遠い音楽 (冴月)
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Forever for Dreaming!
1


偶然なのか、それとも必然だったか。
彼女達にとって、それは紛れもない「奇跡」だった。


Forever for Dreaming!     

 

 

 

 

 あと1ヵ月で、中学生が終わる。そんなタイミングで、私はネットでとある小説を見つけた。

 ホームページに濃い青で表示されている、不思議と惹かれるタイトル群。興味深い表題達の中で、私は「1000回潤んだ空」というリンクにカーソルを合わせ、ダブルクリックをした。

 視界端でグルグル回る円を目で追う。これから語られるであろう物語に思いを馳せながら、私は更新を待った。

 

 

 

 

 

 数秒後。出てきたのは、とある引っ込み思案な少女の話だった。

 

 

 

 

 

 大好きだった歌をバカにされたことをきっかけに、自分を表に出せなくなってしまった少女。

 常に下を向き、周囲の視線を気にして脅えながら歩く。彼女の世界は、既に白と黒のモノトーン。色褪せてしまっていた。

 本当は、音楽が好きでたまらないのに。ギターから解き放たれる、ポップでロックで素敵な、無敵で最強の歌が大好きなのに。

 しかし、それを表に出せない。人の目ばかり気にして、素の自分を出せない。憂鬱な日々だった。

 

 

 けれど、少女は下を向いていたことをきっかけに星のシールを辿る。足元に爛々と輝く、剥がれかけた星。遠い音楽。縋るような気持ちで、少女は追った。

 辿り着くのはとある質屋。そこで少女はとある星のギター……運命を手にする。

 深紅の星形ギターを持つと彼女は一転。とてもロックで、魅力的な少女になることが出来た。

 そんな少女に惹かれて行った仲間たちが居た。変わった仲間達だけれど、とても大切な友達、絆。その子達のおかげで、彼女は再び星の鼓動を感じることが出来るようになった。

 

 

 歌詞が小説の中では紡がれている。脳裏でか彼女達が奏でる音楽は、まさに絆と呼べるもの。最高の音楽キズナを、彼女たちは奏でていた。

 

 最後。彼女は、ステージで歌っていた。学園祭の、体育館の舞台。5人の最高の仲間と奏でる音楽(キズナ)。キラキラして、ドキドキする最高のステージ。私は、目の前で彼女達の演奏を見ているような錯覚をした。

 

 

 

 

 

──YOU WANTED THE BEST!

「''最高''が欲しいんでしょ!」

 

 

 

 

 輝くコンサートホールと化した体育館の中、鳴り響くギターの音色と交差して彼女の煽るような叫びが聞こえる。

 大切な歌、青春の歌、始まりの歌、大好きな歌、約束の歌、永遠の歌。

 彼女が歌う最高の歌は、ロックで、キュートで、キラキラドキドキして、心が震えて。 

 

 もちろん、作者の文才もあるのだろう。だが私は、まるで目の前で彼女の歌を聴いているかのように錯覚していた。

 もう、スクロールの手が止まらない。どんどん先へと読み進む。しまいには、他の小説達までも私は読み始めている。

 

 そんな読書は長く、長く続く。いつの間にか、瞬く星達は静かに眠りについていた。

 

 

 

     ☆

 

 

 

 目覚まし時計が鳴る前に、戸山香澄は時計を止めた。

 胸の高鳴り、ドキドキの残照。それの原因がこの小説にある事を、香澄は充分に理解していた。

 思わず1晩を犠牲にして読み進めた小説達だったが、かなりの良作だった。今は、彼女達の物語に思いを馳せ、余韻に浸りたい。

 

 

 

 香澄が目を瞑り、余韻に浸っている最中。

 

 

 

 ドタドタドタ……バァン! 

 騒がしい足音と共に、木製のドアが乾いた衝撃音をたてた。

 

 

 

「お姉ちゃん、いつまで寝てるの!」

 

 

 訪ねてきたのは、香澄の妹。戸山明日香だった。明日香はドアを勢いよく開け放った後、香澄の姿を見て目を丸くしている。

 

 

「……珍しい、お姉ちゃん起きてるじゃん」

 

 

 成長したのかぁ、と、どちらが姉がわからない発言をする。

 そう言えば、普段は母親があきれ返るくらい目覚ましが鳴り、聞きかねた明日香が起こしに来るのだった。

 少しだけ反省をしつつも、「明日もちゃんと起きるからー……」と、香澄がささやかな抵抗を試みる。

 

 

「……?」

 

 何故か、明日香が香澄の事をじっと見つめていた。不思議そうに、上から下まで観察するように、香澄をじっくりと見続けた。

 

「……お姉ちゃん、なんかあった?」

「え、何もないよ?」

「そう……?」

 

 何だか不思議そうにしている。香澄は、視線を外さない明日香に聞いた。

 

「えと、なんでそんな見てくるの?」

「んー……」

 

 まじまじと見つめてくる。くすぐったくなる視線を、明日香はやっと外した。

 

「なんか、昨日のお姉ちゃんより落ち着きがあるような、ちょっと違和感が……?」

 

 ……落ち着き? 違和感? 一体なんのことだろうか。

 

「って、何言ってんだろう私。気にしないでいいよ」

 

 朝ごはん出来てるってー。

 それだけ言うと、明日香はいそいそと部屋から出ていった。 



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どんな景色が見えるの?
2


新学期。不安と、憧憬と、焦燥の季節。
ーー本当に、そうかな?


   ✩

 ……目覚まし時計のアラームが、りんりんとけたましく鳴り響く。

 心地いい世界から無理やり引きずり出されたことに不愉快な気分を感じつつ、香澄はベットから這い出した。

 半開きのカーテンから、太陽の光が細く差し込こんできた。自らの目を覚ますべく、中途半端なそれを端に寄せ、紐で括って全開にする。

 

 

 ーー光がまぶしい。太陽のまぶしさに目を細めつつ、香澄は外の景色を垣間見た。

 爽やかな青空、穏やかな陽気。そよ風が香澄の髪を揺らす中、スズメの姉妹が、ぴょこぴょこと元気にとびまわっていた。

 その光景はとても穏やかで。既に凪の時間かと錯覚してしまう程だった。

 

 

「……あったかい」

 

 

 太陽の光が、温かな両手で包んでくれたかのように。香澄は温もりを感じぼんやりとした意識を覚醒していった。

 ふと、壁際にかかるカレンダーが目に入る。昨晩、意気揚々と捲ったばかりのカレンダーには、4月1日の部分に赤いマジックでぐるぐると円が引かれていて、「入学式!」と大きく書き入れてある。

 数ヶ月前に、香澄自身が記入していたものだった。

 

 

 ーーそっか。今日から高校生だ!

 

 

 香澄は、ようやく今日が入学式であることを思い出した。

 忘れていた……わけじゃない。寧ろ、明日から始まる生活にドキドキして、寝れなかったくらいだ。そのせいで今朝はぼんやりとしてしまい、既に眠気を覚えている。香澄は一人、昨日の自分を恨んだ。

 

 

「……よし!」

 

 

 顔を軽く叩き、気合を入れた。ベットから飛び降りて、パジャマを脱ぎ捨てて。洗面所で顔を洗い、制服に腕を通しボタンを留めた。

 鏡の前で、髪を梳く。寝癖を取り、昨日ネットで見た星のような髪型にしてみる。

 

 

「……うん、悪くない」

 

 

 自分で言うのも恥ずかしいものだが、なかなか似合っていると思った。若干、猫みたいになってしまったがまぁそれはそれ。誰がなんと言おうと、これは星なのだ。キラキラドキドキしたいという、香澄の決意の表れなのだった。 

 

「完璧! ……あっちゃんおはよう!!」

 

 妹を起こしに、香澄は部屋を飛び出して行った。

 

 

     ☆

 

 

 

 路面電車に揺られること数十分。これから通う高校がぼんやりと見えてきた。

 高校の名前は、花咲川女子学園。花が咲く川の高校だなんてなんてドキドキを感じさせる名前なんだと、香澄はワクワクしながら揺られたいた。

 そんな花女は、香澄の乗っている路線の終点近くに最寄り駅が存在する。決して人通りが多いといえない地域の為、乗車している人はパラパラとしかいない。スーツ姿の大人達や、ランドセルを背負った小学生が数人いるばかりで、通学時間だというのに香澄は最初から席に座ることが出来ていた。

 

 そこから更に数分後。乗客が下車して行く流れに身を乗せることなく、香澄は改札を抜けた。

 抜けた先、簡易的な広場には、香澄と同じ制服を着た生徒が見えた。キリッとした碧髪の先輩や、ピンク色の髪の毛ふわふわとした先輩。そして、のんびりとベンチに座るおばあちゃん。長閑な空間が広場を包み込んでいた。

 ーー風。香澄の髪を、柔らかな風がなびかせる。広場の縁をなぞるように植え込まれたソメイヨシノがカサカサと揺れ、無数の桜の花びらが、ひらひらりはらりとアスファルトの上に舞い落ちていった。新学期らしい、と言うのだろう。その光景は、良い高校生活を香澄に予感させた。

 広場を抜け、緩い傾斜の坂道に出る。花女へと繋がる坂の目の前で、香澄は不意に立ち止まった。

 

 

 ーー重い。

 なんだか、なんとも言えないこの感情、感覚。若干重苦しく、周囲がひたすらに気になるこの不快感。嫌悪感を覚えた香澄は、ポケットから愛用の白いイヤホンを取り出した。

 イヤホンは、耳につけるとブブッという音と共にノイズキャンセルが起動する。

 

 

 

 

 ──瞬間。全ての音が小さくなった。そよ風で揺れる草木の音、談笑する女子生徒の声……。それらの音が、細く、小さくかすれる。まるで、世界に薄い膜がかかったようだった。

 

 朝からテンションの上がるポップをかける訳でもなく、静かめの歌で朝の気分に同調させる訳でもない。ただただ、音を薄くする為だけのものだったが、薄膜のかかった世界は、香澄にとって少しだけ心地よかった。

 ーーあれだけ楽しみだった新生活に、実は不安でも覚えていたのだろうか。存外、私も明るいだけではないらしい。

 香澄は、新しい自分の一面を発見することとなった。

 

 

 そんな状態のまま歩いて数分後。花女の校舎の、てっぺんがぼんやりと見えてくる時。ーー香澄はイヤホンを外した。

 

 

 せっかくの初登校なのになんてもったいない。空は快晴で、桜も咲いて靡いている。学生の楽しそうな声も聞こえてくる。ふんわりと花の甘い香りも漂ってきていて、みんなキラキラしている。これを感じないなんて、本当にもったいない。

 香澄は、イヤホンを新品のカバンにしまい込み、再び歩き出した。

 そんな立ち止まる香澄を、後ろから先輩らしき3人組が、仲良さそうに追い抜いていく。

 

 

 

「ねー、放課後どっか寄ってかない?」

「どっかってどこ?」

「んー……カラオケ?」

「いいけどさ。あんた、マイク握りっぱなしは勘弁してよね」

「なんで! 寿司とマイクは握るもんでしょ!」

 

 

 

 あははー、と笑い声が通り抜ける。そんな会話に、ビクリと反応してしまった。まるで自分が笑われているような……そんな不安を、香澄は覚えた。

 

 次第に、負の思考のループが始まる。ぐるぐると、マイナスな考えが頭の中を旋回してゆく。

 友達が出来なかったらどうしよう。教室で転んでしまい笑われたらどうしよう。自己紹介とかでとちったらどうしよう……とか。

 

 

 

 

 ーーそんな不安を、香澄は頬を叩いて払いのけた。

 

 

 パァンと鳴る頬。ヒリヒリする頬。強く叩きすぎたせいで、じんわりと痛みが残っているが、それはしょうがない。

 せっかくの新生活なのだ、しょうもないことばかり考えてはいられない。新しい学校! 新しい制服! 新しい友達! キラキラドキドキすることばかりだ!

 弾けんばかりのプラス思考を発揮する。キラキラだとか、夢だとか。希望だとか、ドキドキを感じられるようなことをひたすら考えた。

 ポジティブシンキングというのだろう。歩きながら考えていると、香澄の頭のモヤはすっと、晴れていった。

 

 

 まだ頬は痛いものの、足取りは次第に軽くなっていった。ゆっくりと、1歩1歩、歩を進めていたものが、段々周りの景色を置いていくかのように駆けていた。

 グングンと、他の生徒を追い抜くつれて、先程までのネガティブな思考は、香澄の中からキレイさっぱり無くなっていた。 

 

 

 

 ハァ、ハァと、息が上がってくる。が、全然不快感はなかった。気がついたら、香澄は、数百メートルある坂を一息つかずに駆け抜けた。

 無事に花女の校門に着いた。ゆっくり深呼吸をしながら、香澄は辺りを見回す。

 学校名の看板の所で写真を撮っている人や、部活の勧誘を受けている人。初めてなのか、あたりをキョロキョロと見渡して不安そうな人。沢山いた。

 皆、今日から高校生という実感と、キラキラとドキドキを感じているのだろう。

 そんなことを思っている、香澄もそのうちの一人なわけで。

 

 

 

「今日からお世話になります!!」

 

 

 

 新しい生活、なにかキラキラすることが。ときめく経験が始まるような気がして、つい言ってしまった。

 何人かの生徒が、びっくりしたように振り向く。香澄は少し恥ずかしくなり、笑ってその場を立ち去った

 



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3

偶然と必然は表裏一体だ。
だからーーこの出会いも運命だったんだと思う。


   ☆

 

 香澄は少し速足で、クラス分けの掲示板を見に行った。

 ……が。掲示板の前には、既に新入生による沢山の人だかりができている。一概に身長が高いとは言えない香澄では、背伸びをしないと少々見えずらかった。

 

「戸山……戸山……」

 

 人並みをかき分け、中に入ろうとするものの押し出された。仕方なく、香澄は爪先立ちを強いられることになる。

 ぷるぷると足を振るえさせながら、何とか見える掲示板を確認する。

 

 ーー名前はまだ無い。もっと、横に貼られているのだろうか。

 爪先立ちのまま、横にジリジリと移動を開始する。

 

 ……A組1行目……まだ無い。……2行目……これも無い……。もしかしてB組かな……。あ、あった。A組だ。

 

 自らの名前を見つけた事と、脹ら脛の限界がきてしまい、足を下ろした時だった。

 

「……あっ!」

 

 ドンッと、誰かとぶつかってしまった。不注意故の香澄が起こした事故、謝ろうと直ぐに振り向こうとした。が……途端に香る、甘く優しい香り。

 それに一瞬気を取られてしまい、香澄はすぐ謝ることが出来なかった。

 

「あっ、ご、ごめんなさい!」

「ううん。私もごめんね、なかなか見えなくってさ」

 

 ふわっとしたローズブラウンの髪の毛、黄色いシュシュでそれを纏め、ポニーテールにしていた彼女。ーー山吹沙綾は、ニコリと笑みを浮かべた。

 

「……あ」

 

 また、フワッと香る。甘く、どこかでかいだことある匂い。何となく、懐かしいような感じもする芳香。

 これは……パン?

 

「いい匂い!」

「え?」

「焼き立ての、パンのにおいがした!」

「……ああ。私ん家、パン屋さんやってるんだ。お昼ご飯に持ってきてるんだよ」

「そうなんだ!」

 

 どうりでいい匂いがするはずだ。朝ご飯はしっかり食べてきたのに、香澄はちょっぴりお腹が空いたような気がした。

 

「えっと……」

「? ……ああ。私、山吹沙綾」

「私、戸山香澄! 山吹さんは何組なの?」

「A組かな。戸山さんは?」

「私もA組! 同じクラスだね!」

 

 ニコリと笑い合う。沙綾の笑顔は、とても優しげで。香澄は心地よく感じていた。

 

「戸山さんって中学で見た事ないし、外部生だよね? どうして花女に来たの?」

「妹がここの中学に通ってるんだ! それで前に学園祭で来たことあるんだけど、それが楽しそうで」

「なるほどね」

「あと、制服が可愛い!」

「あはは。確かに大事だね、そういうの」

 

 取り留めのない雑談しながら、2人で1-Aの教室に向かう。

 

「私、内部生だからさー。周りの子も半分くらい同じだし、制服も変わらないから、あんまり新鮮味がないって言うか……」

「ちょっと分かるかも。でもでも! なんか新しい何かが始まるような気がしない?」

「新しい何かって?」

「うーん……。あ、新しい友達! もう出来ちゃったし!」

「……ぷっ。あはは! 友達認定早いね」

 

 香澄の高速ゼロ距離認定に吹き出す沙綾。香澄はちょっとだけ、やり過ぎたかと不安になってしまった。

 

「……早すぎた?」

「ううん、そんなことないよ! よろしくね、戸山さん」

「香澄でいいよ! よろしくね、山吹さん!」

 

 全然気にしていないようだった。香澄は、花女で初めての友達にドキドキを感じていた。

 

 

     ☆

 

 

 担任の先生の話が続いていく。学校での諸注意や、これからの予定など、サラサラと話を進めていった。

 

「それじゃあ自己紹介に行きましょうか。自己PRを意識して話してみてください」

 

 担任の教師が列の一番最初を見つめる。五十音順に並べられた席で、一番左前の初めの生徒に目を向けた。

 が、生憎そこは空白だった。入学式当日から風邪でも引いてしまったのだろうか。新学期初日に風邪とは、なんてついていないんだろうと、香澄はまだ見ぬクラスメイトを哀れに思った。 

 

「市ヶ谷さんは休み、と……。それじゃあ、牛込さん、お願いします」

「は、はいっ!」

 

 空いている席のひとつ後ろ。黒髪で、少し気弱そうな子が起立した。

 

「え、えっと……。う、牛込りみです。…………よろしくお願いします!」

 

 何か言うのかと思ったが、恥ずかしそうに俯いたまま席に座った。容姿の可愛らしさと、その小動物のような言動に、香澄の介護浴が少し掻き立てられたのは秘密だ。

 ……そんな欲を香澄は振り払い、自己紹介を考える事にした。あまり、気取らないような、けれども避けられないような言葉が良い。少ない時間の中で、香澄必死に言葉を選んでいた。

 態度も気をつけて。おどおどしないよう、明るく、元気に……。

 

「じゃあ、戸山さんお願いします」

「はい」

 

 ついに香澄の出番が来た。返事をして立ち上がると、クラス中の視線が一気に香澄に集まった。

 数多くの目が、香澄をを見ている。その事実を再確認した瞬間に、香澄はなんでもないはずの自己紹介に少し緊張を覚えた。

 

「戸山香澄、です」

 

 緊張からか、ちょっと吃ってしまった。体も少し強ばってしまったが、香澄は、大丈夫、大丈夫と、先程のようにポジティブシンキングを発揮する。

 

「私、中学は地元の学校で。前にこの学校の学園祭に来たんですけど、それがキラキラドキドキで」

 

 段々と調子が出てきた。緊張は、口を開く度に解けてくる。あらかじめ考えていたことを話すだけと考えていると、香澄は緊張しているのが馬鹿らしく思えた。

 

「私、小さい頃、星の鼓動(ホシノコドウ)を聞いたことがあって。キラキラ、ドキドキって感じで。この学校でも、それを見つけたいです!」

「星の鼓動?」

「うん。なんか、星がキラキラ~って瞬いて」

「……ふふっ。戸山さん、面白いね」

 

 香澄のおかげで、クラスが明るく成っていった。

 

     ☆

 

「うーん……」

 

 ちょっとやり過ぎたかもしれない。香澄は少しだけ、後悔をしていた。

 先程の自己紹介の話だ。無難に、克つ面白明るくしようと努めたつもりだったが、少々勢いに乗り過ぎたかもしれない。香澄は、放課後にお喋りに来た沙綾に聞いてみた。 

 

「山吹さん! 私の自己紹介、変じゃなかった?」

「うーん……少なくとも、私は好きかな」

「本当? 良かったぁ……」

 

 安心からか、ぐでっと机に突っ伏す。沙綾含めたクラスメイトも優しそうな人達ばかりだし、これなら問題なさそうだと、香澄は感じた。

 

「ところでさ。キラキラドキドキしたいなら部活とか見て見たらいいんじゃないかな?」

 

 ……なるほど。高校でドキドキすると言えば、部活動が筆頭に来る。

 野球部! サッカー部! テニス部! 文化部でもドキドキすることが沢山ありそう!

 香澄は、様々な部活動に入っている自分を想像していた。そして、沙綾を部活動見学を一緒にどうか誘ってみた。

 

「山吹さん頭良い! ……じゃあ、明日から部活見学一緒に行ってくれる?」

 

 香澄が聞く。すると、山吹さんはバツの悪そうな顔をして、

 

「あーごめん。うちの手伝いがあるから、ちょっとね……」

「そっかぁ」

 

 ちょっとだけショックだったが、沙綾の話を聞く限り納得である。

 山吹さんが言うに、なかなかに常連客が多いパン屋さんで、昼、夕方時は特に混むのだそうだ。

 そうでなくとも、朝4時からパンの準備を始め、作るのに数時間。それは忙しくなるわけである。

 オススメはチョココロネとメロンパン。うさぎのしっぽパンなる粉砂糖をまぶしたパンもあるらしく、香澄は話を聞くにつれてどんどん空腹になっていった。

今度山吹さんのパン屋にひっそりと行こう……と心に決めた香澄であった。

 

 閑話休題。

 

 沙綾に部活動見学を断られてしまった香澄は、共に教室を出た。

 何時までやっているのか、部活の勧誘は相変わらずつづいており、ガヤガヤと騒がしい。

 色々な部活が新入生を勧誘する様子を横目にしつつ、校門へと向かう。

 

「じゃあ、私こっちだから」

 

 沙綾は校門を出ると、香澄の帰路と逆方向を向く。

 

「また明日ね、……香澄」

「うん! また明日ね……沙綾!」

 

 名前を呼んでくれた! 香澄は、高校生活初めての友達、その名前呼びにちょっとドキドキしてしまっていた。

 そんなことはいと知らず。沙綾は香澄へ手を振って歩いていった。



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4

何気ない日常。よく晴れた風の下で、私は何かのカケラの歌を聴いた。


    ☆

 

 「そう言えばお姉ちゃん、部活どこにするかきめた?」

 

 入学して数日後の夕食の最中。妹の明日香が思い出したように聞いてきた。

 

「んー、まだ。どれも楽しそうなんだけどねぇ……。ただ」

「ただ?」

「なーんか、キラキラっ、ドキドキっしないって言うか」

「……キラキラドキドキって?」

 

 そう問いながら、明日香はハンバーグを口に入れる。香澄も、付け合せのポテトを口に放り込み、咀嚼して言った。

 

「うーんと。小さい頃さ、『星見の丘』にキャンプに行ったの覚えてる?」 

「んー……。あ、星見台がある所?」

「うん! 長いカーブの先にある広場みたいな所! まあるい星見台があったよね~」

「……確かにあった気もするけど、それがどう関係あるの?」

 

 首をかしげながら言う明日香。

 

「そこでさ、2人でテント抜け出して森の中探検したよね?」

「すっごい怒られたけどね。探しに行った私まで」

 

 ジトっとした視線を送られる。香澄は、ごまかすように麦茶を1口飲み込んだ。

 

「そ、それはごめんってばー……。その時にさ、見た星空凄かったよね。宝石みたいに輝いてて。キラキラ瞬いて、ドキドキ鼓動していて!」

「確かに凄かったけど……」

「それが、キラキラドキドキだよ~!」

「……その鼓動って自分の心臓の音じゃないの?」

「そうかもだけど……。どうせなら、あの鼓動を感じるような部活にしたいなって思ったんだ。剣道も水泳も、他の部活楽しかったけど」

「へぇ……意外と考えてたんだ」

 

 ちょっとびっくりしちゃった。白米を口に運びながら、明日香は言った。

 

「だってもう高校生だよ! 少しはしっかりしないと!」

「まさか、お姉ちゃんから『しっかり』なんて言葉が出るなんて……」

 

 目を丸くして驚いている。そんな変な事言っただろうか、香澄は母親に白米のお代りを要求しながら言った。

 

「なんかお姉ちゃん、ここ数ヶ月で変わったよね」

「えっ?」

「なんというか……。ちょっと落ち着いたというか、周りを気にするようになったというか……」

 

 ……そんなに落ち着いたのかなぁ。香澄には、よく分からなかった。

 とりあえず、自分で成長したということにしておき、香澄はおかわりの白米を口に入れた。

 

 

 

 

 

     ☆

 

 またまた数日後の、放課後。

 香澄は、あの時のようなドキドキを感じられる部活動を見つけられずにいた。

 沙綾を初めとした、クラスメイトとの仲は良好で、沢山友達になることはできたが、ただそれだけ。キラキラする部活動が見つからない香澄は、若干下を向いて歩いていた。

 ふと、春の風が香澄に優しく吹き付ける。花のいい香りが、ふわっと香澄の鼻をくすぐった。それらを飲み込むように、大きく深呼吸をした。

 ハラハラと舞う花びらを見て、夜空を見た日を思い出した。星はキラキラ瞬いて、ドキドキが止まらなかったあの日。ドキドキが見つからない今、香澄は懐かしささえ感じた。

 

 ……不意に、ぽつりとした寂しさを感じる。夕方ということもあり、あたりには人気があまりない。

 

 ……このまま、キラキラドキドキは見つからないのかな。そんなことさえ思ってしまう。

 そんな寂しさを推し消すように、香澄はイヤホンを耳にさそうとした。

 

 

 

 ーー本当に、そうかな?

 

 

 

 

 

 ふと、優しい声が聞こえた気がした。

 びゅうっと、強く風が吹き付ける。思わず顔を背けた香澄。……その視界の端に、キラリとした何かが映った。

 黄色い、ラメの入った星型のシール。少し色褪せていて、剥がれかけていた。

 

「星……のカケラ?」

 

 ドキリ、心臓が高鳴る。星を見たあの夜と、同じ感覚。気が付けば、その星にすっかり夢中になっていた。

 すぐに他にもないかあたりを見渡す。……そこからちょうど半歩位先に、小さな星が瞬いていた。

 星は、香澄の膝下位の位置に張り付いており、まるで道を示すかのように、ジグザグ続いている

 歩いて星を追ってみる。とくん、とくんと鼓動が聞こえる。忘れかけていた星の鼓動が、聞こえた気がした。

 香澄は、まるで縋るようにジグザグ進む。

 

 

 ーー分からない。分からないけど、星が呼んでる気がする。

 

 

 香澄は、星の導きに従うようにスルスルと路地を抜けていった。



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5

"星の鼓動"を傍らに。歌えばいつだってゴキゲンだった。


 香澄は、ガムシャラに星を辿った。

 付けかけていたイヤホンはもういらない。邪魔になっていた為、カバンの中にしまった。

 時には走って、時には歩いて。しゃがんだり、登ったり。香澄はひたすら星を辿った。

 星は、右にあったり左にあったり。室外機に貼ってあったり、小さい子供しか通れないようなところにもあったりした。全て香澄の膝下くらいの場所に、それらはあった。

 段々と、星の数が多くなってくる。初めは一つだったのが、二つ……三つと増えてゆく。香澄は、この白黒世界から抜け出す導のように見えた。

 最終的に、星は五つになった。五つの星の横には、「ゴール!」という文字が子供らしい、丸っこい文字で書かれている。

 多少上がった息を整えつつ文字から頭を上げると、「質屋、流星堂」という看板が目に入った。どうやら、気が付かないうちにお店の前まで来てしまっていたらしい。

 一見、ここに、キラキラするものがあるようには思えない。けれど、けれども……ここには五つの星があった。

 

 五つの星。それは脳裏から離れず、香澄の心をひたすらにドキドキ鼓舞させた。

 周りには、知らない不確かな世界が広がっているが、不安や心配は無い。星のお陰で、確かな導を受けられたから。……そう。昔から、星を手に入れるば無敵になれると、相場が決まっている。

 そんな謎の自信から、香澄は「流星堂」というお店の敷地に惹かれるように入っていく。古くさそうな扉が開きっぱなしの古屋があり、フラフラと引き寄せられるように中を覗いた。

 

「……星?」

 

 ガラス張りのショーケースの中。真紅のーー赤い、星型のギターがそこに立てかけてあった。

 目から、離れない。それはひたすらに、香澄の目を惹いて止まなかった。

 

 

 ーードキドキドキドキ……心臓の鼓動が止まない。香澄はまるで、目の前で星が瞬いるのを目撃しているように感じた。

 久しぶりの、この感覚。キラキラドキドキした、あの全身を抱いてくれる星空を見たような感覚。鳥肌が立ち、頬が赤くなるのを感じる。香澄は今、運命に出会っていた。

 

「……なぁ、触ってみるか?」

 

 後ろから声が掛かる。驚くこともなく、香澄はひたすらに頷いた。

 目の前を、金色の髪が揺れる。整った顔立ちに、橙色の瞳。香澄は、声の主が初めて同年齢くらいの子だと分かった。

 ショーケースを、金髪の子が開ける。キラキラと、隙間から光が漏れだしているような気がした。

 金髪の子が横に捌ける。香澄は一歩ずつ、ギターに近づいた。

 息をのむ。恐る恐る手を伸ばして、指先で触る。

 ピタッピタッピタッ……。

 

 触るたびに、ドキドキしていく。ボディやネック、別の場所を触るたびに、鼓動が増してゆく。

 

「なあ、夢中になってるところ悪いが……」

 

 香澄を覗き込んでくる少女。ツインテールで、金髪で。少しばかり気の強そうな女の子だった。

 

「ギターってのは、装備しないと意味がないんだぞ」

「そ、装備……?」

「そう、装備。ほら、掛けてやるから少し離れろ」

 

 装備という聞きなれない言葉に戸惑う香澄をさておいて、女の子はギタースタンドから、ギターを持ち上げた。

 ネックとボディを大事そうに持ちながら、ストラップを棒立ちの香澄にかける。

 

 

 

 ドキ、ドキ、ドキ、ドキ……!

 

 聞こえる。忘れていた、あの遠い鼓動。星の衝動。

 香澄はよくあるギターを持つ姿で、左手でネックを握り、右手をボディに添えてみる。

 恐る恐る、震える手で弦をはじいてみた。

 

 じゃーん! 

 メロディにもならない音が鳴る。が、アンプに繋いでいない未完成の音でも香澄の心を十分に震えさせた。

 目をつむり、もう一度弾く。何度も、何度も、ギターをはじく。

 くるりと回ったり、しゅたっとポーズを決めてみたりもした。

 ……なんだか、笑えてきた。今まで、キラキラドキドキすることに悩んでいたのはなんだったんだろう。

 

 

 ーー星の鼓動は、確かにあった。見えなかったけど、確かにそこにあったんだ。

 

 何度も、何度も何度も弦を弾く。香澄の中の星の鼓動(ホシコドウ)は無くなってなんか居ない。確かに、息づいていたのだ。

 

 

「お、おい! 一応売り物なんだから、そこまでに……」

 

 見かねた女の子が香澄を止めに来る。そんな女の子の手を、香澄は握った。

 途端、ギョッとした表情を浮かべる女の子。

 

「ちょっ⁉ なんなんだよ!」

「見つけた!」

「はあ?」

「聞こえた!」

「はあ? 何が?」

「キラキラドキドキすること!!」

「き、キラキラ……?」

 

 女の子は、ポカンとしている。

 

「トクントクンっていう星の鼓動(ホシノコドウ)のこと!!」

 

 あははーと笑いながら、ゴキゲンな演奏を香澄は再開した。

 歌を歌うわけでもなく、音楽を奏でる訳でもない。ただ適当にギターをかき鳴らそれだけなのに、香澄の心は満たされていく。

 やがて、壁に描かれた「夢」と書かれた習字を香澄は見つけた。くるりと回り、ギターを拳銃のように構え。高らかにその言葉を口にする。

 

「BanG(夢を)……Dream(撃ち抜け)!!!!」



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5.5

その時起こったことを、彼女はずっと覚えている。
ゴキゲンな彼女が解き放つ、無敵で最強な舞台を。


 

 私は、昔から素直になれなかった。

 

 

 小学生から受験で中学に上がった私、しばらくの間クラスメイトとの学校生活を過ごしていたのだが……とてつもなくい心地の悪さを感じていた。

 なんというか、周りの子供たちが子供に見えてしまったのだ。多分、見下していた部分も私の中には存在していたんだと思う。

 素直になり、先生にでも気持ちを吐き出せば、ある程度変わったのかもしれない……が。生憎そこまで完成している中学生ではなかった。

 そんな学校に私は行く理由を見いだせず。'家でも勉強は出来るから'と言って、家に籠るようになっていったのだ。

 遅くに起きて、ご飯を食べて、盆栽の世話をして、ネットサーフィンをする。勿論勉強もして、出席日数の為にたまに授業に出て、テストはしっかり受ける。そんな生活がしばらく続いた。

 

 受験前までやっていたピアノも、ピタッと止めてしまった。ばあちゃんが買ってくれたピアノは、蔵の片隅で静かに埃を被っていった。

 

 そんな中、私は不思議な出会いをする事になる。

 いつも通り、学校をさぼり、トネガワの世話をしていた時。ーーふと思い立った私は、質屋となっている倉庫へ足を運んだ。

 

 ……今思えば、これも運命だったのかもしれない。ただ、少なくとも、この時は偶然だと思っていた。

 

 

 質屋に寄った私は、私と同じ学校の女子高生が店をのぞき込んでいるのを発見した。

 

 ――泥棒!! そう叫ぼうとした私だったが、その表情を見て声を出すことが出来なかった。

 

 なんと言うか、その姿に惹かれてしまったからだった。

 真面目にギターを見ているのかと思ったら、えへら顔でだらしなく見つめていたり。下から、上から、右から、左から覗き込む。ギターを弾くような仕草をしたと思ったら、顔を隠してキャーと照れている。いや、正直に言って、若干キモイかもしれない。

 

 でも、それでもーー。その姿に惹かれている私がいた。

 例えるならば……そう。目をキラキラと輝かせている子供を、無下になどできるだろうか? それと同じ感覚だった。

 数十分経過しただろうか。彼女はまだ、見つめるのをやめない。ある程度正気に戻るとともに、その姿に見かねた私は、ちょっと触らして帰らせようと思った。

 

「なあ、触ってみるか?」

 

 こちらには目もくれず、ぶんぶんと頷く少女。よく見ると、なんだか猫みたいな髪型をしていた。

 ――変な奴。そう思いながら、ギターのショーケースを開けた。

 

 変な奴は、すぐに触ろうとしなかった。本当に触ってもいいのか、迷ってるかのようにギターを見つめていたが……。やがて、指先でギターに触れる。

 すぐに離れた指先。変な奴は頬を赤らめ、別の場所を又タッチした。

 触るたびにむはーと声を上げる変な奴。私は更に呆れてしまった。

 

「なあ、ギターってのは装備しないと意味ないんだぞ」

「そ、装備……?」

 

 初めて私に顔を向けた。紫色の、澄んだ瞳をしていた。ポカンとした表情を浮かべるも、口元は若干にやけていて、やはり変な奴だった。

 

「そう、装備。ほら、掛けてやるから少し離れろ」

 

 そう言って、ショーケースからギターを取り出す。当の変な奴は、頬を赤らめたまま棒立ちしていたので、ギターストラップを代わりにかけてやった。

 驚いた表情を浮かべる変な奴。それがだんだんと真面目な表情になってゆき、目をつむった。

 左手をネックに、右手をボディに添えた。頬を赤らめた少女は、爪でギターを……弾いた。

 

 倉庫に、じゃーんという音が響く。チューニングもしていない、アンプにも差していない。そもそもそれは音楽ではなく、何かのコードというわけでもない。それなのに、それなのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうしてこんなにも、この少女(音)は魅力的なのだろう。

 

 少女が、じゃーん! じゃーん! と何度もギターを鳴らす。そのたびに、私は今ある光景に飲まれていった。

 見慣れていたはずの蔵が、少女の為にステージに成り代わる。キラキラと輝き、ドキドキさせる。この瞬間今を、「生きている!」と実感させるような。世界中を、勇気づける愛の歌を歌うような。変な奴の笑顔が、とてもまぶしかった。

 

 初めての、こんなときめく経験をしたかもしれない――私は、少女の舞台に見とれていた。

 

 

 ……あははーという少女の笑い声で、はっと我に帰る。そうだ、彼女が演奏しているのはまだ売り物だ。勝手に演奏されて、壊されても困る。

 

「お、おい! 一応売り物なんだから、そこまでに……」

 

 彼女が目を開いた。潤んでいて、紫のきれいな瞳。キラキラと、光がその目に宿っている。

 ゆっくりと、視線が合う。輝かんばかりの笑顔を向けられ、彼女は私の手を握った。

 

「ちょっ⁉ なんなんだよ!」

「見つけた!」

「はあ?」

「聞こえた!」

「はあ? 何が?」

「キラキラドキドキすること!!」

「き、キラキラ……?」

 

 やっぱり変な奴だ……! 握られたその手を振りほどく。

 

「トクントクンっていう星の鼓動のこと!!」

 

 再び、あははーとギターをかき鳴らす。彼女は、倉庫にある「夢」と書かれた習字に向き合う。

 ドキドキとときめいていた彼女はやがて、ギターを銃のように構えた。狙いを定める。

 照準がピタッと合い、そして、彼女は、高らかに撃ち抜いた。

 

「Bang(夢を)……Dream(撃ち抜け)!!!!」

 

 

 

 私はこれから。彼女の姿にユメを見る事になる。



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6

走り出した、最高の音楽(ユメ)。


     ☆☆

 

「~~ッ! ストップストオオオオップ!」

 

 その声で、香澄は我に返った。

 正気に戻った香澄は、キョトンとした表情で金髪の子を見る。

 叫んだ本人は、ツインテールを揺らしながら息を荒くしていた。

 

「お前! それ一応売り物なんだからな!!」

「あ、そうだった」

「はあーっ……で、どうするんだ?」

「どうするって?」

「そのギター。ランダムスターっていうんだけど」

 

 この星のギター、ランダムスターというらしい。真っ赤で、きらきらして、星形のボディの中に、星が散りばめられたこのギター。じつにらしい名前だった。

 

「買う?」

「売ってくれるの⁉」

「そりゃあ、うち質屋だし」

「……いくらですか?」

「んー……あんた何歳?」

「15歳!!」

「じゃあ30万とんで15円」

「さんじゅ⁉」

 

 あまりの金額に噛んでしまった。三十万なんて、高校生かわバイトしていても払えるかどうか……。それ以前に、香澄はアルバイトをしていなかった為望みはかなり薄かった。

 

「た、高い……。もう少しどうにかならないかなーなんて」

「はあ? うちは質屋だぞ。簡単に値下げなんてしないぞ」

「で、ですよねー……」

 

 30万かあ……。と、何度も反芻してしまう。

 バイトをしていてもしていなくとも、高校生にとって、30万という金額ははかなり厳しい。

 けれど、だけど。香澄にとってはそれは諦める理由にはなり得なかった。

 

 

 

 

 ーーあのギターを弾いた時。聞こえたホシノコドウは、けっして間違いなんかじゃないから。

 

 

 

 

 なんとしてでもこの星を手に入れたい。この出逢えた運命を、物にしたい。香澄は、たった今、星への決意を胸にした。

 

「あ、あの!」

 

 そこで香澄は、一つ提案をしてみた。

 

「いつか……いつか必ず、この子を買うので! 取っといてくれますか!」

「は、はあ!?」

 

 勝手かもしれないが、それほど欲しいのだ。香澄にとって、ひとつの希望でもあるのだ。

 女の子は反発的な反応を見せるも、何か思うところがあるのか、考えた様子を見せた。

 うーんと、うーんとひたすら唸り、口を開く。  

 

「……あんまり長くは置いてられない。すでにネットオークションに出しちゃってるからな」

「そ、そうですか……」

「でも」

「?」

「3万と515円。オークションのキャンセル料と、15歳だから。その値段で売ってやる」

「ほんとですか!?」

 

 信じられなかった。びっくりした。願ってもない幸運だった。あれだけ悩んでいたはずなのに、いきなり値段が下がるなんて……。

 

「……私、市ヶ谷有咲」

 

 女の子がいきなり自己紹介を始めた。

   

「え?」

「あんたの名前! 教えてくれれば、それでいい」

 

 ……? なんだかよくわからなかった。頭に疑問符がたくさん湧くが、とりあえず脇に置いておく。

 

「私、戸山香澄です!」

「15歳なんだろ? 私も15だからさ、その……」

「そうなんだ! よろしくね。有咲!」

「ッ⁉ お、おう……」

 

 照れたようにそっぽを向く。心なしか、有咲の頬が若干赤くなっているような気がした。

 

 

     ☆☆

 

 あの後、直ぐに遅くなってしまうからと言って香澄は有咲と別れた心なしか有咲の顔がまだ赤かったような気もするが、それは暗がりでよく見えなかったからだろうと香澄は自己完結している。

 

 自宅の最寄り駅に着く頃には、もう既に夜が降りてきていた。電灯の灯りがつき、街を歩くのは仕事終わりの大人達。その間を、香澄はすり抜けるようにして自宅へと向かう。

 自宅に入ると、いつもより帰りの遅い香澄を心配した母親が駆け寄ってきた。いつもより少しキツめに注意されたものの、香澄がキラキラドキドキする物を見つけることができたというと、少し微妙な表情を浮かべていた。

安心と心配な表情が入り交じった様子。しかし、最終的には陽だまりような笑顔になり、

 

「やるなら頑張りなさいよ」

 

 と、ギターの足りない分のお金を出してくれたのだった。親孝行をちゃんとしなきゃなと、改めて感じた香澄である。

 

 妹の明日香からも「ちょっと心配してたんだー。なんか元気なさそうだったから」という言葉をいただいてしまった。

 あまりの姉思いな妹に、香澄はついつい抱き着いて撫でてしまったが、恥ずかしそうにもがきすぐ部屋に戻ってしまった。少し、残念な香澄だった。

 そして次の日。学校をそわそわと過ごした香澄は、お母さんが出してくれたお金と、自身のお小遣いをもって流星堂に向かう。

 再び星をたどり、流星堂へと辿る。ちょっと古くなっている呼び鈴を押して、香澄は有咲を待った。

 ピンポーンという音の後に、「はーい」と有咲とは違う声が聞こえる。それもそのはず。ドアから出てきたのは、割烹着を着た優しそうなおばあさんだった。

 

「はい、はい。いらっしゃい。……あら? 昨日来てた子よね?」

「はい! 有咲とおしゃべりしてました!」

「あら、そうなのね。どうぞ上がって頂戴」

「お邪魔します!」

 

 やけに嬉しそうな表情を浮かべるおばあさんに見送られ、家に上がる。有咲のお家は、古くからあるような伝統的な日本の家という感じだった。畳のイグサのいい匂いがほのかに漂っていて、居心地の良さを感じた。

 

「戸山さん」

 

 奥からから有咲が出てきた。昨日とは違って、白いエプロンを身に着けている。

 

「有咲! 昨日ぶりだね!」

「お、おう。そうだな……」

 

 照れたように顔をそらす有咲。なんでだろうか。

 

「有咲、どうかした?」

「な、なんでもねぇ! ……それより、連絡通り持ってきたんだろうな?」

「うん! はい!」

 

 香澄は、茶封筒に入れた30,515円を渡す。有咲はひーふーみーとお金を数え、エプロンのポケットにしまった。

 

「毎度あり。それじゃあ着いてきてくれ」

 

 玄関を出て、質屋に……ではなく、その近くにあった倉庫のようなところへ向かう。

 ポケットから鍵を取り出し、ガチャリと鍵を回す。重たそうな扉を開けると、中にはダンボールの山、山、山……。そして紙束と、なんだか色々な物がごちゃごちゃとしていた。空間は少し埃っぽく、香澄はクシャミがでそうになり鼻をひくひくとさせた。

 

「ここだ」

 

 クシャミを抑えながら有咲の示す先を見る。床に、古ぼけた地下室への入口が鍵穴と共に存在していた。

 有咲は、鍵束のなかでも1番古そうな鍵で穴を回し、入口を開けた。

 なんだか、秘密基地に突入するみたいで、香澄は1人、ワクワクしていた。

 

「……さて。それじゃあご対面だな」

 

 明かりをつけた。

 

 

 

 そこには、ギタースタンドに立てられた、真紅のランダムスター。ガラスに輝きが反射しているせいか、昨日より綺麗になっている気がした。

 

 ……1層ドキドキが止まらない。これから、この子が、私のものになるのだ。好きに掻き鳴らして、ポーズを決めて。世界を勇気づけるLove songを叫ぶことだってできる。

 武者震いが止まらない。有咲に促され、香澄は慣れない手つきでギターのストラップを首にかける。震える手で、溢れる想いを少しだけ表に出しつつ、ギターのボディに触れて、

 

「ーーこれから宜しくね」

 

 ポツリ、そんな事を呟いた。



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7

きっかけは、騒がしい来客がはしゃいだ事だった。
けど……私は全然後悔していない。


「有咲有咲! 弾いてみようよギター! アンプ? とかいうのある?」

 

 ランダムスターを貰った直後。香澄は有咲にすがりつくように聞いていた。

 どうやらギターには、アンプという音を大きく鳴らす機械があるのだとか。二つくらい種類があった気がするが、香澄は詳しいことを忘れてしまっていた。

 勢いよく縋る香澄を他所に、有咲は視線を右上に寄せて記憶を辿る。

 

「あー、なんかあった気がするな」

「ほんと!?」

「ああ。ただ……」

 

 有咲が急に蔵を上がり始めた。急いでその後を追う香澄だったが、再び埃っぽい倉庫に戻った為クシャミを1回してしまう。

 そんな香澄にティッシュを渡しながら、有咲は、

 

「ここのどっかだ」

 

 指を指しながら言った。ホコリを被ったダンボールや、紙の束の数々。他にも色々なものがごちゃごちゃしていて、何処に何があるのか分かったものではなかった。香澄の身長以上に積み上がっている物達は、香澄達の歩く振動でたまに揺れていた。

 

「うへぇ……。ここから探さないといけないの?」

 

 香澄が、とてつもなく嫌そうな顔をして言う。

 

「そう。元々整理するつもりだったから、その内見つかるかもしれないけど……。この量だ、弾くだけならライブハウス行った方が早いかもな」

「ライブハウス! 何処にあるの!?」

「え、知らねぇ」

「分かった! ちょっと探してくる!」

 

 香澄は、ギターを持って宛もなく駆け出した。

 

「はぁ? ちょっ、戸山香澄ーっ!?」

 

 

 

 

☆☆

 

 

「香澄……。はぁはぁ……お前なぁ! ……はぁはぁ……」

 

 先に駆け出した香澄を、有咲が追っかけてきてくれた。流星堂の前の下り坂を一気に駆け下りてきたのが、ケロッとしてる香澄とは反対に、有咲は肩から息をしていた。

 

「有咲、もしかして体力ない?」

「お前があり過ぎなだけだ!!」

 

 ツッコミを入れられてしまった。でも、有咲、疲れててもツッコミを入れる体力はあるんだね。

 

「それはお前が! ……はぁ、もういいや」

 

 諦めたようだった。持ち直した有咲は、呆れた顔で香澄を一瞥した。

 

「それより香澄。お前、ライブハウス行く宛とかあるのか?」

「え、無いよ?」

「無いのかよ!」

「あ、でも。わかんない時はとにかく行動する、って心がけてるんだー」

「……無鉄砲というかなんというか」

 

 はぁ、、溜息をつきながらポケットからスマートフォンを取り出す有咲。何度か画面をタップすると、あたりをキョロキョロと見渡し始めた。

 

「有咲、何してるの?」

「ライブハウス探してんの。ちょっと待ってろ……あ、目の前だ」

 

 有咲が視線を送った方を見る。そこには、黒地に白い文字で、「LIVE HOUSE SPACE」と店先にデカデカと書かれていた。

 白に水色のボーダーが入った屋根がついていて、休憩スペースのような所がガラス張りになっている。観葉植物も所々に置かれ、木を基調としたその空間は、清潔感を醸し出していた。

 

「なんだか綺麗なところだね!」

「そうだな。なんつーか、もっとこう……小汚いようなイメージがあったんだけど」

 

 SPACEに入る。店内はかなり綺麗に掃除されていて、ちょっとオシャレな喫茶店を思わせる内装をしていた。そんな中でも、ガヤガヤと、お客さんの騒がしい声が中央の扉の奧から漏れだしていた。

 

「こんにちは! ギター弾きたいんですけど……」

 

 とりあえず、一番身近に居た人に話しかける。

 黒い髪を腰の辺りまで伸ばし、スラっとしたスレンダーな女の子。その子が持つ碧色の瞳で、香澄は見つめ返された。

 

「ごめんなさい。ここ、練習スタジオじゃないの」

「えっ、そうなんですか?」

「うん」

 

 申し訳なさそうにごめんねと、続ける女の子。表情のせいか、とてもクールな印象を受けた。

 女の子は、香澄の手に持つランダムスターに目を向けるとなんだか嬉しそうに微笑む。

 

「あなたもギターやってるの?」

「はい! って言っても、今日からですけど……」

「そうなんだ。新人さんなんだね」

「し、新人さん……?」

 

 ちょっと変わった言い回しをする子だった。黒髪の、それも同年代に見えるその子は不思議そうに首を傾げていた。

 

「……って、もしかして花園さん?」

 

 そう言えば、と香澄は思い出していた。

 ……私と同じクラスに、同じような子がいた筈。スラッとしてて、一見クールだが、話すと案外天然な……。

 ここまで香澄が思い出したところで、女の子ーー花園たえは頷いた。

 

「そうだよ。私、花園たえって言います。あなたは戸山さんだよね?」

 

 やっぱりそうだった! というか、たえの方はバッチリ香澄のことを覚えているようだった。申し訳なさを感じた香澄である。

 

「うん! 私、戸山香澄! 花園さん、その格好でライブハウスに居るって事は、もしかしてアルバイト?」

 

 気を取り直して、自己紹介をする。

 たえは、半袖の水色のポロシャツを着ていて、他のスタッフと同じ格好をしていた。

 

「そうだよ。私も、ここでは新人さんなんだー」

「そうだったんだ!」

 

 全く知らなかった。というのも、香澄があまりアルバイトに興味がなかったからだ。香澄の高校は、学校に申請を出せばアルバイトが許可されているのだが、その申請が少々面倒くさい。すんなり許可は降りるとは聞くものの、書類を一式揃えることを面倒に感じていた香澄はあまり意識した事がなかったのだった。

 

閑話休題。

 

 

「花園」

 

 たえの後ろから、少し怖そうな白髪のおばさんが現れた。足が悪いのか、片腕で杖をついている。

 

「あ、オーナー」

「なにこんなところで話してるんだ。早くライブの準備をしてきな」

「はい、オーナー。……戸山さん、また明日ね」

 

 たえは、賑やかな扉の向こうへ消えてった。

 

「まったく……あんた、ギター弾きたいのかい?」

 

 オーナー、と呼ばれた白髪のおばさんに、いきなり話しかけられる。香澄は、少しだけきつい物言いにビクッと反応してしまった。

 

「は、はい! でもここ、練習スタジオじゃないんですよね……?」

「ああ。ここで演奏出来るのは、オーディションを受けて合格したものだけだ」

 

 オーディション……なんだか難しそうだなと香澄は感じた。

 そもそもの話、今日ギターを貰ったばかりであるのに、演奏もオーディションもあったもんじゃない。受けるも何も、まずは練習してからである。香澄は、練習できないと知り少しだけしょんぼりとした。

 そんな香澄を見て、後ろから有咲が肩をつついてきた。見ると、何故か香澄の後ろに隠れつつコソコソと話してくる。

 

「なぁ、香澄帰ろう。ギター弾けないんじゃ居ても……」

 

 今まで何故か喋らなかった有咲。ギターが弾けないとわかるや否や、既に帰りたそうな様子だった。

 そんな様子を見てか、オーナーは片眉を上げて言った。

 

「……ライブ、見ていくかい?」

「いいんですか!?」

 

 願ってもない事だった。ギターを手に入れたが、バンドというものにいまいちピンときていなかった香澄。とてもいい機会だと感じた。

 

「なぁ、大丈夫か? ライブって、頭振ったりするんだろ?」

 

 有咲が何やら心配している。頭振ったりって……それはヘヴィメタルとかの事じゃないかな。

 

「見てもいないのに決めつけるんじゃないよ」

 

 やっぱりオーナーに言われていた。なんだか悔しそうにしていた有咲は、

 

「ぐぅ……じゃ、じゃあ見て確かめてやる!」

「……高校生かい?」

 

 ちらりと香澄を見る有咲。学校に通っているか分からないけどものの、有咲も同じ15才。

 なかなか言わないので、香澄は代わりに高校生だと伝えた。

 

「600円」

「わぁ……! ありがとうございます!」

 

 どうやら安くなったようだった。



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8

初めての高鳴り。叫ぶように胸を叩く鼓動。いつまでも冷めない「恋」をしたみたいだった。


「ガールズバンドの聖地ねぇ……」

 

 香澄がドリンクのメニューと睨めっこしている中、有咲がそんなことを呟いていた。

 聖地、と言うくらいなのだからとても有名な所なのかなぁ……と、香澄はメロンソーダを頼みながら考えてみる。

 

「ふーん。この、結構有名みたいだな。……知らないバンドばっかりだけど」

 

 有咲は、スマホと睨めっこして、SPACEの評価を下していた。ちなみに、有咲の飲み物はほうじ茶だった。

 

 2人でドリンクを受け取り、にぎやかな扉を開けて中へと躍りでる。

 中は以外とこじんまりとした空間だった。天井には、大小複数のライトとスピーカーが所せましとぶら下がっており既にいくつかのライトが5色に光っていた。

 正面は舞台になっていて、香澄達の身長よりも大きいスピーカーが両端に堂々と置かれている。ギター、ベース、ドラムとキーボードが、舞台には既に設置されていた。

 舞台の前方には既に沢山の人がいた。前に入ることができないと察した香澄達は、後方ながらも全体を見渡すことのできる位置を陣取ることにした。

 

「なんか、すごいね!」

 

 ワクワクする! 香澄はあたりを見回した。ペンライトを様々な色に点灯させている人、楽しそうに談笑している人……みんな笑顔だった。

 そんな様子を見ている時。

 

 バンッ!

