トラックに轢かれたけど転生とかはしなかった。 (PRD2)
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なんか出来ちゃったので投稿。
続くかもしれん。

※コバクマさん、和田白玉さん、monmonさん、五武蓮さん、かそくしまーすさん、九々狸さん、胡瓜さん、あんころ(餅)さん、たまごんさん、四季式さん。
誤字報告ありがとうございます。


『好きなジャンルの話』について、ずっと昔に友人と話したことがあった。

 これはつまり漫画やアニメ、ドラマや特撮でどういった話が好きなのかという事だ。別に明確な種別を話したい訳じゃなくて、ラブコメとかファンタジーといった大きな括りでも、『〇〇の世界観みたいなの』でも……まあ、暇な俺が取り敢えず何でも良いから話していたいっていう、高校の休み時間によくあった事だ。

 友人は俺がその話をしだすと、少し呆れたような顔をして、やれやれと言った風に付き合ってくれた。妙に大人びてて難しい話をしたがる、少し取っつきにくい奴だが、アイツは何だかんだで俺の話を聞いてくれる。いい奴だ。

 アイツはいつもの様に、何だかよく分からない単語を所々で口にして話を続けて……何故かは知らんがラブコメの話になっていた。男女の機敏とか『愛』という錯覚がどうたらとかフロイト曰くうんたらかんたら……博学というか哲学家なアイツらしい良く分からん理論の応酬だった。

 ……少女漫画で人間の精神性とか分析できるんだろうか、甚だ疑問であるが、まあ内容はともかくやけに楽しそうに話していたのを覚えている。

 その話の後に俺の意見を聞かれて……俺が答えたのは『日常の中にある非日常』だった気がする。実際にこんな言い方をしたのは俺ではなくアイツだったが。

 平穏で代わり映えの無い日常を謳歌する主人公が、突然ファンタジーだったり怪奇現象だったりに遭遇してそういった世界に巻き込まれてしまう、みたいな展開だ。

 まあBLEACHとかFateとか、あるいはToLoveるとか……最後のは言うとジト目向けてきたけど、まあそういった作品だ。

 ここで大事なのは、『非日常』に巻き込まれながらも主人公が基本的に存在しているのは『日常』にあるということだ。戦闘とかライバルを倒すための修行とかが目的じゃなくて、あくまでも日常に帰るための手段がそれであったり、もしくは日常が平穏なファンタジーであったりとか……ドラゴンボールの初期は冒険しててワクワク感あったよな。別に中盤以降の戦闘尽くしも嫌いじゃないけど。

 とかく主人公が非日常に巻き込まれながらも今までの日常を壊されないように奔走したり、または日常を取り戻すために覚悟を決めたりとか……昔のジャンプに良くありそうな展開という物を、俺は結構気に入っていたのだった。

 高校生という多感な時期の俺はそんなことを友人に強く主張しつつ、顔に仮面を着けたバケモノに死神が襲われているところを目撃したり、月明かりの綺麗な夜に家の蔵の中で運命に出会ったり、地球外から来た美少女と遭遇したり、そんなありもしないであろう事を夢想しつつ、まあ無いだろう……でもやっぱりあったら良いな、みたいなテスト前の根拠の無い自信のごとく沸き上がっていく高揚感に包まれていたことを思い出していたのだった。

 ……さて、何故そんなことを、俺が高校生の時の何でもない日常がここでいきなり思い出されてしまったのか、理由は簡潔なものだった。

 

 ただの──走馬灯とやらだろう。

 

 何でもない日だったはずだ。

 大学一年の冬。ピッカピカの一年生が、大学という高校より一歩大人の世界に踏み入れた後、社会に出る前に小さな荒波に軽く揉まれて少しだけ逞しくなれた、ある日の朝。

 電車代をケチって自転車で我らが大学へとペダルを進めて数分程度の所、大通りの十字路に差し掛かり点滅する信号にタイミングの悪さを感じながら、交通安全を第一に考えた俺が強くブレーキを握ってキチンと停まった──後のこと。

 俺の横を、学生が飛び出した。

 焦ったように顔を赤くさせた女学生が、少し短いスカートを翻して道路に飛び出し、点滅する信号に我慢勝負を挑んだのだ。

 これだけなら、別に良かったのだろう。きっと近くにいるお巡りさんに流れ作業的に、いやもしかしたら真面目に怒られた後、彼女は遅刻するか否かの瀬戸際で凌ぎを削りながら、いつものように学校に着いた筈だ。

 ただ、間が悪かった。

 たとえ歩行者信号が点滅していたからといって、すぐに車側の信号に切り替わるからといって。

 そのせいであまりスピードを落とさず、そして飛び出す少女に驚いてブレーキを踏まなかった阿呆がいることなど、そうあることではなくて。

 ──その不幸が重なってしまっただけだった。

 俺は冷静だった。飛び出す少女が驚いたように車の方を見たのを鮮明に覚えている。

 そして俺は、彼女が車を見る前に飛び出していた。

 悩まなかった。

 悩む暇が無かったのだ、だから俺は冷静だった。

 彼女の服を掴みつつ、此方側に引っ張る。毎朝自転車登校で鍛えられた俺の体は、跳ねるように彼女を歩行者側に引き寄せ──入れ替わるように俺は前に出てしまった。

 よくアニメとか漫画で誰かを助けて事故に合う少年少女達を見ては、頑張って踏ん張れないものかと苦言を呈していた俺だが……わりと無理だなこれ。そりゃあ数十キロの物体を引き寄せたんだから、振り回されてもおかしくないよな。

 そんなことを考えながら、トラックに撥ねられた俺の体は空を舞った。

 上というよりは、横。大質量の物体が高速度でぶつかった俺の体は、サッカーボールみたいに飛んで硬いコンクリートを滑った。

 肩とか、頭とか、腕とか背中とか、もう訳が分からないくらいに体が痛くなって……思考が真っ白になったと思ったら、いきなり昔の事を思い出して。

 誰かが叫ぶ声と、クラクションとかがすっげえ煩くて。

 いつかした、友人との何気ない会話がいくつも脳裏を過り──トラックに轢かれたんなら、来世は異世界で勇者やってるかもなぁ、なんて馬鹿みたいなことを考えて。

 そして俺は、そのまま眠るように瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○月〇日

 

 とか考えてたけど普通に生きてたわ。

 

 

 ○月×日

 

 全治3ヶ月。

 大型トラックに轢かれたにしてはとても軽い方だろう。全身から出血はしていたものの、撥ねられた際に咄嗟に頭を守り、病院に運ばれるまでの応急処置が適切だったことが幸運に繋がったらしい。

 未だに左手は使えないし足も全く動かせず、骨折と打撲と擦過傷とむちうちのオンパレードだが、脳機能の異常も見られず体の機能不全も確認されない。

 随分と君は運が良いと恰幅の良いお医者様に言われてしまった。それほどでもない、体は昔から丈夫だったのだ。

 今もこうしてスマホで日記を書けるくらいだ。良かった良かった。

 利き手がかすり傷で本当に良かった。

 ……三日間も気絶していたらしいが、それでも後遺症ないとか凄くないか? 

 

 

 ○月△日

 

 昨日は腕がダルくて書けなかったけど、妹がお見舞いに来てくれた。

 メチャクチャ慌てて部屋に入ってきては、半泣きの状態で怪我を心配してくれた。ちょっと大袈裟な気もするけど、よく考えたら俺も妹が入院したら泣くかもしれない。というか泣くわ絶対。

 妹の話によると、事故の件については俺が目覚めるまでの三日間に話がついたのだとか。

 ……よく考えたら、来世のこと考えるより今後のことの方が大事だよな。事故になれば警察とかも動くんだし、ただ事で終わるわけないし。

 ラノベの主人公はもっと死ぬ前の家族のこととか心配してあげて欲しい。俺は示談で済んだけど、死んだ後のことの方が大変だと思うから、たぶん。

 そして両親ェ……。

 事故の後始末が大変なのはわかるけど、何故見舞いに来てくれない……わりとマジで悲しいのだが。

 妹曰く、死ぬ運命に無いから大丈夫だとか。そろそろ親の中二病を誰か直して欲しい、死ぬほど心配してくれる妹を見習って。

 そして妹よ、あーんは止めてくれ。

 ほら俺、右手動くし。自分で食えるから。

 

 

 ○月□日

 

 今日は妹が部活で来なかった、吹奏楽のコンクールが近いらしい。

 妹は看病すると言って聞かなかったが、俺が辛抱強く説得すると泣く泣く部活に行くことを約束してくれた。

 気持ちは嬉しいが看病はナースさんがしてくれるし、妹は才能があるんだから、もっと自分のしたいことをして欲しい。俺の怪我は俺の責任なわけだから。

 その代わりといっては何だが、今日は大学の友人がお見舞いに来てくれた。走馬灯に出てきた高校からの友人だ。

 何だかいつも通りのクールな反応だった。妹から無事だと連絡があったそうなので、心配なんてしなかったらしい……これはこれで悲しいな。

 まあリンゴ剥いてくれたのは嬉しかった。リンゴ丸々一つを果物ナイフで剥くのは凄いと思う。皮繋がってるし。

 そして何故あーんさせるのか。右手使えるわ。

 あと、講義のノート貸してくれてありがとう。普通に助かる。

 ……そういえば大学どうしよう、三ヶ月も入院したらやっぱり留年だろうか。

 

 

 ○月☆日

 

 友人に聞くと、大学の単位とかは担当の教授によるので何とも言えないらしい。

 ただ一、二週間なら未だしも三ヶ月も講義に出れないならさすがに単位は無いんじゃないか、という話だ。

 ぬう……現実は非情であった。

 仕方がない。今のうちから勉強しておくか……首動かすの辛いけど。

 

 

 ○月◇日

 

 借りていた講義のノートが没収されてしまった。

 怪我人はおとなしくしていろ、とのことだ。

 貸してくれたんだから少しくらい読んでも良いやん……。

 

 

 ○月♡日

 

 今日は知らない女の子が訪ねてきた。

 話によると、俺が事故の時に助けた女の子らしい。

 とても申し訳なさそうに謝りに来てくれた。良い子だ。

 取り敢えず大丈夫だけど、今度からは信号に気を付けてねと言っておいた。注意は一瞬だけど、事故は一生が関わってくるから。

 そんなもっともらしいことを言いつつ、頭を下げる彼女に軽く拳骨を落とした。まあ痛くない程度のだけど。運が悪いと死んでたかもしれないし……信号無視はいけない、古事記にも書いてある。

 そしたら女の子はマジ泣きしてしまった。超焦った。

 い、痛くないようにやったんだけど……やっぱり暴力は駄目だった? でも俺もちょっと怒ってたし……死ぬかと思ったからな、うん。

 取り敢えず何とか宥めて、その後良い感じに話を終わらせて帰らせた。

 泣き止んでて、最後はなんか安心したような顔だったけど大丈夫だっただろうか。

 ……これが原因で事故ったらどうしよう、涙で前が見にくくて事故ったら洒落にならない。

 

 

 ○月◎日

 

 昨日の子が今日も来た。帰り道は無事だったようだ。

 それは良いんだが……なんだか甲斐甲斐しく世話をしてくれるのは何故なんだ。そして学校はどうしたのだろうか。

 聞くと今は自宅療養中だから大丈夫らしい。自宅にいないのに自宅療養とは一体……うごごご……。

 いや、話相手がいるのは嬉しい。基本寝たきりなので暇なときは備え付けのテレビを見ることくらいしかすることないし、話相手がいるのはとても嬉しい。

 だが何故あーんしてくるのか……流行ってんの? 水淹れてくれるのも嬉しいけど。

 そしてトイレは本当大丈夫です。男の看護師さんにやってもらうから。年下に下の世話してもらうとか色々とアレだからここだけは死守した。男には譲れない一線があるのだ、妹にも友人にも譲れない一線が。

 

 

 ○月#日

 

 今日もお見舞いに来てくれた。だから自宅で療養してください本当に。

 ちなみに彼女の名前は葉月ちゃんというらしい。取り敢えず八月生まれであろうことは分かった。 

 親には何て言って来てるか聞いたが、普通にお見舞いに行ってくると言ってるらしい。親もそれで良いのか。

 話を聞くに彼女の家は結構なお金持ちで、極端な話をすれば高校とか行かなくても大丈夫だとか。

 いや、駄目だろ。行ってこいよ。

 青春を謳歌できるのは本当に短い期間なのだ。やりたいことは早めにやっておくのが一番である。かくいう俺も高校では帰宅部だったが、友人と遊びに行ってそこそこ楽しく青春していた。大学に通う今も同じようなことしてるけど、高校の思い出って大人になっても覚えてるものだと思うし。

 まあ彼女は出来なかったけど。

 今も部活に精を出す妹の話も交えつつ、今しか出来ないことを~、みたいな話をしたら難しそうな顔をして帰っていった。

 どうやら俺の思いが通じたらしい。良かった良かった、前途ある若者の未来はここに守られた。歌でも歌いてェ~気分だなァ~、とか言いたくなるレベル。

 

 

 ○月§日

 

 葉月ちゃんは昨日の話で決心がついたのでお礼を言いに来てくれた。ちゃんと放課後の時間帯である、ワンダホー。

 取り敢えず何の決心かは聞かなかったけど、何よりである。彼女が話さないなら、たぶん聞かない方が良いのかも知れないし、ずっと笑顔だったので悪いことにはならないだろう。ほっこりとした瞬間であった。

 ただ、その後に来た妹と彼女が会うと、途端に気まずい雰囲気になった。

 妹はなんか怒ってるし、葉月ちゃんは笑顔だけど目が笑ってないし……空気を変えるのが辛いよお兄ちゃんは。

 確かに妹からすれば、彼女のせいで俺が事故に遭ったようなものだし……兄思いなのは嬉しいが、年も近いんだし仲良くして欲しいと思う。葉月ちゃんは仲良くなりたそうにしていたし……やっぱり時間を掛けるしかないのかもしれない。今は話し合うより、時間が仲を取り持ってくれる筈だ。

 取り敢えず何とか空気を変えて、葉月ちゃんの門限まで何とか話をすることができた。やり遂げた……沈黙は何よりも辛いんだ。明日も同じことにならないようにしたいんだけど……。

 

 

 ○月&日

 

 昨日の話を見舞いに来ていた友人に話すと……何故かため息を吐かれた。解せぬ。

 殺気すら放っていそうな妹の眼光と終始笑顔なのに目が笑っていない葉月ちゃんの間に挟まれることがどれだけ辛かったことか……話上手(自称)な俺でも難しいことはあるのだが。

 友人はいつもの難しそうな話を捲し立てるように展開しつつ『取り敢えずあと五年待てば何とかしてやる』とか言い出した。

 どういうことやねん。

 どうやっても今すぐには駄目なのか……しかし仲を取り持つのに五年は時間かけすぎじゃないかと聞いてみたが、将来の安定を考えると五年はかかるらしい。

 そこまで考えてんのか……見据えている所が違う、さすがは高校の時テストで満点以外採ったことのない天才は言うことが違うぜ。そして今更だが何故俺と同じ大学に来た、もっと上を目指せよ。お前なら弁護士とか官僚目指せるんじゃないのか? デイトレーダー志望とかどういうこったよ。もっと安定する職を目指せよ。

 良く分かんないけど儲かる仕事じゃないだろそれ。

 

 

 ○月・日

 

 今日は誰もお見舞いに来なかったので暇だった。

 ずっと寝るのも飽きるし、テレビ眺めてるのも何だか勿体なく思ってしまう。

 ただ、よく考えると何も無い時間って久し振りかもしれない。大学じゃ講義聞いてるし、家だと料理とか掃除してるし……両親は俺が入院した時に帰ってきたらしいが、すぐに仕事で海外に飛んだようなので、妹は生活できているか心配だ……というわけでメールしたら友人が色々と気を利かせて家事の面倒をみてくれているらしい。良くできた友人だ、あいつには足を向けて寝ていられないな。

 お礼のメールをするとちょっと早い予行練習だと返信してきた……なんの予行なんだ?

 ……結局昨日も妹と葉月ちゃんは来なかったのだけど、大丈夫だろうか。気まずくないのは俺の精神的に良いのだが……ばったり会って喧嘩とかになっていないだろうか。

 仲良く出来ると良いのだが。

 

 

 ○月〒日

 

 キングクリムゾンのデザインって格好良いと思う。帝王って感じがするし。

 やはり荒木先生は偉大である。

 

 

 ○月*日

 

 妹と葉月ちゃんがお見舞いに来た。

 やっぱり喧嘩したらしく、ちょっと怪我してるし疲れている様子だった。お兄ちゃん暴力は良くないと思うんだけど……陰湿なのよりは良いのかもしれないけど、やっぱり話し合いが大切だと思います。

 ただ、言いたいことは言い合ったのか気安い関係……にはなれたと思う。ちょっと喧嘩腰だけど、険悪ではなかった……気がする。気を使う必要はあると思うけど、これなら俺の心労も軽くなるというものだ。

 これから仲良くなれることに期待しよう。友人曰く五年かかるらしいけど。

 

 

 ○月♪日

 

 ネットで自分の怪我の様子を写真に撮っておくと、経過観察になったり復帰のモチベーションが上がったりするらしいのでカメラを起動してみたんだけど……。

 驚いたことに、俺の右目が赤くなっていた。

 医者に聞くと、事故の拍子に目の色に異常が出ることは無いことも無いとのこと、そして何故言わなかったし。

 虹彩異色症というらしい……オッドアイ的な物かと聞いたら、ヘテロクロミア的な物だと言われた。違いが分からん。

 それにしても両目で色が違うとなると……何だかこう、中二病心に来るものがある。六道輪廻を司ったり、ギアスが使えたりしないか色々と試してみたくなる。結局使えなかったけど。

 ……そういった中二病的な妄想は高校の時で卒業することにしたのだ。非日常は俺の元には来てくれなかったし、ハルヒに感化されて宇宙人とか未来人とか超能力者とか探してみたこともあった……憧れたポジションはキョンだけど、今となっては苦い思い出である。あの頃の友人の苦々しい顔は、ちょっと忘れられない。

 まあ、それでも別に良いと今では思う。

 漫画やアニメの世界に憧れはあるけど、やっぱり普通の日常が一番だと思う。友人と遊んだり、妹の買い物に付き合わされたり……事故にあったのは予想外だけど、後悔はない。葉月ちゃんを助けられたのは嬉しいし……ちょっと主人公の気持ちを味わうことも出来た。怪我するのは一回で十分だ。

 激しい喜びもなく、その代わり深い絶望のない植物のような平凡な人生……とは言わなくとも、今の日常が俺にとっては丁度良い。

 ……まあ。

 もしかしたら、探せば非日常とやらはどっかに転がっているのかもと……まだ期待してはいるんだけど。

 まあ、そうあるもんじゃないよな。

 

 

 

 

 

 

 静かな住宅街に少女の足音が響いた。

 足取りは軽やかで、ともすれば歌を歌いながらスキップでもしてしまいそうなほどに少女の機嫌は良かった。これから行く場所が、起こる事が楽しみで仕方がないと言うかの如く口角を上げ、長い黒髪を靡かせていた。

 視線は前。向かう先にあるのは総合病院。

「~♪ 御染(みそめ)、御染くん、御染さん……うん、やっぱり御染さんが言いやすいかな? 新婚さんみたいだし」

 件の病院にいる青年の名前を(そらん)じながら彼女──『神楽坂(かぐらざか)葉月(はづき)』は歩いていた。

 高校のブレザーの上からセーターを着込み、ベージュのマフラーを着けた彼女は冷たい冬の風の中で頬を紅潮させていた。寒さではなく、熱に浮かされた少女のように。

 ──彼女の目的は一人の青年だ。

 名前は神蔵(かみくら)御染(みそめ)。『ミソメ』という、ちょっと女の子っぽい名前を気にしている普通の大学生。年齢は19才。身長175センチで体重は68キロ(入院前)。レベルは高くないが家の近くの国立大学に在籍し経済学を専攻していて将来は銀行員を志望。明るくコミュニケーション能力に長け、人見知りをしない性格だが大学まで親交のある友人は数人程度。理由は同高校からの親友である『石動(いするぎ)(じゅん)』との親交によるもの(弊校において奇人変人として名高き石動と仲が良いことが、彼との接触を躊躇わせてたらしい)。成績は上の下。普段の気安さとは裏腹に生真面目で家庭的で海外出張中の両親に代わり家事を行っている。スポーツは苦手だが運動神経は良く健康のために筋トレを欠かさない。好きな食べ物は甘くない卵焼き。嫌いな食べ物はピーマン、パプリカ等。趣味の映画鑑賞の他漫画やアニメなどのサブカルチャーにも造詣が深く、情報提供者曰く「どんなことでも楽しめる人間」を目指しているとのこと。

 ──それがここ数日で少女が彼について調べさせた情報であり、そして彼こそが『神楽坂葉月』を叱った唯一の存在だった。

 神楽坂葉月は魔法使いだ。

 日本の政界にすら名前を連ねる神楽坂家の長女にして、この世界の理から外れた超常を操る異能の持ち主。葉月は幼少より類い稀なる才能を評価され、現在においては日本の真の政府とも呼ばれる魔法庁──『魔』の『法』を司る組織に弱冠16才で内定を獲得した才媛であり、世界を裏から操り国家公務員すら比較にならぬ高給と地位を約束された少女──だった。

 彼女はその内定を数日前に蹴っていた。

 面接官である魔法庁の高官に対して既に手に入れていた内定通知書を笑顔で叩き返し、唖然とする高官に礼を返して魔法庁を去った。内定取り消しの書類の郵送を済ませ、晴れ晴れとした気持ちで後日彼女は病院に向かった。

 取り消しの理由は簡潔──他にやりたいことが出来たからだ。

 

 全ては彼女が事故に遭いかけたあの日──御染が彼女を助けたことに起因する。

 あの日彼女は、自分の裏の世界での身分をカモフラージュするための学校の登校日だった。あらゆる事柄において才能を発揮し、苦労なく達成出来てしまう葉月にとって『普通』の学校は良い娯楽であり精神の安定剤に等しい。いつも見上げられる立場にあった葉月にとって──たとえ高嶺の花だと認識されていたとしても──同列の存在を観察することは純粋に面白かった。

 彼女にとって学校は動物園や水族館のようなテーマパークで、だからこそ彼女は当時『遅刻に焦る学生』という気分を大いに楽しみ──御染に怪我をさせてしまった。

 最初に彼女が抱いたのは疑問だった。

 ……何故彼は自分を助けたのだろうか? 

 衝撃吸収と認識阻害の魔法を瞬間的に発動していたにも関わらず助ける必要性を鑑みて──彼が一般人だと気付くと、余計に助けた理由が気になった。

 一般人に迷惑をかけた罪悪感よりも自身の知的好奇心のために彼の事が気になって、意識が戻ったという話を聞いて彼の元を訪れ、『誠意を持って謝る』演技をしつつそれとなく魔法を掛けて理由を聞こうとして。

 叱られた。

 痛くない程度の拳骨を落とされ困惑する葉月に、彼は怒ったように説教した。

 ──赤信号を渡るのは危ない、と。

 ──急いでいたとしても注意は怠ってはいけない、と。

 ──もし怪我をしたときに周りがどれだけ心配するか考えなさい、と。

 そんな当たり前の、親が子供にするようなことを、御染は説教した。

 子供に言い聞かせるような優しい口調と、言外に葉月自身のことを思いやるような言葉を、彼女は初めて聞いた。

 打算を込めた期待の声じゃなかった。

 媚を売るような称賛の声じゃなかった。

 ……葉月を思う、優しい体罰だった。

 生まれて初めての優しさを知った葉月は、子供のように泣きじゃくり、嗚咽を漏らしながら謝って──感謝した。

 自分を叱ってくれる人が存在することがどれだけ嬉しいか知った彼女は──その時初めて恋をしたのだ。

 

 だからこそ、彼女はこの上なく舞い上がっていた。

 御染に会いたい。会って話をして、傍にいたい。彼のためなら何でもしたい。彼のためなら、彼と一緒なら何でも楽しそうで、全てが胸踊る出来事になりそうで、好きなことも嫌なことも全てに意味が出来る。

 だから内定は要らなかった。裏の世界にもう意味なんてない。彼が普通の人間であることは既に調査済みで、なら一緒にいられない裏の世界に興味もない。今まで育ててくれた親への感謝はあるが、そもそもやりたくもない役所仕事なんて冗談じゃない。もっと真っ当で、彼に胸を張れて、そして一緒にいられる職業に就きたい。つまりはお嫁さんに永久就職? あぁ、最高じゃないか、と。

 ──そんなことを考えていた時だった。

 ()()()()()

 世界が置き換わる音がした。

 青い空はテレビの画面が切り替わるように数瞬暗くなり──そのまま満月の光る夜になった。

 閑静な住宅街は姿をそのままに、しかし夜の帳が落ちたにも関わらず明かりを着けた様子はない。まるで──いや事実、誰もいないのだろう。

「──転移、じゃない……世界を()()()()()? でもこれって……あぁ、マスキングテープみたいな感じかな?」

 葉月の声が小さく漏れた。

 状況を理解するのに秒もかからない。何者かが──例えるならシールを貼るように、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 自分の思い通りの世界を形作るような能力は存在するが、これはまた毛色が違う。どんなことをしても良い世界──壊そうが砕こうが、現実の世界に影響を及ぼさない都合の良い世界を空間に満たす術式だ。

「それにしても随分と適当というか……空間の範囲は私を中心として半径3キロメートルかな? 私だけと話したいならもっと簡単な方法もあると思うけど……どうなのさ、御染さんの妹ちゃん?」

「──そうでもない、よ? 喧嘩は周りに迷惑をかけないのが一番、だから」

 葉月がまるで世間話をするように後方に声を掛けると、返ってきたのは辿々(たどたど)しい少女の声だった。

 振り返ると、そこにいたのは予想通りの顔。

 ミッション系のスカート丈の長い紺色の制服の上に、男物の黒いジャケットというアンバランスな着こなしと、タレ目が儚げな印象を思わせる少女。オドオドとした口調も相まってか『儚げで気弱』というイメージを貼り付けたような娘が、満月に照らされて立っていた。

「真緒ちゃん、だよね? こんにち──いやこんばんは、かな。ここで会うなんて奇遇だね」

 葉月は彼女に笑顔を送る。目元も、口許(くちもと)も、表情筋すら意識的に動かした完璧な笑みを見ると、真緒と呼ばれた少女は不服そうな顔をした。

「そういうの、いい。見てて、きもい」

「そっか。じゃあ普通に聞くけど──御染さんって表の人だったよね? 真緒ちゃんみたいな()()()じゃなくて」

「うん」

 馬鹿にするような言葉に、真緒は当然のように答えた。

 けれど葉月は、別に馬鹿にしているわけではなかった、というよりもむしろ逆である。

 世界を改編するような魔法は総じて難度が高いが、別に不可能というわけではない。葉月も再現しようと思えば難しいことではない程度の魔法だが──何より異常なのは規模だ。

 自分ではなく他人を起点にし、更に半径3キロメートルの世界を塗り替えるには莫大な魔力が必要となる。平均程度の魔力量を持つ魔法使いと大規模な魔方陣を用いたとしても、100人用意して10分も持てば上出来な程に世界を誤認させる魔法は燃費が悪い。たとえ葉月の知らない魔法以外の能力だとしても、この事象を引き起こしておきながら平気な顔をしている真緒は紛れもなく化け物だった。

 葉月の頬に汗が伝う。

 未知に対しての恐怖と興奮を、葉月は無理矢理笑みを浮かべて誤魔化していた。

「私のことは、あとでいい。私は、聞きたいことがあるだけ、だから。先輩的に言うと……面接試験?」

「へぇ、そう……ちなみに私は御染さんの奥さん志望なんだけど、志望条件とかあったりする?」

「ある、よ? ていうか、それを、聞きたかった」

「はい?」

 茶化した言葉をまともに返されて思わず声をあげる葉月に、真緒は言葉を続けた。

 

「──にいさんに()()あげる覚悟、ある?」

 

 あまりにも適当に述べた質問の言葉なのに、何故だか葉月はその真意を理解できた。

 全部。

 何を、とか。

 どれを、とか。

 そんな言葉が無くても、葉月は理解できた。

 ──全部。

 彼女の想像しうる限りで。

 彼女が想定しうる限りで。

 彼が望むモノ。

 ──それを、全部。

「…………即答、出来ない?」

「……うん」

 不思議そうに首を傾げる真緒の言葉に、葉月は困ったように言葉を返した。

「どうして?」

「……御染さんが教えてくれたからだよ」

 その言葉に、真緒は沈黙した。

()()()()()()()()()……それが普通のことだって。確かに御染さんがしたいこと何でもしてあげたい。彼がいれば何も要らないって私は今でも思ってるくらい、彼が好きだから」

 たとえ彼が望むなら何でもしてあげたい。

 この世の財の限りでも。あまねく星の欠片でも。

 愛しき誰かの心でも。嫌いな誰かの命でも。

 けれど。

「でも、御染さんは普通の人だから……やり過ぎたら彼の日常を壊しちゃう。()()()()()()()()()……だから、全部はあげられないよ」

 ちゃんと喋ったのは2日程度でしかないけど、それだけで分かる。彼は普通の人だ。

 気さくで優しくて、話してて楽しいし、ちょっとオタクっぽいけど真面目な人で……何でもない日常を楽しめる人だ。

 だから、それを壊すわけにはいかない。

 幸せにしたい──そう心の底から思えたから、彼の日常を壊したくない。

「その代わりというのも何だけど……私以外はあげられないけど、私自身はあげられるよ。心とか……体もね」

 堂々と。

 曲げることなき信念のように、葉月は胸を張ってそう言った。

 その言葉を、葉月の言葉を聞いた真緒は、少しの間考えるように目を瞑ると──小さく頷いた。

「悪く、ない」

「……そっか。じゃあ面接は合格かな?」

「うん。面接試験、おっけ」

 真緒のその言葉に、葉月は嘆息し、

 

「──じゃあ、次は、実技、ね?」

 

 ()()()()聞こえた声に、葉月は戦慄した。

 何てことはなかった。

 いつの間にか目の前にいた真緒が、葉月に向けて軽く拳を振りかぶっていた。

 本能が警鐘を鳴らす。

 ──下手に受けたら、死ぬと。

「──!?」

 反応は一瞬だった。

 両腕を顔の前でクロスさせ、衝撃を散らすことを意識した厚さコンマ数ミリメートルの六角式魔法障壁を16枚展開。更に風魔法で拳の予測軌道上の空気に粘性を付与し衝撃までの数瞬のうちに出来るだけの速度を削ぎ落とし、念には念を入れて自身に体を補強し空間に固定する固定魔法を

「むだー」

 ──後方に吹き飛んだ。

 粘性になった空気をものともせずに、16枚の障壁を障子の紙を破るかのような気軽さで突破した拳は、第三宇宙速度で葉月の腕に当たった。

 ボールのように地面を転がりながら、即座に体に硬化魔法を付与。数十メートル後方に体が吹き飛んだものの、次の真緒の攻撃に備えるように何とか受け身を取る。

 奇しくも──自分を助けた青年のようになりながらも、葉月は真緒を睨む。当の本人は、殴り抜いた体勢のまま、同じ所に立っていた。

「反応は、わるくない。がんばり、ました」

 ぱちぱちと、小さな手拍子が聞こえる。

 小馬鹿にするような彼女の声に、葉月は動いた。

 折れた腕の骨を固定し、両足と両腕に加速魔法、全身に先ほど剥がされた硬化魔法を五重に掛け、真緒と葉月の間の空間をトンネル状に真空にする。ちょうどクラウチングスタートの体勢から真緒の正面まで加速した葉月は、対物質装甲障壁(アンチマテリアルアーマー)を右足にセット。音速をはるかに超え、コンクリートのビルを倒壊させる一撃を真緒の頭の左側面へぶちかまし──。

「でも、かるい、ね?」

 それを彼女は片手で止めた。

「っ!?」

 今度こそ葉月は息を飲んだ。

 右足をバットのように掴んだ真緒は、放り投げるように葉月を後方へ飛ばした。あしらうようなその動作に舌打ちをしながら空中で体勢を直して着地する。

「……本当に何者よ。いくらなんでも物理法則を無視しすぎじゃない?」

「こっちの、セリフ。魔法使いって、杖、使わない、の?」

「何でも出来るわよ、魔法使いだもの。それよりお嫁さんに戦闘能力とか必修だったっけ? 意味があると思えないんだけど」

「にいさんの日常、守るん、でしょ?」

 さも当然のように聞いてくる真緒の言葉に、葉月はポカンと口を開いて驚きつつ──何かに気付いたように不敵に笑みを浮かべた。

「そう、そういうこと。彼にバレない程度に何でもしろってことね……本当に御染さんって普通の男の子? ()()()()の妹がいるなんて、ちょっと普通じゃないと思うけど」

「……知ってた、の?」

「気付いたのよ。衛星レベルの魔力量と地球と同質の魔力を放ってれば、あとは何となく理解できた。それと、貴方の本体って上で光ってる奴でしょ? 普通のよりずっと大きく見えるもの」

 葉月が指を指していたのは、神々しく輝く白い月。

 ──魔王現象。

 魔法学上、存在すると謳われた()()の存在。

 星の意思の発露であり、同時に星の余剰魔力の集合体が何かのきっかけにより形を持ったと言われる、自然の創り出した天然の神霊。

 理論上では数百万年から数億年の間に一体出現し、少なくとも大陸を一つ滅ぼしても可笑しくないほどの魔力を持つ──正真正銘の天災。

「……すごい。はじめてで気付いたの、潤せんぱい、だけだった」

「私としてはそっちの先輩の方が気になるんだけど……私と同じ結論が出てくる辺り、絶対人間止めてるじゃない。世界が広いのか狭いのか分からなくなってきた……」

 そんな泣き言を漏らしながら、それでも笑みを絶やさない。

 ──面白い。

 確信した。やっぱり運命はあるのだと。

 この数日で私の世界は何百倍にも膨れ上がった。知らないこと、敵わない誰か、そして好きな人が出来た。

 最高だ! この上ないほどに!

 自分を変えてくれるくらいに素敵な人に出会って、自分が知らないことが世界にあると教えてくれた。

 ──彼と一緒に生きたい。きっと幸せになれる。

 そして同時に確信した。

 絶対に──これからもっと面白くなる!

 

「あぁもう──生きてるって最高ねぇ!!」

「……かかって、こいやー」

 

 子供のように無邪気な女の子の声が響く。

 止まった時間を動かすような、産声だ。

 

 

 副題

 『天才が普通の男の子と天災に出会った冬』

 

 

 




神楽坂葉月
今回の主役。主人公より主人公してる。
信じて送り出した世の中舐めてる天才系女子が一般人に女の子にされて帰ってきた件。根は良い子で知的好奇心旺盛。
このあと本気だして殺しにいったが敵わず。

神蔵真緒
今回のボスにして面接官。小動物系魔王。
設定的にも性格的にもヤバイが主人公は気付かない。
実はあと二回変身を残している。
ちなみに男物のジャケットは御染のもの。

石動潤
出番ほぼなし。でもヤバイ奴。

神蔵御染
今作の主人公にして真のヒロイン。
基本的に普通なのに周りがヤバイやつばっかで相対的に普通じゃない。つまりはヤバイ奴。
五部はミスタとギアッチョ戦がお気に入り。


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02

続いたっぽい。
暇潰しに読んでやってください。

※あのときの半田さん、鰹出汁さん、最中七斗さん、MAXIMさん、変わり者さん、yourphoneさん、胡瓜さん。
 誤字報告ありがとうございます。


 ×月A日

 

 早いもので、入院から一ヶ月が過ぎた。何だか病室で食っては寝てを繰り返しているせいか時間の感覚がどうにも定まらないが、一ヶ月が過ぎても定期的に妹や友人達……主に潤しかいないのでもう潤って書くけど……が来てくれるので、そんなには退屈していなかったりする。

 妹と葉月ちゃんの仲も良くなったようで、最近ではベタついてくる葉月ちゃんを妹が引き剥がしている光景がそこそこ見られる。真緒が強引なことをするのは仲良くなった証みたいな物なので、葉月ちゃんは遠慮なくベタベタしてほしい。お兄ちゃんは妹に友達が出来て嬉しいのです。

 それと、葉月ちゃんと潤も仲良くなったようだ。お見舞いに来てくれた時にばったり会って、そこから意気投合したらしい。

 良かった……本当に良かった……。

 潤は正直友達がいないので心の底から嬉しかった。

 何だろう、この達成感……なんか娘を嫁にやるお父さんの気分になった。もう何も怖くない。奇跡も魔法もあるんだよ(迫真)。

 

 

 ×月B日

 

 今日は天気も良いので、車イスを借りて外に出てみることにした。なんとも都合の良いことに、左手が早めに治ったお陰で自分で車輪が回せるのである。これが若さか。

 取り敢えず病院の中庭みたいな所に来たんだが……誰もいなかった。まあ普通か。まだちょっと寒いし、俺も妹が持ってきてくれたジャケットなかったら外出なかったし。この際雪でも降ってれば雪合戦する少年少女の姿が……ないか。半分の月が空にのぼればあるかもしれんが。

 ただ、猫はいた。すぐに逃げちゃったけど、白くて綺麗な猫だった。すごい雪っぽかった。

 犬か猫かで選ぶと猫派なので、ちょっとラッキーな気分だ。

 

 

 ×月C日

 

 今日も中庭に出てみた。やっぱり外の空気を吸うのって大事だと思う。

 といってもすることが無いので、昨日の猫を探してみた。こう見えても猫の声の真似って結構得意だったりする。妹が似てるって言ってたので多分似てるはずだ。

 そんなこんな10分くらい粘ってみたものの、結局猫は来なかった。やはり真似じゃダメか……購買に猫缶あったりするだろうか。

 

 

 ×月D日

 

 猫缶は無いが煮干しとあたりめならあった。なんか酒のツマミ感がするけど、まあ良しとする。

 そしてここに俺の猫の真似をドッキング。俺、猫真似、ベストマッチ。

 そして苦労すること20分、なんと件の白猫が現れたのだった!

 ……本当に来るとは思わなかった。

 予想外の事にあたふたしつつ、煮干しとあたりめを贈呈しようと試みたが……車イスに座っているのであげにくかった。取り敢えず何とか近くのベンチまで誘導しつつ、餌をあげることに成功した。

 ……そしてモフモフはしない。

 まあ、待て。俺は知っているとも。

 犬はともかく、猫は食事中に触られるのを嫌がるのだ。待合室の雑誌コーナーにある『月刊モフモフにゃんにゃん』は既に読破済みだ。

 静観……圧倒的静観……!!

