どうしてウツロイドと合体しないんだ……? (GT(EW版))
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前編

 ムーンは泣いた。

 

 ――リーリエ帰ってきて。

 

 ポケモントレーナー・ムーンはポケモンバトルの天才児である。

 僅か十一歳にしてあらゆるポケモンの知識に精通しており、ポケモンの個体ごとに性格や素養に適した最善の育成方法を瞬時に見抜き実践することができる類稀な才能の持ち主だった。

 

 そんな彼のトレーナー人生は順風満帆なものと言って良く、島巡りを初めて一年と経たず、アローラ初のポケモンリーグチャンピオンの称号を手に入れてみせた。

 

 旅の道中では数々の難事件を解決し、島の守り神たちとさえ心を通わせてみせた。また、未知の生命体であるウルトラビースト(UB)さえも自らのポケモンとして操ってみせる彼の存在は、もはや天才の枠には収まらず神童と言っていいかもしれない。

 

 デビューから負けなし。

 アローラにて最強。

 

 今や一躍時の人となったアローラの英雄ムーンであったが、唯一どうにもならなかったのが親友であるリーリエとの別れだった。

 彼女との関係を聞かれたら「友達以上かな? それも少し違うか」という具合の関係である。

 二人は島巡りの中でお互いの絆を育んできた仲間であり、それ故に別れのショックは大きかった。

 

 リーリエが母の療養のためにカントー地方に去ってから、まだそれほど多くの時は経っていない。

 未だ引き摺っているリーリエロスのショックを頭から引き離す為に、ムーンは今も必死でポケモンバトルを続けていた。

 

「いけ、カプ・テテフ! サイコキネシス!」

「ああー!? 私のゴルダックー!」

 

 そんな彼が現在いる場所はポニ島の最北端にある新しいバトル施設、「バトルツリー」だった。

 アローラの新たな観光名所として建設されたこの施設には世界中から腕利きのトレーナーたちが集まり、リーグチャンピオンとなったムーンはさらなる強敵を求めてこの地を訪れたのである。

 彼が現在挑戦しているのは、シングルバトルの勝ち抜き戦だった。

 

「おめでとうございます! ポケモンを回復させますね」

「どうも」

 

 現在、ムーンは破竹の19連勝中である。

 ここまでの対戦相手はいずれも島キングに匹敵する高い実力の持ち主であったが、今のムーンの敵ではなかった。

 リーグチャンピオンになって以来、彼はただただリーリエロスのショックを少しでも忘れる為に修羅のように戦いを求めた。

 ポケモンバトルをしている時だけは、その心にぽっかりと空いた隙間を忘れることができたのだ。それ故に周囲の者たちの目に映る彼の姿は、いっそ痛々しく見えるほどに苛烈だった。

 ここまで汗一つかかず次々と対戦者を下していくムーンの姿を引きつった表情で見ていた女性役員が、彼の手からカプ・テテフのモンスターボールを受け取り回復処置を行う。

 彼がこのバトルツリーで扱ってきたポケモンはこのカプ・テテフ一体のみであり、そのテテフもこれまで碌に苦戦することなく屈強なトレーナーたちを打ち破っている。

 島の守り神の中で武闘派として有名なのはカプ・コケコだが、基本的にカプの名を持つポケモンは強き者との戦いを好む。

 ムーンのオーバーワークぶりは並のポケモンであれば信用を失いかねないほど激しいものであったが、テテフにとっては寧ろそんな彼の暴走は望むところと言った具合であり、他のポケモンたちもまたそれで音を上げるようなヤワな鍛え方はされていなかった。

 

 僅か十一歳の年齢にして、ムーンは求道者として完成されていたのだ。

 

 ポケモンにスパルタを強いた上で、自分自身にも鞭を振るい共に痛みを分かち合う。

 そんなムーンのトレーナーとしての強さを認めているが故に、彼のポケモンたちは皆彼のことを慕っていた。

 だからこそ、彼らも今の主人の気持ちを理解していたのだ。

 そして、彼らはムーンの為に一致団結した。「リーリエと別れた心の痛みを、少しでも自分たちのバトルで忘れさせてあげよう」と……

 

《リーリエ、がんばリーリエしてるロトかね?》

「うわああああああああ!!」

《あっ、ごめんロト……》

 

 ――しかし、ただ一匹ロトム図鑑だけは空気を読めなかった。

 バトルの終了後、ふと思い出したようにNGワード「リーリエ」を呟いた彼の言葉にムーンが発狂し、彼はバトルの勝者でありながらガクりと膝をついて項垂れる。

 

「リーリエ! リーリエぇぇ……!!」

《これは酷いロト……》

 

 バトルをしている時の彼はまさに神童と言うべき天才少年ムーンなのだが、少しでもリーリエの話を出すとこれである。マジキチ状態のルザミーネに挑んだ勇者の面影はどこにもない。見事なまでの豆腐メンタルを発症していた。

 モンスターボールの中からは彼のポケモンたちが一斉にロトム図鑑へと恨みの眼差しを向けるが、この場合どちらに問題があるかと言えばorz体勢になって涙を流している繊細すぎる彼の心の方なのかもしれない。

 

「か、回復終わりましたよ? 次はニ十戦目になりますが……」

「続ける! 続けます! リーリエのことを吹っ切れるまで、俺は止まんねぇからよ……!」

「そ、そうですか……」

 

 なにこの子こわい……そんな顔をしながら今の鬼気迫るムーンの顔を見た女性の役員が、彼の言葉を受けて次の対戦準備に取り掛かる。

 しかしここで、彼に新しい情報が告げられた。

 

「おめでとうございます! ただ今十九連勝を達成したことで、ムーンさんは「バトルレジェンド」への挑戦権を獲得しました」

「え? バトルレジェンド?」

 

 このバトルツリーでは挑戦者の連勝数に応じて特別なポケモントレーナーとバトルできるようになっているのだと、彼女は語る。

 次が二十連戦目を迎えるムーンはこの時、その「バトルレジェンド」に挑戦する資格を手に入れたのだ。

 伝説(レジェンド)、と言うからにはやはり並のトレーナーとは一線を画す強さを持っているのだろう。ここまでのバトルでは正直言ってあまり手ごたえを感じていなかったムーンとしては、是非とも今度は期待に応えてほしいものだと王者の風格を漂わせていた。

 ロトム図鑑からNGワードを吐かれた直後にしては、何とも変わり身の早い態度である。

 

「いいっすよ。伝説のトレーナーとやらとの勝負、受けて立ちます!」

「よ、よろしいですか? で、ではレッドさん、入場してくださいっ!」

 

 そして彼の挑発的な視線を受けて、ツリーの上からシュバッと何者かが姿を現す。

 目の前の通路ではなく数十メートルの高さがあるツリーの頂上から紐無しバンジーで飛び降りてきたその男は、自らの懐からモンスターボールを取り、無駄にスタイリッシュな「Z」ポーズを決めてムーンの前に立ち塞がった。

 

 漫画であればバァーーン!とでも後ろに擬音がついてそうな姿である。

 

 そんな彼は頭に被っていた帽子のつばを締め直すと、微妙に似合わないTシャツで胸を張りながらムーンの姿を見据えた。

 

「さあ、ゲームの時間だぜ!」

 

 バトルレジェンド――名前は「レッド」。ポケモンリーグの本部、セキエイリーグ殿堂入りトレーナーの一人である。

 ムーンはそんな彼のことを、この施設に入場した時一度だけ見たことがあった。その時は随分無口な人だな……というのがムーンの抱いた第一印象だったのだが、彼もまたバトルになるとテンションが上がるタイプの男なのだろう。

 そう受け取ったムーンは、今しがたド真面目な表情で電気のZポーズを取っている彼のシュールな姿に会釈を返し、自らもモンスターボールを取った。

 

「ども、対戦よろしくお願いします」

「お前もチャンピオンなんだってな。俺はレッド、お互い良いバトルをしようぜ! バトル開始の宣言をしろ! 受付ぇ!」

「は、はいぃ!」

 

 レッドが爽やかな挨拶から流れるように暑苦しい催促を行うと、びくついた役員の女性が右腕を振り上げる。

 特にこれまでそのような宣言はなかったのだが、バトルレジェンド戦になると特別な形式になるのだろう。

 そんなことを思いながらムーンが気を引き締め直すと、役員の女性が審判として二人の間に立ち、高らかに叫んだ。

 

「バトル開始~!」

 

 彼女も緊張していたのだろうか、ちょっと間の抜けたかわいらしい宣言だった。

 それがバトル開始の合図となり、二人のトレーナーが同時にポケモンを繰り出していく。

 

 ――バトルレジェンド の レッドさん が しょうぶ を しかけてきた!▼

 

 レッドが繰り出した戦闘のポケモンはラプラス。乗り物ポケモンの名の通り、人を乗せて海を泳ぐのが大好きな人懐っこいポケモンだ。ムーンもこのアローラではライドポケモンとして幾度となく世話になっている。

 しかし今しがた現れ出たレッドのラプラスは、一目でライドポケモンとの格の違いがわかる圧倒的な威圧感を放っていた。

 トレーナーとしての純粋な技量に重きを置くこのバトルツリーの取り決めでは、レベルの高いポケモンにはレベル50相当の能力になるよう「レベルキャップ」が掛けられている。そのレベルキャップが込みでもレッドのラプラスが放つ迫力は段違いであり、これは想像以上の強敵かもしれないとムーンは唇をつりあげた。

 

 相手が強いほど燃えるのは、これまでの彼をアローラ最強のトレーナーたらしめてきた勝負師の性だった。

 

 そんなムーンが繰り出したポケモンは、これまでの十九連戦と同じカプ・テテフである。

 アローラの守り神の一体であり、その姿がボールから飛び出した瞬間、フィールドは淡い光に包み込まれた。

 特性「サイコメイカー」。地面にいるポケモンのエスパー技の威力を1.5倍に上げ、電光石火や神速と言った先制攻撃を受けつけなくする「サイコフィールド」を展開する、神に恥じない凄まじい能力である。

 それはカプ・テテフを神たらしめる凶悪な特性であり、その特性の恩恵を受けたテテフのサイコキネシスはこれまで多くの相手を一撃で粉砕してきた。

 流石にラプラスほどタフなポケモンが相手では一撃で倒すのは難しいかもしれないが、今のテテフにはエスパータイプの「Zクリスタル」を持たせている為、それさえ余裕で実現することができた。