 

 

 照明が一気に落とされた。真っ暗な空間だったのも束の間、紫色の照明が天井からステージのみを照らす。黄色い歓声が上がり、会場のテンションは一気に最高潮に達していた。

 ステージ脇から、衣装を身にまとった四人組が登場する。黄緑色を基調にした、レースのドレス。一人一人、細かい部分の装飾が異なっており、それぞれの個性を感じられるもの。

 四人が、お客さんたちに手を振る。なんだがうれしくなってしまい、香澄も一緒になって歓声を浴びながらぶんぶんと振り返した。

 

「……Glitter*Green、っていうんだって、このバンド」

「そういう名前なんだ!」

 

 緑を基調にした、このバンドらしい名前だと思った。

 四人が自分たちの位置についたようだ。中央の人が、他の三人に目配せをして、マイクを持つ。

 

「……スペース! 盛り上がる準備はできてるー⁉」

 

 中央のスタンドマイクの前。黒髪で、毛先にウェーブがかかった女性が、お客さん達をあおる。

 それに呼応して、「イエーイ!!」と皆叫び返した。黄緑色に光るペンライトを高く上げ、左右に振る。

 キラキラと輝くペンライト、ドキドキと響くマイク。

 その光景に、香澄は魅了されていた。

 

 

「――OK、それじゃあさっそくいくよ! ……"Don't be afraid!"」

 

 きらりと、楽器たちが光ったような気がした。

 

   

 ――ギターがかき鳴らされる。リズミカルに弾かれたそれは、今まで聞いた音のどれよりもきれいだった。

 曲の中に、キーボード、ドラムが合流する。最初一つだった「音」は、パズルのピースのように合わさり、「音楽」になっていた。

 ボーカルの歌が始まる。楽器の熱量、音響にも劣らない、まっすぐした歌声。歌で、会場を魅了していた。 

 

「すごい……すごいすごいすごい!!」

 

 それしか、言葉が出なかった。

 

 歌う声一つ一つ。ベースの指捌き。ドラムの親に響く音。キーボードの高らかな音色。そのすべてが楽しそうで、キラキラで、ドキドキで……。

 

 

 

 香澄は、確かにに星の鼓動(ホシノコドウ)を聞いていた。

 

 

 

 ーー脳裏に、一つの夢が浮かび上がる。

 それはまだ遠いけど、いつか現実になる。何故か、そう確信できる夢。

 まだ見ぬ仲間達と、キラキラなバンドをする夢。5人で、最高を。その手で、掴みとる夢。

 

 

 

 

 その夢を、私は――――撃ち抜きたい!!

 

 

 

「有咲!」

 

 有咲の方を向く。頬をわずかに紅潮させ、キラキラの目でライブを見ていた。

 私に話しかけられたことで、はっと、あわてたように我に返る。

 

「何!? なんて言ってるか聞こえない!」

 

 音楽が、周囲を包みむ。話してなんかいないで、私の思いを聞いてくれ……そういわんばかりに。

 

 

「バンド……バンドやろう! 二人で、一緒に夢を奏でよう!!」

 

 

 ハジケタ色の夢が、今見つかった。



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ホントのキモチ 言っちゃって♪
9


同じ音楽(ユメ) 同じ月 ずっと追いかけ続けてきた


あなたは?


ホントのキモチ 言っちゃって♪

 

 

 

 

☆☆

 

 

 昨日は興奮で、ろくに寝ることが出来なかった。

 あの身体の中から響き渡るサウンド。観客の歓声。そして何よりーーあの、4人組のキラキラな輝き。確かグリグリと有咲はいっていたか。その4人組のライブに、香澄も完全に魅入られていた。

 いつか私も、あの人たちみたいにステージに立ってみたい。舞台に立ち、「最高が欲しいんでしょ!?」とか言ってみたい。キラキラドキドキしたい。香澄は、バンドへの想いが一層強くなったっていった。

 その為にもまずは、ギターを弾けるようにならなければいけない。自分の思うがままに、このランダムスターを操り、音を奏でなければならない。

 だから今日の授業中は、閉店間際に駆け込んだ本屋で購入したギターの教本を、ひたすらに読みふけることにした。一時間目から四時間目まで、教科書の裏に隠すなどをしてなんとか先生にバレず読み耽り、仮想のギターの弦を抑える……むむむ。なんだか指が吊りそう。流石に昼食の時には休憩をしよう……。

 そう考えていたらもう昼休み。沙綾を誘い、中庭へ……行こうと思ったが、本日は生憎の雨。今日は教室で食べる事にした。

 香澄は、興奮冷めやらぬまま一緒にご飯を食べていた沙綾にライブのことを熱弁した。

 

「すっごいキラキラドキドキしてたんだー! ギターも、ベースも、キーボードも! もちろんドラムもすごかった!」

「へぇ……もしかして、SPACEに行ったの?」

「うん! 有咲と一緒に行ったんだー」

「そうなんだ」

「特に! Glitter*Greenっていうバンド! すっごいキラキラしてた! こう、ギュイーンって感じで!」

 

 ギターを掻き鳴らすフリをする。手元にあの、ランダムスターの重みを感じた気がした。

 

「あははー……。楽しかったのは分かったけど、そろそろご飯食べちゃわないと。時間無くなっちゃうよ?」

 

 教室の時計の針は、既に12時40分を指していた。13時から授業が始まるので、あと20分しかない。それだけ熱中して話をしてしまっていたのだ。

 

「そうだった! いただきまーす!」

 

 香澄は、白米をかき込んだ。

 

 

 

☆☆

 

 放課後。今日は、有咲の家に、ランダムスター取りに行くことになっていた。

 花女の校門を出て、星のかけらを傍らに道なりに行く。有咲の家へ続く坂道を前にして、一応連絡を入れておこうと、スマホを手にとった……。ところで、見覚えのある顔が見えた。黒髪をストレートに長く伸ばし、ギターを背負った女の子である。

 

「花園さん!」

 

 くるりとこちらを振り向く。

 緑色の瞳が少し見開かれるものの、香澄の姿が視界に入るなり直ぐに笑顔になった。

 

「こんにちは、戸山さん」

「こんにちは! ……それって、ギターだよね?」

「うん、今からちょっと弾きに行くんだ」

「弾きに行くの? ライブハウスに?」

 

 何処だろう、と考えてみる。少なくとも、SPACEは練習スタジオでは無い為違うだろうが……。

 

「……聞きに来る?」

「いいの!?」

 

 願ってもない幸運だった。香澄がギター演奏を生で知っているのは、あのグリグリのボーカルの人のギターだけ。他の人の演奏を、それも生で聴けるのなら、聴かない手はない。

 それに、香澄は同じ高校生であるたえのギターテクニックがどの程度のものなのか、気になっていたこともある。

 

 

「うん……着いてきて」

 

 

 

 香澄は、ドキドキしながら花園さんに着いて行った。

 

 

 

☆☆

 

 

 

 大塚駅前のとある通り。ここでカバンを置いた花園さんは、ケースからアコースティックギターを取り出した。

 

「あれ、エレキギターじゃないの?」

「うん。弾けるけど、今日はこっちの気分だったから」

 

 白いうさぎが描かれたピックを取り出し、 ジャランと鳴らす。ずっとギター弾いてきたのだろう。その姿は、プロを感じさせるような佇まいだった。

 ……ギターの弦が静かに弾かれる。まだチューニングの段階だと言うのに、ポロンポロンと紡がれる音に香澄は引き込まれて行った。

 

 そして、彼女の「逢いのうた」が解き放たれる。

 

 

 

 

「ー♪ーーー♪ーーーー」

 

 ひとつひとつ、言葉が編み込まれてゆく。その儚げな歌声と、「泣かない」という歌詞が、香澄の心を揺さぶった。

 気がついたら、周りに沢山のお客さんが居た。皆、携帯でたえを撮ることなく、静かに耳を傾けていた。とか言う香澄もその1人であり、たえの紡ぐ音楽に魅了されていたのだった。

 

 

 

「……ありがとうございました」

 

 彼女の音楽が奏でられた。お客さんからぱちぱちと拍手が送られて、花園さんは少し恥ずかしそうにしていた。

 当の香澄も、歌声とその曲調、歌詞にやられてしまい、少し涙が出てしまった。

 

「花園さん!! すっごい良かったよーー!」

 

 ぱちぱちと全力で拍手を送る。たえはやはり、恥ずかしそうにしながら、「ありがとう」と笑った。

 

「花園さん! 私、花園さんみたいなギター弾きたい! みんなをキラキラドキドキさせて、ライブをやってみたい!」

 

 たえの手を取る。急な出来事に、たえは目を丸くした。

 

「花園さん! 私のギターの師匠になってください!」

 

 睡蓮の花の香りが、鼻をくすぐったような気がした。



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10

夢の蔵。始まりは、ドキドキへの憧れ。


「あのー、盛り上がってるとこ悪いんだけど……私も居るんだぞ」

 

 たえの手を取り、香澄が感激のあまりぶんぶんと上下降っている中、有咲が気だるそうな声を上げた。

 

「有咲! 来てくれたんだ!」

「おう……ていうか香澄! いきなり「大塚駅前来て!」とか言われたら心配するだろ!」

「あれ、それだけしか送ってなかったっけ?」

「送ってねぇ! ったく、何かあったのかと思った……」

 

 はぁ、とため息をつく有咲。本当に心配してきてくれたのか、私服の上にエプロンを付けスマートフォンを握りしめていた。

 

「ごめんね有咲」

「……分かってくれればいいんだよ」

 

 ちょっと照れたようにそっぽを向く。心無しか、有咲の頬が、少し赤くなってるような気がした。

 

「……ラブラブだ」

「えっ?」

 

 目を見開いて、こちらを見ているたえ。腕を組み、マジマジと香澄達を見て、納得したように頷く。

 

「二人とも、ラブラブだね」

 

 ……なんというか、その。そんなに距離が近かっただろうか。香澄はポカンとしながら、有咲に視線を向けた。

 

 あ、目が合った……。

 

 なんだか恥ずかしくなってしまい、香澄は顔が赤くなるのを感じた。

 ラブラブだなんてー……。と、香澄が頬を手で押えてくねくねしていると、有咲の顔がみるみる赤くなっていく。

 

 そして。

 

「ちょっ!? ……ラブラブなんかじゃねぇーっ!!」

 

 行き交う通行人が、

 

 

 

☆☆☆

 

 

 あの後、有咲お勧めのラーメン屋に行ってみんな解散することになった。時間も時間だった為、有咲の家のランダムスターを取りに行くのは明日にする事にした。

 

 そして次の日……。

 

 

「花園さんおはよう!」

 

 電車の中、今日もギターケースを背負い、吊革を手にしたたえが居た。

 昨日、帰宅しようと駅に向かう時に、たえも電車通学だったのを知ったからだ。これから師匠になる訳だし、一緒に学校行こうと誘ったら……なんだろうか。ちょっと震えたように見えたえは、香澄の手を取って、「うん」と大きく頷いたのだ。

 うん……やっぱり、ちょっと天然かもしれない。

 

「おはよう、香澄」

 

 そう言って、たえはニコッと笑った。こうして見ると、全然天然ぽく見えないのになぁ。クールビューティ! って感じでカッコイイのに。

 

「そういえば、練習は何処でやってるの?」

「練習……?」

「うん、練習。ギター、弾いてるんだよね? だったらそこでやろうと思って」

 

 ……なんも考えてなかった。というか、そもそもギターをちゃんと弾いたことない。教本を見て、弾ける気になっただけなのだ。

 香澄は、包み隠さずそれを話した。

 

「そうなんだ……教えがいあるね」

 

 花園さんは気にしていないようだった。

 

 

 

 

 放課後。たえと二人で有咲の家に向かう。

 香澄が、有咲の家にギターを取りに行くことを伝えると、今日はバイトがないから一緒に行くという。たえは、少し浮き足立っているようだった。

 

「着いたよ! ここが有咲ん家!」

「おおー」

 

 秘密基地みたい、と感想を漏らすたえ。確かに、あの古臭さと隠れたような店の配置は、秘密基地の味が出ているような気がした。

 インターホンを鳴らし、有咲を呼ぶ。出てくれたのは昨日と同じおばあちゃんだった。こちらを見ると、一瞬驚いたような表情を見せたが、直ぐに笑顔を見せた。

 

「こんにちは、今日はお友達も一緒なのね」

「はいっ! 有咲いますか?」

「ええ、蔵に居るわよ」

「ありがとうございます! 花園さん、いこ!」

「うん。お邪魔します」

 

 二人で蔵に向かう。

 蔵の扉は完全に開かれていて、入り口にダンボールや紐でまとめた本などが置いてあった。有咲が、中の整理でもしていたようである。

 尚、当の本人は入り口にぼうっと立っており、何やらブツブツと呟いていた。

 

「と、友達……へへっ。なんか、リア充みたいだな……」

 

 何やら頬を両手で押さえ、にやけているようだった。くねくねと、気味が悪い動きも加えて行なっているため、有咲の容姿からはありえない程の不気味さを醸し出している。どうかしたのだろうか。

 

「有咲!」

「おわぁ!?」

 

 ビクッと身体を大きく震わせながら、香澄達の方を振り向く。有咲は、目を丸くして驚いて香澄を見ていたが、やがてたえに気づき、また目を丸くした。

 

「えっと、昨日アコギ弾いてた……花園さん?」

「うん。私、花園たえって言います」

 

 よろしくね、とたえペコリとおじきをした。

 

「ご丁寧にどうも。私、市ヶ谷有咲。よろしく」

「よろしくね……ところで、市ヶ谷さん」

「?」

「リア充ってどういうこと?」

「んなっ!?」

 

 有咲が固まった。リア充って、なんの事だろうか。

 その後、有咲は暫く口をパクパクさせたままだった。



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11

 固まった有咲を連れて、蔵の中に入る。

 今日のうちに整理を行ったのだろうか。香澄の背ほどあった荷物は殆ど無くなっており、鼻をムズムズさせるホコリっぽさも無くなっていた。残るは床に散らばる小さい段ボール群のみであった。

 

「こ、これは!?」

 

 部屋を見渡していたたえがなにか見つける。目を見開き、驚いた様子でたえは四角いそれにすがりついた。

 

「……ビンテージもののアンプ! どうしてこんな所にあるの?」

 

 目を輝かせながら、少しホコリを被ったアンプを見つめていた。

 木でできたアンプは、少し古臭い雰囲気を醸し出していたものの、味がありとても大切にされていた事が分かった。

 

「こんな所で悪かったな。……うちは質屋なんだ。こういう物が、たまに売られてくるんだよ。まぁ、それは家のじいちゃんのだけど」

 

 いつの間にか元に戻っていた有咲が言う。たえは聞いてるのか聞いていないのか、

 

「んー……」

 

 と生返事を返して、縋り付くようにアンプを眺めていた。

 そんな様子を見てか、香澄には一つの考えが浮かんだ。

 

「……ねぇ、有咲」

「なんだ?」

「……この蔵で、ギターの練習とか出来ないかな?」

「はぁ!?」

 

 

 信じられない、と言わんばかりの剣幕である。

 それもそのハズ。ここは問屋というお店なのだから、こんな所で練習するなんでありえない。

 やっぱりダメか……。と、香澄は諦めていたのだが。

 

「……この蔵、地下に音が漏れないような部屋があるんだ」

「うん」

 

 チラチラと香澄達の様子を伺っている有咲。どうしたのだろう。

 

「えっと、この倉庫整理したらその地下室、使っていいことになってるんだけど」

「うん」

「その……手伝ってくれれば。毎日でも……練習に、来てもいいけど?」

 

 ……思わず悶絶してしまった。若干の上目遣いで、かつ心配そうに、自身なさげには話すその姿は香澄達の心を震えさせた。

 

「あ、ありさぁーーっ!」

「うひゃあ!? 急に抱きつくんじゃねぇ!」

 

 感極まって、つい抱きしめてしまった。驚いた有咲は、後ろに倒れてしまいそうになるが……なんと、アンプに張り付いていたはずのたえが有咲を支えていた。

 

「……なんか、キュンとした!」

 

 キュッと、優しく。有咲を後ろから抱きしめた。

 

「んなっ!? は、なぞの、さん!?」

 

 有咲の顔が、急激に沸騰する。真っ赤っかだった。

 

「ちょま……うわ……」

 

 有咲の体から力が抜ける。バタり、と倒れそうになるのを、たえが慌てて支えた。

 

「あ、有咲!?」

 

 忙いで有咲の顔をのぞき込む。何かあったのか、心配で床に寝かせるが……なんでだろう。有咲の顔は、笑顔で嬉しそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 気が付けば、夜。

 あの後、程なくして復活した有咲主導の元、蔵の整理を行った。

 再びビンテージのアンプに張り付いていたたえを引き剥がし、蔵の整理を進めた結果、今日中に終わらせることが出来た。

 そんなこんなでもう7時過ぎ。16時位から行なっていた為、3時間もやっていたことになる。

 

「終わったーっ!」

 

 ぐーっと背伸びをする。凝り固まった肩が、伸びていくのが気持ちよかった。

 

「だな。その……なんかありがとう」

 

 少し照れながら、そっぽを向きつつ言う有咲。まさにツンデレという反応に、ちょっと可愛いと思ってしまった香澄である。

 一方のたえは、疲れたのか座りながらアンプを眺めていた。そんなにあのアンプは凄いものなのだろうか……。

 そんな中。

 

「あら、綺麗になったねぇ」

 

 有咲のおばあちゃんが入ってくる。その手には、何やら銀色に光る鍵のようなものを持っていた。

 

「はい、有咲。約束通り、自由に使っていいよ」

 

 有咲に鍵を手渡した。

 

「ありがとう、ばあちゃん」

 

 有咲のおばあちゃんは、やさしそうな笑みを浮かべていた。

 

「2人は手伝ってくれたの? ありがとうね」

「いえ、大丈夫です! 色々楽しかったですし!」

 

 これは本心だった。色々、古いものや珍しいものが見れて楽しかったのだ。

 香澄は、懐かしいもの見つけた時のように心がホクホクしていた。

 

「ところで、お腹すいていない? 手伝ってくれたお礼に晩御飯ご馳走するわ」

「本当ですか!」

 

 凄い勢いでたえが食いついた。余程お腹がすいていたのだろうか、おたえの口からヨダレが垂れているように香澄は錯覚した。

 どうしたものかと、香澄は有咲の様子を伺う。一方の有咲は、チラチラとこちらを見て、なにか言いたそうにしていた。

 それを見て、香澄は何を言いたいのか察した。

 

「じゃあ……ご馳走になります!」

 

 有咲のおばあちゃんのご飯(筑前煮)は、とても美味しかった。

 



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12

ザンジとバルって、白と黒どっちがどっちなんでしょうね?

ちなみに僕は粒あん派です


     ☆☆☆

 

 次の日。朝早起きしてランダムスターを練習し、休み時間にもたえに教えて貰いながら弄り、気が付けば放課後。今日から改めて、有咲の蔵で練習をすることになっていた。

 おばあちゃんに挨拶をして、蔵に向かう。薄暗い蔵の階段を下ると、白と黒の猫を撫でている有咲の姿が見えた。

 

「有咲! おはよう!」

「おまたせー」

「うわぁ!? 香澄と花園さんか。驚かせんなよなー」

「えへへー、ごめんごめん」

 

 部屋の端にあるソファに2人で座る。白と黒の猫は、香澄達を見定めるように見つめていた。

 目と目が合う香澄と猫。脳内には、「目と目が合うー……」というタイトル不明のあの歌が流れ出した。

 すると、黒色の方の猫がするりと有咲の膝上から降り私の方へ寄ってきた。スンスンと匂いを嗅ぐと、香澄に頭を擦りつけてくる。

 

「可愛い……有咲の家の猫?」

 

 喉をかきながら訊ねる。黒猫は、ゴロゴロと喉を鳴らして、香澄の横にゴロンと横になった。

 

「うん。黒い方がザンジで、白い方がバルって言うんだ」

 

 有咲は、バルの頭を優しく撫でていた。有咲の膝上で、とても幸せそうな表情でバルは寝ている。

 

「モフモフだね。可愛い」

 

 いつの間にかたえも加わっていた。慣れた手つきで耳後ろをかくと、サンジはその場で丸くなって寝てしまった。

 

「もふもふもしたし、そろそろ練習しよっか。今日サラッと教えた、スリーコードから……」

「はい!」

 

 ランダムスターを構える。たえも青いギターを構え、一緒に弾き始めた。

 

 

 

 

 

 

 一時間後。香澄のお腹がなったのを合図に、一旦休憩をとる事になった。

 予め、やまぶきベーカリーで買ってきたパンを、3人で選びながら食べる。ちなみに、たえはメロンパン、有咲はチョココロネ、香澄はあんぱんだった。

 

「……美味い。これ、何処で買ったんだ?」

「やまぶきベーカリーって所のだよ! ……んー! 美味しい!」

 

 香澄はあんぱんを口いっぱいに頬張る。表面の薄皮を破り、中から粒あんが溢れ出てくる。甘く、優しい味がした。

 

「香澄、ちょっとやっただけなのに大分上手くなったね。きらきら星くらいなら弾けるんじゃない?」

 

 メロンパンをもくもくと頬張りながら、たえが言う。ちなみに、練習の中で、気づいたらたえは香澄呼びになっていた。

 

「きらきら星! 弾いてみたい!」

 

 ランダムスターを構える。たえも合わせて、スナッパー(ギターの名前らしい)を構えた。

 

「……あ、香澄」

 

 ギターから手を離し、香澄に向き直るたえ。一体どうしたのだろうか。

 

「ギターを弾く時に、重要な事教えてなくって」

 

 ギターを弾く時に、大事な事……。

 なんだろう。何か、ピック扱いのコツだとか私が知らないギター奏法とかかな……?

 香澄の頭に、ハード・ロックのギタリストが思い浮かぶ。ギュンギュンとうるさい迄の唸りをあげるギターに香澄は顔を顰めた。

 だが、たえが言ったのはそんなものよりももっと大切な事だった。

 

「ギターはね、弾きたい時に弾けばいいの」

 

 ……弾きたい時に、弾く。香澄は言葉を繰り返した。

 

「ギターは、弾かれるものでもないし、弾かせるものじゃない。ただ、自分の想いを乗せて弾きたい時に弾くものなの」

 

 ジャラン、と鳴らすたえ。「それだけは忘れないでね」と念を押し、弦に指を添えた。

 

 弾きたい時に弾く……か。香澄は脳内でその言葉を繰り返す。

 いつか分からないけど、弾きたくても弾けない時とか来ちゃうのかな……。そんな時、私はどうすればいいのだろう……。

 

 そんな事を考えている香澄を余所に、たえは続けた。

 

「さっき教えた、D、G、Aのコードを使うんだけど……」

 

 ピックを構える。香澄は慌てて頭を切りかえた。

 青いスナッパーがきらりと光ると、たえは歌い出す。

 

きーらーきーらー(D A)ひーかーるー(G D)おーそーらーのーほーしーよー(G D A D)♪」

 

「おおー!」

 

 曲になってる! ……いや、コードは曲を弾くためのものだからそうなのだが。今までただのコードの練習ばかりだったから、香澄は余計に感動してしまった。

 

「最初、ゆっくりでいいから。一つ一つ確認しながら弾いてみて」

「うん!」

 

 ピックを構える。六弦の三フレットと、五弦の五フレットが……いや、これはGだ。えっと、Aは……。

 ゆっくり、ゆっくりピックで弾く。最初は間の長い音だったが、段々と押さえる指が慣れてくる。

 続けていくにつれて、手元を見なくても弦を押さえられるようになり、 指の移動を早くして間を無くしていった。

 

「……すごい」

 

 たえが驚いたように見ている。有咲も、香澄の弾く姿をマジマジと見ていた。

 段々と、音が音楽になっていく。

 ピックで弦を弾く度、どき、どき、どきと鼓動が響く。耳を澄ませると、あの時の星の鼓動(ホシノコドウ)がまた聞こえた気がした。

 

 

 

「……トゥウィンクル、トゥウィンクル(D A)ひーかーるー(G D)♪ おーそーらーでーひーかーるー(G D A D)♪」

 

 

 呟くように歌う。最初は、迷惑かもと思って静かに歌っていたが……次第に、そんなことはどうでも良くなった。

 

 

くーるーくーるーまーわーるー(A G D A)♪ おーそーらーのーほーしーはー(D G D A)♪」

 

 思いのまま、歌う。ステキなドキドキが、もう止まらないくなっていた。

 

わーたーしーはーうーたーうー(A G D A)♪ どーきーどーきーしーてーるー(D G D A)♪」

 

 "私は歌いたい!"

 

わーたーしーのーうーたーがー(D A G D)♪ とーどーくーとーいーいーなー(G D A D)♪」

 

 

 鼓動が止まらない。どき、どき、どき、と。星のコドウが香澄を抱きしめる。

 子供頃の情景と、今が重なった。

 夜。月明かりと、星の瞬きだけの世界。無限の景色。まるで、星の海に抱かれているような感覚。

 優しい芝生の上に寝転がる。自身の呼吸までが、闇夜に溶けていくかのように星は瞬く。

 妹に小言を言われながらも、大空の下で、歌った。自分の声と、星空と。鼓動が溶け合うような感覚。

 両手を広げ、歌う。聞こえてくる遠い音楽を、自身の思いを乗せて。輝きとキラメキを、その手に抱きしめながら。

 

 その時からだろうか、歌と星がたまらなく好きになったのは。

 その風景を思い出しながら、香澄はCメロを引き切った。

 

 

 

 

 

 ーー星は、いつだって頭上で瞬いている。こんなにも優しく、そして雄大にーー

 

 

 

 

 

 

 

 ……ギターの音が、響きながら消えていった。その残響を全身で浴びながら、香澄は2人を見つめる。

 

 唖然、といった風だった。有咲とたえは、口を少し開けて香澄を見つめている。いつの間にか起きていたザンジとバルも、動きを止めて香澄を見ていた。

 

「え、えっと……あははー。つい歌っちゃったー……」

 

 見つめられて、つい恥ずかしくなってしまった香澄は、照れながら頬をかいた。

 たえと、有咲は、まだ呆然としている。……あんまりにも何も言わないので、香澄は口を開きかけると、

 

「すごい……どきどきした……!」

 

 たえが口を開く。興奮に満ちたように、香澄の手を握ってきた。

 

「キラキラしてた! 輝いてた!」

「は、花園さん!?」

 

 ブンブンと手を振る。あの路上ライブの時とは正反対だった。

 

「私……香澄にギター教えててよかった!」

 

 ニコリと笑う。キラキラ輝く瞳に見つめられ、満面の笑顔に、逆にドキッとさせられた。

 

「よかったって、今日から教えてたんだろ……?」

 

 冷静な、有咲のツッコミが入る。

 するとたえは、ぐるりと有咲に向き直り、今度は有咲の手を握った。

 

「有咲はドキドキしなかった?」

「え?」

「香澄の歌。それとギター。私は、香澄がキラキラ輝いてるように見えた」

 

 その言葉を聞くと、有咲は「あー……」と言葉を濁した。そして、なんだか、照れたように、

 

「その……。わ、私も! 香澄の歌、すごい良かったと、思う……」

「あ、有咲ー!」

 

 感極まり抱き着いてしまった。瞬間、有咲顔がゆでダコのようになる。

 

「ちょっ、ま!? だ、抱きつくのやめろー!!」

 

 

 蔵での練習は、まだまだ続く。



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13

すごく長くなってしまいました。

バンドリseason2最高でした……


 初めての蔵練習から、数日が経った。

 休み時間や、家での空いてる時間。果ては授業中に隠れて教本を読んだ成果もあり、大分弾けるようになったと香澄は感じていた。

 その点について、たえは

 

「弾けるようになるの早すぎる!」

 

 と驚いていたようだが。

 勉強など物事を覚えるのは苦手で、どちらかと言うと体育会系よりな香澄だったが、事がギターに関しては、しばらく練習しているとすんなり出来るようになっていた。

 自分が気になることや、好きな事はすぐ覚えられるという興味の差だろうか。記憶力等強化されると言うが、そういうことなんだろうとは、香澄は思った。

 

「これじゃあ、弟子卒業も時間の問題かな」

 

 たえはそう言っていたものの、たまたま有咲と香澄が同タイミングで蔵から出た際に、たえがギターを掻き鳴らしていたのを香澄は知っていた。

 難易度とかはよくわからないが、指がすごく早く動いていて。髪を振り乱しながら、至高の音楽を奏でるミュージック・ファイターを彷彿とさせた。

 弾き終わった後に乱れた髪を指で梳きながら、隠れて見ていた私に気づき、ふにゃっとした笑顔をうかべるところまで完璧だった。

 あのレベルに届くには私はまだ程遠い。と、香澄が直感で感じてしまった程だった。

 だから、地道にコツコツ進んでいこうと香澄は決めた。RPGで、スライムを倒してレベルを上げるよう、コツコツと。

 そんな訳で、今日も授業中に握力トレーニングをする香澄である。どうしても指で押さえきれないコードがあるので、その対策を自分で考えた結果がこの練習だった。

 果たして効果があるかはわからないが、原因は握力にある……と思うので、家から発掘したハンドグリップを、香澄は机の下でにぎにぎしていた。

 

「戸山……戸山?」

 

 にぎにぎにぎにぎ……ただひたすら握り続けた。

 握る! 握る! ひたすら握る! 寿司とマイクは握り続ける! 

 

「戸山……戸山香澄!!」

「うひゃあ!?」

 

 変な声を上げてしまった。どうやら、先生に呼ばれていたらしい。香澄は椅子を大きく鳴らしながら立ち上がった。

 先生は、少し怖い顔をしてこちらを見ていた。

 

「戸山、続きを読んでみろ」

「は、はい! ……こ、恋はスタンプカードのようなものだ。と私は思う…」

「ちょっとまった。今なんの授業だと思ってるんだ?」

「え、国語じゃないんですか?」

「……今は英語だぞ」

「えっ?」

 

 どうやら全然違う教科書を出していたらしい。グリップとギターのテキストに集中しすぎて間違えていたようだった。

 改めて確認すると、香澄の机の上に広がるテキストは数学のノート、国語の教科書、化学基礎の参考書と何一つとして合っていなかった。

 

「……全く。次はちゃんとしろよ?」

「は、はい……」

 

 先生は、呆れたように香澄を座らせた。クラスが若干の笑い声でざわつく。

 ……今、絶対顔が真っ赤だと思う。香澄は苦笑いしながら静かに席に着いた。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 昼休み。

 何か甘いものが飲みたくなった香澄は、学校の自販機の前に来ていた。

 オレンジか、リンゴか。いちごオレとかでもいいなぁ……などと考えて向かっていると、何やら見なれた後ろ姿が見えた。

 

「うーん……どれにしよう」

 

 飲み物を悩んでいたのは、出席番号2番。牛込りみであった。

 ショートカットの黒髪でサイドがちょこんと跳ねている、可愛らしい容姿の子である。

 出席番号の関係で席が後ろの方の香澄は、その位置の関係上、クラスメイトを眺めることが多い。りみを含め、後ろ姿だけは見慣れているわけだ。

 兎も角にも。これを期に、少しお喋りしてみようと思った香澄である。

 

「どれにするの?」

「ひゃあ!?」

 

 後ろから声を掛けるも、驚かせてしまった。そんなびっくりさせるようなことはしていないはずだが……。

 

「驚かせちゃったね、ごめんごめん」

「え、いや、あの……。だ、大丈夫、だよ」

 

 若干引きつったような笑顔を見せるりみ。香澄は、なるべく優しく自己紹介をりみに告げた。

 

「私、戸山香澄! 牛込さんだよね?」

 

 なんだか、ぎこちない表情をみせるりみ。

 緊張してると言った方がいいのかもしれないその怯えるような姿を見て、香澄はもう少し落ち着いて話すことにした。

 

「う、うん。あの……同じクラスだよね?」

「うん! 改めて、よろしくね!」

 

 ニコッと笑いかける。若干、肩の荷がおりたように表情を和らげるりみ。少しだけ、緊張が溶けたような気がした。

 

「牛込さん何にするの?」

「え? えっと……オレンジにしようかな」

 

 100円玉を自販機に入れる。

 ガチャコン! と音がして、オレンジが下に落ちた。

 りみは取り口からパックをを取り出し、場所を譲る。

 

「それじゃあ……私もオレンジにしようかな」

 

 自販機に千円を入れる。オレンジのパックと共に、お釣りがチャリンと返された。

 

「あの……」

「ん?」

 

 モジモジと、こちらを見上げてくる。何か言いたそうにしているものの、なかなか言えない様子。

 ……しばらくりみの目を見つめていると、意を決めたように口を開いた。

 

「……この前のグリグリのライブの時、スペースにいたよね?」

 

 まさかだった。香澄は、りみからグリグリとかスペースなどという言葉が出るとは思っていなかったのか、少しの間だけポカンとした表情をしていた。

 

「……あ、あの時の! ……もしかして牛込さんもいたの?」

「う、うん。私、前の方にいたんだ」

 

 そうだったのか

 にしても、りみのような子がライブハウスに居るとは。行かなそうな雰囲気があるのだが、意外とそうでも無いのだろうか。

 

 ……あ、もしかして。

 

「牛込さん、楽器とか、バンドとかしてたりするの?」

「ええと……。お姉ちゃんが、グリグリ……Glitter*Greenのギターなんだ」

「ええっ!?」

 

 香澄はつい声を上げてしまった。

 あの真ん中でキラキラしていた人が、りみのお姉ちゃんだったなんて。

 

「凄い! すごいすごいすごい!」

 

 あの時の興奮がふつふつと甦ってきた。香澄は、思わずりみの手を勢いよく取ってしまう。

 

「すっごいキラキラしてた!」

「……うん!」

「すっごいかっこよかった!」

「うん! ……えへへ」

 

 りみの手を強く握る。思いが伝わったのか、本当に嬉しそうな笑みを浮かべるりみであった。

 

 

 

 

 話も段々盛り上がってゆき、一緒に昼食を取りに教室へ戻る。

 その最中、香澄は気になっていたことを一つりみに聞いてみた。

 

「お姉さんギターやってるんだよね? 牛込さんは、なにか楽器やってないの?」

「えっ?」

 

 来てしまったか、と言った表情を浮かべるりみ。若干目を逸らしながら、渋々と言った感じで言った。

 

「えと……ベースを少しだけ、やってたんだ」

「ベース!」

 

 バンドの縁の下、ベースをやっていたというりみ。ふんわりとしたそのイメージと違い、香澄はビックリしてしまった。

 にしても、ベース……ベースか。今の所、ギターの私と、何をやるかわからない有咲しかメンバーはいない。

 花園さんはギターで被る上、そもそも師匠としてだし……。

 

 ……よし! 

 

「牛込さん!」

 

 香澄は意を決してりみの手をとる。「ふぇっ!?」と、声を上げて驚く牛込さん。

 

「牛込さんって、今バンドとか入ってる?」

「え、う、ううん」

 

 ビクつきながらも、ふるふると首を振る。

 バンドをしていない。香澄は、ついガッツポーズをしてしまった。

 ポカンとしたりみに、香澄は意を決して告げた。

 

 

「牛込さん! 私と一緒にバンドして下さい!」

 

 



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14

私事ですが、明日から社会へと飛び立つことになったので、更新頻度が低下すると思われます。

なるべく落とさないようにはしたいのですが、何分どうなるのか予測不可能ですので……どうかよろしくお願いします。


「え、ええっ!?」

 

 目を丸くして驚くりみ。そりゃそうだ。いきなりバンド入って下さいなどと言って、驚かない人などいない。その結果が、上下左右色々なところに視線を泳がし、とても動揺してるりみの姿であった。

 

「そ、そんな。戸山さん……うち、迷惑かけちゃうかもしれへんし……」

 

 わたわたと、目に見えて困ってるりみ。困りすぎているせいか、りは何故か関西弁が漏れだしていた。

 

「関西弁だ! 関西住んでたの?」

「え、う、うん。中学の時こっちに越してきて……うぅ。油断すると出ちゃう……」

 

 しょんぼりとする。そんな変じゃないのにな、関西弁。少なくとも、私は可愛いと思うよ。そんな事を香澄は考える。

 

「か、可愛い……」

 

 どうやら口に出ていたらしい。思考の漏洩にりみが顔を赤くして俯いてしまった。

 顔を赤くしているりみをどうにかして元に戻そうと奮闘していると、

 

「香澄」

 

 後ろから声をかけられた。きゃっ! と声を上げ、咄嗟に香澄の後ろに隠れるりみ。

 声の主は「やまぶきベーカリー」と書かれた茶袋を持抱える紗綾と、何故かスナッパーを手に持ったたえだった。

 

「沙綾! 花園さん! どうしたの?」

「どうしたのって、自販機に行ったきりあんまり来ないから。……あれ、牛込さんも一緒なんだ。」

 

 若干、私の後ろに隠れていたりみに気づく。声をかけられた牛込さんは、「ふぇ!?」と声を上げた。

 

「ああああの、えと……」

 

 またもや、わたわたと慌て出すりみ。

 

「沙綾! 牛込さん凄いんだよ! ベースが弾けるんだって!」

「ちょ、ちょっとだけだよー……」

「ベースかぁ。凄いんだね、牛込さん」

「でしょでしょ! だから、今スカウトしてたんだー」

 

 チラッと牛込さんを見る。りみは、まだワタワタと慌てた様子だった。

 

「まぁ、ここで話してるのもあれだし。向こうに座らない?」

 

 沙綾が指を向ける。指の先には、大きな木の周りを木製のベンチが囲んでいる粋な空間があった。木が日差し避けにもなっていて、とても気持ちよさそうな場所であった。

 端からたえ、沙綾、りみ、香澄の順でベンチに座った。たえと、沙綾、香澄は自分の弁当箱を開け、りみは「やまぶきベーカリー」と書かれた袋を開けた。

 

「そういえば、牛込さんよくウチに来てくれるよね」

 

 ふと、沙綾が口を開いた。「今日もチョココロネ買っていってくれたっけ」と、今朝の事でも思い出しているようだった。

 

「そうなんだ!」

「う、うん。やまぶきベーカリーのチョココロネ、凄い美味しいから……」

「あはは、ありがとう。そう言ってくれると、作った甲斐があるなぁ」

 

 朗らかに笑う沙綾。次、りみが来た時サービスをしてくれるとも言っていた。良いなぁ、私にもして欲しい。

 

「ふふっ、香澄にもサービスしてあげるね」

「えっ、声にでてた?」

「ううん、なんだかして欲しそうな顔してたから」

 

 そういう事だったのか。というか、そんなに分かりやすい表情を私はしていたのか。

 確認の為、自分の顔をふにふにと触っていると、

 

 ギュイーン!!

 

 いきなりギターの音が鳴り響いた。みんな驚いて、その犯人の方を見る。

 ジャカジャカとギターを鳴らしていたのは、たえだった。たえは、ギターを弾いてメロディを奏でながら口を開いた。

 

「パンを買うなら~やまぶきベ~カリ~♪」

 

 なんと、やまぶきベーカリーの歌だった。でも、なんでいきなり弾いたのだろう。

 

「うーん……。弾きたくなったから?」

 

 ……そっか。なら仕方ないね! 牛込さんが再びワタワタしている隣で、香澄は深く考えるのをやめた。

 たえがジャカジャカとギターを弾く横で、香澄は沙綾に聞いた。

 

「そういえば、花園さんと沙綾はなんで一緒にいたの?」

「え? うーん……。なんか、花園さんから、パンの匂いがする! って話しかけられて。香澄を待ってるって言うから、なら一緒に待とうってなって……」

 

 なるほど、そういう事だったのか。

 ていうか、たえも、私と同じ事言っていたようだ。沙綾から、パンの匂いがするって……。

 

「私、そんなにパンの匂いするかなぁ」

 

 自らの匂いを、スンスンとかぐ沙綾。そうなんだよ、沙綾からはパンのいい香りがするんだよね。ずっと嗅いでいたいような。

 

「……なんか、恥ずかしいな」

 

 頭を描きながら照れる沙綾。確かに、他人に「パンのいい匂いがする!」って言われて素直に喜ぶ人なんて居ないだろう。

 

 ……閑話休題。

 

「そうだ! 牛込さん!」

 

 本題を忘れていた。今は、やまぶきベーカリーについて話している場合じゃない。

 

「ふぇ!? な、なに?」

「バンド! 一緒に……バンドを、組んでくれますか?」

「え、えっと……」

 

 

 口を噤む。りみは、顔を下に伏せなにか悩んでいるようにも見えた。

 ……訪れる若干の沈黙。気がつけば、たえのギターも止んでいた。

 たえが悩むたった数秒が、とても長く感じられていた。香澄達は、牛込さんの返事をひたすらに待っていた。

 しばらくして顔を上げる。たえは、一瞬香澄を見たものの、香澄の目から目を逸らしたまま呟いた。

 

「……ご、ごめんなさい! やっぱり、やっぱり……出来ない!」

 

 深紅の瞳に涙を浮かべながら、りみは叫んだ。



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15

     ☆☆

 

 

 

 あの後、りみに何度か理由を聞いてみたものの、詳しく教えてくれることは無かった。

 多少強引にバンドに誘ったことのせいかな……と香澄は反省し謝りにも行ったが、

 

「違う、違うの!」

 

 と言われただけで結局理由は分からずじまい。瞳に涙をうかべる時もあり、何も言えなくなる時もあった。

 結局今日の放課後も、香澄の姿をちらりと一瞥しすぐさまバックを持って教室を出ていってしまった。

 モヤモヤした気分のまま、有咲の蔵へ向かう。今日は、たえがアルバイトなのでギターは1人での練習だ。

 どんよりとしてきた天気の中、とぼとぼと坂道を登り有咲の家へ入る。

 おばあちゃんにいつも通り挨拶をして、倉地下への入口に着く。……すると、香澄の耳に何か軽快な音が届いてきた。

 ピーン、ポーンというステップのようなその音。倉地下の中から聞こえてきたのは、ピアノの音だった。

 地下にはアンプやソファ位しかないはずで、ピアノなんかなかったはずだが……。

 ポーンポーンと音を確かめるようなその音を聞きながら。疑問を抱きながら、香澄は地下に降りた。

 

 

 地下のピアノの正体は、有咲が弾くキーボードの音からだった。白を基調とした綺麗なピアノに指を置き軽やかに弾いていた。

 ド、ド、ソ、ソ、ラ、ラ、ソ……これ、もしかして!

 

「キラキラ星だ!」

「うわぁ!?」

 

 ジャーン! 不協和音が鳴る。有咲は、香澄の声にビックリして鍵盤を出鱈目に押さえてしまった。

 

「香澄! 驚かせんなよ!」

「ごめんごめん」

 

 抗議を申し立てる有咲に謝り、ソファにギターを置く。香澄は、有咲に興奮しながら駆け寄った。

 

「ねぇねぇ! それってもしかして……」

「ん。キーボード。ローランドって名前」

 

 鍵盤を押す。ポーンというピアノの音が、蔵の中に響いた。

 

「それに音も変わる!」

 

 有咲がキーボードにあるボタンを押すと、鍵盤の音がファーンとした械音に変わる。なるほど、バンドマンはこれを使って色々な音を出していたのか。

 にしても、有咲。これは……もしかして……!

 

「すごいすごい! ってことは有咲、もしかして……」

「う、うん。……そういうこと」

 

 コホンと咳払いをする。その金色の瞳で香澄を見つめ、意を決したような表情口を開いた。

 

「わ、私を! ば、バンドに入れてください……」

「~~っ!」

 

 若干下を向きつつも、照れたように香澄を見上げてくる。キュンキュンキュンと、香澄の心はふるふる震えた。ツンデレという文化を設立させた先人に敬意を払いつつ、香澄は両手を広げる。

 

「もっ、もちろんだよ~~っ!」

 

 感極まり、有咲に抱きついてしまった。瞬間、声にならない声を上げながら、有咲の顔は真っ赤に染まり上がる。

 

「ちょ!? だ、抱きつくんじゃねーっ!?」

 

 

 有咲の嬉声が、蔵に響いた。

 

 

 

     ☆☆☆

 

 その後は有咲と簡単な曲をセッションをして、無事帰宅した。有咲曰く、

 

「暫くピアノやっていなかったからな……」

 

 と言っていたものの、その腕前は初心者の私から見てもかなりのものだった。だって、きらきら星にいきなりオリジナルの伴奏を付けれるなんて、上手くないとは思わないよね。

 そんな感じで。有咲と、時にたえを混じえて蔵練をする事数日……。

 

 とある放課後の事だった。有咲が花咲川女子高校所属という事実に驚いた香澄は、有咲の家へと急いでいた。理由は当然、有咲に不登校の理由を詳しく聞く為。すっかり(何故か)通信制だと信じ込んでいた香澄は、その事実に声を上げて驚愕した。

 入学式の際、「市ヶ谷さん」の新入生の言葉というものがあったのだが、休みだったのかそれは果たされなかった。今思えば、あの市ヶ谷さんが有咲の事だったのだろう。なんで気づかなかったのか。

 もっと言えば、同じクラスに市ヶ谷さんも居た。入学からずっと休んでるクラスメイトの市ヶ谷さんが、蔵出会ってる市ヶ谷さんと同一人物だなんて。香澄は先生に、プリントを届けるよう伝えられるまで気づきもしなかった。

 

 そういった理由もあり、往く道を急ぐ。

 大股でズンズンと歩く途中で歩道に躍り出た香澄はブロンドヘアの外国人の姿を見た。

 この地域は決して観光地という訳ではなく、外国人の姿を見るのは珍しい。背、でっかいなー。女の人綺麗だなーなどと、横目で見ながら歩いていると、

 

「えと、あの……うぅ」

 

 なんと、りみが話しかけられていた。

 りみの性格的に、外国の方いきなり話しかけられるというのはなかなか厳しいものがあると思う。

 その結果というかなんというか。りみはワタワタと身振り手振りをし始め、誰がどう見ても目に見えて動揺し始めていた。これはいけない。

 

「牛込さん!」

 

 香澄はいてもいられなくなり、りみは駆け寄った。「ふぇっ!?」っと声にならない声を上げながら、りみは振り向いた。

 

「と、戸山さん!?」

 

 目を見開いて驚く。先程とは比べられないほど、ワタワタと慌て始めた。

 

「What?」

 

 いきなりの香澄の登場に、外国人は首を傾げながら香澄達を見ている。 

 かなり身長差がある為、上からじーっと青い瞳が香澄を見下ろし、射抜いていた。若干怖気付いてしまった香澄は、とりあえず思いついた言葉を言い放った。

 

「は、Hello! I’m Kasumi! I’m guitarist!」

 

 親指でグッと自身を指差し、言い放つ。

 

「……What?」

 

 外国人は、再び首をかしげた。そりゃあそうだと、香澄は言い放ってから思った。

 

 

 

 



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16

新社会人は辛いですね(›´ω`‹ )

よくよく考えたら、"まだ"ガールズラブ要素ないのでタグ外しときます。

※09月12日、勢いで若干シナリオ変えちゃいました。細かい訂正はまた今度……


 あの外国人は、どうやら道に迷っていたらしかった。

 なけなしの英語力で何とか道案内に成功した香澄達は、休憩の為公園へと立ち寄った。

 ベンチに二人で腰かける。りみは、自身のカバンをぎゅっと抱きしめ俯いたまま呟いた。

 

「……香澄ちゃんはすごいね」

 

 カバンを握る手に力が篭っていた。どこか、諦めたような表情にも見えたりみの言葉を香澄は黙って聞く。

 

「私、昔からすぐ固まっちゃうんだ。皆に見られていたり、急に何かあると、頭が真っ白になって、テンパっちゃって……。変わらなくちゃとは思っているんだけど……」

 

 溜息をつく。ここで、励ましの言葉の一つでもかけることができれば良かったのだが、香澄には言葉が思いつかなかった。本当に辛そうに話すりみを見ると、一層香澄は何も声をかけられなくなった。

 

「私、香澄ちゃんに憧れてたんだ」

「えっ?」

 

 聞き返してしまう。りみは、俯いていた顔を上げて香澄を見つめてきた。

 

「自己紹介とか、授業とか……。全部一生懸命で、楽しそうで。……ちょっと憧れてたんだ」

 

 違う。本当は、怖かったのだ。臆病だったのだ。だから、香澄はその反対を演じているに過ぎない。勿論、素の自分が出ている所もあるがそれはそれ。局所局所で、弱い自分が出るのを隠しているだけなのだ。

 だが言えなかった。香澄は黙ったまま、りみの独白を聞いていた。

 

「だから、バンドに誘ってくれた時、とっても嬉しかった。こんな私にも、手を取ってくれるんだなって」

「……」

「でも、私。ステージに上がるのが怖くって。皆に見られたら、頭真っ白になっちゃって、香澄ちゃん達に迷惑掛けちゃう。きっと、ガッカリさせちゃう」

「牛込さん……」

 

 香澄は、ハッとしていた。

 バンドを断ったのはりみなりに、色々考えた結果だったのだ。ただ、バンドを断ったとか、そんなものではなく。様々なことを考えた故に、誘いを断っていた。

 そんなりみに、香澄はしつこく付きまとっていた訳で。

 

「そっか……」

 

 それしか言えなかった。何か言えればよかったのだが、やはり言葉にならない。

 「ごめんね」と、謝ってくるりみは、本当に申し訳なさそうにしていた。

 ううん、謝るのは私の方。理由も分からず、ただただ付きまとい。しつこかっただろう、ただただ迷惑だったはずだ。

 

「ごめんね、牛込さん。私、牛込さんの気を知りもしないで……」

「あ、謝らなくていいよ! 理由も何も、私が言えなかったからなんだし……」

 

 お互いに謝り合う。そして訪れる気まずい雰囲気。

 そんな中、香澄は考えていた。

 償い、と言ったら少し大事かもしれない。けど、なにかりみにしてあげられないかな。

 もう少し優しく、付きまとうと言うよりも寄り添ってあげれれば、語りかけることが出来ていれば、こんなに気まずくはならなったかもしれないのに。

 

 …………。

 

 チラチラと、香澄の様子を伺うりみ。香澄が何か言うのを待っているのか、それとも気まずいからもう帰りたいのか。どちらにせよ、ソワソワと落ち着きが無い様子だった。

 

 香澄は、落ち着きなくギターケースに着いた星のキーホルダーに触れた。

 カシャリと音を立てる、香澄の大好きな黄色い星のキーホルダー。香澄は無意識に、星に助けを求めていた。

 

 星を纏えば無敵になれる! 困難だって撃ち抜ける! どんな場所へだっていける!

 

 昔のゲームでそんなキャラクターがいたはずだ。香澄はやったことがないけれど、ネットでちらりと見た事がある。

 体力のない小さい状態でも、星に触れれば軽快な音楽が響いてきて。走り始めて、敵をポコスカと薙ぎ倒す。そんな配管工のゲーム。

 

 "そんな星に、私はなりたい!''

 

 香澄はキーホルダーから手を離し、ギターケースを開けた。首から(ランダムスター)を下げ、音割れの電池駆動ミニアンプにギターを繋ぎ、ピックを持つ。

 その感わずか30秒。りみは、ポカンとしながら香澄を見ていた。

 

 そして、香澄はピックを振り下ろす。力のD! 漲るG! 迸るD! 締めのA!