 奉仕の精神を唱えたマハトマ・ガンディーの如く、俺はこの猫の嫌がる事をしないと決めたのである。ギャルゲーのヒロインのように時間を掛けて攻略してやるぜ。ぐへへ。

 

 

 ×月E日

 

 今日も酒のツマミを片手に中庭に出陣。

 だが、今日は白猫に会うことはなかった。悲C。

 だが今回は人に会うことが出来た、というか中庭で猫の鳴き真似をしていたら声を掛けられた。聞けば病院まで聞こえていたらしい。メッチャ死にたい。

 名前を聞くと白夜(びゃくや)ちゃんと言うらしい。とりあえず千本桜を使えるかどうか聞いた俺は悪くないと思う。すごい困ってたけど。

 中庭で猫真似する変わった人がいたのでちょっと気になったようだ。自分で言うのも何だが、変わっている人に声を掛けるのは止めた方がいいと話したら笑われてしまった。

 そのあと色々話していると、検診の時間が来たらしいのでまた明日会う約束をして行ってしまった。

 それにしても若い子だった。中学生くらいだろうか。

 

 

 ×月F日

 

 今日は昨日出会った白夜ちゃんとお喋りをして時間を潰した。最初は中庭で白猫を待ちつつ話をしていたのだが、白夜ちゃんが寒そうなのでベンチに煮干しをいくつか置いてから彼女の病室で話すことになった。

 どうやら白夜ちゃんは体が昔から弱く、病院の敷地の外に出たことがあまり無いらしい。

 まだ小さな子なのに……酷なことだ。病気とは無縁な俺には想像が出来ないが、とても辛いことだろうに。

 俺は彼女を元気付けるために色んな話をした。大学生としての生活とか小学生の頃はサッカー選手に憧れていたこととか、友達とか妹のこととか……白夜ちゃんは笑っていたが、これで少しは元気が出ただろうか。

 

 

 ×月J日

 

 ここ数日白夜ちゃんと話していて何となく気付いたことがある。

 彼女の病気が……正直治る見込みのないことだ。患っている病気の原因が判明していないらしく、年を経る毎に病状も悪化しているらしい。頭痛や熱が不定期に酷くなり、そのまま死んでしまってもおかしくないそうだ。

 ……俺に出来ることは、励ましてあげることくらいだ。

 

 

 ×月K日

 

 白夜ちゃんの検診の時間が来たので話を終えて中庭に出てみると、ベンチには見覚えのある白猫が座っていた。今日はまだ煮干しを置いていなかったが、それでも来てくれたということは人にも慣れたということだろうか。

 そのまま煮干しをあげつつ自然な流れで撫でてみると、大人しく撫でられてくれた。すごいフワフワしてる。これが野良猫のキューティクルだとでも言うのか……!!

 思いきって膝に乗せてみても嫌がらないので、案外人に慣れていたのかもしれない。そのまま顎とかおでことか尻尾の付け根を撫でるととても気持ち良さそうにしていた。可愛いなコイツ。

 首輪が無いので野良の筈だが、近所のマスコットなのだろうか。白いので白雪(しらゆき)と勝手に名付けてみる。メスっぽいし。

 

 

 ×月L日

 

 今日は白夜ちゃんの病気が良くなるように、千羽鶴をプレゼントした。

 実はリハビリの一環として折り紙を折っていたので、簡単な鶴を山程作って千羽鶴にしてしまおうと考えていたのだ。元々は自分用に作っていた物だ。毎日三十枚くらい……感謝の折り鶴……! 一週間くらいを過ぎた頃には、俺の手捌きは音を置き去りに……していたわけではないが、綺麗に折るようにしていたし、白夜ちゃんにあげる方がきっと良いと思うから。

 小さい頃に聞いたのだが、千羽鶴は願い事を一つ叶えてくれる……らしい。ソースは知らんが、気にしてはいけない。きっと病気が良くなるようにと祈りまくったぜ。祈るだけならタダだからな。

 結構喜んでくれたようで良かった。今日は抱きながら寝るらしい。多分バラバラになるし、チクチクするだろうから止めておいた。

 

 

 ×月O日

 

 今日はお見舞いに来てくれた妹と葉月ちゃんと一緒に中庭で白猫を愛でていた。白夜ちゃんは偉い医者に看て貰うらしく、今日は一日は面会できないらしい。ちょうど良いから二人を紹介してみようと思ったのだが、仕方がない。

 白猫はここ数日のナデナデによりすっかりなついて、煮干しが必要ないレベルまで仲良くなれた。すごい可愛い。無防備にもお腹を見せて来るなんて、魔性の猫やでコイツはぁ……。

 だが何故か妹と葉月ちゃんは俺にすごいジト目を向けてきた。触りたいのか聞いたけど無言で首を横に振られたので、冗談で頭を撫でてみたら嬉しそうにしていた。

 これは……もしや話に聞くナデポという奴だろうか? いつからそんな主人公特性を得たんだろうか……もしやこれが『月刊モフモフにゃんにゃん』の力だとでも言うのか。

 ……まあ甘えたい盛りなのかも知れない。妹とは家では会えないし、葉月ちゃんもご両親とあまり仲が良くないらしいし。

 

 それにしても、白夜ちゃんは大丈夫だろうか。やっぱり心配である。

 何だが雰囲気が昔の妹みたいでついつい気になってしまったが……早く良くなることを願ってやまない。

 

 

 ×月P日

 

 あまりにも唐突だが白夜ちゃんの病気が治ったらしい。凄い奇跡である。

 朝の検診で、今まで病気だったのが嘘のような健康体なことが判明したようだ。医者が誇張なしでひっくり返ったと白夜ちゃん本人が言っていた。

 今日会った時も顔色が良くなっていたし、以前よりも表情が柔らかくなった気がする。良い……笑顔です。

 正直メッチャ嬉しい。治った理由が分からないのが気になるけど、それでも知り合いの命が助かったならもうなんでも良いと思う。

 やっぱり奇跡も魔法も……ってこれで治ったら魔女と戦う運命背負わされるやん。駄目やん。一応、白くて不思議な生き物に契約持ちかけられなかった? って聞いてみたらなんか不思議そうな顔してた。……ネタ分からないよね、今度DVD貸してあげよう。

 とりあえず、元気になって何よりである。嬉しすぎて足を怪我してなかったら喜びのあまりクルクルしちゃうレベル。千羽鶴もきっと役に立ってくれた事だろう。

 ……それにしても、回復初日に髪の毛染めるとか最近の若い子はフットワーク軽いな。

 髪の毛白くなってたけど……なんか凄い似合ってる。最近のブリーチってあんなに綺麗に色抜ける物なんだね。俺なんか一回赤く染めて友達に爆笑された苦い思いでしかないよ……。

 

 

 ×月Q日

 

 白夜ちゃんは念のため何日か検診で入院して、それでも異常が無ければ退院するらしい。俺より先に退院できそうだ。くっ……ここは俺に任せて先に行けっ……!

 そんな茶番を俺の病室でしてたら妹が来た。なんかドア開けて白夜ちゃん見た瞬間戦慄したような顔で『妹に、したのか……私以外の、女を……』と言い出した。最近の真緒は順調にオタクに染められてるなあ。そして妹にするってなんだそのパワーワードは。

 そのあと二人で色々と話をして仲良くなったらしい。妹は年下の友達が新鮮なようだ。真緒はお兄ちゃん子だったから、年上の知り合いばっかりだったからお兄ちゃんとしても嬉しい限りだ。

 それと、面接試験は合格とも言ってた。何の試験? 次はライターの火を消さずに持ってくる奴やるの? 再点火しなきゃ(迫真)。

 

 

 ×月R日

 

 今日は驚いたことに、俺の病室に白猫……白雪がいた。購買で煮干しを買ってきたらいつの間にかベッドにちょこんと座ってて驚いた。どうやって入ってきたのこの子。病院内には猫アレルギーの人もいるだろうし、あんまり良くないんだろうけど……やっぱり俺のこと覚えてたのだろうか、頭良いなぁ。

 仕方ないので病室で遊んであげた。ここは個室だし、後で逃がせば多分大丈夫だろう。

 それにしても……すごく……なついてます……。

 頭を撫でるとなすがまま、お腹を撫でると背中がのびるし、尻尾の付け根を撫でると嬉しそうに鳴く……『月刊モフモフにゃんにゃん』では尻尾の付け根は猫によって好き嫌いがあるし、そもそもあんまり積極的にじゃれてくるのは珍しいという話なのに……やっぱり飼い猫だったりするのだろうか。

 途中からお見舞いに来てくれた葉月ちゃんも、何だか驚いたようにこっちを見ていた。撫でる? って聞いたら顔を赤くして、そういうのは二人っきりの時が良いと話して出ていってしまった。……既に二人だけみたいなものでは?

 そのあとも白雪を可愛がっていると……白雪がおしっこをしてしまった。少し驚いたが、まあ猫だし仕方ない。犬だったら嬉しくてすることもあるらしいし。

 問題は……これをナースさんに何て説明するかだ。猫を病院に入れたって言ったら絶対怒られるよなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 少女──『神輿(みこし)白夜(びゃくや)』は不幸な人間だった。

 幼少より原因不明の病に犯され、体の弱かった彼女が病院の外に出られたのは主に物心つく前のことで──それからは年に一度あれば良いほどに容態が不安定だった。

 普段は体が少しダルくなるような倦怠感が存在するだけ──けれど何の予兆もなく起こる、頭をトンカチで割られるような痛みと体の内側から炎で焼かれるような痛み、そして手足を小さな虫が這いずるような気持ちの悪い感覚が、彼女自身が健常で無いことの証だった。

 身体検査の結果は悪い数値が所狭しと並び──なのに原因が全く分からない。新種の細菌が検出された訳でもなく、免疫機能不全でもなく──通常の病人程度には数値が低いが──、けれど過度のストレスによる身体機能の異常ばかりは判明していく。

 あらゆる検査に引っ掛からない彼女の暫定的な病名は、精神異常によるストレス障害──つまり痛みは彼女の思い込みでしかない、という散々な物だった。

「…………んっ」

 病室の寝台で横になった白夜は小さく声を漏らす。

 背中を這いずるナニカの感覚も、10年も付き合っていれば慣れた物。軽くため息を吐くだけで不快感は誤魔化され、少し辛い程度でしかない。

 けれど──自分が得体の知れないナニカに蝕まれるにつれ、自分の内側にあった大切な物が変質していく感覚は慣れたくはないと独り言を呟きながら、腕の中にある千羽鶴を強く抱き締める。綺麗に折られてピンと張った鶴の翼のチクチクとした感覚が、何故だか心地好かった。

「……お兄さん」

 呟くのは少しだけ会った青年のこと。

 人懐っこそうな顔で、優しい声で、ちょっぴりオタクっぽくて──お人好し。

 数日会っただけの女の子を励まそうと言葉を重ね、千羽鶴まで折ってくるような、どこにでもいそうで、けれどどこか浮き世離れした神聖さのある瞳をした変わった人だった。話をするのも聞くのも上手で、ここ数日の彼との会話を白夜は一言一句だって忘れたことはない。

 ──私にちゃんと向き合ってくれた、初めての人だった。

 誰もが白夜を遠巻きに見て囁いた。呪われた子供、精神異常者、忌み子、鬼の子……陰口は千差万別で、誰もが一歩後ろに引いて話をする。人ではない何かを白夜に重ねて、目を背ける。

 ──お兄さんはそんなことしなかった。

 最初は興味本意だった。

 何度も数えた天井のシミを何度も数え直していると、中庭の方に変な人がいた。にゃーにゃーと下手くそな猫の真似をした青年が、煮干しとあたりめ片手に猫を探していて……最初は馬鹿な人がいたものだと思っただけだった。

 だから次の日にはお目当ての猫を見つけ、その次の日も同じことをする彼に気紛れに声を掛けてみようと、小さな好奇心が首を上げただけのこと。

 ──運命だった。今ならそう思える。

 話してみると話上手な人で、自分の周りのことや小さな頃の話をしてきた。最初はどうでも良いと思ったことが、少しすれば苦笑の漏れる馬鹿話で──検診の時間が来たときには、もっと話していたいと思ってしまった。

 だから、暇潰し程度にはなるなんてひねくれた事を考えて次の日の約束をして……数日過ごした後には、それが唯一の心の支えになった。

「……お兄さん、おにいさん……御染、おにいさん」

 優しいお母様は七歳の頃には来なくなった。

 優しいお父様はもはや見舞いに来ることすらなかった。

 既に記憶は薄れ、二人の顔は覚えていない。今は何をしているのかさえ分からない。毎月支払われる入院費が、白夜には餞別にしか感じられなかった。

 だから──もう白夜には御染しかいない。考えられない。側にいて欲しい。手を繋いでほしい。抱き締めてほしい。頭を撫でてくれれば、それだけでもう何も要らなくなってしまいそう。

 けど──それでも、いつかいなくなる。

 彼の怪我が治って退院すれば、もう会うことも無くなるだろう。よしんば彼が白夜のお見舞いに来てくれたとしても、今より会う機会はずっと少なくなる。

 手を握ったときの彼の感触を思い出す。

 頭を撫でてくれたときの彼の温もりを思い出す。

 そして──それがもう二度と手に入らないと思うと、ドコカがおかしくなりそうになる。

「生きたい」

 白夜は生まれて初めて、心から『生きたい』と願った。

 生きていたいと。

 生きて彼と一緒にいたいと。

 それが出来るなら、何を犠牲にしたって構わないと。

 

『──その願いは、君の人生を対価に掛けてでも足るものかな?』

 

 子供の声がした。

 咄嗟に起き上がって、周りを見ると声の主はすぐに見つかった。診察や見舞いのための椅子の上に、ナニカがちょこんと座り込んでいる。月明かりが椅子を照らすと、そこにいたのは一匹の猫だった。

 白く、白くて、白い。

 体毛も髭も光彩すらも雪のように白い猫が、尻尾を左右に揺らして此方を見詰めていた。

「……誰?」

『そうだね……実は私も、私を表す言葉を持っていなくてね……とりあえず、白雪とでも呼んでくれ』

 彼──いや、彼女は子供のように高い声で、けれど静かにそう名乗った。

「……何の用? さっきの質問はどういう」

『おっと、まずは君の名前を教えてくれないか? 自己紹介は大事だろう?』

「…………『神輿白夜』」

 どこか偉そうな白猫を前に、疑問を抱きつつも名前を言う。白夜の名前を聞くと白雪はあぁ、とどこか納得した風な声を漏らした。

『やっぱり神輿の子か。どうりで変わった体質をしていると思ったよ』

「はぁ?」

『その()()()()()()()さ。天然にしては出来すぎ……というか、あり得ないと思ってたからね。遺伝子レベルの呪いならまだしも、()()()()()()()()なんて狙ってだって作れないさ』

 ──気付いたら手が伸びていた。

 白夜は意識の間隙を縫うように両手を伸ばして白猫の両前足を左手で、腰を右手で伸ばして自分の方へと乱暴に引き寄せた。咄嗟に怪我をさせないように首を避けたのは偶然だと断言できるほどに、白夜の心は気色の悪いナニカで渦巻いていた。

「──お前が知っていることを全部話せ」

 自分のモノとは思えないほどに冷たく暗い声が喉から競り上がるのを白夜は感じた。口からだけではない。這いずり回る手の感触が背骨からグジュグジュと音をたてて体外へ昇り、下腹部に溜まった気色の悪い感覚が全身の肌に張り付いていくき──不思議とそれが不快ではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『そこまでにしときなよ。それ以上自分を失ったら、もう彼には会えなくなるよ』

 

 ──スゥ、と。

 息を吸うように小さな音と共に、ナニカが体の内へと戻っていく。

 いつの間にか閉じていた目を開けると、そこには先程と変わらず白夜を見る白猫がいるだけだった。

『……コントロール出来てるじゃないか、全く都合が良い。これなら私の役割は、知識を与えることくらいかな』

「さっさと話せ。殺すぞ」

『離して欲しいのは私の方なんだけど……まあ、いいとも。交渉するにしても、事前情報がないんじゃお話にならないだろうし』

 白猫──白雪はそう言うといつの間にか先程椅子に座り込んでいたように、ベッドに腰を下ろした。掴んだ手足の感覚が一瞬で消えたことに白夜は驚きながらも、憮然とした態度のまま千羽鶴を胸に抱えて白雪を見る。

『そうだね……簡単に説明すれば、君の病気は全て君の呪いを集める体質に問題がある』

「……まず呪いって何?」

『具体的には説明のしにくいモノだね。後悔、懺悔、羨望、怨嗟……そういった負の感情の塊であったり、死んだ生物の魂の残り香だったり、あるいは形を持たない妖怪みたいなのも呪いと呼ばれたりするし……人が不快に思うあらゆる物は、呪いだと思ってもらって構わない。こればっかりは言語化するのは難しい』

「……続けて」

『君の体質について話を戻すけど、君はおそらく身の回りに存在する呪いを片っ端から集めてしまうんだろうね。明確な範囲は分からないけど、君のある程度近くにある呪いは君に吸収されて君の一部となる。時折頭が割られるようなほど痛んだり、自分が自分でなくなりそうな感覚に襲われるだろう? それは君の中にある呪いが暴れている感覚だ……君の体は、それを沈静化することも出来るみたいだけど』

「……病気じゃ無いってこと?」

『君の生まれ持った体質が原因だから、病気とも言えるけどね。まあ、さっきも言ったように、その体質が偶然発現したとも思えないから、おそらく神輿の家が関係してるんだと思うけど』

「お母様とお父様を知ってるの?」

『君の両親は知らないけど、君の家については知ってるよ。神輿の醜聞は海外でも有名だからね』

「……私の、神輿の家は何をしている人達なの?」

『呪いについての実験や研究を主にしてるって話だけど……神輿は結果至上主義らしくてね。非合法な薬品も、倫理に背く人体実験も平気でするって話だね。そういった意味でなら、君は彼らにとっては有益なモルモットなんじゃないかな。呪い集めの触媒として、君以上の存在はそういないと思うよ』

「……そう」

『ここからは憶測でしかないけど、君の体質は計画された物だろう。呪いを集めて何をするのかは分からないけど、今の君は、君が思っている以上に危うい立場にいる。なにせ君というストッパーが死んだら、今まで溜めていた呪いが撒き散らされてしまうだろうからね……どうやら呪いの他にもナニカを溜め込んでるようだから、もし君が死ねばここいら一帯は良くて更地、悪ければ新しい呪い集めの土地に変貌するだろう』

 淡々とした子供のような声が、病室に響き渡る。

 白雪の顔は先程から変わらない。絵に描いたような猫の顔がそこにはあるだけだった。

 白夜は白雪の言うことを理解していた。呪いだの何だのと言われて要領を得ないものの、自分の体の中の気色悪い物の正体とが白雪の話す物と一致していることは感覚で理解できた。自分が死ねば、おそらく良くないことが起こるということも。

 

「でも──そんなことはどうでも良いよ」

 

 それらを理解してなお、白夜はそんなことに興味がなかった。

『……君のせいで無辜の人々が死んだとしても?』

「私のせいじゃないよ。だってこの体質ってお母様とお父様が作ったんでしょ? なら二人のせいじゃん。そもそも私が集めた呪いだってこの辺りに生きてた人達が生んだ物で、私の物だったわけじゃないし……責任転嫁も甚だしい」

 白夜は少し呆れた顔でそう呟いた。

 結局のところ、白雪の話を聞いたところで白夜の心が動くことなど欠片もなかった。自分が死ぬと周りにいる人も大量に死ぬからと言って、気を付けないととか責任を取らないとなんて思うほど殊勝な心を白夜は持っていなかった。

 ただ一つあるとするなら──じゃあお兄さんも一緒に死んじゃうからちょっと嫌だなーでも会えないならいないのと変わらなくない? という思考くらいなものだ。

 『神輿白夜』は『神蔵御染』ほどお人好しにはなれない。車線に飛び出る少女をつい助けてしまったり、不治の病にかかった少女を必死になって元気付けてあげられるほど、白夜は人間が出来てはいない。

「だからさ、さっさと本題に入ってよ。つまらない人情話とかお涙頂戴なセールス文句も要らないからさぁ──貴方が本当にしたいことを話してくれない?」

 それはあまりに人の心に欠けた言葉であり──そして白雪が求めていた言葉でもあった。

『…………小細工はいらなかったみたいだね。色々と、準備してきたんだけどなぁ』

 それは何かを諦める──というよりは、観念したような声だった。白猫の身でありながらも、白雪の口からはため息が漏れてしまいそうなほどに。

 ──少しでも交渉を有利に進めるために態々白夜の体の事について調べて、どうでも良い人間の命を引き合いに出して情に訴えかけるように仕向けたり……面倒な準備をしていながら、それが役に経たなかったことに若干残念に思いながらも、白雪は本題に入ることにした。

『まず先に言っておくけど、君は遠からず死ぬ。さっきみたいに感情に任せて呪いを制御出来ても、いずれはボロが出て呪いに飲まれるだろうからね。どれくらい先かは分からないけど……まあ、あと一年は持たないだろう』

 だから、と白雪は言葉を区切った。

『私と契約しないか? そうすれば、君はその体質を完全に制御する方法を知ることになる。おそらく力に飲まれることもなく寿命まで生きることも出来るだろうし、なんならその力を他の事に活かせるかもしれない』

「対価は何を?」

『最初に聞いただろう? 君の一生をかけて貰う……私にその体を貸してほしい。といってもたまに借り受けるだけだ、普段は君の体に精神を間借りするだけで君は好きに生きると良い。契約の際に私の記憶は君に、君の記憶は私の物と統合されるが……その時は少し覚悟して貰う必要があるかな。少しショッキングな記憶が映ってしまうだろうから』

「良いよ。少しでも長生きできるなら──お兄さんと一緒に生きる時間が増えるなら、私は何だってする」

 あまりにも胡散臭い白雪の言葉に、白夜は即決で頷いた。その目に迷いはなく、淀んでいながらも真っ直ぐな覚悟があった。

 白雪が右前足を出す。犬がお手をするように空に置かれた手は、白夜には分からないがおそらくそれが契約に必要な手順なのだろう。彼女は白雪の手をゆっくりととった。

「……一つだけ聞かせてくれる? あなたは何なの? とても普通の猫には見えないけど」

 白夜の問いに、白雪は少しだけ沈黙で返し、

『詳しいことはすぐに分かるだろうけど……そうだね、君たち風に言うなら【百万回死んだ猫】かな。回数もちょうど同じだし』

「……どういうこと?」

『昔ちょっと()()()をしたときがあってね。その時に呪いをかけられたのさ……()()()()()()()()()()()()()だけの、何の面白味もない呪いさ。実際は何回死んだかなんて数えて無かったんだけど、生き返ってから一ヶ月も経って何もなかったし、君に吸収されなかったから多分終わったんだと思う』

 だから、と白雪は言葉を区切った。

 先程と同じ言葉で、けれど少しだけ嬉しそうに──まるでイタズラが成功した子供みたいに。

 

『もしかしたら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……そのときはドンマイってことで』

 

 刹那。

 一人と一匹は一つの瞬きと共に一つとなり──その瞬間に彼女らは一人になった。

 ──車に轢かれて死んだ。

 ──雨にうたれながら餓死した。

 ──人の子供に石を投げられて死んだ。

 ──馬に踏まれて死んだ。食べた餌に毒が入っていて死んだ。後ろから誰かに蹴られて死んだ。木が倒れてきて死んだ。少しずつ血を抜かれて死んだ。犬に噛まれて死んだ。魔法の触媒にされて死んだ。炎に焼かれて死んだ。生きたまま人に食われて死んだ。薬を撃たれて発狂しながら死んだ。腸を引きずり出されて死んだ。目を潰されて弄ばれて死んだ。酸素欠乏で少しずつ死んだ首を絞められて死んだ水の中に沈められて死んだ高圧電流を流されて死んだ剣に刺されて死んだ磨り潰されて死んだ病に侵されて死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死──

 ひゃくまんかい しんだ。

 

 

 

 

 

「……凄いな、これでもまだ自我があるのか。よほど執念深いというか強かというか……思っていた以上にこの子は強い子だな」

 ポツリと、呟いた。

 病室に白猫の影はなく、ベッドにいるのは千羽鶴を抱える白い髪の毛の少女の姿だけだった。少女は自身の前髪に触れると、興味深そうに見つめている。

「私からの影響は髪の毛くらいか。最悪体が変質しててもおかしくないんだけど……元々耐性があったのかな。呪い集めの祝福も問題なく動いてるし……まあ、これくらいなら私が誘導してあげればすぐに使いこなせるだろう。伊達に百万回も死んでないし、知識だけは蓄えている」

 白い少女は千羽鶴を持って立ち上がると、ベッドの横のフックに付いていた紐を掛けた。その千羽鶴を少女はしげしげと観察した。

 色彩は何も考えていないのか滅茶苦茶だった。市販の折り紙をバラで適当に千枚買ってきて紐を通しただけの、病院でならたまに見かける普通の千羽鶴だ。

 けれど、少女には他とは違うように見えていた。

(……真摯な感謝の念が籠められている。それほど強い力では無いだろうけど、それでも御守り程度の力はあるかな。……なるほど、随分と呪いが大人しいと思ったらこれのお陰か)

 千羽鶴を見ながら感心したように頷き、次にこれを作った人間の事を思い出した。

 少女の体の持ち主──白夜の記憶にもあった、青年のこと。

 ──起こったことは大した事じゃない。餌を貰って、頭やお腹を撫でられただけ。

 それだけで、彼女は──白雪は彼に恋をした。

 軽い女だと思われたって構わない。それも仕方がないほどの日々だったのだから。

 ──何度も死んで、生き返った。

 死んだと思えば何処とも知らぬ場所に生き返り、数日後には不幸にも死んで、また何処かで生き返るだけの毎日。生き返る場所も分からず、死に方も分からず、死ぬ時間も分からず──時間さえも飛び越える。現代に死んだことも人の生まれる前に死んだこともあれば、鎧を着た戦士が闊歩する時代でも、人の住まぬ森の中ですら死んだこともある。

 ──慣れることが出来ればどれだけ楽だったことか。

 あらゆる死に方を、考えうる様々な死に方に白雪が慣れることなんて無かった。辛いと思えば怖く、寂しいと思えば痛い死に方を何度も経験した。ただの猫である彼女が、いつしか人間と同じように考え、そして知識を蓄えることが出来るようになるまで死んだ回数は数百回程度だった。

 いつ死ぬのかとビクビクと怯えた時は上から落ちた瓦礫で死に、死なぬよう情報を集めては魔法使いに血を抜き取られて死んだこともあった。諦めたように静かに餓死を待ったときは浮浪者に食料として殺され、そもそも気付いた時には目を潰されて叩かれて死んだことだってあった。

 ──辛かった。

 ──怖かった。

 ──何よりも孤独だった。

 百万回も死んでおきながら、彼女の隣に立ってくれた同族はいなかった。暖かい部屋で、優しい飼い主に抱かれて撫でられる同族を見ては──何故誰も私を撫でてくれないのかと思ったものだ。

 助けて欲しいなんて思ってなかった。

 ただ──嘘でも演技でもいいから、優しくして欲しかった。

 毛繕いをしたかった。鼻を突き合わせて匂いを嗅いだり、寒い夜を一緒に過ごすような誰かが欲しかった。同族でも人間でも人外でも何でも良い。荒んだ心を慰めてくれて、甘えさせてくれて、優しく暖めてくれるなら──例え殺されたって構わなかった。それが虚飾にまみれた行動だったとしても、彼女はそれだけ満足出来たのだから。

 だから彼は──『神蔵御染』は白雪にはじめての優しくしてくれた他人だった。

「……明日にはこの子も起きるだろうし、色々と謝っておかないとなぁ。まあ、私の知識と……契約のオプションで猫になれる特典で勘弁して貰えるだろうか……」

 少女はベッドに背中を預けると、少しだけ罪悪感が沸いた。先程まで心中を占めていた焦りと緊張のせいで随分と大人げないことをしてしまったと己を回顧する。彼女らしくないほどに婉曲で回りくどいアプローチも、一重に彼の側に立つための最善手を打っただけ過ぎない。それほどまでに彼と一緒にいたかったというだけなのだが。

「それにしても……彼の周りは騒がしいな。魔法使いに月の魔王現象、呪い持ちの少女に……匂いだけだが()()()()()()()()()か。私より質の悪い女の子ばかりだな……全く運が良いのか悪いのか」

 ……まあ、それも気になりはしない。

 彼女達は全員、彼の害になるようなことはしないだろう。白夜の記憶を見るに、彼は普通を好む少年らしいので、それを乱すようなことはおそらくしない。小競り合いがいいところだろう。排除するような動きは滅多にしないに違いない。

 最悪は──ただの猫として彼の側にいるだけで良い。呪いから解放され、人間と契約したこの体が何年生きるかは疑問だが……少なくとも人間の寿命くらいは生きるとは思う。飼われて、撫でてもらって、愛されるのなら白夜も文句はないだろう。きっとそれは何よりも素晴らしいに違いない。

 あぁ──待ち遠しい。

 明日がこんなにも待ち遠しいのは初めての体験だと思いながら、彼女は眠りにつく。

 暖かな春は、もうすぐだ。

 

 

 

 副題

『呪い集めの少女と百万回死んだ猫と一般人』

 

 

 




神輿白夜
今回の主役。呪われ系というより呪いコレクション系女子。普段は大人しいけど怒ると口調が荒れる。
このあと凄い怒ったけどお兄さんが嬉しそうにしてたのでどうでも良くなった。特に自我に問題がないメンタルお化け。
後日、猫に化けて病室待機してたら凄いにゃんにゃんされた。気持ちよかった。

白雪
今回の主役。リアル百万回死んだ猫。死にすぎて魔法とかテレパシー覚えちゃうレベル。
怒った以外に白夜の精神に何の異常がないのに正直引いた。豆腐メンタルだけど追い詰められるとできる子。
後日、猫に化けて病室待機してたら凄いにゃんにゃんされた。感覚は共有してるので気持ちよかった。

神蔵真緒
サブ1。病室に自分以外の妹? を発見して戦慄。しかし自分と似た性格の子なのでなんか許した。

神楽坂葉月
サブ2。好きな人のお見舞い行ったら猫(に化けてる女の子)がトロ顔晒してたので、彼に混ざるかと提案されたんだけど逃げてきました。

石動潤
サブ3。いまだに出番ないのに設定だけが積み上がっていく。そのうち出てくる。

神蔵御染
主人公。今さらだが日記よりもモノローグの方が長い。
カウンセラーにしてテクニシャン。折り鶴を折るのと猫を撫でるのが異様に上手い。


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03

沢山の評価、お気に入り登録ありがとうございます。
ランキングにやたら長いこと居座っててビビりました。はい。

今回はほのぼの回。
またの名を伏線ばらまき回とも。
暇潰しに読んでやってください。

※yelm01さん、fire-catさん、ヤマシロ=サンさん、秋ウサギさん、かにさんさん。
 誤字報告ありがとうございます。



 △月a日

 

 祝、退院!

 春を少し過ぎ、桜が散った頃にやっと退院である。入院期間は3ヶ月くらいだけど、じっとしている時間が長かったからもっと長く感じた。新手のスタンド攻撃かと思っ......このネタ前にも書いたな。

 家に帰ると妹と潤が玄関で待っててくれていた。久しぶりに会ったわけではないけど、なんだかちょっと感動してしまった。真緒なんか抱きついてきたし。寂しかったんだろうな。

 退院祝いに潤がちらし寿司を作ってくれていて、更に準備の途中でお祝いに来てくれた葉月ちゃんや白夜ちゃんも交えて皆で食べることになった。何だか急に大所帯になって夕飯足りるかな、と思ったけど何とかなった。……まさか潤がこれを見越していたなど、このリハクの目をもってしてもミヌケナカッタ。

 それにしても、何故皆が我が家の場所を知っていたのか不思議だったが、妹が教えたらしい。たまに遊びに来るのだとか。成長したなぁ。

 遅くならないうちに三人を返して暫くすると、白雪が庭の窓の所にいた。どうやら病院から着いてきてしまったらしい。

 だったら仕方ない。よし、今日からウチの子だ。

 だって可愛いし。撫でさせてくれるし。家まで着いてくるならもうウチの子ですね間違いない。

 ……首輪とか、エサとかトイレの砂とか用意しないと。週末に買いに行こう。

 

 

 △月b日

 

 久しぶりに妹と並んで駅まで歩いた。行き先違うし電車代かかるけど、たまにはこういうのも良いと思う。

 何だか懐かしくなって手を繋いでしまった。俺が高校の時もこうして歩いたっけ。真緒も少し嬉しそうだった。

 そして久しぶりの大学だが……なんと留年は免れていた。いや、実際は入院中に潤から知らされてたけどね。

 一年の時は真面目に講義出てたし、補習はしないけど講義についていけて先生の手伝いをするなら単位くれるらしい。やったね。

 やはり日頃の行いが良かったな。正直留年は嫌だったので本当に感謝である。潤は普通に卒業するだろうから、留年してたら笑われるところだった。

 ……なんか雑用要員にされてる気がするけど、まあいっか。背に腹は代えられない。

 

 

 △月c日

 

 今日は妹と料理の練習である。

 実は真緒は料理......というか家事が苦手だ。手先は器用な方なんだが、どうにも感覚でやってしまったり強引に終わらせようとするので失敗が多い。楽器は上手いんだけどなぁ。

 とりあえず卵料理をいくつか。卵焼き、スクランブルエッグ、そしてプレーンオムレツに挑戦。少し焦げたがまずまずである。料理はスタッフ(俺)が美味しくいただきました。

 俺の入院中は潤が世話してたみたいだから、これを期に頑張ってほしい。真緒は渋ってたけど、料理は将来きっと必要だ。ちょっと早い花嫁修行だと思ってほしい。

 俺も、ずっと一緒にいられるわけじゃないだろうからね。真緒が結婚……ちょっと想像しにくいけど、真緒ならきっと良い人が見つかるに違いない。

 

 

 △月d日

 

 休みの日なので白雪の首輪とかを買いに駅前に行くと、白夜ちゃんとばったり出くわした。凄い偶然である。

 折角なので一緒に来るか誘うと何だか嬉しそうに付いてきてくれた。猫好きなんだろうか、今度触りに来てと誘っておいた。

 けど、首輪を自分に着けてみようとするのはちょっとどうかと思う。ファッションにしてはパンク過ぎませんかねえ(困惑)。そもそも猫用じゃ短いと思うし、なんか店員さんの視線が痛いから止めて。やべぇ奴だと思われてるよ絶対。

 あと猫トイレは絶対必要です。白夜ちゃんは元ノラなら外で済ますなんて言うけど、猫ちゃんにとって安心できる家にしたいならトイレは必須。『月刊モフモフにゃんにゃん』にも書いてある。

 なんか赤くなりながら否定されたけど、ここは譲れない。ペットを飼う上でトイレ事情は軽視できないのだ。

 

 

 △月e日

 

 朝御飯を食べてテレビを見ていると白雪が帰ってきた。昨日は家に帰ってこなかったので心配したが、元気そうで何よりである。

 というわけで昨日買った首輪を装着。赤い首輪に綺麗な鈴……何だかサザエさんに出てくる猫みたいになったけど、白雪は黒よりは赤の方が映える気がする。うん、美人さんだ。

 そして猫砂の上に乗せて見たのだが……少し具合を確かめると箱から出て俺の膝に居座ってしまった。気に入らなかったのか聞くと、にゃーんと声が返ってきた。

 ……ちょっと高いの選んだんだけどなぁ。

 

 

 △月h日

 

 大学の教授に頼まれてサークルの活動を手伝うことになったんだが……何故に麻雀?

 いや、面子が足りなかったってどういうことだよ。学生のサークル活動なのに何で先生が面子集めてるんですか、と聞いてみたら暇潰しらしい。たまに遊びに来るけど部員が二人なので一人誘いたかったそうだ。それで良いのか大学教授。

 とりあえず何度か対局したら総合で二位だった。麻雀は漫画で興味あったからルール調べていたのでそこそこ健闘できた。点数計算できないけど。

 一位は部長の前髪君、三位は部員のツインテールちゃん、四位が教授である。

 教授……駆け引き弱すぎです。

 

 

 

 △月i日

 

 家に葉月ちゃんが遊びに来たのでゲームをすることになった。友達が来たらとりあえず大乱闘、この家の規則である。今日作った。

 驚くことに葉月ちゃんはテレビゲームをするのは初めてらしい。なん……だと……とか思ったけど、そういえば葉月ちゃんの家はお金持ちだった。厳しい家なんだなぁ。

 ちなみに大乱闘は妹がダントツ。見てからジャストガード余裕でしたは妹の言葉である。

 何度やっても勝負にならないのでその後はトランプに移行すると、特にスピードは真緒と葉月ちゃんで熾烈な戦いが繰り広げられていた。なんかレベルが違ったので俺はソファで白雪を撫でていることにした。この子ほんまサラサラやで。

 結局僅差で葉月ちゃんが勝ったらしい。ガッツポーズを決めた後、休日に買い物に付き合って欲しいと頼まれた。とりあえず息整えてから話そう?

 これはもしやデートかと思ったが、まあ普通に荷物持ちだろう。暇なので了承しておいた。

 

 

 △月k日

 

 今日は葉月ちゃんとお買い物である。予想よりも大人っぽい葉月ちゃんの登場に、少しドキッとしたのは内緒である。妹の友達にドキドキしちゃうお兄ちゃんとか漫画の中でしか許されないからね。いつもより大人だねと誉めておいたけど、何だか恥ずかしそうにしていた。

 最初は映画を見た後、ゆっくりご飯を食べてショッピングをした。服の感想とか俺に求められて、気の効いた言葉を絞り出すのは中々難しかったが何とか頑張った。なんか最後の方とか悩みすぎて恥ずかしいこと言っていたような気もする。ここでも店員さんの目が痛かった。

 それにしても……やっぱりこれはデートでは? とか思って帰ったら妹にデートじゃないと断言された。コイツ……直接俺の脳内を……!?

 ちなみに妹は妹で遊びに行ってきたのだとか。何でも白夜ちゃんの家らしい。迷惑掛けてないか聞いたら、目を背けられた。

 え、マジで何かやったの?

 

 

 △月l日

 

 今日も教授に誘われて麻雀をした。リベンジらしい。

 今回は三位だったので少し悔しい。そして一位と四位は変わらず……あまりにも教授に運が無さすぎるんだよなぁ。

 折角なので前髪君と話してみると、暗そうな見た目によらず社交的な人だった。ツインテールちゃんとは幼なじみで、二人で麻雀サークルを作ったは良いが、部員に恵まれていないらしい。暇なら誘ってくれと言うと嬉しそうにしていた。

 ちなみに趣味は旅に出ることでよく海外に行くらしい……が、地元に帰ってからの記憶がいつも曖昧で、気付いたらツインテールちゃんの家でお世話になっていることが多いとのこと。

 それは病院に行った方が良いのでは?

