規格外が異世界から来るそうですよ? (れいとん)
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没ネタ・番外編
没ネタ 魔王編


前に規格外本編に投稿した話です。


「〝審判権限〝の発動が受理されました! これよりギフトゲーム〝The PIED PIPER of HAMELIN〝は一時中断し、審議決議を執り行います。プレイヤー側、ホスト側は共に交戦を中断し、速やかに交渉テーブルの準備に移行してください! 繰り返します」

 

辺り一帯に幾度も轟く雷鳴を発しながら、帝釈天より授かったギフト〝疑似神格・金剛杵〝を掲げた黒ウサギである。

 

「プレイヤー側、ホスト側は共に交戦を中断し―――え?」

 

黒ウサギは最後まで言い切る事無く、呆然としながら空を見上げた。

審判権限の発動が途中で止められた事、そしてギフトゲーム中でありながらも黒く輝く〝契約書類〝が雨の様に降りそそいできたからである。

黒ウサギは慌ててその中の一枚を手に取り、内容を読み始める。

黒ウサギだけではない、十六夜や飛鳥、耀の問題児たちも、〝サラマンドラ〝の新当主であるサンドラやサラマンドラのメンバーも、黒い何かの封印が解かれた白夜叉も、そしてこの場にいる面々に理不尽なギフトゲームを仕掛けたグリモグリモワ―ル・ハーメルンの面々も驚愕し、慌てた様子でギアスロールを読み始める。

そこにはこう書かれていた。

 

『ギフトゲーム名〝最終試練―Last Embryo―〝

 

 プレイヤー一覧、現時点で三九九九九九九外門・四〇〇〇〇〇〇外門・境界壁の舞台区画に存在する参加者・主催者の全コミュニティ。

 

プレイヤー側 勝利条件

ホストマスターを戦闘不能・行動不能にする。

※生死は問わない

 

ホストマスター側 勝利条件

プレイヤー全てを戦闘不能・行動不能にする。

※生死は問わない

 

特殊条件

プレイヤー側とホストマスター側の両方が同意した場合敗者を決め、ゲームを終了させる。

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

《D×D》印』

 

そして町の中心にいきなり現れた旗印。

ギフトによる恩恵か、旗はそこまで大きくないのにこの場にいる誰ものがその旗を視認することができた。

端が花弁の様な形をした十字にクロスする剣、そしてそれを持ちあげる赤き龍。

その旗印とギアスロールに押された印を見て、異世界から来た問題児たち以外の全ての者が驚愕し―――恐怖した。

 

「ま、〝魔王〝だ……〝魔王〝が現れた!!」

 

忽ちパニックになる民衆。

それは先ほどのペスト達、グリムグリモワール・ハーメルンの比ではない。

封印が解けた白夜叉は、信じられないように突如現れた旗印を凝視しながら呟く。

 

「バカな……あやつが態々こんな下層に降りてきたというのか? なぜだ……!?」

「冗談でしょ……」

 

先ほどまで飛鳥に止めを刺そうとしていたラッテンも信じられないように呟く。

 

「白夜叉、これは一体どういうことなの!?」

 

飛鳥は怒鳴る様に、白夜叉に問いかける。

白夜叉は呆然としていたが、その怒鳴り声とも呼べる声を聞いて、ハッとなる。

そして飛鳥の問いかけを無視して、慌てて行動する。

 

 

 

「おいおいおい、こいつは何の冗談だ!? よりにもよって〝魔王〝がこんな下層を攻めてくるなんて!?」

 

十六夜と戦闘をしていたヴェーザ―は表情を険しくし、冷や汗を流しながらそう叫ぶ。

慌てた様子のヴェーザ―を見て、十六夜はかまえたまま訝しげに思い口を開く。

 

「お前んとこのボスとは違う魔王なのか?」

「バカ言うな! うちのボスはまだルーキーだ! こんな大物なんかと比べるんじゃねえ!!」

 

ヴェーザ―は八つ当たり気味にそう十六夜に怒鳴り散らす。

少しばかりテンパっているヴェーザ―を見て、益々疑問に思う十六夜。

 

「なっ!?」

「うお!」

 

いきなり二人とも先ほどまでとは違う場所に移動させられた。

その場には険しい表情をした白夜叉、それにノ―ネームとサラマンドラ、ペストとラッテンもいた。

 

「無事であったか。そこの笛を持った悪魔も協力せい」

 

白夜叉は十六夜が無事であったことに安堵し、ヴェーザ―にそう命令する。

不貞腐れながら白夜叉を睨むペストを見て、ヴェーザ―は武器を降ろす。

 

「おい、白夜叉。こいつはどういう事だ?」

 

十六夜は不完全燃焼な所為か、若干怒気を含ませながら白夜叉に話しかける。

十六夜だけではなく、耀と飛鳥の二人とも怪訝な表情をしながら視線で説明を促す。

十六夜達問題児組から見たら、辺りの光景は唖然である。

マンドラを除くサラマンドラの者達が子供の様に怯えているのだ、サラマンドラだけではなく、その場にいる殆どの者達が怯えている。

黒ウサギやサンドラすら顔を青白くして、恐怖で震えている。

白夜叉は少しばかり早口で説明する。

 

「この箱庭には数多の修羅神仏、魔王が存在しておる。攻めてきたのはその中でも最強最悪の魔王だ」

「最強最悪の魔王? なんだよ、それ。そんなメチャクチャ面白そうな奴がいるのか!!?」

「バカモノ!! そんな悠長なことを言える様な相手ではない!!」

 

最強最悪と聞いて、瞳を輝かせる十六夜。

そんな十六夜に怒鳴り散らす白夜叉。

白夜叉の剣幕を見て、事態が予想以上に悪いと理解する十六夜達。

 

「このゲームはクリアすることができない」

「おいおい、どういうことだ? ギアスロールを見る限り、クリア条件は確かに記されているぞ?」

「確かにそうだ。ギアスロールだけを見るのならば、だいぶ楽に見えるだろう。しかしな―――」

 

そこで一旦言葉を切り、そして一呼吸おいてから信じられない事を言う。

 

「だれにも〝魔王〝を倒すことはできない」

「どういうことだ?」

 

十六夜達は疑問に思う。

確かにジャックの様に不死の怪物は存在する。しかし、不死だから勝てるというほど箱庭という世界とギフトゲームは甘くない。

たとえ不死であろうが、今回のルールを見る限り、全身を雁字搦めにして動けないようにしても勝ちなのだ。

 

「簡単だよ、ただ単純に〝魔王〝は強い。―――それこそ修羅神仏、強大なギフトを所持するあらゆる存在が倒せないほどには」

「―――っ、それは……!?」

「そう、ギフトゲームはクリアする方法さえあれば、参加者の力不足は考慮しない」

 

ギフトゲームは攻略するために無理難題を押し付けるゲームが存在するが、参加者側の能力不足・知識不足を考慮しない。空を飛ぶ必要があるが飛べないときは、空を飛べないのが悪い。不死を殺せないときは、殺せないほうが悪い。

例え修羅神仏、魔王が手も足も出ない様な、そんな理不尽な存在であろうとも、ギフトゲームにおいては倒せない方が悪いのだ。

だからこその最終試練。

人類だけではなく、この世界に生きとし生けるもの全てに対するクリア不可能な無理難題。

それこそがこの箱庭で最強最悪と恐怖される〝魔王〝のギフトゲーム(試練)なのだ。

 

「箱庭の黎明期、〝魔王〝はあらゆる修羅神仏を含めたあらゆる強大な存在を降し、或いはその存在ごと破壊することでこの箱庭を駆け昇って行きました。クリア条件はあるのに決してクリアできないギフトゲーム。このギフトゲームで敗れて往った神仏達はいつかこう呼んだそうです。―――〝魔王〝と」

「彼奴が〝魔王〝と恐れられて以降、主催者権限を悪用する者は畏怖と恐怖を籠められて〝魔王〝と呼ばれるようになった」

 

箱庭における魔王とは天災、文字通り災害なのだ。

この箱庭に『魔王』という名を創り出し、広めた存在。それこそが今回の〝魔王〝なのだ。

だからこそ彼の魔王に二つ名はない。

何故なら魔王という名自体が彼を示す言葉なのだから。

 

「〝魔王〝は上層一桁、それも一番外門にコミュニティを構えておる」

 

その言葉を聞いて、十六夜達に緊張が奔る。

この箱庭は全部で七層の巨大なバームクーヘン状になっている。七層から六層が下層、五層が中層、そして四層から上が上層と呼ばれる。しかも、上層から上は層が一つ違うだけで別次元とも言える力の差が存在する。

例えば五層で最上級クラスの力を所持する者でも、四層には昇格することはかなり困難である。

階層支配者の様に最強種の後ろ盾でもない限り、昇格する事はほぼ不可能である。それこそ、相応の〝功績〝か大規模な〝歴史の転換期〝でも起きない限り。

一層、それも一番外門に居住を構えているという事は、それは箱庭で最強のコミュニティという事だ。

 

「しかし、なぜこんな下層に降りてきてゲームを仕掛けた? あ奴は今はもう活動していなかったはずだが―――」

「―――なぁに、ただの暇つぶしだ」

 

白夜叉の疑問に答える声。

全員が声のする方向に向くと、そこに〝魔王〝は存在した。

飛鳥と同じ黒髪黒眼、服装は普通の人間が着ているものと変わらない。

しかし、その背に羽織っているコートには突如現れた旗印と同じ紋章が刻まれていた。

 

「最近、面白い奴らが箱庭に訪れたって情報を耳にしてな」

 

つまり、魔王は十六夜達を見るために下層に降り立ち、この箱庭最難関のギフトゲームを仕掛けたのだ。

 

「白夜以外は初めてだな? 一応自己紹介しておこうか。俺は上層一桁、一番外門に居を構えるコミュニティ〝D×D〝の唯一のメンバーにして、リーダー。名前は兵藤一誠。―――そこにいる三人組と同じ〝人間〝だよ」

 

最強にして最悪の魔王は人間だ。

しかし、それは考えてみれば必然なのかもしれない。

神も魔王も善も悪も世界も存在も、この世界に在るありとあらゆるモノは全て人間により定義されたモノか、造られたモノしかない。

 

他の人間と理解し合う為に〝言葉〝は生まれた。

得物を狩るために〝武器〝は生まれた。

未知なるモノを万人が理解できるように文字や言葉による〝定義〝は生まれた。

神々の偉業、強大さ存在、それらを伝えるために神話は人間の手によって描かれた。

 

世界にはマダマダ未知なるモノは存在する。人類が見たこともない様な、想像したことのない様なモノが在る。

しかし、それも人間が見つければ、名を付け、意味を見出される。

神々の試練を乗り越えてバケモノを倒すのも、強大な力を持つカイブツに捕らわれた姫を助けるのも、何時だって人間だ。

だからこそ神仏や超常の存在は人間(一誠)には勝てない。

神話を後世に残し、それを世に広め、或いは残したのは人間。ありとあらゆるモノを定義し、意味を求め見出したのも人間。

常に世界(存在)を発見してきたのは人間だ。

どれだけ神々が天災や疫病を蔓延させようとも、人類を一人残らず殺すことはできない。

逆に人は神を殺せる。実際にそれを為せる人間(兵藤一誠)が存在するからだ。

それはどれだけ覆そうとしても覆ることのない〝歴史の転換期(パラダイムシフト)

人間の歴史だけではない、修羅神仏、魔王の歴史に記されたが故にそれは決して覆らない。

 

「―――っは、まさか人間だとは思わなかったぜ。……まあ、でも関係ねえ! 楽しませんてやんぜ、魔王さま!!」

 

十六夜は第三宇宙速度で一誠に飛び込むと、その速度のまま拳を放つ。

辺り一帯に莫大な衝撃と破壊をまき散らす十六夜。しかし―――、

 

「―――へぇ、オマエ〝原典候補者〝か……」

 

一誠には効いていなかった。

並みの神仏ですら抗えない十六夜の拳を、防御すらせずに受けきったのだ。

一誠はゆっくりと、人差し指を十六夜に向ける。

悪寒がした十六夜はその場から全力で後退する、刹那―――、

 

「……な!!?」

 

一誠の伸ばした指から極大の光線が放たれ、その射線上に在ったあらゆるモノを塵一つ残さずに破壊した。

綺麗な街並みも、町に温かさを与えていたペンダントランプも、サラマンドラの宮殿もその後ろに存在する火山も、光線の過ぎ去った後には何も残されていなかった。

 

「久々に楽しめそうだ」

 

一誠はその場にいる全員を招き入れるように両腕を広げると、その圧倒的な力の一部を解放する。

近くにいるだけで消し飛ばされそうな力の中心で、一誠は楽しそうに嗤う。




前に投稿した没ネタ。


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YES!ウサギが呼びました!
規格外、箱庭に飛ばされる


そんなわけで問題児を始めてみました。
白夜叉と出会うまで一誠の影がかなり薄い(汗)


※これはハイスクールD×Dの規格外の一誠が主人公です。
ですので詳しい説明なんかは無いです、ご了承ください。


「…………」

 

早朝、一誠は珍しく朝早くに起きていた。

普段はやる気のない、死んだ魚の様な目をしているが、今はその瞳に好奇心が宿っていた。

その手には一通の手紙が握られていた。

そこには達筆な文字で『兵藤一誠様へ』と書かれていた。

 

「誰だかしらねぇが、面白いことするなぁ」

 

その手紙は一誠が起きてリビングに降りると、テーブルの上に置いてあったのだ。

寝ていたとは言え、一誠に気づかれず、一誠が自宅に施している結界を抜ける。

一誠が張った結界を抜けれる者なら、幾らかの心当たりがある。

しかし、一誠にも気づかれずに侵入するとなると不可能だ。

それなのに兵藤家のリビングに手紙が置かれていた。

考えられるのは二つ。

一つ、兵藤家に施されている結界を抜き、さらに一誠に気づかれることなく何者かが侵入し、手紙を置いていった。

二つ、直接手紙を転移で送った。

しかし、前者は不可能に近いし、後者もそうだ。

一誠が自宅に張っている結界は、一誠自身が認めた者以外のあらゆる侵入を防ぐ。

たとえ転移だとしても、一誠が認めた者以外は入れない。

だからこそ、サーゼクスやオーフィスはチャイムを鳴らしてから一誠に家に招き入れてもらったのだ。

結界が無事なことから力ずくで破られたわけではない、つまりは結界をすり抜けてきたのだ。

一誠が扱う術は特殊なのが多い。

兵藤家に張り巡らされている結界をすり抜けるならば、最低でもルフェイ・ペンドラゴンクラスの魔法使いが三桁から四桁は必要だ。

もし、『黄金の夜明け団』の創立者達が全員力を合わせれば可能だろう。

しかし、『黄金の夜明け団』はサーゼクスの眷属になっているマグレガ―・メイザース以外は他界している。

侵入にしろ転移にしろ、どちらも異常、尋常の事ではない。

それだけの事を仕出かせる存在が残していったのは、たった一通の手紙のみ。

 

「おもしれぇ」

 

一誠は笑むと、封を無雑作に破り、中の手紙に書かれている文章を読む。

 

 

『悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。

その才能を試すことを望むのならば、

己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨て、

我らの”箱庭”に来られたし』

 

 

「わっ」

「きゃ!」

 

急転直下、四人はいきなり4000mもの上空に投げ出されたのだ。

その内の三人が同様の感想を抱き、同様の言葉を口にした。

 

『ど……何処だここは!?』

 

落下しながら見える眼前の光景はありえないものだった。

視界の先に広がる地平線、世界の果てを彷彿とさせる断崖絶壁、そして縮尺を見間違うほどに巨大な天幕に覆われた未知の都市。

「―――おもしれぇ。ほんと、おもしれぇ」

今まで見たこともない完全無欠の異世界を見て、一誠は笑みを浮かべる。

 

 

 

その後、四人は湖へと着水。

その内の一人、春日部耀は自分の友達である三毛猫を水面へと慌てて引っ張り上げる。

 

「……大丈夫?」

『な、なんどが……』

 

今にも死にそうな掠れた声でそう返事をする三毛猫。

無事な様子の三毛猫を見て、耀はホッとする。

後の三人はさっさと陸地に上がっており、内二人が罵詈雑言を吐き捨てていた。

 

「信じられないわ! まさか問答無用で引き摺りこんだ挙句、空に放り出すなんて!」

「右に同じだクソッタレ。場合によっちゃその場でゲームオ―バーだぜコレ。まだ石の中に呼び出された方がマシだ」

「……。いえ、石の中に呼び出されては動けないでしょう?」

「俺は問題ない」

「そう。身勝手ね」

 

二人の男女―――逆廻十六夜と久遠飛鳥はお互いにフン、と鼻を鳴らして服の端を絞る。その後ろに続くように耀が岸に上がる。

三毛猫が全身を震わせて水を弾き、隣で耀は服を絞りながら口を開く。

 

「此処……どこだろう?」

「さあな。まあ、世界の果てっぽいのが見えたし、どこぞの大亀の上じゃねえか?」

 

耀の呟きに十六夜が答える。少なくとも、彼らの知らない場所であることは確かだ。

 

「一応確認しとくぞ。もしかしてお前等にも変な手紙が?」

「そうだけど、まずは〝オマエ〝って呼び方を訂正して ―――私は久遠飛鳥よ。以後、気を付けて。それで、そこの猫を抱きかかえている貴女は?」

「…………春日部耀、以下同文」

「よろしく春日部さん。次に湖の上に着地……いえ、この場合は着水かしら? をして唯一濡れていない貴方は?」

「兵藤一誠。呼び方は好きにしろ」

「そう、よろしく兵藤君。……最後に、野蛮で凶暴そうなそこの貴方は?」

「高圧的な自己紹介をありがとよ。見たまんま野蛮で凶暴な逆廻十六夜です。粗野で凶悪で快楽主義と三拍子そろった駄目人間なので、用法と用量を守った上で適切な態度で接してくれお嬢様」

 

売り言葉に買い言葉、どこか険悪な雰囲気を出しながら喋る十六夜と飛鳥。

 

「そう。取扱説明書をくれたら考えてあげるわ、十六夜くん」

「ハハ、マジかよ。今度作っとくから覚悟しとけよ、お嬢様」

 

心からケラケラと笑う逆廻十六夜。

傲慢そうに顔を背ける久遠飛鳥。

我関せず無関心を装う春日部耀。

どこか楽しそうに笑む兵藤一誠。

 

この四人を見て、誰もが同じことを思うだろう―――問題児だと。

 

 

 

(うわぁ……なんか問題児ばかりですねえ……)

そんな彼等を陰から見ていた存在がいた。

名前は黒ウサギ、この箱庭の創始者である帝釈天の眷属だ。

(でも主催者(ホスト)は人類最高クラスのギフト所持者だと保証してくれましたし……)

この箱庭に召喚しておいてなんだが……彼等が協力する姿は、黒ウサギには想像できなかった。

陰鬱そうに重くため息を吐く黒ウサギ。

 

「で、呼び出されたは良いけど、なんで誰もいねえんだよ。普通、招待状に書かれていた箱庭とかいうモノの説明をする人間が現れるもんじゃねえのか?」

 

苛立たしげにそう言う十六夜。

 

「そうね、なんの説明もないままでは動きようがないもの」

「…………。この状況に対して落ち着きすぎているのもどうかと思うけど」

「人のこと言えねぇだろ」

 

(全くです)

黒ウサギは内心でこっそりとツッコミを入れた。

パニックになってくれていれば飛び出しやすいのだが、場が落ち着きすぎているので出るタイミングを計れないのだ。

(まあ、悩んでいても仕方がないデス。これ以上不満が噴出する前にお腹を括りましょう)

四者四様の罵詈雑言を浴びせられる様を想像すると怖気づきそうになるが、そこは我慢するしかない。

 

「―――仕方がねえ。こうなったら、そこに隠れている奴にでも話しを聞くか?」

 

ビクンと黒ウサギの心臓が跳ね上がり、冷や汗をダラダラと流す。

四人の視線が黒ウサギに集まる。

 

「なんだ、貴方も気づいていたの?」

「当然。かくれんぼじゃ負けなしだぜ? そっちの二人も気づいていたんだろ?」

「風上に立たれたら嫌でもわかる」

「気配丸出しなんだ。気づいてくれって言っている様なもんだろ」

「……へぇ? 面白いなお前等」

 

軽薄そうに笑う十六夜だが、目は笑っていなかった。四人は理不尽な招集を受けた腹いせに殺気の籠った冷やかな視線を黒ウサギに向ける。

 

「や、やだなあ皆さま。そんな狼みたいな怖い顔で見られると黒ウサギは死んじゃいますよ? ええ、それはもう、古来より孤独と狼はウサギの天敵でございます。そんな黒ウサギの脆弱な心臓に免じて、ここは一つ穏便に御話を聞いていただけたら嬉しいのでございますヨ?」

「断る」

「却下」

「御断りします」

「断る」

「あっは、取り付くシマもないですね♪」

 

両手を上げて降参のポーズをとる黒ウサギ。

しかし、その瞳は冷静に四人を値踏みしていた。

 

「えい」

 

いきなり黒ウサギの耳を根っこから鷲掴み、力いっぱい引っ張る耀。

 

「ふぎゃ! ちょ、ちょっとお待ちを! 触るまでなら黙って受け入れますが、初対面で遠慮なく黒ウサギの素敵耳を引き抜きにかかるとはどういう了見ですか!?」

「好奇心の為せる業」

「自由にも程があります!」

「へぇ? このうさ耳って本物なのか?」

 

耀とは反対の耳を掴んで引っ張る十六夜。

 

「……。じゃあ私も」

 

好奇心に勝たず、耀と同じ方の耳を引っ張る。

 

「ちょ、ちょっと―――!」

 

待ってくださいと言い切る前に、黒ウサギは言葉にならない悲鳴を上げた。

 

 

 

「お前はよかったのか?」

「興味がない」

 

十六夜が黒ウサギの耳を引っ張らなかった一誠にそう訊き、一誠は淡白に答える。

 

「―――あ、あり得ない。あり得ないのでございますよ。まさか話しを聞いてもらうために小一時間も消費してしまうとは。学級崩壊とはきっとこのような状況を言うに違いないのデス」

「いいからさっさと話せ」

 

半ば本気の涙を瞳に浮かべせる黒ウサギ。

四人は黒ウサギの前の岸辺に座り込み、彼女の話しを『聞くだけ聞こう』という程度には耳を傾けていた。

黒ウサギは気を取り直して咳払いをし、両手を広げ、

 

「それではいいですか、皆さま方。それでは言いますよ? ようこそ、〝箱庭の世界〝へ! 我々は御四人様にギフトを与えられた者達だけが参加できる『ギフトゲーム』への参加資格をプレゼンさせていただこうかと召喚しました!」

「ギフトゲーム?」

「YES! 既に気づいていらっしゃるでしょうが、皆さまは皆、普通の人間ではございません。その特異な力は修羅神仏から、悪魔から、精霊から、星から与えられた恩恵なのでございます。『ギフトゲーム』はその〝恩恵〝を用いて競いあう為のゲーム。そしてこの箱庭の世界は巨大な力を持つギフト保持者がオモシロオカシク生活できるために造られたステージなのでございますよ!」

 

その後も黒ウサギの説明は続く。

要約するとこんな感じだ。

・ここは人外共が生活する為の場所。

・ここでは生活するにあたり、“コミュニティ”に属さないと生きていくことも困難。

・ここでは様々なギフトゲームに参加可能。

・ギフトも含めた多種多様なモノを賭けたり手にいれたり出来るが、高報酬なモノほどギフトゲームも難しくなる。

・ほぼギフトゲームが箱庭の法みたいなモノだが、殺人や窃盗などの禁止事項もある。ただし、ギフトゲームにおいては例外。

・ギフトゲームとは勝者だけが全てを手に入れるというシステムであり、敗者は文句を言う権利すらない。

一誠と十六夜は、コミュニティに入らないと言った時の黒ウサギの慌て方を見て、幾つかの疑問を思う。

黒ウサギは一通りの説明を終えると、一枚の封書を取り出した。

 

「さて、皆さんの召喚を依頼した黒ウサギには、箱庭の世界における全ての質問に答える義務がございます。が、それらを全て語るには少々お時間がかかるでしょう。新たな同士候補である皆さんをいつまでも野外に出しておくのは忍びない。ここから先は我らのコミュニティでお話させていただきないのですが……よろしいですか?」

「待てよ。まだ俺が質問していないだろ」

 

静聴していた十六夜が威圧的な声を上げて立つ。

黒ウサギは少し身構えながら聞き返した。

 

「……どういった質問でしょうか? ルールですか? ゲームそのものですか?」

そんなのはどうでもいい(・・・・・・)。腹の底からどうでもいいぜ、黒ウサギ。ここでお前に向かってルールを問いただしたところで何かが変わるわけじゃねえんだ。世界のルールを変えようとするのは革命家の仕事であって、プレイヤーの仕事じゃねえ。俺が聞きたいのは、たったひとつ。あの手紙に書いてあったことだけだ」

 

十六夜は視線を黒ウサギから飛鳥、耀、そして一誠へと向け、最後に巨大な天幕で覆われた都市に向ける。

そして何もかも見下すような視線でたった一言、

 

「この世界は…………面白いか?」

 

他の三人も無言で返事を待つ。

『家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨てて箱庭に来い』と手紙には書かれていたのだ。

それに見合うだけのモノがなければ、この場で黒ウサギが八つ裂きにされても文句は言えない。

 

「───YES! ギフトゲームは人を越えた者達だけが参加できる神魔の遊戯。箱庭の世界は外界より遥かに面白いと、黒ウサギは保証いたします♪」

 

 

 

「なあ、ちょっとこの世界を見て来ねえか?」

 

黒ウサギの所属するコミュニティに向かう途中、十六夜が一誠にそう提案する。

 

「別にかまわねぇが、どうして俺を誘ったんだ?」

「この中でお前が一番強そうだからだ」

「―――へぇ」

 

十六夜が好戦的な瞳で一誠を見る。

一誠はそんな十六夜を見て、笑みを浮かべる。

 

「場所はさっき見えた世界の果て、遅れんなよ!」

 

そう言って、その場から飛んでいく十六夜。

一誠と十六夜のやり取りを見ていた飛鳥は一誠に話しかける。

 

「あら、直ぐに追いかけなくていいのかしら?」

「あの程度なら直ぐに追いつくからな。……まぁでもいいか」

 

一誠がそう呟いた瞬間、その場から消え去る。

 

 

(やははは。世界の果てとは言ったけど、俺が目指しているのがどこかは教えなかったな)

十六夜は心中でそう思いながら木々を飛び越えていく。

十六夜は世界の果てと言ったが、それに該当する部分だけでもかなり広範囲だ。

(……にしても意外だ。あいつなら俺に追いつくかと思ったのに)

追いつく事はおろか、追ってくる気配さえ無い一誠に、期待しすぎたかと落胆する十六夜。

(まあ、後で適当に合流すればいいか)

森を抜け、〝世界の果て〝と呼ばれる断崖絶壁の箱庭の世界を八つに分かつ大河の終着地点、トリトニスの大滝へと辿り辿り着いた十六夜は……絶句した。

 

「オイオイ、マジかよ。いつの間に抜かしたんだ?」

十六夜の目の前には、滝壺にある幾つかの足場に立っている一誠がいた。

一誠は十六夜に気づいたようで、話しかける。

 

「ようやく着いたか。あんまりにも遅いんで、退屈してたとこだ」

「へっ、そーかよ。そいつは悪かったな」

 

十六夜は冷や汗を流しながらそう言い返す。

いつの間に一誠に抜かされたのかが分からなかったのだ。少なくとも十六夜は黒ウサギたちと別れたところからほぼ一直線、最短ルートでトリトニスの大滝に辿り着いた。

それなのに、一誠はそんな十六夜をいつの間にか抜かし、先に滝壺へと辿り着いていたのだ。

十六夜と一誠はお互いに面白そうな笑みを浮かべながら相手の事を観察する。そこへ、

 

『挑戦者か? ならば試練を選べ!』

 

いきなり一誠の立っている滝壺から巨大な白蛇が飛び出し、そして目の前にいる十六夜と一誠に向かって、尊大な態度でそう言った。

いきなり現れた巨大な白蛇を前にふたりは、

 

「「あ゛?」」

 

怯えるなどというごく一般的且つ可愛げな反応はせず、視線だけで殺せるんじゃないかという眼光を白蛇へと向けた。

 

「いい度胸だ、クソ蛇」

「おい、一誠。あれ俺に寄こせよ、お前に負けたストレス発散には丁度いい」

 

そう言うやいなや、十六夜は白蛇―――蛇神の前へと飛び出す。

そして、握りこぶしを作り、軽く身を捻って振りかぶる。

 

「オラァ!」

『がっ…………!』

 

十六夜の拳は体積が十倍以上は軽くある水神を水中の中へと叩き落とした。

その衝撃は滝壺周辺の大地を揺らし、巨大な水柱を幾つも立ち上げる。

そんなあり得ない事態を目の当たりにした一誠は、

 

「十六夜、俺は譲るとは一言も言ってねぇぞ」

 

不機嫌そうな声音でそう言った。

一誠の近くに着地した十六夜は、笑みを浮かべながら言う。

 

「やははは。いいじゃねえか、俺は箱庭に来ていきなり負け犬になっちまったんだぜ? 繊細でガラスなハートの俺は何かに八つ当たりしないとやってられないんだよ」

「よくもまぁ、そんな事が言えるもんだ」

 

まるで子供の様に純粋に笑う十六夜を見て、一誠は毒気を抜かれたように肩を落とす。

しかし、どちらも純粋に笑っていた、年相応の笑顔で。

 

「や、やっと見つけたのでございますよ」

 

そう言って、一誠と十六夜の背後に現れた。

その髪は先ほどまでの青色と違ってピンク、もしくは赤色に染まっていた。

 

「オマエ黒ウサギか? その髪の色はどうしたんだ?」

 

一誠は髪の色が変わった黒ウサギに疑問を抱き、そう問いかける。

しかし、黒ウサギは問題児二人に散々振り回され、その胸中はもう我慢の限界だった。

怒髪天を衝くような怒りを籠めて口を開く

 

「もう、一体何処まで来ているんですか!?」

「〝世界の果て〝まで来ているんですよ、っと。まあそんなに怒るなよ」

 

十六夜の小憎たらしい笑顔も、一誠の我関せずも健在だった。

十六夜は意外そうに、一誠は面白そうに黒ウサギを見る。

 

「しかしいい脚してんな。遊んでいたとはいえ、こんな短時間で俺たちに追いつけるとは思わなかった」

「当然です。黒ウサギは〝箱庭の貴族〝と謳われる優秀な貴種です。その黒ウサギが―――」

 

そこまで言って、黒ウサギはアレ?っと首を傾げる。

(黒ウサギが……半刻以上もの時間、追いつけなかった……?)

黒ウサギは箱庭の世界の創始者の眷属である。

その駆ける速度は疾風よりも速く、その力は生半可な修羅神仏では手が出せないほどだ。

そんな黒ウサギに気づかれずに姿を消したことも、追いつかなかった事も、思い返せば人間とは思えない身体能力だった。

 

「ま、まあ、それはともかく! 十六夜さんと一誠さんが無事でよかったデス。水神のゲームに挑んだと聞いて肝を冷やしましたよ」

「水神?―――ああ、アレの事か?」

 

え?っと黒ウサギは硬直しながら、十六夜が指さしたモノを見る。

川面にうっすらと浮かぶ白くて長いモノ。黒ウサギが理解する前にその巨体が鎌首を起こした。

 

『まだ……まだ試練は終わってないぞ、小僧ォ!!』

 

十六夜のパンチを耐えた水神は、怒りの怒号を上げる。

 

「蛇神……! って、どうやったらこんなに怒らせられるんですか!?」

 

ケラケラと笑う十六夜が答える前に、一誠が事の顛末を話す。

 

「いきなり出てきて『試練を選べ』とか上から目線で言ってきてな。俺があのクソ蛇をミンチにする前に十六夜が殴って、叩きつけた。……まぁ、十六夜を試す事もできない程度の奴だったが」

『貴様等……付け上がるな人間! 我がこの程度の事で倒れるか!!』

 

蛇神の甲高い咆哮が響き、巻き上がる風が水柱を上げて立ち昇る。

普通の人間だったら即死する様な水流を見て、黒ウサギは十六夜と一誠を守ろうとする。

しかし、

「まぁ、待て。黒ウサギ」

 

いきなり一誠が黒ウサギのウサ耳を引っ張り、動きを止められる。

いきなりウサ耳を引っ張られ、目の端に涙を浮かべながら抗議する黒ウサギ。

 

「―――ふぎゃっ!? い、いきなり黒ウサギの素敵耳を引っ張るとは……って、本日二度目でございます! そ、そんな事より、危険ですから下がってください!」

 

一誠は面倒くさそうに溜息を吐きながら黒ウサギに向かって言う。

 

「下がるのはテメェの方だろが黒ウサギ。これは十六夜が売って、クソ蛇が買った喧嘩だ。手を出すなんて無粋な事をするんじゃねぇよ」

 

その言葉に、黒ウサギは歯噛みする。

既にゲームは始まっており、黒ウサギでも手を出す事は叶わない。

一誠の言葉に蛇神は息を荒くしながら応える。

 

『心意気は買ってやる。それに免じて、次の一撃を凌げればキサマ等の勝利を認めてやろう』

「寝言は寝て言え。決闘ってのは勝者を決めて終わるんじゃない。敗者を決めて終わるんだよ」

 

勝者は既に決まっている。

その傲慢極まりない台詞に黒ウサギと蛇神は呆れて閉口し、一誠は黒ウサギの隣で面白そうに笑っていた。

 

『その戯言が貴様の最後だ!』

 

蛇神の雄叫びに応えて嵐のように川の水が巻き上がる。

竜巻のように渦を巻いた水柱は蛇神の丈よりも遥かに高く舞い上がり、何百トンもの水を吸い上げる。

竜巻く水柱は計三本。

それぞれが生き物のように唸り、蛇のように襲いかかる。

この力こそ時に生態系すら崩す〝神格〝のギフトを持つ者の力だった。

 

「―――ハッ―――しゃらくせえ!!」

 

十六夜は襲ってきた嵐とも言える激流を、ただ腕の一振りで薙ぎ払った。

 

「嘘!?」

『馬鹿な!?』

 

驚愕する黒ウサギと蛇神。人智を遥かに超越した力を見せつけられ、さらに全霊の一撃を弾かれた蛇神は放心しする。

十六夜はその隙を見逃さず、獰猛な笑いと共に着地し、

 

「ま、中々だったぜオマエ」

 

大地を踏み砕く様な爆音。

蛇神の顔元まで飛んだ十六夜は、そのまま回し蹴りを顔面へと叩きこむ。

その勢いのまま川へと吹っ飛んでいき、衝撃で川が氾濫し、水が森を浸水する。

全身を濡らした十六夜はバツが悪そうに川辺に戻った。

 

「こっちにまで水を飛ばすな」

「濡れてないんだからいいだろ。にしてもクソ、今日はよく濡れる日だ。クリーニング代ぐらいは出るんだよな黒ウサギ」

 

そんな二人の会話は黒ウサギには聞こえなかった。

頭の中がパニックでそれどころではないのだ。

(人間が……神格を倒した!? それも只の腕力で!? そんなデタラメが―――! 信じられない……だけど、本当に最高クラスのギフトを所持しているのなら……! 私たちのコミュニティ再建も、本当に夢じゃないかもしれない!)

黒ウサギは興奮を抑えきれず、鼓動が速くなるのを感じ取っていた。

今までどん底にいた彼女に希望が見えてきたのだ、そのまま嬉し泣きをしてもおかしくない。




問題児シリーズってかなり書きにくいです。
D×Dとだいぶ違って、一話書きあげるのにかなり時間がかかります。

ストックはこれを合わせて三話までしかありません。
残りの二話は明日と明後日に投稿します。


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規格外、最強の魔王に出会う

和装ロリは友達、怖くない!
サブタイトルをどちらにするか悩みました。

一秒でも過ぎていれば、それは明日なんだよ!