 ジャカジャカとかき鳴らすその様子を、牛込さんはただただ見つめている。

 そして香澄は。唯一弾ける「トゥインクル・スターダスト」を歌う。

 

「か、香澄ちゃん……?」

 

 戸惑いに染まるりみ。最初こそそうだったが、次第に歌に耳を傾けていく。

 

「トゥインクルトゥインクルひーかーるー♪おーそーらーでーひーかーるー♪」

 

 歌う。ただひたすらに、歌う。

 本当だったら、この気持ちを歌にするのだろう。だが、生憎。香澄はこの曲しか弾けない。

 けれど、想いを伝えるために、歌う。

 

 言葉で伝えられないのならば、音楽で伝えればいい。この星と一緒なら、何処へだっていける。なんだってできる。なんだって伝えられる。

 

 短い歌が終わった。

 香澄はりみを見た。その顔は、先程の悲しみの影が感じられるようなものではなく。どこか、明るくなったように伺えた。

 香澄は大きく息を吸い込み、想いを吐いた。

 

「牛込さん、本当にごめんなさい。私、牛込さんの気も知らずにすごく迷惑かけちゃった」

「え、いや、大丈夫だよ! そんなに気にしなくても……」

「ううん、私が気にするの。牛込さんに迷惑をかけちゃった……周りを見ないで、自分の独りよがりで突っ走っちゃった私が許せないの」

 

 黙り込むりみ。香澄は言葉は言葉を続ける。

 

「だから、私決めたよ。私、牛込さんの手助けをする」

「え?」

「牛込さんの為に、()()()()の為に何かしたい。りみりん、変わらなくちゃって言ってたよね」

 

 ハッとした表情を浮かべるりみりん。言葉こそ発さなかったが、香澄はそれを肯定と捉えた。

 

「私、自分を変えたいのなら、今を変えないといけないと思うんだ」

「……」

 

 何かを考えるように、りみは俯いた。

 

「けど! その勇気がないなら、私が分けてあげる」

「……!」

「こんな私で良ければ、いくらでも。変わることに勇気が出せないなら、私が分けてあげるから!」

 

 りみが、香澄を見つめる。今度はしっかり、目と目を合わせて。

 りみはなにか言いたそうに口を開いているが、何も言うことは無かった。

 

「それが、せめてもの私のやれることだから。それに……」

 

 大きく息を吸う。夕方の、清涼感のある空気を精一杯呑み込んだ。

 

「私達、()()でしょ?」

 

 

 ……一番星が、一瞬瞬いた気がした。

 香澄はランダムスターをしまい、ケースを背負う。

 

「本当にごめんなさい! また明日ね!」

 

 本当は、バンドに誘いたかった。けれどそれでは私の独りよがり。もう、1人でも突っ走ってはいけないから。

 だから、バンドには誘わない。もし、一緒にやってくれるなら程度に、留めておく。

 最後に笑顔をりみに見せて、香澄は踵を返した。



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17

ちょっと終わり方強引ぽいですね……すいません。


 次の日の朝。香澄は、少しだけ寝坊をしてしまった。

 本来余裕をもって乗る筈だった電車に急いで駆け込んだ香澄は、その車内でバックがいつもよりも軽いことに気がついた。

 そう、お弁当を忘れていたのである。ちなみに飲み物も忘れた。結構食べる香澄にとっては、朝からショッキングな出来事である。

 今頃、お母さんの朝ごはんになっているだろう自分のお弁当を思い出す。朝ごはんを食べる暇なく駆けてきたこともあり、香澄は空腹に襲われてしまった。

 空腹に耐えながら、ただ電車に揺られる。ガタンゴトンと、テンポよく揺れる振動の中、香澄は昨日のことを思い出していた。

 

 申し訳なさそうにするりみ。それに対する私の想い。独りよがりかもしれないその言葉は、りみに届いたのだろうか。私の気持ちは、歌に乗って届いたのだろうか。

 考えれば考えるほど、香澄は不安になって行った。

 

 電車が最寄り駅に着く。香澄はイヤホンをつけ、音をシャットダウンすることで、考えに没頭した。

 ぐるぐると不安が過ってくる。収まることの無いその渦に飲み込まれていると、気づいたら校門の前にいた。随分と考え事をしていたらしい。香澄は、イヤホンを耳から外した。

 

 校門を潜り、教室へ向かう。沙綾やたえに挨拶をしながら教室へ入ると、こちらをじっ……と見つめてくるりみの姿があった。

 

「おはようりみりん!」

 

 明るく声を掛ける。りみは若干戸惑ったような様子を見せるものの、りみは「おはよう香澄ちゃん」としっかりとした言葉で返してくれた。

 

「 ……香澄ちゃん」

「ん?」

 

 りみが急に真剣な顔付きになる。その赤色の瞳で見据えてきた事と、その真面目な口調に香澄も真剣な趣になる。

 

「あの、謝っといてあれなんだけど……バンドの話、少しだけ考えさせて欲しいの」

「えっ?」

 

 それは予期せぬ言葉だった。てっきり、昨日の事で何か言われるのかと覚悟していた香澄だったが、見当違いのことが過ぎて変な声を上げてしまった。

 りみなりに、考えた結果なんだろうか。兎も角、バンドのことを再検討したいというその申し入れは、香澄にとっては喜ばしいことであった。

 

「色々考えたんだけど、もうちょっとだけ時間が欲しくって。覚悟の、時間というか……」

 

 昨日の外国人に話しかけられた時とは違い、目を泳がせずにしっかりと香澄見つめてくる。

 しかも、今、覚悟の時間と言っていた。それは、本当に、前向きに、バンドについて考えてくれているという事で……。

 香澄は思わず、りみに抱きついてしまった。

 

「勿論だよ、りみりん! いつまでも待ってるからね!」

 

 香澄は、一瞬みえたりみの顔色がぱあっと一気に明るくなったように見えた。

 目を細め、ニコッと笑いながら、りみは「ありがとう」と呟いた。

 

 

 

☆☆☆

 

「そう言えば、私だけ名前じゃない」

 

 お昼休み。たえと、沙綾とお昼ご飯を中庭で囲んでいる中、花園さんが突然に言った。

 ちなみに、りみも誘ってみたものの、流石にバツが悪そうにして断られた。いつか、一緒に食べれるといいなぁ……。

 ではなくて、いまはたえの話である。いきなりどうしたんだろう。

 

「だって、沙綾もりみも有咲も全員名前呼びでしょ? 私たちだけだよ、苗字なの」

 

 そういう事か。香澄自身苗字呼びはあまり気にしていなかったが、香澄含めたの周りが全員名前呼びなのに対し、交流があるのに苗字呼びな為たえ気にしていたようだ。

 

「うーん、なるほどねぇ……」

 

 それもそうだ。そう思った香澄は、たえの新たな呼び名を思案してみる。……むむむ。どうせ呼ぶなら、ピピッと来るものがいいなぁ……花園、たえ。花園、花、園、花、お花、たえ……。

 

「……おたえ、は?」

 

 ふっと、頭に降ってきたものを口に出してみる。おたえ、おたえ……うん。香澄的には、凄くピピッとくる名前だと思う。

 

「おたえ……!」

 

 花園さん……じゃなくて、おたえが顔をキラキラと輝かせている。

 反応を見る限り、どうやら気に入って頂けたようだった。

 

「おたえ、か。なんかしっくりくるね」

 

 沙綾もウンウンと頷いていた。一方のおたえは、香澄の両手をとり、

 

「ありがとう、香澄。私、『たえ』って名前で生まれてきて良かった」

 

 なんか物凄い感謝されてる!? 

 

「おたえ……おたえ……いいね」

 

 スナッパーを取り出し、「おたえ~おたえ~」と歌い出す。相変わらず突拍子のないおたえをスルーしつつ、香澄達はお弁当をつついた。

 

 



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18

最新話までの流れがちょっと気になったので、急遽日常回。18話よりちょっと前の話です。

あと二、三回この日常会が続くと思われます。


 今日も今日とて、有咲の蔵でギターの練習だ。今日はたえがバイトでいない為、有咲とマンツーマンで練習なのである。

 

「おはよう有咲!」

 

 挨拶と共に蔵の中に入る。有咲は既にキーボードに楽譜を広げており、鍵盤を踏んずけて遊んでいるザンジと格闘していた。

 

「おはよう香澄」

 

 有咲はひょいとザンジを持ち上げる。ニャーと抗議を申し立てるザンジをソファの上に降ろすと、ひょいと有咲の膝上を駆け抜け、再びキーボードの上に鎮座した。香澄もザンジに合わせるようにソファに腰を下ろす。

 程なくして、バルが鳴きながら近寄ってきた。喉元を指でかいてやると、ゴロゴロと甘えた声を鳴らし、香澄の膝の上に納まった。

 

「んー、やっぱり可愛いねー」

 

 バルの頭を撫でながら言う。バルは気持ちが良くなったのか、目を閉じてそのまま眠ってしまった。

 

「……そういえば」

 

 なにか思うことがあるのか、香澄を見つめてくる有咲。

 いや、見ているのは私の上の方……?

 視線の違和感を感じている香澄を余所に、膝で寝ているバルを見つめる。交互にバルと香澄とを見つめ、真剣な顔をして言った。

 

「香澄のその髪型って、猫耳なの?」

 

 思わずずっこけそうになった。いや、ソファに座っていたから、決して転んでしまうことは無いのだが。その位、斜めからの質問だった。

 

「ち、違うよ! これは、星をイメージしてるの」

「ふーん、そうなのか」

 

 またもやバルと見比べてくる。

 

「てっきり、猫の耳にでも似せてるのかと思った」

「ち、違うよ。確かに猫耳に見えるけど……」

「そうか、やっぱり猫じゃん。ほら、にゃーんって」

「い、言わないよ!」

 

 これは猫耳じゃなくて星! それを伝えるのでその後10分を要してしまった。絶対有咲巫山戯てるでしょ!

 

「さて、巫山戯るのは大概にして」

 

 やっぱり巫山戯てた! 有咲酷い!

 

「香澄、これ見てくれ」

 

 机の上に、数枚の紙を置く。数本の線が横長に引かれていて、その上に音符が散らばっている。音楽の教科書でよく見た、所謂楽譜というものだった。

 

「これって……楽譜?」

「うん。スコア、とも言うんだけど」

 

 有咲が立ち上がり、キーボードへとむかう。スコアを立てかけて、キーボードに指を踊らせた。

 

「~~♪ ~~♪」

 

 左手でリズムを、右手で主旋律を奏でる。右手が畝り、左手が跳ねる。堂々とした佇まいはこの蔵の王かと錯覚する程であり、その姿は数年前にピアノを辞めたとは思えない程、見惚れてしまうものだった。

 

「~~~♪~♪」

 

 何だか元気が出てくる曲調だった。不安なところは一切感じさせず、体の底から湧き出るドキドキを、そのまま曲にしたような感じだった。

 有咲の演奏が終わると、香澄は無意識に拍手を送っていた。

 

「凄い! 凄い有咲! すっごくドキドキした!」

 

 うきゃあ! と声を上げ、精一杯の拍手を送る。香澄は、なんだか体の温度が3度くらい上がっているような気がした。

 そんな香澄の様子に、有咲は照れたように頬を紅潮させながら、

 

「お、おう……」

 

 と言って、目線を逸らしてしまった。

 そんな有咲に少しキュンとしながら香澄は楽譜を手に取る。四方の角が丸くなっていたり、皺が出来ていたり。使い込まれたような形跡が楽譜にはありありと残っていた。

 まだほんのりと顔が赤い有咲は、香澄のギターケースを指さしながら言った。

 

「これ、実はランダムスターのケースにあったんだ」

「えっ?」

「香澄に渡すずっと前に、蔵の整理してたら見つけてさ。その時はなんとも思って無かったんだけど、いざバンドやるってなったら思い出して。ちょっと練習してみたんだ」

 

 そうだったのか。香澄はてっきり、隠れて有咲が作っていたのかと思っていた。

 

「流石にまだ出来ないな。まだ勉強中」

 

 「作曲初歩」と書かれた本を取り出す有咲。いくつかのページには付箋が貼ってあり、勉強していることが見て取れた。

 何だか感動してしまった。思いつきで有咲を巻き込んでしまったのに、ここまで真剣に考えてくれていたなんて……。

 

「……この曲って、まだ途中までしかないの?」

 

 感動は置いておいて、ちょっと気になったことを聞いてみた。

 曲を聴いていて思ったのだが、終わり方が不自然な上、早すぎるような気がしたのである。

 

「うん。Aメロとサビっぽい所しかなくて、歌詞もない。何かの曲のアレンジかなってあると思って調べてもみたんだけど、調べた限りでは似たような曲は出てこなかった。……多分だけど、これは作りかけの曲って事だ」

 

 うんうんと頷く。因みにタイトルもないらしい。

 ……作りかけの、曲か。ランダムスターの前の持ち主が作ったまま、忘れていたのだろうか。なんて勿体ない。

 

「ねぇ、有咲。この曲、私たちで完成させようよ!」

「……はあ?」

 

 ポカンと、口を開けたままになる。そんな有咲に矢継ぎ早に言葉を続ける。

 

「こんなにいい曲なのに、忘れられるなんて勿体ないじゃん!」

「そ、そうだけど……続きは誰が作るんだ?」

「私と有咲!」

「歌詞は?」

「私が書いて、有咲が添削!」

「わ、私が添削?」

「もしかして作詞の方が良かった?」

「いやいやいや! 私に作詞なんて無理だって!」

「じゃあ私が作る!」

「えぇ……」

 

 呆れたように、そして怠くなったかのように、姿勢が丸くなる有咲。背中が曲線になり、おばあちゃん並に円を描いていた。

 

「私、この曲完成させたい! 私達の最初の曲として、精一杯作って、演奏したいの!」

 

 だからお願い! 香澄は頭を下げた。

 ……少しの間沈黙が続く。しばらくすると、はぁ、と。有咲のため息が聞こえた。

 

「し、しょうがねーな。そこまで頼まれたなら仕方ないし……」

 

 バッと頭を上げる。目を合わせようとしない有咲が、そこにいた。

 

「ただし! 本当に初めてだからあんまり期待するなよ!」

 

 ビシッと指を突きつけてくる。少し照れたように、けれどもツンツンとしながら言う有咲に私は、

 

「も、もちろんだよ~~っ!!」

 

 思わず抱きついた。

 

「ちょま!? だ、だきつくんじゃねーーー!」

 

 有咲の声が、質屋中に響きわたった。

 



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19

 次の日。今日は、たえがギターを教えてくれる日だった。

 たえと一緒に、有咲の蔵へと向かう。その最中で、香澄は例のあの曲についてたえに話す事にした。

 

「私が歌詞で、有咲がメロディ作るの!」

「そうなんだ。有咲って曲作った事あるの?」

「ないって言ってたけど、勉強するんだって!」

「へぇー……」

 

 そんな会話をしながら、有咲が待つ蔵へと向かった。

 

 有咲の家に着くと、例の曲のメロディが聞こえてきた。元気が出るそのメロディにテンションが上がった香澄は、うっきゃあ! と声を上げ、たえの手を引き蔵へと入っていく。

 

「おたえこれ! この曲! 行こ!」

「うん」

 

 蔵に入ると、例の曲はちょうど終わった所だった。一曲弾き終えた有咲は、ヘッドホンをつけながらノートパソコンと睨めっこをしている。

 

「有咲、おはよう!」

「んー」

 

 生返事が返ってきた。有咲は作業に集中してしまっていた。

 香澄達は、邪魔をせずそっとしておくことにした。

 静かに荷物を置いて、ランダムスターを取り出す。ギターとチューナーをシールドで繋ぎ、チューナーの電源を入れる。針を睨み、ペグを調節しゆっくり落ち着かせて言った。

 一方のたえは、スナッパーを取り出した後ほとんどチューナーを使わず、ぴん、ぴーんとハーモニクスで調弦をする。ササッとその作業を終わらせると、シールドをアンプに差し込んだ。

 そしてすぐさま、うさぎのピックを取り出す。

 

「……おたえ?」

 

 気づいた有咲がヘッドホンを外す。それを確認したたえは、にっと笑って弦へピックを振り下ろした。

 

「~~♪~~♪」

 

 ぶるぶるぶるぶると、香澄達は震えた。これがロックなのかと改めて実感させられるような音響に、ザンジとバルは飛び上がって驚く。

 たえのコードストロークは続いていく。びりびりびりびりと唸るサウンド! 音圧の向こう側! おたえのギターは香澄たちの魂を震えさせた。

 

 フレーズを弾き切ったたえ。ふぅ、と息を吐きながら、少し乱れた髪を指で梳いた。

 

「すごいすごい! すっごいキラキラドキドキした!」

 

 うきゃー! と声を上げて立ち上がり、たえの手を握る。さながら臨場感のあるライブを見ているようで、香澄は興奮しながらたえの手をブンブンと振った。

 

「なんで! なんでこんなキラキラのフレーズ弾けたの!? 実は準備してたとか!?」

「準備? してないよ。有咲が打ち込んだ曲聞いてたら、パッとこのギターソロ思い出したんだ」

「思い出した?」

 

 有咲が聞き返す。たえは頬に人差し指を当てて「んー……」と考え出した。

 

「昔、音楽教室通ってた時のことなんだけど……。教室を間違って入っちゃった時に、男の人がギターを弾いてたんだ」

 

 その時に聞いたギターがなんて格好良かったことか。たえは一気にギターにハマり、お母さんにお願いしてギターを習い始めたという。

 

「その時のフレーズが忘れられなくって。弾けるようになってから、今でもたまに弾いてたんだけど……」

 

 この有咲の打ち込んだ曲を聴いていたら、「これしかない!」って思ったらしい。まるでパズルのピース2つが揃ったような感覚だったとか。

 

「なるほどなぁ……」

 

 有咲は頷いていた。少し考え込むような素振りを見せた後に、口を開く。

 

「もしかしたら、その時の人が香澄のランダムスターの持ち主だったのかもな」

 

 なんと、そんなことが有り得るのか。香澄は何か本のようなものを広げる有咲に聞き返した。

 

「ちょうどこのギターが入ってきたのって、私たちが子供の頃……から少し経った時なんだよな」

 

 仕入れ台帳なるものの日付を3人で確認する。その日付は、確かに10数年前を示していた。

 

「その持ち主が……もしくはそのバンドメンバーが、この曲を完成させようって時におたえは鉢合わせた……とか」

 

 それって……。そうだとしたら……。

 

 なんて、なんて奇跡なんだろう。

 

「すごい……すごいすごいすごい!」

 

 きゃあ! と声を上げる香澄。香澄は首からかけていたランダムスターに触れながら言った。

 

「なんだかすっごいドキドキした!」

 

 香澄は思わずギターにかき鳴らす。急に響く音圧に、うつらうつらしていたバルがビクリと反応した。

 

「ねぇ、この曲絶対完成させよう!」

 

 香澄は2人を見つめる。飛びっきりの笑顔で、2人に語り掛けた。

 

「こんなに最高な曲、完成させないなんて勿体ないよ! もっと調べて、勉強して! 最高の音楽にしよう!」

 

 キラキラを振りまきながら、香澄は話す。

 頭上に瞬く幾千もの星に、たえと有咲は魅了される。

 

 星の鼓動(ホシノコドウ)は、3人の胸の中で確かに動き始めていた。

 

 

 



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20

平成最後の投稿ですね。間に合って良かったです。


 今日は練習と言うよりも、曲作りである。たえは有咲につきっきりで作曲中。集中しているので邪魔をしたくなかった。

 その隣で香澄はリリック……歌の詩を作る事にした。有咲から、未完成なままの「曲」のデータを貰い、スマートフォンで曲を再生しながらノートを開く。

 うーん……私達が歌うんだし、あまり難しい言葉を入れるのは止めようかな。昔の言葉もあまり曲調に合わないし、かと言って幼稚すぎるのもなし。アニメの戦隊もののオープニングのような曲調でも無いから、それも無しで……。

 色々考えていくうちに、ノートに思いつくフレーズを書き出してみる。青い空、汚れた看板は美しく……行き交う人は流れ……。

 ここまで書いて、香澄は書き出したフレーズに大きくバッテンを上書きした。

 なんか……なんか違う。私達の感じじゃない。全然、ドキドキしない。

 方向性を改めて考える。目指すは王道ガールズポップ。キラキラで、ドキドキで、トキメクような歌詞。

 香澄の歌詞作りは、苦悩にまみれていた。

 

 

☆☆☆

 

「さーやぁぁ! たすけてぇえ!」

「な、何何どうしたの!?」

 

 数日後の朝一番。無事に遅刻をせず、寧ろ余裕を持って登校できた香澄は、沙綾に泣きついた。

 状況が呑み込めず、とりあえず泣きついた香澄の頭に手を置いてくる沙綾に事情を説明した。

 

「なるほど、作詞をするんだ」

「そうなの! けど、全然ドキドキしなくって……」

「へぇ……。香澄って、文章作るの苦手そうだもんね」

「えぇー、どうして?」

「うーん……。なんとなくだけど、自分の口では話すのが苦手な人が文章って作るのが得意な気がするんだ」

 

 あっ、悪い意味じゃないよ! と沙綾は付け足した。

 でもなるほど。ちょっとだけ、分かるような気がした。

 だとしたら、私はどういう風に歌詞を作ったらいいんだろう。香澄は、一層悩むことになってしまった。

 

「ところで、ちょっとは歌詞できてるの?」

「出来てるけど……ちょっと、その」

「その?」

「……恥ずかしいし。なんか、バカっぽいし……」

 

 下を向きながら言う。おずおずとノートを取り出した香澄だが、それを渡すのをためらっていた。

 しかし、沙綾はキョトンとした顔をした後に一転。そんな香澄を笑い飛ばした。

 

「あはは! そんな心配しなくても大丈夫だよー。最初から、上手くできる人なんていないって」

 

 ポンと肩に手を置いてくる。そして、優しそうな笑顔を香澄に向けた。

 

「……うん、そうだよね。分かった、沙綾に見せるよ」

 

 けど、笑わないでねと香澄は付け加え、恥ずかしさで目を逸らしながらもノートを沙綾に渡した。

 

「…………」

 

 書かれた詩を目で追ってゆく。段々と下に視線がいく度に、香澄も段々と下を向いて行った。

 そして、数秒後。沙綾が口を開く。

 

「……香澄。これ、香澄が考えたの?」

「え、う、うん」

 

 言葉に詰まってしまった。沙綾のその真剣な表情に、驚いてしまいしどろもどろになりながら答えた。

 

「……いい、凄く、いいと思う」

 

 ニコッと目を細め、沙綾はそう言い放った。

 

「すっごく、香澄らしいというか。ストレートに気持ちが伝わってくる」

「ほ、本当?」

「うん! 私は、この詩大好きだよ」

 

 その言葉が、どれ程有難いものだったか。香澄は無意識にぷるぷると震えていた。

 

「下を向いていても、星を見つければ会いに行ける……。もしかして、実際にあったこと?」

「う、うん」

 

 香澄は、ポツリポツリと話し始めた。

 キラキラするギターに出会い、忘れかけてた星の鼓動(ホシノコドウ)を、グリグリのライブから思い出したこと。そして、キラキラドキドキする事であるバンドを始めたこと。有咲というメンバーと、おたえという師匠に出会えたこと。

 

「なるほどね。花園さんと市ヶ谷さんの話は聞いてたけど、星を辿ったらランダムスターに出会うだなんて……すっごい奇跡かも」

「そうだよね! 私、もうこの子しかないっ! って思っちゃって」

 

 机の横に立てかけてあるランダムスターに触れる。

 トクン、という、まるで呼応するかのような鼓動が聞こえた気がした。

 

「そう言えば、この『BanG_Dream!』っていうのは……?」

 

 ノートの中盤。『BanG_Dream!』というフレーズを指さしながら沙綾は聞いてくる。

 

「これは、その……。ギターを初めて見て、キラキラドキドキして。テンションが上がっちゃった時につい言った言葉なんだ」

「へぇ……なんかいいね! BanG_Dream!(夢を撃ち抜け!)って。すごくロックだよ!」

「ほ、本当!? 良かったー……」

 

 なんだか、勇気が出てきた気がする。

 星に導かれて、香澄が出会ったもの。キラキラドキドキするもの。忘れかけてた星の鼓動(ホシノコドウ)。それらが収束し、香澄の中で迸る。

 始業のチャイムが鳴る。クラスメイトが席につく中、静かに歌詞は完成した。

 

 

☆☆☆

 

 その日の放課後。有咲の家に走って向かう。

 早く歌詞を見せたい──その一心で、香澄長い階段を一休みもせずに駆け上がった。

 蔵に着いて、扉を勢いよく開ける。有咲はパソコンから例の曲のメロディを流している最中だった。

 もはや、扉が勢いよく開くことに驚かなくなった有咲は、一言「おはよう」と声をかけくる。

 

「おはよう有咲これ見て!」

 

 矢継ぎ早に言葉を吐き出し、バン! とノートを有咲に提示した。

 いきなり突き出されたそれを驚きつつも受け取った有咲は、恐る恐る付箋が付いたページを開く。

 

「歌詞、完成した! 有咲に、確認して欲しいんだ!」

「おーマジか」

 

 感心したように声を上げて、有咲が読み始める。少し、恥ずかしかったものの、沙綾が褒めてくれたのだ。何も変な所はない。そう思い有咲が読み終わるのを待った。

 数十秒後。有咲がノートをパタンと閉じた。

 

「なんというかその……すっごい、香澄らしい」

 

 沙綾と同じ反応だった。キョトンとした香澄を見た有咲は、慌てて「わ、悪い意味じゃないぞ!」とつけ加える。

 

「なんて言ったら良いかな……。香澄が言いたいことを、香澄が自分の言葉で表現したって言うか……その、凄くいいと思う」

 

 褒めることに慣れていないのか、ちょっと照れながら有咲は答えた。

 そんな有咲に。香澄は感謝の意を込めて、

 

「あ、ありがとーー!」

「ちょお!? だ、抱きつくなー!」

 

 その後数分間は、有咲の顔が赤かったり正常に機能していないこともあり作業休止となっていた。

 しばらくして香澄の感謝の抱擁から開放された有咲。ノートに書かれた歌詞を改めて見ながら、感心したように言った。

 

「しかしよく考えたな。『In the name of BanG_Dream』……『BanG_Dreamの名の元に』って意味だろ?」

「うん」

「よく思いついたよな。なんだか、香澄らしいけど、らしくないというか……」

 

 何それ! なんか私、バカにされてる気がする!

 

「香澄にしては頭良すぎる言い回しだな」

「何それ! 私頭は意外と良いんだよ!」

「へぇー意外だな。私はてっきり悪いもんだと……」

「有咲酷い!」

 

 ブーブーと反論をはやし立てるも、有咲はそれを華麗にスルー。パソコンからメロディを流しながら、ノートに丸を付けていた。

 

「有咲、何してるの?」

「んー……。歌詞とメロディを照らし合わせてるんだ。言葉が違和感あったり、メロディと合っていない部分があるだろうから、そこを考え直さないと」

「あーそっか!」

 

 何も考えてなかった! とりあえず、思いついた言葉をスラスラと書き並べていっただけだったので、メロディとの兼ね合いなんか何も考えてなかった。

 

「でも凄いな。殆どリズムにあってる」

「本当!?」

 

 メロディに耳を済ませてみる。頭の中にインプットされた「例の曲」の歌詞と、有咲とたえが作ったメロディが奇妙な程馴染んでゆく。

 本来であれば、解けないはずの紐が、ゆっくりと解けていくよう。

 

「……BanG_Dream(夢を撃ち抜け)

 

 何度も何度も、反芻する。噛み進めていくにつれて、その紐は解けていく。

 

 

 本来、解ける筈のない遠い音楽(ユメ)は、確かに解かれようとしていた。



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21

結構な頻度で以前までの話を改稿してたりするので、もし宜しければそちらもどうぞ!

次話からは本筋に戻ります。


     ☆☆

 バイトを終えたたえが遅れて合流してきた。

 若干疲れた様子のたえだったが早速曲が半分できたと伝えると一転。「聞きたい!」とすぐさま答えてきた。

 たえに歌詞ノートを渡す。有咲に合図を送り、メロディを流す。

 香澄は、もはや染み付いている歌詞をメロディに乗せて口ずさんでみた。

 

「……踏み出すキミを待ち続けてる、ドキドキときどきときめいてる」

 

 びっくりするくらいしっくりくる。まるで、自分ではない誰かが作った歌を歌っているよう。

 有咲達が作り出したスコアと、香澄の編み出したリリックが調和し、変化し、音楽(ユメ)へと成り上がってゆく。

 

「……In the name of BanG_Dream! Yes! BanG_Dream!」

 

 気持ちよくなり、つい、声を上げて歌ってしまう。急な大きな声に「にゃっ!」と声を上げたザンジとバル。それによってはっと我に返った香澄は、顔を赤くしながら頭を搔いた。

 

「……すごい。凄い凄い凄い!」

 

 たえが興奮した様子である。体の前で握り拳を作り、それをぶんぶん振りながら言う。

 

「凄い感動した! すっごくドキドキした!」

 

 香澄の手を握ってくる。その状態のまま、今度は有咲に顔を向けた。

 

「有咲も凄い! 私、出てきたメロディを弾いただけなのに、ここまでまとめちゃうなんて!」

 

 近くに座る有咲の手も握る。香澄と有咲、その手をギュッと握りながら、たえは笑った。

 そんな様子のたえに驚きつつも、有咲は答える。

 

「……なんつーか、おたえのメロディ聞いてたら、自然と思いついたって言うか。特に悩まないで、スラスラと纏められたって言うか」

 

 不思議な事もあるものだ、と思った。香澄自身も、最初こそ言葉選びに悩んだものの、途中からはスラスラ言葉がでてきたのだ。寧ろ、この言葉しかない! と言った感じで、言葉選びをしていた気さえする。

 運命とか、奇跡とか。そういったものなのだろうか。それだったら、すっごいドキドキする!

 トクン、トクンと鼓動が聞こえ、呆然としている香澄を余所におたえと有咲の話は進む。

 

「それじゃあ、この曲をこれから練習するの?」

「うん。まだ2番は出来てないけど……とりあえずまとまってはいるし」

「そっか」

 

 たえがスナッパーを取り出す。すぐさまピックも取り出し、ジャーンとギターを鳴らした。

 

「じゃあ、これから香澄は特訓だね」

「と、特訓?」

 

 たえに話しかけられ、飛んでいた香澄の意識が戻ってきた。

 既にギターを構えていたおたえに少々驚きつつも、香澄はなんとか聞き返す。

 

「うん。キラキラ星くらいならいいけど、きちんとした曲を弾くってなると難しいよ?」

 

 そういうものなのか。たえは路上とかでいとも簡単そうに行っていたが、曰くそこまで辿り着くにはなかなか練習したという。最初の内は、どちらかが必ず疎かになってしまったとの事。

 

「まぁ、でも香澄なら大丈夫かも」

「大丈夫って?」

「うーん……よく分からないけど、キラキラしてるし」

「キラキラ……?」

 

 キラキラしてる。なんか、喜んでいいのかわからなかったが、とりあえず賛辞として香澄は受け取っておくことにした。

 

「んじゃまぁ話はこれくらいにして、そろそろ練習するか」

 

 有咲がパンと手を叩く。たえと香澄は、「おー!」と、返事をして、練習に取り掛かった。



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22

長くなりました。
その上まとまってない感ありますが、筆は乗りました。





 週末。今日は練習は休みにして、グリグリのライブを見に行くことになっていた。

 有咲とたえと共に、SPACEに向かう。どうせなら皆でと思い、沙綾とりみも誘ったのだが、沙綾家の手伝いがあるとの理由で断られてしまった。りみの方は、お姉さんがいる関係で先に行っているとの事で、後で合流しようということになっていた。

 皆で談笑しながらSPACEへと歩く。たえと有咲が、自身の飼っているウサギのオッちゃんとザンジ&バル自慢を始めたところで香澄達はSPACEについた。

 

 高校生3枚のチケットとワンドリンクで中に入る。ガヤガヤとしたお客達の話し声が、香澄の気分を高揚させた。

 有咲もたえも何だか興奮した様子だった。たえに関しては、ライブが始まっていないのにブレードの光をつけて振っており、有咲が必死に収めていた。

 

「やっぱりライブはワクワクするね」

 

 目を煌めかせステージ見つめながら、たえが言った。未だ興奮は覚めていないようで、先程注意されたばかりのペンライトを忙しなくチカチカ点灯させていた。

 香澄は、「そうだね!」と相槌をうちながら、有咲の眺める参加者一覧を覗こんだ。今日の香澄達の目的であるグリグリの出番は1番最後。トリだった。

 暫くすると、室内の証明が落ちる。真っ暗なのも束の間、直ぐに鮮やかな7色のライトでステージが照らされた。

 ステージ脇から、手を振りながら演者が現れる。お客さん達は、ペンライトを振りながら必死にそれに応えていた。

 香澄も負けじとライトを振る。暴走気味な金髪ドラマーのズンズンと響く音で香澄の気分はズンズンと上がってゆき、次第に香澄はライブへと飲み込まれて行った。

 

 

☆☆☆

 

 雰囲気は最高潮だった。きゃあきゃあという、留まる事を知らない観客の嬉声はライブハウスを振動させていた。

 満を持して次の演者が現れる。確か、次は4人組のバンドだった……はずなのだが、何故か前の演者が現れた。香澄達を含め、観客はどよめき始める。

 

「みんなー! 時間できたから、もう少しだけ付き合ってねー! ……まだまだ行けるかぁ!!」

 

 少々戸惑いながらも、おー! と声を上げる観客達。演者たちは、その歓声に頷くと再び演奏を始めた。

 何があったのだろうか。香澄はそう思い、カーテンで半分隠れたステージ端を見る。

 よく見ると、何やらスタッフと演者が真剣な顔で話していた。香澄は観客達の隙間をぬい、なるべく近くへと寄る。

 

「……グリグリバンドが遅れるって?」

「そう。だから、私達で来るまで繋げないと……」

 

 演者達が話してくる声が、少しだけ聞こえてくる。

 グリグリが遅れる? 一体どういうことなのだろう。

 

「……なんか、大変なことになってるみたいだな」

 

 有咲が言う。たえは途端に真剣な顔になり何があったのか聞いてくると言い放ち、客席から抜けていった。

 動揺することしか出来ない香澄は、とりあえず辺りを見渡してみる。観客達は、既に演者の演奏に飲まれており、魅了されていた。

 ……すると。視界の端に、見覚えのある姿が写る。

 ステージの端。暗幕がまとめられた裏に、何やら見た事ある顔が見えた。黒髪で、両サイドがピンと跳ねてて。ピンクを基調としたフワフワな私服をきた彼女は……。

 

「りみりんだ!」

 

 オーナーに頭を下げながら、オロオロとした様子のりみ。スマートフォンを握り締めたまま、下を向いて俯いてしまっていた。

 

「……私、ちょっと行ってくる!」

「えっ? あ、おい香澄!」

 

 有咲の制止を聞かず、香澄は舞台裏へ向かった。

 

 

 

 

     ☆☆☆

 

 

「MCでなるべく引き伸ばしてみますか?」

「お願いします! 出来るだけ引っ張て下さい!」

 

 舞台裏に着くと、スタッフ達が忙しなく動き回っていた。演者達もメイクや打ち合わせをバタバタと行っており、混沌とした状況が出来上がっている。

 

「どうしよう……」

 

 その混沌の端に。スマホを持ったまま固まっているりみがオロオロと立ちすくんでいた。

 

「りみりん! 何かあったの?」

「か、香澄ちゃん……」

 

 香澄の姿を見るなり、駆け寄ってくるりみ。

 りみは少し、震えながら言う。

 

「お姉ちゃん……お姉ちゃんが、まだ来てなくて……」

「えっ!?」

「お姉ちゃん、修学旅行で……。台風で、飛行機が遅れちゃって、まだ来ていないの……!」

 

 次が出番だと言うのに、他のバンドが出てきたのはそういう事だったのか。それで出番を他バンドと入れ替えて、グリグリが出れる可能性を高くしたと。

 

「それなら大丈夫……かな? 来るまで引き伸ばしてもらえば……」

「ダメだ」

 

 突然後ろから声が掛かる。杖を着いた、白髪の女性がそこに立っていた。

 

「……オーナー」

 

 SPACEの、オーナーだった。少々不機嫌そうに、眉に皺を寄せてこちらを睨んでいる。有咲はすっかり縮こまり、いつの間にか居たたえの後ろに隠れていた。

 かく言う香澄も、オーナーの気迫にすっかりやられ、少し気が弱くなっていた。

 

「客を待たせるなんでご法度だ。何があってもステージに立ち、客の期待を裏切らない。それが、バンドってものだ。」

 

 ……それは、そうだけれども。でも、りみりみの気持ちも汲んで欲しい。りみりんお姉さんが、せっかくライブをするのだ。それが台風なんて、どう対処しようもないものに邪魔をされて出来ないだなんて……。

 

「……これで遅れるようなら、もうステージに立つことは許せないね」

 

 まるでりみに追い討ちかけるように言葉を繋ぐ。りみは、その言葉にビクッと身体を震わせ、ゆっくりと香澄を見上げた。

 

「り、りみちゃん! 出来るだけ時間稼いでみるから!」

 

 心配してくれた出演バンドの演者が声をかけてくれる。それに対し、りみと香澄はコクコクと頷くことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 約一時間後。グリグリの前の、最後のバンドの演奏が終わった。

 グリグリは……

 

「……さっさと片付けを始めるよ」

 

 ──間に合わなかった。

 トントンと、オーナーが杖を急かすようにつくと、スタッフ達が慌てて動き出した。

 オーナーはスタッフたちが動き出すのを見届けた後、コツコツと音を立てて部屋を出ていった。

 

「お姉ちゃん……」

 

 りみの瞳に涙が浮かぶ。香澄は、そんなりみの手を握るしかできていなかった。

 

「……香澄」

 

 有咲が肩に手を置く。……もう帰ろうと、その表情は物語っていた。

 

「……(このまま、何も出来ずに帰っていいのかな)」

 

 そればかり考えていた。せっかく、私にキラキラドキドキを与えてくれたグリグリが。「友達」のりみりんが目の前で困っていると言うのに、私は何もできないのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そんなのは、嫌だ。何もできずに終わるのだけは嫌だ。

 

 どうせ終わるのなら、精一杯出来ることをしてからにしたい!

 

 

 そう奮起すると、香澄の足は自然とステージへと向かっていた。

 

「お、おい! どこ行くんだよ!」

「どこって、ステージだよ! グリグリが来るまで引き伸ばさないと」

「はぁ!? 馬鹿なこと言ってんじゃねぇ! ステージ行って何ができるんだよ!」

「出来るできないじゃなくて、やるんだよ! 有咲は、せっかくきっかけをくれたグリグリが、このまま終わっていいの?」

「そ、それは……」

 

 バツが悪いように、言葉が詰まる有咲。そんな有咲を後目に、香澄はステージへとむかう。

 

 

 

 

 行き交うスタッフの隙間を縫い、舞台袖へとたどり着く。そこから、困ったように見上げるお客さん達が見えた。

 

「えー、グリグリはー?」

「楽しみにして他のになぁ……もう帰ろっか」

 

 既に扉へと向かっているお客さんもいた。もはや、全員帰るのは時間の問題だった。

 

 ーー待って、行かないで! その一心で、香澄はマイクに向かって叫ぶ。

 

「こ、こんにちわーーーっ!」

 

 

 お客さん達が一斉に振り向く。沢山の目が、香澄を貫いてくるのを感じる。

 

「……? 誰?」

 

 空気が止まる。

 お客さん達が不思議そうな目で、香澄を見てくた。

 その目が、香澄をたまらなく怖くさせる。

 

「(あんなこと言ったけど、何も考えてなかった……ど、どうしよう……)」

 

「えと、あの……」

 

 その瞬間。唐突に、香澄の頭にあの曲が流れてきた。

 初めて、有咲と作ったあの曲。キラキラドキドキの、奇跡を感じたあの曲なら、お客さん達はまだ帰らないでいてくれるかもしれない。

 香澄にはよく分からない自信と確信が湧き上がった。

 

「……っ!」

 

 ステージ裏に駆け込む。どうしても、どうしても"ギター''と''キーボード''が今、欲しかった。

 

「香澄」

「? おたえ!」

 

 不意に、扉からたえが現れた。舞台袖へ行ったタイミングではぐれてしまっていたのだ。

 

「じゃなくておたえ! SPACEってキーボードとギターって借りるれる?」

「もちろん。そのつもりで持ってきたよ」

 

 たえ。ガラガラとローラーのついたキーボードと、ギターを2本持ってきていた。

 偶然にも、ギターは練習で引かせてもらったスナッパーの似たもので、弾く分には困らなさそうだ。

 

「ナイス! あとは……」

 

 後ろで、じっとこちらを見ている有咲。負けじと香澄も見つめ返す。

 

「有咲。あの曲なら、お客さん帰らないでいてくれるかもしれない」

「……そんな自信、どこから湧いてくるんだよ。第一、ドラムとベースパートがまだ……」

「あの曲は、奇跡の曲なの。私達にキラキラドキドキをもたらしてくれる、(ネガイ)を打ち抜ける曲なの」

「……」

「あの曲なら、お客さん達の夢を壊さずにいられるかもしれないの。……だから有咲!」

 

 じっと、有咲を見つめる。香澄自信の思いを届けるかのように、じっと有咲の瞳を見た。

 

 

 

 

 ……数秒後。有咲の口からため息が漏れる。

 

「……あーもう分かったよ! やればいいんだろ! 失敗しても知らないからな!」

 

 照れながらも、吹っ切れたようにステージに向かう有咲。香澄は、たえと顔を合わせニヤリと笑う。

 

「よし……それじゃあ行こう!」

 

 

 香澄達は、ステージへと踏み出した。



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23

なかなか思い切ったことをしたのかなと、今更ながら思っています()


 ガラガラキーボードを引きながらステージヘ上がろうーーその時だった。

 

「何してるんだあんた達!」

 

 カツカツと近づく杖の音。現れたのは、いかにも機嫌が悪そうなオーナーだった。眉間に皺を寄せ、獣のような眼光向けられた香澄達は、竦まざる得なかった。

 

「あたしのSPACEで、勝手なことをしてもらっちゃ困るね。ここで演奏出来るのは、オーディションに合格した奴だけだって知ってるだろう」

 

 ギロリと睨みつけてくる。オーナーは香澄と有咲を一瞥した後、たえの事を見て一層皺を寄せた。

 

「特に花園! あんたはスタッフだろう! いくら今日が休みだからって、していい事と悪いことがあるのは分かってるだろうね?」

 

 オーナーはたえににじり寄る。たえは少し後ろに後ずさり、「ううっ……」と、返事かもわからない声を上げた。

 その勢いのまま、今度は香澄に噛み付いてくる。

 

「それにあんた! 何勝手にステージに上がってるんだい! ステージに上がれるのは、合格した演者だけだって知っているだろう!」

 

 凄い剣幕だった。その圧力に負けそうになるものの、香澄は負けじと言い返す。

 

「知ってます! けど、あんなにキラキラしているグリグリを、演奏させずに終わらせるなんて……」

「客を待たせるのはご法度だ。客の期待を裏切らないのがバンドって、さっき言っただろう?」

 

 先程聞いたばかりの言葉だった。

 

「お客さんの期待を裏切らない」。

 

 それは人々の前に立ち、ショーを行う演出達にとって最重要項目だった。オーナーは、それをただ守っていただけなのだ。

 オーナーは、少しだけ目じりを和ませて香澄達に話す。

 

「そりゃああんたの気持ちもわかる。あたしだってグリグリは素晴らしいバンドだと思うし、SPACE(ここ)で演奏するべきバンドだ。だけどね……これ以上はお客さんを待たせられない。バンドを大事にする以上に、あたしはお客さんを大事にしなければいけないんだよ」

 

 目を香澄達から背ける。SPACEのオーナーであるが故に、自分よりもお客さんを優先させなければならない。折角来てくれたお客さんに、最高のエンターテインメントを提供しなければならないのだ。

 

 ……数秒の沈黙。

 オーナーは、目を逸らしたまま香澄に口を開く。

 

「……それでもやるんだったら、あたしは止めないよ。」

「……!」

「お客さんを満足させる。Glitter*Greenまで繋げてくれる。最高のエンターテインメントをしてくれるって言うんなら、あたしは止めない」

 

 重い。香澄の身体に圧がかかる。

 お客さんの期待を、その背に乗せて演奏しろとオーナーは言うのだ。

 香澄は、重圧を払い落とすかのように声を上げた。

 

「……私は、何もしないで終わりたくありません! 私にキラキラドキドキする事を教えてくれたグリグリの為に、何も出来ないなんて絶対にやだ!」

 

 思いを、口で伝える。しっかりと据えた目をオーナーに向けると、オーナーの目が少しだけ見開かれる。

 

「それに、Glitter*Greenは音楽をやりたいからSPACE(ここ)で演奏するんですよね。音楽はやりたい時に、やりたいだけやればいい……私はそう教えてもらいました」

 

 驚いたような表情をするオーナー。そんな姿を余所に、香澄は続ける。

 

「けど……やりたい人が音楽を出来ないだなんて、そんなの全然ドキドキじゃない!」

 

 独りよがりのロックでも、華麗でキュートでキラキラなポップでもなんでもやればいい。

 そんなやりたいのに出来ないなんて言う事が、香澄は許せなかった。

 

「だからお願いします! 私達に演奏させて下さい! グリグリまで、ドキドキを繋げさせてください!」

『お願いします!』

 

 香澄に続いて、たえと有咲の声が被る。有咲も、たえも、同じ気持ちだったのだろうか。打ち合わせなどしていないのに、その懇願の声は被った。

 

 頭を深々と下げ、オーナーの返事を待つ。目を瞑り、頭を下げ、香澄はただひたすら待った。

 

 

 

「……」

「……」

「…………」

「…………」

 

 沈黙が続く。それを破るかのように、オーナーは口を開いた。

 

「……好きにしな」

「!」

 

 ガバッと顔を上げる。オーナーは、香澄達の方こそ向いていなかったものの、その表情は幾分か和らいでいる気がした。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 再び頭を下げた。オーナーは、フンと鼻を鳴らしただけで香澄を見もしない。

 それを肯定と捉えた香澄は、2人に声をかけて、

 

「行こう!」

 

 ステージへと上がった。

 

 

 

☆☆☆

 

 お客さん達は、突然起こった香澄の登場に戸惑っていたままで、帰ってはいなかった。

 急いでチューニングをする。香澄とたえはギター2台をアンプに繋ぎ、有咲はキーボードを起動した。

 ポンポンポンと音の確認をする有咲をよそに、ギターのチューニングを簡単に済ませた香澄は、ピックを弦に振り下ろした。

 

 ギュイーン! ステージに音が迸る。観客達の間を走り抜けて行った音は、ステージに視線を集めるには充分だった。

 なんだなんだと寄ってくる観客。そんな観客を見て、香澄とおたえ、そして有咲は真剣な顔でアイコンタクトをした。

 

「こんにちは! 私達……えっと……蔵party(仮)です!」

 

 蔵party? 大丈夫なの? と、観客から不安と疑問の声が上がる。

 それは無理もない。本来出てくるハズのグリグリではなく、蔵party(仮)とかいうよくわからないバンドが出てきたのだ。しかも、ギター2、キーボード1というアンバランスな構成。不安の声も上がって当たり前だ。

 そんな中でも、香澄は言葉を続ける。

 

「グリグリ……Glitter*Greenが来るまで! 私達の音を聞いてくれると幸いです!」

 

 返事をするように、おたえがギターを走らせる。香澄は、マイクを両手で掴み、叫んだ。

 

「今の私達の、最高の音楽を……聞いて下さい! 『Yes! BanG_Dream!(夢を撃ち抜け!)』」

 

 未完成な音楽(キズナ)が、始まった。

 

 




私の中で、Yes! BanG_Dream!は原点して頂点みたいなとこがあります。


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23.5

キミにもらったものは、私と、私達を走らせてくれる。


 私は、昔から1人になりがちだった。

 

 

 

 なにかあるとすぐ固まってしまうその性格のせいで、なかなかみんなと打ち解けられなかったのだ。

 みんなに見られているとなるともう大変だった。何か発表するだけだとしても、直ぐに頭が真っ白になってしまう。テンパってしまって、目が回ってしまって。なにもできなくなってしまうのだ。

 その為クラスの子とも上手く話せない。最近見つけた、山吹ベーカリーというパン屋さんのチョココロネを一人屋上でほお張る。その甘さだけが、私の中の癒しだった。

 

 そんな生活の中、私にとって目の離せない子が現れた。

 

 猫のような髪型で、いつもキラキラとしている子。戸山さんだった。

 戸山さんは既にクラスのこと笑顔で話す事が出来ていた。クラスに一人っきりの子がいれば、声をかけてくれる。教室の端で困っている子がいれば、飛んできて助けてくれている。入学式の日、まだ始まったばかりなのに、周りが見えてキラキラを振りまいていた。

 

 別に妬ましいとかそういうものではなかった。数日間、戸山さんと一緒の空間で学んでいただけだったが、戸山さんの常にある一生懸命さに。キラキラとした楽しそうな笑顔に、憧れを抱いていたのだ。

 

 そんな戸山さんと、ひょんなことから私は話すことになった。

 自販機で飲み物を悩んでいる時、後ろからたまたま声をかけてくれたのだ。

 私は嬉しかった。たまたまでも、憧れであった戸山さんと話すことが出来たから。

 そこで、気になることを聞いてみた。数日前、お姉ちゃんのライブを見に行った際、あの特徴的な猫耳……戸山さんが来ていたのを発見した。そのことについて聞いてみたのだ。

 何故か隣に幻と噂の市ヶ谷さんが居たが、戸山さんならあの市ヶ谷さんでさえも友達にしてしまうのだろう。だから、あまり気にしないことにした。

 戸山さんは、私がSPACEにいた事に驚いていた。確かに、私みたいな子がライブハウスに居るなんて思わないだろう。無理もない。

 お姉ちゃんがグリグリに居ることを伝える。戸山さんは、テンション最高潮といったように私の手を握り、キラキラの目を向けながらグリグリについて話していた。

 その姿に、私もつい嬉しくなって、心の底から笑顔を漏らしてしまった。

 

 

 ちょっと困ったことになった。私が、お姉ちゃんから譲り受けたベースを齧っていたと話すと、すぐさま「バンドやろう!」と誘われてしまったのだ。

 戸山さんと、友達らしい山吹さんと花園さんが醸し出すホンワカした会話の中、私は必死に考えていた。

 

 ーー私がバンド? 出来るの? ーーみんなに見られただけでテンパっちゃうのに?

