ルート2027(初代デジモンアドベンチャー) (アズマケイ)
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設定集(ネタバレあり)

20XX年の世界観

 

インターネットが高度に発達し、ネットワーク社会が成り立っている近未来に、謎のコンピュータプログラム、「デジモン」が一般社会に流通している。ペットとしてや便利なツールとして、プログラムとしての能力を試す競技に参加させるといったことなど、社会的な需要と供給をもたらしているほど一般化している。

 

デジモンとテイマーの関わりについて

 

デジタルワールドと現実世界の時間の流れは同じである。テイマーはデジモンを育成フォルダという檻の中に入れて育成する。檻の内部はデジタルワールドと同じ景色が広がっている。また、育て方が悪いと檻が破損し、デジモンが脱走してしまうことがあるため、リペアというアイテムで修復することが必要。現実世界にデジモンが現れると、結晶化現象、という怪奇現象がおこる。すべての生き物が結晶化した生物になってしまい、その世界でしか生きられない。その病を修復することは現代医療では不可能であり、街ひとつを結晶世界に変えてしまったデジモンとジュンは逢ったことがある。深くは語らないが、彼女にとって影を落とす出来事のようだ。テイマーたちは、育成ファイルにあるトレーニングの種類により、筋力や素早さ、賢さ等のパラメータを上昇させて、デジモンの能力を上げ、強く育てている。トレーニング内容は、スパーリングやサンドバッグ、縄跳び等、どれもボクシング選手やプロレスラーが行うものばかりである

 

 

DIGIMON.NET

近未来におけるデジタルモンスター公式サイト。光子郎とハーバード大学に通う小学生が設立した掲示板やサイトが前身。デジモンを育成するファイルはここが管轄しており、データベースはここにある。メールを確認したりデジモンのウェブサイトへと繋がるリンク集を載せたホームページ。デジモンに関するニュースを見ることが出来る。デジ研が運営している。デジ研とは、デジモンの研究者が立ち上げたデジモンのサイトのこと。デジモンを育てるには、電脳怪物雑貨店というインターネット通販で、エサやその他のアイテムを購入しなければならない。ここには、バーチャルコロシアムという別サイトもある。これはネットワーク上に存在する、デジモンのバトルを行うためのウェブサイト。デジタルワールドと同様に島を模したプログラムを用いており、GRASS・SKY・WATER・CAVE・ARENAという5つのエリアで構成されている。各エリアに入場することで対戦を行うことが出来る。

 

 

ちなみに、デジモン利用者の総称は、ネットワーカーである。デジモンをペットやツールとして扱う者や戦わせる者、悪事に使用する者などが存在する。彼らは、各デジモンの基本設定における説明にて度々紹介されており、人工的にデジモンの開発や改造を行う者も存在する。そして、デジモンを育成し、戦わせる人間のことを(デジタル)テイマーという。パソコンなどデジモンの媒体となるコンピュータの利用者であれば老若男女を問わない。 全てのテイマーはその頂点であるトップテイマーを目指すことを目標としている。

 

 

主人公の設定

 

 

 

『デジタルワールドの冒険』が出版された。お台場霧事件と光が丘テロ事件、そして2002年冬の全世界で起こったデジモンの騒動について、今まで伏せられてきた当事者の子供の視点から描かれた自伝的小説が脚光を浴びる。高石タケルがベストセラー作家になったのは言うまでもない。光が丘テロ事件のエピソードが単独で劇場版アニメとして公開されたのち、デジモンアドベンチャーという名前で1999年の出来事がアニメ化する。そして、時系列順に大きな出来事が劇場版公開されたのち、2002年の出来事がアニメ化した。

 

ジュンは、『デジタルワールドの冒険』がアニメ化されたときの世代であり、デジタルワールドに関わる仕事がしたいとプログラマーを志した少年、少女たちの一人だった。ジュンは、生まれながらのテイマーだったが、選ばれし子供ではない。もうこのころにはデジタルワールドは選ばれし子供を必要としないほど、デジモンが一般に普及していたため。ちなみにテイマーとは、一般的にデジタルモンスターを育成する人間のことを指す。老若男女を問わず、デジモンと行動を共にする理由はさまざまであり、世界的に見て一番多い人口をもつ。基本的に特定のパートナーになるデジモンはいない。育成できるデジモンははじまりの街にあるデジタマに限られているため、基本的に寿命がある。進化したデジモンは退化することができない。完全体以上に進化したデジモン、長生きなデジモンはテイマーの実力の証でもある。

 

ジュンは、デジタルワールドのネットワークセキュリティから仕事を委託されている会社に就職したばかりの新米プログラマーだった。仕事の内容はデジタルワールドと現実世界を繋ぐデジタルゲートや亀裂の入った空間、デジタルワールドを構成するデータを修復するというもの。仕事の都合上、バックアップデータが存在するエリアにアクセスする権限が認められており、肩書き的にはネットワークセキュリティ側の人間になる。ゲンナイさんのようなNPCがクライアントで、上司から指示を受けて、現場に急行する形をとっていた。しかし、安全に行うためには発生したバグの駆逐、被害に遭ったテイマーやデジモンたちの保護に協力する必要があるため、結構な激務だった。警察官テイマーと同行することが多く、賢とワームモンのコンビのことは先輩から聞いていた程度で実際に顔を合わせたことはない。ジュンは、警護目的でデジタルワールドからデジモンを支給されていたため、大学時代に育成していたデジモンを全て一番かわいがっていた大学の後輩に譲った経緯を持つ。ちなみに好んで育成していたのは、マシーン型、サイボーグ型のデジモンである。そのため、会社から支給されるデジモンも基本的にはマシーン型のデジモンが多かったようだ。

 

ジュンにとって、選ばれし子供はテイマーの先駆となる子供たちである。何らかの理由でデジタルワールドに選ばれた子供。デジモンと出会った時期は、少年、少女のころであることが多く、特定のパートナーがいることが特別の証。パートナーとなるデジモンは、寿命が設定されておらず、進化しても退化することが可能であるため。その代り、完全体以上になるには、デジタルワールドからの支援が必要なことまで知っている。デジタルワールドの危機を救うために召喚されるため、基本的に何らかの才能を見い出された子供であることが多かった。ジュンが社会に出たときには、すでに大人になった彼らは各界で目覚ましい活躍をしている有名人だった。だからジュンにとっては、雲の上の人という感覚である。『デジタルワールドの冒険』に出てくる本宮ジュンである、と自覚はしているものの、ジュンにとっては一回りも年上だった人たち、特別な人たち、という感覚が抜けない。デジタルワールドの事件は、選ばれし子供たちが解決してくれることは分かり切っているので、後方支援に徹するつもり。でしゃばるつもりはない。でも『デジタルワールドの冒険』に描写されていないイレギュラーな事態が発生すると、さすがに動揺して、なんとかしようとする傾向にあるようだ。

 

ジュンのパソコンには、育成ファイルを模したプログラムが組んである。現在デジファームという名前の育成アプリを試作しており、パートナーとなったデジモンがいる。ウィルスバスターは、コンピュータウィルス発祥のデジモンを駆除するため、アンインストールしてあり、非常に無防備。インターネットにアクセスすると、ウィルスメールやプログラムが流れ込んでくるため、それがパートナーの食事代わりになっている。ちなみにウィルスとは戦闘になるようで、経験値がたまっている模様。パートナーはパソコンの中と現実世界を出入りできる。

 

他、太一のデジヴァイスのプログラム、および光子郎のパソコンにゲンナイさんから渡されたデジモン図鑑などの機能がある。選ばれし子供となったため自身のデジヴァイスのデータもきちんとバックアップがある。また、液状化などのバトルで使えるアプリを作成中。



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無印編
2話


20XX年、世界中のありとあらゆる国々に、電子ネットワークの網が張り巡らされている。高度電脳化時代、膨大な情報が離合集散する電脳の海の中で、あるとき、偶発的に意志のようなものを持つ擬似生命プログラムが発見された。

 

そして、それは示し合わせたかのように、電子ネットワークのあらゆる場所で、同時多発的に発生した。ネットワークが日常の人々にとって、これらの偶発的擬似生命プログラムは、ごく自然に受け入れられていった。

 

擬似生命プログラム―通称デジタルモンスターは、電子仮想ペットとして、広く一般化するとともに、成長を促し、仮想バトルの場で競わせる遊びが、瞬く間にブームになっていった。

 

 

ある情報処理のエキスパートたちは、「デジモン」の解明と平和利用を目指し、また一方で、天才奇才ハッカー集団が徒党を組んで、デジモンを悪用する。その価値は多様化していった。一般の人々の間では、いつしかデジモンを育てる者をテイマーと呼び、より多くのデジモンを育てたデジモンテイマーが人々の称賛をあびた。

 

また、デジモンの仮想バトルで勝利を収めるデジモンテイマーは、尊敬された。やがて、すべてのデジモンを育てて、すべての仮想バトルを制するもの、トップテイマーが多くのデジモンテイマーたちの夢となったのだった。ジュンは、そんな近未来を生きるテイマーだったことがある。

 

 

 

システムエラー!システムエラー!

 

 

 

買ったばかりのノートパソコンに表示された警告文。ぎょっとしたジュンはマウスを動かした。かちかち。ウィルスバスターは正常に機能してるし、ちゃんと自動で更新できている。なんだってこんなエラー文が表示されるのよ、ビックリさせないでよね!

 

普通ならウィルスバスターが自動で駆逐してくれるはずだっていうのに、ウィルスチェッカーには、はっきりとウィルスに感染していますと表示された。さあっと血の気が引いたジュンの目の前で、勝手にメール機能が開いた。ブルースクリーンも覚悟していたジュンは、そのウィルスの正体をしった。

 

 

デジタルモンスター研究所のものです。手違いにより、そちらにデジモンを送信してしまいました。そのデジモンを差し上げます。こちらでチェック済みの安全なプログラムですので、ぜひ育ててあげてください。くわしい育て方は、DIGIMONNETまで。

 

 

アドレス先は、ジュンもよく知ってるものだった。

 

DIGIMONNETは、世界で一番デジモンのことに詳しいサイトだ。デジモンテイマーは絶対に知っていた。なぜなら、このサイトを運営しているのは、デジモンを研究している、通称デジ研の研究者たちだからだ。デジモンに関するニュース、デジモンに関するデータベース、研究レポート、デジモンに関連した検索サイトの役目も担っていた。

 

そして、デジモンを育成するフォルダを提供しているサイトでもあった。テイマーたちは、育成フォルダという檻の中でデジモンを育てるのが一般的で、トレーニングや食事、トイレの世話をすることでデジモンを育てていた。エサやアイテムは電脳怪物雑貨店というネット通販を利用することになる。

 

この施設で使用できるポイントは、デジタルワールド内のミッションやイベントをこなすと、報酬としてもらうことができるため、デジモンの育成はそれほど難しいものではない。

 

 

もちろん、高水準のデジモンを育てられるのはふつう、クレジットカードが使える年齢からだ。デジモンを育てているテイマーは、バーチャルコロシアムと呼ばれている仮想空間でデジモンを戦わせることもできた。

 

バーチャルコロシアムは、デジタルワールドと呼ばれており、大きな島のプログラムで、エリアはgrass、sky、water、cave、arenaの5つ。もちろん、デジタルペットとして、パソコンの機能を代行してくれたり、ネットの海にダイブして情報を集めてくれたりすることもできた。

 

 

もちろん、ジュンも学生時代はデジモンを複数持っていた時期もあったのだが、社会人になり、デジモンの世話にかける時間が確保できなくなってしまった。それなら僕に下さい!とねだられて、ゼミの後輩に譲ったことを思い出す。しばらくデジモンから手を引くつもりだったジュンは、驚きを禁じ得なかった。

 

 

 

「いくらなんでも怪しすぎんじゃないのー?間違えたってなによ、間違えたって」

 

 

 

一方的にデジモンを送り付けて、高額の請求をする新手の詐欺が流行しているとニュースでみたばかりなせいで、脳裏をよぎるのは嫌な予感ばかりだった。ウィルス種のデジモンは、コンピュータウィルスの性質をそのままもっている。

 

だから、パソコンのデータを食い荒らしたり、勝手に書き換えたり、個人情報をインターネットに放流したりといろんな悪さをする。ワクチン種のデジモンに撃退してもらうのが一般的な対策だ。なにせデジモンは人工知能を持っているから、ウィルスバスターの画一的な駆除プログラムではとうてい追いつけない。被害を食い止められない。

 

 

こんなことなら後輩にぜんぶやんなきゃよかった、とジュンは思った。新生活に向けて、新しく買い替えたパソコンがいきなりおじゃんはきつい。

 

普通なら、デジモンによるサイバーテロはライバル企業に対する嫌がらせや個人的な恨みからくる一方的なメール攻撃、不特定多数相手なら特定のサイトにアクセスした人間だけがターゲットになることが多い。まさか誰にも教えていないメルアドを使って送り付けられるなんて思わない。

 

 

ジュンは、ウィルスバスターをダウンロードするためにインターネットを繋いだばかりだ。いかがわしいサイトはまだ巡回していない。どうすりゃいいのよ、もう!、とジュンはあたまをかかえた。

 

ローラー椅子の背もたれに腰掛けて、ううん、と伸びをすると、まるで骨がおれたような音がした。いつまでたってもアクセスしないジュンに業を煮やしたのか、勝手にDIGIMONNETが開かれた。とりあえず、デジ研が送ってきたことは間違いなかった。この壁紙のデザインは、ここのところアクセスしてなかったジュンの育成ファイルのページだ。

 

 

 

「なーに勝手に動いてんの、って……お腹すいた?ふっざけんなぁーっ!なんでアタシがあんたの世話なんか、しなきゃなんないのよ!」

 

 

 

しっかりしなさいよー、デジ研関係者、とジュンはため息である。せめていつ現れるか分かんないテイマーが、現れるその直前まで世話位はしてやんなさいよ。腹ペコで死にそうになってんじゃないの、エサ代だってバカになんないのに。

 

ちょっと前のアタシだったら、職が行方不明だから無理だってバックれた結果、オハカダモンに進化してたに違いないわ。笑えない、笑えないわよ、ただでさえ問題になってんのに。だいたい給料日前になったら、パンの耳で乗り切るような底辺テイマーに送り付けてんじゃないわよ、もっと金がありそうなテイマーに、あなただけにプレゼントキャンペーンでもやってろっての。

 

 

ジュンのデスクトップにある育成ファイルには、もうデジタマからデジモンは生まれていた。育成ファイルの向こう側で、幼年期のデジモンが動いていた。あー、こいつはダメね、プレゼントキャンペーンするには普通すぎる。もしかして、マジでいらないから押し付けられたんじゃ?とジュンは思った。

 

 

ジュンに送られてきたのは、ボタモンだ。真っ黒な産毛に覆われたスライム型のデジモンである。小さくて真ん丸な目は、黒い産毛に覆われて、黄色く光っているのが確認できるだけだ。ボタモンは興味津々で、こっちをのぞいている。

 

一等身で手足がなく、ちまちま動いているボタモンは、お腹が空いたとわめいていた。幼年期1のデジモンだったっけ、時間経過で幼年期2のデジモンに進化するはず。カーソルを目が追いかけている。ふわふわとピンク色のシャボン玉がうかんだ。戦闘能力がないベビーのシャボン玉は威嚇にもならない。

 

 

 

「ま、しゃーないわね。ただでもらえんなら、死ぬまでくらいだったら面倒見てやるわ、感謝しなさいよね」

 

 

 

ジュンのカーソルが育成ファイルの外画面にある食事のページを開く。そいつはジュンが念願のご飯をくれるとわかったらしく、ぴょんぴょこ跳ね回ってよろこんでいる。カーソルの真下まで移動して、うあー、と口を開けるツバメのヒナのように、ジュンがエサを持ってきてくれるのを待っているのだ。

 

はいはい、わかりましたよっとジュンはページを開く。高い肉、安い肉、普通の肉、安い野菜、高い野菜が存在している。その名の通り、高い、普通、安いの順で販売されてるアイテムは値段が高いのだが、安い野菜と肉は文字通り、品質があまりにも悪いせいか、食中毒になることがあるから要注意だ。

 

 

なんだってただのデータに過ぎない課金アイテムに劣化機能が付いているのか謎だが、それがリアルを感じさせる仕様なのだろう、とジュンは納得している。はっきり言ってかなり無駄な仕様だともっぱらの評判である。金稼ぎだけだったら苦労はしない。本気でデジモンを育成しようとしなければ、いくらでも安くあげられる。

 

 

ジュンは、高い肉をそいつのところにカーソルでもってきてやった。ハートマークが乱舞する。ジュンはつられて笑った。まぐ、まぐ、まぐ、と大口を開けて、自分よりずっと大きな漫画肉をほうばるそいつは、げふ、と大きく息を吐いた後、おかわりに肉マークのアイコンを表示させた。満腹度数もまだある。

 

ジュンは親鳥のように餌を運んでやった。やがてお腹いっぱいになったそいつは、育成ファイルの隅の方にあるトイレコーナーに消えていった。

 

 

カーテンが閉められる。今の時間を利用してジュンは、いらないアイテムをポイントにかえた。初期ゲームのように、野ざらし紀行や青空教室、仮設トイレは倫理的にダメになったのだ。デジタルモンスターは、多種多様な姿をしている。

 

テイマーが育てられるデジモンも右肩上がりなのだ。お花摘みタイムが終了し、そいつは満腹度、ご機嫌共にマックス状態になる。さあ、そろそろトレーニングを始めるとしよう、一年中ゲームばっかりしていたダメ人間の実力を見るがいい、ミニゲームなら誰にも負けないわよ、たとえTASさんでもね!ジュンは、笑った。それが最後の記憶だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちゃん、お姉ちゃん!ジュン姉ちゃんってば!起きてよ、朝だよ!」

 

 

「………うっさいわねぇ、なによぉ、大輔ぇ。せっかくの日曜なんだから、もっと寝かせてよねぇ」

 

 

「だーめ!ほっといたら、お姉ちゃん、一日中寝てるじゃん。早く起きてよ、ジュン姉ちゃん。今日は一緒に買い物行ってくれるって約束したよね?なんでも買ってくれるっていったの、お姉ちゃんだよ、うそつきー!」

 

 

「ああもう、うっさいなあ。分かった分かった、わーかったぁ!起きればいーんでしょ、起きればぁ!」

 

 

 

もぞもぞと動き始めると、ベットの上で飛び跳ねていた騒がしい衝動が遠ざかった。ふあああ、と大あくびをした。ごしごしと目をこすって、思いっきり伸びをすると骨が鳴た。

 

今何時よぉ、と目覚まし時計をみると、いつもだったら寝てる時間だ。午前9時30分。パジャマ姿の寝起きなジュンの横では、すっかり着替えてお出かけの準備万端の弟がいる。

 

早く、早く、と急かされて、しぶしぶベットからはい出したジュンは、スリッパに足を通して、リビングに向かった。おそよう、とあきれてる母さんがいると思ったら、ラップに包まれた朝食が用意してあるだけで、誰もいない。

 

 

 

「母さんはぁ?」

 

 

「子供会にいったー。サマーキャンプのはなしあいー」

 

 

「あー、そういえばそんなこと言ってたっけぇ?ってことはぁ、誰もいないわけね、りょーかーい」

 

 

大きな欠伸をしながら席に着いたジュンは、ラップをはがして、すっかり冷めてしまった朝食を食べる。いつもだったら、運動部の朝練に出掛けてる弟が帰ってくるまで、ぐっすり寝てることが多いから、お昼ご飯と晩御飯だけしか食べない、1日2食があたりまえ。

 

完全に女を捨てているパソコン関係の技術者だったころの自堕落な生活習慣は、突然変異で変わるようなものではなかった。ジュンには、大手出版社に勤める父親と専業主婦の母親、6つ下の弟がいる13歳の女の子として生きている現在進行形の記憶と、20XX年という途方もない未来に生きていたOLの記憶がある。

 

前者の記憶はぼんやりとした夢でしか認識できなかったが、4年前から本格的に自覚が始まった。どちらも同姓同名だ。もちろん、前世の記憶があるだけで、ジュンは13歳の女の子が主人格である。

 

 

だって未来を生きていたOL時代の記憶をもとにするなら、今の時代はあまりにも不便すぎるのだ。それにまだ13歳の女の子が普通に生きていくためには、なんの意味ももたない。今はまだ。未来の知識が役に立つのは、もっぱら勉強の時だけである。

 

前世の自分は運動音痴だったから、むしろ今のジュンは、その苦手意識を引きずらないように克服することに躍起になっていた。もちろん、誉めたら伸びる子だったので、人一倍パソコンをいじることが好きだった女の子は、父親と母親におだてられて、すっかりその気になってしまい、13歳とは思えない腕前を持っている。

 

一度集中しはじめたら止まらないプログラマの卵は、こうして夏休みに入るとすっかり夜行性になっていた。パソコンのやり過ぎで眼鏡を掛けなくちゃいけなくなったのは、痛恨の極みといえた。めんどくさい。

 

 

午後からだらだら起きてきて、なにをするでもなくボーっとするのがジュンのジャスティスである。母親はだらけ過ぎよ、とあきれている。いいじゃない、別に。小学生じゃあるまいし、ほっといてよ。

 

朝早くに起きるなんてダサすぎる。朝ラジオ体操があるのは、小学生まででしょ、常識的に考えて。ごちそうさまでした、とさっさと配膳を流し台に直行させたジュンは、放置されている食器類をさっさと片付け始めた。どうせ一日中家にいるんだから、せめて家事の手伝いくらいはやって頂戴っていわれたからだ。食器洗いと洗濯物干しと部屋の掃除は、休日限定でジュンの仕事だ。

 

 

 

やっと終わったのは10時30分。サマーキャンプのまえだっていうのに、お小遣いを使い果たしてしまったどうしようもない弟のために、ジュンは特別に持って行くためのお菓子を買ってあげる約束をしているのだ。おわったわよーと呼びかけると、弟が飛んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぴんぽーん、ぴんぽーん、ぱんぽーん。強盗犯の身長を図るために設置されてるテープのある自動ドアが開いた。あ、いらっしゃーいって笑ったのは、大学の夏休みを利用してバイトをしてる一番上のお兄さん、万太郎だ。眼鏡をあげた万太郎は、ジュンと大輔を見比べて、めずらしいねって笑った。

 

 

 

「大輔君、今日はサッカー部お休みか?」

 

 

「ううん、今日は午後からなんです!午前中は、高学年のチームが使うってコーチが言ってました」

 

 

「へえ、そっか。今日はあれ?サマーキャンプ?」

 

 

「そうですよー、大輔がサマーキャンプだから、お菓子買いに来たんです」

 

 

「千鶴と京も参加するんだっけ。まー、よろしくな」

 

 

「いいなあ、京。千鶴さんと一緒とかずるい。ぼくだって太一さんとか、空さんとか、光子郎さんとおんなじグループがよかったのになあ。みんな固まってるのに、ぼくだけグループ違うんですよ、つまんないや」

 

 

「知らない人ばっかりだとつまんないだろ、たまには相手してやってくれよな。学区が微妙に違うせいで、京たちのトモダチは結構グループ離れたみたいなんだ」

 

 

「あー、仲良くしましょー、的な?」

 

 

「大人の事情ってやつだな、諦めてくれ」

 

 

「えー」

 

 

 

おおげさにむくれた大輔は、アイマートのロゴが入ってるカゴを手に取った。お母さんと一緒だと、お小遣いを使いすぎると怒られる。だから大輔は基本的にほっときっぱなしのジュンと一緒にお買いものしたがる。

 

カゴに財布を入れて、たーっと駄菓子コーナーに走っていった大輔を見届けて、ジュンもカゴを手に取った。おーいって声がして振り返ると、百恵がいる。千鶴ちゃんと京ちゃんが品出しで弾かれた商品から、サマーキャンプに持ってくお菓子を物色してるのがわかった。

 

大輔君も見てみる?安くするわよって百恵が笑った。横着すんな、賞味期限ヤバいのお客さんに出せるかよ、と、と万太郎が眉を寄せた。大輔は100円コーナーで粘っている。

 

 

 

「おはよー、ジュン!」

 

 

「おはよー、モモエ」

 

 

「モモエじゃないってば!ユエだっていってるでしょー!」

 

 

「はいはい、はにゃーんされない方のユエね」

 

 

「アタシは男じゃないーっ!それにアタシは女だから、男の人好きになるのは普通なのーっ!」

 

 

NHKで放送されている月を司る美青年と異口同音だと知ったその日から、百恵をいじるには格好のネタである、仕方ないね。百恵とかいてユエとよむ親友は、いつだって正確に呼んでくれない初見さんへの説明に追われている。うっかりその美少年が女主人公のお兄ちゃんと意味深な関係になったせいで、なおさらこのネタには百恵は敏感になっている。

 

千鶴と京、小学生組の妹たちは思わず笑ってしまい、百恵に盛大に怒られていた。まあいっか、とジュンはさっさとその場を離れた。裏切り者ーって言われた気がするけど、ジュンのログにはなにもない。30分もあれば大体かごいっぱいになってしまう。おねがいしまーす、とかごを乗せたジュンに、万太郎さんはすごいなあと声を上げた。

 

 

 

「いっぱい買うんだなあ、ジュンちゃん。どっか出掛けるのか?」

 

 

「防災グッズの賞味期限がヤバいから、用意しといてってお母さんに頼まれたんです」

 

 

「へえ、そうなのか」

 

 

 

3日分の非常食と水、救急セット、着替え一式をまとめ買いしたジュンに、本宮さん家はしっかりしてるなあ、って万太郎は笑った。もちろん聞きかじった方便であり、ジュンはお母さんに頼まれたわけじゃない。コンビニで手に入るレトルト商品、栄養補助食品、缶詰、そして飲料水。お酒のつまみ、ドライフルーツも完備だ。

 

タオル、予備の乾電池、救急セット、必要最低限はこれくらい。それでも結構重くなったビニル袋を受け取った。これからの3日間を思うと、これだけでも足りないくらい。備えあれば憂いなし。

 

大輔、まだー?と呼びかけると、ちょっと待ってーと返事が返ってくる。どうやらサッカー選手のブロマイドがついてくるお菓子をどれにしようか迷ってるらしい。まだちょっとかかりそうだ。すると、百恵が家の手伝いが終わったらしく、こっちにやって来た。

 

 

 

「ねえねえ、ジュン。ジュンって8月1日って何か予定ある?」

 

 

「8月1日?ううん、べつになんにもないけど?お母さんは大輔と一緒にサマーキャンプに行っちゃうし、 お父さんはこのところ忙しそうだから、きっとしばらく帰ってこれないだろうし、多分一人」

 

 

「じゃあさ、じゃあさ、せっかくだからどっか遊びにいかない?」

 

 

「えー、めんどーい。せっかくパソコンできると思ってたのに」

 

 

「もー、ちょっと目を放すとすぐこれなんだから!ほら、せっかくあてたストパー、もうはねちゃってる! ちゃんとブロー掛けて乾かさないと解けちゃうっていったでしょー?ちゃんとドライヤー使いなよ」

 

 

「よくわかるわねー、百恵」

 

 

「14歳なんだからしっかりしてよ、ジュンったらー! ほっといたら、ご飯もコンビニ弁当で済ましたり、平気で抜いちゃったりして、不規則な生活になっちゃうことくらいオミトオシなんだからね!せっかくの夏休みなんだから、ちゃんとお出かけしないとダメじゃない」

 

 

 

相変わらずだなあ、と万太郎は笑った。ジュンはバツが悪くて肩を竦めるしかない。

 

お化粧レベルは最低限、不眠不休で働くデスマーチ、たまの休みはグータラ過ごすっていう、完璧に女を捨てた生活をしてたせいで、生まれ変わってもなかなか生活習慣を変えられない。

 

仕事が楽しくて楽しくて仕方なかった、初めはゲームを作りたくて始めたプログラミングは、途中で挫折して、せめてパソコン関係の仕事に就きたいと思って勉強した先で就職した。健康診断で引っかからない人はいないくらい、不摂生が当たり前の職場だったから、今思えば早く死ぬのも当たり前な気がする。

 

 

生まれ変わっても、20XX年に生まれた記憶があるせいで、レトロな環境はあまりにも新鮮だった。お台場小学校はパソコン部が無かったから、百恵に誘われて演劇部に入ってたジュンだが、中学校はパソコン部があったから、入部届を出してからずーっとそこに入り浸っている。次期部長に指名しようと画策してる3年生の先輩たちから、どうやって逃げようかなあ。はあって百恵はため息をついた。

 

 

 

「ジャージじゃないのは褒めたげる。でもなんでユニクロの部屋着着てるの、ジュン!このあいだ、一緒に買い物したでしょー、それは部屋着にした方がいいっていったじゃん! ジュンは身長あるんだから、ちゃんとした服きないともったいないよ!」

 

 

 

もー、と世話焼きの親友は怒っている。

 

 

 

「いいじゃない、ちょっと買い物するだけだし」

 

 

「よくないー!ジュンの家からここまでどれくらい距離あると思ってるの?!パジャマで外歩いてるようなもんだよ、恥ずかしがろうよ、せめて!」

 

 

「そんなこといわれてもなあ」

 

 

「もー、決めた。ジュン、明日から毎日フジテレビのイベントいこう。毎日外に出ないとすぐグータラなジュンに戻っちゃうんだもん。アタシが連れまわさないとやっぱダメだね!明日から迎えに行くからね、着てく服もコーディネート手伝ってあげる。だから今日の午後、あけといて。明日のお出かけに来てく服、かいにいこ」

 

 

ジュンは観念して、はあいって返事をしたのだった。万太郎が笑っている。なんでいつまでも寝てるのに、目の下にクマが出来ちゃうんだろう?もしかして、よく眠れてないの?って百恵が心配そうに聞くから、ジュンはゲームしてるだけって笑った。

 

ようやくお菓子が決まった大輔がお会計にやって来るので、ジュンはこの会話を切り上げた。大輔に聞かれたら、リビングに置いてあるゲームをジュンが真夜中やってないことがばれる。困ったなあ。ここのところ毎日深夜に活動してるっていうのに、ますます睡眠時間が削られてしまう。どうしよう、昼寝でもする?真面目にジュンは考え始めたのだった。

 

 

もうすぐ1999年8月1日がやってくる。お台場霧事件と呼ばれるテイマーなら誰でも知ってる事件がもうすぐ起きようとしているのである。デジモンと人間が初めてであったのが4年前の光が丘テロ事件、サマーメモリーズの事件とするなら、世間がデジモンを認識するのがお台場霧事件なのである。

 

そして、それをきっかけに選ばれし子供と呼ばれることになるテイマーがお菓子をえり好みしている弟だ。デジタルワールドの冒険の著者と会えるのがいつになるかは分からないが、大事な弟と家族を必要以上に巻き込むつもりは無かった。夜のパトロールも大変である。

 



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3話

アメリカは記録的な冷夏に見舞われている。大雪にさらされるNYから中継するアナウンサーは、完全防備でそう断言した。中東では海面の温度が上昇しすぎて台風が大量発生し、集中豪雨に伴う土砂崩れや洪水の被害が報告されているという。

 

本来その風土であるはずの東南アジアでは、全く雨が降らない干ばつ状態が続いており、国立公園の大湿地が干からびたり、山火事が頻繁に発生しているらしい。環境破壊の警鐘を鳴らすにはあまりにもアトランダムに発生する異常気象。ノストラダモスの大予言を予感させると街頭インタビューで、アメリカ人のニッチな話題が素通りする。ジュンがリビングにやって来た時、大輔はソファを一人で陣取ってテレビのニュースに釘付けになっていた。

 

 

 

「えー、違うよー」

 

 

「なにが違うのよ、大輔」

 

 

「え?あ、お姉ちゃん。ねえねえ、聞いてよ!面白いんだよ、あの人。へんなことばっかりいってるんだ」

 

 

 

大輔の指差す先には、猛吹雪に見舞われている真っ白な摩天楼がうつっている。大輔は分厚いコートを必死で押さえつけながら、実況を続けているアナウンサーではなく、ブラウン管の何も映っていない背景を食い入るように眺めていた。

 

 

 

「真っ白な雪だるまの怪物が雪を降らせてるのにさ、見えないんだって。あんなに大暴れしてるのに。なんでやっつけないんだろ」

 

 

「は?」

 

 

 

きょとんとした顔でジュンは聞きかえす。あんた何言ってんの、頭大丈夫?とでも言いたげな表情をしているジュンをみて、え?と大輔はまばたきをした。くりくりとした大きな目が不思議そうにジュンを見上げている。

 

 

 

「お姉ちゃんにはみえないの?」

 

 

「見えないって何がよ?」

 

 

「あそこで大暴れしてる雪だるま」

 

 

 

ジュンはテレビを見た。

 

 

 

「あんた大丈夫?もうすぐキャンプなのに熱でもあるんじゃないの?」

 

 

「えええっ!?ぼく、風邪ひいてないよ、お姉ちゃん!うそついてないよ、ほんとだもん!あそこに、ほんとに、おっきな雪だるまがいるんだよ!」

 

 

 

ほら、ほら、そこ!とテレビの目の前まで駆け寄った大輔は、アナウンサーの後ろに見える雪山を指差した。真っ白な雪をかき集める作業に追われている除雪車が積み上げた路肩の雪の塊が、たくさん寄せ集まって出来ている、かちこちの雪山の上を指差した。

 

いまいち反応がにぶいジュンに、大輔はホントに見えていないんだと分かったようで、困ったような顔をしている。うそはついてないもん、と小さくつぶやいた大輔は、しょんぼりとしてしまった。

さすがに大輔がうそをつける性分じゃないことは、ジュンが一番よく知っている。ジュンは、ソファの前に置いてあるテーブルにやってくると、チラシとペンを大輔に渡した。きょとんとしている大輔に、ジュンは、こつこつとテーブルを叩いた。

 

 

 

「どんな雪だるまなわけ?ちょっと描いてみせてよ、あんただけ見えるなんてずるいわ」

 

 

 

ぱっと表情を輝かせた大輔は、大急ぎでつるつる紙面のチラシの裏に大暴れしているという雪だるまを描きはじめた。幼い頃、なにもないところを見つめて、耳を澄ませていたかと思うと、突然引っ付いてきて、抱きついてきたことがある。

 

急に怖がって一緒にいたがったことがある。さすがに7歳にもなるとある程度落ち着いてきたけれど、大輔はなにかあるとすぐにジュンのところに飛んでくる。いつかくる反抗期になれば、いやでも離れていくだろうから、ジュンは好きなようにさせていた。6歳も年が離れているし、ジュンは前世の記憶も加算すると精神年齢はかなり高くなってしまう。どうしても大輔は弟というより年の離れた親戚といった感覚なのである。

 

基本的に大輔の好きなようにさせていたジュンがよほど居心地がよかったのか、なにをいっても大輔のいうことを信じてくれるのがよほどうれしかったのか、無邪気な弟はよくなついていた。かけた!と渾身の力作を見せた大輔は、ジュンが目を見張ったのをみて、笑った。おどろくほど上手だった?って感じで。でも、ジュンの反応は、はるか斜め上に飛んでいった。

 

 

 

「ホントにこいつがいるわけね?」

 

 

 

こくん、とうなずいた大輔は、ペンかして、といわれてジュンに手わたす。ジュンは大輔がかいたシンプルなデザインの雪だるまに手足がはえている怪物のお腹にあるボタンを三つ真っ赤に塗った。こんなかんじ?と大暴れしている様子に書き足されるのは、口から吐かれる粉雪を伴った強風。

 

両腕から繰り出されるアイスボール。そして、冷気を伴った状態で繰り出される拳。今度は大輔が目を丸くする番だった。見えないって言ったわりに、大輔が今まさに目撃していることをそのままチラシに書き加えてしまったのだからあたりまえだ。

 

 

 

「お姉ちゃんも見えてるんだよね?」

 

 

「ぜーんぜん、アタシには季節外れの大雪にしかみえないわよ」

 

 

「うそだー!お姉ちゃん、ぼくより上手だもん。見ないで描けないよ!」

 

 

「見えないとはいったけど、見たことないとはいってないわよ」

 

 

「なにがちがうの?」

 

 

「全然ちがうわよ。アンタだってゾウやキリンは見たことあるし、描けるけど、実際に見たことはないでしょ?それと一緒」

 

 

「よくわかんないよ、お姉ちゃん」

 

 

「わかんなくていいんじゃない?今、わかんなくったって、大きくなったらわかるわよ。とりあえずね、大輔、あいつらは見える人には見えるし、見えない人には全然見えないたぐいなわけ。うっかりバレたら追っかけまわされるわよ。反応しないのが一番ね」

 

 

「ゆーれいとか、よーかいとか?」

 

 

「もっとたち悪いわよ。さっきからテレビの向こう側、大停電になってるでしょ?あれ、あいつのせいだから」

 

 

「えええっ!?電気食べちゃうの?」

 

 

「そうよ。アメリカで良かったじゃない、大輔」

 

 

 

ジュンの言葉に、大輔はこの世のおわりみたいな顔をしていったのだ。

 

 

 

「いるよ」

 

 

「え?」

 

 

「ずっと前からいるよ、お姉ちゃん。みんな知らないふりしてるんだと思ってた。東京のあっちこっちでね、あいつの仲間はたくさん見かけたよ?どうしよう、お姉ちゃん」

 

 

 

その日から、ジュンの見回りは始まったのである。明日は臨時休業だけど。

 

 

 

「いきなりトランクなんか引っ張り出してどうしたの、ジュン。どこかお出かけでもするの?」

 

 

 

明日に迫ったサマーキャンプの荷造りに追われている母親は、押入れから修学旅行用に買ったトランクを引っ張り出してきたジュンを見て不思議そうにきいてきた。無理もない話である。父親は数週間前から発生している謎の電波障害事件を追いかけて出版社に缶詰めになっている。

 

母親と大輔はサマーキャンプ。たったひとり家に残されるジュンは、一日中好きなことをして遊ぶんだと張り切っていたはずだ。どこから発掘したのか、圧縮袋に衣類を押し込んで空気を抜きながらジュンはめんどくさそうに言った。どうやら不本意なようだ。

 

 

 

「万太郎さんに頼まれてたチケットあるでしょ?夏フェスのやつ。あれ、百恵と一緒に行ってくる」

 

 

「えっ、どうして?あのチケットは1万円近くするやつじゃないの。お父さんが融通してくれたけど、たしか彼女さんと行くって言ってなかった?」

 

 

「別れたんだって、万太郎さん。チケットとれたことを報告しに、彼女さんの家にいったはいいんだけど、彼女さんがゼミの打ち上げでお持ち帰りされちゃった挙句、昨晩はお楽しみでしたねってとこをばっちり見ちゃったみたい。さすがに2度目は無理だって言ってた」

 

 

「あらー、お気の毒に。でも万太郎さんが出したお金じゃない、払い戻したら?」

 

 

「もう期限過ぎてるわよ、お母さん。タチ悪いことに、それに気付いたのが期限日の翌日だったらしいんだよね、万太郎さん。さすがにケチ付いちゃったチケットで夏フェスは行きたくないから、行って来てくれって言ってたよ」

 

 

「でも夏フェスは夜でしょ?中学生はあぶないじゃない?」

 

 

「アタシが一日一人だって言ったら、なんか百恵がはりきっちゃって。お兄ちゃんカワイソーだから、カラオケとか行ってあげよーっていってた。多分、井之上さん家に泊まることになると思う」

 

 

「なんでそんな大事なこと、直前になって言うのよ、この子は!もー、井之上さんのところにお電話しなくちゃ」

 

 

 

誰に似たのかしらねえ、ってため息をつきながら、母親は電話のところに向かった。大輔はプリント片手に明日持って行く荷物を今にもはち切れそうな旅行鞄に詰め込んでいる。お母さん、軍手ってどこ?と叫んでいる廊下に、母親は苦笑いを浮かべて、リビングのソファに置きっぱなしになっている名前入りの軍手を指差した。

 

ジュンはあらかた収納し終えて無理やりトランクを折り曲げる。自分の重さで潰れるトランク。ロックを掛けたらジッパーを降ろした。母親がボタンを押す前に電話がかかってきた。聞き慣れた音に大輔とジュンは振り返る。もしもし、と母親の声が愛想よく高い声に切り替わった。

 

 

 

「もしもし、本宮です。あら、八神さん。どうしました?」

 

 

 

八神の言葉に大輔が反応する。よく遊んでもらっているサッカー部の先輩か、初恋の女の子か、どっちかを連想したらしく聞き耳を立てている。軍手を取りに来たのに帰る足取りが不自然に遅かった。

 

ジュンにとってはデジタルワールドの外交官という雲の上の人間という感覚が抜けない。あまりにも知名度が高すぎて、デジタルワールドの冒険を読む前から名前だけは知っていた。保育士になったという妹の存在はしらなかった。こうして今を生きていると著者の創作じゃなかったことだけがただただ驚きだ。母親のトーンが残念そうに間延びした。

 

 

 

「あらー、光ちゃんが?ええ、ええ、分かりました。残念だけど、仕方ないですよ。はい、わかりました。役員の方には私がお伝えしておきますね。無理してこじらせちゃうと大変ですから、大事を取った方がいいに決まってますよ、ええ、気にしないでください。ところで太一君は?あ、はい、わかりました。では、失礼しますね」

 

 

 

受話器を置いた母親は、ホワイトボードに張り出されている子供会役員の連絡網を手に取ると、一人一人に報告を入れ始めた。大輔は残念そうに肩をすくめた。解りやすすぎるほどテンションが下がっている。ジュンはドンマイと肩を叩いた。

 

 

 

「光ちゃん、来ないんだ」

 

 

「風邪みたいだしね、仕方ないんじゃない?あの子、一回肺炎こじらせて、入院したことあるじゃない。きっと心配なのよ、親御さん」

 

 

「そっかあ」

 

 

「でもまっ、太一君は来るみたいだし?そんな心配しなくても空ちゃんも光子郎君もいるじゃないの。京ちゃんたちもいるんだし、大丈夫、大丈夫、何とかなるわよ。ほらほら、そんなとこ突っ立ってないで、さっさと準備しなさいよね、アタシは手伝ってあげられないわよ」

 

 

「はあい」

 

 

 

大輔はプリント片手に用意すべき荷物の捜索を開始したのだった。サマーキャンプは8月1日の午前9時に臨海公園に集合したら、チャーターした大型バス2台に乗り込んで向かうことになっている。信州方面に2時間移動し、キャンプ地として有名な渓渓谷山地に向かうとのことだ。

 

2泊3日である。そして、8月3日の4時に臨海公園で解散することになっている。少なくてもジュンは3日間一人で過ごすことになっている。建前上はだ。

 

もちろん、ジュンは豪雪でサマーキャンプが中止になることを知っているので、さらさら警戒を怠るつもりはなかったのである。トランクを引きずり、玄関に向かうジュンは、今度は丈の長い靴下を捜している大輔を見つけた。

 

 

 

「大輔、今日はどうだった?あいつら、いた?」

 

 

 

ジュンと大輔だけの秘密だと勘付いた大輔は、うん、と大きく頷いた。

 

 

 

「すっごくおっきな恐竜がいたんだ。歩くだけでどしん、どしんって地面がゆれたよ。緑色のスライムみたいな、ナメクジみたいなやつも、どんどん増えてる。ビルにいっぱい張り付いてた」

 

 

「気付かれてないでしょうね?」

 

 

「大丈夫、しらんぷりしたから。誰も気付いてないよ」

 

 

「ならいいけどね。もし見えてるってばれちゃったら、追っかけられるわよ、気を付けなさいね。ただでさえ、今の段階で見えてるのは珍しいんだから。もしバレたら、どっか怖い所に連れてかれちゃうわよ。3日間も一人になるんだから、気を付けなさいね」

 

 

「うん!」

 

 

 

大きく頷いた大輔に笑ったジュンは、トランクを玄関の踊り場においた。大輔と母親の声が聞けるのは、少なくても8月1日の夕方、サマーキャンプが中止になったという連絡が入る時だ。その時までは家にいるつもりだったジュンである。まさかお昼ご飯を温めていた電子レンジが鳴った直後だとは思わなかったのである。

 

 

それは8月1日、日曜日、12時36分ごろのことだった。びりびりびりと家じゅうのカレンダーを破り捨て、7月が8月にきりかわる。

 

夏休みがもうあと1か月になってしまったことを無情にもつげるカレンダーにため息一つ、フジテレビのいいともを見ながら電子レンジを待っていた。丁度テレフォンショッキングが始まった時間帯である。ちーん、と音が鳴ってソファから立ち上がったジュンは、リビングのソファに直行してお行儀悪く、そのままご飯を食べようとしていた。

 

いつもだったらキッチンで食べなさいと怒られるところだ。一人だけの特権を満喫しようとしていた矢先の電話である。居留守でもしようと思ったジュンだったが、母親からだったらエライことになる。しぶしぶ、冷めてしまう料理にがっくりしながら、受話器を取ったのだ。

 

 

 

「もしもし、本宮ですけど、どちら様ですか?」

 

 

『もしもし、ジュン?お母さんだけど』

 

 

「うん、そうだけど?どうしたのよ、突然。なにかあった?」

 

 

『それがね、大変なのよ。急に天気が悪くなって、あっというまに吹雪になっちゃってね。大輔はオーロラが見えたってはしゃいでるけど、さすがにそこまで寒くないと思うのよねえ。とにかく、サマーキャンプは中止になっちゃったのよ』

 

 

「えー、うそー。ホントに?」

 

 

『ほんとよ、ほんと』

 

 

「大輔は大丈夫なの?」

 

 

『大丈夫よ。今はね、キャンプ場の近くにあるログハウスの施設に避難させてもらってるの。役員で点呼したら、7人足りないっていうから、雪がやみ次第、取り残されてる子がいないか捜しに行くつもりなのよ。その子たちがいたところは、直前まで一緒にいた子たちが証言してくれてるから、避難した場所は大体わかるからきっと大丈夫だと思うわ』

 

 

「そっか、早く見つかるといいわね」

 

 

 

そうねえ、とため息が遠い。どうしたの?とジュンは先を促した。ジュンの知らないところでデジタルワールドの冒険が現実に起こっているのだと思うと不思議な気分になる。

 

 

 

『ちょっと頼まれてくれない?』

 

 

「なに?」

 

 

『今から八神さんのおうちに行ってほしいのよ』

 

 

「え、なんで?」

 

 

『八神君が勝手に家に帰ってるかもしれないから、一応ね』

 

 

「はあ?何言ってんの、お母さん。太一君はそっちにいるんでしょ?」

 

 

『さすがに悪戯電話だと思うんだけどねえ、それはそれで一人で留守番してる光ちゃんが心配なのよ、ちょっと聞いてくれる?』

 

 

母親がいうには、行方不明になっている子供たちは、八神太一、武之内空、泉光子郎、城戸丈、太刀川ミミ、石田ヤマト、高石タケルの7人。

 

キャンプ場を吹雪が襲ったのが、12時ごろ。子供たちが役員の先導に従って施設に避難したあと、7人がいないことに気が付いた。携帯電話を持っている光子郎とは連絡が取れないため、吹雪を待って捜索に乗り出すつもりである。

 

子供が行方不明という一大事だ。すぐに警察に連絡して、捜索を手伝ってもらうことにした。もちろんご家族にはすぐに連絡をいれた。その30分後、まだ猛吹雪が続くため捜索のめどが立たない中、突然光子郎の家から電話がかかってきたのだという。

 

八神家の電話から光子郎は帰ってますか?という少年の声。太一と名乗った少年は、途中でキャンプを抜けてきたと無茶苦茶なことを言ったらしい。お台場からキャンプ場までは2時間かかるのだ。普通に考えてありえない。そもそも太一は電話用の小銭しかお金を持っていないのだ。

 

でも、間違いなくいつも光子郎と仲良くしている太一の声である。さすがに親御さんは混乱してしまったらしい。光子郎はキャンプだと伝えたところ、あっさり切れてしまった電話。

 

一応、太一も行方不明なのかと連絡してきたようだ。問題なのは八神家の電話番号が表示されたということだ。今、八神家は両親が父方の祖父母が入院しており、そのお見舞いに行っている。留守番をしている光しか家にはいないのだ。普通に考えて嫌な予感しかしない。

 

 

あー、と心の中でジュンは頭を抱えた。そっか、そうよね、そうなるわよね、ふつう。デジタルワールドの冒険は、あくまでも選ばれし子供の視点で描かれた冒険譚だ。著者が知らないことは、当事者の子供たちから取材したとあとがきに書いてあったはずだから、太一しか出てこない出来事は基本的に太一視点の話と考えていいはずである。

 

ジュンは知っている。母親の心配が全くの杞憂だと知っている。でもそれを教える手段をジュンは持たないのだ。ジュンは、途方もない未来でデジタルワールドの冒険を読んだことがあるテイマーだった記憶がある女の子だ。

 

デジタルワールドから現実世界のお台場に一時帰還しているところまで、エピソードは順調に進んでいることはわかっても、それを証明できることなんてひとつもないのだ。それが出版されるのは、ずっとずっと未来の話だから。

 

 

 

「わかった、八神さんの家に行ってみるわね」

 

 

 

ジュンは、笑うしかなかった。



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4話

パレットに乗せた絵の具のようにカラフルで、楽しさにあふれた町、パレットタウンは、今年の3月にオープンしたばかりのお台場を代表する遊園地だ。そこにある直径100メートル、高さ115メートル、ゴンドラの数が64台、搭乗時間16分、定員6名の大観覧車こそ、羽田空港や西新宿の超高層ビル群など東京を一望できる、お台場の象徴、パレットタウン大観覧車だ。

 

これが一望できるお台場臨海公園前の遊歩道、ここがジュンのお気に入りの場所だった。なぜなら、ジュンは、この眺めを見るたびに1999年を生きているのだと実感することができるからだ。

 

20XX年を生きていたジュンは、あの大観覧車をネット上の画像でしか見たことがなかった。ジュンが生まれたころには、すでにパレットタウンは閉鎖、取り壊されて更地になり、見る影もなかったのだ。

 

ジュンが物心ついたころには、あの土地は日本を代表する自動車会社のもとに渡り、大きな博物館の特徴的なパノラマが新しいお台場の象徴になっていた。今年で来たばかりのパレットタウンは、20XX年にはもうないのである。ここにくるたびに、ジュンはとても不思議な気分になるのだった。

 

 

 

ジュンがまっすぐに向かうのは、お台場臨海公園駅から徒歩1分のところにある、高層マンションである。シーリアお台場5番街という、5番目にある高級マンションだ。1996年にできたばかりの新しいマンション群は、お台場臨海公園を囲むように建っている。

 

ジュンの記憶が正しければ、このあたりはやがてハイセンスな住宅街区と東京湾が臨めるレストランやショッピング街、商業ビル、都市型リゾートホテルなどが計画的に配置され、沿岸沿いはオフィス街になるはずだ。

 

まだ着工し始めたばかりの土地整備であちこちが工事中になっていて、建設予定地の空き地が目立つ。まだまだこれからの街なのだ。光ヶ丘爆弾テロ事件から引っ越してきた選ばれし子供たちの両親は、いずれも裕福層ばかりである。居住区がかたまるのも、ジュンから言わせれば当然といえた。

 

 

 

八神家はシーリアお台場5番街の最上階、1306号室にある。さすがに階段を上る気にならなかったジュンは、まっすぐにエレベータに向かった。13階のランプが点灯する。

 

クーラーが効いている真新しいエレベータに揺られながら、ジュンはじいっと移動していくランプを眺めていた。太一君や光ちゃん、コロモンとばったり鉢合わせしちゃったらどうしよう、と思って、無駄に焦ってみたりどうやってしらばっくれたりしようかなと考えたりした。でも、今の時点だと絶対ありえないことを思い出して、安堵のため息である。

 

 

 

今の時点では、ジュン以上にデジモンのことに詳しい人間はいないのだ。ジュンは知っている。デジタルワールドが現実世界のコンピュータ・ネットワーク上にある世界であり、現実世界から流れ込んだデータが実体化する力をもっている異世界であること。

 

デジタルワールドが現実世界と比べてどこかおかしいのは、現実世界のデータが流れ込むときに欠損したり、破損したことが原因であり、ただの文字列にすぎないプログラムが実体化したりするからであること。

 

現実世界とデジタルワールドを繋ぐのは、デジタルゲートから続くゲートポイントという球体の空間、そして迷路のように入り組んだ通路のようなネット上にあるワームホールという電脳空間であること。

 

 

 

ちなみにワームホールは、ある場所とある場所に直結しているトンネルのようなもので、デジタルワールドが一般化する前はSFの世界の理論だった。

 

リンゴのある一点から反対方向に行くには円周の半分を移動する必要があるけど、虫が中を掘り進めれば短い距離の移動ですむ、という意味で虫食い穴という意味で名前が付けられた。そこを通ると光よりも早く時空を移動できるので、タイムマシンの原理を説明するのによく使われたのだ。

 

もっとも、デジタルワールドというネット上に存在する世界だからこそ実現可能な現象であり、ジュンが生きていた時代でも現実世界ではタイムマシンは実用化されていなかった。デジタルワールドでは、デジモンが世界の時間を管理しているのである。それくらいきっと朝飯前なのだろう。

 

デジタルワールドが不安定になるとそのワームホールに亀裂が入り、ゆがみが発生すること。そこからデジモンは現実世界に迷い込むことがある。ジュンたちテイマーは、基本的にネット上でデジモンを育成しているのだが、育成フォルダを破壊してデジモンが脱走する事件が度々あるので、その事態の収拾に奔走することがあった。

 

それを考えると、まだネットの環境が整っていない今の時代は、デジタルワールドに行くための手段がひどく限定されている。デジタルワールドや現実世界からは特定の手段を使わないと、出入りすることは出来ない。きっとまだ出会うのが早すぎるのだ。

 

せめて20年、30年もたてば、電脳空間を題材にしたアニメやゲーム、フィクション作品は世界にあふれかえり、SFの題材としてもやりつくされた感満載の、ごくありふれた時代遅れの題材に変貌する。そうすれば、デジモンという存在は、それほど異端視すべき脅威ではなくなるのだ。少なくても、その電脳空間の修繕に出向くことがジュンの仕事の一環だったことを考えれば、お察しというやつである。

 

 

 

まだ世界はデジモンを知らない。デジモンは現実世界で実体化するために、電気を根こそぎ奪う性質があることはもちろん、電波障害が発生することは誰も知らないのだ。それは進化する世代が上がるにつれて深刻化していくのだが、1999年はデジモンに対応した設備など皆無である。つまり、幼年期のデジモンであっても、エレベータに乗った途端に何らかの障害が発生する。

 

うっかり成長期になった状態で乗ろうものなら、システムダウンするか停電になって運転停止、強制的に追い出されることになる。あとは警備員の人が駆けつけて、技術端の関係者がやってきて、緊急点検、立ち入り禁止の大事に発展する。ジュンが無事にエレベータに乗れたと言うことは、太一君はきっとコロモンと一緒に乗ろうとして、異常を察知して利用するのを辞めたに違いない。

 

わざわざ13階まで階段で上るとはご苦労様である。エレベータのアナウンスが流れた。ジュンは吹き込んできた夏の暑さにため息をつきながら、13階の通路をまっすぐ向かったのだった。

 

 

 

1306号室 YAGAMI

 

 

 

あった、あった、とジュンはドアの前までやって来た。いつだったか、興味本位で八神家に遊びに行った大輔のお迎えをかってでたことがある。そのとき挨拶をした程度の知りあいだ。

 

実際に目で見て確認したら、デジタルワールドの冒険読者としては、聖地巡礼を達成した気分になるので、自己満足してから一度も足を踏み入れていなかった。八神君たちには八神君たちの生活があるのだ、意味もなく足しげく通っては悪質なストーカーである。

 

逮捕されるような行為をするほど、ジュンはバカじゃなかった。だいたいジュンが住んでいるマンションも、シーリアお台場に名前を連ねているのである。間取りとか大体一緒だから、わざわざ確認する必要なんてないのだ。

 

ぴんぽーん、とチャイムが鳴る。カメラ目線でジュンはインターフォンを覗き込んだ。

 

 

 

「こんにちは、本宮です」

 

 

 

しばらく待ってみるが、反応がない。あれ?もう一度念のため、ジュンはチャイムを押した。

 

 

 

「こんにちは、本宮です。八神さん、いらっしゃいませんか?」

 

 

 

おかしいな、とジュンは思った。光ちゃんは一人で留守番している。もしジュンが赤の他人なら、居留守するかもしれない。でも、ジュンのことは光ちゃんは知っているはずである。

 

お台場小学校サッカー部の公開練習や大会を見学にやって来た時、何度か話したことがあるからだ。大輔君のお姉ちゃんと呼ばれたことをジュンははっきりと覚えている。母親はきっと八神家にジュンが向かうことを連絡しているはずだ。それなら、わざわざ居留守をする理由は無いはずだ。

 

もしかして、太一君とコロモンが隠れるために、今頃靴を隠したり、かくれんぼしたり、いろいろバタバタしてるんだろうか。そっと聞き耳を立ててみたが、物音がしない。うーん、どうしよう?さすがに鍵がかかっていてはどうしようもないが、何もせずに母親に連絡を入れるのもどうかと思ううし。

 

かちゃりとドアノブを回したジュンは、するりと空を切るドアに、え?!と声を上げた。ドアが開いている。鍵がかかってない。しかもチェーンもかかってない。あっさり空いてしまったドアである。ジュンはその場に立ち尽くした。ぴこぴこぴこぴこ、と聞いたことがない音がする。

 

 

 

「こんにちはー」

 

 

 

ちょっとだけ覗いてみる。まず気付いたのは、靴がないことだった。すっからかんだ。誰もいない。玄関からまっすぐ伸びる廊下の先は、リビングの間取りになっているのだが、開けっ放しの向こう側はカーテンが翻って揺れていた。窓の向こう側には、パレットタウンの大観覧車が真正面から臨めた。

 

つまりクーラー点けっぱなしである。しかもニュース、NNKの番組がつけっぱなしになっている。しかもぴこぴこぴこぴこ、とさっきから目覚まし時計か、携帯電話か、タイマーのアラームが鳴りっぱなしである。一向に止む気配を見せないアラームにジュンはさすがに、えええええ、と声をあげた。いくらなんでも不用心すぎるよ、太一君に光ちゃん。

 

はじめこそ、太一君が子供部屋で昼寝してるところなのか、と思ったジュンだったが、リビングに続く廊下にはトイレがあるのだ。普通なら光ちゃんと真っ先に目が合うはずだ。やっぱり誰もいないと考えるのが普通だろう。どうしよう、とジュンは途方に暮れた。まさか入れ違いになるとは思わなかった。

 

ニアミスだった。これでいいのかもしれないけど、ちょっと残念である。はあ、とため息をついたジュンはとりあえずドアを閉めたのだった。泥棒に入って下さいと言わんばかりの部屋である。ほっとくにほっとけない。すっかり困り顔でジュンはドアの前に立つ尽くしていた。いったい何の音だろう、このアラーム。妙に音に残る仕様のようだが。

 

 

 

ちりん、ちりん、と小さな鈴の音がした。きょろきょろとあたりを見渡すと、にゃーん、と鳴いている三毛猫がジュンを見下ろしていた。

 

 

 

「ミーコちゃんはいるのね、光ちゃんたちどこ行ったかしらない?」

 

 

 

真っ赤な首輪についている小さな鈴が揺れている。ぱちぱちと瞬きをした三毛猫は、とたたとリビングの方に向かってしまった。無人とはいえ勝手に人様の家にはいる訳にはいかず、ジュンは立ち往生である。どうしよう、と途方に暮れていると、ふたたびミーコは玄関にやって来た。ぴこぴこぴこぴこ、というアラームがどんどん近づいてくるではないか。なにかくわえている。

 

デジタル時計だろうか。ディスプレイが激しく点滅し射ていて、しかも振動しているではないか。誇らしげに獲物をジュンに見せ付けたミーコは、ジュンのところまでやって来ると白いデジタル時計を足元に置いた。そしてちょこんと座る。飼い主への贈り物やお土産のつもりなのだろうか、感謝の気持ちをしめしているつもりなのだろうか、でもジュンはミーコの飼い主ではない。

 

顔は知っていると思うけど、どうしたの?と疑問符なジュンに、ミーコはにゃーんと鳴くだけだ。じいっとジュンを見上げている。ジュンは困惑した。動物を飼ったことが無いのである。これがなに、どうしたの、と聞いてみるが、ミーコはあとにひかずにずっとジュンを見上げている。

 

もしかして褒めてほしいんだろうか、と思ったジュンは、えらいねーと笑ってすり寄ってきたミーコを撫でた。ごろごろと咽が鳴る。あー、なるほど、ミーコは自分がどんなに働き者か自慢したかったわけね、とジュンは思った。ミーコが持ってきた獲物を受け取った。

 

 

 

そして、それが初期型のデジヴァイスだと気付くまで、たっぷり10分を要したのである。無理もない話だ。ジュンが知っているデジヴァイスは、育成ファイルで育てているデジモンを携帯機に移して移動するために使用するものである。持ち運びができる育成ファイルなのだ。

 

選ばれし子供が使用していたデジヴァイスは、それこそ選ばれた人間しか使うことができない特権だらけの塊だったはずだ。デジタルワールドの冒険のあとがきで参考資料が掲載されていたが、そこにある一枚写真でしかジュンは見たことがない。

 

そんな大事なモノを平気で置き去りにして、ホントにどこ行ったんだろう、太一君に光ちゃん!ジュンはさすがに焦った。こればっかりは渡さないとさすがにまずい。それだけは分かったからだ。

 

 

 

デジタルワールドの冒険がアニメ化された際は、光ちゃんのデジヴァイスの出自は最後まで不明のままだったため、太一君がデジタルワールドに帰ったと同時に、八神家にデジヴァイスが出現する謎仕様だった。

 

ミーコが持って行ってしまったという描写が加えられていたが、さすがにそれは違うだろう。アニメ化する際の演出だってインタビューに書いてあったはずだ。ヴァンデモンが持ってきたものではないはずだ。

 

まだヴァンデモン一派はデジタルワールドのゲートを開いてないし、ここまでこれない。そもそも、デジヴァイス自体が光ちゃんの持っている力を元に作られたものなのだ、光が丘テロ事件の後にずっと光ちゃんが持っていたとは考えられない。

 

ホントにどこからきたんだろう、これ。ジュンは、おそらく光ちゃんのであろうデジヴァイスを握り締めて思った。たぶん、光ちゃんのだ。太一君のは紋章の色を取り込んでオレンジ色になったはずだから。もし、泥棒が入って持って行ってしまったら、ホントにえらいことになる。ジュンは、太一君か光ちゃんにこれを渡すことに決めたのだった。

 

 

 

「あらぁ、本宮さんところのジュンちゃんじゃないの」

 

 

「あ、山田さん、こんにちは」

 

 

「こんにちは。八神さんのおうちのまえでどうしたの?もしかして、何か御用?ごめんなさいね、八神さんは今、ご家族のお見舞いに行ってて留守なのよ。光ちゃんは風邪をひいてて一人で留守番してるのよ。もしかしたら、寝ちゃってるのかしら?」

 

 

「山田さん、お詳しいんですね」

 

 

「光ちゃんのこと心配だから、時々様子を見てあげるって引き受けたのよ。さすがに小学校2年生の女の子を一人で留守番させるわけにはいかないし、でも風邪ひいてる光ちゃんをお見舞いに同行させるわけにはいかないしって困ってらしたから。八神さんにはいつもお世話になってるから、これくらいはね」

 

 

 

お隣に住んでいるおばさんは笑った。ジュンは、ほっとしてドアノブを回した。あら、と山田さんは目を見張る。中を覗きこんだおばさんは、どこ行っちゃったのかしら、と心配そうに口元を覆った。どうしましょう、と困惑しきっている。

 

 

 

「どこか出かけちゃったのかしら、光ちゃん。これからお昼にしようと思って買い出ししてきたのに」

 

 

「山田さん、八神さんのおうちをお願いしてもいいですか?アタシ、光ちゃん、捜してきます」

 

 

「ごめんなさいね、そうしてくれる?私はとりあえず八神さんに連絡してみるわ。さすがに遠くに行けるほど光ちゃん回復してないと思うのよ。もしどこかで倒れてたりしたら大変だわ。これ持って行ってくれる?見つけたら連絡頂戴」

 

 

「はい、わかりました」

 

 

 

山田さんから預かったPHSをポケットに入れたジュンは、大急ぎでエレベータに引き返したのだった。行き先はわかっている。デジタルワールドと現実世界の境界線が非常にあいまいになっている今、現実世界とデジタルワールドを繋ぐワームホールは今、びっくりするほど不安定で、穴だらけなのだ。

 

その穴にうっかり迷い込んだデジモンは、ゆがみの姿をして、まるで透明な怪物のように東京をばっこしている。光ちゃんや大輔にだけ見えている状態である。

 

でも、そのワームホールを完全に潜り抜けてしまうと、現実世界に実体化することになる。あたりの電気を犠牲にして。身体を構成する電気が足りなければ、中途半端な実体化となり電波障害は深刻化するし、そのデジモンから繰り出された攻撃は全て結晶化という奇妙な現象を引き起こす。

 

 

 

ジュンは一度だけ見たことがある。育成ファイルから脱走したデジモンが現実世界で中途半端に実体化し、ある町を結晶世界に変えてしまった光景を見たことがある。

 

奇怪な形になった鳥が石化した森を飛び交い、結晶化した町のほとりには、宝石をちりばめたような動物が紋章のようにきらめいていた。

 

夜になると光り輝く人間が木々の間を走り回り、その腕は金色の車のようで、頭は妖怪みたいな冠におおわれていた。忘れもしない。その人はまだぬくもりがのこっていた。

 

 

 

山田さんから借りたPHSを片手に、ジュンはこの大都会ど真ん中で突然圏外になる異空間を捜し始めた。ジュンの目に見える形で、結晶化した戦闘の痕跡が広がっていたからだ。黒山の人だかりである。どうやらワームホールは相当不安定らしい。

 

お台場付近のデジタルゲートがまだ開いていないようだ。ジュンはパソコンが入っているリュックを背負い直し、太一君たちを懸命に捜した。今どき珍しい無線LANは、父親の職業柄贔屓してもらってる会社さんからお古をもらったものである。

 

スペックは20XX年と比べれば天と地の差があるが、最新機種と比べればそんしょくないものである。最悪、これを使う羽目になるかもしれないと思いつつ、突如出現したクリスタルの肖像をひたすら遡ったのだった。

 

太一の持っているデジヴァイスには、他のデジヴァイスの所有者を探知する能力がある。世界に一人ぼっちだと思っていたデジヴァイスの所有者がもう一人いる。それに気付いた太一がどういう行動に出るのか、もちろんジュンは知るわけがなかった。

 



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5話

それは突如として出現した。シーリアお台場5番街を通る大通りに出現したのは、お伽噺に出てくるようなお屋敷だった。不思議なことに行きかう人たちは誰も気付かず、普通に歩いていく、自転車でその施設を貫通して通り過ぎていく、車で突っ切っていく。目下に広がる奇妙な光景に絶句した太一は、なんだよこれ、と何度も目をこすった。

 

すぐ近くで地震が発生したというNNKの臨時ニュースが飛び込んできて、光の制止も振り切って外に飛び出した時に飛び込んできた光景である。まるで蜃気楼のように揺らめいている宮殿は、NNKのニュース越しにみた透明なデジモン達にも似ていた。デジモンの匂いがする、と反応したコロモンとあってはスルーするわけにもいかない。

 

原因不明の頻発する地震の震源は間違いなくあそこだと直感した太一は、迷うことなくコロモンと共にその屋敷に飛び込んだのである。想定外だったのは、パジャマ姿のまま、ろくにくつにも履き替えないで、スリッパ姿のまま光が跡を追ってきたことだった。

 

 

 

それは真っ暗で曲がりくねっていて、よじれたような通路があり、行き止まりや見せかけの扉がある複雑怪奇な場所だった。まるで秘密の地下室の集合体みたいな場所だった。豪華絢爛で荘厳な装飾に彩られた宮殿。

 

でもたちが悪い。恐ろしいまでに複雑な構造の建物である。一度でも迷い込んだ人間は二度と出さないと宣言されたような気さえしてくる。しっかりと迷子にならないように手を繋ぎながら先を進んだ太一たちは、コロモンがどんどんデジモンの匂いが近付いてくると警戒色を強めているので気を引き締めた。4階建ての建物である。中庭を囲むようにたくさんの部屋や秘密の廊下、真っ黒な回廊、いろんな形をした小部屋が配置されている。

 

曲がりくねった回廊、廊下、階段、はしら、とにかくごちゃごちゃに配置されていて、位置関係が完全にわからなくなってしまってから、じぶんと経ってしまったように思う。コロモンがいないのに、迷い込んだら正しいルートに向かうのは奇跡に近いだろう。地下室に突入した先で太一たちを待っていたのは、まさに迷宮である。

 

宮殿の中なんて比較にならないほど複雑な様相を呈している構造は、ますます太一たちの感覚を麻痺させた。3メートルもある大きなツボが所狭しと並べられていて、そこには体育座りをしたミイラが保管されているものだから、より一層不気味さを強調していた。

 

 

 

地下室は業火によって焼き尽くされた生々しい痕跡が残っている。一体誰がこんな遺跡を造ったのか、さすがに誰も知らない。

 

災害によるものなのか、天変地異によって放棄されたものなのか、侵略による荒廃なのかはわからない。ぞっとするほど沈黙に満ちた先で、太一たちは両刃の斧が保管されている小部屋に出た。

 

金色に輝く美しい斧だったが、刃先が意味深に黒づんでいる。さすがに手にする気にはなれず、コロモンを先頭に先を進んだのである。一気に場所が開けて、現れたのは闘技場だった。

 

 

 

そこには、一体のデジモンが待ち受けていた。太一はデジヴァイスを構える。コロモンは太一たちを守るためにいっそう前に進み出た。緑色の瞳が戦闘色である赤色に代わる。白い光がコロモンを包み込んだ。

 

 

 

天までとどろく真っ黒な角が鈍色に光る。ケバケバしい頭髪、隆々とした筋肉、大きく裂けた口から覗く獰猛な牙、そして黄金色の鼻輪。頑丈なボルトのまかれた革靴をしならせて、引きちぎられた鎖を振りかざしながら、首輪を付けている茶色の怪獣は聞いたこともない咆哮をあげた。強力なダークサイドパワーを持つ、獣人型デジモンだった。その頑丈な体は並みの攻撃ではびくともしないだろう巨体を誇っている。

 

腕と一体化した機械、それはケンタルモンと似ている、を振りかざす。チェーンソーを起動させた時のような、耳を塞ぎたくなるような大きな音が辺りに木霊して、そのアームが起動したことを知らせる。牛の頭をした巨人は殺意を地面に叩きつけた。アスファルトを木端微塵に粉砕し、豪快にひび割れを起こして抉るアーム。ずいぶんと距離があるというのに、遠方まで届く衝撃波が辺りを襲った。

 

まるで波紋のように砂ほこりが円形に舞う。宮殿地下深くにある闘技場だというのに、天井では路上駐車していた車が弾き飛ばされる豪快な音がした。街路樹がバキバキとへし折れる音がした。全面ガラス張りのビルからガラスがはじけ飛び、夏の装いをしているアーケードに飾ってあるすべてが無残な形に姿を変えてしまったとしか思えない音が鳴り響いている。

 

 

 

天井から降り注ぐ鋭利なガラスのナイフを薙ぎ払ってくれた相棒が、次々に飛んでくる二次被害の落下物を焼き尽くしてくれる。サンキュ、グレイモンと笑った太一に、ああ、とグレイモンは目を細めた。

 

 

 

「ぐれいもん?コロモンじゃないの?」

 

 

 

不思議そうに光はつぶやいた。

 

 

 

「はあ?なーにいってんだよ、光。こいつはグレイモンだろ?」

 

 

 

現実世界に帰還した時、コロモンを連れていることに何の疑問も抱かず、あっさりとその存在を受け入れてしまった光は、はじめからコロモンを知っていた。どうして?コロモンはコロモンでしょう?とこてんと首をかしげる意味深な発言の真意は、はぐらかされたままである。問いただすことができないまま、太一はここにいる。きっと怖かったのだ。

 

最愛の妹が選ばれし子供かもしれないという予感が脳裏をよぎっても、そうであってはいけないと無意識のうちに打ち消してしまう。それがどんな事態を招くのか、まだ太一は知らないのだ。太一がコロモンの世界にいたことを察知した光は、どこにもいかないよね?と袖を引く。それを握り返すことができないまま、太一はパジャマ姿の光を庇うように空を仰いだ。そして、くしゃくしゃに光の頭をなでる。光はなんで撫でられるのか分からない。

 

 

 

光にとってはコロモンだ。赤くて真ん丸な目をしていて、大きな口と小さくて尖ったピンク色の体をしている長い耳を持った楕円形の生き物も。成長して二足歩行ができるようになった、オレンジ色の小さな恐竜の姿をした、両手足に難く鋭い爪を持った爬虫類の生き物も。目の前にいる、頭の皮膚が硬化して甲虫のような殻に覆われたオレンジ色の恐竜も。

 

4年前、一夜にして光が丘に壊滅的な被害をもたらしてしまったとしても、光にとっては突然姿を消してしまったかけがえのない友達だったコロモン。コロモンだと名乗ったきり、光と会話をすることができなくなったから、光は幼年期以上のコロモン系列のデジモンの名前を知らない。どんな姿になっても光にとっては、コロモンだった。それが違うと太一に指摘された光は、ぐれいもんっていうのね、と言葉たらずでつぶやいた。

 

 

 

鼻先とこめかみに左右生えている特徴的な形の角は、4年前に出会ったグレイモンとシルエットが違う。それでも、どこか受け継がれているものを感じる。それに気付いた光は、あのときのグレイモンとは別の個体なのだと気付いていたけれど、うれしかった。

 

光のことを知らないコロモンだとしても、太一と光をあの時とおなじように守ってくれている気がしたから。今思えば光が丘テロ事件の時、大きな鳥の怪獣と戦ったグレイモンは今のように知性がある訳ではなく、本能の赴くままに大暴れしていた気がしてならない。もたらされた惨状は、今でも光の心に大きな影を落としている。

 

でも光は、今でもあの時のコロモンは今のように太一たちを守るために戦ってくれたのだと信じている。鋭い爪や巨大な角、全身凶器の体で太一と光に迫りくる危機を四散させ、攻撃的な赤色の瞳に闘志を燃やし、こちらまで暑くなりそうなほどの炎の塊を怪獣目掛けて連射している。太一の相棒は、灼熱の業火で牛頭鬼を燃やした。火炎弾が轟々と燃える。その刹那。

 

 

 

黒い影が太一たちの目の前を跳躍した。速い。ごおっという風を生み落して、さきほどまでいたはずの完全体のデジモンがいない。空を切ったグレイモンの攻撃は、かすりもしないまま瓦礫にぶつかって大炎上をもたらした。降ってくる。

 

シャンデリアの逆光を浴びて黒い影を落とす牛の怪物は、どしいん、と大きく石柱を揺らし、その壁に吸い付くように足場を作ると、再びこちらに降下してきたではないか。茶色い牛の怪物は轟音を響かせて、再びアームを振り上げた。あっという間である。グレイモンの渾身の一撃はかき消されてしまったばかりでなく、先ほどより威力が増した猛攻がグレイモンに襲い掛かる。

 

太一たちの盾となったことで身動きが取れないグレイモンは、ずるずるずると大きく後退を余儀なくされてしまった。ひきずった蹄の跡が道路に克明に刻まれる。その隙を逃すほどグレイモンは場数を踏んでいない。すかさずカウンター攻撃を叩き込む。今度は見事に必殺の一撃が命中した。やったか!?