「見てください! こんなに大きな水樹の苗を貰ったんですよ! これだけあれば、もう水に不自由することはありません!」

 

蛇神から勝利の報酬として、大きな“水樹”という木の苗を貰った黒ウサギは、今にも踊りだしそうな位に機嫌をよくして戻ってきた。

水樹の苗に頬ずりしながらご機嫌な黒ウサギに十六夜が話しかける。

 

「なぁ黒ウサギ」

「はい、何でしょう♪」

 

水樹の苗を持ちながらその場でクルクルと嬉しそうに回っていた黒ウサギは、十六夜に話しかけられて振り向く。

 

「おまえ、なにか俺たちに隠しているだろ」

「――――え?」

 

先ほどまでのルンルン気分から一転、天から地へと落とされた様な気持になる黒ウサギ。

目は見開き、頬は引きつっている。

十六夜はそんな黒ウサギを無視するように続ける。

 

「これは俺の勘なんだが。黒ウサギのコミュニティは弱小のチーム、もしくは訳あって衰退したチームか何かじゃねえのか? だから俺たちは組織を強化するために呼び出された。そう考えれば今の行動や俺がコミュニティに入らないと言った時に本気で怒った事も合点がいく。―――どうよ? 百点満点だろ?」

「しかも、だ。この事を俺たちに言わなかったって事は、俺たちは他のコミュニティを選ぶ権利もあるってことだよな?」

 

十六夜に続き、一誠もそう言う。

黒ウサギの内心は穏やかではない。苦労の末に呼び出した超戦力を、手放す事は絶対に避けたかった。

 

「…………」

「沈黙は是也、だぜ黒ウサギ。黙り込んでも状況は悪化するだけだぞ。それとも俺も一誠も他のコミュニティに行ってもいいのか?」

「や、だ、駄目です! いえ、待ってください!」

「だから待ってんだろうが。いいから包み隠さず、全てを話せ」

 

最後に一誠にそう言われ、黒ウサギは渋々二人に語る。

自分が所属しているのが三年前までは東区画最大手のコミュニティだった。しかし今は旗印と名を奪われ、名前の無いその他大勢〝ノ―ネーム〝という蔑称されている。

そして黒ウサギのコミュニティから何もかも奪い去ったのは箱庭における最大の天災―――魔王。

魔王の名を聞いて驚く十六夜と一誠。

しかし、驚いているベクトルが違う。

十六夜はショーウィンドウに飾られる新しい玩具を見た子供の様に、一誠は魔王という存在を知っているが故に。

 

「魔王! 何だよそれ超カッコイイじゃねえか! 箱庭にはそんな素敵ネーミングで呼ばれる奴がいるのか!?」

「え、ええまあ。十六夜さん達が思い描いている魔王と差異があるかと……。ま、まあ倒したら多方面から感謝される可能性はございます。先ほども説明した通り、箱庭最大の天災なので……。倒せば条件次第で隷属させる事も可能ですし」

「へぇ?」

 

そこまで聞いて、一誠はひとつ疑念に思う。この『箱庭』はつまらないのではないか?と。

勿論理由がある。

先ほど十六夜が倒した蛇神は間違いなく神格が宿っていた、それなのに上級悪魔クラスと大差ないレベルだったのだ。

神格を宿すという事はそれは神であるという事、一誠が元いた世界にはいろんな人外が存在していたが、その中でも神格を宿す神仏は別格だ。

探せば魔王や堕天使総督以上の力を持った神仏なんてゴロゴロいる。

それこそ最強の武神である帝釈天は四大魔王全員でようやく互角という強さである。

それだけ神格を宿した者とは強いのだ。死神みたいに神とついていながら神格の宿っていない存在ならまだしも、確かに神格を宿していた蛇神が高々上級悪魔クラスというのはおかしい。

 

「魔王は〝主催者権限〝という箱庭における特権階級を持つ修羅神仏で、ギフトゲームを挑まれたが最後、誰も断る事はできません。私たちは魔王のゲームに強制参加させられ、……結果、コミュニティとして活動していくために必要な全てを奪われてしまいました」

 

これは比喩などではない。黒ウサギ達のコミュニティは地位も名誉も仲間も、全てを奪われたのだ。残されたのは空き地だらけとなった廃墟とギフトゲームにも参加できない一二〇人の子供達。

これではコミュニティの再建など夢のまた夢だ。

 

「お願いします、茨の道ではあります。けど、私達は仲間が帰る場所を守りつつ、コミュニティを再建し……何時の日か、コミュニティの名と旗印を取り戻して掲げたいのです。そのためには十六夜さんや一誠さん達のような強力な力を持つプレイヤーを頼るほかありません! どうかその強力な力、我々のコミュニティに貸していただけないでしょうか……!?」

「……ふぅん。誇りと仲間をねぇ」

「しかも魔王から奪い返すか……」

 

深く頭を下げて懇願する黒ウサギの必死の告白に、一誠と十六夜は気のない声で返す。

黒ウサギは肩を落として、泣きそうな顔になっていた。

 

「いいな、それ。すっげえ面白そうじゃねえか。黒ウサギのコミュニティに入ってやるぜ」

「右に同じ」

「………………は?」

 

十六夜と一誠の雰囲気から、断られると思っていた黒ウサギは呆然とする。

 

「HA? じゃねえよ。協力するって言ったんだ。……なんだよ、いらないのか?」

「あ、いえ! いります、絶対にいります!」

 

キャーキャー♪と喜ぶ黒ウサギ。

しかし、疑問に思ったことがあったのか、首を傾げて十六夜と一誠に質問する。

 

「あの、御二人はどうして黒ウサギ達に協力してくれるのです?」

 

それは当然の疑問。

なにせ黒ウサギ達のコミュニティは明日の食事にも困っている様な有り様だ。

さらに旗印も名も奪われている、普通なら絶対に協力してもらえないだろう。

 

「俺としては最低限の責任を守ってもらえればそれでいいからな」

 

一誠はそう答える。

黒ウサギはコミュニティの状況を知らせず、一誠達を騙そうとした。この箱庭に呼び出し、自分達の良い様に一誠達を使おうとしていたのだ。

少なくとも初めから正直にコミュニティの現状を話し、力を貸してくれと頭を下げるのが礼儀である。

 

「こんなデタラメで面白い世界に呼び出してくれたんだ。その分の働きはしてやる。けど、他二人の説得には協力しないからな。騙すも誑かすも構わないが、後腐れない様に頼むぜ。同じコミュニティでやっていくなら尚更な」

「……はい」

 

十六夜にそう言われ、黒ウサギは心の中で深く反省する。

こちらの身勝手で異世界から呼び出しておいて、頭一つ下げることすらしなかったのだ。これから同じコミュニティで戦っていく仲間を利用する様な真似をしては得られる信用も得られなくなる。

コミュニティが大事だったあまり、黒ウサギの中でその意識が低くなってしまっていた。

 

 

「な、なんであの短時間で"フォレス・ガロ"のリーダーと接触してしかも喧嘩を売る状況になったのですか!」「しかもゲームの日取りは明日!?」「それも敵のテリトリー内で戦うなんて!」「準備している時間もお金もありません!」「一体どういう心算(つもり)があって……って聞いているんですか三人とも!!」

 

トリトニスの滝の美しさを満喫し、意気揚々と箱庭に戻ってきた一誠達。

日が暮れた頃に噴水広場でノーネームは合流した。したのだが、そこでは黒ウサギの怒声が響いていた。

黒ウサギが二人を探しに行った後、問題児二人とノ―ネームのリーダー〝ジン=ラッセル″はカフェテラスに向かった。

そこにやってきたのはコミュニティ"フォレス・ガロ"のリーダー、ガルド=ガスパ―。

彼は飛鳥と耀の二人にノーネームの現状を話した上、ジンに散々な侮辱と侮蔑の言葉を投げかけた。

さらに自分のギルドに入らないか?と誘うガルドに対し、それを断る二人。

尚も食い下がるガルドを飛鳥のギフトで黙らせ、魔王でもない彼がどうやってコミュニティを大きくしたのかと問うたところ、相手コミュニティの子供を攫ってゲームを無理矢理取り付けていたことが判明。

しかも子供達は既に殺され、ガルドはコミュニティを瓦解させないために腹心の部下に始末をさせていた。

非道なおこないを無理矢理喋らされ、キレるガルドだったが、飛鳥と耀に組み伏せられ、更に〝フォレス・ガロ″の存続をかけたギフトゲームをやらされることになった。

 

「「腹が立ったから後先考えずに喧嘩を売った。反省も後悔もしていない」」

「この御馬鹿さま、御馬鹿さま!!」

 

まったくもって反省をしていない問題児二人にハリセンを食らわせる黒ウサギ。

その後ろでジンが申し訳なさそうな表情をしていた。

十六夜はニヤニヤと笑いながら止めに入る。

 

「別にいいじゃねえか。見境なく選んで喧嘩売ったわけじゃないんだから許してやれよ」

「い、十六夜さんは面白ければいいと思っているかもしれませんが、このゲームで得られるのは自己満足だけなんですよ?この"契約書類(ギアスロール)"を見てください」

 

黒うさぎは契約書類を見せる。

契約書類とは"主催者権限(ホストマスター)"を待たない者達が"主催者"となってギフトゲームを開催できるギフトである。

 

「ま、確かに自己満足だな。時間をかけても立証できるもんにわざわざリスクまで負って短縮するんだからな」

「そうです。だって子供たちはその……」

 

黒ウサギはそこで言い淀む。

彼女もフォレス・ガロの良くない評判を耳にしてはいたが、そこまで酷い状態になっているとは思ってもみなかった。

 

「そう。人質は既にこの世にいないわ。そこを責めれば必ず証拠は出るでしょう。だけどあの外道にそんな時間かけられないわ。それにね、私は道徳云々より、あの外道が私の活動範囲で野放しされることも許せないの。ここで逃せば、いつか狙ってくるもの」

「ま、まあ……逃せば厄介かもしれませんけど」

 

「僕も彼のような悪人を野放しにしておけない」

 

そんなジンの言葉に、黒ウサギは諦めたように溜め息つく。

 

「はぁ~、仕方ない人たちです。腹立たしいのは黒うさぎも同じですし。"フォレス・ガロ"程度なら十六夜さんがいれば楽勝でしょう」

 

十六夜の強さを見た黒ウサギは、期待を籠めてそう言った。

しかし、

 

「何言ってんだよ。俺は参加しねえよ?」

「俺も」

 

当然といった感じで十六夜も一誠も断る。

 

「だ、駄目ですよ!皆様はコミュニティの仲間なんですからちゃんと協力しないと」

「そういう事じゃねえよ、黒ウサギ。いいか?この喧嘩は、こいつらが売って奴等が勝った。なのに俺逹が出るってのは無粋だって言ってるんだよ」

「あら。分かってるじゃない。貴方を参加させる気なんて毛頭ないから」

「……もう、好きにしてください」

 

丸一日問題児に振り回され、疲弊していた黒ウサギは言い返す気力も残っていない。

失うモノはないし、もうどうにでもなれと思い肩を落とすのだった。

 

 

「"サウザンドアイズ"?」

「YES。"サウザンドアイズ"は特殊な"瞳"のギフトを持つ者達の群体コミュニティ。箱庭の東西南北・上層下層の全てに精通する超巨大商業コミュニティです。幸いこの近くに支店がありますし」

「ギフトを鑑定すると何かメリットがあるのか?」

「自分の力の正しい形を把握していた方が、引き出せる力はより大きくなります。皆さんも自分の力の出所は気になるでしょう?」

 

同意を求める黒ウサギに、十六夜・飛鳥・耀の三人は複雑な表情で返すが、一誠は特に変化が無い。

元々一誠の持つ力は大きく分けて二つ。

『魔導精霊力』と『赤龍帝の籠手』だ。前者は力を理解しているし、後者も制御はできている。

さらに二つとも出所を理解している。確かに籠手の方は成長するかもしれないが、今更正しい形を把握することに意味などない。……そもそも聖書の神しかそれを知らないからだ。

 

問題児四人と三毛猫、黒ウサギの一行は各々のギフトを鑑定すべく町並みを歩く。

そこは中世ヨーロッパのような石造の整備された町並みであり、黒ウサギと一誠を除いた全員が興味深そうに眺めていた。

更には脇を埋める街灯獣が桃色の花弁がひらひらと散らし、幻想的な雰囲気を醸し出している。

 

「桜の木。……ではないわよね? 花弁の形が違うし、真夏になっても咲き続けているはずがないもの」

「いや、まだ初夏になったばかりだぞ。気合いの入った桜が残っていてもおかしくないだろ」

「……? 今は秋だったと思うけど」

「春なんだから桜が咲いていて当然だろ」

 

ん? っとかみ合わない四人は顔を見合わせて首を傾げる。

黒ウサギは笑いながら説明をする。

 

「皆さんはそれぞれ違う世界から召喚されているのデス。元いた時間軸以外にも歴史や文化、生態系など所々違う箇所があるはずですよ」

「へえ、パラレルワールドってやつか?」

「近しいですね。正しくは立体交差並行世界論というものなのですけども……今からコレの説明を始めますと一日二日では説明しきれないので、またの機会ということに」

 

説明をしている間にどうやら"サウザンドアイズ"についたらしい。

蒼い生地に互いが向かい合う二人の女神が記されている。あれが″サウザンドアイズ″の旗なのだろう。

 

もう日が暮れ看板を下げる割烹着の女性店員に黒ウサギは滑り込み、

 

「まっ」

「待ったなしですお客様。うちは時間外営業はやってません」

 

ストップをかけるのは無理だった。黒ウサギは悔しそうに店員を睨みつける。

 

「なんて商売っ気のない店なのかしら」

「ま、全くです! 閉店時間の五分前に客を閉め出すなんて!」

「文句があるなら他所へどうぞ。あなた方は今後一切の出入りを禁じます。出禁です」

「これだけで出禁とかお客様舐めすぎでございますよ!?」

 

キャーキャーと喚き騒いでる黒ウサギに店員は冷めた眼と侮蔑を込めた声で対応する。

 

「なるほど、"箱庭の貴族"であるウサギの御客様を無下にするのは失礼ですね。中で入店許可を伺いますので、コミュニティの名前をよろしいですか?」

「…………う」

 

一転して言葉に詰まる黒ウサギ、しかし一誠は何のためらいもなく名乗る。

「ノ―ネームだ」

「ほほう。ではどこの″ノ―ネーム″様でしょうか? よろしければ旗印を確認させていただいても?」

 

ぐ、っと黙り込む。黒ウサギが言っていた“名”と“旗印”がないコミュニティのリスクとはまさにこういう状況だった。

(ま、まずいです。“サウザンドアイズ”の商店は“ノーネーム”お断りでした。このままだと本用に、出禁にされるかも)

全員の視線が黒ウサギに集中する。彼女は心の底から悔しそうな顔をして、小声で呟いた。

 

「その…………あの…………私たちに、旗はありま」

「いぃぃぃやほおぉぉぉぉ! 久しぶりだ黒ウサギイィィィ!」

 

 黒ウサギは店内から爆走してくる着物風の服を着た真っ白い髪の少女に抱きつかれ、少女と共にクルクルと回転して街道の向こうにある浅い水路まで吹き飛び、ボチャン、と転がり落ちた。

 

「きゃあ―――…………!」

 

遠くなる悲鳴を聞きながら、十六夜達は目を丸くし、店員は頭を抱えた。

 

「…………おい店員。この店にはドッキリサービスがあるのか? なら俺も別バージョンで是非」

「ありません」

「なんなら有料でも」

「やりません」

 

真剣な表情の十六夜に、真剣な表情でキッパリと断る女性店員。二人は割とマジだった。

フライングボディーアタックで黒ウサギを強襲した白い髪の幼い少女は、黒ウサギの胸に顔を埋めてなすり付けていた。

 

「し、白夜叉様!? どうして貴女がこんな下層に!?」

「そろそろ黒ウサギが来る予感がしておったからに決まっておるだろに! フフ、フホホフホホ! やっぱりウサギは触り心地が違うのう! ほれ、ここが良いかここが良いか!」

「し、白夜叉様! ちょ、ちょっと離れてください!」

 

黒ウサギは胸に顔を埋めている白夜叉を引き剥がすと、頭を掴んで店に向かって投げつける。

クルクルと縦回転した少女は、一誠の方へと飛ばされ。

 

「パス」

「ゴパァッ!」

 

そのままサッカーボールの様に蹴り飛ばされ、十六夜の方へと飛ばされる。

十六夜は十六夜で、足でそれを受け止めた。

 

「てい」

「ゴバァ!…………お、おんしとおんし! 飛んできた初対面の美少女を蹴り飛ばし、足で受け止めるとは何様だ!」

「十六夜様だぜ。以後よろしく和装ロリ」

「兵藤一誠だ、呼び方は好きにしろ」

 

ヤハハと笑いながら自己紹介する十六夜と適当に自己紹介する一誠。

一連の流れの中で呆気に取られていた飛鳥は、思い出したように白夜叉と呼ばれていた少女に話しかけた。

 

「貴女はこの店の人?」

「おお、そうだとも。この“サウザンドアイズ”の幹部様で白夜叉様だよご令嬢。仕事の依頼ならおんしのその年齢のわりに発育がいい胸をワンタッチ生揉みで引き受けるぞ」

「オーナー。それでは売り上げが伸びません。ボスが怒ります」

 

どこまでも冷静な声で女性店員が釘を刺す。

ちょうどその時、黒ウサギが濡れた服を絞りながら水路から上がってきた。

 

「うう……まさか私まで濡れる事になるなんて」

「……自業自得」

 

濡れても気にしていなかった白夜叉は、店先で黒ウサギ達を見回してにやりと笑った。

 

「ふふん。お前達が黒ウサギの新しい同士か。異世界の人間が私の元に来たということは……」

 

不敵な笑顔を浮かべる白夜叉に視線が集まり、

 

「遂に黒ウサギが私のペットに」

「なりません!どういう起承転結があってそんなことになるんですか!」

 

ウサ耳を逆立てて黒ウサギが怒る。

 

「まぁ、冗談はさておき話があるのじゃろ。話があるなら店内で聞こう」

 

何処まで本気かわからない白夜叉は笑って店へ招く。

 

「よろしいのですか?彼らは旗も持たない“ノーネーム”のはず。規定では」

「“ノーネーム”だとわかっていながら名を尋ねる、性悪店員に対する侘びだ。身元は私が保証するし、ボスに睨まれても私が責任を取る。いいから入れてやれ」

 

む、っと拗ねるような顔をする女性店員。彼女にしてみればルールを守っただけなのだから、気を悪くするのは仕方がない事だろう。一誠達は女性店員に睨まれながら暖簾をくぐった。

 

 

「生憎と店は閉めてしまったのでな。私の私室で勘弁してくれ」

 

五人が通されたのは白夜叉の私室。香のような物が焚かれており、風と共に五人の鼻をくすぐる。

個室と言うにはやや広い和室の上座に腰を下ろした白夜叉は、大きく背伸びをしてから五人に向き直った。

 

「もう一度自己紹介しておこうかの。私は四桁の外門、三三四五外門に本拠を構える“サウザンドアイズ”幹部の白夜叉だ。この黒ウサギとは少々縁があってな。コミュニティが崩壊してからもちょくちょく手を貸してやっている器の大きな美少女と認識しておいてくれ」

 

「はいはい、お世話になっております本当に」

 

投げ遣りな言葉で受け流す黒ウサギ。

白夜叉の話を要約すると、箱庭とはバームクーヘンの様な創りをしており、七桁の外門に分かれている。数字が若いほど中心に近く、白夜叉のいる四桁以上の外門は人外魔境といっても過言ではないとのこと。

 

「今いる七桁の外門はバームクーヘンの一番皮の薄い部分にあたるな。更に説明するなら、東西南北の四つの区切りの東側にあたり、外門のすぐ外は“世界の果て”と向かい合う場所になる。あそこはコミュニティに属してはいないものの、強力なギフトを持ったもの達が住んでおるぞ―――その水樹の持ち主などな」

 

白夜叉は薄く笑って黒ウサギの持つ水樹の苗に視線を向ける。白夜叉が指すのは世界の果てで、十六夜が素手で叩きのめした蛇神のことだろう。

神格とは、生来の神そのものではなく、種の最高のランクに体を変化させるギフトのことだ。人に神格を与えれば現人神や神童に。蛇に神格を与えれば巨躯の蛇神に。鬼に神格を与えれば天地を揺るがす鬼神と化す。更に神格を持つことで他のギフトも強化される。コミュニティの多くは目的のために神格を手に入れるため、上層を目指して力をつける。

 

「白夜叉様はあの蛇神様とお知り合いだったのですか?」

「知り合いも何も、あれに神格を与えたのはこの私だぞ。もう何百年も前の話だがの」

 

小さな胸を張り、カカと豪快に笑う白夜叉。

それを聞いて、十六夜は物騒に瞳を光らせる。

 

「へぇ? そんなもんを与えられるってことはオマエはあの蛇より強いのか?」

「ふふん、当然だ。私は東側の“階層支配者”だぞ。この東側の四桁以下にあるコミュニティでは並ぶ者がいない、最強の主催者だからの」

 

“最強の主催者”―――その言葉に、十六夜・飛鳥・耀の三人は一斉に瞳を輝かせた。

 

「そう…………ふふ。ではつまり、貴女のゲームをクリア出来れば、私達のコミュニティは東側で最強のコミュニティという事になるのかしら?」

「無論、そうなるのう」

「そりゃ景気のいい話だ。探す手間が省けた」

 

三人は剥き出しの闘争心を視線に込めて白夜叉を見る。白夜叉はそれに気づいたように高らかと笑い声を上げた。

 

「抜け目ない童達だ。依頼をしておきながら、私にギフトゲームを挑むと?」

「え? ちょ、ちょっと御四人様!?」

 

慌てる黒ウサギを右手で制す白夜叉。

 

「よいよ黒ウサギ。私も遊び相手には常に飢えている」

「ノリがいいわね。そういうのは好きよ」

 

全員が嬉々として白夜叉を睨む。

 

「ふふ、そうか。―――そうそう、ゲームの前に確認しておく事がある」

「なんだ?」

 

白夜叉は着物の裾から“サウザンドアイズ”の旗印―――向かい合う双女神の紋が入ったカードを取り出し、表情を壮絶な笑みに変えて一言、

 

「おんしらが望むのは″挑戦″か―――もしくは、″決闘″か?」

 

刹那、五人の視界は意味を無くし、脳裏を様々な情景が過ぎる。

黄金色の穂波が揺れる草原、白い地平線を覗く丘、森林の湖畔。

五人が投げ出されたのは、白い雪原と湖畔―――そして、水平に太陽が廻る世界だった。

 

「なっ!?」

 

あまりの異常さに、十六夜達は息を呑んだ。

遠く薄明の空にある星は、世界を緩やかに廻る白い太陽のみ。

唖然と立ち竦む三人に、今一度、白夜叉は問いかける。

 

「今一度名乗り直し、問おうかの。私は“白き夜の魔王”―――太陽と白夜の星霊・白夜叉。おんしらが望むのは、試練への“挑戦”か? それとも対等な“決闘”か?」




そんなわけで第二話でした。

次あたりで一誠君がやらかしてくれるといいなー。


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規格外VS魔王

「私は白き夜の魔王――太陽と白夜の星霊・白夜叉。おんしらが望むのは試練への挑戦か? それとも対等な決闘か?」

 

少女とは思えぬ凄みに十六夜は背中に冷や汗を感じ取る。

″星霊″とは、惑星級以上の星に存在する主精霊を指す。鬼や悪魔、妖精などの概念の最上級であり、同時にギフトを与える側の存在でもある。

 

「…… 水平に回る太陽と…… そうか、白夜と夜叉。あの水平に回る太陽やこの土地はお前を表現しているってことか」

「いかにも。この白夜と湖畔と雪原。永遠に世界を薄明かりに照らす太陽こそ、私が持つゲーム盤の一つだ」

 

白夜叉が両手を広げると、地平線の彼方の雲海が瞬く間に裂け、薄明の太陽が晒される。

数多の修羅神仏が集うこの箱庭で、最強種と名高い″星霊″にして″神霊″。

彼女はまさに、箱庭の代表ともいえるほど―――強大な″魔王″だった。

 

「これだけ莫大な土地がただのゲーム盤!?」

「いかにも。して、おんしらの返答は? 挑戦であれば手慰み程度に遊んでやる。しかし、決闘を望むなら話は別。魔王として命と誇りの限り闘おうではないか」

「…………っ」

 

三人は即答できず、返事を躊躇った。

勝ち目がないのは一目瞭然。

しかし自分たちの売った喧嘩を、一度はいた唾を飲み込むのはプライドが邪魔をする。

しばしの静寂の後―――十六夜は諦めたように笑い、ゆっくりと挙手し、

 

「参った。やられたよ。降参だ、白夜叉」

「ふむ? それは決闘ではなく、試練を受けるという事かの?」

「ああ、これだけのゲーム盤を用意できるんだからな。アンタには資格がある。――いいぜ。今回は黙って為されてやるよ、魔王様」

 

苦笑と共に吐き捨てる様な者言いをした十六夜を、白夜叉は堪え切れず高らかに笑い飛ばした。

プライドの高い十六夜にしては譲歩した方だが、試されてやるとは随分と可愛らしい意地の張り方があった物だと、白夜叉は腹を抱えて哄笑をあげた。

 

「く、くく……して、他の童達も同じか?」

「……ええ、私も、試されてあげてもいいわ」

「右に同じ」

 

苦虫を噛み潰したような表情で返事をする二人を見て、満足そうに笑う白夜叉。

 

「も、もう! お互いにもう少し相手を選んでください! 〝階層支配者〟に喧嘩を売る新人と、新人に売られた喧嘩を買う〝階層支配者〟なんて、冗談にしても寒すぎます!」

 

白夜叉は安堵した様子の黒ウサギに苦笑しながら、一誠に視線を向けて問いかける。

 

「して、そこのおんしはどうする? 受けるのは試練か? それとも対等な決闘か?」

 

そう笑いながら問いかける白夜叉だが、その瞳から一誠を見下しているのが分かる。

少なくとも、自分よりも強いとは露にも思っていない。

 

「俺は決闘を選ぶ」

「―――ほう?」

 

面白さ三割、失望が三割、呆れが四割といった雰囲気で一誠に視線を向ける白夜叉。

 

「なぁ、白夜叉。おまえ、たかがこの程度の物を見せたくらいで自分が強いって言いたいのか? なら失望だな。この程度のゲームフィールドを用意するだけで最強の魔王を名乗れるんなら、随分と箱庭の世界は生温いらしい」

 

そう言って、侮蔑の視線を白夜叉に投げかける一誠。

一誠からしたら、白夜叉が見せつけたこの世界は珍しいモノではない。それこそ、悪魔の使用するレーティングゲームのフィールドとほぼ同じ様なモノだからだ。

この程度のゲーム盤で負けを認めるようなら、一誠は今頃悪魔に服従している。

 

「まぁ、先に十六夜達のゲームが先だ。俺は後でいい」

「ふむ、それではそこで待っておれ」

 

ケラケラと面白そうに笑う白夜叉を見て、黒ウサギはガクリと肩を落とす。

その時、彼方に在る山脈から甲高い叫び声が聞こえた。獣と鳥の叫び声を混ぜたような声に逸早く反応したのは春日部だった。

 

「何、今の鳴き声。初めて聞いた」

「ふむ……あやつか。おんしら三人を試すには打って付けかもしれんの」

 

白夜叉が手招きするとそれに応じてソレはやって来る。

体長は5mはあろうかという巨大な体躯に、鷲の頭と翼にに獅子の身体を持った伝説上の生物。

春日部はそれを見て、驚愕と歓喜の籠った声を上げた。

 

「グリフォン……嘘、本物!?」

「フフン、如何にも。あやつこそ鳥の王にして獣の王。"力""知恵""勇気"の全てを備えたギフトゲームを代表する獣だ」

 

白夜叉が手招きすると、グリフォンは彼女の元に降り立ち、深く頭を下げて礼を示した。

そんなグリフォンを一誠は面白そうに見つめる。

 

「―――へぇ、毛並みに翼の艶がかなりいい。体格もソコソコ大きいし、力も強い。若いグリフォンにしちゃかなり良質だな」

 

一誠がそう言うと、その場にいる全員が驚いた表情で一誠を見る。

一誠の元いた世界が気になる所ではあるが、それよりも先にゲームをした方が良いと判断する白夜叉。

 

「肝心の試練だがの。おんしら三人とこのグリフォンで“力”“知恵”“勇気”の何れかを比べ合い、背に跨って湖畔を舞うことが出来ればクリア、という事にしようか」

 

白夜叉が双女神の紋が入ったカードを取り出す。すると虚空から“主催者権限”にのみ許された輝く羊皮紙が現れる。

白夜叉は白い指を奔らせて羊皮紙に記述する。

 

『ギフトゲーム名 "鷲獅子の手綱"

 

プレイヤー一覧 逆廻 十六夜

        久遠 飛鳥

        春日部 耀

 

クリア条件 グリフォンの背に跨り、湖畔を舞う。

 

クリア方法 “力”“知恵”“勇気”の何れかでグリフォンに認められる。

 

敗北条件 降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

″サウザンドアイズ″印』

 

「私がやる」

 

読み終わるや否やピシ! と指先まで綺麗に挙手をしたのは耀だった。

彼女の瞳はグリフォンを羨望の眼差しで見つめている。

 

『お、お嬢……大丈夫か? なんや獅子の旦那より遥かに怖そうやしデカイけど』

「大丈夫、問題ない」

 

耀の瞳は真っ直ぐにグリフォンに向いている。キラキラと光るその瞳は、探し続けていた宝物を見つけた子供のように輝いていた。

隣で呆れたように苦笑いを漏らす十六夜と飛鳥。

 

「OK、先手は譲ってやる。失敗するなよ」

「気を付けてね、春日部さん」

「あんまり無理するなよ」

「うん、頑張る」

 

応援を受けて春日部はグリフォンの元に歩み寄る。

グリフォンは大きく翼を広げ戦いに白夜叉を巻き込なないようにその場を離れるが、それを追いかけるように春日部は走り寄る。

 

「え、えーと。初めまして、春日部耀です」

『!?』

 

ビクンッ!!とグリフォンの肢体が跳ねた。

まさか話し掛けられるとは思わなかったのだろう。

 

「私を貴方の背に乗せ……誇りを賭けて勝負しませんか?」

『……何……!?』

「貴方が飛んできたあの山脈。あそこを白夜の地平から時計回りに大きく迂回し、この湖畔を終着点と定めます。

貴方は強靭な翼と獅子で空を駆け、湖畔までに私を振るい落とせば勝ち。私が背に乗っていられたら私の勝ち。………どうかな?」

 

誇り高いグリフォンに跨る事は、彼等に認められる事で成しえる事ができる。

そんなグリフォンに『誇り』を賭けろというのは、十分過ぎる挑発だろう。

 

『娘よ。お前は私に"誇りを賭けろ"と持ちかけた。お前の述べる通り、娘一人振るい落とせないならば、私の名誉は失墜するだろう。―――だがな娘。誇りを対価に、お前は何を賭す?』

 

「命を賭けます」

 

簡潔な一言だった。

その返答に黒ウサギと飛鳥から驚きの声が上がった。

 

「だ、駄目です!」

「か、春日部さん!? 本気なの!?」

 

だが、春日部は一切耳を貸さず話を続ける。

 

「貴方は誇りを賭ける。私は命を賭ける。もし転落して生きていても、私は貴方の晩御飯になります。………それじゃあ駄目かな?」

『………ふむ………』

 

春日部の提案に黒ウサギと飛鳥がますます慌てる。

だが、それを一誠と十六夜の二人が手を上げて制する。

 

「邪魔すんな。春日部に一番手を譲った時点で何かを言う権利は無い」

「そうじゃぞ、二人共。これはあの娘から切り出した試練だぞ」

「あぁ。無粋なことはやめとけ」

「そんな問題ではございません!!同士にこんな分の悪いゲームをさせるわけには―――」

「大丈夫」

 

春日部は振り向きながら頷く。その瞳にはなんの気負いもなく、むしろ勝算ありと思わせる

しばらくの間グリフォンは考える仕草を見せた後、頭を下げた。

 

『乗るがいい、若き勇者よ。鷲獅子の疾走に耐えられるか、その身で試してみよ』

 

春日部は頷き、手綱を握って背に乗り込む。鞍が無いために不安定ではあるが、耀は手綱をしっかりと握りしめ、ししの胴体に跨る。

 

 

その後、マイナス数十度という寒さと、グリフォンの空を駆ける速度と軌道から掛る強烈なGに耐え抜き、耀は見事に試練をクリアした。

ゴールを過ぎた瞬間、安心したのか手綱を離し落下した耀は自分の持つペンダントの力により、グリフォンのギフトを手に入れた。

空気を踏みしめ、階段を下りる様に皆の前に降り立つ耀。

そんな耀を見て、十六夜は呆れたように笑いながら話しかける。

 

「やっぱりな。お前のギフトって、他の生き物の特性を手に入れる類だったんだな」

「……違う。これは友達になった証。けど、いつから知ってたの?」

「ただの推測。お前、黒ウサギと出会った時に"風上に立たれたら分かる"って言ってたろ。そんな芸当は普通の人間には出来ない。だから春日部のギフトは多種とコミュニケーションを取る訳じゃなく、多種のギフトを何らかの形で手に入れたんじゃないか……推測したんだが、それだけじゃあなさそうだな。あの速度で耐えられる生物は地球上にいないだろうし?」

 

興味津々な十六夜の視線を耀はフイっと避ける。

その傍に途端に三毛猫が駆け寄ってきた。

 

『お嬢! 怪我はないか!?』

「うん、大丈夫。指がジンジンするのと服がパキパキになったぐらい」

「ちょっと見せてみろ」

 

一誠はそう言って、耀の手を掴む。

そして、耀の手を掴んだ一誠の手が軽く光ると、先ほどまで赤く霜焼けになっていた指先が治っていた。

 

「!? ……どうやったの?」

「後で話してやるよ」

「……ありがとう」

 

一誠はそう言うと、耀はお礼を言う。

そんな耀の近くにグリフォンが舞い降りてきた。

 

『見事。お前が得たギフトは、私に勝利した証として使ってほしい』

「うん。大事にする」

「いやはや大したものだ。このゲームはおんしの勝利だの。……ところで、おんしの持つギフトだが。それは先天性か?

「違う。父さんに貰った木彫りのおかげで話せるようになった」

「木彫り……?」

 

首を傾げる白夜叉。そこで三毛猫が説明する。

 

『お嬢の親父さんは彫刻家やっとります。親父さんの作品でワシらとお嬢は話せるんや』

「ほほう…………彫刻家の父か。よかったらその木彫りというのを見せてくれんか?」

 

頷いた耀は、ペンダントにしていた丸い木彫り細工を取り出す。

白夜叉は渡された手の平大の木彫りを見つけて、急に顔を顰める。

一誠達もその隣から木彫り細工を覗きこんだ。

 

「複雑な模様ね。何か意味があるの?」

「意味はあるけど知らない。昔教えてもらったけど忘れた」

「………。これは」

 

白夜叉だけでなく、十六夜と黒ウサギ、一誠も神妙な顔をして鑑定に参加する。

表と裏を何度も見直し、その表面にある幾何学線を指でなぞる。

それを見て、黒ウサギは春日部に質問する。

 

「材料は楠の神木……? 神格は残っていないようですが……この中心を目指す幾何学線……そして中心に円状の空白……もしかしてお父様の知り合いには生物化学者がおられるのでは?」

「うん。私の母さんがそうだった」

「生物学者ってことは、やっぱりこの図形は系統樹を表しているのか白夜叉?」

「おそらくの。……ならこの図形はこうで……この円状が収束するのは……いや、これは……これは、凄い!! 本当に凄いぞ娘!! 本当に人造ならばおんしの父は神代の大天才だ! まさか人の手で独自の系統樹を完成させ、しかもギフトとして確立させてしまうとは! コレは正真正銘"生命の目録"と称して過言ない名品だ!」

 

興奮したように声を上げる白夜叉。

 

「系統樹って、生物の発祥と進化の系譜とかを示すアレ? でも母さんの作った系統樹の図はもっと樹の形をしていたと思うけど」

 

そこに説明と自身の疑問を挟みながら呟く一誠。

あらゆる術式や伝承を知る一誠だが、知識を総動員してもこれが何なのかハッキリとは判らなかった。

 

「木彫りの円形は生命の流転、輪廻を表し、再生と滅亡の輪廻を繰り返す命の系譜が進化を遂げて進む円の中心は、世界の中心を目指して進んでいるのを現しているってところか?」

「うむ。中心が空白なのは、流転する世界の中心だからか、生命の完成が未だに視えぬからか、それともこの作品そのものが未完成の作品だからか。――――うぬぬ、凄い。凄いぞ。久しく想像力が刺激されとるぞ! 実にアーティスティックだ! おんしさえよければ私が買い取りたいくらいじゃ!」

「ダメ」

 

春日部はアッサリと断って木彫りを取り上げた。

白夜叉はお気に入りの玩具を取り上げられた子供のようにしょんぼりとする。

 

「で、これはどんな力を持ったギフトなんだ?」

「それは分からん。今分かっとるのは異種族と会話ができるのと、友になった種から特有のギフトを貰えるということぐらいだ。これ以上詳しく知りたいのなら店の鑑定士に頼むしかない。それも上層に住む者でなければ鑑定は不可能だろう」

「え? 白夜叉様でも鑑定出来ないのですか? 今日は鑑定をお願いしたかったのですけど」

 

ゲッ、と気まずそうな顔をする白夜叉。

 

「よ、よりにもよってギフト鑑定か。専門外どころか無関係もいいところなのだがな」

 

ゲームの褒章として依頼を無償で引き受けるつもりだったのか、白夜叉は困ったように白髪を掻きあげる。

しかし、困った様な表情をしたまま一誠の方に視線を向ける。

 

「ま、まぁともかく。鑑定よりも先にそこの小僧との決闘が先じゃな」

 

その場にいる全員が一誠と白夜叉に視線を向ける中、一誠はグリフォン、そして耀のしているペンダントを見つめ、最後に白夜叉に視線を向け、ある提案をする。

 

「白夜叉、代理に戦わせるってのはどうだ?」

「代理?」

 

白夜叉は扇子を広げ、小首を傾げながら聞き返す。

 

「この場に俺のペットを呼び出す。そいつとそこのグリフォンを競わせ、勝った方の主が勝者だ。……勝負はそうだな、さっきグリフォンが一蹴したルートでレースをするってのでいいか?」

「私は構わんが……」

 

白夜叉はそう言って、グリフォンの方に視線を向ける。

グリフォンはグリフォンで闘気を漲らせ、頷く。

 

「なら、先に契約書類を作ってくれ。俺の呼びだしたペットを見て、逃げられんのも嫌だからな」

『……っ 舐めるなよ、若造!!』

 

一誠の言葉に、グリフォンは怒気を発する。誇り高いグリフォンを暗に雑魚と言ったのだ。

 

「かまわんよ」

 

白夜叉は先ほどと同じように″契約書類(ギアスロール)″を作りだす。

そこにはこう書かれていた。

 

『ギフトゲーム名 ″獣たちの競い″

プレイヤー一覧 ″    ″

 

勝利条件 グリフォンと決められたコースでレースをし、先にスタート地点であるゴールにたどり着く。

 

敗北条件 グリフォンが先にゴールにたどり着く。 

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

″サウザンドアイズ″印」

 

一誠は契約書類の内容を読み、白夜叉に確認をとる。

 

「んじゃ、呼び出すぞ」

 

一誠がそう言うと、問題児三人と黒ウサギは興味津々と言った感じで一誠を見る。

 

「ペットって何だろ? 凄く気になる」

「私もよ」

「黒ウサギもです」

「きっと俺達の度肝を抜いてくれるんじゃねえか?」

 

十六夜は一誠の出鱈目具合を少しばかり理解しているので、そう言う。

耀と黒ウサギも興味があるが、それ以上に耀は楽しみにしている。

白夜叉は一誠が代わりの勝負を持ちだすことで己のプライドを守ったのだと誤解する。

一誠の真横に巨大な魔法陣が現れ、そこから一匹の巨大な狼が出てくる。

 

『オオオオォォォォォォオオオオオオンッ!!』

 

綺麗な灰色の毛並みをした狼はグリフォンの一回り、下手したら二回りは大きい。

狼の遠吠えは、広大な面積を誇る白夜叉のゲーム盤の遠くまで轟く。

 

「こいつが俺のペット、番犬として飼っていた。フローズヴィトニルって言えば分かるか? 一応主従の契約をした使い魔でもある」

 

一誠が巨大な狼を軽く撫でながらそう言う。

一誠以外の全員が驚愕している。特に、白夜叉、黒ウサギ、十六夜の三名は特に驚いている。

 

「フェンリルじゃと!?」

「あり得ません! 星獣クラスの神獣を従えるなんて! しかも主従の契約ですって!?」

「やはは、マジかよ」

 

黒ウサギと白夜叉の驚きは並大抵のモノではない。

フェンリルの牙は神殺しとして有名だ。さらにグレイプニルに縛られている間に垂れた涎から川ができたという伝承もある。

神殺しを始め、巨大な″功績″を持つフェンリルは、神獣というカテゴリで在りながら星獣クラスの力を誇る。

少なくとも黒ウサギでは絶対に勝てないし、神格を宿している状態の白夜叉では、下手したら殺されるかもしれない。

それ程までに巨大な力を持つフェンリルは、それと同等かそれ以上に誇り高い。それを主従で従わせるなど、全盛期の白夜叉でも不可能なことだ。

 

「白夜叉、ゲームが始まる前に一つ聞いておこう。お前は″試練″を選ぶか? それとも―――」

 

一誠は白夜叉を見下しながら、問いかける。

試練を受けるのか、それともと。

一誠の体から極大なまでの力が放出さる。それは遠くから見たら巨大な柱が出現したように見えた。

白夜叉を体現した広大なゲーム盤の隅々まで力を振りまき、振動を起こしながら一誠は最後の問をする

 

「対等な″決闘″か? もし試練だというのなら俺の代わりにフェンリルをゲームに出そう。対等な決闘と言うのなら、俺は全身全霊を持ってお前を打ち倒そう」

 

笑いながらそう言う一誠は、さらに力を解放する。

一誠からしたら一割にも満たない程度のほんの少しばかりの力だが、それは白夜叉のゲーム盤を浸食し、破壊していく。

(なんなのじゃ、こやつは!? 本当に人間か!!? 私でも底が見えんっ!)

