怪人達の冥界事情 (ヘル・レーベンシュタイン)
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第1撃目 人類を滅ぼす使命を背負った者

お久しぶりです。この小説では一度滅んだ怪人を再度戦闘させる目的で書いた小説です。
あっと言う間にやられた怪人達を活躍して欲しいと思ったので、時々オリジナルの技も披露します。
では、本編をどうぞ。


死後の世界について考えたことがあるだろうか?

善人は天国へと昇天し楽園へ、悪人は地獄に落ちて罰を受ける世界というのが一般的な認識だろう。無論、信じる人もいれば信じない人もいるのが世の常だ。結局のところ、死んだ者にしか分かりようのない世界なのだから。だが、もしも人を辞めた人....即ち、怪人はあの世に行くのだろうか?天国、もしくは地獄に行くのか?この話は、死んだ怪人達の行き着いた世界で起きた出来事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......久々の来客か。どんな目的で来たのか、概ね察せられるがな。」

 

ここは夢と現実の狭間にある冥界・ヘルヘイム。最奥の玉座に座り、そう呟いた軍装の彼女は、この冥界を支配する王『クリームヒルト・レーベンシュタイン』である。最近は、ある目的を持ってこの場に来訪する人物が来るのはそう珍しくない。

 

「なるほど、ここが冥界の最奥地か。」

「その通り....まずは名を名乗ってもらおうか。」

「....私はワクチンマン、人間を地球から駆逐するために生み出された存在だ。」

「なるほど、念のために聞くが、ここに来た目的は?」

「無論、生き返るためだ。」

 

ワクチンマンは邪悪な笑みを浮かべながら、拳を握りしめた。脳裏には、自分を一撃で砕いだあの男のことを思い浮かべる。

 

「奴には復讐せねばならん....人類抹消という、崇高なる私の目的をただの一撃で打ち砕いたのだからなぁ。」

「....なるほど、つまりヒーローに討伐されたわけか。」

「そうだ....それも!趣味でヒーローしているなどという矮小な輩なんぞに!そんな理屈納得できるはずもないだろうがァァッ!」

「....趣味でヒーローを?」

「だから、私を生き返らせろ!拒否なんぞ認めん!」

 

ワクチンマンの口から聞こえた一言に、クリームヒルトは疑問を感じた。しかし考える暇もなく、ワクチンマンの巨大な拳が迫り来る。それを鼻先ギリギリで回避する。

 

「小癪な....私の邪魔をするのもは死ね!」

「ほう....」

 

ワクチンマンが両手を広げると、辺りにバスケットボールほどの大きさの光弾が発生し、クリームヒルトに向かって放たれた。光弾が被弾し、発生した大爆発に巻き込まれる。

 

「ふん、他愛ない。冥界の主も所詮はこの程度、これで私は地上へ戻れ....」

「戻れたらよかったな。」

「な、何ィ!?」

 

爆煙が晴れると、クリームヒルトの姿が無傷で現れる。ワクチンマンはその光景を見て驚愕の顔を浮かべる。

あの光弾に直撃すれば、まず五体満足はあり得ない。しかし現に、目の前の死神に傷や損傷が見当たらない。そこに一体どんな理屈があると言うのか.....ワクチンマンはそう考察し、死神の肉体を観察する。

 

「....単に頑丈なのか、それとも回避したのか。何れにせよ、チマチマと攻撃していても効果はなさそうだな。ならば....オォォォォォッ!」

 

ワクチンマンの肉体が徐々に肥大化していく。その姿はかつて、自分を倒したヒーローに見せた最後の姿だった。

そして異臭と紫色の煙を放ちながら、大口を開ける。その口には、光弾以上の膨大なエネルギーと有害な物質が蓄えられていく。

 

「....なるほど、奥の手か。」

「そうだ、これを喰らえばどれほど強力な人間だろうと確実に死ぬ!例え避けようとも、私ですらよく分からん未知のウィルスが化学兵器のように辺りへと広がり、お前を殺すだろう!これを受ける覚悟、貴様は持っているか!?」

「理解した。ならばこそ、その全霊の一撃を放つがいい。」

「.....抹消せよ、人類否定滅却砲(アンチヒューマン・デストロイブラスター)

 

ワクチンマンの口から、巨大な破壊光線が放射状に放たれた。直撃した床や壁面はドロドロに融解し、紫色の煙を放っている。

 

(これで皮膚のかけらも残さず蒸発をするはず....バ、馬鹿なァァッ!?)

「.....なるほど、強力な威力の光線だ。私も一瞬硬直するほどだった。」

 

なんと、死神は光線を受けながら歩いていた。しかもゆっくりと、ワクチンマンの方へと歩み寄りながら。

確かに光線を喰らって多少は損傷を負っている。しかし決して致命傷を負うほどではなく、それどころか回復している速度の方が早い。

 

(これか、先程私の放った攻撃を食らって無傷だった原因はこの回復力の高さから来てたのか!?しかし、例え回復しても体内に入ればウィルス体内を蝕む筈が....)

「だが、私は例えどんな病に侵されても決して諦めなかった友人を知ってるのだよ。今でも尊敬していてな....故に、例えウィルスを食らっても、止まるわけにも行かんのだよ。」

「な、なんだそれは....そんな理由で、私の切り札に耐えるだと?クソォッ!」

 

そう言いながら、ついに攻撃の射程距離まで接近した。ワクチンマンは巨碗を振るってなぎ払おうとする。

しかし、それよりも早く死神の剣が振るわれた。音を置き去りにした速度と、ワクチンマンの頑丈な皮膚を、バターのように斬り裂く超常なパワー.....まさに一刀両断、ワクチンマンの首が胴体から離れた。

 

「ぐっはああああああああ!」

「ああ.....言い忘れてたが現実への蘇るチャンスは一度きりだ。ここで死を体験したら、二度とこの場に来れないことを覚えておけよ。」

「お、おのれ人間.....こんな理不尽....やはり、根絶やしにするほか.....」

 

そう言い残しながら、ワクチンマンはこの場から蜃気楼のように消えていった。もう二度と、ここに来ることはないだろう。

死んだ者は決して蘇らない。この現実を覆すためには、クリームヒルト・ヘルヘイム・レーベンシュタイン.....彼女の屍を越えなければならない。それも、チャンスは一度きり。例え人間だろうと、動物だろうと、そして人を超えた怪人であろうと.....果たしてこれを達成できる者は現れるのだろうか?




いかがでしたでしょうか?基本的にこんな感じで軽く、シンプルなノリのストーリーで進めて行こうと思います。


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第2撃目 強さを求め続けた者

今回は、あの巨人の怪人との対決です。


 

敗北した。

まず、殴り倒されて俺が感じた思いはそれだった。兄さんから授かった力を得てから、俺は最強の男になったのだと信じて疑わなかったのに。事実、その時には俺を止められるものなんでどこにもなかった。警察も、軍隊も、ヒーローも、誰も俺を止められなかった。

 

ーー圧倒的な力ってのは、つまらないもんだ。

 

....この言葉を言った男が来るまでは。最強だったはずの俺が、たった一発のパンチを喰らって倒されてしまった。

当然、その事自体もショックだったが、それだけじゃない。最強の俺を倒した、俺よりも最強の男が、その力に悲観的だったのに驚いたのだ。

 

「おかしいだろ、普通なら嬉しいはずだろうに....」

 

目の前に広がる、よくわからない城の廊下を歩きながら、俺はそう呟いた。だけど、改めて振り返ると、俺も本当は嬉しかったのだろうか?

自分でも、心から何かが湧き上がるような気持ちはなかった気がする。ただ最強の力を手に入れた、そう自覚してただけ。兄さんがあまりに喜んでいたから、俺は冷めてしまってたのだろうか?今となっては、もうわからない。ただ一つ、思い出す方法があるとしたら.....

 

「よく来た、異界の人間よ。確認として聞くが、お前の望みはなんだ?」

「言うまでもない、現実へと蘇ることだ。」

 

俺は胸を張って、玉座に座る女にそう答えた。本音を言えば、このまま死んだままでも良かった。最強の男である資格をすでに失った俺に、生きる意味なんてない。だけど....このまま死んだままじゃ納得できない理由がただ一つ残っていた。

 

「なぜ蘇りたいのだ?」

「それは、俺は納得したいからだ。」

 

そう、納得すること。俺はまだ、確かに納得できなかった。確かに俺はあの男の一撃で敗北した。その結果にぶつかって、俺は最強じゃないことに気付いた。だけど、その結果だけを見て、全てを投げ捨てることは違うと、死んでから思い始めた。

 

「....あんたには知らねェ事なんだろうけどよ、俺は最強の男ではないかった。だが、もしかしたら強い男なんじゃないのかって思い始めたんだよ。俺を倒した男にさ、せめて現実でそう聞きたかったんだ。それが、俺にとっての後悔なんだ。だけど聞く前に死んじまったから、それをもう一度確かめるために俺は生き返りたいんだ!」

「....なるほど、理解した。」

「あんたはこれを聞いて、笑うか?それとも憐れむか?どっちにせよ、これが俺の生き返る目的だよ。」

「まさか、私はその手の感情は持ち合わせてない。故に、存分に力を振るって私の屍を超えていけ。そうすれば、望みは叶えられるだろう。」

「っ.....オォォォォォッ!!!」

 

湧き上がる気持ちのまま叫ぶと、かつて拳の一振りで街を壊滅させた巨体の姿へと変貌した。体の大きさに合わせて、城の空間も広くなっていてなんとも不思議なところだと思えたが、そんなことはどうでもいい。これが生き返って自分自身を見つめ直す最後のチャンス、なのかもしれない。そう考えると体から力が滾ってきた。

 

「俺は、強いんだァァァァァ!」

 

俺は強い、強いんだ。その気持ちを拳に纏わせて何度も女に向かって何度も殴りつける。城の城壁が砕けた、床を殴り壊した。だけど、あの女を殴った手応えがない。どこだ、どこに行った?

 

「下は履いてないのだな。」

「っ!」

 

背後から声が聞こえ、振り返った。女には傷一つ付いてなかった。避けたのか?何にせよ腹が立ち、奥歯がギチギチと鳴り響く。そして怒りを乗せて拳を女の方へと向かって振るう。しかしその瞬間.....

 

「っ!?」

 

なんと女の方も拳を握りしめて、俺の拳を殴り返した。結果は、俺の腕が砕け血塗れになって使い物にならなくなった。

 

「.....」

 

俺は呆然としていた。決して痛くないわけではないのだが.....不思議と俺の心は怒るどころか静かだった。なんでだろう....そう考えると、俺の脳内はかつて一発で殴り飛ばされた瞬間のことを思い出した。

 

(ああ、そうか.....あの時とよく似てるんだ。)

 

奇しくもあの女と男は格好もそれなりに似ている。そして今回は....一発では終わらなかった。向こうが手加減してるかもしれないってのもあるんだろうが....とにかく、チャンスが来た。

 

(そうだ、ここだ.....俺が変わるのはこのチャンスしかない!)

 

そして俺は.....考えて、考えて、そして考えるのをやめた。そして無心のまま、女から距離をとって、クラウチングスタートのポーズをした。もっとも、片腕を怪我してるから完全な形でポーズはできてないが.....まあこんなものだろう。

 

「.....」

 

俺はこの時、なにも考えてない。にも関わらずこの手段を選んだのは、今まで筋トレや色んなスポーツを続けたから、無意識にやってたのかもしれない。こんな時に役立つとは....我ながら皮肉で少し笑えてしまうよ。

 

「.....ほう。」

 

女は興味深そうにこっちを見てきた。ああ、そこで見ていな.....これが俺の最後の悪あがき、捨て身の特攻をかます。防御や受け身なんて一切考えない。

 

(全力突進(フルスロット・タックル))

 

脳内で無意識にそんな技名が浮かび上がった。実際、技なんて呼べるものではない。単に巨体を生かして全力でタックルをしているだけだ。しかし、あの男や、目の前にいる女に対して殴る蹴るといった小技は効かない。なら、全力の一撃を当てるしかないだろう

 

(そうだ、これしかないんだ!)

 

だからやる、とことんやるんだ。音を置き去りにし、床を踏み砕き、目の前の女を吹き飛ばすために肩に全力に力を込める。そのまま勝利へと突き進むんだ。

 

「っ!」

 

直撃した。今まで俺が殴ってきたものよりも硬かった気がするが、関係ない。当たった、そして確かにダメージを与えた感触を実感した。勝った、勝ったんだ!念のために殴ってトドメを刺そうと拳をあげる。

 

「え?」

 

しかし、その時だった。肩から腹にかけて何かが通り抜けた気がする。直視できない、おぞましいナニカが俺の体を貫通して、そして....俺の上半身が分離して床に落ちていったのを理解した。ああ、俺はまた負けたんだな.....

 

「どうだ、納得のいく戦闘はできたか?」

「ああ....そう、だな.....満足は、したよ.....」

 

そう答えながら、俺は感じた。この人はまさに死神だな.....と、そう思えた。死人とはいえ、あんなおぞましい武器を使って、なおかつこんなことを聞けるなんてな普通はできないと思う。

 

(だけど、そんな人だからこそ、俺の相手を出来たのかもしれねぇな....)

「念のために聞くが、他に何かやり残した事はないか?」

「....そうだった。最後に聞きたかったんだ....なぁ、俺は強かったか?」

「ああ.....強かった、私にとってもそう実感できる相手だったよ。」

 

よく見たら、服の袖から血が滴ってるのが見えた。そうか、あの手応えも偽りのものではなかったのか.....そう思えて、自然と微笑みを浮かべた。

 

「知ってると思うが、私に敗れた以上もうお前は現実に蘇ることはできない。」

「別に良い、もう後悔はないからな....まずは兄さんを探して、ここであったことを話そうと思う。まずはそれから始めようと思う。」

「そうか、私もお前が兄に会えることを願っておこう。さらばだ、強さを求め続けた男よ....」

「.....ありがとう、じゃあな。」

 

そう言い残して元怪人のマルゴリは、このヘルヘイムの元から消失していった。もう二度と、彼がこの場所に来ることはないだろう。クリームヒルトはそれを見届けて、再び玉座の元へと戻っていった。

 

 

 




次回登場する怪人は未定ですが、なるべく原作で死んだキャラの順に登場させていこうかと思っています。


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第3撃目 新たな人類を名乗る者

更新が遅くなってしまいました。

今回は登場した怪人の順番を飛ばして、阿修羅カブト戦です、


ズシン、ズシンと城の床が振動に揺れる。何か大きな密度を持った生物が玉座へと近付いてくる。

明確な殺意、巨体の所々が血で濡れていた。ここにくる前に、戦闘を何回かしていたことが伺える。

 

「よぉ、ここのボスはアンタってことで良いんだよなぁ?」

「そうだ、しかしお前に聞きたいことがある。その周りについてる血はどうした?」

「あーこれかぁ。ここに来る前に俺に突っかかってくるやつらがいたからよぉ、ちょっと黙らせてやったんだよ。」

 

メンドくさそうに身体に付着した血を拭いながら、この生物はそう答えた。お世辞にも美麗とは言えない顔は、終始ニヤニヤと笑っていた。

 

「ま、そんなことはどうでも良いんだよ。俺は阿修羅カブトってんだ。地上に帰りたいから許可してくれねぇかお嬢ちゃんよぉ。」

「そうか.....貴様は阿修羅カブトというのか。理由を聞かせてもらおう。」

「ぶっ飛ばしたい奴がいるんだよ。俺は学習能力が高いからよぉ〜今度こそは、あのハゲ頭の野郎に負けねぇ。」

「ほう、つまり再戦を望むために蘇りたいのか。少々珍しいな。」

「取り敢えず、俺の現実に戻りたい理由はこれだけだ。ま、今はそんなことは二の次だがなぁ....」

「ほう、他に理由があると?」

「それはアンタだよ、お嬢ちゃん。俺はアンタと戦う事が一番の目的なんだぜ?」

「....私だと?」

 

予想外の返答。彼女と戦うことに興味を持ち出す者は珍しくなかったが、クリームヒルト本人を優先とした来客は過去になかっただろう。

 

「だってよぉ、死を司る奴と対面できるなんてそうそう無ぇ!アンタとの戦闘経験を通せば、死という最強の武器を俺のものにできるかもしれねぇじゃねぇ!ヒヒ、ヒヒヒヒヒヒ!もぉ我慢出来ねぇ、さっさと戦闘を始めよぉぜ!」

「その戦闘意欲だけは、大したものだな。」

 

筋肉を異常なまで隆起させながら、阿修羅カブトが突撃してきた。クリームヒルトは阿修羅カブトの戦闘に対する熱意に感心しつつ、その特徴的な角を掴んで突進を制止させる。

 

「ヴァ〜〜〜カ、止まったなぁ!おおぉぉぉぉっ!」

 

しかしそれを予測していたのか、阿修羅カブトはツノを頭上へと上げて、まるでプロレスのジャイアントスイングのように大回転をし、クリームヒルトを壁面に向かって放り投げた。

 

「なるほど、腕力だけで押し切るタイプではないのか。」

 

クリームヒルトは空中で体勢を直しつつ、剣を抜いて壁面に足をつけた。そして壁を蹴って跳躍し、阿修羅カブトへと振り下ろす。

 

「 へっ、見えてんだよ!」

 

その巨体に似合わない速度で、振り下ろされる剣の軌道に合わせてクロスカウンターを繰り出してきた。見事、クリームヒルトの頬に直撃し弾け飛んだ。

 

「....まるで先読みされてるかの様に合わされたな。」

「俺は進化の家の最強戦力だぜ?知能も戦闘レヴェルも旧人類とは段違いなんだよ。つまり、アンタの単純な行動パターンなんてお見通しなんだよ、ヴァ〜カ。」

 

侮辱、憐憫、そして傲慢な口調でそう言い放つ阿修羅カブトは自信に満ちていた。まさに勝ちを確信してるかの様に....それを見てクリームヒルトは、瓦礫を払いながら阿修羅カブトの身体を指を指す。

 

「あ?なんだそりゃ....」

「勝ちを確信するのは良いが、少し自分の体を見てみろ。」

「...ッ!何ぃぃっ!?」

 

指された方を見ると、阿修羅カブトの左肩が大きく裂けていた。おそらく、先程カウンターをした時には既に剣が肩の方に届いていたのだろう。つまり、カウンターは成立せず、相打ちという結果になったのだろう。

 

「さて、それだと左腕を動かすことはできまい。」

「て、テメェ、よくもこんな真似をッ!」

 

事実、阿修羅カブトが左腕に力を入れるも、上手く力が入らずピクリとも動かないのだ。怒りを込めて、全力を込めても反応はしない。ならばこのまま右腕だけで死神との戦闘を続行するのか?

 

(....無理だな、こいつはあのハゲ頭ほどじゃないにせよ十分強い。ハンデ背負って勝てるほど甘い相手じゃねぇ!)

 

阿修羅カブトはそのように考えており決して慢心はしていない。現実でサイタマと戦ったことを教訓にしているのだ。しかし、ではこの局面をどう切り抜けるのか?

 

「....どうした、もう終わりか?」

「ぐっ....ふざけたことを言ってるんじゃ.....」

「どうやらここまでのようだな....」

「っ!なめてんじゃねぇぞぉぉぉっ!」

 

クリームヒルトがトドメを刺そうとした瞬間、異様な光景が目に映る。阿修羅カブトが怒り狂ったかと思えば、体が異様な速度で再生が始まり、斬り裂かれて出来た傷があっという間にふさがった。いや、それだけでは収まらなかった。

 

「こ、れは.....」

 

阿修羅カブト自身もこの現象には驚いていた。口の横からアリのような強靭なアゴ、背中にはトンボの様に体よりも大きな羽、そして背後には蜂の様な毒針が出現し始めたのだ。これは最早、再生というより進化といえるだろう。

 

「お?....へへへ、おもしれぇ!」

 

自分でも不思議に思いながらも、阿修羅カブトは跳躍し、トンボの羽を広げて空中を滑空しながら突進した。それを見てクリームヒルトはとっさに背後へ跳躍して回避する。阿修羅カブトは構わず城の床へと激突した。その衝撃で地震が発生したかのように玉座が激震する。

 

「進化か....窮地になると生存本能が覚醒し、生き延びようとするために肉体を進化させたのか。」

「くっくっくっ.....そうみてぇだなぁっ!」

 

阿修羅カブトはクリームヒルトの背後の地面から出現する。そして同時に、巨大なアリのアゴを使ってクリームヒルトを捕まえ、地面へと叩きつける。そして更に強固に固めた拳のラッシュを放って床を粉々にしながらクリームヒルトを殴りつける。

 

「ふぅうううう.....タマラねぇ、ゾクゾクする.....今俺様は、どこまでも進化できる気がするぜっ!」

「....確かに、その進化は興味深いな。」

「っ、まだ生きてたのか....イラつくなぁ。」

 

床の瓦礫からクリームヒルトが出てきた。見たところほぼ無傷、目立った損傷はなかった。その姿を見て、阿修羅カブトの脳裏にはあの男がよぎって苛立ちを感じている。

 

「これでも喰らいな!」

「.....毒針か。」

「な、素手で....グオッ!?」

 

不意打ちとして背後のハチの毒針を繰り出すも、それを素手で受け止められ、そして剣で斬り落とされてしまう。激痛が駆け抜けるも、なんとか歯を食いしばって耐える。

 

(せっかく進化したのに....まだ、勝てねぇのか?ふざけんな、こんな理不尽があってたまるかよ....)

「もう終わりか?」

「....もっとだ、もっともっともっともっとおぉぉぉぉぉッッ!」

 

瞬間、阿修羅カブトにさらなる変化が起きる。元々、クリームヒルトの倍はある巨体が、更に巨大化しているのだ。背後の翼もまるでドラゴンの翼の様で、身体中に無数の目が付いていた。そして、腕にはカマキリの鎌、肩からサソリのハサミ、そしてヘラクレスオオカブトの様なツノが生えてるなど、明らかにカオスさを感じる肉体となっていた。

 

「へへ、へへへへへ.....頭がフットーしそうになったけどよぉ。自分でも驚くくらい強くなったぜ。」

「.....」

 

クリームヒルトも警戒を強めたのか、剣を構えて阿修羅カブトへと視線を集中させている。

「おう、それで正解だぜ。テメェが強いのは知ってるけどよぉ、一瞬でも視線を外したら.....死ぬぜ。」

「___」

 

剣と鎌の形をした腕が交差する。その巨体から似合わないスピードで移動しながら攻撃を仕掛ける阿修羅カブト。それはもはや、神話の化け物の様だった。巨大な翼が、ハサミが、そして角が次々と襲ってくる。

 

「ほう、興味深い....これほどの相手をどうやって人間は倒したのか。」

 

対してクリームヒルトは冷静に一つ一つの攻撃を防御しながら観察し、見極める。しかし明らかに傷が目立ち始めてきた。阿修羅カブトの力量が徐々に上がっていることが見えてくる。

 

「....やむを得んな」

「お?」

 

埒があかない、そう判断したクリームヒルトはその瞬間、身に纏うエネルギーの密度が明らかに増した。いや、寧ろ今まである程度抑えていたのだろう。その様子を見て、阿修羅カブトは歓喜の表情を浮かべる。

 

「ヒヒヒ....そうだそうだよ、それを待ってたんだよぉッ!テメェのフルパワーを、俺に見せてみろおッ」

「....行くぞ。」

 

その瞬間に巨大な拳と剣が交差した。緩急やフェイントのような小細工は一切なく、ただ真っ直ぐと相手に向かった攻撃を放つ。その結果....

 

「....へへっ、今の覚えたぜ。」

「ここまでとは予想外だ....本当に耐えきれるとはな。」

 

死の一撃を喰らっても尚、阿修羅カブトは生きていた。本来ならば死んでもおかしくなかったのだが、一度死んだ経験を活かしたのか、なんとか耐えきったのだ。

 

「くっくっくっ......ああ、最高の気分だ。もうこれで、俺の肉体レヴェルは死を克服するまで進化した!アンタに感謝してるぜェ〜〜〜.....これでもう、俺を止められるヤツは誰もいねェッ!」

「.....」

 

絶頂の表情を浮かべながら、阿修羅カブトは歓喜の声をあげていた。そして更に肉体がボコボコと音を立てながら進化をしている。肉体は綺麗な黒色の光沢を放ち、まるで悪魔と昆虫を混ぜたかのような形へと変貌している。

 

「フゥウウウウウ.....力が溢れる、死を克服したと同時に、俺自身でも計り知れないパワーが秘められてるのが実感できる。こんな俺を、さぁアンタはどう止めるんだ?」

「.....」

「へへへ......ダンマリかい。だったらそのまま黙りこくってポックリ逝っちまいなぁ、お嬢ちゃんよォッ!!」

 

その瞬間だった、阿修羅カブトが豪腕を振るおうとした瞬間、クリームヒルトの眼前で拳と腕が、ひとりでに破裂した。

 

「.....あ?」

「どうやら、肉体に限界がきたようだな。確かに一瞬だけ死を耐えたようだが、まだ人類が死を克服するには、早かったようだな。」

「....そーかい、だったら今この場でさらなる進化をッ.....お、お....オォォォォォッ!?」

 

阿修羅カブトはさらなる進化で肉体の崩壊を止めようとするも、寧ろどんどん肉体の劣化と老化が秒刻みで進行していた。あれほどの光沢を放っていた肉体は、まるで枯葉のよつに脆くなっている。

 

「ふざけんな....俺は.....俺は、新人類の完成型なのに....旧世代の連中の足元にも及ばねぇ性能を.....まだまだ進化させて.....」

「確かに人類には数多の可能性があるのだろう.....だが、過剰な急成長は身を滅ぼすことがあるのだ。それも死を克服することは、今の人類には、きっと早すぎるのだ。」

「.....ヴァ〜カ、そんなつまらねぇ理屈で納得できるかよ。過剰な成長だろうと.....新人類の俺だったら耐えきってその先に絶対行ける、今度こそ.....今度こそな.....」

「......その諦めない意志力も、己自身を人類と貫いたからこそ、なのかもしれんな。」

 

阿修羅カブトは灰燼となってこの場から消えていった。クリームヒルトはその姿を最後まで見届けて、踵を返して玉座へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 




次回のキャラはまだ未定ですが、なるべくボリュームのある戦闘を書けるように頑張りたいと思います。


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第4撃目 母なる海を支配する者

お待たせしました、4話目は深海王とのバトルです。ぜひお楽しみください。


「.....今回は誰も来ないか」

 

クリームヒルトは冥界の玉座に座りながらそう呟いた。彼女は現実世界では就寝している。冥界の玉座は夜のみ開放されるように設定しているのだ。

彼女が就寝し、冥界の王であるクリームヒルトの魂が玉座に到着することで阿頼耶を通してあらゆる可能性の繋がりが発生するのだ。

 

「無論、死を越えたいと願う者が出ないに越したことはないが....」

 

それが彼女にとって最大の理想であるものの、やはりこの世界でもそれがまかり通るほど甘くはなかった。

怪人に限らず、やはり人間でも死を越えて生をやり直したいと願う者がこの玉座に現れることも稀にある。無論、素直に引き返す者や、クリームヒルトと戦闘をして途中で引き返す者がほとんどだ。

 

「....そろそろ戻るか。」

 

今まで訪れてきた者たちを思い出し、そろそろ現実の世界に戻ろうとした時だった。どこからか海の香りが漂ってきた。いや....それだけではない。

 

「....海に変わった。」

 

ふと気がつくと、辺り一面が海へと変貌していた。海水は波打ち跳ねた水が衣服を濡らす。そして上空からは強烈な日差しが差し込む。

 

「あらぁ、貴女が冥界の王様かしら?」

「なるほど、お前が今回の来訪者か。」

 

海面をパシャパシャと歩きながら、緑の巨体をした魚人が現れた。その大きさはクリームヒルトを優に上回り、まるで剣山のような鋭い牙が生えていた。

 

「その通りだ、私がこの冥界を統治している。」

「ふふふ....だったら話が早いわ。私は深海王、さっそくだけどこの世界は私が支配させてもらうわ。」

「ほう、それは死を越えるためか?」

「まあ結果的にそうなるわねぇ、死を越えるなんてどーでもいいけど。」

「....つまり、それは目的ではないと?」

「そうね....だってほら、冥界を海で満たすなんて、ロマンチックだと思わない?」

 

深海王不敵な笑みを浮かべながらそう宣した。そしてクリームヒルトは思い返す。過去に独裁者の人間が何人かここに訪れたことはあるが、それでも全員現実へ帰還することを望んでいた。しかし、冥界そのものを乗っ取るなんて発想をしたのは、深海王が初めてだ。

 

「良いだろう、その理想を果たしたいというのならば、私を倒してみせよ。」

「ええ、言われなくとも....ね!」

 

そう叫びながら深海王はまるで砲撃のような鉄拳を放った。それに対してクリームヒルトも拳に力を込めて真っ直ぐと放つ。

 

「ぐっ....ガァッ!」

 

結果、クリームヒルトのパワーが勝ち、深海王の腕を粉砕した。腕の地肉が砕け、足元の海面が血色に染まる。しかし....

