軍曹と転生ダイバーの戦場 (月治)
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#1 記憶と怪物

「新人ってのはキミか?」

 

音と光と炎が炸裂し、濁流となって私の身体をもみくちゃにする。途方もない圧力によりバラバラになった肉体と意識。

それが突如終わった。目の前に男が立っていた。私を見て、私に言葉を投げた。

 

「さあ、始めようか」

 

 

 

 

EDFー全地球防衛機構軍、第228駐屯基地。それが場所。基地見学ツアーのクライマックスを飾る飛行ショーに出演すること。それが目的。フライトユニットは空を飛ぶため。この人と話をするのは打ち合わせが必要だから・・・目に見える物事ひとつひとつについて思考する。納得をして、心に落とし込んでゆく。身体は歩かせたりジャンプさせたりと、徐々に慣らしてゆく。

 

人生が意識の連続として語られるべきものならば、その始まりを私は今コトバにすることが出来なかった。言語、知識、心も身体も備わっているはずなのに、人生だけが足りなかった。だって私はさっき、崩れた街の中で音と光と炎にまかれて、バラバラになって・・・死んでしまったハズなのに。

 

「どうして?」

「ん?なんか言ったかい?…じゃあ仕事にかかろう」

男は時計をちらと見る。

「案内するよ、ついてきて」

 

時間は勝手。どうしても待ってくれない。数歩遅れた私は“扱い慣れない”フライトユニットを早速稼働させ彼に追い付いてみせた。・・・飛行ショー、なんて言ってたけど、私では前座にもならない。どうしよう。

 

「怪物だ!逃げろ!逃げろー!!」

 

私の心配を霧散させるかのように、怒号が辺りに反響した。途端に胸を締め付けられるような感覚に襲われる。カイブツ・・・?

そして畳み掛けるかのように全ての室内灯が消えて、また点灯して、しぼられた心臓が反動でばくばくばくと血を送り出す。なんだろう、何か、これは・・・

 

「こっちだ、車輌に気を付けて」

 

飄々とした先導人にまたしても置いて行かれる。待って。待って。待ってーー・・・

 

「怪物よ!ダメ、逃げないと!」

 

記憶の断片が舞い戻る。“怪物”そう呼ぶに相応しいデザインの生き物たち。それは人間を溶かし尽くす。血肉を喰らう。捉えて殺す。潰して、襲って、焼いて、殺す、殺す、殺される!

 

「食われた!ジョージが食われた!」

「イヤ・・・イヤ・・・!」

「気にしなくていいよ、軍人ってのはこういう悪ふざけが大好きなんだ」

 

彼の笑顔は数メートル先にあった。

 

「あなたも逃げないと、逃げないと!」

 

フライトユニットのことも忘れて私は走る。また辺りは暗くなる。脳裏に怪物が閃く。明るくなる。不安はどこにも行かない。

 

「非常事態発生!非常事態発生!ー・・・!!・・・!」

「待って!待ってよ!」

「本当に何かあったのかもしれないな」

 

自分が、何かが、立っている足場が、周りに存在する全てが壊れていくことへの恐怖。フライトユニットをようやく起動。あっという間に追い付く。突如隔壁が開く。ああ、ここから逃げられるのかな、扉の外へ行けば、この不安から・・・

 

 

「うわあああ!助けてえええええええええ!!!ぐわ、ああああああああああ」

 

 

血液の赤い色だった。巨大で異形なる怪物は男の身体を軽々と持ち上げ、噛み砕き、命を絞り出し、身体を壊し、溢れ出たのは赤い血液。男のすぐ後ろ、空中に居た私は、損壊した彼の体液を頭からつま先までしこたまに浴びた。

どうして私は死んで、ここに来て、また死んでしまうのかな。何も分からないまま・・・

オーバーヒートしたフライトユニットの警告アラートと人体を咀嚼する音の二重奏は最低だった。私は煙を上げながら、コンサートの最前席に着陸した。もう、ダメだ。荒ぶる怪物の姿を見上げて、私は震える身体を自分で抱き締めてやることしかできなかった。

 

 

「撃て!撃てー!」

 

突然、誰かの声が乱入した。軍靴が鳴らす足音は猛々しく、銃声は易々と空気を切り裂いて響く。

 

「なんてデカさだ!」

「死ね!化け物め!」

 

私の横をすり抜けて、弾丸の嵐が吹き荒れる。

 

粉々になった怪物の破片と濁った体液に汚れた床、血まみれの私、硝煙の中の軍人たち。アイガード越しでも分かる、鋭く厳しい瞳が私を捕まえた。

 

「大丈夫か」

「あ、ありがとうございます、私・・・」

「お前は民間人だな。来い、武器をやる」

 

有無を言わさぬ口調は、つかまるものを持っていなかった私を離さないでおくには十分すぎる引力をもっていた。

 

「私、死にたくない」

 

人生が意識の連続として語られるべきものならば、フライトユニットを携えた“私”の人生の始まりは今、かもしれない。

ほとんど何も分からないのに、パニックになる前にとんでもないことが始まってしまった。さっきまでが夢なのか、今ここにいる私が夢なのか。

 

分からない。分からないけれど。彼の瞳の奥に見た、死の運命より大きく、明るく、熱く、強い奔流に、私は身を委ねることにした。





5から入隊し、ゲームを進める度に軍曹のかっこよさに痺れまくり、睡眠時間を犠牲にしてクリアしました。
そんな二次創作です。勢いです。宜しくお願いします。


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#2 希望の光は

軍曹。そう呼ばれるリーダーに先導され、広々とした部屋に辿り着く。怪物は基地全土に広がっているわけではないのか、この場所に非常事態の気配はなかった。

フライトユニットを備えた従軍者は“ウイングダイバー”と呼ばれ、専用の武器で戦闘を行うらしい。手渡された物の重みに、ごくりと喉が鳴った。軍曹に指導され、2種の武器を手になじませていく。

 

「そうか、飛行ショーの出演者だったのか。災難だったな。今日はもう見学ツアーどころではない」

 

プラズマ・キャノンの発砲音、軍曹の声、私の返事が順番に空間を揺らす。

 

 

 

 

「すまないが、これしか用意できなくてな」

 

武器より先に手渡されたのは、若干煤けたダスタークロスだった。

 

「水道はそこにある。少しでも血を拭うといい」

 

ダスターも水道も、明らかにこの武器庫を清掃・点検するためのもので、汚れていると言ってしまえばそれまでだけど、なぜか無性に嬉しかった。お礼を言って存分にそれらを使わせてもらった。血とファンデーションとラメの粒子が、布に奇妙な絵を描いた。

 

「民間人を守るのが軍人の務め。守ってやる・・・と言いたいが、敵の正体が分からない以上、約束はできない」

 

血糊のキャンバスをさりげなく私の手から取り上げ、代わりに持たされたのがこの武器だった。

 

 

 

 

短期訓練の末に、なんとか照準を合わせ、発射し、身をかわす一連の動作を身に付けた。先程の隊員らと合流し、私は彼らに追随する形で地上を目指す。ここを押すと発射、こっちが再装填、プラズマ・キャノンのチャージは・・・

 

「民間人!」

 

私を呼ぶ声がする。どうも武器を扱うことに身体が馴染まなかった。この肉体を得る前も、この肉体が作られた後も、きっと“私”は戦いとは無縁だったのだ・・・どうだろう。まだ、よく分からない。

 

「自分の身は自分で守れ、いいな!」

「分かりました」

 

またもやキッパリと言いきられる。分かりました。思わず言葉が思考を先行する。

死なないために生きる。生きるために戦う。なんてシンプルなのだろう。

 

 

「民間人!遅れるなよ。生き延びたければ俺から離れるな!」

 

4人の小隊に周りを固められる。フライトユニットのジェットも交えつつ、遅れを取らないよう着いて行った。

 

「非常事態だ。民間人も働いてくれよな」

 

右隣でニヤリと口元を笑わせる人も居れば、

 

「戦えないやつは、ヤツらのエサにしちまうぞ!」

 

左側で脅しをかけてくる陽気な兵士もいる。

 

「そう言うな。できるだけ俺たちが守る」

 

かと思うと、前方からそれを宥めてくれる声もあった。

誰に返事をしたものかと4人を見回すと、彼らは軽口を叩いた次の瞬間には警戒態勢をとり、真剣な表情を貼り付けていた。

 

「銃を持ったのは初めてか?」

 

問いかけられて、控えめにハイと返事をする。

改めて2つの武器の存在を実感する。死なないために、生きるために。心の中で自分に言い聞かせる。

 

 

 

「隔壁のロックを解除する!」

 

軍曹が言い終わるな否や、先程と同じような怪物が数を増して眼前に現れる。人間の数倍の体長、肉を食む恐ろしい牙。捕食者。それも機械的に、本能的にこちらの命を食いつぶす。怪物が行うのは、そういった動作だった。

