変わり果てた伝説 (ラスティ猫)
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0:1つの始まり

 

 

 打ち付ける雨、充満する焦げ臭さ。

 崩壊しきった建築物からは煙が立ち上っており、惨劇が起きてからあまり時間が経過していないことを表している。

 およそ生物の活動を感じさせない、静まりきった空間。

 そんな中、雨音だけがやけに際立っていた。

 

 雨の中、一人の少年が佇んでいた。

 彼の全身には裂傷、擦過傷がいくつも見られ、その表情は一見すると感情が抜け落ちているようだ。

 茫然と彼が見つめる先にあるのは地に突き刺さる青い剣だった。その刀身は宝石のように美しく、目の前に立つ少年の顔をはっきりと映し出していた。

 そして、そこに映った自分自身の顔を見て、彼は自嘲げに笑う。

 

 

 少年の心中には次のような疑問が何度も浮かび上がっていた。

 

 なぜこのような惨劇が起きたのか。

 何か回避する方法はなかったのか。

 どうして自分の身にこのようなことが降り掛かったのか。

 

 彼はそれらの疑問に対して、本気で考えているわけではなかった。

 ただこの世界の理不尽を嘆くために、行き場のない怒り・悲しみを叩きつける対象を作り出すために、過去を振り返っているのだ。

 彼の頭の中にはこれからの展望などはどこにもない。

 ただ過ぎ去った過去を後悔の一心で振り返っているだけなのだから。

 

 

 表面上は静かに見える彼の心の中では、沸き立つような激情が渦巻いていた。自分の無力さに、彼は何よりも苛立ちを感じるのであった。

 けれど、既に手遅れである。

 今更自分が力を手にしたところで、既に守るべきものは失われているのだから。彼は今この瞬間、生きる目的を失っていた。

 

 固く握り締めた拳、血が滴るほどに噛み締めた唇を見るに、彼の心は未だ死んではいないのだろう。

 しかしこの瞬間だけは、彼は確かに立ち止まっていた。

 それを責める者も、この場にはいない。

 

 

 

 もし、ある人が唯一つの目的のために生きてきたとして、その目的が決して果たされなくなったとき、その人はその後どうやって生きていくのだろうか。

 もっとも単純な答えは、新しい目的を策定することだろう。

 

 しかし、挫折の記憶は決して消えることはないし、そのために費やしてきた時間は決して戻らない。

 とりわけ、幼少期に掲げた目的は、その人間の人格形成の根源となりうる。彼らの人格は一つの目的のために形作られていき、新たな目的が生まれた後もかつての人格は残り続ける。

 

 

 つまり、何が言いたいのか。

 一度捨てた目的は、心とともにその人間の内奥に宿り続ける。その心は最早何の役にも立たないとしても。

 人間はその亡霊に取り憑かれながらも生きていかなければならない。

 

 

 ――これから始まるのは、そんな彼らの物語である。

 

 



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プロローグ:ボクという収集家

連載始めました!
至らないところもあると思いますが、温かい目で見守っていただけると嬉しいです!
作者はドラクエ3は三周しただけなので設定的におかしいところとかも出てくるかもしれません。そこは、オリジナル設定として受け入れていただけると幸いです。




『この世界は面白いものであふれている。

 それを集めようとするのは、当然のことではないか』

 

 

 さて問題です。これは誰の言葉でしょうか。

 

 

 

 正解は、ボクの祖父の言葉でした。

 え? わかるわけないって?

 そんなこと知らないよ。

 だってこれは、ボクの独り言なんだから。

 

 

 しかし、この言葉にはボクは完全に同意する。

 

 

 世界平和とか、魔王バラモスとか、()()()()()()()()()とか、そんなことはどうだっていいことなのだ。

 今のボクはそんなことには全く興味がない。

 魔物が増えているとか、世界が滅びそうだとか、たくさんの人が魔物によって殺されているとか、ボクは別にどうにかしようなどとは思わない。 

 

 

 ボクが興味があるのはただ一つ。

 死んだ祖父に幾度となく聞かされた幻の石の話。

 

 

 異常なほどの収集癖を持っていた祖父が、生涯をかけても手に入れることの叶わなかった叡智の結晶。

 信仰心のない者でも神の奇跡を行使することができるという幻の石。

 

 

 ――その名も、『賢者の石』

 

 

 僕はそれを手に入れる。

 そのためならば、手段は選ぶ気はない。

 

 

 どうしてそんなものを欲するのかって?

 富か名誉か、はたまた地位か。

 確かに、その石さえあればそれも可能になるのかもしれない。

 

 石の実態はわからないが、祖父の話から考えればそれらが手に入るほどの力は秘められているのだろう。現代において、情報はほとんど残されてはいない。それでも、確実にわかるのだ。

 だって、あの祖父が欲し、されど手に入れることが叶わなかった代物なのだから。

 

 

 しかし、ボクはそんなことはどうでもいい。

 富も名誉も地位も、くしゃくしゃに丸めてゴミ箱にポイだ。

 

 

 え? 祖父の意志を受け継ぐ?

 そんなわけないじゃないか。そんなことに何の意味があるっていうんだい?

 だって祖父は既に死んでいるんだから。

 ……それに、もう他人を理由に生きるのはやめにするって決めたんだ。

 

 

 ボクがそれを欲する理由は、単純明快、ただ貴重なものが欲しいからだ。

 祖父と同様、収集癖がある。

 ただそれだけのことなのだ。

 

 

 だからボクは生涯をかける。

 あるのかどうかも定かではない、その石のために。

 

 

 だって、不思議な力をもった石があるのだ。

 集めたくなるのは、当然のことではないか。

 

 

 もしも、それを誰かが邪魔をしてくるのなら。

 もしも、それを誰かが横取りするのなら。

 もしも、それを誰かが手に入れているのなら。

 

 

 その時は、決まっている。

 

 

 たとえ相手が魔王だろうと。

 たとえ相手が勇者だろうと。

 たとえ相手が神だろうと。

 

 

 奪い取って見せる。

 ボクが目を付けたものは、誰にも渡さない。

 それが、真の収集家だ。そのために、命を懸ける覚悟は既にできている。

 

 

 え? 狂ってるって?

 いやだなあ、何を言っているのか。

 

 

 

――それがボクっていう人間なだけだよ。

 

 

 

 

 

 

 



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第一話:悪魔の十本足(ただし十本目は存在しない)

 

 

 

 澄み渡る青空の下、一隻の船が大海原に浮かんでいる。

 進む先、はるか遠くに陸地が見えている。

 

 ――アリアハン大陸。

 アリアハン一国のみが存在する大陸である。

 船は真っすぐにその方向へと進んでいく。

 

 船の甲板、そこには一人の少年の姿があった。

 

 肩まで伸びた柔らかな琥珀色の髪。

 大きく丸い緑色の双眸。

 そして、小柄で華奢な体躯。

 

 誰がどう見ても少女にしか見えない彼だが、実際の性別は男である。

 しかし、体に大きく男などとは当然書いてはいないわけで――

 

 

「おう! 嬢ちゃん! もしかして、その年で一人旅なのかい?」

 

 

 ――当然、こうなるわけだ。

 

 もっとも、この船乗りの男が悪気があってこのような間違いを犯しているわけではないことは過去の経験から少年のほうも百も承知である。

 だからなのか、彼はその間違いに憤るようなことはなかった。

 それどころか、満面の笑みで男に微笑みかけたのだった。

 

 

「はい! 少し探し物があるんです!」

 

 

 

 男は彼の花の咲くような笑顔に一瞬言葉を失ってしまう。

 しかし、「あれ?」と反応がないことを訝しがる彼の様子を見て我に返った。

 

 

「そ、そうなのかい。しかし、その年で一人旅なんて大変だろう? 最近は魔物の動きも活発になってるみたいだしな」

 

「そうですね。苦労することもありますが、大丈夫ですよ。こう見えて、ボク、結構強いので!」

 

 

 彼の口から出た『強い』という言葉が、あまりにもその容姿とかけ離れた概念に思われたのか、思わず男は呆けてしまう。

 それを冗談だと考え笑おうとする男だが、彼が背負っているものに視線を移して、納得したように頷いた。

 

 

「嬢ちゃん、もしかして魔法使いなのか?」

 

 

 少年の背中には三本の杖があった。

 それぞれの杖は長さが彼の背丈ほどもあり、傍目に見ると非常にアンバランスである。

 

 彼のほうも、自分の背負っているそれらを見て男が言ったのだとすぐに合点がいったらしい。

 少し考えた後、口を開いた。

 

「……まあ、そんなところですね! それより、あとどのくらいで港に到着するんですか?」

 

「そうだな、見えては来たが、まだしばらくかかるぞ……そうだな、()()()()()()()、あと二時間ほどじゃねえか?」

 

「あと二時間、ですか。結構かかりますね」 

 

 

 

 『何事もなければ』

 そう言った男の言葉は、盛大なフラグとなった。

 

 

 

 突然、大きく揺れ動く船体。

 乗員たちは驚きながらも自分の近くのものに捕まって体制を保っている。

 少し遅れて、一人の乗組員が大きな声を上げた。

 

 

「――ま、まずい!! 大王イカだ!!!」

 

 

 大王イカ、それは海上の船を襲い、触手で船体を締め付けて沈没させることから、『悪魔の十本足』という異名で恐れられている存在だ。

 海上で出会う以上、剣や槍などの近接攻撃はなかなか当てることができない。

 魔法使いがいなければまず、まともに戦うことすらできない相手だろう。

 もっとも、伝説の英雄のように剣から衝撃破でも飛ばせれば話は別だろうが。

 

 焦りながらも、船乗りたちが一般人を避難させていく。

 

 そんな中、少年は一人大王イカが現れたという方向へと向かっていった。

 