 

 グルグルと悪い考えが旋回する。

 

 ……でも、こんな私を変えなくちゃ。このまま、すぐ固まる癖を直さないと戸山さんみたいに……。

 

 ーーでも私は戸山さんじゃない。

 ーーここで頷いても、戸山に迷惑掛けちゃうだけ……。

 

 その結果が、

 

「……ご、ごめんなさい! やっぱり、やっぱり……出来ない!」

 

 この、ザマだ。

 

 私はその場から逃げ出した。

 

 

 

 商店街を抜け、いつもの帰り道をゆく途中。私よりもかなり背の高い、ブロンドの男女の外国人が見えた。仲良さそうに二人で話しており、時折手元に持っている地図と、辺りの風景を確認するかのように建物を見ていた。

 じっ……と、外国人の方を見る。英語で道を聞かれるなんて言うトンデモないことが起きてはたまらない。その為、様子を少し離れたところから見ていたのだが、

 

「……Excuse me?」

 

 なんと、外国人はこちらに気づいて近寄ってきた。困っているような顔をして、もしもしと声をかけてくる。しかし当の私は、

 

「あ、え、えと、あの、その……うぅっ……」

 

 案の定、テンパってしまって頭が真っ白だった。手振り身振りだけしかできず、口から言葉が出ない。

 何も喋れない情けなさに、涙が出てきそうになった。その場から、今すぐ逃げ出したい、というか逃げてしまおうか……というその時だった。

 

「牛込さん!」

 

 ふぇっ!? っと情けない声を上げて振り返る。明るそうな声と、あの特徴的な猫耳の髪型。後ろから声をかけてきてくれたのは、あの戸山さんだった。

 戸山さんは私の前に出ると、何故か、英語で私はギタリスト! と外国人に説明していた。発音はとてもそれっぽく、相手にも伝わっているようだったが

 

「What?」

 

 と困惑していた。

 助けてくれたけど、決して戸山さんも英語を話せる訳では無い。普段の授業を見ている限りは、苦手な方だと思う。

 

 とうに諦めていた私とは違って、()()()()()は身振り手振りと使える英語だけで外国人と話していた。それも楽しそうに。

 凄い、と思った。苦手の事なのに、思い切ってやっている。明るく、一生懸命で楽しそうで……それを目の前で見せつけられていた。

 

 外国人を何とか案内した後、香澄ちゃんと公園に来た。

 特に明確な理由はなかったが、あのまま帰るような気にはなれず。とりあえず公園に足を運んでいた。

 

 公園のベンチに二人で腰かける。沈黙の時間が暫く続いたが、特段気まづくはならなかった。

 私は……。香澄ちゃんと一緒の安心感からか、つい自分の心の内を話してしまう。

 

 自分は、皆に見られるとすぐテンパってしまって真っ白になってしまう。

 だから、そんな私との正反対の香澄ちゃんに憧れていた。こんな私をバンドに誘ってくれて、嬉しかった。

 けど……私には出来ない。香澄ちゃんに、迷惑掛けちゃう。香澄ちゃんを、ガッカリさせちゃう。

 

 

 そんな事を言った。

 

 

 

 

 するとどうだろう。香澄ちゃんは謝ってきた。私の事情も知らないで、何度も誘ってくれた事を。

 ……ううん、香澄ちゃんは悪くないよ。悪いのは、勇気の出せない私の方。

 そう言えればなんて良かったものか。生憎というかなんというか。私は何も言えず絶妙に悪い空気を作り出してしまっていた。

 

 

 ……横目でチラチラと様子を伺う。かしゃり、と星のキーホルダーを握りしめた香澄ちゃんは、唐突にギターケースを開く。

 何故かきらきら星をギターで弾いてくれたけど……その姿はとってもキラキラでドキドキさせられた。

 

 そして言ってくれた、「友達」と言う言葉。他のどんな言葉よりも、その言葉が心に響いた。

 

「大丈夫、1人じゃないよ」

 

 そう言ってくれた、気がした。

 そんな事もあり、私は香澄ちゃんのバンドの誘いを改めて考えてみようと思ったのだ。

 正確には、考えると言うよりも……覚悟をするための時間を作りたい。香澄ちゃんと一緒に、バンドをする覚悟が。

 

 そのことを香澄ちゃんに話すと、とっても優しそうな笑顔で喜んでいた。覚悟はまだ上手く決まっていないけど、私も嬉しくなった。

 

 

 

 そんな中での、お姉ちゃんが遅刻する事件だった。

 決して故意ではなく、台風による飛行機の遅延のせい。修学旅行で遠方に行っていたお姉ちゃんは、そのまSPACEのライブに参加する予定だったのだが、それが大幅に狂ってしまった。

 

 オーナーに待ってくれるよう掛け合ってみたものの、順番を最後にしただけで、それ以上はしてくれず。オーナーは、お客の期待を裏切るなんてご法度だという一点張り。オーナーの眼光がいつもに増して鋭いこともあり、私は一層テンパってしまってしまった。

 

 他のバンドの人達が頑張って時間を引き伸ばしてくれたが、それも叶わず。私を含め、グリグリの登場を諦めていた。

 

「お姉ちゃん……」

 

 情けないことに涙が出てくる。お姉ちゃんライブに出れないという事よりも、私がこの状況に対して何も出来ないことに対して涙した。

 

 その時だった。オーナーと、香澄ちゃんの言い争いが聞こえてくる。

 香澄ちゃんがなにかしてしまったのかなと心配になる。私は、言い争いをしている場所へと近寄った。

 

 

「……お客さんを満足させる。Glitter*Greenまで繋げてくれる。最高のエンターテインメントをしてくれるって言うんなら、あたしは止めない」

 

 ギロリとオーナーの瞳が光る。

 思わずすくんでしまうほどのオーナーの圧に負けた私だったが、香澄ちゃんはそれでも負けなかった。

 

「はい! ……私は、何もしないで終わりたくありません! 私にキラキラドキドキする事を教えてくれたグリグリの為に、何も出来ないなんて絶対にやだ!」

 

 言い切った。グリグリの為に、演奏させてくれと。香澄ちゃんは確かにそう言った。

 香澄ちゃんは言葉を続ける。

 

「それに、Glitter*Greenは音楽をやりたいからSPACEここで演奏するんですよね。音楽はやりたい時に、やりたいだけやればいい……私はそう教えてもらいました。けど……やりたい人が音楽を出来ないだなんて、そんなの全然ドキドキじゃない!」

 

 音楽は、やりたい人がやる。それは、バンドをやることにおいて、真理なのかもしれなかった。

 弾きたい時に弾けばいい。周りの目とか、迷惑を掛けてしまうとかそんな心配は要らない。

 弾きたいから、弾く。バンドをやりたいから、やる。

 

 そんな気持ちがオーナーに通じたのか、オーナーは香澄ちゃんたちの行動を許した。

 

「香澄ちゃん……」

 

 それからの香澄ちゃんの行動は早かった。

 あっという間にギターをセットし、市ヶ谷さんと花園さんとチューニングを済ませる。

 

 そして。

 

「今の私達の、最高の音楽を……聞いて下さい! 『Yes! BanG_Dream!』」

 

 

 香澄ちゃん達の、最高の音楽が始まった。

 

 そこからの私は、ドキドキしっぱなしだった。

 まるで、お姉ちゃんのライブを初めて聞いた時のような……ううん。それとはまた違う、ドキドキ。

 星の瞬きに、包まれたような感覚。初めてのこの高鳴り。香澄ちゃんがよく言っていた「キラキラドキドキ」とは、まさにこの事だと確信した。

 

 ステージの上で、香澄ちゃんが歌う。輝く歌を響かせながら、キラキラを振りまきながら、本当に楽しそうに。

 長い黒髪をなびかせながら、花園さんがギターをかき鳴らす。力強いコードストロークで、観客を魅了する。

 金髪を跳ねさせながら、市ヶ谷さんがピアノを叩く。可愛らしくも、しっかりとしたサウンドでバンドの音を支える。

 

 気がつけば、観客は皆魅了されていた。自然と身体を揺らし、リズムを取り始めていた。

 かく言う私もその一人だった。身体を揺らし、リズムを取ってしまう。

 

 

 ーー早い事に、曲が終わる。最後にの音に合わせ香澄ちゃんは、星のギターを銃のように構え、撃ち抜いた。

 残響がSPACEに広がる。若干の静けさの後…………観客から盛大な拍手が上がった。

 

「凄い凄い!」

「ドキドキした!」

「なんてバンドだっけ?」

「確か蔵party! 私、ハマったかも!」

 

 ものすごい歓声だった。彼女達は、あまりの歓声に戸惑いながらも笑顔を向け合う。

 

 そして。

 

 

「待たせてごめんなさい!」

 

 お姉ちゃんが、間に合った。突然のグリグリの登場に、一瞬観客に間が出来るものの、すぐさま歓声が上がった。

 

「間に合った……!」

 

 香澄ちゃんは、心底安心したような顔をしていた。お姉ちゃん達が遅れた謝罪をする中、そそくさと3人でステージを降りようとするも、

 

「ちょっと待って!」

「えっ?」

 

 ポカンとした顔をする。お姉ちゃんは香澄ちゃん達を前に立たせ、

 

「……ステージを、ここまで持たせてくれた! 蔵partyの皆さんに盛大な拍手をお願いします!」

 

『わあああーっ!!』

 

 大歓声。それに混じって、「ありがとー!」「蔵パ良かったよー!」という声。

 香澄ちゃん達は、言葉が出ないようだった。

 

 

 

 

 

 あの後は、無事にグリグリのライブが終わった。

 香澄ちゃんの一生懸命さと、あの行動力。それに救われたライブだった。

 そして同時に。私も、追いつきたいと思った。追いかけて、追いついて、同じ熱を感じたい。このキラキラドキドキを、離したくない。

 

 まるで、いつまでも冷めない恋をしたみたいだった。

 

 私も、香澄ちゃんのような、キラキラドキドキする人になりたい! 千早ふり、煌めく星になりたい。

 

 

 

 ……香澄ちゃんと一緒に! ユメを描きたい!香澄ちゃん達と一緒に、バンドをやりたい!

 

 香澄ちゃん達の、キラキラドキドキするライブのおかげで、私の覚悟は定まった。




完成にDont be afraid とGlee! Glee! Glee!の影響ですねはい。

いい歌ですよね。


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24

 グリグリのライブが終わり、ドキドキしたのも束の間。香澄達は楽屋裏に案内された。

 オーナーによる一応の承諾があったとはいえ、ほぼ勝手にステージに上がったようなもの。香澄達はお叱りを受けるのかと思い、有咲、たえとともにしょんぼりとして部屋の隅に固まっていた。

 バタバタとライブの片付けが進む中。しばらくすると、グリグリのメンバーととりみりん達が入ってきた。

 グリグリの面々……特に、前髪をおかっぱにしたポニーテールの先輩──鵜沢リィが、入ってくるなり優しそうな笑顔を浮かべた。

 

「ほんっとにありがとう! あなた達のおかげでライブに間に合った!」

 

 手を握られた。香澄は、戸惑いつつも「そんなことないですよー」と返した。

 

「ほら、デベコもありがとうだって!」

 

 リィは、片手で大事そうに抱き抱えた人形を見せる。なんとも表現し難いがかわいい人形を「プピー」と鳴らしながら言った。

 

「私からもお礼を言わせて。あなた達のおかげで、雰囲気そのままで、盛り上がったままライブをすることが出来た。……本当にありがとう」

 

 りみりんの隣の、黒髪にウェーブがかかった女性……牛込ゆりは深く頭を下げた。

 それに合わせるように他のの面々も頭を下げてくる。香澄はそれを慌てて制した。

 

「あ、頭を上げてください! そんな、大したことないですって!」

 

 本当にそう思う。香澄はあのままグリグリが来ないのが嫌で動いただけだし、雰囲気とかは二の次だった。というか、そんな余裕もなく、ただ思いっきり演奏しただけで……。

 

「それが、私達が間に合ったのに繋がったの。本当にありがとう」

 

 ゆりがぺこりと頭を再び下げる。それを押し退けるようにして、明るいローズブラウンでショートボブの女性──二十騎ひなこが言った。

 

「ん~~~っ! すごいすごいよ君たち!」

 

 グワッ! そう表現するのがピッタリな勢いで香澄に迫る。その勢いに、香澄達はポカンとしていると、

 

「んー? 声が聞こえないなぁ。……集え少女よ! 大志を抱けぇ!!」

「え、えぇっ!?」

「声が小さいぃ! いだけぇえええ!」

「い、いだけぇえええ!」

「え、え゙ーーーッ!?」

 

 香澄は戸惑いつつも。たえはノリノリで。有咲は「や、やべぇこの人!」と声を上げた。

 そんな香澄達を見て満足したのか、ひなこは「うふふふ」と笑いだした。

 

「星のカリスマ戸山香澄ちゃん! 蔵出しツインテールの市ヶ谷有咲ちゃん! うさみみサンダーボルトの花園たえちゃん! みーんなのおかげで私たちは間に合うことが出来たの! ありがとね!」

 

 どこから名前を知ったのだろう。というか、私達の名前の前の、通り名みたいなものは一体……?

 ポカンとする香澄達を他所に、ひなこはりみの後ろへと回る。りみの肩をぽんと叩きながら、ひなこは言った。

 

「ほらほら! シューレスニンジャガール……じゃなくて。マイリトルシスターのりみちゃん! 言いたいことがあるんでしょ?」

 

 し、シューレスニンジャガール……?

 謎のパワーワードに首を傾げている香澄達の前に、りみが立つ。

 

「私からも言わせて。香澄ちゃん……お姉ちゃんを間に合わせてくれてありがとう」

 

 りみも頭を下げてくる。りみは、顔を上げはしたものの、その表情は暗かった。

 

「本当は、私が動かなくちゃいけなかったのに、全然動けなかった。テンパっちゃって、真っ白になっちゃって……やっぱりダメだね」

 

 自分がやれば、やらなければならなかったと。りみは自分を責めた。

 

「……香澄ちゃんは、兎に角動いてくれた。ただ動いただけじゃなくて、こんな凄いこともしてくれた」

 

 りみと香澄の目が合う。真剣で、ケツイがみなぎったその目。香澄は、いつもと違うりみの表情に、少し目を奪われてしまった。

 

「私、香澄ちゃんみたいになりたい。香澄ちゃんみたいに、夢を描いて、キラキラしてみたい!」

 

 語尾を強くする。りみは、深く、深く頭を下げる。

 

「もし、まだ間に合うなら……。私を、香澄ちゃん達の隣にいさせてください。私を……バンドに入れてください!!」

 

 その言葉を、どれほど待ちわびていたのだろう。

 感極まってしまい、香澄はりみへと抱きつく。

 

「わっ、香澄ちゃん!?」

 

 恥ずかしそうにワタワタするりみ。すこしばかり抵抗してくるものの、香澄は気にもとめず抱きついていた。

 

「うん……うん!  よろしくね、りみりん!」

 

 ギュッと、ぎゅっと。りみりんを抱きしめる。香澄の取れる、心の底からの感情表現だった。

 ……そんな香澄に抱きつかれ、ドギマギするりみに、ゆりが囁いた。

 

「りみ、後悔ないようにね」

「……うん!」

 

 4月18日の春。晴れて、私達はバンドらしくなることが出来そうだった。

 



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世界のドコよりも眩しい場所へ♪
25


 次の日。日曜日だったので蔵練がある日だった。

 晴れて新メンバーになったりみを連れて、香澄は有咲の家へと向かう。尚、たえはライブハウスのバイトがあるとの事で、午後からの合流となっていた。

 有咲の蔵に着くと、りみは「秘密基地みたい~」と声を上げる。蔵は、有咲の問屋の中の更に奥にある倉庫の地下にある。隠された様な、少し分かりにくい場所にある為、好奇心を擽られるような場所となっているのだ。

 そんな秘密基地の扉を開けると、ピンと背筋を立てて座っている有咲が居た。やけに畏まっているように見え、髪先をひたすらに指でくるくると巻いて落ち着きのなさを感じる。

 何かあったのだろうか、香澄は少し考えてみる。

 ……そう言えば、有咲はりみりんとあまり話していない。香澄が学校で話しているくらいであった。今日が初対面みたいなものであり、それでいきなりバンド加入なんて、それは緊張もする。

 少しの間ぼーっと考えている内に、有咲とりみりんは紹介を終えたようだ。香はりみと間に有咲を挟むようにしてソファに座った。

 

「……」

 

 落ち着かない有咲とりみ。未だカチコチな有咲はソワソワしながら立ち上がり、キーボードを調整し始めた。

 ……ポン。……ポン。とピアノの音が鳴る中、香澄とりみは雑談を混じえながらチューニングをすすめる。

 ……あ。そう言えば、りみりんベースやってたんだよね。

 香澄はふと思い出した。りみがベースを弾けるとは知っていたものの、どのくらい弾けるかは知らない。別に見定める訳では無いが、単純にどのくらい弾けるのか気になった香澄であった。

 

「ねぇ、りみりん。私、りみりんのベース聞いてみたいな」

「……あ、それ私も聞きたい」

 

 有咲も乗っかってくる。ちょうどチューニングを終えたりみは、

 

「ふぇ?」

 

 と声を上げ、キョトンとした表情を浮かべた。

 

「りみりん! ベースアンプもあるし、ちょっと弾いてみてよ!」

 

 香澄が頼む。りみは少しの間だけ顔を下に向けたものの、緊張した趣で、

 

「う、うん」

 

 と頷き、ピンク色のベースを取り出した。

 有咲からシールドとチューナー受け取り、それらをテキパキ差し込み準備をする。そして桃色のピックを取り出し、

 

「それじゃあ、ちょっと思いついたのを……」

 

 べーん、と一つ弦を弾く。体の奥底から唸る重低音が、蔵に響き渡る。

 ソファの隅で寝ていたザンジとバルが、ビクッとしながら起き上がり、りみを見た。

 目を瞑り、スゥ……と息を吸う。かちゃりと音を立てながら、ネックに手を添えた。ハッと瞳を開けて、真剣な表情で。りみはピックを振り下ろす。

 

 べん、べーべべべん、べんべべっべーべべべん、べん、べーべべべん、べんべべっべーべべべべ、べん……

 

 響く重音、うねる低音。ピックから、ベースから、りみから、心地よい重低音が響いた。

 段々乗ってきたのか、頭を振りながらリズムをとるりみ。激しくなるそのパフォーマンスは、大人しそうなその外見と意外ながらマッチしており、見ていた二人と二匹を魅了させた。

 

 思わずリズムを取ってしまう軽快なリズム。香澄と有咲は、りみの演奏からドキドキという鼓動を受け取っていた。

 ……そして。香澄の脳裏には、初めて作ったあの始まりの唄。Yes! BanG_Dream!が、自然と流れ出す。

 香澄の脳裏で流れる(キズナ)は、りみの演奏と驚く程に重なり合っていた。

 

 

 

 ──束の間の演奏が終わった。りみは、乱れた髪を手で梳きながらまだ少し恥ずかしそうに言う。

 

「ど、どうだったかな? 昨日の、Yes! BanG_Dream!を聞いて思いついたんだけど……」

 

 えへへ、と照れながら笑う。香澄は、うきゃあと声を上げて興奮しながら言った。

 

「凄い凄い! りみりん天才だよ~」

「えへへ……。ありがとう香澄ちゃん。……なんかね、香澄ちゃん達のYes! BanG_Dream!聞いてたらパッと思いついたんだー」

 

 りみりんが安心したような笑みを浮かべる。心底、安心したような笑みだった。

 ……その一方で。有咲は、香澄と同じように「イエバン」音源の音源を流し、ベースを打ち込むのに夢中になっていた。

 

「りみ、もう一度弾いてくれないか?」

「! ……う、うん!」

「……?」

 

 真剣な表情をする有咲。そんな有咲は、りみの事をいきなり名前呼びしていた。香澄はいきなりの名前呼びにびっくりしていたが、りみはそれ以上に驚いていたようで

 

「あ、有咲ちゃん……な、名前……」

「え? ……あっ!?」

 

 どうやら無意識だったらしい。みるみるうちに、有咲の顔が茹で上がっていく。

 

「ち、ちがっ! これは、その……。なんか、名前呼びがしっくりくるからって言うか、これから蔵パとして長い付き合いになるからであって……」

「有咲照れてるのー?」

 

 照れてる有咲にきゅんときた香澄は、つい有咲をいじってしまった。

 すると、

 

「ちげーしうぜー! 茶化すんじゃねぇ!」

「またまたー。照れちゃって可愛いんだから」

「か、かわっ!?」

 

 真っ赤と表現するには足りないくらい真っ赤だった。ほおずきみたいに紅い頬、と言うべきか。なんだか、有咲の頭から羞恥心の水蒸気が出てる気がする。

 香澄に続いたりみの言葉で、有咲はショートすることになった。

 

「有咲ちゃん……可愛い」

「な、り、みっ、かわっ!? ……はぅ」

「あ、有咲!?」

 

 有咲が起き上がるまで、数十分は要した。

 



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26

握手フライング。二重の虹見てる人ならわかりますかね?


 有咲も起きあがり、無事にベースの打ち込みを済ます事ができた。ノートパソコンから流れるイエバンをみんなで確認し、実際にあわせてみる。

 ピアノとベースとギターの旋律が混ざり合うのは、感激としか言えなかった。

 この前のSPACEでは、歌いながらもなにか物足りないような感じがしていたが、そのピースの一つがベースだったのだろう。響く低音、唸る重音が、蔵パーティには足りなかったのだ。

 

 ただ、まだ物足りない。最後の一欠片であるドラム。あの、音楽全体を纏めあげるリズム隊がいなければ、物足りないまま終わってしまう。

 だから、ドラムをやっている人、もしくはやってみたい人が蔵パには欲しい。そんな人、身近に居ただろうか……。

 

「まぁ、そう簡単にいるわけないよな」

 

 有咲がソファにもたれ掛かる。おやつに買ってきたポッキーをポリポリとかじりながら、片手でスマホを弄っていた。

 

「ネット掲示板にでも載せてみるか? 『ドラマー募集! 詳しくは流星堂まで!』みたいな」

「そ、それはちょっと……。できれば私は、知っている人がいいなぁ」

 

 両手でチョココロネをほお張るりみりん。一緒に来たのだからパンを買うタイミングなどなかったはずだが、いつの間に買ったんだろうか……。

 

「私もできればその方がいいかなぁ……」

「まぁ、そうなるよな。じゃあ、学校で探すしかないな」

 

 コクリとペットボトルのお茶を飲む有咲。明日から、ちょっとずつ声掛けて探すしかないかな……って、

 

「思い出した!」

「ぶほっ」

 

 有咲がむせる。お茶をテーブルに零しながら、苦しそうに咳き込んでいた。そんな有咲を見て、りみりんが慌ててタオルでお茶を拭いている。ごめん有咲、でも今はそれ以上の事があるんだよ!

 

「か、香澄! いきなり大声出すんじゃねぇ!」

「有咲って花女だったんでしょ!!」

「はぁ?」

 

 会話が成り立っていなかった。その上、香澄の発言を訳が分からないといった風の有咲。

 ……そりゃそうだ、いきなり「花女だったの?」なんて、訳がわかるはずがない。

 香澄は、事の顛末を有咲に詳しく説明した。

 

「そうか。そういえば言ってなかったな」

 

 説明を聞いた有咲は、興味無さそうに言った。ポ○キーをポリポリと齧りながら、言葉を続ける。

 

「あたし、単位なら足りてるから。それに、学校じゃなくても勉強は出来るし」

 

 ……えーと、学校ってそんな感じで休んでいいものだっただろうか。香澄は頭をかきながら考える

 高校で、義務教育じゃないとはいえ、そんなことは無いはずなのだが。

 

「テストで良い点数とって、最低限の出席出来てれば進級出来るんだよ」

 

 そんなものなのか。有咲はお茶を飲んだ。本当に、学校に興味がなさそうに、ゴクリと喉を鳴らした。

 

 

「行くだけ暇だしな。学校なんて」

 

 学校なんてーー。有咲は、学校に何も見いだせていないようだった。

 

 友達と休み時間にお喋りして、授業を受ける。授業中に分からないところがあったら、隣の子にこっそり聞いたり、お昼休みに一緒にご飯を食べたり。

 次の休みに何をするか、という話に花を咲かせたりだとか、学校帰りにファミレスに寄ったり……。

 こんなにもキラキラドキドキする事があるのに勿体ない。

 その為に、香澄はつい言ってしまう。

 

「有咲、学校に行こうよ」

「はぁ? なんで今更」

「だって、学校にはキラキラドキドキすることいっぱいあるよ?」

「キラキラドキドキって……」

 

 ガシガシと頭を搔く。有咲は、顔をそむけながら、「いつかな」と曖昧に返した。

 

「いつかって、いつ?」

「いつかはいつか。私、あまり暇じゃないから」

 

 ノートパソコンに向かう。有咲は、五線譜の映る画面になにか打ち込んでいるようだった。

 

「いつかいつかって……。それ、行かないやつじゃん」

「別に行かなくってもいいだろ。てか、香澄達には関係ないし」

 

 ツーンとそっぽを向く。まるで、機嫌の悪い猫の様な反応。

 有咲は赤いヘッドホンをしっかりと耳にはめてしまった。

 

「関係あるよ! 私、有咲と学校でキラキラドキドキしたい!」

 

 有咲のヘッドホンを取る。有咲は、ビクッとしながらも香澄に顔を向けた。

 

「いや、でもほら……新曲とか、練習とかで忙しいし……」

 

 言いづらそうにしている。なにか、逃げる言い訳を探しているようだった。

 

「それなら私が手伝うから!」

「朝起きれないかも……」

「私が毎日迎えに行く!」

「んなっ!? ……えーと、あ、そ、そうだ。今更学校行っても、その……気まずいし」

「それなら大丈夫だよ有咲ちゃん。私達、有咲ちゃんと同じクラスだし」

「えっ?」

 

 何個目かわからないチョココロネを頬張りながら、りみの言ったことに驚く。というか、有咲はこの事知らなかったのか。

 

「私達! おたえもりみりんも同じクラスだよ!」

 

 香澄は、有咲の手を握った。

 一瞬、有咲はギョッとした表情を浮かべるものの、香澄の目を見ると直ぐに顔を赤くした。

 

「私、有咲と最高の学校生活がしたい! だから一緒に学校行こ!」

 

 思いよ伝われ! と言わんばかりに右手をぎゅっと握る。

 ぎゅっと、ぎゅっと。強く握るのではなく、月に祈りをかけるかのように包み込む。

 

「私も、有咲ちゃんと学校でお喋りしたいな」

 

 りみが空いている左手を握る。星に願いをかけるかのように包み込む。

 

「私、有咲と学校で勉強教えて貰いたい!」

 

 いつの間に来たのだろうか。

 既にギターを肩からかけて、スタンバイしていたたえは手……は空いていなかったので、有咲の腰辺りに抱きついた。

 みるみるうちに赤くなっていく有咲。動揺しながらも香澄たちを据えた瞳で見つめ、

 

「あーもう! 分かった分かった! 明日からちゃんと行くから離れろー!」

 

 有咲は学校に行くことになった。




そう言えば有咲まだ学校行ってなかったなーと思ったので。


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27

短いですが。

そう言えば、今日は沙綾の誕生日ですね。おめでとうございます。


 次の日。有咲が学校に来る事にワクワクが止まらなかった香澄は、いつもよりも早く教室で待機していた。

 有咲の事だ。注目されるのが嫌で早めに席に着いておき、しれっとしている……と予想した結果、香澄は早めに家を出たのだった。

 

 ソワソワと待つこと数分後。クラスメイト達が数名来はじめた頃に、教室の後ろのドアがガラガラと音を立てた。

 入って来たのはよく見知った顔であるたえ。しかしその後ろに隠れながら、

 

「……」

 

 有咲も入ってきた。いつものエプロンと違い花女の制服を身にまとった有咲は、たえにいまだ隠れながら席に向かう。だが、

 いきなりの有咲の登場に、少しざわつくクラスメイト達。……だが、直ぐにおはよーと声が上がる。だが、

 

……

 

 ……返事はない。有咲はたえの後ろに隠れながら席に向かう。

 

「有咲おはよう!」

 

 香澄はなるべく明るく声をかけて、有咲の席に近寄る……が。なんだが様子がおかしかった。

 両手両足が一緒に出ている上に、動きがカクカクだ。表情もなんだが固く、周囲をひたすらにキョロキョロと警戒している。

 どうしたのだろう、香澄はたえに聞いてみた。

 

「おたえ、有咲どうしたの?」

「んー……わかんないけど、なんか緊張してるみたい」

 

 ……緊張とな。香澄は机に突っ伏していた、有咲の方をチラッと見た。

 未だ真っ白で汚れのない上履きが、とん、とんとリズムを取っていた。

 いやあれはリズムと言うには細すぎる。もしかして……震えてる?

 

「あ、有咲、大丈夫? もしかして……怖かったり?」

だ、大丈夫……。怖いんじゃなくて、ちょっと緊張してるだけだから……

 

 有咲がこちらを見ずに答える。カタカタと若干震えるその姿、香澄は普段の威勢のいい姿とのギャップにキュンキュン来てしまい、多少の介護欲を覚えてしまった。

 

「だ、大丈夫だよ有咲! 私もりみりんもおたえもいるから!」

 

 必死に有咲に声をかける。それでもまだ、有咲は緊張しているようだった。

 そんな中、後ろから声をかけてくる声が2人。

 

「あ、珍しい。市ヶ谷さんだ」

「有咲ちゃん、学校来てくれたんだね。良かったぁ……」

 

 りみと沙綾だった。二人とも「やまぶきベーカリー」と書かれた茶袋持っており、甘く香ばしい匂いが漂ってくる。

 りみは有咲の前の先に荷物をおき、席に座った。

 

「有咲ちゃんおはよう」

お、おはようりみ

 

 コソコソと喋る。だが、りみが来たことによって幾らか安心したようで、緊張の震えは小さくなっているような気がした。

 その様子を見て、沙綾は目を丸くして言った。

 

「おー。市ヶ谷さんが話してる……」

 

 物珍しそうに見ていた。そんなに有咲が学校に来るのが珍しいのかな。

 

「うん。たまに学校に来ても、気づいたら早退してるし。休み時間でも、ふらっとどこかに行っちゃうし」

 

 なるほど。最早伝説みたいな存在になってるのか。

 そんな伝説の有咲は、りみに宥められるという滅多に見られない光景を作り出していた。

 その光景にクラスメイト達がざわつく。担任の先生が教室に入ってきたことで、その騒がしさは消えていった。

 

 

 



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28

☆☆☆

 

 

 昼休み。有咲を連れて、皆で中庭に向かった。

 幸いな事に天気は快晴な上程よく温かく、サラサラと風が吹く気持ちのいい気候となっていた。

 シートを芝の上に敷いて、皆でお弁当を開く。流石の有咲も緊張が解れてきたようで、気がついたらたえとおしゃべりをしていた。

 

「あ、そうだ有咲。私の卵焼きと、有咲のハンバーグ交換しない?」

 

 チラチラと自分の卵焼きを見せるたえ。箸につままれた卵焼きを目で追いながら、有咲はハッとした表情で呟いた。

 

「これが噂の『おかずの交換』ってやつか……?」

 

 全力でおかしな事を、真剣な表情で言う有咲。

 香澄を含めた皆がぽかんと有咲を見つめる中、沙綾はついに吹き出してしまった。

 

「ぷっ、あはは! 市ヶ谷さん面白いね」

「い、いや、今のは……!」

 

 自分の言ったことに気づいたのか、赤くなり慌てふためく有咲。ひたすらに違う違うと連呼するその姿は、すっかり蔵と同じテンションに戻っていた。

 

「あはは……ごめん、市ヶ谷さん……可愛い」

 

 どうやら沙綾のツボにハマったらしい。沙綾はお腹を抱えて笑いだしていた。

 沙綾に可愛いといわれた事と重なり、更に赤くなる有咲。その状況の有咲に、香澄達はここぞとばかりにおかず交換を持ちかけていった。

 

 

 

 数十分後。お昼ご飯を終えた香澄達は、おしゃべりに花を咲かせていた。有咲と沙綾も徐々に仲良くなっているようで、少々戸惑いつつも笑顔を浮かべるまでに至っていた。

 そんな中、香澄は不意にあることを思い出し、声を上げる。

 

「そうだ! 皆来月のこの日空いてる?」

 

 手帳を取り出し、カレンダーの日曜日を指さした。

 

「この日がどうかしたの?」

 

 りみが首を傾げる。香澄は、1枚のチラシをポケットからだし、皆に見えるように広げた。

 

「うん! 近くの商店街で、イベントステージの募集があったんだ! 」

「イベント……。あー、商店街のお祭りのことだね」

 

 沙綾が補足してくれた。

 来月の土曜日、日曜日に商店街でお祭りがあり、そのイベントステージの募集が学校にも来ていたのだった。

 イベントステージは日曜日に行われる。香澄はそこで、初ライブを出来ればなーと思っていたのだ。

 

「……うん、皆空いてるんだったらやってもいいんじゃないか?」

 

 以外と有咲が乗り気であった。いつもなら、面倒くさがってやらなそうなものだが乗り気なのは珍しい。

 

「私も、皆でライブしてみたいなぁ……」

 

 りみが目を輝かせる。香澄とたえ、有咲は流れでライブを一度行なっていたものの、正式にはやっていない。りみというベースを加えた新生蔵パーティの初ライブを、そうそうにして見たかったのだった。

 

「それじゃあ決まりだね! ……沙綾!」

 

 香澄達を、母親のように笑顔で見守っている沙綾に声をかける。

 

「沙綾も、私達。私達4人の、"蔵パーティ"のライブ見に来てくれる?」

「んー……時間によるなぁ。私の家も、当日お店出すからなんとも言えないんだよね」

 

 曰く、お昼時などに重なってしまうと行けないとか。ただ、お店を出している場所自体は、ステージとかなり近いので隙を見て見に行くという。嬉しい限りだった。

 

「それじゃあ、今日から頑張っていこー!」

「「おー!」」

 

 昼休みもあと数分と言ったところ。香澄達の声は、学校中に響いていった。

 



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29

 

☆☆☆

 

 

 放課後。有咲の蔵で、さっそくステージの具体的な話をすることになった。

 香澄がメンバーに説明をする。持ち時間は約20分くらいで、他のルールは特になし。とにかく盛り上げれるならばなんでもいいとのだった。

 

「まあ、やっても3、4曲ってとこか」

 

 有咲がメモを取りながら言う。これにMCを入れてやるとなれば更に時間が無い。やれるとしても、3曲が妥当だろう。

 

「衣装とか、セットリストとか考えないとね」

 

 りみが、スマホをスクロールする。香澄が画面を覗き込むと、少しパンクな衣装や、フリフリとしたアイドルみたいな衣装が下から上へと流れていった。

 

「……」

 

 そんな中、手を止めつつ黙りこくっている人が1人。

 

「……おたえ、どうかしたの?」

 

 心配になり、香澄が尋ねる。

 別にギターを弾くわけでもなく、なにか考えている様子でもない。青色のピックを手に持ったまま、なにか思いつめるような表情をたえは見せていた。

 

「……ねぇ、香澄」

 

 重い口を、たえは開く。

 

「なぁに、おたえ」

 

 香澄は、たえを見つめながら優しく言った。

 その一方で、たえの碧色の瞳が香澄の瞳を貫いた。

 

 

 

 

 

 

「私、蔵パに居ていいのかな」

 

 ……?

 意味がわからなかった。

 つい先程まで談笑していた有咲とりみも、その言葉を聞いてすぐに黙る。

 

「あ、香澄達が嫌いとかじゃなくて! ……その、私、一応香澄の師匠なんだよね。"メンバー"じゃなくて、"師匠"。……最近、いつも一緒に居たからちょっと勘違いしてたけど」

 

 身振り手振りを添えながら、たえは取り繕おうとする。

 香澄は、何も口に出せないでいた。

 

「……」

「だから、その。商店街ライブって、"蔵パ"の初ライブでしょ? 私、蔵パの"師匠"としてここに居るから、参加しては行けないような気がして……」

 

 そんな。そんなことを考えていたのか。

 たしかに、香澄とたえは師匠と弟子から関係が始まった。ランダムスターを手に入れて、ギターの練習を一人でやっていた私だったが、たえのギターに感動したからお願いしたのだ。

 時間を決めて、一緒に練習して。学校に行き、放課後蔵に集まる。いつの間にか日常になっていた。

 そんな中であった、"SPACE"での突発ライブ。絶対、最強の歌をそこで奏でた。

 ライブをする中で感じたあのドキドキ。たえ、有咲との無敵になったような感覚。あの感覚こそが、ライブの真髄なのだとさえ香澄は感じた。

 だから自然と、たえじゃないとダメだと思うようになった。たえこそが、蔵パのメンバーのようになっていった。

 

「しかも私、話すのあまり得意じゃないし、マイペースだから。香澄達に、迷惑かけちゃうかもしれない」

 

 

 最初は有咲と一緒に練習した。たえもいたけど、その時は師匠だった。

 りみが勇気をだしてくれてメンバーになった。けど、たえは師匠だった。

 

「お、おたえちゃん、あのね……えっと……」

 

 空気が悪い。りみが慌ててしまった。なにか声をかけようと奮闘するも、うまく言葉になっていない。

 有咲はただただ黙り込んでいる。こういう時、1番に声を出しそうなものだが、今はただ口をつむんでいた。

 香澄もどんな言葉をかければいいのか悩んでしまう。りみも有咲も、そして香澄も。上手く言葉を使ったフォローが出来ない。

 

「SPACEのライブで思ったんだけど。香澄も、成長早くってもう十分弾けるし。……多分、枷になっちゃう私が居ても……」

 

 ……なにか、何か声をかけなければ、このままたえはどこかに行ってしまう。

 どしと重く積もる静寂の中、香澄は考える。

 たえは、花園たえは香澄の親友だ。花園たえは、蔵パーティに居なければならない人だ。

 それは分かってる。分かってるけど、引き止める為の上手い言葉が見つからない。

 

「おたえは蔵パーティだよ。だから行かないで」

 

 そんなチープな言葉でたえは居てくれるのか?

 グルグルグルグルと言葉が旋回していく。香澄の頭の中はもう、固くこんがらがっていた。

 何も言えない。この悪くなった空気を打ち破る言葉が見つからない。

 

「……ごめん、今日は帰るね」

 

 たえが荷物をまとめる。

 この重い空気に耐え切れなくなり、逃げるようにして蔵から出て行った。

 

 ……残された3人。りみ、有咲は静かに下を見つめる。何をしたらいいのか全く分からない様子で、ただ床を見つめている。

 そんな様子を見て、香澄は自らの手を握った。たえに何も言えなかった無力さと、すぐすぐ行動出来なかった自分が情けなく感じたのだ。

 

「……ごめん! 私、おたえ探してくる!」

 

 荷物を持たないまま蔵から飛び出る。ザンジが、なんだか寂しそうにニャーと泣いた。

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 1人、公園に居た。

 あの、絶妙に居心地の悪くなった空間から逃げ出したたえは、遊具の階段の上で孤独に座っていた。

 大声で叫ぶ子供たちを、朱雀色の太陽が照らす。ほんのりと、涼しさが身体を包み込んでいく中、ただぼんやりと茜色の空を見上げた。

 

「……はぁ」

 

 あれだけ憧れていた筈なのに。あれだけ思い描いていた光景のはずなのに、なんであんなことを言ってしまったのだろう。

 モヤモヤするこの気分は、兎を撫でても晴れそうにない。たえは、再びため息をついた。

 

「……香澄、すぐ上手くなってくなぁ」

 

 まだまだ拙いギターだった。弾けるコードも少ないけど、教える度にスポンジのように吸収していく。

 そして次会う時には香澄の音になって、奏でられていく。それが、なんだか楽しみになっていたのだ。

 

 ……そしていつしか、迷うようになってしまった。

 どんどん上手くなっていく香澄に、私は必要なんだろうか。

 

 ーーううん、香澄だけじゃない。りみも、有咲も。皆がみんな、"蔵パ"としてどんどん上達していく。

 

 それがなんだか嬉しくて。だけどもなんだか寂しくて。たえは、自分はもうすぐお役御免なんだと、感じるようになってしまったのだ。

 だからつい言ってしまった。ポロリと口から気持ちが漏れてしまったのだ。

 

「……」

 

 ぼーっと空を見上げる。遊んでいた子供たちが、別れの挨拶を告げながら散り散りになって帰っていく。その光景が、なんだかとても羨ましかった。

 

 ーーギターでも弾こう。

 

 迷った時には、ギターを弾く。自らが奏でる音楽に見合うように、ひたすら弾き続ける。何も考えなくていいこの時間が、とても心地いい。

 

「……またあえる。信じてる。並んで空、みあげる」

 

 静かにしとしとと。歌っているときだった。

 

「……おたえ!」

 

 息を枯らしながら、肩を上下させながら、香澄が駆け寄ってきていた。手には何も持っておらず、蔵から飛び出してきたことを伺わせる。

 

「……香澄」

 

 二人は無言で見つめあった。

 

「……香澄、どうして」

「どうしてって……」

 

 上手く言葉にできない。たえを引き止めたいのは山々だが、それを口に出せない。こんがらがっていた。

 

「……ごめん、香澄。私、もう蔵には……」

 

 気まずさから、そんなことを言ったのだろう。あんな事を言ったあと、戻れるとは思っていなかったのだ。香澄は息を整えながら考えた。

 ……けど、けど。そんなことはしたくない。たえには、蔵パに戻ってきて欲しい。いつまでも私の師匠で、ギターを弾き続けて欲しい。そんなことを、香澄は思っていた。

 独りよがりかもしれない。けれど、SPACEで奏でた「Yes! BanG_Dream!」は、本物だ。たえがリードしてくれて、それを追うように香澄が奏でる。香澄の歌声が響くと、それを支えるようにたえのギターが唸る。本当に、キラキラで、ドキドキで、最高の音楽で……。

 

「……おたえっ! 行こう!」

 

 駆け寄り、たえの手を取る。ギターを肩から掛けたまま、たえは何が何だか分からない様子で香澄について行く。

 

「え、か、香澄?」

 

 稀に見る、たえの驚きの表情。香澄に行動の意図を問うものの、その気迫に押されたのか口を噤む。

 ……一方の香澄には、軽快な音楽が流れ出していた。

 それは、星を纏った、キラキラした情景。遠い音楽。まるで、無敵状態になったかのように錯覚してしまうほどだった。

 

 有咲蔵まで、一気に駆け上がる。荒くなる息を抑えることなどせずに、ひたすら手を引いてる走る。走り続ける。

 やがて、香澄は地下への扉を開けた。有咲、りみが驚きの表情でこちらを見る。

 

「……おたえ! はい、これ!」

 

 たえのギターを、アンプに繋ぐことを促す。たえが、恐る恐るスナッパーをアンプに繋げたのを見て、香澄もランダムスターを繋ぐ。

 ピックを真下に振り下ろし、ビリビリの音圧でモヤがかかった空気をかき消す。

 一瞬だけ、たえの表情を伺った。唐突のギター音に、たえは目を丸くしている。

 そんな香澄を見て、無言で有咲とりみが立ち上がった。まるで何をするかを理解しているように、それぞれの持ち場についた。

 ……各々が自分の楽器を用意し、そしてアイコンタクトを交わす。

 そしてわたしは、その一言目を口にする。

 

「……さぁ! 飛び出そう!」

 

 明日へのドアをノックするかのように。無敵で、最強の歌を、再び解き放つ。

 一間、たえのギターが遅れるも自然と追うように合流する。

 

 ーー私、おたえと一緒に音楽キズナを奏でたい。苦難があっても、地図がまだなくても。ジグザグ迷いながらでも、おたえと一緒に奏でたい。

 

 おたえ、感じたでしょ? おたえ、見たんでしょ?

 私達のドキドキを。私達の情熱を。私達の夢を。

 

 あの時、始まったことの全てをーー!

 

 

 想いが重なり、紡がれ、伝わっていく。打ち込みのドラムの締めのフレーズ、最後のシンバルが鳴るその瞬間まで、香澄達は高まり続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……歌が終わった。モヤがかかった雲間から、陽の光が差し込むような錯覚をした。

 有咲、りみの視線を感じながら、香澄はたえに問いかける。

 

「……ね、おたえ。ドキドキ、した?」

 

 あの時、突然ではあるけれど、SPACEで一緒に演奏した。その時の光景が、香澄の目には焼き付いて離れていない。

 星の瞬きを、全身で感じたようなドキドキが、あの時の私を支配していた。

 

「もう、おたえは蔵パなんだよ。私達と離れられない仲間なんだよ」

 

 こんなにもキラキラで、ドキドキを感じさせる音楽と、仲間たち。それらを繋ぐ、最高の音楽キズナ

 この3人となら、最高の夢を撃ち抜くことが出来る。いや、この3人とでしか撃ち抜けないのだ。

 そんな確信めいた感覚を、香澄は感じていた。

 

「私ね。皆ともーっとキラキラドキドキするまで、諦めたくないの。だからおたえ……

 

 

 

私達と、蔵パでいてくれますか?」

 

 頭を下げた。たえには離れて欲しくない。私と、私達と、一緒にライブをして欲しい。

 

 

 ……その言葉がトドメだったようだ。たえはゆっくり立ち上がりフラフラと香澄に近づいてくる。

 そして、無言で香澄に手を回した。ギュッと、力強く、私を抱きしめた後に、ふっと体から力が抜けた。

 香澄が慌てて彼女を支える。

 

「ねえ。……おたえは、キラキラドキドキした?」

 

 キュッと、優しく抱きしめ返した。たえは、出会った頃よりも少しばかり伸びた、香澄の髪に顔を填めたまま応える。

 

「……うん、うん! キラキラで、ドキドキした! 香澄と、有咲と、りみの音が心地よかった! ここしかないって思えた!」

 

 強く、固く。決意をしたかのように、たえは抱きしめてきた。

 

「香澄、有咲、りみ……ありがとう。私を、蔵パに入れて下さい!!」

 

 その言葉の後。うわーんと、声をあげて泣きだした。

 それに共鳴するように、香澄たちの涙腺も溢れ出す。

 

「おたえ!」

「おたえ!」

「おたえちゃん!」

 

 うわわーん! と、四人は茶番のように泣き出した。

 泣いて、泣いて、泣いて、泣いて。涙が枯れるまで香澄たちは泣きあった。

 



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29.5

 私は昔から諦めがちなところがあった。

 

 

 

 小さい頃。私はピアノを習っていた。

 けれど、間違って入った部屋で聞いたあの音。見知らぬ男の人が引いていたギターがとても魅力的で。キラキラしていて、耳から離れなくって。 

 私は、お母さんに無理を言ってギターを始めたのだ。

 

 初めのうちは、ただただ楽しかった。弾けなかったところが弾けるようになるのが楽しかった。あの名曲達……例えば、blackbardのようなあの名曲達の。ギターの音色に近づいてくるにつれて、どんどんギターが楽しくなった。

 大切なレイヤともドキドキするような演奏もした。ちょうどベースを習っていたレイヤと音を合わせて、バンドのような事もやった。

 思えば、この頃からバンドへの憧れはあったのかもしれない。

 

 

 

 

 高校生になる直前から、私はSPACEでアルバイトを始めた。

 

 きっかけはバンドへの憧れだった。沢山のバンドが、演者が集まるここであれば、一緒にバンドができるような仲間が見つかるんじゃないかと思ったんだ。

 音響機器の心得があり、アルバイト自体はすんなりと受かった。けど、考えていたよりも現実は辛いものだと、私は実感してしまったのだ。

 

 

 

 

 

 SPACEに来る人達は、みんな輝いていたからだ。

 

 技術を磨きに磨いて、SPACEのオーディションを受けに来る人。オーディションに落ちてもライブを見に来る人。バンドのパフォーマンスを楽しみにやってくるお客さん。

 

 みんながキラキラで、輝いている。私もいつか、このSPACEの舞台に登りたい。みんなで奏でる、音圧の向こう側へと行ってみたい。

 そんな、バンドへのユメをより一層描くようになった。

 

 

 

 

 

 

 ……けど、それはなかなか叶わない。

 元々、人と話す事が得意とはいえないこともあり、「一緒に弾いてください!」と言うことが出来なかった。

 そうやって、一月、二月とバイト生活が過ぎてゆく。バンドに対して、一緒に弾くことに対しての憧れがどんどんと膨れていくにも関わらず、声は掛けられない。

 

 

 変わらないな……、と思った。結局、ピアノを諦めた頃と何も変わってはいないのだ。

 ギターは大好きになれたから、大丈夫かと思ったがそうでも無いらしい。根本が変わっていないのだから、結果は変わらなかった。

 だから……。私はエレキの練習は諦めて、アコギを始めた。

 

 アコギなら、1人でも問題ない。自分の思いを、意のままに歌うことに適している。

 

 

 

 私は……、諦めてしまっていた。

 

 

 

 そんな中4月の新学期。私は、ギターを抱えた女の子に出会った。ランダムスターという変態ギターを抱えた、猫みたいな髪型の子。香澄だった。

 SPACEでのアルバイトの中、声をかけられたのがきっかけだった。ギターを持って、いつもの習慣である路上に向かおうとした時。また声をかけてくれたのだ。

 これからやる事を、少しだけ話してみる。なんだか興味ありげな様子で、輝く瞳で私を見つめてくる。試しに誘ってみると、ものすごい勢いで食いついてきた。

 

 そして向かった大塚駅前。曲目を何にしようか少しだけ悩む。ちらりと香澄の方を見ると、期待をしたような目で私を見ていた。

 ……うん。せっかくだし、歌い慣れたやつにしよう。となれば、

 

 

「……またあえる しんじてる ならんで空をみあげる」

 

 これしかない。思い出の、約束の歌。私は、アコギと共に歌い上げていった。

 

 

 1曲終える頃にはお客さんもチラホラと集まっていた。少し離れたところから見つめるお客さん達から、私はパチパチと拍手を送られていた。

 一方、最前列で私の演奏を見ていた香澄は、ものすごい勢いで拍手送ってきてくれた。拍手が終わったと思ったら、勢いよく手を握られた。なんか、師匠になってくださいとのこと。

 

 ……私なんかでいいんだろうか。ただ、ギターを弾いているだけの私で。

 けれど、香澄の捨てられた兎のような表情からは決して「いいえ」とは言えず。

 私は香澄の師匠になった。

 

 

 

 ドタバタと流れるようにしてギターを香澄に教えることになった。市ヶ谷有咲という子の家にある蔵で練習をする。

 

 その最中だった。私は、香澄に星を見た。

 

 私が見本で見せたキラキラ星。まだコードも教えたばかりだと言うのに、私の手本の音を、すぐに自分の音にして、歌い出した。

 

 とても、キラキラしていた。どき、どき、どきと、私の鼓動が早まった。

 歌っている香澄は人形のようで、けれど可愛らしくて、輝いていた。

 

 たかがキラキラ星ではなかった。立派な、最高のきらきら星を香澄は弾き切っていた。

 香澄の演奏に対する興奮を抑えきれないまま、香澄に想いを伝えた。

 香澄は、照れくさそうに笑っていた。

 

 

 

☆☆☆

 

 みんなでSPACEに、グリグリのライブを見に行った時。グリグリが遅れるという情報が耳に入った。

 

 すぐさま飛びだしていく香澄。オーナーと話している様子を見ると、次に香澄が取る行動が簡単に想像出来た。

 私はギターとキーボードをひっそりと借りてくる。香澄はその勢いのまま、ステージに向かった。

 オーナーに色々と言われるも、その真っ直ぐとした心でオーナーを揺り動かした。

 

 

 そして……ステージに上がり、初めてのライブをする。

 べースも、ドラムもいない。未完成な歌を、今の私たちの全力で歌う。

 メインを私が弾いて、香澄が歌って、有咲がそれをまとめる。

 最強に、最高に、キラキラドキドキした、あの憧れた瞬間、光の欠片を感じた。

 

 

 

☆☆☆☆

 

 蔵パにりみが加入した。その勢いで、香澄は商店街のライブに出ようと言い出した。

 メンバーは私達4人……この4人という所に、私はふと不思議に思ってしまったのだ。

 

 別に私は蔵パのメンバーではなく、ただ香澄のギターの師匠として蔵で練習をしているだけ。そんな中途半端な私が、栄えある初ライブに参加してもいいのだろうか。

 

 そんな考えがグルグルと頭から離れず、私は蔵練の中でつい言ってしまった。

 

「私、蔵パに居ていいのかな」

 

「あ、香澄達が嫌いとかじゃなくて! ……その、私、一応香澄の師匠なんだよね。"メンバー"じゃなくて、"師匠"。……最近、いつも一緒に居たからちょっと勘違いしてたけど」

 

「だから、その。商店街ライブって、"蔵パ"の初ライブでしょ? 私、蔵パの"師匠"としてここに居るから、参加しては行けないような気がして……」

 

「しかも私、話すのあまり得意じゃないし、マイペースだから。香澄達に、迷惑かけちゃうかもしれない」

 

 悩んでいたことを口に出す。師匠であることと、自分に欠点があることを吐き出す。

 私の発言に空気が悪くなる。言わなきゃよかったと、ものすごく後悔した。一番、香澄の表情が暗くなった。

 

「SPACEのライブで思ったんだけど。香澄も、成長早くってもう十分弾けるし。……多分、枷になっちゃう私が居ても……」

 

 言葉が止まらない。追い打ちをかけるような言葉をかけてしまう。

 こんな空気で居たって、練習にならない。そう考えた私は、

 

 

「……ごめん、今日は帰るね」

 

 そう言って、私は逃げ出した。

 

 

 

☆☆☆

 

 逃げ出した後、私は1人で公園にいた。

 遊んでいる子供たちを余所に、自分の発言を思い返す。

 

 私は……。何を思ってあんなことを言ったんだろう。

 

 あれだけみんなといる時間が楽しかったのに。あれだけみんなと演奏する時間にドキドキしたのに。

 これが、このまま続けばいいなって思ったのに。

 

 些細な発言で、至高の時間を崩壊させた私に落胆する。

 香澄、私の音をすぐ自分の音にするからとか、バンドとしてりみと有咲が成長してきたからとか、そういうものじゃない。

 

 なんというか……そう。私だけ、"師匠"だったから。頼られることが多かったから、少しだけ距離感があるような気がして。

 りみが入ってきてくれたあたりから、バンドが成長していくにつれてそんなことを思うようになっていて。

 この、"師匠"が終わったら。私はどうなるんだろうって思ったら、いてもいられなくなって。

 私は、吐き出してしまったのだ。

 

 

 ……やめた。やめたやめた。考えるのが嫌になってきた。

 そんなモヤモヤする霧を払うように、私はギターを取り出した。

 

「……またあえる。信じてる。並んで空、みあげる」

 

 大切な人、レイとの約束の曲。きっとまた会えるから、泣かずにお別れできるように。そのときに、また歌えるようにって。また一緒に歌うって、約束した思い出。

 いつしか、その曲は私にとって元気の出る魔法の言葉のようになっていた。

 ……そう。またいつか、レイと初めて歌った時のだった時感じたドキドキに。香澄達とステージに立った時に感じた輝きにまた会えるって、誓ってくれるようなーー。

 

「……おたえ!」

 

 ギターが、コードにならない音を立てて鳴り止む。

 

 息を切らして、少しつらそうにして。香澄が、私の前に現れた。

 突然の登場に、私は香澄の名前を呼んでしまう。

 

「ごめん、香澄。私、もう蔵には……」

 

 そう言いかけた時だった。私は、香澄に手を引っ張られグイグイと惹かれていく。

 そこからは、あっという間だった。香澄が歌にしたように、小さな星のシールの輝きを視界の端に置きながら走る。

 

 気がついたら、有咲の蔵に舞い戻っていた。

 チクリ、私の心が痛む。さっきの発言を思い出して、心が針に刺されたようになる。

 そんな私の心を知らない香澄は、先程とは一転。優しく手を引いて蔵へと降りていく。

 

「おたえ! はい、これ!」

 

 何故か、アンプに繋ぐよう促された。香澄のすることだ、いまから何を行うかは想像がついた。けど、なんで今……?