 

「.....やっぱ貴女、あの男に似てるわね。けど、拳の方を見てごらんなさい。」

「これは....」

 

クリームヒルトは自身の拳を見ると、赤く腫れ上がり、血が所々から垂れていた。そして、何をされたのか理解した。

 

「なるほど、腕の中に毒針を仕込んでいたのか。」

「その通り、オニダルマオコゼオコゼの毒よ。フツーの人間だったら毒を注入されただけで死ぬんだけど、貴女は身体が丈夫なのねぇ。」

 

そう言いながらも深海王は海水を吸収し、一瞬で腕を蘇生させる。いや、むしろ身体が少しだけ肥大化していた。

 

「さあ、まだまだ深海の恐ろしさはこんなものじゃあないわよ。死にたくないなら、降参しときなさいな。」

「いいや、むしろ興味が湧いた。お前のその力が生前のものかは知らないが、存分に披露しろ、その海の力を。」

「ふふふ、後悔するんじゃないわよォ!」

 

深海王は、今度は海面へ潜ったかと思うと海水を身に纏いながら猛スピードでクリームヒルトへと突進した。

基本的に水は、ホースレベルの放水ならば呼吸困難や体温の低下という点を除けば人体に与える影響はあまり強くはないだろう。しかし速度の出た水流は単純に威力が高い。例えば水上オートバイから出る水流は人体を破壊できる威力があるのだ。

 

「その身体、打ち砕いてあげるわ!」

「.....」

 

激しい水流を身に纏う深海王に対し、クリームヒルトは静謐な雰囲気で回復した手で剣を抜き、そして指揮棒のように下から上へと剣を振り上げた。瞬間、衝撃波が扇状に広がり海水を吹き飛ばした。無論、深海王も衝撃波によってダメージを負う。

 

「ガァァァッ!?」

「今度は回復の隙を与えん。」

 

すかさずクリームヒルトは海面を疾走し、深海王の懐へと潜り込んで腹部に剣を突き刺す。そしてそのまま胴体を斬り払おうとした、その時だった。

 

「ようやく来てくれたわね。」

「....っ」

 

深海王はその血だらけの巨碗でクリームヒルトを逃がさんとしっかりと掴む。そしてなんと、信じられないことに深海王は「帯電」をしていたのだ。

 

「貴様、まさか....」

「電気ウナギを遥かに上回る電圧、味わってみなさい。」

 

その時、まるで雷が落ちたかのような電気が弾ける音が炸裂した。電気ウナギは、基本的に獲物を仕留める時には600ボルトほどの電圧を放出する。しかし深海王の電圧は10万ボルトに匹敵し、更に今のクリームヒルトはかなり濡れている状態ため電流が非常に流れやすい状態になっている。例え丈夫な戦士だろうとこれを喰らえばひとたまりもないだろう。

 

「_______」

「ふふ、うふふふふふふ!!」

 

クリームヒルトは声にならない叫びをあげていた。それに対して深海王はまるで愉悦のような笑みを浮かべながら放電を続ける。そして、グッタリと黒焦げになったクリームヒルトを見て、不敵な笑みを浮かべる。

 

「うふふ....まさか私の放電をくらって原型を保ってるなんて思ってもいなかったわ。けど、貴女の役目もここまで....さようなら、冥界の王様。少しは楽しめたわ。」

 

そう言い放ち、まるでゴミを捨てるかのように海面へと放り投げた。しかしその時、突如彼女の体から謎の光がクリームヒルトの身体から放たれる。

 

「っ!?」

「....ああ、少し予想外だが驚いたよ深海の主よ。実際に喰らってみると、単純な痺れや痛みだけでなく、電圧によって血液も沸騰するのだな。」

「貴女....あれだけの電撃を喰らって生きてるなんて....」

「電撃を喰らうのは初めてだった。故に意識は失いそうだったが....気力を出して治癒はできたがな。」

「....っ....っ!」

 

電撃で黒焦げとなっていたクリームヒルトの肉体がまるで時間を巻き戻したかのように元に戻っていく。それを見て深海王は憤怒し、怒りのあまり口から血が滴り落ちる。

 

「おいおい、口の中が切れてるぞ。」

「もう絶対ィィィィッッ!許さなァァァァァイ!!!」

 

あまりに呑気なことをいうクリームヒルトに怒りの頂点を超え、深海王は大量の海水を飲み込んだ。そしてそれをクリームヒルトに向かって放出する。

 

「消え去りなさいっ!深海神秘浄化渦(ディープマリン・ピューリフィケーション)

 

深海王の口から放出された海水は、奇妙なことに白く美しい色をしていた。それまるであらゆる存在を浄化するような潮水で、これを受けたものは消滅してしまいそうなほどだった。

 

「....面白い。」

 

それを見てクリームヒルトは笑みを浮かべ、剣に死の概念を纏わせる。そして目の前に迫ってくる放水に向かって全力で剣を振り下ろした。

それはまるで、モーセの海割りのように海水が水平線まで届かんと両断される。それに深海王もそれに巻き込まれて肉体が四散して吹き飛んだ。

 

「.....何よこれ、デタラメすぎるじゃない。」

「....」

 

深海王が倒されたことで、徐々に海の異世界が消失しようとしていた。クリームヒルトは何も言わずに剣を納めて、異世界が消失するのを黙って待っていた。

 

「.....貴女、ずっとそれを続けるの?」

 

その時、不意に動けないはずの深海王が一言疑問を投げてきた。その声が聞こえたのか、クリームヒルトの視線が背後の深海王と僅かにぶつかる。

 

「....貴女も知ってる通り、怪人に限らず人間だって興味のために考えを改める生き物。生き物は死んだ後に.....やっぱ死んだことを取り消したいなんて考えることなんて当たり前のことなのよ。どんな生き物だって生きてる実感を優先したがるもの....」

「.....」

「それでも....貴女はそれを続けるつもり?まあ....良いわ、もう疲れたし、楽になれる場所で、貴女のそれを遠くから見守ってあげるわ.....ふふふ、ふふふふふふ.....」

 

そう不敵な笑みを浮かべながら深海王は玉座から消滅していった。海の異界も消え、さっきまで濡れていた衣服がまるで嘘だったかのように乾いてた。

 

「....それでも私は、私の真理を貫き通すだけだ。死は一度きりだからこそ、人間をやめた怪人であろうとも死から逃れるための魔道へと堕とさない。」

 

そう言葉を残して、クリームヒルトは冥界から去って再び現実へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 



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第5撃目 宇宙を制覇した者

お久しぶりです。
今回の話はタイトルの通り、過去最強の強敵との戦闘です。
どうぞお楽しみください。


「お前がこの城の持ち主か?」

「....ああ、そうだ。」

 

今回も玉座で待機していたら、案の定訪れるものが現れた。

しかし、一瞬で判断できた。目の前の存在は今まで現れてきた怪人とは一線を超えた怪人なのだと。内蔵されているエネルギーの密度が違う。

 

「ならば話が早い。俺は全宇宙の覇者、ボロスだ。早速だが、その座を奪わせてもらうぞ。」

「ああ、やはりか....私の名はクリームヒルト・レーベンシュタイン。この座を欲するのか?構わんぞ、私に倒せればの話だが。」

「ふふふ....もちろんだ。一度あの男に刺激を求めて敗れたが....まだ俺は満足できなかった。だが今度は、女....お前なら俺を満たせることができるのか、試してやろう!」

 

瞬間、ボロスは最初から「メテオリック・バースト」を発動させる。かつて自分に引導を渡した男との戦闘を反省し、慢心せず最初から全力で相手を倒すことを優先することにした。発動後、即座に彼女に接近して膨大な熱量を込めた拳を放つ。

 

「っ!」

「オォォォォォッ!!」

 

クリームヒルトはとっさに剣を抜き、拳を斬り飛ばして回避する。しかしボロスは即座に拳を再生させて強力なラッシュを放つ。全て被弾しなかったものの、壁面がアイスのように溶けている。

 

「驚異的な熱量だな、直撃すれば回復が間に合うかわからん....」

「どうした、わざわざ全力で俺も飛ばしているのだ。このまま本気も出さず無様にやられる気か?」

「.....それもそうだ。」

 

ボロスの言葉に反応して、クリームヒルトはその身に死の概念を纏った。それに構わずボロスは拳を打ち込み、同時にクリームヒルトも全力の刺突を放つ。

 

「おおおぉっ!」

「っ!」

 

結果、ボロスの拳が縦に切断され、クリームヒルトの剣も腹の部分から溶けて崩れてしまった。更にそれだけでは終わらない。ボロスは傷を回復しようと腕に意識を集中させるが、まるで虚空に手を伸ばしたかのように腕が反応しない。

 

(再生できない.....だと?)

「私の夢で紡ぎあげた剣を溶かすとはな....宇宙の覇者と言うだけある。」

 

ボロスは自身の肉体を再生させることができず、クリームヒルトは自身の剣を折られてしまった。しかし、俯瞰的に見て有利なのはクリームヒルトの方だろう。確かに武器こそ破壊されたものの、未だ彼女自身は無傷。しかしボロスは片腕を失った、この差は大きい。

 

「まだだ....まだこの戦いを終わらせはせん!」

「まだやる気か....良いだろう。」

 

そして両者は再び疾走し、交戦する。

ボロスはまだ動く片腕の拳を振り上げる。それに対してクリームヒルトも、同様に拳を突き出す。しかし彼女の拳にも死の概念が纏っている。もし仮にボロスの頭部に直撃すれば、もはや決着はついたも同然だろう。

 

「ならば、こうするまで!」

「!」

 

それを悟ってか、あるいは闘争心が生み出した機転かわからない。ボロスは敢えて拳同士をぶつけ合せる。結果、お互いの拳が鈍い音を立ててひしゃげる。

一瞬ボロスは表情が歪むが、それを耐えて強力な蹴りをクリームヒルトの腹部へと差し込んだ。

 

「両腕を奪えば終わりとでも思ったか?甘い、まだ脚が残ってるぞっ!」

「ぐっ....ふふ、良いぞ私に血を流させるとはな....」

 

口から血煙を吐きながら不敵な笑みを浮かべるクリームヒルトに向かって、ボロス2発3発と蹴りを放つ。そして体勢が崩れた瞬間、すかさず跳躍して踏みつけるように蹴りのラッシュを放つ。

 

「オオォォォォォォッッ!!」

「っ....がぁっ....」

 

両腕ガードをするも、腕には痣や傷だけでなく、火傷跡も付いている。ボロスの身に纏うエネルギーは熱量を帯びており、鉄ですら融解するほどである。単純なパワー押しであったら回復も間に合うであろうが、熱によるダメージは回復に集中しない限り癒すことはできないとクリームヒルトは実感した。

 

「ならば....」

 

ガードを解いた瞬間、クリームヒルトは居合斬りのように手動でボロスのラッシュを振り払った。ボロスは一瞬体勢を崩すも立て直して距離を取ってエネルギーを放出する。

 

「ぐっ、貴様よくも.....ならば喰らえっ!」

「熱量を砲撃のように発射できたのか....」

 

そう呟いてクリームヒルトはボロスから放出されたエネルギー弾を疾走しながら避ける。そして同時にボロスへと接近しようとしたが.....

 

「後ろだ!」

「.....っ!」

 

あくまでもエネルギー弾は囮で、ボロスの真の狙いは頭部だったのだ。頭部を強く蹴られたことでクリームヒルトの脳が激しく揺れ、脳震盪を起こして無防備の状態を晒していた。視界がぼやけ、ボロスの姿をしっかりと認識できていない。聴覚のみ、まだかろうじてハッキリしていた。

 

「手応えはあった。今の無防備の姿ならば俺の勝利はほぼ確実なものだろう。だが....かつて戦ったサイタマはこんなものではなかった。」

「.....サイタマ?」

「だからこそ俺は慢心せず、貴様へのトドメは確実な手段で終わらせる!俺の全エネルギーを貴様へと放ち、この城ごと貴様の墓標にしてやろう!」

 

頭上を見上げる。よく見えないが、過去最高のエネルギーがそこに集中しているのがハッキリとわかる。だがそれよりも、ボロスの発した「サイタマ」という言葉が引っかかる。

おそらくボロスを倒した男の名前なのだろう....これほどの強敵を倒した人間は、一体どれほどの人物なのか興味が湧いた。

 

「この星の塵となれッ!崩 星 咆 哮 砲(ほうせいほうこうほう)

 

地球の地表を消し飛ばすほどの光線がクリームヒルトへと放たれる。これがこのまま被弾すればクリームヒルトどころか、最悪は冥界ごと崩壊してもおかしくないだろう。

 

「.....Deyr fé deyja frændr deyr sjalfr it sama」

「.....何?」

 

瞬間、ボロスが見た光景は奇妙なものだった。

クリームヒルトが正面へと手をかざしながら不思議な詠唱を唱えた瞬間、放射状に純度の高い死が流出し、光線とせめぎ合う。それでもまだボロスの崩星咆哮砲の方が威力は高い。

 

終 段 顕 象(Dags ansuz)

「.....これは」

高 き 者 の 箴 言(Hávamál)

 

だがしかし、彼女の背後から現れた漆黒の鎧で身を包んだ巨大な鋼の戦神が現れた瞬間自体が変わった。

ボロスは目の前の存在を見た瞬間、これは死という概念そのものだと理解した。それが手に握っている死槍が投擲され、崩星咆哮砲と激突した瞬間、一瞬にして消滅した。

そう、この死槍は破壊ではなくてあくまでただ静謐な死のみを齎すのだ。

 

「....これが、死か。」

 

その光景を見て、ボロスは一言そう呟いた。それはかつてサイタマという男が本気の一撃で崩星咆哮砲を粉砕した攻撃とよく似ていたからそのような感想が出てしまったのだ。

そのまま死槍の神威に飲まれ、ボロスは戦意喪失をしたのだった。

 

 

 

 

「みご....とだ、冥界の王よ。いや、クリームヒルトと.....呼ぶ、べきかな....」

「どちらでも構わんよ....見事だった、全宇宙の覇者よ。その肩書きに恥じない、強力な戦闘力だった。」

「ふふ、嫌味か?いや....そんなことをする性分でもないか....お前ならば。」

「?」

 

死闘が終わり、ボロスは首だけの姿となった。無限のような蘇生能力を発揮するエネルギーもないことが伝わってくる。

 

「最後に、教えて欲しい.....クリームヒルトよ。お前は、俺との戦闘で、満足できたのか?」

「....それはわからない。なぜなら、私には心が無いから。」

「そう、か.....」

「だが、お前との戦闘は実に貴重な体験だった。未知のことが多く、もしもまた機会があれば、と思えたよ。」

「ふ、ふふ....その言葉を聞けたならば、まだマシか。」

 

そう聞いてボロスは僅かながらも微笑みを浮かべた。そうしてそのままボロボロになった玉座から消えようとした瞬間だった。

クリームヒルトは咄嗟に何かを思い出した。

 

「ああ、そういえば聞きそびれてた。ボロス、お前が途中で呟いた『サイタマ』といったいなんだ?」

「.....」

 

その言葉を聞いた瞬間、ボロスの表情が一変する。まるで、脳裏に刻みれたトラウマを思い出すかのように。そして暫くして、重く閉ざしてた口を開いた。

 

「.....俺に引導を渡した男だよ。宇宙の覇者として君臨していた俺を相手に、決して表情を変化させることがなかった。ああ....まるで戦いになってなかったよ。クリームヒルト、お前とはまた別の意味で、あの男は....強すぎる。」

「.....強すぎる?それは一体....」

 

急に浮上した疑問。さらに詳しい情報を聞こうとしたが、もはやそこにボロスの姿はなかった。もっとも、聞いたところでボロスの口からそれ以上の情報を聞き出すことはできないだろう。

 

「ボロスですらまるで戦闘になってないと言ってた。つまり、あまりに巨大な存在すぎて全体像が掴めていないのだろう。いや、もしかしたら本人ですら....」

 

自分の強さを論理的に理解できていないかもしれない。もしかしたら、その可能性もあるかもしれないと、クリームヒルトはそう仮説を立てた。

 

「....サイタマか、ますます興味が湧いてきた。もしこの世界....いや、あるいは私がその世界へ行って直接対面するのもありかもしれんな。いずれにせよ、検討してみるか。」

 

クリームヒルトはそう不敵な笑みを浮かべ、目を伏せた。その瞬間、城はまるで何事もなかったかなように元の姿へと回帰した。

サイタマ....この人物が一体何者かわからない。しかしクリームヒルトのその表情は、無機質ながらもどこか楽しんでるような顔をしていた。

 

 




今回の話はいかがでしたでしょうか。
今回の話で一度ワンクッション置いて、次回は少しコミカルなストーリーを出そうと思います。



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第6撃目 偽りの王

お久しぶりです。
今回はいつもと変わって戦闘シーンはほぼありません。
どうぞお楽しみください。


ここはクリームヒルトの玉座、の前にある巨大な門の近くである。

その周りには怪人や犯罪者などが多数存在し、この門を通るか否かで常日頃から当人同士で喧嘩や討論を繰り返している。

大抵は自分が優先だの、通ろうとした者を侮辱したことをきっかけに喧嘩が勃発したりしている光景が日常茶飯事だ。

しかし、仮に通った者がいたとしても、確実にこの門の前に戻ってくる。そして、何も言わずこの門のエリアから何処かへ立ち去る者ばかりだ。

そんな光景がほぼ日常的に繰り広げられる門のエリアだが、今回は珍しくほとんど誰もいなかった。いるのはギャング風の風貌をした怪人が2人だけだった。

 

「兄貴、珍しく誰も見かけませんねぇ。よーし、せっかくだから俺もチャレンジを....」

「バーカやめとけ。いままでどんな怪人が門をくぐっても出されたのを見ただろうが。それもかなり強いレベルの怪人だ。そんな奴が失敗したんだ、俺たちみたいに鉛玉で戦闘してるレベルの怪人じゃ、何年かけても無理だろうよ。」

 

子分のような怪人が門を潜ろうとすると、兄貴と呼ばれた怪人がそれを制止させた。いままでトップクラスに強い怪人が悉く失敗したた光景を見たのだ。だから実感した、この門を潜って無事現世へ戻れるのは、それこそ神のような存在しかあり得ないのだと。

 

「確か現世のヒーロー協会は怪人の強さをレベルで表してたっけなぁ....それも前の宇宙人がおそらく鬼クラスの怪人を複数相手に一方的にボコってたのを見ると、竜....いや、それ以上かもな。」

「竜以上!?確かそれってほぼトップの強さじゃ....そんな奴でも無理なら、誰も現世に戻れないってことじゃないですかい!」

「そうだ、だからやめとけっていったんだ。ま、あくまで現状はって話だがな.....ん?」

「た、大変だーっ!」

 

兄貴怪人が煙草に火をつけようとした時、誰かが大声をあげてこっちへ走って来ている。来たのは同じ怪人だった、しかし全身から冷汗を出している。相当慌てている様子だ。

 

「なんだテメェ、一体どうしたってんだ?」

「大変だ....キングが」

「....キング!あの人類最強のヒーローか!」

「そうだキングが....キングがこの門を潜って現世へ蘇ろうとしているんだ!」

「な、なんだってーッ!?」

 

 

 

 

 

玉座から少し離れた廊下の方へ移動すると、そこには無数の怪人や犯罪者が集まっていた。そして視線の先には、一人で門へと向かって歩いてきている男の方へと集まっている。

 

(ドッドッドッドッドッ.....)

 

空間を圧迫するほどの鼓動であるキングエンジン、顔に残っている傷跡、そして常人とは一線を超えた顔つきの男。。そう、彼こそ人類最強の肩書きを持つS級ヒーロー7位『キング』である。

 

(間違いねぇ、キングだ!しかもキングエンジン全開だし完全にやる気だ。相変わらず戦闘への対応と行動力が早い....)

「し、しかしなぜ人類最強のキングが死んで冥界なんかに....」

「馬鹿、わざとかもしれねぇぞ....もしかしたら、冥界の王を地上に持ち帰るとか....」

 

などと勝手な思い込みをする怪人たち。実際、キングを通す雰囲気はなく、絶対に門をくぐらせないという意思が明らかだった。ちなみに先ほどの兄貴と子分怪人もこの流れに便乗していた。

 

(うわぁ....めっちゃ怪人が集まってるよぉ。めっちゃ怖いんですけど....てかここどこ?なんで俺ここにいるの?もう家に帰りたい....)

 

一方でキングは内心いつも通り怯えていた。しかしその怯えるの心の分だけキングエンジンの音が強くなり、より怪人達の警戒意識を煽ってしまう。

 

「おいおい、キングエンジンがまた強くなったぞ!」

「クソ、引く気もなさそうだしここで戦闘するしかねぇか....」

「なんとしてもキングが生き返るのを避けなければ....」

(やべぇ、来る。俺の全力謝罪がどこまで通じるのか.....)

 

怪人達が今かと戦闘し始めようとする。それを察してキングもこの場をしのぐために謝罪をしようとした。その時だった。

 

「ちょっと待った!」

「っ!?」

(え、何?)

 

急に怪人達の中から、如何にも営業マンのようなメガネをつけた怪人が現れた。その怪人が怪人とキングの間に入ってくる。

 

「キング殿、貴方は冥界の王に話があるのですよね?」

「う、うん....そうだけど?」

「ホホホホ....よろしい。さぁさ、皆さん道を開けてください。キング殿を行かせてあげてください。」

「なぁ!?」

「あ、いいんだ....ありがとう。」

 

怪人達は驚愕の顔をする。しかしキングは営業マン風の怪人の言葉に便乗してそのまま進もうとする。不満顔の怪人もいたが、キングから放たれる威圧感に飲まれて道を開けて、ついにはキングを最奥の玉座まで行かせてしまった。

 

「....テメェコラどういうつもりだ!」

「キングが生き返ってしまうじゃねぇか!ぶっ殺してやる!」

「ホホホ....皆さんが不満なのは承知ですが、これもキングと冥界の王を打倒するための策ですよ。」

「....何?」

 

怪人達の不満が爆発するが、それでも営業マン風の怪人は冷静に返答する。曰く、これも作戦のうちなのだと。

 

「私もここに来て長いのですが、冥界の王はどんな人物であろうとも戦闘に勝利しなければ現世へ生き返ることは不可能。実際のところ現状、全員戻されてしまってますからねぇ。であれば、キングであろうとも例外なく戦闘は避けられないでしょう。」

「.....あ、もしかして!」

「ホホホホ、察しの通り.....ならばキングと冥界の王同士で戦闘して相打ちにさせればいいのですよ。どちらの力も計り知れないものですが、力の持つもの同士ぶつかれば必ず片方は死にますよ。あとは消耗したもう一人を狙って倒せばいいだけの事。即ち漁夫の利作戦です!」

「な、なるほど考えたもんだなぁ!」

 

と、営業マン風の怪人の言葉を聞いて怪人達は歓喜の声を上げた。ただし、兄貴怪人だけは険しい顔をした。暫くして、彼はこの場から立ち去る。その姿を子分怪人が追いかける。

 

「あ、兄貴どこ行くんですかい!俺たちも漁夫の利作戦に乗りましょうよぉ!」

「馬鹿、あんな話に乗るんじゃねぇ。あいつらは重要なところを見落としてんだよ....」

「重要なところ?」

「.....キングの目的は実際のところやからねぇが、もし冥界の王と交渉して、怪人が現世に蘇ることを阻止することに加担したら、不利になるのは俺たち怪人側じゃねぇかよ。」

「あっ!?」

「....ま、怪人ってのは自分の欲に素直な連中が多いから、こういうリスクを考えられねぇかもしれねぇがな。」

「あ、兄貴は今後はどうするつもりなんですかい?」

「そうだな....もう蘇ることは難しそうだしよ、少しは楽しめそうなところ、探してみるかねぇ....」

 

そう言いながらこの2人の怪人は冥界から立ち去り、どこへ行ったのかは本人のみぞ知る.....

 

 

 

 

 

 

 

 

一方でキングは.....

 

「ほう、お前が今回の挑戦者か。見た所人間のようだな。」

(女の人だ.....冥界の王って聞いたから、閻魔大王のように髭もじゃもじゃな男の人かと思ってた.....しかもただの人間って速攻でバレてるし。)

 

キングは冥界の門を開けて中に入った。そして玉座にいるクリームヒルトと対峙している。キングは緊張感が増して鼓動の音が大きくなる。

 

(ドッドッドッドッドドッドッドッドッ!!)

「....随分心臓の音が大きいな。生まれつきか、それ?これではまともに会話ができまい。」

「え?あ、はい....どうしてもこれ、なかなか治らなくて。」

 

キングエンジンの鼓動を気にすることなく、クリームヒルトはキングに接近して胸元を凝視する。というよりも、心がないから怪人達のように勝手な思い込みをしていないだけである。これにはキングも予想外で、つい素直に受け答えをしてしまう。

 

「なるほど、つまり極端な緊張状態でそのように鼓動が大きくなってるわけか。ではまずは座って落ち着いてくれ。話はそれからだ。」

「うわっ、急に椅子と机が!?あ、でも....あの世だからこんな事あってもおかしくないか.....」

 

キングは急な出来事に戸惑いつつも、しぶしぶと椅子に座って呼吸を落ち着かせた。徐々にキングエンジンも鼓動音が小さくなっていく。

 

「少しは落ち着いたようだな。」

「は、はい....ありがとうございます。」

(な、なんだ....思ったよりも良い人だな。)

 

キングは内心安心した。クリームヒルトは反対側の椅子へ座ってキングと向き合いそして問いかけた。

 

「それで、どのような用があってここに来たのだ?一般の人間は滅多にここに来ないのだがな....全くというわけでもないが。」

「それが....俺も気がついたらここにいて、何の説明もないし....取り敢えずここの支配人みたいな人に聞いて説明してもらおうと思って....」

「なるほど....まず結論からしてここは冥界、すなわち死者の魂が集まる場所だ。」

「え、じゃあ俺死んでるの!?けど、何が原因で死んだのか全く....」

「ほう、では少し....」

「ううっ.....」

 

すると、クリームヒルトはキングを凝視する。あまりにじっと見られてキングは少し緊張して冷や汗を出してしまう。しかし数秒たったらクリームヒルトは顔を上げて答えた。

 

「なるほど、理解した。お前はまだ死んでいない。偶然強い衝撃を受けて魂がここまで飛ばされただけだ。」

「え、じゃあ俺死んでないってこと?けど強い衝撃って.....あっ」

 

ふとキングは思い出した。ここに来る前に数名で鍋を囲んで食事会をしていたことに。しかし周りの人物は自分以外ほぼ全員が上位クラスのヒーローであるため、肉の取り合いで強い衝撃波が放たれて吹き飛ばされたのだ。

 

「あー.....そうか、あれが原因か。」

「心当たりがあったようだな。故に、あと数分ほどしたら元の世界へ引き戻されるだろう。それまではここにいるといい。」

「ありがとうございます....あ、でもサイタマ氏心配してるだろうなぁ....早く目覚めないと悪いや。」

「.....ほう、サイタマ....お前もその名前を知ってるのか?」

 

ふと、キングが呟いたサイタマという人物名に、クリームヒルトは反応する。まただ、またその名前が出てきた。

 

「あ、うん。最近ヒーローとして知り合って....」

「どんな人物なのか教えて欲しい。私も気になっていてな。」

(....冥界の王様がサイタマ氏の事を探してる?何が目的なんだろう、とは言っても悪いことをする様子はなさそうだし....念のために、個人情報をバラさない程度には話しとくか。)

 

キングはそう考えながら、少し緊張しつつもサイタマの事を話し始めた。

 

「あー....どんな人物かぁ。パッと見た感じだとちょっと無気力な人って感じだけど.....とても強いよ、うん。俺が今まで出会った人の中でも誰よりも。」

「容姿は普通だが強いと....ふむ。」

「あとちょっと不器用って感じだなぁ。格ゲーやるときもワンパターンで、あまり難しいテクニックとかできないかも。」

「不器用....細かい作業はできず、パワーに特化している感じか。」

「うんうん、そんな感じかなぁ....俺の知ってる限りだと、」

 

と、キングは自分が知ってるサイタマの事をクリームヒルトへと話した。彼女中で、徐々にサイタマの人物像が固まりつつある。

 

「ところでなんでサイタマ氏のことを?もしかして、サイタマ氏はすでに死人とか....」

「それは分からん、しかしここに来ない以上おそらく死人ではあるまい。ただ、過去に非常に強力な怪人がここに来てな、その怪人からサイタマという名前が出てきたのだよ。」

「ああ、そうか....怪人側でも一部からは覚えられてるんだ。」

「故に少しずつ情報集めをしようと思ってな、そしたらまさか知人とここで出会えるとは思わなかったよ。」

「そ、それはどうも....だけど、サイタマ氏が死ぬのはなかなかイメージできないなぁ....ははは」

 

と、キングが苦笑をしていると、次第に体が透けてきた。キングの魂が元々いた肉体へと戻ろうとしているのだ。

 

「あ、これって時間が....あ、そうだ。ここでの記憶ってどうなるんだろう」

「全て忘れる、夢幻の泡沫のようにな。夢で見た出来事は滅多に記憶に残ることはあるまい?そういうことだ。」

「あ、じゃあせめて....貴女の名前を教えて欲しい。俺に何ができるかわからないけど、すごく親切にしてもらったし、もう一度出会った時にお礼をしたい。」

「.....別に礼を言われることをした記憶はないが、まあいいだろう。」

 

クリームヒルトは少し微笑み、帽子を脱いで今にも消えそうなキングに名乗りを上げた。

 

「クリームヒルト・レーベンシュタインだ、お礼とやらは現世に来た時に案内してもらえれば助かる。」

「ありがとう.....俺は、ヒーローネームで悪いけど、キングて呼ばれている。それにヒーローっていっても本当はただのオタクだけど....うん、案内くらいなら大丈夫だよ。」

 

そう僅かに微笑みながら、キングは玉座から消えていった。キングを見送って、クリームヒルトもつられて少し微笑んだ。まるで楽しみがまた一つ増えたかのように。

 

「キングか....臆病者らしからぬ肩書きだが、それもまた興味深い....む?」

「さて、そろそろ決着がついた頃でしょう.,...て、あれぇ!?」

「おい、あの女が冥界の王か?全然傷を負ってねぇじゃねぇか!?」

 

ふと、扉の方を見ると無数の怪人たちが現れてきた。しかしクリームヒルトが無傷の状態でいることに驚いている。

 

「なんだお前達、もしかして私がさっき来た男と戦って傷を負うことに期待していたのか?生憎だが、特に戦闘することなくあの男は帰っていったぞ。」

「ば、バカな.....キングが戦なかっただと!?」

「クソ、こうなったらこの数で押し切るしかねぇッ!」

「.....」

 

結果、怪人達は特にクリームヒルトに傷を負わせることなく全員倒されて元の場所へと戻されてしまった。戻された怪人達は2度と門を潜ることはできず、現世へ蘇ることができず何処かへ彷徨い続ける事となったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方キングは....