 先ほどの船乗りがそんな彼の様子に驚き、声をかけた。

 

 

「じょ、嬢ちゃん! そっちは危ねえぞ! 後は俺たちが何とかする! 嬢ちゃんは早く安全な所へ避難しろ!!!」

 

 

 船が沈むかもしれない状況において、安全な場所など果たして存在するのか。

 そんな疑問が生じるところだが、彼は純粋に少年の身の安全を心配しているのだ。

 少年はそんな男の気持ちを察したのか、「ありがとうございます」と感謝を述べた。

 

 しかし、男に言われたとおりに行動する気は全くなさそうである。

 

 少年は焦躁に駆られている、男に対して落ち着かせるようにこう言った。

 

 

「大丈夫ですよ? さっきも言いましたけど、こう見えて、ボク、結構強いんです」

 

 

 そう言って堂々と歩いていった少年を、男はもはや止めようとはしなかった。

 ただ、一人にはしておけないと判断したのか、近くにあった槍を持って急いで彼を追いかけていった。

 

 しかし、そこで男が見たのは、信じがたい光景であった。

 

 

 

 

 少年は、(くだん)の魔物を発見するや否や、「おお! 大きい!」などと呑気そうな声を上げる。

 大王イカのほうもすぐさま彼の存在に気づいたようで、睨みつけるようなその鋭い視線は今にも少年の腕でつかみ海へと引きずり込もうと画策しているようにも見える。

 

 しかし、少年はそれを身に受けてもなお余裕を崩さない。

 彼は流れるような動作で、右手を背中へと回し、三本の杖のうちの一本を握りこむ。

 大王イカの九本の腕のうちの一本が彼のもとへと勢いよく向かっていくが、彼は気にすることなく左手の人差し指を相手へと向ける。

 

 

「危ねえ! 嬢ちゃん!!」

 

 

 それを見てこらえきれず飛び出してきた船乗りの男。

 しかし、彼の心配は杞憂に終わる。

 

 

「――《ラリホー》」

 

 

 その言葉とともに、大王イカの体が脱力し腕の勢いが消失する。

 のしかかった腕の重みで傾く船体。

 しかし、続く彼の呪文とともに、その原因は取り除かれる。

 

 

「《ベキラマ》」

 

 

 一瞬にして現れた炎の波によって大王イカの腕が急速に燃えていく。

 これによって大王イカの脅威から船は解放されることとなった。

 しかし――

 

 

「――馬鹿野郎! 船の上でそんな呪文を使うやつがあるか!」

 

 

 少し配慮が足りなかったようで船乗りから雷が落ちたのだった。

 

 

 

 

 

 




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第二話:船乗りと門出

 

 眠った大王イカが起きる前にと、船は静かに進路を再開した。

 一つの危機を救った当の救世主はというと――

 

 

「……ったく、大王イカとか関係なく船が沈むところだったぜ。近くに俺がいてすぐに消したからよかったが」

 

「す、すみません」

 

 

 ――乗組員の控室で説教に遭っていた。

 

 それも当然だろう。

 もし仮に炎が船に燃え移ってでもいたらまず間違いなく船は全焼していただろうから。

 この日は快晴、それに加え強い追い風であった。

 

 進む上ではとてつもない好条件であったが、火も止まらないような天気である。

 自分の軽率な行動に気づいた少年は、大王イカと戦っていた時の余裕そうな表情が嘘のように極まりが悪そうに目を伏せていた。

 そんな彼を見かねて、老齢の船乗りが助け舟を出した。

 

 

「じゃが、このお嬢ちゃんが助けてくれたかげで、今こうして船は進んでいるわけじゃろ? 今この船が無事である、それで十分じゃよ」

 

「船長、なに自分の株だけ上げようとしてんすか」

 

 

 男の言葉に、目を逸らす船長と呼ばれた老人。

 彼に助けを求めようと視線を送る少年だが、ゆっくりと頭を振られてします。その様子を見て絶望の表情に変わる少年。

 

 

「まあ、今ここに俺たちが無事でいんのは嬢ちゃんのおかげなのは確かだ。本当にありがとうな」

 

「ボクは自分のためにやっただけなので、気にしないでください」

 

 

 確かに、少年の行動は間違いなく自分のためでもあるのだ。

 船が沈んで困るのは彼も同じだったのだから。

 それでも彼らにとって彼が救世主であることには変わりはない。

 

 

「何か礼をさせてくれないか」

 

「礼……ですか?」

 

「ああ、俺たちにできることなら何でも言ってくれ」

 

 

 その言葉に、少年は少し考える。

 そして、かねてからの目的である探し物について尋ねる。

 

 

「それなら、一つお聞きしたいのですが、お二人は『賢者の石』について何かご存じでないでしょうか?」

 

 

 少年のその言葉に船乗りの男は顎に手を当てて少し考えるそぶりをする。

 しかし、全く心当たりがないのかすぐさま申し訳なさそうに答える。

 

 

「悪い、俺は聞いたことがねえな、船長は?」

 

 

 船長は何かを思い出すかのように語りだした。

 

 

「そうじゃなあ、その石のことかはわからないがのう、大分前に船乗り仲間がきれいな赤い石を見つけたとか言っておったのう」

 

 

 その言葉に、少年は目を光り輝かせる。

 

 

「本当ですか!?」

 

「本当じゃよ。儂は嘘はつかんからな」

 

「それで! その方は今どこに?」

 

「早まるでない、その石じゃがな、そのあとそやつの船が海賊に襲われたときに奪われてしまったそうなのじゃよ。加えて、その海賊団のこともよくわかっておらぬのじゃ。おそらくはその石は今頃奴らのアジトにでもあるのじゃろうが」

 

 

 それを聞いて、少年は残念そうに肩を落とす。

 

 

「そうですか……残念です。でも、手掛かりがわかっただけありがたいです」

 

「力になれなくてすまぬのう」

 

「こっちで何かわかったら連絡するぜ。嬢ちゃんの名前を聞いてもいいか?」

 

「ボクの名前はメディです」

 

「メディか。珍しい名前だな。それならコンタクトはいくらか取りやすい。ちなみに俺の名前はフルードだ。こっちの老いぼれ船長がボアだ」

 

 

 ボアはフルードの紹介に顔を顰める。

 

 

「勝手に儂のことまで紹介するでない! 自分で説明しようと思っておったのに……やが、そういうことじゃ。儂らの船は基本的にアリアハンとバハラタ間の貿易船なのじゃ。もしお主から連絡を取りたいときには港を訪れてくれ」

 

 

 彼らは主にバハラタからの香辛料の輸送により儲けを得ている。

 もっとも有名なものは黒胡椒であるが、その他にも数多くの香辛料の産地であるバハラタ。

 肉の長期保存に有用な香辛料は、アリアハンにおいても重宝されており、非常に高値で取引が行われている。

 

 

「もっとも、どんなに早くとも片道二週間はかかるからな。海に出てるときにはどうしようもないが。これでも、俺たちの船は最新式なんだぜ。普通の船だったら軽く一か月はかかるだろうからな」

 

 

 現在メディたちが乗っているこの船は既存の道具に魔法を組み込むことで高性能な魔法道具を作り出すことのできる魔法技師によって手掛けられた最新式のものである。

 

 この世界においてはただでさえ貴重な造船技術。それに加えてこの船は風の少ないときでも魔法によって推進力を得ることで、安定して進むことができる。これによって大幅な時間短縮が実現されているのだった。

 

 

「わかりました! それで、そちらから連絡をもらえるときはどうなるのですか?」

 

「ああ、バハラタとアリアハンには俺らの行きつけの酒場があるんだ。ちょっと待てよ今、そこの場所と名前を書いて渡してやるから……そこのマスターに俺と船長の名前を出してくれればそれで通じるはずだ」

 

 

 そう言って、フルードは羊皮紙に書きなぐるように店の名前と位置を示す。

 そして、その紙をメディへと手渡した。

 

 

「ご親切にありがとうございます!」

 

「なに、命の恩人なのじゃからこれくらいして当然じゃよ」

 

 

 こうして、予期せずに人脈を得ることができたメディだった。

 話がひと段落したところで、気になっていた話題を振る。

 

 

「ところで、一つ気になったのですが、先ほど、『この船は基本的に貿易船』だとボア船長が言ってましたよね。それだと乗客はあまり乗せないように思うのですが、今はいっぱい人が乗ってます。何かあるのですか?」

 

 

 メディの言葉に、フルードは驚いたように目を丸くする。

 

 

「まさか、嬢ちゃん知らないのか!?」

 

「えっと、何がですか?」

 

 

 その質問にボアが答える。

 

 

「アリアハンから勇者が旅立つのじゃよ。……何でも、あの英雄オルテガの息子らしいのう。あやつとは儂も長い付き合いじゃった。どんな立派な倅を持ったのか興味があるのう」

 

「勇者……ですか?」

 

「ああ。その反応だと、本当に知らなかったみたいだな」

 

「ええ、お恥ずかしながら、世情に疎いもので」

 

 

 そんな彼を呆れたように見る二人。

 

 

「……疎いなんてもんじゃねえぞ。サマンオサの英雄サイモンも行方不明だって話だしな。残り少ない人類の希望って奴だ……それを知らねえなんて、嬢ちゃん、一体どこから来たんだよ」

 

「えっと、結構な田舎です、たぶん」

 

「まあ、いいけどよ。だが、そんなに世間知らずだと一人で行かせるのが心配になるな」

 

「大丈夫ですよ。ボク、結構強いので」

 

「それを聞くのは三回目だ。強いのは知ってる。だけどな、これは人生の先達からのアドバイスとして受け取ってほしいんだけどな、世の中戦いの強さだけじゃ生きていけねえんだ。だから、くれぐれも警戒は怠るなよ、油断したら食われる。それがこの世界だからな」

 

「……肝に銘じておきます」

 