 

 

 △月o日

 

 今日は妹に誘われて部活用品の買い出しを手伝った。楽器の手入れ用の物とか、金管用のマウスピースは部費で買うという話で、妹の高校の吹奏楽部は強豪なので部員が多いので、副部長の真緒がまとめて買ってるらしい。普通買い出しって一年とかがやるのでは? と聞くと電車にも乗ったことのない箱入り娘にはもっと簡単な事から学ばせているとのこと。お嬢様学校スゴいなぁ。

 口では面倒だとか言ってるけど、顔はどこか嬉しそうだった。気負うことはない、自分の『好き』に従いなさい……(ケムリクサ民)

 そういえば何の楽器を担当しているのか聞いてみると、幾つか出来るが担当はユーフォニアムらしい。顧問の先生は粘着イケメン悪魔とか渾名付けられてたりしないか聞くと、普通のおばちゃん先生とのこと。まあミッション系の女子高に男の先生とか居なさそうだもんね。

 

 

 △月p日

 

 今日は潤と大学帰りに遊びに行くことになった。大学の周りを適当に歩き、目についた本屋で幾つか本を買った。我輩は猫である、って有名だけどあんまり読んだことある人いないんじゃないかなぁ。

 潤も気になった本を何冊かレジに持っていっていた。何か見たこと無いような哲学書と科学関係の雑誌と少女漫画だ。店員さんの苦笑いを堪えるような笑み……俺じゃなくても見逃さないね。

 その後はカラオケで暇を潰し、次の休日に家に遊びに来ることを約束をした。クックッ……細工は流々、後は仕掛けを御覧じろってな。

 それにしても、入院してたからか随分久しぶりに潤と遊びに出掛けた気がする。高校の時は良く遊んだものだが……宇宙人見つけに行こうと誘ったら微妙な顔をされたのが未だに忘れられない。

 くそぅ、あの時の俺はどうかしてたんだよ。それもこれもハルヒが面白かったのが悪い。

 

 

 △月s日

 

 さて、昨日は日記を書く前に寝てしまったので、今回は昨日と今日の事を書こうと思う。

 昨日は潤の誕生日パーティーを開いた。何を隠そう前回家に遊びに来るよう誘ったのも、昨日までやたら外出が多かったりしたのも、全てはこのための伏線……もとい布石だったのだ。

 葉月ちゃんや白夜ちゃんにも準備を手伝ってもらい、ひそかに準備を進めていた。病院で会ってからマメに連絡を取り合っている俺に抜かりはない。二人も潤とは仲良くしてるみたいで、快くサプライズを手伝ってくれた。友達の輪はこうして広がっていくんだな……ちょっと感動したわ。

 勿論妹も一緒だ。でも吹奏楽部の練習ドタキャンするのは止めなさい。風邪引いたって嘘ついたろ友達から心配の電話来たぞ。

 そんなこんなで潤が家に入った瞬間にクラッカーで出迎えると、アイツはキョトンとした顔で驚いていた。リアクションが薄いが、まあこんなものだろう。潤が自分の誕生日忘れるなんてあり得ないだろうし、思ってたより盛大に祝われて困ってるだけだ。

 チョコレートケーキを用意して集合写真を撮影。ケーキを食べてからプレゼントを渡したらゲーム大会だ。我が家では誕生日にゲーム大会をする。これは真緒が家に来てからの伝統である。

 五人いるから桃鉄もドカポンも出来ない? よろしいならば大乱闘だ。SPなら8人まで対戦できるからみんなも買え(ダイマ)。

 さすがの妹も五人でやるとなるとお得意のジャストガードが難しいようで、中々熱い戦いが出来た。もっと言えば四人で妹をフルボッコしたとも言える。泣くなよ……悪かったって。

 その後はトランプやらボードゲームやらで遊び倒した。外に出て遊びに出掛けたりはしない。雨降ってるんだもん。色々計画考えて来たんだが……まあ皆退屈していないみたいで何よりである。

 そして気付いたら朝だった。話を聞くと疲れてソファで寝てたのでそのままにしていたらしい。起こしてくれても良かったんだけどなぁ。

 女子陣はそのまま妹の部屋でお泊まり会をしたそうだ。お兄ちゃん初耳なんだけど。別に良いけどちょっと寂しい……俺も男友達と遊びたい、って思ったけどもしかして俺男友達いないんじゃね? 潤も女だし、あんまり気にしたことないけど。

 ……いや、ちょっと嘘ついた。パジャマ姿はちょっと可愛いなって思った。恥ずかしいから絶対言わないけどな。

 

 そういえば皆と朝御飯食べてた時に潤から、やっぱり五年もかからないかもと言われた。

 入院してた時の話か? 真緒も葉月ちゃんも、もう普通に仲良いんだけど。それとも何か別の話?

 

 

 △月v日

 

 今日は白夜ちゃんのお父さんと会った。真面目で穏やかな人だったけど、昔から目が見えないそうだ。奥さんも先に亡くなってしまったらしいし、白夜ちゃんの家は大変そうだ。

 お父さんには挨拶をして、白夜ちゃんには困ったら何時でも言ってくれと話しておいた。入院してた分、のびのび生きて欲しい。

 そういえば妹が何か迷惑をかけてないか聞くと、困ったように笑っていた。な、何かしたんですか?

 

 

 △月w日

 

 白雪が猫トイレを使ってくれない。

 外でしているなら良いが、便秘だと病院に行くことになる。取り敢えずお腹を撫でていると、妹が構ってオーラを出して近づいて来た。真緒がお兄ちゃん離れしなくてちょっと心配ですよ……年頃の妹って兄のこと嫌いなモノなのでは?

 お願いだから耳噛むの止めてくれ。普通に痛いから。

 

 

 

 △月x日

 

 突然だが、金欠だ。

 最近よく外に出て遊んでいたせいかお金が無い。両親から生活費は振り込まれてるけど、大学の学費は奨学金借りて自分で返済しろと言われてるし、元々俺に入ってくる金は少な目のお小遣いだけだ。

 バイトするか……前にやってた所は入院したときに止めちゃったし。今度はレストランとかに手を出してみるべきか。キッチンとかやらせて貰えれば、料理のレパートリーが増えるかもしれないし。

 

 

 

 

 

 ──静謐な夜だった。

 しとしとと降る五月雨(さみだれ)が、小さく庭の草々を叩く。空に浮かぶ雲は薄く、所々出来た雲居からは(ほの)かに青く光る三日月が見え隠れしていた。まるで誰かに見て貰いたいかのように姿を垣間見せる姿は、いじらしい少女のよう。

 ──静謐な夜だった。

 弱々しい雨に濡れて徐々に色を変えていく(へり)を、『石動(いするぎ)(じゅん)』は()ていた。背中まで伸びた茶色の長髪を、シュシュで頭の後ろに一つに纏めた彼女は、薄手のパジャマを身に付けながら片時も視線を外さない。

 四人掛けの大きな黒いソファに座りながら、シンとした家のリビングから窓越しに外に顔を向ける姿はどこか無機質で──まるで何かを観察しているようにも見える。

 そのあり方は人形のようにも──ともすれば監視カメラのように、頑なだった。

「伝達系の魔法……それも意味不明なくらい回りくどいですね。()()()()()()()()()()とか、奇を(てら)い過ぎてません?」

「そう面倒なモノでもないよ。それにこれは実験みたいな物でね。こうでもしないと、あの子達は自分が人間だってことを忘れちゃいそうだから。僕もたまに忘れそうになるもん」

 不意に聞こえた女の声に、けれど潤は動じずに答えた。

 潤は瞬きすらしなかった顔を件の女性に向ける。すでにそこにあったのは妙齢の女の顔で、人形のように無機質な顔はどこにも無かった。柔らかに笑う彼女を見て──その姿が自らが懸想する青年に似ていて──『神楽坂葉月』は苦笑した。

 恋人同士はどこか似てくるものだという迷信を信じた覚えは無いが、葉月にとってあの笑みは大きな溝のように思えてしまう。

 越えられない壁。埋められない距離。

 葉月よりも三年は長く御染と一緒にいた潤に、葉月はどこか畏敬の念を感じざるを得なかった。

「……寝ないんですか? 御染さんが疲れて寝ちゃったから、今日は早く寝ようだなんて提案したのは潤先輩じゃないですか」

「はは、ごめんね。何だか懐かしくなってさ。御染の寝顔みてたら──なんか起きてたくなっちゃった」

 そう言う潤の顔は、あまりにも『女の子』だった。

 嬉しそうで、幸せそうで、堪らないと言わんばかりに頬を赤くする彼女の顔を、葉月は怪訝な顔で見詰めた。

(……聞いてた印象とまるで違うじゃない)

 葉月が御染を調べるに当たって、その親友たる石動潤の存在も多少なりとも調べがついていた……が、今ではその報告が嘘であったと言いたくなるほどに、『石動潤』というイメージと眼前の少女の印象は大きく違っていた。

 ──ロボット。

 それが高校時代を石動潤と共に過ごしたクラスメイトの誰もが彼女に抱いた印象とのこと。

 淡々とした物言いと極めて論理的な話し方。誰に対しても何に対しても興味が無さそうな立ち居振舞い。

 彼女が自ら話を切り出すことは希であり、返すことも──御染が話しかけた時以外は希だという。無視することは無いが、関心を見せる素振りすらない。事務的で無感動で、まるで既に考えられていたかのように話す姿はさながら機械のようだったと。

 確かに葉月が御染と出会ってから暫くして、彼の病室で潤と初めて顔を会わせた時はその印象は変わらなかった。ただ少し、聞いていたよりも人間らしさがあった、という程度の違いだけ。

 けれど葉月には、今の潤が普通の女の子にしか見えなかった。

 華奢な手つきも、呼吸に震える唇も、緩やかに弧を描く目尻も、仄かに赤く色づいた頬さえも。

 普通の、恋する女の顔にしか見えない。

 そう見えてしまうのは──葉月が好いている青年が、現在進行形で彼女に()()されているからか。

 二人の女同士の会話の間にいながらソファの片側に足を乗せ、潤に頭を預けて『神蔵御染』は眠っていた。少しだけ疲れの見える……けれど安心したように眠る青年がそこにはいた。

 葉月はソファまで歩き、彼に顔を近付ける。何も知らない呑気な顔に少しだけ腹が立ちそうだが、あまりにも無防備な寝顔は案外可愛らしかった。

「……代わる?」

「………………………………いえ、今度起きているときにしますよ。ちゃんと自分で、お願いさせてみせます」

「そっか。頼もしい限りだよ」

 魅力的な提案に、長考を伴った末にプライドで乗りきった葉月に潤は優しく笑った。その顔には、どこか楽しそうな──期待するような色が透けていた。

 葉月は潤の隣、御染の体とは反対側の隙間に座ると、何でもない風に口を開く。世間話でもするかのように、話の口火を切った。

「それで──結局のところ、潤先輩って()なんですか? 真緒ちゃんは()()()だって言ってましたけど、宇宙人でも魔法って使うんですね」

 今は自身の寝室で、白夜/白雪と並んで寝ている真緒の言っていたことを思い出しながら葉月はそう問う。潤は少し困ったように笑うと、

「それについては説明がしにくいんだよね。僕の()の存在を指し示す言葉が無いというか、どれもが本質を説明できてないというか……それでも言葉で説明するなら『()()()()』ってところかな」

「『情報存在』?」

「そう。実体の無い情報だけの存在でありながら、自身の回りのありとあらゆる情報を収集する機能を持った存在。命も無ければ触れられもしない、けれど確かな自我とある程度の取捨選択のできる程度の知能を持ち合わせた不確かなモノ……真緒ちゃんは宇宙人だって言ってたけど、今の僕からすれば『情報存在』は電波とか、もしくは実体の無い粘菌に相当する存在だ」

「……質量もないのに、情報を収集する存在? エネルギーとかどうなってるんですかそれ、物理法則ガン無視じゃないですか」

「君の例えは科学的だね。とても魔法使いとは思えない着眼点だ」

「魔法も科学みたいなものですよ。色んな法則から、使えるところを引っ張ってくれば答えが出る……出力のための機械が人間の体や魔法陣とかになったってだけです」

 機械でも魔法使えますけどね、と最後に付け加える葉月に潤は小さく笑った。

 真緒や潤を超常の存在だと考える彼女も、十分にこちら側であることをきっと自覚していない。自分よりも上がいると理解したことで、相対的に自分の能力を過小評価し過ぎているのかもしれない。

 それでも挑戦的な瞳で次の話を期待するように潤を見る姿は、ベッドでお伽噺をねだる子供のようにも見える。

(……御染の好きそうな子だなぁ)

 好きなことと大切な物が多い友人を思いだし、膝の上に乗った彼の頭に手を当てる。責めるように彼の頬を指でつついても、間抜けな顔が変な顔になるだけで──そしてそれだけで何だか面白くなさそうにこちらを見る葉月は、やはり御染の好きそうな子だ。

 行動派で好奇心が旺盛、理知的だけど嫉妬深い。

 自分を振り回してくれる人をどこかで望んでいる──物語の主人公が何かに巻き込まれるように、ここではないどこかを望んでいるくせに、日常から離れたくないと思っている御染にはちょうど良い女の子だ。

「さて、話を戻そっか。『情報存在』だった僕は、ある時地球を見つけた。どこの星にも無い物質と密度……生命体というあまりにも情報に富んだ存在を見つけた僕は地球に足を下ろしたんだ。その時に一人の人間の情報を収集して──そのまま同化しちゃってね」

「……それが『石動潤』だった?」

「君が思っているよりも、人間は大きな……容量の『重い』生き物だ。複雑で柔軟、多様性に優れて情報の密度が高い。そのせいか『情報存在』の方がその肉体に()()()()()()……と言っても、別に何が変わったというわけでもないよ。普通の人間に『情報存在』の機能が備って性質が変化されただけ。()()()()()って言うのかな……御染なら『宇宙からの電波を受信したんだろ』って言うだろうけどね」

 あながち間違いじゃないから色々と難儀する、と潤は一度言葉を区切った。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。今の僕に、僕と同化した中学三年以前の記憶は馴染みがない物だ。経験はあっても馴染まない……何故そんな行動を取ってたのか分からないって感じかな。それからは君が調べたであろう通りの僕が始まった感じかな」

「……色々と突っ込みどころはありますが、取り敢えず言わせてもらえるなら……何でそんな口調に?」

「彼と会ってから漫画とかに影響されてね。それに御染の好みに合わせてたりもする」

「その辺ちょっと詳しく」

 

 閑話休題(それはさておき)

 

「僕の正体はこれくらいだよ。思っていたより大した物じゃ無いだろう?」

「いえ色々と規格外ですよ……あっ、ってことはさっき通信していたのってまさか『情報存在』のお仲間さん?」

「いや、『情報存在』は僕の認識する限り僕だけだよ。彼らは……なんて言えば良いのかな。遺伝子情報的には僕と御染の子供なんだけど」

「──はあ!?」

「いや、DNAのベースに僕と彼のを使っただけで、僕が個人的に創った子達だよ。出力媒体として体を手に入れたことで、『情報存在』としての機能が拡張されてね。情報の創造と改竄が可能になったから、()()()()()()()()()ヒトを創ってみました」

「……………………えっ、それ0から1を産み出したってこと? 何それ意味わかんない」

「何であれ実体を持つ物質は、必ず情報を保持している。それがどんな材質であるか、もしくはどれくらいの大きさなのか、あるいはどういう用途で使うものなのか。そういった物質の持つ『概念』を『情報存在』は解析して集積する……今までは出力のための機関が無かったけど、ここにいる僕は『概念』から物質を創造出来るようになっただけの話だよ。葉月ちゃんもさっき言ってたじゃないか、()()()()()()()()は僕だって持ってる……お腹が大きくなったりはしないけどね」

「……理屈っぽく言ってますけど、それ設計図の紙を素材にパソコン造るくらい馬鹿な理論ですよ」

「鉛から金を作るような人達に言われたくないなー」

「否定はしませんけど、一応言っておくと黄金錬成にも準備とか儀式とか面倒なことが色々とあるんですよ? そもそも金を作るよりも準備の方がお金がかかりますし手間も割りに合わないくらい面倒だったり……遠回りにも程があるんで誰もやりたがらないですし」

「なら僕のやってることは遠回りの最たるモノだよ。子供が欲しいなら御染とセックスすればいいもん」

「せっ……!? た、確かにそうですけど……」

「まあ、今はちょっと事情があって世界を回ってもらってるんだけど……全部終わったら、御染に紹介しないとなぁ」

 

 閑話休題(そんなことよりっ!)

 

「ずっと、聞いておきたいと思ってたことがあるんです……潤さんも真緒ちゃんも、どうして御染さんに自分の正体を明かさないんですか?」

 弛緩していた空気を引き締めるように神妙な面持ちで葉月はそう切り出した。先ほどと一転して真剣な表情を見せる葉月に、潤は目線を合わせて、

「そうだね……理由は大きく分けて二つ。まず一つは、知らないなら知る必要なんて無いからだよ。事実御染は真緒ちゃんと暮らし初めてからも、僕と一緒にいた高校三年間で僕達の正体に気付くことも、不都合なことも何もなかった」

()()()()()()()()()()()()()()()()。家族や友達に隠し事を、何年にも渡ってする理由にはならないですよ……それが、そんなに大きな事なら尚更です」

 潤の言葉を、葉月は間違っていると断定した。

 そもそも葉月が御染に自分の──自分が魔法使いであることを隠しているのは、潤や真緒がそうしているからというのが大きな理由だ。そして御染の事を家族以上に好いていて、そして異性として愛してるだろう潤が、今話した事を理由に正体を隠しているとは思えない。

 嫌われたくない以上に、知って欲しいと願う『女の子』の気持ちを葉月は知っているから。

 だからこそ、葉月は潤から視線を外さない。

 本命の理由があるのだろうと言いたげに。

「……葉月ちゃんは、御染を好きになった時どう思った?」

「好っ……まあ、その。や、優しい人だなぁとか……私のために怒ってくれたのは、凄い嬉しかったですし」

「運命を感じた、とか?」

「…………何ですか、馬鹿にしてるんですか? 良いですよーべつにー自分でもちょっと夢見がち過ぎだなぁ、とか思ってますからー」

「そんなに拗ねないでよ。馬鹿になんかしてないし……多分みんなそう思ってるだろうから」

 その言葉に、少しだけ引っ掛かる物があった。

 勘と言うには弱く、確信と呼ぶには強すぎる……虫の知らせとでも言うべきナニカを、葉月は感じた。

「………………()()()?」

「……葉月ちゃんなら引っ掛かると思ってたよ。うん、多分……いや確実に全員だと思うけど、きっとみんな御染に運命を感じているんだと思う。白夜ちゃんも白雪も、真緒ちゃんも同じような事を言ってた」

 例えばそれは、イルカが同族間で電波のやり取りをしてコミュニケーションを取るような、余人には理解しえない感覚。

 共鳴、とでも言えば良いのか。

 共感、の方が正しいかもしれない。

「御染が入院する前くらいまでは確信が持てなかった。『情報存在』としての機能を何億回と使って解析(スキャン)しても、御染は至って普通の人間だった。魔法使いとしての才能はなかったし、呪いを受けてるわけでもないし、僕や白雪が知っている知識にも該当するモノが無い程、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 けれど、と潤は言葉を区切る。

「彼の右目を見て、確信が持てたよ」

「右目って……あの赤くなった? でもあれは事故での出血とかが原因の症状なんじゃ……」

「──怪我なんてしてないんだ」

「えっ?」

「御染は目なんて怪我してない。事故の時に圧迫したわけでも、内出血を起こしたわけでも、ましてや後天的な色素欠乏に陥ったわけでもない。彼の右目は、本来左目と同じく()()()()()()()()()()()

 そして。

「そしてどうも普通の人には何も異常も無く黒く見えているらしい。彼のカルテを拝借したけど、右目の異常はどこにも記載は無かった……医者のメモにも、走り書き程度の痕跡すら、彼の右目に関する事は何もなかった」

 ふと、葉月は顔を下へと向ける。

 潤の膝を枕に眠る青年の寝顔を見ながら、右目に触れる。割れ物を扱うように瞼を軽くなぞっても、そこには震えるように動く眼球があるようにしか見えなかった。

「さっき伝達魔法で子供達から世界中の事を伝えて貰ってたんだ。ここ数年で増加し始めていた地球の龍脈──星の魔力が、今年から励起してる。まるで外部から刺激されたみたいにね」

 イギリスのロンドン。

 ギリシャのオリュンポス。

 中央アジアのチベット高原。

 北アメリカのロサンゼルス。

 アフリカの南サヘル。

 南極大陸の中央。

 そして日本の東京。

 既に確認されているだけで七つ。

 そして、恐らくはそれ以上の場所で何かが起こっている。

「世界が、動き始めたんだ」

 ──静謐な夜だった。

 いつの間にか降っていた雨が止み、耳が痛くなるほどに静かな夜がリビングを支配していた。

 葉月は驚きのあまりに目を見開いていた。

 話を聞いただけの、漠然とした圧倒感。

 それが只の杞憂で終わるわけがないことは、二人には理解できていた。

「……世界が、動く」

「あぁ、そしてそこにはきっと御染が関係してる。この一連の出来事の中心ではないにしろ、きっとその一端を握ってる……だから御染には話さないのさ。御染が何も知らないこと……それすらも何かの予兆なのかも知れないからね」

 ふう、と。

 一肺に残っていた空気を吐いた潤は、御染の体が動かないように抑えながら立ち上がる。後ろで髪を纏めていたシュシュを優しく取ると、ブラウンの長髪が流れるようにほどけていく。

「長く話し過ぎちゃったね……早く寝ないと、明日が起きられなくなっちゃう」

「そう、ですね……」

「難しく考える必要はないさ。もうきっと誰も止められないし止める必要もない。僕達には来るべきナニカに備えておくことくらいしか、ね」

 潤の言葉に葉月は小さく首肯し、立ち上がる。

 胸の内に(わだかま)り続ける不安に汗を掻きながら、葉月は御染を見た。どこか間抜けそうな、気の抜けた寝顔がそこにはあった。

 なんだか場違いというか、雰囲気違いとも言うべき寝顔に苦笑する。

 ──ただの寝顔を見詰めただけで安心しそうになるのは、惚れた弱味か。

(……考えても、仕方ないか)

 思考を振り払うように頭を動かすと、二階へと繋がる廊下へと向かう。そこで待っていた潤と並んで階段を登って、真緒の部屋に入ると二人は倒れるように並んだ布団へと寝そべり、瞼を閉じる。

 静かな夜が、幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ、もうちょっとだけ話さない?」

「……何を話すんですか?」

「実は僕、恋バナってしたことないんだ。真緒ちゃんは恥ずかしがって、そういうことしたがらないから」

「宇宙人も恋バナしたいものなんですね……というか、私御染さんのことしか好きになったことないですよ?」

「僕もだから安心してよ……じゃあまずはどこら辺が好きになったのかとか……」

「わ、私が先ですか? ……ちゃ、ちゃんと潤先輩も話してくださいよ……」

「わかってるわかってるって……」

「……何、話してるの?」

「おっ、真緒ちゃん起きた?」

「ちなみに私も起きてますよ。3分位前から」

『…………わたしもおなじく』

「あれ、白雪が表に出てきてる……白夜ちゃん眠いんじゃない?」

『…………いけます。ちょーいけます。びゃくや、ねむくないです』

「仕方ないなぁもう……十分くらいだけだよ?」

 

 

 副題

『それはきっと、運命が扉を叩く音』

 




石動潤
今回の主役。電波系宇宙人?
長門というよりは佐々木、そして発想はデビルーク星人。真緒と並んで今作屈指の設定がヤバイやつ。そしてエボルトは関係ない。
主人公と同じく大学二年生。誕生日パーティー開かれたボードゲーム大会ではスコットランドヤードで無双した。

神楽坂葉月
今回の主役。今回も主人公より主人公してる。
01では結構高飛車だったが、ヒロイン勢ではぶっちぎりで常識人。魔王相手にトランプのスピードで熱いファイトをするくらいには負けず嫌い。
高校二年生の十六才だが、実は真緒が同い年だということに驚いた。潤へのプレゼントはブランド物のシャープペンシル。

神蔵真緒
サブ1。妹は最強を物理で知らしめる女の子。
何気に芸術派だが、家事はできない。現在絶賛花嫁修行中だが、本人は主人公から離れるつもりは無いしどちらかと言うと花嫁は主人公だと思う。
高校二年生だが身長低いので中学生に間違えられる。潤へのプレゼントはお気に入りのチョコレート。

神輿白夜
サブ2。最近ちょっと社交的になった。
人と猫との常識に心が揺れ動き、ちょっとモラルハザードを起こしてる。首輪をつけられたことを喜んだものの、さすがにトイレシーンはNGらしい。
年齢的には中学三年生で、最近父親(?)に勉強を教えて貰ってる。潤へのプレゼントは白雪と連盟で黒猫の貯金箱。

白雪
サブ3。若干潤と喋り方が被ってる。
実はヒロイン勢では一番不健全。白夜の常識が揺らいでる影響で最近御染に頭を撫でられただけで腰に力が入らなくなるらしい。元猫なのでトイレは肯定派。
年齢不詳。潤へのプレゼントは白夜と連盟で黒猫の貯金箱。

神蔵御染
今作の主人公。友達の友達を友達にする友達。
親しい人の誕生日とか記念日は大体覚えてるし大なり小なり祝ってくれる。実際に友達にいると凄い嬉しい。
大学二年生の留年神回避(ご都合主義)。潤へのプレゼントは特製ブックカバー三点セット。ちなみに去年はシュシュを手作りしてあげた。


次回は後日談的なやつを。内容は、
『魔王と魔法使いのスピード勝負』
『白夜ちゃんの里帰り~神輿本家崩壊~』
『世界龍脈調査・南極編』
の三本を予定してます。
もしかしたら変わるかもですが、ゆるって待ってて下さい。


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後日談 1-1

あ…ありのまま今起こった事を話すぜ!
「俺は3000文字程度の後日談を書こうとしたら、いつの間にか倍以上の後日談と短編が出来ていた」
な…何を言っているのか、わからねーと思うが、俺も何をしてるのかわからなかった…。

というわけで長くなりました。三つに分けて投稿します。
正直日記で誤魔化せない分、描写下手くそ過ぎて詰まんないかも知れませんが、その時は読まなくてもまあ大丈夫です。
暇潰しになればそれ以上の喜びはありません。


「……葉月。勝負、しよっか」

 始まりはそんな小さな一声だった。

 葉月が初めてゲームをしたその日、大乱闘を謳うテレビゲームで真緒が無双したせいか、即座にトランプやボードゲーム大会に移行した時のこと。取り敢えず三人で出来る物を遊び尽くし、御染がトイレ休憩を求めて部屋を出ると、真緒がそう提案してきた。

「いいよ。何する?」

「……スピード」

 そう言う真緒の手にはトランプが握られていた。コンビニで売ってるような一般的なプラスチック製のトランプ。先程まで大富豪で使われていたそれを、真緒は黒と赤の絵柄で分けていく。

 スピード。

 一般的な『遊び』をこの年齢まで知ることの無かった葉月でもルールは理解できている。山札から引いてストックしたカードを、場に出ているカードと数が続くように置いていき、最終的にカードを捌ききった方の勝ち。神蔵家のローカルルールがあったとしても大筋はきっとそれで間違いない。

 だからこそ、葉月は軽い気持ちで了承した。

「……普通にやるんじゃ、つまんない、から。なにか、賭け、よっか」

「別に良いけど何賭けるの? 土地とか?」

「……ぶるじょわじーは、これだから……」

「冗談よ。父様ならまだしも、私が自由に使える資産なんて大したものじゃないもの」

 葉月の軽い冗談に、真緒がつまらなそうに息を吐く。

 そんな真緒に少し機嫌を損ねた葉月は、催促するように、

「それで、何賭けるの?」

「……兄さんと1日デート権」

 

 刹那。

 静かな覇気がリビングを支配した。

 

「……へぇ」

 普段の作られた笑みは一瞬にして消え去り、葉月の目尻が楽しげに吊り上げる。獲物を見つけた獣の眼とは違う──格上に挑戦する勝負師の眼光。

「……ルールは普通のスピード。黒と赤で、勝負する。ジョーカーは、なし」

 そんな葉月の眼を受けても、真緒は顔色を変えずに両手を差し出した。右手に握られたのは黒、左手に握られたのは赤の山札。

 さっさと取れと言わんばかりに差し出された葉月は、それでも楽しげに左手の──ハートのクイーンが先頭の山札を取った。

「ストックできるカードは、4枚。もしその中に、続き番号があったら、重ねて山札を引いても、いい」

 山札をシャッフルした真緒は、そう滔々と続けながら山札の上から4枚のカードを机に並べる。そこに見つけた6と7のカードを重ねると、山札からもう一枚を捲って並べた。

「……理解、できた?」

「そんなの分かってるわよ──で、デート権ってどういうこと? そんな機会があったとしても、真緒ちゃんが私にわざわざ言う必要なんて無いわよね?」

 話を聞いた時点で、既に頭の中に十数通りの勝ち方を予想していた葉月は、惚けた真緒にそう質問をした。

 1日デート権──額面通り受けとるなら、1日御染とデートできる権利の事だろう。その話に食い付かない葉月では無いが、それでも疑問があった。

 そもそもそんなことを葉月に話しても、真緒にメリットが無い。葉月は既に御染との会話からここ一週間の予定をある程度熟知していたが、それでも毎日自宅で顔を合わせる真緒には情報量で劣る。葉月の知らない御染の予定を、真緒が共に過ごすことは容易い。

 だからこそ、どこか面倒そうに賭けを提案してきた真緒に違和感があった。

「……今週末、白夜が家に帰るって」

「白夜ちゃんの実家って……神輿の家に? でも白夜ちゃんって……」

 『神輿』。

 呪いを生業とする家系であり悪名高き災いの家。非合法な実験や倫理を無視した兵器開発を続けていると噂され、けれど表向きは日本政府に貢献していることから迫害されることなく──場合によっては『神楽坂』と同じ『四家』の内に含まれて『五家』の一角と評されることすらある。

 だからこそ、葉月が白夜を知った時は驚き、そして事情を聞いて同情した。噂は噂ではなかったのだと。

「……ケリ、つけたいって」

「ケリをつけるって……潰しに行くってこと?」

「んっ……だから、負けた方が、付き添い」

 真緒はそう言うと、少し顔を背けた。その顔には仄かに恥ずかしげな赤と、もどかしげな表情があったことを葉月は見逃さなかった。

 ──ああ、なるほど。

 つまるところ彼女は、()()()()()()()()()()()()と思っているのだ。

 真緒と白夜、白雪はどこか波長があったらしく、年長の真緒が何かと世話を焼いている事があった。退院してから神輿家を半ば家出している白夜を、猫の姿で匿ったり自分の部屋を貸していたりするほど、真緒は彼女たちの事を気に入っていた。

 だからこそ、実家に戻り自分の過去と対面する覚悟を決めた白夜に力を貸したくて、この勝負を仕掛けた。

 葉月が勝てば、真緒が白夜に付いていく。

 真緒が勝てば、葉月が白夜に付いていく。

 ──いじらしいなぁ。

 可憐(いじ)らしくて、意地らしい。

 行動は素直なくせに、言葉が遠回しな真緒らしい姿だ。

 微笑ましいものを見るように笑う葉月に気が付くと、真緒はムッとしたように睨みながら姿勢を正した。

「……あんまり舐めてると、()()()()()()?」

 ──その言葉に、弛緩していた葉月の体が強ばった。

 底冷えするほどに冷たい気迫と恐怖。

 人としての本能が逃げろと警告するほど強い畏怖の波動が、真緒を中心として解き放たれる。一瞬の放出が空気を揺らし、ビリビリと大気を震わせ窓ガラスが軋む。

 魔王──人間よりも格上の、星から産まれた真なる生命体。曰く『大陸を()()』と呼ばれた力の本流に、それでも葉月は口端を曲げる。

 自分よりも、格上との勝負。

 それこそ葉月が心の中で欲し、そして御染に与えられた運命に違いない。

 流れるようにシャッフルをしつつ、葉月は身体強化の魔法を発動する。腕の間接と指先に加速魔法。状態を維持するために正座した下半身とカーペットの座標を固定し、魔力で編んだ極小の糸で指先を覆う。ヤモリの手のひらのように小さく(ひだ)を付けた指ならトランプを取り損なうこともないだろう。

「……『その瞳は鷹のように』」

 小さく囁いた詠唱。

 蒼く色付いた瞳が写すのはトランプの絵柄。

 詠唱を簡略化した『透視魔法』も加えた複数の魔法の同時発動に、葉月は一筋の冷や汗でもって堪えた。

 けれど──()()()()()()()()()()()

 そもそもスピードというゲームにおいて速さは絶対の有利だ。相手よりも速くカードを重ねるという行程を延々と繰り返すだけのゲーム故に、その行動を()()()()()()()()()は勝利の鍵であり絶対の条件だ。それに関して言えば、真緒の速さに葉月はどうやっても付いていくことは出来ない。

 ……けど、策はある。

 カチャリ、と。

 扉を開く音と共に御染がリビングに入ってくる。張り詰めた雰囲気の二人を遠巻きに観察しながらソファに座ると、寄ってきた白猫──恐らくは白雪を膝に乗せて二人の様子を伺った。

 言葉を無くとも、ゲームの審判をするという意思表示だろう。葉月は心の中で感謝しながらも、それでも真緒から眼を離さない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()彼女にとって、最も注視すべきは真緒の動きだからだ。

 ──示し合わせは無く。

 ──されど同時に動く両者の右手。

 それが、最初の合図。

 

「「スピード」」

 

 ゆっくりと山札の一枚目をめくり、目の前に最初の二枚のカードが出された。

 ──その時には既に遅い。

 残像を残して既に二枚目を重ねた真緒の盤面に歯噛みしながらも、葉月はカードを重ねる。山札をめくり表を見ずに動かした彼女の右手は──()()()()()()()()()()()()()()

 そして葉月は、ここにいたって確信を得た。

 ……間違いない。真緒ちゃんは──()()()()()()()()()()()()()()()()()

 葉月が真緒と闘ったあの夜。

 あまりの死闘に夜が明け朝を迎え、がむしゃらすぎて柄にもなく結論づけることが叶わなかった真緒の強さの秘密。魔法による強化なしで音速を優に越え──なのに()()()()()()()()()彼女の挙動、その真相に葉月は迫っていた。

 ──難しいことは何もなかった。真緒は、魔王は()()()()()の中で生きていないだけだった。

 恐らくは地球のあらゆる法則──重力も空気抵抗も摩擦も、そして人の生み出す魔法や地球の気象すらも、彼女は無効化している。音速を越えて腕を振るっても、大気を揺るがすことはなく──恐らくは揺るがすことも出来るだろうが──葉月が幾ら真緒に魔法を掛けようとしても無効化され、さらに言えばこちらの硬化魔法も意味を成さない。だからこそ周りに気負わずに全力を出すことも出来る。

 確かに葉月も魔法を用いることで音速に至ることは難しくない。けれどその状態でトランプを引いて場に出すという繊細な作業を透視を含めた幾つもの魔法と並列して行うことは出来ないし、そもそもその速度で腕を振ればカードは圧縮された空気で動いてしまう。

 透視魔法によって引いたカードを確認する手間は省けても、カードを引いて確認してから場に出している真緒より──二手遅い。葉月が一枚カードを出した時には、真緒は既に三枚を重ねている。

 単純に、速さが足りない。

 本気を出さずとも音速の壁を乗り越える彼女とは、既に生きている土台(ステージ)が違う。

 ……それでも。

 葉月は思考を止めない。葉月は届かぬ星に手を伸ばしながら、待ち続ける。現在も真緒の濁流のような力業をいなしながらも知恵を振り絞り続けていた。

 ……追い縋るッ!!