白夜叉は冷や汗を流しながら、内心でそう思う。

東側で最強の階層守護者と言われ、太陽と白夜の星霊である白夜叉の空間を、一誠は涼しい顔で浸食し破壊しているのだ。

空間そのものが耐えきれなくなったのか、空一面に罅が入り始めている。

(侮っていた。他の三人と同じく人類でも最高クラス、神格級のギフト保持者だとは思っていたが…………まさか全盛期の私すら及ばない化け物がいるとは想像もしなかった)

白夜叉は諦めたように両手を挙手し、

 

「まいった、私の負けだ。……ただ、契約書類は作成してしまったからな。ギフトゲームはやらしてもらうぞ」

 

白夜叉がそう言うと、一誠は力を抑える。

一連の流れを見ていた黒ウサギは呆然と一誠の事を見ている。

問題児達も驚いてはいたが、それよりもフェンリルに興味津々らしい。

耀は瞳を輝かせながら、一誠へと近づく。

 

「ね、ねえ一誠。触ってみてもいい?」

 

そう言って、フェンリルの方をチラチラと見る耀。

さらに耀の後ろで期待を籠めた視線を向ける飛鳥と十六夜。

 

「かまわねぇよ。なんなら乗せてやろうか?」

「いいの?」

 

一誠が無言でフェンリルに視線を向けると、フェンリルはしゃがむ。

耀が軽く跳躍し、フェンリルの背中に跨る。飛鳥は十六夜に抱えてもらい、フェンリルの背中に跨る。

 

「すごい……!」

「ええ、ものすごく気持ちいいわ」

「まさか本物のフェンリルに乗れる日が来るなんてな」

 

遊園地のアトラクションに乗った子供の様に喜ぶ三人。

そんな三人を見て、黒ウサギも乗りたそうな瞳で一誠を見ている。

 

「乗りたいか?」

「はい!」

 

瞳を輝かせて、パァと笑う黒ウサギ。

そんな黒ウサギに、一誠は意地悪そうにニヤリと笑う。

 

「別に俺はかまわないが、こいつの好物はウサギ肉だぞ?」

「え、……ええええええっ!? そそそ、それは真でございますか!!?」

「嘘だ」

 

驚き、慌ててフェンリルから逃げ出そうとしていた黒ウサギだが、一誠の言葉を聞いて耳を立たせて激怒する。

 

「笑えないような嘘はやめてください!」

 

そう怒鳴ってハリセンで一誠の事を叩こうとするが、簡単に避けられる。

うがぁぁぁ! と半ば自棄になりながらハリセンを振り舞わす黒ウサギ。そしてそれを簡単に避けていく一誠。

怒り疲れたのか、黒ウサギは肩で息をし始める。

 

「どうでもいいが、乗らないのか?」

「……乗らせていただきます」

 

そう言ってフェンリルの背中にジャンプする黒ウサギ。

フェンリルは背中に乗った四人に戸惑いながらも立ち上がる。

 

「白夜叉、開始の合図は任せた」

「それはかまわんが、あのままで良いのか?」

 

白夜叉はフェンリルの背中に乗っている黒ウサギ達を指さしてそう訊く。

 

「問題無い。一応防寒の術は掛けてあるからな」

「先ほども思ったが。おんし、魔法使いか?」

 

箱庭における″魔法使い″とは巨人族と同じく、人類の幻獣を指す言葉である。

一誠は確かに魔法を使えるが、幻獣では無い。肉体的には只の人間だ。

 

「正しくは魔法も使えるってところだな。……まぁ、後である程度は纏めて説明してやる」

「そうか……」

 

この場にいる全員が思っていることだが、十六夜、耀、飛鳥の三人と一誠が居た世界はだいぶ違う。

そのことが理解できるが為に、一誠は面倒くさいと思いながらもある程度は説明しようと思っている。

 

「それでは……スタートだ!」

 

白夜叉が手に持った扇子を振り下ろすと、グリフォンとフェンリルは同時に駆けだす。

音速とも言える速度で空を駆けるグリフォンだが、神速で地を駆けるフェンリルに比べれば遥かに遅い。

しかし、それは仕方のない事だ。蟻と人間の一歩は違う。根本的なまでに力の差がありすぎるのだ。

 

「やはははは! 速いなオイ!」

 

一誠の術とフェンリルの気遣いにより、飛鳥ですら無事ではあるが、あまりの速度に十六夜みたいに声を出すという事はできない。

黒ウサギは飛鳥を心配し、耀は瞳を輝かせている。

 

「キミはものすごく速いんだね」

 

耀がフェンリルにそう話しかけると、ビクンとその体が軽く跳ねた。

そして驚きながら、耀に話しかける。

 

『驚いた。―――小娘、吾輩の言葉が分かるのか?』

「うん。あと私の名前は春日部耀だよ。よろしく」

『耀か。……マスター共々よろしく頼む』

「こちらこそ」

 

耀とフェンリルが会話している最中に、フェンリルはゴールを過ぎる。

そして少し遅れてグリフォンがゴールする。

グリフォンは申し訳なさそうな雰囲気を出しながら白夜叉に頭を下げる。

 

『申し訳ありません……』

「よいよい。フェンリルとは、流石の私も予想外だったからのう」

 

苦笑しながらそう言う白夜叉。

グリフォンだって高位の幻獣だ。それ以上の幻獣など、そうそういるモノではない。

(黒ウサギもとんでもない(ジョーカー)を引いたモノよのう)

扇子を開き、口元を隠しながら笑みを浮かべる白夜叉。

 

「して、鑑定の話しなのだが。……おんしらはどこまで自分のギフトの力を把握しておる?」

「企業秘密」

「右に同じ」

「以下同文」

「左に同じ」

「うおおおおい? いやまあ、仮にも対戦相手だったものにギフトを教えるのが怖いのは分かるが、それじゃ話が進まんだろうに」

「別に鑑定なんていらねえよ。人に値札張られるのは趣味じゃない」

 

ハッキリと拒絶する様な声音の十六夜に、同意するように頷く三人。

 

「ふむ。何にせよ″主催者″として、星霊のはしくれとして、試練をクリアしたおんしらには″恩恵″を与えねばならん。ちょいと贅沢な代物だが、コミュニティ復興の前祝いとしては丁度良かろう」

 

白夜叉がパンパンと拍手を打つ。すると、四人の目の前に光り輝く四枚のカードが現れた。

カードにはそれぞれの名前と、その身に宿るギフトを現すネームが記されていた。

 

コバルトブルーのカードに逆廻十六夜・ギフトネーム“正体不明(コード・アンノウン)

ワインレッドのカードに久遠飛鳥・ギフトネーム“威光”

パールエメラルドのカードに春日部耀・ギフトネーム“生命の目録(ゲノム・ツリー)”“ノーフォーマー”

プラチナホワイトのカードに兵藤一誠・ギフトネーム“赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)”“王の威光”“???”

 

「ギフトカード!」

 

黒ウサギは驚いたような、興奮したような表情で四人のカードを覗きこんだ。

 

「お中元?」

「お歳暮?」

「お年玉?」

「お小遣?」

「違います! というか何で皆さんそんなに息が合っているのです!? このギフトカードは顕現しているギフトを収容できる超高価なカードですよ!!」

「つまり素敵アイテムってことでオッケーか?」

「だからなんで適当に聞き流すんですか!! あーもうそうです、超素敵アイテムなんです!! 耀さんの″生命の目録″だって収納可能で、それも好きな時に顕現できるのですよ!」

 

黒ウサギに叱られながら四人は各々のカードを物珍しそうにみつめる。

 

「そのギフトカードは、正式名称を″ラプラスの紙片″、即ち全知の一端だ。そこに刻まれるギフトネームとはおんしらの魂と繋がった″恩恵″の名称。鑑定は出来ずともそれを見れば大体のギフトの正体が分かるというもの」

「へぇ。じゃあ俺と一誠のはレアケースなわけだ?」

 

ん? と白夜叉が十六夜と一誠のギフトカードを覗きこむ。

そこには確かに“正体不明”と“???”文字が刻まれていた。ヤハハと笑う十六夜と無表情な一誠とは対照的に、白夜叉の表情の変化は劇的だった。

 

「……いや、そんな馬鹿な」

 

白夜叉は十六夜と一誠のギフトカードを取り上げ、凝視する。その雰囲気は尋常ならざるものだった。

 

「″正体不明″に″???″だと……? ありえん、全知である″ラプラスの紙片″がエラーを起こすなど」

「何にせよ、鑑定は出来なかったって事だろ。俺的にはこの方がありがたいさ」

 

十六夜と一誠はギフトカードを白夜叉から取り上げる。

怪訝な表情で二人を睨む白夜叉。しかし、一誠はギフトカードを見て、眉を寄せていた。

(この″???″はあれで間違いないだろう。しかし、″王の威光″ってのは何だ? 少なくとも、俺に心当たりは無い。この世界に飛ばされた時に手に入れたモノか? まぁ、どうでもいいが。…………それにしてもプラチナホワイト。俺に『白』とは皮肉だな)

面白げに口元も歪ませる一誠。

白夜叉はパチンと扇子を閉じると、それを一誠の方に向けて言う。

 

「さて、そこのおんしには色々と聞きたい事がある。話してくれるのだろう?」

 

その言葉に、その場にいる全員が一誠に注目する。




ストックが無くなったので連続投稿はここまでです。

今更だけど規格外一誠の財源は、各勢力をぶっ飛ばした後に強奪した貴金属などによって作られています。(ボコした後に貴重な物盗むとか強盗より性質が悪いですね(笑))


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問題児

本当はクリスマスに一誠とルフェイの話を投稿しようかと思ったけど……書けなかったよ。

なんでかって?

それはね、作者がクリスマスを恋人と過ごしたことなんて一度もないからさ。


ゲーム盤から白夜叉の私室へと戻った一同は、白夜叉が用意したお茶と菓子を片手に一誠の話しを聞こうとしていた。

ちなみに、フェンリルは大きすぎるので中庭で大人しくしている。

 

「んで、お前等は何を聞きたんだ?」

 

一誠は茶を啜りながらそう問いかける。

最初に一誠に質問をしたのは十六夜だった。

 

「一誠が居た世界ってどんな処だった?」

「世界中に何十億って人間が存在して、環境だの国家だの政治だので騒いでるクソつまらねぇ世界だったよ。んで、神話とか宗教とか色々あって、実際にそう言ったのに出てくる存在が居た。まぁ、大多数の人間は神とか悪魔とかが存在しているなんてしらねぇけどな」

 

その言葉を聞いて、全員が驚く。

人類が科学を発展させ、超常の現象としているモノを解明している世界で神仏などが存在しているなど、箱庭の常識からしたら在りえない。

十六夜、飛鳥、耀からしたら、殆ど自分の居た世界と変わらないというのに、おとぎ話に出てくるような存在が居るというのだ。

今度は耀が瞳を輝かせながら一誠に問いかける。

 

「どんな生物がいたの?」

 

耀だけではなく、十六夜や飛鳥も瞳を輝かせながら一誠を見つめる。

まるでこれから始まる紙芝居を楽しみにしている子供の様である。

 

「いろんなのが居たな。妖怪に魔物、魔獣に神獣。悪魔に天使に堕天使。吸血鬼や人狼。後はドラゴンなんかだな」

「ドラゴンはどんなのが存在していた?」

 

真剣な表情でそう訊く白夜叉。

この箱庭で龍は最強種の一つだ。そんなモノがゴロゴロしているなんて考えたくもない。

 

「お前等が知っているようなのばかりだと思うぞ? 俺と十六夜達が居た世界はだいぶ違うらしいが、それだって神や魔王が存在していたかどうかって違いだけだろうしな」

 

一誠がそう言うが、全員が視線で言うように促す。

一誠は面倒くさそうな表情をしながら答える。

 

「種類が多いから大雑把にしか言わねぇぞ? 『黒蛇の龍王』ヴリトラ、『黄金龍君』ファーブニル、『天魔の業龍』ティアマット、『西海龍童』ウーロン、『終末の大龍』ミドガルズオルム。いまあげた五匹が五大龍王って言われている。これに『魔龍聖』タンニーンを含めて昔は六大龍王って言われていたらしい」

 

一誠がそこまで言うと、黒ウサギと白夜叉の頬が引きつっている。

それはそうだろう。一誠が今言ったドラゴンは、箱庭では三桁クラス以上の強さを所持している魔王に等しいのだから。

一誠は茶を一口飲み、さらに続ける。

 

「次に邪龍だな。これは各神話群で危険視され、討伐、封印されたドラゴンなんかだ。これもソコソコ多いから筆頭格しかいわねぇぞ。『三日月の暗黒龍』クロウ・クルワッハ、『原初なる晦冥龍』アポプス、『魔源の禁龍』アジ・ダハーカ」

 

一誠がそう言った瞬間、黒ウサギと白夜叉の表情が変わった。

そして、問い詰める様に一誠に問いかける。

 

「アジ・ダハーカだと!? 馬鹿な! あ奴は封印されているはずだ!」

「実際には封印に近い形で滅ぼされたらしいな。まぁ、だから聖杯の力で生き返ったんだろうが……」

「なに……?」

 

最後の呟きを聞き、眉を寄せる白夜叉を無視して一誠は話しを続ける。

 

「後は二天龍だな」

「二天龍?」

 

神話などに詳しい黒ウサギや白夜叉、十六夜ですら聞いた事のない名前である。少なくとも心当たりのあるドラゴンは三人の中には存在しない。

 

「二天龍ってのは名前の通り、世界でも二匹しか居ない天龍の事だ」

「天って名前を付けられるくらいだから相当強いのか?」

 

一誠の説明に、十六夜はそう質問する。

各神話や伝承などでも共通するが、天とは天上、人の及ばないモノ、或いは神聖な存在を示す言葉である。

 

「強い。なんせ、神や魔王すら凌駕する最強のドラゴンだからな」

「……っな!?」

 

一誠の言葉に、白夜叉と黒ウサギは絶句する。

修羅神仏魔王は、それこそ人外の存在である。この箱庭の創始者である帝釈天などは黒ウサギを眷属として子飼いにできるほどの力を有する。そんな存在を凌駕するドラゴンなど悪夢も良いところである。

 

「ただ、この二体はとんでもない馬鹿でな。大昔にケンカして周囲に尋常じゃない被害を出し、挙句には聖書の神に魂を『神器』に封印された」

「それはなんつーか、アホだな。ってか、セイクリッド・ギアってなんだ?」

 

十六夜がそう訊く。一誠はそれも説明しないといけないのかと思いながら口を開く。

 

「『神器』ってのは、聖書の神が残した人間にのみ宿る異能、奇跡だ。多種多様の神器が存在し、どれだけの神器が存在しているのかは誰も知らない」

「その神器を創り上げた聖書の神様だったら知っているんじゃないのか?」

「それは後で説明してやる。……さっきも説明したが神器ってのは、本当にいろんなモノが存在する。触れただけであらゆる傷を回復させるモノ、視界に納めたモノの時間を停止させるモノ、聖剣や魔剣を思い通りに造り出すってのも存在する。まぁ、『神器』ってのは全てが神造の″ギフト″って思えば分かりやすかもしれねぇな」

 

一誠は一旦そこで話しを区切り、茶を啜り菓子を齧る。

黒ウサギと白夜叉は衝撃的だった。修羅神仏魔王、さらにドラゴンや聖書の神が残したギフトを宿す人々が存在する世界。彼女等からして見れば、一誠の元いた世界は箱庭に負けず劣らずの人外魔境に思えた。

 

「その神器の中でも特に強力なのが存在し、それを『神滅具』と言う。現在では十三種類、候補を含めると十四種類存在する」

「ロンギヌスってイエス・キリストのあれか?」

「それも含まれる。神滅具ってのは極めれば神や魔王も屠れる規格外の神器を指す言葉だ。神の子であるイエスを貫いた絶対の槍、始まりの神滅具と言われる『黄昏の聖槍』、天候を自由自在に操り、支配する『煌天雷獄』、結界系神器最強の『絶霧』、創造系神器最強の『魔獣創造』。後はさっき説明した二天龍を封じた神器なんかも『神滅具』だ」

 

もはや黒ウサギや白夜叉は驚いていない。というより驚きすぎて疲れている。

そんな二人を無視して、一誠はさらに話しを続ける。

 

「十六夜の質問に答えるぞ。聖書の神なら全てを把握しているんじゃないかって話しだが……たぶん、把握していたんだろうな。なんせ製作者なんだし。ただ、聖書の神からそれを聞きだすのは不可能だ」

「なぜだ?」

「大昔に神、堕天使、悪魔は冥界……地獄の覇権を巡って戦争をしていたんだよ。んで、その時に聖書の神と悪魔の王である四大魔王は死亡した。それで悪魔は最も力のある悪魔四体にそれぞれの魔王の名を受け継がせた」

 

その場にいる全員が絶句する。宗教に詳しくない人間でも、聖書の神を知っている人は大勢いるだろう。信仰とは神の力だ。名だたる神仏の中でも最も強力な神が死んでいると言うのだ。神が死ぬなど並大抵の事ではない。

白夜叉が愕然としながら、一誠に問いかける。

 

「聖書の神が死ねば世界に影響が出るのではないか?」

「ああ、聖を司っていた聖書の神と魔を司っていた四大魔王が死亡したからな。聖と魔のバランスが崩れて聖魔剣なんて特異な物が生まれたくらいだ」

 

一誠がそこまで言うと、白夜叉はどっと疲れたように肩を落とす。

一誠がいた世界は異世界とは言え、修羅神仏魔王が存在していたのだ。それも箱庭と違い、文字通りの存在が。

白夜叉は、色々と頭痛を感じながら最後の質問をする。

 

「最後に一つ問いたい。おんしが居た世界に私以上の強者はどのくらい存在した?」

 

一誠はしばし考え、……そして答える。

 

「お前と同等かそれ以上の奴なんか腐るほどいた」

「…………そうか」

 

白夜叉は確かに強い。神格を返上し、全盛期の力を十全に振るえば全力のサーゼクスと戦えるかもしれない。

しかし、それでも絶対に敵わない存在が居る。無限の龍神と夢幻の真龍には、いくら白夜叉であろうとも敵わない。

 

「ねえ。一誠もそのセイクリッド・ギアを持っているの?」

 

耀が何気なく聞くと、他の問題児二人も興味深そうに一誠を見ている。

一誠は先ほど貰ったギフトカードを取り出すと、それをその場にいる全員に見せる。

 

「これに『赤龍帝の籠手』ってのが書かれているだろ? これが俺の宿している神器だ」

「それってどんな力があるの?」

「『赤龍帝の籠手』はさっき話した二天龍、その内の一匹『赤い龍』ドライグを宿している神滅具だ」

 

その言葉を聞き、さらに白夜叉は頭を痛める。只でさえ白夜叉を凌駕する力を持っているのに、さらに神殺しの力まで宿しているというのだ。出鱈目もここまで来ると清々しい。

そこまで説明して面倒くさくなったのだろう。一誠はこれ以上説明する気は無いと言う雰囲気を醸し出す。

 

「『赤龍帝の籠手』の力は十秒ごとに所有者の力を倍にしていく。まぁ、禁手に至れば一瞬で力を増幅できるんだけど」

「バランス・ブレイカーって?」

「簡単に言うと、神器のパワーアップってところだな。正直面倒くさくなってきたからこれ以上説明はしねぇからな」

 

しかし、最後の最後に耀が一つだけ質問する。

 

「じゃあ最後に一つだけ質問。私の霜焼けをどうやって治してくれたの?」

「初歩的な治癒魔法だ」

「一誠は魔法も使えるんだね。ありがとう」

「まぁな。覚えようと思えば春日部達でも覚えられるぞ?」

「本当に? それから私は耀でいい。私も一誠のこと名前で呼んでいるし」

「ああ。魔法ってのは、悪魔の力を人間でも再現できるように作られたものだからな。誰でも習得できる」

 

一誠が元いた世界の魔法の大半は伝説の魔法使い″マーリン・アンブロジウス″が魔力を独自に解析し、人間でも扱えるようにしたものである。

 

「じゃあ、私も魔法を使えるようになるの?」

「才能の有無で時間は変わるが、久遠や十六夜も覚えようと思えば覚えられる」

「マジかよ。なら、今度教えてくれよ」

「私もお願いね。魔法使いかぁ、箒や絨毯で空を飛んでみたいわ」

 

一誠の言葉に純粋な子供の様に瞳を輝かせる飛鳥、耀、十六夜の三人。

そこでちょうど良いと判断したのだろう、白夜叉はそこでお開きとした。

六人と二匹は暖簾の下げられた店前に移動し、白夜叉に一礼をした。

 

「今日はありがとう。また遊んでくれると嬉しい」

「あら、駄目よ春日部さん。次に挑戦するときは対等の条件で挑むのだもの」

「ああ。吐いた唾を飲み込むなんて、格好がつかねえからな」

「今度は代理なんかじゃなくて、直接戦おうじゃねぇか」

「ふふ、よかろう。楽しみにしておく。…………ところで」

 

白夜叉は先ほどまでとは一転、真剣な瞳で黒ウサギ達を見る。

 

「今さらだが、一つだけ聞かせてくれ。おんしらは自分達のコミュニティがどういった状況にあるか、よく理解しているか?」

「ああ、名前とか旗の話しか? それなら聞いたぜ」

「ならそれを取り戻すために、『魔王』と戦わねばならんことも?」

「聞いてるわよ」

「…………では、おんしらは全てを承知の上で黒ウサギのコミュニティに加入するのだな?」

 

黒ウサギはドキリとした顔で視線をそらす。

もしコミュニティの現状を話さない不義理な真似をしていれば、飛鳥と耀は魔王とのギフトゲームで覚悟をすることすらできずに殺されたかもしれない。

騙すような形でコミュニティに入れ、魔王とのギフトゲームで命を落とすようなことがあったら、それは彼等を騙した黒ウサギが殺したも同然だ。

 

「そうよ。打倒魔王なんてカッコいいじゃない」

「カッコいいで済む話ではないのだがの………全く、若さゆえなのか。無謀というか、勇敢というか。まあ、魔王がどういうものかはコミュニティに帰ればわかるだろ。それでも魔王と戦う事を望むというなら止はせんが………そこの娘二人。おんしらは確実に死ぬぞ」

 

言いかえそうとする二人だが、東側最強の主催者である白夜叉の迫力に圧倒され、言い返せなかった。

 

「魔王と戦う前に様々なギフトゲームに挑んで力を付けろ。小僧どもはともかく、おんしら二人の力では魔王のゲームは生き残れん。嵐に巻き込まれた虫が無様に弄ばれ死ぬ様は、いつ見ても悲しいものだ」

「…………ご忠告ありがと。肝に銘じておくわ。次は貴女の本気のゲームに挑みに行くから、覚悟しておきなさい」

「ふふ、望むところだ。私は三三四五外門に本拠を構えておる。いつでも遊びに来い」

 

笑う白夜叉と無愛想な女性店員に見送られて″サウザンド・アイズ″の支店を後にした。

 

 

「これが……滅ぼされたノ―ネームの…………」

 

黒ウサギに案内され、ノ―ネームの本拠地を見て絶句する飛鳥と耀。一誠と十六夜は目を細めて周囲を見渡す。

十六夜は木造の廃墟に歩み寄って残骸を手に取る。

それは少し握ると、乾いた音を立てて崩れ去っていった。

 

「…………黒ウサギ、魔王のギフトゲームがあったのは―――今から何百年前の話しだ?」

「僅か三年前でございます」

「ハッ、そりゃ面白いな。いやマジで面白いぞ。この風化しきった街並みが三年前だと(・・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

白銀の街路は砂に埋もれ、木造の建築物は軒並み腐って倒れ落ちている。要所で使われていた鉄筋や針金は寂に虫歯我て折れ曲がり、街灯樹は石碑の様に薄白くかれて放置されていた。

三年どころか何百年と放置されて滅んだと言われた方が、まだ信じられる光景だった。

 

「………断言するぜ。どんな力がぶつかっても、こんな壊れ方はあり得ない。この木造の崩れ方なんて、膨大な時間をかけて自然崩壊したようにしか思えない」

 

あり得ないと言いながらも、十六夜は目の前の光景に心地よい冷や汗を流していた。

 

飛鳥と耀も廃屋を見て複雑そうな表情を浮かべ感想を述べた。

 

「ベランダのテーブルにティーセットがそのまま出ているわ。これじゃまるで、生活していた人間がふっと消えたみたいじゃない」

「………生き物の気配も全くない。整備されなくなった人家なのに獣が寄ってこないなんて」

「……………………」

 

耀と飛鳥の感想は十六夜の声よりも重い。

「………魔王とのゲームはそれほどの未知の戦いだったのでございます。彼らがこの土地を取り上げなかったのは魔王としての力の誇示と、一種の見せしめでしょう。彼らは力を持つ人間が現れると遊び心でゲームを挑み、二度と逆らえないよう屈服させます。僅かに残った仲間達もみんな心を折られ………コミュニティから、箱庭から去って行きました」

「「…………」」

 

大がかりなギフトゲームの時に、ゲーム盤を用意する理由がコレだ。魔王と力のあるコミュニティが戦えば、勝敗に関わらずその傷跡は醜く残る。

感情を押し殺すように告げる黒ウサギに、複雑な表情を浮かべる飛鳥と耀。

しかし他2人は違った。

十六夜は不敵に笑う。目を爛々と輝かせながら。

 

「魔王───か。ハッ、いいぜいいぜいいなオイ。想像以上に面白そうじゃねえか………!」

 

そして一誠は―――

 

「―――つまらん」

 

失望していた(・・・・・・)

 

「つまらないとは、どういうことでしょうか?」

 

黒ウサギが怒気を含めた声でそう問いかける。

自分の家を、仲間を、名誉を。その全てを奪われ、廃墟となったノ―ネームの跡地を見てつまらないと言ったのだ。

人の不幸を見て失望しているのだ、真っ当な感情を持つ者なら誰だって一誠に対して怒りを覚える。現に飛鳥や耀は少しばかり怒りの感情を一誠に向けている。

しかし、一誠は黒ウサギ達の怒りを無視して言う。

 

「言葉通りの意味だよ。箱庭の魔王ってのは想像以上につまらないらしい。高々この程度(・・・・)の事を力の誇示と見せしめにするなんて―――実につまらない」

 

確かに魔王は強大だったのだろう。

東区画で最大のコミュニティであるノ―ネームを負かし、旗や名、人材に至るまでほぼ全てを奪っていき、更にはノ―ネームの本拠地を常識ではありえないような形で廃墟にしてみせた。

―――だから何だ。

人知の及ばない力によって造られた廃墟は、確かに悲惨なものだろう。

しかし、兵藤一誠からしたらこの程度、どうということは無い。

一誠が今まで戦ってきた者の中には、時間を司る神や時間を操る神器使いが当然のように居た。

災害ですら生温いと思える力を平然と操る神仏が居た。

存在自体が出鱈目な最強のドラゴンが居た。

数多に存在する修羅神仏、魔王ドラゴン。それら全てを忘却の彼方に送ろうとした規格外のカイブツが居た。

その全てを正面から叩きのめすような出鱈目な存在が兵藤一誠だ。

 

「期待しすぎだったか。魔王を名乗る神仏にこの箱庭の世界。そして、潰される前のノ―ネームにも」

 

兵藤一誠は世界を弱肉強食だと思っている。

ノ―ネームから全てを奪った魔王は極悪非道かもしれない。

だがそれは全てを奪った魔王ではなく、負けたノ―ネームが悪い。

全てを奪われるのが嫌なら勝てばいい、敗者が勝者に従うのは当然の事だ。

奪われ、踏みに弄りられ、弄ばれ。名誉も矜持も尊厳も、ありとあらゆるモノを貶されても文句を言う資格も権利も無い。

負けて奪われたくなければ勝てばいい、敗者でいるのが嫌なら勝者になればいい、相手より弱いのならば強くなればいい、弱者であるのならば強者に成ればいい。

一誠は本気でそう思っている。

 

「貴方になにが―――」

 

黒ウサギは一度俯き、握りこぶしを造りながら全身を震わせる。

 

「今さっき箱庭に来たばかりの貴方に、私たちの何が分かるっていんですか!! 全てを奪われた我々の屈辱を、箱庭で生きていくことの大変さを、昔の仲間に返ってきてもらおうと頑張っている私たちの何を知っていると言うのですか!!」

 

髪をピンク色にし、顔を赤く染め上げ、全身を震わせ、涙を流しながら一誠を睨む黒ウサギ。

自分の中に溜まっていた鬱憤をある程度ぶちまけたのだろうか、幾分か冷静になった黒ウサギは、失望している一誠の瞳を見て、先ほどまでの勢いを無くす。

 

「お前みたいなさ、雑魚に限って自分の不甲斐なさを人の所為にするんだよなぁ」

 

一誠は黒ウサギから興味を無くしたように視線を外す。

他の飛鳥、耀、十六夜の三人は黙って成り行きを見守っている。

 

「お前達の何を知っているかだと? 知るか。魔王に負けたノ―ネームも、コミュニティを勝たせる事が出来なかった先代のリーダーとやらも、昔の仲間の為に頑張っているお前も。俺がお前等負け犬の事なんざ知っているわけねぇだろ。―――いいか? ギフトゲームを仕掛けて全てを奪った魔王が悪いんじゃない。負けて全てを奪われたお前等が悪いんだよ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

「―――っ!!」

 

黒ウサギの顔が怒りに染まるが、何も言い返せない。

事実、その通りだからだ。

 

『奪われるのが嫌な腰ぬけはゲームに参加しなければいい』

 

箱庭の説明を彼らにした時、黒ウサギはそう言った。

魔王に狙われるのが嫌なら目立たなければいい。

全てを奪われる覚悟が無いのならば、頂点なんぞ目指さなければいい。

どんな些細なことであろうと、リスクが存在しないなんてあり得ないのだから。

 

「…………私たちのしてきたことは無駄だったのでしょうか?」

 

ウサ耳をへにょらせ、落ち込みながらそう言う黒ウサギ。

 

「さあな。ただ、さっきも言ったが、負けて奪われる方が悪い。だから―――」

 

そこで一誠は軽く指を振るう。

 

「俺達が魔王を負かして全てを奪おうが、それは負けた魔王が悪いってことだ」

 

その場にいた誰もが絶句した。

荒廃しきった廃墟が綺麗に元通りに成っていたのだ。

砂に埋もれていた白地の路地は美しく整備され、木造の建築物は見た目以上に頑丈に造られている。石碑の様に薄白く枯れていた街灯樹は瑞々しい葉を枝先まで付けている。

 

「確かに兵藤君の言う通りね」

 

飛鳥は腕を組みながら笑みを作りながそう言い。

 

「うん。私たちが勝って全てを奪い返せばいい」

 

耀も微笑みながらそう言う。

 

「利子も付けて、しっかりと奪い取らねえとな」

 

十六夜は面白そうに笑いながらそう言う。

 

「…………皆さま、ありがとうございます!」

 

目じりに涙を溜めながら、笑顔でお礼を言う黒ウサギ。

 

「まぁ、それはそれとして、だ」

「ええ、そうよね」

「うん」

「こればっかりは仕方ねえよな」

 

一誠、十六夜、飛鳥、耀の四人は黒ウサギを囲む。

 

「ええと、…………みなさま?」

 

先ほどとは打って変わり、頬を引き攣らせながらじりじりと後退する黒ウサギ。

そんな黒ウサギを見て、ニヤリと笑う四人。

 

「いやいや、ウサギが人様を騙そうとしたからなぁ」

「しかもごめんなさいの一言もないしねえ」

「悪い事をしたら謝るのが当然」

「つまり何を言いたいかと言うとだな―――」

「「「「俺達(私達)を騙そうとしていた黒ウサギにはお仕置きが必要だよな/よね」」」」

 

そう言って、黒ウサギのウサ耳を同時に掴む問題児四人組。

 

「ミギャーーーーーーー!!!?」

 

綺麗に治ったノ―ネームの本拠地に、黒ウサギの悲鳴と、問題児達の楽しそうな笑い声が響き渡る。

この史上最強の問題児集団に目を付けられた魔王が可哀想なのか、それともその問題児達を抑えなければならない黒ウサギが可哀想なのか…………それは神仏ですら分からない。




久々の投稿です。

次の投稿は何時になるのだろうか……(白目)


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悲しむ侵入者と利用する規格外達

久々の投稿です。

遅くなって申し訳ありません。

年末年始は忙しくって、さらに掛け持ちで新しいバイト始めたから全然執筆できませんでした。


十分ほどで黒ウサギを解放した問題児達は、居住区を素通りし、貯水池に水樹の苗を設置するのを見に行く。

先客が居たらしく、ジンとコミュニティの子供達が清掃道具を持って水路を掃除していた。

 

「あ、みなさん!水路の準備は整っています!」

「ご苦労様ですジン坊ちゃん♪ 皆も掃除を手伝っていましたか?」

 

子供達はワイワイと騒ぎながら黒ウサギの元に群がる。

 

「黒ウサギおねーちゃんお帰り!」

「眠たいけどお掃除がんばったよ!」

「ねえねえ、新しい人達って誰!?」

「強いの!? かっこいい!?」

「YES! とても強くてかわいい人達ですよ! 皆に紹介するから一列に並んでくださいね」

 

黒ウサギの号令に、子供達は一糸乱れぬ動きで横一列に並んだ。

数は二十人前後、中には猫耳や狐耳の少年少女も居る。

 

(マジでガキばっかだな。半分は人間以外のガキか?)

(じ、実際に目の当たりにすると想像以上に多いわ。これで六分の一ですって?)

(…………。私、子供嫌いなのに大丈夫かなあ)

(狐、猫、犬……気配からして狼か? 黒ウサギ以外にうさぎはいないのか)

 

四人は四者四様の感想を心の中で呟く。子供が苦手にせよ何にせよ、これから彼等と生活をしていくのなら不和を生まない程度には付き合っていかねばならない。

コホンと、わざとらしく咳き込んだ黒ウサギは四人を紹介する。

 

「右から逆廻十六夜さん、久遠飛鳥さん、春日部耀さん、兵藤一誠さんです。皆も知っている通り、コミュニティを支えるのは力のあるギフトプレイヤー達です。ギフトゲームに参加できない者達はギフトプレイヤーを支え、励まし、時には彼らの為に身を粉にして尽くさねばなりません」

「あら、別にそんな必要はないわよ? もっとフランクにしてくれても」

「駄目です。それでは組織は成り立ちません」

 

飛鳥の申し出を、黒ウサギはこれ以上ない激しい声音で断じる。

 

「コミュニティはプレイヤー達がギフトゲームに参加し、彼らのもたらす恩恵で初めて生活が成り立つのでございます。これは箱庭で生きていく以上、避けることができない掟。子供だからと甘やかせば、それは子供達の将来の為に成りません」

「…………そう」

 

黒ウサギの有無を言わさない気迫に飛鳥は黙る。

三年間、たった一人でコミュニティを支えていた者だけが知る厳しさを痛感し、飛鳥は同時に思う。

自分に課せられた責任は、飛鳥が思っていたものよりもはるかに重いのだと。

 

「此処にいるのは子供達の年長組です。ゲームに出られないものの、見ての通り獣のギフトを持っている子もおりますから、何か用事を言いつける時はこの子供達を使ってくださいな。皆も、それでいいですね?」

「「「「「よろしくお願いします!」」」」」

 

キーン、と耳鳴りがする程の大声で二十人前後の子供達が叫ぶ。

四人はまるで音波兵器の様な感覚を受けた。

 

「ハハ、元気が良いじゃねえか」

「そ、そうね」

(…………。本当にやっていけるかな、私)

(これが若さか……)

 

笑う十六夜と無表情な一誠、そしてなんとも言えない複雑な表情をしている他二人。

 

「さて、自己紹介も終わりましたし! それでは水樹を植えましょう! 黒ウサギは台座に根を張らせるので、十六夜さんのギフトカードから出してくれますか?」

「あいよ」

 

十六夜はギフトカードから水樹をだし、黒ウサギに渡す。

水路は長年使っていなかったが、骨格だけは立派に残っていた。しかし所々ひび割れし、砂利も要所に溜まっていた。

流石に全ての砂利を取り除くのは難しかったのだろう。

そんな水路を見て、一誠は指を一振りする。

すると、強風が吹き、水路に溜まっていた砂利を綺麗に吹き飛ばしていった。

春日部耀は石垣に立ちながら物珍しそうに辺りを見回す。

 

「大きい貯水池だね。ちょっとした湖ぐらいあるよ」

『そやな。門を通ってからあっちこっち水路があったけど、もしあれに全部水が通ったら壮観やろうなあ。けど使ってたのは随分前になるんちゃうか? ウサ耳の姉ちゃん』

「はいな、最後に使ったのは三年前ですよ三毛猫さん。元々は龍の瞳を水珠に加工したギフトが貯水池の台座に設置してあったのですが、それも魔王に取り上げられてしまいました」

「龍の瞳? 何それカッコいい超欲しい。何処に行けば手に入る?」

「さて、何処でしょう。知っていても十六夜さんには教えません」

 

十六夜が瞳を輝かせ黒ウサギに問いかけるが、彼女は適当にはぐらかす。

十六夜にそんなことを教えた瞬間、彼は絶対に龍がいる場所に向かうだろう。一人で龍に挑まれたりしたら助けることすらできない。

黒ウサギの意図を察し、ジンが話を戻そうとするが、それよりも速く一誠が十六夜に声を掛ける。

 

「十六夜」

「ん?」

「ほれ」

 

ひょいっと、一誠は野球ボールくらいの大きさの球体を十六夜に投げ渡す。

 

「なんだ、これ?」

 

神秘的に光る球体をいろんな角度から眺める十六夜。

飛鳥と耀の二人も興味深そうに、十六夜の手元に在る球体を見つめる。

 

「ま、まさか…………」

 

遠くからでも、その球体が発する気配を感じ取ったのだろう。黒ウサギの表情は引きつっている。

そんな黒ウサギの事なんぞ知ったこっちゃないと言わんばかりに、一誠はその球体の正体を言う。

 

「欲しいんだろ? やるよ、それ。正真正銘、本物の龍の瞳だ」

「…………は?」

 

流石の十六夜も突然の事に呆けてしまう。

飛鳥と耀は先ほどよりも、より興味深そうに龍の瞳を見ている。

 

「ところで、あの水樹で貯水池と水路を全てを埋めるなんて可能なのか?」

 

一誠は色々とツッコミをしてきそうな黒ウサギを無視し、近くにいたジンにそう問いかける。

 

「え? あ、はい。…………この水樹じゃまだこの貯水池と水路を全てを埋めるのは不可能でしょう。時々整備していたのですが、あくまで最低限です。ですから居住区の水路は遮断して本拠の屋敷と別館に直通している水路だけ開きます。此方は皆で川の水を汲んで来た時に時々使っていたので問題ありません」

 

いきなり一誠に話しかけられて驚きながらも、ちゃんと答えるジン。

 

「あら、数kmも向こうの川から水を運ぶ方法があるの?」

 

一誠とジンの会話が聞こえたのか、飛鳥が話しかけてくる。

苗を植えるのに忙しい黒ウサギに変わってジンと子供達が答えた。

 

「はい。みんなと一緒にバケツを両手にもって運びました」

「半分くらいはコケて無くなっちゃうんだけどねー」

「黒ウサのねーちゃんが箱庭の外で水を汲んでいいのなら、貯水池をいっぱいにしてくれるのになあ」

「…………。そう。大変なのね」

 

ちょっぴりだけガッカリした顔をする飛鳥。

もっと画期的で幻想的なモノを期待していたのだろう。しかしそんなものがあれば黒ウサギが水不足で悩んだり、水樹であれほど大歓喜することもない。

 

「それでは苗の紐を解いて根を張ります! 一誠さんは屋敷への水門を開けてください!」

「はいよ」

 

一誠は軽く指を振るう。

すると独りでに水門が開く。

封を解かれた水樹から大波の様に水があふれかえり、激流となって貯水池を埋めていく。

 

「…………これ、俺が水門開けたら、また俺がずぶ濡れになっちまうんじゃねえか?」

 

しかめっ面でそう呟く十六夜。

水樹の青葉は樹枝から溢れ出た水と月明かりで燦然と輝きを放っていた。

 

「うわお! この子は予想以上に元気ですよ♪」

 

水門を勢い良く潜った激流は一直線に屋敷への水路を通り満たしていく。

昔のように並々と満ちていく水源を見て、ジンは感動的に呟いた。

 

「凄い!これなら生活以外にも水が使えるかも……!」

「なんだ、農作業でもするのか?」

「近いです。たとえば水仙卵華などの花のギフトを繁殖させれば、ギフトゲームに参加できずともコミュニティの収益になります。これならみんなにもできるし……」

「ふぅん。で、水仙卵華ってなんだ御チビ」

 

ジンは何の前触れもなく『御チビ』という尊敬語と嘲笑を交えた、なんとも言えない愛称で呼ばれたことに驚く。

 

「す、水仙卵華とは別名・アクアフランと呼ばれ、浄水効能のある亜麻色の花の事です。薬湯に使われることもあり、観賞用にも取引されています。確か噴水広場にもあったはずです」

 

「ああ、あの卵っぽい蕾のことか?そんな高級品なら一個ぐらいとっとけばよかったな」

「な、何を言い出すのですか! 水仙卵華は南区画や北区画でもギフトゲームのチップとしても使われるものですから、採ってしまえば犯罪です!」

「おいおい、ガキのくせに細かいことを気にするなよ御チビ」

 

ジンは癪に障ったように言い返そうとするが、十六夜は真剣な顔と凄味のある声で続ける。

 

「悪いが、俺は俺が認めない限りは“リーダー”なんて呼ばないぜ? この水樹だって気が向いたからもらってきただけだ。“コミュニティの為”ってわけじゃない」

 

ジンは言葉に詰まる。十六夜のその言葉に衝撃を受ける。

大戦力だと期待していただけに、十六夜からの言葉の衝撃も大きかった。

 

「黒ウサギにも言ったが、召喚された分の義理は返してやる。だがもし、義理を果たした時にこのコミュニティがつまらねえことになっていたら…………俺は躊躇い無くコミュニティを抜ける。いいな?」

 

真摯とも、威圧的ともとれる声音で十六夜は語る。

十六夜の示す“つまらない”が何かはわからないが、だからこそジンも覚悟するように強く頷く。

 

「僕らは"打倒魔王"を掲げたコミュニティです。何時までも黒ウサギに頼るつもりはありません。次のギフトゲームで…………まずはそれを証明します」

「そうかい。期待してるぜ御チビ様」

 

ケラケラと笑う十六夜の呼び方にイラっとするジンだが、それも仕方がない事だと言葉を呑む。

黒ウサギに依存してきたジンと違い、新たな同士である十六夜のほうがコミュニティに貢献しているのだから。

(初めてのギフトゲーム…………僕が頑張らないと)

水面に浮かぶ十六夜の月を見降ろし、ジンは一人で呟く。

 

「…………」

 

一誠は水が溜まっていく貯水池と、それを見て嬉しそうにしている子供たちとそれを楽しそうに見ている飛鳥と耀をそれぞれ見る。

(まぁ、たまには良いか)

一誠が指先を振るう。

そして貯水池に溜まっている水に変化が起こる。

貯水池に真ん中に巨大な水柱が出現する。

その水柱の真ん中から水で構成されたイルカが飛び出してくる。

 

「…………あ」

 

しかし、イルカはすぐさまその身を凍らせる。

だが、凍ったイルカは先ほどと変わらずに軽快な動きで水面を泳ぐ。

更に一誠が指先をくるくるっと振るう。

すると、一誠達の居る所を水流のトンネルが囲う。

足元以外の左右上に流れる水のトンネルから先ほどのイルカや、同じく氷でできた人魚や妖精がその姿を覗かせる。

子供達の周りを氷人形の妖精がクルクルと回る。

更に足元を氷でできたペンギンが行列で行進してくる。

そのペンギンたちは十六夜達の前に来るとペコリと一礼してから、ぴょんととび跳ねて水流のトンネルの表面を滑っていく。

 