 

 ラプラスの素早さではカプ・テテフの方が大分速い。余裕を持った先制パンチで出落ちさせてやるのが、すぐさま実行に移ったムーンの判断だった。

 

「テテフ! マキシマムサイ――」

「せんせいのツメの効果を発動!」

「ゑ?」

 

 ヌルヌルした動きで迫真のZ技のポーズを取りながらムーンが指示を送ろうとしたその瞬間、レッドが叫ぶ。

 「せんせいのツメ」……それは20%の確率で発動し、持たせたポケモンに無条件で先制攻撃をさせる道具である。

 ムーンもその道具は道具袋の中に持っているが、このようなバトルの場で採用したことは一度も無い。完全に運任せで安定しない、使いづらい道具と言うのが彼の認識だった。

 それをレッドは今、「発動!」と言ったのだ。

 完全に運任せの筈の道具を、まるで自分の意志で自由自在に操るが如く。

 そしてそれは、彼の言葉通りになった。

 

「きゅいいい!」

「今、ラプラスは∞の素早さを手に入れた!」

「ちょ……」

 

 ラプラスが咆哮を上げると、ラプラスの長い首にペンダントとしてぶら下がっていたせんせいのツメがおもむろにキラリと輝いた。

 その瞬間、ラプラスはカプ・テテフよりも速く行動し、技の体勢に入った。

 

「ラプラスの前にひれ伏せ! 絶対零度!」

 

 ――いちげきひっさつ! カプ・テテフはたおれた▼

 

 

 

 

「……は?」

 

 絶対零度――それはレベルが下回っていない限り無条件で相手を粉砕する、最強の技である。

 この技の前では災害級の伝説ポケモンだろうと容赦なく、確定一発で瀕死にすることができる。

 当たりさえすれば。

 

「焦るなよ、まだゲームは始まったばかりだぜ?」

「……なんて運ゲーだよ、くそっ」

 

 絶対零度を始め一撃必殺技の命中率は極めて低い。

 それもせんせいのツメと絡めた「せんせいのツメ零度」を決める確率ともなれば並大抵のものではなく、何が起きたのかわからないまま瀕死になったカプ・テテフとしてはもはや事故のようなバトルだったと言っていいだろう。

 

「サイコフィールドでもせんせいのツメには対応できないんだな……まあ、滅多にあることじゃない。いけ、コケコ!」

「デュワッ!!」

 

 気を取り直してムーンは二体目の神、カプ・コケコを繰り出す。

 登場と同時に電気技の威力を高めるエレキフィールドが発生し、テテフのサイコフィールドを上書きしていく。

 メレメレ島の守護神たるカプ・コケコの力は、テテフ同様並大抵のポケモンを凌駕し、その上タイプは水タイプのラプラスに強い電気タイプだ。素早さも高く、この対面で負ける要素はないだろう。

 

「無駄だぜ! せんせいのツメの効果を発動!」

「きゅいいいいっ!」

「うそぉん!?」

 

 しかし、レッドが意気揚々と道具の発動を唱えた瞬間、それに呼応するようにせんせいのツメが再び輝きムーンの目がギャグ漫画のように飛び出した。

 レッドが命じたのはまたも一撃必殺「絶対零度」だった。

 

「滅びの絶対零度!」

 

 ――いちげきひっさつ! カプ・コケコはたおれた▼

 

 攻撃は当然のように命中し、アローラの守り神は二体続けて何も出来ずに敗れ去った。

 

「……ジャ、ジャッジー!」

 

 アイツなんか道具にインチキしてね? と、ムーンは抗議の眼差しをこの試合の審判を務める女性に送る。

 当たり前だがせんせいのツメはトレーナーが「発動!」と言えば発動してくれるような便利な代物ではない。そんな都合のいい道具であれば、誰だって採用しているだろう。

 この理不尽なバトルの中でムーンにはあの道具がせんせいのツメの名を借りた全く別の何かか、レッドが何かおかしなことをしているとしか考えられなかったのだ。

 しかし、役員の女性は困った顔で首を横に振る。

 

「不正はありませんよ?」

「むう……」

「フハハハン」

 

 ポケモンに持たせる道具に関しては、規定としてバトル前に入念なチェックが行われている。

 そのチェックを通した上で審判はラプラスが持っている道具は間違いなく「せんせいのツメ」であると言い切り、レッドの不正疑惑を一蹴りする。

 これではなんだか自分が相手の戦いに難癖をつける面倒くさい子供のように思えて、ムーンはそれ以上何も言えなかった。

 

「つよいポケモン、よわいポケモン、そんなのひとのかって」

「……解せぬ……」

 

 なにこれ、と思いながらもムーンはそのままバトルを続行。

 しかし三体目に繰り出した神「カプ・レヒレ」までもがラプラスのせんせいのツメ零度に敗れ、ムーンはトレーナー人生初の敗北をあっさり三タテという形で味わうこととなった。

 

 

 ……確かに、三体の神で挑戦すればバトルツリーなど余裕だろう、と無意識に甘く見ていたところはある。

 

 

 しかしこうも戦略も糞もない負け方をしては、彼にも素直に己の敗北を受け入れることができなかった。

 それ故に、再戦の時は早かった。

 

 

 

 

「おっ、今度は「がんじょう」のポケモンで対策してきたか。だが、俺とポケモンはまだ力を出し切っちゃいないぜ!」

 

 ツリーに再挑戦し、再び十九連勝で勝ち上がったムーンは手持ちを変えてレッドと再戦する。

 どういう理屈かは知らないし納得もできないが、相手が確実にせんせいのツメ零度を決めてくるものと知っていれば対抗策はそこまで難しくはない。

 

 そんなムーンが先頭に繰り出したのは神ではなく、特性「がんじょう」を持つ「ジバコイル」である。

 

 がんじょうは相手の一撃必殺技を無効化する特性であり、かつジバコイルは強力な火力を持つ電気タイプのポケモンだ。

 しかもムーンはこのジバコイルを火力と耐久に特化させたヤバコイルとして育成している為、ラプラスの通常攻撃を受けた後、反撃の「雷」によって一撃で仕留めることができた。

 これでラプラス一体に全滅させられた前回の雪辱を果たしたわけである。

 

「俺はリザードンを召喚するぜ!」

 

 敗れたラプラスを労った後、レッドは二体目のポケモンを繰り出す。

 リザードン――言わずと知れた人気ポケモンである。

 新たな境地「メガシンカ」なるものを二種類も身につけたこのポケモンはあらゆる可能性を秘めており、何より見た目がカッコいい。

 しかし、レッドの出したリザードンにはメガシンカをする為の「メガストーン」が持たされていなかった。

 

「いけ、リザードン! 大文字ッ!」

「っ……! ジバコイル、よくやった。次はお前だ、ギャラドス!」

 

 直前のラプラスの攻撃で事前に体力を削られていたジバコイルは、リザードンの大文字によってあえなく倒されその役割を終える。

 メガストーンを持っていないのが不気味だが、通常のリザードンが相手ならば今の自分の手持ちの脅威にはならないだろうとムーンは判断する。

 そんな彼が繰り出したのは、水タイプの凶悪ポケモン「ギャラドス」である。

 見た目は恐ろしく、その名の通り凶悪な面構えをしているが、ムーンはこのギャラドスというポケモンをそれぞれ異なった育成を施し五体以上育て上げてしまうほどいたく気に入っていた。

 

 強い上に、育成が楽なのだ。

 

 進化前のコイキングはろくな技を覚えないことで有名な情けないポケモンだが、それ故にタマゴ技などの難しい育成論を考える必要が無い。分布もまたそこら中の水辺に生息している為、レアなポケモンとは違い捕まえるのも簡単でお手軽だった。

 ギャラドス自身のステータスもまた万能であり、「いかく」という強力な特性や水、飛行タイプという優秀な耐性を生かした耐久型の育成や、メガシンカや物理攻撃エースを意識したオーソドックスな育成、さらには相手の意表を突く変態型の育成やヤャラドス型など多くの育成が捗り、育成マニアのムーンとしては常に新しい育成論が浮かぶ最高の素材だった。

 そのぐらい、ムーンはギャラドスというポケモンが好きだったのだ。色違いのビジュアルもカッコいい。

 

「普通のリザードンにギャラドスへの決定打はない! 龍の舞を積ませてもらう!」

 

 ギャラドスへ命じる初手として、ムーンは「龍の舞」を選択する。

 攻撃力と素早さを同時に引き上げるこの技を駆使し、相手のポケモンを強引に突破していく。このバトルに繰り出したムーンのギャラドスは、ギャラドスの育成論の中では彼の中で最もポピュラーな「物理エース型」だった。

 特性「いかく」と優秀な複合タイプによってこの「龍の舞」を安定して積める点もまた、彼がギャラドスを気に入っている理由の一つである。

 特に炎、飛行タイプのリザードンではギャラドスに対して舞の隙を突ける有効打はない。

 レッドからしてみれば、ポケモンを交代するぐらいしか手はないだろうとムーンは踏んでいた。

 

 しかし、対戦相手のレッドは不敵に笑む。

 

「それはどうかな? リザードン、日本晴れだ!」

 

 瞬間、彼らを取り巻くバトルフィールドが一瞬にして熱帯へと姿を変える。

 炎タイプの技の威力を高め、水タイプの技の威力を弱める天候変化の技「日本晴れ」。

 なるほど確かにそれなら圧倒的に相性が不利なリザードンでもギャラドスに対抗できるかもしれない。

 しかし既に龍の舞を積み終わったムーンのギャラドスにとって、その程度は大した障害にもならなかった。

 

「仕留めろ、ギャラドス! 滝登り!」

 

 攻撃力と素早さを高めたギャラドスが咆哮を上げて突撃し、リザードンへと飛び掛かっていく。

 日本晴れの天候によって威力を弱められても、効果は抜群だ。ドラゴンタイプでもない通常のリザードンが相手ならば、このまま力押しで十分だとムーンは判断していた。

 しかし、そんな彼の計算をレッドが超越する!