 元より下克上狙い。力の差は歴然とし、それでも討ち果たし──大判狂わせを狙う狩人に他ならず。

 沸騰するように湯だった頭をそれでも回し、白くなる目の前を覚悟で捩じ伏せる。呼吸を忘れかけた肺に、全身の細胞を動かすために無理矢理酸素を送った。

 加速度的に減り続ける真緒の山札を見ながら──それでも思考を止めずに手を動かし──待ち続ける。

 

 それは正真正銘、ただの意地。

 何処にでもいる、負けず嫌いの女の姿だった。

 

 そして。

 ()()()()()()()()()()

 ピタリと。

 両者の、手が止まる。

 時間にして数秒、あまりにも濃厚なスピードは十を数える前に決着が付いた。

 通常スピードというゲームにおいて、出せるカードが存在せず場が仕切り直しになることが殆どだが、この試合においてカードが止まることは数瞬たりともなかった。

 まるで──作為的にカードを動かしていたかのように、両者の持ち札は両極端だった。

 葉月の山札は──残り十二枚とストックが二枚の合計十四枚。

 そして真緒の山札は──ゼロ。

 それでも、驚きに眼を開いたのは、真緒の方だった。

「……そもそも、速さで勝負なんか、してないのよっ」

 頬を伝う幾つもの汗を拭うこともせず、それでも勝ち誇ったように笑みを浮かべる。視線の先は真緒。正確には彼女の握るただ一枚のカード──スペードのキング。

「速さで勝てないなら、頭で勝負する──つまりは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そう声を出しながら、葉月は山札を捲る。

 一枚目を捲って場に出す。真緒は出せない。

 二枚目を捲って場に出す。真緒は出せない。

 三枚目を四枚目と重ねてストックし、五枚目は元あった二枚と重ねられた。六枚目を場に出し七枚目を捲ると、今度はストックの六枚が一つに纏まる。続く八枚目から十枚目は示し会わせたように続き番号が場に出され、そして十一枚目と十二枚目をストックに重ねると、葉月の持ち札は一つの束になった。

 合計で八枚──一番上にハートのクイーンを重ねた束を、葉月は場に出した。そうして彼女の持ち札はゼロになる。

 全ては、このための布石。

 両者の山札のカードを全て覗ける彼女にとって、終わり方を考えるのは当然の帰結であり……その誘導もまた当然のこと。

 真緒が自分の都合の良い方向に動くようカードを出して誘導──あたかも間に合わなかった風を装いながら真緒の持ち札と山札の調整を行い、一番最後に()()()()()カードが真緒の手に残るように行動する。

 その計画を考えれば、あとは単純な絵合わせに過ぎない。

 なるほど、確かに事は単純だった──そこに至るまでの道程があまりにも人間離れしていたことを除けば。

 敏捷を増加させる加速魔法、足場を固定する硬化魔法、指にかけた糸の生成に、山札を覗くための透視魔法。そしてこの必勝の策を成らせるために回した知恵の数々に──一流の魔法使いも唸らせるほどの戦闘、いや戦術魔法のセンス。

 息が切れ、頭が湯だり、視線の先がチカチカと明滅し、満身創痍になるほどの数秒は葉月にとってあまりにも長い戦いだった。

「……私の、負け」

 ポツリと。

 小さく囁かれた声が何だか遠くて、けれど少しだけ嬉しそうに笑う真緒の顔がふらつく視界に見えた。

 それは白夜に付いて行くことへの安堵か、あるいは自分に追い縋る何者かを待ちわびていたが故の感激か。

 ゆっくりとスペードのキングを出した真緒を見届けた葉月は、高鳴る胸を抑えつけて立ち上がる。

 辛勝、それでも勝利。

 だからこそ──あぁ、勝者は勝者らしく勝鬨をあげるものだ。

 そんなことを思いながら葉月は振り返り、自分の思い人に満面の笑みを向けた。

 

「御染さん──今度の週末、一緒に出掛けませんか?」

 

 

 副題

『魔王と魔法使いのスピード勝負』

 

 

 




神楽坂葉月
今回の主役。今作二回目の戦闘シーン。
人外ではないが大概おかしい子。機転と発想の力だけなら潤を凌ぐ。今回初めて詠唱したが、あんまり魔法使いという感じではない。
基本的に負けず嫌いなので、負けたままでは終わらない。意地があるんだよ、女の子だからね。

神蔵真緒
今回の主役。脳筋系魔王。
一応手加減したが自分を負かす存在にココロガオドル。もう何回か遊べるドン!
ゲーム風に言うなら物理攻撃物理防御カンスト、デバフ無効、敵の防御バフ無効、ダメージ計算は強制的に物理防御で判定、俺ルール持ちのどう考えても負けイベ。

神蔵御染
今作の主役。(セリフなんか)ないです。
うわーすげー、とか思いながら見てる。ちなみにこのあと皆でババ抜きした。


次は明後日くらいに投稿。
GWに間に合わせたかった……。



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後日談 1-2 

書いてて思った……ヤンデレしないぞこのヒロイン達。
おかしい、なんでこんな重い過去持ってるキャラが集結してるのに病まないんだコイツら……いや私が書いてるんですけど、キャラが勝手に動いて……。

ということで、なんか一万字越えました。
駄文注意、読まなくても何とかなる。
それでも良い方は、暇潰しにでも読んでやってください。

※オレンジライトさん、タマゴさん。
 誤字報告ありがとうございます。


 呪いとは何か。

 それは他者への怨恨(えんこん)であり、あるいは死者の魂の在り方の一つであり、もしくは妖怪の一側面であり──つまりは『負』である。

 否定の『負』、マイナスの『負』。 

 あらゆるモノを『負』の方向に動かす、人や大地に仇なす概念を人は呪いと呼称した。

 誰かへの怨恨を、体を蝕む毒とする。

 生者への羨望を、体を覆う枷とする。

 尋常ならざる者からの干渉を、人の世は怪異と呼んで畏怖をする。

 つまり呪いを探究することは世界の『負』の在り方を探究することと同義であり、『正』へと反転する術を模索するということである。

 それこそが『神輿』の家。

 誰かのために担ぎ上げられ羨望と怨恨の対象となりながら、仰がれることなく誰かの横に並ぶ在り方に憧れ──けれどそれを諦めた『諦観(ていかん)』をその身に宿した男の末裔。

 それが『神輿白夜』の起源(ルーツ)だった。

 

 

 

 神輿の家は数百年続く格式高い家柄の一つ()()()

 正確には『神楽』──天皇家の血脈を受け継ぎ、けれども日の本の裏の世界へとその身を忍ばせたその家系の傍流にあたる。元々は神楽家において呪いを探求した男が野に下り、その姓を『神輿』と改めた末に出来た家である。

 血は薄いと言えど皇族の一員が都を離れて領地を持ち、細々と知識を探求していた神輿は、当初は全くもって真っ当な家だった。町民の覚えも(あつ)く、何処かに呪いありと聞けば飛ぶように現地に赴き、誰彼構わず助けては好意を(うやうや)しく受け取る……殊に礼を重んじた家だったという。

 ──少なくとも、少し前の『神輿』はそうだったと。

 奥州の人里離れた林間部。

 人口の光も見られぬほどに遠く、月明かりだけが良く届く山奥にその施設は存在していた。茹だるほどの土の匂いが立ち込める山奥に建てられた灰色のコンクリートの建造物は、山奥にあるにはあまりにも場違いな近代的な建物だった。ここらに一つのみ存在するトンネルを抜けた先に鎮座(ちんざ)し、警備員の詰める門を越えてのみ中に入れるほど厳格なセキュリティ。通常の出入り口は存在するものの使うものはおらず、唯一大型トラックが入れるほどの大きさの搬入口からしか人が中に入ることはない。極端に窓の少ない、閉鎖的な建物がそこにはあった。

 あるものは息を吐くだろう、まるで研究所だと。

 あるものは苦言を漏らすだろう、まるで刑務所だと。

 ──その建物の最奥に、異質な部屋が一つ。

 まるで一軒家の一室から丸々小部屋を抜き取ってガラスで囲ったような空間が真ん中に鎮座され、その周りを囲うように幾つもの配管やコードやデスク型の端末が詰められていた。中心の小部屋にはピンクや白のソファーやベッド、机が置かれ、観葉植物やファンシーなヌイグルミが幾つか設置されている。女の子のおままごとのように可愛いげのある空間だが、一面のガラス張りがそれを酷く異質な物にしていた。

 カタカタ、と。

 ガラス張りの部屋の前に並ぶデスクに座り、キーボードを叩く男がいた。長い黒髪を無造作に後ろで結び、縁の丸い眼鏡を着けた爽やかそうな男だ。整った目鼻立ちをディスプレイに向けながら、流れる文字列を目が追っていく。

 そして幾ばくの間キーボードを叩いた後、カタリと音をたてて立ち上がる。裾の長い白衣をゆっくりと揺らしながら後ろを振り向き、男は笑顔を見せながら虚空を見て、

「──お帰り、白夜。きっと帰ってくると思ってたよ」

 優しい声だった。

 長旅に出ていた家族を、家に迎え入れるように優しい声だった。

 いつの間にか視線の先にあったドアは開いていて、そこには一人の少女が立っていた。春物らしい暖かな色の服の上から黒いジャケットを羽織った『神輿白夜』は部屋の中央にあるガラス張りの部屋を睨みながら、

「……随分と気持ちの悪い趣味ね、布留(ぬのどめ)。おままごとが好きだったの?」

「君の部屋を用意しておかないといけないなって思ってさ、作っておいたんだ。趣味が合わなかったかい? 年頃の女の子の気持ちは、お父さんは良く判んないからさぁ」

「そう、ならどっちにしろ嫌。内装も、もちろん外装もね」

 白夜の突き放すような声に、布留と呼ばれた男は「手厳しいなぁ」とため息混じりに声をあげる。そしてわざとらしく手を広げ、何かを思い出すように目を瞑りながら、

「それと、実の父親を呼び捨てにするのは感心しないなあ。昔みたいにお父様って呼んでよ。白夜は小さかったから覚えて無いかもしれないけど、昔は僕の事を呼びながらトコトコ後ろを着いてきてくれて──」

 刹那。

 風を切る音が布留の顔面のすぐ横を通り、そのすぐ後に後方にあった小部屋のガラスにヒビが入った。何か細い針のような物が突き刺さったように放射状に出来たヒビが音をたてる中、いつの間にか右手を前に突き出していた──まるで何かを投げたようにも見える格好の白夜がそこにいた。

御託(ごたく)は良いから。質問に答えるだけで良いの」

 先程とは全く違う、少女らしくない低い声が部屋に響いた。小さく指を揺らしながら殺気を乗せた冷たい眼光が布留を射抜く。彼はその視線を受けながらも笑顔を絶やすことはなかった。

「反抗期か……仕方ないな。誰もが通る道だ──おっと、分かった分かった。何が聞きたいの? 何でも教えてあげるよ」

「……今まで何をしていた」

「もちろん呪いの研究さ。個人的な物から依頼された研究まで色々と……知ってる? 『神輿』の家ってブランドは結構価値があるんだよ。最近は海外からも研究依頼があって……あぁ、これは偉い人には内緒だからね?」

「これが? 随分と近代的な施設ね?」

「呪いの研究って言うからもっと古風で日本的なやつを想像してた? そういう昔ながらの手法も良いんだけど、やっぱり近代的な技術も使うと効率が全然違くてさあ……それに機械って呪いと相性が悪いから好都合なんだ。科学製品って不思議と呪いがくっつきにくいから、扱いが楽で楽で……まあ呪いが発生しにくいのも、一長一短なんだけどね」

「ここにいる職員は?」

「この施設は基本的には僕と数人の友人で切り盛りしてるんだ。みんな研究熱心な人たちでさ。今日は君と会うから、留守にしてもらってるんだけど……さっきここに来るって連絡が入った。その時に、また紹介するよ。安心してくれ、みんな良い人たちだ……すぐに馴染めるよ」

 白夜のする質問に、布留は淡々と答えていく。その姿はまるで子供に自分の仕事を自慢する父親そのものだった。

 父親というより、教師に近いかもしれない。どこか研究者然とした身ぶりでありながら、白夜に優しく笑いかけながら、どこか嬉しそうに説明する。見るからに人畜無害で、人の良さそうな性格で、彼を見る誰もが彼を善人だと思うくらいに物腰柔らか。

「ねえ、そろそろ良いかな? 折角の家族水入らず何だから、もっとこれからの話をしよう。病院まで会いに行けなかったの……本当に悪かったよ。研究で手が離せなかったんだ……でも大丈夫、これからは一緒に暮らそう。必ずお前を幸せにしてみせるよ」

 布留は安心させるような甘い顔を白夜に向ける。娘を見詰める父親の顔は誇らしげで、自信に満ちたもので。

 まるでこれから先には希望が待ってるとでも言いたげなほどに優しい笑顔で。

「──嘘つき」

 だからこそ、白々しい。

 口から滑るように流れ出た言葉の数々が、白夜には空虚に写っていた。

 優しげな言葉を話す姿が気持ち悪い。

 嬉しそうに笑う姿はどこか中身に乏しい。

 さも良い父親であろうと振る舞う姿が演技めいていて見るに絶えない。

「会えなかった……? 会いに来てたよね、()()()()()()()()()()()()()調()()()

 白夜は既に知っていた。自分が入院している時に身体検査を謳って体を調べに来ていたのが──魔法で顔を変えていた『神輿布留』だということを、白夜の記憶を覗いた白雪から知らされていた。

「病気? わざわざ私の体をこんなのにしたのはアナタでしょ?」

 自身の体質が人為的な──神輿布留の作為的な物だと言うことを、既に知っている。

「……そっか、知っていたんだね。嘘ついてごめんよ。でも分かってくれないか。仕事の忙しさで長い間面倒見てやれなかった僕が、今さらどんな顔して君に会いに行けば良いのか分からなかったんだ。……それに君の体質は偶然そうなってしまっただけなんだよ。何とか治そうと思ったんだけど、どうしようもなくて……でも大丈夫。長年の研究で、君の体質を改善する方法が分かったんだ。その方法を使えば君は普通の女の子にだってなれる」

 だから、信じてくれと。

 こちらを真っ直ぐ見詰める布留を、白夜は冷たい瞳で返す。

 真剣そうで誠実そうな言葉の数々が、白夜には茶番を見せられているようにしか見えなかった。布留が何度言葉を重ねたとしても、白雪の持つ知識から白夜の呪い集めの体質が人為的な物であるのは明らかであり、なにより彼の後ろにあるガラス張りの部屋が全てを物語っていた。

 空虚にすらみえるファンシーな部屋と、それを囲う透明なガラスという檻。

 どれだけ贔屓目に見ようと、それはモルモットの実験台以外に他ならない。いっそ典型的なまでの少女趣味は貼り付けられたラベルのようで、透明なガラスはまるでホルマリンを覗いているようで気持ちが悪い。

 だからこそ、白夜はさっさとこの会話を終わらせるために布留に問う。

「だったら答えて……お母様はどこ?」

「……………………」

 その言葉に布留は少し目を細めると、肩を落として息を吐いた。そして頭を右手でガシガシと掻くと、

「……全く、しょうがない子だ。全く誰に似たんだか。検診の次の日に体調が治ったとか報告があったし、しかも僕が迎えに行く前に勝手に退院してるし……変な友達でも作ったのかい? あの病院の職員には全員手を回してたんだけどなぁ」

 ヒヒッ、という笑い声が聞こえた。

 優しげな顔は消え、口端を吊り上げて下卑た笑いを作った布留がパキパキと首を鳴らす。演技は肩が凝る──とでも言いたげに肩を軽く回しながら、

「で、(かがり)のことだろう? 結構前に死んだよ」

 そんななんでもない風に、面倒そうに布留は語る。

「七年くらい前だったかな。最初に産んだ君の体質が僕の想定とあんまり上手くハマっちゃうからさ……ただ、君が貧弱で何時死ぬか分かったものじゃないから、次はもっとマシなの産むように薬で調整して4、5人つくらせたら爪で喉切って死んじゃって。子供も二歳を越えることは無かったし、そのあとも何人か使って試したんだけどやっぱりダメでさ……結局君だけがしぶとく生き残ってるんだから、やっぱり命って神秘に溢れているよ」

 布留はニヤニヤと唇を歪ませながら白衣のポケットに両手を突っ込んだ。揺れる衣服の中でカチカチと小さい金属が触れ合う音が微かに聞こえる。

「その様子だと随分呪いの扱いに慣れているじゃないか。ここは人を癒す場所じゃないから、病院に置いといたのは正解みたいだね。やっぱり人が多いところは呪いが集まって楽だね、収集が早く済む……それにしても随分落ち着いてるじゃないか。少しは悲しんでくれると思ったんだけどなぁ」

 布留が語ることに、白夜は顔色を変えることはなかった。冷徹な視線は変わらず、そしてその顔が悲嘆に歪むこともなかった。

 母親が想像通りに亡くなっていたことも。

 父親が想像通りの外道だったことにも。

 白夜にとって、そう大した問題じゃない。既に『神蔵御染』という拠り所であり帰る場所を得た彼女にとって、両親の存在はそこまで重要なものでは無くなってしまったからだ。

 大切なのは自分と彼と友人程度。それ以外は求めない。

「……良かった」

「はあ?」

 けれど、白夜は少し安堵した。

 母親が既に死んでいて……そして被害者だったということに安心した。自分に唯一笑顔を送ってくれていた彼女が人でなしだったなら、白夜は少しどうにかなっていたかもしれない。

 そして。

「──お前がクソ野郎で良かった」

 

 それはきっと、開戦の合図だった。

 ──小さな暗闇が瞬く。

 白夜が後ろに構えていた左手をボールを軽く放るように下から動かすと、その指先が黒く歪む。それと同時に布留はポケットに入れていた手を空中へと投げ出すと、彼の周りを黒い何かが円を描くように逸れていき、後ろの小部屋のガラスや壁、電子機器へと突き刺さった。

「……呪いの圧縮と投擲、とても精密だね。触れたらどうにかなってしまいそうな、良い密度だ」

 宙空に無造作に翳された指先を小さく動かすと、布留の周りが何かを反射した。

「けれど経験が足りないのかな……狙いが荒い。誘導は難しくないよ」

 ──糸だ。

 縫い糸程度の細さの糸が、一瞬ごとに幾何学的な紋様を描きながら滞空していた。時折たわむ様に地面へと降りた糸は、対流する空気のように上昇し、布留の周りを巡り続けている。

 対呪聖装『白糸(しらいと)』。

 呪いを弾き、縫い留めるための布留の個人的な道具の一つだった。特殊な絹糸を清めた水で洗い、微少な印を糸に刻むことによって作られた聖なる糸は、卑しき力を防ぎそれを制する力を持つ。呪いという不確定で曖昧な概念に対する武器の一つと言える。

 やったことは単純。斜線上に『白糸』を配置するだけ。それだけで軌道を歪められた呪いは後ろへと流れていくのだから。

「……それなら」

 自分の攻撃を逸らされた白夜は布留に向かって走り出した。彼我の距離は十メートル程度。白夜でも数秒で詰められる距離に二人はあった。

 白夜の両手が黒く染まり、影が浮き上がる。

 ボコボコと泡を割りながら広がる粘性の影が、白夜を追い越して布留へと向かう。接近して直接呪いを当てる──触れるという行為は最も原始的な『干渉』だ。白夜の狙いは単純──圧縮した負の集合体を直接当てるだけ。それだけで人間の体は、かつての白夜の体のように誤作動を起こして動けなくなる。

 布留はそれを見て嬉しそうに笑うと、軽く振るうように右手を動かす。彼の周りを滞空していた『白糸』が影に集るように動き──影を遮った。

 白夜の顔が、驚いたように歪む。

「さすがにちょっと──舐めすぎだよ」

「なっ……! ──うぅ!?」

 衝突の瞬間に急に動き出した布留が、制止しようと足を止めた白夜の首を右手で掴む。布留の脚はいつの間にか淡く紫色に煌めいていた──典型的な付与魔法の光が、彼の脚力を爆発的に上昇させたのだ。

 白衣に包まれていた細腕が音をたてながら軋み、掴んだ白夜の体が宙に浮かんだ。体格に釣り合わないほど力強い布留の腕には黒い墨で文字が描かれていた。

 魔方陣に使われる文字式に、呪詛の言葉の羅列──彼が作り出した『呪詛言語』の効力だった。呪いという形式に則って、作為的に自身や対象の能力を増減させる。魔力の代わりに既にストックしている血液や毛髪を触媒として消費することで発動できる彼固有の魔法の一つだった。

「僕は呪いの専門家だよ? 君が僕を殺しに来たときのための対策をしてないわけがないだろう。既にこの施設は僕の陣の中で、君はそこにノコノコと入ってきた虫みたいな物なんだよ」

「ぐ、うぅぅぅ……」

 白夜は黒く染まった両手で布留の右腕を掴む。その瞬間白夜の体から這いずり出た黒い粘液が白衣へと伸び──弾かれる。

 腕に描かれた呪詛によって白夜の呪いを相殺したのだ。

 ──白夜は現在、自身の呪い集めの祝福の発動を抑制している。呪いを圧縮して攻撃したりなどある程度の自由は効くが、それ以上の行使をすれば暴走する危険があるからだ。だからこそ白夜は小細工を使うつもりだった。

 けれど『呪い』という分野においての専門家である布留には、彼女の能力を無効化する方法は幾つも考え付く。呪いを弾く聖なる道具を併用することで、白夜の『呪い集めの祝福』に反応しない特別な呪術形態を作り出せる。

 呪いに、呪いと聖なる物をぶつける物量作戦。

 単純な行為ゆえに、勝敗はより練度の高い──綿密な研究を終えている者に傾く。

「白衣にも、僕自身にも細工はしてあるよ。君が呪いの塊である限り、君は僕に干渉することは許されない……そんなことも君の友達は教えてくれなかったのかな?」

 

「──んなわけ、ないでしょ」

 

 ──だからこそ、白夜は己に課していた制約を早々に解いた。

 直後、白夜の背中から漆黒の手が這い出る。

 先程の影とは違う、(もや)のように不定形なナニカの集合体は数十の束となって四方へと散らばり、白夜と布留を拘束するように巻き付こうと空を泳ぐ。

 瞬間的に右手の拘束を離して後ろへと跳びずさる布留を、大量の手が捕まえようと殺到する。

 小さく舌打ちを鳴らした布留はすぐさま膝をつき、地面へと手をつける。その瞬間硬質なコンクリートを透けて出てきた大量の『白糸』が迫り来る手を一つずつ地面へと縫留めていく。

 それでも何かを掴むようにもがき続ける黒い手を、空から針が突き刺した。

「来いッ、『真千針(まちばり)』!」

 その掛け声と共に、天井から雨のように針が降り注ぐ。針全体に『呪詛言語』が彫られた数百の針は黒い手を拘束し、同じく白夜を縫い留めるために降り注ぐ。白夜はケホケホと咳き込みながら影を動かし、まるでスクリューのように回転させて針を防いだ。

 傘のように展開すれば、恐らく黒い手のように白夜ごと縫い付けられるだろう。だから白夜は回転させた影を少しずつ切り離し、最小限の犠牲で自分を守ったのだ。

「……なるほど、わざと近づいたのは油断を誘うためだったと……子供らしい単純な手だ。でもそれならもう少し僕を消耗させてからすべきだったね。そんな能力を使い捨てるみたいに使ってたら、先に倒れるのは君の方だろう」

 顔に冷や汗をかきながら、それでも布留は不敵に笑う。

 そもそも呪いを集め、それを利用して攻撃を繰り出してくる白夜に対して、呪いを弾き防ぐ力を持った道具を多数保有する布留はあまりにも相性が悪い。白夜の攻撃は綺麗に弾かれ、けれど布留の攻撃は白夜を大きく消耗させていく。

 白夜が不利なのは明らかだった。

 ……普通なら、そうだった。

「……やれるモのナラ、ヤッテミロ」

 その言葉と共に、遂に白夜の体が真黒(まくろ)に染まった。

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 まるでこの世の物とは思えないほどにおぞましく変化した白夜を──それでも布留は嬉しそうに笑って見ていた。

 ヒヒッ、という下卑た笑いが、白い歯を見せた。

「──いいッ! 良いぞ良いぞ最高だァ!! ここまで密度の高い呪いの完成形は見たことがない! これなら日本を──いや上手く方向性を示してやれば世界にだって呪いをバラ撒ける! これなら呪いの先を──『祝福の最奥』にだってたどり着ける!!」

 だからこそ、男は笑いを止めない。

 それこそ男の望んだ全て。

 世界に満ちた呪いが星に穴を穿ち、『祝福の最奥』と呼ばれる別世界への道を開く。

 人の集合無意識の先端部。

 『こうであったら良い』という人間の願いと呪いによって形作られた別世界。あらゆる叡知と幸福、憎悪と悲嘆で固められた天獄。

 そこに──必ず神がいる。

「我慢比べだ、白夜。僕のこの望みと、お前の殺意──どっちが深いか確かめようじゃないかッ!!」

 

 

 ──命を冒涜した男と、人を止めた娘の戦いは一時間に及んだ。

 白衣の裏に隠していた数千にものぼる針を地面へと落とす。針はまるで発芽する植物のように『白糸』を茎にして動き出し怪物へと伸びていく。怪物は殺到する針を触腕を動かして地に落とし、幾つもの黒い靄が反撃に布留を覆いにかかる。布留は額に流れる汗を降り飛ばすように足を動かしてそれを避け、『白糸』で靄を封じ地を走る。

 『白糸』が床へと飛び散り、触腕が壁の染みと消えた。

 天から注ぐ針の雨を、コールタールのような影が押し潰す。

 無限にも思われるほど生えた黒腕を、時に糸でコーティングした腕で弾いていく。

 永遠に終わらないかのように思われた両者の戦いは──けれど男の方に軍配があがった。

 グラリ、と。

 怪物の体が揺れる。まるで支えきれなくなったとばかりに。

 布留は、それを見逃さない。

「──『黒糸(くろいと)』ッッ!」

 その声と共に、怪物の足元や壁、天井から針が飛び出した。

 怪物を封じるように数十の針が怪物に突き刺さり、そしてその体を泳いでいく。足を留め腰を縫いつけ、そして自重を支えきれなくなったとばかりに倒れこんだ怪物を黒い糸で地面に縫い付けていく。

 動き出した触腕は既に遅い。倒れた本体の根本から『白糸』の針が幾つも伸びていき、怪物の不定形だった輪郭を定めていく。

 まるでパッチワークのように床へと繋がれていく怪物は抵抗するも、それが叶うことはない。

「……虎の子の『黒糸』を使って、やっとか。随分と、手を焼かせてくれる子だっ…………」

 肩を動かしながら息を切らせて、それでも布留は勝ち誇ったような笑みを変えない。既に『白糸』も『真千針』もほとんど使いきり、『白糸』の数倍の効力を持つ『黒糸』も在庫切れだ。

 あまりにも多くの道具の浪費──けれど布留は笑っていた。

 なにせ白夜が──『呪い集めの祝福』が手に入った。唯一の成功例であり、外の世界での実地実験を終わらせ、更に自発的に呪いの行使すら獲得した被検体が手元に残るならお釣りがくる。

「手に入れたぞ……『天獄』への片道切符を」

 全ては世界を知るために。

 全ては神を知るために。

 知識欲と好奇心の怪物の悲願が、ここに達成される。

 ──唸るような怪物の呻き声が聞こえる。

 既に人の形すら留められなくなったモノは地面へと縫い留められながら地面を振動させるように声をあげた。

 布留にはそれが、泣いてるように見えた。

「ヒヒッ……大丈夫さ、白夜。キチンと体は人の形に戻してやる。お前のままにするのは無理だろうからそうだなぁ……一松人形か西洋人形にでもしてあげよう。綺麗な服と、お前のサイズに合うように家具も作ろうか」

 下卑た笑いを隠そうともせず、男は笑う。

 ──今が人生で最も最高の瞬間だった。悲願を達成するための手段が整い、娘も戻ってきた。

 ああ最高だっ! これが人生の絶頂でなくて何であろうか。ともすれば神にたどり着いたその時よりも嬉しいのではないだろうか。全くもって世界とは僕を中心に回っているに違いない。思えば神輿の起源や悲願なんてモノはもうどうでも良い。僕は僕のための、僕だけのためにこの怪物の力を使う。呪いを反転させる……『正』へと返すなど何の意味もないだろうが。僕ならこの怪物の力を引き出して必ず『天国の廃棄場』をこの手に「にゃーん」

 

 

 ──振り向くと、猫がいた。

 小さな白い猫だ。

 白くて白くて、白い猫だ。

 見惚れるほどに綺麗な毛並みで、まるで宝石のようにクリクリとした白い瞳をしたネコだった。

 どこか、見覚えのある瞳だと。

 そう考えた時には、霧のように揺れた白猫の輪郭が、人のような形になっていて。

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「が、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!??」

 刺されるような、または射ぬかれるような、もしくは貫かれるような、あるいは焼き付けるような。

 眼球が弾け飛んだと錯覚するほどの痛さに思わず膝をつく。両手で抑えても内側から止めどなく何かが流れ出ていく度に痛さは増していき、何度擦っても変わらない激痛に我慢できず──遂に自ら眼球へと指を伸ばして眼球を掻き出した。

「がぁっ……!! ぐ、ぐぞっだれっ!! なんだよ、ごれ──なんで、ごんなに、ぐちゃぐちゃじて……」

 まるで煮込みすぎてグズグズになった食べ物のように形を変える眼球を、手加減を誤って握りつぶす。プチャリというトマトみたいな感触がやけに掌に残る。

 けれど、どうすればいい。

 眼がなければ何も見えない。見えないのなら白夜が見つけられない。

 白猫の輪郭が揺れて少女の──白夜の物に変わったのは分かっている。ならあれは白夜で間違いない。早く縫い留めなければ、大切な被検体がいってしまう。

 針を、糸を動かせ。『黒糸』で床に縫い留めて──何故動かない。

 『黒糸』が動かない。ならなんでも良い。『白糸』でも『真千針』でもなんでも良い。どれでも良いから早く、くそっ、どれも動きやしない!

 なら陣を、そうだ自分の敷いた陣を動かせば良い。結界を張って逃がさないようにするだけで──()()()()()()()()()()()()()()

 いやそんなのはどうでも良い、あとで構わない。早く、陣を、陣を張り替えて、だめだ。なにも動かない。

 ならもう手でいい。手でつかめ。手がだめならあしでも歯でもかまわない。どんなことをしてでも──ゆびってどうやってうごかすんだったっけ? そもそもここはどこだ。なにもみえなくてくろしかみえない。かのじょはどこだ。なまえはわすれてしまったけど、なにかきっとたいせつなものを……たいせつってなんだっけ? ぼくはなにをしてたんだったか、どうにもからだが おもくてうごけない。なんかつめたいなぁ。ゆかにたおれて ゆかってどっち? そらってなんだっけ? うずまきのなにかがくるくるしててよく 

わかんないわたしはどこにむかって  

どこへいく       そことはどこであれとはだれだっけ 「にゃーん」 

なにかこえがきこえたきがするけどこえってなんだっけ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと下を見ると、そこには男が倒れていた。

 眼孔から血液を垂れ流し、みっともなく涎を口から垂らして失禁する男を見下ろしながら、『神輿白夜』は小さく息を吐いた。

 一度白雪を猫として分離し、結界に探知されないよう施設の中の魔方陣を書き換えて貰ったのが功を奏した。呪いの一部を布留とぶつけ合わせて消耗させ、油断したところを後ろから攻撃する──奇しくも先程この男に指摘された戦い方をすることになったが、取り敢えずは成功と言えた。

 難があるとすれば本体から猫の方に意識を交代させ、人の姿に戻るため、服を着ていない状態になることくらいだが、どうせ誰も見ていないのだから気にすることもない。

『お疲れ様。結構な強敵だったようだね、策を弄しておいて良かったよ』

「うん……本当は、こんな面倒なことしなくても勝てるなら楽だったんだけど」

『それは高望みが過ぎると思うよ。呪い集めの祝福を持っていたとしても、それを使いこなせるかは君次第だ。一ヶ月とちょっとで埋まる差なら、彼は当主なんかになってないよ』

「……他の『神輿』は良いの? 一族なんて言うんだから、他にもいるものじゃないの?」

『神輿の家は二代ほど前から随分と他家から嫌われていてね。彼のように狂っていない者は既に家を離れてるし、彼の部下は既に真緒が殴って眠らせてしまったよ。記憶と記録を消せば、どうしようもないだろう。実験に使われた子は……もうどこにもいないみたいだし』

「…………そう」

 小さく、声を漏らす。

 何とも形容しがたい寂寥感が、胸をついた。

 少しの間、何かを考えるように虚空を眺めていた白夜は、ゆっくりと歩きながら糸で縫われたままの黒い怪物へと歩き出す。腰を曲げて糸を軽く摘まむと溶けるように糸は消えていき、不定形の怪物がグシャグシャと何かを取り込みながら動いて白夜の素足を包んだ。

 まるで虫が集るように一斉に白夜へと殺到した怪物の破片は、白夜の体を犯しながら侵食していく。見上げるほどに大きかった怪物は、僅か数秒で白夜の中へと入っていき、綺麗さっぱりと影も形も見えなくなり、後に残ったのは白夜の着ていた衣服だけになっていた。

 白夜は無言のまま服を手に取った。御染とのデートに買って貰った春物の明るい服には汚れ一つ付いていなかった。何だか難しそうな顔をしながら財布を取りだし、退院祝いだと買ってくれたそれらは少しだけひんやりと冷たくて──何故だか、重いような気がした。

 白夜はゆっくりと服を着込んだ後、施設突入前に真緒から受け取っていた黒いジャケットを胸に抱く。人工繊維の無機質さの中に、仄かに嗅いだことのある男の匂いがした気がして……白夜はそのままそこに腰を下ろした。

『……悲しいかい?』

「別に、何にも。直接会えば、何か感じられるかなって思ってたけど、期待はずれだった」

 ──敵討ち、みたいな物だと思っていた。

 白夜が七歳の時に優しい母親が病室を訪ねてこなくなった時、ふと漠然と死んだのだろうという考えは浮かんでいた。

 それはどうやら真実だったようで、彼女は無惨にも命を散らされていて──ならその元凶を倒してあげよう、なんて考えてこの襲撃を提案した。

 けれど、胸のうちに残ったものは虚無感しかない。

 自分を不幸に陥れた存在を倒してスッとしたわけでもなく、元凶の無様を晒した姿に興奮することもなく、ましてやこれで母親の無念が晴れたようにも思えない。

 そもそも、布留は死んでいない。ただ、色んな事を一時的に忘れているだけで、手も足も心臓も動いている。白夜の施した忘却の呪いは一時的な物でしかないので、後で念入りに処理をしなければすぐに精神は元の状態に戻るだろう。

 だからあとで、新しい呪い(記憶)を『眼』として埋め込む必要がある。

 先程のように抉り取ろうとしない限り恒久的に記憶の忘却が行われ、自身が心血を注いだ研究の詳細も忘れ──ただの人間に成り下がる。それはきっと彼にとっては殺されるよりも耐え難い行為に違いない。

「……はあ」

 小さく息を漏らし、そのまま体の力を抜いて床に寝転がる。冷たい床が背中に当たるが、そんなことはどうでも良かった。

 ──そう、どうでも良かったのだ。

 本当は母親のことなんてどうでも良かった。七年も会っていない人間は白夜にとって他人のような物だ。意識する方が難しい。

 本当は父親のことなんてどうでも良かった。自分がこんな体になった元凶に会ったところで、特に怒りもなければ悲しみもない。ただ父親という存在がいないと後々面倒だから──調達に来たというだけ。

 ただ──猫としてだが──御染と一緒に暮らし、そして時を過ごしていくうちに『家族』というものに興味が沸いた。

 例えばそれは両親だったり。

 例えばそれは兄妹だったり。

 穏やかな顔で自分(ネコ)を撫でる御染の顔が、どうにも幸せそうで。

 撫でられている自分も心底幸せで。

 それがきっと『家族』なのだと思って。

 だから、会おうとしただけ。

 ……結局当の父親は、自分の利用価値についてしか興味がなかったらしい。少しは反抗してみたけれど、返ってきたのは適当なあしらい──言うことの聞かない実験対象を扱うような言葉だけ。白々しい言葉の羅列でしかない。

「……ねえ、白雪」

『なんだい白夜』

「家族ってさ、なんだと思う?」

『そうだね……近しい血縁関係者や共に暮らす者達、配偶者……人によってはペットや、家そのものも家族だって言う人も、私の記憶にはいたよ』

 白雪の返答に、白夜は小さく「そう」と返した。

 それならば──あぁ、小さなことはどうでも良いか。

 白夜/白雪と『神蔵御染』が家族だと定義されていて、自分もそう思っているなら、それ以外はどうでも良い。

 その他のことは、どうでも良い。

 両親のことも、『呪い集めの祝福』のことも、自分の未来のことも、どうでも良い。

 私と彼がいれば、それ以外はどうでも良い。

 そう、諦めればいい。

 それが楽で、それが救い。面倒なことは先送りにして、辛いなら目を瞑って、彼の膝の上で微睡む人生を……猫生を過ごせていれば良い。頭を撫でられて、首輪を付けられて、彼の匂いを胸に眠る生き方を既に知っているから。

 もう、それで良いと、『諦観』してしまえば。

 全部楽に──。

 

「……それは、やめた方が、良いよ?」

 

 ハッ、と気付いた時には、目の前に真緒がいた。

 膝を曲げて背中を曲げ、至近距離でこちらの顔を覗き込んでいた真緒に、やっと気がついた。

「……諦めたら、詰まんない、でしょ?」

 こてんと、可愛らしく首を傾げながらそう呟く彼女の言葉に文脈はなく、まるで白夜の心を読んでいるかのようで。

 白夜は心臓を掴まれたと錯覚するほど、息を詰まらせた。

「……真緒ちゃんは、お兄さんが一番じゃないの?」

「にいさんは、いつだって、私の一番、だよ?」

「じゃあ……なんで私を友達になんかしたの? 私だけじゃなくて、葉月も、潤さんも……大切なら、独り占めするのが普通でしょ?」

 思えばそれは、当然の疑問だった。

 断言してしまうなら、そもそも白雪を含めた彼女たち──『神蔵御染』の周りは奇妙だ。彼を慕う女が何人も周りにいるくせに、当の本人たちは対立せずに日常を謳歌できている。そこに嫉妬はあっても憎悪にはならず、羨望はあっても独占はない──あまりに都合の良い集団と化している。

 確かに白夜もそれら集団の一員であり、彼を慕う一人だ。既に渦中にいる存在が何を今さら言っているのか疑問に思うかも知れないが、無論白夜本人も独占できるものなら当にしている。けれどそうできない理由は、白夜/白雪や葉月よりも彼との付き合いの長い真緒や潤があまりに好意的だからだ。

 ──友達に、なろう?

 白夜が真緒と初めて会ったときに、彼女は微笑みながらそう言った。自分よりも彼に近しい人間である真緒にムッとした顔を向けた白夜に、真緒は嫌な顔をすることはなく……彼女の兄であり想い人に良く似た笑みに、白夜は毒気を抜かれてしまったのだ。

 だから、聞きたかった。

 何故占有しないのか。何故争わないのか。

 何故──恋敵を友達になんかしようとしたのかを。

 真緒は白夜の真っ直ぐな目に、んー、と唸りながら首を傾げて、

「……昔、潤先輩に会ったときは、凄い、嫌だった」

 真緒は何かを思い出すように、虚空に視線を向けながらポツポツと語りだした。

「にいさんは、私のだと、思ってた。あの日……ハワイで、にいさんに会って、泣いて、笑って、家族になって……ずっと一緒で、ずっと私のモノだって、思った。

 だから、先輩を家に連れてきた時は、本当に困った。

 友達とか、いる? にいさんに、私以外のヒトとか、必要ない、よね? って。

 先輩にも、言った。失せろ、って。じゃなきゃ消す、って。なのに先輩は、にいさんを運命、だとか言って、ゴタゴタ言ってて……面倒だから、さっさと()()()

「『…………』」

 言葉足らずの、部分的な真緒の過去。

 色々と衝撃的な言葉の数々に、白夜と白雪はちょっと引いた。どうやら今ここにいる真緒よりも、昔の真緒は過激だったようだ。

「……でも、家に帰ったら、にいさんと先輩は、お茶飲んでた」

 ……本当に、何者なんだあの人。

 白雪と白夜の思考が綺麗にシンクロした瞬間だった。

「その後も、何回も殺して、でも生きてた。塵も残さなかったのに、ゲームしてるし。()()()()()()に、放り込んだのに、にいさんとデートしてるし……あと、ちょっと反撃されて、怪我したし」

 ──だから、諦めた。

 諦めて、話をすることにした。

 直接的な排除が出来ないと理解したから、説得でもなんなりして何とか排除をしようと試みた。

「そうしたら……まあ、そんな悪い人、じゃなかった」

 真緒から見た潤の印象は、どうにも変な人だった。

 御染と一緒にいるときはとても難解な言葉遣いで何言ってるのか分からないのに、彼が側にいないとあまりに『女』らしい顔をする。

 何でも知ってて、何でも出来るような事を仄めかす割には、それを御染に話そうとはしない。理由を聞いても、真緒には良く分からなかった。ただ真緒は、御染なら真緒の秘密を知っても態度を変えないことを()()()()()()()、それに同調してるだけだ。

 そして何よりも、潤は真緒の知らない御染を知っていた。御染の友達にしか見せない無邪気な笑いを、勉強をする御染の真剣な顔を、御染とのなんだかオタクっぽい雑談の応酬を──『石動潤』が好きな『神蔵御染』の姿を。

「その時に、気付いた。私の知ってるにいさんは、私だけの、にいさんで……他にも、色んなにいさんが、いる」

 それは、何だか素敵な響きだった。

 好きな人の──自分の大好きな人の色んな側面。自分以外の人に見せる顔や、自分以外の人が見る好きな人の姿。

 それを、知りたくなって──そう思っている内に、潤と色んな話をして、友達になって。

 

「好きなもの、一杯増えた」

 

 だからこそ、『石動潤』は真緒の先輩だった。

 

 (よわい)の話ではなく、人間としての先達。

 精神的に幼かった真緒にとって、視野を広げる事を教えた人物だから。面白いことを──兄と共にいるだけでは知ることの出来なかったものを教えた先生だから。

「だから、諦めてたら、何にも面白くない。弱い人は、いても困る、だけ」

 真緒の顔は変わらなかった。

 いつも通りの儚げな困り顔で──けれど硬い覚悟を秘めた目付き。

 ともすれば臆してしまいそうになる視線に、目を反らしてしまいそうになって……けれど反らしたら負けだ、という意識が心に浮かんでくる。

 ──きっとそれは真緒なりの最後通牒で、発破なのだろう。その程度では困るのだと。寄りかかるだけなのは、依存するだけの人間はいらないのだと。

 だからこそ、白夜は真緒に視線を返す。

 歯を食い縛りながら、目を吊り上げて目線を返す。

「……私は逃げないよ。真緒ちゃん」

 ゆっくりと、口を開く。

「私だって……お兄さんのこと好きだから。お兄さんの好きなところ、一杯あるから」

「……じゃあ、諦めなければ、もっと好きなことが、増える。やりたいこと、嫌いなこと、生きてる理由……みんな、見つかる、よ?」

 私も、そうだったから、と優しく微笑む真緒に、白夜は笑って返した。

 ──何はともあれ、諦めるにはまだ早い。

 白夜がこの世に生を受けて十五年程度。しかもその大半は病院のベットの上で生きる人生だった。

 けれど、ここからはそうもいかない。

 『呪い集めの祝福』をある程度制御した彼女にとって、きっとここから先の人生の方が長くなる。

 学校に行けなかった分の勉強をして、学校に通うようになったり、趣味や好きなことを見つけて遊んだり。恋は既にしているが、きっともっと人を好きになることを学べるに違いない。

 『神輿白夜』の人生は、始まったばかりなのだから。

 

 

 

 副題

『白夜ちゃんの里帰り~神輿本家崩壊~』

 改め

『呪い集めの少女のリスタート』

 

 

 

 

 




神輿白夜
今回の主役。春の新作を着た女は最強、賢姉が言ってた。
ケジメをつけに帰省する。あまり心境の変化は無いが、何となく吹っ切れた感じ。
今話でやっと人としてのスタートライン。彼女の冒険はまだまだ続く。頑張れ女の子。

白雪
今回のサブ。あんまり活躍してないのは仕様(たぶん)。
途中から空気だったけどその辺はまた今度描く予定。立ち位置は保護者だけど精神的には一番幼いかも。
一応ある程度メインの小話は考えてるけど、R18一歩手前になりそう。エロ的な意味で。

神蔵真緒
今回のサブ。兄ガチ勢にしてエンジョイ勢。
色々と言ってるけど、つまりは「やだ……私のにいさん何やってもカッコいい。抱いて!」の精神。
研究所近くで待機してた職員は半殺しにして森に放置。この後ついでに施設も壊してクレーターだけが残る。最後は先輩がガス爆発として処理する。完璧だな(白目)。

神輿布留
今回の主役? どちらかというと研究者タイプ。
わりと非合法で倫理的にヤバイことしてるのにヒロイン勢の方がもっとヤベーからあんまり目立たない。
このあと気付くと都会の住宅街で父親になってた。なんか忘れてる気がするけど、まあ娘が言うなら気のせいに違いないな!