「わぁ…………凄い」

「ええ」

「確かに」

 

飛鳥、耀、十六夜の三人も子供の様に瞳を輝かせながら、そのショーを楽しんでいる。

一誠が指揮者の様に指を振るうごとに変化が訪れる。

イルカたちの様な氷の鳥が水中から飛び出し空を飛び、水でできた馬が何匹も水面を駆けていく。

時には巨大な蛇が出現し、その蛇と戦う三又の槍を持つ巨人が出現する。

時には人魚がその身を水で隠すと、その中から踊りを披露する女神が出現する。

一誠は唐突に、近くにいた少女の首元を掴み、ひょいと持ち上げるとそのまま貯水池へと落とす。

突然の出来事に全員が驚愕する中、水でできた馬に乗りながら水面を楽しそうに駆ける少女。

更に二十頭ほどの馬が子供達に近づく。

子供達は全員、恐る恐る馬にまたがると、先ほどの少女と同じように水面を駆ける。

 

「ね、ねえ一誠くん」

「私も乗りたい」

「やははははは」

 

耀と飛鳥が一誠にそう言う。ちなみに十六夜は既に勝手に水馬を乗り回し、楽しそうに笑っている

一誠が指を振ると、飛鳥と耀の近くの水面から水馬が生み出される。

二人がそれに跨ると、水馬は水面を駆けていく。

貯水池でおこなわれているショーに視線を向けながらも、一誠の傍に黒ウサギが寄ってくる。

その場に二人っきりになる一誠と黒ウサギ。

一誠は不意に黒ウサギの腕を掴む。

 

「い、一誠さん?」

 

突然の事に驚きながら一誠の方を向く黒ウサギ。

一誠は無言で黒ウサギを見つめる。

 

「あ、あぅ……」

 

頬を赤く染め、一誠から視線をずらす黒ウサギ。

そんな黒ウサギに一誠は言葉を投げかける。

 

「黒ウサギ」

「はい…………」

 

ウサ耳をへにょらせ、顔を真っ赤に染め、少しばかり……いや、かなり色っぽい黒ウサギ。

一誠はそんな黒ウサギの熱っぽい吐息を傍で感じながら腕を離さずに言う。

 

「いざって時は受け身をちゃんととれよ」

 

はい? と疑問を抱いた次の瞬間には、黒ウサギはものすごい速さで貯水池の真ん中、水柱目掛け投げられていた。

 

「ちょっええええぇぇぇぇぇぇ!?」

 

先ほどとは一転、黒ウサギは絶叫を上げながら、ものすごい勢いでドボンと水柱の中に突っ込む。

そこに一誠は両腕を前へと突き出して左手を下に、手の平の上に右拳を重ねる。

すると、水柱はその姿を変化させて凍りついた。

巨大な茨の蔓が螺旋状に周りを囲み、巨大なドラゴンがその両手で一輪の巨大なバラを持っている。

そのバラの真ん中に呆然とした様子の黒ウサギが立っていた

一誠はいつの間にか水面に降り立ち、そしてその場にいる全員に聞こえる様に言う。

 

「これで終了だ」

 

そう言って指をパチンと一度だけ鳴らすと、次の瞬間にはその場にいる全員が水門近くの石垣に立っており、さらに貯水池の真ん中に現れた見事な彫刻は一瞬で砕け散る。

その砕け散った氷がキラキラと辺り一帯に散る。

 

「綺麗」

「うん」

「良いモノを見せてもらったぜ」

 

飛鳥、耀、十六夜の三人はその光景に視線を奪われ、子供達ははしゃぎながらその光景を見てる。

黒ウサギも、先ほど投げられた事に何か文句を言おうと思っていたが、この場の光景を見てそんな考えは吹き飛んでいた。

 

 

「遠目から見てもかなり大きいけど…………近づくと一層大きいね。どこに泊まればいいの?」

 

まるでホテルの様に巨大な本拠を見て、耀は感嘆したように呟いた。

 

「コミュニティの伝統では、ギフトゲームに参加できる者には序列を与え、上位から最上階に住む事になっております…………けど、今は好きな所を使っていただいて結構でございますよ。移動も不便でしょうし」

「そう。そこにある別館は使っていいの?」

 

飛鳥は屋敷の脇に立つ建物を指す。

 

「ああ、あれは子供達の館ですよ。本来は別の用途があるのですが、警備の問題でみんなここに住んでいます。飛鳥さんが一二〇人の子供と一緒の館でよければ」

「遠慮するわ」

 

飛鳥は即答で断った。

苦手ではないにせよ、そんな大人数を相手にするのは御免なのだろう。

四人は箱庭やコミュニティの質問などはさておき、それよりも風呂に入りたいと言う要望の下、黒ウサギは湯殿の準備を始める。

が、しばらく使われていなかった大浴場を見て、真っ青になる。

 

「一刻ほどお待ちください! すぐに綺麗にいたしますから!」

 

流石にそんなに待ちたくないのだろう。一誠が軽く指を振るうと、大浴場は一瞬で綺麗になる。

 

「湯はそっちで沸かせ」

「はい……」

 

今日来てもらったばかりの一誠に雑務をやってもらい、ウサ耳をへにょらせながら黒ウサギは申し訳なさそうに一誠に頭を下げる。

湯を沸かしている間、四人はそれぞれに宛がわれた部屋を一通り物色し、来客用の貴賓室で集まった。

 

「にゃ…………にゃ~?」

「駄目だよ。ちゃんと三毛猫もお風呂に入らないと」

「……ふぅん? 話には聞いてたけど、お前本当に猫の言葉がわかるんだな」

「うん」

「フシャーーーッ!!」

「駄目だよ、そんなこと言うの」

 

ニャーニャーとしか聞こえない猫の声に耀は反応する。

その様子は傍目から見ると不気味に見える。

飛鳥は聞きにくそうに質問する。

 

「…………春日部さんに友達ができなかったのはもしかして」

「友達は沢山いたよ。ただ人間じゃなかっただけ」

 

それ以上の詮索を拒否する声音に、飛鳥は口を塞ぐ。

動物の言葉が分かり、人間の友達を作らなかった耀。

しかし、この場には人間の友達はおろか、知り合いすら殆ど居ない者も居る…………誰とは言わないが。

廊下から黒ウサギの声がしたのはそれからすぐの事だった。

 

「ゆ、湯殿の用意ができました!女性様方からどうぞ!」

「ありがと。先に入らせてもらうわよ、2人共」

「俺は二番風呂が好きな男だから特に問題はねえよ」

「何番風呂とか特に気にしないからな。色々あって体冷えてんだろうから、しっかり温まってこい」

 

湖に落ちたり、一誠の水芸で長時間冷気に当たっていた二人はすっかり体が冷えている。

一誠の気遣いの言葉に飛鳥と耀は頷き、女性三人は真っ直ぐに大浴場に向かう。

女性陣が居なくなったあと、一誠と十六夜はしばらく貴賓室で寛ぎ、

 

「そろそろ行くか? 十六夜」

「そうだな―――今のうちに、外の奴らと話しをつけないとな。一誠」

 

 

「おい。襲うにしろ帰るにしろ、とっとと決めろ。風呂に入れねぇだろうが」

 

風に揺れる木々に向かって、一誠はそう話しかける。

一見して誰も居ないように見えるが、実際にはかなりの人数が隠れている。

十六夜は呆れたように石をいくつか拾う。

 

「いいかげんにしろ………よっ!」

 

軽いフォームからは考えられない出鱈目な爆音と共に、辺り一帯の木々もろとも隠れていた人影を吹き飛ばす。

 

「出鱈目なことすんなぁ……」

「お前にだけは言われたくねえよ!」

 

呆れながらそう呟く一誠に、十六夜はそう言いかえす。

別館から慌てて出てきたジンが二人に問う。

 

「ど、どうしたんですか⁉」

「侵入者だよ」

「例の“フォレス・ガロ”の連中じゃねえか?」

 

空中からドサドサと落ちてくる瓦礫と黒い人影。

 

「なんという出鱈目な力だ…………蛇神を倒したというのは本当の話だったのか」

「ああ…………これならガルドの奴とのゲームに勝てるかもしれない…………!」

 

侵入者の視線に敵意らしいものは感じられなかった。それに気づき、十六夜は侵入者に話しかける。

 

「おお? 何だお前ら、人間じゃねえのか?」

「我々は人をベースにさまざまな“獣”のギフトを持つ者。しかしギフトの格が低いため、このような半端な変化しかできないのだ」

「へえ…………で、何か話しをしたくて襲わなかったんだろ? ほれ、さっさと話せ」

 

にこやかに話しかける十六夜。

侵入者はお互いに目配せをした後、意を決するように頭を下げ、

 

「恥を忍んで頼む! 魔王の傘下であるコミュニティ"フォレス・ガロ"を完膚なきまでに叩き潰していただけないでしょうか!!」

「嫌だね」

「断る」

 

決死の言葉は即答で拒否される。

一誠と十六夜の言葉に絶句し、固まる侵入者とジン。

 

「どうせお前らもガルドって奴に人質を取られている連中だろ?」

「そんで、命令されて攫いに来たんだろ?」

「は、はい。そこまでお見通しとはだとは露知らずに失礼な真似を…………我々も人質を取られていて、逆らうこともできず」

「その人質もうこの世にいねえから。はいこの話題終了」

「―――…………なっ」

「十六夜さん!!」

 

ジンが慌てて十六夜に詰め寄る。しかし、十六夜は冷たい声音で接する。

 

「隠す必要はねえだろ?どうせすぐに知れることだ」

「それにしたって言い方というものがあるでしょう‼」

「気を使えってか? 冗談きついぞ御チビ様」

「そもそも殺された人質を攫ってきたのだってこいつ等なんだろ? 気を使う必要なんて皆無じゃねぇか」

 

一誠の言葉にはっとジンは振り返る。

人質を救うために新たな人質をこの侵入者たちが攫ってきたというのなら、人質の大半は彼等が殺したと言っても過言ではない。

 

「そ、それでは本当に人質は…………」

「ガルドとか言うクソ猫は攫ったその日に殺していたそうだぞ?」

「そんな…………!」

 

侵入者は全員、その場に項垂れる。

ふっとある事を思いついた十六夜は、侵入者たちに話しかける。

 

「お前ら、“フォレス・ガロ”とガルドが憎いか? 叩き潰されてほしいか?」

「あ、当たり前だ! 俺達がアイツのせいでどんな目にあってきたか…………!」

「そうかそうか。でもお前達にはそれをするだけの力を持たないと?」

 

唇を噛み死ねながら悔しがる男達。

 

「ア、アイツはあれでも魔王の傘下。ギフトの格も遥かに上だ。俺達がゲームに挑んでも勝てるはずがない! いや、万が一勝てても魔王に目を付けられたら……」

「その“魔王”を倒すためのコミュニティがあるとしたら?」

 

え? と顔を上げる男達に見える様に、十六夜はジンの肩を抱き寄せると、

 

「このジン坊ちゃんが、魔王を倒すためのコミュニティを作る(・・・・・・・・・・・・・・・・・)と言っているんだ」

「なっ!?」

 

侵入者一同含め、ジンでさえ驚愕した。

一誠は十六夜のしようとしている事に気がついたのだろう、面白そうに成り行きを黙って見ている。

 

「俺達は魔王のコミュニティ、その参加も含めて全てのコミュニティを魔王の脅威から守る。そして守られるコミュニティは口をそろえてこういってくれ。“魔王関係で困ったことがあったら、まずはジン=ラッセルの下にお問い合わせください”」

「じょ、」

 

冗談でしょう!? と叫びそうになるジンの口を十六夜は塞ぐ。

十六夜は立ち上がると、腕を広げて大仰な口調で語る。

 

「人質の事は残念だったな。だが、安心していい。明日ジン=ラッセル率いるメンバーがお前達の仇を取ってくれる。その後の事も心配しなくていい! なぜなら俺達のジン=ラッセルが“魔王”を倒すために立ちあがったのだから!」

「おお…………!」

 

十六夜のその言葉に希望を見出す侵入者一同。

 

「さあ、コミュニティに帰るんだ! そして仲間のコミュニティに言いふらせ! 俺達のジン=ラッセルが“魔王”を倒してくれると!」

「わ、わかった! 明日はがんばってくれジン坊ちゃん!」

「待っ…………」

 

ジンが叫ぶ前に、侵入者たちはあっという間に走り去ってしまった。

 

 

本拠地の最上階で、ジンはたまらず十六夜に怒鳴りかけた。

 

「どういうつもりですか⁉」

「“打倒魔王”が“打倒全ての魔王とその関係者”になっただけだろ。“魔王にお困りの方、ジン=ラッセルまでご連絡ください”────キャッチフレーズはこんなところか?」

「冗談じゃありません!入口を見て魔王の力は理解できたでしょう⁉」

「勿論だ。あんな面白そうな奴らと戦えるなんて最高じゃねえか」

 

十六夜のそのあまりの言い草に、ジンは絶句して十六夜の行動を問いただす。

 

「お…………面白そう? では十六夜さんは自分の趣味の為にコミュニティを滅亡に追いやるつもりですか!? 一誠さんも黙っていないで、なんとか言ってください!!」

 

ジンは一誠に助けを求めるが、いかせん助けを求めた相手が悪かった。

 

「何にも問題ないだろ。むしろ問題があるのはお前の方だ」

「なっ…………!」

 

まさか、十六夜ではなく自分が責められると思っていなかったジンはまたも絶句する。

そんなジンを無視して、一誠は十六夜に目配せする。

十六夜は軽く頷いてから、口を開く。

 

「これはコミュニティを発展させるのに必要不可欠な作戦だ」

「作戦?…………どういうことです?」

「先に確認したいんだがな。御チビは俺たちを呼び出して、どうやって魔王と戦うつもりだったんだ? あの廃墟を作った奴や白夜叉みたいな力を持つのが“魔王”なんだろ?」

「それは…………まずは水源を確保するつもりでした。新しい人材と作戦を的確に組めば、水神クラスは無理でも水を確保する方法はありましたから。けど、それは十六夜さんのおかげでどうにかなりました、そこは素直に感謝します」

「おう、感謝しつくせ。それで?」

 

ケラケラと笑う十六夜に促され、ジンは続ける。

 

「次はギフトゲームに参加して堅実にコミュニティの力を高める予定でした。皆さんの力あれば必ず強くなります。例え力のない同士が呼び出されたとしても、力を合わせればコミュニティを大きくできます。まして、これだけの才有る方々が揃えば…………どんなギフトゲームにも対抗できます。なのに、十六夜さんは魔王を倒すためのコミュニティなんて言い出して、コミュニティを危険に晒し陥れる様な真似をした。一体どういうつもりなんですか!?」

「期待一杯、胸一杯だったわけか」

 

全く悪びれた様子のない十六夜に、ジンは我慢できずに口調を崩して叫んだ。

 

「魔王を倒すためのコミュニティなんて馬鹿げた宣誓が流布されたら最後、魔王とのゲームは不可能になるんですよ!? その事を本当に貴方は分かっているのですか!?」

「はぁ……」

 

一誠はため息を吐き、ジンに失望した瞳を向ける。

 

「お前、本当にそんなので再建だの、誇りがどうだの言っていたのかよ」

「ああ、まったく。失望したぜ御チビ」

「な、」

「ギフトゲームに参加して力を付けるなんて大前提なんだよ。十六夜がお前に聞いているのはどうやって魔王に勝つ(・・・・・)かだ」

「だ、だからギフトゲームに参加して力を付けて」

「前のコミュニティはゲームに参加して、力を付けてなかったのか?」

「そ…………それは」

 

ジンはそこで言葉に詰まる。しかし一誠は容赦なく畳み掛ける。

 

「それに、前のコミュニティが大きくなったのはギフトゲームだけだったか?」

「…………いいえ」

 

コミュニティを大きくしたのは強大なギフトと、強大なギフトの所持者。つまりは人材だ。

 

「いいか? 俺達には名前も旗も無い。コミュニティを象徴できる物が何一つ無いわけだ。そんなコミュニティなのだから周りが“ノ―ネーム”を信用するわけがない。“サウザウンドアイズ”が“ノ―ネーム”を客として扱わないのも当然だ。“ノ―ネーム”なんてのは名前のないその他大勢でしかない。名前が無いんだから信用するなんて危険でできるわけがない。お前はそんなハンディを背負ったまま、先代を超え無ければならないんだぞ?」

「先代を……超える…………!?」

 

ジンはその言葉に、頭を金づちで叩かれた様な気がした。

それは今まで黒ウサギに甘えっぱなしで、何一つしてこなかったジンが目をそむけていた“現実”なのだ。

 

「お前、マジで何も考えていなかったんだな」

「………………っ」

 

ジンは悔しさと、言葉にした責任の大きさで顔を上げられなかった。

 

「名も旗も無い―――なら、俺達のコミュニティはリーダーの名前を売り込むしかないよな?」

 

十六夜のその言葉に、ジンはハッと顔を上げ、同時に十六夜の意図に気づいた。

 

「僕を担ぎあげて名前を広めることで他の“ノ―ネーム”との差別化を図り、尚且つコミュニティの存在をアピールすると言うことですか?」

「ああ。悪くない手だろ?」

 

白夜叉のように名の売れた者と言うは、それだけで信用するに値する。それは、時に旗印に匹敵する程に。

十六夜に続くように、一誠もジンに話す。

 

「更に、だ。ここみたく“魔王”に潰されたコミュニティにその噂が広がれば、同じく“打倒魔王”を胸に秘めた奴らが集まってくるってわけだ。このコミュニティで一番足りないのは人材だろう。せめて十六夜の足元並みの奴が数人は欲しい」

「結構いい案だろ? これ以上にいい作戦があるなら、俺は協力を惜しまないぜ?」

「まぁ、確かにお前が懸念するように他の魔王を引き寄せる可能性は大きいだろうな。だが、問題無いだろ?」

「な、なぜですか?」

 

一誠の言葉に、ジンは聞き返す。

強大な力を持つ魔王を引き寄せても問題ないと、一誠は言い切ったからだ。

 

「白夜叉は魔王の時に“最強の魔王”と言われていたんだろ?」

「ええ、ですが白夜叉さまが魔王と呼ばれていたのは随分昔の事らしいです。魔王とは“主催者権限”を悪用する者達の事ですから」

「へぇ、そうなのか。―――白夜叉は魔王時代、最強と言われるくらいに強いって事だろ? それは逆に言えば、白夜叉以上に強い魔王が居なかったって事だ。白夜叉程度が最強を名乗れるくらいに箱庭の魔王は弱いんだろ(・・・・・・・・・・・)?」

 

そう言って嗤う一誠。

その姿を見て、ジンは恐ろしさと共にそれ以上の頼もしさを一誠に感じる。

そんな一誠の隣でニヤニヤと笑いながらこちらを見ている十六夜の姿を見て、ジンも決意する。

 

「分かりました。しかし、一つだけ条件があります。こんど開かれる“サウザウンドアイズ”のギフトゲームに御二人だけで参加してもらえませんか?」

「なんだ、俺等の力でも見極めるつもりなのか?」

「それもあります、ですけどそれだけじゃありません。そのギフトゲームには、元・魔王の昔の仲間が出展されるんです」

「へぇ…………」

「彼女を取り戻すことができれば、大きな力になるはずです」

「なるほど。元・魔王ってことはソコソコ期待できそうだ。いいだろう、出てやるよ」

「ありがとうございます。それができれば魔王に対抗することもできますし、十六夜さんの作戦も支持します。ですから黒ウサギにはまだ内密に…」

「あいよ」

 

話が終わって大広間を出ようとした時、十六夜はふと思いついたかのようにジンに声をかけた。

 

「明日のゲーム、負けるなよ」

「はい」

「負けたら俺このコミュニティ抜けるから」

「はい。…………え?」

 

十六夜は扉を閉めてそのまま出て行った。

最後の十六夜の言葉にジンはしばらく茫然と立ち尽くすのだった。

ちなみに一誠は十六夜とジンに気づかせる事無く、自分に宛がわれた部屋へと転移していた。




前書きに書いたとおり、全然執筆ができませんでした。

(ま、まぁ、カンピオーネ! に嵌ったり、久々にムジュラの仮面に嵌ったりと遊んでいた感は否めないですが……)

次回こそフォレス・ガロとのギフトゲームですよ……たぶん。


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ノーネームVSフォレス・ガロ

遅くなってごめんなさい。

前回削除したのとたいした違いはないです。

最後の方が少し違うだけで。


次の日。

ガルドとのギフトゲームをするために“フォレス・ガロ”の居住へ向かう一同。

その途中で、昨日飛鳥達がガルドと出会ったカフェテラスの店員から熱烈なエールと共に情報をもらう。

その情報は、ガルドが傘下に置いているコミュニティの者達を全員放り出し、舞台区画ではなく居住区画でゲームを行おうとしているという物だった。

それを疑問に思う一同は、今は気にしても仕方がないと居住区を目指す。

居住区に辿り着き、一誠を除いた“ノ―ネーム”一同は其々が自分の目を疑った。

なぜなら、居住区は森の様に豹変していたからだ。

ツタの絡んだ門をさすり、鬱葱と生い茂る木々を見上げながら耀は呟く。

 

「…………ジャングル?」

「虎の住むコミュニティだからな。おかしくはないだろ」

「いえ、おかしいです。“フォレス・ガロ”のコミュニティの本拠は普通の居住区だったはずです。…………それにこの木々はまさか」

 

そんな会話をしている飛鳥達をよそに、一誠は木々を観察する。

その樹枝はまるで生き物のように脈打っていた。

 

(鬼……いや、この感じからして吸血鬼か)

 

一誠は片手でそっと木々に触れながら観察を続ける。

 

(カミーラのババアかヴラドのクソジジイか、はたまた俺の知らない箱庭の吸血鬼か。…………どちらにしろ、この規模で力を扱える吸血鬼が相手側に居るなら……あいつらじゃ勝てないだろうな)

 

ちらりと飛鳥、耀、ジンの三人に視線を向ける一誠。

しかし直ぐに視線を木々へと視線を戻す。

 

(もし、これをやらかした相手が『幽世の聖杯』だったら最悪だな。『神滅具』が相手となると、十六夜でも勝てないだろうし)

 

一誠から見た十六夜、飛鳥、耀の三人は宝石の原石だ。

才能(ギフト)は人類でも最高クラス。

しかし、それは少しも磨かれていないものだ。

飛鳥、耀はよくて中級悪魔、堕天使クラス。

十六夜はギリギリ最上級悪魔クラスだとみている。

三人とも自身の力を使いこなせておらず、逆に振り回されている。

きちんと修練を積んでいれば、少なくとも三人の実力があの程度などあり得ない。

 

(まぁそれは、今まで過ごしてきた環境の違いなんだろうけど……)

 

先ほどと同じ様に、飛鳥、耀、十六夜の三人を一瞥する一誠。

 

(あいつ等の居た世界には神も魔王も……それこそ魔獣や魔物の一匹も居なかったんだろうな)

 

十六夜達とは普通に会話できるし、価値観も似ている。服装だって一誠の居た世界とさほど変わらない。

いや、違いが無いと言っても過言ではない。

飛鳥、耀、十六夜の三人はアジア人……と言うよりも日本人特有の幼い顔つきをしている。

箱庭に呼ばれた四人が違和感なく言葉を交わし、過ごせているのもそのためだろう。

しかし、一誠と彼等三人組とは決定的な違いがある。

 

(もし、神や魔王が存在していれば、あいつらの力があの程度ってのはありえない)

 

確かに十六夜、耀、飛鳥の三人の才能は最高級のモノだ。

しかし、それだけでどうにかなる程、一誠が居た所は生温い世界では無かった。

それでも尚、あの程度で満足していると言うことは……、

 

(あいつ等三人とも、まともに力を磨きあげる必要性が無いほど生温い世界で生きてきたんだろう)

 

一誠だって、並はずれた才能が有った。

しかし、それでも力を制御するのに三年以上はかかった。

制御ができるようになった後も、実戦を数百、数千とこなしたからこそ、今の出鱈目な実力があるのだ。

それを思うと、一誠は三人がほんの少しばかり不憫に思えて仕方なかった。

人間にとっては異質な『才能』を活かせる事ができない世界しか知らなかった三人が……一誠にはどうしても哀れにしか思えなかった。

確かに一誠は今まで力を満足に振るったことは一度しかない。

全力の『ぜ』の字も出ないほどの僅かな力しか使えてなかった。

それでも、それでもほんの少しばかりとは言え、力を扱う機会のなかった三人に比べれば恵まれているのではないのだろうか。

 

「ジン君。ここに“契約書類(ギアスロール)”が貼ってあるわよ」

 

 飛鳥が声が上げる。門柱に貼られた羊皮紙に今回のゲームの内容が記されていた。

 

『ギフトゲーム名”ハンティング”

 

・プレイヤー一覧  

・久遠 飛鳥

・春日部 耀

・ジン=ラッセル

 

 ・クリア条件 ホストの本拠内に潜むガルド=ガスパーの討伐。

 ・クリア方法 ホスト側が指定した特定の武具でのみ討伐可能。指定武具以外は契約によってガルド・ガスパーを傷つけることは不可能。

 

 ・敗北条件 降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 ・指定武具 ゲームテリトリーにて配置

 

 宣哲 上記を尊重し、誇りと御旗の下、ノーネームはギフトゲームに参加します。 “フォレス・ガロ”印 』

 

「ガルドの身をクリア条件に…………指定武具で打倒!?」

「こ、これはまずいです!」

 

 ルールを読むとジンと黒ウサギが悲鳴のような声を上げて慌てていた。飛鳥は心配そうに2人に問う。

 

「このゲームはそんなに危険なの?」

「いえ、ゲームそのものは単純です。問題はこのルールです。このルールでは飛鳥さんのギフトで操ることも、耀さんのギフトで傷つけることもできないことになります」

 

飛鳥が険しい表情で黒ウサギに問う。

 

「……どういうこと?」

「ガルドは“恩恵”ではなく、“契約”によって身を守るつもりです。これでは神格であろうと手が出せません。彼は自分の命をクリア条件に組み込むことで御二人の力を克服したのです」

「すみません、僕の落ち度でした。初めに“契約書類”を作った時にルールもその場で決めておけばよかったのに」

 

ジンが申し訳なさそうに呟いた。

ルールを決めるのが“主催者”である以上、白紙のゲームを承諾するというのは自殺行為に等しい。

ギフトゲームに参加した事のないジンは、ルールが白紙のゲームに参加する事が如何に愚かで、危険な事か理解していなかったのだ。

 

「敵は命懸けで五分に持ち込んだってことか。観客にしてみれば面白くていいけどな」

「気軽に言ってくれるわね…………条件はかなり厳しいわよ。指定武具が何かも書かれていないし、このまま戦えば確実に苦戦するわね」

 

飛鳥は険しい表情のまま“契約書類”を覗き込む。

彼女が挑んだゲームだからか責任を感じているのだろう。

そんな飛鳥に大丈夫だと言うように、黒ウサギと耀は、飛鳥の手をギュッと握って励ます。

 

「だ、大丈夫ですよ! 契約書類には『指定』武具としっかり書いてあります! つまり最低でも何かしらのヒントがなければなりません。もしヒントが提示されなければ、ルール違反で“フォレス・ガロ”の敗北は決定! この黒ウサギがいる限り、反則はさせませんとも!」

「大丈夫。黒ウサギもこう言ってるし、私も頑張る」

「…………ええ、そうね。むしろあの外道のプライドを粉砕するためには、これぐらいのハンデが必要かもしれないわ」

 

愛嬌たっぷりな黒ウサギと、やる気満々な耀に励まされ、飛鳥も奮起する。

なにしろコレは、こちら側から売った喧嘩だから負けられないというプライドもある。

そんなヤル気満々な女性陣とは裏腹に、男性陣はコソコソと会話を交わしていた。

 

「この勝負に勝てないと俺達の作戦は成り立たない。だから負ければ俺はコミュニティを去る。予定変更はないぞ。いいな御チビ」

「…………分かっています。絶対に負けません」

「まぁ、気張らずに頑張れ」

「ハイ!」

十六夜と一誠の言葉に、飛鳥や耀に負けず劣らずのやる気を見せるジン。

こんなとこで躓くわけにはいかない。参加者三人は門を開けて突入した。

 

 

「…………へぇ、やっぱり十六夜の居た世界には存在しないのか」

「ああ、神様だの魔物だの、そう言ったのは全部空想上の存在だったな」

 

飛鳥、耀、ジンの三人がゲームを開始して数十分、十六夜と一誠は元いた世界の話しをしていた。

お互いに予想はしていたが、表の世界は殆ど変わらないのに、裏に入った途端に百八十度世界が違うことに驚きを隠せなかった。

そんな時だった。

 

『AAAAAAAaaaaaaa…………』

 

門前で待っていた黒ウサギと十六夜と一誠の元に、獣の咆哮が届く。

森に忍び込んでいた野鳥は一斉に飛び立ち、一目散に逃げていった。

 

「今の雄叫びは……」

「ああ、間違いない。虎のギフトを使った春日部だ」

「あ、なるほど。…………って、そんなわけないでしょう!? いくら何でも今のは失礼でございますよ!」

 

ウサ耳を逆立てて怒る黒ウサギに、本気で言ったわけでない十六夜は肩を竦ませて訂正した。

 

「じゃあジン坊ちゃんだな」

「ボケ倒すのも大概になさい!!!」

「そうだぞ。今のはどう聞いても、飛鳥の魂の咆哮だろ」

「この問題児さま方は!!」

 

専用のハリセンでツッコミを入れる黒ウサギ。よっぽど暇を持て余しているのだろう。

十六夜は門からはみ出ていた、鬼化した樹の枝をへし折って笑う。

 

「今の咆哮といい、この舞台といい、前評判より面白いゲームになってるじゃねえか。見に行ったらまずいのか?」

「お金をとって観客を招くギフトゲームも存在しておりますが、最初の取り決めにない限りはダメです」

「何だよつまんねえな。“審判権限”とそのお付きって事にすればいいじゃねえか」

「だからダメなのですよ。ウサギの素敵耳は、此処からでもおおまかな状況が分かってしまいます。状況が把握できないような隔絶空間でもない限り、侵入は禁止です」

 

十六夜は手の中でうごめく樹を握りつぶしながら呟く。

 

「…………っち、貴種のウサギさん、マジ使えね」

「せめて聞こえないように言ってください! 本気で凹みますから!」

 

ペシペシと十六夜を叩く黒ウサギ。

だが状況が分かってしまう黒ウサギは、内心はらはらしながら三人の無事を祈っていた。

 

(この鬼化植物…………必ず彼女が関わっているはずです。ならゲームは公平なルールで提示されているはず。…………三人とも、どうかご無事で)

(…………ん? 俺たち以外にも誰かが見ている)

 

飛鳥達三人が居る洋館の上空に気配を感じる一誠。

 

(金髪の少女。…………なんだ、箱庭でも吸血鬼は変わらないのか)

 

簡単な透視魔法で気配の正体を捉えた一誠は軽く注視する。

しかし、直ぐにその視線は飛鳥達の方に向けられる。

 

(あのガルドとかいう猫は下級悪魔クラス。才能だけでも飛鳥達が圧勝できるだろう……が、使い方がまるでなってない。)

 

一誠の瞳は、遥か先にいる飛鳥達三人を捉えていた。

 

(あのクラスのグリフォンの(ギフト)が使える癖に、どうしたらあんな重傷になれるんだよ)

 

一誠は若干呆れながら、大けがを負っている耀を視る。

まるで刀剣で斬られた様な傷口から、とめどなく出血している。

 

(“ギフト(才能)”が最高級でも使用者が三流じゃ、あの程度か)

 

それはギフトの使い方だけではない。

状況判断、戦闘の仕方、身のこなし。

その全てが最低レベル、コレが一誠なら無傷でガルドを惨殺していただろう。

十六夜も才能だけに頼った戦闘しかできないだろうが、他二人に比べたら遥かに強力だし機転が利くので、まず間違い無く圧勝するだろう。

黒ウサギも身のこなしだけなら十六夜とタメを張れるレベルなので、ガルドが認識するよりも速くに倒す事が可能だろう。

 

(飛鳥が何か仕掛ける気か……このゲームも、もうすぐ終わりだな)

 

一誠の視線の先で、飛鳥が燃えている洋館から、ガルドに追われながら走っていた。

多少拓けた所に出た飛鳥は、自身のギフトで鬼化している木々を操りガルドを拘束、そして“指定武具”である白銀の十字剣でガルドに止めを刺した。

 

(終わったか。やれやれ、あの程度の奴相手に大苦戦だったな)

 

ゲーム終了を告げる様に木々は一斉に霧散した。

気によって支えられて居た廃屋が倒壊していく音を聞き、十六夜と黒ウサギ、一誠は一目散に走り出す。

 

「おい、そんなに急ぐ必要ねえだろ?」

「大ありです! 黒ウサギの聞き間違いでなければ、耀さんはかなりの重傷のはず…………!」

「ああ、このまま何もしなければ出血多量で死ぬだろうな」

「黒ウサギ! 早くこっちに! 耀さんが危険なんだ!」

 

風よりも速く走る三人は瞬く間にジン達の元に駆けつけた。廃屋に隠れていたジンは三人を呼びとめるために叫ぶ。

黒ウサギは重傷な耀の容態を見て思わず息を呑んだ。

 

「直ぐにコミュニティの工房へ運びます。あそこなら治療用のギフトが揃っていますから。御三人は飛鳥さんと合流してから帰ってきてください」

「わ、わかったよ」

 

黒ウサギは耀を抱えて走りだそうとすると、それに一誠が待ったをかけた。

 

「どけ、黒ウサギ」

「なぜですか? 耀さんを急いで治療しないと……」

「だからどけって言ってんだよ」

 

一誠は黒ウサギを無理矢理退かすと、空間を歪ませてそこから一つの小瓶を取り出す。

その瓶の中に入っている透明の液体を耀の傷口へと降りかける。

 

「へぇ」

「うそ……」

 

十六夜は興味深そうに、黒ウサギとジンは信じられないといった表情で、目の前の現象に驚いた。

先ほどまで止めどなく溢れていた血は収まり、大きく切り裂かれた傷口は綺麗に治っていた。

 

「い、一誠さん。今のは一体?」

「これか? これは“フェニックスの涙”だ」

「「なっ!?」」

 

今度こそ黒ウサギとジンは絶句した。

フェニックス、不死鳥、火の鳥などと呼ばれるそれらは、メジャーな存在だ。

幻獣種の中でもグリフォンを容易く凌ぐ、最強種の一つ。

百年に一度、自ら香木を積み重ねて火をつけた中に飛び込んで焼死し、その灰の中から再び幼鳥となって現れるという。

その涙は癒しを齎し、血を口にした者は不老不死の命を授かると云われている

キリスト教においてもフェニックスは再生のシンボルとみなされおり、この鳥は多くの神話に『生命』を生きながらえさせる聖鳥と認識されている。

『不老不死』を与え、『命』を生きながらえせるフェニックスは、多数の神話の宇宙観(コスモロジー)に影響を及ぼしかねない存在だ。

“フェニックスの涙”は、文句の付けようがないくらいに超一級の“恩恵(ギフト)”。

少なくとも箱庭の、それもこんな下層の端っこで御目にかかれるような代物ではない。

 

「傷はこれで治ったが、血を流しすぎだ。最低でもひと晩は安静にさせておけ」

「は、はい!」

 

一誠に促され、黒ウサギは耀を抱えて全速力で工房へと向かった。黒ウサギの踏み込んだ地面にはクレーターの様な亀裂が走り、通った後には土埃が渦巻いて立ち昇る。

昨日十六夜と一誠の二人を追いかけてきた時とは比べ物にならない脚力を見て、十六夜は獰猛な微笑を浮かべた。

十六夜の興味の対象はコミュニティや同郷の二人よりも、一誠や黒ウサギに注がれていた。

黒ウサギは“ノ―ネーム”の中では明らかに別格だし、一誠はもう同じ人間なのかと疑いたくなるレベルである。

(『人間』かどうかと言うのは、一誠も十六夜も五十歩百歩である)

そんなことを考えていた十六夜と手元の空きビンを亜空間にしまう一誠に、ジンは申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「すみませんでした。十六夜さん、一誠さん」

「ん? どうして頭を下げる?」

「僕は結局……何も出来ず仕舞いでしたから」

「ああ、そういうこと。でもお前達は勝っただろう?」

 

十六夜の声は皮肉だとか称賛などではく、嘲りや慰めでもない。

ジンは不思議そうに十六夜を見上げると、彼は続けて言う。

 

「勝ったんなら、御チビにも何か要因があったってことだ」

「……は、はい」

「なら、それでいいんじゃねえの? それより、初めてのギフトゲームは楽しめたのか?」

「…………いえ」

 

苦いかをで首を横に振るジンは自分自身の無力さに失望していた。

それは彼自身の幼さのせいでもあっただろうが、それでももっと何か出来たはずだ。

そう、彼は思う。

確かに耀が生き残ったのは、ジンが適切な処置を施したからだ。

しかし、コレが十六夜や一誠、黒ウサギなら怪我すらさせなかっただろう。

こんな自分よりも、十六夜や一誠の方がコミュニティの長となった方が良いのでなないだろうか?