 

「俺はここでひかりのこなの効果を発動するぜ! この道具は、相手のポケモンの命中率をダウンさせる! お前のポケモンの攻撃は当たらないぜ!」

「なんだと!?」

 

 ギャラドスの滝登りがリザードンを捉えるかと思われた瞬間、突如としてリザードンの周囲に巻き上がった光の粒がギャラドスの目を攪乱し、その攻撃を空振りにせしめたのだ。

 ひかりのこな――持たせたポケモンに攻撃するポケモンの技の命中率を0.9倍にする道具だ。

 常時効果が発動する種類の道具である分、せんせいのツメに比べればまだ安定性はあるが、それでも実際のバトルで役に立つケースは低く、ムーンは自らのバトルで採用したことはない。

 そんなひかりのこなの効果によって、レッドのリザードンは本来命中率100%である筈の滝登りの回避に成功したのである。

 日頃のバトルでも命中率90%の技は妙に外れやすい気がするので、先のせんせいのツメ零度ほどの不条理感はないが……ムーンにとっては面白くない展開だった。

 

「どうなってんのよ……!」

《最強トレーナーにとっては全てが必然ロトね。こんなポケモンバトル、初めて見るロト》

 

 今なんかレッドの命令に応じてひかりのこなが眩く輝いた気がしたが、この際もうそういうものなのだとして納得するしかない。

 このトレーナーは何か、持たせた道具を自由自在に発動させる天性の剛運みたいなものを持っているのだろう。

 ムーンとしては今までに出会ったことがないタイプのポケモントレーナーだった。

 これがカントー地方の、セキエイリーグ殿堂入りトレーナーの実力……! あまりのやりたい放題ぶりにムーンは苛立ちを浮かべた。

 

「どうしたムーン? 俺のリザードンはまだ生き残っているぞ」

 

 フハハハン、と語尾に☆マークがついてそうな笑みを浮かべてムーンを煽るレッド。

 そんな彼のリザードンが、ギャラドスへと反撃に移った。

 

「いくぜリザードン! ソーラービームッ!!」

 

 日本晴れ状態故にノーチャージで放つことができる草タイプ最大級の技、「ソーラービーム」がギャラドスを襲う。

 だが、等倍のタイプ不一致技である為にまだ大したダメージには至らない。

 持ち堪えたギャラドスは再度滝登りを放つと、今度こそリザードンを仕留めに掛かった。

 

 ――だが、ギャラドスの攻撃がリザードンに当たることはなかった。

 

「道具効果発動! ひかりのこな!」

「待てコラ」

 

 ひかりのこなの効果を受けた滝登りの命中率は90%。確かに90%の命中率というものは妙に外す印象があるが、それでも二回連続で外すことなど滅多にあるものではない。

 

 まさか……と、ムーンの脳裏にせんせいのツメ零度の悪夢が蘇った。

 

「無駄だぜムーン! ソーラービーム!」

 

 滝登りを避けられた後、反撃のソーラービームが襲い掛かる。

 滝登りを避けられた後、反撃のソーラービームが襲い掛かる。

 その現象はもはや二回連続に収まらず、三回以上にも及んだ。

 二発までは耐えてみせたギャラドスも、何度も同じ技を受ければとうとう身体が持たず瀕死に崩れ落ちることとなる。

 

「これがひかりのこなとソーラービームを合わせた、回避率∞の無限ループ!」

 

 ねえよそんな効果。

 ムーンのツッコミも虚しく、結局レッドへの再戦はこのリザードンを突破することができないまま全滅することとなった。

 ムーンは三体目のポケモンに彼の手持ちにて最強のポケモン「ミミッキュ」を繰り出し、必中のZ技で仕留めに掛かったのだが、レッドのリザードンはどういうわけか「エアスラッシュ」による怯み効果を延々と発動し「ずっと俺のターン!」とばかりにムーンの切り札を封殺したのである。

 

「これでどうやって戦えばいいんだ……」

 

 このバトルツリーでは、確かにしばらくリーリエのことを忘れられる機会が訪れたと言えるだろう。

 しかし、人生初の敗北から立て続けに喫したこの二連敗。

 それはポケモンバトルの中で、天才少年ムーンが初めて味わった挫折だった。

 

 

 






 ツリークオリティーは心を傷めるぜ☆


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中編

 主人公「ポケモンは拾った」って感じに、拾ったポケモン(孵化厳選漏れ・性格不一致個体)だけでパーティメンバーを構成してガチ勢と戦うポケモン小説とかすごい面白そう。
 私には難易度が高すぎて書けませんが。


 

 

「なぜ負けたのかわかるか? それはお前がポケモンたちへの信頼と愛情を忘れているからだ」

 

 レッドに二回目の敗北を喫したムーンに向かって、彼らの試合を観戦していた男が厳しい口調で指摘する。

 男の名はグリーン。カントー地方出身のポケモントレーナーであり、レッドの幼馴染でもある男だ。さらにレッドと同じくセキエイリーグ殿堂入りトレーナーの一人であり、現在はジムリーダーを務めているイケメンだった。

 そんな彼はリーグチャンピオンの先立ちとして、ムーンを導くように彼のバトルを酷評する。しかしその言葉はいずれも、今のムーンにとっては解せないものだった。

 

「いや、どう考えてもそれは関係ないでしょう。なんですかあれ? 確率論仕事してください」

「フッ……確率などと言うちんけな数字に囚われているから駄目なんだ。それではどんなに頑張ってもトップには立てんぞ」

「えぇ……」

 

 二度も続いた敗北の原因はポケモンたちへの信頼や愛情とは一切関係ないと思うのだが、グリーンから見れば関係大ありらしい。

 正直言って彼の意見は納得できなかったが、相手は天下のセキエイリーグ殿堂入りトレーナーである。

 忠告として小耳に挟んでおく程度には、ムーンはこの男のことを尊敬していたし評価もしていた。

 ……が、しかし、彼の言うことにはやはり納得できない。どう考えてもアレはそういう次元のバトルではなかったではないかと。

 そんなムーンの心情を見透かしたように、グリーンが嘲笑を浮かべる。

 

「一つ言っておくぜ。アイツに勝つ為には雑念を捨てろ。それどころか雑念と向き合うこともしない今のお前は、戦いに怯えた負け犬だ!」

「ま……っ、負け犬だと!?」

「ああ、負け犬だ。チャンプである俺たちがトレーナーの精神状態を見抜けないとでも思ったか?」

「……! チャンピオンだからか……」

「そうだ! チャンプだからだ!」

 

 彼は見抜いていたのだ。ムーンの心に未だ燻る感情を……雑念を。

 それは、リーリエとの別れによって傷つき、その痛みを忘れる為に戦っていた不純な感情である。

 ジムリーダーともなればその心を見抜くことは容易いものだと、グリーンは当然のように言い捨てる。

 

「目の前のバトルに集中もできない半端者では、アイツはおろかこの俺にも勝てはせん!」

「っ、言ってくれるじゃないですか! それがどうか試してみるか!?」

 

 精神状態が不安定だった上に元来気の長くないムーンは、その言葉にカッと熱くなり、目上の相手だということも忘れて食ってかかる。

 人は図星を突かれた時ほど、動揺を隠せないものだ。いかにムーンが完成されたポケモントレーナーであろうと、そこはやはり十一歳の子供。行き場のない感情を冷静に処理することはできなかった。

 

 そんな彼は、グリーンへの反発心から売り言葉に買い言葉で野良バトルを行うこととなった。

 

 

 ルールはバトルツリーと同じ三対三のシングルバトルだった。

 

 しかし、そのバトルは儚くもムーンにとって、今しがた言い放たれたグリーンの発言を決定づける結果となった。

 

 

 

 

「そんな……馬鹿な……!?」

「それ見たことか! どんなにポケモンを強く鍛え上げようが、一方通行の信頼関係では話にならん! やめだやめだ! これ以上は時間の無駄だ。バイビー!」

 

 結果は最後まで続ける価値なしとばかりに切り捨てられた、バトル中止である。

 事実、これ以上続けてもムーンのポケモンが傷つくばかりだっただろう。それほどまでに、圧倒的な内容だったのだ。

 

 ――ムーンはグリーンの先頭であるピジョットに、1ダメージも与えられないまま二体のポケモンを倒されたのである。メガシンカも使っていない、普通のピジョットを相手に。

 

 決まり手は「すなかけ」である。野生のポッポでも覚えているその技を受けたムーンのポケモンたちは、先のレッド戦の再現のように一発も攻撃を当てることができずに敗れ去ったのである。

 

「馬鹿な……っ、そんな、馬鹿な……」

《ムーン……》

 

 それは、彼にとってはありえないことだった。

 まるで天運に見捨てられたように確率論が息をしていない。こんなことは、もちろん初めてである。

 考えられない実質的な敗北を前に、ムーンは愕然と項垂れるばかりだった。

 

『なぜ負けたのかわかるか? それはお前がポケモンたちへの信頼と愛情を忘れているからだ』

 

 グリーンから告げられた言葉が、ムーンの脳内に絶えず響き渡る。

 全くの的外れだと受け取っていたその言葉が、本当に的外れだったのか……今のムーンには、それがわからなくなっていた。

 

 

 しかし、バトル中の自分の心に雑念があったという事実だけは、認めざるを得なかった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実質的な三連敗。かつてない経験に打ちのめされたムーンは、その後数日間バトルから一旦距離を置くことにした。

 趣味のケンタロスライドでポニ島の道路を疾走しながら、ムーンは頬に当たる冷たい風でその頭を冷やす。

 

(敵わなかった……何一つあの人たちに)

 

 屈辱的な敗北だった。

 レッド戦の敗北は今でも正直意味不明だが、グリーンとの野良バトルに関しては完全に頭に血が上っていたが故のムーンの失態だった。

 ポケモンたちが悪いのではない。前回の敗北は自らのミスだと振り返れるほどには、数日経って彼にも冷静さが戻っていた。

 

 

 ――だが、このままで終わるつもりはない。

 

 

 寧ろムーンは、かつてない強敵との出会いに打ち震えてすらいる。このアローラではもはや敵なしというレベルにまで昇りつめたムーンだが、世界にはまだまだ上があることがわかったのだ。

 

(正直、ワクワクしている……こんな気持ちになったのは、随分久しぶりかもな)

 

 ケンタロスに乗って山道を走りながら、ムーンは自らの心に蘇った懐かしい感覚に笑みを浮かべる。

 

 アローラ初のポケモンリーグチャンピオンにムーンはなった。その立場に慢心していたつもりはなかったが、驕りがあったこともまた事実だった。

 今までと同じやり方を続けていれば、いつかは世界最強すら目指せる気でいた。

 そんな時に出会ったのが、あのレッドとグリーンだ。

 ポケモントレーナーとして自分には、まだまだ上があることを知った。

 ならばどうする?