 

 真剣な眼差しで自分の話を聞くメディに満足したのかフルードは頷く。

 

 

「面倒臭い奴だと思うんじゃないかとも思ったが、ちゃんと聞いてくれてうれしいぜ」

 

「――そろそろ、港に到着するぞい。フルードお主も着港の準備に入れ」

 

「うっす」

 

 

 そう言って、彼は慌ただしく走っていった。

 

 

 

 

 

 

 他の乗客が降りていったあと、メディは最後に船から降りる。

 降りるときに、先ほどの二人が彼の見送りに来ていた。

 

 

「今回はお世話になりました。運賃まで無料にしてもらって本当によかったんですか?」

 

「命の恩人から金なんかとったら男、というか人間が廃るぜ」

 

「達者でな、お嬢ちゃん」

 

 

 最後まで好意的に接してくれる二人に、メディは心から感謝の念を抱いていた。

 大王イカが出てきたときには少し不運だとは思ったが、結果としては良かったのかもしれない。

 

 そこで、彼は一つ騙していた――というよりは訂正していなかったことを思い出す。

 

 

「あ、すみません、一つ言い忘れてました」 

 

「ん? どうした、嬢ちゃん」

 

「……ボク、男ですから」

 

 

 ――そう告げられた二人は、今日一番の驚きの表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 




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第三話:アリアハンの勇者

勇者の旅立ちシーンです。


 

 

 

 港で船乗りのフルードとボアに別れを告げたメディは街道に沿って街へと向かった。

 小一時間ほど歩くと街が見えてくる。

 アリアハン周辺で現在確認されている魔物は「スライム」や「おおがらす」といったあまり脅威にはならない魔物だけである。

 

 これはかの英雄オルテガの活躍によって大陸の魔物の拠点が完全に壊滅したためだと言われている。

 一度壊滅してしまえば、旅の扉によって他の大陸と隔絶されたこの大陸に魔物が入り込む可能性は低い。

 そのため、あまり脅威とはならない魔物のみがその後も細々と生き残っているのである。

 

 もっとも、これはあくまで調査によって確認された範囲内での話であり、実際には未だに凶悪な魔物が隠れ潜んでいる可能性は十分にある。魔物の動きが活発となっている今の時代、人間族にとって真に安全な場所などはないのかもしれない。

 

 とはいえ、アリアハンが世界で最も安全な大陸であることに異論を挟むものはいないだろう。

 

 

 そんな平和で穏やかな国の城下町。そこは、いつになく賑わいを見せていた。

 その理由は至極単純。

 この国に平和をもたらした英雄の倅が、魔王を倒し世界に平和をもたらさんと輝かしい旅立ちを飾るからに他ならない。

 

 街の外からでも容易にわかる人々の喧騒を、メディは街に近づけば近づくほどにひしひしと感じ取っていた。

 

 

「二人の言っていた通り、勇者の出陣式が行われているみたいだ。よかった、これなら有用な情報も得られそうだ」

 

 

 人が多ければ多いほど、得られる情報量も増え、自分の探し物への手掛かりも得やすくなるだろう。

 メディはそんな期待を胸に街へ向かって歩を進めていった。

 

 

 

 

 

 街に着くと、どこもかしこもお祭りムードで満たされていた。

 メディは人の波をかいくぐりながら悩んでいた。

 

 

(情報を集めるにしても、一体どこへ行けば……そうだ!)

 

 

 彼は行くあてに一つ思い当たった。

 懐から取り出したのは船乗りから渡された地図。

 そこには簡略化されたアリアハンの地図と件の酒場の位置が記されていた。

 

 目的地へ向かい、少しずつ大通りから離れていくメディ。

 それを村人然とした格好の男が驚いたように見ている。

 男は急いでメディのもとへと近寄ってくると、声をかけてきた。

 

 

「おい、嬢ちゃん! これから式が始まるっていうのに一体どこへ行くんだよ! もしかして道に迷ったのか!?」

 

「い、いえ……ボクは――」

 

 

 ――式が見たいわけではない。

 そう言いたげな彼の様子に気づかずに、男はどんどん元の人混みの方へと彼を引っ張っていく。

 

 

「嬢ちゃん、この街の人間じゃないだろ?」

 

 

 男がメディに尋ねる。

 

 

「はい、そうですけど」

 

「やっぱりな! 今日は多いんだよなあ。勇者様を一目見ようと来たものの、迷ってどこへ行けばいいのかわからなくなってる奴が。でも、運がいいぜ、嬢ちゃん。俺がしっかりと連れて行ってやるぜ」

 

「は、はあ、ありがとうございます?」

 

 

 否定しようと思ったメディだったが、それをすると面倒なことになりそうな気がして言われるがままに連れて行かれることにする。

 

 

 

(英雄の息子らしいし、そのご尊顔を見ておくのもいいかもしれない)

 

 

 

 

 

 

 先ほど後にした大通りへと戻ってきた彼は、人混みを見てあることに気づく。

 大通りの真ん中を空けるように人の波が裂け、道の両端に綺麗に人混みが分かれているのだった。

 おそらく勇者がここを通ることになっているのだろうとメディはあたりをつける。

 

 

(それにしても、すごい観衆の数だな)

 

 

 彼がそう思うのも無理はないだろう。

 新たな勇者の門出を祝うために、アリアハンのみならず他の大陸からも多くの人々が集まっているのだ。

 そこまで注目されるのは、勇者がかのオルテガの息子だからだろう。

 

 メディが人の波に辟易していると、誰かが興奮したように口を開く。

 

「ゆ、勇者様だ!!」

 

 その言葉で観衆はいっせいに 視線を移す。

 

 その先から歩いてくるツンツンとした黒髪が特徴的な少年。

 齢14の彼の容貌からはまだどこかあどけなさが感じられる。彼は注目を浴びることにあまり慣れてはいないようで、照れ臭さを見せながら観衆へと笑いかけている。

 その初々しさを感じる様子には見る者の心を和ませる、そんな雰囲気があった。

 

 一方で、彼の後に続く3人はそれぞれが異様な雰囲気を醸し出していた。

 

 「龍」という文字の施された東洋の伝統衣装を身にまとい、黒い髪を一つ結びにしている青年。

 彼は冷静な面持ちで勇者に付き従う。

 

 十字架のあしらわれた帽子をかぶり、全身タイツ上から十字架の描かれた貫頭衣に身を包む女性。

 その人の好さそうな笑みからはどこか神々しさが感じられる。

 

 そして、小振りな杖を持ち、リネンでできた衣服を身に纏っている少女。マントを羽織っているが、腹部は露出しており、スカートの丈も短めで全体的に露出が多い服装をしている。

 前者二人とは異なり、どこかそわそわした様子を見せながらも三人に続く。

 

 

 前の二人については、いかにも武闘家、僧侶といった装いであり、勇者の同行者として違和感は覚えることはない。

 しかし、三人目の少女は異様であった。

 威厳の欠片も無く、杖は持っているものの魔法使いという印象からは程遠い服装。というよりもそこらへんの村娘にしか見えない。

 人々も、少女の容貌に少し混乱しているようである。

 

 

 周囲の様子を見ながら、僧侶が少女に話しかけている。

 

 

「サラ、貴方の容貌に皆さんは戸惑っているようですよ」

 

「し、仕方ないじゃん。こんなに大勢に見られることなんて普通ないんだし」

 

「……安心せい、皆が見ているのはお主ではなくアルスのほうじゃ」

 

「そ、そんなことわかってるけど。でも、やっぱり緊張するし」

 

 

 呆れた様子でサラと呼ばれた少女を見る青年。

 彼の視線には『恥ずかしがり屋なのによくそんな恰好ができるものだ』という思いが込められているようにも見える。

 そんな彼の思いは隣を歩く僧侶が代弁した。

 

 

「はあ、そんな露出の多い恰好をしている貴方が、よく言いますね」

 

「な! ルーナには言われたくない! 実は痴女みたいな恰好してるくせに!」

 

「ち、痴女ですって……これは聖職者の正装です。神に定められた服装を愚弄することは神への侮辱に値しますよ」

 

 

 女僧侶――ルーナは笑みを浮かべたままサラを諫める。

 が、その目は全く笑っていない。

 それに気づいたのか、サラは勇者の陰に隠れた。

 

 

「ア、アルス助けて! ルーナに()られる!」

 

 

 いきなり腕を取られ、驚く勇者アルス。

 その様子を見て、青年が呆れたように注意する。

 

 

「……サラよ、今は大衆の面前じゃ。儂らは民に信じてもらう必要がある。そのための出陣式でもあるのじゃ。軽はずみな行動は慎め」

 

「ご、ごめんなさい」

 

 

 しおれたように謝るサラ。

 

 それを見て、勇者アルスは堪えきれずに笑い出した。

 

 

「ちょ、ちょっとアルス! なんで笑うの?」

 

「いや、何だか、サラのこと見てたら自分が気負ってるのが急に馬鹿らしくなっちゃって」

 

 

 緊張の糸がほどけたように、表情が柔らかくなるアルス。

 彼は視線を青年のほうへと移す。

 

 

飛竜(フェイロン)、彼女は悪気があってやってるわけじゃないんだ、許してやってくれ」

 

「……アルス殿がそういうのなら」

 

 

 複雑な表情を浮かべながらも、納得する青年(フェイロン)。 

 

 アルスはおもむろに立ち止まると、一度深呼吸をする。

 そして、心を落ち着かせると、観衆に向けて語り始めた。

 

 

「皆! 今日は俺たちの門出を祝うために集まってくれてありがとう! 知っての通り、今人類は危機に瀕している! 魔物が我が物顔で闊歩し、村々を襲い、罪のない人々の命を奪っている! こんなことは決して許してはならない! こんな状況を打開するため、オルテガの息子、この勇者アルスは魔を打ち払い、世界を平和にすることを、ここに宣言する!!!」