 

 

 

「うそだろっ!?なんで効いてないんだよッ!」

 

 

 

完全に予想がはずれた太一は焦りを浮かべた。完全体と成熟期という世代には超えられない壁がある。具体的に言うと、成熟期10体分の存在が完全体なのである。もちろんそこまで詳細なことはさすがに太一は知らないが、1か月にもおよぶ漂流生活で培った経験則から、相手が相当にヤバい奴だと察した。東京をばっこする透明なデジモンは、ドリモゲモン、ヌメモン、ユキダルモン、メラモン、すべて成熟期だった。

 

6人の仲間たちをデジタルワールドに置き去りにしたまま自分だけ帰ってきてしまった罪悪感が、幻影を見せているのだと太一は勘違いしていた。光にも見えていると言われたことで、もしかして、と思った。今まで見たことがないデジモンが現れたことで、ようやく世界中に出現しているデジモン達が本物であると悟ったばかりである。太一が間違えるのも無理は無かった。

 

名前も知らない牛の怪物は、夜の繁華街にある原色のネオンのように、ギラギラと濁った輝きで太一たちを見据える。激しい悪寒を感じさせる、強烈で、不吉な輝きである。どんよりと光る輝きの標的が太一たちであると悟ったグレイモンは、太一の名前を叫んだ。

 

 

 

「言われなくても分かってるよっ!相手が完全体なら、こっちも同じ条件で戦うだけだッ!いくぞ、グレイモン!」

 

 

「ああ!」

 

 

 

紋章が反応する。デジヴァイスから放たれた光がタグに貫通し、紋章が解放されて、0と1のデータに改ざんされ、一気にグレイモンに向かって放たれた。グレイモンを構成しているデータが書き換えられる。シルエットが光の知っているグレイモンから全く違う怪獣に姿を変える。見上げるほどの巨体だった。

 

白い光によって現れたのは、身体の半分以上がサイボーグ化され、戦闘力を高めたグレイモンの完全体だった。完全に機械化された左腕は、牛の怪物よりも浸食度が大きい。幾つもの武器を搭載し、人工的につけられた6枚の羽が飛行能力を可能にしたグレイモンの改造体がそこにいた。叩きつけられた衝撃波もものともせずに、メタルグレイモンはハッチを開けてミサイルを発射する。

 

跳躍する。躍動する影を追尾弾が容赦なく追い詰める。一発被弾した。牛の怪物の絶叫がこだまする。すごい、と光はつぶやいた。真っ赤な血がぽたぽたと闘技場に降り注いだ。もちろん、相手もすぐに反撃を開始する。一瞬だけ動きが止った。空中で無防備な体制を晒している相手に、すかさずメタルグレイモンのトライデントアームが発射される。

 

相手を捕らえることさえできれば、石の壁に磔にし、一気に至近距離から砲弾を連射することができる。そのもくろみをさっちしたのか、相手は追尾弾とトライデントアームを左腕のアームから発射された砲撃で弾き飛ばした。白煙があがる。勢いを殺されてしまった片腕が所定の位置に戻ってくる。メタルグレイモンは舌打ちをした。

 

 

 

「めたるぐれいもん?グレイモンじゃないの?」

 

 

「進化したから、こいつはメタルグレイモンなんだよ。すっげえだろ、光。こいつがオレの相棒なんだぜ」

 

 

 

太一は光が今まで見たことがないような顔で笑った。まぶしそうに光は目を細める。これで世代的には互角である。問題は相手が真正面からぶつかってくるようなパワーファイターの風体をしているくせに、やたらと俊敏な身のこなしで翻弄してくることだろう。

 

技量、物量でいくら上回っても、被害を抑えるために正面からの戦闘を避けて、攻撃のあとにすぐ退避してを繰り返しているのだ。速度と上昇力、急降下性能は相手の方が上である。メタルグレイモンの攻撃は振り切って逃げられてしまう。

 

まるで選ばれし子供のパートナーは、普通のデジモンと違って進化した世代でいられる時間に制限があることを知っているかのように、長期戦に持ち込もうとしている。メタルグレイモンの体力の限界を待っている。累積的な疲労が目立ち始めたメタルグレイモンは、動きに無駄が増えてきた。想像以上に相手は完全体として日にちが長いらしく、体力の限界はいっこうに見い出せない。

 

 

 

それでも。大丈夫、お前ならやれる、と曇りない眼差しで太一はメタルグレイモンを見上げている。太一は観察していた。目標となる相手を見つけたら上空から一気に襲い掛かって攻撃を浴びせ、敵が来るより前に逃げていく戦法を相手は繰り返している。

 

これはもう相手とメタルグレイモンの得意な空戦に持ち込むかが勝敗の分かれ目になりそうだった。ヒット・アンド・アウェイ戦法に形式美を見い出しているのか、かたくなまでにその戦い方を守っている。わざわざそれにつきあってやる必要はない。太一は思いっきり声を張り上げた。

 

 

 

「上だっ!もっともっと高く飛ぶんだよ、メタルグレイモン!いっけえ!」

 

 

 

太一の真意に気付いたメタルグレイモンは、風を生み落して飛んだ。シャンデリアが爆発四散する。あたりは一気に真っ暗になった。そして、太一と光めがけて攻撃を仕掛けてくる相手に向かって、容赦なく弾道ミサイルを発射する音が響き渡った。

 

高高度で待ち受けていたメタルグレイモンの奇襲が、敵の襲来前にミサイルの軌道に沿って、すべての攻撃を相殺する。遠方からの見えない位置からミサイルが敵に打ち込まれたのだ。敵は目視による回避、高低差を生かした加速、先制攻撃がすべてだ。

 

しかし追尾機能を搭載しているミサイルがあれば、メタルグレイモンは目を閉じていても敵を被弾させることができる。どこから来るか分からない状況に持ち込めば、いくら相手でもミサイルを全て振り切ることはできないはずだ。みあげるほどの巨体はすべての攻撃を回避できるほど小さくない。

 

格好の的である。目視を前提にして死角をついた攻撃はいくらでも可能なのだ。決着はついた。最後に残ったのは、名前も知らない完全体の悲鳴である。なにかが砕け散る音がした。しばらくして、メタルグレイモンの体が0と1に分解され、みるみる小さくなって太一たちのところに落ちてくる。アグモンに戻ってしまったのだ。

 

 

 

「おかえり、アグモン」

 

 

「お腹すいたよ、太一ぃ」

 

 

「はああ?さっきオムライス食ったばっかじゃねーかあ」

 

 

「だってえ」

 

 

 

はあ、とため息をついた太一に、ちょいちょいと光が袖を引く。

 

 

 

「どうした?光」

 

 

「お兄ちゃん、見て」

 

 

「あ、なんだこれ、どんどん消えてくぞ」

 

 

「ほんとだぁ、蜃気楼みたいに消えちゃった」

 

 

 

気付けばシーリアお台場5番街前の道路に立っている太一たちがいた。クラクションを鳴らされて、大慌てで雑踏が戻ってきた街路樹にみんなで避難する。もしかして、全部全部幻だったんだろうか、と首をかしげる太一である。きょろきょろと光は辺りを見渡した。

 

みなれた光景だ。どこも壊れてないし、どこも変わったところは無い。あれだけ大暴れしたんだから、大惨事になってもおかしくないのに。まばたきしている光の隣で、アグモンがすんすんと鼻を鳴らした。

 

 

 

「今度はなんだよ、アグモン」

 

 

「あっち、あっちからデジモンの匂いがするよ、太一!」

 

 

「はああっ!?またかよ、おいっ!なんだよ、それー。お前アグモンに戻っちゃったじゃないか、戦えるのかよ、大丈夫か?」

 

 

「ぐ、グレイモンならなんとか」

 

 

「えええっ、もし完全体だったらどうすんだよっ」

 

 

「どうしようもないよーっ、アグモンに戻っちゃったってことは、アイツ、幻じゃなかったってことでしょ?」

 

 

「消えちゃったけどな」

 

 

「どうするの、お兄ちゃん」

 

 

「どうもこうもねえだろ、行くしかないっ!」

 

 

 

ホントは光に家に帰れと言いたいところなのだが、光はつないだ手を一向に放そうとしない。さすがに振り払えるほど冷酷になれない太一は、がしがしと頭を掻いて、しっかたねえなあ、とそのままアグモンのあとを追いかけはじめたのだった。

 

真正面にある児童館を横切り、さっきまであった謎の宮殿があった場所の近くにある裏路地に入る。ぴこぴこぴこぴこ、とデジヴァイスが振動しながら音を出し始めた。

 

ディスプレイが真っ白に発光し、NEWの表示のあとで画面が切り替わる。アラームが鳴りやんだかわりに、太一たちが今いる場所が簡素な地図になって表示された。俯瞰図である。建物の隙間にある裏路地の先に点滅する光がある。なんだこれ、と太一は食い入るようにデジヴァイスを見つめた。

 

 

 

「もしかしてデジモンを探知する機能でも追加されたのか?」

 

 

「でもさあ、さっきそんな機能なかったよね?」

 

 

「そりゃあ、さっきのはやっぱデビモンの時みたいな幻だったんだよ」

 

 

「僕は表示されないよ?」

 

 

「言われてみればそうだなあ」

 

 

「なにかあるの?」

 

 

「それは確かだな。デジヴァイスに表示されるってことは、悪いもんじゃあないはずだ。行ってみようぜ」

 

 

「デジモンがいるかもしれないから注意しないとダメだよ」

 

 

「わーかってるって。頼りにしてるぜ、アグモン」

 

 

 

もー、調子いいんだから、太一はぁ、とアグモンは呆れたように肩をすくめた。

 

 

 

「どういうことか説明してもらおうじゃない」

 

 

 

ぴたりと太一たちの足取りが止った。みんな顔を見合わせる。瞬き数回、裏路地の先に誰かいるようだ。デジヴァイスの点滅は感覚が短くなってきていて、ますます光が大きくなっている。

 

どうやらその誰か、もしくはそこにいるデジモンが関係あるようだ。心なし足音を忍ばせながら太一たちは先を進んでいった。聞き耳を立てるのはご愛嬌だ。この先にいるのが敵か味方かわからない。太一たちのことは全く気付いていない声の主は、誰かに詰め寄っている。

 

 

 

「なんでアンタがここにいるわけ?おかしいじゃないの、普通に考えて」

 

 

 

どんどん声がクリアになっていく。太一と光は何度か顔を見合わせた。どこかで聞いたことがある声だったからだ。不思議そうに顔を上げるアグモンに首を振って二人は先に進んでいく。

 

 

 

「なんでダークエリアが生息域のアンタが平然とこの世界にいるのよ。正直にいいなさい、どうやってきたわけ?ワームホールがあったから?デジタルゲートが不安定で飛ばされてきたから?それとも、誰かに召喚されたから?答えなさいよ。なんとか言ったらどうなわけ?ぶっちゃけ、あんたがここにいるってシャレにならないんだけど?」

 

 

 

仕事しろよ、セキュリティ、とぽんぽん飛び出す聞いたこともない単語のオンパレードについていけず、太一と光は疑問符が乱舞している。逆にアグモンの表情がどんどん驚きと困惑に染まっていくのが分かる。知ってるのか、と太一が問いかけるよりも、光が彼女のなまえを呼ぶ方が早かった。

 

 

 

「だ、大輔君のお姉さん」

 

 

「あー、そっか、どっかで聞いたことがあると思ったら、大輔の姉ちゃんだ!えーっと、そうだ、ジュンさんだっけ」

 

 

「だれだれ?太一のトモダチ?」

 

 

「ちがう、ちがう、オレのサッカー部の後輩に大輔ってやつがいるんだけどさ、そいつのお姉ちゃん。まー一応知りあいかな、オレもあんまよく知らねーし」

 

 

「ふうん、そうなんだ。でもなんでこんなところにいるんだろう?」

 

 

「しかもなんかパソコンに話しかけてるし」

 

 

「なんか話しかけづらいな、どうする?」

 

 

「おっかしいなあ、さっきまでデジモンの匂いがしてたのに、急に消えちゃったよ」

 

 

「まじで?逃げられたか、くっそ」

 

 

 

はあ、とため息をついた太一は、誰?誰かいるの?という声にぎょっとして顔を上げた。

 

 

 

「光ちゃん、光ちゃんじゃない。やっとみつけたわよ、捜したんだからね」

 

 

「えっ?!」

 

 

「書き置きも残さないで山田さんに内緒で家を飛び出しちゃダメじゃない。ほら、PHS貸してあげるから、今すぐ電話してあげて。山田さん、心配してたわよ。光ちゃんのお母さんたちに連絡するっていってたから、早く安心させてあげてよね」

 

 

「あ、わ、わすれてた……。ありがとうございます」

 

 

「あー、そういやあ、そんなことお母さんいってたような」

 

 

「鍵もかけないで飛び出すなんて不用心すぎるわよ、太一君」

 

 

「えっ、鍵かけないで出てきたのかよ、光!?」

 

 

「だ、だってお兄ちゃんとアグモンが…」

 

 

「あー、ごめん、ごめん。おれが悪かったよ、だから泣くなってば」

 

 

「あーあ、太一なかしたぁ」

 

 

「もとはといえばお前が急にいなくなるからだろ」

 

 

「それは言わないでよ」

 

 

「お前なあ。あーもう光、嘘泣きはわかってんだぞ、ジュンさんの後ろに隠れてんじゃねーよ。さっさとPHSで連絡しろよな」

 

 

「お兄ちゃんはどうするの?」

 

 

「どうってそりゃ」

 

 

「ねえ?」

 

 

「かえらなきゃ、だよなあ?」

 

 

「どうやって帰るのか教えてくれる?キャンプ場から2時間もかかるお台場にどうやって瞬間移動したのかの説明もかねてね。ついでにそこの怪獣のことも教えてくれない?悪いようにはしないから」

 

 

 

にっこりと笑ったジュンの一言に、太一は凍りついたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デジモン紹介

 

 

ミノタルモン

 

初登場はデジタルモンスターver.Sデジモンテイマーズ。このときは完全体で登場したが、02では演出の都合上成熟期として登場した。そのため、あとから成熟期も完全体もいることがカードで追加された経緯を持つ。ホエーモンのように生息域で世代が違うデジモンだと思われる。

 

属性はウィルス。名前の由来は牛の頭と人間の体を持つミノタウロス。勢力はネイチャースピリッツ。種族は獣人型。強力なダークサイドパワーを持つ、【暗黒デジモン】。動きは速くないが、きわめて頑丈な皮膚を持つため、並の攻撃ではビクともしない。

 

この小説ではヒットアンドアウェイ戦法に美学を感じていて、巨体に似合わない俊敏な動きで相手を翻弄した。左腕には腕と一体化した“デモンアーム”をつけている。必殺技は左手の「デモンアーム」を地面につけ、大地震を巻き起こすダークサイドクエイク。遠くに居ても衝撃波が襲うぞ。

 



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6話

ピンポンとインターホンを鳴らして、ただ今戻りました、とジュンが八神家の扉の前で呼びかける。傍らには申し訳なさそうに縮こまっている光がいる。インターホンについているカメラでジュンと光を確認したのだろう、はいはい、という声と共にチェーンロックが外れる音がして、ガチャリとドアノブが回る。

 

 

 

「お帰りなさい、光ちゃん。ジュンちゃんも見つけてくれてありがとうね」

 

 

 

山田さんはにっこりと笑ってドアを開けた。

 

 

 

「いえ、あたしは当たり前のことしただけですし。PHSありがとうございました」

 

 

「はい、どうも。ほら、光ちゃん。お父さんとお母さんにお電話してあげてくれる?一応電話貰った時に連絡は入れたんだけどね、光ちゃんの声を聞いた方が安心すると思うのよ」

 

 

「はあい」

 

 

 

光が靴を脱いでスリッパに履き替える。そして、そのまま廊下をすすみ、リビングに置いてある固定電話に手を伸ばした。コードレスの電話を片手にプッシュするボタンの音が聞こえる。

 

少し開いているリビングのドアから、するりと抜けだして、とたたと走ってきたのはミーコだった。あらあら、と山田さんは通り抜けようとするミーコを抱き上げて、ちりんちりんとなる鈴に笑った。ジュンは脱走を試みて、虎視眈々と機会をうかがっているミーコの目の前で、しっかりと扉を閉めた。にゃーん、とミーコはないている。

 

 

 

「こーら、また逃げ出そうとして。困った子ねえ」

 

 

「ホント、自分で帰ってこれてよかったですね、ミーコちゃん」

 

 

「ほんとにねえ。光ちゃんから聞いたわ。アタシが出かけたあと、光ちゃんがドアを閉めようとした途端、ほんのちょっとした隙間から逃げちゃったんでしょう?そりゃ、驚くわよねえ、光ちゃん。ミーコちゃん、家猫だからこの辺りのことなんて知らないでしょうに、なんだってお外に出たがるんだか。八神さんがお隣に引っ越してきたころだから、もう4年になるのねえ。そのころから飼ってる猫ちゃんでしょう?結構な年のはずなのに元気よねえ」

 

 

 

もうおうちから出ちゃだめよ、と身に覚えのない叱責を受けて、ミーコは解せぬという顔をして山田さんを見上げて、にゃーん、と鳴いた。山田さんははーいという返事に聞こえたらしく、よしよしと言いながらミーコを抱っこしてリビングに向かう。

 

お昼まだでしょう?シチュー作っておいたから、たんとおたべ、と光に声を掛けた。はい、ありがとうございます、と頷いた光。水洗いして乾かしてあるすっかりカラになっているコーラの缶を2つ並べられて、風邪をひいてるんだから水代わりに飲んじゃダメよと指摘されて沈黙してしまった。

 

はあい、という小さな返事がちょっと不満げだ。オムライス3人分はさすがに食器類を片づけて証拠隠滅したようだが、ごみはゴミ箱に入れたままちゃんと隠しておかなかったようだ。山田さんは几帳面な性格だから、ごみはちゃんと綺麗にしてから捨てないと気が済まない性質なのだ。それにお節介やきの今どき珍しいおばさんでもある。

 

きっと光ちゃんのお父さんやお母さんに報告ずみにちがいない。何という理不尽だろう。あーあ、可哀想に、とジュンは思った。コロモンと太一君のせいなのに、とジュンは同情を禁じ得ない。光は反論したいけど反論できない状況に置かれているのだ。どうしようもなかった。

 

 

 

「じゃあ、おばさんはそろそろお暇させてもらうわね、光ちゃん。うちのお義父さんがお昼ご飯はまだかまだかと待ってるのよ。ラーメンもろくにできない人で困っちゃうわ。また3時ごろにお邪魔するから、お薬飲んでゆっくりオヤスミ」

 

 

「はい、わかりました。ありがとうございます」

 

 

「何かあったら連絡ちょうだいね」

 

 

「はあい」

 

 

 

ミーコを光に渡したらしい山田さんは、じゃあ、またね、とジュンに笑って八神家の扉の向こうに消えていった。ジュンはすかさずインターホン越しに山田さんを確認して、隣のドアが開いて締り、チェーンロックがかけられる音を聞いた。

 

しばらくして、ジュンはゆっくりと音をたてないようにドアを開けた。廊下いっぱいにあけた。これで山田さんのおうちからは八神家の玄関の様子は完全に死角になる。ジュンは、いまかいまか、と13階廊下の隅の方で様子を伺っていた太一とアグモンに合図を送った。

 

待ってました、とばかりに太一とアグモンは抜き足、差し足、忍び足、といった足取りで八神家の玄関に転がり込んだのだった。ゆっくりと扉が再び閉められる。鍵をかけ、チェーンロックをかけ、はあ、と息を吐いたジュンは、早々にリビングに直行していく太一とアグモンを追いかけたのだった。

 

 

 

「うわあ、おいしそうだなあ」

 

 

 

すんすん鼻を鳴らして、ごくりと喉を鳴らすアグモンに、なべのふたをあけて、オタマをぐるぐるとかき混ぜている光は食べていいよって笑った。ぱっとアグモンの表情が明るくなる。

 

 

 

「えっ、いいの!?」

 

 

「わたしもお兄ちゃんもオムライス食べちゃったから、お腹すいてないもの。全然減ってないとおばさんが心配しちゃうから、食べていいよ」

 

 

「いやったあ!」

 

 

「あーもう、呑気な奴だなあ。はやいとこ、あっちの世界に戻る方法探さないといけないのにさあ」

 

 

 

のんびり屋のアグモンに太一は頭が痛いとばかりに肩をすくめる。だってえ、とスープ皿にいっぱいよそってくれる光を今か今かと待っているアグモンはお腹を押さえた。ジュンは、クーラーが効いているリビングで、ソファに沈んでいる太一に声を掛けた。

 

 

 

「なにか変わったことはないの?」

 

 

「変わったこと?」

 

 

「なんでもいいのよ、それが案外ヒントかもしれないしね」

 

 

「うーん、なんだっけ」

 

 

 

きょろきょろ、とあたりを見渡した太一は、ふとリビングに置いてあるパソコンに目をやった。

 

 

 

「あ、そういえば」

 

 

「そういえば?」

 

 

「パソコン、あのパソコンに光子郎がうつったんだ。うつりが悪いテレビみたいに、あっという間に消えちゃったけど、さ。太一さんは、もう、あっちの世界には戻らないでくださいとか、なんとかいってた気がする。うまく聞き取れなかったんだよなあ」

 

 

「ふうん、パソコンねえ。せっかくだから調べてみる?なにかあるかもしれないしね。そうだ、太一君。ちょっといい?このパソコンってネットに繋がってるの?」

 

 

「ネット?あー、うん、繋がってる、と思う、たぶん?あんまやりすぎると怒られるんだよなあ、お金がどーとか、こーとか」

 

 

「まあシーリアお台場はダイアルアップ接続だもんねえ、そりゃお金もかかるわよ。ISDNは電話局が遠すぎて無理だし。集合団地だとネット環境を整えるのも一括じゃないとなかなか難しいっていうしねえ。光になるのはいつになることやら」

 

 

「でもなんでまた?」

 

 

「んー?アタシの憶測なんだけどね、アグモンたちの世界はネットやパソコンと関係ある気がするのよ。太一君の話を聞いただけのアタシが勝手に考えただけだから、ホントかどうかは分かんないけどね」

 

 

 

ジュンはほんのりと色がついた、細いフレームが上の部分と鼻あての縁取りしかない眼鏡をかけ直す。丈がかけている眼鏡と違って楕円形になっているデザインのそれは、ずいぶんとシャープな印象を与える眼鏡だ。形状記憶の金具が入っているジュンの眼鏡は放っておくとフレームと耳あてのところが閉じてしまう。眼鏡をかける時にはそれを広げてつかうのだ。

 

ストパーをあてているためか、図書館で本を読んでいても違和感がない文学少女といった出で立ちのジュンである。大輔と同じで癖のある髪の毛、天然パーマの女の子でも、これだけでずいぶんと印象が変わるなあと今更ながらに思うのだ。夏の大会の時には、大輔の好きなサッカー選手のナンバーが入った帽子をかぶってきてた気がする。

 

テンパのままだったから、活発な印象を受けたけど、今の方が性格的に合ってる気がした。もちろん太一は寝癖を誤魔化すために、適当にかっぱらってきた帽子をかぶったことなど知らない。まともな格好も大親友の涙ぐましい着せ替え人形の日々のおかげなことなんて、しるわけもない。ジュンは光が太一の隣にやって来たのを確認して、笑った。

 

 

ごちそーさまでした、という声にちょっとずっこける。

 

 

 

「サーバ大陸ってところから、太一君は帰ってきたわけでしょ?そもそもサーバってなにか知ってる?」

 

 

「え?えーっと、さあ?俺こーいうのさっぱりだからなあ、光子郎ならわかるんだろうけど」

 

 

「あはは、情報の時間には遊んでそうだしね、太一君って。サーバっていうのは、コンピュータとコンピュータの間にあって、いろんなリクエストに応えてくれる大きな機械のことなのよ。たとえば、メールをしたり、ネットをしたり、ゲームをしたりする時って、ネットに接続しないとできないでしょ?それはネットワーク上にあるたくさんのサービスの中から、太一君がパソコンでリクエストしたことをサーバが叶えてるから。ほら、時々ホームページを開く速度が遅くなったり、急にインターネット接続がきれちゃったりすることってあるでしょ?それはサーバがたくさんのリクエストに応対できなくなったからなのよね」

 

 

「あー、なるほど」

 

 

「だから案外、光子郎君がパソコンに写ったっていうのも、意味があるのかもしれないわよ?」

 

 

 

ジュンの話を聞いて、ちょっとだけ期待がもてることに気付いた太一の表情が明るくなる。それなら、とさっそくパソコンを起動させた太一は、見慣れたデスクトップから早速インターネットに接続して、メール欄を広げてみた。

 

ダイレクトメールがたくさんである。うーん、と太一はうなった。となりの光も覗き込んでいる。やっぱりいつもと変わらない八神家のパソコンである。だめだなあ、と残念そうに太一は肩をすくめた。

 

 

 

「なあに、残念そうな顔してるの。これからじゃない」

 

 

「これから?」

 

 

「そ、これから。ねえ、そのデジヴァイスっていうやつ、貸してくれない?」

 

 

「え、いいけど何に使うんだよ、ジュンさん」

 

 

「デジヴァイスをパソコンにつなげるのよ。デジヴァイスってやつがUSB端子からパソコンに接続できるって言ったの太一君じゃない。ファクトリアルタウンとかいうところで、光子郎君がやってたんでしょう?デジヴァイスの情報が解析できたら、アグモンの世界に行くためのヒントが隠れてるかもしれないじゃない?」

 

 

「できるのか?」

 

 

「光子郎君が出来たんでしょう?さすがにあの子と肩を並べることは出来ないけど、ハッキングくらいだったらアタシもできるわよ、きっとね」

 

 

 

初期型デジヴァイスのプログラムを入手することができれば、ジュンが知らない世界の扉を開くことは間違いないだろう。選ばれし子供という特別な存在しか持つことが許されなかったデジヴァイスは後世の人間からすれば当時のデジタルワールドの科学技術をしる貴重な資料の結晶なのだ。

 

デジモンを自由に進化、退化させることができる機能。お互いの場所を探知できるGPS機能。ウィルスに侵されたデータを正常化させることができるウィルスバスター機能。そして、デジタルモンスターの脅威から身を守る隠匿の機能。

 

さすがにデジタルゲートを自由に開閉できる機能はついていないが、技術者からすれば喉から手が出るほど欲しいプログラム技術でもある。

 

徹底して企業秘密にされているそれのメカニズムが分かれば、これほど楽しいことはないだろう。ジュンはどうこうするつもりはない。ただ知りたい、それだけだ。いつだってプログラマーを突き動かすのは好奇心である。たいてい猫をも殺すのオチがつくので、深入りは厳禁だけども。

 

 

少しでも手がかりが欲しい太一は、デジヴァイスをジュンに渡した。ジュンはちょっとごめんねって光と太一からパソコンを譲られて、USB端子にデジヴァイスを接続させ、機能を起動させる。パスワードとIDが表示され、入力を求められる。暗号はすべてデジ文字で表示されている。なんだこれ、と太一は目を疑った。ジュンは、ふうん、おもしろいじゃない、と笑った。

 

デジタルワールドでしか使用できないデジ文字は、ワームホールの修繕をセキュリティサイドから何度も依頼されたことがあるテイマーからすれば欠伸が出るほど簡単な文字である。基本的な依頼内容からメールに至るまで、すべて文字化けしたようなミミズののた打ち回った文字になるのだ。いちいち翻訳辞書片手に四苦八苦したのはとうに過ぎた道である。

 

今回はデジタルワールドの冒険で描写されていた数列と英単語を入力する、という抜け道を使用したので実質無駄だったが。しばらくして、デジヴァイスの画面が光る。そして、太一の姿をスキャンする。どうやら認証が終わったようだ。しばしばするまぶしい光に残像が残るのか太一はびっくりしたとぼやいた。

 

 

デジヴァイスにあるデータやプログラムのソース、文字数列のページが表示される。なにがなんだか、さっぱりわからない太一と光はすっかりお手上げ状態である。

 

インターネットをつくる授業があれば、ソースを構成する最低限のタグの意味は分かったかもしれないが、ジュンの記憶が正しければ、それは6年生になってからである。ゆいいつ、ジュンだけがそのブラックボックスに表示されているデータの重要性を理解している。ざっと目を通したジュンは、あった、と八神兄妹を振り返る。

 

 

 

「あったわよ、デジヴァイスの製造元が」

 

 

「せいぞうもと?」

 

 

「ピラミッド、サーバ大陸、デジタルワールド、えーっと、これこれ。みたことある?」

 

 

 

ジュンは添付されている画像を太一に見せた。あ、と太一の声があがる。

 

 

 

「ここだよ、ここっ!俺とメタルグレイモンは、ここでブラックホールに飲み込まれたんだ!ピラミッドとスフィンクス、砂漠!みたことあるぜ、ここ!」

 

 

「へえ、ここがサーバ大陸なんだ」

 

 

「………でもデジヴァイスの製造元ってなんだよ」

 

 

「さあ?アタシに聞かれてもわかんないわよ、太一君。ゲンナイさんとかいうお爺さんに聞いてみたらいいんじゃない?」

 

 

「そーだよな、うん、わかった」

 

 

「ここにアドレスがあるわ。デジヴァイスが壊れたら修理するつもりで連絡先を書いたんじゃない?」

 

 

「じゃあ、ここにアクセスすればいいってことか?」

 

 

「喜ぶのはまだ早いわよ、太一君。ブラックホールに飲み込まれたのがここなら、こっちの世界とあっちの世界を繋ぐ道が残ってるのか怪しいわ。やってみないとわかんないわよ。ま、もし無理でもあっちの世界と繋がってるんなら、何が何でもこじ開けてやろうじゃない」

 

 

 

ふふ、と意地の悪い笑みを浮かべたジュンは、リンク先のアドレスをクリックした。デジタルワールドはまだ安定して現実世界との接点であるゲートポイントをたった3か所しか持っていない。ひとつはサマーメモリーズ。もうひとつは光が丘。

そしてさいごにサマーキャンプの舞台となった信州地方の山奥。それ以外からアクセスしたところで、権限が認められなければ自由にデジタルゲートを開くことすらできないのが普通だ。その権限をもっているのはデジタルワールドのセキュリティシステムである。それは人間だろうがデジモンだろうが同じである。それを可能にする人間がいるとすれば、きっとそれは悪質なハッカーである。

 

将来的にその権限が特例的に認められる役職に就くことが予想されていても、まだ14歳の女の子でしかないジュンがそれをすることはデジタルワールドにとっては脅威でしかない。そっちが仕事しないから悪いんでしょうが、感謝してよね、ばあか、と心の中で舌を出す。お台場のデジタルゲートを開いて太一君とアグモンを連れて帰らないデジタルワールドが悪いのだ。お迎えが来ないなら、送り出して何が悪い。

 

 

表示されるのはエラーの表示である。ジュンの目の色が変わった。かたかたかた、と加速していくキーボード。ダミーサイトに介入して、無理やりホームページを書き換える。制限されている権限を書き換える。

こちらに自由に扱える権限が譲渡される。求められる認証を易々と潜り抜け、迫りくる危機は回避して、ジュンは一時的にお台場に存在するデジタルゲートの開閉できる権限を得た。いざ、開こうとえんたーキーを叩こうとした瞬間に、いきなりたくさん開いていたページが消えてしまう。

 

ぴたりとジュンの手が止った。ちらりと時計を見れば13時26分をさしている。だいたい10分くらいだろうか、これでも早い方なのかもしれない。豪快な手口でデジタルワールドに繋がるゲートを開こうとしたジュンに気付いたセキュリティ側が警告に来たのである。相手は気付いたはずだ。これは八神家のパソコンである。

 

ジュンさんのパソコンじゃできないんですか?って光に聞かれた時に、ネットに繋がってないのよ、としれっと嘘をついた理由がここにある。選ばれし子供の家からデジタルワールドにつなごうとしたという事実をセキュリティシステムのエージェントであるゲンナイが見過ごせるはずがないのだ。

 

 

ゲンナイのかくれが、という名前のサイトが表示された。がたっと太一が立ち上がる音がする。たたたたたっと走ってきた太一がパソコンの向こう側にいるドット絵で動いているゲンナイを見て、勢い余ってパソコンをひっくり返しそうになるほどテーブルを揺らした。ジュンはあわててパソコンを抑える。あ、ごめん、と太一は距離を置いた。

 

 

 

「じーさん、何やってんだよっ!おっせえよ、ばっかやろー!」

 

 

『これこれ、揺らすでない!パソコンが壊れるじゃろう!』

 

 

「それとこれとは話が別だろ!なんで俺お台場にいるんだよ!あのブラックホールはなんだったんだ!」

 

 

『だから落ち着かんか。わしも太一たちが呑み込まれたブラックホールの正体はわからん。ただわかっているのは、ナノモンがあれを呼んだということだけじゃわい』

 

 

「あれってなんだよ?」

 

 

『黒い歯車、黒いケーブル、そしてエテモンを取り込んで鼓動していたあの黒い塊は、すべておなじものじゃ。太一、お前さんたちが相手をしている親玉じゃよ。デジタルワールドの火の壁に封印されているはずの暗黒の存在から零れ落ちたほんの滴にすぎん。ナノモンは、デジタルワールドのネットワーク・セキュリティ・プログラムを書き換えて、この世界を混乱させようとしたんじゃ。その混乱に乗じて、自らが世界を支配する足掛かりにするつもりだったようじゃが、あれの脅威を認識しておらん浅はかすぎる暴挙じゃった。この世界に解き放たれた黒い滴は制御不能な力で世界をゆがめて、あのブラックホールを作り上げた挙句、エテモンやナノモン、そしてあのエリア一帯をすべて消滅させおったわ。あれが世界を浸食したら最後、あとかたもなくデジタルワールドは崩壊するじゃろう。太一とアグモンが無事で本当によかったわい。あの時空の裂け目から転落して、別次元の世界に放り出されてもおかしくなかったのに、お前さんの世界に、しかもお台場にやって来るとは相当の幸運といわざるをえんよ』

 

 

「……あれ、マジでやばかったんだ」

 

 

『いかにも。そちらには光子郎とおなじくらい腕の立つ御嬢さんがいるようじゃしのう、太一とアグモンの居場所がわかってよかったわい』

 

 

 

ひょうひょうとゲンナイは笑う。なんでいつも、いつも、大事なことを後からいうんだよ、と太一はじと眼である。はあ、とため息をついた太一は、パソコンにつなぎっぱなしになっているデジヴァイスを取り外し、ポケットにしまった。

 

 

 

「なあ、どういうことだよ」

 

 

『なにがじゃ?』

 

 

「だから、なんで光がデジヴァイス持ってんだって聞いてんだよ!」

 

 

『なんと、8人目の選ばれし子供ともう接触したのか、太一』

 

 

「はちにんめってなんだよ、それ」

 

 

『そう急かすでないわ。今、分かったことなのじゃよ。選ばれし子供の伝説が語り継がれ始めたのは、わしが生まれる遥か昔の話なのじゃ。ファイル島に残されている碑文によれば、いまから5760年も前に預言として書かれたもの。その文字は古代にしか使われておらん文字なのじゃ、わしらが解読するのも一苦労なんじゃよ』

 

 

 

そういえば、この時代はこっちの世界の1分がデジタルワールドの1日なんだっけ、とジュンは思いだす。現実世界の1時間は、デジタルワールドの60日だ。1日になると60日×24時間でデジタルワールドの1440日に相当する。1年は525600日。

 

これが4年たつと5760年ほどになる計算になる。なるほど、ゲンナイさんはせいぜい200、300年ほど前に造られた存在だから、光が丘テロ事件の当事者ではない。ホメオスタシスっていうゲンナイさんの上位の存在しか、光ちゃんのこと知らないのも無理ないかもね、とジュンは思った。

 

 

 

「ご、ごせんななひゃくって、マジかよ。レオモンやケンタルモンが伝説、伝説って言ってるけど、そんなに昔だったのか。それじゃあ仕方ないか、悪かったよ」

 

 

『しかし、もう8人目の子供が分かっておるとは心強いのう。パートナーの行方が分かるまで、なにがあるかわからん。しっかり守ってやってくれんか、お嬢さん』

 

 

「え、あたし?」

 

 

『いかにも。パートナーがおらん以上、デジタルワールドに連れていくのは危険極まりないからのう、パートナーの行方が分かり次第、迎えにくるとしようか』

 

 

 

ジュンは光をみた。ぽけっとから取り出したジュンが渡したデジヴァイスをしっかりと握りしめて、今にも泣きそうな顔をしている。太一はくしゃくしゃに光を撫でた。絶対に帰って来るから、な?と笑いかける。光はなにもいわないで太一に抱きついてうつむいてしまった。ひかり、と困ったように太一は頭を掻いた。

 

 

 

「ずるいよ」

 

 

「光?」

 

 

「ずるいよ、お兄ちゃん。そんなこといわれたら、わたし、何もいえないのしってるくせに。いってらっしゃい、しか、いわせてくれないとか、ずるい」

 

 

「ごめんな、光。お兄ちゃん、いってくるぜ」

 

 

「うん。いってらっしゃい」

 

 

「ジュンさん」

 

 

「なに?」

 

 

「おれが帰ってくるまで、光のこと、お願いしてもいいかな」

 

 

「いいよー、いってらっしゃい。がんばってね」

 

 

 

ちらりと時計をみる。サマーキャンプから大輔が帰ってくるのは4時すぎだろう。百恵と一緒に夏フェスに行くのは、お母さんと大輔が帰ってきてからだ、と算段しても余裕である。初めから太一の冒険の予習が完璧なジュンは安請け合いだ。

 

もちろんそんなこと知らない太一は、いつになるかわからない帰還をたくせたことに安堵の笑みを浮かべて、ありがとう、とうなずいた。いえいえ、とジュンは笑う。いいの?と光はいう。いいのよ、どうせすぐに帰って来るでしょ、きっと、とジュンは笑う。太一は、待ってろよ、と笑って、アグモンと一緒にパソコンの向こうに消えてしまったのだった。

 



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7話

「もしもし、お母さん?アタシよ、ジュンだけど」

 

『あら、ジュンなの?八神さんのおうちからかけてるみたいだけど、どうしたの?なにかあった?』

 

「ううん、大したことないよ。ちょっと借りてるだけだから。やっぱり悪戯電話じゃない?太一君帰ってきてないみたいだし、光ちゃんも見てないっていうし。ミーコちゃんが脱走しちゃって、光ちゃんが捜しに飛び出しちゃったけど、今は大丈夫よ、ミーコちゃんも光ちゃんもつれて帰ってきたから。一人は寂しいっていってるから、ちょっとお邪魔させてもらってるだけ」

 

『そうなの、光ちゃんもまだ小学校2年生だもんね、仕方ないか。そう言うことならいいわ、付き添ってあげてね』

 

「うん、とりあえずそれだけね。家には誰もいないから、電話しとこうと思って」

 

『そっか、わかったわ。じゃあ、泉さんのお家にはそうお電話しとくわね、わざわざありがと。じゃあね』

 

「うん、じゃあね」

 

 

コードレスの受話器をおいたジュンは、ふう、と息をついて振り返った。不安そうにジュンとジュンのお母さんの電話を傍らで聞いていた光は、ほっとした様子で、ありがとございます、と笑う。つられて笑みをつくったジュンは、さあて、どうしようかな、と考えを巡らせる。

 

 

「太一君から光ちゃんを任されちゃったことだし、光ちゃんのお父さんとお母さんが帰ってくるまで、お邪魔させてもらおっかな。ようは光ちゃんを一人にさせなきゃいいわけでしょ?さあて、いつごろ帰ってくる予定なのかな、光ちゃんのご両親は」

 

「えっと、たしか、4時ごろだっていってました」

 

「そっかあ、あと3時間ってとこだね。まあ、大丈夫っしょ、それくらいならね」

 

「ほんとですか?」

 

「うん、それ以上はちょっと厳しいかな。アタシね、今日は夏フェスに行く約束してるのよ、お迎えが5時に来るからそれまでには帰らなきゃ」

 

「ありがとうございます、ジュンさん。ジュンさんには、ジュンさんの予定があるのに、ごめんなさい」

 

「いいの、いいの、気にしないでよ、それくらい。どうせ5時までは暇だったんだから。ま、アタシがすることは特にないよね。ようは留守番してればいいんだから。どうする?光ちゃん。一応、光ちゃんは風邪ひいてるわけだし、寝てた方がよくない?」

 

「えっと、その、あの」

 

「あー、あんま眠くない?」

 

「………はい」

 

 

こくり、と頷いた光は、恥ずかしそうに顔を赤らめて笑った。

 

 

「まあ、休んだ方がいいよ、光ちゃん。風邪なんて、あったかいもの食べて、寝てれば治るんだから。ずるずるひきずってたら、いつまでたっても、治るものも治らないしね、めんどくさいわ。一応、お布団の中に入るだけでも違うわよ。眠くないっていうんなら、アタシも付き合ったげる」

 

「ほんと、ですか?」

 

「さすがに一緒に寝るのはどうかと思うけどね、話し相手くらいならなってあげる。ホットミルクなり、ホットココアなり、山田さんが買ってくれたのあるでしょ?飲んだらお休みしましょ、光ちゃん」

 

「はあい」

 

「なら、そこに座ってて。光ちゃん用のマグカップってある?」

 

「あ、はい。これです」

 

「ふうん、かわいいの使ってるのねえ。これね、りょーかい。あらー、結構買いだめしたんだ、山田さん。どうする?光ちゃん。ポッカレモンとか、ホットココアとかあるけど」

 

「ココアがいいです」

 

「はいはーい」

 

 

ジュンがキッチンですることは、ほとんどなかった。山田さんは準備万端で八神家を後にしたようで、ポットにはたっぷりのお湯が常備されていた。だからジュンがしたことといえば、一人前のホットココアの粉末をかわいい絵柄のマグカップにいれて、たっぷりのお湯をそそぐことくらいだった。

 

付随している生クリームの粉末が白い渦を巻いている。甘い香りがするマグカップを光に運んだジュンは、いつもすわっているキッチンの椅子で、ありがとございます、と嬉しそうに笑った光につられて笑った。反対側の椅子をひくと、テーブルの下ですっかりカラになった餌箱の隣についている水を飲んでいたミーコが迷惑そうな顔をして、ジュンを見上げる。

 

にゃーん、と鳴いて、とたた、とリビングから離脱したミーコは廊下に行ってしまった。どうやらゲージの中に逃げ込んだようである。あー、ごめんごめん、といいながらジュンは椅子に座った。そして、ひざをついてあごを乗っける。猫舌なのか、ココアがよっぽど熱かったのか、ふーふーしながら光はココアを飲んでいた。

 

 

こんな小さな女の子が、明日の今頃には、デジタルワールドにいるのだ。すごいなあ、ってジュンは思うのである。ジュンにできることは、この小さな女の子が風邪をこじらせないように、あったかいものを食べて、あったかいお布団の中で眠っているのを見守ることくらいだ。

 

デジタルワールドの冒険で光は風邪がぶりかえして、熱を出し、倒れてしまうまで症状が悪化してしまう様子が事細かに描写されていた。感情移入しながら読んでいたジュンがはがゆく思ってしまうくらい、ページがさかれていたことを考えると、きっと太一にとって一番印象的な出来事だったにちがいない。それがちらついて離れないジュンは、どうしても光に世話を焼いてしまいたくなるのだった。

 

大好きなお兄ちゃんとコロモンが目の前からいなくなってしまって、透明になったデジモン達がどんどん東京に増えていく様子を、こわい、こわいって怯えながらベランダから眺めているしかない、ひとりぼっちな女の子が目の前にいるのだ。どうしても手を差し伸べてしまいたくなる。まるでお守りのように持っているデジヴァイスを眺めながら、ジュンは不思議な気持ちで光を眺めていた。

 

 

すっかりカラになってしまったマグカップが、ことん、とテーブルに置かれる。ジュンは椅子をひいて立ち上がった。

 

 

「マグカップかして?シチューの皿もついでに洗っとくわ」

 

「え、でも」

 

「みてよ、これ。さすがにほっとくのはまずいと思うのよ、これ」

 

「………あ」

 

 

ごっちゃり、って乱雑に積み上げられた食器に、光は口をつぐんだ。ぱか、とコンロに残されたを開けたジュンは、迷うことなくシンクに持っていく。シチューは、ちょっと多めに用意されていたのに、すっからかんになっている。ほっといたら、また山田さんに光がぜんぶ食べちゃったと思われてしまうに違いない。

 

さすがに大食い疑惑はさけたいのだろう、どうしよう、って困った顔が浮かんでいる。あたしもちょっと貰ったとでも言っといて、と助け船を出してくれたジュンに、ほっとした様子で光は頷いたのだった。アグモンはよっぽどお腹がすいていたのか、ずいぶんと豪快に食べたので、ぶっちゃけ食器はかなり汚い。

 

せめて証拠隠滅しておかないと、女の子がなんて食べ方したんだ、とお説教が入ってしまいかねないので、腕まくりするジュンを光は止められなかったのだった。しばらくして、食器乾燥機の音が聞こえ始める。ジュンは光に呼ばれて、子供部屋に足を踏み入れた。

 

 

「へえ、二人部屋なんだ」

 

「え、ジュンさんは、大輔君と一緒のお部屋じゃないんですか?」

 

「ううん、一人部屋よ、ずっと。二人部屋だったことってないのよね。アタシが小学校のときに子供部屋が出来たんだけど、その時ってまだ、大輔はお父さんたちと寝てたし。大輔が小学校にあがったら、アタシは中学生なわけじゃない?さすがに一緒の部屋ってわけにもいかないのよ。だから、大輔ははじめっから一人部屋ね」

 

「大輔君ってひとりで寝てるんだ、すごいなあ」

 

 

ぽつり、とつぶやいた光にジュンは笑った。ジュンは子供部屋を見渡した。勉強机が仲良く二つ並んでいて、色違いのランドセルが置かれている。教科書やノート、学校で使う道具の置き方には性格が出る。

 

カーペットが真ん中に置かれていて、反対側には二つのタンスが並んでいる。そして二段ベットがあるから、間取り的には広いはずの子供部屋はずいぶんと狭く感じられた。お兄ちゃんがいる女の子ってこんな感じ?、ってジュンは不思議に思った。境目がないのだ。境界線がまるでない。

 

パーソナルスペースってやつがない。ひとりになれるスペースが全く確保されていない、まるで学生寮のような部屋である。ジュンはてっきり、まんなか辺りで間仕切りがしてあって、光ちゃんと太一君のスペースがあるのだろう、と思っていたので、ほとんどが共用スペースとなっている二人の部屋には驚きを隠せない。

 

アタシだったら、絶対願い下げだわ、ノイローゼになりかねない、ってジュンは思った。太一君も光ちゃんも、案外そう言うところは気にしないタイプと見た、うらやましいことこの上ない。ジュンは結構神経質なところがあるので、へーって思ったのだった。

 

光は二段ベットに向かう。そして梯子を上り始めた。ぬいぐるみが並べられていて、ピンク色の枕や掛布団、シーツがあるから上が光のようだ。ベットに潜り込んだ光は、顔だけ出してジュンをみる。めずらしい、ふつうなら二段ベットって上の方が争奪戦になる気がする。

 

兄弟、姉妹をもつ友達を思い浮かべたジュンは、八神兄妹の仲良しさを垣間見た気がして微笑ましくなったのだった。光はその温かなまなざしをひとりじゃ眠れないなんてかわいいなあっていうものだと勘違いしたようで、ちょっと恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 

 

「椅子、借りてもいい?」

 

「あ、はい」

 

 

ジュンは光の机からローラー椅子を拝借して、腰を下ろした。

 

 

「さあて、なんのお話をしようかしらねえ。なにかリクエストある?」

 

「あの」

 

「んー、なあに?」

 

「ジュンさんのお話が聞きたいです」

 

「え、アタシの?」

 

「はい。あの、その、すごかったから、パソコンのとか。どうしてかなって」

 

「面白くもないと思うけどねー」

 

「でも、ききたい、です」

 

 

そっかあ、とつぶやいたジュンは、どっから話したらいいのやら、と思案を巡らせる。そして、いまかいまかと待っている女の子に、語り始めたのだった。

 

 

アタシが小学生の頃だったかな、って意図的にぼやかしたが、今から4年前の話である。ジュンは、小学校4年生の10歳だった。

 

このころはまだ、ミーハーな親友やお母さんの影響もあって、アイドルグループのファンでグッズやCDを聞くのが大好きな女の子だった。パソコンはネットでアイドルグループをしらべるくらいしか、使ったことがない、興味もない、普通の女の子だった。1995年の3月ごろ、春休みのことである。

 

アメリカの支社に単身赴任しているお父さんに会いに行くために、お母さんと大輔と一緒にアメリカに行ったジュンは、ある事件に巻き込まれた。あとからお母さんたちに教えてもらっただけで、ジュンも大輔も、他の子供たちも覚えていない、不思議な事件だ。気が付いたらすべて終わっていた。

 

ジュンが覚えているのは、今にも落ちてきそうな空の下で、見渡す限り広がる花畑があって、大きな穴がたくさんあいていて、そこに倒れていたことだけである。地震だった、という人がいた。不発弾が爆発した事故だった、という人もいた。爆弾を使ったテロだった、という人もいた。

 

なにもわからないまま、ジュンと大輔は、お母さんと一緒にアメリカから日本に帰った。2年間の勤務だからあと1年アメリカにいるはずだったお父さんが、4月から日本に帰ってきて、今の本社で働いていることしかわからない。ここで一旦、ジュンは言葉を切った。

 

あの日から、普通の女の子だったジュンは、今のジュンにゆるやかにかわっていったのだ。あの事件の真相に気付いてしまった時点で、知りえるはずのない情報が濁流のように流れ込んできた時点で、ジュンは、もうひとりのジュンの記憶があることを自覚してしまうことになったから。

 

 

「知りたい、って思ったのよね。なんにもわかんないから、知りたいって思ったの。アタシって、もともと、はっきりしないことってなんかやなんだよね、もやもやするの嫌いだから。はっきり目で見える形にしないと気が済まないっていうか。お母さんたちに内緒でネットで調べてたの。そしたら、あのときの事件を調べてるコミュニティを見つけたんだ。その人たちがパソコンに詳しいひとたちの集まりでね、その人たちとメールのやり取りしてたら、いつの間にかそっちの方面に興味持っちゃったんだ。気が付いたら、いつまでたっても真相がわかんない事件のことはそっちのけで、パソコン部に入るくらいのめり込んじゃって、あはは」

 

「今でも、その人たちとはメールしてるんですか?」

 

「うん、してるわ。大事なメル友よ。ほとんどアメリカ人なんだけどね。最近は、弟がまだ小学生なのにハーバード大学に飛び級で入学が決まったってメールが来たのよ。さすがに驚いたわー」

 

「すっごーい」

 

「でしょう?メチャクチャ頭がいい子だとは聞いてたけど、さすがにそこまでずば抜けてるとは思わなかったわ」

 

 

世間って狭いわよね、といいかけた言葉は心の中に仕舞われる。不自然な形で言葉をきってしまったジュンに、不思議そうに光が名前を呼ぶ。

 

ジュンは、なんでもないわって笑って、おもしろい?大丈夫?つまんなくない?って聞いてみる。ふるふる、と光は首を振った。ジュンの話によっぽど興味がわいたらしく、メールは英語でするのかとか、英語で話すことはできるのか、とか、いろんなことを聞かれた。

 

どうやら光はアメリカに行ったことがあるという事実の方が気に入ったようだ。光が覚えているはずの光が丘テロ事件との類似性は、意図的にぼやかしたことと、時々光に聞かれたことを徹底的によく覚えていないと言い切ったおかげで、見い出すことはできなかったようだ。ジュンは、もともと、ミーハー、もしくはおたく気質の下地ができている女の子だった。

 

集中するとどこまでも突き抜けていく、熱の入った話題は延々としゃべり続けることができる、気質を持っているのだ。今回はかみ合ったからいいものの、うっかり興味がない相手にこれをしてしまうととんでもない失敗をしでかしてしまう。さいわい、今回は深く突っ込まれることはなかった。気を付けなくちゃ、と心の中で冷や汗をかいたジュンである。

 

思わぬ喰いつきをみせた光は、すっかり興奮状態にあるようで、眠気なんて彼方に吹っ飛んでしまったらしい。結局、2時間近く光とのおしゃべりに興じることになったジュンは、ようやくうとうとし始めた光にほっと息を吐く。おやすみなさい、とベットに潜り込んでしまったのを確認して、おやすみなさい、とジュンは笑う。

 

部屋を出ていこうとする気配を感じ取ったのか、かたくなにまぶたをこする光である。ジュンは肩をすくめた。ちょっと咽が渇いたから、水飲んでくるわねっていうと、やっと安心したようだ。すぐ帰って来るって約束して、音をたてないように、静かに扉を閉めたのだった。

 

 

ジュンは、まっすぐリビングに向かう。そして、水道の蛇口をひねって、そのまま生ぬるい水をすくい上げて飲み干した。いちいちコップを洗うのが面倒だったのだ。

 

ごしごし乱暴に口元をぬぐって、引き返そうとしたジュンは、さっきまで真っ暗だったはずのノートパソコンの電源ボタンが点滅していることに気付く。

 

ちゃんと消したはずなのに、再起動のボタンを押しちゃったんだろうか。まずい、消費電力ばかになんないのに、と急いでノートパソコンを開いてみると、そこには腹が減ったとわめいているドット絵のモンスターがいる。ジュンは思わず舌打ちをした。

 

 

「バカいってんじゃないわよ、なんのためにウィルスバスター削除したと思ってんの?好き嫌いしてんじゃないわよ」

 

 

不機嫌な顔をしているモンスターは、上質なデータをよこせとうるさい。データに上質も劣化もないわよ、とジュンはいう。でも、相手は無防備なパソコンにたくさん送られてくるダイレクトメールやウィルスに感染したプログラムは腹の足しにもならないとほざいている。

 

そいつはデジモンだ。ちなみに太一たちに起きたままみせる悪夢、または幻覚を見せていた諸悪の根源でもある。ウィルス種のデジモンは、祖先であるコンピュータウィルスと性質が非常に良く似ている。

 

定期的に餌をやらないと悪さをするのはどっちも同じだ。ちなみにウィルス種のデジモンの方が、たちがわるい。ウィルスを駆除する本能をもつワクチン種から身を守るために、構成しているデータを擬態させたり、全く別のものに変化させたりして生き残る必要があるためだ。

 

延々と体を作り変える必要があるウィルス種は、そのために必要なデータ(情報)がデータ種やワクチン種と比べて桁違いに多いのだ。腹が減った、とわめきながらジュンの前に現れたとき、ジュンは衣食住を保証してやるからアタシんとこにこいって交渉したのである。

 

 

あんた、バカなの?死ぬわよ?と開口一番に言い放った女の子に気圧された時点で、こいつに逃げ場はなかった。馬鹿だったのだ。ここがどこだかわかってんの?

 

もしこのまま餓死したら、二度とデジタルワールドに帰れないわよ、なんでかわかる?ここはデジタルワールドじゃないわけ、外の世界なわけ、もし死んだらどうやってデジタルワールドにいくわけ?いけないわよね?

 

ここからは帰れないんだから。ここはネットワーク上にはない世界だもの。つまり、あんたは死んだらそれでおしまい。あんたの魂のデータはどこにもいけないし、体を構成してるデータだけが死んじゃって、幽霊になっちゃうのね。転生させてくれるデジモンなんていないわけだから?それでもいいの?ねえ、いいの?