 

「おい、いつまで寝てんだよ。もう朝だぞ、おい!」

「んむっ.....あれ?なんで俺はここにいるんだっけ?」

「肉の奪い合いで気絶してたんだよ....死んだかと思った。」

(あ、そうか....それで気を失ってたんだった。てことはずっとサイタマ氏の部屋で寝てたんだ....悪いことをしたなぁ。というか、なんかすごい体験をしたような気がするけど....なんだっけ?思い出せない....)

 

サイタマの呼び声でキングは目を覚ました。冥界での記憶は一切残っておらず、思い出そうにもまるで霧を掴む様な感触で、全く確信を持てない状態だ。

 

「他のみんなは?」

「飯食った後すぐに追い出した、ジェノスは修理。」

「そ....,そう.....俺だけ泊まっちゃってすまなかったね、サイタマ氏。」

「まぁいいよ、お前も帰るならついでにゴミ捨て場に持っていってくれ。ここから遠いんだよ、一般居住区の所だから。今日ペットボトルの日だからヨロシク。」

「うん、わかった。持っていくね。」

 

そう言ってキングはサイタマから頼まれたゴミ袋を両手に持って、サイタマの自宅から出ていった。

 

「ふう.....すごくよく寝た。どんな夢か覚えてないけど....」

(けど、そこまで悪い夢じゃなかったような....まぁいいか。)

 

こうしてキングの一日が、再び始まったのだった。




今回のお話、いかがでしたでしょうか。
少し時間を飛ばして、キングと邂逅した話をしてみました。
次回どのような話をするか未定ですが、どうにか更新できるように励もうと思います。


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第7撃目 害虫

お久しぶりです。今回はタイトルの通り虫のキャラクターが出るので、閲覧の際には注意してください。


今回もまた、クリームヒルトの玉座の元に怪人が訪れてきているが....明らかに前よりも数が多くなっていた。明らかに異常だ、何か原因があると確信した。少し手こずったが、ムカデの怪人を倒した。

 

「今回、この数は異常だな....流石に少し腹が減ってきた。」

「ふ、ふふふ....まさかあの世にもヒーロー的な存在がいるとはなぁ。」

 

ふと、ボロボロになったムカデの怪人から声が聞こえた。クリームヒルトは、まだ意識があるのなら少し情報を得ようと考えた。

 

「おい、少し聞きたいことがあるが.....」

「.....俺から何か聞こうとしてるな?だが無駄だ、お前倒されるさ....先輩にな。」

「っ!」

 

瞬間、地面から巨大なムカデの怪人、ムカデ先輩が現れた。それはボロボロのムカデの怪人よりも一回り大きく、まるで巨大な機関車のようだった。しかも、それだけではない。

 

「後輩ィ....仇は取ってやるよォ....」

「さぁさぁ、私たち相手に勝てるかなぁ?」

「悪臭を感じると思ったら....」

 

ムカデの怪人の隣には、ラフレシアの頭を持った植物の怪人、ラフレシドンもいた。しかし、クリームヒルトはその臭いに臆することなく、怪人達へと剣を向けた。

 

「ほぉ、私の臭いに耐えるのだねぇ。」

「だが、それも長く持たねぇだろ!」

 

ムカデ先輩が猛スピードでクリームヒルトに突進した。それに対してクリームヒルトはムカデ先輩の触覚を掴んで突進を止める。

 

「なにぃ!?」

「....お前達に聞きたい、この急な怪人の増加には何か理由があるのか?」

「ぐっ、お前なんかに言う理由はない!」

「こっちのヒーローも、レベル鬼相手に粘るねぇ。」

「レベル鬼?なんの指標だそれは....」

 

クリームヒルトの問いかけに2体の怪人は答えない。同時に放たれる蔓と触覚の攻撃を、次々といなしていく。が、その時だった。

 

「.....っ」

「ようやく効いてきたかぁ。」

 

クリームヒルトの身体が少しずつ鉛を背負っているかのような怠さが襲いかかってきた。ラフレシドンから放たれる臭いは悪臭だけでなく、催眠香も放たれてたのだ。

 

「ふふふ、金属バッドには気合なんてよくわからない理屈で耐えられたが....」

「この女はそんなもの持ち合わせてる様子はないよなぁ....」

 

ムカデ先輩とラフレシドンは不敵な笑みを浮かべながらそう言った。そして無防備な状態のクリームヒルトに向けて攻撃を放つ。

 

ムカデ大行進(ムカデだいこうしん)!」

「私の蔓で縛りあげてくれよぅ!」

 

2体の同時攻撃が放たれ、クリームヒルトの肉体を貫こうとする。だが....

 

「....っ!」

「なっ....」

「なにぃ!?」

 

ただ剣を1、2回振るっただけで蔓と触覚を斬り飛ばした。そう、彼女は一度も眠ってなどいなかった、ただ意識を集中させて催眠効果に抗っていただけなのだ。

 

「なぜだ、奴は熟睡してるはずなのに....」

「生憎と、催眠系の能力には心得があってね、幾らか耐性があるのだよ。要は、免疫力があるってところか。」

 

彼女の脳裏には、かつて敵対した白い容姿に陶酔した表情をしている男を浮かび上がる。あの男の奥義を体験していれば、このくらいの催眠香は耐えられると自覚していた。

それに驚愕しているムカデ先輩とラフレシドンの隙をつき、一瞬にし剣を振るう。強固な表皮と植物の肉体を回復させることなく一刀両断した。

 

「む、しまった。ついうっかり倒してしまったな....これでは原因を探ることができない。」

 

と、2体の怪人を倒した後に本来の目的を思い出した。さてどうしたものか、と考えていた時にふと、カサッという音が背後から聞こえた。

 

「ほう、冥界の王がまさか女性とはねぇ....」

 

背後を振り返ると、ゴキブリの姿をした怪人『覚醒ゴキブリ』が立っていた。さらに格好だけでなく、僅かでも体を動かすだけでゴキブリ固有の不快な音も発生する。

 

「.....」

「大抵の人間、特に女性であれば私の姿を見れば悲鳴を上げて逃亡するのだがねぇ....その様子すらないな君は。」

「お前も、現世へ戻るためにここに来たのか?」

「ああ、その通り。だが復讐したい相手がいるとかそんな重苦しい理由ではない。単に、自由に生きたいだけさ。」

「自由に?」

「そう、自由にさ。気ままに人間驚かし、ヒーローを倒し、そして怪人として欲望を発散する。自由とはそういうものだと思うね。しかし適度に自由を謳歌するために怪人協会に配属したのだが、ヒーローから逃げただけでオロチに食い殺されたのさ。」

「....怪人協会......オロチだと?」

 

覚醒ゴキブリが放ったセリフから、気になる言葉がいくつか出てきた。怪人協会、その言葉からして怪人が住み着く、怪人の魔窟だということが容易にイメージできる。

 

「その怪人協会とやらが、最近怪人の数が増えている原因なのか?」

「おっと、気になるようだね。だが教えないよ、どうせ君は私にやられるのだからねぇ。」

「そうもいかんよ、未来の人の世がどうなってるのか気になるのでな。」

「ふっ、人の世なんぞ死んだ後に傍観でもすれば良いだろうに....まあいい、君には死んでもらおう!」

 

そう言って覚醒ゴキブリは一瞬にして間合いを詰め、6本の腕から無数のラッシュを放つ。クリームヒルトは両腕を固めてラッシュを防御する。

 

「そらそら、冥界の王様はこの程度か!?」

「っ!」

「遅い!剣であろうとも私に攻撃を当てることは不可能だッ!」

 

クリームヒルトは剣を抜いて下方から振り上げるも、覚醒ゴキブリはそれ以上の速度で回避。更にカウンターの要領で拳の一撃を頬へと叩き込まれる。

 

「そらそら、そんなものか!?」

「っ!」

 

何度も殴られるも、構わずクリームヒルトは無心に剣を振るい続ける。衝撃波で辺りが破壊されるものの、覚醒ゴキブリには1発も当たらない。ゴキブリ独特の移動方法で巧みに攻撃を回避している。覚醒ゴキブリは余裕な笑みを浮かべている。

 

「大きな攻撃で高い火力だが、所詮それまでだな。当たらなければ意味はあるまい。」

「....なるほど、素早いな。愚直に攻撃していては意味がないのは事実だな。」

「ならばどうする?言っておくが、たとえ光速で戦闘をしようが私には当たらない。当たる前に殺意を読み取って、体が勝手に動いて既に回避してるからだ。」

「そのようだな....」

 

覚醒ゴキブリの進言を、クリームヒルトは事実として肯定した。もし覚醒ゴキブリの体力が無限であれば、このまま何度攻撃しても1発も当たらないだろう。このままではクリームヒルトが不利と言えるだろう。しかし一方で、覚醒ゴキブリ本人は有利だとは考えてなかった。

 

(確かにこの女の攻撃は当たらないだろうが....逆に言えば、当たれば終わりだ。見ていてわかる、あの攻撃は私が耐えられるものではない....加えて、何なんだあの女の頑丈さは?)

「.....」

(まるでダイヤモンドのように固く、ゴムのように衝撃に強く、柔軟だ。鬼サイボーグの装甲すら砕いた私のパンチを食らっておきながらまるで無傷だ。ならば仕方あるまい....)

 

瞬間、覚醒ゴキブリは玉座全体を猛スピードで動き回り、まるで影分身のような残像を生み出す。一方で、クリームヒルトはただ覚醒ゴキブリの動きを見てるだけだった。

 

「知ってるかね、実は通常のゴキブリは噛む力が人間どもの5倍近くの力があるのだよ。ムカデのような毒はないが、単純に噛まれては実に痛い。そして、私の噛む力は私自身知らないほど、強力だ。」

「....なるほど、確かに噛みちぎられては私の体に激痛が走るかもな。」

「ふふ、その余裕の表情も今のうちだ。激痛のあまりに身を悶えるがいいッ!」

 

鋭利な犬歯を光らせ、覚醒ゴキブリは背後から口を開いてクリームヒルトへと迫る。そして背後から、頸動脈を噛み砕こうとした時だった。

 

(ん?今何か腹から感触が....)

「確かにお前の回避能力は大したものだが、こうも攻撃途中で密着していては避けられまい?」

(なん、だと!?私の身体が、消えッ.....)

 

ふと覚醒ゴキブリは自分の体を見てみると、腹部にクリームヒルトの指先が触れられていることに気付いた。そこから何か不思議なエネルギーが放たれ、肉体が消滅し始めてるのだ。

 

「なんだこれは、一体.....貴様、何をしたァッ?」

「なに、私の能力の一つだよ。もっとも、基礎的なものだが汎用性があってな。生命力の高いお前には効果的だと思ったのだよ。」

「やめ、やめろ!そんな、そんな馬鹿なァァァァァ!!」

 

解法(キャンセル)

 

そうクリームヒルトが一言放つと、覚醒ゴキブリは抵抗する暇もなく一瞬にして消滅した。肉体のかけら一つ、この場には残っていない。

 

「そうか、人の世界でついに怪人協会という組織が出来上がったのだな.....今後は忙しくなりそうだ。ある程度、仲間を集める必要があるかもしれぬな。」

 

覚醒ゴキブリとの戦闘で、ようやく怪人達の出所がつかめた。しかし、それでもやはり人数が足りなかった。1人では限界がある、そのため何人か協力者が必要だとクリームヒルトは判断した。

 

「....ひとまず、状況をもう少し見て判断するか。」

 

 

 

 

 



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第8撃目 帝国万歳

今回は怪人だけでなく、戦神館側のキャラが新しく登場します。


「お、おい!冥界の門が開いたぞ!」

「.....」

 

突如、クリームヒルトは大きく重たい玉座の門を開けた。彼女の目の前には凶悪な怪人や悪人が数多く存在している。どれだけの人数が死からの蘇生を望んでいたのか一目瞭然だろう。

 

「ヒャハハハッ!おいおい冥界の王って女だったのかよ、それに別嬪な奴だぜ!」

「しかも見た感じ人間サイズたぁ、この数で襲われちゃあキツイんじゃないかねェッ!」

「大人しく門の中で引きこもってればいいのよぉ〜ヒャハハハハッ!」

「.....」

 

このように怪人たちがクリームヒルトの行動を笑い飛ばしてた。実際、軽く見渡しても数百は軽く超えるであろうこの数を前に、単身で挑むのは普通ならば無謀と言えるだろう。しかし....

 

「とりあえず、通らせてもらうぞ。」

「っ!」

 

そう言って視線を送って一歩、彼らとの距離を縮めた瞬間、悪人達に緊張が走り笑い声が止まった。更に二歩三歩とどんどん進んでいくと、まるでモーセの海割りのように道を開けていく。自分たちの無意識な行動に、動揺してしまう。正に異様な光景だろう。見た目からして異形で屈曲な怪人や悪人達の間を悠然として歩いているのは、軍靴を鳴らし、外衣を揺らし、漆黒の軍服を身に纏った金髪の若い女性だ。だがこれは、まさに冥界の王にふさわしき光景とも言えるかもしれない。

 

「お、おい....誰か行けよ。」

「いや無理だろ。あの女に視線と声を感じた瞬間、寒気を感じたぜ....」

「くそ、いかにも無防備だというのにッ....」

「ああ....思い出した。この感覚、死ぬ瞬間に感じた感触にめっちゃ似てるんだ。」

 

結局、誰一人としてクリームヒルトに襲いかかることはできなかった。無理もない、彼女は正真正銘の死神、死の普遍性に触れた史上一人の人間だ。生きながらその境地に達した超越者である故に、並のものであれば下手に彼女と会話するだけでも命を落とす危険性があるのだ。よって玉座の門をくぐり彼女との戦闘に挑戦する者など、よほど覚悟しなければ挑むこと自体が困難なのだ。

 

「なるほどなぁ....俺たちが玉座に行けなかったのは、この感覚が苦手だったからか。」

「例えるなら急所、それも具体的には金的をクリティカルに食らうようなもんだからな....そりゃ嫌に決まってる。」

「やめろよその例え.....なんか鳥肌立つんだよ。」

「もうこの時点でってことだよな....たくっ、蘇るのも簡単じゃねぇな。」

「けど、やっぱ蘇りたいよなぁ....」

 

 

 

 

 

 

 

そういいながら、怪人達はクリームヒルトをそのまま見送ってしまい、結局最終的には、誰一人として彼女を襲いかかるものはいなかった。

 

「しかし本当に怪人の数が異常なほど増えてるな....現世で一体何が起こってるのか....ん?」

 

そう言ってしばらく歩いていると、廊下の先に怪人と誰かが言い争っている光景が見えた。クリームヒルトは自身の体を透過させてその光景を観察する。見てみると、猿のような怪人と、銀髪の少女が言い争っていた。

 

「おいおいおい、どういうことだそりゃあよぉ。ここが我らの領地だぁ?死んでまでおかしなこと言ってんじゃねぇぞ、お嬢ちゃんよぉ。大人の言うことには素直に従うもんだぜ?」

「ふっ、いかにも野蛮な猿が言いそうな台詞だ。ならばその言葉、貴様に返してやろう。文明人の言葉には、黙って従っていた方が賢いぞ、劣等めが。」

「んだとぉ、このバクザン様に指図してんじゃねぇ、殺されてェのかガキンチョがッ!」

「知らん、聞いたこともない劣等の名など。この広場は、キーラ・ゲオルギエヴナ・グルジエフの元、我ら鋼牙の領域となったのだ。劣等な猿がうろつく資格などない!」

(あの少女、見たことあると思ったら過去に邯鄲に触れた人物だったか....)

 

クリームヒルトはキーラの姿を見て思い出した。銀髪の少女の名は本人が名乗ったとおり「キーラ・ゲオルギエヴナ・グルジエフ」だ。クリームヒルトはキーラという少女について、友人である柊四四八達との対話を通して、彼らと多少関わりのある存在だと知っていた。しかし、いつのまにか自分の創造世界に居た事には気づかなかった。それも、勝手に世界の一部を占領されていたのだ。

 

「チッ、このバクザン様がせっかく穏便に済ませてあげようと思ったのによぉ...もうダメだ。嬲り殺しにしてやるッ!」

「ほう、その言葉は宣戦布告と受け取っても良さそうだな。ならば容赦せん.....行くぞ我が子ら、開戦だァッ!帝国万歳(ウラー・インペーリヤ)!」

 

瞬間、キーラの眼球が金色に輝くと同時に、背後の物陰や床から無数の兵士が現れた。全員が銃を構え、バクザンへと向けて弾丸を放つ。しかし....

 

「ははははは!この程度の鉛玉でこの俺の筋肉が貫けると思ってるのかぁッ!?兵士諸共、皆殺しにしてくれるぜェッ!」

「ふっ、確かに肉体の頑丈さには感心するが、頭はあまり賢くなさそうだな。」

 

確かにキーラの従えてる兵士たちの攻撃は、はっきり言って現実の兵器レベルとほぼ同じと言えるだろう。それではバクザンの肉体には微々たるダメージしか与えていない。このままバクザンは悠々とキーラの領域へと踏み込み、進撃を始めようとした。しかしキーラは臆する事なく叫ぶ。

 

「轢き潰せ、ロムルス・レムス!野蛮な猿を我らの領土に足跡を付けさせるな!」

「なにぃッ!?」

 

突如バクザンの正面から、猛スピードで戦車を引きずって疾走する、巨大な双頭の黒狼が現れた。それはまさに地獄の番犬の如く、猛スピードでバクザンへと突進する。無防備の状態で受けてしまったバクザンは、そのまま押されてしまう。

 

「ぐっ、舐めるなよこのクソガキガァァァッ!!」

「ほう....なるほど、力は確かにあるようだな。」

 

しかし腐ってもバクザンは元武術家だ。そのままロムルスとレムスの突進に引きずられることなく4本の腕を使って頭を掴み、突進を制止させる。

 

「へっ、このバクザン様を舐めるんじゃねぇぞ。」

「なるほど、確かに多少は実力があることは認めよう。故に、私も相手してやる。」

 

キーラがそう呟くと、一瞬でバクザンの懐へと接近し、小柄な身体に似合わない大ぶりな回し蹴りを顔面に向かって放つ。バクザンは咄嗟にガードするが、蹴りの威力を完全に受け流すことができず、大きな炸裂音が鳴り響くと同時に、城の壁際まで動かされてしまう。明らかな劣勢、このままではバクザンはキーラに嬲られ続けるだろう。

 

「......」

「どうした、その程度なのか?大柄な体をしてる割には、口だけではないか。」

「なるほどな、よくわかった。」

「.....なんだと?」

 

すると、バクザンは急に冷静な口調でそう呟き始めた。明らかな変調、キーラは警戒心をより一層強める。しかしバクザンはその様子を見てニイッと口角を上げて不気味に笑い始めた。

 

「怪人らしく暴れるのは辞めだ、ツマラねぇ.....これから俺は俺らしく『弱いものイジメ』を始める。」

「っ!?」

 

それはまさに一瞬の出来事だった。バクザンはまるで縮地のような神速でキーラの横を通り過ぎ、背後の鋼牙の兵士達の方へと接近する。急な出来事に、キーラ対応に遅れてしまった。

 

「はーっはっはっはっはっはっ!闇地獄殺人術・鬼泣き下段蹴り!!!」

 

それは俯瞰的に見れば単なる下段蹴りだが、バクザンのそれはまさに災害のような破壊を引き起こした。キーラ達があらかじめ作っていた基地の壁を壊し、連鎖的に鋼牙の兵士達を蹴り飛ばした。その数、最低でも100人は下らない。

 

「なっ、貴様私の家族に何をしてるかッ!」

「家族だぁ?下らねぇなー、お嬢ちゃんよォ。そんなに大切なら宝箱にでもしまっておけよ。俺は自分よりも弱いやつをいたぶるのが大好きでなぁ、そのために今まで強さを求めていたんだよ。だから、目の前に弱っちぃ奴がいるとよ、ついこうやって潰したくなるんだよぉッ!」

 

バクザンは邪悪ながらもどこか純粋さの感じる笑みを浮かべながら、今度は城の壁面を縦に割りながら手刀を放った。再び兵士が巻き込まれ、徐々に辺り一面がに血塗れになる。拳が顔面を泥団子のように潰され、蹴りが上半身と下半身を分断する。黒狼もバクザンに噛み付いたり、光の砲弾を放った。しかそれでも、バクザンの蛮行は止まらなかった。そんな虐殺の光景が眼前で繰り広げられて、鋼牙の女王が黙っているはずもない。

 

「熊殺し中段蹴り!修羅正拳突き!ははは、はははははははは!!」

「おのれ下衆めが....そこまで私の家族を虐殺するのが好きか?外道に落ちた屑風情が、私の家族をこれ以上陵辱することは許さんぞォォォォォッ!!」

 

そして遂に、鋼牙の首領が本格的に動き始めた。バクザンへと接近し、獣のようなワイルドな攻撃を繰り出す。バクザンもそれに応え、激しい接近戦が開始した。威力も速度も両者ともにやや互角、怪人と少女の近接戦闘は、まるで神話のような異形さを感じさせる。

 

「グォラァァァツ!」

「ガアァァァァッ!」

 

両者の拳や蹴りが体に突き刺さり、徐々に両者の損傷を増やしていく。しかし、ここで異変が起きる。バクザンの傷が増えていく一方で、キーラはほぼ無傷だ。よく見ると、彼女が受けた損傷が自然回復しているのだ。その光景を見て、バクザンは思わず目を見開いて驚愕する。

 

「な、テメェ卑怯だぞクソガキ!」

「卑怯だと?数分前の貴様に聞かせてやりたいものだなぁ.....やはり劣等、所詮はその程度か。」

「黙れ、だったら回復が追いつかないほど痛めつけてやる!地獄送り手刀!」

 

バクザンはそう叫んで、手刀に力を込めて思い切って振り下ろす。キーラとバクザンを中心に地割れが発生し、激しい血の雨が舞い踊る。しかし.....

 

「ああ、やはり猿ではこの程度が限界であったな。もう良い、貴様は存在自体が見苦しい。我が愛しの家族が受けた痛みを味わえ!」

「な、なん....グァァァァァァァッ!」

 

やはりキーラの真っ白な肌に傷ひとつ残ることなく、綺麗に完治していた。そしてキーラの瞳が金色に輝くと、突然バクザンは見えない巨大な何かに押しつぶされた。抵抗しようとするも、圧倒的な質量を前に武力が役に立つはずもなく潰されていく。何がなんだか理解できないまま、バクザンは徐々に力を失っていく。

 

「なんなんだ、これは....わからねぇ、俺の体に一体何が起こってやがる!?ガッ.....グッ.....ガアァァァァァァァァッ!!」

「ふん、劣等めが。我らに舐めた態度をとるからそうなるのだ。」

 

 

 

 

 

 

 




今回の話ではキーラが登場しましたが、なぜ彼女がここに現れたのか次回辺りでしっかりと解説していきたいと思います。


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第9撃目 武術

個人的にですが、村田版のゴウケツとサイタマの戦闘シーンは少しでもいいから描写して欲しかったですね。pixivで描いてくださってる物も見ましたが、やはり村田先生のも見たいって気持ちが強いです。


「なるほど、あれが鋼牙の首領....キーラか。圧倒的な兵力と、パワーを備えているな。」

 

身体を透過させながら、キーラとバクザンの戦闘を見ていたクリームヒルトは、感嘆の声を上げた。シンプルに言えば、両者ともほぼ単純な暴力のぶつけ合いで、まさに怪人同士の激突とも言えるだろう。しかしキーラには大量の兵士と、キーラ本人の高いスペックが勝敗を決定させたと解釈した。

 

「そして、トドメの一撃は....わざと見えないように隠蔽しているのか。」

 

そしてバクザンへとはなった一撃の正体も看破していた。あれはキーラが意図的か、あるいは無意識に見えないようにしている。とりあえず戦闘が終了したと判断し、透過を解除した。

 

「ほう、あの子娘は見たことねぇが、まるで生まれながらの怪人だなぁ。」

 

その時、突如背後から男の声が聞こえた。振り返ると、バクザンよりもやや体格の大きな怪人が立っていた。服装も空手の胴着を着ており、明らかに武術を精通した怪人であることがうかがえる。

 

「しかしバクザンの奴はやられたか.....せっかく冥界の乗っ取り計画に連れて行こうと思ったのによぉ。しょうがねぇ奴だ。」

「......」

「で、テメェが冥界のボスってことで良いのか?明らかに他の連中とは違う気を纏ってるからよぉ。」

「ほう、そんなことがわかるのか?」

「ああ、修行を積んでるうちになんとなく感じられるようになった。俺はゴウケツ、今は怪人となったが、これでも元は武術家だったのさ。」

 

ゴウケツと名乗る怪人の複数の目が、クリームヒルトを捉える。筋肉が肥大化し、闘気が溢れ出てる。明らかに殺す気だ。

 

「アンタには特別恨みはねぇが、ここで殺らせてもらうぜ。俺が最強の生物となるためになぁ。」

「やはりお前も私を狙うのだ....構わないが。」

「ああ、何せ生きてた時に変なハゲ頭に油断したところでやられたからな。今度こそキッチリと仕留めるためにもパワーアップは欠かせねぇんだよ。」

 

そう言いながらゴウケツは指をゴキゴキと鳴らした後、武術家らしく腕を顔の近くにあげ、肩幅に足を開いた構えをした。その構えはシンプルながらも静謐さを感じ、重々しい雰囲気が漂う。

 

「なるほど、武術を駆使して私と戦うのか。良いだろう、ならば私も....」

「へぇ、アンタも格闘技を知ってるのかい?」

「これでも軍に所属していたのでな。」

「ふふふ....良いぞ、面白い。」

 

そしてクリームヒルトも剣をあえて抜かず、徒手空拳の状態でファイティングポーズをする。それを見て、ゴウケツは不敵な笑みを浮かべる。

 

「剣を使った方が楽だろうになぁ...良いだろう。アンタを殺し、この冥界ごと世界を怪人だけの世界にしてやろう!」

 

ゴウケツはそのまま豪快な正拳突きを放つ。単純な拳の一撃だが、拳から放たれる風圧は、まるで台風が起きたかのように壁面を粉砕し、廊下の奥まで衝撃が響き渡る。

 

「ほう、凄まじい威力だ。」

 

そう言いながらクリームヒルトはゴウケツの正拳突きを片腕のガードで防御する。そしてお返しとばかりにゴウケツの顔まで跳躍しストレートのパンチを放つ。

 

「無駄だ。」

 

しかしゴウケツはその巨体からは信じられない繊細な動きをする。パンチが届く前に空いていた手の手刀でパンチの軌道を逸らし、顔の横へと受け流す。

 

「っ!」

「砕けちまいな。」

 

そしてゴウケツはパンチが受け流されて無防備な状態のクリームヒルトへ踵落としを繰り出す。床は踵落としの衝撃でひび割れて粉砕し、砕け散ると虚空の空間へと消えていく。ゴウケツは咄嗟に床のある場所へと退避する。

 

「おっと危ねぇ....しかし、冥界の王もこの程度か?パンチがヤバい威力なのはすぐにわかるが.....動きがあまりに単純で読みやすい。パワーとスピードがあれば勝てるほど、武術も怪人も甘くねぇぜ?」

「.....無論、それは承知してるとも。私もかつて武の勝負で挑んだ友も相手に、負けてしまった経験があるからな。」

「っ!?」

 

ゴウケツは驚愕の表情をする。消滅したはずのクリームヒルトが、虚空の穴から出てきたのだ。同時に、ゴウケツが粉砕した床は彼女が城の内部へ戻ると同時に修復されていく。まるで、主人が戻ってきたことでエネルギーを取り戻したかのように。

 

「....フン、武の勝負で負けた経験があるだと?ならば尚更、俺の勝ち筋が見えたな。アンタは同じ理由で二度敗北をするわけだ。」

「さっきも言ったが、私もそれが原因で敗北する可能性は覚悟してる。だからこそ、前に進む。私自身が学び、成長するためにも。」

「このゴウケツを舐めるなよ、成長する余裕なんぞ与えたりしない!」

 

そう叫びゴウケツは駆け出すと同時に拳をクリームヒルトへ向けて振り下ろす。しかし一方でクリームヒルトは、今度は防御せず逆に振り下ろされる拳に合わせて、こちらからもパンチをぶつける形で放った。

 

「なにッ、グオォォォッ!?」

「.....考えてみたら、ミズキの様なカウンターの技術を実現するのは難しいな。やはり私は正面からの撃ち合い方が適正はあるようだ。」

 

と、クリームヒルトは苦笑しながらそう言った。しかし拳が少し傷を負ってるクリームヒルトに対し、ゴウケツは肩まで粉砕されて右腕全体が血塗れになっていた。ゴウケツはあまりの痛みと理不尽さに表情を歪め、怒りの顔となっている。

 

「クソッ、何が成長だ.....こんなのただの開き直りじゃねぇかッ!」

「うむ、言われてみればその通りだな。なあ、ならば私の場合はどうしたら成長できると思うか?」

「敵に聞いてるんじゃねェよクソッタレがァッ!」

 

ゴウケツはそう叫びながら正面蹴りを放つ。急な一撃だったのか、クリームヒルトは先程と同じ様な迎撃をせず、跳躍して正面蹴りを回避する。そして壁を蹴ってゴウケツに接近し、脇腹へ向けて回し蹴りを放つ。

 

「相打ちには驚いたが、アンタの普通の攻撃は俺には届かねェ事がまだ理解できないか!」

「ふむ、確かにその様だな。」

 

ゴウケツの言う通り、クリームヒルトの蹴りはゴウケツの繊細な受け流しによって、無力化されていく。しかしクリームヒルトは試すように、2度3度と空中でパンチや蹴りを繰り返す。それでも何度も受け流すゴウケツだが、その時違和感を覚える。

 

(何だこれは....徐々に俺の手が痺れ始め....違う!1発ずつ、威力も速度も上がっていってる!)

