人からの拳を甘んじて受け入れていると、背後から声をかけられたので振り返る。伊達眼鏡のみの不完全な変装とはいえそれなりに認識疎外の効果はあるため、俺の名前を呼んだということは知り合いだろう。

 

「やっぱりそうだった。お疲れ様です」

 

「あ、お疲れ様です」

 

 声の主は翼さんだった。どうやら今から食事らしく、手にしたトレイには料理が……えーっと料理が……。

 

「………………」

 

「? どうかしましたか?」

 

「……えっと、ドラスタのお二人と一緒に仕事でしたか?」

 

「いえ、今日は珍しく一人の仕事なんです。それでお昼が遅くなっちゃったので、今から一人で軽くお昼を食べようかと思いまして」

 

「一人で!? 軽く!?」

 

 ()()()()()()()してる上に明らかにメインと思われる料理が何品も乗ってるんですけど!?

 

「た、たくさん召し上がられるんですね……」

 

 引き攣った笑みでそんな感想を口にした後、初めましてと挨拶をする美波ちゃん。それに続くようにみくちゃんと蘭子ちゃんも、五人前は軽くありそうな料理に軽く引きつつ翼さんに挨拶をする。

 

「ご丁寧にどうも、315プロでアイドルをさせていただいています、柏木翼です」

 

 俺たちの近くのテーブルにトレイを置きながら翼さんはニッコリと笑顔で挨拶を返す。輝さんと薫さんのやり取りに挟まれているイメージが強いけど、まさかこの人はこの人でこんなに強い個性を持っていたとは思わなかった……。

 

「……菜々ちゃんや奈緒ちゃんのおすすめで、みくもウマ娘っていうアニメ見たんだけど……」

 

「言いたいことは分かった」

 

 オグリやスぺちゃんやライスもこんぐらい食べてたのかなぁ……。

 

「それにしても、こんなところでお会い出来て光栄です、神崎蘭子さん」

 

「……え、我!?」

 

 翼さんから突然話しかけられて、いつもの奴と素が混ざったなんとも言えない反応をしてしまった蘭子ちゃん。ワタワタと慌てている様子がなんとも可愛らしい蘭子ちゃんも、もう高校生なんだよなぁ……。

 

「意外ですね、翼さん、蘭子ちゃんのファンだったんですか?」

 

「勿論僕もなんですけど、実は薫さんがファンなんです」

 

「……薫さんが!?」

 

 翼さん以上に名前が出てきてこれには驚かざるを得なかった。

 

「そ、それは、意外ですね……」

 

「僕もそう思いました。でもレッスンの合間に蘭子ちゃんの曲をよく聞いているらしくて」

 

「それはそれは……」

 

 本当に意外である。なんだろう、もしかして薫さんも昔は黒歴史をお持ちだった(ブイブイいわせてた)のだろうか。

 

「それでもしよかったら、サインをいただけませんか?」

 

「よかろう! 我が契約の証を望むというのであれば、我は拒まぬ!」

 

 どやふんすと胸を張る蘭子ちゃん。高校生になったことで随分とまたご立派になられて……。

 

「良太郎さん、蘭子ちゃんが高校生になったといっても合法になったわけではないにゃ」

 

「誰も違法行為はしてねぇよ」

 

「わ、私は成人しましたよ!」

 

 だから何も違法なことはしてないんだってーの!

 

 

 




・「寧ろなんでするの? アイドルなのに?」
とはいえ基本的に太らないタイプの人が多すぎる世界だからなぁ……。

・『佐竹飯店で散々食べた後で麺塊と称する他ないギガ盛りラーメンを食べた』
シンプルに拷問。

・「軽くお昼を食べようかと」
この人「心配で食事が喉を通らなくて……」とか言いつつ平気で三人前とか食べるタイプの人なんですよ……。

・オグリやスぺちゃんやライス
グレイのオグリは別格なので除外。

・蘭子ちゃんのファン
それ、本当にファンだから聞いてるの……?



 そんなドラスタ編二話目。なにやら誤解されているようなあながち誤解でもないような、そんな桜庭先生。

 勿論その理由は……。


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Lesson333 Episode of DRAMATIC STARS 3

君のその声は。


 

 

 

「……という話を翼さんから伺いまして」

 

「へぇ、それは俺も知らなかったなぁ」

 

 今度は輝さんとテレビ局の廊下でばったり出会ったので、昨日翼さんから聞いたばかりの話を輝さんにも話してみると、どうやら彼は知らなかったらしい。

 

「でも確かに言われてみると、桜庭は事務所に一人でいるときは何か熱心に聞いてることが多かったな」

 

「随分と熱心なファンなんですね」

 

「んー……なんとなくだけど、俺は違うと思う」

 

「へぇ?」

 

 薫さんが蘭子ちゃんの曲を聞いていること自体は納得した輝さんだったが、しかし薫さんが蘭子ちゃんのファンであるという点に関しては懐疑的な反応を見せた。

 

「別に神崎蘭子ちゃんのことが嫌いだとか好きじゃないとか、そういうわけじゃないとは思うんだ。ただ……何かを懐かしんでるとか、そんな雰囲気なんだよな、曲を聞いてるときの桜庭って」

 

「懐かしむ、ですか」

 

 となると、やはり元中二病患者説が濃厚になってくるのだろうか。

 

「そうそう、俺が特撮の曲とか聞いてるときとおんなじ感じ」

 

「そういえば特撮お好きなんでしたっけね」

 

「おうよ! 電光刑事シリーズ時代からバッチリだぜ! 勿論リョーさん初出演作の『覆面ライダー竜』もしっかりと見てたぜ!」

 

「それはそれは……」

 

 ありがとうございます、と続けようとした俺の言葉は、俺たちの背後から近づいてきた一人の人物によって遮られることとなった。

 

「おぉ! 君のような若い人にも見てもらえるなんて、役者冥利に尽きるってものだ!」

 

「「!?」」

 

 突然の大声に二人揃ってビクつきながら振り返り、そこに立っていた人物を理解して「「あっ」」と声を揃えた。

 

「か、風鳴弦十郎さん!?」

 

「お久しぶりです、弦十郎さん」

 

「久しぶりだな、良太郎君!」

 

 トレードマークのようなピッチリとした赤いワイシャツを着た大柄な男性。偉丈夫という言葉が良く似合う元アクション俳優にして現209プロダクション社長である風鳴弦十郎さんが、俺に向かって右手を差し出していた。

 

 またこれかぁ……とひっそりと覚悟を決めて差し出された右手を握ると、案の定とても力強く握り返された。だから痛いですってば!

 

「それで君は……」

 

「は、はい! 315プロダクション所属! 天道輝と言います!」

 

「315プロ……ということは君もアイドルだったのか! 風鳴弦十郎だ!」

 

 今度は輝さんに向かって差し出される弦十郎さんの右手。忠告してあげようか迷う暇もなく輝さんは「よろしくお願いします!」と勢いよくその右手を握ってしまった。

 

「っ!?」

 

 途端に苦痛に歪む輝さんの表情を、弦十郎さんは「はっはっは! もっと鍛えた方がいいな!」と豪快に笑い飛ばした。いや、握力を鍛えたところで貴方に強く握られれば誰だって痛いんですよ。

 

「そうだ良太郎君、君に言いたいことがあるんだった」

 

「? 俺にですか?」

 

「俺が……ではなく」

 

 弦十郎さんは「この子たちが、だがな」とチラリと後ろに視線を向けた。

 

「酷いよ良太郎さん!」

 

「酷いぜ良太郎!」

 

「わっ、二人ともいたのか」

 

 弦十郎さんの大きな体の陰から飛び出してきた二人の女性は、209プロダクション所属する立花響(ビッキー)ちゃんと天羽(あもう)(かなで)だった。

 

「聞きましたよ! 八事務所合同イベント!」

 

「どーしてあたしたちにも声かけなかったんだよ!」

 

 輝さんが「おぉ、覆面ライダーガングニール!」と感激している間に俺はわーぎゃーと姦しい二人に詰め寄られ、あっという間に壁際に追い込まれてしまった。

 

「いやまぁ、色々と事情があったんだよ」

 

「なんですか事情って!」

 

 そりゃあもう、色々とやんごとなき事情が(かみさまがやれって)……。

 

「あたしたちとライブして『ツヴァイウィングをトライウィング』にするって言ってくれた、あの日の約束は嘘だったのかよ!」

 

「誰だよそんな約束した奴」

 

 捏造するんじゃない。いや確かにいつか一緒のステージに立とう的な話はしたかもしれないけど。

 

「あーあー! 折角良太郎さんにクリスちゃんを紹介してあげようと思ってたのになー!」

 

「っ!?」

 

 ビッキーちゃんの言葉に俺の精神が大きく揺らぐ。209プロのクリスちゃんと言えば覆面ライダーガングニールにも出演した、あの背がちんまいのに大変な大乳を備える美少女雪音(ゆきね)クリスちゃん! 結局その存在を知ってから色々あったのに今まで一度も直接会うことが出来なかった、あのクリスちゃん!

 

「ついでに言うと、一時的だけどウチの事務所には今マリアもいるんだけどなー?」

 

「っ!?」

 

 続く奏の言葉にも俺の精神が大きく揺らぐ。奏の言うマリアとは、アメリカの歌姫『マリア・カデンツァヴナ・イヴ』だ。彼女もまた素晴らしい大乳を有しているので、紹介してもらえるというのであれば是非とも紹介してもらいたいところである。

 

 ……ものの見事に胸に釣られている形にはなっているが、クリスちゃんもマリアさんも歌唱力が普通に知り合えるのであれば知り合いたい。いや胸だけじゃないよホントダヨ。

 

「さぁさぁどうしますか……?」

 

「今からでも遅くないんだぜ……?」

 

 くっ、くそぉ……!

 

「なに!? 二十八!? もっと若く見えたぞ!」

 

「あ、あはは……よく童顔って言われます……」

 

 輝さんと弦十郎さんが和やかに談笑する傍らで、俺は年下の女性二人からの魅力的な誘惑に対して必死に抗い続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

「……で?」

 

「麗華に相談の電話したところでギリギリ踏み止まりました」

 

「それは踏み止まったんじゃなくて行きつくところまで行った結果なんだよなぁ……」

 

 憧れだった電光刑事バンこと風鳴弦十郎さんとの邂逅を終え、何やら女の子二人から色々と文句を言われていたリョーさんと共にその場を離れる。

 

「初めて事務所であったときからなんとなく感じてたけど、リョーさんってなんというか……アレだな」

 

「わざわざ明言しないでくれてありがとうございます」

 

 テレビの向こうの『周藤良太郎』と、今隣に並んで歩ている『リョーさん』との違いが大きすぎるんだよなぁ。

 

「それで話は少しだけ戻りますけど、輝さんは特撮への出演とかは興味ないんですか?」

 

「特撮!? 俺が!?」

 

「えぇ。好きならばこそ、アイドルとして携わってみるのも一興だと思いますよ」

 

「……うーん」

 

「おや? 乗り気じゃない?」

 

「やりたくないわけじゃないんだけど……」

 

 特撮のヒーローに憧れて、今もなお憧れて、ヒーローのようなアイドルになると憧れて、それは全部今なお変わらない俺の目標だ。

 

 それでも『本物のヒーローになる』というのは、少しだけ躊躇ってしまう自分がいた。

 

「俺だってこう、カッコよくベルトを巻いて『変身!』って叫びたい願望ぐらいあるぜ? ……でもなんていうか、それを仕事としてやっちゃうのは()()()気がするんだよ」

 

 例え『役』だと理解していても、それをやりたい子どもたちは大勢いる。そんな人たちを差し置いて、アイドルなんて立場を利用してそれを叶えるのは……。

 

「それが悪いことだとは勿論思わない。実際にそういう経緯でヒーローになった人たちを批判するわけでもない。……ただ()()躊躇っちゃうんだよ」

 

「………………」

 

 俺の勝手な持論にリョーさんが黙ってしまった。……き、気を悪くさせちゃったかな……?

 

「……って、アレ? 薫さん?」

 

「え?」

 

 それは突然だった。リョーさんの視線の先を俺も目で追うと、確かにそこには桜庭の姿があった。

 

「アイツ何も言ってなかったぞ……」

 

「まぁユニットメンバーと言ってもお互いに全ての予定を把握しているわけじゃないでしょうし」

 

 ()()()()()で勝手に仕事を取ることは止めているだろうけど、それにしたってもうちょっと自分のことを話してくれてもいいんじゃないか?

 

 そんな桜庭は、喫茶スペースのテーブルで優雅にコーヒーを飲んでいた。脚なんか組んじゃって大層絵になるこった。

 

「……そーだ」

 

 突然リョーさんがいかにも『何かを思いついた』といった仕草でパチンと指を弾いた。

 

「実は俺、メディアには公にしてない特技があるんですよ」

 

「へぇ? どんな?」

 

『こんな特技さ、輝君』

 

「!?」

 

 え!? 今リョーさんの口から()()()()()()()の声がしたんだけど!?

 

『実は僕、色々な人の声を真似することが出来るんですけど』

 

 今度は翼!?

 

「え、それマジでどうなってるんですか!?」

 

「まぁちょっとしたコツを、とある知り合いのマジシャンに教えてもらったんですよ」

 

 マジシャンってすげぇな!? そんなこと出来るのか!?

 

『これでちょーっとだけ薫さんを驚かせちゃおうかなーって!』

 

 さっきまで話してた立花響ちゃんの声まで!? 性別問わずどんな声も出せるって特技なんてレベルの話じゃないぞ!?

 

 驚愕でリアクションが追い付かない俺を尻目に、リョーさんはソロソロと背後から桜庭に近づいていき……。

 

『こんにちは、薫さん! 闇に飲まれよ!』

 

 そして案の定というか予想通りというか、桜庭が気になっているであろうアイドルである『神崎蘭子』ちゃんの声で桜庭に話しかけて――。

 

 

 

「っ、姉さ……!?」

 

 

 

 ――今までに見たことがないぐらい必死の形相で、桜庭が振り返った。

 

「「「………………」」」

 

 俺を含め、三人の間に沈黙が下りる。

 

 ヤバい、空気が凍るとまではいかないが、それでも絶妙に気まずい空気が流れている。多分俺の渾身のギャグがたまたま受けなかったとき以上に気まずい。

 

 桜庭は背後に立ったリョーさんとその後ろにいる俺で視線を行ったり来たりさせている。俺は居た堪れなくなって視線を背けた。背中しか見えないリョーさんも多分同じように視線を背けていると思う。

 

「……お」

 

 おぉ! リョーさん! いった!

 

 頼む! この微妙な空気をなんとかしてくれ! いやそもそもアンタが撒いた種だから自分でなんとかしてくれ!

 

 

 

「お、お前のねーちゃんブリュンヒルデー……」

 

 

 

 違う! そうじゃない! ギャグ路線へ突っ走れとは言っていない!

 

 

 




・天羽奏
『戦姫絶唱シンフォギア』の登場キャラ。
アイ転世界では今日も元気に相方と一緒にステージに立つアイドル。
良太郎とは同期に近いので割と仲がいい。

・「どーしてあたしたちにも声かけなかったんだよ!」
初期案だと参戦してたんだけどなぁ……()

・雪音クリス
『戦姫絶唱シンフォギア』の登場キャラ。
可愛くて!ちっこくて!ちちがデカいぞ!!!
アイ転世界では真っ当な生活を送っているのでワンチャン食事風景が綺麗。

・マリア・カデンツァヴナ・イヴ
『戦姫絶唱シンフォギア』の登場キャラ。
アイ転世界でも孤児院出身は変わらないが、真っ当に歌姫を続けている。

・「お、お前のねーちゃんブリュンヒルデー……」
対義語として「お前の弟、光るメスー」というものがある。



 ※安心してください、非シリアス展開です。

 それなりに真面目なお話にはなりますが、胃が重くなりそうなお話にはならない予定です(当社比)


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Lesson334 Episode of DRAMATIC STARS 4

その声は誰かのために。


 

 

 

 僕が彼女の歌声と出会ったのは、僕が事務所に所属してしばらく経った頃だった。

 

 アイドルという道を進むことを決めた以上、他のアイドルのことも少しは知っておくべきだと有名どころの曲を手当たり次第に聞き漁っていた。そんなときに流れてきたとある一曲に、その曲を歌う少女の声に、僕は自分の耳を疑うほどの衝撃を受けた。

 

 

 

 ――素敵な歌ね。

 

 ――ありがとう、薫。

 

 

 

 彼女の声が……今は亡き姉の声と、よく似ていたのだ。

 

 

 

 

 

 

「色々とすみませんでした……」

 

「……いや、事情を話していない以上、君が何も知らないのは当然だ。悪意があったわけではないのだから、僕に謝る必要はないよ」

 

 あまりにも居た堪れない空気だったため、流石に素直に謝ると、薫さんはスンナリと許してくれた。

 

「それにしても、お前お姉さんいたんだな」

 

「……別に話す理由はなかったからな」

 

「いやでも、お前がアイドルを目指すきっかけでもあったんだろ!? 話してくれてもいいじゃないかよ!」

 

「少なくとも()()()話す理由はない」

 

「同じ事務所のユニットメンバーなんですけどぉ!?」

 

 どうやら輝さんも知らなかったらしくて薫さんに嚙みついていた。

 

 しかし、ただ単に蘭子ちゃんのファンだとばかり考えていたが、実際にはそんな理由があったとは思わなかった。

 

「……悪いとは思っているよ」

 

「桜庭……」

 

「君にではないぞ」

 

「なんだとぉ!?」

 

 麗華とかとしょっちゅうやり合ってる俺に言われる筋合いないかもしれませんけど、貴方たち反りが合わなさすぎません?

 

「僕が悪いと思っているのは、彼女に……神崎蘭子さんに、自分の姉を重ね合わせてしまっていることに対してだ」

 

「薫さん……」

 

「彼女とて不本意だろう、自分の歌声に他人を被せられるのは。結果として、僕は正しい意味で彼女の歌声を聞いていなかった。ただ似ているから、それだけの理由で聞き始めたに過ぎないんだ」

 

「でも、蘭子ちゃんの曲、嫌いではないんですよね?」

 

「……正直なことを言うと、イマイチ何を言っているのか分からないところがある。歌詞の内容は半分も理解出来ていない」

 

 いやそれは俺も無理。

 

「それでも……僕は彼女の歌声に対して勝手な希望を抱いているんだ。あんなことがなければこんなにも元気だったのかと、もし元気だったならばこんな声で歌ってくれたのかと」

 

 桜庭さんは眼鏡を外しながら「非難してくれ」と自嘲した。

 

「僕は自分が情けない。他人の声に、こんな……」

 

 

 

「そ、そんなこと、ありません!」

 

 

 

「「「っ!?」」」

 

 突然現れたその声に二人の視線がこちらを向くが、()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 すなわち……。

 

「ら、蘭子ちゃん!?」

 

 話題に上がっていた神崎蘭子ちゃん、本人の登場であった。

 

「いやぁ……本当に最近のエンカウント率高すぎにゃ……」

 

「しかも私たち三人揃ってだもんね……」

 

「みくちゃんと美波ちゃんまで……」

 

 いくら最近一緒の仕事とはいえ、確かにこのエンカウント率はおかしい。神の見えざる手が仕事をし過ぎている。もうちょっと別の仕事をした方がいいと思う。

 

「それで、今の俺たちの話聞いてたの……?」

 

「ご、ごめんなさい……私の名前が聞こえたから、つい……」

 

 素直に素のままで謝る蘭子ちゃん。というか今日は登場時から素だった。

 

「え、えっと、その、貴方が桜庭薫さん……なんですね。柏木さんから聞きました」

 

「……すまない。迷惑だったな」

 

「だ、だからそんなことないんです!」

 

 謝罪する薫さんを蘭子ちゃんは咎めるように大声を出した。それはまるで()()()()()()ような口調で、その場にいた全員が蘭子ちゃんの意外な反応に驚いていた。

 

「その、私の声が桜庭さんのお姉さんの声に似ていて、私の声を聞いて桜庭さんが元気になってくれるのであれば、私は嬉しいです」

 

「どうしてだ? 僕は君の声を『神崎蘭子』として聞いていなかったんだぞ? 僕は君を見ていなかった、君の声を通じて姉を見ていたんだ。そんなの、君への冒涜以外の何物でもないじゃないか」

 

 薫さんは困惑した様子だった。彼は本気でそれが蘭子ちゃんに対する無礼だと考えているのだろう。

 

 しかし蘭子ちゃんは首を横に振った。

 

「私も同じです。私、以前に良太郎さんがアニメで声優を務めたキャラが大好きなんです。そのキャラに憧れて、今の私がいます」

 

 あーえっと『俺の妹がお嬢様学校の劣等生だけど女神の祝福でツインテールになったのは間違っている』だったな。俺は厨二な兄貴の役だった。

 

「良太郎さんだけじゃないです。声優さんは、その人としてではなく『演じるキャラクター』としてみんなに笑顔や勇気をくれるんです。声だけなのに、その人を笑顔に出来るんです。きっとそれは、アイドルと同じぐらい凄いことだって思ってます」

 

 だから、と蘭子ちゃんは微笑んだ。

 

「例え『声が似ているから』っていう理由だったとしても、私の声で元気になってくれる人がいるのであれば、私は本当に嬉しいんです。私の選んだ道で、貴方の力になれることが」

 

「………………」

 

「……だ、だから、あの、えっと……」

 

「………………」

 

「……ふ、フハハハハッ! 恐れることはない! 我が詠唱術が糧となるというのであれば、汝も我が眷属也!」

 

「あ、冷静になって恥ずかしくなってきたから逃げた」

 

「ち、違いますぅ! 必要に応じて切り替えるようになっただけですぅ!」

 

 高校生になったことで色々と心境に変化があったのかな?

 

「……ありがとう、神崎蘭子さん」

 

 顔を赤くしながら言い訳を続けようとしていた蘭子ちゃんだったが、薫さんのお礼の言葉に肩をビクリと震わせた。一瞬だけ助けを求めるような視線をこちらに向けたが、それでも自分の意志で薫さんと目を合わせた。

 

「い、いえ、その、は、ハーッハッハッハ! 汝の魂の赴くままに!」

 

「……た」

 

「へ?」

 

 

 

「……た、魂の……赴くままに」

 

 

 

「「「「「………………」」」」」

 

 俺、輝さん、蘭子ちゃん、みくちゃん、美波ちゃん、その場にいた全員が思わず驚いて沈黙してしまった。

 

 ま、まさか薫さんが蘭子ちゃんの言葉(くまもとべん)を使うなんて……!

 

「………………」

 

 そして薫さんは急に荷物を片付けると、そのまま足早にその場を去って行ってしまった。

 

「ちょっ、おい桜庭!?」

 

「きっと仕事の時間が迫ってたんですよ」

 

 そういうことにしておいてあげよう。耳が赤かったような気がしたけど、それも見間違えだったのだろう。

 

「ありがとう、蘭子ちゃん。結果として俺の失敗の尻拭いをしてもらっちゃったね」

 

「……否、きっと避けては通れぬ運命だった。女神が操りし見えぬ糸が、我をこの地に呼んだのであろう」

 

 女神様、神様……そうだな。

 

「我にとっての覇王であるように、かのアスクレピオスにとっての我も遥かなる高みへの道標となれば、それは至高である」

 

 アスクレピオス? ……あぁ、元お医者さんだからか。

 

「……『私の選んだ道で』、か」

 

「輝さん?」

 

「そうだよな。そもそも俺はそんな存在になるためにアイドルになったんだ。今更自分が勝手に決めたルールにビビってちゃ話にならないよな」

 

 なにやら先ほどの蘭子ちゃんの言葉に影響された男性が、ここにもいたようだ。

 

「ありがとう、神崎蘭子さん」

 

「ぴゃっ!?」

 

 全く想定していなかったであろう人物からのお礼の言葉に、蘭子ちゃんは今度は鳴き声付きで驚いた。

 

「君のおかげで、俺も決心がついたよ!」

 

「……え、あ、えっと……た、汝の魂の赴くままに!」

 

「おう! 魂の赴くままに!」

 

 困惑したままビシッと腕を突き出す蘭子ちゃんに、ニカッと笑う輝さん。どうやら蘭子ちゃんの言葉に思うところがあったようだ。

 

「……良太郎さん、蘭子ちゃんにいいとこ持っていかれちゃったんじゃないかにゃ~?」

 

 そんな二人を見ていると、ニヤニヤと笑うみくちゃんがススッと近づいてきた。

 

「残念ながら、自分がいいところを持っていくよりも、他の子たちがいいところを持って行ってくれた方が嬉しい歳になっちゃったんだよ」

 

「……良太郎さん今いくつだっけ?」

 

「設定だと二十二」

 

「設定ゆーな」

 

 誕生日が四月二日だから計算しやすくていいよね。

 

「昔は自分のことで精一杯だった蘭子ちゃんがこうして後輩アイドルのために動ける存在になるなんてね……本当に成長したんだね」

 

「良太郎さん……」

 

「美波ちゃんは良い子ちゃんだからその言葉を純粋に捉えてるみたいだけど、みくはネタフリだと判断したから敢えて聞くね。蘭子ちゃんの何処が成長したって?」

 

「胸」

 

「良太郎さん!」

 

 

 

 

 

 

 さて、後日談……とまでは言わないけど、その後の話を少しだけしよう。

 

 全く予期していなかった蘭子ちゃんとの邂逅後、薫さんは予想外の申し出をしてプロデューサーさんを驚かせたらしい。

 

 

 

 ――プロデューサー、声優の仕事というのを……取ってきては貰えないか。

 

 ――えっ!? 声優ですか!?

 

 

 

 薫さんの突然の方針変換。元々演技畑を目指していたためそちらの適正も悪くないだろうし、きっと遠くないうちにアニメの収録現場で顔を合わすことになるだろう。

 

 ついでにテレビ局などで蘭子ちゃんと顔を合わせると、蘭子ちゃんの「闇に飲まれよ!」に対して控えめに「……闇に飲まれよ」と返す薫さんの姿があったそうだ。これは是非機会があったら生で見たい光景である。

 

 そして変化があったのはもう一人、輝さんもだった。

 

 俺と会話したときは『自分が特撮ヒーローになること』を忌避していた様子だったが、一転して特撮のオーディションを受けるようになったらしい。今はまだ成果は出ていないが、いずれ輝さんが変身する特撮ヒーローを見ることが出来る日も近いだろう。

 

「……二人とも、そんな感じです」

 

「なるほど。教えてくださってありがとうござます、翼さん」

 

「いえ、こちらこそこんな素晴らしいお店を教えてもらっちゃって」

 

「わっほーい! 追加のチャーハンお待たせしました!」

 

「わぁ! これも美味しそう!」

 

 うん、なんとなく相性がいいと思って勧めてみたけど、これは翼さんの胃袋も満足だし、美奈子ちゃんの食べさせたい欲も満足だし、綺麗なwin-winの関係が出来上がったな。

 

 とりあえず、これでドラスタの三人とは仲良くなれた、かな?

 

 

 

「あっ、これは良太郎君の分ね!」

 

「え、ちょ、俺は注文してない……!?」

 

 

 




・桜庭先生の姉
アニメではそこまで深く掘り下げられなかった上にCVも別の人だったけど、いつものアイ転ではこうなるってやつ。
あと言うまでもないけど声が似ているのは当然中の人ネタ。

・もうちょっと別の仕事
神様の最近の仕事
 楓一緒執筆・原神・ポケGO・オケマス遠征・ディズニー遠征

・『俺の妹が~
Lesson118参照

・誕生日が四月二日
こいつ年齢の設定が分かりやすくするためだけにこの日付にしたってマジ?

・翼in佐竹飯店
みんなえがお



 sideMの存在を仄めかしてからずっと言い続けていた桜庭先生と蘭子の中の人の姉弟ネタを真面目にやりました。……真面目?

 この章はこんな感じでsideMのキャラを他事務所キャラと絡ませたりしながら緩く進行していくのでよろしくお願いします、といった感じのお話でした。

 次回は番外編です。何やるかは未定。



『どうでもいい小話』

 オケマス素晴らしかったですね……アイマス歴10年の若造が初のオーケストラをバックにした生の青い鳥を聞いていいものかと思っちゃいましたが、本当に凄かった……。


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番外編77 良太郎「俺たちアイドルがゲームになるぞ!」

別に何かの発売記念とかではない()


 

 

 

恭也「お前はいきなり何を言っているんだ」

 

なのは「ア、アイドルのゲームってこと?」

 

良太郎「そうそう。スマートフォン向けアプリとして開発されていたもののベータテスト版をプレイしてほしいと企業が依頼してきてな。内容を知らない人間にもちょっとプレイしてもらいたいんだよ」

 

恭也「ゲームは苦手だ」

 

良太郎「知ってる。だからなのはちゃんにお願いしたいんだよ」

 

なのは「えっと、それはいいんだけど、何個か言いたいことというかツッコミたいところというか……」

 

良太郎「遠慮せずどうぞ」

 

なのは「なんでこんな掲示板SSみたいなサブタイトルと導入と形式なの?」

 

恭也「いつもの番外編の冒頭もまだだしな」

 

良太郎「おっとそっち側から電波(メメタァ)発言が来るとは……」

 

 

 

 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 さていつもの冒頭も入ったことだし、本題に戻ろう。

 

 俺が翠屋ではなく直接高町家へとやって来たのは、なのはちゃんに『俺たちアイドルが実際に出演するアプリゲーム』をプレイしてもらうためだ。

 

「いわゆるクローズドベータテストってやつだね」

 

「そうそう。実際にプレイをしてもらって、その感想が知りたいらしい」

 

「うん、私でよければ……」

 

「物言いだ」

 

 なのはちゃんが快諾したにも関わらず、恭也が手を挙げて待ったをかけた。

 

「なんだ恭也。R指定は入ってないから安心しろ」

 

「そんなもの大前提だ。俺はそんなくだらないことを言いたいわけじゃない」

 

「というと?」

 

「そのゲーム出演に()()()()()()()()()()()()()ことを抗議したい」

 

「お兄ちゃん!?」

 

 おっとシスコン方面からのクレームだった……。

 

「ことと次第によっては今ここでお前を斬らねばならん」

 

「おい今取り出したそれは木刀だよな? 脇差の木刀だよな?」

 

 今にもスラッと白刃が抜かれそうな雰囲気に冷や汗が流れる。いや木刀だったとしても殴られれば痛いから勘弁してもらいたい。

 

「いくらアイドルのゲームだからって全員登場出来るわけないだろ。安心しろ、なのはちゃんたち310プロの子たちは後々追加してもらうから」

 

「ならばいい」

 

「もうお兄ちゃんってば……ん? 良太郎さん、今『追加()()()()()』って言った?」

 

 木刀をしまった兄に対してホッとする妹であったが、ふと俺の言葉で気になるところがあったらしい。

 

「うん、俺が開発プロデューサーにお願いして()()()()()

 

「良太郎さん!?」

 

「権力っていうのはこういうときに使うものなんだよ」

 

「そんなに良くはないけどあんまり悪いことでもない微妙な使い方!」

 

 先方もノリノリだったから無理矢理ではなかったのでオッケーオッケー。

 

 そんなわけで、早速クローズドベータ版をプレイしてもらうためにゲームがダウンロードされたタブレット端末をなのはちゃんに渡す。大きめのタブレットなので俺と恭也も楽に後ろから覗き込むことが出来る。

 

「えっとタイトルが……『アイドルマスター』?」

 

「何故かとてもしっくりくるタイトルだな」

 

「あぁ、きっと十五年以上続くようなそんな信頼感のあるタイトルだ」

 

 三人揃ってタイトルを賛美しつつ、なのはちゃんがアイコンをタップすることでゲームが起動した。

 

「そういえば良太郎さん、このゲームのジャンルってなに? やっぱりリズムゲーム?」

 

「いや、対戦型育成シミュレーション」

 

「対戦!? 育成シミュレーションはともかく、対戦!?」

 

「一体何と戦うというんだ……」

 

 ほら、アイドルのライバルはいつだってアイドルだから?

 

 二人揃ってゲームジャンルに首を傾げている間にもアプリは立ち上がる。ベータテスト版なのでゲストIDでログインされ、いざアイドルの世界へ。

 

 

 

「プレイヤーはプロデューサーとなってアイドルをスカウトするんだ。そしてスカウトしたアイドルを育てて、時に複数人のアイドルでユニットを組んで、他のプロデューサーのアイドルとバトルさせることでアイドルを極めし者『アイドルマスター』を目指すっていうゲームだ」

 

「よくあるゲーム内容ではあるし、実際のアイドルの業界とも大体あっているはずなのに、致命的な何かが間違っているような気がするのはなんでだろう……」

 

 まずプレイヤーは自分が所属する事務所を選択する。

 

「最初から選べる事務所は765と346と315の三つ。それぞれの事務所で三人のアイドルの内から一人を選んで最初の担当アイドルにするんだ」

 

 所属事務所は後々変更できるようになるし、選べる事務所もゲームを進めていくうちに増えていく設定だ。

 

「……なんだろう、どこかで聞いたことある流れ」

 

「三人のアイドルはそれぞれ『キュート』『クール』『パッション』の三つの属性があって、それぞれ三竦みの相性が……」

 

「すっごくどこかで聞いたことある流れ! 良太郎さんコレ本当に大丈夫!?」

 

「実はお前もこのゲームの開発に携わっているなんていうオチじゃないだろうな」

 

「この件に関して言えば企業側の暴走だから俺は無実だよ」

 

 深く触れてはいけない。随分とタイムリーなネタではあるが一切関係はないのである。

 

「というか男性アイドルもいるのに『キュート』属性なのか?」

 

「男性アイドルの場合はそれぞれ『フィジカル』『インテリ』『メンタル』にそれぞれ言い換えられてるよ。名前は違うけど扱いは同じ」

 

「既視感が強すぎるのにそこだけちゃんと作り変えてるんだ……」

 

 呆れた様子のなのはちゃんが最初に選んだのは、765プロだった。

 

「えっと、765プロの最初の三人は、キュート属性の『春日未来』さん、クール属性の『最上静香』さん、パッション属性の『伊吹翼』さん……ちょっとだけ意外。あっ、別に三人に文句があるわけじゃないよ!?」

 

「なのはちゃんがそんな毒を吐くわけないって知ってるから大丈夫だし、言いたいことも分かってるから」

 

 世間的にも765プロの三人と言えば『天海春香』『如月千早』『星井美希』の三人だろうが、流石に一番最初からその三人はちょっとばかり()()()()から。

 

「三竦みの相性はそれぞれキュートクールに強く、クールパッションに強く、パッションキュートに強いよ」

 

 なかなかどうして、実際のアイドルの相性とも似ているのが面白いところである。春香ちゃんたちで例えると、千早ちゃん春香ちゃんに甘いところがあるし、春香ちゃん美希ちゃんの押しに弱いし、美希ちゃん千早ちゃんを尊敬しているので素直に言うことを聞く。

 

「ウチのジュピターの場合だと、北斗さん翔太は割と素直だし、翔太冬馬をよく揶揄ってるし、冬馬北斗さんに頭が上がらない」

 

「「……ん?」」

 

「出来上がっちまったな、完璧な三竦みが」

 

「出来上がったのは完璧な序列だったような気がするんだけど!?」

 

「ただそれで納得してしまうのがなんともアレだな……」

 

 そういう立ち位置なんだから仕方がない。強く生きろ冬馬。

 

「そういえば、そういう区分で言えば良太郎さんは何になるの?」

 

「全部」

 

「全部!?」

 

 正確には全属性の『周藤良太郎』が登場することになっている。

 

「俺だけじゃなくて他のアイドルも()()()()V()e()r()()()()()V()e()r()で属性が変わることになってる。俺に関して言えば仕様だけど」

 

「きっとかの『女帝』も実装されたらそうなるんだろうな」

 

 アイツが実装される未来なんて永劫に来ねぇよ。

 

「……良太郎さん、今()()()()V()e()r()()()()()V()e()r()って言った……!?」

 

「………………」

 

「まだ聞いてなかったけど……このゲーム、『所属アイドルを増やす方法』ってまさか……!?」

 

 なのはちゃん……気付いて、しまわれたようですね……。

 

 このゲームでアイドルを増やす方法、それは……!

 

 

 

「『イベントランキング報酬』や『ガチャ』なのだよ……!」

 

 

 

「いっちばんやっちゃいけないやつなのおおおぉぉぉ!?」

 

 冒頭のスマートフォン向けアプリという説明で察しのいい人ならば気づいていただろうが、そうなのである、()()()()()()が存在するゲームである。

 

「だが安心してほしい! このゲームは全てのアイドルの低レアが存在する! 『周藤良太郎』だろうが『魔王エンジェル』だろうが、ありとあらゆるアイドルが同じ確率でポロポロ出てくるぞ!」

 

「それ逆に言えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()っていう別の地獄じゃない!?」

 

 そうとも言う!

 

「まさかまさかとは思っていたけど、やっぱりそんな地雷が存在したなんて……」

 

「見えていたタイプの地雷だけどね」

 

「よく分からんが、このゲームに支払ったお金は全てゲーム会社に入るのか?」

 

「その点に関しては本当に安心してほしい。大半はチャリティーに回すように俺が圧かけといたから」

 

「今度こそ正しい権力の使い方!」

 

 いや俺も流石にコレはマズいって思ったのだ。その辺りに関しては経験者でもあるから。

 

 しかし課金の行く末が健全なものであったとしても、実際に重課金者の出費が軽くなるわけではない。『課金は家賃まで』とは凄い名言があるぐらいだしなぁ。

 

「実際にこの話が出たとき、りんやまゆちゃんの目が血走ってたから」

 

「目に浮かぶの」

 

「聞いた話だと美希ちゃんや凛ちゃんも……」

 

「目に浮かぶな」

 

 かくいう俺も『朝比奈りん』『三浦あずさ』『及川雫』で夢のド級艦隊ユニットを組むと心に誓っているので、実際に配信された暁には酷いことになると思う。

 

「物は試しだ。なのはちゃん、初回無料十連ガチャを回してみよう。本当は最初選んだ事務所のアイドルが出やすくなるんだけど、クローズドベータ版だから全部のアイドルが登場するよ」

 

「最初に事務所を選ぶ理由はそれだったんだ……」

 

 ゲームの進め方といったチュートリアルを終えたなのはちゃんは、そのままガチャ画面へと移行する。ある意味ではここが真のホーム画面である。

 

「えいっ! ……え?」

 

「むっ、虹色に光っている封筒があるぞ」

 

「SSRキタッ! ちなみに演出はフルボイスだぞ!」

 

 さぁなのはちゃんが一番最初に引いたSSRは……!?

 

 

 

 ――アタシの世界、全部見せてあげようじゃない!

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 

 

 

 NEW 【大陸を統べる女帝】玲音 !!!

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「「………………」」

 

「ちょっとスタッフに電話してくるわ」

 

「「アッ、ハイ」」

 

 

 




・掲示板SSみたいなサブタイトルと導入と形式
苦労人事務所シリーズとだりやすかれんシリーズほんとすこ。

・『アイドルマスター』
現在17周年! 2月は合同ライブもあるよ!

・対戦型育成シミュレーション
・三人のアイドルの内から一人を選んで
・三竦みの相性
「そこに三人のアイドルがおるじゃろ?」

・イベントVerや期間限定Ver
さぁ戦争を始めよう。

・『課金は家賃まで』
これを声優さんが言ったという事実。

・【大陸を統べる女帝】玲音【COOL】
おっとここで良太郎君ブチギれたぁ!



 関係ないですけど、ポケモンって面白いですよね!

 ……え、コレ続くって!?


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番外編78 良太郎「俺たちアイドルがゲームになるぞ!」りあむ「その2!」

これを周年記念と言い張る勇気!


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 さて、何故か俺の知らないところでアンチクショウが実装されていたなんていうハプニングはあったものの、無事にこのゲームは正式にリリースされることとなった。

 

 正式名称『THE IDOLM@STER(アイドルマスター) Days of Glory(デイズオブグローリー)!』、通称『アイマス』は、まずは国内での配信がスタートされた。

 

 『現実のアイドルを育てて対戦させる』という一風変わったこのゲームは、しかし第三次アイドルブームという追い風を一身に受け止めて快調な滑り出しを見せた。

 

 リリース当初から『周藤良太郎』や『魔王エンジェル』といったトップアイドルの面々が登場することで、世間からは「どうせ良太郎環境でしょ」とか「123と1054以外いる?」みたいな冷ややかな声も多かった。しかし三竦みの相性やユニット編成に必要なコストの関係で『周藤良太郎』一辺倒な環境を回避することに成功した。

 

 少々専門的な話を交えつつ説明すると。

 

 ユニットメンバー全員の『ダンス』ステータス値の合計が高いほど攻撃力が上がる『【Rebellion】我那覇響』の横に高ダンス値の菊地真と舞浜歩の二人を並べる765ダンスパ。

 

 そんな相手のユニットスキルが発動することで持久力が跳ね上がるパッシブスキルを持つ『【尊み限界突破】松田亜利沙』と、彼女と同じ効果の『【現場参戦!】渡辺みのり』、自身が強制退場する代わりに相手一人に永続的なデバフをかけることが出来るアクティブスキルを持つ『【ぼくの勝ちw】夢見りあむ』の三人によるユニットメタビパ。

 

 『魔王エンジェル』のメンバーが一人倒れると発動する『第二の魔王』、二人倒れると発動する『第三の魔王』というパッシブスキルで最後の一人を超強化して全抜きを狙う『魔王エンジェル』統一パ。

 

 そして高コストゆえに他のアイドルとユニットを組むことが出来ないが、ありとあらゆる相手ユニットスキルを無効にして一人一人との純粋な殴り合いに持ち込む『【ただ一人の覇】周藤良太郎』による周藤良太郎単騎パ。

 

 以上の四つが現在のレート戦におけるtier1のユニットである。とはいえtier2以下と比べてもさほど大差がないため、ソーシャルゲームとしてはかなり良環境の部類と言ってもいいだろう。

 

 この辺りのバランス調整が完璧だった制作陣に拍手を送りたい。……まぁコストとか能力値とか、その辺りに関しては俺たちアイドル業界側も結構関わって細かく調整したんだけど。

 

 そしてそんな対戦ゲーム要素とは別に一番注目されているのが、純粋に俺たちアイドルをキャラクターとしてそろえることが出来る点であり、全キャラクターフルボイスの上に凸が進むことで()()()()()()()()が解禁されるという仕様も相まって多くの人間が沼に沈んで行ってしまった。

 

 そんな感じで、世間では空前の『アイマス』ブーム真っ只中である。

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 俺の控室に遊びに来たりあむちゃんが自分のスマホの画面を見つつ頬を引き攣らせる。そんな彼女の表情を横目に見つつ、俺はズズッと緑茶を啜ってからスマホをタップした。

 

「はい、楓さんのバフを受けた千早ちゃんで攻撃」

 

 俺のスマホの対戦画面に『WIN!』の文字が燦然と輝く。

 

「対戦ありがとうございましたっと」

 

「……な、納得がいかあああぁぁぁん!?」

 

 勝敗が決したというのに何故かりあむちゃんは異議を申し立ててきた。

 

「納得しようがしまいがりあむちゃん負けには変わらないぞ」

 

「なんでリョーさんの癖に『ド級艦隊パ』じゃないんだよぉ!? 折角それ専用のメタ組んできたっていうのにぃ!?」

 

「メタを外した責任を対戦相手に求めるんじゃない」

 

 言いがかりも甚だしい。

 

 ちなみにりあむちゃんが言っているド級艦隊パというのは()()()()()()()()()()を持つアイドルをイベント限定アイドル『【遥かなる高みへ】十時愛梨』と一緒に並べることで全体バフをかけるビジュアル特化ユニット編成のことである。一体どんな隠しパラメータなんだろうなぁ(すっとぼけ)。

 

 そんな隠しパラメータを持つアイドルに対して、りあむちゃんのユニットにも組まれていた『【深山幽谷の化身】棟方愛海』が特攻スキルを持っているのだが、生憎彼女はそれ以外の役割が薄い。完全なメタキャラゆえに、メタ対象以外のキャラには滅法弱い。

 

「まさか『【翠の歌姫】高垣楓』と『【蒼の歌姫】如月千早』によるガチガチのボーカル編成だったなんて……」

 

「普段から楓さんのファンを公言してるんだから、これぐらい予想出来たでしょ」

 

「『高垣楓のファン』よりも『おっぱい星人』としての認知が強すぎるんだよなぁ!?」

 

 こら、女の子がおっぱい星人なんて言っちゃいけません。

 

「それはさておきりあむちゃんや、この対戦が始まる前に言った言葉を覚えているか?」

 

「っ!? な、なんのことかな~?」

 

 俺からの問いかけに、りあむちゃんは視線を逸らして口笛を吹くなんていうベタなことで誤魔化そうとした。

 

「安心しなさい、忘れてても大丈夫。その場合は今から『某事務所の某ピンク頭が楽屋に突撃してきた』ってSNSで呟くから」

 

「何故かすぐにぼくだって特定されて燃えるやつじゃん! そして何故かリョーさんだけ燃えないやつじゃん!」

 

 元々そちらから『負けた方が言うことを聞く』っていうルールを持ち掛けてきたんだから、ノーリスクでリターンを得ようなんて甘い考えは許しません。

 

「というか逆に君は俺に何をさせるつもりだったんだよ」

 

「……ちょっとバズりたくて」

 

「バズらせてあげるからホラこっちおいで」

 

「やめてカメラ起動しないでインカメにしないで肩を組んで撮影しようとしないでえええぇぇぇ!?」

 

 普通嫌がるの逆じゃねぇかな。

 

 

 

 

 

 

「い、いや~それにしてもアイマス流行ったね~」

 

「正直俺もここまでとは思ってなかった」

 

 SNSでアイマスを検索してみると、そこにはお気に入りのアイドルを完凸出来た喜びの報告や対戦相手を求める声やガチャの相談など、今日も様々な人がアイマスを楽しんでいる様子が確認できた。

 

 

 

 ――うおおおついに【ステキハピネス】天海春香完凸だあああ!

 

 ――新しく【はにかみdays】島村卯月軸のCUTEパ組んだから試運転相手求ム。

 

 ――ぐぬぬ、このまま【未来飛行】春日未来を追うべきか否か……。

 

 

 

 そんなアイマスプレイヤーの中には俺とりあむちゃんのように現役アイドルも多数存在し、なんだったら「いや君最近限定SSRとして登場したばかりだよね?」というプレイアブル側のアイドルもチラホラ。その筆頭が俺なんだけどさ。

 

「リョーさん、SSR今何種類あったっけ」

 

「三種類」

 

 ちなみにSR以下を含めると二桁を超える。人気アイドルゆえに新規登場回数も多いのは当然なのだが、個人的には俺よりも他のアイドルの登場回数を増やしてもらいたいところである。具体的には楓さんの新規(実用枠)とりんの新規(趣味枠)。

 

「リョーさんのSSRそれぞれで派閥が出来ているのも面白いよね」

 

「まぁ『日本カービィボウル学会』なんてものがあるぐらいなんだから、それぐらいは出来てもおかしくないよなぁ」

 

 『周藤良太郎』のSSRはそれぞれ三種類存在し、それぞれのSSRごとに『もっとも強く運用するにはどのような編成にすればいいのか』を日々研究する派閥が存在する。

 

 ついでに言うとその学会のそれぞれのトップがりんとまゆちゃんと凛ちゃんなのだが、この件に関して踏み込むととてもじゃないけど時間が足りないから割愛しよう。ただ一言どれほどの規模なのかを説明すると、毎年()()()()()()()()するレベル。流石にちょっと引いた。

 

「今度ついに海外版もリリースされるらしいじゃん。いよいよ世界制覇も夢じゃないね」

 

「海外版は海外版で新しい事務所も開拓されていくだろうしな」

 

 日本での盛り上がりを知ってこの『アイマス』に一枚噛ませろと真っ先に手を挙げたのは、なんとお隣の国は359プロの華琳だった。正直な話をするとこちらも向こうのアイドルが参加してくれることは大歓迎である。

 

「これはもう世界の覇権を取るゲームだね、間違いない」

 

「どーしたりあむちゃん、やたら持ち上げるね」

 

「いやいやそんな。……ところでこのゲームにキャラクターとして登場した場合、そのアイドルはおいくらぐらい貰えるのかなーって……」

 

「金銭が目的なら個人的にあげようか? ほ~らこっちおいで~」

 

「だからカメラやめてえええぇぇぇ!? ……え?」

 

 嫌がって楽屋から飛び出そうとしたりあむちゃんだったが、何故か自分のスマホの画面を見て驚いていた。

 

「……あれ、リョーさん?」

 

「どうしたの?」

 

 

 

「……()()()()()()()()()仕様なんて、あったっけ?」

 

 

 

「え? いや、そんな仕様ないはずだけど」

 

 プレミアムレアはアイドルを動かそうっていう話もあったけど、とりあえず現在実装されたという話は聞いていない。りあむちゃんがダラダラ汗流したりすると面白いと思うんだ。

 

「ぼくの見間違いかなぁ……今、画面の中の春香ちゃんがぼくに向かって手を振ったように見えたんだけど……」

 

「なんだそういうアレね」

 

「そういうアレって言うなよぉ! いや自分でもそういうアレだって思っちゃったけどさぁ!?」

 

 ワーギャーと喚くりあむちゃんを尻目に、まぁオタクならそういう幻覚を見ることあるよねぇと思いつつ自分の画面に目線を落とす。

 

 

 

 ――その瞬間、パチリと楓さんがウインクをした。

 

 

 

「………………」

 

「? リョーさん、どうかした?」

 

「りあむちゃん、俺もそういうアレだった」

 

「いや知ってるけど」

 

 なんだァ? てめェ……。

 

 

 

 

 

 

 ……そう、このときの俺たちは、まだ気付いていなかったのだ。

 

 

 

 ――E-sports正式種目に決定!

 

 少しずつ。

 

 ――空前のアイマスブーム!

 

 少しずつ……。

 

 ――アイマスプレイヤーが政界へ!

 

 世界が。

 

 ――アイマスは国民の権利であり義務。

 

 変貌していることに。

 

 

 

 ――アイマスは世界を変える。

 

 

 

 

 

 

 

『ついに異次元転送装置の扉が開いた! これで様々な次元のアイドルたちがこの世界で一つとなる!』

 

「な、なんだってー!?」

 

「急になに!? アンタ誰!?」

 

『フハハハハッ! コレで世界は私のものだ!』

 

「そんなこと、させてたまるか! りあむちゃんが相手になってやる!」

 

「ぼくっ!? そこはリョーさんが行く場面じゃないの!?」

 

『いいだろう、かかってくるがいい!』

 

「お前もいいだろうじゃないんだよぉ! っていうか本当にアンタ誰だよぉ!?」

 

 

 

『アイドル! ミュージックスタート!』

 

「ぼくの知らない掛け声!?」

 

 

 

 そして始まる異次元戦争! 世界の命運は『アイマス』バトルに……りあむちゃんの手に託された!

 

『フハハハハッ! キサマのような弱小アイドルがこの私の「【異世界の覇王】周藤良太郎」「【異世界の魔王】朝比奈りん」「【異世界の帝王】●●玲音」の三王編成に勝てるわけないのだ!』

 

「おいあんなアイドル編成組むやつに負けるんじゃねぇぞ」

 

「仲間からの圧の方が怖いいいぃぃぃ!?」

 

 

 

 ――大丈夫だよ、りあむちゃん!

 

 

 

「……へ?」

 

 

 

 ――りあむちゃんが組んだアイドル編成なんだから!

 

 ――自信を持ってください!

 

 

 

「……げ、ゲームのアイドルが、春香ちゃんと卯月ちゃんと未来ちゃんが実体化したあああぁぁぁ!? なんか急すぎる展開だと思ったらコレ、ホビーアニメでよく見るやつうううぅぅぅ!?」

 

 

 

『アイドルマスター デイズオブグローリー! ~時空を超えた超アイドルバトル~』

 

 

 

 俺たちの戦いは、これからだ!

 

 

 

未完!

 

 

 

「お願いだから誰か説明して!?」

 

 

 




・『THE IDOLM@STER Days of Glory!』
いずれ公式で使われそうだけど、それまでデイズオブグローリーはオリジナルだと言い張り続ける。

・765ダンスパ
・ユニットメタビパ
・『魔王エンジェル』統一パ
・周藤良太郎単騎パ
もうコレポケモンなのか遊戯王なのかわかんねぇな?

・深山幽谷の化身
咲って今どうなってるんだろうか。

・日本カービィボウル学会
他にはドクターマリオ医学会とかポケモンスナップ学会とか。

・アイドルの絵が動く
・りあむちゃんがダラダラ汗流したり
プレミアムカット本当に笑った。

・なんだァ? てめェ……
独歩、キレた!

・ホビーアニメ
おもちゃやゲームで世界征服は常識。



Q これなに?

A さぁ?

 いつも以上に悪ふざけした結果こんなことになってしまった。本当に申し訳ありませんでした。ポケモンは好きです。遊戯王は……うん()

 そして余談ですが本日無事に今作が九周年を迎えてしまいました。九年も続いてますこの小説。週刊連載を九年続けたことはそろそろ自慢させてもらいたい。

 このまま目指せ十周年……と言いたいところですが、どう考えても今の八章が一年以内に終わるわけがないので確定イベントです。とはいえ心折れないように頑張ります。

 これからもどうぞ、アイ転をよろしくお願いします。



『どうでもいい小話』

 コンステ二日間お疲れさまでした。サプライズゲストが強すぎた……。


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Lesson335 フェイバリットなあたし

sideMに876を混ぜて書きたかったお話。


 

 

 

 こんにちは! 日高愛です!

 

 

 

 今日は絵理さんと一緒にお買い物です!

 

「こうして二人で出かけるのも久しぶり?」

 

「そうですね、最近はみんな忙しくなっちゃいましたもんね」

 

 三年前はまだまだ駆け出しの新人アイドルだったあたしたちだけど、今ではしっかり一人前のアイドル! ……同じユニットメンバーであるはずの涼さんや絵里さんと比べてソロの仕事は少ないけど。

 

 ただそのおかげで三人で一緒に出掛けることも少なくなってしまった。

 

「昔はお仕事なくて、お客さんのためのお菓子を買いに行くぐらい暇でしたもんねー」

 

「結局余計なことにお金使っちゃって怒られたね」

 

 今考えれば来客用のお菓子を買うために預かったお金でケーキ食べるって、なかなかアレなことしてたなぁあたしたち……。

 

「でも今ではそんなあたしたちでもすっかりアイドル!」

 

「そういうことは街中で言わないでね?」

 

「すみません……」

 

 それこそデビューしたての頃だったら、こんなことを言ったところで「へぇあの子たちアイドルなんだ」程度の認識で済んだだろう。しかし今は「あれ? もしかして?」と十人いたら二人か三人ぐらいは反応してくれる程度の知名度にはなった。今も二人揃って変装をしているので、気分は大物アイドル!

 

「髪をちょっと弄ったぐらいで気付かれなくなる程度の知名度?」

 

「ちょっと悲しくなるから言わないでくださいよ~……」

 

 話は戻るが、そんな風にアイドルとして忙しくなってしまったおかげでこうしたお出かけも少なくなってしまったのだ。

 

「涼さんも一緒だったら良かったんですけどねー」

 

「315プロの方に用事があるらしいからね」

 

 『あの一件』の直後は少しだけギクシャクしてしまったあたしたちだけど、今ではそういう蟠りも無くなった。あたしにとって涼さんは、頼れるお姉さんでありお兄さん。

 

「……あれ? 涼さん?」

 

「えっ!?」

 

 そんなあたしたち『Dearly Stars』の頼れる涼さんが――。

 

「……あ、あれぇ……!?」

 

 

 

 ――な、なんか知らない女の人と、腕を組んで歩いてるんですけどぉ!?

 

 

 

 

 

 

『りょーおにーさん助けて!』

 

 

 

 まずは俺の鼓膜を助けてもらいところではあるが、流石に可愛い妹分の救援要請ともなればそんなことも泣き言も言っていられない。痛む右耳からスマホを遠ざけて左耳で愛ちゃんの話を聞く。

 

「ど、どうしたの? なにかトラブルに巻き込まれた?」

 

『とにかく大変が大変で大変なんですぅ!』

 

「大変が大変なのは分かったからもうちょっと詳細を……」

 

 どうにもテンパっている様子の愛ちゃんからは大変以上の情報が出てこない。さてどうしたものかと思ったら、スマホの向こうから『ちょっと代わって』という声と共に愛ちゃんの声が遠ざかっていった。

 

『良太郎さん』

 

「あ、絵理ちゃんも一緒だったんだね」

 

 よかった、愛ちゃんよりもしっかりと事情を説明してくれそうな子が近くにいた。

 

『涼さんが浮気した』

 

「君も落ち着け」

 

 大声でテンパってる子から静かにテンパってる子に代わっただけじゃねぇか!

 

 

 

 要約すると。

 

「315プロに行ったはずの涼が知らない女の子と腕を組んで歩いてた、と」

 

 はい、先生がこの一文を読み取るために五分かかりました。本当に緊急事態だったらどうするつもりですか。

 

『そーなんですよ! 一体あの子は誰なんですかぁ!?』

 

「俺に言われても」

 

 ワンチャン俺なら知っているかもしれないという可能性を考えて連絡してきたのかもしれないが、残念ながら何も分からない。俺が分かるのは、()()()()()()()()()()()()()()()ことでこの子たちがテンパってしまった理由ぐらいである。

 

「聞いてみたらいいんじゃない? 『その私たちの知らないメス猫は何なのよ!』って」

 

『なるほど!』

 

「やっぱちょっと待とうか」

 

 普段の他の人とのノリだと『そんなこと聞けるわけないじゃないですか!』と返ってくるところだったのだが、それに対して積極的な反応を示してしまった愛ちゃんへ逆に待ったをかける。

 

「絵里ちゃん、やっぱり愛ちゃんの情操教育ちょっと失敗したんじゃない?」

 

『これはこれで』

 

 ちなみにスピーカーに切り替えてもらったので、二人と同時に会話出来ている。

 

(それにしても、あの涼が女の子と腕を組んで、ねぇ……)

 

 涼がモテないというつもりはないが、それでも意外だった。本人は否定するかもしれないがなんだかんだ言って愛ちゃんと絵理ちゃん、()()()()()()()()だし。最近では夢子ちゃんというニューカマーが現れたことで若干行く末が見えづらくなったものの、最終的にこの中の誰かとくっつくものだとばかり考えていた。

 

 いや、そもそも涼がその女の子と付き合っていること自体疑わしいところである。

 

「その女の子、実はメッチャ少女趣味な格好したりっちゃんだったってオチは?」

 

『流石のあたしでも律子さんを見間違えたりしませんよぉ!』

 

『律子さんにしては可愛すぎる動きだったから、それはないかも? というか律子さんがあんな仕草する姿は想像できない? というか大爆笑?』

 

「まぁそもそもりっちゃんは今俺の目の前にいるんだけどね」

 

『えっ』

 

 たまたま今日収録する歌番組で共演する竜宮小町がりっちゃんと共に楽屋に遊びにきてたところだったのだ。そしてこちら側も先ほどスピーカーにしたため、この会話もりっちゃんたちに筒抜けである。

 

「絵里ちゃん、今度ゆっくりお話ししましょうね?」

 

 底冷えするようなりっちゃんの声に、向こう側から絵理ちゃんの『ひぇっ』と息をのむ声が聞こえてきた。俺の隣に座る亜美ちゃんや、りっちゃんの両隣に座る伊織ちゃんやあずささんまでも顔を蒼褪めていて、きっと絵理ちゃんもこんな顔になっていることだろう。

 

「それでりっちゃん、涼と腕を組んで歩きそうな女の子に心当たりある?」

 

「いや、私もアイツがそういうことしそうな相手っていうと愛ちゃんと絵理ちゃん以外に思い浮かばないわ。アンタみたいに甲斐性ないだろうし」

 

「え、俺って甲斐性あるの?」

 

「……え、良太郎って甲斐性あるの?」

 

「なんで自分で言ったことに疑問を抱いてるのよ」

 

 ビックリしてりっちゃんに尋ねてみたら、何故かりっちゃんもビックリして伊織ちゃんに尋ねていた。本当にどういうことだよ。

 

「甲斐性の有無はよく分かりませんが、確かに良太郎君はいつも女の子と仲良さそうに歩いてることが多いですよね~」

 

「そ~だよね~、りょーにーちゃんはそんなイメージ~」

 

 あずささんと亜美ちゃんは肯定してくれて、自分でもそういう自覚はあるのだけれど、当然のようにそう認識されるのはなんだか釈然としない。せめて甲斐性ぐらいはあると信じたい。

 

『りょーおにーさんのかいしょーなんてどうでもいいです! 今は涼さんのことです!』

 

「おいコラ」

 

 俺の甲斐性はどうでもよくないぞ!? 一応これでも億稼いで滅茶苦茶可愛い婚約者もいるんだぞ!? 他の二十二歳と比べると破格の甲斐性と言っても過言ではないぞ!?

 

「よぉしいいだろう。そこまで言うなら俺の甲斐性ってやつを見せてやろうじゃないか。二人とも今何処?」

 

『えっ!? わ、私たちですか!? え、えーっと……』

 

 愛ちゃんが教えてくれた二人の現在位置は、このスタジオからそれほど遠くない場所だった。今から自分の車を駐車場から出していては時間がかかってしまうが、タクシーを使えばすぐだろう。

 

「えっ、良太郎!? アンタまさか!?」

 

「ちょっとこの後リハーサルよ!?」

 

 俺の考えに気付いたらしいりっちゃんと伊織ちゃんがギョッとして立ち上がった。

 

「大丈夫大丈夫。まだ時間あるし、スタッフには一言断っておけばそれぐらい融通効くから」

 

「……喉元まで『アンタ何様よ』って言葉が出かけたわ」

 

 あいあむナンバーワンあいどるおぶざワールド。

 

「最近ずっと大人しくしてたし、これぐらいの我儘だったらそろそろ許されるでしょ。愛ちゃん、今からそっち行くね」

 

『分かりました! 待ってますね!』

 

 最後まで元気が良すぎる声だった愛ちゃんとの通話を終了する。

 

「てなわけで、ちょいとお出かけしてきます」

 

「遅くなってスタッフさんのご迷惑にならないようにしてくださいね~」

 

「いや出かけること自体が既に迷惑……」

 

 ボソッとツッコむ伊織ちゃんの声は聞こえなかったフリをして、手を振ってゆるふわと見送ってくれるあずささんに「いってきますね~」と手を振り返す。りっちゃんは既に説得するのを諦めたらしく、俺の楽屋に用意されてあったお菓子を食べていた。美味しいよねそれ。

 

 しかしそこに亜美ちゃんが「えー!?」と待ったをかけた。

 

「りょーにーちゃんだけ遊びに行くのずっこーい! 亜美も行くー!」

 

「はぁ!? アンタまで何言い出してんのよ!?」

 

「亜美たちだってリハまだでしょー!? 行きたい行きたい行きたいー!」

 

「高校生にもなってくだらないことで我儘言わない!」

 

 伊織ちゃんに叱られながらも、亜美ちゃんは引き下がらない。

 

「ちょっと良太郎! 見なさい!」

 

「うん、やっぱり亜美ちゃんは大きくなる素質があると信じていたよ」

 

「誰が胸を見ろっつったかぁ!?」

 

 言葉を省いたりっちゃんにも1%ぐらいは責任があると思う。

 

「アンタのせいで亜美までこんなこと言い出しちゃったじゃない! どうすんのよ!?」

 

「うーむ……しょうがない、ここは俺が責任を取るよ」

 

「えっ」

 

 俺は席を立つと、亜美ちゃんの後ろを通って入口に向かいながら彼女の肩をポンと優しく叩いた。

 

「亜美ちゃん」

 

「うっ……りょーにーちゃん、自分だけズルい……」

 

「ズルい?」

 

 はっはっは、心外だな。

 

 

 

「ほらさっさと行くぞ亜美ちゃん!」

 

「ひゃっほー! りょーにーちゃん大好きー!」

 

 

 

「「コラァァァ!?」」

 

「二人ともいってらっしゃ~い」

 

「「お土産買ってくるねー!」」

 

 りっちゃんと伊織ちゃんの怒鳴り声とあずささんのお見送りの言葉を背中に、俺と亜美ちゃんは足早に楽屋を後にするのだった。

 

 

 

(……ん? 『315プロに行った』? 『女の子』?)

 

 あっ(察し)

 

 

 




・こんにちわ!
初手音量MAXは基本。

・来客用のお菓子を買うために
最近になってようやく買った漫画版愛ちゃん編でのエピソード。

・テンパってしまった理由
つまりそういうことである。

・他の二十二歳と比べると
冷静になって考えると普通にヤバいスペック。

・亜美ちゃんは大きくなる素質がある
双海姉妹は二十歳になる頃にはとんでもねぇスタイルになっていると確信してる。



 最近良太郎が大人しかったからたまには暴走させようと思った。生き生きしてる良太郎を書くのは楽しかった(小並感)

 というわけで???編です。伏せるまでもなくあの子です。サイドエム編に876プロを登場させた理由といっても過言ではありません。可愛く書けたらいいな。


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Lesson336 フェイバリットなあたし 2

未だ明かされない正体(バレバレ)


 

 

 

「はい愛ちゃんアンパン」

 

「ありがとうございます、絵理さん! ……え、なんでアンパンなんですか?」

 

「たまにはこういう定番中の定番も回収しておくべきだって、神の啓示?」

 

「なるほど! よく分かりません!」

 

 よく分からないが、それでも小腹は空いているので絵理さんが買ってきてくれたアンパンを美味しくいただく。あ、牛乳もあるんですね。

 

「涼さんは、どう?」

 

「はい、まだアクセサリーショップに入ったまま出てきてません」

 

 あまり良くないことだとは理解しつつ、それでも涼さんと一緒にいる女性のことが気になってしまったあたしと絵理さんは、二人の後を追いかけることにした。

 

「大丈夫大丈夫、後から良太郎さんも来てくれるから、これは良太郎さんのためっていう大義名分がある」

 

「大義名分っていう言葉を使うこと自体が既にダメな証拠のような気もしますが、分かりました!」

 

 そんなことを話している内に、アクセサリーショップから涼さんと女性が出てきた。もう腕は組んでいないし涼さんも女性に振り回されている感が滲み出ているが、それでも仲が悪そうという印象は見えなかった。

 

「……涼さん、あたしとは手を繋いでくれなくなったのになぁ」

 

「っ!」

 

 ポツリと呟いたその言葉に、絵理さんがとても大げさな反応を示した。

 

「愛ちゃん、今その言葉どんな気持ちで言った!?」

 

「ど、どんな気持ちとは?」

 

「自分とは手を繋いでくれない涼さんが他の女の子とは手を繋いでいたという事実に、どんな気持ちになった!?」

 

「え、えーっと……」

 

 何故か爛々と目を輝かせている絵理さんから半歩距離を取りつつ、言われてみればどうして自分はこんなことを呟いたのだろうかと考えてみる。

 

 あたしと涼さん、そして絵理さんの三人は同じ事務所の同じユニットのアイドル仲間。デビューしたときからずっと一緒で、ちょっとした事件はあったけどそれに変わりはなく、これからももっと三人でアイドルを続けられることになったときは本当に嬉しかった。

 

 そして涼さんや絵里さんと共に()()()()()を抱えることになって、それでより一層仲良くなれた気がして、それがとても嬉しかった。

 

 そんな涼さんが、誰も知らないような女性と仲良さそうに歩いている姿を見て、あたしは、あたしは……。

 

「……分かりました」

 

「っ!?」

 

「『楽しそうでズルい!』です!」

 

「違うそうじゃない!」

 

 違うってなんですか!?

 

「……うーん、やっぱり良太郎さんの言う通り情操教育間違ってた? いやでもこれ以上無理矢理進めると一番怖い人に気付かれる? というか文字通り『鬼』が目覚める?」

 

 絵理さんは一体何を言っているんだろうか……。

 

「そういえばりょーおにーさん、そろそろ着きますかね?」

 

「んー……あ、メッセージ来てた。もうすぐ着く?」

 

 涼さんたちは目的地を決めているわけではないらしいので移動スピードは早くないため、大まかな居場所だけを伝えていたのだが、どうやら良太郎さんたちも無事にこちらに到着したようだ。

 

「って言っていたら、もしかしてアレ? ……え?」

 

「あ! 本当ですね……って、え?」

 

 涼さんたちとは反対側からやって来たりょーおにーさんの姿を見つけて、あたしたちは思わず言葉を失ってしまった。

 

 亜美さんと一緒にタクシーで来るという話は聞いていた。それが徒歩になっているのは、おそらく途中でタクシーを降りたのだろう。

 

 ()()があるとするならば、そんな彼らの様子だった。

 

 良太郎さんの隣を歩く亜美さんは、とても恥ずかしそうな表情を浮かべていた。遠目に見ても顔が赤く、まるで隣を歩くりょーおにーさんのことを強く意識してしまっているようで、今もチラチラと横を歩くりょーおにーさんのことを見ている。

 

 そしてそんな亜美さんの隣を歩くりょーおにーさんは、まるでそんなことを気にしていない様子でこちらに手を振っていて――。

 

 

 

 ――なんか『甲斐性アリm@s』とプリントされたピンクのTシャツを着ていた。

 

 

 

「「うわダサッ?」」

 

 思わず絵理さんと揃って叫んでしまうぐらいダサかった。

 

 

 

 

 

 

 居場所をこまめに連絡してもらっていたため、わりとすぐに二人がいる場所までたどり着くことが出来た。

 

「やー二人ともお待たせ。涼と例の女の子は? 見失ってない?」

 

「それどころじゃないですよ!?」

 

 二人の要請に応じてやって来たというのに、それどころじゃないとは一体何事か。新たなトラブルでも発生したのだろうか。

 

「何ですかそのTシャツ!? ビックリするぐらいダサいですよ!?」

 

「あ、コレ? 来る途中にあった『げんとくんショップ』っていうお店で思わず買っちゃったんだ」

 

 愛ちゃんから甲斐性の有無を疑われてしまったので、まずは目に見えて甲斐性があることをアピールするところから始めようと思った矢先に出会ってしまったのだ。この運命のTシャツに。

 

「カッコいいでしょ。見てこの甲斐性に満ち溢れたデザイン。甲斐性の具現化と言っても過言ではない」

 

「今私ダサいって言いましたよね!?」

 

 普段と比べると随分と声が出てるなぁ絵理ちゃん。

 

「もー本当に恥ずかしかったんだよ!? こんなTシャツ来たりょーにーちゃんの隣歩くの!? めっちゃ見られてたんだからね!?」

 

「それは亜美ちゃんが可愛かったからだよ。自信持って」

 

「今のギャグキャラみたいな恰好のりょーにーちゃんに言われても嬉しくなぁぁぁい!」

 

「本当になんでそんな目立つ格好してるんですか!?」

 

「今こうして目立っていることに関しては、どちらかというと三人が大騒ぎしているからだと思うんだけど」

 

 女三人よれば姦しいとはよく言ったものである。

 

「いくら良太郎さんとはいえ、そんな目立つ格好してたらバレるんじゃないですか……!?」

 

「逆に考えてみてよ、街中で『周藤良太郎』がこんな格好してると思う?」

 

「「「………………」」」

 

 まぁそういうことである。

 

 

 

「俺のカッコいいTシャツのことはいいんだよ。今は涼の方が重大だろ?」

 

「すっかり忘れるところでした……!」

 

「本当に良太郎さんは……」

 

「もー、ちゃんと後で何か奢ってよー?」

 

 こんなにも甲斐性をアピールしているのに愛ちゃんたちからの信頼感が薄れているような気がするが、話を本題である涼へと戻そう。

 

「それで? 今二人はどこ?」

 

「えっと……あっ、いました!」

 

「見失うところだった……」

 

 愛ちゃんと絵理ちゃんが指差す先を、物陰に隠れつつコッソリと伺ってみる。

 

「……おー、ホントーじゃん、知らない女の子と歩いてるー」

 

「そうなんですよ!」

 

「本当に誰……?」

 

 亜美ちゃんもその女の子の姿に見覚えがなく、愛ちゃんと絵理ちゃんと揃って首を傾げていた。

 

「ファンの子とか?」

 

「あんなに親しそうなファンだったら、あたしたちも知ってると思うんですけど……」

 

「そうするとやっぱり、プライベートの知り合い?」

 

 あーだこーだと議論を交わす三人。

 

(あ、やっぱり)

 

 一方、俺にとっては予想通りの答え合わせである。315プロに行ったはずの涼が女の子と歩いているという時点でオチは予想出来ていた。

 

 しかしもうちょっと黙っていることにしよう。純粋に面白がっている亜美ちゃんはともかく、涼に他の女の影が見えたことで少しだけ焦っている愛ちゃんと絵理ちゃんの姿を見ているのはなかなか楽しい。我こういうタイプのラブコメ大好き。

 

 なんだろう……仮にこれが冬馬だったとしたら色々と余計なことをしたい衝動に駆られるんだろうけど、涼にはあまりそういう気分にならない。このまま素材の味を楽しみたい。

 

 ……いや、でもなぁ……俺の心の中の悪戯心(オーロンゲ)がウズウズと……どうしようかな、最近連絡先を教えてもらった夢子ちゃん辺りも呼び出してみようかな……。

 

 そんなことを考えながらチラッとスマホを取り出して視線を向けると、ちょうどメッセージを受信したところだった。誰からだ?

 

 

 

『あの、もしかしなくても先ほどからそこにいますよね?』

 

 涼だった。

 

 

 

 うん、まぁバレるに決まってるよね、これだけ大騒ぎしてたら。なんなら何度か涼と目が合ってたし、愛ちゃんと絵理ちゃんの姿も見えてたみたいで苦笑してたし。

 

『いや、もしかしたらそこにいるのは俺のように見える別の誰かなのかもしれない』

 

『話が通じている時点で確定ですし、そもそもそんなTシャツを街中で堂々と着ている人なんて良太郎さんぐらいなものでしょ』

 

 やはりハイセンスすぎるTシャツだったか……。

 

『えっと、それでどうしますか? みんな揃って何をしてるのか分からないんですけど、合流した方がいいですか?』

 

 ……うーむ。

 

『いやもうちょっとこのままお前たちの動向をコッソリ観察させてもらうことにするよ』

 

『それ絶対に観察対象に言うことじゃないですよね!?』

 

 話を進めるためには合流した方が早いのだろうが、涼のことでヤキモキしている愛ちゃんと絵理ちゃんの姿をもう少し見ていたい。

 

『ってことでもうちょっとだけそのまま二人でお出かけを楽しんでいてくれ。どうせお前のことだから()()()()()()()()()()()()()()()()()とか、そんなところだろ?』

 

『分かっているのであればやめません!? 二人に見られながら二人へのプレゼント選べって言うんですか!?』

 

『言います』

 

 それだけ言い残すとさっさとスマホをしまう。

 

「りょーおにーさん、聞いてました!?」

 

「あ、ごめん、さっきそこを通り過ぎていった女の子見てて聞いてなかった」

 

 超美人のギャルだった……一緒に歩いてた少年、作務衣とか渋いなぁ。

 

「それでどうしたの? 女の子の正体の結論出た?」

 

 

 

「涼さんの男友達が罰ゲームで女装しているという結論になりました」

 

 

 

 なんで事情を知らないはずのこの子たちはそんな絶妙にウルトラCな着地を決めちゃうわけ?

 

「……まぁ、ありそうな話ではあるね、うん」

 

「はい!」

 

「あ、二人とも移動するみたい?」

 

「ほらほら、後を追わないと!」

 

 本当に隠れる気があるのか疑わしい少女たちに腕を引っ張られ、涼たちの後を追うのであった。

 

 ……うーん、どうやってネタバラしするのが面白いんだろうなぁ……。

 

 

 




・新しい秘密
現在の876プロとしての活動の根幹的な。

・『甲斐性アリm@s』
商標登録出g(嘘

・『げんとくんショップ』
店長は髭。

・悪戯心
今作は厳選楽だけどテラピース集めがしんどい……。

・超美人のギャル
・作務衣の少年
二期は来年!



 バレバレの正体を引っ張り続けるスタイル。

 え? 誰か分からない? しょうがないなぁ、今サブスクで絶賛配信中のアイドルマスターsideMの楽曲に『フェイバリットに踊らせて』っていう曲があるから是非聞いてみよう(ダイマ)


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Lesson337 フェイバリットなあたし 3

読み飛ばし注意?


 

 

 

「さて、それじゃあお互いに改めて自己紹介でもしようか」

 

 結局尾行がバレた俺たちは、涼と共に歩いていた()へと自己紹介をする流れとなった。

 

「……あれ!? りょーおにーさん、ちょっと待って!?」

 

「お話飛んでない!? 大丈夫!? コレ本当にLesson336!?」

 

「大丈夫大丈夫、間違ってないよ。ちょっと描写されてない行間が多かっただけ」

 

 どうやってネタバラしをするのが面白いのか考えながら行動してたら愛ちゃんのフォローに入るのを忘れてしまったため、涼が愛ちゃんと絵理ちゃんへのプレゼントを選んでいるということに気付いた愛ちゃんが「えっ!? そうなんですか涼さん!?」と大声を出してしまったのだ。

 

 お相手が涼だけだったならば誤魔化して気付かなかったことにしてもらえばよかったのだが、一緒にいる子が「アレ!? もしかして日高愛ちゃん!?」と気付いてしまったためにそれも出来なくなってしまった。

 

 ということで、(主に俺が)観念して涼たちと合流することとなったわけだ。

 

「うぅ……ごめんなさい、涼さん……」

 

「反省してます?」

 

「愛ちゃんはともかく、絵理ちゃんはせめて反省の言葉ぐらいは疑問符付けないで?」

 

 愛ちゃんと絵理ちゃんの謝罪の言葉(?)を受け入れつつ、涼は苦笑と共に溜息を吐いた。

 

「そうだよ二人とも、反省しないと」

 

「そーだよー! 気になるのは分かるけど、尾行はダメっしょー!」

 

「良太郎さんと亜美さんのそれはツッコミ待ちですよね?」

 

 一通りのお約束を済ませたところで、そろそろ置いてけぼりにしてしまっている最後の一人に目を向けていこう。

 

「あははっ! 人気者だね、りょうちん!」

 

 カラカラと笑う()は、愛ちゃんたちの予想通り、なんと男性なのであった。……なんて引っ張った割には、まぁその正体に関してはお察しの通りなのだが。

 

「改めまして初めまして! あたしは315プロ所属の水嶋咲! よろしくね、愛ちゃん! 絵理ちゃん! 亜美ちゃん!」

 

「は、初めまして! ……え、315プロってことは……!」

 

「ほ、本当に、男性……!?」

 

「うん、そーだよ! 男だよ!」

 

「「「えぇぇぇ!?」」」

 

 咲ちゃんの正体に驚愕する愛ちゃんと絵理ちゃんと亜美ちゃん。先ほど『実は男性』という予想を立てていたが、まさかそれが本当に当たっているとは思わなかったのだろう。

 

「こ、こんなに可愛いのに……!」

 

「ありがとー! でも、可愛いは男の子も女の子も関係ないでしょ? あたしはただ、可愛くありたいの」

 

「なるほど!」

 

 咲ちゃんの考えを一瞬で理解する愛ちゃん。普段はあまり褒められない状況が多い彼女の理解の早さもこういうときに輝く。

 

「でも涼さんとデートしてた事実には変わりない?」

 

「デート!?」

 

「あははっ、二人きりでのお出かけをデートって呼ぶならそうかもしれないけど、そもそも今日のりょうちんはずっと……」

 

「わー!? 咲ちゃんストップ!」

 

 あっさりと何か大事なことをバラそうとした咲ちゃんの言葉を遮る涼。多分咲ちゃんから問いただされて、色々とゲロっちゃったんだろうなぁ。

 

「「怪しい……」」

 

「何も怪しくないって! ほ、ほら! 折角だし、みんなでどこか甘いものでも食べに行こうよ! ね!?」

 

「甘いもの! 食べます!」

 

「はい決まり! ほら絵理ちゃんも! 良太郎さんや亜美さんもよかったら!」

 

「……分かった」

 

「いーじゃん! 亜美もさきさきとおしゃべりしてみたかったんだよね~!」

 

「あははっ、なんだか楽しくなってきちゃった!」

 

 うーん、当初想定していたものとは違う流れになって来たけど、コレはコレで。

 

 ……ん? りっちゃんからメッセージ?

 

『ちょっと、アンタがいないって知ってADさん半泣きなんだけど!?』

 

 ……ふむ。

 

『大丈夫、アイツは逆境を乗り越えることで強くなるタイプだから』

 

 さて、それじゃあこの近くでおススメの甘いものは、っと……。

 

 

 

 

 

 

「え、それじゃあ咲さんが涼さんのユニットメンバーになるってことですか!?」

 

「そうだよ。ユニット名は『(セカンド)Blossom(ブロッサム)』。ある意味で二回開花してるあたしたちにピッタリのユニット名。プロデューサーが考えてくれたんだ」

 

 ここは毎度おなじみ喫茶『翠屋』……ではなく、パフェで有名だった近場の喫茶店。生憎ここから翠屋まで移動しては時間がかかりすぎるので、今回はお預けである。すみません士郎さん桃子さんなのはちゃん、また別の機会に貢献するので……。

 

「ぶ~……涼さんはあたしたちの大事なユニットメンバーなのに……」

 

「あははっ、ごめんごめん! でも今回のユニットでようやくあたしはデビュー出来るの」

 

「えっ!? そうなんですか!?」

 

「うん。だからね? ちょっとだけりょうちんのこと貸して? ね?」

 

「う~……でも~……」

 

 両手を合わせて可愛らしく懇願する咲ちゃん。しかし普段の聞き分けのいい愛ちゃんにしては珍しく、しっかりと理由を説明されても渋っていた。それだけ(無自覚にとはいえ)涼のことを特別だと考えているのだろう。

 

「……愛ちゃん、僕からもお願いしたいんだ」

 

「涼さん……」

 

 それまで黙って事の成り行きを見守っていた涼が口を開いた。

 

(……お願いしたいっていう言葉のチョイスが完全にアレだよね)

 

(やっぱり涼さん浮気……)

 

(ひゃーりょうちんやる~)

 

「良太郎さんたちはちょっと黙っててもらえます!?」

 

 涼に怒られたので三人揃ってお口にチャック。

 

 緩んでしまった空気を、涼がコホンと咳払いをしてリセットする。

 

「今回のライブは、僕にとっても大きな転換期になると思うんだ。876プロでも男性アイドルとして活動出来てるし、これからも876プロから離れるつもりはない。でも()()()()()()()()()()()()の垣根を超えた、新しい境地に至れるような気がするんだ」

 

「………………」

 

「……多分」

 

「「「多分!?」」」

 

「そこ日和っちゃうか~」

 

 俺が言えた立場にはいないけど、そこはビシッと決めるべき場所だったのでは。

 

「……う~、分かりました! でもあたしたちと別のチームに所属することになる以上、容赦しませんから覚悟してくださいね!」

 

「手加減無用? ぎったぎたにしてやんよ」

 

 フンスとやる気をみなぎらせる愛ちゃんと、シュッシュと拳を突き出す絵理ちゃん。

 

「……ありがとう、二人とも!」

 

 さて、どうやら話がひと段落が付いたようなので。

 

「亜美ちゃん、俺たちはそろそろお暇させてもらおうか」

 

「えー!? もーちょっとだけー!」

 

「ダメ、流石にこれ以上は間に合わなくなる」

 

 確かにADが泣くような無茶はしているものの、収録スケジュールに穴を開けるようなことをするわけにはいかないし、亜美ちゃんにさせるわけにもいかない。

 

「その線引きは大事。亜美ちゃんはそれが分からないような悪い子じゃないでしょ?」

 

「むー」

 

 むくれつつも亜美ちゃんは納得してくれた様子である。

 

「そんなわけで、俺たちは先に失礼するよ」

 

「はい、ありがとうございます……で、大丈夫なんですかね……?」

 

「確かに良太郎さん、何もしてない?」

 

 涼と絵理ちゃんからの指摘が痛い。確かに何もしてねぇ……。

 

「へいへいりょーにーちゃん、Tシャツに書かれた甲斐性の文字が泣いてるぜ~!?」

 

 くっそ、亜美ちゃんまでここぞとばかりに煽ってきやがる。

 

「……確かに今の俺には甲斐性が足りていない。それは認めざるを得ない」

 

「いや流石にそこまで言うつもりはなかったですけど……」

 

「故にこの『甲斐性ありm@s』Tシャツは涼に託そうと思う」

 

「クソTシャツ押し付けようとしないでもらえます!?」

 

 実は服の上から着ていたTシャツをさっと脱いで涼に託す。

 

「忘れるな涼、このTシャツに込められた真の意味を」

 

「絶対にそんなものないですよね!?」

 

「いずれお前にも分かるときがくるさ……具体的には次話」

 

「絶対に嘘ですよね!?」

 

 なんて言いつつも一応受け取ってくれる涼は本当に律儀である。押しに弱いとも言う。

 

 

 

 

 

 

「……嵐のように去っていった……」

 

 僕にTシャツを押し付けた良太郎さんは、実はTシャツと一緒にこっそりと一万円札を僕に握らされていた。あとでメッセージに『支払いよろしく』と来ていたので、どうやらこの場は僕の支払いということにさせたいらしい。……変なところで律儀というか、逆の方向性でカッコつけたがり、というか……。

 

「……はぁ、緊張した~」

 

 良太郎さんがと亜美さんが喫茶店を去ってしばらくすると、咲ちゃんが苦笑しながら肩の力を抜いた。

 

「あたし、今トップアイドルの『周藤良太郎』と一緒に話してたんだよねぇ……」

 

 ……あ、そうか、僕たちは良太郎さんと昔から知り合いだったけど、咲ちゃんはそうじゃなかったから。

 

「一回だけ事務所に来てくれたんだけど、未だに緊張しちゃうんだよねー」

 

「大丈夫ですよ咲さん、慣れます!」

 

「な、慣れちゃうんだ……」

 

「というか、呆れる?」

 

「呆れる!? ……いや、リョーさんだったときのことを考えると、そういう表現があってるのかもねー」

 

 聞いた話では、良太郎さんは『仕事人リョーさん』という別人を騙って315プロへと赴いたらしい。いかにも良太郎さんがやりそうなことである。

 

「……ねぇ、りょうちん」

 

「はい?」

 

()()()()周藤良太郎さんが挙げた動画って……多分、君のためだったんだよね?」

 

「っ」

 

 咲ちゃんが口にした『あのとき』という言葉。なんの具体性もないその言葉は、しかし僕にはその言葉が持っている意味を正しく理解出来た。

 

 

 

『ちょっと本気出して、女性になってみた』

 

 

 

 ……それが()()()()、良太郎さんが事務所の公式チャンネルで公開した動画だった。

 

 内容は知り合いのメイクさんと協力して『全力で女性になった』良太郎さんが、架空の女性アイドルとして歌って踊る異色の動画。元々顔立ちが中性的に近かった彼がメイクの力と自身の演技力により、その過程をずっと見ていたとしても『本物の女性』だと誤解してしまいそうになるクオリティに仕上がっていて大変な反響を見せた。

 

 『周藤良太郎』の動画なのだから反響が大きいのは当然なのだが……その動画が公開された時期が――。

 

 

 

 ――僕が本当の性別を暴露して、活動謹慎中のことだったのだ。

 

 

 




・「お話飛んでない!?」
別に書くのが面倒になったわけではない(注意)

・ADさん半泣き
良太郎の奇行に半泣きするのでまだ半人前。

・『ⅡBlossom』
カフェパレPとフラッグPには申し訳ないと思っています……。

・具体的には次話
予定は未定()

・あのときの動画
実はやってた。



 次回、ようやく876プロに何があったのかを語ります。大丈夫咲ちゃんを空気にしたりしないから。


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Lesson338 フェイバリットなあたし 4

三人の『嘘』

あ、メリークリスマした。


 

 

 

 ――876プロ秋月涼、実は男性だった!?

 

 ――突然の裏切りにファン激怒!?

 

 ――ユニットメンバーは何を思う!?

 

 

 

 876プロダクション所属の女性アイドル『秋月涼』は、男性である。

 

 意図していないタイミングになってしまったとはいえ、それはいずれ訪れる運命の時で、決して避けることが出来ない()()の時に間違いなかった。

 

 バレた理由は戸籍という当たり障りのないところからなので、その辺りの詳細はこの際省くとする。

 

 この件に関して一番重要なことは、ここからなのだから。

 

 

 

「……あれ、良太郎さん……?」

 

 それは僕の謹慎中に良太郎さんが公開した一本の動画だった。その名も『ちょっと本気出して、女性になってみた』という、周藤良太郎による()()()()

 

 捉えようによっては秋月涼(ぼく)に対する当てつけのようなタイトルではあったが、しかし実際に動画を再生するとそんな考えが一切存在しないことは明白だった。

 

 

 

『まずは特別ゲストの八神シャマルさんにメイクを施してもらいます』

 

『良太郎君、素材が良いから弄り甲斐があるわ~』

 

『う~ん、流石俺。美人』

 

『それ自分で言っちゃうのね……いや全くもってその通りなんだけど』

 

『しっかり鍛えているというわけではないですが、それでも手足のゴツさを隠すために大きめのセーターとロングスカートで誤魔化します。ついでに首筋もロングヘア―のウィッグで同様に誤魔化します』

 

『良太郎君、身長が高いからスタイルよく見えるわねぇ』

 

『あとは胸に詰め物を……』

 

『……ちょっと詰め過ぎじゃない?』

 

『シャマルさんも言ったじゃないですか身長が高いって。肩幅もあるしバランスを考えるとこれぐらいの大きさが自然ですって』

 

『いや絶対に自分の趣味入ってるでしょ』

 

『バランスですって』

 

『いや趣味ですって』

 

『仕上げに普段よりもちょっと高めの声を意識して……あー、あー、こんなものかしら』

 

『わっ、よくよく聞くとちゃんと良太郎君なのに女の子の声』

 

『はい、というわけで完成。初めまして「周藤ハーマイオニー」よ』

 

『その名前何処から来たんです?』

 

 

 

 あっという間に『周藤良太郎』がスタイルの良い無表情系クール美女へと変身してしまった。

 

 カット編集一切なしで徐々に良太郎さんが女性へと変貌していく姿は、謹慎中という自分の状況を忘れてしまうぐらい興味深いものだった。ずっと女装でアイドルやってた僕が言えた義理ないけど、女装することに対する躊躇というか忌避感がないのも凄いと思う。

 

 そのまま軽い振り付けと共に自身の持ち歌を何曲か披露する良太郎さん。振り付けの一つ一つ、指先の動きまで女性にしか見えず、これを見てしまうと女性アイドルとして活動していた自分のパフォーマンスが少々恥ずかしくなってしまうぐらいだった。

 

 画面の向こうの観客は八神シャマルさん一人だけ。音声もスマホから適当に流しているだけの簡単なもの。しかし画面に映るのは間違いなく素晴らしいパフォーマンスで、当初思い浮かべていた『良太郎さんはなんでこんな動画を』なんて考えは何処かへ消し飛んでいってしまった。

 

『……今回のこの動画の意図を、私は何も説明しない』

 

 動画の最後、良太郎さんは女性の姿のままでこんな言葉を言い残した。

 

 

 

 ――だけど()()()も、()()()()も、何も変わらない。

 

 ――アナタたちを笑顔にしたいというその気持ちは変わらない。

 

 ――『男性』でも『女性』でも、この胸の真ん中にあるものは変わらない。

 

 ――だからお願い。

 

 

 

 ――俺を見てくれ。

 

 

 

(……何も説明しない、なんて言ったくせに)

 

 動画の再生が終わってしばらくして、僕は自分が泣いていることに気が付いた。

 

 良太郎さんが言葉にしないといった以上、僕が良太郎さんの考えを勝手に想像して語ることは間違っている。だから僕も何も言わない。

 

 けれど僕は、間違いなく『勇気』をもらった。

 

 この先、訪れるであろう苦難の道を突き進む『勇気』を。

 

 例え傷つき血に塗れようとも、僕自身が信じた道を進む『勇気』を。

 

 

 

 

 

 

「この動画、あたしも見てさ。そんですっごい勇気をもらったの」

 

 未だに残っていていつでも再生できるその動画をスマホで見返してから、咲ちゃんはほぅと息を吐いた。

 

「あたし昔から可愛いものが好きで、自分自身も可愛くなりたかった。でもほら、男だし? そーゆーの一切気にせずに自分を貫き通す勇気は無かったの」

 

 しかし、そんなときに良太郎さんの動画と出会った。

 

「凄いよね良太郎さん。普通男の人って女装するの忌避するじゃん? それなのにあんなに堂々と女性になりきって、あまつさえ自分のことを美人だって言いきって」

 

 咲ちゃんは「動画のコメント欄凄かったよね」と笑う。動画のコメント欄は良太郎さんの見事な女装を称賛する言葉で埋め尽くされているのだが、その中に女性視聴者と思われる人たちの『え、まって、普通に負けるんだけど』『男に顔面で負けてワロタwww……ワロタ……』『女だけどこんなに綺麗な声出せないんですけど!?』といった悲鳴のような言葉が決して少なくなかった。

 

「だからそんな良太郎さんの姿を見て、動画の最後の言葉を聞いて、勇気を貰った。心の真ん中さえしっかりとしていれば、外見なんて関係ないんだって、そう思えるようになった。だからあたしは、自分の好きを隠さなくなった」

 

 それでも最初は忌避の視線があっただろう。しかし咲ちゃんはそれに屈しなかったのだ。

 

「今じゃプライベートでも自分の好きなメイクと服を隠さなくなった。これはりょうちんのおかげでもあるんだよ」

 

「えっ」

 

 揃ってキョトンとしてしまった僕に、咲ちゃんはクスクスと笑った。

 

「男性であることをカミングアウトした女性アイドル。みんながそのまま引退するものだとばかり考えていたのに、君はそんなことしなかった。それどころか女性アイドルとしての活動を続けながら男性アイドルとしても活動を始めた。……そんな貴方の生き方に憧れて、あたしはアイドルになろうって思ったの」

 

「……そうだったんだ」

 

「だからありがとう、りょうちん」

 

「……それなら、その感謝の言葉は()()()()()受け取れないかな」

 

「え?」

 

「だって――」

 

 

 

 ――僕がアイドルを続けていられるのは……愛ちゃんと絵理ちゃんがいてくれたから。

 

 

 

 

 

 

 あの日、876プロで行われた記者会見。当事者である僕や社長だけでなく、同じユニットメンバーとして活動していた二人も出席することになってしまった記者会見。

 

 性別がバレてから一度も顔を合わせず連絡も取れなかった愛ちゃんと絵理ちゃん。彼女たちも『僕の嘘』の被害者であることには間違いないのだから、せめて彼女たちに非難の目が向かないように、万が一にもそんなことがあってしまわないように、僕は全ての非難を受け入れるつもりでいた。

 

 そんな覚悟を、決めていたのに――。

 

 

 

『同じユニットメンバーであるお二人は、このことを知っていたんですか?』

 

『はい』

 

 

 

(……えっ)

 

 

 

『あたしたちは全て知っていました』

 

『涼さんが男性であると知った上で、一緒に活動を続けていました』

 

 

 

 ――二人は『嘘』をついた。

 

 

 

「なんで……なんであんなこと言ったの!?」

 

 記者会見が終わり、僕は二人を問いただした。そんな資格があるはずがないのに、僕は二人の嘘を咎めるような詰め寄り方をしてしまった。

 

 このままでは二人にも非難の目が向いてしまう。僕のせいで。僕の嘘のせいで。

 

 しかし声を荒げる僕に対し、二人も怒るような表情と声で言い返してきた。

 

「涼さんがあたしたちに嘘をついていたことは悲しいです。でも、そんなことで涼さんと一緒にアイドルを出来なくなる方がもっと悲しいんです!」

 

「涼さんがどんな思いでいたのかは分からないけど……一緒にいた時間は嘘じゃないって信じてるから」

 

「っ!」

 

「だから、その嘘はあたしたちも背負います!」

 

「『Dearly Stars』は元々運命共同体だから、誤差の範疇?」

 

「………………」

 

 あぁ、本当に。

 

 

 

 ――()()()()()()()ぐらい、良い子たちだ。

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「どうしたの? 急に黙り込んで?」

 

「ううん、なんでもないよ咲ちゃん」

 

 これは僕たち三人だけの秘密。正確に言えば社長や真奈美さん、多分律子姉ちゃんや良太郎さんも知っているだろうけど、僕たち『Dearly Stars』が抱える秘密。

 

 こんな嘘を抱えさせることになってしまった二人に対して、僕は……。

 

(……そっか。そうだよね)

 

 チラリと視線を移すと、そこには良太郎さんが僕に押し付けていった『甲斐性アリm@s』Tシャツが。

 

「……えっ!?」

 

「ちょ、涼さん!?」

 

「なんでいきなりそのTシャツ着始めたの!?」

 

「よし! それじゃあこの際だから、愛ちゃんと絵理ちゃんに直接何が欲しいか聞きながら買い物しようか!」

 

「待って!? 流石にその格好のりょうちんと一緒に歩くのは勘弁なんだけど!?」

 

「どうしたんですか涼さん!?」

 

「なんか良太郎さんに毒されてない!?」

 

 甲斐性だとか。将来だとか。そんな大袈裟なことを言うつもりはない。

 

 

 

 それでも僕は、僕の全てを持って、()()()()()()()()()んだ。

 

 

 

「行こう、愛ちゃん、絵理ちゃん」

 

「……もー! しょーがないですね!」

 

「エスコート、されてあげる?」

 

 

 

「……ふふっ、なんかあたし当て馬みたいになっちゃったけど。こういう幸せそうな光景みちゃうと、すっごいパピッて感じ!」

 

 

 

 

 

 

「……えーっと、なになに『休日の相瀬!? 美少女三人を引き連れた男性アイドルR・A氏の本当の顔は!?』ねぇ……」

 

「……アンタなんか入れ知恵したでしょ」

 

 数日後、そんな記事が書かれた週刊誌を手に俺の下へとやってきたりっちゃん。能面のような無表情の下には『弟』のことを心配する姉の表情が顔を覗かせていた。

 

 いやこの件に関して言えばマジで冤罪なんだけど……。

 

 

 

「……そんなことよりりっちゃん、最近油断してない? 去年と比べるとスーツのヒップラインが――」

 

「……■■■■■■■■■っっっ!!!」

 

 

 

 今の俺に出来るのは、こわーい従姉の怒りの矛先をこちらに向けておいてあげることぐらいだろう。

 

 精々頑張れ、弟分よ。

 

 

 




・涼の男性バレ
どう描写しても色々とリアル方面にキツいことになるので曖昧に。
そういうのアイ転には求めてないので……。

・『ちょっと本気出して、女性になってみた』
シャマルさん謹製メイクにより女性になった良太郎。
実はしっかりと『女装』ということで声質に男性味を残しているので不完全体。
完全体になると本物の女性と見分けがつかなくなる。

・「自分の好きを隠さなくなった」
原作の咲ちゃんはプライベートでは普通に男の格好をしていたようですが、アイ転世界ではプライベートでも咲ちゃんのままです。

・『あたしたちは全て知っていました』
愛と絵理は、何処までも涼と共に歩む道を選んだ。



 咲ちゃん編と言いつつsideMと876の割合が3:7ぐらいになってしまいましたが、作者がこの二つのコンテンツを混ぜ合わせることで書きたかったお話でした。

 正直なことを話すと、この辺りのお話が思い浮かばなかったために876の三人の存在が半ば自然消滅のような形になってしまいました。しかしsideM編を書くことになり咲ちゃんを出そうと考えた結果、このお話が内容が天から降って来た次第です。

 いやマジで三人ともゴメンやで。

 それでは皆さん、よいお年を。


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番外編79 もし○○と恋仲だったら 慶祝

今年もよろしくお願いします!


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 

 

 

 なんかウサミミが生えた。

 

 

 

 俺に。

 

 

 

「いやおかしいでしょ」

 

 人間の頭にウサミミが生えてくることもおかしいが、それ以上に男である俺の頭にウサミミに生えるんだ。この家には美女が三人もいるんだからそっちに生えるべきだろう。

 

「と~っても可愛いですよ! 良太郎君!」

 

「嬉しくないなぁ」

 

 男と言っても()()()()()なので見た目が可愛らしいことは認めよう。『妻』の菜々ちゃんがメロメロになる気持ちも分かる。

 

 俺を膝に抱っこして満面の笑みで頬擦りをする菜々ちゃんと、菜々ちゃんにされるがままになりつつ背中で大乳の柔らかさを堪能する俺。状況だけを見ればwin-winである。俺の頭にウサミミが生えてるけど。

 

「こら菜々、良太郎、遊んでいないでこっちを手伝ってくださいな」

 

「今晩はお鍋ですよ~!」

 

「わっ、ごめんなさい千鶴ちゃん、美奈子ちゃん! 良太郎君が可愛くてつい!」

 

「千鶴も美奈子ちゃんも、今の状況にもうちょっとだけ疑問というか反応を示してくれてもいいんじゃないか?」

 

 確かに晩御飯も大事だし手伝いもせずに菜々ちゃんの大乳を堪能していた俺も悪いけど、人間の頭にウサミミが生えているこの状況を何故スルー出来るんだ?

 

「お鍋食べませんの?」

 

「食べます」

 

 わーい! りょーたろー! おなべ! だいすき!

 

 

 

 

 

 

 時の総理大臣『杉崎鍵』が一夫多妻制を導入した世界に転生して早十年が経った。そんな世界で若干十歳でありながらトップアイドルとして活動しつつ、美人のお嫁さんを三人も貰いながら、俺は今日を生きている。

 

 

 

 四人で炬燵に入りながら、今日の晩御飯であるお鍋をつつく。

 

「はい良太郎君、あーん」

 

「あーん」

 

 頭にウサミミが付いていようが食事は自分の手でも出来るのだが、折角美奈子ちゃんがあーんしてくれるのだからそれを拒む理由はない。うーん、白菜が美味い。

 

「もう、美奈子も良太郎も、お行儀が悪いですわ」

 

「えへへ、ごめんなさい」

 

「ゴメン千鶴」

 

「そして貴方はいい加減その呼び方をやめなさい」

 

「だって千鶴はなんか千鶴って感じだし……」

 

 そう素直に答えると隣から千鶴の手が伸びてきて俺の頬を引っ張り上げた。クレヨンな幼稚園児のようなお仕置きである。イタイイタイごめんなさい。

 

「それにしても、一体どういうことなんでしょうね?」

 

 俺の頭の上に視線を向けながら炬燵の向かい側に座る菜々ちゃんが首を傾げた。

 

「思うに、ウサギ年だからじゃないかなぁと」

 

「ウサギの耳である理由ではなくてウサギの耳が生えたそもそもの理由について話してたんですけど……」

 

「何か変なものを口にした記憶はありますの?」

 

「変なものかぁ……」

 

 自分の箸でお肉を口に運びつつ、朝からの記憶を思い返す。

 

「えっと、今日の朝は千鶴の胸の中で目を覚まして……」

 

「そこから思い出す必要はないでしょう!?」

 

 なんか息苦しいなぁと思って目を開けたら、服越しとはいえ千鶴の胸の中に顔を埋めている状況だったのだ。大変素晴らしい状況であり起床予定時間まで時間もあったからそのまま二度寝してしまった。

 

「えー? 千鶴さんってばそんなに羨ましいことしてたんですかー?」

 

「ずるーい! 私も良太郎君抱っこして寝たーい」

 

 二人からの不平に千鶴は「うっ」と言葉を詰まらせる。

 

「い、いいじゃありませんの。普段は貴女たちの方が良太郎とくっついているんですから」

 

「起きてるときに抱っこするのと、寝ているときに抱っこするのはまた別問題ですよ」

 

「そうですよ。起きてるときの良太郎君はこっそりと胸の感触を楽しんでて可愛いですけど、寝ているときは無意識的に甘えてきてそれも可愛いんですから」

 

 え、寝てるときの俺ってそんな感じなの? ついでに起きてるときに楽しんでいることもバレバレなの? ……いや普通に気付くか。割と露骨だし。

 

「今はわたくしのことより良太郎のことですわ! ほら良太郎、貴方も余計なことを言わずにしっかりと思い出しなさい」

 

 変なことと言うと……。

 

「昨日美奈子ちゃんとポッキーゲームしてそのままチューしたこととか、その前の日に菜々ちゃんが膝枕の最中にウトウトして胸で窒息しそうになったこととか、そういうの?」

 

「「良太郎君!?」」

 

「貴女たちねぇ……」

 

 千鶴からジト目で見られた美奈子ちゃんと菜々ちゃんは、顔を赤くしながら反論する。

 

「わ、私はその、良太郎君にもっと大きくなってもらうため……!」

 

「どうしてその手段がポッキーゲームなんですの!? 大きくするの意味合いが違うのではなくて!?」

 

 一体どういう意味合いなんだろうなぁ……。

 

「そしてそのままキスをする意味もないでしょう!?」

 

「お言葉ですが、千鶴さんは意味が無かったら目の前に良太郎君の顔があってもチューしないんですか?」

 

「………………」

 

 そこで反論しない辺り、相変わらず俺のこと大好きである。俺も大好きだよ。

 

「わわわ、私に関しては本当に事故ですよ!?」

 

「良太郎」

 

「はい。先にウトウトして目を瞑っていたら頭上から『わ、わ~……なんだか私も眠くなってきちゃいました~……』という白々しい声が聞こえてきました。アイドルの演技としては赤点ですが、個人的には満点をあげたいです」

 

「起きてたんですかぁぁぁ!?」

 

 そもそも起きてなかったら「そういうことがあった」なんて報告出来ないじゃん。

 

「全く貴女たちは……いくら結婚しているとはいえ、相手は十歳なのですから少しは自重なさいな」

 

 そう言ってため息を吐く千鶴だが、美奈子ちゃんと菜々ちゃんは顔を赤くしながら不平を漏らした。

 

「べ、別にいいじゃないですか! 夫婦なんですよ夫婦!」

 

「そうですよ! 私たちが生まれた頃ならいざ知らず、今は『恋愛自由法』の時代なんですから、お互いの合意があるんですから! 良太郎君のご両親からも許可はもらっていますし!」

 

「だからと言って少しは自重をなさい。そして菜々、その発言は外ではしないように。『恋愛自由法』が出来たのは一つ前の世代ですわ」

 

「え? ……あ゛」

 

 自分の発言を思い出して冷や汗を流す菜々ちゃん。ウチならいざ知らず、外の菜々ちゃんは相変わらず大変だなぁ。

 

 お嫁さん三人によるちょっとした小競り合いも終わり、話を俺の頭上のウサミミに戻すことにする。

 

「とはいっても、別段変なことはしてないんだけどなぁ」

 

「……良太郎君、確か今日はお昼から346プロの子たちと一緒に収録したって言ってましたよね?」

 

「え、うん。『LiPPS』っていうユニットと一緒に」

 

「……一ノ瀬志希っていう子から、何か貰いました?」

 

「? いえ、貰ってないです」

 

「ほ、本当ですか? ジュースとか何か貰ったりしてません? もしくはその子の傍で何か口にしたりしてません?」

 

「しいて言うなら自分で持ち込んだ未開封の水を一口飲んだぐらいです」

 

 その水も現場に忘れてきたので、それ以上飲んでいない。

 

「一ノ瀬志希ちゃんに何かあったんですか?」

 

「い、いえ……なにも……」

 

 何故か顔を覆って「志希ちゃんごめんなさい……疑ってごめんなさい……」と落ち込んでいたので、ヨシヨシと頭を撫でておいた。

 

「でもなんとなくだけど、このまま放置していても問題ないような気がするんだよね」

 

「いくらなんでも楽観視しすぎではありませんこと? ……本音を言えば、何故かわたくしもそんな気がしますが」

 

「実は私も……」

 

「不思議ですね……」

 

 不思議なことに四人一致で『このまま放置』という方針に決まってしまった。本当に不思議だなー。

 

 

 

 さて夕飯も終わり、後は歯を磨いてお風呂に入って寝るだけである。明日も朝早くから四人それぞれアイドルとしてのお仕事が待っているため、余計なことをせずに寝るべきなのだが。

 

「それじゃあ良太郎君、お風呂入ろうか」

 

「「お待ちなさい」」

 

 自然な流れで俺の腕を掴んだ美奈子ちゃんの腕を千鶴と菜々ちゃんが掴む。

 

「どさくさに紛れて何をするつもりですの!?」

 

「そうですよ! 流石にその一線は越えないって約束したじゃないですか!」

 

「その……ほら、今の良太郎君にはウサミミが生えてるじゃないですか? きっと自分の頭を洗いにくいと思うんですよ!」

 

 美奈子ちゃんの言い訳は、パッと聞けば確かに一理ありそうなものではあった。確かに俺も「コレ頭洗うときどうしよっかなー」なんてチラっと考えたぐらいである。

 

 しかしそんなことを理由にして一緒にお風呂は……。

 

「「……確かに」」

 

「お二人さん?」

 

 納得しちゃうの?

 

「そ、そうですわよね。今の良太郎はウサミミが生えるなんてトラブルが発生している状態。いわば事故後」

 

「お風呂に入るなんてデリケートな行為を、一人にさせるわけにはいきませんよね」

 

「そうですよ! 私もそれが言いたかったんですよ!」

 

 おっと、なにやら雲行きが怪しくなってきた……。

 

 

 

「それでは良太郎」

 

「一緒にお風呂、入りましょうか!」

 

「お姉さんたちが優しく洗ってあげますよ~!」

 

 

 

「………………」

 

 いや、十歳とはいえ俺も男なのでそれが嫌だとは言わない。寧ろ願ったりかなったりだし、夫婦である以上そういう目で三人を見たことだって当然ある。

 

「でも、一緒にお風呂に入ることが恥ずかしくないかと言われれば、それとこれとは別問題なわけであって……」

 

「うふふ、良太郎君ってば恥ずかしがってる」

 

「安心なさい良太郎、何も恥ずかしいことはありませんわ」

 

「四人で仲良くお風呂に入りましょうね」

 

 あ、ダメだ、なんか三人揃ってスイッチ入ってる。

 

 ……古き良きラブコメの法則に従うのであれば、ここで「勘弁してくれ~!」なんて言いながら逃げ出して、三人から「待ちなさーい!」なんて追いかけられながら暗転していくのがオチなのだろうが……。

 

 

 

「……まぁ、たまにはそういうのもありかな」

 

 三人とも大好きだし、問題ないか!

 

 

 

 しいて言うならばウサミミであるオチがないところが気になる点ではあるが……なんというかこう『ウサギは寂しがりやだっていう話なのに、ウサミミが生えていない方が寂しがりやだった』みたいなオチで一つ。

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 なんて、初夢にオチがついたところで目を覚ます。

 

「うん、まぁそんなものだよな……ん?」

 

 

 

 ……あれ、なんか頭の上に違和感が……?

 

 

 

 

 

 

世にも妙な物語

 

 

 

 




・周藤良太郎(10)
二年ぶりのショタ良太郎。今年はなんとウサミミが生えた。
生えた理由は、勿論ウサギ年だから。
性欲的なものは、年相応。

・二階堂千鶴(22)
建前上最年長なお嫁さん。実際にも一番年上なお嫁さんポジション。
実は赤ん坊の頃の良太郎の世話をしたことがあるので、実質逆光源氏。

・佐竹美奈子(20)
三人のお嫁さんの中でももっぱらお台所担当。
良太郎を大きく(意味深)育てることが目標。

・安部菜々(17?)
真面目にお嫁さんにしたいアイドルtier1常連筆頭だと思う。
年齢に関しては、流石に結婚している以上話している。

・千鶴の胸の中で目を覚まして
お気づきの方もいらっしゃるでしょうが、作者の(へき)です。

・『恋愛自由法』
一夫多妻制に含まれる、まぁ自由に恋愛しようぜっていうアレ。

・未遂しきにゃん
この世界では123プロが存在しない。

・古き良きラブコメの法則
そういうのは矢吹先生に任せておこう。

・世にも●妙な物語
更新直前にこのオチを思いついた。



 新年のお約束、ハーレム型恋仲○○です。今年のコンセプトは『お嫁さん』でした。あとウサギ年。

 というわけで今年も一年よろしくお願いします。まだまだ続くよsideM編!


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Lesson339 私たち、ドルヲタアイドルです!

今回からはドルヲタ編!