 決まっている……

 

「リーリエ……」

 

 向き合わなければならないのだろう。

 この心にくすぶり続ける雑念と。

 心の痛みを。

 

(俺は、あの子の笑顔を見たかった……その為に強くなろうとしたし、チャンピオンにもなった。ルザミーネさんやウルトラビーストとだって戦えた)

 

 天才トレーナー・ムーンがここまで強くなる最初のきっかけは、リーリエという少女との出会いだった。

 

 ――ぶっちゃけ一目惚れだった。

 

 その気持ち、まさしく愛だった。

 旅に出た当初は正直言ってここまでトレーナーとしての強さを求める気はなかったし、ハウ少年のようにポケモンたちとの出会いを楽しめればそれでいいという感覚だったのだ。

 それが旅の中でリーリエと出会い、共に行動することで次第に変わっていった。

 多くの危険が彼女と「ほしぐも」ちゃんを襲ったが為に、そんな彼女らのことを守る為にムーンは誰よりも強くなることを望んだ。

 誰にも負けたくないと。彼女の騎士のように。

 ムーンの強さの裏には、常に守りたいと思った彼女への恋心があったのだ。

 そのきっかけは、動機として不純ではあるのだろう。しかしそれこそが、ムーンにとっての原点だった。

 

「無様だな……」

 

 こんな姿、あの子には見せられないな。そう思い、ムーンは自嘲の笑みを浮かべる。

 初恋の少女の為に強くなった筈が、その少女には結局気持ちを伝えられないまま遠くへ逃げられてしまった。

 仕舞いにはこの始末。実に空虚な人生だ。

 アローラチャンピオンともあろうものが、ムーンにとって本当に欲しかったものは何一つ手に入れられなかったのである。

 

 彼女と別れることになって、一体自分が何の為に戦ってきたのか……正直言って、わからなくなっている。

 

 そんな自分から逃れる為に、ムーンは修羅のように激しいバトルを求めてきたのだが……その程度の心では、より強いトレーナー達の前には通用しないようだ。

 

 ……さて、どうしたものか。

 

 見晴らしの良い山の高台でケンタロスに停まってもらうと、ムーンは休憩がてら自らの手持ちポケモンたちをボールから解放し、バトルとは関係ないところでゆっくりと羽を伸ばしてもらった。

 

 ガオガエン。

 クワガノン。

 ギャラドス。

 ルガルガン(昼)。

 ジャラランガ。

 

 そして――ルナアーラ。

 

 その六匹はムーンがポケモンリーグを制覇した時のメンバーであり、共に島巡りを行った仲間たちだった。

 いずれも今ほど育成のノウハウを持っていなかった頃の手持ちポケモンであり、前回バトルツリーに挑戦した顔ぶれと比べれば幾分能力は劣っている。

 しかしムーンにとって彼らは誰もが特別なポケモンたちであり、大切な仲間だった。

 

「悪いなほしぐもちゃん……俺、三回も負けちまった……」

「るー?」

 

 ここのところ旅に連れていなかった彼らを外でリフレッシュさせながら、ムーンはルナアーラに話しかける。

 ルナアーラ――ニックネームは「ほしぐも」。彼の初恋であり親友リーリエから託された、絆のポケモンだった。

 残念ながらその高すぎる能力故にバトルツリーでは参戦を認められていないルナアーラだが、ムーンにとってはいつまでも変わらない無二の友だった。

 

 そんな友の前で、ムーンは懺悔の言葉を吐く。

 

「あの子の為に絶対に負けないって誓ったのに、ああもいいようにやられるなんてな……自分が情けないよ、俺は」

「るー……るー!」

「はは、なんだよ? 励ましてくれるのか?」

 

 誰よりも彼女と共に居たルナアーラにとって、彼女のことでいつまでも落ち込んでいる今のムーンの姿は見るに堪えなかったのだろう。

 しかしそれでも、彼はムーンのことを見限らず自らのトレーナーとして受け入れてくれていた。

 そしてそれは、ルナアーラだけではない。

 

「お前らも……」

「ガオ」

 

 ガオガエンたちもまた、ムーンの心を励ますように寄り添ってくれたのだ。

 みんな進化して随分たくましくなってしまったが、主思いの健気な姿は出会った頃と何一つ変わっていない。

 ただ一人、ムーンだけが変わってしまったのかもしれない。

 そのことを気づかせてくれた彼らに、ムーンは潤んだ目で言い放った。

 

「……ありがとな」

 

 ポケモンへの信頼と愛情が足りていない。

 ――確かに、そうだったのかもしれない。ムーンにとって今までの戦いは全てリーリエの為にあり、その次がポケモンたちの為にあった。

 確かにポケモンのことを大事には思っていたが、ムーンにとっての一番ではなかったのだ。だからいつまで経っても雑念がなくならず、グリーンに見抜かれ指摘された。

 

「向き合わなきゃいけなかったんだ……心の痛みから、逃げるんじゃなくて」

《久しぶりにいい顔になったロトね。世話が焼けるムーンだロト》

「言うなよロトム。だが、お前にも気を遣わせて……いや、お前には気を遣われてなかったな!」

《酷いロト! ロトムも心配していたロト!》

「ははは、冗談だよ」

 

 今ここにいない他のポケモンたちも同じで、皆が今のムーンを気遣ってくれている。

 そう、ポケモンはデータではない。皆、生きているのだ。

 だからこそ感情があり、時にはボタンを掛け違えることもある。それは島の守り神たるカプたちも同じなのだろう。

 雑念があったのはムーンだけではなく、ムーンを思うポケモンたちもまた同じだったのだ。だから些細な確率変化などに踊らされ、あのような敗北を喫してしまったのだと、ムーンは思うことにする。

 結局、余計な気を遣わせて本来のポテンシャルを引き出せてあげられない自分のせいだった。

 

「心配かけて悪かった。もう大丈夫だ!」

 

 ムーンは久しぶりに歳相応な曇りのない笑顔を浮かべながら、彼らに言い放つ。

 リーリエのことは今でも悲しいが、それでももう引き摺ってはいられない。

 この痛みを忘れることはできないが、信じて受け止めることにしたのだ。

 ポケモンバトルでの敗北と同じように、自らの人生におけるかけがえのない財産として。

 

 ――そして天才トレーナー・ムーンは、一つ大人の階段を上った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、ムーンの姿は再びバトルツリーにあった。

 こともなげに十九連勝を達成した彼は、バトルレジェンドのレッドと三度目の会遇を果たす。

 

「やはり来たかムーン! 待っていたぜ」

「ええ、今日こそ貴方に勝ちます!」

 

 彼が再び挑戦することを心待ちにしていたのか、堂々たる佇まいで現れたレッドはムーンの顔つきを見てさらに闘気の笑みを深める。

 前回までのムーンとは明らかに変わった雰囲気を、その目に読み取ったのだろう。レッドは彼とのバトルを快く引き受けた。

 

「いいぜ! お前の持ちうる最高の戦術で挑んできな! バトル開始の宣言をしろ! 受付ぇ!」

「はい! バトル開始ー!」

 

 三度目ともなれば役員の女性の対応も慣れたものであり、今ここにムーンの挑戦が始まった。

 

 

「いけ、ラプラス!」

「暴れてやれ、クワガノン!」

 

 両者共に一体目のポケモンを繰り出す。

 レッドのポケモンは以前までと同様ラプラスであったが、ムーンのポケモンは大きなハサミ型の顎を持つくわがたポケモンクワガノン。リーグチャンピオンになった後はしばらく実戦から遠ざかっていた、ムーンが育てた初期メンバーの一員だった。

 そんなクワガノンは特に性格や個体値など気にすることなく、島巡りを初めて間もない頃の彼が初めて捕まえたポケモンでもある。

 アゴジムシからデンヂムシへ進化させた後、クワガノンへの進化方法がわからずうっかりレベル60になるまでデンヂムシ時代を過ごさせてしまったのは今となってはいい思い出だ。

 そんなクワガノンがフィールドに現れると、彼はまるで主人からの命令を最初からわかっているかのように動き出した。

 

 ――しかし、それよりも速くラプラスの爪が光る。

 

「せんせいのツメを発動! 絶対零度!」

 

 当然のようにせんせいのツメを発動させたラプラスが、これまた当然のように直撃コースで一撃必殺技を放つ。

 もはやお馴染みとなったレッドのラプラスが繰り出す瞬殺のコンボに対して――今度のムーンは動じなかった。

 

 ――瞬間、クワガノンのいたフィールドが絶対零度の冷気に襲われる。

 

 ジバコイルのように特性が「がんじょう」でもないクワガノンでは、何もしなければその攻撃になすすべもなく倒れていたところだろう。

 しかし白煙が晴れた時、そこには自らの健在をけたたましい鳴き声でアピールする無傷のクワガノンの姿があった。

 

「俺のクワガノンは防御技「まもる」を発動していた!」

 

 ムーンは事前にレッドがせんせいのツメ零度を発動することを計算に入れた上で、せんせいのツメよりも優先度の高い「まもる」を命令していたのである。

 「まもる」はZ技や「フェイント」等の技以外、あらゆる攻撃をノーダメージで防ぐことができる万能な防御技だ。

 この技ならば先んじて絶対零度を防ぐことができる為、ムーンはこの戦いの為だけに技マシンで覚えさせていた。

 

「防いだか……だが俺のラプラスは何度でもせんせいのツメを発動するぜ! さあ、次はどう出るムーン!?」

 

 初撃を防がれることは想定の範囲内だと言った様子のレッドが、期待を込めた眼差しでムーンに問い掛ける。

 確かにまもるであればラプラスのせんせいのツメ零度を凌ぐことができるが、いつまでも続けられるものではない。まもるは連続で使用すればするほど失敗しやすくなる一時しのぎの技だ。このバトルで絶対零度の技ポイントを0にすることもまた、現実的な対抗策とは言い難かった。

 しかし。

 今のムーンの心に、レッドの理不尽戦術への動揺はなかった。

 

「俺はもう迷わない……俺を信じてくれるコイツらがいる限り、見果てぬ先まで続く戦いのロードが待っている!」

 

 彼は、思い出したのだ。

 確率や能力値、完璧な育成理論ではない。

 もっと根本的な、ポケモンバトルに対する重要な心構えを。

 ただ純粋な心のままに目の前のポケモンバトルを楽しもうとする初心を――彼は取り戻したのである。

 

「今わかった……なぜリーリエと別れることになったのか……それは俺たちの絆を確かめ合う為! 巡り会った仲間ともう一度出会う為だ!」

 

 今の彼の心に、雑念はない。

 この胸にあるのは目の前のバトルを純粋に楽しみ、そして最強のライバルを倒すことだけだ。

 リーグチャンピオンとなったムーンは、本当の意味でチャレンジャーとなってレッドに挑む!