 

 

 アルスの力のこもった言葉に、観衆は一時静まり返る。

 そして、彼の言葉が終わったことに気づくと、一斉に歓声が上がり始めた。

 あちこちから聞こえてくる勇者様コールに、アルスは安堵の表情を浮かべる。

 

 

 その後、勇者一行は周囲の声に答えながら、旅立っていった。

 

 

 

 

 

 一部始終を見ていたメディは未だ興奮の収まらない様子の男に尋ねる。

 

 

「おじさんはこの街の人なんですよね? 勇者様について詳しいんですか」

 

「ああ! オルテガは俺のダチだったからな! アルス君もあんなに立派になって!」

 

 

 男は感極まって涙ぐんでいる。

 どうやら、先ほどのアルスの言葉がよっぽど心にきたらしい。

 

 

「しかし、まさかあのサラちゃんがアルス君と一緒に旅に出るとはな」

 

「サラちゃん?」

 

「ああ、アルス君の後ろに女の子がいたろ? あの子、アルス君の幼馴染なんだよ。昔からいたずら好きな子でねえ、よくアルス君が困っていたっけ」

 

 

 近所の子供の成長を懐かしむ男。

 とても、世界を救おうという勇者の話をしているとは思えない。

 

 

「えっと、その子はどうして勇者様の旅に同行するのですか?」

 

「確か、魔法使いの素質があるとかなんとか。俺もびっくりしたぜ。あの子が魔法を使うところなんて見たことないからな」

 

 

(それは、大丈夫なのか)

 

 

 少し心配になったメディだが、勇者が選んだ仲間である以上よその人間が口出しすることではないと結論付けた。

 続けて彼は、残りの二人についても聞いておくことにした。

 

 

「他の二人はどんな人たちなのですか」

 

「ああ、一人はアリアハンの美人司祭のルーナさんだよ。まだ20になったばかりじゃないか。あの年にして司祭にまで上り詰めるほどの天才だよ。もう一人は飛龍(フェイロン)といってな、なんでもジパングというところから来た武闘家らしいぞ。その実力は折り紙付きで、城の実力者たちが束になっても敵わなかったらしい」

 

 

 確かに、先ほど見た限り二人からはただならぬ雰囲気をメディは感じていた。

 それは、一つの道を究めた者が発する独特の(オーラ)

 彼らが世界を救う旅に同行するというのは納得のいく話である。

 

 

「……本当はな、アルス君とサラちゃんには危険なことはやってほしくねえんだけどな。オルテガがいなくなってからのあの人は見てられなかったからな。アルス君をどういう思いで送り出したのか、考えると、やりきれねえよな」

 

 

 あの人というのは恐らくは勇者アルスの母のことを指しているのだろう。

 夫を失い、さらに息子まで失うかもしれないのだ。

 勇者たち家族をよく知るこの男の憂慮ももっともなことだ。

 

 先ほどまでの熱が冷め感傷に浸り始めた男を、メディは一人にさせようと考えた。

 もっとも、彼によって中断された自分の目的のための行動でもあるのだが。

 

 

「それじゃ、ボクはもう行きますね。今日は案内していただきありがとうございました」

 

「お? もう行くのか。その様子だと、行く当てはあるみたいだな」

 

「はい。心配していただきありがとうございます」

 

 

 実際は今晩泊まる宿すら決まってはいないのだが、それを言うとまた長くなりそうだと思いメディは黙っておくことにした。。

 その場を離れようと歩き出した彼に、男から声が掛けられる。

 

 

「あ、そういえば嬢ちゃん、まだ名前を言ってなかったな。俺の名前はハルクってんだ。昔アリアハンの兵士だったが今ではただの大酒飲みよ!」

 

「ボクはメディといいます。珍しいものを集める収集家をしてます」

 

「そうか、メディ! 何かあったら俺のことを訪ねて来いよ! できることならやってやるからよ!」

 

 

 その言葉に、メディは虚を突かれたように目を見開く。

 

 

(最近、いい人ばかりと出会うな)

 

 

 感謝の言葉を述べて、彼は男と別れる。

 そしてどこか温かい気持ちになりながら、件の酒場へと向かった。

 

 既に日は少し傾いてきており、赤い夕焼けが街を照らし出していた。

 

 

 

 

 

 




次話でヒロイン登場します。


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第四話:どくぜつ そうりょ(?)が あらわれた

 ハルクと別れたメディは当初の目的地であった酒場を訪れた。そこはまだ早い時間であるにもかかわらず大勢の人で賑わっていた。その中には、メディと同じく勇者アルスの出陣式の後に立ち寄っている者も多いようである。

 まだ式の熱が冷めきっていないのか、そこここから勇者という単語が聞こえてくる。

 

 メディはカウンター席に空席を見つけるとそこに腰を下ろす。

 すると、客の一人に酌をしていたカウンター内の女性が彼に気づいて声を掛けて来た。  

 

 

「あら、随分と可愛らしいお客さんね。今日はどうしたのかしら? お酒はまだ早いんじゃないかしら?」

「ボク、一応成人しているので大丈夫ですよ……実はあるものを探してまして。何か情報が得られないかと思ってここへ来ました」

「へえ、あなたついてるわよ。この私、ルイーダの酒場を選ぶなんて。冒険者の集会所ともいわれるここを、どうやって知ったのかしら?」

「船乗りの2人にここを教えてもらったんです」

 

 

 そう言って彼は書いてもらった紹介状を見せた。

 それを見たルイーダの目が驚きに染まる。

 しかし、メディの容姿を見て納得がいったようだった。

 

 

「あ! なんだ、貴方、フルードたちの紹介できたのね! それなら最初に言ってよね、サービスしておくわよ!」

「ありがとうございます」

 

 

 どうやら、あの二人の気遣いは役に立ったようだった。

 手紙を読んだルイーダの口調は砕けたものへと変化した。

 それに加え、先ほどまでよりも興味を持った視線をメディへと注いでいる。

 

 

「それで、あなたは何を探しているの?」

「ボクが探しているものは……『賢者の石』です」

「賢者の石? ごめんね、私は聞いたことがないわ」

 

 

 ルイーダの返答を聞いて、メディは肩を落とす。

 それを見たルイーダはにっこりと笑みを浮かべる。

 

 

「私は知らないけど、あの子なら知ってるかもね」

「……あの子?」

 

 

 疑問符を浮かべるメディに、ルイーダは四人掛けのテーブル席を一人で占領している少女を指さす。

 

 

「ほら! あそこで一人飲んでいる子がいるでしょ? リアって言う子なんだけど凄く物知りでね――」

「ありがとうございます!」

 

 

 話を聞き終わらないうちにメディは彼女の元へと近寄って行った。

 自信満々に話し出すルイーダは彼がもう離れたことに遅れて気づいた。

 

 

「ただ、少し捻くれた子だから……ってもういないし!?」

 

 

 ――メディの行動力にルイーダは驚きを隠せなかった。

 

 

 

 

 

 ルイーダの指し示したリアという女性。

 透き通るような綺麗な赤い髪をした彼女は、肘をつきながら一人で佇んでいる。

 その傍らにはジョッキ一杯に注がれたエールが置かれている。

 テーブルの上には既に空の酒瓶が散乱している。

 

 

「すみません」

 

 

 メディが声をかけると、彼女は徐に振り向く。

 

 美しい光を放つ宝玉のような双眸。右目は海のように青く、左目は炎のように赤い。その不思議な力をもった両の瞳にメディは暫し心を奪われる。

 

 彼の様子を意にも介さない彼女は、馬鹿にするように鼻を鳴らした。 

 

 

「は? アタシに何か用かしら、オカマ野郎さん?」

「オ、オカマ野郎?」

「あら、違ったのかしら? 男なのに女の子みたいな容姿だからてっきりそっち系なのかと」

「ち、違うよ! ……まあ、この容姿を利用することはあるけど」

「なんだ、詐欺師のカス野郎だったのね。間違えてごめんなさい?」

 

 

 いきなり浴びせられる罵倒の嵐に、メディは戸惑いを隠せない。

 

(な、なんなんだ、この失礼な人は。こんな人が本当に賢者の石のある場所を知ってるのか?)

 

 しかし、可能性が少しでもあるのならば、それをみすみす逃すわけにはいかない。

 苛立ちを抑え、メディは笑顔を強引に作り出す。

 その様子を見て、彼女はつまらなそうにあくびをする。 

 

 

「ふわあ……それで? さっさと要件を話しなさい。何も口説きに来たわけじゃないんでしょ?」

 

 

 この人、わかっててわざと煽ってきたのか。

 というか、話を聞こうとしなかったのはどっちだ。

 

 そう思いながらも、メディは率直に目的を話した。

 

 

「……すみません。ルイーダさんから、あなたなら賢者の石について知っているのではないかと言われまして」

「賢者の石、か。まさか()()()()その言葉を聞くとはね……ええ、たしかにアタシはその在り処に心当たりがある」

「本当ですか!?」

 

 

 その言葉を聞いて、メディの顔が目に見えて明るくなる。

 何もてがかりがなかったところに一気に取っ掛かりが見つかったのだ、無理もない。

 しかし、女性はそれを嘲るように笑った。

 

 

「あら、何を喜んでいるのかしら? 誰も教えるだなんて言ってないわよ?」

「……何をすればいいんですか?」

「話が早くて助かるわね。物分かりがいいのは嫌いじゃないわ」

 

 

 ふと彼女はメディの背負った3本の杖に視線を移した。

 

 

「アンタのそれ、1つ1つに魔法の力が込められているわね……見たところベギラマ、ラリホー、マホトーンってところかしら」

「見ただけで、そこまでわかるのですか」

 

 

 彼女の洞察に純粋に驚くメディ。

 