神蔵御染
今作の主役。実は英語が得意。
中三の夏とかにハワイで親父に銃の扱いを習ったような、習ってないような……。
基本的に何もしないのに周りからの評価だけはやたら高い。つまりはなろう系主人公だな!(錯乱)

   でーたべーす
『祝福の最奥』『天獄』、人によってはそのまま『天国』とも。
 意味的にはほぼ同じ。人の集合的無意識──万人の考える『幸福』『願い』『悲嘆』『憎悪』など『正邪』と『正負』の集まる場所。誰もがそこに繋がっているが、誰もそこへは辿り着いたことはなく、あらゆる知識が眠ると言われているが、誰もそれを観測したことはない。fate的に言えば根源の渦、ハガレン的に言えば真理の扉のような物。
またキャラによって解釈が異なる。布留はそこは内宇宙に存在する生命体の思考の集積場だと捉えていて、そこは知識の宝庫であり、そして完全なる『神様』がいると思っていた。

『天国の廃棄場』
『天獄』に至る入り口の一つであり、『負』の集積場。
それは世界に溜まった『澱』(おり)。淀みであり歪みであり不動の泥。不定形が形を成したゴミ溜まり。


なお、この設定が活かされることはあんまり無い。


次回はまた明後日くらいに。
新キャラ出ます。お楽しみに。



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後日談 1-3

読んですぐに作者が何のアニメに影響されたか丸分かりな話。よりもいは良いぞぅ。

そしてこの作品はとても健全な小説です。
道徳の教科書に載せられるくらい健全です。
それでも良ければ、読んでやってください。

※ななめうえさん、胡瓜さん。
 誤字報告ありがとうございます。


「──ふぅ、やっと着いたか」 

 初老の男はそう呟きながら氷の大地に足を下ろした。鼓膜を叩くヘリコプターの耳障りなプロペラ音を後ろに、積み込んでいた段ボールを白い地面へと下ろす。

 上空から照りつける太陽光と、それを反射する雪の光が肌を焼くのを感じる。既に着けていた日焼け止めは十全に効果を発揮しているはずだが、それでも全方位から照射される光には敵わないらしい。

 ──まあ、それも仕方のない話だろう。そう男は思いながら周りを見渡す。

 鮮やかな青と、鮮烈な白。

 まるで描いた絵の具たちがせめぎ会うようだ──そんな詩的な表現をしてしまいそうになるほど、二つの色の世界が四方八方に広がっていた。雲一つない青空と敷き詰められた雪と氷のタイル。時折覗く岩肌の茶色いアクセントが二つの色を際立たせる。思わず吐いた感嘆の息はキラキラと白く輝き、そして開いた口内へと押し寄せる寒波はあまりに乾いていた。

 南極大陸。

 地球の最南。地球の大陸において唯一人類が定住しない極寒の大地。世界で最も寒く、乾燥した極点。

 ──宇宙(ソラ)よりも遠い場所。

 男はその南極の観測隊の隊長だった。もう既に十数年もこの観測隊に何らかの形で従事し、南極に訪れた回数も隊では一番多い。

 けれどこの南極の景色は見飽きることがなかった。何度も南極での越冬を経験し、毎日のように眺めていた白い世界は男にとって最早第二の故郷に等しかった。

「隊長、荷物運んでくださいよ。ヘリもう一回飛ばすんですから」

「ん、あぁすまない。つい、な?」

「飽きませんね、隊長も。もう何度も見てるじゃないですか」

「飽きないさ──この世の果ての景色だぜ? 死ぬまで見ていたいくらいだよ」

 隊員の一人にそう嗤うと、隊員は洒落になってないですよ、と言葉を残しながら、他の隊員と協力しながらヘリの中に積まれている段ボールを運ぶ。ヘリの積載量の関係で二回に分けて運ばれる荷物だが、それでも数人で小さなヘリから運び出すには手間がかかる。

 隊長と呼ばれた男は一度雪山の方へと目線を向けると、数秒ほど、見えない何かを見詰めるように中空へ顔を向けていた。

 ──果てしなく、遠い空。

 小さい頃から夢見ていた風景だった。実家の本棚に今でも陳列されている、ボロボロの本に描かれた白銀の世界をずっと目指して生きていた。勉強に精を出し、体を鍛え、観測隊になるために、がむしゃらに生きていたのは──もうずっと昔の頃の話。

 何もかもが懐かしく、輝かしい。

 けれどその思い出より、男を南極へと駆り立てる出来事はもう一つあった。

「なあ。お前、龍って見たことあるか?」

「はあ? 龍って……ドラゴン? 神龍(シェンロン)みたいな奴ですか?」

「まあ、どっちかって言うと、もっと西洋的な……アレだ、地龍っていうの? 翼が無い奴」

「……隊長って結構ゲームとかするんですか?」

「俺はやらねえよ。息子はゲーム会社で働いてるけどな」

 男は一息吐くと、何かを思い出すように空を見る。

「昔……俺が新米だった頃、地質調査に標高が高いところまで雪上車で向かってる時に、急にブリザードに襲われたことがあってな。周りは見えねえ、車は動かねえ、真後ろにいるはずの雪上車も見えなくなるくらいに酷い有り様で、慣れてねえ俺は半ベソかいて膝抱えててよ」

 今でも、昨日のように思い出せる。

 厚い窓を風が容赦なく叩き、雪上車は情けなくも軋む音をたてる。周りには一面の白と闇が広がり、後続の車両はきっと数歩進めばそこにあるに違いないのに、あまりの視界の悪さにたちまち消えてしまった。

 無線は繋がらず、現在位置も定かではない。頼りの先輩は落ち着いて男を慰めた後、慣れたように車の後ろの方を見張っていた。男はそれでも不安で、今にも車がひっくり返ってしまうんじゃないかとビクビク震えていた。

 ──それは男が初めて、南極に来たことを後悔した時のことだった。

「その時に、俺は龍を見た」

 車両の運転席を寒さと恐怖に震える手で点検していた時の事だった。吹き荒れる雪と寒さでフロントガラスには霜が張っていて、落ち着かない男が手袋を着けた手で霜を拭って──ふと外を見たときの事。

 そこには壁があった。

 突然過ぎて逆に冷静になった男が、不思議に思って目を凝らして、それが氷の塊だということに気付いた。

 まるで昔、北海道で見た氷の彫像のように、半透明のソレを数秒ほど見詰めていると、どうにも何か動物の足のように思えてきてしまった。象より太いが、どこか肉食獣のような『く』の字を描いた氷は、雪上車よりも遥かに幅が広そうだった。

 これだけデカイ足なら、さぞ大きな生き物だろうな──そう男が無意識に思って顔を上げると──そこには顔があった。

 まるで車の頭が延びたような輪郭から、後ろに稜線を描く氷の山。その氷には線が走っているように見えて、まるで巨大なアギトのよう。よく見れば、足のような氷は、その怪物の体から伸びた脚だった。まるで小さいビルのような高さにあるその頭からは二本の捻れたツノが伸び、頭に繋がった体は小山のようにデコボコしていて……後ろの方は視界が悪くて見えなかったが、なんだか尻尾のようなものがあったようにも思えて──まるでお伽噺のドラゴンのように見えた。

 そこまで考えた時には、思考が正常に戻って体が動かなくなった。あまりの光景に、すぐ後ろにいる筈の先輩に視線すら送れないほどに、体がすくんだ。

 そして、その頭はゆっくりと動き出して──こちらを向いた。

 その時、確かに男はソレと目があった。

 氷の眼。周りと同じ色で、同じ氷で──けれど不思議とそこが眼だと認識できた。

 ──恐怖した。

 ──そして、息を呑んだ。

 そこにあったのは、男の知らないモノだった。

 穴が空くほど見た南極の写真でも、地平線を転がる白夜の太陽でも、幻想的なオーロラでもない。ただただ彼の知らないナニカとの邂逅

 人はソレを──未知との遭遇と呼ぶのだろう。

「気付けばソイツはいなくなってて、すぐにブリザードは止んだ。俺の他にそんなもん見たなんて奴はいなくて、疲れて幻覚でも見たんだろ言われて次の日は部屋で休まされたよ」

 けれど、それは確かにいた筈だ。

 証拠はない。けれど男は確信している──ここには俺らの知らないナニカが潜んでいると。

 だから男は、何度もこの地に訪れてしまうのだ。何度も見た風景も、そこにもしかしたら──あの龍がポツンと立っているかも知れないと思うと、眺めずにはいられない。

「だから、お前も何か見つけたら俺に報告しろよ? 特に龍っぽいの」

「南極にいる生き物なんて、ペンギンくらいですよ。ホッキョクグマだって見付かんないですって……ほら、早く仕事してくださいよ」

 そう適当に流して段ボールに手を伸ばす隊員に、男ははぁ、とため息を漏らしながらヘリへと近付く。結構真面目に話していた男は少しガッカリしながら、まあそういるものでも無いだろう──と勝手に納得することにした。

「……じゃあ、ここで」

「ん? おお君か。あぁ、元気でな」

 不意にヘリの方から掛けられた声に、男は反射的に答えながら振り向いた。そこにはジャケットを着た背の高い青年が立っていて、青年はそのままヘリから足を下ろすとスタスタと歩いて行ってしまった。

「さて、待たせたな。さっさと運んじまうか」

「あれ、隊長。今の誰ですか? なんか随分若い人いませんでした?」

「はあ? 何言ってんだお前、()()()()()()()()()()。そもそも今年は新人いないし、医者もみんな顔馴染みだろ」

「あれ? ……まあいいか。あっ、そっちの箱お願いします」

「ったく、隊長をアゴで使いやがって……」

 男を隊員が指を指した段ボールを胸に抱えて、氷の地面に足を下ろして、ふと外を見た。

 そこには誰もいなかった。

 足跡さえ、何もなかった。

 

 

 

 テクテクと、青年が雪原を歩く。

 高い身長の割に、どこか幼さの残る顔立ちの男だった。ボサボサの茶髪をそのままにして、青いジャケットにマフラー、黒みがかった灰のズボンを着ていて、まるで都会の冬を歩くような格好の男は軽く息を吐くと、マフラーを少し緩めた。

 青年──『石動(いするぎ)夜鷹(よだか)』は、名前の通り鋭いツリ目を動かすことなく、周りを見渡した。

「……この辺り、か」

 そう呟きながら、ポケットに突っ込んでいた手を出して、軽く前に突き出す。伸ばした指を虚空へ軽く押し込むようにすると──()()()()()()()()

 夜鷹は軽く鼻を鳴らすと、そのまま手をポケットに入れ直し、そのまま前へと進む。

 一歩、二歩──三歩目はなかった。

 瞬間、世界が切り替わった。

 天から注いでいた太陽の光は、空を覆う灰の雲によって遮らられていた。今にも落ちてきそうなほどに無機質な雲は、そのままピタリとも動かない。空間に貼りつけたかのように固定された雲──その下には山が存在した。

 遠く、遠く──けれど天にも届くほど高い。

 まるで南極大陸を二つに分けてしまうのではないかと錯覚するほどの()()。最も高い場所は雲を突き破り、そのまま見えない空へと続いている。空を覆う灰色の雲のせいか、陰気で邪悪な雰囲気を醸し出している山脈を、けれど夜鷹は何の感慨も浮かべずに観察していた。

「……侵入成功。調査を開始する」

 感情の無い、無機質な声音でそう言うと、夜鷹は地面を爪先で二回叩く。トントンと氷床が小さな音をたて──次に地響きをあげて盛り上がる。

 現れたのは──()()だった。

 新幹線のような頭から前方へ斜めに伸びる二つのスキー、ヘッドより後ろには座席とレバーや幾つかの計器が備えられ、空気抵抗の少ない流線型のボディの下には鉄板を鎖のように繋げた履帯が接続されていた。

 南極の観測隊であれば必ず見ることになる──スノーモービル。ひび割れた大地を突き破るように出てきたその体には、傷一つとして付いていなかった。

 夜鷹はそれに乗り込み、幾つかのチェックを終えた後にメインスイッチを入れると、スノーモービルはエンジン音をあげながら少しずつ動き出し、氷の大地を走り出した。

 ゴーグルを着けながら眼前からの突風を防ぎ、冷たい風をきる夜鷹はここに来る前の事を──自身が南極に来る経緯を思い出していた。

 

 ──『石動夜鷹』は『石動潤』の子供だ。

 正確には、潤が作った人工の人間──人間の体組織を一から作り出し、『石動潤』と『神蔵御染』の遺伝子及び生体データを元に『創造』された人間だ。『情報存在』としての機能を、人間という出力媒体を得た潤が用いることで、人間の構成材質を『創造』によって生み出し、ナノ単位で組み立てることで彼女は人間の()()()()を確立した。

 ──なので創って見た結果が君達だね。

 そう言う潤の顔は嬉しそうに笑っていた。まるで無邪気な子供のように。

 ……現代の一般人の倫理観に照らし合わせれば、彼女の行為は非人道的と呼ばれる行いだと夜鷹は知っていたが、彼は何も言わなかった。

 自分が生まれた経緯に、特に何の感慨も浮かばなかったからだ。

 夜鷹──正確には夜鷹達には感情と呼ばれる物が無い。好悪や美醜の基準はなく、優先順位は自身と母親である潤、そして写真でしか知らない『神蔵御染』という自分の父親だけ。それ以外の、生存に必要の無い行為に彼らは意味を見出だせない。彼女にとって自分達を作った理由は知的好奇心であり、現在は便利な雑用係か実験台……少なくとも、夜鷹は自分が生まれた当時はそう思っていた。

 ……だからこそ、彼女が自分達にやたらスキンシップを取ったり、カラオケに誘ったり、家でゲームをさせたりすることに、疑問を持ったわけだが。

 閑話休題(それはともかく)

 その母親である潤の頼みを受け、夜鷹は南極観測隊の越冬隊が交代する時期を見計らって南極に侵入していた。

 目的は南極の調査──観測隊のする地質などではなく、南極の龍脈やその他の超常についての調査だ。今の地球は原因不明の龍脈の励起によって、その性質を変えようとしている。空気中の魔力が濃くなったり、或いはそれ以外のナニカが流れ出し始めている、と潤は言っていた。

 その大きな発信源の一つが南極にあるらしく、夜鷹はその調査に駆り出されたということだ。

 彼としてはその提案に否はない。普段潤に家にいるように言われている彼にとってすべき事はなく、彼女の命令は最優先事項だった。断る理由はなく、受ける理由がある。ならそうするだけの事だった。

 あるとすれば疑問が一つ──わざわざ南極観測隊に暗示をかけて侵入する事や、現地で調()()()()()何か思い出に残る事を見つけるように、と付け加えられたことだ。

 彼女から『情報存在』としての機能を受け継いでいる夜鷹にとって南極に行く事は難しいことではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──わざわざ観測隊の船に紛れ込む必要はない。

 嫌なわけではない。面倒だとも思わない。

 ただ、疑問に思うのだ。

 ……何故母さんは俺に無駄な事をさせるのか。

 遠回りをする必要性を感じられない。

 調査以外の目的を設定することに意味はあるのか。

 事あるごとに家事を魔法を使わず自分の手でやらせるのは何故か。

 カラオケで歌い、ゲームで遊んで楽しむことの意義とは。好き嫌いを求めて見聞を広める理由は。綺麗な物を見つけてこいという命令に、気に入った女の子は紹介しなさいという命令に、キチンと食べて良く寝るという行為に……。

 ──父さんにいつか見せたい物を探してきてほしいという願いに何の意味がある? 

 夜鷹には分からない。

 感情を知らない夜鷹には、理解できない。

 

 山脈に着いたのは夜鷹が出発してから数時間後だった。

 当初山脈の麓に到着した夜鷹は、その山脈を登るつもりでいた。山脈は雪が積もっていながら、その急な勾配からか黒い地面が露出していた。生命の気配すら感じない山脈を前にして、夜鷹は少し前に通った『境界』を思い出す。

 魔法使いの世界に曰く、『異層世界』。

 空間に重なりあった空間──常人には感知できず、触れることも出来ない領域。魔力の流れを見ることの出来る者や、ごく稀に何も知らない人間が迷い混んでしまう『迷い家』。

 二次元に描かれた階段に触れても凹凸を感じることは出来ないのと同じく、四次元的な視点を持つ者か、魔法によってしか入り込むことの出来ない空間に入った時点で、夜鷹はその空間の中心にあるのがこの山脈だろうと目星をつけていた。近付かなくても分かる程に空気の魔力が濃く、そして彼も知らないナニカが流れている──その時点で彼が知りうる地球の南極とは違う異物があることは確信できた。

 ならば当然その原因は山脈のどこか──おそらくは『山脈』というシンボル的な中核である山頂だと予想をしていた。

 けれど、その予想をここに来て夜鷹は変更した。

 ──洞窟があったからだ。

 山には幾つもの穴が存在した。遠目から見えただけでも数個、山脈全体には恐らく数百から数千あっても可笑しくない。大きさは人が入れる程度から、建物一つ分ほどの物まで様々だった。

 ……近くに生物の気配はない。自然に形成されたにしては巨大で、なにより()()()()()……まるで入ることを前提にしているようだ。

 洞窟は風や崩落で荒れているものの、中に入ることは難しくない。見たところ人の通った形跡は無いが、何かが潜んでいそうな予感が夜鷹にはして──疑問に首をひねった。

 ……何故、今そんな()()がした? 

 夜鷹には勘というものが分からない。彼にとってあらゆる現実は自分の認識の中にあり、この世の全ての出来事は見えない要因によって起こることを知っている。明日の天気は上空の雲の動きによって決まり、物が落ちるのは地球の重力がかかるせいで──そして『情報存在』としての側面である()()()()()を意識的に行っている彼にとって、眼に見える全ての物は変数化される。

 しかるに──夜鷹は勘を理解できない。無意識的な情報の取得による偶発性を秘めた行動原理を、彼は信用しない。

 なのに、予感がした。

 彼の胸の内の、きっと『心』と呼ばれるナニカが、彼の理解できない部分が警鐘を鳴らしている……気がするのだ。

 ──ナニカがいると。

「………………」

 頬を、冷や汗が伝う。

 足がすくんで、手が震えた。

 それに気付いた夜鷹は、それを振り払うように頭を横に振り、洞窟の中へと歩を進める。

 ──その行為こそ、自身が無駄だと思い込んでいた感情である『恐怖』を振り払う行為だと、気付かずに。

 

 

 洞窟内は静まり返っていた。

 コツコツという靴が地面を鳴らす音が、やけに耳に残る。左右は黒い土が壁を造り、照らされた前方の地面と暗闇の区別すら付きにくい。気温は外よりも暖かいが、時折地面に(ひし)めいた霜柱を砕く不快な音が響く。

 それでも夜鷹の歩くペースは変わらなかった。確かに洞窟内は暗いが、そもそも彼にとって洞窟内の明暗は特に考慮に値しない。『情報存在』たる彼にとって、洞窟内の数メートル先までの地形は既に集積を済みだからだ。

 懐中電灯は何かあった時の保険に過ぎない──そう自分を納得させた。

 歩いて、数分。

 洞窟は一際大きな空間へと繋がっていた。横幅は十メートル程だが天井まで三十メートル程の細長い空間の所々には氷が生えていた。地面から、壁から、天井から、様々な結晶は殺伐とした洞窟内を幻想的に彩り、時に壁一面を覆う氷も存在した。

 良く見れば結晶は淡く発光し、洞窟内を照らしている。まるで電灯のように暗い空間を照らす結晶に近付き、それに触れる。

 ……材質は通常の氷、だが魔力を帯びている。発光の原因は魔力が漏れ出しているから。そして氷は……地面から魔力を吸収、いや供給されている。

 独りでに光り続ける氷から手を離し、夜鷹は思考する。

 氷の保有する魔力量からすれば、この発光のペースでは数日で魔力が無くなる。それを留めるために地面──龍脈から回路(パス)が形成されている。

 恐らくはこの異常なまでの魔力の濃さによって、この山脈内の物質が魔法的に変化を遂げた結果だろう。意図的に出来ることではあるが、この氷が洞窟中に存在すると仮定すれば、何者かが一つ一つに手を加えたとは考えにくい。

 可能性としては──この空間自体を創り出した者がいるか、だ。

 ……山脈、および南極大陸全域を『異層空間』にする。人間には考えられない規模の変革だが……『神蔵真緒(叔母さん)』というイレギュラーが存在する以上、無いとは言い切れない。

 そこまで考え、ふと気づく。

 もし原因を見付けたとして──夜鷹はどうすべきだろう。

 潤は調査しろと言ったが、解決しろとも、原因を排除しろとも言わなかった。ただ調査してろと言われただけ。

 彼女が伝え忘れた、なんていう至極人間らしい間違いを犯すとは思えない。なら、考えられる可能性は一つ。

 ……好きにしろ、ということか。

 まただ。

 また『好き』だ。

 ……理解できない。

 脳の創り出す錯覚に、それほどの価値があるのか。脳細胞の活性と脳内麻薬の分泌による『興奮作用』に『喜怒哀楽』というラベルを張り付けた物がどれ程重要なのだ。

 何度『好き』や『嫌い』という感覚を探し求めようと、夜鷹の『情報存在』としての検索機能はそれに引っ掛からない。いつだって外れ値を示すのは最優先事項の両親だけ──それすら彼という存在を創り出した人に従っているだけ。固定の目的を設定されていない『石動夜鷹』に、『二人の子供』であるという存在意義を示した二人を優先してるだけ……その事実に彼の体が震えることも、脳が異常を発することも、何もない。

 ……じゃあ、俺は何なんだ。二人の子供である以外に、俺に意味はあるのか? 

 ──分からない。

 自分とは何者なのか、分からない。理解できない。

 これじゃあ、『感情』と同じ──。

「──! 誰だ!」

 洞窟内に響いた物音に、思考を止めた夜鷹が振り向いた。氷が発光してなお薄暗い洞窟内の奥──少し先の方にその何かがいた。

 それは光沢のあるナニカだった。

 それは鼠色、もしくは鉛のようだった。

 それは流線型を描く丸い膝丈程度の大きさの。

 

 スライムが あらわれた! 

 

「……なんだ今の」

 一瞬、謎のテキスト表示が脳裏を過った気がするが、夜鷹は無視した。多分この前やらされたテレビゲームの影響だろう。

 改めて夜鷹はスライム? を見る。

 氷の影からユルリと姿を表したそれは、地面を這うようにこちらに近付いてくる。緩やかに弧を描くそれはまるで水銀の塊にも類似している。動く度に波面を創る様子は不思議と注視してしまう。

 ……何だ、これは。

 そう思いながら、夜鷹は警戒しながらもスライムに近付く。未だこのスライムの危険性は計り知れないが、それでも彼の目的を考えればこのスライムは何かの手がかりになるかもしれない。

 直接触れることが出来れば、情報を取得できる。構成物質や何故動いているのかを調べれば、この南極の調査は飛躍的に進む筈だ。

 ゆっくりと、膝を地面につける。

 幸いスライムはこちらに向かって来ている。たとえ意識を持つ存在だと仮定しても、敵対的には見えない。そもそもあの質量の存在で行えることは高が知れている。

 近付くスライムに、右手を伸ばす。

 スライムはゆっくりと近付いてくる。

 あと、数センチ──。

 3──。

 2──。

 1──。

 

 ()()()、と。

 右手が溶けた。

 

「──っ!?」

 即座に後ろに飛び退き、スライムから距離を取る。

 溶かされた右手はボタリと音をたてて地面に落ち、それをスライムはゆっくりと補食する。それはまるで洪水が建物を呑むように無機物的な動きに違いないが、夜鷹には獣が獲物を食するように見えて仕方がない。

 ボタボタと血液を絶え間なく流す右手から、激痛が走るのを感じながら、夜鷹は冷静に左手で懐中電灯を握り──右手の断面に突き刺す。

 ……『改竄』。

 心の内でそう唱えると、次第に痛みは薄れていく。

 痛みだけではない。まるで酸に溶かされたように柔らかく変質していた夜鷹の腕は、突き刺された懐中電灯と共に形を変え──数秒で元の右手に戻っていた。

 物質の構成材質を変化させ、全く違う物質に改竄する──物理法則を足蹴にするような技術こそ『情報存在』が肉体を得て確立した機能の一つ。

 構成元素すら変化させ、核となる物質があればある程度は空気中の物質から代替可能。人の肉体すら彼らにとっては粘土細工と変わらない。

 ……母さんなら、一瞬すら必要ないが。

 文字通り傷付いた事実すら『改竄』できる潤の事を考えつつ、夜鷹は取得していた情報を整理する。

 まず自分の右手に何が起きたか──これは単純だ。夜鷹の右手を、スライムが細胞単位で削いだのだ。まるでノコギリが木の繊維を剥ぐように切っていくように、スライムは細胞を高速で剥がしていったのだ。毒でも酸でもない──スライム自体が裁断機のような物だ。

 けれどそれよりも夜鷹を驚愕させた事実があった。

 ……構成材質が不明? データベースには存在しない物質……少なくとも一般に地球上に存在する物質じゃない。

 水銀にも鉛にも見えるが、そのどちらを含めた既存の原素ではない。一瞬触れた感覚では、鉛よりも重く、けれど確実に液体だった。

 極めて密度の高い、粘性のある液体。

 そして付け加えるなら──意思を持っている。

 ……僅かに、あのスライムの中で超音波を観測した。恐らくは人間の脳が発する電気信号に近い、体の各器官に命令を出す信号……あのスライムに臓器や手足に似た器官があるならの話だが。

 コウモリやイルカが超音波を用いて餌の位置を特定したり、意思疎通を図る話は有名だが、あのスライムはあの一個体で信号のやり取りをしているらしい……いや、もしかしたらあの姿も小さな何かの群体なのかもしれないが。

 兎も角、夜鷹の中で方針は決まった。

 あのスライムがこの調査の手がかりになる事は確実になった。ならば夜鷹がするべきは、あのスライムを捕獲し、調査する事だ。異常な魔力、『異層空間』、龍脈と繋がった氷と謎のスライム。関連性があるようには思えないが、手に入れられる手掛かりは全て取って置くものだ。

 確保する方法も、既に決まっている。

 ……意思があるなら暗示ができる。あのスライムの超音波による行動を逆手に取って強制的に支配下に置く……『改竄』を使えば難しい事じゃない。

 問題は時間だ。

『改竄』は情報量──質量や密度が高い物、もしくは有機生命体には使えるが時間が掛かりすぎる。今回は未知の物質であるスライム自体ではなく電気信号に『改竄』を用いるため、恐らくは数秒と掛からない筈だが、未知の存在相手に不足の事態は幾らでも起こり得る。

 スライムは今も先程と変わらずゆっくりと近付いてくる。敵意も殺意も無い──ひたすらに機械的な行動。このスライムが何を目的にしているのかは不明だが、物質を極小にスライスする事に、何かしらの意味があるのは間違いない。

 逃げるのは容易い。けれど意味はない。

 なら──行動する。

 先程と同じく膝を着き、今度は両手を伸ばす。情報の解析と『改竄』を効率化するために接触面積を増やすためだ。その分失う代償は大きいが、背に腹は変えられない。たとえ両手が無くなったとしても、適当な土塊で代用は可能だ。

 そして指先が──触れた。

 

 ──目映いほどの光に包まれる。

 それはきっと錯覚。刹那の間に交わされた情報の奔流に、脳が着いていけず視覚を一時的に遮断した証明。

 現行のスーパーコンピューターを遥かに越える情報処理速度によってもたらされた結果は、とても小さく静かなだった。

「……上手く、いったか」

 スライムから手を離す。いや、そこにもう手は無かった。手首から肘にかけての大部分は見る影も無いほどに削れ、血液が蛇口のように流れ骨が露出している。夜鷹はすぐに『改竄』によって適当に塞ぐと、再度スライムを見た。

 見た目は先程と変わらず、流線型を描いた水銀のようだが、腕の補食が途中で止まっていることから、暗示に成功しているようだった。掛けた暗示は『服従』──夜鷹をこのスライムの上位者として設定することで、補食を止めたのだ。

「……つかれた」

 その場に尻餅を着き、そのまま寝転がる。洞窟の地面から伝わる冷たい感覚を感じながら、夜鷹は自身の瞼が重くなって来たことを認識した。

 万能の力である『創造』も『改竄』も、体にかかる負担は尋常じゃない。どちらも歴とした技術であり、脳や精神には負担がかかるし、その弊害として体は疲弊していく。

 夜鷹は両腕を『改竄』によって大気で補填しながら、そのまま目を閉じた。これで起きたときには五体満足──スライムの詳しい解析はその後だ。

 ……良く食べて良く寝るか……確かに母さんの言う通りだったな。

 やはり敵わないな──そう思考しながら、夜鷹の意識は深淵へと落ちていった。

 

 

 ──それはとある存在の手下だった。

 それは南極に取り残された存在で主なきそれは、主の残した命令により不毛の大地に文明を築こうとした。

 ──けれどそれは無知であった。

 課された命令しか為したことのなく、群体としての集合意識しか持たぬそれにとって、独立した個体による社会構造は理解しえなかった。

 ──だから、学習する機能を探していた。

 大気中に漂う燃料は既に吸収していた。星から漏れだし、属性を設定されたエーテルは補給された。

 だから、次は媒体。

 効率的な記録媒体を、能率的な計算媒体を、精密化された作業媒体を。

 探す。探す。探す。探す。

 認識した全ての物を片っ端から吸収して──模倣する。

 あれではない。これでもない。それは違う。どれが良い。

 求めて求めて、求め続ける。

 ──そして見つけた。

 自身よりも効率的で、能率的で、精密なそれを。

 標本を得た。

 なら──あとは模倣する。

 そして何時の日か、我らが神に──。

 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………かみって、だれだっけ? 

 

 

 

 ──昔の夢を見た。

 母さんと眠る夢だ。

 双子の姉である日向──といっても製造され(生まれ)て数秒程度しか変わらないが──と俺と母さんで並んで眠った時のこと。

 いつか必ず父さんも一緒に──そんなことを言いながら、俺達二人を両手で抱いて眠る母さん。

 俺は父さんが居ても居なくても、変わりはしないだろうと言った。会おうと思えば会える距離にいるし、たとえ居なかったとしても俺が二人の子供であるという事実は変わらない。なら、共に眠るという行為に意味など無い──今でも俺はそう思っている。

 だから、母さんが俺達と寝る意味も理解できなかった。

 けれど。

 共に眠る意味は理解できなかったし、今でも感情という物は意味が無いと考えているけれど。

 ──人の体温の暖かさをちゃんと認識できたのは、あの時が初めてだった。

 

 目が覚めた。

 重かった(まぶた)は嘘のように軽くなり、網膜は正常に作動して夜鷹の現在位置が変わっていないことを知らせた。どこを見ても黒い土と氷で囲まれた洞窟の中で、風景に一分の変化もない。

 両腕の再生は既に完了しているようで、感覚も正常になっている。冷たく乾燥した空気に肌はカサカサとして、温かくスベスベとした感覚はまるで人肌のよう──。

 ……? 

 気付けば、体に何かが乗っかっている感覚がした。重さにして四十キロ程度、例えるなら人間の子供の体重程度の重さ。

 ふと、頭を起こす。

 それは夜鷹の体にのしかかっていた。

 それは肌色、ベージュ色のようだった。

 それは手足が生えていて全体的に丸みがかかった夜鷹の足から脇腹程度の大きさの。

 

 やせいの ようじょが あらわれた! 

 

「……だから何だ今の」

 脳が受信した謎電波を無視しつつ、夜鷹は自分の腹の上に乗っかる幼女を改めて観察する。

 まず目に入ったのは氷のように透き通った空色の髪の毛──彼女の腰辺りまで伸びた長髪は仄かに発光して辺りを照らしていた。一糸(まと)わぬ、布一切れすら身に着けていない姿だが、その体が南極の寒さに震えているようにも見えない。あどけない表情をさらしながら眠ったように瞼を閉じ、ツンと突きだしたピンクの唇は……何故か夜鷹の指を咥えていた。道理で先程から、何やらヌメヌメした感触がしていたわけである。

 けれど、夜鷹を驚かせたのはそういった事柄ではなかった。

 幼女の姿──もっと言えば手足と背中が、人間の物では無かった。

 まず両腕は肘の辺りから指先までが鉛色に輝いていた。まるで艶やかな金属光沢を持った金属の塊が、人間の手の形をして肘から生えているようだ

 次に膝から足元にかけて、腕のように金属で出来ていた。こちらはそもそも人の形ではない。例えるなら──岩石のようにデコボコとした動物の足だ。どこか獣の爪のような意匠(いしょう)の施された芸術作品のようにも思える。

 最後に背中から生えている氷だ。紋章を描くパズルのように嵌め込まれた幾つかの氷と、肩甲骨の辺りから突きだした柱状の氷。冷気を放ちながら発光する姿は、洞窟を覆う氷と瓜二つだ。

 ……ひとまず、状況と情報を整理しよう。

 幼女に押し倒されて指をしゃぶられている──もとい見知らぬ幼女がこの場所に存在するということ。

 なら次にすることは情報の取得だ。

 夜鷹は起き上がると、幼女はそのまま彼の膝にコロンと転がる。それでも咥えた指を離さない幼女の執着には脱帽するが、夜鷹はさっさと指を口の中から抜くと、ヨダレでベトベトになった手をハンカチで拭った後に幼女の肩を右手で掴んで体を起こさせる。

 子供のスベスベとした質感を感じながら、全裸の幼女を正面から観察する。露になった胸や腹を左手で触診しながら『情報存在』としての情報を集積し、とりあえず彼女の胴体が人間と同一の構造をしていることを把握した。

 そして体の内側──内臓などの器官だが……どうにも正常に動いていない。心臓も動いていなければ、血液が巡っている訳でも筋肉が収縮しているわけでもない──なのに見た目にそれらの異常が全く見られない。まるで作り物の臓器を体の中に嵌め込んでいるようだ。

 次にそのまま彼女の顎を夜鷹の肩の辺りに乗せ、背中の氷に触れる。素手で触ると仄かに冷たく──けれど氷ほどの冷たさはない。温度にして10度前後程度の氷は、どうやら彼女の骨と繋がり──完全に一体化している。

「(まるで骨そのもの……だが固さは段違いだな。組成は解析不能だが、モース硬度にして9か10程度……しかもダイヤのように衝撃に弱そうでもない。どう考えても普通の氷じゃ)……って、やめろ。耳を噛むな」

 分析をしている傍ら、耳を噛みだした幼女に声をあげるが、止める様子はない。寝惚けているのか、そもそも言葉が通じているのか……夜鷹は(わずら)わしく思いながらも、そのまま解析を進めるために次は彼女の腕に触れる。

 金属的な見た目に反して、その腕は驚くほど軽かった。おそらく同体積の子供の腕よりも軽い両手は、軽く叩くとコッコッという金属音を響かせる。こちらは背中の氷よりも柔らかい──おそらく金槌で叩けばへこんでしまう程度だ。続いて足に触れると、こちらは予想以上に重い。見た目通り岩石のように重く、鉄のように硬い物質で脚が出来ている。

 特徴的な鼠色、もしくは鉛のような色彩に夜鷹は見覚えがあった。

 ……あのスライムと同じ──いや、あのスライムそのものか。それにしては腕と脚で重さと硬度が違うのはどういうことだ? 

 何にしても、情報が少なすぎる。どれだけ解析しても手に入るのは表面上の情報──その物質の物理的性質ばかりだ。それが何であり、どういう成り立ちを以て形成されたかは全く分からない。

 人の胴体を持ち、けれど臓器は作り物のよう。金属の手足を携え、背中からは魔力の籠った氷が生えた幼女──想像の範疇を越える事態だ。

 一度潤に指示を仰ぐべきか──そう夜鷹が考えていると、もぞりと彼女の体が動いた。何やら手をニギニギと動かして体を捩らせながら体を起こし、そしてゆっくりと目を開けた。

 焦点の合わない瞳がこちらに向け、虫のように首をクリクリと動かし始める。夜鷹にはそれが、何かを調節しているように見えた。

 ……仮にあのスライムが彼女の正体だとするなら……変身ではなく模倣? あのスライムの体を粘土のように変化させて人間の体を模したと仮定すると──あの補食行動はサンプルを取得していたということか? 