 

「助けてくれええええ!!」

 

男の悲鳴が響き渡る。思い出すのは、さっきまで228基地を案内してくれたあの人。軍曹たちは銃を構え、迷いなく怪物を狙い撃つ。リロードは瞬時に。トドメを刺したら振り返らずに。

 

天井を駆け巡る個体はプラズマ・キャノンで破壊する。立ちはだかる怪物には“レイピア”でプラズマアーク刃を撃ち込み、殺す。

覚悟を決めた私は2つの武器をなんとか使い分け、行き交う銃弾と怪物の猛攻を必死にかわし続けた。吐出される液体は酸だった。そして、どの通路、どの部屋に辿り着いても、そこには必ず巨大な影が群れをなして私たちに襲いかかる。

合流できた人もいれば、できなかった人もいる。アテにしていたマシンも壊れて使うことができない。それでも、それでも彼らは“地上に出られれば”と私を励ましてくれた。真っ赤な非常ランプの光に照らされた笑顔で。

不思議だった。生きる力。生かそうとしてくれる力。今や私の役割は飛行ショー出演者から、この人たちと共に戦う民間人となった。プラズマ・キャノンのグリップを握る。身体が熱い。

 

「隔壁を開け!」

 

軍曹の合図、イエス・サーの返答、隔壁が開かれると、押し出されるように怪物の群れが迫ってきた。

度重なる戦闘で武器の扱い方には多少慣れてきたけれど、高斜度の通路を駆け回り萎えた脚から崩れ落ちそうになる。それでも私の目の前で怪物は破片と化す。体液がこびり付く。酸が床を焦がす音が耳にまとわりつく。

プラズマアーク刃はリロードが適切であれば無尽蔵に射出される。終わることのない戦いを暗示しているかのような戦闘兵器の駆動音は、私を次第に焦らせる。

 

「おい!危ねぇ!」

 

ひときわ太い怒号が響く。兵士は私を見てそう言った。背後に何かを感じる。影。怪物ー・・・

ダァン・・・!銃声がひとつ鳴り、背中に生ぬるい液体の感触。振り向くと怪物一行最後の1匹がバラバラに崩れてゆくのがスローモーションで見えた。狙撃した軍曹のアサルトライフルはリロードされ満腹になる。

 

「出口はすぐそこだ。地上へ出れば助かる!」

 

折れそうな脚を奮い立たせ、駆け出した彼らの後を追う。心臓は強く早く脈打っている・・・強く早く脈打っていて、身体が内側から熱くなる。

 

 

 

「ありがとうございます、先ほどは」

「大丈夫だ。お前はよくやっている。なかなか素質がありそうだ」

 

軍曹はやはり大真面目な顔をしていた。飛行ショーと戦場。どちらに適性があるだろうか。

横から隊員さんが同意を示してこんなことを言う。

 

「ここを出たら伍長のところに行け。入隊手続きをしてくれる」

 

茶化しているのか、本気なのか、どちらにせよとまどってしまう。聞いていた軍曹が、そうだな、と呟くものだから一瞬身構えた。

 

「それはそれとして、伍長と合流できるのならばしておきたい・・・出口だ」

 

白い光と外気の熱が全身をじわりと抱き留める。外の世界。私は私について、ここでどうやって知っていけばいいだろう。

でも、散々な戦闘を経験した今なら、めげずに頑張ることができるかもしれない。逆光を受けながら、軍曹が私を真っ直ぐ見つめ言った。

 

「民間人、もう安全だ」

 

希望の光はあまねく降り注ぐ。みんな少しだけ、笑っていた。

 




前話も含め、お読みいただきありがとうございます。


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#3 呼び声の道

 

強い風に、突き刺すような日光に、鮮やかな色彩に身を洗われる。1歩、2歩。先行する彼らの後をゆっくり進んだ。3歩、4歩・・・銃声と怒号が飛び交う戦場が、再び私たちの前に立ちはだかった。怪物が居る。戦っている人が居る。そこは紛うことなき、戦場だった。

 

 

 

 

「俺たちは戦闘中の仲間の援護に向かう。伍長、民間人を頼んだぞ」

 

怪物達は基地内で発生したのではなく、地上で飽和したために基地内に入り込んだのだ。脱出して1分と経過しないうちに“安全な地上”がここにはもう無いのだと思い知らされた。話に出た伍長さんはここで生き残り、戦っていた。軍曹たちは彼に私を預け、振り返らずに激戦地へと走りゆく。

カイブツの、ニンゲンの。カラダの部品が明るい太陽に焼かれ散らばる。空の青さは金色の船に遮られてくすむ。

 

「民間人、その武器は・・・」

「軍曹が持たせてくれました」

「そうか・・・緊急事態とはいえ、戦闘への協力に感謝する。可能な限りの護衛に努めるが、引き続き自衛は怠らないでほしい。ひとまず安全な場所を探そう」

 

私の体温に、てのひらに馴染んだ武器を今一度握りしめる。

 

「承知、しました」

 

希望の光が私たちを焼き焦がす。地面にも、死にも、命にも降り注ぐ。冷たい汗が止まらない。

 

 

 

怪物の密度が低い場所を目指すも、そう簡単に事は進まなかった。道を切り開けど、怪物はとめどなく押し寄せる。「クソっ」伍長が右腕に刻まれた噛み跡から血を払い捨てた。

戦車や戦闘機が目の前でなぶられているのを、コンクリートの地面が酸で傷んでいくのを、倉庫をやすやすと登り破壊する異形たちの姿を、どこか遠い場所の出来事みたいに視認する。何がホントウなのか、もしかするとウソなのか。走って、狙撃して、走って、狙撃する。

 

 

「基地内に戻ろう。出入口は私が固める!」

 

伍長に連れられ、先程脱出に使った出口にようやく辿り着くことができた。

 

「・・・よし。万が一地下からヤツらが登ってきたら、迎撃してすぐに教えてくれ」

 

 

どこかでニュース番組の音声が流れている。伍長が侵入しようとする怪物を撃つ。私は地下を見る。通信機から誰かの声がする。伍長が怪物を殺す。私は耳を澄ましてみる。UFOが飛行/怪物の群れだ!/正体は不明/総員、応戦せよ!/悲鳴/怒号/銃声/咀嚼

 

「ぐわあああああああああああああ!!!!」

 

私の足元の坂道をアサルトライフルが滑り落ちていった。酸が何かを溶かす音。オレンジと赤の液体。肉体が壊される音。傷だらけの右腕が1本。

 

「伍長さん―・・・」

『伍長!応答願います!伍長!・・・クソ!』

 

伍長を奪い合う怪物らに照準を合わせた。震える右腕は、左腕で必死に支えた。トリガーを引く。

やがて無線機も酸に焼かれ、押し黙った。

 

 

 

怪物の破片でできた山を慎重に越え、再び陽の差す地上へ出た。向こうには人影がある。軍曹は、私を待っていてくれるだろうか。フライトユニットをちらりと見やったが、しかし突然の轟音と風圧に思わず目を閉じた。

 

長い瞬きを終えてみると、薄紫色の光を灯した塔と、怪物の群れで視界はいっぱいになり、私はまた誰も彼もを見失ってしまった。

現れた細長い塔。それには見覚えがあるような気がしたし、はじめて見るものだとも思う。知っているけど思い出せないような、知らないけれど思い出せるような、そんな光が私を見下ろしていた。

“民間人”になる前、私が居たのは瓦礫の街だったように思う。それとも私は未来予知の夢でも見ていたのだろうか。228基地がこれからあの姿に塗り替えられてしまうのだろうか。何かを忘れているのかな。何が本当で、夢で、どこがホントウで、どこが行くべき場所で、私は一体何なのか・・・

 

『民間人!』

 

声が、聞こえたような気がした。レイピアの駆動音と怪物のバラけて行く音以外、今は何も分からないのに。

右と左と後ろを見て、上を見る。驚くべきことに、塔の上部にある光の中から怪物が産まれている。

 

『塔の上部分を攻撃しろ!』

 

やはり声が聞こえる。足元。誰かの無線機だ。ノイズ音を割って、人の声がする。

 

「どうやって使うんですか、軍曹」

 

拾いあげたそれに私の声は届かない。

 

 

 

何が夢で本物かなんて分からない。だけど私は今武器を持っていて、翼を持っている。

フライトユニットは望むがままに私を空へと運んでくれた。生き延びなくちゃいけない。自分を守らないといけない。私は、飛ばなければならない。どこか恍惚とさせるような紫色の光の許へ辿り着く。足場を確保。息を大きく吸ってみる。

 

『アイツは誰だ!』

『ウイングダイバーが到着したのか?』

『いや、あのユニットは明らかにちげぇ』

『塔に立ってるぞ!』

『民間人だ!アイツ、クソ度胸ありやがる!』

 