 見ただけで魔道具の力を見抜くことができる者に彼は今までに出会ったことがなかった。

 そもそも、魔道具の有用性の一つが、見ただけではその効果がわからないという点にあるのだ。

 優秀な魔法使いでもなければ、魔道具であることにすら気づかないだろう。

 それを、彼女は込められている魔法の種類まで一瞬にして見破った。

 

 どういうからくりだ。

 メディは背にうすら寒いものを感じた。

 そんな彼の様子に気を払うこともなく、彼女は続ける。

 

 

「ええ、朝飯前よ……でも、魔法使いでもないのにそんなに多く集めるだなんてね。見たところ、使うためだけに集めてるわけってじゃないんでしょ?」

「そうですね、ボクはこう見えて収集家なんです」

「なるほどね、賢者の石もコレクションの一つにしたいってわけか」

 

 

 彼女の言葉に、メディは頷く。

 それを見て、彼女は満足そうな笑みを浮かべる。

 

 

「それなら上出来ね。収集家ってくらいだからもの探しは得意なんでしょう?」

「そうですね、人並み以上には得意だという自信はあります」

 

 

 彼には、これまでにいくつもの魔道具を集めてきた経験がある。

 背中の杖も彼が集めた魔道具である。

 そんな彼は、自分の能力にもある程度の自信があるのだった。

 

 

「よし、なら決まりね。アタシの探し物を手伝ってくれたら、貴方の探し物にも協力してあげるわ」

「リアさんの探し物とは?」

「『悟りの書』、名前くらいは耳にしたことがあるんじゃないかしら?」

 

 

 『悟りの書』

 彼はその言葉に聞き覚えがあった。

 というよりも、その存在は有名すぎる。

 むしろ知らない人のほうが少ないのではないか言うほどだ。

 

 古の時代、人類の知とも呼ばれる伝説の大賢者が存在していたという。

 その者が生前に書き記したとされる叡智の結晶――それこそが『悟りの書』とされている。

 しかし――

 

 

「――実在、しているんですか?」

「馬鹿ね、そうでなければ。今こうしてアンタと話していないわ。それくらい考えなさい」

「それは……そうですね。でも、申し訳ありませんが、ボクは何も知りませんよ?」

 

 

 しかし、彼女は笑みを崩さない。

 その表情は、まるで『そんなことは知ってるわ』とでも言っているようだった。

 

 

「心配いらないわ。大体の見当はついてるから」

「そうですか」

「それで? アンタはこの話に乗るの? 乗らないの?」

 

 

 メディの意思を確認するリア。

 彼の答えは既に決まり切っていた。

 

 

「――当然、乗ります」

「よし、いい返事ね。それじゃ、明日早速出発ね! そういえばアンタ、泊まるところは決まってるのかしら?」

「いえ、まだですが」

「正気? 今日なんかどこも満席よ? 野宿でもするつもりなの?」

 

 

 彼女の意見はもっともだ。

 今この街には勇者の旅立ちを見送ろうとする人が大勢滞在している。

 それが意味するのはどこの宿屋も埋まっているということだ。

 

 メディは完全に失念していた。

 そもそも彼はフルードとボアから聞くまで、勇者のことなど何も知らないでこの街に来たのだから、仕方のないことだろう。

 

 そのメディの様子を見て、リアは彼の状況を理解した。

 

 

「そんなことだろうとは思ったわ。アタシの世話になってるところがあるわ。そこなら、どうにかしてくれるはずよ」

「それは、ありがたいですけど、いいんですか?」

「変な心配するんじゃないわよ。明日から一緒に行動するんだから、寝不足で倒れられても困るのよ」

「あ、ありがとうございます」

 

 

 とりあえず、今日の寝床の心配をする必要はなくなったメディであった。

 安心すると、脇へと置いていた疑問を口にする。

 

 

「そういえば、リアさんは何者なんですか?」

「アタシ? どう見たって僧侶でしょうが」

 

 

 メディはそれを聞いて苦笑する。

 

(どう見たって僧侶には見えないのですが)

 

 彼は改めて彼女を眺める。

 

 テーブルに乗る酒瓶については一先ず置いておくとしよう。

 しかし、それにしても、彼女の服装のどこにも僧侶の要素は見当たらない。

 まず聖職者の象徴であろう十字架は衣服のどこにも存在しない。

 代わりに、彼女が身に纏っているのはフードの付いた黒いマントに動きやすそうな皮のドレス。いずれも、何の変哲もない旅人の服装にしか見えない。

 加えて彼女自身の勝気な表情も相まって、僧侶という雰囲気は全く感じられない。

 

 怪訝そうに自分を見る彼の視線に気づいたリアは「ん!」と自らの右耳を指さす。

 そこには、青い水晶でできた十字架のピアスがつけられていた。

 

 

「ほら、どう見たって僧侶でしょうが」

 

 

 そうドヤ顔で言い放つ彼女からは信仰心などはかけらも感じられない。

 

 しかし、僧侶の用いる呪文――一般には神聖魔法とも呼ばれる――は信仰心に応じて力が増幅するといわれている。

 見たところ、彼女の信仰心はあまり篤くはなさそうだ。

 

 メディは新たに浮かび上がった疑問を口にする。

 

 

「リアさん、一つ聞いてもいいですか?」

「何よ?」

「あなたが使える神聖魔法を教えてもらってもいいですか?」

「そんなの、決まってるじゃない――」

 

 

 その先に続く言葉は、メディの予測通りだった。

 世の中、嫌な予感ほどよく的中するものである。

 

 

「ホイミ、よ!」

 

 

(オンリーワン、ですか)

 

 

 ――堂々と言い放つ彼女の姿に、メディは言葉を失った。

 

 

 

 

 

 



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第五話:冒険の旅

 

 

 

 アリアハン大陸、二人の旅人が草原を歩いている。

 多くの人間の足跡が重なり、自然と形成された道なりに二人は進んでいく。

 そのうちの一人は琥珀色の髪をした少年であり、もう一人は右耳に十字架のピアスをした赤い髪の女性である。

 

 可愛らしい顔つきをした少年――メディの表情には疲れが見えていた。

 一方で女性のほうはと言えば、余裕気に笑みを浮かべていた。

 そんな同行者の様子を見て、恨めしそうにメディは苦言を呈した。

 

 

「あの、もう少し何とかならないですかね」

 

「何とかって? 何が?」

 

「戦闘についてですよ! ちょっとでも手伝ってもらうとかできませんかね!?」

 

「あら、妙なことを言うのね。アタシがホイミしか使えないのを知っている癖に」

 

「呪文が使えなくても、せめて叩くとか」

 

 

 そう、道中の魔物との戦闘、その際に自称僧侶であるリアは全く働かなかった。

 それどころか、変に敵を挑発して数を増やすことまであったのだ。

 結局一人で相手をさせられているメディの体には徐々に疲労が蓄積しているのだった。

 

 その不満を聞き届けたリアは、不思議そうにメディの顔を見ている。

 

 

「叩くって、この『ひのきのぼう』で?」

 

 

 何故か誇らしげにただの木の棒を掲げ、堂々と無能宣言を行う彼女を見たメディは諦めたように溜息を吐いた。

 

 ここまでの短い付き合いの間で彼はあることを悟っていた。

 この女性に対しては、自分の思ったことはしっかりと主張していかなければいけないと。

 でなければ、完全に相手のいいように使われてしまうと。

 

 しかし、彼は未だに気づいてはいなかった。

 結局主張しようがしまいが彼女のペースに乗せられてしまっているということに。

 

 

「……というか、よくそんな装備で街の外に出ようという気になりますね」

 

「あら、だって、アンタが守ってくれるんでしょ?」

 

「そのつもりではありますけど、ボクが信頼できるっていう保証はないわけでしょう?」

 

 

 メディの疑問はもっともだろう。

 初めて出会った相手に自分の命を預けることのできる人間が果たしてどれほどいるのだろうか。

 しかし、リアはきっぱりと言い放つ。

 

 

「保証なら、あるわよ」

 

「……なんですか」

 

「アンタが本気で探し物を求めているってことがその保証よ」

 

「どうして、そう言い切れるんですか」

 

「アタシ。人を見る目には自信があるの」

 

「だからといって――」

 

「話は最後まで聞きなさい。言っておくけど、もしアタシが死んだらアンタは一生賢者の石にはたどり着けない。その場所を知ることもできないでしょうし、もしできたとしても、手に入れることは不可能ね」

 

「なるほど、脅し、ですか」

 

「あら? 何のこと?」

 

 その発言の真偽はメディにはわからなかった。

 ただし、何の情報もない現時点では彼女の言葉を否定することもできない。

 事実、旅を続けてきて手がかりを得られたのは今回が初めてなのだから。

 彼女の持っている情報を引き出すまでは、今しばらく苦労が続きそうであった。

 

 メディは前途の気苦労を予測して、思わずため息を吐いた。

 

 

「……まあいいです。しばらくは、ボク一人でも十分対処できそうですし」

 

「あら、頼もしいわね」

 

「全然心がこもってませんね……《ベギラマ》!」

 

 

 話している間に近づいてきたいっかくウサギたちに向けて火炎が襲い掛かる。

 なすすべなく丸焼きになるウサギたち。

 こんがりと香ばしい香りが周囲に漂う。

 

 

「……可哀そうなウサギさん」

 

「だから、全然心がこもってませんよ」

 

 

 真顔でウサギへの同情を示す彼女に呆れたように言葉をかけるメディ。

 何でこの人は僧侶になろうと思ったのか、メディの胸中に率直な疑問が浮上した。

 

 

「リアさん、あなた、神への信仰心とかあるんですか?」

 

「……失礼ね。もちろんあるわよ……エールの蔵主と同じくらいには」 

 

「それ、ないって言ってるのと同義ですよね」

 