 

「俺は信じるぜ! 今もこれからも! リーリエやポケモンたちと歩んでいく未来のビジョンを!」

 

 そして彼は、このバトルに登録していたものではないモンスターボールの中から一体のポケモンを繰り出す。

 クラゲのような姿でフワフワと宙に漂う新種の存在――ウルトラビースト「ウツロイド」。どこか彼の想い人に似たシルエットを持つそのポケモンは、何かを求めるようにムーンの前に降り立った。

 

「本当の力を見せてやる!」

「なに?」

 

 そして、ムーンは走り出す。その足で!

 何も恐れずにフィールドを駆け抜けていくムーンと並走していくように、ウツロイドもまた全力で疾走した。

 

「いくぞ、ウツロイド!」

「ポポポポ」

 

 跳躍――ッ!

 全速前進の加速を入れて跳び上がったムーンの姿に、折り重なっていくようにウツロイドが密着していく。

 そしてムーンの上半身が透き通ったウツロイドの頭部に埋まるように吸収されていき、一人と一匹は今、一つの存在へと生まれ変わった。

 

「はあっ!」

 

 ――合体完了――。

 

 ウツロイドとその身を一つにしたムーンはこちらを呆然と見上げるラプラスとクワガノン、そして役員の女性の姿を見下ろしながらカッコいいポーズを決めた。

 

「見ろ! これがポケモンバトルの最終進化形態だ!」

 

 常識を超越するレッドのバトルに対抗するには、常識に囚われていては駄目だ。

 そう考えたムーンが辿り着いたのが、かつてリーリエの母ルザミーネが至ったこの姿だった。

 ウルトラビースト「ウツロイド」との合体。それが彼のたどり着いた未来への答えである。

 ムーンのその姿から、尋常ならざる覚悟の程を読み取ったのだろう。バトルレジェンドのレッドが、喜悦の笑みを浮かべて対峙する。

 

「面白い……それがお前の本当の姿か!」

「いくぞ! レッドさん!」

「来い! ムーン!」

 

 ここからが本当の勝負ッ!

 チャンピオン同士による新次元のポケモンバトルを前に、審判を務める役員の女性が切実なる思いを胸に一人呟いた。

 

「……なに、これ……」

 

 二人の戦いは続く。

 続くったら、続く――。

 

 



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後編

 ウツロイドとの合体――それはポケモンバトル界隈に吹き込んだ新たなる風だった。

 まるでリーリエと共に旅をしていた頃のような優しい心地に包み込まれながら、ウツロイドと合体したムーンはクリアになった思考で目の前のバトルに集中する。

 どんな相手であろうと負ける気がしない。負ける筈がないのだ。

 ポケモンたちの魂が集っている、この姿なら!

 

「いくぞクワガノン! ラプラスに攻撃!」

「だがせんせいのツメを凌ぐ素早さはない! ラプラスの絶対零度を受けろ!」

 

 せんせいのツメが煌いたレッドのラプラスが一瞬にして次の動作に移り、絶対零度を発動する。

 しかし、いかにレッドが鍛え上げたポケモンと言えど、目の前でなんかとんでもないことをやらかしたムーンの姿はラプラスの目には相当ショッキングに映っていたに違いない。

 即座に気を取り直したのは流石であったが、その動作は最初に放った絶対零度よりも僅かに乱れていた。

 そしてその乱れが、クワガノンに一抹の勝機を与える。

 これまで必中の精度を誇っていた絶対零度の狙いが、ほんの僅かにズレたのである。

 

「なに!?」

「これが俺たちの絆パワーだ! オーラエナジーMAX!」

 

 ラプラスの絶対零度は初めて目標から外れることになり、その瞬間、クワガノンの身体を得体の知れないオーラが包んだ。

 それはウツロイドと合体したルザミーネのポケモンも放っていた、ウルトラビーストが発する特殊なエネルギーの表出だった。

 

「雷ッ!!」

 

 そして、迸る電気タイプ最大級の一撃がラプラスを襲う。

 ウルトラオーラの力によってパワーアップしたクワガノンの攻撃は、通常時よりもやや高まっているように見えた。

 効果抜群でその攻撃を身に受けたラプラスは、相手の力を讃えるような美しい鳴き声を上げた後、笑みを浮かべながらその場に倒れ伏した。

 

「ラ、ラプラス、戦闘不能!」

「ラプラス、悪いな……だがお前の犠牲は無駄にしないぜ!」

 

 審判がラプラスの瀕死を告げると、レッドが帽子のつばを締め直しながら頬を緩める。

 それは想像以上の進化を遂げた後輩の成長に対して、喜んでいる様子であった。

 しかしその表情は、すぐに戦いに赴く戦士のものとなる。

 

「大した奴だぜムーン……ならコイツはどうする? 出でよ! リザードン!」

「ドォン!!」

 

 続く二体目のポケモンは、二戦目の時と同じリザードンだった。

 前回は彼が持つひかりのこなに翻弄され、ムーンのポケモンは一撃もダメージを与えられずに全滅することになった。

 しかし、二度も同じ手に掛かるつもりはない。

 

「クワガノン、続けていくぞ!」

「ジジジ……ッ」

 

 クワガノンの素早さは低く、リザードンから先手を奪うことはできない。

 そして虫タイプのクワガノンに対して、リザードンは炎タイプだ。おそらくは一撃でその体力を奪いに掛かるだろう。

 しかし、ムーンはあえてポケモンの交代は行わず、クワガノンをそのまま続投させた。

 何故ならばクワガノンは虫タイプであっても、飛行タイプであるリザードンの弱点を突ける電気タイプでもあるからだ。

 一撃を与えれば勝つことができるのは、こちらも同じ。そしてその一撃を与える為の手段が、今のクワガノンには備わっていた。

 

 ――それがクワガノンに持たせている道具、「きあいのタスキ」である。

 

 体力が全快の時、持たせたポケモンの体力を一度だけ瀕死寸前で持ち堪えさせるこの道具の効果によって、先手を奪ったリザードンの炎技を耐え抜く。

 その後で、リザードンに対して電気技で反撃するのだ。

 ひかりのこなへの対策には、必中技「電撃波」を覚えさせている。クワガノンの火力ならば、10万ボルトや雷ほどの威力は無いにせよその一撃でリザードンを倒す可能性は十分にあった。

 

 しかし、そこでムーンは見通しを誤った。

 

 それはリザードンの持ち物が「ひかりのこな」であることが前提の上での対策だったのだが、今のリザードンが持っていた道具は全く別のものだったのだ。

 

「いくぜリザードン! 蒼き炎が、龍の鼓動を呼び起こす! 未来への希望を照らし明日を切り拓け!」

「何ッ!?」

 

 レッドが右腕を掲げると、その腕に巻いていたシルバーが眩い光を放つ。

 あれは……メガバングル!? それに気づいたムーンはその時、リザードンの腕にもまたシルバーが巻かれていることに気づいた。

 それはメガストーン――リザードナイトXだった。

 

「メガシンカ! 現れろ、メガリザードンX!!」

 

 無駄に仰々しい詠唱を経て、黒き龍へと姿を変えたリザードンが姿を現す。

 メガリザードンX――飛行タイプを捨てて、ドラゴンタイプとなったリザードンの究極形態だった。

 

「メガシンカ……!」

「ムーン! お前がツメラプラス、こなリザードンを突破してくることは読んでいた! だから俺は、俺たちも今度は本気でお前のポケモンを迎え撃つぜ!」

「……それは、光栄です……!」

 

 今回のリザードンはひかりのこなを持たせておらず、メガストーンを持たせていたのだ。

 せっかくの対策を無駄にされたことでムーンの計算は破綻することとなったが、それでも一筋の汗を垂らすムーンの顔には闘気の笑みが浮かんでいた。

 とんでもない強敵を前にして、トレーナーとしての本能が喜びの声を上げているのだ。それが身体中のアドレナリンをかき乱し、血液を沸騰させる!

 その昂ぶりは、到底抑えられそうになかった。

 

「いくぜメガリザードン! フレアドライブッ!」

「っ、クワガノン! 電磁波だ!」

 

 メガリザードンXが先手を奪い、炎の物理攻撃最強の一撃がクワガノンの体力を一気に削っていく。

 しかし持ち物「きあいのタスキ」の効果によって瀕死寸前で持ち堪えることができたクワガノンは、返す電磁波の一撃でリザードンを麻痺させることに成功した。

 ドラゴンタイプとなったメガリザードンXに電気タイプの技は今一つ。炎タイプでもある以上、元から虫タイプの技はほとんど通用しない。

 故にムーンは、後に続くポケモンたちの為に状態異常を与えることを選んだのだ。

 

「とどめだ! ドラゴンクロ―!」

「クワガノン……!」

 

 麻痺状態となり素早さが半減したメガリザードンXだが、それでも素のクワガノンよりも素早さは僅かに上回っている。

 瀕死寸前状態だったクワガノンはとどめの一撃を受けるとあえなく戦闘不能となり、ウツロイドと合体したムーンもまた一体目のポケモンを失うこととなった。

 

「よくやったクワガノン! お前の打った布石、無駄にはしない! いけ、ルガルガン! お前に決めた!」

「クゥーン!」

 

 ラプラスを倒した上、続くリザードンを麻痺状態にさせたのだ。

 先鋒の役目は十二分に果たしたと言えるクワガノンに労いの言葉を掛けてボールに戻すと、ウツロイドと合体したムーンは二体目のポケモン「ルガルガン(まひるのすがた)」を繰り出す。

 性別は雌。彼女もまたムーンと共に島巡りをした初期メンバーの一体だった。

 

「いくぞレッドさん! これが俺たちの力だ!」

「来い! 全力で受け止めてやる!」

 

 クワガノンが電磁波を喰らわせてくれたおかげで、ルガルガンは余裕を持ってリザードンから先手を奪うことができた。

 そしてその一撃に、ウツロイドと合体したムーンは全ての力を注ぎ込んだ。

 

「Zパワー発動! 見よ! これがアローラ、王者の舞だ!」

「なにッ!? 王者の舞だと!?」

 

 王者の鼓動が今ここに烈を成す!