 

 

 

 ――お隣失礼します。

 

 

 

 961プロを離れて以来初となる『Jupiter』のアリーナライブの会場にて、そう一言断りを入れてから彼は俺の隣の席に座った。ジュピターは人気トップアイドルではあるが、それでも圧倒的に女性のファンの方が多いので、自分のことを棚に上げながら(男性が一人で参加するなんて珍しいな)と思った。

 

 だから自分から「今日はよろしくお願いします」と声をかけた。きっとこの人ならば、男性ファンにしては珍しくサイン入りのTシャツで完全武装したこの人ならば、きっと仲良くなれるだろうという確信を胸に。

 

 

 

 

 

 

「へぇー、それがみのりとリョーのファーストコンタクトなんだね!」

 

「うん。そのライブ以降、色々なアイドルの現場で顔を合わせるようになったんだ」

 

 とあるラジオ番組の収録前の待機時間。『Beit』のユニットメンバーであるピエールから『俺とリョー君が知り合ったとき』のことを聞かれ、そのライブ終了後に感極まって一緒に撮った写真を見ながら当時のことを振り返る。

 

「……しかし、この人が『周藤良太郎』だとするとこの写真凄いですね……」

 

「……うん、それは僕もそう思う」

 

 恭二が覗き込んできた僕の手元の写真には、ライブ会場を背に号泣する俺と変わらず無表情なリョー君が肩を組んでいる様子が写っている。リョー君の正体を知った今になって改めて見返してみると、この写真もとんでもないものになってしまった。見るたびに「ひゅっ」と変な声が出てしまうほどだ。

 

 そんな経緯を経て、僕とリョー君はアイドルオタク仲間となった。リョー君経由で色々な意味で()()アイドルオタクとも知り合いになり、少人数のサークル活動みたいなこともした。サークルと言ってもライブの感想を言い合ったり自分の推しを語ったり、そんな感じの緩い活動だ。名称もなく、俺たちはただ単に『集会』と称していた。

 

「それでこっちの写真が、その『集会』のときに撮った写真になるんだけど……」

 

「……あ! このピンク色の髪の子、見たことある!」

 

「確か、えっと……346プロの『夢見りあむ』ちゃんですよね。それにこっちは、765プロの『松田亜利沙』ちゃん」

 

「そう。よく覚えてたね恭二」

 

「……まぁ、アレだけ熱く語られたら……」

 

 まさかアイドルについて熱く語り合った仲間である女の子が二人もアイドルになるなんて、そんな予想は出来るわけがなかった。

 

「こっちの子はアイドルじゃないの?」

 

「うん、一般人だよ」

 

 黒髪ツインテールに眼鏡をかけた少女、結華ちゃん。彼女は俺たち五人の中で唯一の一般人となってしまった。……俺と亜利沙ちゃんとりあむちゃんがアイドルになったことは知っているだろうけど、きっとまだリョー君の正体については知らないはずだ。俺が勝手に話すわけにもいかないから、リョー君が自分で明かすまでは俺も黙っていよう。

 

「ん?」

 

 そんなことを考えながらぼんやりと集合写真を眺めていると、メッセージの受信を告げるポップが画面に表示された。

 

 

 

 ――久しぶりに『集会』、しましょーや。

 

 

 

「っ」

 

 それはリョー君から、アイドルオタク仲間全員に向けて送られたメッセージだった。

 

 

 

 

 

 

 リョーさんは思うのです。

 

「やっぱりこのままりあむちゃんだけ何も知らない方が面白んじゃないかって……」

 

「いやいやいや……」

 

 たまたま近くで仕事をしていたらしいみのりさんを、彼のユニットメンバーである『Beit』の二人と共に夕飯へと誘った。ピエールの希望でやって来たもんじゃ焼き屋さんで、俺は先ほどメッセージで伝えた『集会』についてみのりさんの意見を聞こうと思ったのだが、みのりさんからは呆れたような表情をされてしまった。

 

「ボクやる! ボクひっくり返す!」

 

「待て待てもんじゃ焼きはひっくり返さない……!?」

 

 コナモノが好きだということでテンション高めなピエールのお世話をする恭二を横目に、みのりさんははぁと溜息を吐いた。

 

「というか、りあむちゃんにも話してなかったんだね。俺には話してくれたし亜利沙ちゃんも知ってるみたいだから、アイドルになった人には話してくれてるものだとばかり思ってたよ」

 

「なんかいい感じのタイミングが無くて……」

 

 俺とみのりさんと亜利沙ちゃんとりあむちゃんはアイドルで、結華ちゃんは一般人である。しかしりあむちゃんと結華ちゃんは俺が『周藤良太郎』だということどころか、そもそもアイドルだということを知らない。

 

 だから今回の『集会』の前にこっそりとりあむちゃんに俺が『周藤良太郎』だということを教えてあげようかとも思ったんだけど……。

 

「ほら、りあむちゃんは何も知らずに調子に乗ってるときの方が可愛いし」

 

 実際、以前八事務所合同リモート会議したときにイキって自慢メッセージを送って来たところとか絶妙にイラッとして最高に愚可愛いって感じ。

 

「相変わらず歪な愛情表現だなぁ……」

 

 今までの『集会』での俺とりあむちゃんのやり取りを思い出したらしいみのりさんは、ウーロン茶のグラスを傾けながら苦笑していた。

 

「出来たよ! ハイ! これリョーとみのりの分!」

 

「おっ、ありがとうピエール」

 

「ありがとうね」

 

 どうやらもんじゃ焼きが焼きあがっていた上にピエールが取り分けてくれたらしく、お礼を言ってお皿を受け取る。

 

「それでお話少ししか聞いてなかったんだけど、ダメだよー仲間外れにしちゃ! そのりあむちゃんもお友達なんでしょ!」

 

 どうやら俺たちの会話を耳にしていたらしいピエールからメッと叱られてしまった。相変わらず年下から怒られることが多い我が人生である。

 

「お友達ではあるんだけどねー」

 

 モグモグともんじゃ焼きを咀嚼しつつ、もしりあむちゃんに俺が『周藤良太郎』であることを明かしたらどうなるかを脳内でシミュレーションしてみる。

 

 

 

 ――実は俺『周藤良太郎』だったんだよ。

 

 ――え? いやいやいきなり何を言い出して……。

 

 ――はい帽子と眼鏡キャストオフ。

 

 ――オロロロロロッ!?

 

 

 

「間違いなく口からもんじゃだよね」

 

「もんじゃ食べてるこのタイミングでそういうこと言うのヤメない!?」

 

「口からもんじゃ? どういう意味?」

 

「ピエール、それは知らなくてもいい表現方法だから……」

 

 りあむちゃんが実際にオオナズチするかしないかはともかく、彼女の命が軽く危機に晒される可能性は高いと考えている。

 

「りあむちゃんの生物的な意味でも社会的な意味でも命に関わる問題だからなぁ」

 

「それは……まぁ、確かに」

 

「その夢見りあむって子のことはよく知らないんですけど……難儀過ぎません?」

 

「「俺もそう思う」」

 

「えぇ……?」

 

 俺とみのりさんが声を揃えて同意すると、恭二は若干引いていた。

 

「どうすればりあむちゃんの命を危険に晒さずに俺の正体を明かせるんだろうか……」

 

 そもそもなんでこんなことに頭を悩ませなければいけないのだろうか……。

 

「恭二はどう思う?」

 

「え、そこで俺に話振るんすか……?」

 

 仲間外れはいけないって、さっきピエールに言われたし。

 

「えっと……そうっすね……」

 

 戸惑いながらも何か答えようと必死に悩んでくれる恭二。こんな雑なパスをしっかりと受けてくれる辺り、根っからの善人である。

 

「……いきなり『周藤良太郎』だということを明かすとビックリしすぎてしまうというのであれば……やっぱり、夢見さんに自分で気付いてもらうように仕向けるのがいいんじゃないですかね?」

 

「……なるほどね」

 

 冷たい水の中に入るのは心臓に負担がかかるから爪先から少しずつ慣らしていこう、というアレだな。

 

「いいかもしれん」

 

「でも具体的にはどうするの?」

 

()()()()

 

「「「匂わせる?」」」

 

「例えば……」

 

 一応個室を利用させてもらっているとはいえ外食中なので眼鏡をかけている。この眼鏡を半分ぐらいズラして……。

 

「はい三人とも、入って入ってー」

 

「え、え?」

 

「わーい! ピース!」

 

「……?」

 

 三人と一緒に自分を画面内に収め、インカメラを使って自分たちをパシャリ。

 

「はい、これで『アイドルになったみのりさんに頼んで一緒に撮影してもらった写真』の出来上がり」

 

 これを『絶対に流出するんじゃねぇぞ!』と前置きをしてから、グループへメッセージと共に送信する。

 

 

 

 ――アイドルになったみのりさんと一緒に食事会!

 

 ――羨ましかろ? ピエールと恭二も一緒なの羨ましかろ?

 

 

 

「こうやって眼鏡をズラして認識疎外を弱めた状態で一緒に映ることによって、りあむちゃんに『アレ、リョーさんってまさか』と思わせる作戦なのだよ」

 

「「そもそも認識疎外って何?」」

 

 今更その説明いる? いや二人からしたら初耳なんだろうけどさ。

 

「あ、反応来た」

 

 

 

 ――あ゛あ゛あ゛リョーさんズルいです!

 

 ――リョーさん次の集会で覚えておけよ! 目にもの見せてやる!

 

 ――いいなーいいなーリョーさんいいなー!

 

 

 

 うーん予想通りの反応。りあむちゃん以外の二人も釣れたけど、予想していた効果は薄そうである。

 

「というか、亜利沙ちゃんから普通に反応があったことにちょっと驚き」

 

「え? 亜利沙ちゃんと何かあったの?」

 

「あったかないかで言えば、あったんだけど……」

 

 しかし喧嘩したとか意見が食い違ったとかそういうトラブルがあったわけではない。

 

「俺が『周藤良太郎』だって正体を明かしてから、少々余所余所しくなっちゃってて……」

 

 今でもアイドルヲタとしてもアイドルとしても、現場で会えば仲良く話すので壁を感じるとまでは言わない。しかしふと気付くといつもより一歩距離が離れているのだ。

 

「今回の集会は、その辺りも少しだけ踏み込んでお話したいなーとも思ってたりするの」

 

「……なんというか大変だね、リョー君。……()()と」

 

 なんだろう、みのりさんからの視線が急に生暖かくなった気がする。

 

「結局お話難しくてよく分かんなかったけど、とりあえずお腹いっぱいになればきっといい考え思い浮かぶよ! リョーさんもいっぱい食べよー!」

 

 空いていた俺のお皿に、いつの間にやら次のもんじゃが乗せられていた。どうやら俺たちが話している間にピエールがせっせと焼いていてくれたらしい。

 

「……そうだな、とりあえず今は飯だ飯だ」

 

 最近色々と難しく考えすぎるようになってしまった。変にシリアスになりすぎるとまたりんからおっぱいビンタされてしまうので、もう少し肩の力を抜くとしよう。

 

 なーに、なんだかんだ上手くいくさ! 多分!

 

 

 

 

 

 

「……アレ? もしかしてリョーさんって……い、いやいやまさかそんな……」

 

 

 




・みのりさんとの出会い
時期的には二章と三章の間ぐらい。

・結華ちゃん
出番までもーちょい。

・りあむちゃんだけ何も知らない方が
またしても何も知らない夢見さん(19)

・愚可愛い
うるみんお見事!

・口からもんじゃ
・オオナズチする
隠語いっぱい。



 美琴編とどっちを書くか悩んだ結果、特に理由はなくドルヲタ編に。まぁどっちも書くから順番は些細なことデス。

 そんなわけでドルヲタ編。何度か名前だけ出ていた彼女に加え、あの子やその子も登場する可能性が微レ存……?


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Lesson340 私たち、ドルヲタアイドルです! 2

一方その頃の少女視点。


 

 

 

「むむむぅ……」

 

 

 

 何故だろう、最近亜利沙さんの様子が少しだけおかしい。

 

「亜利沙さんがおかしいのはいつものことじゃない?」

 

「翼、流石にそれは失礼だよ。たまにおかしいだけでいつもではないよ」

 

「未来、貴女も失礼よ。そもそも私はいつもよりテンションが低めに様子がおかしいと言っているの」

 

 いや私も含めて散々な言いようになってしまったが、とにかく様子がおかしいのだ。

 

 ただおかしいと言っても翼や未来が言ったようないつものハイテンション的な意味でのおかしいわけじゃなく、寧ろその逆。今のように、少々テンション低めに何かを思い悩んでいるかのような溜息を吐く姿を度々見かけるのだ。

 

「うーん、亜利沙さんが悩んでいるとしたら、きっとアイドル関係だよね」

 

「いつもの傾向からするとその可能性は高いわよね」

 

 未来の発言に同意する。第一候補としてはアイドルのライブのチケットが当たらなかったとか、ライブの日付が何か別の予定と被ってしまったとか、そっち関係だろう。

 

「あ! もしかしてあれじゃない! 最近発表があったあれ!」

 

「あれ?」

 

「そう、あれ!」

 

「……あ、わたしも分かったかも!」

 

 未来と翼は何か心当たりがあるようだが、私は分からず首を捻る。

 

 

 

「10月からついに始まるミリオンライブ(わたしたち)のアニメだよ!」

 

「なんと8月から劇場で先行上映するらしいよ!」

 

 二人して一体何を言っているのか(前売り券も発売中よ)

 

 

 

「でも亜利沙さんの様子から、何かを楽しみにしてるって感じではないよね」

 

「普段の亜利沙さんなら、それすらも楽しんでる感じだもんね」

 

 コソコソと亜利沙さんに聞こえないような声量で会話を続ける。無粋だとは思いつつも、やっぱりこういう話をするのは少々ワクワクするものである。

 

「……! アイコピー!」

 

「なにか分かったの!? ツバサトップガン!」

 

 どちらかというとツバサテイオーな気がする。

 

「これはきっと『恋のLesson初級編』に間違いないよ!」

 

「どうしていきなり自分のソロ曲の宣伝を……!?」

 

「そうじゃなくて、ね!?」

 

「……あ、なるほど!」

 

 翼と未来が女子中学生らしく目を輝かせる。かくいう私もその可能性が改めて示唆されてちょっとドキッとしてしまった。

 

「でもその場合、相手が誰なんだろーって話になるけど……」

 

「そうなったらその相手は一人に決まってるじゃん! ほらほら! 亜利沙さんと仲がいい男性っていったら、ほら!」

 

「……あぁ」

 

 未来の言葉に思い浮かぶのは、劇場のアイドルとやたらと仲のいい不思議な男性『遊び人のリョーさん』から日本が世界に誇る超トップアイドル『周藤良太郎』にランクアップした無表情の男性の姿。

 

「プロデューサー?」

 

「も~! 翼ってばとぼけちゃって~」

 

「?」

 

「あっ、違う、コレ本気でその選択肢が頭に浮かばないガチな奴だ……」

 

 本当に嫌いなのね……。

 

 ともあれ、亜利沙さんがあんなにも深く想いを馳せる相手が良太郎さんならば納得出来た。

 

 亜利沙さんは劇場でアイドルを始めるよりも前から良太郎さんと知り合いらしく、劇場でも度々楽しそうに話をしている姿を見かけたことがある。たまに意見が食い違ったらしく、お互いに両手を上げて威嚇をするという珍妙すぎる場面に出くわしたこともあるが、そんな感情をむき出しにするほど仲が良いということでもあるのだろう。

 

 ……そんな気心しれてた友人の男性が、実は誰もが憧れるトップアイドルだった。

 

「凄いよね~まるで少女漫画みたいだよね~」

 

 

 

「分かります! そうですよね! まるで物語みたいですよね!」

 

 

 

「うわビックリした!?」

 

「百合子さん!?」

 

 何故か鼻息が荒く興奮した様子の百合子さんが突然生えてきた。

 

「そう、その出会いは偶然だった! 少女は街中で偶然出会った青年と仲良くなるが、なんとその青年の正体はその国の王子様! 青年は自らの身分を隠しつつ少女との相瀬を重ねるが、やがて少女が真実を知る日が訪れる! あぁなんという悲劇! 身分が分かつ二人の恋の行方は――!」

 

「ごめん……回収していくね……」

 

 そして何やら熱く語り始めた百合子さんは、またもや突然現れた杏奈さんによって引き摺られていった。

 

「……今のなんだったんだろう」

 

「さぁ……?」

 

 

 

「……さ、流石にそれはありさにも聞こえてますよ……そ、そんなんじゃないのに~……」

 

 

 

 

 

 

「むむむぅ……」

 

 

 

 何故だろう、最近りあむさんの様子が少しだけおかしい。

 

「まぁりあむさんがおかしいのはいつものことデスね」

 

「ちょっと待てぇぇぇい!? 同じ状況なのにぼくの方は扱いが雑ぅぅぅ!?」

 

 一体何が同じ状況なのかは分からないが、こっちから関わらないようにしたのに向こうから来てしまった。

 

「聞こうよ!? そこは『りあむさんどうしたんデスか?』って聞こうよ!?」

 

「聞きたくないし」

 

「『興味ない』以上にシンプルな拒絶!」

 

 とはいえレッスン中の休憩時間でこの場から立ち去ることも出来ない以上、どうやらこれはスキップ不可の強制イベントらしい。

 

「……デ? りあむサンハ一体ドーシタンデスカー?」

 

「うわ超棒読み……でも聞いてくれたからいいや!」

 

 こんな塩対応でもいいとかどんだけ聞いてもらいたかったんデスか。

 

「実は今度、久しぶりにアイドルオタクの仲間たちと集まることになってさ」

 

「はぁ」

 

「……もし、もしだよ? 万が一だよ? サインとかファンサービスを求められちゃったら、どれぐらいならしてもいいのかなーって」

 

「うわくだらねぇことで悩んでんなぁ」

 

「この際罵倒はいいけど口調はもうちょっとマイルドにしてもらっていいかなぁ!?」

 

 涙目でギャーギャー騒ぐりあむさんをあしらいつつ、しかしふと気付いたことがあった。

 

「そのアイドルオタク仲間の中には、以前お会いした『リョーさん』もいるんですよね?」

 

「え? うん。寧ろそのリョーさんが中心になって集まった感じ」

 

 以前街中で顔を合わせたりあむさんの知り合いだという『リョーさん』。りあむさんをおちょくりつつ随分と仲良さそうな雰囲気だった男性だが、その正体はなんとあの『周藤良太郎』だった。

 

 

 

 ――も、もしかして、りあむさんは知らないんデスか……?

 

 ――まだ教えてないからね。

 

 

 

 こっそりと私にだけ正体を明かしてくれた彼は、りあむさんにも『いずれ教えてあげるタイミングはあると思う』と話していた。

 

「いやーリョーさんってば口ではそんなに興味なさそうにしてたけど、あのときと違って今の僕はトップアイドルと言っても過言ではないからね! きっと会った瞬間に握手とかサインとか求めてくるに決まってるよ! いやーリョーさんってばチョロいなー!」

 

「おめでたい頭デスね」

 

「え? 今何か言った?」

 

「おめでとうございますって言いました」

 

 しかしどうやらこの感じからすると、まだりあむさんには自分のことを話していないらしい。

 

(……そういえばこの人、八事務所合同でのリモート会議のときもリョーさんに『周藤良太郎』と話したことを自慢してたっけ……)

 

「え、どうしたのあきらちゃん、何その目」

 

「いえ何も。きっと楽しい集まりになるでしょうね」

 

 滑稽とすら思えなかった。良太郎さんは自身の正体をりあむさんに明かした場合『うら若き乙女が涙と鼻水と涎を垂れ流しながら五体投地してる姿を晒すことになる』と称していたが、寧ろそれぐらいで済めばいいのだが。

 

「今まで散々揶揄われてきたリョーさんに仕返しするチャンスなんだから、もっとしっかりと作戦を練らないと」

 

 どうしてこの人は自分で自分の墓穴を掘るのが上手なんだろうか。

 

「というか、そもそもその身内っていうのはりあむさん以外はみんな一般人なんデスか?」

 

「……いや~、それが実はね~」

 

 

 

「……へぇ、りあむさんを含めて五人中三人がアイドルに」

 

「そーなんだよ! ビックリじゃない!? アイドルに対してブヒブヒ言ってたただのオタクがアイドルだよ!?」

 

 それに関しては純粋に驚いているが、りあむさんに集合写真を見せてもらってことで少しだけ納得してしまった。

 

(オタク集団の癖に顔面が良すぎる件について)

 

 カラオケボックス内で撮影された男性二人女性三人の五人組の写真なのだが、どいつもこいつも顔が良い。

 

 まずは良太郎さん。この写真を撮影した頃は誰もアイドルじゃなかったとりあむさんは言っていたが、時系列的に考えると余裕でトップアイドルやってた頃。黙っていればイケメンの極致。#黙っていれば。

 

 次にもう一人の男性、今は315プロでアイドルをやっている渡辺みのりさん。元はお花屋さんだというポニーテールの長身の男性。ニコニコと優しく微笑む姿は、なるほど王子様系のアイドルである。

 

 そしてツインテールの女性が、765プロでアイドルをやっている松田亜利沙さん。彼女の芸風というかテンションというか、普段どのような感じにアイドルをしているのかを知っているので微妙な気持ちになるものの、それでも写真の中で笑う姿は正統派美少女そのものである。

 

「……まぁりあむさんは飛ばして」

 

「ぼくは何を飛ばされたの……?」

 

 最後に残った一人。亜利沙さんよりも低めに結んだ黒髪ツインテールに眼鏡をかけた彼女が、どうやらこの五人の中で唯一の一般人になるらしいのだが、彼女も例に盛れず美少女である。なんというか『クラスでもそんなに目立たないけど「こいつの可愛さは俺だけが知っている」と多くの男子生徒が考えていそうなタイプ』の美少女である。※個人の感想デス。

 

 そんな顔面のいい男女五人組。一見してみると大学の陽キャサークルのようにも見えなくもないのだが……。

 

「………………」

 

 スッとりあむさんのスマホの画面を横にスワイプする。

 

「あ、これはカラオケで円盤鑑賞会したときの写真だねー」

 

 

 

 そこには、先ほどの顔面のいい五人組が半狂乱になってサイリウムを掲げる姿が。

 

 

 

「うわぁ……」

 

 思わずそんな声が漏れてしまうぐらい残念な光景だった。どいつもこいつも写真なのに『うっひょー!』という声が聞こえてきそうな表情である。※良太郎さんを除く。

 

「いやぁ楽しかったなぁコレ。アイドルやってるときも楽しいけどこうやってオタクやってるときも楽しいんだよね!」

 

「……まぁこれだけ全力になれれば、ねぇ」

 

 なんかりあむさんのことに興味を持つことが少々癪だが、それでもこのオタク集団のことが少し気になりつつある自分がいた。

 

 

 

「あ、良かったらあきらちゃんも来る?」

 

「はっ」

 

「鼻で笑ったな!?」

 

 

 




・ミリオンライブのアニメ
長かったなぁ……。
なんか劇場版後の時間軸の可能性があるらしいんだけど、ワンチャン設定噛み合う?

・ツバサトップガン
・ツバサテイオー
かくいう静香はモガミルドルフ。

・顔面のいい五人組が半狂乱になってサイリウムを掲げる姿
日常風景。



 オタク女子組二人視点のお話でした。ようやく次話には最後の一人の登場になります。


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Lesson341 私たち、ドルヲタアイドルです! 3

シャニマスアイドル追加ヨシッ!


 

 

 

「というわけでりあむちゃんに俺が『周藤良太郎』だと自然に気付いてもらう方向で進めていきたいわけなんだけど」

 

「………………」

 

「……亜利沙ちゃん? どうしたの?」

 

「ふぁっ!? い、いいえ!? なんでもありませんよ!?」

 

「?」

 

「ふふっ」

 

 集会当日。示し合わせたわけではないけど俺の正体を知っている二人であるみのりさんと亜利沙ちゃんと先に合流することが出来たのだが、なにやら亜利沙ちゃんが何やら落ち着かない様子。みのりさんはそんな彼女の様子を見てクスクスと笑っているが、何か理由を知っているのだろうか。

 

「そ、そんなことより、ついにりあむちゃんに教えてあげるんですか?」

 

「教えてあげるというか、気付いてもらおうと思って。そうしないとりあむちゃんがもんじゃを……」

 

「りあむちゃんがもんじゃを……?」

 

 要するに誰かから教えてもらっては精神的ダメージがデカすぎるので、自力で気付いてもらうという話である。

 

「そこで今回の集会で二人には俺が『周藤良太郎』だっていう前提で接してほしいんだ」

 

「は、はぁ……」

 

「そうは言っても俺たちもリョー君の正体を知ったのはつい最近だったから、そういうのよく分からないんだけどね」

 

 みのりさんから「ね?」と話を振られた亜利沙ちゃんも「そ、そうですね」と同意してくれるが、何故か不安そうな様子である。

 

 とはいえ今回の場合は寧ろポカして俺のことを口走ってくれた方が話が早いので、これはこれで問題ないだろう。

 

「リョーさんの意図は分かりました。でもその場合、一つだけ懸念すべきことがあるんですけど」

 

「分かってる。……結華ちゃんだよね?」

 

 コクコクと頷く亜利沙ちゃん。それは俺も同じことを考えていた。

 

 今回の集会に参加するもう一人の少女も俺の正体を知らない。そしてりあむちゃんの俺の正体を察してもらおうとした場合、彼女だけではなく結華ちゃんにも俺の正体を知られてしまう可能性が存在するのだ。

 

「俺もどうしようかなって考えたんだけど。……結華ちゃんにだったら知られてもいいんじゃないかなって思ってる」

 

「えっ」

 

「いいのかい?」

 

 元々は俺だけがアイドルだったために身バレしないように気を付けていたわけだが。亜利沙ちゃんとりあむちゃんとみのりさんがアイドルになり、なおかつ三人はそのことを隠すことなくしっかりと他のメンバーにも伝えている。

 

「ならいつまでも俺だけ隠しておくわけにはいかないでしょ。亜利沙ちゃんとみのりさんにだって正体を教えたんだから……良き友人として、二人にも知ってもらいたいから」

 

「リョー君……」

 

「ありさの場合、リョーさんの正体を知ったのは完璧に不可抗力でしたが……分かりました! リョーさんがそう仰るのであれば、不肖ながらお手伝いさせていただきます!」

 

「あぁ、俺も手伝うよ」

 

「ありがとう、二人とも」

 

 さてこうして二人の協力を取り付けることが出来た俺は、今回の集会の会場となるカラオケ(ちょっとお高い良いところ)へと向かうのであった。

 

 覚悟しろよ二人とも! 俺の正体に気付く準備をするといいさー!

 

 

 

 

 

 

 私、三峰(みつみね)結華(ゆいか)には一つ気になっていることがある。

 

 

 

「もしかしてリョーさんって『周藤良太郎』なんじゃない?」

 

「あっはっはっ! まっさかー!」

 

 

 

 それは『昔からのアイドルオタク仲間の男性がトップアイドルなのではないか』という傍から聞けば妄言のようなことで、実際それを話したら同じくアイドルオタク仲間であるりあむんに笑われてしまった。

 

「結華ちゃんってば、一体どうすればそんな考えになるのさー」

 

「いや、この前リョーさんがメッセージアプリにあげた写真がさ……」

 

 それはリョーさんが同じくアイドルオタク仲間で最近本当にアイドルになってしまった渡辺みのりさんと一緒に撮った写真。みのりさんのユニットメンバーであるピエール君や恭二君も一緒に映っており、それを見た瞬間は「羨ましい!」と強く思ってしまった。

 

 しかしその写真をよくよく見てみると、いつもリョーさんがかけている眼鏡が少しだけズレていて彼の目が直接見えていた。そしてそんなリョーさんの姿を見た瞬間、今まで一度も思い浮かぶことが無かったこんな考えが、ふと頭を過ったのだ。

 

「『アレ? リョーさんって良太郎君に似てるんじゃない?』って」

 

「アッハハハッ! それは流石にあり得ないって!」

 

「えー? りあむんもよく見てよ! ほらコレ!」

 

 頭ごなしに否定されたことで少しだけムッとしてしまい、再びスマホにリョーさんの写真を表示してりあむんの鼻先に突き付ける。

 

「これ! この眼! よくよく見るとブラウンが混ざってる黒目! 良太郎君のそれにそっくりじゃない!?」

 

「え~? こんな目ぇした日本人なんていくらでもいるって~」

 

「あとリョーさんっておっぱい星人だし、良太郎君も同じことを公言してるし!」

 

「男の人なんてそんなもんでしょ~。確かに周藤良太郎さんもこの前のリモート会議のときに765プロの豊川風花ちゃんのすっごい衣装に興味深々だったけどさ~」

 

 えっ、ちょっと待って、そっちはそっちで私も興味あるから詳しく! ……じゃなくて。

 

「それよりも結華ちゃん! ぼくに何か言うことないの!?」

 

「え? りあむんに?」

 

「そう! ぼくに!」

 

 フンスと胸を張るりあむんに首を傾げる。腰に手を当てたことで髪色以上に自己主張の激しいりあむんの胸部が突き出されて思わず心で泣いてしまいそうになるが、果たして彼女は私に何を求めているのだろうか……。

 

「……あ、分かった!」

 

「おっ!」

 

 

 

「合同ライブの情報を口走った件、相変わらず見事な炎上芸だったよ!」

 

「そうじゃなあああぁぁぁい!?」

 

 

 

 あれ? 違った?

 

 ネットラジオで『実はぼく、周藤良太郎君と一緒にライブすることになって~』とか言い出した途端に突然スタッフによる強制終了。一応123プロから発表があった直後だったから時系列的にはセーフだったことが判明したものの、あのとき一緒に出演していたあきらちゃんやあかりちゃんの青褪めた表情や一瞬聞こえたスタッフのガチ焦り声は、それはそれは印象的だった。

 

「いやホント凄いよねりあむん。アイドルになっておめでとうって言おうとしていた気持ちがアレで全部吹っ飛んでいったもん」

 

「それぇ! 素直にそれを口にしてぇ! ぎぶみーほめことば!」

 

 うんうん、アイドルとしてステージに立ってるりあむんは素直にカッコいいと思うけど、三峰の知ってるりあむんはこうじゃなくちゃ。

 

 そんなやり取りをしつつ、私たちは今回の集会の会場となるカラオケ(ちょっとお高い良いところ)へと辿り着いた。

 

「あっ、結華ちゃんたち来ましたよ!」

 

「やあ、こんにちは」

 

「やっほー」

 

「ありりーん! みのりさーん! リョーさーん!」

 

 どうやら先に到着していたらしく、残りの三人が店舗の前からこちらに向かって手を振っていた。

 

 しっかりと変装はしているものの、そこにいるのは間違いなく765プロの『松田亜利沙』と、315プロの『渡辺みのり』で……そんな二人が昔からの知り合いだというのだから、なんというか本当に実感が湧かなかった。

 

「……結華ちゃん……ぼくにもその感想を……」

 

 りあむんはホラ、りあむんだから。

 

 そして……。

 

「やぁ結華ちゃん、久しぶりだね」

 

「はい、お久しぶりです!」

 

 私が『周藤良太郎』疑惑を抱いている男性、リョーさん。

 

 改めて思い返してみると、私はリョーさんに関して知っていることは意外と少ない。年齢はこの春で二十二になったと聞いているが、本名は知らない。大学に通っているとも聞くし働いているとも聞く。結婚はしていないらしいが最近恋人が出来たとも聞く。知識量ではありさんやみのりさんには及ばないものの、所謂業界事情というものに精通している不思議なアイドルオタク。それぐらい。

 

 いつも無表情だけど感情の起伏はとても分かりやすく、しかし本質は落ち着いた大人の男性。臆面もなくおっぱい星人であることを公言しており、りあむんの胸も度々ガン見しているが、一番の推しアイドルは高垣楓さんらしい。

 

 ……今少しだけ思い返してみた情報だけで見ても、何個か『周藤良太郎』とも合致するところがチラホラ。

 

(ねぇりあむん、やっぱりリョーさんって『周藤良太郎』なんじゃ……)

 

(もー結華ちゃんってば諦めないなー。そんなわけないってー)

 

 

 

「それにしてもこの五人で集まるのも本当に久しぶりですね、みのりさん」

 

「そうだね、()()()()()()君」

 

 

 

 っ!?

 

(ほら今、みのりさんがリョーさんのことを『リョウタロウ君』って呼んだよ!?)

 

(結華ちゃん落ち着いて考えて欲しいんだけど、この日本にリョウタロウさん何人いると思ってんの?)

 

 

 

「そ、そういえばリョーさんのお名前、リョウタロウって仰るんですよねー? ずっとリョーさんってお呼びしてたので、少しだけ違和感がありますねー」

 

「実はそうなんだよ亜利沙ちゃん。自分でも思わず忘れそうになるぐらい」

 

 

 

(亜利沙ちゃんとみのりさんはもう知ってた……? もしかしてアイドルになったから新ためて『周藤良太郎』としての正体を明かした……?)

 

(それだったらぼくが知らないのはおかしいでしょ)

 

(え? なんで?)

 

(結華ちゃん!?)

 

 

 

(みのりさんはいいとして、亜利沙ちゃんはちょっと棒過ぎない?)

 

(す、すみません……お芝居はまだちょっと……)

 

 りあむちゃんと結華ちゃんが何やらコソコソと密談しているので、こちらも今の内に密談開始。まずはジャブとして二人には俺を名前で呼んでもらったんだけど……。

 

(流石に名前だけじゃ気付かないよね)

 

(まぁ流石にね)

 

 変装状態で下の名前を言ってもバレないことはニコちゃんで経験済みだ。

 

 だから本番はここから。カラオケで少しずつヒントを出して、二人には俺の正体に気付いてもらう! 覚悟の準備をしておいてください。

 

 

 

「絶対にそうだと思うんだけどなぁ……」

 

「いいよ! そんなに言うならぼくが逆に証明してあげるから!」

 

 

 




・三峰結華
『アイドルマスターシャイニーカラーズ』のキャラクター。
未来の283プロにおけるアイドルヲタク枠な十八歳。原作では十九歳。
未来の283プロにおけるツッコミ役、ほぼ内定!!!

・「もしかしてリョーさんって『周藤良太郎』なんじゃない?」
早くもリーチ。

・「あっはっはっ! まっさかー!」
なお足を引っ張られる模様。

・りあむん
・ありりん
三峰、他事務所のアイドルを何て呼ぶんだろう問題。
……もしかしてポプマスで呼んでたりしたのかな?

・心で泣いてしまいそう
おむねのおっきなこがたんのとうじょうはまださき!



 今まで名前だけの登場だった三峰結華がついに本格登場です。これでアイドルヲタク仲間五人が勢揃い。(原作には勿論いない良太郎を除いて)プロデューサーならば一度は夢見た組み合わせのはず。

 果たして次回、結華は良太郎の正体に気付けるのか?


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Lesson342 私たち、ドルヲタアイドルです! 4

ドルヲタ編ラストです。


 

 

 

 私たちの集会はいつもカラオケで行われるが、基本的に自分たちで歌うことはない。では何をするのかというと。

 

「それではリョーさん、本日の一品をお願いします」

 

「お任せください。本日は……こちら!」

 

 恭しく頭を下げるありりんに応じて、リョーさんがカバンからとあるものを取り出す。

 

「去年の夏! 765プロの最上静香ちゃんが注目を浴びて大変話題となった346プロ主催の夏季ライブイベント! 『トロピカルサマーフェスティバル』です!」

 

「「「「おぉ~っ!」」」」

 

 去年の夏に行われたアイドルのライブのブルーレイボックスに、私たち全員が感嘆の声を上げる。

 

 そう、このカラオケはブルーレイの再生装置の貸し出しをしてくれるため、ライブの鑑賞会を行っているのだ。防音設備のあるカラオケならば気兼ねなく声を出せるし、ドリンクバーもあれば軽食も注文できるため、鑑賞会をするには最適な場所なのだ。

 

 ちなみに歌うことはほとんどない。曲を入れることもあるが、それは本人映像を観るためである。

 

「わぁ! これ見たかったんですよ!」

 

「チケット、取れなかったからなぁ……」

 

「私も!」

 

「実は俺も……仕事があって……」

 

 どうやら持参したリョーさん含め、全員不参加のライブだったらしい。

 

「全員不参加だなんて、私たちとしては随分と珍しいですね」

 

「言われてみれば」

 

「いつも誰かしらは参加してたもんね」

 

「ちょいちょいちょーい!」

 

 突然りあむんが声を上げた。

 

「全員不参加ってどういうこと!? ぼくはいたよ!? この現地にいたよ!?」

 

「「「「?」」」」

 

「少なくともそのことで弄って来たリョーさんは『アイドル側で参加してる』って確実に知ってるやろがぁぁぁい!」

 

「何が?」

 

「それすら忘れてるの!?」

 

 いやまぁ流石に冗談だけど、とリョーさん。りあむんは調子に乗せない方がいいっていうのが共通の認識だから……。

 

「っていうかスルーしそうになってたけど、これって発売日来月じゃなかったっけ!?」

 

「あっ」

 

 りあむんに言われて気が付いたが、確かにその通りである。

 

「リョーさんコレどうしたんですか?」

 

「……ま、俺にも色々な伝手があってね」

 

 人差し指を唇に当ててパチリとウインクをするリョーさん。無表情なことが少々気になるが、それでもその仕草が堂に入っていて思わずドキリとしてしまった。

 

「ど、どんな伝手なのか、聞かない方がいいですか……?」

 

「んー、そろそろ話してもいいかなーって思ってるけど、もうちょっとだけナイショ」

 

「えー? そろそろ教えてくれてもいーんじゃなーい? ぼくたちリョーさんのことなんにも知らないんだしー」

 

 恐る恐る聞いてみたもののリョーさんには受け流されてしまった。そこに更にりあむんからの援護射撃。

 

「ほらほら~アイドルりあむちゃんが横に座ってあげるからさ~」

 

「………………」

 

 ニヤニヤと笑いながらリョーさんの隣に座るりあむん。確かにりあむんは今やアイドルだし、容姿に関して言えば悪いわけではないのがキャラ的に袖にされそうである。現にリョーさんも全く反応してないし……ってよく見たらメッチャ右手で左手の甲を抓ってる! コレめっちゃ流されそうになってるのを耐えてる!

 

「ほらほら流されちゃえよ~、今更ぼくらに隠し事は無しっしょ~?」

 

「っ、リョ、リョーさん! 準備! 準備しましょう! ありさ待ちきれませんよ!」

 

 自分の優位を確信したらしいりあむんが更なる攻勢を見せようとしたところ、意外なことにありりんがそれに割って入った。確かに調子に乗ったりあむんを宥めるのはありりんとかみのりさん辺りの役割だけど……なんだか今までとは様子が違っているような気がした。

 

 ……えっ!? まさかありりん、そういうこと!?

 

 

 

(亜利沙ちゃんありがと……)

 

(い、いえ、ありさはただ本当に早くアイドルちゃんたちの活躍を見たかっただけで他意は……)

 

(このままではりあむちゃんのおっぱいに不覚を取って、気付いてもらう前に自分で全部もんじゃしちゃうところだったぜ……)

 

(えっ)

 

(あ、もんじゃするっていうのはこの前みのりさんたちと……)

 

(あ、いえ、その説明は大丈夫です……)

 

 

 

 うーんコソコソとなにやら話してるし……リョーさんの正体と同じぐらい気になることが増えてしまった。

 

(ちぇっ、なんとなくそんな気はしてたけど、やっぱり流されなかったかー。リョーさんってば基本的にチョロいのに、肝心なときのガードは固いんだもんなー)

 

(えっ)

 

(え? なんでそんな意外そうな声出すの?)

 

(だってりあむんがそこまで裏を考えて行動してたとは思わなくて……)

 

(今日はみんなして一段と失礼だな!?)

 

 でももしリョーさんが本当に『周藤良太郎』だった場合、ありりんの気持ち(暫定)は儚いものになってしまう可能性も高いのだ。そんな悲劇的な結末を回避するためにも、いち早くリョーさんの正体を解き明かしたいところなんだけど……。

 

 

 

「へっくしょん! アイドル」

 

 

 

(ほら今くしゃみの後にアイドルって言った! こんなの絶対にアイドルだよ!)

 

(完全にグルグルじゃんか! 結華ちゃんも知ってて言ってるでしょ!?)

 

 

 

「いやぁ思わずくしゃみの後にアイドルって言っちゃったよ。アイドル好きが溢れ出ちゃって困るね」

 

 

 

(なんだ……やっぱりそんな理由か……)

 

(ちょっと待って結華ちゃんあんな白々しい言葉を信じるの……?)

 

(でもリョーさんほどの人ならばくしゃみの後にアイドル好きが溢れ出てもおかしくないと思わない?)

 

(思わないよ!? ……あ、やべ、一瞬「それもありそう」とか思っちゃった……)

 

 

 

(今のどうかな? だいぶさり気なかったよね?)

 

(リョー君、あんまりこういうことを言いたくはないんだけど……)

 

(はい、くしゃみの後にアイドル好きが溢れるなんてリョーさん的に考えれば自然すぎます)

 

(そう、自然すぎる……え?)

 

(うーん確かに。アイドル好きは自然に溢れるものだもんね)

 

(あ、もしかして今回そういう話?)

 

 

 

 私とりあむんがコソコソと話をしているように、リョーさんもありりんとみのりさんの三人でコソコソと話をしている。え、まさかみのりさんも合わせて三角関係……!?

 

 

 

(どーしよりあむん! アイドルどころじゃなくなってきた!)

 

(奇遇だね、ぼくも友人関係の見直しの検討でそれどころじゃなくなってきたよ)

 

 

 

 とまぁそんなやり取りをしつつ、ブルーレイの鑑賞会が始まってしまった。

 

 正直気になることが多すぎて、ライブに集中できるかとても不安だったのだが、ここに集まった人間が全員生粋のアイドルオタクである以上――。

 

 

 

「ぎゃあああぁぁぁ! 今美波ちゃんこっちに向かってちゅうしたぞおおおぉぉぉ!」

 

「リョーさん今のところリピートしません!?」

 

「俺だって見たいけど我慢しろ! ホラお前らコールサボるな!」

 

「うお゛お゛お゛お゛お゛お゛ぉぉぉぉぉぉ!」

 

「本当になんで私はここにいなかったんだあああぁぁぁ! 三峰のバカアアアァァァ!」

 

 

 

 ――こうなってしまうことは必至……というか私たちの日常風景である。こうなってしまえばリョーさんの正体とかそんなことは些細なことは頭の片隅へと追いやられてしまうのであった。そんなことよりも目の前のアイドルたちのステージの方が大事なのだ。

 

 

 

 

 

 

 いやぁやっぱりみんなで見るアイドルのライブは楽しいなぁ。こうやってワイワイ好き勝手に喋りながらする鑑賞会っていうのは、現地とは一味違う楽しみがある。

 

「やっぱりありさ的にはですね……」

 

「いや亜利沙ちゃんここは譲れないんだけど……」

 

「いやいやちょっと待って欲しいんだけど……」

 

 二枚組構成となっているブルーレイの前半が終わって後半へ入る前に休憩時間となったのだが、亜利沙ちゃんとりあむちゃんとみのりさんは先ほどのステージに対する熱い議論が始まってしまった。これは別に険悪なものではなく、あくまでもアイドルの魅力に対する個々人のこだわりのぶつけ合いなので、子犬のじゃれ合いの範疇である。

 

「ちょっとそれは聞き捨てなりませんねぇ!?」

 

「なんだよやんのかぁ!?」

 

「それは俺も黙ってられないよぉ!?」

 

 子犬のじゃれ合いの範疇である。

 

「ただいまー……ってまだやってた」

 

「おかえりー」

 

 お手洗いから帰って来た結華ちゃんが、キャンキャンを吠え合う三人の様子を見ながら苦笑する。

 

「元気だねー」

 

「普段の結華ちゃんもあっち側だよ」

 

「リョーさんこそ」

 

 要するに全員だった。

 

(……あ、俺だ)

 

 放置していたカラオケの画面が切り替わり、つい最近カラオケに追加されたばかりの新曲のMVが流れ始めた。

 

 この曲、俺にしては珍しくNG食らったんだよなー。やはりこれも老いか……。

 

(……あーここ。ここのファルセット)

 

 タイミング悪くちょっと喉がイガついてしまって上手く一発で出なかった。普段ならどんなに声を張り上げた後でも綺麗に出せるんだけどなー。

 

 そんなことを考えながら、気付けば俺はそのフレーズを口ずさんでいた。

 

 

 

(あ、『周藤良太郎』のMV……え?)

 

 

 

 しかし今日のじゃれ合いは長いなぁ。みのりさんが中立の立場に回ってくれると治まるのが早いんだけど、今回は完全に敵対ルートに回ってしまっている。あぁなったみのりさんは正直怖い。

 

「結華ちゃん、今のうちに何か食べる?」

 

「………………」

 

「……結華ちゃん?」

 

 なんでそんな目ぇ見開いて俺のこと見てるの? ……別に眼鏡はズレてないよな?

 

「……あ、いや、何でもないです。うーんそうだなー……あ、ポテト! ポテト食べましょ! 最近私の中のトレンドがカレ活することなんですよ!」

 

「それもしかしてポテト食べることを『北条加蓮活動』って呼んでるってこと?」

 

 何それウケる。後で加蓮ちゃんに知ってるか聞いてみよ。

 

「……ねぇ、リョーさん」

 

「ん?」

 

「りあむんたち、()()()()()()()になっちゃったけど。やっぱりアイドルって楽しいのかな」

 

「……うーん」

 

 アイドルが楽しいのかどうか、かぁ。

 

「みんながどう思ってるのかは知らないけど――」

 

 

 

 ――少なくとも、つまらなさそうにアイドルをやってる人は見たことないよ。

 

 

 

「俺はね」

 

「……うん、そっか。そうだよね。うんうん」

 

 何かを納得した様子でご満悦な結華ちゃん。

 

 一体どのような経緯でアイドルに興味を持ってくれたのかは分からないけど……可愛い女の子が笑顔なら、まぁいいか。

 

 

 

「リョーさん! りあむちゃんが『ぼくの大きさには勝てないアイドル大杉w』とか言い出しましたよ!」

 

「『大きさでも若さでも勝ってるぼくw』とも言ってたよ!」

 

「ちょっ、亜利沙ちゃんとみのりさん、それをリョーさんにチクるのはズルい……!?」

 

 

 

 おう、そこへなおれ、バカピンク。

 

 

 

 

 

 

 そっかそっか、や~っぱり、そーだったんだなー。

 

「………………」

 

 少しだけ。ほんの少しだけ。夢想する。

 

 フリフリピンクな衣装は流石に柄じゃない。だからどちらかと言うと、モノクロでゴシックな、そんな感じの衣装を着た自分の姿を思い浮かべて。

 

 

 

(……とりあえず、高校を卒業してから……かな?)

 

 

 

 なーんて。

 

 

 




・カラオケで鑑賞会
絶対に楽しい奴。

・色々な伝手
良「早めにちょーだい」
M常務「全く……今回だけだぞ」(頼まれれば次回もくれる)

・ありりんの気持ち(暫定)
暫定は暫定だよ()

・へっくしょん! アイドル
元ネタの連載開始三十年以上前……!?(宇宙猫)

・北条加蓮活動
少なくとも知り合いは何人か「北条加蓮する」って言ってる人がいる。

・モノクロでゴシックな、そんな感じの衣装
てや~ん!



 思えば亜利沙初登場からず~っと引っ張ってきていたアイドルオタク仲間たちのお話が、ようやくここで一区切りです。いやホント長かった。

 勿論ここで出番終了というわけではなく、今後もちょくちょく登場する予定です。こんな書きやすい集団を放っておくのは勿体ないからね。

 次回からは二週連続で番外編をお送りする予定です。


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番外編80 耳に夢の輝きを携えて

とある激推しバンド漫画をインスパイアしたこんなお話。


 

 

 

「お願いです、良太郎さぁん……貴方の手でまゆを傷物にして……」

 

 

 

 開幕危険球!?

 

 

 

「お、なんだ良太郎、ついに佐久間に手ぇ出すのか」

 

「おい馬鹿ヤメロ」

 

 たまたま変なタイミングで事務所のラウンジに入って来た冬馬に誤解されてしまったので、取り急ぎ事情説明。

 

 

 

「ピアスを開ける?」

 

「そーなんですよー」

 

 実は一緒にいた恵美ちゃんにも説明してもらう。

 

「アタシたち、ファンのみんなと一緒に付けれるようなグッズを考えてるんです」

 

「それがピアスってことか」

 

「はい。……でもまゆがピアス開けてないっていうので」

 

「その大役を俺が仰せつかったってわけ」

 

 手にしたピアッサーを冬馬に見せる。冒頭のセリフはこれでまゆちゃんの右耳にピアス穴を開けようとしたタイミングで発せられたものである。

 

「本当はちょっとだけ怖いんですけど……でも、良太郎さんに開けていただけるのであれば、きっと安心出来ると思ったんですぅ……」

 

 うふふっと恥ずかしそうに笑うまゆちゃん。信用してくれるのはいいんだけど、ラウンジに入ってくるなり「まゆに穴を開けてくださぁい!」はマジで何事かと思ったゾ。

 

「さてまゆちゃん。ちょっと水をさされちゃったけど、そろそろやろうか」

 

「……は、はぁい」

 

 俺ならば安心してくれる……とは言ってくれたものの、それでも少し緊張している様子のまゆちゃんは、居住まいを正すと目を閉じてふぅと息を吐いた。

 

 そんなまゆちゃんの右耳に、そっとピアッサーを添える。

 

「それじゃ、いくよ」

 

「はぁい……」

 

 まゆちゃんはそっと目を瞑り、グッと親指に力を入れて……。

 

 

 

「やっぱりちょっと待ってもらっていいですかぁ?」

 

 

 

 まゆちゃんぇ……。

 

「おいおい佐久間お前よぉ……」

 

「まゆってばさぁ……」

 

「も、もうちょっとだけ心の準備をさせてくださぁい……!」

 

 まゆちゃんは口を引きつかせながらも頑張って愛想笑いを浮かべようとしていて、しかし顔が青褪めているので怖がっているのは疑いようもなかった。

 

「や、やっぱりイヤリングじゃダメですかぁ……!? ほら、まだピアスが許されない学生のファンもいると思いますしぃ……!?」

 

「勿論イヤリングタイプのグッズも作るけど、アタシたちはステージで激しく動いて落ちちゃうからピアスにしようって話になったでしょー?」

 

「そ、そうですけどぉ……!」

 

「それにほらぁ、まゆだってこーゆー可愛いピアスに興味がないわけじゃないでしょー?」

 

「それもそうですけどぉ……!」

 

 恵美ちゃんが自分の髪をサラリと横に流すと、彼女の耳に飾られたティアドロップのピアスがチラリと顔を覗かせる。恵美ちゃんはアイドルになる前から当然のようにピアス穴が開いていた。

 

 ちなみに123プロ所属アイドルは殆どピアス穴を開けており、開いていないのはまゆちゃんと志保ちゃんだけである。

 

「あっ! ところで良太郎さんはいつ頃ピアスを開けたんですかぁ!?」

 

「うわ露骨に話題逸らしやがった」

 

「まゆがリョータローさんのことで知らないことあるわけないじゃん……」

 

「まぁまぁ」

 

 仕方ない。完全に怯えきっちゃってるまゆちゃんに無理もさせられないし、今は別の話題で気を紛らわしてあげよう。

 

「俺がピアスを開けたのは高校を卒業してからだったな」

 

 別に何か特別な理由があったわけではない。しいて言うならば、一応アイドルとして見た目を変える幅を広げたかったという結構打算的な理由である。

 

 

 

「お前がピアス付けてる描写一切なかったけどな」

 

「まさか『ピアス』で全文検索して一つもヒットしないとは思わなかったわ」

 

 

 

 ちなみにこれは公の場で話したことがなかったはずなのでまゆちゃんも知らない話になってくるけど。

 

「俺のピアス穴を開けてくれたの、母さんなんだよね」

 

「「そうなんですか!?」」

 

 ピーチフィズの二人が驚愕の声を上げた。

 

 これは俺がピアス穴を開けようと思った日の話なんだけど、一応未成年だしアイドルだし戸籍上は被扶養者なので、兄貴と母さんにそのことを話したのだ。

 

「そしたら『それお母さんがやる!』って」

 

「正直意外だな」

 

「そうですねぇ……良太郎さんのお母様の性格を考えると……」

 

「『そんな痛そうなことしちゃダメ~』って号泣しそう」

 

「うん、俺もそれを想定してタオルと説得するための言葉を用意してたんだけどね」

 

 しかし意外にも返ってきた言葉は否定ではなく、しかも肯定以上に積極的なものだった。

 

「なんでも『リョウ君の意志は尊重する。でもそれはきっと貴方を産んだお母さんがすべきことだと思うから』って」

 

「素敵なお母様ですねぇ……!」

 

「……まぁここまではよかったんだけどさ」

 

 

 

 ――そ、それじゃあ行くね、リョウ君。

 

 ――お願い母さん。

 

 ――……あ、開けるからね。

 

 ――うん。

 

 ――……だ、大丈夫? 怖くない?

 

 ――えっ、あ、うん、怖くはないよ。

 

 ――……せ、せーので開けるからね。

 

 ――は、はい。

 

 ――……や、やっぱりさん、にー、いちで……。

 

 ――早くしてくんない!?

 

 

 

「なんかもうすっごいフェイントをかけられてる気分になった」

 

 なんで開ける側がビビってるんだか。

 

「そして開けたら開けたで案の定『痛いことしてごめんね~』って泣いた模様」

 

「知ってた」

 

「解釈一致」

 

「やっぱり素敵なお母様ですねぇ……!」

 

 そんな思い出話をしていると、ラウンジに留美さんが入って来た。

 

「あら、まだ開けてなかったの?」

 

「「「「……あ、忘れてた」」」」

 

 そうだよまゆちゃんのピアスを開けるんだった。そんでもって留美さん電話で退席してたんだった。

 

「まゆちゃんが話題を逸らして時間稼ぎするから……」

 

「長引かせても怖いだけだから、さっさとやった方がいいんじゃない?」

 

「留美さんの言う通りだよ、まゆ」

 

「お前もアイドルなら覚悟を決めろ」

 

「ピアス穴を開ける覚悟にアイドルは関係ないと思いますぅ!」

 

 ぴーぴーと珍しい泣き声で抗議するまゆちゃんの肩にそっと手を置く。

 

「ほらまゆちゃん」

 

「……や、優しくしてくださいね……」

 

 甘えるような口調に少しだけドキリとしつつ、俺は再びまゆちゃんの耳元にピアッサーを添える。

 

「それじゃあ、さん、にー、いち、で開けるからね」

 

「はい……!」

 

「頑張れまゆ!」

 

 ギュッと目を瞑るまゆちゃん。そんな彼女の左手を包み込むように握りながら激励する恵美ちゃん。なんだかんだ言いつつ冬馬も留美さんと共に見守っている。

 

「それじゃ、いくよ――」

 

 

 

 バチンッ

 

 

 

「――はい開いたよ」

 

「「「「……え?」」」」

 

「ファーストピアスは一ヶ月は付けとかないといけないから、気を付けてね」

 

「「「「いやいやいやいや」」」」

 

 どうした四人揃って。

 

「さんにーいちの前振りは何だったんだよ!?」

 

「予告なしと同じじゃない!?」

 

 冬馬と留美さんに詰め寄られるが、予告したら避けられるかもしれないし。カウントダウンって怖さをが増すだけじゃない?

 

「それだったらせめてさんぐらいまでは言って欲しかったですぅ!」

 

「で、でもピアス開いたよ~よかったねまゆ~終わったよ~」

 

 珍しく涙目で抗議の視線を向けてくるまゆちゃんの頭を撫でる恵美ちゃん。

 

「これで可愛いピアス付けれるよ~今度一緒に買いに行こうね~」

 

「いきますぅ……」

 

 ともあれ、これでまゆちゃんのピアス穴を開けるという重大ミッションは完了である。

 

 

 

 

 

 

 っていうのが、今年の春のお話。

 

「うんうん、やっぱりまゆちゃんもピアス開けて正解だったみたいね」

 

 ピーチフィズが取材を受けたティーン向け雑誌を捲りながら留美さんは満足そうに頷く。

 

 これまでもそういう雑誌の取材やモデルの仕事はしてきた二人だったが、やっぱりピアスが付けれるようになると持ち掛けられる仕事の数が違うようだ。

 

「……とはいえ、ことあるごとに『周藤良太郎に開けてもらったピアス穴』だってことを主張するのはどうかと思うんですけどねー」

 

 俺も同じ雑誌を捲りながら思わずそんなことを呟く。案の定、この雑誌の取材にもそれを答えていたらしく、該当するインタビュー記事が載っていた。

 

「それぐらい許してあげたら? やっぱり憧れのアイドルに何かしてもらったっていうことはそれだけ嬉しいのよ」

 

「気持ちは分かるけど……」

 

 ……まぁ、俺に対する被害と言えば『俺にピアス穴を開けて欲しい』というアイドルが何人か現れたことと、その話が上がるたびにりんが不機嫌になることぐらいだし、些細なこと……かな?

 

 

 

『それじゃあ、最後の曲、頑張って付いてきてくださいね~』

 

 

 

 今日も彼女は、その右耳に輝きを灯しながらステージに立つ。

 

 それはきっと、女の子たちの夢の光……なのかもしれない。

 

 

 




・まゆを傷物に
まゆちゃんに穴を開けるって……!?()

・ピアス
実は今まで一度も触れてこなかった要素。実は開いてた。
他のアイドルのピアス事情は基本的に独自設定。



 作者激推しバンド漫画『デイズオンユース・ストーリーズ』の番外編エピソードを読んでいて思いついたこんなネタ。123だと一番まゆちゃんがビビるだろうな~ってことでこんなお話になりました。

 今回はどちらかというと箸休め番外編。

 本命は次回。バレンタイン回です。


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番外編81 良太郎のバレンタイン模様

バレンタインということで、ちょっと風変わりなこんなお話。


 

 

 

「良太郎さん! バレンタインですよ! バレンタイン! ほら千早ちゃん!」

 

「お、押さないで春香。……えっと、実はその、今年は春香と一緒に手作りしてみたんです」

 

「千早ちゃんの初手作りチョコですよ! 味わって食べてくださいね!」

 

「もう、春香!」

 

 

 

「リョータローさん! はい! 今年も本命のチョコなの! ミキ、ずーっとず~っとリョータローさんのこと大好きだから。……だから、このチョコを食べるときぐらいは……ミキのことだけ、考えててね?」

 

 

 

「はい良太郎、コレ。私たち四人からのチョコよ」

 

「ふんっ、伊織ちゃんからのチョコなんだからありがたく受け取りなさいよ!」

 

(……むっふっふ~……ここだけの話、真美が張り切ってチョコ用意してたから、楽しみにしててね~リョーにーちゃん!)

 

「……それでちょっと聞きたいんだけど」

 

「……あずさ、何処に行ったか知らない?」

 

 

 

「良太郎殿、バレンタイン限定のチョコレートらぁめんなるものが……!」

 

「あっ! 待て逃げるな! 自分と一緒に地獄へ付いてきてもらうぞ!」

 

 

 

「りょ、リョーにぃ! これ! ちょ、チョコ! ……そ、そんなんじゃないよ! て、テキトーに用意したチョコだもん! ま、まぁ? 真美みたいな美少女にチョコを貰うわけだし? ……ちょ、ちょっとぐらい、勘違いしてもいいんじゃない?」

 

 

 

 

 

 

「はい良太郎さん、今年は卯月たちとトリュフチョコに挑戦してみたんだ。……確かに義理だけどさ、義理で渡してるわけじゃなくて、なんというか……もう、変なこと言わないでよ」

 

 

 

「やっほー良太郎さん! しぶりんからはチョコ受け取った? ……よし、それじゃー今度は未央ちゃんたちからのチョコレートでーす!」

 

「とはいっても、基本的には一緒に作ったので凛ちゃんのチョコと殆ど同じですけどね……ごめんなさい……」

 

「まぁしぶりんのチョコほど愛情は入ってないですけど~、後輩アイドルからのバレンタインのチョコなんですから、大切に食べてくださいね?」

 

 

 

「………………ば、バレンタインのチョコ、です。ほ、本命とかそういうのじゃ全然ないんですけど、そういうのじゃないんですけど! ……ちょ、ちょっとだけ……他の人にあげたものとは……ち、違うものなので……」

 

「フフフッ、ミナミ、顔、真っ赤です」

 

「っ!? あああアーニャちゃん!?」

 

 

 

「良太郎さーん! コレ! お姉ちゃんと一緒に作ったのー!」

 

「こら莉嘉! 声が大きい!」

 

「あのねあのね! お姉ちゃんってば初めてお父さん以外の男の人に個別で渡すからってすっごい緊張してたんだよ!」

 

「だから莉嘉ぁぁぁ!? アンタねぇぇぇ!?」

 

 

 

「良太郎先輩、バレンタインのチョコよ。ふふっ、私の唇みたいに甘いから、味わって……っ!? む、昔の話はしないで頂戴! ……も、もう!」

 

 

 

「……こんにちは、良太郎さん。……えっと、その……初めて、バレンタインデーのチョコレートというものを、用意してみました……。受け取って……いただけますか? ……ふふっ、物語の中の女性たちも、きっと私のように緊張していたのでしょうね……」

 

 

 

「はい良太郎さん、私からのチョコ。手作りとか、そういうのはガラじゃないかなーって思ったんだけど……折角良太郎さんに手渡し出来るんだから、手作りしてみたいなって思ったんです。……愛情だったら、凛のチョコに負けてないかもしれませんよ? ……なーんて」

 

 

 

「おーっす良太郎ー! 私と茄子からのチョコレートだぞー! ありがたく受け取りなさーい!」

 

「ふふっ、高校の頃は色々と大変でこうして個別に手渡しなんて出来なかったですからね」

 

「……いやホント色々あったよね」

 

「……えぇ、今になって改めて私たちの母校の異常さを痛感しますね」

 

 

 

「ねぇリョーさん! リョーさんにチョコレートあげておくと一ヶ月後にホワイトデーという名の高配当になって帰ってくるってホント!? それならチョコレートあげておくから来月りあむちゃんに多大なお返しを……あっ! 逃げた!?」

 

 

 

 

 

 

「リョーさん! ハッピーバレンタイン! です! 静香ちゃんと翼の三人で用意したんですよ!」

 

「色々とお世話になりましたので。……ほら翼」

 

「………………受け取ったら、いーんじゃないですかね」

 

「もう翼ったら……」

 

 

 

「良太郎君! ハッピーバレンタイン!」

 

「ほい、私らからのチョコレートやでー」

 

「え? ……いやまぁ、そういう認識をされること自体に文句ないけど、いくら私だってバレンタインのチョコぐらい普通のサイズを用意するよ。……よーしそんなに言うなら今すぐウチの店に……あ、待てー!」

 

「巻き込まれんウチに私も逃げとこ……」

 

 

 

「はい、わたくしからのチョコレートですわ。毎年代わり映えが無くて悪いですわね。……その『普通』っていうのは、『家庭的』という誉め言葉として受け取っておきますわ」

 

 

 

「……え、良太郎さん、桃子からのチョコレート欲しいの? ……一応用意してるけど……べ、別にあげないなんて言ってないじゃん。……だからパイセンはヤメてって言ってるでしょ! 怒るよ! もう!」

 

 

 

「りょ、良太郎さん! ばばばバレンタインの、チョコです! 受け取ってください!」

 

「ちょっと風花ちゃん、それじゃまるで本命みたいよ」

 

「っ!? ち、違います! 私、そんな……!?」

 

「ほーら風花ちゃん落ち着いて。莉緒ちゃんも揶揄わないの」

 

「はーい」

 

「というわけで、はい。私たちからのチョコよ。なんだかんだ色々とお世話になったから、感謝の気持ちよ」

 

「……このみ姉さん、美味しいところ持ってったわね」

 

「むむむ……」

 

 

 

「りょ、リョーさん! こ、こちら、バレンタインのチョコです! ……あ、あはは、なんだかんだ毎年渡してたのに、今年は妙に恥ずかしいですね……。も、勿論深い意味はないですよ!? なんだったらみのりさんにも渡しますし!? か、勘違いしちゃダメですからね!? ……誰がツンデレですか!? ありさはそういうキャラじゃないですから!」

 

 

 

 

 

 

「はい! りょーおにーさんへ、あたしたちからのバレンタインのチョコです!!!」

 

「愛ちゃん声が大きい……」

 

「あとコレ! りょーおにーさんに絶対に渡せってお母さんが……」

 

「あっ、逃げた」

 

 

 

 

 

 

「良太郎さん! はい! なのはからのバレンタインチョコです!」

 

「こっちは私から! あとお母さんからも預かってます!」

 

「え? 『同じ母親でもあの人と桃子さんでは大違い』? なんのこと?」

 

 

 

 

 

 

「うふふっ、はぁい、良太郎さぁん、今年もまゆからの愛情た~っぷり詰まったバレンタインのチョコレートでぇす。勿論本命なのでぇ、まゆのことを思いながら一粒ずつ味わって……え? ……あぁ!? ち、違いますぅ! こっちですぅ! こっちが本物ですぅ! そっちは適当に配るやつぅ! ……こっちの方が新鮮だからとか、そんなこと言わないでくださぁい! 良太郎さぁぁぁん!?」

 

 

 

「……良太郎さん、涙目になっているまゆさんが可愛いのは同意しますが、少し虐め過ぎです。……反省しているのであればいいですが。はいコレ。……なんですかその目は、何が言いたいんですか。……今渡したそれが何かなんて、わざわざ口にしてなんてあげません。勝手に受け取ればいいんです」

 

 

 

「リョータロー! これ、志希ちゃんからの手作りチョコだよー! ……いやノータイムで拒否られるのは流石のあたしでもほんのちょっとだけ傷付くんだけど」

 

「だ、大丈夫ですよ、良太郎君……そのチョコに何も変なことをしていないのは、私も一緒に確認していますので……」

 

「むー、あたしだって普通の女の子みたいなことがしたくなることぐらいあるんですー」

 

「あ、でも、その包み紙に何か香水のようなものをふっていましたが、それは流石に……」

 

「………………」

 

「……あの、志希ちゃん……?」

 

「……さらばだ!」

 

「志希ちゃん……!?」

 

 

 

「……でも結局食べるんだ? あははっ、やっぱりリョータローさんってやっさし~! それじゃあそんな優しいリョータローさんのために、口直しとしてアタシからのチョコレートを進呈しちゃおっかな~? なんちゃって~! ……はい、チョコレート。日頃の感謝の気持ちでいっぱいだから、味わって、ね?」

 

 

 

 

 

 

「あ、良太郎。コレ、今年もわたしと麗華からの合同チョコ。……そうだね、わたしが勝手に合同ってことにしてるだけで麗華は全く認知してないよ。いつものいつもの。まぁリョウはあたしたちのよりももっと大切なチョコを貰うもんね。……これでもわたし、二人のことずっと応援してたんだよ? ホントホント。……改めて、おめでとう、リョウ。幸せにしてあげないと、代わりにわたしが怒っちゃうから」

 

 

 

 

 

 

「……はい。バレンタインのチョコ、だよ。……いひひっ、なんだろう、不思議な気持ち。いつもは『この気持ちに気付いて!』っていう想いで渡してたのに。今はもう、伝わってるんだもんね。……それでも、アタシは何度だって言うよ。伝わってるって知ってても、言わなくても伝わるって信じてても、アタシ自身が言いたいの。貴方を想うこの言葉が、アタシの心を温かくしてくれるから。……ねぇ、りょーくん」

 

 

 

 ――愛してるよ。

 

 

 




・春香&千早
ザ・正統派。

・美希
この子はブレるということを知らない。

・りっちゃん+竜宮小町
りっちゃんが用意した模範的な義理。
あずささんは何処。

・貴音&響
良太郎の敗走パート1

・真美
何故かツンデレ化してた。

・凛
妹からのチョコ。

・卯月&未央
妹の友人枠。

・美波&アーニャ
本当になんでこの子もツンデレ化しちゃったんだろうか。

・美嘉&莉嘉
テンプレ癒し枠

・奏
アイ転世界では勝率が低い。

・加蓮
薄幸枠が似合いすぎる……。

・有紀&茄子
バレンタインの思い出話は基本的に血と汗に塗れている。

・りあむ
良太郎の敗走パート2

・未来&静香&翼
こんな感じだけどしっかり翼も一緒に選んでたりする。

・美奈子&奈緒
良太郎の敗走パート3

・千鶴
ままぁ……。

・桃子
こんなこと言いつつしっかりと用意してるんですよ。

・風花&莉緒&このみ
この三人が並ぶとやっぱり一番大人なのはこのみさん。

・ありさ
どうしてこうn(ry

・愛&絵理
良太郎の敗走パート4

・なのは&美由希
実家のような安心感。

・まゆ
へちょい。

・志保
なお弟にあげるチョコの方が豪華な模様。

・志希&美優
※健康に害する成分は含まれておりません。

・恵美
123の癒し枠

・ともみ
出会って一度も麗華はチョコを渡さないし、今後も渡すことはない。

・りん
最愛の女性。



 バレンタイン記念で久しぶりに地の文を全てすっ飛ばしていくスタイル。書き分けは出来るだけ頑張った。



『どうでもいい小話』

 まだ魂が八割ぐらい東京ドームから帰ってきていません。

 だれかたすけて


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Lesson343 Episode of W

まるでライダーのようなサブタイトル。


 

 

 それは雨の日の記憶。

 

 思い出したくない。けれど何度でも何度でも思い出して絶対に()()()()()()()()記憶。

 

 

 

 ――おいタンカは!?

 

 ――急げ! 救急車もだ!

 

 

 

 周りの声がとても遠くに聞こえる。

 

 

 

 ――俺は大丈夫だ!

 

 

 

 だけど。

 

 

 

 ――お前は悪くない!

 

 

 

 その声だけは。

 

 

 

 ――だから、後を頼む!

 

 

 

 その声だけは……。

 

 

 

 

 

 

「えっ!? りっくんが!?」

 

 それは突然の出来事だった。

 

 

 

 その日、俺と志保ちゃんと美優さんと志希の四人は事務所のラウンジで雑談に興じていた。この後志保ちゃんと美優さんだけは現場に向かうことになっていたのだが、絶妙に隙間時間が重なったのだ。

 

 しかしそんな穏やかな時間は、志保ちゃんの元にかかってきた一本の電話によって終わりを迎えることとなった。

 

「志保ちゃん……?」

 

「り、陸君が……!? ど、どうしたのでしょう……!?」

 

「んー……?」

 

 電話の向こうの声は当然聞こえていない俺たちには、当然志保ちゃんが何に驚いているのか、彼女の弟である陸君の身に一体何があったのか、何も分からない。今はただ、目を見開き顔が青褪めている志保ちゃんからの情報を待つしかなかった。

 

「そんな……りっくん……」

 

「志保ちゃん!?」

 

 ガクリと力が抜けたようにその場に倒れ込みそうになった志保ちゃんの身体を、間一髪のところで支える。

 

「しっかりしろ志保ちゃん!」

 

「り、陸君がどうしたんですか……!?」

 

「……り、陸君が……陸君が――」

 

 

 

 ――事故に遭ったって……。

 

 

 

「「「っ!?」」」

 

 陸君が事故!?

 

「びょ、病院……! 陸君……! 陸君っ!」

 

「志保ちゃん、落ち着いて!」

 

 慌てて部屋の入口へと駆けていこうとする志保ちゃんの腕を掴んだ。咄嗟のことだったので加減が上手くいかずに強く掴み過ぎてしまったが、志保ちゃんはそんなことを意に介する様子もなく「離してくださいっ!」と振り解こうとする。

 

「き、気持ちは分かりますけど……! し、志保ちゃんは、この後……ど、どうしましょう……!?」

 

 オロオロと戸惑う美優さんが懸念しているのは、この後志保ちゃんと一緒に行く予定になっている仕事だろう。

 

「今はそんな……っ!」

 

 志保ちゃんはそれに対して言い返そうとして、しかしグッと言葉を飲み込んだ。きっとアイドルとしての仕事を『そんなこと』なんて言おうとしてしまったのを堪えたのだろう。偉いぞ志保ちゃん。

 

「分かってる。なんとかしてみせるから少しだけ待ってくれ」

 

 これから志保ちゃんが向かう予定だった現場への連絡をするためにスマホを取り出す。褒められたことではないが、緊急事態なので『周藤良太郎』の名前を使って多少強引にでもスケジュールを捻じ曲げて……。

 

「あたし、代わりにいく」

 

 ……そんな俺たちの騒ぎを他所に静観していた志希が、そう言って手を挙げた。

 

「「え?」」

 

「志希さん……!?」

 

「今日の仕事、向こうからの指定が無かったグラビア撮影でしょ? だったら志保ちゃんの代わりにあたしでもいいと思うんだー。ほら、あたしこの後オフだし、いちおーユニットだし」

 

 真剣な表情の志希に、志保ちゃんが息を吞んだ。

 

「い、いいんですか……?」

 

「いいから言ってるの。志保ちゃんは早く行って」

 

「っ……! あ、ありがとうございます!」

 

 志希の力強い後押しを受け、再び志保ちゃんは駆け出した。

 

「待って志保ちゃん、今から俺が車出すから! 美優さん後はお願いします、何かあったら俺の名前を使って! 志希も頼んだぞ!」

 

「は、はい……!」

 

「言われなくても、シキちゃんだってこーゆーときぐらい……」

 

 

 

 どんがらがっしゃ~ん!

 

 

 

「「「………………」」」

 

 ……まるで春香ちゃんが転んだときのような効果音が部屋の外から聞こえてきた。

 

「なんでこんなところにバケツが置いてあるんですか!? ってそんなことしてる場合じゃないの! 待っててりっくん今お姉ちゃんが、ってきゃ~!?」

 

 続けて聞こえてきたそんな志保ちゃんの声に、俺たちは張り詰めていた空気が一気に弛緩しているのを肌で感じるのだった。

 

(((あ、これシリアスになりきらないやつだ……)))

 

 

 

 そんな感じで、今回のお話は始まるのである。

 

 

 

 

 

 

「事の経緯をまとめると」

 

 下校中に風で帽子を飛ばされたクラスメイトの女の子が道路へ飛び出したところへよそ見運転をしていた車が突っ込んできたのだが、なんとそれに気付いた陸君が咄嗟に女の子の腕を掴んで歩道に引っ張って助けたそうなのだ。

 

 最悪の事態は免れたものの、陸君は女の子を引っ張って倒れた際に縁石に腕を打ってしまい片腕を骨折してしまった……ということらしい。

 

 つまり『陸君が事故に遭った』というのは志保ちゃんの早とちり……とまでは言えないか。事故に巻き込まれたことは間違いないし。とはいえ大事に至らなくて本当に良かった。

 

「周藤さんや皆さんにご迷惑をおかけしてしまったようで、本当に申し訳ありません……!」

 

「いやいや、いいんですよ」

 

 志保ちゃんと共に駆けつけた陸君の病室で、志保ちゃんと陸君のお母様から深々と頭を下げられてしまった。志希のおかげで志保ちゃんの仕事に穴が開かずに済んだわけだし、123プロへの信頼もあって先方も快諾してくれた。普段の行いはやはり大事である。

 

 ちなみに志保ちゃんは病室に飛び込むなりベッドで身体を起こして座る陸君に抱き着いていった。寧ろこっちの方が追突事故じゃないかなって思うような勢いだった。

 

「それにしても凄いな陸君、ヒーローじゃないか」

 

「え、えへへ……」

 

 俺が称賛すると陸君は照れくさそうに笑った。

 

「良太郎さん! そんな無責任なこと言わないでください! 一歩間違えばりっくんだって……!」

 

「それはそうだけど、正しい行いをしたことはキチンと褒めてあげないと」

 

 叱るのはその後でだっていい。彼の勇敢な行動によって一人の少女の命が救われた事実に変わりはないのだから。

 

 そんな俺と志保ちゃんのやり取りを不安そうに見ていた陸君が、ポツリと呟いた。

 

「……僕、恭也お兄ちゃんみたいになりたかったんだ」

 

「恭也みたいに……」

 

 どうしてそこで恭也の名前が……と疑問に思ったのは一瞬で、その理由はすぐに理解できた、というか思い出した。

 

 

 

 ――四年前の冬、北沢陸は高町恭也によってその命を救われていた。

 

 

 

「あのとき、恭也お兄ちゃんが助けてくれなかったらきっと僕は死んじゃってたから。だから今度は僕が恭也お兄ちゃんみたいに誰かを助けたかったんだ」

 

「りっくん……」

 

「でも、今回はお母さんやお姉ちゃんにも心配かけさせちゃったから……ごめんなさい」

 

 そう言って陸君は素直に頭を下げて謝った。

 

 ……どうやら心配しなくても、陸君は一番大事なことがちゃんと分かってるらしい。

 

「……そうだな、陸君。次からは無茶しすぎないように。それでいて、その自分の考えをしっかりと大事にしてくれ」

 

 それでもこれは誰かが言わなくちゃいけないことだから。

 

「……うんっ!」

 

「すみませんお母さん、俺なんかが出しゃばっちゃって」

 

「いいえ……本当にありがとうございます」

 

「……ふんっ」

 

 陸君とお母さんが笑う中、志保ちゃんだけがツンと唇を尖らせていた。

 

 

 

 

 

 

「……もうっ、りっくんもお母さんも……ついでに良太郎さんも……!」

 

 りっくんがジュースを飲みたいというので、私は病室を出て病院の自動販売機コーナーへと向かっていた。……少しだけ、一人になりたかったのだ。

 

(……りっくんが無事だったことは嬉しいし、凄く勇敢なことをしたねって褒めてあげたいのに……)

 

 それでも私は素直に喜べなかった。素直に褒めてあげることが出来なかった。

 

 もしりっくんの行動が間に合わず、女の子と共に車に轢かれていたら。どうしてもそんな最悪の可能性が頭から離れないのだ。結果として私の早とちりだったけれど、それでもあのとき、お母さんからの電話を貰った瞬間の、まるで足元から世界が崩れ落ちたような恐怖がどうしても拭い去れないのだ。

 

 自分が怪我をすること以上に、自分の大切な人が怪我をすることの方が、ずっと辛いのだ。

 

「っ」

 

 花瓶を持った男性とすれ違い、人目があることを自覚して私は自分の顔を触った。きっと今の私は酷い顔をしていたと思う。

 

 ……良太郎さんの言う通り、今はりっくんが無事だったことを喜ぶべきだろう。

 

 そう自分に言い聞かせて気持ちを切り替えていると、私の足元にサッカーボールが転がって来た。

 

「あっ、すみません!」

 

 すぐ傍にある入口が開いている病室の中から聞こえてきたそんな声。どうやらここから転がって来たらしい。

 

 私はボールを拾い上げると、その病室へと顔を向けて……。

 

「……え?」

 

 

 

 ――そこにいたのは、たった今私がすれ違ったばかりの男性だった。

 

 

 




・北沢陸
志保ちゃんの弟。なんとしっかりと登場するのは初である。
ちなみに時系列的には既に小学生。

・「あたし、代わりにいく」
志希の成長。これには良太郎も心の中でホロリ。

・どんがらがっしゃ~ん!
シリアスなんてなかった。

・四年前の冬
Lesson65参照。



 アイ転らしからぬシリアス風味から始まりましたが、今回からはsideMが誇る双子ユニット『W』編となります。なんとメインキャラは志保ちゃんです。対戦よろしくお願いします。



『どうでもよくない小話』

 ……アーカイブが終わっちまった……次にこのライブを見れるのは12月……ロスが……ロスが大きすぎる……。


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Lesson344 Episode of W 2

果たして彼らの正体は……!?


 

 

 

「………………」

 

「ん? なに? どうしたの?」

 

「い、いえ……これ」

 

 思わず呆けてしまったが、男性の声に我に返った。慌てて男性にサッカーボールを返す。

 

「サンキュー!」

 

「いえ……」

 

 ……なんだろう、先ほどまではなんとも思わなかったのに、男性がサッカーボールを手にした途端に何か既視感のようなものを覚えて少しモヤモヤする。

 

「部外者は立ち入り禁止ですよ」

 

「っ」

 

 突如背後からかけられた声に驚いてビクリと背筋が伸びる。

 

 そのまま振り返ると、そこには先ほど私が見た花瓶を持った男性の姿が……。

 

(……あ、もしかして双子……?)

 

 ベッドの男性と同じ顔……と見まごう程によく似た顔の男性。こちらの男性は緑の縁の眼鏡をかけていた。

 

「おい享介(きょうすけ)、そんな言い方するなって。部屋の外に転がってっちゃったボールを拾ってくれただけなんだから」

 

「えっ……す、すみません」

 

「だ、大丈夫です。部外者なことは事実ですから」

 

 ベッドの上の男性に諭されて、眼鏡をかけた男性が頭を下げた。

 

「では、私はこれで……」

 

「ボール、サンキューな!」

 

「ありがとうございました」

 

 ただボールを届けただけなので部屋に留まる理由はない。男性二人に軽く会釈をしてから私は病室を後にした。

 

 早くりっくんのジュースを買ってあげないと……と自販機コーナーへと向かいつつ、なんとなく視線が先ほどの病室のネームプレートへ移る。昔と違って電子表示となっていて普段は見えないようになっているそれは、たまたま私が近くを通ったことで先ほどの男性の名前が見えるようになっていた。

 

(……蒼井(あおい)悠介(ゆうすけ)……?)

 

 双子。サッカーボール。何かが引っかかるようなモヤモヤが増したが、今はそんなことよりも重要なことがあるため、私はさっさと気にすることをやめた。

 

 

 

 

 

 

「リョーさん、昨日何かあったのか?」

 

 陸君が事故に遭った翌日、トーク番組の収録のためにテレビ局へ向かうとたまたま鉢合わせた輝さんからそんなことを尋ねられた。

 

「何かというと?」

 

「いや、昨日ドラスタの三人で雑誌の表紙の撮影に行ったんだけど、そのスタジオのスタッフさんたちが妙にざわついてたというか浮足立ってたというか。詳しく話を聞いてみたら、なんか『周藤良太郎から圧力がかかった』なんて噂が……」

 

「……あー……」

 

 なんかあまりよろしくない方向の噂になってしまったようだ。

 

「リョーさんがそんなことするはずないから、当然俺たちは信じなかったんだけど。そういう噂が流れるようなことは何かあったのかなって」

 

「実はですね……」

 

 かくかくしかじか。

 

「おぉ……!? それはまた大変だったんだな……」

 

「はい。それでも大事にならなくて本当によかったです」

 

「そういうことなら猶の事、噂は誤解だって分かってもらわないとな。微力かもしれないけど、事務所のみんなにも協力してもらうよ。勿論、その事故に関しては言いふらさないようにする」

 

「すみません、ありがとうございます」

 

 結果として圧力をかけてしまったことには変わりはないのだけど……。

 

「しかし凄いな、その男の子! 自分の危険を省みず女の子を助ける! 大人としては叱らなくちゃいけないところだけど、まさしくヒーローそのものだ!」

 

 話がひと段落ついたところで、改めて目を輝かせる輝さん。彼ならばそういう反応をすると思っていた。

 

「しかも咄嗟に動いた理由が、以前自分も同じように助けられたからなんだろ!? くぅ~! 熱い展開だなぁ!」

 

「それは俺も思いました。創作の中だけではなく、こういうヒーローの意志っていうのは本当に受け継がれていくんだなぁって感動しましたよ」

 

 あ、そうだヒーローと言えば。

 

「輝さん、『ジャスティスV(ファイブ)』への出演おめでとうございます」

 

「おぉ! ありがとう! ……とは言っても、ただ出演しただけだけどな」

 

 照れくさそうに笑う輝さん。嬉しいことには嬉しいけれど、それでも素直に喜びきれないといった様子だ。

 

「それでも『変身は出来なくても行動すれば誰でもヒーローになれる』ことを体現するゲスト登場人物なんですから、十分胸を張っていいと思いますよ」

 

「あぁ、それに関しては俺も誇りに思ってる。……でもいつかは、正真正銘本物のヒーローになってみせるぜ!」

 

「その意気です」

 

「そして全力で『変身っ!』って叫ぶんだ!」

 

「それめっちゃ気持ちいいですよ」

 

 俺も初めて覆面ライダー天馬に変身したときは、そりゃあもう昂りまくって監督に「流石に力入りすぎ」って注意されたもん。

 

「ってそうだ、リョーさんの噂とヒーロー君の話題でスッカリ話題が頭から飛んじゃってたけど、入院ということで一つリョーさんの耳にも入れておいた方がいいことがあったんだった」

 

「……というと?」

 

「実はうちのプロデューサー、今入院中なんだよ」

 

「えっ!?」

 

 なにその偶然!?

 

「まさか奈落から落ちたり……!?」

 

「いや盲腸だって。いきなり倒れて病院に担ぎ込まれたけど手術も無事に終わって今頃白湯生活……って、どうしていきなり奈落から落ちるっていう選択肢が浮かぶんだよ」

 

「色々あったんですよ……」

 

 しかしそうか、315プロのプロデューサーさんが入院ね。……兄貴をプロデューサー枠として考えていいのであれば、これで123・765・315のプロデューサーが病院に運び込まれたことになる。……346のプロデューサーはその代わりに警察のお世話になることが多いから似たようなものかな?

 

 それはそれとして。

 

「今度そちらにもお見舞いに行きたいので、入院している病院を教えてもらっていいですか?」

 

「あぁ、いいぜ。えっと……」

 

 輝さんから病院名を聞き、忘れないようにスマホで……。

 

「……あれ?」

 

 

 

 

 

 

 りっくんが女の子を救い利き腕である右腕に名誉の負傷をしてから早二日が経った。

 

 命に別状はなかったため、私もお母さんも後ろ髪を引かれる思いで仕事をしている。そして私は合間の時間を見つけると今日もりっくんの様子を見にやって来たのだが……。

 

 

 

「りっくん凄いじゃん! 女の子守るなんて、偉いぞ男の子~!」

 

「でもあまり無茶はしちゃいけませんよぉ?」

 

「お母さんやお姉さんが、心配してしまいますからね……」

 

 

 

「………………」

 

「志保ちゃ~ん、弟が年上のお姉さんにモテモテだからってそんな怖い顔しちゃダメだよ~?」

 

「怖い顔なんてしてません」

 

 以前私の家でお泊りをしたことがある恵美さんたちは全員りっくんと面識があったので、今日こうして私と同じように合間の時間にお見舞いに来てくれたことはとてもありがたい。りっくんってば、意外と寂しがりやなところがあるからこうして沢山の知り合いがやって来てくれて嬉しいだろう。

 

 しかし、それでも、それでもだ。小学生の弟がアイドルのお姉さんに囲まれてチヤホヤされているところを見ているとなんとも言えない気持ちになってくる。

 

「りっくんは将来どっちの路線だろうね~」

 

「なんですか、その路線って」

 

「リョータローかきょーやか」

 

「………………」

 

 志希さんの言わんとすることを理解してしまって、思わず頭を抱えてしまった。いや女の子から人気があるかないかで言えば当然あってくれた方が姉としても嬉しいのだけれど、問題はりっくん側である。二人とも女性の扱いに関していえばある意味紳士的ではあるのだけれど、あまりにも両極端すぎる。良太郎さんはともかく、失礼ながら恭也さん方面にも進んでほしくない。

 

「かといって北斗さん路線もそれはそれで嫌だし……」

 

「志保ちゃんって結構さらっと毒吐くタイプだよね」

 

 

 

「じゃね~りっくん!」

 

「ちゃあんと、お姉さんや看護師さんの言うこと聞くんですよぉ」

 

「お大事に……」

 

「ばいば~い」

 

 あまり長居しても、ということで恵美さんたちは先に帰っていき、病室には私とりっくんだけが残される。

 

「りっくん、お姉ちゃんとお散歩しない?」

 

 骨折は腕だけなので歩くとは問題ない。寧ろ身体を動かすことが推奨されているため、積極的に歩いた方が良いとお医者さんからは言われていた。

 

 しかしりっくんは何処かソワソワとしながら、こんなことを口にした。

 

「あ、その、えっとね……実は今日、サッカーを教えてもらう約束なんだ」

 

「……え? サッカーを?」

 

 りっくんは保育園の頃からサッカーが好きだった。いつも学校で休み時間になるとクラスメイトと共に校庭を走り回っているという話は聞いているが……。

 

「昨日、看護師さんと一緒に散歩してたら、すっごい人に会ったの! それでお話させてもらって、今日中庭でサッカーを教えてくれるって!」

 

 りっくんにしては珍しくやや興奮気味である。凄い人っていうのは、一体どんな人なんだろうか……。

 

「そう、それじゃあお姉ちゃんも一緒に行っていい? りっくんと仲良くしてくれる人なら、お姉ちゃんもご挨拶したいな」

 

「うん!」

 

 元々りっくんは一人で院内を歩くことが許可されていないので、私も一緒に付いていくことにする。

 

「凄い人って、どんな人なの?」

 

「えへへ、まだ秘密~」

 

(可愛いなぁ……)

 

 女の子を守るぐらいカッコよくなってきたりっくんだけど、それでもあどけなく笑う姿はまだまだ幼さを感じさせる。成長は嬉しい反面寂しさもあるので、こうして変わらぬりっくんの笑顔を見れることが嬉しかった。

 

 そんなやり取りをしつつ私はりっくんと共に病院の中庭へとやって来たのだが、そこには松葉杖を付きながら器用にサッカーボールを転がす男性と、そんな男性とよく似た……って、え?

 

「あっ、いたっ! 悠介お兄ちゃん! 享介お兄ちゃん!」

 

「おっ! 来たな、りくクン!」

 

「……あれ、君は……」

 

 りっくんの入院初日に出会った、双子の男性だった。

 

「って、アレ!? もしかしてりくクンの話してたおねーさんって、君だったの!? すっげー偶然!」

 

 松葉杖を付いている方の男性が、私の顔を見て驚いていた。どうやらりっくんと仲良くなってくれた人というのは彼らのことで、りっくんは彼らの(あね)の存在を話していたらしい。

 

「え、お姉ちゃん、悠介お兄ちゃんと享介お兄ちゃんのこと知ってたの……?」

 

「この前、少しだけ挨拶しただけよ」

 

「それじゃあ、改めて自己紹介しないとな!」

 

 松葉杖を付きながらひょこひょことこちらにやって来た男性は、握手を求めるように私へ手を指し伸ばした。

 

 

 

「オレは蒼井悠介!」

 

「……俺は蒼井享介」

 

 

 

(……あっ)

 

 思い出した。

 

 確かこの二人――。

 

 

 

 ――『双子』で『現役高校生』の『サッカー選手』だ……!

 

 

 




・ネームプレート
めっちゃ細かいけどちょっとだけ気になった。
ほらアレだよ、今は小学生の登下校に名札付けないみたいなアレ。

・『ジャスティスV』
アイドルマスターシャイニーカラーズで登場する戦隊ヒーロー。
ファイブと言いつつ十一人いるらしい。まぁキュウレンジャーと言いつつ十二人いたやつらもいるし……。

・「まさか奈落から落ちたり……!?」
そんなバネP、ミリマスアニメにてチーフプロデューサーに出世!
おめでとうございます!

・弟が年上のお姉さんにモテモテ
当然こうなる。

・蒼井悠介
・蒼井享介
アイドルマスターsideMの登場アイドル。
元現役高校生天才サッカー選手の双子で、十八歳。
とりあえず簡単な見分け方は、緑色の眼鏡をかけている方が弟の享介。



 というわけで改めて登場、sideMにおける双子ユニット『W』の蒼井兄弟です。

 W編を書くに辺り、誰かサッカー関連で絡ませやすいキャラは……と考えたところ、漫画でうみみにシュートのやり方を教わるぐらいにはサッカーが好きだったりっくんに白羽の矢が立ちました。

 そんな感じで、基本的にはWと志保のお話になっていく予定です。



『どうでもよくない小話』

 上でも少し触れましたが、ミリオンライブのアニメが、アニマス世界だと確定!!!

 ……先取っちまったな……アイ転が……!(自意識過剰


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Lesson345 Episode of W 3

双子のキャラこんな感じでいいのかちょっと悩む。


 

 

 

「まずはこうやって、強く足を踏み込んで……」

 

 病院の中庭で始まった青空サッカー教室。りっくんと同じ小児科に入院している子どもたちが集まって教わるのは、なんと現役のプロサッカー選手。そこだけ聞くと随分と贅沢な話ではある。

 

「えー? こうー?」

 

「わかんなーい!」

 

 しかし生徒である子どもたちには緑の眼鏡をかけた彼……蒼井享介さんの説明は少しだけ理屈っぽくて不評のようだ。

 

「そこはバアッとやって、ドーンって蹴ればいいんだよ!」

 

「わかったー! わたし、やってみるー!」

 

 一方、左膝をサポーターで固定する蒼井悠介さんの雑な……もとい小さい子ども向けの説明を聞いて、五歳ぐらいの女の子が「ぶぁー! どーん!」と手にしていたボールを蹴った。言葉の勢いとは裏腹にボールはボテボテと転がるが、そのままゴールとして置いてあった二本のペットボトルの間をしっかりと通り抜けた。

 

「わーい! やったー!」

 

「いいじゃんいいじゃん! その調子ー!」

 

 盛り上がりを見せる子どもたちに声をかけてから、悠介さんはベンチに座る私の隣にドカッと腰を下ろした。

 

「おっと、ゴメン」

 

「あ、いえ」

 

 他の子どもたちに混ざって楽しそうにボールを蹴るりっくんを眺める。今回の事故で以前の事故を思い出してショックを受けていないかとも考えたが、そんな様子もなくて安心した。

 

「……ありがとうございます」

 

「え?」

 

 私がお礼を言うと、悠介さんはキョトンとした表情になった。

 

「怪我をして大変なときなのに、このような……」

 

「あー、いーっていーって。そーゆーのナシナシ」

 

 悠介さんは笑いながらヒラヒラと手を振った。

 

「入院中ってけっこー暇だし、こうやって楽しそうにサッカーしてる子たちを見てるだけでこっちも楽しいんだよ」

 

「はぁ……」

 

「それより一つ聞きたいんだけどさ、もしかして君も有名人だったりする?」

 

「……え」

 

「なーんかどっかで見たことある気がするんだよねー……」

 

 ジトッとした目でこちらを見てくる悠介さんに、思わず少しだけ距離を取ってしまった。

 

「あっ、こら悠介。りくくんのお姉さんに変なことするなよ」

 

「してねーって!」

 

 子どもたちにボールの蹴り方を教えていたた享介さんが、私たちの様子に気付いてこちらに寄って来た。

 

「ホラ享介も見覚えないか? 絶対どっかで見たことあるんだよ」

 

「だから、女の子をそんなにジロジロ見るなって言ってんの! ごめんね、悠介が……」

 

「い、いえ……」

 

 伊達眼鏡をかけて普段とは違う髪型にする簡単な変装のようなものをしているため、アイドルに詳しい人でなければ気付くことは難しいのだろう。

 

 ……わざわざ自分から話すようなことでもない。けれど彼らは自分たちが有名人であることを隠していないのに自分だけそれを隠すのは、なんとなくフェアじゃないよう気がした。

 

「……一応テレビにも出演させていただいていますので」

 

「「えっ」」

 

「申し遅れました。私は北沢陸の姉で北沢志保……123プロダクションでアイドルとして活動しています」

 

 伊達眼鏡を外して、私は二人に改めて自己紹介をした。

 

「……あっ! 思い出した! そうだ確かにテレビで見たことある!」

 

「驚いた……俺たちのチームメイトにも熱心なファンがいましたよ」

 

 口調のテンションの違いはあれど驚く顔が二人とも当然のようにそっくりで、思わずクスリと笑ってしまった。

 

「出来ればあまり他言しないでいただけるとありがたいのですが……」

 

「そりゃ勿論、周りに言いふらすようなことしないって」

 

「でも、その……」

 

「?」

 

 何やら気まずそうな表情で視線を横にズラす二人。

 

 ……ま、まさか……。

 

 

 

「……え、おねーちゃん、アイドルなのー!?」

 

「すっげー! テレビで見たことあるー!」

 

 

 

 先ほどまで夢中でボールを蹴っていた子どもたちが、私を見ながら目を輝かせていた。

 

「お姉ちゃんってば……」

 

 あぁ、りっくん……そんな「もうしょうがないなぁ」って呆れながらも微笑ましい顔でお姉ちゃんを見ないで……。

 

「あ、あの、みんな、このことは――!」

 

「おいお前らー! このお姉ちゃんの正体はオレたちだけの秘密だからなー!?」

 

「お医者さんやナースさんは勿論、お父さんやお母さんにもナイショだぞ?」

 

「――え?」

 

「「約束出来るよなー?」」

 

『はーい!』

 

 私が何かを言うよりも、悠介さんと享介さんの注意に子どもたちが元気よく返事をする方が早かった。

 

「……あっ、え、えっと、ありがとうございます……」

 

「いえ、元はと言えば悠介が余計なことを言ったせいなので」

 

「そんなこと! ……あ、あるか……ゴメン」

 

「い、いえ……」

 

 享介さんの言葉に悠介さんが反論をしようとしたが、ギロリと睨まれてシュンと口を噤んでしまった。

 

「ねぇおねーちゃん、なにかおうたうたってー!」

 

「ぼくもききたーい!」

 

 秘密にしてくれると約束してくれたものの、やはりこういうところで子どもというのは自分に正直だった。女の子が私の膝に手を乗せておねだりすると、他の子どもたちも便乗するように「うたってー」と口を揃え始めた。

 

「おいコラお前たち」

 

「……いえ、少しぐらいなら大丈夫です」

 

 確かに身バレをすると大変だが、りっくんが入院している以上病院関係者には私が誰なのかを知っている人は多いだろうし、大事になることはないだろう。

 

 今はそれよりも、私の歌を聞きたいと言ってくれたこの小さなお客さんのために少しだけ歌ってあげたくなってしまった。

 

「「いいの?」」

 

「大っぴらに歌うわけではないので。……みんなはどんな歌が聞きたいの?」

 

「たのしいおうたー!」

 

「ワクワクするやつー!」

 

 楽しくてワクワクする曲……アレがいいかな?

 

「それじゃあ、少しだけね?」

 

 ……なんだか、ステージで歌うときよりも緊張するかも。

 

 小さなキラキラとした視線を一身に受けながら、私は小さく息を吸った。

 

 

 

 

 

 

「まさか入院されていたなんて、びっくりしましたよ」

 

「いやはや、お恥ずかしい……」

 

 輝さんから315プロのプロデューサーさんが入院しているという話を聞き、早速俺はお見舞いへと向かった。お見舞いの品は勿論翠屋のシュークリーム……と言いたいところだが、まだ胃腸が本調子ではないという話も聞いていたので、なるべく日持ちのするお菓子にした。桃子さんのシュークリームはしっかりと快復してから味わってもらおう。

 

「お気遣いありがとうございます。……勿論お見舞いに来ていただけるだけでも有難いのですが、日持ちしない食べ物は他の入院患者さんへとおすそ分けせざるを得なくなってしまうので……」

 

 なんでもハイジョがお見舞いとして箱詰めのドーナッツを持って来たらしい。……旬か隼人が止めそうなものだが、おそらく四季と春名が独断で決めたんだろうな。

 

「それで、えっと……北沢志保さんの弟さん、でしたっけ」

 

 なるべく運動をした方がいいと言われたらしいプロデューサーさんの散歩に付き合って廊下を歩きながら、話題は偶然にも同じ病院に入院していた陸君の話に。輝さんから病院の名前を聞いたときビックリしたよ。

 

「はい。志保ちゃんと違って素直ないい子なんです。志保ちゃんと違って!」

 

「ははっ、二回言ったところは聞かなかったことにしておきます。口が滑ったら周藤さんの方が大変でしょうから」

 

 それはありがたい。

 

「毎日お見舞いに来るっていう話をしていたので、多分今日もいますよ」

 

「それじゃあこうして歩いていれば、偶然出会えるかも……」

 

「……ん?」

 

 中庭に面した渡り廊下を歩いていると、何やら聞き覚えのある歌声が聞こえてきた。

 

「コレは……」

 

 プロデューサーさんもそれに気付いて共に足を止める。周りを見ると、他の患者や病院関係者の人たちも歌声に聞き入っている様子だった。

 

「……とても優しくて、素晴らしい歌声ですね」

 

 そう噛みしめるように呟くプロデューサーさんは、どうやらこの歌声の主が誰なのか見当がついているらしい。

 

「はい。()()()()()()()()()()ですから」

 

「ふふっ、それを素直に言ってあげればいいのに」

 

 往来の邪魔にならないように、それでいて歌っている彼女からは姿が見えないように、廊下の陰に二人で並ぶ。

 

「顔を見せないのですか?」

 

「いい顔されないのは分かってますから。今の志保ちゃんから笑顔を奪うのは忍びない」

 

「……なんというか、なかなか愉快な関係性ですね」

 

「そうですか? 結構簡単なもんですよ」

 

 ……志保ちゃん自身、今どう思っているのか知らないけれど。

 

「俺はまだ、ほんの少しだけ……負い目を感じていますから」

 

 

 

 

 

 

「いやーすごいなアンタ! アイドルの歌って初めて生で聞いたよ!」

 

「本当に凄かったです」

 

「ありがとうございます」

 

「上手だったよ、お姉ちゃん!」

 

「ふふっ、りっくんもありがとう」

 

 中庭での小さなライブを終えて、私とりっくんは悠介さんと享介さんの二人と共に廊下を歩く。そろそろ検温の時間なので病室に戻らなければいけない。

 

「実はアイドルのプロデューサー? っていうのをやってる人が入院してて、その人ととも知り合いになったんだけどさ」

 

「アイドルのこと、もうちょっとだけ知りたくなったよ」

 

「へぇ、プロデューサーが……」

 

 私の知っている事務所の人だろうか? それならば一度、私も挨拶に行っておいた方がいいのかもしれない。

 

「そういやアンタ、年は?」

 

「十八です。高校三年生」

 

「マジで!? じゃあ同い年の同学年じゃん!」

 

 あ、そうか、現役高校生っていう話だったから、同い年か。

 

「じゃあオレたち、現役高校生のプロ仲間だな!」

 

「……プロ仲間?」

 

 そんなことを言い出した悠介さんに、思わず首を傾げる。

 

「そ! オレと享介はプロのサッカー選手! アンタはプロのアイドル! 見てくれる人たちを笑顔にするってゆーのはおんなじだろ!?」

 

「……そうですね」

 

「今はちょっとだけお休みしてるけど、オレも享介もすぐにピッチに戻るからさ!」

 

「そのときはお互いに頑張ろう!」

 

 スッと拳を突き出してくる悠介さんと享介さん。

 

「はい、頑張りましょう」

 

 コツンと、小さく自分の拳を押し当てた。

 

 

 

 

 

 

 ――蒼井さん、少しお話、いいですか?

 

 

 

 

 

 

「……お姉ちゃん、あのね、悠介お兄ちゃんがね」

 

 りっくんがそんなことを口にしたのは、りっくんの退院前日のことだった。

 

 

 




・志保ちゃんカミングアウト
相手も有名人なのでセーフ理論。

・楽しくてワクワクする曲
初めは絵本を歌わせるつもりだったけど、りっくんも含めて子ども相手に聞かせる曲ではないなと思った。

・負い目
お互いに気にしてはいないけれど、それでもたまに疼く傷がある。

・「十八です。高校三年生」
実はアイ転世界の志保ちゃんはWの二人と同い年。



 完全に主人公が空気ですが、アイ転ではいつものことです。今回のお話に限って志保ちゃんメインだし。

 不穏な空気は原作通りです()作者の趣味ではないです()作者だって本当はずっと頭悪い話書いてたいんです()



『どうでもいい小話』

 次回のデレのライブ情報が公開されましたね。夜祭ということなので、現地参戦が決まり次第甚平を調達します。


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Lesson346 Episode of W 4

未来へのキックオフ。


 

 

 

「冬馬さんって、サッカーお好きでしたよね?」

 

「えっ」

 

 

 

 その日、事務所のラウンジで雑誌を捲っていたら急に北沢が話しかけてきて思わず変な声が出てしまった。

 

 別に俺と北沢は仲が悪いわけではない。寧ろ『打倒周藤良太郎』という目標を掲げている者同士として気は合う方だ。しかし雑談に興じるほど仲が良いというわけではないので、こうしてプライベートな趣味のことを尋ねられて驚いてしまったのだ。

 

「あ、あぁ、好きだけど……」

 

「ちょっとだけご意見を窺いたいんですけど……」

 

 自分から話しかけてきたものの何やら歯切れが悪い北沢。

 

「その、例えばですね……」

 

 

 

 ――怪我をして入院中でも元気だったサッカー選手が。

 

 ――ある日突然暗い表情を見せるようになったら。

 

 

 

「……それはどういうことだと思いますか?」

 

「そりゃ、お前……」

 

 それはあまりに突拍子もない例え話で、俺は答えづらさを覚えつつも正直に思ったことを口にした。

 

「あんまり考えたくはねぇが……怪我が原因で、今後サッカー選手として活動することが難しくなっちまった……っていう可能性を疑っちまうよな」

 

「……そう、ですよね……」

 

 すいっと視線を逸らした北沢だが、俺の意見にショックを受けた様子はない。どちらかというと自分も同意見だったという反応で、寧ろそれを否定してほしかったのだろう。欲しかった反応を返すことが出来ずに申し訳ないが、それはどうしても考えてしまうことなのだ。

 

 というか。

 

「多分お前にそんな意図はないんだろうけど、今はちょっとだけシャレにならなさそうだからサッカー選手の怪我の話題は勘弁してくれ……」

 

「え?」

 

 おそらく北沢は何かをサッカー選手として例えたのだろうけれど、正直タイムリー過ぎる話題にドキッとしてしまった。今ちょうど読んでいた雑誌にも『その話題』が記事として書かれていたので、どうしても意識してしまう。

 

「実はさ、俺が応援してる『蒼井悠介』っていうサッカー選手が怪我をしてずっと試合を欠場してるんだよ」

 

「っ」

 

「北沢は多分知らないだろうけど、現役高校生のプロサッカー選手でさ、しかも双子なんだよ。ジュニアユースの頃からずっと二人でプレイしてて、プロチームに入ってからもすっげー選手なんだ。……でも試合中にいきなり倒れちまって」

 

 俺は仕事があったためその日の試合を直接見てはいないので、人から聞いた話だ。膝を抑えながらピッチに倒れ込んだ悠介選手は、そのままタンカで運ばれて行ってしまった。

 

「この雑誌は『怪我の原因は弟である蒼井享介選手の無茶なプレー』だとか『選手生命は絶望的だ』だとか散々なこと書いてやがるけど、俺はファンとして悠介選手の復活を信じてる。いつかまた、蒼井兄弟の活躍を見れる日が来るって」

 

「……そうですね。サッカーのことは詳しくないですけど……元気に戻ってきてくれるといいですね」

 

 そう言いながら……北沢は、顔を伏せた。

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「……お隣、失礼します」

 

 悠介さんは中庭のベンチに座ってぼーっと空を眺めていた。晴れてはいるものの雨上がりなので、今日は中庭で遊ぶ子どもたちの姿はない。幸い屋根があるところなのでベンチは濡れていなかった。

 

「……りくクン、今日退院なんだって?」

 

「はい、お陰様で。寧ろ貴方たちと会えなくなることを寂しがっていました。それだけ、貴方たちに遊んでもらえて楽しかったみたいです」

 

「ははっ、オレも弟が出来たみたいで楽しかったよ」

 

「……享介さんも弟では?」

 

「双子だし、アイツは弟というよりも……もう一人のオレって感じだから」

 

「知り合いにも双子がいますけど、その人たちも同じようなことを言っていた気がします」

 

「へー。オレ、知り合いに双子っていないんだけど、やっぱりオレたちぐらいそっくりなの?」

 

「そっくりですよ。たまに入れ替わって悪戯するぐらい」

 

「なるほど、入れ替わりか! そーゆー作戦もありか……」

 

「サッカーの試合中は背番号があるんじゃないですか?」

 

「そこはホラ、途中でユニフォームを交換して……」

 

「脱いでる間に足元からボール無くなってると思いますよ」

 

 それは他愛もない会話だった。中身なんて全く無くて、ただ思いついたことを口にするだけの会話。()()()()()()を口にしないように、ひたすら他の言葉を口にするだけの、そんなその場しのぎの会話。

 

「「………………」」

 

 しかしそんな会話もやがて途切れてしまい、悠介さんは観念したように溜息を吐いた。

 

「……もしかしてりくクンから何か聞いた?」

 

「はい。貴方が『享介さんと何か言い争いをしていた』という話を聞きました」

 

「あっちゃー……」

 

 りっくんがたまたま目にしてしまった、悠介さんと享介さんの言い争いの現場。会話の内容は聞き取れなかったものの、その後享介さんは走ってその場を去って行ってしまったらしい。

 

 その後、りっくんは悠介さんに何かあったのかと話しかけたものの『いや、なんでもないよ』とはぐらかされてしまったらしい。

 

「りっくんが言っていました。『悠介お兄ちゃん、悲しそうな顔をしてた』って」

 

「……凄いよなー子どもって。そういうちゃんと見逃さないんだから」

 

「貴方も私も、まだ法律上は子どもですよ」

 

「いや今は十八歳から成人になったって……」

 

「ややこしいのでこちらの世界でその話はしないように」

 

 閑話休題(そうじゃなくて)

 

「……私は、貴方の足のことは何も聞きませんよ」

 

「……そこはふつー聞くところじゃない?」

 

「聞きません。貴方と享介さんが言い争いをしていた理由も、貴方がこうしてぼーっと座っていた理由も、何も聞いてあげません」

 

「……別に、サッカーが出来なくなったわけじゃないんだ。プロとしての活動は難しいだけで、私生活に支障はないし」

 

 聞かないって言ったのに……。

 

「でも享介の奴が『だったら俺もやめる』とか言い出してさ。……享介はさ、いつも俺の無茶に付き合ってくれたんだ。しょうがないなって笑いながら本気で応えてくれた。小さい頃からずっと一緒だった。でも、だからってオレの怪我が原因でサッカーをやめるなんて……」

 

「……ごめんなさい」

 

「えっ」

 

「その、こういうとき、なんて言ったら分からなくて……」

 

「あ、あぁ、いや、こっちこそなんかゴメン……」

 

 私は、良太郎さんや恵美さんやまゆさんのように聞き上手じゃないし、何か上手くアドバイスが出来るほど経験豊富な人生でもない。寧ろ周りにいらぬ迷惑をかけてしまったぐらいで、誰かに何かを言えるような人間でもない。

 

「でも、その……私にもちょっとだけ気持ちが分かります」

 

「……え?」

 

「誰かに傷つけられて、悲しんで苦しんで。……そして逆に相手を傷付けてしまった、相手に罪を背負わせてしまった、そんな気持ちが」

 

 

 

 ――だから私は、アナタを許さない……。

 

 

 

 それはアイドル『北沢志保』としての原点であり原罪(オリジン)。彼に背負わせてしまった以上、私もまた同じだけのものを背負うと決めた。

 

「『自分は気にしてないから、貴方も気にしないで』なんて言っても、きっと相手も難しいと思います。だから私は相手がその罪を背負い続けてしまうことを覚悟で、逆に傍にいることを決めました」

 

 勿論それだけが理由ではない。彼を超えたいという想いは本物だ。

 

 それでも相手の罪が、心の傷が消えないのであれば……私はずっとその傷を撫で続ける。

 

「相手に背負わせてしまった罪の重さが少しでも軽くなるように、私は『私は大丈夫です』とすぐ傍で言い続けます」

 

 それはもしかして傷を痛める行為なのかもしれない。私の独りよがりなのかもしれない。

 

「気にしてないって言いながら、ずっと背負い続ける……そんな人ですから」

 

「ははっ、よっぽどその人のことを信頼してるんだな」

 

 悠介さんのその言葉を咄嗟に否定しようとして……この人を相手にムキになる必要もないなと思い直した。

 

「はい。……アイドルとして一番、信頼している人です」

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「おや良太郎君、どうしたっすか?」

 

「なんでもないよ、比奈せんせー。ただ雨が上がったなぁって空を見上げてるだけ」

 

「あの雲が女の子の胸みたいだなーとか考えていたわけではなく?」

 

「ちょっと『周藤良太郎』に対する理解度が高すぎませんかねぇ……」

 

 

 

 

 

 

「……なるほど、そっか、そうだよな」

 

 ただ自分の思いを吐露しただけだというのに、悠介さんは何かに納得した様子だった。

 

「オレ、享介にはオレのせいでサッカーやめてもらいたくない。でもそれ以上に……オレは享介と一緒にいたいんだ」

 

 それが悠介さんの想いで……きっと享介さんの想いでもあるんだと、なんとなくそんな気がした。

 

「享介と一緒に、みんなをワッと驚かせるような凄いことをしたいんだ。勿論サッカーも好きだけどさ、そこで足を止めちゃうのはオレたちじゃないから。サッカーでもアイドルでも、みんなを笑顔に出来るなら、きっとそれはすげーことなんだよな」

 

「……それを言う相手は、きっと私じゃないと思いますよ」

 

「おう! だよな! でも、ありがと!」

 

「……どういたしまして」

 

 そろそろりっくんの退院手続きが終わった頃だろう。こうして一人で悠介さんのところに来たのは、この後連れてくるりっくんに暗い顔の悠介さんを合わせたくなかっただけだから、私の役割は終わり。

 

「りっくんを連れてくるので、会ってくれますか?」

 

「もっちろん! これがきっとアイドルとしての初仕事だ!」

 

 さっきとは打って変わって、晴れやかな笑顔の悠介さんに見遅れられて私は中庭を後にする。

 

「……柄にもないこと、しちゃったかなぁ」

 

 

 

 ……あれ?