「失礼ね! アタシのエール愛を舐めないで頂戴!」

 

「あなたが神に失礼だと思いますけど」

 

 

 メディには納得がいった。

 なぜ、この僧侶がホイミしか使えないのかが。

 明らかに、信仰心が足りていいない。

 

 神から助けを借りることで奇跡を起こす僧侶の呪文を行使するには、神への信仰心が必要となる。

 自分自身の学習や経験によって呪文を編み出していく魔法使いとは異なり、僧侶は信仰心を育むことで新たな力を得ることができるのだ。

 裏を返せば、信仰心が変わらなければ、扱える奇跡も変わらないということだ。

 

 

「えっと、確認したいのですが、リアさんが僧侶になったのはいつですか」

 

「うーん、ざっと10年くらい前かしらね」

 

「筋金入りですね!?」

 

 

 見た限り彼女の年齢は20前後のようなので実に人生の約半分ほどを信仰に捧げていることになる。

 それにもかかわらず、彼女はホイミしか使えないのだ。

 絶対に向いていないと、メディは確信を持って言えた。

 

 

「というか、本当にけちよね、神って奴は。自分を信じる者にしか力を貸してくれないだなんて」

 

「あの……今自分が物凄く罰当たりな発言をしている自覚あります?」

 

「あら、大丈夫よ。神様はすごく寛大なお方だから。この程度の不敬は笑って許してくださるわ」

 

「……随分と自分に都合のいい解釈ですね。というか言ってること矛盾してません?」

 

 メディの指摘にきょとんとしているリア。

 この人につける薬は恐らくないのだろうと、メディは感じた。

 今日何度目かの溜息を吐きながら、彼は考える。

 

 

(この人と一緒に行動して、果たして大丈夫なのだろうか)

 

 

 

 

 

 

 あれから小一時間ほど歩いた二人は、レーベの町を訪れていた。

 アリアハン大陸の北部に存在するこの町は普段ならばとても穏やかな町である。

 しかし、今日は賑やかであった。

 

 熱の冷め切らない様子の住人たちの様子を奇異に感じたメディは、そのうちの一人に話を聞くことにした。

 

 

「随分と賑やかなようですが、何かあったのですか?」

 

「ああ! アリアハンを出発された勇者様方が、先ほどこの町に到着したんだ! 今はもうその話題で持ちきりだよ!」

 

「……なるほどね」

 

 

 どうやら、その原因は勇者にあったようだ。

 

 

「それで、その勇者とやらはどこにいるのかしら?」

 

「ん? 勇者様か? 勇者様ならカギを探すとかっていってナジミの塔に向かったみたいだぞ」

 

「ナジミの塔……ですか?」

 

「何だ、嬢ちゃんたちよそ者か。アリアハンの西側に大きな塔があっただろ? こっから考えると南になるか。見晴らしのいいところからならこの町からでも見えるはずだぜ。以前はバコタっていうならず者の根城になっていたみたいだが、今はそのバコタを捕まえたっていう爺さんが暮らしているって話だ」

 

 

 村人Aの言う通り、遠くのほうに薄っすらと高い建築物が見える。

 というか、ならず者からカギを奪う爺さんって……元気過ぎるだろ。

 メディはスーパー爺さんの存在に想いを馳せる。

 

 

 一方で、男の口から何度も飛び出してきた「カギ」という言葉にリアは反応したようだ。

 

 

「カギって……何のためにそんなもの探しに行ってるのよ」

 

()()()()()()だよ」

 

「……は?」

 

 

 男の口から出てきた知らない単語に、リアは目を丸くする。

 説明不足なのだから無理はない。

 まほうのたまというのがカギとどんな関係があるというのか。

 

 

「そのまほうのたまというのは一体何なんですか? そして、カギとどんな関係が?」

 

「まほうのたまっていうのはな、このアリアハン大陸を脱出するのに必要な魔道具らしい。この町の長老が持っているんだが、一つ問題があってな」

 

「問題、ですか?」

 

「ああ、肝心の長老が家から全く出てこないんだ」

 

 

 つまり、長老に会えないためにまほうのたまが手に入らないと。

 何となく話が見えてきたメディ、しかし同時にいくつかの疑問も浮かんだ。

 

 

「つまり、長老の家の扉を開けるためにカギが必要だってことですか?」

 

「まあ、そういうことみたいだな」

 

「……というか、その長老、風呂場で死んでるんじゃないの?」

 

 

 リアの不謹慎な発言に三人の間に沈黙が生じる。

 見たところ、村人の男もその説を否定できないらしい。

 

 

「それに、窓でも突き破って入ればいいじゃない」

 

 

 野蛮な発想ではあるが、世界の命運がかかっているときにわざわざ回り道をする必要がどこにあるというのか。

 彼女の意見ももっともである。

 

 

「いや、それは無理なんだ」

 

「どうしてよ」

 

「長老の家には二重三重の結界が張られていてな、入り口の扉からしか入れないようになっているんだ」

 

「……わけがわかりません。自宅にそんな結界を張って、どれだけ臆病なんですか」

 

「まあ、長老様のことだ、何か深いお考えがあるに違いない。もしかしたら、勇者様方への試練なのかもしれん」

 

「確かに、それだったら、納得がいく気もしますね」

 

 

 ようやく、メディの疑問が氷解した。

 リアのほうは何やら納得がいかないようであるが。

 

 

「……カギなんてなくても」

 

「どうかしたの、リアさん?」

 

「いえ、何でもないわ。どうでもいいけど、その勇者たちが帰ってくるまでは外の大陸には行けないってことね」

 

「まあ、そうなるな」

 

「なるほど、状況は把握できました、教えていただきありがとうございます」

 

 

 メディは丁寧に説明をしてくれた村人にお辞儀をする。

 

 

「いやいや、こんなことは朝飯前よ! 嬢ちゃんたちも旅人なんだろ? 何もない小さな町だが、ゆっくりとしていけよ!」

 

 

 そうして手を振る村人を背に、二人は今後の動きの相談を始める。

 

 

「さてと、どうしようかしらね」

 

「勇者たちが他大陸への経路を開いてくれるでしょうから、帰ってくるのを待ちましょう。彼らの後ろについていくのが一番楽に外に出ることができそうですし」

 

「そうね。ちょっと早いけどさっさと宿にでも行きましょうか」

 

 ざっと指針を決めると、二人は宿へと向かった。

 

 

 

 

 余談だが、宿屋にいる少年には性別を見抜く力があるようだ。

 一発で男だと見抜かれ、メディの機嫌が少し良くなったのはまた別の話であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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★第六話:故英雄の開放

 ――ぽちゃん、ぽちゃん、ぽちゃん……

 

 静寂が支配する闇の中、滴り落ちる水の音が虚しく響き渡る。

 中には朽ち果てた骸骨が散在しており、生者の気配はほとんど感じられない。

 行き場を失った魂は成仏することも叶わずに宙を漂っている。

 

 ここは、さびしいほこらのろうごく。

 

 その場所にあって、未だに命をつないでいるものが一人いた。

 もっとも、その男の瞳は虚ろで、もはや一縷の望みも感じられない。

 頬はこけ、肋骨はむき出し、まるで骨に皮を貼り付けただけのような有様であった。

 

 全てを諦め、ただ死を待つだけ。

 けれども、限界で彼を生きながらえさせているのは生への執着、未練が大きいからだ。

 諦めても諦めても、彼の頭からは決して離れないものがあった。

 それはいくつかの約束。

 思い浮かぶのは幼い息子の姿。そして――

 

(――オルテガ、お前だけに全てを押し付けるわけにはいかねえよな)

 

 絶望の淵へと落とされても、未だその意志は砕かれてはいなかった。

 それもそのはず、彼も「勇者」と呼ばれるものの一人だからだ。

 

 そこへ、甲高い音が聞こえてきた。

 変化のない状況で与えられた新しい刺激に、彼の脳がいつになく覚醒する。

 

(何だ、この音は)

 

 コツ……コツ……コツ……

 一定のリズムで聞こえてくるその音は徐々に大きくなっていく。

 そこで、彼は思い至った。

 

(これは、足音か。誰か来るのか)

 

 これは救いの主か、それとも死神か。

 どちらにしても、彼にとっては既に地獄のような状況だ。

 これ以上ひどくなることはない。

 誰でもいい、自分以外の存在が近づいてくるだけで、彼の心は浮足立った。

 

(ったく、それにしても、足音だと理解するのにもこれだけ時間がかかるとは……)

 

 足音は、彼の目の前でピタリと止んだ。

 暗闇でその姿を見ることはできないが、どうやらその人物は彼の目の前にいるようだ。

 その人物は、彼に声をかけた。

 

「――どうやら間に合ったようだな。アナタが、勇者サイモンか」

 

 鈴を転がすような声がほこらに鳴り響く。

 男は、その声に一瞬毒気を抜かれたように呆然とするが、我に返るとなんとか声を振り絞った。

 

「……ああ……おま、え、なに、もん…………だ?」

 

 彼の問いへの返答は少し間を置いてから

 

「……アイリ、とだけ。詳しい話は後でしよう」

 

 簡潔にそう答えると、彼女は男――サイモンを繋いでいる鎖を切断した。

 そして「ベホマ」と回復呪文を唱えると、彼の体が一気に楽になる。

 

(ベホマ……だと。高等神官しか行使することのできない呪文のはず。この女、本当に何者だ。いや、それよりも――)

 

 彼は、思い出したかのように、彼女に忠告する。 

 

「……だめだ……オレを出したら、ヤツらが来るぞ」

「ヤツら?」

「……そこらの、魔物とはちげえ、バケモン、だ」

 

 その言葉を聞きながらも、彼女は手を止めなかった。

 彼女の様子に違和感を覚えた男は思わず疑問の表情を浮かべる。

 暗闇の中でその変化に気づいたのかはわからないが、女性は彼に対して言葉をかける。

 