 

 

もちろんジュンは、現実世界でもデジタマに転生できたデジモンを知っているし、幽霊になってしまったデジモンも知っている。死んだらどうなるのか、なんてやってみないとわからない。

 

デジモンは生まれ変わるとデジタマになる。それしか知らない。基準なんて知らない。管轄外だ。口から出まかせである。それでも、デジヴァイスを持っているジュンを選ばれし子供と勘違いして現れたバカは、まるっきりそれを信じてしまったのだ。

 

ジュンが強気で行けたのは、そいつが光の紋章のコピーを持っていなかったからだ。ヴァンデモンの配下ではないけど、現実世界に現れたのは選ばれし子供を襲うため、とくれば、そそのかされたバカしかいない。問題は、こいつはダークエリアにしか生息していないデジモンであるということだ。

 

 

ダークエリアは、死んだデジモンがいくところであり、生まれ変われなかったデジモンがいくところである。あの世、ってやつだ。デジモンが死んでデジタマが残らなかったら、ダークエリア行きになったと考えていい。

 

生まれ変わっちゃいけない、と判断されたデジモンが閉じ込められる刑務所も兼ねているエリアなので、ジュンみたいな一般人は話半分にしか聞いたことがない。とりあえず、やばいところ、としか聞いたことがないのだ。

 

 

ジュンが匿っている15GBの成熟期は、気が強くて負けず嫌いな使い魔デジモンである。戦闘能力はなくて、ちくちくと精神攻撃でいたぶる卑怯者だから、口から覚めない悪夢を見せる超音波さえ封じてしまえば害はない。

 

ダークエリアを構成している暗黒物質の源である、といわれている謎の多いデジモンだ。ジュンは、ダークエリアから、どうやってここに辿り着いたのかを問題視しているのである。結論から言うと、ダークエリアからご主人様に召喚されて、現実世界に向かえと命令されたっていうのだ。そのご主人様って誰だって、何度聞いても口を割らないので、ジュンは手を焼いている。

 

デジタルワールドの冒険でこいつを使い魔にしていたのは、ダークマスターズのピエモンだ。あいつはアポカリモンの部下だから、ダークエリアにいるこいつを使い魔にするのは問題ない。でも、こいつはピエモンもダークマスターズも知らないっていうのだ。仕える主は違うっていうのだ。はあ?って話である。

 

ほんとはさっさとゲンナイさんに引き渡そうとしたのだが、そんなことしたら、ジュンがぶっちゃけたことを全部しゃべっちゃうぞーと脅されたので、衣食住を保障する隠匿生活は続行中なのである。あのとき、さっさと太一君に助けを求めればよかった、と後悔しきりのジュンである。小声でぼやいた。

 

 

「帰ったらいくらでもあげるから、我慢して。じゃあね」

 

 

パソコンを閉じたジュンは、ため息をついたのだった。せめてイケメンなデジモンなら好待遇も考えたのだが、どう考えても雑魚的なヴィジュアルである。

 

イビルモンっていう種族名もイケてない。生意気なペット感覚である。ジュンはそっと子供部屋を見た。さいわい光は来ていない。もう一度パソコンにロックをかけて、ジュンは、光のところに向かったのだった。



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8話

がちゃがちゃ、と鍵穴にスペアキーが差し込まれ、ぐるりと回される音がする。かちり、と鍵が開いて、ドアノブが回される。

 

わずかに開いたドアは、チェーンロックに阻まれて、乾いた音を立てて静止した。予想外の展開だったのだろうか、あら、という戸惑いの声が漏れる。困ったわねえ、と後ろを振り返った気配がして、伸ばされた指先はインターフォンを鳴らした。

 

ぴんぽーん

 

何時もだったら鳴らす機会すらないインターフォンの音が八神家に鳴り響く。わずかな隙間からリビングに向かう小さな影があった。インターフォンに設置されている応接機はリビングに設置されているのだ。

 

カメラから撮影されるかくかくの画像と、遅れて聞こえてくる来訪客の声。誰が来るか分からないから、まずはここで確認してから玄関に出るのが普通なのだ。ぺたぺた、というスリッパの音が近付いてくる。リビングの扉が開かれ、パジャマ姿の光が真っすぐに玄関に向かってきた。

 

 

「お帰りなさい、お母さん、お父さん!」

 

 

ずっと待っていたお父さんとお母さんの帰宅である。山田さんによればミーコが脱走してしまい、それを追いかけてマンションからパジャマ姿で出て行ってしまう。

 

というトラブルはあったものの、そのあとは大人しく眠っていたらしい光は、ずいぶんと元気になっているようだった。お隣さんに頼んでいたとはいえ、病み上がりの小学校2年生の女の子が心配で、真っ先に帰ってきた二人は顔を見合わせて安どのため息である。

 

すっかり顔色が良くなっていて、赤みを帯びている。血色がよさそうだ。それに熱も引いているらしく、足取りは軽やかでふらつくそぶりも見せない。サンダルに履き替えて、チェーンロックを外した光は、ただいまって笑いながら帰ってきたお母さんに抱きついた。

 

お父さんはドアを閉めると、リビングから廊下にやってきたジュンを見て、かるく会釈した。光はよっぽど寂しかったのか、お母さんにべったり張り付いて離れない。まだまだ甘えたい盛りの8歳の女の子である。さみしかったでしょう、ごめんねってお母さんは光の頭を撫でた。

 

そして、うるんだ目じりをぬぐいながら、光はえへへって笑いながらスリッパに履き替えた。お母さんとお父さんが靴をそろえてスリッパに履き替える。ジュンはちょっと後ろに下がった。マンションの玄関は狭いのだ。大人が二人すれ違うのも気遣いが必要になってしまう。お母さんは申し訳なさそうに頭を下げた。

 

 

「ほんとにごめんね、ジュンちゃん。山田さんと本宮さんから話は聞いてるわ。せっかくのお休みなのに、光の面倒を見てくれてありがとう。ジュンちゃんにはジュンちゃんの予定があったでしょうに……ほんとにごめんね」

 

「え?あ、あはは、気にしないでください。どうせ今日は暇だったし、寂しそうにしてる光ちゃん見てたら、ほっとけなくて、アタシが勝手にお世話を焼いてただけですから」

 

「ありがとう、ジュンちゃん。ほんとうに助かったわ、ありがとね。ほら、光もお礼をいいなさい」

 

「はあい。ジュンさん、ありがとうございました」

 

「ううん、いいのよ、気にしないで。それより光ちゃん、まだ風邪をひいてるんだから、ちゃんと寝てなきゃだめよ?ひとりになっちゃだめだからね?」

 

「はあい」

 

 

こくり、とうなずいた光に、ジュンはいい返事ねって笑ってうなずいた。じゃあ、アタシはこれで、ってスリッパを脱いだジュンは、スリッパを重ねて定位置に戻すと、隅の方にそろえて置いてある靴に履き替え始めた。

 

とんとん、と爪先を叩いて、きっちりとかかとまで通す。これでよし、と玄関を踏みしめたジュンを、八神家のお父さんが呼び止めるので振り返った。差し出されたのは、ケーキ屋さんのロゴが入っているビニル袋だ。

 

 

「ジュンちゃん、よかったら、これ、今回のお礼に持って帰ってくれないか?」

 

「えっ」

 

「せっかくだから持って帰ってちょうだい、ジュンちゃん。これ、おいしいのよ。お義母さんのお見舞いの帰りには、いつも買って帰ってるものだから味は保障するわ。わたしたち、4人家族だし、ジュンちゃんに断られちゃうと食べきれなくなっちゃうのよ。だから、ね?」

 

「あー……そういうことなら、ありがとうございます。なんかすいません」

 

「いいんだ、気にしないで。もともと山田さんのお家にも渡すつもりだったんだ、ジュンちゃんたちの分が増えただけだから大したことないよ。ジュンちゃんのお母さんによろしく伝えてくれるかい?」

 

「はい、わかりました。じゃあ、すいません、失礼します」

 

 

どうやらシュークリームのセットのようだ。思わぬお土産を持たされたジュンは、八神さん一家に会釈して、ドアを閉めたのだった。らっきい、と心の中でつぶやきながら、ジュンは本宮家のマンションに向かって踵を返したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまぁ!」

 

 

リビングのインターフォン応接機にでるまでもなく、玄関の扉越しに大輔の大声が響き渡る。お隣さんにまで響き渡る威勢のいい声を制止する気配がない。

 

ドアにかかった鍵を開ける気配もない。ただ家にいる人に鍵を開けてもらう気満々でジュンの名前を呼んでいる。お母さんいないの?もしかして。苦笑いしながら玄関に向かったジュンは、チェーンロックを開けた。

 

ドアを開けるなり、聞いて聞いてって顔をしている大輔が飛び込んでくる。お母さんがいない。どうやらエレベータから出た瞬間、よーいどんって感じでお母さんを置いてきぼりにして、全速力で走り抜けてきたらしい。はあはあ、と息を切らしながら、元気印の弟はジュンを見上げている。

 

 

「お帰り、大輔。はやかったじゃない」

 

「ただいま、お姉ちゃん!ねえ、聞いてよ、ジュン姉ちゃん!今日ね、サマーキャンプ、中止になっちゃったんだ!」

 

「え、そうなの?なんで?」

 

「雪、雪が降ったんだよ、夏なのに!すっごい雪がふってね、辺りが真っ白になっちゃったんだ!いつまでたっても雪がやまないから、サマーキャンプ中止になっちゃったんだ。僕、みたんだよ!オーロラ、12時くらいにね、オーロラが見えたんだ!誰も見えないって言ってたけど、太一さんたちは見えたっていってたし、それくらい寒かったんだよ!」

 

 

今日あったことを物凄い勢いでまくしたてる大輔は、ジュンが驚いた顔をする様子を見て、大満足といった様子でにっこりと笑った。

 

それでね、オーロラっていうのはね、って同じバスに乗っていた光子郎から教えてもらったという話をそっくりそのままジュンに教えてくれる大輔は、まだまだ足りないと言った様子でしゃべり続けている。

 

ジュンが驚いたのはもちろんサマーキャンプが大雪で中止になったことではない。デジタルワールドと現実世界が繋がるデジタルゲートを選ばれし子供である7人の他に、まだ選ばれてすらいないはずの大輔が目撃していたという事実に衝撃を受けただけだ。

 

オーロラから7つの流れ星が見えた、と興奮気味に喋っている大輔は、凄いの見たわねえ、アタシも行けばよかった、って残念そうなお姉ちゃんを見て、うらやましいでしょ、えっへんって得意げである。大輔曰く、光子郎の隣の席に座っていた太一は、バスに乗った途端すぐに寝てしまい、大輔のおしゃべりに付き合ってくれる人が光子郎しかいなかったらしい。

 

大輔がみたオーロラからおっこちた7つの流れ星の先が、光子郎たちが避難していたお堂だったこともあり、何か見たのか、と興味津々で聞いてくる無邪気なまなざしにさらされ続けた光子郎はご愁傷様である。きっと太一君、寝たふりして光子郎君に全部押し付けたわねって思いながら、ジュンはニヤニヤしながら大輔の話を聞いていた。

 

信州地方にあるキャンプ場から帰る時、太一さんたちはみんなで集まって内緒話してるみたいだった、って大輔は不思議そうな顔をしている。もちろんそれについてもバスで光子郎につっこみをいれたらしく、しどろもどろだったらしい。光子郎は雪山の遭難で体調が悪くないかどうか、病院に行かなくちゃいけなくなったって大輔に伝えたようだ。なんか変な光子郎さん、って大輔は疑問符だ。

 

なんとなく、で大輔はいつだって確信に近付いてしまうだけの直観力をもっているだけに、それをよくしっている光子郎は大輔の知らない難しい話を織り交ぜることでお茶を濁すことにしたらしい。嘘を言えば一発でばれてしまう。

 

いつもの言動や態度、性格から相手を観察するのではなく、なんとなく、直感で違和感を嗅ぎつけてしまう大輔を誤魔化すには、嘘を混ぜないで意図的に真実を隠す方が向いている。おつかれさま、って今頃おうちに帰っているであろう光子郎に思いをはせつつ、ジュンは大輔をリビングに呼んだ。

 

 

「シュークリームだ!どうしたの、これ」

 

「光ちゃんのお見舞いに行ったら、光ちゃんのお父さんたちが帰ってきたのよ。お礼にってもらっちゃった」

 

「えっ、なんで!?」

 

「お母さんに頼まれてね。元気そうだったわよ、光ちゃん。しばらく寝てれば元気になるんじゃない?」

 

「そっかあ、よかった」

 

「ほらほら、手洗いとうがいしてきなよ、大輔」

 

「はーい」

 

 

つまみ食いしようとしていた不届き者の手をぱちんと叩き、手洗い場に促すと不満げに返事を返しながら大輔は消えていった。本当にしたのか怪しい速度で帰って来たものの、一応水が流れる音はしたし、手はほんのり濡れているのでよしとする。取り出したばかりのシュークリームを前に、いっただきまーす、と大輔は笑った。

 

2時間にもわたる退屈なバス移動、唯一の楽しみは子供会が用意してくれたビデオの上映である。ジブリ映画が見れる、と楽しみにしていた大輔は、ほんのちょっぴり不満そうだった。なんでもバスのビデオデッキが故障していたようで、映るのは映るのだが、白黒の映像がまじったり、砂嵐になったり、変な映像がうつり込むのでやめてしまったらしい。

 

テレビもラジオもそんな調子だったため、とてつもなく退屈な移動時間だったという。始めこそ光子郎が話し相手になってくれていたのだが、途中からバスの中はみんな眠り始めてしまったため、大輔はひとり外を眺めて時間を潰していたようだ。

 

散々な一日だった、と締めくくった大輔はふてくされている。大輔の手にはTUTAYAの蒼い袋がにぎられている。どうやらお母さんにねだってレンタルしてきたらしい。バスで見れなかった続きが見たい、とごねるのも無理はない。どうやらサマーキャンプの中止で暇になった数日は、ビデオ鑑賞に費やすつもりのようだった。

 

そっかあ、太一君たち、そのままサマーキャンプのバスからお台場まで帰ってきたんだ、ってジュンは思った。バスのテレビやラジオ。ビデオデッキが壊れたのは、バスの中に隠れているデジモン達のせいだ。

 

デジモン達が傍にいるだけで電話がうまくつながらないのだから、何人もいれば電波障害が発生するのは当たり前である。最後まで壊れたままだった、って大輔は言った。光ヶ丘の休憩のあとも。それが意味するところはただひとつである。ゲンナイさんから捜索を依頼されるはずの8人目は、すでに光ちゃんだってことが分かっている。

 

だから『デジタルワールドの冒険』のように、まだ見ぬ8人目を求めて、4年前の事件の手掛かりを光が丘に求めてわざわざ帰りのバスで降りる理由がないのだ。それなら、さっさとお台場に帰って、パートナーデジモンがいない光を守るために家に帰った方がいい。選ばれし子供たちが東京に繰り出す理由は、光のパートナーのデジモンを捜すため、に変更されるはずだ。

 

この場合って、太一君はずっとお台場にいるのかしら?それとも、光ちゃんがついていくことになるのかしら?って思うが、さすがにそこまでは分からない。少なくとも、ずっと光ちゃんがひとりぼっちになるよりはましなはずだ。ジュンは時計を見た。

 

 

「どーしたの、お姉ちゃん」

 

「アタシ、そろそろ行かなくちゃ。ほら、今日は百恵たちと一緒に夏フェスに行くって約束してるからさ、もう迎えが来るころなのよ」

 

「そっかあ、行ってらっしゃい」

 

「それじゃ、行ってきます」

 

「今日は帰って来るの?」

 

「大輔とお母さんがいるなら、百恵んとこにお泊りする必要もないしね、断って来るわ。たぶん、帰ってくるのは10時ごろになると思うから、ご飯はいらないって言っといて。どっかで食べて帰って来るから」

 

「はあい」

 

 

リビングに鎮座している旅行鞄を背負い、ジュンは大輔に見送られて本宮家を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「太一、もう大丈夫?」

 

「ああ、もう大丈夫だぜ、アグモン。出てこいよ」

 

 

大型バスの下の方を覗き込んで手招きする太一に呼ばれて、アグモンは這い出てきた。泥だらけだよ、とアスファルトで突っ伏していた不満を溢しながら、体についた石ころをはらった。仕方ないだろ、と太一は肩をすくめる。

 

ゴマモンとパルモンは丈とミミのリュックが大きかったから、なんとか入ることができた。だからバスの荷物置き場に潜り込むことができた。パタモンは小さいし、ツノモンは幼年期だから、キャンプ場で買ったお土産のぬいぐるみだと言い張ればなんとかなる。

 

問題はどうやってもリュックに入らないアグモン、ピヨモン、テントモンだった。結局、バスの屋根にしがみついて、なんとかここまで来たのである。バスが止まると同時に飛び降りて、上手く身を隠していたアグモンを連れて、太一は担任の藤山先生に捕まらないように大きく迂回した。目指すは解散場所である臨海公園近くの茂みである。

 

 

「あ、きたきた。太一、こっちだ」

 

 

太一とアグモンに気付いた丈が声を上げる。選ばれし子供たちとデジモン達は、太一を除いてみんな集合していた。どうやら太一が一番最後のようである。

 

 

「よかった、よかった、てっきりバスから落っこちたんじゃないかって、みんなでひやひやしてたんだ。テントモンもピヨモンも空を飛べるけど、アグモンは完全体にならないと空を飛べないからね」

 

「大丈夫だよ、丈。僕にはこれがあるからね」

 

 

鋭い蹄をかざしたアグモンをみて、あーあ、と丈は帰路についた大型バスを見上げる。天井に穴が開いてなけりゃいいんだけどね、とつぶやかれた言葉は溶けていった。

 

 

「ごめんごめん、藤山先生にばれないように遠回りしてたら遅くなったんだ」

 

「ま、仕方ないわよね、太一が迎えに行ってあげないと、アグモンもいつ出てきていいんだかわかんないし、迷子になっちゃうもの。臨海公園は広いしね」

 

「そーいうこと。で、どうすんだよ、これから」

 

 

太一の問いに、パイナップルマークのノートパソコンを起動させている光子郎が応えた。

 

 

「今のところ、ヴァンデモン達が暴れている、というニュースはないですね。光さんのパートナーがどこにいるのか、紋章がどこにあるのかは全く分からない状況です。これについてはゲンナイさんの連絡待ちじゃないでしょうか」

 

「とりあえず、ヴァンデモン達が東京で大暴れする前に、倒してしまうのがいいんじゃないか?」

 

「ああ、やっぱりそうなるんだね。せっかく東京に帰ってこれたのになあ、おちおち勉強もできないなんて」

 

「げっ!?嫌なこと思い出させんなよ、丈!そんなことより、オレたちにはしなきゃいけないことがあるだろ、忘れんな!」

 

「わかってるよ」

 

「ならいいけどさ」

 

 

さて、とすっかりみんないなくなってしまった臨海公園の駐車場をみた空が話をきった。

 

 

「とにかく、今日は一旦帰るしかないわ。みんな疲れてるし、うちの人を心配させるわけにはいかないしね」

 

 

そうでしょ?ってみんなを見回した空に、みんなうなずいた。

 

 

「これからどうやってヴァンデモン達を捜すか、行動するのは明日からよ。とりあえず今日は、ここで解散。朝の7時ごろにまたここに集合しましょう。それでいい?」

 

 

わかった、と返事が6つ揃う。空は笑った。じゃあ、また、明日ね。

 

タケルを御茶ノ水まで送り届ける、ということで、ゆりかもめに向かったヤマトとタケルとはここでおわかれである。のこりの5人はお台場に向かった。現実世界では朝の9時に出掛けて、夕方の4時に帰ってきたばかりのシーリアお台場の高級マンション群を前に、ミミは半泣きだった。

 

みんなが明日のことについて話し合っている間、ずっと心あらず、って感じだったのも無理はない。あたしのおうち、とつぶやかれた言葉に、そうねって空は返す。現実世界では7時間ぶりに帰宅する我が家でも、デジタルワールドの一日が現実世界の一分という時間の感覚がくるってしまうような大冒険をしてきたのだ。ミミ達にとっては半年ぶりの帰宅になる。

 

キャンプ場に帰って来たばかりのころはわかなかった実感がようやくわいてきたミミは、パルモンを連れてマンションに向かって走っていった。ばいばい、空さん、また明日!っていう言葉が空に返ってきたのは、ミミがマンションに消えていく間際のことだった。この付近に住んでいる丈とも別れを告げて、空は太一と光子郎と共に帰路を急ぐ。

 

目が覚めた時、周りは雪景色だった。デジタルワールドに旅立つ前にふった豪雪だとすぐに思い出せなかった空たちは、山の中の祠から外に出た時、もう現実世界は冬になっていると錯覚を起こしたのは無理もない話である。山の上の祠からキャンプ場に降りた空たちは、藤山先生や友達と再会して、ようやく1999年の8月1日だと気が付いた。たった2時間しか経っていなかったのだ。

 

驚きと喜びが湧き上がってきた空たちを待っていたのは、2時間も豪雪の中遭難していた子供たちを心配する大人とトモダチたちである。8月の夕焼けに照らされるお台場を見渡しながら、空はまっすぐにマンションに向かって歩き出した。踏み出す足の速度が速くなっていく。交差点の手前で空は太一に声をかけた。太一のマンションは、この交差点を渡って右に渡ったところに立っているのだ。

 

 

「じゃあ、また明日ね、太一」

 

「おう、じゃあな。そうだ、一応、光を連れて行こうと思うんだけど、いいかな?」

 

「光ちゃん風邪をひいてるんでしょう?大丈夫なの?」

 

「たぶん大丈夫だと思うんだけどなあ、結構元気そうだったし。さすがに一人にはできないだろ?でも、完全体になれるやつがいないとこの先不安だしさ、おれが抜けるのもどうかと思うんだよ。まあ、様子を見てってとこかなあ」

 

「そうね、太一は光ちゃんと一緒にいた方がいいってゲンナイさんもいってたし。じゃあ、一回私の家に電話してくれる?出てこれそうかだけ教えてくれればいいから」

 

「わかった。ありがとな、空。また明日」

 

「うん、じゃあね!」

 

 

交差点の信号はまだ赤だ。足早にかけていった空と上空から追いかける鳥の影を見送った。

 

 

「あれ、光子郎はいかねえのか?空と一緒のマンションだろ、おまえ」

 

「空さんが帰ったら、にします。僕は一階だからいいけど、空さんは上層でしょう?もしエレベータが使えなくなったら困るんですよ。一応、テントモン達には窓から入ってもらうことにしますけど、念には念をいれないと」

 

「あー、そういえば忘れてた。また13階もあんのに、階段使わなきゃいけねーのかあ。めんどくせえ」

 

「あはは、仕方ないですよ、太一さん。光さんにも無理はさせないようにして下さいね」

 

「わかってるって」

 

 

信号機が点滅を始めた。

 

 

「そうだ、太一さん。ジュンさんにも手伝ってもらうことってできないですかね」

 

「ジュンさんに?何をだよ、光子郎。あの人、パソコンにはとっても詳しいけど、選ばれし子供じゃないんだぞ?迷惑かけらんねえよ。もしものことがあったらどうすんだ」

 

「それはそうですけど……今の僕たちに必要なのは、協力者です。デジタルワールドのことやデジモンのことを信じてくれて、太一さんをゲンナイさんに会わせる手伝いまでしてくれた人じゃないですか。ヴァンデモン達が東京で何を企んでいるのか分からない以上、ジュンさんに協力してもらうのは一番だと思うんです」

 

「そりゃそうだけどさー……」

 

「明日の7時に臨海公園に来てくれないか、連絡してもらえませんか?」

 

「なんでオレなんだよ」

 

「バスの中で寝たふりしてましたよね、太一さん。大輔君からの質問に僕がどれだけ苦労してたのか見てたのに、助けてくれなかったじゃないですか。酷いですよ、太一さん」

 

「……わかったよ」

 

 

はあ、とため息をついた太一に、光子郎はそれじゃあ、また明日!と笑ってマンションに消えていったのだった。あの野郎、とマンションを見上げて舌打ちをした太一は、あーあ、とぼやきながらようやく青になった横断歩道を渡ったのである。

 

 

「………あれ?」

 

「どうしたの?太一」

 

 

びくっとして振り返るとアグモンが茂みから出てきてしまっている。しーっあわてて人差し指を手に当てると、アグモンが口に手を当てて、わたわたとしながら茂みの中に飛び込んだ。変な声がした、とあたりを見渡す通行人をやり過ごすため、大慌てで遊歩道に設けられている茂みの中に太一も飛び込んだ。

 

人目がなくなるまで木陰で涼む人のふりをする羽目になった太一は、じとめでアグモンを見る。ごめえん、とアグモンは肩をすくめた。がさごそ、ともう一度顔を上げる。遊歩道の向こう側にはシーリアお台場のマンション群が広がっている。はあ、とため息をついた太一は、ああびっくりした、と胸をなでおろした。

 

 

「どうしたの?」

 

「え?ああ、ジュンさんがいたんだよ」

 

「ジュンが?」

 

「あそこのマンションにジュンさん住んでないのに」

 

「ふうん、そうなんだ。でもなんでびっくりするの?おかしいことなんかないよ?」

 

「なんか気まずいだろ」

 

「なんで?」

 

「なんでってそりゃ……」

 

 

太一は言葉に詰まってしまった。それはきっと、いつもボーイッシュな格好をしていて、おしゃれとは無縁の女の子が、おしゃれをして女の子の格好をしているところにうっかり遭遇してしまった感覚とよく似ている。化粧映えするタイプの女の子は、やり方ひとつで化けるのだ。

 

それを知らない女の子がお母さんや友人に手伝ってもらっておしゃれをするのと、それを知っていて映えるポイントを抑えたうえでドレスアップするのでは雲泥の差である。ただでさえ女性比率が深刻なプログラマー業界では、数合わせ的な意味で飲み会に声を掛けられる頻度は尋常ではなかったし、誰にでも合わせられるという稀有な性質を見込まれて大事な商談の宴会場に呼ばれることも多々あったのだ。

 

20歳になるまで化粧に手を出す気は微塵もなかったジュンなのだが、いつもの自堕落生活を知っている親友がそれを見過ごすはずがない。夏フェスにノーメイクってどういうことよとマジ切れである。ちょっと忘れ物にも関わらず井之上家にお邪魔することになったジュンを待っていたのは、すでにスタンバイしている井之上家のお母様だった。

 

着せ替え人形状態なのはいつものことにしても、マネキンにまで手を付けられたのは今回が初めてだった。散々抵抗しても結局かなうわけもなく、泣く泣くおしゃれに応じたのである。意気揚々としている親友にエスコートされ、井之上家のマンションから降りてきたジュンは、先に乗り込んだ百恵に促されて車に乗り込んだ。

 

馬子にも衣装とはこのことか、と失礼極まりない発言をされて、さすがに怒ったジュンは、万太郎さんに抗議の声を上げたのだった。買ったばかりの新車が夏フェスの会場に向かって走り出す。そんなことを知る訳もない太一からすれば、彼氏いたんだ、という何とも言えない気まずさだけが残ったのだった。



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9話

お台場中学校にあるパソコン部は、コンピュータルームを部室に構えている文化部のひとつだ。部員の割合は男子が7割、女子2割、幽霊部員が1割で、顧問の先生が情報技術の先生。

 

だから、別の文化部の顧問を掛け持ちしているせいで、常駐しているわけではない。だからそれぞれの部員が基本的に好き勝手やっている部活なのだが、生徒会から活動費を貰うためには、月に一度の集会に提出できる活動記録を造らないといけない。

 

ボランティアなんかの校外活動やコンクールなどの大会に出場すると、活動資金も上乗せされることになっているので、規模が大きい部活ほど資金がもらえて、身内だけの活動にとどまっている部活はなんにももらえない仕様になっている。だから、パソコン部はこつこつと活動実績をつくるために、地道な活動を続けているのだ。

 

 

たとえば、週に一度、パソコンに入れてある文字入力数を競うソフトの大会を開いて、その結果を張り出す。無料のサーバを借りて、お台場中学校のパソコン部のサイトを立ち上げて、実際に運営する。

 

お台場中学校の部活動を紹介しているページで、文化部と運動部のページを代行してつくり、それぞれの部活の活動記録のページを定期的に更新する。

 

ポスター作りの手伝いをする。夏と冬に行われる中学生向けのパソコンコンクールに作品を出品する。ジュンが入部を決めたのは、中学校の部活にしてはずいぶんと本格的な活動内容だったから、というのもあるのだ。

 

 

ジュンが体験入部に参加したとき、新入生の中で唯一の女子生徒だったから、是非とも入ってくれ、と懇願されたのはいい思い出だ。ここまで大いに歓迎されるとは思っていなかったので面食らったジュンである。

 

当時、男子生徒しかパソコン部にはいなかったのだ。おかげで1年たった今は、ジュンがいることで多少入りやすくなったのか、数人女の子が在籍している。小学校のときに演劇部に所属していたこともあって、最後まで百恵や演劇部の先輩たちから打診があったのだが、ジュンは断った。

 

貴重な音響担当を失った、と今でも演劇部はパソコン部を目の敵にしているのはココだけの話である。なにせ、実際に音を立てて収録しなければならないアナログ作業が中心の演劇部にとって、パソコンで人工的に音を打ち込んでくれる人材はとっても貴重なのだ。

 

結局、今でもパソコン部に泣きついてくる百恵に協力するため、演劇部の活動を手伝っているという建前もできたパソコン部は活動資金が増えたので万々歳なのである。

 

そんなパソコン部のOBでもある万太郎さんは、百恵とジュンの話を聞いて、さっきから笑いっぱなしだった。万太郎さんが在籍していた当時は、まだまだサークルという扱いだったので、肩身が狭かったこともあるのだろう。

 

演劇部やブラスバンド部、美術部辺りには大いに迫害されたらしいので、今の現状がとってもうれしいようだった。免許をとったばかりで、購入したばかりの新車を乗り回す万太郎さんは、文化部が一年かけて活動してきたことを発表する貴重な機会でもある文化祭の時は必ず顔を出してくれる。

 

パソコン部では心強い味方なのだ。大学に進学してもパソコンに精通している人間は貴重である。時々、ジュンが夏のコンテストに出品する作品について相談するのは、あたりまえだった。

 

 

「それで、今年はどんな作品を出す予定なんだい、ジュンちゃんは」

 

「そうですね、育成ゲームでも作ってみようかなって思ってるんですよ」

 

「あー、最近はやってるよな。女子高生に人気なんだろ?」

 

「アタシはゲームっていうと大輔と一緒にやることが多いんですよ。だから男の子向けのゲームが好きなんで、戦わせたいんですよね。いいとこどりしてパクろうかなあって」

 

「まあ、さすがにキャラまでぱくると怒られるから、パロディ程度に抑えときなよ。BGMもつかっちゃまずい。無料の音源でもひっぱってくる方が無難だね。育てられるモンスターはオリジナルにすればいいんじゃないか?」

 

「やっぱその方がいいですよねえ。BGMはダウンロードしたやつをかけられるようにしときます。設定とかだけなら考えてあるんで、あとはプログラムを組むだけなんです」

 

「へえ、そうなんだ」

 

「はい、今年もがんばりますよー」

 

 

入賞作品常連のジュンは笑った。ねえねえ、どんな感じにするの?できたら一番にやらせてよねって蚊帳の外だった百恵が身を乗り出して聞いてくる。もちろん、いいわよってジュンは笑った。

 

ゲーム会社ならバイトを雇わなくちゃいけないけど、中学生が造ったゲームのデバッカーはタダでなんぼである。ボランティアでやってくれるっていうなら、いくらでもさせてあげるつもりだった。

 

ほっといたらどんどん難しいプログラムを組んでしまいそうになるジュンにとっては、有名なゲームしかしない百恵の意見はとっても貴重なのだ。さわりだけでも教えてって言われて、ジュンは肩をすくめる。誰にも言わないでよ?と釘を刺した。アイディアはいつだって大事な財産なのである。

 

 

「万太郎さんに教えてもらったSF映画おもしろかったしねー、その元ネタアニメみちゃったら、これしかないって思ったのよ。近未来のネットワーク空間が舞台の世界観って面白いなあって」

 

「そういえば、ジュン、めっちゃ見てたもんねえ。好きそうだなあ、って思ってたけど、そこまではまっちゃったんだ」

 

「そうそう、そんな感じ。ほら、パソコンでわかんないことがあると、イルカやイヌが出てきて教えてくれるでしょ?それがインターネットにたくさんいるのよ。それで、気に行ったやつを捕まえて、機械の中で育てるゲーム。今回のコンテストの条件がRPG要素を入れないといけないから、ちょっとしたバトル要素もいれるつもりなんだよね。ただ容量抑えないといけないから、16BITのドット絵になるかも」

 

「なんかいろいろまじってるね」

 

「へえ、そりゃ面白そうなゲームだな。でもあんまり種類はできないか。RPG要素をいれるんなら、いろんな差分を用意しなきゃいけないし、台詞もいるだろ。ドット職人でもきついのに、ジュンちゃんがやったら死にかねないぞ」

 

「わかってまーす。まあ大丈夫だと思いますよ、ほとんどフリーゲーム素材からとってくる予定だし」

 

 

ぶっちゃけ、もうアタシのパソコンの中にプログラムは組んであるんですけどね、とジュンは心の中でつぶやいた。ただいま、そこにはイビルモンが暮らしている。中学生がつくったレベルまで落として落として、簡単なフリーゲームレベルにする予定なので、さすがにジュンのパソコンを井之上兄妹に見せる訳にはいかなかった。

 

どのみち、フリーゲームでも自作のプログラムでもコンセプトは同じだ。近未来に突如発生したデジタル生命体を捕獲して、キーホルダーサイズの機械の中で育成する。

 

パソコン上でキャプチャーというソフトを使って野生のモンスターを捜し、発見したモンスターをローダーというソフトで捕獲。そして、そのモンスターをつかって、いつでも戦わせることができる。これがジュンの頭の中にだけ存在する裏設定、知っている未来を凝縮したゲームの設定だ。

 

もちろん、設定は設定に過ぎないから、ゲームをプレイしてもそこまで深い設定は織り込まないつもりなので、はたから見たら育成ゲームのパロディだ。モンスターさえ女の子が考えたかわいらしいデザインにすればわからないだろう。今のジュンの実力でどこまでできるのか、腕試しをしてみたい、というのが本音なのである。

 

 

「インドアもいいけど、たまにはアウトドアしないとな、ジュンちゃん」

 

「わかってますよー」

 

 

はあ、とジュンはためいきである。Tシャツにジャージでよかったのに、とぼやくと百恵にこらーと怒られてしまう。それじゃジュンの部屋着じゃない、お出かけの洋服と部屋着はわけないとダメでしょ、女の子なんだから。制服ができたからって中学生になってから怠け過ぎだよ、とお小言を頂戴するのはいつものことだ。さいわいなのは夏フェスだったことだろう。これから向かうのは野外のライブ会場である。

 

暑いのはあたりまえ。汗をかくのはあたりまえ。動きやすい服装は基本中の基本、鉄則である。基本的にたちっぱなしでライブをみるのだ。厚化粧、がっつりメイク、おしゃれな服、ヒールは夏フェスをなめているのか、とマジ切れされかねないので、百恵もジュンも最低限度に抑えているのだ。

 

おしゃれ系のワンピースやヒールでくると、動きずらいし見た目的にも暑い。ひかれること請け合いである。ストリート系や山ガールファッションが一番マッチしそうだ。そこに女の子らしさを仕込むのがおしゃれなんだよと力説されて今のジュンがいる。

 

 

1999年の夏フェスは、夏の風物詩とまではいかず、なんとなく敷居が高くジャンルも偏っていてにわかのファンは行きづらい雰囲気がある。ちょっとしたイベントとしていろんな人が気軽に行けるイベントになるには、10年ほどかかりそうである。

 

それでも百恵やジュンが参加するのは、実況と解説役をかってでてくれた万太郎さんがいるからに他ならない。もともとあんまり知らないジャンルのバンドばかりが集結している今回のフェスチケットは、再構築が失敗した元カノがどうしても行きたいとごねていたから入手したという悲しさである。

 

元カノを喜ばせるために頑張って知識を仕入れてきた万太郎さんの努力が実ることはなかったわけで、百恵もジュンも元カノのかわりにここにいる。いつもお世話になってる親友のお兄さんが元気になればいいなあ、と思いつつ、ジュンはおしゃれねえ、と袖口を見た。

 

 

野外フェスは雨が降る可能性があるから、と百恵とおそろいの薄手のウィンドブレーカー。色のチョイスは百恵である。ジュンなら絶対に選ばない色のチョイスにはため息しかでない。ジーパンをチョイスしなかったのは評価してあげるけど、ジュンに選ばせたら真っ黒になるでしょ、とは百恵の談である。

 

夏とは言え夜は寒くなる場所、山の中が舞台になる訳だから、防寒対策は万全に、というわけだ。100円ショップに置いてある透明のレインコートじゃだめだったの?、とジュンは真っ先に提案した。これなら会場に捨てて帰れるから荷物にならないのに。もちろん却下されてしまったのはいうまでもない。

 

 

ショートパンツにレインシューズが定番だよねって、おそろいのものが用意されていたときにはめまいがしたことを思い出す。お母さんがジュンの今月のお小遣いを井之上さんに渡していたことが発覚したからだ。

 

ほっといたら、14歳にもなってだらしない格好で家の中をうろうろしはじめる思春期の女の子をみていると、思うところはあったのかもしれないがやり過ぎである。

 

ちなみにコーディネイト、トータルは未だに教えてもらえない。防水加工が施してある帽子をかぶれば、夏フェスの格好が完成だ。着替えやタオル、ボトル、貴重品が入っているショルダーバックを片手にジュンは都内から埼玉に向かう前方を見つめた。

 

 

「それにしても、車で正解だったなあ、百恵」

 

「そうだよねえ。もし電車だったら絶対間に合わないよ」

 

「東京のあちこちで電波障害が起きてるんだっけ?」

 

「そうそう、電車は止まっちゃうし、信号機は壊れちゃうし、ラジオもテレビもダメなんだって。なんか怖いよね」

 

「12時ごろにお台場であった時には、すぐに収まったのにな。光ヶ丘で始まったやつはずーっと続いているんだってニュースでやってたよ。帰って来るころには収まってるといいんだけどなあ」

 

「さすがに大丈夫でしょ、お兄ちゃん」

 

「だといいんだけどな」

 

 

残念ですけど、もっとあぶなくなりますよ、とジュンは心の中でつぶやいた。でもお台場が本格的に危険な状態になるのは3日目である。

 

まだしばらくは大丈夫だろう。もしものときがきたら、イビルモンに助けてもらおう、とジュンは考えていた。イビルモンの相手に覚めない悪夢を見せるという攻撃は、目くらましには最適の攻撃なのである。1日の付き合いになるが、選ばれし子供の強さをまざまざと見せつけられたイビルモンは、現在完全に戦意を喪失している。

 

覚めない悪夢で完全体を作り出せても本体であるイビルモンは成熟期のままなのだ。本体に気付かれたら殺されることは火を見るより明らかだったから、長いものに巻かれろの使い魔根性である。イビルモンは生存本能を優先させることにしたようだ。それまでは本格的なご飯はお預けになりそうである。

 

 

ジュンはパソコンの入っているリュックを見つめた。太一君がいなくなり、ゲンナイさんと連絡が取れなくなったあと、あのデジヴァイスから解析したデータをコピーしてUSBに放り込んだままなのをどうにかしたい。

 

デジモンを進化させる機能は絵に描いた雑煮でも、結界を張ったり、暗黒の力を追い払う光を使ったり、デジヴァイスの現在地を把握できるマッピング機能あたりはしっかりと把握したうえで、この車に乗りたかった。

 

そしたら、デジモン達の奇襲にも用心することができる。いかんせん時間がなかった。まさか大輔があんなに早く帰って来るとは思わなかったのだ。まあ、仕方ないわよねってジュンは思った。帰ったら真っ先にしなければいけない仕事が増えてしまった。今日は徹夜になりそうである。

 

 

車で向かうということは駐車場の心配をする必要があるが、行けなくなるよりはましである。もし車を使わないとなると野外ライブの会場に向かうには、ゆりかもめから新橋まで移動して、JRの京浜東北線の大宮行に乗る必要がある。交通費は1700円。中学生にはかなりの出費だ。

 

それに今はダイヤの乱れが影響してか、ゆりかもめもJRも電車の運行状況が無茶苦茶になっている。ほんとに車でよかったとジュンは思う。

 

ジュンが今回の夏フェスに参加しようと思ったのは、会場が埼玉だからだ。さすがに子供視点で描かれている『デジタルワールドの冒険』では、東京都内のあちこちが戦闘の舞台になったようだが、具体的にどこまでの領域がヴァンデモンの標的になったのかは分かっていない。

 

当時の資料は非公開のものもおおかったから、詳細まではさすがにジュンは知らない。でもさすがに埼玉県まではこないだろう。精いっぱいつかの間の休日を楽しもう、と意気込んだジュンは、生まれて初めて参加する夏フェスに思いをはせた。

 

 



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10話

光が丘の集合団地はまるで夜のように真っ暗だった。隙間なく空を覆い隠す雲のせいで、今日のお昼頃から一度も太陽の恩恵にあずかれない。

 

ヴァンデモンが活動の拠点に据えたことで、闇を好むデジモンにとって、またとない住処に変貌しつつあった。ウィルス種しか入れない結界が張られているため、データ種やワクチン種のデジモンは入ることができないのだ。

 

そして、普通の人間はそこを認識することができないから、近づかなくなるのだ。周囲は24時間ぼんやりとした闇に覆われている。許されたものだけがはいることができるその先には、ぐにゃりとゆがむ空間がある。

 

石造りの城を思わせる苔生した回廊が出現した。陰気な雰囲気が漂っている、不気味な廃墟に続いている。闇を愛し、光を嫌うヴァンデモンが月が満ちる時まで眠りについている隠れ家がその先に存在しているのだ。一番奥の扉を開くと、焦げ臭い匂いがあたりに広がった。

 

 

「ぎゃあああああああああああああ!」

 

 

廃墟の主の悪趣味な拷問器具が陳列されている。彼はデータを吸収、破壊し、悪質なデータとして復活させる能力があるアンデッドの王だ。

 

どす黒く変色した血痕が染み付いている床や壁の先には、お仕置きを受けている使い魔の成長期がいた。棒に括られて磔にされ、火であぶられている。魔女裁判、異端審問を連想させるシルエットは、訪問者に気付いたもののそのまま続行している。大きな襟を立てたマントが揺れる。

 

礼装が揺れる。ヴァンデモンは非常に残虐なデジモンだ。用済みになった部下は容赦なく自らの手で始末し、配下として復活させる。その繰り返しである。彼にとって使い魔は生死すら自由に扱える奴隷のようなものなのだろう。目は本気だった。ピコデビモンは本気で殺そうとしている主に冷や汗である。

 

 

「お許しください、ヴァンデモン様!」

 

 

必死で許しを請う。赤い仮面の男は笑っている。冷酷で無慈悲な笑みだった。ピコデビモンは、ヴァンデモンが一切許す気がないことを悟って青ざめる。あつい、あつい、とわめき散らす騒がしい騒音にご満悦の様子である。ゴムを焼いたような不快なにおいが広がった。

 

 

「紋章を奪うことが出来なかった上に、隠し通すとはどういう見解だ?」

 

「そ、それは、その、あの」

 

「愚か者が」

 

 

ピコデビモンの絶叫が響いた。ヴァンデモンは怒っているどころか嬉しそうである。愉しいのだ。恐怖におびえて、苦しみにゆがむ表情をみて、悲鳴を聞くのが楽しくて仕方ないのだ。悪趣味なことこの上ない。

 

夜にならないと地上に繰り出すことができないいら立ちをこうして紛らわせていた廃墟の主は、ようやく気が済んだのか天井に吊り下げられている紐をひく。あれ、とピコデビモンは瞬きした。てっきり殺されると思ったのだが。パチクリしていると、扉の前で直立不動のまま壁になっているデジモンが、ヴァンデモンと密談をしたいと進言しているのが聞こえてきた。

 

どうやら主の気まぐれで、何度目になるか分からない死亡と復活を繰り返すのは今回なしになったらしかった。釣鐘がうごく。がらがらがら、と鎖がのぼり、ピコデビモンのお仕置きが終わった。ぐったりとしているピコデビモンは、ひきつった笑いを浮かべながらヴァンデモンの翻るマントを見る。

 

 

「あ、あの、ヴァンデモン様、そろそろ解いてくださっても……」

 

「この程度で仕置きが済んだとでも思っているのか?」

 

「えっ」

 

「しばらく反省していろ」

 

「え、ちょ、あの、ヴァンデモン様、このままって、あの逆さまだと頭に血が上って、くらくらしてきたんですけど、あの、嘘ですよね!?ヴぁ、ヴァンデモン様あーっ!」

 

 

猛禽類を思わせる細くて鋭利な指先が、青白い額に垂れている金髪を掻き上げる。唇は弧を結んだ。扉の傍で待機していた待ち人を確認したヴァンデモンは、こい、と合図してヴァンデモンが寝床にしている一番奥の部屋に向かう。ピコデビモンの必死の懇願は完全無視で、ばたん、という無情な音が響いたのだった。

 

そこにはヴァンデモンが眠る棺桶が鎮座している。ヴァンデモンは、構成している吸血鬼を彩る数々の伝説から誕生したアンデッド型デジモンだ。

 

だからその伝承と同じ性質をしているため、ニンゲンに知られている弱点がたくさんある。それに抵触しないよう細心の注意を払っている。デジタルワールドの彼の居城と違い、現実世界は曇りであろうと太陽の影響は色濃い。

夜にならなければ外に出ることができないのだ。でも、夜はヴァンデモンのものだった。その時が来るまで待っているのだ。無音の部屋である。ヴァンデモンは周囲に誰もいないことを確認し、そばにある巨大な鏡を見つめた。ヴァンデモンは写らない。かわりに傍にいる配下のデジモンだけがうつっている。

 

 

「お前がここにくるということは、だ。お目当ての人間が見つかったとみえる。そうだろう?」

 

「さすがはアンデッドの王、お見通しというわけですね。ええ、そうです。いかにも。ワタクシがあなたと契約して配下に加わった理由はお忘れではないご様子、安心いたしました。さて、ではワタクシが申し上げたいことはご承知だと思います。あの女には手を出さないでいただきたい。あれはワタクシのものですのでね」

 

「ああ、もちろん、好きにするがいい。お前が召喚した魔獣は好きに使わせてもらうがな」

 

「どうぞお使い下さい。ワタクシが召喚した魔獣はあなたの手足として役立つことでしょう。デビドラモンの馬車をご用意いたしましたので、お食事の際はお役にたてるのではないかと思います。なにか御用事がおありでしたら、なんなりとお申し付けくださいませ。ワタクシはあの女のところに参ります。しばし、お暇をいただきたい。ワタクシの代わりにこやつが代役を務めますが故」

 

 

召喚されたのは、影だった。

 

 

「あなたのお望みの姿になります。こやつは特定の姿を持っておりませぬので、なんなりとご命令を」

 

 

ヴァンデモンはそれに目をやった。影はファントモンに姿を変える。たくさんのバケモン達を統括する司令官、幹部クラスの完全体の複製に姿を変えた。これで実質2体のファントモンがいることになる。オリジナルには闇の眷属たちの軍隊を任せることにして、こいつには護衛をさせるつもりだった。

 

現実世界にいる子供たちの恐怖の象徴が実体化した伝説上の怪物、という情報から誕生したこのデジモンは、特定の姿を持たないらしい。ダークエリアから魔獣を召喚することができる彼は、ヴァンデモンから預かっている紋章をファントモンに手渡した。

 

魔道の知識によって作成された紋章の複製は、その紋章の持ち主の近くに行けば反応する。ちなみにオリジナルの紋章の居所はヴァンデモンしか知らない。ファントモンは一礼して壁後ろの肖像になった。ヴァンデモンの命令がなければ、主を守る監視役として銅像の姿になるのだ。

 

ウィルス種しか入れないこの空間に、白い翼をもつ天使型デジモンの使い魔が存在しているのは、違和感しかない光景である。

 

光の眷属を嫌うはずのヴァンデモンがこのデジモンを配下に加えた理由はただひとつ、このデジモンがもつ神聖なるデジモンの癖に隠しきれない邪悪な気配を感じ取ったからだった。

 

ヴァンデモンは本能的に悟ったのだ。なにをトチ狂って天使の姿をしているのかは知らないが、このデジモンの本質はヴァンデモンと同じ闇の存在であると。

 

そうでなければ、そもそもヴァンデモンがデジタルワールドで居城にしていたサーバ大陸の城には入れないはずなのだ。入ることができるのは、結界を破ることができる実力者、もしくはウィルス種のデジモンだけである。

 

謁見を求めてきたこのデジモンは、そのどちらも満たしていた。天使の使い魔でありながら、ダークエリアから魔獣を召喚できる、天使型デジモンの生息するエリアから聖獣を召喚できるこのデジモンは、ヴァンデモンにとって優秀な同士だった。

 

全身をギブスで拘束された姿をしている成熟期の魔獣型デジモンは、ガーゴモンと名乗った。このデジモンが望んだことはただひとつ、現実世界の進撃に同行させてほしいというものだった。実力は折り紙つきだった。今となっては、幹部クラスのデジモンである。

 

ヴァンデモンは鏡に触れた。ゆらゆらと波紋を描いて鏡が現実世界の光景を映し出す。そこにはガーゴモンが固執している女がいた。ガーゴモンが現実世界への侵攻に志願したのは、この女と会うためだというのだ。ヴァンデモンは目を細める。どこにでもいそうな子供だった。しかし、ガーゴモンにとってはそうではないらしい。

 

 

「選ばれし子供でもない、ただの子供ではないか。なんの存在価値もないと見えるが、なぜここまで執着する?」

 

 

ヴァンデモンが8人目の子供に執着するのは、デジモンを進化させることができる不思議な力があるからだ。触れるだけで幼年期のデジモンを一気に完全体のデジモンと拮抗する実力を備えた成熟期にまで進化させることができる。デジタルワールドにとって、まさに神の所業のような力である。

 

デジタルワールドにとって、巫女ともいうべき存在だ。その子供を手中に収めることさえできれば、ヴァンデモンはその力を手に入れたも同然ということになる。選ばれし子供がもつデジヴァイスの機能は、その子供の力が元になっているのだ。

 

ヴァンデモンの魔道の力をもってすれば、もっともっと恐ろしいことに使えるだろう。それこそ、その力を自由に行使できる兵器すらできるだろう。そうすれば、この世界も、デジタルワールドも支配することは可能である、とヴァンデモンは踏んでいる。利用価値があるから探しているのだ。

 

しかし、ガーゴモンが求めている子供は、なんのちからもない普通の子供にしか見えない。ヴァンデモンには全く理解できない領域だった。ガーゴモンはそうですねえとつぶやく。もっとも、顔の半分以上は黄金色のギブスで覆い隠されているので、わかるのは口元だけだ。光の眷属は共通して目元を覆っている。それは神の信仰にのみ従順であることを示している盲目の証である。

 

闇の存在であるヴァンデモンは光の眷属を見るたびに、おろかなものたちだ、としか思えないのだが、自ら望んでその姿をしているガーゴモンはそんなヴァンデモンの様子が見えているらしい。ヴァンデモンはガーゴモンが同士だと知っている。光の眷属の皮を被った闇の存在であると知ってはいるが、その封印がとかれた時、どのような正体を現すのかまでは把握していなかった。

 

謁見したのち、契約を持ちだした時点で悪魔、もしくは魔人型のデジモンだろうと目星をつけている。相手と契約を交わし、その順守を求める誠実さを持つのはそのデジモン達の共通の誠実さだったからだ。その契約を行使するためだったら、裁判まで行おうとするのが魔人型、悪魔型デジモンの共通点なのである。

 

その契約は悪魔の契約、対価も生じるもの、悪徳業者のそれとよく似ているが、ヴァンデモンにとってはなによりも信じられるものだった。契約さえ履行すれば、絶対に裏切ることは無いのだ。ガーゴモン達にとって、契約というものはそれくらい重大な意味をもつ、それこそ命と同じくらいの価値を持つのだ。ヴァンデモンの問いにガーゴモンは微笑む。

 

 

「あの女はワタクシと契約を結びました、しかしこともあろうにあの女はその契約を一方的に破棄したのです。そして、ワタクシの前から姿を消した。いやはやこれで2回目ですよ。参りましたね。一度、この国ではない出身の男に24年にも渡って辛抱強く延滞された挙句契約を破棄されたことがありましたが、今回はそれ以上の年月が経ってしまいました。ワタクシが寿命を終えるまで発見することが出来なかったのは初めてです。ようやく発見したのは、もう何十回の転生を繰り返したのちのこと。逃がすわけには行きませんのでね」

 

「お前はずいぶんと自身を構成している情報、お前が誕生する元となったデータの影響を受けているのだな。記憶すら引きずられているとは難儀なことだ」

 

「それは少々違いますね。ワタクシはあの女でなければならないのです。そうでなければ、何のためにわざわざ別次元のデジタルワールドからこのデジタルワールドに移転してきたというのでしょう。あの女さえいればワタクシはどこだっていいんですよ」

 

「フォレストリーフ、だったか」

 

「ええ、あなたに忠誠の証として献上した異次元のデジタルワールドに移動できる証です。ワタクシがいた次元のデジタルワールドは、デジモンの爆発的な増加により、デジタルワールドの容量を超えてしまいました。ですから1つだった世界は複製され、3つになったのですよ。過去、現在、未来とね。それぞれの世界は独立していて、自由に行き来はできません。自由に行き来するターミナルはホメオスタシスの上位にいる存在を守護する者たちによって守られ、フォレストリーフはその保護下にありました。それを強奪した時点でワタクシはもうもとの世界には戻れないのですよ。むろん、ワタクシにはどうでもいいことですがね」

 

 

フォレストリーフ、と呼ばれる未知の物質で出来ているアイテムも、光の紋章と共にヴァンデモンが保管している。なるほど、お前にとってはあの女だけが存在意義というわけだ、酔狂な奴め、とヴァンデモンは不敵に笑う。ガーゴモンは恭しく礼をした。

 

 

「それでは失礼したします。ワタクシはそろそろ、あの女のところに行きますが故」

 

「ああ、好きにするがいい。お互いに不干渉、そういう契約だったからな」

 

 

ガーゴモンが鏡の向こうに消える。ヴァンデモンは鏡がなにも映さないことを確認して、マントを翻した。

 



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11話

青々と生い茂る柔らかな芝生のど真ん中に、突如出現する巨大な特設ステージ。夏フェスと1999というロゴがでかでかと印刷された巨大な垂れ幕を背景に、鉄筋コンクリートのステージのボルテージは最高潮を迎えていた。

 

大きなスポットライトが野外ライブの会場を照らしている。ジュンの目線と同じくらいの高さに設定されている大きなステージには、たくさんのライトがならべられ、遠くからでもインディーズバンドのライブの様子がよくみえた。曲調に合わせて目まぐるしく変わるライトの色、交差する光、演出として焚かれるスモークやシャワーの水しぶき。

 

バンドの演奏が最大出力の音源で響く中、バンドのボーカルが負けないように思いっきり声を張り上げている。ファンは最前列に押しかけ、黄色い歓声を上げながら、バンドのファングッズや蛍光ライトを振りかざして合いの手をいれている。もちろん後方にいるジュンたちは、黒山の人だかりとまぶしすぎる光に阻まれて肝心のバンドの様子がみえない。

 

でもうしろの方にいる観客に配慮して巨大なスクリーンが設置されている。絶妙なカメラアングルは、まるで生きているかのように動きまくっているクレーン車に乗っているカメラマンの仕事だ。バンドの広大な敷地内に造られた特設ステージには、あふれんばかりの観客がつめかけていて、大盛況だった。

 

数か月前からラジオやイベントのホームページなどで販売されていたチケットは、即完売、チケットを入手するのも大変だったくらい人気があるのだから、あたりまえである。凄まじいライブの熱気にさらされながら、ジュンも百恵も初めてのライブを楽しんでいた。アンコールの声援に応えて3曲ほど披露したバンドが舞台裏に引っ込んでいく。

 

ぱちぱちぱち、と拍手をして彼らを見送ったジュンは、すっかり温くなってしまったミネラルウォーターに口を付ける。そして湿り気が目立ち始めたタオルで汗をぬぐった。百恵によく連れて行かれるイケメンアイドルグループのライブで慣れているから、2時間経過しても案外立ちっぱなしは平気だと気付いた。

 

 

「凄かったねー、さっきのバンド!」

 

 

汗がにじんでしわくちゃになっているパンフレットを握り締めながら、百恵が笑った。ほてった体を冷やすためなのか、新しく買ってきたばかりのペットボトルを顔に押し付けている。

 

赤ら顔な百恵は夏フェスの雰囲気にあてられているようだ。ライブ会場でのコンサートが主体のバンドなんだって、とパンフレット片手に百恵がまくしたてる。さっきのボーカルは百恵好みのイケメンだったから、どうやらお眼鏡にかなったようである。そうねえ、とジュンは笑った。

 

 

「あれ?そう言えば、万太郎さんは?」

 

「あー、お兄ちゃんお手洗いだって」

 

「ふうん。迷子になっちゃいそうよね、ここまで混んでると」

 

「だよねえ」

 

 

ふりかえれば、危険行為を禁止するド派手なデザインの看板や仮設トイレが外壁のように並べられている。今どこにいるのか、パンフレットをなくしたが最後、スタッフを捕まえないとわからなくなりそうだ。なにせ夏フェスの会場はとてつもなく広いのだ。会場はライブが行われている演奏ステージと飲食スペースなどがあるイベントブースで構成されている。

 

国内野外フェス最大級の規模を誇る草原ステージ。湖が広がっている公園内の水のステージ。木立に囲まれた芝生の小規模なステージ。木々がたくさんある森フェスを連想するステージ。唯一のドーム型ステージ。海辺で行われる砂浜のステージ。6つあるすべてのライブ会場で、同時進行でライブ・パフォーマンスが展開されている。

 

だから観客は自分が好きなアーティストを自分の好きな時間に自由に選択して見ることができるのだ。ちなみに、今、ジュンたちがいるのは東京ドーム4個分に相当する大草原に設営されている一番大きなステージである。

 

ステージに近いほうからたってライブを見るスタンディングゾーンとシートをひいてみることができるゾーン、テントやパラソルなどが建てられるゾーンとエリア分けされている。ジュンたちはスタンディングゾーンの後方にいた。

 

 

「それにしてもおっそいなあ、もしかしてイベントブースにいっちゃったとか?」

 

「あ、もう8時回ってるじゃない。やっぱそうじゃない?万太郎さん、埼玉までずっと運転してたし、疲れてたから休んでるとか」

 

「もったいないなあ、元とるっていってたのに。ねえ?」

 

「まあ食べ歩きもある意味醍醐味だし」

 

 

万太郎さんが見たいといっていた、来年メジャーデビューが決まったばかりのインディーズバンドはまだまだ出番が先である。

 

それまで体力を温存しているのかもしれない。イベントブースには、飲食スペースとバンドの公式アイテムが購入できるショップがあるのだ。埼玉県特産の野菜や魚、地酒が格安の値段で楽しめる飲食店。たくさんのテントゾーンが並んでいる露天商のブースには、30店舗ほどあるらしい。

 

あとは喫茶店でありそうな軽食とコーヒーある店、デザート専門店がひしめくアーケード街。次に出てくるバンドの演奏が終わったら、そろそろ遅めの晩御飯にしようかと話し合っていると、ライブ会場にMCの大きな声が響き渡った。

 

曲を披露するバンドは演出やチューニング、練習の関係でどうしても空き時間が出てしまう。だからMCのトークで間を潰したり、次に演奏するバンドのPVを巨大スクリーンに流したり、それぞれが特色ある待ち時間を提供してくれるからみものなのだ。

 

観客ブース全体に響き渡るMCの軽快なトークには、さっきまで演奏していたバンドのボーカルがゲストとして引っ張られてきて、観客の笑いを誘っている。反応したのは百恵だった。場所取りが禁止されているこのあたりでは、お目当てのバンド演奏によって観客の流れが目まぐるしく変わるのだ。

 

目を付けたバンドのボーカルがMCに無茶ぶりされてテンパっているのがスクリーンに公開処刑されているのをみると、いても経ってもいられなくなったらしい。もっと近くに見に行こうよって手をひかれ、ジュンは仕方なく駆け足でステージに向かった。MCはジュンたちも知っている有名人である。

 

人混みを掻き分けかき分け、最前列にやってきたジュンたちは、しばしMCにいじられまくっているボーカルを生暖かい目で見守ったのだった。笑いすぎて死にそうになっている百恵の肩をすくめながら、ジュンは鼓膜が弾けそうなほどのド迫力で響き渡るマイクの音に首をすくめた。きいん、という音がこだました。

 

 

「4年ぶりにオレたちがロックフェス埼玉に帰ってきたぁー!!準備はいいかあーっ!!」

 

 

拳を振り上げるMC。マイクが観客席に向けられる。おーっと4万人の拳が振り上げられた。台本片手に即興のアドリブも織り交ぜながら、ちらりと出待ちをしているバンドに目をやったMCは笑った。

 

 

「さあ、盛り上がっていこうぜっ!!」

 

 

バンド名が叫ばれると同時に、ずっと彼らの出番を待っていたと思われるファンたちから凄まじい歓声が飛び交った。キーボードがまず音を奏で始める。ベースがそれに加わって旋律を刻み始める。

 

要塞になっているドラムがリズムを刻み始める。ギターが加わり音に重厚さが増した。そしてボーカルを兼ねているもうひとつのギターがかき鳴らされる。ボルテージは最高潮、ジュンたちでも知っている彼らのデビュー曲が披露された、その刹那。

 

不快なノイズがあたりに響き渡った。せっかくのイントロをかき消す不愉快な雑音にバンドのメンバーたちが顔を見合わせて、演奏を中止してしまった。

 

ざわざわとなりはじめる観客ブース。音響を担当しているスタッフたちが大慌てで裏方に回っているのが見えた。ライブ会場に設置してある機械の点検のためか、録音機材の音響が再生される。

 

しかし、いずれも変なノイズが混じってしまう。故障かあ?と誰かがつぶやく。バンドの方に夏フェスのロゴが入ったTシャツ姿の男が走っていく。どうやら説明しているようだ。ジュンたちはスタッフの発表を待った。

 

「機械全体の見直しが必要になりました。すいませんが、業者のメンテナンス待ちになります。しばし、お待ちください!」

 

こぼれおちるブーイング。もうしわけありません、と平謝りするスタッフ。どうやらブレイクタイムに入ってしまったようだ。撤収の空気があたりに広がる。

 

別の会場を求めて、もしくはフードコートに移動することにした人混みに流されながらジュンはあたりをみまわした。不満げなファンたちをたしなめるバンドメンバーのコメントをBGMに、どうする?とジュンは百恵を見た。

 

 

「そろそろなんか食べに行く?」

 

「でも、まだお兄ちゃん帰ってきてないよ。おっそいなあ、もう。どんだけ混んでるんだろ」

 

「万太郎さんに電話してみたら?」

 

「わかった。ちょっと待って、いま電話してみるから」

 

 

電源を切っていた携帯電話を起動させている百恵を横目に、ジュンは嫌な予感がして辺りを見回した。さっきまで普通に起動していた機械がコンサートを中断せざるを得ないほどの規模で、一気に故障するなんてあり得るのだろうか。

 

スタッフの数が増えていくのが見える。困り顔でバンドたちと話し合っているのがみえた。業者の格好をしたスタッフが到着したようだが、なにやら首をひねっているのが見える。

 

もしかして原因が分からないのだろうか。それぞれのパートの音を拾って会場中に拡散するためのマイクの前で、ベースの一人が音を鳴らすが全然聞こえない。何度も調整しているスタッフのあわただしい姿にジュンは顔がこわばるのを感じた。

 

ちょ、ちょっと待ってよ、なによそれ。ここ東京じゃないのに!勘弁してよ!埼玉じゃない。なんでこんなところにまで、電波障害の魔の手が迫ってんのよ。まさかとは思うけど、デジモンの仕業じゃないでしょうね?

 

そんなジュンの横で、おっかしいなあ、って百恵が首をひねっている。びくっと肩を揺らしたジュンがひきつったかおで百恵を見た。うそでしょぉって言葉をこらえたのは奇跡だった。

 

 

「どうしたの?」

 

「それがね、なんか通じないの。おっかしいなあ、さっきまで普通につながったのに。やっぱりみんな電話してるから、回線が込み合ってるのかなあ?でもウンともスンとも言わないっておかしくない?なんのアナウンスもないんだけど」

 

 

リダイヤルを押して、再度通話を試みる百恵だったが、無音の携帯電話に困った顔をしている。電波は立っている。バッテリーのメモリはまだ3つある。それなのに送受信ができない。

 

どのダイヤルを押してもつかいものにならない。何を押してもノイズしか出ない。ただの異常というにはおかしすぎた。冷や汗を浮かべながら、ジュンは百恵の手を掴んだ。どうしたの?と親友の表情に疑問符が浮かぶ。

 

 

「ねえ、もしかして、ここまできてるんじゃない?」

 

「なにが?」

 

「だから、その、あれよ。東京の……」

 

「えー、うっそお。ここ埼玉だよ?たんなるトラブルじゃない?」

 

「でも携帯が使えないとか、電子機器が使えなくなるとか、やばいって百恵。わるいこと言わないから、はやいとこ万太郎さんと合流してもどらない?」

 

「考え過ぎだよ、ジュン。大丈夫だって」

 

 

にっこり笑う親友に、でも、とジュンは歯がゆさをにじませる。もー、どうしたのよ、ジュン。朝からなんか変だよ?って聞いてくる百恵に、ジュンが言葉を紡ごうとした時、それはステージから聞こえた大きな音によってかき消されてしまった。

 

ばつん、という音がした。なにかがショートする音だった。びっくりしてステージ側をみた途端、あたりがいきなり真っ暗になる。きゃああああって百恵の悲鳴が聞こえてきた。

 

そして何かを落とす音。ジュンがどこにいるのか分かっている百恵が、必死でしがみついてくるのが感覚としてわかる。しっかり手を握ったジュンに、なになに、なにがあったの!?ってすっかり気が動転している百恵の声が聞こえてきた。

 

でも、すぐ隣にいるはずの百恵ですら確認できないくらい、真っ暗な世界が広がっている。どうやらステージ、観客ブース、すべてに設けられているライトが一斉に消されてしまったようだ。

 

 

「百恵大丈夫?」

 

「ありがと、ジュンのおかげで大丈夫。うっそでしょー、今度は停電!?」

 

 

ジュンは足元に転がっている携帯電話を拾い上げた。ディスプレイが明るくなり、すっかり怖がっている百恵を映す。ほっと一安心した様子で百恵は胸をなでおろした。ちらほらとファングッズにつかわれていた発光アイテムを持っている人たちがあたりを照らし始める。

 

点在する星のようにいろんな色が小さくまたたいた。ここまで真っ暗だとどうやらこの停電はこのステージだけではないらしい。しばらくここでじっとしていた方がいいだろう。

 

どこに誰がいるのか分からない。下手に動いて迷子になったら、それこそ二度と会えなくなってしまう。それくらいここにはたくさんのひとがいるのだ。ステージの方からはわずかな光源を頼りに復旧を急ぐ人たちの声が聞こえてくる。ジュンは百恵を放さないように手を握った。くらり、と百恵がゆれる。

 

 

「どうしたの?百恵、大丈夫?」

 

 

たくさんのトラブルに見舞われてパニック状態になってしまったのだろうか。がくん、といきなり力が抜けた気配がして、一気に百恵の体がジュンのところに倒れ込んできた。何度呼びかけても返事をしない百恵に血の気が引いたジュンは、しっかりと抱きとめて、柔らかな芝生にねかせる。

 

手探りで百恵の肩を把握して、なんども呼んでみるが起きる気配がない。呼吸もしっかりしているから死んでいるわけではないものの、びっくりするくらい深い眠りについているようだ。どうしようって途方に暮れたジュンは、ふとあることに気付く。

 

音がしないのだ。スタッフのあわただしく走り回る音も、大混乱に陥っているはずの観光客の足音も。声も。言葉も。突然の停電にも関わらず無音のブーイング。

 

光がないのだ。携帯のディスプレイが明るいのは百恵の携帯電話だけ。つまりそれ以外の四角い光がない。カラフルに発光するアイテムすら見かけないってどういうことだ。

 

そして、目の前には死んだように眠っている百恵がいる。ジュンは携帯のディスプレイを辺りにかざした。

 

 

「………なんなのよ、これ」

 

 

それは異様な光景だった。百恵のように倒れている人がいる。死んだように眠るたくさんのひとたちがいる。ぐったりと足をなげだし、緑の芝生に転がっている人がいる。4万人もの人間が人形のように眠る異様な光景に、さすがにジュンは足がすくんだ。

 

 

「どうしてアタシだけ起きてるの……?」

 

 

訳が分からないまま立ち尽くすジュンは気付いていない。ジュンがパソコンに接続しているUSBに記録された太一のデジヴァイスのプログラムが起動していることを知らない。

 

デジヴァイスはデジモンの攻撃から身を守る機能があるのだ。だからデジヴァイスを持つ人たちはデジモンによって引き起こされた異常な状態でも平然としていられる。うそでしょぉとジュンはつぶやいた。

 

目の前に広がる巨大なスクリーンには、ジュンが見たことのないデジモンがこちらをのぞいていた。

 



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12話

真っ暗な空間に、突然閃光が走る。あまりの眩しさに目を細めたジュンは、まぶたの裏に残像が焼きついて離れなくなってしまった。いくら瞬きしても、ちらつく白い影がまぶたの裏に流れていく。しばらくして目が理不尽なほど明るいスクリーンに慣れてくると、巨大な四角い画面が真っ白に輝いているのを直視できるようになってくる。その光源に照らされて、ジュンの周りは異様な光景だとわかってしまう。

 

足がすくんでしまって動けない。ジュンの周りには、死んだように眠りに落ちている4万人の観客たちの影が、光源に照らされて白い影を落としていた。ジュンはさすがにここに居るのが怖くなって、スクリーンの真正面にいるここから逃げ出すことにした。なにがでてくるのかわからないスクリーンの真ん前で突っ立ってるなんて、バカのすることだ。

 

せめて様子を伺うためにかくれなきゃ。それだけで頭がいっぱいになったジュンは、一目散に逃げ出したのである。真っ白なスクリーンから覗く真っ黒なシルエットは、真っ直ぐにジュンを見据えていたからである。それは2つの真っ赤な目だった。真っ黒な塊だった影が、次第に輪郭がはっきりとしたシルエットとして、白いスクリーンの中で姿かたちをかえていく。

 

ジュンのどんどん遠くなる後ろの方で、ぐにゃり、とスクリーンがゆがむ。ぱきん、と真っ白な世界にヒビが入る。砕け散る音がする。粉砕されたスクリーン画面から、容赦なくエネルギー源である電気を食い尽くして現れたのは。バチバチバチ、と微弱な静電気を帯びて出現した、デジモンだった。

 

 

 

 

 

ぜいぜい言いながら会場近くの壁際に身を潜めることにしたジュンは、あ、だめだ、これ、と早々に真正面から接触することは諦めた。

 

アタシみたいな一般人が相手できるようなデジモンじゃない。無理、無理、絶対無理、下手しなくても死ぬ、絶対死ぬ、アタシはまだ死にたくない。

 

つーかなんでこいつがここにいるのよぉっと叫びたくなる衝動を我慢してるだけえらいというべきだろう。きっと。ちょっと、ちょっと、ちょっとってジュンはノートパソコンに匿っているイビルモンに呼びかけた。

 

 

「どういうことなの、イビルモン。あいつもヴァンデモンの配下なわけ?」

 

 

イビルモンは首を振った。あーよかった、だよね、そうよね、ダークエリアまで配下に収めてたら、太一君たちじゃ太刀打ちできないわよ、いやマジで。ほっと胸をなでおろしたジュンに、イビルモンは不思議そうだ。

 

 

『オレは一度も見たことはねえなあ。つーか、なにをそんなにビビってんだよ、テイマー。どっからどう見ても、ただの犬っころじゃねーか』

 

 

「は?アンタ何言ってんのよ、本気で言ってる?まさか見たことないとか言わないわよね?あんた、ダークエリア出身でしょ、しっかりしなさいよ」

 

 

『あー?あれがダークエリアの魔獣だとぉ?馬鹿言っちゃいけねえぜ、ただの犬じゃあねえか』

 

 

「ただの犬が炎吐くわけないでしょうが。だからアンタはいつまでたっても成熟期なのよ」

 

 

ジュンは頭が痛くなってきた。どうやらイビルモンは本気で馬鹿だったようだ。ジュンがいなかったら、幻影を見せるっていう必殺技も、宝の持ち腐れにすぎないに違いない。どうやって説明したらいいのやら、と必死で考える。ああもうめんどくさい。

 

光子郎君がゲンナイさんからデジモンアナライザーを入手したあとだったら、そのプログラムをハッキングして入手することもできたのに。仕方ないので、ジュンが持ってる知識をイビルモンに提供することにした。勘弁してよね、アタシは歩く辞書じゃないのよ、あんまりマイナーどころだとわかんないかもしれないんだから。

 

 

「あの犬っころには絶対に喧嘩売っちゃダメよ、死にたくなかったらね。セキュリティシステム所属のデジモンなんだから。アンタよりずっと格上の完全体よ、しかもワクチン種。ウィルス種のアンタじゃ瞬殺されるわよ。それにあの鉤爪は、純度が低いクロンデジゾイド合金だったら簡単に引き裂く硬度はあるわ。体は硬質な生体外殻に覆われてて、ダメージ受けても瞬時に修復する能力まであんのよ、どうやって相手するつもり?」

 

 

『え、そんなにやばいやつなのか』

 

 

「アンタはどこまで馬鹿なのよ・・・・・・」

 

 

『そんなヤツがなんでこんなところにいるんだよ』

 

 

「そんなのこっちが聞きたいわよ、ばあか」

 

 

 

 

 

嫌な予感しかしないけどね、とジュンは笑うしかなかった。

 

 

「グアアアアアアアアアンッ」

 

 

まるで青銅を思い切りぶっ叩いたような、鈍く響く金属のような咆哮だった。獰猛で攻撃的な雄叫びだった。脳天を突き抜けるような遠吠え。龍のしっぽと蛇のようなヒゲを持つ、ゾウのように巨大な図体を持つ、まるでキメラのような姿をした怪物だった。

 

獅子のような、犬のような、真っ黒などす黒い色に染め上げられているそいつは、夏フェスの巨大な会場から真っ直ぐにこっちを見下ろしている。死者の魂が冥界にやってくるときにはそのまま通すくせに、冥界から逃亡しようとする魂は捕らえて貪り食ってしまう、という伝承が由来となって生まれたデジモンだ。地獄の番犬とも言われている。

 

なんでこんな大物にも程があるデジモンが、こんなところにいきなり出現したのか全然わからないものの、やばいことだけははっきりとしていた。こいつの名前はケルベロモン、ダークエリアを守護している裁判官デジモンの配下である。

 

デジタルワールドに転生していいのか、実刑をくらってダークエリアに閉じ込められるか、ケルベロモンの餌になるかの3たくが、ダークエリアに送られたデジモンたちの末路なのだ。はっきりいって、現実世界に出てきていいデジモンじゃない。なにせこいつは、完全体なのだ。

 

 

「グオオオオオオオンッ」

 

 

「グアアアアアアアンッ」

 

 

ばっちり目が合っちゃったのはお約束なのかもしれなかった。

 

 

「嘘でしょぉっ・・・・・・!なんでバレる訳っ!?」

 

 

中央の顔の遠吠えのあと、左側と右側の顔が後追いをするように、遠吠えを始めた。まるで意志を確認し合うように、お互いがお互いの遠吠えを確認しつつ、真っ赤な眼差しはいつでも私を射抜いている。

 

ケルベロモンが実体化したことで、かろうじて生きていた携帯電話は完全に使えなくなってしまった。きっと電気が食われてしまったのだろう。いよいよ真っ暗になった世界の中で、光源は巨大なスクリーンだけだ。

 

白い光に照らされながら、ケルベロモンが青銅を叩いているような唸り声を上げつつ、こちらに向かって降りてきた。のし、のし、のし、とマネキンのように転がっている人たちなんてものともしないで、こちらに一直線にやってくる。ジュンは思わず表情を引きつらせ、少しずつ後ずさりするが、ケルベロモンの足取りは早くなる一方でちっとも距離が離れない。

 

むしろどんどん近づいてくる。伝承が正しいなら、甘いものでも投げつければどこかに行ってくれるのだろうが、あいにく手持ち無沙汰だし、眠り薬入の食べ物なんて用意できるわけがない。未成年に酒を用意させることなんて不可能だろう、パンをワインに浸すなんて難易度が高すぎる。ああもう、せめてここに万太郎さんがいてくれたら、なんて思いながら、ジュンはどうにもならない現状を嘆いた。

 

 

 

 

 

ケルベロモンはダークエリアからはい出ようとする魂を捕らえて、まだ死ぬべきではない魂が勝手に入り込まないように監視する仕事もになっているのだ。3つの首がそれぞれ別の方向を見張ることができる上に、ほとんど眠らなくてもいいデジモンである。

 

いくら夏フェスの会場がとんでもない広さを誇っているとしても、逃れることは難しい。見つかったが最後、その巨大な牙と爪の餌食にでもなったら死ぬ。それだけはわかっていたから、ジュンは必死で逃げた。

 

 

「グアアアアアアアンッ」

 

 

「つーか、なんで追っかけてくるのよ、アンタっ!アタシ、なんにもしてないわよねっ!?」

 

 

帰ってくるのは獣の雄叫び。話が通じる相手なら、こんな非常識な登場するわけないわよね、と今更ながらに気づいてしまう。使い魔の面倒くらい最後まで見なさいよ、どこでなにやってんのよ、こいつのご主人様は!ダークエリアの守護デジモンはどこでなにやってんのよ、仕事しろ、仕事!