 

「今、アイドルって言った……?」

 

 

 

 

 

 

「おい北沢! 聞いてくれ!」

 

 一週間後、珍しく慌てた様子の冬馬さんが話しかけてきた。

 

「どうしたんですか」

 

「この間、お前に話したサッカー選手の蒼井兄弟、覚えてるか!?」

 

「……はい、まぁ」

 

 

 

「二人揃ってサッカー選手引退して、315プロからアイドルデビューするらしいんだ!」

 

 

 

「……え、ホントに?」

 

「なんでも入院中に315プロのプロデューサーからスカウトされたらしくて……ん? ()()()()?」

 

「あ、いえ、なんでも……それより、ファンとしてはショックですか?」

 

「そんなことあるわけねぇだろ! 確かにピッチでの二人が見えないのは寂しいけど、それ以上に笑顔の二人がこれからも見れることの方が嬉しいに決まってるぜ!」

 

 そう力強く断言した冬馬さんは、とても晴れやかな笑顔だった。

 

 きっと彼らのファンたちはみんな、冬馬さんのような表情をしているに違いない。

 

「……早速ファンを笑顔にするなんてね」

 

 ()()()()()()()()()()として、私もウカウカしてらんない。アイドルとしては私の方が先輩なんだから。

 

 

 

「……負けませんよ、悠介さん、享介さん」

 

 

 

 

 

 

 ――これからはアイドルとして! よろしくな、しほ!

 

 ――よろしくね、しほさん!

 

 

 




・冬馬@サッカーファン
アニメでもサイン貰ってたので、きっと気にしてたんだろうなぁって。

・十八歳から成人
ややこしいことになるのでこちらの世界ではスルー案件。

・原点であり原罪
結局、二人とも重荷を背負うことになってしまった。
なお良太郎の重荷は一つではない模様。



 なんと良太郎が直接関わることなくW編が終わってしまった……。

 元々はなんだかんだで良太郎が出張ってくる予定でしたが、志保ちゃん一人の方が収まりが良いという判断になったためこのような形になりました。

#主人公 #とは

 全体的に導入編といった様子のW編でしたが、次回からは従来通りのわちゃわちゃした空気をお届けできると思います。

 というわけで次回、良太郎+魔王エンジェル+美琴+りっちゃんの六人による同期会編……あれ、なんでまた重い空気になりそうな雰囲気なんだ……?


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Lesson347 覇王世代の宴

またの名を昔話編。


 

 

 

「りっちゃん、明日の晩、空いてる?」

 

 

 

「律子さんと良太郎君のone night loveピヨ!?」

 

「小鳥さん私より先に変なリアクションしないでもらえますか!?」

 

 

 

 久しぶりに765プロの事務所へ遊びに来たんだけど、結婚して本名が赤羽根小鳥になっても小鳥さんは相変わらずだなぁ。

 

「というかアンタもアンタでいきなり何おかしな言い出すのよ!?」

 

「いきなりであることは間違いないけど、別におかしなことは何も言ってないと思うんだけど」

 

「は?」

 

「ホラちゃんと上の俺のセリフ読んでよ。明日の晩の予定が空いているかどうかしか聞いてないよ?」

 

「……確かに」

 

 小鳥さんの脳内がお花畑だから勝手なセリフを読み取ってしまったようだが、俺は純粋にりっちゃんの明日の予定を聞いただけである。

 

「……小鳥さ~ん」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 ジロリとりっちゃんに睨まれた小鳥さんが身を縮こませる。

 

「小鳥さんの妄想癖も含めて、どれだけ有名になってもこの事務所は変わらないなぁ」

 

 寧ろ変わらなさ過ぎである。今や日本で123プロと1054プロに次ぐ知名度のアイドル事務所のはずなのに、なんで未だに雑居ビルのテナントなのか。

 

 とまぁそんなことはさておき、流されてしまった本題へと話を戻す。

 

「改めて聞くけどりっちゃん、明日の晩は空いてる? それとも用事ある?」

 

「……特に用事はないわ。打ち合わせも夕方までだし、そうね……七時ぐらいからなら空いてるわね」

 

「それじゃあちょっと俺に付き合ってよ」

 

「ピ、ピヨ……!?」

 

「小鳥さんステイ。イチイチ言葉狩りみたいに反応しないでください」

 

 ピヨピヨしだした小鳥さんをりっちゃんが牽制する。

 

「それで? 私に何処へ付き合えっての?」

 

 

 

「ちょっとホテルへ」

 

 

 

 

「やっぱりone night loveピヨ!?」

 

「良太郎アンタわざと言葉省いてるでしょ!?」

 

 

 

 

 

 

「というわけで、りっちゃんも参加出来るってさ」

 

『オッケー。それじゃあ全員で六人ね』

 

 りっちゃんからの参加表明を、今回の()()()である麗華に伝える。

 

「それにしても、美琴が辞めてからもう七年も経つんだな」

 

 当時は例の公園から注目度が跳ね上がっていたものの、まだギリギリ新人アイドルという括りだった。麗華たちが『幸福エンジェル』から『魔王エンジェル』に名前を変えたのも大体これぐらいの時期だったと思う。

 

「いきなりいなくなって連絡も出来なくなっちまったんだよな」

 

『美琴の奴、携帯電話を持ってなかったものね……』

 

 ちなみに最近になって携帯電話を持つようになったらしい。……このスマホ全盛期に今更になってガラケーというのが実に美琴らしい。

 

 突然いなくなった同期のアイドルに、それなりに仲良くなっていた俺と魔王エンジェルとりっちゃんの五人は結構心配した。しかし当時はまだまだ『日高舞の引退』の影響が強く残るアイドル冬の時代、自分自身のことで手一杯になっていて同期の心配をする余裕はなかったのだ。

 

 そんな美琴の現在までの経緯を改めてゆっくり聞かせてもらおう、というのが今回の集まりの目的だった。

 

 要するに『同期会』である。

 

「しかしホテルのレストランを貸切るなんて随分と気合入ってるな」

 

『別にいいじゃないこれぐらい。……私だって、ちょっとテンション上がってるのよ』

 

 電話の向こうの麗華の声に若干の照れが混ざったのを感じた。

 

「俺もだ。旧友との再会を楽しみにしないやつなんていねぇよ」

 

 常に最前線で走り続けてきたため、新人アイドル時代なんていうものはあっという間に過ぎ去ってしまい、俺と麗華とりんとともみは今やアイドル業界における最重要人物とも呼べるような存在になってしまった。

 

「たまにはさ、俺たちだってゆっくり過去を振り返ることがあってもいいと思うんだよ」

 

『……そのセリフを言うには四十年ぐらい早いと思わない?』

 

「ははっ、確かに」

 

 ともあれ、それが今回の目的だ。

 

 まだまだアイドルデビューして十年にも満たない、二十そこそこの若造の集まりに過ぎないのかもしれないけれど。親交を深めるのに、年齢なんて関係ないのだから。

 

 

 

『……で? 今の話のオチは?』

 

「お前ら揃いも揃って俺にオチを期待するのヤメロ」

 

 俺だって胸の話題をせずに話を終わらせたいときぐらいあるんですー!

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ、同期会ですか」

 

「うん、リョータローさん、チョー楽しそーだったよ!」

 

 別に興味はなかったのだが、事務所で自分の明日の予定を確認していたら恵美さんが良太郎さんの明日の予定を教えてくれた。

 

 ……良太郎さんの予定そのものには興味ないけど、『周藤良太郎の同期のアイドル』という存在にはいささか興味がある。

 

「まゆさん解説お願いします」

 

「……志保ちゃん、私のことを良太郎さんについての便利な解説役だと思ってませんかぁ?」

 

「違うんですか?」

 

「あってまぁす!」

 

 今のやり取りは一体何だったのかという疑問を挟む間もなく、ニコニコ笑顔のまゆさんがどこからともなくホワイトボードを引っ張って来た。

 

「はぁい! 久しぶりの『佐久間流周藤良太郎学』のお時間でぇす! よい子のみんなー! こーんばーんわー!」

 

「「こーんばーんわー」」

 

 恵美さんと共にパチパチと拍手をしつつ、いつも間にか伊達眼鏡をかけて指し棒を手にしたまゆさんのノリに乗っかる。

 

「今回は志保ちゃんの要望にお応えする形になりますがぁ……聞きたいのは『周藤良太郎の同期のアイドルについて』で良かったですかぁ?」

 

「はい。主に『秋月律子』さんと『緋田美琴』さんとの関係を中心に」

 

「……それ、良太郎さんの解説じゃないじゃないですかぁ」

 

 不服そうに唇を尖らせるまゆさん。確かにこういう聞き方はよくなかった。

 

「お二人が同期として『周藤良太郎』に与えた影響と、彼女たちがステージを降りた際の『周藤良太郎』を取り巻くアイドルの環境について教えてください」

 

「そういうことなら任せてくださぁい!」

 

 要するに言い方の問題である。

 

(志保もだいぶまゆの扱いに慣れてきたね……)

 

(同じようなやり取りを二年も続けていれば当然ですよ)

 

「それではまずは簡単に『覇王世代』の解説からしていきますが、これは今までにも何度か説明したことがありますよねぇ……はい、恵美ちゃん!」

 

「はい! 『覇王世代』とは『周藤良太郎』と同期のアイドル、具体的には『始まりの夜』事件の前後にデビューしたアイドルたちを指します!」

 

「はぁい正解でぇす!」

 

 さながら教師と生徒のようなやり取りをするまゆさんと恵美さんだが、この事務所では割と見かける光景なので今更ツッコんだりしない。

 

「現在、現役で活動している『覇王世代』のアイドルは、『周藤良太郎』を筆頭に『東豪寺麗華』『朝比奈りん』『三条ともみ』『水蓮寺ルカ』の五人だけです」

 

 キュキュッとホワイトボードに軽い年表を書いたまゆさんは、年表の一番左に五人の名前を書くとそこから右に向かってキューッと矢印を伸ばした。この五人は今までずっとアイドルをやっている、ということを言いたいらしい。

 

「あれ? 『沖野ヨーコ』さんは?」

 

「あの方は既にアイドルとしては引退されていらっしゃるのでぇ……」

 

 あくまでも現役アイドルとしてカウントする、ということらしい。まゆさんは沖野さんの名前を五人の下に書いてから同じように矢印を伸ばすが、その矢印は五人よりもかなり短い。アイドルとしては三年ぐらいしか活動してなかったのか……。

 

「さて、それじゃあ私たちもよ~くご存じの『秋月律子』さんについてですねぇ。律子さんは現在の765オールスターズに当たる春香さんたちよりも前に765プロで活動されていましたぁ。ちなみにこれが現役アイドル時代の律子さんですねぇ」

 

 まゆさんがスッとスマホを操作して見せてくれた画面には、おさげ髪でステージ衣装を着た律子さんの姿が映っていた。

 

「律子さんかわい~!」

 

「高校生……でしたっけ?」

 

「律子さんが引退する直前のお写真になりますのでぇ……十七歳ですねぇ」

 

 つまり今の私よりも早いタイミングでアイドルの道を諦めていたことになる。

 

 ……辛くはなかったのだろうか。

 

「その後、律子さんは自らが所属していた765プロにプロデューサーとして再就職。それからのことは恵美ちゃんや志保ちゃんもご存じの通り、竜宮小町のプロデューサーとして活躍して現在に至る……といった感じですねぇ」

 

 律子さんの名前から伸びる矢印は、沖野さんの矢印よりも更に短かった。大体二年ぐらいで、そこから二年後に竜宮小町のプロデューサーとして成功する。

 

「そしてここからが、おそらく志保ちゃんが一番知りたいと思っていたであろう本題ですねぇ」

 

 まゆは律子さんの名前の下に『緋田美琴』と書いた。

 

「あくまでもまゆの専攻は『周藤良太郎学』なので緋田さんの詳しい詳細の解説は出来ません……ごめんなさい。ただ分かっているのは、緋田さんは今から八年前に良太郎さんの同期として()()()()()()()()()()()()()()

 

 専攻って……ん?

 

「あれ? 活動していた……ってなんか変な言い方だね?」

 

 今のまゆさんの説明に違和感を覚えたのは恵美さんも同じだったらしい。

 

「はい。とある事情により、敢えて『活動していた』という表現をさせていただきましたぁ」

 

「「とある事情……?」」

 

「はい。……良太郎さんも同期のアイドルという認識をされているので外野がどうこう言う話ではないのですが――」

 

 

 

 ――『緋田美琴』は()()()()()()()()()()()

 

 

 

「「……えっ!?」

 

 

 




・赤羽根小鳥
こうして並べるとくっつくべくしてくっついた二人だな……。

・『美琴の奴、携帯電話を持ってなかったものね……』
みこっちゃんは今でも持ってないって言われても納得できる。

・「久しぶりの『佐久間流周藤良太郎学』のお時間でぇす!」
本当にまゆちゃん便利過ぎる。

・りっちゃんの過去話
アイ転ではこんな感じってことで。

・みこっちゃんの過去話
同上()



 というわけでようやく美琴メイン回です。

 ……いやホント色々な情報が更新二日前に公開されたせいで内容を大幅変更する羽目になりましたよええ。今回のお話もそのために若干まゆちゃんに時間稼ぎしてもらった感がありますハイ。

 一つだけここで明確にしておく事実としては。

 ……『彼女』はアイ転に登場させまぁす!!!


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Lesson348 覇王世代の宴 2

ほぼシャニマス編。


 

 

 

「ど、どういうこと? アタシが理解出来てないだけ……?」

 

「いえ、私もよく分からなくなってきました……」

 

 良太郎さんや麗華さんが「アイドルの同期だ」と公言しているのに、アイドルデビューしていない……? 

 

「そのことに関していえばそれほど難しい話ではありませんよぉ?」

 

「え?」

 

「例えば……恵美ちゃん、私たちがデビューしたのっていつでしたっけぇ?」

 

「えっと……二年前の年明け」

 

「それじゃあ、私たちが()()()()()()()()のは?」

 

「んー、それは……あ、そういうことか」

 

「そういうことですか」

 

 まゆさんの例え話に、恵美さんと共に理解することが出来た。

 

 恵美さんとまゆさん、そして私も、一応765プロのアリーナライブには()()()()()()()立っている。つまり『アイドルになった』ことと『アイドルデビューした』ことは別だということか。

 

「私も少々気になって調べてみたのですが、やはりデビューしていらっしゃらないアイドルの情報というものはなかなか残っていませんでした。特に緋田美琴さんは当初無所属での活動だったそうで……」

 

「そうなると、余程アイドルに精通していらっしゃる方じゃなければ緋田美琴さんのことは知らない、ということですね」

 

 

 

 

 

 

「……は、ハーックション!」

 

「っ!? あ、亜利沙さんまた写真撮ろうとしてたでしょ!?」

 

「あぁ、バレ……!? い、いえそんなことしてませんよ!?」

 

 

 

 

 

 

「それ以外に分かっていることは、現在は283プロに所属していること、それ以前は961プロに所属していたことぐらいですねぇ。961プロに所属することになった経緯を含め、良太郎さんたちとの交流が無くなってからのことが何も分かりませんでしたぁ……」

 

 まゆさんは『緋田美琴』の横に『?』を書くと、そこから右に矢印を伸ばし、右端の部分で『961→283』と書いた。

 

「そうなると、これ以上アイドル『緋田美琴』のことは何も分からないのかー」

 

「ごめなさい志保ちゃん、あまりお役に立てず……」

 

「あ、いえ、どうしても知りたかったこと、というわけでもないので……」

 

「お詫びとして、律子さんが活動していた時期の『周藤良太郎』の解説を……!」

 

 これは長くなりそうだな……と内心で覚悟を決める。

 

「お疲れー。……どうしたお前ら、ホワイトボードなんて引っ張り出してきて」

 

 あ、冬馬さんが戻って来た。

 

「ん? ()()()()がハテナ? 本当に何やってたんだお前ら」

 

 

 

「「「……緋田先輩!?」」」

 

 

 

 意外な人物から意外な発言が飛び出してきて、思わず三人で叫んでしまった。

 

「うるせぇなぁ……いきなり叫ぶんじゃねーよ」

 

「す、すみません、思わず……」

 

「そんなことより、冬馬さん、緋田美琴さんと知り合いだったの!?」

 

 顔を顰める冬馬さんに思わず謝ってしまったが、恵美さんはそんなことはお構いなしに冬馬さんに詰め寄った。

 

「知り合い……まぁ、知り合いっちゃ知り合いか。仲良かったわけじゃねぇが、事務所の廊下やレッスン室で何回か話したことあるし」

 

「……あっ、そうか冬馬さん、というか『Jupiter』の三人は……!」

 

 元961プロダクション!

 

「で? お前ら本当になんなんだ?」

 

「えっと、実はですね……」

 

 

 

「ふーん、緋田先輩の昔のことねぇ」

 

「初めはただの興味本位だったんですけど、こうやって情報を纏めている内に分からないことが増えてしまって……」

 

 なんというか、まるで過去を解き明かすミステリーを読んでいるような感覚になって楽しくなってきてしまった。

 

「冬馬さん、何か知ってますか?」

 

「つっても、さっきも言ったが仲が良かったわけじゃねぇから詳しい事情は何も知らんぞ」

 

「ですよねぇ。正直アテにはしてませんでしたぁ」

 

 まゆさんの毒舌で冬馬さんのこめかみに青筋が浮かぶが、割といつもの光景である。相変わらず当たりが強いなぁ。

 

「でもまぁ……緋田先輩は事務所でもそれなりに有名な人だったからな。知ってることはそれなりにあるぞ」

 

「有名な人?」

 

「……961で一番の変わり者、だよ」

 

 

 

 

 

 

 俺が黒井のおっさんにスカウトされたときには、もう緋田先輩は961にいたんだ。勿論いつ頃からいたのかとか、どうして961だったのかとか、その辺りの詳しい事情は知らねぇ。

 

 でも緋田先輩は事務所内で随一の変わり者だった。変わり者で有名だった。

 

 お前らもなんとなく分かってるだろうが、961に所属する奴らは多かれ少なかれ『野心』を持ってるような奴ばっかりだ。何が何でもアイドルとして大成してやるっていうギラついた連中ばかりが周りの奴らを蹴落としてでも前に進もうとする、まるで蟲毒みてぇな環境だった。

 

 でも、緋田先輩だけは何か違ぇんだ。

 

 あの人、とにかくレッスンの量が凄いんだ。ダンスもボーカルも、一体いつ休んでるんだってぐらい通い詰めてて、少なくとも俺がレッスンを受ける日で緋田先輩の姿を見なかった日は一日もなかった。……レッスンの量だったら、もしかして良太郎にも負けねぇかもしれねぇな。

 

 ……でもそれだけだ。あの人は……緋田先輩は『野心』どころか『アイドルになりたい』っていう強い感情そのものが希薄なんだよ。

 

「それは……アイドルになりたがらなかった、っていうことですか?」

 

 ……黒井のおっさんから直々にデビューの話を持ち掛けたが、それを断ったらしい。

 

「ど、どうして……?」

 

 知らねぇ。なんかやたらと緋田先輩に懐いてた奴がいて、そいつとの会話が耳に入っただけだからな。

 

 事務所の奴らの間では『どれだけ練習しても自分自身が理想とするレベルに到達していないから』なんじゃないかとか、そんなことを言われたけど真相は知らん。

 

 それから先の話も、悪いが分からん。俺も翔太や北斗と一緒に『Jupiter』としてのデビューが決まってそれどころじゃなくなったからな。そんで事務所に戻ることもなく黒井のおっさんのやり方が気に食わなくなって辞めちまったから、緋田先輩がどうなったのかは知らねぇ。

 

 けどまぁ……黒井のおっさんが言うことを聞かない奴をいつまでも手元に置いとくとも思えねぇからな。

 

「……黒井社長が直々に声をかけたということは、もしデビューしていたとしたら……」

 

 気付いたか、鋭いじゃねぇか佐久間。

 

 ……俺は、きっとすげぇアイドルになってたと思う。それこそ『魔王エンジェル』に匹敵するようなトップアイドルに。

 

 

 

 

 

 

「「「………………」」」

 

「以上が、俺が知ってる961に所属してた頃の緋田先輩だ」

 

 冬馬さんは詳しいことは知らないと言いつつ、結構詳しいことを教えてくれた。

 

「……なんというか、余計に緋田美琴さんのことがよく分からなくなりましたね」

 

「情報が増えたのに謎が増えた感じがするぅ……」

 

「一度休憩しましょうかぁ。お茶を入れてきますねぇ」

 

「というかお前ら、まだコレ続けるのか……?」

 

 呆れた表情の冬馬さん。まゆさんが給湯室へ向かい、残された私たちはぼんやりとホワイトボードを眺める。

 

(……周藤良太郎の同期であり、そして実力も申し分なかったにも関わらず、デビューどころかアイドルになること自体に消極的だった……)

 

 不思議な人、という印象だった。

 

 人一倍にアイドルになるためのレッスンを頑張っているのに、まるでアイドルそのものには興味がなさそうな、そんな不思議な人。今までに出会ったことがないような人だった。

 

「……そーいや、その緋田先輩にやたらと懐いてた奴、この前961でデビューしてたな」

 

「えっ、そうなんですか?」

 

「あぁ、若い女子にカルト的な人気が出てるらしいぞ。なんつったっけな……確か――」

 

 

 

 ――『カミサマ』とか呼ばれてたな。

 

 

 

 

 

 

「……久しぶり、律子」

 

「……うん、久しぶりね、美琴」

 

「……え、泣いてる?」

 

「泣いてない!」

 

 ヤダりっちゃんってば、久しぶりに美琴と再会して泣いてらっしゃる。

 

「だから泣いてないって!」

 

「そうだねー汗だねー」

 

 七年ぶりに美琴との再会を果たしたりっちゃんが早速涙目になっていた。

 

「相変わらず涙脆いね、律子は」

 

「だから泣いてないっての~」

 

 クスクス笑う美琴とムキになるりっちゃん。そんな二人のやり取りを、俺と魔王エンジェルの四人で微笑ましく見守る。

 

 ちなみにりんとともみが美琴と再会した際には、それはもう勢いよく飛びかかっていた。乳と乳と乳が潰れ合う光景は本当に素晴らしかった……。

 

 さて、そんなわけで同期会当日である。

 

「それにしても麗華、アンタなんてところ貸切ってんのよ……」

 

「『魔王エンジェル』と『周藤良太郎』が揃うんだから貸切るに決まってるじゃない」

 

「私が言ってるのはこのレストランのこと! こんな高級レストランでやるなんて聞いてないわよ!?」

 

「……良太郎、アンタ言ってないの?」

 

「ホテルで食事としか」

 

 麗華がやるって言いだした時点でこうなるって分かり切ってるから言う必要ないかなって思った。

 

「安心しなさい、アンタたちに費用を出させるつもりはないから」

 

「そーそー。今回のお代は俺と麗華が出すから」

 

「……そういうことを……言っているわけでは……」

 

 強がり言ってるけど、やはりりっちゃんが一番気になってるところはそこだったらしい。考えることが良くも悪くも庶民的である。

 

 ちなみにこのメンバーの中でりっちゃんと同じぐらい庶民であるはずの美琴は、特にその辺り気にした様子はなかった。こいつもこいつで流石である。

 

「さ、積もる話もあるだろうけど、それは食事をしながらにでもしましょ。マナーとかそーゆーのいいから、楽しむわよ」

 

 結局この六人の中で一番ウキウキしている麗華の言葉で、俺たちの同期会がスタートするのであった。

 

 

 

「ちなみに画面の向こうのアンタたちに先に言っておくけど、今回のこのレストランにクロスオーバー要素は一切ないわよ」

 

「せめて神様(さくしゃ)が『食戟のソーマ』をしっかりと読んでいたらなぁ……」

 

 

 




・アイドルデビューのタイミング
同期でありつつ同期ではない理由。

・緋田先輩
時系列を考えると実はこんな繋がりがありましたというのがアイ転世界。

・『カミサマ』
実は最近まで出演させる可能性がかなり低かったお人。
……出さざるを得ねぇよ……。

・「今回のこのレストランにクロスオーバー要素は一切ないわよ」
思いつかなかったんや……。



 sideM編と言いつつ完璧にシャニマス編になってしまった美琴編の二話目です。

 美琴関係の設定は基本的な形は保ちつつ、アイ転世界チックにアナライズしました。やっぱり961プロ所属というのが大きいかと。

 ……果たして彼女の闇は、これで深くなるのか浅くなるのか……。



『どうでもいい小話』

 なんか500話目らしい(他人事


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Lesson349 覇王世代の宴 3

【緊急事態発生】


 

 

 

「良太郎さんがいらっしゃるこのアイドル業界で『カミサマ』なんて呼ばれるなんて、ふてぇ野郎ですね……」

 

「まゆさん、もうちょっとアイドルらしい言動を」

 

 とはいえ、まゆさんの言いたいことが分からないでもない。

 

 私個人の感想ではなく一般論として、アイドル業界の一般論として『周藤良太郎』というアイドルは神格化されていると言っても過言ではないほどの崇拝されている存在だ。彼の二つ名である『覇王』と、そんな彼と同格である『魔王エンジェル』の存在により、『王様』に関係する設定や名前を使うことが少々憚られるぐらいだ。

 

 そんな中で『神様』だなんて、随分と豪胆である。

 

「いや、一応『カミサマ』ってのは自称じゃなくて、一部の熱狂的なファンからそう呼ばれてるっていうだけらしい」

 

「それだけカリスマがある……ってことですか」

 

 気になったのでスマホを使って調べてみる。……どうやら一部のSNSで広まっている呼び方らしい。

 

「そいつもまぁ……ちょっとした()()()でな。あんまり俺が言うこっちゃねぇから詳しくは言わんが……やたらと緋田先輩に懐いてたんだよ」

 

「へぇ……ま、まだらばと……?」

 

「恵美さん……」

 

 確かに珍しい苗字ではありますけど、これぐらいは一般常識として読めてくださいよ。

 

「恵美ちゃん、これはですねぇ……」

 

 

 

 ――『イカルガ』って読むんですよぉ。

 

 

 

 

 

 

「え、それじゃあ美琴がすぐにデビューしなかった理由って……!?」

 

「うん、良太郎たちみたいな完璧なパフォーマンスが出来るようになってからって思ったの」

 

 

 

 初手ダイレクトアタック!

 

 

 

「りょーくんが死んだ!?」

 

この人でなし(いいぞもっとやれ)

 

 割と冗談抜きで机に倒れ伏す俺の身体を、りんが縋りつくように揺さぶる。ともみはちょっと後で話がある。

 

「りょーくんしっかりして! 傷は浅いから! アタシのおっぱい揉む!?」

 

「……いまはちょっと……そーゆーのいい……」

 

「りょーくん!?」

 

「うわ相当ねコイツ」

 

「まぁ、分からないでもない」

 

 もうホントさーかんべんしてよーいやマジでさー。

 

「また俺のせいじゃん……俺が余計な事したせいで美琴のデビューが遠のいてんじゃん……」

 

「ち、違うよ、良太郎のせいじゃないよ? というか、理由の一部っていうだけあって、全部が全部それが理由ってわけじゃないよ?」

 

 だから落ち込まないで……と美琴に頭を撫でられる。

 

「それ以外の理由っていうのは、聞いてもいいやつなわけ?」

 

「勿論いいよ。隠してるわけでもないし……でも、今はちょっとだけやめとこうか」

 

「今だからこそ聞きたいんだけど」

 

 チラリと俺を見て遠慮してくれた美琴に対して、麗華が俺のトドメを刺そうとする気満々な件について。りんがまるで猫のように「ふしゃーっ!」と威嚇してくれているため麗華も「分かったわよ」と諦めてくれたが、このままだと冗談抜きで再起不能になるところだった。

 

「でもどうして黙ってたの? いや、そもそも連絡が取れなかったから聞く手段も場所もなかったんだけど」

 

 ともみが尋ねると、美琴は「そうだね……」と目を伏せた。

 

「……黙ってるつもりもなかったけど、誰かに言いふらすつもりもなかった。でも、みんなは大事な友だちだから……私も、心の何処かで聞いてもらいたかったんだと思う」

 

 美琴はそう言いつつ、何か心残りがあるかのように表情が曇っていた。

 

「……まぁ今日は折角の機会だし、言いたいなら聞いてあげるわ。言いたくないなら聞かないでおいてあげる」

 

「ありがとう、麗華」

 

「いいのよ。良太郎のこんな姿を見れただけでも十分にお釣りが出るから」

 

「私も参加した甲斐があったわ」

 

 麗華とりっちゃんが徒党を組んで、普段の恨みを晴らさんと悪い笑顔で煽りまくってくる。くっそぉ、今回ばかりはマジで何も言い返せない……いつか覚えてろよお前ら……。

 

 

 

(……あれ? ……良太郎()()みたいな?)

 

「ともみ、どうかしたの?」

 

「いや……なんでも」

 

 

 

 そんな小さな事件がありつつ、同期会と言う名の食事会はスタートした。胃が痛くて飯が食えるか心配になったが、普通に美味くてそんなものは杞憂だった。

 

「女将かシェフを呼ぶべきか?」

 

「レストランに女将がいると思ってんの?」

 

 そうだな、そもそも食後に呼ぶべきだったな。

 

「こうしてご飯食べるの、久しぶり」

 

「ん……そうね。あれ以来、集まることなんてなかったものね」

 

「それもあるけど、こうしてちゃんとテーブルでちゃんとした食事するのが久しぶりだったから」

 

「「「「「食事!?」」」」」

 

 予想以上……いや、予想以下の返答にその場にいた全員が驚愕の声を上げる。

 

「美琴、アンタ普段の食生活どうなってんのよ……」

 

「……たまにはちゃんとお弁当買ってきてるよ」

 

「それ言い訳じゃなくて結構なレベルの墓穴だぞ……?」

 

 お弁当以外の食事がどうなってるのか聞くのが怖い。

 

「アンタのことだから、レッスンで忙しくて食事の用意が面倒くさいとかなんでしょうけど……それなら休みの日にまとめて野菜を切って冷蔵庫に保存しておくとか……」

 

「………………」

 

「……え、流石に冷蔵庫がないとか言わないわよね……!?」

 

「い、いくらなんでもそれぐらいあるよ!」

 

 青褪めるりっちゃんの問いかけに慌てて否定する美琴。誰も口にしないが、美琴以外の五人全員が(コイツならあるいは……)とか思っているに違いない。

 

「私だって、そういう作り置き? っていうの、やってみたことあるんだけど……気が付いたら、悪くなってて……」

 

 おいおい……。

 

「いいか美琴。この世の中には、人として守らなきゃいけないものが三つあるんだ……! 約束と……! 愛と……!」

 

「……リョウ、グリッドマンの映画観に行ったでしょ」

 

「二回観た……!」

 

 なんだったら三回目も観に行く予定だ……!

 

「とにかく、飯ぐらいはしっかり食べろよ。アイドルとして身体は資本だぞ」

 

「え、りょーくん、三つ目は何……?」

 

「気を付けます……」

 

「だからりょーくん、三つ目は……?」

 

「そんでもって、今日は普段食えてない分を存分に食え……お代わりもいいぞ」

 

「三つ目……」

 

 

 

 

 

 

「え、良太郎とりん、付き合ってるの……!?」

 

「いひひっ、実はもう婚約者で~す」

 

「そうだったんだ……おめでとう、二人とも」

 

「ありがとっ、美琴!」

 

 各々の近況報告をしている最中の、りんと美琴のそんな会話。そういう話に興味なさそうに見える美琴だったが、そこは女子らしく目を輝かせながらりんの話に食いついていた。

 

 ちなみにもう一人の当事者であるところのリョウは麗華と律子の三人で合同ライブについての話をしていて、二人の話は聞こえていないらしい。普段の言動とは裏腹に、やっぱり根は真面目である。

 

「え、え、もしかして昔からそうだったの……!?」

 

「実はここだけの話、デビューした頃からずっと……」

 

 いやここだけの話じゃないし。傍から見てバレバレだったし。

 

「全然気付かなかった……」

 

「嘘でしょ……!?」

 

 心底ビックリしている様子からすると、どうやら美琴は本当に気付いていなかったらしい。りんの好意に気付いてなかったの、鈍感の権化みたいなリョウとそういうことに対する嗅覚が死滅しきってる麗華だけだと思っていたのに……。

 

 

 

((なんか今、ともみから凄い罵倒をされた気がする……))

 

 

 

「……ホントはね、初めて会ったときはりょーくんのこと全然好きじゃなかったんだ。寧ろ嫌いの方が近かったかも」

 

 当時のことをそう振り返るりん。確かテレビ局の控室だったっけ……懐かしいなぁ。

 

「でも、今は違うんだよね?」

 

「そりゃあ勿論! 今どころか、その後すぐに変わったもん! 忘れもしない『始まりの夜』……あの日、公園のステージで大勢の人を魅了したりょーくんは、きっとアイドルの神様の生まれ変わりなんじゃないかって思うぐらい、とても神秘的な雰囲気が漂っていて……」

 

「わぁ……!」

 

 うっとりと当時のことを振り返るりん。少しばかり脚色されているような気がいないでもないが、それでもほんの少しだけりんの気持ちも分かった。

 

 当時は『日高舞』が引退したことによりトップアイドルの座が空になったままのアイドル冬の時代。アイドルこそいれど圧倒的な輝きを放つ存在なき世界、『周藤良太郎』はまるで閃光のような輝きを放ちながら突然現れた。

 

 わたしたちも今では『周藤良太郎』と肩を並べられるトップアイドルになったと自負しているが、それまではリョウがアイドルでありながらアイドルという存在そのものを照らし続けていた。

 

 そんなことが出来たのはきっと、そんなリョウとほぼ同じタイミングで()()()()()()アイドルになった――。

 

 

 

 

 

 

「あ、いたいた」

 

 

 

 

 

 

 ――瞬間、音が消えた。

 

 楽しげに会話を楽しんでいたりんと美琴も、真面目な企画の話の最中にふざけて律子に怒られていたリョウも、そんな二人を尻目に追加のお酒を注文しようとしていた麗華も、一様に言葉を失った。

 

 

 

 

 

 

「探しちゃったよ、まさかこんなところに集まってるなんて」

 

 

 

 

 

 

「……おい麗華。貸し切り、だったよな?」

 

「……ゴメン。そのつもり、だったんけど……」

 

「いや、お前は悪くない」

 

 口を開くことすら憚られるような空気の中、唯一リョウと麗華だけが言葉を発していた。

 

 しかし二人の声は、普段それとは思えないほど強張ったものだった。

 

 

 

 

 

 

「聞いたよ? コレ、同期会なんだって?」

 

 

 

 

 

 

「なんでテメェがここにいる……」

 

 

 

 

 

 

「楽しそうじゃん――」

 

 

 

 

 

 

「なぁ――!」

 

 

 

 

 

 

「――アタシも交ぜてよ」

 

 

 

 

 

 

 ――玲音っ!!!

 

 

 




・良太郎たちみたいな~
良太郎の精神に多大なるダメージを与えましたが、美琴が釈明したように全部良太郎のせいというわけではありません。
では残りの責任の所在はというと……?

・美琴の食事事情
シャニで一番カロリーメイトが似合いそうなアイドル。

・人として守らなきゃいけないものが三つ
・グリッドマンの映画
このまま毎週観に行くんじゃないかってぐらい面白い。
※なおネタとしてはグリッドマンではなくダイナゼノンの模様。

・『女帝』襲来
――災害は、いつだって突然現れる。



 あっさりと明かされた美琴の事情ですが、まだ途中です。本題はこれから。

 そして初登場から約八年の時を経て、ついに現れました。

 ラスボス系主人公と揶揄される良太郎ですが、彼にとってのラスボスは間違いなく彼女。

 永遠のライバルであり戦友であり、世界で一番の天敵。

 唯一、正真正銘『周藤良太郎と同格のアイドル』玲音の登場です。


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Lesson350 覇王世代の宴 4

【緊急闇深注意報】


 

 

 

 八年前、とある一人の少女が日本から海を渡りアメリカへと旅立ち、そこでアイドルとしてデビューした。

 

 初ステージはそこそこ大きな街の片隅。しかし僅か三ヶ月後、彼女はブロードウェイの看板にその名を輝かせた。

 

 圧倒的な歌唱力。圧倒的なパフォーマンス。見るもの全てを魅了したなんて言葉が陳腐に感じてしまうほど、アメリカ全土の人間は彼女に魅了された(きょうふした)

 

 

 

 彼女の名は玲音。『女帝』とも呼ばれる輝きの向こう側(オーバーランク)に至ったトップアイドル。

 

 去年の春、『周藤良太郎』と世界の頂点をかけて競い合った正真正銘の怪物。

 

 

 

 そんな玲音が今、何故かわたしたちの前に現れた。

 

 

 

 

 

 

「おやおや、随分とご挨拶じゃない。アタシだってみんなと同期みたいなもんでしょ?」

 

 リョウの珍しい怒鳴り声を受けたにも関わらず、玲音はカラカラと笑っていた。

 

「……だからといって、貸し切りのレストランに入ってくるなんて随分と横暴な真似をしてくれるじゃない」

 

「へぇ、貸し切りだったんだ。スタッフにお願いしたら()()中に入れてくれたもんだから、全然気付かなかったよ」

 

「言ってくれるわね……」

 

 麗華の言葉も笑顔で受け流す玲音。

 

 これは流石にスタッフの人は責められないな……きっと玲音に凄まれて怯んじゃって、その上で「もしかしてこの人も本当は参加者だったのかも」とか思わされちゃったんだろう。

 

「もう一回聞いてやるよ……てめぇ、何しにここに来た。うっかり迷い込んだなんてふざけたこと言い出すつもりじゃねぇだろうな」

 

 再び玲音に問いかけるリョウの声は、普段の飄々とした彼からはとても想像出来ないほどの『敵意』が隠しきれずに溢れていた。

 

 ……リョウが玲音のことを毛嫌い……もとい苦手としていることは知っている。彼女の名前が出るたびに露骨に嫌そうな声を出して拒絶するので、既にかなりの人数が知っている事実である。

 

 しかし()()()()()()()()()()()()は、実はわたしも知らない。

 

 リョウ本人は「あんな出鱈目な奴、二度とやり合いたくない」と『どの口が』なんてことを言っていたが、なんとなくそれ以外にも理由があるような気がするのだ。じゃないとあのリョウがここまで毛嫌いするわけないと思う。

 

 どうやらりんはその理由を知っているらしいのだが、何故か頑なに口を開いてくれない。りんもリョウほどではないにせよ玲音のことを嫌っていて「アタシもちょっと関わりたくないかな」とは言っていたが……本当になんなんだろう。

 

 さて、傍から聞いているわたしたちですら背筋が伸びそうなぐらいに冷え切ったリョウの敵意溢れる声を、一身に受ける玲音はというと未だに余裕綽々な笑みを崩さない。

 

 

 

 

 

 

「ふふっ、そんなに大声を出してどうしたのさ、ハニー」

 

「だからお前マジでそれやめろ……!」

 

 

 

 

 

 

「「「「……は、ハニー……?」」」」

 

 わたしと麗華と律子と美琴の声が重なる。正直理解が追い付かないんだけど……え、今コレ何が起こってるの?

 

「だぁからマジでいい加減にしろっつってんだろがあああぁぁぁ! りょーくんはアタシのもんだっ!」

 

「あ、いたんだ朝比奈りん」

 

「ぶち(ころ)すぞテメェ!」

 

 マズい、りんの精神テンションが貧民(がくせい)時代に戻っている。

 

「ちくしょう、なんで日本に戻ってまでこいつに怯えにゃならんのだ……」

 

 リョウはリョウで顔を覆いながらさめざめと泣いてるし。

 

「とりあえず、椅子を一つ追加で。あと何か適当にワインでも貰おうかな」

 

「「帰れっ!」」

 

 

 

 

 

 

「ほら、アレだよ。昔少しだけ話したことあった少年が、いつの間にかカッコよくなって大スターになってるっていう、そんな感じのアレ。いやホントびっくりだよね、アタシが昔、とある公園で出会った男の子が自分と同時期にアイドルになって、そして世界一を決める舞台で再会するなんて、そんなの運命だって思うじゃん。いや運命そのものだよね。しかもその歌声とダンスが『世界一のアイドル』だって自負してる自分と同レベルなの。あ、言っとくけどアタシは今でも良太郎には負けてないと思ってるからね。アタシの方が絶対『世界一』だから、近いうちにリベンジしてその称号返してもらうから。話が逸れたけど、要するに気になってた男の子が孤高のアタシと同じ高みに上ってくれていてすっごい嬉しかったの。そんでもって滅茶苦茶カッコいいし、ついでにアタシのこと滅茶苦茶意識してくれてるし、そんなのもう愛じゃん。だからこれはもう結婚だなって」

 

 ふてぶてしくも居座りやがった玲音は、そう長々と言い切ってからプハーッとグラスのワインを飲み干した。

 

「結婚だな、じゃねぇんだよ……」

 

「あ、リョウのフォントが戻った」

 

 あれ疲れるんだよ。

 

「アンタも知ってたの?」

 

「あん?」

 

「……ごめん」

 

 一方でりんのフォントは戻っていなかった。思わず麗華が素直に謝ってしまうレベル。

 

 しかし、結構いいワイン飲みやがって……アイツの分も支払うの嫌だけど、かといってアイツから金を徴収するのもなんか嫌だな……。

 

 ……『Q 結局どういうことなの?』という人のためにざっくりと説明すると、要するに『A なんか得体の知れない化け物に求婚されて怖い』ってことである。本当はもうちょっと色々あるけれど、要約するとこういうことだ。

 

 胸のボリュームは些か物足りない感じはするもののこいつは間違いなく美人である。それは認めよう。しかし考えてみて欲しい、例え美人であろうとも、こいつは『拳銃を突き付けられて本気の殺意を向けられても一歩も引かない』どころか『なんの躊躇いもなく自分の命を自分の歌声に賭けることが出来る』のだ。そんな相手からやたらと大きなハートマークの矢印を向けられれば、誰だって恐怖を覚えるに決まっているのだ。

 

 以前美城さんには「こいつの相手は俺がする」みたいな啖呵を切ったが……正直ちょっとだけ後悔した。こいつの実力は分かっていたつもりだったが、実際に対峙して分かった。分かってしまったのだ。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 俺の才能が転生特典という養殖物であるのに対し、玲音の才能が紛れもなく天然物。その差は殆どないと俺は思っている。

 

 だからIEでこいつに勝てたのは……きっと奇跡だと思っている。何か一つ、ボタンの掛け違いがあったら、俺はこいつに勝てていなかった。

 

「………………」

 

「そんなにアタシのこと見つめてどうしたのさ」

 

 だからそんな相手にベタ惚れされるのがホント怖いんだよ……。

 

「いや真面目な話、本当になんでお前ここにいるんだよ」

 

 冷や汗でべったりの手のひらをナプキンで拭きながら、そろそろ本題に入る。

 

 こいつに対する敵対心とか反発心とかそういうの抜きにして、純粋にここにいる理由が分からない。正確には『ここに俺たちがいる』と知った理由だ。

 

「ん? そりゃ教えてもらったからだよ。折角一時的にとはいえ日本に帰って来たんだから『友だち』に会いに来るぐらい普通でしょ?」

 

「『友だち』……?」

 

「そう、友だち」

 

 そう言って、玲音は()()に向かってヒラヒラと手を振った。

 

「てなわけで、ほったらかしにして悪かったね。久しぶりにハニーに会えてテンション上がっちゃって」

 

 

 

「ううん、そういうところ、変わってないなって思うよ」

 

 

 

 ……え、み、美琴?

 

 

 

「久しぶり、みーちゃん」

 

「うん、久しぶり、れーちゃん」

 

 

 

「「「「「……はあっ!?」」」」」

 

 突然ぶち込まれた新情報という名の爆弾が炸裂した。

 

 

 

 

 

 

「お、幼馴染……!?」

 

「うん。れーちゃんが日本を離れる前からの幼馴染」

 

「それからもずーっと連絡取り合ってたし、なんだったらこっそり帰ってきて一緒に遊んだりもしたんだから」

 

 美琴と玲音は顔を見合わせると「「ねー」」と息を揃えた。俺たちの同期の新たな一面に、その場にいた全員が驚きを隠せなかった。

 

「実はれーちゃんには『今日同期会があるんだ』って言っちゃって……」

 

「それを聞いて、たまたま帰国してたついでに遊びに来てあげたってわけ。さっきも言ったけど、アタシだって同期みたいなもんだしねー」

 

 正直「お呼びじゃねぇんだよ」ってすっごい言いたいけど、こうなってくると美琴に対する「余計なことをしやがって」という糾弾にもなりかねないからグッと言葉を飲み込む。このやろう、美琴を人質に取りやがって……。

 

 そんな俺の恨めし気な視線を無視するように、玲音は美琴と楽しそうに会話をしていた。

 

 

 

「それにしてもみーちゃん、961辞めちゃったんだね」

 

「ごめんね、折角れーちゃんが口利きしてくれたのに」

 

「気にしてないよ。あの人、見る目あるのに扱うのヘタクソだから。それにみーちゃんが961よりもいいところがあるって判断した結果なんでしょ?」

 

「うん、この事務所ならきっともっと()()()()()()()()()()()()なアイドルになれる気がしたんだ」

 

「うんうん、いいねーその向上心。お姉さん嫌いじゃないよ」

 

「……私の方が年上なんだけどな」

 

「アハハッ、拗ねてるみーちゃんも可愛いよ」

 

 

 

 ……おい待て。色々と待て。

 

 美琴が961に入った理由が玲音の口利きだという点に関しては、まぁいい。玲音の口振りからすると黒井社長と何かしらの接点があるように聞こえるが、こいつの渡米前の来歴を一切知らないのできっと何かしらあったのだろう。

 

 だが、しかし、美琴の()()()()()()()()という発言だけは、聞き逃すことが出来なかった。

 

(まさか、美琴、お前……)

 

「りょ、りょーくん……?」

 

 思わず立ち上がってしまった俺を、りんは不思議そうな目で見ていた。麗華たちもいきなり立ち上がった俺に視線を向けている。

 

 しかし俺の視線は、楽しそうに談笑する玲音と美琴の二人しか見ていなかった。

 

「……あぁ、うん、言いたいことは分かるよ、良太郎」

 

 そしてそんな俺に気が付いた玲音は、ニッコリと笑った。

 

「でも仕方がないよ」

 

 

 

 ――誰のせいでもない。

 

 ――アタシのせいでも。

 

 ――勿論、良太郎のせいでも。

 

 

 

 ……そんなこと。

 

(飲み込めるわけ、ねぇだろぉがよ……!)

 

 

 

 誰よりもひたむきで、誰よりも熱心で、誰よりも向上心に満ち溢れている、そんな俺たちの友人である緋田美琴。

 

 彼女は既に。

 

 『周藤良太郎』と『玲音』という強すぎる光に晒されて。

 

 もう、既に……。

 

 

 

「? どうしたの、良太郎?」

 

 

 

 いきなり立ち尽くした俺を見ながら、美琴は優しく微笑んだ。

 

 

 




・「そんなに大声を出してどうしたのさ、ハニー」
実はアイ転世界では美希が使用しないこの呼び方、なんと再雇用先は玲音でした。
……どうしてこうなった。

・りんの精神テンションが貧民時代に戻っている。
貧民時代のシーザーでももうちょっと大人しい口調だと思う。

・「だからこれはもう結婚だなって」
真面目なキャラに変な属性が付与されることでお馴染みのアイ転世界です。

・玲音は俺と同格の才能を持っている。
玲音は『この世界』で一番神様に愛されている。

・「久しぶり、みーちゃん」
・「うん、久しぶり、れーちゃん」
新たな設定追加。なんか仲良さそう……良さそうじゃない?

・『周藤良太郎』と『玲音』という強すぎる光に晒されて。
イカロスの翼。



 美琴編終わりです。はいコレで終わりです。勿論解決編というかそういうのはいずれ書きますが、美琴が抱えている問題はこれで全てです。

 原作の方ではどうなるのかは分かりませんが、アイ転世界における美琴が抱えている闇はこういう形になりました。諦めることよりももっとタチの悪い何かです。

 ちなみに玲音が悪役のような立ち位置になりましたが、良太郎にとってのラスボスではあるものの美琴にとっての悪役ではないのであしからず。



 ……次回このままsideM編の流れに戻るってマ???


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Lesson351 Episode of S.E.M

『導く者』として。


 

 

 

「どないせえっちゅーねん!」

 

 

 

「いきなりなんだ!?」

 

「すまん兄貴、とりあえず前回のお葬式みたいな空気を払拭しようかなと思って……」

 

 あの後、同期会がどうなったのかという記憶がハッキリとしていない。しかし美琴は楽しそうにしていたという証言をりっちゃんから聞いているので、少なくとも『美琴との交友を深める』という当初の目的は達成出来ただろう。

 

 しかし、その美琴のことがどうしても気がかりだった。

 

(まさかアノヤロウとも知り合いだったとは……)

 

 正直予想外過ぎる繋がりだった。いくら()()()()()()()()()()()という前情報を知っていたとしても、そこから美琴との関係に結び付けるのは不可能だ。だってアイツが渡米した頃にはまだ美琴はフリーだったし……。

 

 だがこれでハッキリとしてしまった。あの美琴の執着心にも似た異常な向上心は、全て『周藤良太郎』と『玲音』という二人の『輝きの向こう側(オーバーランク)』のトップアイドルを間近で見てしまったことによるものだった。

 

 

 

 つまり美琴は……『輝きの向こう側』以外を見ることが出来なくなってしまっているのだ。

 

 

 

 それを否定することはしない。けれどそれはまるで『茨の道を脇目も振らずに走り抜ける』ような行為だ。自分の傷に気付かず、流れる血にも気付けず、そのまま……。

 

(………………)

 

 他人(ひと)の人生に、生き方に、口出す権利なんてない。そもそも今の美琴に「そんなことはやめておけ」と言ったところで、きっと美琴は笑顔で「大丈夫だよ、心配してくれてありがとう」と返すことだろう。アイツはそういう奴だ。

 

 それにそのやり方も間違っているわけではない。寧ろ俺や玲音の方(かがやきのむこうがわ)に来ようとするならば、きっとそれぐらいのことをしなければ辿り着けないだろう。

 

(けど、だからって……)

 

「……おい、本当に大丈夫か? いきなり叫んだかと思ったら、今度は急に黙り込んで」

 

「……俺は大丈夫なんだけど、大丈夫じゃない奴がいるというか、全体的に言えば全く大丈夫じゃないというか……」

 

「は?」

 

「……いや、やっぱり何でもない」

 

 パンッと軽く両頬を叩いて意識を切り替える。

 

「あんまりシリアスになりすぎると、またりんのおっぱいビンタが飛んでくるからな」

 

「は?」

 

 

 

「で? なんの話だったっけ?」

 

「だから、予備校主催の『受験生応援ライブ』だ。お前がやりたいって引き受けてきた企画だろ?」

 

「あー、そうだった」

 

 改めて、事務所の社長室にて兄貴から資料をパサリと渡される。

 

「しかし、相変わらずお前は仕事を選ばんな。今更こういう仕事をするとは」

 

「選んでるからこそ、こういう仕事を引き受けたんだよ」

 

 とはいえ兄貴に言いたいこともよく分かる。今回のこのお仕事は、とある予備校を運営するグループが企画した『受験生のためのライブ』だ。観客は受験生に限定されるため少なく、ステージだってとある学校の体育館で行われるためかなりの小規模。ハッキリと言ってしまえば『周藤良太郎』が立つステージとしては小さすぎる。

 

 それでも俺は、緊張した面持ちでビクビクしながら企画担当者が持って来たこの話を、二つ返事でオッケーした。

 

「担当者さん、凄いポカンとした表情してたぞ」

 

「そりゃするだろう。向こうも『断られて元々』ぐらいのスタンスで持って来ただろうし」

 

 その勇気に免じて……というわけではない。ギャラだってそれ相応には出してもらうつもりなので、決して善意というわけでもない。敢えて理由を挙げるとするならば……。

 

「凛ちゃんが今年受験生だから……かな?」

 

「それはそれで去年受験生だった子から凄い怒られそうな理由だけどな」

 

 そう言いながら、兄貴は「お前らしい」と笑った。

 

 

 

「当然のように俺はトリだな」

 

 改めて兄貴から渡された今回の企画書に目を通す。

 

 ある程度大きなステージ、それこそ魔王の三人やジュピターの三人も出演するならばそちらに任せるというセトリもありだっただろうが、今回の出演アイドルの名前を見る限りではそれは少し難しいだろう。

 

「……おや」

 

 トップバッターに知っている名前を見付けた。

 

「なるほど。俺なんかより余程このステージにふさわしいアイドルにもちゃんと声かけてたみたいだ」

 

 この企画担当者に対する評価がまた一つ上がった。

 

 

 

「315プロダクション『S.E.M』。元高校教師っていう経歴がこのステージにピッタリだな」

 

 

 

 

 

 

 翌日。美琴のことは相変わらず気がかりだが、自分の新曲の振り付けにも気になるところがあったため近くのスタジオを借りた。振り付け確認程度であれば普段は事務所内のスタジオを使用するのだが、現場と現場の僅かな時間を活用するために極力移動時間を減らした結果である。

 

「今、お水持ってきます!」

 

「おや」

 

 そんなスタジオの廊下を歩いていると、スタジオの一室から315プロのプロデューサーさんが飛び出していくところを目撃した。何やら慌てた様子のプロデューサーさんは、背後から近付く俺に気が付かなかった!

 

「って、何事だ?」

 

 声をかける暇なく駆けていくプロデューサーさんの背中を見送ってから、俺は彼が飛び出してきたスタジオの中を覗き込む。

 

 ……するとそこには、床に倒れ伏したSEMの三人の姿があった!

 

「……なに、事件現場?」

 

 工藤先生呼ぶ?

 

 

 

「……はい、どうですか?」

 

「あ゛ぁぁぁ……生き返るぅ……」

 

 いつも持ち歩いている簡易救急セットの中から湿布を取り出して次郎さんの腰に貼ってあげた。

 

「ありがとね、すどうさん」

 

「すみません周藤さん、本来こういったものは僕が用意しておくべきでした……」

 

「いえいえ」

 

 さて、プロデューサーさんが買ってきた水を飲みながらSEMの三人は一息ついているが、どうやら彼らは新曲の練習をしていたらしい。

 

「『受験生応援ライブ』ですよね。俺も出演させてもらいますので、今回はよろしくお願いします」

 

「いやいや、それはこっちのセリフだって……」

 

「俺たちトップバッターだから、よろしくね! ミスターりょー!」

 

「アイドルとしては若輩者の身ではあるが、全力を持って挑ませていただく」

 

「おじさんたちのせいで観客席が冷え切っちゃわなけりゃいいけど」

 

「大丈夫です、オオトリは俺ですから」

 

 例え俺より前に出演するアイドルがどれだけ地獄のような空気を作り出したとしても、最後の俺のステージで盛り上げきってみせる。俺がオオトリを務める以上、白けたライブになんてさせやしない。

 

「だから安心して全力を出し切ってくださいね」

 

「うへぇ、頼もしいねぇ……流石は『周藤良太郎』」

 

「No problem! 俺たち頑張るよ!」

 

「あぁ、完璧なステージにしてみせる」

 

(……完璧かぁ……)

 

 

 

 ――良太郎たちみたいな完璧なパフォーマンスが出来るようになってから……。

 

 

 

「………………」

 

「? ミスターりょー? What's happened?」

 

「Nothing」

 

 フルフルと頭を振って思考を切り替える。

 

「それにしても、三人揃って随分とバテてましたね。そんなにレッスンがキツかったんですか?」

 

「それがですねぇ……」

 

 次郎さんがちょいちょいと床に置かれていノートパソコンを指差しながらプロデューサーさんにアイコンタクトを送ると、それが通じたらしいプロデューサーさんはコクリと頷くとノートパソコンを持ちあげて俺に画面を向けた。

 

「実はこういう振り付けの曲になっていまして……」

 

「どれどれ……」

 

 スッと眼鏡を取り出して振り付けの動画を拝見する。いつもの『俺は部外者なのに~』といったやり取りはこれまでも散々してきたので今回はカット。

 

「……ふむ、一見すると単純な振り付けですけど、運動量が多いですね」

 

 なるほど、三人がここまでバテていた理由がよく分かった。

 

「初めは振り付けを少しだけ簡単なものにしようという案も出たのですが……」

 

「それはあまりしたくなかった」

 

 道夫さんが首を横に振った。

 

「私たちの事務所の学生諸君にも振り付けを見てもらったのだが、そちらの方が反応が良かった。この振り付けは私たち『S.E.M』が目指すアイドル像に適切だと考えたのだ」

 

「SEMが目指すアイドル像、ですか」

 

 確かこの三人は『生徒たちを導くため』というなかなか稀有な理由でアイドルになった人たちだった。

 

「生徒たちの関心を引くために鼻眼鏡で授業したり、人形劇で授業したりもしたよね、はざまさん」

 

 なにそれちょっと気になる。ウチの高校は生徒たちに負けず劣らず教師陣も濃い人たちばかりだったけど、流石にそんな授業をする人はいなかったな。

 

「しかしそれでは生徒たちに私たちの言葉を届けることは出来なかった。そんなとき、文化祭に来てくれたアイドルのステージを見て思ったのだ。アイドルとしてならば、生徒たちにより強く私たちの言葉を届けることが出来るのではないか、と」

 

「ちなみにそのとき来てくれたのは、346productionの『Asterisk』っていうアイドルユニットだったよ!」

 

「あぁ、あの二人か……」

 

 聞けば一昨年の秋の文化祭のことだったらしい。丁度その頃の346プロと言えば、確か秋フェスが終わって凛ちゃんと卯月ちゃんが……ウッ、頬が……じゃなくて頭が……!

 

「そこで一人の女子生徒が、アイドルについて熱く語ってくれたのだ。如何に人を惹きつけるか、如何に人へ想いを届けることが出来るか。彼女はとても熱心に語ってくれた」

 

「……この前もその話チラッと聞きましたけど、その女子生徒って、今765プロでアイドルやってるツインテールの子だったりしません?」

 

「なにっ、周藤君は知っていたのか」

 

「えっと、まぁ……」

 

 一応候補としてはピンク色の頭の可能性もあったのだが、アイツは確か普通の公立高校は通ってなかったって聞いたから除外した。

 

 しかしまさかこの三人のアイドルとしての原点が亜利沙ちゃんとは……このこと、彼女は知っているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

「……は、ハーックション!」

 

「亜利沙さーん? お写真を撮るときはどうすればいいのか、私、言いましたよね~?」

 

「あぁ、バレ……!? い、いえそんなこと……なんかデジャヴ!?」

 

 

 




・玲音が元961プロ所属
アイ転世界では離脱済み。

・『受験生応援ライブ』
・ステージとしては小さすぎる
未だにフットワークが軽いタイプのアイドル。

・背後から近付く俺に気が付かなかった!
年数を重ねるごとにネタキャラ化していくジンニキ。あの人ちょっとばかり考え方に柔軟性が足りないんだよなぁ……。



 前回のあの引きから通常回を進める勇気!

 ……投げっぱなしというわけではなく、ちょいちょい消化していく今章における大問ということで一つお願いします。

 そんなわけで本家とは微妙に時系列がズレていますが、今回からSEM編です。



『どうでもいい小話』

 今更ですが『推しの子』原作全話接種しました。

 心がぐちゃぐちゃになりました。たすけて


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Lesson352 Episode of S.E.M 2

のんびり回。


 

 

 

「まぁ、はざまさんのこだわりは知っていたし、それに付き合ってアイドルになったのは他ならぬ俺なんだけどさ」

 

 図らずも教師三人の人生を大きく変えてしまった女子生徒ことアイドルオタクAちゃんのことは一先ず置いておいて、話題はSEMの三人が踊ることになる振り付けに戻る。

 

「流石にこの激しい振り付けをそのまま採用したら、今みたいに全身筋肉痛になって動けなくなっちゃいますって……」

 

 現に床に這い蹲って動けなくなっていた次郎さんが苦笑する。

 

「なるほど……確かにそれは見過ごせないな」

 

 あ、道夫さんの眼鏡がアニメみたいに光った。眼鏡キラーンだ眼鏡キラーン。俺もいつか出来るようになりたい。

 

 

 

「まず一般的に筋肉痛と呼ばれている現象は、運動した数時間後に発生する『遅延性筋肉痛』のことを指す。これは運動によって傷ついた筋繊維を修復するときに生じる痛みとされている」

 

「主な原因は運動不足……まぁ要するにあんまり使ってない筋肉を動かすことで起きるので、日頃から適度な運動を心がけましょうってことです」

 

 突如始まった硲先生の講義に、一応アイドルの先輩として俺からも補足説明を入れる。

 

「はい、すどうさん」

 

「はい次郎さん」

 

 まるで生徒のように挙手した次郎さんに対して先生のように発言を促す。

 

「運動って、つまり毎日このダンスレッスンやるってこと……?」

 

「それはそれで手っ取り早いですけど、まずは有酸素運動から始めるといいですよ」

 

「そう、つまりは……ランニングだ!」

 

「はい! ミスターはざま!」

 

「はい舞田君」

 

 まるで生徒のように挙手した類さんに対して先生のように道夫さんが発言を促す。こっちは俺と違い、元とは言え本物の先生である。

 

「runningするのはmorning? それともnight?」

 

「運動直後は興奮して寝つきが悪くなると聞く。それを踏まえて、明日から早朝ランニングを行おう!」

 

「おぉ!」

 

「うぇ……」

 

 道夫さんの宣言に類さんは肯定的に、次郎さんは否定的に、それぞれ正反対の反応を見せた。

 

「どうだろうか周藤君。この道を行く先達として意見を聞きたい」

 

「いいと思いますよ。何事も体力が物を言う業界ですからね」

 

「周藤さんの123プロは『徹底的に基礎練習を行う』ことで有名な事務所でしたね」

 

「え、そんなことで有名になってるんですか?」

 

 プロデューサーさんが「そういえば」みたいなノリで言い出したが、個人的には初耳だったのでちょっと驚いてしまった。いや何も間違っていないけど。

 

 ただウチの事務所……というよりは『高町家の方針』と言った方がより正解に近い。それが結果として俺のアイドルとしての基礎を作り上げたので、そのまま123のアイドルたちにもそれに倣ってもらったのだ。

 

 そのおかげで、ウチの事務所に所属するアイドルは二時間でも三時間でもステージに立ち続けられる体力を獲得した。あの一番ひ弱だった美優さんですら、タイムさえ気にしなければ笑顔でフルマラソンを完走出来るぐらいだ。

 

「まぁ実際ステージに立つと色々と考えなきゃいけないことや気にしなきゃいけないことが沢山あって、それ以上に体力持ってかれるんですけどね」

 

「ふむ、いずれ我々もその境地へ至ったときのために、今からでも体力作りは重要だな」

 

「いやそのレベルになるまでアイドル続けられるかどうかが問題だと思うな……」

 

「ノンノン! 一緒にForever IDOL頑張ろう!」

 

「フォーエバーはちょっと……」

 

 とまぁそんなやり取りを経て、どうやらSEMの三人は明日から早朝ランニングをすることになったらしい。三人とも元高校教師という少々運動から離れた仕事をしていた上に、類さんはともかく道夫さんと次郎さんは三十を超えている。ここらでしっかりと基礎を見つめ直すのは良いことだろう。

 

「………………」

 

「む、どうかしたのか、周藤君」

 

「いえ。ちなみにどの辺りで何時頃から始める予定ですか?」

 

「そうだな……場所は事務所近くの河川敷にしよう、近隣の定番ランニングコースだ。時間は六時だ」

 

「六時……!? え、つまり何時に起きなきゃいけないんですか……!?」

 

「えっと……うん、五時には起きて準備した方がいいんじゃないかな!」

 

「マジですか……」

 

 五時起きという事実にガクッと項垂れる次郎さん。本格的なアイドルの仕事が始まったら五時どころか四時とか三時起きも普通にあるから、ここは慣れてもらいたいところである。

 

「ともあれ、事務所近くの河川敷で六時からですね、分かりました」

 

「……え、分かりましたって周藤さん……まさか」

 

「いえいえまさかそんな」

 

「まだ何も言ってないんですけど……」

 

 

 

 

 

 

「来ちゃった」

 

『周藤良太郎が来ちゃった!?』

 

 翌日の六時。ジャージを着て315プロ近辺の河川敷に顔を出したらとても驚かれた。

 

「本当に来ちゃったのね……」

 

「ちょっと気分転換したくて」

 

 呆れたように苦笑する次郎さんに、軽く準備運動をしながら答えた。とはいえここまで軽く走ってきているので既に身体は温まっている。

 

「そちらも出席率いいですね」

 

 寧ろSEM以外にも315プロのほぼ全てのアイドルが参加しているので出席率は驚異の100%超えである。いないのはつい最近事務所に加入したらしい蒼井兄弟ぐらいだった。

 

 さてそんな315プロの面々が突然現れた俺に少々引き気味の面々ではあるが、そんな中でも肯定的な姿勢を見せてくれた四季がまるで犬のようにパァッと笑顔を輝かせて近寄って来た。

 

「わぁ! リョーさんっちも走るんすね!」

 

「リョーさんっち!?」

 

「お前それは流石に勇気ありすぎる呼び方だぞ!?」

 

「おー、リョーさんっちも走るぞー」

 

「「そしてそれ受け入れちゃうの!?」」

 

 隼人と春名が驚いている。うーむ、まだ新鮮な反応だ……。

 

「ってことはリョーさんっちも運動不足!?」

 

「んなわけあるかい」

 

 トップアイドルとして体力が落ちてる暇なんてない。アイドルとは延々と走り続けるような仕事で、その中でも俺は常にトップスピードで走り続けることを求められるような立場なのだから。

 

「じゃあなんで来たんすか?」

 

「四季、お前もうちょっと言葉選ぼうぜ……」

 

「聞いてるこっちがひやひやするよ……」

 

 四季の言動に春名と隼人が冷や汗を流している。

 

(名前の読みが同じだから、こういう天然なところはウチの気紛れチシャ猫と若干被るところがあるな……)

 

 四季は猫というより犬だけど。

 

 

 

 

 

 

「美優さん! 志希さん(あのバカ)は何処行きましたか!?」

 

「え、さっき『志保ちゃんのところに行ってくるね~』と言って行きましたけど……え!? まさか!?」

 

 

 

 

 

 

 なんかまた志希が失踪して志保ちゃんが怒っている気配がした。美優さんと三人で朝早くから現場って言ってたけど……まぁいいか。最近の志保ちゃんは逞しくなったし、きっとなんとかしてくれる。うん。

 

「さっきも言ったけど気分転換だよ。最近忙しくてランニングとかやってないし」

 

 後は315プロのアイドルと交友を深めたい……という理由もあった。

 

 315プロのアイドルと俺は、八事務所合同ライブでは白組として一緒のステージに立つ。俺もプロなので初対面の人であろうとも最高のステージにする自信はあるが、どうせならお互いに楽しいステージにしたい。

 

「てな感じで特に深い理由はないんで、皆さんお気になさらず」

 

「勿論っす! あの『周藤良太郎』と一緒に走れるなんて、ハイパーメガマックスでテンションっすよ!」

 

「うんうん! ミスターりょーも一緒に、runningでLet’s enjoy!」

 

「やふー! 僕もエンジョーイするー!」

 

「完璧にお気になさらずってのは、ちょっと難しいが……うん、一緒に頑張ろうぜ! リョーさん!」

 

 四季と類さんとピエールと輝さん、315プロの圧倒的ライトサイド組が肯定的な反応を示してくれた。眩しいなぁ……意図的に陽キャラっぽい雰囲気は醸し出すように意識してるけど、根っこの部分は前世からの陰キャの俺には強い光じゃ……。

 

「……まぁ、反対する理由はないよ」

 

「こちらこそ、我々のトレーニングに付き合っていただけることに感謝したい」

 

「いえいえ、よろしくお願いします、次郎さん、道夫さん」

 

 てなわけで、ランニングスタート。最初の目標は自分のペースで二十分間走り切ることである。

 

 

 

 

 

 

「そういえばリョーさんっち、今日も眼鏡かけてるんすね。それ伊達っすか?」

 

「いや本物。最近めっきり視力落ちちゃって」

 

「え、でもテレビで眼鏡かけてるところ殆ど見ないっすけど」

 

「普段はコンタクトしてるからな。最近はプライベートだと殆ど眼鏡だよ」

 

「ってことは、オレとリョーさんっち、あと薫っちせんせーも含めて、三人でメガネトリオっすね!」

 

「眼鏡三兄弟って感じじゃないかな」

 

「勝手に変な括りに入れないでくれ」

 

「そう固いこと言うなよ兄さん」

 

「そうっすよ! 兄ちゃん!」

 

「ヤメロ」

 

 

 

「そういえばみのりさん、童顔ですけど三十超えてるんですよね、その童顔で」

 

「いきなり刺すの止めない?」

 

「どうですか? みのりさんが『アイドルにスカウトされた』って話してくれたときに言ったように、ちゃんとトレーニング続けてましたか?」

 

「まぁね。あの『アイドル好きのリョーさん』の言うことならま違いないだろうなって思って、コツコツ走ってたよ。元々現場参戦のための体力作りはしてたしね」

 

「それはよかった。推す側も推される側も体力がいる世界ですからね」

 

「ど、道理で、みのりさん、俺より、年上なのに、余裕そうだと、思ったよ……」

 

「次郎さんの場合は、私生活面に少々問題がありそうですけど」

 

 

 

「へぇ、旬と夏来は幼馴染か」

 

「はい」

 

「うん……」

 

「俺もいるぞー、幼馴染。現代に生きる本物の剣士の幼馴染が」

 

「なんですかその肩書!?」

 

「剣士って……今も本当にいるんだ……」

 

「あとは何故かお嬢様口調で喋る精肉店出身の庶民派アイドル」

 

「その肩書もなんなんですか……」

 

「精肉店……?」

 

「それはきっと765プロの二階堂千鶴ちゃんだね! 765プロシアター二期生の一人で初見の人はその豪華な見た目とお嬢様口調に圧倒されるんだけど実際にそのMCを聞いて見ると圧倒的庶民派のギャップがいいんだよねしかもそれを全く隠すことなく寧ろ実家の精肉店の宣伝をしちゃうところがまた可愛いというか見た目は美人さんそのものだよねそうかそんな千鶴ちゃんともリョーさんは幼馴染だったのかあぁそれもっと早く聞きたかったないやでもリョーさんはアイドルだって隠してたんだもんないやそれでも幼馴染という情報ぐらいは教えてくれてもよかったんじゃないかないやいやでもでも」

 

「みのりさん!?」

 

「みのりさん余裕そうですね」

 

「すっごい……早口……」

 

 

 

 大体そんな感じで、早朝のランニングを楽しく過ごさせてもらったわけである。

 

 

 




・『徹底的に基礎練習を行う』ことで有名な事務所
基礎は大事だってケンイチでも言ってたし……。

・「来ちゃった」
※基本的に何処にでも来ます。

・みのり>次郎
ビジュアル的にもちょっとビビる。



 今回は比較的にのんびりした回。美琴編がずっと重かったからね。

 とはいえずっと目を逸らし続けるわけにはいかないので、次回には本題に戻ります。


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Lesson353 Episode of S.E.M 3

ようやく本題へ。


 

 

 

 ランニングは一日置きに行うらしいので、翌々日。今日も参加させてもらおうと河川敷にやってきたのだが、今日は新たな参加者がいた。

 

「876プロ所属の秋月涼です。よろしくお願いします」

 

『秋月涼も来ちゃった!?』

 

 昨日たまたま現場で一緒になった涼にランニングのことを話したところ「僕だって今回のライブで同じ白組なんですから!」となかなか積極的に参加の姿勢を見せてくれたのだ。

 

「わぁ! りょうちんも来たんだ! おはよー!」

 

「おはよう、咲ちゃん。うん、今の僕は半分315プロ所属みたいなものだから、これを期にみんなと仲良くなれたらいいなって思ったんだ」

 

 今回のライブで期間限定のユニットを組む咲ちゃんがトテトテと近づいてきて涼とハイタッチを交わした。うーん、美少女同士のやり取り。

 

 ちなみに今回の315プロ側のメンバーは全員揃っていた前回と打って変わり、ドラスタの三人とハイジョの悪ガキトリオの姿がなかった。

 

「ドラスタのお三方は朝から収録があるため不参加となります」

 

 とプロデューサーさんからの補足が。

 

「それじゃあ四季と隼人と春名の三人は?」

 

「寝坊です」

 

「アイツら……」

 

 旬と共に思わずため息が出てしまった。

 

 何はともあれ、今日も早朝ランニングスタートである。

 

 

 

「こうしてお話するのは初めてだったね、秋月君」

 

「そうですね。一応顔合わせはしていましたけど……よろしくお願いします」

 

「こちらこそよろしく頼む。秋月君も周藤君と同じくアイドルの先輩として、新参者の我々の指導をお願いしたい」

 

「そんな硲さん、僕なんかが指導出来ることなんて……」

 

「俺よりも貴重な体験している身だから、教わることは多いかもしれんな」

 

「それはそうですけど……そんなことありますかね?」

 

「自分の性別を悟られないように着替える方法?」

 

「それ絶対にいらないですよね!?」

 

 

 

「そういえば秋月さん、あの秋月律子さんの親戚なんですよね」

 

「あ、はい。ご存じでしたか?」

 

「いや、俺らに関していえば、散々みのりさんからレクチャーを受けていたので」

 

「れ、レクチャー?」

 

「うん! ボクたちいーっぱい、みのりから涼のこと聞いてるよー!」

 

「いやいや、そんな大それたことではなくて、涼君の以前のアイドルとしての活躍を少しだけ語らせてもらっただけだから……」

 

「そ、そうなん……ですか?」

 

「みのりさん、そういう場合、普通は『語る』って言葉を使わないんですよ」

 

「……え?」

 

「自覚しましょう、それは『オタクが推しのことを面倒臭く話す』際に使うものなんですよ」

 

「なん……だと……!?」

 

「べ、別に面倒臭いなんて感じなかったから大丈夫ですよ」

 

「みのりが楽しそうだったからボクもハッピーだったよ!」

 

 

 

「お、遅れてすみません!」

 

「寝坊しましたー!」

 

「おっ、来たな悪ガキトリオ」

 

「って、なんか美少女が二人並んでるっす!? ……っと思ったら咲ちゃんと涼ちんっすか!」

 

「美少女って……」

 

「今更だけど、基本的に女性アイドル時代と見た目ほぼ変わってないんだよなお前」

 

「一応僕も髪型を変えようとしたこともあったんですけど、愛ちゃんと絵理ちゃんに止められまして……」

 

「まぁアイドルが簡単に髪型変えたら、普通は事務所に怒られるものだからな」

 

「そーいえばリョーさんっち、兄ちゃんは何処行ったっすか?」

 

「兄さんは今日仕事らしいよ」

 

「良太郎さんと四季君のお兄さん!? 誰!?」

 

 

 

 

 

 

 さてさて、更に二日後。早くも早朝ランニングは三回目を迎えた。

 

 今回のランニングが始まるきっかけとなったSEMの三人もだいぶ運動に慣れてきた……とはイマイチ言い切れない感じである。特に次郎さん。この辺りは元々の体力が関係してくるから仕方がないといえば仕方がないのだけれど。

 

 ところで、今回も新たな参加者が現れた。

 

「123プロ所属『Jupiter』の天ヶ瀬冬馬だ。よろしくな」

 

『天ヶ瀬冬馬も来ちゃった!?』

 

 俺や涼が315プロに混ざってランニングをしているという話をしたら、冬馬は想像以上に前のめりになって参加希望を出してきた。

 

「ま、白組としてステージに立つのは俺も同じだからな! お前らがどれだけ根性あるか、俺が直々に見定めてやるよ!」

 

 などと偉そうに格好付けているが、基本的には俺や涼と同じように『315プロのみんなと交友を深めたい』というのが目的であることは想像に容易かった。こいつ基本的にみんなが楽しそうにしてるところには交ぜて欲しがるタイプの人間だし。

 

「す、周藤良太郎でもかなり驚いたけど、まさかあのジュピターも参加するなんて……」

 

「Amazingだね!」

 

「大変心強いではないか」

 

 既に三回目だ。みんなも慣れてきたことだし、粛々とスタートしよう。

 

 

 

「……良太郎から出席率が良いって聞いてたけど、全然いなくねぇか?」

 

「ハイジョと咲ちゃんは学生だからな。今日はバイトの三人も仕事だし」

 

「は? バイト? アルバイト?」

 

「うーん、字面だけで見ると確かにそう聞こえないこともないな……」

 

「あぁ、『Beit』っていうユニットだっけか? 確かお前の昔馴染みがいるんだったな」

 

「そうそう、みのりさん。当然の如くジュピターのファンでもあるから、いたらきっとかなり気持ち悪い……もとい、大袈裟なリアクションしてくれたと思うよ」

 

「お前今気持ち悪いって言ったよな……どんなリアクションだよ……」

 

「うんと……大体まゆちゃん」

 

「理解した」

 

「理解しちゃったか……それはそれでまゆちゃんに失礼だぞ」

 

「その発言も佐久間に失礼なんじゃねぇか?」

 

 

 

「え、舞田さん、北斗と知り合いなんすか」

 

「Yes! 同じ大学のテニスサークル! 向こうの方が一つ年上だけどFriendlyにさせてもらってるよ!」

 

「そういえば北斗さんもちゃんと大学行ってたんだよな。……それに比べて冬馬ときたら」

 

「うぐっ……い、いーんだよ俺は! それ以上にアイドルとして日々精進してんだよ!」

 

「まぁ最近のお前の成長具合は目を見張るものがあるって士郎さんも褒めてたからな」

 

「士郎さん?」

 

「俺と冬馬の共通の師匠……みたいな人です。剣術の達人で……」

 

「Wow! Japanese sword master!?」

 

「え、ちょっと待ってください、なんでアイドルとしての成長に剣術が関係するんですか……!?」

 

「やだなぁ次郎さん、アイドルと剣術は直接関係しませんよ。確かにナイフを持った暴漢相手だったら三人ぐらいは対処できますけど……」

 

「どういうこと!?」

 

「あ、アイドルというものは、まだまだ我々の知らない奥深さがあるのだな……」

 

「あー……硲さん、でしたよね。絶対に参考にはしない方がいいですよ」

 

 

 

「初めまして! 俺、天道輝って言います! お会い出来て光栄です、冬馬さん!」

 

「あぁ、初めまして。えっと、元弁護士でしたっけ」

 

「はい! でも今はアイドルの一番星目指して頑張ってます!」

 

「……へぇ、一番星。ならその道のり、俺が邪魔することになりますが……文句ないっすね?」

 

「っ! 勿論! 真っすぐ突き進むつもりではありますが、冬馬さんが立ち塞がるなら俺は真っ向から受けて立ちます!」

 

「はっ、なかなか威勢が……!」

 

冬馬(とうま)さんがいても遠回(とうまわ)りはしない! ってね!」

 

「………………」

 

「ウチのバカが……! 本当にすまない……!」

 

「頑張れ兄さん」

 

「だから兄と呼ぶな!」

 

 

 

 

 

 

 そんな感じでこちらとしては割と日々楽しくランニングに参加させてもらったわけである。途中、雨の日にもランニングを決行した結果、次郎さんだけが風邪を引くというアクシデントがあったものの……。

 

 

 

『頑張ってるstudentたちに、歌でYellを伝えるよ!』

 

『色々あるけど、今だけでも楽しんでいってくれ!』

 

『君たちの熱き想い、熱き魂を鼓舞するために! 全身全霊を捧げ務めることを……!』

 

 

 

 ――宣誓する! 『S.E,M』!

 

 

 

 SEMの三人の……三人の()()の熱い想いは、きっと生徒たちに届いたことだろう。

 

 

 

 

 

 

 それでは、ライブの成功を祝って~。

 

 

 

「「「「乾杯!」」」」

 

 

 

 四人で生ビールのジョッキを頭上に掲げて乾杯すると、俺と次郎さんと類さんはその中身を一気に煽った。

 

「っ、ぷは~! いやぁ、ライブまでずっとお酒控えてたから、沁みる~!」

 

「これで心置きなくenjoyできるね!」

 

「あら、制限してたんですね」

 

「アイドルは身体が資本ということで、糖質を含むビールや菓子類を禁止させてもらっていた。本来は継続すべきことなのだが……ライブ終了直後なので大目に見よう」

 

「「ありがと~!」」

 

 というわけで、俺とSEMの三人で『受験生応援ライブ』の打ち上げをすべく居酒屋にやって来た。

 

「っていうかいいの? トップアイドルがこんなところで生ビールなんてかっくらってて」

 

「逆にこんなところだからこそトップアイドルがいるなんて思わないんですよ。あ、今日は俺が全部出すんで、じゃんじゃん飲んでくださいね」

 

「「ごちで~す!」」

 

「……そうだな、ここはアイドルの後輩としてその好意に甘えることにしよう。ありがとう、周藤君」

 

「いえいえ」

 

 三人から頭を下げられるが、これぐらいはアイドルの先輩としてはいつものことなので気にしない。

 

「では代わりにと言ってはなんだが――」

 

 

 

 ――我々で()()()()()()に乗らせてもらおう。

 

 

 

「………………」

 

 道夫さんの言葉に、枝豆に伸ばした手が止まる。

 

「……なんのことですか、って惚けてもダメですかね?」

 

「ま、おじさんたち、これでも先生やってたんでね」

 

「ミスターりょーが何かconsultationしたがってたの、なんとなく分かってたよ」

 

 道夫さんだけではなく、次郎さんや類さんにも気付かれていたらしい。

 

 

 

「……それじゃあ、ちょっとだけ聞いてもらえますか?」

 

 

 

 俺が意図せずとはいえ、人生を捻じ曲げてしまった女性の話を……。

 

 

 




・涼参戦
良太郎が参加する以上、やっぱり他事務所男性アイドルも走らないと。

・冬馬参戦
良太郎が参加する以下略

・向こうの方が一つ年上だけど
珍しくsideMのアイドル側で起きている年齢変更による影響。
原作では勿論北斗の方が年下。

・周藤君の相談に
実はこっちが本題。



 珍しくあっさりとライブまでの道のりが終わりまして、残り一話ですがここからが本題。あの美琴編からSEM編に繋がったのはこういう理由がありました。

 普段は相談に乗る側の良太郎なので、今回は先生三人に相談に乗ってもらいます。



『どうでもいい小話』

 あまりにも興が乗りすぎて推しの子の短編一話だけ書きました。かなり短いですがお暇なときにでもどうぞ……。


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Lesson354 Episode of S.E.M 4

それは良太郎にしかできないこと。


 

 

 

「Hey! Everyone! 今晩もやってきました、S.E.Mのお悩み相談のコーナーだよ!」

 

「えっ」

 

「Todayの相談者はこの人! PN『遊び人のリョーさん』です!」

 

「PN『遊び人のリョーさん』です。先生方、今日はよろしくお願いします」

 

「待って待って、唐突に何か始まったんだけどこのテンションのまま続いていくの?」

 

「それで『遊び人のリョーさん』君、我々にしたい相談というのは何かね?」

 

「はざまさんまで乗っちゃうの!?」

 

 既に全員それなりにアルコールが回っている状態なので、俺の相談タイムは随分と愉快な空気感で始まった。

 

「これこれ、こういう空気がいいんですよ。毎回毎回重苦しく話を進める必要なんてないんですよ」

 

「すど……じゃなくて、リョーさんは何を言ってるの……」

 

「そう考えると『おっぱいビンタ』という恐怖を植え付けてくれたことに関して、俺はもうちょっと感謝しないといけないんだなって……」

 

「本当にリョーさんは何を言ってるの!?」

 

 さて本当にそろそろ本題に入ろう。

 

 

 

 教師三人に先日の出来事を事情説明(かくかくしかじか)

 

 

 

「……なるほどねぇ。つまり『周藤良太郎』と『玲音』の強すぎるアイドル性に当てられて、他のことに目を向けられないぐらい盲目的になっちゃった子がいる、と」

 

「それが悪いことだとは言いません。麗華や冬馬には寧ろ発破をかけてるぐらいです」

 

 次郎さんが注文した日本酒を俺も貰いながら「でも」と言葉を続ける。

 

「俺が言えた義理はないのかもしれませんが……それはあまりにも途方もない道なんです」

 

 そこに辿り着ける才能があるのであれば、俺は諸手を振って応援しよう。例え才能が無かったとしても、そのために努力すること自体も否定しない。

 

 しかし、美琴の場合は事情が違う。彼女は『輝きの向こう側』の光に()()()()しまっているのだ。

 

「んー……高校受験を無視して、いきなり名門大学受験を始める……みたいな感じかな」

 

「確かにそういった道を選ぶ生徒はたまにいるが……我々教師としては、積極的に進めたい道ではないな」

 

 次郎さんだけでなく類さんと道夫さんまでも顔を顰めてしまった。

 

「美琴がほんの少しでも『もしそこに辿り着けなかったら』ということを考えてくれるのであればいいんですけど……」

 

 あの目は、同期会で見た美琴のあの目は、それ以外を何も映すことがない暗闇(かがやき)に満ちてしまっていた。

 

 美琴はきっと、もう止まらない。

 

「……周藤君は、その子を止めたいのかい?」

 

 道夫さんからの問いかけに、俺は首を縦にも横にも振れなかった。

 

「複雑なんです。『友人』としての俺は応援したい、でも『アイドル』としての俺は無茶だと止めたい……そして『アイドルの王様』としての俺はここまで来て欲しがっているんです」

 

 自分の心の中で様々な感情と想いが入り乱れていて、とてもじゃないが一人では整理しきれなかった。単純な多数決で言えば止めるべきなのだろうが、そんな単純なことで決めることが出来るのであればわざわざこんな話をしていない。

 

「俺は、俺が今どうしたいのか、それすら分からないんです」

 

 

 

「……いや、別に難しく考えなくていいんじゃない?」

 

 

 

「……え」

 

 そんな身も蓋もないことを言い出したのは、徳利から日本酒を手酌していた次郎さんだった。

 

「いやごめんね。君が『アイドルの王様』として覚悟を決めてることは聞いたし、それを否定するつもりはないよ。その子がどれだけ無茶なことをしてるのかっていうのも、とりあえず理解しているつもりだ」

 

 それを踏まえて上で、それでも次郎さんは俺の悩みを「必要のないものではないか」と否定した。

 

「さっきるいも言ってたけど『高校受験をすっとばして大学受験をするみたいなもの』ってやつ、はざまさんも『積極的に進めたい道ではない』って言ってたけど……」

 

「あぁ、推奨は出来ない。だが一度覚悟を決めて足を踏み出している以上、それを全力でサポートするのが教師であり『導く者』としての役割ではないか?」

 

「ミスターりょーだって頭ごなしに否定してるわけじゃないってことは理解してるよ。その言葉はその道を進んだ先にいる者としてのものなんだろうけど、逆に言うとそこに導けるのは君以外いないんだよ」

 

 それは元教師としてではなく……今も変わらぬ『導く者』としての三人の言葉。

 

「『アイドル』としては若輩者の我々だが、『導く者』としては数歩先を行く者の言葉として、周藤君には覚えておいて欲しい」

 

「studentsの目指す場所が間違っていない以上、teacherとしては応援してあげるべきじゃない?」

 

「先生だって、勝手に志望校決めるわけにゃいかないからね」

 

「………………」

 

 三人の言葉に耳が痛い。

 

「周藤君の話では、緋田美琴さんは強い光に目を焼かれてしまったのかもしれない。しかしそれでも尚、膝をつかずに進み続けている以上、彼女の覚悟は紛れもなく本物だ。雨に濡れようとも風に吹かれようとも消えることのない強い覚悟の火。それは間違いなく、彼女自身が望む未来へと繋がる大切なファクターだ」

 

 確かに、美琴は折れなかった。『周藤良太郎』と『玲音』という圧倒的な存在を前に、立ち止まるのではなく更に前へと突き進む選択をした。

 

 その時点で彼女は紛れもなく『本物』だった。

 

「導くということは、迷ったものに進むべき道を告げることではない。傷付かぬ安全な道を進ませて守ることでもない。自らの意志で一歩を踏み出す勇気を支えて、その勇気の一歩を後押しすることだ。……我々は、教師としてそれが出来なかった」

 

 道夫さんはそう言って悲しそうに目を伏せた。

 

「だからこそ、我々はアイドルになったのだ。そしてアイドルとして既に世界を見た君ならばきっとそれが出来るはずだ、周藤君」

 

「ま、要するに『止まれないならもっと背中を押して勢いを付けちゃえ』ってことだよ」

 

「そのままびょ~んとHigh jumpしちゃおう!」

 

「………………」

 

 ……俺は、美琴の進もうとする道を否定しようとしていた。その先に進んでほしいと心の何処かで願いながら、しかし傷付く友人の姿を見たくないと否定しようとした。『アイドルの王様』だのなんだの言って、好き勝手やりながら『見たくない』なんて個人的な理由で彼女の道を閉ざす選択肢を選ぼうとしていた。

 

 けど、それは結局()()()()()だけだった。

 

 麗華や冬馬たちが俺の手なんか借りずとも突き進んできてくれていたから、俺は手を差し伸ばす()()という怠慢をしていたんだ。

 

 

 

 ――りょーくんは『我儘な王様』になって。

 

 

 

 あの日、りんから言われたその言葉の意味を、俺はまだまだ勘違いしていた。

 

 『ここまで来ることが出来る』という道を示すだけっていうのは、もう終わったんだ。

 

 

 

 俺が()()導くべきなんだ。

 

 

 

「……ありがとうございます、次郎先生、道夫先生、類先生」

 

「おっと、どうした急に」

 

「ようやく、自分がすべき本当のことが分かった気がします」

 

「……そうか」

 

「ミスターりょーの手助けになれたようでよかったよ!」

 

 

 

「ところで先生方、今日のライブ後はちゃんとマッサージしましたか? トレーニング後だけじゃなくて、ステージを降りた後もしっかりと……」

 

「「「あっ」」」

 

「………………」

 

 翌日、眼鏡三兄弟の弟(いせやしき)からプルプルと震えて動けなくなっている道夫さんと次郎さんの写真が送られてきた。みんなは運動後のケアを怠らないように! お兄さんとの約束だぞ!

 

 ……さて、少し麗華にも相談するか。

 

 

 

 

 

 

「……美琴、凄いよね」

 

「どうしたのよ急に」

 

 事務所の一室で突然、ともみがそんなことを言い出した。相槌を打ったのは、最近ではめっきり事務所にいることが珍しくなってしまったりん。この子、本当にそのうち123に移籍するんじゃないかしら。

 

「だってさ、普通『周藤良太郎』と『玲音』の二人を同時に目標になんてしないじゃん? どちらか片方だけでも心折れてもおかしくないのに」

 

「確かに。……好きだったアイドルに嫌がらせされた程度で折れそうになったアタシたちとは大違いだね」

 

「……何よその目は」

 

「別に~」

 

 何を言いたいのか分かってしまっただけにムカつく。

 

「……でもまぁ確かに、他のアイドルが眩しすぎて引退なんてありきたりな話ね」

 

 寧ろすっぱりと引退する方がマシだ。そこで変にひん曲がってしまう方がタチが悪い。

 

 

 

 そう、あの『一番星の生まれ変わり』と称されたアイドルの光に焼かれて、暗闇に堕ちていった『雪月花』のように。

 

 

 

 ……所詮、どうでもいい話だ。

 

 

 

「……ん? 電話? ……良太郎?」

 

「……なんでアタシじゃなくて麗華の方に電話がかかってくるのカナ?」

 

「本人に直接聞きなさい」

 

 そんな恨めしい声出されても、どうせ仕事の話よ。

 

 

 

『麗華、俺、美琴の責任を取ろうと思うんだ』

 

 は?

 

『俺は(美琴の夢を)認知する!』

 

 

 

 ブチ切る。

 

 さ、仕事仕事。

 

 

 




・『導く者』
良太郎が目指してきた一つの形。

・隣で導くべきなんだ。
しかしそれは『玉座』を離れることを意味する。

・『一番星の生まれ変わり』
後に『完璧で究極のアイドル』と()()()()()()()()()()()伝説。



 ぐだぐだ悩むぐらいなら責任取れ!!!という脳筋。本当に教師からの回答なのかこれが……?

 憧れは止められない。しかし止まらない憧れほど強い想いは存在しない。自らの意志で折れない心というのは、固すぎて脆い諸刃の刃。

Q 結局どういうこと?

A お前がトップアイドルに育てるんだよ!!!

 美琴関連のお話はこれで一区切りです。……SEM回とは、と聞いてはいけない……。

 次回は番外編で気分をリフレッシュ。


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番外編82 もし○○と恋仲だったら 30

記念すべき30作目の恋仲はついにこの子!
お待たせしました!


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

「りょーたろーくん、そこに正座なの!」

 

 

 

 最近初手特殊タグが多いなぁと思いつつ素直に正座する。怒ってても美希は可愛いなぁ。

 

「……りょーたろーくん、ミキは怒ってるの」

 

 コホンと一息ついてから、美希も俺の正面に正座した。こうして同じ目線になってくれるところも可愛らしいポイントにプラスである。

 

 それにしても俺は一体何をしたのだろうか。おはようのキスもしっかりとしたし、いってきますのハグも忘れずにした。正直パッと思いつくような心当たりはない。

 

 しかし目の前でチョコンと正座する美希は、モーションでもなんでもなく本当に怒っているようである。はて?

 

 美希は定番の「どうして怒ってるのか分かる?」という回りくどい言い方をせずに、何に対して憤慨しているのかをすぐに教えてくれた。

 

「りょーたろーくんの本棚の裏側」

 

「……あっ」

 

 やべ、どうやら隠してあった『ふーかちゃんといっしょ~南国リゾート編~』の存在がバレたらしい。

 

「言い訳させてほしいんだけど、別にエッチな本じゃないぞ」

 

 タイトルがとても怪しいが、しっかりと765プロダクションが監修した正規品である。勿論、購入するための年齢制限はかかっていない。必要なのは一万円札とレジへと持っていく勇気だけだ。少しだけお高いが、是非小中学生の男子も大人への一歩を踏み出してもらいたい一品である。

 

 しかしそんな言い訳も美希には通用しなかった。

 

「風花のおっぱいがえっちじゃないわけないの!」

 

 ぐうの音も出ない。

 

「もう! りょーたろーくんがおっぱい星人なのは知ってるの! でもミキだっておっぱい大きいんだから、こんなものを視るぐらいなら……!」

 

「ん? ちょっと待って美希、何が大きいって?」

 

「え? だから、ミキのおっぱい……」

 

「美希のなんだって?」

 

「お、おっぱい……」

 

「もう一回」

 

「……お……お、おっぱい……」

 

 うっひゃあああ顔を赤くして恥ずかしがってる美希が可愛いいいイッテェェェ!? こめかみに膝が勢いよく突き刺さったかのような痛みがあああぁぁぁ!?

 

「さっきからアンタは何やってんのよ!? ぶん殴るわよ!?」

 

 殴るんじゃなくて蹴ってるじゃん……そもそも既に行動を起こした後じゃん……。

 

「流石にこめかみに膝は命の生命が危険で危ないぜ、りっちゃん……」

 

「そうなの律子! さん! ミキのハニーになにするの!?」

 

「あ゛ぁ゛ん゛!?」

 

「「ひぇっ……」」

 

 比喩表現でもなんでもなく鬼の形相になったりっちゃんに、思わず美希と抱き合って震えてしまう。りっちゃんも淑女らしくもうちょっと控えめに……。

 

「というか! そもそも! そういうのは! 家でやれ!」

 

 そういえばここ、765プロ劇場の控室だった。道理で周りに美希以外の765プロの子たちがいると思った。

 

「確かにちょっとだけ声が大きかったな、すまん」

 

「私が怒ってるのは声量じゃなくて内容よ!」

 

「そ、そうですよ、良太郎さん! それに美希ちゃんも!」

 

 怒ってるりっちゃんの影からひょこっと風花ちゃんが顔を覗かせた。どうやら彼女も怒っているらしいのだが、美希以上にとても怒っているようには見えない迫力のなさである。いやおっぱいの迫力は凄いけど。

 

「わ、私の……おっぱい……は! え、えっちなんかじゃありません!」

 

「「………………」」

 

「せめて何かリアクションしてくれませんか!?」

 

 いや……可愛いなぁって思って。

 

「ち、違いますよね!? ね!? 律子さん!?」

 

「………………」

 

「目を逸らさないで!?」

 

 思いがけないフレンドリーファイアに涙目になっている風花ちゃんはさておき、話を戻そう。

 

「美希、清楚な風花ちゃんの健全な本を隠していたことは謝る。けれどそれはそれとして、趣味嗜好の一環としての所持を許してほしい」

 

「むぅ……しょうがないなぁ。ミキも鬼じゃないの。そうやってちゃんとお願いしてくれるなら、清楚な風花の健全な本を持っててもいいの」

 

「だから清楚な風花の健全な本の話は家でしろって言ってんの!」

 

「泣きますよ!? 私いい加減に泣きますよ!?」

 

 流石に風花ちゃんを泣かせるわけにはいかないので、そろそろやめておこう。

 

 ……しかしまぁ、なんというか。

 

 

 

「ん? どうしたの、()()()()()()()()?」

 

 『りょーたろーさん』が『りょーたろーくん』に。

 

 

 

「いや、なんでもないよ、()()

 

 『美希ちゃん』が『美希』に。

 

 

 

 一年というものは、とても短いものである。

 

 

 

 

 

 

「良太郎さんから告白された!?」

 

「しかもそれを断った!?」

 

 昨日の出来事を春香と千早さんに話すと、二人は目と口を大きく開けてまるで埴輪のような顔になった。

 

「こ、断ってないの! 保留にしてもらっただけなの!」

 

「いやいやいや、驚き過ぎて色々と何を言っていいのか分からないんだけど、え、おめでとうって言えばいいの!?」

 

「いや待って春香、告白を受けていない以上、おめでとうはおかしいと思うの。ここは『貴殿の今後のご検討をお祈りします』と……!?」

 

「ちょっと落ち着いて!? 二人がかりでボケられたらミキには捌ききれないからね!?」

 

 あったかいお茶を飲んでもらい、一息つく。

 

「えっと、一つずつ整理していこっか」

 

「まず、美希は良太郎さんに告白をされたのね」

 

「うん……」

 

 昨晩、生放送の歌番組の撮影が終わって、ミキはりょーたろーさんにおねだりして晩御飯へ連れて行ってもらった。

 

「○○ホテルのレストランだったんだけど……そこの個室で、食後に……」

 

 

 

 ――結婚を前提にして、俺と付き合ってください。

 

 

 

「……うっひゃ~……!」

 

「す、ストレートね……」

 

 春香と千早さんが顔を赤くしているのを見て、自分で話したくせに少しだけモヤッとしてしまった。

 

「そ、それで、どうして美希は断っちゃったの?」

 

「そうね、あれだけいつも良太郎さんのことが好きだって言ってるのに……」

 

「それは、その……い、いきなりだったから、びっくりしちゃって……」

 

 

 

 ――す、少しだけ……待って、ください。

 

 ――……分かった。

 

 

 

「………………」

 

 りょーたろーさん、悲しそうだった。表情は変わらなくても、ミキにはそう感じた。

 

 ……びっくりしたのは、本当だ。

 

 でもそれは、告白を保留してしまった理由ではない。

 

 

 

 だって、いつも好きって言ってるのはミキで、ミキはそれだけで満足してて。

 

 りょーたろーさんがミキを好きになってくれるなんてこと、考えたことなかったから。

 

 

 

「………………」

 

「それにしても、○○ホテルのレストランっていえば夜景が凄いキレイなことで有名なところでしょ? そんなところの個室で告白されるなんて、女の子としては憧れちゃうなぁ……」

 

「……あれ、○○ホテル……?」

 

 春香がうっとりとした表情をする一方、千早さんは何かが気になる様子で首を傾げた。

 

「千早ちゃん、どうかしたの?」

 

「……私も以前、仕事でそこのレストランで食事をさせてもらったことがあるのだけど……確か数日前からの予約が必要だったはずよ。美希、良太郎さんを食事に誘ったのは当日のことなのよね?」

 

「うん。でもりょーたろーさん、ちゃんと予約して……」

 

 ……あ、あれ? どうしてりょーたろーさん、予約してあったの?

 

「美希、もしかしてなんだけど、良太郎さん……」

 

 

 

「み、ミキ以外の誰かを誘うつもりだった……!?」

 

 

 

「「なんでそうなるのよっ!」」

 

 二人がかりでスッパーンと頭を叩かれた。

 

「どう考えても『最初から美希を誘うつもりだった』に決まってるでしょ!」

 

「昨日の歌番組は私も見てたけど、良太郎さんの歌、ほんの少しだけいつもより声が高かったわ。きっと『そのときからずっと美希に告白するつもりで緊張してた』のよ」

 

「りょーたろーさんが……!?」

 

 だ、だって、ミキ、いつも一方的にりょーたろーさんに……。

 

 

 

 ――ありがとう、美希ちゃん。

 

 

 

 き、きっと迷惑に思ってて……。

 

 

 

 ――美希ちゃんみたいな可愛い子に好かれるのは嬉しいなぁ。

 

 

 

 み、ミキじゃなくたって……。

 

 

 

 ――いや違うな。

 

 

 

 ――美希ちゃんに好かれるのが、嬉しいよ。

 

 

 

「………………」

 

 いかなくちゃ。

 

「……春香! 千早さん! 一生のお願い! 今から――」

 

「「いってらっしゃい」」

 

「――え」

 

 お願いの内容を口にする前に、二人は笑顔でそう言った。

 

「良太郎さんのところ、行くんでしょ?」

 

「プロデューサーには私たちから言っておくわ」

 

「っ……! ありがとうっ!」

 

 二人にお礼を言って、ミキは事務所を飛び出すためにドアを――。

 

 

 

「あ、美希ちゃん」

 

 

 

 ――開けようとしたドアが勝手に開いて、良太郎さんが入って来た。

 

 

 

「「えっ!? 良太郎さん!?」」

 

「や、お邪魔します。いやちょっとだけ美希ちゃんに用事があってさ」

 

「………………」

 

「……美希ちゃん、昨日のことなんだけど、もし迷っているようだったらいくらでも考えてくれていいから」

 

「………………」

 

「俺は君の気持ちが落ち着くまで、いくらでも……」

 

「気持ちなんて!!! 落ち着くわけないの!!!」

 

「え……むぐっ!?」

 

 いつもはただ飛びつくだけだったけど。

 

 そのまま彼の首に腕を回し。

 

 

 

 唇を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 どれだけ言葉を重ねても、届かないと思っていた。

 

 私は、貴方の特別になれないその他大勢の一人だと思っていた。

 

 それでも涙が一粒も出ないのは……既に私もマリオネットになって(こころがこわれて)しまっているのだと思っていた。

 

 

 

「うえ~ん! りょーたろーさぁぁぁん! すきぃぃぃ~!」

 

「まさかの泣きながらの告白返し……あぁ、俺も好きだよ、美希ちゃん」

 

 

 

 でもきっと、私が泣くのはこれが最後。

 

 涙なんて流れないように……一緒に幸せになりたい。

 

 

 

 ね? ハニー!

 

 

 




・恋人美希
作中で一番積極的に見えて、作中で一番後ろに下がっていた子。
バカップルじゃなくて良妻になるタイプだと思っている。

・『ふーかちゃんといっしょ~南国リゾート編~』
他には遊園地デート編やおうちデート編などがあり、これら二つと比べると本当に健全だともっぱらな噂。

・マリオネットになって
例え消えてしまったとしても。



 気が付けばナンバリングが30になっていた恋仲○○。記念すべき今回はついに美希でした。

 以前は「メインヒロインになる可能性のある子は」うんたらかんたら言っていましたが、今後はそういうの全て解禁したいと思います。

 ……こういう未来も……あったのかもしれねぇなぁ……。



『どうでもいい小話』

 そういえば触れ損ねていましたが、先日楓さんのSSRでしたねハイ(天井民)


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Lesson355 夏を制する者はライブを制する

多分この辺りからsideM編の後半戦。


 

 

 

「お邪魔しまーす」

 

「おや良太郎君、いらっしゃい」

 

 高町家の離れでもある道場へと顔を出すと、何年経っても相変わらず若々しい士郎さんが道着姿でこちらに振り返った。桃子さんの若々しさに隠れているが士郎さんもなかなかにいい意味で年齢が分からなくなる見た目をしている。この人が体力的に下り坂になる未来が全く見えないどころか、自分の方が先に低下するのではないかと本気で思ってしまうほどだ。

 

「様子を見に来ました。どんな感じですか?」

 

「なかなかいいよ。普段からトレーニングを積んでいるだけあって基礎はバッチリみたい」

 

「バッチリですか」

 

「うん、バッチリ」

 

 士郎さんほどの人が言うのであれば事実なのだろうけど、汗だくになって道場の床に倒れ伏す()()()姿()を見てしまうとどうにもそうは思えなかったが……汗でシャツが張り付いていて大変素晴らしい状態になっていることの前には細事であった。エロいいね!

 

 とりあえずタイミング的にはバッチリだったようなので、買ってきたスポーツドリンクを手渡すために近寄る。……チッ、透けないシャツか。

 

 

 

「お疲れ、美琴」

 

「……あ……ありがと……」

 

 

 

 身体を起こすことなく弱々しく手を伸ばした美琴は、しかしそれはそれは良い笑顔をしていた。

 

 

 

 さて、こうして美琴が士郎さんにしごかれている理由であるが、ご察しの通り俺の手引きである。先日SEMの先生方に相談してたことによりある意味で吹っ切れた俺は、いっそのこと自分の目の届く範囲で美琴に無理なく無茶をしてもらおうと考えたわけだ。

 

 勿論これは俺の独断ではない。美琴自身の意志を確認して、さらに彼女の現在の所属である283プロの天井社長にも一席を設けてもらった。その際の話し合いは数時間にも及んだのだが、そのときに彼の口から語られた話は……まぁ、いずれ話す機会も来ることだろう。

 

 そんな経緯を得て美琴の面倒を真面目に見ることになったわけだが、やっぱり一番最初にすることは皆さんご存じ『基礎能力の向上』である。これはもう『周藤良太郎』というアイドルの根幹を為す要素なので欠かすことは出来ない。

 

 そして美琴は冬馬と同じく『執念にも似た貪欲さ』を持っているため、安心して高町ブートキャンプに送り込んだというわけだ。

 

 

 

「ふぅ……落ち着いた」

 

 休憩らしいので道場の片隅に美琴と並んで座る。

 

「どうよ、俺や冬馬の基礎を築いた士郎さんの扱きは」

 

「凄い充実してる」

 

 声の圧が強い。美琴の目がこんなに輝いてるの初めて見た……ここまでくると一種のMなのではないかと勘繰ってしまう。

 

「良太郎は凄いね、アイドルになる前からこんなトレーニング受けてたんでしょ?」

 

「流石にアイドルになる前は軽く身体を動かす程度だったよ」

 

 あくまでも『友人の家で軽く身体を動かさせてもらう』という習い事感覚だったのだが、アイドルになることが決まり本格的に身体を鍛えることになってからが本番(じごく)だった。アイドルになるために山籠もりした奴は世界広しと言えど俺だけだと自負している。

 

「私も基礎はしっかりとやってるつもりだったんだけど、まだまだだったって思い知らされたよ」

 

「ここをしっかりやっとくと、後々実践的なレッスンが始まった際に差が出るからな」

 

 いい意味でも悪い意味でも、どちらかというと美琴は脳筋タイプ。身体で覚えるには覚えるまで動き続けるのが最善なのだ。

 

「生まれ持ったセンスは磨きようがないが、ここはいくらでも磨けるからな」

 

 磨くというか研磨って感じだけど。肉体と共に精神がゴリゴリと削られてく感じで。

 

「……ありがとう、良太郎」

 

 スポーツドリンクのペットボトルを手で弄びながら、美琴は感謝の言葉を口にした。

 

「いやなに、頑張ってる同期の、その頑張りに見合うような環境を紹介しただけだ」

 

「うん、良太郎の期待にも応えられるようにもっと頑張るね」

 

「いや……」

 

 思わず口にしようとした「無理しすぎないように」という言葉を飲み込む。その無理をさせないようにするのが、今の俺の役目だ。

 

「……あぁ、頑張れ、応援してる」

 

 そうして応援の言葉を投げかけると、美琴はニコリと微笑んだ。

 

 

 

「……ねーねー、空気を読んで黙ってたんだけど、アタシもそろそろ喋っていい?」

 

 

 

「……チッ」

 

「良太郎が舌打ちしてるの、初めて見た……」

 

 このまま俺が描写せずにいれば自然消滅するじゃないかと思って敢えて無視してたのに……。

 

「なんでテメェがここにいるんだよ……玲音」

 

「ハニーの第二の実家にご挨拶しようと思って」

 

「マジでやめろよそれ……」

 

 自分でもビックリするぐらい弱々しい声が面白かったらしい玲音は「じょーだんだって」とケラケラ笑った。

 

「良太郎と同じだよ。みーちゃんのことが気になって様子を見に来たの。本当は少し顔を出すだけのつもりだったんだけど、高町さんが『折角だから上がっていきな』って」

 

 どうしてそんな余計なことをしでかしてくれたんだ士郎さん……。

 

「いーじゃんいーじゃん、邪魔はしてないんだしさ。良太郎がどんな過酷なトレーニングをしてきたのかも興味あるんだよね」

 

「企業秘密だ」

 

「そんな固いこと言わずに、ホラ美琴のこの柔らかい胸に免じて」

 

「ちょっとれーちゃん、汗でベタついてるんだから触らないでよ」

 

「そこまで言うのであれば仕方がない。美琴に免じて許してやろう」

 

「そこまでは言ってないんだけど」

 

「良太郎、その『美琴に免じて』って台詞に何か隠されてる言葉があるんじゃない?」

 

 業腹ではあるがコイツが美琴の幼馴染であり友人であることは事実なのだ、うん。

 

 

 

「それじゃ、私はそろそろ戻るね」

 

「えっ」

 

「頑張ってねー」

 

 無慈悲にも休憩を終えた美琴は立ち上がり、戻って来た士郎さんと共に基礎トレの続きを始めてしまった。……待ってくれ……いやトレーニングの邪魔をするつもりはないんだけど、俺をコイツと二人きりの状況にしたまま行かないでくれ……道場内にいるから厳密には二人きりじゃないんだけど、こいつと肩を並べて座っているこの状況が嫌だ……あっ、テメェ距離を詰めてくるな! 1メートル離れろ1メートル!