 生物の生体や細胞を研究する際に、しばしば薬品を用いて肉片や繊維をバラバラにすることがある。一つの大きな塊を研究するよりも、小さくバラバラにした細胞の方が扱いやすいからだ。

 だとするなら、あの補食行動は検体の加工(カッティング)ということになるが──。

 夜鷹がまた思考に没頭していると、幼女は改めて此方を向いた。焦点のあった瞳には仄かに知性の光が見え、赤みがかった頬は普通の人間と瓜二つだ。

 彼女は此方を向きながら、口をパクパクと動かす──が、声が出ない。何秒か色んな形に動かしてはいるが、唇が開閉する小さな音だけがその場にあるだけだった。

「……声が出ない? ……いや、声帯を正確に再現していないのか」

 よく見れば喉元が震えていない。声を形成する器官が正常に動いていない証拠だ。

 ──さて。

 喋る努力をしたということは、意思疏通を試みたということだろうか。

 自ら喋ってくれるならそれに越したことはない。通常の人間なら脳波を読み取れば思考が解析できるが、この分だと脳機能を正常に再現できているかも疑わしい。

 この南極についての情報を集めるならば彼女には──この元スライムには限りなく人間に近づいてもらう必要がある。あの補食行動が情報取得方法の一つなら、恐らく声帯一つを丸々補食させれば完璧だろうが──生憎これ以上負傷して調査を滞らせるのも困り者だ。

 どうしたものか──そう考えている内に、彼女は口を動かすのを止めて、此方を──正確には唇を見た。

 観察するかのようにじっと見詰めた後……おもむろに夜鷹の唇に自身の唇を重ね始めた。夜鷹の体温よりも冷たい唇が容赦なく、貪るように押し付けられて口内を擦り、粘膜を(こそ)ぎ落とそうとする。夜鷹はそれがおそらく人間の情報を集めているのだろうと推測した。思えば先程から夜鷹の体を口に含んでいたのは、細胞を効率的に集められる部位を探していたのかもしれない。

 ……暫く好きにさせておくか。

 夜鷹は肩の力を抜いて幼女の好きにさせると、彼女の勢いはますます強くなった。彼女の歯がぶつかったと思えば唇を甘噛みされ、舌を絡ませてきたと思えば唾液をすすられ、口内という神経の集中する粘膜を刺激されて、夜鷹の体は言葉に出来ない感覚に襲われる。

 ──夜鷹はこの時初めて、肉体を介した原始的な快感というものを知った。

 やがて攻め立てるようなキスはゆっくりとしたものになり、静かな洞窟には次第に水音が響き始める。彼女の口からは模倣したであろう唾液が分泌し始め、喉奥から音が漏れ出す。

 そして彼女は満足したかのように唇を離す。唾液の糸が橋を架け、彼女はそれを舌で舐めとると。

「……ぇけ?」

 そう可愛らしく声をあげた。

 夜鷹は彼女の喉に触れ、次にお腹に手を当てる。喉には無事に声帯が形成されており、さらに先ほどまで滅茶苦茶な物だった臓器は正常に動き出していた。解析しなくても、掌へ伝わる心臓の鼓動は一定のリズムを刻み始めていた──そもそも先ほどまで動いていなかったにも関わらず、身体を動かせていたことの方が不思議だが。

「声が出せるか……言葉は理解できるか?」

「? り、りっ!」

「……どっちなんだ? 脳波で喜んでいるのは理解できるが……思考が読めないのは不便だな」

 出来ないものは仕方がない、そう考えることにした夜鷹は膝をついて立ち上がる。バランスを崩しそうになった彼女は、夜鷹の首に腕を回す。冷たい金属が地肌に触れ……そして微かに動いているの感じる。

 ……腕も修正しているのか? いや、というよりは元々が可変式……なるほど、やけに柔らかいのは可塑(かそ)性が高いからか。

「り、り、り!」

 彼女は嬉しそうに微かに口端をあげる。

 ……嬉しい、楽しいか。感情を理解しているのか、それとも元々持っていたのか……どちらにしろ、まさかスライムに先を越されるとはな。

 夜鷹ですら未だに理解出来ていない感情というものを無意識に示す彼女に、何故だかため息を吐きそうになる。

 ひとまずこれで意思疎通の準備は出来た。観察していたところ、学習能力はかなり高いようなので、言葉については調査の傍らに教えれば良い。付きっ切りで教えれば、恐らくは数日とかからず日本語を覚えるだろう。

「……名前が無いのは不便だな」

「? あ、まえ? り?」

「……リリ、でいいか」

「りり?」

「そうだ、リリだ。今日からお前の名前はリリだ。理解できたか?」

「りり……りりっ! なま、え。りり!」

 夜鷹の身体をよじ登って肩に足を回したリリは、「いあ、いあ!」と感嘆の声をあげながら騒ぎ始める。夜鷹はバランスを崩しながらも、彼女の岩のような脚を腕で固定しながら歩き始める。

 洞窟はまだ長く、暗い。

 けれどリリの陽気な声に、夜鷹は小さく口角を上げた。

 

 

 

 副題

『世界龍脈調査〜南極編〜 前編』

 

 

 

 

 




石動夜鷹
今回の主役。天然系クールっぽい。
ある意味サブ主人公。世界龍脈調査では彼が主に出てくる。ボーイミーツようじょが彼の生き様。
本編で何か犯罪臭漂う行為してるけど、夜鷹は生(製)後一歳なので何の問題もないです。彼はロリハーレム枠です(大胆なネタバレは作者の特権)。

スライム改めリリ
今回の主役。つるぺたようじょ。
つるつるペタペタな可愛い幼女。作者の趣味の塊。それもこれもメイドインアビスが面白いのが悪い。
賢明な読者には正体がバレバレだが、どうやらそれだけではない様子で……?

石動潤
今回のチョイ役。大体コイツのせい。
実は結構ちゃんとお母さんしようとしてるが、色々と迷走中。一年経っても子供が『感情』を理解できてないらしいので旅に出す。可愛い子には何とやらである。

石動日向
夜鷹のお姉ちゃん。そのうちこの子も出ます。


神蔵御染
今作の主人公。何にも知らないお父さん。
いつの間にか大学生にして二児の父。いつか結婚したら子供は二人、男の子と女の子がいいよなぁ、なんて話をしてしまったばっかりに……。

でーたべーす
『創造』と『改竄』
 出力装置である肉体を『情報存在』が手に入れた際に確立した歴とした技術。物理法則は宇宙的ローカルルールの前では無意味である。
『創造』は情報から物質を生み出す技術。本編で例えた通り設計図からそのまま物体を創りあげる感じ。
『改竄』は情報を書き換えることによって物質を変革させる技術。その辺の石からダイヤモンド創ったりできる。
石動潤は『創造』によって夜鷹、日向の両名を創造したが、しかし無制限に人を創れる訳ではない。生命体の情報のブラックボックスである『魂』を解析できない彼女には、自身の『魂』をほぼコピーした存在しか創り出せない。その不安定さ故に、夜鷹達は『情報存在』としての機能を引き継いでしまった。


次回はやっと主人公のターン。といっても何時もの日記から始まるやつです。日記形式は本当に楽で助かります……。
今月中には、たぶん? 投稿します。


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04

長らくお待たせしたことをお詫びいたします。やっぱり予定は未定なんですよね。この小説待ってる人とかいるのか戦々恐々としてますがとりあえずごめんない石とか投げないでくださいおねがいします。
 
そしてもう一つ謝辞を。今度は内容についてです。
正直色々と試行錯誤して、結局書きたいように書いちゃった結果がこれだよぅ!
冒頭は作者が色んな書き方の練習したってことでどうか。
そして終盤……すまん。シリアスとか求めてくれたかも知れんけど、でも作者の作風って本当はこっちなんだ。

この内容で過去最長。申し開きもござらん。
どうか暇潰しになればそれ以上はありません。

※ななめうえさん、Kongmuさん、パトスさん、arashさん、幽姫兎さん、あんころ(餅)さん。
 誤字報告ありがとうございます。


 むかしむかし。

 とても、ひどく、ずいぶんむかしのおはなしです。

 まだ人が、魔女をきらいだったころのはなしです。

 海に近い、ちいさな村に、白くてきれいな猫がいたのです。白いけなみに白いきば、白い尾っぽに白いめだま、耳のさきから尾っぽのさきまで、とっても白い猫がいたのです。

 そいつは白くてきれいな猫のくせに、ずいぶんないたずらもので、食べ物をぬすんだりして、みんなをよく困らせたものです。町のみんなはとても怒って、つかまえたら皮をはいで、その皮をかざるか売ってしまおうと考えては、いつもつかまえられずにいたのです。

 なぜならそいつが、ずいぶんきれいな猫なものだから、みんな()()()()、そのうちに猫はにげてしまうのです。

 猫に名前はありませんでした。

 付けてくれる親は、気付いたときにはいなかったのです。猫を飼う人もいなかったのです(なにせ当時は、猫はあくまのようなものですから、魔女のてしたのようなものですから)。

 だから猫は、親猫を知りません。

 だから猫は、仲良くする猫を知りません。

 だから猫は、人にこびをうることも知りません。

 だから猫は──いつも一匹(ひとり)でした。

 

 それは猫が、いちだんと強い春の風をうけて、数えて3回目くらいの日のことです。

 町の人々がさわぐのを、猫は()()()()で聞きました。動きの()()()な肉やの店主が、ひーこらひーこら、声をあげてさわぎます。それを聞いた酒場のひげをはやしたマスターも、その客の顔にニキビのついた大工も、そのおやかたの大きな鼻の人も、腕ほどの長さのふえをもった男も、はてはごうかな服を着た、いつも偉そうにしている太ったお役人も、みんなそろって口を開くのです。

 魔女がきた。

 悪い魔女がきた。

 黒いぼうしを頭にかぶり、明るい色の木の杖と、ヘンテコなマントをなびかせた、おそろしい魔女が、北のもりに住んでるぞ。

 みんなは口々に、たいへんだ、兵士をよべ、早くにげよう、確認が先だ、魔法をかけられたらどうする、ああかみよ、そんな言葉をさけんでは、キリキリと歯をならすのです。さわがないのは、小さな子供と赤ん坊、それと道にひざをついて祈るシスターと、耳のとおい老人だけでした。

 猫はそんなみんなを目にして、魔女に興味をもちました。猫は魔女とは何か知らないので、こんなにみんながさわぐなら、きっとそれは狼か、見たことないほどおおきな熊にちがいないと思ったのです(もりに住むなら、きっとそうにちがいないのです)。帽子や杖をつけた狼や熊なんて、めずらしい生き物もいたものです。

 だから猫は町をでて、北のもりに向かいました。そんなヘンテコで、町の人がさわぐほどの生き物を、この目で見てきてやろうと思ったのです。

 もりは町と目とはなの先で、いつもオドオドした木こりが毎日かよっているのですから、迷うことはありません。坂道のまんなかを、王さま気分で猫は歩きます(王さまは見たことありませんが、一番偉い人なのできっと役人のように偉そうにちがいないのです)。とちゅうにあった木の下で、のんびり寝ているノウサギを見ては、木こりやハンターがいないと思いながら、猫はついにもりにたどり着きました。もりはずいぶんと木があって、草も荒れほうだいの野ざらしで、ここに住んでる魔女は、庭のていれがヘタにちがいないと考えて、猫はもりに入りました。

 木こりがいつも入っているからか、ちょうど道のようになっている所を歩いたり、たまによりみちしたり、変な虫をおいかけるうちに、開けたところに着きました。オンボロな小屋と、小さな池が並んでて、クルクルまわる()()()()が小屋にくっついた、へんな小屋でした。

 つかれた猫は、その小屋に入って休もうと、小屋の裏の、ネズミのつくった穴を爪でかき、小屋の中に入りました。小屋の中もずいぶんとヘンテコで、むらさき色の草の入ったビンや青いトリの入ったかご、つちのいろをした大きな紙に、絵と文字とまっすぐな線が縦横に書かれたもの、青くて丸いものに台座のついたもの、ガイコツのついたくびかざり、きん色にかがやくうつわに、ピコピコと音のなる板など、たくさんヘンテコなものがありました。

 猫はおなかが空いたので、食べ物をさがしました。けれど食べられそうなものは見つからず、見つかるのはカビの生えたパンと、ひからびたネズミばかり。これならもりで虫を食べていた方が、お腹がみたされるというものです。

 おなかの虫の居どころがわるくなった猫は、そのままあばれて、うさばらしをしたくなりました。ネズミにかじられたイスをこわし、()()()の取っ手を歯がたでいっぱいにし、広げられた本をやぶり、ビンを机から落としました。床いちめんにちらばった、木くずや紙やみずをみて、猫はおちつきました。そして自分がなぜここにいるのか思いだし、そのあとおなかがさらに空いてきたことに気づきました。

 そのまま猫は、小屋のすみの穴から出ようとしたとき、扉が開きました。きぃ、と音をたてる扉から、ヘンテコな女が入ってきました。

 黒いぼうしに明るい色の杖、それと風もないのにたなびくマントをつけた、目付きのわるい女でした。猫はそのとき、魔女とはその女のことを言うのだと気づきました。

 猫はすぐににげようとしました。というのも人は物をおとされると、とてもおこるものですから、石をなげられる前に、さっさとにげてしまおうと考えたのです。

 けれどそれは出来ませんでした。なんとにげようとした穴が、土でうまっていくではありませんか。近くにもぐらでもいたのか、あるいはもりでは、土の雨がふるのでしょう。猫には分かりませんでしたが、結局猫はあわれ、女にくびねっこをつかまれてしまいました。

 女はキンキンとかん高い声でおこりましたが、ふと猫を何度もみると、小さな声でぶつぶつとひとり言を言いはじめました。

 そして女は、猫の方に向きなおると、どうしてか楽しそうに笑うのです。口のはしっこを月のように曲げて、白い歯が小さく見えました。猫はなぜ女が笑っているのか分からなくて、けれどきっと猫のことをバカにしているのだと思いました。

 

 ──ああ、哀れな猫だ。親の顔を知らない、仲間もいない、飼い主もいないとは。

 ──親から愛と知識を与えられず、だから仲間とじゃれあって遊ぶことをせず、だから猫の仲間とのつきあい方も知らず、だから獲物のまともな狩り方も人への媚び方も知らず、だからお前を飼う者はなく、だからいつまでも一人きりな、哀れな猫だ。

 

 女の声が、小屋にひびきました。

 芝居がかった、変な口調で女は語ります。まるで肉やの小さい方のむすめが、ごっこ遊びをしているときのような、わざとらしい声でした(猫にはなにを言っているのか分かりませんでしたが、声がうすっぺらいように思えたものですから)。

 気がつけば小屋の外は夜になっていたようで、冷たい夜風が猫のはだをなでました。なれしたしんだ夜の寒さがそこにはありましたが、つかまれた首だけが、人の体温を猫につたえました。

 

 ──だから、ああ哀れな猫よ。お前に魔法をかけてやろう。

 ──どんな者でも幸せにする、とても残酷な魔法をお前にかけてやろう。

 

 猫のひたいに、女は杖をかざしました。

 太陽のようにあたたかな光が杖のさきならほとばしり、まるで冬のほしぞらのようにきれいでした。

 

 ──お前はこの先、何度も死んでは転生し、その因果が途絶えることは無いだろう。あらゆる場所で死に、あらゆる時間において死はお前につきまとい、そしてお前はそれを全て覚えて生き返る。

 ──生はお前に知恵を授け、死はお前の生を意味あるものとし、けれどお前が報われることはない。誰もお前を見ることなく、誰もお前を覚えることなく、そして誰もお前を愛することはない。

 

 猫に、女の言葉は分かりませんでした。

 けれど──その顔は、なんだがとても嬉しそうなのです。わざとらしい笑いかたをするくせに、とても楽しそうなのです。

 まるでそれはそう、町で何度も見た顔でした。

 親が子供に向けるような、おやかたが弟子に向けるような──いつも偉そうなお役人が、みよりのない子供に、パンをあげていた時のような、そんな顔でした。

 

 ──けれど。

 ──もしお前が運命を見つけたなら、あるいは運命がお前を見初めたなら。

 ──覚悟しろ。

 ──お前は残酷な輪廻を抜け出し、愛と自由を手にし、けれど運命はお前を捕らえて離さないだろう。

 

 それを、猫は知らないけれど。

 それはきっと、あたたかな春の日差しのように、柔らかなものなのです。

 

 ──『希望』しろ。

 ──お前の未来は残酷なまでに、甘くて柔らかな幸せで満ちているに違いない。

 

 

 そして猫は死にました。

 そして猫は生き返りました。

 死んで、生き返って、また死んで生き返る。

 それだけのお話でした。

 

 おしまい。

 

───────────────────────

 

 

 

 

 @月α日

 そろそろ退院後のゴタゴタも終わったことなので、バイトを始めようと思う。最近色々と金を浪費しすぎてるから金欠だからだ。葉月ちゃんの買い物でご飯(おご)ったり、白夜ちゃんに退院祝いに服買ったり、潤の誕生日祝い買ったり……何か女の子にお金貢いでる気分だなコレ、ギャルゲーかな?

 それはともかく何が良いか……入院前にやってた塾講師は結構楽しかったな。良い子も多かったし、賑やかだったし、やってて楽しい仕事だった。

 ただ、俺としてはファミレスも良いかなとか。接客も調理は出来るし、最近開店した近場の店も給料良さそう。これでちっちゃい先輩が勧誘しに来たら即WORKING!!なんだが、あれは北海道でしか起こらない特別な現象だからなぁ……Web版ならいけるかもだけど。

 

 

 @月β日

 真緒にバイトするならどこが良いと思う? って聞いたら、そんなのしなくても良いって即答された。いや、お兄ちゃんお金無いんです。真緒は母さん達からお小遣い貰ってるけど、お兄ちゃんはもう貰えないからね。その辺妹は分かってないんじゃないかと思うよお兄ちゃん。

 ……一時間二千円で買うよ? って言われてもやらないからな。何やらせる気か知らないけど取り敢えずやらないからな。

 

 

 @月γ日

 ネットとか大学にあった求人広告を家でにらめっこしてると、葉月ちゃんが何してるのか聞いてきたのでバイトを始めようと思うって言うと、何だかポカンとした顔をしていた。どうやらバイトをしたことが無いらしい。まあお金持ちだから経験ないだろうなとは思ってた。

 ……一時間五千円で買いますよ? って言われたけどやらないからね。真緒より金額増えててちょっと揺らいだりしてないからね。

 そして君たちは一体俺に何をさせる気なの?

 

 

 @月δ日

 1日考えた結果、ファミレスの方でバイトをすることに決めた。色々なバイトをこなすのも良い経験になるだろうし、給料良いし……塾講師は教材とか進度の確認しなきゃいけないのが大変だよね。今にして思えば、学校の先生って凄いと思う。

 早速面接に行ったら即採用である。開店したばかりで店員が足りないらしい……そういうのって開店前に集める物では? ボブは訝しんだ。

 

 

 @月ε日

 早速今日からお仕事、気合い入れていこう……とか思ってたらいつの間にか葉月ちゃんが隣にいた。ビビって凄い声出たわ。

 聞けば社会勉強としてバイトを始めることにしたらしい。バイト先同じなのは偶然? って聞いたら、故意()ですって返された。知り合いがいた方が何かと便利だもんね、まあ俺もファミレスは初めてなんだけど。

 早速オーナーに料理できるか聞かれたので、そこそこと答えるとメニューの一つであるオムライスを作ることになった。

 俺や真緒が好きなのでオムライスは得意料理です。マニュアル通りに作れば誰でも同じ味になるけど、ここは年上として葉月ちゃんに格好いい所を見せる良い機会である。凄いやつ作るから見とけよー見とけよー。

 では早速卵を……。

 ちくしょう! 台無しにしやがった! お前はいつもそうだ。この卵はお前の人生そのものだ。お前はいつも失敗ばかりだ。お前は色んな物に手を付けるが、ひとつだってやり遂げられない。

 ──誰もお前を愛さない。

 ……って感じで卵割るの失敗してギャグに走ってしまった。うん、ごめん葉月ちゃん。目の前で急に膝折ったらビックリするよね普通。

 あと恥ずかしいなら私が愛してますとか言わなくてもいいから。めっちゃ恥ずかしいし店長もなんか『やれやれだぜ……』みたいな顔してるから。

 

 そのあと作ったオムライスは葉月ちゃんにあげました。

 美味しそうでなによりでした。

 

 

 @月ζ日

 バイト二日目である。

 研修なんてなまっちょろいものは要らん、という店長の言葉により今日から普通にホールである。

 先輩方に挨拶してからお仕事、注文聞いたり料理運んだりレジやったりと、結構忙しい。開店したばっかりで客がそこそこいるからだろうか。ただ思っていたよりは楽そうなので、そこは安心した。

 さすがに漫画みたいにテンプレートな迷惑客はいなかったし、この分なら楽できそうだ。

 

 

 @月η日

 楽できそうだ──なんて思っていた俺の姿はお笑いだったぜ(パラガス風)。

 バイト三日目にしてトラブル発生──というか変わった客が現れた。三人組の不良学生である。

 特徴を言うならハゲ、モヒカン、リーゼント──これ以上ないくらいに不良である。黒い学ランを着崩してガム噛んでたりするんだけど、ここまでテンプレだと逆に感心する。ていうかモヒカンとリーゼントなんて初めて見たわ絶滅危惧種だろアレ。そして軽く流しそうになったが高校生でハゲって悲しくないか? いや剃ってるんだろうけど、将来困らない?

 そして注文はまさかのランチのハンバーグセット、エビフライセット、オムライスである。いや俺も好きだけどさー……なんか、うん。

 まあいいか(思考停止)。

 三人の料理は俺が持っていった。先輩方は然り気無く違うテーブルの皿を持って行ったので頼りにならない。ちょっと薄情過ぎない? しかし葉月ちゃんに任せるのもアレなので俺が行くことになったのだ。

 普段通りに料理を置き、ごゆっくりと一言添えてからその場をあとにする。

 おい、と呼び止められる俺。

 振り返るとハンバーグセットを頼んだハゲの子がさも当然の如く──「旗がねぇぞ」と言う。

 一瞬真っ白になった思考を正常に戻し──俺は冷静に少しお待ち下さいと言ってから厨房の引き出しからお子さまランチ用の旗をお持ちして、丁寧にハンバーグに刺した。

 きっと彼は昔お母さんと食べたお子さまランチが忘れられず、ハンバーグに旗が付いてないと物足りなく思ってしまう系の不良なのだろう。そう思うことにして、ごゆっくりと一言添えてからその場をあとにする。

 おい、と呼び止められる俺。

 振り返るとエビフライセットを頼んだモヒカンの子がさも当然の如く──「タルタルソース少ねぇぞ」と言う。

 一瞬真っ白になった思考を正常に戻し──俺は冷静に少しお待ち下さいと言ってからオリーブオイルなどが置いてあるところから小さいパックのタルタルソースを二本ほどをお持ちして、テーブルに置いてソース類はセルフになっていることを伝えた。

 きっと彼はエビフライはタルタルソースで見えなくなるくらいが好きなのだ。タルタルソースの仄かな酸味で包まれたサクサクのエビフライこそが彼の求める物。そう思うことにして、ごゆっくりと一言添えてからその場をあとにする。

 おい、と呼び止められる俺。

 振り返るとオムライスを頼んだリーゼントの子がさも当然の如く──「ソースねえか?」と言う。

 一瞬真っ白になった思考を正常に…………いや戻らねえよ。

 ソースとは……つまりはウスター的なアレか?

 オムライスに、ソース?

 既にトロトロのデミグラスソースがかかっているそれに、ソース? 

 肉本来の旨味を凝縮し更に幾つかの秘伝の調味料を加えることによって既にそれ単品で究極であるオムライスを1つ上のステージに昇華させた一品(広告より抜粋)に……ソース?

 

 ……………………まあいいか(思考停止)。

 食べ方なんて人それぞれだし、他のお客さんの迷惑にならなければ何でも良いだろう──そんな結論を出した俺は厨房の人からウスターソースを借りてテーブルに置いた。

 するとリーゼントの子はガタリと音を立てて立ち上がり「ソースつったらオイスターだろぉ!」と叫んだ。

 なん……だと……!?

 ……オイスターソースってカキフライとかにしかかけないだろ……かけなくない?

 そんなこんなでリーゼント君の顰蹙(ひんしゅく)を買ってしまった俺が、怒り心頭になりオイスターソースの良さをこれでもかとアピールする彼の話を聞いていると、なんか彼らの親玉っぽい金髪の子が入ってきて彼を殴って黙らせてしまった。その後、彼らはそのまま料理を食べると、キチンとお金を払って帰っていった。

 

 一体彼らは何者だったんだろうか……。

 そしてオイスターソース……意外にも色んな料理に使えるんだな、今度試してみよう。

 

 

 @月θ日

 昨日のゴタゴタが嘘のように何事もなくバイトが終わり、店から出ると昨日の不良達の親玉っぽい子が待ち伏せしていた。待て、話せば分かる(犬養 毅)と言うと、喧嘩とかしに来た訳じゃねぇ、とのこと。

 どうやら昨日の謝罪に来てくれたらしい。ただの良い子じゃないか。

 せっかくなのでお詫びに缶コーヒーを奢って貰ったあと、公園でちょっと雑談をすることになった。どうやら彼の名前は『剣山(つるぎやま)(すばる)』というらしい。スバル……流星のロックマンか、もしくはリゼロを思い出す。バスケ部の女子小学生サイコーだぜの人は流石にちょっと彼に悪いだろうから言わないようにしよう。

 どうやら彼は別に不良というわけではないらしい。田舎から上京して高校に入ったは良いものの、目付きの悪さから柄の悪い奴等に絡まれて喧嘩をしていたら、いつの間にか有名になっていたとのこと。将来の夢は花屋になりたいらしい。女の子みたいだなって言ったら睨まれた。怖いから止めてください。

 それにしても……言っては悪いが、凄いありきたりな設定……もとい生い立ちだな。将来の夢がちょっと可愛い辺りが凄いあざとい。

 もしかして川原で捨て犬や捨て猫を拾ったことがあるかと聞いたら何で知ってんだ、と返ってきた。

 テンプレかよ。

 写真見せてもらったら犬でした。ちょっとゴールデンレトリーバーっぽい。

 

 何だか良い子だったので連絡先を交換しておいた。

 よく考えれば、久しぶりに男友達? と会話をしたかもしれない……いや、麻雀部の部長さんともたまに話すから、そんなことは無いかもしれないけど。

 

 

 @月ι日

 バイト終わりに(まかな)いを作ってやろうかと先輩に誘われたが、結局断って家に帰って自分で作ってしまった。

 やはり真緒を一人残しているのは何だか不安になってしまう。入院中は潤が助けていたようだが、真緒だけなら夕食を食べずに一人でゴロゴロしている気がするのだ。妹は基本的に面倒臭がりだから一食抜いても平気な顔してそうなのが困る。

 ……兄離れしてくれといつも言ってはいるが、もしかしたら俺が妹離れ出来ていないだけなのかもしれない。

 結局葉月ちゃんも家に連れて三人で夕食を食べることになった。ここ一ヶ月で葉月ちゃんはウチに来すぎではなかろうか……夕食が二人分から三人分になっても大した手間じゃないからいいけど。

 

 

 @月κ日

 今日はバイトも無いので散歩していると、昴君と会ったのでちょっと雑談をした。何故かこの子とは今後も会うたび雑談する気がするのは気のせいではないだろう。大学生って結構暇だから仕方ないね。それにほら、平日の昼間から出歩いている高校生がいたら声をかけたくなるじゃん。

 どうやら学校をサボっているらしいが、クラスメイトの視線がウザいから行かないだけで、彼本人は意外にも勉強をする気があるのだそうだ。何だか勿体ないと思ってしまうのはお節介だろうか。

 ただ同じクラスの委員長は彼に学校に来て欲しいと言って付きまとってくるらしい。もしかして委員長は黒髪おさげで真面目気質な女の子かと聞くと何で知ってんだ、と返ってきた。

 テンプレかよ。

 どことなくラブコメの波動を感じたのでとりあえずこの先、委員長ちゃんの秘密を知る機会があったら協力しておくのが吉だと言っておいた。ボーイミーツガールはフラグたてる基本型である。ソースは神のみ。

 

 

 @月λ日

 本屋に行ったら『月刊もふもふにゃんにゃん』の今月号が売っていたので買い物ついでに買っていった。退院してからもたまに本屋で軽く読む程度だったが、猫特集が組まれていたので気になったのだ。

 これによると、最近犬だけでなく猫と散歩する人もいるらしい。ヒモ猫、そういうものもあるのか。

 面白そうなのでウチでも真似してみようと思う。白雪も良く外に散歩しているので嫌では無いだろうし、結局使われていないそこそこ高かったネコ砂のリベンジでもある。

 取り敢えず白雪にも聞いてみたが、何となく満更でも無さそうな気がする。人語を理解してるとは思えないが、まあ物は試しということで。

 

 

 @月μ日

 白雪の散歩デビューである。

 大学帰りに買ったリードを付けていざ出陣。取り敢えず近くの公園でのんびりすることにした。しかし白雪もそこまでアクティブな訳ではないので、公園の周りを適当に歩いたあとはベンチで日向ぼっこしていた。

 すごく……おじいちゃんです……。

 することもないので白雪を膝に乗せて三十分くらい撫で回していた。喉元を指でうりうりと撫でてはお腹を擦り、尻尾の付け根をポンポンしてはおでこを掻く。とても気持ち良さそうに体を動かすのでついつい撫ですぎてしまい、最終的には体の力が抜けてぐったりとして、更に追い討ちをかけるように遊んでいた小学生に群がられてヘトヘトになってしまった。なんかごめん。

 

 あとその小学生の中に以前塾で教えていた子がいた。凄い懐かしい。

 柔らかな笑み、華奢な体、ピンク色の唇から溢れる優しい声は母性を思わせる響きを携えている……。

──だが男だ。

 教えてた時も思ったけど、まさかリアルに男の娘が存在するとは……世の中って広いなと思ったわ。

 

 あと右目赤いのを久しぶりに指摘された。さすが小学生、直球だ。

 スゲーカッケー! と男子達からは称賛の嵐である。やっぱり片目色違いは格好良い、は男子ならみんな分かるよね。

 

 

 @月ν日

 

 昨日に引き続き白雪と散歩に出掛けると、犬の散歩をする昴君に出会った。最近の君とのエンカウント率高くない? と思ったら犬の散歩だった。ゴールデンレトリバー(仮)がグイグイ来る。そして白雪がそれを殴る。

 ネコパンチ、相手は死ぬ(みたいに元気を無くす)。それにしても温厚な白雪がネコパンチをするとは……嫉妬かな? 可愛い奴め。

 その後、ベンチに座って話をした。どうやら彼は件の委員長とそこそこ良い仲になったらしい。この数日に何があったのか凄い気になったが、彼は頑なに教えてくれずそのまま足早に去っていった。悲C。

 ……実は委員長は人知れず街を守るために戦う魔法少女で、偶然にも彼女の秘密を知ってしまった彼は秘密を守り彼女と共に怪人と戦う……みたいな展開が起こったのかもしれん。

 まあ、あり得ないだろうけど。

 

 

 @月ο日

 昨日日記を書き忘れたので二日分をまとめて書いておく。といってもあまり特別なことはなく、白夜ちゃんが遊びに来て一泊したくらいだ……週四で遊びにくるから実際珍しくない。学校行ってないから暇らしい。

 そういえば学校はどうするのか聞くと、年齢の上では中三だがどうせ今さら行ってもしょうがないので高校から通うそうだ。高校入学の資格云々は良くわからないが、なんとかなるらしい。……そういうものなのだろうか。

 勉強はお父さんに教えてもらっているらしく、基礎はバッチリとのこと。分かんなかったら今度教えてあげると言うと嬉しそうにしていた。これでも塾講師やってたので教えるのには自信がある。一年だけだけど。

 それと次の日、つまりは今日起きると何故か白夜ちゃんが横で寝てた。凄いビックリしたが、起きた後の白夜ちゃんの方がビックリしていた……夜中起きて部屋でも間違えたんだろうな。妹も昔は、というか今でもたまに間違えるし。

 それにしてもヤケに顔が赤いし汗かいてたな……真央もそうだけど、やっぱり女の子は体温高いから汗っかきなのだろうか。夏場は苦労しそうだね。

 

 

 

 

 

 

 白雪の意識が覚醒したのは、既に深夜を回った時間だった。

「……んむぅ」

 肌に張り付いた寝巻きの端を指で掴んで空気を送りながら、白雪は立ち上がる。蹴飛ばしていた来客用の布団をそのままに周りをみると、すぐそこにベッドで眠る真緒の姿が見え、そこでようやく寝る前のことを思い出した。

(そうか。確か昨日は神蔵家に泊まりに来たのだったか)

 白夜とその体を借りている白雪は、現在人間の姿と猫の姿で二重の生活をしている。人間の姿では人間として──『神輿(みこし)白夜』として最近こちらに引っ越してきた『という事になっている』神輿布留(ぬのどめ)の娘として生活し、猫の姿としては、神蔵家のペットたる『白雪』として生活している。

 布留は白夜たちが神輿の研究所に襲撃した際に埋め込んだ呪いによって記憶を封印し、今では自分が普通の人間だと思い込んで生活している。白夜は身体的な問題で幼い頃に入院、布留の配偶者である神輿(かがり)は運転中に事故で死亡し、布留もその時に失明して仕事を辞め、今では実家からの援助金で家族二人と雇った家政婦の三人で細々と暮らしている──というカバーストーリーを『石動潤』が作り、実際に様々な手続きを彼女が行った。襲撃した研究所は地上から綺麗さっぱりと消え去り、神輿家当主たる『神輿布留』は魔法の世界から足を洗った事になった。そもそも既に親族や関係者が極端に少ない──というより故意に少なくしていた布留の後処理をするのは、そこまで難しいことではなかった──というのは潤の談である。

(それだけ綿密にやっておきながら『神輿』の姓も残したままで、顔も隠さない……わざとやっているなら、本当に(タチ)が悪いな)

 客観的に見れば『神輿家の当主が突然魔法の研究を止めて野に下った』──それがどれだけ不自然なことか白雪だけでなく白夜にだって理解できていた。それこそ裏の世界から何かしらの探りを入れられるのは間違いないし、神輿の家の数少ない関係者も彼を探すかも知れないし、神輿の家に恨みを持った人間が好機とばかりに殺しに来るかもしれない。

 だとするなら─真っ先に狙われるのは布留となる。白夜も危険ではあるが、それは関係者だからという理由によるもの。神輿の家の悪行を指揮してきた布留という張本人がいるならそちらを先に狙うのは間違いない。そしてこの町に入り、何か事件を起こした時点で潤はそれを捕捉するだろう。例え何らかの襲撃があったとしても、こちらはそれを見てから行動できる──一手を捨て駒でいなして判断できる。

 つまりは(てい)の良い囮役ということになる。

 なるほど、合理的で打算的で──程よく適当な辺りが人間らしい。

(なら私がすることは何もない。白夜のしたいように、それを手助けしていれば良い)

 どちらにしても白雪に選択の余地はない。

 選択肢も無ければ選択する必要も無い。

 白夜の体を間借りしている白雪にとって、あくまで主導権は白夜にある。白雪は彼女の体を借りたいときに少し借りられればそれで良いのだから。

「……喉が渇いた」

 そう一言呟きながら、真緒の部屋のドアを開けて廊下にでて、そのままリビングへと向かう。

 この体の主たる白夜の意識は既に眠っている──というよりは力尽きて気絶している。どうにも連日の散歩で力を使い果たしたようだ……正確に言うならそれは散歩自体の疲労ではなく、その後御染に身体中を触られた──というよりも弄くり回されたせいと言える。

「……っ」

 思い出すだけで膝が震えて鼓動が早くなる。

 麗らかな太陽の日差しが照りつける日中に、それこそ誰にでも見つかってしまう公園のベンチの上で身体中をまさぐられる──そんなことを数十分と繰り返されたのだから、白夜の疲弊も当然と言える。

 そしてそれは、白夜と感覚を共有している白雪も例外ではなく──そこまで思考が及んだ辺りで白雪はそれを振り払うように首を左右に振り、適当なコップをキッチンから取り出して水道水を勢いよく喉へと流し込む。

 火照(ほて)った体に、冷たい水が染み渡る。清涼感に身を包まれながら、白雪は一息吐くと真緒の部屋の方へと足を向けた。

 体の主たる白夜は寝ている──半ば気絶のようなものだが、このまま白雪が起きていては体が休まらない。早々に寝て、体を休めるべきだろう。

 そう思っていた。

 それは間違いなかった。

 

 ──だから偶然、真緒の部屋へ歩く途中に半開きになっていた御染の部屋を見たとき、気になって中を覗いてしまったのは本当についで、或いは気の迷いのようなものだった。

 ──中途半端に開いているドアを軽く開くと少しだけ涼しい空気が流れてきて、よく見れば軽く冷房が点いているな、なんて考えて──自然と御染のベッドの中に入り込んだのは本当に本心からの行動ではなく、あくまで猫の状態で何度か隣で寝ていたからその名残で同じことをしていただけだった。

 

(……はっ、体が勝手に!?)

 不覚だった。

 あまりにも短慮、そして無意識の刷り込み行動。

 アヒルに着いていく白鳥の子供の如し、数ヵ月の習慣とは斯くも恐ろしきものか。

 まるでそれが当然とでも言うかの如く、寝ている御染の左腕を枕にするように寝そべる女の姿がそこにはあった。

 ……というか、白雪だった。

 御染のお腹の辺りまで掛けられた薄手のブランケットにちゃっかり足を入れつつ、白雪は自分が何をしているのか理解して即座に真緒の部屋に戻ろうとした。男女が同衾(どうきん)することの意味が分からない白雪でもなく、さらに言えば──白雪は御染とそういう関係になることを望んではいない。

 ──『白雪』は猫である。

 死んで生き返ってを幾度となく繰り返し、総計にして百万回の死を経験し、百万回の転生をする過程で白雪は人間とほぼ遜色(そんしょく)がないほどの自意識や人間性、そしてある程度の人間の倫理観を得ている。それは例えば人間のように思考することや、人間の考えを読むこと。そして白雪のみが会得した『魔法』──白夜と身体を一つにした契約などがそれに該当する。魔法について言えば葉月に確認をとった結果、現行の魔法とは形態を異にするものらしいが、そんなことは魔法使いにとっては良くあることらしいので割愛する。

 それはきっと──簡単にいうなら気が狂っている状態なのだろう。人間が狂って幼児退行を起こしたり考えることを放棄するように、白雪は猫としての自意識を半ば放棄した。変わらずに繰り返される死と生に対して、白雪は『人間に近づく』ことで変化を起こそうとしていたのだ。

 けれど白雪自身は今でも自分を猫だと思っているし、本来なら猫として生きるべきだと考えている。確かに御染に恋をしたし、その後御染に近づきたいがために白夜の体を間借りしたが、その考えが変わることはなく──従って白雪は御染と男女の関係になりたいわけではなかった。

 モチロン恋人とか恋仲とか、夫婦とか伴侶とか配偶者とか、ラブラブでイチャイチャな関係とか微塵も、一瞬たりとも、これっぽっちも考えていなかった。

 ……それがどうだろうか。

 白夜と感覚を共有していることが裏目に出たのか、背中を撫でられただけで体の力が抜けるし、喉を(くすぐ)られてただけで()びるように鳴き声が漏れ(のど)を鳴らすし、あまつさえ乱雑に身体中を弄くられるだけで発情したみたいに身体が火照ってされるがまま。それこそ初めての時など失禁すらしたほどだった。

 げに恐ろしきは人間の意識、あるいは本能か。人間の身体を間借りしてしまったことを、その時だけは恨めしくなる。

 どちらにしても……哀れ白雪自身はペットと飼い主の関係を希望していた筈なのに、その理想からは遠退くばかりであった。

 だからこそ白雪が体を動かせるときは、なるべく御染との肉体的な接触を避けたいと考えていた。それこそ可能なら──白夜には悪いが、御染とは近所の優しいお兄さん的な、庇護欲(ひごよく)を掻き立てるが男女の中にはならないような関係が望ましい。あるいはペットでも良い。

(早く、抜け出さないと……)

 そう、頭では理解している。

 このままではいけない、と。

 早く真緒の部屋へと戻ろう、と。

 そう思っている筈なのに──足が動かない。

(……御染の匂いがする)

 仰向けになった彼の体に身体が勝手に近付いていく。冷房を点けていても彼の汗は体を伝い、その匂いが白雪の鼻腔を擽る。きっと良いモノでは無い筈なのに──それが彼の匂いだと分かると何故か身体が熱くなる。

 もっと近くに行きたい。

 もっと近くに在りたい。

 そんな思考が何度も頭の中を廻り──それを無理矢理中断させる。

(──これ以上はダメだ。気が狂いそうになる……!)

 既に猫として歪んだ事実から目を逸らしながら、腕を立てて強引に彼のそばから抜け出そうとする。中々力の入らない自身──白夜の腕に苛立ちながらも、必死になって彼の近くから離脱。

 ──することは叶わなかった。

 御染の右腕がが白雪の身体を──腰を強引に引き寄せたからだ。

「っな、きゃぅ」

 異様に強い力に引き寄せられた白雪は声を漏らしながら、そのまま彼の胸元へと顔を押し付けられた。先ほどよりも強い彼の匂いに顔が紅潮し、ハウリングした頭が沸騰しそうになる。

(や、まって、ちからはいんない……!)