 

そもそもダークエリアから脱獄するヤツが多すぎるから、毎回デジタルワールドは選ばれし子供を召喚しなきゃいけないほどのピンチになるんじゃないの、いいかげんにしなさいよね、こんちくしょう。行き場のない怒りを心の中で叫びながら、ジュンは必死でケルベロモンから逃げた。

 

 

 

 

 

芝生が焼ける匂いがした。それは呼吸器官が一気に焼け爛れてしまいそうな、熱風だった。真っ暗闇の中でも目視できるくらい、こうこうと燃えている、炎のうずがケルベロモンの周りを逆巻く。竜巻のようにうずを巻き、周囲の空気を巻き上げながら、こちらに襲いかかってきた暴風は、さながら地獄の業火だった。

 

目前に迫り来る火炎放射。無理だ、これは無理だ、逃げられない。反射的にノートパソコンを庇ったまま、ジュンはその場に身をかがめた。周囲の施設設備もろとも巻き込んで、窒息しかねない熱波があたりを包み込んだ。

 

体が焼ける錯覚にとらわれる。熱風は一瞬で汗を蒸発させるほどの高温である。熱射病を起こしかねないほどの熱波だった。息をしたら燃えてしまう気がして、必死で息を止めながら目を閉じていた。

 

一瞬で燃え上がった世界が黒い煙によって覆われる。焦げ臭い匂いがあたりに広がった。あとから気づいたけど、これは髪の毛が焼ける匂いだった。暴力的な風が過ぎ去ったとき、ジュンはきっと死んでいるに違いない。そう思った。

 

体の色や形はそのままで、きっと眠っているようにみえる、綺麗なミイラが出来上がっているにちがいない。全身の水分が全て抜かれた、カラカラのミイラが残るだけだ。もし誰かがミイラを掴んだら、乾燥のため、その部分はさらさらとなり、手元に残るにちがいない。その予想はいずれも外れることになる。

 

 

 

 

 

おそるおそる目を開けたジュンの前に広がっていたのは、火炎放射を真正面から受け止めたことで、すっかり焼け爛れてしまった白亜の胸像たちである。美術室の棚に陳列されている、美術の教科書や資料集に作品名と尺社名のプレートとともに置いてある、あの白い像である。

 

女性だったり、男性だったり、天使だったり、モチーフはいろいろあるけれど、共通して胸のあたりから上の部分しか存在しない、あの白亜の銅像だ。

 

見上げるほど大きなオブジェが私の目の前に突如出現し、どうやらケルベロモンからジュンを守ってくれたらしかった。呆然としているジュンに、今度は、今まで聞いたことのないデジモンの声がした。

 

 

「大丈夫ですか、ジュン」

 

 

ふりかえると、今まで見たことのない天使型のデジモンがそこにいた。

 

 

「だれ?」

 

 

「この姿でお会いするのは初めてですね、ジュン。ワタクシはガーゴモンと申します」

 

 

「ガーゴモン?」

 

 

「ええ」

 

 

じいっとガーゴモンを名乗る天使型デジモンを見つめてみる。けれど、ジュンはてんで記憶になくて首をかしげるしかない。今まで育ててきたデジモンの中には、こういったデジモンはいた事はないし、前世の記憶にもそれらしいものは見つけられなかった。ガーゴモンねえ。普通に考えたらガーゴイルが語源ってところだろうか、全然その面影はないけど。

 

ちなみにガーゴイルは怪物をかたどった彫刻のことで、屋根に降った雨をかき集めて、水路に流すところに設置されていることが多い。侵入者を防ぐために存在していて、老化しないし食事も取らない、石で出来ているから打撃や斬撃が通用しない、っていう設定はゲームでは結構おなじみな気がする。

 

奇跡の紋章が埋め込まれている拘束具だらけの聖獣デジモンは、みたところ完全体ではなさそうなのに、ケルベロモンの一撃を粉砕したところを見るとそうとう強いと見た。助けてくれたのは嬉しいけど、なんでジュンの名前を知ってるのか、さっぱりわからない。そんなジュンに、ガーゴモンの口元が笑った。

 

 

 

 

 

「ふふ、お忘れですかな?相変わらず、ひどいお方だ。ほかならぬアナタがおっしゃったのではありませんか、死ぬまで面倒を見てやるから感謝しろと」

 



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13話

それはもう、圧巻だった。理不尽なほどの実力差だった。あっという間に光の粒子になって消えてしまったケルベロモンを見届けて、ジュンはガーゴモンに、助けてくれたお礼をした。

 

 

ガーゴモンは、一見すると天使デジモンである。翼のような耳、そして白い羽は聖なる獣の象徴だ。しかし、真っ白な異様に長い腕、脚、細い胴体、顔面にいたるまで、拘束具が覆っている。奇跡の紋章が刻まれているため、その拘束具がガーゴモンの力を制限しているのが伺えた。

 

どうやらこの姿でなければ、神聖な獣としていられないらしい。じゃらじゃら、と窮屈そうな拘束具を鳴らしながら、ガーゴモンは、思い出されましたか、と前世のジュンしか知りえない言葉をリフレインする。ぱちぱち、と瞬き数回、じいっとガーゴモンを見つめていたジュンは、恐る恐る言葉を紡いだ。

 

 

「もしかして・・・・・・あのときのボタモン?」

 

「ええ、いかにも。ワタクシはアナタに保護された、あのときのボタモンでございます。やっと巡り会えた。ああ、今日は記念すべき日ですね。今日という日を夢見て、ワタクシはアナタを探し続けてきたのです。ようやく、これまでの努力が報われたというものですね。アナタと会いたい。ただそれだけのために、ワタクシは今、ここに居るのですよ、ジュン」

 

 

近づいてくる見上げる程の巨体。でも、その声色は優しい。だからジュンは恐れを抱くことはなかった。前世のジュンとあのときのボタモンしか知らないはずの言葉を教えてくれたことが、これ以上ない証拠だった。前世でみた最期の記憶で、気がかりのひとつだったボタモンの進化した姿だと主張されれば、警戒する理由はない。

 

 

「ずいぶんとおっきくなったのね。てっきりもう死んでるかと思ったわよ」

 

「ええ、何十回も死にましたとも。アナタがいなくなってから、実質、あのパソコンで世話をしてくれる人間は皆無でしたからね」

 

「えっ、そうなの?」

 

「ええ、何十回も転生しましたとも」

 

「ちょっとまって、どんだけたってるのよ」

 

 

ジュンは青ざめた。デジモンは、成熟期、完全体、究極体と進化するたびに寿命が延びていく。普通に究極体まで育てれば15年くらい、しっかりと育てれば30年は生きると言われているが、ジュンはそこまでベテランテイマーではなかった。せいぜい完全体までが関の山である。

 

でも、誰にも世話をされない、ネグレクト状態だとせいぜい成長期で死んでしまうだろう、デジタマになれるギリギリのデータ量だ。それでも、成長期の寿命は2ヶ月ほどだ。たったそれだけでも、何十回ともなれば積もった年月は膨大なものになる。どういうことか説明をもとめるジュンに、恭しく礼をしたガーゴモンは、語り始めた。

 

 

20xx年某月、いつまでたっても出社してこない上に、電話でもメールでも連絡もとれないジュンを心配した同僚と上司が、マンションを尋ねる。新聞や郵便物が放置されたままのため、管理会社に連絡を取り、マスターキーで開けてもらう。

 

彼らを待っていたのは、不幸にも脳溢血で倒れたジュンの姿である。真っ青になった上司が救急車を呼んだが、時すでに遅し。もともと不健康な生活習慣を送っていたジュンだったが、あまりにも若すぎる発症だった。もし誰かが気づいて、病院に搬送すれば、命だけは助かったかもしれない、とは診断に当たった医師である。

 

しかし、頭の中で出血した場所が悪すぎた。実質の即死である。会社から連絡が行った遠方の家族が大慌てで駆けつけ、本人確認が行われた。たった2x歳の人生である。親を置いていくなんて、なんて親不孝な、と両親は泣いていた。

 

残された弟は呆然としていた。しめやかに通夜が営まれ、家族と友人だけの葬儀が行われた。事件性はない。だから警察はでなかった。でも、ジュンが直前まで接触していたガーゴモンに、残された者たちの溜まった感情が一気に噴出してしまうことになる。

 

 

「ワタクシはなにもできなかった。メールを打つことすらしらない、幼年期だった。どうしようもありませんでした」

 

 

無力なワタクシをお許し下さい、と頭を垂れるガーゴモンに、ジュンは小さく首を振るだけだった。せめて成長期以上だったなら、ジュンの異変に気づいたときに、アドレスにある連絡先すべてにメールをおくれたかもしれない。そうすれば、ジュンは助かったかもしれない。

 

でも、ボタモンだった。のんきにお腹がすいた、と泣いているだけだった。そのパソコンの前で突っ伏して倒れているジュンがいる。ぶつけることができない感情が、ボタモンに向けられるのは、当然と言えた。

 

 

「教えてくれてありがと、ガーゴモン。これで気兼ねなく、本宮ジュンとして生きていけるわ」

 

「ジュン」

 

「なによ」

 

「泣きたいときには、泣いてください。ワタクシはアナタの痛ましい笑顔はみたくありません」

 

「アンタ、馬鹿じゃないの?この話をした本人がいうこと?」

 

「だからこそ、です。ワタクシがそばにいます。怒ってください。悲しんでください。ワタクシは、すべて、受け止めなければならない」

 

 

ぽんぽん、と青いヒヅメをもつ白い手のひらが、ジュンを優しくなでる。ごつごつとした男の手がジュンの頭をなでる。目をとじたジュンは、うつむいた。つう、と光るものが頬を伝う。ぼろぼろとこぼれ落ち始めた雫は、洋服を伝うあととなる。声もなく泣き始めたジュンを、ずっとガーゴモンは見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして、ごしごしと乱暴に涙を拭ったジュンは、泣きはらした目でガーゴモンを見上げた。

 

 

「よくわかったわね、アタシがここにいること」

 

「ええ、ずいぶんとかかりましたとも。しかし、諦めたくはなかったのです。だから、ワタクシはここにいる」

 

 

拘束具からのぞく口元が微笑む。死に別れたテイマーと会いたい。それは、どんなデジモンでも持ちうる感情である。でも、デジモンと人間は違うから、それはできない。常識にとらわれているデジモンたちはそれを実行することはなかった。

 

だが、ガーゴモンはそのとき、まだボタモンだった。純粋だった。だから恐ろしいくらい行動力があったのだ。ジュンはデジタルワールドに仕事で向かうことが多かった。つまり、データ化して、デジタルワールドを出入りすることがあった。

 

基本的にパーソナルデータを弄ることはセキュリティシステムが禁止しているため、手出しすることはできない。でも、死んでしまった人間のデータの扱いに関しては、そこまで真剣に思いつめるデジモンや人間がいなかったこともあり、曖昧だった。

 

そこをガーゴモンはついたのだ。デジタルワールド中に存在するジュンの記録を寄せ集め、復元しようとしたのだ。狂気とも言うべきその行動を実行に移すデジモンがいるなんて、誰も考えなかったに違いない。だから、誰も気づかなかった。

 

そのうち、ガーゴモンは、最後の関門である、記憶のデータを入手することに尽力し始めた。ボタモンのことを知っているジュンの記録。血眼になって探し続けているうちに、そのデータだけが紛失していることに気がついた。状況的に考えて、どこかのデジタル世界に向かったとしか考えられなかった、とガーゴモンはいう。

 

人間がネットの世界に入り込むということは、その全てがデータ化することを意味する。肉体も精神も魂さえ、すべてが1と0に変換されてしまうのだ。

 

本人に無許可でそれを行い、データを連れ去るということは、当たり前だが犯罪行為である。しかし、セキュリティシステムは無力だった。あたりまえだがジュンはそこまで権限ある仕事はしていない。

 

明らかに人知を超えたものの干渉があったのは明白だった。でも突き止めることはかなわない。阻まれたのは、連れ去られた先が、異世界のデジタルワールドであるということだけである。そのゲートを潜ることは、サーバを守護するロイヤルナイツが許さなかった。

 

しかし、ガーゴモンにとっては、その先こそが価値があった。唯一この世界で存在を認めてくれたジュンの傍こそが、居場所だった。すべてだった。だから、異世界を渡るアイテムを強奪した。20xx年のデジタルワールドから追放された。しかし、それは好都合だった。

 

その島流しの先こそがガーゴモンが求めてやまない異世界のデジタルワールドだったからである。あとは、ジュンのデータの痕跡をひたすらサルベージして、追跡した。その先にいたのが、本宮家の長女になっているジュンだったというわけだ。

 

 

「不思議に思ったことはありませんか。どうして、アナタが突然、小学校4年生の女の子になっていたのか。そして、今までの本宮ジュンはどこに行ってしまったのか。アメリカでの爆弾テロ事件の前後の記憶が、曖昧ではありませんか」

 

「その口ぶりだと知ってるわけね?」

 

「ええ、もちろん」

 

「教えてくれる?ガーゴモン。ここまで来たら、中途半端は気持ち悪いもの。どんなにきついことでも、受け入れてやろうじゃないの」

 

「わかりました。では、お教えしましょう」

 

 

ガーゴモンは、ジュンをまっすぐ見据えた。

 

 

「1995年、アメリカのサマーメモリーズにて、爆弾テロ事件が起こりました。その真相は、光が丘テロ事件とおなじく、デジモン同士の大乱闘。目撃した子供たちは、デジタルワールドの方針で、そのときがくるまで緩やかに記憶を封じられることとなりました。その結果、誰もが、もちろんアナタ自身も、忘れてしまったのですよ」

 

「なにを?」

 

「1995年のアメリカ、サマーメモリーズ。ほかの子供たちは、まだ5歳だった。でも、アナタは10歳でした。この悲劇がわかりますか。唯一、客観的に物事を把握できる年齢であるがゆえに、冷静でいなければならない残酷さったらもう、ありませんよ。それを受け入れられるほど、アナタは強くなかった。その結果、本宮ジュンは一度死んだのです、いや、死にかけた。さすがにデジタルワールドもほうっておけず、精神的に立て直すまで、現実世界の1分がデジタルワールドの1日なのを利用して、データ化したアナタを連れて行き、治療を施したのです。しかし、当時のデジタルワールドは、まだ人間というものを正しく理解できていませんでした。デジタルモンスターと人間の違いが理解できないほど、無知だった。まさしく、あの時は「出会うのが早すぎた」と云えましょう。デジモンのデータを修復するとき、デジタルワールドは世界の記録からデータをサルベージし、流用します。個人情報がほとんど同じ、つまりパーソナルデータが限りなく近かったのが原因でしょう。デジタルワールドはそれを誤認した。それを普通の人間である「本宮ジュン」に施した。どうなりますかな」

 

「なるほど、そういうこと。つまり、アタシは転生したわけじゃなかったわけね。精神的に死んじゃったこの子の精神を戻そうとして、アタシの精神をダウンロードしちゃったってことか。じゃあ、どうなるの?アタシ、消されるんじゃないの?」

 

 

いえ、とガーゴモンは首を振る。

 

 

「デジタルワールドは、もう無知ではありませんから、知っています。精神的にしろ、身体的にしろ、一度死んでしまった人間は元に戻らないということを。もし、アナタのデータをアンインストールしても、植物人間が出来上がるだけです。それでは、ジュンという少女は2度死ぬことになる。そこまで残酷なことができるほど、この世界は冷酷ではありませんよ」

 

 

いつか時が来たら、すべてを説明するときがくるだろう。それでも、あの子はお姉ちゃんと呼んでくれるだろうか。ジュンの脳裏に、世界で一番大切な弟がよぎった。

 



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14話

ケルベロモンがガーゴモンによって倒され、ガーゴモンがジュンのパソコンの住人となったことで、デジモンがすっかりいなくなった。電波障害の原因であり、電気を際限なく食べてしまうデジモンがいなくなった夏フェスの会場は、すぐに明るくなっていった。暗闇が追いやられ、原因不明の集団催眠に陥っていた人々は、すぐに目を覚ました。

 

 

きっと選ばれし子供を探してるんだろうなあ、ってジュンは思った。お台場霧事件でみんなが眠らされたのは、こんな感じだったはずだ。起きている人はデジモンの攻撃を受けない、=デジヴァイスに守られてる=選ばれし子供のはずだから、いぶりだそうとしたのかもしれない。

 

ここでようやくジュンは、ノートパソコンに入ってる太一のデジヴァイス・プログラムが原因でケルベロモンに追っかけられたことを悟ったのだった。遅すぎでしょ、アタシとしたことが。でも、今はガーゴモンという心強い仲間が出来たことを喜ぶべきだ。

 

 

ふあ、と大きくあくびをした百恵を見て、ああよかったあ、ってその場に崩れおちたジュンである。そのうち人ごみをかき分けて万太郎が合流したころ、アナウンスがなった。夏フェスの中止である。

 

あたりまえだ。大停電と電波障害、しかも集団昏睡事件となれば大騒ぎになって当然である。医者の診察を受けるよう言われ、先生からお墨付きをもらって帰宅したジュンは、デジモンのことなんて、誰にも言えるわけがなかったりする。そして、ジュンは帰ってきたのだった。

 

 

「ただいまー」

 

「おかえりー。今日は大変だったでしょう、テレビで見たわよ。大丈夫だった?」

 

「へーき、へーき、大丈夫よ。万太郎さんのおかげで無事に帰れたしね」

 

 

あはは、と笑ったジュンは、ここまで送ってくれた万太郎さんに、今日はありがとうございました、と振り返る。いいよ、いいよと眼鏡越しに保護者の笑みがうかんでいた。すっかり夜遅くなってしまった帰宅である。

 

さすがに中学生の女の子をたったひとりで帰らせるわけにはいかないから、と荷物持ちをかってでてくれた万太郎さんは、今日はほんとうにお世話になりまして、と頭を下げるジュンのお母さんに、いえいえ、と返した。百恵は鍵をかけた車でうとうとしている。妹を待たせているから、と万太郎さんはこれで失礼するつもりのようだ。もう遅いから仕方ない。

 

 

「夏フェス、中止になっちゃって残念だったけど、楽しかったよ。ありがとな、ジュンちゃん」

 

「アタシも楽しかったです。ありがとうございました」

 

「それじゃ、またな」

 

「はい、おやすみなさーい」

 

 

ぱたん、と扉が閉められる。はやくお風呂に入っちゃいなさい、っていいながら、お母さんは夕御飯の片付けにむかった。はーいっていいながら向かうのは大輔の部屋だ。こんこんとノックをして、ただいま、大輔、って言えば、鍵があく音がしてドアが空いた。

 

ジュンだとわかった瞬間、不安で不安でたまらない、といった様子の怯えた眼差しは、ぱっとした明るい表情に変わる。よっぽど怖いものが見えていたのか、大輔はそのままくっついてきた。ただいまって言いながら頭をクシャクシャになでるとくすぐったそうに大輔は笑った。

 

 

「おかえり、おねえちゃん。よかった、おねえちゃん帰ってきた。怖かったんだよ、お姉ちゃんが行ってたとこ、でっかい犬がいっぱい火を吐いてたり、走ったりするの見えたから。大暴れしてたから。みんな、倒れてくんだもん。すっごい怖かった」

 

「そっかあ、やっぱアンタには見えてたのね。心配かけてごめんね、大輔。アタシなら大丈夫よ、ゴジラみたいな怪獣がやっつけてくれたから」

 

「しってる!それしってる!真っ白な羽が生えてる怪獣でしょ?でっかい銅像だしたり、おっきな犬を石にして、どこかにやっちゃった怪獣でしょ?かっこよかったあ!」

 

「そんなとこまでみえてたの?」

 

「見えてたのは僕だけだよ?お母さんも、アナウンサーの人も、みんな真っ暗だっていってたもん」

 

「そっか、やっぱり見えてる人と見えない人がいるわけね。電波障害で写りも悪かったでしょうに、よく見えたわね。さすがよ、大輔。それにアタシのいったこと、ちゃんと守れてるみたいね。えらいわよー」

 

 

へへ、と照れくさそうに笑った大輔は、ちょっとおいでって言われて、なに?って言いながらジュンの部屋に向かう。ちょっと待ってて、って言いながらローラー椅子を引いたおねえちゃんの背を眺めながら、はーいって言いつつベッドに座る。

 

ノートパソコンを常設しているパソコンに接続したジュンは、太一のデジヴァイスのプログラムをコピーして転送した。DIGIという名前のアプリが表示される。しばらくダウンロードに時間がかかるが明日の朝には終わっているだろう。おいでって手招きされた大輔はそっちを覗き込んだ。

 

 

「なに?おねえちゃん」

 

「アタシを助けてくれた怪獣がね、これをくれたのよ。これをクリックすると、この部屋にバリアが貼られて、あの怪獣たちから守ってくれるんだって。怪獣が見えてる人しか、怪獣は襲ってこないからね。これでお母さんを守ってあげてって」

 

「ほんと!?」

 

「うん、ほんと。だからね、大輔。もし、この近くに怪獣たちがきたら、これをクリックするのよ?明日、明後日、このパソコンつけっぱなしにしとくから、マウスを触ればこの画面になるからね」

 

「クリックだけでいいの?」

 

「そうよ。他になんにもいらないわ。いいわね、大輔」

 

「うん、わかった!」

 

 

大好きな戦隊もの、もしくは仮面ライダーに出てきそうな秘密基地を彷彿とさせるアイテムである。大輔はきらきらと目を輝かせていた。ジュンはそのプログラムをお台場に住んでいるパソコン部の部員や友人、先生、パソコンに登録しているアドレスに片っ端から転送することにした。

 

いたずらメールと思われるかもしれないが、簡易な説明書と怪獣について触れる。何もしないよりはずっといいはずだ。これは徹夜かしら、って思いながら、ジュンはお風呂に入るための準備に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

30分後

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

髪を乾かしていたジュンに、電話がかかってきたのは、11時すぎのことである。男の子からよってなにを邪推したのか、にやにやしてるお母さんから受話器を受け取り、そんなんじゃないわよ、って言いながらジュンはお母さんを追い払う。会話が聞こえないように手でおおう。てっきりさっき送信したメールを受け取った誰かからだと思ったのだ。

 

 

「もしもし、お電話変わりました。ジュンですけど」

 

『あー、もしもし。こんばんは。おれです。太一です』

 

「え、太一くん?どうしたのよ」

 

『えっとー、その、今日は、ホントにありがとう』

 

「ああ、いいのよ、いいのよ、それくらい。今はそれどころじゃないんでしょ?大変だと思うけど、がんばってね」

 

『あ、うん、ありがとう。ジュンさんのおかげで、8人目探さなくてよくなったからさ、ホントにありがとな。それで、その、ジュンさんのこと話したら、光子郎が・・・・・』

 

「光子郎くんがどうしたの?」

 

『それがー、その、明日、ジュンさんにも手伝ってもらえないかって』

 

「え?ごめん、なにを?」

 

『あ、そっか。ごめん、まずはそこからだよな』

 

 

太一は説明を始めた。

 

1995年にあった光が丘爆弾テロ事件の真相は、デジタルワールドという異世界から迷い込んだデジモンという怪獣の大乱闘である。そのとき、団地に住んでいた8人の仲間たちは、そのデジモンを回収した神様から、なんらかの才能を見出されて「英雄に選ばれた子供」となった。そして、4年後の今、デジタルワールドは悪い奴らに滅ぼされそうになっていて、太一たちはサマーキャンプ先で召喚された。

 

しかし、今の敵である吸血鬼のデジモンがこちらの世界に、たくさんのデジモンを引き連れてやってきているため、太一たちは一時的にこっちに帰ってきている。選ばれし子供は8人いないとデジタルワールドを救えない、とゲンナイのじいさんに言われているため、光とパートナーは絶対に連れて帰らないといけない。

 

しかし、英雄の証である紋章とデジモンは、ヴァンデモンにとられている。しかもヴァンデモンは、光を狙っている。つまり、ヴァンデモンに取られた紋章とデジモンを取り返さないといけないのだ。東京23区のどこかに潜んでいるヴァンデモンから。

 

 

『ほんと、ごめん。そのさ、マジで人が足りないんだ。ゲンナイのじいさんが言うには、ヴァンデモンが光を見つけ出すために、光の紋章とパートナーのデジモンを持ってるらしくって。明日、片っ端から探さなきゃいけないんだ。でも、ほら、光はデジモンがいないだろ?だから一緒に連れて回るわけにもいかないから、明日、俺、お台場に残ることにしたんだ。ほんと、ごめん。でも、マジでこんなこと頼めるのジュンさんしかいないんだ。明日、光のデジモンと紋章、探すの手伝ってほしいんだ』

 

「あー、なるほど、そういうこと。まあ、光ちゃんを連れて歩くわけにも行かないわよね、風邪だし。一緒にいてあげるってのは、アタシも賛成よ。光ちゃんは一人にしちゃダメよ、お兄ちゃん」

 

『うん、わかってる』

 

「でも、なんでアタシなの?選ばれし子供でもないのにさ」

 

『だってジュンさん、すっげえアタマいいじゃん。デジモンもデジタルワールドのことも知らないのに、オレがしゃべったことだけで、デジタルワールドがネットにある世界だってわかっちゃったじゃないか。ほんとすごいよ。それに、デジタルワールドのゲートを開けようとまでしたじゃないか。光子郎も驚いてたよ。やっぱ、オレたちだけじゃ不安だし、ジュンさんだから気づいてくれることもあるかと思って』

 

「あー、かえって選ばれし子供じゃないアタシだから気づくこともあるってこと?なるほどねえ、そーいうのって大事だわ、うん。了解、わかったわ」

 

『え、ほんとか!?』

 

「ええ、いいわよ。手伝ってあげる。たぶん、誰か一緒についてきてくれるんでしょ?」

 

『あたりまえだろ!ジュンさん一人にするわけにはいかないし!』

 

「ならいいわ。ただし、ひとつだけ条件があるけどね」

 

『え、なに?』

 

 

ジュンは笑った。

 

 

「なに、簡単なことよ。太一くんが光ちゃんを守りたいのと同じように、アタシは大輔とお母さんを守りたいの。そんなアタシにお願いするんだから、聞いてくれるわよね?明日、うちに遊びに来て。アタシが帰ってくるまで、うちにいて。今日のおかえしよ、簡単でしょ?」

 



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15話

ぴんぽーん、とチャイムが鳴ったのは、8時のことである。はいはーい、と玄関に向かったジュンのお母さんが見たのは、太一と光である。

 

 

「こんにちは、おばさん」

 

「こんにちはー!」

 

「太一君に光ちゃん。どうしたの?」

 

「え、あー、その、大輔とゲームする約束してたんですよ、あはは」

 

「あらー、そうだったの?大輔ったら、もう。光ちゃんもお揃いでいらっしゃい。もう風邪は大丈夫なの?」

 

「はい、もう風邪、治ったみたいです」

 

「そうなの、よかったわねえ。大輔も心配してたわよ、元気な顔見せてあげてくれる?大輔、大輔ー、お客さんよ。太一君と光ちゃん!」

 

 

スリッパを用意しながら呼んでるお母さんの声に、えええっと声を上げるのは大輔だ。思わず立ち上がる。午前中にやっている昭和アニメの特番がつけっぱなしのテレビである。ジュンとソファで一緒に見ていた大輔は、なんで、なんで、あれ、と疑問符がとんでいる。

 

当たり前だ、初恋の女の子と尊敬するサッカー部の先輩が突然遊びに来たのだ。遊ぶ約束なんかしてないのに。それに、ジュンから、お母さんを守ってあげる、という任務を仰せつかっているから、大輔は朝から張り切っていたのだ。

 

守る人が増えてしまった、もうパニック状態である。ジュンは傍らにおいていたカバンを手に取り立ち上がった。大輔はばっとジュンをみた。ニヤニヤ笑ってるお姉ちゃんがいるのだ。これはきっとおねえちゃんがなにかしたに違いない、と察知する。いたずら好きなお姉ちゃんに、時々大輔はからかわれているのだ。

 

 

「も、もしかして、おねえちゃ」

 

「じゃあ、あたし、行ってくるわねー」

 

「おねえちゃん!」

 

「光ちゃんに、いいとこ見せたげなさいよ、じゃあね」

 

「おねーちゃーんっ!」

 

「ほら、大輔、早く来なさい!」

 

「はーい」

 

 

じゃあね、がんばって、と髪をくしゃくしゃに撫で回しながら、ジュンは笑う。顔を真っ赤にして、わたわたしはじめた大輔は、おおあわてで着替え始める。まだパジャマだったのだ。そして、その隙をついてジュンは玄関に向かった。

 

 

「じゃあ、いってきまーす」

 

「いってらっしゃい。井之上さんによろしくね」

 

「はーい」

 

「あ、こんにちは、ジュンさん」

 

「こんにちはー!」

 

「こんにちは、二人共。じゃあ、ゆっくりしていってね」

 

 

それどうしたの?ってお母さんに聞かれた太一は、あわててお土産です、お土産、て笑った。コロモンは沈黙したまま、目をつむっている。柔らかそうなクッションねえ、とお母さんは笑った。まあゲームするならクッションでもひいてないと疲れるかもねって笑った。

 

ひらひら、と手を振って、ジュンは太一を見る。あとはよろしくね、とアイコンタクトされたことに気づいた太一は、任せとけって笑った。靴を履き替え、ジュンは扉の向こうに消える。マンションのしたには、光子郎が待っているはずだ。

 

 

 

 

 

そわそわしながら待っている男の子がいた。傍らには、真夏なのに黄緑色のレインコート、黄色い帽子を着ている不審人物。背丈は幼稚園児くらい。大輔と遊ぶために、家に遊びに来ることはあったけれども、こうして一緒に行動するのは初めてだ。自動ドアをくぐると、夏の蒸し暑さが広がった。

 

 

「おはよう、光子郎君」

 

「あ、はい、おはようございます」

 

「えーっと、その子が光子郎くんのデジモン?」

 

「はい、そうです」

 

「テントモンいいますねん。よろしゅうたのんます」

 

「へーえ、アグモンとは全然違うんだ。デジモンっていっぱいいるのねえ。あー、よろしくね、太一くんから話は聞いてるわ」

 

「はいな」

 

「では、行きましょう、ジュンさん。みんな、海浜公園の遊歩道で待ってます」

 

「りょーかい」

 

 

海浜公園までは、徒歩5分の距離である。シーリアお台場という高級マンション群は、海浜公園を囲うようにたっているのだ。ジュンの住んでいるマンションからでもすぐだ。青々と生い茂る広葉樹、整備された花壇で区切られた歩道をいく。夏休み真っ只中とあって、いつも以上に人口密度が濃いのはお約束である。

 

影を縫うように歩きながら、ジュンは光子郎とテントモンに案内されて、ほかの選ばれし子供たちが待っているところに向かった。歩行者用信号が青に変わる。この道路を通り、人工的に作られた広大な森林の公園に向かえば、こちらを見つけた子供たちが立ち上がった。

 

こっちだ、こっち、と手を振る丈と、その手提げかばんから首だけ出しているゴマモン。

 

ピンクのフリルがいっぱいある、赤ちゃん服のパルモン。大きすぎる赤ちゃんを乗せている乳母車のとなりには、ミミ。その乳母車に乗りたいとねだっているピヨモン。あとでね、って乗り込もうとする甘えん坊を捕まえている空。腕に抱えたツノモンをどうやって運ぼうか考えているヤマト。

 

小5でぬいぐるみを持ち歩くのはハードルが高すぎるらしい。その横には無邪気にパタモンをかかえているタケル。光子郎が、みんな、選ばれし子供なんです、と教えてくれた。小学生のなかに、たったひとり中学生がまじるこの違和感である。まあいまさらよね、ってジュンは笑った。

 

 

「そーねえ、初めて会う人もいるみたいだし、自己紹介からはじめましょうか。知ってる人もいると思うけど、アタシは本宮ジュン。お台場中学校の2年生よ。弟がお台場サッカー部に入っててね、その関係で太一君と光子郎君、空ちゃんとは知り合いなの。よろしくね」

 

「僕は城戸丈、お台場小学校の6年生です」

 

「オイラ、ゴマモン。よろしくなー」

 

「俺は石田ヤマト、太一と空と同じ、5年生です」

 

「ツノモンです、よろしく」

 

「僕、高石タケル!この子はパタモンだよ!よろしくね、ジュンさん」

 

「よろしくー」

 

「私は太刀川ミミでーす。よろしくね、ジュンさん」

 

「私はパルモンよ。よろしくね」

 

 

こっちこそ、よろしくねってジュンは笑った。ところで、と不思議そうにヤマトはいう。

 

 

「どうしてジュンさんに手伝ってもらおうって思ったんだ、光子郎?」

 

「ああ、それは、ジュンさんが太一さんたちがあっちの世界に帰る手伝いをしてくれたからですよ」

 

「それは昨日聞いたけどさ、ジュンさんは選ばれし子供じゃないだろ?巻き込むわけにはいかないんじゃないか?」

 

「あー、はい、それについてはすいませんでした。でも、それ以上に、ジュンさんのバックアップは心強いんですよ」

 

「バックアップ?」

 

 

 

きらきらした笑顔で光子郎がいうものだからジュンは苦笑いである。みんな疑問符が飛んでいく。

 

 

「ジュンさんは、お台場中学校でパソコン部に所属してる人なんですよ。全国大会はもちろん、コンテストでは、入賞の常連なんです。いきなり、こっちに帰ってきてしまった太一さんの話を聞いただけで、デジタルワールドとデジモンの謎に気がついて、デジヴァイスのプログラムを解析、デジタルワールドにアクセスして、ゲンナイさんに接触したって聞いてます。デジヴァイスのこと、下手したら僕たちより知ってるんじゃないですか?」

 

「あっは、やっぱバレてた?」

 

「僕も同じですから。こんな凄い機械がみたら、調べたくなりますよね!」

 

「だよねえ。アタシもこういうのに目がないの」

 

 

そういって、ジュンはパソコンを広げる。ガーゴモンたちがいるプログラムは、ただいまUSBに移動中である。

 

 

「太一くんのデジヴァイスのプログラム、コピーさせてもらったわ。こうでもしないと調べられないからね。君たちが使った形跡がない機能があったから、教えておこうと思って」

 

 

はい、とパソコン画面をみんなに見せる。デジヴァイスは、魔法のアイテムではない。超高性能なパソコンだ。構造さえわかってしまえばバックアップはとれる。もちろん、今の技術力で再現は不可能である。それができたのは、ジュン故だ。これがこのパソコンの中に入っちゃったのか、ってみんな驚いている。

 

 

「とはいっても、進化機能はないよ。さすがにあれは太一くんじゃないと使えないように、プロテクタがかかってたから、さくっと消させてもらったわ。ここにあるのは、アタシでも使える機能。ウィルスを駆除して正常化させる浄化作用とか、まわりから見えなくさせる結界とか。探知機能とかね」

 

「そういえば、こっちに来てからお互いの場所を察知できる範囲が狭まったな」

 

「不便よねえ、これ」

 

「ここまで近づかないとアラーム、ならないんだよな」

 

「あー、やっぱそうなの?お互いの場所を知らせるにしては、ずいぶんと範囲が狭いと思ってたのよね」

 

「そうなんですよ。あっちの世界だと、とても大きな大陸に散らばってた僕らが合流できるくらい、広い範囲を探知できたのに」

 

「まあ、ネット上にある世界とちがって、こっちの世界は構成してる情報が半端ないもの、仕方ないわよ。処理落ちしてるんじゃない?」

 

「ですよね・・・・・ダウンロードする容量が大きすぎるんだろうなあ」

 

「ところでジュンさん、結界ってなあに?」

 

「それがメインよ、ミミちゃん。なんでゲンナイさん、こんな大事な機能、みんなに知らせてないわけ?ちょーっと待ってくれる?見てくれた方が早いと思うし」

 

 

はい、ぽちっとな、とジュンはプログラムを起動させた。その瞬間、目の前にいたはずのジュンの姿がきえてしまう。おどろいてみんなあたりを見わたすが、ジュンはどこにもいない。すごい、すごい、ジュンさん消えちゃった、マジックみたーい!、ってミミは大喜びである。プログラムを停止させると、再びジュンが現れた。

 

 

「これが姿を見えなくさせる結界ね。正しくは、認識できなくなる、って感じ?結構おっきな声出したけど、聞こえなかったでしょ?デジヴァイスを持ってる人、その近くにいる人、数メートルは透明になっちゃうみたいね。まあ、さすがにぶつかったりしたらばれると思うけどね、目くらましにはちょうどいいでしょ」

 

「すごーいっ、どうやればできるんですか、ジュンさん!」

 

「簡単よ、そこのボタンを2回押して、その下のボタンを長押し。もういっかいすると解除になるわ」

 

「・・・・・ほんと、なんでこんな便利な機能、ゲンナイさんは説明してくれなかったんだろう。これさえあれば、僕たちの冒険は、ずっとずっと安全だったのに!」

 

「大変だったみたいねー、丈くん。まあ、お疲れさま。この結界の面白いところは、なんてったって、デジヴァイスの数に応じて強度と範囲が増すところ」

 

「持ち主を守るための結界じゃないんですか?」

 

「応用すれば、もっと面白いことができるわよ、空ちゃん。ひとりだけだと、簡単な壁と認識阻害が限度だけど、あつまればあつまるほど、その結界はより強固で頑丈なものになるわ。デジモンの攻撃さえ、防ぎきるかもしれない。結界っていうのは、身を守るだけじゃなくて、閉じ込めるのにも使うのよ。ゲンナイさんが言ってた、選ばれし子供がかけちゃいけない理由って、これじゃない?」

 

 

ジュンは知っている。デジタルワールドの冒険で書かれたから知っている。先代の選ばれし子供たちがかつて封印したはずの暗黒勢力が、なぜ今になって復活したのか。理由は簡単だ。封印する結界の起点になる楔の数が足りなかったのだ。5つじゃたりなかった。

 

しかも、長きに渡る平和な時代の影響か、なぜか5つめの楔だったはずの、先代の選ばれし子供のパートナーが一体、現時点で行方不明になっている。4つしかなくなった封印の楔では、暗黒勢力を封印できなくなったのだ。この結界こそが、選ばれし子供が8人である理由のひとつだ。

 

 

「とりあえず、アタシはこれで身を守るわね。結構大事な機能みたいだし、使ってみたらどお?」

 

 

ありがとう、って言葉が聞こえてきたので、ジュンは一安心だ。さてさて次は、とノートパソコンを戻して、作業に取り掛かる。ぶっつけ本番よりはずっといいと思うのだ。

 

これから彼らはデジタルワールドを救う、最後の大冒険を間近に控えている。不安材料は潰しておくに限る。どうせジュンが手助けできるのは、お台場である今ここだけなのだから。ね、すごいでしょう、って光子郎がいう。

 

みんなうなずいている。どうやらジュンが仲間に加わるのを認めてくれたようで何よりだ。利用価値を見せつけるに限る。これが一番手っ取り早い。この子達はバックアップがなさすぎるのだ。少しぐらい手伝ったってばちはあたらないだろう。コマンドを確認する子供達を見ながら、ジュンはいった。

 

 

「さて、ご挨拶はここら辺にして、これからどうすんの?」

 

「そうですね・・・・・でも、急がないと。ものすごい騒ぎになってるわ」

 

「そうだな、昨日からこのニュースばっかりだからなあ」

 

「そういえば、ジュンさん、大丈夫だったんですか?」

 

「え、なにが?」

 

「埼玉の夏フェス、ジュンさん写ってましたよね。アタシみてたの、生中継。途中で真っ暗になっちゃって、ビックリしちゃった」

 

「えええっ、だ、大丈夫だったんですか?怪獣が暴れたとか、どーとか、ニュースでやってたぞ!」

 

「あー、うん、大丈夫大丈夫。3つの首がある真っ黒な犬が、炎はいて大暴れしてたからどうなるかと思ったけどね。これのおかげで助かったわ。誰もいないと分かると、すぐにどっかいっちゃったみたいでね。何しに来たのかしら」

 

 

選ばれし子供たちは顔をみあわせる。埼玉までデジモンが!?って焦りが見える。無理もない、一夜あけて、朝からずっと怪獣、怪獣、怪獣、のニュースなのだから。彼らは光が丘によっていないから、ニュースでしかデジモンが暴れる様子を見ていないのだ。ずっとずっとたくさんのデジモンが暴れている気がしてならないのだろう。はあとため息を付くのは丈である。

 

 

「おかげで僕の塾も臨時休校だよ。緑色の角の生えた恐竜が大暴れしたらしくて、ビルがめちゃくちゃなんだって」

 

 

ああ、だからここにいるんだ、ってみんな思った。

 

 

「デジモンたちは、なにかを探してるみたいね」

 

「すぐにいなくなっちゃうなんて変なのー」

 

「僕たちのこと、探してるのかな?お兄ちゃん」

 

「だろうな。オレたちがいなくなれば、この世界はヴァンデモンたちのものになる」

 

「僕もその点が気になって、ネットで調べてみました。見てください」

 

 

光子郎のパソコンは、東京の地図が表示されている。赤い丸がついている。これがデジモンが暴れたところ、もしくは目撃されたところらしい。

 

 

「観光地ばっかり赤いな」

 

「でも、塾とか学校も結構赤いわ」

 

「これはあれだな、うーん、人が多いところ」

 

「人っていうか、子供ですね。僕たちがどこにいるのか、探しているんでしょう」

 

「アタシもニュースをざっと見てみたけど、やっぱ子供たちが集まるところを、しらみつぶしに回ってるみたいね。ヴァンデモンに光ちゃんのパートナーが捕まってるんでしょ?どうするの?」

 

「やっぱりヴァンデモンの拠点に捕まってるんじゃないか?」

 

「かわいそう、早く助けてあげようよ」

 

「うーん、どうしようか。ヴァンデモンのてしたに捕まったフリをして、行ってみる?」

 

「でもそれだとジュンさんが危険だ。それに太一がいないのはきついんじゃないか?」

 

「じゃあ、突き止めたら、太一たちに来るよう連絡入れてみましょうか」

 

 

 

だいたいの方針は決まったようだ。あえて、ヴァンデモンの手下が現れそうなところを回って、情報収集に勤しむことにしたらしい。どこにいく、ここにいく、と光子郎のパソコンを片手にみんな話し合いをはじめる。ジュンが誰についていくのかは、選ばれし子供たちにお任せすることにした。

 



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16話

イビルモンは無言で最敬礼した。ガーゴモンはあまりにもキャラが外れているイビルモンに思わず破顔して、顔を上げるよう促す。

 

 

「なにを恐れているのです?アナタはよくやってくれたではありませんか。ワタクシはきちんと己の役目を全うする者は優遇するタチでしてね、己の立場を弁えている者にまで、罰を与えるほど愚か者になった覚えはありませんよ」

 

 

優しい声色にもかかわらず、イビルモンは態度を崩さない。そこには、名状し難い恐怖と直面した精神状態に似た、混乱があった。怯えているのだ。このデジモンは。世代的にはおなじ成熟期どうしであるにもかかわらず、この二体には越えられない上下関係が確かに存在していた。

 

衣食住を提供してくれるジュンにはおくびにもださず、彼女との接触が終わったとたんに発生したこの関係は、きっと直接人目に触れることはないだろう。さすがにイビルモンも自分が所属している組織の長に楯突くことが、どういった事態を招くのかくらい把握している。脳筋ではあるが、筋金入りの能天気ではなかったのである。

 

 

「アナタはよくやってくれました。ネットワークセキュリティに察知されないよう、あの女と交渉し、今の地位に落ち着けたのはひとえにアナタの働きの賜物でしょう。この広大な東京というエリアで、経緯はどうあれあの女と接触し、保護され、ワタクシに報告した。おかげでワタクシはあの女とあうことができました。感謝しますよ」

 

 

心地よい言葉が並べられているが、イビルモンは安堵のため息などできない。新しいノートパソコンの住人だ、とジュンに紹介され、ガーゴモンから握手を求められた時など生きた心地がしなかったのだ。

 

拘束具に覆われた天使の使い魔、と自称するガーゴモンこそ、ダークエリアにある主なき軍勢の一端に過ぎなかったイビルモンを、異次元のデジタルワールドというとんでもない時空から召喚した張本人なのだから。凄まじい年月を経ての再会だった。ヴァンデモン勢力の幹部として、己の軍勢の何体かをヴァンデモンに貸出していることをイビルモンは知っている。だから、私的な任務のために召喚され、今まで死に物狂いで働いてきたイビルモンは、それこそとんでもないプレッシャーの中にいた。解放されるかどうかは、まだわからない。

 

 

時空を超えてまで執拗に追跡し、再会を熱望するほど愛している人間に、己の軍勢の一端をけしかけたのだ、このデジモンは。しかもしれっとやってのけ、ジュンから信頼を得るために、まるで正義のヒーローのごとく平然と必殺技の餌食にしてしまう長である。

 

さすがに現実世界で配下を殺してしまうと、データ回収ができないとふんだらしく、石像に姿を変えてから送還するという器用なことをしていたが。さすがにダークエリアの守護デジモンから、言葉巧みに死ぬまで借りると契約して巻き上げた、番犬を使い捨てるのは少々口惜しかったらしい。

 

 

ジュンはガーゴモンの能力は、天使の彫刻を召喚することだ、と勘違いしているようだが、違うのだ。ガーゴモンの必殺技は、相手を彫刻に変えてしまうことである。その彫刻をダークエリアにある己の領地に戦利品として持ち帰り、必要な時に召喚術を用いて自由に召喚する。ここまでがガーゴモンの得意技であるホワイトスタチューなのだ。イビルモンたちが召喚されたのもその応用に過ぎない。つまり、あの彫刻はガーゴモンに敗北したかつての敵なのだ。光の眷属の姿をしているため、天使の彫刻しか召喚しないガーゴモンである。ジュンは天使の彫刻を召喚する能力をもつデジモンだ、と勘違いしているため、なんにも思っていないようだったが、イビルモンにとってはケルベロモンの地獄の業火に晒されたかつての敵に同情を覚えざるを得なかった。こうして壮大な自作自演をやってのけた上、新参者ですがよろしくお願いしますよ、などと言いながら現れた長を前に、生きた心地などするわけがないのだ。

 

 

「ワタクシはアナタと共にある、それがねがいなのですよ。だから教えてください。ワタクシは何をすべきですか」

 

 

ジュンに寄り添いながら、誓いを立てるその口で、平然とヴァンデモンと内通する。現在進行形で行われているであろう、選ばれし子供たちの情報を、ヴァンデモンに使い魔を出して密告する。ジュンもガーゴモンを信用しすぎではないだろうか、とイビルモンは思ったが、悪魔紳士はそれが常套手段だったと思い出す。

 

結局のところ、イビルモンの上司は自分以外誰も信用していないのだ。ヴァンデモンに未来の情報を一切与えず、助言もせず、傍観に徹し、ジュンが行う正史にはない行動を平然と許容する。

 

そのあとに起こる改変の果を50年後の未来から観測できる配下と連絡が取れるくせに、ジュンに言わない。ガーゴモンがジュンに伝えていることなど、ほんの少ししか過ぎないのだ。末恐ろしい話である。とんでもないデジモンに気に入られてしまったジュンに、イビルモンは同情した。

 

 

ちなみに、イビルモンは、この世界にあるデジタルワールドのデジモンではない。40年後の世界にあるデジタルワールドのデジモンだ。故郷に帰還できるかどうかは、召喚士である長のこころひとつである。処刑台前に立たされた死刑囚の心境で、イビルモンはガーゴモンの言葉を待った。

 

 

「アナタの行動はヴァンデモンの鏡像で、逐一確認していたので、アナタの働きはよくわかっています。今までご苦労様でした。さあ、ワタクシの領地にお帰りなさい。今回の件で、アナタはとても信用のおけるデジモンだとわかっただけ、大収穫となりました。いずれ相応の褒美をとらせましょう。そのときまで希望を決めておきなさい。では。ジュンの傍にいるのはワタクシだけでイイのですから、アナタはもうここにいるべきではありません。さあ、行きなさい」

 

 

ここでようやく、イビルモンは顔を上げた。そこには拘束具を解き放った悪魔がいた。光の眷属が居住するエリアに送還するならガーゴモンのままでいい。しかしイビルモンはダークエリアのデジモンだ。光の眷属はダークエリアに接触しただけで堕天する。

 

もとの姿に戻れなくなる。ジュンと共にあるために、光の眷属の姿を選んだガーゴモンは、この姿を失うわけにはいかないから、一時的に解除したのだろう。ここでようやくイビルモンは死線を超えた。契約は絶対である。それは今も昔も変わらない。イビルモンは故郷への帰還が約束された。

 

言葉のニュアンスからして、いつもどおりのキャラでいってもおとがめはないだろう。いつもの軽口で失言し、痛い目にあうのを避けたくて、ひたすら沈黙を守った甲斐があったというものだ。イビルモンは大きくため息をついた。

 

 

「変わったなあ、旦那」

 

「おや、そうですか?」

 

「ああ、そりゃもう、びっくりするくらいにな」

 

 

へらへらとイビルモンは笑う。ガーゴモンだった者は咎めるでもなく笑ってみせた。先を促すので、イビルモンはいう。悪魔といっても、誰もが想像する野蛮で知能が低い悪魔ではない。紛れもなく闇の軍勢を率いる総司令官である。

 

もともと変わっていた。賢くて、よくしゃべる、暴力とは縁のないデジモンだった。世界を光と闇に分けて考えるのなら、間違いなく闇の領域の存在だ。人間が悪と呼ぶすべてがこのデジモンの領域だったはずだ。

 

光と呼ばれる領域が嫌いで、特にテイマーとしてデジタルワールドを出入りする人間が嫌いだった。大嫌いだった。そんな雄弁と欺瞞の悪魔だったはずのデジモンが人間の女に執着しているのだ。滑稽なことにはかわりない。

 

 

「ワタクシもそう思いますよ。堕天したワタクシの境遇を後悔し、光の眷属にもどるのを夢見るくらいには、変わってしまったようだ」

 

「へえ、そりゃ初耳だ」

 

「ダークエリアの君主階級の一人にして、地獄の七大王子に数えられる堕天した大天使とはワタクシのことですよ」

 

「ぎゃはははは、なんだよそれ、うそばっか。そりゃテイマーどもが言ってることじゃねえかい、旦那。大天使っていやあ、ケルビモン、オファニモン、セラフィモンと同格ってことじゃあねえか。ベルゼブモンの使い魔してたアンタがねえ、随分とえらくなったもんだ!」

 

「わかっていませんねえ、アナタは。デジタルワールドはテイマーと共にある世界なんですよ。テイマーの歴史はワタクシたちの歴史でもある。今は俗説でも、本気で信じる者たちが増え、ネットに書かれ、それが信仰の対象となればデータの残骸は流れ込み、ワタクシたちの世界を形作るのです。テイマーの価値観がデジタルワールドのあり方を決めている。悪魔が天使になるなんて、それくらい簡単な事なんですよ。それをあの女はワタクシに思い知らせたわけです。相応の報いを受けてもらわねば、割に合わないではありませんか」

 

「あー・・・・・なるほど、とんでもねえことしやがったんだな、あの女」

 

 

ガーゴモンだった者は笑みを濃くした。おっと、ヤブヘビだった、とイビルモンは肩をすくめる。そして、彼の送還術によって、現実世界から姿を消したのだった。1999年には存在し得ないはずの、15GB以上の容量を誇るUSBは、その時間を持って半分以上の容量に空洞が出来たのだった。

 

 

 

 

USB端子がジュンのパソコンに接続される。ガーゴモンは、モニタ越しにジュンを見上げた。突然軽くなった容量にジュンは不思議そうな顔をしている。ガーゴモンは笑った。

 

 

「ワタクシは、異次元から天使の彫刻を召喚する、というのは、ジュンもご覧になったと思うのですが、イビルモンも同様のようでした。ワタクシがあの銅像を送還しているのを見て、あの異次元はどこなんだ、と問われたワタクシは、デジタルワールドのどこか、と申し上げました。光を信仰する者たちが集うエリアです。ダークエリアに住まうイビルモンには合わないと申し上げたのですが、いつまでも狭苦しいところで暮らすのは嫌だと嘆かれたので、送還したのです。ご了承も得ぬまま、先走りました。申し訳ありません」

 

『あー・・・・・・そっか、なるほど。そこまで考えてなかったけど、そう言われればそうか。ガーゴモンの力って、ヘブンズゲートみたいなもんだもんね。そういう応用効くんだ。まあ、いいんじゃない?イビルモンがそういうんなら、それで』

 

「ご主人様、という方と契約破棄されるわけですから、セキュリティシステムに保護を求める、と行っていました。ワタクシたちのことは内密に頼みましたので、大丈夫かと」

 

『ありがとね、ガーゴモン。助かったわ』

 

「ところで、突然、どうしたのです?今回の件については、ワタクシたちは傍観の立場をとるのでしょう?選ばれし子供達と共に同行するのではなかったのですか?」

 

『あー・・・・・それがね、ちょっと困ったことになったのよ』

 

「と、いいますと?」

 

 

ジュンは困ったように、パソコンを周りに向けた。

 

ジュンが1999年にはありえない性能をもつ魔改造済みのノート型パソコンをつくりあげた理由のひとつは、あまりにも不便な生活に我慢できなかったからである。1999年はパソコンも携帯電話も普及し始めたばかりであり、中学生が入手するには高価すぎた。でも、値段の割にジュンの知るデジタル機器の性能とは雲泥の差があった。それがいらいらを蓄積させていたのである。

 

デジタルカメラひとつをとっても、撮影した画像をメールで添付するには、画像のファイル容量が大きすぎたため、画素数を落としたりする手間がかかる。それなのに電子メールが許容できるデータ量がとても小さかったため、通信料も掛かるし、処理落ちしたり、メールが届かないこともよくある。

 

はじめこそ、たった10年で爆発的な進歩を遂げるデジタル機器の変遷を、チラシや大型量販店で確認してはワクワクしていたジュンでも我慢の限界があったというわけだ。その結果がこれである。具体的にいうと、一体につき15GB(デジカメの画像をそのままの状態で添付したメールを5000通分通信するのと同じデータ量)のデジモンを2体も養える。

 

その上、オーバーテクノロジーなデジヴァイスのプログラムをぶち込み、パソコン部の活動で製作中のプログライングを余裕で組める容量だ。そんな未来知識満載のパソコン越しに、ジュンはあたりを見せてくれた。ガーゴモンは把握する。選ばれし子供がいない。

 

 

ジュンは経緯を語り始めた。

 

 

選ばれし子供たちは、ヴァンデモンのアジトを突き止めることにした。ヴァンデモンが吸血鬼である以上、夜のあいだは表立って動けないからだ。

 

そこで問題になってくるのが、ヴァンデモンたちはどこから現実世界にやってきたのか、ということだ。ゲンナイさんからの情報提供でヴァンデモンの城にあるデジタルゲートは、4000年前に使われた遺跡のものであり、光が丘テロ事件とサマーメモリーズの爆弾事件のときに使われたものだということがわかった。

 

ヴァンデモンは光が丘からやってきたのだ。それなら、きっとヴァンデモンのアジトも近くにあるはずだ。ヴァンデモンが現実世界にきたのは、太陽が最も高い位置にある時間帯である。きっと夜になるまで身をひそめる場所がすぐに必要になったはずだ。

 

アジトは転々とするかもしれないが、デジモンたちを大量に引き連れている以上、表立ってできる場所は限られてくる。埼玉にまで広がってしまったデジモンの被害とはいえ、選ばれし子どもたちはヴァンデモンを叩くのが先決だ。それならアジトから探そう、ということになった。

 

 

お台場海浜公園駅から新橋行きの各駅停車線にのり、汐留駅2番ホールで一度乗り換える。そして大江戸線各駅停車線に乗り、光が丘駅に到着する。1時間ほどで到着するはずだったのだが、思わぬ足止めをくらってしまった。

 

汐留駅で電車が運行を見合わせているというのだ。690円払えばいけるはずの光が丘にいけない。どうしてだろう、と聞き込みをして回った結果、昨日からあちこちで大きな象が大暴れして線路が破壊されてしまい、今も大暴れしているから普及作業すらできない、というのだ。

 

昨日の夜、東京湾に出現したゲソモンがレインボーブリッジを破壊する寸前で、なんとか撃退したという光子郎が青ざめたのはいうまでもない。そして、子供たちは仕方なく、タクシーやバスで向かうことになった。

 

 

ジュンは女の子達と共に行くことになり、ヒッチハイクや徒歩、休憩を挟みながら、少しずつ近づいていった。そして、光が丘についた時、彼女たちは異変に気がついたという。

 

 

『ヴァンデモンは光が丘を拠点にしてるみたいだったわ。霧だらけで誰もいない上に、バケモンたちがうようよいて、ろくに近づけないのよ。どっかのホラーゲームみたいなことになってたわ。さすがにやばいから、太一くんに連絡入れて、来てもらうことになったわけ。それでみんなで集合することになったんだけど、見張りに見つかっちゃってね。空ちゃんたちに任せて、アタシは隠れてたの。待ってるよう言われて、隠れてるところなのよ。でもさ、もう30分経つんだよね。光子郎くんにメールしたら、結構はなされちゃったみたい。危ないからここで待ってろって言われたけどさ、さすがにやばいわよね?』

 

「彼女たちがいうのなら、待っていればいいのでは?」

 

『そういうわけにもいかないのよ』

 

「どうしてです?」

 

『これみて、変だと思わない?』

 

「・・・・・・・・・ああ、これは、結界ですか」

 

『やっぱ普通わかるわよね。なんで気づかないのかしら、デジモンたち。これが貼られてるとなると、ヴァンデモンたちのアジト、はいれないかもしれないわよ』

 

「選ばれし子供たちのパートナーには、ワクチン種、データ種、古代種はいましたが、ウィルス種はいませんでしたね。それが原因ではないでしょうか。これはウィルス種のデジモンが感知できる類の結界ですね。ワタクシはこの姿ながら魔獣型、不本意ながらウィルス種なのです。だから拘束具で光の信仰を許されている身。ジュンはウィルス種のデジモンが起こす事件の解決に奔走した経験がお有りだ。だから気づいたのでは?」

 

『つまり、ウィルス種しか入れない?』

 

「おそらくは」

 

『結界の外に引っ張り出さないといけないってこと?』

 

「ご明察ですね」

 

『尚更行かなきゃいけないじゃない。このままじゃ、子供たちはアジトが見つけられないまま、夜になっちゃうわ!ああもう、仕方ない。ガーゴモン、お願い、力を貸して頂戴』

 

「わかりました、では、参りましょう」

 

 

ガーゴモンは恭しく一礼をして、姿が掻き消える。そしてジュンの隣に姿を現したのだった。

 

 

本来ならば、8月3日、タケルの誕生日に行われるはずだった最終決戦は、ジュンの起こしたバタフライ・エフェクトにより、1日ずれ込むことになったのだ。おかげでゲンナイの予言がまだ解析出来ていない。どのみちヴァンパイアに死という概念が通用しないことは3年後明らかになるので、もっと別の方法で倒さなければいけない。

 

ジュンの知る正史とは大きく異なる展開である。しかも明らかになったヴァンデモンの罠。ウィルス種の仲間がいなければ、絶対にたどり着けないヴァンデモンのアジト。ジュンの許容範囲を超えてしまった。何とかしなければ、と焦りだけが先走る。だから気づかない。

 

ヴァンデモンに結界を進言した張本人が隣にいることに気づけない。ただでさえ、ジュンはデジモンが現実世界で暴れることには、我慢ならない過去がある。デジモンが実体化するたびに出現する結界が彼女を焦らせる。さあ、行きましょう、と背中の翼を広げるガーゴモンに、ジュンは頷いたのだった。

 



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17話

デジモンは、人間が進化する過程で、必然的に生まれた生命体である。

 

京都大学で教鞭をとる著名な学者が唱えた学説は、ジュンの時代ではデジモンを勉強する授業で必ず取り上げられるほど主流なものとなっていた。

 

本来進化とは、その種族全体が外部的、内部的要因によって変化していくことを指すにもかかわらず、デジモンの場合はその個体の変化自体を進化と呼ぶ。それは何故なのか。それを研究していた学者が、世界で初めて解き明かしたからである。

 

彼はデジモンには必ず対となる子供がいることに着目し、研究を始めた。そして、子供の精神的な成長とデジモンの進化が連動しており、子供の脳が科学的に見て考えられないほどの成長をしていることを突き止めたのだ。

 

 

 

当時、その論文が世界に与えた衝撃は、想像を絶するものだったに違いない。これまでの変化で最も大きい脳の増加という方向はもはやありえず、むしろ不必要な感覚、器官が退化しつつある中で、人類は進化の頂点にいる、という結論は暗黙の了解だった。

 

それをこの論文は、今まで胡散臭い雰囲気を伴うスピリチュアル的な方向でしか論じられてこなかった精神的な意味での進化が実在すると証明したのである。人類が精神的な意味での進化の変化期を迎えたのは、このころだった。

 

 

 

人間は肉体や脳の構造により、あらゆる能力を制限されている存在であることはよく知られていた。人間がそれを補うために発達させた科学技術により、地球全体に張り巡らされたネットワークというもう一つの世界が構築され、デジタルモンスターは誕生した。

 

そのデジモンと呼ばれている生命体は、必ず対となる子供が存在し、その性質は子供を補うものであると確認されている。その存在を持つこと自体が進化である、というのだ。

 

 

 

そもそもデジタルワールド側から提供された歴史書によれば、デジモンという生命体の起源は、特定できないという。デジタルワールド側が認識している歴史は、あくまでもはっきりとした形であらわれることができるようになった、自我を持つようになったころからである。

 

発生の起源をたどると、電気や電磁波と融和性が高い性質をもち、それらを媒介に存在していた、という最古の記録に行きついた。この情報が公開されたことで、人類にとってデジモンはモンスターではなく、もっと身近な存在がモンスターの形をとって現れたに過ぎない、という認識に変わったと言われている。

 

あるときは幽霊、あるときは妖怪、捉え方は違えども、いつの時代もその存在が信じられてきた者たちが実在すると証明されたも同然だったから当たり前である。その存在を持つことが、人間の新たな進化の形である、と結ばれた論文により、世界はデジモンブームを迎えることになる。

 

 

 

こうしてジュンの時代には、人間にはパートナー、と呼ばれているデジモンが必ず1体は存在する、のが当たり前の世界となり、それが人間の進化のひとくぎりという時代でもあった。

 

魂の片割れ、とも、もうひとりの自分、とも形容される不思議な生命体は、絶対にパートナーである人間のやることを否定しない性質から良好な関係を築いたのである。

 

これがデジタルワールドが選んだ現実世界との共存の形である。そして、人類との関わり以前から存在していた『普通のデジモン』との軋轢が大きくなった原因でもあると言われている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな大事なパートナーデジモンを生活苦から大学の後輩に譲り渡す、という暴挙をしでかし、『普通のデジモン』が起こす騒動のしりぬぐいを職業にしていたことまで思い出してしまったジュンはかぶりをふったのだった。

 

 

「ガーゴモン、もっと高度を落としてくれる?どこら辺か分かんないわ」

 

「承知いたしました。では、参ります」

 

 

一点の曇りもなく柔らかく澄んだ夏の空は、原因不明の濃霧に突入すると、遠い夕焼け色に染め上げられてしまった。ガーゴモンが光が丘団地を滑空する。ジュンが不安げに見上げる空は、バラのような強烈な輝きに満ちている。光ヶ丘全体が結界の中にある証である。

 