「大丈夫だ。ここから出ていくのは()()()()()()ではないからな」 

 

(この女、何を言ってやがる)

 

 サイモンは困惑するも、既に力はないため、ただ女性に自分の運命をゆだねるしかなかった。

 それを彼自身理解しているため、それ以上考えることをやめた。

 アイリと名乗った女性は「よし」と呟くと、息を整え、それから詠唱を始めた。

 

【……主よ、慈悲深き御心で、この者に新たなる運命を導きたまえ】

 

 すると、サイモンの体が青白い光に包まれる。

 

(……な、なんだ、これは)

 

 彼は自分という「存在」、その根底が瞬く間に書き換わっていくのを感じた。

 

【勇なるものは、疾く駆けるものへ、汝、風をも置き去りて、向かうところへ】

「……な、なにを」

 

 彼を包む青白い光に照らされ、アイリの姿が露わになる。

 あどけなさが残るその面立ちには不釣り合いなほど、勇敢で強い眼をしている。

 彼女はサイモンの視線に気づくと、安心させるように柔らかな笑みを浮かべる。

 その神聖ささえ感じられる天使のような笑顔に、彼は心が洗われるような気分がした。

 

 そして、彼を包んでいた光が徐々に収束し、再び辺りを闇が覆い隠した。

 

「これで、アナタは()()ではなくなった。ここの警備はどうやら勇者であることに反応するようだからな」

「……さっきから何を言っている」

 

 アイリはサイモンの疑問に答える様子はない。

 

「では、いこうか」

「……ど、どこへだ?」

「それも、追々説明する」

 

 彼女は、そう言ってサイモンを背負うと独房から出る。

 そして、何かを思い出したかのように振り返った。

 

「……忘れてた。一応、小細工はしておくか。ちょっと、借りるぞ」

「……は?」

 

 思わず間抜けな声を出すサイモン。

 無駄のない手付きで、アイリは彼の服を剥いだ。

 

「よし、これでいいだろう」

「な、いきなり何をするんだ!」

「なにって、カモフラージュだ。適当な骸骨に貴方の服を着せておけば、誤魔化せるだろう?」

 

 彼女の説明で合点がいったのか、落ち着きを取り戻すサイモン。

 そして、年甲斐にもなく取り乱してしまったことに急に恥ずかしさを感じた。

 

「……オレはそういう趣味でもあるのかと」

「やっぱり、ここに置いていこうか?」

「じょ、冗談……だ」

「私も……冗談だぞ?」

 

 明るい声調で返すアイリ。

 一方、サイモンのほうは体中に冷や汗をかいていた。

 

(絶対、本気だったよな、この女)

 

 そう思ったが、彼は心の中にそっととどめておくことにした。

 

「それと、アレらを騙すにはもうひと工夫必要だな」

「……ひと工夫って、まだ、何かするのか」

「ああ。通常、強い未練を残す魂は死してなお現世に留まる。特にこのような魔力が濃いところでは」

「……どういうこと、だ」

 

 彼女の言いたいことがサイモンにはわからなかった

 

「アナタほどの魂が、この場から成仏していたら怪しまれるということだ」

「それで……どう、するんだ?」

「作りる」

「は?」

「魂を作りる。そこらへんに漂っている魂の欠片を集めて、貴方を演じさせる」

 

 彼女の言っていることについていけなくなったサイモンは、考えるのをやめて生還していることに決めた。

 

【迷える子羊たちよ、集まり、結びつき、今一度姿を成せ】

 

 彼女の言葉とともに、光の粒が集まっていき、炎の形になった。

 

「すまんな。辛いと思うが、魔王を倒すため、世界の平和のために協力してくれ」

 

 サイモンは自分の見ている光景が信じられなかった。

 この女性は何者なのか。

 当初より持ち続けていた疑問は膨らむばかりだ。

 

「では、行こうか。いくら回復呪文をかけたとはいえ、貴方の体は疲弊しきっているだろう。安全なところで休ませる」

「……ああ、気になることは山ほどあるが、とりあえず礼を言っておく。ありがとうな」

「それを言うのは、まだ早いな」

 

 二人は、足早にほこらを後にした。

 この日、()()()()()()は死に、以降ほこらにはサイモンの魂がさまよい続けることとなる。




この小説では、サイモンは生存します。




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☆第七話:勇者の旅路~ナジミの塔~

勇者一行視点です


 勇者一行は、レーベの長老の家へと入るための鍵を求めにものみの塔を訪れていた。

 この塔の最上階に住んでいる老人が持っているという話を聞いたからだ。

 

飛龍(フェイロン)! そっちへ行ったぞ!」

「承知!」

 

 伝統衣装に身を包んだ武闘家は、独特の構えを取る。

 それを気にせず、大きな蛙の魔物「フロッガー」は彼に襲いかかる。

 

「フッ……間抜け蛙、貴様の動き、止まって見えるぞ!」

 

 そして、滑らかな体捌きで、一瞬の間に魔物の腹部に二度殴打が叩き込まれる。

 「ゲェ」といううめき声とともにフロッガーの体が石でできてた壁へと叩きつけられる。

 衝突した場所には小さくクレーターができた。

 

「うわあ、相変わらず化物だ、この人」

 

 そう言って、少し遠い目をしているのは、小さな杖をもった女魔法使いのサラだ。

 彼女の記憶が正しければ、このナジミの塔に住み着いている魔物はアリアハン周辺のものとは段違いの強さのはずだ。

 だと言うのに、一行は全く苦戦する様子を見せない。

 

 マヌーサで幻を見せてくる「じんめんちょう」は彼女が認識するよりも早く、僧侶のルーナのバギで粉々になっているし、通常剣士泣かせの「バブルスライム」も、勇者アルスの卓越した剣と呪文の前ではまるで敵ではなかった。

 

 彼らの旅は何の障害もなく順調に進んでいた。

 しかし、この少女にはそれが不満なようだった。

 

(これじゃ……私の出番がまったくない!)

 

 しびれを切らした彼女は、三人に抗議する。

 

「ちょおーといいかな、お三方!」

「なんじゃ、どうしたのじゃ、サラよ?」

 

 いきなりテンションMAXで呼び止めた彼女の姿に、怪訝そうな表情をする三人。

 アルスとルーナはまた始まったとばかりにため息を付いている。

 

「もうちょっと、もうちょっと……」

「もうちょっと?」

「……私にも活躍させてよ!!!」

 

 駄々をこねる彼女を、アルスが諭す。

 

「サラ、魔法使いには魔力を温存してもらうのが、ダンジョン攻略での鉄則なんだよ。基本的には深部に行けば行くほどに強力な魔物が巣食っているからね」

「ええー、でも、ルーナだって呪文使ってる!」

「私は魔力がなくなっても戦えますから」

 

 そう言って彼女は右手に持った金属製のメイスをサラに突きつける。

 

「それに、あれぐらいの低位の呪文、いくら使っても魔力切れなんて起こさないですし」

「……ぬぐぐ」

 

 ルーナの正論に、黙らせられるサラ。

 その悔しそうな様子を見かねて、飛龍(フェイロン)が二人に提言する。

 

「まあ、確かに、あまりに温存しすぎても腕がなまってしまうかもしれんのう。少し、サラにも戦わせてみてはどうじゃ」

「ふぇ、フェイロン!」

 

 救いの主を見るように輝いた目で彼のほうをみるサラ。

 その様子を横目に彼は「それに」と続ける。

 

「正直、サラの実力を見てみたいのじゃ。儂は、一度もサラが呪文を唱えるところを見たことがないからのう」

「さっすがフェイロン! 話がわかるっ! 二人共、今の聞いたでしょ? ここは私に任せてちょっと皆は休んでなって!」

 

 アルスは少し悩みながらも渋々といった様子で頷いた。

 

「……わかった。でも、問題が生じたらすぐに止めるよ」

 

 アルスの言葉に、ルーナが少し驚いたように小さく呟く。

 その声色からは不満がありありと感じられる。

 

「……アルス、正気ですか?」

「……仕方ないだろ、ずっと五月蝿いのも迷惑だし。飛龍もああ言ってるし」

「……飛龍(フェイロン)はあの子のポンコツさを知らないからです」

 

 二人のこそこそ話を訝しがるサラだったが、それよりも今は許可が出たことが嬉しかった。

 足を止めている三人に先行し、歩みを促す。

 

「ほらほら! 皆、早くいかないと日が暮れちゃうよ?