 

「……良太郎も残酷なことするよね」

 

「は?」

 

 そろそろ俺はお暇しようかなぁとか考えていたら、突然玲音がそんなことを言い出した。

 

「良太郎ならそういう選択をするだろうなとは思ったよ。君はそういうのを見過ごせないというか見逃せないというか。『きっと良太郎なら美琴のレッスンを見てあげるようになるんだろうな』っていう、そんな予感がした」

 

「……それで、何が残酷だって言いたい」

 

()()()って言いたい」

 

 断言。玲音はなんの躊躇もなくそう言い切った。

 

「美琴は頑張り屋だし熱意もある。自分自身の体調に無頓着なところがあるから、それを周囲の人間でコントロールしてあげれば、きっと数年もしないうちに『魔王エンジェル』にだって引けを取らないようなトップアイドルに成長する」

 

 

 

 ――でもそこは()()()()()()じゃない。

 

 

 

「………………」

 

「良太郎だって本当は気付いてるんでしょ? 『アタシたちの世界』にはどれだけ努力しても辿り着くことなんて出来ないって」

 

 玲音に視線を向けたくなくて、俺はずっと美琴を見ていた。幸いにもトレーニングに集中している美琴の耳に俺たちの会話が入っているような様子はなかった。……でも士郎さんには聞こえてるんだろうな。

 

「……夢を見せるのがアイドルの仕事だ」

 

「それが『絶対に叶わない夢』だったとしても?」

 

「だったとしても、だ」

 

 見せてしまった以上、俺は責任を取る。そう決めたんだ。

 

 『夢は絶対に叶う』と、『諦めないことが大事だ』と、俺は何度も歌った。

 

 そんな俺を美琴が目標としてくれているというのであれば……美琴が諦めない以上、俺だって諦めない。

 

「文句あるか?」

 

「……ないよ」

 

 結局一瞥もしなかったので玲音がどんな表情をしているのか分からない。

 

 しかしその最後の一言を発したそのときは……なんとなく、ホッとした表情をしているような気がした。けれどこれはきっと間違っていると思う。こいつはそんな表情をしない。

 

「……暑いね、ここ」

 

「……もう夏だからな、何処だって暑いに決まってるだろ」

 

 もしかして玲音の独り言だったのかもしれないが、思わずそう返事をしてしまった。

 

 後になって気付いたが、それが玲音とした初めての『世間話』だった。それは拍子抜けするぐらい普通過ぎる会話で……しかしそれでも、やっぱりコイツとの会話は苦手である。

 

(はぁ……りんの胸に癒されたい……)

 

 

 

 

 

 

 

「……はっ、りょーくんがアタシの胸を求めているような気がする!」

 

「りん先生がいきなり何か言ってる……?」

 

「これ、私たちが聞いていいやつか……?」

 

「とりあえず聞かなかったことにするぅ?」

 

 

 

 

 

 

 さて、美琴のレッスンを見る傍らで、かなり大事な事柄も進行していた。

 

 先ほど少し触れたようにもう夏であり、八事務所合同ライブまでなんと残り半年を切っているのだ。

 

 既にライブ開催の告知は済んでおり、そろそろチケットの先行販売も始まろうとしている。ちなみにライブのタイトルとかその辺りはまだナイショである。ライブが始まるときにババーンと大文字の特殊タグマシマシで発表するからお楽しみに。

 

 さて、そんなチケットの先行発売の前にそろそろ決着を付けなければいけないとても重要な事柄が一つだけ残っていた。

 

 

 

 ……出演アイドルの選抜、である。

 

 

 




・美琴in高町ブートキャンプ
大方の予想通り、美琴育成計画はここから始まる。

・天井社長の過去
多分sideM編で語る内容じゃねぇよなぁ……。

・「アタシもそろそろ喋っていい?」
今後も「実は玲音いるけど良太郎がガン無視してるから描写無し」が微レ存……?

・「りん先生がいきなり何か言ってる……?」
ちらアライズ



 なんかまだ女帝様が日本にいますが、基本的に無視してストーリーは進んでいきます。

 ……さて、そろそろ本腰を入れて出演アイドルを確定するときが来ましたね……。


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Lesson356 夏を制する者はライブを制する 2

参加アイドル発表編。


 

 

 

 改めて今回の合同ライブのコンセプトを簡単に説明すると、男女別に分かれた紅白歌合戦的な奴である。正直男性アイドルは俺とJupiterだけで屋台骨を支えている状況なので、そろそろ他の人たちにも頑張ってもらいたいのだ。

 

 そんな男性アイドルは三事務所から二十二人が参加する。123プロからは俺とJupiterの四人、876プロからは涼、そして315プロからは十七人という内訳だ。

 

 女性アイドルもバランスを取るために大体それぐらいの人数に出演してもらいたいと考えている。それと全く同じ人数というは少々無理があるので……三十人ぐらいかな。

 

 そもそも所属アイドルが少ないところから考えていくと、1054プロからは魔王エンジェルの三人、283プロからは美琴、876プロからは愛ちゃんと絵理ちゃん、310プロからはなのはちゃんたち三人が出演してくれる。これで九人。あと二十人ぐらい。

 

 そして未だに女性アイドルの出演が確定していない参加事務所は346プロと765プロの二事務所。基本的に選出は各事務所にお願いしている。……ただ一つだけ、我らが123プロからとある『提案』がしてあるけど。

 

 はてさて、一体誰が出演することになるのかな?

 

 

 

 

 

 

「はい、というわけでじゃんけんで決めます」

 

 

 

『ちょっと待って!?』

 

 律子さんがご乱心だ!?

 

「うっさいわね! こっちだっていよいよ限界なのよ!? 毎日毎日『私を出演させろ!』だの『出演したい!』だのなんだの!」

 

 これは本当にご乱心しているが、その理由が明らかにこちら側の非であることは明白だった。

 

「ちょっと~ミキミキのせいじゃ~ん!」

 

「それを言うなら真美のせいなの! もしくは春香!」

 

「なんで私!?」

 

 酷い言いがかりを押し付けられた。……いやまぁ、一切「出演したい」と言わなかったかと言われればそんなことはないんだけど……。

 

「す、少なくとも真美や美希よりは言ってないよ!」

 

「ぶっぶ~! 一言でも口にした時点ではるるんも同罪で~す!」

 

「大人しく今回のライブは辞退するの!」

 

「な、なにを~!?」

 

 

 

「喧しい!!!」

 

「「「ごめんなさい」」」

 

 

 

 さて、一先ず落ち着いて現状を確認しよう。

 

 年末に行われる八事務所合同ライブに私たち765プロも参加させてもらうことになったのだが……私たちの事務所から参加できるアイドルの人数が騒動の発端であった。

 

「そもそもなんでミキたち()()()()()()しか参加出来ないのー?」

 

「そうだよ~確か十人ぐらい枠あるんでしょ~?」

 

 改めて不満を口にする二人だが、この不満はこうして事務所に揃ったAS組全員が感じていることでもあった。

 

 合同ライブの主催(りょうたろうさんたち)から『大体十人ぐらい選出してほしい』という話が社長のところに来ていることは、ここにいる全員が知っているし出演したいとも思っている。『周藤良太郎や魔王エンジェルと共にステージに立つ機会(チャンス)』なんて、誰だって欲しいに決まっているのだ。

 

「しょうがないじゃない。先方の希望は『出来るだけ若手アイドルに出演枠を譲ること』なんだから」

 

「真美まだ若いよ」

 

「ミキだって少なくとも律子やあずさよりは若いの」

 

 

 

げ ん

 

こ つ

 

 

 

「「ごめんなさい」」

 

「素直に謝れる子は嫌いじゃないわ」

 

 目が座ったまま笑う律子さんは本当に怖いけど、律子さんに殴られて美希はよかったと思う。後ろのあずささんがもっと怖い笑顔をしてるから……。

 

「ったく、話を戻すわよ」

 

 765プロにおける若手アイドルとなると、真っ先に候補に挙がるのは勿論『シアター組』のアイドルたちだ。だから律子さん含めプロデューサーさんたちの話し合いを行った結果、そこから()()のアイドルの参加が決定したらしい。

 

「だからAS組から出演するメンバーは三人ってわけ。納得した?」

 

「「したけど~……」」

 

 文句を言うつもりはないが不満は多そうな真美と美希。言葉にしていないだけで、正直他のメンバーも不満はありそうだ。

 

 しかし……若手アイドルに機会を上げたい、という良太郎さんの考えもさ、だんだんと分かるようになってきた。

 

 私が自分でステージに立つことは勿論今でも変わらず楽しいのだけれど、それと同じぐらい新しいアイドルがステージに立つところを見るのが楽しいし嬉しいのだ。

 

 新しいアイドルが羽ばたいていく様が、まるでアイドルという世界そのものが広がっているように思えることが嬉しい。そう感じる。きっと、昔の良太郎さんもこんな気持ちで私たちのことを見守ってくれていたのだろう。

 

 ……でもそれはそれとして、やっぱり私もステージに立ちたい。

 

「というわけでじゃんけんよ」

 

「結局その結論になっちゃうの!?」

 

 律子さん面倒臭くなってるでしょ!?

 

「プロデューサーさん!」

 

「本当にすまん……」

 

 プロデューサーさんに助けを求めるが疲れた表情で首を横に振られてしまった。どうやら今回の一件に関していえば、プロデューサーさんも律子さんには強く出ることが出来ないらしい。

 

「さぁアンタたち! 覚悟を決めなさい! ……合同ライブに、出演し(いき)たいかぁぁぁ!?」

 

『おおおぉぉぉ!』

 

 あぁ!? なんかもう取り返しのつかない感じになっちゃってる!? 律子さん以外もみんなヤケクソだ!?

 

 ……え、えぇぇい! こうなったら私もヤケだあああぁぁぁ!

 

 

 

『じゃーんけーん!』

 

 

 

 ――後に雑誌の取材で私、天海春香はこんなコメントを残す。

 

『今回のライブの人選は、それはもう大変でしたよ。八事務所合同ライブなんていう大舞台、みんな出演したいに決まってますから』

 

 ――しかし私は本当のことを口にすることはない。

 

『だからみんなでとても話し合いました。そうやって、全員が頑張って納得できる答えを探したんです』

 

 ――いや、もしかしたら数年後ぐらいには笑い話として話すかもしれない。

 

『765プロオールスターズとして、精一杯頑張ります!』

 

 ――「この人選はじゃんけんで決まりました」……と。

 

 

 

 765プロダクションAS組より。

 

『天海春香』

『星井美希』

『双海真美』

 

 以上三名、参加決定。

 

 

 

 

 

 

「……あの、Pサマ」

 

「はい、なんでしょうか」

 

「……今回の集まりって、合同ライブに参加する人たちの顔合わせってことなんだよね」

 

「はい、そうです」

 

 ボクたち『シンデレラプロジェクト』を統括する総合プロデューサーであるPサマこと武内プロデューサーは、ボクからの疑問を端的に肯定した。

 

 

 

「……り、『LiPPS』は聞いてないんだけどぉ……!?」

 

 

 

 『LiPPS』だよリップス! 一年にも満たない僅かな活動期間で女子中高生の圧倒的なカリスマとなって二年前に解散しちゃったあの346プロ伝説のユニットだよ!? あの『城ヶ崎美嘉』と『速水奏』と『宮本フレデリカ』と『塩見周子』のユニットなんだよ!? 顔面偏差値一億のアイドルが揃っちゃってるよ!? もし何かの間違いで()()()()()が奇跡的に揃っちゃった暁にはボクの目ん玉潰れちゃうよ!?

 

「アンタたちがアレ? ユニボとかいう変わったユニット名の子たち?」

 

「ひゃ、ひゃい!」

 

 うわあああぁぁぁ!? カリスマギャルに話しかけられたあああぁぁぁ!?

 

「今回は初めて一緒のライブだね、よろしく」

 

「よよよよよろししししくおねががががががが」

 

 ダメだ口が回らない頭も回らないでも視界だけがなんかグルグル回ってるうぅぅ!?

 

 っていうかなんでボク!? ぶっちゃけユニボの三人の中では一番の奇抜枠だよ!? 一番話しかけづらいタイプの人間だよ!? なんでボクに話しかけてくるの!? あかりちゃんの方がセンターっぽいし、あきらちゃんの方がしっかりしてるっぽいでしょ!?

 

「「………………」」

 

 二人とも露骨に目を逸らすなぁぁぁ! ボクに押し付けるなぁぁぁ! こういうときに限って最年長扱いするなぁぁぁ!

 

「なんか向こうの子は元気だねー」

 

「その代わり、こっちの子は大人しいわね」

 

「はいありすちゃん飴上げるー」

 

「い、いりません! それに、橘です!」

 

 リップスの残りの三人プラス、何故か一人でこの部屋に集まっている橘ありすちゃんのそんなやり取りが聞こえてきたが、正直そっちに意識を割けない。目の前のカリスマが強すぎる…ボクのクソ雑魚メンタルでは耐えきれない……。

 

「……Pサン、これで全員じゃないんですか?」

 

「こ、これ以上まだ誰かが来るんですか?」

 

「はい。……美城専務が直々に連れてこられる方が、二名ほど」

 

「え、美城専務が!?」

 

 しかしありがたいことに、あきらちゃんとあかりちゃんとPサマの会話内容に美嘉ちゃんが反応してボクから意識が逸れた。……た、助かった……このままだと溶けてメンダコみたいになるところだった……。

 

「はい。今回の合同ライブ限定でこちらに参加していただける方がお二人いらっしゃるとのことです」

 

「えー誰だろ……」

 

「別部署のアイドルかな?」

 

「分かった! ちひろさんだ!」

 

「ちひろさん来たらマジでビビるよ!?」

 

 あーだこーだ予想を立てるボクたちだったが……その答え合わせの時間は意外と早くやって来た。

 

「諸君、集まっているな」

 

 ガチャリとドアが開き、美城常務が()()()()を連れて……。

 

 

 

『……え、えええぇぇぇ!!!???』

 

 

 

 ――後に雑誌の取材でボク、夢見りあむはこんなコメントを残す。

 

『……ねぇ、取材先間違ってない? 本当にボク? ボクでいいんだね?』

 

 ――正直今でも信じられないけど。

 

『選ばれたからには頑張ろうって思うよ、うん。そりゃあね』

 

 ――ボクだって、自分でアイドルをやるって決めたんだから。

 

『……でもちょっとだけ吐きそう』

 

 ――まさかあんなことになるなんて思わないじゃん……。

 

 

 

 346プロダクションより。

 

『夢見りあむ』『辻野あかり』『砂塚あきら』

『城ヶ崎美嘉』『速水奏』『宮本フレデリカ』『塩見周子』

『橘ありす』

『?????』『?????』

 

 以上十名、参加決定。

 

 

 




・「じゃんけんで決めます」
正直一番これが揉めないんじゃないかなって()

・後に雑誌の取材で
『花山VSスペック』のアレって言えば分かる人には分かってもらえると思う。

・AS組参加メンバー
選考理由:安定性

・メンダコ
髪の毛の色一緒だなって思った。

・346プロ参加メンバー
大多数の方が思っているであろう疑問「なんで、ありす?」

・『?????』
もったいぶる枠



 今回から参加アイドルを発表していきます。正直人選に半日かかった。


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Lesson357 夏を制する者はライブを制する 3

不明枠判明。


 

 

 

「ねぇ静香ちゃん聞いた? AS組の出演メンバーをじゃんけんで決めたって噂」

 

「普通に考えてそんなわけないじゃない」

 

 八事務所合同ライブの打ち合わせがあるということで現在会議室にて待機中。暇を持て余していた未来が突然そんなことを言い出した。

 

「今回私たちも参加させてもらうこのライブは、アイドル業界でも最大規模の注目をされている一大企画なの。そんな企画に参加するメンバーをじゃんけんなんて適当な方法で決めるわけないでしょ」

 

「むー、確かにそう聞いたんだけどなぁ……」

 

 唇を尖らせて不服そうにする未来。きっと何か別の話と混ざってしまったのだろう。

 

「でもじゃんけんで決めるなんて、なかなかスリルあるネ!」

 

「そ、それはどうかしら……?」

 

 そんな私たちと一緒に待機しているのは、琴葉さんとエレナさん。この二人は私たちのユニットには含まれていないので、おそらく二人組ユニットとして今回のライブに参加するのだろう……と思ったのだが。

 

「え、お二人のユニットじゃないんですか?」

 

「私もそうだと思ったんだけど……」

 

「なんかプロデューサーは『もう一人いる』って言ってたんだよねー」

 

 三人組ユニットということか。あと一人は一体誰が……?

 

「それにしても、八つの事務所の合同ライブって本当に大きいよねー」

 

「確かにそうよね」

 

 音楽番組や合同フェスで結果的に八つ以上の事務所が参加することはあるが、今回のように合同ライブという形で八つの事務所が共演するのは初の試みではないだろうか。

 

「リョーさんの123プロと、魔王エンジェルさんの1054プロと、あとはえっと……」

 

「346プロと876プロと315プロと283プロと310プロね」

 

「えっ、それだと一つ足りなくない?」

 

「私たちの所属している事務所を含めなさい」

 

 346プロは日本一の所属アイドル数を誇る老舗芸能事務所。アイドル部門の発展こそ最近のものだが、それでも高垣楓や城ヶ崎美嘉といったトップアイドルを多数輩出しており、知名度という点では765プロにも引けを取らない大手事務所だ。

 

 315プロは珍しく男性アイドルのみが所属する芸能事務所。設立したのが最近のため知名度は正直イマイチではあるが、今回の合同ライブへの参加が表明されてから急激に知名度が伸びている。一部の女性アイドルファンからの心無い批判を耳にすることはあるが……きっとその辺りのことはリョーさん……じゃなくて周藤良太郎さんがなんとかすることだろう。

 

 その他にも876プロや310プロや283プロ……初めてのリモート会議のときの感じではどれも『周藤良太郎』さんの縁で集まったようではあるが、現在日本のアイドル事務所で良太郎さんと関わらない事務所の方がきっと少ないだろう。勿論私たちもそんな事務所の一つだ。

 

「私知ってるよ! そーゆーのって『縁故採用』って言うんだよね!」

 

「使い方間違ってるから、今後その言葉の使用を控えるように」

 

「えー?」

 

 そんなことを話している内に翼と紬さんと歌織さんもやって来て、後はプロデューサーと最後の一人を待つばかりとなった。

 

「ホント、誰なんだろーね?」

 

「誰からもそういう話を聞いてないものね」

 

「ま、まさか新人……!?」

 

「えっ、また増えるの!?」

 

「この事務所ならあるいは……」

 

 あーだこーだ予想は立つものの当然答えは出ない。

 

 そしてその答えは……会議室のドアが開いてプロデューサーと共にやって来た。

 

「よーしみんな揃ってるな! 今日は特別ゲストがいるから気合入れろ!」

 

「プロデューサーさん遅ーい……え」

 

「特別ゲストって……え」

 

 それは翼とエレナさんが思わず固まってしまうほどの衝撃だった。私と未来と紬さんと歌織さんと琴葉さんは何も発することが出来ずに固まってしまった。

 

 そんな私たちのリアクションが余程面白かったらしく、プロデューサーは意地悪い笑みを浮かべていた。

 

「知らない人はいないだろうが……自己紹介お願いします!」

 

 

 

 ――にゃははっ!

 

 

 

 そうしてプロデューサーに促されて一歩前に出てきた()()()()もまた、小さく悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

 

 

 

 765プロダクションシアター組より。

 

『春日未来』『最上静香』『伊吹翼』『白石紬』『桜守歌織』

『田中琴葉』『島原エレナ』

『???』

 

 以上()()、参加決定。

 

 

 

 

 

 

「ふむ……」

 

 事務所のラウンジで各事務所からの出演アイドルが記載された書類に目を通しながら、俺は指で眼鏡を押し上げる。最近本当に視力が落ちてきたなぁ……。

 

「うーん……やっぱり眼鏡クイッってやってるのは絵になるなぁ……」

 

 そんなことを言いながら目を瞑り腕組みをしながらウンウンと頷くりん。お気に召していただけたようで何より。

 

「それにしても、765プロのAS組からは天海春香と双海真美と星井美希ねぇ……なんというか、いかにも123(ウチ)と共演するための人選って感じね」

 

「じゃんけんで決めたらしいけどね」

 

「は?」

 

 あとサラッと言ったけど123はりんのウチではないでしょ。

 

「ついでにシアター組からは七人……あぁ、春日未来と最上静香も参加するのね」

 

 俺の肩に顎を乗せながらりんが後ろから俺の手元の書類を覗き込んでくる。大乳の圧が強い。去年の一件で色々あったため、他事務所のアイドルに関しての認識が薄いりんもこの二人に関してはしっかりと覚えていたようだ。

 

「あとは、えっと……」

 

「知ってる子いる?」

 

「………………」

 

 無言で離れていった。うーん、昔の俺のような他者への興味のなさ……。

 

「ついでに346プロからはユニボの三人と元リップスの四人と……」

 

「興味なーい」

 

 せめて志希も参加していたリップスぐらいは把握しといてあげて欲しいかなぁ。

 

「それじゃありんも興味が湧きそうな話題を教えてあげよう」

 

「え? なになに?」

 

 ソファーで横になって無関心モードに入る寸前だったりんに「はいこれ」ととある書類を手渡す。

 

「……リョーくん、流石のアタシでもデカデカと『社外秘』って書かれた書類の中を見るのは躊躇するんだけど」

 

「気にしない気にしない」

 

 ちょっとだけ眉間に皺が寄っていた。おそらく兄貴に怒られることを危惧しているのだろう。大丈夫、怒られるとしたら俺だけだから。

 

「そもそもコレなんの書類なの?」

 

「123プロからの参加アイドルについて」

 

「…え、全員出演するって話だったよね?」

 

「あぁ」

 

 りんの言う通り、俺たち123プロダクションのアイドルは九人全員の出演が決定している。当初少しでも他事務所の新人アイドルへの枠を増やすために選抜しようというのが123プロ内での考えだったのだが、逆に他事務所からそれに待ったがかかった。

 

 曰く『123と1054は主催事務所なのだから、出演メンバーを絞るのはファンからも不満が出るのでは』とのこと。

 

「言いたいことは分かるんだけど、やっぱり申し訳ない気もするんだよ」

 

 勿論123のメンバーの出演を見送らせること自体も心苦しいものはあったが、そういった決断をするのも俺や兄貴といった上層メンバーの役割だ。そういった不満を受け止めるのも仕事だとは思っていたのだが……。

 

「出演事務所間での格差は作りたくなかったんだけどなぁ」

 

「そういうのは作りたくなくても出来ちゃうもんだからね」

 

 結局他事務所からの要望という形で、123プロダクション所属アイドルは全員出演することになったのだが……そこで俺と兄貴は考えたのだ。

 

 

 

「それならば『いっそのこと123プロのアイドルとして出演させない』というのはどうだろうか、と」

 

 

 

「……え?」

 

「恵美ちゃんもまゆちゃんも出演はする。ただし()()()()()()()()()としての出演だ」

 

 つまり毎度おなじみ『出向』さんの出番である。

 

「それはそれで他事務所のアイドルの存在を食っちゃうんじゃない?」

 

「その辺はセンターを別に据えたり色々考えるさ」

 

 寧ろ『123プロのアイドルと一緒にステージに立つあの子は誰だ』という関心を持ってもらうことの方が重要だと考えている。

 

「特に美琴の場合、最近は殆ど表に出てきてなかったから知名度は皆無だろ? その辺りをフォローするためでもあるんだよ」

 

「なるほど……」

 

 ちなみに思い出したくもないのだが、その話を何処からか聞きつけやがったアノヤロウが「それじゃあアタシが283プロとして参加してあげよっか?」なんてふざけた妄言を吐きやがったので中指を立てて拒否してやった。テメェなんか出禁だ出禁! さっさと海の向こうに帰りやがれ!

 

「とまぁ、そんな考えの元、所属アイドル全員で話し合った結果がそちらの書類となっております」

 

「………………」

 

 改めてりんの手元にある書類を手で示すと、彼女は少しばかり緊張感が増した面持ちでゆっくりと表紙の紙を捲った。

 

「……なるほどねぇ」

 

 

 

 

 

 

 123プロダクションより。

 

『周藤良太郎』

『天ヶ瀬冬馬』『伊集院北斗』『御手洗翔太』

 

 以上四名、参加決定。

 

 

 

 ならびに。

 

『所恵美』 765プロダクションに出向、および参加決定。

 

『佐久間まゆ』『一ノ瀬志希』 346プロダクションに出向、および参加決定。

 

『北沢志保』 283プロダクションに出向、および参加決定。

 

『三船美優』 876プロダクションに出向、および参加決定。

 

 

 




・「普通に考えてそんなわけないじゃない」
おっ、そうだな()

・シアター組参加メンバー
琴葉とエレナの名前が出た時点で察した人は多そう。

・毎度おなじみ『出向』さん
アイ転ではいつもお世話になっております……。
いや複数事務所を絡める展開はこれが一番やりやすいんだよ……。

・123プロ参加メンバー
全員出演は流石に贔屓が過ぎるかなとも思ったんだけど、主人公の事務所だから多少はね。



 というわけで123プロ女性陣は全員他事務所のアイドルとしての出演になりました。

 今回と前回で紹介された346と765のアイドルにそれぞれ123のアイドルを組み合わせると、とある三つの既存ユニットが出来ますね? つまりそういうことです。



『どうでもよくない小話』

  楓さん4位おめでとうございます!!!

  そしてまさかのイヴが1位!!!おめでとう!!!!!


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Lesson358 夏を制する者はライブを制する 4

章は変わらないけどM編前半最終話。


 

 

 

「あ、あの……」

 

「………………」

 

「え、えっと……」

 

「………………」

 

「そ、その……」

 

 

 

 チラリ。チラリ。

 

 何度も何度も視線をこちらに投げかけ、何度も何度も言葉を選び、しかしその度に二の足を踏んでしまう少女の姿に、私は口角が吊り上がるのを抑えきれなかった。

 

(うふふ、ありすちゃん、可愛いですねぇ……!)

 

 さて、何故私が346プロのアイドルであるありすちゃんと一緒にいるのかというと、今回の八事務所合同ライブで私は彼女と『スウィート・ソアー』というユニットを組んで参加することになったため、今日はその顔合わせなのだ。

 

 当初の予定では123プロの女性アイドルは一人か二人だけが参加することになっていたのだが、様々な事情が絡んだ結果、五人全員が様々な事務所へ出向するという形で参加することになったのだ。

 

 ちなみに何故私がありすちゃんとユニットを組むことになったのかは、正直よく分かっていない。なにやら各事務所の上層部での合計十時間に及ぶ会議の結果らしいが……幸太郎さんが携わっている以上、きっと私たちには分からないような何か特別な理由があるに違いない、うん。

 

「さ、佐久間さん」

 

「はぁい、なんですかぁ、ありすちゃん」

 

「……あ、あの、その、名前……」

 

「あら、ごめんなさい。いきなり馴れ馴れしかったかしらぁ」

 

「そそそんなことありません! ありすで大丈夫です!」

 

 私が謝ると、ありすちゃんは真っ赤になった顔をブンブンと左右に振った。

 

「うふふっ、それじゃあ私のことも『まゆ』って呼んでくださいねぇ」

 

「は、はい! 改めてよろしくお願いします! まゆさん!」

 

 ガチガチに緊張しちゃってるありすちゃんも可愛いけど、同じユニットとして活動していく以上もっと仲良くなりたい。

 

 ……ふむ、手っ取り早く良太郎さんのライブ映像でも見てもらいましょうか。良太郎さんのライブが嫌いなアイドルなんて存在しませんし、これでもぉとありすちゃんと仲良く……。

 

「あ、あの、まゆさんに聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

 

「勿論いいですよぉ。なんだって答えてあげます」

 

 しかしありすちゃんの方から話題を提供してくれるらしいので、素直にそちらを聞くことにする。

 

「あ、あの……実は私……」

 

「はい」

 

 

 

「……さ、『佐久間流周藤良太郎学』の動画が大好きで……」

 

 ……なんですと?

 

 

 

「それで、その……実際に受講出来たらなぁって……」

 

 ………………。

 

 

 

「佐久間流周藤良太郎学のお時間ですよぉ!」

 

 

 

 ひゃっはー! もう我慢できません! お勉強の時間ですよオラァ!

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 なんだろう、まゆが荒ぶっている気配がする。確かまゆも今日は346プロで今回のライブのユニットメンバーとなる橘ありすちゃんとの顔合わせをしているはずなのだが……そこできっと何かをやらかしたに違いない。

 

(ありすちゃん、大丈夫かな……)

 

「あ、あの……」

 

「あ、ごめんごめん、ちょっと電波が」

 

「「え?」」

 

「……なんでもないヨー」

 

 マズいマズい、まだこの二人は()()()()()()に慣れていないだろうから自重しないと。

 

 というわけで、私も今回のライブでユニットを組むことになった765プロのアイドル二人との顔合わせにやって来ていた。

 

「えっと、それじゃあ改めて自己紹介しよっか。アタシは123プロの所恵美。普段は佐久間まゆと二人で『Peach Fizz』を組んでるけど、今回は一緒によろしくね!」

 

「は、はい! 765プロの田中琴葉です! と、所さんのことはよく知っています! 今回はよろしくお願いします!」

 

「にゃははっ、同い年なんだからそんなガチガチの敬語じゃなくていいよー」

 

「は、はい……じゃなくて、えっと……わ、分かったわ」

 

 まずは田中琴葉。第一印象は生真面目な委員長タイプって感じの子。同い年だけどアタシよりしっかりしてるかも。

 

「ハーイ! ワタシは島原エレナ! よろしく、メグミ!」

 

「うん! よろしく、エレナ!」

 

 こちらは島原エレナ、南米の陽気を感じるノリのいい子。うーん、気が合いそう……。

 

 この二人と私の三人で特別ユニット『トライスタービジョン』を組み、合同ライブは765プロダクションのアイドルとして参加することになる。

 

 ちなみに何故アタシが琴葉やエレナとユニットを組むことになったのかは、正直よく分かっていない。なにやら各事務所の上層部での合計十時間に及ぶ会議の結果らしいが……幸太郎さんが携わっている以上、きっとアタシたちには分からないような何か特別な理由があるに違いない、うん。

 

「それじゃあ早速なんだけど、今回のライブに三人で参加するに辺り重要な特訓をしようと思います」

 

「っ、重要な特訓!?」

 

「オォ……なんか凄そー……!」

 

 アタシがそう切り出すと、琴葉は真剣な面持ちでギュッと眉根を寄せた。エレナも笑顔は崩していないけれど少しだけ身体に力が入ったのを感じた。

 

「二人にはちょっとだけ過酷かもしれないけど……付いてきてくれるかな?」

 

「も、勿論! どんなことだってする覚悟があります!」

 

 うーん、琴葉の気合いが重い……けど、それもまたヨシッ!

 

 

 

「それじゃ! カラオケ行こっか!」

 

「はいっ! ……え」

 

「ワーイ! 行く行くー!」

 

 

 

 ノリノリで諸手を挙げたエレナとは対照的に、琴葉はポカンとした表情を浮かべた。

 

「この辺のカラオケは~……」

 

「……え、ちょ、ちょっと待って!? カラオケ!? なんでカラオケ!?」

 

 スマホで近隣のカラオケを探し始めたアタシにストップをかける琴葉。どうやら納得がいかない様子だけど、分かってないな~。

 

「もしかしてアタシがただ遊ぶためにカラオケって言ったと思ってる?」

 

「えっ!? 違うの!?」

 

「勿論!」

 

 これはユニットとしてのコミュニケーションを高めながら、お互いの歌唱レベルをしっかりと確認するための合理的な考えなのだ。……ということを琴葉に伝えると、彼女は「な、なるほど……」と目から鱗が落ちたような表情を見せた。

 

「分かってくれた?」

 

「えぇ! 勿論よ!」

 

「よーし! そーゆーことならワタシも頑張っちゃうヨー!」

 

 こうしてアタシたちは事務所での打ち合わせもそこそこに、近くのカラオケへと向かうことになった。

 

 ……リョータローさん、上手くいったよ! アドバイスありがと!

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「ん? どうかした?」

 

「いえ、なにやら良太郎さんが変な入れ知恵をした気配が……」

 

「……よく分からないけど、良太郎ならそういうことしそうだね」

 

 自分でも少しアレなことを呟いてしまったと思ったが、美琴さんは納得してしまった。おそらく私よりも良太郎さんとの付き合いが長いので、その分理解もあるのだろう。なんか嫌な理解のような気もするが。

 

 さて、何故私がこうして283プロの緋田美琴さんと一緒にいるのかというと、今回の合同ライブで私が彼女と共にステージに立つからである。

 

「それにしても、なんで私と志保ちゃんなんだろうね」

 

「それは……私にもよく分かりません」

 

 私たちの出向先の事務所を決めたのは各事務所の上層部の人間である。良太郎さんならばともかく、幸太郎さんが携わっているのであれば間違いはないだろう。

 

「けど、なんとなく……私と美琴さんが少しだけ似てるから……なんじゃないかと」

 

「……そうだね、ちょっと目つきが似てるかも」

 

「いえ、見た目ではなく……」

 

 でも確かに言われてみれば……ってそうではなく、私が言っているのは雰囲気というかアイドルとしてのスタンスが似ているという意味だ。

 

 美琴さんのことは少しだけ良太郎さんから聞いている。『周藤良太郎』と『玲音』の強い光に目を焼かれてしまい、様々なものを切り捨ててでも前へと進もうとする女性だと。

 

「………………」

 

 ……いや、私はここまでストイックになれただろうか。自分自身のアイドルデビューのチャンスすら投げ捨てて、ひたすら高みを目指すことが出来ただろうか。

 

 それならば『似ている』という表現は正しくないのかもしれない。

 

 きっと……私は美琴さんのようになりきれなかった()()()だ。

 

「ふふっ、なんか妹が出来たみたい」

 

「いや見た目だけで妹判定されるのはちょっと……」

 

 うーん、この人も独特の空気感を持っているからやりづらい……。

 

 

 

「それじゃあ志保ちゃん、そろそろ続きやろっか」

 

「……もうちょっと休ませてください……」

 

 

 

 というか。

 

 顔合わせって話だったのに、なんで私は美琴さんと一緒に高町さんちで地獄のような特訓をする羽目になっているの……!?

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「美優さん、どうかした?」

 

「い、いえ、何故か志保ちゃんから助けを求められたような気がして……」

 

「えっ!? 志保さんが!? 一体何が!?」

 

「わ、分からないけど……た、多分私の気のせいだから」

 

 年下の女の子二人に心配をかけるわけにはいかないので、私は自分の胸騒ぎを無視することにした。ま、まぁ志保ちゃんも顔合わせだけって話だったし、変なことにはなってない……わよね?

 

 というわけで、私も今回の合同ライブで一緒にステージに立つ876プロの日高愛ちゃんと水谷絵理ちゃんの二人と顔合わせをするために、事務所近くの喫茶店へとやってきたのだが……。

 

「あ! 美優さんもパフェ食べましょパフェ!」

 

「愛ちゃん、あんまり食べ過ぎるとまたレッスン増やされるよ?」

 

「大丈夫です! 頑張ればいいんです!」

 

 元気いっぱいにパフェを注文する愛ちゃんと、なんだかんだ言ってそれに便乗する絵理ちゃん。

 

 ……いや本当になんで私がこの二人と一緒にステージに立つんですか……!?

 

 決して文句があるわけではありません……二人ともとてもいい子ですし、アイドルとしてもとても素晴らしいことは知っています……でも、なんで私なんですか……!? 私、二十八ですよ……!? 愛ちゃんは十七で、絵理ちゃんは十九ですよ……!?

 

 そういう歳の差のアイドルユニットもあるのだろうけど、何故かこの組み合わせを考えた人からの何か別の意図を感じて仕方がなかった。

 

「美優さん!」

 

「っ、ど、どうしましたか……?」

 

「私、頑張りますね!」

 

「……へ?」

 

 突然の愛ちゃんからの力強い宣言に、思わず呆気に取られてしまった。

 

「あの123プロの三船美優さんと一緒のステージに立てるなんて、私とても嬉しいです!」

 

「あ、ありがとう……で、でも、アイドルとしては愛ちゃんと絵理ちゃんの方が先輩のような……」

 

「そういう細かいことはいいんですよ!」

 

 細かいことなのかしら……?

 

「123プロのアイドルは皆さんキラキラに輝いていて、私大好きなんです! そんな人たちと一緒のステージに立てることが嬉しいんです!」

 

「愛ちゃん……」

 

「これなら涼さんにも勝てます!」

 

「勝て……?」

 

 ……あ、そういえば一応紅白歌合戦形式になるんだったわね……。

 

「これから沢山時間もありますから、頑張りますね!」

 

「時間が……あぁ、そうね、もうそろそろそうだったわね……」

 

 愛ちゃんは笑顔で「はい!」と頷いた。

 

 

 

 ――もうすぐ『夏休み』です!

 

 

 

 アイドルたちの、とても熱い夏が、始まる。

 

 

 




・まゆ&ありす
『スウィート・ソアー』を結成。
リアルだとまだ曲のないユニット。タッキーまた失恋して曲書いてくれよ~。

・「『佐久間流周藤良太郎学』の動画が大好きで……」
スウィートソアー魔改造計画()

・恵美&琴葉&エレナ
アイ転では実現しないと作者も思っていた『トライスタービジョン」がまさかの結成。
いや本当にまさかこうなるとは……()

・志保&美琴
個人的にこの二人の組み合わせが見たいと思った結果。
でもなんかこう……似てない?

・高町さんちで地獄のような特訓
強化フラグですね!()

・美優&愛&絵理
ぶっちゃけあまりの組み合わせです!
でもこの二人に合わせてフリッフリな感じの衣装を着る美優さんも見たかった。



 ここまで合同ライブへ向けての事前準備編みたいな感じでした。正直サイドエムとは……みたいな感じになっていますが、こっから、こっからだから……!

 章は変わりませんが、ここから合同ライブへ向けての後半戦です。熱い夏が始まる!



『どうでもいい小話』

 かがやきよまつりお疲れさまでした! 次は九月に愛知でお会いしましょう!

 ……スパンが早い!?


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Lesson359 Summer is here!

アイマスの夏休みと言えば勿論コレ!


 

 

 

「ついにやってきたっすねぇ……」

 

「あぁ、やってきちまったな……」

 

「やってきたねぇ……」

 

 三人は神妙な顔で頷き合い……そして右の拳を高々と突き上げた。

 

 

 

「「「夏休みだあああぁぁぁ!」」」

 

 

 

「若者は元気だなぁ……」

 

「世間一般的に考えると、良太郎さんも十分に若者の部類に入るはずですけど」

 

「二十二歳……ですよね……?」

 

「逆に聞くけど、旬と夏来は俺が自分たちと同じ若者世代だって思う?」

 

 無言で首を横に振られた。それはそれでなんだか釈然としないものがある。

 

「それはそれとして……ま、あれだ」

 

 あそこではしゃいでいる三人の言う通り……現在夏真っ盛りである。

 

 

 

「いやぁこの『夏休み』っていう字面だけで興奮するっすねぇ!」

 

「学校という狭い檻から解き放たれ、今のオレたちならば何処にだって飛んでいけるだろいうという全能感に溢れているぜ……」

 

「おぉ……ハルナが普段使わないような言い回しを使っている……」

 

 俺が315プロへの少し早い暑中見舞いとして持って来た水羊羹を食べながら、ずっとテンションが高いハイジョの悪ガキトリオ。そんな三人をやや冷ややかな目で見る旬とキョトンとした表情をしている夏来ではあるが、基本的な意見は三人と同じようである。

 

「これでライブのレッスンに専念できますね」

 

「合同ライブまで……半年切ってるからね……」

 

 ハイジョは基本的に楽器の演奏があるためダンスはないが、全体曲には当然ダンスが存在する。今回のライブの場合、315プロとしてだけでなく()()()()()()()()()も数曲存在するため、そちらを覚える必要もあるのだ。

 

「なーに言ってるんすか! まだ()()()あるんすよ!」

 

「折角の夏休みなんだから、楽しもうぜ!」

 

「俺、海とか行きたい!」

 

「はぁ~……!」

 

 先ほどからずっとテンションが高い四季と春名と隼人に絡まれて、旬が露骨に大きな溜息を吐く。

 

「三人とも、いくら夏休みに入ったからとはいえ浮かれすぎないでください。『折角の夏休み』だからこそしなければいけないことが沢山あるんですよ」

 

「そうだぞー学生諸君。特にお前たちは課題を後回しにするタイプだろうから、しっかりとやっとけよ」

 

「「「……課題?」」」

 

 おい今なんでそんな露骨に『何を言っているんだ?』って表情をした?

 

「……え、ちょ、ちょっと待ってください……まさかリョーさんっち、夏休みの宿題は早めに終わらせておくタイプだったんすか……!?」

 

「おいまさかってどういう意味だ? あ?」

 

「うっそだぁ! 良太郎さんは夏休み最終日に慌てるタイプだろ!?」

 

 失礼なことをぬかしやがった春名の頭を引っ叩く。

 

「確かに優良な学生だったとは言わん。だが中学からずっと赤点を一つも取ったことない程度には普通の学生だったんだぞ」

 

「良太郎さんって……中学生の頃からアイドルとしての活動、してましたよね……?」

 

「そ、それならば十分優秀な生徒だったんじゃないですか?」

 

「そ、そんなバカな……」

 

「あ、アイドルっていうのは、ちょっと勉強が出来ないぐらいがいいんじゃ……なぁ隼人!?」

 

「あ、いや、俺は流石にそこまでは言わないけど」

 

 その辺りはマジでちゃんと頑張っていたというのがちょっとした自慢である。

 

「自分で選んで高校に進学した以上、ちゃんと勉強して卒業はしろよ。今更『こんな勉強しても将来役に立たないよ~』なんて議論するつもりはないからな」

 

「えっと『将来必要とされない教科を勉強する意味は?』っと……」

 

「チャットGPTに質問してやがる……」

 

 四季の質問に対し、AIは『知識の幅を広げる』『認知能力の向上』『自己成長と興味の発見』という三つの回答を出していた。全文は長くなるので、気になる人は自分で質問してみて欲しい。なるほどなぁ……。

 

「とはいえ、課題のやる気が出ないことには変わらないっす~」

 

「夏休みの全てを遊びとバイトに費やしたいぜ~」

 

「あと練習~」

 

「全く……」

 

 先ほどとは打って変わってローテンションになってしまった三人に対して旬が溜息を吐く。

 

「全く……念のためにもう一度言っておくけど、()宿()にもちゃんと課題を持ってくるように」

 

「「「え~?」」」

 

「えーじゃない!」

 

 不満の声を上げる三人をピシャリと叱る旬。

 

「まぁ()()()宿()は目の前が海だから遊びたい気持ちは分かるが、その辺りはしっかりとしとけ。成績不良でアイドル活動続けれませんってなってライブ出演取り消しになってみろ」

 

「……ど、どうなるんすか?」

 

「多額の違約金を払ってもらう」

 

「「「ガチだあああぁぁぁ!?」」」

 

 多額のというのは嘘だが、ケジメとしてそれなりのことは覚悟してもらいたい。いくら知り合いで固める結果となったとはいえ、そこはしっかりとしなければならない。

 

「というか……良太郎さん……俺たちが合宿するところ……知ってるの……?」

 

 夏来からの質問に「あぁ」と答える。

 

「数多のアイドルたちが大きなイベントの前の合宿に利用した由緒ある民宿だと一部界隈では有名だ。勿論俺も利用したことあるぞ」

 

「そんなハイパーすげぇ民宿だったんすか!?」

 

 俺が知っているだけでも765プロAS組&シアター一期生組、346プロ、765プロシアター二期生組が利用している。ただ話を聞く限りでは他のアイドル事務所が利用したという話を聞いたことがないので、本当に一部界隈でしか有名ではないらしい。……簡単に予約が取れるからありがたいといえばありがたい話なのだが。

 

「これはアレっすね! 先輩アイドルたちのパワーを借りて、オレたちもハイパーメガマックスな進化をしちゃうんじゃないっすか!?」

 

「つまりメガシンカだな!?」

 

「多分違うと思う!」

 

「メガシンカは出来ずとも、トップアイドルと並んでステージに立っても恥ずかしくないぐらいには鍛えてやるからな」

 

「「「「「……え?」」」」」

 

 ハイジョ五人の戸惑いの声が重なった。

 

「え、良太郎さんも来るんですか!?」

 

「え、聞いてねぇの?」

 

 コクコクと頷く五人。どうやら情報の伝達ミスがあったらしい。

 

()()()()宿()は男性アイドル全員の合宿だからな。俺だけじゃなくてジュピターや涼も参加するぞ」

 

「おおおジュピターきたあああぁぁぁ!」

 

「俺、冬馬さんからサイン貰いたいんだよね!」

 

「俺も俺も!」

 

「君たち目の前に日本を代表するトップアイドルがいること忘れてないよな?」

 

 

 

 とまぁそんな感じで、今年の夏は123プロ&315プロ&876プロの男性アイドル組での夏合宿が決定したわけである。

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって、毎度おなじみ喫茶『翠屋』。

 

「え!? 合宿するんですか!?」

 

「うん。男性アイドルだけでね」

 

「ええなぁ、楽しそうやなぁ」

 

 羨ましそうな声を出すのは、なんともう今年から中学一年生となったはやてちゃんである。足の調子もすっかり良くなり、今ではアイドルとして活動しているほどだ。

 

「私らも合宿とかせーへんのかな」

 

「うーんどうだろうねぇ」

 

「私も、ちょっとだけ興味あるな」

 

 そんなはやてちゃんが話しかけたのは、同じく今年から中学一年生になり彼女と同様にアイドルとして活動しているなのはちゃんと、金髪ツインテールの美少女。彼女たちとアイドルユニットを組んでいるフェイト・テスタロッサちゃんである。

 

 彼女たち三人の出会いは偶然であった。フェイトちゃんの母親が副社長を務める芸能事務所『310プロ』に所属することになり、同年代ということで意気投合。そしてそのまま三人組アイドルユニット『Tri-Ace(トライエース)』を組むことになるのだが……そこに至るまで様々な物語があった。これだけでも外伝が数話出来てしまえそうなのだが、今回は割愛させてもらおう。いやぁ残念だなぁ!

 

「もし書かれるとしたらキャッチコピーは『偶像(アイドル)少女、はじめました。』で決まりだな……」

 

「良太郎さんはいきなり何を言ってるんだろう……?」

 

「いつものことだから気にしなくていいよ、フェイトちゃん」

 

「せや、これが良太郎さんの通常営業やねん」

 

「そ、そうなの……?」

 

「アニメ化したら三期は堅いな!」

 

「アニメ!?」

 

「良太郎さん、フェイトちゃんが混乱してるからもう少しスピード落としてほしいの」

 

「素人乗せてアクセル全開は勘弁してやー」

 

 閑話休題(アクセルからあしをはなす)

 

「310プロなら話せば合宿とか企画してくれそうだと思うけどね。特にプレシアさん」

 

「うっ……」

 

 自分の母親を名指しされたことで、フェイトちゃんは小さく呻き声をあげた。娘至上主義のあの人のことだから、娘のお願いならば喜んで聞くだろう。それが彼女たちの益になるようなことならば猶更だ。

 

「良太郎さんってば、そんなこと言って~」

 

 何故かニヤニヤとした笑みを浮かべたはやてちゃんが、俺の横に寄ってくると肘で小突いてきた。

 

「聞いとるで~、その合宿の民宿って、目の前が海なんやろ~? 現役JCアイドルの水着姿が目当てとちゃうの~」

 

「否定はしない!」

 

「うっさ!? いやそこは否定してぇな!?」

 

 確かにこの三人はだいぶ発育が良く、特にフェイトちゃんの成長は目を見張るものがある。往年の志保ちゃんや蘭子ちゃんを彷彿とさせるほどだ。

 

「でも一つだけ言い訳をさせてもらいたいんだ」

 

「聞きましょう」

 

「あくまでも俺は『見ること』が好きなんだよ」

 

「……だそうですが」

 

 唐突に俺の背後へと話しかけるはやてちゃん。……うん、分かってたよ。ここが喫茶『翠屋』である以上、どういうオチになるのかぐらい察していたさ。

 

 

 

「良太郎、ちょっと話をしよう」

 

 

 

 一切の特殊タグの類が使われていない恭也のセリフが逆に怖い……。

 

 

 




・『夏休み』
またの名をテコ入れ期間。

・チャットGPT
執筆に活用できないかと考えたけど、イマイチ有効活用法が見つからない。
とりあえず本来質問するっていう使い方はあんまり正しくないということだけは理解した。

・あの民宿
あそこである。

・メガシンカ
既に三世代前の要素だがGOだと現役。

・フェイトちゃん
今まで名前だけだったが、満を持しで登場!

・『Tri-Ace』
某ゲーム会社とは関係ない。



 多くは語らず。合宿編、始まります……!


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Lesson360 Summer is here! 2

合宿スタート!


 

 

 

「で、このタンコブが出来たってわけ」

 

「どうしてそんな漫画のようなタンコブを頭に乗せているのかと思えば……」

 

「そういうのって普通すぐ消えねぇか……?」

 

 俺もそう思う。

 

「というかリョーさん、流石に女子中学生相手にその発言は些か問題があると思うんだけど」

 

「輝さんの言うこともご尤も。同じようなお葉書(かんそう)が何通か届いていました」

 

「お葉書!?」

 

 ただここで一つしっかりとしておきたいことがある。

 

「俺は女性の胸が好きです。大きな胸が好きです」

 

「……お、おう」

 

 

 

「でもそれはあくまでも『趣味嗜好』なだけで『性癖』ではないんですっ!」

 

 

 

 これだけははっきりと真実を伝えたかった。

 

「……冬馬、任せていい?」

 

「はい、輝さん。このバカ無駄に耐久力があるんで躊躇せずに振り抜くことがコツです。こう、斜め下四十五度からねじり込むような感じで打つ!」

 

「お゛っ!?」

 

 

 

 

 

 

 そんな心温まる交流(レバーブロー)はさておき、ついに迎えた男性アイドル限定三事務所合同合宿当日。俺たちは福井県にあるとある民宿へとやって来た。

 

「いやぁ、久しぶりに来たなぁ、民宿『わかさ』」

 

「良太郎さんと冬馬さんは、以前にも来たことあるんですか?」

 

 涼からの質問に「あぁ」と頷く。

 

「前に来たのは765プロ(アイツら)の面倒を見てやったときだから……もう三年も前になるのか」

 

「懐かしいな」

 

 民宿へと続く長い階段を見上げながら初めてここを訪れた時のことを思い出す。

 

 かつてトップアイドル一歩手前ぐらいだった春香ちゃん765プロのアイドルや、そんな彼女たちのバックダンサーとして出演することになった志保ちゃんたち。彼女たちとの思い出が、こう……。

 

「……いや、あれからまだ三年しか経ってないってマジ?」

 

「島村たちとのアレコレとか、色々あったせいで感覚がバグってんな……」

 

 なんか凄い昔の話のように思える。本当にビックリである。

 

「いえーい!」

 

「海だー!」

 

「ウェミだー!」

 

「テンアゲっすー!」

 

「やふー!」

 

 そんな感じで冬馬と二人で時の流れはフシギダネしている中、それなりに長時間の旅を終えたばかりの類と隼人と春名と四季とピエールの五人が、目の前の海に向かって大声を張りあげた。

 

 抜けるような青い空と白い雲、そして太陽の光で煌めく水面……まぁ、テンションが上がる気持ちもよく分かるし、なんだったら五人がやらなかったら俺が同じことをやってた。

 

「よっしゃ! 早速下降りてひと泳ぎしようぜ!」

 

「「「「らじゃー!」」」」

 

「はいはい。楽しみたい気持ちは分かるけど、今はお預けだよ」

 

「「「「は~い……」」」」

 

 今にも海へと突撃しそうな五人だったが、手を叩いて注目を集めた北斗さんに諫められたことで大人しく諦めた。

 

「海への一番乗りは諦めたが……それじゃあ宿には俺が一番乗りー!」

 

「あ! 待てハルナ!」

 

「負けないっすよ!」

 

「ボクもボクもー!」

 

「おっとこいつぁ負けてらんねぇな!」

 

 長い階段を駆け上がり始めた悪ガキトリオとピエールを追いかける。

 

「ったく、ガキかよ」

 

「冬馬は俺より足短いから階段駆け上がるの大変だもんなー」

 

「よぉしもう一発ぶん殴ってやらぁ!」

 

 冬馬も緊急参戦した315プロ階段ダービー! 果たして勝者は!?

 

「よぉし! 良太郎―冬馬―隼人の三連単で勝負だぁ!」

 

「山下くん……」

 

「それじゃあ僕は春名―冬馬―良太郎で勝負しよーっと」

 

「翔太まで……」

 

 果たして結果は!? 掲示板の結果はCMの後!

 

 

 

 

 

 

『すっきりさやわか!』

 

マダゼスチンサイダー!

 

 

 

「にゃ、にゃんと……こ、これが先日二十一歳になったばかりの美波ちゃんの、水着姿……!」

 

「う、うひゃぁ……え、えっちだ……」

 

「み、みくちゃんも李衣菜ちゃんも、変な反応しないでってば!」

 

「ふーん、えっちじゃん」

 

「凛ちゃん!?」

 

「コレは流石に認めざるを得ません……」

 

「アーニャちゃん!?」

 

 

 

 

 

 

 えー只今のレース、一着『若里春名』二着『天ヶ瀬冬馬』三着『周藤良太郎』となります。

 

「外したあああぁぁぁ!」

 

「いえーい! あったりー!」

 

 くそぉ……最初は先頭をキープしてたのに、脇腹に冬馬の拳を受けてしまってな……。

 

「それでも足を止めなかったリョーさんっちパネェっす……」

 

「あのスピードであれだけ重そうなパンチする冬馬さんも凄いけどね……」

 

「そもそも妨害では……?」

 

 のんびりと登って来たメンバーと合流し、少々騒がしくなってしまったがそろそろ民宿の旦那さんと奥さんに挨拶を……。

 

 

 

「残念でしたー」

 

「本当の一着はオレたちだよー!」

 

 

 

 ……そこには、よく似た見た目の少年二人がコチラに向かってピースをしていた。

 

「あぁ!?」

 

 この二人は……などという感想を抱く前に、真っ先に冬馬が反応した。

 

「あ、蒼井悠介選手! 蒼井享介選手!」

 

 そう、つい最近315プロにやってきた新たな仲間、蒼井兄弟である。

 

「もう俺たち選手じゃないですよ」

 

「ステージという名のフィールドに立つプレイヤーっていう意味なら、オレたちもまだ選手だけどね!」

 

「あ、すみません! お二人のファンなんです!」

 

 笑いながらヒラヒラと手を振る蒼井兄弟に、冬馬はビシッと頭を下げた。

 

「……熱心なサポーターだとは知っていたが、ここまでだったとは」

 

「315プロに入ったって話を聞いたとき、すっごい喜んでたよね冬馬君」

 

「珍しく目を輝かせながら、志保ちゃんに二人のことを熱く語っていたね」

 

「志保ちゃんに?」

 

 北斗さんからの少々不思議な目撃情報はともかく、とりあえず俺も二人に挨拶をしたいんだけど……。

 

「サインください!」

 

 ……冬馬がわざわざ用意してきていたらしい色紙とサインペンを差し出してるから、もうちょっとだけそっとしておいてあげよう。俺は空気が読める大人である。

 

「と言いつつりょーたろーくん、スマホで録画するんだね」

 

 後々何かに使えるかなって思って。

 

 

 

「あ、次郎さん、支払いは後日でいいよ」

 

「くそぉ……すどうさんなら堅いと思ったんだけどなぁ……」

 

「翔太、ちょっと話がある」

 

「山下くん、君も少しこっちに来なさい」

 

 

 

 

 

 

 さて、三年ぶりの再会となる旦那さんと奥さん(二人とも俺と冬馬のことを覚えていてくれた)への挨拶を終え、全員レッスン着に着替えて運動場へとやって来た。

 

「えええぇぇぇ!? ナニコレェェェ!?」

 

「ど、どうしたんですか!?」

 

「みのり、どうかした?」

 

 そして中に入った途端、みのりさんが奇声を上げて恭二とピエールの二人に心配されていた。

 

「どうしました? 何か見つけました?」

 

「オタカラがぁ! とんでもないオタカラがぁぁぁ!」

 

 みのりさんの語彙力が死んでる。……元々語彙力が死ぬタイプのオタクだったな。

 

「って、あぁこれですか」

 

 みのりさんが指差す先を見ると、そこには三年前に春香ちゃんたちが書いたサイン色紙と俺と冬馬が書いたサイン色紙が並べてあった。そして現在はその二枚の色紙の隣に更に二枚の色紙が飾られている。

 

「わ、346プロのシンデレラプロジェクトのサインですか?」

 

「こっちは去年のトロフェスで話題になった765プロシアター組のサイン!」

 

 涼と咲ちゃんもその二枚に書かれたサインに驚いていた。

 

「おぉ……これはご利益ありそうっすね!」

 

「拝んどこ拝んどこ!」

 

「ダンス上手くなれますように!」

 

 手を合わせて拝み始めた悪ガキトリオに釣られるように、他のアイドルも数名そっと手を合わせていた。ちなみにみのりさんはさらにその上をいく土下座崇拝スタイルである。

 

「ここで合宿をする以上、みんなもこのサインに並んで恥ずかしくないようなトップアイドルを目指すんだからな。それぐらいの意気込みでいるように」

 

『はいっ!』

 

 

 

 そんなひと悶着を終え、ようやく落ち着いたところでプロデューサーさんから蒼井兄弟が改めて紹介される。

 

「先日お伝えした通り、今日から蒼井悠介さんと蒼井享介さんの双子ユニット『(ダブル)』も正式に合流することになりました」

 

「「よろしくお願いしまーす!」」

 

 全員で『よろしくー』と熱烈歓迎する。

 

「Wのお二人は合同ライブに向けてユニット曲も同時進行で練習していただくのですが……この合宿では、315プロダクションの全体曲となる()()()の練習をしていただきます。その際……」

 

 プロデューサーさんの視線がチラリとコチラに向いたので、他のみんなと一緒に座っていた俺は立ち上がって彼の隣へと向かう。

 

「俺や冬馬、翔太と北斗さんの四人は主に指導側に回らせてもらいます」

 

 今回の合宿は『全員が全体曲の振り付けを覚えている』ということが前提の下で行われているのだが、俺たち四人はその上で()()()()()()()きている。

 

「リョーさんたち、忙しいのによくそんな時間あったな……」

 

「寧ろ忙しくないときはありませんから、そんな中で完璧に仕上げるのはトップアイドルなんですよ」

 

 ガンランス装備の砲術レベルの必須スキルなので、皆さん頑張って習得してください。

 

()()()は、315プロ全員で歌う初めての曲です。この練習の中で、きっと色々な課題が見えてくると思います。目標は全員のレベルアップ……皆さん、張り切っていきましょう!」

 

『おーっ!』

 

 こうして、315プロの……合同ライブ参加男性アイドル全員の、熱い夏が幕を開けたのだった。

 

 

 

 

 

 

おまけ『仲間外れ?』

 

 

 

「……あれ? このサイン、翔太君と北斗さんのはないんだ?」

 

「あー、指導には参加したけど、合宿そのものには参加しなかったからね」

 

「勿体ない……! でもこれはこれで価値のあるサイン……!」

 

「なんか悔しいから、ここに書き足しちゃおっかなー」

 

「あぁなんてことを!? ……いや付加価値が上がるからそれもアリでは!?」

 

「とりあえずみのりさん、練習始まる前にテンション振り切るのはやめてくださいね?」

 

 

 




・「で、このタンコブが出来たってわけ」
延々とネットで使われ続ける赤ちゃん。

・「そういうのって普通すぐ消えねぇか……?」
作者のヒロアカ最推しは瀬呂君です。

・『趣味嗜好』なだけで『性癖』ではない
ここテストに出ます。

・「あれからまだ三年しか」
しかし着実に三年の年月が経っているという。
春香さんが成人済みですぜ?

・「ウェミだー!」
元ネタFFだったのか……。

・315プロ階段ダービー!
ニンダイで凄い驚いた。ただその後の奴で驚きが塗りつぶされたけど。

・すっきりさわやか!マダゼスチンサイダー!
今更なネタ。
カラーリングはアニメ版にしてみた。

・おまけ『仲間外れ?』
確かいなかったはず……?(あいまいな記憶)



 ついに四年目となってしまったアイマス恒例夏合宿回となります。リアル時間で言うと、初の合宿は八年前になるのか……。



『どうでもよくない小話』

 デレSoLにななみん参戦決定だぁぁぁ!!!


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Lesson361 Summer is here! 3

合宿名物入浴シーンあります!


 

 

 

「それにしても、なんだか懐かしいというか久しぶりな感じだよねー」

 

 キュキュッと音を立ててステップを踏みながら、翔太が話しかけてきた。

 

「確かにこんな感じで一緒にレッスンするのは久しぶりだな」

 

「良太郎君と一緒にレッスンしたのは……確か、初めてコラボしたときだったね」

 

「あー……あれももう四年前になるのか」

 

 ターンを決めながら相槌を打つと、同じくピタッとターンを決めた北斗さんと冬馬も会話に参加してきた。

 

「それは確かに懐かしいな。あんときはなぁ……黒井社長がなぁ……」

 

「あぁ、うん……」

 

「色々あったね……」

 

「この話題やめねーか?」

 

 三人の目が一斉に逸らされた。まぁ楽しい話題ではないし、他の人もいるこの状況でする話題でもなかった。素直に反省……したところで。

 

「「「「ふっ!」」」」

 

 四人で最後のポーズを揃える。うーん、なんとなくこの指のポーズするの楽しい。

 

「問題なさそうだね」

 

「こんだけ通しやりゃあ覚えるに決まってるわ」

 

「あとは細かいところを突き詰めるだけだね」

 

「そうだね」

 

「……さてと」

 

 俺と冬馬と北斗さんと翔太の四人で振り付けの通しを終えたところで、俺たちは背後を振り返った。

 

「そろそろ休憩終わりにしよっか?」

 

『……は~い……』

 

 315プロのみんなも早朝ランニングで()()()()()体力を付けたみたいだけど、やっぱりまだまだのようである。

 

 

 

 

 

 

「……分かりきってたことだけどさ」

 

「……なんだ」

 

「……リョーさんたち、ヤバいな」

 

「……本当に分かりきっていたことを……わざわざ言うな」

 

 桜庭の憎まれ口に覇気がないところからも本当に疲れ果てていることが分かる。

 

 桜庭だけではない、リョーさんとジュピターの三人を除く全員が、運動場の床から身動きが取れない状況になっていた。

 

 リョーさんこと『周藤良太郎』と『Jupiter』の直接指導を受けた結果がこれである。初日だから手加減とかそういった類の考えは存在していなかったようで、徹底的に扱かれた。

 

 そして徹底的に扱いて尚、俺たちの休憩中にすら四人は振り付けを通しで確認し続けていたのだから末恐ろしい。ここまでくると体力云々を超えた何か超常的な力が働いているようにしか思えなかった。

 

 ちなみにその四人は「それじゃあ俺たちは夕飯作ってきますねー」「お前らはさっさと風呂入っちまえよー」と疲れた様子もなく運動場を去って行ってしまった。

 

 ついでにアイドルとしての先輩にあたる涼や元プロサッカー選手である蒼井兄弟も、若干ふらつきながらもしっかりと立ち上がってリョーさんたちを手伝いに行った。この辺りに地力の違いを感じる。

 

「まさか、これほどの実力差があるとは……」

 

「いや~……分かってたことでしょ……」

 

「べ、べりー……たいやーど……」

 

「す、すどうりょうたろうと……じゅぴたーの……つくる、ごはん……」

 

 俺たちドラスタやSEMの三人やみのりさんといった年長組のダメージは相当なもので、全員例外なく床に倒れ伏していた。

 

 いや、みのりさんだけ亡者のように這い蹲って運動場の入口へと向かおうとしていた。どうやらトップアイドル四人が作る夕飯に引き寄せられているようなのだが、ゾンビみたいでちょっと怖い。

 

「もーむりっす……ハイパーメガマックスうごけないっす……」

 

「四季、疲れてハイパーメガマックスの使い方が雑になってるぞ……」

 

「こんなもんもともと適当っすよ……」

 

「もうちょっとアイデンティティー大事にしてこうぜ……!?」

 

 かといって学生組にダメージがないわけではなく、息も絶え絶えといった様子。しかし軽口を叩く余裕ぐらいはあるらしい。

 

「……お風呂……いかないとね……」

 

「……そうだね」

 

 そして夏来と旬の呟きに学生組がもそもそと立ち上がり始めた。もう動けるというのか……。

 

「……う、うぉぉぉ! 負けるものかぁぁぁ……!」

 

 俺もいつまでもこのままでいるわけにもいかないので、無理やり気合を入れて身体を起こす。ヒーローは……いつだって……立ち上がるんだ……!

 

「風呂だ! 気合入れていくぞ! 翼! 桜庭!」

 

「は、はい……」

 

「やかましい……」

 

 大概のことはお風呂に入ればなんとかなるんだ! まずは大きい湯船に浸かって体力を回復するんだ!

 

 俺たちの入浴は、これからだ!

 

 

 

 

 

 

「あーおっきなお風呂で足伸ばしたーい」

 

「今日のところは我慢しましょう、志希ちゃん」

 

「………………」

 

 あ、ありのまま今起こっていることを話すぜ……。

 

『ぼくは346プロのシャワー室で汗を流そうと思ったらいつのまにかそこは123プロのシャワー室のようだった』

 

 な、何を言ってるのかわからねーと思うが、ぼくも何が起こっているのか分からなかった……頭がどうにかなりそうだ……白昼夢だとか幻覚だとかそんなチャチなもんじゃあ断じてない、もっと恐ろしいものの片鱗を味わっているぜ……。

 

 いやマジでどうなってんの!?

 

 

 

 なんで()()()()()()()()()()がここにいるの!?

 

 

 

 いや分かるよ!? Pサマから説明されてるから346プロに出向してきてるってことは分かるよ!? でもそれとこれとは別じゃない!? まさかこの二人とシャワー室でコンニチワするとは思わないじゃん!? 時間的にはコンバンワかな!?

 

 いやいや落ち着け落ち着くんだぼく。今までにだってこのシャワー室でトップアイドルとコンバンワしたことなんていくらでもあったじゃないか。その度にぼくは(精神的に)危機的な状況を切り抜けてきた。そう、だから今回も行ける! 例え相手が激推しである123プロのアイドルであったとしても!

 

 いくぞシャワー室――シャンプーの貯蔵は十分か。

 

 

 

「んー? あ、りあむじゃん」

 

「あら、りあむちゃん、こんばんわぁ」

 

「フヒョッ」

 

 

 

 一瞬でバレたあああぁぁぁ!?

 

「うふふっ、お邪魔してますねぇ」

 

「ア、イヤ、寧ロ、オ邪魔ナノハ、ぼくナノデ、ハイ」

 

 うっひゃあああぁぁぁ! この間初めて顔を合わせたときも思ったけど、メッチャ可愛いぃぃぃ! 顔ちっせぇぇぇ! そしてははは裸ぁぁぁ!

 

「……じゅ、十万円で足りますか……!?」

 

「何がですか!?」

 

「足りませんよねゴメンナサイ!」

 

「本当に何がですか!?」

 

 だって、あの『佐久間まゆ』ちゃんの裸を見た以上、出すもの出さないとぼくの気が済まない……!

 

「んー? キミ、なんだかリョータローと似たようなこと言うんだねー」

 

 ほぎゃあああぁぁぁ! 志希ちゃんも可愛いぃぃぃ! 腰ほっせぇぇぇ!

 

「……心臓を……売ります……!」

 

「心臓!?」

 

「売るなら二つある腎臓じゃない?」

 

「腎臓も売っちゃダメですからね!?」

 

 

 

「もう! びっくりしちゃいますから、あんまり変なこと言っちゃダメですよ! メッ!」

 

「ふぁ、ふぁい」

 

 人差し指を立てて叱るまゆちゃんが可愛すぎて再び叫びそうになったがグッと堪える。

 

 ……シャワー上がりのまゆちゃんも可愛いなぁ……。

 

「んー、話終わったー?」

 

「あっ! また髪の毛が濡れたままじゃないですかぁ! もー! ほらここに座って!」

 

「はーい」

 

 脱衣所の鏡の前に志希ちゃんを座らせると、まゆちゃんは手慣れたようにドライヤーで彼女の髪を乾かし始めた。いいなぁ、ぼくもまゆちゃんに髪を乾かしてもらいたい……。

 

「志希ちゃんの髪の毛を乾かしながらでごめんなさいねぇ」

 

「い、いえ! お気になさらず! ぼくも気にしてないので!」

 

「うふふっ、そんなに固くならないでいいのよぉ。私、りあむちゃんとお話したいと思っていたの」

 

「……えっ!?」

 

 なんで!? なんで佐久間まゆちゃんがぼくみたいな木っ端と!?

 

「りあむちゃんって、良太郎さん……じゃなかった、『遊び人のリョーさん』と仲がいいのよねぇ?」

 

「……えええぇぇぇ!?」

 

 なんで!? なんで佐久間まゆちゃんがリョーさんのこと知ってるの!?

 

「今アイドルの中でも少しだけ有名人なのよぉ。ウチの事務所にも知り合いがいるの」

 

(……まぁ、知り合いには間違いないけど)

 

 そ、そうだったんだ……なんというか、すげぇなリョーさん……変人も極めればアイドルに認知されるようになるのか。

 

「りあむちゃんはリョーさんとプライベートでお知り合いなのよねぇ? 少しだけでいいので、聞かせてくれない?」

 

(……相変わらずリョータローのことに関すると、見境ないにゃー)

 

 ……なんかちょっとだけイラッとした。リョーさんの癖に生意気だぞ。

 

 ということで、少々まゆちゃんからの評価を落とすようなアレコレを吹き込んでやろう。

 

「リョーさんはですね! それはもう、相当なおっぱい星人なんですよ!」

 

「ふむふむ」

 

(知ってる)

 

「普段はアイドルの歌やダンスのアレコレを語るくせに、とにかくおっぱい星人で765プロの三浦あずさや四条貴音がそりゃあもうお気に入りで!」

 

「そうなんですねぇ」

 

(それも知ってる)

 

 

 

「あと、ぼくのこの無駄乳も大好きで!」

 

「……へぇ」

 

(うわ今部屋の温度が二度ぐらい下がった気がする)

 

 

 

「ことあるごとにぼくの胸をチラチラ見てるんですよ! なんだったらガン見ですよガン見! ぼくもこの無駄にデカい乳見られることは多いからそんなに目くじらは立てないんですけど、それを良いことにめっちゃ見てくるんですよ! いやぁホント変態ですよリョーさん! 無駄にデカいだけのこの胸! めっちゃ見てくるんですから! リョーさんきっとぼくのこと大好きなんですよ!」

 

「………………」

 

(今めっちゃ失踪したい)

 

 

 

「いやぁ好かれちゃって困るなぁ! 今のぼくはアイドルだし、色々と困っちゃうなぁ! とまぁリョーさんってのはこんな人で……」

 

「ねぇ、りあむちゃぁん」

 

 ……え、なんでまゆちゃんそんなにめっちゃ低い声出してるの?

 

 

 

「私、もぉっとりあむちゃんと仲良くなりたいなぁ」

 

 

 

「………………」

 

 普段から余計なことを言って炎上することが多いぼくではあるのだが――。

 

 

 

 ――またぼく何かやっちゃいました?

 

 

 




・この指のポーズ
合同ライブでやりまくってたら両手で出来るようになった。

・入浴シーン
※315プロの入浴シーンとは言っていない。

・ありのまま今起こっていることを話すぜ……。
なんかもう手垢が付きまくったポルナレフネタ。

・いくぞシャワー室――シャンプーの貯蔵は十分か。
こちらも手垢が付きまくった無限の剣製ネタ。

・またぼく何かやっちゃいました?
知らない間にアニメが始まってて終わってたやつ。



 アニメでも315プロの入浴シーンはやってなかったので()

 夏合宿回は無駄に重い話なんかはせず、軽く終わらせる予定です。息抜き息抜き。


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Lesson362 Summer is here! 4

夏は始まったばかりですが合宿は終わり!


 

 

 

『………………』

 

 空気が重い。今この部屋には、鉛のような重圧がのしかかっている。。

 

 俺も一切気を抜くことはなく……『天ヶ瀬冬馬』として、全力を尽くすと決めた。

 

「……流れが悪いですね……」

 

「……だ、大丈夫かな……」

 

「心配ないって!」

 

「そうっすよ! ハルナっちならやってくれるっす!」

 

 心配する旬と夏来を他所に、隼人と四季は春名への信頼の言葉を口にした。集中している春名はそれに応えることはないが、不敵な笑みは言外に「任せろ」と語っていた。

 

「りょーちん頑張れ! 正直ルールはよく分かんないんだけど!」

 

「う、うん。正直僕も覚えたてだけど……このまま……!」

 

 背後から涼の両肩に手を置く咲。どうやらこういった場に不慣れであるらしいが……生憎俺も手を抜いてやる気はない。

 

「「「………………」」」

 

 翔太と蒼井兄弟も、固唾を飲んで見守っている。

 

 そして、この場で最も警戒すべき相手である正面の次郎さんが……たった今、切り出した。

 

 

 

「……リーチ」

 

 

 

「それだぜ、次郎さん(センセー)。ロン」

 

 

 

「おわあああぁぁぁ!?」

 

断么九(タンヤオ)対々和(トイトイ)ドラ3赤ドラ1……18000(オヤッパネ)だ」

 

「ば、バカな……!? 既に二枚切れてる二筒だぞ……!? 何故それで単騎待ちが出来る……!?」

 

「クククッ……その二筒はセンセー、アンタが三順前に切ってる……。アンタの()()()()()()()癖は既に見切ってるんだよ……!」

 

「ね、狙い打ったというのか……! 俺を引きずり落とすために……!」

 

「さぁ、アンタに預けておいた点棒……返してもらうぜ」

 

「グオオオォォォ!?」

 

 さぁ、まだ夜は長いぜ……!

 

 

 

 

 

 

 なんで向こうは殆ど学生組なのに、天才が闇に降り立ってそうな空気になっているのだろうか。

 

「……一応、元弁護士として止めるべきなのか……」

 

「元教師も混ざってるからいいんじゃないですかね」

 

「ウチの山下君がスマナイ……」

 

「寧ろその次郎先生から搾り取ってる様子のウチの冬馬の方がすみません」

 

 とはいえお金をかけているわけじゃないみたいだし、健全な遊びなので問題ないだろう。

 

 ……ただ勝敗には関係ないが点棒ごとにメダルのやり取りをするらしい。さらにこれも関係のないことだが、メダルの枚数が多い人が翌日駄菓子屋で多くお菓子を奢ってもらえるらしい。この二つの事柄にきっと因果関係はないだろう、うん。三店方式は悪い文明。

 

 そんな二階の部屋から聞こえてくる喧騒を肴にしながら、俺たち成人組は庭に面した縁側で晩酌を楽しんでいた。

 

「いや、夏の夜空を見上げながら縁側で晩酌とは、随分と風流ですなぁ」

 

 グイッとグラスのビールを飲み干す。普段はめったに飲まない瓶ビールってのがまた親戚の家でのお泊り感があってとてもいい。

 

「そうですねぇ。新鮮な海の幸も山の幸も、全部美味しいですし」

 

 俺の言葉に同意してくれた翼さんだが、彼はどちらかというとお酒よりもおつまみの方がメインになっている。……あの、全部食べないでね? 俺たちの肴も取っておいてね?

 

「あ、みのりさん、どうぞ」

 

「っ!? あ、ドウモ! アリガトウゴザイマス!」

 

 視界の端で北斗さんからお酌をされているみのりさんの声が裏返っていた。基本的にオタク側の人間だから気持ちは分かるよ。俺も楓さんからお酌されたら未だに一瞬でテンション上限を超えるし。

 

 さてそんな風に各々が風流な晩酌タイムを楽しんでいる中、縁側ではなく室内で本を読んでいた薫さんの元へと向かう。

 

「薫さんは飲まないんですか?」

 

「僕はいい」

 

 端的な遠慮の言葉ではあるが、拒絶の言葉ではなかったのでそのまま薫さんの対面へと座る。チラっとこちらを一瞥した目が少々鬱陶しげではあったが、その程度でこの俺を退かせられるとは思わないことだ。自慢だが俺は自分に対する悪感情にだけは異常に耐性があるぞ。

 

 さて、早速だが薫さんと会ったら聞こうと思っていた話題を切り出す。

 

「最近、蘭子ちゃんとはどうですか?」

 

「っ!?」

 

 俺の言葉に目をひん剝いた薫さんは、バッと周りを見回した。

 

「……あまり人聞きの悪いことを口にしないでくれないか?」

 

「だから誰にも聞こえないような状況で聞いたんですよ」

 

 俺たちの会話が聞こえるような位置に人はいないし、いたとしても上から聞こえてくる「これがオレの……逆転の清一色(チンイツ)ドラ2だぁぁぁ!」「「8000オール(オヤバイ)だとおおおぉぉぉ!?」」という白熱した声にかき消されていたことだろう。……周りにこの民宿以外の建物がないとはいえ、そろそろ注意した方がいいかな。

 

「たまに現場で挨拶しているとは聞きますよ」

 

「……挨拶ぐらい誰にだってする」

 

 そりゃそうなんだけど、薫さんが積極的に挨拶する年下の女性アイドルなんて蘭子ちゃんぐらいなものでしょ。

 

「天道の奴、余計なことを……」

 

「あ、コレ聞いたの輝さんじゃないですよ。蘭子ちゃん本人から聞きました」

 

「………………」

 

 薫さんはセンブリ茶を飲んでももうちょっと涼しい顔をするぞってぐらいしかめっ面になった。

 

「理由や経緯はどうであれ、純粋に自分のアイドル以外の部分でファンになってくれたことが嬉しいんですよ、きっと」

 

「……別に僕はファンというわけではないぞ」

 

「サイン持ってるのに?」

 

「………………」

 

 薫さんは正露丸を噛み砕いてももうちょっと美味しそうな顔をするぞってぐらいしかめっ面になった。

 

 ちなみに聞かれなかったから答えないが、こちらは輝さんからもたらされた情報である。

 

「声優のお仕事を積極的にしているとも聞きますけど、どうですか? その後」

 

「……来年のアニメで、メインキャラを務めさせてもらうことになった」

 

 こちらから話題を逸らしてあげると心なしかホッとした様子で乗ってくれた。こうして事前に話しづらい話題を提示しておくことで、口を軽くするというトークテクニックである。

 

「へぇ、何のアニメか聞いても?」

 

「……一応守秘義務があるのだが」

 

 なんてことを言いつつも薫さんが教えてくれたそのアニメは、以前にもアニメ化した大人気サムライ漫画のリメイク作品だった。へぇ、アレってリメイクするんだ。

 

「って、マジでメインキャラじゃん」

 

 多分アニメ第一クールだとボスになるキャラじゃん。そこに抜擢されるとは、凄まじい声優適正である。

 

「そうですか……薫さんのお仕事が順調そうで何よりです」

 

「……周藤君、一つ聞いてもいいか」

 

「? なんですか?」

 

「何故、君はそこまでするんだ?」

 

「……?」

 

 薫さんからの質問の意図が掴めずに首を傾げる。

 

「君ほどのトップアイドルが、まだ駆け出しもいいところである我々を気にかけることだ。今回の合宿だって、かなりスケジュールを詰めたとプロデューサーから聞いているぞ」

 

「まぁ、そうですね」

 

 とはいえこの合宿自体は二泊三日の日程になっているのだが、流石に丸々三日スケジュールを開けることは出来なかったため、明日の午後に俺とジュピターはここを離れる予定になっている。それ故に初日から全力でみんなにレッスンを叩き込んだし、明日の午前中も徹底的にしごくつもりである。

 

「合同ライブを成功させたいから、という理由も聞いている。だが……」

 

「……それだけでは弱いと、薫さんは思ったんですね」

 

 飲み干したビールのグラスをテーブルに置く。瓶を一本一緒に持ってこればよかったと少しだけ後悔する。

 

「薫さん向けの説明をするとなると……あれです、指導医みたいな感じですよ。若手を育てることも先達の仕事ですから」

 

 

 

「でも、()()()()()()()?」

 

 

 

「………………」

 

 流石、なかなか鋭いところを突いてくる。……ビール飲みたいなぁ。

 

「薫さん」

 

「………………」

 

 

 

 

 

 

 ――俺、余命十年もないんですよ。

 

 

 

 

 

 

「……って言ったら、どうします?」

 

「……嘘を言うのであれば、もう少しまともな嘘を言うことだ」

 

「もうちょっとリアクション欲しかったなぁ……」

 

 当然嘘であるが……それでもだ。

 

「アイドルは、いつでも簡単に死ぬんですよ」

 

 死ぬというのは人生という意味だけではない。例えば事故や事件に巻き込まれ、突然ステージに立つことが出来なくなることだってある。

 

 十年前、アイドル冬の時代を終わらせる可能性を秘めつつ、とある事件に巻き込まれてアイドルとしての命を絶たれてしまった女性の話を、俺は何度も聞いている。かつて『一番星の生まれ変わり』と称され、()()()()()()()()()()()()()として期待されたアイドルは、今はもういないのだ。

 

「俺は俺が全力の『周藤良太郎』であるうちに、一人でも多くのアイドルを輝かせたいんです。それが俺の願いなんです」

 

「……願いか」

 

「はい、願いです」

 

 美琴のことも、315プロのみんなのことも、俺は導きたい。たとえそれが傲慢な願いだったとしても……。

 

「俺は我儘な王様ですから」

 

「……我儘なのはうすうす気づいていたさ」

 

 さてと、そろそろグラスが渇いてきたことだし、ビールを継ぎに行こうかなっと。

 

「……なぁ、周藤君」

 

「なんですか?」

 

「……僕の分も持ってきてもらえるか?」

 

「……勿論」

 

 その後、薫さんの分を持ってこようとしたところをいつの間にか出来上がっていた輝さんに見つかり、彼も一緒に付いてきてしまったことで薫さんの顔が凄く嫌そうになったり、それでもしっかりと俺との乾杯をしてくれたりと色々あったが。

 

 なかなか楽しい夏の夜を過ごすことが出来たのであった。

 

 

 

「ところでみのりさん、俺のスマホにりあむから『たすてけ』ってメッセージが届いてたんですけど」

 

「久しぶりだねぇ、りあむちゃんからのヘルプメッセージ」

 

「はい。夏だなぁって感じですよね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……けほっ」

 

 

 




・唐突な闘牌シーン
なんとなく懐かしくなってニコ動でゆっくり天鳳見てた。

・頭を切って回す癖
次郎センセ―浦部説。

・三店方式
「よく分かりませんが、皆さんあちらの方にいかれますよ?」

・大人気サムライ漫画のリメイク
リメイク版るろうに剣心は絶賛放映中!
蒼紫様がユウマタソだぞ!

・余命十年
 う そ で す
d(* ´∀`)b

・『一番星の生まれ変わり』
正式にコラボしたからには大手を振って登場させられるね!



 だいぶぐだぐだした感じですが、そもそもアイ転ってこんな感じでは?(開き直り)

 今回は珍しく次回予告入れてみます。






 晴天の霹靂。

 それは突然の出来事であった。

 彼はいつもそこにいた。玉座は彼のものだった。

 仮にそこが空席となったとして、果たして次に座るものは現れるのか。

 ……彼は既に、そこにいない。

 そこは既に、空白の玉座である。



 次回『アイドルの世界に転生したようです。』

 Lesson363 りょーくん、風邪引いたってよ。



 夏風邪には注意されたし。


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Lesson363 りょーくん、風邪引いたってよ。

久しぶりに純粋なコメディー回。


 

 

 

 異変というものは、いつだって急に起きるものだ。

 

 

 

「……けほっ」

 

 

 

 それに気が付いたのは、合宿から戻って来た翌日の朝。異変は、目が覚めた瞬間に覚えた喉の違和感だった。アイドル故に喉へのケアは常日頃から怠ったことがなく、自室では年中加湿器を稼働させているのだが……どうやらコンセントが抜けてしまっていたらしく、加湿器さんも夏休みに入っていたらしい。

 

 とはいえ季節柄エアコンを入れて就寝しているため、部屋が乾燥するということもないだろうが……ここでも何故かエアコンの設定温度が23度になっていたという不幸が発生した。道理で起きた瞬間に肌寒さを感じたわけだよ。

 

 最近ではりんも俺の部屋で寝ることが多かったのだが、今日に限って仕事の関係で不在。自室内の異常に気付く人間はいなかった。

 

 一度「そうかもしれない」と自覚してしまうと、なんだか気怠いような気がしてしまう。自分で自分の額に手を当てて熱を測るが、正直よく分からない。

 

「……念のため、風邪薬飲んでおくか」

 

 寝巻のジャージのまま自室を出て、風邪薬を保管している戸棚があるリビングへ向かう。

 

「おはよー」

 

「あ、リョウ君おはよ~。ね~ね~、今日の朝ご飯なんだけど、目玉焼きと卵焼きどっちが……」

 

 カシャーン。

 

「え、何事」

 

 キッチンに立っていた母さんが突然フライ返しを手落とした。見ると常にニコニコ笑顔がトレードマークのリトルマミーが驚愕の表情で青褪めている。

 

 

 

「リョウ君どうしたの!?」

 

 

 

 いや母上様こそどうしたのと聞きたいんだけど。

 

「風邪!? 風邪引いちゃったのぉ!?」

 

「え、分かるの?」

 

「お母さんだから分かるよぉ!」

 

 マジか。お母さんってすげぇ。

 

「待ってて今体温計持ってくるからねぇ!」

 

「いやそれぐらい自分で……」

 

「動いちゃダメだよぉ!?」

 

「そこまで?」

 

 もしかして自分で気が付かなかっただけで実はものすごく死にそうな顔色をしているのではないかと不安になるが、戸棚のガラスにはいつもと変わらぬ鉄面皮が……いや、心なしか少しだけ赤いような気もした。……風邪薬ある戸棚これじゃん。ついでに体温計もここである。

 

「うわ~ん!? 体温計が見つからないよぉ~!?」

 

 涙目になりながら体温計を探す母さんを尻目に、戸棚から体温計を取り出して熱を測る。

 

「……三十六度八分」

 

 うーん微妙。熱と言えば熱だけど、人によっては平熱の分類。

 

「母さん、三十六度八分だから大したことないよ」

 

「油断したらダメだよぉ!? 病は気からなんだよぉ!?」

 

 だったら余計に大事にしない方がいいと思うんだけど、そこまで自信満々に言い切られると俺の認識の方が間違っているような気がしてくる。

 

 一人でドンドン勝手にヒートアップしていく母さんを宥めつつ、風邪薬を飲むためにも何か食べないといけないので食パンをトースターに放り込む。

 

 こういうときこそ大事を取って休養するべきなのだろうが、残念ながら本日の仕事は先日合宿に参加するために日程を調整させてもらったものばかりだったため、流石にここから更に日程をズラすのは心苦しい。

 

「うっ……私のせいだ……私がしっかりとしなかったせいで、こんな……!」

 

「そこまで深刻になられても」

 

 まるで赤羽根さんが奈落に落ちたときの春香ちゃんみたいに落ち込む我が家のリトルマミーの過保護さに困惑を禁じ得ない。

 

「まぁ今日の予定は番組収録は二つだけだから、大丈夫だって」

 

「うぅ……ほんとぉ?」

 

「ホントホント」

 

「……分かったぁ……でも無理はしちゃダメだよぉ?」

 

 ……なんだろう、母親相手のやり取りのはずなのに、何故だか妹キャラを相手しているような気分になってくる。いや俺の周りの妹キャラっていうとなのはちゃんと美由希ちゃんと凛ちゃんだから、その三人の方がもうちょっとしっかりしているような気もするけど。

 

 さて、とはいえ仕事は仕事。いくら普段から好き勝手やることが多いとはいえ、それは普段の仕事をしっかりとしているからこそ押し通せるものなのだ。

 

 『周藤良太郎』に求められるものは、常に理解している。

 

 さぁ、今日も完璧に()()()みせよう。

 

「おっ、パンが焼けた」

 

「ダメだよぉ!? 今からおかゆ作るからぁ!」

 

「引き始めの今ぐらいは固形物をちゃんと食べさせてくれない?」

 

 

 

「おはようございます! 本日の撮影ですが、水着イベントですよ! 水着イベント! 周藤さんに喜んでもらえるようにと思って頑張りました! 他の女性アイドルと一緒に()()()()()()()()()ください!」

 

「……アッハイ」

 

 

 

「お疲れ様です! 本日の収録なんですけど、この暑い夏にピッタリな企画用意してます! なんと北極の極寒体験です! ()()()()()()()()()ください!」

 

「……アッハイ」

 

 

 

 身構えているときには死神は来ないものだって、今は警察学校に通っているはずの後輩の降谷も言ってた気がするんだけどなぁ……。

 

 

 

 

 

 

「……は? 風邪? 良太郎がっすか?」

 

「あぁ。昨日撮影から帰ってきてから調子悪そうでな。今朝発熱した」

 

 朝、打ち合わせをするために事務所へ出てきた途端に社長からなかなか驚くべきことを告げられた。

 

「うわ、りょーたろーくんでも風邪って引くんだ……」

 

「しかもしっかりと夏風邪を引く辺り、流石だわ……」

 

「二人とも、一応相手は病人なんだから言葉を慎みなさい」

 

「いや、俺も全く同じ感想だったから気にしなくていいと思うぞ」

 

 率直な感想を呟いた俺と翔太を咎めた北斗だったが、実の兄である社長本人も俺たちに同意してしまった。

 

「というか、そもそもアイツが風邪を引いたところを見たの初めてなような気もするんだよ」

 

「……え、マジですか?」

 

 二十年以上一緒に暮らしていて、そもそも文字通り良太郎が生まれたときから知っている社長のその証言は思わず疑ってしまうほどの驚きだった。

 

「一時期スレてた時期もあったけど、自分自身に卑屈になってるだけで手洗いうがいはしっかりするし好き嫌いもしない健康優良児だったからな。家族全員がインフルで寝込んでも一人だけ無事だったなんてこともあるぐらいだぞ」

 

「……やっぱりバカは……」

 

「コラ冬馬」

 

 素直な感想を呟いたら怒られた。言わなかっただけで翔太や社長だって思ってることだろうし、なんだったら北斗だってチラリと頭を過ったことだろうに。

 

「とはいえ、最近はアイツも合同ライブのこともあって色々と忙しかったから、その疲れも出たんだろうな」

 

「……合宿の日程作るために、結構無茶したとも言ってましたしね」

 

 良太郎が多忙なのは火を見るよりも明らかだ。色々なところをフラフラしているような印象も強いが、その実誰よりも忙しく色々なところを飛び回っている。

 

 IE後に急増した様々な仕事を選抜しつつもしっかりとこなし、かといって以前からの小さな仕事への配慮も忘れない。最近は時間を見付けては東豪寺たちと合同ライブの打ち合わせや、関係各所への根回しも欠かしていない。

 

「……いやなんでこれだけやってるのに『ちょっと遊びにきたよー』みたいなことが出来るんだよ」

 

「良太郎君のフットワークの軽さはちょっと異常だよね……」

 

「僕は瞬間移動してるんだと思ってる」

 

「俺は自由に動かせる身体が色んなところにあって、その都度意識を切り替えてるって言われても驚かないぞ」

 

 肉親からの評価が一番酷い気がする。

 

「話を本題に戻すぞ。今日は三人に急遽別の仕事もお願いしたいんだ」

 

「良太郎の穴埋めっすね」

 

「そうだ」

 

 全ての仕事というわけではなく、良太郎が欠席することでイベントの進行そのものが滞ってしまうところに絞って俺たち三人の内の誰かが代役を務めることになった。

 

「こっちのイベントは……まぁ、俺の現場から近いから何とか」

 

「こっちは僕と北斗君の時間が空いてるね」

 

「……あとはこっちの仕事だけど」

 

「……やっぱりコレは都合がつかないか……」

 

 アレコレと割り振る中、一つだけどうしても俺たちだけではカバー出来ない仕事が出来てしまった。

 

「恵美ちゃんやまゆちゃんに頼むってのは?」

 

「……言っちゃ悪いが、ギリギリ『役者不足』ってやつだな」

 

 翔太の提案に首を振る。役不足ではなく、所たちでは少々アイドルとしてのランクが足りていないという意味での役者不足。正しくは力不足。

 

「これこそ俺たちが行くべき仕事だったんだろうが」

 

「あ、分かった。確か()()()って最近日本によく来てるっていう話を聞くから、ワンチャンお願いしてみるってのは?」

 

 翔太がニヤリと悪戯な笑みで提案したそれに「何を馬鹿なことを」という前に、翔太のスマホにメッセージが届く音が。

 

「……りょーたろーくんから『マジでやめろ』ってメッセージが」

 

「何アイツ俺たちの会話聞いてんの?」

 

 話には聞いてたけど、アイツどれだけあの女帝様のこと嫌ってるんだよ。

 

「でも、その方針は間違ってないんじゃないか? ほら、いるじゃないか。良太郎君の一大事とあらばすぐに動いてくれそうな『周藤良太郎』と肩を並べるトップアイドルが」

 

「……他事務所だぞ?」

 

 などと言いつつ、俺自身も北斗の提案に「それもありだな」と納得する。

 

「「「………………」」」

 

「……元々良太郎が寝込んでいるという報告はするつもりだったからな」

 

 俺たち三人にじっと見つめられて何を言わんとしているのかを正しく認識したらしい社長が、小さく「仕方ない」とため息を吐いてからスマホを取り出した。

 

「え、まだ報告してなかったの?」

 

「良太郎君のことだから真っ先にしているのだとばかり」

 

「彼女、しばらく仕事で忙しくて良太郎自身あまり会えてなくてね。心配かけさせたくないって言って連絡したがらなかったんだよ」

 

「そんなことしたら逆にバレたとき大変じゃねぇか」

 

「俺もそう思う」

 

 そう言いつつ社長は容赦なくメッセージではなく電話をかけた。

 

「……あ、おはようりんちゃん。突然なんだけどさ、良太郎が風邪引いてね」

 

 

 

『りょーくんが風邪!?』

 

 

 




・荒ぶるリトルマミー
普段風邪を引かない良太郎だからこそ、母も大慌て。
なおそうでもない兄貴だったとしても結局大慌てする模様。

・身構えているときには死神は来ないものだって
・警察学校に通っているはずの後輩の降谷
鳴らない言葉を(ry

・役者不足
誤用だって分かってるからツッコまないでね……(震え声



 最近真面目にストーリーを進めてたから、たまには不真面目な話をば。

 ……こんなことしてるから話数が増えるんだぞって話は無しの方向で!


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Lesson364 りょーくん、風邪引いたってよ。 2

りょーくん療養中。


 

 

 

『もしもし、麗華か……』

 

「……ちっ、電話に出れるってことは軽症ね」

 

『せめて「もしもし」ぐらい言ってくれてもいいじゃないかな……?』

 

「アンタノコトガ心配デ思ワズ電話シチャッタワー」

 

『小学生だってもうちょっと演技うまいぞ……』

 

 無視。

 

「幸太郎さんから聞いてると思うけど、今日のアンタの仕事、私たちが貰うわよ」

 

『悪いな、お前たちも忙しいのに……』

 

「ホントよ。この貸しは大きいわよ」

 

『りんのおっぱいぐらい……?』

 

 無視。

 

「それと、今日はりんそっちに行かせないから」

 

『あぁ、ただでさえ迷惑かけてるっていうのに、流石にりんの拘束までは出来ん……』

 

「要件は以上よ。……お大事に」

 

『えっ、麗華がそんな優しい言葉を……さては偽乳、じゃなくて偽物――』

 

 通話終了。

 

 

 

 さて、幸太郎さんから『良太郎が風邪を引いた』という愉快な情報を仕入れた私は、直接良太郎へと電話をかけた。電話に出た良太郎の声は声が嗄れておらず鼻声でもなかった。幸太郎さんからの前情報の通り、どうやら主な症状は熱だけのようだ。

 

 ……良太郎が風邪を引いたと聞いて、真っ先に思い浮かんだ感想は『え、良太郎って風邪引くの?』という悪意一切無しの純粋な驚愕だった。一度だけライブ中にぶっ倒れて病院に搬送されたところには直面したことはあるが、それ以外で良太郎が体調不良になったという話を聞いたことが無かった。幸太郎さんの話でも昔から風邪など病気になったことはなかったらしい。……高町家の特訓後に寝込むことはあったらしいが。

 

 とにかく、今まで常に健康であったらしい良太郎が体調不良。『しっかりと夏風邪を引く』辺り流石だと言いたいが流石ね。

 

(さてと)

 

 クルリと振り返る。

 

 

 

「離せえええぇぇぇ!」

 

 

 

「アンタたち、絶対放すんじゃないわよ」

 

「了解です麗華先生!」

 

「りん先生落ち着いてください!」

 

「ともみ先生も写真撮ってないで手伝ってくださぁ~い!」

 

 髪を振り乱し目を血走らせる女性を三人の少女が取り押さえるという、さながらホラー映画のワンシーンのような光景が繰り広げられていた。

 

「いい加減に諦めなさい、りん。今日は良太郎の分の仕事もしなきゃいけないんだから、アイツのところに行かせる余裕なんてないのよ」

 

「いやだぁぁぁ! りょーくんの看病をしに行くのおおおぉぉぉ!」

 

 当然こうなることは分かっていたので、りんが幸太郎さんからの電話を受けて「りょーくんが風邪!?」と叫んだ時点でアライズの三人にりんを拘束するように指示を出していた。間一髪間に合ってよかったわ。

 

「全く……ともみ、りんを大人しくするいい方法ない?」

 

「任せて。一回『首筋トンッ』をやってみたかった」

 

「それ普通に死ぬわよ」

 

 素振りやめなさい。永遠の眠りをプレゼントしようとするのやめなさい。

 

「それじゃあ代わりにこれを」

 

 ワイヤレスイヤホンを取り出して暴れるりんの耳に突っ込んだともみは、スマホを操作して何かを流し始めた。

 

「待っててね! りょーくん! 今貴方のお嫁さんであるアタシが……アタシ、が……! はにゃぁ……」

 

「えっ」

 

 暴れていたりんがその勢いを無くし始めたかと思うと、突然目がトロンとなって完全に動きを止めた。必死に動きを止めていたアライズも困惑するほどの急変ぶりである。

 

「……何を聞かせればこうなるのよ」

 

「公式で配信してる『周藤良太郎』の睡眠ASMR」

 

「嘘でしょ……?」

 

 普通そこまでの効果はないでしょ……。

 

「もはや睡眠というか催眠ね」

 

「基本的にりょーいん患者っていうのは全員洗脳済みみたいなところあるから間違ってないと思う」

 

 それはもうどちらかというと宗教……いやそれは元からね。

 

 とにかくりんが大人しくなってくれたことはありがたい。今のうちにロケバスへと突っ込んでおくようにスタッフへと指示を出す。当然引き続き拘束も忘れない。

 

(当たり前のように手首にタオルを巻いてから手錠をかけた……)

 

(なんでアイドルの事務所に手錠があるんだろ……)

 

(スタッフの人たちもちょっと手慣れてる……)

 

 なにやら微妙な目になっているアライズの三人にもお礼を言って、今日のレッスンを中止にする旨を告げて退室させる。自主練はちゃんとするのよ。

 

「それにしても良太郎でも体調崩すことなんてあるんだね」

 

「ま、アイツもIE以降ずっと忙しかったし無理ないでしょ。寧ろ今まで崩さなかった方がおかしいぐらいよ」

 

(……アイドル兼プロデューサー兼校長兼統括部長兼芸能科講師が何か言ってる……)

 

 さて、良太郎のことなんかに思考を割いてやるのは終わり。

 

「私たちは私たちの仕事(アイドル)をするわよ」

 

「りょーかい」

 

 

 

 

 

 

「暇だ……」

 

 暇である。それはもう暇である。

 

 皆さんお忘れのことだろうが『周藤良太郎』とは本来多忙な人間だ。確かにゲームはやるし漫画も読むしアニメも見るが、基本的には常にアイドルとして動き続けている存在なのだ。

 

 それだというのに、今はこうしてベッドの上で上から動くことが出来ない有様だ。

 

 別に風邪が悪化したとかそういうことではない。確かに熱は昨日から高くなって三十七度五分まで上がっていたが、意識ははっきりしているし喉の調子も悪くない。本当に『熱が高い』という以外の症状が全くなかった。

 

 しかし。

 

 

 

 ――リョウ君は今日一日お布団の中にいること~!

 

 ――大人しくしてなきゃメッ! だよ~!

 

 

 

 りんや早苗ねーちゃんや志希を含め、周藤家にはリトルマミーにメッされて逆らえる人間はいないのだ。

 

 というわけでスマホを弄ることも出来ず、かといって眠くないので寝ることも出来ず、適当に曲を流しながらベッドでボーッとしている次第である。

 

(……そういえば()()で寝込むのは初めてだっけ)

 

 こうして天井を眺めていると、色々と考えてしまう。

 

 思えばこの世界に転生してから風邪どころか病気になったことがなかった。だからこうしてベッドで寝込むという行為をするのが二十年以上ぶりだった。余程()()()()は健康なのだろう。

 

 

 

「お見舞いに来てあげたよ~!」

 

「今!?」

 

 

 

 今めっちゃしっとりと独白を始めるシーンだったんだけど!? いくら今回コメディ色強めにするからってここまでする!? せめて『なにやら廊下の向こうからドタドタという足音が聞こえてきた』って感じの描写ぐらい挟ませてもらっていいかなぁ!?

 

「あれ、思ったより元気だね~」

 

「元気は有り余ってるよ……」

 

 思わずツッコミを入れてしまうぐらいにはな。何せ今朝からずっとベッドの上だ。

 

「お邪魔しまーす」

 

「お邪魔しまぁす」

 

「あぁ、いらっしゃい……」

 

 さて、本当に突然やって来たのは志希と恵美ちゃんとまゆちゃんだった。既に勝手知ったる我が家のように歩き回る志希を先頭に、続いて恵美ちゃんが、その後におずおずとまゆちゃんが続く形で俺の部屋へと入って来た。

 

 風邪っぴきの部屋に健常な現役アイドルを入れることを一瞬躊躇うが、空気清浄器も今回はしっかりと仕事してるし、俺を含め全員がしっかりとマスクをしているので大丈夫だろうと判断する。この世界に新型なんちゃらは存在しませぇん!

 

「こんにちは、リョータローさん。これお見舞いです……といってもコンビニのゼリーとかドリンクとかですけど……にゃはは」

 

「いや、それでも嬉しいよ……ありがとう」

 

 恵美ちゃんからレジ袋を受け取る。うん、母さんから間食も制限されてるから小腹が減ってたんだよ。ありがたく頂戴しよう。

 

「………………」

 

「……なんかまゆちゃんが静かだね?」

 

 自分で言うのもなんだけど、普段のまゆちゃんだったら今の状況でもうちょっとテンションが高いというか騒々しいというか。

 

「あー、多分『リョータローさんが心配な気持ち』と『初めてリョータローさんの部屋に入っちゃった乙女心』がせめぎ合った結果、感情がフリーズしてるんだと思います」

 

「通りで目元がニッコリ笑顔のまま固まってるわけだよ……」

 

 まゆちゃーん、起きてー。

 

「……はっ!? ここは!?」

 

 まゆちゃんが再起動した。

 

「俺の部屋だよ……お見舞いに来てくれてありがとうね」

 

「!? い、いえ!? お元気そうで何よりですぅ!」

 

「絶賛病気中だけど、まぁ悪くはないよ。ちょっと熱があるぐらい」

 

 現にこうして体を起こしていてもフラついたりしないし。寧ろ寝過ぎてちょっと体が鈍ってるぐらいだ。

 

「どれどれ~」

 

「「「ちょっ」」」

 

 不意打ち気味に志希が自分の額を俺の額にくっ付けてきた。

 

「志希ちゃんいきなり何してるんですかぁ!?」

 

「男の人へのお見舞いはこうするのが良いって美嘉ちゃんが言ってた」

 

 絶対に本人が見栄張って言ったであろうことをバラすのは止めて差し上げろ。

 

「というかそういうラブコメ仕草はお前の仕事じゃねぇだろ……」

 

「ラブコメ仕草ってなに」

 

「恵美ちゃんカモン……」

 

「やりませんよ!?」

 

 顔を赤くした恵美ちゃんがブンブンと首を横に振った。これこれ、こういうのが良いんだよ。

 

「それじゃあまゆちゃんカモン……」

 

「ででででは僭越ながらぁ!」

 

「まゆストップ! それ以上進んだらまゆの方が熱でぶっ倒れちゃうよ!」

 

「逃げたら一つなんですよぉ!?」

 

「今の状況で進んだら二つどころかゼロだよ!?」

 

 ワーギャーと賑やかな恵美ちゃんとまゆちゃんの姿に、先ほどまで感じていた少々の寂しさが紛れていくのを感じた。

 

「っていうかリョータロー、結構熱あったよ?」

 

「え、マジ……?」

 

 枕元に置いてあった体温計で再度検温。

 

「……三十八度まで上がってる」

 

「「えぇっ!?」」

 

 うーむ、三人がお見舞いに来てくれたことが嬉しくてテンション上がったかな?

 

「それじゃああまり長居しても悪いですし、アタシたち……」

 

「そうだね。病人と同じ部屋にいさせるのも忍びないからね……」

 

「何も出来ずに、不甲斐ないですぅ……!」

 

「寧ろお見舞いに来てくれた人に対して何かしてもらおうと考えてないから……」

 

 恵美ちゃんとまゆちゃんを「ありがとうね」と見送り……既に志希の奴は退出してやがった。マジで気まぐれ猫だなアイツ。

 

 ……まぁいいや。熱が上がってしまったことも事実だし、ゆっくりしよう。

 

 とりあえず、三人が持ってきてくれたお見舞いの飲み物でも飲んで……。

 

 

 

 ――なんかこの栄養ドリンク、既に封が空いてるな?

 

 

 

「……志希テメェ!」

 

 多分栄養剤の類いなんだろうけど、病人に()()()とすんじゃねぇよ!

 

 

 




・流石だと言いたいが流石ね。
たまに巨神兵になったりする犬の被り物をしたサングラスの変なおじさん。

・「アンタたち、絶対放すんじゃないわよ」
久しぶりの登場がこんな出番なアライズの三人であった。

・『周藤良太郎』の睡眠ASMR
有料会員限定。

・アイドル兼プロデューサー兼校長兼統括部長兼芸能科講師
実は良太郎よりもヤバい奴。

・新型なんちゃら
今でもまだまだ陽性の話は聞くので、みんなも気を付けよう。

・「逃げたら一つなんですよぉ!?」
???「逃げたら一つ、進めば一つ、なのですよー」

・既に封が空いてるな?
※危ないので既に封が空いている飲み物は絶対に飲まないように。
ちょっと怖い話だけど『青酸コーラ』と呼ばれる実際の未解決事件があってじゃな……。



 主人公が風邪引いてるのにお見舞いにいけないメインヒロインがいるってマジ?



『どうでもいい小話』

 SOLは二日目だけの参加になりそうですね……一般先行の確率渋すぎぃ!

『どうでもよくない小話』

 書き忘れてたから追加。

 本日をもってアイドルマスター18周年!!! おめでとうございます!!!


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Lesson365 りょーくん、風邪引いたってよ。 3

良太郎の姉と妹回。


 

 

 

「頭痛くなってきた……」

 

 志希のおバカな行動に対してということではなく、純粋に熱が上がってきて頭が痛くなってきた。いや病人に一服盛ろうとするという行動そのものは頭が痛いことには間違いないのだけど。

 

「……寝よ」

 

 しっかりと封がしてあったスポーツドリンクで喉の渇きを潤してから、薄手の布団に潜り込む。間違っても志希の栄養ドリンクには手を付けない。絶対に飲まないからな……いいか絶対だぞ!

 

 冷房の効いた部屋で布団に入るのはなんとも贅沢なことだな~……なんてことを考えている内に眠気はやって来た。先ほどまでは眠くなかったが、やはり熱が出てきたことで身体が無意識的に休息を求めているのだろう。

 

 そのまま目を瞑り、だんだんと意識が遠のいていくことを感じつつ……トントンとドアがノックされる音を聞いた。

 

 

 

 

 

 

「あら」

 

「あっ」

 

 マンションの入り口でバッタリと凛と出くわした。

 

「こんにちは、千鶴さん」

 

「こんにちは。貴女も良太郎のお見舞い?」

 

「うん。お母さんからコレ持って行けって。親戚からもらった桃」

 

 そう言って凛は手にしたビニール袋を掲げた。

 

「千鶴さんは?」

 

「わたくしも似たようなものですわ」

 

 畑をやっている知り合いからもらった夏野菜だ。お見舞いの品というよりは周藤家に対するおすそ分けのおすそ分けに近かった。

 

「……コロッケではないんだ?」

 

「流石に病人相手に揚げ物を差し入れる真似はしませんわよ!?」

 

「いや良太郎さん、千鶴さんのところのコロッケが好きだって言ってたから」

 

「あら、良太郎も嬉しいことを言ってくれますわね」

 

 だからと言ってお見舞いの品にするわけないでしょう。

 

「だからこれは良太郎のことが心配で料理に手が付かないであろう良子さんに対する差し入れですわ!」

 

「持ってきてはいるんじゃん」

 

 二階堂精肉店のコロッケは世界一ですわ!

 

「……ちなみに私も好きだよ」

 

「いい子ですわね」

 

 個数は余計にありますから、後で凛にも差し上げますわね。

 

 

 

 さてそんなやり取りをしつつエレベーターを上がり、周藤家へとやって来た。

 

「凛ちゃんも千鶴ちゃんも、リョウ君のお見舞いに来てくれてありがと~!」

 

「いえ、これウチからです」

 

「これはウチからですわ。コロッケは良太郎以外の夕飯にどうぞ」

 

 玄関口で良子さんにビニール袋を渡す。

 

「もし良かったら、二人もリョウ君に顔を見せてあげて~。リョウ君、初めての風邪引きさんで、きっと寂しがってると思うから~」

 

「「……寂しがる」」

 

 思わず凛と顔を見合わせてしまった。良子さんの言葉を疑うつもりはないし、良太郎にだって「寂しい」という感情はあるだろうが……それでもなんとなく寂しがっている良太郎というのが想像つかなかった。

 

「……まぁ、一応顔を見に来たというのも一つの理由ですので」

 

「……お邪魔します」

 

「は~い! 貰った桃もすぐに剥いちゃうね~」

 

「あ、それならば手伝いますわ」

 

「大丈夫だよ~。二人はゆっくりしていってね~」

 

 流石に病人相手にゆっくり長居するのもどうなのだろうと思わないでもないが、楽しそうにキッチンへと向かう良子さんの背中を見送りつつ、もう一度凛と顔を見合わせてから私たちは玄関を上がった。

 

 そのまま良太郎の部屋の前に辿り着くと、コンコンとドアをノックする。

 

「……返事がありませんわね」

 

 しかし返事がない。念のためもう一度ノックするが、結果は同じだった。

 

「寝てるんじゃないかな」

 

「……良太郎? 開けますわよ?」

 

 返事がないのにドアを開けるのはマナー違反だとは分かっているが、相手は病人故に返事がないというのは少しだけ不安が残るため、ドアノブに手をかける。

 

「千鶴さん待った」

 

「凛……?」

 

 しかしそこに真剣な表情の凛が待ったをかける。

 

「気付いたことがあるんだけど……」

 

「き、気付いたこと……?」

 

 スッと目を細めた凛の気迫に押され、思わず私も生唾を飲む。

 

 

 

「……これ中に入ったら良太郎さんが上半身裸で汗を拭いてるとか、そういう流れじゃないよね……?」

 

「凛!?」

 

 

 

 貴女思考が大分良太郎に寄ってますわよ!?