そう少しでも思ってしまったが故に、こんな事を呟いてしまった。

 

「昨夜の作戦…………本当に僕を担ぎあげて、やっていけるのでしょうか?」

「他に方法はないと思うが、御チビ様が嫌だと仰るのなら、止めますデスヨ?」

 

からかうように尊敬語で話す十六夜にジンは一拍黙り、一度だけ首を横に振った後にはっきりと答える。

 

「……いえ、やっぱりやります。僕の名前が全面的に出ていれば、いざという時に皆さんの被害が軽減できるかもしれません。僕でも皆の風よけぐらいにはなれるかもしれない」

「…………あっそ」

 

十六夜はちょっと意外に思いながらも、本当におもしろい場所に来たと哄笑を必死に噛み殺していた。

一誠はそんな様子のジンを、どこか眩しいモノを見る様な瞳で見ていた。

 

 

十六夜とジンと別れて、飛鳥と合流した一誠は一足先に本拠へと戻っていた。

飛鳥は春日部の容態が気になるからと、本拠について直ぐに医務室の方へと向かった。

一誠は自分に割り当てられた部屋で寛いでいた。

 

『随分楽しそうだな?』

「なんだドライグ、起きたのか」

 

突如話しかけてくるドライグ。

ノーネーム本拠にある図書館から持ってきた本を読んでいた一誠は、本を閉じるとゆっくりと背もたれへと体を預ける。

 

「なぁ、ドライグ。お前はこの世界のことを知っていたか?」

『いや、知らん。少なくとも俺はな。グレートレッドならば何かしら知っているかもしれんが……。だが、ここ(箱庭)の空気は懐かしく感じる』

「懐かしく?」

 

知らないと言いながら、懐かしいと言い切るドライグに眉を寄せる一誠。

そんな一誠の反応をどこか楽しみながら、ドライグは話を続ける。

 

『ああ、ここは神代の時代と似た空気がある』

「へぇ……」

 

ドライグのその言葉を聞き、一誠は壮絶な笑みを浮かべる。

神代の時代とは魔物や魔獣がそこらを闊歩し、神仏が人間たちを直接支配していた。

神々は今とは比べ物にならないくらいに信仰を集め、最も力を振るう事ができていた。

人間たちは神々を恐れ、跪き頭を下げ、神々の加護と知識により生きていた。

そんな、オカルトが世界を覆っていた時代。

 

「つまり、この世界にいる神仏は“神話”通りの力を持っていると思っていいのか?」

『そこまでは分からんさ。ただ、神代の時代の方が多少強かった程度であって、劇的に強かったわけではない』

 

神々の力は信仰によって左右される。

現代において、信仰はしても神を信じていない人間は多い。

信仰にも質と言えるものが存在する

現代の信仰はかなり質が悪い。

それ故に神々の力も神代の時代に比べれば少しばかり劣るところがある。

だが、ドライグの言うとおり、対して違いはない。

多少力の規模が違うだけなのだ。

 

「そんなものか」

『そんなものだ。第一、そうでなければ封印される前の俺が最強なわけないだろう』

 

ドライグはアルビオンと共に神や魔王すら超えると言われていた二天龍の一角。

その力は強大で、グレートレッドとオーフィスを除けば文句なしで世界最強だった。

 

「それもそうか」

『そうだ。所詮、神話なんぞ人間に神々の偉大さを伝え、信仰を獲るために生まれたものだからな。一部の神話体系では他の神話を貶めるために過大に書かれている物もある』

 

ここで有名どころを上げるとしたらギリシャ神話のゼウスと聖書のミカエル辺りが有名だろうか。

ゼウスの雷霆は全宇宙を焼き尽くしたと書かれており、ミカエルも聖書なら単独でグレートレッド以上の力を持っている。

しかし、実際にはそれ程強大な力を持ってはいなかった。

いや、表の人間社会を何度でも滅ぼせるだけの力はある。

だが、それは一誠の期待通りというわけでな無かっただけなのだ。

 

『まぁ、幼い頃の相棒は神話通りの力を持った神々と戦える事を期待していたからな。拍子抜けだったのも無理はない』

 

幼い頃の一誠は、それこそ自分が負けること前提で神々に挑んだ。

力の制御をする傍らで各神話を調べ、自分の力がどれだけ通じるか楽しみにしていた。

だが、実際には拍子抜けするほど神々は弱かった。

ゼウスの雷霆は簡単に弾くことができ、ミカエルの光力は一誠にかすり傷一つ付けることができなかった。

実際に最強だったオーフィスとグレートレッドも一誠の敵ではなかった。

 

『だが、元の世界に比べ、“箱庭(ここ)”の神仏どもが強力なのも事実なのだろう』

 

一誠が知る帝釈天の眷属に月のウサギは存在していたが、黒ウサギほど強力なのは極小数だった。

箱庭で他のウサギを見ていないので確実とは言えないが、黒ウサギが平均的な月のウサギならば、それだけで帝釈天が元の世界よりも強大な存在だと断言できる

そしてこの“箱庭”において、“魔王”とは“主催者権限”を悪用するものを指すと言っていた。

更に元“魔王”すら含める前“ノーネーム”を完膚なきまでに叩き潰した“魔王”を討伐し、名と旗印と仲間を救うことがが現“ノーネーム”の最終目標。

 

「…………さて、十六夜たちは今頃上手くやっているかな?」

 

これから打倒魔王を掲げるコミュニティとして訪れるであろう“災厄”を想像し、一誠は歪んだ笑みを浮かべる。




リアル事情が忙しく、目の回りそうな毎日を送っております。

それとすみません、次回の話は全然書いていません。

下手したら、また一ヶ月以上間が開くかもしれないです。

たぶん、問題児の新刊が出る前に1~2話くらいは更新できると思いますが。


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FAIRYTALE in PERSEUS

久々の更新です。

次回の更新は未定。


「起きて、一誠君!!」

 

深夜。

日はとっくに沈み、宛てがわれた自室で睡眠を取ろうとしてウトウトしていた一誠は飛鳥の来訪によって叩き起された。

 

「…………なんのようだ、飛鳥」

 

もう少しで夢の国へと旅立とうとしていた一誠は、それを邪魔した飛鳥をジト目で見ながら不機嫌そうに問いかける。

しかし緊急事態なのも事実なので、飛鳥は一誠の不機嫌そうな表情を無視して言う。

 

「今から白夜叉の所へ行くのよ。一誠君もすぐ支度して」

 

その言葉を聞いて、一誠は面倒くさそうにしながらも、渋々支度を始める。

支度をしながら、一誠は思う。

 

(さっき十六夜たちとドンパチしていた奴らが原因か…………コロス)

 

例え修羅神仏魔王であろうとも、自身の安眠を妨げるものは最低でもブチのめす事にしているのである。

ただでさえ色々と濃い一日だったのだ。

はっきり言って、今の一誠はかなり機嫌が悪い。

それこそ元居た世界だったら、ストレス発散に各神話体系を壊滅状態にしそうな程度には機嫌が悪い。

 

 

「ふぅん。透明になる兜に空飛ぶ靴。それにコミュニティ“ペルセウス”ねぇ」

 

“サウザンドアイズ”の支店に向かう途中に事の顛末を聞いた一誠は最初、興味なさそうに相槌を打っていたが、“ペルセウス”という言葉を聞いて、うんざりした様に黒ウサギに問いかける。

 

「ひとつ聞くが黒ウサギ。その“ペルセウス”ってギリシャ神話のペルセウスか?」

「YES! 一誠さんがおっしゃる通りの“ペルセウス”でございます」

「まさかとは思うが…………“ペルセウス”のリーダーは神話に書かれているペルセウスの子孫か?」

「はい、その通りでございますが」

 

それがどうかなさいましたか? と聞いてくる黒ウサギを無視して一誠はげんなりしながら思う。

 

(また英雄の子孫かよ。あれか? 俺は英雄の子孫と必ず関わるようにでもなってんのか? つーか、いつかゼウスのクソジジイをぶち殺す)

 

今まで一誠が関わってきた英雄の子孫は碌でもない奴らばかりだった。

今までの経験から絶対にマトモでない奴とこれから合わなければならないのだ。

どうせ英雄の子孫ということに無駄にプライドを持った、人の話を聞かない馬鹿なのだろう。

しばらくして“サウザンドアイズ”の門前に着いた四人を迎えたのは例の無愛想な女性店員だった。

 

「お待ちしておりました。中でオーナーとルイオス様がお待ちです」

「黒ウサギたちが来ることは承知の上、ということですか? あれだけの無礼を働いておきながらよくも『お待ちしておりました』なんて言えたものデスネ」

「…………事の詳細は聞き及んでおりません。中でルイオス様からお聞きください」

 

定例文にも似た言葉にまた憤慨しそうになる黒ウサギだが、店員に文句を言っても仕方がない。

店内に入り、中庭を抜けた先にある離れに黒ウサギたちは向かう。

中で迎えたルイオスは黒ウサギを見て盛大に歓声を上げた。

 

「うわお、ウサギじゃん!! うわー実物は初めて見た! 噂には聞いていたけど、本当に東側にウサギがいるなんて思わなかった! つーかミニスカにガーターソックスって随分エロいな! ねー君、うちのコミュニティに来いよ。三食首輪付きで毎晩可愛がるぜ?」

 

地の性格を隠すことなく、黒ウサギの全身を舐め回すように視姦してはしゃぐルイオス。

そんな彼を見て、一誠は半ば予想通りのルイオスの存在にげんなりしたように頭を振るう。

まさか、今度の英雄の子孫がゲス野郎だとは予想だにもしていなかったである。

 

 

「―――ほらほら、君は“月の兎”だろ? 仲間の為、煉獄の炎に焼かれるのが本望だろう? 君たちにとって自己犠牲は本能だもんなあ?」

 

あれからコントを挟み、場所を座敷へと移した一同。

元“魔王”にして吸血鬼の純血“レティシア・ドラクレア”を取り戻そうと、レティシアの現所有者である“ペルセウス”に決闘を申し込んだ黒ウサギ。

しかしその目論見は外れ、このままでは白夜叉に迷惑をかけることなりそうになり、口を噤んだ黒ウサギ。

そんな黒ウサギにルイオスはある取引を持ちかけた。

黒ウサギが“ペルセウス”に所属する代わりにレティシアをノーネームに返すと言ってきたのだ。

 

「…………っ」

 

自身か、魂の一部を“魔王”に渡してまで自分たちの下まで駆けつけてくれたレティシアか。

黒ウサギの瞳は困惑しおり、この申し出に悩んでいることは明白だった。

それに気づいたルイオスは更に厭らしい笑みで捲し立てる。

 

「ねえ、どうしたの? ウサギは義理とか人情とかそういうのが好きなんだろう? 安っぽい命を安っぽい自己犠牲ヨロシクで帝釈天に売り込んだんだろう!? 箱庭に招かれた理由が献身なら、種の本能に従って安い喧嘩を安く買っちまうのが筋だよな!? ホラどうなんだよ黒ウサギ―――」

黙りなさい(・・・・・)!」

 

ガチン! とルイオスの下顎が閉じ、困惑する。見かねた飛鳥の力が原因だ。

 

「っ…………!?………………!!?」

「貴方は不愉快だわ。そのまま地に頭を伏せてなさい(・・・・・・・・・・)!」

 

混乱するように口を抑えたルイオスの体は前のめりに歪む。

しかし、命令に逆らって強引に体を起こす。

何が起こったのかを理解したルイオスは強引に言葉を紡ぐ。

 

「おい、おんな。そんなのが、つうじるのは―――格下だけだ、馬鹿が!!」

 

激怒したルイオスは、取り出したギフトカードから鎌を出現させ、飛鳥に向けて振り下ろす。

しかし、振り下ろされた刃は十六夜の二本指で受け止められた。

 

「な、なんだよお前…………!」

「十六夜様だよ色男。喧嘩なら利子つけても買うぜ? 勿論トイチだけどな」

 

鎌・ハルパーを受け止められたルイオスは驚いて距離を置く。

距離を置いてから追撃を仕掛けようとするルイオス。

しかし、白夜叉に扇で鎌を押さえつけられる。

 

「いい加減にせんか戯け共! 話し合いで解決できぬなら門前に放り出すぞ!」

「…………っち。けどその女が先に手を出したんだけどね?」

 

尚も殺気立つルイオスに黒うさぎが間に入って仲裁をした。

 

「分かっています。これで今日の一件は互いに不問ということにしましょう。…………あと、先ほどの話ですが…………少しだけお時間をください」

 

黒ウサギの返事に驚く飛鳥は、堪らず叫んだ。

 

「待ちなさい黒ウサギ! 貴女、こんな男の物になってもいいと言うの!?」

「レティシア様は助けを求めもせず、ただ、コミュニティ(わたしたち)のことだけを心配して手を尽くしてくれていたんです……。そんなレティシア様を見捨てるだなんてできません……ッ」

「だけど、貴女が身代わりになってどうするの!?」

「だってそうするしか―――」

いい加減にしろ(・・・・・・・)

 

飛鳥と黒ウサギはそれ以上言葉を発する事ができなかった。

先程まで黙って事の成り行きを見ていた一誠は、ついに見かねたのか口を出す。

 

「さっきから黙って見ていればぎゃーぎゃー騒ぎやがって。俺らは交渉するために来たんだろうが」

 

ただでさえ寝不足なのに、更に周りでぎゃーぎゃーと騒がれる。

一誠ははっきりと言って、ブチギレていた。

この場にいる誰もが一誠の怒気に当てられて、声も出せない。

 

「とりあえずテメエら全員座れ(・・)

 

その言葉に、白夜叉を含めた全員が強制的に座らせられる。

これが一誠のギフト“王の威光”の力。

このギフトの能力は大雑把に分けて二種類の力がある。

一つ、自身より霊格の劣る者の支配。

二つ、自身より霊格の劣る“恩恵(ギフト)”による干渉の無効化。

霊格とは世界に与えた影響や功績によって大きくなる。

一誠が世界に与えた影響や功績は、それこそ莫大なものだ。

幼少期に神話体系を含むあらゆる勢力を降し、無限の龍神と夢幻の真龍をも打破し、更には箱庭に存在する“人類最終試練(ラスト・エンブリオ)”が生ぬるく感じるほどの怪物(エンドレス)を滅ぼし、世界を救ったのだ。

こと霊格の大きさで一誠を凌駕する存在は、今の箱庭には存在しない。

 

「先に黒ウサギ。“家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨てて箱庭に来い”―――なんて手紙で俺たちを焚きつけ、“箱庭(はこにわ)”の世界に呼び出したお前がコミュニティを離れるのは責任の放棄に他ならない。それでも抜けるって言うなら止めないが、そん時は俺も“ノーネーム”から抜けるからな」

「それは…………ッ」

 

少なくとも一誠は十六夜と違い、既に箱庭に呼び出された分の義理は“ノーネーム”に返している。

建物は直したし、土地も耕して水を引き、種を植えれば植物が育つ位には修復をしておいた。

これで黒ウサギが責任を放棄してコミュニティを抜けるようなら、一誠は本気で“ノーネーム”を抜けるだろう。

例えそれが原因で“ノーネーム”の子供たち食べるものにも困り、野垂れ死ぬことになろうとも一誠は興味の欠片もないのだから。

一誠の口調から本気だと感じたのだろう、ウサ耳を萎れさせてシュンと落ち込む黒ウサギ。

 

「次にお前、ルイオスだったか? これ以上騒がれても迷惑だからな。ギフトゲームで決着を着けようじゃねぇか」

「はあ!? それは嫌だってさっき言っただろ!」

 

一誠の拘束はとっくに解けているので、ルイオスは一誠の提案に嫌そうな表情をしながら拒否する。

しかし拒否されるのをわかっていた一誠は、面倒くさそうにしながらも話を続ける。

 

「勿論、タダでとは言わない。“純潔の吸血鬼”に見合うだけの恩恵(ギフト)を用意してやる」

「“名無し”風情にそんな物が用意できるとは思えないけど」

 

一誠の発言に厭らしい笑みを浮かべながら敵意全開でそう言うルイオス。

一誠はそんなルイオスを無視して、亜空間から黄金の腕輪を一つ取り出す。

 

「そんな腕輪一つで…………ッ!?」

 

ルイオスは鼻で笑って罵声を浴びせようとしたが、その腕輪がなんであるのか理解し口を噤む。

そんなルイオスの様子に、意外そうな表情をする一誠。

 

「へぇ、これがなんなのか分かるのか。見る目だけはあるようだな」

「“名無し(ノーネーム)”風情がどうしてこれを持っているのかは知らないけど。良いよ、ギフトゲームを受けようじゃないか。勿論、黒ウサギも付けてもらうけど」

「いいだろう、ゲーム内容もそっちで決めていい。その代わり日取りだけはこっちで決めさせろ」

「良いよ。ただし、こっちも取引の関係で一週間が限界だ」

「なら一週間後でいい。こいつらの頭を冷やすために時間が欲しいだけだからな」

 

ギロリとイラついた瞳で飛鳥と黒ウサギを一瞥する一誠。

飛鳥は不貞腐れたようにそっぽを向き、黒ウサギは申し訳なさそうに俯いている。

ルイオスは先ほどとは打って変わって、機嫌が良さそうな足取りで帰っていった。

 

 

あれから一週間。

その間に耀も回復し、黒ウサギも皆に謝罪し和解した。他にも色々とあったが、そこら辺は割愛する。

“ノーネーム”一同は“ペルセウス”のゲーム盤である白亜の宮殿の門前にいた。

門前に張り出されている“契約書類”にはこう書かれていた。

 

『 ギフトゲーム名 ”FAIRYTALE in PERSEUS”

 

プレイヤー一覧 

・逆廻 十六夜

・久遠 飛鳥

・春日部 耀

・兵藤一誠

 

・”ノーネーム”ゲームマスター ジン=ラッセル

・”ペルセウス”ゲームマスター ルイオス=ペルセウス

 

・クリア条件 ホスト側のゲームマスターを打倒

・敗北条件 プレイヤー側のゲームマスターによる降伏。

       プレイヤー側のゲームマスターの失格。

       プレイヤー側が上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

・舞台詳細・ルール

 *ホスト側のゲームマスターは本拠・白亜の宮殿の最奥からは出てはならない。

 *ホスト側の参加者は最奥に入ってはいけない。

 *プレイヤー達はホスト側の(ゲームマスターを除く)人間に姿を見られてはいけない(・・・・・・・・・・・)

 *姿を見られたプレイヤー達は失格となり、ゲームマスターへの挑戦権を失う。

 *失格になったプレイヤーは挑戦権を失うだけでゲームを続行することは可能。

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。 

                                “ペルセウス”印 』

 

一誠は“ギアスロール”を手に取り、一瞥する。

 

(FAIRYTALE in PERSEUS…………“妖精の尻尾(フェアリーテイル)”ねぇ)

 

箱庭で初めて経験するギフトゲームがFAIRYTALEとは、と一誠は面白そうに笑う。

 

『妖精に尻尾はあるのか無いのか? 永遠の謎、故に永遠の冒険』

 

この言葉を知ったのを何時だったのか、もう覚えていない。

だが、その言葉に一誠は幼いながらも感銘を受けたのを覚えている。

だからこそ世界中を旅して回った。

あらゆる神話関係のみならず、万人が神秘を感じられる所も見て回った。

少しばかり昔の事を思い返していたい一誠は、十六夜たちの会話で我に返る。

 

「姿を見られれば失格、か。つまりはペルセウスを暗殺しろってことか?」

「それだとルイオスも伝説に習って睡眠中だということになりますよ。流石にそこまで甘くはないと思いますが」

 

白亜の宮殿を見上げ、いつもよりテンション高めな声音でそう呟く十六夜に、ジンはそう応える。

 

「YES。そのルイオスは最奥で待ち構えているはずデス。それにまずは宮殿の攻略が先でございます。伝説のペルセウスとは違い、黒ウサギ達は“ハデスの兜”を持っておりません。不可視のギフトを持たない黒ウサギ達には綿密な作戦が必要です」

 

黒ウサギが人差し指を立てて説明する。

しかし、そんな黒ウサギをからかう様に一誠は言う。

 

「あるぞ」

「…………はい?」

「“ハデスの兜”なら俺も持ってる」

 

亜空間から“ペルセウス”の連中が使っていたのとは少しだけ形が違う兜を一つ取り出す。

そしてそれを、ほれっと軽い調子でジンに投げ渡す。

それを横から手を伸ばし、掴んだ十六夜はそのままジンに兜を被せる。

 

「おお、本当に姿が消えやがった」

「…………臭いも気配もしない」

「すごいわね」

「これ、レプリカじゃなくて本物の“ハデスの兜”ですよ!?」

「な、なんで一誠さんがハデスのギフトを所持しているのですか!?」

 

問題児三人組は“ハデスの兜”の能力に関心と驚き。

黒ウサギとジンは何故一誠がレプリカではなく、本物の“ハデスの兜”を持っているのか驚く。

十六夜はジンからハデスの兜を取り上げ、手元で弄びながら一誠に問いかける。

 

「なあ、一誠。この前ルイオスに見せた腕輪。あれ、ドラウプニルじゃないのか?」

「確かにその通りだが、よくわかったな」

 

十六夜の質問に肯定した一誠、黒ウサギとジンは更に驚く

 

「っは、簡単な推測だよ。箱庭の外とはいえ、国家規模のコミュニティが大枚はたいてまで手に入れようとしたんだ。確かにあの腕輪は黄金で出来ていたし作りも見事だった。が、あれ一つでレティシアほど価値が在ったとは思えねえ。なら、ほかに何か理由があったはずだ」

 

ドラウプニル。

北欧神話において、主神オーディンが持つとされている黄金の腕輪。

その語義は『滴るもの』を意味し、その名の通り9夜ごとに同じ重さの腕輪を8個滴り出すとされる魔法の腕輪。

この箱庭においても金は貴重品であるし、更に腕輪から造り出される模造品とは言え“ドラウプニル”程の物となれば美術的価値も高い。

それだけの代物が無尽蔵に手に入るギフトだからこそ、ルイオスは一誠の要求を呑み“名無し(ノーネーム)”相手にギフトゲームで対戦することにしたのだ。

 

「パーフェクト、100点満点だ。十六夜」

 

お見事、と言うように肩を竦めて笑う一誠。

そんな一誠の様子に、やははと楽しそうに笑う十六夜。

ドラウプニルが何なのか知らない飛鳥、耀の二人は頭上にクエスチョンマークを浮かべていた。

一誠がドラウプニルを所持していると知り、何かを言いかける黒ウサギとジン。

しかし、二人が口を開くよりも早く十六夜が発言したことによって言葉を出すことができなかった。

 

「話を戻すぞ。見つかった者はゲームマスター、ルイオスへの挑戦資格を失ってしまう。同じく俺たちのゲームマスター―――ジンが最奥にたどり着けずに失格の場合、俺たちプレイヤー側の敗北。これは一誠が“ハデスの兜”を貸してくれたから問題ないだろう。なら大きく分けて三つの役割分担が必要になる」

 

飛鳥と耀が頷く。

本来ならこのギフトゲームは百人、少なくとも十人単位でゲームに挑み、その中でも一握りだけがゲームマスターにたどり着けるというもの。

そんなゲームを五人で挑まなければならない彼らにとって、役割分担は必須だ。

 

「うん。まずはジン君と一緒にゲームマスターを倒す役割。次に索敵、見えない敵を感知して撃退する役割。最後に、失格覚悟で囮と露払いをする役割」

「春日部は鼻が利く。耳もいい。不可視の敵は任せるぜ」

 

十六夜の提案に耀が頷き、黒ウサギが続ける。

 

「黒ウサギは審判としてしかゲームに参加することができません。なので、ゲームマスターを倒す役割は十六夜さんか一誠さんにお願いします」

「あら、それじゃあ私は囮と露払い役にならなきゃいけないかしら?」

 

むっ、と少し不満そうな声を漏らす飛鳥。しかし、実際のところ飛鳥のギフトはルイオスを倒すには至らない。

支配するにしても、ルイオスを拘束できるのはごく短い時間のみだという事は、前回の交渉の際に判明している。

今回の場合、不特定多数の敵を飛鳥に任せる方が一番効率がいい。

しかしそれが分かっていても不満なものは不満なのだろう。少し拗ねた口ぶりの飛鳥を十六夜が軽くからかった。

 

「悪いなお嬢様。俺も譲ってやりたいのは山々だけど、勝負は勝たなきゃ意味がないんだ。あの野郎の相手はどう考えても俺か一誠の方が適してる」

「……ふん。いいわ、今回は譲ってあげる。ただし、負けたら承知しないから」

「あいよ」

 

飄々と肩をすくめる十六夜に一誠は言う。

 

「十六夜。俺は飛鳥と一緒に行動する」

「おいおい、俺と一誠が両方ルイオスを目指したほうが勝率は上がるんだぜ? なのに何でお嬢様と一緒に行動するんだよ」

 

一誠の発言に不機嫌そうな表情をしながらそう問いかける十六夜。

そんな十六夜に対し、一誠は肩を竦めながら応える。

 

「あのルイオスとかいうゲス野郎を倒すだけなら十六夜一人でも問題ないだろうからな。なら、今回は譲るさ。飛鳥に付く理由は、呼び出されたメンバーの中で一番弱いから」

「っな!?」

 

まさか、いきなり弱いと言われるとは思っていなく、飛鳥はしばし唖然としたあと、こみ上げてくる怒りを溜め込みながらも一誠を睨む。

 

「私が一番弱いですって? 理由を聞かせてもらえるかしら?」

「…………ああ、すまん。弱いといっても戦力的にという意味だ。ジンには兜を渡してあるから問題ないし、耀はケモノから手に入れたギフトと、一時的にフェンリルを貸し出しているからな。十六夜は出鱈目だから心配する必要はない。まぁ、今現在のメンバーの中で飛鳥が一番危険だからな。最低限、致命傷にならない程度には守ってやる」

 

お前にだけは出鱈目だと言われたくねえ! と騒いでいる十六夜を無視して、一誠は理由を飛鳥に説明する。

一誠が自分と違い、箱庭に来るよりも前から神秘に関わっていた事は聞いているので理由を説明されれば理解はできる。

しかし、頭では理解できても理性では納得できないのか、飛鳥はつい言い返してしまった。

 

「もしそれで十六夜くんが敵に見られて失格になった場合、どうするつもりなのかしら?」

「守ってやるとは言ったが、俺は基本的に飛鳥の近くで見守るだけだ。この宮殿内にいる奴らに姿を見られなければいいわけだからな。もし十六夜が失格になるようなことがあれば、最悪俺一人でこのゲームをクリアするさ」

「ソロプレイでこのゲームをクリアできるのか?」

 

少なくとも今回のゲームはソロプレイではクリアできない様になっている。

十六夜達が一人だけだったら確実にクリア不可能だが、一誠にとっては簡単にクリアできるイージーゲームでしかない。

 

「まぁ、正直に言えば今すぐにでもゲームをクリアすることは可能だ。この場から“ペルセウス”を皆殺しにすればいいだけなんだからな。殺しがルール違反だって言うのなら、宮殿ごと氷漬けにしてもいい。それが卑怯だって言うのなら…………まぁ、面倒ではあるがゲームマスター以外の“ペルセウス”の連中を気絶させてから最奥に向かえばいい。俺が敵だと認識した者だけを攻撃対象にする魔法なんかもあるしな」

 

一誠の淡々とした発言に、黒ウサギはやや神妙な表情で不安を口にする。

 

「残念ですが、必ず勝てるとは限りません。油断しているうちに倒さねば、非常に厳しい戦いになると思います」

 

五人の目が一斉に黒ウサギに集中し、やや緊張した面持ちで飛鳥が問う。

 

「……あの外道、そんなに強いの?」

「いえ、ルイオスさん自身の力はさほど。問題は彼が所持しているギフトなのです。もし黒ウサギの推測が外れていなければ、彼のギフトは──―」

「隷属させた元・魔王様」

「そう、元・魔王の…………へ?」

 

 十六夜の補足に黒ウサギは一瞬、言葉を失った。だが、十六夜はそれに構わず続ける。

 

「もしペルセウスの神話通りなら、ゴーゴンの生首がこの世界にあるはずがない。あれは後で戦神に献上されているはずだからな。それにも関わらず、奴は石化のギフトを使っていた。星座として招かれたのが箱庭のペルセウス。なら、さしずめ奴の首にぶら下がってるのはアルゴルの悪魔ってところか?」

「…………アルゴルの悪魔?」

 

十六夜の話に一誠と黒ウサギを除いた残り三人が首を傾げた。

アルゴルの悪魔と聞いて、一誠は珍しく驚愕していた。

 

(まさかメドゥーサじゃなくてアルゴルの悪魔とはな。あれはただの伝承だと思っていたんだが…………まさか、箱庭に実在していたとは。星としての悪魔だとしたら、本質は白夜叉と同じ星霊か。…………十六夜に譲ったのはもったいなかったか?)

 

一誠が元居た世界では、ゴーゴン……メドゥーサは種として確立しており、普通の幻獣と同じく繁殖している。

人体に簡単に適合する上に強力な石化の力を持つメドゥーサの目は、裏に関わっている者の間では高値で取引されていた。

黒ウサギは驚愕したまま十六夜を見つめていた。

 

「い、十六夜さん……まさか、箱庭の星々の秘密に?」

「まあな。この前星を見上げた時に推測して、ルイオスを見た時にほぼ確信した。後は手が空いた時にアルゴルの星を観測して、答えを固めたってところだ。まあ、機材については白夜叉が貸してくれたし、難なく調べることができたぜ」

 

フフンと自慢げに笑う十六夜に、黒ウサギは含み笑いを滲ませて十六夜の顔を覗き込んだ。

 

「もしかして十六夜さんってば、意外に知能派でございます?」

「何を今更。俺は生粋の知能派だぞ。黒ウサギの部屋の扉だって、ドアノブを回さずに開けられただろうが」

「…………。いいえ、そもそもドアノブが付いていませんでしたから。扉だけでしたから」

 

黒ウサギの冷静なツッコミに、十六夜も気が付いて補足した。

 

「あ、そうか。だけどドアノブが付いていても、俺はドアノブを使わずに扉を開けられるぜ?」

「……………………。参考までにお聞きしますけど、どのような方法で?」

 

冷ややかな目で十六夜を見つめる黒ウサギ。

十六夜はヤハハと笑って、黒ウサギの期待に応える様に門の前に立ち、

 

「そんなもん―――こうやって開けるに決まってんだろ(・・・・・・・・・・・・・・・・)ッ!」

 

そう言って、轟音と共に白亜の宮殿の門を蹴り破るのだった。

楽しそうに笑いながら中へと入っていく十六夜。

脳筋じゃねぇかと言いながら、続くように中に入る一誠。

前の二人に続いて黒ウサギたちも白亜の宮殿に入り込む。




久々の更新ですのでおかしな所もあると思いますが、ご容赦のほどよろしくお願いします。

誤字脱字報告は大歓迎です。

次こそペルセウス戦本番。


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FAIRY TAIL

タイトルに意味は無いです。

お待たせして大変申し訳ありませんでした。

仲のよかった方が退会したり、リアルが忙しかったり、血を抜かれたり。(どうせならレティシアに吸い出して欲しい。エヴァにゃんでも可)



「水樹よ。まとめて吹き飛ばしなさい!!」

「このままでは宮殿が水没するぞ! あの小娘をなんとかしろ!!」

 

“ペルセウス”の騎士たちは真正面から挑んできた十六夜たちを捉えに来たが、それは飛鳥が持ち出したギフト―――水珠によって阻まれていた。

飛鳥の命令一つで水樹は大量の水を放出し、その圧倒的な質量と圧力で騎士たちをなぎ払う。

 

「ええい、小娘一人に何を手間取っている!」

「不可視のギフトを持つ者は残りのメンバーを探しに行け! ここは我々が抑える!」

 

騎士たちに発見されている時点で飛鳥はゲームマスター―――ルイオスへ挑戦することができなくなっている。

彼女の役割は囮。しかし、逃げ回るなど飛鳥の性分ではないし、“威光”のギフトによって同士討ちさせるのもゲームの華が欠ける。

なにより飛鳥に対してすき放題言ってくれた一誠を見返すため、騎士たちが飛鳥を無視できないように“白亜の宮殿”を破壊することにした。

 

「左右から来るわ! まとめて吹き飛ばしなさい!」

 

一喝。

レプリカのヘルメスの靴を所持している騎士が飛鳥に挟撃をしかけるも、飛鳥の命令によって生み出された水流に吹き飛ばされる。

その水流は騎士だけではなく、華美な装飾も飲み込み、格式高い名画たちは水没していった。

そんな様子を飛鳥の傍で姿を消しながら一誠は傍観していた。

 

(やっぱり十六夜や黒ウサギ…………いや、耀と比べても直接的な戦闘力はふた回りくらい劣るな…………まったく、数に頼る雑魚や中途半端に力を持ってる奴はプライドだけ高くて嫌になる)

 

一誠は眼前で蹴散らされている騎士や最奥で待っているルイオスを思い出し、嫌悪感を覚えながらも戦況を見守る。

飛鳥はどこか不機嫌な表情をしながら、水樹に命令をくだす。

自身の力を掌握しきれていないのが悔しいのだろう。

 

(“ギフトを支配するギフト”か。―――あれはそんな生優しい(・・・・)ものじゃない)

 

数多くの奇跡を見てきたからこそ分かる。

飛鳥の“威光”がただ単に支配するだけのギフトではないと。

 

(クハハ。楽しいなぁ、オイ)

 

未知。今まで多くの神秘、異能、奇跡に関わってきた一誠をもってして出鱈目と言える力を誇る十六夜と飛鳥。

特に十六夜の“正体不明”は飛鳥の“威光”と違い本質的なものしか見えない。

それらは言いようのない歓喜を一誠に与えていた。

 

(飛鳥の“威光”は人間よりも神仏や星霊に近い与える力だ。十六夜の“正体不明”は本質的には俺と似通っている(・・・・・・・・)

 

力の規模こそ違うが、一誠は自分の『魔導精霊力』と“正体不明”は似た力だと感じた。

 

(その点、耀の“生命の目録”はつまらない。あれを造った耀の父親が頭のイカレタ天才なのは認めるが、あんな欠陥品じゃあな)

 

誰にも気づかれていない一誠は人知れず失笑する。

当初は“生命の目録”に興味を示していた一誠だったが、この一週間で解析済みなので既に興味がない。

一誠のもと居た世界ならば、耀の父親は異端者として教会あたりに殺されていただろう。

それほどまでに“生命の目録”は危険なギフトだ。

 

(もし仮にあれが『神器』だったら準『神滅具』クラスか。人間の手で作られたものにしちゃ規格外なのもいいところだな。だが、)

 

“生命の目録”はもはや芸術品といっても過言ではない。

解析を済ませ興味が失せたとは言え、もし金で買えるとしたら一誠は耀の言い値の十倍の金額を出したとしても惜しくはないだろう。

それほどの価値があると思うが、しかし、それでも失笑せずにはいられない。

 

(クックック。狂人の発想だな。あんなモノを娘に渡すなんて、耀の父親はどうしようもないクズ野郎らしい)

 

少なくとも、マトモな思考をしていれば“生命の目録”などというギフトは造らず、仮に造ったとしてもそれを娘に渡すような事はしないだろう。

“生命の目録”は耀のもう一つのギフト“ノーフォーマー”があるからこそ扱えるギフトだ。

常人にはとてもではないが、扱えるような代物ではない。

もし扱うとしたら“ヒト”を捨てることになる。

 

(接触した他種族の霊格を系統樹に読み取り、解析。何千、何万年とかけて行われた“進化”をそれひとつで実現する。…………って言えば聞こえはいいが、そんなものを使えば確実にキメラになる)

 

他種族の霊格を取り込む。

言葉にすれば大したことなさそうだが、それは言うほど簡単ではない。

事実、歴代の赤龍帝や白龍皇の多くは『覇龍』によって命を落としている。

人間の脆弱な霊格では他種族の霊格に飲み込まれ暴走するのが落ちだろう。

 

(“ノーフォーマー”か。…………一体どうすればあんな不出来な人間が生まれてくるんだか)

 

一誠は手元を歪ませ、亜空間から小さな試験管を一つ取り出す。

その中に入っている耀の血液を見つめながら思う。

 

(これを思えば十六夜が“フォレス・ガロ”とのゲームに参加しなかったのはラッキーだった。十六夜と飛鳥の血液も採取したいところなんだが…………まぁ、その内チャンスは来るだろ。あと、耀以外に“ノーフォーマー”のギフトを持っている奴がいたらそいつらの血液も欲しい。いや、探せば奴隷として売られているのがいるかもしれないか。研究素体として最低でも2~3体、できれば20体以上欲しいな)

 

一誠個人としては“生命の目録”よりも“ノーフォーマー”の方が遥かに興味高い。

それこそ高位の魔法使いたちキメラに関する研究者、一誠の居た世界の吸血鬼たちならば喉から手が出るほど欲しがるだろう。

 

(いっそ耀の血液(これ)を使って人造人間(ホムンクルス)でも造るか? いや、しかし)

 

一誠は難しい表情をしながら耀の血液を見つめる。

 

(自然発生した“ノーフォーマー”が子孫にも遺伝するのか知りたい。やはり男女で見つけて繁殖させるのが一番か)

 

人でありながら“人間”という霊格を確立できていない“ノーフォーマー”について思考する一誠。

しかし、そこまで考えてハッと一つのことに気が付く。

 

(…………冷静に考えれば、白夜叉辺りに“ノーフォーマー”に付いて書かれた資料がないか聞けばいいだけじゃねぇか。箱庭にだってキメラを研究してるマッドの二、三人くらい居るだろうし。もし上層にしかそれがなかったとしたら…………まぁ、一年もあればなんとかなるか)

 

当分は十六夜、飛鳥、耀の力の解析、強化が最優先かと考えを纏める一誠。

試験管を再び亜空間へと戻し、飛鳥へと視線を戻す。

一誠がほんの少しばかり思考していた数十分で、だいぶペルセウスの騎士たちは倒されていた。

その成果にどこか満足そうな笑みを浮かべている飛鳥。

だが―――

 

「がっ!!?」

「油断大敵だ。敵の数が少なくなっているからって油断すんな」

 

不可視のギフトと空飛ぶ靴の両方を使い、飛鳥を背後から襲おうとした騎士を一誠は蹴り飛ばす。

接近されたことに気がつかなかった飛鳥は驚愕し、一誠の存在に気がつかなかった騎士たちは動揺した。

 

「気をつけろ! 小娘以外に誰かいるぞ!!」

「気づくのが遅せえよカス」

 

一誠がパチンと指を一回鳴らすと、その場にいた不可視のギフトを持たない騎士全員が凍結した。

ほんの一瞬の出来事に、その場に居た誰もが驚愕する。

 

「あれ、生きているの?」

「一応生きてるな。まぁ、凍結を解除しない限りずっとあのままだが。それより飛鳥」

「何かしら?」

「もう少し頭を使ったらどうだ?」

「なっ!?」

 

いきなりのダメ出しを喰らって、言葉を詰まらせる飛鳥。

確かに一誠に助けられたが、それまでに十分なほど成果を上げていたのだ。

しかも頭を使えときた。

 

「そこまで言うのならお手本を見せてもらえるかしら?」

 

飛鳥には一誠の姿が見えているが、ペルセウス側には見えない。

笑顔と共に青筋を浮かべながら飛鳥は一誠にそう言い返す。

せめてもう少し柔らかい物言なら飛鳥も一誠の言うことを聞き、素直に礼も言っただろう。

 

「よく見とけ」

 

一誠は飛鳥に分かりやすいように指を振りながら水を操る。

今まで水樹によって放出されていた水を利用し、空気中に大量の水分を含んだ霧を発生させる。

その霧によって不可視のギフトを所持していた者たちの輪郭が顕になる。

そして騎士たちの足元から水流の槍が飛び出し、四方八方から襲う。

空飛ぶ靴を所持していた者は飛んで逃げようとするが、まるで未来でも読んでいるかのように補足され、墜とされていく。

その光景を飛鳥は悔しそうに見ていた。

 

「せめて今みたいに水を上手く使えば不可視の敵程度なら補足できる。さっきもそうしていれば不意を撃たれることはなかったはずだ。もし悔しいなら力を磨き、知識を付け、慣れろ。修行して経験して見解を広げろ。才能一つだけでどうにかなるほど甘くないからな」

「…………ええ」

 

握りこぶしを作り、悔しそうにしながらそう返す飛鳥。

プライドの高い彼女は悔しいのだろう、自分自身の不甲斐なさが。

今まで人を操るしかできず、ようやく他の使い道を見つけたと思ったらまだまだ殻つきのヒヨコ並みの力しか発揮できず、戦闘面においても経験不足が目立つ。

 

(まぁ、経験不足なのは飛鳥に限った話じゃないが)

 

一誠からしたら耀やジンは勿論、十六夜や黒ウサギも経験不足な面が見える。

格上との戦いはおろか格下との戦いすら少ししかしていないのだろう。

例え格下であろうと場数を踏むのは重要なことだ。

それが命懸けの戦いだとしたら尚更。

そこら辺は今後の課題だなと一誠が思考の片隅で考えた瞬間。

 

「Aaaaaa…aaa……a…………」

 

遠くで甲高い女の声の響きと共に、巨大な気配が生まれた。

それを感じ取った瞬間、既に一誠は行動に移っていた。

 

「飛鳥」

「なに? ―――っきゃ!?」

 

いきなり呼ばれたかと思えば、一誠は飛鳥は片腕で乱暴に抱きしめた。

いきなりの事に硬直し、異性である一誠に抱きしめられたことに頬を赤く染める飛鳥。

 

「いきなり何を!?」

「離れるなよ」

 

混乱し、腕の中から出ようと藻掻こうとした次の瞬間。

壁を透過して褐色の光が二人を襲った。

 

◆◆◆

 

「星ひとつの力を背負う大悪魔。箱庭最強種の一角―――星霊が僕の切り札だ」

 

“ペルセウス”のリーダー“ルイオス=ペルセウス”によって放たれた“アルゴールの魔王”

―――“アルゴル”とはアラビア語でラス・アル・グルを言語とする“悪魔の頭”という意味を持つ星のことだ。

同時にペルセウス座で“ゴーゴンの首”に位置する恒星でもある。

また、“アルゴル“とは酒、つまり“アルコール”の語源でもある。これは“酒は人を自堕落にさせる悪魔の飲み物”という意味から生まれたものであり、星霊アルゴルがアルゴールとなったのも、飲酒を楽しむ者たちからの信仰によるものだろう。

他にも“原初の悪魔(リリス)”とも呼ばれており、あらゆる悪魔の母と云われている。

 

「これが星霊・アルゴール…………! 白夜叉様と同じく、星霊の悪魔…………!!」

 

黒ウサギは戦慄しながらアルゴールの姿を見る。

体中に拘束具と捕縛用のベルトを巻いており、女性とは思えないほど乱れに乱れた灰色の髪。

 

「GEEEEYAAAAaaaaaaaaa!!!」

「下がってろよ、御チビ。守ってやれる余裕はなさそうだ!!」

 

ジンにそう言い残し、突っ込んできたアルゴールと壮大な殴り合いを始める

十六夜に対し、申し訳なさそうな表情をするジンと黒ウサギ。

星霊が相手だと言うのに手助けできないのに罪悪感を感じているのだろう。

 

「やれやれ、本当に人間かい? 星霊と正面から殴り合うなんて正気の沙汰じゃないね」

 

上空で傍観を決め込んだルイオスは黒ウサギ達に話しかける

アルゴールと殴り合う十六夜を呆れた表情をしながら見つめる

 

「貴方は参加しないんですか?」

「おいおい、それじゃ面白くないだろ? 君たちは初めて最奥までたどり着いたプレイヤーなんだ。もう少し楽しませてくれよ」

 

一週間前と違い、落ち着いた雰囲気を見せるルイオス。

目の前でアルゴールが殴り飛ばされているというのに冷静な彼を見て、黒ウサギはどこか薄ら寒いモノを感じた。

 

「その余裕が何時まで続くか見ものデスネ。貴方が敵に回したのは名だたる英傑にも劣らない―――最強の問題児なのですから!!」

「確かに、ただの“名無し(ノーネーム)”風情だと思っていたことは謝罪しよう。けど、本当にその程度で勝てると思ってるの?」

 