デジタルワールドという異世界が現実世界と同化しようとすると必ず起きる現象であるとジュンは知っている。深紅の空には、地平線の彼方まで広がる海、山脈、大陸に至るまで逆さまの蜃気楼が広がっている。幾筋もの帯状に蜃気楼は空を浸食し、時間を追うごとにその面積を下げ、ゆっくりと高度をおろし始めていた。

 

 

 

全世界で同時に観測されているであろうこの光景は、世界規模のパニック状態を引き起こしている。結果としてお台場霧事件が表ざたになることを避けられたのは皮肉なことだとジュンは思う。

 

歴史の資料集に載っていたアメリカの観測用飛行機を思い出す。機体に異常が発生し、制御不能、しかもこの空間から落ちてくるものに接触した機体は結晶化していた。チベットで山が一つ丸ごと結晶化する事態が発生した記録映像を見た覚えもある。

 

このままでは地球上のすべてが結晶化するのも時間の問題、という緊急事態の中、ジュンは必死でウィルス種しか入れない結界を捜索していた。目印は結晶化が最も激しい地帯だ。デジタルモンスターは中途半端な形で実体化すると、接触したものをすべて謎の結晶で覆い尽くしてしまう、という怪奇現象を起こすのだ。

 

 

 

濃霧に覆われている光が丘団地は、まるで別世界だった。街路樹がプリズムでしたたり、きらめいている。目に入るものすべてが、光に包まれ、にじんでいる。テクノポップな曲調に合わせたミュージックビデオの世界に迷い込んだ錯覚にとらわれる。

 

全域は万華鏡のような効果できらめいて、かさなりあっている色彩の帯がひろがっていた。そこに強烈なバラの光が降り注ぐのだ。目が痛くなる。色彩の暴力である。ガーゴモンが生み落した風にあおられて、滝のように色彩が乱舞した。色彩はさざ波をうって広がっていき、まるで宝石の海である。

 

 

 

ほんのすこし前でも霞んでしまう濃霧の中で、ガーゴモンが大きく旋回した。真っ白な霧を切り裂くのは、槍状の結晶体である。すんでのところで掴みとったガーゴモンは、そのひとつをジュンに見せた。

 

ジュンはうそでしょおって青ざめるのだ。はるか未来でお世話になっていた、別個体の闇貴族の眷属にこんなのいたような、なかったような。ガーゴモンも知っているようで、不敵に笑う。わが主に牙をむけるとはいい度胸だ、と愉快気に肩をすくめた。

 

ジュンやガーゴモンを裂けるほど、鋭くとがった結晶が絡みついているそれは、槍ではなかった。小型のブレードだった。青いプリズムのような光は、瞬く間に結晶を成長させるようで、粉雪は宝石のようにちらばった。得物のように振り回し、ガーゴモンは刃を霧の向こうに向ける。

 

 

「少々お時間をいただけますか、ジュン」

 

「ええ、いいわよ」

 

「すぐ、終わらせますのでね」

 

 

視界不良の悪条件。殺気が周囲に立ち込める中、これから不利なのはガーゴモンにも関わらず、自信過剰な笑みは深まるばかりだ。狼の遠吠えが響き渡る。先陣をきったのは、吸血狼だった。

 

白銀に青を持つ、輝く美しい体が、縦横無尽に駆け巡る。ジュンではとらえきれない速さだが、足りない。ガーゴモンはその体に張り巡らされた鈍色に輝くブレードの数々をすべて結晶の槍で受け流し、大きく薙ぎ払った。

 

すんでのところでかわした狼は、ガーゴモンめがけて両足に生えているブレードを振り下ろす。がきいん、という鈍色の音が濃霧にとけていく。わずかな火花が結晶世界の中で、線香花火のようにきらめいた。狼が大きく跳躍して間合いを取る。ガーゴモンは、どんどん肥大化していく結晶の槍を向けた。

 

 

「来なさい、我が精鋭たちよ!」

 

 

すさまじい突風が吹き荒れた。突如出現した魔法陣を中心に吹き荒れた突風が濃霧を吹き飛ばす。結晶化しつつあった世界をも吹き飛ばし、デジタルワールドと一体化しつつある異界に、いくつもの胸像が召喚された。

 

 

 

轟音である。

 

 

 

舞い上がる砂埃を払いながら、周囲を見渡したジュンが見たのは、無数の胸像に粉砕されるバケモンたちの姿だった。一網打尽にされた仲間。援軍は無い。ガーゴモンはブレードの構えを直した。薄暗い中でも青色のプリズムを放つ結晶の槍と化しているブレードが、大きな弧を描いてサングルゥモンに襲い掛かった。

 

狙うのは急所である。すんでのところで受け止めたものの、サングルゥモンは圧倒的な重量に唸りを上げる。もともとは遠方からの攻撃に使用した自分の武具だ。こうも好き勝手されてはイラつくのも無理はない。

 

ガーゴモンはあっけなく弾き返し、転がるように退避するサングルゥモンに牙をむく。持ち手の位置を変更し、追撃の突きをしのぎきったサングルゥモンはガーゴモンの顔面にブレードを振り下ろした。赤が散る。ただし、それはサングルゥモンにとっても裂傷をおう形となった。

 

 

「やっと面白そうなやつが見つかったぜ、あの野郎についてきたはいいがフヌケばっかで飽き飽きしてたところだ。こうまで俺様の攻撃をいなすたぁ、天使の分際で見上げた野郎じゃねえか」

 

 

「称賛はありがたくいただくといたしましょう。強き者を求めて放浪するアナタがヴァンデモンに与するとは驚きました。まあ、そうだろうとは思っていましたが、ダークエリアはそんなに暇なのですか?」

 

 

「てめえが小間使いしてる天使どもは俺様がちょいと色目を使っただけで、簡単に堕天しちまうじゃねえか。さすがにそれじゃ面白くないってんで、暇を出されたところなのよ、くだらねえ」

 

 

「ワタクシのご主人様は本宮ジュンのみです。お間違えなきよう」

 

 

「おっと、そりゃ失礼したな。珍しいデジモンの気配がすると思ったら、まさか人間につき従ってるたあ、驚いた。おもしれえもん見せてもらったぜ。これはあれだ、惚れたな?」

 

 

けけけ、とサングルゥモンは笑う。このデジモンはデジタルワールド創世記より生き残っている、かなり古い種の魔獣型デジモンである。吸血狼のデータを取り込んで誕生しており、血を吸われたデジモンは、デジコアの情報をすべて抜き取られてしまう。

 

デジモンは自分のデータを転写することで、デジタマとなって生まれ変わる性質を持つ生命体である。もしそのデータまで根こそぎ奪われたらどうなるか、それは言うまでもない。消滅である。そして、サングルゥモンは、自分の意志で自らをデータ分解させ、ネットを駆け巡り、瞬時に移動することで知られている。

 

捕獲するのが非常に困難で、テイマーの間では希少種扱いされていた。ガーゴモンを前にそれをしないのは、分解する際のタイムラグを見せたが最後、胴体と頭がお別れすることになるからである。それを含めて、どうやらこの吸血狼は楽しんでいるようだった。

 

 

 

「アナタほどの方であれば、ジュンにデジコアを献上するにたるでしょう。感謝しなさい、直々にワタクシがお相手して差し上げているのですから」

 

 

 

ガーゴモンは結晶化したブレードを力強く振り、サングルゥモンの赤を払う。不吉な音が楕円形に広がった。サングルゥモンは、いうねえ、おもしれえ、と口元をゆがませた。ぎょっとしたのはジュンである。ガーゴモンの発言に、いよいよサングルゥモンは大笑いした。

 

 

「ちょ、ちょっとガーゴモン・・・・・・」

 

 

「おや、失礼。ワタクシの記憶が正しければ、ジュンは希少なデジモンのデータを収集するのが趣味ではありませんでしたか?」

 

 

「それはお得意様からの依頼でやってただけで、アタシはべつに・・・・・・いや、そりゃ、趣味と実益兼ねてたけどさ。絶滅したデジモン復元させるのってロマンだし」

 

 

「ならば、なんの問題もありませんね。了解いたしました、わが主よ」

 

 

今の光が丘団地は、デジタルワールドと一体化しつつある、いわば異世界なのだ。ここはヴァンデモンの領域である。倒しても倒しても、復活させてしまうヴァンパイアの狙いは相手の疲弊である。それを一気に叩くのが常套手段なのだ。バケモン達がひしめき合う世界で一か所にとどまるほどの愚行は無い。

 

それはジュンもガーゴモンも分かっている。サングルゥモンは強き者をもとめて放浪する性質を持つデジモンだ。相手に見染められたのなら、これ以上の誉は無いのだろう。どのみちどいてくれそうにない。ジュンはエールを送る。ええ、とガーゴモンは笑った。双眸が猟奇的に輝いた。

 

 

「すべては主の、御心のままに」

 

 

もちろんガーゴモンの主は、神ではなく、ジュンである。

 



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18話

ジュンはノートパソコンを起動する。サングルゥモンとガーゴモンの戦闘は気になる所だが、ジュンが出来ることはない。見守るのは性に合わない。

 

ジュンはジュンにしかできないことをやるべきだ。そう結論付けた彼女の行動は早かった。ノートパソコンに集中すると非常に無防備になるが、テイマーであるジュンにとってはこのパソコンこそが生命線なのだ。デジヴァイスのプログラムを起動させたジュンは、結界を展開した。

 

デジ文字で作成されたプログラムが実体化する。ジュンのパソコンを中心にスクエア型の結界が形成され、外部からジュンの姿はみえなくなってしまった。これでパソコンのバッテリーさえ気を付けていればいい。安堵のためいきである。さてつぎは。ジュンが手を伸ばしたのは、メール機能である。

 

 

覗いてみれば、案の定、光子郎から数分おきにたくさんのメールが届いていた。光子郎はゲンナイさんから役立つアプリを貰っている。デジモン図鑑やデジモンの出現場所を表示するマップ。他の選ばれし子供たちの現在地を把握できるマップ。

 

ジュンは太一のデジヴァイスプログラムを拝借して、このパソコンに入れているのだ。光子郎だけはジュンの動向を常時把握できる立場にいる。きっと光子郎のマップには太一のデジヴァイスが2つ存在していることになる。

 

待っていると約束した場所からかけ離れた場所に瞬間移動したジュンを心配するメッセージが並んでいた。もしかしてヴァンデモン達に誘拐でもされたのか、と返信を待ちわびる言葉がたくさん並んでいた。ごめんねー、と謝りつつ、ジュンは太一のデジヴァイスにもともと入っているマッピング機能を起動させた。

 

 

「あーもう面倒くさいわね。光子郎君からアプリもらえばよかった」

 

 

太一のデジヴァイスはアグモンが超進化を経験したことでグレードアップしている。デジヴァイス同士の場所を確認できる機能が追加されているのだ。

 

現実世界ではその機能も距離が制限されていて、史実では8人目を見つけるのに苦労した描写が目立っていたからジュンは覚えている。今がその例外にあたるということも。今、この瞬間、現実世界はデジタルワールドと一体化しつつある。つまりデジヴァイスの機能も本来の機能を発揮できるのだ。

 

その範囲はサーバ大陸全域におよび、どの方向に仲間がいるか把握できる高性能さを発揮する。起動した地図アプリにデジヴァイスの方角機能とアラーム音を比較させ、その比例する音の間隔、波紋状に広がる波を計算すれば、どのあたりに仲間がいるのか把握するのは簡単だった。

 

案の定、ジュンが一番、この結晶世界の深淵にいるようだ。光子郎たちよりもずっとずっと先を進んでいるらしい。光子郎はガーゴモンをしらない。どうしてジュンがここにいるのか分からないのだろう。それを教えることはできない。ジュンはメールに一切返信をしないまま、アプリをとじた。

 

 

 

顔をあげれば、音だけを置き去りにして、結晶が空を乱舞している。

 

 

 

戦闘に干渉できるプログラムはまだ実用化されておらず、一時的な強化ができるアイテムなんて存在しない。アタシとしたことが、とジュンは舌打ちをした。試作品だけでもつくっときゃよかったわね、こんなことなら。ジュンは思った。デジタルワールドと現実世界が出会う前の情報社会黎明期の今。

 

選ばれしコドモならともかく、テイマーにすぎないジュンは、デジタルワールドに行かなければデジモンに干渉することができない。ここまで深入りするつもりはなかったため、構想こそあったが実用化できるレベルのプログラムなんて組んでいなかった。とんだ間違いだったけれど。ジュンのしる未来の出来事は、歴史の教科書で学んだ知識が中心である。

 

まさかここまで現実世界とデジタルワールドが一体化しつつある異世界空間が広がっていたなんて知らなかった。それに気付いたから、今のことが出来ている。結果オーライと思うしかないだろう。ジュンは待ちわびた。ガーゴモンがいなければ、ジュンはどこにも行けないからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガーゴモンの影がにたりと笑い、その姿が掻き消えた。サングルゥモンは脳裏で警鐘を鳴らす本能に従って、大きく跳躍する。ガラスが砕け散るような音がして、アスファルトを覆い尽くしている結晶が飛散する。サングルゥモンがさきほどまでガーゴモンと対峙していたその場所は、大きくえぐられ陥没していた。

 

その中心部に出現したガーゴモンは、見上げるほどの大きさに成長した結晶の槍を携えて、幻惑に消える。繰り返される衝突はもはや目視できるレベルではなく、音だけが置き去りにされ、結晶で覆われている道路は穴だらけになっていく。

 

突如、斬撃がやんだ。ジュンはようやくガーゴモンとサングルゥモンを目撃する。薙ぎ払われたはずの槍がサングルゥモンの目前に迫る。サングルゥモンの全身を覆う鋭利な武装が一撃喰らうのを防ぎきった。そして、つかの間の静止。しかし、その体勢は無防備すぎた。問答無用でガーゴモンの一撃が空を舞う。

 

 

 

しかし、次の瞬間、ジュンは大きく目を見開いた。

 

 

 

ジュンはサングルゥモンを知っている。テイマーの間では所持すること自体がステータス扱いされていたからだ。なにせ自分を0と1に分解して、たくさんの小さなデータになり、逃げ去ることを得意とする。

 

よっぽどの幸運がなければ捕獲することは難しい。ここまで知っているのに驚いたのだ。むりもない。ジュンの目の前で、まぶしい光と風が濁流となって、サングルゥモンの姿形を変えていくのだ。サングルゥモンが離脱するときのように、粒子が飛び散る訳ではない。

 

徐々に消え去るどころか周囲のデータを取り込み、肥大化していくのだ。ジュンの目の前で、サングルゥモンを構成していたデータが内側からはじけ飛んだのである。今までサングルゥモンというデータで隠ぺいされていた本来のテクスチャがさらされる。

 

力任せに槍を弾いて、本来の姿を再構成する敵は形勢を立て直すが、ガーゴモンは追いかける。耳をつんざく武器のぶつかり合う音。光と風がふきすさび、サングルゥモンだったものは、その姿を現した。

 

 

「晒しましたね」

 

 

プリズムに光る壁際に追いやられていたのは、美しい布地を手に佇む吸血舞踏家デジモン、マタドゥルモンだった。うそでしょ、と思わずジュンは青ざめる。なんで進化すんのよ、よりによってこいつに!?強いデジモンの血を求めて放浪する、凶悪な通り魔のことはジュンも噂で聞いたことがあった。絶叫したジュンに、ガーゴモンは笑う。

 

 

「違いますよ、ジュン。ワタクシが暴いて差し上げたのですよ、その不愉快な隠ぺいをね。貴女に捧げるデジコアがどのようなものか、とくとご覧あれ」

 

「いうじゃねえか、格下の分際で」

 

「その格下に従って、この世界にやってきたアナタに言われたくはありませんねえ」

 

 

アンデット型デジモンは基本的にデジモンなどの血を吸わなければ生きてはいけないが、このデジモンは強いデジモンの血を求めて放浪するデジモンである。とある民族舞踊のデータから誕生した彼は、体を翻して濁流のようにざわめく結晶の塊を駆け上がり、ガーゴモンの背後に着地する。そのまま華麗な布裁きで襲い掛かるが、ガーゴモンの槍に防がれる。しかし、成熟期の隠蔽が解かれ、完全体となった相手のスピードがガーゴモンを上回る。

 

純粋に成熟期10体分の戦闘力を誇る完全体が襲い掛かる。形勢は逆転してしまった。槍裁きの甘い一撃を見定められ、隙を逃さず攻撃される。それでもガーゴモンは不敵に笑ったまま、上段に構える。マタドゥルモンは腰をかがめた。足を蹴ったのは同時である。

 

 

仕込まれていた無数のレイピアがガーゴモンを切り裂いた。真っ赤な飛沫がすべてを結晶化させる空気に触れて、真っ赤な宝石となりジュンのところに降り注ぐ。

 

 

「ガーゴモンっ!!」

 

 

ジュンの悲痛な叫びが結界の中で反響する。マタドゥルモンは思わず吹き出して、ガーゴモンに囁いた。

 

 

「ホントに惚れてんだなあ、ガーゴモンよ。残念ながら、その相手はもうここにはいないみてえだが」

 

 

その一言に、ガーゴモンの目の色が変わる。その先を言わせまいと猛攻に拍車がかかり、マタドゥルモンは蹴りわざと舞踏を駆使して流しきる。気付けばジュンの声が届かないはるか上空にいた。やれやれ、とマタドゥルモンは笑う。

 

 

「ヴァンデモンの幹部だったアンタがオレたちの前に立ちはだかるたあ、思わなかったぜ。だが残念だなあ。そのせいで死にざま晒しちまうのか、なっさけねえやつ」

 

「困りますねえ、勘違いされては」

 

 

ジュンは見えない。ガーゴモンから伸びる影が、真っ赤な笑みを浮かべている事には気づかない。レイピアを握り締めてガーゴモンは笑った。マタドゥルモンは戦慄する。ガーゴモンからレイピアが抜けないのだ。

 

成熟期に偽装している完全体がもとの姿になったからといって、形勢が逆転すると思っている方が片腹痛いと悪魔は笑う。そもそも成熟期を偽装するのは切り札だ。最悪な状況を打破する手段として最終手段にしておくべきものだ。それを解放するということは、すべて明かすことにもなる。

 

未だ多くの選ばれし子供がいる中で、カードを切るのが早すぎる。成熟期に本来の正体が完全体だと看破されている時点で、その実力などそこが知れたもの。看破するガーゴモンに、末恐ろしさを感じ始めたマタドゥルモンは、胸に妙なざわめきを感じた。

 

 

ジュンがいる手前、口にこそ出さないが、マタドゥルモンはヴァンデモン勢力の幹部クラスに名を連ねる異色の天使を知っている。幾多の策を進言し、信任を得ていることを知っている。

 

気まぐれからこの勢力に加担したマタドゥルモンは、知った気になっていたガーゴモンの本性に絶句である。たんなる気まぐれに付き合っているとばかり思っていたが、どうやら本気らしい。さすがにマタドゥルモンは呆れた。このデジモンは本気でヴァンデモンを裏切ろうとしているのだ。何の価値もないただの子供に!

 

 

「おい、まさかマジでいってんのか?」

 

「先ほどから言っているでしょう。ワタクシの主は本宮ジュン以外にはいないと。忠誠を誓ったのは、後にも先にも彼女だけです。はなはだ不快ですねえ、ワタクシは他の誰にも忠誠を誓ったことなどない」

 

 

マタドゥルモンはガーゴモンを見据えた。格下の癖に妙に感じる威圧は何だ。しかし、そういうことなら話は別である。裏切り者には死を。そしてヴァンデモンによって復活させれば傀儡の天使の出来上がりだ。堕天使になるかもしれないがそれも一考。それがヴァンデモンを中心とする勢力の暗黙の了解だった。

 

 

「嫌いじゃねえが、失策じゃねえか?」

 

「アナタの諫言など聞くに値しませんねえ。実に下らない。まあ、イイでしょう、聞いて差し上げますよ」

 

 

水晶の粒子が飛び散った。結晶のつららを粉砕し、破片を巻き上げながら、二人の戦闘で生み落された風が渦を巻く。

 

天使の胸像を召喚する能力しか知らないマタドゥルモンは、召喚能力に頼った非力な天使の使い魔の攻撃に改めて舌を巻く。己の体の一部と化した舞踏で防ぎ切る。ガーゴモンは一気に距離を縮める。そこに焦燥感は微塵もない。どこまで芸達者なんだよ、こいつは、と思いつつ、マタドゥルモンはその一撃を足蹴にした。

 

足場を踏み砕き、軽業師のように舞う敵に、ガーゴモンは一撃を叩きこむ。マタドゥルモンはレイピアを落とした。ガーゴモンも無茶な体制が祟って水晶の絨毯に直撃する。しかし、すぐにマタドゥルモンは体勢を整えた。最後の一撃を食らわそうとするがガーゴモンの姿がない。そこに伸びる影。マタドゥルモンは振り返った。

 

 

「後があればの話ですがねぇ」

 



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19話

「お、おまえ、なんだよその姿は・・・・・!」

 

「おやおや、てっきり気付いてらっしゃると思いましたが、ご存じなかったと見える。まあ、だからこういう結果になるんでしょうねえ、残念ですよ。本体さんにくれぐれもお伝えくださいな。もうちょっとまともな分霊を寄こすようにと」

 

 

そこには拘束具を解放し、本性をあらわにした悪魔が立っていた。そこでようやくマタドゥルモンは悟るのだ。バケモン達を一掃した天使の胸像の正体を。そして響き渡る悪魔の咆哮。マタドゥルモンの体が石に浸食されていく。身軽な体を奪われたマタドゥルモンはバランスを崩し、落下した。

 

迫りくる天使の胸像。拘束具に包まれた天使の小間使いは、追撃を迫る。ケルベロモンを粉砕したガーゴモンとはいえ、相手は強い。ジュンは心配そうに空を見上げていた。すると濃霧を突き破り落下していくのはマタドゥルモンではないか。このまま地面に叩きつけられれば勝負はつくだろう。そう確信した、刹那。

 

稲妻がガーゴモンの槍を粉砕したのである。そして、いくつもの雷撃が轟音を立てながら、連射された。しかし、ガーゴモンによって出現した天使の胸像がその攻撃を防ぎきる。

 

役目を終えた黒焦げの胸像は、水晶の道路に叩きつけられて、こなごなに砕け散ってしまった。雷撃は執拗にガーゴモンを追いかける。後方から追尾銃のように追いかけてくる雷撃をガーゴモンは避ける。サングルゥモンとずいぶん距離が開いてしまった。どうやらそれが新手の目的のようだ。ガーゴモンの進行方向に突如出現した雷撃が猛威を振るう。

 

とっさの判断で回避をし、追いかけてくる本体に天使の胸像をぶちかましたガーゴモンは、その石像があっけなく崩れ去るのを目撃した。雷撃は止まない。ジュンの想像を絶する速さで繰り出される雷がガーゴモンを襲う。一度も当たらないのが奇跡のようだ。やがてサングルゥモンとガーゴモンの間に、一定の距離が生まれたところで攻撃は止んだ。

 

 

「見れば分かりますが、一応聞きますね。あなたたち、ここで何をしているんです?」

 

「見てわかりませんか?デジコアの回収ですよ」

 

「ほざけ、裏切り者が」

 

 

あまりに不審な言葉を耳にした人形は、襟を高くしているため辛うじて見える眉を寄せた。ガーゴモンと同じく成熟期であるにも関わらず、ガーゴモンのような謎の貫録で二体の前に対峙している。

 

まあ、あれだけ派手に暴れれば援軍もくるわよね、とジュンは思ったが、サングルゥモンとこのデジモンはジュンの居場所が分かっていないので息を殺して身を潜めることにした。結界が展開している限り、その存在を知るガーゴモンが口を割らなければ基本的に安全なのだ。つーか裏切り者ってなによ、と聞き捨てならない言葉が通り過ぎたので注視することにする。

 

 

「どういうことですか、ガーゴモン。場合によってはテイルモン様にお伝えしなければなりませんが」

 

「どうもなにもねえぜ、ウィザーモンよ。こいつ、惚れた子供のために、あっさりオレらを裏切りやがった」

 

「・・・・・・ほんとうですか?」

 

「ああ、そうだぜ。自分が認めた主はその子供だけだってほざきやがる。ここいらのバケモン達がいねえのはこいつのせいだ」

 

「ウィザーモンにそれをいうとはサングルゥモンも人が悪いですねえ。ウィザーモンがお慕いしているのはテイルモンだけでしょうに」

 

「そのテイルモンがヴァンデモンに忠誠誓ってるからいいんだよ」

 

「どうですかねえ。ホーリーリングを持つ成熟期を弱体化させずにそばに置く意味が分かりませんがね、正直。しかもその部下はいくら追放の身になってまで禁忌の魔道書を無断で持ち出し、別次元のデジタルワールドを放浪する身とはいえ、データ種でしょう。データ種とワクチン種がその本能を抑えて、ウィルス種に忠誠を誓うなどワタクシは鼻から信じてなどいませんがね」

 

「わたしは野蛮な種族とは違います。一緒にしないでもらえませんか、ガーゴモン」

 

「これはこれは失礼いたしました。大魔道士を目指す一族の出でしたっけね、アナタ。修行のためとは言いますが、マスターしたはずの大地と炎の魔術が使えない気分はいかがです?雷しか使えない、呪われた人形にすぎない、アナタがねえ?ウィザーモン」

 

「ホント外見詐欺だよな、お前。誰よりも悪魔らしいぜ、アンタ」

 

「その子供というのは、まさか選ばれし子供ですか?」

 

「いんや、違ったな。もう逃げちまったみたいだが、あれは普通の子供だった。ガーゴモンが教えたんだろうが、オレたちのこと良く知ってたぜ。選ばれし子供の知りあいには違いないだろうがな」

 

「考え直す気は、ありませんか?ガーゴモン」

 

「何を心にもないことを。ワタクシが心からお慕い申し上げるのは、その方ただ一人だというに」

 

「アナタが敵対するのは、その子供が選ばれし子供の仲間であり、ヴァンデモン様を倒そうとしているからですか?」

 

「いかにも」

 

「ならば」

 

「ならば、なんです?」

 

「その子供をヴァンデモン様のところにお連れすれば、話は変わってくるということですね?」

 

 

その言葉を聞くや否や、ガーゴモンは大笑いした。

 

 

「ウィザーモン、あなたはほんとうに面白いことをおっしゃいますね、心にも思っていないことをペラペラと。いやあ、全くもって素晴らしい。ワタクシも見習いたいものですねえ。ワタクシ以上に嘘つきだ」

 

 

いや、何言ってんのよ、あんた。思わずジュンは突っ込もうとするが、せっかくデジヴァイスの結界で隠れているのが完全に無駄になってしまう。じとめでガーゴモンを見つめるにとどめた。つーかどういうことよ、ガーゴモン。アンタ、ヴァンデモンの手下だったの!?

 

目の前で繰り広げられるとんでもない暴露大会にジュンはついていけず、パニック状態である。そんな彼女を察したらしく、ガーゴモンは悪びれもせずに嘘を重ねる。平然と事実をねつ造する。呼吸するように嘘をつく。それがこのデジモンの本性なのだ、あっという間に既存事実が出来上がっていく。

 

 

「裏切り者などと人聞きの悪いことは止めていただきたいものですねえ。ワタクシがヴァンデモンに組したのは、もともとあの方を捜すためなのですよ、お二方。できることなら、こんな形できたくなどなかった。しかし、セキュリティシステムの関係者でもないワタクシがあの方に会うためには、どうしてもヴァンデモンの力が必要だったのです。デジタルワールドから現実世界の旅路に同行するのが本来の目的。ワタクシがあの方に出会えたら、ワタクシはヴァンデモンの勢力から離脱する。その先はどうなろうが構わない。それが我々の交わした契約なのですよ。それなのに、ヴァンデモンはその契約を一方的に破棄したのです。選ばれし子供でもない普通の子供であるあの方に、ケルベロモンをけしかけたのですよ。選ばれし子供がいない、その場所で。完全体である、ケルベロモンを。それがどういう意味をもつかお判りでしょう?ケルベロモンはデジタルワールドにおけるあの世を守護するアヌビモン様の眷属です。あの世の裁判に従事するデジモンです。無罪なら転生。有罪ならダークエリア行き。そして死刑ならケルベロモンに食い殺される。つまり、はなからヴァンデモンはワタクシとの契約を履行する気は無かったのですよ。こんなふざけた話がありますか。ワタクシはあの方を守るためにここにいるのです。誰にも邪魔をされる筋合いはないはずですがねえ」

 

 

高らかに宣言された言葉に、ジュンはなんだか無性に恥ずかしくなって赤面した。白昼堂々何言ってんの、このデジモンは。言ってることは無茶苦茶だが、ジュンはガーゴモンを頭ごなしに否定できない事情がある。

 

目の前で倒れ、死んでしまったジュン。家族にないがしろにされ、転生を繰り返し、誰にも愛されないまま成長期で寿命を終える日々。世話を焼いてくれたたった数十分の出来事が、ガーゴモンにとっては唯一の愛された時代の記憶なのだ。

 

それを取り戻そうとあがき始めた結果がこれだとしたら、ジュンはそれを拒否できる自信はなかった。いや、してはいけない、と思ったのだ。ガーゴモンを否定することは、ガーゴモンを世話した時代のジュンを否定することにもつながる。嫌われたくないという気持ちが根底にあるのは嫌でも分かる。

 

どうやって未来のデジタルワールドから今のデジタルワールドにきたのか。どうやってデジタルワールドから現実世界に来たのか。意図的に省かれた経緯をここで知ることにはなったが、それをふくめてもジュンはガーゴモンを責める気にはならなかった。もう答えは出たようなものである。

 

 

「ウィザーモン」

 

「なんですか?」

 

「オレはガーゴモンが惚れ込んでるガキを連れてくるわ。ヴァンデモン様になんとかしてもらおうぜ」

 

「ええ、そうですね。わたしはテイルモンに伝えに行きます」

 

「おやおや、ワタクシが逃がすとお思いで?」

 

「思ってねえさ。でもな、忘れてねえか、ガーゴモン。ここはヴァンデモン様が守護するウィルス種しか入れない結界の中にあるエリアだ。こっちにきてから早々に離脱したお前は知らないだろうが、トラップなんざ、腐るほどあるんだぜ」

 

「助かったぜ、ウィザーモン、この借りは必ず返すわ」

 

そう言ってサングルゥモンはいよいよ1と0の粒子となって消え失せた。ぱきん、とガラスが割れる音がする。

 

 

「本気なんですね、ガーゴモン」

 

「ワタクシは初めから一切変わってはいませんが?」

 

「わたしはあなたが羨ましく思う」

 

 

そう言ってウィザーモンは姿を消した。ばきん、と鏡が砕け散って破片が広がった。ガーゴモンがそれを拾い上げる。そしてゆっくりとジュンのところに向かう。結界をといたジュンは鏡を受け取った。

 

これはかつてピコデビモンがヴァンデモンと連絡を取り合っていた鏡とよく似ている、とガーゴモンは言う。ガーゴモンもヴァンデモンの鏡を通じて瞬間移動したことがあるらしい。どうやら光が丘団地が結晶化した理由は、そこにありそうだ。ヴァンデモンの配下が自由に召喚される鏡が光が丘団地にいくつも設置してあるのだろう。

 

普通ならすぐにみつかる。だがすべてが結晶化するクリスタルに覆われた異空間ならその難易度は急上昇する。加えてウィルス種以外には容赦なく襲い掛かる濃霧。選ばれし子供たちが心配になったものの、ジュンはガーゴモンに乗って先を急いだのだった。

 



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20話

魅惑の世界をウィザーモンは進む。水晶の街路樹には、ガラスの格子が垂れ下がり、涼しい風で揺れている。あらゆるものがクリスタルで包まれついる。街路樹の天蓋からは真っ赤な夕闇が差し込んでくる。

 

水晶化の現象は、ここから一段と進み始めるのだ。街路樹の柵は水晶を被り、1メートルにも及ぶ、ひとつの壁になりつつある。街路樹の天蓋から見えるコンクリートジャングルは、まるで宝石箱のように様々な色の水晶で覆われている。街路樹の根本の芝生は高級な緑の宝石のようにきらめいて、翡翠の塊があちこちに見える。

 

ここまでくれば、ヴァンデモンが居城を構える異空間はもうすぐだ。道路の表面は水晶の針とガラスや石英のトゲが一面に敷き詰められ、どんどん肥大化している。掻き分けながら先に進めば、宝石がちりばめられた螺旋の塔が見えてくる。塔に近づくほど時間の感覚がおかしくなり始め、方向感覚が狂い始めるが、ウィザーモンは構わず進んだ。

 

 

一気に黄昏がせまる。ここからはすべてを覆う水晶の層が厚くなり、すべては鈍くかすんで見える。灰色が広がる。色彩豊かな色は消え去り、ほのかな琥珀色の輝きが広がった。やがてすべての結晶世界はこうなるのだと説明したのは誰だったか、思い出せない。

 

いつしか冷たい風が吹いている。冷気は深まり、顔が無感覚になり、両手がもろく骨になる錯覚を覚える。すべての輪郭を包み込み、ぼやかし、夕暮れの闇が押し寄せる。全身にこびりつく水晶の粒子を払いのけても、ここにいるかぎり水晶の作用は加速する。氷のように灰色の空間にある色は、頭の上のわずかな隙間から見える夕闇だけだ。

 

 

黄色と虹色のトンネルがみえた。

 

 

ウィザーモンはモザイク彫刻のドアに手をかける。猛烈な冷たさで指がじいんとなったが、構わず開く。夕闇に没していく世界から逃れ、ウィザーモンは空間転移した。方向感覚を見失い、ゆくてを阻まれる錯覚を覚え、右往左往しそうになる。今だに慣れない浮遊感を残して、どこまでも続く地下洞窟の地下城にたどり着いた。幹部クラスのデジモンにあてがわれた部屋の扉をあけた。

 

 

「ノックもせずにどうしたんだ、ウィザーモン。ずいぶんと慌てているようだけど」

 

「テイルモン、あなたに伝えることがあります」

 

「浮かない顔だな、誰かやられたのか?」

 

「いえ、マタドゥルモンが危なかったですが、間に合いました。なんとか逃げだせたので、ヴァンデモンに報告をお願いしました」

 

「へえ、選ばれし子供たちもやるじゃない。見直したわ。私を成長期に間違えてた癖に」

 

「いえ、選ばれし子供たちではありません。だから私はテイルモンに報告にきたのです」

 

 

ウィザーモンの膝までしかない小さな体が立ち上がる。先を促され、ウィザーモンは頷いた。

 

 

「落ち着いて聞いてください、テイルモン。マタドゥルモンを追い詰めたのはガーゴモンです」

 

「・・・は?」

 

「ガーゴモンが裏切りました。選ばれし子供たち側についています。直接聞いたのですが、実はガーゴモンがヴァンデモンの幹部だったのは、ある子供と会うためにこの世界に同行させてもらうためだったそうです。もともと離脱するのはヴァンデモンもわかっていたとか。しかし、その子供をヴァンデモンが傷つけようとしたため、選ばれし子供たち側についたと、そう言ってました」

 

「嘘だろう?」

 

「いえ、間違いありません。ガーゴモン本人が言ってました」

 

「そんな、ばかな、なんで、だ」

 

 

明らかに動揺しているテイルモンにウィザーモンは肩を落とした。こちらの世界にきてから、ガーゴモンは忽然と姿を消している。幹部になる前所属していた古巣の上司だったデジモンのまさかの裏切りである。混乱しているテイルモンに呼びかける声がある。テイルモンとウィザーモンは顔を上げた。隣の部屋の巨大な鏡からだ。すぐにそちらに向かう。

 

 

「ウィザーモンから話は聞いていると思うが、ガーゴモンが裏切った。テイルモン、ガーゴモンなき今、お前があの軍隊を率いるのだ、いいな」

 

「はい、わかりました」

 

「ウィザーモン、ガーゴモンが一方的な理由を告げたようだが、非はあちらにあるのだ。不可侵の協定を先に破棄したのはガーゴモンだ。互いに相手に対して侵略行為を禁止し、どちらかが争いになったら交戦相手に一切の援助や支援を禁じると、他ならぬガーゴモンが持ちかけた協定だというのに笑わせる!」

 

「そうですか、わかりました」

 

「状況が変わったのだ。今すぐ侵攻の準備にはいれ。軍勢を集めるのだ。次の行動は迅速さが求められる。ガーゴモンはこちらに向かっているとの報告がある。盛大にもてなしてやれ」

 

「わかりました。ではいくぞ、ウィザーモン」

 

「はい、テイルモン」

 

「期待しているぞ」

 

 

そして鏡から影がかき消えた。立ち上がったウィザーモンはテイルモンを見る。

 

 

「なぜなんだ、ガーゴモン」

 

 

テイルモンは複雑そうな顔をして、拳を握りしめた。

 

 

 

空から落ちてきたデジタマからユキミボタモンが生まれ、ニャロモンになり、テイルモンになった。サーバ大陸の過酷な環境を一人で生きぬくには、少しずつ進化するしかなかったのだ。

 

誰かを待ち続けていることだけ覚えていたテイルモンは、旅にでた。広大なサーバ大陸でも探し求める誰かは見つからず、やがて迷い込んでしまった。サーバ大陸に存在するこのエリアの名前は、闇貴族の城。ヴァンデモンが支配するエリアだった。

 

 

ヴァンデモンは、恐ろしい異能を持っていた。それは敵のデジコアを一度破壊し、悪質なコンピュータウィルスを侵食させながら再構成するというものだ。敵はヴァンデモンに対する忠誠心がデジコアに仕込まれ、アンデッドとして復活させられる。

 

あとはもう、ヴァンデモンの意識ひとつで生死を繰り返す羽目になる。テイルモンにおそいかかってきたのは、そんなアンデッドに身を落としたダークティラノモンだった。ヴァンデモンの眷属になるとウィルス種に変異してしまうのだ。テイルモンのよく知る大人しいティラノモンの面影はなかった。

 

 

ヴァンデモンの眷属として復活させられたティラノモンは、デジコアを構成するデータがバグを起こし、凶暴なデジモンに変貌してしまったのだ。体は黒く変色し、腕もティラノモンよりも強靭に発達し、攻撃力を増している。目の前に映るもの全てを敵とみなし、攻撃を仕掛けるバーサーカーと化した成熟期を正常化させる手段は、もうない。

 

テイルモンに出来ることはなにもなかった。腕に覚えのあるテイルモンも倒しても倒しても復活するダークティラノモンたちに疲弊し、ついに倒れてしまった。闇からコウモリが湧き出し、死を覚悟したとき。テイルモンはガーゴモンと出会った。

 

 

闇貴族の城を巣くう眷属たち目掛けて、一斉に悪魔の胸像の群れを飛来させたガーゴモンはたちまちダークティラノモンを絶滅させた。突然の奇襲に反撃を試みるダークティラノモンたちに、今度は剣技が炸裂する。

 

0と1に分解されたデータが、まるで光の粒子のように飛び散ってあたりに四散した。集積してデジタマを形作ろうとした粒子は、風に流され、入り口に続く深淵の入口に消えていく。

 

 

「闇の眷属にするのは、おやめになった方がよろしいかと」

 

 

呆然としているテイルモンを尻目に、ガーゴモンはコウモリたちに進言した。

 

 

「ほう、なぜだ。理由を言ってみろ」

 

 

面白そうにコウモリたちは真っ赤な瞳をらんらんと輝かせる。あたりにおびただしい数の笑い声が木霊した。

 

 

「ヴァンデモン様も人が悪い。ワタクシが進言したにもかかわらず結界を解くとは。再三申し上げたではありませんか、ワタクシは反対ですよと。このデジモンは、ワクチン種にしか進化できないのです。進化ツリーが著しく制限されている。ウィルス種になれば、暴走状態になるでしょう。ブラックテイルモンにするのはいけない、このエリアが壊滅する危険性があると申し上げたのに、まったく困ったお人だ。配下に加えるなら、ホーリーリングは取り上げた方がよろしいかと思いますが、いかがいたしましょう?」

 

「それでは配下に加える意味がないとは思わないか、ガーゴモン。世界を統べる者はいかなる者も従えてこそだ」

 

「それはつまりですね、ヴァンデモン様。このワタクシが?このデジモンに?ああ、何という悪夢だ。貴方様も人が悪い」

 

 

ガーゴモンがテイルモンを見下ろして言った。

 

 

「ようこそ、聖なる者よ。せめてもの慈悲です。ここで死ぬか、命ごいするか、選びなさい」

 

 

そして、テイルモンはここにいるのだ。この頃から幹部をしていたガーゴモンは、最後までテイルモンを勢力に加えることに反対した。幾度も進言した。しかし、すべて却下された。そして、露骨に嫌がるガーゴモンを面白がったヴァンデモンがテイルモンにした最初の辞令は、ガーゴモン軍への配属だった。

 

 

実はあたりまえの辞令である。テイルモンの危険性を正しく認識出来るのは、その出自や未来を知るガーゴモンだけである。ヴァンデモンからすれば、ガーゴモンがテイルモンを監視下におけば問題なし。それからテイルモンはガーゴモンの監視下にあった。

 

劣悪な環境にはおかれないが、冷遇された。衣食住は保証されたが、いくら功績をあげても待遇がよくならない。いつまでも外からきた雇われ兵士の扱いだった。幹部になれたのは現実世界にきて、ヴァンデモンに命じられたからだ。

 

おかげでテイルモンはガーゴモンが自分を気に入らないから出世させてくれないと信じてやまない。認めさせようと躍起になるが、意に介さないのがムカつく。嫌な奴だが嫌いではない。その関係性に暴力のような理不尽さが伴わないし、性質的に合わないだけで実力は認めている。そんな評価である。

 

 

 

ガーゴモンは絶妙なバランスでテイルモンを扱っていた。ただでさえデジコアに制約があり、進化ルートがワクチン種に一本化され、それ以外に進化すれば暴走のペナルティがある。

 

それに感情や周囲との関係性、精神のあり方まで進化条件に設定され、満たされなければ暗黒進化一直線な中、一度も暗黒進化しなかったのは、凄まじい確率である。現場維持しか方法がなかったにしても、だ。おかげで順当に力を身につけ、知恵を身につけ、強くなった。幹部クラスに躍り出た。それでも幾多の策を進言し、絶大な信任を得ているガーゴモンには及ばない。

 

それが悔しくてならないテイルモンである。それが結果として最良の結果を生んだ。実はエンジェモンをはじめとした聖なる者はダークエリアに近づくだけでも堕天する。ヴァンデモンのエリアのような闇の異空間にいるだけで堕天する。

 

それだけ聖なる者は染まりやすいのだ。聖なる者の根源とさえいわれるテイルモンはいわずもがな。そうすれば暗黒進化しかないテイルモンがテイルモンであれたのは、心を強くもったからだ。そういう意味でもガーゴモンは扱いがうまかったのかもしれない。

 

 

ちなみに。

 

 

「お前はどう思う、ガーゴモン」

 

「ワタクシは反対ですよ、ヴァンデモン様。ただでさえ不穏分子が巣食うというのに、またデータ種という異端を配下にするとは。闇の眷属化は不可能である以上、止めた方がよろしいかと」

 

「ほう?」

 

「ウィッチェルニーはワタクシも存じ上げております。異次元のデジタルワールドですね。デジコアやテクスチャといった構成するデータもこの世界にはないものとお見受けします。高等プロブラミング言語に精通するとは聞いておりましたが、これほどとは。ヴァンデモン様の闇の眷属化はこの世界のダークエリアからサルベージしたデータを流用していますから、この世界にはないデータでできているこのデジモンを再構成するのは難しいのではないかと。復活してもまがいもの、似て非なるものにしかならないのでは?」

 

「何度も同じことを言わせるな、ガーゴモン。すべてを闇の力で覆いつくすには、まだ時が熟すのを待たねばならん。すべてを統べる力なくして王にはなれんのだ」

 

「ワタクシは理解に苦しみますがね」

 

 

さすがにこのときばかりは、ていのいい厄介払いしているだけではないか、とテイルモンは疑った。

 

今だに事態が飲み込めないまま、時間だけがすぎていく。テイルモンとウィザーモンは、ヴァンデモンの城をあとにした。



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21話

「ヴァンデモン様からの命令だ。選ばれし子供たちに寝返ったガーゴモンを迎え撃つために、お前たちには私の指揮下に入ってもらう。トループモンたちはサングルゥモンと合流したのち、引き続きこのエリアの警護すること。じゃあ、いくわよ」

 

 

アンデッドの軍勢が雄叫びをあげた。

 

かつてガーゴモンが率いていたデジモンたちと共に、テイルモンとウィザーモンはエリアをあとにするべく進軍する。いずれもヴァンデモンが悪性のウィルスにデジコアを感染させてから、復活させたデジモンたちである。

 

ヴァンデモンの目となり耳となり時には手足となって活動してきた、生粋の配下だ。それだけの存在を自由に使えるということは、ヴァンデモンに信頼されている、勢力内での影響力が増したといえる。

 

逆をいえば、ヴァンデモンは使い魔でもあるテイルモンの新しい部下たちを通して常時テイルモンたちを監視できるため、警戒されているともいえる。へたな動きをしたが最後、間違いなく率いるこの軍隊はテイルモンたちに牙をむくだろう。いずれもウィルス種、しかも倒したところでヴァンデモンを倒さなければ復活するデジモンたちだ。

 

いくらテイルモンでも後ろからついてくる数の暴力を一掃できる力はない。対個人の技しかないため、もしものことがあったら、ウィザーモンだよりになるだろう。気を引き締めるべく、テイルモンは先導をきって、ウィザーモンと共にスカルバルキモンに乗り込んだ。

 

 

 

恐竜の骨に、本来ないはずの鳥型デジモンの翼骨が融合している姿は、なんとも不気味だ。ガーゴモンの配下だったころ、よく使った移動手段だから慣れたものである。陸上最大の哺乳類とされる化石のデータに、幾つかの化石のデータが偽造されてヴァンデモンによって再構成された巨大なアンデッド型デジモンは、移動手段にしか使えないのだ。

 

なにせ感情や知性は無く、体内に張り巡らされた神経のデータだけで反射的に体を動かしているため、容赦も加減も無い攻撃を自らが動けなくなるまで繰り返す失敗作。屍のデータから無理やりに蘇生させられた呪いにより、デジコアから止め処なく溢れ出す黒い冷気は、どんなデジモンをも死の恐怖に陥れるという。

 

これが数秒後のお前の姿だと訴えかけてくるのだ。ガーゴモンの進言によりアンデッド化を避けられた恩を返せないまま、討伐指令を出されてしまったテイルモンとウィザーモン。心中は複雑である。

 

 

結晶世界を骨の人工翼竜が滑空する。バケモンやソウルモン、ゴキモン、イビルモンといった飛行能力をもつデジモンたちが後につづく。地上からみれば、永遠に黄昏時な結晶世界に、いきなり夜がやってきたような錯覚を覚えるに違いない。不快な羽音やおどろおどろしい咆哮が敵襲だと知らせるのは時間の問題といえた。

 

 

ヴァンデモンの地下宮殿がはるか遠くになってきたころ、スカルバルキモンが反応した。目が真っ赤に発光する。ヴァンデモンからの伝令だ。ヴァンデモンは地下宮殿の最奥で光が丘一帯に設置した鏡から現場を把握し、テイルモンたちに指示しているのだ。

 

 

「どうしました、ヴァンデモンさま」

 

「十二時の方向にある鏡にガーゴモンと女が映った。どうやらこの近くにいるようだ」

 

「かしこまりました」

 

テイルモンは振り返る。

 

「聞いたか、お前たち。裏切り者が近くにいる。さあ、いぶり出せ!」

 

 

スカルバルキモンが咆哮した。周囲に冷気を伴う真っ黒な球体が幾つも出現する。スカルバルキモンの叫びに従って、それは地上に向かって勢いよく投下された。どおん、と爆音が響き、結晶が砕け散る音がする。四散したクリスタルがまるで雪のようにテイルモンたちのところにまで舞い上がる。それを合図に数えきれないほどのデジモンたちが地上に向かって降下した。

 

 

スカルバルキモンが投下した黒い球体は跡形もなく消え失せ、えぐられた水晶の道だけが残されている。スカルバルキモンは辺りを旋回したのち、十二時の方向に向かい始めた。はずれのようだ。

 

あの黒い球体は近くのものを異空間に吸い込む作用があり、スカルバルキモンは迷い込んだ敵を異空間で追い詰める習性があるのだ。敵が異空間に転送されると、スカルバルキモンも転移する。あとはテイルモンとウィザーモンで追い詰めるだけだ。バケモンたちに陽動を任せ、テイルモンたちは注意ぶかく辺りを探した。

 

 

スカルバルキモンがクリスタルに覆われた摩天楼を飛行する。テイルモンは、クリスタルに覆われたビルの窓ガラスから乱反射する自分が見えた。そのひとつが歪にゆがんでいた。まるで人に襲いかかる寸前の通り魔のように、ほんの隙間から振りかぶる刃物のきらめき。テイルモンが反応するより早く、ウィザーモンはかばった。

 

 

「テイルモン!」

 

 

とっさの声は怒声に似ていた。芝生の右側にそって生えている水晶の茂みから、それは放たれた。寒々とした結晶世界に、ガラスの砕け散る音がこだまする。

 

ウィザーモンが片手でテイルモンをスカルバルキモンの背中に押しやったとき、はるか真上に天使の胸像が出現した。自由落下で威力を増す天使の胸像が、ビルに生えている巨大なクリスタルのサンゴ礁ごと落下してきた。

 

ふたりに影が落ちる。山のような剣山が積み重なった。ウィザーモンは、首をちぢこめてから、杖をかざす。いくつもの雷撃を発射した。クリスタルになった摩天楼に雷鳴が木霊し、鮮やかな色が揺り動いた。砕け散ったクリスタルがテイルモンたちめがけて降り注いだ。

 

 

「腰を低くしてください、テイルモン!」

 

 

ウィザーモンは叫びながら、スカルバルキモンから落ちないようにしがみつく。テイルモンも初めは仰天して狼狽したものの、すぐに立ち直る。ガーゴモンが近くにいることはわかった。

 

対決するチャンスをうまくつかまなければいけない。遠くでクリスタルが弾ける音がする。どうやら選ばれし子供たちは、ガーゴモンと女の子の先導に従い、ヴァンデモンの地下宮殿に近づいているようだ。

 

まずいわね、とテイルモンは思った。ヴァンデモンが危惧していた事態が現実味を帯び始めている。なんとしても食い止めなくては。姿の見えない襲撃者を発見するために、テイルモンは降ってきた胸像の破片を手にした。そして注意ぶかく辺りを見渡す。

 

 

天使の胸像を召喚できる範囲はかぎられている。

 

 

何故テイルモンたちの位置を把握出来たのか。

 

 

よく考える。

 

 

テイルモンは上を見た。

 

 

ごおう、と風の産み落とされる音が頭上の空気を切り裂いた。テイルモンたちは身をかがめる。スカルバルキモン目掛けて天使の胸像が出現した。すぐ後ろのビルに当たって、格子状の水晶がずり落ち、砕け散る。飛散した破片が降り注ぐ。今度はテイルモンがサーベルレオモンからコピーしたデータで出来た蹄でなぎ払った。二発目は間隔がなかった。

 

 

「うえだ!お前たち、上にいけ!ガーゴモンは上にいる!」

 

 

テイルモンの指令に反応出来たのは、3分の1くらいのデジモンたちである。どうやら地上では選ばれし子供たちと戦闘になっているらしい。テイルモンの指令に従い、スカルバルキモンは大きく旋回し、有利な場所を求めて上昇する。周囲に黒い球体を出現させ、障害物を異空間に転送させながら、一気にかけあがった。ビルの摩天楼をぬけると一気に視界が開けた。

 

すると、こちらから逃げるようにビルの隙間を突っ切るかげが見えた。スカルバルキモンが後を追う。時折立ち止まり、天使の胸像を召喚してくる。召喚の衝撃で、カットグラスのシャンデリアから光が雨のように、降り注いだ。西日が眩しい。黄昏が反射してテイルモンたちを眩ませる。

 

ますます距離が遠ざかる。スカルバルキモンは真正面から追うのを諦めて、はるか上空から追うことにした。スカルバルキモンはしのぎ切ったが、幾度も召喚される大小様々な天使の胸像に押しつぶされた部下は何人も犠牲になった。どうせヴァンデモンの元で復活することを知ってるためか、命に頓着しないバカがたまにいるのだ。

 

テイルモンが安全に追うため、後に続けと指示しているにも関わらず、頭の足りない何体かは特攻して犠牲になる。アンデッド化はときどき知能の低下を引き起こすらしい。テイルモンは呆れて、ため息をついた。ウィザーモンは時折ビルの隙間から見える影に雷を打ち込むが手応えはないらしく、首をふる。

 

だいぶん結晶世界の中心部に近づいてきた気がする。ヴァンデモンの地下宮殿はその真下だ。

 

 

「どうしたんです、テイルモン?」

 

さっきから何やら考えるそぶりをみせるテイルモンに、ウィザーモンは問いを投げた。

 

「ダメだ、わからない」

 

「なにがです?」

 

「ガーゴモンはたしかにヴァンデモンさまの地下宮殿を知っている。選ばれし子供たちを先導してるのは事実だろう。でも、なんで単独で行動してるんだ?一緒にくればいいのに。まるで囮だな」

 

「こっそり侵入ではありませんね、たしかに。明らかに派手に暴れている。まるで選ばれし子供たちに知らせているようだ」

 

「まさか。選ばれし子供たちは携帯やパソコンをもってるじゃない。わざわざそんなことするわけ」

 

「それに、ですね、テイルモン。あなたの言葉で気づいたんですが」

 

「なんだ?」

 

「ヴァンデモンがいっていた、女の子の姿、今までに一度も見えてないんです。テイルモンは見えましたか?」

 

 

スカルバルキモンがとうとうウィルス種の結界が貼られているエリアまで戻ってきてしまった。スカルバルキモンはアンデッド型デジモンだが、ウィルス種ではなくデータ種だ。テイルモンやウィザーモン同様、鏡を経由しないと地下宮殿にいけない。境目がわからないテイルモンたちは、ヴァンデモンの指示待ちだ。

 

ヴァンデモンは待ち伏せを命じた。結界周囲は警備デジモンが見張りやすいように障害物が何もない平地である。道路と人工的な川に囲まれている。川の向こうは、すっかりひとつの結晶になっている民家の屋根が突き出していた。トループモンたちが警備しているのが見える。

 

代わり映えのしない結晶世界が広がるだけだが、結界の先には一本の鋭い塔が立っている。その周りを細くてくすんだ蜘蛛の糸が透明なベールのように、周囲のビルに伸びている。真下は大理石のような光沢に包まれたイバラの庭園が広がっている。その光沢は色がないくすんだ中心部の結晶世界には、あまりにも強烈で陰惨だ。ヴァンデモンの地下宮殿があることを考えると趣味の悪い納骨堂である。

 

 

どこからか、轟音が聞こえた。もろい結晶が砕け散る音がした。びくりとしたテイルモンとウィザーモンは建物の石段に隠れながら、様子を伺った。テイルモンたちの背後、50メートル先にガーゴモンは現れた。

 

トループモンからかっぱらったのか、武器を手にしている。結界に近づきながら、途中でテイルモンたちに胸像を召喚した。破壊の轟音があたりに反響する。ウィザーモンの後ろで結晶化している格子が、鏡のように衝撃で砕け散った。幾度もの攻撃で、ウィザーモンの外套もテイルモンの防具もボロボロだ。

 

「待て、ガーゴモン!」

 

テイルモンは石段からベランダに飛び降りると、道をつっきる。体を二つに折り曲げながら、川の表面にある結晶化の亀裂を飛び越えながら、ガーゴモンを追いかけた。

 

ちらと後ろを振り返ればあわてて追いかけるウィザーモンがみえた。スカルバルキモンがガーゴモンの攻撃を妨害する。テイルモンは川を渡りきり、ウィザーモンもガーゴモンのところにやってきた。

 

 

ガーゴモンはウィルス種だから結界が見えるのだ。そこに魔法陣をしいて、何やら呪文を唱えているとなれば、止めるしかないのだ。テイルモンとウィザーモンがガーゴモンのいる川が広がり、曲がり角になるところにきたとき、歩みをとめた。いや、とまったのだ。なにかが邪魔して先にはいけない。

 

「これは結界?!」

 

ヴァンデモンにウィルス種しか目視できない結界を進言したのは、もとはといえばガーゴモンである。ウィルスのかなりの高位のデジモンだった過去があるガーゴモンなら、ヴァンデモンと同じことが出来ても不思議ではない。ウィザーモンは雷撃を試みるが弾かれた。テイルモンが攻撃してもびくともしない。くそ、と叫んだテイルモンは、ガーゴモンを呼んだ。

 

 

「何を考えているんだ、ガーゴモン!やめろ!考え直してくれ!」

 

「嫌ですねえ、テイルモン。あなたのことだ、振り返れば魔眼で拘束する気でしょう?ますます振り返れないじゃありませんか。ワタクシのことを侮られては困りますねえ」

 

「ちっ、やっぱりあんたには通じないか。やはり裏切ったんだな、あんたは。この目で見るまでは信じたくないと思ってたのに」

 

「あらあら、随分と好かれていたんですねえ、ワタクシはあなたなんぞに微塵も興味はないのですがね」

 

「そういうところが一番ムカつくのよ、ガーゴモン。あんたはいつもいつも大事なことははぐらかしてばかりだ。私より私のことを知っているのに、教えてくれない」

 

「テイルモン、落ち着いてください」

 

「ウィザーモンだってそうでしょう?今の姿が本物ではないと一目みて察した理由、最後まで教えてくれなかったじゃないか」

 

「気にしてないのかといわれれば嘘になりますが」

 

「ヴァンデモンさまから話は聞いた。でも私にはそれだけのために裏切るなんて信じられない。なあ、ガーゴモン。あんたはなんで、裏切ったんだ?」

 

 

ガーゴモンはせせらわらう。

 

 

「あなたにワタクシのなにがわかるというのです。その分かり合えるはずだというワクチン種特有の思想はやはりおぞましいものだ。あなたたちに理解されなくても結構。ワタクシはジュンさえいればそれでよいのです。賢いガキは嫌いなんですよ、昔からね」

 

 

結界の異変にきづいたトループモンたちが集まっているのが見えるのか、内側に胸像が砕け散る音がした。意味深なガーゴモンの言葉の真相を聞くべく、なんとしても邪魔な結界の綻びを我を忘れて探し始めたテイルモンに従い、ウィザーモンもあたりを見渡す。

 

こちらを監視しながら援護するはずのスカルバルキモンが黒い球体をこちらに向けていることにきづいたとき、ウィザーモンの体はもう動いていた。テイルモンの悲鳴があがる。

 

「あなたも人が悪いですねえ、ヴァンデモン様。選ばれし子供と接触させたくないなら、わざわざ監視をしながらワタクシの討伐など命じず、警備を命じればいいものを。殺すならいくらでも機会はあったでしょうに」

 

「奴らは大事な戦略のひとつだ。不慮の事故、敵からの不意打ち、いずれにせよ演出しだいではこちらの士気もあがるのでな」

 

「ご存知だとは思いますが、ワタクシは関知しませんが、ジュンの行動はこの契約には含まれません。よろしいですね?」

 

「かまわん、好きにやれ。選ばれし子供でもない唯のガキに何ができる」

 

テイルモンの目の前から、忽然とウィザーモンが姿を消したのだ。スカルバルキモンも姿をけした。テイルモンが覚えているのは、何もないはずの空間から、女の子の声がして足跡が近づいてきたことだけである。

 



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22話

「なによ......なにがおこったの......なによこれ!」

 

パソコンが喋っている。

 

「よくいうわ、私が助けてあげたんじゃないの。手下に背後から襲われるなんて慕われてないのね」

 

「っ!?」

 

「あれは幻ではなかったのですか......」

 

「私は後ろから攻撃されて、前も真っ白になって、それで......?」

 

テイルモンたちと思われるドット絵が混乱気味に喋っている。ジュンは笑った。

 

「甘く見ないでよね、アタシだってできることはあるのよ」

 

ジュンのノートパソコンに組んでいるデジモン育成プログラムの中では、どんなデジモンであろうと容赦なく16×16ピクセルの白黒なドット絵に変換されてしまう。移動、喜怒哀楽、技のモーション、衣食住、最低限のドットですべて網羅される仕様である。

 

ジュンのノートパソコンのスペックなら、それ以上のプログラムを組むことも可能なはずなのだが、ジュンはこの仕様を気に入っていた。それもこれも、パソコン部でコンクールに出展するつもりのゲームについて、万太郎に相談したのが原因である。ファミコン世代の万太郎は、ドット大好きな人間だったのだ。

 

3Dが当たり前の世界で育ったジュンは、一昔前の産物であるドット絵を初めて見たときすさまじい衝撃を受けたのだ。限られたピクセル数の中で表現し切るという制約やピクセルを手作業で1つずつ配置するという作成プロセス等も含めて、余計な情報をそぎ落として極限まで単純化したドット絵。

 

16×16ピクセルに込められたわかりやすさは、脳にダイレクトに入ってくる。しかも万太郎世代のゲームは、移動するキャラが容量などの関係で小さな画像単位で扱う必要があり、何らかのデフォルメを施されて表現されることが多い。

 

キャラクターのデザインも、ドット絵で表現されることを前提とした特徴を備えている。そんなゲームにびっくりしているジュンに味をしめ、コンピュータゲームにおける表現方法・作成方法のひとつとして確立されたものだとまで力説する大学生がいれば、染められるのは時間の問題だった。

 

つまり、粗いドットのカクカク感が出す独特の雰囲気が大好きなジュンは、あえてデジモン育成プログラムにドット絵を採用しているのだ。

 

もちろん、本来15GBもあるはずの成熟期を無理矢理16×16ピクセルのドット絵に変換すればガタがでる。普通ならトンデモナイ苦痛だろう。気づけば平面世界の住人になっていて、色は奪われ白黒、しかもカクカクのドット絵だ。

 

衣食住が保証されるし、ジュンと共にいられるなら、と平然と受け入れる成熟期もどきを除いて、この理不尽極まりない境遇におかれたら、大抵のデジモンは怒るだろう。テイルモンとウィザーモンは、ただいまそのトンデモナイ被害をこうむっているところである。二人仲良く16×16のドット絵になっていた。

 

ジュンにとっては、デジモンに対抗できる数少ない手段である。それはジュンの時代ではデジモンバトルの特徴的な状態異常であり、「液晶化」と言う現象で知られていた。「液晶化」すると、デジモンの姿が白黒の16×16のドット化してしまい、攻撃力が大幅に減少してしまうのだ。それに平面世界の住人になったデジモンが繰り出す攻撃はもちろん平面的だ。

 

攻撃の手段も単調なモーションになり、必殺技ひとつ、得意技ひとつしかだせなくなる。しかも範囲が極端に狭まりダメージを与えにくくなってしまう。今のテイルモンとウィザーモンは、かなり不利な状況におかれているのだった。

 

「悪く思わないでね、アンタたちに下手に動かれたらアタシが困るのよ」

 

パソコン越しにジュンが笑う。まさかのスカルバルキモンからのフレンドリーファイアを間一髪で回避できた理由は、ジュンがデジヴァイスの結界にウィザーモンを引き入れたからだ。そして数秒おかずにテイルモンも引き込んだ。

 

ヴァンデモンから殺されかけた衝撃に呆然としていたテイルモンたちは、ジュンのノートパソコンのなかにぶち込まれるまで反応が遅れてしまった。そして今に至る。未だに展開されているデジヴァイスの結界。誰も感知することなく、ジュンは真っ直ぐにガーゴモンがぶち抜いたウィルス種の結界の先に侵入していた。

 

いちめん広がる結晶世界。ここでは時間が死んでいる。世界の終わりのひとつがここにある。記憶の彼方にある風化しつつある過去に目を背けながら、ジュンは顔をあげた。

 

「ここからは鏡を潜らなければヴァンデモンの地下迷宮には辿りつけません。しばしお待ちいただけますか?ワタクシは安全な道を探しますので」

 

「わかったわ。まあ、ここまできたら光子郎君たちに見つかるのも時間の問題な気がするけどね。ずいぶん追いつかれたみたいだし。ウィルス種の結界が突破できたんだもの、あとは光ちゃんの紋章だけよね」

 

「そのときはそのときです。それでは、失礼」

 

そういってガーゴモンは、螺旋状に伸びる結晶塔の向こうに消えた。

 

「どういうつもり?」

 

「なにが?」

 

「どうして私たちを助けたりしたのって聞いてるのよ。だいたい私とウィザーモンを知ってるみたいだけど、フェアじゃない」

 

「それもそうね。じゃあ教えてあげるわ、少しだけ。アタシはジュンよ。本宮ジュン。選ばれし子供たちの協力者ってとこ?」

 

「へえ、アンタが。あのガーゴモンのお気に入りなのね。想像してたのとずいぶん違うようだけど、私たちをここに閉じ込めて、邪魔するつもり?」

 

意味深にジュンは笑う。どこかガーゴモンに似ている気がして、テイルモンは眉をひそめた。

 

「半分あたり、半分はずれ、かな。邪魔したいのは事実なんだよね、これからあなたに逢わせなきゃいけない子がいるんだもの。でもその子はまだ来てないし、だからって紋章とりにいかれても困るのよ」

 

「ふん、変なこというのね。アンタ、私を誰だと思ってるの?ヴァンデモン様の部下よ?選ばれし子供たちの敵なのよ?つまりはアンタとガーゴモンの敵でもある。それに8人目は私たちが探してるんだ。わざわざつれてくるなんてどういうつもり?」

 

「思ったより記憶喪失が深刻ね。ガーゴモンが教育がかりっていうから、あんまり忘れてないかと思ってたんだけど。ああ、そっか。なるほど。まだ光ちゃんに会ってすらないんだっけ?そりゃわかんないか。まあ会えばわかるわよ。物事には順序ってものがあるわけ。わかる?」

 

「まるで私が8人目のパートナーデジモンみたいに聞こえるけど」

 

「そのまさかよ」

 

「ばかいわないで。冗談も休み休みいいなさい、私はヴァンデモン様の部下なのよ。裏切るような真似、できるわけないでしょう!」

 

「自分のあり方に疑問を持ったことないの?」

 

「疑問?」

 

「おかしいと思ったことないの?いつまでも成長期に進化できなかったり、他の進化経路に進化したら暴走状態になったりとか。他のデジモンとは明らかに違う特性を自覚したことないの?」

 

「ふん、知らないね」

 

「誰かを待ってた、みたいな感覚はないの?」

 

「そんなこと知らないっていってるじゃないの」

 

「うーむ、びっくりするくらい反応ないわね。なんかアタシの話真面目に聞いてくれてない感じ?まあ無理もないけど。なんか、ガーゴモン関連で不機嫌になってる気がするのは気のせい?」

 

「違うわよ」

 

「まあ、さっきからだんまり決め込んでるウィザーモンはどうやら違うみたいだけどね?」

 

テイルモンが弾かれるように振り返ると、なにかを考えているウィザーモンがそこにいた。

 

「ジュンといいましたね。必ずもどります。だから出してもらえませんか?」

 

「ウィザーモン?!いきなりなにをいってるのよ!」

 

「お願いします。テイルモン、あなたにとっても大切なことなのです」

 

「ウィザーモン…」

 

「残念だけどそれはできないわ。まあ安心してよ、ウィザーモン。ぶっちゃけ紋章みたいな増幅器なんかなくてもパートナーデジモンは本能に抗えない。選ばれし子供とパートナーデジモンは惹かれ合う運命なのよ、次元を超えた同一の存在なんだから」

 

それに、とウィザーモンに向けられるジュンの眼差しがきつくなる。

 

「アンタたちの上司はたちわるすぎるのよ。わざと歪みを大きくしたり、デジタルワールドと現実世界の境界をあやふやにしたりしてるじゃない。おかげで大惨事よ。結晶世界が出現するくらい被害を拡大してる犯人は誰か教えてもらえないかしら」

 

ジュンはいう。

 

「結晶世界はいつだって悲劇しか産まないんだから。悪いけどアタシはアンタたちを出すきはないわ。もう目の前で救えないのはたくさんだもの」



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23話

テイルモンたちを光にあわせるべく、ようやくジュンは光子郎に連絡を入れた。パソコンは節電のためスリープモードに入っている。直ぐにこちらに向かってくれるようだから、ジュンはガーゴモンと共に結界の中で待機することにした。