 

 そのテンションとは裏腹に、ずーんと沈み込むアルスとルーナ。

 二人の様子を見て、何も知らない飛龍(フェイロン)は疑問を浮かべる。

 

「アルス殿、ルーナ殿? 何もそこまで嫌がらずとも」

飛龍(フェイロン)、貴方は知らないからそう言えるのです」

「知らないとは?」

「まあ、見てればわかるよ」

 

 そう言って、三人は周囲を警戒しながらも先頭を進むサラに続いていく。

 

 

 しばらくすると、サラが何かを見つけたのか「あ!」と声を上げる。

 その瞬間、アルスとルーナは飛龍を担ぎ、後ろへと下がった。

 当然突然運ばれた飛龍(フェイロン)は訳がわからない。

 困惑する彼を置いて、二人は緊張感に包まれている。

 

「……始まるぞ」

「……そうですね」

 

 そこからの光景に飛龍は唖然とした。

 

「あ! じんめんちょう! イオラ!!」

 

 一匹のじんめんちょうを大きな爆発が襲う。

 

「なんと、サラは詠唱無しで中位呪文を使えるのか!?」

「……ええ、魔法使いとしての才能だけなら、あの子は凄いわ」

「……でも、感心していられるのは今だけだよ、飛龍(フェイロン)

 

 次の瞬間、衝撃の光景が広がることとなる。

 

「あ、こっちにも、あっちにも! イオラ、イオラ、イオライオラ!!!!」

 

 あっちこっちで起こる爆発の連続。

 もはや塔が崩れるのではないかというくらい、大きな揺れが三人を襲っていた。

 その光景を見て飛龍(フェイロン)は先程までの二人の言動の意味を完全に理解した。

 

「な、何なのじゃ、あれは……」

「……あの子、一度呪文を使い始めると、暴走して他人の話が聞こえなくなるのです」

 

 飛龍(フェイロン)はサラの呪文によって次々と屠られていく魔物、そして破壊されていく周囲の床、壁、天井を見て言葉を失う。

 しかし、このままではまずいと思い二人に声をかける。

 

「こ、このままだと、崩れるのではないか!?」

「ああ、まずいな。ルーナ、頼む!!」

「……はあ、だから私は反対したのです……【封印、束縛、閉塞、その願い顕れること叶わず――マホトーン】!!」

 

 光が、ルーナから前方にいるサラの方へと走っていった。

 

「イオライオライオラオラ!!!! オラオラオラオラオ……ら?」

 

 突然呪文が使えなくなったサラは困惑し、それと同時に背筋に悪寒を感じた。

 彼女が恐る恐る後ろを振り返ると、そこには……

 

「……えーと、すみませ、ん?」

 

 鬼の形相をした三人がいた。

 飛龍からも、普段の余裕が失われていた。

 

「よおーくわかったぞ。二人が、お主に呪文を使わせなかった理由が」

「あ、あははははは……ノってきちゃうと、つい……」

「こんなところであのような広範囲の爆発呪文を使うものがおるか!! お主はこれから呪文禁止じゃ! 後ろで大人しくしておれ!!!」

「ひゃ、ひゃい!」

 

 始めて見る飛龍のあまりの剣幕に、思わず横の二人もたじろいでしまった。

 当然、直接向けられたサラの恐怖は並々ではなかっただろう。

 その後、塔を登りきるまで、彼女は一度も呪文を使わせてほしいとは言わなかった。

 

 

 

 このような事件が起こったものの、その後の進行はいたって順調だった。

 特に苦戦をすることもなく、一行は塔の最上階へと上り詰めた。

 最上階では、一人の老人が四人を待っていた。

 

「そろそろ来る頃じゃと思っておったわい」

「そりゃ、あれだけ爆発が起これば、誰か来たって思いますよね」

 

 アルスは横に視線を向けると、その先でサラが目を泳がせている。

 しかし、老人の発言の趣旨は違ったようだ。

 

「いや、夢で見たのじゃよ」

「夢……ですか?」

 

 アルスが老人の答えに不思議そうな顔をする。

 一方で、サラはその答えを聞いてニヤリと笑い、ルーナに小声で耳打ちする。

 

「……や、やばいですよルーナさん、このお爺ちゃん、完全にボケちゃってます。たぶん鍵の場所とか忘れちゃってますよ」

「……だ、大丈夫です。ああいうのは叩けば治ります」

「ま、まさかのブラウン管方式!?」

 

 言ってから、サラはしまったとばかりに手で口を抑えた。

 ルーナは怪訝そうな顔をしている。

 

「ぶらうんかん?」

「い、いえ、なんでも無いです!」

「……ご、ごほん!」

 

 わざとらしく老人が咳払いをする。

 恐らくは、二人の会話が聞こえていたのだろう。

 飛龍(フェイロン)はその様子にため息を吐く。

 

「申し訳ない、ご老人。二人の非礼。儂からお詫び申し上げる」

「ふぉっふぉ、良いのじゃよ。いきなり夢で見たと言っても老人の戯言だと思われるのは自然なことじゃ。重要なのは、君たちがここへ来てくれたこと、そして、私が君たちにこれを渡すことじゃ」

 

 そう言って、老人は懐から何かを取り出し4人の前で手を開いた。

 

「これは……」

「鍵……ですね!」

「ただの鍵ではないぞ。何か気づくことはないかのう?」

 

 そう言って四人は鍵を注視する。

 最初に気づいたのはルーナだった。

 

「鍵先の三本の出っ張り、もしかして動くのでは?」

 

 彼女の答えに、老人は感嘆の声を上げる。

 

「お嬢さん、よくわかったのう。そのとおりじゃ。この鍵は、この出っ張りの動きによって、様々な錠前に対応できるようになっておるのじゃ」

「なるほど、シンプルですね! というか、そんなんで開くものなんですね。防犯意識どうなってるんですかね」

「……ですが、この方式だと開けられる鍵は限られそうですね」

 

 ルーナの発言に、サラが疑問を呈する。

 

「どういうこと?」

「一部の錠は、特別な呪文が込められていないと開かないものがあります。込められる呪文は『アバカム』というもので、本来は優秀な魔法使いにしか使えない呪文です」

「……随分と詳しいのだな、ルーナ殿」

「……いえ、たまたま聞いたことがあるだけですよ。私のような聖職者は何かと人には言えないような話を聞く機会も多いので」

「なるほどのう」 

 

 鍵について詳しいルーナに驚いた飛龍(フェイロン)だったが、彼女の説明に納得する。

 一方でルーナの発言に老人は感心していた。

 

「ほう、若いのに博識じゃな。まあ、この鍵でも、あやつの家に入るのには十分じゃろう」

「レーベの長老と知り合いなんですか?」

「ほほほ、知り合いなんてものじゃないぞ。あやつとの思い出を語れば時間がいくらあっても足りないくらいじゃよ」

 

 そして、どこか遠い目をする老人。

 その気配に、サラは嫌な気配を感じ、流れをぶった切って突然口を開く。

 

「じゃ、じゃあ、私達はこれくらいで! 先を急ぐので!」

「そ……そうか?」

「ア、アルス、ルーラで戻ろう、ぱぱっと!」

 

 少し残念そうにする老人をよそに、サラはアルスに帰還の呪文の使用を促す。

 勢いに押されている彼を、老人が静止する。

 

「若い勇者様、一つだけ、いいかの?」

「なんでしょうか」

「お主が相手にすることになる魔王バラモスは、強大な力を持つだけではない。狡猾じゃぞ。ゆめゆめ侮るでないぞ」

「……ご忠告、痛み入ります。ですが、安心してください。魔王バラモスは、俺が必ず……倒しますから」

 

 その力強い返答に、老人はある男の存在を思い出していた。

 

(……本当に、お主と似ておるな)

 

 だが、老人はアルスの様子に少しだけ引っかかりを感じた。

 

「ほほほ、頼もしいのう。じゃが、もう一つだけ老いぼれからのアドヴァイスじゃ。勇者アルス……憎しみで剣を振っては、魔王は倒せぬぞ」

 

 忠告するその顔つきからは歴戦の強者の風格が滲み出ていた。

 ハッとして老人の顔をじっと見るアルス。

 しかし、老人の表情は既に元の柔和なものに戻っていた。

 思わず冷や汗をかくアルス。

 

「……わかりました」

「それなら、安心じゃ」

「――アルスー! まだー!?」

 

 しびれを切らしたサラの呼びかけが開いている扉の向こうから聞こえてきた。

 

「元気なのが、呼んでおるぞい」

「はは、みたいですね。それじゃ、行ってきます」

「ああ、気をつけてな」

 

 アルスは深くお辞儀をすると、仲間の方へと駆けていった。

 

 

 

 戻ってきたアルスの姿を見て、サラは深く息をつく。

 

「はあ、危なかった。あのお爺ちゃん、もう少しで私達の時間を消し飛ばすところでしたよ!」

「消し飛ばすって……」

「いやいや、年配の方の昔話を侮っちゃ駄目ですよ!! ちょっと気を抜くと同じ話を何回も話しだしますからね! 無限ループですから!」

「サラ、儂はお主がご老人を怒らせるのではないかとヒヤヒヤしたわ」

 

 飛龍(フェイロン)飛龍(フェイロン)で安心しているようだ。

 

「それにしても、あの方、底が知れませんね」

「ああ、そうじゃな。全く実力が推し量れなかったのう」

「え!? あのお爺さんそんなにすごかったの!?」

「……サラ、貴方って人は」

 

 二人から呆れた目で見られるサラ。

 

「た、確かに、ただのお爺さんがこんなところに住んでるわけ無いとは思ったけど……でも、ただの変なお爺さんだと」

「……本当に、誰ですか、このポンコツの塊を旅に連れてきたの」

 

 ルーナは疲れたように零す。

 

「……あはは、じゃあ、村に戻ろうか。皆、準備はいい?」

 

 アルスの確認に、三人は頷く。

 四人が互いに手を繋ぐと、アルスの「ルーラ」という声とともに、四人の姿がその場から消えていった。

 




[設定]

・イオラ
難度:中位
詠唱:――
効果:それなりの大きさの爆発を引き起こします。範囲は半径2~3mくらいのイメージ

・マホトーン
難度:中位
詠唱:【封印、束縛、閉塞、その願い顕れること叶わず――マホトーン】
効果:ゲーム同様対象の呪文を封じる効果。術者から光が対象へと伸びていき、それが当たることで魔封じの効果が現れる。そのため、軌道が見え、回避することもできる。

・まほうのかぎ
 この作品ではアバカムの呪文が封じられているという設定です。
 ゲームではアバカムで開ける錠をまほうのカギでは開けませんが、それは鍵に呪文を封じ込めるという技術的な制限で、本来の効果よりも制限がかかるという理由付けを一応考えてます。イメージとしてはアバカムは魔力で鍵自体の形を作り出し、まほうのかぎは鍵先を補う形で魔力が固まるといった感じですかね。そのため込められた魔力で補いきれない錠は開けられないといった感じで。


 呪文の詠唱分は完全にオリジナルです。
 適当に即興で考えてるので、雰囲気で流してください。



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