 

 戸惑いながらも、アンプにスナッパーを繋ぐ。

 チラリと香澄の様子を見ると、正に今、ギターにピックを振り下ろさんとする時だった。

 ビリビリと響く、ギターの音色。気がつくと、有咲とりみも楽器を手に準備を終えていた。

 

 

「……さぁ! 飛び出そう!」

 

 香澄のその言葉により、無敵で最強の歌が飛び出してくる。

 言葉一つ一つが、私の心を震わせる。ビリビリと、キラキラと、ドキドキと、電気のように。

 

 魅力的な、歌声だった。

 

 

 ずっと1人でギターを弾いて、目標の音楽に見合うような音を目指してきたけど、拙いながらもみんなの音が私の中にすんと入ってきて。今までにないほど、心地いい、初めての経験。

 一人で練習していても、ふとみんなを思い出してしまう始末。

 有咲の音、りみの音、香澄の音。その全てを思い出してしまい、想像の中でもキラキラしていた。

 

 1曲弾き終えたあと、みんなでワイワイ騒いだ。

 1曲終えたことを、みんなで喜びあった。

 香澄の言う「キラキラドキドキ」を、私はもうしていたのだ。

 憧れのあの夢を、私は叶えていたのだ。心は震えていたのだ。

 香澄と出会ったあの時。もう、全てが始まっていたのだからーー!

 

「……ね、おたえ。ドキドキ、した?」

 

 香澄が訊ねてくる。

 あの時、突然ではあるけれど、SPACEで一緒に演奏した。その時の光景が、私の目にも焼き付いて離れていない。

 星の瞬きを、全身で感じたようなドキドキが、あの時の私を支配していたのだ。

 

「もう、おたえは蔵パなんだよ。私達と離れられない仲間なんだよ」

 

 香澄が言う。最高の笑顔で。

 

「だから、私ね。皆ともーっとキラキラドキドキするまで諦めたくないの。だからおたえ……

 

 

 

 

 

私達と、蔵パでいてくれますか?」

 

 

 

 答えはもう、決まっていた。

 フラフラと香澄達の方へ歩いていき、思わず抱きつく。

 

「ねえ。……おたえは、キラキラドキドキした?」

 

 ーー暖かい。温かい。陽だまりのようなその笑顔に、私は包まれていく。

 

「……うん! うん! キラキラで、ドキドキした! 香澄と、有咲と、りみの音が心地よかった! ここしかないって思えた!」

 

 涙が出ちゃいそうだ。けど、私は言葉を繋げる。運命のようなこの出会い、絶対に、この手を離したくないって思ったから。思えたから。

 

 

 ーー香澄! 私、香澄と同じ夢を見たい!

 

「香澄、有咲、りみ……私を、蔵パに入れて下さい!!」

 

 

 その言葉の後。感情が溢れだしてしまい、私は声をあげて泣いた。

 落ちた涙に共鳴するように、香澄たちの涙腺も溢れ出す。

 

「おたえ!」

「おたえ!」

「おたえちゃん!」

 

 うわわーん! と、四人は茶番のように泣き出した。

 泣いて、泣いて、泣いて、泣いて。涙が枯れるまで泣きあった。

 

 皆となら、世界のドコよりも眩しい場所へ、一緒に駆け上がれる。私は、そんな気がした。



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無敵で最強のうたを!
30


 ひたすらに泣きあった後は、商店街ライブのことについて4人で話し合った。

 セットリストをどうするだとか、どうせならオリジナル曲を作ってをやりたいだとか、衣装可愛いのがいい! とか。色々と意見が出て、今から香澄はドキドキワクワクすることになった。

 

「色々考えるのはいいけど、まずは曲を考えないとね」

「だな。……現実的に考えて、オリジナルが出来るのは1曲だ。練習も考えると、かなり短い期間で作らなきゃ行けないな」

 

 たえの言うことに同意し、器用にくるくるとペンを回す有咲。書いていたノートを覗くと、『蔵パーティ(仮)初ライブセトリ!』と書かれていて、既にイエバンがその中に入っていた。

 

「あ、あのっ。……ちょっと考えてたフレーズあるんだけど」

 

 りみが声を上げる。……すると、あれよあれよという間に有咲がノートパソコンを広げ、りみと打ち込みを始めた。

 物凄く足が早かった。前から考えていたのだろうか。

 香澄は負けじとスマートフォンで衣装のサイトを開きながら、たえに相談する。

 

「おたえ! 私達は服装について決めよ!」

「私、うさぎの刺繍入れたいなー」

 

 相変わらず、たえは平常運転だった。

 

「よーし! それじゃあ、商店街ライブまで頑張ろー!」

「「「一、二、三、わっしょーい!」」」

 

 商店街ライブに向け、声を合わせる。皆の気持ちがひとつになった瞬間であった。

 

 

☆☆☆☆

 

 

 週初め。りみが作ったという三三七拍子の曲を聞いて、セトリに入れようと言う話になった。

 とてもリズミカルで、ノリやすい。コールも入っており、盛り上がること間違いなしだった。

 歌詞は、みんなの負担を考えて香澄が考えることに。りみから曲と歌詞のイメージは聞いているので、早速取り掛かることになった。

 ……ちなみに、たえはライブの衣装とメロディの装飾、有咲とりみは作曲、香澄は作詞、という感じに今別れている。

 そんな調子で、昼間は学校、夕方から夜は有咲の蔵で猛練習。そんな日常が、数週間続いた。

 

 

 けど、良い調子はいつまでも続かない。香澄は、段々と準備が進んでいくうちにライブを意識するようになってしまった。

 要するに、緊張してしまっているのだ。準備も練習も上手くいってはいるのだが、イマイチ満足に弾ききれていない感じがする。

 ……スランプにでもなってしまったのだろうか。まだまだたえに頼っている部分が多いギターだが、そんなんでもスランプに乗るものだろうか。

 

 何だかギターの音も弾けてないし、ドキドキしない。何が悪いんだろう……。

 

 家でも練習してるたえにも「早すぎ」とストレートに言われるくらいには習得が進んでいる(と思う)。

 

 やっぱり、初めてのライブだから不安なだけ? まだまだ準備が足りない? もっと細かくセリフとか決めた方が……いや、みんなで合わせる時間を増やす? それだとみんなの負担が……。

 

 ぐるぐるぐるぐる旋回する不安の声。香澄は、ついに口に出してしまった。

 

「へぇ、香澄でも悩むことあるんだね」

 

 月初めの席替えで、近くになった沙綾がからかってくる。それに異を唱えるべく、香澄は口をとちゃんとがらせた。

 

「なにそれー! それだと、私がいつも何も考えてないみたいじゃん!」

「だって……ねぇ?」

「ねぇって……ちょっとちゃんと教えてよー!」

 

 沙綾に縋り付く。沙綾は、そんな香澄を見て笑って誤魔化した。

 

「あはは、ごめんごめん。……それじゃあ、香澄に一つ。いい言葉を教えてあげる」

 

 沙綾はシャープペンシルをペンケースから取りだす。机の上に、サラサラと何かを書き込んだ。

 

「えっと……『POPPING』?」

「うん。POPPING(ポッピング)。それは、楽しくなる魔法のコトバ」

 

 POPPING、POPPINGか。何度も口に出して唱えてみる。

 

「POPPING! ……どう? ちょっとは元気が出た?」

 

 沙綾がはにかむ。一緒にPOPPINGと唱える度に、香澄はスっと気分が明るくなっていった。

 

 POPPING! それは弾ける魔法のコトバ。

 POPPING! それは輝くキズナのコトバ。

 

 

 POPPING! POPPING! POPPING!

 香澄は、唱える度に力が湧いてくる。勇気が湧いてくる。

 

「POPPING! ……うん、これなら頑張れそう!」

 

 もっと熱く、踊れそうな気がした。

 

 POPPING! POPPING! POPPING!

 

 唱える度に胸が熱くなる。楽しくなる。これなら、これからの練習も頑張れそうだった。

 

「POPPING! ……ライブ楽しみにしてるからね、香澄。時間開けて見に行くから」

 

「POPPING! ……うん! ありがとうさーや!」

 

 



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31

 あと1週間。それが、商店街ライブまで残された日数だった。

 一週間と言っても、皆でできる限りの準備をしてきたつもりだった。セトリもセリフも完璧に覚え、さらに精度を高める為に香澄達は練習した。

 ライブで着る衣装も無事に決まった。ネットショップで見つけたとても可愛いデザインのTシャツで、ど真ん中に大きく星が描かれたものが4色。私たちのイメージカラーだった。

 曲合わせも順調である。りみの三拍子の曲は、一部歌詞が決まり切っていないところはあるが、リズムといい曲調といい祭りでやるにはピッタリの曲に出来上がった。チョココロネの歌も、可愛らしい出来に仕上がっている。

 

 そう、全てが順調なハズだった。順調だったハズなのだが……。

 

「「……」」

「さあ、飛び出そう~♪」

 

 たえ、りみ、有咲がガチガチに緊張してしまっていた。

 ……いや、たえは緊張していないか。何故か、イエバンをアコギで弾き出しているくらいだ、大丈夫だろう。

 

「……あと一週間ないのか」

「だ、大丈夫だよ有咲! 一週間だけど、準備は順調じゃん!」

「うち、本番でミスしたらどないしよう……」

「大丈夫だよりみりん! まだ一週間もあるんだよ!」

 

 しまった、言っていることが訳分からなくなってしまった。りみと有咲のあまりの気の落ちように香澄自身もテンパってしまったようだ。反省。

 

「それにしても……」

 

 あまりの気の落ちようである。気の落ちようというか、心配でたまらないようにも見える。

 なんというか、少し前の香澄みたいだった。沙綾が言葉をかけてくれる前までの、心配ばかりで走り出せない私。

 ……それならば。

 

「有咲、りみりん! POPPING! だよ!」

 

 POPPING! 弾けるような、この言葉をかける。

 

「POPPINGって……弾けてるってこと?」

「うん! POPPING!」

 

 POPPING! それは、楽しくなれる魔法のコトバ。唱えれば唱えるほど、無敵になれる最強のコトバ!

 その意味を、香澄はみんなに伝える。

 

「POPPING♪」

「……POPPING!」

 

 たえが繰り返す。りみもそれに続き同じように呟く。

 

「……POPPING、か」

 

 有咲も続く。有咲は、少しの間目を瞑ると、なんの前触れもなくに立ち上がった。

 

「……そうだよな。どうせやるなら、弾けるようなライブにしないとな」

「うん! まだやってもないのに、気を落としちゃダメだよね!」

 

 有咲とりみが頷き合う。魔法のコトバは、二人を持ち直させたのだった。

 そんな中、アコギを弾いていたたえはいつの間にかエレキに持ち替えていた。そして、

 

「有咲、りみ、香澄。……ライブの練習したくない?」

 

 本当に唐突に、たえがそんなことを言い出した。香澄達を見回しながら、たえは言った。

 

「私、毎週決まった時間に路上ライブしてるんだ。有咲と香澄は知ってるよね?」

 

 有咲と共に頷いた。分からないりみの為に、香澄は補足する。

 

「おたえはね、大塚駅の通りで路上ライブしてるんだよ!」

「そうなんだ。凄いなぁ」

 

 りみりが羨望の眼差しをたえに向ける。たえは少し恥ずかしそうに答えた。

 

「そんな、習慣なだけだよ」

 

 ポリポリと頬を掻く。長続きしない香澄からしたら、路上ライブなんてものを習慣にするなんて考えられもしなかった。

 にしても、それと商店街ライブの練習がどう繋がるのだろう。

 

「えっと……りみ達も一緒にやるんだよ?」

「「……えぇっ!?」」

 

 練習って、そういう意味だったのか。たえを除く香澄達は、揃って驚きの声を上げた。



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32

とりあえず1章終わる迄はガリゴリ進めていきますね。

その後に校正とか微調整とかまとめてやろうと思います。


 大塚駅のとある通り。夕方の、仕事終わりと学校終わりが重なる時間に、香澄達は各自楽器を手にもって集合していた。

 ちょうど帰宅に重なるということもあり、人通りもそこそこある。そんな中で、香澄達は初めての路上ライブをするのだ。……ちなみに、有咲のみはキーボードを持ってくることは流石にできず、手ぶらである。

 

「さ、何の曲やる?」

 

 ノリノリでエレキギターを用意するたえ。すでにチューニングを終えており、待ちきれない様子でベンベンと小さく音を出していた。

 

「私、練習中のカバーがいい!」

 

 香澄が声を上げる。ちょうど練習中の曲が何曲かある。いきなりオリジナルをやる前に、カバーで慣らしてからの方がいいだろうという考えからの提案だった。

 

「それなら、『God knows…』、『空色デイズ』あたりだね。上手く弾けるかなぁ……」

 

 不安そうにベースを抱きしめるりみ。そんなりみの肩に、たえは手を置いた。

 

「心配しなくていいよりみ。その為の練習なんだから!」

 

 ジャーン! とギターを掻き鳴らす。雑踏の中にギターの音が走った事で、何人かの通行人はこちらを見て立ち止まってくれた。

 その音に、有咲はタンバリンをカシャリと小さく鳴らす。

 

「ほ、ほんとにやるのか……」

 

 いつかの教室のような、武者震いを奏でる有咲。そんなの肩に香澄は手を置いた。

 

「大丈夫だよ有咲! POPPING!」

「POPPING……」

 

 POPPING。POPPING……と、お呪いのように呟く有咲。

 呟いていく内にに、「よし」と、覚悟を決めたような顔になって行った。

 

「みんな、準備はいい?」

 

 たえが確認する。香澄が「うん!」と快く頷くと、りみと有咲も、緊張しつつも固く頷いた。

 

「それじゃあ行くよ……聞いてください! 『空色デイズ』」

 

 

 

☆☆☆

 

 その後のことは、ドキドキで夢中になりよく覚えていない。

 

 ライブハウスで感じた身体の底から感じる鼓動、それまでとは行かないものの、みんなで演奏することがとても楽しくキラキラドキドキした。

 りみがベースでリズムを作り、たえがそれを色付ける。香澄と有咲が、それをまとめあげる。まさに、音楽(キズナ)を感じるひと時だった。

 聞いてくれたの人達も、次第に多くなって行った。最終的には、15人以上いただろうか。とても壮観だった。

 一曲終わると、パチパチと拍手が飛んでくる。それが心地よくて、一曲終わるごとに皆とひたすらに笑いあった。

 最終的にお客さんが離れず、イエバンまで即興で演奏してしまった。迫力はSPACEよりも少なかったが、それでも拍手を起こすには十分だった。

 

 ミニライブが終わった後、満月の夜。近くの公園で、香澄達は少し休憩することにした。一列に並んでいるベンチに、みんなで腰かけた。

 

「はぁっ……つ、疲れた」

 

 有咲がグイッと椅子にもたれかかった。ふわり、と有咲の髪を心地よい夜風が揺らす。

 

「うちも疲れたー……でも、楽しかった」

 

 同じようにもたれ掛かるりみ。先程までの緊張はどこへ行ったのか、心の底から笑っているように見えた。

 

「やっぱり、一人でやる時よりもドキドキする。……バンドって楽しい」

 

 まん丸のお月様を見上げるおたえ。照らす月光と、その表情とが相まって、とても「絵」になっていた。

 

「私も! すっごいドキドキしたし! みんなキラキラ輝いてた!」

 

 皆が皆輝いていた。これならば、商店街のライブはなんとかなる。そんな予感がした。

 

「……ねぇ、みんな」

 

 私は立ち上がり、みんなの前に立った。私自身のドキドキの余韻が収まらないまま、私は言った。

 

「ライブ、絶対成功させようね!」

 

 ドキドキの余韻を静めるように、夜風が静かに私達の間を通り抜けた。



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33

 それからの日々はあっという間だった。

 有咲の蔵で、クタクタになるまで練習した前三日。後三日は、大きな鏡のあるスタジオで初めてのリハーサルをした。因みに、ライブハウスの名前はCiRCLEと言ったか。スタッフである月島まりなという人からも、ちょっとしたアドバイスをもらったりも出来た。

 ドンドンと響く、奥底からなる協奏に、香澄達はどんどんと魅了されていぬ。もっと、もっともっともっと奏でたくなった。

 大好きな仲間と奏でる音楽(キズナ)。キラキラで、ドキドキで、無敵で最強のロックンロールを奏でたい!!

 

 その想いが昂ぶっていく中、ライブ本番を迎えた。

 

 

☆☆☆☆

 

 祭り本番は、快晴の青空の元行われることとなった。香澄達は、有咲の蔵でサッと通した後に商店街へと向かう。

 近づくにつれて、だんだんと人が多くなっていく。チョコバナナ、ドネルケバブ、アイスコロネ……中々のラインナップの屋台が、道の両端で商いをしていた。

 人混みをスルスルとぬけ、屋外ステージとなっている空き地へと向かう。テントで受付を済ませたが、まだまだ時間がある。各々の自由時間に当てることにした。

 みんなが散っていく中、香澄は一人、ステージ裏からチラッと表を見渡した。

 

 見渡す限りの人、人、人。人は群れる生き物とは言うが、これは群れすぎではないだろうか……。

 

「やばい……」

 

 急に体が強ばった。

 ちゃんと歌えるだろうか……いや失敗するかも……でも私から言った手前頑張んないと……失敗したら笑われて拡散されるだろうか……やはりギターボーカルなんてやりすぎたか……貝になりたい……。

 

 案の定、負の思考ループに陥ってしまった。深く沈んで行くうちに、キュルキュルとお腹が痛くなってくる。

 ステージから降りた入口。端の方で、香澄はアワアワと頭を抱える。暫くの間沈んでいると、

 

 トン……トン、トン。

 

 リズミカルな囃子が聞こえてきた。

 音のする方を見る。通りに、赤と黒の獅子舞がうねりながら現れた。お囃子のリズムに合わせてカチカチと歯を鳴らし、踊っている。

 躍動感あるその踊りに、通行人達は注目する。そして、頭を差し出した人をがぶり! 噛み付いた。

 

「生きてるみたいだな」

 

 後ろから有咲の声がした。有咲は、生きるように活きのいい獅子舞を見つめている。

 

「……あれ」

 

 あの獅子舞、なんか近づいてきてない? も、もしかして……。

 嫌な予感がした香澄は、立ち上がり逃げようとした……が、ずっとしゃがんでいたせいか、立ちくらみがして立ち止まってしまう。

 

 その隙に。

 

「……あ」

 

 がぶり。

 香澄の頭は、獅子舞の口の中へと吸い込まれた。真っ暗な世界に一転する。

 急な出来事に頭がフリーズするーー。そんな中、香澄は学校でよく聞くあの声を耳にした。

 

「香澄、頑張ってね」

「……え?」

 

 暗闇から開放された。ちんちきちんちきと去っていく獅子舞の後ろ姿を、香澄は見つめる。

 

「良かったな香澄。獅子舞に噛まれると厄が落ちるらしいぞ」

 

 有咲がチャラチャラと星型の何かを弄ぶ。

 言われてみると、先程までの催していた腹痛も消え、ライブへの不安感もすっかり無くなっていた。

 

「あの獅子舞、すごくリズミカル……」

「ほんとに生きてるみたいだね」

 

 たえとりみも戻ってきた。たえは頭にうさぎのお面をつけ、りみはアイスコロネを頬張っている。2人とも、祭りを楽しんでいるようだった。

 

 そんな中、香澄はあの声を思い返す。

 あのよく聞いた声。花女に行って、始めて話したあの優しい声……。

 

「……沙綾?」

 

 それ以外なかった。

 

 まさか獅子舞になっているとは思っていなかった。たまたまなのか、様子を見に来てくれたのかは分からないけど。来てくれたのは香澄にとって嬉しい限りだった。

 

「……ありがとう、沙綾」

 

 POPPING! 元気が出た。そんな中、有咲の携帯のアラームが鳴る。

 

「そろそろか。……ほら、香澄」

「なに? ……いたっ!」

 

 パチリ! と、耳に小さく痛みが走る。

 痛みとともに、カシャリと言う音が耳元で鳴る。

「これ、さっきみんなで買ったんだけどさ。……衣装に似合うかなって」

 

 赤い、星のイヤリングだった。トクン……トクンと、そこに心臓があるかのように、星の鼓動(ホシノコドウ)が聞こえ出す。

 見ると、有咲は紫の。りみはピンク色、たえは青色のイヤリングを既にしている。

 

「香澄、星が好きでしょ? お守りだよ」

 

 にこりとたえが微笑む。トクンと跳ねる。

 

「有咲ちゃんが付けたいって言って買ったんだよ」

「ちょっ! りみ! 言わない約束だろ!」

 

 りみが優しそうに微笑む。有咲は顔を赤くし、少しだけ恥ずかしそうにした。トクン、トクンと2度跳ねる。

 

「みんな……」

 

 元気が出た。耳元で、鼓動が鳴り響く。

 これならーー歌える! 

 

「……ありがとう」

 

 獅子舞に噛まれたことと、星のお守りを貰ったこと。それらが相まって、ちょっと泣きそうになる。

 でも泣くのはまだはやい。泣くのは、ライブが大成功をおさめてからだ。

 

「私、銀河みたいにキラキラドキドキする!」

 

 自分でもよくわからないことを言ったと思う。けれど、メンバーは、仲間は。音楽(キズナ)を奏でる最高の仲間たちは、笑顔で頷いてくれた。

 

「……ねえみんな! 私、バンド名思いついちゃった!」

 

 今しかないと思った。たった今思いついたその名前。弾けるような、楽しくポップに音楽(キズナ)を奏でる仲間たち!

 

「Poppin’Party! どうかな!」

 

「……いいんじゃないか?」

「Poppin’Party……元気で可愛い名前だね」

「Poppin’Party、略してポピパ……うん。いいかも」

 

 みんなの鼓動が聴こえる。力が湧き上がる! なんだって出来る!どこにだって行ける! そんな運命を感じる!

 

「それじゃあ、1回練習しよ!」

「はぁ? 練習ってなんの?」

「掛け声の練習! ……せーの! 私達!」

 

 みんなの声が揃う。トクン、トクンと星の鼓動が止まない。

 

「「「Poppin’Partyです!!」」」

 

 5月8日。Poppin’Partyは生まれた。

 

 

 




ちなみに5月8日はPoppin’Partyの名前が公開された日です。


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34

 トクン、トクン、トクンと、鼓動はまだ聞こえつづけていた。ゆっくりと新鮮な空気を胸に吸い込み、香澄は冷静になろうとする。

 

 

 スーハー、スーハー……。うん、少し落ち着いた。

 舞台に上がり楽器を準備する中、香澄は上から大衆を見渡した。

 屋台に行き交う大勢の人達。しかし、その視線はほとんどステージへと向いていない。

 広場に置かれたパイプ椅子達は空白の方がが目立っており、おばあちゃんの3人組がちょこんと座っているだけ。

 楽器の準備が終わり、スタートの時間となっても殆どの人々が視線を外へと向けて歩いている。こっちを見ようともしていない。

 

 だが……。これは、決してアウェイなんかじゃない。私達の音楽で、この大勢の人達を振り向かせればいいのだ。

 それに、

 

 

 そう。私には(みんな)がついている。

 

 今、正式に。Poppin’Partyの1stライブが始まるのだ。

 明日のドアをノックするように。無敵で、最強の歌を解き放とう!

 

 

 

 さぁ飛び出そう……!

 

 

 たえ、りみ、有咲に目配せをする。最高の仲間達はただ、黙って頷いた。

 香澄は大きく息を吸い込み、マイクに向かって叫ぶ。

 

「みんなー! 最高が欲しいんでしょ!!」

 

 急な叫びに商店街がざわつく。淀んでいた空気を断ち切るように、2つのギターが迸った。

 キーボードが高鳴る。ベースが低く唸る。四人が放つ最高の音色を繋げる。

 

「Poppin’Partyの! ハッピーパーティ始まるよー!!」

 

 

 ガラガラギューン! ガラガラギューン!

 

 香澄達は、「妖怪ファイター」のイントロを繰り返した。

 今、巷で大人気の子供向けアニメである。そんな妖怪ファイターのイントロを香澄達はウケ狙いでカバーしたのだ。人気であり、特徴的なイントロは、子供達をずいぶん刺激したようで

 

「おい! あのお姉ちゃん妖怪ファイターの歌やってるぞ!」

「見に行こうぜ!」

「ねー、おかーさんはやくー!」

「はいはい、そんなに急がないの」

 

 どっ、と。子供たちが集まってくる。妖怪ファイターの歌に合わせて、子供たちはワイワイと騒ぎ始める。

 

「いいね! 良い感じ! 次の曲は三三七拍子似合わせていくよー! みんな! 音楽(キズナ)を奏でる準備はいい?」

 

 はーい! と子供たちから声が上がる。子供たちを中心に熱気がうずまき、関係無かった人達までもが巻き込まれていく!

 星のコドウを傍らにおいて、私達はゴキゲンな音楽を奏続けよう!

 

「じゃあ行くよ! ……『夏空 SUN! SUN! SEVEN!』」

 

 実はこの曲、直前になって歌詞が決まったのだ。最初の三三七拍子の部分が上手く決まらなかったとりみりんが言っていたのだが、「Poppin’Party」という名前が決まるとあっという間に完成、みんなが納得する歌詞に出来上がった。

 たえ曰く、まるで運命のようだと。香澄自身も、運命を少しばかり感じてしまった。

 

 軽快なリズムが放たれるギター、キーボード、ベース。その音色に、大人も子供もみんなが声を出して香澄達を見ていた。

 最後のフレーズ。香澄が集まった観客をあおると、一体となって、わぁ! と声を上げてくれた。

 

 

 ーー楽しい! 最高! ドキドキする!

 

 

 トクン、トクン、トクンと、鼓動は鳴り止まない。

 ーー大丈夫。あの夢の続き、遠い音楽はまだ聞こえ続けている。

 

「最後の曲! ……『Yes! BanG_Dream!』」

 

 私達の、最後で最高の曲が始まった。

 

 

 

 

 山吹沙綾は、パン屋の娘だ。「やまぶきベーカリー」というパン屋を、父、母が経営しており、その手伝いをしている。

 やまぶきベーカリーは、商店街の一角に位置している。商店街でお祭りがあるとなると、毎年屋台を出してパンを売り出すことになっていた。

 その為に、沙綾も商店街のお祭りでも自身のお店を手伝う予定だった。……が、お祭りの獅子舞役が足りないという事態が発生する。しまいには、沙綾のいるパン屋にまでその依頼が飛び込んできた。

 沙綾は、自身が持つ親切心からその訳を快く受け入れた。

 

 そして当日。沙綾はリズムに合わせて、獅子舞で体を動かしていた。

 リズムに合わせて身体を動かすのが楽しい。元々ドラムをやっていたこともあって、ちんちきちんちきとリズミカルに舞うことが楽しかった。

 舞って踊りながら、がぶがぶと人の頭を齧る。頭を差し出してくる人達の、頭に噛み付く。そうしているうちに、気がついたら休憩の時間となっていた。

 

 獅子舞の装いを脱ぎ、少し休憩をとる。ふぅと一息をつくと、辺りがざわついていることに気がついた。

 

「……なんだろう?」

 

 騒ぎは、空き地のステージへと向かっている。沙綾も、その騒ぎに乗って赴いてみることにした。

 ……ギューン! 空からギターの音が聞こえる。

 沙綾は、この音で香澄達がライブをしていることに気がついた。

 

 ーー始まってた!

 

 沙綾は駆け出す。角を曲がり、人々の間をすり抜ける。アンプに繋がれたギターの音が、沙綾の全身へと降り注ぐ。

 ステージの前へと躍り出た。舞台の上では、香澄を中心に牛込さん、花園さん、市ヶ谷 さんが演奏している。

 沙綾は、演奏する四人の姿をじっと見つめる。ドラムがいないせいで、打ち込みを流していた。

 ドラムがいないバンドなんてーー大抵の人は、あまり注目をしないだろう。

 だが、四人は楽しそうに奏でていた。子どもも大人もみんなで盛り上がっていて、最高の空気を作り出していた。

 普段、学校とは違う四人達。素敵、可愛くて、カッコイイ! 楽器を奏でる女の子は、いつだって魅力的だった。

 

 次の曲は、三三七拍子をふんだんに取り入れた素敵な曲だった。まるで、彼女達がお祭りのような……最高!

 

 沙綾は久しぶりに、気持ちが高ぶっていた。透き通る歌声と、激しく情熱的な歌声。その両方が香澄声には宿っている。

 魅力の原石とでも言おうか。()()()()()()()()()()沙綾からしたら、荒削りな演奏ではあったがキラキラドキドキするロックンロールだった。

 

 次第に、沙綾はリズムを取り始める。トントンと足をつき、指でドラムを真似する。周りの観客も、皆頭を揺らしていた。

 

「最後の曲! ……『Yes! BanG_Dream!』」

 

 彼女達曲が始まった。夢を撃ち抜く……そんなタイトルの曲に、胸がキュッと締められる。

 自分はもう()()()()()()音楽を奏でる香澄達。そんな彼女達を、沙綾は陰ながら応援しようと胸に決めた。

 

 

 ーー曲が終わる。彼女達は最後に、何かを撃ち抜くポーズで締め括った。

 

 BANG!

 

 沙綾は胸を、撃ち抜かれた気がした。苦しい締め付けが、先程よりもきつくなる。

 

 もう二度と経つことの出来ないステージを。自分からは零れ落ちてしまった音楽(ユメ)を、彼女達には奏で続けて欲しい。

 

 

 そう、願った……。

 

 

 



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35

期間が空いてしまって申し訳ないです!


「それじゃあ、大成功を祝って……かんぱーい!」

「「「かんぱーい!」」」

 

 商店街が終わったその夜。お祭り騒ぎも段々と終息していった数時間後 後、香澄達は有咲の蔵で打ち上げを行っていた。

 みんなでお菓子やジュースを持ち寄ったり、ライブを見ていた有咲のおばあちゃんが腕を奮ってくれた料理が、蔵のテーブルに所狭しと並んでいる。 香澄

 私達は、各々好きなジュースを手に取りつつ、よだれが垂れそうな程の料理を舌づつみを打ち始めた。

 たわいない雑談をする事数十分後。雑談のテーマは、さっきのライブの感想に移って行った。

 

「ほんっ……と! 凄い楽しかった!」

 

 有咲のおばちゃんが作ってくれたおにぎりを食べながら言う。ライブで疲れた体にしょっぱい塩味が染み渡ってとても美味しかった。ちなみに中身は鮭だ。

 

「うん! みんなの音が重なり合って、すっごくドキドキした! ぐわーんってかんじ!」

 

 何故かあった野菜スティックのキュウリを、ポリポリとかじりながらたえは言った。

 

「また、やりたいな……。みんなと一緒に、キラキラしたい!」

 

 りみがチョコレートを頬張る。幸せそうな笑みが零れていた。

 

「……わ、私も! ……楽しかった」

 

 有咲が、少し恥ずかしそうに言う。そんな有咲にキュンとしてしまい、香澄とたえは無言で有咲を抱きしめた。

 

「ちょ!? お前ら!!」

 

 有咲が変な声を上げる。そんな様子を、りみは笑顔でみまもっていた。

 

 ……暫くすると、有咲のおばあちゃんが蔵に降りてきた。手にはビデオカメラを持っており、徐ろにパソコンの近くにそれを置いた。

 

「有咲、頼まれてたもの持ってきたよ」

 

「ん。ありがとう、ばあちゃん」

 

 それだけ渡すと、有咲のおばあちゃんは「楽しんで言ってね」と一言いって蔵を上がって行った。

 有咲はビデオからメモリを抜き取り、パソコンに入れた。

 

「有咲ちゃん、それなに?」

 

 りみが言う。香澄達がパソコンに寄ると、その画面には見覚えのある景色が映っている。

 

「……商店街ライブだ!」

 

 たえが声を上げる。賑やかな歓声、重なる掛け声。パソコンには、香澄達が行った商店街ライブの映像が写っていた。

 

「有咲。もしかして、おばあちゃんがライブ撮って置いてくれたの?」

 

 有咲に聞く。有咲は、映像の音量を弄りながら言った。

 

「うん、私が頼んだんだ。記念すべきポピパの初ライブだし。それに……」

 

 それに? 有咲が言葉に詰まる。ほんのりと顔を赤くし、そっぽを向きながら、有咲は言った。

 

「その……。後で良い思い出になるかなぁ……って」

 

 思わずにっこりと笑顔になってしまう香澄達であった。

 所謂、「暖かい目」をしている私達に気がついたのか、有咲は慌てて手を左右に振る。

 

「ばっ、か、勘違いすんじゃねぇ! 動画撮って、後で反省する為だから思い出とか関係ねぇ!」

 

 必死の訂正、というか抵抗。本当に、素直じゃないんだから有咲は。

 ……そんな有咲に、たえは無言で抱きついた。

 

「有咲はやっぱり友達想いだね」

 

 有咲の顔が真っ赤に染まる。たえから逃れるべくジタバタと抵抗するも、その手でがっちりとホールドされていた。

 次第に、抵抗を諦める有咲。たえに抱きつかれたままの有咲を横目に、香澄は自分の意中を口にした。

 

「……また、ライブしたいな」

 

 香澄の言葉に、みんなが視線を送る。香澄は、言葉を続けた。

 

「また、キラキラドキドキしたい。もっと上手くなって、もっと輝けるようになって! もっともっともっと奏でたい!」

 

 心のままに声を出す。その言葉に、最高の皆はただ頷いた。

 

「……えへへ、なんか照れちゃう」

 

 頬が熱くなるのを感じる。そんな香澄の様子を見て、仲間達は言った。

 

「次のライブをする為に、今度はオリジナルもふやすからな」

「私、ライブ終わってからいいフレーズ浮かびそうなんだ」

「だったら、ドラマーを探さないとね」

 

 ……そうだった! たえの言葉を聞いてハッとする。ドラムがいないバンドなんて、最高なんかじゃない!

 

「……だったら決まりだな。ドラムを探しつつ、各々オリジナルを考える。打ち込みとかは私とりみでやるから……」

 

 有咲がテキパキと仕切る。りみがノートを開く。たえがリズムを探る。

 

 そんな風景が、香澄はとてつもなく幸せだった。



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昨日までの日々にサヨナラする♪
36


 香澄は一人、クラスメイト達の前に立っていた。

 なんで立つことになったのか。香澄は、全くもって理不尽であると意を唱えたい衝動でいっぱいだった。

 けど……ここまで推されたのだ、やらない訳には行かない。というか、途中で投げた出したくもない。

 だから、全力で取り組む。多少空回り気味でも、テンションをMAXまで上げて。

 

 というわけで。

 

 

「……この度! 1-Aの文化祭実行委員に推薦されました戸山香澄です!」

 

 そう。香澄は、文化祭の実行委員になってしまったのだった。クラスでいざ決めるとなった際に、気づいたら推薦されて決定されていたのだ。集中して歌詞を書いていたことで周りの声が耳に入っていなく、

 

「香澄がいいんじゃない!」

 

 という声でハッと周りを見た。が、時すでに遅し。香澄は、晴れて実行委員の任に着いたのである。

 実際、実行委員なんかできるか不安でいっぱいな香澄だったが……それ以上にドキドキしていた。なんだか面白そうなことになるーーそんな予感がしていたのだ。

 

「皆! 文化祭いぇー!」

 

 その為に、テンションがハイボルテージだ。いや、ハイボルテージにした。せっかくの文化祭実行委員なのだ。中途半端に終わらせるのではなく、全力でやってその上で楽しくありたかった。

 

「「「いえー! ……あれ?」」」

 

 だがしかし。掛け声に乗ってくれたのは、はぐみとたえ、イヴの三人だけだった。他のクラスメイト達は、「い、いえ~?」と、遅れて返事をしする。

 

「なんでなんで? みんな文化祭だよ! ドキドキなんだよ!」

「確かに楽しみだけど……」

「花女は中高合同だから、もう経験済みっていうか……」

「ええーっ!?」

 

 なんというか、ノリがあまり良くないクラスメイト達であった。せっかくの一大イベントなのに、何だか微妙なテンションだと思う香澄だった。

 それはさておき。クラスの実行委員は二人選出しなければならない。香澄は、クラスメイト達を見渡して一緒に委員をやる人を探し始めた。

 

「はい! 沙綾がいいんじゃないかな?」

 

 1人のクラスメイトが手を上げて、沙綾を選出した。選出された当の本人、沙綾は「へ?」と変な声を上げてキョトンとしている。

 

「……うん。山吹さんなら、香澄でもなんとかなりそうだな」

「私でもって何!?」

 

 そんなに私振り回してるかな!? 有咲の言ったその一言に、香澄はショックを受けていた。

 ……けれど、沙綾が一緒にやってくれたらとても心強い。しっかりしてるしみんなのお姉さん的な存在な為、とても安心感がある。

 

「まー、沙綾しか居ないよね」

「香澄をどうにか出来るのは沙綾しか居ない!」

 

 ちょっとまった、私は暴れ馬かなにかなのかな? クラスメイト達に揃って異議を申し立てたかった。

 それは後でも出来るから置いておく。推薦された沙綾は「うーん……」と少し悩んだ様子。それはそうだ。いきなり推薦されたのだし、しかも沙綾には家のお店の手伝いもある。悩むのも無理ない。

 

「……いいよ、私で良ければ!」

「沙綾……」

 

 ニコッ。ふわっとした優しい笑顔。それに香澄も笑顔を返した。

 

「……ありがとう!」

 

 わぁーっ! と拍手が送られる。ワイワイとした明るい雰囲気のまま香澄と沙綾の2人は、続けてクラスの出し物を決めていった。

 ちょっとした無理難題や、フワッとした具体性のない意見も、沙綾はスパスパとまとめあげ、黒板に書いていく。

 

「香澄はどんなのがいいの?」

 

 不意に、クラスメイトに意見を聞かれた。特に具体的な案を持ち合わせていなかった香澄は、心のままを言葉にしてみる。

 

「こう……キラキラで、シュッって感じで、ターン! って感じ?」

「んー……オシャレ可愛い、スタイリッシュな感じってことかな?」

「「おおー」」

 

 これは、流石の沙綾と言わざるを得なかった。

 



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37

☆☆☆☆

 

 放課後。有咲の蔵に、4人で集まった。

 今日は打ち上げでは出来なかった商店街ライブの反省会。また、いくつかの新曲を作る打ち合わせとなっていた。

 というのも、香澄達は、学園祭のイベントステージにバンドとして参加することになっていたからだ。学園祭ステージは、学年関係無しの希望者が何かしらの演目を行うステージ。制限はかなり緩く、演劇やコント、合唱など内容は様々だった。

 そんな中、香澄達は「Poppin’Party」としてステージに参加することになった。2回目の正式なステージ。時間は約15~20分程。多少オーバーしても問題ないと、学校からは言われていた。

 オーバー可能な理由は、ライブステージの順番が抽選制であり香澄が最後を引き当てたからだった。しかも、CHiSPA、Glitter*Greenというバンドの流れの中のトリ。その上香澄達は学園祭初ステージ。皆に香澄達を知ってもらいつつも、盛り上げたまま終わらせなければならない。

 その為、新曲のイメージを練ってくるというのがちょっとした課題となっていた。ポピパらしい、新曲。1番とラスサビを上手く繋げて、それらを数多く披露しようという魂胆を香澄は考えている。

 ……そんな、緊張するステージとなった訳だがまずは蔵に入り、小休止。学校での疲れを癒すべく、やまぶきベーカリーのパンと、お菓子をつまみながらガールズトーク。幸せな時間である。

 

「みんな、前に言ってた新曲。考えられたか?」

 

 よもぎ餅を食べながら、有咲が言った。

 にしても……新曲かぁ。私は素敵な曲を作りたいなーくらいしか思いつかなかったけど、みんなはどうなんだろう。

 香澄がメロンパンを頬張っていると、たえが「はい」と一番に声を上げた。

 

「私は、これかな」

 

 たえがポッケからなにか取り出す。

 

「涙……涙滴。さしずめ、『ルイテキ革命』って感じかな」

 

 それは、涙滴。ティアドロップ型のネックレスだった。それを目に当てて、まるで涙が垂れているようにたえは見せた。

 

「……私は、私達は、泣いちゃうんだけど、それは革命。泣いて泣いて泣いて泣いて。涙が全部溢れたら、新しい夢に会える。どこよりも眩しいと場所に行けるはず!」

 

 ジャラン! いつの間にか持っていたギターを鳴らす。

 

「……なるほど。そこまでテーマが出来てるなら曲は出来そうだな」

 

 ウンウンと頷く有咲。次に、有咲の視線はりみに向かった。

 

「りみはどうだ?」

「……え、えと、その」

 

 なんだか歯切れが悪い。……と言うよりかは、恥ずかしがっている?

 りみは、カバンから音楽プレイヤーを取り出すと、恐る恐る差し出した。

 

「もし、良かったらこれ……」

 

 音楽プレーヤーを差し出すりみ。プレーヤーの画面には、『チョココロネの歌(仮)』と表示されている。

 

「む、昔お姉ちゃんと作った曲なんだけど! これならあんま難しくないかなって……」

「マジか!」

 

 ガバッと有咲が食いつく。りみは恥ずかしそうにしながらも、プレーヤーを再生した。

 

「……そっと耳に当てると、聞こえるココロの波音~」

 

 可愛らしいリズムと、りみの歌声が合わさって、とてもりみらしい曲であった。

 

「……可愛い! いいかもこの曲!」

「うん! すっごくりみりみしてていいかも!」

 

 たえも頷きながら言う。たえは早速、ギターのリズムを奏で始めていた。

 

「……なら決まりだな。そしたら、スコアに起こして」

「それならうちにあるかも。お姉ちゃんに聞いてみるね」

 

 早速一曲、セトリが決まりそうであった。

 

「有咲は?」

「私は……シャッフルのリズム曲だな。仮題『じゃんぴんしゃっふる。』」

 

 なんでも、女子高生の踊り出したくなるような日常がテーマらしい。月曜の朝は、金曜日の続き。終わらない歌は、明日へと続いていく……。そんなテーマらしい。

 素直にすごいと思った。有咲の事だから、恥ずかしがって隠すのかと思ったが、そうでも無いらしい。

 

「香澄はどうなんだ?」

 

 有咲が香澄にふってきた。……隠してもしょうがない、素直に打ち明けよう。

 

「んーまだ特に……。とりあえず、ステキな曲がいいなぁってくらい。あとは、歌い出しをララララーってみんなで歌いたいかな」

「なるほど」

 

 有咲がふむふむと頷いた。それを聞いていたりみが香澄に寄ってくる。

 

「それなら、私と香澄ちゃんの合作にしようよ!」

 

 いい提案かもしれない。香澄は思った。私が歌詞を作って、りみりんがメロディを作るーーうん、上手く行きそう。

 

「いいかも! ……じゃありみりん、メロディお願いしていいかな?」

「うん! 出来たらすぐ渡すね!」

 

 名付けて、『走ろう(仮)』。ポピパも結成したし、その走り始めた最初の曲みたいなものを作ろうと今決めた。

 

「んじゃあ、その方向で行くか。そしたら、商店街ライブの反省だけど……」

 

 有咲がライブの映像をパソコンで流し始める。香澄達はは、商店街ライブを思い出しながら、その映像に見入り始めた……。



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38

 次の日。クラスでは具体的な文化祭の準備が始まった。

 香澄達のクラスは、「パン喫茶」。沙綾の家であるやまぶきベーカリーのパンを使った喫茶店をしようということになっている。

 今は、学校と沙綾の家に確認中だが、沙綾の方はほぼ問題ないという。あとは学校側がどうなるかという所だったが、数日後。やはり問題なく許可が降りた。

 ずっとなにか言いたそうにしていたりみが、話が滞り始めたタイミングを見て声を上げたのだ。その後、あれよあれよという間に話は進んでいき、パン喫茶が生まれたのだった。

 さて、そんな中での昼休み。香澄達はいつもの5人でお弁当を囲んでいた。

 

「へぇ、また新曲やるんだ」

「うん! 有咲とおたえが作る新曲! 私とりみりんも一緒に考えてるんだ!」

 

 沙綾に新曲について話す。沙綾は、少し心配そうな表情を見せた。

 

「楽しそうなのはいいんだけど、3曲も間に合うの?」

「分かんない……でもでも! アイデアはいっぱいあるから大丈夫だと思う!」

 

 よく良く考えれば、1ヶ月という短期間で3曲もオリジナルを作るとはなかなかにハードスケジュールである。

 ……がハードであると言ってもみんなアイデアがポンポン出てきていた。おそらく問題はないだろう。そんな自信が香澄にはあった。

 

「まぁ、香澄が大丈夫って言うなら大丈夫か」

 

 ニコリ。沙綾は、有咲とたえがおかずの取り合いをして、りみがあわあわしている横で、姉のような笑みを浮かべた。

 

「新曲頑張ってね。また、時間出来たら見に行くから」

「うん!」

 

 初めての学園祭は、とてもキラキラドキドキしそうだった。

 

☆☆☆☆

 

「それでは、第一回目の文化祭実行委員会議を終了します。各自、配布したプリントを確認中しておいて下さい」

 

 放課後。香澄と沙綾は実行委員が参加しなければならない文化祭会議に参加していた。

 もともと、小難しい話があまり得意ではない香澄。そんな香澄が、会議というものにに参加したわけで……。

 

「うぅ……」

「か、香澄大丈夫?」

「……キ、キラキラしない書類がいっぱい……」

 

 失念だったのか、なんなのか。全然、キラキラじゃなかった。

 というか、記入する書類が多すぎる。教室の貸出の書類や、道具等の貸出の書類。申請書、というものがかなり厄介だった。

 

「あはは……まだまだ序の口だよ?」

 

 会議が終わり、みんなが出ていっても尚、机に突っ伏してぐったりとしてい香澄。声をかけてくれた沙綾の序の口、という言葉に、香澄は「ぐえぇ……」と、変な声を漏らしてしまった。

 

「戸山さん」

 

 突然、声を掛けられた。会議を仕切っていた生徒会長がこちらに向かってきた。どこかで見たことある風貌をした、黒髪メガネの上級生の先輩だった。

 少しの間見つめていると、香澄の中でその風貌が合致する。

 

「えっと、もしかしてグリグリの……」

 

 サイドで纏められた三つ編みと、真面目な印象を醸し出す眼鏡の先輩。メガネを外せば、あのGlitter*Greenのキーボードの人に似ている。

 

「ええ。鰐部七菜よ。よろしくね」

 

 七菜先輩はメガネを外して見せた。その姿を見ると、香澄は脳裏にキーボードを弾いてる姿が浮かんだ。

 

「戸山さん、ステージでライブするのよね? ……SPACEの時みたいになライブ。楽しみにしてるわね」

 

 じゃあね。それだけ言うと、七菜先輩は沢山の書類を抱えて部屋を出ていった。

 そんな生徒会長と、香澄が面識がある事を不思議に思ったのか、沙綾は香澄に聞いてくる。

 

「えっと、知り合い?」

「うん。りみりんのお姉さんの、バンドメンバーなんだー」

「え、そうなんだ。……じゃあ、頑張るしかないね」

「うん!」

 

 そう言って、書類に向きなる。ペンを持ち、少しはやる気を出すが……。

 

「ううっ。多すぎるよー……。何枚あるの!」

 

 出なかった。直ぐに手が止まった。ペンを置き、また机に突っ伏してしまう。

 そんな香澄を、沙綾はお姉さんぽく諭した。

 

「こーら。手をとめないの」

「はいっ」

 

 その言い方と、表情。雰囲気に、つい真面目に返事をしてしまった。急に真面目に書類を書き出した香澄を見て、沙綾はポツリと呟く。

 

「……なんか、純の宿題見てるみたい」

 

 クスクスと沙綾がわらった。夕暮れ、静寂な教室にて。赤く染まった陽だまりが、達を徐々に包んでいく。

 

「香澄。家の手伝いとかあるから、あまり遅くまでは出来ないけど……。私も、頑張るから」

「……さ、さーやぁ」

 

 射し込む夕日をバックに、沙綾が笑う。そんな寄り添ってくれる優しさが、香澄はとてつもなく嬉しかった。

 

「……文化祭、絶対最高にしようね」

「うん!」

 

 夕日が落ちて、夜の帳が降りてくる。

 静かになった会議室で、2人は約束した。



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39

 文化祭の期間が本格的に始まった。

 クラスメイト達と話し合い、具体的なデザインと喫茶店のメニューを一つづつ決めていく。やまぶきベーカリーへ何度も足を運びながら、提供してくれるパンのメニューを決めに行ったり、実行委員会議に参加してグッタリしたり。

 

 そんな忙しい日々の中で、香澄達はライブステージの準備も一つずつ進んでいく。

 たえ、有咲のオリジナルを、香澄が歌詞を書くことになったり、香澄とりみの合作であるオリジナル曲のメロディが完成し、香澄が歌詞に悩んでいたり等々こちらも忙しかった。

 授業中に考えてみるも、何かスッキリ来ない。なんだろう、ワードはポンポン浮かんでくるのだが、それが上手く繋がらない感じ。うーむ……。

 

「……めぐるめく季節……果てしなく続く……うーん」

 

 香澄の歌詞作りは、かなり難航していた。

 

 

☆☆☆☆

 

「……てか、山吹さんが付き合う必要なくね?」

 

 準備期間の週末。文化祭は順調に事が進む一方で、歌詞作りがかなり難航していた香澄は、ついに沙綾に泣きつくこととなった。

 バンドメンバーではない沙綾に泣きつくのはいかなものかと後から気づき、余計な事を言ってしまったと後悔したが、当の本人はあまり気にしてはいなかったようで。

 

「大丈夫だよ! おやつでも買ってく?」

 

 むしろ乗り気だった。こればっかりは、沙綾の優しさに感謝するしかない。

 有咲がじっとりとした目で香澄を見てくる。精一杯の反論を、香澄は主張した。

 

「だ、だって! ……1人だと寝ちゃうかもしれないし」

「寝ちゃうって……小学生かなにかかよ」

 

 はぁ。と、呆れた声を出す有咲。有咲は、沙綾の方に向き直り言った。

 

「山吹さん、ごめんな。なんか巻き込んじゃって」

「そんな、大丈夫だよ。明日は学校も準備も休みだし、うちは構わないからさ」

「さ、さあやぁー」

 

 ありがとー! と、勢いで抱きついてしまう。そんな香澄をあやす様に、沙綾は「よしよし」と頭を撫でた。

 

「……山吹さん、香澄が寝てたら叩いていいから。……強めで」

「ええっ!? 痛くしないでよ!」

 

 な、何でそんなに厳しいの!? 