ルイオスが軽薄な笑みを浮かべながらそう言った瞬間、彼の横をもの凄い勢いでアルゴールが吹き飛んでいった。

首をコキコキと鳴らしながら近づいて来る十六夜に、ルイオスは口元をヒクつかせる。

 

「うわぉ」

「おいおい、星霊の力はこんなもんじゃないはずだろ。続けようぜ、ゲームマスター」

「…………君、本当に人間かい?」

「失礼だな。俺は正真正銘純粋培養の人間だぞ」

「やれやれ、君みたいな人間がいるものか。まあいい。―――アルゴール! 宮殿の悪魔化を許可する!!」

「RaAAaaaaa!! LaAAAA!!」

 

謳うような不協和音が世界に響く。

途端に白亜の宮殿は黒く染まり、壁は生き物のように脈を打つ。

宮殿全体にまで広がった黒い染みから、蛇の形を模した石柱が数多に襲いかかる。

 

「ああ、そういえばゴーゴンにはそんなのもあったな」

 

ゴーゴンには様々な魔獣を生み出した伝説がある。

そもそも“星霊”はギフトを与える側でもあるのだ。今や白亜の宮殿は魔宮と化し、その全てが“ノーネーム”の敵だ。

上空から見下しながら、ルイオスは十六夜へと話しかける。

 

「もはやこの宮殿はアルゴールのチカラで生まれた新たな怪物だ。君にはもはや足場の一つも許されない。怪物と化した宮殿と魔王が相手だ。このギフトゲームの舞台にいる限り、君たちに逃げ場はないよ」

 

その言葉を証明するかのように数千の蛇が十六夜に襲い掛かり、その身を飲み込む。

宮殿そのものに飲み込まれた十六夜は、その中心でボソリと呟いた。

 

「―――……そうかい。つまり、この宮殿ごと壊せばいいんだな?」

 

十六夜は無造作に振り上げた拳を、黒く染まった魔宮に向かって振り下ろした。

数千の蛇蝎は一斉に砕け、十六夜の周りから霧散する。

それだけに留まらず宮殿全体が震え、闘技場が崩壊し、瓦礫は四階を巻き込んで三階まで落下した。

 

「わ、わわ!?」

「ジン坊ちゃん!」

 

崩壊に巻き込まれそうになったジンを黒ウサギが受け止める。

今まで余裕の表情を保っていたルイオスも、流石にその惨状に息を飲んでいた。

 

「ふざけているね。一体どんなギフトを持っているんだ?」

「ギフトネーム“正体不明”。悪いな、俺もよくわからないんだ」

「ふーん。――――終わらせろ、アルゴール!!」

 

星霊・あるゴールは謳うような不協和音と共に、褐色の光を放つ。

これこそ“アルゴルの悪魔”を魔王に至らしめた根幹。

天地に至る全てを褐色の光で包み、灰色の星へと変えていく星霊の力。

その褐色の光を十六夜は真正面から見据え―――

 

「―――ハッ! しゃらくせえ!!」

 

褐色の光を踏みつぶした。

それは比喩でもなんでもなく、文字通りの意味だ。

アルゴールの放った褐色の光は、十六夜の一撃でガラス細工のように砕け散り、影も形もなく吹き飛んだ。

 

「本当に出鱈目だね」

「褒め言葉として受け取っておくぜ? まさかこれで終わりじゃないだろうな?」

 

肩の調子を確かめるようにグルングルンと回しながらルイオスの方へと歩いていく十六夜。

十六夜に対して応答したのはルイオスではなく黒ウサギだった。

 

「残念ですが、これ以上のものは出てこないと思いますよ?」

「なに?」

「アルゴールが拘束具に繋がれている時点で察するべきでした。…………ルイオス様は星霊を支配するには未熟過ぎるのです」

「―――チッ。所詮は七光りと元・魔王様。長所が破られれば打つ手無しってとこか」

 

黒ウサギの言葉に言い返さず、俯き、全身を震わせているルイオスを見て、失望したと吐き捨てる十六夜。

しかしこのままでは面白くない。

十六夜がこの上なく凶悪な笑みを浮かべ、ルイオスを追い立てようとしたその時―――

 

「―――フフフ、アハハハハハハハハハ」

 

いきなり爆笑し始めた。

追い詰められすぎて精神がおかしくなったとか、そんなのではない。

ガレキにまみれた闘技場の上空で笑うルイオスから、えも知れぬ悪寒を感じさせる。

ひとしきり笑い終わったあと、ルイオスはギフトカードからではなく、懐から小瓶を一つ取り出した。

その小瓶の中身は黒く、傍目からはわからない。

 

「お望み通り続けてあげるよ。―――クソ“名無し(ノーネーム)”風情がアッ!!!」

 

先程までとは一転、歪んだ狂気の笑みを浮かべながら小瓶を握り潰した。

中に入っていた小さな数匹の蛇がルイオスの手首を噛みちぎり、彼の体内へと侵入する。

その蛇は血管を伝い、体の中心へと消えていった。

そして――――

 

「ハハハハハハハハハ。すばらしい!! これ程までに力が漲るのは初めての経験だ。初めはあの商人に騙されたと思ったけど、素晴らしいじゃないか!!」

 

ルイオスの霊格がありえないほど膨張した。

今も膨張し続ける霊格が大海だとすれば、先程までの彼の霊格は水たまりにも等しい。

現在のルイオスの霊格は四桁、三桁の英傑にも劣りはしない。

 

「あ、ありえません!! なんですか、この急激な霊格の膨張は!!?」

 

黒ウサギはひどく混乱していた。

十六夜の奇跡を宿しながら奇跡を破壊する矛盾するギフト“正体不明”の出鱈目さにも思考が追いつかなかったというのに、次の瞬間にはルイオスの急激なパワーアップ。

しかも上層の英傑クラスときた。

箱庭で長く暮らしていたからこそ、彼女の混乱は一入だろう。

しかし、自体はそんな彼女を無視して進む。

 

「アルゴーーーーール!!!」

 

ルイオスがアルゴールの名を叫んだ瞬間、彼女にも変化が訪れていた。

今で全身を縛っていた拘束具は尽くちぎれ、彼女人身の体格なども変化していく。

先程までふた回りほど大きかった体格は十六夜と同じくらいに。

乱れに乱れた灰色の髪も美しく整い、表情も悪魔から人間の女のそれへと変わっていく。

全ての変化が終わった彼女は、それこそ黒ウサギさえ寄せ付けないほどの絶世の美女だった。

途方もない威圧感と、まるで“美”という概念が擬人化したようなアルゴールの姿に、ジンや黒ウサギ、十六夜の三人は眼を奪われていた。

そんな三人に対し、ルイオスはただ一言。

 

「やれ」

「LAAAAAAAAaaaaaaaaaaaa!!!!」

 

先程までと違い、只々美しい声を響かせるアルゴール。

瞬間、星の一撃が三人を襲った。

 

◆◆◆

 

ほんの数十分前。

 

「…………助けてくれてありがとう」

『気にするな』

 

突如襲いかかってきた褐色の光を防いでくれたフェンリルに礼を言う耀。

周囲に石像とかしたペルセウスの騎士たちを見て、冷や汗を流す。

 

「耀、無事だったか」

 

いきなり背後から話しかけられ、びくんと肩を震わせる耀。

臭いも気配も何も感じずに背後から話しかけられたのだからそれも仕方ないだろう。

しかし、声の主が一誠だと気づき振り返る。

 

「うん。そっちもだいじょう―――」

 

ぶだった? とは最後まで言えなかった。

原因は一誠にお姫様だっこされ、着ている服装に負けず劣らず赤面している飛鳥だった。

 

「…………なんでお姫様だっこ?」

「これ以外の方法で抱き上げたら文句を言われそうだからな」

 

確かに脇に抱き抱えたりなんかしたら、このプライドの高い友人は文句を言いそうだ。

しかし、それを理解したとしても何故か面白く感じない。

 

「むぅ…………」

「どうした?」

「…………何でもない」

 

ぷいと一誠から視線を逸らす耀。

わけが分からずに首を傾げる一誠。

 

「いい加減、下ろしてくださる?」

「ああ、悪い」

 

忘れていたといった感じに飛鳥をゆっくりと下ろす。

下ろされ、深呼吸を何度かし、気持ちを落ち着ける飛鳥。

 

「鈍器か何かで殴られたか? 骨が何本か折れているな」

「うん、思いっきり殴られた」

「ちょっと、大丈夫なの?」

 

脇腹を抑えている耀の手をどけ、軽く摩りながら触診する一誠。

骨が折れている事を確認したが、特に治療などはしなかった。

いや、それ以前にそんな事をしている暇がなかったというべきか。

 

「LAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaa!!!」

 

三人の中でも特に耳が良いわけではない飛鳥の耳にも確かに聞こえた。

とても美しく、とても―――恐怖を感じさせるそれを。

遥か上層にいると言うのに、飛鳥と耀の二人は体の震えを抑えきれなかった。

精霊の―――星一つの殺意が無差別に振りまかれているのだ。

眉一つ動かさずに平然としている一誠の方がおかしい。

 

(この感じ、『蛇』か? ルイオスって奴のオーラが桁違いに上がってやがる。それにこの威圧感。流石は『原初の悪魔(リリス)』、いや、流石は“星霊”といったところか)

 

ルイオスはともかく、今現在のアルゴールの力は封印される前の二天龍に届かないくらい。

オーディン、ゼウス、インドラ。

数多の主神格と比較しても謙遜ないほどにアルゴールの力は高まっていた。

 

「飛鳥、耀。今すぐ十六夜たちの元に飛ぶ。近くにいろ」

 

フェンリルを自身のギフトカードに収納し、足元に一つの魔法陣を起動させる。

飛鳥と耀の二人が魔法陣内にいること確認した一誠はすぐさま魔法を発動し、転移した。

 

◆◆◆

 

十六夜たちの元へ転移した一誠たちを迎え入れたのは星の一撃だった。

ただただ乱暴なまでに振るわれたその一撃を、一誠は焦ることなく冷静に受け止めた。

“ノーネーム”の危機を間一髪で防いだ一誠は十六夜たちに一瞥すらせずにルイオスを注視する。

 

「お前、その蛇を何処で手に入れた?」

「これを知っているのかい? これはレティシアを売りに来た商人が寄越したものさ。最初は胡散臭かったけど、想像以上だ!!」

 

新しいおもちゃを買ってもらった子供のようにはしゃぐルイオス。

強大な力を手に入れたことにより、その力に酔っているのだ。

 

(新型の『蛇』か。オーラや魔力などではなく霊格を肥大させる。存在が大きくなるんだからそれに伴って身体能力の大幅アップか。…………今度『赤龍帝の贈り物(ギフト)』でも試してみるか?)

 

霊格に干渉する手段を幾つか模索しようとする一誠。

しかし、それ以上に気になる事がある。

 

(オーフィスが“箱庭”にいる? 居たとしても何故『蛇』を与えるだけで誓をたてさせない? もしくは“商人”とやらが何かしらのデータを取るためか?)

 

一誠はこの時知らなかったが、“主催者権限”や“星の主権”も無しにこれ程霊格を高めるギフトは箱庭には存在しない。

仮に“主催者権限”や“星の主権”を持っていたとしても、此処まで霊格を高めるのは本当に極小数だ。

 

(まぁいい。今の十六夜たちにこのレベルの相手は早い。面倒くさくなってきたし、さっさと片付けるか)

 

無造作に一歩踏み出し、そのままアルゴールとルイオスに攻撃を仕掛けようとする一誠。

しかし、後ろから十六夜が話しかけてきたので踏みとどまる。

 

「おい一誠。漸く面白くなってきたところなんだ。邪魔すんな」

 

闘志を漲らせ、隙だらけな構えをしながら十六夜はそう言う。

そんな十六夜に感情を感じさせない瞳を向けながら一誠は応える。

 

「そうか。ならお前に譲ろうか」

「…………やけにあっさりしてるな」

 

拍子抜けした表情で一誠の方を向く十六夜。

 

「別にお前が犬死した後にやっても構わないからな」

「犬死だと?」

 

一転、怒気を含ませた瞳が一誠を貫く。

しかし一誠は相変わらず冷めた瞳を十六夜に向ける。

 

「犬死だろ? お前があれに勝てると思っているのか? 一方的に虐殺されて終わりだ」

「別に方法がないわけじゃない」

「相手を即死させるギフトでも持ってるのか? 仮にそんなのがあったとしても、態々そんなのに当たってくれると思うか?」

 

その言葉に口を噤む十六夜。

確かに彼には当てるだけで勝利を得られる奥の手が存在する。

しかし、それを全盛期に近い星霊に当てるのは、今の十六夜には至難の技だ。

十六夜の戦い方はあくまで“喧嘩”の延長でしかなく、技術もへったくれもない。

しかし、だからこそ今の十六夜の相手にルイオス=ペルセウスは丁度いい。

 

「アレとやっとけよ。今の十六夜には丁度いい」

「…………っち。一誠、今度俺と戦えよ!!」

 

返答を聞かずに空を飛んでいるルイオス目掛けて突っ込む十六夜。

そんな十六夜に呆れた表情を浮かべながらも、どこか面白そうな笑みを作る一誠。

 

「やれやれ、こっちはこっちでとっと終わらせるか」

「LAAAAAAAAaaaaaaaaa」

 

歌のような叫び声をあげながら一誠に攻撃を仕掛けるアルゴール。

しかし―――

 

「―――邪魔」

 

一瞬の閃光。

そして、

 

「LA……aa……a……a…………」

 

アルゴールの胸元に直径3センチ程の穴が空いていた。

先ほどとは打って変わって、微かな悲鳴と共にアルゴールは倒れた。

 

(星一つの力を背負った悪魔といってもこの程度か。まだサーゼクスの方が楽しめるな)

 

バアル家の特徴である『滅びの魔力』の化身とも言えるサーゼクス・ルシファー。

膨大な魔力量を誇り、本気を出せば周囲を無差別に消滅させていく彼と比較すれば、今のアルゴールはさした驚異ではない。

 

(せめて理性があれば違ったのかもしれないが。…………あんなお坊ちゃんの言われるがままに力を振るうだけじゃなぁ)

 

サーゼクス・ルシファーの様に強大な力を練磨と才能によって十全に発揮して戦うのではなく、只々力任せに振るうだけ。

それではダメなのだ。

時間を費やし、才能と長き歴史により培われた“技術”でなければ一誠を楽しませることは出来ない。

或いは『忘却の王(エンドレス)』の様に、一誠と同等かそれ以上の力を振舞う存在でなければ楽しめない。

 

(ああ、勿体無い)

 

十六夜とルイオスの戦いを見て、一誠はそう思う。

あれだけの才能がまともに磨かれていないがゆえに。

 

(飛鳥も耀もだ。世の中には何十、何百年と死ぬような修行をして尚己の非力を怨み、外法に身を落す者が多くいるってのに。贅沢な話だ)

 

神滅具に莫大な魔力を宿す一誠は、その力を羨む凡愚に嫉妬や増悪などの感情を向けられてきた。

自分にも才能があれば、なぜ自分には力がない、何故何故何故。

家族に知人、身近な誰かを守りたい。敵を伐ちたい、あいつに勝ちたい、他人よりも特別な力が欲しい。

それら叶わず、増悪と怨嗟の声を上げ『怪物(ばけもの)』になる者は数え切れない程にいる。

そんな彼らが羨むほどの(才能)を十二分に扱えない十六夜たちを見て、一誠は心底もったいないと感じる。

 

「…………まぁ、でもこれからか」

 

出鱈目な力を振り回す十六夜を見て、そう呟く一誠。

しかし、その瞳はとうてい仲間を見るようなものではなかった。

 

◆◆◆

 

(ありえません)

 

黒ウサギは今日起こったことが現実だとは思えなかった。

大雑把に理由を上げるとしたら3つ。

1つ、“ルイオス=ペルセウス”の霊格の肥大化。

2つ、

 

「ガアアアッ!?」

「ヤハハハハハハハ、どうしたどうした英雄サマ! 今のは本気の悲鳴に聞こえたぞ!!」

「―――っ?! 調子に乗るな、“名無し(ノーネーム)”風情があアアッ!!」

 

今のルイオスは黒ウサギと互角とまではいかないまでも、それに近い運動能力を見せている。

しかし、肥大化した今の力に体が慣れておらず、時折自分の移動速度に目が追いついていない。

自身のイメージ以上に体が動いてしまうための弊害だ。

これが歴戦の戦士だったら僅かな時間で慣れたであろう。

しかし下層では“ペルセウス”に敵うコミュニティは少なく、アルゴールを破れる者がほぼ皆無なため戦闘の経験が少ない。

それでも驚異的な力を振舞うルイオスを相手に一方的な勝利を収めつつある、“正体不明”という出鱈目なギフトを所持する逆廻十六夜

そして3つ目は――――

 

(星霊・アルゴールを一瞬で。全盛期の“アルゴールの魔王”は各神群の闘神や戦神…………護法十二天に匹敵する程だと聞き及んでおります。それをあんな簡単に…………っ?)

 

兵藤一誠の存在である。

“護法十二天”とは最強の武神衆で、各神群の武神や闘神によって構成された上層の魔王討伐を旨とする連合コミュニティ“天軍”を仕切っているほどだ。

黒ウサギの主神である“帝釈天(インドラ)”を筆頭に“火天(アグニ)”“焔魔天(ヤマ)”“羅刹天(ラクシャーサ)”“水天(ヴァルナ)”“風天(ヴァーユ)”“毘沙門天(ヴァイシュラヴァナ)”“伊佐那天(イシャーナ)”“梵天(ブラフマー)”“地天(プリティヴィー)”“日天(スーリヤー)”“月天(チャンドラ)”の十二の善神。

十二天と同等となれば、それは確実に最強種だ。

“星霊”“生来の神霊”“純血の龍種”。

箱庭の上層ともなれば最強種クラス(・・・・・・)の強者は数少ないが、それなりに存在する。

しかし“最強種”は文字通り格が違う。

霊格、ギフトは勿論、殺すことはおろか傷つけることさえ非常に困難なのだ。

インド神群“風神(ヴァーユ)”の息子である“猿神(ハヌマーン)”、ゾロアスター神群の悪神“アジ=ダカーハ”、クマルビ神群の怪物“ウルリクムミ”辺りが顕著だろうか。

神話において、タダの人間が神を殺すというのはほぼ皆無である。

それこそ“ペルセウス”の様に“半神半人”の英雄か、主神級の神仏から恩恵を授かった一部の“聖人”くらいだ。

不老不死の恩恵(ギフト)を与える話も枚挙に暇がない。

魔法の鞘を得た“アーサー王”、“悪竜ファーブニル”の血を浴びた“ジークフリート”。“斉天大聖”などの様に特殊な例もあるが。

“星の年代記”や“宇宙心理(ブラフマン)”である彼らを殺そうとしたら、それこそ人類史を終わらせるか星を消し飛ばす一撃(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)を与えねばならない。

特に“星霊”は最強種の中でも頂点に位置しており、それは戦闘能力の問題ではなく人類の発祥とは無関係に必ず誕生するためである。故に“星霊”を完全に殺すことは無限に存在する世界を破壊し続ける様なでたらめな力でない限り不可能である。

“ハルパー”の様に星霊殺しの恩恵を使ったわけでもなく、“主催者権限(ホストマスター)”を使い霊格を取り込んだわけでもない。

唯々純粋な力でアルゴールを殺したのだ。

ルイオスに隷属しているので純粋な星霊に比べれば難易度が幾分か低いのも事実だ。しかしだからと言って、それが容易いかと聞かれたら、答えは否だ。

先ほどの一瞬にして放たれた一誠の攻撃は世界を破壊するのに値する一撃(・・・・・・・・・・・・・・)だった。

 

(それほどの攻撃にもかぎらず、息切れ一つ起こさずに涼しい顔をしている。しかも周囲に影響は一切なし。そんなのは“星霊”でも不可能なはず。一誠さん、貴方は一体―――)

 

何者なんですか? そう思った瞬間、黒ウサギの思考は中断させられた。

原因は十六夜と戦っていたルイオスだ。

 

「アアアアアアアアアァァァァァァァァァァッ」

「―――っ? どういうことだ、これは!?」

 

十六夜も驚愕の声をあげる。

なにせ、先程まで戦っていたルイオス=ペルセウスが萎んだ(・・・)のだ。

霊格が急激に減少し、一瞬でジン以下にまで落ちた。

それだけでは終わらず、体は枯れ、髪は白くなり輝きを失う。

一瞬で老人、いや、もはや生きたミイラと言った方が適切か。

 

「黒ウサギ! 何がどうなってやがる!?」

「わかりません! でもこれって…………?」

「あ…………ァ……ぁ…………」

 

黒ウサギも詳しくは分からずに困惑している。

今にも死にそうなルイオスと困惑している黒ウサギの両者を見て、十六夜は思わず舌打ちをする。

 

「ちょっと、何があったの?」

「いきなり叫び声が聞こえてきたけど、大丈夫?」

「黒ウサギ、一体どうし―――」

 

ルイオスの奇声を聞き取り、黒ウサギたちへと走り寄ってくる飛鳥、耀、ジンの三人。

三人ともルイオスの姿を見て、息を呑む。

ジンは動揺しながらも黒ウサギに話しかける。

 

「黒ウサギ、これって―――」

「YES。ルイオス様の霊格が縮小しています。しかも急激に」

「こんな事ってありえるの?」

「わかりません。人類史の発展と共に否定され、霊格(そんざい)が縮小することは珍しくありません。しかし、これ程急激に減少するなんて聞いたことがありません」

 

人類史や化学技術の発展と共に存在を否定されたモノは数多く有る。

例えば白夜叉。

“天動説”としてあらゆる神群の宇宙観の中心に居座っていた彼女だが、今現在は一介の太陽神と同格の霊格しか残っていない。

例えば雷。

古くは紀元前まで遡るが、今日まで数多くの科学者たちにより科学的に解明されている。勿論、各神群の主神級やその眷属位でなければ扱えないほどに強力な恩恵(ギフト)ではあるが。

以上のことからも分かるように、本来霊格の縮小とは長い時間をかけておこなわれるものなのだ。

 

「違うな。恐らくだが縮小ではなく“喰われて”いる」

「一誠さん…………ッ!」

 

いつの間にか屈んでルイオスを調べている一誠。

突然の事に驚く皆だが、黒ウサギはそれ以上に“喰われている”という言葉が信じられなかった。

 

「ありえません! 霊格とは魂そのもの、それを本人の同意なく奪うなど―――」

「だから言ってんだろ、“喰われている”と」

 

そう言われ、言葉に詰まる黒ウサギ。霊格を喰われるなど聞いたことがなかったからだ。

驚愕に満ちる周囲を無視して、一誠は考察を続ける。

 

「確か、霊格を引き上げるには“神格”を付与されるか“似像”の規模を広大させるなりしなければならないんだったか? でもこれは。…………ああ、なるほど。擬似的な“神格”…………いや、“加護”の付与と限定的な“似像”の広大を同時にしているのか。そして“霊格”の膨張がピークに達したとき、魂ごとそれを『蛇』が喰らう。上手くいけば“恩恵”まで奪い取れるわけか。クハハ。力を奪う『蛇』、ね。そんなモノを創るとは。『サマエル』にやられたことをそのまま応用したわけか。オーフィス」

 

くつくつと楽しそうに笑う一誠に、誰も何も言えない。

この惨状を楽しそうに笑う一誠に得体の知れない恐怖を感じているからだ。

ひとしきり笑ったあと、一誠は立ち上がり黒ウサギへと視線を向ける。

 

「見ての通り、“ペルセウス”のゲームマスターは行動不能だ。このゲーム、俺たちの勝利でいいのか?」

「え? あ、はい。少々お待ちください」

 

突然そう問いかけられて、反射的に箱庭の中枢へ判定を調べる黒ウサギ。

ほんの数秒ウサ耳をピクピクと揺らし、

 

「はい。ギフトゲーム“FAIRYTALE in PERSEUS”はホスト側ゲームマスターであるルイオス様が打倒されたと判断されました。よって勝者“ノーネーム”となります」

 

黒ウサギがそう宣言した瞬間、割れるような音と共にゲームフィールドからペルセウスの本拠へと戻された。

時刻は既に夕方に近く、赤い太陽の光が六人の姿を照らす。

ゲームに勝利したおかげか、彼らの近くに石化したレティシアが居た。

しかし、ルイオスの状況が状況なので、石化を解く方法がない。

そのことに気がつき、途方にくれたような表情をする黒ウサギ。

一誠はレティシアに近づき、コンっと軽く体を叩いた。

叩かれた処を起点に亀裂が走り、最後は割れるような音と共に石片が宙を舞った。

石化が解かれると共に、気絶したレティシアが倒れそうになるが、一誠が受け止める。

そのままレティシアを抱き抱え、そのまま転移魔法を発動し、全員まとめて本拠へと飛んだ。

“ノーネーム”は無事にレティシアを取り戻せた。

しかし、一誠を除いた全員が納得できない結果ともなった。

ジン、耀、飛鳥の三人は自分の不甲斐なさに。黒ウサギは一誠に対して恐怖と不安を。十六夜はルイオスにおこったことに。

そして一誠は歓喜する。“箱庭”にオーフィスが居る可能性と未知のギフトに。




日数かけてチマチマ書いていたせいか文章が安定しませんね。
文才が欲しいと本当に思います。

8000字書いたからすぐに終わるかと思ってたらそんなことなかった。
最終的に一万四千字超えでした。


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白き夜の魔王VS赤き龍の帝王

久々の投稿で申し訳ない。

TFSPにハマっていたり、バイトが忙しっかたりしているんだ(´・ω・`)

久々に書いたせいで色々おかしい所があると思うけど、優しく指摘していただけるとありがたい。


「…………ふぅん」

 

ペラペラと紙をめくる音が響く。

割り当てられた部屋は薄暗く、ランタンの僅かな蛍光しかない。そんな部屋で一誠は書物を読みふけっていた。

ただし読んでいるのは童話や寓話などの類ではなく、前“ノーネーム”が書き残した手記や日記である。

これらの書物は人避けなどの“恩恵”によって厳重に保管されていた代物だ。

恐らく、前“ノーネーム”のメンバーが色々な事態を想定して残しておいたのだろう。

 

「“閉鎖世界(ディストピア)”“絶対悪(アジ・ダカーハ)”“退廃の風(エンド・エンプティネス)”…………通称“人類最終試練(ラスト・エンブリオ)”ねぇ」

 

前“ノーネーム”が東側でも屈指のコミュニティだったというは本当なのだろう。

手記や日記にはこれまで受けた“ギフトゲーム”や開発、入手した“恩恵”。

更には、ある程度ではあるが戦ったことのある“魔王”の攻略法や考察まで書かれていた。

 

(“人類全てを滅ぼす要因α”。北欧のラグナロクやインドのカリ=ユガ、キリスト教の“最後の審判”。所謂“終末論”。それが“人類最終試練(ラスト・エンブリオ)”)

 

一誠が読んでいる手記には“閉鎖世界(ディストピア)”と“絶対悪(アジ・ダカーハ)”と交戦したことしか書かれておらず、どの様に攻略したのかは不明である。

ただし、“閉鎖世界”の方に関しては打倒した事は書かれていた。

そしてその手記の最後はこう締めくくられていた。

“彼らを打倒するには膨大な知識量と発想の飛躍、そして不可能に挑み倒そうとする覚悟と勇気が必要となる。”

 

「くだらない」

 

どこか不機嫌にも見える表情で、鼻を鳴らす。

読んでいた手記を閉じ、読み終え無造作に積んだ本の一番上へ置く。

そしてそのまま立ち上がると、部屋のドアを開けた。

 

「で? お前はさっきから人の部屋の前でうろうろと何をしているんだ。黒ウサギ」

 

呆れた様にそう呟く。

そこにはビクリと肩を震わせ、申し訳なさそうな表情をしている黒ウサギが居た。

一誠の顔色を伺いつつ、口を開いては閉じる仕草を数度する。

何時までたっても要件を言わない黒ウサギにイラついているのだろう。

一誠の顔には青筋が幾つか浮いている。

 

「あの、その…………実は白夜叉様が一誠さんを呼んでいまして。一人で来るようにと……」

 

申し訳なさそうにそう伝える黒ウサギ。

どうして呼ばれたのか両者とも心当たりがある為、一誠自身はそれほど気にしていない。

黒ウサギとしては昨日の今日なので、一誠に休んでいて欲しいのだろう。

昨日の“ペルセウス”とのギフトゲームで一誠に対して恐怖を覚えていたが、それよりも同じコミュニティの同士なのだからと自分を恥じていた。

 

「わかった。…………あの吸血鬼は目を覚ましたのか?」

「いえ、それがまだ…………」

「そうか。まぁ、強引に石化を解除したからな。もうすぐ意識も目覚めるだろ」

 

そんな黒ウサギの心情を察したのかどうかは分からないが、一誠は軽い調子でそう応え、自分の部屋を後にする。

そんな一誠の後ろ姿を見送る黒ウサギ。

 

 

(随分機嫌が悪いな、相棒)

 

大通りを歩き、“サウザンドアイズ”の支店へと向かっている一誠に話しかけるドライグ。

歩幅を変えず、淡々と街道を突き進みながらドライグと会話をする。

 

(『己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨て、我らの”箱庭”に来られたし』そんな謳い文句に誘われて来たこの世界はなんだ? 初めこそ未知の異世界に心躍らせたが、実際には神々(雑魚ども)の『箱庭(おもちゃ箱)』なだけじゃねぇか)

 

店頭の商品を景品に“ギフトゲーム”を開催している露店に軽く視線を向ける。

“ノーネーム”が“ペルセウス”に勝ったことと、一誠たち問題児組がここら辺の“ギフトゲーム”を荒らしまわっていたせいか、全て出禁を食らっている。

 

(何が“神魔の遊戯(ギフトゲーム)”だ。相手の喉笛噛みちぎってでも勝とうとする意志のない雑魚共。そのくせ誇りだのなんだのと鬱陶しい)

(…………つまりは、ご大層な売り込みの割に周りが大したことが無いからイラついていると。まぁ神仏どもに甘やかされている連中なぞ、そんなものだろう)

 

甘やかされている。二人は“箱庭”の住人をそう判断していた。

箱庭都市を覆う大天幕。“階層支配者”によって与えられる試練と恩恵。

そしてそれによって育まれる下位のコミュニティ達。

 

(次がある試練なんぞクソくらえ。端から“恩恵”を与える為だけに用意されたものを“試練”と言えるか? 万人ではなくひと握りの英傑が乗り越えられるからこそ意味が有る)

 

下層で行われているギフトゲームは基本的に誰でもクリアすることができる様なものばかりだ。

それは“階層支配者”が開催するギフトゲームであったとしても例外ではない。

命懸けのものとなると皆無と言ってもいい。

 

(土壇場で勇気振り絞り、一歩を歩み出すのは難しい。しかしそれが出来るからこそ人々は“英雄”と言う。誰も彼もそうであれと言うつもりはねぇ。だが、向上心もなく格上だからと端から勝負を諦める連中に“恩恵”なんぞ不要だろ)

 

人を超えて初めて参加資格を得る“ギフトゲーム(神魔の遊戯)

確かに能力だけ見れば人を超えているだろう。

だが、それだけでは意味がないと一誠は思う。

 

(力もいる、才能も必要だ。だが、それ以上に重要なのは意志だ。…………せめて十六夜達みたいなのが各コミュニティに一人でも居ればなぁ)

 

逆廻十六夜 春日部耀 久藤飛鳥。

才能は人類最高クラス。プライドが高いが相応に根性もある。

彼らのようなひと握りの英傑に相応しい人材がもっと居ればと思ってしまう。

 

(はぁ、オーフィスでも攻めてこねぇかなぁ)

 

いっそ自分が魔王にでもなろうか? そんな物騒なことを終いには考え出す一誠。

此処まで不機嫌なのはまともにギフトゲームに参加できていないからだろう。

ただでさえフラストレーションが溜まっていたのに“人類最終試練”などという最高に面白そうな存在を知ってしまった。

それなのに今の一誠の周りには有象無象しか居ないので余計に不機嫌になっていく。

 

(随分と物騒な事を考えるな。まだ箱庭に来てひと月と経っていないんだ。もう少し辛抱してみたらどうだ?)

(…………はぁ)

(それよりも俺は気になるんだが、何故オーフィスはあんな事をしているんだろうか?)

 

どうにか一誠の機嫌を持ち直し、話題を転換するドライグ

長い付き合いだからか、それなりに楽しみながらもドライグは苦労していた。

 

(これは推測だが、オーフィスの目的がグレートレッドの排除なのだとしたら、おそらく―――)

 

そこまで言いかけて、一誠は会話を切る。

“サウザンド・アイズ”の支店に着いたからだ。

白夜叉に言われているのだろう、店の前に立っていたいつもの店員が一誠に話しかけてくる。

 

「お待ちしておりました。中で白夜叉様がお待ちです」

 

女性店員はそのまま店の中へと入っていく。

一誠もそれに続くように暖簾を潜り、店内へと足を運んだ。

店員と一誠は互いに無言で、すぐに白夜叉の部屋に着いた。

 

「白夜叉様、お連れしました」

「うむ、ご苦労。おんしは業務に戻るが良い」

 

女性店員は白夜叉に一礼すると、一誠とは視線も合わせずに去っていった。

そんな女性店員の態度に白夜叉はため息をつきながら一誠に話しかける。

 

「態々呼び出してすまんの。その…………」

「別に何時ものことだ。気になんかしてねぇよ」

 

苦虫を噛み潰したような表情し、言葉を濁す白夜叉に一誠はきっぱりとそう告げた。

その言葉を聞いて、白夜叉はバツが悪そうな申し訳なさそうな表情をする。

二人共気づいていた。女性店員が一誠に向けた視線が、まるで化物を見るようなものだったことに。

 

「いいからとっと本題を話せ。つまらねぇ用事だったらすぐ帰るからな」

「すまんの。…………さて、本題に入るか。おんしには聞きたいことが2つある」

 

双女神が描かれている扇子を一誠に突きつけながら、白夜叉は鋭い眼光を一誠に向ける。

 

「ひとつ目、“ペルセウス”とのギフトゲームで使用された未知の“恩恵”。二つ目、ルイオスを治すことが出来るかどうか」

「あの英雄もどきが使った『蛇』についてなら知っている。生み出したやつもな。直接渡したのかどうかは知らん。治療については恐らくだが可能だ」

 

“ノーネーム”と“ペルセウス”の戦いが終了してから三日が過ぎた今でもルイオスはミイラの様な状態になっている。

“ペルセウス”は恥を忍んで“サウザンドアイズ”にルイオスの治療を依頼した。

しかし、ルイオスの状態は前例がなく、詳しく状態を確認しようとしたら上層に行くしかない。

今の“ペルセウス”には伝手が無いのでルイオスの治療が不可能なのが現状だ。

 

「そうか。―――“ペルセウス”はルイオスを治せるなら出せるものは何でも出すと言ってきている。治療するつもりならそこら辺の交渉は自分でしてくれ」

「治せとは言わないんだな」

「ふん、あのお坊ちゃんにはいい薬だわい。正直、あの時おんしが止めなければ私があいつを殺していたところだ。―――おんしが言う『蛇』に付いて詳しく聞かせてもらえるか?」

 

不機嫌な表情から一転、白夜叉は今までに見たことがないほどに真剣な表情をする。

一誠は面倒くさいと感じながら口を開こうとし、閉じる。

そこでふと、一誠にある考えが浮かぶ。

 

「…………? どうした?」

「なぁ、白夜叉。俺は確かにあの『蛇』についてよく知っている。だが、それをタダでお前に教えるのはつまらないと思わないか?」

「何が言いたい?」

「“ギフトゲーム”をしよう。もしお前が勝てたら情報はくれてやる。だが、お前が負けたら…………」

「おんしは現状を理解しているのか!? ルイオスの小僧すら上層の英傑に匹敵させる“恩恵”。もしこんなのが無差別にばらまかれたらどれだけの被害が出るか! もしかしたらその被害は“ノーネーム”にさえ及ぶかもしれんのだぞ!」

 

殺気すら飛ばして一誠にそう怒鳴りつける白夜叉。

気の弱いものならそれだけで失神してしまいそうな状況で、一誠は冷笑を浮かべる。

 

「知るかよ。“ノーネーム”に被害が出たら? だったらどうした。俺にはそんなことどうでもいい」

「おんしは―――」

「やるのかやらないのか、選ぶのはお前だ白夜叉。ハンデが欲しいと言うのなら幾らでもくれてやる。お前の望むルールでゲームをやらせてやるよ」

「っ!、いきがるなよ小僧!!」

 

次の瞬間二人は同時に立ち上がり水平に太陽が廻る世界、白夜叉の持つ雪原のゲームフィールドで相対していた。

そして一誠の前には白夜叉の“主催者権限”によって作られた“契約書類”が現れる。

 

『ギフトゲーム名 “赤と白の競演”

 

プレイヤー一覧

・兵藤一誠

 

勝利条件:“主催者(ホスト)”の打倒

 

敗北条件:“主催者(ホスト)”に倒される

 

禁則事項:行為による殺害

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

″サウザンドアイズ″印』

 

「ふん、随分と生ぬるいルールだな。ハンデはくれてやると言ったろ?」

「百年も生きてない若造に遅れを取るほど落ちぶれておらんわ!」

「ハッ。ならせいぜい楽しませろよ、白夜叉ァ!!」

 

獰猛な笑みを浮かべた一誠は白夜叉へと突っ込み、

白夜叉もまた、一誠を迎撃しようと動き出す。

刹那―――二人の“怪物”は白い湖畔の上で激突した。

 

 ◆

 

「「「じゃあこれからよろしく、メイドさん」」」

 

ノーネームの本拠にて、目覚めたレティシアを迎えたのは問題児三人組のそんな言葉だった。

突然の事に唖然とするジン、黒ウサギ、レティシアに問題児たちは持論を語る。

ゲームで活躍したのは自分たちなのだから所有権は自分たちにある。

所有権は等分して6(一誠)2(十六夜)1(飛鳥)1(耀)の割合だと言う。

ちなみにこの等分に関してだが、問題児組は一誠に一切の相談なしで決めていた。こういった事に興味なさそうな一誠ならば問題ないだろうと判断してのことだった。

ツッコミが追いつかない黒ウサギに更なる混乱が襲う。

なんとレティシアがその事について承諾してしまった。

まさかの事態に思わずウサ耳をへにょらせる黒ウサギ。そして喜々としてレティシアの服装を用意し始める問題児たち。

そんな彼らを嬉しそうに見つめていたレティシアは、ふと思い出したように黒ウサギに話しかける。

 

「そういえば黒ウサギ。私はまだ会ったことないが、もう1人新しい同士がいるのだろう?」

「そういや、一誠はどうしたんだ?」

「また部屋に引きこもって読書でもしているのかしら?」

「…………呼んでくる?」

 

一誠を呼びに行こうとする問題児たちに、黒ウサギは慌てたように事情を説明する。

 

「一誠さんは白夜叉様に呼ばれて、“サウザンドアイズ”へ行っています」

 

レティシアを除いた四人は、合点がいった表情をする。

前回のギフトゲームでルイオスに起こったことについてだろう。

自分たちではよくわからないが、あれは“箱庭”の世界に長く居た黒ウサギでも聞いたことがないそうだ。

東側の秩序を司る“階層支配者”として、事情を知らなければならないのだろう。

首を傾げているレティシアに、黒ウサギ達は“ペルセウス”とのギフトゲームについて語っていく。

 

 ◆

 

太陽が水平に廻る白銀の世界。

見る者を圧巻させる壮大なフィールドは、今や無残な姿へと変わり果てていた。

 

「どうした白夜叉ァ! テメェはこの程度か!!」

「おんしこそ先程までの威勢の良さはどうした!」

 

その元凶である一誠と白夜叉の二人は壮絶な笑みを浮かべながら戦闘を繰り広げていた。

それこそ四桁の英傑達ですら巻き込まれただけで消し飛んでしまいそうなほどに激しく。

―――白夜叉から放たれた炎波がまるで蛇の様にうねり、一誠へと襲いかかる。

見た目こそ綺麗な色をしているが、その破壊力は想像を絶する。

白夜叉が放ったのは太陽コロナ、その温度は百万度を優に超える。

鉄すら跡形もなく蒸発させる超高温の炎に対し、一誠は臆さずに攻め込む。

そのまま炎を何もせずに打ち破り、魔力によって構成された槍を白夜叉に振るう。

 

(幾らなんでも出鱈目すぎるじゃろ! 100万度を超えるコロナの中を無傷で突っ切るなぞ!?)

(なるほど、太陽の“星霊”ね。確かに強力な力を振るう。俺が知るどの太陽神どもよりも遥かに強い。それこそ原初の火(レーヴァテイン)だって目じゃねぇくらいに)

 

白夜叉は鉄扇で、一誠は槍で鍔迫り合いをしながら、お互いの力量をより細かく把握していく。

 

(私の力が及ばない“恩恵”? なんだ、それは。こやつの力の正体がまるで見えん。しかし、どこか近親感を感じる…………?)