 ウツロイドと合体したムーンはその身体でマッスルポーズを取り、ルガルガンに持たせたZクリスタルにソウルエナジーを注ぎ込む。

 メガリザードンXは多彩な技範囲と高火力良耐性を併せ持つ、メガシンカポケモンの中でも特に強力な力を持つポケモンだ。

 場に残しては危険。故に、一撃で仕留める必要があった。

 このアローラに古くから伝わる力、Zクリスタルが生み出すZ技ならばそれが可能である。

 故にウツロイドと合体したムーンは虎の子の一撃を、この場で放つことに迷いはなかった。

 

「ワールズエンドフォォォールッッ!!」

 

 ルガルガンが渾身の力を解放し、隕石のような巨岩が落下してくる。

 岩タイプのZ技、ワールズエンドフォール。どれもこれも命中率の低い技ばかりの岩タイプの技の中で、最も安定かつ強力な威力を誇る魂の一撃。

 その力はメガシンカの力を得たメガリザードンXさえも押し潰し、効果抜群のダメージでその体力を全て奪い尽くしていった。

 

「……すげぇよ、ムーン」

 

 メガシンカの状態が解かれ、戦闘不能になったリザードンをボールに戻すレッド。

 彼が真っ先に紡ぎ出したのは、本気を出したリザードンさえ見事に突破してみせたムーンへの賞賛だった。

 

 これで二対一。残すレッドのポケモンは一体のみとなり、ウツロイドと合体したムーンは遂にバトルレジェンドを追い詰めたのである。

 

 しかしウツロイドと合体したムーンの表情に油断はなく、追い詰められたレッドの顔にも焦りはなかった。

 ただ静かに、ムーンは最後のポケモンの登場を待ち構える。

 

「俺はお前と出会えたことを感謝するぜ! このアローラに来て本当に良かったと!」

「……俺も、あんたみたいなトレーナーと戦えて嬉しいです。こんなに楽しくて、滅茶苦茶なバトルを、ずっと待っていたのかもしれない」

「ああ! 本当にポケモンバトルは最高だな!」

 

 お互いの技量を称え合い、ウツロイドと合体したムーンとレッドはこの出会いに感謝する。

 知略と精神を張り巡らせたギリギリのバトルの中で、二人は分かり合えたのだ。

 これが純粋な心でポケモンバトルをするということ。

 今この瞬間、ウツロイドと合体したムーンはポケモンバトルが楽しくて仕方が無かった。

 そんなムーンの前で、レッドは三つ目のモンスターボールを解き放った。

 

「だが、この勝負は俺が貰う! 出でよ、ピカチュウ!」

 

 ボールの中から現れたのは、赤いほっぺと愛くるしい円らな瞳、黄色い体毛が特徴的なネズミポケモン「ピカチュウ」だった。

 おそらくこの世界で最も人気なポケモンであるその登場に、この試合の審判を務める女性役員から黄色い声援が上がった。

 

「きゃあああ! ピカ様キター!」

「ピ~カピ~カ、チュウー!」

 

 恐るべきはその女性人気である。

 この白熱したバトルに登場した可愛らしいポケモンの姿に喜ぶ彼女に、ファンサービス精神旺盛なレッドのピカチュウはピカピカと右手を振る。

 しかし次の瞬間にはキッとルガルガンの姿を見据え、身体中から黄金色の光と青白いスパークをバチバチと撒き散らしていった。

 ピカチュウとしては考えられない、ただならぬ威圧感。超戦士ピカチュウとも言える威容である。

 その可愛らしくも恐ろしい姿に、ウツロイドと合体したムーンは改めて口元を引き締め直した。

 

「これが俺の切り札にして最強のポケモン! ピカチュウ!」

「ピッピカチュウ!」

 

 セキエイリーグ殿堂入りトレーナー・レッドの切り札、それがこのピカチュウである。

 ピカチュウの額にはハチマキが巻かれており、その時点でウツロイドと合体したムーンはこの敵もまた自分の常識が通じない相手であることを察した。

 

「あれが……レッドさんのエースポケモン……!」 

 

 最強の手持ちはメガリザードンXではなかったのだろう。

 そんな彼の最後の敵を前に、ウツロイドと合体したムーンは即座に総力を挙げて挑み掛かる戦術を選んだ。

 

「ルガルガン、岩石封じだ!」

 

 この敵とは、間違いなく長期戦になる――!

 ピカチュウが頭に巻いているハチマキはおそらく「きあいのハチマキ」。瀕死になるダメージを受けた時10%の確率で発動し、体力をギリギリで持ち堪える道具だ。

 きあいのタスキと異なる点は発動の回数こそ不確定だが何度でも発動することができ、反動や混乱状態による自傷ダメージさえも持ち堪える点だろう。

 発動確率は10%と低いが、その数字がレッドの前では何の意味もなさないことを既にウツロイドと合体したムーンは見抜いていた。

 故に、一発で仕留めきれないことは承知している。

 だからこその岩石封じによる素早さの低下を狙ったのだ。

 

「手堅く素早さを下げたか……だがそれだけじゃ俺のピカチュウは倒せないぜ!」

「ピカピカ!」

 

 ルガルガンの岩石封じをまともに受けたピカチュウは、一撃でボロボロになりながらも当然のように立ち上がり、反撃に打って出る。

 この時、やはり当然のように「きあいのハチマキ」の効果が発動していた。

 

「放て! ボルテッカァァァァ!!」

「チュアアアアアアッ!!」

 

 ピカチュウ一族のみが覚える電気タイプ最強の物理技、ボルテッカーが炸裂する。

 本来であれば反動のダメージでピカチュウは倒れていたことだろう。

 しかしこれもまたレッドのピカチュウは当然のように瀕死寸前で持ち堪え、ダメージは攻撃を受けたルガルガンにのみ与えられた。

 

「ル、ルガルガン!?」

 

 そしてその一撃によって、ルガルガンは倒れた。

 真昼のルガルガンの防御力は決して高くないが、ピカチュウの攻撃力もまた高くはない。

 技の威力は高くとも一撃だけならば持ち堪えられると思っていたが……そのダメージはウツロイドと合体したムーンの計算を上回り、一撃でルガルガンを戦闘不能に追い込むこととなった。

 

「電気玉でもないのにこの威力……急所に入ったのかっ!」

 

 恐るべし、ピッピカチュウ!

 ウツロイドと合体したムーンはこの小さなアイドルポケモンがレッドパーティの切り札たる所以を垣間見ることとなった。

 得意げに、レッドが語り掛ける。

 

「どうだ? これで勝負はわからなくなっただろ?」

「……ええ、でも、俺にはコイツがいる!」

 

 これでウツロイドと合体したムーンも残り一体へと追い込まれ、勝負は一対一のイーブンとなった。

 相手は瀕死寸前。しかしきあいのハチマキを持っている。

 正真正銘最後の戦いとなるこの一戦に唸りを上げながら、ウツロイドと合体したムーンは最後のポケモンを繰り出した。

 

「いけ! ガオガエン!!」

「ガアアアッ!」

 

 大将に選んだポケモンはプロレスラーのような姿をした炎ポケモン、「ガオガエン」。

 ムーンにとっては手持ちのポケモンの中で最も付き合いが長く、最初期から島巡りを共にしたパートナーポケモンだった。

 

「あんたにとってのパートナーポケモンがピカチュウなら、俺にとってのパートナーはこのガオガエンだ! 俺たちの絆を合わせた力が今、新たな未来を拓く!」

 

 ここまで来たら後は意地と意地のぶつかり合いだ。

 ウツロイドと合体したムーンは、このガオガエンと共にこの戦いを制することを熱く誓った。

 そんな彼ら姿から絆の深さを感じたのか、レッドが満足そうに頷き、特に意味も無くキメ顔で電気のZポーズを取る。

 

「ふっ……いくぜ相棒!」

「ピカピー!」

 

 最後の戦いは、パートナー同士の攻防となった。

 ルガルガンの岩石封じによってピカチュウの素早さを下げていたことによって、先手はガオガエンが奪うことができた。

 そこでウツロイドと合体したムーンが下した命令は、「大文字」のみ。ピカチュウの特性が相手を麻痺状態にする「せいでんき」であると仮定した場合、物理攻撃で挑むのは危険だと判断したからだ。

 今ガオガエンに覚えさせている特殊攻撃はこの大文字のみ。命中率は85%とやや不安定であるが、ウツロイドと合体したムーンはこの攻撃が命中することを一切疑っていなかった。

 同じように、レッドもまたピカチュウのきあいのハチマキが発動することを一切疑っていない。

 

 そしてそんな彼らの思惑通り、ガオガエンの大文字はピカチュウに命中し、ピカチュウはそれをきあいのハチマキで持ち堪え続けることとなった。

 

 その後、反撃に転じたピカチュウがボルテッカーでガオガエンの体力を削ると、反動のダメージを再びきあいのハチマキで持ち堪える。ハチマキに命があれば、とっくに過労死していた展開である。

 そんな二匹はお互いに一進一退の攻防を繰り広げ、白熱した死闘を繰り広げた。

 

「ガオガエン! 未来を切り拓け!」

「甘いぜ! 再びきあいのハチマキの効果を発動ッ! ピカチュウの体力は1で持ち堪える! 反撃のボルテッカーを受けろ!」

「耐えろガオガエン! 俺達の戦いのロードは終わっていない!」

「ガオガァァァァ!!」

「チュアアアアッ!!」

 