「どうした、もうそろそろ限界のようだぞ。」

 

そう、現状は拳も蹴りも流され続けているが、少しずつゴウケツの処理も追いつかなくなってくる。しっかりと流されず掠る蹴り、そして続いて放たれた拳も頬骨に僅かに当たって衝撃が走る。このままではゴウケツの処理が破綻し、クリームヒルトの一撃で勝負は決まるだろう。

 

「お、おのれっ....俺も受け続けるだけだと思うなよ!」

「?」

 

ゴウケツがクリームヒルトの手足を弾いて無防備状態にする。そしてゴウケツは負傷した片腕を無理矢理動かして拳を握り、その両拳をまるで山突きをするかのように突きつける。

 

龍虎砕牙拳(りゅうこふんがけん)

「っ!」

 

ゴウケツが技を発動した瞬間、クリームヒルトの肉体が内側から粉砕された。ゴウケツほどの巨体から放たれる粉砕の衝撃波は、例え巨大な鋼鉄の鎧であろうとも、砂のように粉微塵にする奥義。クリームヒルトの肉体がミンチにならず、まだ肉体が保たれているのが不思議な方だろう。

 

「....挽肉にはならなかったが、俺の奥義を直接体に食らえば、まあ生きてはいないだろうが.....」

「.....なるほど、内部破壊の技術なのか。ヨシヤでも、ここまでの真似事は出来ないな。」

「な、テメェまだ生きてやがるのか!?」

「少し応えたが、何.....まだ私の気力は折れておらんよ。」

 

しかしクリームヒルトはまだ生きていた。血塗れの体を動かし、不敵な笑みを浮かべてゴウケツを見つめる。その意思を断たない限り、人の代表者に敗北の兆しは現れない。

 

「くそ、あのハゲ頭みたいな不死身な体しやがって!ならばもう一発....」

「とはいえ、流石に2度も無防備に受けるつもりはない。返礼として、この拳の一撃で応えるとしよう。」

「オオッ.....オォォォォォッ!!」

 

ゴウケツはもう一度クリームヒルトに向けて奥義を放とうとする。しかしそれよりも早く振り抜かれる拳の一撃。その拳はまさに一撃必殺....そこに破壊は無く、解法(キャンセル)も纏ったその一撃はまるで浄化されるようにゴウケツの腕、頭部、そして最終的には肉体が目の前から消滅した。

 

「なるほど、あれが武術というものか.....貴重な経験にはなったが、参考にはならなかったな。しかし、バクザンはキーラをまるで怪人だと言ってたが、まさか....」

「誰が、怪人だと?」

 

クリームヒルトがそう呟いた瞬間、背後から声が聞こえた。振り返ると、そこには冷淡ながら憤怒の表情を浮かべているキーラがこちらを睨んでいた。




次回、ついに鋼牙戦です。


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第10撃目 獣の女王の届かぬ夢

遂に10話となりました。まだまだ未熟な作品ですが、読んでくださる方が楽しめるように、これからも励んで更新していこうと思います。
今回は遂に、キーラとの激突となります。


「.....」

 

キーラとクリームヒルト、両者の視線が交わっている。その隣ではゴウケツの体が徐々に消滅しかかっていた。その様子を僅かに一瞥した後、キーラが口を開けて静寂を切り裂く。

 

「....先程の発言は空耳ということにしておいてやろう。私を怪人....それも隣で消滅しかかってるような醜い輩と同類にされるのは反吐が出るからな。今後の発言はそれを弁えておけ、良いな?」

「.....」

 

キーラからの発言を聞き、クリームヒルトは無言で頷いた。それほどキーラは怪人と同等に扱われることを嫌っていることが伝わる。そして、キーラは指を三本立てて再び話を続けた。

 

「よし、では今から私は3つお前に問いかける。その質問に対する答え以外の発言は許可しない。それを破ったら....命があると思うなよ?」

「.....」

 

再びキーラの発言にクリームヒルトは頷く。これはクリームヒルトが殺されるのが怖いから従ってるわけではなく、そもそもそんな感情を持ち合わせていない。これは単に、キーラの指示に従わないと話が効率よく進まないと判断したのだ。仮にキーラの発言を拒否して話をすれば間違いなく彼女に無礼者と判断されて戦闘が始まる。それでは意味がないし、無益な戦闘は避けておきたいのだ。

 

「まず一つ目だが、ここはどこだ?全く心当たりのない場所だ。そして、貴様は明らかに日本人ではないな.....ここは何処の国なのだ?」

「ここは、お前の知ってる国どころか世界ではない。ここは冥界、ヘルヘイムと言えば理解できるか?有り体に言えばあの世だ。」

「なんだと....つまり、ここは死者の国なのか?なるほど、通りで異形な輩が多いと思った。」

「ほう、素直に受け入れるのだな。」

 

キーラの予想外な反応に、クリームヒルトは感嘆の声を上げる。キーラは業腹そうな顔をしながら話す。

 

「本当は不愉快な気分だが、あの小娘共にやられた記憶は僅かながら覚えている。あれはまさに死闘ではあった....であれば、どちらかが命を落としてしまうのは、むしろ自然な話であろう....ああ、怒りで腹が煮え立ってで仕方ないがなッ!」

「....なるほど、記憶は僅かながら残ってるのだな。」

 

金色の瞳を赫怒の炎で揺らしながら、キーラは叫び声を上げる。その影響で辺りがひび割れ、まるで地獄の業火のように炎が発生する。

 

「....まあ、その事はひとまず置いておこう。二つ目だが、この世界で力を尽きたらどうなる。冥界で死んだらどの様な事態になるのだ?」

「結論を先に言うと、わからない。本当に後悔がなくなった状態のまま逝けば無に到達するかもしれないし、別の世界に飛ばされるかもしれない。とにかく、その先の答えは私の預かりを知らないのだよ。これが私の答えだ。」

「貴様すら知らない要素か....なるほど、ひとまず覚えておこう。重要な情報であるな、私が負けて死ぬことはないだろうが、」

 

クリームヒルトの返答にキーラの表情が一層険しくなる。この場で死んだらどうなるか不明である以上、無闇な戦闘は避けるべきだろうと判断したのだ。最も、本人は負けることも死ぬこともないと自信に満ちていたが。そして、次が最後の質問である。

 

「では最後の質問だ.....貴様は、盧生か?」

「.....」

 

キーラは最後の質問を投げかける。その声は今までよりも声の質が重く、両者の空間に緊張が走る。おそらくこの質問こそが、キーラにとって最重要な内容なのだろう。そしてクリームヒルトがゆっくりと返答する。

 

「そうだ、私は盧生だ。既に邯鄲の試練を全て終え、アラヤを掌握している。」

「.....フフ、フハハハハ.....アハハハハハッ!!」

 

クリームヒルトの答えを聞いた瞬間、キーラは爆発するかのように大きな笑い声をあげた。まるでそれは、待ち望んでいたものを見つけたかのような歓喜の声だった。

 

「ああ、その返答を聞けて良かったよ。よく私の質問をしっかりと答えてくれたな。褒美に....痛みを感じさせる間も無く逝かせてやろうッ!」

「生憎だが、その褒美は拒否させてもらう。」

 

キーラは犬歯を剥き出し、殺意を漏らしながら剛腕を振るう。常人が食らえば、ザクロのように肉体が裂け、鮮血を辺りへと撒き散らすだろう。しかしクリームヒルトはその一撃を無表情のまま、あっさりと掌で受け止める。キーラはその結果に遺憾の表情を浮かべる。

 

「おのれ愚図めが、人間風情が私に触れることなんぞ許さんぞッ!」

「落ち着け、このままでは勝負にすらならんぞ。今のお前はとても不安定だ。自分の体をよく見ろ、体が透けているではないか。」

「っ!?」

 

キーラはハッとした表情で自身の体を見てみる。すると、身体が徐々に半透明となっていた。これはバクザンやゴウケツが敗北した後の状態とよく似ている。

 

「なっ、これは一体....」

「エネルギーの枯渇だ。確か現世でお前が死ぬ前は、アマカスの眷属だったはずだ。眷属は盧生が健在であれば不死身だが、生憎と現世のアマカスは消えている。お前がさっきまで戦えていたのは、アマカスからの流れ込まれてた夢の残滓が残っていたからこそだ。だが、それ以上無駄にエネルギーを消費すると私の世界で留まることすら難しくなる。」

「なん、だと....ならば、あの怪人共は一体どう説明するつもりだ!?誰かの眷属になってる様子は感じないぞ!」

「あれは私達の認知してる世界とは異なる住人だ。存在としては恐らく、誰かと繋がる必要は恐らく無い。それこそ本人たちが限界と思えるほどのダメージを負わない限り、この世界から消滅することはない。」

 

クリームヒルトの話を聞くと、キーラは一転して屈辱的な表情へと変化した。彼女の話を聞くまでキーラは自由に行動をできると思い込んでたが、それは間違いだった。そもそもキーラが自身の能力を使えるのは「甘粕正彦」というクリームヒルトとは別の盧生の眷属、端的に言えば部下的な存在だったから能力を支えたのだ。だがこの世界に来てからは最早その関係性がなくなっている。つまり、キーラは別の盧生に繋がらない限り、自由に能力を使うことはできない。更に、そのままだとこの世界で存在することが出来なくなり、無に還るか別世界へと飛ばされるかもしれないのだ。

 

「グ、ググッ.....おのれ、この世界まで来てそのような屈辱を....」

「どうする。このまま特攻をしてこの世界から消えるか、もしくは私の眷属となって存在を確立させるか?ちなみに私は大いに歓迎するぞ。」

「チッ....わかった。私を貴様の眷属にしろ。業腹だが、知らない世界に飛ばされては迷惑だ。」

 

そう言ってキーラは殺意を抑え、クリームヒルトの眷属となる決断をした。その返答を聞いて、クリームヒルトは無機質な微笑みを浮かべる。

 

「眷属の許可を与える、キーラ・ゲオルギエヴナ・グルジエフよ。歓迎しよう、我が眷属として。」

 

瞬間、キーラの身体は邯鄲の加護に包まれる。薄れていた肉体が一瞬にして濃度を増し、力が溢れ出てくる実感が湧いた。これで消滅する心配は無くなった。

 

「ほぉ、流石は盧生だ。繋がった瞬間にこれほどとは.....礼は言わんがな。」

「満足そうならば、何よりだ。」

「ああ、満足だよ。おかげで.....貴様を全力で殺すことができる。」

 

キーラがそう呟いた瞬間、黄金の瞳が輝きクリームヒルトの頭上から透明で巨大な何かが振り下ろされた。激しい地響きとともに床が陥没する。

 

「そう来るとはわかっていたが....全く、そう照れ隠しに殴りにかからなくても良いだろうに。」

「フッ、直撃の影響で脳が崩れたか?寝言ならば寝て言えよ阿呆が。」

「....恐らく聞いてはいるのだろうが、私からも言っておくぞ。キーラ、お前では私から盧生の資格は奪えん。獲れんよ、今のお前では。」

「黙れェッ、貴様ら盧生の言葉なぞ信用できん!ならば良いだろう、優越に浸ったその顔ごと捻じ曲げてくれるわァッ!」

 

激昂と共に咆哮、それはまさに怒りの叫び声だ。その声に背後にいた鋼牙兵も共鳴し、キーラの声に応えた。そして全軍がキーラの元へと集う....いや、引き寄せられた。少女ほどの姿だったキーラが、徐々に異形の姿へと変わっていった。

 

「急段-顕象 鋼牙機甲獣化帝国(ウラー・ゲオルギィ・インピェーリヤ)

 

獣の女王、ここに本領を発起する。その姿は軍であり群と言えるだろう。まさに神話の怪物、数にして3000人はあるだろう鋼牙兵とキーラが一つになり、巨大な肉塊の巨人へと変貌したのだ。その全長は約50メートルはあるだろう。

 

「なるほど、これがキーラの急段か。」

「そうだ、これが怪物(わたし)だ。

見たな、知ったな?これこそが私の真実(まこと)だ....その目に焼き付けながら逝くがいいッ!」

 

彼女が発現したこの能力は、いたって単純だ。より「自身を怪物らしく強化する」というものだ。ただし発動のためにはキーラと第2者以上が「キーラは人外である」という共通の認識をしなければならない。ただし、クリームヒルトは当て嵌まらない。何故なら彼女は普遍的な人類愛を有し、見下すような感情をもたないからこそ盧生という超越的な存在になれた。そうである以上キーラを人外として認識することはしないのである。であれば、何故キーラがこの能力を発動したかというと....

 

「な、なんだありゃ!?」

「あの小娘、とんでもねぇ眼をしてやがるッ!」

「ゲッ、なんだあの赤くてデカイのは!化け物じゃねぇか!」

「劣等共が....我らを卑下することなんぞ許さんぞッ!」

 

この様に、キーラを見ていた冥界の亡者達の意思によってその条件が達成されていたのだ。故にキーラは、その怪物らしさや暴力を本能に従って無差別振るい続けるのだ。

 

「お前の相手、私だ。」

「ッ!」

 

しかし、クリームヒルトがその進撃を阻止する。剣を抜き、亡者達へ向けて放った鉄槌を阻止する。キーラの膂力は先ほどよりも遥かに上回っている。しかしそれでもまだ、クリームヒルトの力が上だ。

 

「鬱陶しい奴め!そこまで早く殺されたいか、貴様ァッ!」

 

イラついた表情を浮かべながら、キーラは2、3度と肉塊をクリームヒルトへ向けて振り下ろした。怒りを露わに、本能のままにその暴力を何度も何度も放ち続ける。しかし....

 

「〜〜〜〜〜ッ!」

「.....いつまで続ける気だ、キーラよ。」

 

それでもクリームヒルトへ明確なダメージを与えられていない。音波兵器のような咆哮も放つが、それでもクリームヒルトには効果無し。正確にはある程度ダメージを与えられているのだが、それはとても微々たるもの。針で山を崩そうとしているようなものだ。

 

「何故だ、この差は一体なんだ?何故私の牙が、お前に届かないのだッ!」

「....それは、お前自身がよくわかってるだろう。」

 

そもそもクリームヒルトとキーラは「邯鄲の夢」という異能を活用して戦っている。そしてこの異能には5つの段階がある。その中でも4つ目の段階である「急段」を、今まさにキーラが使っている。そして、この急段は前述したように使用者と対象者が共通の認識をすることで発動することができ、更に自分だけでなく条件を成立させた対象者の力を利用しているのだ。この概念をクリームヒルト達の世界では「協力強制」と呼ばれている。いわば急段とは「相手と力を合わせた協力技」であり、これを単純な力押しで破るのは非常に難しい。

故にこの場面において、もしクリームヒルトがキーラの急段に同意していれば全く違う光景となっていただろう。自身の力を利用され、キーラの圧倒的な力を前に窮地になっていたと予想される。だがしかし現状はキーラの急段はクリームヒルトの精神的にどうしても成立できず、キーラがクリームヒルトとの差を埋められない原因の一つはここにある。もう一つは.....

 

(この感じ、アマカスと戦った時と同じ感覚だ。やはり盧生とは....つまるところ我々とは違った夢の密度を持っているのか!)

 

シンプルにエネルギーの密度が違い過ぎるのだ。盧生と繋がっている眷属には、実は使用できるエネルギーには限界があり、例えるならばレベル99までが限界なのだ。一方で盧生にはそのようカウンターストップのような概念がなく、100や200など桁違いのエネルギーを保持している。故に(キーラ)爪牙(ゆめ)では盧生という超越の座に届くことはない。そのジレンマがキーラの怒りの炎をよりもえあがらせる。

 

「ガアァァァァァッ!!」

「だが、流石に油断できん火力にまで到達してるな。このままでは城の中が破壊されてしまう。」

 

それでもキーラの攻撃は凄まじく、クリームヒルトも壁面や天井などに移動してキーラの攻撃を回避してた。そう、彼女の攻撃力が増しており、流石のクリームヒルトでも無視できない領域まで到達している。

 

「ならば、そろそろ決着をつけるべきか。」

「.....来い、捻り潰してくれるわァッ!」

 

クリームヒルトはキーラと正面から向き合い、剣を構えて突撃した。身に纏うは死の概念、それはまさに死神の名に相応しい光景だった。

一方でキーラも同様に、背後に生やした巨人の腕を展開し、クリームヒルトへと向かってその一撃を振り下ろす。その姿はまさに神話の化け物の様で、常人が見れば気を失いそうな悍ましさを感じさせた。

 

「グガアァァァァァッ!!

 

巨大な拳と死の剣戟が激突する。閃光が爆ぜ、空間すらもが歪みそうなエネルギーのぶつかり合いだった。しかし直後、剣の一撃によって巨腕が斬り飛ばされた。加えて死の概念によって細胞までも死滅し、再生すら許されない。その攻撃にキーラは思わず目を見開く。感じた痛みすら忘れるほどに.....

 

「馬鹿な....ありえん、私の....夢が....」

「まだ、やるのか?」

「っ!舐めるな、この程度で終わるはずが.....」

「____」

 

その直後、今度は反対側にある巨腕を切り落とされる。続けて、処刑人のように無表情のまま、クリームヒルトは巨人の中心部へと剣戟を放つ。反撃する余裕すら与えられず、一瞬にして。あれほど猛威を撒き散らしていた巨人の姿が崩れていく。その無機質な行動は最早人間というよりも機械的で、その光景にキーラは恐怖を感じた。しかし、キーラのその表情を気にせず、ゆっくりとクリームヒルトはキーラへと近付いて呟いた。

 

「今一度眠りにつくが良い、キーラよ。もう一度目を覚ましたときに、もう一度語り合おう。」

「....あ、あ、あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝ッ!?」

 

死神からそう告げられ、とどめに放たれたに死の刺突がキーラに突き刺さる。死の概念がキーラの身を包み、奈落の底へと落とされていくような感覚を覚えた。鋼牙の首領たるキーラ・ゲオルギエヴァ・グルジエフは敗北したのだった。




今回はちょっと地の文での解説が多かったので、今度は可能な限り量を少なくするように心掛けます。


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第11撃目 龍の如き巨体

お久しぶりです。今回は村田版で出てきたかな怪人との戦闘です。


 

 

 

「....下らん、結局は茶番であったか。」

「そうは言ってもな、眷属になった以上こうなることは承知の上のことだろう。」

 

キーラはブスッと不機嫌な顔をしていた。前回クリームヒルトに完全敗北をしたものの、眷属は盧生が生きている限り不死身だ。つまり、クリームヒルトが本当に死なない限り真実の死に到達することはないのだ。故に蘇生されるのは必然的な流れと言えるだろう。しかし、やはりキーラ本人からしたら憎悪の対象でおる盧生に蘇生されることは不本意であるため、どうしても気分的に不愉快になるのだ。

 

「....まあ、知らん世界に飛ばされなかっただけ良しとしてやる。それで、私を奴隷にでもするつもりか?」

「そのような目的などないが....そうだな。では一つ頼まれて欲しいことがある。」

「....なんだ、それは?」

「私の代理で玉座の担当をしてくれ。正確には、門の前で相手をして欲しい。」

「....は?」

 

キーラはクリームヒルトの言葉を聞いて、思わず目が点となる。しかし構わずクリームヒルトは話を続ける。

 

「私はまだ辺りを調査しなければならん。しかし私の玉座に来る者の数が最近多くなり、中には強力な者までいる。そのような連中が集まると何が起こるかわからん。よってキーラ、私の代わりに相手をしてくれ。」

「....つまりなんだ。私は貴様の代わりに連中の相手をしろと言うのか?」

「そう言うことだ、ちなみに私の意思でなければ玉座の扉が開くことはないことも、しっかりと伝えてくれ。あとはお前の好きにして構わんよ。」

「....まあ良いだろう、敗者に口無しだ。一応貴様の指示に従うとしよう。」

 

不本意そうな表情であるものの、キーラはおとなしくクリームヒルトの依頼に従うことにした。それを聞いてクリームヒルトは微笑みを浮かべる。

 

「助かる。ではあとはよろしく頼むよ、キーラ。」

「....阿呆め、貴様の思い通りになるとでも思っているのか。」

 

クリームヒルトはそう言って、そのまま先の道へと歩いて行った。その様子を背後から見て、僅かに微笑みをあげてると知らずに。

 

 

 

 

 

 

キーラと別れ、しばらく歩き続けた後。

 

「おかしい、誰も見かけない。」

 

ここまで怪人どころか人間と顔を合わせることが無かった。しかし周りの壁や床には何箇所か破壊されたような痕跡が見られる。であれば、誰かがこの場所で戦闘していたと考えられる。

 

「怪人の一人でもいると思うのだがな....」

「ッ.....ハァハァ....」

「む、アレは.....」

 

その時、目の前に怪人らしき人物を見かけた。しかし明らかに様子がおかしかった。複数損傷したような傷が見られ、走って逃げてきたのか息切れをしている。何かあったのか聞こうと近寄ろうとした瞬間だった。

 

「ヒッ!?」

「....この地響きと、生命反応は。」

 

突如、大きな揺れが発生した。徐々に揺れは大きくなり、城全体が揺れていることを感じたその瞬間、目の前から桁違いに巨大なムカデが出現した。以前玉座で戦った個体よりもはるかに大きく。間違いなく数千mはあるだろう。

 

「ヒィイイッ!ムカデ長老だぁぁッ!?」

「これは、前とは別個体....それもこれほど巨大とはな。」

 

背後からこちらを見ていた怪人からの声が聞こえた。どうやらあの巨大なムカデは「ムカデ長老」という名前らしい。なるほど、長老と呼ばれるほど長生きし、その結果あの巨大を得たのか。

 

「そこのお前、それ以上暴れまわれることを止めよ。私はこの城の主だ。それ以上暴れまわるというのならば私は剣を抜かざるを得ない。」

「....お前が主だと?ならば蘇らせろ....でなければ、殺すまでだ。」

 

ムカデ長老はその巨大な頭をクリームヒルトへ向けて、殺意を込めた目線を放つ。しかしそれでも尚、構わずクリームヒルトは自身の意思を曲げない。

 

「それは同意できない、何故ならばお前はここに来た以上一度は死んでるのだからな。一度死んだのならば、現世へ戻ることは許可できん。」

「ならば、用はない....殺すだけだ。」

「ヒッ!?ギャアアアアッ!」

 

ムカデ長老はそう言って猛スピードで突進を始めた。城の壁面や途中にいた怪人たちを轢き殺しながら突き進む。

 

「ならば仕方ない....加減はせんぞ。」

 

そしてクリームヒルトは剣を抜き、正面から迫るムカデ長老に向かって横薙ぎに剣戟を放つ。激しい金属音が鳴り響き、空間に衝撃波が炸裂する。

 

「グウゥッ!」

「....なるほど、その巨大に合った頑丈さだな。」

 

ムカデ長老の装甲は非常に頑丈で、ミサイルやサイボーグの砲撃が直撃しても粉砕されることはなかった。その装甲を、クリームヒルトの一撃が直撃した。その直後、顔面の装甲....いや、ムカデ長老の全身の装甲に亀裂が走った。

 

「なッ!?」

「だが先も言ったように、お前を倒すのに加減は必要ないと判断する。よって、そのまま崩れるが良い。」

 

そしてそのままムカデ長老の肉体が粉砕され、そのまま崩れ落ちていく.....が、これで終わるはずもなかった。

 

「......」

 

あくまで破壊されたのは装甲の部位だけであって、その下には新しいボディがすでに出来上がっていた。しかも更に先ほどよりも肉体の大きさが増している。

 

「....なるほど、その生命力は侮れないな。」

「___っ!」

 

ムカデ長老は言葉としてできない叫び声をあげ、再びクリームヒルトへと突進をする。それに対してクリームヒルトは、もう一度剣で迎撃する。

 

「先程よりも硬い....」

「同じ手は、通じん!」

 

しかし同じ結果が出るわけもなかった。今度は装甲に亀裂が入ることもなく無傷だった。明らかにさっきよりも強度が増している。よってムカデ長老に明確なダメージ話を与えられていない。その光景を見てムカデ長老は不敵な笑みを浮かべつつ、鋭利に尖った顎門をクリームヒルトへ向けて放つが、クリームヒルトはバク宙してその攻撃を回避する。

 

「擦り潰れろッ!」

 

しかしムカデ長老は逃さない、その巨大から想像できない精密な動きをする。なんと、90℃急カーブをして再びクリームヒルトの正面へと再び迫る。当然クリームヒルトは空中にいる以上、簡単に回避はできない。

 

「.....やむを得まい。」

 

下方から迫るムカデ長老に対し、クリームヒルトは楯法をその身に纏う。楯法とは邯鄲の夢において、防御と回復を司る能力である。瞬間、肉体が金剛石のように硬くなり、ムカデ長老の突進を受けてもほぼ損傷は無かった。

 

「グッ、こいつッ.....」

 

突進を無傷で防いだクリームヒルトに対し、今度はムカデ長老は二本の触覚で鞭のように攻撃する。それに対し、地面に着地したクリームヒルトは、触覚の攻撃を剣で弾きつつ防ぐ。

 

「ゴオォォォォッ!!」

 

しかし、一瞬の隙をついてムカデ長老の触覚がクリームヒルトの片腕を束縛する。そして巨大な顎門の刃が、クリームヒルトの腹部へ突き刺さる。

 

「.....ふふ、やるではないか。」

「ッ!?」

 

しかし、流れ出る血を気にすることなくクリームヒルトは笑みを浮かべた。そして剣を振り下ろして突き刺さっている顎門を斬り裂いた。斬り裂かれた箇所からまるで血のように謎の液体が滴り落ちる。

 

「このくらいの損傷であれば、問題はないな。」

「....馬鹿め。」

 

しかしムカデ長老は不敵な笑みを浮かべていた。その瞬間、クリームヒルトの周りにある城の壁面から、ムカデ長老の体が壁面を粉砕しながら全方位から現れた。そしてそのままクリームヒルトの全身を包み込む。それはまるで、龍がトグロを巻いてるような姿だった。

 

「圧殺してやるッ!」

 

それはまさに、龍の如き巨体を最大限に生かした殺害方法だった。全方位から圧倒的な質量で圧し潰すというシンプルな方法ながらも、これを対処できる人物はかなり限られるだろう。

 

「....なるほど、その巨大な身体を生かした技は確かに強力だ。」

「ッ!?」

 

しかし、圧殺したはずなのに女の声が聞こえた。同時に巻き付いていたムカデ長老の体が、まるでバターのように斬り刻まれ、中から無事生還したクリームヒルトの姿が現れる。

 

「馬鹿な、その剣は効かない筈なのに.....」

「そう難しい話ではない、単にお前への対処方法を変えただけだ。」

 

クリームヒルトは邯鄲の夢に解法(キャンセル)おけるを用いてムカデ長老の身体を斬り裂いた。そもそも解法は、物質や現象にある解れを突くことが可能な能力だ。故にそうした概念を武装や肉体に纏わせて、破壊や切断がしやすい箇所を具現化して攻撃をしたのである。これでムカデ長老の半分ほどの身体が破壊された。

 

「ごがぁあああああああっ!」

「これで終わりだ.....さらばだ。」

 

最後の足掻きにとムカデ長老は巨大な口を開けながら突進してきた。クリームヒルトは、それを避けることなく正面から解法を纏った剣を正面から全力の刺突を放つ。刺突を受けたムカデ長老は全身が粉砕され、再生することなく消滅していった。

 

 

 

 

 



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第12撃目 稀代の殺人鬼

お久しぶりです、少し更新ペースが遅くなって申し訳ございませんでした。
今回はこの小説で特にやりたかったことの一つです。多くの人々に殺人鬼と呼ばれた者同士の戦いをどうかお楽しみください。


「ムカデ長老の消滅を確認、よくもここまで城を荒らされたものだ。」

 

ムカデ長老が完全にこの場から消滅するのを確認した後に、クリームヒルトは辺りを見渡した。周囲には瓦礫とムカデ長老の肉片が飛び散っているが、次第に元に戻っていくだろうと考える。

 

「しかし、あれほどの巨体の怪人をよく現世で倒せるものがいたものだ。あれは、人間では対処できる者も限られるだろうに....」

 

実際、クリームヒルトが知る中でもムカデ長老を対処できる人物はかなり限られると予測していた。しかしそんなムカデ長老でも死んで冥界に来たということは、余程強い存在がヒーローとして活動しているのだろうと考える。

 

「それも、サイタマという人物の活動によるものなのだろうか?だとしたら....」

「へぇ、これは凄いねぇ。あのムカデ長老がやられてるや。」

 

その時、背後から全身に包帯が巻かれ、両腕には手の代わりに日本刀のような刃物が付いている謎の怪人が現れた。クリームヒルトは振り返りながら問いかけた。

 

「お前はあのムカデの怪人とは知り合いなのか?」

「ま、一応そうだね。詳しくは教えてあげないけど。」

「簡単には組織のことは教えてくれんか....ところで、貴様は誰だ?」

「一応人間達から『キリサキング』なんて呼ばれてるよ。」

「キリサキング....か。随分と血の匂いが濃い者が来たものだ。」

 

クリームヒルトは、キリサキングと名乗る怪人から非常に血の匂いが濃いと感じた。怪人から悪人など様々な人物と出会った経験があるクリームヒルトだが、キリサキングはその中でもトップクラスの人殺しだと確信した。すると、今度はキリサキングから言葉を投げかけられる。

 

「今度はこっちから質問投げるけど、貴女がこの地獄の様な世界のボスなのかな?風の噂で、この世界の王様を殺せば蘇ることができるって聞いたんだけど。」

「一応そうだが?」

「へぇ、地獄の王様が女性だとは思わなかったよ。まあいいか、女性の皮膚は柔らかくて切り心地悪くないしね。」

 

などと物騒なことを笑いながらキリサキングはクリームヒルトを見て目ていた。まるで何かを見定めているかの様に。そして、それはキリサキングにとっても興味深いテーマだった。

 

「それに、ふふ.....貴女から臭うんだよねぇ。同属の匂いってやつ?」

「具体的には、どんな匂いだ?生憎と私自身、そんな特別な匂いを持ってるとは思わないんだが....」

「そんな物理的な匂いじゃないよ、要は雰囲気って奴さ。単刀直入にいうと、貴女も殺しが得意な人種だろ?私にはわかるんだよねぇ。案外、私にしかわからないのかな?」

「.....」

 

キリサキングの問いかけに、クリームヒルトは口を閉じた。それを肯定の意味と捉え、キリサキングは包帯の巻かれた口の端を上げて微笑んだ。事実、クリームヒルトは自身の世界において、多くの人々から稀代の殺人鬼と呼ばれていた。もっとも、実際は悪人と呼ばれるような悪虐な殺戮をしたわけではないが.....