 衝撃を受ける香澄の一方で、沙綾は可笑しそうに笑った。

 

「あはは、そんなに心配ならな市ヶ谷さんも泊まればいいのに」

「んなっ!?」

 

 何故か顔が真っ赤になる有咲。パクパクと鯉のように口を開閉して、なんとか言葉を捻り出していた。

 

「そ、そんな急に泊まれなんて……」

 

 まだまだ顔が赤くなる。そんな有咲の顔を、たえが覗き込んで、

 

「有咲、顔真っ赤だよ?」

「ちょっ……!!」

 

 まるでバレちゃいけない秘密をバラされたかのような。そんな表情。

 わなわなと、ぷるぷる体を震わせた後に有咲は、

 

「……う、うるさいうるさーい! 私はそんな軽い女じゃないんだよーー!!」

 

 走ってその場を去っていった。なんのこっちゃ、素直にそう思った。

 

「……有咲、風邪でも引いたのかな?」

「そ、そうじゃないと思うな……」

 

 見当違いの会話を繰り広げるりみとたえ。ポカンとした香澄達を見て、何かを思いついたように手を叩いた。

 

「そうだ、りみ。私のウチおいでよ。私達も、お泊まり会しよ」

「え、ちょっ、おたえちゃん!? ……か、香澄ちゃん! 山吹さん! また学校でー!」

 

 ズルズルと引きづられていくりみ。今日はすき焼きだよーという声を残し、たえとりみは去っていった。

 そんな様子を笑顔で見つめていた沙綾は、ポツリ呟いた。

 

「なんというか。香澄のバンドはみんな面白いね」

「……うん! ポピパは皆、面白いんだよ!」

 

 心の底からそう思う。そんな仲間達の期待を裏切らない為にも、最高の歌詞を仕上げなければ。

 

「あはは、それなら良かった。……さて、私達も中入ろうか」

「うん!」

 

 沙綾の家へと、香澄はお邪魔した。



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40

 沙綾の家のご飯は、とても美味しかった。

 なんというか、自分の家のご飯とはまた違った味というか。美味しい上に、また違った温かさがあるご飯だった。

 

 沙綾の妹と弟である紗南(さーなん)と純(じゅんじゅん)とも無事打ち解けることも出来き、さーなんとは一緒にお風呂に入ることも出来た。(何故かじゅんじゅんは一緒に入ってくれなかったが)

 

 そして、夜の八時。パン屋の朝は早いとのことで、沙綾のお母さん、さーなんとじゅんじゅんは既に寝る準備をしていた。

 

「はやいなー……せっかくトランプ持ってきたのに」

「朝から仕込みがあるからねー。って、ゲームしに来たんじゃないでしょー?」

「うっ、そ、そうだった……」

 

 お姉さんぽく沙綾に窘められる。香澄は素直に沙綾の部屋に向かった。

 沙綾の家へ向かう道中に買ったお菓子をもって部屋に入る。なんとも女の子らしい、沙綾らしい部屋に香澄がドキドキしていると、クレヨンで書かれた絵と額縁に入った写真が目に入ってきた。

 

「これ、さーなんたちの?」

「うん。前の誕生日に貰ったんだー」

「へぇ! さーなんとじゅんじゅん絵上手だね!」

 

 香澄がそう言うと、絵を愛おしそうに見つめる沙綾。本当に、さーなんとじゅんじゅんが大切なのだと言う気持ちがヒシヒシと伝わってきた。

 そんな視線の先、その隣。額縁に入った、四人の写真。沙綾と、どこかで見たことある女の子達が笑顔でピースをしている。そんな沙綾は、何か()()()()()()()を手に持っていた。

 

「ねぇ、沙綾。この……」

 

 何気なく。本当に、ただの気まぐれで、香澄は沙綾に写真のことを聞こうとした。けれど、

 

「さて! 集中集中! 頑張んないと、朝までになっちゃうよ!」

 

 強引に、話を切られてしまった。そして写真を隠すようテーブルの向かい側に沙綾は座る。

 なんだろう。あまり、突っ込んで欲しくない内容だったのだろうか。

 ……よく分からないけど、そういう事ならそっとしておこう。クッキーを1口かじり、香澄は歌詞作りに集中した。

 

 

 

★★★★

 

 数十分後。カチ、コチ、カチ、コチと時計の秒針が夜の静寂の中で鳴り響く。そんな中で、香澄は完全に集中力を切らしていた。

 頑張ってノートに向かうものの、いまいちしっくり来ないまま。ワードはバラバラと出てくるが、それらがカチリ組合わない。数十分程前から、状況は変わっていなかった。

 カチ、コチ、カチ、コチと時計だけが鳴る。そんな静けさが、香澄にはどうしてもうるさかった。

 なんか、こう。静かな空間を急に声を出して破りたくなった。

 

「……ダメだぁ!」

「うわぁ!?」

 

 急に声を上げた香澄に驚く沙綾。思わず手を離し、宙を舞ったシャープペンシルがクルクルと周り、カランと音を立てて机に落ちた。

 

「びっくりしたー……。香澄、驚かせないでよー」

「ごめんね、沙綾。でも、歌詞思いつかなくって」

「うーん、どれどれ……」

 

 沙綾が香澄のノートを覗き込んでくる。『なんかいい感じの歌詞!』と書かれたタイトルと、その下に並ぶ言葉の数々。沙綾はそれらを目で追って行った。

 視線が下まで降りると、沙綾は目線を香澄に上げて言った。

 

「どんなふうに歌詞作ってるの?」

「えっとね。りみりんが作ってくれたメロディを聴きながらやってるんだ。皆のパートとほかに、ボーカルのパートがキーボードで入ってるの」

 

 聞いてみる? と、香澄はイヤホンを差し出した。香澄愛用白いイヤホン受け取った沙綾はそれを耳に指し、音に耳を傾ける。

 

「……いい曲」

 

 AメロからBメロへ。サビへと、音が流れていく。沙綾は目を瞑り、口元に笑みを浮かべていた。

 ……サビの途中に差し掛かった時。沙綾の指が、トントンとリズムを奏で始める。

 それは、りみりんが入れてくれたドラムパートをなぞるものであり、なにか経験がなければ真似をすることなど出来るものではないものの筈だった。

 だがしかし。そんな中でも沙綾は正確にリズムを奏でている。

 

「……(もしかして、やっぱり……)」

 

 沙綾はドラムをやっていたのではないか。そんな考えが香澄の頭をよぎった。

 先程の写真に写ったスティックと、沙綾のリズムの正確さ。沙綾がドラムをやっていたと考えるには十分だ。

 

 そしてもし。もし、沙綾がPoppin’Partyに入ってくれるのであれば。それはとても温かくて、楽しくて。皆ともっとキラキラドキドキする毎日が続いていくに違いない!

 だから、香澄は聞いてみることにした。

 

「沙綾、もしかしてドラムやってた?」

「っ!」

 

 何気なく聞いたはずのその言葉。それは、リズムを取っていた指と、沙綾の表情を固くさせるのは容易だった。

 目を見開いて、香澄を見つめる沙綾。次第に視線を下に落としていき、沙綾は呟く。

 

「……バレちゃったか」

 

 顔を上げ、なんだか()()()()()表情を浮かべる。沙綾は、イヤホンを外して香澄の顔をマジマジと見つめ始めた。

 

「…………」

「…………」

 

 なんだろう、なんでこんな見つめられているのか。流石に少し恥ずかしくなってきた。

 思わず香澄が視線を逸らす。すると、沙綾はクスクスと笑いをこぼした。

 

「ふふっ、ごめんごめん。うん、やってたよ。ドラム」

 

 ニコリ、笑みをこぼす。香澄の胸が、一気に高鳴り始める。

 

「本当!? じ、じゃあ、もし良かったらポピパに……」

「ごめん、無理なんだ」

 

 その高鳴りは、長くなく。香澄はバッサリと、胸から下まで切られたようだった。

 そんな様子の香澄を見ながら、沙綾は口を開く。

 

「私、ドラム辞めちゃったんだ」

 

 哀しそうな顔をして、遠くを見つめながら。沙綾は香澄にポツポツと話し始めた。



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41

三人称作業中ですが、とりあえず。


 

 沙綾の表情が一転して、少し暗いものへと変化した。それを隠すかのようにして、瞳を閉じて話し始める。

 

「前って言っても、中学校の時だけどね。4人組のバンドで、仲がいい友達と組んでたんだ」

 

 手を後ろに置いて、顔を上に向ける。宙を見つめながら、沙綾は続けた。

 

「でもね、辞めちゃった。理由は詳しく話せないけど、私は、私が原因で、バンドとドラムを辞めちゃったの」

 

 沙綾の表情は、何か諦めているように見えた。やりたくても、できない。そんな沙綾の表情を読み取っていた。

 

 なんで? その一言を、香澄はどれだけ言いたかったことか。

 でも言えなかった。沙綾の気持ちと、今ある現状を何だか打ち壊してしまうような気がしてしまって。結局の所、香澄は黙り込んだまま、沙綾の話にただただ頷いてただけだった。

 

「……それじゃあ、さーやはもうドラムやらないの? もし、さーやさえよかったらポピパに……」

 

「ごめんね、無理なんだ」

 

 きっぱりとはっきりと。香澄野誘いは断られる。

 

 

「……さて、暗い話は終わり! ごめんね、こんな話しちゃって」

 

 パン、と手を叩いて空気を晴らした。再び机に向かい出した沙綾は、途中になっていた宿題を再開した。

 

「なんでだろう、香澄って話しやすいんだよね。単純に仲良くしてくれるからだけじゃなくて、もっとちがうなにかがあるっていうか……」

 

 ポツリ、ポツリと言葉を漏らした沙綾。……ちょっとだけ、沙綾の本心が漏れ出しているような気がした。

 それを深く掘り下げることをせず、香澄は自らが書いた「星のコドウ!」という歌詞に目を向ける。

 シャープペンシルをクルクル回しながら、沙綾は香澄を見つめた。一瞬の沈黙だったが、香澄達にはそれがとてつもなく長い時間のように感じられていた。

 

「……って、私が話戻しちゃあ駄目だね。さぁ、続きやろっか」

 

 沙綾が再びノートに向かう。書かれている文章に目を通し、再び問題でうーんと悩み始めた。

 

 その後の歌詞作りは、全く身に入らなかった。

 

 

     ☆☆☆☆

 

 学園祭の準備が進んでゆく。

 お店に使う看板や、内装に使うちょっとした小物などを、授業の代わりに設けられた時間を使って作成してゆく。

 沙綾と手分けしながら、クラスメイトたちに指示を出していきながら、自身も作業を手伝う。

 ……そんな中において、香澄は沙綾と話す時に若干のぎこちなさを覚えていた。

 沙綾がドラムを辞めてしまった理由や、そんな沙綾をバンドに誘ってみたいなどと考えてみたり。

 終始、香澄は学園祭の準備に入り込めずにいた。

 

 

 どうして、バンドを、ドラムを辞めてしまったのだろう。

 どうして、「沙綾が、沙綾のせいで」バンドを辞めてしまったのだろう。

 どうして、あんな諦めたよう表情をしていたのだろう……。

 

「……香澄ちゃん、大丈夫?」

 

 と、考えすぎて、りみりんから心配されてしまう始末。傍から見ても、香澄はどこかおかしいらしかった。

 

「……香澄、ちょっと来い」

 

 教室の端で、喫茶店のメニューを作っていた有咲に声をかけられる。

 手を引かれて、無理やり教室の外へと連れ出された。

 

「香澄……お前、なんか悩んでるだろ」

 

 有咲に図星を点かれる。香澄は、「ど、どうして?」と、逆に聞き返してしまった。

 

「勘。てか、明らかに笑ってないし」

 

 ……そんなに笑ってなかったのか。香澄は、自分の表情を確かめるように顔をふにふにと触った。

 

「あ、有咲ちゃん!」

 

 心配してか、りみとおたえが教室から出てくる。有咲の並々ならない表情を見て、二人は香澄の様子を伺ってるようだった。

 

 

「……山吹さんの家泊まり行った辺りから、なんだか様子がおかしいから、山吹さん関係か?」

 

 図星過ぎた。香澄は、つい「うっ……」と声を漏らしてしまう。

 

「実は……」

 

 香澄は沙綾の家であったことを話した。

 

「ふーん、山吹さんポピパに誘ったんだ……」

 

 有咲がジッ……と香澄を見つめる。そんな有咲の瞳を直視出来なくなり、香澄ら目を逸らした。

 

「……まぁ、山吹さんにも触れてほしくない事情があるんだろ。そこに顔突っ込むのは野暮なんじゃないか」

「で、でも!」

「でも?」

 

 脳裏に沙綾の表情がチラリと映る。

 

「……沙綾の目、なんだか諦めてた。本当は、ドラムをやりたいんだけど、できない。そんな目をしてた」

「……」

「ちょっと聞いてみたけど、詳しく話してくれなかった。沙綾、なんだか一人で抱え込んでるように見えた」

 

 口を開く度に、沙綾の表情がくっきりと脳裏で描写されていく。

 沙綾の諦めの表情がくっきりと浮かび上がった後、有咲は香澄から目を離し、そっぽを向いた。

 

「その……。まだ、山吹さん諦めてないんだろ?」

 

 そっぽを向いたまま、有咲が口を開く。

 香澄が戸惑いながらも頷くと、目だけを香澄によこし言った。

 

「だったら、もう一度誘う事。それで、理由をちゃんと聞くこと」

 

 それに……。と、有咲は言葉を続ける。

 

「山吹さんは香澄と友達なんだろ。だったら悩みの一つでも聞いたらいいんじゃないか」

 

 そうだった。私と、山吹さんは友達なのだ。お互いの事をもっと話したり、一緒に悩んだりするような友達なのだ。

 耳を僅かに紅くして、再びそっぽを向く有咲に香澄は気付かされてしまった。

 

「……そうだね。本当に、そうだ」

 

 香澄は回り込み、まだそっぽを向く有咲の顔を覗き込んだ。

 

「ありがと、有咲。私、どうすればいいかわかった気がする!」

 

 香澄は、できる限りの笑顔を作り、教室へとかけ戻って行った。

 

「……ね? 大丈夫だったでしょ?」

「……うん」

 

 残されたおたえが、心配そうにしているりみに囁く。りみは、心配そうな表情を少しだけ和らげた。

 

 

 



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42

お久しぶりです。
沙綾回です。


 山吹沙綾の朝は、休日でも早い。

 一日の始まりは、パン生地をこねくり回すところから始まる。

 台に打ち粉である強力粉を挽き、寝かせておいた生地を載せる。適度に形を整えて、バターを塗り、塩を乗せてオーブンへと入れる。(今日は塩パンだ)

 そんな手間隙かけた沙綾のパンは、お店の中でかなり評判となっていた。

 手間隙かけるとパンは美味しくなる。それが、パン作りの師匠でもある沙綾の父の定説であった。

 だが、謎の定説もある。なんでも、音楽をかけながら生地をこねると美味しく育ってくれるという父の話だ。

 そんなワケないじゃん……そう思いつつも、沙綾は父に合わせて音楽をかけていたのだった。

 

 本日の音楽は、商店街での彼女達の歌。「Yes! BanG_Dream!」。さながらDJなったかのように、沙綾は音楽を再生する。

 

「…… In the name of BanG_Dream! Yes! BanG_Dream!」

 

 

 ……彼女達の歌が終わったタイミング。それと同時に、沙綾は妹達を起こしにとんとんと階段を登った。

 部屋に入ると、ぐっすりと熟睡している二人が目に入る。時間だと言うのになかなか起きてこない純の布団を剥がそうと、沙綾は奮闘した。

 布団争奪戦により起きてきた紗南に声をかけ、沙綾は一度二階に降りる。

 台所で朝食を作る母に「おはよう、母さん」と声をかけ、手伝おうと横に立つ。すると、先程厨房でかけていた「イエバン」がこちらでも流れているの事に気がついた。

 

「母さん。この曲。商店街のライブのやつだよね?」

「ええ。沙綾のお友達が演奏してたのを、ライブ音響のお兄さんが持っていたの。懐かしくって、ついもらっちゃった」

「……懐かしい? この曲って、香澄達のオリジナルなんじゃないの?」

 

 掌の上で豆腐を切り、味噌汁にポトポトと投入する。味噌と出汁の海に沈んでいく豆腐を眺めながら、沙綾は母親に聞いた。

 

「この曲ねぇ……お父さんとの馴れ初めの曲なのよ」

「えっ? どういうこと?」

「路上ライブをしていた人がいてね。……お父さんがその人のファンだったの」

 

 懐かしむように見上げる。目を瞑り、当時の光景を思い出しているようだった。

 

「ある時、たまたま私がそこに居合わせてね。……いい曲だなぁって聞いていたら、「ファンですか!?」って興奮気味に話しかけられて。そこからお父さんさんと色々話始めたの」

 

 少し恥ずかしそうに顔を朱に染める。すると、沙綾の後ろからゴホン、という咳払いが聞こえてきた。

 

「母さん、その話は恥ずかしいから辞めてくれ……」

 

 厨房で別作業をしていた沙綾の父親が、後ろで眉間を抑えていた。なんでも、興奮気味に話し続けて数十分は母さんを拘束してしまったらしい。それで、「面白い人ですね」と言うので撃ち抜かれたとか。

 ……現役の高校生にする話なのだろうか。

 

「兎に角だな、その曲は俺がまだ小さいの頃に好きだったバンドの曲なんだ。メジャーデビュー直前に、ふと引退してしまったんだが……」

 

 なんでかは分からない。いきなり辞めてしまったらしい。迷い込んだライブハウスでの演奏を聞いて以来、すっかり惚れ込んでしまったのだとか。

 

「ただ、所々歌詞が違うような気もするな。メロディは物凄く聞き覚えあるけど」

 

 ふんふんと鼻歌を歌いながら、沙綾の父は一階へと降りていった。

 

「……ふふっ、そういうことなの。だから、私達にとっては懐かしの出会いの曲なの」

 

 出際よく卵焼きをひっくり返す母親。四角いフライパンに鎮座する卵焼きがジューと音を立てた頃、紗南と純が「お腹すいたぁ」と食卓に入ってきた。

 沙綾は二人を席に座らせ、お皿を並べる。追加の皿を取りに台所に行くと、沙綾は母親に肩を掴まれた。

 

「なぁに、母さん?」

「……沙綾。これからは、"自分の為"に時間を使って頂戴」

「え?」

 

 キョトンとした表情をうかべる。母親は続けた。

 

「沙綾には、今までいっぱい迷惑をかけちゃったよね。私が1回倒れちゃったのもあるし、父さんも頑張りすぎてフラフラだった。……けど、これからは大丈夫」

 

 にっこりと、太陽のような安心感ある笑みを浮かべて母親は告げる。

 

「だから沙綾は……。私達の知らない"沙綾"を大切にして。私達は、大丈夫だから」

 

 あの子達の曲聴いてたら、元気出てきちゃった。

 

 そう言い残して、沙綾の母は食卓へとついた。

 

 沙綾の傍らで、「イエバン」はひたすらに遠い音を奏で続けていた。

 

 



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43

1~30話しくらいまでを三人称に変更+内容変更を行っております。
ガッツリ変えたところもあるので、よろしければどうぞ


「沙綾ー、この看板どうすればいい?」

「んー? ……あ、ここは牛込さんが作ってくれたデザインあるからそれ参考にしよう」

 

 学園祭の準備の時間。沙綾はクラスメイトの中に埋まりながらひたすらに指示を出していた。

 その隙間時間に、クラスメイトのシフト表を作る。大方作り終えており、後は香澄の分を考えるだけだった。

 

「サアヤさん! 香澄さんのシフト決まりましたか?」

 

 白い髪がふわっと視界に舞う。

 若宮イヴが、沙綾の作っているシフト表を覗き込んできた。

 

「うーん、香澄の予定がよく分からないからなー……」

「かーくん、空いてる時間全部出るとか言ってたよね!」

 

 グイと、イヴと沙綾の間に橙色の髪のショートヘアの元気っ子……北沢はぐみが割って入ってくる。

 

「あはは、働き過ぎだなー」

 

 沙綾の頭に、忙しなくパンと飲み物を運ぶ香澄の姿が浮かぶ。……あ、転んだ。飲み物が宙を舞い、香澄に降かかる。これはまずい。

 

「……どっかで休憩入れなきゃねー。香澄、まだ帰ってきてない?」

「はい! ライブステージに行ったままです!」

「ライブ……か」

 

 イヴは、いつの間にか折り紙で作った兜を頭に乗せていた。イヴの頭から兜がずるりと落ちたのをキャッチしながら、はぐみは言った。

 

「はぐみ、かーくん呼んでこようか?」

 

 兜をイヴの頭に戻しながら言う。沙綾はその様子を笑顔で見守りながら言った。

 

「……ううん、自分で行ってくる。ありがと」

 

 沙綾は、ライブステージとなっているホールへと向かった。

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

「あ、いたいた。おーい、香澄……」

 

 

 沙綾が香澄を呼びに来たホールでは、順調にライブステージのリハーサルが行われていた。上級生、下級生含めた希望者がステージに集い、演技のリハを行う。

 リハは順番通りに行われた為、香澄達の出番は一番最後。Glitter*Greenの演奏に再び感動しつつ、CHiSPAの面々とも初めて会うものの同じガールズバンドという事もあり仲良くなった。

 

「うぅ……。お姉ちゃんたちの演奏聞いてたらもう緊張してきちゃった……」

「こういう時は、手のひらに人って書いて飲むといいらしいよ。飲む?」

「あ、ありがとう……はむっ」

「いや、人に飲ませるのかよ!」

 

 何処かの漫才師の様な事をしている三人。そうこうしている内に、グリグリがリハを終え私達の名前が呼ばれた。

 ステージに上がると、何故かキーボードの隣に黄色いドラムが置いてある。楽器の準備をながら、香澄は聞いた。

 

「あれ? ドラムがあるよ!」

「全バンド共通で使うんだって」

 

 りみがベースを弾きながら答える。「おおー、私やってみようかな」と香澄が呟いていると、準備を終えた有咲からツッコミが入る。

 

「いや、ドラムできないだろ。つーか、ギターはどうすんだよ」

「一緒に弾く!……どうも、ドラムギターボーカルの戸山香澄です」

 

 ドラムの席にギターを持ちながら座る。スネアとシンバルにランダムスターが当たり、ガシャリと音を立てた。

 

「流石に一緒には無理じゃないかな……」

「阿修羅観音様ならできるかも」

 

 手をグルグルと旋回させるたえ。阿修羅観音の真似だろうか。

 

「香澄観音には無理だな。手が足りない」

 

 有咲がそう言うと、学園祭委員から声がかかる。香澄はドラムから席を外し、打ち込みの音源を流して演奏を始めた。

 

 

 ……その様子を最後まで見ずに、香澄を呼ばないまま沙綾は踵を返した。

 

 



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44

とんでもなく短いですが、隙間の話ですので。
次回から本番。


 学園祭本番数週間前。パン喫茶の準備は佳境だった。

 クラスの学園祭委員である香澄は、自らのバンドの新曲作成と平行して喫茶店の準備を進めていく。

 そんな中で。忙しい合間を縫って沙綾は色々と手を回しつつ、クラスの準備を手伝っていたのだった。

 

「沙綾、ごめんね。色々手伝わしちゃって……」

「ううん、大丈夫! せっかくの学園祭だもん。全力でやらないと意味が無いから」

 

 そう言いつつ、沙綾はクラスの書類をまとめていた。クリップで綴じた申請達やクラスのシフト表などを机にしまった後、カバンを持って立ち上がる。

 

「沙綾ちゃん、今日も家の手伝い?」

「うん。お母さん、最近風邪気味だし……」

 

 りみの問いかけに若干辛そうな表情を見せる。見事な手際でクラスを纏めながら、家の手伝いも続けてきた沙綾。しっかり者だが、弱さを見せない沙綾が見せた少しばかりの本音だった。

 

「なんだか、大変そうだな」

「そうだね。お腹減ってるのかな?」

 

 うさぎのしっぽパンをはむはむと食べながらたえが言う。堪らず有咲が「どこから持ってきたんだよ!」とツッコミを入れていた。

 

「……大丈夫? 香澄ちゃん」

「……うん」

 

 ーー何かできることはないだろうか。看板を書く手を止めて、悩む香澄。

 みんなと遅くまでワイワイ作業をして、ばかなことで笑いあって。あの蔵弁慶な有咲でさえも笑いながら手伝っている。そんな幸せの共有を沙綾とできないだなんて、香澄はなんだか悔しかった。

 よっぽど家のパン屋を手伝わなければならない事情でもあるのか何なのか。もしできるのであれば、その沙綾の負担を減らして一緒に楽しみたい。一つの目標に向けて、沙綾とはしゃぎたかった。

 

 ーーバンドが出来ない理由も、同じ事なのかな。

 

 あの沙綾の家に泊まって以来。香澄は、なんだか気まずくなりそうな気がして、沙綾にバンドの誘いを断られた理由を聞けていない。

 頭の片隅にそのことがあるせいで、香澄はそんなことまで思ってしまっていた。

 

「……」

 

 あの日以来、新曲の作詞もそれほど進んでいない。有咲に喝を入れられたにもかかわらず、このもやもやを香澄はずっと晴らせずにいる。

 

「はぁ……」

 

 沙綾とは友達なんだ。友達とは、一つの悩みを一緒に分けあえて、一緒に悩めるような人の事なんだ。

 ーー沙綾は友達なのに、全部一人で抱え込もうとしてるの?

 

 そんな沙綾の優しさが、酷く悲しかった。

 

「……ごめん! 私ちょっと行ってくる!」

「……はあ!? ちょ、香澄!」

 

 カバンを引っ掴み、教室から駆け出す。唐突な香澄の行動に、有咲達はその背中を見ることしか出来なかった。



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45

動きます


     ☆☆☆☆

 

 

「ごめんね。急に来ちゃって……」

「ううん、大丈夫。でも、急にどうしたの?」

 

 教室で悩んでいた後。香澄はやまぶきベーカリーへと飛び込んでいた。

 フラフラと流れるようにやまぶきベーカリーへと入店した香澄は、様子がおかしいと沙綾に介抱され今に至っている。

 そんな香澄だったが特に考えず沙綾の部屋まで入ったは良いものの、どうすればいいのかよくわかっていなかった。

 沙綾に心配された香澄は、「えー……」だとか「あー……」だとかなんだか歯切れが悪くなる。余計に心配になった沙綾は、眉間に多色皺を寄せて首を傾げた。

 

「え、えっとね……」

 

 そんな香澄が、勇気をだして口を開いた時だった。

 

 ……くぅ~。

 

 香澄のお腹が空腹を告げた。

 ポカンとする両者。香澄は沙綾の顔をついつい見つめてしまい、そして。

 

「……ぷっ」

 

 2人とも吹き出してしまった。あはは、と笑った沙綾が壁へごちんと頭をぶつける。

 2人は、また笑いあった。

 

 

 ひとしきり笑いあった後、沙綾は焼きたてのボンゾ・ベーグルとべイジ・食パンをいくつか持ってきてくれた。午後の紅茶のペットボトルも2本用意してあり、香澄と向かいに座った沙綾は黄色いレモンティーのキャップを開ける。香澄も、赤色のストレートティーを手に取り、ボンゾ・ベーグルをはむはむと食べる。

 

「あの、さーや」

「なあに香澄?」

 

 べイジ・食パンを摘みながら沙綾が答える。

 

「さーや、なんでドラム辞めちゃったの?」

「……」

 

 食べる手を止める。沙綾は、香澄を真っ直ぐに見つめた後に視線を下に落とした。

 香澄は、沙綾の反応に緊張しながらもしっかりと問いかける。

 

「さーや、私は私の所為でって言ってたよね。……私、さーやが困っててそれが理由でドラムが出来ないなら、手伝いたいの」

「……いいよ、香澄に悪いし。文化祭でもライブするんでしょ? 全然時間ないよ」

「そ、そうだけど……。私、さーやと一緒にやりたい。ライブだけじゃない。クラスの出し物だって、さーやと最後まで楽しみたい!」

 

 つい、語尾が強くなる。香澄の今の気持ちが言葉に乗り始めていた。

 ……しかし、フツフツと沸騰する沙綾の気持ちは止まることを知らない。

 

「…………ごめん、無理だよ。また迷惑かけちゃう」

「迷惑なんかじゃない!」

 

 ビリビリと香澄の声で空気が震える。

 沙綾は、言葉を受け止めながらも静かに答える。

 

「……じゃあ、香澄は。香澄は、私が迷惑だけ掛けてていいの? 負担だけかけてていいの?」

 

 沙綾の目が見開かれる。頭を抱えて、視点が定まらない様子で語尾が強くなる。

 

「……母さん、体弱いのに家の事全部やろうとして倒れちゃったの。父さんもそれを手伝おうとして……。一時期は大変なことになってた」

 

 沙綾の瞳から、涙がこぼれる。

 

「母さんが倒れた時、純と紗南凄い泣いてた。ナツ達にも凄い迷惑かけた……!」

 

 口を押え、涙を拭おうとするもそれは止まらない。

 香澄も、貰い泣きにしそうになるのをぐっと堪える。

 

「そんな中で私だけ楽しむの……? ライブめちゃくちゃにしたのに、私だけ気遣われてていいの? ……出来るわけないじゃん!!」

 

 沙綾の、悩みが溢れだす。こぼれる涙が止まらない。

 

「私がバンドをしていたせいで皆が苦しんだんだよ!? 純達を不安にさせたんだよ!? もう絶対、あんな思いはさせたくない!! ……私の代わりに誰かが損する事なんて……もう絶対したくない」

 

 しっかりしているようで、沙綾にも悩みがある。香澄はなんて言葉をかければいいかわからなかった。

 頭をフル回転させて、考える。

 沙綾は私の友達だ。仲間だ。有咲も言ってた、「一緒に悩み会えるのが友達なんだ」と。

 

 ……だったら、答えはひとつだ。

 

「……なんで、なんで1人で決めちゃうの……? 私達、()()でしょ……?」

「……!」

 

 泣くまいと決意した香澄の瞳から、涙が落ちる。

 沙綾を見据えた紫の瞳が、友達の心を揺さぶる。

 そして。

 

「う……うぅっ……。か、香澄……!」

 

 ああ、あああと沙綾は泣き始める。両手で目を押え、小さな嗚咽が漏れ出す。

 香澄は自らの涙をふき、沙綾にテッシュを渡す。

 ティッシュを染めながら、小さく震える友達の背を香澄は優しくさすった。



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46

 泣いた。泣いて泣いて泣いて泣いて、沙綾は泣き疲れていた。

 ひたすらに沙綾の背中をさすっていた香澄は、小さな嗚咽が収まるのを待った。

 

 数分後。

 泣き止んだ沙綾はティッシュでぶーん鼻をかむ。未だ鼻を啜りながら、涙を拭く沙綾は一言「……ごめん」と謝った。

 

「ごめんね。色々思い出しちゃって……」

 

 えへへ、と笑顔を見せる。泣き笑いの表情を浮かべながら、沙綾は続ける。

 

「ナツと、マユとフミカとバンドやってた時のこと。"初めてのライブ"で、みんなに迷惑をかけちゃったこと。……バンドを辞めた時のこと」

 

 ポツリ、ポツリと過去が漏れ出す。静かに過去を語る沙綾の表情は、寂しそうで、悲しそうで……昔に、囚われているみたいだった。

 そんな沙綾を見て香澄も泣きそうになる。それでも、必死に沙綾にかける言葉を考えた。

 何が正解なのか分からない。どんな言葉をかければいいのかわからない。けれど、香澄は口を開く。

 

「え、えっと……」

 

 ……いいのかな、素直な気持ちを伝えても。しつこくって、嫌われたりしないだろうか。ーーでも。でもでもでもでも!

 

 "私は、さーやと一緒にドキドキしたい!"

 

 

「……さーや、私達とバンドやろう。ううん、バンドじゃなくてもいいよ。学校にきて、放課後遊んだりしよう」

 

 香澄の言葉に顔を上げる沙綾。香澄はつづけた。

 

「パン屋の仕事だったら手伝うし! じゅんじゅんとさーなんの面倒も見る! なんなら、ご飯だって作るから!」

「……」

 

 ポカンとした表情で香澄を見上げる沙綾。

 泣きそうな表情で、口をムッと結んだ香澄を見て沙綾はついつい笑みを浮かべる。

 

「ありがと、香澄。……こんな私を誘ってくれて」

 

 沙綾は鼻水をすすりながら言う。

 

「……多分ね、大丈夫なんだ。バンドとか遊びに行ったりとかしても」

「……え、じゃなんで……」

 

 何故か諦めきったような表情で沙綾は続ける。

 

「うちのお父さんも、お母さんも。最近すっごい元気なんだ。家事も、パン屋も、すごく張りきってやってる」

「そうだったんだ。それじゃ……」

「でもね、香澄。真剣に考えて欲しいんだ」

「……え?」

「例えば……そう。仮に、私がポピパに入ったとして結成初ライブっていう大事な時。そこに私が行けなかったらどうする?」

「……!」

「ライブまで一緒に走ってきて。前日も泊まったりなんかして練習して当日を迎える。けど、私は来ない。……皆にだけ、負担をかけちゃうの」

「……それは」

 

 来ないかもしれないじゃないか。

 そう思ったが、香澄はちゃんと想像した。考えた。だからこそ、絶対に、来ないなんて言いきれないと思ってしまった。

 

「……そう。だから、私はもうバンドは出来ないの。……ごめんね」

 

 にっこりと、笑みを浮かべる。目じりに若干の涙を残したまま浮かべるその笑顔は、間違いなく偽りのものに見えた。

 

「……うん、そっか。分かった。ありがとう、色々教えてくれて」

 

 今は、言葉が出ない。けれど、これからやるべきことはわかっていた。

 香澄は、再び流れかけた涙をごしごしと拭い立ち上がる。

 

「……それじゃあ、またね」

 

 香澄は、沈黙が降りた空気の中沙綾の部屋から出ていった。

 

 

 

 

    ☆☆☆☆

 

 静かにドアを開ける。少しだけ古びた木製のドアだったが、やけにドアノブが冷たく感じられていた。

 そして、ひんやりとするドアノブに意識を向けていた為、香澄はドアの先に居た彼女達に気づかなかった。

 

「……え?」

 

 ドアに張り付く様にして重なっていた、りみ、有咲、たえ。香澄の姿を見つけると、急にカチッと固まっていた。

 そして、声を上げたことで部屋から沙綾も出てくる。

 

「……みんな?」

「う……。え、えっと。……こ、こんにちは、山吹さん」

 

 戸惑いながらも、挨拶をする有咲。沙綾は、面々の顔を見回した後「どうしたの?」と首を傾げる。

 

「……香澄が1人で教室から出て行っちゃったからさ。追いかけてきたんだけど……。そうしたら、山吹さんのお父さんとお母さんが中に入れてくれたんだ」

「え……。それじゃあ、もしかして……聞こえちゃってた?」

「……うん」

 

 一気に気まずい雰囲気に成り代わる。沙綾は目を見開くと、言葉に詰まったのを誤魔化すようにそっぽを向いていた。

 

「……香澄。そろそろ行くよ」

「……え?」

 

 たえの言葉に、沙綾と香澄が声を上げる。

 

「まだ、言葉にならないと思うし、話せるような状態じゃないと思う。だから……」

 

 りみがつまる。えっと……。と、言葉を考えてるのを見兼ねてか、有咲が口を開いた。

 

「……私は、皆で食べたあの昼ご飯。凄く楽しかったし、嬉しかった。それだけ」

 

 目を閉じて、思い出すようにして呟く。沙綾は目を瞑り、なんだか苦しそうにしていた。

 その言葉を合図に、有咲達が踵を返した。遅れた香澄も、慌ててカバンを持ち、後を追おうとする。

 

「……それじゃあ、また明日ね」

「……うん」

 

 香澄と沙綾は、目を合わせないまま別れを告げた。



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47

pixivにも投稿始めました。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=12352973#1

ハーメルンでの校正は一旦停止で、pixivの方を校正進めています。




 夕日も黒に染まりつつある黄昏の時間。香澄達は有咲の蔵に練習をしに戻っていた。

 有咲、たえ、りみの三人は、特に話すこともなく各々楽器の準備を進めている。

 

「……」

 

 が、そんな中でノートに向かう香澄がいた。一切声を出さず一心不乱に描き続けるその姿を見た3人は、清らかだとさえ思っていた。

 

「……大丈夫かな、香澄ちゃん。蔵に来てから、ずっとこんな感じだけど……」

 

 何も口にせずノートに向かう香澄を、心配するりみ。ベースのチューニングの手を止めて、ピックを静かに机に置いた。

 

「……あれが今の香澄のやることなんだと思う」

 

 有咲が静かに鍵盤に触れる。ファーという少し抜けた音が、蔵の虚空に消えていった。

 音が響き終わる前に、有咲は口を開く。

 

「……歌って言うのは誰かを感動させたり、誰かの記憶の中に永遠に残ったりするものなんだ。歌を歌うってことは、バンドをするってことは、誰かの支えになったり、誰かの勇気になったりするようなことを伝えるってことなんだよ」

 

 蔵が静寂に包まれる。有咲の言葉を、蔵の面々が静かに聞いていた。

 

「自信がなくて、気が弱くて、甘ったれでもそんな歌を歌わなくちゃいけない。背負って、愛して、裏切らないように。……誰かのスタートになるような、いつまでも愛されるような歌を歌わなくちゃいけない……。って、偉そうに言ったけど、これ小説の受け売りなんだけどな」

 

 少し恥ずかしそうにそっぽを向く。皆が手を止めて、有咲の言葉に聞き入っていた。

 

「……さーや、やっぱり“やりたいのにできない”って感じだった。せっかく夏希ちゃんたちとバンドを組んだのに、迷惑かけちゃって。もう一度やりたくても、また迷惑かけちゃうからって」

 

 有咲の話を聞いていた香澄が、思いを吐露する。歌詞を書く手を止めて、自らの思いを吐く。

 

「さーやの気持ちはわかるけど、でも、でも……っ!」

 

 香澄の瞳に、一杯の涙が溜まる。体を震わせながら言う香澄の姿を、三人は何も言わずに見つめる。

 

「あんなに苦しんでるのは、やっぱり違うよ……!」

 

 紫色の瞳から、一筋のナミダが零れ落ちた。

 次々あふれてくる涙を拭うこともせず、香澄は続ける。

 

「……だからこそ、私は歌いたいの。有咲が言ったように、誰かのスタートになるような。誰かの背中を押してあげられるような歌を歌わなくちゃいけないの」

 

 涙を袖で拭い、作詞を再開した。

 ――みんなの支えになるような、勇気になるようなそんな歌を創る。だから、さーや。もう少しだけ待ってて。

 香澄は再び、ノートに向かい合った。

 

「……それじゃあ、私たちはやることは一つだね」

 

 香澄達の様子を静観していたたえがいった。

 首からギターを下げ、ギターをアンプに繋ぎ、音を出す。

 

「私たちは、香澄のバンド。Poppin'Partyだよ。香澄がそういう歌を歌うのなら、私たちも全力で助け合う。……私たちは、みんなで歌ってこそPoppin'Partyなんだから」

 

 そういうと、たえで現在練習中の「走ろう(仮)」の練習を始めた。

 ノートに向かう香澄と、練習するたえ。そしてそれらを見つめている有咲とりみ。

 この二人のとるべき行動はもう決まっていた。

 

「……よっし。じゃありみ、おたえ。できるところまで合わせるぞ。」

「……うん!」

 

 香澄達は、歌うべき歌にむけて走り出していた。

 

 

 

 

 

 

 



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48

「……できた」

 

 作詞に取り掛かること数時間。夜も深け、たえとりみが帰宅した後に、香澄の歌は完成した。

 持っていたシャープペンシルを置き、ノートに書きなぐった歌詞を何度読み返してみる。

 

 ーーねぇ、キミ。聞こえる?

 

 そんな声が、聞こえた気がした。

 思えば、あの時。有咲の蔵に辿り着いた時も、声が聞こえたような気がする。

 やさしくて、暖かくて、陽だまりの天使のような声。知っているようで、知らないような不思議な問いかけ。あの声に、私は救われていたのかもしれない。

 そうして見つけることが出来たのは、ドキドキしない世界から抜け出す先導者となった、剥がれ掛けの小さな星のカケラ。

 きっかけは些細なことだったけど、今こうしてポピパとして居ることが出来た運命。

 小さな偶然が集まり、それが育ったら奇跡になる。その奇跡を大切にして、周りへと伝播させる。

 1つの点が線になって、線が円になって、循環してゆく。そんなきっかけになる事がバンドで歌を歌う事なのかなと、香澄はぼんやりと感じていた。

 受け取った愛を、今度は香澄が伝える番。戸惑い、走れない沙綾の手を繋ぎ、勇気を与える番。

 

 そんな決意の歌が、勇気の歌が今。出来たのかもしれない。

 

 メロディに合わせて歌詞を口ずさんでみる。香澄の口から紡がれる言葉の1つ1つが、ストンと有咲の胸へと入り込んでくる。

 香澄がいつも、口癖のように言っている"キラキラドキドキ"。そして、"星のコドウ"。その一片に、有咲は触れた気がしたていた。

 

 素直になれない有咲は、若干のドキドキを抑えながら香澄に声をかける。

 

「……できたのか?」

「……うん」

 

 心配そうに香澄を見つめる有咲。香澄は、歌詞を見つめながらコクコクと頷いている。

 

「……随分と長い時間作ってたな」

「……え、そんなに?」

「うん。もう22時近いぞ」

 

 スマートフォンの電源を入れて、時間を見ようとする……も。充電が切れてしまっていて点かない。確か、沙綾の家に言った時には70%近くのはずだったから、それを全て消耗するほど長い時間集中していた事になる。

 ……見ると、有咲は既にパジャマに着替えており、ツインテールも解いて完全に休む体勢に仕上がっていた。

 現実を急速に理解した香澄。自分がまだ制服でいた事と、夕ご飯を食べていなかったこと。ましてや、家に帰っていなかった事を矢継ぎ早に思い出した。

 

「……ご、ごめん有咲。私、こんな時間まで……」

 

 バタバタと荷物をカバンに詰め込み、ギターを持って蔵から飛び出そうとする。

 そんな慌てている香澄を、有咲は優しく制した。

 

「大丈夫だよ。ばあちゃんには言ってあるし」

 

 ほら、とお盆を渡される。

 そこには、海苔の巻かれたおにぎりと、巻かれていないおにぎりが1つづつ。そして、コップに入れられた緑茶が用意されていた。

 

「ばあちゃんが香澄を心配して作ってくれたんだ。夕飯のこと聞こうと思ったんだけど、声掛けても全然返事しなかったから。いるかわからなくてさ」

 

 有咲がコクリとお茶を飲む。その様子を見ていた香澄は、一層空腹と喉の乾きを覚えていった。

 1つ、海苔の巻かれていないおにぎりを手に取る。まだ暖かいおにぎりを、香澄は一口だけ頬張った。

 

「……美味しい」

 

 適度な握り具合と、塩加減。塩分の塩っぱさが、集中力を使った香澄の体に染み渡っていく。

 次第に食べるペースが早まる。ハグハグとおにぎりを口に入れる様子を、有咲は安心したように見つめていた。

 食べること一息ついた香澄は、暖かいお茶をひと口すする。張り詰めて集中していた作詞から一転、ほっとするひとときだった。世界で1番、あったかい。そんな気さえする。

 

「……もうこんな時間だし。明日もあるし。泊まっていくか?」

「……うん。練習もしたいし」

 

 香澄の決断は早かった。

 

 

 その日、香澄は有咲の家に泊まった。泊まると決めてからの香澄の行動は早く、既に決まっていたようにギターの練習を始めていた。

 もっとドキドキさせるようなギターテクを目指し、香澄の練習は眠くなるまで続いた。

 



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49

 次の日。りみとたえを勢いよく蔵に引き連れてきた香澄は、はぁはぁと切れる息を抑える暇もなく出来上がった歌詞を見せた。

 有咲とりみが作ったメロディに合わせて歌詞を歌い上げる。ここはみんなで歌って……などと、歌詞構成をひとつひとつ説明していく。

 

「……いいね。ノリ易いし、歌詞もすごくいい」

「こんな詞を書けるなんて……やっぱり凄いなぁ」

 

 有咲を含め、3人がノートを見て興奮気味に言う。たえ、りみは早速楽器を用意してアレンジを考え始めており、有咲も歌詞をじっと凝視していた。

 各々行動をとっている3人に、香澄は思いを告げた。

 

「……私ね、この曲を演奏出来るようになって沙綾に聞かせたいの。あんなに苦しんでる沙綾はもう見たくないし、それに……」

 

 香澄は、覚悟を決めたような表情でしっかりと告げた。

 

「沙綾とは友達だから」

 

 "友達"。なんでも悩みあえる最高の奇跡。

 その言葉に、ほかの3人はしっかりと頷いた。

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 ついに文化祭1週間前になった。

 クラスの催し物もラストスパートに入り、細かいところをどんどんと詰めていくことになっていた。

 ポピパ達も、必死の思いで"あの曲"を完成させほかの曲を詰めていく。

 香澄も有咲もりみもたえも、文化祭と両立をしながらなんとか準備を進めていっていた。

 

 そんな中……。

 

「ごめんね、沙綾。また朝ごはん作って貰っちゃって……」

「いーのいーの。私がやりたいんだから」

「でも……。学園祭近いんでしょ? 準備とかあるんじゃないの?」

 

 沙綾の母が、心配そうに後ろ姿を見つめる。グルグルと味噌汁を回す沙綾の姿を、なんだか悲しそうに見つめていた。

 

「大丈夫大丈夫! 準備期間で授業もないし」

 

 味噌汁を味見する。いつもと同じ出汁、同じ味噌を使っているはずなのに、なんだか少しだけしょっぱい気がする。

 

「そう……あら?」

 

 母親がなにかに気づいた。

 台所のすぐ近く。裏口のドアに、なにか挟まっている。視界の端に、時たまキラリと映るそれを、沙綾の母は視認した。

 

「手紙……? 星のシールが貼ってある……」

 

 白い封筒に包まれて、赤い星のシールがキラキラと輝く。

 手紙を優しく手に取り、沙綾の母はそっとそれを机に置く。

 

「ふふっ……。沙綾」

「なーに、母さん」

 

 沙綾は、お玉を持ったまま顔だけを向けた。

 

「これ、お友達からよ」

 

 沙綾に手紙を見せる。

 なんだか分からないと言ったふうに、手紙を見つめていた沙綾だったが赤い星を見ると一転。驚きと喜びが入り交じったような表情を浮かべる。

 

「これ……もしかして……!」

 

 味噌汁のお玉を他所に、手紙に食いつく。沙綾は、急いで手紙を開けた。

 

『沙綾へ』

 

 ひと目でわかった。この、可愛らしく丸っこい字。自らの気持ちを解き放とうとする、思いを込めたノートの字。香澄の字だった。

 沙綾は、続きに目を向ける……が。そこに書かれていたのは、たった一言のみだった。

 

 

 

 

 

星を辿って!

→☆

 

 

 

 

 

 星を、辿る……?

 沙綾の頭の中に疑問符が浮きでた。

 

 星を辿る、か……。そう言えば、最近そんな感じの話を聞いた気がする。

 下を向いて歩いていたら、隅に輝く星を見つけて。ドキドキを感じて辿ってみると、キラキラする運命に出会い。そんな、小説のような奇跡のお話。

 

 ーーもしかして。

 

 沙綾は、手紙が挟まっていたドアの裏側を確認する。下を向き、なるべく端の方を探す。

 

 ーーそこには、キラリと光る星のシール。少しだけ剥がれかけた、奇跡の欠片があった。

 

 どき……どき……どき……!

 沙綾の心臓が跳ね上がる。鼓動が高く、激しく響く。ハートビートは、聴こえるハズのない遠い音楽を想起させる。

 

「……母さん……わ、私……!」

 

 行きたい。

 行かなければならない。何処に行くかは分かっていた。

 香澄の話してでてきた、夢の蔵。最高の、ライブステージ。そこに決まってる。

 

 けど……けど……!

 

 ーー行けないっ。行けるわけないっ……!

 

 沙綾の目に、涙が浮かぶ。

 また迷惑をかけてしまう。母親に、父親に、純と紗南に……!

 

「沙綾」

 

 葛藤をしている沙綾の肩に、優しく手を置く。涙を頬に流し、潤んだ瞳を母親に向けた。

 

「沙綾……行きなさい」

「……え?」

 

 そっと、沙綾の涙を拭く。肩を抱き、しっかりとその目を見つめながら穏やかに語りかける。

 

「前にも言ったでしょ。私はもう大丈夫。お父さんだって、一緒に手伝ってくれる」

 

 空いた窓から、カサカサと風で揺れる草の音がする。酷く心地いいその音は、沙綾の心を酷く揺さぶる。

 

「……でも……でもっ!」

 

 沙綾の脳裏に、"あの時"の記憶が蘇った。

 母親が倒れる。父親が膝をつく。紗南が、純が泣き叫ぶ。

 

 もしも、もしも()()()()()()()()()()()()……?

 

「私がっ! 私がバンドをしていたせいで苦しんだの!! また同じ事があったら……。そんなの私、耐えられないっ!!」

 

 泣き叫ぶ。また同じことがあったらという不安。それ故に、沙綾は踏み出せなかった。

 

「……ねーちゃん!」

 

 いつの間にか純が起きてきていた。その手には、母さんの携帯。なにやらカコカコと画面を動かしている。

 そして、そのまま携帯を自らの耳に当てた。

 

「純、何をして……」

 

 沙綾が問いかけようとしたのを遮るように。沙綾の携帯がブルブルとバイブレーションした。

 溢れ出る自らの想いが完全に止まりきらない。震える手を抑えながら、沙綾は自らの携帯を見た。

 白い背景に、「母さん」の文字。純が、沙綾の携帯に電話をかけていたのだ。

 純の行動の意図が読めない。沙綾は思わず、純と起きていた紗南。そして、心配そうに見守る父さんと母さんの顔を涙溢れる目で垣間見た。

 

「俺、去年は何も出来なかったけど。今は俺も、紗南も何かあったら1人でも呼べるよ!」

 

 しっかりと、前を見据えて。もう二度と、失敗はしないという覚悟。その片鱗を、沙綾は感じ取る。

 そっと、服の裾を引っ張られた。純よりも一回り小さい子供の手。紗南は、心配そうに沙綾を見上げる。

 

「お姉ちゃん……紗南達がついてるからね」

「っ……!」

 

 ーーそうか。そうだったのか。やっと、気づくことが出来た。

 

 沙綾の脳裏に、蘇る記憶。いつもそばにいてくれた、純と紗南。

 どんなに今が辛くたって、何も上手くいかなくたって、2人はそばに。沙綾に寄り添ってくれていたのだ。

 ……いや、2人だけじゃない。沙綾の悩みに耳を傾けたのは、純と紗南だけじゃない。

 

 香澄。戸山香澄。入学式で出会った、星が大好きな女の子。

 

 彼女はなんて言ってくれた? 彼女はなんて声をかけてくれた?

 

 

 

"……なんで、なんで1人で決めちゃうの……? 私達、友達でしょ……?"

 

 

 

 

 はっとした。頭を鈍器で殴られたように、沙綾の心は揺さぶられていた。

 ーー遠くから願うだけだった私を見つけてくれたのは誰だ?

 ーー眠っていた声を、呼び覚ましてくれたのは誰だ?

 

 

 

 

 

 ーー香澄っ!!!

 

 

「……純、紗南……ごめんね」

 

 優しく、きゅっと2人を抱きしめる。今まで日常であった抱擁とは違う。暖かく、陽だまりのような熱がそこにはあった。

 

「父さん、母さん、ごめんなさい……。私、また1人で悩んで……立ち止まっちゃって……」

 

 2人から手を離し、涙を拭う。自らの母親と、父親に向き合うと、母親が口を開いた。

 

「……私ね、元々身体が弱かったから色々迷惑かけてたでしょ。だから、早く沙綾を安心させたいって。元気になって、沙綾に自分の夢を目指して欲しいって、そう思ってたの。でも……」

 

 母親が目を伏せる。

 

「でも、結局1年前のあの日。倒れてしまった。父さんにも、色々と迷惑をかけちゃった。……だから」

 

 沙綾に触れる。頬に大きな手を添えて、まだ流れる涙を拭く。

 

「……もうこんな無理はしない。約束する! だから、沙綾も沙綾自信を大切にして……!」

 

 暖かい。久しぶりに、母親に抱きしめられたような気がする。

 沙綾の中のピンと張った糸が、ほつれかける。

 

「……沙綾。父さんと、母さんはもう大丈夫。今までは、不甲斐ない事に、沙綾の苦しみに気づくことが出来ないで間違った事ばかりしてしまっていたーー」

 

 父親が、沙綾の頭に手を置く。

 誰よりも大きく、頼もしい掌が沙綾の糸をよりほぐす。

 

「……だが、もう間違えない。しっかり話し合って、これから先を決めていこう。だから、沙綾」

 

 

 ーーお前はお前の夢を撃ち抜くんだ!