 

「いやだって良太郎さんやりそうじゃん!」

 

「そこは否定しませんが!」

 

 これだけしっかりとノックしておいてそれならば、それはもう確信犯以外の何物でもないだろう。

 

「……い、いきますわよ?」

 

「う、うん」

 

 何故か無駄に緊迫感を醸し出しながら、私はそーっとドアを小さく開いて中を覗き込む。

 

「………………」

 

 ベッドの上で布団に潜りこむ良太郎の姿が見えた。

 

「「セーフ!」」

 

 いや本当に何がだと自分自身に言いたい。二人揃って何をしているんだか。

 

 冷静になったところで、ベッドで寝ている良太郎を起こさないように入室する。

 

「お邪魔しますわ……」

 

「お邪魔します……」

 

 布団の中の良太郎の両眼はしっかりと瞑られていて起きる様子はない。

 

「……流石に寝ているときは静かだね」

 

「元々良太郎は無意味に騒々しい方ではありませんわよ」

 

「知ってる」

 

 口を開くと碌でもないことしか言わないが…今はそれはさておこう。

 

 さてスースーという寝息を立てながら寝ている良太郎なのだが、少しだけ顔が赤いことが気になったのでそっと冷却シートが貼られた額に手を当ててみる。

 

「……やっぱり熱っぽいですわね」

 

「良子さんの話だと三十七度ぐらいって言ってたけど」

 

 感覚ではあるがもうちょっとありそうな気がする。

 

 どうやら効果が薄くなっている様子の冷却シートをそっと剥がし、机の上に置いてあった新しい冷却シートを貼ってあげた。

 

「……少し汗っぽいですわね」

 

 冷房が効いたこの部屋で汗をかくのだから、良太郎の体感ではそれなりに熱いのだろう。枕元に畳んで置いてあったタオルで首元の汗を拭う。

 

「……千鶴さんってさ」

 

「なんですの?」

 

 

 

「お姉ちゃんみたい」

 

「っ!?」

 

 

 

「いやなんでそんな驚愕するの。私そこまで変なこと言ってないと思うんだけど」

 

「そ、それはそうですけれど……!」

 

 大体こういう場面で言われる言葉は「お母さんみたい」というものばかりだった。だから私もどうせそんな感じの言葉だろうと考えて油断していたところに、凛からの「お姉ちゃん」発言である。

 

「ちょっとダメージ喰らいましたわ……」

 

「なんで……?」

 

 ……そういえば凛は『良太郎の妹分』でしたわね。

 

「凛、これからはわたくしのことを『お姉ちゃん』と呼んでもかまいませんわよ」

 

「唐突だね……!?」

 

 だって良太郎は『私の弟分』なのに、姉として慕ってくれないから……。

 

 

 

「……まぁ別にいいけどさ、千鶴お姉ちゃん」

 

「っ!?」

 

 

 

「いやだから驚き方」

 

「……妹って、いいものですわね」

 

「……お気に召していただけたようで何より」

 

 

 

 そんなやり取りをして一通り満足した私は、改めてベッドで横になる良太郎の姿に視線を落とす。これだけ熱があるのだからきっと寝苦しいに違いないのだが、それでも無表情故にそれがイマイチ分かりづらかった。

 

「……私、良太郎さんが弱ってるところ初めて見た。変な意味じゃなくて」

 

「……そうですわね」

 

 基本的に良太郎は()()()()()だから、妹分である凛に弱いところは見せないように意識していたことだろう。だからといって姉貴分である私に弱音を吐いたかというとそんなことはないのだけれど。

 

「寧ろわたくしが良太郎を頼る機会の方が多かったかもしれませんわね」

 

「良太郎さん、いつも色んなところに行って辻面倒見るからね」

 

「辻面倒」

 

 言いたいことは分かる。今は315プロ。去年は765プロの劇場。一昨年は凛たちの346プロ。更にその前は765プロAS組。毎年のように良太郎は様々なところに赴いている。

 

「多忙だもんね」

 

「普段は提案しづらいですが……こうやって風邪で寝込んでいるときぐらい、ご褒美を上げてもいいかもしれませんわね」

 

「……それじゃあさ」

 

「?」

 

 

 

「……ほ、ほっぺにチューとかしてみたら……!?」

 

「凛もしかして貴女も熱あるんじゃないですの!?」

 

 

 

 

 

 

「全く……あまり変なことを言うようであれば、()()()()()怒っちゃいますわよ!」

 

「テンション高いなぁ……」

 

 ……そんな会話は、バタンというドアが閉まる音と共に遠ざかっていった。

 

「………………」

 

 うっすらと目を開ける。

 

 別に隠すつもりも騙すつもりもなかったのだが、なんとなく寝たフリをしてしまった。いや半分本当に寝てたけど。

 

(……結局ほっぺにチューはしてくれなかったなぁ……)

 

 まぁされたらされたで起きてることがバレたときが怖いんだけど……じゃなくて。

 

「……別に意図して弱音を吐かなかったわけじゃないんだけどなぁ」

 

 とは思っているのだが、結果として吐いていないのであればそれは意図した結果と同じである。

 

 なんだか凛ちゃんと千鶴は良い感じに俺の行動を美化してくれているようではあるが、結局は全部回りに回って自分のためなのだ。

 

(……でもまぁ、今後はもうちょっとだけ周りを頼ることにするか)

 

 現にこうして風邪で寝込んでいる今は、色々な人の世話になっていることだし。

 

 ……そういえば、冬馬や麗華たちに俺の仕事を肩代わりしてもらってるんだったな。今どんな状況なんだろうか。

 

 メッセージ届いてないかなぁなんて考えつつスマホに手を伸ばす。

 

(あ、本当に来てた)

 

 麗華からだ。

 

 

 

『346側もなんか代役として高垣楓が来てたわ。残念だったわね』

 

 

 

 もう二度と頼らねぇよバーカバーカ!!!

 

 

 




・絶対に飲まないからな……いいか絶対だぞ!
#後書きでピックアップした意味 #とは

・凛&千鶴ペア
前回は千鶴の恋仲○○だったから本編では初のはず。

・高垣楓
実はあずささんとか風花とかと共演するより楓さんと共演した方がテンション上がるぐらいにはガチファンな良太郎であった。



 この妹と姉、語り手として優秀だなぁって思いました(小並感



『どうでもいい小話』

 白ワンピ……楓さんも着て欲しかった……。


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Lesson366 りょーくん、風邪引いたってよ。 4

ようやくお嫁さんの出勤。


 

 

 

「………………」

 

 気が付けば部屋が薄暗くなっていた。どうやら麗華からの自慢メッセージに腹を立てて不貞寝してしまっていたらしい。いやそもそも普通に眠かったっていうのもあるんだけど。

 

 壁に掛けられた時計を見ると、どうやらあれから三時間ほど経っているらしい。

 

(結局千鶴と凛ちゃんにお礼言い損ねたな……)

 

 流石に三時間も経っていれば帰ってしまっただろう。また後日改めて、渋谷生花店と二階堂精肉店へとお返しを持っていかねば。

 

 二人に対するお返しだけではない。今回の一件で迷惑をかけてしまった人たち全員へのお礼も必要だ。色々と俺の世話をしてくれた母さんや兄貴たち、今日の仕事で俺の抜けた穴を埋めてくれた事務所のみんなや麗華たちや、予定を変更することになってしまった仕事先の関係各所。

 

 そして――。

 

 

 

「すやぁ……」

 

 

 

 ――今こうして俺のベッドにもたれかかるようにして座って寝ている、俺の可愛いお嫁さんへのお礼を。

 

「すやぁって言いながら寝てる人本当にいるのか」

 

 病人のすぐ傍で寝るのは如何なものかと言いたいところではあるが、寝顔が可愛いしおっぱいも大きいから大目に見よう。

 

 とりあえず体を起こしてみるが、先ほどまでの熱っぽさはない。枕元に置いてあった体温計で測ってみる……三十七度か。まぁ先ほどよりは下がったのかな。……いやいきなり下がりすぎでは? ボブは訝しんだ。

 

「うーん……むにゃむにゃ……りょーくんてば……」

 

「ベタな寝言だなぁ……」

 

 可愛らしく涎まで垂らしておって……流石に乙女的にこれを見られるのはNGだろうから、りんが起きる前にそっと拭いておいてやろう。

 

「……はへぇ?」

 

「あっ」

 

 ティッシュをりんの口元に近づけた途端、りんが目を開けてしまった。そうなる気はしてたけど、随分とベタな展開である。

 

 さてこのままではりんに自分が涎を垂らして寝ていたことを気付かれてしまう。今更そんなことで幻滅するなんてことはあり得ないし、寧ろ可愛らしくていいねボタンを連打したいぐらいなのだが、きっとりん本人としてはそれを恥ずかしがるだろう。

 

 よってりんが起きる前に涎を拭けなかった俺が次に取るべき行動は、りんが涎を垂らしながら寝ていたという事実に()()()()()()()ということにすること。そこでまずは手にしていたティッシュを握り込んで存在を隠蔽して……。

 

 

 

「寝ているりんの胸を触ろうとしていました!」

 

「えっ!? あっ、はい! どうぞ!?」

 

 

 

 

 

 

「熱はどう?」

 

「だいぶ下がったよ」

 

 電気のスイッチを入れて、りょーくんと一緒になって寝てしまっている内に薄暗くなった部屋を明るくする。必死に仕事を終えたもんだから疲れ果てていたとはいえ、まさかりょーくんの寝顔を見て安心してアタシも寝ちゃうなんて……おのれ麗華、この恨み忘れないからね……。

 

「どれどれ。りんおねーちゃんに測らせなさい」

 

 りょーくんの前髪を持ち上げて、自分のおでこをりょーくんのおでこにくっ付ける。当然、この方法で熱が測れるなんて本気で考えているわけではないので、そういうプレイの一種であるぐへへりょーくんのお顔が間近だぜぇ……。

 

「……ちなみにウチではおでこだけじゃなくて唇も当てて熱も測るから……」

 

「キャバクラにもないような異文化!」

 

 冗談はさておき。

 

「……ちょっと熱くない?」

 

「体温計さんは三十七度とおっしゃっていました」

 

「下がってないじゃん!」

 

 下がった方なんだけどなぁ……とぼやくりょーくんの肩を掴んでベッドに押し倒す。

 

「まだ寝てなさい! めっ!」

 

「はーい。……とは言っても、さっきまで寝てたから眠くないんだよな」

 

「それはアタシもだよ。今日は色々あって疲れてたから、りょーくんの顔見たら安心して寝ちゃってた」

 

 こんな日に限って時間のかかるレコーディング三本、とかいう鬼のようなスケジュール。怒りのあまり声が震えそうになるが、それでNGを出してしまってレコーディングの時間が伸ばすわけにはいかないので、必死に自分の感情を抑え込んだ。抑え込み過ぎた結果、結局NGを出してしまったときは流石にキレそうになったが……ともみが用意しておいてくれたりょーくんのASMRで何とか正気を保つことが出来た。

 

 そうしてようやく全てのレコーディングを終えたアタシは、ありとあらゆる声を振り切ってスタジオを飛び出してタクシーに飛び乗り、周藤家へとやって来たのだった。

 

「知ってる。涎垂らして気持ちよさそうに寝てたよ」

 

 えっ。

 

「……き、きづいてたの……?」

 

「………………」

 

 待って、目線を逸らさずにアタシの質問に答えて。「失言した」って空気を醸し出しながら沈黙しないで。さっきは何も気付いてない感じだったじゃん。部屋が暗くて何も見えてなかった感じだったじゃん。

 

 ……見えて、いたんだね。

 

「あっ、その照れて赤くなった表情めっちゃいい」

 

「やかましい!」

 

 思わずペチンとりょーくんのおでこを叩いてしまった。

 

 

 

「もう! もう! 本当にもう! アタシ本当にずっとりょーくんのこと心配してたんだからね!? それなのにこの仕打ちは酷いと思うよ!?」

 

「涎垂らしてたのはりんの自己責任では」

 

 気付いてないフリをするなら最後まで隠し通してって言ってるの!

 

「……本当に心配したんだよ。だって、りょーくん……」

 

 自分で口にしておいて、しかしそれ以上言葉にすることが怖かった。

 

 だって、それを口にしてしまったら()()()()()()()()()()()だから。

 

「……心配させてゴメン。本当に大丈夫だから」

 

 そう言いながら体を起こしたりょーくん。「だから寝てないと……」と言おうとしたアタシだったが、りょーくんはこちらに向かって腕を広げていた。

 

「………………」

 

 ポスンと正面からりょーくんの腕の中に自分の身体を預けると、りょーくんはアタシの身体を抱きしめたまま後ろに倒れ込んだ。……なんとなく、いつものりょーくんの腕の中よりも、少しだけ体温が高いような気がした。

 

「……長生きしてね、りょーくん」

 

「具体的にはどれぐらいがお望み?」

 

「ずっとず~っと。アタシの夢は、子どもや孫たちと一緒に今のアタシたちのステージの映像を見ることなんだから」

 

「それは……楽しそうだな」

 

「でしょ?」

 

 私はそんな未来を望んでいるし、そんな未来を()()()()()()

 

「だから、もうアタシを不安にさせるようなこと、しちゃダメだよ?」

 

「肝に銘じるよ」

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

 お風呂に入ってくると言って部屋を出て行ったりんを見送ると、まるで狙ったかのようなタイミングでスマホに着信。……なんと、少し意外なことに四季からである。しかもビデオ通話。

 

「……よっ」

 

『あっ! リョーさんっち! こんばんわっす!』

 

『え!? 本当に出たの!? マジで!?』

 

『うわ本当だ! ってことはそこ良太郎さんの部屋!?』

 

『ちょ、ちょっと、いきなり失礼じゃないか!?』

 

『良太郎さん……こんばんは……』

 

「おう、こんばんは」

 

 予想通り画面には四季だけでなく春名と隼人も映っており、聞こえてくる声から旬と夏来も近くにいることが分かった。

 

『それよりリョーさんっち! 風邪引いてぶっ倒れて一時は意識不明なんて話を聞いたんすけど、大丈夫だったんすか!?』

 

「え、なに、そんな話になってんの?」

 

 予想以上に大事になっていた。予定を急に変更すること自体は、多くはないがそれなりにあったことなので噂になることはないだろうと思っていたけど、どうしてそんなことになっているのやら。

 

『りょーいん患者で有名な朝比奈りんさんが、そんなようなことをSNSで……』

 

 りんさんぇ……。

 

『朝比奈さんにしては珍しい取り乱し方してたから、きっと何かヤバいことがあったんだろうなって噂になってましたよ』

 

「……教えてくれてありがとう、夏来、旬……」

 

 何かしらのフォローをしないといけないところだけど……もういいや、兄貴と留美さんに丸投げしよう。これぐらいはやってくださいお願いします。

 

『それでリョーさんっち、体調の方は大丈夫なんすか?』

 

「あぁ、まだちょっと熱はあるけど、明日には復帰出来そうだよ」

 

 グッと拳を握って見せると、画面の向こうから『おー!』という小さな歓声が上がった。

 

『良かったっすよ!』

 

『俺たちも凄い心配したんですよ』

 

『と言っても、僕たちなんかに心配されたところで……なんて感じでしょうけど』

 

「……いや、そんなことあるわけないだろ」

 

 こうして純粋に心配してくれる相手に、そんなことを考えるわけないだろう。

 

 ……315プロだって、もう()()()()なんだから。

 

「よし、それじゃあ心配かけちまったお返しに、今度焼肉にでも連れてってやるよ」

 

『え!? マジっすか!?』

 

『いいの!? オレらめっちゃ食うよ!?』

 

「あぁ。食い放題なんかじゃない焼肉で好きなだけ食わせてやるよ」

 

『『『やっほー!』』』

 

『な、なんかすみません……』

 

『違うよ、旬……こういうときは……ありがとうございます』

 

「いいってことよ」

 

 あぁ、若い奴らがはしゃいでるところを見ると嬉しくなる限り、俺もすっかり歳を取ったなぁ……。

 

 ……なんてことを考えている矢先の出来事であった。

 

 

 

「ごめんりょーくん、着替え忘れちゃったー」

 

 

 

「あ」

 

『『『『『え』』』』』

 

「え?」

 

 

 

「……ふー……つい最近俺も連れて行ってもらった皇室御用達っていうお店があってだな」

 

『別に口止めとかしなくても大丈夫ですよ!?』

 

『お、俺たち何も見てませんから! 誰にも言いませんから!』

 

 まぁ、いつかはバレることだとは思ってたけどさぁ……うん。

 

 

 

「ホントにごめんなさい……」

 

「いや油断してた俺も悪かった」

 

 

 

 

 

 

「俺、復活!」

 

 昨晩はとんだハプニングがあったものの、翌朝目が覚めると熱はすっかりと下がっていた。これにて今回の風邪引き騒動は幕を引いたわけである。

 

 とはいえ、昨日は一日中寝てたわけだし、なんとなく体は鈍っている気がする。

 

 普段はあまり飲まないが……折角だし貰った栄養ドリンクでも飲んで気合入れるか。

 

「……ん?」

 

 

 

 

 

 

「おはよーりょーくん! 具合どう?」

 

「おいっすー、志希ちゃんも様子を見に来てあげたよ~」

 

 

 

 

 

 

「えっ!? なになにどういうこと!? りょーくんが七色に光り輝いてるんだけど!?」

 

「あ、結局飲んでくれたんだ~」

 

 

 

「どうしてこんな眩しいことになってんの!?」

 

「えー、だってホラ、トップアイドルっていうのは常に輝いてるみたいなもんじゃん?」

 

 

 

 

 結局その日も仕事はお休みとなった。

 

 志希は関係各所からマジで怒られることとなった。

 

 もうなんかいろいろとつかれた。

 

 はいはい、とっぴんぱらりのぷぅ。

 

 

 




・「キャバクラにもないような異文化!」
100カノのアニメ化は本当に嬉しいお願いだから美々美先輩加入まではどうかお願いします。

・ゲーミングりょーくん
感想で「飲んだら光るかもしれない」って言われたから……。

・「まぶしい理由は聞いてねぇんだよぉ!」
ここ絶対にコラだと思ってた。



 書いている内に忘れそうになりましたが、番外編ではなく本編のお話でした。

 たまにはこういう日常回もやらないとね?

 そして次回が本物(?)の番外編になります。


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番外編83 もし○○と恋仲だったら 31

ついにこのアイドルがヒロイン第二弾。


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

「どうしてママのおっぱいは大きくないの?」

 

「ママ落ち着いて」

 

「パパ離して」

 

 

 

 突然の愛娘(アヤカ)からの暴言に、静かに最速でキレたママを羽交い絞めにしてその動きを抑制する。落ち着いてその握りこぶしを解いて。グーはダメだってグーは。

 

「アヤカよ、いきなりどうした。そんなママを怒らせるようなことを言い出して」

 

 小学三年生にもなるんだから、何を言えば人を怒らせてしまうのかという分別はつくと思うのだが。

 

「だってパパっておっぱい星人じゃん?」

 

「そんな言葉、誰に教わったの」

 

「加蓮ちゃん」

 

「ママちょっと電話してくるね」

 

 スマホを手にリビングを出ていくママを、娘と二人で「「いってらしゃーい」」と見送る。きっとかつてアイドルとして青春を共にした元ユニットメンバーに連絡をするのだろう。うんうん、たまには昔を振り返ることも大切だからね。

 

「さて、確かにパパは女の人の大きな胸が好きなおっぱい星人だ。それは否定しない」

 

「私十歳だからよく分からないんだけど、それを娘に堂々と誇るのはどうかと思う」

 

 発言の内容と口調で俺の娘だなって改めて実感する。

 

「そんな娘におっぱいだのどうだの言っちゃうぐらいおっぱい星人なパパなのに、どうしておっぱいが大きくないママと結婚したの?」

 

「……なるほど」

 

 アヤカの疑問は尤もである。実際に言葉にされたことはなかったが、俺の知り合いの中にも同じ疑問を浮かべた人は大勢いたことだろう。

 

「アヤカ、それは簡単な話だ」

 

 そう、簡単な話。特に深い理由なんて存在しない、とてもシンプルな答え。

 

おっぱい星人(そんなこと)がどうでもよくなるぐらい――」

 

 

 

 ――周藤良太郎(パパ)周藤凛(ママ)を愛してるんだよ。

 

 

 

「……今のパパ、カッコよかった」

 

「お、ありがとう」

 

「私は頑張っておっぱい大きくなるからね」

 

「……まぁ、向上心があることはいいことだな。頑張れ」

 

「我が家の目の保養係として、頑張るね」

 

 娘が何か間違った方向に進もうとしているような気もするけど、その辺りの教育はママに任せよう。

 

「そういえばパパとママ結婚するきっかけみたいな、そういう馴れ初め話って聞いたことなかったかも」

 

「話したことなかったかもな」

 

 そうか、アヤカもそういうことが気になる歳になったということか。女の子はいつだってコイバナに飢えていると言ったのは、果たして誰だったか……。

 

「聞きたい聞きたい」

 

「んー……今なら大丈夫かな」

 

 ママは恥ずかしがって嫌がるだろうけど、彼女は現在友人と通話中。廊下からだいぶ白熱した声が聞こえてくるから、もうしばらく戻ってくることはないだろう。

 

「あ、待ってポップコーンとコーラ持ってくるね」

 

「随分とアメリカンなスタイルでガッツリと楽しむ気だな……なんというか、流石我が娘」

 

「照れる」

 

 性格もそうなんだけど、無表情なところまで似なくてもなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 その日、俺は渋谷家に夕飯のお呼ばれをされた。たまたま仕事現場で一緒になった凛ちゃんを自宅まで送って行ってあげたら、そのまま渋谷夫妻に捕まった形である。

 

「いやぁ、良太郎君と一緒にお酒を飲める日が来るなんてね」

 

「あ、どうも」

 

 おじさんから日本酒のお酌を受ける。

 

「ちょっとお父さん、良太郎さん今日車なんだよ」

 

「いいよ凛ちゃん、ウチから遠いわけじゃないし」

 

 明日の朝取りに来ればいいから。

 

 

 

「………………」

 

 さて、そんな風にお酒を入れながら楽しく食事をしていたのだが、何故か先ほどまで楽しく会話をしていた凛ちゃんが当然押し黙ってしまった。

 

 そして突然水が入ったグラスを手に椅子から立ち上がると、隣に座っていた俺をジッと見下ろしてきた。……何やら目が座っていらっしゃるような。

 

「凛ちゃん? どうかした?」

 

「……椅子引いて」

 

 有無を言わさない雰囲気に、大人しく椅子を引く。

 

「よいしょ」

 

 

 

 ――そしてそのまま俺の膝の上に腰を下ろしてきた。

 

 

 

「……あの、凛さん?」

 

「………………」

 

「凛さんや?」

 

「………………」

 

 反応がない。さらに俺の視界は彼女の後頭部とその綺麗な黒髪に埋まってしまっていて、彼女の表情が分からない。

 

 ただ、僅かに覗く耳が若干赤いような……。

 

「……って凛、それお父さんの日本酒のグラスじゃないか」

 

「ベタな展開キタコレ」

 

 どうやらグラスに並々注がれていた冷や酒を全部飲んでしまったらしい。それだけ一気に飲めばそりゃ慣れてない人なら酔うだろうが、何故そこまで気付かずに飲んだし。

 

「……ねぇ」

 

 ジーパン越しだけど凛ちゃんのお尻柔らかいなぁとか考えていたら、そのまま凛ちゃんは身体を九十度回転させた。俺の膝の上に横に座る形になる。

 

「えっと、何?」

 

 何故か興味深そうに娘の行動を見守るおじさんとおばさんに(いや助けてよ)と心の中で毒づきながら、凛ちゃんの話を聞く。

 

「……アイドルの後輩として、私たちのことを見守ってくれるのも……それはそれで嬉しいんだけどさ」

 

 

 

 ――もうちょっと、アイドル以外の私のことも……見てくれてもいいんじゃないかな。

 

 

 

 コテンと俺の肩口に頭を預けながら、凛ちゃんは潤んだ瞳で俺の目をジッと見詰めてきた。距離にして僅か十センチ。寧ろ近すぎて寄り眼になってしまいそうになるぐらいだが、流石に今の状況でそれをするとただのギャグになってしまうので我慢する。

「私は良太郎さんの妹分なんだよ? 他の子よりも長い付き合いなんだよ? だったらもうちょっと特別扱いしてくれてもいいじゃん」

 

 ほらほら妹が甘えてるよ頭撫でてよ、と目を瞑りスリスリと額を肩に擦り付ける凛ちゃん。首筋に凛ちゃんの髪の毛がサワサワと触れてくすぐったい。

 

 そっかー凛ちゃんは甘え上戸かーなどと若干現実逃避じみたことを考えながら、手は自然と彼女の頭の上に乗っていた。犬みたいだなーと思いながらそのまま顎や喉の下も撫でると、凛ちゃんは普段なら絶対にしないような声色で「くぅーんくぅーん」と犬の鳴き真似をした。超可愛い。

 

 いや、可愛いからいいんだけどさ。彼女が正気に戻ったときが若干怖い……記憶が無くなっていることを祈りたいが……。

 

「「………………」」

 

 ……さっきからおじさんとおばさんがスマホのカメラで録画してるから、多分無理だろうなぁ。

 

 

 

 

 

 

「……え……りょ、良太郎さん……?」

 

「はい良太郎さんです。……って、どうやら正気に戻ったみたいだね」

 

 先ほどまでリビングで食事をしていたはずなのに、何故か自室にいた。

 

 さらに何故かベッドに腰を掛けた良太郎さんに膝枕をされていて、まるで小さい子のように頭を撫でられていた。

 

「どどど、どういう状況……!?」

 

「うーん、なんて説明したものか……」

 

 良太郎さんが顎に手を当てて言葉を選んでいる。

 

「そ、そんなに複雑な事情が……!?」

 

「いや『間違えてお酒を飲んで酔っ払っちゃった凛ちゃんが凄い甘えてきてそのまま部屋まで連れ込まれて膝枕を強要された』ってことを伝えたら、きっと凛ちゃん恥ずかしさで悶えるだろうなって思って」

 

「ご高配痛み入りますっ!」

 

 前々から思ってたんだけど、胸とか云々とか以前にそもそもデリカシーそのものが枯渇してる気がする!

 

「まぁまぁ、俺は純粋に甘えてもらって嬉しいからさ」

 

「………………」

 

 しかしそんなことを言いながら私の額を撫でる手つきが本当に優しくて、その言葉が本心であり一切の他意やからかいがないことが分かっちゃうから、私は何も言えなくなってしまう。顔を背けることも出来ず、ただ自分の手で顔を覆うことしか出来なかった。

 

「凛ちゃん、さっき『アイドル以外の私のことも見て』って言ったの覚えてる?」

 

「……覚えてない」

 

「『もうちょっと特別扱いしてくれ』って言ったのは?」

 

「覚えてない……」

 

 何言ってるの私は……!?

 

「大人になっても絶対にお酒飲まない……」

 

「えー? 俺は飲んでほしいんだけどなー?」

 

 顔を覆う手を掴まれたかと思うと、ぐいっと強引に手をどかされてしまった。

 

 ギュッと瞑っていた目を恐る恐る開くと……すぐそこに良太郎さんの顔。

 

 いつもの無表情で、いつも何を考えているのか読みづらい……はずなのに。

 

 今日は何故だか、何を考えているのか、すぐに分かった。分かってしまった。

 

「凛ちゃんさえよければさ――」

 

 

 

 ――本当に、特別な存在になってみる?

 

 

 

 

 

 

 

「……それで? それでっ!?」

 

 我が娘がポップコーンを食べながらめっちゃ食いついてくる。俺に似て普段の表情は乏しいのだが、しっかりと目が爛々と輝いてた。

 

「晩御飯食べれなくなるぞ?」

 

「別腹ってやつだよ。大丈夫大丈夫、私のお腹はこれぐらいじゃ――」

 

「へぇ……今日はカレーにするつもりだったんだけど、アヤカがそんなに食べないならパパとママで全部おかわりしちゃおっか」

 

「――わーいママのご飯、アヤカ大好きー」

 

「……そういう取り繕い方までパパに似ちゃって……」

 

 友人との心温まる通話から帰って来て早々に頭を抱えるママ。それはほんの少しだけ俺の悩んでいることである。

 

「美貌はママ似、ユーモアはパパ似……つまり私ってかなり最強じゃない?」

 

「パパ」

 

「元を辿れば俺の父親の血になるから、これは俺の責任になるんだろうなぁ……」

 

 それはそれとして、無表情にドヤるアヤカはそれはそれで可愛かった。

 

「加蓮ちゃんと友好は温めてきたかい?」

 

「うん、今からこっち来るって」

 

「唐突だな」

 

「わーい! 加蓮ちゃん来るのー?」

 

 昔から一緒に遊んでくれる優しいお姉さんの来訪を聞いて年相応に喜ぶアヤカだが、多分目的はそういうことじゃないんだろうなぁ……。

 

「ケジメは大事だからね」

 

 嫁さんがヤの付く自由業みたいなことを言い出した件について。

 

(……それより、子どもになに話してるのさ!)

 

(えー? あれぐらい聞かせてもいい範疇だろ)

 

()()()()()()は絶対に聞かせられない内容でしょ!)

 

(あーそういえばそうだっけー)

 

(白々しい……!)

 

 アヤカに気付かれないように顔を赤くしながら抗議をするママ。

 

 

 

(俺たちだけの秘密……だもんな、凛)

 

(そういうことじゃ……もう、良太郎ってば!)

 

 

 




・奥さん凛
恋人すっ飛ばして嫁になった。

・愛娘アヤカちゃん
中の人の名前を使わせていただくシリーズ。

・「照れる」
見た目は母親似、中身は父親似。



 今回は凛ちゃんの恋仲○○! 以前Twitterにあげた短編のリメイクとなりますが、唐突に娘を生やしてみました。うーんなかなか愉快な娘になってしまった……。


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Lesson367 Episode of High×Joker

青春スタート!


 

 

 

 俺は秋山隼人。バンド『High×Joker』のギターで一応リーダーやってて、315プロダクションに所属するアイドルにもなったんだけど、それ以外はちょっと作詞と作曲を齧ってる程度の平凡で普通の高校二年生の十七歳だ。

 

 将来の夢はバンドとして成功することと……あと、女の子に少しでもモテたらいいなっていう、そんな些細な夢。

 

 一応アイドルという立場ということもあって学校でも女子生徒から声を掛けられる機会は増えたが……それでももう少し、もう少しだけ刺激的な女の子との出会いを求めてしまうのは、男子高校生として正常な願望だと思う。

 

 ……いや、そういうことを願ったことは嘘じゃないんだけどさ……。

 

 

 

「それじゃあ、まずは改めて自己紹介するっすよ! オレは伊勢谷四季っす!」

 

「若里春名! よろしく!」

 

「……冬美旬です」

 

「……榊夏来、です……」

 

「あ、秋山隼人です」

 

 

 

「速水奏よ」

 

「塩見周子で~す」

 

「フレちゃんは宮本フレデリカで~す」

 

「一ノ瀬志希ー」

 

「じょ、城ヶ崎美嘉です」

 

 

 

 カラオケボックスの一室にて。俺たちハイジョの五人と……346プロダクションの『LiPPS』の五人が向かい合わせに座っているこの状況は、ちょっと意味が分からなかった。

 

(……な、何故こんなことに……!?)

 

 

 

 

 

 

「は? 恋人(りん)のことが315プロのアイドルにバレた?」

 

「そうなんだよちーちゃん」

 

「ちーちゃん言うな」

 

 先日のお見舞いのお返しを持って来たついでに、二階堂精肉店の店先で千鶴と雑談中。

 

「それよりまず、こんなところで油を売ってていいんですの?」

 

「この後が埋め合わせ地獄だからちょっとぐらいゆっくりさせて」

 

「そ、そうですの。声がマジですわね」

 

 いやホント、今日は三十三時まで完全拘束だぜ……ふへへ……。

 

「……食べる?」

 

「ありがと」

 

 そっと千鶴が差し出してくれた二階堂精肉店特製コロッケを受け取って齧り付く……ふふふ……次に温かい食べ物をゆっくりと口に出来るのは、きっと朝日が既に朝日とは呼べなくなる時間なんだろうな……。

 

「話を戻しますわ。315プロのアイドルにバレたということですけど、大丈夫なんですの?」

 

「まぁ基本的に極秘にしてるわけじゃないしな」

 

 周藤良太郎(トップアイドル)朝比奈りん(トップアイドル)の交際なので流石に緘口令は敷かせてもらっているが、全くバレたくないというわけではない。関係各所、知り合いぐらいには知られてもいいが、あまり多くの人に知られていると純粋にバレる可能性がある窓口が増えるというリスクがある。

 

「そうは言っても、貴方ももう少し注意をするべきだったのではなくて? いくらなんでも無警戒にビデオ通話を始めるなんて、迂闊にもほどがありますわ」

 

「その点に関して言えばぐうの音も出ない」

 

「全く、少しぐらい自覚なさいまし。貴方の恋人なんて、それはもうトップクラスのゴシップなのですからもう少し気を付けて……」

 

 

 

「え? アンタ自分の恋人のこと秘密にしてるの?」

 

 

 

「やぁニコちゃん、こんにちは」

 

「こんにちは、ニコ」

 

「こんにちは千鶴さん。アンタ仕事はいいの?」

 

 挨拶ぐらい返してくれてもいいんじゃないかなぁ?

 

「それで、アンタの恋人ってあの人でしょ? あの紫の髪の」

 

「そういえばニコちゃんは会ったことあったね」

 

「秘密にするって、何? もしかして芸能人だったりするの?」

 

「……ノーコメントで」

 

 我ながらこの返しは肯定してるようなもんだよなぁと思う。現にニコちゃんも「はいはい大体分かったわよ」と一人で納得してしまっている。

 

「ま、業界のお偉いさんなんだからそういうのはあるでしょうけど、浮気とかそういう変なことすんじゃないわよ」

 

「胸の大きな女の子をガン見するのは浮気になると思う?」

 

 無言で俺の二の腕をバチンと引っ叩いてニコちゃんは店の奥へと向かってしまった。

 

「……それで、千鶴さんや?」

 

「ちゃうねんて」

 

 全くキャラじゃない関西弁と共に手を横を横に振る千鶴。普段のやらかしの割合は当然俺の方が多いから強くは言えないけどさ。

 

「いずれバレるときは絶対に来るからいいんだけどさ。せめて合同ライブが終わるまでは変な騒ぎにしたくないんだよ」

 

「それはまぁ……そうですわね」

 

 なんだったら誰かの口からポロっとこぼれた話が広まった方が、きっかけとしてはいいのかもしれない。その人の責任にしたいわけではないが、そういう()()()()()()()()()()()()()()()というきっかけは欲しかったりする。

 

「その点で言うと現役男子高校生であるアイツらちょっとばかり可能性が高いかもしれないが……まぁ、それを悪用しようとするような奴はいないだろうし」

 

 しいて言うならば四季と春名の口が少しだけ軽そうではあるが、万が一口を滑らせたとしても旬や隼人辺りがいい具合に誤魔化してくれると信じている。

 

「そもそも俺のスキャンダルに対する責任を、後輩のアイドルに取らせるわけにはいかないしな」

 

「……そうですわね。頑張りなさい、男の子」

 

 そう微笑む千鶴は、なんというか伊達に俺の姉貴分を名乗るだけあった。

 

「……さてと、それじゃあ俺もそろそろ修羅場(おしごと)へと旅立つかな」

 

「いや言い方。……もう、今日の現場は何処ですの?」

 

「ん? えっと……」

 

 本日の予定を指折り数える。四つ五つまではフンフンと聞いていた千鶴だったが、二桁を超えてからは流石に口元が引き攣っていた。

 

「そ、それは間違いなく修羅場ですわね……それじゃあ九時頃ならばテレビ局ですわね? 差し入れに温かいお惣菜を持って行ってあげるから」

 

「マジで……!?」

 

 感激で思わず声が震えてしまった。

 

「温かいものが食える……!」

 

「冗談抜きで戦場へと赴く人のセリフですわね……その代わり、しっかりと頑張りなさいな」

 

「言われなくとも」

 

 周藤良太郎の戦いは、これからだ!

 

 

 

「……ところで差し入れというのであれば、先日765劇場で行われたという水着の撮影会でのオフショットとかあったらもっと頑張れるんだけど。風花ちゃんの写真とかない?」

 

「はよいけ」

 

 

 

 

 

 

「あ~! 今日も夏季講習終わり~!」

 

「お疲れ様っす!」

 

 夏期講習を終えて軽音楽部の部室へと顔を出すと、既に部室で待っていたシキが出迎えてくれた。

 

「腹減った~……飯飯!」

 

「ハルナっち、またドーナッツっすか?」

 

「おうよ! 今日のは特別だぞ~! なんとあの346プロが誇る超人気ドーナッツアイドルの椎名法子ちゃん特別コラボ商品だ……!」

 

「超人気ドーナッツアイドルってなに……?」

 

「さぁ……?」

 

 けれど、315プロに入ってアイドルとしての活動を始めた今では、なんとなく「そういうのもあるんだろうな」と漠然と受け入れている自分がいた。特に346プロは『結構昔からあるなんか老舗みたいな感じの大きな芸能事務所』という印象が『なんかよく分からないアイドルが沢山いる芸能事務所』という印象に変わってしまった。

 

 なんてやり取りをしつつ、俺たちも各々持って来た昼食を用意する。と言ってもしっかりとお弁当を用意しているのはジュンとナツキだけで、俺は菓子パンだしシキはなんかやたらと辛そうなカップラーメン。……見てるだけで目が痛くなりそう。

 

「それにしても、昨日はビックリしたっすね~」

 

「なー。まさか良太郎さんの恋人が入ってくるとは思わなかった」

 

「二人とも……しー……」

 

「部室の前を歩いてる人の耳に入るかもしれないんですから、せめて声のボリュームは落としてください」

 

「「はーい」」

 

 注意はしつつも禁止にしない辺り、なんだかんだ言ってジュンも気になっている話題なのだろう。

 

「なんというか、流石『周藤良太郎』だよなぁ……まさかあの『朝比奈りん』ちゃんと恋人同士なんだもんなぁ……」

 

 正直に白状すると、あの立派な胸元はかなり羨ましい。あれに惹かれない男はいないって。

 

「そもそもリョーさんっち、普通にモテるっすからね」

 

「あー確かに」

 

 俺たちと一緒に早朝ランニングしていたときも、何人か知り合いらしき女性に声をかけられていたことを思い出した。それが全員美女美少女揃いなのだから、なんというか本当にトップアイドルって凄いって思った。

 

「周藤良太郎が好きだって公言してるアイドルも何人もいるし、公になってないだけで女の子には不自由してないんだろうなってのは簡単に想像できるよな」

 

「春名さん、流石にその言い方は失礼ですよ」

 

「おっと、すまんすまん」

 

 ハルナの言い方はともかく、良太郎さんがモテているという事実は確かである。

 

「バンドやアイドルを続けていれば、いつか俺たちもあんな風にモテモテに……!」

 

「ハヤト、それは流石に動機が不純すぎます」

 

「ハヤトっちはそれが目的でバンド始めたっすもんね~」

 

「それだけが理由じゃないからな!?」

 

 いや勿論そういう下心があることは否定しないよ! でもそれが全てだって思われるのは流石に心外だぞ!?

 

「でも今回の合同ライブ、少しぐらい期待してるところはあるんじゃないか?」

 

「………………」

 

「無言は……肯定……」

 

 いやだってさぁ……。

 

「さ、流石に恋人になりたいとか、そーゆーのじゃないんだよ」

 

 そこまでは夢見ていない。それぐらいの現実はちゃんと見てる。何せ自分は、基本的に何処にでもいるような平凡な男子高校生なのだから。

 

「それでも女の子と仲良く出来るんだから……ほら、な?」

 

「オレ思うんすけど、いざそういう状況になったら真っ先に喋らなくなるのはハヤトっちだと思うんすよね」

 

「「「確かに」」」

 

「お前らそれは流石に暴言だぞ!?」

 

 お、俺だってなぁ! そういう場面になったらちょっとぐらい頑張るに決まってるだろぉ!?

 

 

 

「それじゃあ、試してみるっす!」

 

 え?

 

 

 




・平凡で普通の
※なおsideMの総選挙では一位の模様。

・カラオケボックスの一室にて。
もしかして → 合コン

・三十三時
もしかして → 午前九時

・超人気ドーナッツアイドルの椎名法子ちゃん
……そういえば本編では未登場だっけ(Twitterの特別短編では登場済み



 サイドエム編を書くと決めたときからずっと考えていた、ハイジョ×リップスの合コン回です! 実はリップス全員年齢が変わっているのですが、その辺りはまた後程!


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Lesson368 Episode of High×Joker 2

男子高校生(アイドル)の日常。


 

 

 

「というわけで、街中を歩いているアイドルを探して声をかけてみるっすよ!」

 

「「「なにがというわけで!?」」」

 

「……街中を歩いてる……アイドル……?」

 

 

 

 部室を飛び出して街中までやって来たかと思えば、突然シキはそんなわけのわからないことを言い出した。

 

「だからハヤトっちがちゃんとアイドルの女の子とお喋り出来るか試してみるんすよ。お仕事で一緒になった子だと『お仕事』っていう分かりやすい共通の話題が出来ちゃうっすからね。そういう逃げ道を無くすために、敢えて関わりの少ないアイドルを対象にするんすよ」

 

「……四季くんにしては、意外としっかりした考えですけど」

 

「ひでーっす!?」

 

「ただどうしてそれが『街中を歩いているアイドル』なんていう不確定要素が多すぎる相手を対象にしようと思ったんですか?」

 

「それは勿論、リョーさんっちが言ってたからっすよ!」

 

「……良太郎さんが?」

 

「そうっす!」

 

 

 

 ――アイドルをやってるとな、不思議とアイドルと惹かれ合うんだよ。

 

 ――普通に街を歩いているだけで、アイドルの知り合いと会うことだってザラだ。

 

 ――俺はこれを『偶像遭遇論(ごつごうしゅぎ)』と呼んでいる。

 

 

 

「……って言ってたっす!」

 

「流石本家本元は言っている言葉の意味の分からなさが段違いですね……」

 

「良太郎さん相手に容赦なくなってきたな、旬……」

 

 いくら仲良くなったとはいえ、良太郎さん相手にそれを言う勇気はないぞ。

 

「というわけで、アイドルになったオレたちも街中を歩いていればアイドルに会えると思うんすよ!」

 

「そんな無茶苦茶な……」

 

「というわけでじゃないんだよ」

 

 いかにも『私にいい考えがある』みたいな空気で部室を飛び出したっていうのに、結局このありさまである。おかしいな……本当はコンボイ司令官の成功率は八割だったはずなのに……。

 

 などとぶつくさ文句を言いつつもシキの発言に乗っかる辺り、なんだかんだ言って全員後輩(シキ)に甘いのである。

 

 

 

「それじゃあまずは街中のアイドルを探すところからっすね!」

 

「第一関門が虎牢関」

 

 コンビニで買った飲み物を片手に、邪魔にならないところに五人並んで街角ウォッチング。まだまだ夏休みも真っ只中なので若者の往来は多い。……あとついでに暑いので薄着の女の子も多い。

 

「あれ? リョーさんっちがいきなり『いい季節だよな、夏!』っていうメッセージがきたっす」

 

「エスパー過ぎる……」

 

 そもそも良太郎さん、今日は一日中忙しくてスマホ弄る暇もないってSNSでボヤいてたような気がするんだけど……?

 

「けどまぁ、確かにこうして改めて見てみるとアイドルやっててもおかしくなさそうな可愛い女の子は多い気がする」

 

 缶コーヒーを飲みながらポツリとハルナがポツリと呟いた。

 

「例えば……ほら、あの子とかどうだ。何処かのアイドル事務所にいてもおかしくなさそうじゃね?」

 

 そう言ってハルナがピッと指差す先を見てみる。

 

 赤髪のおかっぱ頭で、背は低め。若干幼い印象を受けるけど、制服的に女子高生。確かにアイドル受けしそうな見た目の子である……っていうか。

 

「あれ、確かUTX学園の制服じゃない?」

 

「ゆーてぃーえっくす?」

 

「1054プロダクションの東豪寺麗華さんが先生をやってる芸能科の高校ですよ」

 

 首を傾げるハルナの問いに答えたのはジュンだった。この辺りのアイドル事情は事務所で開かれた『みのり先生の楽しいアイドル講座』で聞いていたので俺も知っている。ハルナが覚えていないのは……多分寝てたんだろうなぁ。

 

「ってことは、マジであの子アイドルなんじゃね!?」

 

「まさかの一発目でアタリ引いたっすか!? よしハヤトっち声かけてくるっす!」

 

「俺かよ!?」

 

 いや元々そういう話だったけどさ!? というか、そんなやり取りをしている間にとっくに少女の後ろ姿は遥か遠くである。

 

「……あ、思い出した……」

 

「夏来、どうしたの?」

 

 それまでずっと黙ったままだったナツキがポンと手を叩いた。

 

「あの子ホラ確か……昔、テレビで『ピーマン体操』歌ってた女の子に似てる……」

 

「……あー! 確かに! 似てた気がするっす!」

 

「俺も覚えてるぜ! うわ懐かしっ! 名前は全然思い出せねぇけど!」

 

「名前は俺も思い出せないけど、覚えてる!」

 

 なんだっけ、確か『ピーマン食べたらピーターパン』だっけ? 確かそんなような歌だったような気がする。確かに言われてみれば、それを歌っていた子役に似ているような気がしてきた。

 

「あれ何年ぐらい前になるんだ?」

 

「十年……は経ってないと思うけど、何年ぐらい前だったっけ?」

 

「俺たちが小学生ぐらいだったっていうのは覚えてるんだけどなぁ……」

 

 五人揃って「いやぁ懐かしいなぁ」「あの頃他に流行ってた曲あったよな」「あの頃のアイドルと言えば、確かみのりさんが誰か凄いアイドルがいたって言ってたような」「なんとか小町とかそういうの」なんてことを喋りながらワイワイと盛り上がる。

 

「……ん? 何かを忘れているような?」

 

「なんすかね?」

 

「なんだったっけな?」

 

「……アイドルに、声をかけるんじゃなかったっけ……?」

 

「「「それだ!」」」

 

「三人とも……」

 

 発案者であるシキすら目的を忘れていたため、ジュンに呆れられてしまった。そうだった街中を歩いているアイドルを探すんだった。

 

「……なんで探してるんだっけ?」

 

「「なんでだっけ……?」」

 

「だから三人とも……」

 

 再度呆れられてしまった旬に本来の目的を教えてもらう。そうだった俺が他のアイドルとちゃんとお喋りできるように練習するんだった。

 

「……いや改めて考えてみると、やっぱり色々とおかしくないかな!?」

 

「ハヤトっち、今更っすよ。前話からの続きなんすよ?」

 

「もう二千文字以上使ってるんだぞ」

 

「今話も半分を超えてるんですから、今更我に返らないでください」

 

「そうこうしてる間に、あと八百文字ぐらい……」

 

 なんか俺以外全員不思議なことを口にし始めた。なんで四人揃って電波受信してるの!? ちょっと怖いんだけど!?

 

「それじゃあさっきはオレが見つけたから、次はハヤトのターンな」

 

「ターン制だったのか……」

 

 やっぱり何かを間違えているような気もするけど……。

 

「……うーんと……それじゃあ、あの子とか」

 

 すっごい女の子って感じのピンクのフリフリのシャツに黒いスカートを穿いた黒髪の女の子を指差す。確か地雷系ファッションだとか量産型ファッションだとか、そんな感じの名前だった気がする。

 

「この暑いのにマスクしてるし、なんか芸能人っぽくない?」

 

「なるほど、ハヤトの好みはああいう子っすか」

 

「胸はそこそこだけどいい太ももだな」

 

 そういう話じゃなかっただろ!?

 

「いやでも実際可愛いだろ!?」

 

「それはまぁ認める」

 

「あの……何か御用ですか?」

 

「「「「「えっ」」」」」

 

 俺が指差した女の子がすぐ近くに寄って来ていた。声も可愛い。……じゃなくて!

 

「い、いや、なんでもないです! ごめんなさい!」

 

「ごめんねー、こいつが君のこと可愛いって言っててさ」

 

 おいハルナァァァ!?

 

「はぁ……」

 

 ほらぁぁぁこの子ちょっと引いてるじゃん! マスクしてるから表情よく分からないけどメッチャ困ってるじゃん!

 

「えっと……それじゃあ……」

 

「うん、ごめんねー」

 

「すみませんでした……」

 

 去っていく少女の背中に、ハルナはひらひらと手を振ってジュンは頭を下げた。

 

「……もういいだろ!? 声かける練習とかそういう問題じゃなくなるって!? このままじゃ何かしらで通報されるって!?」

 

「分かった分かった、悪かったって」

 

「それじゃあこの辺にしておくっすかねー」

 

「無駄な時間を過ごしました……」

 

「この後……どうしよっか……」

 

 これ以上変なことをしていてはいずれ大火傷をする羽目になると判断して、俺たちは撤退を決める。

 

「……あっ!? 今、今度こそ見覚えのあるアイドルがいたような気がするっす!」

 

 だからもういいって!

 

 

 

「ほらシキ、もう諦めろって」

「ほら志希、フラフラしないで」

 

 

 

「「はーい。……ん?」」

 

 

 

『……ん?』

 

 何故かシキを呼ぶ声が二つあり、そしてそれに反応する声も二つ。

 

 ふと横を見るとそこにはサングラスをかけた青髪の女性がいて、驚いたようにこちらを見ていた。

 

 そしてシキもシキで、キョトンとした表情でウェーブがかった赤茶髪の女性と顔を見合わせていた。

 

 ……なんか二人とも、見覚えがあるような気がする……って!?

 

(『LiPPS』の速水奏!?)

 

 正真正銘のアイドルだった。俺たちも参加させてもらう合同ライブに346プロダクションから参加する、女子中高生から絶大なる支持を得ている超人気アイドルユニット『LiPPS』の速水奏だった。

 

「『偶像遭遇論(ごつごうしゅぎ)』すげぇ!?」

 

「ごつ……なに?」

 

 なんでもないです戯言です。

 

「ってことは、あっちのシキっていうのは……!?」

 

「良太郎さんの事務所の……」

 

「……一ノ瀬、志希……」

 

 これには流石に俺たち全員がその正体に気付いてしまった。サングラスをかけているというのにアイドルオーラが半端じゃない。

 

「バレちゃったわね……って、あら? そういう貴方たちも、315プロの……」

 

「え、オレたちのこと分かるの?」

 

「当然よ。次のライブで一緒になるんだから」

 

 おぉ……なんだろう、人気アイドルに認知されてるっていうの、凄く嬉しいぞ! いや今は俺もアイドルなんだけどさ!

 

「あれ、奏ちゃんどーしたの?」

 

「なになにー? もしかしてナンパされちゃったー?」

 

「えっ!? ナンパ!?」

 

 うわっ! 塩見周子と宮本フレデリカと城ヶ崎美嘉もいる! リップス全員揃ってるじゃん!?

 

「って、嘘ッ!? ハイジョ!? 全員いるの!?」

 

 おや、何やら塩見周子さんの反応が……?

 

「シューコちゃん、ハイジョのファンなんだよねー?」

 

「えっ」

 

「ちょっ、まっ、いや、その……ふ、ふつーに好きなだけだし……?」

 

 フレデリカさんからのまさかの暴露に「マジで!?」と視線を向けると、そこにはちょっと恥ずかしそうに視線を逸らす塩見周子さんの姿が。……え、本当にマジで!?

 

「よしそれじゃあやることは一つっすね!」

 

「シキ!?」

 

「シキちゃんも空気が読めるから何するのか分かるよー!」

 

「志希ちゃん!?」

 

 

 

「「全員でカラオケだー!」」

 

 

 




・『偶像遭遇論』
マジレスするとそうしないとお話が進まないんだよ……。

・赤髪のおかっぱ頭で、背は低め。
コッテリしたオタの人気を滅茶苦茶稼ぎそう。

・『ピーマン食べたらピーターパン』
若干歌詞を変更する小細工。歌詞乗せると処理が面倒くさいからね。

・女の子って感じのピンクのフリフリのシャツに黒いスカートを履いた黒髪の女の子
最近の作者の中で一番熱いアイドル。
はよぉ登場させてぇなぁ!



 ついにシキにゃんとシキわんの邂逅。



『どうでもいい小話』

 ウチにだけまだデレコラボシャドバが届きません()


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Lesson369 Episode of High×Joker 3

主人公が蚊帳の外はデフォルト。


 

 

 

「………………」

 

『はい今のtakeオッケーでーす!』

 

「………………」

 

『それじゃそのまま次のtake行きまーす。準備オッケーですねー?』

 

「………………」

 

『はーい周藤君が闇落ちキャラみたいなオーラを纏い始めたから休憩にしまーす』

 

「ふぅ……」

 

『休憩時間五分でーす』

 

「もうちょっと手加減してくんない!?」

 

 チクショウいくら今日はいつも以上にスケジュールが詰まってるからって無茶苦茶言いやがるぜここのスタッフ! 普段から俺からの無茶ぶりとか殺人スケジュールとかに対応し続けた結果スタッフたちも精鋭になってやがるぜ! ……概ね俺のせいだな!

 

「はい周藤君お疲れ様。お腹空いたでしょ」

 

 三時間ぶりに収録ブースから外に出ると、女性スタッフから差し入れを手渡された。

 

「……確かにまともな食事をする時間はないんだけど、ゼリー飲料じゃなくてせめておにぎりとかパンとかにして欲しかったな。……お米が禁止されるなんて、まるで!」

 

「次の休憩までにおにぎり用意するからそれ以上は言っちゃダメよ!?」

 

「シャケとオカカでお願いします」

 

 ジュルジュルとゼリーを飲みながらスマホを弄る。果たして次にスマホを触ることが出来るのは何時間後になることやら……ん? 志希と四季からメッセージが来てる。

 

 

 

『リップスの五人とカラオケに来てるっすよ~』

『ハイジョの五人とカラオケ~』

 

 

 

 あいつらなに俺の知らないところで面白そうなことしてるの!?

 

「はいそろそろ時間で~す大人しく収録ブースに戻ってくださ~い」

 

「ああそんなご無体な……」

 

 滅茶苦茶気になる内容のメッセージだったのに、無慈悲にもスマホを取り上げられてしまった。

 

「ホラホラこの収録が終わったら次はグラビアアイドルとの番組収録なんでしょ? 頑張ってください」

 

そんな月並みな応援じゃあなぁ(よっしゃきあいいれるぞ)

 

 後ろ髪を引かれる思いをグッと我慢してきっちりとお仕事をこなすことにしよう。

 

 ……果たしてどんな状況になっていることやら。

 

 

 

 

 

 

 346プロダクションという事務所の名前を知らなかったとしても『高垣楓』や『LiPPS』の名前を知らない人はいない。そう思えるほど、彼女たちは日本でも有数のトップアイドルである。

 

 流石に純粋な知名度や人気で言えば『周藤良太郎』や『魔王エンジェル』とは比べ物にならないが、それでも街往く中高生に知っているアイドルユニット名を答えてもらえば確実に名前が挙がる程度には凄いアイドルであるということには間違いなかった。

 

 

 

「えっ!? 本当にハイジョの曲って隼人君が作ってるの!?」

 

「あっいえ!? 全部ではないですし!? 仕上げはプロの人にお願いしてますし!?」

 

「それって逆に言えばプロの人に後をお願い出来るレベルってことじゃん!? え、メッチャすごい!」

 

「い、いえ……そ、そんなことは……」

 

「しかも隼人君ハイジョのリーダーでもあるんでしょ?」

 

「あっ、はい、一応、そうなってます……!」

 

「ふっふーん、凄いでしょ美嘉ちゃん」

 

「なんで周子ちゃんが自慢げなのよ……」

 

 ……そんな凄いアイドルであるリップスの五人と同じカラオケボックスの一室にいるということがまるで夢のようで、さらに言うと塩見周子と城ヶ崎美嘉の間に座っているという状況が信じられなかった。

 

 失礼を承知を言わせてもらえば、別に俺はリップスの熱心なファンというわけではない。しかし()()()()()()()()()()()に囲まれている状況をなんとも思わない男子高校生なんているはずがないのだ。いるはずがないのだ!

 

 しかもこのお姉さんたちかなり薄着! 夏だからしょうがないんだけどすっごい薄着! 目のやり場に困りすぎる! 何処見ていいのか分からない! 両隣を見れない!

 

 ジュン! ナツキ! ハルナ! シキ! 誰でもいいから助けて!?

 

 

 

『『いぇ~い!』』

 

「ひゅーっ! ダブルシキのオンステージいいぞー!」

 

「世界獲れるよー! フレちゃん保証しちゃうよー!」

 

 

 

「もしかして貴女たちも苦労してるんじゃない?」

 

「苦労……とまでは言いません。でももうちょっと落ち着いてほしいっていう気持ちはありますね」

 

「でも……ジュン、いつも楽しそうだよ」

 

 

 

 なんか四人とも普通に楽しんでない!? ハルナとシキはともかく、ジュンとナツキもなんだか楽しそうじゃない!? アレ!? こんなに緊張してるの俺だけ!?

 

「ちょっと美嘉、周子、隼人君が困ってるからほどほどにしてあげなさい」

 

「あ、ごめんごめん」

 

「ちょっとお姉さんたちグイグイ行きすぎちゃった?」

 

「い、イエソンナコトハ……」

 

 どうやら俺が緊張でガチガチになっていることに気付いたらしい奏さんに咎められた美嘉さんと周子さんがほんの少しだけ距離を離してくれた。……嬉しいような寂しいような。

 

「ふふっ、隼人君顔赤いよ~?」

 

「エッイヤコレハ!?」

 

「ホラ美嘉、慣れないことしないの。内心ではテンパってるから自分でも訳分からないことしてるのはバレてるのよ」

 

「そーゆーこと言わなくてもいいじゃん!?」

 

 それまで揶揄うような笑みを浮かべていた美嘉さんだったが、奏さんからのリークによりあっという間にその表情が崩れてしまった。

 

「え、意外。城ヶ崎美嘉って言えば読者モデル時代から中高生女子の憧れのカリスマギャルっていうイメージだったのに」

 

「あくまでもイメージよ。実際は異性耐性皆無のクソ雑魚ギャルだから」

 

「クソ雑魚言うな!?」

 

 ハルナの疑問に答える形での奏さんからの更なる追撃が美嘉さんを襲う。なんだろう……哀れみとはまた少し違う、親近感のような空気を彼女から感じる。

 

「そういうのフツーに営業妨害だからね!? まるでアタシが初心(うぶ)みたいじゃない!?」

 

「「「「………………」」」」

 

「ちょっとぉ!?」

 

 無言でジッと美嘉さんを見つめる他のリップスの四人の視線が、きっと答えなのだろう。

 

「よかったっすねハヤトっち! あのリップスの城ヶ崎美嘉ですらコレなんすから、ハヤトっちも自信を持っていいっすよ!」

 

「やかましいわ!」

 

 シキ的には慰めてくれてるんだろうけど普通にフレンドリーファイアなんだよ!

 

「いいじゃないっすか、元々今日はそれが目的だったんすから」

 

「? どういうこと?」

 

「えっとっすねー」

 

 シキの発言に首を傾げた奏さんに、シキ本人から説明が入る。女性相手に『女の子相手に緊張せずにお喋り出来るか試す』とかそういうの言わないで欲しかったなぁ!?

 

「……あら、それはそれは」

 

「丁度いいじゃん。美嘉ちゃんも隼人君と一緒に克服したら?」

 

「「えっ!?」」

 

 突然の提案に俺と美嘉さんは揃って驚愕の声を上げてしまった。

 

「ほら、美嘉も良太郎先輩以外の男性アイドルと関わること殆どないじゃない?」

 

「あたしたちもちょっと心配だったんだよね」

 

「余計なお世話ですぅ!」

 

 まさかあのリップスの城ヶ崎美嘉が、俺と似たような心配をされていたなんて。……でもなんだろう、親近感というよりは『同病相憐れむ』に近い感情が……。

 

「大体、さっきまでの私と隼人君のやり取り見てたでしょ!? アタシだって普通にしてればアレぐらい余裕なんだからね!?」

 

「あら? 良太郎先輩からの密告によると、貴女初めて良太郎先輩に会ったときに聞かれてもいない自分のプロフィールを……」

 

「あああぁぁぁ!?」

 

 うーん、まさかリップス内では美嘉さんが弄られ役だったとは……。

 

「ますますハヤトっちと似てるっすね!」

 

「シキ、そろそろ俺も実力行使に移るぞ?」

 

 なんか妙な流れになってきちゃったぞ……!?

 

 

 

 

 

 

「地獄のようなスケジュールがなんぼのもんじゃい……!」

 

『まさかこのtakeを一時間で終わらせるなんて……』

 

 今の俺にかかればこんなもんよ……!

 

 先ほどよりも気合を入れてさらに集中した結果、先ほどよりも早く収録ブースから脱出することが出来た。これがトップアイドルの為せる業ってやつですよ……。

 

「お疲れ様です。ご希望のおにぎり買ってありますよ」

 

「は、白米じゃあ……!」

 

「そんな昭和初期じゃないんですから……そんなにおにぎり食べたかったんですか?」

 

「しゃけ」

 

「……普通に喋りません?」

 

「おかか」

 

 もそもそとおにぎりを食べながらスマホを覗き込む。先ほど収録ブースに再収監される前に大変気になるメッセージが届いていたので、その続報がどちらからか届いてないかを確認したかった。

 

 いやホント、どういう流れでリップスとハイジョの合コンという面白い状況になるんだよ。しかも年齢的には男子高校生(ハイジョ)女子大生(リップス)という構図である。性別で考えても知名度で考えても、世間的に見れば『ハイジョが羨ましい』という意見の方が多いことだろう。

 

 きっと四季と春名、志希とフレちゃん辺りはテンション高く意気投合してるんだろうなぁと予想する。そんな四人を旬と奏が呆れてる光景が目に浮かぶ。

 

 そしてなんとなくだけど、隼人は美嘉ちゃんと相性良い気がするんだよなぁ。隼人は旬とはまた別ベクトルの苦労人感が滲み出ている。

 

 ……あれ? そういえば周子ちゃん、ハイジョのファンとかいう話を奏から聞いたような気がする。

 

 ……ますます様子が気になってきたんだけど!?

 

「………………」

 

「どうしましたか周藤君、そんなにジッと私を見て。残念ながら私の胸はそんなに大きくないですよ」

 

「いや、どうすればここを抜け出せるかなぁと……」

 

「ぜっっったいに逃がしませんよ!?」

 

 冗談のつもりではあったのだが、俺の余計な一言でスタジオ内の緊迫感が上がってしまった。そんなに警戒して出入り口を固めなくても逃げないって……。

 

「周藤君は色々と前科がありますからね」

 

「志希ほど逃げたつもりはないんだけどなぁ……」

 

 しいて言うならば、リハーサルやゲネを全部すっ飛ばしたぐらいかな……?

 

(仕方ない、観念して四季と志希から送られてくるであろう現状報告だけで我慢するか……)

 

 おっ、早速志希から来た。

 

 

 

 ――美嘉ちゃんがハヤト君相手にガールズバーみたいなことしてるー。

 

 

 

「……俺ちょっと外の空気を吸って――」

 

「確保ー!」

 

 ちょっ、まだ一歩も動いてな、やめっ、ヤメロー!?

 

 

 




・お米が禁止
何がとは言わない(愛知県民)

・しゃけ おかか
しゃけが肯定でおかかが否定って聞いた。

・年上の美人なお姉様たち
以下は現在の時間軸のリップスの年齢
美嘉 19歳
奏 19歳
周子 20歳
志希 20歳
フレデリカ 21歳

・初めて良太郎先輩に会ったとき
Lesson82参照



 相変わらずこの主人公現場にいねぇなぁ……。



『どうでもいい小話』

 加蓮が引けない僕だけど元気です(訳:SOL楽しみですね!)


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Lesson370 Episode of High×Joker 4

いつか来てしまう、そんな未来のために。


 

 

 

「こんばんわー、ミカでーす! よろしく!」

 

 

 

「ガールズバーというよりキャバクラ」

「これは間違いなくキャバ嬢」

「美嘉ちゃん無理すんな」

「お労しや美嘉上……」

 

 

 

「アンタらがやれって言ったんでしょぉぉぉ!?」

 

 

 

(た、大変そうだなぁ……)

 

 自分のすぐ隣に座って甘い声を出す美嘉さんにドキドキするよりも、他のリップスのメンバーに弄り倒されている姿に同情する心の方が勝ってしまった。……いや実際や4:6ぐらいの感じ。若干同情有利。

 

「もーしょうがないからシキちゃんとフレちゃんがお手本見せてあげよう」

 

「こんにちはシャッチョサーン! お隣よろしいアルかー!?」

 

「うおこっちきた」

 

「いきなりっすね!?」

 

 今度は突然志希さんとフレデリカさんがハルナとシキの隣に座った。

 

「こちらお通しになっておりまーす」

 

「居酒屋入ったことないけどお通しが試験管で出てくる店は絶対ないと思うんだけど」

 

「La victoire est à moi!」

 

「ワワッ!? フランス語っすか!? 凄いっすこれが本場っすか!?」

 

 既にガールズバーでもキャバクラでもなく、漫才コンビのコントみたいになってる。

 

「うーん、まさかあの『LiPPS』がこんなに面白グループだったとは……」

 

「ちょっとその括りは心外ね?」

 

「それは流石にシューコちゃんも否定させてもらうよ?」

 

 でもなんだろう、残念という感覚は特になく、寧ろ何やら既視感のようなものが……。

 

「……あ、そうだ! 良太郎さんと知り合ってから感じてた感覚と同じなんだ!」

 

「「「アレと一緒にするのはヤメて」」」

 

 美嘉さんと奏さんと周子さんの目がマジだった。ホントすみません。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 結局俺と美嘉さんの異性に対するなんやかんやというのは有耶無耶になり、そのまま何故か『リップスVSハイジョ 合同ライブ先取り紅白歌合戦』が始まってしまった。

 

「ホントごめんね、ウチの子たちが……」

 

「あ、美嘉さん……えっと、まだ続いてます……?」

 

「続いてないからね!?」

 

 一瞬まだガールズバーのくだりが続いているのかと思って身構えてしまった。先ほどは早々にリップスの面々に茶化されて有耶無耶になったけど、それがなかったら色々とダメになっていたような気がする。

 

「ウチの方こそすみません。同調というか悪ノリを助長しているというか……」

 

「いやー男子高校生なんてあんなもんじゃない? ……あんまよくしらないけど」

 

 後半のセリフはきっと聞こえないふりをしてあげた方がいいことぐらい、聡くない俺にだって分かる。

 

「っていうか、意外だったのは旬君と夏来君かなー。四季君と春名君はなんとなくノリがいいっていうのは分かるんだけど、あの二人も結構フツーにノるね?」

 

 そんなことを話す美嘉さんの視線の先では、ジュンとナツキがデュエットで俺たちの後輩に当たるアイドルユニットである『W』の『VICTORY BELIEVER』を歌っていた。こういうところをきっちりとするあたり真面目なジュンである。

 

「まあ少しだけ無理をしてる……っていうと語弊がありますね」

 

「え?」

 

「………………」

 

 ライブさながらの歓声を上げている四季に視線を向け、こちらの話を聞いていないことを確認してから少しだけ声のトーンを落とす。

 

「俺とジュンとナツキとハルナは同級生ですけど、シキだけ一つ学年が下なんですよ」

 

「それはもう周子から散々聞いてるよ」

 

 嬉しいんだか恥ずかしいんだか……。

 

 

 

「だからいずれ、俺たちが卒業した後は……シキを一人、軽音楽部に残していくことになっちゃうんですよ」

 

 

 

 勿論それでもバンドは続けていくつもりだし、高校卒業と同時にアイドルを辞めるわけでもない。会おうと思えばいつだって会えるどころかアイドルとしてほぼ毎日顔を合わせることになるだろう。

 

 それでも、俺たち四人は、どうしてもそれだけが気がかりだった。

 

「前に俺たちハイジョのPVを自主制作しようっていう話になったとき、ずっとシキがカメラを回してくれてたんです。でも、俺たちばっかり撮っててシキが全然映ってないって話になったとき、アイツこう言ったんですよ」

 

 

 

 ――いいんすよ! オレにはなんもないんすから!

 

 

 

 ……きっとそれは、シキ本人としては悲観的な意味で言ったわけではないのだろう。本人も笑いながら「気にしていない」とも言っていたし、それ以上に俺たちのバンドに感銘を受けてくれたという言葉に偽りはないだろう。

 

 しかし、例えそうだったとしても。

 

「……シキは俺たちハイジョの始まりですから」

 

「え、バンドを組んだのって……」

 

「確かに俺がジュンとナツキに声をかけたことがきっかけです。でも……今のハイジョの始まりは、間違いなくシキが来てくれたときからなんです」

 

 後にハルナが来て、高校生バンド大会に出場して、優勝は出来なかったけどそこでプロデューサーの目に留まって……そうして今の俺たちがいる。今の『High×Joker』がいる。

 

「だから……なんて言えばいいんですかね。俺たちは全員……『シキとの思い出(せいしゅん)』が欲しいんです」

 

 いつか来てしまう、たった一人の可愛い後輩との別れを、俺たち全員が惜しんでいるのだ。

 

「……ふふっ、四季君のこと、すっごい可愛がってるんだね」

 

「……そう、ですね」

 

 自分の口で言うことはないし、他の誰もが口にすることもない。けれども確かに……俺たち四人は、シキのことを可愛がっているのだろう。

 

「ってことは、名前だけじゃなくてそーゆーところもウチの志希ちゃんとそっくりってことになるね」

 

「……一ノ瀬志希さん、ですよね」

 

「そうそう」

 

 視線を盛り上がっている方へと向ける。そこにはジュンとナツキからマイクを受け取った志希さんとフレデリカさんが765プロの『虹色letters』を歌う姿があった。

 

「隼人君は『LiPPS(ウチ)』の事情って知ってる?」

 

「えっと……」

 

 美嘉さんがわざわざ志希さんの名前を出したということは……。

 

「リップスは346プロのアイドルユニットだけど、志希さんだけ123プロのアイドル……ということですよね」

 

「そ。元々123プロから346プロに出向してるときに組んだユニットがリップスだったんだけど、出向期間が終わって志希ちゃんが123プロに帰っちゃったから……」

 

 解散してしまった……と、美嘉さんは言わなかった。きっとそれは例え事実であったといしても、未だに口に出して言いたくなかったのだろうと、なんとなく思った。

 

「とは言ってもアイドルとして活動している以上、現場で会うことはザラにあるし、連絡先も知ってるし一緒に遊んだりもする。でも……この先、この五人で集まったとしても『LiPPS』は何処にもない」

 

 そう言って美嘉さんは寂しそうに笑った。

 

「だから今、こうしてもう一度『LiPPS』として集まれたことがホントに嬉しくて、自主練って名目で遊びまくってるんだ」

 

「えっ!? そ、それは……!?」

 

 思わず目を剥いて「いいんですか!?」と言おうとした俺に、美嘉さんは「しーっ」と人差し指を立てた。

 

「勿論ホントにレッスンもしてるよ。ライブに向けて完璧にも仕上げてみせるし、寧ろ二年前以上のステージを見せる自信もある。……でも『アタシたちの時間』はもう、残り少ないから」

 

 ……そうか。

 

「美嘉さんたちも、俺たちと一緒なんですね」

 

「そ。……アタシたちけっこー似てるね」

 

「ですね。お互いにリーダーですし」

 

「……あーゴメン。リーダー(あっち)なんだ」

 

「そうなんですか!?」

 

 

 

 

 

 

「なんか仲良さそーだなアッチ……まさか!?」

 

「ハヤトっち、まさかのまさかっすか!?」

 

「そんなまさか……」

 

「まさかが大渋滞してる……」

 

 

 

「へぇ、あの美嘉がねぇ」

 

「いやいや美嘉ちゃんに限ってそんなことあるわけ……」

 

「志希ちゃんはどう思う?」

 

「このロシアンたこ焼きっての食べてみたい」

 

 

 

 

 

 

「白湯が体にしみるぜ……」

 

「すみません、周藤君がどんどんと先に進めちゃうので私たちも調子に乗りました……」

 

「いえ、いい感じでしたよ……」

 

 寧ろコレぐらいやらないと一日休んだ遅れは取り戻せなかった。

 

 そんなわけで無事にレコーディングを全て終わらせて小休憩。体力的には問題ないけど、割と精神がすり減っている気がする。

 

 とはいえここでのんびりと休憩する時間すらないのがトップアイドルの辛いところ。白湯(これ)飲んだら次の現場に向かわねば。

 

「っと、またメッセージか」

 

 今度は志希ではなく四季から。……こいつらややこしいな。

 

「えっと……ははっ」

 

「どうしたんですか? なんだか……ちょっと元気になりました?」

 

「そうですね。志希(にゃんこ)四季(わんこ)からメッセージが届きまして」

 

「犬猫ですか私そういうのに目がないんですよ私にも見せてくださいさあさあさあ!」

 

 貴女今回限りのちょい役の割にちょっと癖強すぎやしません?

 

「ダメでーす、この画像は刺激が強すぎるのでお見せ出来ませーん」

 

「そんなに!? あぁどんな魅惑のわんちゃんねこちゃんが……!?」

 

 必死になってスマホを覗き込んで来ようとするスタッフさんの手を搔い潜りつつ、視線を画面に落とす。

 

 それは、四季の自撮りの画角に全員無理矢理入り込んだハイジョとリップスの集合写真だった。

 

 最初リップスとハイジョの組み合わせでカラオケなんて話を聞いたときは『隼人辺りは緊張するだろうな』なんて思っていたけど、画像に写る隼人は美嘉ちゃんや周子ちゃんと並びつつも自然な笑顔を浮かべていた。隼人だけじゃなく、旬や夏来も自然な笑顔で写っている。

 

「随分とまぁ、この短時間で仲良くなったもんだ」

 

 

 

 ――みんな『次はリョーさんっちも一緒に』って言ってるっすよ!

 

 

 

 いや美嘉ちゃんと奏は絶対そんなこと言わない。言うはずがないだろうそんなこと!

 

「……うっし!」

 

 気合を入れ直して立ち上がる。

 

 後輩の楽しそうな姿を見てやる気が出てくるとは、我ながら歳を取ったものである。若いもんが楽しそうだと、見てるだけでも元気が出てくるわい……。

 

 次世代のアイドルのために、王様はもうひと仕事頑張りますかね。

 

 

 




・「お労しや美嘉上……」
兄上、ネットミームのせいで所構わず(刀を)抜く人になってしまった……。

・「La victoire est à moi!」
調子乗んな!

・765プロの『虹色letters』
既に懐かしいデレ×ミリコラボ。

・「リーダー奏なんだ」
ぶっちゃけ間違えて覚えてた。

・言うはずがないだろうそんなこと!
これも既にネットミーム化してる気がする。というかコラ素材。



 個人的にこういうところも似てるよねって感じた結果生まれたのが、今回のハイジョ&リップス回だったりもします。ただ面白そうって理由だけじゃなかったんですよ!



『どうでもいい小話』

 SOL、担当にメッセージ読まれた人羨ましい()


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Lesson371 学生偶像連合課題殲滅戦線

学生たちの夏は、これからだ!


 

 

 

「夏休み、終わっちゃうね……静香ちゃん」

 

「ええそうね、未来」

 

「……あと三日で終わっちゃうんだね、静香ちゃん」

 

「終わっちゃうのよ、未来」

 

 

 

「……だからこそ逆に課題(こんなこと)してる場合じゃないと思わない!?」

 

「座りなさい」

 

「はい」

 

 

 

 八月二十九日。その日、私と未来は机の上に広げられている夏休みの課題と向き合っていた。全くの白紙ではないが、夏休みも()()()()というこのタイミングで考えると四捨五入して白紙と言っても過言ではない、そんな進行具合の悲惨な課題である。

 

 これらは当然のように私のものではない。全て未来のものである。

 

「弁明を聞きます」

 

「……し、静香ちゃん、怒ってる?」

 

「怒っていません」

 

「敬語な上に特殊タグが使われていないのが逆に怖いよぉ……」

 

 メソメソとしょげている未来の姿は可愛いけれど、それはそれとして叱らなければいけないときにはキチンと叱らなければいけない。

 

「だってぇ……普段の劇場のステージだけじゃなくてぇ……合同ライブに向けてのレッスンもあってぇ……家に帰ってから課題をしようと思ったけど……もう疲れちゃって全然動けなくてェ……」

 

「はぁ……」

 

 そうならないためにも毎日コツコツと、それこそレッスンも何もない日に課題をするように言っておいたのに、この子ときたらオフの度に私を遊びに誘って……全くこの子は本当にもう……。

 

「静香ちゃん顔にやけてるけど何かいいことあった?」

 

「そうね、しいて言うなら未来に手がかかることね……」

 

「えぇ……?」

 

 たまたま一緒にいた翼が困惑しているが、これでも私は怒ってる。そう怒っているのだ。

 

「ちなみに翼、貴女課題は?」

 

「終わってるよー」

 

「そんな!? 翼は絶対私の味方だと思ってたのに!? この裏切り者!」

 

「勝手に味方認定しないでよ……」

 

「大丈夫よ未来、現状で一番の味方は私だから」

 

「静香ちゃん、やっぱり怒ってるよね……?」

 

「怒っていません」

 

 ビクビクと怯えながらノートを広げる未来に、流石にちょっと脅かし過ぎたと反省する。

 

「ほらちゃんと私も手伝ってあげるから頑張りなさい。今日から登校日までステージはないわよね?」

 

「う、うん、レッスンだけ……」

 

「しっかりと終わらせるわよ。合同ライブに出演させてもらえるんだから、課題が終わらずに補習なんて恥ずかしい真似を……」

 

 

 

 ――真美ぃぃぃ! アンタなんで課題終わってないのよぉぉぉ!?

 

 ――りっちゃんなんで劇場(こっち)まで追ってくるのぉぉぉ!?

 

 

 

「………………」

 

「……私、ちゃんと課題終わらせるね」

 

「いい子ね、未来」

 

 ありがとう、真美さん……!

 

 

 

 

 

 

「課題が終わってないよぉぉぉ!?」

 

 

 

「悲鳴助かる?」

 

「誰も助かってないよ……」

 

 夏休みも残り三日というタイミングで考えるとかなりマズいことを叫んでいる愛ちゃんに、僕と絵理ちゃんは揃ってため息を吐いた。

 

「毎年のことだけど、どうしてもう少し計画的にやれないかな……」

 

「れ、れっすんが忙しくて……」

 

「それは私も涼さんも一緒」

 

「毎年同じ言い訳をするんだからもう……」

 

 呆れつつも見捨てることはしない僕と絵理ちゃんは、今年も事務所に集まって課題のお手伝いをすることになった。

 

「本当にありがとうございます……」

 

「なんだかんだ言って、夏の風物詩感は出てきちゃったよね」

 

「これがないと夏は終われない?」

 

 いや夏が終わるからこそやらなきゃいけないことであって、因果が逆転しているような気がする。

 

「涼さんと絵理さんはもう課題終わったんですか?」

 

「愛ちゃん、去年も言ったけど」

 

「僕たちはもう高校卒業してるから」

 

「ズルいです!」

 

 ズルくはないです。

 

「愛ちゃん、毎年のことだけどこんなに課題を貯めちゃってお母さんに怒られない?」

 

「……あっ! そうなんですよ! 聞いてください!」

 

「聞いてるからペンは置かないで?」

 

「優先順位間違えないように」

 

「はい」

 

 普段は愛ちゃんに甘めな僕と絵理ちゃんだが、今日に限っては少しばかり厳しめに接する。シュンとしてしまった愛ちゃんが少し可哀想に思ってしまったがグッと我慢する。隣に座る絵理ちゃんも自分の太ももを抓って自制していた。……いや流石にそこまでする?

 

 

 

「最近ママが何かしてるみたいなんです」

 

 

 

「「………………」」

 

「……あの、お二人とも……?」

 

「愛ちゃんちょっとペンを置こう?」

 

「今は課題よりも大事なことがあるよ」

 

「さっきと真逆のこと言ってませんか!?」

 

 やばい、なんか聞いちゃいけないことを聞いてしまったような気がする。僕と絵理ちゃんだけで対処出来るレベルの問題じゃないよコレ。

 

「ど、どうする? 良太郎さんに相談する?」

 

「そ、そうだね、あとは麗華さんにも……」

 

「ママが『絶対誰にもしゃべっちゃダメダカラネ』って」

 

「「……なんで喋っちゃったのぉぉぉ!?」」

 

「だってぇぇぇ! こんな重要そうなこと一人で背負いきれませんよおおおぉぉぉ! 私と一緒に背負ってくださぁぁぁい!」

 

 聞きたくなかった! こんなこと聞きたくなかった!

 

 もう愛ちゃんの課題をするどころの話じゃないよおおおぉぉぉ!?

 

 ぎゃおおおおん! 誰か助けてえええぇぇぇ!?

 

 

 

 

 

 

「「「「「たすけてください輝さん」」」」」

 

「嘘だろ……!? まさか五人も……!?」

 

 冗談交じりに「お前ら課題は終わってるか~?」と尋ねてみたら、四季と春名と隼人と悠介と享介がガッツリと頭を下げてきた。

 

「おい旬! 夏来! ハイジョの三人はお前たちの管轄だろ!?」

 

「そうは言われましても……」

 

「三人とも、ちゃんとやってるって言ってたから……」

 

 虚偽の報告するんじゃねぇよ!

 

「それに、悠介はともかく享介までどうしたんだよ!?」

 

 悠介はなんとなくそんな気がしたけど、享介はどちらかというとしっかりと課題を終わらせるタイプだろ!?

 

「いや、ほぼ終わってはいるんですけど……英語だけはどうしても分からなくて……」

 

「ぐっ、それならまだ情状酌量の余地はあるか……」

 

「というか輝サン、オレならともかくってどういう意味!?」

 

 どうやら315プロ学生組でしっかりと課題を終わらせているのは旬と夏来と咲の三人だけらしい。

 

 しかし、まさか過半数の学生が課題を終わらせていないとか、アイドルとしての活動以前の問題である。

 

「プロデューサー……」

 

「これは流石に見過ごせませんね……」

 

 これには基本的に大らかなプロデューサーも険しい顔を浮かべていた。

 

「123プロや1054プロからも『学生はその本分を疎かにしないこと』という通達が来ているので、このままでは合同ライブのメンバーから外されてしまう可能性も……」

 

「「「「「マジで!?」」」」」

 

 五人は寝耳に水だとばかりに驚愕しているが、正直そりゃそうだろとしか言えなかった。

 

「そんな……123プロってことはそれ言ってるの良太郎さんだろ……あの人だって夏休みの課題なんて真面目にやらないタイプのはずなのに……」

 

「あ、普段の言動で誤解されがちだけどリョー君は根っこの部分が真面目だから課題とかは計画的に終わらせるタイプだよ。しかも分からないところはキチンと人に教わって理解してから自力で回答欄を埋める優等生タイプ」

 

「「嘘でしょ!?」」

 

「「「そういやそんなこと言ってたなぁ!?」」」

 

「あー……」

 

 みのりさんからもたらされた情報に驚愕する二人だが、俺は普通に納得してしまった。確かにリョーさん、仕事してるときはかなり真面目だしそういうところあるって言われると納得出来るんだよな。普段の言動で損しすぎてる気がする。って、ハイジョは知ってたんだな。

 

「リョーさんの学生時代の課題事情はいいんだよ。今は自分たちの課題事情の心配だろ」

 

「「「「「はーい……」」」」」

 

 さて、学生が勉強で困っているという現状。そんな状況にピッタリのアイドルが三人ほど所属しているのだが……。

 

「こういうときに限って『S.E.M』の三人は地方での仕事なんだもんなぁ……」

 

 しかも今朝から出発して帰ってくるのは二日後の夏休み最終日という、学生諸君にとっては最悪のタイミングである。先生方が揃っていれば、多少のお説教はありつつもしっかりと面倒を見てくれたことだろうが、いない人を頼るわけにもいかない。

 

「しゃーない! 俺が面倒見てやるよ!」

 

「い、いいんですか!?」

 

「いいも悪いも、そうしなきゃお前たちだけじゃなくて合同ライブに関わる人たち全員が困るんだからしょうがないだろ」

 

「ご尤もです……」

 

「みのりさんもご協力お願いできますか?」

 

「う、うーん……力になれればいいんだけど……」

 

「俺たちも……協力します……」

 

「元を辿れば、僕たちの監督不行き届きの面もありますからね……」

 

 苦笑しながら「勉強は苦手だったから分かる範囲で……」と一応の了承してくれたみのりさんと、夏来と旬も手伝ってくれることになった。

 

「それで、まず最初に確認させてくれ」

 

 英語だけが残っていると自己申告してくれた享介以外の四人に聞きたい。

 

 

 

「……どれだけ残ってるんだ?」

 

「「「「………………」」」」

 

 一斉に目を逸らすんじゃない!

 

 

 

 

 

 

「……とまぁこんな感じに、各事務所から『ナツヤスミ カダイ キトク タスケテ』と電報が届いております」

 

「今時電報は届かねぇだろ。……え、今でも電報ってあんの?」

 

 あるらしいよ。

 

「学生諸君にとっては死活問題だからな。俺も苦労はしたよ」

 

 何せアイドルとして一番脂が乗っていた時期だから、マジで忙しかった。今思い返してみてもよく自力で課題こなせたなって思う。

 

「ちなみに冬馬は?」

 

「……ある程度頑張っている姿勢を見せている以上、多少の素行不良は目を瞑ってやるんだろ?」

 

「そりゃあな。正面切って『課題やらなくても出演オッケー』とは言えないから頑張ってもらうけど。ところで冬馬は?」

 

「………………」

 

 目ぇ逸らすな。

 

「ともあれ、そういうことならちょっとこちらでも助け舟を出してあげてもいいかもしれんな」

 

 一応俺も運営側の人間でもあるし、アイドルたちに気持ちよく出演してもらうのも運営の仕事なのである。

 

 さて、それじゃあまずは何処に連絡を入れるか……。

 

 

 




・夏休みも残り三日
おっ、余裕だな!()

・「もう疲れちゃって全然動けなくてェ……」
前作も最新作もやってないなぁ。

・「最近ママが何かしてるみたいなんです」
ほのぼのとした日常に突然のダイナマイト!

・セム不在
ニュアンス的には、無双しちゃうからという理由で劇場版でハブられた直葉ちゃん。



 課題の有無に限らず、合同ライブに参加する学生アイドルを全員出すことが目的の今話。

 ようやく彼女たちが喋るよ……。


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Lesson372 学生偶像連合課題殲滅戦線 2

実は既に中学生の五人組!

※前話一部変更しております。


 

 

 

「突然だけど、五人は夏休みの課題終わった?」

 

 

 

「勿論なの!」

 

「当然でしょ!」

 

「七月中にみんなで終わらせました」

 

「国語だけちょっと時間がかかっちゃったけど……」

 

「フェイトちゃん、国語は相変わらず苦手やもんね」

 

 

 

「うんうん、良きかな良きかな」

 

 偶然翠屋で遭遇したなのはちゃん・アリサちゃん・すずかちゃん・フェイトちゃん・はやてちゃんの女子中学生仲良し五人組に夏休みの課題事情を尋ねたところ、なかなか心強い返事が返ってきた。流石である。

 

 いやそもそも夏休み終了間際のこのタイミングで、揃って優雅にお茶してる子たちが課題を残しているなんてありえないんだけどね。

 

「そうだよねぇ、普通はとっくに終わってるもんだよね」

 

「ふん、どうせアンタは貯めてた口でしょ?」

 

 小馬鹿にした口調のアリサちゃん。周りからそう思われてるんだろうなという自覚は勿論あるのだが、残念だったね。

 

「アリサちゃん、実は良太郎さんって真面目に終わらせるタイプだから……」

 

「嘘ぉ!?」

 

「よくウチで、お姉ちゃんや恭也さんと一緒に課題をやってましたもんね」

 

「その節はお世話になったね、すずかちゃん」

 

 高校の頃は、数学が苦手だった俺と化学が苦手だった恭也が、理数系に強い月村から度々勉強を教わっていた。夏休みだけでなく、試験前もよく恭也と一緒に月村邸で勉強会をしたものである。

 

 ……俺としては二人の邪魔かなとも考えたが、当時の恭也は徹底的な朴念仁だったため、月村が「別にそんなこと気にしなくて大丈夫よ」と死んだ目で笑っていたのも今ではいい思い出である。将来二人の結婚式ではその辺りのエピソードを面白おかしく語ってやろう。

 

「ちなみに私の英語は良太郎さんとフィアッセさんから教わっていたりするのです」

 

「嘘ぉ!?」

 

 ちょっぴり自慢げななのはちゃんの発言に、アリサちゃん本日二度目となる嘘認定。アリサちゃんだけでなくフェイトちゃんとはやてちゃんも一緒になって驚いていたが、これはどちらかというと『周藤良太郎(トップアイドル)』と『フィアッセ・クリステラ(トップアーティスト)』の二人に英語を教えてもらったという豪華さに驚いているのだと思う

 

「『アイドルだからこそ、学生としての本分はしっかりとする』……昔から良太郎さんのことを見ていたから、そう思うようになったんです」

 

「なのはちゃん……!」

 

 やだ本当にこの子いい子……! お兄さん泣いちゃいそう……!

 

「いやアイドルじゃなくても課題は普通するでしょ」

 

「アリサちゃんたちみたいな優等生ばかりだったら良かったんだけどねぇ」

 

 そんなことにはならなかったため、今回一計を案じたわけである。

 

 

 

「「「「「事務所合同の勉強会?」」」」」

 

「そ」

 

 勉強会なんてカッコいい言い方してるけど、要するに残っている夏休みの課題をやっつける会である。

 

 どうやら様々な事務所で課題を終わらせてなくて悩んでいる学生アイドルをまとめて面倒を見ようっていう集まりだ。

 

「つまり課題殲滅戦線」

 

「なにがつまりなのよ……」

 

「これは、学生たちの明日を掴むための物語……!」

 

「随分と薄そうな物語ね」

 

 アリサちゃん辛辣~。

 

「……あれ、このお知らせ、合同ライブに参加する全ての事務所に通達してるんですよね?」

 

「そうだよ」

 

「……フェイトちゃん、はやてちゃん、何か聞いてる?」

 

「ううん」

 

「なんにも」

 

 首を傾げたなのはちゃんがフェイトちゃんとはやてちゃんに問いかけるが、二人は揃って首を横に振った。

 

「310プロにもメール送ってあるから、事務所の判断で必要ないって判断したんじゃない? なのはちゃんもフェイトちゃんもはやてちゃんも優秀だから」

 

 素直にそう褒めてあげると、なのはちゃんとフェイトちゃんは恥ずかしそうに笑い、はやてちゃんはドヤフンスと胸を張った。

 

「けど課題が終わっている人は来ちゃダメってわけじゃないよ。名目上は勉強会だから予習しに来てもいいし」

 

 勉強以外にも『他事務所間での交流』という目的もあったりする。年末のライブに向けて徐々に顔を合わせることは増えていくだろうし、少し早く他事務所のアイドルと仲良くなってもいいんじゃないかな、という狙いもあった。

 

「なんだったら合同ライブに参加しないはずの学生アイドルや、そのプロデューサーさんから『是非参加させてください』って逆にお願いされるぐらい」

 

「そうなんだ……」

 

「……えっと、どうしよっか?」

 

「ええやん、面白そうだし」

 

「私は、二人が行くなら……」

 

 どうやら優等生三人組アイドルユニットであるトライエースも参加らしい。

 

「良太郎さん、いいですか?」

 

「勿論いいよ。ウチの事務所の会議室使うからそれなりの人数が集まっても大丈夫だし」

 

「……良太郎さんの事務所、アイドルが九人しかいないのに凄く広いですもんね」

 

「最近また広くなったんでしたっけ?」

 

「丁度一つ上のフロアが空いてさ。どうせなら俺たちで抑えちゃおうかってなって」

 

「ど、どうせならでやることがえらく豪快やな……」

 

「というか、事務員入れても十一人しかいない事務所なのに二フロアも使うんですか……?」

 

「俺たちアイドルの個室」

 

「アイドル事務所らしからぬ豪華さ!?」

 

 一応これでも副社長ポジションの俺には元々個室あったんだけどね。

 

「……いやそれでも絶対空き部屋ありますよね? そもそもあのビル一つのフロアが滅茶苦茶広いじゃないですか」

 

「そうなんだよねぇ」

 

 初めは合同ライブの運営事務所をウチに作ろうとも考えたんだけど、1054に作っておいた方が色々と便利だったから。

 

 閑話休題(じむしょじじょうはさておき)

 

「正直課題が終わっている子が来てくれるのはありがたいんだよね。主に教師役として」

 

「あ、そっちですか」

 

「わ、私に出来るかな……」

 

「そんな難しく考えんでええって」

 

 俺を含めてある程度の数の教師役は揃えているつもりだけど、当日何人来るか分からないから多いことに越したことはない。

 

「……って、え!? 良太郎さんも来るんですか!?」

 

「勿論教師役としてね」

 

「生徒役として来られても困りますけど……」

 

「アンタ、そんな暇あんの?」

 

「最近とても忙しいとお聞きしましたけど……」

 

 アリサちゃんとすずかちゃんが訝し気に尋ねてくる。

 

 ……尋ねられた。

 

「そうなんだよ聞いてくれよぉ~!」

 

「うわ急になによ」

 

「ど、どうしたんですか?」

 

 最近、珍しく体調不良でスケジュールに穴を開けてしまった『周藤良太郎』。後日、そのとき空けてしまった穴を塞ぐために滅茶苦茶なスケジュールを組みまくって、俺にしては珍しく()()()()()()()()()()()()わけなのだが。

 

関係各所(アイツら)揃いも揃って『周藤良太郎が本気を出せばどれだけの仕事がこなせるか試してみたくなっちゃった』とか言いやがってよぉ……空けたスケジュール以上の仕事を突っ込んでたみたいでよぉ……」

 

「「「「「うわぁ……」」」」」

 

 女子中学生五人もドン引きである。

 

「なぁにが『いやぁ流石周藤良太郎ですね! まさか三日分の仕事を一日でこなしちゃうなんて!』だチクショウ……」

 

「え、えぇ……?」

 

「それが出来ちゃうアンタにも十分ドン引きなんだけど……」

 

「こ、個性的なスタッフさんが多いんですね!」

 

「フェイトちゃん、それはフォローにはならないの……」

 

「みんな良太郎さんに訓練された結果やないんですか……?」

 

 はやてちゃんの言う通り、正直自業自得というか自分で蒔いた種というか、そういうことだってことは自覚してるよウン。

 

「とまぁそんなわけで『周藤良太郎』にしては珍しく降って湧いたように明日から二日間夏休みなのだよ」

 

「こういうときってどういう風に声をかけたらいいんだろう……」

 

「大丈夫やフェイトちゃん、私も分からん」

 

 笑ってくれ。盛大に。

 

 

 

 

 

 

「りあむちゃんは課題って終わってるんですか?」

 

「……あかりちゃん? よく見て? こんなやつが今も学校通ってると思う?」

 

「中卒でしたっけ」

 

「違いますぅぅぅ! 専門学校を中退だから学歴的には高卒ですぅぅぅ!」

 

 今時高卒でも普通かもしれないが、それでも自信満々に無駄にデカい胸を張らないでほしい。

 

「そんなことを聞くなんて、もしかして……あかりちゃん、終わってないの?」

 

「ドキッ」

 

「……なにその露骨な擬音」

 

「……トキメいちゃった音です!」

 

「そっかー赤くて甘いんだよねー……ってそんなわけあるかぁぁぁ!」

 

 可愛らしく誤魔化そうとしたあかりチャンだったが、どうやらりあむサンだけじゃなくて自分も聞き逃せないことがあった。

 

「え、あかりチャン、もしかして……」

 

「夏休みの課題終わってないの!? 今日八月三十日だよ!?」

 

「………………」

 

「可愛らしくテヘペロしてもぼくは誤魔化されないぞ! ……もう一回やってもらっていい?」

 

「誤魔化されてマスよ」

 

 勿論自分は終わらせているが、なかなかマズい状況な気がする。

 

「ウチの事務所、常々『学生は学業を疎かにしないこと』って耳にタコが出来るほど言われてますもんね」

 

「なんか『周藤良太郎』がそういう方針だから真似したっていう噂だね」

 

「りあむサン、今はそういうよく分からない冗談いりません」

 

「別に冗談で言ったわけじゃないんだけどぉ!?」

 

 このままでは合同ライブどころか、自分たち三人のユニット活動にも支障が……!

 

 

 

「お困りのようだね……」

 

 

 

「なにっ!?」

 

「誰!?」

 

「あ、アナタは……!?」

 

 突如として現れた四人目の声に、自分たちはそちらに視線を向ける。

 

 するとそこには……!

 

 

 

 ――なんかやたらとデカいチューリップの化け物が!

 

 

 

「「「ホントに誰っ!?」」」

 

 

 




・課題殲滅戦線
ぶっちゃけ課題貯めたことないから分かんない。

・周藤良太郎のお仕事チャレンジ
これで自由に動けるよ!() 物語的には大助かりだ!()

・トキメいちゃった音
・赤くて甘い
多分日本で一番大勢の人間で『山形リンゴ』って叫んだ瞬間だったと思う(SOL二日目)

・なんかやたらとデカいチューリップの化け物
全部あの〇野〇美って声優のせいなんだ!!!



 まだ未登場かと思ったら既登場だったフェイトちゃんを含めてリリなの五人組との会話回でした。アリサのツッコミが光る。

 次回、他事務所交流開幕。


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Lesson373 学生偶像連合課題殲滅戦線 3

集いし学生アイドルたち。


 

 

 

 ――我が名は『うえきちゃん』……この美城の地に根を下ろすもの也……。

 

 ――いや……植木鉢に入ってるから根は下せないんじゃない……?

 

 ――というかフレデリカサン、全然隠れられてないデスよ。

 

 ――迷い人よ……汝らに良いことを教えてあげよう……。

 

 ――えっ。

 

 ――良いことデスか?

 

 ――もしかして山形リンゴが青森と長野に勝つ方法ですか!?

 

 ――え、いや……え?

 

 ――あかりちゃん、あのフレデリカサンが怯むって相当デスよ?

 

 ――ちょっとだけ静かにしてようねー?

 

 

 

 

 

 

「うわデッカ!?」

 

「その無駄乳の自慢デスか?」

 

「いくらぼくでもそんなこと大声で自慢しないよ!? このビルがっていう意味に決まってるでしょ!?」

 

「はわわ、本当に大きいんご……!?」

 

 八月三十一日。夏休みの最終日となるその日、自分たち三人はとある巨大なビルへとやってきた。

 

 国内外問わず誰もが聞いたことのある有名企業のテナントが名を連ねる都心のビルというだけあって、明らかに自分たち三人は浮いていた。それでも全くといって視線を感じないのは、きっとそれだけここを行き交う人たちが自分たちに気を取られる暇がないぐらい忙しなく働いているということだろう。

 

 そして、そんなビルを二フロアも抑えているのが、現在の日本のアイドル業界の頂点に君臨する芸能事務所『123プロダクション』なのである。

 

「まさかあの123プロダクションが、学生のために勉強会を開いてくれるとは思わなかったよ……」

 

「ホント、驚きましたね」

 

 昨日フレデリカさんが教えてくれた『良いこと』というのは、勿論山形リンゴの未来などではなく、『123プロダクションで勉強会が行われる』という今のあかりチャンを救う絶好の催しだった。どうやら123所属のユニットメンバーである一ノ瀬志希サンからの情報らしい。

 

「夏休みの課題に苦しんでいる学生アイドルはあかりちゃんだけじゃなかったんだね……」

 

「よかったデスねあかりちゃん」

 

「喜べない……」

 

 そこで落ち込む程度には良心があって何より。

 

「……ところでコレ、どうやって上に上がればいいんだろ……?」

 

「な、なんか駅の改札みたいになってるんご……!?」

 

「あ、あっちに受付がありますから、きっと……!」

 

 それはそれとして自分たち三人にこのビルは敷居が高すぎた。一応Pサン経由で123プロダクションにアポを取ってもらっているのだが、実際にビルへと足を踏み入れると思わず尻込みしてしまう。なんか『お気軽にご参加ください』みたいなノリの案内だったが、お気軽にご参加出来るようなビルじゃないんデスよココ。

 

 そして三人揃ってオロオロとしていると……。

 

 

 

「どっひゃぁぁぁ!? なんだこりゃ!?」

 

「なんすかココ!? 本当にココに事務所があるんすか!?」

 

「春名さんと四季くん静かに……!」

 

「いやでもお上りさんになる気持ちも分かる……」

 

「ひ、広い……」

 

「やっぱり123プロって凄いんだねぇ……」

 

 

 

 何やら自分たちと同じようなリアクションをする、自分たちと同じように若干浮いている集団がやって来た。男女比が5:1というややアンバランスな、おそらく高校生ぐらいのグループ。……あれ、()()()()()()()()()()

 

「……りあむサンりあむサン」

 

「あきらちゃんちょっと待って。今SNSに挙げる用の写真撮ってる」

 

「薪なんて後で拾ってください」

 

「薪って言った!? あきらちゃんもしかしてぼくがSNSに挙げる写真を撮ることを薪拾いだって言った!? 別に火を付けることが用途じゃないよ!?」

 

「そうでしたね、無から燃えるのが得意技でしたもんね」

 

「ぼくだって燃えるための酸素ぐらい必要としますぅ!」

 

「息を吸うように燃えるってこと?」

 

「うっさいよぉ!」

 

 ええい、いいから早くこっち向きなさい。

 

「あっちのグループ、りあむサンなら見覚えあるんじゃないデスか?」

 

「え~? あんな明らかにバンドやってそうな陽キャグループに見覚えあるわけないじゃん。確かに眼鏡かけた人は伊勢谷四季君に似ててヘアバンド付けてる人は若里春名君に似ててギターケース持ってる人は秋山隼人君と榊夏来君に似てて大人しそうな人は冬美旬君に似ててまるで315プロのハイジョが全員揃ってるように見えるけどまさかそんなわけハイジョ全員揃ってんなコレ!?」

 

 どうやら自分の勘は当たっていたようで、本当にアイドルグループだったらしい。

 

「ってハイジョだけじゃなくて咲ちゃんまでいるし……うっはぁ顔面がいい……」

 

「あれ? りあむさん、315プロって言いましたよね? 315プロって男性アイドルの芸能事務所じゃないんですか?」

 

「あ、うん。咲ちゃんは男の子だし」

 

「……え、誰が男の子なんですか……?」

 

「だから、あのツインテールの子」

 

「……?」

 

 あぁ、そういう知識に乏しいあかりチャンがフリーズしてしまった……。

 

 

 

「って、あれ……?」

 

「ナツキ、どうしたの?」

 

「あそこにいるの……確か、346プロの……」

 

「え、アイドル?」

 

「ってうわ胸デカッ……うげふっ」

 

 

 

 なにやらヘアバンドを付けた人が、大人しそうな人とツインテールの人に脇腹を殴られていた。

 

 ……とりあえず、目が合ってお互いに認識した以上、なんとなく無視するのもあれだし、多分目的は一緒だろうから声かけてみますか。

 

「あの、スミマセン、もしかして……」

 

 

 

 

 

 

「さて、『絶対に笑ってはいけない課題殲滅戦線』にようこそ」

 

「趣旨変わってるの!?」

 

「このタイミングでそれするのは鬼やない!?」

 

 うん、流石にそれどころじゃないだろうから中止にした。

 

 なのはちゃんとはやてちゃんのツッコミをもらったところで、コホンと一つ咳払いをしてから改めて会議室を見渡しながら挨拶をする。

 

「改めて、夏休み最終日の駆け込み勉強会へようこそ。残りの課題をやっつけたい人も、そんな人たちに勉強を教えるために来てくれた人も、課題は既に終わってて自主勉をしに来た人も、仲良く勉強していきましょう。特に勉強が苦手な人は遠慮なく周りを頼ってね」

 

「はい良太郎さん! 質問です!」

 

「はい未来ちゃん」

 

「おやつタイムはありますか!?」

 

「ちょっと未来……!」

 

「勿論あります。本日は喫茶『翠屋』自慢のシュークリームを用意しております」

 

「してるんですか!?」

 

「やったぁぁぁ!」

 

「しかも翠屋のシュークリームってメッチャ有名な奴じゃん……!」

 

「マジで!?」

 

 勢いよく手を挙げた未来ちゃんの質問に答えると、彼女だけじゃなくて多くの子たちが顔を綻ばせた。翠屋の次女であるなのはちゃんも自慢げな表情である。

 

「えっと、いいんですか良太郎さん、そんなに緩い感じで……」

 

 続いて挙手したのは涼だった。愛ちゃんのお目付け役として参加しているらしい。

 

「まぁ詰め込み過ぎてもマズいからね。最終日だからこそ心に余裕を持ってもらわないと」

 

 けどまぁ。

 

「今日中に課題が終わらない奴は……分かってるな?」

 

 

 

「ほら愛ちゃん課題出して!」

 

「未来! 頑張るわよ!」

 

「不味いぞリョーさん本気だ!」

 

 

 

 全員慌てて課題を取り出して勉強会がスタートした。うんうん、頑張れ頑張れ。

 

 

 

 さて俺も教える側に回るわけなんだけど。

 

「あの……すみません、英語の課題で分からないところが……」

 

「いいよー……って、アレ?」

 

 早速俺の唯一の得意分野である英語の質問がやって来たのでそちらに振り返ると、そこには控えめに手を上げる紬ちゃんがいた。

 

「どうしたの紬ちゃん、君は課題を貯めちゃうようなタイプじゃないと思ったんだけど」

 

「うっ……か、課題のリストを……勘違いしていまして……」

 

「あー……」

 

「今貴方『バカだなぁ』とか思いましたね!?」

 

「思ってないから落ち着いて」

 

 どちらかというと涙目可愛いなぁって思いつつ、紬ちゃんを宥めてから彼女の隣に座る。

 

「というか、こうして改めて話すのは初めて会ったとき以来だね」

 

「……えっと、二年前の……」

 

「そうそう」

 

 初めて紬ちゃんと出会ったのは、彼女がプロデューサーにスカウトされて上京してきたタイミングだ。詳しくは番外編47を参照。

 

「劇場の屋上のバーベキューのときは落ち着いて話せなかったからね」

 

「……アレは貴方がそれどころではなかったからでは……」

 

「ご尤も。……で、どこが分からないの?」

 

「あ、はい、えっと……ここです」

 

 眼鏡をかけて紬ちゃんの手元を覗き込む。

 

 えっとここはねぇ。

 

 

 

 

 

 

「ほら、こう考えると簡単でしょ?」

 

「なるほどぉ! ありがとうございます!」

 

 咲ちゃんの説明を受けて、大袈裟なぐらい感心しつつお礼を言う愛ちゃん。

 

「うーん、やっぱり愛ちゃん可愛いなぁ。あたし、兄弟いないけど妹ってこんな感じなのかなって思っちゃう」

 

「私も、お姉ちゃんがいたらこんな感じなのかなって思います!」

 

 いや、愛ちゃんと咲ちゃんって学年一つしか違わないし、そもそもお姉ちゃんじゃなくて……まぁいいか。

 

「それにしても、さっきからりょうちんと絵理ちゃん、なんかそわそわしてない?」

 

「「えっ」」

 

 咲ちゃんからの突然の指摘に、思わずドキリとしてしまった。

 

「い、いや、なんでもないですよ?」

 

「きっと気のせい?」

 

「なななないですよ?」

 

「いやメッチャ愛ちゃん動揺してるじゃん」

 

 勿論何もないわけではなく、僕たちは先日愛ちゃんから突然もたらされた『日高舞が何かをしようとしている』という特級の地雷案件を良太郎さんに言うべき否かを悩んでいた。

 

 今回合同ライブに参加させてもらう側なので言うべきだとは思うのだけれど、おそらく隠しているであろうことをバラしてしまった場合、それはそれで今度は日高舞さんが怖い。

 

「「「………………」」」

 

 思わず三人で目を合わせてしまう。

 

「え、本当にどうしたの? 何かあったの?」

 

「あったと言えばあったんですけど……」

 

「知らなかったことにしたいというか……」

 

「寧ろ記憶を無くしてしまいたいというか……」

 

「そこまで……!?」

 

 

 

「俺も! 俺も全てを忘れて逃げ出したい!」

 

「春名ぁ! お前はよそ見してないでさっさと課題やれぇ!」

 

 

 




・うえきちゃん
生放送の誕生秘話を含めて面白すぎる存在。

・『絶対に笑ってはいけない課題殲滅戦線』
収拾つかなくなるから没となりました。



 もっとわちゃわちゃさせたかったけど、本番はライブが始まってからだからね、仕方ないね(言い訳)


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Lesson374 学生偶像連合課題殲滅戦線 4

良太郎の目的。


 

 

 

「えっと、それでここは……」

 

「……あー! なるほど! そういうことね! 分かった!」

 

「ほっ……」

 

 310プロダクションのフェイトさんの説明を聞き、ようやく未来は納得した様子で回答欄を埋めた。これで未来の国語の課題は完了である。

 

「いやぁ本当にありがとうねフェイトちゃん! 分かりやすい説明だったよ!」

 

「私からもお礼を言わせて。ありがとうフェイトさん」

 

「い、いえ……私も分かりづらかったところなので、未来さんが何処に躓いていたのか分かっただけです」

 

「……本当にありがとうございます……」

 

 お礼を言いながらも思わず頭痛を感じざるを得なかった。

 

 元々未来に勉強を教えるつもりで参加した私が、未来にも理解できるように説明できなかったことがそもそも悪いのだろう。それでも『年下』で『外国人』の女の子に『国語』を教えてもらうなんて……。

 

「いやぁ凄いねフェイトちゃん! まさか二つも上の学年の勉強も分かるなんて!」

 

「え? あ、その……い、一年生の範囲ですよね……?」

 

「えっ」

 

 未来ぇ……。

 

「未来、貴女今年は受験なのよ……? もうちょっと勉強頑張りましょう……?」

 

「……な、765プロに就職ってダメェ……?」

 

 翼の真似してもダメ!

 

「そもそも765プロへの就職は高校卒業資格が必要らしいわよ」

 

「私の唯一の逃げ道が!?」

 

 いくら身内に甘いことで有名な765プロであってもその辺りの甘えは許されていなかった。多分律子さん辺りが厳しく目を光らせているだろうから、765プロでアイドルを続ける以上高校への進学は絶対に必要である。

 

「あっ! そうだ! UTX学園とか……!」

 

「そんな理由で進学しようとする人をあの東豪寺麗華さんが認めると思う?」

 

「思わない……」

 

 諦めなさい。

 

「えっと……お二人は、ずっとアイドルを続けられるんですか?」

 

「もっちろん! 私と静香ちゃんは生涯現役だって約束したもんね!」

 

「約束はした覚えはないけど……そうね」

 

 許される限り、私たちの想いが続く限り……私は未来と共にアイドルを続けていたい。

 

「フェイトちゃんは? アイドル続けないの?」

 

「す、すぐにやめるってことは考えてないですよ。……でも、その……」

 

 未来からの質問をすぐに否定したフェイトさんは、少し恥ずかしそうに身を捩った。

 

「……わ、私……母さんみたいな女優にもなりたいんです」

 

「「女優?」」

 

「はい。今は引退してしまったけど、私の母さんは女優だったんです」

 

「えっとごめんねー……」

 

 フェイトさんに一言断りを入れてからスマホを取り出した未来は、フェイトさんの性である『テスタロッサ』で検索をかけ始めた。

 

「あった。『プレシア・テスタロッサ』さん? ……うわすっごい美人!」

 

「ホント……!」

 

 未来の手元を覗き込んでみたのだが、そこに写っていたのは煌びやかなドレスに身を包む美女の姿だった。

 

「美人と聞いて!」

 

 そして未来の『美人』という発言に反応して良太郎さんが飛んできた。

 

「フェイトちゃんのお母さんがすっごい美人なんです!」

 

「あぁ、プレシアさんね。確かに凄い美人だよね。流石フェイトちゃんのお母さんなだけあるよ」

 

「えへへ……」

 

「あと胸が凄い」

 

「聞いてません」

 

 どうやらプレシアさんはフェイトさんの妊娠をきっかけに芸能界を引退してしまったそうだ。そしてそのまま友人であるリンディ・ハラオウンと共に芸能事務所を設立。それが現在フェイトさんが所属している310プロダクションらしい。

 

(実は若い頃、プレシアさんとリンディさんはアイドルユニットを組んでて当時の映像を視ちゃったからフェイトちゃんはアイドルも目指すようになったっていう裏話もあるけど……プレシアさんとリンディさんから口止め(きょうはく)されてるから黙っとこっと)

 

「勿論、なのはやはやてと一緒にアイドルするのも楽しいけど……いつかきっと、母さんみたいな凄い女優になりたいんです」

 

「なれるよきっと! フェイトちゃん可愛いし頭いいし! 私が保証する!」

 

「貴女が保証してもどうにもならないでしょ……。でも、私もそう思うわ。きっと大変だろうけど、頑張ってねフェイトさん」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

 

 

「なんやなんや~? 私ら抜きで楽しそうやん?」

 

「なに、きっとフェイトちゃんはお母さん似で大乳に成長するなって話をしてただけだよ」

 

「それはホンマにそうやな! 期待大やで!」

 

「良太郎さん……はやてちゃん……」

 

 

 

 

 

 

 拝啓、父よ、母よ、あとついでに一応姉よ。

 

「凄い、夢見さん! 分かりやすい!」

 

「サンキューな! 夢見サン!」

 

 ぼく、しぬんか? イケメン双子に挟まれて、ぼく、しぬんか?