(能力の相性上、俺の方が有利だな。その上、白夜叉は力を抑える為に仏門に帰依しているんだったか。抑えられた状態でこれだけの力を扱えるんだ。全盛期のこいつはオーフィスやグレートレッドの足元程度(・・・・)の実力はあったわけか)

 

正体の分からない一誠の力に冷や汗を感じながら、白夜叉は後退する。

白夜叉を追い、進撃してくる一誠に対し、七千度程する火球を数十発即座に打ち込む。

周囲の氷が溶ける事すらなく蒸発する中、爆炎の中から無傷の一誠が飛び出してきた。

今度はお返しだとばかりに数発の魔力弾を形成し、白夜叉に対して放つ。

白夜叉は高速で後ろに下がりながら、火球を同じだけ放つ。

魔力弾と火球はぶつかり合い相殺…………されずに、火球を難なく打ち破った魔力弾はその勢いを落とすことなく白夜叉へと殺到した。

 

「ちぃ!!」

 

自身の攻撃が相殺すらできなかったことに舌打ちをしながら鉄扇で魔力弾を全て弾く白夜叉。

ほんの一瞬だが、意識がそれた白夜叉の背後を取った一誠は、そのまま槍を振るおうとして、即座に後退した(・・・・・・・)

白夜叉の周りから先ほどのコロナよりも遥かに強力な火柱が立ち上がった。

その火柱からまた火柱が、その火柱から更に火柱が発生し、網目の様に重なり、一誠を捉えようとする。

それに対し、一誠は宙を(・・)蹴った。

飛ぶのではなく跳躍。

原理的には耀やグリフォンとあまり変わらない。

彼らが旋風を操り空を踏みしめるように、一誠も魔力を操り足場を作って跳躍しているのだ。

火柱の一本一本が大きいので、一誠一人が網目の隙間を抜けるぐらいワケない。

一誠は即座に安全圏へとルートを導き出し、即座に行動した。

一瞬、本当に一瞬で火柱の包囲網から一誠は逃れた。

一誠の今の速度を神速とするならば、春日部耀の速度は亀の一歩にも等しい。

状況判断、力の使い方。それら全てが長い時間で培われた熟達のそれだと分かる。

一誠が今まで相手をしてきた連中を思えば、実戦経験で一誠と並べるのは“ノーネーム”でもレティシアくらいだろう。

しかし今現在一誠が対峙しているのは凡百の存在ではない。

天動説として、嘗ては全ての宇宙観(コスモロジー)に君臨していた太陽神にして元“人類最終試練(ラスト・エンブリオ)”。

神々としての神威と、魔王としての王威。その二つを生まれた時から手にして発生した星霊最強個体・箱庭席次第10番。

白き夜の魔王・白夜叉。

今現在の彼女は仏門に帰依することよって力を抑えている状況である。

それこそ全盛期に比べれば遥かに弱体化している。

しかし、箱庭の黎明期から存在した最古の魔王である彼女の経験は、一誠を遥かに凌ぐ。

一誠が安全圏と判断し、着地した場所から火柱が上がる。

それは攻撃の為ではなく捉える為のもの。

そう、一誠は誘い込まれたのだ。

 

「っ! これは―――」

「小僧、死ぬなよ!!」

 

炎によって拘束されている一誠を囲む様に十四本の火柱が立ち上がる。

その火柱は倒れるように一誠へと襲いかかった。

ここに一誠と白夜叉以外の存在が居れば、一誠が炎の槍で串刺しにされたように映っただろう。

一誠を中心に炎は集まっていき、次第に丸みを帯びていく。

それを見たものは全員が等しくこう思うだろう―――“太陽”と。

 

「ハァハァ…………っ」

 

肩で息をしながら太陽を見つめる白夜叉。

力を抑えられている今の彼女の限界以上の力を使ったのだからそれも当然だろう。

 

「…………此処までやっておいてあれじゃが、死んでおらんよな?」

 

顔を真っ青にして、思わずやってしまったという表情をする白夜叉。

久方ぶりの強敵を相手に、白夜叉もタガが外れてしまったのだ。

実は途中から白夜叉も結構ノリノリで楽しんでいた。

しかし、そんな白夜叉の心配も杞憂に終わった。

 

「は?」

 

普段の白夜叉なら絶対に見せないであろう、口をポカンと開けて呆然とした表情をしている。

なぜなら、バン! と空気が破裂するような音と共に太陽が砕け散ったからだ。

そして中から首をポキポキと鳴らしながら、無傷の一誠が出てきた。

 

「いや…………いやいやいや! 幾らなんでも無傷はありえんじゃろ!?」

「ああ、おかげで少し焦げ臭くなった」

太陽核(・・・)に閉じ込められて少し焦げ臭くなっただけ!?」

 

白夜叉が此処まで取り乱すのも仕方がないだろう。

なにせ先ほどの白夜叉の攻撃は、太陽主権一四個による太陽核の生成(・・・・・・・・・・・・・・・・)だったのだから。

核融合によって形成される太陽核の温度は約1500万度。

仏門に帰依する前の白夜叉なら“拝火教”の悪神・善神すら焼き殺す事が可能な程である。

 

「私は未だかつて、此処まで理不尽な存在を聞いたことも見たこともない」

「お前も周りからしたら大差ねぇだろ」

「いいや、おんしほど私は酷くないもんね!」

「もんとか言うな気色悪い。年考えろロリババア」

「ぶち殺すぞクソガキィ!!」

「やれるもんならやってみろ」

 

お互いに獲物を構える二人。

しかし、今度は溜息と同時にどちらからともなく武器を下ろした。

 

「やめじゃ、やめやめ。今の私ではあれ以上の力は出せん。私の負けだ」

「…………まぁいい。俺もだいぶ満足したからな。『蛇』についての情報はくれてやるよ」

「それはありがたいんじゃが…………流石に私も疲れた。また後日、頼む。あー、それと。おんし何か望むものはあるか?」

「いきなりどうした?」

 

怪しげな物を売る商人を見るような目で白夜叉を見る一誠。

そんな一誠の様子に、白夜叉は酷く疲れた表情をしながら応える。

 

「成り行きとはいえ、これは私が開催したゲームだ。ならば私は“主催者(ホスト)”としてクリアしたプレイヤーに相応の報酬を与えねばならん。前回と違い、直接戦って負けたからの。望むものは何でも用意しよう」

 

白夜叉のその言葉に、一誠は納得した。

本意ではないといえ自分が開催したゲームなのだからクリアした者には相応の物を与える。

どのような状況であれ、“主催者(ホスト)”としての矜持を通そうとする。

そんな白夜叉の姿勢に、一誠は好感を抱いた。

だから―――、

 

「―――なら白夜叉。俺に隷属しろ」

「!!?」

 

一誠は遠慮なく報酬(白夜叉)を頂くことにした。

 

 ◆

 

白夜叉とは後日に色々と話し合うことを決め、一誠は“サウザンドアイズ”を出た。

かなり時間が経っていたのか、周りは既に暗くなっていた。

周りの商店が次々に店を閉めていく中、店から出てきた一誠に近づいてくる人影がある。

 

「レティシア=ドラクレアだったか?」

「ああ、会うのは初めましてだな。 これからはコミュニティの同士としてよろしくお願いします、“ご主人様”」

「…………その格好と俺に対する呼び方はお前の趣味か?」

 

プラチナブロンドの長髪が栄える美少女はメイド服を着ていた。最後は綺麗な笑みを浮かべながらそう伝えるレティシア。

一誠の態度に、レティシアは首を傾げながら事情を伝えた。

 

「つまり、レティシアに関する所有権は俺らで等分。俺の持分は6割で他の連中の希望でメイドをすることになったと」

「うむ」

「…………しかも俺とは話したこともなかったから態々一人で迎えに来て、それ知った十六夜達にそう呼ぶように言われたと」

「気に召さなかったか? マスターが『やはは。メイドが嫌いな男なんて居ねえよ。更に笑顔で“ご主人様”って言えば好感度アップだな』と」

「ああもういい。事情はよくわかった」

 

レティシアから事情を聞き、後でバカ(十六夜)に制裁を加えようと決心する一誠。

一誠はため息が出そうなのを我慢して、レティシアに話しかける。

 

「俺の名前は兵藤一誠だ。兵藤でも一誠でも好きに呼べ」

「では主殿と呼ばせてもらおう」

「もういい…………好きにしろ」

 

若干ゲンナリしながらもそう応える。

レティシアは天然なのだろうか? と疑念に思う一誠。

彼女からしてみたら今の自分は使用人の立場なのだからそう呼ぶのが当然だと思っての事だった。

 

「しまった、急がないと遅れてしまうな」

「?」

「新たな同士を迎えた“ノーネーム”の歓迎会を開くんだ…………っと、始まってしまったか」

 

レティシアが頭上を見上げながらそう呟く。

一誠もつられるように上を見上げると、星が一つ、また一つと流れて行き、やがて流星群となっていった。

 

「主たちが“ペルセウス”を倒したからな。敗北した為に“サウザンドアイズ”を追放され、あの星々からも旗を降ろすことになったんだ」

 

レティシアの言葉に疑問を抱いた次の瞬間、星空を見上げていた一誠は驚愕し、絶句した。

一際大きな光が星空を満たしたかと思えば、そこに存在してあったはずのペルセウス座が流星群と共に完璧に消滅していたのだ。

それこそ嫌と言うほど奇跡を嫌と見てきた一誠といえど、今回の件は驚きを隠せなかった。

 

「クックク、ハハハハ」

 

一誠は思わず笑ってしまった。

それは歪んだ笑みではなく、心底面白いもの見たような、そんな純粋な笑いだった。

そんな一誠の心情を察してか、レティシアは嬉しそうに話しかける。

 

「主殿、“箱庭(この世界)”は気に入ってもらえたかな?」

「ああ。此処まで面白く感じたのは久しぶりだ」

「それはよかった。だが、これ以上に主殿を楽しませられるものが“箱庭”には沢山ある。私が保証しよう」

「くっくっく。そうかい。そいつァ最高に面白そうだ」

 

未だに振り続ける流星群を心底面白そうに見つめる一誠。

そんな一誠に嬉しそうな笑みを浮かべるレティシア。

二人はお互いに笑みを浮かべながら“ノーネーム”へと歩いていく。

 




レティシアと白夜叉、どっちがヒロインに見えるのだろうか?

ちなみにこの後、黒ウサギといい雰囲気で星空を見ていた十六夜くんは一誠により折檻されました(`・ω・´)リアジュウシスベシジヒハナイ

タグが一杯なのでここで報告します。
問題児組以外にも約一名強化する事にしました。
誰を強化するか分かる人には分かるんじゃないかな。

訂正です。一名ではなく2名です。
もしかしたら今後増えるかも

感想を貰えると作者は喜びます(乞食)


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問題児VS問題児

これは主人公最強テンプレ作品です。嫌な人は読まずにブラウザバックしてください。


「さて、とっとこれを治すとするか」

 

一誠の見下ろす先には、寝台でミイラの様なルイオスが横たわっていた。

そして一誠の後ろには執事服を着たルイオスの側近が不安そうな表情を一誠に向けていた。

 

「報酬の件忘れるなよ?」

「白夜叉様の“主催者権限”によって契約しましたから。ルイオス様を治して頂ければ必ずお渡しします」

 

その言葉を聞き、口の端を吊り上げる。

一誠が“ペルセウス”に要求した物は、普段なら絶対に受け入れられなかっただろう。

しかし、今の“ペルセウス”を立て直す為にはどうしてもルイオス=ペルセウス(英雄)が必要なのだ。

そのため暴利ともいえる報酬を“ペルセウス”は一誠に支払うことを約束した。

またルイオスの症状は前代未聞で、白夜叉の好意もあり、例え治療に失敗しても一誠に何らペナルティ(罰則)は科せられない。

 

(さて、始めるかドライグ)

(ああ)

 

一誠がルイオスの体に左手で触れると、赤い籠手が出現する。

美しい宝玉を携え、使用者の力をどこまでも高め、神をも屠る十三種の一つ『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』。

 

『BoostBoostBoost!!!』

「譲渡」

『Transfer!!』

 

籠手から赤いオーラがルイオスへと流れていく。

それはルイオスの体の隅々へと浸透していき、

 

「ガアアァァァァアアアアァァアアアアアアアアッ!!!?」

 

ルイオスが激痛によってのたうち回る。

すぐさま一誠の手加減した重力魔法により押さえつけられるが、体は痙攣しビクビクと動いている。

一誠は右手に魔法陣を展開させ、ルイオスの状態を精査していく。

 

(ふむ、とりあえず実験は成功だな。“霊格”への強制干渉がどういった結果になるかはこれからだが)

(オーフィスの狙いが俺の推測通りだとしたら、油断はできない。今のうちに手を幾つか用意しておかないとな)

 

一誠は淡々と魔法陣に記されていく数字を記憶していく。

本来ならば、ルイオスを安全に治す方法は存在する。

魂が食い荒らされている、いわば生命力が低下している状態だ。

仙術によって徐々に生命力を回復させていくのが確実なのだが、それだと完治するまでどれほど時間が掛かるか分からない。

また、オーフィスの様に“霊格への強制干渉と肥大化”が可能なのかを一誠が実験したいこともあり、ルイオスの荒療治が実行された。

ただし、一誠とドライグを除き、それを知る者はいない。

 

(へぇ、安定したか。死ぬ確率の方が遥かに高かったんだがな。腐っても英雄ってことか)

(嬉しそうだな?)

(そうだな。性格は最悪のゲス野郎だが、素質はある。いずれ大成するだろう)

 

一歩を踏み出し、災厄に立ち向かう。

勇気と知恵を振り絞り、困難に立ち向かうことができる。

今は無理だが、ルイオス=ペルセウスはいずれ本当の“英雄”になれるだろう。

体も髪も元に戻っており、顔は涙とよだれでボロボロになっているルイオスを見下ろしながら、一誠はそう確信する。

 

「おい、こいつに言っておけ。『貴様に相応しいと感じたら返してやる』とな」

 

一誠はルイオスへと駆け寄る側近に一方的に告げ、その場を後にする。

 

 ◆

 

一誠が“ノーネーム”の本拠へと戻ると、そこには問題児組と黒ウサギ、ジン、レティシアの六人が待ち構えていた。

十六夜は開口一番、一誠に言い放った。

 

「おい一誠。俺と戦え」

 

一誠は視線を十六夜の後ろへと移し、興味津々の飛鳥と耀。苦笑しているレティシアとジン、オロオロとしながら今にも涙を流しそうな黒ウサギ。

なんとなく事情を理解した一誠は、呆れた表情をしながら十六夜に応える。

 

「あの時言っていたのは本気だったのかよ」

「当然だろ」

 

やる気満々で拳を構える十六夜を見て、一誠はため息を吐く。

確かに十六夜ならばそのうちもっと強くなるだろう。

もしかしたら一誠が驚異と感じるくらいに強くなるかもしれない。

だが、今現在は青い果実でしかない。

少なくとも白夜叉やアルゴールよりも弱い。

だから、一誠は一つ条件を付けることにした。

 

「黒ウサギ、お前も入れ」

「…………はい!? なぜ、どうしてそうなったのでございますか!!?」

「おい、一誠!」

 

突然の事にパニックになる黒ウサギと不満な表情を向ける十六夜。

一誠は黒ウサギを無視して十六夜と向き合う。

 

「二対一だ。それが飲めないのなら止めだ」

「まるで俺だけじゃ勝てない様な言い草だな」

「当然だろ。身の程を知れ」

 

その言葉に十六夜は幾つもの青筋を浮かべて一誠を睨みつける。

十六夜のそんな視線を受けても、一誠は脅威を一切感じなかった。

少なくとも十五年間、一誠は力の練磨を怠ったことは一度もない。

マトモな経験も技術もない十六夜に負ける気など一切なかった。

 

「ちょっと待ってください! 同じコミュニティの同士である一誠さんと戦うなんてできません!」

 

険悪な雰囲気を出す両者に、黒ウサギから待ったがかけられる。

献身を象徴する月のウサギである黒ウサギからしたら同じコミュニティの仲間同士で戦うのを止めたいくらいなのだ。

それに自身も参加するなど、黒ウサギとしてはできない。

 

「良いではないか、黒ウサギ」

「レティシア様!?」

「ここ最近、思いきり体を動かしていないだろう? ストレス解消程度の軽い気持ちで主殿にぶつかってみろ」

「レティシアさまぁ…………」

 

まさか問題児たちの味方をすると思っていなかったのか、黒ウサギは涙目でレティシアに視線を向ける。

確かにここ最近、問題児たち(プラス白夜叉)によって色々な意味で苦労している。

なら、たまにはこういうのも良いかもしれない。

黒ウサギは十六夜の隣に立ち、一誠に向かって身構える。

 

「手加減はしてやる。お前らは死ぬ気で来い」

「上っ等だゴラア!!」

「ちょ、十六夜さん!」

 

黒ウサギの声も聞かず、十六夜は大地を蹴り、一直線に殴りかかった。

残像を置き去りにし、山河を砕く拳を―――。

 

「…………なっ、」

 

一誠は、片腕一本で受け止めた。

 

「格上とわかっている相手に真正面から突っ込むな、バカが」

 

拳を抑えている方とは反対の腕に力を込め、十六夜の腹を殴りつける。

山河を砕く(・・・・・)程度に力を込められた一誠の一撃を受けて、十六夜は軽く吐血する。

普通の相手ならこれで終わりだろう。

しかし、逆廻十六夜は普通なんて言葉から遠い最強の問題児。

一誠に掴まれて微動だにしない自分の腕を起点に、体を捻って蹴りを放つ十六夜。

しかし、一誠は腕を離して、十六夜よりも早く蹴りを叩き込む。

吹き飛ばされた十六夜を黒ウサギが受け止める。

 

「大丈夫ですか十六夜さん!」

「ああ。…………仕方ねえ。黒ウサギ! 考えがある、俺と同時に攻めろ!」

「ちょっと十六夜さん!? …………ああもう、こうなればヤケクソなのデスヨ」

 

十六夜と、少し遅れて黒ウサギが一誠へと肉迫する。

ほぼ同じタイミングで攻撃を仕掛ける二人。

しかし、一誠は十六夜の攻撃を受け流し、そのまま黒ウサギの方へと放り投げた。

 

「がッ!?」

「十六夜さん!?」

「お前はお前で、よそ見するな黒ウサギ」

 

隙を見せた黒ウサギの腹へと掌底を叩き込む。

重力魔法を利用しており、威力はソコまでないが、派手に黒ウサギは吹き飛ばされる。

地面に横たわる二人を見て、外野から声が上がる。

 

「ちょ、ちょっと! 幾らなんでもやりすぎでしょう!」

 

飛鳥は慌てて黒ウサギに駆け寄ろうとするが、それはレティシアによって止められた。

止められた飛鳥はレティシアに言い募ろうとしたが、それよりも先にレティシアが口を開く。

 

「大丈夫だ。黒ウサギの方は見た目ほどの威力はない。十六夜の方も精々骨折程度だろう。それに―――」

 

ガシッ! と一誠の傍らで倒れていた十六夜が一誠の足を掴んだ。

まるで万力の様にミシミシと音を立てながら足を掴んだ十六夜は、黒ウサギに向かって言い放った。

 

「今だ! やれ、黒ウサギ!!」

「はい!」

 

燃え上がるような緋色へと髪を変貌させ、黒ウサギは“擬似神格・金剛杵(ヴァジュラ・レプリカ)”を構える。

金剛杵から放たれる青い稲妻は、炎を帯びた紅い稲妻へと姿を変える。

周囲を燃やし尽くすほどの力を蓄えた“擬似神格・金剛杵”に周りはギョッとする。

 

「止めろ黒ウサギ! 周囲一帯を吹き飛ばすつもりか!?」

 

ここに来て、初めてレティシアが悲鳴をあげた。

十六夜と黒ウサギの二人が何か企んでいるのは分かっていたが、まさか“擬似神格・金剛杵”まで持ち出すとは思いもしなかったのだ。

一誠は舌打ちを堪えながら、十六夜を遠くへと蹴り飛ばす(・・・・・・・・・・・・・)

 

「擬似神格解放…………! 穿て、“軍神槍・金剛杵(ヴァジュラ)”――――!!!!」

 

紅蓮の炎と神雷の束を、一誠に向けて投射した。

金剛杵(本体)を燃やし尽くす代わりに、一度限り神格を解放するギフト。

本来なら魔王相手でも使わないかもしれない、黒ウサギの切り札。

色々とヤケクソ気味な所はあるが、黒ウサギはどことなく確信していた。

兵藤一誠はこれでも倒せないだろうと。

 

帝釈天(インドラ)の雷か。やるな、黒ウサギ」

 

全てを焼き尽くす神雷の嵐の中、一誠は口の端が吊り上がるのを止められなかった。

まさか、たかが眷属でしかない黒ウサギが、正真正銘帝釈天の雷を扱ってくるとは思いもしなかった。

一誠は亜空間から一本の長槍を取り出し、それを神雷(ヴァジュラ)に目掛けて放つ。

 

「穿て―――“神槍・宇宙原理(ブラフマーストラ)”―――!!!」

 

一誠が放った槍は帝釈天の神雷を蹂躙し、かき消していく。

インド神話最高神の1人、ブラフマーが作りあげた神槍。

箱庭では“擬似創星図”の一つであり、この神槍の本質は“勝利を確約させる”と言う権能を秘めていること。

それを覆すには同等、或いはそれ以上の力をもって神槍を防ぐしかない。

黒ウサギの放った“軍神槍・金剛杵(ヴァジュラ)”は一誠の放った“神槍・宇宙原理(ブラフマーストラ)”によって完全にかき消されてしまった。

黒ウサギも半ば防がれるだろうと思っていたが、無傷、それも神槍(ブラフマーストラ)を出してくるとは思ってもいなかった。

驚愕したのは黒ウサギだけではない。

レティシアにジンも驚愕していた。黒ウサギが金剛杵(ヴァジュラ)を放ったこともそうだが、それ以上に一誠が神槍(ブラフマーストラ)を使用したことに。

飛鳥と耀も、黒ウサギの攻撃から、もはや凄すぎて何がなんだか理由(ワケ)がわからなかった。

だが、同時にプライドも刺激されていた。

前に白夜叉に言われた事を思い出していたからだ。確かに、黒ウサギ達に比べれば自分たちは弱いだろう。

だからと言って、そこで諦めるような可愛げある性格をしていない。

 

「何時か、絶対に追いついてみせるわ!」

「…………うん!」

 

飛鳥と耀は決意を込めた瞳で一誠たちを見つめる。

各々が複雑な心境で見守る中、十六夜はドサクサにまぎれて一誠の背後に回り込んでいた。

黒ウサギの攻撃に巻き込まれないように、一誠に慌てて蹴り飛ばされため、割と重症だ。

フラフラしながらも己の足で立ち、一誠めがけ拳を振り下ろす。

 

「…………お前なら絶対に防ぐと思ったよ」

 

その言葉に反応するかの様に一誠は後ろへと振り返り―――、

 

「―――俺に一撃を入れたのはお前で二人目だよ、逆廻十六夜」

 

ペチンと軽い音と共に一誠の頬へと十六夜の拳が当たった。

一誠の言葉が聞こえていたかは分からないが、十六夜は満足そうな表情を浮かべて気を失った。

倒れる十六夜を、一誠は片腕で受け止め、最低限の治療を施す。

 

(破格の才能だな、この小僧は。久方ぶりに人間相手に驚いたぞ)

(ああ、前言撤回だ。十六夜に今必要なのは技術ではなく実戦経験だ。そこら辺は耀も同様だな。問題は飛鳥か。さて、どんな武具を作ればいいのやら。今は最低限、死なない様にするための物を渡すしかないか)

 

十六夜は放置、耀はフェンリルに任せ、飛鳥には護身術を教えようと決める一誠。

十六夜と違い、一誠には武術の才能が無い。

武器・無手ともに最低限の基礎程度しか知らず、ほぼ実戦で磨かれた我流だ。

故に、飛鳥には最低限教える程度がちょうど良いと判断する。

 

「大丈夫ですか、十六夜さん!」

 

戦闘は終了したと判断した黒ウサギは、ボロボロの十六夜を心配して駆け寄る。

今まで傍観していたレティシアたちも一誠の元へと寄ってくる。

 

「い、今すぐ医療室へ運ばなくては!」

「必要ねぇよ。出血と骨折だけは直しておいた。十六夜の生命力なら三日も安静にしていれば完治するだろ」

 

その言葉にホッとする黒ウサギ。

視線を十六夜から一誠へと移し、疑問を投げかけた。

 

「一誠さん、先ほど投げた槍はブラフマーストラですよね? それもレプリカではなくオリジナル」

 

黒ウサギに続くようにジンも慌てたように一誠に問いかける。

 

「そういえば“ペルセウス”とのギフトゲームの時、僕に本物の“ハデスの兜”を貸してくれましたよね。ガルド=ガスパーの時には“フェニックスの涙”を耀さんに使ってくれました。それに交渉の時にはドラウプニルを提示してゲームを認めさせたとも聞きました。一誠さん、どうしてあんなにも神々の武具や貴重品を持っているんですか?」

 

ジンは真剣な表情で一誠に問いかける。

一誠が今までジン達に見せてきたのはどれもこれも貴重な物ばかりだ。

それこそ下層なら、名や旗を賭けるコミュニティが出てもおかしくない程に。

特にブラフマーストラ、ハデスの兜、ドラウプニルは神々が所持している代物だ。

神々が人間に対して、自分たちの武具を与えることは珍しくない。

だが、与えられた人物は例外なく神話に刻まれている。

それこそ誰もが名を知っている大英雄などだったら納得もできる。

しかし、この場に居る誰もが箱庭に呼ばれるまで、一誠の存在を知らなかった。

だからこそ、ジンとしても一誠が何者であるのか、コミュニティのリーダーとして見極めなければならない。

 

「そうだな。…………隠しているわけでもないし、別に構わないか」

 

一誠がそうポツリと言葉を漏らした瞬間、一誠の背後の空間が大規模に歪んだ。

そこから現れる大量の武具。

剣、弓、槍、鎚、胸当て、籠手、兜。

東西、時代を関わらず、あらゆる形の武器・防具がその姿を晒す。

ボロボロの青銅の剣、見る者を魅了する盃、独特な形をしている槍etc。

見た目的に戦うのに適してなさそうなのも含まれるが、そこに一切の例外なく、見る者を圧倒させるオーラを醸し出していた。

飛鳥、耀の二人は圧倒され、武具の数々に目を輝かせていたが、ジン、レティシア、黒ウサギの三人は絶句していた。

 

「穂が五つに分かれている槍に、黄金の輝きを放つ剣。杖や矢に形を変える雷」

「光輝く剣に、剣や杖に形を変える炎。黄金で作られた穂先にルーンを刻んだ槍」

「神珍鉄の棒に、梵字の刻まれた三叉の槍。それにあれは金剛杵(ヴァジュラ)!?」

 

黒ウサギ達はそれがどの様な物か理解し始めると、顔を真っ青に染め上げた。

有名なのからマイナーなモノまで。

どれもこれも人間が持つには不相応な一級品の武具たち。

箱庭広しといえど、これ程のギフトを個人で所持している者は誰一人としていない。

 

「ブリューナク!? それにエクスカリバーにケラウノス!!?」

「クラウソラスにレーヴァテイン。それにグングニル…………」

「如意金棍棒にトリシューラ。なぜ、一誠さんがこれ程大量の神格武装を所持しているのですか!!?」

 

それら以外も、全て三人が上げたモノに勝るとも劣らない武装ばかり。

現れた武装の中には、“疑似創星図(アナザー・コスモロジー)”に含まれる物が幾つか見受けられる。

三人の驚愕した声を聞きながら、一誠は十六夜を担ぎ上げた。

 

「今説明するのも面倒だ。そのうち説明しているよ」

「ちょっと待ってください!」

「話はここまでだ。十六夜を運ばないといけないしな」

 

ジンの静止の言葉も聞かず、一誠はノーネームの本拠へと足を運んだ。

そんな一誠の後ろ姿を呆然と見つめるジン達。

いち早く立ち直ったレティシアが、黒ウサギへと話しかける。

 

「そういえば黒ウサギ。金剛杵はどうした? “軍神槍・金剛杵(ヴァジュラ)”を使ったら、あれは燃え尽きてしまうはずだろ?」

「…………あう、どうしましょう」

 

先程まで一誠が居た場所に落ちていた、半壊の金剛杵を見て、黒ウサギはウサ耳を萎れさせる。

仮にも帝釈天の雷に耐えられる武具なので、直すのにお金も時間も掛かる。

しかも下層で直せる技術者が居るかも分からない、仮に居たとしても“ノーネーム”を相手に引き受けてくれるかどうか。

黒ウサギは涙目になりながら、慣れないことはするものじゃないと悟った。

 

 ◆

 

「一誠が現れた」

「…………確か、ドライグとかいう龍種をその身に宿しているんだったか?」

「うん」

『それは楽しみだ。いずれ相見える時が来れば、その力を我が血肉としてくれる』

「まあ待て。聞かされた話が事実なら実に魅力的な人材だ。最低でも勧誘はしてくれよ」

「そうね。強力な魔法使いという話だし、一度会って話をしてみたいわ」

『話がどこまで事実か分からないがな。…………そういえばリンはどうした?』

「変態と一緒に買い出しだよ。もうすぐ帰ってくるんじゃないか?」

「たっだいまー、遅くなりました!」

『もう少し静かにしろ。ところであの変態はどうした? 一緒に行動していたのだろう?』

「それが何時もの発作を起こして消えてしまいました。たぶん、北側に行ったのでしょう。あ、オーフィスちゃん。これお土産。今の時期しか手に入らない南側特有の果物だって」

「ありがとう」

「そういえば殿下達は集まって何をしていたの?」

「オーフィスの言っていた兵藤一誠が“箱庭”に訪れたようだ」

「へー。話半分だとしても魅力的な人材です。軍師(メイカー)としては是非とも欲しいですね」

「それは俺も同意見だ。だが、今は表立って動けない。接触を図るにしても等分先だな。…………安心しろ、オーフィス。何があっても俺たちがお前の夢を叶えてやる」

「…………うん」




話の進行が遅くてごめんね。

予定では二巻の内容に入るつもりだったんだ。
ただ、ルイオスの事を忘れていてね。
気がついたら一誠VS十六夜(+黒ウサギ)戦を書いていたんだ。

次の更新は未定です。
なるべく早く更新できるように頑張ります。

それと、やっぱり非ログインユーザーでも感想を受け付けるようにしました。
お騒がせして申し訳ありませんでした。


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あら、魔王襲来のお知らせ?
火龍誕生祭


これは典型的な主人公最強テンプレ作品です。それが嫌な人はブラウザバックしてください。


“ノーネーム”が“ペルセウス”に勝利してから約一ヶ月ほど。

早朝、外は心地よい空気に満たされているのに対し、一誠の部屋は乾いた空気に満たされていた。

 

『流石の相棒もお手上げか』

「ミンチになりたいか? ドライグ」

『おお、怖い怖い。そう苛立つな、相棒。これはどう見ても科学の産物だ。幾ら相棒と雖も(いえども)専門外だろう』

 

ふんと、ドライグの言葉に不機嫌そうに鼻を鳴らす一誠。

その手には乾き、凝固した血塊が幾つも入っている小瓶が握られていた。

前回の十六夜との模擬戦時に、回収していた血液を調べていたのだ。

その結果、極小の機械が混じっている以外、逆廻十六夜がごく普通の一般人だという事が分かった。

 

「この結果が正しいなら、十六の力の源はこれ(機械)に間違いない」

『純粋な技術だけであそこまでの力を持たせられた人間か。…………恐ろしいな』

 

人間以外の種族の血が混じっているわけでもなく、神器を宿しているわけでもない。

それなのに逆廻十六夜は、神仏も驚く程の身体能力を宿している。

その根源が、目の前にあるというのに解析(理解)できない。

一誠はもどかしく思いながらも、小瓶を亜空間へと収納する。

そして、タイミングを見計らったようにコンコンと扉をたたく音がした。

 

「開いている」

「し、失礼します!」

 

緊張を含ませた幼い声が扉の向こうから聞こえてくる。

小さい背丈に合わせた、割烹着と狐耳が特徴的な少女がカートを押して入ってくる。

狐耳の少女は緊張した面持ちで朝食の載ったカートを押し、見ていて可哀想な程に緊張したまま一誠に一礼して、

 

「り、り、り…………りりとおんもうします!」

「は?」

「あぅ…………」

 

見事に撃沈した。

顔を真っ赤に染め、俯き、パタパタと二本の尻尾と狐耳を忙しなく動かす少女。

その少女を見て、一誠はああと思い出した。

 

「年長組のガキか。態々飯を持ってきてくれたのか?」

「は、はい」

「今度から持ってこなくていいぞ。そっちも面倒くさいだろ?」

 

その言葉に狐耳を萎れさせる。

若干涙目になりながらも、いそいそと朝食の準備を始める。

ハーブティーをカップに注ぎ、備え付けのテーブルに朝食を綺麗に並べようとする。が、

 

「そのままでいい、後でカートごと持っていく」

 

その言葉を聞き、ハーブティーの入ったポッドを持ったままオロオロとするリリ。

今にも涙を流しそうな少女を見て、一誠は溜息を吐きそうなのを我慢しながらお茶に手を付ける。

一口飲み、少し驚いた表情をする。

 

「へぇ、美味いな」

「ほ、本当ですか?」

「ああ」

「よかったぁ…………」

 

パァっと花の咲いたような笑みを浮かべ、嬉しそうに尻尾と狐耳をパタパタと動かす。

そんな少女に視線を向けながら、一誠は朝食にも手を付け始める。

 

(八坂の所のガキみたいだったら、問答無用で追い出すんだがなぁ)

 

卵と色々な野菜が挟まれているサンドイッチを食べながら、一誠は内心で溜息を吐く。

自分の目的の障害になるなら、例え赤子であろうとも容赦しない一誠だが、そのせいか善意を持って接してくる子供が苦手だった。

お互いに利用し、利用させる関係の方が楽だと思いながら、朝食を次々に胃の中へと収めていく。

そんな一誠の様子を、ニコニコと嬉しそうに見つめるリリ。

最後にもう一杯ハーブティーをもらい、それをゆっくりと呑む。

そんな一誠に、リリは突然頭を下げ、お礼を述べた。

 

「あの、ありがとうございます!」

「…………何がだ?」

 

今度はなんだと思いながら、リリに問い返す。

 

「その…………このハーブティーは菜園で採れた物で。本拠の裏手を切り開いた場所に、とっても小さいですけど、みんなで育てたものなんです。人も少ないですし、家畜も種も殆どありませんが、昔は土地が死んでいたので、本当に何もできませんでした。少しずつですが、農園が復興できるようになりました」

 

リリの言葉に、一誠は納得する。

時間操作による土地の自壊。

それによって広大な“ノーネーム”の土地は使い物にならなくなっていた。

一誠が土地を直したことは黒ウサギから聞いているのだろう。

一誠は知らないが、元々“ノーネーム”の農地は代々リリの一族によって管理されていた。

だからこそ、土地がまた使えるようになった嬉しさは一入なのだろう。

 

「別に感謝されるようなことじゃない。あれは“箱庭”に召喚してもらった礼みたいなものだ」

「それでもありがとうございます! 本来ならあの土地を復活させるような大規模なゲームは、凄く危険だって、黒ウサギのお姉ちゃんが言っていました。…………皆も二度と土地を耕せないだろうと諦めていたので」

 

三年間、保護者が黒ウサギだけで食べるものにも苦労していた“ノーネーム”。

誰も口には出さなかったが、色々と諦めていたところもあったのだろう。

しかし、一誠たちが箱庭に来てから変わった。

水にも食料にも困らず、昔の仲間であるレティシアを取り戻し、土地を元に戻してくれた。

彼らなら何時か、名と旗も取り戻せるだろうと、希望が持てるようになった。

年長組として、コミュニティの為に何もできなかった自分たちが少しでも役立てるようになった。

それがとても嬉しいのだろう。

はにかみながら嬉しそうに笑うリリに、一誠は思わず苦笑する。

 

(やっぱりこういうガキは苦手だ)

 

自分が人間としてイカレている事を一誠は自覚している。

だからこそ、こうした純粋な子供が苦手なことも自覚していた。

 

「ん?」

「…………?」

 

何とも言えない空気の中、二人は同時に首をかしげた。

ヒラヒラと窓の外から一枚の手紙が降ってきたからだ。

既視感のある投書を掴み、差出人を確認する。

封蝋には向かい合う総女神の紋、“サウザンドアイズ”の旗印が刻まれていた。

それを見て、思わずリリは叫ぶ。

 

「す…………凄いです! “サウザンドアイズ”の印璽が押された封蝋なんて初めて見ました!」

「白夜叉からだろうな」

 

一誠は封を切り、中身を取り出す。

さっと目を通した一誠は、手紙の内容に興味を持つ。

 

(見ろ、ドライグ。“火龍誕生祭”への招待状だとよ)

(ほう。こちらのドラゴンには会ったことが無いからな。興味があるな)

 

未だに見たことのない北側もそうだが、それ以上に“火龍”という言葉に胸躍らせる。

どこの世界でも“ドラゴン”という生き物は強大なのだから。

 

「一誠君! 起きてる!?」

 

一誠が北側に向かおうと決心したのと、飛鳥と耀が部屋に突撃してきたのは、ほぼ同時のことだった。

―――それから数分後、黒ウサギの絶叫が“ノーネーム”にと響くのだった。

 

 ◆

 

十六夜を焚きつけ、ジンを拉致し、リリに手紙を預け、二一〇五三八〇外門前にある噴水広場まで来ていた。

巨大な虎の彫像に嫌悪感を抱きながらベリベッド通りを歩き、“六本傷”の旗印を掲げるカフェに入り、今後の事を話し合う。

 

「それで、お祭りがある北側までどうやって行けばいいのかしら?」

 

真紅のドレススカートからスラリと伸びる足を組み直し、ジンに問う。

飛鳥の問いかけに、ジンは溜息を吐きながら応える。

 

「予想はしていましたけど…………皆さん、北側の境界壁までの距離を知らないのですか?」

「知らねえよ。けどそんなに遠いのか?」

 

怪訝な表情で返す十六夜。沈鬱そうに顔を手で覆うジンを見て、嫌な予感が脳裏を過る。

 

「この箱庭の世界の表面積は恒星級なんです。箱庭都市はその最大の都市。ここから北まで距離、98000Kmも歩くつもりですか!?」

「「「「うわお」」」」

 

ジンの説明に問題児四人組は声を揃えて驚愕した。

嬉々とした、唖然とした、驚愕した、平坦な声を上げた。

 

「幾らなんでも遠すぎるでしょう!?