 

 

 プツリ。

 沙綾の糸が、完全に切れた。

 

 

「……うん。……うん! ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 

 止まりかけていた涙が、再び溢れ出す。

 暖かいこの居場所、温もりを感じるこの優しい居場所。寄り添ってくれる仲間。こんなにも、暖かくて、眩しかったんだーー。

 母親が沙綾から手を離す。父親と、紗南と純と。4人で送り届けてくれる。

 

「沙綾……行ってらっしゃい」

「……うん! 行ってきます!」

 

 よく晴れた日。台所のドアから飛び出した沙綾。

 燦々と輝く太陽が、沙綾の進む道を照らしてくれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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50

 沙綾は、ガムシャラに星を辿った。

 時には走って、時には歩いて。しゃがんだり、登ったり。沙綾はひたすら星を辿った。

 星は、右にあったり左にあったり。堀に貼って合あったり、室外機に貼ってあったり。小さい子供しか通れないようなところにもあったりした。沙綾の膝下くらいの所や、同じ背丈くらいの所とバラバラの高さにそれはあった。

 段々と、星の数が多くなってくる。初めは一つだったのが、二つ、三つ、四つと増えてゆく。沙綾は、この導をただひたすらに追った。

 多少上がった息を整えつつ文字から頭を上げると、「質屋、流星堂」という看板が目に入った。どうやら、気が付かないうちにお店の前まで来てしまっていたらしい。

 周りには、不確かで知らない世界が広がっているが、不安や心配は無い。星のお陰で、確かな導を受けられたから。純と紗南がやっているゲームの配管工のように。星を手に入れるば無敵になれると、相場が決まっている。

 そんな沙綾は「流星堂」というお店の敷地に惹かれるように入っていく。「すいませーん!」と声をかけるものの、返答はない。勝手に入ってはいけないは事わかっているが、それでも気持ちに嘘はつけない。沙綾は、恐る恐る中へと入っていった。

 古くさそうな扉が開きっぱなしの古屋があり、フラフラと引き寄せられるように中を覗いた。

 

 導の星。そして、書道半紙に書かれた「夢」という文字。なんだかドキドキしてきた。

 ……綺麗に整えられた倉庫の中。薄暗い部屋の中で、微かに輝く星のシール。その近くに、うっすらと光が漏れ出している床下扉があった。

 

 恐る恐る、ドアをノックする。コンコンコンと、丁寧に3回ノックする。

 

 ……返事がない。けど、なんだか楽しそうな音楽が聞こえてくる。

 

 手が震える。ドアノブを、手のひらで触れることが出来ない。

 ーーこんな私でも、夢見ていいのかな?

 ーードアノブを、握ることすら出来ない私が入っていいのかな。

 

 

 

 ーーそんな不安を、沙綾は頬を叩いて払いのけた。

 

 

 パァンと鳴る頬。ヒリヒリする頬。強く叩きすぎたせいで、じんわりと痛みが残っているが、それはしょうがない。

 さっき、ちゃんと見届けてくれたじゃないか。お母さんと、お父さん、純と紗南。皆で、私の背中を押してくれた。

 

 「……POPPING」

 

 POPPING。それは、楽しくなれる魔法のコトバ。

 POPPING。それは弾ける魔法のコトバ。

 POPPING。それは輝くキズナのコトバ。

 

 POPPING! POPPING! POPPING!

 沙綾は、唱える度に力が湧いてくる。勇気が湧いてくる。

 

 「……よし!」

 

 沙綾は、夢の蔵のドアを開けた。

 

 

 沙綾がドアを開けた瞬間だった。

 

「ライブハウス"夢の蔵"へようこそ!」

 

 ガラガラギューン! ガラガラギューン!

 香澄とたえがギターをかき鳴らす。それを追うようにして、有咲とりみがしっかりとしたサウンドで後を追う。

 若干乱れた髪を左手でかきあげながら、香澄は沙綾を見つめる。沙綾は、ドキドキしながらも状況を把握し、香澄に聞く。

 

「えっと、これは……ライブ?」

「うん、ライブ! 蔵でライブだから、蔵イブだよ!」

 

 ニコリ、満面の笑みで香澄はギターを構える。

 その姿を見るなり、沙綾の脳裏にあの祭りでの歌が思い出された。

 

 キラキラとドキドキを身にまとったような彼女たちの姿。止まらない胸の鼓動。それらが鮮明に蘇ってくる。

 そんな彼女たちの姿にドキマギする。ハートビートが収まらない。

 

 頬が紅潮し、体温が上がる。そんな様子を見た香澄が、意を決したように口を開いた。

 

「私達の想いを込めた歌……聴いてください。"STRA BEAT!~ホシノコドウ~"」

 

 

 



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50.5

 私は、自分が好きになれなかった。

 

 

 

 まだ中学生だった頃。初めてのライブに失敗のがきっかけだったかのように思う。

 ナツと、マユとフミカ達との初めてのステージ。キラキラ輝くはずだった舞台に、私は上がる事が出来なかったのだ。

 

 父さんが急な配達で家を留守にしたほんの僅かの間。母さんと、純と紗南しかいないタイミングで、それは起こった。

 疲れとか、色々溜まっていたんだと思う。元々の体の弱さも相まって、母さんは倒れてしまった。

 その連絡を聞いた私は……。"初めてのライブ"を終えることなく、母さんを病院へと連れていった。

 

 

 

 

 

 母さんを何とか自宅へと連れ帰った時。ナツ達が家へと来てくれた。

 目と目が合うなり、皆が泣きながら駆け寄ってくる。抱き合いながら、その温かみを感じながらも、私は面々へ謝罪をする。

 申し訳なさを感じ、俯いて黙り込む。静かに流れる涙、頬に伝う雫が落ちきる前に、ナツたちが励ましの言葉を掛けてくれた。

 

 出だしでナツがトチったこと。急遽ドラムの音源を流してもらったこと。ライブは、何とかなったこと……。

 

 ナツ達が届けてくれたペダルバックを胸に抱き、沙綾は自らのしてしまったことの重さを感じていた。

 ……でも、そんな私にナツ達は言った。

 

 

「ライブは、今日だけじゃないよ!」

「また一緒にやろう!」

 

 どれほど、暖かっただろう。どれほど、優しい言葉だったんだろう。

 少なくとも、その時まで。私は前を向けていた気がしたーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこと無かった。向けていた気がしてただけで、下を向いたままだったのだ。

 みんなに前を向かせてもらって気づいたのだ。

 ナツも、母さんも……。自分の事よりも私の事ばかりだったってことに。

 

 ナツ達は、ライブをめちゃくちゃにしたのにみんなが気遣ってくれて。私の分まで頑張ろうとしてくれて。

 母さんは、まだ完全に治りきっていないのに"元の生活に戻っていいのよ"

だなんて微笑んでくれて。

 

 みんなに負担を掛けて、私だけが楽しむ。その事実が私の心を蝕んでいく。

 

 だから……私は「私」が嫌いだった。

 

 みんなに迷惑をかけてしまう自分が。迷惑をかけなければ、楽しめない立場にいる私が。

 私が何かをやろうとすると、必ず誰かが損をしてしまう。そんなの、そんなの絶対に許せない。許せるはずがなかった。

 

 

 だから、今日も私は嘘をつく。自分の気持ちに封をして、嘘でひたすら塗り固めていく。

 

 

ーーーーー

 

 気づいたら高校生になっていた。

 迷惑をかけ続けていたCHiSPAを辞め、家の手伝いを積極的に行うようにしていたら、高校生になっていた。

 

 花咲川女子、高校1年生。少しだけはやる気持ちを抑えつつ、私はクラス分けの掲示を見に行く。

 そこでーー私は、戸山香澄と出会ったのだ。

 

 

 星のような、猫のような髪型をした彼女。私が、お昼ご飯に焼き立てのパンを持ってきていたこともあって、「パンの匂いがする!」だなんて言い放った彼女。

 混じりっけのない、真っ白な笑顔。綺麗な笑顔を、不思議と私は惹かれた。星の輝きのようなその姿が眩しくて、ちょっぴり憧れもあったのだ。

 

 そんな香澄のライブを初めて見た。商店街の、お祭りのステージでのミニライブ。

 市ヶ谷さんと、花園さん。牛込さんも加わり、皆で音楽を奏でる。

 思わずリズムに乗ってしまった私だったが、それを何とか振り払い。心に整理をつけながら、私は獅子舞へと戻っていく。

 

 

 数日後には学園祭の準備が始まった。

 香澄と共に学園祭実行委員になった私は、事務所類に泣く香澄を宥めながらも準備を進めていく。

 みんなでワイワイと進める準備。市ヶ谷さんも、いつの間にか学校来るようになり、花園さんと牛込さん。市ヶ谷さんと香澄。この5人で集まることが多くなっていた。

 

 ーーなんだか、久しぶりにちゃんと笑った気がする。

 香澄がボケて、市ヶ谷さんがツッコミを入れて。花園さんがちょっとズレたことを言って、それに牛込さんがノッてまた市ヶ谷さんがツッコむ。

 忘れかけていたこの時間が暖かい。

 

 "なんでこんなにも、眩しいの?"

 

 そんな問いが出てくるくらいに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも、私は決めたのだ。迷惑をかけてまで、私は楽しめない。そんな嘘が、私を遮っていた。

 

 

 そんな日々を過ごしていた時だった。香澄が、私の家に突然訪れてきたのだ。

 ちょっと様子がおかしい……が、それでもお腹はすくようだ。くぅ、と可愛らしい音が香澄から鳴ったので、下からパンをいくつか持ってくる。

 午後の紅茶と、食パンとベーグル。売れ筋ランキングでかなり上位に入るこのふたつのパンは、今日に限って何故か売れ残っていた。

 そんなパンを、香澄にならってはむはむと咀嚼する。静かな時間が続いていく中、香澄に核心を着く様なことを問われてしまった。

 

「さーや、なんでドラム辞めちゃったの?」

 

 なんで……か。思わず本音が出てしまいそうになる。

 今日までにすごしてきた暖かな時間が、私の心を緩やかに解いてくる。それを結び直す時間。若干の沈黙の後、香澄は何かあるなら手伝うよと、またしても優しい声をかけてくれた。

「……いいよ、香澄に悪いし。文化祭でもライブするんでしょ? 全然時間ないよ」

 

 バッサリと切り捨てたつもりだった。香澄が、私の辞めた理由について聞いてきた時、その先の言葉が想像ついたからだ。

 それでも、香澄はめげずに聞いてくる。バンドじゃなくてもいいから、さーやと一緒に楽しみたいから手伝いたい……と。

 

 その言葉が、私の気持ちを溢れさせたのだ。涙とと共に、吐き出す思いが止まらなくなったのだ。吐ききったのを聞いた上で、香澄はこう言ったのだ。

 

「……なんで、なんで1人で決めちゃうの……? 私達、()()でしょ……?」

 

 濁流の如く。崩れたダムの如く。私は泣いた。

 

 泣き終えた後、心配してくれた香澄に改めて思いを伝える。

 少しだけ悲しそうな表情をした香澄だったが、それを隠すようにして部屋から出ていく。

 途中、ポピパの面々と鉢合わせはしたが揉め事とかそんなことは無く。別れを告げて部屋に戻った。

 

 

 ーー虚無。心にぽっかり穴が空いたような感覚に襲われる。

 何もする気になれなくなった沙綾は、ベッドに深く倒れ込んだ。

 

 ……グルグルと落ちていくような感覚。自分がどうすればいいのか分からない。最近感じていた温かみなど、どこかへ飛んでいってしまっていた。

 ふと、音楽プレーヤーの電源を入れる。この気持ちを切り替える為に、無意識に彼女達の歌を求めていた。

 彼女達が奏でた音楽。仲間や、夢や、キラキラを奏でるあの音楽。商店街のライブを思い出し、少しだけ気分が回復する。

 まるで自らがドラムを叩いているかのように錯覚する。足がバスドラを叩き、スネアとタムを連打するあの爽快感。私の体は自然と動いていく。

 

 ーーよう。俺様の出番じゃないのか?

 

 そんな声が聞こえた。ドラム練習パッドのライオン丸くん。その顔が、ベットの下から覗いていたのだ。

 私は起き上がり、ライオン丸を手に取る。ホコリを払い、一緒に刺してあるスティックを取り出す。

 

 ……懐かしい。1年ぶりにスティックを握った。

 

 コツン。ライオン丸へごちんと一閃する。最初はシングルストロークから始まり、段々とそのペースを上げていく。

 プレーヤーから流れている「イエバン」と、私のドラムがリンクする。

 

 もう、歌しか聞こえなかった。

 

 自らのドラムと、「イエバン」が共鳴していくのが気持ちいい。

 沙綾は、彼女達と一緒に演奏している気持ちに包まれた。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 お母さんに、お父さんに、純と紗南に後押しをされ、香澄の言っていた「蔵」へと辿り着く。

 あの歌にあるように星を辿り、ドアをノックする。

 

 下に降りると、ポピパの面々が楽器を構えて待っていた。ガラガラギューンと楽器をかき鳴らしながら、これはライブだと伝えてくる。

 

 そして、乱れた髪をかきあげながら、香澄は言う。

 

「私達の想いを込めた歌……聴いてください。"STRA BEAT!~ホシノコドウ~"」

 

 忘れかけていた、遠い音楽が目を覚ます。

 

 皆で歌う合唱のようなパートから、流れるようにAメロへと繋がっていく。

 まだまだ皆の音楽は未完成のようだけれど、意志と強さ、そして勇気が形を生して、楽曲が組み上がる。

 遥か彼方のあのステージ。世界のどこよりも眩しい場所。センセーショナルな幕開け。終わらない歌は、まるで明日へと続いていくようだった。

 ひとつの気持ちを掲げて前に走り出そうとする気持ち。決意。それらが、私の心にまで伝達する。もう離さない、離したくない。

 

 

 わたしたちの、"STAR BEAT!"

 一筋。瞳から涙が流れる。

 思い出した、忘れかけていた、知らんぷりをしていたよみがえる日々。嘘をついて、止まっていた時計。塗り固められたその針は、星の鼓動(ホシノコドウ)によって、溶かされていく。

 

 "昨日までの日々に、サヨナラする"

 

 もうこんな日が来るなんて思ってもみなかった。

 

 "誰かと一緒に考える"

 

 こんなシンプルな事、どうして忘れていたんだろう。

 ……いまなら、心の底からみんなに相談できる気がする。

 

 ずっと支えてくれた家族。夢を撃ち抜けと、後押しをしてくれた。

 流れる間奏の中、私は思う。

 

 やっぱり、この思いはごまかせない。1000回潤んだって、それでも朝日は登る。

 今まで終わらなかった長い夜の中。今まで見えなかったそれは、いつでもこの空にあったんだ。

 

 

 

 もう我慢ならない。この、ポピパ達が奏でる物語に、私も加わりたい。夢を夢じゃ無くすような、青春を全部捧げるような旅をしたい!

 

 

 感じていた鼓動を確かに抱き締める。時計の針が、やっと回り出した。

 

 

 

 

 



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51

 ……有咲のピアノが、静かに響き渡る。

 目を瞑りながら歌っていた香澄は、静寂の中にぽたぽたと落ちる雫の音で目を開いた。

 

「沙綾ちゃん! 大丈夫?」

 

 クタっと座りながら、静かに泣く。慌てたりみが、ベースを肩から掛けたまま沙綾にタオルを持っていった。

 ピンク色のタオルで涙を拭く。沙綾は「ありがとう」と呟きながら、笑顔を作った。

 

「ごめんね、ちょっと思い出しちゃって……」

 

 えへへ、と泣き笑いの表情を浮かべる。沙綾は言葉を続けた。

 

「指を繋ぎ始まった全て、とか。昨日までの日々にサヨナラする、とか。諦めてた事、色々思い出しちゃった」

 

 指で涙を拭き取る。端で寝転がっていたザンジとバルが、沙綾の元へと寄っていった。

 

「さーや」

 

 香澄が静かに呼びかける。星の導きにより、夢の蔵へと辿り着いた沙綾に語りかけるように話す。

 

「私ね、人ってそんな変われないと思うんだ。何かを乗り越えたと思っても、またつまづくことはあるし。人生は魔法じゃないから……」

 

 星。迷路のような真っ暗な場所からでも、導いてくれるような声。

 

「だから何度でも歌うんだよ」

 

 ハッとした。香澄は、静かに言ってゆっくりと目を閉じる。

 

「さーや、大切なものとは何度だって会えるんだよ。何度だって思い出して、空を見上げて、きらめきをそばにおいて、歌えばいいの。昨日までの自分に、サヨナラをすればいいんだよ」

 

 ゆっくりと目を開けて、香澄は沙綾に促した。

 

「さーや、耳を済ませてみて。聞こえない?」

 

 とくん、トクン。香澄の中にも、沙綾の中にもその声が聞こえる気がする。

 胸に手を当てて、耳をすましてみる。

 

「ドキドキする鼓動が、聞こえない?」

 

 遠いけれど、近くにある。トクントクント響く星の鼓動(ホシノコドウ)。そんな、沙綾の星の在処(ホシノアリカ)が今、

 

「……うん。うん! 聞こえた、聞こえたよ。しっかりと、聴こえた……!」

 

 

 

 見つかった。

 

 

 しっかりと、意を決した様な表情で面々を見る。有咲と、りみと、たえ。そして香澄の顔を1度づつ。

 その後沙綾は立ち上がった。過去を変えるかのように、未来を変えていくかのように、しっかりとした足取りで香澄達に寄る。

 そして、

 

 

「……そんなドラムの居ないロックは認めない!」

 

 鼓動の残響。各々の中で残る音をかき消すように、沙綾は叫んだ。

 急な出来事に目を見開いているポピパ達。そんな彼女たちを他所に、先程のテンションとは一転した様子の沙綾が言う。

 

「私、前にバンドやってた頃。私は、私のせいでバンドのライブをめちゃくちゃにしちゃった。"みんなでライブをする"。そんな夢を壊しちゃった私は、勝手に諦めちゃったんだ。私が諦めれば、誰も傷つかないし、何も壊さないから」

 

 足元で彷徨いている2匹。んなーと、鳴くザンジとバルを見ながら沙綾は言う。

 

「……けど、すっごくバンドがやりたくなっちゃった。みんなと一緒なら、もう一度だけできる気がする。夢を、撃ち抜ける気がする」

 

 沙綾の笑顔が、眩しい。

 ここ数日、まともに見ることが出来ていなかった沙綾の笑顔を、香澄は見ることが出来た気がした。

 

「1度は断っちゃった身だけど……」

 

 覚悟。そうする事で、もう一度だけ信じてみる。

 手を握り、夢見るハートビートを感じながら、走り続ける!

 

「私も、その"物語"に加わらせて下さい」

 

 一呼吸。どれほど待っていたことだろう。

 沙綾のその言葉に、香澄達は泣きそうになる。

 

「……もちろんだよ!」

「うん! 一緒に、リズム隊頑張ろうね!」

「新しい音を、一緒に弾いちゃおう」

「えと、その……。よ、よろしくな」

 

 5人で手を取り合う。点と点が重なり線になり、線と線がつながり円となる。放したくない夢を、みんなで抱きしめる。みんなの中で、夢の物語はずっと回り続けるのだ。バンドは、運命共同体なのだから。

 

「さーや」

「ん?」

 

 泣きそうになりながら、香澄が笑う。

 

「……これからよろしくね!」

「……うん。よろしくね、香澄」

 

 ーーヒラヒラと花弁が舞うあの時を思い出す。

 心揺れる季節に、小さな偶然が集まり、育っていく。

 

 ……いや、彼女達には''偶然"なんて言葉は似合わない。

 彼女達が起こした"奇跡"。出会った始まりが導いた偶然を、"奇跡"に変えたのだ。

 星の鼓動に抱かれながら、彼女達はいつまでも強く掻き鳴らしていく。

 

「……ねぇ! 曲、作ろうよ!」

「はぁ? ライブまで、後1週間しかないんだぞ?」

「それでも私、作りたい! 難しいかもしれないけど、私はポピパの"決意の曲"をつくりたいの!」

 

 香澄の中に、ぼんやりと曲のイメージが沸きあがる。全員に、歌唱パートがあって、顔を合わせるように歌える曲。

 まだ走り始めたばかりだけど、まだか弱い光だけれど、着実に育ち、輝いていくような曲。

 

「……私、作りたい」

「なっ、や、山吹さん?」

 

 意外にも乗ってきた沙綾に驚く有咲。そんな有咲を置いておいて、ポピパは話を進める。

 

「私もやりたいな。ポピパの決意の曲」

「わ、私も! ちょっと大変かもしれないけど、やってみたい!」

 

 たえ、りみも乗っかってくる。そんな面々に有咲は「んなっ!?」と、変な声を上げる。

 

「有咲!」

「有咲」

「有咲ちゃん!」

「市ヶ谷さん……ううん。有咲!」

 

 ポピパに見つめられる有咲。木っ端ずかしくなったのか、皆の決意を感じとったのか。それは、本人しか分からないものの、なにか吹っ切れたようだった。

 

「……あーもう! それだけ言うんだったらやってやる! けど、めちゃくちゃ大変だからな!!」

 

 そう言って、腕を組みながらそっぽを向いた。

 ちょっと耳が赤い有咲にみんなは笑う。なんとも和やかな雰囲気だ。

 

「……あっ! ねえ、お客さんに紹介しようよ!」

「紹介? お客さんって……?」

 

 訝る様子の沙綾の腕を引く。Poppin’Partyの5人は、蔵の中で騒がしく整列する。

 

「いくよ! せーのっ! ……私達っ!」

 

「「Poppin’Partyです!!」」

 

 それぞれが、それぞれポーズを決める。隣に抱きついたり、ピースしてたり、何かを撃ち抜いたり、それらは様々だ。

 みんなのポーズを見て、みんなが笑い合う。暖かい、幸せのひと時だ。

 

 そんなポピパをみて、2匹のお客さんはんなぁーと、声を上げた。

 




なんか最終回みたいですけど、まだまだ続きます。
もうちょっとだけ続くんじゃ。


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走り始めたばかりのキミへ
52


「……だぁーっ! 疲れた!」

 

 練習開始から数時間後。有咲が根を上げてしまった。

 

 今日は、沙綾がPoppin’Partyに加入してから初めての練習だった。金曜日に電子ドラムの「TD-1K」を急遽購入し、有咲の蔵に置かせてもらってからすぐ。ポピパは5人での練習を開始した。

 

 金曜日から泊まり込みで、土曜日、日曜日まで続く軽い合宿のような予定をみんなで組み立てていたのだ。並行して沙綾との新曲作りを行いつつ、練習練習ひたすら練習……。

 そういった形で、各々がお菓子や飲み物を持ってくる中、猛特訓が既に開始されていたのだった。

 

「いっぱい練習したもんね。はい、お茶だよ」

「ん、ありがと」

 

 りみから渡された緑茶を受け取り、喉を潤す。ぷはーと女子高生らしくない声を上げながら、有咲はソファに座った。

 

「結構練習したねぇ……4時間ぶっ続けかな」

「私、お腹すいちゃった」

 

 沙綾とたえも少々疲れたような顔をする。たえに関しては、お腹を抑えながらもバルを撫で回していた。

 

「そんな皆に……はい! パン持ってきたよ!」

 

 沙綾が茶袋を机に置く。封をされた口から漏れ出す匂いが、4人のお腹を刺激する。

 

「やった! 沙綾ありがとう!」

 

 みんなでソファに座り、机を囲む。各々が好きなパンを手に取り、はむはむと口に運び始めた。

 ……そんな面々を見て、香澄はふふっと笑みをこぼす。

 

「どうしたの、香澄ちゃん?」

「えっとね。……ポピパ、集まったなーって」

 

 えへへ。つい恥ずかしくなり、目を細めながら笑う。

 突然の香澄の笑顔に、疑問符が浮かぶ。香澄は言葉を続けた。

 

「なんか、みんなが居て嬉しいなーって。笑いあって。バンドの練習して、疲れたら少し休憩して。……なんだか嬉しくなっちゃった」

「香澄ちゃん……」

 

 少し涙ぐんでしまったりみ。たえ、沙綾も、なんだか嬉しそうな表情で香澄を見つめている。

 

「嬉しくなっちゃったって……まだ、始まったばかりだろ」

 

 有咲の発言に、ポピパが集中する。

 

「まだ最初のライブすらやってないんだし、これからどんなコトがあるかも分からないだろ。……だから、喜ぶのは後」

 

 言いながら恥ずかしくなったのだろうか。言い終わる頃には、ほんのりと耳が赤くなっていた。

 けど、その発言を笑うものはいない。ここに居るのは、香澄と有咲とりみとたえと沙綾。Poppin’Partyなのだ。各々が夢を撃ち抜くために集まった5人なのだから。

 

「あ、有咲~!」

 

 香澄が耐えきれなくなり、つい有咲に抱きついた。

 途端にぼっ! と赤に染る有咲。引き剥がそうとするものの、香澄の力の方が強い為剥がれない。

 そんな様子を、他の3人は微笑ましそうに見つめていた。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 深夜。有咲の家のお風呂に、皆が順々に入っていく中。香澄は、縁側に腰かけて1人、夜空を見上げていた。

 満点の夜空に輝く星空。香澄は、あの「星見の丘」に行った後から、星空の1番輝く星を探すのが習慣になっていた。

 美しき夜空は、一番星を照らしてくれる。きっと未来は明るいんだって伝えてくれるようだった。

 

「あ、ここに居たんだ」

 

 ぼんやりと空を見上げている中、パジャマに着替えたたえが香澄の隣に座った。

 

「皆は?」

「ザンジたちと遊んでるよ。癒されたいんだって」

 

 たえと、夜空を見上げる。静かに瞬く星空をただただ、ぼんやりと。そんな時間が、永遠と続いていくようだった。

 視界を占めるその星空は、なんとも雄大で。こんなにも優しく……。

 

「なんか、夢を見てるみたい」

 

 唐突に、たえが口を開く。香澄は、ただ、たえの横顔を見つめた。

 

「キースや、ベックや、ジミヘンの曲を目の前で聞いたような感じ。いつだって、私を震えさせてくれるの」

 

 ふふっと、笑みを浮かべる。その姿は優しく、美しく。夜空に映えるたえの髪が、キラリと輝いていた。

 

「こんな日が、いつまでも続いけばいいなーって」

 

 その顔に、思わず吸い込まれそうになる。香澄は、夜空をまた見上げながら言った。

 

「……大丈夫だよ。まだどうなるか分からないけど、何をしていくのかまっさらだけど、きっと大丈夫」

 

 ーーだって、夜空の向こうには明日が待っているんだから。

 

 その言葉をしっかりと伝える。誓いを立てるように、約束を結ぶように、ハッキリと。

 

「……そうだね。……あっ!」

 

 たえが声を上げる。立ち上がり、何かを見つけたかのように星浮かぶ夜空を指さす。

 

「流れ星! 願い事しないと!」

 

 視界の端。弧を描く流星が落ちていく。たえは、手を握り、誓いのポーズをとった。たった一瞬の奇跡に、祈るように願いをかけていく。

 

「……あーっ! 私もする!」

 

 香澄も同じように、星に願った。夜空の中で1番近いもの。流星が燃えつきる刹那に、2人は願いをかける。

 

「……ねぇ、おたえ。私、約束する」

 

 ゆっくり語り掛ける。

 

「私達は、"最高"の瞬間を手にするって。いつだってビリビリ痺れるような

音楽(ユメ)を奏でるって」

 

 小指をたえに向ける。

 

「ポピパとして、いつまでもおたえをドキドキさせるって!」

 

 ーー約束!

 

 少しの間、香澄と小指とを交互に見る。数回にわたり往復させた後に、満面の笑顔を浮かべた。

 

「ーーうん! 約束!」

 

 小指を絡ませる。しっかりと、固く、それでも優しく結ぶ。

 バンドは、運命を共にする。その中で、約束の景色は強く息づいていく。

 走り、追いかけて浮かぶパノラマ。その五線譜の上で今、スピカが燦々と輝いていた。



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53

 たえとの約束の後、他の3人も縁側に出てきた。

 皆で星を見ながら、ワイワイと話し合う。学園祭のライブ、その曲のセトリはどうするだとか、演奏中の掛け声はどうするだとか、そんなことを話した。

 香澄がボケて、有咲がツッコミを入れて。たえがちょっとズレたことを言って、それにりみがノッてまた有咲がツッコむ。そして香澄が唐突な提案を口にしたのを、沙綾がノッてまた有咲がツッコむ。

 なんて幸せな時間なんだろう。5人の穏やかな時間は、あっという間に過ぎていく。

 

☆☆☆☆☆

 

 

 学園祭、文化祭のはじまりだ。

 クラスメイトみんなで作りあげた「パン喫茶」が、本日堂々オープンする。

 廊下に置かれた立て看板に、部屋を彩る装飾の数々。店員は皆フリルエプロンを着用しており、可愛らしく着飾っていた。

 

「フゥーーーーッ! お持ち替えりぃ~~~っ!」

 

 開店して数分後。やけに高いテンションで現れたのは、二十騎ひなこ。そして、グリグリの面々だった。

 フリルエプロンを纏ったクラスメイトに案内をされて、グリグリは席に着く。

 

「お姉ちゃん……! 来てくれたんだ!」

「うん! りみが楽しそうに話してくれるから、気になって来ちゃった!」

 

 りみと、姉のゆりとの間でほんわかとした空間が作られている。微笑ましさにクラスメイト達が笑顔になる中、香澄は有咲に小突かれた。

 

「か、香澄! 注文溜まってやばい!」

 

 カフェオレを乗せたお盆を持ったまま、有咲はあたふたと香澄の横を通り過ぎていく。カフェを見渡すと、たえも沙綾も急に混みだしたお客さんの対応に追われていた。

 

「……うん! いらっしゃいませー!」

 

 大盛況の1-Aカフェであった。

 

 休憩時間には、ポピパで文化祭を回った。ユリ達3年生のお化け屋敷では、七菜の本気っぷりに驚かされて香澄と有咲は悲鳴を上げっぱなしだった。たえとりみは楽しそうに声を上げていて、沙綾はそれを見て逆に冷静になることが出来ていたのだった。

 他にも、お店で出していたお菓子や綿あめなどを食べながら出し物を回ったり、隣のクラスの出し物「金のガチョウ」で逃げ出した姫を探し出し、追いかけたりもした。この5人での時間が幸せで、最高だった。

 

 けれど、あまり遊んではいられない。香澄達には、まだこの文化祭での大一番が残っているのだ。

 文化祭メインステージ、その大トリ。1番盛り上げるステージを、作り出さなければならないのだ。

 

 そういった理由もあり、香澄達手作りのフライヤーが学園祭の色々な場所に貼られている。

 

「……みて、美咲! ライブよライブ! Poppin’Partyですって!」

「あー、はいはい。楽しそうなのは分かるけど、飛び跳ねるのはやめましょうねー」

 

「氷川さん……この子達……商店街ライブの……」

「ええ。かなり盛況だったらしいですね。…… Glitter*Greenも出演しますし、今後の演奏の為にも見ていきましょうか」

 

「千聖ちゃん、ライブステージだって! ちょっと見ていこうよ!」

「彩ちゃん、はしゃぐのはいいけれど明日の仕事に支障の無いようにね……」

 

 噂をする生徒達。ライブ直前になるまで、徐々に徐々にボルテージは上昇していく。そんな生徒達のすぐ側。出演控え室にて、香澄達はそわそわと落ち着かない様子で準備を進めている。

 やまぶきベーカリーのパンを食べたり、クラスメイトが持ってきてくれた差し入れを食べながら衣装を整えた。

 学校中に散らばった観客たちが体育館ホールに集まり、高まっていく。

 

 

「……皆さんこんにちは! Glitter*Greenです! 今日は、いっぱい楽しんでいってねー!」

 

 歓声。SPACE等で有名だということを差し置いても、お客さん達のグリグリを呼ぶ声が止まない。

 

「聞いてください……。"Glee! Glee! Glee!"」

 

 翠に輝くスポットライト。世界が、エメラルド色に輝いていく。深い緑に包まれていく体育館は、まるで新芽が芽吹いたよう。

 香澄達も、ステージ脇でゆり達の演奏を見つめ興奮冷めやらぬ様子だった。

 

 

「……どうも! 私達、CHiSPAって言います!」

 

 眩い光。大自然のように雄々しい光が体育館を照らす。ステージ横で見つめる沙綾も、なんだか心配そうに見つめている。

 

「……ここで、うちの新メンバーを紹介させてください! ドラムのサトちゃんです!」

「え、えぇっ! そ、そんなコト……」

「あるあるってー♪」

 

 真結が里美の背中を押して、ステージの前に押し出す。里美は、急にスポットされたことに加え、「サトちゃーん!」という掛け声にオドオドとし始めてしまう。

 そんな様子に観客たちが笑顔になり、沙綾たちも笑顔になっていった。

 

 ちょっとの間を置いて、夏希は言葉を続けた。

 

「私達、ちょっと前まで色々あったんだけど……」

 

 チラリと、ステージ脇の沙綾を見る夏希。一瞬のアイコンタクト、ほんの数秒だったが、沙綾と夏希にとっては十分すぎる時間だった。

 

「今は! 楽しかった思い出を胸に、大好きな仲間の旅立ちを祝いたいと思います!」

 

 沙綾から、涙がこぼれる。過去に知らんぷりをしていた沙綾への祝辞。こんなにも眩しい所へ行けた沙綾への、最高の言葉。

 

「……行きます! "Be shine, shining"!」

 

 新しい1歩。彼女たちは、新しい光を皆に魅せてくれた。

 

「……ありがとうございましたー! 次のバンドも楽しんでいってねー!」

 

 歓声に包まれながら、夏希達がステージを降りる。静かに涙を流す沙綾に気づいた夏希は、

 

「さーや。私、さーやとのバンド楽しかったよ」

 

 静かに告げる。少しだけ瞳を潤ませながらも、笑顔で。

 沙綾は、流した涙を腕で拭き取り泣き笑いの表情を作る。

 

「……うん! 私も、楽しかった! 楽しくて、大好きだったよ!」

 

 ーーそんだけ!!

 

 夏希と沙綾。2人はそれ以上語ることは無く、その場を後にする。

 沙綾はステージ上がり、夏希はステージを降りる。

 歩む道が違う2人。それでも、自分が信じた夢を奏続けていく。

 

「……それじゃあ、行こう!」

「ちょ、まって、まだ心の準備が……」

「有咲ちゃん、緊張した時には人の字を書いて飲むんだよ?」

「……はい、有咲。私の人の字、飲む?」

「いや、飲まねぇよ!」

「いらないなら、私貰おうかなー」

「え、なっ、沙綾!?」

 

 ワイワイと5人で言い合いながら垂れ幕へと向かう。

 やがて円陣を組み、手を合わせる。

 

 ーーポピパ! ピポパ! ポピパパピポパ!

 

 5人の音楽(キズナ)が、今走り出す。



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54

 高まるボルテージの中。香澄達Poppin’Partyは、静かに入場した。

 楽器を構えるも何も言わない彼女達に、観客達はザワつく。いよいよ何もしない彼女たちを見て、観客は静まりかえっていった。

 それを合図に、5人はアイコンタクトを交わす。皆が付けた星のイヤリングが、カシャリとなった後。彼女達の音楽(キズナ)は始まった。

 

 

「……"ティアドロップス"!!」

 

 音圧が、会場を押し潰さんとした。

 電撃のように走るサウンドが観客達の間を走り抜けた事で、人々の間で鳥肌が立つ。

 彼女たちはもう止まらない。赤から青に変わった事で、より一層勢いをましていく。

 一瞬にして、観客は彼女たちの虜だった。

 

 ギターをかき鳴らしながら、たえは思う。

 ずっと、こんな風に演奏することが夢だった。本気で向かい合ってる皆と、一つ一つの音が重なることが、こんなにも痺れるものなんだと。

 ーーずっと、ずっとこの音楽(キズナ)を奏で続けたい! みんなで、"どこよりも眩しい所へ"と一緒に駆け上がりたい!

 

 

 

 

 曲が終わり、ステージが明るく照らされる。キラキラしたスポットライトを浴びながら、香澄は声を張り上げた。

 

「……こんにちは! 私達!」

 

「「Poppin’Partyです!!」」

 

 今までで、1番の紹介だったかもしれない。商店街ライブよりも、SPACEでの突発ライブよりも、彼女たちはひとつだった。

 

「今日は、私達の音楽(キズナ)を……最高の夢を聞いて言ってくれると嬉しいです!」

 

 再びアイコンタクトを交わす。

 

 

「次! "ぽっぴん'しゃっふる!"」

 

 ジャンプしてステップするシャッフルリズムが広がっていく。

 ノリノリな音調に、観客たちは段々と乗り始め、次第にコールも増えていく。

 

 キーボードをテンポ良く叩きながら、有咲は思う。

 やっぱり、大好きだった。このメンバーが大好きで、このメンバーが奏でる歌が愛しくて、ポピパを誇りに思っているんだと。

 ーー"どんな景色が見えるか分からない"けど、これだけは変わらない。私は、"Poppin’Party"が大好きだ!

 

 

「まだまだ行くよ! "夏空 SUN! SUN! SEVEN!"」

 

 印象的な三三七拍子から始まるお祭囃子。

 思わず拍手をしたくなるような音調に、香澄は観客達を煽る。すると、まるで最初から分かっていたかのように、オーディエンス達は拍手でリズムに乗る。

 ベースでメンバーを支えながら、りみは思う。

 やっぱり、あの時覚悟を決めてよかった。人前に立つことが怖かったけど、みんなと一緒なら絶対大丈夫だと。

 ーーみんなとなら、きっと大丈夫。"夢を超えて、自分を超えて、駆け上がれる!"

 

 

「……皆で、歌って下さい!"STAR BEAT!~ホシノコドウ~"」

 

 会場が一体となり、歌う。

 ポピパたちが感じた星の鼓動。いつまでも愛して、愛されるような決意の籠った勇気の歌。

 ドラムで背中を押しながら、沙綾は思う。

 バンドは運命共同体なんだ。忘れかけていた遠い音楽を、夢を。共有することは、こんなにも楽しい事なんだと。

 ーー"指を繋ぎ始まった全てを、私はもう二度と離さない。離したくない!"

 

 

「……最後の曲! "Yes! BanG_Dream!"」

 

 さぁ、飛び出そう!

 Poppin’Partyが集まるきっかけとなった、夢を撃ち抜くための序曲(オーバーチュア)

 指で銃を作り、いつか見ていた夢を皆で一つ撃ち抜く。

 情熱的な歌声を響かせながら、香澄は思う。

 私の、忘れかけていた星の鼓動。それはきっと、今この瞬間。皆と、バンドをして、演奏をしている事なんだと。

 ーー"輝きとキラメキをその手に抱き締めて。"もっと、もっとキラキラドキドキしたい!

 

 

 ……最後の1音、バスドラムが合図となり、歓声、歓喜の声があがっと。文化祭のメインステージ、その大トリを香澄達は見事にやりきったのだ。

 止まないオーディエンス。止まらない拍手。その中で、息があがりながらもポピパの面々は星の鼓動を感じていた。

 

 香澄は、未だかつて感じたことの無い高揚感を覚えつつも思った。

 

 ーーこれが、Poppin’Partyのスタートなんだ。ときめく未来への、第1歩なんだ!

 

「……ありがとうございました!」

 

 惜しまれつつも、Poppin’Partyは笑顔で舞台を降りた。

 舞台袖で見ていたグリグリ、CHiSPAの面々に賞賛の言葉を貰う。恥ずかしさを覚えつつも、ポピパ達はそれを素直に受けとった。

 

「……アンコール、アンコール!」

 

 ……思ってもないことが起きている。アンコールを、Poppin’Partyは受けていたのだ。

 初めての5人でのライブ。最初の夢。最高のスタートラインを、与えてくれたのだ。

 

 グリグリ、CHiSPAの面々に勧められる。あなた達のステージだからと、あなた達がここまで盛り上げてくれたのだからと、背中を押してくれる。

 

「……みんな! 行こう!」

 

 香澄達は、もう一度ステージへと向かう。

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 先程とは打って変わって、可愛らしい曲調から始まる。

 お客さんたちは、雰囲気の違う彼女達に見入ることになった。

 

「……"私の心はチョココロネ"!」

 

 色々な曲を披露するPoppin’Party。拙いながらも、楽しそうに演奏する姿に、人々は見惚れていく。

 ゆっくり、大切な時間は色々な気持ちを弾かせた。

 

「……アンコール、ありがとうございます! またまたPoppin’Partyです!」

 

 心の底から嬉しそうに、楽しそうに。香澄は語る。

 

「そう言えば! 私、メンバー紹介してなかった!」

「……はっ! そういえばしてねぇ!」

 

 有咲のツッコミが後方から刺さる。あははーと、楽しそうに声上げながら、香澄は続ける。

 

「リードギターのおたえ! ベースのりみりん! キーボードの有咲! ドラムのさーや!」

「そして、私! ボーカルの香澄です! 5人で……」

 

 

「「Poppin’Partyです!」」

 

 あはは!

 楽しかった。ただひたすらに、この瞬間が愛おしい。

 キラキラドキドキを、Poppin’Partyはただただ感じていた。

 

「本当に、本当に! 次で最後の曲です!」

 

 えー! と、残念そうな声が席から上がる。

 まるでドームでライブしているみたいだなと、香澄は思った。

 

「次の曲は、皆で作った曲です。私達の、決意の曲ーー。聞いてください」

 

 "走り始めたばかりのキミに"

 

 

 この先、どんな道が待っているかは誰にも分からない。私たちが五線譜の上で止まらない限り、果てない道は続く。

 今はまだ届かないかもしれない。誰に届くかも分からない。けれど、けれど。彼女たちは一つだけ決めことがあるーー。

 

 

 "私達は、いつまでも。止まらない音楽(キズナ)を奏で続ける!"

 

 

 まだ、まだはじまったばかりだ。

 彼女達の物語は、これからも長く、楽しく、いつまでも続いていく。

 

 Believe dream come true!

 

 いつか夢が叶うまで。彼女達は走り続ける。




1章終わり。


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Light Delight
55


 出会いの象徴である桜の花弁は、役目を終えたかのように散りきってしまった。

 代わりに生い茂るのは、若い黄緑色の新芽と若葉。成長していく人々を、激励するかのようにカサカサと揺れていた。

 そんな、新緑が奏でる歌を傍らに。花咲川女学園の一年生、戸山香澄は、ゴキゲンな様子で流星堂へと向かっていた。

 

「……ステップ、もっと、ホップ、きっと、アタック!」

 

 何かの石でできたチェック模様のタイル、その濃い方だけを踏みながらステップを刻む。

 ビートなジャンプと一緒に口ずさんでいたのは、香澄が所属するバンド、「Poppin’Party」のオリジナル曲である「ぽっぴん'しゃっふる」。

 最近ライブで歌ったばかりということもあって、香澄のテンションはどんどん上昇していった。

 

「夢見がちなだけだよ! ……有咲、おはよう!」

 

 蔵への扉をノックして、ドタドタと階段を下る。

 皆もう来てるのかな――。とか、今日はなんの曲練習しよう――。とか。考えているとドキドキが止まらない。

 早くみんなに会いたいし、演奏したい。キラキラでドキドキな鼓動を感じたい。

 そんなことを考えながら、香澄は蔵の主に話しかける。

 

「有咲、おはよう!」

「ああ、おはよう」

 

 少しだけ怠そうにしながら、有咲は答えた。

 

「有咲、何だか眠そうだね」

「ん、まぁ少しだけ。昨日、此奴らが寝かしてくれなくて……」

 

 有咲は、湯のみに入れられたほうじ茶をすすりながら、寝不足の犯人を親指で示す。

 んなぁー。という鳴き声の後に、眠たそうに欠伸をする白と黒の三毛猫。ザンジとバルが、有咲の寝不足の原因だったのだ。

 

「こいつら、自分が元気だからって何回も踏んづけやがって……」

 

 自らの飼い猫に対して、欠伸をしながら悪態をつく有咲なのであった。

 

 その後暫くの間は、有咲のキーボードを触ったりギターのチューニング等をしながら3人を待つ。

 昨日夜の番組が面白かったーだとか、家で何があったーだとか。たわいもない雑談が続いていった。

 ……数分後。暇を持て余し始めた2匹が、香澄の星型キーホルダーで遊び始めた頃。3人は蔵へとやって来る。

 

「ただいま~」

「おかえりおたえ!」

「私ん家だっつーの!」

「でも、有咲の蔵はみんなの蔵だよ?」

「確かに。居心地いいもんねぇ、ここ」

「なっ、沙綾まで……」

「あはは……。お邪魔します、有咲ちゃん」

 

 早速ギターを取り出しているたえ、茶袋を抱えている沙綾、そして、ふにゃりと笑うりみ。三者三様だった。

 ワイワイと騒がしく、楽しい時間、ドキドキする時間が始まったのを香澄は感じていた。

 

「はい、これ父さんからの差し入れだよ!」

 

 いつの間にか決まっていたソファーの定位置に着くと、沙綾はすっかり慣れた手つきで、茶袋を開けた。

 まるで子供のおもちゃ箱のようなドキドキが詰まった袋。甘く、芳ばしいパンの匂いが、香澄達の鼻をくすぐった。

 

「やった! ありがとさーや!」

 

 身体を使って喜びを表しながら、茶袋を覗く。

 中には、ボンゾ・ベーグルとチョココロネ……。あれ、見たことないのも入っている。

 

「こっちが、レッドホットドッグ(チリペッパー味)。これが、メタリカあんぱん。その揚げてあるやつが、バンドリカレーパンだよ」

 

 ――全部新作!

 沙綾はそう付け加えた。

 

「メタリカ……?」

 

 有咲が手に取り、マジマジと見つめる。

 一見、普通のあんぱんのように見えるが……。薄皮のパン生地のてっぺんに、パラパラと撒かれたゴマも、今にもはち切れんばかりに詰め込まれた粒あんも、普通のそれと同じようにしか見えない。

 

「きっと、メタリカの曲を聞かせたんだよ」

 

 たえがはむはむとベーグルを口にする。

 ほのかに甘く、優しい味が口内に広がってゆく幸せを、しっかりとかみ締めた表情をしていた。

 

「おたえ、よくわかったね。そのパン、寝かせる時にメタリカを聞かせたんだよ」

「えっと、メタリカを聞かせると美味しくなるの……?」

 

 りみが、しっかりとチョココロネを持ったまま首を傾げる。無理もない疑問だ。メタリカを……というか、音楽を聞かせると美味しくなるなんて、少なくとも香澄は聞いたことがない。

 

「うん。なんでも、生地に音楽を聞かせると美味しく発酵するんだって」

「どんな謎理論だよ!」

 

 沙綾のお父さん曰く……との事だった。

 私達がロックを聞いてノリノリになるように、酵母菌もビートでジャンプするのかな――等と考えてみるも、イマイチピンと来ない香澄であった。

 

 せっかくなので、バンドリカレーパンを手に取って1口食べてみた。

 山吹家お手製のカレーのルーが、サクッという音と共にじんわりと溢れ出してくる。外はカリカリで、中はもちもちとしたナンのような食感。生地と、少し濃いめに作られたルーが絶妙なバランスを保っており、より食欲を掻き立てる。

 今まで食べたどのカレーパンよりも美味しかった。

 

「……香澄、そのパンひと口ちょうだい?」

 

 香澄は、たえの口からヨダレの幻覚を見ることになった。

 実際に垂らしている訳では無い。しかし、それ程までの表情で、香澄は凝視されていた。

 

「いいよ! はい!」

「わぁ……ありがとう! じゃあ、私はベーグルあげるね」

「いいの? いただきます!」

 

 はむはむと2人でかじりつく。ボンゾ・ベーグルとバンドリカレーパンが交互に食べられていき、あっという間に袋は空になっていった。

 

「……ふふっ。本当に、香澄は美味しそうに食べるよねぇ」

 

 2人の様子を眺めながら、沙綾は呟く。

 確かに、香澄はなんでも美味しそうに食べてしまう。昼食のお弁当や、ちょっとした駄菓子でさえ、なんでも。

 笑顔で、美味しそう、楽しそうに、嬉しそうに食べる姿は、パンを作っている沙綾にとって、とても喜ばしいものだった。

 

「そうだね。香澄ちゃんが食べてると、私まで食べたくなっちゃう……」

 

 何だか、少し物足りなそうにしているりみ。有咲のおばさんが出してくれた袋菓子を一つ手に取り、パクリと口に入れた。

 

「……あー、りみ。好きなだけ食べていいからな」

 

 甘納豆をもぐもぐと咀嚼する有咲。何ともお茶と合いそうな組み合わせで、有咲はギター組の様子を眺めていた。

 

 

 

 

 ーーそんな、Poppin’Partyの日常の中に一通の電話が飛び込んでくる。

 

「……あれ? おたえ、スマホ鳴ってるよ?」

 

 香澄が気がついた。

 たえは、いつの間にか手にしていたギターをスタンドに置き、自分のスマートフォンを取り出す。

 

「……SPACEからだ! ……はい、花園です」

 

 頷きながら、話を進めていく。途中、「えっ!」と声を上げたたえの様子から、香澄達はただ事では無いような雰囲気を感じ取っていた。

 

「……はい、はい。分かりました。すぐ向かいます」

 

 失礼します。そう言って、たえは電話を締めた。

 

「……おたえちゃん、どうかしたの?」

 

 りみが心配そうに尋ねる。たえは、素早く纏めた荷物を背負い、真剣な表情で言った。

 

「……SPACEのスタッフ、全員倒れたって」

「「えぇっ!?」」

 

 なかなか考えられないことが、SPACEで起きているようだった。

 



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56

☆☆☆☆☆

 

 

「……オーナー!」

 

 たえが、誰よりも先にSPACEに駆け込む。

 続けて香澄、沙綾、りみ、有咲の順でオーナーの元へと駆け寄った。

 

「オーナー、全員休みって……」

「ああ、全員アウトだって。参ったよ……」

 

 苛立った様子で頭をかくオーナー。額からは一筋の汗が流れており、事態の深刻さを感じさせた。

 

「今日って、RoseliaとGlitter*Greenのジョイントライブですよね」

 

 たえが、真剣な表情で聞く。オーナーは、大きな溜息をつきながら「ああ」とだけ答えた。

 

「厳しいかもしれないけど、やる。お客さんが待っているんだ」

 

 お客さんが待っている。その言葉のせいなのだろうか。

 香澄の脳裏には、Glitter*Greenがライブに遅れた時の光景が浮かんでいた。

 

「客を待たせるなんでご法度だ。何があってもステージに立ち、客の期待を裏切らない。それが、バンドってものだ」

 

 オーナーは、バンドをとても大切にしている。だが、その一方で。オーナーはこのライブハウス「SPACE」のオーナーなのだ。お客さんの事を、第1に考えなければならない。

 

「……私、手伝います!」

 

 そう考えると、体が勝手に動きだしていた。

 あの時と同じように。音楽をやりたい人の手助けを出来たらーー。そんなことを、どこかで思っていたのだ。

 

「お、おい。手伝うって……」

 

 有咲が心配そうに止めてくる。

 オーナーは、以外そうな顔をして香澄に向き直った。

 

「素人に手伝わせるわけにはいかないよ」

「でも! 何かできることはないですか? 難しいのは、無理かもしれないけど……」

 

 むぅ……と、唸るオーナー。香澄をどうするべきか、対応に悩んでいる。

 そんなオーナーに追い打ちをかけるかのように、りみが声を上げる。

 

「お姉ちゃん達のライブ、手伝いたいんです! 掃除とか、やってもいいですか?」

 

 あの時とは違う、しっかりとした声色で告げた。

 

「何をしたらいいか分からないので、言って頂けたら」

 

 沙綾も、りみに続く。

 5人に詰められ、口に手を当て考えるオーナー。そんな姿を見たたえが、一言だけ口にする。

 

「……オーナー」

 

 考えを促すような呼びかけ。

 そんな、香澄達の思いにオーナーは根負けしたようで。

 

「……今日だけだよ」

「……ありがとうございます!  頑張ります!」

 

 香澄達は、SPACEの1日手伝いをすることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 10分後。予備のSPACEのスタッフ衣装に着替えた香澄、りみ、沙綾、有咲は、準備室内の掃除を任されていた。たえはライブステージで調整。アンプや、その他の機材関係を1つづつ見ていくこととなった。

 

「おい、香澄。手、止まってるぞ」

 

 手を止めて、何かを見ていた香澄。ペラペラと、夢中になって何かをめくっている。

 

「……って、何だそれ。ノート?」

 

 有咲が覗き込んできた。

 香澄が集中していたのは、『SPACE NOTE』。タイトルが書かれた表紙や、ページの端が若干くたびれたように見えるそれは、沢山のメッセージが書き込まれていた。

 

「『本当に最高でした! まだまだ歌い足りない!』『ここに出会ったのは運命です! ありがとうオーナー!』 だって」

 

 香澄の声に、りみと沙綾も近寄ってくる。中身を覗いた2人は、興味深々な様子で目を通す。

 

「へぇ……。ここに出演したバンドが書いてくのかな。こんなに沢山……」

「昔から置いてあるのかな?」

 

 古いノートに手を伸ばし、ペラペラとめくる。りみは、その中で特に古ぼけたものを手に取った。

 

「これ、ここでライブしてった人の写真かな」

 

 りみが1枚だけ手に取る。

 香澄が横から覗き込んでみると、最高の笑顔で取られていた写真があった。五人組のガールズバンドであり、ドラムがポニーテールの所や、キーボードがツインテールな所。ギターが2人のところまでそっくりだ。

 そんな彼女らに挟まれるようにして、オーナーが笑顔で写っている。

 

「オーナー、笑ってるね」

「だな。あのおばちゃんでも、笑う時があるんだなぁ……」

 

 沙綾の呟きに対し、有咲がさりげなく失礼なことを言っていた。

 香澄は、そんな彼女らを他所にページをめくり続ける。

 

「……いいなぁ。みんな、この場所が大好きなんだね。私達もいつか、こんな感じで……」

 