 

「ま、どっちにしろ関係なく殺すけどね。」

「それは死から蘇るためにか?」

「それはそれでお得なんだろうけどさ、あまり興味ないね。私にとって大事なのは、冥界の主を斬り殺したらどんな気分になれるか気になるだけ。私の目的はただそれだけ。」

「ほう、これまで来た者とは違うな。」

 

キリサキングにとって最大の快楽とは、ただひたすら斬り殺す事のみだった。そこに現世や冥界などという拘りは一切なかった。単純に己の欲を満たしたいだけである。

 

「というわけで、おとなしく死んでね。」

 

そう言いながらキリサキングは正面から腕に結び付けている刃をクリームヒルトの首元へと無造作に放った。それはまさに首狩りの一振りで、常人であれば簡単に首と頭部が両断されるだろう。

 

「....それはお断りだ。」

「ッ!?」

 

しかし当然ながらクリームヒルトは決して常人ではない。邯鄲の夢を制覇し、阿頼耶識を掌握した超越者だ。彼女はキリサキングかは放たれた首刈りの一撃を、剣や腕でガードする事なくそのまま首でその一撃を止めた。キリサキングの一撃は決して軽いわけでなく、人間どころか人を超えた怪人すら斬り殺すことができる威力だ。しかしクリームヒルトにとっては、今まで対決してきた怪人達と比較するとやや軽い方だ。故にわざわざ防御するまでもなかったのだ。

 

「刃を向けられた以上、反撃される覚悟もあると解釈する。私の拳を受けてみろ。」

「お前えッ.....!?」

 

クリームヒルトは首元へ放たれた刃を握り潰し、そのまま驚愕の表情を浮かべるキリサキングの左顔面へと拳を突き刺した。拳がクリーンヒットすると、数メートル先の壁面へと吹き飛ぶ。

 

「....殴った感触が人のそれではなかったな。それにこの髪の毛は...毛髪で形成されてた怪人か?刃物と髪の毛、散髪と関わりがありそうだな。」

 

殴った拳を見てみると、手の甲に何本かの毛髪が出てきた。そしてキリサキングの体に付着している包帯からも髪の毛が飛び出ている。もしかしたら、散髪と関わりのある何者かが、怪人化したのだとクリームヒルトは考察した。

 

「ふ、ふふふ....凄いなぁ。全く歯が立たない.....人間でもこんなに強い人がいるもんだねぇ。」

 

壁面に叩きつけられたキリサキングは、ゆらりと揺れながら立ち上がった。よく見ると、左目を塞いでた包帯が解けていた。そして解放された片目は空洞だった、まるで誰かに奪い取られたかのように眼球が存在しなかった。しかし、そこから密度の高い殺意が漏れている。

 

「うふふふ、同じ殺人鬼と噂された存在でもこんなに差があるんだなぁ....良いなぁ、羨ましい。ピガピカ輝いていて、真っ直ぐと未来に進んでいて、あぁ......殺したいほど嫉妬しちゃうなぁぁぁぁッ!!」

 

キリサキングが咆哮した瞬間、その体に異変が起きた。まず額には第3の目が突如現れ、更に阿修羅のように同じ刃物がついた4本の腕が生えてきた。そして全ての刃が鮮血に染まったかのように赤色となっている。そう、キリサキングは怪人として更に覚醒したのだ。

 

「....ここに来る怪人は、よく覚醒するな。死後の開き直りから成せる技とでも言うべきか。」

「ふふふ、そりゃそうだよ。ここには鬱陶しいヒーロー達もいないしねぇ....好き勝手暴れても良いですよって、言われたようなものだよ。強いて言うなら貴女という存在が抑制になってるんでしょうけど、それも今日まで。」

「ほう、それはつまりお前が私を殺すとでも?」

「その通り、精々殺されないように逃げなさいよっと!」

 

6本の殺意を纏った刃がクリームヒルトへと迫る。クリームヒルトは直撃を避けるために剣でそれぞれ弾き飛ばすも、そのうちの一本を防ぎ損ね、血濡れの刃が腹部を掠った。掠った部分から血が溢れた。

 

「ッ!」

「お、今度はしっかり通ったね。うんうん、やっぱ肉を斬る感触は快感だなぁ....」

「これは.....私の楯法を貫通したのか。この刃、何かしらの概念が纏っているな。これは、生物特攻か。」

「へぇ、そうなんだ。まあ私は斬り殺した相手の血を浴びれば大満足だからねぇ、私にうってつけの能力じゃん。」

 

本来であれば単純な攻撃であれば幾ら怪人でもクリームヒルトの防御力を突破することは困難である。それこそ、この場に核ミサイルでも持ってこない限り不可能だ。当然ながら、本来のキリサキングから放たれ攻撃はそれほどの威力は無い。加えて、覚醒して確かに威力自体も上がっているが、それでもそれほどの威力に迫っているとは考えられないだろう。

しかし覚醒したキリサキングの両手についてる刃は、血肉のある生物であればあらゆる防御を貫通して切断することが可能な能力なのだ。そこに血があり、肉質があれば人間は当然、獣や怪人すらも簡単に両断できる。故に生物特攻の能力と言えるだろう。

 

「いやぁ私って生まれた時から、血肉を斬り裂く時の感触が本当に楽しくてさぁ。凄くワクワクするし、全力で斬り殺した後のすっきり感とか、凄く快感なんだよねぇ。」

「とにかく生あるものを斬り殺すことに快感を覚えていたわけか。」

「そういうこと、だから貴女も私を楽しませて.....よねッ!」

 

再びキリサキングの6本の腕が命を摘み取ろうと振るわれる。流石に直撃するわけにもいかないので、クリームヒルトは剣を振るってキリサキングの剣戟を何度も弾く。生物特攻の刃故に、無生物である金属を切断することはできない。

 

「へぇ、やるねぇ。流石に2度も変わらないか。まるで私の攻撃を先読みしてるかのようだ。」

「さすがに学習はするとも、その刃は私にとっても脅威だからな。」

 

事実、今のキリサキングを対処できる人物は、クリームヒルトの知ってる人物でも、同格の盧生を除けば5人にも満たないだろうと考えている。だからこそ、この怪人はこの場で倒すべきだと確信した。

 

「へぇ、つまり貴女自身が死ぬって感じるほど斬れば本当に死ぬってことだよねぇ?」

「.....そうかもしれんな。」

「だったら、殺し続ければ私の勝ちだ!断末魔すら上がらないほどにねぇッ!!」

 

キリサキングはそう叫びながら接近し、生物殺しの刃を振り下ろす。そこに技術も何もなく、ただ本能のまま振るっているだけだ。クリームヒルトはその攻撃を避け続けるが、6本の刃が徐々に退路を狭める。

 

「ほらほら、いつまで避けられるかなぁ?」

「....やむを得んな。」

「ッ!?」

 

瞬間、一本の刃がクリームヒルトの首に迫った瞬間、迅雷の速度で放たれたクリームヒルトの剣戟がキリサキングの刃を粉砕しされた。即ち武器破壊に他ならない。全ての刃が粉砕されれば、キリサキングの戦闘続行は不可能だろう。その光景を見てキリサキングは震えているが.....

 

「生物特攻であれば、無生物たる鋼の刃で全て粉砕するのみ。」

「.....フフフ、アハハハハハ!面白い、面白いねぇ貴女!フフフフ、私、貴女のような人間大好きだよォ!」

 

しかしキリサキングはその光景を目の当たりにして咆哮の様な笑い声をあげた。そして再び攻撃を開始する。より苛烈さと残虐さを増しながら。それと同時にキリサキングはクリームヒルトへと語り掛ける。

 

「今の一撃を喰らってわかったよ、貴女がなぜこれほどの強さがあるのか。死の概念....とでも言えばいいのかな?それをその剣に纏わせながら戦闘してるんだねぇ。」

「何故それがわかった?」

「見なよこれ、根の部分が液状化しつつ崩れている。つまり、鉄としての死を迎えていると。私は生物にしか死の概念はないと思い込んでいたけど、これを見て確信した。貴女はあらゆる存在に死をもたらす死神なのだと。」

 

キリサキングは先程粉砕された部分を見せながらそう語った。同じ殺人鬼と呼ばれた者同士で感じるものがあったのか、キリサキングはクリームヒルトの本質を感じ取ったのだ。それを聞いたクリームヒルトは表情を変えないまま言葉を返す。

 

「そこまで私は大層な存在ではないが、否定はしないでおこう。それで、それに気付いたお前は何がしたい?」

「決まってるでしょ、私がその力を手に入れて全てを殺す。その力さえあれば、もっと効率よく人間もヒーローも怪人も何もかも、全てを思いのまま殺すことができる。」

「....仮に本当に全ての存在を殺したらどうする?」

「その時はその時に考えるよ。あ、でも最終的には自分を自分で殺すのもロマンチックかなぁ?フフフフ.....」

「なるほど、破綻した考え方だな。」

「それはお互い様でしょ、どんな奴だって矛盾して破綻してる要素なんであるだろうし。怪人に成ろうとしてる癖に人間守ってたり、人間の癖に怪人ごっこしてエクスタシー感じてる奴とかさぁ。」

「なるほど....確かに、一理あるな。だが、だからといってお前の行う殺戮を見過ごす気はない。」

「そう、だったら私を全力で止めてみなよッ!」

 

鮮血に染まった凶刃と静謐の剣が交差する。両者の剣戟が血飛沫をあげ、刃の破片を宙を舞う。しかしその戦闘が続くにつれてキリサキングの武器が徐々に減り、クリームヒルトの外傷が増えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして....

 

「....ハァ....ハァ....これは、私の負けかなぁ。」

 

数分後、キリサキングの持つ全ての刃が粉砕された。一方でクリームヒルトにはある程度目立つ傷はあるものの、それでも膝を付かず威風堂々とした佇まいでキリサキングの姿を見つめていた。

結局のところ、勝負の決め手となったのはお互いのフィジカルの差と言えるだろう。クリームヒルトは攻撃力だけでなく耐久性も高く、ある程度キリサキングの攻撃を受けても耐えることはできる。

しかしキリサキングはあまり耐久性に優れていない。今回の戦闘では気力である程度ごまかしてはいたものの、最後の最後まで粘ることができず、このような結果になった。この様に俯瞰的に見てもキリサキングの敗北といえるだろう。

 

「ほら、早くとどめを刺しなよ。ここで死んだら、どこか別の世界に飛ばされるか、無になって本当に死ぬんでしょ?だったら早く殺して頂戴よ。」

「....その必要はない。」

 

しかしキリサキングの主張とは反対に、クリームヒルトは剣を鞘に収めた。その姿を見てキリサキングは激昂する。

 

「はぁ?貴女、それはおかしいでしょ。冥界の王を名乗るんなら、ちゃんと仕事は最後までやり通しなさいよ!」

「何を言ってる、私はやるべきことをやった。何故なら、お前は私と戦闘してもう悔いはないのだろう?その殺戮欲求を惜しみなく発揮し、全力でやり遂げたのだからな。」

「....はぁ〜、そこまでお見通しだったとはね。あーあ、結局貴女は私の想い通りに動かせなかったなぁ。」

 

キリサキングは自身の内情を看過されたと悟ると、膝をついて大の字になって倒れた。全身にはダメージが積み重なってボロボロになり、刃を全て粉砕されたその姿はまさに満身創痍といえるだろう。しかし、その表情はどこか満足そうだった。

それを見届けてこの場を抜けようとしたクリームヒルトに、キリサキングは言葉を放つ。

 

「ねぇ、最後に教えて欲しいんだけど、貴女と私って結局何が違ってたのだろう?」

「....それは、同じ殺人鬼と呼ばれた者としての問いか?」

「うん、それだけがどうしても気になってね。貴女の考えを教えて欲しい。」

「そうか.....簡単な答えだよ。それは「心」の有無だ。お前にはあって、私には無かった。ただそれだけだ。」

「.......フフ、アハハ....ハハハハハハッ!」

 

キリサキングはクリームヒルトの答えを聞いて、思わず大笑いを挙げた。それはあまりにも予想外で、そして愉快で馬鹿らしい答えで、笑わずにはいられなかった。

確かに両者は同じ殺人鬼でありながらも、対照的と言えるだろう。キリサキングは己の快楽を満たすために人間殺戮を繰り返し、その結果子供達の耳にも届くほどの怪人となった。しかし殺戮を犯して快楽に至れる程度の心もあったのも事実だろう。

一方でクリームヒルトは確かに過去に殺人をしたのも事実だが、そこには阿鼻叫喚を愛しているわけでもなく、そもそも心が無い。故にあくまでも人類全体のバランスを保つために、機械のように不平等を体現していた人間を殺していたのだった。そこに快楽に至るような心なんて持ち合わせていない。だからこそクリームヒルトは愛のなんたるかを答えを得るために邯鄲の夢に挑戦し、盧生の座を獲得したのだった。こうして比較すると、確かに心の有無によって両者の運命が動いていたともいえるのかもしれない。しかしその真実にキリサキングは笑わずにはいられなかった。

___ああ、全くもって度し難い、それは本当は「私が言うべき答え」の筈なのに。

 

「アハハハハッ!心が有る私が怪人という化け物になって、ヒーローのように怪人や悪人と戦ってる貴女には心が無いだって?馬鹿馬鹿しいにも程がある!」

「....そこまで度し難い答えだったか?」

「そりゃあねぇ、アハハハハッ!おかしすぎて、もう未練もクソも無くなったよ....ああ、本当に、貴女に出会えてよかったよ。また会いたいぐらいにね.....」

 

 

そう言いながら稀代の快楽殺人鬼、キリサキングは邪悪な笑みを浮かべながらこの場から消滅していった。皮肉にも心のあるキリサキングが闇の住民(怪人)となり、心無いクリームヒルトは盧生という光り輝く人の代表者(ヒーロー)として君臨している。無論これはあくまでも偶然の産物、誰かが皮肉を込めて狙った因果では無い。しかしお互い何か感じる部分はあったのも事実なのだろう。

 

「....先へ行くとしよう。」

 

そう呟き、クリームヒルトは別世界の殺人鬼の最期を見届け、踵を返して更なる最深部へと進んでいった。もしかしたら私もあの様な姿になってたかもしれないという考え方を思いつつも、それを表に出すことなくその考えを封印する。あくまで可能性、本当にそうなることはなかったのだから。




ちょっとした補足ですが、このストーリーではキリサキングをあくまで元人間から変貌した怪人として一貫して扱っています。自分の中におけるイメージでは、美容師をしていた女性がある日、髪だけでなく人を斬り殺す快楽を覚えて、殺し続けた暁に怪人キリサキングとなったイメージです。
村田版ワンパンマンを見ると、髪を切りすぎたハサミが突然変異した可能性もあるかもしれませんが、今回はその可能性は伏せておくことにしました。


余談ですが、今回のストーリーで覚醒したキリサキングは怪人名をつけるなら「血染めのキリサキング」と自分の中では名付けています。災害レベルは竜で、相性がいいヒーローはジェノスや駆動騎士のような機械の体を持つヒーローや、近づく必要のないタツマキちゃんくらいです、サイタマは言うまでもありませんね。


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第13撃目 四鬼出現

皆さんお久しぶりです。今回のお話は少し短めですが、どうぞお楽しみください。
また、徐々にお気に入りの数が増えており、登録してくださった方には非常に感謝しています。
もっと多くの方が満足のできる話を作れるように、励みにしていきたいと思います。

追加
申し訳ございません、タイトルの記入を忘れていました。


一方、城内の最奥にある門の前では....

 

「うっ、ぐぅ.....」

「ふん、弱いな。初対面での威勢はどうした人間共?」

 

そこはまさに文字通り、地獄絵図と化していた。キーラの周りには鉄棒や刃物、そして銃などを持った人々が血を流して地面に伏せていた。そして徐々に肉体が消滅しつつある。

そしてキーラの手には、ボロボロに傷付いた男の首を掴んで壁に押し付けている。

 

「おいおい、折角こんなに数がいるのに私に傷一つ付けられてないではないか。」

「ふ、ふざけんなッ....銃やナイフで傷付けたのに、一瞬で無傷になりやがる。こんな化け物いるなんて、聞いてないぞッ.....」

「それは己の無知さを嘆けよ、死からの蘇りをただ脅すだけで獲得できるという考えが浅いのだよ。貴様からは、自身が傷付く覚悟すら感じなかったのだからな。死の覚悟無きものが、死から蘇生できる道理はあるまい。」

 

ミシッと男の首を絞める音が強まる。最早抵抗する力が残っていない男だったが、涙を浮かべながら叫び声をあげる。

 

「いやだ.,...嫌だッ!死にたくない、死にたくないッ!もう死ぬのは嫌だァァァッ!」

「はッ、ここは冥界で一度死んだことを自覚しながら尚もその有様か。無様だな、滑稽だな、そんな様で良くも現世へ生き返ることなんぞを考えたものだ人間.....一つ教えてやる。この世界で死ねば無になるか、別世界へ飛ばされると推測されているらしい。別世界が何かは知らないが、あの世で死ねば無に還ることは確かに道理だろう。」

「嫌だ、無になるのは....嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だッ!あぁッ....あああああああッ!!!」

 

男はキーラの言葉を聞くとブルブルと身震いを始め、阿鼻叫喚の叫びをあげた。人間は基本的に無音な空間に対して不安を覚える生き物である。無の世界は当然ながらあらゆる存在が文字通り「無い」世界だ。物質も無ければ、音や色彩もなく、他人も存在しない世界だ。そのような空間に飛ばされれば、自我を保つことはまず不可能で、次第に自我を失うだろう。その恐怖を、男は次第に実感し始めたのだろう。

 

「貴様のような輩は瞬殺しておくのがお互いのためだったかもしれんなぁ。そうすれば、お前の醜さをわざわざ目にすることもなかっただろうに....私も少しヤキが回ったようだ。」

「....っ!」

「ではさらばだ、もう2度と私の前に現れるで無いぞ.....下劣な人間が。」

「っ!あ、ああぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

綺麗な笑みを浮かべながら、キーラは男の喉を潰した。その瞬間男の頭部が破裂し、あたりに肉片と血飛沫が飛び散る。そして暫くすると、徐々に消滅し始めた。キーラは自身に付着した血と肉片を払いながら、その様子を見下ろす。

 

「ふん、ここに来る連中は揃いも揃ってこんな輩ばかりだな。牙を立てて噛み砕く価値もない。数ばかりが多く、力の無い能無しばかりだ。しかしなるほど....あの女が私をこんな役回りにしたのも少し納得した。毎度これほどの人数を相手にしていては、面倒に感じることもあろう。」

 

鬱陶しそうな表情を浮かながら、キーラはそう悪態をついていた。今の団体でここに訪れた人間の数は100人にまで到達するほどが。当然ながら全員キーラの手によって倒されて消滅した。誰一人としてキーラに勝てた者はいない。

 

「ホォー、ここがようやく最奥地のようみたいだなぁ。」

「ここに冥界の王がいるみたいだな。」

「....なんだ?」

 

ふと、廊下の奥の方から声が聞こえた。キーラは廊下の奥を凝視すると、明らかに人外の存在がこちらに近付いて来る姿を見た。数は4体いる。その内の1体は人間よりも一回り大きい巨体で、それ以外は人間とほとんど身長は変わらない大きさだった。

 

「おい、あのガキがその冥界の王なのか?いかにもヒョロいガキで、弱そうだぞ。」

「見た目で判断するな、周りには結構な血の香りが残っているぞ。」

「それが本当だとしたら、あの小娘が一人でかなりの数を始末したことになるな。」

「ほう、怪人とは品性のない連中ばかりと思ったが、なかなかに冷静な奴もいるようだな。面白い、名を名乗るがいい。このキーラ・ゲオルギエヴナ・グルジェナが相手をしてやろう。」

 

キーラがそう言うと、4体の怪人が不思議そうに顔を合わせた。しかしその直後、巨体の怪人が猛スピードでキーラに向かって突進を始めた。

 

「ガキが舐めやがって、このサイレスラー様がその華奢な身体を粉砕してやらァッ!」

「ほう、なるほど....少しはパワーがあるようだな。しかし、あまりに直線的だな。」

「なにィッ!?」

 

キーラはサイレスラーの突進避けることなく、正面から角を片手で掴んで静止させた。その小さな身体から想像できないパワーに、サイレスラーは驚愕の表情を浮かべる。

 

「どうした、粉砕するのではないか?」

「ガッ....グァァァァッ!?」

「サイレスラー!」

 

キーラはサイレスラーの巨体を宙に持ち上げ、そして地面へと振り下ろした。その衝撃で地面が激しく揺れ、サイレスラーに致命的なダメージが入る。

 

「下がってろサイレスラー!小娘、硫酸の雨を喰らって溶けるがいい!」

「チッ....」

 

サイレスラーが下がると、背後から蛇口の頭を持った怪人「シャワーヘッド」が現れる。その頭から大量の硫酸が放たれ、キーラの体を覆う。ジュワッと溶ける音が場内に鳴り響き、白い煙が発生する。

 

「フッ、これほどの硫酸を浴びれば骨も残らな....」

「この程度か?これでは爪先すらも満足に溶かすことができまい。」

「なっ!?グオォッ!」

 

しかし煙が晴れると、無傷がキーラが微笑みを浮かべあげながら現れた。そしてそのままシャワーヘッドの頭部に拳を叩き込む。

 

「こいつ、かなりヤベェぞ....イッカク!」

「おう、俺の世界最硬のツノと最高の知能でコイツをぶっ倒す!」

 

続けて「超マウス」と「イッカク」の2体が前へと立ち塞がる。イッカクは槍のような形状に変化し、超マウスはイッカクをまるで槍のように持って構える。

 

「俺は元実験マウスで数多の実験を生き抜いてきた。実験の中で武器に関する知識も当然含まれている!」

「ほう、それは興味深いな。やってみるがいい。」

「言われなくてもなぁッ!」

 

そう叫びながら超マウスはキーラへ接近し、イッカクを槍のように扱いながら刺突を放つ。正面、下方、上空からの振り下ろしなどまるで槍の達人のようにイッカクを操る。しかしキーラはそれを野生の勘で巧みに回避する。

 

「くっ、ちょこまかと....」

「....なるほど、確かに大した力量と技術だ。人間相手であれば無双できるほどの力量だと実感した。しかし....」

「ッ!?」

「それでは足りんのだよ。」

 

キーラはまとめてイッカクと超マウスを蹴り飛ばした。2体とも粉砕されることはなかったものの、壁面まで飛ばされた。しかし同時に、怪人たちはキーラの言葉に引っかかりを覚えた。

 

「足りない、だと?」

「上から目線でイラつかせる発言だな。確かにお前のパワーは、この俺からしても80点を付けるほど大したものだが.....」

「明らかに手を抜いているな。俺達に一撃を与えた後に幾らでも追撃を出来ただろうに....」

「まるで、こっちの様子を伺ってるように見えたぜ。」

「....この死後の世界を支配している主を倒すための力を求めている。私がお前達を見定めていたのは、その可能性を探っていたからだ。具体的には死を凌駕する程の力の持ち主を探してる。」

「っ!?」

 

キーラの発言に怪人達は驚愕の表情をした。死を凌駕する、それは人間....いや、怪人達からしても無茶な難題といえるだろう。人間でも偶然死から生還したケースもあるが、それでも完全に克服したわけではない。完全に死に到達すれば、2度目はないほど死の概念とは絶対的な存在なのだ。

 

「そ、そんな力を持っていたら今頃死後の世界になんて来ていないぜ.....」

「お前達に限った話ではない。何か伝承やお前達の見知った人物とかでだな....」

「....オロチ様ならあり得るかもしれん。」

「....オロチ様、だと?」

 

ふと、超マウスが呟いた人物の名前にキーラは反応を示した。当然ながら聞きなれない人物の名前だが、そこに可能性を感じたのだ。

 

「俺達は怪人協会という組織にいたのだが、そこの首領としてオロチ様がいる。あの方であればもしかしたら....」

「....それは単にお前達よりも強いからそう思い込んでいるだけではないのか?」

「いや、これはあくまで推測なのだが...オロチ様は天才的な学習、成長能力がある。それは、武術の達人であるゴウケツがやられてしまうほどだ。そんなオロチ様であれば、一度死を体験すれば死を凌駕する程のスペックを獲得できるかもしれない。」

「....ほう、なるほどな。死んでしまえばそこまでだが生還できれば、か.....」

 

オロチの能力を聞いて、キーラは感心していた。生還せずに死滅してしまえば意味がないが、生還できれば死に対する耐性を得て成長できるかもしれないと....その能力であれば、クリームヒルトへの対策になれるかもしれない。

 

「もっとも、オロチ様が死んでこの世界に来ることなんてあり得ないだろうが..,.」

「良いだろう、であれば私がそのオロチとやらの能力を頂くとしよう。」

「は?何を言ってるんだお前は!?」

「私は別に不死など胡乱なものに興味はないが、どうしても復讐したい奴がいるのだよ。その為にはオロチとやらの力を奪う必要がある。その為にはまずはオロチとやらをここにおびき寄せる必要があるなぁ....」

「ふざけたことを抜かすんじゃねぇ!そんなこと、許されるわけねぇだろうが!」

 

キーラの発言を聞いて、サイレスラーは激昂しながら再び突進をした。先程よりも速度も力も増しており、全力の一撃であることが伺える。その一撃をキーラはそのまま受け止めた。サイレスラーのツノが当たった瞬間、キーラの頭部が血飛沫をあげて砕け散るが.....

 

「....パワーは認めるが、それでは私を倒すことは不可能だ。」

「ふ、ふざけんなッ!....ツノが当たった瞬間確かに砕け....ガァッ!?」

 

キーラの頭部は一瞬にして再生した。そしてキーラの目が金色に輝くと、サイレスラーは透明な何かに押し潰された。

 

「な、何が起こった!?まさか、ギョロギョロのような超能力を....」

「いや違う、これは肉の塊だ!透明で普通は見えないが、匂いを感じる!透明な肉の塊がサイレスラーを押しつぶしたんだ!」

「ほう、優秀なマウスだな。実験の影響で嗅覚に優れているのか?お前達は良い情報をくれた事だし、私自らお前達を一撃で楽にしてやろう。」

 

キーラが綺麗な微笑みを浮かべながらそう呟くと、巨大な肉塊の腕をゆっくりと挙げ、そのまま振り下ろそうとする。

 

「な、なんて理不尽な....」

「このままやられてたまるか!あの技をいくぞッ!」

「ああ、勿論だ!『三鬼一体爆速刺し(さんきいったいばくそくざし) 』」

 

それはイッカクの驚愕的な硬度と超マウスの筋力、そしてシャワーヘッドの水流を合わせた必殺技である。その技は災害レベル鬼の中ではトップクラスの威力かもしれないが....

 

「大した技だ、穴を開けられるとは思わなかった。だが、それでもここまでのようだな。」

「止められなかっただと!?」

「くそ、ならば俺の再生能力で....グアァァァァァァッ!」

 

それでもキーラの急段を打ち破れる程ではなかった。3体の合わせた必殺技は肉塊を貫通して半径数m程の穴を開けたものの、結局はそこ止まり。即座に再生されて穴は埋められ、そのままその大質量に押し潰されてしまった。怪人達は再生することなく、そのままゆっくりと消滅した。

 



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第14撃目 不死鳥の如く

いよいよ物語も終盤となってきました。ここまで続けることができたのも、いつも閲覧してくださっている方のおかげです。
最後まで読んでくださる方が満足できるストーリーを書けるよう頑張っていきたいと思います。


人は噂をする生き物だ。定義の難しいものを考察し、どのような世界、どのような人がいるのなど考え、結論を出して多くの人と語り合ったりする。

例えば殺人鬼には悪霊が取り憑いていて、それが原因で暴走した。その悪霊を退治したら善良な人間に戻った。悪の親玉はカリスマに溢れていて、理想的な世界を創造しようとしているなど....考えるだけでワクワクしそうなことを考えてしまう人も多いかもしれない。事実の有無はともかく、そうした考えが幅を活かして数多くの創作物を生み出している。

 

「ほう、つまり君はそのような目的があるのだね。」

『ええ、私はそれを望んでいる....私の理想を実現するためにね。』

 

例えば、世界でも有名な殺人鬼がいたとしよう。その殺人鬼は人の阿鼻叫喚を何よりも愛しており、世が痛みと苦しみに満ちたディストピアを実現しようとしている邪悪な人物.....と、噂されていた。実際、殺人鬼と聞いたらそのような悪人をイメージする人も多いだろう。しかし事実は異なり、決して悪人と言えるような人物ではなかったと証明された。その現実を前には、前述した噂は結局の所噂に過ぎず無力な仮説だったと言えるだろう。

しかし.....