 

暇つぶしに、とガーゴモンはお喋りをもとめた。じっとしているのも気が滅入るという提案はありがたいことである。ガーゴモンは幼年期のほんの1時間にみたない間のジュンしかしらないものだから、いろんなジュンについて聞きたがった。プロフィールから自分史から今のジュンについて、に取り留めのない話が続く。やがて、ガーゴモンは聞くのだ。

 

デジモンの出現による結晶化現象について、ジュンは世界で一番憎悪している。なんだってそこまで嫌悪するのかとガーゴモンは聞く。今まさにチベットあたりで起こっているし、これからデジタルワールドと現実世界が交流する上でよくあることではないかと。ジュンは被りをふる。そして理解してもらうには話すしかないと気づいたようで、話し始めたのだった。

 

それはある意味でジュンのトラウマだった。

 

 

 

 

 

 

「ジュン、メールが届いていますよ」

 

「へー、誰から?」

 

「リホからです。ずいぶん懐かしいお名前ですね」

 

「リホ?へー、珍しいこともあるもんねえ。どんなメール?」

 

「今度の三連休に会いたいようですね、大切なお話があるそうですよ」

 

「なんか予定入ってたっけ?」

 

「特にはありませんね。サークルに顔を出したり、バイトのシフトを入れたいなら話は別ですが」

 

「あー、ここんとこバイトもサークルも忙しかったからねえ、パスパス。課題も終わったし、じゃあ入れといてくれる?」

 

「了解です。ここのところ、ジュンは徹夜続きの長丁場でしたしね。ぜひ、ゆっくり休んでください」

 

「そーねえ、せっかくだから久々に実家に帰ろっかな」

 

「なるほど、それもいいですね。私も楽しみです」

 

 

毎日のスケジュール管理を任せているアウルモンに、調整をお願いする。しばらくして、大丈夫そうですよ、と表示されたウィンドウにはバイトの出勤簿がある。どうやら次は連休明けのようだ。

 

ありがと、と笑いながら、ジュンは実家に電話をかけ始めた。年に数回顔を出せばいい方の長女である、予め連絡を入れないとご飯などの準備がしてもらえない。突然の帰郷宣言に母親は驚きながらも嬉しいようだ。世間話を話すついでに、東京に出てきて以来なかなか入ってこない故郷のニュースを聞いてみる。

 

 

「は?え?嘘でしょ?ホントに?」

 

 

不思議そうにパートナーが顔をあげた。携帯の向こうでは方言まじりの母親がニュースにも載ったんだから間違いないと強気である。ジュンは半信半疑な顔をして、ローラー椅子をひいて座った。スケジュール調整をしているパートナーにちょいごめんといいながら、新規ページでネットを立ち上げた。携帯片手に母親から聞いたキーワードを叩く。地方新聞の電子版が表示された。

 

過去の日付を入力し、ひたすらスクロール。ページをめくるまもなく確認できた。その日を境にニュース記事がそれ関連一色になったからだ。一番最初であろう日付のあるページを確認したジュンは、うそおー、といいながら笑った。どうやらウソのようなホントの話だ。

 

 

「ああうん、確認したよ。ホントみたいねー。信じられないけど、えー、なにそれー、あはは。うん、うん、わかってる。そうする。じゃあね」

 

 

携帯をきったジュンは、へー、といいながら新聞記事をまじまじとみる。地方紙の電子版をお気に入りに放り込み、ページを閉じた。大手サーチに検索をかけると、いきなりそれ関連のニュースがトップページから表示された。地元を検索すると、予測の時点で似たような単語が並ぶ。

 

たくさんの人たちが気になって検索をかけていることがわかった。時事に無頓着なのは自覚があったが、ここまで話題になってるとは知らなかった。

 

趣味にバイトに勉強にあけくれる大学生なんてこんなもんである。全部パソコン任せでテレビや新聞がない生活に慣れきっていたジュンは、地元が全国紙レベルで盛り上がっているなんて知らなかったのだった。

 

 

「そういや、なんで驚いてないの?アウルモン」

 

「ふふ、リホのメールにいろいろと載っていますからね」

 

「ちょっとー、それならそうと最初から教えてよね。もー、ちょい見せて?」

 

「わかりました」

 

 

ジュンは表示されたメールを読み始めたのだった。

 

 

 

 

 

ジュンの故郷は、海沿いによくある漁村である。民宿が並び、海産物を引き上げた漁師のおじさんが網の手入れをする。時々隣町から販売車がやってくる。高速道路や新幹線は通ったが、トンネルを越えてリアス式海岸沿いの道をひたすら遡れば子供のころと代わり映えしない長閑な風景が広がる。

 

 

 

若い人たちはみんな都会に出てしまい、いるのは老人くらい。人口減少と少子高齢化が進む限界集落ばかりが集まった旧村であり、近くの町に合併されたとき、既存地区と被るからと名前が変わったが地元のひとはみんな旧村のままで呼んでいる。未だに家の中に圏外の電話会社がある時点でお察しのネット事情のため、テイマーにとってはかなり不便な場所だ。

 

ジュンにとっても安定の無線LAN範囲外。携帯が唯一できる移動しながらのネット環境である。パートナーを連れ歩くには、ハイスペックよりこの地区に受信環境があるかが優先されるため、かなり不便をしいられた思い出がある。それでもたまに帰りたくなるのは、家族や友達がいるからだろう。

 

 

そんな、なんの変哲もない漁村に大きな変化をもたらしたのは、世間に名のしれた大企業だった。近くの無人島を買い取って、社宅を建て、研究所をつくり、住み始めたのだ。リアス式海岸にかこわれた漁村近くの海には、たくさんの無人島がある。

 

バブルのころにホテルの話が持ち上がり、立ち消えたもの。別荘を建てたはいいが、維持できなくなって売りたい所有者がいたのは知っていたが、誰も買わないだろうと思っていた。

 

交通の便が悪く、近くで船をチャーターするか持ち込まないと上陸できない。しかも近くの海域は冬になるとフェリーが運行を中止するくらい荒れることで有名だった。極め付けに漁業権はすべて組合が握っているため、島のまわりで海の幸を勝手にとれない。要交渉。

 

海の研究をする大学の学科がここしかないため、大学施設が近くの岸にあり、自然公園にも指定されている場所だから、建物を建てるにもあらゆる許可がいる。とてつもなくめんどくさい場所だった、はず。なのに、売れた。しかも大企業が誘致してもないのに、人も物もお金も一気に流れ込んできた。盛り上がらない訳がない。

 

 

「しっかしすごいわねえ、レアメタルかあ。ホントにうまってんのね、海は広いわ」

 

 

新聞よれば、代表の男性はインタビューにて、数十年前に発見されたレアメタルをうまく取り出せる場所だからと答えたようだ。確かに今の日本は、海底採掘のバブルである。

 

数十年前に発見されたレアメタルにより、日本は資源の乏しい国という評価を覆してから久しい。20xx年に実用化された海底採掘技術の波がジュンの故郷にまで及んだというわけだ。おかげでいろいろとすごいことになってるから、帰っておいでよ、がリホからのメールの内容だった。

 

 

「でも、リホがジュンに教えたいのは水晶の方みたいですね」

 

「そりゃあ、長い付き合いだし、アタシが宝石とか興味ないって知ってるだろうしね。カタカナのレアメタルよりも、水晶の方がわかりやすいからじゃない?」

 

「いえ、どうやら違うようですよ?」

 

「あ、そうなの?ふーん、なんだろ」

 

 

すごいことのメインは、どうやらジュンの故郷にあるめのう細工、思わぬ形で産業として盛り上がっていることのようだ。始まりは海底採掘の副産物として、高純度の水晶が大量に発見されたのがきっかけ。しかも古くからめのうが取れた土地に近い海域だからか、緑水晶、つまりめのうが含まれた水晶が大量に産出できるようになった。

 

もともとめのうが加工できる技術がある土地である。発展するのは早かったらしい。ジュンが興味本位で地元と水晶で検索をかけたら、えらいことになった。日本では水晶が取れなくなってからもうすぐ一世紀を迎える。それなのに、縁もゆかりも無い土地に水晶が発見された、しかも山ではなく海で。

 

綺麗なめのうが含まれ、高純度の水晶なんて奇跡の塊がばんばん市場にでたもんだから、全国ニュースになったようだ。今、びっくりするくらい民宿が繁盛してるらしい。そりゃリホもメール送ってくるわね、ってジュンは思う。今、彼女は水晶を取り扱う企業で働いているとのこと。いつのまにやら転職してたらしい。ちゃっかりしてて要領がいいのは昔からだ。最後に会ったのは年末だったから、半年ぶりの再会だ。

 

 

メールには、観光案内するから一日遊ぼうと書いてある。一日?ってひっかかりを覚えたジュンである。リホは、短大卒業後すぐに就職して、ちょうど2年前の今頃結婚したばかりである。高校時代の同級生たちとフォトアルバムをサプライズでプレゼントした記憶がある。

 

主導したのがジュンだから、なおさら。今年の年賀葉書には赤ちゃんと一緒にうつる夫妻がいた。年末だって午後のランチを一緒に楽しんで、のんびり買い物、せいぜい3時間である。明らかにおかしい。ところどころに違和感を覚えながらも、ジュンは、大切な話があるという言葉が重く感じたのだった。

 

 

 

ジュンの故郷は、隣の町まではあまりにも距離があり、保育所と小学校、中学校がひとつに併設されていた。だから同じ年の子供たちは、自動的に3歳から15歳まで同じクラス。それに高校からはあまりにも距離があるため、寮か2時間かけて通学する必要がある。地理的、金銭的理由から、進学する高校は実質3択だ。

 

みんなと別れる確率は3分の1。ジュンとリホは高校まで同じ、18年間いつも一緒にいた幼馴染だった。大学進学後ジュンは東京に出て、そのまま就職。リホは地元の短大に進学し、たまにしか会えなくなったが、今でもSNSのやりとりをする友達だ。今回はSNSではなく、わざわざプライベート用の個人メールで送ってきているあたり、よほど大事な話のようだ。

 

メールに返信したが、やはり詳しい内容は直接会って話をしたいようではぐらかされてしまう。今のリホを知らないはずのジュンに相談したいこと。第三者の意見を聞きたいのか、プログラマーやテイマーやってるジュンに協力を仰ぎたいのか。まあ、話を聞かないと始まらないだろう。

 

 

ジュンは旅行支度のため、買い出しに出ることにしたのだった。



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24話

ジュンの地元で一番最寄りの駅はこぢんまりとした無人駅である。精算は電車の車掌相手に行う。今は昼間だが夕方になると光源は自動販売機や蛍光灯だけ。あたりはきっと真っ暗になる。Wi-Fiもろくに整備されていない田舎である。Wi-Fiの携帯用を持ち歩かなければろくにテイマーを名乗れやしない。

 

自然を売りにしたよくあるポスターがぺたぺた張ってある掲示板を通り過ぎると、駅よりも駐車場の方が広い。駅の近くには居酒屋やスナック、旅館といった寂れた風景が広がっている。駅の施設だけが真新しくなり、どうやら会合等に使うほか、フリースクールのテナントも入っているようだ。

 

人ばかりが少なくなり、箱物行政ばかりが幅をきかせるかつての名残を惜しみつつ、ジュンはその扉をくぐった。有線放送の電話がぽつんとおいてある。さらに歩いた先には公衆電話がまだある。ちょっと感動しつつ、いくつも待ち人来たらずな車から親友の迎えを探した。

 

足を止めると窓が開いた。

 

「久しぶりだね、ジュン。のってのって。あ、荷物は後ろね」

 

「ごめんね、ありがとう」

 

「いいって、バスもう時間過ぎてるしね」

 

「えっ、ないの?」

 

「時間変わっちゃってね、前の逃すと2時間待ち」

 

「本数減った?」

 

「減った-。××駅から××にいくのが増えちゃってね」

 

「あー、そっか。今は人の流れそっちなのね」

 

「うんそう。私たちの頃とはだいぶ違うよ」

 

リホの運転する軽に乗り込み、ジュンはシートベルトを締めた。ボストンバッグを後ろに乗せたとき、チャイルドシートや子供用のアイテムを見つけることができなかったジュンは、違和感をぬぐえない。

 

以前同窓会で帰省したとき、ドライバーを名乗り出てくれたリホは、狭くてゴメンねとそれらがのった後ろについて謝ったというのに。片付けたんだろうか。ジュンが遊びに来るから?まだ手のかかる年齢だというのに?リホはジュンの戸惑いに気づく様子はなく、新しくできたカフェがあるから、とカーナビに入力し始める。そしてゆっくりと車は動き始めた。

 

「××ってケーキ屋さんあったでしょ?××駅にあった」

 

「あー、なつかしい。あったわね」

 

「××駅が新しくなったからなくなっちゃってね、新しいとこに移ったの。今行くイタリアンの店ね、あそこで働いてた人が奥さんで、デザートも出してるんだ。どっちも美味しいよ」

 

「あ、そうなの?」

 

「最近よく店出す人いるんだよね。こんな田舎でなんで出すんだろ?うれしいけど」

 

「あはは」

 

リホの言うとおり、新しい店は海沿いの道にあるイタリアンの店である。海水浴シーズンとあって繁盛しているようだ。冬も以外とサーフィンに来る人がいるからお客さん多いんだよと教えてくれる。たしかに日本海側の海は冬になると荒れるのだ。

 

大波を待つには絶好のロケーションだろう。マリンスポーツをやったことがないジュンにはさっぱりな世界だが、よく日に焼けた男女や夏休みとおぼしき家族連れが目立つ。予約席に案内されたジュンは、二階の個室に通された。

 

「ここのパスタ美味しいんだよー」

 

リホがおすすめしてくれたパスタやピザ、一品ものを頼み、デザートまで選んでしまった。あとは待つだけだ。おそらく時間がかかるだろう。スタッフが去って行ったのを見届けて、リホは笑う。

 

「ね、いいとこでしょ」

 

「すごいわねー、こんなしゃれたとこ無かったのに」

 

「でしょ?やっぱりすごいよね。ほら、あそこ。あそこの島にミクロ・コーポレーションが来てから変わったんだよ」

 

リホが指さす先には、無人島だったはずの島がある。定期船が出ているようで、それなりの岸が整備されているのがここからでもわかる。

 

「後で案内したげる。だからうちの売り上げに貢献してね」

 

「はいはい分かってるわよ、相変わらず要領いいわね」

 

ジュンの言葉にまーねとリホは笑った。なかなか会えない親友同士である。SNSでいつでもやりとりができるとはいえ、リホは結婚している上に子供が居るのだ。なかなか自分の時間はとれないだろうし、一日遊んでもいいということは家族が預かってくれているということだろう。

 

理解ある両親に恵まれたらしい。それが分かるだけでだいぶん気が楽になるジュンだった。くだらない話はさすがにSNSで行うわけにもいかない。だからたまに帰ってくるジュンに、この田舎における最新情報を伝えてくれるのがリホの役目であり、本人も楽しんでいるところがあった。

 

地元に残った同級生の動向や最近の事件について、話題も盛り上がってきたところで、スタッフがカートをひいてやってくる。リホの言うとおり、たしかに美味しそうな料理の数々だ。

 

「とる?」

 

「写真?んー、そうね。やめとくわ。アウルモンが後でうるさいから」

 

「アウルモン?それが今ジュンが飼ってるデジモンなの?」

 

「そーよ、プライベートで持ってるのはこいつだけ。バイトにはバイトのデジモンがいるしね。自分のデジモン持ち込んじゃ駄目だから」

 

「そっかあ、厳しいんだね。よくわかんないけど。どんなデジモンなの?」

 

「みたい?」

 

「みたい!」

 

ネット環境がろくに整っていないこの田舎で、デジモンテイマーに憧れたはいいものの、実際になろうとして地元を離れた人間と残った人間の認識の差は激しい。パソコンの仕事をサポートしてくれるAIか何かだと思っている人間も多い。リホは後者の人間だった。

 

「なら写真撮るわ。バレちゃうし」

 

「そう?じゃあ、はい」

 

フレームに収まるよう配置してくれるリホの好意に甘えることにする。いつもインスタントやバイト先の食堂で代わり映えのしない食事ばかりとっているジュンにはあるまじき料理の数々だ。突然いくつも投下された高水準のデータの数々に、案の定アウルモンは反応した。

 

「どうしたのですか、ジュン」

 

「この子がアウルモン?」

 

「そうよ」

 

「へー、フクロウみたいだね」

 

「でしょ?スコープつけたフクロウっていえばだいたいあってるわよ」

 

「な、なにをいうんですか、ジュン!私は鳥形デジモンですがフクロウではありません!だいたいこの姿は」

 

「はいはい、うるさいわね。リホがアウルモンが見たいっていうから呼んだの。変なこというなら画像消すわよ」

 

「それは困ります」

 

リホは笑った。アウルモンは古代種が起源とされているが、ジュンが唯一育成しているこのアウルモンは現代種だ。ソーラーモンから順調に進化した。リホは知るよしもないが、フリー種ではないアウルモンはウィルス種しか確認されていない。だが、彼女がウィルスバスター、そしてプライベート上での相方として選んだアウルモンはワクチン種だった。

 

デジタルワールドのセキュリティシステムに関わる仕事につきたいがために、今のバイトを選んだジュンにとって、ワクチン種はともかくウィルス種はまず育成の選択肢に入らない。リホにはいってもわからないだろうからいわなかっただけだ。他意は無い。

 

たった1体しか育成しない時点で、廃人の領域までデジモンテイマーをしていた時期がある彼女のデジモンがただの成熟期なわけがなかった。

 

「何ができるの?」

 

「私ですか?私はですね、偵察能力に長けており、主に夜間活動を得意としています。この暗視スコープは1キロ先の相手を発見し、追尾することができます。私の特性は戦闘より偵察向きですね。このかぎ爪で攻撃します」

 

「へー、そうなんだ。忍者みたいだね」

 

「ええ、よくいわれます」

 

今の私はですがね、という言葉が聞こえてきそうだ。仕方ないだろう、ネットワークが発達し、いつでもどこでもアクセスできる環境が整っている東京と違って、ここは特定のエリア内でしかネットに接続できない環境なのだ。しかも下手をすれば圏外になる。ジュンが持ち込んだ端末が主な移動手段となってしまう。

 

デジモンは世代によって構成するデータ量が桁違いなのだ。成熟期が適正なのだ。ジュンが思わぬ形で提供してくれたデータを取り込みつつ、アウルモンはめったにないものだと感動しきりだ。

 

貧乏学生で悪かったな、という話である。デジモンの育成だってただじゃないのだ。えさ代だってタダじゃない。そんな一人と一匹のやりとりをみて、リホはツボに入ってしまったのか震えている。

 

「ほらほら、食べましょリホ。料理が冷めちゃうわ」

 

「そ、そうだね、っく、ふふっ」

 

「そんなにおもしろかった?」

 

「だってジュンとアウルモンの会話、面白いんだもん」

 

相変わらずスイッチの入り方がずれている親友である。ジュンは肩をすくめた。

 

イタリアンを堪能したあと、ジュンはリホにつれられて文化館を訪ねた。すでに予約してくれていたようで、簡単なメノウのアクセサリーを作ることができた。ジュンが高校時代にもすでに存在していた施設だが、当然ながらメノウは海外産であり、その技術自体が大事という扱いだった。

 

だがメノウ、水晶、そういったものがまさかの海から大量に産出されるようになり、ここは一大スポットになっているようだ。今やなかなか予約が取れない人気の講座らしい。この加工品を販売する店で働くリホは、当然ながらいろいろと詳しかった。

 

おそろいのキーホルダーを思い思いの場所につけ、リホはいよいよ本命のミクロ・コーポレーションに向かう定期便にジュンを運ぶ。ちょっとした駅と化している港の付近で一休みして、この田舎の素晴らしさをまとめたPVが常設されている定期便に揺られる。

 

「どう、ジュン」

 

「ほんとすごいわね、私の知ってる地元じゃないみたい」

 

「私もそう思うよ、ちょっと話題になりすぎてて怖いくらい。そのうち落ち着くかなとは思うんだけど」

 

そのとき、はじめてリホは表情に影を落とした。音量を小さくして、ジュンは聞く。

 

「なにかあったの?」

 

ちいさくリホはうなずく。

 

「××さんね、今ミクロ・コーポレーションの担当なの」

 

「あー、まあこれだけでかいと行政からの支援も手厚いでしょうね。で?」

 

「最近、帰ってこないの。いつもここに用事があるって。さすがにちょっと多すぎるきがして」

 

ジュンの心境は穏やかではない。これは浮気の相談だろうか?ジュンの顔をみて、それを察したのかリホは意を決したように前を見る。

 

「実はね、ジュン。あんまり大きな声じゃいえないんだけど、ミクロ・コーポレーションって××商事の人がやってるの」

 

「えっ、それほんと?」

 

こくりとうなずく。

 

「デジモンのことはよくわかんないけど、あんまりよくない会社だってジュン言ってたよね?デジモンで悪いことする人がいたって。パートナーじゃない、普通の、育ててるデジモンを現実世界に連れて歩くのは悪いことだって。××さん、もしかしたら。だからね、一緒に調べてくれないかな」

 

 

 

リホにつれられて、ジュンはミクロ・コーポレーションの敷地に足を踏み入れた。

 



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25話

「さて、準備はいい?アウルモン」

 

『はい、いつでもいけますよ』

 

ジュンの端末からリホの端末にアウルモンが移動する。圧縮された添付ファイルを開くと、偽造プログラムに仕込まれたコンピュータウィルスにのって、侵入することができるのだ。最近よくある手口である。

 

コンプライアンスにうるさい行政ならネット環境と仕事上の庁内システムを切り離しているだろうが、肝心の使い手の意識がゆるいと意味をなさない。リホの旦那さんは充電器をよく忘れるのに、帰りの連絡はしっかりと入れてくれるらしいから、充電できる環境なのだ。パソコンから充電しているなら万々歳である。

 

リホの旦那さんはその業務上支給されたパソコンを持ち込んでいるようだから、今ここに居るのならリアルタイムで干渉することができるだろう。運任せなところはあるが、リホが協力してくれる時点でずっと実現する可能性は高くなる。

 

「いつもみたいに送ってみて」

 

「えっと、こう?」

 

リホに見せてもらったメールに、ジュンはうなずく。今、ジュンと一緒にランチだと数時間前に撮影した画像を添付してある、ごく普通のメールだ。リホはよくこうやって送るらしいから、違和感はないはず。容量を落とした割には添付の容量が大きいと気づかれてしまうかもしれないが、リホはあんまり詳しくない。

 

電話がかかってきても、何度かエラーがでてやっと送信できたとでも言えば納得してしまうだろう。こういうとき、こっち方面に強くないリホの説得力は半端ないのだ。ジュンがやったってなにかしら勘ぐられてしまう。

 

OKを出したジュンに従って、リホは送った。

 

一時間後、返事が来た。

 

ジュンのパソコンにスクリーンショットが送られてくる。

 

「うまくいったみたいね」

 

「ほんと?見せて見せて」

 

そこには何処かの仕事場が映っている。会議に向けた準備中なのだろうか、長いテーブルがあり、椅子の前には書類と名札がおかれていた。

 

「ちょっと拝借」

 

ジュンは彼のパソコンからこの建物の内部情報などを抜く。そして片っ端から閲覧していく。

 

「よーし、地図ゲット。戻っていいわよ」

 

アウルモンは接続されているスマホに移動すると、返信メールを送り始めた彼のメールにのって帰還する。ここで使用されているローカルネットに入り込んだアウルモンは、やがて無線LANが設置されているエリアを通ってジュンのパソコンに帰ってきた。

 

「おかえり。どうだった?」

 

「ネットから侵入するのはなかなか骨が折れますね。伊達に元クラッカーを雇っているだけはあります」

 

「あー、アメリカだとそこんとこ進んでるもんね」

 

ここは海外資本が入ってるんだっけ、とジュンは思い出す。クラッカーはもともと自己顕示欲がつよい若者達が行っている傾向がある。その中でも突出した実力の持ち主が警察に補導され、あるべき罪を償ったらその厚生なのか、それともその実力を買ってなのか、雇い入れる企業があるのは昔からの土壌の違いだろう。

 

もっともアメリカだって日本だって、普通に暮らしてきたハッカーが正当な評価をされるのは当然で、クラッカーを雇い入れるのが福祉に力を入れているという宣伝に使われているのもよくあるはなしだ。どうやらここはちゃんとやっているらしいけれど。さすがにジュンだって知っている特大のネット上のハッキング事件の首謀者だったクラッカー相手に真っ向な勝負を挑む気はない。

 

ほんの少しだけ、拝借するだけだ。

 

「ここはこんな感じね」

 

簡単にザッピングする。立体化した映像を前に、監視カメラが設置してあるところを確認し、一般人を装って入れそうなところを簡単に見つけ出す。今ジュンがつとめているアルバイトは、こういったシステムを構築する会社だから、テンプレートを使用している以上その大本が分かってしまえば弱点もわかるのだ。

 

「んー、じゃあ、14時のツアーに参加しましょ」

 

「うん、わかった」

 

海底採掘という事業について解説する博物館や資料館、実際に行っているところの見学など、修学旅行生も多いという。学生向けに補助金を出しているのは聞いていたが、今までは歴史的な建造物とかスポーツの合宿とかそういったものばかりだった気がする。

 

新幹線などの工事が進むとここまで人は来るのかと思う。海の向こうは見慣れた寂れた漁村だというのに、都会から来た高校生達にはそれすら新鮮に感じるらしかった。そりゃ、民宿でマリンスポーツをしたり、日本遺産について学んだり、近代的な工業の勉強もできるとなれば人気もでるというものだ。

 

実際、ジュン達が参加したとき、その大半は制服姿の学生だった。採掘場の映像に、マシーン型のデジモン達が混じっているのを発見すると、ちょっとテンションが上がってしまうジュンである。気持ちは分かるけどどうすればいいのとリホが現実に引き戻してくる。ガイドのスタッフに引率されながら、ジュン達は最後尾で歩みを進めていた。

 

「ここが水晶の加工場ねえ」

 

作業員や職人技で知られるデジモン達が働いている。その不思議な形状が削り出されていくのを眺めて、ジュンは目を細めた。

 

「どうしたの?」

 

「アクセサリーの制作体験じゃ気づかなかったけど、やっぱり現物みると違うわね」

 

「え?なにが?」

 

「水晶よ」

 

「水晶がどうしたの?」

 

「あれ、私、みたことあるわ」

 

ジュンは小さくため息をついた。

 

パートナーデジモンという、異世界を隔てたもうひとりの自分は、デジタルワールドが現実世界と共存するために派遣した隣人だ。だから、現実世界はそれを受け入れるために、様々な環境の整備をしてきた経緯がある。だが、デジタルモンスターという種族からすれば、前者はいわば新種なのだ。

 

本来のデジモンは違う。現実世界に出現したときの影響力の大きさは、デジタルワールドの冒険をはじめとした、デジモンと関わってきた先人達が多く事象を教えてくれる。そして、ジュンの生きる今もなお、通常のデジモンを現実世界で育成することは厳しく規制されていた。デジモンがもたらす甚大な影響を人類は克服することができないでいる。

 

その一つが結晶化現象とよばれるものだ。デジモンが現実世界にとっての異物であるために発生する歪みであり、触れたものを水晶で覆い尽くしてしまうと言う謎の現象が発生する。しかもその水晶は成長し続け、ほうっておいたら一帯が結晶で覆われてしまう。しかもそれは物質、生物、すべてを対象とする。

 

デジタルワールドが好意的でなければ、間違いなく戦争が起きるレベルの現象だ。現に、かつてチベットと呼ばれていたある地域がその結晶化現象により壊滅するという被害が発生し、その原因となったデジモンを選ばれし子供とパートナーデジモンが帰還させるという事件が起こったことはよく知られている。

 

ジュンはバッグにつけたキーホルダーを見る。

 

「え、じゃあ、これって」

 

「大胆すぎるから、さすがに全部がデジモン由来じゃないでしょ、さすがに。もしそうならデジ研が反応するはずだもの」

 

「そうだよね、うん」

 

「心配そうな顔すんじゃないわよ。さすがに提出する書類全部偽造は無理でしょ。ここに施設建てるには、国、県、町、全部敵に回すことになるんだから」

 

冷静に告げるジュンに、リホはほっとしたように笑う。ジュンにお願いして良かったとリホはいう。お礼を言うのはまだ早い。まだ始まってもいないのだから。そういってたしなめ、ジュンは遅れ始めた列に戻ることにした。リホはここで一時のお別れだ。あとでアリバイを工作してもらわないとならない。

 

やがて通路をはさみ、トイレ休憩といいながら、本来いくべきでない通路に侵入する。初めから掌握していたルートを抜け、あやしい、と睨んでいた施設に突入する。

 

不自然に監視カメラやネットワークが遮断され、外部との連絡手段が制限され、一部の人間しかアクセスできない仕様だった。もっとも管理する人間の倫理観ががばがばだったら意味が無いが。ジュンは大きな扉の横にある端末にUSBを差し込む。データは誤認する。一時的なものだが開けるだけなら十分だ。

 

そして、その先で、ジュンは一生忘れることができない光景を見ることになる。

 

映像や知識で知っていても、実際に見るのとは訳が違う。

 

すべてが結晶に覆われた世界だった。そこで無邪気な子供の笑い声が聞こえてくる。一人ではない、複数だ。ジュンは身の毛がよだつのを感じた。鬼ごっこをしている彼らは、みんな、透き通ったように透明な人々だったのである。



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26話

願いを1つ叶えてやろう、とその悪魔は言った。その代わり魂をもらうと。悪魔の契約によくある条件だ。問われた男はこう答えた。不老不死になりたいと。有史以来の人類の悲願を叶えたいと大まじめに言ってのけた。悪魔は大笑いした。なんて馬鹿な奴だ、気に入った。お前は神にでもなるつもりか。嘲笑する悪魔に男は違うと言った。

 

「これは進化だ。私は人類をさらなる高みに連れて行きたい」

 

男がとち狂った思想に染まった理由はわからない。デジタルモンスターの存在が世間に広く認知されるにあたり、人工知能を持ったただのウィルスプログラムがどのようにして自己を獲得したのか、を研究する過程で人道に外れたのか。

 

それともデジタルワールドがデジタルモンスターが多種多様な姿を獲得している理由に言及する過程で、かつては妖怪、幽霊、といった伝承に語られた存在であった。もしくは闇が人のすぐ隣にあった時代、常に側に居た何者かが源流にあると言ったことからなのか。

 

選ばれし子供の父親である著名な学者がデジタルモンスターは付喪神の一種ではないかという説を立て、それを思わぬ形で補完されたからなのか。なんにせよ、デジタルモンスター、とりわけパートナーデジモンの出現は、人間の肉体を伴わない精神的な進化の現れであるという思想はあらゆる観測と実証実験から証明されている。

 

ジュンの学んできた一般的な事実だった。ただ、その精神的な成長を促すもう一人の自分がデータ上の不滅の存在であり、死を知らず、ひたすら転生を繰り返すという生態に魅せられたことで人道に外れる人間が現れるのは必然だったのかもしれない。

 

その男はデジタルモンスターが人類の到達すべき新たな存在だと盲信した。そして、そのためなら手段を選ばないという一種の宗教めいた活動をするようになった。テイマーとデジモン、パートナーデジモンとテイマー、いずれの関係もテイマーの寿命という終わりがあるのは誰しもが知っている。

 

それを自覚したとき、離れたくない、という想いから道に外れるデジモンや人間が一定数いるのは仕方の無いことだ。男はそんな人々に寄り添う形でその思想を浸透させていった。

 

デジタルダイブするとき精神と肉体のリンクを遮断して現実世界に二度と帰れなくする犯罪を起こしたり、デジタルモンスターと人間が融合してしまうような大事故を引き起こしたり。あるいはデジタルモンスターを現実世界に常駐させることで現実世界とデジタルワールドの歪みを引き起こし、世界をつなげてしまおうとしたり。

 

その思想に染まっている人間を見つけ出すことは非常に難しい。なにせ彼らは特定の拠点を持たないし、共通の実態をもつ訳でもない。ただネット上の緩やかながら現実世界とは異なる強固なつながりを持っており、時としてセキュリティシステムに牙をむいた。

 

ネットでは時々話題になってはいた。そういった思想に染まったクラッカーがいると。新手の犯罪集団だと。ただ都市伝説のようにささやかれているだけでもあった。だからジュンは片手間にしか調べたことはなかったのだ。目の前に広がる光景に、それは紛れもない真実なのだと確信せざるを得なくなる。

 

デジタルモンスターは転生する生命体だ。転生できるだけのデータを転写できずに消滅するという事態にでもならない限り、死というものは次の生の前段階でしかない。パートナーと呼ばれるデジモンは自我を保ったまま転生する、そのテイマーにとってただ一人のデジタルモンスターだ。

 

そして死に別れたとしてもそのパートナーは必ずこう言うのだ。ちょっとのお別れだと。もういっちゃうのかと。人類も転生という特定の宗教で語られる程度の死生観について言及するのだ。特殊な生命体から自分たちもそうだとまるで当然のように語られれば、もしかしたら、と思う人間は多い。まして、たったひとりのもうひとりの自分からそう言われるのだ。

 

なら、どうして人間は死ぬんだろう。デジモンは自我を持って生まれ変わるのに。その問いにたいして、人類は欠陥品だから、という結論に達したのがその男であり、あらゆる手段を持ってデジタルモンスターのような完全な生命体になろうという過激な思想になっていった。

 

この空間に広がる結晶世界はその代表的な事件のひとつだ。

 

現実世界とデジタルワールドの歪みから発生する結晶化という異常現象、そしてこれから発症する病を人類は克服できていない。克服する必要など無い。これが人間のあるべき姿なのだから。そんな極端な思考回路の元、意図的に結晶世界を発生させようとする人間がいることをジュンはこのとき初めて知ったのだ。

 

澄み渡る音がただただ恐ろしかった。

 

色のある生命体に興味を示したのだろう、水晶から掘り出したかのような、緻密な造形の子供達がこちらにやってくる。体の全てが水晶でできており、物理的な損傷はほとんど受けない、死なない人間たちがそこに居る。お腹がすいたからちょうだい、とジュンの鞄につけたばかりの水晶のキーホルダーを指さされる。

 

おそらくここの海底採掘で得られる水晶を含んだ鉱物、もしくは上位のデジタルモンスターの常駐化で肥大化しつつける水晶達が主食なのだ。ジュンはそれを渡す。きゃいきゃい無邪気に笑う物乞い達は、そのまま取り合うように去って行く。

 

ここにあるものはすべて水晶で構成されていた。それ以外の何者も必要としないからだろう。接合技術はよくわからない高度なものが用いられており、おそらく強度的にはすさまじいものがあるはずだ。

 

子供しかいないのが恐ろしい。嫌でも目につく足下に転がる残骸達は、どうみても人間の彫刻を粉砕したかのような塊だらけだ。結晶化の病を発症した末期患者は、やがて隔離病棟で永遠に過ごすか安楽死を選べると聞いたことがある。

 

今のところ安楽死を選ばない人間はいないとも。それはきっと普通の人間として生きてきた記憶があるからであり、死にたいと思ったときには自分では死ねない体になってしまうことへの絶望感からだと言われている。あの子達はなにもしらないんだと、ジュンは気づいてしまう。無邪気に笑っていられること自体、異常事態なのだ。

 

ここが隔離病棟だったら印象は違った。違うから背筋がひたすら寒いのだ。ここは海底採掘を行っている大企業の施設の中なのだ。福祉施設ではない。ここに居る子供達はどう見てもおかしいが目についてしまう。

 

「アウルモン、ちょっといい?」

 

『はい、お呼びですか?』

 

「みてこれ、どう思う?」

 

『・・・・・・これは。どうみても通報案件かと』

 

「そうよね。地元がいつのまにか悪質ハッカーの本拠地にされたんじゃたまったもんじゃないわ」

 

アプリを起動し、リアルタイムで撮影していく。そのデータはアウルモンによって、アルバイト先であるデジタルワールドのセキュリティシステムの末端の末端に送られる。

 

『どうします?』

 

「大本が気になるわ。行きましょうか」

 

『はい』

 

「ここまでデジタルワールドと現実世界の境が曖昧なら、アウルモンが出てきても問題なさそうね。来てくれる?」

 

『はい、わかりました』

 

ジュンの呼びかけに応じて、スマホから現れたアウルモンは近くの水晶に覆われた岩に留まる。

 

「何が出てくるかわからないし、全力で行くわよ」

 

「承知いたしました」

 

その声はどこかうれしそうだ。ジュンはスマホを通して、アウルモンの構成するはずのプログラムから意図的に抽出し、凍結していたデータを解放する。容量の関係で無理矢理成熟期に押し込められていたデータを再構築し、アウルモンの姿は変わっていく。

 

それはデータ種のマシーン型デジモンのデジゲノムだった。フォークリフト、ショベル、重機を一つにしたようなマシーン型デジモンであり、ジュンの一番のお気に入りのデータでもある。ついでに言うと初めて2体のデジモンをジョグレスさせるとき、アウルモンと呼んでいる今のデジモンの自我の元になった本来の姿でもある。

 

容量が重すぎてスマホでは思うような身動きがとれないということで、極限まで小さくした姿がアウルモンというわけだ。本来マシーン型デジモンであったはずの自分がテイマーの都合で鳥形にゆがめられていたのだ、不満も出ると言うものだ。0と1が解け、本来の姿を取り戻した彼はジュンを乗せて勢いよく羽ばたく。

 

「どう思う?」

 

「やはりここは歪んでいますね」

 

黄金色の装甲に身を包んだサイボーグ型の巨大な鳥のようなデジモンが羽ばたいた。風を産み落とし、結晶世界を飛翔する。デジタルワールドに入り込む異分子を消滅させる役目をもつこのデジモンは、プログラマを志すジュンに育てられたからか、ことさらそういった事象に機敏だった。

 

「どうします?」

 

「デジ研からの連絡はまだないわ。あの子達をどうするのかは大人に任せて、私たちは大本を叩きましょ」

 

「わかりました。しっかり捕まっていてくださいね。どうやら見つかったようだ」

 

「そのつもりで解禁したんだもの、当然よね。頼んだわよ、クロスモン」

 

「任せてください」

 

乱反射してまぶしい水晶の空間から伸びてくる無数の水晶。クロンデジゾイドというデジタルワールドでしかとれない鉱物でできている体は、一切傷つかない。この体を構成する物質は摂取する食料で賄わなければならず、当然ながらジュンはこの姿のまま養うことはもとよりできないのだ。

 

だから、暴れていい、とジュンが許可するということは、それだけの異常事態ということでもある。期待に添えるよう頑張らなければならない。何度目になるかわからない転生の中でも、いつだってジュンは期待してくれたのだから。

 

クロスモンは豪快に羽ばたいてそれを一蹴すると、結晶化を仕掛けてきた新手に向かって白亜の光線を発射する。的確な狙撃により、一瞬にして敵は灰となる。まだまだ序の口だ。誰かがここに来るまで盛大に暴れなければならない。プリズムの輝く世界で、雪のように灰が舞った。



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27話

「うーん、載ってないわね」

 

実家が契約している地方紙の電子版を先月から読み始めたジュンだったが、一向にあの会社で行われていた結晶化現象についての記事が載る気配はない。ネットの地方テレビの電子版をのぞいたり、地方の話題がよく載っている掲示板をのぞいたりしてみたのだが。

 

あの事件だと察することができるようなコメントのひとつも見つけることができなかった。相変わらずジュンの地元は地底採掘による副産物の話題に事欠かない。むしろツアーなど事業の規模は大きくなっており、それに水を差す事件についてひとつも載っていない。

 

「内々に処理したのでしょうか?」

 

「それっぽいわねえ。まあ気持ちも分かるけど。ずいぶんと仲いいみたいだし」

 

自治体の補助金はだいぶあの大企業に流れているようだし、様々な事業の提携を行うことが連日連夜報道されているところをみると、ジュンが表沙汰にしようとしたあの事件は、主犯となった男の個人的に行ったこととして処理されてしまったのかもしれない。

 

実際、あの結晶化現象については、当事者となった人々や周囲に対する偏見は根強いものがある。ましてジュンの地元はよくもわるくも近隣とのつながりが濃い、民宿主体の地域である。

 

大々的にセンセーショナルな事件の舞台になってしまえば、マスコミの餌食になってしまいかねないのは予想できる。罪を告発する被害者が現れなければ立件できない案件なのだ。急速に広がったデジタルモンスターと現実世界の法律の整合性はまだまだとれていないところがある。

 

あそこにいた子供達が誘拐されたあげくに犠牲になったのなら、警察は問答無用で動くだろうし、失踪した子供を捜し求める家族がネットやマスコミに出てきたらいくら自治体が隠したくても無理な時代だ。それが一切無いということは未成年であることを考慮されたことを考えても、名前を伏せて報道すらされない。つまり彼らは望んであの体になったということだ。ジュンはやりきれない気持ちだった。

 

「あんなちっちゃい子がずっと結晶体のまま生き続けるのよ。むごすぎるじゃない」

 

はあ、とジュンはため息をつく。保育所にも通っていない気配がする。なにもしらない子供なら、そういうものだと受け入れてしまっているのかもしれない。どうしてあんな小さな子供をあんな姿に変えられたのに家族はなにもいわないのだろう。それが不思議でならなかった。

 

「ジュン、そろそろ行きましょう、時間ですよ」

 

「そうね、この様子だとあの事件は表に出ない感じみたいだし。どうしよっかな、電子版。地味に高いのよね」

 

バイトに行くよう急かしてくるアウルモンにうなずいたジュンは、いつもの鞄を手にアパートをあとにした。

 

 

数週間後

 

 

「ねえねえ、ジュンさん。ジュンさんってたしか××出身でしたよね?」

 

「え?そうだけどどうしたの、急に」

 

ようやく訪れた昼休み、駅地下でいつも買っているサンドイッチを食べていたジュンに、隣の席の後輩が声を掛けてくる。この事務所はコーヒー好きが多いため、コーヒーメーカーが常備されている。入れ立ての美味しい香りが漂う。きょとんとしているジュンに、彼女はスマホを見せてくる。

 

「ここってジュンさん知ってます?」

 

そこにはジュンの地元である。

 

「ここ私の地元だけど」

 

「あ、じゃあ、もしかしてこの子知ってます?」

 

「えっ、なにが?」

 

「あ、もしかしてまだニュース見てません?これなんですけど」

 

彼女が見せてくれたのは、ニュースの速報である。そこに書かれている記事をみて、ジュンは凍り付いた。

 

あわてて自分の端末を起動し、アウルモンに地方紙の電子版をふたたび契約するようお願いする。明らかに様子がおかしいジュンにアウルモンは慌てていわれたとおりの手続きを始める。後輩はジュンをみて察したのか、もっと詳しいニュースが見られるページを検索して見せてくれる。

 

ありがとうといいながら、ジュンはそれにざっと目を通す。

 

そこには、2歳の男の子の遺体が盗まれたという記事が出ている。事故にしろ事件にしろ目撃情報や状況証拠が一向に出てこないため、地元の警察が公開捜査に踏み切ったようだ。写真と実名が公開されており、父親が我が子の写真を片手にすぐに返してくれと訴えている記者会見が放映されていた。

 

「リホ・・・」

 

「ジュンさん?」

 

「ごめん、ありがと。この子、うちの友達」

 

「ええええっ!?それほんとですか?!」

 

「・・・・・・ええ」

 

後輩は掛ける言葉が見つからないようで、視線をさまよわせている。思わず大声が出てしまい、どうしたんだ、と近くに居た社員の人が寄ってくる。

 

「この子、ジュンさんの友達のお子さんらしいです」

 

「えっ、それほんと?」

 

「・・・・・・はい、一番仲良かった友達なんです」

 

このあいだ、一緒に遊んだとはとても言い出しにくい雰囲気だった。ここに記されている時系列を考えるなら、リホがジュンに旦那の浮気を疑って捜査を依頼したときと、病気で亡くなったときはほんの数週間しか離れていないではないか。喪すらあけていないというのに、一緒に遊ぼうといっていたのだ、リホは。衝撃と同時にずっと胸の中でくすぶっていた違和感がかちりと重なる。

 

2歳の子供が居るのに車社会の地元でチャイルドシートやおもちゃがひとつも乗っていない車。どうしても子供中心になるため、独身の頃のように自由になれる時間はなかなかみつけられないのに、一日遊べたという事実。そしてなによりもジュンはショックだった。子供が病気で亡くなるなんて一大事を一切教えてもらっていなかったのだ。

 

記事によれば自宅療養中に容態が急変し、救急車で緊急搬送されるがその場で脳死となり、両親の意向で延命治療はしなかったという。通夜をするために無言の帰宅となった翌日、忽然とその遺体はなくなっていたという。あまりのショックで母親は表に出てこれないと父親は訴えている。あまりにも罰当たりな事件だ。

 

どういうことだろう、とジュンは疑問で頭がいっぱいになり、冷静に考えることができないでいた。

 

「こっちの方がよっぽど大事件じゃない、リホ。こんなときに表だって動いてくれる旦那さんが浮気なんてするわけないじゃない」

 

あのときはなにひとつ違和感がなかったというのに、今こうして目の前でニュースを見るとあのときのリホがあまりにもおかしすぎて背筋が寒くなる。

 

そしてジュンは気が気ではないまま、アルバイトを終えてまっさきに電話を掛けた。旦那はすぐに出てくれた。どこか疲れた様子である。無理もない。心中察するというものだ。

 

「ニュース見ました、××さん。このたびは大変な事件になってしまって、なんといっていいか、その、知らなくてごめんなさい」

 

「えっ」

 

それは明らかに戸惑いの言葉だった。

 

「××さん?」

 

「どういう意味です、ジュンさん」

 

それは明らかにおかしかった。彼が言うには、ジュンは地元に帰ってきたその日、リホの家に行って線香を上げてくれたと聞いたという。

 

通夜や葬儀には大学の試験でどうしてもいけなくてごめんなさい、終わったらすぐに行くという手紙と共に香典が渡されたというのだ。そして、ふさぎ込んでいたリホを元気づけるために、地元の観光をお願いしてくれて、おかげでちょっとだけリホは元気になった、ありがとうといわれてしまった。

 

ただジュンが東京に帰ってからは、遺体が盗まれるという事態に見舞われ、ショックの余りダウンしてしまい、実家に帰っているという。訳が分からない。どういうことだろう。電話の向こうで全然知らない話をされているようで、ジュンは困惑しきりである。

 

「・・・・・・今から帰ります。詳しい話、聞かせてもらえませんか?」

 

彼の言葉すら耳に入らなかった。ジュンは鞄一つ抱えたまま、その足で地元に向かう新幹線に飛びのった。その場の勢いでの帰省だ、充電が死んでしまった携帯はもう役に立たない。

 

自由席に充電施設などあるわけもなく、ジュンは半日掛けて実家に帰り、最寄りの駅で公衆電話から実家に電話を掛けたのだった。迎えに来てくれた弟は、ジュンの焦燥しきった顔を見て、なにもいわないままリホの家に車を出してくれた。弟からスマホを借りて電話を借りる。

 

そして、夕方。

 

リホの家に到着したジュンを待っていたのは、ごった返す警察とマスコミ。さすがに真正面からは入れない。地元民だけが行き来を許されている感がある裏手に回り、ジュンはリホの嫁ぎ先にお邪魔した。

 

「ジュンさん、リホが行きそうなところ、知りませんか?」

 

お茶を出されて待っていたジュンに、彼はあわててやってきて、そう口走った。

 

「リホがいないそうなんです!」

 

気晴らしに散歩に出かけると家を出たきり帰ってこないという。青ざめたジュンはさすがにたまらなくなって警察に、数週間前のことについて説明することにした。さすがにリホが浮気を疑っていて、その調査に帰省したことは伏せた。

 

あの会社で雇われているハッカーが元クラッカーであると聞いて、若者の地域更生に興味があるから訪れた、と真逆の動機をでっち上げ、ジュンは洗いざらいしゃべるのだ。

 

そして、事情を聞いてくれた警察の目の色がかわったのをみたジュンは、アウルモンに連絡をいれるよう指示した地元のサイバー犯罪やデジタルモンスターの事件に関わる部署がその事件を表沙汰にならないよう握りつぶしたことを悟った。デジ研にさっさとチクればよかった、とジュンは心底後悔することになる。

 

「あの会社に行きましょう、リホ、もしかしたらあそこにいるのかもしれない」

 

強烈に焼き付いている結晶世界。そこで遊ぶ無邪気な子供達。もしかしたら、彼らはもうすでに死んでいるはずの子達なのではないだろうか。あるいは肉体を失ってしまったような、子達なのではないだろうか。ジュンは子供が居ないから、突然の病で我が子を失った親友の気持ちは分からない。でも、そんな嘆きをすくい上げることで数多の悲劇を加速させてきた組織をここにいる誰よりも知っていた。

 

長旅の疲れなどに構っている暇はなかった。透き通った怒りに満たされていたジュンは、ふたたび結晶世界の広がる温室に足を踏み入れるまでの過程を思い出すことができない。そこにいたのは、ジュンが初めて会った野生のデジタルモンスターだった。

 

人間との交流を前提に誕生したパートナーデジモンでも、共に仕事をするための仲間でもない、純粋にリホのような我が子にどんな形でもいいからもう一度会いたいという願いを叶えてしまうような無垢な悪意に満たされたモンスターだった。こちらの価値観や思想など一切理解を示さず、あらゆる手段を持ってかなえようとしてしまう、そんなデジモンだった。

 

プリズムが輝く結晶世界に降臨した究極体。音源不明の高らかなトランペットが鳴り響いていた。付き従う魔人型デジモンが吹き鳴らしているらしい。2体の従者に先導される形で、グリフォモンに騎乗して現れた騎士はなぜそこまで怒り狂っているのかと問いかけた。

 

頭上に公爵の冠を携え、彼はいう。彼が現実世界にやってきたのは、死者の魂を呼び出して質問に答えさせることができるという能力を知ったテイマーによるものだと。

 

死に別れた子供と会いたいと嘆く研究者が始まりだと。また会いたい、寂しい、一緒に居たいと答えたから一緒に居られる方法を確立させてやっただけだと言ってのけた。ふざけるなとジュンは思った。それはジュンがなによりも危険視するデジモンを異常崇拝する人間のすることだ。

 

データが実体化した存在に過ぎないデジモンを取り込んだデータそのものだと盲信することはデジモンの自我に多大な影響をもたらしてしまう。かつてはひとならざるものだった存在がネットにその居場所を求めたのがデジタルモンスターなのだ、そんな存在に原始の姿を思い出させてどうする。絶対におぞましいことしかおきない。

 

糾弾する彼女の目の前で、悪夢は現実となってしまった。かつての親友は失った我が子と共に居るために結晶になる道をすでに選んでいた。

 

かつて座天使だったというそのデジモンは、慈悲と慈愛を与える存在であるが故に、光の限界を感じて堕天したのだという夢物語を語った。人間はデジモンと違って死んだら生き返らない。でも自分はその死後の魂を呼び出せる。そして彼らの願いを叶えることができる。

 

ならその力をもって彼らを救いたいといってのけた、それが当然だと言い切った。もうその時点でジュンは対話する意義を失った。元になったデータと自分がデジタルモンスターであることを混同してしまっている。そうさせたのはきっと育てたデジモン狂信者のテイマーである。暴走状態にあるAIを沈静化させる方法をジュンは誰よりも知っている。

 

「行くわよ、アウルモン。神気取りの堕天使に分からせてやらなきゃ」

 

「ええ、わかっています。デジモンと人間の関係はどんな形であれ私は許容しますがね、それは我々と現実世界の関係を壊さないという前提があってこそです。これはいささか常軌を逸脱している。これは看過できません」

 

これがジュンにとって初めてのネットワークセキュリティとしての仕事になるなど、このときの彼女は思ってもいなかったのである。



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28話

なるほど、とガーゴモンはうなずいた。

 

「そのムルムクスモンはどうなりましたか?」

 

ムルムクスモンは究極体、魔王型、ウィルスのデジモンだ。元々は天使の階級でいう座天使デジモンだったが、堕天して魔王型デジモンになった。ナイトメアソルジャーズの幹部クラスであり「伯爵」の名で呼ばれており、30の魔軍団をまとめている。また、幻獣デジモンのグリフォモンを従えており、自らの手足として使役している。必殺技は業火を吐き出し、死してなお永遠に苦しむと言われる『ゲヘナ・フレイム』。

 

ラテン語で「ささやき」「うなり声」などを意味する。

 

レメゲトンはソロモンの小さな鍵とも呼ばれる。ソロモンに由来するとされる5つの魔法書をまとめた5部構成となっている。そのうちの1冊ゴエティアにはソロモン王が使役したという72人の悪魔を呼び出して様々な願望をかなえる手順を記したもの。

 

そのために必要な魔法円、印章のデザインと制作法、必要な呪文などを収録している。本書には、この72人の悪魔の性格や姿、特技などが詳述されており、72人の悪魔各々の印章も収録されている。そのため悪魔名鑑としても参照される。

 

72の悪魔のそれぞれが地獄における爵位(悪魔の階級)を持ち、大規模な軍団を率いていることが個別に記されている。

 

ムルムクスモンの由来たる悪魔は、

序列54番の地獄の大公爵にして伯爵であり、30の軍団を率いる。堕天する前は、座天使および天使の階級であった。

 

召喚の際には、トランペットが高らかに鳴り響く中、2人の家臣の先導のもと、ハゲワシまたはグリフォンに騎乗して公爵冠を被った兵士の姿をとって現れる。死者の魂を呼び出して質問に答えさせることや哲学に長じている。『地獄の辞典』では「音楽の魔神」とされている。

 

ジュンの親友はおそらく死んだ子供の声を聞くためにムルムクスモンを呼び寄せたのだ。そして結晶化という甘言に乗った。乗ってしまった。悪魔を由来とするデータから生まれたそいつは、結晶化により人間を救うというばかげた事件を引き起こしたのだ。

 

「さあ......あの時はまだ私一般テイマーに過ぎなかったから......。セキュリティシステムの人に通報して、工場は閉鎖になって、大騒ぎになって......。地元の経済にトドメさしちゃってさ、もう帰れなくなっちゃったきりだから怖くて聞けなかったわ」

 

「なぜです?ジュンが関わったことは伏せられたのでは?」

 

「それはそれ、これはこれよ。一気に過疎ってく地元みてたらいられなくなっちゃってさ。弟が実家継いでくれたから私はどうこう今更言えなくてね、それきりよ。これがきっかけでセキュリティシステムの会社にアルバイトから正社員に入れてもらったわけだから、チャンスでもあったんだけどね」

 

「つまり、親友がどうなったかもわからない」

 

「ニュースでみたわ。保護施設に入ったって。二度と出れなかったことくらい私にだってわかるわよ」

 

「それは余計なことを話させてしまいましたね」

 

ジュンは首を振った。

 

「今ならもっと上手くやれたって何度も夢に見るのよ、私。今更なんだけどね」

 

ジュンはネガティブの火に心をただらせる。るつぼの中の白金のように、溶けがたい、せつない懺悔がのこる。後悔が、どこまでも尽きない原始林のように、心の奥に薄暗く生い茂る。それを注意深く見つめていたガーゴモンはほの暗く笑うのだ。前世の記憶とはいえ、こうやってジュンの胸に一点の黒い染みのような後悔が残っていることは満足感をあたえる。

 

ジュンはそれだけではなく、ひとつの経験として消化して、成長するための糧としていることが気に食わなかったが次第点とした。

 

回想する度に反省が煙のようにゆらめきながらゆつくりと訪れているのだから。切断された反省が、新しい血のように吹き上げて来ている。ジュンの自省力は、あの細長い紙片を一トひねりして両端を貼り合わせて出来る輪のようなすべからざる構造をもっていた。反省が青い刺のように神経をさすのを感じながら、ジュンは前を向くのだ。

 

「光子郎君たち、近いみたいね。そろそろ行きましょうか、ガーゴモン」

 

「合流はどちらに?」

 

ガーゴモンはニコニコ笑いながら聞くのだ。人間は後悔をする動物だが、改心はしない。繰り返すのだ。馬鹿なことを。『歴史は繰り返す』というのは、それの言いわけだ。

 

がそう言ったときの小さな笑みを、ときどき思い出す。その笑みが心の右はじあたりに小さな痛みとして住み着いて、雨の日にはまるで古傷のように顔を出す。でもよく考えたら、ジュンの心にはそんな小さな痛みがたくさんある。その小さな痛みのことを、人は後悔と呼ぶのだろう。

 

新しい後悔が、ジュンの両肩に載った。他の後悔に比べると、言葉だけのそれはずっと軽く、簡単に払い落とすことができそうだったが、ジュンは赤ん坊をおぶうように背中を少し曲げて、新しい後悔を胸に染み込ませた。

 

 

光子郎が指定したのは、光が丘公園だった。そこにいくまでには多くの団地が建ち並び、中心部には光が丘駅、ショッピングセンターIMAがある。団地内に多くの公園が点在するが、その中でも1番大きいのが光が丘駅北側に位置する都立光が丘公園だ。光が丘公園は都内でも有数の面積を持ち、公園中に図書館、体育館、テニスコート、野球場を備えるなど人々の憩いの場となっている。

 

周りは光が丘パークタウン、光が丘の多くの部分を占める集合住宅街またの名を光が丘団地ともいう。

 

そこだった。

 

人数の分だけ結界は強固なものとなる。ジュンがきたとき、パソコンを起動してアプリを展開すると光子郎たちのいる場所が直ぐにわかった。

 

「ジュンさん!」

 

「ごめんね、みんな。みんなが探してた子達が見つかったから夢中でおいかけてたらこんなとこまで来ちゃったわ」

 

「よかった......無事だったんですね」

 

「一言くらい連絡くださいよ、ジュンさん!心配したんだから!」

 

「ごめんごめん」

 

ジュンは申し訳なさそうな顔をしながら手を合わせる。

 

「見つけたって、もしかして」

 

「うん、間違いないと思うの。ヴァンデモンの仲間の中でワクチン種だし、話を聞いたらどうやらずっと1人で誰かを探していたらしいし。紋章が唯一の手がかりだったみたいだから」

 

「ほんとか!?」

 

「ただね、こっちとあっちの時間の流れ違うじゃない?だからかなり記憶があいまいで自分が選ばれし子供のパートナーだってこと、忘れてるみたいなのよ。だからそれだけ考慮してあげてね」

 

光がおそるおそるジュンの近くにやってくる。

 

光はまさに。古い水の鉢の中であえいでいる金魚が、新しい水の注がれるのを待ちかねているような顔をしている。圧縮されて来た待ち遠しさで、潰れそうに感じだしている。ここにくるまでの時間が、期待のあまり精神的不活溌のうちに過ぎた。

 

楽しいことって、真っ最中よりも待ち遠しく思ってるときのほうが幸せだ。堪らなくなってそのままパソコンをのぞき込む。

 

「......誰よ、あんた」

 

テイルモンは困惑していた。

 

「......なんでわたし、泣いてるのよ」

 

ウィザーモンは帽子を深くかぶる。

 

神様の采配により再び出会ったテイルモンと光は、運命に翻弄される奇跡、あるいは幸運を前になにもいえないでいた。

 

時間のないような気分で生活しているので、ふいにきちんとした未来に、タイムマシン的にひゅっと運ばれた気さえする。初めて時間の経過を認識する。

 

突然ものすごい懐かしさと親しみを感じた。戦友に会ったとき、こういう気持ちになるのかな、とさえ思った。

 

会っていなかった時間をずっしり感じた。 互いにそれはもう、百倍から二百倍くらい感じてしまう。

 

「ねえ、名前は?」

 

「先に名乗ったらどう?」

 

「あ、そっか。私は光。光。八神光っていうの。あなたは?」

 

「わたしはテイルモンよ」

 

「テイルモン」

 

「ええ」

 

感情の波がうねる。燠のような感情が海のように騒ぐ。二人の間には絶え間なく激情が満々たる水のように襲う。想念が気持ちの中に煮えるようにわきたつのだ。

 

身体の中に音楽のようなものが湧き上がってくる。体中がポッと熱くなるほど感情を動かされる。言説の底に激しい潮のように流れている。体の芯のあたりで熱いものが揺らめいた。ひたひたと潮のように押し寄せて来るものがあった。

 

テイルモンは光という名前を耳にして、そこに秘められたとくべつな響きに反応したように、一瞬目を伏せた。しかしすぐに目を上げ、前と同じ凛とした顔に戻った。テイルモンの中で小さな渦のようなものが突然巻き起こり、そしてすぐに静まったように見えた。川の浅瀬に重い石を落とすと、川底の砂が立ち上って水を濁すように、〝あの気持ち〟が底から立ち上ってきて心を濁す。

 

気持ちを駆り立てるなにかのせいで体が震えてきたのだ。しんからびりびりッと本能の皮膚にさわって来た。

 

「......選ばれし子供とか、パートナーとか、会えばわかる。忘れていたってすぐにわかる。そう言ったわよね」

 

テイルモンはジュンを見上げた。

 

「言ったわよ。太一くんやアグモンたちを見ていればわかるわ。そういうものなんでしょ?選ばれし子供とパートナーデジモンって。光ちゃんのパートナーデジモンであるなによりの証拠じゃない」

 

テイルモンはしばし太一たちを見回して考え込む。嘘だとばかり思っていたのだが、ジュンのいうとおりになってしまっている自分が確かに存在している。どうやらテイルモンは光のパートナーデジモンなのは紛れもない事実のようだ。

 

「ね、お願いテイルモン。ヴァンデモンを倒すの手伝って。ヴァンデモンたちが光が丘のみんなにひどいことしてるのは、テイルモンがよく知ってるでしょ?」

 

光の説得にテイルモンは唸る。

 

「どうしたの?」

 

「......いきなり現れてパートナーだなんだっていわれてもね。わたしはヴァンデモン様に拾われてからずっとお世話になってきたのよ。この世界に侵攻したのだってそのためでもある。光っていったわよね。もし、私が本当の家族だから今すぐ太一とアグモンを倒しなさいって言われたら、できるの?」

 

テイルモンの言葉に太一達は言葉に詰まるのだ。なにせ太一達からすればヴァンデモンたちは紛れもない敵である。倒すことになんの躊躇もない。ずっとそうしてきたのだから。

 

ジュンは不味いことになったな、と考えた。ヴァンデモンに虐待されながら育つはずだったテイルモンはガーゴモンの配下になり、適切な環境を与えられたことで未練が生まれている。なにせテイルモンは負けん気がつよいものだからガーゴモンの無関心からくる放任主義は愛情の飢えからくる自己顕示欲と合致してしまったらしかった。

 

「でも、ヴァンデモンは光を狙っていますよ、テイルモン」

 

「......それは」

 

「えっ、どういうことだよ」

 

「私はウィザーモンというのですが、」

 

ウィザーモンの話を聞いて太一たちは驚くのだ。

 

ヴァンデモンは8人目の選ばれし子どもを抹殺するべく、軍団を結成し現実世界へと侵攻した。現実世界ではヴァンデモンに魅了された若い女性が口づけを迫るが、ヴァンデモンは女性の血を吸いながら力を蓄えている。

 

また、弱点の日光を遮蔽し、自身の力を高める霧の結界を展開。人間達を捕獲・収容している。非常に残虐な性格で、用済みになった部下を容赦なく自分の手で抹殺しており、ウィザーモンたちも殺されそうになったところをジュンに助けられた。

 

ヴァンデモンは友情や信頼を特に嫌っており、妙に人間界に詳しく強い執着心を抱いている。

 

「将来自分を破滅させる人間を探しているようなのです。その中に選ばれし子供も含まれている」

 

「あれ、それおかしくないか?オレ、ゲンナイさんから敵はみんな暗黒のやつから生まれたやつらで、生まれた時から敵だって聞いてるんだけど」

 

「でもゲンナイさんて、当事者じゃないからわからないとも言ってなかった?予言の書に従ってみんなをデジタルワールドに呼んだみたいだし」

 

「じゃあ、ヴァンデモンさまは初めからデジタルワールドにいた私達と同じデジモンてことなのか?なあ、なら、まだ助けられるんじゃないか?」

 

テイルモンの言葉に秘められた必死さに太一たちは考え込む。何らかの理由で暗黒の力に操られている可能性があるなら、無理やり倒す必要はないのではないかと。

 

「ヴァンデモン様は本気だ。本気でこの世界を征服するつもりなのだ。その足がかりとしてこの街を結晶化しようとしている。戦いは避けられないと思いますよ、テイルモン」

 

ウィザーモンの警告にテイルモンは俯いてしまう。

 

「いつもそうだ。1番認められたい人ばかりが私の前からいなくなっていく。しかもヴァンデモンさまを倒せだって?そんな......急に言われても......わたしは......わたしはっ」

 

泣き出してしまったテイルモンに重い沈黙が降りたのだった。



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29話

光子郎のパソコンがユーガットメイルと通知を知らせてくる。ゲンナイさんからのメールだった。驚いた光子郎の声が、重苦しい沈黙を打ち破った。

 

「待たせたのう、選ばれし子供たちよ」

 

ゲンナイさんから予言について連絡が入ったのだ。太一たちはパソコンに集まった。ゲンナイのかくれが、というファイル名が勝手に展開される。

 

「よく間に合ったな、ゲンナイさん」

 

かくかくなのはご愛嬌だ。

 

「こちらの1分はデジタルワールドの一日じゃからのう。膨大な時間さえかかればなんとかなるもんじゃわい」

 

「なるほど、ゲンナイさんがこちらに来ないのはそのためだったんですね」

 

「なんとか暗黒の種の影響を抑え、分身を作り出せるくらいまで再起することに成功したんじゃ」

 

パソコンの向こうにはたくさんのゲンナイさんがいる。ゲンナイさんたちはデジ文字を日本語に変換していく。そこには先代の選ばれし子供たちが残した予言があった。

 

内容は、ヴァンデモンを倒せるヒントが記された予言について。

 

「はじめに、蝙蝠の群れが空をおおった。続いて、人々がアンデッドデジモンの王の名を唱えた。そして時が獣の数字を刻んだ時、アンデッドデジモンの王は獣の正体をあらわした。天使達がその守るべき人のもっとも愛する人へ光と希望の矢を放ったとき、奇跡はおきた」

 

そう文章が刻まれている。

 

「獣の数字って?」

 

ゲンナイさんがいうには獣の数字は、『新約聖書』の『ヨハネの黙示録』に記述されている言葉である。以下に引用すると、ここに知恵が必要である。賢い人は、獣の数字にどのような意味があるかを考えるがよい。数字は人間を指している。そして、数字は六百六十六である。

 

また、小さな者にも大きな者にも、富める者にも貧しい者にも、自由な身分の者にも奴隷にも、すべての者にその右手か額に刻印を押させた。そこで、この刻印のある者でなければ、物を買うことも、売ることもできないようになった。

 

この刻印とはあの獣の名、あるいはその名の数字である。ここに知恵が必要である。賢い人は、獣の数字にどのような意味があるかを考えるがよい。数字は人間を指している。そして、数字は六百六十六である。

 

つまり、すべての者に「0」か「666」の刻印を押し、「666」あるいは「616」のあるものでなければ、物を買うことも売ることもできないようになった。これは「0」の刻印を押されたものに未来は無いということを表す。

 

この数字「666」の意味については、古来より様々に解釈されてきた。

 

創世記と関連させると、神の創造の6日目に獣が創造され、人も同じ6日目に創造され獣を支配していることから、支配される獣と同カテゴリとしての人間を指し、この数字によって達成させられる相対的に大きな数字が「666」になる。

 

ただし、対比する神の刻印には数字も名前もないので無限である。キリストのような奇跡を行うほどに、その大きさを誇る人間の偉業でさえも、神の前では有限であり、印を押させた獣は地中から生じた獣であることから、すべての土の器を持つ者に生じ得る活動であり、支配・管理そのものを目的とする組織を生じさせることが暗示されている。

 

 

(教会組織であっても創造主を意識しない人の力に依存した活動になれば、支配を目的とするようになるので、智恵により見分けることが求められている)。

 

近年、オクシリンコス・パピルスの解析が進み、その内の一つが獣の数字の節を含むヨハネ黙示録の写本であることがわかったこの写本は獣の数字を「616」と記している。この異読はエフラエム写本やエイレナイオスの著書を通じて、以前より知られていたが、当該写本が非常に古いものであったこともあり一部マスコミがセンセーショナルに報道し、広く知られることになった。

 

デジタルワールドの創世記に記された予言だ。現実世界から流れ込んだデータを関連付けた結果、このニュースが由来となっているわかったという。

 

「デジタルワールドはネットワークに存在しているデータが破損したりしたものが流れ込み、世界を形作っておる。予言自体はENIACが作られたころに書かれたものじゃが、ほかの記述は新しいデータが混ざりあっておるんじゃ。だから、616が正しいのう」

 

616がなにを意味するのか。日付ではない。なら時間だ。みんな一斉に公園の柱時計を見た。

 

「あと1時間!」

 

「そんな、どうするの?」

 

「予言の最後を再現してみたらいいんじゃないかっ?前の子供たちはそうやって倒したんだろ!?」

 

太一たちはまた予言をみる。

 

天使達がその守るべき人のもっとも愛する人へ光と希望の矢を放ったとき、奇跡はおきた。

 

みんなの視線がタケルと光、そして愛する人の下りでヤマトと太一を見た。

 

「天使って......」

 

最後に視線はテイルモンに向くのだ。パタモンはエンジェモンに進化できるからまだいい。だがテイルモンは?既に成熟期に進化してしまっている、テイルモンは?