 香澄が1人、憧憬しながらノートを読みふけっているときだった。

 

「……あんた達! 遊びじゃないんだよ!」

「うわっ、オーナー!」

 

 突如大声を上げたオーナーに、4人は飛び上がる。一応、箒などは持ったままだったがノートをネタに談笑している最中だったので。

 

「バンドが来る前に掃除は済ませときな!」

 

 ピシャリ。

 そう叱られてしまった。

 香澄が1人だけ、「はいっ!」と答えたのを確認するや否や。オーナーは、「フン」と鼻を鳴らして部屋から出ていってしまう。

 

「……こ、こえぇ」

 

 有咲が縮こまる。確かに、香澄達を射貫くような視線と、声には多少恐怖を感じるものがあった。

 

「……真面目にやろっか」

 

 りみが諭すように言う。香澄たちは、ノートを元の場所に戻して掃除を再開した。



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57

 

☆☆☆☆☆

 

「……凄い」

 

 圧巻。その一言に尽きた。

 Glitter*Greenも、もちろんかっこよかった。あの時、この場所で、私を導いてくれたような音楽を、奏でていた。

 けど、けれど。このRoseliaは、何かが違う。Glitter*Greenみたく楽しくやっている訳ではなく、頂点を目指しているような感じ。香澄は、そんな事を感じ取っていた。

 

「あのギターの人、花女うちの風紀委員の氷川先輩だよな。あれで、私達とひとつしか違わないなんて……」

 

 有咲が感心している。正確性の塊と言えるようなその演奏、その影響は、ギター担当の2人だけではなくPoppin’Party全体にまで及んでいた。

 

「……ありがとう。次で、最後の曲よ」

 

 青薔薇のマイクを握った、銀髪のボーカリスト。ーー湊友希那が、目を瞑ったまま言う。

 

「……『BLACK SHOUT』」

 

 ーー鐘が鳴る。Roseliaの黒き咆哮が、白を真っ黒に染めていく。

 香澄達は、その姿をただ口を開けて見ることしか出来なかった。

 

「……叶えたい夢! 勝ち取れ、今すぐにーーshout!」

 

 夢を、勝ち取る。不安まみれの世の中のイロハ、誘惑に負けずに、未来を勝ち取って見せるという強い決意を感じる。

 本当に、勝つためのバンド。そんなイメージを想起させるRoseliaに、Poppin’Partyはただただ圧倒されていった。

 

 

 

 

 

 

「うーん! ライブ、凄かった!」

「そうだね! お姉ちゃん達もかっこよかったけど、Roseliaの人達も凄かった!」

 

 ライブ後。お客さんが帰ったのを見計らって、りみと感想を言い合う香澄。Glitter*Greenはいつもながら最高だったが、Roseliaという湊友希那さん率いるバンド。あの音楽が、耳から離れない香澄だった。

 

「ボーカルの人、凄かったな。湊さん……だっけか。プロレベルじゃね?」

「……うん。全部の楽器の、演奏のレベルも高かった。普段、どんな練習してるんだろ」

 

 有咲とたえも互いに感想を言い合う。Roseliaの演奏に感銘を受けたのか、しみじみと頷いていた。

 

「……あ。ねぇ、あそこにいるのRoseliaの人達だよね?」

 

 沙綾が指差す方向を香澄たちは見る。

 そこには、あのステージで見せた姿とは一転。みんなで集まり、慰めている姿が見えた。

 

「……ごめん、みんな。肝心なとこでとちっちゃって……」

 

 茶髪の、活発そうなベーシストーー今井リサが、顔を抑える。

 嗚咽を抑えながらも、涙を流すその姿。どれだけ、このライブに本気だったかを伺える。

 

 ーー私も、いつか。こんな風に泣いたりするのかな。

 

 香澄は、そんな事を考えた。

 本気だからこそ、失敗して泣く。バンドに本気で向き合っているからこそ、夢に向かって突き進んでいるからこそ、悔しくて泣く。嬉しくて泣く。

 そんな、そんな事を、このPoppin’Partyでできるのかな……。香澄は、改めてポピパの面々を後ろから見つめていた。

 

「……こんなとこで落ち込んでんじゃないよ」

「……オーナー」

 

 いつの間にか現れていたオーナーが、慰めるRoseliaに声をかける。

いつもの険しい表情から一転。オーナーは、少しだけ温和な表情を見せていた。

 

「……ライブは、完璧な演奏が100点な訳じゃない。客は、どうしてライブハウスまで歌を聞きに来ると思う?」

「……それは、その」

 

 面と向かって聞かれたリサが、回答が出ずに言葉に詰まる。明確な回答が出ないのだろう。その話を聞いていた香澄も、思考をめぐらせたがこれといった答えが出ずにいた。

 その様子を見たオーナーは、リサに向かって微笑む。

 

「今この瞬間。あんた達がどんなステージをやりきってくれるか、楽しみに来てるんだ。……あんた達、やり切ったんだろ?」

「っ! ……はい」

「だったら、胸張って帰んな」

 

 鼻をすすりながら、涙を流しながらリサはハッキリと返事をした。

 そんなリサが落ち着いたのを見計らい、友希那は短くお礼を言って部屋から出ていく。

 

「……なんか、オーナーって先生みたいだね」

「うん。バンドの事、好きだって言うのがわかるな」

 

 ガールズバンドの聖地とも言われているこの「SPACE」。涙もあり、笑いもあり、バンドが大好きな、ちょっと厳しめのオーナーが経営しているライブハウス。

 そこで繰り広げられる演奏。全力でやりきること。……全力でやりきるって言う事は、いまいちよく分かっていない香澄だったが、これだけは確実に理解していた。

 

「……私、ここでライブしたいな」

 

 呟く香澄。かなり小さな声で呟かれたものだったが、なんと運のいいことか。その言葉はPoppin’Partyの全員まで伝わりきった。

 

「私も! 見てるだけじゃなくて、ここで演奏してみたい!」

「うんうん! やろ! ライブ!」

 

 りみと二人で盛り上がる。その一方で、たえはスマホでカレンダーを指さし言った。

 

「次のオーディション、一番早くて来週だけど……どうする?」

「出よう!」

 

 間髪入れずに、香澄が声を上げる。一拍遅れて、有咲が驚いたように声を上げる。

 

「はぁ!? 何も準備してないだろ!」

「練習すれば、大丈夫!」

「練習って……」

 

 有咲と香澄が言い合う。「できる!」「できねぇ!」と、何度も何度も掛け合っていた。言い合うふたりを見つめながら、何かを思ったようにりみは、

 

「……今日から毎日練習しなきゃ!」

 

 手を握り、決意したように言った。

 勇気を出したりみを見て、有咲は溜息をつきながらーーちょっとだけ嬉しそうにして、

 

「ったく。しょうがねーな……」

 

 と、乗り気になったようだった。

 

「何だかんだ、のってあげるんだね」

 

 沙綾が有咲をからかう。ふんと鼻を鳴らし、恥ずかしそうにそっぽを向く有咲を見て、沙綾とたえとりみは暖かい目を向けながら微笑んだ。

 

 彼女らの様子を見て、なんだか暖かくなる香澄。自分の夢を共有してくれたような、バンドとして走り始めたような……そんなことを、感じ取っていた。

 

「よーし! みんなで頑張ろー!」

「「「おー!」」」

 

 香澄の号令に手を挙げながら、4人は掛け声に乗った。

 



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58

 

☆☆☆☆☆

 

 あれから、5人は練習を重ねた。場所こそ違うものの、CiRCLINGでオーディションを想定した楽曲を作ったり、練習したり。細かい所を自分たちのペースで詰めていく。

 緊張がなかなかほぐれない中、1週間みっちりと蔵とライブハウスで練習をした。

 

 そして、ついに。オーディション当日を迎える……。

 

 

 

 

 

「「……よろしくお願いします!」」

 

 高まる緊張感。自分の指先が震え出したのを、香澄は必死に抑えつけていた。

 目の前には、険しい表情をしたオーナーが1人。その眼光が痛くなるほど、Poppin’Partyには突き刺さっている。

 

「うぅ……緊張する……」

「あんなに練習したんだもん、大丈夫だよ!」

「変なとこでミスしないようにしねーと……」

「有咲、リラックスリラックス」

「うっ……逆に緊張してきた……」

「ま、まぁ。練習思い出していこ。……準備はいい?」

 

 沙綾がポピパに問いかける。ただならぬ緊張感の中、Poppin’Partyの面々は神妙な面持ちで頷いた。

 

「じゃあ、いくよ。……ワン、ツー、スリー、フォー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー失敗した。あんなに気をつけてたのに……。

 ーー指、上手く動かなかった……。

 ーー練習ではちゃんと弾けてたのにな。

 ーー音、ズレてた。練習が足りなかったのかな。

 

 失敗した。

 直前まで気をつけていたこととか、ちょっと不安だったところとか。案の定と言ってしまっては、あんまりかもしれない。だが、有咲、りみ、たえ、沙綾の4人は自らの失敗をひしひしと感じていた。

 

「……やりきったと思うものは?」

 

 その問いに答えられない香澄だった。

 香澄自信がやりきったかと言うと、やりきったとは言えるかもしれない。音程を外してしまったところもあったが、今までで1番、この曲を楽しく歌えた。

 だが……キラキラドキドキはしていない。

 あの時、文化祭の時のようなドキドキ。星の鼓動は、この演奏では感じる事は出来なかった。

 

「ふん、ダメだね。うちのステージに立たせる訳にはいかない」

 

 何も答えない5人を見て、オーナーは残酷にも告げた。

 落ち込む4人の姿を見て、香澄は言い訳がましく声を上げる。

 

「……また挑戦します。受かるまで、何回でも!」

「……何回でも、ね。まぁ、頑張りな」

 

 少しだけ、目じりを和ませたオーナーだった。

 ーーしんみりとした空気に包まれている中。何かを読み取ったたえはオーナーに問う。

 

「あの、オーナー。何かあったんですか? いつもと様子が違うし、それに後半のスケジュールも……」

 

 真っ白。その言葉は、香澄にひとつの予感をさせた。

 ガールズバンドの聖地とも呼ばれる程の、「LIVE HOUSE SPACE」。そのスケジュールが、何も書かれていないということはーー。

 

「花園には言ってなかったね。……近いうちに、SPACEは閉めるよ」

 

 的中した。5人の驚く顔と、息を呑む音が合わさった。

 

「どうして、ですか……?」

 

 たえが戸惑いながらもオーナーに問う。オーナーは、目を瞑りながら何かを思い出すようにして言った。

 

「……私はもう、やりきったからだよ。残りの間、よろしく頼むよ。花園」

 

 そう言い残し、オーナーはスタジオから出ていった。

 放心したまま、取り残されるたえと4人。香澄は、SPACE閉店と、今のポピパに足りなかったもの。頭の中が、その2つに支配されていた。

 

 

 

 



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59

☆☆☆☆

 

 

「……ふふ、ふふふっ。ここに花園ランドを建設するんだぁ。世界で1番幸せな瞬間を、少しでも沢山分かち合える楽園を作るんだ……」

「お、おたえちゃん戻ってきてー!」

 

 SPACEの閉店を告げられた後。香澄達は蔵へと戻り反省会をしようとしていた。

 ……が。そこに居たのは現実逃避をするたえと、それを何とかしてなだめようとするりみの姿であった。

 

「……なんだあれ」

「現実逃避、かな。SPACEが閉店しちゃうし……」

 

 有咲と沙綾が苦笑いをしながら言う。何とか、たえを現実に引き戻すことに成功したりみが一息つこうとする頃に、今まで黙っていた香澄が口を開く。

 

「……みんな。私、オーディション合格したい」

 

 いつもとは違った様子で言う。

 ノートに何かを書き連ねながら、香澄は言葉を続ける。

 

「多分、今日のライブは私の歌が先走っちゃったのが原因だと思うんだ。沙綾とりみりんのリズムをちゃんと聞いていれば、そんなこともなかっただろうし、有咲とおたえも無理に着いていってミスをすることもなかったと思う」

 

 ノートには、今日ミスをしてしまったところ。逆に良かったところ。そして、ミスをしないためにはどうするか、そこまでしっかりと記載されていた。

 

「私、頑張るから。だから、絶対合格したい!」

 

 語尾を強める。

 真剣な眼差しと、表情。香澄のその姿に感化され、たえ達はもその決意をしっかりと感じとった。

 

「……うん。まだやれること沢山あるし、まだ諦めたくないな」

「そうだね。まだ閉店まで時間もあるし、頑張ろ!」

 

 沙綾とりみが立ち上がる。互いに頷き合いながら、リズム隊の打ち合わせを開始する。

 

「私も、花園ランドは合格してからにするね」

「合格しても作らせねーし!」

 

 ギターを構えるたえに、ツッコミを入れる有咲。たえの言う「花園ランド」とやらを少しばかり見てみたい香澄だったが、それはそれ。香澄も、たえの元に駆け寄りギターの指導を受ける。

 

「……私も、足引っ張らないようにしねーと」

 

 携帯スマホに移した楽譜を譜面台に置き、読み込む有咲。気になるところにはマーカーを引いていき、しっかりと復習する。

 

 みんなで、ひとつの目標に向かって突き進んでいる感じ。暖かな幸せを感じながら、香澄も弦を弾いていく。

 

 

 

 

 

 そして、3日後の放課後。再び、SPACEのオーディションを受けた香澄達であったがーー。

 

「……足りないね、ダメだ」

「えっ……!」

 

 オーナーからの、不合格通知。ミスらしいミスをしなかった香澄達だったが、それでもまだ足りないという。

 ……いったい、何が足りなかったんだろう。静かに自分たちのライブを、香澄は思い返す。

 

「……あっ、香澄ちゃん! あれ見て!」

 

 りみが上の方を指さす。

 下を向いて、自分達のライブについて考えていた香澄はりみの指先をおった。

 

「……あ、あれって!」

「……CHiSPAだ。そっか、ナツたちも受けてたんだ」

 

 やや上の方にあったのは、オーディションの様子を映し出しているモニター。そこに映っていたのは、つい最近一緒にライブをしたCHiSPAであった。

 香澄たちがその演奏に見入っている中、沙綾はなんだか嬉しそうにモニターを見る。

 

「……やりきったかい?」

 

 オーナーが、一言だけ言葉を発する。ジリジリと、焼けるような視線を感じていた夏希だったが、自分自身の全力と、バンドとしての全力。その双方を実感していた。

 

「……はい! やれることは全部、やったつもりです!」

 

 ……沈黙の数秒間。オーナーと、CHiSPAとの視線が交差する。

 4人の表情と、眼差し。ふたつをしっかりと見定めていたオーナーは、少しだけ表情をやわらげた。

 

「合格だ。次のライブ、よろしく頼むよ」

「え……? あ、ありがとうございます!!」

 

 泣いて、笑って、抱きつきながら全員で嬉しがるCHiSPA。モニター越しでも伝わってくるその嬉々とした様子は、Poppin’Partyの面々を驚かせた。

 

「……何が足りなかったんだろう」

 

 驚きを早々に抑えたたえが、考え始める。

 

「演奏技術? ちゃんと返事できたから?……それとも曲が良かったのかな」

 

 色々な原因を考え始めるたえ。ポピパ達は何も言うことなく、ただその場で考え込んでしまった。

 

 

「……とりあえず、色々考えてみよ! 足りないとことか、もーっと色々!」

 

 暗い空気を吹き飛ばすかのように、香澄が声をかけた。その提案に乗ったポピパ、そのまま蔵に直行し、足りないところを次々とノートに書出していった。

 「成り上がりJump Out!」と題された香澄達の努力の結晶は、各メンバーの意見を次々と吸収していった。

 

「りみ、おたえ、香澄。もう少し沙綾の音を聞いてみないか? 自分の感覚だと、音ズレるし、マシになるかも」

「そうだね。……りみりん、私たちは特に合わせよう。私とりみりんがズレちゃうと、他の3人まで狂っちゃうし」

「うん! 沙綾ちゃんの音しっかり聞くね!」

「有咲。私のギター、走りすぎかな」

「いや、おたえはそのまんまでいいかも。リードギターだし、むしろ香澄を引っ張ってくれるかんじでいいかもな。……そうだ、香澄はボーカルもやってるんだし、香澄のパートを少しだけ弾けないか?」

「うん。大丈夫……香澄?」

 

 たえに呼ばれていた。だが、振り向かない香澄。自分のギターと楽譜を睨んだまま、たえの声がすり抜けてしまったかのように弾き続ける。返事することは無った。

 

「……おい。……香澄!」

「わぁ!?」

 

 大声を出した有咲。その声に驚いた香澄は、ついピックを落としてしまった。

 

「香澄ちゃん、随分集中してたみたいだけど大丈夫?」

「あんまり根詰めてやっても、煮詰まるだけだよ。……はい」

 

 沙綾がペットボトルのお茶を差し出してくる。沙綾の言う通り、少しばかり煮詰まっていた香澄は、お礼を言ってお茶を受け取った。

 ーーおいしい。沸騰した頭が、体内に落ちていく冷たいお茶によって冷めていく。

 

「香澄、あんまり無理すんなよな。オーディションはまだあるんだし」

 

 有咲がひとつの、甘納豆を香澄の口に詰め込んだ。

 納豆繋がりということだけあって、あまり食べないようにしていた甘納豆だか、適度に疲れた身体にはよく効く。甘さが、香澄の緊張を緩ませた。

 

 ふわーー。有咲が眠そうに欠伸をする。

 恥ずかしさからなのか、慣れていないからなのか。あまり、みんなの前で自分の気持ちを吐露することは無い有咲だったが、その心意は欠伸をしていてもわかる。

 

 有咲は真剣だ。ポピパが大好きだからこそ、一緒にあのステージに立ちたい。そういう感情が、有咲のキーボードを通して伝わってくる。

 有咲以外もそうだ。りみも、沙綾もたえも。本気だ。

 

 ーー失敗したらどうしようとかじゃない。聞いてくれる人に楽しいなって思って欲しい。楽しく弾けるようになるまで本気で駆け上がりたい!

 ーーもう、離したくない。みんなで立てるはずのあのステージに、ナツたちと同じステージに立ちたい!

 ーーポピパのみんなと一緒に奏でる音楽を、諦めたくない。100回でダメなら101回、それでも無理なら、1000回でも!

 

 それを感じとったからこそ、香澄も本気で向き合う。始めたばかりだとかは関係ない。それはただの言い訳だ。

 

「……今度こそ」

 

 諦めずに、走り続ける。私には、兎に角突き進むことしか出来ないんだからーー。そう思い、思いつくことをただひたすらにやっていく香澄。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……だが、

 

「……ダメだ。全然ダメだ。バンドとして、肝心な物が見えちゃえない」

「……はい」

 

 この、有様だ。

 何がいけないんだろう、何が足りなかったんだろう。ただ、ポピパが楽しいから、本気でこのステージに立ちたいってことじゃダメなのだろうか。なんで、なんで……なにが……。

 オーディションの失敗が4回目になろうと言う時。残酷にも、香澄は告げられる。

 

「……あんたが1番、何も見えちゃいない。よく考えるんだね」

 

 1番見えていない。その言葉が、香澄の頭の中で反芻する。

 見えていないーー? 何が見えていないのーー? 技術なのか、経験なのか、覚悟なのか……。

 香澄には、何も分からない。

 

「……今日は、練習止めとくか。蔵は開けとくから、自主練したいなら」

 

 それだけ言って、有咲は帰路に着く。

 特に声を上げることも、反対することもなく、自然に自分の帰路へと面々は着いていく。

 その日は、香澄も素直に帰宅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗闇の中、香澄は一人夜空を見上げていた。

 ーーいつの間にか、ハッキリと輝くようになっていた星空が、暗黒に飲まれて見えなくなっていく。一つ……二つ……三つ……四つ……。暗く、全てが見えなくなっていく……。

 永遠だと思われたこの音楽は息止めて。香澄を暗闇へと誘っていく。



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60

 

 

「……いたっ!」

 

 放課後。気分を入れ替えて練習を再開していたPoppin’Partyだったが、香澄の悲鳴で全員が振り向く。

 

「……えへへ、指切っちゃった」

 

 指先から流れ出す赤い血液。痛々しくも、努力の結晶である指のタコから流れていた。

 

「まじか……。絆創膏絆創膏……ほら」

「ありがと、有咲」

 

 念の為ーーと用意していた救急箱から、絆創膏を取り出し渡す。香澄は、血を拭き取り、軽く消毒してから絆創膏を巻いた。

 

「……」

 

 何も言わず、ただ香澄を見つめている有咲。何か変なところでもあるのか、自分自身を見回した香澄だったが、特に違和感のある所はない。無いはずだ。

 

「あの、有咲?」

「ん……別に。それよりも、そろそろ時間だしSPACE向かうぞー」

 

 有咲が荷物を纏め始める。たえと、りみと沙綾も有咲にならって荷物を纏め始める中、香澄は見えない星に願った。

 

 ーー今日は、オーディション合格しますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……準備が出来たら初めな」

 

 相変わらず眉間に皺を寄せているオーナー。一人対五人という構図は変わらないものの、今日も並々ならぬ緊迫感を醸し出していた。

 

「……よし、いつでも行けるよ」

「こっちも大丈夫!」

「今日こそは絶対合格してやるからな……!」

「必ず合格しようね、香澄ちゃん」

「……う、うん」

 

 いつもの半分くらいしか、声が出ていない香澄。返事こそ真剣なものったが、額に落ちる一粒の汗となにかに焦ったような表情が垣間見えていた。

 

「……いくよ。ワン、ツー、スリー、フォー!」

 

 胸が高鳴る。いや、胸がやけに高鳴ってしまう。ふらつきそうなほど、心臓の音がうるさい。

 必死に抑えようとした香澄だったが、もうそんな時間はなかった。目の前まで来てるオーディションをクリアする為に、香澄は声を張り、出そうとする。

 

 ……だが。何回も失敗し、不合格と言われた事。うかうかしていると、オーディションが、SPACEが閉まってしまうこと。練習しても練習しても、満足いく演奏にならないこと。毎日、睡眠や休憩を削ってまで練習をしていたこと。ーー(香澄)が一番見えていないと言われてしまったこと。

 それらは全て。香澄の意識しないところで積み重なっていく。重く、固く。こびりついてしまったそれは、ついに香澄の表層にまで現れてしまった。

 

「た……と……え……っ!!」

 

 声が、出ない。いつもなら聞こえ出していたあの歌が、聴こえない。

 他のメンバーが、香澄の苦しそうにして声を出す様子に息を呑む。目を丸くし、香澄の元へと駆け寄ろうとする。

 

「……もう1回。もう1回お願いします!」

 

 必死に叫ぶ。持ってきていた水で喉を潤し、ギターを構える。

 

「……さーや!」

「う、うん。……ワン、ツー、スリー、フォー!」

 

 香澄のあまりの気迫に負けた沙綾がカウントする。ステック同士を叩き、乾いた音で数字を数える。

 だが、

 

 

「……た……と、え……

 

 声は出ない。

 喉の奥から、お腹の中から絞り出そうとしても、出てくるのは掠れた声だけだった。

 

「……っ」

 

 目眩がする。クラクラする。ぐるぐるぐるぐると、真っ暗な世界が回転していく気がする。

 誰かに支えられていたような気もするが、それでも渦に飲まれていく。

 追って催す吐き気と、頭痛。今まで私は何をしてきたんだろうと、香澄自信がやってきた軌跡にまで否定をして蓋をしそうになる。

 

「……あ。ーーーーごめんっ!」

 

 他の言葉は出てこない。掠め取られた歌声の代わりに出てきたのは、謝罪の言葉だけだった。

 香澄は、全てを置いてSPACEを逃げ出した。

 

「ーーおい、香澄っ!」

 

 有咲が呼んだような気もするが、香澄を止めるにはいたらなかった。

 躊躇いや不安。焦燥感が香澄を縛り付ける。弱い心が、香澄の足を早めてしまう。

 あの日感じたドキドキ、星の鼓動。その全てを置き去ってしまうかのように、捨て去ってしまうかのように。

 心の中に一つ、太く、固く、ドロドロとした線を引いて。香澄はSPACEから逃げる。



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61

 

 

 次の日、香澄は学校を午前中だけ休んだ。学校に連絡してもらい、母親と共に病院へ向かう。

 自分の声が出なくなってしまったこと自体に驚いてしまい、喉がどういった状態になっているのか、不安で仕方がなかった香澄だった……が。診断をされ、結果を聞いてみるとちょっとした使いすぎだと言う。

 医師が言うには、数日間安静にして、処方されたスプレータイプの薬を吹きかけていれば、なんてことなく戻るとの事。その点に関しては、少しばかり安心した香澄だった。

 ポピパのメンバーには、メッセージを前もって送っておいた。今日の放課後の蔵練も「問題ないよ!」と追加でメッセージを送っておく。

 車に揺られること数十分。母親に送って貰った香澄は、昼休みの時間に入ることに学校に着くことが出来た。

 職員室で少しだけ詳細を話していると、昼休みの時間になる。「説明はもういいから、戸山さんもご飯食べてきなさい」と気を使われた香澄は、先生にお礼を言って自分の教室へと向かう。

 

 

 

 教室へ向かっている途中、廊下で話しているポピパの面々を見掛ける。ーーいつもなら、手を振りながら走り出していくものの、声をかけずらい。

 先に連絡入れておいたものの、勝手にオーディションを逃げ出してしまったことは事実。顔を合わずらく、罪の意識もあった為、教室に向かう歩幅が自然と小さくなっていった。

 

「……あっ! 香澄ちゃん!」

 

 たえ、沙綾、有咲と話をしていたりみが香澄に気付く。香澄は、少しだけぎこちない笑顔を浮かべながら、声を発さずに手を振った。

 

「……おはよう」

 

 何とか、声は絞り出すことが出来た。

 話す度に喉が少しヒリヒリするものの、喋れないわけじゃない。香澄は、少しだけ咳をしながらも何とか答える。

 

「おはよう、香澄。……病院どうだった?」

 

 沙綾が心配そうに聞いてくる。

 

「身体とかは何ともないって。声も、1週間くらい安静にしておけば、出るようになるって」

「そっか、良かった……。全く、いきなりどこか行っちゃうんだもん。心配したんだよ?」

 

 少しだけ、イタズラっぽく言う沙綾。香澄のことを思い、わざとそのような態度をとってくれたのだろう。僅かながら、罪の意識が薄まった香澄である。

 

「またがんばろ」

「体壊さない程度に」

 

 たえとりみがいつも通り励ましてくれる。香澄は、笑顔でそれに応えていた。

 

「……ったく。体壊すまでやりすぎんなよ。声出なくなったら意味ねーだろ」

 

 有咲が、視線を合わせ無いまま心配をしてくれる。少しばかり苛立った様子の有咲に、香澄は「……ごめん」と返す。

 

「……はぁ。今日の練習、なしだからな」

 

 有咲が教室へ帰ろうとする。()()()()()という言葉に反応した香澄。「でも、ギターは弾けるし……」と言うものの、続きの言葉は咳でかき消されてしまう。

 

「休めって病院で言われたんでしょ? 今は休むのが練習だよ」

 

 沙綾に言われてしまう。

 医者にも言われていた練習し過ぎということ。それが今、結果として現れてしまっているのだから、素直に休む事がベストだった。

 

 

 

 けど、香澄には時間が無い。オーナーに言われた、「見えていないもの」、これを探し出すまでは練習を続けなければならない。

 

「……ありがと。でも、私は大丈夫だからーー」

「……大丈夫じゃないだろ!」

 

 有咲が声を張り上げた。

 突然の出来事に、香澄を含めたえ、りみ、沙綾も目を見開く。

 

「昼休みも練習して、蔵練も1番最後まで居て。ギター持って帰ってるんだし、蔵練の後も練習してるんだろ?」

 

 矢継ぎ早に言葉を重ねる。背を向けたままだった有咲は向き直り、香澄に真っ直ぐ視線を向ける。

 

「やりすぎなんだよ! オーディションに合格したいのは分かるけど、自分の身体を壊すのとどっちが大切なんだよ!」

 

 これだけ叫ぶ有咲を、香澄は初めて見た。

 突っ込む時以外、あまり大声を出すことをしない有咲が、声を荒らげて香澄に言葉を投げかける。

 

 

 

 

 だが、その言葉は香澄にとっては悪手だった。

 

「やりすぎやりすぎって……。オーディションに合格したいんでしょ? だったらやらないと……」

 

 至極真っ当。オーディションに合格したいなら、合格できる迄練習を重ねなければならないものだ。時間がないなら、一日の中でその割合を増やし、厳しく。

 それは、初心者出会ってもベテランであっても同じことである。

 

「合格はしたい。……したいけど、勝手に自分の体を壊してまでやるなって言ってるんだよ!」

 

 なんだかもどかしそうにしている有咲。

 言いたいことが上手く言えないような、そんなむず痒さを感じていた。

 

「勝手に……? 私、ポピパの中で1番見えてないって言われちゃったんだよ? 1番できてないって言われちゃったんだよ? ……その私が一番練習しなくてどうするの!?」

 

 喉の痛みが後から襲ってくる。咳き込む香澄に、りみが急いでペットボトルの水を手渡した。

 その水を飲むことなく、香澄は続ける。

 

「私に足りない所なんか沢山あるの!! だから、辛くても、キツくても。……練習してるのに、練習しようとしてるのに」

 

 語尾が弱くなる。段々と力無く、雛鳥のように囀った。

 あまりに強い意志。香澄の決意と、その意志に改めて触れた有咲は、なかなか表に出せなかった気持ちを表に出す。

 

「……だったら、その辛くてキツいことを共有させてくれよ」

「え?」

 

 共有、と言ったのだろうか。あまり聞かない言葉に、香澄は聞き返してしまう。

 

「辛くてきついことを、もっとポピパに話せって言ってるだよ。大体、なんで人の悩みは聞くくせに、自分の悩みは話さないんだよっ!!」

「……」

 

 なにもいえなかった。

 その全てが、かつて有咲に言われたことで。香澄が言ったことで。バンドは運命共同体なんだってことで。

 

「声かけなかったのも悪いけどさ。ーーもっと香澄も相談してくれよ。心の底から話して、決めて、行動して。Poppin’Partyってバンドとして、友達として! ……もっと仲間を頼りにしてくれよ」

 

 有咲まで力なく訴えかけた。

 ……最後は力ない言葉だったけど、それは香澄の胸に確かに響いていた。

 

「……分かってくれたか?」

「……うん」

 

 少しだけ心配そうに香澄は頷いた。けれど、先程まであった焦燥感は無い。

 頼れる仲間がいることを再認識した香澄は、完治するまで休む事を決める。

 

「香澄が驚いちゃうくらい、練習しておくから」

 

 たえが励ましてくれる。りみと沙綾が笑いかけてくれる。

 バンドの温かさを少しだけ再確認した香澄は、自らの治療に専念した。



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62

 

☆☆☆☆★

 

「……おはよう、みんな!」

 

 今日は学校が休みの日。オーディションもなく、朝からみっちり練習する日だった。

 香澄の声が出なくなってしまってから約5日程。病院で貰った薬の効果なのか、家で確認したら問題なく声を出せた。

 その為、急遽有咲達に連絡を入れた。「声出るようになった!」と一言だけ残し、香澄は家を飛び出したのだ。

 

「香澄ちゃん! もう声大丈夫なの?」

 

 蔵に入るなり、りみが心配そうにして駆け寄ってきてくれた。

 香澄は、それに抱きついて答える。

 

「完全復活! ご心配おかけしました!」

 

 ビシッと、皆に向けて敬礼をする。そんな香澄に、たえもビシッと敬礼をして返した。

 

「それじゃあ、今日から練習再開だね」

 

 沙綾がスティックを握り、気合い満々な様子で言う。りみもたえも、……ちゃんとは見せてもいはいが有咲も、数日ぶりのポピパにテンションが上がっているようだった。

 ーーその様子に、香澄はちょっとだけ不安を覚える。

 

「(もし、今日も声がでなかったら……)」

 

 そんな、心配事。勿論、声が出ない保証もない。だから、問題なく出る可能性だってある。けど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……けど、現実はそう上手くいかない。

 

 

 

「それじゃあいくよ! ワン、ツー、スリー、フォー!」

 

 準備が出来た香澄達。久しぶりの、ポピパ。沙綾のカウントによって、香澄の曲が始まる。

 しかし。

 

「た……と……え……っ」

 

 全員の息を飲む音が、香澄にまで届いた。

 香澄の脳裏で、オーディションを逃げた時の光景がフラッシュバックする。

 

「……た、と……え! ……ごめん、まだだったみたい」

 

 笑って誤魔化す。声は治ったはずなのに、出ていない。朝確認した時は出たのに、マイクを前にするの出なくなる。

 ……スランプ、だろう。香澄は、心の病にかかってしまっていた。

 

「……えへへ、なんでだろう。今朝やった時は出てたのに」

 

 その場にぺたりと座り込む。

 プロのスポーツ選手とかがなるようなものだと、香澄にとって別世界の物なんだと、思っていたものだったが、病気にかかってしまうだなんて信じられない。

 けど、実際にかかってしまっている。普通に喋る分には大丈夫なのに、歌となるとこのザマ。SPACE最後のオーディションも近いのに、である。

 

「……なんでだろうなぁ。もうすぐSPACE閉まっちゃうから、合格しないといけないのに」

 

 ーーもうすぐ無くなっちゃうのに。憧れになったあのステージに立てなくなっちゃうのに。なのに……。

 涙が出る。今まで貯めてきてしまった思いが溢れ、零れ、流れていく。

 

「……泣くなよ」

 

 有咲が自分のハンカチを渡してくる。香澄はそれを受け取り、目元の雫を拭き取った。

 

「私、言ったじゃん。辛・い・こ・と・が・あ・っ・た・ら・共・有・さ・せ・て・く・れ・って。もう忘れたの?」

 

 あまり見せない有咲の表情。心配そうな顔。有咲の言葉が、酷く心に響いてくる。

 

「……でも、私。練習しても1番下手くそだし、ただ走ることしか出来ないし、ポピパにも迷惑かけてるかもーー」

「迷惑なんかじゃない!!」

 

 有咲が声を荒らげる。頭を描きながらも、自分の言いたい事を冷静にまとめ、口にする。

 

「やると決めたら突っ走って、ちょっとした事でも突き抜けていくのが香澄だろ。……そんなのもう分かってんだよ。分かった上で、相・談・し・ろ・って言ってるんだよ」

 

 有咲が言葉を続ける。

 

「……香澄は迷惑かけてるとか思ってるかもしれないけど、私は別に悪くなかったと思ってる」

「……え?」

 

 俯いていた顔を上げる。

 

「香澄に引っ張りだされたから、SPACEオーディションも、学校に行くことも頑張ってみようって思えたし。……色々、本心で話せるようにもなったし」

 

 ……なぜか、有咲のキーボードの跳ねる音が聞こえた。シャッフルリズムの有咲のキーボードは、ポピパをまだ見ぬ景色へと連れていく。

 

「わ、私! ……花女に入った時から、香澄ちゃんが眩しかったの」

 

 りみが思いを告げる。蔵パが結成したての頃、SPACEのステージに、何とかしようと飛び出したあの瞬間を思い出す。

 

「こっちに来てから、1人だった私を引っ張り出してくれたこと。SPACEに走り出して行った時、すっごい眩しかった!」

 

 りみの表情が、夕陽に照らされる。

 

「私、香澄ちゃんと一緒なら踏み出せるって。駆け上がれるって思ったんだよ」

 

 りみが、激しくベースを描き鳴す。

 静かに唸る重低音が、ポピパを決定的な瞬間へと誘う。

 

「最初ね、ポピパに入ること諦めようとしてた。迷惑かけちゃうからって。でもね」

 

 たえが口を開く。4月の初め、桜舞う頃の思い出をゆっくり話す。

 

「……でもね。香澄はそこで諦めなかった。私じゃなきゃ出せない音があるって、離さないでくれたんだよ。ーーその時ね、『イエバン』を歌ってる香澄を見たら、とても眩しくって。自分が悩んでる事が馬鹿らしくなって」

 

 たえの、ティアドロップ型のネックレスが揺れた。

 

「私、香澄に引っ張られて。諦めなくて良かったって本当に思ってる」

 

 たえが、痺れるギターを掻き鳴らす。

 ギターの音は収束していき、交わり、何処よりも眩しい場所へと駆け上がらせる。

 

「何かを追っかけてる香澄って、すっごい眩しいんだよ。……もう、羨ましくなっちゃうくらいに」

 

 沙綾の髪が、風で揺れる。

 

「立ち止まってて、何かやったら失敗するって思う自分が大嫌いだった。……けど、そんな私を香澄は引っ張り上げてくれた。今までの自分にサヨナラして、バンドをやりたいって思わせてくれたんだよ」

 

 沙綾が、皆を支えるドラムを叩く。

 軽快に回るドラム音が、ポピパ達を一緒に走らせる。

 

「……そっか。迷惑なんかじゃ、なかったんだ」

 

 今まで取り憑かれていた暗闇が、香澄の身体から抜け落ちた気がした。

 ポピパという仲間がいる。この事実だけで、香澄は泣きそうになる。

 

「……ありがとう、みんな」

 

 泣き笑い。香澄が久しぶりにみせた、心の底からの笑顔だった。

 有咲、りみ、たえ、沙綾と笑い合う。なんて、なんて、愛しくて優しくて。泣いちゃいそうなほど、まぶしいんだろうーーー!

 

「……なぁ、ひとつ提案があるんだけど」

「あ、私もある。……でも、お先にどうぞ」

 

 いやいやいやと、有咲と沙綾が譲り合っている。そんなふたりの様子を見ていたたえが、笑いながら言った。

 

「歌、みんなで分担しよう」

 

 有咲が「あーっ! 先に言うなー!」と、何やら叫んでいる。

 

「えっと、コーラスとかサビ以外もってことだよね?」

「うん! じゃあ……私ここね」

「いつのまに歌詞カードなんか持ってたんだ……。てか、早い者勝ちかよ!」

「それじゃあ、私はここね。……あ、試しに歌ってみよっか」

「いや、今歌うのかよ!」

 

 りみがきっかけを作って、たえがちょっとズレたことを言う。有咲がそれにツッコミを入れて、沙綾が悪ノリした事をまた有咲がツッコむ。

 

 

 ーーそんないつもの日常を、香澄はゆっくり、大切に感じていた。

 

 

 

 

 



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63

☆☆☆☆☆

 

 次の日から、有咲の蔵で練習を再開した。無事に声が出るようになった香澄だったが、つい最近まで不調だったのを労わってか、休憩が多めの練習だった。

 けど、前みたいにガムシャラになってはいなかった。変に背負っていたことや、スランプから脱した事もあるのだろう。香澄は、たえやバンド経験者の沙綾の言うことをスポンジのように吸収してゆき、自分の音へと変換していった。

 

「そういえば、後ちょっとでテストだよね。みんな勉強した?」

 

 沙綾のその発言により、勉強をしていない二名がビクリと震え出す。ギリギリと首を、ロボットのように回し有咲にすがりついた。

 

「ありさぁ! 勉強教えてー!」

「だぁー! 2人とも抱きつくんじゃねぇ!」

 

 香澄は本当に縋り付くように、たえは楽しそうに笑いながら有咲に抱きつく。そんな様子を見ていたりみと沙綾が「私たちで良ければ教えるよ?」と、助け舟を差し出した。

 

 そんなこともあってか、なんとかテスト乗り越えたポピパ。出来がいいか悪いかは置いておいて、赤点ラインを脱していた為結果良ければ全てよしであった。

 ……そんな日常を送っていると、最後のオーディションが明日に迫ってきていた。緊張感を持ちながらも、香澄は皆と相談しながら練習を重ねていく。

 

 

 夜。オーディションが明日に迫ってきていることから、「緊張しすぎて爆発しちゃうかも! 眠れない!」という香澄の発言が発端になり、みんなで有咲の家に泊まる事になった。

 遅くまで練習をして、なぜか夕飯に鍋を食べる。「鍋は最強になる調理法なんだよ」という、たえの意見を尊重したものだったが、如何せんこの時期に食べるには暑すぎた。

 それでも、香澄達は「鶏肉!」と言いながらお肉を食べていく。なぜか魚肉ソーセージも入っていたが、それも良い出汁になっていた。

 その後、順番にお風呂に入る。火照った体を覚ますべく、星が見える縁側でポピパ達は静かに腰かけていた。

 

「……今日は、いつにも増して綺麗だなぁ」

 

 香澄が星を見上げる。月が静かに輝いている。いつの間にか、また見えなくなっていた星々は、再び見えるようになっていた。

 

「SPACEで、このくらいのペンライトが見えるといいよね」

 

 沙綾が思いついたように言った。

 

「うん! ぜーったい、綺麗だよ! みんなで見たいなぁ」

 

 りみが、星を目に写しながら言った。

 

「うん、絶対見よう!」

 

 ステージの上から、沢山の星を見る。その夢は、Poppin’Partyに広がっていった。

 

 

 ……そんな中で。ふと、ラジオの音声が聞こえてきた。なんとか放送局といったか。そのラジオは、香澄にしか聞こえないくらいに微細な音量だった。

 ささやかなラジオは、不意にこんな言葉をつぶやく。

 

 ーー暗くなるって事は、見えなくなるってことじゃない。見えなかったものが、見えるようになるってことなんだ。

 

 見えなかったもの……。香澄はそれとなく理解していた。

 私が一人で抱え込み、突っ走り、その結局何も見えなくなった。

そんな中でも、私の為に走り続けてくれた最高の仲間達。それこそが、オーナーの言っていた「見えちゃいない」ものだったんだろう。「暗くても、見えるようになるもの」だったのだろう。

 どんなにどんよりしている雲であっても、どんなに暗い闇の中であっても。いつだって空は晴れ渡っている。いつだって、こんなにも、雄大に……!

 

 ……そんな香澄の元に、一筋の星が流れ落ちる。

 

「流れ星だ!」

 

 香澄が声を上げ、立ち上がった。合わせて皆も立ち上がる。

 

「珍しいな。流星群のニュースなんてなかったはずなんだけど……」

 

 有咲が首を傾げる。どこからか聞こえていたラジオは、ザザッとノイズを発した。

 

「……ねぇ、みんなで願い事しよ!」

 

 香澄は皆の方へと振り向く。ラジオのノイズは少しずつ聞こえなくなってくる。

 

「いいかも。明日のオーディション祈願ってことで」

 

 たえが両手の平と平を合わせる。何かを包み込むようにして、各々は両手を握りしめた。

 

「……」

 

 ポピパは、星に願う。いつだって瞬き続けている、その明星に。

 けど、願うのは過去へじゃない。あの瞬いている星たちは、実は何千年も前の遠いものなのだ。

 だから、香澄達は流れ星にネガイゴトをする。宇宙の中で、夜空の中で一番近い星に。

 

 ……ラジオのノイズは、ほぼ聞こえなくなっていた。そもそも、ラジオ自体がなくなってしまっているよう。

 けれど、最後に。ラジオはこんな言葉を残していく。

 

ーー"どうかキミの夜空に、優しい星が流れますように"ーー

 

 そうして流れていく、弧を描く流星。星の瞬き。

 香澄達は、星に願いを、月に祈りを込めた。

 

 

 

 

 

 

 

「「オーディション、よろしくお願いします!」」

「……初めな」

 

 当日、緊張感溢れる中Poppin’Partyはオーディションへと立つ。

 りみがあわあわとしている。たえがしきりにコードを確認している。有咲の手が震え、沙綾もしきりに周りを見渡していた。

 そんな真剣な表情をしているメンバーを見て、香澄はみんなに呼びかける。

 

「……みんな! 円陣しよ!」

 

 みんなの手を取る。香澄を中心に、星を描くように円を書く。気づけば、皆の不安は抜けきっていたように見えた。

 

「いくよ……。ポピパーーーっ!!」

「「「おーーーっ!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 終わった。演奏を、今のPoppin’Partyの全力を出し切った。

 オーナーは、香澄を真っ直ぐに見つめる。

 

「……見えなかったのが、見えるようになったみたいだね」

「……はい!」

 

 香澄は、間髪入れずに答える。

 その答えを予想していたかのように、オーナーは目じりに涙を溜めたものの、それを隠すように上を向く。

 

「……いいライブだった」

「「「~~~っ!!」」」

 

 声にならない。嬉しさ爆発とは、まさにこの事だった。

 

 

 

 ーーオーディションの結果は、言うまでもない。

 どのような結果だったかは、Poppin’Partyの嬉しそうな表情を見れば一目瞭然だった。

 

 

 

 

 

 



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64

☆☆☆☆☆

 

 ライブ当日。香澄達は、オリジナルの衣装を見にまといステージに立つ。

 全員の耳には、イメージカラーの星型イヤリング。ポピパのお守りだった。

 

「もうすぐ出番だね! はぁ……、緊張してきた」

「イヴとか、はぐみとか見に来てるって。クラスの子も沢山いるよ!」

 

 りみが自らの手のひらに人の字を書いて飲み込んでいた。たえも、舞台袖から客席を覗いていて、なんだか落ち着かない様子だった。

 

「ナツ、いいライブしてる。私達も、負けないくらいのライブしないと……!」

「うっ、なんだかお腹痛いくなってきた……」

 

 沙綾と有咲も落ち着いてなんかいない。しきりにCHiSPAのライブを見ていたり、有咲に至ってはお腹に手を当てていた。

 そんな面々。不思議と、自分でも驚くくらい落ち着いていた香澄は、

 

「……りみりん!」

「えっ? か、香澄ちゃん?」

 

 りみの手を取った。急な出来事に、りみは握られた手と香澄の顔とを交互に見ている。

「りみりん! ここまで来たら楽しんじゃおうよ! 失敗するとか考えないで、目一杯!」

 

 りみの手をキュッと握る。

 

「おたえ! 一緒に痺れるギターを弾いちゃお! 眩しくなるくらいに!」

 

 たえの手を取る。

 

「有咲! 大丈夫! 私達がいるもん、一緒に頑張ろ!」

 

 有咲の手を取る。

 

「さーや! 誰よりとか関係ないよ! 一緒にキラキラドキドキしちゃおう!」

 

 最後に、沙綾の手を取った。

 そんな風に励ましている中、CHiSPAのライブが終わる。軽く挨拶を済ませた香澄達は、全員の手を取り、円陣をする。

 

「いくよ……。せーのっ!」

 

「「「「ポピパ! ピポパ! ポピパパピポパ!!」」」」

 

 香澄達は、星を胸にしてステージ立つ。

 高まるボルテージの中。SPACEのライブ、その最後のトリを任せられたPoppin’Partyは、早速演奏を始める。

 

 曲名はーー"前へススメ!"

 私はひとりじゃない。めぐり会う日々が、今日ここで繋がったような気がした。飛び跳ねちゃいたいくらいに、ポピパが愛おしくなった。

 

「こんにちは! 私達ーー」

 

 "Poppin’Partyです!!"

 

 笑い合う。ただひたすらに、この夢のような時間が愛おしい。できることならば、夢ならば醒めないで欲しい。この、摩訶不思議な気分を、このパーティをいつまでも続けていたい。

 自己紹介を終え、香澄達は次の曲へと移る。

 

「……"夢見るsunflower"」

 

 まぶしい。眩しすぎる光を、向日葵のように手を広げ。皆に伝えたい。

ポピパに伝えたい。夢をもう忘れたりなんかしい。好きを忘れたりなんかしない。想いのまま、走り続けたい。

 

「ーーありがとうございました! 残念だけど、次が最後の曲です!」

 

 観客達から、残念そうな声が上がる。

 それもその筈。会場のボルテージは、かつてないほどに高まり続けていた。

 

「……今日、ここでライブできたことを、私は絶対忘れません! 何年経っても、何世紀経っても、ずーっと!」

 

 Poppin’Partyの、アニバーサリー。みんなで立っているこのステージが、かけがえのない思い出として繋がっていく。

 

「最後の曲……。"キラキラだとか夢だとか~Sing Girls!~」

 

 みんなで歌う。いつまでも、何処までも、果までも、何度でも、弾けて突き抜けて。未来へとドアを開けて、香澄達は歌い続ける。

 ふと、五人の星が夜空に浮かぶ。目の前に落ちていた奇跡を一つづつ拾い集めて、ここまで来たのだ。

 けど、歌はいつか終わりが来る。惜しまれつつも、香澄達は退場しなければならない。時間は、有限だ。

 

「ーーありがとうございました! Poppin’Partyでした!」

 

 ステージ裏へと戻る。終わらないでと聞こえてくるも、それに答えることは出来ない。

 楽屋へと戻っていく香澄達。だがその際にも。観客達は帰る様子を見せず、歓声が高まり続けていく。

 

「……はぁ、全く。あんた達、もう一曲やれるかい?」

「えっ……」

 

 ポピパに向けて、困ったような表情を向けるオーナー。

 

「アンコール、聞こえるだろ。……あたしはね、客の期待を裏切りたくないんだ」

 

 本当に困り果てたように……けれど、どこかそうなったことを嬉しそうに。オーナーは、香澄に依頼をする。

 

「……はいっ!」

 

 香澄達は、再びステージに立つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 香澄たちが再びステージに現れた時、観客達の声は最高潮を再び迎えた。

 ほかのメンバーが楽器を再び準備するのを待っている中、香澄はマイクを手に取る。

 

「アンコール、ありがとうございます!」

 

 オーディエンスが、これでもかと言うほど反応をする。その心地いい声が収まるのを待ち、香澄は口を開いた。

 

「……実は私、ちょっと前までスランプになりかけてたんです、私の勝手な行動で、勝手な考えでーーこのPoppin’Partyを勝手に無くしかけてたんです」

 

 静かに聞いている。沙綾、たえ、有咲、りみも、準備は終えていたものの黙ったまま聞いていた。

 

「でも! 仲間達は、声をかけてくれた! 私を見て助けてくれた! 夢を、共有してくれた! ……また、歌うことが出来た!」

 

「SPACEも一緒だよ! 今日でなくなっちゃうけど、これは終わりなんかじゃない。ーーだから、これから歌うのは……新しい"はじまり"の歌! 最高で、最強で! 無敵な仲間たちとの音楽キズナの物語!」

 

 SPACEは終わってしまうけれど、バンドが、音楽が、歌が終わるわけじゃない。むしろこれは始まりなのだ。みんなの夢は、環状線を回る電車の如く回っていき、同じ景色を見せていく。

 それを、香澄は伝えたかった。

 

「私たちの新しい始まりを、聞いて下さい! "ときめきエクスペリエンス!"」

 

 固く、閉ざされていた扉。それを開け放つ鍵となったのは、あの日感じた「キラメキ」と、あの瞬間聞こえた「ヒラメキ」。そして、今感じている「トキメキ」。

 そんな中で、香澄はぼんやりと自分のやりたい事を見つけ始めていた。

 

 ーーこの、五人で奏でる音楽キズナを、伝えたい。溢れる意志と勇気を歌声に変えて、私は歌いたい!

 

 ……アンコールの曲が終わり、退場していく中。香澄は考えていた。

 この世界は1人じゃないってこと。SPACEのオーディションに合格するのに、足りなかった「見えないもの」。この世界は一人じゃないよって、手を差し伸べてくれるような、そんな曲を私はみんなに届けたい。

 

 曲名は……うん。あの言葉が丁度いい。

 

 

 

 

 

 

 

 ーーLight Delight。

 

 香澄は、楽屋のノートにひっそりとそれを書き加えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 終演後、メンバーから少し遅れてSPACEを出る。

 少し遅れだからこそ、電柱の影でこちらを見ている少女の姿を、香澄は見つけた。

 香澄がその姿に首を傾げていると、シュシュを付けた少女が電柱から離れ、香澄に近づいてきた。

 

「あの……Poppin’Partyさん! 楽しくなるようなステージを、キラキラで素敵な演奏を、ありがとうございました!」

 

 明確に伝えられる感想。香澄が何となく、伝えたかった事が伝わったかのようだった。

 なんとも言えない嬉しさに、香澄は身体が震える。

 

「……えへへ、ありがとう」

 

 ーー伝わった! 私の届けたいことが、まだちょっとだけど伝わった!

 

 五人の音楽キズナが、伝わったのだ。香澄達の思いが伝わり、受け継がれ、循環するきっかけとなるライブに、この時始めてなれたのだ。

 ありったけを詰め込んだラブソングを、世界を勇気づけるラブソングを、今なら作れるような気がした。

 

「おーい、香澄ー! そろそろ行くぞー!」

 

 思いに耽っていると、有咲から声がかかった。何でも、この後打ち上げをやるらしく、泊まりで有咲のうちに集合だという。これは遅れてられない。

 

「はーい! ーーそれじゃあ、またね!」

 

 告げてくれた少女に手を振り。香澄は、ポピパの元へ走り出した。

 




これにて、「遠い音楽」は完全完結です。
ご愛読、ありがとうございました。


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