 ピカチュウ対ガオガエン。

 ボルテッカー対大文字。

 今この状況においては駆け引きなど必要無い。小細工抜きの純粋な力のぶつかり合いがそこにあった。

 それはまるで、子供の喧嘩のような頭の悪い戦い方にも見えるかもしれない。しかしそれが、それこそがこの新次元のバトルで行き着いた彼らの答えだった。

 

 

 ――そして膠着した両者の戦いは、ガオガエンの放つ三発目の大文字をピカチュウが耐えたことで動き出す。

 

 

「ピッ!?」

「なに!? 火傷状態だと……!? まさかお前は、これを狙って!」

「ああ、その通りだ! 最後の最後で確率論が俺に働いた……いや、俺たちの絆があんたたちの上を行った!」

「ふっ……それはどうかな!」

「なんだと!?」

 

 大文字には10%の確率で相手を「火傷」状態にする特殊効果がある。それが今、ピカチュウの身を襲ったのである。

 いかにきあいのハチマキと言えど、火傷のダメージから逃れることはできない。

 つまりピカチュウが次に繰り出すであろう三発目のボルテッカーを耐えることさえできれば、ピカチュウは火傷のダメージで倒れ、自動的にガオガエンの勝利となるのだ。

 その上ガオガエンには、次の一撃を確実に耐え抜く算段があった。

 

「馬鹿なことを……! 火傷状態はあんたのピカチュウの攻撃力を半分にする! 俺のガオガエンなら、次のボルテッカーを耐える! 耐え抜いてみせる!」

「フハハハン! 俺のピカチュウの攻撃技は、ボルテッカーだけじゃないんだぜ? 特殊攻撃最強の攻撃、「雷」も当然覚えさせている!」

「なん、だと……!?」

 

 ガオガエンの体力はおそらく半分を超えて、残るは三分の一と言ったところだ。

 次にピカチュウが放つ一撃がボルテッカーであればほぼ確実に耐えられる筈であったが、火傷による攻撃力低下の影響を受けない「雷」となれば耐えられる確率は五分五分になる。

 

「いくぜピカチュウ! これが俺たちの、最後の攻撃だ!」

「ピ~カァ! チュウゥゥゥゥゥー!!」

 

 急所に当たれば、間違いなく落とされる……!

 そしてレッドなら、間違いなく当ててくる筈だとウツロイドと合体したムーンは読んでいた。

 だがそれでも、ムーンは諦めない。

 ただ一心、この勝負に負けたくない思いで、彼は最後の一撃の行方を見届けた。

 

「っ、ガオガエン! 耐えろ、耐えてくれぇ……!」

 

 その祈りの中で、閃光が広がっていく。

 ピカチュウの放った最後の一撃が、ガオガエンの身に突き刺さった。

 

《お願い、倒れないでガオガエン……! 君がここで倒れたら、リーリエやほしぐもちゃんとの約束はどうなっちゃうロト! ここを耐えれば、レッドに勝てるんだから!》

 

 試合の行方を共に見守っていたロトム図鑑もまた、ウツロイドと合体したムーンと共に祈りを捧げた。

 永遠に続くかと思われた雷の閃光の中で、チャンピオンたちはその戦いの結末を見届けていく。

 

 

 

 そして――

 

 

 

 




 ♪(例の次回予告のテーマ)


 次のエピローグで本作は完結です。ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
 なお、私はゲームのポケモンにあまり詳しくないので実際の電気玉無しピカチュウがガオガエンにどれだけのダメージを与えられるのかわかっていませんのでご承知ください(´・ω・`)



 ……ウツロイドと合体した意味? そこはほら、気持ちの問題です。


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エピローグ

???「グレムリンを攻撃表示で召喚!」


 

 

 

 ――戦いは終わった。

 

 ピカチュウの身体から放出された「雷」が奔流を止め、フィールドを覆い尽くすほどの爆発が巻き起こる。

 舞い上がった黒煙が一同の視界を塞ぎ――それが晴れた時、彼らの見つめる視線の先には勝者だけが悠然と佇んでいた。

 

 ――生き残っていたのは、ムーンのガオガエンだった。

 

 ガオガエンは雷を耐え抜き、ピカチュウは火傷のダメージを受け、遂に力尽きたのである。

 

 

 

「ピ、ピカチュウ戦闘不能! よって勝者、チャレンジャー・ムーン!」

 

 そして審判の口から最後の勝利者の名が告げられた瞬間、ムーンは身体中の力が抜けていくようにウツロイドとの合体を解除し、震える手で自らの相棒の胸に飛び込んでいった。

 

「や……やった! やったな! ガオガエン! お前なら耐えると信じてたぜーっ!」

「ガオガァ!」

《勝ったロト! おめでロトー!》

 

 万感の思いだった。

 自らの勝利をようやく理解したその瞬間、ポケモンリーグを制した時よりも大きな喜びがムーンの心を支配し、そんな彼に気を利かせてくれたのかウツロイドとガオガエンが二体揃って彼の身体をワッショイワッショイと胴上げしてくれた。

 

「はははっ! お、おいやめろよお前らっ、お前らの方が疲れてるだろーが!」

 

 照れながら何回も空に舞ったムーンは、フィールドを取り巻く最高の空気に自然な笑みを溢した。

 その顔には歳相応の満面の笑みが浮かんでおり、ムーンは今この瞬間、久しぶりに心から笑えた気がした。

 初心に帰った思いで全力を発揮し、最強のトレーナーであるレッドを破ったのだ。その喜びは純粋なポケモントレーナーとして、初めて抱いた感情だった。

 

 そんな彼の元へ「なんでもなおし」で火傷状態を治した後、自らのピカチュウを片腕に抱えたレッドが歩み寄ってきた。

 

「良いバトルだったぜ、ムーン!」

「レッドさん……こちらこそ、ありがとうございました!」

 

 握手を差し伸べてきたレッドの手を掴み、ムーンは深々と頭を下げる。

 そんな殊勝な彼の姿をレッドはきょとんとした目で見つめるが、ムーンには勝敗以上にこのバトルで得たものが大きかったのだ。

 

 ポケモンリーグチャンピオンになって、リーリエとも別れて、儚い夢を見失っていた空っぽな自分。

 彼にとってレッドとのバトルは、そんな自分を新たな未来へ導いてくれた光さす道だったのだ。

 

「俺、あんたとのバトルで、本当の自分がわかった気がします……!」

「そうか? そいつは何よりだぜ」

「でも、本当に滅茶苦茶ですよ! なんであんな当たり前みたいにツメやハチマキを発動できるんですか?」

「できると思ったらできるんだよ。なあピカチュウ?」

「ピーカ」

「はは、ピカチュウも今日は楽しかったってさ! 次は負けないって言ってるぜ」

「勘弁してください……こんな意味不明なバトル、滅多にしたくないって……」

 

 和やかにそう語ることができたのは、ムーンの中で迷いが晴れた何よりの証だった。

 その上で、今回のバトルの理不尽さを振り返る。

 確実に先攻を奪い、完璧な命中精度で一撃必殺を繰り出すツメラプラス。

 まるで夢想を相手にしているかの如く、どんな攻撃も回避するこなリザードン。普通に強いメガリザードンX。

 そしてどんな攻撃も不屈の精神で耐え抜き、鉄壁のライフ1から怒涛のボルテッカーを連発してくるハチマキピカチュウ。

 

 どんなクソゲーだよこれ。しみじみそう思うムーンは、改めてこんなに理不尽な戦いはなかったと振り返る。

 

 これが世界のレベルかと、初めて思い知らされた。

 そんな戦いの中で一段上の次元へ行くことができたムーンに対して、レッドが微妙に似合っていないTシャツの胸を広げながら彼に問い掛けた。

 

「でも楽しかっただろ?」

 

 無性に、一発ぶん殴りたくなる顔だった。

 

 ……でも、悪くはない。

 ムーンは彼の問い掛けを鼻先を掻きながら受け止めると、満面の笑みで答えた。

 

「ええ、もちろん!」

 

 楽しかったのだ。本当に。

 最高に笑顔になれたこのバトルに対して、屈託なく感じたムーンの感想だった。

 レッドはそんな彼の返答にうんうんと頷きを返すと、今度は今回行ったムーンの戦術について訊ねた。

 

「しかし、最後の最後で急所を外すとはなぁ……もしかしてガオガエンには、そういう道具を持たせていたのか?」

 

 最後に放ったピカチュウの雷――本当にギリギリのところで持ち堪えてくれたガオガエンの様子を見るに、あれがもし急所に当たっていれば、その一撃で敗北していたのはムーンの方だった。

 ムーンもレッドのピカチュウならば、確実に急所を捉えてくると思っていた。

 しかし、結果は急所に入ること無く通常のダメージ範囲に収まり、その結果ガオガエンはピカチュウの最終攻撃を耐え抜くことができたのである。

 それは偶然ではなく、ガオガエンに急所に当たらない効果を与えるような道具を持たせていたからなのだろうかと問い質してきたレッドの言葉に……ムーンは思わず苦笑を返した。

 

「いや……」

 

 そしてガオガエンの元へ近寄ると、ムーンは戦闘中ずっと持たせていた道具を彼に返却してもらう。

 

 クワガノンにはきあいのタスキ。

 ルガルガンにはいわZ。

 

 前の二体にはレッド対策として、バトルの切り札となる汎用性の高い道具を持たせていた。

 しかしムーンにとって最初の仲間であり、誰よりも彼の心を知り尽くしていたガオガエンに持たせていた道具はそういう類ではなく――理論的ではない特別な道具を持たせていた。

 

「お守りだよ」

 

 ムーンはその脳裏に「初恋の少女」の笑顔を浮かべながら、ガオガエンから受け取った持ち物を感謝の気持ちで見つめた。

 あれほどの猛攻をピカチュウから受けていた割には、損傷は驚くほど少ない。

 ガオガエンもそれだけ必死に守ってくれていたのだろう。

 何ともまあ、トレーナー思いの子である。

 

「サンキューな、ガエン……」

「ガオッ」

《リーリエとムーンの宝物、よく守ったロト!》

 

 ガオガエンが戦闘中、自らの毛皮に忍ばせていた持ち物――それはムーンにとって、この世で最も大切な宝物だった。

 