携えた無線機から声が聞こえる。引鉄に指を掛け、私はあの声を待っていた。私を導く声が届くことを、どうしてか確信していたから。

 

 

『いいぞ民間人、そのまま撃て!』

 

「・・・サー、イエッサー!」

 

 

そしてプラズマアーク刃を射出して十数秒、粉々に砕け散った光体と金属片が巻き起こす暴風を身に受けながら、塔が崩れ落ちていく様を見届けた。怪物の製造は終わり、塔が死んだと理解した。しかし、軟着陸し、顔を上げてみるとその塔は敷地内に何本も生えている。再装填。まだ飛べる。それから、私を呼ぶ声を辿って走る。

 

 

 




閲覧、ブクマ、評価、そして感想を本当にありがとうございます。
(通信機ってやっぱ内蔵なのかしら・・・その、勢いで・・・)


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#4 光が散る街

壊せども壊せども“塔”が雨のように降り注ぐ。呆気に取られて空に見入る私の肩を揺さぶったのは、合流したばかりの軍曹だった。

 

『基地を放棄する!直ちに撤退せよ!』

 

全てのスピーカーから同じ号令が同じ音量で飛び交って共鳴する。サイレン。繰り返される撤退の合図。それらを背に、私たちは軍用車両に乗り込んだ。

 

 

 

 

 

「逃げろっつったって・・・クソ、どこに行きゃいいんだ」

「ひとまず市街地を目指すか。通信は任せた」

「あいよ」

 

後部座席に通され、窓の外を見ながらニュース放送に耳を傾ける。車両はうなりをあげてぐんぐんと進む。

 

『臨時ニュースです。現在、いくつかの地域で怪物が目撃されています。怪物は危険性があるようです。もし目撃した場合はー・・・』

「外に出ても同じ、か」

 

隣の若い隊員が膝を拳で叩いた。後部席は運転席に対し垂直に座席が並び、全員が窓の外を目視出来るよう背中合わせに設置されている。

私の背面で、ああ、と返事があった。

 

「大阪、北海道・・・いや、全国各地で目撃情報が続出しているらしい。そして、日本国外でも」

「なんだよ、なんなんだよ!家は・・・大丈夫なのか・・・」

 

通信機はニュースキャスターのアナウンスと、EDFの回線が伝える各地の悲痛な状況を伝える声ばかり流す。

 

「家と言えばそうだ、民間人、お前はそもそもどこに住んでー・・」

「なんだと?!」

 

呼ばれた方向へ振り返るも、運転席の軍曹があげた声に反応し、みながそちらに注目した。減速しながら指示を出す、その声はどこか怒りを孕んでいた。

 

「前方を見ろ。怪物どもが街を攻撃している。ここで降りる。救援に向かうぞ!」

 

 

 

 

街だ。私は何よりまずそう思った。そして、できれば血の匂いがしない風を、崩壊せず行儀よく並んだマンション群を先に知覚したかった。そう、思った。悲鳴も怒号も、この短時間で何度聞いてしまっただろう。全てが、恐ろしかった。

 

『軍曹、ちょうどいい。協力してくれ。一刻を争う。被害者をひとりでも減らしたい』

 

軍曹のチームに向けられた通信だったが、私も仮の一員としてそれを聞くことができた。チャンネルを合わせた無線機を借りたのだった。

 

『了解、戦闘に参加する』

 

軍曹の声を受信し、ノイズが一瞬、通信が終わる。それから生身の軍曹の声。

 

「民間人、酷な事を言うがーー戦え。その銃で。お前には勇気がある。兵士に必要な素質だ」

 

4人分の視線を受けた私のハラはもとより据わっていた。怖くても、恐ろしくても。

 

「大丈夫だ、俺たちはお前から目を離さないようにする」

「軍曹直々のスカウトたぁ、恐れ入ったぜ」

「ま、アンタなら大丈夫な気がしてきたけどな」

 

頷いてみせると、3つの笑顔が返ってくる。

 

「ここを切り抜ければ安全な場所が待っている。やれるな」

「・・・ええ、やれます」

 

かくして私たちは、怪物と塔とに占拠された街へ躍り出た。武装した部隊とタンクがパレードのように進み、街の人たちは悲鳴をあげながら逆走してゆく。象みたいな大きさの異形がみせる破壊的なサーカスは、テントから観客を追い出して尚も続く。噛み砕き、溶かし尽くし、尚も、続く。

 

 

 

 

塔のてっぺん、光体部分を私が請け負い、生まれる怪物、よじ登る怪物を軍曹たちに任せ、ひとつずつ打ち砕いていく作戦。上手く機能し、全ての攻撃対象を壊し、さあ逃げ遅れた人はいないかな、という段階で、異なる種類の悲鳴がまた響いた。驚嘆。絶望。

突如不思議な円盤が来襲し、市街はたちまち凄惨な戦いの舞台と化してしまった。円盤は、薄紙が落下するような気軽さと、真っ直ぐ人間を攻撃する正確さを兼ね備えて自由自在に空中を飛び交った。

 

「ひどい・・・」

 

円盤が放つ光線は街を壊し、狙いを定めた人間に声を出す暇さえ与えず、撃ち殺した。ベランダから空を指差す少女を地上へ撃ち落とす。家族のしんがりを務めて逃げる父親の背中を撃つ。瓦礫に脚を潰された人も、救助するEDF隊員も、助けを求めて叫ぶ人も、みんな、みんな、みんな・・・

 

「オレたちの武器でもなんとかやれる!」

「撃墜した!」

 

希望の声が聞こえるのに、私の絶望が耳を塞ごうとする。だって、私が見てきたものは、抵抗の準備も整わないうちに殺される人々、崩壊する建物、それから、きっと私が最後に見たのは、最後に見ることになるのは。死に尽くし、壊され尽くした、きっと、私がーー・・・

 

“銃口を敵に向ける。引き金を引く。簡単だ”

“手が震えてなければな!”

 

撃ち落とした円盤は炎上して消え失せる。何機落としても、何機落としても、それらは次々と飛来する。だけど、私の手は、震えていた。

 

 

 

「民間人!どうした!」

「おい、ドローンはもういい!上のでかいのが動いたぞ!」

「撤退しろー!」

 

いつの間にか、空には円盤よりずっと大きい、あまりにも巨大な塊が飛んでいた。金色の船。それは基地で見た船だった。追いかけて来たのだろうか・・・そんなことを考える暇もない。そして人々の悲鳴をかき消しながら、街はそれが放った緑の光に包まれた。何もかも消えて無くなると思ったけれど、強固に築かれた人間の街は、ボロボロに傷つきながらもまだ立っていた。それはとても美しくて、とても悲しかった。

 

やがて巨大船が円盤を大量に発進させた。しかし、生き残った市民の誘導が完了したとの通信を受けた私たちはその日、228基地に続き1つの街をも諦めた。

1人抵抗し続ける“街”の姿を何度も振り返った。私には本当にあるのだろうか、勇気とか、助ける力が。思い出すことも、形にして今示すこともできない。もどかしくて苦しくて、怖くて、でも逃げ出したくは、ない。

私を救ってくれた人達の顔を盗み見た。基地を脱出した時のような安堵の欠片はなかったのに、目が合うと軍曹はこう言った。

 

「大丈夫だ、心配するな」

 

車窓の外には夜が降りてきたけれど、いっとう輝く星がひとつ、私は、それを見逃さなかった。

 




閲覧、感想、ブクマなどありがとうございます!
未だフリック入力が苦手。あとハーメルンの機能、絶対半分も使いこなせていない気がする。。


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#5 一夜越えて

※軍曹及びチーム3人に捏造苗字を付けています





スーパー銭湯とコンビニエンスストアが並んでいる。国道沿いのそのエリアは“侵略”がまだ進んでいないようだった。広い駐車場に所狭しと乗用車、キャンプカー、たまにEDF車輌やパトカーなどが停まっていた。空いたスペースに私たちを乗せた軍用車両もちょうど収まった。

小休止を挟んで集合してすぐ、隊員さんの1人が私に尋ねる。

 

「さっきは聞き損ねたけど、民間人、お前そもそも家は?名前は?」

 

全員が互いの顔をハッとした表情で眺め合い、そりゃそうだ!と笑いが湧き上がる。

 

「先に言わずのもナンだから・・・俺は青柳(あおやぎ)

「おう!オレ様は木田(きだ)

君鳥(きみどり)。そんで軍曹が」

赤城(あかぎ)だ」

 

4×2の視線が注がれる。少し迷って、素直に答えてみることにした。

 

「・・・私は、分かりません」

 

さっきの笑い声より大きな大きな驚愕の叫び声が、決して広くはない車両内に目いっぱい炸裂し、反響した。

 

「そりゃそうだよな。いきなり目の前で人が化け物に食い殺される戦いなんざ、軍人のオレたちだって経験ねぇってもんだ。ショックにもならあ」

「民間人の割に落ち着いてると思ってたけど、まさか記憶喪失だったとは・・・」

 