 

「ふっ、その理想とやらには興味無いが、お前の狙っている獲物には興味ある。ここは、俺が出るとしよう。」

「ええ、どうぞお好きなように。」

 

 

 

 

 

「着いた....城の扉だ。」

 

クリームヒルトは城の廊下を歩き続けていた。多くの怪人を退治ながら歩き続け、ようやく城の門へと到着した。扉からは異次元につながっており、様々な世界と繋がっている。

 

「盧生の意思がある限り、どの世界と繋がろうともおかしくは無い。しかし、怪人の数が急に多くなったのは異常だ。」

 

クリームヒルトの知ってる人物や、知らない人物が来てもおかしくは無いだろう。しかし、怪人が訪れる頻度が上がったのは異常だ。その原因として考えられるのは....

 

「私が無意識に接続を強めたか.....誰かが意図的にコントロールして怪人をおびき寄せたのか?」

「その通り。」

 

クリームヒルトがそう考えていると、ふと上空から声が聞こえた。そこには鳥の着ぐるみを纏った人物がいた。その人物はゆっくりとクリームヒルトの前へと降りてきた。クリームヒルトの緑色の瞳を見つめながら、口を開く。

 

「確認だが、お前がこの冥界の王ということで良いのだな?」

「その通りだが、お前は何者だ?」

「私はフェニックス男、鳥の着ぐるみが脱げなくて気が付いたら怪人になったのだよ。まあその話は良い、俺様はお前がある人物に狙われていることを話しに来たのだよ。」

「....ある人物だと?」

「ああ、お前ととても関わりが強い人物だとも。」

 

フェニックス男の話を聞いて、クリームヒルトは今まで出会ってきた人物の顔を思い出す。邯鄲へと誘った緋衣征志郎、友に世界の危機を防ぐために同盟を組んだ柊四四八、そして自分の次に盧生として覚醒した黄錦龍など様々な人物を連想する。しかし、どれも可能性が低いと感じた。何故なら、どの人物も怪人を相手に伝言をするとは考え辛い。それこそ直接会いに来る人物が多い。では、一体誰が.....

 

「関わりが深いとすれば、私にも関係するはなしなのだろうな?一体なんの話だというのだ?」

「ああ、それこそ世界滅亡の話と繋がるとも。それこそ冥界ではなく、現実の世界にも影響を及ぼすとも。」

「....なんだと、そいつは世界を滅ぼす気なのか?」

 

世界滅亡の危機であれば、確かに無視できる話では無い。人の代表者たる盧生が全力で動くには十分な理由だ。しかし、何故世界を滅ぼそうとしているのか、まだその原因が掴めない。もっと詳しい話をフェニックス男から聞こうとしたが、静止の手を出している。

 

「おっと、これ以上俺様の口からは話せない。ここから先は有料でなぁ....」

「ほう、どれほどの財を積めば話してくれるのだ?」

「そうだな、お前の魂に強く結ばれている『盧生の資格』とやらを要求しようか。それはどれほどの財をも凌駕する価値があるからな。」

「....お前も結局、盧生の資格を求めるのだな。」

 

盧生の資格を要求するフェニックス男に、クリームヒルトは少し呆れた表情を浮かべる。結局は今まで現れた人物と同じ目的だと確信した。それに対してフェニックス男は高笑いを挙げる。

 

「ははははは、当然だ!人の代表者たる盧生.....か、実に良い響きでは無いか。世界の主役となる俺様にふさわしい称号では無いか。新世界の主役(トップスター)となるためには、欠かせないものだ。」

「....お前、先ほど話した人物の計画に加担しているな。」

「その通りだ、全人類が消滅した暁には新たな人類をこの星に住まわせる。それはこの不死鳥の生命エネルギーを活用すれば、造作でも無いのだからなぁ!」

 

フェニックス男は背中の翼を広げながら、そう高らかに宣言する。確かにフェニックス男には膨大なエネルギーが蓄積されており、相応の説得力を感じた。

 

「良いだろう、盧生の資格を欲するのならば奪うが良い。ただし、全力で抵抗させてもらう。」

「ふっ、それで良い。お前を倒し、ついでにこの冥界を乗っ取るとしよう。そしてこの冥界を新王目覚めの場として活用させてもらう!」

 

クリームヒルトとフェニックス男の決闘が今始まった。クリームヒルトは剣を抜き、フェニックス男は「金剛イーグルモード」という、まるで金色の鷲の様な姿に変化して剣戟を防ぐ。黄金の爪が剣を掴む、その硬度はまさに金剛石の様だ。

 

「なるほど、姿が変化するのか」

「一流のスーツアクターたるもの、モードの種類は多様に揃えるものさ。まだまだこんなものではないぞ!」

 

そう叫びながらフェニックスは手に炎を纏い、飛翔しながら猛スピードで爪による連続攻撃を放つ。その動きはまさに宙を舞う燕の如く。クリームヒルトは防御の夢で攻撃を防ぐ。

 

「そらそらどうした!冥界の王がこの程度ではあるまい!」

「地上では不利だな、仕方ない。」

 

地上にいたままでは不利だと判断したクリームヒルトは、自身の重力を解法で無効化し空中浮遊をする。そしてフェニックス男の後を追う。

 

「ほう、空中戦をするつもりか。しかし近付かせはしない!」

 

フェニックス男は背中の羽を広げ、大きく羽ばたいた。その瞬間まるで太陽のフレアの様に、自身の周囲に高温の炎を発生させた。その炎熱は城の壁面を一瞬にして融解させるほどだ。

 

「吹き飛ばす。」

 

しかしクリームヒルトは迫る炎に手を伸ばし、解法の崩を叩き込む。その結果一瞬にして炎熱の壁は消滅したが....

 

「そう来ると分かってたぞ!フェニックス・エクスプロージョン・クチバシ攻撃ッ!!」

 

炎熱の壁の向こうには既に攻撃態勢に入ってたフェニックス男が居た。その姿はまさに不死鳥の如く炎を纏い、鋭利なクチバシがあらゆる障壁を貫通せんと突撃する。

 

「.....っ!」

 

クリームヒルトは態勢を立て直すことができず、そのまま無防備の状態で攻撃を受けてしまう。フェニックス男のクチバシが、クリームヒルトの腹に深く突き刺る。

 

「どうだ、不死鳥のクチバシは鋭利だろう?」

「ッ!....なるほど、フェニックスと名乗るだけある。一筋縄ではいかない様だ。」

 

クリームヒルトは咄嗟に防御の夢を発動していたが、それすらも貫通して深く腹部に突き刺さった。その痛みを堪えつつ、クリームヒルトは腹に刺さったクチバシを掴んだ。

 

「な、何をする気だ!?」

「間合いを詰めればこちらの物だ、消えるが良い。」

「ぐっ、オォォォォォォォッ!!」

 

そう告げてクリームヒルトは掴んだ手から解法を流し込む。消滅の波動がフェニックス男の体を駆け抜け、徐々に肉体が消失し始める。フェニックス男は消滅しながら苦悶の声をあげる。しかし....

 

「.....フッ」

「なんだ....ッ!」

 

瞬間、フェニックス男の体から眩い光が発生した。更に膨大な生命エネルギーが発生し、次第に体が修復していくことが分かる。

 

「ふふ、例を言うぞ死神....冥界でも私は死から復活できることがこれで証明された。」

「....不死鳥の蘇りか。」

「そうだ、不死鳥は死に沈む事はない。何度でも死から蘇るのだ!」

 

不死鳥はなおも健在、消滅したはずの身体は完全に修復し、初めて対面した時以上の生命エネルギーをその身に纏っていた。

 

「ならば、何度でも倒すまで。」

「ふっ、試してみると良い。フェニックス・ホーミング羽攻撃!」

 

フェニックス男の背後にある羽から、炎を纏った無数の羽を放つ。クリームヒルトは羽の軌道から回避をすると、なんと羽根が追尾して被弾した。

 

「ッ!追尾することも可能なのか....」

「そらっ!まだまだ出せるぞッ!!」

「ならば、弾き落とせばいい。」

 

再び放たれる羽弾、それをクリームヒルトは接近しながら剣で弾き通す。多少は当たるものの、そこまで大きな損傷ではないので構わず前進する。しかしフェニックス男はそれに察しつつも、距離を取る様子がない。

 

「ある程度の攻撃でも蘇生するのならば、死の概念で即死させるのみだ。」

「ふふふ、良いだろう面白い。死神風情が不死の象徴たる不死鳥を死の淵に沈めることができるのか、試してみるが良いッ!」

 

クリームヒルトの無機質な瞳がフェニックス男を捉える。手には死の概念を纏った剣がある。その剣先が不死鳥に向かって、まるでギロチンのように頭上から一気に振り下ろした。

 

「オォォォォォォォッ!!ガアァァァァァァッ!!!」

「....奴の生命エネルギーと死の概念が反発し合っているようだな。」

 

フェニックス男の体で膨大なエネルギー同士が衝突し合う。その影響で体内で閃光が弾け、想像を絶する痛みがフェニックス男の体内を駆け巡っているだろう。しかしその痛みを、気力一つだけで耐え抜いている。

 

「なんの、これしきィィィィッッ!!これしきの痛みッ....死の概念ごと、吸収してやるゥゥゥゥッ!!」

「.....ほう、大したものだな。」

 

それはまさに不死鳥の如き輝きを放った執念のようだった。徐々に体内で暴走している閃光が収縮されつつある。その光景を前に、クリームヒルトはかつての友人で、死病と戦い続けていた緋衣征志郎を連想した。そして....

 

「 ....ぃた.....耐え抜いた....俺は耐え抜いた、ぞ、死神。」

 

結果、フェニックス男は死の一撃を耐え抜いた。身体は半分が不死鳥と悪魔の様な風貌に変化しているが、それでもまだ死んではいない。その姿にクリームヒルトは感嘆の声をあげる。

 

「ああ、大したものだよ。前に進化しながら私の一撃を耐え抜こうとした怪人もいた。しかしそいつは限界を迎えて自壊したが、お前は気力だけで耐え抜くとはな。」

「フッ、涼しい顔をしているが実際はショックなのだろう?自慢の死の一撃を耐えられたのだからなぁ。大人しく傍観せず、さっさと追撃してトドメを刺せば良かったものの。」

「....確かにその指摘は正しいかもしれないな。」

「良いだろう、まずはその自信に満ちたアホヅラな顔を八つ裂きにして歪ますとしよう。そして、その体か盧生の資格とやらを吸収する。もはや俺様に死の概念が通じない以上、お前は何も出来ない、まな板の鯉と同じだ。」

 

そう宣言しながらフェニックス男は鋭利に尖った爪をクリームヒルトへと向ける。確かにこのまま戦闘が続けばクリームヒルトは奥の手である終段を使わない限り不利な状況と言えるだろう。寧ろ、下手に終段を使えば更なる蘇生を誘導し、手のつけられない怪人を生み出すかもしれない。最悪、フェニックス男本人的にも本望な展開かもしれない。しかしクリームヒルトはその様な真似はしない、何故なら.....

 

「確かにお前の意志力には敬意を表するが、スーツには限界が来ているぞ。」

「っ!何ィッ!?」

 

よく見ると、着ぐるみの端からボロボロと崩壊が始まっていた。

そう、クリームヒルトの狙いはフェニックス男の纏う着ぐるみの破壊だった。フェニックス男の意思がある限り蘇生するのならば、力の源であるスーツの崩壊を優先したのだ。手段は違えど、これは現実でフェニックス男を討伐したヒーローも狙った方法である。

 

「ば、馬鹿な....死を凌駕した俺様が、ああ....着ぐるみの力が抜けて....」

「どれほどの意思を出しても、力の源である着ぐるみがなくなれば連鎖的にお前も無力になるだろう......故にここまでだ。」

「そ、んな....こんな終わりが、俺がその力で、新たな王に、なるはずが....」

 

フェニックス男はゆっくりとクリームヒルトに手を伸ばしてエネルギーを奪おうとする。しかし届く直前で崩れてしまった。こうしてフェニックス男は着ぐるみと共に冥界から消えていった。

 

「.....理性的で中々に曲者な怪人だったな。」

 

フェニックス男の最後を見届け、クリームヒルトはそう呟いな。そして城の門へと視線を移したその時だった。

 

『止まりなさい、クリームヒルト。貴方の役目もここまでよ。』

「.....誰だ、お前は。用があるのならば、私の前に出てこい。」

 

不意に、女性の声が脳内に響き渡った。この声はクリームヒルトにとても馴染みのある声だが、同時に警戒心を奮い立たせる声だった。そして声の主は、門を通ってクリームヒルトの前に現れた。

 

 



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第15撃目 怪人王

今回の話で黒幕の正体が明かされます。とはいえ、ある程度予想はついてると思いますが....


冥界の門の中から人の姿が現れれ、靴の音を鳴らしながら徐々にこちらへと近付いてくる。声色からして女性なことは確かだったが、一つ明らかに異常なことがあった。それは「声の質が明らかに自分と同じ」であること。

 

「お前は....私なのか?」

「ええ、その通り....私は貴方よ。」

 

そして完全に全身が見えるようになると、やはりそこには自分とほぼ同じ服と顔立ち、そして背丈をした人物が目の前に現れた。唯一違う点は瞳の色が赤色であることだけだ。しかしその表情は、無機質さどころか穏やかさを感じせるほどの自然な微笑みを浮かべていた。無機質な自分とは正反対だ。

 

「まさか私には生き別れの双子が実はいた....などという話ではあるまい?」

「ふふふ....ええ、当然よ。貴方はドイツで一人っ子として現実に誕生した。両親の不倫で産まれた隠し子なんて居たりしないわ。」

「....そこまで丁寧に説明してくれるのならば、お前自身は何者なのか説明してくれるのか?」

「当然、隠す必要はないですもの。」

 

クスクスと微笑みながら答えていくもう一人のクリームヒルト。こうして会話をしていると、まるで自分とは対照的な人間だと感じる。

 

「まず、結論からして私は第3盧生クリームヒルトが人の噂によって形を成した存在。言うなれば、噂と言う概念そのものが肉体を得て動いてると言うイメージね。さながら怪人クリームヒルトとでも言えばいいかしら?」

「そうか.....なるほど、私が黄錦龍を歴史から抹消するために改竄した後、人々の言葉によって紡がれが噂が肉体を得たと言うわけか。」

 

なるほど、ならば納得だとクリームヒルトは頷いた。これで目の前の人物が何者なのかは理解できた。しかし、問題はまだある。それは何が目的でこの場に現れたのか。今だに目的が不明瞭な点だ。

 

「それで、おまえの目的はなんだ?私を殺して冥界を乗っ取るつもりか?」

「いいえ、殺すなんてことはしないわ。そうね....端的に言えば貴女と一つになりたいの、私は。」

「一つになりたい、だと?」

 

一つになる、それはまるで自分達が可能なような言い草だった。とは言え向こうは噂の集合体で、更にクリームヒルト本人をベースにしているのだ。故に結びつきも強いため可能であってもおかしくないかもしれない。

 

「一つになるということは....私の持つ盧生の資格も狙いの一つか。」

「ふふふ、そうなるわね。それも私の目的を果たすために必要なものだもの。」

「目的....そうか、フェニックス男が言ってた世界の滅亡か。」

「その通り、私の願いはこの世全ての存在をこの手で殺したい。そしてそれは、貴女と一つになることで怪人クリームヒルトが現実に誕生することが可能となる。」

「そして盧生の権利を持ってそれを成す気というわけか.....」

 

盧生は夢を現実へと紡ぎ出す存在、それはまさに夢と現実の境を超える力と言えるだろう。この力をもう一人のクリームヒルトが手に入れることで、噂の存在だった自分を現実の存在として確立させる気なのだ。

 

「しかしアラヤから流れる力の供給は、世界の危機に応じて変動する。私の世界ではもはや超常の力を必要としていない。仮に私から資格を奪ったとしても、夢をそれほど使うことはできまい。」

「ええ、貴女の世界であればそうでしょうね。だけど、貴女がこれまで戦ってきた怪人たちの世界では日常的に怪人や犯罪者が暴れまわっている。そういう世界であれば、盧生の力も必要となるでしょう?」

「.....確かにな。」

 

クリームヒルトはこれまで戦ってきた怪人達を思い出す。力の差がそれなりにあったとは言え、そのどれもが平均的な人々達から見れば危険な存在と言っても差し支えない。故にそのような怪人達が暴れまわってる世界であれば、自分の力が必要となるのも確かに想像は難しくない。

 

「しかし、必要だからと言って私がわざわざその世界に行かなければいけない義務も無いだろう。まずはそちらの世界にいる住民達が、その危機に対して対応すべきだ。どうしてもその世界の人々のみで存続が厳しい場合であれば.....」

「自分が動くべきだと判断もするかもしれないと....ええ、貴女ならそう考えると思っていたわ、クリームヒルト。確かに最終的な判断は、盧生本人である貴女に決める権利はあるでしょう。だけどほら、眷属の誰かがその世界へ強い結びつきを得たら、流石の貴女でも無視できないでしょう?」

「....まさか、キーラの事か。」

 

クリームヒルトは、ここで眷属の関係となったキーラの事を思い出す。キーラは人間に対して強い憎悪の感情を抱いており、自分自身を人外の存在だと認めている。同時に怪人達に関しては激しい嫌悪感を示しているが、それは同時に強い関心を示してると言えるだろう。そしてキーラはクリームヒルトから盧生の資格を奪おうときている。そのような彼女であれば、怪人達の力を利用して盧生の資格を奪おうと企むかもしれないだろう。

 

「キーラは人間を憎んでいる、そんな彼女だからこそとても怪人としての素質があると確信したの。そこで、私は貴女に気付かれないように最後の切り札を彼女の元へ派遣したわ。」

「最後の切り札....」

「ええ、貴女も怪人達から聞いたことあるはずよ。怪人ですら恐るあの存在を.....」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方で冥界の門では。

 

「....ふん、温いな。数を集めてその程度のことしかできんのか、お前達は?」

「グッ、なんだこいつは....どれだけ攻撃をしても再生される。」

「アンタ達しっかり攻撃をなさい!全然くらってないじゃないの!」

「そう言われても....」

 

門の前ではキーラと怪人達の戦闘が始まっていた。怪人の数もそれなりに多く、1000体以上は集まっている。更にそれぞれ連携して先頭を行なっていた。その中で指示を出しているのは、露出度の高い服装を着ている「弩S」という女性の怪人だ。戦闘力の低い怪人や、人間の犯罪者を鞭による洗脳で強化し、指揮を行なっている。

その他には単独で空中から攻めている「吸血鬼(血統書付き)」と「蟲神」が積極的にキーラに攻撃を放っていた。

 

「弩Sの洗脳によって数は集まっているが大した戦果は出ないようだな.....」

「私の鞭で直接アイツを叩いても洗脳できなかったし...」

「キリサキングが居れば少しは変わ....いや、変わらんか。寧ろ被害が大きくなるだけか。」

 

実際キーラは大したダメージを受けておらず、戦闘力の低いものは重火器によって次第に撃退されていた。加えてキーラ本人の攻撃によって連携も崩れつつある。

 

「チッ、使えん連中だ。ならば私が仕留める。」

「.....」

 

そう言って吸血鬼は無数のコウモリとなってキーラを囲む。キーラも豪腕を振るって迎撃するが、数体程度のコウモリしか撃破することができない。

 

「そのまま血を全て吸い尽くしてやろう!」

 

その宣言と同時に全てのコウモリがキーラの全身を覆い、肌に牙を立てる。血を吸い尽くしてキーラの生気を全て奪うつもりだ。

 

「下らん....邪魔だァッ!」

「ッ!?」

 

しかしキーラはそれを砲弾のような咆哮でコウモリを全て吹き飛ばす。コウモリに噛まれた跡は確かにあるものの、それも全て一瞬で完治している。

 

(バカな、今ので血液を4リットルは吸い尽くした....人間であれば即死だぞ!)

「ふん、吸血鬼らしく陰湿で小賢しい戦闘法だな。そんな小細工が私に通じるとでも思ったか?」

 

キーラは血を奪われても尚も健在。いや、血液すらも再生したのだろう。キーラはかつて生気を奪う拳を有した暗殺者との戦闘の経験がある。その拳を喰らっても倒される事はなかった。故にその手の能力に耐性、或いはそれすらも凌駕する再生能力なのだろう。

 

「....なるほど、ゾンビマン以上の再生能力。私もそのような輩に復讐したいと思っていたところだよ。」

「そうか、では死ね。」

 

キーラがそう言いながら手を挙げると、背後の兵士たちから発砲が放たれる。しかし吸血鬼は多少被弾するものの、ある程度は素手で弾丸をキャッチした。

 

「そしてお返しだ。」

 

そして手にある弾丸を無造作に投げ放つ。しかし吸血鬼の放つそれはまるでショットガンのようで、キーラ側だけでなく怪人達諸共広範囲に弾丸を飛ばす。それに巻き込まれて弩Sと蟲神は激怒する。

 

「ちょっ、吸血鬼!こっちにまで弾が来てるじゃない!」

「攻撃するのは構わんが、少しは周りの迷惑を考えろ!」

「なぜ私がお前達みたいな紛い物風情に配慮せねばならん?下らん文句を言う暇があるのならば、少しは貢献しろ。」

 

しかしその怒りも届かず、吸血鬼は文字通り空中で怪人達を見下ろしながらそう言い放った。その様子を見て、キーラは呆れた表情を浮かべる。

 

「これだから野蛮な連中は目も当てられん....ああそうだ、おいお前達。聞き忘れていたが、オロチという奴を知ってるか?」

「ッ!」

 

キーラの言葉を聞いた瞬間、怪人達の多くが表情を固めた。特に弩Sと蟲神、吸血鬼が特に強く反応していたように感じる。

 

「お前、なぜその名前を....」

「ここに来る怪人連中から時々小耳に挟んだことがあってな。確か奴の能力は敵のスキルをコピーできるのだろう?私はそれを求めているのだよ。故に、私は奴と対面しなければならんのだ。」

「ッ!馬鹿じゃないのアンタ....無理よそんなの。オロチ様を制御できるのは恐らくギョロギョロだけよ。アンタなんかにできるはずがない。そもそも、あのオロチ様を人間達が始末できるとは思えない!」

「....まったくどいつもこいつも無駄だの無理だの否定ばかりだな。」

 

その瞬間、キーラは膨大な殺意を身に纏う。もはやこの怪人達を生かす必要無しと判断し、早急に決着をつける気だろう。

 

「もはや貴様らは用済みだ。少しばかり遊んでたが、私もことを急いでいるのでな。貴様らを始末した後、どうにかして地上へ出る手段を探すとしよう。」

「ッ!オロチ様の元へ向かう気!?そうは行かないわ、アンタは冥界乗っ取り計画のために必」

 

弩Sがキーラを阻止しようとその言葉を発してた瞬間、目の前を巨大なナニカが横切った。あまりに唐突な出来事だったため、キーラはそれが何なのか正しく認識することができなかった。だが、鈍い音が耳に届き、血が跳ねてキーラの視界が真っ赤に染まる。

 

「な、んだ....一体、何が?」

「あ、あぁぁぁぁぁ!!」

「ガッ、ガァァァァ!?」

 

視界を確保するために服の裾で血を拭う。そして視界が回復し、目の前の景色を見据える。そこには血の池が広がっており、所々に怪人の死骸が転がっている。そして少し奥の方には巨大な足が見えた。そして頭上に目を凝らすと、頭にツノが生え、マントを見にまとった巨大な怪人がいた。キーラは先程の殺戮はこの怪人が行ったものだと確信する。よく見ると、角には弩Sが刺さっていた。あまりの痛みに身を揺らしながら、弱々しく声を漏らす。

 

「な、ぜですか....なぜこんな事を、オロチ様....」

(これがオロチだと!?)

 

弩Sの発言でこの怪人がオロチだと理解した。なるほど、確かに怪人達を束ねるほどの威圧感と力を確かに持っているとキーラは感じた。現に不意打ちとはいえあれほどの数の怪人を一瞬でほぼ皆殺しにしている。角に刺さった弩Sは何の抵抗も許されないまま、オロチの口へと運ばれる。

 

「いやあァァァァァァッ!!」

「おのれぇ、オロチィィィィッッ!!」

「ガァァァァァァ!!」

 

巨大な牙が弩Sの体を貫き、噛み砕かれる。そして足元で倒れていた吸血鬼と蟲神は咆哮を上げながらオロチの顔へと突貫する。一方は憎悪をむき出し、もう一人は理性を蒸発させ発狂しながらオロチへと攻撃を仕掛ける。

 

「邪魔だ。」

 

しかしオロチはただそう一言を呟き、無造作に拳を振り下ろす。しかしその拳はとても巨大で、吸血鬼と蟲神の2人を纏めて始末する。最早悲鳴をあげ、再生や反撃すら許されないまま始末された。

 

「....何という圧倒さだ。」

 

その様子を見ていたキーラは思わずそのような感想が口から漏れた。弱者を寄せ付けず一方的に叩き伏せる。強者の理想的な姿と言えるだろう。怪人達から恐れられるのも納得だ。

 

「.....ふふふ、それでこそだよ。探していた存在が水が来てくれたのは僥倖だ。おい、怪人オロチとやら、こっちを見ろ!」

「....誰だ、お前は?」

 

オロチが顔をキーラへ向けて視線を送る。オロチの顔は非常に無機質で、どこか不気味さを感じさせる。人間であれば直接対面したらトラウマものだろう。しかしキーラは臆することなく話を続ける。

 

「私はキーラ・ゲオルギエヴナ・グルジェフだ!オロチ、私は貴様をずっと待ち望み続けていた。貴様の他者のスキルをコピーする力、私のために役立てるがいい!」

「....私を懐柔させたいのならば、力尽くでやってみるがいい。」

 

オロチはそういいながら体を変形させ、全身から龍が生えた姿へと変貌した。それはまさにオロチの名にふさわしい姿もいるだろう。とにかくキーラとは敵対する判断をしたの明らかだ。

 

「良いだろう、貴様のいう通り力で蹂躙してやる。

___急段-顕彰 鋼牙機甲獣化帝国!」

 

それに応じてキーラも自身の切り札を発動させる。それはオロチにも負けず劣らず巨大な肉の塊。まさに神話の怪物の如き恐ろしさを感じさせる姿だ。

 

「オォォォォォッ!!」

 

そして遂に両者が激突する。その衝撃はこの城全体を揺らすほどで、怪物同士の激突は最早自然災害といっても差し支えないだろう。その攻撃はまるで神話の神々の戦争のようで、人間が止めることはほぼ不可能と感じさせる。最早これは、どちらかが勝利を収めるまで止まることはないだろう。或いは、人を守護する勇者が介入すれば止まる可能性もあるかもしれないが.....