 

 ――初恋の少女から貰った、世界でたった一つの「ピッピにんぎょう」。

 

 

 

「戦う為の効果は何もないけど……これが、俺たちの力を引き出してくれたんです。そんな気がします」

「……そうか。ふっ、俺が勝てないわけだぜ」

 

 ピッピにんぎょうとはその可愛らしい造形で野生ポケモンの気を逸らすことができるということ以外、特殊な効果は何も持っていないただのぬいぐるみだ。

 もちろん、トレーナー戦では何の効果も発揮しない。

 そんな道具を、ムーンはガオガエンに持たせていたのだ。

 

 ただ一つの、最高の「お守り」として。 

 

 大切な贈り物をこんな使い方をしてしまったことは、彼女に対して申し訳なく思う。

 だがムーンには……ガオガエンのことを大切に想っていた彼女ならきっと、謝れば許してくれる筈だと信じていた。

 

 

 

「ムーン!」

 

 しんみりとした感慨に浸りながらピッピにんぎょうを見つめていると、不意に自分の名を呼ぶ声が聴こえてきた。

 ムーンが顔を上げると、いつからそこにいたのだろうか? ギザギザ頭のイケメンの姿がレッドの傍らにあった。

 

「あ……グリーンさん……」

 

 先日はムーンに対して厳しい言葉を掛けた青年、グリーンだった。

 思えばあの時、彼は自分に発破を掛けてくれたのではないかと思う。

 ポケモンへの信頼と愛情が足りていない――その言葉に込められた本当の意味を、今のムーンにはわかるような気がした。

 しかし彼の言葉に思い切り反発していたムーンとしては、今再び目の前に現れた彼に対してどんな言葉を返せば良いか出てこなかった。

 そんなムーンの心情を察したのかどうかはわからないが、グリーンは彼らを取り巻く空気を一掃するように一枚の紙きれを投擲してきた。

 

「受け取れ!」

「あっ、おわ……っ」

 

 ビシュッと、風を切りながら手裏剣のように飛んできたそれを受け取ると、ムーンはその紙切れが何かを収納した封筒であることに気づいた。

 そしてその封筒の表面には、三文字でこう書かれていた。

 

【招待状】

 

 呆気に取られ、ムーンが目を見開く。

 招待状――一体、何に招待すると言うのだろうか? その答えは、この封を開けば明らかになるのだろう。

 グリーンはムーンが寄越した問い掛けの視線を意味深な微笑で返すと、二本の指を立てて敬礼のポーズを取りながらキザったらしく言い放った。

 

「今日は素晴らしきポケモンバトルを見せてもらったぞ! またこんなバトルをしたくなったら、その中に入っているものを読んでカントー地方へ来るがいい」

「え?」

「待ってるぜ! さらに強くなったお前が、俺たちの町へやってくるのをな!」

「あ……」

 

 堂々たる風貌から言いたいことだけ言い渡した後、グリーンは踵を返しこの施設から立ち去っていった。

 そんな彼の後ろ姿を茫然と見送るムーンに対して、レッドもまた不敵な笑みを浮かべながら追従していく。

 

 何にも縛られない、常識という枷から解き放たれたチャンピオンたちがそこにいる。

 

 親指を立てたレッドの後ろ姿は光の中に完結していくように遠ざかり、グリーンと共に消えていく。

 

「バイビー……いや、アローラッ!」

 

 

 ――そして程なくして、バトルツリーの空に鉄の鳥が羽ばたいた。

 

 

 それは、二人のチャンピオンが乗り込んだ自家用ジェット機の姿だった。

 とりポケモン「ピジョット」が翼を広げた姿を模した造形の、グリーン専用ジェット機――「ピジェット」である。

 

 

「ワハハハハハハハハハハ!」

 

 

 拡声器から聴こえてくるグリーンのやかましい哄笑が、アローラ全土に響き渡るようにバトルツリーの地に広がっていく。

 ピジョット型ジェット機はそのまま一気に高度を上げて雲を突き抜けていくと、飛行機雲を作りながら流星のようにアローラの空を飛び去って行った。

 

 そんな彼らの無駄に派手な退場を見送りながら、ムーンはガオガエンと共に途方に暮れたようにその場に立ち尽くす。

 レッドとのバトルではウツロイドとの合体という常識の超越を成し遂げたムーンだが、己の限界の先はまだまだ遠くにあると――彼らを見ていると、そう思えてならなかった。

 

「……なんなの、あの人たち……」

 

 後ろから聴こえてきた役員の女性の呟きに、ムーンは全力で同意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グリーンの操縦するオーキド邸自家用ジェット機「ピジェット」の中で、レッドは後部座席にもたれ掛かりながら操縦士に呼び掛けた。

 その言葉は先ほど自身と激戦を繰り広げた若きトレーナー、ムーンに対する賞賛の言葉だった。

 

「だから言ったろ? アイツは凄いトレーナーになるって」

「ふ……そうだな。手の内を明かしすぎていたとは言え、たった三戦でお前から白星を上げたんだ。あの才能は脅威的と言っていいだろう。凡骨トレーナーと蔑んだのは訂正してやるよ。あいつもまた、誇り高きポケモントレーナーだった」

 

 澄み渡るアローラ近海を見下ろしながら飛行しているこのジェット機は、このまま次の目的地である「イッシュ地方」へと向かう予定だ。

 自家用ジェット機による、男二人旅である。

 色気も糞も無いが、ロマンだけは妙にあるこの旅の目的は、先ほどバトルを行ったムーンのような逸材と出会うことにあった。

 

「あいつは来てくれると思うか?」

 

 グリーンが操縦桿を握りながら、後ろに座るレッドに問い掛ける。

 それはあの少年に渡した招待状――自らが主催する「(チャンピオンズ)(ポケモン)(ワールド)(トーナメント)」についての話だった。

 

 

 ――そう……グリーンたちは来年度、世界中から最強のポケモントレーナーたちを集めた特大規模のバトル大会を開催する予定だった。

 

 

 開催場所はカントー地方、ヤマブキシティ。

 ムーン少年に渡したのはその大会への招待状である。

 既にホウエンやジョウト、各地方の殿堂入りトレーナーたちには同じ招待状を届けだしているのだが、アローラ地方のチャンピオンだけはリーグ自体が最近発足したばかりである為、こうして主催者であるグリーンが直々に現地へ赴き、初代アローラチャンピオンとやらの力量を見計りに来たのだ。

 

 もし彼の実力が一般的なチャンピオンの基準に至っていなかったのならば、グリーンは容赦なく大会への招待状を取り下げる心積もりだったのだが……その心配は杞憂に終わったようだ。

 

 最初に出会った時点でのムーン少年の実力は、正直言って期待外れなものだった。

 しかし、三戦目に見せたあの姿こそが彼本来の力だったのであれば……今からでも十分、彼のバトルは他の地方のチャンピオンにも通用するだろう。

 

 そう判断したからこそ、グリーンは惜しみなく招待状を投げ渡したのである。

 後は彼自身がこちらの招待を受けてくれるかというところであったが、その点についてはグリーンもレッドも、心配は全くしていなかった。

 

「ああ、必ず来るさ。カントーにはリーリエもいるしな!」

「あの小娘に会ったことを、言わなくて良かったのか?」

「お前だって言ってないだろ? こういうのは黙っていた方がいいからな。俺の睨んだところだと、リーリエはムーンに惚れてるぜ」

「ふぅん……」

 

 数日前、実を言うと二人はムーンが入れ込んでいるリーリエという少女と会っていた。

 ……と言うよりも、ムーンの存在自体、彼女から教えてもらったことだったのだ。

 母ルザミーネの療養の為カントー地方にやって来たリーリエと、彼らはヤマブキシティでひょんなことから出会い、そしてアローラのチャンピオン・ムーンの噂を聞いてアローラへと飛んできた。

 

 俗に言う、ジェット機で来た(ピジョット型の)――という奴である。

 

 この間、僅か数日。それ故に二人は、今日までそれほどアローラの地に滞在していなかったりする。

 しかしレッドに関しては既にアローラ文化の影響を多大に受けてしまったらしく、彼は後部座席にもたれ掛かりながらアローラ特有の謎ポーズを膝上のピカチュウと共に決めていた。無駄にキメ顔である。

 

 

「その時は、こっちのホームでおもてなししてやろうぜ。なっ、ピカチュウ?」

「ピッカチュ!」

 

 まだこの世界には、自分たちが知らないトレーナーたちが溢れている。

 ワクワクを思い出すのだ。強者を求めてグリーンについてきたレッドには、この旅が楽しくて仕方なかった。

 

 そんな彼とピカチュウを同乗させて、グリーンの操縦するピジェットは次なる目的地へと飛翔していく。

 彼らが次に会うトレーナーはイッシュリーグに殿堂入りしていながらも長年行方不明になっており、連絡のついていないトレーナー――「N」という男だ。

 

 今度は一体、どんなバトルが待っているのだろうか?

 グリーンもまた一人のトレーナーとして、その胸に高揚を感じていた。

 

 

「ふっ……ムーンもNとやらも、俺たちにとっては倒すべき敵にすぎん。さっきは見事なバトルだったが、本当の戦いはこれからだ。イッシュ地方へ進路をとる! 全速前進DA!」

 

 

 ――彼らのポケモンバトルシティは終わらない。

 

 

 

 

 

【どうしてウツロイドと合体しないんだ……?  ――完――】

 

 





 最後までお読みいただきありがとうございました。結局リーリエさんは登場せず、本当に申し訳ない。

 迸る衝動のままに、全速前進で意味不明な作品を書いてしまい本当に申し訳ない。
 某遊戯王ボストーナメント動画みたいな、やりたい放題暴れまくっているチャンピオンたちのバトルを書きたかったのです。ウツロイドと合体した意味があんまりなくて申し訳ない。
 それはそれとしてグリーンの嫁はやっぱりピジョットだと思う。ピジョットの鳴き声が
戦闘BGMと一体化してるのほんとすき。異論は認める。



 因みに行方不明扱いになっていたNさんは、なんだかウエスタン映画みたいな町でハーモニカを吹いている姿が目撃された模様。それを見たトウヤくんからはプラズマ団だった頃のお前はもっと輝いていたぞ!と突っ込まれています。本当に申し訳ない。




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