“木田さん”と“君鳥さん”が口々に言うけれど、そもそも私はその前から・・・言いかけて止めた。怪物が現れる前の問題は、きっと私だけの問題だ。その上成り行きの説明もできないとなれば尚更だった。

でも、私が死んでしまった・・・あの街の風景の正体は?やっぱり化け物と関係があるのだろうか、もしかすると私だけの問題ではないの?考え込んで思わず俯くけれど、会話は止まない。

 

「サイフに身分証くらい入ってるだろ?見たか?」

 

“青柳さん”に言われてはたと気付く。ポケットをいくつか探り、薄型のサイフをようやく見つけて中を見る。飛行のライセンスと思しきカードに、名前と居住地が記載されていた。

 

「百瀬勇・・・モモセ・ユウ、西雛羽ヶ里6丁目・・・」

 

全員でしげしげと1枚のカードを眺める。それ以外は特にめぼしい情報を得られなかった。

 

「まあ良いだろう。西雛羽ヶ里の被害状況の確認と、カウンセリングの予約ならば今からでもできる。あとは・・・228のデータにアクセスできたら、プロフィール位は拾えるか?青柳」

「やってみます」

 

赤城軍曹がモバイル端末を立ち上げながらまとめてくれた。

 

「お前はもう休め、百瀬。さっき見てきたが、入浴施設は営業しているそうだ。女性と子供は休憩室で宿泊できると聞いた。俺たちは車内泊するから、朝になったら・・・」

「えー!オレも床で寝たかったっすよー!」

「甘えんな君鳥ー!オレは不眠症なんだぞ!眠れるだけ有難いと思いやがれ!」

「軍人がこんな非常事態に民間人を押しのけて休んでどうするんだ」

 

冗談です!分かってます!木田さん青柳さんに責められてタジタジになる君鳥さんを見た軍曹は、聞こえるか聞こえないかの声でふ、と笑った。

 

「そういうことだ。こんな状況だが、風呂に入ってゆっくり眠れ」

「そうします。みなさん、今日はありがとうございました」

 

明日も頑張ろう、と、それぞれから返ってくる。

今日が終わること。明日を迎えられること。なんて不思議で、なんて心地よいことだろう。辛くても、怖くても。

 

 

 

 

眠りにつくとき、また違う場所から始まったらどうしよう、一瞬だけ考えた。その一瞬を通過すると、襲ってきた眠気に全て攫われて、気が付くと朝になっていた。

避難してきた人々でぎゅうぎゅう詰めの休憩室。昨日と同じ。自分は決して“カイブツが人を殺したショックで記憶喪失”するような繊細さの持ち主ではないな、なんて考えて思わず笑ってしまった。

 

洗顔し、昨夜コンビニで買っておいたファンデーションを顔に伸ばしてゆく。汚れを落とした肌にクリームが馴染み、素顔を隠す。青ざめた頬に艶が現れる。ピンク色を乗せてみると、元気があるように見えてくる。

 

「・・・よし」

 

飛行用のヘルメットを被って、朝日の眩しい駐車場へと踏み出した。

 

 

 

 

 




閲覧にお気に入りに感想にしおりに評価に、、いつもありがとうございます。励みになります。
妄想激しい回となりました。ゲームクレジット準拠に補足すると、兵士Aが青柳さん、Bが木田さん、Cが君鳥さんです。由来は全員個人的なイメージカラーです。レンジャーだけにカラーレンジャーです (?!)
まったりペースですが宜しくお願いします。


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#6 白銀と炎熱

雪混じりの冷たい風が吹きつける。ウイングダイバーの軽量装備は防寒具としてはどうにも非力だ。でもひとたび空を舞ってしまえば、駆動のエネルギーで暑いとさえ感じるようになる。そして戦闘が始まれば汗まで流れる(それは冷や汗も含めて)。

 

私は十日間ほどの逃避行を終え、基礎訓練を積む日々を経て今日、EDF隊員としての初陣を迎える。赤城軍曹チームのみなさんと。必然か、偶然か。こうして再び肩を並べている。【私が私になってからの】この五か月と少しの日々を思う。現実感の無さやら訓練の過酷さやら、世界が置かれた状況への絶望感やら、本当に立ち止まる暇もない日々だった。私が誰かなんてどうでもいいくらいに、街は、国は、世界は、戦うことができる誰かを欲していた。

結局私の住んでいたらしい西雛羽ヶ里地区は壊滅状態で、“百瀬勇”についての手掛かりは未だに見つかっていない。訓練所で、教官の話やテレビ画面・ラジオ放送越しに知る被害状況。犠牲となった方々の中にはもしかすると私の大切な人がいたかもしれない。それを知ることはできない。流れてゆかない水の凝りみたいに、やりきれなさが胸の中で濁っていた。そして、だからこそここまで来た。何もかもを守ることはできなかったから、誰かを守ることができる存在になりたかった。それが私に芽生えた意志だった。

いずれ安全な場所に。民間人としての私に希望を与え続けてくれた背中を見る。戦場と化した街をいくつも駆け抜けて、敵が地球を侵略しようとしているエイリアンだと分かっても、幾度となくとめどなく誰かの死を目の当たりにしても、光が絶えることはなかった。なぜですか?一度尋ねたことがある・・・

「似合っているぞ、戦友」

そんなことをぼんやり考えていると、軍曹がちらりと私に振り向いて言った。それを聞いた木田さんがくっくと笑って続ける。馬子にも衣装ってやつだな。どうして素直に褒めてくれないんです?と反論しようとしたけれど、青柳さんが「お前になら背中を預けられる」と素直すぎる褒め方をしてくれたので、なんだか程よいバランスで受け止められた。最も年齢が近い君鳥さんは先輩風を最大風速で吹かせながらも、一番気さくに接してくれた。

総人口の二割を失ったというこの世界で恩人たちにまた生きて会えたことは、今更ながら本当に奇跡的なことだと実感した。思わず頬が緩む。何に笑っているんだ?君鳥さんの口元が困惑に引きつったのがなんだか尚更おかしかった。

 

 

 

 

 

 

テレポーションシップと呼称される、怪物を送り込む宇宙船は大きな脅威だった。雪降るこの街にもその船は遊泳する。巨大で威圧的な異物は、恐怖と違和感を抱かせながらも無表情に存在していた。曇り空をさらに暗くさせる巨大宇宙船。間引かれた建物の残骸が燃えている。未だ自立するビルから人が身を乗り出している。五か月が経過しようと侵略者たちが見慣れた存在になることはなかった。例えテレビの向こうで何度見てきても、イメージトレーニングなんかを積んでみても、いざ彼らを目の前にすると人々は冷静ではいられなくなる。冷静になれる者たちが、だから戦わなくてはならない・・・なんて言葉を訓練中なんども聞いた。冷静、冷静と心の中で呟く。

そんな驚異の象徴、テレポーションシップ。それを軍曹は地上から撃墜してみせると宣言する。曰く、テレポーション機能を実行する瞬間にハッチの中身を狙うのだと。危険を冒してでも近づき攻撃するのだと。

「危険すぎます!兵士たちでさえアレに何十人も殺されているんですよ!」

「そうですよ!真下に移動するだなんて正気とは思えません!」

青柳さんと君鳥さんが叫ぶ声を聞いて、軍曹は二人を真正面から見据えて答えた。その視線は木田さんと私にも同じく注がれる。

「いいか。この五か月もの間、俺たちは怪物と戦い続けてきた。だがもう限界だ!人類は負ける・・・今日、ここで勝たなければな」

赤々とした光が見え隠れする。確かに外殻より柔らかそうに見える。そしてきっと私は一番近くでそれを見ることができる。赤い光に向かって飛んで行く、イカロスの羽は燃え尽きる。オーバーヒートに気を付けて。訓練で私はしょっちゅう注意された。夢中で飛んで行ってしまうから。

「大丈夫ですよ」

気が付くと私は夢中で悩んで言ってしまう。

「私は空を飛べますから」

 

 

 

長い時間飛び続けることは難しかったので、ビルの屋上で籠城し、宇宙船の旋回とハッチ開閉のタイミングを見計らってビーム砲を放つ作戦を執ることにした。ビルを這い上がる怪物を払うために、傍に木田さんが居てくれた。やるだけやってやる!と頬をびしびしと両手で叩き挟んでいた。言い出したのは俺だ、と軍曹はまさにテレポーションシップの真下にフォーメーションを敷き、腹を決めた青柳さん君鳥さんも打って変わって強気の姿勢で向かっていった。