 

「りあむさん、顔が気持ち悪いですよ」

 

「ありすちゃんってば、流石にお言葉が過ぎますよ。めっ」

 

 なんか魂が召されそうだったけど、ありすちゃん(ろりっこ)の罵詈雑言で目が覚めた。

 

 ありすちゃんは課題が残っていたわけではないらしいけど、よく分からなかったところを教えてもらうために参加したらしく、合同ライブでユニットを組む佐久間まゆちゃんが彼女の勉強を見てあげていた。

 

「いやぁホント助かったぜ」

 

「ありがとうございます」

 

「いやいやいやこちらこそありがとうございます!」

 

「「なんで?」」

 

 あのWの二人に勉強を教えられるなんて寧ろご褒美なんだよなぁ!

 

「……いやそもそもなんでりあむサンが教える側なんですか」

 

「りあむさんはそういうキャラじゃないでしょ」

 

「失敬だね君たち!?」

 

 ユニットメンバーの二人までジト目でぼくのこと見てくるし。なんでさ!?

 

「確かに専門学校は中退してるけど、別に学力には問題なかったわけで……」

 

「自分のキャラ考えてくださいよ」

 

「そこまで言われるぅ!?」

 

 ぼくが勉強出来ちゃ悪いかよぉ!? 絶対何か言われるだろうから黙ってたけど、これでも学力的には普通に優等生だったんだからなぁ!? ただ人間関係とかその辺りが絶望的だっただけでぇ! ……あ、やべ、思い出したら吐きそう。

 

「でも自分のやりたいことのためにその道を選んだってことなんですよね」

 

「オレたちもその気持ちわかるぜ!」

 

 あぁぁぁイケメンが全肯定してくれるぅぅぅ……! こ、このままじゃダメになるぅぅぅ……! ダメになっちゃうのぉぉぉ……!

 

 ……そうだ!

 

 

 

 

 

 

「ふぅ。……ん? なんだ?」

 

 会議室の片隅に設けられた給湯スペースでコーヒーを飲んでいると、りあむちゃんからのメッセージが届いた。未だに彼女の中では『周藤良太郎』と『遊び人のリョーさん』は別人としてカウントされてるから、これはここにいる俺宛ではなくて『遊び人のリョーさん』宛だな。

 

「なになに……」

 

 ――このままだとイケメンにダメにされちゃうから、なんか萎えること言って。

 

「何やってんだアイツ」

 

 視線をりあむちゃんの方に向けると、何故かダブルの二人に挟まれながら何やら顔を手で覆っていた。……どうせ変顔をしててそれを隠してるんだろうなぁ。それぐらいの理性は残っていたようだ。

 

「………………」

 

 

 

『去年のクリスマスの765劇場の生中継イベント、アレ静香ちゃんと未来ちゃんがお互いに「一緒にライブがしたい」っていう願いを叶えるために実施されたらしいよ』

 

 

 

「エモさでトドメを刺せとは言ってナァァァイ!?」

 

「ど、どうしたの夢見さん?」

 

「だ、大丈夫か?」

 

「コレこの人の平常運転なんでお気にならず」

 

 

 

「ふぅ……いい仕事したぜ」

 

「お疲れ様、リョー君」

 

「英語関係で引っ張りだこだったな」

 

「みのりさん、輝さん、お疲れ様です」

 

 達成感に満足していると、教師役として来てくれたみのりさんと輝さんも給湯スペースにやって来た。

 

「いやぁ俺にも分かる内容でよかったよ……流石に十五年近く前となると記憶が曖昧でね」

 

「分かります」

 

「リョーさんは分かっちゃダメでしょ」

 

 苦笑するみのりさんに同意したら、今度は輝さんに苦笑されてしまった。公には出来ないとはいえ俺も人生をリセットしている身故、二回目の中学校と高校はそれなりに苦労したものである。流石に十年以上も中高の勉強内容とか覚えてないって。

 

「でもそのおかげでみんな順調に課題が終わってるみたいで何よりだ」

 

「ぶっちゃけハイジョの三人の課題の進み具合を聞いたときは眩暈がしましたけど」

 

「「それな」」

 

 特に春名、お前はただでさえ留年してる身なんだから課題ぐらいしっかりやっとけよオラァ! アルバイトが忙しかったっていうのは言い訳にならねぇんだよ!

 

「ともあれ、このままなら無事に全員終わりそうだな」

 

 一安心である。

 

「……学生をやりつつアイドルを続けることの大変さは、身をもって知ってますからね」

 

「そういや、リョーさんはそうだったな」

 

「えっと、中学二年生からアイドルやってるもんね」

 

「リョーさん今大学行ってるんだろ? ってことはトップアイドルやりながら高校受験と大学受験もやってきたんだよな。そりゃすげぇや」

 

「ホント大変でしたよ」

 

 正直なことを言うと、きっと俺一人で勉強をしていたら大学どころか高校も合格しなかっただろう。

 

 恭也や月村、共に勉強をしたクラスメイトたちがいたからこそ、俺は学生でありながらアイドルを続けることが出来たのだ。

 

「……なるほどね、この勉強会はそういう理由もあったわけだ」

 

「今更俺が言うまでもないでしょうけど……俺たちは()()()()()()ですから」

 

 デビューして以来、ずっとステージの上で一人きりだった俺だからこそ……一人じゃないことの素晴らしさを、みんなに分かってもらいたいのだ。

 

 

 

「……そうだ、実はこのあと全員に小テストを受けてもらう予定なんですよ」

 

「小テスト?」

 

「はい。各学年ごとにレベルを設定した小テストなんですけど、もし良かったらお二人もやってみませんか?」

 

「おっ、面白そうじゃん」

 

「まっで、おれ今ぞれどごろじゃない」

 

 みのりさん、アイドルがしちゃいけないタイプの泣き顔になってる……。

 

「大丈夫ですって。本当に簡単なテストなんで気軽に受けてくださいよ」

 

 えぇ、本当に簡単なテストですよ。

 

 

 

 ――ただの()()()()()ですから……。

 

 

 

 こうして学生アイドルたちの夏休みの課題を終わらせるための勉強会は幕を閉じた――。

 

 

 

 

 

 

 【速報】夢見りあむ、イケメン双子に挟まれた写真を公開して炎上【またお前か】

 

 ――とある一人の少女の炎上芸と共に……。

 

 

 

「炎上オチなんてサイテェェェ!?」

 

「どーしてこんな写真上げちゃうんご!?」

 

「反省しなさい!」

 

 

 




・765プロへの就職は高校卒業資格が必要
当然のようにオリジナル設定。

・「私の母さんは女優だったんです」
アイ転世界なんだから当然こういう設定になる。

・実力テスト
めちゃめちゃイケてる。



 今回のお話の反省点としては、ちょっとりあむを便利に使い過ぎたかなって()

 とにかくようやく夏休みの終わりです。そろそろ本格的に合同ライブ本番が近づいてきました……。



『どうでもよくない小話』

 ミリオンライブアニメ放送開始!!! あああこっちのお話でミリオンライブ編書き直したいぃぃぃ!!!


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Lesson375 Episode of Beit

Beit編だぜ夜露死苦!


 

 

 

 黒歴史。それはとあるロボットアニメに登場する用語であり太古に封印された宇宙戦争の歴史を指す言葉……でもあるのだが、現在では『なかったことにしたいこと』を指す言葉として認識されている場合が殆どである。

 

 黒歴史と聞いて真っ先に思い浮かべるものは、中二病だろう。『死が線となって見える邪眼』とか『あらゆる異能を打ち消す右手』とか、男の子ならば一度ぐらいそういうカッコいい能力を考えた経験はあるはずだ。現在の中二病筆頭として神崎蘭子ちゃんが有名であり現在進行形で発症中なのだが……最近になって時々素の彼女が顔を表すことが増えてきた気がする。彼女の今が黒歴史に変わる日も近い。

 

 ちなみに俺の黒歴史は何かと問われれば、多分『転生頭脳で小学校の授業で無双してチート』とかイキっていた頃がそれに該当するだろう。その自信も割と早い段階で兄貴という正真正銘の天才によって打ち砕かれてしまうのだが、多分これが俺の黒歴史だ。

 

 小学五年のぬ~べ~クラス在籍中のときのことも黒歴史と言えば黒歴史だが、これはどちらかというと『あんまり人に聞かせない方がいいこと』っていう意味合いでの黒歴史。幼き日の思い出と呼ぶには少々グロテスクとバイオレンスに満ち溢れすぎている。おかげでホラー耐性は異常なほどに出来たけど。山中で出会ってしまった七人の山伏の話する?

 

 さて、そんな黒歴史というものは、時として過去からの刺客となって自分自身を襲う凶刃と化す。決して防ぐことの出来ない刃となって的確に命を狙ってくるのだ。

 

 そう――。

 

 

 

「な、なぁ! 本当にアンタがあの伝説の『茨城の鬼神』なのか!?」

 

「ヒトチガイデスヨ」

 

 

 

 ――見たことないぐらいキラキラと目を輝かせる向井拓海ちゃんに詰め寄られている、死んだ目をしたみのりさんのように。

 

 

 

 

 

 

「へぇ、地域のお祭りのステージですか」

 

「うん。もう一組別事務所のアイドルグループも来るんだけど、その人たちと一緒にMCをやらせてもらうんだ」

 

 今回仕事現場で遭遇(おやくそく)したのはみのりさんと恭二とピエールの三人組アイドルユニットである『Beit』である。元々友人であるみのりさんが気軽に声をかけてきて、それにピエールと恭二が付いてきた形である。

 

「俺たちはまだ他のみんなと比べると知名度が低いですからね……地道に活動していかないと」

 

「わっふー! 日本のお祭り、楽しみー!」

 

「実は俺たちがアルバイトをしてた商店街のお祭りでもあるんだよね」

 

「へぇ」

 

 元々この三人は同じ商店街でアルバイトをしていたという繋がりで知り合いだったらしい。それでユニット名も『Beit』になったとのこと。

 

「ある意味恩返しにってことでもあるから、ちょっと気合の入り方が違うんだよ」

 

「頑張ってくださいね」

 

 まだタイムスケジュールも会場も知らないけど、果たして顔を出す時間があるだろうか……とはいえ最近色々と忙しかったからちょっとぐらいゆっくりしたいっていう気持ちもあるんだよなぁ。

 

 

 

「ちなみにもう一組のアイドルユニットは346プロダクションの『セクシーギルティ』の三人らしいよ」

 

「タイムスケジュールと会場は? 俺も顔を出しましょう」

 

「判断が早院(はやいん)……」

 

 

 

 ばっかオメェゆっくりとか言ってる場合じゃねぇんだよオラァ! 俺はみのりさんたちを先輩アイドルとして応援しに行くんだよ! ついでに雫ちゃんと拓海ちゃんの大乳を御参拝しに行くんだよ!

 

「え!? リョーも来てくれるの!? ボク、もっと頑張るよー!」

 

 うーん罪悪感を覚えるレベルで純粋でいい子だなピエール。

 

「でも俺の『大乳を間近で見たい』という願望も、それはそれは純粋な気持ちだということはご理解いただきたい」

 

混沌(カオス)を徹しすぎて透明感を帯びている……」

 

「それで実際タイムスケジュールってどうなってます?」

 

「えっとですね……」

 

 恭二が教えてくれた日程と自分のスケジュールを照らし合わせる。

 

「……本番中は無理だけど、本番前には少し顔出せるかな」

 

 残念ながら彼らのステージを見ることは出来ないらしい。実に残念だ。

 

「ステージの上で揺れ動く雫ちゃんと拓海ちゃんの大乳が見たかった……!」

 

「そこは嘘でもいいからパフォーマンスが見れないことを惜しんでくれないかなぁ!?」

 

 

 

 

 

 

「そんなわけで俺は今日の仕事を少しでも早く終わらせたいわけですよ」

 

「そうですか。ではこちらもその要望にお応えしてリスケしますね」

 

「そう言いながら真っ先に休憩の時間を削ろうとしないでもらえますぅ!?」

 

 貴様! 一話限りのちょい役だったくせになんとなくキャラが立ったからって再登場しやがって!

 

「このまま登場を続ければきっと私もネームドキャラに……!」

 

「しかもなんか壮大な野望まで持ち始めてるし……!」

 

 てな感じで本日のお仕事はレコーディングからスタートである。

 

「あ、機材調整中のためもう少々お待ちいただきます」

 

 スタート出来てなかった。早々に待ち時間である。

 

「それにしても周藤君は後輩のアイドルのところに顔を出すのがお好きですよね」

 

「好き、というか……」

 

 スタッフさんが「どうぞ」と淹れてくれたコーヒーを受け取る。

 

「……ある意味、贖罪みたいなものですね」

 

「贖罪、ですか? 罪状は?」

 

 そんな実刑が付きそうな感じで言うの止めてもらっていいです?

 

「なんというか……デビューしてからしばらくは、他のアイドルに全然興味がなかったんですよ」

 

 アイドルの名前を挙げられて「誰?」なんて言っちゃうほどである。それどころか、そもそも『竜宮小町』が有名になるまで知り合いのいる765プロの事情すらスルーしているほどだ。これもある意味では俺の黒歴史と言えなくもない。

 

「でも、いくらアイドルとはいえ他のアイドルを全て把握するのは無理があるんじゃないですか」

 

「確かにそのときはそうだったかもしれませんが……今の俺はもう、そういう立場じゃありませんから」

 

 今の俺は名実ともに『世界一のトップアイドル』だ。流石に世界中のアイドル全員を把握するのは無茶があるが、せめて国内のアイドルぐらいはしっかりと把握しておきたいし、その活動を応援したい。

 

「だから少しでも見守りたいんですよ。……将来、この業界を背負って立つであろう若者たちのステージを」

 

「周藤君だって若者じゃないですか」

 

 精神年齢的に四十を超えるとどうしてもなぁ……。

 

「ではそれ以外の思惑はないと?」

 

「ないと思います?」

 

「思ってません」

 

 過去の反省を活かして様々なアイドルの活動を見守るようになってから、すっかり俺もアイドルオタク。今ではみのりさんや亜利沙ちゃんや結華ちゃんやりあむちゃんと肩を並べられるほどの深みに嵌ってしまった。

 

 特に大乳だとなおいいぞ! 前世と違って今世というかこの世界はなんか胸が大きい女性が多いし! そして胸が大きいアイドルもいっぱいいるし! 見てるだけで生きる活力が湧いてくるよね!

 

「だから少しでもいいからバイトやセクギルのステージを見に行きたいんですよぉ!」

 

「……はぁ、分かりましたよ。以前の一件で周藤君が本気を出せばどれほどスケジュールを詰められるのかは把握しましたから、少し調整してみます」

 

「おぉ! ありがとうございます!」

 

「代わりと言ってはあれですが、これを期に是非私の名前を……」

 

「グイグイ来るなぁ……」

 

 そういう要望は俺じゃなくて神様(さくしゃ)に言って欲しい。

 

「っと、おや? このイベント……」

 

 スケジュール調整のためにイベントも確認してくれていたスタッフさんが、何やら会場の地名を見て眉根を寄せていた。

 

「どうかしましたか」

 

「いえ、私、この地域の近くに住んでいるんですけど……最近ちょっと物騒なんですよ」

 

「ぶ、物騒?」

 

「あ、いえ、すみません流石に物騒は言い過ぎました。……あまり治安が良くない、っていう表現が一番正しいかもしれません」

 

「治安が悪い……?」

 

 なんでも、最近この地域を二つの女性暴走族(レディース)が徘徊しているらしい。実害は出ていないらしいが、その雰囲気に地域住民が怯えているとのこと。

 

「警察には相談済みらしいですけど……」

 

「それは、確かに心配ですね」

 

「はい……」

 

「この小説、アイドルものの癖に何処に向かっているんだ……?」

 

「そっちですか!?」

 

 いやだって暴走族って。レディースって。アイドルものの小説で滅多に見ない単語でしょ。現状ただでさえ色々な要素が取っ散らかってるんだから、そろそろ風呂敷広げるの止めようぜ。

 

「と、とにかく、このイベントに顔を出すのであれば十分に注意してくださいね。騒動に巻き込まれなくてもその場にいるだけでアイドルとしてはイメージ的に大ダメージなんですから」

 

「それはまぁ、重々に承知してますけど」

 

 でもまぁ……。

 

「元ヤンのアイドルがいるぐらいですからねぇ。正直今更感もありますけど」

 

「元ヤンのアイドルというと……346プロの向井拓海ちゃんのことですか」

 

「……あ、そういえば拓海ちゃんもそうでしたっけ」

 

「え」

 

 言われてみれば初めて会ったときも早苗ねーちゃんがそんなこと言ってたっけ。

 

「あの胸の大きさでヤンキーはないでしょって感じですよね」

 

「それは同意しますけど、もしかして拓海ちゃん以外にも元ヤンのアイドルがいるんですか?」

 

「……あぁ」

 

 

 

 そういえば()()()()()は公表してないんだっけ。

 

 

 




・黒歴史
エターナルフォースブリザード!

・『死が線となって見える邪眼』
・『あらゆる異能を打ち消す右手』
※持ち主は存在しますが勿論能力は存在しません。

・山中で出会ってしまった七人の山伏の話する?
作中最強候補。

・『茨城の鬼神』
茨木童子のことではない。

・「判断が早院……」
両方とも鬼を倒す物語。

・「混沌を徹しすぎて透明感を帯びている……」
多分創作物の中で一番俗に徹した宮本武蔵。

・一話限りのちょい役だったくせに
なんか惜しくなっちゃって……。

・レディース
アイマスの二次創作でやるこったねぇとは思う。



 315プロのユニットの個別のお話ラストとなるBeit編です。今回のお話もかなりオリジナル色高めになる上に、久しぶりにゴチャゴチャとクロスすることになります。ご収差ください。


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Lesson376 Episode of Beit 2

君たちは「なんでお前ら!?」と言う。


 

 

 

 俺がそれに気が付いたのは偶然で、『集会』のメンバーにりあむちゃんが加入する前の出来事である。

 

 

 

「いやぁ今日の765プロも最高でしたね……」

 

「最高じゃない日の765プロとかないでしょ……」

 

「それな……」

 

「いい……」

 

 ライブの参戦を終え、揃いも揃って消失した語彙で精一杯の感想を言い合いながら打ち上げをするために俺たちはカラオケへと向かっていた。このまま軽食を摘まみながら改めてライブの感想を語り合うのが俺たちの『集会』だった。

 

「ありさとしてはですねぇ! やっぱり……!」

 

「いやいやありりん、そこはだねぇ……!

 

 少々語彙力を取り戻した亜利沙ちゃんと結華ちゃんが並んで語り合っている。そんな彼女たちの一歩後ろをついていく形で俺とみのりさんが並んで歩く。

 

「でもでも……きゃっ」

 

「それが……ひゃっ」

 

 しかしどうやら語り合いがヒートアップしすぎてしまったらしく、亜利沙ちゃんと結華ちゃんは前方から歩いてくる男性二人と正面からぶつかってしまった。

 

「「おっと」」

 

 体格差があったのでそのまま後ろに倒れそうになる二人を、みのりさんと二人で後ろから支える。うーん軽すぎる。結華ちゃんもっとご飯食べよ?

 

「えっと、ごめんなさい……」

 

「すみませんでした……」

 

 当然のように謝る二人は良い子。

 

 ……ここで話が終わってくれれば良かったのだが、ここからが面倒くさかった。

 

 再現するのも嫌だから省略するが、どうやら酔っぱらっているらしい男二人がかなりウザめに絡んでくる。「せっかくだから一緒に」だの「いいお店知ってるから」だの、亜利沙ちゃんと結華ちゃんを口説き始める男たち。美少女だから仕方がないとはいえ、一応後ろに親しそうな男二人(おれたち)がいるんだから諦めてもらいたいところだった。

 

 初めはナンパをされた二人に頑張ってもらっていたのだが、あまりにもしつこいのでいい加減諦めてもらうために俺とみのりさんが声をかける。しかし男たちはこれが面白くなかったらしく突然激昂。それまでの態度が激変して突然亜利沙ちゃんと結華ちゃんに暴言を吐き始め、ついに手を出そうと男たちが腕を振り上げて――。

 

 

 

 ――それより早く、みのりさんのハイキックが男の側頭部ギリギリで止まった。

 

 

 

 その動きはあまりにも洗礼されすぎていて『綺麗』の一言に尽きなかった。寸止めだったにも関わらず男の頭が吹っ飛ぶ光景を幻視してしまったほどである。……もしも振り切っていたら、冗談抜きで吹っ飛んでいたんじゃないかと今でも思っている。

 

 ちなみにもう一人の男は俺が小手返し。女の子に手を挙げようとするんじゃありません。

 

 その後、男たちはお手本のような三下ムーブで去っていき、少しばかり目立ってしまった俺たちも足早にその場を立ち去った。亜利沙ちゃんと結華ちゃんは少しだけショックを受けている様子だったが、打ち上げのカラオケ店に到着した頃にはいつもの様子に戻っていた。

 

「……二人とも、大丈夫そうですね」

 

「あんなことがあって少し心配したけど、よかった」

 

 年相応の少女らしくキャッキャと楽しそうな二人の姿にホッと胸を撫で下ろす俺とみのりさん。

 

「……それにしてもみのりさん、さっきのハイキック凄かったですね」

 

「えっ」

 

 みのりさんは分かりやすくギクリとした。

 

「聞いたことなかったですけど、何か格闘技やってたんですか?」

 

「えっと……そ、それを言うならリョー君だって凄かったじゃないか。流れるような小手返しだったけど、随分と手慣れてたよね」

 

「俺のは護身用ですよ。幼馴染の家が武術の道場やってるんで」

 

 知り合った当初は手習い程度だったが、アイドルになったことをきっかけに『いざという時に自分の身を守れるように』という理由で士郎さんから本格的に叩き込まれたのだ。本来護身術の基本は『身を守ること』『逃げること』『助けを呼ぶこと』なのだが、高町家仕込みの護身術はナイフを持った暴漢と一対一ならば確実に制圧出来るようになってしまった。

 

「俺のは……えっと……ほら、見様見真似だよ。ああやって大袈裟なことすればビビってくれると思ったからさ」

 

「……なるほど」

 

 俺が気になったのは、ハイキックをしたときのみのりさんの『眼』である。男たちが逃げて行った後、みのりさんはすぐに「大丈夫!?」と亜利沙ちゃんと結華ちゃんの安否を確認していた。そのときの様子はいつものみのりさんだったのだが……ハイキックを放った瞬間のあの眼。

 

 自他ともに認める『混沌校』出身の俺には分かる。アレは間違いなく()()()()してた奴の眼だ。亜利沙ちゃんと結華ちゃんを守るためという名目が無かったならば確実に振り抜いていたと断言出来る。

 

 そもそも見様見真似でハイキックなんて出来ないんだよ。俺は余裕で足上がるけど、一般人は目の前にいる人間の頭の高さまで足上げれないし、その上ギリギリで寸止めすることなんて出来る一般人なんているわけないのだ。

 

「……あ、みのりさん何頼みます? みんなでパーティー用の大皿とか頼みます?」

 

「あ、う、うん、いいね、なんだか俺もお腹空いてきちゃったよ」

 

 とはいえ、みのりさんもこれ以上踏み込んでほしくなさそうだったので自分でこの話題を切り上げた。折角楽しい打ち上げの場なんだからわざわざ変な空気にする必要はないからね。

 

 

 

「……はぁ!? それマジで言ってますか!?」

 

「それは流石にありえないよねぇ……!」

 

「ほう……やるか小娘ども……!」

 

「それ聞いて黙ってられるほど大人じゃないよ……!」

 

 

 

 なお解釈違いで四人揃ってギスった模様。俺たち『集会』の日常である。

 

 

 

 

 

 

「「「「「「おはようございます」」」」」」

 

 

 

 イベント当日の朝。イベントそのものは午後から始まるのだが、打ち合わせやリハーサルがあるため朝早くから集まった俺たちは、同じくステージに立つアイドルユニットの三人と揃って挨拶を交わした。

 

「今日はよろしくお願いしますねーっ」

 

「っす」

 

「よろしくお願いします!」

 

 すなわち『セクシーギルティ』向井拓海ちゃんと及川雫ちゃんと堀裕子ちゃんの三人である。

 

「こちらこそよろしくお願いします」

 

「お願いします」

 

「よろしくねー!」

 

 ……あまりこういうことを言うのは失礼だとは重々承知しているものの、なんというかサイズ感が大きい。普段からリョー君が無表情のまま目を輝かせているだけのことはある。

 

 そんな余計なことを少しだけ考えつつ、しかしすぐに頭を仕事に切り替える。なんの因果か、今の俺はアイドル。あの憧れのアイドルなのだ。俺自身がその輝かしい存在を汚すわけにはいかないので、しっかりと仕事はこなす。

 

 まずは運営の事務所でスタッフたちと打ち合わせ。それぞれのMCのタイムスケジュールとステージの確認を行う。スタッフさんたちは俺たちも知っている町内会の人だったので若干やりやすさはあった。

 

「……えっと、それとですね。一応注意喚起をさせていただきたいのですが……」

 

 そんな中、スタッフさんが神妙な面持ちでそんなことを口にした。

 

「実はですね、最近この近隣を大勢のバイクの集団が走っておりまして……所謂暴走族という奴です」

 

 突然飛び出した不穏な単語に、一瞬その場にいた全員の身体が強張った。

 

「………………」

 

 特に拓海ちゃんが、苦虫を嚙み潰したような表情になっていた。そしてそんな拓海ちゃんに、雫ちゃんと裕子ちゃんが心配そうな表情になる。スタッフさんにその気は全くなかったのだろうが、その話題に対して彼女は少々思うところがあるのだろう。

 

 向井拓海は『元暴走族』であるということは、既に公表されていることである。

 

 所謂『裏』と呼ばれている存在と繋がりがある。もしくはあった。それは芸能界で活動していく人間にとって多大な足枷になる。拓海ちゃんはその逆境を乗り越え、現在は『セクシーギルティ』として活躍し、多くのファンを獲得した。

 

 勿論、今回の一件に拓海ちゃんが関与しているとは思わない。当然彼女には何の責任もないわけだが……それでも『以前の自分と同じような存在が他人に迷惑をかけている』ということに負い目を感じているのだろう。

 

 

 

 ――俺とそっくりである。

 

 

 

「イベント中にトラブルが発生する可能性も十分にあります。どうかお気を付けください」

 

「……そうですね、分かりました」

 

 あくまでも善意で忠告してくれたスタッフさんは何も悪くない。だからここでは拓海ちゃんの様子の変化に気付かないふりをして、そのまま話を進めてもらおう。

 

 その後に打ち合わせは問題なく終わった。少しばかりセクギル側の三人のテンションが下がり気味だったが、彼女たちもプロである以上割り切って仕事に臨んで欲しい。

 

 ……でも。

 

 

 

「……俺に、リョー君みたいなことが出来るとは思わないけど」

 

 

 

 

 

 

「ハーッハッハッハッ! 見たか! これが『周藤良太郎』の実力だ! 俺にかかればこれしきのスケジュールなんぞ速攻で終わらせることが出来るのだよ!」

 

「はい。お疲れさまでした。イベント楽しんできてくださいね」

 

「あ、はい、お疲れさまでした」

 

 ハイテンションに仕事を終わらせたらスタッフが全員ローテンションだった。一人だけ盛り上がりが空回り。ぴえん。

 

 それはそれとして、目標通り午前中の仕事を早めに終えることが出来たので、みのりさんたちのイベント会場へと向かうことにする。今日は様々な事情により車を自宅に置いてきているため、タクシーで移動することにする。

 

「……ん?」

 

 そしてその移動中、何やら複数のバイクの排気音が聞こえてきた。

 

(もしかして……スタッフさんが言っていた、暴走族……!?)

 

 一体どんな奴らなのか、気になってしまった。

 

 目が合っていちゃもんを付けられないように、出来るだけ身を隠してこっそりと音の聞こえる方へと視線を向ける。

 

 そこには古典的にも『呉莉羅連合』とチーム名が書かれた旗を掲げながら走るバイクの集団が……。

 

 

 

「呉莉羅連合!?」

 

 

 

 なにそのチーム名!?

 

 

 




・みのりさんのハイキック
めっちゃ絵になると思ったからやらせてみた。

・護身術の基本
極めると、危険な場所に行こうとすると道が溶岩のように見えるらしいっすよ(バキ並感)

・セクシーギルティ
そういえばお忘れの方もいらっしゃったかもしれませんが、アイ転世界では早苗さんがアイドルになっていないためたくみんが加入しております。

・呉莉羅連合
『君のことが大大大大大好きな100人の彼女』に登場する暴走族。
基本的には気のいい奴ら。原作には男がいた気もするけど、アイ転世界ではレディース。



 呉莉羅連合が登場するアイドルマスターの二次創作はここだけなのでは?


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Lesson377 Episode of Beit 3

※感想で言われるまでマジで忘れてた。


 

 

 

『は? 呉莉羅連合?』

 

「そうそう。早苗ねーちゃんなら知ってると思って」

 

『……一応聞いたことはあるけど』

 

 バイクの集団から離れたところで、餅は餅屋ということで交通課の警察官である早苗ねーちゃんに聞いてみた。

 

『なんでいきなりそんなこと聞きたがるのよ。……まさか、何かあったの?』

 

「そういうわけじゃないんだけど……」

 

『気になることがあるとか?』

 

「気になると言えば気になる……というか存在そのものが気になるでしょ。なんだよゴリラって」

 

 何を思ってそんな名前にしようとしたんだ。

 

『あぁ、うん、まぁそうよね……』

 

 俺の心のモヤモヤを感じ取ってくれたらしい早苗ねーちゃんは『とはいえ私も詳しいわけじゃないわよ』と前置きした上で教えてくれた。

 

『流石にチーム名の由来は知らないけど、アンタも一目見たなら分かるでしょ?』

 

「いやまぁ……うん……」

 

 なんというか、確かにゴリラだった。暴走族とはいえ女性相手に向ける言葉ではないと理解しているものの、ゴリラとしか形容する他なかった。それなりの人数がいたにも関わらず、例に漏れず全員ゴリラだった。なんかこう、容姿とかガタイとか雰囲気とか。

 

「なんなのあの暴走族」

 

『あたしに聞かれても困るわよ……』

 

 早苗ねーちゃんも困惑している様子だったが『あぁでも』と何かを思い出したらしい。

 

『暴走族ってこと自体には変わりないんだけど、悪い奴らではないのよ。いや素行は悪いんだけど』

 

「どっちだよ」

 

『以前呉莉羅連合がとある公園で花見をしてて、大声でウホウホ盛り上がって子どもたちが怖がるって通報があったのよ』

 

「ちょっとキャラ設定順守しすぎでは?」

 

『んで丁度パトロールに出てた私が現場に向かったのよ。そのときは一足間に合わなかったんだけど……』

 

「引き際がいいな」

 

『しっかりと後片付けどころか周囲のゴミ拾いを済ませてから立ち去ったらしいわ』

 

「お行儀もいいな!?」

 

『しかも苦情の「子どもたちが怖がる」っていうのは大声が怖かったっていうだけであって、周囲に対する礼儀自体はしっかりとしていたらしいわ』

 

「昨今問題になってるマナーの悪い連中にも見習ってほしいな……」

 

 なんか欲しかった情報からだいぶ斜め上に逸れているそれに困惑が隠せない。なに……この……なに? 俺は一体何を聞かされているんだ?

 

『これでバイクを違法改造せずに道交法をもうちょっと順守してくれれば、警察(あたしたち)も文句ないんだけどねぇ』

 

「その辺りはしっかりと暴走族なのか……」

 

 なんというかチグハグな連中だなぁ。暴走族だから反社会的な存在ではあるんだけど、早苗ねーちゃんが悪い奴らじゃないと言った理由は分かった。

 

「それじゃあその呉莉羅連合と抗争しそうなレディースとか知ってる?」

 

『抗争ぉ? アイツらはそーゆータイプのレディースじゃないわよ。仲間意識は強いから、仲間が危ないとかそーゆーときは動くでしょうけど。……あぁ、でも呉莉羅連合の総長と個人的に仲が悪い奴が……あ、ゴメン』

 

 少し気になる情報が早苗ねーちゃんの口から出てきそうになったが、その言葉は電話の向こうから聞こえてくる()()()()()()()によって遮られてしまった。

 

「あぁ、起きちゃったか。いいよ、こっちこそ時間取ってゴメン」

 

『報酬はなんか甘いものね』

 

「はいはい」

 

『ホラ、アンタもおじさんにお願いしなさい』

 

『あーうーあー』

 

「オッケー。なんか低アレルゲンなやつ買ってくよ」

 

 というわけで早苗ねーちゃんとの通話終了。

 

 とりあえずあの呉莉羅連合とかいうレディースは、正真正銘の暴走族でありつつ人間性的には悪い奴じゃないことは分かった。

 

「とはいえ、他のレディースが近くにいる以上、何かしらのトラブルが起こりそうな予感はするなぁ……」

 

 こういうときに限って無駄に的中率が高い俺の第六感がそう告げていた。でも何故か大事になりそうな感じではないんだよなぁ……。

 

「とりあえず現場にいるみのりさんにでもメッセージ送っておくか」

 

 既に現場入りしているであろうみのりさんなら、現地のスタッフ辺りから注意喚起ぐらい受けてるだろうけど、一応念のため。

 

「……そういや」

 

 最後に早苗ねーちゃんが言いかけた……。

 

 

 

 ――呉莉羅連合の総長と個人的に仲が悪い奴が。

 

 

 

「……あれコレ、フラグか?」

 

 

 

 

 

 

 リハーサルも終わり、少し休憩時間が出来たタイミングで拓海ちゃんを探してみると、近くの公園のベンチに座っている彼女を見付けた。

 

「………………」

 

「やぁ、拓海ちゃん」

 

「っ!? え、えっと……渡辺さん……」

 

 名前呼びの俺に対して、名字呼びの拓海ちゃん。少し距離を詰め過ぎたような気もするけど、普段の癖でアイドルの子は名前で呼んじゃうからご勘弁願いたい……。

 

「……さっきの話、気になってる?」

 

「………………」

 

 少々不躾かと思いつつも少し離れた位置に腰を下ろしたが、彼女は何も言わなかった。

 

 流石に自分の口から「私は元ヤンだから気になってる」とは言いづらいだろう。

 

「俺はちょっと気になっちゃったかな」

 

 だからここは。

 

 

 

「俺も昔は、ヤンチャしてたから」

 

 

 

 俺が自分から話そう。

 

「……えっ」

 

 気まずそうに目を合わせようとしなかった拓海ちゃんが呆気に取られた様子でこちらを見た。どうやら彼女の関心を掴むことには成功したようだ。

 

「わ、渡辺さんが……や、ヤンチャっすか……!?」

 

「そうそう」

 

「そ、それは、その……カルピスを原液のまま飲むとか……」

 

「ヤンチャのレベルが可愛いなぁ……」

 

「『いえーい拓海ちゃんと雫ちゃんのユニットやったぜー大乳ー!』とか叫ぶトップアイドルみたいな……」

 

「もしや周藤良太郎君のこと言ってる?」

 

 何やってるのリョー君。いやリョー君らしいけどさ。……いや冷静になって考えると『らしい』って納得しちゃダメだよね。

 

「お恥ずかしながら、結構派手にヤンチャしてたよ。毎日毎日バイクを乗り回して、喧嘩もしまくって」

 

「ぜ、全然見えねぇ……ステージ衣装と真逆じゃねぇっすか……」

 

「そうだよね」

 

 拓海ちゃんの率直な意見に自らも苦笑しつつ賛同してしまう。

 

「他人の返り血で真っ赤に染まった特攻服(トップク)ばっかり着てた奴が、今では王子様みたいな真っ白な衣装を着たりするんだから、笑っちゃうよね」

 

 いやホント。足を洗ってから花屋でバイトを始めたときにも似たようなことを考えたけど、今はそのとき以上のギャップがあった。多分当時の自分が今の俺を見たら助走を付けて殴りかかってくることだろう。もしそうなった場合、容赦なく蹴り飛ばして返り討ちにするけど。

 

「……拓海ちゃんは、自分の昔のこと、後悔してる?」

 

「……アレはアレで、アタシが自分で選んだ道だ。だから後悔なんてしてないっす」

 

「そっか。……逆に俺はちょっと後悔してる」

 

「それはやっぱり……今の活動に支障が出るかもしれないから……っすか?」

 

「……いや」

 

 

 

 ――俺のせいで()()()()()()()()から。

 

 

 

(……とは流石に言えないよなぁ)

 

 慰めるどころが自分の闇を押し付ける結果になりかねない。これは流石に言わなくてもいいだろう。これは俺自身の問題。俺だけが背負うべき罪。今の拓海ちゃんには関係のない話だ。

 

「でも、俺がそうだったっていう事実には変わりない。今は上手いこと隠すことが出来てるけど、いずれバレる日が来る。だからそうなった場合、俺は逃げも隠れもしない」

 

 今はマイクを握るこの拳で何人もの人たちを傷付けてきたという事実は、例えこれからどれだけの人数のファンを喜ばせることが出来たとしても、変えることが出来ないのだから。

 

「その点、拓海ちゃんは凄いよ。自分の過去を隠そうとせずにアイドルをやる決意をしたんだから」

 

「あ、いや、それはウチのプロデューサーの方針というか、頭すっからかんのバカのせいというか……」

 

「酷い言われようなプロデューサーさんだね……」

 

「嬉々としてアタシと雫に『セクシーでかわいいどうぶつコスプレショー』の仕事とか持ってくるし……」

 

 リョー君のご親戚の方だったりするのかな?

 

「でも、それを受け入れたのは拓海ちゃんの意志なんでしょ?」

 

「ちがっ! あの仕事は別に! ほ、本当に仕方がなく! アタシは嫌だったんだぞ!?」

 

「ゴメン俺の話の繋げ方が悪かった」

 

 コスプレショーのことは忘れて。過去のこと過去のこと。

 

「……アタシには、そういう昔のことを隠すなんてこざかしいこと出来ねぇし、こんなナリと性格してっからどーせすぐにバレる。だから開き直っただけだよ」

 

「なら、今更立ち止まってどうするんだよ」

 

「っ」

 

 言葉は強くなるかもしれないし、捉えようによっては喧嘩を売ってることになるかもしれない。

 

 けれど、俺の心の奥にほんの少しだけ残った()()が叫んでいるのだ。

 

 『うだうだ言ってんじゃねぇ』って。

 

「今ここに集まってきてる連中とは関係ねーんだろ? だったら胸張りやがれ。もっと背筋伸ばせ。それは『今の向井拓海』が背負うもんじゃねぇ。所詮同類とかそんなつまんねーことでイモ引いてんじゃねぇよ」

 

「………………」

 

「……って、一昔前の俺だったら言ってたんだろうね」

 

「……今もしっかり言ってるじゃねぇか」

 

 そう言いながらようやく拓海ちゃんは笑ってくれた。

 

「……ん?」

 

 リョー君からのメッセージ。なになに『イベント会場周辺に集まっている二つの族の内、一つのチーム名が判明』……って。

 

「なに呉莉羅連合って……」

 

「っ!?」

 

 そんな愉快な名前の奴らが……って思っていたら、それを聞いた拓海ちゃんが目を丸くした。

 

「え、もしかして知り合い?」

 

「……一応、不本意ながら……って、やべぇ!? 一つがゴリラの奴らだったんなら、もう一つが()()()()()だったら面倒なことになる……!」

 

「リュウグウ?」

 

 どうやら何かしらの心当たりがあるらしい拓海ちゃんは、突然立ち上がるとそのまま走り出した。

 

 

 

 ……い、今更だけど、なんかアイドルらしからぬ展開になってきたぞ……!?

 

 

 




・早苗ねーちゃん@育休中
マジで回収し忘れてた案件()
現在生後11ヶ月です。

・悪い奴らではない
ほぼ独自設定だけど、根っからの悪人ではないはず。
コンテストや大会もルール自体は守ろうとしてたし。恋人との馴れ初めも人助けだし。

・俺のせいで叔父さんが死んだ。
原作では確定事項じゃないらしいけど、抗争に巻き込まれた可能性が高いとのこと。

・リュウグウ
ヒントは『レディース』『ラブコメに登場』『作者がネタを拾う作品は微妙にマイナーが多い』



 なんでアイマスの小説なのに呉莉羅連合の説明に四分の一も費やしてるんだ……?



『どうでもいい小話』

 ユニットツアー山形公演当たりました! ……二月の山形に、いざ往かん!


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Lesson378 Episode of Beit 4

正直趣味に全部振りしすぎたと反省してる。


 

 

 

 突然ですが、修羅場です。ラブコメ的な意味ではなく、文字通りの意味で修羅場です。

 

 

 

「……アンタのことは気に食わないけど、こうして相まみえちまった以上は名乗ってやろうじゃねぇの」

 

 バイクから降りた黒髪ポニーテールの女性は、ヘルメットを脱ぎながら目の前の女性に対してギラリとガンを飛ばした。

 

「チーム『竜宮』。総長の乙姫(おとひめ)だ」

 

「ウホッ。名乗られた以上、気に食わないけどアタイも名乗ってやろうじゃないかウホ」

 

 そんな彼女に相対するのは、赤黒い髪をおさげにしたゴリラ顔の女性。……いや女性に対する表現方法ではないと重々承知しているのだが、多分自分でも気に入ってるでしょコレ。じゃないと「ウホ」なんて変な語尾使わないでメリよ。

 

「アタイは『呉莉羅連合』総長! 名前はまだ無いウホ! そのうち原作の方で命名される可能性があるからここでは名乗らないでおいてやるウホ!」

 

(……結局名乗ってねぇな?)

 

 とはいえ原作では十四話に登場して現在百五十五話らしいのだが、果たして今後命名される機会があるのだろうか。どうなんですかね中村先生。

 

「へっ、相変わらずウホウホと品の無いこった。……そんなアンタらがこんなことするたぁ、ますます格が落ちてんじゃねぇのかい!? アァ!?」

 

「それはこっちの台詞ウホ! アタイらの誇りに賭けて、ここでお前らをきっちりと潰してやるウホ!」

 

「やれるもんならやってみなよっ!」

 

 総長二人の啖呵が切られ、彼女たちの後ろに控える大勢のレディースたちの間に一触即発の空気が流れ始める。

 

 

 

(……一体いつからこの世界はヤンキーものになったんだ……)

 

 

 

 タクシーを降りてイベント会場へと向かう途中、休工中の工事現場があったのでまさかと思って覗いてみたら、案の定二つのレディースが相対している真っ最中だった。うんうん、ヤンキーものの抗争シーンは工事現場ってのがお約束だよな……じゃないんだよ。

 

(……あの黒髪美人さんが、早苗ねーちゃんの言ってた『呉莉羅連合の総長と個人的に仲が悪い奴』なんだろうな)

 

 チーム『竜宮』って言ったっけ。どうやら仲が悪いというのは本当のようで、とにかく相手が気に入らないという感情が両者から感じ取れた。

 

(警察に電話を……するべきなんだろうけど)

 

 一方が全員ゴリラ顔なので若干ギャグチックな雰囲気が漂っているものの、これは二つの暴走族の対立からの抗争には間違いない。場所が場所なので一般人への被害は無さそうだが、それでも警察に介入してもらうべき事態のはずだ。

 

 ただ、この場所がイベント会場からそれほど離れていないことも問題だった。もしこの場に警察が介入した場合、それなりの騒動になることは間違いない。そうなった場合、きっとイベントも中止か縮小か……一切影響なしとはならないだろう。

 

「………………」

 

 本来ならば迷わず通報するべき場面で、アイドルの俺は一瞬躊躇してしまった。けれどアイドルであるからこそ、みのりさんや拓海ちゃんたち、イベントに出演するアイドルたちの安全を守るためにも……。

 

 

 

「行くぞぉぉぉ!」

 

「歯ぁ食いしばれウホォォォ!」

 

 

 

「っ」

 

 その一瞬の躊躇の隙に、距離を取っていた二人の総長はお互いに向かって駆け出した。このままでは騒動が大きくなってしまう……そう考えた次の瞬間。

 

 

 

「そこまでだ」

 

 

 

 風が、俺のすぐ傍を駆け抜けていった。

 

「「なっ!?」」

 

 駆け出し突き出された二人の拳を、その手首を掴むことで止めた人物がいた。なんか止めた瞬間、風圧みたいなものがブワッとなったから二人とも凄い力を持っていたことが分かるし、そんな二人を同時に止めるなんてそれ以上の力が必要だし、やっぱりこれアイドルものじゃなくてヤンキーものに作品が変更されているのでは……。

 

「……って、みのりさん!?」

 

 二人の総長の間に割って入ったのは、俺もよく知るアイドル大好きお兄さんだった。後ろ姿なので顔は見えないが、聞こえてきた声とあの背格好は間違いなくみのりさんだった。

 

「誰ウホ!? 怪我する前に失せろウホ!」

 

「邪魔すんじゃないよ! すっこんでな!」

 

「引かないよ。こんなところで騒ぎなんて起こさせない」

 

「なっ、コイツ……!?」

 

「なんてパワーウホ……!?」

 

 総長二人はみのりさんの手から逃れようとしているらしいのだが、どうやらみのりさんの拘束を振り解くことが出来ないらしい。一体どれだけの力で彼女たちの腕を掴んでいるのだろうか……かと言って二人とも痛がる様子を見せていない。一体どのような力加減をすればそんなことが可能なのだろうか。

 

 ……いやそんなバトル漫画みたいな考察をしている場合じゃないんだよ。

 

「わ、渡辺さん……!」

 

 あ、拓海ちゃんも来た。みのりさんを追ってきたのかな?

 

「君たちがどういう理由でここに集まったのか、どういう確執があってヤリあおうとしてんのかは知らない。けど……どうやら君たち二人とも、あの子の知り合いなんだろ」

 

「「っ、拓海!」ウホッ!」

 

 みのりさんが肩越しにクイッと顎でこちらを指し示すと二人揃って拓海ちゃんの名前を口にした。どうやら二人とも、拓海ちゃんの知り合いだったらしい。

 

「今ここでヤリあったら拓海ちゃんの迷惑になるってことぐらい分かるだろ……そんなことも分からねぇんだったら……」

 

 段々とみのりさんの口調が悪くなっている気がする。

 

 

 

「……まとめて俺が、相手してやろうか?」

 

 

 

「………………」

 

 うわぁ、みのりさん、あんな声出せたんだ……なるほどこのレベルの元ヤンか。多分ウチの魔境校でもかなり上位に入る実力ありそう。

 

「っ……アンタが実力者だってのは、この掴んでる手だけで分かるウホ……!」

 

「でもなぁ、こっちにだって引けない理由があるんだっ!」

 

 一瞬だけ怯む様子を見せた二人だったが、それでもなお止まる様子を見せず――。

 

 

 

「「こんな奴に、拓海のステージの邪魔はさせない!」ウホッ!」

 

 

 

 ――総長二人の叫びが重なった。

 

『……え?』

 

 今にも殴り合いが始まろうとしていた工事現場に、季節にそぐわぬ一陣の空っ風が吹いたような気がした。

 

「……なんか流れ変わったな」

 

 

 

 

 

 

「バイクに乗るときは交通ルールを厳守! その他、法に触れる悪事は一切しない!」

 

「喧嘩は原則禁止! まずは話し合いでの解決を目指すべし!」

 

「主な活動はツーリングと女子会!」

 

「これが私たち、チーム『竜宮』だ!」

 

 以上、総長の乙姫さん以下メンバーの方々による自己紹介である。

 

「族じゃないの!?」

 

「オマエらちょっと見ない間に何があったんだよっ!?」

 

 みのりさんと拓海ちゃんがガビーンといった様子で驚愕している。俺も同じ気持ちである。

 

「いやまぁ色々あってな……ちょっと考えが変わったんだよ。今では健全な活動を心がけてんだよ」

 

 カラカラと笑う乙姫さん。確かに族っぽくない快活な人だなぁとは思ってたけど、まさか本当に健全な集団だとは思わなかった。

 

 とはいえ『竜宮』のメンバーは全員見た目はほぼ暴走族そのもの。現に俺たちも誤解していたわけだし、一般人の地元住民からしてみたら恐怖の対象であることには変わりはないわけで……。

 

「少し前に拓海(アンタ)がステージやるって聞いたから、こっちに来たんだよ。()()()()から足を洗ったとは知ってたけど、アイドルやってるところを生で見たことなかったからな。チーム全員で応援に来たんだよ!」

 

「……あ、ありがとな……」

 

「それだってのに、ちょいと早く来てみれば族がうろついてるなんて話になってるじゃないか」

 

 ギロリと呉莉羅連合の総長を睨む乙姫さんだが、その族っていうのに自分たちも含まれていることには気付いているのだろうか。

 

「だから拓海たちの邪魔にならないうちに、私たちが昔取った杵柄で取っちめてやろうと思ったんだよ」

 

「喧嘩は禁止なんじゃ……」

 

「原則、な」

 

 みのりさんからの指摘に対してしれっと返す乙姫さん。いい性格してるよ。

 

「拓海のステージの邪魔だぁ!? そんなことをアタイらがするわけないウホッ!」

 

 それに対して怒りを露わにする呉莉羅連合の総長。後ろに控えるメンバーもドラミングで威嚇をする……いやドラミングって。キャラ順守はもういいって。

 

「拓海とアタイは一度拳を交えた戦友のダチウホ! ダチの晴れ舞台を応援するのは当然ウホ! ……だっていうのに、こんな奴らがたむろしてるっていうんだから、アタイらで先に追っ払っといてやろうと思ったウホ」

 

「あぁん!? ウホウホ煩いアンタらに言われたくないんだよ!」

 

「こっちこそ女子会だのなんだのキャッキャウフフしてる軟弱者に言われたくないウホ!」

 

 ……どうやらお互いがお互いに、拓海ちゃんのためを思って行動した結果らしい。

 

「お前らよぉ……」

 

 これには拓海ちゃんも怒っていいのか喜んでいいのか悩んでいる様子だった。

 

 しかしこれにてこの騒動は終わりだろう。実際に喧嘩は起きなかったとはいえ、近隣住民から通報されている可能性もあるし、このまま解散すれば何事も無く……。

 

「けどまぁ、杞憂だったみたいウホね」

 

「アンタみたいな人が一緒にいるんなら、拓海のステージも安心だ」

 

 しかし総長二人がみのりさんをそう称したことにより、一度弛緩し始めた空気がまた変な方向に流れ始めた。

 

「え?」

 

「………………」

 

 驚く拓海ちゃんからも視線を向けられて、みのりさんは分かりやすくスイッと視線を背けた。

 

「髪色は変えてるみたいだけど、その髪型と目。直接見たことはなかったけど、話はよく聞いていたウホ」

 

「アンタの武勇伝は先輩たちから散々聞かされたよ。茨城県(ひとつのくに)の天辺を獲った伝説の男の話をね」

 

「その話詳しく」

 

「「「「うわっ、誰!?」」ウホッ!?」

 

「りょ、リョー君!?」

 

 余りにも興味深い会話内容に思わず物陰から出てきてしまった。なお変装をしたままのため拓海ちゃんにも正体に気付かれていない模様。

 

「俺のことはどうでもいいんですよ。それよりみのりさんの昔のこと、この際だから気になって気になって」

 

「だ、だからリョー君、その話は……!」

 

「といってもアタイも詳しい話は知らないウホよ」

 

「あぁ。先輩から聞いてるのは『茨城の鬼神』と呼ばれる凄い男がいたっていう武勇伝さ」

 

「『茨城の鬼神』」

 

「……ま、まぁ……ね? 俺にもね? そういう時代がね?」

 

 思わず微妙な目線を送ってしまった俺に対して、とてもいい反応を示した子が一人。

 

「え、えええぇぇぇ!? わ、渡辺さんが、『茨城の鬼神』!? あの!? 本当に!?」

 

 言わずもがな、拓海ちゃんである。それはもう目が輝いている。キラッキラである。覆面ライダー役として握手会を開いたときに俺に会いに来てくれた子どもたちのように純粋な瞳が輝いていた。

 

「……リョー君、あまり君にこういうこと言いたくないんだけど……」

 

 珍しく口元を引き攣らせたみのりさんが、ジロリと俺を睨んだ。

 

「……余計なことしてくれたね」

 

 

 

「俺はいつだって女の子の味方!」

 

「それを胸を張って堂々と言える君のことは嫌いじゃないよ!」

 

「ありがとう!」

 

 

 

 

 

 

 こうして『Beit』と『セクシーギルティ』の二つのユニットが参加するイベントは、なんのトラブルも発生することなく無事に開催されることとなった。

 

 怖がられていた二つのレディース……もといレディースとツーリングサークルは近くの駐輪場にしっかりとバイクを停車してからイベントに参加。『竜宮』はともかく呉莉羅連合はやや見た目がアレだったが、それはそれで拓海ちゃんの熱烈なファンとして認識されたらしく普通に受け入れられていた。

 

 こうしてイベントは大盛況のまま幕を閉じた……。

 

 

 

「な、なぁ……み、みのりさん……!」

 

「………………」

 

 

 

 ……目を輝かせる少女への対応に困る、たじたじな一人の男性を残して。ちゃんちゃん。

 

 

 




・チーム『竜宮』
アニメ化してるんだから『六道の悪女たち』はマイナーじゃない……よね……!?

・変な語尾使わないでメリよ。
メリ夫くんではないでメリよ(愛知県民にしか伝わらない)

・中村先生
偉大なる原作者様。是非完結まで頑張ってください。

・「バイクに乗るときは交通ルールを厳守!」
オリジナル設定が混ざった呉莉羅連合とは違い、こちらは原作通り。
時系列的には乱奈が初代鬼島潰した直後ぐらい。



Q ピエール&恭二「出番は?」
A ら、ライブ本番で……。

 バイト編という名の最強みのりさん伝説編になっていた。趣味に走るといつもこうなる……。

 次回から第八章最終話が始まる予定です。


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Lesson379 最高のアイドルたち

第八章最終話編。


 

 

 

「む~り~……」

 

「あぁ、未来ちゃんが!?」

 

「頑張って未来ちゃん!」

 

 倒れ伏した未来を心配して歌織さんと琴葉さんが駆け寄るが、既にこのやり取りも五回目である。確かに一回目二回目は私もちゃんと心配したが、なんというかもう流石にため息が出る。

 

「未来、甘えないの。ほら立って」

 

「だって~静香ちゃ~ん……」

 

 くぅ、既に五回目だというのに元気が無くてしなしなになっている未来が可愛い……! 普段とのギャップに思わずキュンキュンしてしまいそうになるが、今はそんな場合じゃないのでバシリと自分の頬を叩いて気を引き締める。

 

「……まぁ、私も未来さんの気持ちは分かります」

 

 ちょっと強めに叩き過ぎてヒリヒリする頬を押さえていると、タオルで汗を拭っていた紬さんがポツリと呟いた。

 

「あの123プロや1054プロとの合同ライブということで覚悟はしていましたが……振り付けの難易度が過去最高レベルです……」

 

「だよねー!?」

 

「そうねぇ……」

 

「それは……まぁ……」

 

 紬さんの言葉に、未来や歌織さんと共に同意する。

 

 

 

 現在、私たち765プロから出演するアイドルたちは合同ライブで披露する予定の『八事務所合同の全体曲』のレッスン中……なのだが、紬さんの言う通りに難易度が段違いなのだ。別に複雑なダンスがあるわけでも、アクロバティックな動きを要求されるわけでもない。

 

 そして()()も私たちに何も言わなかった。『同じレベルになれ』だとか『足を引っ張らない程度になれ』だなんてことは勿論、『君たちに出来るレベルで大丈夫』だとか『無理しないで』だなんてことも言わなかった。

 

 だけど。()()()()嫌だった。『折角出演させてもらえるんだから』だとか『こんな機会二度とないかもしれない』だとか、そういうことじゃない。言葉に出来ない何かが、私たちの胸の中に渦巻いている。

 

 きっとコレは私たち765プロのアイドルだけじゃない。346も、315も、876も、310も、283も……そして123と1054だって同じ想いだから。

 

 

 

「頑張るわよ、未来。今回のステージは()()()()()()()じゃない。私たちが()()()()()ステージなんだから」

 

「……うん! そうだよね、静香ちゃん! アニメの私たちも頑張ってるんだから!」

 

「なにが?」

 

 とりあえず未来は復活したようだ。……このやり取りも何回目だか。

 

「すみませんでした、度々中断してしまって」

 

「ううん、全然大丈夫だよ!」

 

 未来の代わりに頭を下げると、765プロ組のリーダーである春香さんは笑顔で手を横に振った。765プロオールスターのセンターでもある彼女からは、あれだけのダンスをした後だというのに余裕すら感じ取れた。

 

 ……正直なところ、現状足を引っ張っているのは私と未来と……あと少しだけ紬さん。歌織さんと琴葉さんはそれなりに付いていくことが出来ている。

 

 そしてそれ以外のメンバーは……。

 

「あぁ……美希先輩の横で踊れる幸せ……」

 

「ちょっと離れてなの」

 

「相変わらずバサバサはミキミキのこと大好きだね~」

 

「ハルカ! ここ、こんな風にするのはどうかナ!?」

 

「わぁ! 良いと思う……んだけど、え、エレナちゃん以外にはちょっと難しいかな……?」

 

 翼、美希さん、真美さん、エレナさん、春香さんは当然のように余裕そうな表情である。

 

「……私たちも負けてられないわよ! 未来!」

 

 先輩である春香さんや美希さんや真美さん、そもそもダンスが得意なエレナさんはともかく、翼は私たちとほぼ同期なんだから! 

 

「うん! アニメの私たちに負けてられないよね!」

 

「だからなにが?」

 

 きっと他の事務所でも、私たちと同じように善意局に向けて精を出していることだろう。

 

 

 

 

 

 

「無理んご」

 

「なるほど……『無理』と『んご』を組み合わせることによって『りんご』という発言を作り出す高等山形テクニック……」

 

「#御見それしました #りんご師匠」

 

「反応してほしいところはそこじゃなぁぁぁい!」

 

 レッスン室の床に仰向けに倒れたあかりちゃんがジタバタと手足を動かして、まるで駄々っ子のように抗議する。

 

「もぉぉぉ! この振り付け難しすぎるよぉぉぉ! あきらちゃんとりあむさんもそう思うでしょ!?」

 

「思うけど……見たい? ぼくが今のあかりちゃんみたいに駄々こねてる姿」

 

「「見苦しいと思う」」

 

 ぼくのユニットメンバーは息がピッタリだなぁ!

 

 

 

 さて、今回ぼくたちがこうして事務所のレッスン室を借りている理由は、合同ライブに向けての練習である。八事務所全体曲の難易度が激ムズで、いくらアイドル三年目とはいえ今のぼくたちの手に負えるような代物ではなかったため、こうして時間を見付けては三人で自主練をしているのだが……。

 

「流石、あの『周藤良太郎』と『東豪寺麗華』の二人が手掛けたというだけあって、とんでもない代物(きょく)デスね……」

 

 はっきりと言おう! ぼくらの手に負えるもんじゃねぇ!

 

 振り付けやステップだけでこれだけ苦労しているというのに、ここに歌唱やフォーメーションも加わるともう目も当てられないことになりそうである。

 

 だからこそ、他の事務所のアイドルたちの足を引っ張らないためにも頑張っているのだが……。

 

「えっと……ここってこうだっけ?」

 

「こうじゃない?」

 

「いやいやこうでしょ」

 

「「それは違うと思う」」

 

「えぇ!?」

 

 三人寄っても文殊の知恵にはならなかった。全員が全員『何かが違うということは分かるのに、何が違うのか具体的な指摘が出来ない』という共倒れ状態に陥ってしまった。

 

「……誰かに聞いた方が早そうデスね」

 

「電話して聞いてみる?」

 

 既に何度も合同練習をしているため、幸い他事務所の知り合いは増えた。

 

「でも実際に見ないとお互いに分かりづらいだろうし……」

 

「うーん……」

 

 あーあー! こういうとき、物語だったら絶妙なタイミングでダンスを見てくれる先輩がレッスン室に入ってきてくれるのになー!

 

 

 

「し、失礼します」

 

 

 

「「「……ありす先輩キター!」」」

 

「わっ!? なんですか!? とりあえず名前で呼ばないでください!」

 

 ありすパイセンキタ! 年下だけど芸歴で言えば一・二年ぐらいぼくたちの先輩キタ! しかもぼくたち同様に合同ライブに参加するアイドルキタ! ありすちゃんならば性格的にもきっと完璧なはず! これで勝つる!

 

 というわけで早速恥も外聞も投げ捨てて年下の女の子に教えを乞うことにする。

 

「……えっと、実は、その……」

 

 しかしありすちゃんは恥ずかしそうに目を逸らした。

 

「……わ、私も……そこの振り付けに納得が出来なくて……お話を聞こうかと……」

 

「頼って来てくれた子に頼ろうなんて恥を知ってくださいりあむサン!」

 

「謝るんご!」

 

「ごめんなさい!」

 

 条件反射で謝ったけど、これぼく悪くないよね!?

 

「ごめんなさい、自分たちではありすちゃんのお力にはなれそうになく……」

 

「ごめんね、ありすちゃん」

 

「ごめん、ありすちゃん」

 

「いえ、そんな、気にしないでください。あと名前で呼ばないでください」

 

 さてどうしたものかと一人増えて四人で悩んでいると、再びレッスン室に誰かが入って来た。はいはいどうせまた同じパターンでしょ。まだ二回目だから天丼天丼。どーせPサマとかいうオチでしょ?

 

 

 

「やっほー! 自主練してるって聞いたよー!」

 

 

 

「ぎゃあああぁぁぁ!?」

 

 か、カリスマギャルだあああぁぁぁ!?

 

「なになになになに!? なんで叫んだ!? なんでアタシ叫ばれたの!?」

 

「すみません、この人ある意味で病気なので……」

 

「感極まってるだけなので気にしないでください」

 

「だからってこんな反応されることある!?」

 

「美嘉ちゃん二日遅れだけど誕生日おめでとう!」

 

「私の誕生日十一月十二日なんだけど!? 今九月だよ!?」

 

 どうしよう今お財布の中に何円入ってたっけ……なんてことを考えていると、あたふたと慌てる美嘉ちゃんの後ろから更に三人の人影が。

 

 

 

「あら、なんだか楽しそうね」

 

「美嘉ちゃんってば、年下にすら弄られてるん?」

 

「フレちゃんもいるよ~」

 

 

 

「ほんぎゃあああぁぁぁ!?」

 

 志希ちゃん以外のリップスだあああぁぁぁ!?

 

「あーもー滅茶苦茶デスね」

 

「そうだ美嘉さん、振り付けで聞きたいことがあるんですけど」

 

「よろしくお願いします」

 

「ちょっと待ってまだアタシはこの状況を飲み込めてないんだけどこのまま進行するの!?」

 

 このあと滅茶苦茶一緒に自主練した。

 

 

 

 

 

 

 ……とまぁ、そんな感じに色々な事務所のアイドルが苦労しているという話を未来ちゃんや美嘉ちゃんから聞いているわけなのだが。

 

「三人とも、手ごたえはどう?」

 

「「バッチリです!」」

 

 俺からの問いかけに、息を切らしながらも笑顔で頷くなのはちゃんとフェイトちゃん。片や高町の血によって苦手な運動を克服してしまったなのはちゃん、片や最初からポテンシャルが高かったフェイトちゃん。リンディ社長からお願いされて様子を見に来たけど、この二人は問題なさそうである。

 

 問題……とまでは言わないものの。

 

「………………」

 

「死んでる」

 

「死んでへん……」

 

 床に倒れ伏すはやてちゃん。彼女の場合、幼少期の長い時間を車椅子で生活していたハンデがあるから仕方がないと言えば仕方がない。寧ろそれだけのハンデがあっても現在アイドルとして活動しているので凄いぐらいだ。

 

「ほら頑張ってはやてちゃん。君が頑張ったその先には栄光が待っているんだよ」

 

「そーゆーフワフワした激励やのーて、もうちょっと具体的なご褒美が……」

 

「俺がりんと一緒にプール行ったときの動画とか見る?」

 

「うおおおぉぉぉ……! 燃え上れ、私の中の何かぁぁぁ……!」

 

 うんうん、それでこそ俺や愛海と同じ大乳愛好家である。もうそろそろアイドルおっぱい大好きクラブとか立ち上げてもいいかもしれん。

 

 

 

 八事務所合同ライブまで、残り三ヶ月。

 

 

 




・「アニメの私たちも頑張ってるんだから!」
毎週日曜日!

・「美嘉ちゃん二日遅れだけど誕生日おめでとう!」
更新日の二日前が美嘉の誕生日でした。

・アイドルおっぱい大好きクラブ
会員はあと未来ちゃんと……誰だろう、隼人とか巻き込んでみるか。



 合同ライブに向けてのラストスパートです。


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Lesson380 最高のアイドルたち 2

123プロでまったり。


 

 

 

「お疲れ様ー……おや」

 

 現在時刻は午後三時。一仕事を終えて確認事項があったため一度事務所に戻ると、ラウンジに恵美ちゃんたちがいた。

 

「あ、リョータローさんお疲れ様ー!」

 

「お疲れ様ですぅ、良太郎さぁん!」

 

「お疲れ様です」

 

「リョータローやっほー」

 

「お疲れ様です……」

 

「お疲れ様、良太郎君」

 

 ひーふーみー……あれ、どうやら123プロの女性陣が留美さんを含めて全員集合しているらしい。

 

「もしかして女子会中だった?」

 

 見るとテーブルの上にはチョコレートやクッキーなどのお菓子やら飲み物やらが所狭しと並べられていて、そのテーブルを囲むように彼女たちはクッションやソファーに座っている。

 

「女子会ってほどじゃないけど、だいたいそんな感じでーす」

 

「最近の近況報告会に近いですねぇ」

 

「主にそれぞれの出向先でのことです」

 

 恵美ちゃんとまゆちゃんと志保ちゃんの説明にふむふむと頷く。恵美ちゃんたち123五人娘がそれぞれ別々の事務所に出向して四ヶ月ぐらいになるし、きっとすっかり打ち解けているに違いない。

 

「リョータローも参加するー?」

 

「え? うーん、興味はある」

 

 志希からお誘いを受けるが、なんとなくこの女子会然とした空間に一人男が交ざることが若干躊躇われてしまった。普段から似たような状況に臆面もなく交ざっている自覚はあるが、なんとなく空気感の問題。

 

「……あ、そうだ」

 

 閃いた。

 

「ちょっと待ってて」

 

『?』

 

 確かアレがあったはず……。

 

 

 

 

 

 

「待たせたわね。九年振り二度目の登場、周藤ハーマイオニーよ」

 

『女になったー!?』

 

 

 

 女子会に参加する以上、正装(じょそう)せねばこちらも無作法というもの。ということで以前涼関連で動画を撮影したときに使ったカツラと衣装を身にまとい化粧をして女子になってきた。

 

「これで問題なく女子会に参加出来るわね」

 

「誰も男のままでの参加を拒否してなかったんですけど……」

 

「声が良子ママだ……」

 

「めっちゃ胸盛ってるし……」

 

「それでも身長があるから違和感がないわね……」

 

 志保ちゃんと志希と恵美ちゃんと留美さんの呆れた目線をスルーして、俺も女子会の輪に入れてもらう。お隣失礼するわね。

 

「座り方だけじゃなくて、腰を下ろす仕草まで完璧に女性ですね……」

 

「はぁ……良太郎さん、女性になっても素敵……」

 

 美優さんとまゆちゃんの評価は誉め言葉として受け取っておく。

 

 

 

「それで、出向先のお話よね」

 

「はい。まゆと志希ちゃんが346プロでぇ」

 

「アタシは765プロー」

 

「283プロです」

 

「私は876プロにお邪魔しています……」

 

 さて我ら123プロダクションは戦力分散という意味で五人娘に各プロダクションでユニットを組んでもらうことになった。志希は元々組んでいた『LiPPS』を再結成するという形になっているが、それ以外は新規ユニットである。

 

「とりあえず一番気になっていたことを最初に聞いちゃうんだけど……ねぇ志保ちゃん」

 

「女性の声であることに違和感がないことに違和感が……えっと、なんですか」

 

「ぶっちゃけ美琴と組んでキツくない?」

 

「めっちゃきつい」

 

 志保ちゃんの目が死んでる……。

 

「正直『123プロダクションのレッスンで慣れているから大丈夫』って舐めてました……なんですかあの人……レッスンの擬人化ですか……」

 

 志保ちゃんにしては珍しい語彙による弱音である。

 

「美琴はレッスン中毒だから……あの子ってば、放っておくと食事も休憩も忘れてレッスンしちゃうのよ」

 

「ずっと踊り続けるっていう点で言えば良太郎さんを筆頭にした123プロダクションのレッスン方針みたいなところありますけど、そういう次元の話じゃなかったですよ」

 

「寝ても覚めてもレッスンのことにしか興味の無い子だから、逆に今回のライブへの出演を承諾してくれたことが本当に驚きなのよね」

 

「なんかレッスンが何かの隠語みたいに聞こえてきたー」

 

 しかしそんな美琴に、やや辟易としながらも付いていけている志保ちゃんが本当に凄いのである。寧ろ123プロ五人娘の中で唯一美琴に付いていけそうなのが志保ちゃんだ。

 

「ずっと前から、あの子はしっかりと表舞台に立つべきアイドルだって私は思っていたの。……だから美琴のことをお願いね、志保ちゃん。私がお願いするのは、なんだかお門違いかもしれないけど」

 

「分かってますよ。……私も、美琴さんのことはなんだかほっとけないですから」

 

 ……この面倒見の良さ、そして123でもトップクラスの向上心と根性を持ち合わせているからこそ、志保ちゃんを美琴にあてがわせたのだが……やっぱりこの判断は間違っていなかったらしい。

 

「ちゃんとご飯食べさせてあげてね」

 

「お願いがまるでお母さんじゃないですか……」

 

「今は見た目が女の人だから余計にね……」

 

 

 

「美優さんは876だったわね。どう? 元気でしょう? 特に愛ちゃんは」

 

「それはもう……とてもとても……」

 

 志保ちゃんとは別ベクトルで疲れた様子を見せる美優さん。愛ちゃんも絵理ちゃんも、年上のお姉さんと一緒のステージに立てることが嬉しいらしい。

 

「ですが、私もその……妹が二人も出来たみたいで……少し楽しいです……」

 

「えー!? ってことは美優さん、アタシたちのことはそー思ってなかったのー!?」

 

「ぶーぶー、しきちゃんは美優おねーちゃんに抗議するぞー」

 

「ひゃわっ……!?」

 

 恵美ちゃんと志希が美優さんの両側から妹のように抱き着いた。確かに年齢的に見れば美優さんは他のアイドルよりも年上なわけだけど……。

 

「寧ろウチだと美優さん、ポジション的には妹じゃないかしら」

 

『……確かに』

 

「留美さんはともかく、みんなまで……!?」

 

 なーんかこう、甘やかしたくなるんだよなぁ。

 

「876だとお姉さんしないといけないでしょうから、ウチで存分に甘えていってくださいね」

 

「私、別に甘えたいとは一言も言ってませんよ……!?」

 

 

 

「恵美ちゃんは765だったわね」

 

「うん! 765(むこう)は知ってる子たち多いから、顔出すのすっごい楽しいんだー!」

 

「765プロのアリーナライブも、もう三年前になるんですねぇ」

 

「懐かしいですね」

 

 あの頃はまだまだアイドルの卵だった恵美ちゃんたちが、今ではこんなに立派になって……。

 

「お姉さん、涙が出ちゃう……」

 

「見た目が見た目だから『お兄さんでは』というツッコミがしづらい……」

 

「良太郎君、頭が混乱するから元に戻らない?」

 

 志保ちゃんと留美さんが苦い顔をしているが、残念ながらこのページは残り全部このままです。

 

「でも今回一緒のユニット組むことになった琴葉とエレナも、なんかもーすっごい気が合うの! まるで昔からずーっとユニット組んでたみたいに!」

 

「そんな! 恵美ちゃん、私とのユニットは遊びだったんですかぁ……!?」

 

「えぇ!?」

 

 およよ……と目元を拭うまゆちゃん。うーん涙の演技が上手くなっている。

 

 あまりにもわざとらしい演技ではあるものの、恵美ちゃんはしっかりとそれを認識しつつもしっかりとそれに乗っていた。

 

「私の初めて(のユニットデビュー)を捧げたのに……!」

 

「言い草酷くない!?」

 

「良太郎さん、コレ絶対貴方の影響ですよね」

 

「言い逃れはしないわ」

 

 

 

「そんなまゆちゃんはありすちゃんとユニットを組んでるのよね」

 

「はい。とーっても良い子なんですよぉ」

 

 茶番も終わってケロッと元に戻ったまゆちゃんが頬に手を当ててうふふと微笑んだ。

 

「アイドルとしてもとっても素直で……そしてなにより! 熱心な! それはもう熱心な私の受講生なんですぅ……!」

 

「……受講生?」

 

 家庭教師でもしているのかと首を傾げる。

 

「実はありすちゃん、りょーいん患者らしいんですよ」

 

「あら」

 

 それは意外。確かに以前346プロでレッスンを見てあげたときもやたらと素直で、前評判として聞いていた少しツンケンした子とは全然違っていたとは思っていたけど。

 

「受講生って言うのは、つまり『佐久間流周藤良太郎学』の受講生ってことね。まゆちゃんの授業は私も好きよ」

 

「自分のことじゃないんですか……?」

 

 まゆちゃん独自の目線からの考察だから、まるで他人のことのように聞いてて面白いんだよね。普通に勉強になることもあるし。

 

「特に最近の『周藤良太郎の楽曲の発表日時に秘められた十二星座の因果関係』はとても面白かったわ」

 

「それこそ本来はリョータローさん自身が知らなきゃいけないことでは!?」

 

「つまりそれ本当にただのまゆさんの妄想じゃないですか!?」

 

「よく出来てる考察だったからいっそのこと公式設定ってことにしちゃおうかなって」

 

「盛大な後付け!」

 

 実際兄貴もノリノリだった。

 

「大変光栄なのですがぁ、まゆは非公式であることに誇りがあるのでちょっとぉ……」

 

「まゆちゃんから拒否しちゃうんですか……!?」

 

「というか事務所の公式チャンネル使って配信してるのに非公式扱いなの……!?」

 

 

 

「私たちとしては、寧ろ良太郎君の話を聞きたいわね」

 

「私の?」

 

 志希がまたしてもリップスでやらかした騒動についてのお叱りが終わったところで、留美さんがそんなことを言い出した。

 

「出向してないとはいえ、一人で315プロに行ってるわけじゃない」

 

「そうですね……今回一緒のステージに立つ人たちですし……」

 

「あー確かに! 聞いてみたいでーす!」

 

「まゆは良太郎さんのお話ならば何でも大歓迎でぇす」

 

「アタシはいいかな」

 

「逃がさないわよー」

 

 失踪させると面倒になるので逃げようとした志希の腕をガッチリと掴む。

 

「……そうねぇ」

 

 チラリと時計を見る。そろそろ次の予定の時間が迫ってきているが……まぁ、もう少しぐらい大丈夫だろう。

 

 ……みんなとは最近、こうしてゆっくり話す時間も無かったし。

 

 

 

「それじゃあそうねぇ……ドラスタの柏木翼さんを連れて、貴音ちゃんと一緒に佐竹飯店で美奈子ちゃんに真っ向勝負を申し出たときの話でもしましょうか」

 

『なにそれ!?』

 

 

 

 八事務所合同ライブまで、残り二ヶ月。

 

 

 




・女装良太郎再び
本編中に登場するのは多分Lesson42以来。

・美優さんは妹ポジ
お姉さんなのに年上に見えない。不思議。

・佐竹飯店with翼&貴音~史上最大の戦い~
多分何処かで書く(予定)



 残りは男子サイド。



『どうでもよくない小話』

 前回触れ忘れてましたが、シャニソン配信されましたね。皆さんプレイされているでしょうか?

 自分は星3で冬優子が実装されてからリセマラしようかなーって……。


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Lesson381 最高のアイドルたち 3

男子会話。


 

 

 

「というわけで隼人、『おっぱい大好きクラブ』に入らないか?」

 

「ブッフゥゥゥッッッ!?」

 

 

 

「うわハヤトっち汚いっす」

 

「リョーさんに話しかけられるときは口に物を含んじゃダメですよ」

 

「そっち飛んでない……? 大丈夫……?」

 

「オレの皿にはかかってないからセーフ」

 

「あっ、あたしサンチュ食べたーい」

 

「誰か一人ぐらい俺の心配してくれてもいいんじゃないかなぁ!?」

 

 いつだか約束した焼肉にハイジョ+咲ちゃんの六人を連れてきたのだが、ついでなので二ヶ月ぐらい前にはやてちゃんとの会話でチラっと思いついた『アイドルおっぱい大好きクラブ』への隼人を勧誘をしてみた。そしたら盛大に飲んでいたウーロン茶を噴き出した。

 

「大丈夫か隼人」

 

「心配してくれるのは嬉しいけど元凶はリョーさんだからね!?」

 

「確かに、口に物を含んでいるときに話しかけるのはマナー違反だったな」

 

「そうじゃなくてぇ……!?」

 

 ちなみに個室なのである程度の会話は問題ないものの、俺は変装をした上でみんなからは『リョーさん』と呼んでもらっている。

 

「でもお前も好きだろう、おっぱい」

 

「その質問に対してなんの躊躇もなく素直に返答が出来るほどメンタル強くないですからね!?」

 

「ちなみに俺は小学生の頃から公言し続けているぞ」

 

「ミスリルの如き精神(メンタル)……!」

 

 吸血鬼『Y談おじさん』の一件で性癖がバレて以来、取り繕うのがどうでもよくなってしまった。それからずっとフルオープンなおっぱい星人である。楽でいいぞ。

 

「周りからの目とか気にならなかったんですか……?」

 

「……?」

 

「そんな純粋な瞳で首を傾げられても……」

 

 とはいえ、あくまでもおっぱい星人を公言しているだけであって、誓っても小学生特有のスケベなイタズラとかはしてないぞ。寧ろそういうイタズラで困っている女性生徒を助ける側の生徒だった。

 

「そもそもなんだけど、一応小学校の頃はモテる側の人間だったからな」

 

「「「えええぇぇぇ!?」」」

 

 隼人と四季と春名が驚愕の声を上げるが、気持ちは分からないでもない。客観的に考えると俺も同じようなリアクションをしたと思う。

 

「おっぱい星人を公言している男子生徒の何処にモテる要素が……?」

 

「顔」

 

「身も蓋もねぇ!」

 

 小学五年生で盛大に性癖バレしたわけだが、それまでの周藤良太郎は悪く言えば根暗、良く言えば無口でミステリアスな男子生徒だった。ビジュアルの強い両親の血を引いているだけあって顔も悪くない。兄貴への劣等感に苛まれていたものの成績だって悪いわけじゃないし、運動だって苦手だったわけじゃない。

 

「だから色々と吹っ切れて性格がややポジティブになった小学校五年生から六年生が人生で一番モテてた時代といっても過言ではないな」

 

「え、今よりもっすか?」

 

「今の俺はトップアイドルという肩書ありきだから、それを差し引いちまえば大したことないよ」

 

(……どう思う?)

 

(少なくともりんさん美希さんまゆさんその他諸々……)

 

(リョーさん、なんか変なところで自己評価低いよねー)

 

 ちなみに中学高校は、アイドルになったことに加えいつも隣に恭也という正真正銘のイケメンがいたことにより女子人気は右肩下がりになっていった。まぁ中学はともかく高校の頃は魔境校の癖に顔面が強い奴ら沢山いたから、俺なんて没個性よ。

 

 っと、話が大分逸れた。

 

「俺の学生時代のモテ事情はどうでもいいんだよ」

 

「割とそっちの方が気になる話題ではあるんですけど……」

 

「今重要なのは隼人! お前におっぱい大好きクラブへ入る勇気があるか否かってことだ!」

 

「一片たりとも重要じゃないですよ!?」

 

「素直になれって男子高校生。ほら、誰かしらアイドルのグラビア雑誌とか持ってたりするんだろ?」

 

「………………」

 

 無言は肯定と見なす。

 

「ちなみに俺はあずささんと風花ちゃんと雫ちゃんの写真集を持っている」

 

「知ってる」

 

「知ってた」

 

「意外性無い」

 

 俺への理解度が高くて嬉しいよ。

 

「ちなみにりんさんのは?」

 

「言うまでもないかなって思って」

 

「……そ、それぐらいは……まぁ」

 

 やがて観念したらしい隼人が赤面しながらも肯定の言葉を口にした。

 

「うんうん、健全な男子高校生だな。……ちなみに誰の?」

 

「………………十時愛梨ちゃん」

 

 チョイスがガチ。だが気持ちは分かる。いいよね愛梨ちゃん。

 

「ようこそおっぱい大好きクラブへ!」

 

「なんか嫌だあああぁぁぁ!」

 

 

 

「………………」

 

「さっきからやけに静かだな、旬」

 

 確かにキャラ的にも性格的にも入りづらい話題だとは思うんだけど、それを加味したとしてもやたらと静かだった旬に話しかける。

 

「いえ、その……ふと『あと一ヶ月なんだなぁ』って思ってしまいまして……」

 

「あー、そういえばそうっすね」

 

「えマジで。……うわホントじゃん」

 

 旬の言葉に各々が今日の日付を思い出す。

 

 それは八事務所合同ライブ本番までの日数だった。

 

「未だに現実感がないんですよね……」

 

「言われてみればそうだなぁ」

 

「こうしてバカ言いながら焼肉食ってるぐらいだもんな」

 

 ジュージューと肉を焼くいい音が鳴り響く中、なんとなく個室の空気がしんみりしたものになった気がした。

 

「……まぁ、そこまで重く考える必要ないよ。そんなに大したことじゃないんだから」

 

 俺はそう言うものの、全員が『いやいやいや』と首を横に振った。

 

「大したことないわけないじゃないですか……!?」

 

「史上初の八事務所合同ですよ!? あの123プロと1054プロが主催の!」

 

「既に『アイドル史に残る』だのなんだの前評判が凄いもんね……」

 

 世間的にはそうかもしれない。

 

 でも、そうじゃない。

 

「いいか。今回のライブはお前たちにとって()()()()()()だ」

 

「通過点!?」

 

「いやそんなわけないじゃん!?」

 

「いーや通過点だ。今回のライブが最後になるのか? 引退するのか? しないだろ?」

 

「……しませんけど」

 

「なら、()()()()でいいんだよ」

 

 世間からの評判や周りからの期待に大きさに、感覚がズレてしまうのはよくあることだ。

 

 でもこれは、あくまでもただのライブなんだ。

 

「俺が先月やったステージと変わらない。お前たちが先週立ったイベントのステージとも変わらない」

 

 山場であることには間違いない。将来振り返ったときのハイライトにもなるだろう。

 

「緊張してもいい。気負ってもいい。自分の全てを賭ける想いで臨んでもいい」

 

 けれどゴールにしてはいけない。

 

「そうだな……お前たち学生組的に言えば、期末テストみたいなもんだ」

 

 学期の締めくくり。これまでに得た技術と技能全てを吐き出す発表会。

 

「期末テストに命かける奴はいないだろ?」

 

「……大学受験レベルですらないんですね」

 

「お前らにはまだ早い。せめてIE本選に出場するレベルにならねぇとな」

 

「それ日本だとリョーさんぐらいしかいないじゃないですか!?」

 

 そう、今はまだいいんだよ。

 

 そういうのを背負うのは俺一人で。

 

「なんかそう言われると、ちょっとだけ気が楽になった気がするっす!」

 

「そうだな! ……いや期末テストって聞いたら逆に気が滅入らねぇか?」

 

「そういえば本当の期末テストも近いんだよなぁ……」

 

「うわ忘れてたっす……」

 

 四季が前向きになったかと思ったら、春名と隼人と共にあっという間に沈下してしまった。ライブが年末だから、期末テストの時期と被ってしまったことに関しては正直申し訳ないと思っている。

 

「リョーさ~ん……! また夏休みのときみたいに勉強会を~……!」

 

「僕からもお願いします。僕たちだけで面倒を見るのは少し手に余ります」

 

 パチンと手を合わせて懇願する隼人だけではなく、旬からも勉強会の開催が懇願された。

 

「まぁ学生組にとっては死活問題だろうからな。分かったよ」

 

 ハイジョだけでなく、多分未来ちゃんとか愛ちゃんとかあかりちゃん辺りもヒイコラ言っていることだろうし、少しでもライブに集中できる環境を作ってやるのも運営側の仕事だ。

 

 

 

「ついでにそこで隼人はおっぱい大好きクラブの初顔合わせだな!」

 

「その話続いてたんですか!?」

 

「ふざけた話と真面目な話の寒暖差が酷い!」

 

 

 

 

 

 

「あ、次郎さん」

 

「いいぞ……! こい……! そのまま逃げろ……!」

 

 テレビ局の休憩スペースで見つけた次郎さん。どうやら備え付けられたテレビで競馬を見ているらしく、テーブルの上に置かれた両手が固く握りしめられている。

 

 次郎さんの反応を見ると、現在先頭を大逃げしている馬の馬券を買ったらしい。

 

 ……あ、凄い勢いで後続が上がってきてそのまま差し切った。

 

「おぉ、G1六連勝でついに獲得賞金が史上初の20億を超えましたか」

 

「うわあああぁぁぁ……!」

 

「え、嘘でしょ次郎先生そんなに頭抱えるほど負けたの?」

 

 レース結果が出た途端頭を抱えてテーブルに突っ伏してしまった。競馬に負けて本気で悔しがる人、両さんぐらいだと思ってた……。

 

「だが俺は悔いていない……! 俺は大逃げの夢を買ったんだ……!」

 

「夢を買うことは結構ですけど……」

 

 テーブルの上に放り出されていた馬券を手に取る。

 

「……いやだからってド本命外した三連複は夢が溢れすぎてません?」

 

 突っ込んだ額に触れてあげないのは僅かばかりの慈悲である。

 

「すどうさん……一生のお願いがあります……!」

 

「トイチ」

 

「これ以上ないぐらい明確な拒絶を意味する三文字!」

 

 拒絶はしてないですよ。誠意さえ見せてくれれば……ね?

 

 

 

「……競馬って怖いんだな、享介」

 

「そうだね、悠介……」

 

 

 

 違うんだよ、たまたまこの惨状を眺めていた蒼井兄弟……競馬が怖いんじゃなくて、馬券でお金を稼ごうとする考えが怖いんだよ……。

 

「いくら元が付くとはいえ、子どもを未来に導く教師の姿がこれっていうのはどうなんですか……?」

 

「本当に申し訳ない……」

 

「ミスターやましたに代わってソーリー……」

 

 その後、道夫先生と二人並んでコンコンとお説教をした。

 

 

 

 八事務所合同ライブまで、残り一ヶ月。

 

 

 




・隼人勧誘中
正直隼人Pの方々には(少しだけ)申し訳ないと思ってる。

・G1六連勝
執筆中にジャパンカップ見てたので。このまま引退か、有馬まで頑張るか……。

・馬券でお金を稼ごうとする考え
悪いとは言わないけど……。



 男子らしいおバカな会話だらけ。

 第八章も残り一話。


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Lesson382 最高のアイドルたち 4

章の終わり。SHOWの始まり。


 

 

 

「現在おっぱい大好きクラブ会員募集中なのですが」

 

「お断りします」

 

 

 

 残念ながら恭二の勧誘に失敗してしまった。多分マイユニットではなく特定のユニットで説得することにより仲間になってくれるタイプのユニットだったに違いない。この場合みのりさん。もしくはピエールを先に勧誘することで成功するタイプ。次回走者のためにチャートにちゃーんと書いておきましょう。

 

「アイドルのクラブだったら、まずは俺じゃなくてみのりさんを誘った方がいいんじゃないですか?」

 

「しれっと俺のこと売るじゃん恭二……」

 

「みのりさんはおしり派だったらしくて断られた」

 

「みのりさん!?」

 

「そんなこと一言も言ってないからね!?」

 

 確かにおしり派とは一言も言ってないけど、いつもの集会でりあむちゃんの大乳に視線が吸われる様子がなかったから少なくともおっぱい派ではないんだろうなとは思っていたことによる独自判断。

 

「さっきから三人ともなんの話してるのー?」

 

「「「気にしなくていいよ」」」

 

 ピエールだけは汚してはいけないという三人の共通認識により、俺たちは示し合わせることもせずとも息ピッタリに誤魔化すのであった。

 

 

 

「全く……こんなタイミングになってもリョー君は相変わらずリョー君なんだね」

 

 後輩(バイト)の楽屋に挨拶に行く大先輩(りょうたろう)に少なからず驚かれてしまい、一応「お構いなく」とは言っておいたけど当然出てくるに決まっているお茶を飲みつつ談笑中。

 

「ブレないことに定評があるので」

 

「ちょっとぐらいブレてもいいんじゃない……?」

 

「いや俺がブレるときっていうのはつまりブレざるを得ないぐらいシリアスな展開っていうことだから、そうそう起こらない方がいいよ。俺がふざけ倒しているぐらいが一番平和」

 

「嫌な指標だなぁ……」

 

 ちなみに現状起こる可能性があるトラブルというと、例えばピエールの祖国が……。

 

「……いやこれ以上考えるとマジでフラグになりかねないからやめておこう」

 

「何を考えてたのか知らないけど、多分賢明な判断だったんじゃないかと思う」

 

 しばらく世界情勢のニュース的なのは目にしないようにしよう。

 

「そもそも()()()()()()()ってなに話してもフラグになりかねないんだから、バカ話ぐらいしかすることないんだよ」

 

「そんなことってあります!?」

 

「どうするんだ! 例えば俺がここで『そういえば最近寒くなって来たなぁ。今晩から雪が降るかもよ』とか言い出したら!」

 

「絶対明日雪が積もって交通が麻痺する奴じゃん!?」

 

 だから迂闊なことを口走れず、フラグを立てないように気を使っているのだ。

 

「大事な時期だからこそ口を滑らせないように気を付けないと」

 

「そのセリフだけならアイドルとして普通のことなんだろうけどなぁ……」

 

「なんか方向性が違うんですよねぇ……」

 

「やふー! それじゃあ、逆にストレートにそれっぽいことを言えば、そうならないんじゃないかな!?」

 

 はいはい! と元気に手を挙げたピエール。ふむ、それも一理ある……あるかな? 逆フラグ的な?

 

「それではピエール君。何か気を付けないといけないことを言ってください。私はそれに対して『確かに、ライブまで残り僅かだからねぇ』と返しますので、さらに一言お願いします」

 

「なんか笑点みたいになってきた」

 

「オオギリってやつだね! 頑張るぞー!」

 

 フンフンと気合十分のピエール。果たしてどのような回答が出てくるのか楽しみである。

 

「えっとー。『だいぶ寒くなって来たから、体調には気を付けたいよね』!」

 

「『確かに、ライブまで残り僅かだからねぇ』」

 

 

 

「『もしそうなったら……違約金、きっと凄いんだろうね』」

 

 

 

「「「どうしたピエール!?」」」

 

 なんか予想よりもガチっぽいのが出てきたんだけど!? いつもの片言どうした!?

 

「逆フラグだから、こう言っておけば、お金、払うようなことにはならないでしょー?」

 

「いやそうだけど、そうなんだけど……!」

 

「今俺たちが困惑してるのはそういうことじゃなくて……!」

 

「誰だピエールにこんなことを吹き込んだ奴は……!?」

 

「「………………」」

 

「俺じゃないぞ!?」

 

 真っ先に疑われるぐらいの信頼感があって嬉しいなぁ!

 

「どうどう? ボク、座布団何枚?」

 

「「「………………」」」

 

 三人揃って、無言で自分のお尻の下にあった座布団を差し出した。

 

 

 

 

 

 

「というわけで桜庭先生、明日体調不良になって違約金を払いたくないので、良い感じに体調を整えることが出来るお薬ありませんか?」

 

「……バカにつける薬はないぞ」

 

「それはもう飲みました!」

 

「つける薬を飲むんじゃない」

 

 ハァと薫さんの口から漏れ出た溜息が白く染まる。日が落ちた十二月の屋上は当然のように寒い。

 

「ところでこんな寒空の下で何やってたんですか?」

 

「……事務所は君のように騒がしい人間が多いから、静かに考え事をしたかったんだよ」

 

「薫さん、さっきから俺への当たり強くないですか?」

 

「元々こんな感じだったさ」

 

「嘘だぁ」

 

 もうちょっとだけ丁寧だった気がするけど、最近目に見えて雑になった。

 

 ……もしかして、一人離れたところで本を読んでいた薫さんを、座っていたキャスター付きの椅子ごとスイーッと動かして談笑していた輝さんたちの輪の中に放り込んだことを根に持っているのだろうか。良かれと思ったのに。

 

「いいから君はさっさと戻れ。しっかりと防寒対策をしてきた僕はともかく、君はその格好のままだと本当に体調を崩して……」

 

 

 

「おーい! リョーさんと桜庭、二人で何話してるんだー!?」

 

「良太郎さん、その格好のままだと寒いですよ。はい、コート持ってきました」

 

 

 

「………………」

 

「ありがとうございます、翼さん」

 

 翼さんが持ってきてくれたコートに袖を通す。確かに寒かったからこれはありがたい。

 

「で? 何を話してたんだ?」

 

「実りのある話は何もしていなかったさ」

 

「しいて言うなら、明日を万全の体調で迎えましょうねっていう話をしてました」

 

「……明日。そっかー明日なんだよなー」

 

「早いですよねぇ……」

 

 しみじみといった様子で輝さんと翼さんがホゥ……と白い息を吐きだす。

 

「……なぁ、リョーさん」

 

「なんですか?」

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

「……いきなり、本当になんですか?」

 

 突然の感謝の言葉に、驚いて思わず素で返してしまった。これには横で聞いていた薫さんと翼さんも驚いた様子だった。

 

「俺たちを八事務所合同ライブに参加させてくれたことに、だよ」

 

 ニカッと笑いながらトントンと拳で自分の胸を叩く輝さん。

 

「あんまり自慢するようなことじゃないとは思うんだけどさ、きっとリョーさんがこれに誘ってくれなかったら、俺たちこんなに忙しくならなかったと思うんだよな」

 

「そんなことないと思いますけど」

 

「そうだ。少なくとも僕は違うぞ」

 

「お前はどっちかというと、勝手に自分で仕事取ってきて怒られてたりしたんだろーなー」

 

「何を……」

 

「なんだよ……」

 

「ふ、二人とも、喧嘩腰は止めましょう……!?」

 

 メンチを切る輝さんと薫さんの仲裁をする翼さん。この光景も見慣れたもので……いや、見慣れるようになったものだと思う。きっと俺が知り合った当初の彼らであったならば、メンチを切ることすらしなかった間柄だった。

 

「リョーさんはもう色々と知ってる思うけど……俺を含め、この事務所のみんなは()()()()()でここにいる。自分で足を踏み入れたやつがいれば、気が付いたらここにいたやつもいる」

 

「……まぁ、全員ではないですけど、聞いてますよ」

 

 この事務所に所属しているアイドルは、少しだけ複雑だった。

 

 今こうしてアイドルをしていることを後悔している人は一人もいないことは分かっている。

 

 けれどここにいる彼らは……『理由(わけ)あって』ここにいる。

 

「足並みを揃えているつもりでも、向かっている方向がバラバラだった。でもリョーさんがライブの話を持ってきてくれたおかげで、みんな一つの方向に向けたんだと思う」

 

「買い被りすぎですよ」

 

 俺がいなくても輝さんたちならば、きっとトップアイドルになれた。寧ろ俺が変な話を持ち込んだせいでそれが先延ばしになってしまった可能性だってある。

 

「それでも」

 

 輝さんは首を横に振った。

 

「貴方が手を伸ばしてくれた。大きな目標を、進むべき道を指し示してくれた」

 

「………………」

 

 瞑目。

 

「……そういう言葉は、明日のライブ終了後にもう一度お願いします」

 

「オッケー! 同じこともう一回言うな!」

 

「俺が言うのもアレですけどメンタル強いですね!?」

 

 ニカッと笑う輝さん。ニコニコと笑う翼さん。暗くてよく見えないけど確かに笑みを零した薫さん。

 

 そして()()()()()()()()()俺は……代わりに、言葉にしよう。

 

 

 

「明日のライブ、『一緒に』楽しみましょう」

 

 

 

 ステージに立つ『理由』なんて、それぐらいで十分なのだ。

 

 

 

 

 

 

 十二月の静かな夜が、アイドルたちの想いを飲み込んでいく。

 

 あるものは既に眠りにつき、あるものは一杯のグラスに想いを馳せ、あるものは何故か炎上を始めた自身のSNSと格闘し、あるものは明日の集合時間の確認を忘れてたと慌てて跳ね起き、あるものは最後の確認をとばかりにレッスンを始めようとしたところを社長に見つかり捕縛され、マジでみんな何やってんだよ。

 

 ……それでも、明日はすぐにやってくる。

 

 

 

 八事務所合同ライブまで、残り一日。

 

 

 

 

 

 

 アイドルの世界に転生したようです。

 

 第八章『Reason!!』 了

 

 

 




・現在おっぱい大好きクラブ会員募集中
周藤良太郎は諦めない。

・多分マイユニットではなく特定のユニットで説得することにより仲間になってくれるタイプのユニット
クーガーとかヨシュアとか(聖魔の民

・チャートにちゃーんと
今年の冬のRTAinJAPANは12/26から!(ダイマ

・椅子ごとスイーッと
桜庭乱入!



 名ばかりな感じになってしまい担当からは怒られそうですが、これにてSideM編の幕引きです! このあと地続きでライブ編に突入していくので、変わらず男性陣の出番はありますのでその点に関してはご安心を!

 次章よりアイ転史上最大のイベントの開幕です! 頑張って書きます! 対戦よろしくお願いします!!!




 そして私事になりますが、先週の11/29を持ちまして、本作『アイドルの世界に転生したようです。』は連載十年目を迎えさせていただくこととなりました。

 思えばアイドルマスターのアニメに惹かれ、それに釣られて視聴し始めた様々なニコマスシリーズの影響を受けた結果、書き始めたのがこの作品です。

 正直に言うと自分でもよく十年も週刊連載が続いたなと驚いています。シンデレラガールズに興味がなかったどころか、劇場版編すら書く気がなかったというのに……思わず書かざるを得なくなるぐらい魅力に溢れるのが、このアイドルマスターというコンテンツの力なんだと思います。

 SNSの方では度々触れていましたが、自分はアイドルマスターというコンテンツが続く限り、自分の力が及ぶ限り、この作品を書き続けたいと思っています。

 これから先、どう考えても駄文としか思えないような展開になってしまうことがあるかもしれません。けれど自分はこのような形でしか『好き』を表現できません。今後もお暇な時間にでもいいので、一プロデューサーの歪な愛情表現にお付き合いいただけたらと思っております。

 長々と申し訳ありません……つまり今後も書き続けますのでよろしくお願いします! ということです!

 ……とりあえず年明けるまでは10周年記念の番外編を何本か投げまーす!


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番外編84 アイマスの歴史と共に振り返るアイ転

帰って来たラジオ回!


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ポーンッ!

 

 

 

「午後八時を回りました!」

 

「周藤良太郎アーンド」

 

「魔王エンジェル、プレゼンツ!」

 

「『覇王と魔王の独裁ラジオ』っ!」

 

「略して」

 

「「「「どくラジ! リバイバル!」」」」

 

 

 

(軽快なBGM)

 

 

 

「みんな、久しぶり。とりあえず生中ジョッキ派の周藤良太郎だ」

 

「帰ってくることになるとは思わなかった、赤ワイン派の東豪寺麗華よ」

 

「みんな~元気にしてた~? 甘いカクテル派の朝比奈りんでーす!」

 

「たぶん誰も覚えてないけどラジオの時間だよ。ハイボール派の三条ともみです」

 

「はい、というわけでね。それぞれの手元にアルコールが行き渡っているわけなんですが」

 

「まさかスタジオに入った直後にスタッフからアルコールメニューを渡されるとは思ってなかったわ……」

 

「居酒屋みたいだったよねー」

 

「お通しまで完備」

 

「とりあえず乾杯するか」

 

「……まぁそうね、今回はそういう趣旨だものね」

 

「それじゃあ、これを聞いてるみんなも飲み物片手に一緒にやってね~」

 

「間に合わない人は拳でお願い」

 

「それじゃあ、せーの!」

 

 

 

「「「「アイ転10周年おめでとー!」」」」

 

 

 

「あ、言い忘れてたけど今回は完全にメタ視線でお送りするので、実際に俺たちの時間が十年経ったわけじゃないのであしからず」

 

「飛ばすわねぇ……」

 

「アタシたちはまだまだ二十代だからね!」

 

「重要」

 

 

 

「それはそれとして、十年だぞ十年」

 

「まさかここまで続くなんて思いもしなかったわ」

 

神様(さくしゃ)も同じこと言ってた」

 

「最初は劇場版編すら書く気なかったのにね~」

 

「そんなわけで今回のどくラジは『アイドルの世界に転生したようです。』連載初期から現在までの変化を、『アイドルマスター』というコンテンツの歴史と共に振り返っていくぞ」

 

「十年も経ってるんだから、だいぶ様変わりしてるわよね」

 

「みんなも昔を懐かしんでいってね~?」

 

「人によってはダメージを受けるかもしれないけど、頑張って」

 

「ダメージってなによ、ダメージって」

 

「ほら、昔は楽しく学生をしていたのに、今では社畜に勤しんでる人とかいるだろうし」

 

「精神的ダメージ!」

 

 

 

 

 

 

「さて、この小説が投稿された西暦2013年の11月当時を振り返っていこう」

 

「展開されているシリーズは四つ。まずは2005年の7月に稼働したアーケードゲーム『アイドルマスター』、所謂765AS」

 

「忘れてる奴もいるでしょうけど、私たちの元ネタはここからなんだからね」

 

「でも麗華はいないんだよね~」

 

「余計なお世話よ!」

 

「連載開始の時点で既にアニメ『アイドルマスター』が放送終了して二年経ってるんだよな」

 

「そう考えると、連載開始までに結構ラグがあるよね~」

 

神様(さくしゃ)がハマるのが遅かったっていうのもある」

 

「ゲームタイトルでいうと一年前に発売された『アイドルマスターシャイニーフェスタ』が最新作だな」

 

「今は亡きPSP」

 

「そんな懐かしいゲーム機繋がりで、二つ目のシリーズは2009年の9月に発売された『アイドルマスターディアリースターズ』ね」

 

「876プロの三人に関しては、今でも本当に申し訳なかったと神様(さくしゃ)が申しております」

 

「第一章でちょろっと登場しただけで、次まともに登場するのが第八章だもんね~」

 

「約八年」

 

「責任転嫁するようで悪いけど、大体涼の扱いに困ったのが原因だからな。ガッツリと女性アイドルとして活動している状況から、どうしたら円満にアイドル活動が出来るのかを悩んだ結果なんだよ」

 

「結果八章でゴリ押ししたわけだけどね」

 

「きっと踏ん切りが付いたんだろうねぇ」

 

「でもそのおかげでディアリースターズの厄介なお母様が漏れなく付いてきた」

 

「……あの人はなぁ……」

 

 

 

「あ、スタッフさんビールおかわり」

 

「え、おかわりありなの? スタッフさん、今度は私にもワイン」

 

「りょーくんとともみ、飲むの早くない……?」

 

「過去話っていう美味しい肴があるからな」

 

「仮にも仕事中になにガチ飲みしてるのよコイツら……」

 

 

 

「さて三つ目のコンテンツは、十年というそれなりに長い月日を表すには最適な『アイドルマスターシンデレラガールズ』だ。モバゲーから配信されたのは2011年の11月。丁度二年前だな」

 

「今は亡きモバゲー」

 

「モバゲー自体はまだあるよ!?」

 

「連載開始時のシンデレラガールズの登場済みアイドルは174人。韓国版限定の三人を含めれば177人ね」

 

「殆ど登場しているとはいえ、まだ未登場のアイドルもちらほら」

 

「今や他事務所プロデューサーからの認知度も高いバベルコンビこと一ノ瀬志希二宮飛鳥の二人が未登場なんだから驚きだよな」

 

「CVで言うと二ヶ月前に佐久間まゆと高森藍子の二人に声が付いて、声ありアイドルはまだまだ25人ね」

 

「ちなみに現在最新の大石泉を含めて98人」

 

「そんなシンデレラガールズに遅れること約一年半。2013年の2月、GRREから『アイドルマスターミリオンライブ!』が配信開始だ」

 

「連載開始の九ヶ月前って考えると、結構近かったのね」

 

「今は亡きGREE」

 

「だからGREEもまだあるからね!?」

 

「ミリオンライブはいきなり三十七人の声優さんが発表されたんだな」

 

「気合の入れ方が違うわね」

 

「以上の四つが連載開始時の主なタイトル。どちらかというとこの頃はまだ『アイドルマスター』とその派生作品」

 

「ここからアイドルマスターと共に歩むアイ転の歴史が始まるわけだ……」

 

「おこがましいったらありゃしないわね」

 

 

 

「このつくね美味しいな。何処の?」

 

「レバー美味しい」

 

「お酒は苦手だけど、こうやっておつまみ食べるのは好きだな~」

 

「ほら、原稿を汚すんじゃないわよ」

 

「「あっ」」

 

「言った傍からタレを垂らすな!」

 

 

 

「さて、それじゃあここからはアイマスの歴史と共にアイ転を振り返っていくぞ」

 

「まずは僅か二ヶ月後の2014年の1月に劇場版『アイドルマスター輝きの向こう側へ!』が公開」

 

「この頃の本編は……『プライベート・タイム』ね」

 

「恭也君と忍がしっかりと登場したお話だね」

 

「つまりクロスオーバーの自重をしなくなった頃か」

 

「今更だけど『自作のオリキャラを増やすぐらいなら、別作品のネームドキャラを持ってくる』ってちょっと何言ってるのか分からないわよね」

 

「でもそのおかげで楽しめてるっていう人も少なからずいるわけだから……」

 

「確か一時期クロスオーバーキャラを全てアイマスキャラに置き換えることも考えたのよね」

 

「翠屋に壮一郎が登場したのがその名残だな」

 

「……そういえば最近出番ないわよね」

 

「あとついでに876プロの夢子ちゃんも。忘れてる?」

 

「次行こうか!」

 

「逃げた」

 

「劇場公開から僅か一ヶ月後、2014年の2月にアイドルマスター五つ目のブランド『アイドルマスターsideM』が配信開始……なんだけど、なんかアクセス過多で落ちたらしいな」

 

「その後正式に再開する7月ね」

 

「その頃はまだ第二章が始まったばかりだったね~」

 

「なんとつい最近再登場したリョウの女装初登場した回である『HENSHIN!』」

 

「sideM編で再登場しちゃうなんて……運命、感じちゃうな」

 

「どこが?」

 

「でもこの頃はまだsideM編は一切書く気無かったんだよね?」

 

「『5ブランド全てのアイドルマスターを書く』と決意したきっかけは15周年記念PV『なんどでも笑おう』を見たことだったらしいわ」

 

「あれは泣くよ……なんどでも笑おうって言ってるのに何度でも泣かされるよ……」

 

「あれから三年……そろそろアイドルマスター20周年が見えてきた」

 

「楽しみだな」

 

 

 

「次は日本酒飲もうかなー」

 

「そっちも美味しそう」

 

「すみませーん、チーズの盛り合わせくださーい」

 

「……いやそもそもなんでこんなにも豊富なメニューが出てくるのよ……」

 

 

 

「2015年の1月にはアニメ『アイドルマスターシンデレラガールズ』が放映開始」

 

「この頃もまだ第二章で、ちょうど如月千早回の直前」

 

「りょーくんの過去が明確に描写された頃で、それに伴いクロスオーバーキャラである高町なのはちゃんが本格的にメインキャラに昇格したんだよね」

 

「……いや今更だけどアイドルマスターの二次創作でメインキャラのリリカルなのはの主人公ってどうなってるのよ」

 

「それがこのアイ転の特色だよ」

 

「物は言いようね」

 

「ちなみにアニメ公開一ヶ月後の2月にとある番外編が公開されるわけなんだが」

 

「あぁ……500話以上ある中で一万文字に届きそうな唯一の番外編ね」

 

神様(さくしゃ)とリョウが壊れたきっかけ」

 

「アタシとしては複雑だなぁ~……」

 

「そして同年の9月に『アイドルマスターシンデレラガールズスターライトステージ』が配信されたんだな」

 

「手元のスマホでアイドルたちが3Dで踊る衝撃は今でも忘れられない」

 

「本編は劇場版編の第三章が始まって、丁度アリーナライブに向けての合宿が始まったところね」

 

「この頃から『小説内と原作でのアイドルの年齢の乖離』に悩まされることになるんだよね」

 

「今でも頭を悩ませる要員の一つだな。何せ現在最新話において春香ちゃんが二十歳だぜ?」

 

「大人しくサザエさん時空にしておけばよかったものを、余計なことをするから」

 

「……あれ? そういえばりょーくん、2014年の出来事を一つ飛ばしてるよ?」

 

「あら本当ね。2014年の5月に765プロの最新タイトル『アイドルマスターワンフォーオール』が発売してるわ」

 

「それに伴い、とある一人のアイドルが登場」

 

「「……あっ」」

 

「この話はここで終わりだ」

 

 

 

「次は焼酎のお湯割りを」

 

「ちょっと飲み過ぎよ。少しぐらい自重しなさいよ」

 

「そうだよリョウ。ジュースにしときなって」

 

「そういうともみも、それジュースじゃなくてカクテルだよね……!?」

 

 

 

「さてここで少し時間が飛んで2017年の6月。それまで新アイドルが一切登場しなかった765プロに二人のアイドルが参加ね」

 

「白石紬と桜守歌織を迎え入れて『アイドルマスターミリオンライブ!シアターデイズ』が配信。ついにミリオンライブも3Dになったね」

 

「この頃の本編は第五章の『Beyond the sea』。志希加入回だな」

 

「そして美城常務のキャラが崩壊した記念回でもある」

 

「記念……記念?」

 

「この頃には既にシンデレラガールズ編の最中で、その次の章をどうしようかと考えていた頃ね」

 

「本当はアニメ化まで待ってそのストーリーを元にミリオンライブ編を書く予定だったんだがな……」

 

「アニメ『アイドルマスターミリオンライブ!』は絶賛放送中」

 

「……本当に時間かかったわね、アニメ化」

 

「アニメ化プロジェクトの発表が2020年の7月だもんねぇ」

 

「発表が既に遅い」

 

「シンデレラガールズ編の後に時間稼ぎの感謝祭ライブ編を一年以上書いてもまだ足りなかったっつーね」

 

「発表されたころには既にミリオンライブ編始まってるものね」

 

「漫画版が神で良かったよホント……」

 

「同年8月には『アイドルマスターSideM LIVE ON ST@GE!』が配信開始。こちらも3D」

 

「……結局手を出さなかったんだっけ?」

 

「まだアイドルマスターというコンテンツに嵌り切っていない頃だったからなぁ……」

 

「さらに同年の10月にはアニメ『アイドルマスターsideM』が放送開始ね」

 

「同じくしっかりと視たのは数年後」

 

「まぁ見ないよりはマシなのかしらね……」

 

 

 

「そろそろシメを考えるか」

 

「お茶漬け」

 

「そもそもアンタらよくもまぁそんなに食えるわね」

 

「ちょっとだけ明日の体重計が怖い……」

 

 

 

「2018年の3月にGREEのミリオンライブがサービス終了しちゃうけど……」

 

「同年4月についに六つ目のブランド『アイドルマスターシャイニーカラーズ』が配信開始だ」

 

「第五章でニュージェネの三人が第一次不穏な空気を迎えてた頃」

 

「ともみ、言い方」

 

「第五章のニュージェネ関連のアレコレは本当に闇が深かったねぇ……」

 

「ここが重すぎてマジで一時期読むの断念したって言ってた人もいたぐらいだからな」

 

「なんでこんな作風しておいて定期的に闇が提供されるのよこの作品」

 

「さぁ……?」

 

 

 

「さて、シメも食べて満足したところで!」

 

「せめて振り返ったことに満足しなさい」

 

「ここまでは()()()です」

 

「「「えっ」」」

 

「ここまで振り返ったようにアイ転の連載期間中に色々な出来事があったわけだ」

 

「十年もあったんだから、そりゃあね」

 

「その間に神様(さくしゃ)のアイマス知識は増えたし、担当も増えたし、作中の時間の進み方も何となく把握した。故に神様(さくしゃ)はこう考えた」

 

 

 

 ――今、『アイドルの世界に転生したようです。』を一から書き始めたらどうなるか?