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第16撃目 己との戦い

長らくお待たせしました、モチベーションの関係でなかなか更新できなくてすみませんでした。
今回はいよいよクリームヒルト同士との対決です。


「始まったようね。」

 

激しい衝突音とともに城全体が揺れ、それを感じ取った怪人クリームヒルトはクスッと笑いながらそう呟いた。

 

「お前は、こちらとあちらの世界を強く結びつかせるためにキーラと怪人たちを利用したのか。」

「ええ、その通り。そしてキーラとオロチ、どちらが勝とうと構わない。最終的にどちらかが物理的に相手を喰らえばこれで別世界同士の結びが強くなる最大のきっかけとなる。それを起点にできるのよ。」

 

怪人クリームヒルトは悦に満ちた表情で語る。それを聞き終えたクリームヒルトは、無表情で腰の剣を抜き始める。

 

「少し気が早いのではないか?私を倒さねば現実世界への進出は不可能であろう。そして、逆説的にお前は私に倒されれば今までの計画も全て無意味となる。」

「確かにそうかもしれないけど、酷いのね。あなたは今から生まれようとする赤子を殺そうとしているようなものよ?」

「いいや違うな、あくまでお前は人の噂の集合体に過ぎない。噂の一つや二つ消えようとも、人の世に何の支障も起きないだろう。」

「....なるほど、仕方ないわね。」

 

話を終え、怪人クリームヒルトは諦めた表情を浮かべながら、同様に腰の剣を抜く。そして互いに一歩二歩と歩みを進めてゆっくりと近づいていく。そして、両者の間合いに入った瞬間、銀の閃光が交差した。

 

「ッ!」

「____っ」

 

無呼吸で放たれる無数の剣戟が空間を震撼させ、剣戟から放たれる剣風が大海嘯の様に空間を揺らし、周囲にある床や壁面を液状化させながら粉砕する。この場にもし別の誰かがいれば、原型を止めることなく死に至るだろう。死神同士の激突は周りに死を撒き散らしなが行われている。

しかし実際に戦闘を行ってる者同士、どちらにもほぼクリーンヒットは無く、今だに無傷の状態のまま戦いを続けている。同一人物同士の戦いであるが故に、攻め方をよく理解しているからだろう。

 

「どうした、この程度か?」

「ぐっ.....」

 

しかし無傷のまま行われていた戦闘が徐々に崩れ始める。先程の攻防によるものか、怪人クリームヒルトの頬にかすり傷が出来た。完成した盧生であるクリームヒルトと、人の噂で形を成している怪人クリームヒルトは、当然ながらスペックに差はある。完成された盧生であるクリームヒルトはレベルと資質のどちらも限界を突破することが可能だが、怪人クリームヒルトは眷属と同様にレベルと資質には上限が設けられている。

故にスペックの数値的に怪人クリームヒルトが不利であり、直接的なぶつかり合いであればクリームヒルトは多少被弾しても大した損傷にならない。一方で怪人クリームヒルトは一発でも被弾すれば致命傷である。一瞬でも油断や慢心をしたら、決定的な一撃を喰らって、この戦闘は終焉を迎えるだろう。

 

「ッ!」

「これで終わりだ。」

 

防御や回避に回った怪人クリームヒルトの体勢が崩れ、剣が手から離れた。その隙をついてクリームヒルトは剣を頭上にあげてそのまま振り下ろそうとする。この剣が直撃すれば、怪人クリームヒルトは再起不能となりこの異変に決着がつく。

 

「....貴女がね。」

 

しかし剣を振り下ろす刹那、目の前に銀色に輝く筒が見えた。よく見ると、怪人クリームヒルトの手には剣の代わりに拳銃が握られていたのだ。指で引き金を引き、銃の口から轟音と共に弾丸が回転しながら迫ってくる。

 

「ッ!」

 

爆音と共に放たれる弾丸が迫る。クリームヒルトは咄嗟に悟った、この弾丸に被弾したらまずいと。故に大きく上体反らしを行い、額に迫った弾丸を回避する。そしてそのままバク転をして退避した。

そして後方へ直進した弾丸は、柱や壁を破壊しながら虚空の彼方へと消えていった。

 

(射撃能力はともかく、威力が拳銃のそれではない。)

 

頬を触れると少しばかり血が手に付着した。弾丸が僅かに頬を掠っていたのだ。不意打ちとはいえ防御の夢に長けたクリームヒルトに傷を負わせている以上、殺傷能力が高いことが伺える。故にクリームヒルトはある結論へと至った。

 

「あら、盧生様が随分と大げさに回避するのねぇ。」

「.....」

「フフ、接近戦での戦闘であれば私が貴女に勝てる可能性は1%にも満たないでしょう。けど、こんな風に間合いの大きい戦闘なら私にも可能性はあるでしょ?」

 

クスクスと微笑みながら怪人クリームヒルトはそう言い放つ。彼女の手を見てみると、ひび割れて半壊している拳銃が握られている。

 

(なるほど、弾丸の威力に銃身が耐えきれないわけか。接近戦での純粋なぶつかり合いでは私に勝てないと判断し、遠距離で尚且つ限界を凌駕した夢の出力で勝負することにしたわけだな。)

 

純粋なぶつかり合いで勝てないのであれば、逆手を取ったり騙し討ち等で相手を貶めるのも一つの手段と言えるだろう。しかし怪人クリームヒルトは自身のスペックを前面に出すのではなく、自身の限界を上回るエネルギーを出すことを選んだのだ。しかし.....

 

「ほら次のこれは....避けられるかしらッ!?」

 

怪人クリームヒルトは手に握ってた拳銃を捨て、今度は両手に弓矢を形成する。矢を携え、弓の弦を限界まで引く。そして爆音と共に放たれた矢がクリームヒルトへと迫る。

 

「ぬぅッ!」

 

クリームヒルトは迫り来る矢を剣で弾き飛ばす。直撃こそ避けられたものの、あまりの矢の威力に重さすら感じた。更に、矢と剣が衝突した瞬間、まさに文字通り“死”を感じた。自分の身や武器に纏っているのかも死の概念よりも数段落ちているものの、それに近い感覚を覚えた。故に、怪人クリームヒルトの放つ全ての攻撃が、どれも一撃必殺に匹敵すると言えるだろう。

 

「伊達に私の噂を具現化した存在ではないと言うわけか....」

「そういうこと、これで貴女とフェアに戦えることができるわ。」

 

怪人クリームヒルトは矢を放ったと同時にボロボロになった弓を投げ捨て、今度は大きな機関銃を創形で作り上げる。そして筒先をクリームヒルトへと向ける。

 

「.....それで私を蜂の巣にするつもりか。」

「ええ、貴女を相手に手段を選ぶ余裕なんてないもの.....さようなら。」

 

そう言い放つと同時に、機関銃から死の弾丸が広範囲に発射される。当然ながらこれを真正面から受ければ、いくら盧生たるクリームヒルトでも致命傷となり最悪死に至るだろう。これならば攻略は不可能だろうと、怪人クリームヒルトは勝利を確信したかのように笑みを浮かべた。

 

「あまり舐めて欲しくないものだな。」

 

しかしクリームヒルトは至って冷淡な表情でそう返す。剣をしっかりと握りしめ、まるで居合斬りのように全力で横薙ぎに振り切った。放たれた剣戟の暴風によって弾丸が全て飛ばされてしまった。

あまりに荒唐無稽な光景で、怪人クリームヒルトの目が点となる。

 

「なッ.....」

「機関銃を撃ってる時に移動はできまい、故に隙だらけだ。」

 

クリームヒルトは剣を機関銃に向けて投げ放つ。半壊してしまってるものの、完全に攻撃できる手段を無くすため敢えて投げ飛ばした。剣が直撃すると同時に機関銃は爆発して完全に消滅する。

 

「ぐうッ!?」

「これで終わりだ。」

 

爆発した好きにクリームヒルトは一気に接近し、剣を取り刃を怪人クリームヒルトの喉元へと突きつける。思わず怪人クリームヒルトは後退りをし、背後の壁に手を付けてしまう。最早勝負は決まったも同然だと言えるだろう。

 

「お前が能力の資質を爆発的にあげることで私にも通じる夢を獲得したのは褒めてやる。しかし、それでも自壊する以上非常にリスクが高すぎる。」

「たとえリスクが高くても、そこに可能性があるのならば手を伸ばすべきだと私は思うけどね....」

「その結果がコレだ、火力の高さに自分自身が付いてきてない。その隙を突かれれば状況を覆される。」

 

実際、遠距離の攻撃にクリームヒルトは決して対応できなかったわけではない。一方で怪人クリームヒルトはたとえ遠距離の攻撃でも、その威力の高さや戦い方に自分自身が付いてこれていなかった。その結果クリームヒルトに冷静に対応されて今に至るのだ。

 

「最早お前に勝てる見込みはない、諦めろ。」

「そう、もう私は諦めるしかないのね....」

 

怪人クリームヒルトの体が徐々に透け始めてきた。元より人間の噂によって形付けられた存在である以上、役目を終えればただの噂の概念に還るのが道理なのだらう。

 

「だけど....不思議と無念さはないわ。本物の貴女と戦えただけでも満足なのかもしれないわね。元より、私自身が殺し合いをすることが大好きって設定されてるのもあるんだろうけど。」

「私も良い経験にはなった。自分自身との戦いとは、こういうものなのだと貴重な体験を得ることとなったからな。」

「ふふ、貴女らしいわね....」

 

すると、怪人クリームヒルトは顔を上げて目を合わせる。そして、笑みを浮かべてポツリと呟く。

 

「じゃあ最後に、もう一つ貴重な体験でもしておく?」

「.....なに?」

 

不可解なことを呟く彼女に、思わずクリームヒルトは空返事をしてしまう。そして次の瞬間、怪人クリームヒルトの頭上に膨大な密度の夢が集まっていたのだ。

 

「お前、何を....」

「....貴女は創法の適性が高いからね、それを逆に利用させてもらうわ。本来ならばこれは未来兵器で、私達の時代における科学力では再現不可能。けど、夢とは不可能を可能にするものよね....だからこそ、私の渾身の夢と貴女の夢を利用し、この一撃で貴女を道連れにしてあげるわ。」

 

怪人クリームヒルトの頭上にある壁面の一部が、徐々にカメラのレンズのような形を作り上げてくる。加えてレンズの大きさも半径は約10m程はあるだろう。彼女の言うように大正時代では見たこともないような兵器だが、すぐにクリームヒルトは何の兵器なのか理解した。

 

「そうか、レーザー砲か。」

「ご名答、アラヤでも通して情報を得たのかしら?まあ、どっちにせよ関係ないけどね。」

 

レーザー砲、それは文字通り光線を放つ兵器に他ならない。そのレンズから放たれる光線は速度はまさに兵器の中でも最速と言っても過言ではないだろう。威力も桁違いで当然ながら人間ならば直撃すれば死ぬのは確実だ。

 

「本来ならば射撃の下手な私には扱える代物じゃないけど、これほどの距離と最後の力を振り絞れば、一発くらいは放てるわ。」

「....そこまでして、私を殺したいのか。」

「ええ、もはや勝ち負けはどうでも良いけど、せめて貴女を殺したいと言う欲求だけは果たしたいわ。」

 

クリームヒルトの問い掛けに、怪人クリームヒルトは微笑みを浮かべながら返答する。そして彼女が注ぎこめる最大の夢が収束し、レンズに光が収縮されていく。

 

「さようなら」

 

巨大なレンズから放たれる規格外に太い光線が、文字通り光の速さでクリームヒルトの胸元へと迫ってくる。最速で迫る光をクリームヒルトはまるで針に糸を通すように剣先にレーザーを直撃させる。

 

「うっ、ぐうぅぅッ!」

 

瞬間、光が激しく点滅する。それは直視すれば間違いなく数秒で失明するほど大規模な発光現象が目の前で発生している。それでもクリームヒルトは剣でレーザーをはじき返そうと渾身の夢を注ぎ込む。常人から見れば無茶なんてレベルではない。剣で光線を弾き返すなぞ出鱈目にもほどがあるだろう。

 

「このような光線が放たれれば、おそらく城が崩壊する....」

 

しかし、だからといって諦めるわけにもいかないのだ。通常のレーザーであれば飛行機を破壊するレベルであるが、これほど巨大なレーザーであればどれほどの被害が出るのかクリームヒルトですら予想がつかない。最悪、城の奥にいるキーラまで巻き込んでしまうかもしれないと考えている。故に、今この場でどうにかしてこのレーザーを防がなければならない。

しかし鏡の反射や、光をも飲み込む闇を展開するなんて器用な真似はできない。故にここでは力技、クリームヒルトは死の概念で光をどうにかして消滅させることにした。

 

「もとより、私に他の選択肢を選ぶ余裕なんてありはしない.....」

 

だからこの瞬間、他のことは一切考えることはやめた。ただひたすらにイメージする。想いの力を剣先へと集中させる。光を死滅させる、それも光子単位で全てを跡形もなく消え去ることを脳裏に浮かびあげる。

その時、ふと怪人となった自分自身を思い浮かべた。彼女は言った、私を殺したいのだと。最後の切り札にこれほどの兵器を創り出したのは大したものだ。しかし、それでも負けるわけにはいかない....何故なら

 

「そうだ、私自身誓ったのだ.....誰一人として手にかけないと。それは、私自身も含まれている、当然のことだろう。」

 

そう言い放ち、極限まで夢で強化した剣を振り下ろし光線を両断した。その剣戟は光子レベルまで干渉し、光線に余波を発生させることなく消滅させることに成功した。ただし、その代償としてクリームヒルトの全身に負荷がかかり所々に血が流れているが、何とか生きている。

 

「ぐぅッ.....我ながら無茶をしたものだな。」

 

クリームヒルト自身、本来ならばこの様な行為は不可能だと理解していた。剣で光線を弾き返せるなんて無茶もいいところだと。しかしこの場における戦闘で終段を使えるわけもないので、どうにかして自分自身の力で攻略するしかなかったのだ。その結果、自分では力業で対処するしかないと判断したのだ。

 

「なぁ、私よ。この結果は....不満足か?」

「.....」

 

そう言いながらクリームヒルトは血塗れな体を動かして、もう一人の自分に問いかけた。確かに望み通りクリームヒルトは殺すことができなかったので、本人の意思的には不満足な結果であることは自然なことと言えるだろう。しかし.....

 

「.....」

 

怪人クリームヒルトの返答は、言葉を出すことなく純粋な微笑みを浮かべながら消滅していった。当然ながら悪意や皮肉、そして嘲笑などではなく、自然な笑みだった。そう、それはまるで望んでいたものを見届けることができたかのように....

 

「そうか.....わたし自身の誓いが確かなものだと証明するために戦っていたのか。」

 

彼女の笑みを見て、クリームヒルトはそう感じてしまった。確かに人間は口約束をするものだが、それが確かなものかは口にした時点では決まるものではない。それを確かめるにはやはり結果が必要になるだろう。

故にその思いの絶対値を測るために、クリームヒルトは自分自身との戦いを行われたのかもしれないと、考えたのだ。

 

「....この戦いは、忘れずに絶対に覚えておこう。」

 

クリームヒルトはもう一人の自分、怪人クリームヒルトの姿を思い浮かべながら、そう固く誓ったのであった。



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第17撃目 終幕

いよいよ最終回一歩手前まで迫ってきました。ここまで続けこられたのも見てくれる皆さんの支えがあったからこそです。可能ならばもう少し続けたいのですが、どんな物語も終わりを迎えるもの。特に二次創作の場合、最終回まで至らず永久に未完のままに終わる作品もあるので、それを避けるためにもしっかりと最終回を迎えなければと思いす。
最終回までしっかりと駆け抜けていきますので、どうか最後までお付き合いいただけるも幸いです。


怪人となった自分との戦いを終えたクリームヒルトは少し体を休ませ、回復に専念していた。そして同時に開放している門へと視線を移す。

 

「あそこから怪人たちがこちらへと訪れてきたというわけだ。つまり、この中へと進んでいけば、怪人たちがいた元の世界へと行くことができるわけだ....」

 

ふと、かつて戦ったボロスという怪人が呟いていた「サイタマ」の名を思い出す。クリームヒルトの中でその人物との対面を強く望んでいた。

 

「この先を進めば、サイタマという人物がいる世界へ行けるかもしれない。」

 

怪人クリームヒルトは、怪人達のいる世界への接続を望んでいた。故に、逆説的に彼女の痕跡を辿ればその世界へと行けるかもしれないと考えられる、とクリームヒルトは考えた。だからこそ、サイタマという人物へ出会うのであれば、その先へと進むという選択を選ぶべきであろうが.....

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オォォォォォッ!」

 

クリームヒルトが戦っていた頃に、玉座でも激しい戦闘が繰り広げられていた。怪人王オロチと鋼牙の首領キーラが、人外の力を駆使しはかいをまきちらす。既に周りにいる亡者、怪人はこの2人以外誰もいない。逃げたが、或いはこの戦いの余波に巻き込まれたかもしれない。

両者の戦闘は小細工なし、ひたすらに暴力をぶつけているだけだった。肉塊の拳と人外の拳を、最速にして最強の一撃をぶつけ合っている。その拳が衝突し合うたびに、まるで巨大な爆弾が爆発したかのような衝撃が城内を走り抜ける。

 

「なるほど、怪人の王を名乗るにふさわしい力量だ。だが、それだけか?」

「.....」

 

キーラの挑発気味に発した言葉に反応したのか、オロチは頭部の角をまるで鞭のようにしならせながら、キーラ本体に向けて攻撃を放った。

それに対してキーラは肉塊の巨大な腕で防御するも、オロチの角はそれすらも貫通してキーラ本体を刺突する。

 

「ッ!?.....フ、ハハハハハハッ!!少しはやるようだなぁ、しかし温い温い。その程度では止まらんよ。」

 

 

しかしキーラにとっては大した損傷ではないようだ。事実、その攻撃を嘲笑うかのように受けた損傷は瞬時に治癒され、無傷な状態へと回帰している。キーラは発動させた急段によって肉体強化だけでなく、回復能力も向上しているのだ。

 

「___ッ!!」

 

オロチはまるで威嚇するかのように口を大きく開き、頭の角を全て触手のように動かして攻撃を放つ。どれも全てキーラの肉塊に直撃して風穴を開ける。

 

「下らん、この程度どうということもないわァ!おおおおぉぉぉぉぉォォォッッ!!」

 

しかしキーラはその損傷すら気にせず、伸びてきた角を掴んだ。そして、まるで逃がさないと言わんばかりに強引に引き寄せ、至近距離で咆哮を放った。それはまさに大気を震わす魔獣の音波兵器、まして至近距離から放たれるそれは距離による威力低下や回避すら許されない。オロチは最大火力でそれを受け止める羽目になる。

 

「ゴ、オォォォォ.....」

 

結果、オロチはその巨体を揺らしながら後退りをしていた。加えて体の幾つかの箇所に亀裂が走っている。

効いている、そう確信したキーラは追撃として再び巨大な肉塊の拳を正面から叩き込もうとする。その時だった。

 

「甘い」

 

感情を感じさせない、冷徹な一言をオロチは呟いた。その瞬間、キーラは亀裂が走っていたと思っていた箇所に何か変化が起こっていることに気が付いた。亀裂から覗き込んできているのは、無数の龍だった。大きさ自体は大蛇と比較すると小枝程度だが、それがオロチの身体全体から生えてきているのだ。それはまさに『オロチ』の名にふさわしい姿だが、どこかグロテスクさを感じさせる光景だった。

そしてオロチの口と、そして全身から生えた無数の龍が口を開かれ、そこから熱戦が放たれた。

 

「なっ、ガアァァァァァッ!!」

 

そしてお返しとばかりに無風の熱線がキーラへと襲い掛かる。その熱戦はどれも超高温で周辺の壁面や地面はもちろん、キーラの細胞一つ一つを溶かしていく。

 

「なる、ほどなぁ....これは一筋縄ではいかんようだ。」

 

しかしそれでもキーラは屈しない。何度か意識をつなぎとめ、肉体を回復させていく。高熱による影響でやや回復が追いついてないものの、それでも戦闘を続行する気でいるようだ。そしてキーラが自身の肉体に目線を蹴ると、その巨体の肉体から三千の兵士を出現し、銃口を大蛇へと向かせる。

 

「貴様のそのような変形に意表を突かれたことは認めてやる。故にまずは、その邪魔な小枝から潰してやるとしよう。」

 

そのセリフと同時に放たれる銃撃の嵐、常人が相手ならば秒も待たず蜂の巣になるであろう弾丸の量がオロチへと迫る。しかし仮にこの戦闘を見届けている人物がいたら、怪人たるオロチ本人に現代兵器が効果的ではないと疑問に思うだろう。

無論キーラも承知の上だ。キーラの強化によって兵器もある程度強化されてるものの、これがオロチへの致命傷になるとは思っていなかった。あくまで出現した小龍への牽制のためにその手段を取ったのだ。本来の目的は変わらず巨体を活かした肉弾戦のみ、オロチの動きをある程度制限させ、強力な一撃を叩き込むだけである。

 

「.....」

 

しかしオロチは回避や防御するどころか、なんとまるで格闘家のような構えをとった。そそして流水のような滑らかな動きで弾丸の起動を逸らした。それはオロチ本人だけでなく、小龍までその動きを再現して弾丸の直撃を防ぐ。

 

「なッ....」

 

キーラにとっては予想外の出来事だった。さっきまでは怪人らしく暴力を振りましてた存在が、唐突に格闘技の達人のような繊細は動きで銃撃を防いだのだ。本当に人間を逸脱した怪人なのかと疑いたくなるのも無理はないだろう。

 

「これで終わりか?」

「.....ふっ、面白い。まさか人間共の技術も吸収してるとは予想外だった。ならば、私の全霊をその小癪な動きで防げるのか試してやろう!」

 

不敵な笑みを浮かべつつ、キーラは巨体を動かして巨腕の一撃を真正面から放つ。当然オロチは銃撃を流したように、流水のような腕の動きでキーラの攻撃を防ごうとする。

 

「ッ!?」

「フッ.....どうやら力比べなら私の方が上のようだな。」

 

オロチは確かにキーラの攻撃を流すことはできたものの、それは完全に防ぐことは出来ず体の一部を掠めてしまった。これはオロチの油断や怠慢によるものではなく、単にキーラの一撃が強く、重いかったである。

重ねて説明するが、キーラの発動した急段という概念の性質は『自分と相手の合体技』である。そのためキーラ個人だけでなく他ならぬオロチの力まで合わさっているのだ。故につまりキーラの急段が成立し続ける限り、キーラの攻撃がオロチ個人の火力を上回るのは必然であるのだ。故に完全に防ぐことは不可能と言えるだろう。

 

「ならば....」

「小賢しい、その攻撃は既に見た!」

 

肉弾戦での戦闘は部が悪いと判断したオロチは、もう一度熱線を放とうとする。しかしキーラは即座に察知し、城の廊下を粉砕しながらアッパーカットを放つ。それによって熱線のベクトルが全てあらぬ方向へと外れ、キーラへ直撃することはなかった。

 

「.....素晴らしい。」

「.....なんだと?」

 

ふと、アッパーが直撃したオロチは、キーラへと向き直ると同時にそのような称賛の言葉を送った。急に紳士的な態度を取るオロチに、キーラは解せない表情を浮かべる。

 

「貴様、急に態度が変化して気持ち悪いぞ。まさか私を懐柔する気ではあるまいな?」

「いいや、その通りだ。それほどまでの戦闘力をそのまま見放すのは実に惜しい。我々怪人側について欲しいと俺は望んでいる。」

「はっ、私がお前達下衆な怪人側につけだと?寝言は寝て言えよ....第一貴様らは死んだ怪人なのだろう?そんな連中に私が入ってなんのメリットが.....」

「俺をここに送りつけた奴から聞いたが、この城の主人を倒せば現世に戻ることができるのだろう?であれば俺がそいつを殺し、現世に戻る資格を得るとしよう。そうすればお前も共に蘇らせ、共に世界を征服するとしよう。愚かな人間共を駆逐し、我々怪人が世界の頂点に立つのだ。」

「.....」

 

オロチの言葉を聞き、キーラは口を閉じだ。確かにキーラにとって人間は憎悪の対象であり、駆逐する存在である。オロチの提案もキーラにとってはそこまで悪くないものではあるのだろう。

そして、意を決したキーラは顔を上げてオロチへと顔を向ける。

 

「....確かに私にとって人間は全て死ねばいいと思う。それはここの城を支配してる奴にも言えることだ。」

「なら.....」

「しかし、貴様は気に喰わんよオロチ。私はお前のあり方に賛同しない。」

「.....何故だ?」

「お前が同胞を平気で殺すことができるからだ。」

 

そう、キーラはオロチと始めて出会った時に、目の前にいたオロチの部下と思われる怪人達がオロチ本人ちよって殺されたことをしっかり覚えていたのだ。その事に対し、キーラは怒りの炎を燃やしていた。

 

「私はあんな連中は死んでも当然の屑だと思っている。ああ、私にとっては価値を感じない他人ではあるし、見るに耐えん醜い怪人ではあるからなぁ。しかし、連中のほとんどはは言ってたぞ『オロチ様』だとな。であれば主である貴様があの連中をしっかりと支配し、受け入れて然るべき存在であろうが。」

「....俺の組織には弱者・敗者は不要。それに、怪人は幾らでも作ることが可能だ。」

「そんな言い訳が通用するものかッ!王なら部下を家族のように受け入れるべきであろうがッ!!ああ....やはり怪人は吐き気を催すほど下衆で、誇りなんぞ持ち合わせていない存在なのだと確信した。仮に私がそちら側についたとしても、我が子らへ平然と手を掛けるのだろうよ。」

「.....」

 

キーラはかつてないほどに激昂しており、オロチはそんな彼女を見てどう感じたのだろうか。とにかくキーラにとって同胞殺しは禁忌であり、それを平然と行えるオロチは決して許される存在でないのだろう。家族のように愛している部下を怪人たちの被害に合わせることを許すわけにはいかない。

 

「だから消えろ、消えろよ薄汚い畜生共め!お前達のような下衆と同類だと一瞬だって思われたくないのだよッ!」

 

怒りをあらわにしながらキーラはオロチへと襲いかかる。余程交渉へと持ち込まれたのが彼女の怒りに触れたのか、拳ではなく全力の体当たりを繰り出していた。それはまるで、1秒でも早く目の前の存在を消し去りたいと言わないばかりに。

 

「なるほど、よく分かった。」

「えっ.....」

 

その時、キーラにとって奇妙なことが起こった。オロチがそう呟いた瞬間に、融合してたはずの巨大な肉塊が一瞬にして消えたのだ。あまりに急の出来事にキーラは混乱していた。しかしその原因は、次に大蛇から発せられた言葉によって真実が紡がれた。

 

「お前は『人間』だったのだな。」

 

そう、先程の一連の会話でオロチはキーラを人間だと理解してしまったのだ。キーラの急段を成立させる条件は『キーラを人外と認める』であることは説明がついている。しかしこれは逆説的に言えば『キーラを人間と認めると』成立しないのである。当然ながら例え人間や怪人であってもキーラを人間と認めることは難しい。野生生物じみた言動や行動、そして生物界でも珍しい黄金瞳が、キーラを人外魔境の生物だとすり込ませる。これはオロチであっても例外ではない。

ではなぜオロチはその認識を改めることができたのだろうか。

 

「な、ぜだ....なぜ急にそんな事を....」

「.....先程のお前の言動、それらが人間怪人ガロウと酷似したからだ。」

 

そう、それはオロチが生前対面した『人間怪人ガロウ』の存在が大きく働いたからだ。ガロウは生い立ちからして人間でありながらも怪人へ憧れる少し異端な人間であった。当然オロチが率いる怪人協会にも加担しかけたが、入団試験である人殺しを行う事を拒否したのだ。それどころかいじめられっ子を助けるために怪人達と敵対することまでしたのだ。同胞を助けるために命をかけて戦う姿は、オロチからすればまさに人間の行為である。その観点から見てもガロウまさに人間の姿であったのだ。

故にオロチからすればまさにキーラは人間、最早人外たる怪人として認識することは間違いなのだと確信したのだ。皮肉にも、それがキーラの全力を奪う行為に繋がってしまったのだと自覚せずに.....

 

「....なぜ先程の姿を解いたのかは知らないが、弱体化した相手を見過ごすわけにもいかん。」

「グガァァァァァッ!?」

 

容赦なく振り下ろされる鉄槌。当然ながら急段が解除されたキーラにオロチの攻撃を防ぐ術はなく、防御や抵抗を許されないまま直撃してしまう。体は押し花のように押し潰され、強烈な痛みと共に血飛沫が辺りへと撒き散らされる。

 

(まさか.....怪人なんぞに人間だと思われて自覚のないまま急段を解除されるとは.....ここまで皮肉の効いた結末はあるまい。)

 

と、キーラは自虐的にそう心の中で感じていた。皮肉にも怪人に憎い人間だと思われ、その結果奥の手である急段が不成立となった。まさに彼女のプライドに傷をつけるには十分な結果で、最早怒りすらこみ上げてこないのだろう。故に正しを待つのみ、正確には最早死んだ存在で、クリームヒルトの眷属なので完全な消滅とはならない。しかし彼女がもう一度顕現させるとは、キーラからしたらそれはあり得ないと思っていたからだ。オロチの暴走を止める事をできなかった自分が、また顕現させてもらえるとは考えられないと思っていたからだ。

 

「ここまでのようだな。実に惜しい存在だが、こちら側につく気がないのであれば.....死ぬが良い。」

(終わった。)

 

オロチがもう一度拳を振り下ろす姿が見えた。キーラは自分の敗北を受け入れ、ゆっくりと目を閉じた。自分負けた、そして殺される。自身に迫る強烈な痛みを覚悟し、そのまま受け入れようとする。

鼓膜に響く激しい激突音。しかし痛みが体に巡ることはなく、その次には激しい金属音とオロチの咆哮が響き渡る。何かおかしい、とキーラは途切れかける意識の中違和感を覚えた。

 

(.....なんだ?何が起こってる?)

 

違和感を感じたキーラはゆっくりと目を開ける。視界は消耗した体力と微量の血によって見え辛い。どうにか力を込めて目を見開くと、何者かがこちらへと近づいて来る。そして声を掛けてきた。

 

「良かった、まだ意識はあったのだなキーラ。」

「.....ッ!」

 

それは聞き覚えのある声だった。それはここで眷属としての関係を繋いでくれた人物、第3盧生クリームヒルト ・ヘルヘイム・レーベンシュタインに間違いなかった。体こそ起き上がらせることはできなかったが、鈍くなっていた頭と視力を刹那的に取り戻すには充分な衝撃だった。

 

「貴様、何故.....私を冷やかしにきたのか?」

「まさか。黒幕との決着がついたから、まずはキーラの様子を見に戻ってきただけだ。そしたら明らかにピンチだったのでな、あの怪人と戦う事にしたのだ。」

「....なるほどな。」

 

彼女の背後を見てみると、そこにはオロチの体が横たわっていた。徐々に存在感も薄れており、明らかにクリームヒルトとの戦闘で敗れたことが理解できた。あまりにも急な出来事で、キーラは呆れてため息を出してしまう。

 

「最早何がなんだかな.....まあ、もう良いか。それで、また私に雑務でもやらせる気か?」

「いいや、もうここいらで充分だろう。お前はこれ以上、私と繋がる必要はないだろう。」

「.....なんだと?」

「ここはヘルヘイム、生前望みを叶えることができなかった者が訪れる世界だ。もう、望みは叶ったのだろう?」

「望み、だと?私は....盧生に....」

「そうか?その割には、達成感で満たされたような顔をしているぞ?」

 

そう、クリームヒルトから見たらキーラはもはや後悔も無く、やり遂げたと感じられるほど清々しさを感じる表情をしていた。

これはキーラは本人はほぼ無自覚であったのだが、彼女の因縁の相手である我堂鈴子は現世での戦闘の際にこう述べていた。『彼女の本当の望みは人間になりたい』と理解したのだ。彼女が部下を家族に愛していること暗にその望みがある事を示しており、盧生の資格を強く望んでいたのも、その夢を達成したが為に手に入れようとしていたのだ。しかし、オロチによって人間である事を指摘され、キーラ本人もその確信へと進む大きな経験になったのだ。

 

「.....まったく、どいつもこいつも身勝手なことを言いよって。しかし、そうだな....もう良い、これ以上お前達に関わるのは良い迷惑だ。暫くは、休む事にしよう。」

「ああ.....ゆっくりと眠ると良い。もうこれ以上、お前達を傷付ける者はいない。Auf Wiedersehen.keire.」

 

クリームヒルトはどこか慈悲深い口調でキーラへと告げる。手をかざし、キーラの身に纏っていた夢を吸収していく。

それは眷属の資格剥奪しており、完全に剥奪されると彼女は最早この世界に留まることはできない。しかしキーラはそれに抵抗することなく、ゆっくりと瞳を閉じた。そして完全に資格を剥奪されると同時に、キーラは静かに息を引き取り、消滅していった。その後、彼女がどのような世界に行ったのか、クリームヒルトすらわからない。

 

「.....行くか。」

 

完全に消滅した鋼牙の女王を見届けたクリームヒルトはその場を後にしていった。どの世界へといったのかは分からないが、願わくば彼女に害を与えず、愛する家族達と平穏に過ごせる世界へと旅立つことを願いながら。

 




次回はいよいよ最終回、乞うご期待ください!