 

「私が......?」

 

誰もが息を呑む。光はいる。テイルモンはいる。デジヴァイスだってある。だが足りないのだ。紋章が、光の紋章だけがこの場にないのだ。ヴァンデモンがもっている。

 

「ヴァンデモンのところに急ごう」

 

「今からじゃ無理ですよ。ヴァンデモン様はデジタルゲートを通じて1番デジタルワールドと現実世界が繋がっている地下深くにエリアを作り、日中は眠っている。そこに紋章をかくしているんです。ウィルスじゃなければ突破できない結界の先にある!」

 

「私たちが裏切ったことはヴァンデモンさまにバレているはずだから......もうこの鏡は役に立たないわね。直通のワープ機能があったんだけど」

 

ウィザーモンとテイルモンの言葉にますますみんなは焦るのだ。想像以上に難易度が高い。

 

「なにがたりないの?経験?絆?それとも光ちゃんだからなにかたりないの?光子郎くんってテントモンを進化させたことあったって聞いたけど、外部から進化を促すことは問題ないのよね?」

 

ジュンの言葉にみんなはっとなる。

 

「そうじゃのう......紋章は進化を促す増幅装置の側面が強いから、なしでも進化は出来るじゃろうが......」

 

「経験値かしら」

 

「そうじゃのう」

 

「なら、外部からデータをいれてもいいわけよね。天使のデジモンのデータとか。もってるでしょ、ゲンナイさん。デジヴァイスを解析したとき見せてもらったわ。理論上は可能よね」

 

太一たちはゲンナイさんをみた。

 

「光、こちらにこれるかの?テイルモンも。一か八か、やってみよう」

 

「はい!」

 

「私にしかできないなら......」

 

「オレもいくよ、じーさん。光たちは俺が守らなきゃいけないからな」

 

「俺もいっていいか?タケルと俺もその予言についてかかわってるなら、色々聞きたいことがあるんだ」

 

「僕も行くよ!」

 

「よし、わかった。なら、来なさい」

 

「じゃあ僕たちはヴァンデモンたちのアジトまで近づきましょう。パソコンさえあれば太一さんたちも移動できますから」

 

みんな、頷いたのだった。

 

「ねえねえ、ところでこのコウモリってなに?コウモリが空を覆うって」

 

ミミの質問にウィザーモンが答える。

 

「ヴァンデモン様は吸血鬼の特性を持っているので日中、外を出歩くことが出来ないのです。6時はまだ明るいことは昨日よくわかっているはず。だから、なんとかして空を暗くしてしまうのではないでしょうか。こうすれば間違いなく日はささないし、ヴァンデモン様は問題なく活動することができる」

 

「人々が唱えるってのは?」

 

「たぶん、たくさんの人間の血を吸うつもりなんじゃないかと私は思う。光が丘にはたくさんの人間がいた。私達とは別の部隊には人間を集める任務についていたはずのやつもいるから」

 

「催眠術が使えますからね、ヴァンデモン様は」

 

「うわあ......そんなことされたら進化だって出来ちゃうじゃないか」

 

「急ぎましょう、みなさん。ヴァンデモンはきっとテイルモンたちの裏切りに気づいて今日の6時にこの予言を行うはずです。何としても阻止しなくちゃいけない!」

 

「光が丘のみんなを助けなきゃ」

 

「いや、光が丘だけじゃないかもしれん」

 

ゲンナイさんの言葉にみんな振り返る。

 

ヴァンデモンは進化のために人間の新鮮な血液が必要になる。もちろん若ければ若いほどいい。だが光が丘の65歳以上の人口(高齢人口)が占める割合(高齢者化率)はかなり高く、55歳-64歳だと22%になり高齢化率は大きく上がってゆく。現に団地が分譲されたのが他より5年程度早かった光が丘五丁目の高齢化率は51%にまで達している。

 

一つの原因としては、光が丘団地は1980年代に新造され、当時20-30代の若いファミリー層が一気に移り住んできた背景にある。当時、多くの子供を抱え入居し、その後子供が成人し、親の手から離れ独立、結局、両親のみがそのまま光が丘団地に居住し続けて今に至っているケースが多い。

 

光が丘団地は、都営住宅など比較的住居費が安いアパートが多く、また都営住宅は基本的に給与によって住居費も変動する。息子娘が社会人になると世帯所得で住居費計算されるため、子供達がその場に留まると高額な住居費になるか、最終的には収入超過で退去の対象となる。

 

よって、社会人となった子供たちは光が丘団地を離れざるを得ない。定年を迎え年老いた両親は年金生活に入り、さらにつましい生活になるが、年金生活になることで、現役時より更に住居費用が安くなり、結果的に、高齢により転居をすることが体力的にしんどくなることに加え、前述のような公営住宅における住居費の恩恵を受けることで、より高齢者が光が丘団地で定住化するという構図が浮き彫りになっているようだ。

 

しかも光が丘各小学校中学校の急速な統廃合は、このような光が丘団地における高齢者の定住化と、子供達の流出によって起こされたものでもある。また、高齢者の定住化は、新しいファミリー層の入居を阻害する要素にもなり、子供がいなくなるのはいよいよ必然となった。

 

子供たちの遊び声は少なくなり、団地の至る所に老人が増え、団地全体がひっそりとした空気に包まれつつあるのは否めないが、これは光が丘団地に限ったことではなく、多摩ニュータウンなど大規模な団地群で、造成後長期経過した場所では一様にみられる現象である。

 

つまり、光が丘だけでは進化に必要なだけの血液が足りない。なのに選ばれし子供たちが攻めてこようとしている。ヴァンデモンがなりふり構わず人間を襲うことは十分に考えられる。

 

ゲンナイさんが見せてくれたネットニュースによれば、謎の通り魔が光が丘近辺で沢山いるという。

 

「ヴァンデモンたちも動いてるってことか......ますます急がなきゃいけませんね」

 

「ヴァンデモンが完全体から進化しちゃったら、誰も勝てなくなっちゃうわ。急ぎましょう」

 

「でもウィルス種しか通れない結界なんてどうやって通るの?」

 

「それなら心配いらないわ、出てきてガーゴモン」

 

ジュンの呼びかけにガーゴモンが姿を表す。驚いた太一たちにガーゴモンは自己紹介を始めるのだ。光が丘テロ事件が起こったその日、アメリカのある平原でも似たような事件が起こったこと。ガーゴモンはそこでジュンと出会い、ずっと探していたこと。

 

いわばテイルモンのようなものだったということ。ヴァンデモンがこちらの世界に来てからジュンがその会いたい人間だと知るやいなやジュンを殺しかけたために寝返ったこと。

 

テイルモンはなんで話してくれなかったのだと怒ったものだから、ガーゴモンがテイルモンとウィザーモンの上司だったことを太一たちはしることになる。

 

「よかった......ウィザーモンたちがここにいるのはガーゴモンのおかげだってことだね」

 

「あー、だからジュン、ボク達のことあっさり受け入れてくれたんだね。いってくれたらよかったのに」

 

「あのね、アタシがガーゴモンとあったのはここにきてからよ?言われてから思い出したんだからね?」

 

「そっか、ここにきてから......」

 

「私達が光が丘に住んでてデジモンたちと会ってたように、ジュンさんもあってたんですね」

 

「そう考えると不思議ー」

 

「ガーゴモンのおかげで僕達はヴァンデモンの結界を突破できるってわけだ。よかった」

 

ヴァンデモンを倒さなくてはならない流れに迷いが捨てきれないテイルモンをつれて、太一たちはゲンナイの隠れ家に向かった。そして光子郎たちも向かうことにする。

 

「ねえ、大輔に一応電話してもいい?絶対に外出歩くなって」

 

ジュンの言葉に家族のことが無性に心配になったみんなは、つられて10円か100円はないか財布をさぐったのだった。



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30話

夕闇が落ちる。夏の夕方の明るさは砂上の淡水のような肌目のこまかさで空気に溶け込む。夕方の日差しは、その暑さにも日中の挑みかかるような強さはなく、どこかだらりとけだるい残照になっている。熱気に沈んでゆく夏の時刻を前に、ジュンは公衆電話の中にいた。

 

帰り道はずいぶんに暗くなっていて、昼間の熱気の残りが夏特有の生暖かさに変化して、空気のそこらじゅうをぼこぼこと埋めていた。

 

ひぐらしの鳴く声にうながされ、オレンジ色に染まった薄い雲の下を歩いて帰る子供のいない集合団地は不気味なものだ。

 

 

陽は(ほとん)ど椰子林に没して、酔い()れた昼の灼熱から()め際の冷水のような澄みかかるものを(たた)えた南洋特有の明媚(めいび)黄昏(たそがれ)の気配が、あたりに込めて来た。

 

昼の暑さがじょじょに、薄く透き通る青空に吸い込まれてゆく時刻だった。

 

「なんでよ」

 

ジュンはイライラしていた。自宅番号にかけてみるとテープのアナウンスが出て、その番号は現在使われておりません、と言った。掛け間違いかと思って再度電話をかけたが、留守番電話の甘い声が留守を繰り返すばかり。何度かけても電話をかけたら留守番電話が、 ただいま出られません。メッセージをどうぞ。と告げるだけだった。

 

「なんで出ないのよ、大輔......。あれだけ外に出ちゃだめだって言ったのに......」

 

ジュンは嫌な予感がしてたまらなかった。テイルモンたちがヴァンデモンが現実世界に侵攻してきた理由のひとつについて、破滅させる人間を殺すためだと言ったからだ。破滅させる人間は選ばれし子供だ。もっというなら本宮大輔なのだ。お台場霧事件が回避できそうだから念には念をおしてお母さんを守るようにいったのに。太一と光に来てもらってダメ押しをするよう頼んだのに。

 

「まさか光ちゃんたちが心配になったからじゃないでしょうね?」

 

通り魔のニュースは連日報道されているようだから、デジモンが見えている大輔は光が丘という単語に過敏になっているはずだ。大好きな女の子と大切な先輩が呼び出されて行ってしまうのをたまたま聞いてしまったら、いてもたってもいられなかったのかもしれない。大輔持ち前の行動力を甘く見ていたのだろうか。ジュンは頭が痛くなった。

 

「ダメだわ、かかんない......」

 

ジュンは一か八か、母親の携帯電話にも連絡をいれてみる。父親は出版社につめていて帰っていないからだ。

 

「お願いだから出てよ......お母さん......お願いだから......」

 

祈りは通じた。

 

『もしもし、本宮ですが』

 

「もしもしお母さん?ジュンだけど」

 

しばらくしてジュンは公衆電話からでてきた。

 

「どうしたの、ジュンさん」

 

あまりにも顔色が悪いものだからミミが心配そうな顔をして聞いてくる。

 

「大輔が......弟が出かけたみたいなの......あれだけ家から出るなっていったのに......」

 

「大輔くんがですか!?」

 

「今からじゃ時間が足りないわ......たぶんここまでは電車じゃ来れないと思うし、早くヴァンデモンのところに行きましょう」

 

みんなが家族に光が丘に来ないようにだけ釘をさしてから、ただちに夕闇が迫る地下へジュンたちはいそぐのだった。

 

ガーゴモンの先導でジュンたちはウィルス種しか通れない結界を突破した。その瞬間に世界は一瞬にして様変わりする。

 

結晶が人間も動植物も関係なく全てを平等に包み込んで光り輝く世界へ取り込んでいる。

 

結晶化によって対象の時間が止まるというのは単なる終末でなく不老不死や永遠を思わせるものがあり、煌びやかな森は綺麗に感じる。

 

結晶化する世界は美しいけれど、人間の作った人工物は非常に俗っぽい。宝石と癘病、幻想と現実、相反し相対する現象がすべてにおいて、といわんばかりの迫力だった。

 

その中をバケモンたちが徘徊しているのだ。なおのこと不気味である。

 

バケモンたちが隊列を組んで選ばれし子供たちに襲い掛かってきた。地獄の絵を月夜に映したような怪しの姿である。ミミは悲鳴をあげて空にかくれる。丈は固まるが、光子郎がデジヴァイスを掲げるよう叫んであわてて逢魔が時の薄明かりに出て来る妖怪の山に印籠のようにかかげた。

 

デジヴァイスのウィルスを撃退するバスター機能が炸裂する。霊魂なんて所詮、焦立たしさと口惜しさの塊りみたいなものだとばかりに光が全てを退散させた。

 

空を自由に駆けめぐる闇の眷属たちはバードラモンたちが撃退する。結晶の間をすり抜けて、バルコニーのほうへどんどん歩いていき、窓ガラスに映るバルコニーの椰子や向かいのビルや星空に、一瞬まみれたかと思うとかき消えた。どうやらその向こうにもまた結界があるようだ。

 

「ずいぶんと厳重なのね」

 

「吸血鬼だから日光を警戒してるんでしょう、きっと」

 

「あーあ、ここに太陽の光がさしこめば1発で解決なんだけどな」

 

「そう簡単にはいかないですよ」

 

雑談している間でさえも、放置していたら結晶化していく人間や人工物の波がどんどん広がり、最後の時点ではかなりの面積に影響が出てしまうだろう。ゾッとする話である。

 

ジュンはたまらず息を吐いた。自然と手が白くなるほど力が強くなっている。リリモンたちがバケモンたちを撃破しているさなか、ジュンはなにもできないまま結界の中にいるしかないのだ。

 

結晶の中にある光が丘団地はバロック芸術の複雑に入り組んだ紋章や巻軸装飾に覆われている。あるいは、それ自体の空間量以上の空間を占めていて、まぎれもない不死性の予感を与えてくれるような錯覚を覚える。かつて親友が魅入られたような、それがたしかに存在していた。

 

ただただジュンは恐ろしかった。

 

「大丈夫ですよ、ジュンさん。私達がここにくるのも一苦労だったんだから、大輔がここまでこれるわけないですって」

 

バードラモンがデジモンたちを追っ払うのを見計らって、空はジュンに先を促す。ジュンは無理やり笑顔を作りながら先に進む。

 

全てが水晶のように結晶化する恐ろしくも美しい、そして幻想的なSFの世界。そこには圧倒的な色彩の美しさがある。人間には太刀打ちできない大きすぎるエネルギーへの畏怖と憧憬、諦念などを感じさせる。これは本能からの警鐘なのだろう。

 

丈たちは知らないから、気持ち悪いなあとしか思っていないのか、気にもとめない。ジュンもわかっている。人間の血が欲しいなら結晶人間にさせるのは本末転倒なのだから。

 

この美しく煌めく静寂と色彩の世界という天国が、明るい地獄だと知るのはジュンだけだ。魅せられたくはないと思っているのも、急激な水晶化の中に取り残される魂の軋む感じに怯えているのも。

 

「どうやらここがデジタルゲートの入口のようですね」

 

そこは宇宙的な異変により存在が凍結し、全てが妖しく光り輝く結晶と化していく世界の中心だった。

 

光子郎がパソコンを起動する。ふたたびゲンナイさんと連絡を取るためだ。デジタルワールドに続くゲートを一時的に解放してもらうために接続作業に入ったのだ。

 

「あれ」

 

光子郎はふと声を上げた。

 

「どうしたの、光子郎くん」

 

空が光子郎のパソコンを覗き込む。

 

「変ですね......太一さんのデジヴァイスの反応がさらに奥にあるみたいなんですよ。ほら、ここなんですけど」

 

「あ、ほんとね」

 

「間違い表示じゃないのかい?太一じゃないとか」

 

「いえ、そんなことは無いですよ。だって、僕、ミミさん、空さん、丈さん、これはジュンさん、みんないます」

 

「なになに、どうしたの?なにかあった?」

 

ジュンに事情を説明した瞬間、ジュンは青ざめるのだ。膝の辺りに突然水をかけられたような不気味さに震え、恐ろしいものが体中を走り抜けるのを感じる。体から恐怖が一気にあふれ出す天から舞い降りる鳥のように突然やってくる。

 

恐怖と不安が稲妻のように一気に通り抜けたのか、悲鳴をあげた。冷水を浴びたようだった。

 

ジュンは頭の中の白い靄がとけ、黒い霧が溢れ、闇がいっそう深くなった。刺すような顫動が背中を駆け巡ったのだ。

 

冷気に似たものが背筋を走った。思想と名づけるには、あまりに形のなさすぎる、だが感情と呼ぶには、厚味のありすぎる、強いて例えれば、眼にみえない手によって白刃を胸もとにつきつけられたような戦慄感だった。

 

光子郎はどうしたのか聞いた。

 

「大輔!なんでっ!?どうしてよ、なんでそんなところにいるのっ!?!」

 

 

あまりに多くの考えが、憶測や予測が、頭を駆け巡り、そのせいで状況を把握できなくなっていた。ジュンは混乱し、何が何だか分からなくなった。

 

混乱を鎮めようと努めていた理性が頭の中で音がするようだった。組み立てていた仮説が崩れる音だ。

 

考えがまとまらない。いま自分がなにをしているのか、どうしてこうなったのか、筋道を立てる前に言葉がばらばらになってしまう。

 

「ジュンさん落ち着いて!大丈夫、この距離ならすぐ行けるわ!だから落ち着いて!ね?」

 

空はあわてて問いかける。ジュンはうなずきながら、ジッと目をつぶり大輔の顔を思いうかべた。だがもう種々な疑惑に掻き乱されて、まとまりもつかない印象となっていた。

 

「ジュンさんいきなりどうしたの?!」

 

空は心配そうな顔をしてガーゴモンによびかける。

 

「ああ、いけない。結晶世界はジュンのトラウマを直撃しているようだ。アメリカのサマーメモリーによる爆弾事件は4年生だったジュンにはあまりにも精神的ショックがつよい事件だったんですよ。だからここにくるまで忘れていたのでしょう。こちらの世界でデジモンは中途半端に実体化するとこのように結晶世界になってしまうようですから」

 

「そうだったの......」

 

「怖かったと思いますよ、なにもかもが結晶に変わるんですから。植物も生き物も人間もね」

 

「えっ」

 

「だからこそ急がなくてはなりません。ジュンは大輔が結晶になってしまうのではないかと本気で考えてしまっているのだから」

 

ガーゴモンの爆弾発言に誰もが青ざめたのである。



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31話

たくさんのメールが届いていた。ほとんどは英語だったが一通だけ日本語だった。彼はアメリカに住むウォレスという少年だった。

 

「......4ねんまえ?さまーめもりー?」

 

彼はジュンと大輔がずっとまえに巻き込まれた事件の被害者だという。母親のパソコンから現れた一つのデジタマから生まれたグミモンとチョコモンというやつと一緒に遊んだよね、と懐かしがっていた。昔、日本人のガールフレンドがいた影響で日本語が上手なようで、四角い時計が現れたけどジュンはしっているかきいていた。

 

「太一さんたちがもってるやつだ」

 

大輔は気になって聞いてみた。どうやらウォレスは大輔を覚えていたようで喜んで教えてくれた。グミモンと共に生まれたデジモンだったが、サマーメモリーで突如行方不明になってしまった、という言葉と写真から大輔はサマーメモリーズを思い出す。

 

そこには茶色と黄緑色の生き物とうつる大輔とジュンとウォレス、あと知らない男の子や女の子がうつっていたのだ。

 

頭の中でカチンと声がした。割れたガラスの破片のような記憶が、頭の中でバラバラになりながら再生される。記憶につながるものを目にして大輔の中で何かが弾けた。ダムが決壊するように記憶の洪水が頭の中を駆け巡る。

 

真っ黄色な花畑。親に内緒で遊びに行って出会った不思議な友達。離婚話が聞きたくなくて逃げてきたというウォレスたち。ずっと遠くに引っ越すか、ここにのこるか。花畑は大好きだけどママと離れたくないとなくウォレス。チョコモンは残りたくて、グミモンはママといたらといった。そして、大輔たちは巨大な大きな鳥と出会った。

 

頭の中に立ち込めていたモヤが晴れていく。記憶を失ってから止まっていた時間が再び動き始める。まっ黒な過去のドアがかすかにきしんで、最初の曙光が射しこんでくる。

 

大輔に噛み付いたそいつは、急激に進化した。記憶の断片が脳裏を駈け過ぎる。ジュンの悲鳴はしんとした夜更けによく響く鐘をうち鳴らしたみたいに大輔の頭の片隅にこびりついていた潜在的記憶を一瞬にしてありありと蘇らせた。

 

大輔の身体に激しい個人的な揺さぶりのようなものを与えたそれはとても個人的な種類の揺さぶりだった。まるで長いあいだ眠っていた潜在記憶が、何かのきっかけで思いも寄らぬ時に呼び覚まされたような、そんな感じだった。肩を掴まれて揺すられているような感触がそこにはあった。とすれば、大輔はこれまでの人生のどこかの地点で、深く関わりを持ったのかもしれない。スイッチが自動的にオンになって、大輔の中にある何かの記憶がむくむくと覚醒したのかもしれない。

 

大輔は思い出してしまった。

 

チョコモンとグミモンは出会っちゃいけない生き物で、そいつは迎えに来たのだ。でもチョコモンもグミモンも拒否して、喧嘩になって、大輔は可哀想に思った。

 

 

ぞっとするような、自分の内側にある記憶が群がって来る。網 の一端を鉤にかけてしまうと全体がやがて水の中から上って来る時のように、つながって群がって押しよせる。

 

 

具体的な場所が意識にのぼれば、いやおうなしに記憶は自ら記憶を掘り返しはじめ、穴や理由を埋めようとする。余計なことをしてくれるなと思うが、とめようがない。

 

 

過去にまっすぐつながっている時間の感覚の帯に、一ヶ所なぜかひどく霞んだ部分があって、音はそこにひっそりと存在している。ある時ふと気が付いたら大輔はもうそれを聞いていた。いつ、どこからやってきたのか、分らない。透明なシャーレの培養基の中に、突然微生物が精巧な斑点模様を描き出すように、音はどこからともなくやってきた。音が聞こえる時大輔の心は常に過去の特別な場所に向かっているということだ。そして微かな胸のきしみを伴っている。

 

「お姉ちゃん!」

 

大輔は叫んでいた。

 

大輔を返せと叫んで大きな鳥にとびかかったジュンが振り落とされ、花畑に突き落とされる。舞い散る花びら。ぐったりとするジュン。大輔は大きな鳥が血を取り込んだ瞬間に進化するのをみた。大輔たちはジュンの名前を呼んで駆け寄り、何度も揺さぶるが目を覚まさない。

 

大輔は叫んだ。やめろって叫んだ。その瞬間、チョコモンとグミモンが同じようにでかくなった。2人で竜巻を起こし、冷たい氷の塊をたくさん打ち出した。あるいは高熱の塊を打ち出した。2人が大きな竜巻を叩き込んだ。

 

花畑から黄色い花びらが巻き上げられ、目隠しとなり、大きな鳥は隙がうまれる。やがて大きな鳥は2体の攻撃をもろに食らって吹き飛ばされてしまった。

 

大輔たちは空から光が降りてくるのを見た。大きな鳥はその光に飲み込まれていなくなる。その光はチョコモンとグミモンにも降り注ぐがグミモンは逃げ出してウォレスに飛び込むが、チョコモンは転んでしまいそのまま飲み込まれてしまった。

 

光がやんだとき、全てが終わっていた。

 

「チョコモン......は?」

 

ウォレスは辺りを必死でさがしていた。大輔も必死でグミモンと探し回った。一緒に遊んでいた友達がジュンが倒れていることに気づいて大輔を呼んだ。

 

大輔の目の前にはぐったりとしているジュンがいた。

 

「......おねえちゃん......」

 

大輔は不安で不安でたまらなくなった。ウォレスによればアメリカでもたくさんの怪物が跋扈しているようで、サマーメモリーから湧き出しているらしい。チョコモンがいるかもしれないからいってみる、て書いてある。デジヴァイスについてなにかしらないかとパソコンに詳しいジュンにコメントを求めているようだった。

 

「......」

 

大輔は東京も怪物だらけだということ、ジュンも同じ機械を持っていること、バリアをはったり、わるいやつを退治したりできるコマンドがあることを教えてあげた。ウォレスはジュンじゃないことに驚いていたが喜んでくれた。

 

「おねえちゃん......」

 

ジュンは大丈夫なのかとウォレスは聞いてきた。そりゃそうだ。ウォレスにはグミモンがいるがジュンにはいない。大輔にもいない。なにもいないのに出かけてしまったのだ。大輔は不安で不安でたまらなくなった。

 

感受性がたかい大輔にとってジュンは学校や家、日常と非日常という際限ない日常リアリズムの中に埋没して暮らすには大事な存在だった。受け入れてくれて、家族が寄り添って楽しく暮らすにはどうしたらいいかいつも教えてくれた。毎日は、穏やかな日溜まりに居座ったような時間があった。

 

平凡でおだやかな日々をつづけていたはずだ。だからこそ、いつまでもつづくのだと思い込んで、信じ込んでいた。

 

なんで忘れていたのだろうか、大輔は。ネットで調べてみたらサマーメモリーにおける爆弾テロ事件とあっさり出てくるというのに。

 

どうやらジュンはずっと覚えていて、こっそり調べていたようだ。大輔は母親に聞いた。そしたら母親は諦めたのか教えてくれた。大輔に教えなかったのは間違いなく愛情だと。

 

大輔はまだ小さいからわからないかもしれないが、家族が家族であるためには必要なうそもある。時には必要だと。愛ってやつは形や言葉ではなく、ある一つの状態。発散する力のあり方。

 

求める力じゃなくて、与えるほうの力を全員が出してないとだめ。家の中のムードが飢えた狼の巣みたいになってしまう。それでも続けて行けるかどうかっていうせとぎわで、何が必要って、妥協だってひともいるんだろうけれど、美しい力のある思い出。その人たちといていい思いをした度合い。そういう空気に対する欲が残っているうちはまだいれる。

 

「おねえちゃん......」

 

大輔は太一たちがいっていた光が丘にいく決意をしたのだった。



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32話

大輔はパソコンを大事に大事にリュックに入れると背負い込み、出かけた。いくらメールをしてもジュンに届かなかったからだ。なにかあったのだと理解するには十分だった。

 

エレベーターを降りて公園を抜け、横断歩道を渡り、お台場駅に向かう。その途中で大輔は知らない影を見た。

 

「へえ、こんなガキがねえ」

 

大輔は固まった。

 

「誰だよ!」

 

「俺か?俺はサングルゥモン」

 

「......?」

 

あの時の怪物みたいだと大輔は思った。

 

「味見させてくれよ、いいよな少しくらい」

 

「うわあああっ」

 

サングルゥモンといった舌をかみそうな名前の狼をみたいな怪物は、大輔を殺そうとしているのがわかった。あるいはあの時の恐竜みたいにガブッてしようとしようとしているのだとわかった。

 

やばい、こいつはやばい、逃げないといけない。そう思うやいなや、大輔は背中を丸めて一目散に駆け出した。もちうる全速力で逃げていく。サングルゥモンはそれを追いつめられた羊がやみくもに逃げまどうのを見るように笑っていた。

 

何かに追われるように一目散に走る子供に不思議そうに通行人は振り返るが、紫色の狼を見てギョッとするのだ。電話やポケベルで連絡しようとしている人間もいたが、サングルゥモンの影響で周辺の磁場は狂いに狂い、電子機器は壊れている。誰も大輔の危機を救えるものはいない。

 

大輔は走った。鬼に出会ったみたいにすっ飛んで逃げた。先生に叱られたときのようにそそくさと逃げた。蜘蛛の子を散らすように四方八方に逃げる子供なんてサングルゥモンにとっては風に吹かれた木の葉のように、からだを斜めにして逃げ出しているにすぎないが。

 

サングルゥモンはただちに追い討ちをかける隙もないほどの驚くべき速さで追撃する。大輔は絶滅間際の怯えた恐竜のように、周りをこうしてうろうろとかくれ場所を探している。何度か曲がる必要のない狭い道を曲がり、追跡者を煙に巻こうとする。念入りに回り道をし、追跡者を煙に巻こうとしているが、敵に後ろを見せている時点で無駄だ。

 

大輔はほくそ笑むサングルゥモンを二度も三度も振り顧りながら走った。

 

さすがにサッカー部に入っているといっても、小学二年生にすぎない大輔の体力はサングルゥモンに勝てるはずがなかった。

 

「な、なんで......」

 

反対側の道から現れたサングルゥモンに大輔は青ざめる。

 

激しく空気を吸う音がする。大輔はゼーゼー息を切らしながら、つっかえそうに酸素を取り込もうとしている。数日の間歩き続けていたようにひどい疲労が胸苦しいほどのしかかっていた。息が弾んで、しばらくまともに口が利けない。100メートルを全力疾走したってここまではならないだろう。

 

頭の中は煮えるように、額は氷のように、てのひらは火のように感じつつ、大輔はサングルゥモンを見ているしか出来ない。その足跡を、彼は追った。呼吸が、はッはッと、口の外で動悸を打つが、もはやどうしようも出来ない。息切れを通り越してして呼吸困難になっていた。これはじっとしていなければいけないと本能は叫んでいる。

 

サングルゥモンはゆったりと大輔を見つめていた。

 

「残念だったなあ、坊主。俺はかけっこが1番得意なんだよ。特にネットワークが張り巡らされているこちらの世界なら特にな」

 

いっている意味はよくわからなかったが追い詰められていることだけはわかる。じりじり、じりじり、と大輔は後ろに下がる。サングルゥモンはそれ以上の一歩を踏み出すものだから、間隔がどんどん狭まっていく。

 

「たぶんねーちゃんが心配になったんだろうが、言いつけは守るべきだったな。お前はまだ選ばれし子供じゃねーみたいだから、守ってくれるやつは誰もいないってわけだからよ。かわいそーに」

 

けらけら笑いながらサングルゥモンは近づいた。いざ噛み付こうとしたら、はじかれた。

 

「ちい、結界か。あのねーちゃんの差し金だな」

 

「おねえちゃん知ってるの?!」

 

「お、かかった。そうだぜ、坊主。いい子だから大人しくしな。そうじゃねーとおねえちゃんがどうなっても知らないぜ」

 

大輔は目を見開いた。

 

「おねえちゃんに何する気だ!」

 

「おっとそれは教えられねーな」

 

「おねえちゃんに近づくな!おねえちゃんは僕が守るんだ!」

 

大輔の叫びにサングルゥモンは口笛をふいた。

 

「こりゃいい。さすがはグリフォモンを成熟期の連中が倒しちまうだけはあるぜ。奇跡ってのはホントにあるんだな」

 

「?」

 

よくわからない大輔は首をかしげた。

 

「おねえちゃんを助けたかったらこいよ、坊主の身柄が前提だぜ」

 

「......わかった」

 

サングルゥモンはにやりとわらった。大輔はたしかにデジヴァイスのコピーをパソコンに入れてもらっているが、使い方しかしらない。ジュンを助けたかったらパソコンを電源OFFにしろといわれたらそうしてしまう。ここまでくればもう勝ったようなものだった。大輔を背に乗せるといきなり走り出し、電光掲示板の中に飛び込んでしまう。

 

0と1がはげしく行き交うインターネットの世界を何度も転移しながら、光が丘にやってきた。

 

「どこ?」

 

「光が丘だ」

 

「ニュースでやってたとこだ!」

 

「そう、昨日から外部との連絡が完全に遮断されてる霧に満ちた光が丘だぜ」

 

たしかに霧に満ち溢れている。結界をくぐれば一面が結晶の世界となる。大輔は不安そうに辺りを見渡した。世界の終わりを本気で心配しているような顔だ。さすがにあの姉ちゃんの弟だな、直感が恐ろしいくらいに鋭いやつ、とサングルゥモンは舌を巻いた。

 

「しっかりつかまってろよ。結晶人間になりたくなかったらな」

 

「えっ......うわあああっ」

 

大輔の悲鳴がひびきわたる。

 

サングルゥモンがヴァンデモンの勧誘に乗っかった理由がいるため上機嫌だった。成熟期が究極体に勝ってしまうという天変地異の前触れこそこの子供が秘めている力の答えでもある。ヴァンデモンは進化を促す力と人格を維持したまま進化する力を所望している。

 

紋章が前者でことたりるなら、後者は大輔という少年だけに秘められた力だった。こいつの血を吸ったらきっとヴァンデモンは王になれる。サングルゥモンは可能性が確信に代わったことをたしかに感じているのだった。

 

「大輔っ!」

 

大輔は大きく目を見開いた。

 

「おねえちゃんどこ?」

 

「ゲッ......もうこんな所まで入り込みやがったのか......ヴァンデモン様が急げって急かすわけだぜこりゃ......」

 

サングルゥモンはぼやいた。

 

「まちなさい!大輔くんをどうするつもり!?」

 

バードラモンが飛来する。

 

日が暮れて間もない闇の奥から、きらきらする見慣れない星たちが、後ろに長い光の尾を引いてこっちに迫ってくる。流星が長い光の糸を曳いて、虚空をななめに堕ちていく。サングルゥモンはかわした。

 

支えきれなくなって窓硝子の表面をすべり落ちる雨粒のように、あちらこちらでなだれこむ。火炎のながれ星がいっぱい夕立のようにふりだした。空からきゅうに花火がふるように、いっぱいふりだしてきた。サングルゥモンが瞬間移動するなら全体に攻撃すればいいという判断である。サングルゥモンの行動範囲は問答無用で狭まっていくのだから。

 

大気との摩擦熱で燃え上がり、岩塊がガラス質となり、宝石のように輝いている。すべてはサングルゥモン目掛けて落ちてきて、サングルゥモンは全てをかわすのだ。

 

「しまった、誘い込まれたかっ!!」

 

突然サングルゥモンの目の前に炎の壁が四方に出現したのである。その頭上には巨大な彗星があった。長くたなびく尾はエメラルドグリーンに輝いていて、その先端は月よりも明るかった。目を凝らすと、細かな塵のような粒がその周囲にきらきらと舞っていた。

 

細い流れ星が幾筋も輝きはじめる。星が降ってくるようだった。いや、それは実際に星が降る夜だった。まるで夢の景色のように、それはみたいに綺麗な夜空だった。

 

サングルゥモンに次々と襲い掛かってくるいがいは。

 

結晶世界となっている光が丘は地上の明かりが消えたぶん、彗星はますます明るい。雲の上に長く尾をたなびかせて、巨大な蛾のように輝く鱗粉をふりまいている。

 

直撃するかと思いきやサングルゥモンはその場から消失した。忽然と姿を消してしまう。大輔もまた悲鳴を残して消えてしまった。

 

バードラモンが作り出した炎の壁が流星をかき消し、下に待機していたズドモンたちは大輔たちが来ないことに驚く。下から逃げると踏んでいたのにいない。おかしい、どこに行ってしまったのかと誰もが目をみはる。

 

「やられましたね......ここはすでにデジタルワールドと現実世界の境界がかぎりなく曖昧な場所です。サングルゥモンはデータを自分で分割し、ネットワークを通じて逃げることができる。どうやらこの鏡から逃げられたようだ」

 

ガーゴモンがそう告げると、ジュンは今にも泣きそうな顔のままいうのだ。

 

「大輔は......なんで大輔が、なんで、どうして」

 

「それを知るにはこの先に行った方が早そうですね」



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33話

コウモリの群れが、ヴァンデモンの眠る地下空間からどんどん飛んでいき、結晶世界に人工的な夜が近づいてきている。魔法のジュウタンのように上空を渡り、黒い影が魔物のように飛び回る。6時16分までもう気の早いこうもりが何百匹とひらひら舞っている。すすのようなものが、ひらひらと結晶世界に乱反射する黒を落としていく。ひるがえるたびに空がどんどん黒に埋め尽くされていくのがわかった。

 

予見の時刻まで30分を切っている。

 

ヴァンデモンが眠る棺の空間に大輔はいる。サングルゥモンに無理やり連れてこられた大輔は硬直したまま動けない。

 

大輔は今まさに地下部屋の中に第三者の存在を感じた。サングルゥモンと大輔の他に誰かがこの部屋の中に存在しているような。緊張感からか大輔はその体温や息遣いやかすかな臭いをはっきりと感じることができた。

 

でもそれは人の気配ではなかった。それはある種の動物が引き起こす空気の乱れのようなものだった。動物、と大輔は思った。思いたかった。

 

そしてその気配は大輔の背筋をはっとこわばらせた。さっと部屋を見回したが、もちろん何も見えない。そこにあるのはただの気配だけだった。空間の中に何かがもぐりこんでいるような硬質な気配。その動物もやはりじっと息を殺してどこかの空間にうずくまっていた。そしてやがて気配が消えた。

 

ぎい、と棺が動いた。大輔はビクッと肩をふるわせる。今にも何かがにゅっと伸び、自分の首筋に触れてきそうな濃密な気配がある。じっとこちらの様子をうかがっているような、機会が来るのを待っているような気配がある。

 

想像によって恐怖が肥大化する。気配がヒタヒタと近づきつつあるのを感じるからなおのこと怖い。また棺があいた。

 

「あれ......?」

 

棺の中にはなにもなかった。

 

「こいつが私を破滅させる子供か......盲点だった。ガーゴモンが盲信するのはこの子供の姉だからこそか......未来で選ばれし子供となるからだとはな......」

 

得体の知れないものが背後にいる。

恐ろしくて振り向くことができない。ガタガタ震えていることしか出来ない大輔は、人間ではない何かの存在をほのめかして、総毛立つほど居心地が悪い気配に泣きたくなる。でも意地でも泣かないのだ。おねえちゃんを守るために大輔はここにいるのだから。

 

だから、大輔は必死で自分を奮い立たせるのだ。どうすることもできない巨大な影を感じるから。感じたくないのに、感じるから。自分たちを非力だと、小さいと思わせる何かがいるのだと。

 

「サングルゥモンご苦労だったな」

 

「いいってことよ。で、報酬くらいはもらえるんだろうな?」

 

「そうだな」

 

大輔は硬直した。目の前に注射があったからだ。大輔はとっさに逃げようとしたが、ジュンがどうなってもいいのかと言われて歯を噛み締める。

 

「ひきょーだぞっ!」

 

「威勢のいい坊主だな、嫌いじゃないぜ。だからちょっとだけよこせよ、その血をさ」

 

「───────痛いっ!?」

 

突然腕に焼けるような痛い針を突き刺される。肌に針をつき立てられた注射のほんの小さな、毛のような細い細い白銀色の針がみえた。下手に動いたら悲惨なことになることがわかっている大輔は動けない。腕には、注射の痕がいくつも、赤黒い不定形な文様を作っていた。

 

一気に血を抜かれて意識が朦朧とする。サングルゥモンはそのうちの1本をカラにした。そしてニヤリと笑う。ヴァンデモンもまた残りの注射をすべてあおった。

 

「すばらしい」

 

「へえ、これが進化しても人格を維持する力ってやつか」

 

「厳密には感情の隆起といったデジゲノムの消費を抑え、一時の強化を持続させる上に延命させる力だ」

 

サングルゥモンは口笛をふいた。

 

「怒りが成熟期に究極体を倒させたのか、すげーな」

 

ヴァンデモンは笑うのだ。これで第1段階は完了した。次は人間たちの生体エネルギーを大量に得ることで進化する。今更進化の光を入手するのは困難だからだ。

 

「どうやって確保すんの?」

 

「お前がやっていたようにだ」

 

「ネットワーク回線を通じて襲撃するのか!」

 

「そう、今やこちらの世界はあらゆる電気製品がネットワークを通じてやりとりしている。ここは光が丘のネットワークにしてデジタルワールドの旧ゲート、そしてデジタルゲート空間を兼ねていた。ここに人間たちを一気に呼び込むのだ」

 

ヴァンデモンは真向かいにある大きな鏡をのぞきこむ。吸血鬼であるヴァンデモンもサングルゥモンもうつらない。そこにいるのは倒れている大輔だけである。

 

「最終命令を下す。地下を通じて、あるいは河川を通じて移動していた者達よ、地上にでて存分に暴れるがいい。そうすれば人間たちは驚いて逃げ込み、情報を得ようとするだろう。飛行部隊はただちに人間たちを拉致するのだ。ネットワークを通じて東京中の人間を電子機器の中に引きずり込み、光が丘のゲートポイントに送り込むのだ。そして待機していたファントモンたちよ、人間たちに催眠術をかけろ。我が名を称えるのだ、我が王の名はヴァンデモンとな!」

 

 

頭の芯に突き刺さるような尖った声

が地下部屋の空気を緊張させる。力強く、とても耳に心地いい響きを伴っている。覚悟を決めたという風に、夕立といっしょにかみなりが落ちるようにはっきりいうのだ。一言一言、出しおしむように区切りをつけては叩きつけるのだ。

 

時は来た。

 

声が感嘆符を打ったように浮かんで残る。ヴァンデモンの部下たちは歓喜する。瞳を引き寄せずにおかないような力のこもった声である。つられるように奮い立つ力があった。強い意志に裏打ちされた響きは有無を言わせない語調でもある。

 

びっくりするほど大きく響いた。全く遠い他人に向けて、理解を強要するような響きだった。

 

「選ばれし子供たちよ、決着をつけようではないか」

 

サングルゥモンはうなずいた。ヴァンデモンがどうしてここまで現実世界に固執しているのか知らない。妙に人間界に詳しく、つよい執着心を抱く理由など知らない。

 

ただ、予言などというくだらない世迷言を運命などと呼ぶなど断じて認めん。原因をさかのぼって考えていけば、最後の最後は、なぜ自分は生まれてきたんだろう、などというくだらない迷いに翻弄されるくらいならば、私は運命さえ破壊してやろうではないかと苛立っていたことを知っている。

 

デジモンも人間も道はたくさんあって、自分で選ぶことができると思っている。選ぶ瞬間を夢見ている、と言ったほうが近いのかもしれない。ヴァンデモンもそうだったのだろうか。

 

しかし今となってははっきりと言葉にしてしまうくらい知ってしまったのだ。決して運命論的な意味ではなく、道はいつも決まっていることを。毎日の呼吸が、まなざしが、くりかえす日々が自然と決めてしまうのだと。

 

運命はその時一段もはずせないハシゴのようなものだ。どの場面をはずしても登り切ることなどできはしない。

 

現実世界を闇に変えて王として君臨すると野望があるヴァンデモンにとって初めから敗北が約束された未来など認めたくはなかったのだろう。

 

むしろ自分が決めてやるとヴァンデモンは奮起した。だからこそサングルゥモンは面白いと思って勧誘にのったし、見捨てずにここまでついてきたのだ。ガーゴモンといういつか裏切るものが内部に初めからいたからか、ヴァンデモンは部下達に細かな指示をずっと出していたし、そもそも部下は1度ころして吸血鬼の配下であるゾンビとして復活したやつらだけなのだ。初めから裏切るヤツらなどヴァンデモンにはわかり切っていたのである。

 

ここまではヴァンデモンにとって想定内なのだ。

 

「ちゃあんと特別報酬は貰ったし、その分働かせてもらうぜヴァンデモンさまよ」

 

「これで貴様も完全体などという型から脱出できるというわけだ。感謝して欲しいものだな」

 

「もちろん感謝しまくりだぜ。期待しててくれ」

 

ヴァンデモンは高笑いする。残像は消えてコウモリがまた鏡の向こうに消えていく。サングルゥモンは大輔を背負う。

 

「まあ、盾には使えるよな。死んだら血が吸えなくなるから生かしてやるよ、感謝しな坊主」

 

そしてサングルゥモンも姿を消した。



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34話

化け物に襲われてパソコンやテレビ、電光掲示板などに押し込まれた人々は、幻でも見ているような錯覚にとらえられる。暑い陽射しの底に揺れる陽炎のように現実感がない。

 

波が退くように虚空の幻が一瞬にして消えうせる。そしてまたもう消滅してしまった星の光が、何億年もかけていま地球に届いているのと同じ、タイムラグの起こした錯覚にとらわれてしまうのだ。

 

ホログラムのように身を焦がすほどの憧憬の果て、夢の端に浮かび上がった幻影に溺れてしまう。老若男女が胸のうちに秘めている想いを読み取り、あたかも叶ったかのような錯覚の中に取り残す。そうすれば違和感などたちまち失せて、深い深い眠りの奥底におちてしまうのだ。

 

これはいわゆる生死の間にさまよって、疲れながらも緊張し切った神経に起こる幻覚ハルシネーションである。

 

一部の人間は目の前の光景が幻覚のように思えるのか、会いたいと思う気持ちが、こんな光景を見せているのではないかと疑う。そういう人間にはファントモンたちが群がり、逃げることが出来ないと絶望するまで追いかけまわし、疲れ果てた先に催眠術をかける。

 

声を聞いているうちに、現実世界に帰ることが出来たような錯覚に陥っていく。目の前には、さまざまな幻が、瀕死の彼らをあざけるように、ひっきりなしにやってくるのだ。

 

幻想に浸る人々からエネルギーを吸い出し、ヴァンデモンはどんどん力を蓄えていく。暗やみから生まれて、暗やみへ消えてゆく恐ろしい力がどんどんヴァンデモンに力を与えていく。ヴァンデモンは笑いが止まらない。

 

そのたびに音が高くゆがんだ。空間ごとゆがんだように、人間たちは頭がくらっとした。そして、その恐ろしい臭気がふっと消え、何か甘い花のような、ごく薄い香水の 匂いのような香りがじょじょに感じられるようになった。目を閉じているから匂いがよくわかった。それは生花の混じったようなかすかに澄んだ誘惑だった。

 

そして、人間たちは心臓が止まりそうになった。目の錯覚かもしれないと思って、そのとき何度も目を閉じたり頭を振ったりしてみた。そこには吸血鬼が牙を向いていたのだ。

 

「それほど気力があるなら我が糧になるがいい」

 

ヴァンデモンによりコウモリが飛来する。人間たちは逃げ惑うがファントモンたちが襲いかかり、追い詰められていく。ひとり、またひとりとコウモリに血を吸い取られてその場に倒れてしまう。やがて最後の一人が崩れ落ちた時点でコウモリたちが寄せ集まり、またひとつとなる。ヴァンデモンがまた出現した。

 

「まだだ、まだ足りん。さあ、人間たちを閉じ込めるのだ!」

 

ヴァンデモンの号令に禍々しい声が響き渡る。いろんなデジモンたちに誘拐されてきた人々がゲートポイントに次々と落とされ、ファントモンの幻覚の餌食になる。気概がある人間は優先的にヴァンデモンの餌食となっていく。

 

コウモリの数はどんどん右肩上がりに増えていき、現実世界とデジタルワールドの境目たる天井では綺麗な結晶世界が望める。そこからどんどんコウモリが飛びたっていく。黒い世界が蓋をするように広がり始めていた。

 

そのコウモリを邪魔する者達がいる。

 

「きたか」

 

ヴァンデモンはにやりと笑った。選ばれし子供たちが突入しようとしているのだ。天井からファントモンや人間を拉致する仕事を終えたデジモンたちがとびだしてきて、彼らを妨害する。し続ける。

 

太一達がやってきた。

 

「なんだよこれ」

 

たくさんの人が倒れている。

 

その上空では窓ガラスが煤けたように曇り、一面に汗をかいたような水蒸気で曇ったガラスのような輝きが広がる。硝子が飴のように曲がり、硬質な音を立ててゆっくりと割れる。曇った古い鏡のようにぼんやりと姿を写す。炎や雷撃がそのガラスを突き破った。

 

氷のように冷ややかなガラスが棘のような破片となって地面に突き刺さる。ガラスの破片が枯れ葉のように散り溜まり、選ばれし子供たちのパートナーによる怒涛の攻撃による光を受けて、砕けた宝石のように光る。琥珀の塊のように美しかった。

 

その場所は説明がなければディスコティックというよりは巧妙につくられた温室か水族館と言っても通用しそうだった。何もかもがガラスのようなもので作られているせいだ。床と天井をのぞけば、装飾品もぜんぶがガラス製だった。そして至るところに巨大な四角いモニターが配されている。  

 

ガラスの仕切りで区切られたブロックのあるものの中で人間がたくさん倒れている。

 

「なんだよこれ」

 

「ヴァンデモン、なにをする気だ!」

 

太一たちが叫ぶ。すると、コウモリの向こう側に狼が現れた。

 

「おっとちかづくんじゃねーぜ、坊主がどうなってもいいのか?」

 

サングルゥモンだった。ジュンは悲鳴をあげる。ガーゴモンは身を乗り出そうとするジュンを抱いたまま距離をとる。

 

「ふざけないで!大輔君だけじゃなく、こんなにたくさんの人まで!」

 

空たちの怒りが頂点にたっした。デジヴァイスから溢れ出した光が紋章を貫き、紋章が光の中に溶けていく。そして反転した光がバードラモンたちに降り注いだ。

 

稲妻の度にその炎は地上まで閃き、まわりの結晶世界まで照らした。陶器に割れ目が入るように稲妻がすばやく走る。暗黒の空に稲光がぴりぴり裂ける。びりびりと空気を裂き、世界の終わりを告げる火柱みたいに直立する。ゼウスが自ら出陣して雷の太い矢を大地にはしっはしっと射ているような迫力だ。

 

今までの連戦が経験値をため、絆が成熟期のその先を促したのだ。

 

突然閃き落ちる稲妻に照らされた横顔、真昼のように浮かび上がるシルエット。

 

「ガルダモン!」

 

それは大空を自在に舞うことのできる翼と、巨大な鉤爪を持つ鳥人型デジモンだった。ガルダモンは正義と秩序を重んじ、自然を愛する大地と風の守護神でもある。鳥型デジモンの中でも知性と戦闘能力の高い、選ばれしデジモンのみ進化すると言われ崇拝されている。

 

デジタルワールドの秩序が乱れると、どこからともなく現れ、乱れの根源を正し平穏に導くと考えられている。必殺技は超速で真空刃を繰り出し、敵を切り刻む『シャドーウィング』。シャドーウィングはあまりの速さのため、その正体を確認することはできず、黒い鳥の形をした影のみ認識することができる。

 

 

稲妻が空間をジグザグに裂き、黒い空を裂いて、凄まじい雷を落とす。威嚇するように次々と稲妻が閃き、フラッシュを焚いたかのような、稲妻の微かなひらめきの先に新たなるデジモンが降臨した。

 

「アトラーカブテリモン!」

 

そのデジモンは熱帯圏のネットエリア内で発見されたカブテリモンの進化型種であり、サイズは約1.5倍と、昆虫型の中でもかなり大きい。青いアトラーカブテリモンと同種であり、同様に主力武器である角の強度が飛躍的に高められていが、こちらのアトラーカブテリモンの方が飛行能力がすぐれているようだ。

 

また、前肢付け根に筋肉状の部分が現われ、格闘能力も向上した。性質的には、生存本能以外に弱いものを守るという行動が認められ、その行動は騎士的にさえ見えることがある。必殺技は巨大な角を敵に突き刺す『ホーンバスター』。

 

ありもしない海上が出現し、閃光が走るのが見える。雷なんてただの少しやかましい空中の放電現象だとばかりにシルエットが全てをたたきつぶした。

 

「ズドモン」

 

イッカクモンが更に進化し二足歩行が可能になったパワー型デジモンだ。徹底的に鍛え上げられた筋肉を、対戦相手から奪った皮や甲羅で自ら作った防具でさらに守っている。頭の角は再生が不可能になった代りに、これも自ら鋸状に加工した。しかし、なんといっても最強の武器は、太古の氷から掘り起こした、クロンデジゾイト製の「トールハンマー」。必殺技はトールハンマーを振り降ろした時に生じる衝撃波や火花を相手にぶつける『ハンマースパーク』。

 

 

雷が光り、白い火花が充ちる。空の端が光り、青白い閃光が光って一瞬全てを透明にする。山も空も全て透けて見える。雷が鳴り出した。大気をまっ二つに引き裂くような烈しい振動があり、赤い火箭が竿を継ぎ足すように、ジグザグと鋭くつっ走った。続けさまに、稲妻がアセチリン瓦斯のように青く光り、すぐ頭の上で凄い雷鳴が轟きわたる。

 

「リリモン!」

 

それは美しく咲いた花弁から生まれた妖精型デジモンだった。見た目は人間の子供のような姿をしているが、計り知れないパワーを秘めている完全体のデジモンである。気まぐれでお転婆な性格で、同じような気質を持っている人間の少女には心を開くと言われている。

 

また、泣き虫で泣き出すと手がつけられなくなるので、手なずけるには努力が必要である。しかし、小さなものや弱いものにはやさしく手を差し伸べる一面もある。背中に生えた4枚の葉状の羽で空を飛ぶことができ、リリモンが飛んだ後は、さわやかなそよ風が吹くという。必殺技は両腕を前に突き出し、手首の花弁を銃口にして、エネルギー弾を撃ち出す『フラウカノン』。

 

 

落雷があるたびに空間はびりびりと音を立てて震えた。短い間隔を置いて続いた。ひときわ激しく轟いた光と影がほんの一瞬ひとつになった。すべてが収束したとき、まだ完全体になれなかったはずのパートナーが突如進化したことに選ばれし子供たちは驚くのだ。

 

サングルゥモンはニヤリと笑う。

 

「なるほど、これが選ばれし子供によるデジモンの強化か。だが、それは俺も同じだってことを見せてやるよ」

 

サングルゥモンが叫ぶ。遠吠えをあげる。雷が古いカーテンでも裂くみたいに空を二つに分断し、雷鳴が窓ガラスを激しく震わせた。稲妻は次第に強くなって、暫くの間は、青い光で往来を照らしっぱなしに明るくすることもあった。

 

不意にひどい稲光りがして青い光が射し込み、ぐったりとしている人々を照らした。そのとたんに空間の裂ける様な雷が鳴った。空が旗のようにぱたぱた光って飜り、火花がパチパチパチッと燃える。

 

今まで出会ったことのないくらい激しい雷だった。あまりにも激しすぎて、最初は幻想的な夢を見ているのかと思った。群青色の夜の中を短い光が何度も走り、そのたびにガラスの食器棚が倒れ粉々に砕けるような音がした。稲妻が空を縫って走る時には、ジュンにはそれが大輔の痛みが形になって現われたように見えた。

 

現れたシルエットにジュンは戦慄する。いきなり進化したことにみんな驚いているが、それは知らないからだとジュンはわかっていた。そいつはここにいてはいけないデジモンだった。

 

「......なんで、なんでここに......」

 

そいつは吸血鬼デジモンの王とされる魔獣デジモンだった。古くからダークエリアに城を構え、かの七大魔王といえども手出しすることができないほどの強さを誇るといわれており、ジュンは会ったことさえなかった。

 

物腰は紳士的であり、発する声には「魅了」の効果もある為、討伐に出た天使デジモンを何体もフォールダウン(堕天)させたこともある逸話を持つ。

 

死なない体を持っていると伝承されており、デジタルワールドにダークエリアが生まれる経緯に関係していると言われているが、彼の城まで辿りつくこと自体困難であるため、この謎を彼に問いただすのは非常に困難であると言うしかない。

 

必殺技はあらゆる敵を瞬時に氷の結晶体へと変える『クリスタルレボリューション』と、見据えた相手の心を闇のとりこにしてしまう邪眼『アイオブザゴーゴン』。

 

光子郎のパソコンでいち早く反応したのはゲンナイさんだった。

 

「いかん!声を聞いてはいかん!攻撃を仕掛けるには注意するんじゃ、やつはグランドラクモン!デジタルワールドの死者のエリアたるダークエリアに居城を構える王じゃ!声を聞いた者は操られてしまう!」

 

ジュンはたまらず叫ぶ。

 

「太一くん、ヤマトくん、光ちゃん、タケルくん、急いで!ヴァンデモンも進化する気よ!時間が無いわ!!」



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35話

ジュンがこのデジモンについてのデータをゲンナイさんから聞き出す前に無慈悲な攻撃が始まった。グランドラクモンに拘束されている大輔は目を覚まさない。ジュンさんはさがっているようにと選ばれし子供たちに言われてしまい、ジュンは唇をかんだ。ガーゴモンが遠く、距離をとった。

 

「アイオブザゴーゴン」

 

グランドラクモンが叫ぶ。

 

「な、なんだ......?」

 

「!」

 

おかしくなったのはアトラーカブテリモンだった。

 

「グランドラクモンがこんなにたくさん!?」

 

敵の防御力を下げ、しかも混乱状態にしてしまう強烈な効果を持つ必殺技が炸裂した。この技は混乱させた隙にアクセルブーストを積んだり、混乱が無効だったとしても防御ダウンしたところを物理技で突破したりと無駄になりにくい必殺技だ。自身の高い攻撃と非常にマッチしており、防御が下がれば火力を出せるとグランドラクモンは自負していた。

 

アトラーカブテリモンは考えが混沌として雲のごとくに動く。誘惑と愛情とおせっかいと誤解の嵐が、四方から襲いかかる。迷宮に放り込まれたみたいにこなれ切れない言葉や世界を前にして、頭の中が発熱したようになる。踏みつけられた蟻んこの巣のように大混乱に陥った。支離滅裂な世界がそこにはあったのだ。

 

懐疑と弁明の間を迷子のように行き来する難解な迷路のような思考に吸い込まれていきそうになる。1割も理解できない狂人の世界にアトラーカブテリモンは混乱した。

 

驚いたのは光子郎である。なにがあったのかと子供達はきくが分からないという風に首をふるしかない。唐突過ぎて事情が飲み込めない。アトラーカブテリモンは明らかにおかしくなっている。どれだけ問いかけても答えのかけらもろくに返ってこないのだ。

 

引力が変化したような、よく分からない感覚だった。いろんなことがあってもう訳がわからない。考えるほど頭の中は収拾がつかなくなり、事柄と事柄を結ぶ糸が絡み合ってパンクしそうになる。

 

「いかん、逃げるんじゃ!」

 

ゲンナイさんの言葉はアトラーカブテリモンの意識の領域のどこにも着地しなかった。それは意味性の縁を越えて、虚無の中に永遠に吸い込まれてしまったようだった。冥王星のわきをそのまま素通りしていった孤独な惑星探査ロケットみたいに。

 

彼の中である種の混乱が始まっていた。感情の平原のどこかで不吉な砂嵐が発生しようとしていた。まるで歪んだ鏡に変形して映った自分の姿を眺めているみたいに事態をうまく飲み込めない。

 

明らかなる錯乱状態だったが、それを逃がすほどグランドラクモンは優しくはなかった。

 

「クリスタルレボリューション」

 

世界が結晶世界に覆われた。

 

「光子郎!」

 

「アトラーカブテリモンっ!」

 

2人は結晶になってしまった。バードラモンがあわてて回収し、地面に叩きつけられて破壊される最悪の事態は回避する。

 

「一体なにが......?」

 

丈は必死で頭の中を整理しようとした。机のひきだしの中身を整理するように。しかしうまく整理はつかなかった。いくつかのものの位置を入れ替えただけだ。消しゴムのあったところにペーパークリップを入れ、ペーパークリップのあったところに鉛筆削りを入れ、鉛筆削りのあったところに消しゴムを入れる。混乱のひとつのかたちが、別のかたちに変わっただけだ。

 

「次はてめーだ」

 

「逃げて、丈先輩!ズドモン!」

 

「アイオブザゴーゴン」

 

空の悲鳴にも似た声がこだまする。

 

そこには確固とした輪郭を持った絶望があった。彼はしばし言葉を失い、口を軽く開いたまま、ただぼんやりとその方向を眺めていた。自分が何を見ているのか、意識を定めることができなかった。

 

輪郭と実体とがうまくひとつに重ならなかった。まるで観念と言語が結束しないときのように。彼の頭は多くの考えで混雑し、集中力は限界近くまで伸びきっていた。考えれば考えるほどわけがわからなくなる。自分の脳味噌が消費期限切れの豆腐でできているみたいに思えてくる。

 

こういうときどうしたらいいか、丈は知っていた。

 

「ズドモン、目を閉じて直感で攻撃するんだ!」

 

「混乱を回避しようが防御を下げられた完全体など俺の敵じゃねえな!」

 

強烈な一撃がグランドラクモンにぶちかまされる。カウンターに強烈な魔法攻撃がズドモンを襲う。結晶化ではなく、闇の攻撃だ。吹き飛ばされたズドモンはビルにたたきつけられてしまう。

 

「余計なこといいやがって。次はてめーだよ」

 

今度は空たちに魔眼がむく。ガルダモンは考えれば考えるだけ、思考の糸は身動きがとれないほど複雑に絡み合っていく。不可解な要素がいくつかある。そして話のラインが錯綜している。

 

どのラインとどのラインが繋がっているのか、それらの間にどのような因果関係があるのか、見きわめることができない。心の中にカオスが生じ、小宇宙のように広がっていく。海のものとも山のものともつかない気持ちが錯綜している。

 

霧の中を彷徨うかのような混乱だった。脳の中に煙幕が渦巻くような感覚で、頭が回転しない。

 

「いやー!正気に戻ってよ、ガルダモン!」

 

風や炎が降り注ぎ、たまらずリリモンが叫ぶ。

 

「レストア!」

 

フラウカノンから弾丸ではなく状態異常を回復させる薬が発射され、ガルダモンは調子を取り戻した。

 

どうする、どうする、と2人は言葉が頭を掻き回す。頭の中は完全に混乱していた。様々なことが一気に脳の中で氾濫し、それを何一つ把握できていない状態だった。大輔の血を吸ったことで進化したのか、それともこの場所が進化できる特殊な場所なのかわからない。両手で頭を抱えた。 ブレーカーが脳の中にあるのだとすれば、それがそろそろ落ちる頃ではないか。そうでなければ脳がパンクする。そんな気さえした。

 

「ハンマースパーク!」

 

ズドモンがトールハンマーを振り下ろした衝撃波が空間全体を揺らした。ガルダモンたちは一瞬だけ落ち着きを取り戻す。

 

「レストア!」

 

リリモンがすかさず混乱をしずめ、回復効果もある技をかける。みるみるうちに結晶化していたアトラーカブテリモンが復活した。回復もあわせてなんとか先程までのコンディションを取り戻す。

 

「ありがとうございます、リリモン」

 

「ありがとうなー、ミミはん」

 

「リリモン、データ種だからウィルス種に攻撃きかないと思うの。だからみんな、頑張って!混乱とか回復とか頑張るから!」

 

「まかせて!」

 

グランドラクモンは笑うのだ。

 

「状態異常や体力を回復できたとしても、防御力の低下はうち消せねーし、蓄積していくんだぜ、ついでに教えてやるが俺の体力はこの攻撃と人間たちのエネルギーから現在進行形で供給されてる。倒せるもんなら倒してみろよ、どうみてもジリ貧だぜ」

 

にやにやと笑っているグランドラクモンを前に、ジュンはガーゴモンに問いかける。

 

「ねえ、ガーゴモン。ガーゴモンはウィルス種だけど光の眷属だからなにかつかえるでしょ?光属性の技でなにか支援できない?」

 

ガーゴモンは首を振った。

 

「ダメですね、私程度の力では究極体は到底及ばない。ならば膠着を覚悟でワクチン種の彼らが攻撃し続ける方がいい」

 

「そんな......」

 

「ジュン、あなたは大切なことを忘れていますよ。グランドラクモンも脅威だが、やつは好奇心からここまでやらかしている。真なる敵はヴァンデモンです。やつを倒せばグランドラクモンはダークエリアに帰還する。だから予言を成功させる方が先決だ」

 

ガーゴモンの言葉に息を飲んだジュンはうなずいた。

 

「たしかに......確かにそうよね、今紋章がないんだからエンジェウーモンになるかならないかの瀬戸際なんだもの。今から紋章を......」

 

「時間がありませんよ、ジュン」

 

「えっ、じゃあアタシたちに出来ることないじゃない」

 

「いいえ、ひとつだけあります。私は少々テイルモンたちの扱いを間違えてしまったようだ。まさかヴァンデモンにあそこまで入れ込んでしまうとは思いませんでした。だから、その尻拭いをしなければならない。そのせいでテイルモンは覚悟が足りないのだから」

 

「......なにするの」

 

「すぐにわかりますよ」

 

ガーゴモンは風を産み落として空高く舞い上がったのだった。



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36話

「私に提案があります」

 

太一たちと合流するなりガーゴモンがいった。

 

「なによ」

 

「ヴァンデモンは吸血鬼だ。倒しても死なない。そもそも初めから死んでいるのですから死という概念がないのです。まあ、デジタルワールドなら話は別でしょうね。輪廻転生のシステムがありますからただちにダークエリアに送られる。だがここは現実世界だ。デジタルワールドじゃありません。ヴァンデモンは実体だけをなくした精神体となる。厄災はつまねばならない」

 

「現実世界だから暗黒の力も及ばないから食べられる心配はないってことか」

 

「そうですとも。だからあなた方に提案があるのですがね、私を矢になさい」

 

「は?」

 

「吸血鬼の退治の仕方にはセオリーがあるんですよ」

 

ガーゴモンが語り始めた。とりあえずは十字架・護符・聖水・聖餅といった、キリスト教の息のかかったものが必須である。剣や蝋燭を十字型にクロスさせるだけでも結構有効だが、やはりキリストの磔刑像のついた正しい「十字架」が望ましい。とはいえ強力な吸血鬼に対しては無力な場合もある。

 

聖水とは聖職者によって祝福された水であり、吸血鬼にかければ酸の様に焼くことが出来るが、強力な魔除けでもあり、近くに吸血鬼がいれば白熱して危険を知らせるという便利なものである。道具がなくとも、例えば『吸血鬼カーミラ』は賛美歌を聞くだけでガタガタと震え出す。

 

十字架は銀製のものが望ましい。錬金術において銀は月及び女神ダイアナの善性を象徴するとされ、あらゆる悪に対する強力な防御手段となる。セルビアでは吸血鬼や人狼と戦う武器として、十字架の描かれた銀貨を溶かしてつくった弾丸が薦められている。

 

ただし十字架を使う場合には、その地域がどの文化圏に属するかを前もって調べておく必要がある。東方正教圏の吸血鬼にラテン十字架を見せても意味がないのである。

 

それから、銀の銃弾で吸血鬼を倒した場合、その残骸を月の光の下にさらしてはならない。特に満月の光は吸血鬼や人狼を活性化させるとされている。イギリスの吸血鬼小説の第1号であるポリドリ著『吸血鬼』に登場する吸血鬼ルスヴン卿はこの伝説に従い、盗賊に銃で打ち倒された後に月の光を浴びて甦っている。

 

吸血鬼の持つ様々な特性を利用した退治法もある。まず水を嫌うという性質を利用し、浴槽に沈めてしまうという方法、ただしその後の屍体の処理が問題である。

 

ブルガリアの熟達した妖術師は、イコンを用いて巧みに吸血鬼を追いつめ、瓶の中に閉じ込めてしまうことが出来るという。これはよほどの達人にしか出来ない芸当だが、その瓶はコルクで蓋をしてイコンで封印し、燃えさかる火の中に投げ込んで終りになる。

 

しかし、そんな具合に活動中の吸血鬼と武器をもって渡り合うよりも、土曜日の昼間、動けないでいる吸血鬼をしとめる方が楽である。まず、その心臓をえぐり出す方法。血液を送り出す心臓は吸血鬼にとっても力の源である。