 

 

 

「「「はあああぁぁぁ!?」」」

 

「というわけで、次週! 『Another Lesson01 完全無欠のアイドル様』! こうご期待!」

 

「えっ、これ次回に続くの!?」

 

「そう来るとは思わなかった……」

 

「りょーくんりょーくんアタシの出番はあるんだよね!? あるんだよね!?」

 

 

 

 続く!

 

 

 

 




・『覇王と魔王の独裁ラジオ』
久しぶりのラジオ回……最後に書いたのいつだろうか……。

・今回は完全にメタ視線で
そうした方が楽だったので。

・昔は楽しく学生をしていたのに
連載開始時、作者は大学で卒業研究の真っ只中でした。

・私たちの元ネタ
とはいえ漫画『アイドルマスターrelations』の方が正確かもしれない。

・モバゲー
あるらしい。

・韓国版限定の三人
いつかは出したいけど……ワンチャン、KR編かなぁ……?

・GREE
あるらしい。

・とある番外編
未だ揺るがぬ作者の担当アイドル。

・『Another Lesson01 完全無欠のアイドル様』
本当の10周年記念はこっち。



 こうして見ると本当に色々なことがあったんだなぁって実感しました。

 そして作中でも触れたように次回が本番です。ある意味で別世界線でのアイ転となります。……あ、勿論書くのは一話だけですよ。連載しません。



『どうでもいい小話』

 皆さん異次元フェスはいかがでしたか? 自分は……もうちょっと心の整理が出来てから観ようかなって……。


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番外編85 Another Lesson01 完全無欠のアイドル様

もし今アイ転を書き直すとしたら、きっとこうなる。


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 

 

 

 ――懐かしのアイドル特集!

 

 ――伝説のアイドル! 日高舞!

 

 

 

 それは大体十歳頃の記憶。たまたま居間のテレビに映っていたそれは、俺がまだ幼児だった頃に大流行していたアイドルの映像だった。

 

『うわ~なつかし~! 日高舞ちゃん、私も好きだったよ~』

 

 それを見ながらニコニコと笑う母さんは、とくに聞いてもいないけれど当時の思い出を俺に聞かせてくれた。

 

 どうやら彼女、日高舞は僅か三年で引退してしまった超人気のトップアイドルだったらしい。彼女以外の全てのアイドルが少し見劣りしてしまうほどの影響を与えたらしく、彼女の引退後『アイドル冬の時代』が訪れたとかなんとか。

 

 相当ミーハーだったらしく鼻息荒く語ってくれる母さんの話を話半分に聞きつつ、俺の意識はテレビに映る彼女の映像に傾いていた。

 

 素人目に見てもなんとなくそれは分かった。きっと画面の向こうから、過去の熱気が現代に伝わってきそうな、そんな感覚。

 

(……伝説のアイドル、ねぇ)

 

 しかし、何故か俺の心はビックリするぐらい()()()()()

 

 

 

 ――え? ()()()()()()()()

 

 

 

 今の振り付け、もうワンテンポ早かったら。

 

 今のブレス、もう少し短かったら。

 

 アイドルの歌にもダンスにも素人のはずの俺なのだが、何故か『もっとこうすればより完璧なパフォーマンスになるのに』という考えがポンポンと頭に浮かんでいた。

 

(いやでもトップアイドルって言われてるぐらいなんだから、そんなわけ……あぁ、手を抜いてるのか)

 

 所詮歌番組だ。わざわざ日本一のトップアイドル様が全力を出すほどじゃないってことなのだろうと、自分の中でそう結論付けた。

 

(……あれ)

 

 そして俺は、ようやくそこでそれに気が付いた。

 

 

 

 ――もしかして、これが俺の『転生特典』なのか?

 

 

 

 周藤良太郎。()()()()()()()()()()()()

 

 今まで謎だった自身の転生特典の正体に、ようやく気が付いた瞬間だった。

 

 この三年後……俺は『アイドル』となった。

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 意識が浮上する。どうやら懐かしい夢を見ていたようだ。

 

 軽く伸びをしてソファーから身体を起こす。確か早めに楽屋入り出来たからひと眠りしてたんだっけ。

 

「……ん?」

 

 なにやら人の気配。

 

 

 

「「………………」」

 

 

 

 ……なんか朝比奈(あさひな)りんと緋田(あけた)美琴(みこと)がお互いの胸を押し付け合いながら睨み合っていた。

 

「あ、リョウ起きた」

 

「ようやく起きたのね」

 

「おはよ、良太郎」

 

「おはよ……何でいるの?」

 

 俺が起きたことに気が付いた三条(さんじょう)ともみと東豪寺(とうごうじ)麗華(れいか)斑鳩(いかるが)ルカの三人に挨拶を返しつつ、一体何故俺の楽屋がこんなに賑やかになっているのかを尋ねる。

 

「美琴がお前に聞きたいことがあるっていうから一緒に来たんだけど、なんか楽屋の目の前で鉢合わせて」

 

「こっちも同じ理由。で、楽屋の前で睨み合ってたら、幸太郎さんが来て入室許可だけくれて去っていった」

 

「あの野郎……」

 

 楽屋に入れることは別にいいとして、寝ている俺を放置して立ち去るんじゃねぇよ。せめて起こせ。

 

「「………………」」

 

 一方で、二人は俺が起きたことにも気が付かずに睨み合ったままである。一言も言葉を発することなく、しかし何故かお互いの胸部を押し付け合うという贅沢な乳相撲を繰り広げていた。りんの素晴らしい大乳は言わずもがな、美琴の大乳もなかなか……。

 

「……写真撮っちゃダメかな?」

 

 是非ともこの光景をスマホに収めたいとユニットメンバーに撮影許可を取ったら、無言で両側から麗華とルカに丸めた雑誌で顔面を引っ叩かれた。痛い。

 

 

 

 俺の顔面を引っ叩く乾いた音でこちらに気が付いた二人が乳相撲を止めてしまったので貴重なシャッターチャンスを失ってしまった。

 

「……で、なんだっけ? 俺に聞きたいことがあるんだっけ?」

 

 ヒリヒリと痛む鼻先を抑えつつソファーに腰掛け、今人気のトップアイドルユニットである1054(トウゴウジ)プロの『魔王エンジェル』と961(クロイ)プロの『Ailes de l’aube(エルデローブ)』の二つのユニットに来訪の目的を尋ねる。

 

「そう! そうだよりょーくん!」

 

「聞きたいことがある」

 

 ずずいとこちらに身を乗り出すりんと美琴。視線は自然と二人の胸元に吸い寄せられるが、頑張って視線を持ち上げる。

 

 

 

「「961プロ辞めるって本当!?」」

 

 

 

「……え、何処で聞いたの?」

 

 マジでトップシークレット案件なんだけど。

 

「たまたま社長室の前を通りがかったときに聞こえてきて……」

 

「ルカ」

 

「美琴めっちゃ聞き耳立ててた」

 

「………………」

 

 ユニットメンバーからの密告に美琴はそっと目を逸らした。

 

「それで、りんはどうして知ってんの? 美琴から聞いた?」

 

「麗華が教えてくれた」

 

「……麗華?」

 

「東豪寺の情報収集能力を舐めてもらったら困るわね」

 

 あれ、今もしかして『961プロの事務所に産業スパイがいる』って宣言された? いやまぁ薄々いるだろうなとは思ってたけど。

 

「それで」

 

「本当なの?」

 

 ……まぁ、コイツらなら話してもいいかな。

 

「半分正解。正確には『退所を打診して却下された』だ」

 

「そ、それじゃあ……!」

 

「あ、アイドル……辞めるつもりなの……!?」

 

 俺の肯定に、りんと美琴の顔が真っ青になった。ともみとルカも少なからずショックを受けた様子を見せており、麗華だけが変然としていた。

 

「辞めないよ。兄貴と二人で独立……もしくは961傘下の小さい事務所を立ち上げようとしてたんだよ」

 

「「ほっ」」

 

 露骨に安心した表情になったりんと美琴に、心が少しホッコリする。

 

「それにしても黒井社長、なんだかんだ言ってリョウのこと大事に思ってるんだね」

 

「いやぁ社長のことだから、手駒が減ること以上にウチ以外の利益が増えることが嫌だったんじゃない?」

 

 ともみとルカがそんな考察が、どちらもハズレである。

 

「『貴様のようなふざけたアイドルを野放しになど出来るかこの戯け!』ってメッチャ怒鳴られた」

 

『……あー……』

 

 社長の発言も勿論、それに納得するコイツらも大変失礼である。

 

「けどその代わり、少しだけ活動を縮小する方針になった」

 

 どちらかというとコチラが本命。最初に割と無茶な要求をしておくことによって後からの要求へのハードルを下げるテクニック的なアレである。

 

「活動を縮小って……結局お前何したいんだよ」

 

「何したいって……前々から俺はずっと公言してるはずだぞ」

 

 

 

 ――この『アイドル冬の時代』を終わらせる。

 

 

 

 それがこの俺、961プロダクションに所属するトップアイドル『周藤良太郎』が常日頃から掲げている野望である。

 

 今から十四年前。当時人気の絶頂であったトップアイドル『日高舞』の電撃引退。彼女の引退により芸能界は『アイドル冬の時代』を迎えることとなった。誰もが空席となった玉座を目指し、しかしその道の険しさから数多の人間が道半ばで諦めていき……やがてアイドル業界は疲弊し縮小していった。

 

「そんな中、颯爽と現れたのがこの俺、超絶トップアイドル『周藤良太郎』!」

 

「自分で言うな」

 

「間違ってないのが腹立つ」

 

 ほらそこ麗華とルカ、盛り下げない。りんと美琴みたいに歓声を上げろとは言わないから、ともみみたいなやる気のない拍手ぐらいしてくれ。

 

 自身の転生特典に気付き、トレーニングと下準備に数年かけてからアイドルとなった俺は、そのままトップアイドルへの道を駆け上がった。『伝説の再来』だの『新たな王』だのなんだの色々と言われつつ、俺は数年で日本のアイドルの頂点へと辿り着いた。

 

 ……辿り着いてしまった。

 

「……あれ、結局事務所を辞めようとした理由は何?」

 

「『アイドル冬の時代』が終わったから、俺の役目はもう終わった的な……?」

 

 りんと美琴が首を傾げるが、どうやら勘違いしているらしい。

 

「『アイドル冬の時代』は()()()()()()ぞ」

 

「「え?」」

 

「お、終わってない……!?」

 

「世間的には『周藤良太郎世代』って盛り上がってるけど」

 

「………………」

 

 何も言わない麗華以外はどうやら本当に分かっていなかったらしい。

 

「確かに()()盛り上がってる」

 

 『周藤良太郎』を筆頭に『魔王エンジェル』『Ailes de l’aube』『ZWEIGLANZ(ツヴァイグランツ)』『Jupiter(ジュピター)』といったトップアイドルがアイドル業界を盛り上げていることには間違いない。間違いないんだけど。

 

「偏りすぎ」

 

「……まぁ」

 

「それはそう」

 

 『魔王エンジェル』以外全員961プロなんだよ。これは素直に社長の手腕を褒めるべきなんだろうけど、そうじゃないんだよ……。

 

「社長の思惑通りなんだろうし、俺もそれに乗っかった部分がある。それは認める」

 

 おかげでアイドルという存在そのものの価値が上がり、一度は離れてしまった世間からの羨望の目を引き戻すことには成功した。

 

 でも、俺は俺自身がしてきたことは『この冬を乗り切った』だけだと思っている。

 

 

 

「寒い冬を乗り越えて雪解けが訪れても、芽吹かなくちゃ意味がないんだよ」

 

 

 

 だから俺は一度、ほんの少しだけ前線を退く。退くって言っても半歩下がるぐらいの僅かなものだが、それだけでもきっと見えてくるものがある。

 

「……ホント、アンタ舐めてるわよね」

 

「ん?」

 

「つまり自分が全力出さなくても、私たちには追い付かれないって思ってるんでしょ?」

 

 そういうつもりじゃないんだけど……いや、麗華の言う通りか。

 

「俺は別に追いつかれていいと思ってるし、なんだったら追い抜いてくれてもいいと思ってる。そうじゃなきゃ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 超えて見せろよ、アイドルたち。

 

 所詮俺は転生チート野郎だ。

 

 舞台は暖めておいてやった。

 

 精々俺を『踏み台』にして駆け上れ。

 

「でも簡単に超えれると思ってくれるなよ?」

 

 何せ俺は。

 

 

 

「完全無欠のアイドル様だからな」

 

 

 




・『もっとこうすればより完璧なパフォーマンスになるのに』
改変1 純粋にアイドルとしての才能の上方修正。

・美琴とルカ
改変2 仲違いすることなく良好な関係のまま。

・961プロの『Ailes de l’aube』
改変3 美琴とルカがそのまま961でデビュー。ちなみにフランス語で『夜明けの翼』。

・961プロ所属『周藤良太郎』
改変4 例の事件後、ドイツから帰国したばかりの黒井社長の目に留まった。
ちなみに兄貴はプロデューサー。

・ややマイルドな黒井社長
改変5 良太郎を抱え込んでおいて苦労人枠から逃げられるとでも?

・『ZWEIGLANZ』
改変6 961でデビュー済みの玲音と詩花。良太郎からの敵意は無し。

・超えて見せろよ、アイドルたち。
改変7 王様というよりも、超えるべき壁として徹底してる。



 ぼくのかんがえたさいきょうの961プロ!

 もし今のアイドルマスターの環境、および作者の認識の状況でアイ転を書き直すとしたら、というIFストーリーでした。

 色々な事務所とかアイドルとかが登場するようになったから時系列を整理したっていうのが大きいですが、一番大きな改変場所は『961プロへの認識』です。

 当時はアニマスで徹底的に悪役として描かれていた黒井社長ですが、その後のメディア展開で『売り方が間違ってただけでやっぱり有能だったのでは?』という風潮が高まりつつある昨今。

 そして『朝焼けは黄金色』で完全に見方が変わりました。メンタルケアの仕方が下手なだけであって、メンタルケアの必要が一切ない良太郎と組ませれば成功するだろうなって思った。そして良太郎の影響で性格は変わらなくても他のアイドルへの対応もマイルドになるかなって思った。

 とまぁそんな妄想でした。続きは書きませんのであしからず。


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番外編86 緑色の短編集

久しぶりの短編集! sideM編!


 

 

 

・とある公園にて(Lesson335後のお話)

 

 

 

緊急ミッション

 

『行方不明となったあずささんを探せ!』

 

 

 

 なんか収録後に『羨ましかったから』という理由で竜宮小町全員でお出かけしたら、あずささんが一人だけ迷子になったらしい。

 

「いつものことじゃん」

 

「反論出来ないわね……」

 

 がっくりと項垂れるりっちゃんが流石に不憫だったので、俺も手伝ってあげることにする。こんな親切なトップアイドルなかなかいないぜ?

 

「報酬はあずささんの最新グラビア没写真でいいぞ!」

 

「え? なんですって?」

 

 ポキポキと指を鳴らすりっちゃんが暴力系と難聴系の併発ヒロインになりかけてるから自重する。

 

 とはいえ俺にも時間的余裕があるわけではないので、探し物の専門家に頼むことにしよう。詳細はLesson146を参照にしてくれ。

 

「そこの公園にいるらしい。良かったね、県外とかじゃなくて」

 

「それはそうなんだけど……え、今の一瞬で分かったの……? どういうこと……?」

 

 俺も詳しく聞いてないから原理は知らない。きっとあれだよ、なんやかんやあるんだよ。

 

 てなわけで公園に到着。そこそこ広い公園なので何処にいるのかな~と二人でフラフラと探していると、ベンチに座ってイケメンと談笑しているあずささんを無事に発見した。

 

 ……ん?

 

「美女とイケメン……絵になるなぁ」

 

「そうじゃないでしょ!? 誰!? すすすスキャンダル……!?」

 

 りっちゃん落ち着いて。イケメンと話してるだけでスキャンダルにはならんよ。

 

「あずささーん、お迎えに来ましたよー」

 

「え? あら、良太郎君、律子さんも~」

 

 声をかけると、相変わらずのほほんとしたあずささんの返事が返ってきた。

 

「ごめんなさいね~、気が付いたらこの公園にいまして~」

 

「そんなバカな」

 

「あるあるですよねぇ」

 

「あるあるなんですか!?」

 

 なんとあずささんの発言にニコニコ笑顔で同意するイケメン。もしやコレは新手のナンパ……? 『うんうん分かる分かるそれは彼氏が悪いよ~』とかいう奴の派生……?

 

「俺もこの間コンビニに行こうとして雑木林の近くを歩いてたんですよ。そしたらいつの間にか森の中。いやぁ参ったよね」

 

「「なん……だと……!?」」

 

「私も、近所を散歩していたらいつの間にか海にいまして~」

 

「『あれ? いつの間に海辺に引っ越したっけ?』って思っちゃいますよね」

 

 あずささんと異次元の方向音痴あるあるで談笑するイケメンに、りっちゃんと二人で戦慄する。まさかこのイケメン、あずささんと同レベルの方向音痴……!? そ、そんな人間がいたなんて……!

 

「っと、そろそろいかないと……」

 

 公園の時計で時間を確認すると、イケメンはベンチから立ち上がった。

 

「俺はこの近くの喫茶店でオーナーをしている神谷(かみや)幸広(ゆきひろ)です。ここであったのも何かの縁、三人ともサービスさせてもらいますね」

 

「わぁ、ありがとうございます~」

 

「「ど、どうも……」」

 

 途中から現れた俺とりっちゃんもサラッと加えているところにイケメン味を感じる。うーん立ち去り方も優雅だな……。

 

「……あれ、そういえば喫茶店のお名前を聞いてないわ?」

 

「あれだけスマートに決めておいて!?」

 

「まぁ彼があずささんレベルの方向音痴だと仮定すると……」

 

 ……多分、今彼が去っていった方向とは逆にお店があるんだろうな、と何となく思った。今度探してみよっと。

 

 

 

 

 

 

・とある河川敷にて(Lesson352後のお話)

 

 

 

「オマエには興味ないつってんだろぉがバァーカ!」

 

「んだこのクソ白髪ぁ!」

 

「オレ様のは銀髪だ! 白髪はオマエだろーがよぉ!」

 

「俺のはホワイトブロンドっつーんだよ〇ね!」

 

「ちょっとかっちゃんダメだって……!」

 

 

 

 315プロの早朝ランニングに参加した帰り道、何やらそんな殺気に満ち溢れたやり取りが聞こえてきた。なんだなんだ不良の喧嘩か?

 

 見てみると、白っぽい髪の青年が白っぽいの髪の少年を煽っているようで、白っぽい髪の少年は悪鬼もかくやという憤怒の表情で掴みかかろうとしていて、そんな少年を緑の縮れ毛の少年が必死に抑えていて……ってオイオイ。

 

「コラ、爆豪、緑谷」

 

「あぁん!? ……っ!?」

 

「え……え、えぇ!?」

 

 白っぽい髪の少年は爆豪勝己。緑の縮れ毛の少年は緑谷出久。二人ともUAプロダクションに所属するスタント俳優で、去年放映していた覆面ライダー俳優。

 

 俺を含め一度覆面ライダーとして名が知られた人間はずっとその肩書を背負って生きることとなる。そんな人間が変装もせずに街中で喧嘩のような騒動を起こすのは言語道断だ。

 

「ちっ……」

 

「す、すみませんでした!」

 

 俺に気付いた二人は俺が何を言いたいのかすぐに気付いたようで、爆豪は舌打ちをしながらも気まずそうに視線を逸らし、緑谷は顔を真っ青にして何度も俺に向かって頭を下げていた。

 

「なんだぁ? オマエがコイツらの親玉か?」

 

 そんな二人に絡んでいた白っぽい髪の青年は、まるで狼を彷彿とされる獰猛な笑みを浮かべていた。

 

「俺はこの子たちの仕事の先輩だよ。緑谷、今の状況を説明してほしい」

 

「え、えぇっとですね……」

 

「このクソ白髪狂犬が()()()()()()にちょっかいかけてきたんだよ!」

 

「だから銀髪だっつってんだろうがこの頭爆発バァーカ!」

 

「んだゴラ爆〇してやろうかぁ!?」

 

「だからかっちゃんダメだって!?」

 

 青年の煽り言葉に乗ってしまう爆豪を再び引き留めようとする緑谷。

 

「……ん? 新入り?」

 

 誰のこと?

 

「俺だ」

 

「あ」

 

 余りにも三人が目立ち過ぎていたので気付かなかったが、爆豪と緑谷の後ろにもう一人、藍色の髪の少年が立っていた。

 

「新入りってことは、UAの俳優さん?」

 

「あぁ。大河(たいが)タケルだ。よろしく頼む」

 

「よろしく。俺は……」

 

「なぁに呑気にご挨拶してんだオメエは! そんなことしてる暇があったらオレ様と勝負しろっつってんだろぉがよぉ!」

 

「だからテメェはいい加減にしろっつってんだよクソボケがぁぁぁ!」

 

 自己紹介が青年に遮られてしまった。

 

「緑谷、改めて現状の説明。簡潔に」

 

「は、はい!」

 

 どうやら緑谷と爆豪が新人の大河を連れてランニングをしていたところ、突然この青年が「ようやく見つけたぞチビ! オレ様と勝負しやがれ!」と突っかかって来たらしい。

 

 なんでも大河は元プロボクサーだったらしく、それを知ってか知らずか「オメエ強ぇんだろ!? でもオレ様の方がもっと強ぇ!」と度々勝負を仕掛けてきていたらしい。

 

「なんともまぁ発想と行動が蛮族……」

 

 これには魔境校出身の俺もビックリである。

 

「何度も言っているだろう。俺はお前と戦わない」

 

「逃げんのか!?」

 

 表情乏しく冷静に対応する大河に対して、さらに挑発するような発言をする青年。

 

「逃げているわけではない。俺にはやるべきことが出来た」

 

「やるべきことだぁ!?」

 

「あぁ。……俺は、()()()()()()()()()

 

「……は?」

 

 真顔でそう言い切った大河に、青年はぽかんとした表情になった。

 

「理由はお前に話す義理はない。だが、俺は本気で覆面ライダーになろうとしている。お前の相手をしている暇はない」

 

「………………」

 

 大河がそうハッキリと宣言すると、青年は目に見えて(あ、怒りのボルテージが上がってるな)と分かる形相へと変貌していった。

 

 

 

「じゃあオレ様がお前よりも先に覆面ライダーになったら、オレ様の勝ちだなぁ!」

 

 

 

「「「……?」」」

 

 何を言い出すんだコイツは。

 

「いや、そうはならないだろ」

 

 思わず宇宙猫になってしまった俺と緑谷と爆豪に代わり、冷静なツッコミを入れる大河。

 

「いーやオレ様が決めた! お前より先に覆面ライダーになってやる!」

 

 もしやコイツ……逆に愉快な人間なのでは?

 

「……なぁーに言ってんだこのクソボケ○○〇がぁ! その腐ったドタマ○○○○したろぉかぁ!? あぁ!?」

 

「ダメだよかっちゃんついにセリフが伏字になっちゃったよ!?」

 

 とりあえず後で爆豪の教育に関してUAプロに一報を入れておこう。

 

「だから勝負だ! オレ様とオマエ、どっちが先に覆面ライダーになるか!」

 

「……別に勝負をするつもりはない。誰に何を言われようと、俺は覆面ライダーになる。ただそれだけだ」

 

「ハッ、負けるのが怖くて予防線張ってんのか? いいぜいいぜ好きなだけ言い訳しな!」

 

 どれだけ挑発されても暖簾に腕押しな大河であるが、それを意に介さず挑発を続ける青年もある意味では暖簾に腕押しなのかもしれない。

 

 

 

「覆面ライダーになるのはこのオレ様、牙崎(きざき)(れん)だ!」

 

 

 

 その後、風の噂で彼もUAプロダクションに入ったと聞いた。はてさて、大河と牙崎、どっちが先に覆面ライダーデビューすることやら。

 

 

 

 

 

 

・とある休工中の工事現場にて(Lesson378後のお話)

 

 

 

 さて、みのりさんの愉快な過去が判明したところで、そろそろ解散しないといけないのではないかという流れになった。

 

 いくら喧嘩沙汰にはならなかったとはいえ、これだけの規模のバイク集団(しかも見た目ガラが悪い)が集まっていたら警察を呼ばれてしまう可能性が高い。早々に退散するべきであるという判断になったのだが……。

 

 

 

「やぁっと見つけたぜテメェら!」

 

 

 

『!?』

 

 空気がビリビリと震えるような大声と共に、一人の男が工事現場に飛び込んできた。

 

「テメェらだな!? 最近この辺りをウロついてる族ってーのは!」

 

 燃え上る炎のように派手な赤髪のその男は、長ランに腹巻というなんとも昭和チックな『ヤンキー』然とした格好で、ビシッと勢いよくこちらに向かって人差し指を突き付けた。

 

「カタギの人間を無意味に怖がらせるような悪人を見過ごすわけにゃあいかねぇ! テメェら全員まとめて、このオレがぶっ飛ばしてやるぜ! ……って女子ばっかり!?

 

「……えーっと」

 

 彼が何をしたいのかは分かったんだけど、どこから説明するべきなのだろうか。この場にいる全員から「なんとかしてください」という視線を集めているみのりさんからの「なんとかして」という視線を感じる。えー俺ー……?

 

「チクショウ、これは想定外だったぜ……こ、この場合どーすりゃいいんだ……」

 

「待て朱雀」

 

 勢いよく飛び込んできた割に何故か怯んでいる赤髪の男の背後から、今度は黒髪オールバックに眼鏡をかけた短ランの男が現れた。……滅茶苦茶身長デカいな、目測だけど多分きらりちゃんより大きいぞ。

 

「お、おぉ玄武、オレはどーすりゃ……」

 

「だから待てって。何か様子がおかしい」

 

「へ?」

 

 どうやら黒髪の方は赤髪よりも冷静らしい。まずはこっちに状況説明をするか。

 

 ……いやなんで俺がすることになってんの?

 

 

 

「え? もう終わった?」

 

「正確には『一触即発の空気だったけど未遂で済んだ』ってところかな」

 

「なるほどな……」

 

 そもそもお互いに誤解だったとかその辺りの説明はややこしいかなーとは思ったのだが、黒髪の方は見た目通りのインテリヤンキーだったようでしっかりと状況を理解してくれた。

 

「……だぁ~なんだ~無駄足だったか~……」

 

 そして何も無かったことを理解したらしい赤髪はがっくりと肩を落とすが……。

 

「……でもまぁ、何もなかったんならそれに越したこたぁねぇな!」

 

「そうだな。『有終完美(ゆうしゅうかんび)』。誰も不幸になっていないのであればそれでよかった」

 

 黒髪共々納得した様子で爽やかな笑みを浮かべた。二人とも見た目はガッツリとヤンキーだけど、どうやら光明面(ライトサイド)のヤンキーらしい。『悪人を見過ごせない』とも言っていたし、本当にいい奴らみたいだ。クラスメイトのリーゼントを思い出す……これだけだと該当者が二人いる辺り、流石我が母校。

 

「おっと名乗るのが遅れたな! オレは紅井(あかい)朱雀(すざく)だ!」

 

黒野(くろの)玄武(げんぶ)だ。みんな、騒がせて悪かったな」

 

 うーん、朱雀に玄武ときたか……そのうち新メンバーとして青龍と白虎が加わって四天王になるタイプのヤンキー漫画かな?

 

「いや、こちらこそ誤解を招くような状況でごめんね。今から解散するところだから、今回は見逃してほしいかな。……みんな、イベントが終わっても大人しくしてるんだよ」

 

『はい! 勿論です!』

 

 みのりさんの呼びかけに、総長二人を筆頭に二つのグループ全員が一斉にいいお返事。うーん、これは王者の風格。これには赤井と黒野も驚いていた。

 

「すっげぇな……まさかアンタがコイツらの頭なのか?」

 

「『和光同塵(わこうどうじん)』……人は見かけによらないな」

 

「あ、いや、別にそういうわけじゃないんだけど……」

 

 何やら誤解している二人に、みのりさんは苦笑しながら否定をするのだが……。

 

 

 

「なにせ渡辺さんは、あの『茨城の鬼神』だからな!」

 

 

 

「拓海ちゃん!?」

 

「うーんこれはワンコ」

 

 まるで自分のことのように誇らしげな拓海ちゃんに、みのりさんの過去が盛大に暴露されていた。こんな無邪気な拓海ちゃん初めて見るなぁ……。

 

「は? い、『茨城の鬼神』……って、あの『茨城の鬼神』!? アンタが!?」

 

「これは驚いた……正真正銘の伝説じゃないか……」

 

 どうやら彼らもしっかりと『茨城の鬼神』に反応するタイプのヤンキーだったらしく、再びみのりさんは頭を抱えることになってしまった。

 

「これぞまさしく『地獄への道は善意で舗装されている』ってやつだな」

 

「ヨーロッパの格言だな」

 

 おっ、博識だな黒野君。

 

 その後、みのりさんを見るキラキラした瞳が一対増えてしまい、彼の目はよりいっそう死んだものになってしまいましたとさ。

 

 

 




・神谷幸広
『アイドルマスターsideM』の登場キャラ。
ユニット『Cafe Parade」をまとめるリーダーな21歳。
極度の方向音痴ということで、奇跡的にあずささんとの邂逅を果たす。
ちなみ『翠屋のポジションが彼の喫茶店』という別案もあった。

・かっちゃん
多分原作ほどの罵倒は再現出来ていない。

・大河タケル
『アイドルマスターsideM』の登場キャラ。
ユニット『THE虎牙道』のメンバーで元プロボクサーな17歳。
本編だと弟妹を見付けるためにアイドルになったので、アイ転では同様の理由で覆面ライダーを志してもらった。多分殺陣とか凄い。

・牙崎漣
『アイドルマスターsideM』の登場キャラ。
ユニット『THE虎牙道』のメンバーで元拳法家な18歳。
アニメでも変わらずタケルに突っかかっていたみたいなので、アイ転でも同様につっかかってもらい、そのままの流れで覆面ライダールート。

・紅井朱雀
『アイドルマスターsideM』の登場キャラ。
ユニット『神速一魂』のメンバーで正義の熱血ヤンキーな16歳。
猫とバイクが好きで熱いヤンキーという、拓海と相性が良いアイドル。

・黒野玄武
『アイドルマスターsideM』の登場キャラ。
ユニット『神速一魂』のメンバーでクールなインテリヤンキーな17歳。
アイマス世界では貴重なきらりよりも高身長で190cm。
……え、それで体重65kgはちょっと不安になるんじゃが?

・クラスメイトのリーゼント
一人は現在教育実習中。



 久しぶりの短編集、今回はついに男性アイドルオンリーです!

 神谷に関しては先日のMOIWで知名度が上がったと思います。そうです、あの顔の圧が強い面白お兄さんが中の人。

 虎牙道の二人に関しては……ぶっちゃけかっちゃんと口喧嘩させたかっただけ()
 多分最後の一人は現在もラーメン屋やってる。

 最後ヤンキーユニットの二人。……ガタイのいいインテリってのが地味に癖(突然のCO)(原神のアルハイゼンとか)

 以上、今年最後の更新になります。それではみなさん、よいお年を……。


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番外編87 もし○○と恋仲だったら 賀春

あけましておめでとうございます。

色々と大変なことが起こっていますが、過度に不安がらないように普段通りの更新をさせていただきます。


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

「「あけましておめでとー」」

 

「新年最初の挨拶としては間違ってないけど、そうじゃない!」

 

 今日も変わらず日課の早朝ランニングから帰ってきたら『お嫁さん』が怒っていた。

 

「別に怒ってないわよ……」

 

 それじゃあどうしたというのだろうか。

 

 一緒にランニングをしていた『二人目のお嫁さん』である緋田美琴ちゃんに視線を向けてみるが、彼女もまた分からない様子で首を横に振った。

 

「日課をこなすのはいいわよ。だからって元旦の早朝までする?」

 

「毎日やらなきゃ日課じゃないじゃん」

 

「そうだよ冬優子ちゃん」

 

「……美琴さんの脳筋がうつった……」

 

 頭が痛そうに額を抑える(まゆずみ)冬優子(ふゆこ)ちゃん。

 

 ……なるほど。

 

「確かに笑ってる冬優子ちゃんも可愛いけど、ちょっと困ってる表情も可愛いね」

 

「は、はぁ!?」

 

 顔が赤くなって恥ずかしがってる姿もソーキュート。普段外で見せる『ふゆ』ちゃんは可愛いの権化というか自分の好みドストライクなところがあるんだけど、こうして家族の前でだけ見せてくれる素の冬優子ちゃんも本当に可愛い。

 

「……良太郎君」

 

 クイクイと隣から袖を引かれたので横を見ると、屈んで目線を落とした美琴ちゃんが何かを訴えるような目で見ていた。

 

「勿論、美琴ちゃんも可愛いよ。美人系だけどそうやって自分のことも気になっちゃうところが本当に可愛い」

 

「ふふっ、ありがとう」

 

 ほんのりと頬を染めて微笑む姿がソーキュート。大人のお姉さんが照れている姿からしか得られない栄養素が確かにある。

 

「………………」

 

「ん?」

 

 視線を感じたのでそちらを見ると、寝室の入り口から顔を半分だけ出す形で『三人目のお嫁さん』がこちらの様子を覗いていた。その視線は何かを期待しているようにも見えて……その理由に気付く。

 

「勿論、果穂の元気一杯な笑顔も可愛いよ。新年初笑顔見せて欲しいな~」

 

「……!」

 

 パァッと表情を輝かせると、小宮(こみや)果穂(かほ)はテテテと寝室から駆け出してきた。

 

「はい! あたしの笑顔、良太郎くんにあげます!」

 

「う~ん可愛い!」

 

 ()()()として年不相応の身体と年相応の元気いっぱいの笑顔がソーキュート。前世基準で考えると小学生のお嫁さんなんて到底許されるものではないのだが、そもそも俺自身も小学生なのでセーフ。

 

 この世界では一夫多妻制および十歳からの婚姻が認められているので、セーフと言ったらセーフなのである。

 

 

 

 

 

 

 それでは改めて。

 

「「「「あけましておめでとうございます」」」」

 

 四人膝を突き合わせて頭を下げ、しっかりと新年の挨拶をする。

 

 この世界に転生して早十二年。そんな世界でトップアイドルとなって僅か三年……そして三人のアイドルのお嫁さんとのラブラブ夫婦生活二年目のお正月を迎えた。前世では考えられないことではあるが、未成年同士での結婚や新婚生活は珍しいものではないのである。本当に異世界。

 

「はい、三人にお年玉」

 

 フローリングのカーペットの上に正座をして新年の挨拶をした後は、去年から引き続き三人へポチ袋を差し出した。

 

「「………………」」

 

「え、えーっと……」

 

 しかし美琴ちゃんと冬優子ちゃんは俺が差し出したポチ袋になんとも言えない微妙な視線を向け、果穂ちゃんもポチ袋を受け取るか受け取らまいかと手が宙を彷徨っていた。

 

「去年も言ったんだけど、あんまり年齢のことは気にしなくていいのに」

 

「そうは言っても……」(24)

 

「いくらアンタがふゆたちの数倍稼いでるトップアイドルだからって、小学生からお年玉を貰うこと躊躇しない大人はいないのよ……!」(19)

 

 まぁ確かに逆の立場だったら俺も躊躇したと思う。

 

「えっと……あたしは……」(12)

 

「果穂も、同い年だけど遠慮せずに貰って欲しいんだけどな」(12)

 

 同じお嫁さんである二人が受け取らないため、果穂も受け取りづらいだろう。果穂のためにも是非美琴ちゃんと冬優子ちゃんにも受け取ってもらいたいところである。

 

 しかし「果穂のためと思って」と言っても二人は「それならば果穂だけ受け取ればいい」と言うし、果穂はそんなことを言われて素直に受け取れる性格ではないし寧ろ先ほどよりも受け取りづらくなってしまった。このままでは悪循環である。

 

「こうなったら、二人には無理矢理受け取ってもらおうと思います。覚悟はいいね?」

 

「無理矢理……」

 

「覚悟って、なんの覚悟よ」

 

「答えは聞いてない!」

 

 

 

 正座をしている冬優子ちゃんの太ももにポチ袋を差し込んだ。

 

 

 

「きゃあああぁぁぁ!?」

 

 可愛らしい悲鳴助かる。

 

「アアアアンタ何してくれてんのよ!?」

 

「俺だってこんなことしたくなかったんだ……! でもポチ袋を受け取らない冬優子ちゃんが悪いんだ……! だから冬優子ちゃんのそのムチムチとした太ももに差し込むしかなかったんだ!」

 

「ムチムチって言うな!」

 

「差し込んだときに触れたけどめっちゃ気持ちよかった!」

 

「やかましいわ!」

 

「それはそれとして怒ってる顔も本当に可愛い!」

 

「ありがとねっ!」

 

 いや本当にムチムチしてて最高の太ももだった。こんな寒い時期だって言うのにミニスカートにニーソックスという絶対領域黄金装備をしてくれているおかげで視覚的にも最高である。

 

「本当にありがとう、冬優子ちゃん」

 

「無理矢理お年玉を渡した側の台詞じゃないでしょ……!」

 

 しかしようやく観念したらしい冬優子ちゃんがお年玉を受け取ってくれた。

 

 この調子で次は美琴ちゃんである。

 

「とはいえ美琴ちゃんは冬優子ちゃんほど……」

 

「冬優子ちゃんほど? なに? 良太郎君は何を言おうとしてるのかなぁ? ふゆ、気になるなぁ?」

 

 滅茶苦茶可愛い笑顔で滅茶苦茶可愛い声を出す冬優子ちゃん。それは言わぬが華ってやつだよ。

 

「それじゃあ、いくよ美琴ちゃん!」

 

「う、うん。どうぞ」

 

 何故か腕を広げて待ちの姿勢の美琴ちゃん。受け取る意志を見せてくれるのであれば素直に受け取ってくれればいいのにとは思うものの、既に俺もちょっと楽しくなってきた。

 

 

 

 ということで、美琴ちゃんの少し開いたTシャツの胸元へとポチ袋を差し込んだ。

 

 

 

「ふふっ、良太郎君のえっち」

 

「ごちそうさまでした!」

 

 おぉ……大人のお姉さんからの『えっち』発言……! 精神年齢的な関係で言えば美琴ちゃんも余裕で年下になるんだけど、お姉さんっていうのは概念だから……! そして勢いよく差し込んだので指先はしっかりと美琴ちゃんのお胸に触れてしまった確信犯です本当にありがとうございます大変柔らかかったです……!

 

「このエロガキ」

 

「この年齢の男の子はみんなエロガキなんだよ」

 

「なんでアンタはそんなに堂々と開き直ってるのよ……」

 

 冬優子ちゃんにジト目を向けられるがなんのその。自分の好きなことを好きと言える人間になると決めたから……。

 

 さて、冬優子ちゃんと美琴ちゃんの二人にお年玉を渡すことが出来たし、これで果穂も心置きなくお年玉を受け取ってくれることだろう。

 

「というわけで、はい果穂、お年玉」

 

「………………」

 

 あれ、なんか果穂さん不機嫌ですか? 唇を尖らせて不満そうな表情とかかなりレアな表情では?

 

「……あ、あたしには」

 

「ん?」

 

 

 

「……あたしには、そーゆーことしないの……?」

 

 

 

「「「………………」」」

 

 ちょっとだけ顔を赤らめて人差し指をツンツンさせる果穂の可愛さに、俺だけでなく冬優子ちゃんと美琴ちゃんも一緒になって絶句してしまった。

 

「……分かったよ果穂。確かにそうだ、果穂も俺のお嫁さんなんだから……公平に接するべきだった」

 

「良太郎くん……」

 

「今から俺は! 果穂にセクハラをする!」

 

「堂々と宣言するんじゃないわよ! というかセクハラの自覚はあったんかい!」

 

 冬優子ちゃんからのツッコミをいただきつつ、顔を赤くした果穂と向き合う。

 

 さて、果穂と俺は同い年ではあるのだが悲しいことに身体の発育という点において俺は惨敗している。俺の身長が152cmであるのに対し、果穂の身長は163cm。なんと十センチ以上も負けているのだ。

 

 身長だけではなく女性としてのスタイルも既に優れていて、少し余所行きのオシャレをした果穂を初見で小学生だと分かる人はまずいないだろう。具体的なことを言うと冬優子ちゃんよりも胸が大きいのだ。

 

「というわけで果穂、ちょっと胸を寄せてもらっていいか?」

 

「は、はい……!」

 

 恥ずかしさに顔を真っ赤にしつつ、それでも果穂は俺の要望に従って腕で胸を寄せる。するとシャツが胸で挟まれる形になり、僅かではあるがそれでもしっかりと胸の谷間が出来上がった。……いや本当に小学生のスタイルかよ……俺のお嫁さん半端ねぇ……。

 

 

 

 そんな果穂の胸の谷間に、俺は服の上からポチ袋を差し込んだ。

 

 

 

「……流石に服の中に手を突っ込むことは自重したのね」

 

「流石にね」

 

 不意打ちだった冬優子ちゃんや割とノリノリだった美琴ちゃんとは違い、お願いされたとはいえ恥ずかしがってる果穂にそこまで出来ない。

 

「うぅ……恥ずかしかった……」

 

「ごめんね果穂」

 

「う、ううん。あたしがしてって言ったんだから」

 

 顔は赤いままではあるが、果穂は気を遣うように笑顔を浮かべて手を横に振った。

 

「それに……大人のお姉さんの冬優子さんや美琴さんと同じように、ちゃんとお嫁さん扱いしてくれたことが……う、嬉しかったから……」

 

「ねぇ見て冬優子ちゃん美琴ちゃんこの可愛い子俺の嫁なんすよ」

 

「「知ってる」」

 

「そして可愛い冬優子ちゃんと美琴ちゃんも俺のお嫁さん!」

 

「……そうね」

 

「うん、お嫁さんだよ」

 

 さて、やたらと時間がかかってしまったが新年の挨拶とお年玉贈呈が終わったので、ようやく朝食の時間である。

 

 今日の朝食は前日から用意していたおせちとお雑煮……。

 

「良太郎」

 

「良太郎君」

 

「良太郎くん」

 

「ん?」

 

 

 

 三人から連続でキスされた。

 

 

 

「……お年玉のお礼よ」

 

「ありがとう、良太郎君」

 

「こ、今年もよろしくお願いします!」

 

「……うん、よろしくね」

 

 きっと今年も、良い一年になることだろう。

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 というのが今年の初夢でしたとさ。

 

「なんか知らない女の子が二人いたような気がする……」

 

 なんだろう、神様(さくしゃ)からの不思議な熱意を感じた。

 

「まぁいいや」

 

 

 

 今年もよろしくお願いします。

 

 

 




・周藤良太郎(12)
今年の新年もショタ良太郎でお送りさせていただきます。
本編よりも身体的なセクハラをするのは、きっと三人のお嫁さんからの愛をしっかりと感じているから。

・緋田美琴(24)
最年長のお嫁さんだけど生活能力が乏しいためポジション的には次女。
おっぱいは一番大きい。

・黛冬優子(19)
しっかりものの長女的ポジションなお嫁さん。ツンデレチック。
本編に先だって先行登場となった現在の作者の激推し。早く本編に出したい……。

・小宮果穂(12)
元気いっぱいの末っ子ポジションなお嫁さん。
こちらも本編に先だって先行登場。覆面ライダートークで盛り上がらせたい。

・小学生のお嫁さん
良太郎も小学生だからセーフって言ったらセーフなの!

・「答えは聞いてない!」
辰年の良太郎ということで。

・「セクハラをする!」
こちらの世界の良太郎は生き生きとしています。



 今年の新春記念の恋仲も良太郎にショタ化してもらいました。基本的におねショタが癖なので許して。



 前書きでも触れましたが、自分は心配はしても過度な不安をしないように努めています。今の自分に出来ることは安全が確保できた後の僅かな娯楽の提供と募金だけだと思っています。

 一刻も早く皆さんが日常に戻れますように。


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第九章『アイ MUST GO!』
Lesson383 始まりの朝(夜中)


八事務所合同ライブ編スタート!


  

 

 

「……ん……?」

 

 目を覚ますと、そこは知らない天井だった……というのが、日本のサブカルチャーにおけるテンプレートらしい。あたしはよく分からないけど。

 

 勿論、寝ている間にこっそりと移動させられていたなんてこともない限り、知らない天井なんてことはない。そこはいつものリョータローの家、ママさんの寝室の天井だった。その証拠に、今もあたしの隣では年下と見紛う可愛らしい女性がくーくーと寝息を立てている。……これで経産婦だというのだから、人体とはなんとも不思議なものだ。ちょっと研究してみたくなる。

 

 リョータローや社長に『お前の一人暮らしは信用ならない』と言われて周藤家で寝泊まりするようになり、借りているマンションに帰ることの方が少なくなってしまった。もうそろそろ向こうのマンションを引き払ってもいいじゃないかという話が出てきたぐらいだ。

 

 ゴロンと寝返りをうって壁にかけられた時計を見てみると、時刻はまだ午前三時。道理でまだママさんが寝ているわけである。勿論普段のあたしだって起きるような時間ではない。

 

「……うみゅう……」

 

 なんとも見た目相応な寝言を口にするママさんを起こさないようにそっとベッドを抜け出すと、そのまま寝室を後にする。

 

 日の出前の廊下はまだまだ薄暗く、しかし真っ暗闇というわけでもないので気を付けてリビングへと進む。

 

「……あれ」

 

 リビングから音が聞こえた。それはパタパタというスリッパの音やジャーという水道の音といった生活音だったが、静まり返った家の中ではやたら響いて聞こえるような気がした。あたしの他にも、こんな時間に起きてきた人がいるということだろうか。

 

「おっ、自力で起きたか。偉いぞ志希」

 

「あら、おはよう。アンタもコーヒー飲む?」

 

「……随分とガッツリ使い回したね」

 

「ナンノコトカナー」

 

「……朝っぱらからりょーくんも志希も何言ってんの……?」

 

 

 

 

 

 

 ほぼ夜中と言っていい時間に起きてきたおかげでどうやら志希は寝ぼけているらしい。ハハハそんなまさか使い回しだなんてそんなことがあるわけないだろうバカを言っちゃいけないよただシチュエーションが同じだったから文書が似ちゃっただけさ。

 

 だから良い子はEpisode17とか読み返しちゃダメだぞ良太郎お兄さんとの約束だ。

 

「んー多分夢でも見てたのかなー。朝起きてからずっと既視感があってさー。でも夢の中にはリンがいなかったんだよねー」

 

「あぁそれは夢ね間違いなく夢ね。あたしがりょーくんと一緒にいないわけないもの」

 

「判断基準そこでいいのか……」

 

 さて、現在時刻は午前三時を少し回ったぐらい。日付は変わり……今日はもう八事務所合同ライブ当日である。

 

「二度寝したーい」

 

「良くもまぁこの状況で二度寝しようと思えるわね」

 

「心が強ぇアイドルなのか……?」

 

 当然二度寝など許されるはずもなく、あと一時間もしない内に家を出る予定である。ちなみに兄貴は昨日から現場に泊まり込んで諸々の最終調整中。

 

「もし本当に二度寝したらそのまま車の中に放り込むから覚悟しておけよ」

 

「……つまり運んでくれるってこと?」

 

「えぇ。あたしとりょーくんが片足ずつ掴んで引き摺ってあげるわ」

 

「シキちゃんの後頭部の髪の毛なくなっちゃうよ!?」

 

「甘えんじゃないわよ。うつ伏せよ」

 

「シキちゃんのお顔が大根おろしみたいになっちゃう!」

 

「多分紅葉おろしだと思うぞ」

 

「そりゃあ引き摺られれば出るもんも出るよね!」

 

 そんな周藤家メンバーの心温まるやり取りをしつつ……三人が揃って目を背けていた話題を俺が口にすることにする。

 

「……さて、二人とも、窓の外は見たか?」

 

「……見たよ」

 

「うん、見た」

 

 頷く二人。

 

「「「………………」」」

 

 三人揃って窓の外を見る。まだ暗いのでカーテンは閉めているが、僅かに開けたその隙間から見えるその景色は……()()()()

 

 

 

「「「……本当に積もっちゃったかぁ……」」」

 

 

 

 雪である。

 

 

 

「まさか昨日の輝さんとの会話そのものがフラグになってるとはなぁ」

 

「シキちゃんいつも思うだけど、そのフラグって考え方自体がそもそも良くないんじゃないかな」

 

「ぐう」

 

 志希から正論を言われてなんか悔しかったからせめてぐうの音だけだしておいた。

 

「現状の積もり方的に電車とかが停まりそうな感じではないけど……」

 

 心配そうに窓の外を見上げるりん。まだわずかに雪がちらついているらしく、これからどれだけ積もるのかは文字通りお天道様次第である。

 

「路上の凍結も怖いし、準備が出来次第俺たちも早めに出発するぞ」

 

「え~あたしまだ準備してないよ~」

 

「アンタの荷物は昨日の内にあたしがまとめて幸太郎さんに渡しといてあげたわよ」

 

「えっ」

 

 先ほどは冗談で言ったがもしものときは本当に寝ている志希をそのまま車に放り込むつもりだったため、志希の荷物は本人よりも先に現地入りしている。

 

「全く、感謝しなさいよ」

 

「うん、素直にありがたいんだけど……なんでそんなお母さんみたいなことしてんの」

 

「アンタにお母さんと言われる筋合いないわよ!」

 

「なんで今しきちゃんキレられたの……?」

 

 そんな二人のやり取りを尻目に、三人で飲んだコーヒーのカップを流しへと運ぶ。

 

「洗い物しておくから出かける準備してこい。外は寒いからしっかりと着込めよ」

 

「はぁい」

 

「コート着るだけだから準備楽ち~ん」

 

「その分しっかりとやる気を持って行けよ」

 

「そこになければないですね」

 

 せめてそれぐらいあれ。

 

「というかお前がボケると俺がボケる余地がなくなるからやめてくんないかなぁ!? こういうことやってるから『最近の良太郎大人しいよね』とか言われるんだよ!」

 

「大丈夫、全然大人しくないから」

 

 そんなことないよな、と同意を求める視線をりんに向けたが既にそこにはいなかった。

 

 

 

 

 

 

「見て見て静香ちゃん雪だよ雪! お外真っ白!」

 

「そうね、未来ワン」

 

「未来ワン!?」

 

 雪を見てはしゃぐ未来は犬っぽいなぁなんてことを考えていたら思わず口から漏れ出てしまった。自重自重。

 

「そんなに積もっていないとはいえ……この後どうなるのか……」

 

 そして未来と一緒に劇場の窓の外を見ていた琴葉さんが心配そうな表情をしているが、私もそれが気になっていた。

 

 さて現在の時刻は午前三時。どうしてこんな夜中に私たちが劇場に揃っているのかというと、ついに本番当日を迎えた八事務所合同ライブの現地へ全員で向かうためだった。

 

 朝から最終打ち合わせやゲネの予定が入っているため今日の集合時間は午前五時。私たちが経験した中でも最大の大仕事ということで、誰一人遅刻することなく現場入りするために『全員で劇場に泊まろう』ということになったのだ。

 

「それにしても五時集合だなんて早いよね~。開演午後六時なんでしょ? 十三時間もあるよ!」

 

「計算がちゃんと出来て偉いわ未来」

 

「流石にそれはバカにされてるって分かるからね!?」

 

 未来の言いたいことも尤もだが、先ほども言ったが今回のライブは八事務所合同で行われる過去最大規模のものであり、出演するアイドルも総勢五十四人と大人数だ。私たち劇場のアイドルよりも人数が多いのである。

 

「普段から一緒にライブをしている私たちのライブですら準備に時間がかかるんだから、他の事務所の人たちとのライブの準備に時間がかからないわけないでしょう?」

 

「た、確かに……」

 

 寧ろそれに本番当日まで気付かないのね、未来……。

 

「……そういえば他の人たちは?」

 

 劇場の休憩スペースに布団を持ち込んで全員で雑魚寝をしていたのだが、私たち三人以外のメンバーがまだ起きてこない。

 

「エレナはもっと早くに起きてたみたいよ。少し体を動かしたいって言ってから、今はレッスン室にいるはずよ」

 

「翼は、私が起きたときにはまだ寝てたよ」

 

 となるとあと二人。紬さんはいいとして……問題は歌織さんだ。なんとうか……ハッキリと言ってしまうと歌織さんは寝起きが悪い。非常に悪い。本当に悪い。去年の夏の合宿の際も、ユニットメンバー総出で起こしにかかったほどである。

 

 そんな歌織さんが、こんな夜中の三時なんていう時間に起きることが出来るなんて私たちはこれっぽっちも考えていなかった。

 

「そろそろ歌織さんを起こしに行った方がいいですかね」

 

「そうね……」

 

「歌織さん、今日は一時間ぐらいで起きてくれるかなぁ」

 

 三人で覚悟を決めて休憩スペースへと向かおうと腰を上げる。

 

 

 

 ――これは、私たちの闘いである。

 

 ――私たちのステージを待ってくれているファンのために。

 

 ――誰一人欠けることなく私たちがステージに立つための。

 

 ――誰にも知られることのない闘いである。

 

 

 

「……おふぁようございまぁ~す」

 

「「「歌織さん!?!?!?」」」

 

 闘いが終わった。

 

 

 

 私たちが起こしに行く前に、歌織さんが起きてきた。

 

「え、どうしたんですか歌織さん!?」

 

「お腹でも痛くなっちゃいましたか!?」

 

「それか熱!? 気持ち悪かったりしますか!?」

 

「……あの、流石に扱いが酷くありません……?」

 

 『順当な扱いです』という言葉が喉元まで出かかったが飲み込む。それだけの衝撃を私たちが受けているということを理解していただきたい。

 

「わ、私だって、こんな大事な日にぐらい、早起き出来ますよ……」

 

「そうですね、以前よりもマシな方でしたね……」

 

「紬さん……!」

 

 赤い顔でゴニョゴニョと言い訳をする歌織さんの後ろから、既に疲れた表情の紬さんが現れた。

 

「もしや紬さん……貴女……!」

 

「えぇ……私は……やりましたよ……!」

 

「紬さん……!」

 

「紬ちゃん……!」

 

 未来と琴葉さんの二人と共に、私は紬さんの功績を称えよう。

 

 

 

「おーっすおはよー。みんな起きてるかー? そろそろ移動するから車に乗る準備を……え、なにこれ」

 

「プロデューサーさん……今ここに、一つの闘いが……終わりました……」

 

「本番当日の朝になんの闘いが!?」

 

 プロデューサーさんを混乱させてしまったが、多分私たちも早朝で変なテンションになっていたのだと今になって反省する。

 

 ちなみに歌織さんは終始真っ赤な顔を抑えながら「これからはちゃんとはやおきするもん……」と言っていた。申し訳ないけど、多分無理です。

 

 

 




・「……随分とガッツリ使い回したね」
・Episode17とか読み返しちゃダメだぞ
『だってシチュエーション殆ど同じだから』という被告人の供述。

・「心が強ぇアイドルなのか……?」
正統後継者なのか……?

・雪である。
雪である()

・「えぇ……私は……やりましたよ……!」
アニメでもそうだったけど、やっぱり個人的には歌織さんを起こす役目は紬だと思うの。
莉緒ねぇ派のみんな、すまんな。



 年も明けてついに第九章の八事務所合同ライブ編がスタートです! 多分皆さん予想しているでしょうが2024年は合同ライブで終わる予定です今年もお疲れさまでした!

 実際、かなり気合を入れながら書くのでそれだけの長さにはなると思います。

 シャニ勢がほぼいない中、各々の担当Pには若干の申し訳なさを感じつつも、ここで一つの『アイ転の集大成』をお見せできるような展開になればいいなぁと考えております。

 それでは今年一年、対戦よろしくお願いします!


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Lesson384 始まりの朝(夜中) 2

こんなに引き延ばすから一年とかかかるんだよ!


 

 

 

「うわ雪降ってる。きっと道も凍ってるよ。めっちゃ滑りそうだよ。転んで怪我するよ危ないなぁ」

 

 

 

「……りあむサン、よくもまぁこの受験シーズンに『滑る』だの『転ぶ』だの言えましたネ。大学入学共通テストが終わったばかりだからいいものの……」

 

「今十二月だよ!? まだ年も明けてないのに何言ってるの!?」

 

「あきらちゃんもりあむさんも何言ってるんご……?」

 

「そもそもなんだけど、そんな『滑る』や『転ぶ』なんて文字読んだだけで気が滅入るような受験生はこんな小説読まずにもっと切羽詰まって勉強してると思う」

 

「それはそうデスけど」

 

「二人が何を言ってるのか分からないけど……これぐらいの雪だったら別に大したことないんじゃない?」

 

「「うーんこの雪国育ち……」」

 

 

 

 午前三時半。外はまだ夜も明けない真っ暗な中、自分たちは346プロダクションが管理するアイドルの女子寮の一階ロビーに集合していた。今回のライブは早朝からの集合となるため、事務所が用意してくれた移動手段を用いて現場入りをするのだが、まとめて移動出来るように元々寮生活をしているあかりチャンと周子サン以外も全員女子寮に泊まることになったのだ。

 

「個人的にはもうちょっとお泊り会みたいなのを期待してたんだけどなぁ……」

 

 そう言ってあかりチャンは小さく溜息を吐いた。

 

「早起きしないといけないからすぐ寝ちゃったもんね」

 

「そんなこと言いつつ、りあむサンは本当に早寝したんデスか?」

 

「………………」

 

 露骨にスイッと目線を逸らしたりあむサンだが、実を言うと自分もそんなに早寝したわけではない。流石にテッペン過ぎまで起きていたわけではないが……その、ね? デイリーがね? 終わってなくてね?

 

 なので結局自分とりあむサンは揃って若干眠そうなのであった。

 

「その点、あかりちゃんは元気そうだね……」

 

「まだ暗い内から起きるのは得意だよ!」

 

 #農家の娘って強い。そんなことを考えながらチラリと視線を外す。ロビーには自分たちと同じように女子寮宿泊組が事務所からの迎えを待っていた。

 

「「ふわぁ~……」」

 

「ちょっと、周子ちゃんもフレちゃんもしっかりしてよ。ほら奏を見習って」

 

「………………」

 

「ってこの子静かに寝てない!? ちょっと本当に起きてよ!?」

 

 あちらでは相変わらず自由奔放な周子サンとフレデリカサンと奏サンに振り回される美嘉サンの姿が。うーん、本番当日だというのに今日も変わらぬ苦労人模様。ある意味いつも通りで肩の力は抜けている……ということにしておこう。

 

「………………」

 

 そしておそらく私たちの中でも一番落ち着いているように見えるのは、一番年下であるありすチャンだった。今も静かに手元のタブレットに視線を落としていた。チラリとタブレットの画面が見えたが、どうやら佐久間まゆサンとのレッスン風景の録画を見返しているらしい。

 

 ……落ち着いているように見えるが、やっぱりプレッシャーは一番感じているのではないかと想像してしまう。何せ今日の彼女のユニットメンバーは、あの佐久間まゆサンなのだ。

 

 日本最高のアイドル事務所である123プロに初期から在籍するアイドルで、所恵美サンとのユニットである『Peach Fizz』を知らないアイドルオタクはいないだろう。

 

 そんなアイドルとユニットを組んでステージに立つのだから……もしも自分が同じ立場だったら、果たして耐えきることが出来るのだろうか。

 

「お待たせしました~!」

 

 ん、どうやらお迎えが……。

 

 

 

「朝ご飯におにぎり作りましたよ~!」

 

 

 

『響子ちゃん!?』

 

 Pサンのお迎えが来たのかと思いきや、ロビーにやって来たのは『346プロ女子寮の実質的寮母』アイドルと称される五十嵐(いがらし)響子(きょうこ)サンだった。

 

「え、なんで!?」

 

「なんでって、朝ご飯は大事だからですよ! 特に今日は皆さんの大事な日なんですから、朝ご飯はしっかりと食べないと!」

 

「いやそうだけどね!?」

 

 自分たちを代表して美嘉サンが疑問を投げかけるものの、その意図が絶妙に伝わっていないらしく響子サンは子どもを諭すように朝食の重要性を説くのだった。#十七歳のママ。#そうだけどそうじゃない。

 

「響子サン、自分たちが疑問に思っているのは『どうして響子サンがわざわざこんな時間に起きて朝ご飯を用意してくれているのか』ということでして……」

 

 先ほども言ったように現在時刻は三時半を少し回ったぐらいで、まだまだ夜中。Pサンがこんなこと頼むわけないし、そうなると自主的にやっていることになる。

 

「そんなの、決まってるじゃないですか」

 

 響子サンはにっこりと笑顔を浮かべた。

 

()()()()()でみんなを応援したいからです」

 

「……ぜ、全員?」

 

「はい。女子寮のみんなだけじゃなくて……346プロのアイドル全員から。『何も出来ない私たちの代わりに、みんなに朝ご飯を作ってあげて欲しい』って。そして私もそうしたいって思ったから……こうしておにぎりを用意させてもらいました!」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 そう言いながら響子サンが差し出した大きめのバスケットを、一番近くにいた自分が受け取る。

 

「本当は他のみんなも起きて準備するって言ってくれたんですけど、こんな時間になっちゃうので私が代表して作りました。でも、全員からの愛情はしっかりと入っていますからね!」

 

「………………」

 

 八人分のおにぎりは、少しだけ重かった。今の時間にこれだけの量を用意したとなると……果たして響子サンは何時から起きていたというのだろうか。

 

 そしてそれ以上に『大勢の仲間たち』からの想いが……本当に暖かかった。

 

「……確かに受け取りました。頑張ってきます、響子サン」

 

「はい! みんなで、みんなのことを、応援しています!」

 

 

 

 

 

 

「……っていう心温まるエピソードが346の女子寮で繰り広げられたらしいですよ~」

 

「なにそれエモッッッ!!!」

 

「はい恵美ちゃん……」

 

 まゆさんのスマホに送られてきた橘さんからのメッセージ内容を聞いた恵美さんの涙腺が崩壊した。123プロでは日常風景であり、美優さんも慣れた様子で恵美さんにティッシュを渡していた。

 

 さてそんな私たち123プロの女性アイドル(マイナス志希さん)は、現在美優さんが一人暮らしするお部屋にいた。他の事務所のアイドルたちがそうしているように、私たちも朝早くから揃って移動するためにあらかじめ一ヵ所に集まって泊ったのである。

 

 以前、トロフェスに参加したときは我が家に集まって泊ったのだが、今回は出発が朝というより夜中になってしまうため、お母さんとりっくんに迷惑がかからないように一人暮らしの美優さんのお部屋にお邪魔させてもらったというのが理由である。……なので、そろそろりっくんに恵美さんは刺激が強いんじゃないかとか、そんな危機感は一切抱いていない。抱いてないったら抱いてない。

 

「私たちも朝ご飯、用意すればよかったですねぇ」

 

「どうせ現場入りすれば何かあるはずだから、と何も用意してませんでしたね」

 

「なんかお腹が空いてきた気がする~……」

 

 朝早い現場なので当然ケータリングは用意してくれているだろうけど、橘さんからのメッセージに添付されていたおにぎりの画像がとても魅力的に見えてしまった。

 

「今から何か作りましょうか……?」

 

「でもそろそろ留美さんが迎えに来る時間になっちゃいますよぉ」

 

 諸事情で一人だけお泊りに参加出来なかった留美さんが車で迎えに来てくれることになっているため、流石に今から朝ご飯を作る時間はないだろう。

 

「今からコンビニ行ってきちゃダメかな?」

 

「夜中ですよぉ。女の子の一人歩きはいけません。メッ」

 

 まゆさんにメッされてしまっては恵美さんも抵抗する気にはならず、少々不服そうながらも「はーい」と従った。

 

「あんまり我慢出来ないようであれば、留美さんに途中でコンビニに寄ってもらって……」

 

 という提案をしている最中、その留美さんからの連絡が美優さんのスマホに来た。どうやらメッセージではなく通話らしい。

 

「はい、もしもし……」

 

 

 

『美優さん、みんな、ごめんなさい……!』

 

 

 

『っ!?』

 

 開口一番の留美さんからの謝罪の言葉に、一同が息を呑む。

 

「ど、どうしたんですか……!? ななななにが……!?」

 

「まさか交通事故ですか!? お怪我はありませんか!?」

 

「もし何かあった場合の示談でしたらまゆたちも協力しますからぁ!?」

 

「るみさんしんじゃやだあああぁぁぁ!」

 

『みんなちょっと落ち着いて!? 特に後半二人!?』

 

 本来落ち着かせる側の人間であるはずの私たちが逆に留美さんから諭されてしまった。

 

『とりあえず事故じゃないから。ただ……履き忘れてたことを今になって思い出したの』

 

「パンツをですかぁ!?」

 

『お願いだからまゆちゃん落ち着いて!? なんか言動が良太郎君みたいになってるわよ!?』

 

 かなりぐだぐだしてしまったが、要するに留美さんの車のタイヤをスタッドレスタイヤに履き替え忘れてしまっていたらしい。

 

『最近車に乗ってなかったから油断してたわ……』

 

「それに留美さんずっと忙しかったですもんね……」

 

 現在外は雪模様。うっすらと積もっているため、場所によっては道路が凍っている可能性もある。そんな中、ノーマルタイヤの車を走らせるのはなかなか危険だということは、車を運転しない私でも分かる話だった。

 

 ただ、確かに困った状況ではあるがそこまで深刻な問題というわけでもなさそうである。

 

「とりあえずこちらの移動は自分たちでなんとかしますので、留美さんも落ち着いて現場へと向かってください」

 

『そうしてもらえると助かるわ……本当にごめんなさいね』

 

 「お互いに気を付けて」と留美さんとの通話を終了する。

 

「さて……どうしましょうか」

 

「タクシーを呼びますかぁ?」

 

「それが一番現実的ですかね?」

 

 さて、どうしたものか。

 

 

 




・大学入学共通テスト
受験生の方がいらっしゃったらすみません。お疲れ様です。
滑るとか転ぶとかが気にならない人は、息抜きに読んでいってね。

・#農家の娘って強い。
農家生まれのT(sujino)さん。

・五十嵐響子
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。
超正統派お嫁さん系アイドル……え、初登場? まじ?
他P向けの説明としては、合同で話題になったハンバーグの曲の持ち主。

・『美優さん、みんな、ごめんなさい……!』
流石に事故らせるのは良心の呵責が許さなかった……。



 各事務所の朝模様。346プロと123プロ(女性陣)でした。

 ……こんなことを長々と書いてるからライブ終わるまで時間がかかるんだよというご指摘は、まぁアイ転ってこんな感じだからという他なくてですねぇ……。

 ぼ、ボリュームは多い方がいいでしょ?(震え声)


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Lesson385 始まりの朝(夜中) 3

フラグ建築中。


 

 

 

「なんか美優さんたち、留美さんのお迎えが無くなっちゃったらしいよ~」

 

「「は?」」

 

 運転中、後部座席でスマホを弄っていた志希がそんなこと言い出したので、運転席と助手席の俺とりんの声が重なった。

 

 どうやら123プロのグループに、恵美ちゃんからの『留美さんの車、スタッドレスタイヤじゃなかった~』というメッセージが届いたらしい。

 

「あ~……最近留美さん忙しかったからなぁ」

 

 しかも今日の雪は完全に想定外だったため、替え忘れてしまったのだろう。

 

「どうする? ついでに迎えに行く?」

 

「それでもいいんだが……」

 

 ここから美優さんのマンションってちょっと遠いんだよなぁ。

 

「えーっと、誰かついでに四人を拾ってきてくれそうな人っていたか……?」

 

 とはいえ全員の出発地点の住所を完璧に把握しているわけではないのでそう簡単にパッと思いつかない。いっそのこと誰か拾ってくれないかと無差別に全体メッセージを送るか。

 

「あ、社長がタクシー手配するって」

 

「……まぁそれが一番現実的か」

 

 とはいえ、なんというかこう……物語的には何かあると思うじゃん? ハプニングがあって欲しいわけじゃないんだけど……なんかこう、イベントぐらいあってもよくない?

 

「まぁ人生なんてそうそう劇的なハプニングなんて起こらないか」

 

「ダメだよりょーくん、そーゆーこと言うと『フラグになる』んでしょ?」

 

「それで雪が積もっちゃったばっかりじゃん」

 

 そもそも開演が十八時なのに対して現在時刻は四時。いくら遅刻したところで本番までに間に合わないという展開はあり得ないのである。

 

「まさかそんな()()()()()()辿()()()()()()なんて展開にはならないだろ」

 

「ほらぁ! 今りょーくんの台詞に傍点付いちゃったよ!?」

 

「絶対何かしらのトラブルが発生するやつぅ」

 

 大丈夫大丈夫、神様(さくしゃ)そこまで考えてないから。

 

 

 

 

 

 

「「「ここが俺たちの……決戦の地だー!」」」

 

「「煩い」」

 

 腕を振り上げながら叫ぶシキとハルナと輝さんに対して、ジュンと薫さんからご尤もな指摘という名のツッコミが入る。

 

「ふむ、予定時刻に到着出来てなによりだ」

 

「まさかの雪でしたもんねぇ」

 

「ベリーコールド!」

 

 SEMの先生方に続き、他のメンバーもぞろぞろとレンタルバスから降りてくる。今回、315プロのアイドルは全員事務所が用意したバスで会場入りとなった。

 

「……こっちからドームに入るのは初めてだな」

 

 そう言いながら恭二さんがきょろきょろと周りを見回す。というのも、ここはドームの裏側。所謂搬入口と呼ばれるところである。

 

「オレたちもこっちから入るのは久しぶりだよな」

 

「去年の試合以来だね」

 

「おぉ……流石サッカー選手……」

 

 そんなことを話しながらゾロゾロと会場入り。まずは各事務所ごとに用意された控室で簡単にリハーサルの準備をしてから、会議室で全体ミーティングという予定になっている。

 

「あー緊張するなー……」

 

「みのり、今から緊張? ドキドキしてる?」

 

「してるよぉ~だって今から全体ミーティングでしょ~? ついに()()()()()()()んだからさぁ~」

 

 言葉のふわふわ感とは裏腹にみのりさんの目がギンギンになっていてヤバいが……確かに言われてみればそうだった。

 

 今回のライブに参加するアイドルは五十人を超える。その人数のアイドル全員が集まることが出来たタイミングは当然のように存在せず、ゲネプロですら各事務所ごとに行われたほどだ。そして本番当日である今日、初めて全員が集合するのだ。

 

「きっとこんなに大勢の、しかも他事務所のアイドルが垣根を超えて集まるなんて機会滅多にないよ。これはもうしっかりと脳内に焼き付けておかないと……」

 

「必死になるあまり、今日のステージのダンスとか歌詞とか忘れてないですよね?」

 

「………………」

 

「みのりさん!?」

 

 みのりさんの表情が「あ、やべ」みたいな感じになって焦る恭二さん。

 

「大丈夫大丈夫、それを思い出すためのリハーサルなんだから」

 

「全く……って違いますよ!? リハーサルはそういうもんじゃないですよね!?」

 

 ほ、本当に大丈夫なんだろうか……ちょっと俺も心配になってきた。

 

 そんな一抹の不安を抱えながら、俺たち315プロ一行は会議室へと辿り着く。人数が人数のため会議室というには少々大規模なそこに、既に多くのアイドルが揃っていた。

 

 男性アイドルはほぼ俺たちだけのため、当然のようにそこは女性アイドルばかり。俺たちが入室したことによりその多くの視線がコチラに向いて少々怯みそうになるが、そっと小さく深呼吸。

 

「おはよっ。今日はよろしくねー」

 

 そんな中、一人の女性がニコッと笑いながらこちらに向かってヒラヒラと手を振った。

 

 

 

「ハルナっち! カリスマっす! カリスマギャルがいるっす! 初めまして!」

 

「ホントだ! こんなクソ寒い中でも肩出しのカリスマギャルがいる! 初めまして!」

 

「アンタらはもう初めましてじゃないでしょうが!?」

 

 

 

 ……美嘉さん、ウチのシキとハルナが本当にすみません……。

 

「ちょっと男子~、ウチの美嘉ちゃんを弄っていいのは私たちだけなんですけど~?」

 

「そうだそうだ~! そっちはそっちで隼人君を弄ってろ~!」

 

「アンタたちにも弄られる道理はなぁぁぁい!」

 

 結局いつものリップスによる美嘉さん弄りに発展してしまったようだ。……もっとしっかりと挨拶をしたかったんだけど、この状況の美嘉さんに話しかける勇気は持ち合わせていないので後回し。なんか恨みがましい目で見られているような気もするけど、きっと気のせいである。

 

「……あっ! 享介! しほいた! おーいしほー!」

 

「大声出すなって……しほさん、おはよう」

 

「おはようございます、悠介さん、享介さん」

 

 美嘉さんの視線から目を逸らした先で、ダブルの二人が123プロの北沢志保さんに話しかけていた。

 

「……本当にアイドルになったんですね」

 

「「今まで信じてなかったの!?」」

 

「この目で実際に見るまでは……割と」

 

「「嘘だろ!?」」

 

「冗談ですよ」

 

 志保さんはまるで二人を揶揄うようにクスクスと笑っていた。

 

「今日はりくくんも観に来るんだよね?」

 

「はい、勿論です。二人も出演すると知ってからずっと楽しみにしていましたよ」

 

「おっ、それじゃあ今日はりくクンのいるところに向けて、ファンサービスのシュートを決めないとな!」

 

 ……なんか仲良さそうだなぁ。会話内容からして仕事で知り合ったというよりは、なんかプライベートで知り合ったように聞こえる。サッカー関係?

 

「……ああ……夢のような光景だ……」

 

「みのりさん、怖いから静かに泣くのやめましょうよ……」

 

 さて今度は何事かと思ったらいつものみのりさんだった。確かに手を合わせて安らかな表情で涙を流している姿は普通に怖い。俺たちはある程度見慣れてるからいいんだけど、他事務所のアイドルの前なんだからもうちょっとアクセルを戻してほしい。

 

 

 

「あっ、コトハ! あの人、なんかアリサみたいだよ!」

 

 

 

「……夢見さんみたいな人が、他の事務所にもいるんですね……」

 

 

 

 かと思いきや、黄緑色のハーフっぽい女の子と黒髪に青いリボンを付けた女の子は、みのりさんを見てもそんなに驚いていなかった。え、何、各事務所に一人ずつこんな感じの人がいるの? こういう系統の人が一人ずつ分配されるシステムになってるの?

 

「あー! みのりさんじゃん! 久しぶり~!」

 

 見慣れている俺たちでも少々引いてしまう今のみのりさんに対して一切躊躇することなく声をかけたのは、夏休みの終わりの勉強会でも一緒になった夢見りあむさんだった。そういえば彼女もみのりさんと知り合いで、同じぐらいのアイドルオタクだって言ってたっけ。

 

 ……相変わらず胸が凄いなぁ。

 

「あぁ、りあむちゃん、久しぶり……」

 

「……なに? りあむちゃんの顔をじっと見て。ははーん、どうやらみのりさんも、このりあむちゃんのアイドルオーラに当てられちゃったみたいだね……」

 

「……あぁ、この感じ、実にりあむちゃんって感じで落ち着くなぁ」

 

「どういうことさ!?」

 

 この二人もプライベートな知り合いらしく、アイドルが絡まなければ大人の落ち着きを見せることが多いみのりさんが年下の子を揶揄っているところを見るのは少しだけ新鮮だった。

 

「あの、渡辺さん、夢見さん」

 

 そんな二人に765プロの最上静香さんが声をかけた。

 

「お二人に亜利沙さんからのメッセージを預かっているんです」

 

「亜利沙ちゃんから?」

 

「え、なになに?」

 

 どうやら765プロにも二人の共通の知り合いがいるらしい。

 

「『今回のライブ、残念ながらありさは不参加です。ありさの分までステージを楽しんできてください。いつの日か、集会のメンバー全員で同じステージに立てる日が来ることを祈っています』……とのことです」

 

 最上さんが手元のメモを読み上げると、みのりさんと夢見さんは顔を見合わせてニヤッと笑った。

 

「こう言われちゃ仕方がないね」

 

「亜利沙ちゃんは勿論、リョーさんと結華ちゃんがこっちに来るまで頑張らないとね。まぁリョーさんは無理だろうけど! 一番無理だろうけど!」

 

「いやリョーさんは一番は一番でも……あぁうんそうだね」

 

 どや顔で胸を張った夢見さんに対してみのりさんは何かを言おうとしていたが、なんか面倒くさそうになって止めた。

 

 夢見さんの言うリョーさんがみのりさんのオタク仲間のリョーさんなら、それってつまり良太郎さんのことだよな。あれ、もしかして夢見さん、あの『遊び人のリョーさん』状態の良太郎さんの正体を知らない……ってこと? なにそれ面白そう。

 

「あと追伸です」

 

「「ん?」」

 

「………………」

 

 最上さんはそれまで読み上げていたメモをこちらに向けた。角度的に俺にも見えるようになり、そこには……。

 

 

 

『この件に関して煽ったら……分かってますよね』

 

 

 

 ……ち、血じゃないよね? 流石に血じゃないよね? 血文字風に書いただけだよねそうだよね!?

 

「うわぁ、亜利沙ちゃん本気だ……ま、流石に可哀想だしね」

 

「………………」

 

「……りあむちゃん?」

 

 分かりやすく顔を青褪める夢見さんが何をしてしまったのか、傍から聞いているだけの俺にも手に取るように分かった。

 

「……あ、恭二、ピエール、今日のステージのことなんだけど」

 

「露骨に見捨てないんでぇ!?」

 

 

 

「………………」

 

「どうしたんすかハヤトっち」

 

「あ、いや……その……」

 

「分かるぜハヤト……りあむちゃんの胸、やべぇもんな」

 

「違うからね!? そうじゃないからね!?」

 

 

 




・「社長がタクシー手配」
無難な択で(物語的に)申し訳ない。

・「誰かが会場に辿り着けないなんて展開」
ここテストに出ます。

・「カリスマギャルがいるっす!」
ハイジョからの扱いもこんな感じ。

・相変わらず胸が凄いなぁ。
ようこそ隼人、こちら側へ。



 『タクシー呼ぶなら前話の展開はなんだったんだよ』と言われそうですが、はいご尤もですと……。

 まぁハプニングなんて無い方がいいんですからHAHAHA!

 大丈夫です、アイドルは全員集合しますから。アイドルは。


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Lesson386 始まりの朝(夜中) 4

さぁて本格的にキャラが多くなってきたぞ……。


 

 

 

「「おはようございます!」」

 

 

 

「相乗効果で二倍?」

 

「テキストサイズ的には三倍……」

 

 愛ちゃんと未来ちゃんが挨拶を交わす光景を見つつ朝から元気だなぁと苦笑する。

 

「そういえば愛ちゃん」

 

「はいっ、涼さんなんですか?」

 

「……今日、お母さんは?」

 

 僕たち876プロ三人の懸念事項。それは『日高舞の動向』であった。愛ちゃんからの「お母さんが何かしているみたいなんです」という情報を聞いてからずっと気になっていて、しかし舞さんの『誰にも喋るな』という言葉が怖くて結局良太郎さんにそれを伝えることが出来ないまま今日を迎えてしまった。

 

「……朝出るときは『後で私も行くからね~』としか」

 

「それは……」

 

「まだ関係者席の可能性を否定できない?」

 

 出演者の親族なのだから、当然のように舞さんは関係者チケットを持っている。彼女の言葉を額面通りに受け取れば『ただの観客として会場に来る』という意味になるのだが……。

 

「……ママが何を考えているのか、本当に分かりません……」

 

「実の娘が分からないなら誰にも分からないよ……」

 

「ワンチャン、良太郎さん?」

 

 確かに、ある意味では『周藤良太郎』と『日高舞』は同類と呼んでも差し支えない存在である。良太郎さんならば舞さんが何をしようとしているのか分かるかもしれない。

 

「……当日なんですし、そろそろ喋ってもいいんじゃないですかね」

 

「……そうだね、流石に言っておこうか」

 

 『なんでこんな大事なことを当日まで黙ってたんだ』と良太郎さんや麗華さんから怒られるのが怖いけど、何かあったときに言わなかった方が問題である。

 

「『ミスを報告せずに隠す』っていう社会人が失敗したときにやっちゃダメなパターンみたいなアレ?」

 

「ミスではないから! 僕たちのミスではないから!」

 

 敢えて何がミスだったかといえばどちらかというと愛ちゃんが舞さんの謎の行動に気が付いちゃったことがミスなのかもしれないけど、流石にそれを一人に背負わせるのは可哀想である。

 

「それじゃあ、全体ミーティングが終わったら良太郎さんに伝える……で、いいね?」

 

 僕が尋ねると、愛ちゃんと絵理ちゃんはコクリと頷いた。

 

「……あ、良太郎さん来たみたい」

 

 

 

 

 

 

「うわ泣き顔汚っ」

 

 

 

 会議室に入った途端にりあむちゃんの泣き顔が視界に入ってきたため、思わず口からそんな感想が零れ出た。

 

「リョーさんはちょっとぐらい情けをかけてくれてもいいんじゃないかな!?」

 

「え」

 

「……あっ!? 間違えた!? 良太郎さんごめんなさい! 知り合いと間違えました!?」

 

「あ、いや、こっちこそゴメン」

 

 ビックリした、いつの間にかりあむちゃんに俺がリョーさんだってことがバレていたのかと思った。しかし今のは俺も思わずいつもの反応をしてしまったことが原因だろうし、気を付けねば。

 

「それで、りあむちゃんはどうしてこんな有様になってるんです?」

 

「それがね……」

 

 近くにいたみのりさんに事情を聞いてみると、どうやら今回の合同ライブに参加できることで亜利沙ちゃんを煽ってしまったらしい。なんて馬鹿なことを……まぁいいや。これはこれでりあむちゃんらしいし、彼女はちょっと凹んでるぐらいが可愛いからもうしばらくこのままでいてもらおう。

 

 ……ちなみにではあるが、この会議室には至る所にカメラが設置してある。目的は今回のライブの円盤特典としてのバックステージ映像の撮影であり、現在も絶賛撮影中。何処に何台設置されているのかは俺も知らないが、当然りあむちゃんのこの醜態もバッチリと録画されていることだろう。今から映像を見るのが楽しみである。

 

「あっ、良太郎さん! おはようございます!」

 

『おはようございます!』

 

「うん、おはよう」

 

 そんなことをしている内に俺の入室に気付いたらしいアイドルたちから一斉に挨拶をされたので、ヒラヒラと手を振り返す。

 

「良太郎さん、おはようございます」

 

「「おはようございます!」」

 

「やぁ志保ちゃん、それに蒼井兄弟も。おはよう」

 

 この三人は、確か陸君繋がりの同い年トリオだったな。

 

「志保ちゃん、今朝は災難だったみたいだね」

 

「いえ、それほど大事にはならなかったので。……それより、ちゃんと連れてきてくれたんですよね?」

 

 誰とは言わなかったが、志保ちゃんがそんなことを言う人物なんて一人である。

 

「うん、既に今日のユニットメンバーに引き渡してあるから」

 

 ちょいちょいと指を差した先では、首輪に繋がれた志希がフレデリカちゃんと周子ちゃんにスティックタイプのお菓子を食べさせてもらっていた。

 

「うん、大丈夫そうですね」

 

「「あの人の扱いアレでいいの!?」」

 

 俺たちのやり取りを聞いていた蒼井兄弟が驚いていた。確かに扱いが完全にペットであるが、本人が楽しそうなので問題はないのである。

 

「寧ろ俺としては美琴の方が心配なんだが……」

 

 個人的には志希の次に私生活の信頼性が低いのが美琴である。

 

「美琴さんは寝坊や遅刻をするタイプじゃないと思いますけど?」

 

 そっちじゃなくて。

 

「アイツは『前日から泊まり込んじゃえば移動時間もレッスンに当てられるよね』とか言い出しかねねぇから……」

 

「「そんなこと言う人いるんですか……!?」」

 

「確かに言いそうですね……」

 

「「言いそうなんだ……!?」」

 

 それほどの危機感を覚えさせる強敵なのだ。

 

 というわけでその辺のスタッフさんを捕まえて「まさか美琴、昨日から来てたりしてませんよね?」と冗談交じりに聞いてみる。

 

「……は? 本当に前日入りしてた?」

 

「「「えぇっ!?」」」

 

 あの馬鹿マジでやりやがった……!

 

「……え、既に話を聞いてたから、スタッフ総出で仮眠室に閉じ込めて軟禁した?」

 

「「「有能っ!」」」

 

 これはマジで有能なスタッフたちである。後でなんかいい差し入れを俺のポケットマネーで手配しよう。

 

 というわけで、スタッフに頼んでその囚われの姫を連れてきてもらった。

 

「酷いよ良太郎」

 

 そして不満顔のまま開口一番恨み言である。

 

「何が酷いんだよ何が」

 

「無理矢理ベッドのある部屋に一晩中閉じ込めるなんて……」

 

「わざと人聞きの悪い言い方しないでいただけますぅ!?」

 

 お前の自業自得なんだよぉ!

 

「もう、先日アレだけ言ったじゃないですか。前日はしっかりと身体を休めてくださいって」

 

 今回のライブでユニットメンバーとなる志保ちゃんが美琴に対して苦言を呈する。

 

「美琴、流石に六つも年下の少女にお説教をされるのはどうかと思うぞ」

 

「それ良太郎が言う?」

 

「良太郎さん、こんなところでブーメランを投げて遊ばないでください」

 

 ドームでブーメランはしちゃいけませんってことか……。

 

 

 

 集合時間である五時が近付くにつれて会議室にはゾロゾロとアイドルが集合してくる。

 

 俺や志希と一緒に会場入りしたりんも、一応時間をズラして麗華たちと共に入室。よくよく考えたら半分以上俺とりんのことを知っているアイドルばかりになってしまっているが、スタッフは殆ど知らないはずなので念のため。

 

 ジュピターの三人や春香ちゃんたちやなのはちゃんたちも無事に到着し、本日出演予定のアイドル総勢五十四人が無事に会場入りすることが出来た。うんうん、どうやらフラグもしっかり折れたらしい。

 

「さて、全員揃ったところで打ち合わせをする前に……まずは良太郎から一言」

 

「え、俺?」

 

 兄貴からポンとマイクを渡された。

 

「アンタ以外誰がいるのよ」

 

「麗華だって今回のライブは立場上は俺と同条件だろ?」

 

「いいからさっさとしなさい」

 

 麗華に背中を押されたのでしょうがなく前に出ると、全員の視線が俺に集中する。アイドルだけでなくスタッフからの視線も集まり、全員で俺の話を静聴する状態になってしまった。

 

『……あーっと、とりあえず皆さん、おはようございます。ついに今日を迎えました』

 

 ありきたりな文句ではあるが、しっかりと言葉にしなければいけない。何せ俺は、俺たちは、今日と言う日を待ちわびたのだ。

 

 

 

『そう、機動戦士ガンダムSEED FREEDOMの公開日です!』

 

「もう四日前なんだよなぁ!?」

 

 

 

『いやもう本当にさぁ……待ちわびて待ちわびて……』

 

「そうだけどそうじゃねぇんだよ! 気持ちは分かるけどそうじゃねぇんだよ! なんだったら俺も語りたいし後で付き合ってやるから! 今はライブのこと話せや!」

 

『しっかり反応してくれてありがとうな冬馬』

 

「どういたしまして!」

 

 ちょっと魂がコズミックイラから帰ってきていなかったため、情熱が口から溢れ出てしまった。正直今でもちょっと泣きそう。

 

 さて気を取り直して。

 

『今日はついに迎えた八事務所合同ライブ、本番当日です』

 

 俺と冬馬のやり取りで弛緩していた空気がキュッと引き締まるのを肌で感じる。

 

『今、アイドル業界はアイドル冬の時代を乗り越えて最盛期を迎えています。学校の部活としてアイドルをする、なんていうスクールアイドルが登場するなど、かつての日高舞の時代の熱をようやく取り戻したと言っても過言ではありません』

 

 日高舞が去り、一度は冬を迎え、そして周藤良太郎の登場と共に春が訪れ、雪解けと共に若葉が芽吹き、ようやく新緑の時期を迎えた。

 

 アイドルは今、もっとも光り輝く時代となった。

 

『このライブはそれを証明するためのもの。誰もが夢を見ていいと、夢見た先を、輝きの向こう側を指し示すためのライブ』

 

 だけどそれ以上に。

 

 

 

『俺たち自身が、このお祭りを楽しむぞ!』

 

『『『はいっ!』』』

 

 

 

 

 

 

「……はい。はい……えっ、えぇ!?」

 

「ん?」

 

「分かりました……はい、はい……」

 

「兄貴、どうかした?」

 

「……良太郎、麗華ちゃん、落ち着いてよく聞いてくれ」

 

「え、なにその滅茶苦茶怖いフリ」

 

「な、なにがあったんですか?」

 

 

 

「……演出家の先生が、事故って来れなくなった」

 

「「……は?」」

 

 

 

 八事務所合同ライブRTA『演出家不在チャート』はーじまーるよー。

 

 

 

「あとついでにケータリングの業者も遅れるらしい」

 

『俺たちの朝飯が!?』

 

 

 




・暗躍するオーガ
い、一体何をする気なんだ……?

・カメラが設置
大丈夫、ちゃんと検閲入るから!(なお良太郎も参加する模様)

・ドームでブーメランはしちゃいけません
まさかそんな野球をしちゃいけないドームがあるわけ……。

・機動戦士ガンダムSEED FREEDOM
いやホントまじで神というか十八年前から彷徨い続けた亡霊がようやく成仏したというか……映画観てからⅩでもこのことしか呟いてないんですわ……本当によかったよ……。

・演出家不在チャート
アイドル『は』全員揃いましたね!()



 ただでさえ忙しい良太郎と麗華と兄貴が更に忙殺される状況になってしまったが、果たして彼らはこのピンチを乗り越えることが出来るのか!

 次回! 『頼れる彼らはみんな目が死んでる!(仮)』

 それではみなさん、山形公演後にお会いしましょう!


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Lesson387 先行き不安なリハーサル

再びタイムリーに東京で雪降るのか……。


 

 

 

『はい、それではみなさん、ご案内しますので付いてきてくださーい』

 

 

 

 女性スタッフが拡声器を持つ手とは反対の手を挙げる。アイドルは全員静かにざわつきながらもその指示に従って彼女の後を追い……私もやや後ろ髪を引かれながらもそれに続いた。

 

「春香さん……本当に大丈夫なんでしょうか……?」

 

「うーん……」

 

 隣に並んだ琴葉ちゃんからの質問に、手放しで「大丈夫大丈夫!」と即答することが出来ればよかったのだが……。

 

「まさかJANGO先生が事故に逢っちゃうなんてね……」

 

 JANGO先生は、私たち765プロも度々お世話になっている演出家の先生だ。常にハートの形のサングラスをかけているため一見変人のようにも見えるが、なんと『周藤良太郎』のライブのほとんどの演出を担っているという凄い実績を持つ人で、彼の演出のライブを出来ることがアイドルにとって一種のステータスにもなっているほどだ。

 

 そんなJANGO先生が、スリップした他の車に追突された形で交通事故に巻き込まれてしまった。命に別状はないらしいのでそこだけは一安心だけど、それでもかなりの大事である。

 

「……気にはなるし、心配にもなるよ。でも今は、私たちが出来ることに集中しよう」

 

 現在、予定していた全体ミーティングを後回しにして、良太郎さんや麗華さん・各事務所のプロデューサー・スタッフさんたちが集まって緊急会議が行われており、その間に私たちは会場スタッフさんから先に会場全体の説明を受けて回っていた。

 

 ステージの構造・出ハケの位置・プロンプトの位置など、ライブ前には確認をしなければいけないことが山ほどある。しかし時間は無限にあるわけではなく、刻一刻と開演時間は迫っている。

 

「大事なことは、きっと良太郎さんやプロデューサーさんたちがなんとかしてくれるから」

 

「……はい」

 

 これだけで琴葉ちゃんの心配を全て拭えたとは思わない。そもそも私だって心配で心配で仕方がないのだ。

 

 しかしそれでも、今はこれが私のするべきこと。演出家不在というイレギュラーな状況でも、せめて自分の力で把握できることは全て頭に叩き込むんだ。

 

 

 

「って、きゃあ!?」

 

『ここ足元が……って、天海さん注意の前に転ぶのは勘弁してくださーい』

 

 

 

 

 

 

「……さて」

 

『………………』

 

 演者たちを会場確認ツアーに送り出してから、首脳陣による緊急会議である。出席メンバーは俺・麗華・兄貴、その他運営スタッフ、そして765劇場のプロデューサーである中村さん・346プロのプロデューサーである武内さん・315プロのプロデューサーである石川さんの三人にも出席してもらい、その他283プロと876プロと310プロとはリモートで参加してもらう。だいぶ朝早い時間ではあるが緊急事態なのだ。

 

「一応、あらかじめ先生からある程度の指示書は受け取っているのが唯一の救いか……」

 

 兄貴がパラリと個人ファイルを捲りながら嘆息する。俺も麗華もその他の人も、兄貴同様に指示書を受け取っているし目も通してある。そもそもこの演出を決める打ち合わせにも立ち会っているので、基本的に今日の演出は把握済み。

 

 問題は『ここで観客を煽った方がいいんじゃないか』とか『ここの移動中、すれ違いざまにハイタッチしてみようか』とか『リフターのカメラがこう動くから目線で追って』とか、実際にステージの上に立たないと詰めれないような細々とした演出。これらは基本的に当日のリハーサル中に、観客席側から演出家の先生が指示を飛ばすことになっていた。

 

「まさかJANGO先生が事故に巻き込まれるなんて……」

 

「中村さん、今は起こってしまったことを嘆いていても仕方ありませんよ」

 

 さて、実際問題どうしたものか。

 

 演出家不在のまま進めることは……まぁ出来なくはないだろう。アイドルのステージ全てに演出家が付いているわけはないし、現にミニステージなどでは基本的に演出はアイドルたちに委ねられる。しかし八事務所合同で行われるドームライブは文字通り桁が違う。

 

 誰が演出家の代役として適任か……ということを考えると、間違いなく第一候補は兄貴……周藤幸太郎だ。『俺をアイドルにするため』という理由だけで一からプロデューサーとしての勉強を始めて、僅か数年で業界のトップに上り詰めた正真正銘の天才である兄貴ならば、これまでの現場の経験や間近で見てきた数々のステージから演出としての仕事も出来ないことはないだろう。寧ろそんじょそこらの演出よりも仕事が出来るという信頼がある。

 

 ただ兄貴は今回のライブでは総合プロデューサーとしての役割がある。全体の流れを見つつ各スタッフに指示を飛ばして微調整を行う司令塔のポジションを担ってもらう必要があるため、いくら兄貴が完璧超人とはいえ負担が大きすぎる。

 

 となると……。

 

「「………………」」

 

 チラリと隣に座る麗華に視線を向けるとちょうど目が合った。どうやら同じことを考えていたようである。お互いに無言のままコクリと頷く。意見は一致しているらしい。

 

 俺と麗華は同時に口を開く。

 

 

 

「「こいつにやらせましょう」」

 

 お互いがお互いを指差した。

 

 

 

 

「なんでだよ!? そこは『私がやるわ』って頷くところだろ!?」

 

「はぁ!? アンタが『俺がやる』って言うと思って譲ってあげたんでしょうが!?」

 

「お前たちの仲が良いのは分かったからとりあえず座れ」

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「ひっ!? り、りんさん……!? どうしたんですか……!?」

 

「なんでもないわよ志保ちゃんオホホホホ」

 

(なんでもない人は缶コーヒーの空き缶を握り潰したりしないと思う……)

 

 

 

 

 

 

「まぁ、良太郎か麗華ちゃんが演出っていうのはいい案だと俺も思う」

 

 麗華とのいがみ合いに発展しそうになったが今はそんなことしてる場合じゃないとお互いにクールダウンしたところで、兄貴が俺と麗華の意見に肯定的な反応を見せた。

 

「二人とも長年JANGO先生の演出でのライブを経験していて先生の考え方や魅せ方は熟知しているだろうから、今回のライブの演出の意図を汲みやすいだろう」

 

「そうですね。それに、そもそも二人とも『魅せ方』に関して言えば間違いなくプロですし」

 

 兄貴の言葉に石川さんも同意してくれたが、武内さんは「ですが……」と眉根を潜める。

 

「お二人もお忙しいのでは……実際にステージに立たれるわけですし……」

 

「いや、逆にステージに立つ側だからこそ見えるものもありますよ」

 

「確かに本番が始まっちゃうと自由に動けなくなるけど……」

 

 再び麗華と視線を合わせる。先ほどとは違い、今度こそ間違いなく、お互いに同じことを考えていることを確信して頷く。

 

「それなら()()()()()()に入ればいい」

 

「私たちが同時にステージに立つタイミングは終盤以外殆ど無いしね」

 

 武内さんは静かに「確かにそれなら……」と思案顔になるが、やはり何処かで俺たちへの負担を危惧しているのだろう。顔に似合わず、相変わらず心配性で優しい性格である。

 

「兄貴、正直こうして緊急会議をしている時間も惜しい」

 

「皆さんも、私たちに任せてもらえませんか?」

 

 この場にいる兄貴(123)中村さん(765)武内さん(346)石川さん(315)、そしてモニターの向こうのリンディさん(310)天井社長(283)石川社長(876)

 

 彼らの意見は、一致した。

 

 

 

 

 

 

 会場の確認が終わり、会議室に戻って来た私たちを出迎えたのは……スタッフ側に立ってマイクを持つ良太郎さんと麗華さんだった。

 

『今回、演出家の先生が不在という不測の事態が起きてしまったので』

 

『急遽私と良太郎が演出も担当することになったわ』

 

『『『っ!?』』』

 

 そんな二人からの宣言にアイドルたちは当然動揺した。かく言う私も驚いている。

 

「あの、質問いいですか?」

 

『はい春香ちゃん』

 

「えっと、お二人で演出をするってことですか?」

 

『そうなるね。船頭が多くなって船が山に上る可能性もあるけど、お山はいくら上ってもいいと思うんだよ、なぁ、未来ちゃん! 隼人!』

 

「はい! そう思います!」

 

「え!? なんで俺!? なんのことですか!? ……あ、そういうこと!?」

 

 私の質問を使って小ボケを挟まないで貰いたい。

 

『勿論、私たちが演出をすることに対するアンタたちの危惧も理解しているつもりよ』

 

(いや、その点に関して言えば特に危惧というか心配はなにもしてませんが……)

 

 正直なことを言えば、こういう状況で動くのは幸太郎さんだと思っていた。しかし彼以外の人物で次にそういう適性が高そうなのは誰かと問われれば、間違いなく良太郎さんか麗華さんだ。

 

 ここにいるアイドルは全員、多かれ少なかれ『周藤良太郎』と『東豪寺麗華』のカリスマに惹かれた人たちばかりだ。今更二人のアイドルとしての才能を疑うような人は一人もいない。

 

『だから……今回のライブの演出は、俺たちに任せてほしい』

 

『今回不在の演出家のときと同じぐらい……いや、それ以上のライブにしてみせるわ』

 

 そう言って……二人は頭を下げた。

 

 本当はお願いするのは私たちの方だというのに、ただでさえ大変な二人に更なる負担をかけてしまうというのに、良太郎さんと麗華さんは私たちに『演出を任せて欲しい』と頭を下げたのだ。

 

 そんな二人の行動にみんなが慌てる中、私はその場で立ち上がった。立ち上がったのは私だけじゃなくて、りんさんやともみさん、ジュピターの三人。そしてそれに続くように他の人たちも全員立ち上がり……。

 

 

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

『『『よろしくお願いします!』』』

 

 

 

 こうして私たちアイドルだけではなく……各事務所の代表やスタッフを含めた全員の満場一致で『周藤良太郎』と『東豪寺麗華』の演出担当が決定した。

 

 そんな彼らの下で……いよいよ、当日のリハーサルがスタートである。

 

 先ほどまで感じていた不安は……いつの間にか、何処かへ消えていた。

 

 

 

 

 

 

「……は? 麗華お前なんつった?」

 

「えーえー何度だって言ってやるわよ?」

 

 リハーサル始まった途端に不安が帰ってきちゃったんですけどぉ!?

 

 

 




・JANGO先生
長編外伝の感謝祭ライブでも登場の演出家が本編でもようやく登場。
見た目はワンピのジャンゴ。

・石川社長
もしかして初出……? な876プロの社長です。実は朝焼けは黄金色にも出てたらしい。

・お山はいくら上ってもいい
愛海ちゃんも「そうだそうだ」と言っています。



 というわけで良太郎と麗華が演出として就任です。なんだコイツラいそがしそうだな……(他人事)



『どうでもいい小話』

 山形公演お疲れさまでした。片道五時間半かかったことを除けば、今までで最高クラスの現場でした! 演者が近いっていいね……(なおほぼ最後列)


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Lesson388 先行き不安なリハーサル 2

やっとリハーサル。ようやくリハーサル。


 

 

 

『さて、それじゃあ早速リハーサルを始めていきたいんだけど』

 

 全員でステージの上に集合し、ようやくリハーサルが開始……となったのだが。

 

『これ一曲目から俺と麗華が二人同時に出演するやつだな』

 

『本当にのっけから躓くわね……』

 

 リョーさんと麗華さんは手元のファイルに視線を落としながら小さく嘆息した。

 

 先ほど俺も確認した今回のライブのセットリスト。男女に分かれての歌合戦という形式のライブでそれぞれ白組と紅組が交互に曲を披露するのだが、最初の曲はそんな紅白歌合戦をそれぞれの組から十三人ずつが選抜されて歌唱することになっていた。

 

 その曲は俺、天道輝も歌うのだが……それぞれ白組と紅組の大将であるリョーさんと麗華さんも当然歌う。つまり演出側も兼任する二人が揃ってステージに立たなくてはいけないのである。

 

『お互いが出演するときはお互いに確認しようって言った矢先にこれよ』

 

『ホント、その辺りもちゃんと考えて提案しろよな』

 

『こんな至近距離でブーメラン投げないで貰える?』

 

 二人とも仲が良いのは分かったから、わざわざその漫才までマイクに乗せなくてもいいと思うんだ。

 

『お前がやれって言ったんだろ?』

 

『隣にいるからってブーメランで殴り掛かれとも言ってないのよ』

 

 あと二人のやり取りが続くたびに隣のりんさんの笑顔が怖くなるんだけどナニコレ。

 

『とりあえずPA側にいる方は誰か代役立てて、こっちから声当てるか』

 

『まぁそれが無難ね。勝った方がステージ』

 

『りょ』

 

 短く同意した麗華さんとリョーさんがじゃんけんをする。ステージからは観客席の真ん中に作られたPA席の二人の手の形はよく見えないが、どうやら麗華さんが勝ったらしい。

 

『それじゃあ……冬馬、俺の代役頼む。俺の動き分かるか?』

 

「あぁ、すぐに覚える」

 

 一曲目に参加しない冬馬がリョーさんからの依頼を快諾する。流石に代役にまで『周藤良太郎』のクオリティを要求されるとは思わないが……それでも彼の代役が務まる男性アイドルは、きっと冬馬以外にいないだろう。それに自分以外の動きをすぐに覚えると断言出来る辺り流石だ。

 

『それじゃあ早速始めていくぞ。一曲目の演者、スタンバイよろしく』

 

 マイクを置いた麗華さんがこちらに合流し、リョーさんの指示に一先ず全員がステージ裏に戻る。そこから一曲目に参加する二十六人がスタンバイに入る。下手側から紅組である女性陣が登場するので、白組である俺たちは上手側でスタンバイ。

 

「冬馬っち流石っす! あの『周藤良太郎』代役を頼まれるなんて!」

 

「でもあの良太郎さんだから、すっごい無茶ぶりとかされそうじゃないですか?」

 

「あーやりそー」

 

 各々のマイクやイヤホンを確認している最中、純粋に目を輝かせながら冬馬に話しかける四季と苦笑する隼人、それに同意する悠介。確かにリョーさんはそういうことしそうなイメージ。

 

「まぁ普段のアイツの姿見てるとそう思うよな。実際にプライベートだったらやるだろうし」

 

 後輩三人からのリョーさんへの評価に苦笑しつつ、しかし冬馬は「でも」と肩を竦めた。

 

「ことライブに関することで、アイツはふざけねぇよ」

 

「「「えっ」」」

 

「意外だよねぇ、分かる分かる。僕もりょーたろーくんと一緒に仕事するまではおんなじこと考えてた」

 

「良太郎君は真面目だから、アイドルのお仕事に関することでふざけることはないよ」

 

 冬馬の言葉に驚く三人に翔太も笑いながらそれに同意する。しかし北斗の言葉に俺は若干首を傾げてしまった。

 

「いや……ふざけるというか、割とネタ発言と言うかそんな感じのことはよく言ってるイメージはあるぞ?」

 

 胸の大きなスタッフが近くを通ると「……揺れましたね!」とこちらに話を振ってきたことがあったし、小声ではあるものの「ところで蘭子お姉ちゃんですが」なんて爆弾発言をして桜庭に水を噴き出させたこともあった。ちなみにそのときは丸めた台本で普通に引っ叩かれていた。

 

「でも、お仕事が始まったら?」

 

「………………」

 

 あれ、思い返してみると……仕事の話になったときや本番になったとき、歌ってるときは、意外と大人しい……? いや大人しいなんてことは『周藤良太郎』に限ってあり得ないんだけど、先ほどのような発言は殆どないような気がする。

 

「意外と真面目なんすね、リョーさんっちは!」

 

「勉強のときもそうだったけど、意外に真面目ですね」

 

 どこまで行っても『意外』っていう言葉が外れないほど普段の行動のアレさ加減が分かってしまう辺り、流石リョーさんである。

 

「よし、良太郎、覚えたぞ」

 

「え、もう?」

 

 受け答えをしながらもパラパラと『周藤良太郎』の動きを確認していた冬馬がマイクに向かって声をかけた。こんな短時間で覚えられるのか……。

 

『よし、それじゃあ始めるぞ。3、2』

 

 無言で1と0をカウントし、麗華さんの第一声から曲は始まった。

 

 

 

『……まぁこんなもんかな。全員きっちり仕上げてきてるな』

 

 要所要所でリョーさんからの指示が入りつつ一曲目が終わる。リョーさんの代役である冬馬やそもそも今回演出側の麗華さんを除いても、全員大きな指摘を受けることなく終了した。

 

『それじゃあ麗華こっち戻ってこーい』

 

「分かってるわようっさいわね」

 

 麗華さんもPA席に戻っていき、ようやく演出二人体制でのリハーサル本番である。

 

「……いや本当に凄いなリョーさん。ちゃんと演出してた」

 

「そりゃ演出なんすから演出するんじゃないっすか?」

 

「そうじゃなくてぇ……」

 

 首を傾げる四季だが、俺にはなんとなく隼人の言いたいことが分かった。

 

 リョーさん……周藤良太郎さんの出す指示は間違いなく的確だった。それこそ、本物の演出家の先生からの指示を受けているように。

 

()()っていうのは演出も出来ちゃうんだなぁ……」

 

 一瞬『果たして自分もその領域に辿り着けるのだろうか』なんてことを考えてしまったが、そんなことが出来るのはごく一部の人間だけだと首を振る。今の俺は……俺たちはまだ『トップアイドル』とすら呼ばれていない存在なのだから、そんな状況で一番上と自分たちを比べるのはナンセンスだ。

 

 一番星は目指す。けれどそこに近道なんてものは存在しない。今は一歩ずつ確実に、自分たちに出来ることをするだけだ。

 

『よし、ここからしばらく俺も麗華も出演が無いから流しでやってこう』

 

『指示をするときは一旦止めるけど、基本的に本番通りやるつもりでいきなさい』

 

 舞台裏に戻った俺たちの耳にもリョーさんたちの指示の声が届く。

 

(演出家の先生が来れなくなったって聞いたときは、どうなるのかと思ったもんだが……)

 

 『周藤良太郎』と『東豪寺麗華』、二人のトップアイドルによる演出で、きっと一味違うステージになるに違いない。そう確信した。

 

 リハーサルは順調に進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 ……順調だったんだけどなぁ……。

 

 

 

「……は? 麗華お前なんつった?」

 

「えーえー何度だって言ってやるわよ?」

 

 

 

 何度目になるか分からない良太郎と東豪寺の睨み合いが始まり、思わず俺は目を覆ってため息を吐いた。

 

『いい? 所恵美の活かすべき点は『色気』よ。ならばすべきアピールはカメラのレンズを下から両手で撫で上げるように振った方がいいに決まってるのよ』

 

『いーや、恵美ちゃんのアピールポイントは『同級生』感だ。レンズに向かって指でツンツンする仕草の方がこの場では合ってる』

 

 ……この二人、我が強すぎる。言っていることはどちらも合っているし間違っていない。しかしそれ故に度々『正解がない言い争い』に発展する。殆ど水掛け論だ。本当に相性が良いんだか悪いんだか。

 

『アンタ散々所恵美のスタイルについて言及してるじゃない! ならそこを活かすような演出にしなさいよ!』

 

『だから俺のは性癖じゃなくて趣味嗜好だっつってんだろ! お前こそ余計な情報を混ぜて考えるのやめろ! 今回恵美ちゃんが生かすべきは可愛さ!』

 

『アンタ同じ事務所にいるくせに何見てんのよ! そんな凡百なシチュエーションで所恵美を埋もれさせるなんて私が許さないわよ! 所恵美の色気を考えなさい!』

 

 ヒートアップする二人の傍に佇む俺に対して『なんとかしてくれ』という視線が集まるが、正直俺にこれを止める自信はない。『周藤良太郎と東豪寺麗華の間に割って入れるのは天ヶ瀬冬馬しかいない』なんて言われてこっちに来たけど、俺にだって止めれねぇよこんなもん。

 

 とはいえこのままではリハーサルが進行しない。この不毛な言い争いも既に七回目だ。既に時間も一時間近く押していて、こんなことを繰り返していてはいつまで経ってもリハーサルが終わらない。

 

「二人とも、マジでその辺にしとけ」

 

「お、なんだ冬馬、お前も()るか?」

 

「いい度胸ね、かかってきなさい」

 

 二人揃って目的忘れてんじゃねぇだろうな?

 

「時間をかけてでもステージをより良いものにしたいっていうお前たちの考えはよく分かる。でも見ろ」

 

 スッとステージを指差す。

 

 

 

「………………」

 

 

 

「所がそろそろ限界だ」

 

 良太郎と東豪寺は二人揃って所恵美を最も『魅せる』ことが出来る演出を提案していたようだが、結果としてそれらの言葉が全て()()()()()()()()()()ことになった。

 

 その結果、ただでさえ所は照れやすいというのに『周藤良太郎』と『東豪寺麗華』からのストレートな誉め言葉にやられてしまい、ステージ上の所は真っ赤になった顔を手で覆いながら蹲ってしまっていた。

 

「「………………」」

 

 今回のユニットメンバーである島原と田中に寄り添われる所を一瞥した良太郎と東豪寺は、再び視線を交差させる。

 

「……ほら見ろ麗華、恵美ちゃんは可愛いだろ」

 

「だからこそ、敢えて外すという選択肢を私は選ぶわ」

 

「いい加減にしろっつってんだろ!」

 

 

 




・今回のセットリスト
頑なに本番まで隠すスタイル。……まだ決まってないとかジャナイヨ。

・良太郎は真面目
そろそろみんな信じてくれるよね?