 引き寄せられた際に両腕が変な風に巻き込まれたせいか、力を入れることが全く出来なかった。まるで網に掛かった魚のように身体を捩らせながらもがく度に──御染の両腕が離すまいと身体に這っていく。逃がすまいと腰から手を這わせ──滑るように衣服の内側に両手を動かされ、それだけで身体に電流が走ったように跳ねた。

 白雪は唇を噛みしめ、必死になって逃げようと身体を引いても、強引に引き寄せられる。

 まるで猫の時と同じように強引なやり口に、もしや正体がバレたのかと顔をあげると──そこには何時ものように寝ている御染の顔があった。

「(……え、まさかこれ寝ぞ)──はぁんっ……!」

 依然として御染の指は止まらなかった。

 寝巻きをはだけさせられ、露になった脇腹を指が這う。触れるか触れないか程度のフェザータッチが敏感になった柔肌を擦り、思わず嬌声が漏れた。

 白夜の──いや白雪の口から漏れた高い声は自分とは思えないほど腑抜けた、男に媚びたような声。白雪は思わず口を塞ごうとするが、彼に身体を抑えつけられたせいで両腕は満足に動かない……それどころか痺れだした彼女の腕は、感覚が鈍くなり抵抗しようとする兆しすら見えなくなった。

 この時点で白雪は、自分が逃げられないことを漸く悟り、思わず息を吐いた。

 ──喉奥から空気と力が共に抜けていく。

 人の物とは思えないほどに熱い吐息に込められた意味は諦観(ていかん)である筈なのに──『抵抗できなくされた』という事実に、この状況に諦めたというだけの筈なのに。

(なんで、こんな……ドキドキして……)

 認められない。

 理解できない。

 こんな状況に少しでも胸が高鳴っているという事実に。

 そして──幸せだと。

 猫みたいに扱われるのではなく、()()()()()()()()()()()()()に歓喜している現状に──。

「はぁ、はぁ……っ」

 彼の両腕が、下着の中へと指を這わす。

 せめてもの抵抗として声をあげないように彼の寝巻きを強く噛んだ。歯を食い縛り、絶対に漏らすものかと口を閉める。フーッ、フーッという荒い息づかいがすぐ近くから聞こえ、それが自分のものであるとすら気付くのに数瞬かかった。それほどまでに思考が真っ白で、そして快楽で満たされていた。

 ──強く握るように、尻を掴まれる。

 それだけで声なき声が唇を震わせ、無意識にも腰が上がる。目線の上の辺りでぱちぱちと火花を幻視したと同時に、自信の身体の下腹部──(へそ)の下あたりが『きゅう』という音を出したようにも思える。

 グニグニと感触を楽しむように尻を握られ形を変えられる。大きな手が柔肌に沈みこむ度に快感が背筋を震わせ、そしてそれに抵抗できないという事実に目尻が下がり、目が(とろ)けていく。

 まるで玩具(オモチャ)だ──そう考える度に、それこそ猫になっていた時に身体中を弄ばれていたことを思い出して──そしてそれに喜んでいた自分が居て。

 ……不意に、ぱちぱちという火花が、少しずつ大きくなっていく。

 御染の指が白雪の身体を蹂躙する度に、まるで何かのメーターのように視界に映る火花は明るくなっていく。それと共に身体の内側から強い波のような何かが寄せてきて──それが、何よりも気持ち良い。

(なん、か……きそう)

 身体全体に押し寄せる奇妙な感覚が怖くなって、思わず御染の身体に顔を強く押し付ける。

 さっきよりもずっと強い雄の匂いで頭が一杯になって安心するくせに、快感の波の勢いは増していく。

 荒れた吐息がすぐ側で聞こえて、沸騰した頭は思考を放棄し、うるさいくらいに心臓が鼓動を刻む。

 ──来る。

 来る、来る、来る、来る来る来る来る来る来る来るくるくるくるくる。決壊する堰を切るように水が溢れ出て奔流が身体を満たして壊して変えていって思考がまいぼつしてなにもかんがえられないくらぁいキモチイイのがきっと──。

 

 

 

 ……………………………………。

 ?

「……?」

 ──来なかった。

 高ぶった身体は、熱を孕んだ身体は、快楽に押し潰されんとした身体は今でも決壊しそうなくらいに限界なのに。

 未知の感覚に恐怖を抱いていた頭は、思考を放棄していた頭は、そんな状況を朧気(おぼろげ)ながらに知覚する。

(……なん、で?)

 その疑問は決壊しそうだった快楽が止まった理由を問うているのではなかった。

 もっと単純で、直接的。

 ()()()()()()()()()ことに対しての疑問だった。

 彼の指は先ほどまでの動きが嘘だったかの如く動きを止め、彼女の身体から離れていた。

 白雪は何がどうなっているのか分からなくて、先ほどまで自分を蹂躙(じゅうりん)していた十指(じっし)を探すように腰をモゾモゾと動かす。催促するような自分の動きはさぞや間抜けだろうとどこかで思っていながら、その動きを止めることは出来なかった。

 やがて数秒ほど経つと、御染の両手は再び白雪の身体に指を這わせる。今度は太股を優しく撫で、敏感になった背中を指で逆撫でし──それだけで白雪の身体は先程と同じく熱を孕む。

 すぐに視界の上に弾ける火花が見え、脳内が白で染められていき、止まることなく奔流が身体を包み込む。快楽の波は先ほどよりも巨大になり、それに恐怖しながらも──どこか期待している自分を自覚する。

 波が強くなって、御染の指も強引な動きで身体を犯し、溢れ出す快感の渦が今度こそはと渦巻き──。

 そこで、止まる。

 また、御染が手を離したからだ。

「なん、でっ……!!」

 抗議するように身体を捩らせても、その訴えに御染が答えることはなく。感情の波が引いた所で──また指が身体に触れてくる。

 

 何度も。

 

 何度も何度も何度も何度も。

 

 塞き止められた快楽の波は、御染の指によって後押しされ、決壊しそうになりながらも必ずギリギリになると──後押しが止む。

 

 昂っても、昂っても、そこで止まる。

 

 繰り返して、止まる。

 

「やぁっ……とめちゃぁ……やぁっ……!」

 気が付けば縋るように声を漏らし、媚びた女の声で懇願(こんがん)していた。噛みしめていた彼の寝巻きは唾液にまみれ、目尻に涙を溜めながら彼の胸元に頬を埋めながら声をあげ──けれどその願いが届くことはなかった。

 何度も何度も。良いトコロで止められる。

 きっとそれは人が『絶頂』と呼ぶ、快楽の極みに違いないのに、それをどうやっても体感できない。

 体感したいのに、経験したいのに。

 絶頂に、極みにイキたいのに。

 ──焦らされる。

「うぅぅぅぅぅぅぅっ……!!」

 猫としての幸せを求めていたのは数分前か、あるいは数時間前か、その思いはどこへ行ったのかと責める自分はとうに無く。そこにいたのは紛れもなく人間として快楽を享受しようとする女しかいなかった。はしたなくも太股を擦り合わせ、どうにか自分で達することは出来ないものかと試行錯誤して。

 そしてやっとの思いで辿り着けそうになって──今度は足の間に御染の太股を挟み込まれ、止められる。

 遂にはどうにか起こせないものかと、叩こうとしても腕は痺れて動けない。いっそ蹴ってやろうと思っても絡められた両足は空しく振動するだけ。

 ──運命はお前を捕らえて離さないだろう。

 何故か、その言葉が頭に浮かんで、すぐに消えていく。

 そんなことはどうでも良いから。早くイカせて欲しかったから。

 白雪の脳内には、すでにそれしかなかった。

 

 

 ──結局。

 その日、いやその晩に白雪が絶頂に迎えることはなかった。

 明け方が近づくにつれて御染の拘束は弱くなり──同時に白雪を蹂躙していた腕は寝返りと共に離れていった。疲れ果てた白雪はすぐに自分の身体に痺れから解放された指を這わせ──そしてふと疑問が浮かんだ。

 ──一体どうすれば絶頂を迎えられるのだろう?

 人間性を得て、白夜の記憶からから人間についての知識を手に入れて、しかし体験したことが無いことは知らない。人間の男女の営みはもとより、同族のそういった行為すら見たことが無い白雪はそれを知らない。

「こんなぁ……せつない、のにぃ……」

 

 ──それから数十分後。

 やっと気絶から浮上した白夜の思考が快感によって叫びをあげ、そして間抜け面の御染が目を覚ましたことで、彼女の身体の中で御染にどうにか縋ろうとする『白雪』とそれを阻もうとする『白夜』の対決が成されたことは。

 誰にも、知らないことだった。

 

 

 副題

『百万回生きた幸福な猫と一般人』

 

 




白雪
今回の主役。自分を猫だと思ってる女の子。チョロ猫。
幾度と無く繰り返された生死によって人間性を手に入れたので精神的にかなりブレブレ。口調が定まらないのはそのせい(作者が下手とかじゃない。本当だよ?)。
一番近しい人間である白夜の影響でちょっとMっ気があったが、今回の件で性癖が拗れる。白夜と共にこの作品での不健全枠を担ってしまった。

神輿白夜
今回のチョイ役。倫理的にアブナイ中学生。
首輪付けられて街中歩き回された挙げ句身体中を弄られているのでこっちも大概。でも散歩誘われても断らない。

神楽坂葉月
今回のチョイ役。結構グイグイ押していくタイプ。
主人公の近くにいたいのでバイトまで一緒にする。そのうち大学にも侵食してきそうだが、ヒロイン中ではブッチギリで健全。小指が触れ合う距離感とか憧れちゃう女の子。

神蔵真緒
今回のチョイ役。この子も大概グイグイ押す。
兄の寝相がリトさん並みに悪いことを知りながらベッドに忍び込むくらいにはませている。実は潤に次いで見せ場があんまり貰えていない子。そのうち潤と真緒は過去編やるので勘弁してください。

剣山昴
今回のチョイ役。テンプレであざとい不良枠。
祖父母の家で育てられていた花や盆栽が好きで、将来花屋を夢見ている。最近クラスの委員長が付きまとってくる。
後日談枠でありサブ主人公。

小学生の男の娘
誤字にあらず。小学五年生。
おそらくこの作品で一番ヤバい。詳しくは後日談3とかで。
サブ主人公でヒロイン枠(御染のではない)。

神蔵御染
今作の主人公。寝相が天文学的に悪い。
今回の話でまさかのラキスケ能力が生える。テクニシャンなのも相まってエロゲ主人公に一歩前進。そして本人は一ミリも気付かない。やっぱり朴念人じゃないか。



次回は後日談をば。
『魔星☆少女 スカーレット・ノヴァ
 第一話 十二星傑オックスと運命の夜』
『世界龍脈調査~南極編~ 後編』

きっと、そのうち、ゆるっと書きます。



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後日談 2-1

一年ぶりに投稿するのに主人公が出ない……。
ともあれ後日談……というなのサブ主人公活躍回です。
ぶっちゃけ次回予告詐欺です。
戦闘シーン読みにくいのは許して……。
一年更新しなかったの半分くらいそれのせいだから……頑張ったけど、もう適当でいいやって感じになりました。あとパロネタが多いのとか必殺技ダサいのも本文が二万五千文字あるのと文体が安定してないのも許して下さい。
それでも良ければ、暇潰しにどうぞ。

※あんころ(餅)さん。
誤字報告ありがとうございます。



 その日、『剣山昴』は最悪の気分だった。

 

 始まりは朝。昴が百均で買った目覚まし時計を寝ぼけた眼でぼんやりと見詰め──そして秒針が動いていないことに気づいた時だった。

 的外れな時刻を指す盤面から目を離して携帯の画面を見れば、既に時刻は一時間目の始まりを過ぎる頃で、昴は電池の切れたポンコツ機械を燃えないゴミに投げ入れた。トースターの中でパンが焼きあがるのを待ちながら、このまま学校サボって寝ようとしたが、今日が黒髪おさげな眼鏡委員長──風の学級委員に先日より何度も勧告されていた文化祭の話し合い当日だと気付き、嫌々ながらパンを口に咥えて早歩きで登校し──数分後にはそれを後悔することになった。

 ──初夏の日差しを受けて汗水垂らして坂を歩けば、紙袋一杯に缶ジュースを入れたご婦人による絨毯爆撃に足を取られ。

 ──やたらと白い猫にビンタされてヤケを起こした三毛猫に爪を立てられ、制服のズボンがダメージ風にリニューアル。

 やっとの思いで到着した学校では草臥(くたび)れたスーツを着た担任教師から遅刻の注意と放課後の黒板掃除を任命され、昼休みに購買に行ってから財布を家に忘れた事に気付き、項垂れて教室に戻ろうとすれば清掃の用務員が転んでぶちまけたバケツの水が直撃し、遅刻の注意をしに来たはずの委員長から「えっと……こここれが本当のクリーンヒット! みたいな……ごめんなさい今のなしです」という有り難いお言葉を受け取ることになった。

 結局放課後まで体操着で過ごし保健室で制服を乾燥させた後も、不機嫌オーラを放出していた昴と廊下の角でぶつかった新任の女教師から絶叫されたり、校庭で青春を謳歌する野球部員からファールボールが飛んできたり、今朝の三毛猫が再度突っ込んできたり……と、幸運の女神ご乱心かよと思わんばかりの不幸ぶりに辟易とする一日だった。

「──っ、あーイライラする……なんだ今日は? 厄日か? 喧嘩売ってんのか神様この野郎ぶっ殺すぞテメェ……」

 くすんだ金髪を苛立たしげに掻きながら、昴はそう独り()ちた。

 斯くも人の不幸とは続くものか。

 どこぞの幻想を殺す系主人公の如き不幸ぶりに嘆きの声をあげども、その問いに答える者はなく。

 胸に溜まった理不尽に対する怒りを吐き出しても、誰にともなく──或いはいるとも知れぬ神様的な者への怨嗟の声は空気に溶けて消えるだけだった。

「ついでに冷蔵庫になんもねぇし……食ったの俺だけど」

 人気の少ない公園のベンチの背もたれに腕やら頭やらを載せ、カップ麺の入ったビニール袋を無造作に置く。

 この調子で料理でもしようものならガスコンロが爆発して借家が吹き飛びそうでならない。昴は夕飯はコンビニ飯と洒落込むことに決めた。その辺の融通が利くから一人暮らしは楽だよなぁ、と現状を無理矢理ポジティブに切り替えてはみるが、返って薄ら寒い気持ちが胸を突くだけ。

「………………はぁ」

 ──ふと空を仰ぐ。

 日も暮れだして空が山吹色に変わるのを眺め、既にそんな時間になっていた事に愕然とする。楽しい時間は早く過ぎていくとよく言うが、その逆が真であるとは限らないらしい。次第に色を変えていく空を見上げながら、昴はおもむろに呟いた。

「進路、ミスったか……」

 

 

 ──剣山昴は不良である。

 素行不良の喧嘩上等、拳で屠った男どもは数知れず。

 夜な夜な闘争を求めては路地裏に入り浸り、誰彼構わず吹っ掛ける。暴走族もヤクザもなんのその、前に立つなら受けて立つ。

 孤高にして不屈。理不尽にして無敵。

 悪鬼羅刹も頭を垂れる。誰が呼んだか知らないが、付いた渾名は“壊し屋スバル”。

 ──そんな本人も知らない噂と真偽不確かな伝説が勝手に広まったのは、中学の初めの頃だったか。

 悪鬼とか羅刹とか見たことないんですが、という主張に耳を傾ける者など居らず。

 代わりに話を聞きつけた悪人面のお兄さんが「来ちゃった……♡」と言わんばかりに廃材片手にメンチ切ってきたり、首元からのぞく刺青がステキなおじさんが就職案内(鉄砲玉、終身雇用付き)のご挨拶に来たり、ギラギラに光ったトラックが来世にご案内とばかりに突っ込んできたり──今日一日にも勝るとも劣らない日々を思い出す。

 治安が悪いとかそういうレベルじゃない。

 昴の周りだけ世紀末、あるいは奇妙な冒険が始まりそうな雰囲気だった。

 そんな地元が嫌になって上京を決意したのが中三の頃。

 卒業までの残りの一年弱を全て勉学に費やした結果、昴は晴れて東京の(自称)進学校に入学した──までは良いものの、思春期の半分ほどを喧嘩などに費やした愚か者に高校デビューなんて出来る筈もなく、入学式から三ヶ月ほど経った現在においても友達なんて言える者は一人も出来ていない。

 一応舎弟は三人出来たが、友達というよりは子分みたいな物──というか昴本人が望んだものですらない。何度も固辞しても、土下座を敢行しながら迫ってくるハゲとモヒカンとリーゼントは半ば凶器だった。精神的な意味で。

 

 閑話休題。

 

 ……浅はかだったんだろうな。

 朱に交われば赤くなる。

 その言葉の通りなら、都会の成績の良い学校に行って彼らと混じってしまえば、以前の昴から変われると思っていた。

 だが現実は非情である。

『変わる努力』をしない者に、変われる道理はなく。

 環境が変わったとしても、それに適応できるかは自分次第なのは当たり前で。

 ──元より流れから外れた半端者の昴に、そんな器用な事は出来る筈もない。

 その結果が、今の現実。

 素行不良。成績不良。ついでにボッチ。

 どこに出しても恥ずかしくないほど──『不良(もう少しがんばりましょう)』の高校生である。

 

 

「……空はこんなに赤いのに、お先は真っ暗。あー世界滅びねぇかなぁー」

「──何を物騒なこと言ってるんですかねこの不良様は。よほどお巡りさんのお世話になりたいようですね」

 世界を赤色に染め上げる夕焼けに、自棄を起こしたような声をあげていると、返ってきたのは少女の声だった。聞き覚えのあるその声の方へと視線を向けてみれば、そこには考えていた通りの姿があった。

 年齢のほどは十歳弱といった背格好の、黒髪の少女だった。肩まで伸ばした髪に、伸びた前髪から片方だけ覗く赤いつり目が特徴的な子供。そしてそれよりも特異なのはその格好だった。

 魔女帽子──被ればクラス分けしてくれそうな、つばの広いとんがり帽子に、風もないのに棚引くマント。右手に持っているのは明るい色をしたプラスチック……のような材質で出来た黄色い杖だろうか。子供が握れる程度の細さからCD程度の大きさに、まるでラッパのように広がっている。

 そして左手には何故かその格好に不釣り合いなタブレット端末を持っていた。そこそこ大きめに『I.C』とどこかの会社名のロゴの描かれた端末は、彼女が持っていれば自撮り写真用のカメラにも見える。

 ──端的にいえば、魔法使いのコスプレをした少女がそこにいた。

「……コスプレ幼女か、相変わらず愉快な格好だな。なにそれ、アニメのキャラか何か?」

「全く失礼ですね。これは最新にして新時代の魔法使い──つまりは私のオリジナル衣装です。そして私は幼女ではない、もう13才になりました」

「中坊で魔法少女の真似かよ……まあ、変に似合っちゃいるけどな」

「魔法少女ではありません、あのような半端者どもと一緒にされては困ります。いいですか? 我ら魔法使いは科学の支配するこの世界において、しかしそれらとは起源の異なる技術──つまりは『魔法』を扱い不断の努力と研鑽において超常を成しうる数少ない人種であり、魔法少女などという借り物の力によって事を成すような者達とは一線を画す存在なのです」

「へー」

「確かに我々も体内魔力(オド)の総量によって出来ることは多少変わりますしそういった意味ではお母様とかは紛れもなく天才なわけですが、魔法使いの真価とはいかに巧みなアイディアを見つけるかあるいは体外魔力(マナ)を我が物にするか、そしてそれを成しうるための研究と努力に腐心出来るかに掛かっているわけでして、それらを自らの研鑽以外の所から引っ張ってくるような魔法少女などという存在は魔法使いとは言えず、寧ろ『魔法使われ』とでも呼称すべき集団なのです──分かりましたか」

「なるほどなー──凝った設定だな」

「設定とか言わない!」

 地団駄を踏みながら奇声をあげる少女を、適当に宥める。中学生なのに難しい言葉知ってんなーと拍手すると、バカにするなとばかりに右手の杖で殴りかかってくる……が、そこは子供の力、何度殴られても痛くも痒くもないので適当に謝っておく。

 彼女は数日前から話すようになった、この辺りに住んでいる子供らしい。寂れたシャッター通りの一角にあるやたら胡散臭い占いの出店で、昴に何やら意味深な台詞をかけてきた所を無視したら半泣きになってすがり付いて来たのが出会いの始まりである。周りの老人達の反応を見るに、親の手伝いか留守番か何かなのだろう。水晶玉に片手をかざしつつ、もう片方の手で机の下にある、膝にのっけたタブレットをチラ見してそれっぽい占いをする器用な子供だ。

「折角心配して声をかけてあげたというのに、全くの無駄骨でした。迷惑料を要求します」

「勝手に話しかけて迷惑料要求とか、質の悪い当たり屋かよ……まぁ、ジュースぐらいなら奢ってやるよ」

「ほう、殊勝な心掛けですね。その行いに免じてオレンジジュースで手を打ちましょう」

 子供舌だな、などと思いながら適当な自販機でコーラとオレンジジュースを買う。ガタガタと予想よりも大きな音をたてて落ちてきたオレンジのペットボトルを彼女に投げて渡すと、器用にキャッチ。そのままベンチに座って両手で持ちながらこくこく喉をならし始める。

「ぷはーっ……それで、今日は一体どのような悩みがあるのですか? あの辛気くさそうな顔を見るに、よほど不幸な事があった見えますが」

「……変なところで勘がいいな、魔法使い」

 勘が良いというか、聡いというか。

 あるいは()()()()()とでも言うべきだろうか。

 どうしてか彼女と会うのは、昴が暇をもて余している時か、愚痴が言いたい時ばかりだった。彼女曰く『全ては予言書に記されし運命』らしい。

「こちとら伊達や酔狂で魔法使いやってる訳ではないですから。迷える者を導くのも魔法使いの役目の一つです……まあ、現代の魔法使いは、あんまりそういうの興味ない人多いですけど」

 そう溜め息を吐く彼女は、随分と残念そうだった。

「魔の深淵、あるいは真実、根源、……そんなもの解明したって、大して意味のあるものではありません。意義はあっても意味はないといいますか、科学で例えるなら素粒子より役に立ちませんし量子力学くらい扱いにくいです。そんなことよりも、誰かのためになることをすることが、超常を統べ人々を導く魔法使いに相応しい在り方ではないでしょうか」

「…………よく分からねーけど。結構考えてんだな」

「設定ではありませんよ?」

「まだ何も言ってねーだろ」

 言葉では茶化しながらも、彼女の言葉に昴は素直に感嘆した。

 ──脳裏に、女の姿が過る。

 昴よりも背の高い、茶色の短髪で引き笑いが特徴的な、勘に障るしゃべり方をする猿みたいな女であり──昴の恩人。

 人間として腐っていた昴を情け容赦なくボコボコにして実家に叩き込んできた挙げ句、その後もパシり紛いの手伝いをさせられたのを思い出すと今でも寒気がするが……少なくともそのおかげで昴は、今ではそこそこマトモに生きている。

 けれどそれはその女に無理矢理強制──もとい矯正させられただけで、彼自身に何か目的があって生きているわけではない。取り敢えず高校は行けば、少しはマシな人間に成れるだろうという打算でしかない。

 ……なら、まだこのコスプレの方が、ちゃんと生きてるのかもな。

 たとえ設定だろうと、そこには信念がある。

 誰かを導くという──尊ばれるべき目的意識。

 ならばきっと年下の彼女の方が、昴よりも余程立派な人なのだろう。

「そう……そして私の名前は後世に伝わり、噂は伝説となりて駆け巡るのです。最新の魔法使いにして生きる伝説、東洋のマーリンとか、日本のソロモン……いや、そういう偉大な者を表す例えに私が使われる日も近いでしょう。『まるで()の偉大なる魔法使い“メイ・キングスロープ・マクガフィン”のような』……ふふふ、考えただけで心が踊りますね……!」

 ……いや、そうでもねぇな。

 とても打算的だった。

 超常の魔法使いを名乗るには、あまりに俗っぽかった。

 メイちゃんのメイはー、魔法使い(メイガス)のメイ♪ とか鼻唄を歌い出す彼女を微妙な顔で見詰めると、そんな視線に気付いたのか偉大なる魔法使い(予定)はハッと目を見開くと。

「……こほん。さあ、迷える子羊よ、何でも相談するのです。私にかかればどんな悩みも朝飯前のお茶の子さいさいですので。ちなみにおすすめは今週のラッキーアイテム占いですよ」

「オススメが朝のニュースレベルかよ……いや、ある意味丁度良いのか? 今日一日、絶望的なまでに運が悪いんだが、どうすれば良くなるか教えてくれよ。偉大なる魔法使いメイ・キングスロープ・マクガフィン様(仮)」

「……改めて言われると、意外と恥ずかしいですねコレ。正直ミドルネームみたいなの要らなかったかも……」

「なんならその格好からして最高に恥ずかしい奴だろ。なにそのずっとウネウネしてるマント、背中に扇風機とか付いてる?」

「こ、このマントは天空の魔王の息吹である『永久に廻りし風(エターナルゴッドブレス)』をお母様が再現して下さった神器──『煽られし外套(スーパーストリーム)』です! 本気出したら、吹き付ける強風によって島の一つ二つは水没させる、凄まじき力を持っているのです!」

「ルビがダサいなオイ」

「─────────────────────────────え。ダ、ダサいですか?」

「あー…………いや、良いと思うぞ。なんか、ほら、ドラゴンボールみたいで」

「そ、そうでしょうとも! ふふふ、お父様と同じ褒め方をする辺り、貴方も中々良いセンスしていますね! それに免じて先程の言葉を許しましょう──さあ、貴方の今日の運勢を占ってしんぜよう!」

「効果が六日くらい縮んでるし、もう一日の後半戦も半ばくらいだぞ」

「そ、その分効果が強いんですっ! さあ我が魔力よ! この者の未来を占い、加護を与えたもう…………」

「…………」

「あ、与えたもう、神器をもってぇ、ふっ、運命の輪廻を、ほっ、くぁっ、見初めたもうっ……」

「マントで隠しても左手でタブレット操作してんのバレバレだからな」

「……ふっ、我が力の本質を見極めるとは、流石予言書に記されし実力者。我が母より賜りしこの神器の存在を知覚しうるとは」

「登場時から左手に持ってる描写があるわ」

「あ、あんまりメタな事を言ってはいけません! ……よし検さ、いえ未来が見えました。今日の貴方の運勢は最悪でどうしようもありませんが、一日の最後にちょっと良いことあるので我慢してください。ラッキーアイテムは赤いステッキ、です!」

「改善のしようが微塵もねぇなオイ。というか今、検索って言いかけたよな? 適当な占いサイトか何かだろそれ」

「けけけ検索だなんてそんなまさか一ミリも言ってませんよ嫌ですね~──読み返すの無しですからね」

「お前もメタ発言してるじゃねぇか」

 一度息を吐き、ベンチから立ち上がる。

 気付けばそこそこ時間が経っていたのか、既に夕焼けは紫色に飲まれ始めていた。夏だからまだ明るいが、もう子供は帰る時間だろう。

「ほら、もうガキは帰る時間だろ、さっさと帰れよ」

「むう……まあ、良いでしょう、私は拠点へと戻るとしましょう。次会うときはサブ主人公的にそこそこレベルアップしてるでしょうから、その時こそ教えましょう──世界の真実を」

「タブレットで世界の真実が分かるとか……世も末だなオイ。まあ、結構良い暇潰しになったわ。気を付けて帰れよ」

 まるで出会った時と同じように意味深な顔をする彼女に適当な言葉を告げながら、夕食のカップ麺の入ったビニール袋を片手に帰路へと歩く。午前の茹だるような熱気の消えたくらい夜道を、ゆっくりと歩く。

 ──最悪な一日ではあったが、自称偉大なる魔法使いの有難い占いによって、沈んだ気分も少しは晴れた。思えば上京してから一番慌ただしい一日だったかもしれない。刺激に溢れた一日だったと考えれば、少しは良い思い出になるだろう。

 どうせ明日も学校だ。

 さっさと帰って寝るに限る。

 代わり映えのしない日常だとか、平穏な毎日だとか、いつまでも続く現実だとか──そういったありふれた日々の応酬が、これからも昴の前に立ち塞がるのだろう。

 世はなべてこともなし──明日も世界は回るだろう。

 そんなことを思いながら、昴は見慣れた夜の住宅街を歩いた。

 

 

 

「世も末、ですか。貴方も大概勘が良いですね。

 わざわざ願わなくても、世界なんてそのうち滅びますよ」

 

 

 

 帰路は随分と静かだった。

 田舎から上京してきた身としては、夏前のこの時期に虫の声が聞こえないのは珍しく感じる。基本どこの道もコンクリートで整備され、街灯のお陰で真夜中でも真っ暗にならない光景に、軽くカルチャーショックを受けたのも懐かしい。

 昴の下宿先は、高校近くの住宅街にある一軒家だ。

 下宿と言っても家主はいない。昴が東京に来る際に、ある人物から無償で借り受けたからだ。本人曰く家に帰るのは半年に一回レベルなので、掃除や管理をするなら勝手に住んで良いとのこと。

 ……メンドクセーからって丸投げしやがって猿女が……。

 住んだ当初、ポストに大量に投函されたチラシや手紙──そして光熱費やら通信料などの請求書を見て、思わず件の女に怨嗟の叫び声をあげた昴を非難できる者はいないだろう。当時ほとんど連絡のつかない彼女が、昴の電話に出たのは奇跡に近い。そうでなければ昴の貯金は今頃底をついていた。

 ポケットから携帯を取り出してみれば、時刻は既に七時過ぎ。よくもこの時間まで何もない公園で暇を潰せた物だと我ながら感心する。明かりの着いた周りの家は夕食の時間だろうか、騒がしい子供の声が僅かに聞こえてくる。

 一人暮しの昴には食卓を囲む家族はいないが、代わりと言ってはなんだがペットがいる。元は小汚い捨て犬でも大枚叩いてトリミングに行かせたのが良かったのか、静電気で埃を拭き取る掃除用品もビックリなほどフワフワになった。それにちなんで『ブラシ』と名付けたが、抜け毛は出るしすぐに埃だらけになるしで、昴の日課に毎日の掃除が増えてしまった。

 居候のせいで面倒が増えたが、あの毛並みの心地よさはは正直悪くない。今頃腹を空かせているだろう。昴はため息も溢しつつ、家まで走って帰ることを決め──。

「──ん?」

 速めた足取りを、即座に止める。

 奇妙な感覚だった。

 まるで真夏の炎天下で、不意に寒波が通りすぎたような。

 あるいは冬の寒空の下から、暖房の効いた部屋に飛び込んだような。

 言語化しにくいその新鮮な感覚を無理矢理言葉にするなら──まるで別の世界に迷い込んだようだった。

 ……なんだ今の。

 周りを見渡してみれば、特に景色に変わりはない。月の光も、夜の暗さも、コンクリートの冷たさも、夏の夜の暑さも変わっていない。

 ──いや、一つ違うものがあった。

 ……声が聞こえねぇ。 

 先程まで聞こえていた喧騒がない。

 家の明かりは依然として点いているが、声だけが聞こえない。喧しい子供の声は嘘のように消えていて。

 まるで人が居なくなってしまったかのような。

 

 刹那。

 風切り音が昴の前を通りすぎ、家屋を囲む生け垣に突っ込んだ。

 

「──っ!!」

 思わず腕を顔の前に構えた。

 轟音と共に砕け散った生け垣の破片が衝撃を伴って飛んでくる。突然のことだったが、構えるのが早かったからか、小さな破片が腕を軽く叩く程度だった。

『──ノヴァ、ノヴァ!! 気をしっかり持つのだ!』

 少年のように幼い声が聞こえ、腕を退かして壊れた生け垣の方を見れば──そこには瓦礫の上に倒れ込んだ人影があった。

 年齢は昴と同じくらいだろうか。すらりと伸びた健康的な白い肌よりも目につくのは、焼き付くような鮮烈な赤髪だ。見慣れない髪色動揺しながら、しかしそれよりも目立つ服装に昴は思わず声が出そうになった。

 そっちの分野には門外漢の昴でも、一瞬で理解できるほどに特異な服装。赤いワンピースをベースにフリルをふんだんに(あしら)い、所々に星の意匠を施され──止めとばかりに近くに転がった、彼女が握っていたであろう玩具のようなステッキ。

 ──魔法少女。

 フィクションの世界から飛び出したような物体が、昴の目の前で息をしていた。

『気絶しては変身(メタモルフォーゼ)が解除されてしまうのだ!! それでは継続回復(リジェネレート)どころか、ノヴァの保護皮膜もなくなって──って、一般人!? ど、どうやって此方側の世界に来たのだ!?』

 目を覚まさない少女に焦ったような声が、次いで昴を見つけたのか驚きへと変わった。信じがたいが、喋っているのはチカチカと光っているステッキだろう。無機物がスピーカーも無しに喋ると言うシュールな光景は、しかし次の瞬間に更に強い驚きによって上書きされた。

「──ふむ、招かれざる客のようだが。しかし此方からすれば望外の僥倖だ」

 地面が、砕けた。

 生け垣の向かいの家からは降ってきたそれは、両足で地面を踏み砕きながら、けれど事も無げに足を曲げて衝撃を逃がし、そのまま直立した。

 それは強いて言うなら、鎧だろうか。

 金属の板のような物が、部位毎に区分けされて人型を形成している。艶消しでもしたのか真っ黒になった人型の鎧だが、全身の間接の部分から赤い蛍光色の障気の様な光が漏れだしていた。不定形のオーラのようなそれは、絶えず人型を照らしながら漂い、どことなく人魂のように不吉な印象を思わせる。

 鎧の頭には人と同じように顔があるが、目の部分はくり貫かれて赤い蛍光色が光り、顔自体もパーツ毎に別たれている。更に側頭部からは捻れた角が前に伸び出し、切っ先を昴へ向けている。どことなく牛のような印象を思わせる装飾だった。 

 鎧は朗々とした男の声で、

「ようこそ招かれざる少年よ、歓迎しよう。まあ持て成しは期待しないで欲しいのだが」

「……なんだテメェら、どいつもこいつ意味不明な格好しやがって。帰り道にコスプレ会場があるだなんて聞いてねぇぞオイ」

「仮装のつもりは無いのだが……ふむ、やはり彼女の援軍と言うわけでは無いようだ。まあ、私はどちらでも構わないのだが」

 コツコツと、硬質な足がコンクリートを叩く。

 ゆっくりとした歩調で鎧の男は昴に近づく。

「こちらの世界に転移してそうそう二人も見付けられたのは幸運だ。サジタリウスもスペアがいれば文句もあるまい」

『──っ!! に、逃げるのだそこの人間! そいつはお前を──』

 鎧の落ち着いた声に、ステッキの焦った声が重なった。

「──頭か胸を揺らせば、大人しくなるか? なるべく加減はするのだが、期待はするな」

 構える暇は、無かった。

 鎧から漏れでた光が閃光のように弾け──まるで砲弾のように飛んできた鎧の拳が、昴の腹を撃った。

 

 その時、人型には確信があった。

 間違いなくこの男──剣山昴は行動不能になるという予測、あるいは自信。

 加減はした、けれど手を抜いたつもりはない。この世界の住人は人型の持つ硬質な皮膚──星鎧を持たず、代わりに弾力のある有機物で構成されている。その内部には体を保つための機関が存在し、今の一撃はそれを壊さないにしろ揺さぶった筈だ。

 そう──“筈”だった。

「……むう?」

 最初に感じた違和感は『感触』だった。

 ──硬い。

 それは人型の硬質な鎧と強靭な腕力をもってして、それでもなお硬かった。柔らかな肉質などではなくもっと別の──それこそ正に自らの鎧を殴ったかのような。

「──オイ、コスプレ野郎。この手は、喧嘩売ってるって事で良いんだよなぁ?」

 男が、静かに口を開く。

 怒気を孕んだ低い声は、まるで何かを抑えつけているようだった。

 抑え、留め──そして決壊する、一歩手前のような声色で。

「なら覚悟しろ。こちとら気が立ってんだ──後悔すんなよッ……!!」

 緩慢な動きだった。

 左腕を振りかぶり、殴りかかるという単純な行為。

 人型は構えなかった。自分の鎧が如何に堅牢であるか知っているし、誇りにすらしていた。恐らく殴りかかった拳は鎧を打ち、しかしその硬さに負けて逆に砕ける事だろう。それは人型にとって間違いようのない確信であり──事実男の拳は鎧に触れてそのまま折れ

 

 直後。

 人型は後方に吹き飛んだ。

 

「──ぬお……っ!?」

 あまりの衝撃に、手足が置いてかれたと錯覚した。

 金属同士がぶつかったような鈍い音が響くと同時に宙を舞っていた。足が数センチほど浮いて、後ろに二、三メートルほど飛んだと言えば大したことのように聞こえないかもしれない──それが二メートル近い身長の鎧でなければだが。体が空中にあると自覚した瞬間に、胸を張るように力を入れて手足を正常な位置に戻さなければ、間違いなく背中からコンクリートの地面に叩きつけられていた。突き出したつま先がガリガリと音を立てて地面を削り、ようやく踵を落とせた時、思わず──呼吸は必要としない体だが──安堵の息を吐いた。

「硬ぇな、コンクリかよその鎧。コスプレにしちゃあ本格的だな」

「……そういう割には、平気そうな顔だが。しかし驚いた、まさか反撃されるとは」

「鍛えてんだよ。殴られるのは慣れてるしな」

「なるほど──ともあれ良い打撃だ。アクエリアスやヴァルゴの星鎧であれば、砕けていただろう」

 感覚を確かめるように手首を回す男の愚痴に、思わず称賛の声が漏れた。堪えたようにも見えないその仕草が、今の一撃が昴の全力ではないと雄弁に語っていた。

 この世界に降りたって間もないため、未知に対して警戒を解いたつもりはない。しかし先ほどまでの戦いが一方的に、こちらの優勢によって終わったためか、知らずの内に侮っていたらしい。

 人型は認識を改めた。

 眼前の男は──自らを倒しうる脅威であると。

「任務であると理解はしているのだが──不覚にも、昂るな」

「気色悪いこと言ってんなコスプレ野郎っ──!」

 完全に夜の帳が落ちた町中で、喧嘩の火蓋が切られた。

 

 

 昴は言葉と共に駆け出した。

 右腕を振りかぶりながら人型へと狙いを定めて走る姿を眼で追うのは難しくない。

 大振りな動作は紛れもなく殴打の予兆。当たれば今度こそ人型の鎧が砕けるかもしれないが──それ故に対応も難しくない。

 人型は昴に対して半身に構えた。左半身を前に腕を軽く突き出した構えに、昴は吶喊する。

「オ、ラァァッ!!」

 威勢の良い声と共に、突き出した右こぶしの狙いは──人型の胸部。半身になったせいか側面を狙うようになった一撃は正しく体の正中線を捉えていた。余りに素直な拳に人型は内心で感心しながら──構えた左手の平で叩いた。

 人型から見て右、つまりは体の向いてる方向へはじかれた拳は空を切る──ことはなかった。直前で右手を引き戻した昴は、その勢いのまま左手で人型を打ちに行く。

「良い判断だが──足がお留守である」

 その言葉に昴が息を吞むよりも早く、人型は昴の軸足を横へと蹴飛ばした。

 咄嗟の判断のせいか左手には体重が乗り切っていなかったし、何より半身になった時に横にズレていた人型に当てるには左手では遠い。無理に当てようと伸ばした体は半端に体重を載せた右足をズラされたせいで、揺らいだ。

 まるで顔から地面へと倒れこむように体が傾き、それを妨げるように迫るのは──人型の右膝。傍目からみれば人型の膝に顔が吸い込まれるように見えるだろう。バットがボールを打つ光景を幻視させ──そしてボールの末路は言葉にするまでもない。

「──っぶね!」

 昴は顔面に迫る必殺の膝を、寸前で叩いた。

 万力のように固定された膝は小手先の衝撃で揺らぐことは無かったが、代わりに昴の体の軌道がズレた。頬が鎧を掠める感触に冷や汗を掻きつつ、勢いのままに腕から地面へと転び、すぐさま横へと転がる。先程まで頭のあった場所を、人型の足が踏み抜いた。

 思わず器用であるな──と呟いた人型に対して昴はそのまま膝立ちになり、目の前にある人型の脚──その腿を殴った。筋の裏側を捉えた左の拳は、普通の人間なら間違いなく体勢を崩して膝を折る一撃だった。

「効かんし、悪手だがなぁ!」

「な──がっ……!?」

 人型は腿を打った手首を掴む。強靭な握力が手首を握り締め、次いで掴んだ左手を強引に引き上げ──ガラ空きになった昴の首元をもう片方の手で締め上げた。あまりの圧迫感に昴の肺から息と共に声が漏れた。絞められた鶏のような声は一瞬のこと、声を出すことさえ許さないほどに喉を強く掴まれ、頭に血液が溜まる。昴は思わず掴まれていない方の右手で人型の腕を掴んで離そうと力を込めるも、ピクリとも動かない。

「こちらの世界には明るくはないのだが──似たような姿なのだ、恐らくは首を折れば死ぬのだろう。投降するなら今のうちだが?」

 人型は勝利を確信したかのような声色で呟いた。

 それに対して昴は額に血管を浮かせながら──。

 

 ──ニヤリと、笑った。

 

「っ!?」

 今度は人型が驚きの声をあげる番だった。

 昴は右足を振り上げる。それは人型を蹴り上げることはなく、鎧の胸当ての部分に足裏を合わせるように踏む──いや()()()()()。体を捻り、地面に対して水平方向に軸足の先を向け──人型の体に垂直の状態で立つかのように構える昴の折り込んでいた膝から放たれるのは砲撃の如き左の足底──! 