「おっ!開くぞ、おい開くぞ!」

「み、見えていますから圧をかけないでください!」

チャージを最大にしてチャンスを待つ。木田さんはまるで教官のように私の傍で見守っていてくれた。早くアレが撃墜されるとこ見てンだよ、と豪快に笑いながら、自身もアサルトライフルを構えた。雪で白く塗られた風景の中に軍服姿はすぐに見つかる。三人もそれぞれの場所で機会を伺っていた。撃てー!ピンと張られた軍曹の声が響く。銃弾とプラズマを受け、炎熱がマグマのように煙のように、白銀の街を溶かすエネルギーを撒き散らす。効いているのだろうか。効いているようだった。

私は思わずビルから足を離す。もっと近くで。もっと確実に壊さなくては。そんな衝動に駆られた。おい!無茶するな!と怒鳴る声がはっきりと聞こえたけれど。パワーより回数で攻めてみる。それともやはり最大出力に賭けた方が良いだろうか。ハッチが閉じかけても攻撃をねじ込む。暑い。熱い。汗となって流れてゆく水分が高揚感を煽る。墜とす、墜とす、墜とす!オーバーヒートのアラートと、標的が爆散していく風景と、すべてがスローモーションに見えた。灰色と白銀の風景が橙と赤とでぐしゃぐしゃになってゆく。その炎の中に私の身はゆるやかな速度で落ちる。宇宙船の素材が炎を反射して鈍く光りながら落ちる。冷たい雪の上に落ちる。

飛行ユニットは私を軟着陸させた。そこに立っていた軍曹のアイガードが橙色の炎に照らされている。メリー・ポピンズみたいだな、と真顔で言われたけれど、テレポーションシップが砕け散る音がうるさくて上手に会話ができなかった。

 




久々の投稿になってしまいました。。いつも閲覧、感想、評価などとてもうれしいです。ありがとうございます。最後の方とかオペ子ちゃんとのやりとりとかは考えているのですが、辿り着きたいな~~


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#7 飛行士夢現

「おおーい!オレを置いていくなよ!」

木田さんがざくざくと雪、砂利、そして怪物とテレポーションシップの残骸を踏みつけて走ってくる。冷たい風にあおられて、炎が収束してゆく。軍曹と本部が宇宙船の破壊について通信をしている。

「お前はホントにしょっちゅうオーバーヒートするんだな」

君鳥さんが笑い、青柳さんにねぎらわれ、通信を終えた軍曹が「よくやった」と力強く頷いた。そしてチームは二隻目のシップを目指す。

怪物の体液は雪と共に地面に吸い込まれる。ぐちゃぐちゃの大地を軍靴で踏みしめ、煤と雪にまみれた兵士たちは前進した。悪天候をものともせずに侵略生物たちは任務をこなす。私はレイピアにプラズマアーク刃をリロードする。ピピピピピピ・・・いつもと違う電子音。雪降る街が真っ白い風景に変化していく。一瞬で世界が切り替わる。私はゼロレンジ・プラズマアーク銃を操作する手つきに両手を突き上げて横たわっていた。EDF関東支部、臨時で割り当てられた女性宿直室の一角、そのベッドの上に。

「・・・寝坊した?」

 

ベース228同様、EDF駐屯地としての役割を放棄せざるを得なかった基地はいくつもあった。それらに所属していた隊員たちは、機能し、かつ都内で一番広い関東支部を拠点として任務に当たっていた。そして私のような家を失った隊員やその家族は、当直室や仮眠室、または近所の社宅を住まいとして与えられていた。青柳さんは奥さん・お子さんと社宅に住んでいるし、木田さん君鳥さんは男二人の同室だと嘆いていた。お互いのいびきやら歯ぎしりやらがうるさいと。実家が遠いため家族はまだ、こちらに呼べていないと。赤城軍曹は・・・よく分からなかった。家族は居ないと聞いた。支部の個室で寝泊まりしていると教えてくれた。木田さんたち曰く、自分一人が宿舎の部屋を埋めるより必要としている家族に割り当てたいようだとか、部下と同室すると気を遣わせると考えているのかもとか、単に職場での寝泊まりを好むワーカホリックなのだとか、冗談か本当か分からない説明しか聞けなかった。

支部を家としている女性隊員は少なく、シフトによってはこの一帯は無人となる。と、今朝のように自力での起床に失敗するとこうして取り残されることになる。私は自分の肩まで届く黒髪に無理やりブラシをねじ込んで梳いた。切ってしまおうかな。BBクリームとアイブロウを叩き込み、ブラウンのアイシャドウを二重瞼に小指で素早くのせて、リップ&チークカラーを後で塗ろうとポケットに突っ込んでから廊下を駆けた。フライトユニットを部屋で装備できないことが恨めしい。

 

「おはようございます!」

夢の中で初陣を再現したこともあり疲れがしっかり取れていない気がする。早朝始業のシフトではなくてよかった。通勤時間0分でよかった。午前十時の集合場所に、ウイングダイバーチームが揃っていた。研修を一緒に受けた同期生も何人かおり、不安そうな笑顔をいくつか挨拶として受け取った。

臨時の通信を受けた私たちのミーティングは中断され、出発が早まった。市民の避難が完了していない市街地に怪物が突如現れたという放送は、高い緊急度をもって鳴り渡る。場所は雛羽ヶ里中央の住宅街。奇しくも、壊滅したという私の居住地域の近くだった。

 

ピンク色のフライトユニットを身に着けたチームに加わる。私のユニットもちょうど似たような色だったので、仲間に入れてもらったかのような心強さを覚えた。

同じようなデザインのマンションが何軒か立ち並ぶこの場所に、見覚えがあるかないかと問うてみても答えは出なかった。怪物たちが跋扈している現状のせいで記憶をうまく辿れないだけかもしれないけれど。早速α型の群れに突っ込み、掃討していく。住民の避難誘導は、もうひとつのウイングダイバーチーム【ピジョン】が担当するとのことだった。ピンク色チーム【コマドリ】の隊長さんはチームメイトや私たち新人を鼓舞しながら、躊躇することなく怪物にパルスマシンガンを撃ち込む。

α型の力強い突進にも、β型の糸が腿に絡みつく不快感にも、もはや慣れてしまった。マンションを軽々とよじ登るα型を飛行して追い掛けて粉々にする。β型の群れをプラズマアーク刃一斉掃射で狩りつくす。住民の悲鳴が段々遠くなる。避難完了の通信はまだ来ていないけれど、そろそろだと思われた、そんなタイミングで無線機から通信前駆の雑音が聞こえた。総司令官の声だった。

『総司令官より全兵士へ――マザーシップの撃沈こそ我々の最終目標――――10隻のマザーシップを撃沈しなければ―・・・』

巨大な宇宙船。見たことがある者にとっては気が遠くなるような宣言で、通信を聞くことと反芻することに完全に気を取られてしまう。地面を割る轟音への反応が遅れる。地中から這い上がってきた怪物のたくさんの無表情が、私の姿をターゲットとして見据えていた。「新入り!」コマドリ隊の隊長が叫んだ。瞬間、真っ白な影が眼前に現れ、M5レイピアの射出音が鳴り響き、赤い異形はバラバラに砕け散った。白いユニットのウイングダイバーはヒットアンドアウェイで私の脅威を取り除き「大丈夫?」と微笑んだ。

それが、私と志呂山鳩子(しろやまはとこ)さんとの出会いだった。

 

ペースを取り戻した私はその後順調に作戦をこなし、ピンク色の一団に褒められ、コマドリ隊へ正式に入らないかとスカウトされながら帰路についた。ピジョン隊の隊長―みんなからハトコさんと呼ばれていた―は再びにっこりと笑って、私の傍に来てくれた。外したアイガードからアーモンド形の瞳が現れ、私をじっと見つめる。

 

「モモセちゃん、私のこと覚えている?」

 

 

 




閲覧、しおり、評価、お気に入り、ありがとうございます。
前話でテレポシップからドローンが出て来るとか誤表記しちゃったので修正しました。勘が鈍っているなと思って久々にプレイしたら睡眠時間が消し飛び、スターダストジサツをかましまくり、軍曹のかっこよさを再認識して溜息をつきました。


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#8 戦う意思が

およそ半年前に雛羽ヶ里住宅展示場で行われた飛行ショーのイベントで、私と鳩子さんは出会っていたらしい。作戦終了後、帰還して報告を済ませてシャワーを浴びて、私たちは廊下のソファに隣り合って座った。

 

「私は西雛羽ヶ里交番勤めで、百瀬ちゃんがニシヒナ出身だって言うから、盛り上がったんだよねえ」

 

私は自分の思い出や記録全てを忘れてしまっている。記憶の残滓としては、なぜか壊滅した街の風景だけ。EDFへの入隊は228基地の飛行ショーの際に提出した履歴書データを青柳さんが取り出してくれたこと、赤城軍曹が推薦してくれたこともあって無事に叶ったけれど、もしこの凄惨極まりない世界にひとり放り出されていたら、私はどうなっていたことだろう。そしてこうして過去の百瀬勇を少しでも知る人と話してみると、改めて自分自身の存在の危うさを実感してめまいがする。

 