・恵美ヒートアップ
ころめぐは誉めまくると段々耐えられなくなって恥ずか死する(断言)



 今更良太郎と麗華が仲良しこよしで協力プレイ出来るわけないんだよなぁ……というお話。はたして誰がこの二人を止めるのか。


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Lesson389 先行き不安なリハーサル 3

おいリハーサルしろよ。


 

 

 

「あ~恥ずかしかったぁ……」

 

「メグミ、だいじょーぶ?」

 

「だいじょぶだいじょぶ~……」

 

「全然大丈夫じゃなさそう……」

 

 リハーサルと言う名の公開処刑(ほめごろし)を終えた恵美さんは、今回のユニットメンバーであるエレナさんと琴葉さんに付き添われるようにして舞台裏に戻って来た。

 

「お帰りなさぁい、()()()恵美ちゃん」

 

()()()()な恵美ちゃん、お疲れ~」

 

「流石に怒るよぉ!?」

 

 そんな恵美さんにコロコロと笑うまゆさんとニヨニヨと笑う志希さんからの入念な追撃が入った。涙目で怒る恵美さんだが、まゆさんと志希さんはキャーと楽しそうに悲鳴を上げているので全く堪えている様子はない。

 

「恵美さんへの羞恥プレイはさておき」

 

「ちょっと志保ぉ!? 今なんて言ったぁ!?」

 

「流石に的確な演出指示が入りましたね」

 

「……うん」

 

 また揶揄われるのではと一瞬身構えた恵美さんが可愛くて内心でニヤニヤしつつ、先ほどまでの良太郎さんと麗華さんの演出へと思考を傾ける。

 

 先ほどは天ヶ瀬さんに怒られて中断することになったものの、演出が悪かったわけではなく、寧ろ二人とも普段は演出を受ける立場だというのに的確な指示を出していたと思う。ただ二人の『演出の方向性』に相違があった。

 

 ――『周藤良太郎』は()()()()()()()()ための演出。

 

 ――『東豪寺麗華』は()()()()()()()ための演出。

 

 私はこのように考えている。

 

 良太郎さんはそのアイドルが元々持ち合わせている特性というか特色を前面に押し出すことで、そのアイドルが自然と魅せることが出来るような演出、言わば『アイドル本人が魅せたい自分を魅せる』演出。

 

 一方で麗華さんは客観的に見てそのアイドルに求められているポイント、いわばファンのツボとも呼べる点をしっかりと押さえている、言わば『ファンが見たがっているアイドルを魅せる』演出。

 

 極端に振り切ったようなことは流石にしないものの、これまでの演出を見ていると私はなんとなくそんな風に感じた。

 

 だからその二つが嚙み合っているときは二人とも反発することなくサクサクとリハーサルが進行し、その僅かな相違が二人の言い争うポイントになってしまうということだ。

 

「でも私は、ちょっと恵美ちゃんが羨ましいなぁ」

 

「えぇ!?」

 

 突然そんなことを言い出したのは、たまたま近くにいた春香さんだった。

 

「ま、まさか春香さん……そ、そういう趣味が……!?」

 

「えぇ!?」

 

「もしや普段よく転ばれるのはぁ……」

 

「違うよ!? 何を言おうとしてるのか知らないけど、違うよまゆちゃん!」

 

「恥ずかしいのが嬉しいってコト?」

 

「お願いだから言葉にしないで志希ちゃん!」

 

 

 

(……周藤良太郎さんの事務所の人って……なんというか……みんなこんな感じになるのかな……)

 

 

 

 何故か琴葉さんの目がちょっと引いているように見えたが、私は決して同類ではないので一緒にしないで欲しい。

 

「そうじゃなくて! 良太郎さんと麗華さんに()()()()()()をしてもらったってこと!」

 

 顔を赤くしながらも話題を戻した春香さんだったが、その発言には「おや?」と首を傾げる。

 

「プロデュース……ですか?」

 

「そう、プロデュース! ……確かに今回のステージでの演出ではあるんだけど、二人ともそれぞれ違う方針で恵美ちゃんを魅せようとしてくれたわけじゃない? それはつまり『周藤良太郎』と『東豪寺麗華』の二人から()()()()()()()()()()()を受けたってことにならないかな?」

 

「……それは」

 

「一理ある……かも?」

 

 すっきりと納得は出来ないものの、じわじわと春香さんの言いたいことが分かってくるような気がした。

 

 確かにそうだ。良太郎さんと麗華さんのそれぞれの演出の違いは……プロデューサーとしての方針の違いとも捉えることが出来るのか。

 

(良太郎さんがプロデューサー、か)

 

 思えば、普段のアドバイスもそれに近いものだったのかもしれない。

 

 それは社長とはまた違う視点からの、現役のトップアイドルの視点だからこそのプロデュースであって、例えば()()()()()()()()()()退()()ようなことがあったとしたら。

 

(……そんなこと、あるはずないですよね)

 

 

 

 

 

 

 さてそんな会話を終えて舞台袖に戻ってくると、何やらPA席の方が騒がしい。

 

 

 

「ホンットにお前らはさっきから黙って聞いてりゃチピチピチャパチャパ……」

 

「なんで猫ミームに汚染されてるんだよ」

 

「アンタまで混乱したら収拾つかなくなるんだから落ち着きなさい天ヶ瀬冬馬」

 

 

 

 どうやらまたやらかしたらしい。今度の被害者は……310プロの八神はやてさん。彼女もまた恵美さんのようにムードメーカータイプの子だったようだが……それゆえに、恵美さんと同じようにやられてしまったようだ。顔を赤くしながら視線を宙に漂わせ、両手も所在なさげにフラフラしていた。

 

「す、凄いですね……天ヶ瀬さん……」

 

「あの『周藤良太郎』と『東豪寺麗華』に正座させてお説教してる……」

 

 765プロの最上さんと春日さんが、PA席の三人の様子を見ながらそんな会話をしていた。ちなみにここからではマイクを使っていない三人の会話の内容までは聞こえていないのだが……なんとなく、別にそれほど深刻な会話はしてないじゃないかと思う。

 

「やっぱりあの『Jupiter』のリーダーなだけあって、二人とも対等なんだなぁ……」

 

「実質男性アイドルナンバーワンだもんね」

 

「なぁしほ、やっぱり事務所でもあんな感じなのか?」

 

「……良太郎さんはまぁ、あんな感じですよ。天ヶ瀬さんは……まぁ」

 

「「へー、やっぱり凄いんだなぁ」」

 

 そんな悠介さんと享介さんの反応が、世間一般の『天ヶ瀬冬馬』の評価そのものであった。

 

 日本で一番のトップアイドルは『周藤良太郎』であることは語るまでもない。二番目のトップアイドルも『東豪寺麗華』であることに異を唱える者はいない。しかし三番目のトップアイドルは複数のアイドルの名前が候補として上がる。

 

 魔王エンジェルのユニットメンバーである『朝比奈りん』、おなじく『三条ともみ』、そしてジュピターの『天ヶ瀬冬馬』だ。

 

 『周藤良太郎』の影響で男性アイドルの激減した覇王世代で唯一生き残った男性アイドルユニットというのは、ただそれだけで最高峰の評価に値する存在。その中でも『天ヶ瀬冬馬』は、ある種の例外と呼んで差支えの無い『周藤良太郎』を除けば、間違いなく日本の男性アイドルの頂点なのだ。

 

 

 

 ――おいこら良太郎っ! お前いい加減にしろよ!?

 

 ――いい度胸だなぁ佐久間あああぁぁぁ!

 

 ――翔太ぁぁぁ!? 裏切ったな貴様ぁぁぁ!?

 

 

 

(……普段の事務所では、なんというか、こう……)

 

 この人もまた、良太郎さんとは別の意味で実は残念な人物の部類されてしまう辺り、大変失礼ながら本当に不憫で仕方がない。天ヶ瀬さんは何も悪くないのに、如何せん周囲の人間からの扱いが雑過ぎるのだ。ちなみに直接的加害者になることは殆どないものの、伊集院さんは伊集院さんで基本的に天ヶ瀬さんのことを見捨てるのでほぼ同罪だと思っている。

 

 さて、どうやら再び二人のプロデュース方針……ではなく演出方針の相違があったため天ヶ瀬さんに怒られているようだが、結局リハーサルが中断しては意味がない。

 

「……これはいっそのこと、休憩を挟んだ方がいいのかもしれんな」

 

「社長」

 

 総合プロデューサーとしてスタッフと打ち合わせをしていたはずの社長が舞台裏にまでやって来た。恐らくスタッフから話を聞いているのだろうけど、それだけで現状をしっかりと把握しているところが流石である。

 

「二人で演出をするのはいいんですけど、やっぱりどちらか一人に演出をしてもらった方が良かったんじゃないですか?」

 

 そもそもの話、総合演出という本来一人が担当する役職を二つに分けたことが現状の原因なのである。良太郎さんらしい演出、もしくは麗華さんらしい演出のどちらかが無くなってしまうのはそれはそれで惜しい気もするが、現実の問題として着々と時間が無くなっているのだ。

 

「いや、どれだけ指示が的確だったとしてもやっぱり良太郎も麗華ちゃんも演出に関しては素人だから、お互いに補完してもらった方がいい」

 

「でもその結果がアレですよ」

 

 視線の先では、正座から立ち上がった良太郎さんと麗華さんが天ヶ瀬さんを含めて三人でよく分からない武術のような構えでお互いを牽制し合っていた。あんなふざけた様子だっていうのに多分会話の内容自体は至極真面目なのだろうからなんか腹立つ。

 

「……実を言うと、アレは想定内なんだよ」

 

「あのやり取りがですか?」

 

「いや流石にアレは想定出来ないけど」

 

 あ、真っ先に天ヶ瀬さんが潰された。

 

「良太郎と麗華ちゃんが仲良しこよしで一つの仕事を一緒に出来るなんて考えてないよ。知ってる? アイツらって一緒にご飯食べに行って注文が被ると絶対に注文変えるんだよ」

 

「それはもう逆に仲良しなのでは?」

 

 そのときの光景が凄く簡単に想像出来るし、良太郎さんの横に座っているであろうりんさんの笑顔も目に浮かぶ。

 

「でも、今回の場合はそれをしてもらうことで『お互いに高め合ってもらう』ことが出来る。寧ろこれは『周藤良太郎』と『東豪寺麗華』だからこそ出来ることだ」

 

「……ダイヤモンドカットダイヤモンド、ってことですか」

 

 天才に影響を与えることが出来るのは、やはり天才なのである。

 

「それと、それを見越して最初からリハーサルに何時間もかかっていいように予定したんだから。多少の時間オーバーは織り込み済みだよ」

 

「流石社長……えっ」

 

 流石社長だけでは済まない発言が聞こえたような気がしたんですけど。

 

「あの……しゃ、社長?」

 

「なに?」

 

 

 

「……ほ、本当にJANGO先生が来れなくなったのは……『想定外』なんですよね?」

 

 

 

「……勿論」

 

 

 

「どっちの意味ですか!? 『勿論想定外』なんですか!? それとも『勿論想定していた』っていう意味ですか!?」

 

 そろそろ慣れたつもりではあったけれど……やっぱり社長は優秀なんて言葉では表せられないぐらいに怖い何かであった。

 

 

 




・「恵美さんへの羞恥プレイはさておき」
123で一番強い毒を吐く少女。

・『周藤良太郎』はアイドルを魅せるための演出。
良太郎は「おら! 俺を見ろ!」っていうアイドル。

・『東豪寺麗華』はファンに魅せるための演出。
麗華は「ほら! アンタたちこれが見たいんでしょ!?」っていうアイドル。

・「恥ずかしいのが嬉しいってコト?」
天海春香一人羞恥プレイ説。

・「黙って聞いてりゃチピチピチャパチャパ……」
このフレーズが脳内にこべりついて離れない。

・「……勿論」
アイ転世界のビッグワン。


 これが本当の『アイドルマスター』っつってね。

 なんか兄貴の発言がホラーみたいになったけど、まぁ色々と想定した結果こうなったってだけですよホントダヨ。


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Lesson390 先行き不安なリハーサル 4

りょーくんのちょっといいとこ見てみたいー!


 

 

 

『『『飯だぁぁぁ!』』』

 

 

 

 育ち盛り食い盛りな男子高校生たちが歓喜の声を上げた。

 

 雪のせいで到着が遅れていたケータリング業者が到着し、ようやく食事の用意が整ったのである。元々はリハーサル中に各々食事を済ませる予定だったのだが、麗華が突っかかってきてリハーサルが長引いてしまっているので一旦食事休憩となった。

 

「あ゛? アンタが私の演出にケチ付けたのが原因でしょうが」

 

「あ゛ぁ? なんだよ俺のせいだって言いてぇのか?」

 

 許さねぇぞ……よくも俺をここまでコケにしてくれたな。今度こそしっかりと叩きのめしてやる……。

 

「お前ら本当にいい加減にしろよ」

 

「叩きのめしてやるぞ冬馬」

 

「俺っ!?」

 

 再び一触即発の空気となる俺と麗華と冬馬の間に、りんとともみが割って入って来た。

 

「ほらほらりょーくん! そんなことよりご飯食べようご飯! 朝ご飯まだだもんね!」

 

「……りんに免じて許してやろう」

 

「麗華も。腹が減っては胸は育たぬ」

 

「アンタは二度と食事が必要のない体にしてやろうか? あ゛?」

 

 仕方がないので一時休戦の食事タイムとなった。ふん、胸の大きなりんに感謝するんだな。

 

 

 

 さて、今回のライブは出演アイドルが多くそのうちの大半が育ち盛り食べ盛りばかりで、当然用意される食事の量も多くなる。その結果、食事スペースには観光ホテルのディナービュッフェ以上に大量の料理が所狭しと並べられていた。

 

「いくら余ったらスタッフにも回されるからって、この量はやりすぎじゃない?」

 

 麗華の疑問も尤もだが、現在進行形で「うっひょー! 飯っす飯っす!」「おっしゃ食べるぞー!」「カレーあるぞカレー!」「俺チキンライスー!」と主に315プロの高校生組を中心にお腹を空かせたアイドルたちが食事に群がっている光景を見ると、多分問題ないような気もする。

 

「というかお前ら、いくら本番まで時間があるからって食いすぎるなよ」

 

「分かってるっすよリョーさんっち!」

 

「良太郎さんたちの分はちゃんととっておくぜ!」

 

「そうじゃねぇんだよ」

 

 まぁ、あいつらのことは旬に任せておいて、俺も飯にするとしよう。腹が減った。

 

「………………」

 

「ん? 奏、お前は食べないのか?」

 

「私たちは女子寮の五十嵐響子ちゃんが作ってくれたお弁当を朝ご飯に食べてきたのよ」

 

「現役女子高生アイドルの手作りお弁当……だと?」

 

「貴方の周りだとそれも別に珍しいことじゃないんじゃない?」

 

「いやいやそんなこと……」

 

 ……割とあるかもしれない。現に昨日の晩御飯は現役トップアイドルが作った味噌汁を飲んだわけだし。

 

「そんなことより先輩、貴方本当に隠す気あるの?」

 

「あるわけないだろ。俺は自分の大乳好きを誇りとして生きている」

 

「そんな誇り捨ててしまいなさい。そんなこと話題にしないわよ」

 

 それじゃあなんのことかと思っていると、ちょいちょいと奏が指差す先には俺の横にぴっとりとくっつきながら何を食べようかと悩んでいるりんの姿が。

 

「……やっぱり大乳好きのことでは?」

 

「引っ叩くわよ」

 

 どうやらりんとの交際のことを言っているらしい。

 

「お前を含めて半数以上は知ってるし、別にいいだろ」

 

「そーそー。それに付き合ってるってことを知らなくても、アタシがりょーくんのこと大好きだってのは周知の事実なんだしさ」

 

「………………」

 

 どうやら奏は自分の考える常識と世間一般の考え方など色々なことを考えて混乱してしまったらしい。うんうん、芸能界は色々あるからな。

 

 さてそんなやり取りをしつつ、しっかりと朝食。リハーサルが始まってからそれなりに経っているものの未だに九時前なのでまだまだブランチではなくブレックファーストの時間である。

 

「あ、あの、良太郎さん」

 

「ん?」

 

 ビュッフェの朝ご飯と言えばやっぱりカレーだよな! ということでカレーを食べていると、遠慮がちにおずおずと話しかけてくるおっきなおっぱいが二つ。

 

「やぁ、りあむちゃん」

 

「……あの、出来れば顔を見て判断していただけると……」

 

「良太郎サン、せめて顔を上に挙げるぐらいの努力はしませんか?」

 

 大丈夫、俺の心はいつだって未来(まえ)を向いているから。

 

 顔を上げると、そこにはあきらちゃんとあかりちゃんを伴ったりあむちゃんが立っていた。所在なさげな手をもじもじとさせつつ、何やら俺の顔色を窺っている様子である。

 

「それで、どうかした? さっきのリハーサルで何か分からないところでもあった?」

 

 彼女たち三人のユニットのリハーサルは既に終わっていた。彼女たちのときもまた麗華とバチバチにやり合っていたので、もしかしたらイマイチ納得出来なかったところがあったのかもしれない。

 

「分からないところはなかったんですけど……ほ、本当に()()でいいんですか?」

 

「そーですよ良太郎サン。りあむサンにあんなこと言うなんて」

 

「こ、後悔しますよ?」

 

 あきらちゃんもそうだが、あかりちゃんも結構言葉のチョイスに毒を感じる。

 

「……りょーくん、この子になんて言ったの?」

 

 どうやらそのタイミングで裏に引っ込んでいたらしく、りんは俺たちの会話内容が分からずに首を傾げた。

 

「えっとな……」

 

 

 

 

 

 

『はいストーップ』

 

「「「っ」」」

 

 良太郎サンからの停止がかかり、自分たちはステージ上で動きを止める。止めるというか、良太郎サンの声に反応して無意識に身体が止まってしまったという表現が正しいのかもしれない。きっとこれが俗に言う『蛇に睨まれた蛙』と言う奴か。

 

 あの『周藤良太郎』が自分たちのパフォーマンスに言及することがある。その事実だけで、思わず息が止まってしまいそうなほどのプレッシャーを感じてしまった。

 

『んーっと……りあむちゃん』

 

「ひっ!?」

 

『いやそんなに怯えないで怖がらないで、怒るわけじゃないから』

 

 良太郎サンから名指しされたりあむサンの表情が真っ青を通り越して真っ白になっていたが、無理もない。多分名前を呼ばれたのが自分だったら、きっと同じようなリアクションをしていたことだろう。

 

『さっきの煽り、だいぶ大人しかったけど多分事務所から何か言われてる?』

 

「は、はい……」

 

『まぁ普段のアンタの言動を見てれば当然の措置よね』

 

 あの東豪寺麗華サンですら周知の事実である彼女の炎上芸。りあむサンは調子に乗りやすい性格のため口を滑らせることが多いが、そうじゃなくても言葉の選び方が致命的に間違っているため、本人の意図していないところで炎上することが多い。

 

 そのため事務所からも散々上から「今回のライブではくれぐれも……くれぐれも気を付けてください……!」と注意を受けていた。唯一Pサンだけはりあむサンの自由を尊重しようとしていたようだが……それでも彼女の普段の炎上具合を思い出して最後は口を噤んでしまった。

 

『んー……よし』

 

 何かを考える仕草をする良太郎サンに、りあむサンは一体何を言われるのかと緊張で身体を強張らせる。

 

 

 

『りあむちゃん、今回のライブに限り()()()()()()()()()

 

 

 

「「「……えっ!?」」」

 

 言われたりあむサンだけじゃなくて、自分とあかりちゃんも一緒に驚愕の声をあげてしまった。

 

「りょ、良太郎サン!? 一体何をとち狂ったことを言ってるんデスか!?」

 

「そ、そうですよ! このライブが滅茶苦茶になっちゃいますよ!?」

 

「君たちにその反応にぼくの心が真っ先にとち狂いそうだし滅茶苦茶になりそうだよぉ!」

 

 りあむサンが情けない声を出すが今はそれどころではない。良太郎サンの凶行を止めることが最優先なのだ。

 

『良太郎、アンタ何言い出すのよ。アンタも知ってるでしょ、あの子の普段の言動』

 

『よーく知ってる。いつも笑わせてもらってるよ』

 

『対岸の火事を笑ってんじゃないわよ外道』

 

 東豪寺サンも苦言を呈しているが、良太郎サンはそんなこと知ったこっちゃないと言った態度だった。

 

『俺は今回のライブ、お行儀のいい発表会にするつもりはない。今の日本には「こんなアイドルがいるんだ」っていう知らしめるライブにしたいんだ。だからそんな()()()()のことでりあむちゃんの個性を押し殺すことはしてほしくない』

 

「……いや、ぼくも炎上芸を個性にしてるつもりはないんだけど……」

 

『アイドルたちが何の制限もなく全力で輝くところを、俺は見せて欲しいんだ』

 

 りあむサンはごにょごにょと口ごもるが、多分良太郎サンの耳には届いていない。

 

『だから今回のライブ中でのりあむちゃんの言葉は全部「周藤良太郎が言わせた」ってことにしていいよ』

 

「「「えぇ!?」」」

 

『ちょっと良太郎、アンタ本気?』

 

 隣の東豪寺サンが呆れていたが、それでも良太郎サンは自信満々に頷いた。

 

『本気。俺が許す』

 

 

 

 

 

 

「とまぁこんなやりとりが」

 

「へー」

 

「……朝比奈サン、リアクション薄いですね」

 

 多分りんは内心だと(まぁこの子が何しようとアタシには関係ないし)とか思っているのだろう。口にしないのは偉いぞ。

 

「その、良太郎さんがそう言ってくれるのは嬉しいんだけど……やっぱり迷惑かけちゃうし、ほら、自重してもぼくらしさは出せるし」

 

 何故か普段よりも五割増しぐらいでしおらしくなっているりあむちゃんの態度が若干気になったが、俺は「大丈夫」と改めて念を押す。

 

「勿論、炎上すること自体は褒められたことじゃないし、普段の態度も一部反省した方がいいところもある」

 

「うぐっ」

 

 

 

「でも、俺はそんなりあむちゃん、結構好きだよ」

 

 

 

「「「……は?」」」

 

「ん?」

 

 りんちゃん、お声が怖いよ……。

 

「ほら、俺も普段はこんなんなんだから。りあむちゃんもそういうの一切気にせずに全力を出してほしいんだ」

 

「………………」

 

「だから……えっと、どうした?」

 

「なんでもないですありがとうございますしつれいしいました」

 

 え、なんでいきなり走り去ったの。

 

「りあむさん!?」

 

「え、えっと失礼しました!」

 

 そんなりあむちゃんを追ってあかりちゃんとあきらちゃんもフェードアウト。とりあえず俺の演出方針に納得してくれたってことでいいのかな?

 

「………………」

 

「りんさん、なんでいきなり無言で俺のカレーにタバスコかけ始めたの?」

 

 辛いの好きだからいいんだけど。

 

 

 

 

 

 

「……社長、今の良太郎さんと夢見さんのやり取りを見て一言」

 

「……やっぱり良太郎に演出を任せて正解だったな!」

 

「うわすっごい笑顔」

 

 

 




・ケータリング
他の人のお食事模様は次回。

・よくも俺をここまでコケにしてくれたな。
でも冬馬なら躊躇なく良太郎に「さらにもう一発!」出来ると思う。

・『何を言ってもいいよ』
良太郎「構わん。俺が許す」

・「うわすっごい笑顔」
愉悦民族周藤家。



 リハーサルそのものは終わっていませんがリハーサル編はここまで。……リハーサル編ってなんだ?

 次回は舞台裏の様子をちょこちょこ。そろそろ演者以外も書いてかないとなぁ。


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Lesson391 ここで舞台裏を覗いてみよう

舞台裏のディアリースターズさ~ん!


 

 

 

 ステージでは良太郎さんと麗華さん監修の下でリハーサルが行われているのだが、その一方の舞台裏ではとある一つの企画が進行していた。

 

 時間はほんの少しだけ遡る。

 

 

 

「「「舞台裏の撮影?」」」

 

「えぇ」

 

 そう言って123プロのプロデューサーである和久井さんは、僕たち876プロトリオにビデオカメラを手渡した。

 

「今回のライブ、円盤化することが決定しているのだけど、その映像特典として舞台裏の様子を撮影してきてほしいの」

 

「わっ! なんだかすっごく楽しそうですね!」

 

「それはいいんですけど……」

 

「どうして私たち?」

 

 無邪気に笑いながらビデオカメラを受け取った愛ちゃんだが、僕と絵理ちゃんはこの人選の理由が分からず首を傾げる。

 

「それは貴方たちが分かりやすい男女の組み合わせだからよ。貴方たちなら男性アイドルにも女性アイドルにも話しかけやすいでしょ?」

 

「あぁ、そういう」

 

「確かに涼さんは一時期女性アイドルでしたもんね!」

 

「愛ちゃん、多分そういう意味じゃないと思うんだよ」

 

「………………」

 

 え、そういう意味じゃないですよね? なんで目を逸らしたんですか和久井さん?

 

「ともあれ、頼んだわよ三人とも」

 

「任されました」

 

「恵美さんとまゆさんの代わりに頑張ります!」

 

「……愛ちゃん、どうして今恵美さんとまゆさんの名前が出てきたの?」

 

「なんとなくそんな気がしました!」

 

「「「?」」」

 

 何故か自信満々にそう言い切った愛ちゃんに三人揃って首を傾げるのだった。

 

 

 

 とまぁそんなわけで、僕たち三人による舞台裏撮影が始まったわけである。

 

「皆さん、おはようございます! 876プロ所属! 日高愛です!」

 

「同じく876プロ所属、水谷絵理です」

 

「同じく876プロの秋月涼です」

 

 まずは自分たちにカメラを向けて自己紹介。後に編集はされるので何時撮ってもいいとは思うんだが、やっぱり最初の映像は最初に撮っておきたかった。

 

「えっと……なんて言うんだっけ?」

 

「ちょっと愛ちゃん?」

 

「まぁ確かに何言うのか決めずにカメラ回し始めちゃったもんね」

 

 思わず顔を見合わせてクスクスと笑う僕たち。周りの人たちからも笑い声が聞こえてくる。

 

「えっと……あっ、そうだ! こういうときは『貴方たちがこれを見ている頃には』みたいな始まり方をすればいいんだっけ!」

 

「それ言った奴がお亡くなりになる奴だね」

 

「『ファンのみんな、いいかい、よく聞いてくれ』」

 

「それはミンチになるやつ!」

 

 嘘だと言ってよ絵理ちゃん!

 

 テイクツーと言いたいところだけど、多分この辺りも使われるんだろうなぁ……良太郎さんと幸太郎さんだったら間違いなく使うんだろうなぁ……。

 

 では改めて。

 

「今から私たち三人で、八事務所合同ライブの裏側をご案内しまーす!」

 

「八つの異なる事務所のアイドルが一堂に介する現場なんて本当に貴重だよ?」

 

「色々なアイドルからお話を聞いていこうと思いますので、皆さんよろしくお願いします」

 

 ということで無難なオープニングカットを撮影した僕たちは、舞台裏を歩き回ることにした。

 

「お? どうしたんだ涼、カメラなんて回して」

 

「あ、第一村人発見です!」

 

「村人!?」

 

 カメラを構えている僕たちを発見した春名くんたちが声をかけてきたことにより、愛ちゃんによって最初のインタビュー相手が決定した。

 

「上の人たちから舞台裏を撮影してくるように頼まれたんです」

 

「カメラを回し始めてから一番最初に出会ったアイドル?」

 

「おっと、そいつは光栄だな。是非インタビューしてもらうぜ!」

 

「インタビュー大歓迎っす! 包み隠さず何でも答えるっすよ! ハヤトっちが!」

 

「俺!?」

 

「三人とも、変なこと話さないでくださいよ」

 

「何を話せばいいんだろう……」

 

 では改めて、ステージ衣装に着替える前のラフな格好の男子高校生五人組にカメラを向ける。

 

「315プロダクション所属! 高校生バンドユニット『High×Joker』の五人です!」

 

「「「「「おはようございます!」」」」」

 

 さて、そこまで形式ばったことは聞かなくてもいいんだけど、何か舞台裏っぽいことを聞いた方がいいよね。

 

「皆さん、朝ご飯は何を食べましたか!?」

 

「愛ちゃん!?」

 

 初っ端の質問がそれぇ!?

 

「「「食べてないんだよぉ!」」」

 

「あ、うん、そうだったね……」

 

 愛ちゃんと絵理ちゃんは自宅で軽く食事を済ませてきたらしいのだが、生憎僕たち315プロ組は会場入りしてからケータリングで朝食にする予定だった。しかしこの大雪のせいで業者入りが遅れており、未だに朝食にありつけていなかった。

 

「まさかこんな大雪になるなんて思ってなかったからなぁ……」

 

「僕たち全員何事もなく現場入り出来たことだけでも幸運だと思わないと」

 

「そうは言うっすけどジュンっち、お腹ペコペコなのはなんともしがいっすよ~」

 

「あ、でもさっき何か業者が来てたみたいだから、そろそろ食事の準備が整うかも?」

 

「え、マジで!?」

 

 絵理ちゃん情報によると食事スペースになる予定の部屋に色々と運び込まれていたらしい。どうやら食事まで届かないなんて最悪な事態は避けられたようだ。

 

「こうしちゃいられないっす! 真っ先にご飯食べられるように待機してないと!」

 

「えっ、ちょっ」

 

 インタビューは!?

 

「あぁ! もたもたしてると翼さんに全部食われちまうからな!」

 

「翼さん?」

 

「えっと……あの子、そんなに食べるの?」

 

「いや、春名くんが言ってるのは765プロの伊吹翼ちゃんじゃなくて、315プロの柏木翼さん」

 

 あれは315プロのアイドル揃ってすぐのことだったか。親睦会ということで全員揃って焼肉に行ったことがあったのだが……。

 

「あれは……悲しい事件だったね」

 

 旬くんと夏来くんと共に当時のことに思いを馳せる。

 

「まさかあれほどとは……」

 

「店長さん泣いてたもんね……」

 

 とはいえ、あれはあれで「食べれるもんなら食い尽くしてみな!」って調子に乗ってしまった店長さんにも責任はあると思うんだ。

 

「い、一体何があったんでしょうか……!?」

 

「ってなわけで、オレたちは先に食事スペースに言ってるぜー!」

 

「舞台裏撮影も大事だろうけど、涼たちも食いっぱぐれないように気を付けろよ」

 

「って本当に行っちゃうの!?」

 

 話を聞く機会は後でもあるだろうけど、折角一番最初のアイドルなんだからせめてなにか一言ぐらい欲しかった。

 

「えっと……ファンのみんなに『これを見て欲しい』っていうものは何かある!?」

 

『………………』

 

 そんな僕の質問に、一瞬目を合わせた五人は揃って笑みを浮かべた。

 

 

 

「そりゃあ勿論!」

 

「僕たちの作り出す『音』ですよ」

 

「俺たちは唯一生演奏を披露するんだからな!」

 

「自信あるよ」

 

「ハイパーメガマックスに爆上げさせるっすよ!」

 

 

 

 最後は結構いい感じにまとめてくれたハイジョの五人を見送る。どうやら最初からグダグダに終わる展開だけは回避出来たようだ。

 

「どうしますか? 私たちもご飯食べに行きますか?」

 

「愛ちゃん、一応撮影中なんだから……」

 

「それに私たちはご飯食べてるでしょ?」

 

「ちょっとお腹空いてきちゃって……」

 

 声が大きいからなのかは定かではないが、愛ちゃんも割と燃費が悪いタイプ。それに朝ご飯も家を出る前に食べているならば、なんだかんだ言って五時間ぐらいは経っているわけだ。

 

「もうちょっとだけ他の所の撮影をしてから、僕たちも食べに行こうか」

 

「愛ちゃん、もうちょっと頑張れる?」

 

「頑張ります!」

 

 ……愛ちゃんももう十七歳だというのに、僕たちとの関係性が初めてあった頃と全然変わってないなぁ……相変わらず絵理ちゃんと二人で妹の面倒を見ているような感覚になる。

 

「……娘でもいいよ?」

 

「えっ」

 

 突然、絵理ちゃんから上目遣いでそんなことを言われてドキッとしてしまう。

 

「そ、それってつまり……」

 

 

 

「涼さんがお母さんですね!」

 

「母親役なの!?」

 

 

 

(……絵理さん、私をダシにして何を言うつもりだったんですか……!?)

 

(ふふっ、何を言うつもりだったと思う?)

 

 

 

 

 

 

「えーっと、ここからステージに上がることが出来ます!」

 

 カメラを回したまま僕たちはステージのすぐ裏にまでやって来た。

 

「今は現在進行形でリハーサル中だから、愛ちゃん静かにね?」

 

「分かりました!」

 

「静かに」

 

 さてステージの袖から邪魔にならないようにこっそりとカメラのレンズを外に向ける。

 

「皆さん、客席側に周藤良太郎さんと東豪寺麗華さんが座っているのが見えますか?」

 

「なんと実は今回のライブ、あのお二人が演出として参加しているんです」

 

 まるで『最初からその予定でした』というテイで話しているが当然そんなことはないが、あまりJANGO先生の事故について話さない方が良いと判断したためこういう言い方をさせてもらった。

 

「きっとこの映像を見ている皆さんは既に今回のライブを観終わっていると思いますが、実はトップアイドル二人による演出も含まれていたライブだったわけです」

 

「もう一度映像を見返して『あ、もしかしてこの演出は周藤良太郎?』『いやいや東豪寺麗華?』なんて予想をしてみてくださいね~」

 

 ちなみに僕たちは既にリハーサルの順番を終えていた。

 

「……あっ、良太郎さんがストップをかけました!」

 

「何か演出指導が入る?」

 

 ビデオカメラのマイクで良太郎さんの声拾えるかな……。

 

 

 

『美嘉ちゃん、今の投げキッスもう一回やってみようか』

 

「五回目なんですけどぉ!?」

 

『俺は妥協しないぞ! 君ならばもっとカリスマな投げキッスが出来る!』

 

「カリスマな投げキッスって何ですか!?」

 

 

 

「「「………………」」」

 

 ……本当に真面目な……真面目な演出指導のはずなんだけどなぁ……。

 

「ふざけて見えちゃうのは……私たちのせい?」

 

「いや……多分良太郎さんの自業自得だと思う」

 

 

 

『そう! 最後にペロって唇を舐める感じで!』

 

「ひ、ひぃぃぃん!?」

 

 

 




・舞台裏の撮影
・「恵美さんとまゆさんの代わりに頑張ります!」
デジャヴですか? いいえ天丼です。
だってこれぐらいしかやること(ry

・『ファンのみんな、いいかい、よく聞いてくれ』
・嘘だと言ってよ絵理ちゃん!
え、これも言ってない台詞なの?

・『美嘉ちゃん、今の投げキッスもう一回やってみようか』
三人目の被害者。



 感謝祭ライブ編のときとやってることが同じですが、開き直って続けていきます。前回と違って演者が多いからいっぱいかけるよ!


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Lesson392 ここで舞台裏を覗いてみよう 2

真面目な話はほどほどに。


 

 

 

「え、撮ってんだコレ。やっほー! 城ヶ崎美嘉でーす! 今回、八つも事務所が集まるすっごいライブに参加させてもらうことになって、主催の周藤良太郎さんと東豪寺麗華さんにはすっごい感謝してます! めーっちゃ緊張してるけど、逆に今のアタシならその分すっごいライブに出来ると思うから、みんな見ててね! ……って、これ観てる人はもうステージを観終わった後か。……後だよね? 観てくれたよね? それじゃあきっと観てくれている偉い子に~……お礼のチュッ……なんちゃって」

 

「「「………………」」」

 

「……え、なにアンタたち、その顔は何?」

 

「「「いえ、なんでもないです美嘉さん」」」

 

「絶対に何かある感じなんだけど!?」

 

(ごめんなさい……本当にごめんなさい美嘉さん……!)

 

 こんな、こんなカリスマギャルとしては満点の反応をしてくれたというのに……! 先ほどステージ上で情けなく悲鳴を上げる姿を撮影したばかりなんです……!

 

 どう考えてもコレは両方とも採用されるやつ……! そしてそのままの時系列で立て続けに収録されるやつ……! 今の完璧な投げキッスも『あぁさっき散々リテイクしてたからなんだろうなぁ』って思われちゃうやつ……! 良太郎さんと幸太郎さんならば絶対にやる……!

 

「強く……生きてください……!」

 

「本当に励ますつもりがあるならせめて説明してくんない!?」

 

 なお『お前たちがカメラに収めたせいだろう』というツッコミには耳を塞ぐ。僕たちは悪くない、うん悪くない。

 

 

 

 というわけで、先ほどまでステージ上でリハーサルをしていた五人へとカメラを向ける。

 

「346プロダクション所属『LiPPS』の五人です! よろしくお願いします!」

 

「よろしく」

 

「まぁあたしだけは123プロなんだけどね~」

 

 改めて五人が並んでいるところを見ると……なんというかやっぱり『強い』という言葉を思わず思い浮かべてしまう。

 

 『LiPPS』は二年前に結成し、僅か一年という短い活動期間にも関わらず多くの女子中高生の心を奪っていった伝説的アイドルユニットである。人気の瞬間最大風速で言えば、おそらくその年における人気ナンバーワンアイドルユニットと呼んでも差し支えないだろう。

 

 そんな彼女たちに対して『今回のライブで見てもらいたいところは』という当たり障りのない質問を投げかけると、リーダーである速水奏さんは「そんなの決まってるわ」と小さく笑った。

 

 

 

()()()()()()()()()私たちの輝きよ」

 

 

 

「……最期」

 

 ポツリと、奏さんの言葉を絵理ちゃんが繰り返す。

 

 それは、つまり……。

 

 

 

「え!? 誰かアイドル辞めちゃうんですか!?」

 

 

 

「辞めっ!?」

 

「愛ちゃん!?」

 

 早とちりした愛ちゃんが驚いて大声を出してしまった。当然そんなことを叫んでしまえば僕たちのやり取りを聞いていなかった人たちの耳にも入ってしまうわけで……。

 

 

 

 ――え!? リップスの誰か辞めるの!?

 

 ――これがラストライブ……ってこと!?

 

 ――そんな! オレたちと甲子園に行くんじゃないのかよミカ上!

 

 ――そうっすよ! 約束したじゃないっすかミカ上!

 

 

 

「違うわよ!? 誰も辞めないわよ!?」

 

「アンタらは分かってて言ってるでしょ黙ってなさいおバカ二人!」

 

「フレちゃん……向こうに着いたらお手紙出してね……!」

 

「フランスの空の下から、みんなの活躍を見守ってるよ……!」

 

「周子さんとフレデリカさんが寸劇始めちゃってる……」

 

 食事スペースからカレーを持ち出してモグモグしていた男子高校生二人はともかく、他の人たちに広がった衝撃を治めるのに少々時間を費やすこととなってしまった。

 

 

 

「……で、なんだっけ?」

 

「最期の輝きがというお話でした……」

 

 騒ぎが落ち着いたところで(どうせカットされないだろうし形式だけの)テイクツー。

 

「今回こういう縁があってもう一度志希がこっちに来てくれたわけだけど……やっぱりそう何度も再結成をするようなものじゃないと思うのよ」

 

「でも再結成すればファンは喜ぶと思いますよ?」

 

「……これは『私たち五人が出した結論』なのよ」

 

 そう言って奏さんは「はい真面目なお話終わり」と手を叩いた。

 

「またいつか話す機会はあると思うけど、それはここじゃないわ」

 

「折角話を聞きに来てくれたのに、ゴメンね三人とも」

 

 

 

「話して欲しかったらそれなりのもんを用意してもらわないとね~」

 

「おうおうねーちゃん誠意見せろや~」

 

「こっから先は有料コンテンツで~す」

 

「お金取られちゃうんですか!?」

 

 

 

「……もうちょっとだけ愛ちゃんに疑うことを教えてあげて?」

 

「そちらも、お三方の手綱の握り方をもう少し考えていただけると……」

 

 お互いにお互いの痛いところを突かれて、僕と絵理ちゃんと奏さんと美嘉さんは沈黙するのだった。

 

 

 

 

 

 

「……結局はぐらかされちゃった」

 

 五人の背中を見送りながら絵理ちゃんはポツリと呟いたが、それには僕も同意見だった。

 

 グダグダしてしまって話が流れてしまったようにも見えたが……少なくとも僕は()()()()()()この話を逸らしたように感じた。

 

「やっぱり色々と思うところはあるんだろうね」

 

「……ちょっとだけ気持ちは分かるような気もします」

 

「愛ちゃん?」

 

 少しだけ声のトーンが落ちたことに気が付いて視線を向けると、愛ちゃんは寂しそうな笑顔を浮かべていた。

 

「私たちも……一度解散することになったじゃないですか」

 

「それは……うん、そうだったね」

 

 

 

 ――アイドル『秋月涼』の性別バレ。

 

 

 

 一度は僕たち『Dearly Stars』も、そんな僕のせい(くだらないこと)で解散することになってしまった。

 

 共に繋いできた想い。共に築いてきた絆。それらは心の中には間違いなく消えずに残っていて……しかし、それらが一度断ち切れてしまったことも事実だった。

 

「あのとき、私すっごく悲しかったです。涼さんがアイドルを辞めちゃうかもしれないってこと以上に、私たちのこれまでが無くなってしまうってことが、凄く悲しかったです」

 

「あと涼さんが嘘をついてたことも?」

 

「……それもちょっとだけ悲しかったです」

 

「その件に関しましては何度謝罪してもしたりません……」

 

 しかしそれでも、愛ちゃんと絵理ちゃんは笑ってくれた。

 

「だから『解散してもすぐに再結成出来るから』っていうのは……何か違うような気がするんです」

 

 どうせまた治るから……そんな理由で何度も瘡蓋を剥がしているとやがて痕が残ってしまうように。きっと彼女たち五人にしか分からない何かがあるのだろう。

 

「……いずれ話すって言ってたから、そのときに聞いてみよう?」

 

「そうですね! こんなよく分からないカメラの前で語ってもらうのは失礼ですもんね!」

 

「「……うん、そうだね!」」

 

 和久井さん、引いては123プロや1054プロなどの運営からの直々の依頼であるにも関わらず、既にこんなカメラ扱いである。

 

 いやだってこの短時間で撮影した映像が殆どあんな感じになってしまっているのだからしょうがないじゃないか。

 

「これ良太郎さんの私物のカメラとかじゃないよね……?」

 

「呪い的な?」

 

 そういう補正がかかっている代物なのではないかと思わず疑ってしまう。

 

 ……え? 撮影している僕たちの責任? ハハッ、何のことやら。

 

 ちなみにリップスの五人が離れてからはしっかりと録画はオフにしてあったりする。

 

 

 

「さてそれじゃあ……そろそろ僕たちも朝ご飯を食べに行こうか」

 

「そうですね! お腹空きました!」

 

「愛ちゃんは朝ご飯食べてきたんじゃ……あぁ、大声出してカロリー消費?」

 

 大きな声を出すことによるカロリー消費……名付けて日高愛式ダイエット?

 

 

 

「ダイエットはそんな簡単なものじゃないんですよぉ!」

 

 

 

 うわビックリした。

 

「あっ! まゆさん!」

 

「はぁい、まゆですよぉ」

 

 何故か熱い迫真の言葉と共にカットインしてきたまゆさんだったが、愛ちゃんが名前を呼ぶと一瞬でいつもの優しい笑顔のまゆさんに戻った。い、今のは一体……?

 

「まゆさん、とてもスタイルがいいのに気にするタイプなんですか?」

 

 触れない方がいいのかと思っていたのに、絵理ちゃんが躊躇なく切り込んでしまった。

 

「絵理ちゃん……気にしない女の子の方が……奇特なのよぉ……!」

 

「はぁ……」

 

 僕は余計なことは言わずに黙っておこう……。

 

「それで、三人は今から朝ご飯? ()()()もそうなのよぉ」

 

「たち? ……あっ! 橘さんおはようございます!」

 

「っ、お、おはようございます……」

 

 どうやらまゆさんは、今回のライブでユニットを組む橘ありすちゃんと共に朝ご飯を食べに行くところだったらしい。

 

「私も朝ご飯は食べてきたんですけど……」

 

「346プロはお弁当用意してあったんだっけ」

 

「はい。……でも、その」

 

 ちょっとだけ恥ずかしそうに視線を逸らす橘さん。お腹が空いたということを言い出しづらい辺り、なんだか微笑ましかった。

 

「……あらぁ? そのカメラはどうしたの?」

 

「えっ」

 

 僕が手にしていたカメラに気付いたまゆさんが首を傾げる。

 

 ……えーっと。

 

「和久井さんにお願いされたので舞台裏の映像を()()()()()()()()()()()()だったんです」

 

「えっ」

 

「あらぁ、そうだったんですねぇ」

 

 え、絵理ちゃん? どうしてそんなまるで『今はカメラは回ってませんよ』みたいな言い方を? カメラはさっきから()()()()()()()んだけど……。

 

(……あ、もしかして今のまゆさんのダイエット発言を……!?)

 

 ダメだ、既に絵理ちゃんまでもが向こう側に行ってしまった……! 既にこのカメラの呪いで思考がどんどんと良太郎さんへと近付いていく……!

 

(涼さんも既にこっち側だよ?)

 

 あーあーきこえなーい。

 

 

 




・「城ヶ崎美嘉でーす!」
禁止ワード:死体蹴り

・最期になる私たちの輝き
真面目な話は本番までとっておきます。



 涼がだんだん第二の良太郎と化している気がする。作者が男視点を書くとどうしてもこうなってしまうのだ……。



『どうでもいい小話』

 シャニソンまったりプレイ中。本家より回しやすくて助かる……。


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Lesson393 ここで舞台裏を覗いてみよう 3

ごはんをたべよう!


 

 

 

 さて、僕たちも朝食を食べるために食事スペースへとやってきたわけなのだが。

 

 

 

 ――補給まだか!?

 

 ――まだです!

 

 ――ダメです! 間に合いません!

 

 ――諦めるな! ここで俺たちが諦めたら……!

 

 ――アイドルの胃袋は誰が守るんだ!

 

 

 

「いやなにこれ」

 

「戦場?」

 

「忙しそうですね!」

 

 僕の目から見た感想も絵理ちゃんのそれと同じで、流石に愛ちゃんほど純粋な目線で見ることは出来なかった。確かに忙しそうではあるけれど。

 

 アイドルたちが空腹を満たすための食事をするスペースでは、何故か多くのスタッフたちが慌ただしく動き回っていた。しかしよく見るとスタッフはスタッフでもライブ運営スタッフではなく、ケータリング業者のスタッフのようである。

 

「おっ、涼たちも飯食いに来たのか」

 

 近くのテーブルで食事をしていた輝さんが僕たちに気付いて声をかけてきた。

 

「はい。あと舞台裏の皆さんの様子を撮影しに」

 

「今の私たちはカメラマンでもあるんです!」

 

「おぉ! いいじゃん、俺も撮ってよ!」

 

 イエーイと子どものようにピースサインをする輝さんの様子を、ご要望に応えて撮影しておく。彼のファンはこういう子どもっぽい仕草をするところが好きなので、きっとコレを見ている人たちも喜んでくれていることだろう。

 

「ところで輝さん、これは一体なんの騒ぎなんですか?」

 

「……あー……」

 

 苦笑する輝さんが「あっちあっち」と指差すので、僕たちはそちらを向きつつカメラも向けた。

 

 

 

「朝からお腹一杯食べられるって幸せですね! 翼さん!」

 

「そうだね! 未来ちゃん!」

 

 

 

 そこには、ニコニコと満面の笑顔の春日未来ちゃんと柏木翼さんの姿があった。

 

「……フードファイトの撮影中?」

 

「そういう企画があるのであれば私たちが撮影するべきだったんじゃないですか!?」

 

「絵理ちゃん、愛ちゃん、そうじゃない」

 

 いや絵面は間違いなくフードファイトなんだけど。

 

 二人は『料理を食べる』→『料理を取りに行く』→『また料理を食べる』という一連の流れをハイスピードで繰り返しており、見る見るうちに用意された料理が消えていった。そんな消えていく料理を必死に補充しようとして、スタッフさんたちが慌ただしく駆け回っているらしい。

 

 翼さんが沢山食べることは知っていたけど、まさか春日未来ちゃんも同じだとは……。

 

「本番当日の朝に何やってるんですかあの二人は……」

 

「『大事なステージが控えているからしっかりとエネルギーを補充したい』んだと」

 

「詰め込みゃいいってもんじゃないでしょう……」

 

 仮にも本番のステージを控えるアイドルが取っていい食事量ではない。特にアイドルの衣装と言うものは結構スタイルがハッキリとするものが多いため、お腹がポッコリと目立ってしまうだけではなく、最悪ボタンやファスナーが留まらない可能性だってあるのだ。

 

「……キャンディーアイランドで同じ失敗をされた方がいらっしゃいましたね……」

 

 一緒に食事スペースに入って来た橘さんがポツリとそんなことを呟いた。

 

 キャンディーアイランドっていうと346プロのアイドルユニットで……。

 

(((……もしかしてあの人かな)))

 

 大変失礼なことだとは思いつつも、とあるアイドルの少女の姿を思い出してそんなことを考えてしまった。

 

 

 

 

 

 

「くちゅん」

 

「智絵里ちゃん、風邪?」

 

「今日は寒いからねー。しっかりと着込みなよー?」

 

 

 

 

 

 

「俺も周りの奴らもそういうことを言って止めたんだけど、二人揃って『今までそういうことで困ったことがないから大丈夫です』だと」

 

 どうやら僕たちが危惧していることはあの二人には関係なかったらしい。俗にいう『食べても太らない』タイプってやつだ。

 

 

 

『………………』

 

 

 

 なんだろう、少しだけ食事スペースの空気が低くなった気がする。

 

「換気してるんですかね?」

 

 そうだね愛ちゃん、そういうことにしておこう。何故か俯いているアイドルが数人いるなんてことはなかったんだ。

 

「いやぁ翼と張り合えるだけの逸材が765プロに二人もいたなんてなぁ」

 

「……え、二人?」

 

 あんな食事量の人が春日さん以外にもいるの?

 

「この前な、プライベートで翼がデカ盛りチャレンジをしたいっていうから一緒についていったんだよ。そしたらたまたま765プロの四条貴音ちゃんもいて、そのままの流れで一緒に挑戦することになったんだ。どうやら前に貴音ちゃんとは佐竹飯店っていうお店で共闘したらしいんだけど、今回はライバルとしての一騎打ちだな。そんでそのチャレンジを二人が軽くクリアしちゃったもんだから店長がムキになっちゃって……ん? なんだ桜庭? 確認したいことがある? 分かった今行く。それじゃあ涼、またな!」

 

「「「気になる情報を詰め込んだ後に投げっぱなしにしていくのやめてくれませんか!?」」」

 

 凄い気になる! 事の顛末というか、そのお店がどうなったのかが気になる!

 

「いずれ語られる日が来るのかな……?」

 

「番外編に期待したいですね!」

 

 ちなみに二人の食事シーンはしっかりとカメラに収めてある。多分需要はあると思う。

 

 

 

「ちなみにありすちゃん、良太郎さんも『食べても全然体重やスタイルが変わらないタイプ』ですよぉ!」

 

「はいっ! 佐久間流周藤良太郎学で知りました!」

 

 

 

 

 

 

「お腹いっぱいです!」

 

「結局僕たちもしっかり食べちゃったね……」

 

「あれだけ美味しそうに食べてる姿を見せられると、我慢できない?」

 

 当初の目的通り僕たちも朝ご飯を済ませたのだが、腹八分目にするはずが気が付いたら満腹になるまで食事をしてしまった。

 

 言い訳をさせてもらえるならば、絵理ちゃんの言う通り翼さんと未来ちゃんが色々な料理を美味しそうに食べるものだから、僕たちも色々と食べてみたくなってしまったのだ。

 

「でもでも、三人で分け合いっこしたおかげで全部食べることが出来ましたね!」

 

「……うん、そうだね」

 

「私たちからのあーん、美味しかった?」

 

「……美味しかったです」

 

 なんで人前でするかなぁ……受け入れた僕も僕だけどさぁ……すっごい目で周りから見られてたよぉ……。

 

「外堀は埋めるものだって教わりました!」

 

「絵理ちゃん、愛ちゃんになんてこと教えるの!?」

 

「断定されてしまった」

 

 否定しないってことはアタリじゃんかぁ!

 

「ほほーう……? なにやら甘酸っぱい空気を感じますなぁ?」

 

「っ!?」

 

 突然背後から話しかけられて、バッと勢いよく振り返った。

 

「あははっ、秋月さんめっちゃ焦ってますやん」

 

「えっと」

 

 イタズラっぽく笑うこの子は確か、310プロの八神はやてちゃんだったっけ?

 

「もう、ダメだよはやて、そういうのは……」

 

「そうだよ、そういうことばっかりしてると良太郎さんみたいになっちゃうよ」

 

「私は別にええんやけど、そういう扱いされてる良太郎さん可哀想だと思わん?」

 

「?」

 

「純粋な目で首を傾げてる……」

 

 なにやら面白いやり取りをしているのは、はやてちゃんと同じユニットを組んでいるフェイト・テスタロッサちゃんと高町なのはちゃん。三人揃って310プロダクション所属のアイドルユニット『Tri-Ace』だ。

 

「ごめんなさい秋月さん、はやてちゃんが失礼なことを……」

 

「あ、いや、大丈夫だよ」

 

「そうそう、寧ろもっと言って?」

 

「広めてもらえると助かります!」

 

「二人とも今は暴走するタイミングじゃないと思うよ!?」

 

 おかしい、どうして僕はこの小説でラブコメみたいな対応を迫られているのだろうか。神様(さくしゃさん)、恋仲○○シリーズと間違えてますよ。

 

「そ、それより秋月さん、カメラを持って何をされていたんですか?」

 

 なのはちゃんが気を遣って話の流れを変えてくれた。本当にいい子であると感心すると同時に思わず申し訳なくなってしまった。

 

「えっと、僕たち三人で舞台裏の撮影をしているところなんだ」

 

「123プロダクションから依頼された正式なミッションです!」

 

「ナイスタイミングだったから、三人からもお話を聞こうかな?」

 

「え、え、お話ですか?」

 

「私らは勿論オッケーですよ」

 

 フェイトちゃんは少し戸惑った様子だったが、はやてちゃんが快諾して高町さんも笑顔のまま頷いてくれた。

 

「えっと、それじゃあ自己紹介からお願いしようかな」

 

 

 

「はい! 私たちは!」

 

「310プロダクション所属!」

 

「と、『Tri-Aech(トライエーチュ)』です!」

 

 

 

「「「………………」」」

 

「……だ、大丈夫だよフェイトちゃん!」

 

「あぁもうそんなに落ち込まんで大丈夫やって!」

 

「うぅ……助けて……母さん……アリシア……」

 

 

 

 流石に可哀想なので撮り直すことにする。良太郎さんは年下の女の子には優しいから、流石にこの場面を使うことはないだろう。

 

 次は言う順番を入れ替えてテイクツー。

 

 

 

「私たちは!」

 

「310プドラクション所じょく!」

 

「『Tri-Ace』でっ……す……ふぐっ……!」

 

 

 

「「「………………」」」

 

「はやてちゃん!」

 

「ほ、ほんまゴメン……! つ、ツボってもうて……! プ、プドラクション……!」

 

「もうやだ……たすけて……リニス……アルフ……」

 

 

 

 なんだか可哀想だとは思うのだけれど。

 

(((真っ赤になった顔を抑えて蹲る姿がメッチャ可愛い……!)))

 

 金髪美少女が恥ずかしがっている姿は、なんというかそれだけで需要の塊だと心で理解(わか)ってしまった。

 

「えっと……テイクスリー、どうする?」

 

「しばらくフェイトちゃんが立ち直れないと思いますので……」

 

「すみませんが、私らはちょっと後回しにしてもらってええですか?」

 

「うん、そうだね……その方がいいかもね」

 

 折角出会えたのだから撮影しておきたかったが、流石に今の状況のフェイトちゃんに無理をさせるわけにはいかない。

 

「それじゃあ三人とも、また後でね」

 

「はい」

 

「ごめんなさい……」

 

「また後でここに来てください。……本当の照れ顔金髪美少女というものをお見せしましょう」

 

「はやてぇ!」

 

 三人とも仲が良くて何よりである。

 

 

 




・ニコニコと満面の笑顔の春日未来ちゃんと柏木翼さん
貴音がいないから安心だと思った?
残念! アイ転世界では未来ちゃんも大食い属性!

・キャンディーアイランドで同じ失敗をされた方
・「くちゅん」
ご飯食べ過ぎてステージ衣装がはじけ飛んだという智絵里の中の人の実話。

・翼&貴音
ここに未来ちゃんを足すだけで二三話書けそう。

・「と、『Tri-Aech(トライエーチュ)』です!」
・「310プドラクション所じょく!」
フェイ虐ではありません。愛です。愛ちゃんではありません。



 ちなみに時系列的に良太郎たちが食事するよりも前のタイミング。



『どうでもいい小話』

 前回触れるの忘れていましたが、デレステにて星街すいせい氏とのコラボが始まってますね。最初はノーコメントを貫くつもりでしたがガチの高垣楓担当Pだと聞いて話が変わりました。

 ソワレ……良い曲ですね……。


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Lesson394 ここで舞台裏を覗いてみよう 4

……おや、何やら怪しい影が。


 

 

 

「さてと、腹ごしらえも終わったことだし、リハーサルの続きと行くか」

 

「あ、そーいえばリョーさんっちは涼ちんたちのインタビュー受けたっすか?」

 

「……は? インタビュー? 四季、なんの話だ?」

 

「なんか876プロの三人でカメラ片手に色んなアイドルに話聞いて回ってたっすよ」

 

「……こうしちゃいられねぇ!」

 

 

 

「確保ぉぉぉ!」

 

 

 

「え、ちょっ、まっ、まだなんも言ってねぇぞ!?」

 

「うわっ!? どこからともなく現れた大勢のスタッフにリョーさんっちが取り囲まれたっす!?」

 

「……良いお兄さんね、このバカがしそうなことを先回りして対策するなんて」

 

「うん、アタシも自慢のお義兄さんなの!」

 

「アンタの話は聞いてない」

 

 

 

 

 

 

「ん? なんか向こうが騒がしいね」

 

「食事スペースの方?」

 

「何かあったんですかね?」

 

 正直気になるところではある。しかし先ほどのフェイトちゃんのような可愛らしいハプニングならいざ知らず、本当のハプニングだったとしたらカメラに映すわけにはいかないのでスルーしよう。

 

「それにしても、結構色々と撮影出来ました?」

 

「そうだね。なんだかんだ言って色んな人の話を聞けたね」

 

「私たち頑張りましたね!」

 

 カメラを操作して、撮影した動画のサムネイルを表示させる。自分たちの自己紹介から始まり、ハイジョの五人、舞台裏からのリハーサルの様子、リップスの五人、まゆさんとありすちゃんのやり取り、翼さんと未来ちゃんのフードファイト、トライエースの三人。

 

 その後も、何故かサッカーに興じていた蒼井兄弟と翔太くんとピエールくん、ギリギリまで振り付けの微調整をしていた美琴さんと志保ちゃん、念入りに柔軟体操をする先生方、何故か良太郎さんの名前を出すと挙動不審になるりあむちゃん、何かを話し込んでいた冬馬さんと春香さんといった、舞台裏ならではの姿を多く撮影することが出来た。

 

「山下先生、腰大丈夫だったのかな?」

 

「個人的には顔面から壁に突撃してたりあむちゃんの方が気になるかな……」

 

「冬馬さんと春香さんはとても仲良さそうでしたね!」

 

 アイドルたちの色々な姿をカメラに収めることが出来たため、この時点でもおおよそ今回のミッションは成功したと言っても過言ではないだろう。

 

 そうして次に僕たちがやってきたのは……。

 

 

 

「うーん、やっぱりこっちから見ても広いですねー!」

 

「流石ドーム」

 

「僕たちだけの力じゃまだまだ来れそうにないところだよねぇ……」

 

 アイドルたちの舞台裏から少し離れた観客席側である。

 

 普段は野球で使用される全天候ドームというだけあってやはり広い。しかしそれだけ空間に、僕たちを含めて数十人程度の人間しかいないというのが少しだけ不思議な光景でもあった。

 

「あ、またリハーサル始まったみたいだね」

 

「さっきまでお昼休憩?」

 

「まぁご飯食べてないのは良太郎さんたちも同じだったからね」

 

 先ほどまで中断していたらしいリハーサルが再開していて、先ほどインタビューをしたハイジョの五人がステージへと上がっていた。彼らは今回のライブで唯一楽器を使うため、それらを手早く設置するためのスタッフのリハーサルにもなっているようだった。

 

「向こうから見えますかね!?」

 

「どうかなぁ」

 

 物は試しにヒラヒラと手を振ってみるが、流石に誰も僕たちに反応する人はいなかった。

 

「こっちは暗いし、見えないみたいだね」

 

 まだドームの全ての明かりがついているわけではなく、僕たちがいるところはほぼ真っ暗。いくらなんでも見えないだろう。

 

 やがてチューニングが終わったらしいハイジョの五人によるリハーサルが始まった。しっかりと音響に乗せられたバンドの音がドーム中に響き渡る。カメラは先ほどから回したままなので、バッチリと彼らの演奏の音も入っていることだろう。

 

「やっぱりハイジョの皆さんの音楽は、聴いていると心がワクワクしますね」

 

「青春を思い出す?」

 

「それ僕たちの年齢で言ったら色々な人に怒られそうだよね……」

 

 とはいえ今回のライブに出演するアイドルたちは、程度に違いはあれどそれなりに青春の時間をアイドルに費やしてきた人物たちばかりである。アイドルの仕事があったがために学校の行事に参加出来なかったという経験は、みんな一度ぐらいは経験したことがあるはずだ。

 

 

 

『まだまだ! 盛り上がっていくっすよー!』

 

 

 

 ボーカルである四季くんの声が響く。

 

「なんか文化祭みたい?」

 

「あっ、わかります! 確かにそんな感じがします!」

 

「そうだね……」

 

 暗い体育館。明るいステージ。何度も経験したわけじゃないけれど、文化祭のステージはこんな感じだったような気がする。

 

「……そっか! 私たちのライブ直前のこのワクワクは、文化祭直前のそれに似てるんだと思います!」

 

「なるほど」

 

「文化祭かぁ」

 

 随分と規模の大きい文化祭である。何せ何万人という規模のお客さんが一つのステージの前に押し寄せ、更にその数十倍のお客さんがステージの様子を配信で見守るのだ。ついでにいやらしい話になるが、僕たちの想像もつかないほど大きなお金も動いている。

 

 しかしアイドルという文化の一大イベントと言う意味では、これも文化祭なのかもしれない。

 

「そういえば文化祭って、準備しているときが一番楽しいって言わない?」

 

「そう言う人もいるよね」

 

 絵理ちゃんの言う通り『準備しているときが一番楽しい』と言う人もいる。例えば旅行のときも、計画しつつアレコレ話しているときが楽しかったりする。

 

「私はちょっと違います。準備しているときが一番楽しいのはそうですけど、本番も一番楽しいです!」

 

「「うん。……うん?」」

 

 ごめん愛ちゃん、二人揃って聞き返しちゃった。

 

「えっと、それは同じぐらい楽しいっていう意味かな?」

 

「違いますよー。一番が二つあるっていう意味です」

 

「愛ちゃん、現代文の成績本当に大丈夫?」

 

「絵理さん!?」

 

 愛ちゃんはウンウンと頭を悩ませながら必死に言葉を探している様子だった。

 

「なんというかこう……ずーっと一番楽しいんです。これ以上ないってぐらい、私の言葉では言い表せられないような楽しいがずっと続いてるんです」

 

「……それなら、まぁ」

 

「なんとなく分かるかな?」

 

「分かってもらえてよかったです!」

 

 ちなみに今の会話も当然録音されているため、これを見ている人たちにも愛ちゃんの発言の意味を考えてもらうことにしよう。

 

「……そろそろ、また僕たちの出番が来そうだね」

 

 リハーサルも終盤。出演アイドル全員がステージに上るタイミングがあるため、僕たちもそろそろ舞台裏で待機しなければならない。

 

「このあと二回目のリハーサルもあるから、舞台裏撮影はここで一旦終了かな?」

 

「次は別の人にカメラを回してもらうのも面白いかもしれないね」

 

「そのときは私たちもインタビューを受けてみたいですね!」

 

「そうだね。こうやって……両側から涼さんを挟む感じで?」

 

「こ、こんな感じですかね!」

 

「僕が燃えちゃうよ!?」

 

 こんな絵理ちゃんと愛ちゃんに両腕を組まれている状態が映像として残されたら、ネットどころかリアルで僕に火が付くような事案になってしまう。

 

「それにこの流れだったら愛ちゃんと絵理ちゃんと一緒に映るのは、今回ユニットを組む美優さんでしょ!?」

 

「……え、涼さん、美優さんの方がいいの?」

 

「そ、そうなんですか!?」

 

「絶対にそんなこと言ってないって分かって言ってるよね!?」

 

 ダメだ、前回からラブコメ感が抜け切れていない。一体どうした神様(さくしゃさん)

 

「ふふっ、冗談だよ?」

 

「冗談じゃなかったら困るよ……」

 

 カメラに向かってシメの言葉は……まぁ、まだ言わなくてもいいかな。僕たちのリハーサルが終わったらまたカメラを持つ機会があるかもしれないし。

 

 ただまぁ、最後に一言だけ。

 

「多分これを見ているみんなも、実際に今回のライブを楽しみにしていてくれたみんなも、すっごいワクワクしながらライブを見てくれたと思う」

 

「そのワクワク、実は私たちも一緒なんだよ?」

 

「みんなの『今日はライブ本番だ!』っていうワクワクと、『アイドルのステージが楽しい!』っていうワクワクは、私たちアイドルも感じていることなんです!」

 

 ステージの上と下、その違いはとても大きいようで、それでも実のところよく似ている存在だったりする。

 

 僕たちだけじゃない。今回撮影してきたアイドルたちもみんな『ステージが楽しみでしょうがない』といった感情が隠しきれていなかった。

 

 ライブと言うものは……やっぱり、楽しいのだ。

 

 

 

「だから今日のライブ……僕たちも、皆さんと同じぐらい楽しんできます!」

 

「当然、応援してくれるよね?」

 

「ステージの上でお会いしましょう!」

 

 

 

「……そういえば、何か忘れているような気が?」

 

「あ、絵理ちゃんも? 僕もそんな気がするんだよね」

 

「私もです! お揃いですね!」

 

 三人並んで歩きながら、そんなことを口にする。

 

 何か大事なことを誰かに言わなきゃいけないような気がしていたんだけど……なんだったんだろうか?

 

 

 

 

 

 

「……ふっふっふっ、出迎えご苦労様。JANGO君が会場に来れなくなったって聞いたときはちょっとだけヒヤッとしたけど、内通者を何人か作っておいてよかったわ。ね、二人とも」

 

「……ほ、本当に良かったのかなぁ……?」

 

「いいのよ。こんな楽しそうなことにアタシたちを混ぜてくれない方が酷いんだから」

 

「よし、それじゃ……こっそりと、私たちも準備するわよ~……うふふっ」

 

 

 




・良太郎@確保済み
おらっ、今のお前は演出側なんだよっ、大人しくしてろ!

・今回撮影されたアレコレ
残念ながらオールカットです()

・「ふっふっふっ」
隠す意味ある?



 舞台裏撮影という括りでのお話はコレで終わりです。本番が始まるとは言っていない。

 次回は番外編を挟んだ後、非出演者サイドのお話。



『どうでもいい小話』

 楓さんのコラボSSRとか聞いてないんですけど!?(貯めててよかった無課金石)


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番外編88 もし○○と恋仲だったら 32

約八ヶ月ぶりの通常恋仲○○シリーズ!


 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

「なぁ、風花」

 

「はい、なんですか良太郎君」

 

 

 

「ちょっとおっぱい出し過ぎじゃない?」

 

「出してないですよ!?」

 

 

 

 キッチンで鼻歌交じりに洗い物をしていた風花が顔を真っ赤にしてリビング(こちら)に飛んできた。

 

「いきなり何を言い出すんですか!?」

 

「いや、少し気になって」

 

「……す、少しだけなんですか?」

 

「風花のおっぱいにはいつも興味津々だよ」

 

 いやそうだけどそうじゃない。

 

 プンプンと怒りつつも何かを期待するような目の風花が、ソファーでくつろぐ俺の隣に腰を下ろした。

 

「ほらコレ」

 

「……あっ」

 

 俺が広げた雑誌を見せると、風花は何かを察した様子で口元を引き攣らせた。

 

 それは今日発売の青年誌で、巻頭カラーで風花の水着グラビアが掲載されていた。実にアイドルらしい純白で常日頃から清純派としての活動を熱望している風花にピッタリの水着なのだが、ビキニタイプである以上清純派(そんなもの)は路傍の石である。

 

「おっぱい丸出しじゃないか」

 

「丸出しじゃないですよ!? ちゃんとしまってありますよ!?」

 

「いや殆ど零れちゃってるじゃん……ほらコレとか」

 

「誤解を招くようなことを言わないでください! そして私のグラビアをまじまじと見せないでください!」

 

 真っ赤になって目を逸らす風花。まるで俺がいやらしいものを見せているかのような反応だが、これ君の写真だよ? ……イヤラシクナイヨ?

 

「『清純派アイドルが君だけに魅せる大胆な姿』」

 

「煽り文を読まないでください!」

 

「『ふふっ、私だって、こういう水着を選んだりしちゃうんですよ……?』」

 

「台詞も読まないでください!」

 

「本当に言ったの?」

 

「言うわけないじゃないですか~!」

 

 だよね。

 

 

 

「うぅ……良太郎君のいぢわる……」

 

「ごめんって」

 

 真っ赤になった顔を手で覆いつつ、しかし甘えるように身体をこちらに傾けてくる風花をなでなでして慰める。全くの無意識の内に左手が彼女の胸へと伸びそうになったが、咄嗟に右手で左手を叩き落として阻止することが出来た。

 

「それで……?」

 

「……それで、とは?」

 

「どうしてそんなことを言い出したんですかっていうことですよっ」

 

「俺なんて言ったっけ?」

 

「……良太郎君、わざと言わせようとしてますよね?」

 

 どうやら俺のささやかな企みはあっさりとバレてしまったらしく、風花にジト目で睨まれてしまった。

 

「そうそう。最近の風花のおっぱい出し過ぎ問題についてだったな」

 

「だから出してませんって」

 

「………………」

 

「……み、水着姿という意味では……まぁ……」

 

 再び風花に見せるように雑誌を広げてトントンと指で叩くと、彼女はそっと目を逸らした。

 

「といっても別にそんなに深い意味はないんだけどな」

 

「えぇ!? こ、これだけ大騒ぎしておいてそれですか!?」

 

「騒いでたのは風花だけなんだけど」

 

 純粋に「おっぱい出てるなぁ」とか「相変わらずのおっぱいだなぁ」とかそういう感想である。

 

「この前、自信満々に『今日こそちゃんとプロデューサーさんに物申します! えぇ言ってやりますとも!』って意気込んでたっていうのに、結局押し切られちゃったのか」

 

「それはっ」

 

「それは?」

 

「………………」

 

 再びついっと目線を逸らす風花。押し切られちゃったんだろうなぁ……。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 

 

 

「もうっ! もうっ! 良太郎君ってば、本当にもうっ!」

 

「いきなり飛ばしますわね。……もうジョッキが空きましたわ」

 

 良太郎君とのやり取りがあった翌日、私は千鶴ちゃんと一緒にご飯を食べに来ていた。本当はこのみさんや莉緒さんに愚痴を聞いてもらうつもりだったのだが、生憎二人は予定があって捕まらず、代わりに「良太郎と何かありましたの?」と声をかけてくれた千鶴ちゃんと共に居酒屋『しんでれら』へとやって来た。

 

 アイドルたちがお忍びでよく訪れるというこの居酒屋は今日もガラガラでお客さんがおらず、しかし私たちにとってはありがたいことで変装も会話の内容も気にする必要がなかった。

 

「聞いてくださいよぉ!」

 

「聞いていますわ」

 

 ビールのお代わりを頼みつつ、早速千鶴ちゃんに昨日のことを話す。

 

「私、良太郎君のお家でご飯を食べてたんですよ」

 

「まさか『私も美味しく食べられちゃいました』っていうオチじゃないですわよね」

 

「そんなわけないじゃないですか!?」

 

「冗談ですわ」

 

 良太郎君の幼馴染のお姉さんというだけあって、相変わらず千鶴ちゃんとの会話は良太郎君とのやり取りを彷彿とさせるものだった。

 

「今更そんなことを報告するはずないですもんね」

 

「……ちょっ、ちょっと待って。私と良太郎君が……その、そ、()()()()()()をしたっていう前提で、進めるの……!?」

 

「この期に及んで『まだしてない』って言うつもりですの?」

 

「………………」

 

 店員さん、ごめんなさい、その生ビールを置いたら今度は日本酒お願いします。辛口のちょっと強い奴。

 

 

 

「それでですねぇ!」(クソデカボイス)

 

「のっけから弄りすぎましたわね……」

 

 アルコールが全身を巡っていい感じにふわふわしてきたところで、私はようやく本題を切り出すことが出来た。

 

「昨日の夕飯の後、いきなり良太郎君が私のグラビアが載ってる雑誌を見せてながら『おっぱい丸出し』とか言い出すんですよぉ! 誰のために出してると思ってるんですかぁ!」

 

「丸出しはしてないでしょう落ち着きなさい店員さん(女性)ビックリしてるから」

 

 私が未だに露出の多いグラビアの仕事を続けている理由。それは私が流されやすく強く断れないからという理由もあるのだけれど……。

 

 

 

 ――良太郎君、喜んでくれるかな。

 

 

 

 どうしてもそんなことを考えてしまうのだ。自惚れでも自意識過剰でもなんでもなく、事実として良太郎君は私の身体を好いてくれている。少しだけ恥ずかしいけれど、良太郎君に見てもらえると考えると別に嫌じゃなかった。

 

 だから思わず露出の多い仕事を受け入れてしまう。勿論プロデューサーさんもある程度加減はしてくれるし、私の望み通りの清純派なお仕事もしっかりと持ってきてくれる。

 

 それでも尚、少しだけ刺激的なグラビアの仕事を受け入れているのは……間違いなく良太郎君のためだった。

 

「……それなのにもう! 良太郎君はもう! 本当にもう!」

 

「分かってはいましたけど、やっぱり壮大な惚気でしたわね……貴女も良太郎も、お互いがお互いのことを大好きなようで何よりですわ」

 

 千鶴さんは苦笑しつつそんなことを言うが、私はイマイチぴんとこない。

 

「私は勿論大好きですよ! でもあんな言い方、まるで良太郎君は私の仕事を嫌がってるみたいじゃないですかぁ!」

 

 おっぱい星人のくせに! 私のおっぱい大好きなくせに!

 

「……え? もしかしてそれ本気で言ってますの? 本気で気付いていないんですの?」

 

 だというのに何故か逆に千鶴さんから驚かれてしまった。

 

「もう! 千鶴さんまでなんですか! 言いたいことがあるならはっきりと言ってください!」

 

「だからそれってつまり――」

 

 

 

 ――良太郎からの『独占欲』でしょう?

 

 

 

「………………え?」

 

「多分良太郎も良太郎で自分のことなのに気付いていないんでしょうけど、そういう意味でも貴女たちは本当にお似合いですわね」

 

「………………」

 

 アルコールにより若干働きが鈍くなっている頭で千鶴ちゃんの言葉の意味を考える。

 

「……そ、それはつまり……良太郎君は『私のグラビアを他の人に見せたくない』って思っている……と……?」

 

「断言はしませんが『あの良太郎が水着グラビアに対して苦言を呈した』と考えるとそれなり可能性が高いと考えていますわ」

 

「そ、それじゃあ……」

 

 昨日のやりとりを思い返す。私のグラビアに対して『胸を出し過ぎじゃないか』と言った良太郎君は相変わらず無表情で、最近は少しずつ分かるようになったけどそれでも感情の機微は少しだけ分かりづらくて、だけどほんの少し、自分でも気付いていないような『恋人である私に対する独占欲』に胸を燻らせていたとしたら……。

 

「………………」

 

「風花?」

 

「っ」

 

「ちょっ、流石にその量の日本酒を一気飲みは危ないですわよ!?」

 

 残っていたお酒を一気に煽る。

 

「帰ります!」

 

 今すぐ良太郎君の家に行って彼のことを抱きしめたくなってしまった。

 

「もう! なんなんですかっ! そんなに私のことが大好きならもっともっと大好きすればいいじゃないですか! もう私の身体なんて良太郎君のものみたいなものなんですからっ!」

 

「それを私の目の前で言ったという事実を明日になったら忘れているといいですわね」

 

「私のお勘定ここに置いておきますね! それじゃあ千鶴さんさようなら!」

 

「そんな状態(へべれけ)で帰れますの?」

 

「……店員さん、タクシーお願いします!」

 

「来るまで時間がかかりますから座っていなさい」

 

「それじゃあその間、ハイボールお願いします!」

 

「大人しくお水を飲んでいなさい」

 

 

 

 

 

 

「千鶴、昨日いきなり風花がウチに来たと思ったら泥酔状態な上によく分からんことを言いながら滅茶苦茶キスされたんだけどなんか知ってる?」

 

「やっぱりそうなりましたのね。というかそれを容赦なくバラすのは流石にオニチクじゃないですの?」

 

「その会話を私の目の前でする二人ともオニチクですっ!」

 

 

 




・風花@まだ同棲してない
今回の一件後に多分する。

・『しんでれら』
もう最終巻間近かぁ……。

・『独占欲』
自分からの好意にも疎い奴。



 久しぶりに恋仲○○書くなぁって思ったら、まさか特別編を除けば半年以上書いてなかったとは思わなかった……という風花回でした。なんで本編での関わり少なかったんだ……?

 次回からは非出演者サイドのお話です。



『どうでもよくない小話』

 ヴィアラのお三方、正式デビューおめでとうございます!

 そしてまさかの876プロダクション所属!

 これは来年(に開催すると勝手に決めつけている)のMOIW2025が楽しみですねぇ!


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Lesson395 輝きの観測者たち

一方その頃、非出演者サイドのアイドルたち。


 

 

 

 八事務所合同ライブ。それは出演するアイドルたちにとって一世一代の大舞台と言っても過言ではないだろう。あの『周藤良太郎』と『東豪寺麗華』に集められたという自信とプレッシャーを背負い、彼ら彼女らは今晩の大勝負に挑む。

 

 ……そして、そんなアイドルたちの雄姿を見守ろうとするファンたちにとっても大勝負でもあった。

 

 これはそんな観測者(オブザーバー)たちの物語。

 

 

 

観測者(オブザーバー)って言うとマイクラみたいだよな」

 

「寧ろそこ以外で聞いたことないかな」

 

 という奈緒と加蓮の会話はさておき、私たちトライアドプリムスは朝早くから事務所の収録ブースに集まっていた。

 

「いや~、まさか一晩でこんなに積もるとは思わなかったよなぁ」

 

「本当にね。今日は朝も早かったからお父さんに車で送ってもらったけど、雪のせいで予定よりもさらに一時間早く家を出ることになったもん」

 

「私のとこもそうだよ」

 

「全員だな」

 

 昨晩からチラチラと降り始めていた雪が深夜になって誰も気付かないうちに豪雪になっていたらしく、朝起きたら窓の外が真っ白でビックリしてしまった。近年稀にみる大雪だったからハナコを連れて雪道の散歩をしてみたかったところではあるが、今日に限ってはそうも言ってられなかった。

 

「こんな大雪だっていうのに朝早く起きて収録(しごと)しに来る私たちって本当に偉いよねぇ」

 

「自分で言うなって」

 

「でも今日は朝早くから頑張らなきゃいけない理由があるわけだからね」

 

「そうだな。なんてったって……!」

 

「今日は合同ライブだもんね!」

 

「うっさっ!」

 

 そう、今日は八事務所合同ライブ当日。夕方からの公演とはいえ時間に余裕を持たせるために、私たちはプロデューサーにお願いをして今日の仕事が早めに終わるようにスタートの時間を前倒しにしてもらったのだ。割と無茶なお願いをした自覚はあるが、どうやら今回の仕事のスタッフの中にも同じくライブに参加する人がいたらしくすんなりとオッケーを貰うことが出来た。スタッフさんには本当に感謝。

 

「加蓮落ち着いて。興奮しすぎるとまた熱が出て倒れるよ」

 

「残念! 今の私はライブブーストがかかっていて病弱属性は無効化されてるのだ!」

 

 随分と自信満々な物言いではあるが、確かに今の加蓮はいつも以上に生き生きとしていて活力に溢れている感じだった。

 

「そーゆー凛だって楽しみにしてるんだろ?」

 

「そーだよ! さっきからずっとソワソワしてるじゃん」

 

「そんなことないよ」

 

 確かに楽しみだけど、良太郎さんのライブに参加するのは初めてというわけではない。私には加蓮よりも余裕があるのだ。

 

「一週間前ぐらいからずっと今日のセトリ予想してたぐらい」

 

「どーりで最近凛の反応が薄いと思ったらさぁ!」

 

「それで? 凛の予想はどんな感じなの?」

 

「ふふ……予想(出来)ないわ」

 

「それ近い将来別の奴が言いそうなセリフ……」

 

 いや冷静になって考えてみると全八事務所総勢五十四人ものアイドルが出演するライブのセットリスト予想なんて出来るわけがなかった。良太郎さん個人に絞っても全く予想が出来ない。

 

「『Re:birthday』は名曲ではあるんだけど、私個人としては『レイニー・レイニー・デイリー』を聞きたい」

 

 ただコレ梅雨の曲だから雰囲気的にやってくれるか微妙。

 

「私は『Aster Sky(アステールスカイ)』が聞きたいなぁ。まだ大きなライブで披露してないはずだし」

 

「そりゃ先月発表されたばっかりだからね……」

 

 加蓮のは予想と言うか願望だった。いや私のも願望と言えば願望なんだけど。

 

「奈緒は? 良太郎さんの曲で何が聞きたい?」

 

「え? いや聞きたい曲なんて沢山あるし、そ、そもそも良太郎さんだけのライブってわけじゃないんだから……」

 

「で? 何が聞きたいの?」

 

「『ほわいと・ましゅまろ』」

 

「「え?」」

 

「『ほわいと・ましゅまろ』」

 

「「ド甘々なラブソングっ!」」

 

 乙女かっ! いや乙女だけどっ!

 

「そっか……奈緒はあーゆー感じのホワイトデーが理想なんだね」

 

「ち、ちがっ!?」

 

「この曲のおかげでホワイトデーのマシュマロの意味が完全に真逆のものになっちゃったもんね……女の子の理想だよねうんうん分かる分かる」

 

「だから違うってぇ!」

 

 奈緒は真っ赤になって否定しているが全然その通りだということは私たちにはちゃーんと分かってるからさ、安心してほしい。

 

 ちなみに私と一緒になって奈緒を揶揄っている加蓮もこの曲が大好物(おきにいり)だということは知っている。リリースされた直後は延々と鬼リピしていたのも知っているし、サビの『ダーリンって呼んでよ』のところで小さく「ダーリン」と口ずさんでいたことも知っている。私が何枚か抱えている加蓮への切り札の一枚。

 

 その後、私たちの会話を聞いていたスタッフさんたちも混ざって『今回のライブで聞きたい曲』談義に花が咲いてしまった。良太郎さんだけじゃなくて、麗華さんたちや冬馬さんたちのファンも多いのでそれはもう大盛り上がりしてしまい、開始時間が予定よりも遅くなってしまった。それでも当初の予定よりはだいぶ早いからいいけれど……。

 

「それじゃ気合入れていくよ、加蓮、奈緒」

 

「勿論っ!」

 

「おうよっ!」

 

 

 

 

 

 

「しまむーが滑って転んで尻もちついてお尻が大きくなったって!?」

 

「私のお尻は大きくありませんっ!」

 

「いや、しまむー嘘はよくないよ」

 

「えぇ!?」

 

「しまむーのお尻はデッカいよ」

 

「言い方ぁ!」

 

 卯月ちゃんが転んだと聞いて心配していたのだが、未央ちゃんとのそんなやり取りを目にしてなんだか気が抜けてしまった。

 

「それはそうと気を付けなきゃダメにゃ卯月ちゃん」

 

「は、はい、ごめんなさい」

 

「そーゆーみくちゃんだって、今朝転びそうになってたくせにー」

 

「李衣菜ちゃんっ!」

 

 卯月ちゃんに注意するみくちゃん。そしてそんなみくちゃんを茶化す李衣菜ちゃん。本当にこの二人のやり取りは、いつまで経っても変わらないなぁ……。

 

「でも変わらないからこそ、それがいいっていうものもあるよね」

 

「杏おねーさんの見た目の話でごぜーますか?」

 

「おっと仁奈ちゃん、それは人によっては言葉のナイフになるから気を付けようね」

 

 自分の見た目のことを全然気にしてない杏ですらちょっとだけチクッと来たよ。

 

「よく分からねーですけど分かりやがりました!」

 

「分かりやがってくれてよかったよ」

 

 さてそんな初代シンデレラプロジェクトの面々が集まっているここは事務所の一室。

 

「しまむーのお尻の大きさは置いておいて」

 

「未央ちゃんっ!」

 

「ごめんごめんもう言わないから……とはいえ本当に今日は気を付けないといけない日だからね」

 

「そ、そうですね……何せ今日はっ」

 

「合同ライブ、だからね」

 

 そう、八事務所合同ライブ。ここにいる面々は残念ながら346プロダクションの選抜メンバーから外れてしまったアイドルたちである。

 

「はーいいよなーお姉ちゃんはー! 今日はリップスとして参加出来るんだもんなー!」

 

「ありすちゃんもなんだよねー。羨ましいなー」

 

「まぁまぁ二人ともぉ! 今日は素直に応援してあげようにぃ!」

 

 唇を尖らせて不満を口にする莉嘉ちゃんとみりあちゃんを宥めるきらり。この光景も二年前からずっと変わることのないものの一つである。

 

「でもまー、みんなは現地参加出来るだけマシなんじゃない?」

 

 ネットでは抽選に外れた人たちの阿鼻叫喚というか怨嗟の声がずーっとひしめき続けている。専用掲示板とか、多分心の弱い人が見たら失神しちゃうんじゃないかってぐらい呪詛が書き連ねられていた。

 

「そうね……確か倍率が凄いことになっちゃったって聞いたわ」

 

「ダー。私は、千倍を超えた、と聞きました」

 

「いや流石にそれは……」

 

『………………』

 

 全員揃って口を閉じて「いや……まさか……あるいは……」とか考えてしまった。マジっぽくて怖い。

 

「ともあれ人も大勢いるだろうから、みんな気を付けて来てよねー」

 

 不本意ながら明日も仕事。もしこれで全員燃え尽きて仕事が出来ない状態になってしまったら、杏が尻拭いをする羽目になる可能性が高い。そんなのまっぴらゴメンである。

 

「……あれ? その言い方だと、まるで杏ちゃんは行かないみたいにゃ?」

 

「え? 行くわけないじゃん」

 

『行くわけないじゃん!?』

 

 当然のことを口にしたのに、何故か全員から驚かれた。

 

「合同ライブだよ!? 八事務所が一堂に介する合同ライブだよ!?」

 

「こんなライブ二度と開催されないかもしれないんだよ!?」

 

「いや……冷静に考えてみてよ。そんな会場に杏が行くと思う?」

 

『………………』

 

 再び全員が沈黙した。うんうん、そんな現場にわざわざ杏が行くわけないんだよ。

 

「とはいえ気にならないといえば嘘になるからね。杏は自宅で配信観てるよ」

 

「そ、そっか……確かにそっちの方が杏ちゃんらしいかも……」

 

「うにぃ……残念だったねぇ仁奈ちゃん……杏ちゃんと一緒に行くの楽しみにしてたのに……」

 

 そう言いながらきらりが仁奈ちゃんの頭を撫でる。

 

 ……そういう言い方をされると、ちょっとだけ心が痛む。仁奈ちゃんが杏のことを何故か慕ってくれていることは知っている。けれど、だからといってわざわざ一緒にライブに行くかどうかは別の話だ。そもそもチケットがないわけだし……。

 

「……仁奈ちゃん、なんで笑ってるの?」

 

「……ふっふっふー」

 

 あら可愛い笑い方。じゃなくて、え、本当になんで仁奈ちゃん笑ってるの?

 

「そんなこともあろうかと! 美優おねーさんからチケットを貰っているですよー!」

 

『えええぇぇぇ!?!?!?』

 

 え、ちょっ、なに!? どういうこと!?

 

 詳しく事情を聞いてみると、どうやら仁奈ちゃんは123プロの三船美優さんとプライベートで仲が良いらしく、なんとチケットを二枚も貰っているらしい。関係者チケットというわけではないらしいが、それでも紛れもなく現地参加出来る正真正銘本物のチケットらしい。

 

 ……な、何故だろう……なんか、別世界でもこんなことがあったような気がする……!

 

「というわけで、杏おねーさんも参加するでごぜーます!」

 

「………………」

 

 流石の杏も、ここまでされておいて尚「行かない」と年下の女の子を突っぱねるほどのダメ人間に成り下がるつもりはなかった。

 

「……仁奈ちゃん、今度からそういうことは当日に言わないでね?」

 

「はいでごぜーます!」

 

 イイオヘンジダナー。

 

 

 




・オブザーバー
マイクラ楽しい。

・「ふふ……予想(出来)ないわ」
この子もこの子で喋らせるのが難しそうなんだよなぁ……。

・『レイニー・レイニー・デイリー』
・『Aster Sky』
・『ほわいと・ましゅまろ』
良太郎の楽曲の一部。そろそろまゆに楽曲解説させる番外編でも書こうかな。

・別世界でもこんなことがあったような気がする……!
ほらあれよ、運命は収束する的なほにゃらら。



 基本的にシンデレラ畑だからこのメンバー書きやすいなぁ……というお話でした。


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Lesson396 輝きの観測者たち 2

765シアター組+α編。


 

 

 

「いやぁ、今日はついに八事務所合同ライブ当日! 楽しみですね、千鶴さん!」

 

「亜利沙、貴女どうしましたの!?」

 

「何がですか!?」

 

 まるで『普通の人がライブを楽しみにしている』ような様子の亜利沙に、私は思わず驚愕して彼女の両肩を掴んでしまった。

 

「普段の貴女ならば『うっひょぉぉぉ! 今日は待ちに待ったありさの命日ですねぇぇぇ! 墓石には周藤良太郎と魔王エンジェルのサインを刻んでください!』とか言いかねないのに……なんですの、そのテンションの低さは!?」

 

「確かに普段のありさならば言いそうですけど、別に今もテンション低いわけではないですよ!?」

 

「しっかりして頂戴、千鶴ちゃん。貴女までボケに回ったら私の負担が大きくなるじゃない」

 

「はっ」

 

 亜利沙の様子に思わず狼狽してしまったが、このみさんの言葉で我に返る。

 

「ご、ごめんなさい、取り乱しましたわ……」

 

「正直ビックリしました」

 

「亜利沙ちゃん、貴女もよ」

 

「この流れでありさにも非があるんですかぁ!?」

 

 ちなみに亜利沙のテンションが低い理由は『昨夜の内の期待でテンションがオーバーフローを起こして現在落ち着いているから』らしい。

 

「つまりテンションが一周したってことですわね」

 

「朝起きてちょっとしたアクシデントがあったため、二周ぐらいしてますね」

 

「何かありましたの?」

 

「いえ……少々友人(バカピンク)からメッセージが届き(ケンカをうられ)まして……」

 

「「?」」

 

 

 

 そんな八事務所合同ライブの本番当日だが、出演しないシアター組はいつものように劇場に集まり定例ライブの打ち合わせ。正直なところ亜利沙だけではなく、私を含めて全員いつも以上にそわそわとしているのが目に見えて分かる打ち合わせだった。

 

 勿論ライブが楽しみだという意味でもあるだが、同じシアター組の仲間である未来たちのことも気になって仕方がなかった。

 

「未来ちゃんと翼ちゃんは、静香ちゃんが一緒だから大丈夫でしょ」

 

「歌織さん、ちゃんと朝起きれたのかな……?」

 

「きっと紬ちゃんが頑張ってくれるわよ」

 

「琴美とエレナも、あの所恵美ちゃんとのユニットだもん、プレッシャー凄いだろうなぁ」

 

「……みんな気になるのは分かるけど、目の前のことに集中なさいな」

 

 プロデューサーが未来たちと共に現地へ向かったため、今日の打ち合わせのまとめ役であるこのみさんが全員の浮足立った様子に溜息を吐く。

 

「でもこのみ姉さんだって気になるでしょ?」

 

「それとこれとは話は別。……風花ちゃん、貴女も良太郎君のライブが楽しみなのは分かったからそわそわ身体を揺するのやめなさい。おっぱい揺れてる(はしたない)わよ」

 

「っ!?」

 

 そんな感じで各々が今晩のライブに期待を膨らませる中、一人だけやたらと暗い表情を浮かべるアイドルがいた。

 

「………………」

 

(……美奈子、一体どうしましたの?)

 

(それが分からんのです……今朝からずっとあんな感じで……)

 

 暗い表情を浮かべる美奈子。こっそりと奈緒に聞いてみるも分からないと首を横に振られてしまった。

 

「美奈子さん、どうしたんですか?」

 

「杏奈たちでよかったら……話、聞くよ……?」

 

 そんな美奈子に百合子と杏奈が声をかけた。二人は美奈子や奈緒と共に、この765プロ劇場設立当初からシアター組を支える一期生、二期生である私にとっては頼れる年下の先輩たちだ。きっと二人ならば美奈子が抱えているであろう悩みを取り払ってくれるに違いない。

 

「……ありがとう、百合子ちゃん、杏奈ちゃん。聞いてくれる?」

 

「勿論ですよっ!」

 

「うん……」

 

「あのね――」

 

 

 

「……ちなみに『未来ちゃんたち、ちゃんと朝ご飯食べれたかな?』っていう悩みじゃないよね……?」

 

 

 

「――聞いてアロエリーナ」

 

「杏奈ちゃん!? 美奈子さんが植物に話しかけ始めちゃったよ!?」

 

「……二十三年前の曲……」

 

「「………………」」

 

 思わず奈緒と共に『確かにちょっと考えれば分かりそうな悩みだった……』と無言になってしまった。

 

「だって気になるじゃない!?」

 

「あ、開き直った……」

 

 落ち込み状態からは脱することが出来たようであるが、今度は変なテンションになった美奈子が涙目で叫ぶ。

 

「朝凄い雪積もってんだよぉ!? 急なこときっとケータリングや食事の準備が滞っちゃった可能性だってあるし! 朝からきっと忙しいだろうし! きっと未来ちゃんたちお腹空かせてるよぉ!」

 

「……不確定な不安要素だったはずなのに……いつの間にか美奈子さんの中では確定事項に変わっている……」

 

「さ、流石にそんなことにはなってないんじゃないかな……?」

 

「私の目が黒い内は、シアターの子が空腹に悩まされるなんてことはあってはいけないの!」

 

「……志が高すぎてよく分からない方向に進んでる……」

 

 いよいよ収拾がつかなくなってきたので、これは流石に私も介入を――。

 

 

 

「美奈子ちゃん、ちょっとみんなにおやつ作ってきてくれるかしら」

 

「わっほーい! お任せあれ~!」

 

 

 

 ――しようと思ったら、そちらを見ることもなくこのみさんが冷静に対処をしてしまった。喜色満面で給湯室へと駆けていく美奈子の姿を呆然と見送る。

 

「……流石に手慣れてますわね」

 

「いや対処方法としては間違ってないんやろうけど、美奈子が作ってくるであろう大量のおやつの処理方法はどないするんや……?」

 

 

 

 この後全員で滅茶苦茶おやつ食べた。

 

 

 

 

 

 

「亜利沙、お昼ご飯食べる余裕あるかしら……?」

 

「………………」

 

 無言で首を横に振る亜利沙。いくら『アイドルちゃんの作ってくれたおやつ』であったとしても、流石の亜利沙も限界を超えて食すことには無理があったらしい。

 

 さて、胃袋以外は無事に打ち合わせを終えたところでシアター組は一時解散となった。今回は幸運にも……本当に本当に幸運にも全員が現地参加のチケットを手に入れることが出来たため、後程現地で集合する手筈となっていた。

 

 そうして解散をした後、とある人物と待ち合わせをしていた私は亜利沙と共に地元の商店街を歩いていた。

 

「いやぁそれにしても本当に幸運でしたね! まさか全員現地参加の権利を得てしまうとは!」

 

「本当ですわね。随分と都合がいいぐらいの幸運ですわね」

 

「SNSを見る限り、かなりの人が抽選に漏れてしまっていたというのに……これは何か意図的なものを感じざるを得ませんね!」

 

「……そろそろこの会話もやめた方がいいのかしら」

 

「え?」

 

 そんなことを話している内に待ち合わせの場所である……私の実家である二階堂精肉店へと帰って来た。

 

「……うぷっ」

 

 亜利沙の顔色が良くないが、生憎今の私に彼女を責める資格は持ち合わせていない。私は私の実家である精肉店を誇りに思っているが、流石に今の状況で揚げ物の香りを嗅ぐのはキツいものがあった……胃が……。

 

「そ、それで、千鶴さんのご友人という方はまだ見えられていないんですか?」

 

「そうですわね……」

 

 店先の邪魔にならないところで通りを見渡して待ち人の姿を探す。

 

「……あ、来ましたわ」

 

 商店街の向こうから歩いてくる私の友人にして……()()()()()()()()()()()()()()

 

「千鶴さん、こんにちは!」

 

「えぇ、こんにちは、ニコ」

 

 私立音ノ木坂学園二年、矢澤にこである。

 

「ややっ! 貴女が千鶴さんのご友人ですね! 今日はよろしくお願いします!」

 

「わっ……ほ、本物の松田亜利沙ちゃん……!」

 

「いやぁ、普段自分がしているリアクションをされる側になるというのは、些か気恥ずかしいものがありますね……」

 

 最近、私経由で765プロのアイドルと顔を合わせる機会が増えたとはいえ、ニコは根っからのアイドルファン。こうしてアイドルと直接会話をすることが未だに緊張するらしい。

 

「わたくしとは普通に話せますのに」

 

「ち、千鶴さんはその、アイドルというよりは……その……お姉ちゃん、みたいな……」

 

 ……ちょっと嬉しいけど照れますわね。

 

「にこちゃん! 千鶴さんからはお話は聞いてますよ! なんでも――」

 

「っ」

 

「――アイドルが大好きでアイドル研究会に所属しているそうですね!」

 

「……は、はい」

 

「………………」

 

 どうやら幸運なことに、亜利沙はニコの笑顔が固まったことに気付かなかったらしく、羨ましそうに「ありさの学校にもそういう部活動があったらよかったのに!」と話していた。

 

 当然、私は亜利沙ににこの『スクールアイドルとしての活動』の顛末のことを一切話していない。未だにスクールアイドル自体に未練はあるらしいが……一年経った今でも未だに二の足を踏んでしまうらしい。

 

 

 

 ――まぁ良いじゃん。ニコちゃんにはニコちゃんの進むスピードがあるよ。

 

 

 

 ……とは良太郎の言葉。しかしニコの学園生活も後一年と少し。そろそろ活動を始めなければ、彼女のスクールアイドルの思い出はずっとあのときのままで止まってしまうのではないだろうか……。

 

(……というのは、流石に私の余計なお節介ですわね)

 

 良太郎ほど楽観的に、あるいは不思議な自信を持って考えることは出来ないが。

 

「部活動として過去のアイドルのライブを見たり……」

 

「えぇ!? 本当に最高じゃないですか!?」

 

 少なくとも、楽しそうに()()()()()()()()()()ニコの姿を見ていると、私も大丈夫だろうと思えるような気がした。

 

 

 

「ところでニコ、そのアイドルのライブのBDはどうやって購入しているんですの?」

 

「……勿論部費ですよ」

 

「それで申請が通るって、流石は私立校ですね!」

 

「………………」

 

「「……まさか無申請!?」」

 

 

 




・友人からメッセージ
Lesson385参照。

・「聞いてアロエリーナ」
ちょっと言いにくいんだけど♪

・私立音ノ木坂学園二年 矢澤にこ
無事に進級出来たらしい(失礼



 最近主人公の出番がない……なくない?


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Lesson397 輝きの観測者たち 3

久しぶりの恭也視点。


 

 

 

「あっ! 恭也、次たこ焼き食べましょたこ焼き! 友紀ちゃんと茄子ちゃんも!」

 

「食べる食べるー! いやぁ粉物食べてるとビール飲みたくなるなぁ!」

 

「流石に今日は我慢しましょうね」

 

 

 

「……本当に、まるでお祭りだな」

 

 女三人寄ればなんとやら。先ほどから楽しそうに出店を楽しんでいる恋人とかつての級友二人の姿に、思わず嘆息してしまった。

 

「いや何言ってるのよ恭也。これはお祭りよ」

 

「そーだよ恭也君! 八事務所が一堂に介するライブなんだからそれはもうお祭りなんだよ!」

 

「姫川、本当にまだ飲んでないんだよな?」

 

「大丈夫ですよ、私が見張ってます」

 

 鷹富士はそう言うが、お前はどちらかというとブレーキ側じゃなくてアクセル側の人間だから心配なんだよ。

 

 

 

 さて、俺たち四人で季節外れの縁日にやって来た様相ではあるが……実際にはここは()()()()()である。正確にはライブ会場の目の前の運動公園だ。そこに今回のライブのグッズの物販がされていたのだが、様々な飲食物の屋台も出店しているため人の多さも相まって本当に縁日のような賑わいになっていた。

 

 しかし基本的にみんなライブ直前のファンたち。聞こえてくる会話の内容は今回のライブや出演アイドルに関することばかり。

 

 

 

「えっ!? マジで!? 今日()()()()()来れねぇの!?」

 

「あぁ、なんか絶対に外せない用事があるから大人しく家で配信観るんだって」

 

「うわぁ可哀想に……あの人、魔王エンジェルガチ勢だろ?」

 

「ついでに123の箱推しでもあるし、最近では315にもハマってるらしい」

 

「ってことは本当だったら今回のライブは這ってでも来たかったんだろうなぁ……」

 

「俺たちに出来ることは、リョーさんの代わりに全力でアイドルたちを応援することぐらいだな」

 

「あぁ! 普段誰よりも大きな声を出してるリョーさんの代わりに、今日はでっけー声出してこうぜ!」

 

『応っ!』

 

 

 

 ……何やら心当たりのある人物が会話の中心になっていたような気もする。

 

「あーあー! アルコール売ってる店もあるのに飲めないなんてなー!」

 

「ダメですよ友紀ちゃん、飲酒してからの入場は厳禁なんですから」

 

 今回に限らずアルコールを飲んだ人の入場は制限されることが多い。だからアルコールを販売している出店は入場せずに会場の雰囲気だけを楽しむ人に向けてのものなのだが、それを恨めしそうに眺めている姫川を鷹富士が窘めていた。

 

「ただ既に出来上がっている人はそれなりにいるな……」

 

 出店許可を出しているところを見ると運営側も行政側も想定内なのだろうが、それでもまだ正午だというのにアルコールが回っている様子の人間がチラホラ見られた。

 

「いくら『りょーいん患者は素行が優等生』って言われてても、これだけ人が集まる上にお酒も入っちゃえば多少マナーが悪い人も出てきちゃうよねぇ」

 

「そうね。きっと恭也がいなかったら私たちもあっという間にナンパされてたかも」

 

「恭也君がいるから安心ですね」

 

「露払いなら任せておけ」

 

 忍と違って二人は身バレの危険もあるからな。

 

「こんにちわー! そこのお姉さんたちは今日のライブで誰推しなの!?

 

「俺たちは――!」

 

 ……そうこう言っている間に近づいてくる二人の男が。すぐ傍にいる俺の姿が見えていないのか、それとも酔っていて気付いていないのか。

 

 

 

 ――チャキッ

 

 

 

「――ってそんなことを聞いてる場合じゃなかったー! 家に帰ってシャニソンやんなきゃなー!」

 

「『アイドルマスターシャイニーカラーズ Song for Prism』は現在好評配信中だわー! 現場でもおうちでもレッツライブ!」

 

 踵を返して去っていく男たち。

 

「穏便に済んで良かったな」

 

「「「ちょっと待って」」」

 

 厄介そうな酔っぱらいナンパ男たちが去ったというのに、何故か三人が詰め寄って来た。

 

「どうした」

 

「どうしたじゃないよ!? 上上! なんか変な効果音入ったよ!?」

 

「『チャキッ』って音したよ!? 高校のとき度々聞いた物騒な音が聞こえたよ!?」

 

「切りましたね!? 今私たちの見えないところで()()()()()()()()ね!?」

 

 はっはっは、何のことやら。

 

「よく考えてみろ。ここはライブ会場だぞ? いくら俺でもそんな危険物を持ち込むわけないだろう」

 

「だ、だよね……」

 

「いくら恭也君でもそれはなかったか……」

 

「高校の頃によく聞いた音だったからつい……」

 

 そもそもだ。

 

「俺のは白木拵えなんだから鯉口を切っても鍔鳴りの音はしないぞ」

 

「俺のはってどういうことぉ!?」

 

「やっぱり持ってるじゃあああん!?」

 

「出しなさい! 今すぐ出しなさい!」

 

 だから持ってないって。

 

「やあやあ、楽しそうだね」

 

 まるで不審者を相手しているかのように詰め寄ってくる三人をあしらっていると、新たに俺たちに話しかけてくる男の声が。思わず鞘に手をかけながら「ほらぁやっぱりあるじゃん!」地の分に入ってくるな。

 

「久しぶりだね、恭也君、忍ちゃん」

 

 金髪にダークブラウンの瞳。一見日本語が流暢な外国人男性にも見えるが、俺たちは彼がハーフではあるものの()()()()()だということを知っている。

 

「こんにちは、幸助さん」

 

「あっ! お久しぶりですおじ様!」

 

 

 

 彼は『周藤幸助』。良子さんの旦那であり、良太郎と幸太郎さんの父親である。

 

 

 

「今年のお正月以来だから……大体一年ぶりになるね」

 

「珍しいですね、おじ様が年末にこっちに帰ってくるなんて」

 

 海外で仕事をしている彼が日本に帰ってくるのは基本的にお正月ぐらいで……あとは幸太郎さんと早苗さんの結婚式のときにも帰ってきていた。そんな彼がこうして日本にいる理由は、言わずもがな。

 

「これだけ大きなライブだから、流石に俺も配信で済ませるわけにはいかないよ」

 

 ところで、と幸助さんは姫川と鷹富士に視線を向けた。

 

「君たちは確か、良太郎たちと同級生だったかな」

 

「はいっ、姫川です」

 

「同じく鷹富士です。お父様のお姿は高校の頃に一度だけお見かけしたことがあります」

 

 パッと見で外国人にしか見えない幸助さんに驚いていないのは、一度見たことがあったかららしい。

 

「まさか良太郎がクォーターだったとは思わなかったよね~」

 

「クラスの全員から『もうちょっとクォーターらしくあれよ!』ってそこそこ理不尽な総ツッコミをされてましたもんね」

 

 その良太郎は「オメェたちに言われたかねぇよ純日本人!」と金髪や赤髪といったカラフルな地毛のクラスメイトにツッコミを返していた。

 

「うんうん、我が息子ながら相変わらず素敵な女性たちとの良縁に恵まれているみたいだね」

 

「えへへ……」

 

「ありがとうございます」

 

 アイドルとしてある程度褒められ慣れている姫川と鷹富士は軽く流しているが、幸助さんは相変わらずこういうことを真正面から言うことに躊躇わない人である。

 

「なんというか、本当に周藤君のお父様って感じよね」

 

「はっはっはっ、何を言うんだい忍ちゃん。寧ろ俺がオリジナルなんだから。良太郎なんてまだまださ」

 

 一体何がまだまだなのかと聞きたいところではあるが、本当に良太郎と親子なんだなぁと思わされる。

 

「………………」

 

 ふと何かを思い付いた様子で姫川がパチンと指を鳴らした。

 

「もしかして幸太郎さんが早苗さんを、良太郎がりんを選んだ理由って……」

 

 

 

「その二人に関しては流石俺の息子たちだって褒めてあげたいよね!」

 

 

 

((((やはり父親からの遺伝だったか……))))

 

「まぁ世界で一番可愛い俺の奥さんには敵わないけどね」

 

「そういえば良子さんは一緒じゃないんですか?」

 

 幸助さんが一人でライブに来るはずがなく、そもそもよく考えてみると良子さんと一緒にいない姿というのは俺目線からしてみるととてもレアな姿だった。

 

「ちょっと用事があるらしいから、会場で待ち合わせなんだよ」

 

「……あれ? まさか幸助さん、直接……?」

 

「うん。空港から直接来たよ」

 

「帰国したその足でライブ参加ですか!?」

 

 涼しげな顔で「フライト中ずっと寝てたし荷物もバッチリ預けてあるよ」とサラッと言ってしまう幸助さんに忍が絶句した。姫川と鷹富士もちょっと口元が引き攣っている。

 

(……良太郎の体力は高町家で鍛えられたって言ってるけどさ)

 

(そもそも()()()()()()だったってことじゃないですか……?)

 

(父さんも「周藤家は血筋がいい」と言っていたな)

 

(高町家に認められる血統……)

 

 忍、お前もその血統の一員になるんだぞ。

 

 

 

 

 

 

「それにしても本当に人が多いね。今日って祝日だったのかな?」

 

 折角だから、と幸助さんがお金を出して買ってくれたたこ焼きを全員で食べながら、軽く歩いて会場周辺を散策する。

 

「もしかして俺が日本にいない間に新しい祝日出来た?」

 

「残念ながら今日はなんの変哲もない普通の日曜日ですよ」

 

「とはいえ一部の人たちの間では()()()()なんて言われてますけどね」

 

「実質祝日?」

 

 幸助さんが首を傾げるのも無理はないだろう。

 

 まず大前提として『周藤良太郎』のファンは多い。さらに『魔王エンジェル』や123プロといった今回参加するアイドルたち全員を含めれば、()()()()()()()()である可能性が非常に高いのだ。

 

 そうなった場合、様々な場所でどのような事態になるか。そう、多くの()()()()()()が発生したのだ。一般社員だけでなく管理職レベルでもこれが多発した結果、多くの企業や飲食店が臨時休日や臨時休業に。

 

「そうして誰が呼んだか、今日は新たな祝日『アイドルの日』」

 

「凄いなウチの息子たちは。ついに日本の祝日まで作っちゃったのか」

 

「実際、鉄道などの公共交通機関も臨時ダイヤを運行してたりしますからね」

 

 しれっと行政が動いていたりするから、そろそろ冗談が冗談じゃなくなりそうである。

 

「ところで翠屋は?」

 

「勿論臨時休業だが?」

 

「聞くまでもなかったか……」

 

 周藤家とは家族ぐるみの付き合い以前に、そもそも我が家の次女の晴れ舞台だ。家族総出で応援しないわけがなかった。

 

「父さんと母さんは関係者席だ」

 

「ってことは士郎君と桃子ちゃんはそっちか。あとで挨拶が出来るね」

 

 

 

「……あれ? 恭也君、妹って二人いたよね……?」

 

「あと確か、同居人もいるって話じゃ……」

 

「「………………」」

 

 俺と忍は黙って視線を逸らした。

 

 

 

 

 

 

「私たちだけチケット外れるとか聞いてなあああぁぁぁい!」

 

「こっちは世界の歌姫なんだぞおおおぉぉぉ!?」

 

 

 




・恭也視点
数少ない男視点。あとは兄貴と……確か初期にバネP視点もあったかな?

・リョーさん@認知されてる
アイドル好きのリョーさんは一部界隈で有名。

・『アイドルマスターシャイニーカラーズ Song for Prism』
相変わらずのログイン勢ぇ……。

・周藤幸助
ついに本編登場の周藤家父。既に一度登場済みなのでインパクト弱め。

・アイドルの日
アイマス周年記念日がそれに近いかもしれない。

・美由希&フィアッセ@お留守番
すまぬ……。



 そういえば番外編を除けば一ヶ月以上主人公が喋ってねぇな?


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