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最終話 一撃男

とうとう最終話を迎えることができました。
思い返してみれば、私し自身の執筆の楽しさを思い出すための作品でした。しかしそんな作品であってもブックマークや評価をしてくださる方がいてくれて本当に嬉しかったです。



「では行くか。」

 

クリームヒルトが城の門を潜ると、自分のいる世界から乖離する感覚があった。星を超え、宇宙を超え、そして全く未知の領域へと飛翔していく。正に文字通り時空を超えていき.....気が付けば、全く知らない荒野の大地に立っていた。

 

「ここが、あの怪人達がいた世界か。」

 

周りにはあまり人がいる気配が感じられなかった。しかし、数km先の場所に大型の都市が見えた。近くにあった看板を見てみると『ヒーロー協会本部』と書かれている。

 

「あそこかもしれないな。」

 

そう呟き、クリームヒルトはサイタマを探すためにヒーロー協会本部へと向かった。しかし周囲には強固なゲートがあり、明らかに監視カメラが接されていた。姿を見られるのはまずいと判断し、霊体化して潜り抜けることにした。そして人の見られない路地裏で霊体化を解除して街中へと出る。

 

「街の様子は....シズノ達の時代とほとんど同じか。」

 

街の雰囲気はクリームヒルトが一度訪れた21世紀の日本とよく似ていた。そして周りにいる人々の服装もほとんど同じタイプだった。

 

「あの男は....」

 

ふと、クリームヒルトが街を歩いている人々を見続けていると、見覚えのある男の姿を見掛けた。かつて自分の城に流れ込んできたキングという男だ。パーカーのフードで顔を隠しているものの、あの特徴的な傷があるので確信へと至る。クリームヒルトはキングのいる場所へと歩み寄る。

 

「すまない、そこの男よ。少し話をしたいのだが良いかな?」

「.....誰だ?悪いが俺は急いでいるので....」

 

キングは声に反応し、ゆっくりと振り返る。その風貌と古傷から放たれる威圧感は、常人であればどうしても萎縮してしまうだろう。例え怪人であろうとも、低級レベルなら即座に退散するほどだ。

 

「ああ、そう時間は取らない。とある人物についてだが....」

(あれ?大抵の人ならこれで逃げるんだけどな....というか、この人なんか見覚えがあるような.....)

 

しかしキングのそんな威圧的な雰囲気を歯牙にもかけず、クリームヒルトは至って平静な態度で話を進めようとする。そんな彼女にキングはどこか違和感を覚えた。そして、彼女の顔を見てどこか既知感を覚え始めた。

 

(.....ッ!待て、この記憶は.....確かサイタマ氏の家で鍋を食べた時の、あ、あああああぁぁぁぁぁぁッ!)

 

その瞬間、キングは思い出した。意識を飛ばされた影響で冥界へと飛ばされてしまった事を。幸いにも冥界の怪人達に襲われることもなく、どうにか最奥の玉座にいるクリームヒルトと邂逅を果たし、無事元にいた世界へと戻ることができたのだ。

 

「あ、あ、あ、貴女ムグッ!?」

「.....思い出せたようだな。だが、ここは人が多い。どこか静かな場所で話をしよう、良いな?」

 

キングはあまりの衝撃に叫び声を上げそうになるものの、その刹那にクリームヒルトは手でキングの口を押さえた。そしてキングはクリームヒルトの提案に対して頷き、人の少ない公園へと案内した。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして少し歩いた先の公園にて。

 

「はい、どうぞ。」

「うむ、感謝する。」

 

キングは自動販売機で買った缶コーヒーをクリームヒルトへと渡す。それを受け取り、ひんやりと冷えたアイスコーヒーを口へと流し込む。

 

「うむ、美味しい。」

「それは良かった.....しかし驚いたなぁ。まさか夢での出来事が本当だったなんて。しかし出会った本人と現実で出会う羽目になるとは....」

「事実は小説よりも奇なり、とでも考えてしまったか?驚かせてしまったのは申し訳ないが、私もこの機会は逃すわけにもいかんのでな。」

「ああ、サイタマ氏に会いたいんだっけ?もちろん俺なら案内はできるよ、俺も向こうでの恩返しもしたいし....」

「それは助かる、感謝するよ。」

 

約束を覚えてたキングに対し、クリームヒルトは感謝の言葉を告げる。しかしどこか楽しみな雰囲気を出す彼女に対し、キングはどこか不安を覚えていた。当然、目的の人物がサイタマだと言うことだ。

 

「あの.....もしかしてだけど、やっぱサイタマ氏と会いたいのは、お手合わせをするため?」

「うむ、そうだが?」

 

キングが恐る恐る投げ掛けた質問に対し、屈強な笑顔を浮かべながらクリームヒルトは返事をした。キングはショックのあまり目眩をしてしまう。

 

「あ....えっと.....サイタマ氏がとても強いのは知ってるよね?」

「実際に現場を見たわけではないが、彼が倒したと聞いた怪人を見てると大体はその強さを察せられる。」

「.....怪我じゃ済まなくなるかもよ?」

「だろうな、故に覚悟は済ませている。元より無傷で帰れると楽観はしてないよ。」

(あ、これはダメだ。説得できる余地がなさそう。)

 

キングは説得は無意味だと悟ると、一気に缶コーヒーを飲み干し、ゴミ箱へと捨てる。そして覚悟を決めてクリームヒルト の方へと向き直る。

 

「覚悟は決まってると言うなら分かった、サイタマ氏の部屋まで案内するからついて来てくれ。」

「うむ、分かった。」

 

クリームヒルトは頷き、立ち上がってキングの後へとついて行った。

 

 

 

 

そして、104号と書かれた標識のあるヘアの前へと到着した。

 

「ここがサイタマ氏の部屋だよ....今呼ぶね。」

「うむ。」

 

キングはドアの隣にあるインターホンを押した。ピンポーンと音が鳴り、その後に部屋の中からドタドタと歩いてくる音が聞こえ、ドアが開いた。

 

「はーい....キングじゃねぇか。それと....誰だ?」

部屋から出て来た男は、まず目立つ特徴として頭がハゲていた。しかしそれ以外は至って平凡な男性で、歳はクリームヒルトとあまり差は無さそうだ。しかし同時に、その身体から漏れるほどの膨大なエネルギーをクリームヒルトは気付いてしまった。まるでこの男には神が宿っているのかと錯覚するほどに....

 

「やあサイタマ氏、この人がサイタマ氏のことを探してたから案内したんだ。」

「はぁ、俺のことを探してたねぇ.....マスコミの取材か何か?」

「いや、それは.....」

「貴様がサイタマか、私の名はクリームヒルトと言う。単刀直入に用件を言うと、貴様と手合わせを願いたい。」

「.....はぁ?」

 

口籠るキングに察し、クリームヒルトは自ら自分の要件をサイタマへと伝えた。それを聞いてサイタマの目が点となる。

 

「あーその、喧嘩がしたいのか?悪いけど俺はヒーローだから、一般人との喧嘩するわけにはいかねぇよ。」

「心配するな、私はここで住んでいる一般人ではない。それに普通の人間ではないよ。」

「マジ?いや、だとしてもなぁ......まあいいか、ちょっとだけだぞ。」

 

少し悩んだ表情を浮かべたものの、サイタマは彼女の腰にある剣へと視線を移す。そして溜息をしつつ了解する。

 

「決まったようだね、じゃあ俺は戻るから。」

「おう、じゃあな。」

「ではな、ここまで案内してくれて感謝する。」

 

キングは話がついたと判断し、自宅へと戻ることにした。そしてサイタマとクリームヒルトは別の場所へと移動をする。

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく歩いていると、2人は建物も人の気配もない荒野だった。そこでついにクリームヒルトとサイタマの対決が始まるようだ。ある程度の距離を取り、両者が向き合う。

 

「ここでなら誰も巻き込まずに出来るだろ。じゃあ、お前から始めていいぜ。」

「ほう、私から攻撃をしてもいいのだな。」

 

サイタマは敢えて彼女に先手を譲り、実力を測ることにした。これは相手を舐めていると言えるかもしれないし、実際そうかもしれない。しかしサイタマからしたら初対面の人物なので、どれほどの力を持っているのかわからない。そのため、そのような行動を選択したのだ。

 

「では.....行くぞ。」

 

その言葉とともにクリームヒルトは腰の剣を抜き、サイタマへと接近しながら刺突を放った。サイタマは少し驚いた表情を浮かべながらそれを回避する。

サイタマに直撃する事はなかったものの、まるでサイタマの隣に台風が発生したかのように砂埃を巻き上げ、地面に底が見えないほどの亀裂を発生させた。

 

「....なるほどな、お前が強いことはよくわかったよ。」

 

サイタマは至ってほぼ無表情であるものの、彼女の実力を察してかより強い緊張感を纏っていることが窺える。そして今度はお返しと言わんばかりにサイタマが接近し、力を込めたパンチを放つ。

 

「ほう....」

 

クリームヒルトは咄嗟に両腕を交差させてガードする。パンチが直撃した瞬間、激しい爆発音が発生しクリームヒルトは数メートルほど後退してしまう。パンチを喰らった瞬間、まるで強力な電撃が発生したかのように腕が痺れ、身体中の血液が攪拌されるような感覚を覚えた。ガードした腕からは熱が発生し煙が上がっていた。これほど強力なパンチを無防備に受けてしまえば、どうなってしまうのか彼女自身ですら想像が出来なかった。

 

「なるほど、これは驚いた。特に異能を身に纏っていない人間が、これほど強力な力を宿しているとはな。」

「あ?そりゃ俺は人間だからな。改造人間だとか、狼に育てられたとか、そんな珍しい過去はねぇぞ?」

「そうであろうな....だからこそ、興味深い。」

 

そう答えながらクリームヒルトは笑みを浮かべ戦闘を再開した。両者とも純粋な力と力のぶつけ合いで、辺りに破壊を撒き散らす激しい戦闘が繰り広げられている。突き出された拳を回避すると最後の崖が更地となり、剣戟を避けると大地に亀裂が走り両断される。まさに自然災害を連想されるような力場が発生していた。しかし暫くすると、戦況に変化が起きた。

 

「まずは厄介なこれから.....だなッ!」

 

サイタマの拳がクリームヒルトの剣に直撃した。彼はこの戦闘が始まってから、彼女の剣のせいで中々自分の間合いに入れない鬱憤を感じていたのだった。同時にサイタマはあの剣に直撃すると何かやばい気がすると本能で感じていたため、確実な回避することに徹していたのだ。故にまずは武器破壊を優先することにした。そして遂にそれが達成された。剣は鈍い金属音を鳴らしながら、持ち主の背後数十m程の場所へと飛んで行った。

 

「よっしゃ、いただき。」

 

遂に掴んだ好機、それを逃す手はないだろう。自分の得意な間合いへと踏み込めると確信しつつ、パンチを彼女の前に突き出そうとしたその時だった。

 

「ッ!?」

 

不意に顎から何か熱い感触が伝わってきた。揺れる視界、ジワジワと顎から感じる痛みがサイタマの体全体を疾走する。無敵だったはずのサイタマの肉体にダメージが入る。

これには理由があり、クリームヒルトの身に纏う死の概念がサイタマの肉体を貫通し、ダメージを与えているのだ。しかしそれでも致死に至らないあたり、サイタマの異常な頑丈さも伺える。

 

「すまんな、別段騙すつもりはなかったのだが.....しかし隙だらけの相手を狙わない道理はあるまい?」

 

クリームヒルトのサイタマへ放った一撃はアッパーカットだった。彼女は基本的には剣を使用して戦うが、徒手空拳でも戦うことが可能である。故に武器の有無は大して関係なく、素手で殺戮技巧を繰り出すことができる。

加えてサイタマがパンチを放とうとしたポイントは顔だったため、当然視界も体の向きも顔面の方へと向く。そのため目から下の視界はほぼ死角となるため、アッパーのよう下から上へと流れる攻撃にはほとんど対応できなくなってしむうのだ。

 

「ヅゥッ、あービックリした....,」

 

不意な攻撃にタタラを踏むも、サイタマは何とか体勢を立て直す。視界も回復し、感じてた痛みも少しは引いてきた。そして口元を拭うと、赤い何かがスーツに付着していた。

 

「....血?」

「私のアッパーで口の中を少し切ったようだ。」

「あー.....そういうこともあるんだな。」

「....随分と他人事だな、傷を負ったのはお前だぞ?」

「え?あ、ああ....そうだな。」

 

実のところ、サイタマはプロのヒーローになってからほとんど血を流すような経験はなかった。独自のトレーニングを始め、怪人達と戦い始めた頃はともかく、徐々に強くなるにつれて損傷を負うことが少なくなっていたのだった。加えてプロヒーローになってからは皆無である。故に今回の様に血を流したことなんて、果たして何年ぶりであろうか.....

 

(そういやヒーロー活動始めたばっかの頃は、よく怪人にボコられたこともあったなぁ....)

「まあ良いだろう....続けるぞ。」

「....おう、全力で来い。」

 

サイタマはどこか懐かしい感覚を抑え、再び闘志をその身に宿す。このまま戦闘を続けたら自分がどうなるのか分からない、そんな感覚をあまりに愛おしく感じてしまう。

疾走し、放たれる拳は両者ともタイミングが重なり、交差した拳が両者の頬へ突き刺さる。

 

「ッ!?」

「ガァッ!?」

 

空間が歪むほどの衝突と共に、両者共に吹き飛んで地面に倒れ込む。クリームヒルトは口から、そしてサイタマは鼻から血を流していた。しかし2人とも不敵な笑みを浮かべながらその場から立ち上がり、再び向き合って戦闘を再開する。

ここからは激しい拳の応酬が繰り広げられた。そこには細かい技術や意表をつく様なフェインドなどは無く、お互い共に全力の一撃を何度も何度も相手に叩き込むことを繰り返していた。

 

「へ、へへ....中々やるじゃねぇか、アンタ....」

「フフ、貴様こそな....これは、予想以上だ....」

 

共に血塗れ、視界が時々血で遮られるものの、構わず前方に向かって全力で拳を振るう。お互い拳の届く距離で戦闘していることを感覚で理解しているため、例え見えなくても関係ないのだ。躱されることよりも、殴られた分だけそれを上回る威力の拳を出すことに専念している。

 

「オォォォォォッ!!」

「ッ.....ガァッ!」

 

故に徐々にであるが、拳の威力がお互いに高まっていく。サイタマの無造作に放ったパンチはボディーブローとなってクリームヒルトの腹部に突き刺さり、内臓や骨が砕け、口から血煙を吹き上げる。

クリームヒルトは接近戦特化のスペックをしており、当然ながら頑丈さや回復力も桁違いだ。しかしサイタマの驚異的な破壊力を前に、彼女の肉体が悲鳴を上げる、

 

「まだ....だッ....」

「ごはぁッ!」

 

追撃としてサイタマが振り下ろしの一撃を放とうとした瞬間、お返しとばかりにクリームヒルトは裏拳を繰り出してサイタマの頭部を殴り飛ばす。本当に頭蓋骨が粉砕されたかと思うた瞬間、サイタマの視界が暗転し、体勢を崩して地面に転がってしまう。

 

「ハァ....ハァ....」

「ガッ....フゥ....」

 

ここまでの戦闘を振り返ってみると、クリームヒルトとサイタマの戦闘は一貫して純粋な殴り合いである。他のヒーローや戦士の様な高度な技術の応酬や、相手の裏を突く戦術や戦法などが皆無な血生臭い肉弾戦だ。これが常勝無敗のプロヒーローと、人の無意識が生み出した人類の代表者などとは思えない野蛮な戦闘と感じてしまう人物がいてもおかしくないだろう。

 

「.....へっ」

「ふふ.....」

「ああ、おもしれぇな....こんな緊張感、ずっと忘れてたぜ.....」

「それは何よりだ....私も、こんな経験を得られるなんて思いもしなかった。」

 

しかしクリームヒルトとサイタマは笑っていた。サイタマは、これほどまでの緊張感や高揚感に喜びを覚えていた。それこそまさに、夢にまで見た憧れの戦場と言えるだろう。

一方でクリームヒルトは、別世界とはいえ人間の中に異能を得ることなくこれほどまでの戦闘力を得た人間がいた事に感心していた。その様な人間を相手に全力で戦えるなど、まさに貴重な体験であり、脳裏に焼き付けるまで戦い続けたいとまで思っていた。

 

「感謝するぞサイタマ、この様な貴重な経験を与えてくれて。」

「馬鹿野郎、それはこっちのセリフだ。この瞬間までヒーローを続けていて本当に良かったと思えるぜ....」

「おいおい....そのセリフを言うのはまだ早いのではないか?戦いはまだ続いているぞ。」

「あ?そりゃそうだが....おい、何をするつもりだ?」

 

クリームヒルトは剣のある場所へと歩いていき、剣を拾い上げた。そして再びサイタマのいる場所へと戻ってくる。

 

「さて、もう少し純粋な力比べをするのも悪くないが....ずっと同じことを続けても仕方あるまい。」

「まあ確かにな、血塗れのままじゃジェノスを驚かせてしまう。」

「故に、そろそろ決着をつけようと思う。覚悟は良いか?」

「.....ああ、良いぜ。」

 

クリームヒルトのその言葉を聞き、サイタマは今までにない程に眼光を鋭くした。これから放たれる一撃で勝負が決まると確信していた。

そしてクリームヒルトが剣を前へと掲げると、彼女から放射状に純度の高い死が流出した。

 

「ッ!?オオッ....ッ!?」

 

サイタマにとっては、それはまるで途轍もない嵐が目の前で急に発生した様な感覚だった。純化された死の概念がサイタマの肌を射抜き、削っていく。しかしそれでも、サイタマは気力を振り絞ってそれに争った。

耐えろ、耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ....と心中で無心で叫び続けた。なぜならこれでまだ終わりなはずも無いのだから。間違いなく本命が後から出てくるのだとサイタマは確信していたのだから。

 

終段顕象(Dags ansuz)ーー高き者の箴言(Hávamál)

 

そしてサイタマの予想通り、本命たる神格がクリームヒルトの背後から顕現した。漆黒の鎧を身に纏ったこの戦神が、サイタマへと視線を向ける。

 

「....面白ぇ、簡単にやられてくれんじゃねぇぞ。」

「大した男だな....」

 

サイタマの頭から頬へ汗が垂れ落ちる。目の前の神格と目を合わせた瞬間、過去最高の緊張感が走ったものの、サイタマはそれを笑ってごまかす。

その様子を見ていたクリームヒルトは思わず苦笑を漏らしつつ感心していた。ああ、この男ならどうあれ納得のいく結果を出してくれるかもしれない.....と、期待を込めて剣を振り下ろした。それと同時に背後の死の戦神は死の大槍をサイタマに目掛けて投擲した。

 

「ーー」

 

その槍の纏う神威は、破壊ではなく静謐な死のみ齎す一撃である。たがその範囲も威力も、クリームヒルトが今まで放った攻撃のどれよりも上回っている。

その神威を前にサイタマは、ただ呆然と立っているだけだった。

 

(あ、これ死ぬわ。)

 

サイタマの脳内では、その様な一言だけが残っていた。例え地球を一周して回避しようとしても、この槍は自分が死んで敗北までどこまでもついてくるものだと無意識に実感してしまったのだ。そう、生きていれば必ず死ぬ。クリームヒルトの召喚した神格は、その真理を如何なる存在であろうとも掻き立てる存在である。それは例えサイタマと言う超人であろうとも例外では無い。そして遂に槍がサイタマの心臓へ直撃しようとした刹那。

 

「.....なんて、そのまま死ぬわけねぇだろうがァァァァッ!!」

 

サイタマは死への反応を気力で振り切って、自身の絞り出せる全力の一撃を槍へと叩き込んだ。認めない、認めない、まだ俺は死ぬわけにはいかない......その強固な意思を拳へと宿らせ、歯を全力で食いしばって槍を粉砕した。それはまさに一撃必殺.....即ちワンパンチと評することができるほどの威力だった。

 

「_____ッ」

 

そしてサイタマの放った拳のエネルギーは槍を破壊するまでに止まらなかった。その余波はクリームヒルトと神格のいる場所まで到達し、まるで暴風に舞う葉のように吹き飛ばした。当然ながらクリームヒルトに膨大なダメージを与え、その影響で召喚された神格も泡沫の夢のように消滅した。

余波が治った頃にはクリームヒルトは地面に倒れ、立ち上がる様子もなかった。よってこの決闘は、サイタマの勝利で幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

「よう、生きてるか。」

「....ああ、私なら問題ない。」

 

数分後、サイタマはクリームヒルトの元へと歩み寄り、安否を確認していた。クリームヒルトはしっかりと生きており、その様子を見たサイタマはホッと胸を撫で下ろした。

 

「なら良かったぜ....つい全力でパンチを出してしまったからよぉ、もしかして殺してしまった!?と思ってしまったよ。」

「ははは、それは正直私も思い掛けたよ。あれほどの一撃は今まで喰らったこともなかった....意識が途切れ死に掛けた感覚も一瞬実感している。」

「マジかよ....今後は気をつけねぇとな。」

 

クリームヒルトの言葉を聞いてサイタマは思わず青ざめてしまった。サイタマはヒーロー活動の一環で怪人達をその拳で何度も粉砕しているが、例え犯罪者相手でも殺すためにその拳を振るったことはない。ヒーローとして殺人は許容できないのだろう。

 

「ま、とりあえずアンタとの手合わせはスゲェ楽しかったぜ。ありがとうな。」

「ああ....それはこちらこそだ。貴重な体験を与えてくれたことに、本当から感謝している。」

 

サイタマはうっすらと笑顔を浮かべながらクリームヒルトと握手をした。それに対してクリームヒルトも微笑みを浮かべながら握手を返す。

 

「俺さ.....もう少しヒーロー活動を頑張ってみるよ。」

「ほう、と言うと?」

「プロのヒーローになってそれなりに貰えるのは良かったんだけどよ、正直いつ辞めても良いやって思えるほど執着がなかったんだよ。だってどんな敵も殴ったらすぐ終わってしまうからよ....」

「....なるほど、すぐ終わってしまうあまりに退屈を覚えたわけか。」

「そうそう.....けど、アンタと出会ってその考えは改めた。世界は広いんだなぁ.....て。もしかしたら、アンタみたいに強い奴と出会えるかもしれねぇからよ。」

 

そう語るサイタマは、どこか少年のように夢と希望に満ちた表情で語っていた。その様子を見ていたクリームヒルトは笑みを浮かべながら言った。

 

「お前がそう感じるのならば....きっと可能性はあるのかもしれん。手合わせをした同志として、祈っておこう。」

「ありがとうよ、感謝するぜ。」

 

 

 

「さて、そろそろ私は戻ろうとしよう。さらばだサイタマ、私はお前と出会えたことに本当に感謝している。」

「おう、それは俺もだ。じゃあな、また機会があれば手合わせしようぜ。」

 

そう手を振り合いながら、2人は別れを告げて自分の場所へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして翌日

 

「先生、もう傷は大丈夫なのですか?」

「おう、傷を塞いで一晩寝たら治ったぜ。」

 

サイタマは弟子であるジェノスと街中を歩いていた。クリームヒルトとの戦闘を終えた後、サイタマは帰宅すると中にはジェノスがいた。傷だらけなサイタマの姿を見て、まずジェノスは物凄い勢いでサイタマへ応急措置を施した。そしてそれを終えた後はものすごい剣幕で何があったのかサイタマから根掘り葉掘り聞こうとした。結局サイタマが口を開くことはなかったが....

 

「先生、何度も聞きますが結局何があったのですか?」

「いやだから、何度も聞くんじゃねぇよ。あれだ、ちょっとしたトレーニングだよ。」

「そのトレーニング方法を是非教えてください!」

「いやお前サイボーグだからトレーニングしても仕方ねぇだろ。」

 

と、このように何度もサイタマから何があったのか聞こうとしていた。サイタマは説明したところで、初対面の他人と血が出るほど手合わせをしたと聞いたらジェノスが暴走しそうな気がしたので話そうとしなかった。

 

「いや、先生のトレーニングであればなんであれ俺の力に....」

「うわぁー!」

「逃げろー!遠くの方から化け物が来るぞー!」

「と、どうやら怪人みたいなのが現れたみたいだな。」

「先生ッ!」

 

ジェノスとの話をしていると、街中から悲鳴が上がって多くの人が避難をしていることに気がついた。

しかしサイタマはすぐに人々が逃げてる方向とは真逆の場所へと走り出した。その先に怪人がいると分かっているからである。

 

「グハハハハハ!我は千年龍、天と地を支配せし龍神である!愚かなら人間どもよ、我に貢物を捧げよ、さもなくば人間のいる土地を全て我が神火をもって焼き払ってくれようぞ!」

「おーおー、神様が随分と穏やかじゃねぇことを言ってくれるじゃねぇか。」

「む、なんだ貴様は。」

 

サイタマの目に映ったのは、サイタマの住む街をとぐろを巻いて包み込めそうなほど巨大な龍の姿だった。

その龍の姿を見てサイタマは不敵な表情を浮かべる。

 

「貴様、僧侶の類か?」

「俺は坊さんじゃねぇよ!絶対頭を見て判断したろ!?」

「そんなことは知らんわい、それよりも貢物を寄越せ。さもなくば殺す。」

「畜生...テメェのその巨大な口に俺のパンチを突っ込んでやろうか?」

「ほう、人間の貧弱な拳で我を粉砕すると?面白い、やってみるがいい!」

「....良いんだな?」

 

サイタマはパンチを放つ体勢をとった。その姿を見て千年龍は、高笑いをあげた。サイタマの姿があまりに滑稽に映ったのだろう。龍神があまりに無防備なので、サイタマはパンチを放とうとする。

 

「ふははははは!その貧弱な拳で一体何がなせると言うのだ!精々虫の1匹をころグハァァァァァァッ!?」

「.....え?」

 

パンチが直撃した瞬間、サイタマの拳はまるで綿菓子に手を包まれたかのような感触に包まれた。クリームヒルトと対決したかのような質のあるぶつかり合いとは程遠い、あまりにも柔らかすぎる感触だ。サイタマはあまりのギャップにワナワナと震えた。

 

(まただ....またワンパンで終わってしまった!)

 

無い、無い、無い.....全く無い!高揚感や緊張感、そして達成感も何も得られなかった。残っているのは目の前で強そうな敵が一発で倒されたと言う結果だけだ。そのようなもので、サイタマは満足できるはずもなかった。

 

「くそったれぇええええええええええ!!」

「先生!大丈夫ですか、先生!!」

 

後にサイタマはクリームヒルトを探し出そうとするも、そもそも彼女と連絡先を交換していない事実に今更ながら気が付いた。そして知りあいの人や一般な人たちに彼女の特徴を伝え、探し出そうとするも結局見つかることもなかった。当然ながら彼女を案内したキングにも聞いたが、大した情報を得られることはなかった。

 

「結局.....今まで通りの生活がまた始まるのか。」

 

サイタマはショックな顔を浮かべながらそう呟いた。結局はクリームヒルトへ伝えた通り、また自分と対等に戦える相手を探すこと始めるしかなかったのだった。サイタマの可能はまだまだ続く.....

 

 

 

 

 

 

「すまんなサイタマ、夢の対戦は一度きりだ....」

 

遠く離れた場所で、クリームヒルトは霊体化しながらサイタマの様子を見ていた。彼女もまた、サイタマとの戦闘を望んでいたのも事実だったのだ。しかし、それはいけないことだと判断した。

 

「私がこの世界のヒーローとして参戦してるのならば話は別であろうが.... 今の私はあくまでも客みたいなものだ。そのような者が過剰に現地の人間と触れ合いをするのも、筋が違うであろう。」

 

だからこそ、一定の距離感を保つ。サイタマが再び日常的な生活を送ることができたと確信すると、彼女はこの世界から離れようとする。最後にサイタマの姿を一瞥し、別れを告げる。

 

「さらばだ、サイタマ。また機会があるのならば、今度は世界を守るために共に戦おう。」

 

その言葉を最後に、クリームヒルトは元の世界へと戻ったのだった。




ここまで読んでくださり、本当にありがとうございした。
今回は執筆をしていて、まだまだ己の未熟さを実感させる貴重な経験となりました。
ですが完走できたことは自分にとっても達成感を得ることができたし、それをバネにより良い小説を書けるための力に変えていこうと思います。

改めて、最後までお付き合いありがとうございました。


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