女性警察官は柔道・剣道・飛行の中から専門を選択するらしい。鳩子さんはさらに上の段階としてEDFウイングダイバーと合同の飛行訓練を受講していて、加えてプライベートや公務で飛行ショーの演者も務めていたということだった。地球侵略から五か月が経過し、ウイングダイバーとして従軍する女性も増えた。コマドリ隊の湖山隊長のように元々EDF隊員だという人は勿論居るけれど、警察・消防、飛行ショーや飛行教習所勤めの方、飛行競技の選手など、その職業は多岐にわたる。終わりの見えない侵略者たちとの戦闘に挑むため、自ら地球防衛軍の隊列に加わる“元民間人”も増えている。地球は何億もの人命を失っていた。日常生活はもはや失われていた。

 

私を穏やかな瞳で私を見つめる鳩子さんは西雛羽ヶ里の街と交番を失った後、治安維持や犯罪対応を所属署に託し戦闘の最前線に加わった。

 

「あなたは特にチームに所属していない駆け出しの演者だっていうから、よかったら別のショーに出る時に声かけるねって連絡先を交換したんだ。まさかこんな事態になるとは思ってもいなかったけど」

「すみません、本当に悲しいくらい何も思い出せなくって・・・」

 

ゆっくり首を振る鳩子さんの外跳ねボブが揺れる。

 

「あの時もっと仲良くなっておけばよかったな。とにかく、これから改めて宜しくね」

 

これは帰還報告の際に決まったことだった。

 

「ピジョン隊11番目の隊員として、頑張ってよね」

 

 

 

 

 

 

「あ、赤城軍曹!」

 

食事を済ませて自室というか宿直室というか、とにかくベッドに戻ろうというところで、お風呂上りらしき軍曹に出くわした。着替えと書類をそれぞれ手にして、休もうとしているのか仕事しようとしているのかよく分からないスタイルだった。軍服と防具を取り払ってしまうと、鋭い目つきや鼻の形も相まって、軍曹はワシのような印象があって少し怖い。水気を含んだ短髪が逆立ち、なおさら猛禽類じみていた。

 

「百瀬か。早く寝ろよ」

「そうします。今日みたいに寝坊・・・いやなんでもないです」

少しだけ目つきが緩む。

「そういえば湖山がお前をスカウトし損ねたと悔しがっていたな。明日は俺たちもピジョンも巨船破壊作戦だ、宜しく頼む」

「また一緒に出撃できて嬉しいです。お願いします」

 

お前とこんな会話をするようになるなんてな・と微笑した軍曹の背中を、廊下の角で曲がるまで見送った。本当ですね。民間人!と呼びかけられていた時のことを思い出す。心底恐ろしい日々だったけれど、私の大切な思い出。きっと私に意志が芽生えたのは・・・戦う意志が育ったのは、誰かを守ることができる存在になりたいと思ったのは、軍曹の力強い言葉を聞いてきたからだと、そう断言できる。

 

 

 

 

 

 

 

明朝、私たちは街へ出た。マザーシップ攻撃作戦。この国に降り立ったマザーシップナンバー9が関東支部の防衛区域に近づいているということで、昨晩立案された作戦だった。観測は夜通し行われていた。明け方、巨船は市街地上空で位置座標を固定したと報告があり、隊員たちは緊急アラートで叩き起こされた。

AFVに随行して、ピジョン隊とフェンサー部隊が行軍する。街の別方向から何隊かが動いている。戦闘ドローンをボルトガンとレイピアで撃ち落としながら、私は必死に着いて行った。作戦に参加する部隊は多数。ドローンの銃撃に負傷しながらも、地球人は弾数にものを言わせこの戦場のイニシアチブを握りつつあった。

マグ・ブラスターはどうしても照準を合わせることが苦手で使いこなせなかった。敵に近づいて、そのために必死に飛び回って、時には這ってでも敵を破壊する。それが戦闘経験の浅い私が取れる精いっぱいのスタイルだった。ドローンの破片が肌を掠めて痛い。けれど、射撃した後の立ち回りをピジョン隊のみなさんに指導してもらううちに、効率的に敵を屠れるようになってきた。飛行射撃競技のインターハイ選手だという高校生の十和子(とわこ)さん、EDF二年目でボルトガンを上手に操る晶紀(あき)さん、逃げ上手なのだという飛行ショー出身の香理花(かりか)さん、小柄な体型でとにかく動き回る鳩子さん。きっとこの地球侵略がなかったら平和な空で出会っていたかもしれない、その勇敢な先輩たちの背中を私は追いかけた。

 

「宇宙人・・・?何を言っているの?」

 

関東支部のチャンネルから漏れる憔悴しきった声に、私たちは戦闘を続行しながら首を傾げた。ドローンの猛攻を乗り越え、それぞれが無線機の意味不明な報告に集中する。人間とよく似た構造をもつ生物が現れた。武装しており、二足歩行で、頭も目もある。宇宙人が侵略してきたという。

 

「鳩子隊長、あれ・・・」

 

ふと空を見上げた晶紀さんの声は震えている。果たして視線の先、中空を遊泳していたのは、人間に酷似した巨体を満載した宇宙船だった。

先行している部隊のものだろうか。その時悲鳴が聞こえた。撃て、後退しろ、助けて、逃げろ。だけどもう何もかもが遅い。だって、宇宙人は。奇妙な機械と武装で身を固めた巨人は私たちを大きな目で見つめている。そこに来ている。距離にして50メートルだろうか。

銃口を向けられる。大きな口が開く。何か言葉が聞こえる。ボルトガンを構えた。

 

『 攻撃を許可する!直ちに侵略者を殲滅せよ!』

「無理よ、イヤ・・・あんなの、撃てない!」

「やらなきゃ殺されるわよ!」

無線の声と戦場の声が交錯する。心臓がばくばくと脈打つのを感じる。脚が竦む。私の意思は決まっていた。

『こちらチームガンマ!救援を・・・うわああああ!!!』

「百瀬、交戦・・・します!」

 

射出音が周囲で炸裂し、宇宙人と地球人の銃弾が飛び交った。粘ついた体液が宇宙人の身体から飛び散り、もはや、誰の血が流れたのか分からない。

 

 

 

 





閲覧ありがとうございます。
コロちゃんは人間に似ている説でゆきます。コロニストのゲ〜ロゲロ!って雄叫びが好きです。いやカエルじゃんか


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#9 エイリアン

侵略生物は虫のような姿をしているから殺していいの?宇宙人は人間に似ているから殺したくないの?だって撃たなければ殺される。だって私には“今”以外なにも無い。

人に似た生物を損壊させた私は、私たちは、これからどうなってゆくのだろう。

 

 

 

 

 

 

『こちらフェンサー1、敵性生物と交戦するも攻撃した両脚が再生!やつら治癒能力をもっています!』

『再生する前に殺せ!集団で急所を狙え!』

 

目前に迫っていたエイリアンのうち1体を、私はレイピアの至近射撃で頭部を破壊して殺害した。ぐずぐずになった体組織が流れ落ちる。血の色は人間のものと違う。着地に失敗して尻もちを着いた私に、手を差し伸べる人は居なかった。

 

「あなたは」

共に行軍していたレンジャーが私を見下ろして震える声で言う。

「なぜ躊躇しなかったのです」

 

 

 

そこからの展開はあっという間だった。ビルの陰から現れた2体のエイリアンに襲撃され、部隊は散り散りになる。鳩子さんが素早く私の手を取り立ち上がらせてくれた。よくやったよ、と言ってくれた。数体同時に相手取る戦術が無謀であることは、その場にいた全員がすぐに察した。建物の屋上や看板の裏、ベランダなどを使って隠れながら、それでも戦場からの完全逃走は考えず、一撃でも多く食らわせようとウイングダイバー達は羽ばたいた。AFVやフェンサー部隊とはすっかりはぐれてしまった。鳩子さん、十和子さん、香理花さん、私の4人はオフィスビル街、吸い殻やペットボトルが転がった汚い路地裏で息を殺していた。

 

「晶紀と衣川とは、はぐれちゃったね」

 

ピジョンの残りの5人はまた別方向から向かっていた。衣川琴(いがわこと)さんは鳩子さんの交番時代からの後輩で、EDFに入る際一緒に引っ張り込んできたらしい。無線機で呼びかけたいところだが、明らかに表通りにはエイリアンが複数居る。巨体に巻き付く機器の用途も不明な今、通信傍受も懸念事項だった。小声での会話も恐る恐るだった。

冬の午後はあっという間に暗くなる。辺りは西日で柔らかく照らされ、乾燥した空気からは不潔な臭いが漂い、この状況の異常さを煽る。

 

「ホントありえないんだけど。あんなの相手に勝てる?別に戦えないわけじゃないけど」

「自分は・・・正直まだためらっています。まるで人間みたいなその、宇宙人を、撃っていいのか、って」

 