 

カフェのテーブルを叩いて抗議する飛鳥。

それに負けじと、ジンは叫び返す。

 

「ええ、遠いですよ!! 箱庭の都市は遠近感が狂うようにできています。あの箱庭中心の“世界軸”までの距離は、実際に見えているより遥かに遠いんですよ!!」

 

だから止めましょうとあれほど言ったんじゃないですかーッ!! と叫ぶジン。

具合が悪そうに黙り込む飛鳥、その横に座っている耀が妙案を思いついたように話す。

 

「…………それなら、“ペルセウス”に向かった時みたいに、外門と外門を繋いでもらうのはどうかな?」

「…………それはもしかして、“境界門(アストラルゲート)”の起動を言っているのですか? なら、断固却下です。外門同士を繋ぐ“境界門”の起動には凄くお金がかかります! “サウザンドアイズ”発行金貨が一人一枚……五人合わせてコミュニティの全財産以上ですよーッ!!」

「…………98000Kmか。流石にちょっと遠いな。一誠、お前の魔法で行くことはできないのか?」

 

打つ手ない様子の十六夜は一誠にそう問いかける。

その問いかけに、飛鳥と耀は嬉しそうに、ジンは絶望したような表情をする。

問題児組の中でも特に出鱈目な一誠なら何とかできそうだと思ったのだろう。

 

「座標が分かれば行けるんだがな。正確にわからないと大雑把に跳ぶことになる。流石に地中に出たりはしないが、都市からどのくらいの範囲に跳ぶかは分からん。…………せめて写真でもあれば、向こうの建物をイメージして転移する事が可能なんだが」

 

俺個人なら飛んでいくことも不可能じゃない。と、最後にそう呟く一誠。

それを聞いて残念そうな表情をする耀と飛鳥。そしてホッとした様子のジン。

大きくため息一つ吐き、ジンは少し落ち着いた様子で四人を諭す。

 

「黙っていたことは謝ります。でもこういう事情があったんです。今なら笑い話で済みますから…………皆さん、もう戻りませんか?」

「断固拒否」

「右に同じ」

「以下同文」

「左に同じ」

 

ガクリと肩を落とすジン。元々その程度で諦めるほど可愛い性格はしていない。

さらに挑発的な手紙を黒ウサギに残してきた以上、引くに引けない。

 

「黒ウサギ達にあんな手紙を残して引けるものですか!」

「おうよ! こなったら主催者である“サウザンドアイズ”へ交渉に行くぞゴラァ!」

「行くぞコラ」

「おー」

 

ヤハハと自棄気味にハイテンションな十六夜と飛鳥に続き、その場のノリで声を出す耀と、段々面倒くさくなりローテンションな一誠。

ダボダボなジンのローブを引っ張り、四人は“サウザンドアイズ”へと向かうのだった。

 

 ◆

 

桜に似た並木道の街道に建つ店前で、竹箒で掃除していた割烹着の女性店員は、十六夜たちを見かけると嫌そうな表情を作りながら、一礼する。

 

「…………お待ちしておりました。オーナーが中でお待ちです」

「あら、珍しいわね?」

 

ギフトゲームで手にした金品はこの店で換金してもらっているのだが、その度にこの女性店員に絡まれていた。

今日みたいに素直に店に入れようとしてくれるのは非常に珍しい。

 

「…………オーナーの命令ですから」

 

本当に嫌々そうにそう答える女性店員。

十六夜、耀、飛鳥、ジンの四人には嫌そうな表情を向けるが、一誠の方には視線を向けることもしない。

その態度にムッとする飛鳥だったが、一誠自信が特に気にした様子もなく店内へと入っていったので、黙って後に続くことにした。

 

 ◆

 

「よいぞ」

 

十六夜たちの路銀を支払うことに快く承諾する白夜叉。

そのあまりの呆気なさに、肩透かしを食らう十六夜、飛鳥、耀の問題児組。

 

「……随分気前がいいな。何が狙いだ?」

「鋭いの。その話をする前にまず」

 

白夜叉は視線を一誠の方へと向けて話す。

 

「例の件だが、承諾された。“階層支配者”の仕事を優先するという条件付きでだがな。勿論、後任が見つかるまでの話だがの。それと、“ペルセウス”からの報酬は私の方が一旦預かっておる。後々おんしに引き渡そう」

 

一誠以外の全員が頭にクエスチョンマークを浮かべる。

特に“階層支配者”の後任を探しているという話に、ジンはこれでもかと言うくらいに驚いていた。

疑問を口にする前に、白夜叉は姿勢をただし、真剣な表情でジンに向かい合う。

 

「“フォレス・ガロ”の一件以降、おんしらが魔王に関するトラブルを引き受けていると聞いておるが…………ジンよ。それはコミュニティのトップとしての方針か?」

「はい」

 

本来ならそれがどの様なリスクを負うのか忠告するつもりだった。

しかし、一誠の方を軽く一瞥し、フッと微笑んだ。

 

「ではその“打倒魔王”を掲げたコミュニティに、東のフロアマスターから正式に依頼したい。よろしいかな、ジン殿?」

「は、はい! 謹んで承ります!」

 

子供を愛でるような物言ではなく、組織の長として言い改める白夜叉。

少しでも認められたことに、パッと表情を明るくして、ジンは応えた。

白夜叉の話をまとめると、

・北の“階層支配者”の一角、“サラマンドラ”の世代交代が行われる。

・後を次ぐのはジンと同い年のサンドラ。

・新しい“階層支配者”の誕生が快く思われておらず、東の“階層支配者”である白夜叉に共同の主催者を依頼してきた。

説明を受け、飛鳥の眼には強い怒りと、落胆の色が浮かんだ。

 

「呆れた。神仏の集う箱庭の長たちでも、思考回路は人間並みなのね」

「神仏だってそんなものだぞ? アイツ等には期待するだけ無駄だ」

「ハハハ、手厳しいのう。だが全くもってその通りだ。東のマスターである私に共同祭典の話を持ちかけてきたのも、様々な事情があってのことなのだ」

 

飛鳥と一誠の言葉に、冷や汗を流しながら苦笑する白夜叉。

話を続けようとする白夜叉に、十六夜はまったをかける。

 

「それ、長くなるか?」

「年寄り扱いはやめんか。手短に一時間程度でまとめるつもりだぞ?」

「長っ」

「十分年寄りだな」

「…………まずいかも。黒ウサギに追いつかれる」

 

一誠の年寄り発言に一瞬イラッとする白夜叉。

しかし、彼らからしてみればそんなこと気にしてもいられない。

一時間も悠長に話を聞いていれば、確実に黒ウサギ達に見つかるだろう。

ジンは咄嗟に立ち上がり、

 

「し、白夜叉様! どうかこのまま―――」

「ジンくん、黙りなさい!」

 

ガチン! と飛鳥の“威光”によって勢いよく口を閉じらされた。

その隙を逃さずに、十六夜が白夜叉を促す。

 

「白夜叉。悪いが今すぐ北側に向かってくれ!」

「それは構わんが、私の頼みごとを内容も聞かずに受けるのか?」

「かまわん。その方が面白そうだ」

 

白夜叉に返答したのは十六夜ではなく一誠。

しかし、その返答を聞いた白夜叉は、苦笑しながら呵呵と哄笑を上げて頷いた。

 

「面白いか。―――ならば、仕方ないの!」

 

暴れるジンを喜々として取り押さえる十六夜を後目に、パンパンと柏手打つ。

それに伴って起こった変化に、唯一一誠だけが気づいた。

 

「―――よし。北側に着いたぞ」

「「「―――…………は?」」」

 

ジンを縛り上げながら素っ頓狂な声を上げる十六夜、飛鳥、耀の三人。

それもそうだろう。なにせ、たったあれだけの動作で98000Kmの距離を超えたと言うのだから。

…………次の瞬間、一誠を含めた問題児四人組は店の外へと踊り出す。

 

 ◆

 

「赤壁と炎と…………硝子の街…………!?」

 

飛鳥は大きく息を呑み、胸を躍らせるように簡単の声を上げた。

東と北を区切る、天を衝くかというほどに巨大な境界壁。

そこから掘り出される功績で彫像されたモニュメントに、外壁に聳える二つの外門が一体となった巨大な凱旋門。

遠目からでも分かるほどに色彩鮮やかなカットガラスで飾られた歩廊や歩くキャンドルスタンドに瞳を輝かせる飛鳥。

 

「へえ、東側とは文化様式が違うな。流石に98000Kmも離れているだけあるな。見るからに東側より面白そうだ」

「…………むっ? それは聞き捨てならんぞ小僧。東側にだっていいものは沢山あってだな―――」

「ねえ! あのガラスの歩廊に行ってみたいわ! いいでしょう白夜叉?」

「構わんよ。続きは夜にでもしよう。暇があればこのギフトゲームにも参加するといい」

 

着物の袖から取り出したゲームのチラシ。

それを三人(・・)が覗き込むと、

 

「見ぃつけた―――のですよおおおおおおおおおおおお!」

 

ドップラー効果の聞いた絶叫と共に、爆撃のような着地と粉塵をまき散らしながら降り立つ人影。

その声と声の持ち主を確認して跳ね上がる一同。

 

「ふ、ふふフフフフ…………! ようぉぉぉぉやく見つけたのですよ、問題児様方―――ッ!!!」

 

緋色の髪を戦慄かせ、怒りのオーラを振りまくりながら叫ぶ黒ウサギ。

怒り狂ったその姿は帝釈天の眷属というよりは、もはや悪鬼羅刹に近い。

真っ先に動いたのは十六夜だった。

隣に居たあすかを抱き抱え、耀と一誠に声を掛けようとして、

 

「春日部、一誠! 二人共逃げる…………ぞ?」

 

珍しく、本当に珍しく。十六夜は間抜け顔を晒していた。

視線を耀と一誠の方へと向けて、―――そこで初めて一誠が居なくなっていたことに気がついた。

そしてこれまた珍しいことに、十六夜はイラつきをそのまま天へと叫んだ。

 

「あの野郎! 一人だけ先に逃げやがった!!?」

 

どこ行きやがったぁぁぁ! と叫びながら展望台から飛び降りる十六夜。

耀は捕まり、黒ウサギは十六夜と飛鳥を追って爆走する。

 

「気がつかない方が間抜けなんだよ、十六夜」

 

一人先に街へと降りていた一誠は、今頃黒ウサギに追われているだろう十六夜達に対して失笑を浮かべていた。

 

 ◆

 

一誠はそこら辺を歩いているキャンドルランプを一体、無造作に捕まえると繁繁と観察する。

じっと見られているのが恥ずかしいのか、キャンドルランプは火の着いた両手で顔を隠す。

 

(面白い作りだな。一体一体専用にキャンドルランプを作り上げているのか。人口精霊を作った方が早いだろうに。手間と言えばそこまでだが、此処まで来れば立派な職人魂だな)

 

所々、精霊を定着させるには不都合なところが目につくが、それでも面白いと一誠は思う。

自分が知りえない未知の文化、技術。

火龍以外に対して期待していなかったが、思っていた以上に楽しめそうである。

一誠がそう思った、その時である。

 

「すげえ! あれが月の兎の力か?」

「だが、追っている方も尋常じゃないぞ!」

 

そんな周りの声と、ビュンビュンと風を切る音が聞こえてきた。

気配を捉えていた一誠は、そちらの方へと視線を向ける。

そこには、黒ウサギと十六夜が、相手の手を弾きながら、お互いに掴みかかっていた。

一旦離れ、後退する黒ウサギ。それを真後ろから追走する十六夜。

両者の走力はほぼ互角。

それを見て、面白い見世物だと笑う一誠。

 

(ふむ。速度では小僧が、俊敏さなら兎の方が上だな。相棒はどちらが勝つと思う?)

(ドライグはどっちだと思うんだ?)

(小僧だな)

(じゃあ黒ウサギ)

 

内心でドライグとどちらが勝つか予想する一誠。

黒ウサギと十六夜にバレないように家屋へと上り、戦況を見守る。

十六夜がアホな事を叫び黒ウサギがそれに叫び返す。

両者はそんな事をしながら時計塔へと跳躍し、瞬く間に駆け上がり、尖塔の頂上までたどり着く。

それを見て、一誠とドライグは内心で十六夜に対し、酷評していた。

 

(あ、バカめ。黒ウサギの耳を考えれば、それは悪手だろうが)

(やはり経験不足が目立つな)

 

黒ウサギが歩廊めがけて、跳躍したのを確認して、一誠とドライグは黒ウサギの勝ちだと判断した。

しかし、十六夜はそんな二人の予想を覆した。

力を溜め込み、鞭のような靭やかさで足場の時計塔を蹴り飛ばした。

その、あまりに力尽くなゲームメイクに、一誠とドライグは爆笑していた。

 

(あっはははははは、クククク。やべぇ、笑い過ぎて腹痛ぇ。幾ら俺でもたかが鬼ごっこで、そこまでやらねえぞ)

(クックック。初々しくていいではないか。)

 

奇想天外な発想で状況を一転させる。

大人が子供の予想外な行動に対する様な驚きと微笑ましさをもって、二人はゲームを見守る。

倒壊し、倒れてきた建物が十六夜と黒ウサギの頭上を襲う。

十六夜は拳を、黒ウサギは金剛杵を握り締めて、同時に倒壊した建物めがけて振り上げた。

吹き飛ばされた建物には眼もくれず、同時にお互いに掴みかかった。

 

「「あっ」」

 

二人のそんな抜けた声が一誠にはきちんと聞こえた。

しかし、予想外の結果にドライグと一誠は苦笑するしかなかった。

 

(流石に引き分けは予想していなかったな)

(ああ。兎の方が能力上有利だったからな。あの小僧ならそれが活かせない所に追い込んで捕まえるとおもったんだが)

(俺としては土地勘がないから黒ウサギが勝つと予想したんだが。それよりも金剛杵の方は問題なしか。今度、出力を上げるか、壊れないように改造するのも面白いかもしれない)

 

二人は内心で話し合いながらも、黒ウサギと十六夜を観察する。

あれだけ騒ぎを起こしたせいだろう。

黒ウサギと十六夜の二人は、蜥蜴の鱗を肌に持つ亜人と、ワイバーンのような飛竜に完全に囲まれていた。

 

(…………あれが“火龍”か)

 

箱庭に来て、初めて目にした龍種を見て、目を細める。

新しい玩具を見つけたような表情をし、一誠はまるで品定めをするかの様に、視線を“サラマンドラ”へと向けた。




すまぬ、自分にはこれが精一杯だったよ。
非力な私を許してください(震え声)

たぶん、二巻の終わり辺りから作者の暴走が始まるから。
たぶん、原作がある程度無茶苦茶になると思いますけど、
それでも大丈夫だ、問題ない。
という方だけお付き合いください。

それにしてもハイスクールD×Dの最新話、面白かったです。
フリードも当然ながら、一誠が特に。
やっぱり『赤龍帝の鎧』はチートですね。
次回の覇龍が楽しみすぎて、一日一日が長く感じてしまいます(笑)

もうすぐラストエンブリオも販売ですし、早く日にちが経って欲しいと思う今日この頃。

次の更新も未定ですが、それではまた次回。


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龍の因子

お久しぶりです。遅くなって申し訳ございません。

バイトとスプラトゥーンとグラブルと、あと最近車の免許取るために合宿に行っていました。

スプラトゥーンとグラブルはここと同じアカウント名なので、見かけたら生暖かい目で『テメーサボってないでさっさと執筆しろや』と怒りと罵倒でもぶつけてください。

これは主人公最強系テンプレ作品です。それが嫌な人はブラウザバックしてください。

追記
当初間違えて、規格外本編の方に投稿してしまいました。
ご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした。


黒ウサギと十六夜が“サラマンドラ”の憲兵隊に連れ去られ、それに気づかれないように後をつけた一誠。

たどり着いたのは、“造物主たちの決闘”が開催されているゲームフィールド近くにあった“サラマンドラ”の宮殿であった。

耀が参戦していたので、一誠は準決勝を見物することにした。

“ロックイーター”のコミュニティに属する自動人形、石垣の巨人相手に耀は一人で善戦、勝利。

それを確認すると、白夜叉がバルコニーから朗らかに笑い、耀と一般参加者に声を掛ける。

 

「最後の勝者は“ノーネーム”の春日部耀に決定した。決勝のゲームについてはもう1人の“主催者”にして、今回の祭典の主賓に説明願おう!」

 

白夜叉が振り返り、バルコニーの中心を譲る。

そこから出てきた華美装飾を身にまとった少女は緊張した面持ちで出てくる。

そんな様子の“サラマンドラ”の幼き当主・サンドラに向かって、白夜叉は促すように優しい笑みを浮かべた。

その笑みを受けて、多少緊張が解れたのか、サンドラは凛然とした態度で一歩前へと出る。

そして大きく深呼吸し、凛とした声音で挨拶をした。

 

「ご紹介に与りました、北のマスター・サンドラ=ドルトレイクです。東と北の共同祭典・火龍誕生祭の日程も、今日で中日を迎えることが出来ました。進行に協力してくださった東と北のコミュニティの皆様にはこの場を借りて御礼の言葉を申し上げます。明日以降の決勝のゲームにつきましては、お手持ちの招待状をご覧下さい」

 

観衆が招待状を手に取る。

書き記されたインクは直線と曲線に分解され、別の文章を紡ぐ。

細かな説明をするサンドラを見て、ドライグはがっかりした様に呟く。

 

(あんな混ざりものの小娘が火龍か。他の奴らも血を引いているというだけで龍と云うにはほど遠い)

(ああ。だが、あの角…………)

(五大龍王クラスの遺物か。ハッ、あの小娘には過ぎた代物だな)

 

古来より、龍の肉体は強力な力を宿している。

骨、牙、角、目、血、鱗。

体の全てが武器・防具、或いは秘薬等に使用できる。

“王”とまで称される程に強力な龍クラスならば、遺物に宿る力もかなり強力なものだ。

 

(…………ドライグ)

(ああ、思った以上に早かったな)

(まさか。あいつがこんなに分かりやすい挑発をしてくれるなんてな。随分と可愛げある事するようになったじゃねえか)

(行くのか?)

(あいつが態々挑発までして誘ってんだ。出向いたほうが面白いに決まってんだろ)

 

一誠は笑みを浮かべる。

見る者に恐怖を与えるような、魔王の様な壮絶な笑みを。

バルコニーを通して、観客の居なくなったゲームフィールドに響き渡る怒鳴り声を聞きながら、一誠はその場から消える様に移動した。

 

◆◆◆

 

夕暮れを背景に淡く照らされるカフェテリア。

六人分の椅子が用意された丸テーブルに、彼らは居た。

唯一空白の席には、お茶が一つだけ置かれていた。

傍から見れば、怪しげな集団にしか見えない。

白髪金眼の少年・年相応の笑顔を浮かべる少女・ローブを羽織った怪しげな老人・同じくローブの羽織、フードを深く被る妙齢の女性。

更にはまるで人形の様な少女が、無表情で大量のクッキーのような菓子を貪り食っていた。

そんな少女に、白髪金眼の周りから殿下呼ばれている少年は話しかける。

 

「本当に来るのか?」

「来る」

 

オーフィスはこくりと一度頷くと、菓子を食べ続ける。

そのオーフィスの様子に、殿下は呆れ、リンはニコニコしながら口周りを拭いたりしている。

グライアとアウラの両名も、呆れたような表情を作る。

 

「まぁ、いい。来ると言うのなら問題は―――」

「―――へぇ。以外に美味いな、これ」

 

オーフィスを除いた、その場に居る全員がギョッとした。

いつの間にか空席に人が座り、用意しておいたお茶に口を付けていたのだ。

来た気配も座った瞬間も、お茶を口に含んだ動作すら分からなかった。

本当に唐突に、まるで初めからそこに居たように存在していた。

 

「久しい、一誠」

「ああ、久しぶりだな。オーフィス」

 

殿下たちが最大限の警戒を一誠に向ける中、当の本人とオーフィスは軽い挨拶を交わす。

それこそ日常で知り合いに出会った程度の気安さだ。

周りで警戒している連中なぞ知らんとばかりに、一誠はオーフィスが食べている菓子に手を伸ばす。

 

「お、これも美味いな。幾つか持って帰るか」

「一誠。それ、我の」

「ケチ臭いこと言うなよ」

 

店員を呼び出し、オーフィスが食べているモノと同じものを150人分ほど注文する。

数の多さにビックリした店員だが、一誠が“サウザンドアイズ”が発行している金貨を1枚渡すと、慌てて厨房へと走っていった。

オーフィスは残りの菓子を全部口に含むと、まるでリスのように口を膨らませながらモグモグと咀嚼する。

そんなオーフィスを見て、リンは顔を綻ばせ、一誠は苦笑しながらカップをテーブルへと置いた。

 

「所でオーフィス。面白い物を作ったな」

「『蛇』?」

「ああ。英雄の子孫が使用していた。魂と霊格を喰らう『蛇』とは、随分と凶悪な代物だな」

 

一誠の言葉を聞いて、殿下たちは舌を巻いた。

あの『蛇』が霊格と魂を食らうのは一瞬。そして食べた後は自動的に消滅するようにできている。

上層出身者にも極力バレないように作られたのだ。

“ラプラスの悪魔”でも現物を見なければ、詳しくは解らないように作られた代物なのである。

一誠を引き込む為の交渉材料の一つとしていたが、それが通じる相手ではないと判断。

これからの交渉を考えて、リンは背筋に冷や汗を感じずにはいられなかった。

 

「クックック。オーフィス、オマエ変わったな」

「?」

「過去の失敗から反省して次の糧とする。まるで人間みたいじゃないか」

 

一誠は目の前でお菓子を食べている少女みて、そう評した。

肩を竦めて笑う一誠をみて、わけがわからなさそうに首を傾げるオーフィス。

オーフィス以外、眼中に無いと言わんばかりの一誠に、リンが覚悟を決め、笑顔で話しかけた。

 

「初めまして、兵藤一誠さん。私はリンと申します。お話はオーフィスちゃんから聞いています。こっちの二人はグライアさんとアウラさん。そしてこの人が私たちのリーダーの殿下です。わけあってお名前は明かせませんが、ご了承ください」

「…………名前は明かせないが、好きに呼んでくれ」

「ふぅん」

 

リンに続くように、殿下も一誠に話しかける。

白髪金眼で、礼服を着崩し、見た目以上に大人の風格を漂わせる殿下を一誠はジッと見つめる。

この少年、殿下はやろうと思えば一人で“サラマンドラ”を壊滅に追い込むことが出来るほどの怪物である。

そんな少年が、一誠に見られる事に嫌な予感がしてならない。

 

「この神格の波動、ヴィシュヌ? いや、微妙に違うし弱い。…………白髪に金眼? オマエ、まさかカルキか?」

 

この時、一誠が口に出した“神格”の波動とは箱庭における種族を最高位に押し上げる恩恵ではない。

文字通り、神仏に属する存在が各々に発している神としての各を意味する。

 

「なっ!?」

 

その名前を出され、またもオーフィスを除いた全員が一誠に対し驚愕した。

まさか、この短期時間で正体を看破されるとは思いもしなかったのだ。

その反応を見て、一誠は新しい玩具を見つけたように瞳を輝かせる。

 

「なるほど、立体交差並行世界ね。まさか、箱庭にはお前みたいなのまで居るとは思わなかったよ。王子様?」

 

インド神話における四つの循環する年代記。

徳が世界を満たし、万人が幸せを享受するサティヤ=ユガ。

満たされた徳が欠如し、罪を犯す人々が現れるトレーター=ユガ。

世界の半分から道徳が失われ、同じだけ罪を犯す人々が増えるドヴァーパラ=ユガ。

そして最後。

文明の発達とともに人々から道徳と善性がなくなり、最後には滅亡すると書かれた“終末論”カリ=ユガ。

そして末世の世に降り立ち、悪人を絶滅させ、人類を守り黄金期(クリタ=ユガ)を訪れさせるとされる英雄。

その名は“永遠”、“時間”、あるいは“汚物を破壊するもの”を意味するヴィシュヌ神の十番目にして最後のアヴァターラ(化身)。

人類を救うことを確約された大英雄・カルキ。

 

「なんだ、お前の出身世界はクリタ=ユガを迎えたのか?」

「俺はまだ未完成だ。…………それより、どうして俺の名前が分かった?」

「未完成? ―――生憎と神仏連中の大半とは顔見知りだからな。ヴィシュヌに似た神格の波動を発しながら、俺の覚えのない存在。しかも白髪・金眼とくれば、思い当たるのは一つしか出てこねえよ」

 

神格の波動という言葉に眉を顰める殿下。

しかし、今それを詳しく聞いている場合では無いと判断したのだろう。

一誠にしても、未完成という言葉に疑問を覚えているのだが、それは後々調べればよいと判断する。

 

「兵藤一誠。俺たちはお前を勧誘しに来た。どうだ? 俺たちの仲間に、魔王連盟“ウロボロス”に属さないか?」

 

そう言って、一誠の目の前に現れる一枚の“契約書類”。

殿下が口にした魔王連盟への加盟書だ。

最後に描かれた“尾を喰らう三頭の龍”を見て、面白そうに口元を歪ませる。

 

「クックック。魔王連盟ときたか。愉快に素敵に面白そうな連盟だなぁオイ」

「喜んでもらえたなら何より。…………連盟への加盟に同意したと判断していいのか?」

「いや、面白いとは思うが断る」

「理由を聞いてもいいか?」

 

一誠の喜びようから、断られるとは思っていなかった殿下たち。

殿下の存在と魔王連盟の事を明かし、更には殿下の正体までバレてしまった。

いずれ大々的にバレるとしても、今は時期が悪い。

どんなに無謀だとしても、殿下たちは一誠を無事に帰すわけにはいかないのだ。

 

「ガキ。確かにお前は面白いと思うよ。オーフィスがやろうとしていることもな。だが、お前以上に面白そうなのが“ノーネーム”には居る。それにな―――」

 

一誠はそこで初めてその場に居る一人一人に視線を向けた。

 

「俺が魔王になるとしても、何故キサマらの仲間にならねばならない?」

『っ!!?』

 

オーフィスを除いた全員が、一誠から醸し出される威圧に、ゾワっと全身を震わせた。

見る者に恐怖しか与えない笑みを浮かべながら、一誠は話を続ける。

 

「俺はな、今まで一人で生きてきた。確かにドライグが居たが、ずっと一人で戦ってきた。個にして万を、億を蹂躙し、理不尽と絶望を押し付けてきた。仮に俺が魔王になったとして、箱庭の全てを敵に回したとしても仲間(キサマら)なんぞ不要だ。…………敵対するぶんには面白そうだけどな」

 

魔王みたいなことなら前の世界で散々してきた。と、内心思いながら一誠は面白そうに殿下を見る。

オーフィスから自分の話は聞いている筈なのに、それでも仲間になれと誘ってきたのだから。

一誠はオーフィスの方に視線を向け、口を開く。

 

「オーフィス。オマエこのガキを鍛えてやれよ。俺の方にも面白いのが居てな。最終的にどちらの方に軍配が上がるか興味がある」

「そうすれば、グレートレッド、倒してくれる?」

「するわけねえだろ。俺が直接アイツを倒すより、お前とあいつが戦っているのを観戦したほうが遥かに面白そうだ」

 

結局、一誠の行動原理はこれなのだ。

面白いかどうか。

自分が楽しめると言うのなら、敵対する存在でも鍛えるし、逆に楽しめないと言うのなら、付き従う者でも容赦なく叩き潰す。

十六夜・飛鳥・耀の三人を鍛えているのも、“ノーネーム”に力を貸しているのもそう。

面白ければ、楽しめれば、兵藤一誠はどんな事だってする。

例え、それが世界を滅ぼすことになろうとも(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

魔王連盟などという存在を目の前にして、それを見逃すのもそう。

将来的に幾千万の“魔王”を従えて進攻してくるならそれもよし、少数ならば十六夜たちを鍛えるための試金石にするのもいい。

前者ならば一誠が直接戦えばいいし、後者ならば十六夜たちの成長に使える。

どちらにしろ、敵対した方が面白そうだと、一誠は内心でそう思う。

 

「そう」

 

どこかしょんぼりした様子のオーフィス。

そんなオーフィスに、一誠は軽く眼を丸くして驚いた。

 

「…………オマエ、マジで変わったな。英雄派に裏切られ、サマエルに喰われかけたのがトラウマにでもなったか?」

「どういうことだ?」

 

裏切られという言葉に反応し、殿下は反射的に一誠に問いただした。

裏切られたとはどういうことなのかと。

面倒くささを感じながら、一誠は語り始める。

 

「こいつは前の世界でグレートレッドを倒すために『禍の団』っていうテロリスト組織を率いていたんだよ。まぁ、ドイツもコイツもオーフィスの『力』を利用として集まった連中だったがな。最後の最後に、神器や神滅具を宿した英雄の子孫が率いる一派、英雄派の姦計に嵌って力を奪われそうになった。サマエル相手にするのも面白そうだったからな。英雄派共々俺が殲滅したが」

 

サマエルというビッグネームが出てきた事に驚愕することもない。

それ以上に、殿下が抱いているのは怒りだ。

彼は歪な目的しか持っていない。

自分を旗印とし、彼を信頼してくれているリンたちの夢を叶えてやりたい。

そのために障害がなんであろうと踏み倒す。

その為だけに神々の箱庭を駆け上る覚悟が、殿下にはある。

だからこそ、自分を信頼してくれている部下を裏切るなど決してしない。

 

「俺は、何があってもオーフィスを裏切らない。リンもアウラもグー爺もだ。皆がどんな夢を抱いているか、俺はしらない。だが、夢を見せて走り抜く。例え魔王だろうか生みの親だろうが、その障害になるのならば踏み倒す。グー爺にアウラ、そしてリンの忠誠だけが俺の指針だ。オーフィスは忠誠を誓ってくれているわけではない。だが、俺を信頼してくれというのなら、俺は何がなんでもオーフィスの夢を叶えてみせる」

「クックク。アッハハハハハハハハハ」

 

その余りに歪な彼を見て、一誠は嗤った。

未来を救う大英雄が、これなのかと。

 

「ハッはははは。はー、北側に来てから笑いっぱなしだな。いやいや、中々に愉快な性格をしているじゃないか。クックク。やっぱオマエ面白いわ。―――見逃してやるよ。さっきからコソコソとこっちを見ている奴共々な」

 

そう言って、一誠は隠れている存在の方を一瞥する。

まさか気づかれていると思っていなかったのか、動揺した気配が伝わってくる。

一誠は席から立ち上がり、最後にオーフィスに視線を向けると、警告するように告げる。

 

「オーフィス。俺は基本的にオマエが何をしようがどうでもいい。それこそこの箱庭を壊そうが、元の世界を滅ぼそうがな。―――だが、アレに成り上がろうとするのなら、俺は全力でオマエを殺す」

 

ピクリと、初めてオーフィスの表情が動いた。

殺気すら醸し出し、オーフィスを睨みつける一誠。

負けじと、一誠を見つめ返すオーフィス。

二人の化け物の殺意と威圧に、殿下たちは息苦しそうにしている。

リンなどは、魚の様に口をパクパクと動かして、空気を求めている。

ほんの数秒で視線をそらし、一誠はカウンターの方へと歩いていった。

 

「…………ふぅ。話には聞いていたが、とんでもないな」

『人間なのかと疑いますね』

「ええ、マスクウェルさんの存在にも気づかれていましたし。オーフィスちゃんじゃないと抑えることもできないかもしれませね」

 

前まで一誠の力に懐疑的だったグライアも、今では虚勢を張ることもできない。

それほどまでに、兵藤一誠という人間は化物だった。

オーフィスから話は確かに聞いていた。

だが、魔法使いと言うことは人類の幻獣種ということ。

身近にアウラという存在がいたせいか、強いと聞いても殿下とリン、グライアの力ならば何とかなるという慢心があった。

いざという時の為に、マクスウェルを近くに潜ませておいたのも、慢心の原因であった。

四桁クラスの実力者がこれだけ揃っているのだ。

さらに、オーフィスという超越級の実力者も居る。

だからこそ、どれだけ強くとも抑える事は可能だろうと、タカをくくっていた

 

「確かに俺たちじゃ無理そうだな。オーフィスに抑えてもらったとしても、戦闘時の余波だけで消し飛ばされそうだ」

 

チョイチョイ。

 

「ん? どうした、オーフィス」

「本当に、グレートレッド、倒すの協力してくれる?」

「当然だろう。前の世界でオマエを利用しようとした奴らの事は知らない。だが、少なくとも俺はオーフィスを裏切らない」

「私達も手伝うからね。オーフィスちゃんにも私たちを手伝ってもらうし、お互い様だよ!」

「…………うん」

 

呆れた様子の殿下に笑顔で励ますリン。

そして当然と言わんばかりの様子のグライアとアウラ。

その時感じたモノがなんなのか、オーフィスには分からない。

だが、胸の内が暖かくなるのを確かに感じていた。

 

◆◆◆

 

「黒ウサギやお嬢様の薄い布の上からでもわかる二の腕から乳房にかけての豊かな発育は扇情的だが相対的にスレンダーながらも健康的な素肌の春日部やレティシアの髪から滴る水が鎖骨のラインをスゥッと流れ落ちるさまは視線を自然に慎ましい胸の方へと誘導するのは確定的にあきらか―――」

 

スパァーン!!

十六夜の顔面に黒ウサギと飛鳥から投げられた風呂桶が直撃する。

 

「変態しかいないのこのコミュニティは!?」

「白夜叉様も十六夜さんもみんなお馬鹿様ですッ!!」

「それって俺も変態に含まれているのか?」

「「!?」」

 

びくぅっと、黒ウサギとレティシアは驚く。

いつの間にか、二人の隣に一誠が立っていたのだ。

 

「オラァッ!!!」

「ハア!!」

「ヤァッ!」

 

一誠が現れた事を確認した問題児三人組は、ほぼ同時に一誠に攻撃を仕掛けた。

十六夜が正面から殴りかかり、耀は回し蹴りを放ち足払いを狙い、最後に飛鳥が人差し指と中指で目潰しをしようとする。

しかし一誠は、十六夜の攻撃を受け止め、耀の蹴りを足と足で間に挟み拘束し、飛鳥の目潰しは指を怪我させない程度に噛むことで受け止めた。

 

「「「っち!!」」」

ほはへら(オマエら)どうひてそんあに(どうしてそんなに)はつひまんあんあんだよ(殺意満々なんだよ)

「オマエが一人だけ先に逃げたからだろ」

「そうよ。おかげさまでひどい目に会ったわ」

「…………せめて教えてくれれば良かったのに」

「きづはないほっちがわるいんらろ(気づかないそっちが悪いんだろ)」

 

呆れた様にそう呟く一誠。

一誠からしたら、それはただの八つ当たりにしか思えないからだ。

流石に軽くイラついたので、問題児組にお仕置きをすることにした。

 

「「「ッ!?」」」

 

各々を拘束している部分に力を込める。

しかし、十六夜・飛鳥・耀は持ち前のプライドで痛みを口にも顔にも出さない。

そんな様子の三人に、一誠は苦笑する。

 

 

よふにあふかはべつにひへも(耀に飛鳥は別にしても)いはほいのほうは(十六夜の方は)ふふうなら(普通なら)にぎひふぶせるくらいには(握る潰せるくらいには)ひからをひれているんだがあ(力を入れているんだがな)。…………ペッ」

 

十六夜と耀をはなし、最後に飛鳥の指を吐き出す。

十六夜は露骨に舌打ちし、耀はムッとした表情をする。

飛鳥は頬赤く染めながら、一誠から手拭いを受け取り、指に付いている唾液を拭き取る。

少し強く噛みすぎたせいか、指から軽く出血をしていた。

借り物を血で汚していいのか一瞬迷う飛鳥だが、一誠が手拭いを奪うと出血した分を拭き、傷口を魔術で綺麗に治す。

その後ろで“サウザンドアイズ”の女性店員とジンがお互いを慰める様に励まし合っていた。

 

◆◆◆

 

「第一回、黒ウサギの審判衣装をエロ可愛くする会議を」

「始めません」

「始めます」

「始めませんっ!」

 

白夜叉の発言に悪乗りする十六夜に、速攻で断じる黒ウサギ。

飛鳥は呆れ、レティシアは苦笑している。

 

「もう、魔王襲来に関する重大な話だと思ったのですよ!?」

「魔王襲来?」

「ああ、そう言えばまだ知らなかったな」

 

ゴソゴソと袖から一枚の手紙を取り出し、それを一誠に投げ渡す。

それを受け取ると、中身に目を通す。

 

「魔王襲来のお知らせねぇ」

「それは“サウザンドアイズ”の幹部が予知したものだ」

「精度は?」

「上に投げれば下に落ちる程度だの」

「ほぼ100%か。すげえな」

 

感心したような声音の一誠。

ほぼ100%という言葉に、全員が首を傾ける。

全員を代表するように、十六夜が一誠に問いかける。

 

「白夜叉から聞いたけど、100%じゃねえのか?」

「ん? ああ。…………簡単に言えば、観察者効果って奴だよ」

 

その説明に十六夜は多少理解を示し、他は全員相変わらず頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。

どういう風に説明すれば分かりやすいかと、頭を捻りながら説明を続ける一誠。

 

「“未来を観測”すること自体が影響を及ぼす。0.00000%以下エンドレス。ミクロやマクロ。或いは知覚できていないそれ以下の領域で確実に違いが起きる。勿論、今回の手紙を送ったクラスの予知なら目に見えるレベルの違いってのは余りない。それに、大規模な歴史の改変は世界そのものが抑止力を働かせるからな」

 

決まった過去の改変。

それは何があろうともして犯してはならない大罪である。

過去があるからこそ現在があり、現在があるからこそ未来がある。

そして世界は、未来を知りながらもそれを覆そうとする者の存在を許さない。

例え、そこにどのような理由があったとしても(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「へえ。それは面白いことが聞けた。なら、100%の予知は不可能なのか?」

「いや、そうでもない。そこにあるだけの、無意識以下の観測装置とも云うべきものなら可能だ。…………まぁ、そんなの、あれ(・・)と世界以外に存在しないだろうがな」

 

一誠にしては珍しく、忌々しそうに小声で吐き捨てる。

十六夜と白夜叉の二人には聞こえたが、無闇に踏み込んでいい話ではないと判断する。

 

「まぁ、ともかく。魔王が襲来するのは分かった。明日の春日部の試合に影響がないといいな」

「白夜叉。私が明日戦う相手ってどんなコミュニティ?」

「すまんがそれは教えられん。“主催者”がそれを語るのはフェアではなかろう? 教えてやれるのはコミュニティの名前だけだ」

 

パチンと白夜叉が指を鳴らすと、一枚の羊皮紙が現れた。

浮かび上がるコミュニティの名前を見て、飛鳥は驚いたように眼を丸くした。

思わず呟やきそうになるが、それより早く一誠が口を開く。

 

「“ウィル・オ・ウィスプ”に“ラッテンフェンガー”ねぇ。―――明日の相手は“イグニス・ファテュス(愚かな火)”と“ハーメルンの笛吹き”ってところか?」

 

え? と飛鳥が声を上げる。

しかし、その隣に座る黒ウサギと白夜叉の驚嘆の声に、飛鳥の声はかき消された。

 

「“ハーメルンの笛吹き”ですか!?」

「どういうことだ。詳しく話を聞かせろ」

 

二人の驚愕の声に、一誠と十六夜は訝しげな表情をする。

怪訝に思うその場のメンバーに、多少落ち着きを取り戻した白夜叉と黒ウサギは説明する。

曰く、嘗て“幻想魔道書群(グリムグリモワール)”というコミュニティを率いた魔王。

それを聞き一誠が事情を説明しようとするも、十六夜が待ったをかける。

 

「状況は把握した。そういうことなら、我らが御チビ様が説明する」

「え? あ、はい」

 

突然に話題を振られ顔を強張らせるが、ジンはしっかりと口を開きゆっくりと語り始める。

 

「“ラッテンフェンガー”とはドイツという国の言葉で、意味はネズミ捕りの男。このネズミ捕りの男とはグリム童話の魔書にある“ハーメルンの笛吹き”を指す隠語です。大本のグリム童話には、創作の舞台に歴史的考察が内包されているものが複数存在しており、“ハーメルンの笛吹き”もその一つ。ハーメルンとは、舞台になった都市の名前です」

 

 

――1284年、聖ヨハネとパウロの日 6月26日

  あらゆる色で着飾った笛吹き男に130人のハーメルン生まれの子供らが誘い出され

  丘の近くの処刑の場所で姿を消した――

 

 

この一文が刻まれた碑文がハーメルンのマルクト協会に設置されている。

そしてこの碑文を元に創られたのがグリム童話の一篇として有名な“ハーメルンの笛吹き”だ。

そしてその後も話は続き、白夜叉が“主催者権限”によって最低限の措置を取っている事を皆にはなし、最悪の場合は“ノーネーム”が対処に当たることになった。

飛鳥は“ラッテンフェンガー”について話そうか迷ったが、結局話すことはしなかった。

話が一段落したところで、白夜叉は真剣な表情をして、十六夜達に話しかける。

 

「さて、魔王に対しての話は一段落したところで、皆に重要な話がある」

「なんだよ? あらたまって」

 

いつになく真剣な表情をする白夜叉に、一誠以外の全員が佇まいを正す。

 

「私はマスター―――兵藤一誠に隷属することになった。色々と条件はあるが、“ノーネーム”の一員となるので、これからは同士として宜しく頼む」

「「「「「!!!?」」」」」

 

そう言って頬を少し赤らめながら頭を下げる白夜叉に、一誠を除いた全員が驚きを顕にする。

そんな雰囲気を感じ取ったのか、意地悪そうに笑っている一誠に白夜叉は若干呆れたような視線を向ける。

そして“ノーネーム”の面々にこれはどういうことだと問い詰められ、それを楽しそうに受ける一誠。

まだまだ夜は終わらない。

 

◆◆◆

 

「ギフトゲームを始めましょう。…………邪魔するものは殺しなさい」

『イエス、マイマスター』

「さあ、あの怠惰な太陽(・・・・・)に復讐する時が来た―――!!!」

 




はい、本当にお久しぶりです。
遅くなった理由は前書きの通りです。許してください何でもはしませんが。

さて、無駄に期間が空いたおかげという理由でもありませんが、この作品の終わらせ方をキチンと決めました。

アジ・ダカーハ戦後にオリジナルを少し書いて終わらせる予定です。
(BADかGOODエンドかは秘密です)

そのため、殿下達と出会うのをかなり早めました。
当初の予定ではオーフィスだけだったんですけどね。

ヒロインができるかは未だに未定です。
(色々と理由がありましてね)

まぁ、原作崩壊待ったなしだけど許してね。
それでは、また次回で。


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