 器用であるなぁ──!? という言葉を叫ぶ余裕すらないほどに、速い。まるで壁に足をつけて地団太を踏むような──人型が首と左手を固定しているから出来る曲芸じみた攻撃。その異常なまでなバランス感覚と機転、そして恐らくはそれを意図的に誘導してみせた胆力に人型は戦慄した。

 音速を超えた地団太は人型の首を狙って放たれた。

 意趣返しのつもりか、あるいは確実に当てるためか──咄嗟に動かせる頭よりも正確に実体を捉えられる至近距離からの首への一撃は、風を切りながら弱点を射抜く。

 だからこそ、人型は反射的に声をあげた。

「──『雷同(ライドオン)』ッ!!」

「っ!? い──ってぇぞオラァ!!」

 刹那──比喩でもなく──閃光が走った。

 空気を焼く音と共に赤い稲妻が人型の体から迸る。蛍光灯のような淡い色合いの電流は、静電気などという生易しい現象ではなかった。思わぬ衝撃に体が縮こまった昴は脚の狙いが逸れ、吐き捨てるような言葉と共に代わりに人型の胸を蹴る。苦し紛れの攻撃は昴の体を跳ねさせ、勢いのままに人型から離脱した。

 不安定な状態で着地しながら決死の拘束から脱した昴は、けれど怪訝そうに眉をひそめる。

 抜け出した──いや、手を離されたのだ。 

 昴の蹴りは間違いなく致命の一撃だった。けれどそれを凌がれてしまえば、そこにいるのは無防備にも体を晒けだしたサンドバックに過ぎない。苦し紛れの胸への攻撃は人型への有効打にではなかったし、逆に隙を晒した昴はそのまま地面に思い切り叩きつけられるものだと予想していた。

 人型は手を離した状態のまま黙り込み──心なしか驚いたような、そして思案している様子で、

「……ふむ、まさかこちらの世界の住人は、電撃に耐性がなかったのか?」

「はぁ?」

 その心底驚いたという風な声に、思わず間抜けな声が漏れた。

 人型は何かに納得するように小声でそうか、そうだったか──と頻り頷き。

「であれば──先陣を私が勤めたのは本当に僥倖だ」

 人型は迷うことなく呟いた。

「──『雷灯吾付(ライトアップ)』」

 

 その言葉と共に、人型の体が光りだした。

 鎧の関節から漏れ出していた人魂のように揺らいだ蛍光色の赤い光が瞬き、鎧に纏わりついた。空気が軋み、まるで唸りを上げるような音が昴の元まで聞こえてくる。それは空気が高熱によって膨張し、周りの空気を圧縮しながら進む衝撃波だ。

 昴は人体発火現象という都市伝説染みた話を思い出した。体に熱とかガスとかが溜まり過ぎて、何かの拍子に噴き出して突然燃え出したかのように見えるとか──そんな適当に流し見ていたミステリー番組で話していた怪現象。熱と電気の違いはあるが、人体から噴き出すという意味では似ているかもしれない。

 けれど断言出来る──目の前のコレはそんなチャチな物じゃない。

 驚くべきことに、あの鎧は自らの意志で放電現象を起こしている。偶然に起きる現象ではなく、人為的に行われる技能だ。

「……コスプレの次は万国ビックリショーってか? 流石に(とぼ)けてもいらんねぇな……」

 それはこの場に来てからずっと考え、けれど押し隠していた懸念事項だった。

 彼等は何者か──という至極当然の疑問。

 ある程度予測はしている。ただしそれを受け入れるのは些か以上に抵抗があった。

 だがそうも言ってはいられない。今ここに至って、昴の目には『超常』の一端が垣間見えてしまった。

 故に、認めざるを得ない。

 剣山昴は紛れもなく──『非日常』の中に迷い混み、そこに立っている。

 その事に、昴は思わず笑った。

 ()()()()()──非常識な存在の住む別世界への切っ掛け、それを掴んだのだから。

「考え事か? そんな余裕があるとは──嘗められたものだが!!」

 人型が走る。

 鈍重な走りだ、最初の一撃を喰らった時とは比べ物にならないほど遅い。もし先ほどの昴と同じように向かってくるならば、自らの体の頑丈さを鑑みて一撃を受けてのカウンターを狙っても良いだろう。

「っ、チッ……!」

 けれどそれは人型の体が赤色に帯電していなければの話。

 人型は両手を構えていた。輪を作るように、肘を緩く伸ばして構えながら近付く動き──『掴み』の動作。

 今度捕まれば、次は逃げられない。どこを掴まれても、あの電撃を受ければ体が焼けるか、少なくともまともに身動きできなくなるのは間違いない。

 だから昴は下がって距離を取った。

 人型はそれを許さないとばかりに腕を伸ばす。

 這い寄るゾンビのように無造作に向けられる凶手を、間一髪で避けていく内に、昴は道の端に辿り着く。石垣を背にして逃げ場を失った──わけではない。

 昴はすぐ隣に立っている道路標識──子供の通学路であることを示すそれを右手で掴み。

「オラァッ!」

 その根本を脚で蹴り折った。

 およそ一般人がそう聞く機会などないくらいに低く鈍い破砕音と共に標識はへし折れ、出来たのは長柄の武器。

 即席の凶器を前に人型は若干怯み、その隙に昴はそれを脇に挟み込み、外から内へと回すように払った。

 狙うは鎧の横腹。道路標識の先端による“面”の攻撃を、人型はまともに受け──。

「よい一撃だが。素材は考えるべきであろう」

「っ!」

 ──腕が一瞬痺れた。

 咄嗟に標識を離し、直後に──雷撃。

 離すのが遅れた指先が、焼けるような感覚に声をあげる──それよりも先に前方の左斜めに頭から転がる。

「──『到雷電藤(トライデント)』」

「がぁ……!?」

 背中を、雷撃が掠めた。

 視認できたわけではない。そもそも放つ瞬間を見てすらいない。

 けれど人型が手を昴に向けた瞬間に悪寒が走った。昴の鍛え抜かれた生存本能が警鐘を鳴らし、それ故に昴は三叉の雷撃がその先から放射状に伸び、昴の立っていた空間を貫く様を見ることなく回避した。

 昴は背中に走る激痛に歯を食い縛りながら、更に距離を取りながら思案する。

 ……これじゃあ近付けねぇ。

 ここに来てパワーバランスがひっくり返った。

 物理的な痛みならば昴には概ね耐えられる自信があった。幾つかの例外──とある猿女曰く“一回殴ってダメなら千回殴るわ”という言葉の通り、何度も受ければ昴にもダメージは蓄積するし倒れもするが、それは昴が一度も反撃しなければの話だ。単純な我慢比べなら昴にも勝機はあった。

 だがそれは相手が、電撃とかいう『超常』を使わなければの話だ。

 そもそもこれでは近付けないし、殴れない。捕まれば一発KOな状況で決死の大振りなんて成功しないし、半端な得物では武器としても使えない。

 ……詰んだか、これ。

 この場において最善の策は『相手を殴り飛ばす』から『逃げる』に変化した。

 けれど昴はそれをしない。出来ない。

 ──女が倒れているのを見た。

 恐らくは目の前の人型の、本来の敵対者。見た目からして魔法少女だとか、そんな感じのファンタジーな存在で、そして何らかの理由で人型と戦っている……正直要領を得ないが、そんな感じの事情があるのだろう。

 ここで昴が逃げれば、人型は見逃すかも知れない。背後から迫る電撃から命からがら逃走を果たし──意味があるかは分からないが──警察だの何だのに通報するとか、あるいは全部忘れて家に引きこもるとか、そういう選択肢もあるだろう。

 だがそれを昴の“意地”が許さない。

 ……喧嘩売られて、買ったんだ。尻尾巻いて逃げらんねぇし、なにより女を盾にするなんざ話にならねぇ。

 ここで逃げれば、さっき見かけた少女──魔法少女の姿をした彼女が狙われるだろう。

 人型の言動から、恐らくは人体実験の検体だとか、はたまたこの世界の人間のサンプルだとか……ファンタジーには明るくない昴でも、まずもってロクな事にならないという予想はできる。それを見逃すのはあまりに目覚めが悪い。

 けれど行き詰まった現状に変わりもなく、打開する手段もない。

 どうしたものかと考え──そこでふと気付いた。

 ……あの女どこ行った? 

 考えている内に元いた場所に戻ってきていたらしく、すぐ横には崩れた石垣。けれどそこには先程までいた少女の姿は見当たらない。あんな目立つ格好で動けば見逃さないだろうし、なにより本人も動ける状態ではなかった筈──。

『──おい、お前! だ、大丈夫なのだ!?』

 先程聞いた、ステッキの声が聞こえた。

 振り返ると瓦礫の影に赤いステッキ──器用にも瓦礫に身を隠しながらこちらを覗くように曲がり、自立する無機物がいた。心なしか動揺しているように見えるのは、やはりその声が震えているからだろう。

 シュールな光景に一瞬呆れ──次いで『赤いステッキ』というワードに、夕方に会った少女が脳裏を過った。

「……ラッキーアイテムってか? あの自称魔法使いにも聞きたいことが出来たなオイ」

『な、何をいっておるのだ……? そんなことよりお前! さ、さっき凄いボコボコにされてたけど……なんか平気そうだな?』

「まぁな。自慢じゃねぇが俺は身体が丈夫でな、怪我したことがそんなに無い……頭のおかしい猿女以外だと、数えるくらいだ」

『まさか……か、勝てるのだ?』

「さぁな。ただの牛ならまだしも、牛の角生えた鎧着て電撃飛ばしてくるようなビックリ人間相手にしたことはねぇから、ぶっちゃけ分からん。というか、さっきの魔法少女(仮)はどこいった? 逃げたか?」

『……彼女、ノヴァは離れたところまで運んだのだ。今の余ではそれが精一杯で、この場から逃がすのは無理なのだ……くっ、余が本来の力を失っていなければ、あんな奴にはっ……!』

「……忙しいところ悪いんだが、そもそもお前ら何者だよ。何しに来た」

『アイツは……恐らくは十二星傑の一員なのだ。余とアイツはこことは異なる世界──“きらきらワールド”から来たのだ』

「…………………………悪い、どこから来たって?」

『“きらきらワールド”なのだ』

 あまりにも、何というか……間抜けなワードに、思わず耳を疑ったが聞き間違いではないらしい。

 緊迫した空気を一瞬で弛緩させた無機物は、しかし至極真剣そうに、

『奴らはきらきらワールドで世界の転覆を掲げ、余の祖国へと侵攻したのだ。何とか退けたは良いが、その時の余波でこの世界への通り道が──』

「『超重(チャージ)』──」

「っ──!!」

 話を遮る声に、昴は咄嗟に──ステッキを掴んだ。

 へ? という間抜けな声を無視し振りかぶる。

 気づけば人型は頭部の角の先をこちらへ定めていた。いつの間にか角の先に形成されたで球状の赤熱する塊が唸り声と共に膨張し──人型が片足を半歩後ろへ下げ、構えた。

「──『戯画牡丹(ギガボルト)』ッ!!」 

 刹那──雷が横方向に落ちた。

 あまりの衝撃波に地面が砕け、家屋が軋みをあげる。

 人型の角から放たれた正真正銘の雷は、轟音を伴いながら昴へと突撃した。

 回避は間に合わない──だからこその苦肉の抵抗。

 コンマ数秒とかからず昴の元へと到来した雷は──昴の体へしかし当たる前に、振り抜かれたステッキを焼いた。

『いた──いっ!?』

 轟音とともに少年の耳障りな絶叫が響き──しかし、それまでのこと。

 ステッキを焼いた雷は瞬時に勢いを消し、昴を焼くことは無かった。まるでステッキによって雷が散らされたような光景に、人型と昴が驚愕した。

『い、いきなり何をするのだ!? 死ぬかと思ったのだぁ!!』

「ステッキって死ぬのか……じゃねぇよ。思わず盾にしたけど、お前平気なのか?」

『平気ではないのだ! 咄嗟に魔力を散らさなければ、余もお前も黒焦げだったのだぞ。伏して喜ぶがよい!』

「へー──つまりどうにかできるってことか」

『……えっいやそういうことでは』

「『雷同(ライドオン)』ッ!」

「オラァッ!!」

『いだいっ!?』

 人型の手より放たれた雷撃──おそらくは次の攻撃へと繋げるための牽制のそれを、昴はステッキで払った。先程と同じように聞き苦しい呻き声が鳴り、けれど雷撃は散らされる。

 原理は分からない。ステッキ本人? が言うには魔力を散らしたらしいが、つまりはあの電気は魔力とかいう物で形成されているのだろう。しかし事実として対処は出来ている──なるほど、ラッキーアイテムは伊達では無いということだろう。

「おい、ステッキ。もうちょっと長さ伸ばせよ、使いにくいぞ」

『なぁ!? き、貴様、勝手に余のこと使っといてその言い種は何なのだ!? 温厚なことに定評がある余もガチギレ寸前であるぞ!』

「どっちにしろお前が気張らねぇと負けだ。お前らの正体とか事情とか一ミリも知らねぇが──このままだとさっきの女共々アイツに捕まるぞ」

『む、むむぅ……それは……』

「あの魔法少女(仮)が倒れてたってことはお前ら負けたんだろ? お前らだけじゃ勝てねぇんだろ? 俺が来なけりゃどうなってただろうな……」

『うっ……』

「因みに俺はさっさも逃げても良いんだが──」

『わ、分かったのだ、協力するのだ! とても、とっても痛いが我慢してやるのだ……でも、勝てるのだな?』

「いいからほら、何とかして伸びろ。出来んだろ多分」

 ステッキは不満そうに、しかし仕方ないとでも言いたげに唸りながらその体を伸ばした。40センチ程度だったステッキは、瞬時に1.5メートルほどの棒へと変化し。

『こ、これくらいなのだ?』

「……マジで出来たのかよ」

 正直期待はしてなかった。

『ふふん、余ならこの程度楽勝なのだ。伸び縮みなど一瞬、お望みとあらばあと百倍くらいの長さに伸ばせるのだ! ねぇ余スゴくない?』

「へーそいつは──良いこと聞いた」

 昴は伸びたステッキ──もはや先端にハートの装飾の付いた棒となり果てたそれを構える。棒の半ばを左手で、終端を右手で握り、もう片方の端を人型へと向ける。まるで剣を体の横に構えるような仕草は随分と様になっていた。

『……タダ者ではないと思っていたが、その構え……やはり戦士なのか?』

「ただの高校生、構えも見様見真似だ」

 不良をだったとはいえ一介の学生である昴に、武術の心得なんて物はない。肉弾戦すら喧嘩をしてる内に勝手に覚えただけの、素人拳法でしかない。そんな昴が──所謂『棒術』なんて言われる類いの武術を知っているはずもない。

 けれど、敢えて一介の学生と違うところを挙げるならば──文字通り死ぬほど棒で殴られた経験があることだ。

 ……一年も殴られ続けりゃ、そりゃあ動きくらい覚えるだろうよ。

 脳裏を過る女の引き笑いの声を無視し、昴は飛び出した。

 心なしか警戒したような雰囲気の人型に向けて、突撃の勢いを載せて棒を突きだした。単純な突き技──ただの棒だと侮る勿れ、高速で撃ち出されたその先端がどれだけ対処しにくいかを昴はその身を以て知っている。

「ぬ──ぐぅ……!」

 避けるか受け流すか──その判断に迷った人型の意識を突くかのような攻撃はその胴を撃った。あまりの衝撃によろけた人型は負けじと右手を昴へと突き出した。

 バチリッ、と僅かに帯電しだした右手。それに対して昴はステッキ改め棒の終端を握る右手を押す。左手を支点としたシーソーのように弾かれた棒の先端は、刹那の間に人型の右手を跳ね上げる。風船が割れるような音を響かせて上を向いた腕からは電撃が虚空へと放出された。

「ガラ空きだ木偶の坊──!」

 その声と共に昴は棒を振り下ろす。

 風切り音をあげる棒による凶撃は、人型の右肩を袈裟斬りするように──(しな)る。

「グッ──!?」

 先端が人型の肩を捉えた。昴が殴った時よりも大きな衝撃が鎧を伝わりその体を弾き飛ばす。

 サッカーボールのように無様にも後方へと吹き飛び、転がる体を人型は右手を地面へと振り下ろすことで留める。数メートルという制動距離を経て静止し、その場へと膝立ちになった人型は、心なしか昴を睨んでいるようだった。

『お、おおう!? すご、凄いではないか! 正直滅茶苦茶痛いのだが、この調子なら勝てる! というかもうこれ勝ち確定なのだな! だな!』

「うるせぇ黙ってろ──やっぱ胴体狙いじゃ割れねぇよな……」

『? どういうことなのだ?』

「お前で殴った時、先端が滑ったんだよ。あの野郎、ギリギリで後ろに下がりやがったな」

 例え金属製であろうと長柄の棒は曲がる。

 湾曲したそれは手元と末端で速度差を生み、速度差は撓りを作り、撓った棒の先端は金属の弾性力──引き戻す力によって音速を超えた破壊力を生む。ステッキの頑丈さを加味すれば、その威力は跳ね上がり──まともに当てられれば人型の鎧とて砕くだろう。

 だがそれは相手が止まっている場合か、或いは昴が棒術の達人の場合に限られる。

 勿論だが敵は動く。動けば狙いは定めにくくなるし、何より鎧は曲面──僅かに弧を描くように逸れている。攻撃が鎧の真芯を捉えなければ、衝撃は分散され、小分けされた力は外へと逃げる。吹き飛びはしても、鎧を砕くには至らない。

 ……だが、これで俺が有利に立った。

 リーチは間違いなく昴の方が上だ。破壊力も僅かに有利になり、人型の電撃という手札はステッキで打ち消せる。

 あの電撃は人体に対しての有利と速度こそあるものの、恐らく致命的な欠点として『先端、あるいは突き出た物体』に攻撃が逸れやすいのだろう。

 雷の速度に昴の反射速度が勝てる筈もないにもかかわらず、攻撃が防げているのはそのためだ。避雷針のように適当にステッキを突きつけるだけで無力化出来てしまう。

「──再度認識を改めよう。少年、貴様は私に比肩しうると」

 だからこそ、そう呟き立ち上がる人型に対して、昴は構えた。

「計画は後回しだ。検体の入手を一時諦め、全力を以て敵を滅ぼそう」

 ──何が起こるかなど容易く予想できる。

 力を出し切り、圧倒しあい、そして上回った。

 ならここから起きることは、どんなフィクションの中でだって同じ──正念場だ。

 

「『変形(トランスフォーム)』」

 

 直後、人型の体が文字通り変形した。

 隆起した胴体をそのままににして前へと倒す。それを支えるように地面へと着いた腕、その肘が()()()()。肩から手首にかけて回転した肘は前へと構えられ膝となり、その末端である指は収納され蹄へと変貌する。甲冑を思わせる鎧の腰の背は、そのま背部へとスライドして一枚板の如き背中を作り、脚は踵が持ち上がり後ろ足となった。人型の頭を支えていた頸部が持ち上がり──否、頭蓋がズレて、横倒しになった胴体のまま頭頂部が天を向いた。角は依然として前方へと構えられ、仕上げとばかりに隆起した顔面は、さながら牛の面。

「──『赤雷の牡牛(アルデバラン)』」

 息をまくように、蛍光色の瘴気が体中から噴出し、赤雷へと変わる。

 腕は前足に、脚は後ろ足に。蹄を持った砲弾の如き肉体、そして湾曲した角が指すのは一人の人間。

 ──虫の声も聞こえぬ静かな町中で、赤き猛牛が現れた。

『──えぇぇぇ何それ余知らない!?』

「ま、これもお約束、ってか? ……いくらなんでも無茶苦茶だろ」

 喧しく叫ぶ棒を構えながら、昴の頬を冷や汗が伝った。

 ──勝負を決しに来た。

 つまるところは最終局面。

 追い詰められた敵が切り札を切ってくるのはお約束──そういう予定調和を信じていたわけではないが、事ここに至って昴は予想していた。この十数分という短い間に昴の常識は二転三転しているのだから、今更何が来たっておかしくはない。

「──そういえば、名乗っていなかったな」

 人型改め牛型の鎧の口元が動く。呼気とともに静電気のように幾つもの赤い放電が起こった。

「私の名はオックス。いずれ遍く世界を満天の星で覆い、支配する星の一族の戦士──十二星傑(ゾディアック)が一人である。異界の若き戦士、そして同郷の小さき王子よ、名を聞こう」

「……剣山昴だ。事情は知らねぇが喧嘩は喧嘩だ──勝ちに行くぜ」

『……きらきらワールド、星の内海の小国“ムツラボシ”の王子、エルリットである』

 その名乗りに牛鎧──オックスの口許が、楽しげに緩んだ気がした。

 彼我の距離は数メートル、昴が飛び出しても数秒はかかる距離──しかしこの戦いの決着は数舜で決まるであろうことは、誰もが疑わなかった。

 ──バチバチ、と。

 オックスの体躯、その節々から漏れ出した放電が音を上げた。まるで線香花火がいくつも瞬くような光景は、加速度的に勢いを増し、いつしか中空を焼く幾千の雷の筋へと変化する。まるで幼い頃見た科学館、そこに鎮座するテスラコイルを幻視させる光景は止まらず尚も加速し──そしてその雷は頭部と脚部へ集まり出した。

 二本の角に纏まり、螺旋を成す赤雷。

 四本の脚を覆い、具足と成す赤雷。

 ──ふと。

 世界が止まったように感じた。

 あらゆる全てが静止し、音が消え、けれども眼前に映る敵の姿のみがこの眼に焼き付くような錯覚。

 一秒一瞬が千倍に引き伸ばされる感覚を不思議と不快ではなくて。

 オックスが、息を吐いた。

 昴は息を吸った。

「──行くぞ」

「──応」

 それは一瞬の出来事だった。

 あまりに速く、そして意表を突く出来事だった。

 

 

 オックスが数メートルの距離を刹那で詰めた。

 

 

 息を吐くより速く、瞬きよりもなお速い。

 オックスの双角が昴の目の前に、文字通り出現した。

 まさに雷速。光速に迫る絶技が一つ。

 雷を操るオックスの奥の手。

 あらゆる全てを置き去り、一瞬の内に撃滅する必殺の突進歩法『雷銃(ラン・ガン)』。

 そして雷を纏いし双角と四足により放たれるのは、これまさに必殺の一撃。

 肉を焼き骨を焼き灰へと帰しなお止まらず、眼前の全てを砕き塵へと変える突進そのもの──。

「『雷神具足(ライジング)』──『輝牡丹(テラボルト)』ッッッ!!」

 巨体より放たれる質量と電気エネルギーの暴力は、今まさに放たれた。

 ──()の、勝ちであるッッ!

 オックスは勝利を確信した。

 全ては一瞬の内に行われた。そこに昴が介在し、干渉する余地はない。雷よりも速く動けるものなどこの世になく、つまりオックスの速さに成す術などない。小癪なステッキの王子が魔力を散らす力を持っていたとしても、頭部に充填させた力を霧散させるのには数瞬を要するだろう。ならば一瞬に突進を完了するオックスに敵うことなどない。

 勝ち誇る笑みを浮かべ、今まさに双角の貫く柔い有機物の身体の感触を今か今かと待ちわび──。

 

 ──額を打つ硬質な感触に気が付いた。

 

 それは昴の持っていたステッキ改め棒、その先端であった。角の間に半身にした身体を滑り込ませ、両手で突きだした棒を()()()()()当てた男の姿がそこにはあった。

 攻撃ではなく、防御でもない。ただ置いて──そして来る衝撃に身体を構えているようにオックスの眼には映った。

 ──話は変わるが。

 例えば牛が敵対する動物を攻撃するとしよう。

 彼らが自慢の角を、突進し、突き刺すのはあまりに自明であるが……ではただ突進するだけかと問われれば否である。

 端的に言えば、外敵へとその自慢の角を突き刺す際に、一度前足を曲げて屈み、そしてインパクトの瞬間に体重をのせて跳ね上げるのだ。

 サッカーの選手がボールを蹴る際に踏み込むように、高跳びの選手が飛ぶ前に踏み込むように、それはそうした方が勢いと力が乗るという、至極当然の原理に即した攻撃方法。

 それはオックスにしても例外ではない。事実として踏みしめた前足は突進の際に飛び上がり、既に空中を滞空していた。それは力の作用点たる頭部も同じことで。

 

 結論から言おう。

 昴の身体は棒の先端を支点に飛び上がり、無傷のまま空を飛んだ。

 

 まるで走り高跳びだ。

 グニャリと撓った棒は折れることなく、その状態のまま昴の身体をを天へと踊らせた。自らの攻撃が外れたことに驚愕したオックスは、遅まきながら彼がどんな手法を用いたかに気付いた。

 簡単なことだった。

 オックスが突進を開始するよりも速く、既に身体を半身にして棒の先端を宙に置いたのだ。

 オックスの身体は確かに光速に迫っていた。けれど()()()()()()()()()()()()()()()()()()が故に、事前の構えに気付けなかった──!!

 ──ふと。

 世界が止まったように感じた。

 突進の勢いのままに空中に身を投げ出してしまったオックスは、止まった意識の中で、昴だけがゆっくりと動いているのを感じた。

 ゆるり、ゆるりと。

 空中に飛ばされた身体を捻り、回し、そして棒を構えた男の姿だけが、眼に焼き付いていた。

 オックスには届かぬ長さの棒を構え、けれども鬼のような眼光で自らを睨む男が、小さく声を呟いた。

 

「伸びろ、如意棒擬き──!!」

『擬きは余計だーっ!!』

 

 あぁ──と、声が漏れた。

 強い戦士であった──そう考えるよりも速く、その長さを伸ばした棒が、撓りと遠心力を伴ってオックスの頭を撃った。

 

 

 

 

 

 空中で身を翻した昴は、足を下に向けたまま地面へと着地した。おっと、と小さく呟いてよろめくこともなく、数メートルの高さを膝を軽く曲げて衝撃を和らげる。

「あ──ったく、久しぶりに死ぬかと思った」

 後ろを振り向けば、そこには牛の鎧──オックスが倒れていた。力無く横たわる姿は死体のよう……そもそもあれが生きているのかは昴には分からないが。

『……や、やったのだ?』

「それはやってねぇ時の常套句だ」

 その声に呼応するかのように、オックスの首が動いた。既に元の長さへと体を戻していたステッキが驚きの声を上げるが、昴は動じなかった。

 その証拠と言う風に、オックスの動きはその程度だった。力無くもたげた首が、昴の方を向くように動き。

「なぜ、だ?」

「あぁ?」

「なぜ、私が突進する前に、それを予測できた……? なぜ、あんな、正確な位置に武器を構えられた……?」

 昴はその言葉にあー、と声をあげながら頬を掻き。

「まあ、ほぼ勘みてぇな物だな」

「なん……だと……?」

「あぁ、多分この辺に来るだろうなってところに棒構えて、そのまんま勢いに任せたんだよ。突進の予測は、あんな勿体振ってたら分かるし、一瞬で距離が詰められることも分かってた」

「なぜ」

「いやだってお前、最初に俺をぶん殴った時も同じことしたろ。序でにいえば、あんだけ速いくせに()()()()()()からよ──もしかしてお前、高速で動いたんじゃなくて、本当は()()()()してたんじゃねぇの?」

 その言葉に、オックスは息を呑んだ。

 それこそが『雷・銃』の本質。

 オックス自身を一度雷へと姿を変え、そして一瞬の内に移動する、まさに瞬間移動。

 雷ゆえに光速。それ故に──勢いがない。

 雷を変えた身体を戻した際に、その速さは追随しない。それを補うために赤雷により身体を武装し、足りない衝撃を屈伸運動により強める。足りない欠点を工夫によって補い、隠す技量こそがオックスの強みだった。

 もしあの突進が本当に速さを伴っていたのなら、昴は飛び上がれなかっただろう。棒が折れていたか、昴の身体が空へ飛ぶ前に突進が激突してたかもしれない。あるいは運良く逃れられても、もっと遠くへと撥ね飛ばされていただろう。

「後はまあ──運が良かった。占いが当たったってことだ」

 オックスは唸った。

 昴の勝因はオックスが想定よりも弱かったこと──それもあるだろう。

 しかし本当のところは、昴がオックスの攻撃の弱点を見抜いていたことに違いなかった。

 強靭な身体、致命の攻撃を見切る眼と立ち向かう度胸、そして相手の弱点を見つける観察眼。

「……戦闘の天才、か。それともこれは、君の努力への侮辱か?」

「さあ? んなもん考えたことねぇよ。俺としては、喧嘩以外のところで努力が実って欲しいがな」

 昴は小さくため息を吐きながら、オックスへと近付き。

「……取り敢えず、このステッキ共々話を聞かせてもらうぜ。面倒な事情がありそうだが……まあ、乗り掛かった船だ、聞いてやる。超常、ってやつにも興味あるしな」

『むむぅ……余としてはノヴァ以外の者に聞かせたくないのだが』

「折るぞ」

『話すのだ! 話すから頭の方を握るなっ! 割れちゃうのだ!!』

 内心、この星の装飾は頭だったのかと、どうでもいい情報を知ってしまった昴がもう片方の先端は足なのだろうかと考えていると、ふと目の前で寝そべっているオックスが小さく笑いだした。

「ククッ、悪いが仲間は売れんのでな。だがこうなっては仕方がない──奥の手である」

 その言葉に昴は身構えると──突然オックスの鎧の節々から光が溢れだした。細い光の筋が四方へと向けられ、そのまま赤い障気が漏れ出した。空気よりも重いそれはドライアイスのように地面へと広がり、段々と辺りを靄のように包みだす。

『な、なんかヤバそうなのだ!?』

 その声に呼応するかのように、光は大きくなっていく。まるで今にも爆発するかのような光の奔流に、思わず昴は目を瞑り。

「──緊急脱出ッッ!!」

 スポンッ! という気の抜けた音をたてて、オックスの首が発射された。

 夜空へ向かって飛び出した牛の頭は、回転しながら徐々にその身体を変形させ──どういうわけか人の姿になった。大きさとしては五十センチ程の機械仕掛けの小人は、そのまま華麗に着地し──脱兎のごとく夜の街を失踪する。

 置いていかれた牛の身体からはもう光が溢れることはなく、ただ動かない金属の塊と、一人と一本のステッキが呆然とした様子で残された。

『────逃げられたのだ!!』

「いや、気付くの遅ぇ」

『何をしているのだ! 追うのだ、奴等を野放しにしては、この世界がわりかし危ないのだぞ!?』

「もう追い付けねぇよ、というか俺がお前に従う理由がねぇ」

『さ、さっき話聞くとか言っておっただろう!』

「お前だけで十分だろ。今度は逃げられねぇようにこの装飾抑えとくからよ」

『ぐぁぁぁぁやめろぉぉぉ背が縮んじゃうのだぁぁぁ!』

 長さを自在に変えられるのに身長を気にする必要があるのか甚だ疑問だった。

 数秒ほどグリグリと装飾を押さえ付けてると、観念したようにステッキは──無機物が呼吸をするかは知らないが──ため息を吐きながら。

『分かった、話すのだ……取り敢えずノヴァの様子を見に行くのだ。案内するから着いてくるが良い』

 その言葉に昴はステッキを離すと、ステッキはピョコピョコと器用に地面を跳ねて動きだした。まるで地元にいる原っぱを歩くと気持ち悪いほど出てくるバッタみたいだ思いながら、先導されるままに着いていく。

 暫くして着いたのは、昴が最初に訪れた石垣の壊れた家屋だった。ステッキはそのまま一軒家を周り、小さな庭……といっても雑草が荒れ放題のそこへ向かい、窓を開けて中へと入った。

「いや、平然と不法侵入するじゃねぇか」

『緊急措置なのだ。というかそもそもここは作り物の世界、余の力で作った異界なのだ。こっちの世界に気を遣っておるのだから感謝するが良い』

「ならそもそもこっちの世界に来るなよ。何やってるのか知らねぇけど、多分お前らの世界の都合だろ? 迷惑かけずに一人で勝手に滅べ」

『こ、この世界の住人性格悪いのだ!! 人でなしなのだ!!』

 一軒家に入ると、明かりが消えているせいで視界が悪く、シルエット程度しか昴には確認できないが、恐らくは普通の民家なのだろう。リビングには数人で囲める机と、ソファやテレビなど、目新しいもののない内装だった。

「──え、エルリット? 無事なの!?」

 不意に暗闇から聞きなれた声が聞こえた。

 見ればソファの影に隠れるように座っている誰かがいた。暗さで顔は判別できないが、声の様子から慌てた様子で此方へと近付き、ステッキを握るのが見えた。

『おお、良かったのだ! ノヴァこそ無事だったのだな、怪我は……その様子なら大丈夫そうなのだな』

「うん、変身中の怪我は消えたから──でもエルリットだけでどうやって敵を……」

『ああ、うん、それは、まあ色々あってだな……まあ後ろにいる人が何とかしたのだ、まあ半分? 八割? くらい余の功績なわけだが!』

 その言葉に顔をあげた影は、前にいる昴を見上げ──驚いたように息を呑んだ。

 ──月明かりが差し込んだ。

 窓から覗いた光が、まるで影を照らすように動き、その姿を表した。

 利発で真面目そうな顔立ちの、長い黒髪をお下げにした少女だった。まるでテンプレートな丸渕眼鏡を着けた、見覚えのある少女を前に、昴は思わず呟いた。

「……十御門(とみかど)?」

「え、剣山くっ──っ!?」

 紛れもなく、昴のクラスの学級委員。別に委員長をやってるわけでもないのに、その見た目から『委員長』の愛称で親しまれてる『十御門飛鳥』だった。

 見た目通りの堅物で、真面目で、ルールとかに厳しくて、不真面目な昴に何度も突っかかってくる彼女が、恐らくはエルリットの言う『ノヴァ』なのだろう。

 つまりは、魔法少女。

 あの赤いフリフリの──高校生が着るのはちょっと抵抗あるというか、正直軽く引いてしまいそうな女児向けな衣装着てた本人。

 彼女は剣山の視線に気づくと、慌てたようにパクパクと口を動かし──次いで持っていたステッキを見て顔を赤くしながら後ろに隠すと。

「あの、これは、その、えっと違くて。へ、変身ステッキ状の筆箱的な──いやでも別に私の趣味とかじゃ」

 聞いていて悲しくなる言い訳だった。

 そんな姿の彼女を昴はじっと見つめ──不意にどこかの、片目の赤い変わったファミレス定員の言葉を思い出すと共に、良くない電波を受信した気がする。

「……もしかして、人知れず魔法少女に変身してこの世界の平穏を守るために戦ってたりする?」

「な、なんで分かったの!?」

 

 

 副題

『魔星☆少女 スカーレット・ノヴァ

 第一話 十二星傑オックスと運命の夜』

 

 

 




剣山昴
今回の主役。不良のレッテル張られてる系男子。
金髪つり目猫背と、どこにでもいる一般的な見た目ヤンキー主人公。ただし実際に不良だけでなくヤクザとか暴走族とも喧嘩してるので普通に危ない男の子。お爺ちゃんお婆ちゃん子で盆栽とかガーデニングが好き。
独り暮らしで料理は出来るけど、面倒なのでしないタイプ。でも掃除はできる。犬派。

十御門飛鳥
今回のヒロイン。一話最後にちょっとだけ出てくる系女子。
タイトル詐欺被害者。真面目な委員長タイプだが、日曜朝は六時には既に起きてる。結構ノリノリで変身とかする。
実家暮らしの高校生で料理はできない。犬派。

エルリット
今回のステッキ。わりかし有能。
きらきらワールドから来た異世界転移ステッキで、王子様とからしい。本人に戦闘能力はないが、色々と便利な奴。
ところで犬ってなに?

オックス
今回のの敵。一話に一体出てくる系の悪役。
牡牛座ならトーラスじゃね? と言ってはいけない。だって元ネタではオックス・ファイアって言ってたんだもん。
牛なのに牡丹とはこれ如何に……。

猿女さん
なんかちょくちょく話題に出てくる。
文字通り猿っぽい人。棒の扱いを教えてくれる。物理で。肉体に。暴力的な意味で。
「ヒヒヒヒ」という引き笑いが特徴らしい。作者としても安直だとは思ってる。

偉大なる魔法使いメイ・キングスロープ・マクガフィン
爆裂魔法とか打ちそうな見た目の自称魔法使いだが眼帯はしてない。ラッパみたいな杖とタブレット、衣装一式は誕生日プレゼントらしい。
ドラゴンボールはセルが好きだけど、セル編の悟空って悟飯にかなり無茶ぶりしてませんでした?

神蔵御染
名前も出てこない主人公。猫派。
ドラゴンボールのピッコロ大魔王編って目立たないけど凄い盛り上がる展開だったよね。


次回は南極編の後半です。
……さすがに一年はかからない、はず。




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