香理花さんが小声で怒り出し、十和子さんがしゅんと俯いた。

 

「十和子ぉ、αやβはガンガン殺してたくせに、ニンゲンに似てるからって罪悪感覚えるの?射撃部頼りにしてんのよ?」

「やめなさい香理花、高校生にそういう責め方」

「いえっ、EDFに志願したからには学生であることに甘えず、自分にできることはなんでもする所存です!」

「声が大きいよっ」

 

鳩子さんに諫められて二人は口をぎゅっと結ぶ。しかし香理花さんはすぐに「で」と口を開いた。

 

「百瀬さんは?さっきいの一番に戦果挙げてたけど、何か作戦ある?」

「・・・できるなら今すぐにでも飛び出したいです」

思ったままを答えると、きゃっと嬉しそうなリアクションが返ってきた。

「ねえ、聞いても良いかな?どうして百瀬は屈しないのか。意志が強いのか」

 

鳩子さんに尋ねられた。それは、きっと私の力じゃない、と思う。言葉がまとまらない。()()()()()()()()()()()なのかもしれない。せっかく生きているのだから(記憶の残滓がちらつく。音と光と炎。死んだかもしれない私の記憶)私のできることを知りたい。守られた命だからこそ、誰かを守れる私になりたい。決して諦めない人の・・・

 

「おい、生存者だな!・・・百瀬か!?無事でよかった」

 

あなたの、隣で戦えたら。守れたら。生きることができたら。それが、曖昧であやふやな百瀬勇の存在理由。

 

 

 

 

 

 

 

青柳さんの武装が返り血でぐっしょりと汚れていた。

「手強い相手ですね」

「お互い酷い有様だな、百瀬」

気遣うような口調につられて自分の身体を見下ろすと、なるほど確かに酷い有様だった。花のウイングダイバー装備がエイリアン色の涙で泣いている。

軍曹たちのチームが連れてきたフェンサー2名とも合流し、私たちは赤城軍曹の作戦を聞いた。それは身を隠しながら接近し、攻撃と潜伏を繰り返して攪乱。体格差を活かして死角から攻め、多対一に持ち込むという戦術だった。

 

「俺たちの重装備は最初の接近に向いていないな。ウイングダイバー!頼むぞ」

フェンサーのひとりが隊長章を付けた鳩子さんに言う。

「そうね、哨戒は引き受けます」

「はぁん?じゃあきっちり攻撃はしてクダサイね?怯えて転んでも、重装備のお兄さんたちなんて起こせないしぃ」

鳩子さんと香理花さんの対照的な返答が重なった。こら、と小突かれた香理花さんが、ピンク色の唇をいーっと伸ばして威嚇する。十和子さんがすみませんすみません!と怯えていた。

 

「やれやれだ。必要なのはでかい相手に近づく勇気だ!言い出しっぺは俺だ、手本を見せよう」

 

赤城軍曹が青柳さんと木田さん、ひええと小さく漏らす君鳥さんを伴って表通りにひらりと走っていった。香理花さんが小声でシブ、と呟いた。

 

 

 

「木田、いいぞ、一度下がれ!」

「おおよ!」

 

道路の向こう側のビル裏手に4人が吸い込まれていく。残されたエイリアンは両足を失ってじたばたともがきながらビルを無茶苦茶に撃ちまくる。2軒隣のコンビニ脇から君鳥さんが飛び出した。背後からうなじを狙ったアサルトライフルの弾道は正確で、急所を連射されたエイリアンは痙攣のち絶命した。

 

「・・・った、やりました軍曹!」

「よくやった君鳥!その調子だ、行くぞ!」

 

レンジャーが次の標的を探す。一緒に見ていた十和子さんが凄いっすね!と静かに燃えていた。鳩子さんが早速上昇した。しかしすぐに下降してくる。さっきまで飛んでいた辺りの看板が消し飛んだ。

 

「見つかった!結構近くにいた、ここ出て右手のT字路さらに右!」

 

私と十和子さんが同時に低空飛行でブーストを掛けた。学習塾ビルにぴったりと身を寄せたエイリアンを見つけ、プラズマアーク刃を脚部にお見舞いする。しかし削り切れなかったため即座に二手に分かれた。私は背後の建物に隠れ、おびき寄せるようにボルトガンのトリガーを引いた。近づく足音に地面が揺れる。ビルを半周して背後に回り込み、今度は全身に隈なくレイピアの斬撃を浴びせた。十和子さんの援護射撃・プラズマ砲が飛んできて、それがトドメとなる。ぼろぼろとその巨体がアスファルトに崩れ落ちる。

「う、ぐう、」

驚いたのか、十和子さんがしゃがみ込んで嘔吐いた。

 

 

 

 

「きゃあああああ!」

 

悲鳴は近くで聞こえた。知らない声、と思われる。落ち着いた十和子さんがあっちです!と飛んで行った。慌てて後を追うと、見覚えのあるピンク色のフライトユニットを着たウイングダイバーが、オーバーヒート状態で座り込んでいた。眼前のエイリアンは身体のところどころにプラズマアーク刃を受けて流血していたが、驚異的な再生能力によってその傷は塞がりつつあった。

 

「百瀬さん、一気に行きますよ!」

「了解です!」

 

今度は脚部を数発で吹き飛ばすことに成功した。倒れたエイリアンの銃撃が宙に向かって放たれる。他のエイリアンに感づかれたら厄介だけど、オーバーヒートしたコマドリ隊の人を置いていくわけにはいかなかった。武器を持つ手をレイピアで削って切り離す。左腕でずりずりと地を這うエイリアンに追撃を放つ。撒き散らされた体液が横断歩道の白と黒を覆い尽くした。歩行者信号のふもとに居たコマドリさんのユニット冷却は完了したようだった。彼女の視線が私たちに注がれている。その目の前で私たちは人間に酷似した生き物の頭部を滅茶苦茶に破壊した。

 

 

 

本部からの通信を受け、私たちはエイリアンが街から撤退しつつあることを知った。遭遇率は確かに下がっていた。鳩子さんと香理花さん、フェンサーさんたちも無事だろうか。私と十和子さんは、コマドリ隊の(あずま)さんを庇いつつ、どうにか軍曹の作戦通りに対エイリアン戦をこなしていた。十和子さんの飛行射撃は正確無比だった。私はとにかくがむしゃらに、エイリアンに食らいつくばかりだった。

 

そうこうしているうちにようやく人間に出会う。赤城軍曹一行も別のレンジャー部隊と合流していた。

「見ていたぞ。お前の勇敢さには本当に驚かされる・・・名前通りだな」

「えっ、あ、えへへ、ありがとうございます」

「なぁに照れてんだよ」

軍曹に褒められた私と小突く君鳥さんを見て、十和子さんがやっとリラックスした笑顔を見せてくれた。高校生も入隊させんのかよ、なんて組織だ!青柳さんから聞いたのか、木田さんが十和子さんを指さして叫んだ。自分はどうしてもと志願したんすよ!と負けじと大声があがった。

 

「最後のひとり・・・一匹、さっき隊長たちが倒しましたよっと」

 

空から唐突に、香理花さんが報告をしながら着陸した。同時に本部からねぎらいの言葉と、退却用の車両を用意したとの通信が入った。それをもって面々は実感する。街をエイリアンから奪還することに成功した、と。夕焼けは地平線に沈殿し、ほとんど夜になっていた。レーションで補給はしたけれど、ほっとしたらお腹がすいた。

 

「晶紀と琴も拾えたし、任務完了よね。ところで」

 

香理花さんがアイガードを外して軍曹を上目遣いに見つめた。長いまつ毛に縁どられた目は、顔の小ささも相まってきらきらと大きく見えた。

 

「ねっ、軍曹さん、あたし貴虎(きとら)香理花っていうんです!苗字じゃイカツいから香理花と呼んでくださいね。今度、デートしてくれません?」

「え」

「はああ?!」

「冗談だろ?!」

 

青柳さん、木田さん、君鳥さんと3パートの合唱が響く。軍曹は一瞬固まったが、ヤツらから地球を奪い返したらな、と動揺した様子もみせずしれっと言ってのけた。

 

「きゃ、香理花がんばっちゃお」

 

あーっこら香理花!またあなたは男のケツを追い回す!遅れて到着した鳩子さんの叱り声と、優しい鳩子さんのケツ発言に驚愕したと思しきフェンサーさんの短い悲鳴と、晶紀さん・琴さんと十和子さんの固いハグと、何が何やら混乱して動けない私。激しい戦闘でみんなハイになっていたのか、軍曹が場を諫めるまで騒ぎは止まらなかった。

東さんは一言も話さず俯いていた。この時、それに気付くことができていたら。

 

 

 

 






アク解見ると元気がでます。閲覧など本当にありがとうございます!
トンデモ生物見てもうろたえない軍曹はどんな時にうろたえるのかな。
鳩11羽もいるし女子が増えていくと思います。スプリガンの姉さんたちは後輩ダイバーたちから恐れられている気がします。
「孤立」の任務ではみんなで筋トレしたり踊ったりしますよね。
あと先日「生存者」で軍曹とだけ合流してソロで歌ってもらったらエイリアンに見つかって射撃されて泣いちゃった。


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#10 女子会と夜

こんないい城があっただなんて!途端にはしゃぎだす10名を止めることは私にはできなかった。EDF関東支部地下2階・女性宿直室1号部屋、その一角にある私の居住区域。二段ベッドが6台置かれたその部屋はそんなに広くはないのだけれど、とにかく私を含めて11人。ウイングダイバー【ピジョン】チームの面々が図らずも勢ぞろいした。香理花さんの「良いたまり場ができちゃった!」という無邪気な笑い声が聞こえてしまった。

巨船破壊作戦改めエイリアン殲滅作戦で共闘したのは、隊長の鳩子さん、その後輩の琴さん。EDFに入隊して2年目の晶紀さん、飛行ショーで鳩子さんと知り合ったという飛行演者の香理花さん、飛行射撃部現役選手で高校休校に伴って入隊した18歳の十和子さん。

 

「私は旦那がα型に食われて以来行くところなかったのよねえ。ココで洗濯係でもやろうかと思ったけど、せっかくだし戦おうと思って」

気だるげに語るのは侵略直後に入隊した菜摘(なつみ)さん。モラハラ旦那だったけど、最後は私を守ってくれたわ、と笑っていた。

「大学の飛行サークルで飛んでたんだけど、内定も保留になったし、勉強しても世界終わるかもしんないし、ね」

「エミ・・・あたしは勉強ちゃんとしてるよ?」

エミさんと千沙(ちさ)さんは大学の同級生。一家で避難所に入ったけれど、ウイングダイバーの適正を認められて入隊したらしい。

「しかしまさか昔の職場に復帰するきっかけが宇宙人侵略とは思わなかったわね」

狭治(さじ)さんは3年前、結婚を機にEDFを辞し、このプライマー侵攻で再び前線に志願して現在この隊で副隊長を担っている。

「あ、ごめん勇ちゃん、お茶こぼした」

彩風(あやか)さんは私と研修で同じ組だった。のんびりしているけれどゲームで鍛えた?らしい機器や射撃の腕前を買われている。

 

「私が言うのもなんですが、ピジョンは民間出身者が多いですね」

彩風さんにタオルを渡しながら鳩子さんに尋ねてみる。

「まぁ、そうね。だからここ、前線に出ることも多いけど私が隊長ってこともあって、避難誘導とか避難所への補給とか、ちょっぴり飛行ショー開いたりとかもあるわよ」

「叩き上げのウイングダイバーはプライド高いからね!結構冷たい目で見てくるチームもあるっちゃあるよ。これは民間人が気安く着られるものではないぞって」

ひょこっと狭治さんが顔を出す。

「あはは、そんなに気になるほどでもないですって。コマドリの湖山隊長とかはすごい良い人だよ。ていうかこれまでEDFで私が訓練受けたとき、あの人がリーダーしていたことが多くて。それで今回私に隊長任せてくれたって経緯もあるの」

滅茶苦茶面倒見良くってホント姉御って感じ、と評される。雛羽ヶ里中央での任務を思い出してみると、その慕われっぷりには頷けた。

「ていうか狭治さん今の明らかにスプリガン隊長の声真似じゃないですか・・・聞かれたら怖いですよ」

「あっはは!2個上の先輩だったわ、あの隊長。ここにいればまた会うことになるのかねえ」

晶紀さんが恐る恐る突っ込みを入れる。佐治さんが豪快に笑い飛ばす。私の部屋で繰り広げられる突然の女子会は、それはもう弾丸の如くお喋りと笑いが絶えない。

「スプリガンってチームの名前ですか?」

「そうっすよ、ウイングダイバーの精鋭!ぴっかぴかの赤いフライトユニット!素早いし華麗だし射撃は外さないし、エリートですよ本当!一度大会の開会式で見たことあるけど、かっこよかった・・・」

私の質問には十和子さんが答えた。よく知ってるねぇ、と晶紀さんが目を丸くした。

「今は被害甚大な東北方面に出ているらしいけど、関東所属だしそのうち帰って来られるわよ」

鳩子さんが無邪気ににっこりと笑った。その横で「お楽しみに」と佐治さんが邪悪ににっこりと笑った。

 

大皿にはプチトマトやらキュウリやら、一口大の野菜が盛られている。食堂で定刻に出る夕食を食べ損ねたため、私たちはこうして簡単な食事をとっていた。なぜか私の部屋で。エミさんと千沙さんの大学生コンビは元気にむしゃむしゃと頬張っている。

「しかしこれだけ地球上の被害は甚大なのに、野菜はむしろ安定供給なんですね」

千沙さんが首を傾げる。菜摘さんがそうねぇ、とミニトマトを唇に当てた。

「ニュースで聞いたけど、収穫速度も上がっているとかなんとか?宇宙物質が含まれているとかでアンチ畑野菜の団体も出ていて、野菜工場も忙しいみたいよ」

「食べ物無いよりマシですけどね!だって人も減って食べ物も奪い合いになって人間同士の争いになったら本格的に終わりですもん」

エミさんがまくし立てながらジャガイモにフォークを突き立てた。

 

「ていうかさ、ももちーはなんで赤城軍曹と知り合ったワケ?教えて教えて!」

「どわっ、香理花さん」

ていうか・の前の会話の流れが分からなかったけれど、背中から抱き着かれ、胡坐をかいていた私は床に倒れかける。こんな場所なのに石けんのようなお花のような、不思議ないい香りがした。

「えー、えっと、命の恩人かな。228基地で助けてもらったの」

「いいないいな、香理花もドラマティックな出会いしたかったぁ。そんで?そのあとは?」

「うう、待って、説明が追い付かない・・・」

 

 

夜は更けていった。結局明日も集合が早いから、と面々はこのまま宿直室に泊まることにしたらしく、ベッドは次々と埋まっていく。

「百瀬さぁん、あの、トイレ一緒に行ってくれませんか・・・?迷いそうだしここ地下だしなんか・・・」

背中を突かれて振り返ってみると、上目遣いの十和子さんにもじもじとお願いされた。なんだかかわいくて嬉しくて、私は張り切って先導することにした。

 

大した距離ではないけれど2回角を曲がるので、確かに歩きなれない人は迷ってしまうかもしれない。小声で会話しながら夜の廊下を歩くなんて、なんだか言いようのない懐かしさのような特別感のようなものを感じてほんの少しだけわくわくした。お手洗いの横にシャワールームがある。電気が点いていた。その光を見詰めながら十和子さんを待つ。お待たせしました、の声が終わるか終わらないか、その時だった。バン!と中の引き戸が乱暴に閉められる音と、ばたばたと慌ただしい音が連続した。何かあったのだろうか、と言葉にするより早く目の前のシャワー室出入口のドアが開かれた。湖山隊長だった。急いで着たのかワイシャツのボタンがずれて留まっている。肩で息をしている。

「どうか、しましたか」

十和子さんがシャワールームに入ろうとドアに手を掛けた。

「入るな!」

湖山さんが震える声で怒鳴った。びくりと肩を震わせた私たちに「ごめん」と小さい声で謝り、湖山さんはそのトーンのまま呟いた。

「誰か呼んできてくれるか。東が、死んでいる」

 

 

 

 

 

騒動の翌日も出撃だったため、詳しいことは分からない。警察の捜査があったこと、湖山さんが見つけたときは既にシャワールームで手首を深く切り意識を失っていたこと、遺体は火葬され敷地内の合同墓所に埋葬されたこと、東さんの実家は5か月前に失われていたこと、そして“人を殺したくない”そう書かれた走り書きの遺書が見つかったこと。私が聞いたことはそれで全てだった。

ちょうど同時期にこんなニュースが報道された。対エイリアン和平交渉団のメンバーが全員殺されたと。それなのに世論としては未だエイリアンを人間と見做す声の方が大きかった。EDF宛てに人権団体からエイリアン殺しを咎める匿名電話が何本か入ったことがブリーフィングでも話題になる。

あの日、東さんの目の前でエイリアンを殺したのは私だった。彼女が怯える人殺しとは、私のことなのだろうか。

エイリアン達には地球人に対する敵意がある。彼らは侵略者だった。目の前で見たからそう断言できる。筈なのに、筈だけれど、これは世間からしてみれば言い訳に過ぎないのだろうか。エイリアン殺しの大義名分だと思われてしまうのだろうか。私は、人殺しなのだろうか。忘れているだけで、本当は、もしかすると。それでも、戦場に行かなくてはならない。レイピアがいつもよりも重たく感じられた。

 

 

 

 




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世界観回。登場人物まとめるか悩み中。


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