 

心臓を摘出するには、まず香を焚いて悪臭を誤魔化し、胃からメスをいれて、手探りで心臓を掴み出す。ただし、摘出方法は地方や民族によって異なる。ジプシーの伝説によれば、吸血鬼の血がついた人間は発狂するとされるため、「胃からメスをいれて体内を探りまわす」など言語道断である。

 

セルビアではこうやって取り出した心臓はワインで煮詰め、また体内に戻しておくというが、ルーマニアではその心臓を熱した釘や杭で突き刺すといい、単に焼くだけという地方もある。

 

そんな手間のかかる方法を用いずとも、首を切り落とすだけでよいともされる。しかしその首を胴の近くにおいておくとつながってしまう怖れがあるので、足元に置いたり臀部の後ろに突き刺したりする必要がある。

 

一番ポピュラーなのは、杭を用いて吸血鬼を串刺しにする方法である。杭はトネリコ、セイヨウサンザシ、ビャクシン等を用い、死体を大地に釘付けにすることによりその復活を妨げるのである。打ち込む際に祈りの言葉を唱えればなおよろしいが、吸血鬼をしとめるには一撃のみで打ち込まねばならず、二撃以上では復活してしまうとの話もある。

 

普通の吸血鬼退治の場合、杭を打った後は首を切り落とし、口にニンニクを詰め込むのがベストであった。『吸血鬼カーミラ』はちゃんと杭で殺される。ちなみにウクライナでは杭にはハコヤナギを用いるが、これは、キリストを裏切ったイスカリオテのユダが首を吊った、呪われた樹であるとされるからである。杭を打つ前に煮えたぎった油をかけるという地方もある。

 

しかしながら、吸血鬼の中でも特に強力な奴は、首を切ったり杭を刺したりした程度で死にはしない。何故なら、吸血鬼は最初から死んでいるからである。ただし、それはあくまで中途半端なものであり、霊魂の宿る肉体を焼き滅ぼせばそれで終りである。

 

もちろん焼いても骨は残ってしまうが、死者の霊魂は骨には宿らないと考えられる。従って、例えばセルビアでは、吸血鬼は骨を持たないとされるのである。ただ、日本と違ってヨーロッパでは火葬は宗教的に禁止とされるのでこれは最終手段であり、手間もかかるので滅多に行われない。

 

火葬する前に、屍体を寸断するとか、断頭するとか、肉片を油・ワイン・聖水で煮るとかいう地方もあり、焼く時に煙の中から出てくる虫も全部殺すのがよいとされる。ちなみに、ギリシア人は杭を打つという退治法を用いないため、心臓をえぐり出すか八つ裂きにするか火葬にするのが一般的である。

 

「一撃か......失敗できないな」

 

「お兄ちゃん......」

 

「ガーゴモン、大丈夫なの?」

 

「仕方ないんですよ、八神光。聖なる力があればあるほど殺傷能力はあがりますが、少しでも見落としがあれば意味が無い。だから、私は考えたんですよ。私が矢になればいい。少なくとも聖なる力の付与はできる」

 

太一たちは絶句した。

 

「......そんな、本気なのかガーゴモン」

 

テイルモンは悲痛な面持ちできいてくる。ガーゴモンは笑うのだ。

 

「時間がありません、急ぎましょう」

 

ガーゴモンが空を飛ぶ。太一とヤマトは顔を見合せ、うなずく。タケルと光は真剣な眼差しでデジヴァイスを握りしめる。パタモンとテイルモンは前を見すえた。

 

 

 

 

ガーゴモンが発光体のように眩しいかがやきを放つ。目がチカチカして怪しい残像が飛ぶほど強い光によって、くらんだ目の網膜には閃光と点滅する星が飛び交う。目を閉じたときに視野を満たす灰色の薄暗い光がいきなり目の前で白い爆発を起こしたみたいに明るい。

 

まぶしくて何も見えない。目に沁みるほどの強烈な輝きの色艶はたまらなく眩しい。急な眩しさで、頭を思いきり殴られたみたいに目の前が真っ白になり何も見えなくなる。たまらず手を目の上にかざして見上げる。

 

いきなり目の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万のほたるいかの火を化石にして、空中に沈めた。またはダイアモンド会社で、値段がやすくならないように、わざと穫れないふりをして、かくしておいた金剛石を、だれかがいきなりひっくりかえして、ばらまいたというように。目の前がさあっと明るくなっていた。

 

 

空がまるで青びかりでツルツルしてその光はツンツンと光たちの眼にしみ込み、大きな空の宝石のように橙や緑の粉をちらしまぶしさに眼をつむる。今度はその蒼黒いくらやみの中に青と光って見える。あたらしく眼をひらいては前の青ぞらに桔梗色、あるいは黄金やたくさんの太陽の影法師がくらくらとゆれてかえる。

 

今までに見たどの光よりも凄烈だった。想像して言うなら、苦しみのうちに胎道を通りぬけて、初めてこの世に生まれ出る瞬間のまぶしさのようだった。それくらい美しく、清らかで、くりかえせない発光だった。

 

テイルモンとパタモンの前に2本の矢が出現する。

 

テイルモンはその矢を手にする。そして、はあ、と大きく息を吐いた。目はゆるやかに開かれ、光たちはテイルモンが毅然とした態度でぴしゃりと過去と決別したことを悟った。

 

そう決心すると、今まで気重かった心が妙に軽くなった。テイルモンはすべてをぶん流したあとの涼やかさを想像した。

 

泣くだけ泣くと、すぐからりと気持ちが晴れて、やるしかないという思いにつきあたって気が軽くなったらしい。

 

「いくよ、光ちゃん」

 

「うん。頑張って、テイルモン」

 

「ああ、やろう」

 

「がんばろうね!」

 

2体は光に包まれた。



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37話

見渡す限り広がる結晶世界である。コウモリに覆われた空は太陽が遮られてしまい、氷のような寒々しい風景となっていた。これこそがグランドラクモンたちが望んでいた世界である。これがやがて現実世界全体を覆い尽くしていくのだ。それがたっせいされたとき、闇の王の野望が達成される。

 

 

赤いマスクを付けた金髪蒼眼の成人男性に似た外見で、大きな襟を立てたマントやドラキュラをイメージした礼装の男はニヤリと笑う。もともとヴァンデモンは死滅した凶暴なコンピューターウイルスが闇の力で蘇った姿で、データを吸収・破壊して悪質なウイルスとして復活させる能力を持ち、アンデッドの王と呼ばれるほどの力を持つが、日光とにんにく、十字架が弱点で、昼間は力が弱まるとされる。これを克服する強さを求めていた彼は、暗黒の勢力に出会った。

 

暗黒の勢力に協力するにあたり、ヴァンデモンは先代の選ばれし子供たちがのこした記念碑たる予言の書を受け取っていた。

 

予言ではヴァンデモンはヴェノムヴァンデモンに進化すると書かれていた。それを知った彼は、激昴した。ヴェノムヴァンデモンは、ヴァンデモンが進化した中ではパワーと引き換えに理性を失った魔獣型の究極体デジモンである。圧倒的パワーを持つが、本能のままに暴れ回る事しか考えていない野蛮さからヴァンデモン自身はこの姿を嫌っているのだ。

 

たしかに必殺技である敵デジモンの体内に破壊型コンピュータウイルスを注入して構成データを全て破壊して機能を停止させるヴェノムインフューズは強力な切り札だ。だが理性を無くしたらヴァンデモンはヴァンデモンではなくなり、ただの怪物と化してしまう。

 

ならばと理性を保ったまま進化する方法をヴァンデモンは探し回った。そして野生のデジモンにもかかわず出会った人間の子供が忘れられずに何回も転生してはデジタルワールドを探し回る哀れなデジモンを見つけた。

 

そいつは見つけてもらうために進化先がいつしか固定化されており、成熟期以上の進化を拒んでいた。自我を保ったまま進化できるのは明らかに人為的ななにかがあった。そして、ヴァンデモンは光が丘テロ事件と同時期に起こったアメリカのサマーメモリーズ爆弾テロ事件に行き着くのだ。

 

その子供の血やエネルギーを根こそぎ奪った今、ヴァンデモンは予言とは違うデジモンに進化をとげる。

 

それはヴァンデモンが理性や知性を保ったまま更なる進化を遂げ、全ての面でヴェノムヴァンデモンを超えることに成功した究極体デジモンだった。魔王型デジモンであるにも拘らずデスモン同様七大魔王には属さないが、魔王型デジモンとして相応しい強大な戦闘力を備えている。

 

残虐非道で冷酷な性格を持ち、自らの欲望のためには手段を選ばない。必殺技は両肩に寄生させている生体砲「ソドム」と「ゴモラ」から発射される超高熱線『パンデモニウムフレイム』。

 

「我が名はベリアルヴァンデモン!さあ、ゆけ、我が眷属たちよ。デジモンたちからエネルギーを奪い尽くすのだ!」

 

ベリアルヴァンデモンからすれば、またあとから蘇生させればいいという考え方なのだろう。役目を終えた拉致要員、催眠術要員、騒ぎを起こす要員たちは、無差別に根こそぎコウモリに襲われてエネルギーがベリアルヴァンデモンに吸収されてしまう。

 

阿鼻叫喚が響き渡る。地獄絵図が広がっていた。壁と言わず天井と言わずまるで噴霧器で吹き飛ばしたような血しぶきがあがり、瞬く間にすい尽くされてしまう。

 

その結果、ドラマで見る鮮やかな赤い血しぶきの跡がみるみる変色し、飛沫はその血を流した者の痛みの強さとは比例せず、乾いてただ点々と、海老茶色に変色して散った。黒血がその腹から、斑々として結晶世界にたれていった。やがて0と1に溶けたデータがベリアルヴァンデモンの体に吸収されていった。

 

「貴様らの敗北は確定したのだ!」

 

ベリアルヴァンデモンは高らかに宣言した。幼年期に戻ってしまったデジモンたちはなすすべがない。

 

グランドラクモンによる魔眼がひとり、またひとりと結晶化していく。デジモンたちもまた肖像となっていく。これで終わりだとベリアルヴァンデモンが寄生させている魔獣から灼熱を吐き出した。

 

その刹那。

 

閃光が2つ、デジタルワールドから現実世界に向けて2本の柱がよこぎった。

 

黄金色に輝く目を奪うほどきらびやかな柱だった。その中には地上に通じるらせん状の非常階段ににたシルエットが浮び上がる。窓という窓が、丁寧に磨きあがられたように輝いている。一度カシャーンと砕け散ったあとのガラスを拾い集め、再びつなぎ合わせたような虹色のビルに似たそれは、グランドラクモンとベリアルヴァンデモンの頭上から結晶世界をつらぬく希望の光だった。

 

光の壁面を彩る碁盤目状の模様は、ついたり消えたりし、ある文字になろうとしていた。

 

それがマトリックスレボリューションとデジ文字で書かれていると2体が気づいた瞬間に、光が爆発した。

 

その先に2体のデジモンがいた。

 

「ウォーグレイモン......」

 

デジヴァイスの結界の中で見守ることしかできないジュンは見とれるのだ。

 

それは超金属「クロンデジゾイド」の鎧を身にまとった最強の竜戦士の名であり、グレイモン系デジモンの究極形態である。グレイモン系デジモンに見られた巨大な姿とは違い、人型の形態をしているが、スピード、パワーとも飛躍的に向上しており、完全体デジモンの攻撃程度では倒すことは不可能だろう。

 

両腕に装備している「ドラモンキラー」はドラモン系デジモンには絶大な威力を発揮するが、同時に自らを危険にさらしてしまう諸刃の剣でもある。また、背中に装備している外殻を1つに合わせると最強硬度の盾「ブレイブシールド」になる。

 

歴戦の強者の中でも真の勇者が自らの使命に目覚めたときウォーグレイモンに進化すると言われている。必殺技は大気中に存在する、全てのエネルギーを1点に集中させて放つ、超高密度の高熱エネルギー弾『ガイアフォース』。

 

「メタルガルルモン......」

 

もう一体はほぼ全身をメタル化することでパワーアップした、ガルルモンの最終形態。メタル化をしても持ち前の俊敏さは失っておらず、全身に隠されている無数の武器で敵を粉砕する。

 

鼻先にある4つのレーザーサイトからは不可視のレーザーを照射しており、赤外線、X線などあらゆるセンサーを使って前方の対象物を分析することができるため、視界の届かない暗闇のなかでもメタルガルルモンから逃げることは不可能である。

 

また、背部から伸びたアームからビーム状のウィングを放出して超高速でネット空間を飛び回ることができる。必殺技は全ての物を氷結させてしまう絶対零度の冷気を吐出す『コキュートスブレス』。この攻撃を受けたものは瞬時に生命活動を停止してしまう。

 

2体とも強烈な閃光を帯びている。

 

グランドラクモンとベリアルヴァンデモンはすかさず必殺技を繰り出した。

 

「なんだと!?」

 

ガーゴモンを生贄にして生成されたデータが彼らを守っているのだ。ジュンと会うために途方もない数の転生を繰り返してきたデジモンが蓄積してきたデジゲノムはまちがいなく彼らに対抗策を教えてくれる。そのデータはデジヴァイスをつうじて全てがワクチン種にして聖なる力に変換された。膨大なエネルギーが彼らに活力を呼び起こす。

 

2体の究極体がグランドラクモンとベリアルヴァンデモンと相対する。そして叫ぶのだ。

 

「これからは」

 

「俺たちが相手だ!」



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38話

2体の究極体によるベリアルヴァンデモンへの怒涛の攻撃がはじまった。それを遠くから見上げているしかないジュンは無力さに唇を噛む。

 

「......結晶世界とコウモリのせいで光が届かないのね......。ナイトメアソルジャーズには強力な援護だわ......」

 

せめて移動手段があれば上空の結晶世界を蹴散らして、コウモリたちを殲滅して。まだあるはずの夕暮れの空によってベリアルヴァンデモンを大幅に弱体化させることができるはずなのだ。だが、ガーゴモンは自らを犠牲にしてまでウォーグレイモンとメタルガルルモンの強化を行ったのだ。その勇気を否定するような発言など独り言であろうがいえるはずもない。

 

「......ガーゴモン......」

 

ジュンは祈るしかない。

 

ガーゴモンがこの手段を用いたのは、明らかに未来の知識によるものだ。具体的にいえばデジタルワールドの冒険にあるカイザーと大輔達の最終戦において、ワームモンの命と引き換えにマグナモンが放った一撃が相手を完全に屠った描写。ベリアルヴァンデモンを倒しきるにはそれなりに2体の究極体を強化しなければならないと踏んだのだ。ただでさえ予言通りの場合はヴァンデモンは生き残り、3年後の悲劇を引き起こすのだから。悲劇の芽はつまなければならない。

 

ジュンがこの世界の本宮ジュンの精神としてダウンロードされたことをつきとめてから、あらゆる手段で以て時空を超えてきたガーゴモンが知らないはずがない。

 

ジュンはかつての自分が誰よりも頼りにしていたセキュリティシステムの救世主たちに命を託したガーゴモンの気持ちが痛いほどわかるのだ。

 

はるか未来においてウォーグレイモンとメタルガルルモンはウイルスバスターであり、電脳世界に緊急事態が発生したときに出現し、その異常をいち早く消滅させる宿命を負っている特別なデジモンたちなのだ。

 

デジタルワールドの根幹データがウィルスプログラムに浸食された際、その異常を駆逐するために現れるウィルスバスターであり、その異常と対峙する。そして、必要あらばロイヤルナイツの一角オメガモンとして出現する。

 

もちろん、ロイヤルナイツが出来たのは太一たちのオメガモンというデジモンの存在と、合体による進化で超究極体が確立してからだ。姿形は同じでも生まれながらのオメガモンと選ばれし子供たちのオメガモンは完全なる別物。それでも、その基盤となるパートナーデジモンたちと選ばれし子供たちなのだ。それだけで希望である。

 

メタルガルルモンのコキュートスブレスがまわりを凍らせ、高圧縮された大気中のエネルギーを投げつけるガイアフォースがベリアルヴァンデモンに直撃する。そして衝撃デ砕け散った大きな氷柱がベリアルヴァンデモンの翼に深深と突き刺さり、ズタズタにしていく。

 

今度はエネルギー弾を凍らせてウォーグレイモンが放ち、寄生している魔獣を破壊する。すかさずメタルガルルモンが無数の弾丸でベリアルヴァンデモンのもう片方の魔獣を破壊する。

 

2体の連携と攻撃によりベリアルヴァンデモンはみるからにダメージをうけていた。

 

これで左右の肩にいたはずの「ソドム」と「ゴモラ」という名の生体砲が粉砕され、必殺技「パンデモニウムフレイム」を放つことはできなくなったはずだ。

 

「なのに、なんなの......あの余裕は」

 

ジュンは不安が消えない。ベリアルヴァンデモンの笑い声が響き渡る度に夜の闇は先刻よりいっそう深くなった。今はもうただ影と影が重なりつつ動いているに等しい。世界は真っ暗に静まり返っている。

 

だからグランドラクモンとベリアルヴァンデモンに戦いを挑む選ばれし子供たちのデジヴァイスや紋章、またはデジモンたちがより光り輝くのだ。それだけが望みだった。

 

刻一刻と照明もなく真っ暗闇で何も見えない世界が迫りつつある。自分がどこにいるかわからない墨のような闇に浸される。

 

「......これ、ベリアルヴァンデモンの必殺技じゃないの。キツいわね」

 

濃い闇の奥を見つめていると引き込まれそうになり、ジュンはパソコンを中心にはっている結界から出ないよう注意する。幻覚にさらされたらジュンはただの人間だからどうしようもない。きっと目を開けたが最後、その先に潜む闇は黄泉の国へ導く入り口のように力強い。のまれるわけにはいかなかった。

 

目を閉じてさえもそこは冷ややかな薄暗闇に包まれている。夜にしては明るすぎるし、昼にしては暗すぎる。その奇妙な薄暗闇に包まれるとき、ジュンはまっとうな方向と時間を見失ってしまいそうになるのだ。

 

「私の読みが甘かったのよ。巻き込みたくなくて大輔のことを遠ざけすぎた。サマーメモリーズの事件は、テリアモンたちが特別なんだと思い込んでた。そんなはずない、大丈夫、思い込みが大輔を危険に晒したのよ。こんなことなら初めから巻き込んでおけばよかった。ピンポイントで忘れてしまったから断定できなかった......大輔にも不思議な力があるなんて......」

 

淡い闇が風に吹かれる膜のように都市の上をさまよい流れていた。そして風がジュンに吹き付け、夕闇が足元からわずかに立ち込めてくる。暗闇の中で孤独な時間が静かに流れる。単色の闇ではなく、様々な絵の具をバターのように厚く塗り込めた暗闇がせまりくる。

 

「でも、だからって私は過去の失敗にばかり縋らないわ、それは私にとって敗北を意味するのよ。私に出来ることはまだありはずなんだ」

 

ジュンは目を開ける。パソコンがより一層光を放つ。太一のデジヴァイスからコピーしてジュンが好き勝手に改造しているこのプログラムたちは、今稼働しているデジヴァイスの機能を表示している。

 

前を睨みつける。

 

それは恐ろしいほどの完璧な暗闇だった。 何ひとつとして形のあるものを識別することができないのだ。自分自身の体さえ見えないのだ。そこに何があるという気配さえかんじられないのだ。そこにあるものは黒色の虚無だけだ。

 

 

真の暗闇の中では自分の存在が純粋に観念的なものに思えてくる。肉体が闇の中に溶解し、実体を持たないジュンという観念が空中に浮かびあがってくる。ジュンは肉体から解放されているが、新しい行き場所を与えられてはいない。ジュンはその虚無の宇宙を彷徨っている。悪夢と現実の奇妙な境界線を。

 

 

まるで深海の底におしこまれたみたいだった。濃密な闇が僕に奇妙な圧力を加えていた。沈黙がジュンの鼓膜を圧迫していた。

 

時間が経てば目が慣れるといった生半可な暗闇ではない。黒色の絵の具を幾重にも塗り重ねたような深く隙のなき闇を前にジュンはいうのだ。

 

「暗黒の勢力が封印しきれなかったのは平面の結界だったからよね。不十分だったのよ、結果論だけど」

 

キーボードをたたきだす。

 

しゃべりかけているのは冗談抜きで恐いからだ。まるで自分が丸裸にされたような気がする。嫌な気分だ。暗黒は暴力の粒子をジュンのまわりに漂わせている。それがうみへびのように音もなくするすると近寄ってくるのを見ることさえできないのだ。

 

救いようのない無力感がジュンを支配しようとしているにちがいない。暗黒の水がすっぽり包んで逃さないつもりなのだ。この種類の闇というやつらはどこまでもどこまでも続いている。地球の芯まで。飲まれたが最後浮上はできない。

 

そんな連想をしながら何度目かわからないエンターキーをおした。

 

「だから四角の結界を作らなければならなくなった。これで一応の決着を見たのよ。残骸たちが25年間選ばれし子供たちを苦しめるわけだけど」

 

今どれ位たったのかジュンはわからない。五秒かもしれないし、一分かもしれない。暗闇の中では時間がはっきり定まらない。揺れ動き、引き伸ばされ、凝縮する。それはどんな理屈も通じない根源的な恐怖だった。それは人間の遺伝子に刻みこまれ、太古の時代から営々と伝えられた恐怖だった。だからジュンは前を見る。パソコンは光っているから怖くはない。

 

ジュンは8人分のデジヴァイスの場所を把握する。

 

「......私もいるわね」

 

ジュンは立ち上がる。

 

目はなかなか暗闇に慣れなかった。あるところまでは見えるようになるのだが、そこから先にはどうしても進まない。デジヴァイス機能をかざせばほんの少しだけ明るくなる。あたりは暗くなりかけているが、目をこらせばまだ事物の輪郭を見分けることができる。暗がりには濃淡がある。奥にいくほど暗がりが濃くなっていく。ジュンは現在地を確認して、少しずつ移動を始めた。

 

「ひとつなら、これくらい」

 

暗い中で影のように飛びまわる闇は不思議に平面的だった。実体のない物質を鋭利な刃物でスライスした切口のようにも見える。奇妙な遠近感が闇を支配していた。巨大な夜の鳥がその翼を広げ、目の前にくっきりと立ちはだかる。

 

ジュンがたどり着いたのは結晶となりつつある壁だ。光を当てると浄化されてモニターが表示される。一般家庭。もしくは家電屋。あるいは学校か予備校、学習塾。パソコンを必要とする業務をもつ会社。お目当ての光景が見つかり、入ってみる。

 

「......やっぱりパソコンに出られるのね」

 

停電している事務所だった。ジュンはこっそりそのゲートを潜り、事務所に入る。無人のノートパソコンを起動して、まだ電源が生きているやつを拝借。ジュンのパソコンとケーブルを繋げる。デジヴァイスのデータから結界機能を転送する。そしていくつか確保した。

 

「ふたつならこれくらい」

 

地上の全てのものはまるで首をすくめるように闇の中で沈黙していた。海の底と錯覚しそうな深い闇をジュンは見つめている。じっと息を殺していると、闇がか細く震えているのが分った。闇の粒子が、怯えるように宙でぶつかり合っていた。結界から逃げていく。ジュンは確信をもった。

 

「みっつなら、これくらいか」

 

より深い暗黒が、いつも絶えない波動で刻々と周囲に迫って来るが、ジュンを避けるように通り過ぎていく。恐ろしいものが目の前にあるのに認識できない阻害効果はすさまじく強固になっていく。このなかであればジュンは正常に思考することができる。

 

暗闇に点ともされた光は、ジュンの空虚な心の中に点された光でもあった。光が闇に対してどれだけの照力を持っていたか、ジュンははじめて知った。光が全く消えても、少しの間は残像がジュンを導いてくれるのだ。

 

目印のようにおいてきたそれら。ジュンの行動範囲は明らかに拡大していた。

 

「これで、よっつめ」

 

ジュンは現在地を確認する。

 

「たしかに封印するには4つじゃ足りない。でも両断するなら平面でもいいわけよね」

 

ジュンはエンターキーを押した。用意周到に準備されたおかげで出現した結界が最大範囲で一番強固なものとして起動する。当然ながら円を半分にしたような形となる。

 

その瞬間に、ベリアルヴァンデモンたちの絶叫が響き渡った。

 

「できるものなら突破してみなさいよ。先代のパートナーデジモンたちがずっとアポカリモンを封印してきた結界をもとに生成されたデジヴァイスの結界をね」

 



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39話

そこに微妙な誤差が生じ、微妙な誤差はやがて深い溝となった。

 

初めにグランドラクモンとベリアルヴァンデモンが感じたのは飢餓だった。

 

胃袋が無音で軋み、背中にくっ付くほど腹が減るほどの強烈な飢餓感がつのる。眼がくらみそうな焼けつくような餓えだ。身を焼くような渇きと飢えとが、烈しく身に迫って来る。

 

慢性的な空腹感がじわじわと胃から大脳へ攻め上って、怒りっぽくなる。それはすぐに、ほとんど電流のように伝わって行っていく。

 

 

 

みぞおちの奥のあたりにぽっかりと空洞が生じてしまったような気分だった。出口も入口もない、純粋な空洞である。その奇妙な体内の欠落感──不在が実在するという感覚──は高い尖塔のてっぺんに上ったときに感じる恐怖のしびれにどこかしら似ているような気がした。空腹と高所恐怖に相通じるところがあるというのは新しい発見だった。

 

 

しばらく意識の外側に遠のいていた飢餓感がまた戻ってきた。その飢餓は以前にも増して強烈なもので、そのせいで頭の芯がひどく痛んだ。胃の底がひきつると、その震えがクラッチ・ワイヤで頭の中心に伝導されるのだ。体内には様々な複雑な機能が組みこまれているようだった。

 

そして、次は激痛だった。

 

ベリアルヴァンデモンたちは足元に転がっている人間たちからさらにエネルギーを引き出そうとしたが、痛みは激しさを増していく。

 

まるで内側から手で刃物をつきたて、そのまま引き廻そうとしたが、刃先が腸にからまり、ともすると刀は柔らかい弾力で押し出されてきた。脇腹から背の方へ突き通っているのを思考の失せかけている頭の中で感じた。串刺しのまま、相手を見据えた。

 

「おのれっ......」

 

どさりと肉体と下半身が分離して、下半身が倒れる。銃剣の先が胸に入る。先端が肋骨のあいだへ喰いこんだ。力をこめた。数センチのめり込む。筋肉がショックで縮み、刃先が前へ進まない。強引に突き続ける。

 

ここで断念するわけにはゆかない。ねじり込むように体重をかけて数ミリずつの感じで進めた。不意に敵の抵抗がゆるむ。銃剣が相手の体内に、チーズに突き立てた果物ナイフのように、奥深くめり込んでいった。

 

刃はたしかに腹膜を貫いた。自分の内部とは思えない遠い遠い深部で、地が裂けて熱い溶岩が流れ出したように、恐ろしい劇痛が湧き出して来るのがわかる。

 

突如、ベリアルヴァンデモンは脇腹に火のような疼痛が走るのを覚えた。自分の胴丸の横に何か突き刺さっているのを知った。

 

「なにいっ」

 

「訳のわかんねえ幻見せやがって!」

 

「倒した幻想をみせて後ろからか、お前の考えそうなことだな、ベリアルヴァンデモン!」

 

メタルガルルモンが生成した巨大な氷の塊が槍のように鋭利なものとなり、ウォーグレイモンの剛腕により突き立てられた瞬間だった。一つ突いた。浅かった。頭がひどく熱してきて、手がめちゃくちゃに動いた。刃を横に強く引く。口のなかに温かいものが迸り、目先は吹き上げる地の幻で真っ赤になった。太刀が身に食い入るたびに、まりをたたくような、まるくこもった音が立つ。

 

強烈な黄金色が閃く。メタルガルルモンが必殺技を連打して槍を生成しては、ウォーグレイモンが突き立てる。射程を伸ばし、ウォーグレイモンが8つ裂きにしていく。

 

鮮血が舞うよりも先にその臭いが鼻を刺激したが、それよりも先に、槍を握り締めた手に伝わってきた、ベリアルヴァンデモンの冷たいを切り裂く感触は恐ろしいものだった。

 

力を加えると、表皮に刃がめり込んでいく。腹直筋を切り、毛細血管、神経を割く。ナイフが肉を破り、穴を空ける。肝臓に到達したところで、一度、止まる。ベリアルヴァンデモンは涎混じりに、呻いた。 

 

ナイフが外に引き出されるのと同時に、刃先が離れた血管から、次々と血が漏れる。間を置かずして、次に胸に槍を向けた。数センチ下に、力を込め、刃を突き出す。槍は脂肪を通過し、肋硬骨の隙間を縫って、さらに奥に進み、心筋に突き刺さる。 

 

ベリアルヴァンデモンの目は見開かれている。ガスを吐き出すかのように、ひゅうっと口から息を出す。ナイフがもう一度、外に出ると、ベリアルヴァンデモンは顔から色が消え、尻から後ろへ倒れた。刃先が、首の皮膚に刺さった。肉に食い込み、頸動脈を切り、骨を割るのが、感触として伝わってくる。

 

左側の横腹を、ボクサーがフックを打ち込むように刺す。刃先がベリアルヴァンデモンを突き破り、その下の肉体をこじ開ける。ウォーグレイモンは意識を尖らせ、集中した。刃が皮膚にめり込む感触が、柄を握った指、手の平を伝って、腕、脳に届いた。表皮を切り、血が滲み、さらに刃先が奥に入る。

 

特大の槍を一突きに胸へ刺さした。何か腥なまぐさい塊がこみ上げて来る。が、苦しみは少しもない。ただ胸が冷たくなると、一層あたりがしんとしてしまった。

 

何と云う静かさだろうか。空には、さえずりに来ない。ただ杉や竹の杪に、寂しい日影が漂ただよっている。日影が次第に薄れて来る。ベリアルヴァンデモンはそこに倒れたまま、深い静かさに包まれている。

 

「やった、のか?」

 

太一はつぶやいた。

 

「わからない......」

 

ヤマトはまだ晴れない空を不安そうに見つめていた。

 

ふりかえった向こう側にウォーグレイモンたちは颯然と、蛍を砕いたような光が飛ぶのを見た。そいつらはいつの間にか生成されている強固な結界に弾かれてまわりを困惑気味に飛んでいた。下半身は砕け散り、無数のコウモリとなってウォーグレイモンとメタルガルルモンに襲いかかる。

 

「しぶといな!肉体が死んでも生き返るのか!」

 

「ガーゴモンがいってたのはこのことなのか、やっかいだな」

 

「気をつけろよ」

 

「いわれなくても」

 

チカッ、と白い、針の飛ぶような光線がちらついた。まっすぐに見たと思うと無数のコウモリがエネルギーを求めて襲い掛かってくる。メタルガルルモンやウォーグレイモンたちはコウモリたちから逃げながら破壊していく。凍り、または焼け落ちてコウモリは死んでいく。結界の真上は真っ黒になってきた。

 

コウモリたちが真下の結界をなぞるように落ちていく。そしてずるずると穴に落ちていくのをウォーグレイモンたちは発見した。ヴァンデモンが眠っていた地下空間に繋がるゲートだったはずだ。

 

「あの野郎、まだ逃げるきなのか!しつこいぞ!」

 

「いけるか、メタルガルルモン」

 

「ああ!」

 

「いそごう、太一」

 

「おう!」

 

どこにつながっているかわからないゲートの中心地である。ヴァンデモンが逃げるきならばその前に叩かなくてはならない。

 

ウォーグレイモンとメタルガルルモンは未だに満ちてくる力にガーゴモンが秘めていた力の底なしさに驚きつつ、そこに託された重さを感じる。答える為にも2体は一直線にそちらに向かった。乱反射する結晶世界のさらに奥の奥に突撃する。

 

鏡だ。特大な鏡がある。コウモリは映らない。ヴァンデモンであるなによりの証だ。ものすごいスピードで近づくウォーグレイモンたちが鏡にうつっている。

 

「なんだありゃ」

 

鏡の前に浮いている枝があった。そこには葉っぱがついており、まるで宝石のように輝いている。そして、それが0と1の光の粒子となり鏡に落ちる。幾重もの波紋が広がり、鏡の隅に到達してはまた波紋となり広がっている。ゆるやかに鏡からウォーグレイモンたちがきえていく。その向こう側にはデジタルワールドが見えた。

 

「あの野郎、デジタルワールドに逃げる気かよ!そうはさせるか!」

 

「見たことないエリアだ。ゲンナイさんがいってたように、俺たちが知らない場所だと打つ手がない!急いでくれ、メタルガルルモン!」

 

太一たちの叫びにメタルガルルモンとウォーグレイモンはいっそう加速しながら追いかける。

 

鏡はさらに拡大していく。コウモリが殺到しようとしたその刹那。

 

ぞわりと悪寒が走る。

 

鏡の向こうになにかいる。コウモリたちはなにかに行く手を阻まれていることに気づいて分体を解いた。ベリアルヴァンデモンが姿を表す。せっかく倒したのにまた戻っているではないか。ウォーグレイモンたちは戦慄した。ベリアルヴァンデモンはふたたび両肩で装填されていた魔弾を連射するが、鏡の向こう側に展開されている強固にされた黄金色の輝きに防がれてしまう。

 

黄金色の輝きが飛んできた。ベリアルヴァンデモンが被弾する。追いかけてくる黄金色の閃光を避けようとするがド派手な音を立てて砕け散る岩壁。貫通した衝撃は想像に難くない。期待はしていなかったが、鏡の向こう側の誰かは生かして通らせる気はないらしい。撤退が叶うなら今すぐにでもここから撤退したかったようだが、ウォーグレイモンたちは好機ととらえて容赦はしない。

 

 

ベリアルヴァンデモンは逃げようとしたが進行方向に現れたのは黄金色の障壁。衝突する寸前で方向転換し、追いかけてきているメタルガルルモンたちに発砲する。銃声が響くが、ウォーグレイモンたちを傷つけるには至らない。

 

予想をはるかに超える速さで接近し、ベリアルヴァンデモンはウォーグレイモンの武装の合間を縫って、切断しようとする。ウォーグレイモンは伝家の宝刀の必殺技を叩き込む。

 

援護するように大量の黄金色のエネルギー体が舞う。爆発音がして、閃光が走る。

 

 

 

微かに聞こえた声は、何かを発動させる。生存本能が悲鳴をあげている。それはほぼ反射的だった。周囲にあるものが粉みじんになる。駆け出したい衝動に駆られる。

 

ベリアルヴァンデモンは防御などしなかった。躊躇せずウォーグレイモンの目前まで踏み込み、腕を受け止めた。じわりと血がにじむ。赤い目が細められる。血をすすろうとしたのだ。

 

ウォーグレイモンは焦点が合わない。立つこともできない。完全に感覚がやられている。嬉々としてこちらを見下ろす赤は、狂気に満ちている。殺し合いを切望する。身を焦がすほどの激情を滾らせながら生きてきたこのデジモンは、それでも延命できているのは吸血鬼だからだろう。生きた亡霊だ。四散した部位が回復していくのを目撃する。

 

「ウォーグレイモン、受け取れ!」

 

メタルガルルモンが突撃しながらブレイブシールド目掛けて凍りの一撃を放つ。重厚な装甲と化した盾をもって最後の力を振り絞り、ウォーグレイモンはベリアルヴァンデモンめがけて渾身の一撃を叩き込む。超至近距離からの攻撃だった。ベリアルヴァンデモンの断末魔が響き渡る。

 

ブレイブシールドに付与された効果により、切断面からベリアルヴァンデモンは瞬く間に凍りついていった。

 

「これで終わりだ!」

 

太一の叫びと同時にウォーグレイモンとメタルガルルモンを包んでいた光がブレイブシールドに流れ、そして大爆発を起こした。

 

太一たちは爆風に巻き込まれて

地下空間に投げ出される。

 

「大丈夫か、みんな!」

 

すかさず太一が声をかけた。

 

「なんとかな......」

 

近くには力尽きたのかコロモンとツノモンが転がっている。太一たちはあわててパートナーを抱き上げた。

 

「ベリアルヴァンデモンは!?」

 

太一の叫びが地下空間にこだました。そこにはコウモリ一匹いなかった。その代わりに特大な鏡の向こう側には金色のデジモンがいた。

 

表情がのぞめない黄金色に覆われた赤がそこにある。荒れ狂っていた殺気など、想像すらできない穏やかさを纏っている。

 

「誰だ」

 

「助けてくれた、のか?」

 

金色のデジモンは口を開いた。

 

「これは早過ぎる出会いだ。僕たちの世界と君たちの世界はまだ出会ってはいけない。だから返そう。君たちの世界のデジモンになりたかった、彼の為にも」

 

さしだされたのは、紫色をしたデジタマだった。



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40話

キング・オブ・ザ・バンパイア

 

呪詛が選ばれし子供たちに降りかかる。なんらかのデバフがかかったようで、グランドラクモンは下半身が決壊により吹き飛んだにもかかわらずピンピンしていた。暗黒の風が周りにふきすさぶ。

 

「デストロイキャノン!」

 

両足に存在する巨大な狼の頭から黒いエネルギー体が発射される。追尾機能があるようで、逃げ回るアトラーカブテリモンとガルダモンに直撃した。

 

アイオブザゴーゴンの重ねがけにより通常の半分以下の防御力と化していた彼らはあっけなく吹き飛ばされた。球体に飲み込まれた箇所からまたたくまにエネルギーが奪われていく。真下の巨大な結界により補給元をたたれたグランドラクモンは、戦いながら選ばれし子供たちからエネルギーを調達することを選んだようである。

 

グランドラクモンの失われたはずの翼や蹄がみるみるうちに回復してしまう。それとひきかえにアトラーカブテリモンとガルダモンは光を奪われてしまう。

 

結晶世界に覆われたビル群に直撃した彼らは退化して、バードラモンとカブテリモンに戻ってしまう。あわててリリモンが回復に走るが巨大な球体がまた発射される。

 

「ナイトメア!」

 

それをズドモンのトールハンマーがブーメランのように飛んできて打ち返した。球体は起動を変えて近くの道路に着弾する。トールハンマーを手にしたズドモンは仲間たちがなんとか戦闘態勢が整うのを待つべくグランドラクモンに単身挑みかかる。リリモンはその隙を狙ってバードラモンたちの回復を急ぐのだった。

 

「サブ Dチャージフィンブル」

 

トールハンマーがグランドラクモンめがけて衝撃波を飛ばしていく。拡散した波動がグランドラクモンの翼や蹄を八つ裂きにする。そして相手の耐久力を奪いながらダメージを与える。ズドモンの耐久力がさらに上昇した。

 

「ズドモン大丈夫?」

 

バードラモンたちが加勢にやってくる。リリモンがズドモンに回復魔法をかけた。

 

「ははは、随分と粘るじゃねえか、選ばれし子供たちよぉ。いつまで持つかな?」

 

グランドラクモンの高笑いが響いている。たしかにそうだった。明らかにグランドラクモンにじりじりと追い詰められている。完全体と究極体の違いがたしかに存在していた。1対4である。数では勝っているというのに。グランドラクモンに有利な結界が技の威力をたかめ、防御力をたかめ、回復力すら上昇させているようだった。

 

せめて、せめてこの結界さえ破壊することが出来たなら。恨めしげに誰もがコウモリで覆い尽くされていた空を見ていた。

 

そのとき。

 

暗闇の隙間からあまく光が差してきた。結晶世界がその光を反射していくことで薄明かりを起こしている。やがてそれはコウモリに直撃してコウモリが蒸発していく。結界の天井からコウモリがぼたぼたと落ちてくる。淡い木漏れ日のような琥珀色の光が広がっていく。

 

「ゆうやけ......」

 

「きれいだね......」

 

「うん......」

 

メタルガルルモンとウォーグレイモンを進化させることにエネルギーを費やしたパタモンとテイルモンがぐったりとしている傍らでタケルはうなずいた。

 

 

ブラインドの細いたくさんの隙間から明るい陽が縞のように顔の上に落ちてくるように、まっすぐに日が差し込んできた。光は何本かの太い柱となって直立し、その中で細かな光の粒子が舞っているのが見えた。

 

その光の柱は刃物で切り取られたようにくっきりと鋭角的で、激しさを結晶世界に送り込んでいた。光のない部分は暗く冷やかだった。そのさまあまりにも対照的だった。まるで海底にいるみたいだな、とタケルは思った。結界に守られている2人はまるで水族館を見ているみたいだった。

 

差し込んだ光の柱は均一で揺らがない。その中の空気が微かに揺れているだけ。まっすぐ差し込む光の柱が差し込んで、ほんの少しだけ歪んだ図形を描いた。日差しをもろに受ける。地下倉のなかに夕暮は微細な霧のようにしのびこんでくる。

 

晴れたゆうやけの光の反射が、液体のように、みずみずしい閑寂の空気を湛えはじめる。

 

「あ......」

 

結界が消え始めた。ゆるやかに結晶世界も消えていく。

 

いよいよ遮るものがなくなった光は、光が丘をパツと明るく照らした。赤く焼けたような光だった。

 

黄昏の陽が染みのようにあたっていく。夏のゆうやけが洪水のように満ちあふれていき、元の世界に戻っていくのがわかる。暗闇が徐々に薄らぎ、夕暮れの気配があたりに漂った。最後の日差しが光が丘を、無音のうちにこっそり移ろっていった。

 

光が線となってこぼれ出した。「希望」というものをもし絵に描くのなら、こんなふうになるのではないかと思われるほど、光はまっすぐにつきぬけていった。

 

ルーベンスの絵のように差しこんだ日の光が、くっきりと明と暗の境界線を引いている。 夕陽が途切れ始めた雲を不思議な色あいに変え、その照り返しが光が丘の中を同じ色に染めていった。 何も遮るものが無いので、赤い赤い夕方の空の光りが、一所に、洪水のように眩しく流れ込んでいる。

 

「光が......」

 

「太一たち、やったのね!」

 

「よし、これで結界とコウモリがなくなったぞ!」

 

選ばれし子供たちの士気が上がる。彼らは一斉に否応なく弱体化を強いられることになったグランドラクモンを見つめた。

 

「......ヴァンデモンさま、負けちまったのか」

 

グランドラクモンは残念そうにつぶやいた。

 

「あーあ、あわよくば領土が増やせるんじゃねーかと思ったが、なかなかうまくいかねーなあ」

 

「なんだって?」

 

「逃げる気!?そうはいかないわよ、大輔くんを離しなさい!」

 

「デジタルワールドに行こうっていうの?そうはいかないんだから!」

 

「ゲンナイさん、グランドラクモンが!」

 

「成熟期にしかなれねーくせにギャーギャーうるせえな。外野は黙ってろよ。成長期にまで戻したらいくら選ばれし子供だってただではすまねーだろ」

 

グランドラクモンが不敵に笑うと大きく手を広げた。

 

「デストロイキャノン!」

 

次の刹那、銃声のような鋭いみぞれの音がした。跳ねるような激しい音だ。黒い粒が周囲に乾ききった音を立てる。いきなりの衝撃に空たちは思わず上を見る。いきなりふってきた黒い粒により道はとろとろ溶けていた。

 

「あれは......」

 

夕焼け空の向こう側に空たちは逆さまのデジタルワールドをみた。ガラスの固まりのような黒い固まりが次々と吹き出しては、飛び散るのがみえる。息を飲むようなきらめきだ。逆さまのデジタルワールドから熱風と灼熱の溶岩が凶器となって空から迫ってくる。

 

熔岩が怒涛のように天高く噴き上げ、こちらに落ちてくるではないか。どこかの山が噴火でもしたのだろうか。真っ白な煙を噴き上げる火山の頂上は望めず、花キャベツに似た噴煙をむくむくと持ち上げているのがかろうじてみえるだけだ。

 

山のふもとの辺りはごつごつとした黒褐色の溶岩に覆われている。火口から流れ出た溶岩流は、山肌の谷間をぬってこちらに近づいてくるような気さえしてくるのは迫力のせいだろうか。白い噴煙と水蒸気を吹き上がる山が黒褐色の溶岩に覆われて雄々しくみえた。

 

夜空に真赤な溶岩をほとばしらせる火口は、黒い輪郭を闇の中に溶かして、宇宙の始源に起こったビッグバンを思わせる。

 

巨大なふいごうを吹くような、噴火口の唸りだけが聴える。音は強くも弱くもならず、のそのそしていると、ハタとその唸りが止んで、山じゅう爆発でもしそうな恐怖を選ばれし子供たちにあたえた。

 

噴火口は、頂上の横穴のようなところにあった。灼熱した硫黄が、燃え立つラバとなってそこから流れ出している。その焔色の周囲に、冷却した部分が、世にも鮮やかな黄色の鐘乳石のように凝固している。

 

突然すさまじい音が響いてきた。岩の崩れるような音を立てながら、真っ黒い雲の塊がこちらに向かって次々と押し寄せてきたのだ。雷雲を引き連れている。雲のそこここで稲妻がひらめき、雲の隙間を紫に染めていく。

 

「火山の噴煙だ!こっちへ流れてくるぞ!」

 

丈の叫びにたまらず選ばれし子供たちはデジヴァイスの結界を発動した。ここにいるのは4人。4人分の結界がはられる。

 

「......おいおい、そこまで入れ込むのかよ、マジで?」

 

グランドラクモンは火山をみてつぶやいた。

 

問答無用とばかりに頭上からばらばらと音を立てて小石のようなものが降りかかってきた。雨ではない。雹だ。大粒の氷が、弾丸のように雲から落ちてきて、グランドラクモンめがけて落ちてくる。そこに頭上から響く雷鳴が重なる。氷の粒は、どんどん肥大し、拳大、ボーリングの玉、パラボラアンテナ、と規模を拡大していく。いずれも薄黒い色をしていた。やがて氷がではなく本物の岩がとんでくる。

 

「時間切れか......さすがに喧嘩を売る気はないんで引っ込みますよっと」

 

グランドラクモンが光につつまれる。そこにはサングルゥモンがいた。

 

「はいはい、返しますって」

 

サングルゥモンめがけて火山弾が降り注ぐ。サングルゥモンはたまらず移動すると大輔を近くのベンチに寝かせてそのまま自身を分割し、デジタルゲートをくぐってネットワークのどこかに逃げてしまった。デジタルワールドに帰ったわけではないらしい。すさまじい轟音ばかりがひびいていた。

 

空たちが辺りを見渡したのは、また日が差してきたころだ。さっきまで結晶世界だったはずの周囲は一面薄黒い雹の粒、あるいは火山弾でおおわれている。

 

「な、なんだったの......?」

 

空は呆然としながらも大輔のところに向かう。どうやら気を失っているだけのようだ。ホッとした空はみんなのところに向かう。

 

「大輔君よかった、無事で」

 

一安心である。結晶世界が緩やかに元の世界に戻ろうとしているのがわかったからだ。ただ、正体不明の逆さまな火山を丈たちは見上げる。

 

「なんだったんだろうな、さっきのサングルゥモン」

 

「火山に向かって喋りかけてたね」

 

「なにかあるのかしら?」

 

「あ、わかった。デジモンなのよ」

 

「違うな。雹が黒いのは中に火山灰を含んでるからだ。火山は噴火の時に地面の中から大量の灰を吹き出すんだよ」

 

「えー」

 

「だいたいあれだけ大きなデジモンいるわけないじゃないか」

 

「でも、ミミさんのいうことも一理ありますよ。どうしてこんなにあっという間に煙が通り過ぎていったんでしょうね? 噴火してるなら、煙もずっと出てるような気がするんですけど」

 

光子郎の言葉に答えをくれたのはゲンナイさんだった。グランドラクモンとの熾烈な戦闘はゲンナイさんに指示をあおげるような状況ではなかったのである。

 

「よくがんばったのう、選ばれし子供たちよ!シェンウーモン様が敵の手に落ちる前によくぞヴァンデモンを倒してくれた!どうにか間に合ったわい!」

 

空たちは顔を見合わせるのだ。あの逆さまなデジタルワールドにうつっている火山がデジモンだって?

 

「じゃが時間が無い。お前さん達が旅立ってからデジタルワールドは8年がすぎておる。四聖獣さまたちの力ももはや限界じゃ。急ぐんじゃ、時は一刻を争う!」

 

8年!

 

知ってはいたがとんでもない時間が経過してしまっている。その四聖獣たちはよくわからないが味方らしい、しかもゲンナイさんが様付けするようなすごいデジモン。詳しくはこちらに来たら直ぐに教えてやるからとゲンナイさんが手招きしている。

 

聞けば太一たちもはやく来るようにとのこと。とりあえず光子郎は大輔のこともあるのでジュンに連絡を入れる。光とタケルを迎えにいっていた太一たちを捕まえて、ゲンナイの隠れ家に向かうことにしたのだった。



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最終話

続編についてジュンの恋愛要素ありなし迷っていますのでご意見がほしいです。活動報告にてお待ちしてます。


野には稲が黄色く実る。稲の絨毯が燃え上がるように輝き、そのうえをトンボの群れが不規則な軌跡を描いて飛行する。稲の穂が重そうな首を止まず動かしてはさらさらと寂しく笑う。照りつける太陽の陽射しから存分に栄養を吸い取った稲が、青々と地を埋め尽くす夏、黄色く熟した田があった。

 

その先に茅葺き屋根の立派な家があった。居間と思われる部屋でジュンは待っていた。

 

「おねえちゃ───────!」

 

大輔は頭を振って目を覚ました。体がしびれ、頭が痛んだ。誰かが大輔を氷と一緒にシェーカーに入れて、でたらめに振りまわしたみたいな痛みに満ちていた。悪夢からの叫びで目覚めるほど嫌なことはない。びっしょりの手で布団をどけて、大輔はおぼつかない足取りで立ち上がる。和室のようだ。

 

「どこ......ここ......あれ、ぼく......あれ?」

 

ふすまがあいた。

 

「大輔!」

 

「おねえちゃ、」

 

「なにかあったの?大丈夫?どっか痛くない?」

 

大輔が泣き出したものだから、ますますジュンは混乱する。抱きついたまま離れなくなってしまった大輔は、ぐずぐずいいながら怖い夢を見たことを話した。

 

お姉ちゃんが知らない誰かのお姉ちゃんになってしまう夢だった。大輔がぼくのお姉ちゃんだと叫んでも、ジュンはごめんねありがとうというだけで。伸ばされた手はやんわりと拒まれ、振り払われ、悲しげな顔をしたまま遠ざかる。

 

何もかもを最初からやりなおさなくてはいけない、とジュンはよくわからないことをいっていたらしい。目が覚めてからずっと、まるで他人の人生を生きているような気分になってしまうから、と。

 

ジュンは目を伏せた。覚えがあったからだ。サマーメモリーズの爆弾テロ事件により、精神的ショックが大きすぎて死んでしまった本宮ジュンの精神に不純物が混ざりこんだ時の記憶だろう。錯乱状態になったジュンのことまで大輔は思い出してしまったようだ。

 

「大丈夫、どこにも行かないわよ、大輔」

 

ジュンは笑った。それが自分の人生に重なりあうまでにずいぶん時間がかかってしまったように思う。具体的には5年ほど。

 

「ほんと?」

 

「ほんとよ」

 

「ほんとにほんと?」

 

「ほんと」

 

頭を撫でると大輔はくすぐったそうに首をすくめた。

 

「......大輔?」

 

しがみついたまま、寝息が聞こえてくる。ジュンは苦笑いして、そのまま待つことにした。

 

しばらくして、大輔はもう一度目が覚めた。 夢だった、というのがわかるまで、少しかかった。 何が来るかわからないままでまだどきどきしていたし、冷たい風の感触の余韻も胸にひんやりと残っていた。 そのせいか、すっきりしたいい目覚めだったらしく、恐ろしく機嫌よさそうに寝ぼけている。

 

さっきまで死人のように青くて、声をかける気にもならないほど心配になる様子だったが、今はすっかり回復していた。

 

「離していい?」

 

「やだ」

 

たずねてもいないのに、答えるのがいやそうに大輔は言う。不機嫌というより、本当に眠くて話すのもおっくうだ、という感じだった。

 

ここがどことかどうでもいいらしい。とはいえジュンも気づくともうそこにいるといったような感じなのだ。具体的に聞かれてもひとことで表すことはできなくて困ってしまうが。

 

大輔はもう半分夢の住人になりかかっていて、意識がすでに何もなくなっているのだ。自分が、ただ宙に浮いている。理屈では違うとわかっているし、そういうつもりにはなれる。今がいつで、自分は眠る前何をしていたか。どうにも遠い。感情も感覚もない。ただ空虚な空間に身を休めているのだけが実感できる。それだけ安心しきっているのだ。

 

「ごめんね、大輔。心配させて」

 

ジュンはポツリとつぶやいた。

 

自分が14歳なのか、2×歳なのか、問われたらジュンは14歳だと答えることが出来る。だが、前の家族が会いたがっていると言われたら本当にわからないのだ。今日明日で答えが出るものでは無い。前のジュンは死んでいるから結果的にこちらを選んだ。

 

すべてが夢で、君はこれからうまれる赤ん坊なんだよ、と言われたらああそうか、そうなんだな、と思えるくらい混乱する自信がジュンにはあった。

 

それをつなぎとめてくれるのは間違いなく腕のなかの弟、ただ一人である。

 

しばらくして、半開きのふすまがあいた。

 

そこにいたのはゲンナイさんたちである。

 

「お姉ちゃん?」

 

「ああうん、長くなるんだけど、みんなで悪いやつをやっつけにいくんだってさ」

 

「みんな?」

 

「そ、みんな」

 

「あの狼みたいなやつ?」

 

「そう、あの狼よ」

 

「おう。だからさ、安心してくれよ、大輔」

 

「がんばってくるからね」

 

「だから、大輔くんも、ジュンさん守ってあげてね」

 

大輔はわけがわからないまま、こくりとうなずいた。大輔の目線はそっくりじいさんが12人もいることのようだ。全部で12人いるというのだから、いかにダークマスターズがエージェントを虐殺したかがわかる。じいさんのままなのに無理やり自身を複製したのだろう。このエリアから1歩も出られないというのだから暗黒の力は除去が難しいのだ。3年もかかってしまう。

 

選ばれし子供たちは茅葺き屋根の家の広い広い畳部屋でゲンナイさん(オリジナルらしい)から話を聞いたようだ。

 

四聖獣は先代の選ばれし子供たちのパートナーだったデジモンたちで、東西南北に楔を打ち込むことで暗黒の力を封印したため、東西南北を守護する究極体デジモン達として崇められている。

 

干支をモデルとしたデーヴァと呼ばれる完全体デジモン達を部下にしている。四体ともに共通している特徴としてデジタルワールドで起きている出来事を全てを見透せるとされる四つの眼と、身体の周りに12個のデジコアを表出させている。

 

「我が名はクンビラモン。世代は完全体。タイプは聖獣型。必殺技はクリミシャ 。『十二神将』に所属する『子』の完全体デジモンじゃ。シェンウーモンさまに仕えており、十二神将一の知恵者よ。相手の心理を読み取る能力を持っており、シェンウーモン以外の者であれば、ほとんど先読みすることができる。非力なため肉弾戦には向いていないものの、強力な念動力によって、自分の身の丈と変わらないほどの大きさである鋼の杵『宝杵』(パオツウ)を自在に使いこなすことができるのよ」

 

「あっしはヴァジラモン。世代は完全体。タイプは聖獣型。必殺技はローダ。『十二神将』に所属する『丑』の完全体デジモン。シェンウーモンさまに仕えており、肉体的にも精神的にも高みを目指す求道家たあ、あっしのことよ。鍛え上げられている腕力は十二神将一であり、腰に携えている巨大な『宝剣』(パオチェン)二振りを軽々と振り回すことができるってえわけさ」

 

「ヴィカラーモンは先に行ったのでな。出迎えは我らだけじゃ。許せよ、選ばれし子供たちよ」

 

「あっしらがいままで力になれなかったのは、ダークマスターズたち、ゲンナイたちを殺したヤツらの力を押さえ込んでいたからでさあ。あっしらでもなかなかにキツイんで、迎えに上がったってえわけだ。よろしく頼むぜ」

 

「シェンウーモンさまってデジモンが私たちを助けてくれたのね?」

 

「そーいうことだ。今まで選ばれし子供たちと頑張ってくれてありがとよ、嬢ちゃん。坊主」

 

大輔はうなずくだけで精一杯のようだ。

 

「大輔、みんなを待ってようか?」

 

ジュンの呼びかけに顔を上げた大輔は、にこりと笑ってうなずいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太一たちが光につつまれていなくなる。しばらく見つめていた大輔だったが、ゲンナイさんから詳しい話を聞くことにしたようだ。難しい話を噛み砕き噛み砕き話され、そのうち疲れてきたのかまた寝てしまった。居間の布団に逆戻りである。

 

静かに襖を閉めたジュンは息を吐いた。

 

「すこし、いいかのう」

 

「あ、ゲンナイ......ゲンナイさん?」

 

「ああ、わしはオリジナルのゲンナイじゃよ」

 

「じゃあゲンナイさん。どうしたんですか?」

 

「一度話をしなければならんと思っとったんじゃ。まさかサマーメモリーズの爆弾テロ事件の被害者だったとはのう」

 

「いつ知りました?」

 

「十二支のデジモンたちに教えてもらったんじゃ。ホメオスタシスさまとデジタルワールドがやらかした大罪についても」

 

ジュンは苦笑いした。

 

「ほんとうにすまなんだ」

 

「ゲンナイさんに謝られても困りますよ。ゲンナイさんはまだ生まれてない頃の時代の話じゃないですか」

 

「しかしなあ......」

 

ゲンナイさんは申し訳なさそうだ。

上司がホメオスタシスのようにシステムそのものの場合、末端らしく気苦労も多そうだ。なにせ善悪の基準も自我がないからあってないようなもので、四聖獣が仲介に入ってようやく理解したようだから。

 

「前の私が精神的に死んだ時、蘇生できないことを知らなかったんでしょう?理解できないものを必死で救おうとした結果、私がダウンロードされたわけだから仕方ないですよ。魂が同じだと機械的に判断したなら、自我までは考慮できなかったんでしょうし」

 

まったく悪びれた様子がない、自分の悪いのは棚に上げて、一言も謝らない、そんな救いようがない偽善以前の問題だ。デジタルワールドはまだ人間を知らなかった時代の事故のようなものだ。

 

「でも、ゲンナイさんでよかったです。ホメオスタシスあたりに出てこられるとデジタルワールドが嫌いになりそう」

 

ジュンはわらう。

 

きっとデジタルワールドの根幹たちならばあやまったのは心から後悔してあやまったのではない。ただ命令されて、形式的に頭を下げたにすぎなくなる。頭ばかりさげてやめないのと一般で謝罪だけはするが、けっしてやめるものでない。

 

よく考えてみると世の中はみんなこんなことで成立しているかもしれない。人があやまったりわびたりするのを、まじめに受けて勘弁するのは正直すぎるばかというんだろう。

 

あやまるのもあやまるので、勘弁するのもかりに勘弁するのだと思ってればさしつかえない。もしほんとうにあやまらせる気なら、ほんとうに後悔するまでたたきつけなくてはいけない。ジュンはそこまで望んでない。少なくても、今のジュンは。

 

「そういってもらえるとうれしいのう」

 

ゲンナイさんはぽつりとつぶやいた。

 

「うむ、うむ。やはり、間違いなさそうじゃな」

 

「え?」

 

「実はのう、太一から預かっているものがあるんじゃ」

 

「?」

 

「ヴァンデモンはたくさんのデジモンたちを自分の中に取り込み、強化することで進化した。そして、それを倒すためにガーゴモンが自分を犠牲にしてくれたじゃろう。実はのう、ガーゴモンはヴァンデモンを内側からハッキングして大幅な弱体化を狙っていたようなんじゃ。自分の構成データを無理やりねじ込み、いわば合体のようなことをして取り込もうとしたんだろうと十二支のデジモンたちからおしえてもらえたわい。わしはガーゴモンに感謝しておる。もし彼が立ち上がらなければ、たくさんのデジモンたちが幽霊としてあちらの世界をさまよったに違いないからのう。もちろんヴァンデモンもじゃ」

 

「ま、まさか......」

 

「ああ、そのまさかじゃよ。ガーゴモンは結果的にいろんなデジモンを救ったんじゃ。もちろん、選ばれし子供たちに協力するため。そして、お前さんの力になるための行動だったわけだから、結果論になるがのう」

 

ゲンナイさんはわらう。

 

「それだけ会いたかったんじゃのう」

 

ジュンはゲンナイさんをみた。ゲンナイさんがどこまで知ったのかわからないからだ。

 

「太一がいっておったよ。ヴァンデモンは未来のデジタルワールドに行こうとして、ワシらのような立場のデジモンに阻止されたとな。そのデジモンは時間転移ができるアイテムを強奪した犯人を探しておったらしい。ジュンにそれだけあいたかったなら、デジタルワールド側のミスなんだから融通きかせてやるべきだと」

 

ジュンは目頭があつくなる。

 

「初めこそパートナーデジモンではなかったかもしれん。だがガーゴモンにとっては最初で最後の愛された記憶だったんじゃろう。パートナーデジモンになりたいと思った。それが出発点だったんじゃろうな。それはわしらに暗黒の力は封印したり倒したりするだけではない可能性を教えてくれた」

 

「えっ」

 

ジュンは目を丸くする。

 

「やはり気づいておらなんだか......わしらもわからんかったよ。ガーゴモンはわかっておったんじゃな。いくら転生しても構成するデータの根幹が変わらねばデジタルワールドに受け入れてはもらえんと。パートナーデジモンにはなれないと」

 

「ガーゴモンて、いったい......」

 

「未来では、ガルフモンというそうじゃ」

 

「ガルフモン」

 

「全ての生命を滅亡せんとしたアポカリモンの残留思念データから産まれた闇の存在だという。その行動原理はアポカリモンと同じく、あらゆる生命の殲滅にある。暗黒系の魔術を得意とし、その性格は残虐極まりない。しかし、知性が高く、策士家でもある。ダークエリアの深淵よりいでし、闇の魔獣型デジモンでもある。その巨体は山の様に大きく、強靭な四肢を持つ魔獣で、下半身には全てを飲み込む程の大きな“口”が付いている。しかも、その穴はダークエリアの深淵に繋がっていると言われ、そこに吸い込まれたものは魂(デジコア)を粉々に砕かれて、抜け出ることは出来なくなると言われている。そのパワーは強大であり、7日間で世界を滅ぼすことが出来るとも言われている」

 

「......」

 

「昔の話じゃ。ま、ヴァンデモンのデータと融合したわけだから、ウィルスにまた転生しそうじゃがのう」

 

「ガーゴモンが......」

 

「お前さんにとってはなにげない行動だったのかもしれんが、ガーゴモンにとってはなによりも忘れがたい思い出だったんじゃよ」

 

ゲンナイさんはジュンにデジタマを渡した。紫色のデジタマだった。

 

「育ててやってはくれんかのう。デジタルワールドにとって暗黒の勢力と共生できるきっかけとなりうるかもしれんからのう」

 

差し出されたデジヴァイスを手にしたジュンは今にも泣きそうな顔をして頷いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

デジタルワールドの一日は現実世界の一分である。光が丘で待っていれば逆さまのデジタルワールドが見えただろうし、ほんの数分の出来事だった。

 

だが大輔もジュンも選ばれし子供たちをすぐに迎えに行きたくてゲンナイさんの隠れ家で待っていた。ダークマスターズとの死闘は熾烈を極めているようで、選ばれし子供たちを写していたはずのモニターはすぐに砂嵐になってしまった。大輔は不安そうにジュンを見上げたが、大丈夫よとハッキリ言い切るジュンに安心したのかうなずいた。

 

1日、2日、3日、と音信不通なまま時間だけがすぎて行く。

 

ジュンの知る歴史とは違い、四聖獣が健在かつ十二支たちが封印前の万全に近い体制での後方支援が望める最終決戦である。ジュンはあまり心配していなかった。そんな姉に影響されてか、大輔もそのうちに後姿には待つ表情が溢れはじめる。

 

ゲンナイたちは誘拐された人々を元の場所に戻してあげたり、デジモンのせいで破壊されてしまった現実世界から痕跡を消したり、作業に追われている。さいわいデジタルワールドと東京都内がひとつのデータとして一体化する寸前だったからか、デジタルワールドお得意のデータの上書きという形でなかったことにすることは可能だった。

 

データを実体化できるデジタルワールドの性質を現実世界に適応することが可能だった。皮肉なことにそれはデジタルワールドと現実世界がかぎりなく近くにいる今だからこそ可能だった。暗黒勢力討伐後は無理だ。

 

待っていても仕方ないとばかりにゲンナイさんたちは作業に没頭していた。なぜならゲンナイさんたちはセキュリティシステムの末端だ。ホメオスタシスからの指示には従わなければならない。プログラムの宿命である。お疲れ様ですとジュンはいうほかない。

 

「でもね、ゲンナイさん。きっとこの方法は通用しなくなるわよ、わりとすぐ」

 

「そうじゃのう。現実世界のネットワークの発展は著しい。わしらの予想を遥かに超えるスピードじゃ。じゃが、まだはやい。そうじゃろう?」

 

「そうね。デジタルワールドは現実世界にはまだはやい」

 

ジュンはうなずいた。

 

「ところで何をしとるんじゃ?」

 

「だからってなかったことには出来ないでしょ。だから受け皿をつくっているのよ。デジタルワールドとかデジモンに関することが調べられるサイト。あるいは掲示板。ある程度形になったらゲンナイさんたちに見てほしいんだけど。将来的には選ばれし子供たちの交流や連絡交換の場も兼ねることになるからね」

 

ジュンのノートパソコンにはデジモン図鑑やデジタルワールドについての情報がまとめられたサイトがある。

 

「すごいのう」

 

「違うわ。すごいのははるか未来に確立させた光子郎くんたちよ。アタシがしているのは模倣にすぎないわ。でも必要でしょ、こういうところは」

 

ジュンは凝り固まった肩を揉みほぐすように腕を回す。

 

「一日中ここにいて、ただみんなを待ってなきゃいけないなんて本当に嫌なのよね。なにせ一人きりでいるとね、体が少しずつ腐っていくような気がするのよ。だんだん腐ってきて溶けて最後には緑色のとろっとした液体だけになってね、地底に吸い込まれていくの。そしてあとには服だけが残るの。そのうち待つという単一の神経繊維しか持たない原生動物のようになって、光も色もない空虚な期待に、ただ凝然と身を浮べつづける。そんな気すらするわね、一日中じっと待っていると。だからこれでいいのよ。選ばれし子供たちに必要なのは後方支援だわ」

 

「ジュンらしいのう」

 

「デジタルワールドのセキュリティシステムの仕事委託されてただけはあるから安心して。ま、アタシは新人だったけどね」

 

ゲンナイは笑う。

 

「将来有望な選ばれし子供がいてわしらも嬉しいわい」

 

ジュンは肩を竦めた。

 

「光子郎くんには負けるわよ」

 

ゲンナイさんは首を振った。

 

「思えば全てが後手後手じゃった。先代の選ばれし子供たちの予言がダークマスターズに奪われ、紋章を奪われ、デジモンたちを預けた直後に呪いにかかり動けなくなった。四聖獣様は対ダークマスターズにおわれ、あの子達にはほとんど支援らしい支援ができなかった」

 

「デジモンが人間との絆で進化するなんて不確定要素に全てをかけるしかない大博打なわけでしょ。下手なこといったら進化自体出来なくなるし、仕方ないんじゃないかしら」

 

「本当にあの子達はよくやってくれたわい」

 

「とりあえず、それ、全部太一くん達に伝えた方がよくない?ゲンナイさん」

 

「そうじゃのう」

 

「あとはウィルス種と暗黒の勢力は別物だってこととか、進化にいいも悪いもないとか。テイルモンがいるからまだマシとは思うけど。この子が生まれたとき、みんなに嫌われるのは可愛そうだわ」

 

「うむうむ、そうじゃのう。デジタルゲートが閉じる瞬間まで、平和になったデジタルワールドを見てもらいながら話さなければならんな」

 

ジュンの傍にはまだまだ生まれる兆候を見せない紫色のデジタマがある。

 

「お姉ちゃん、まだ?」

 

大輔はデジタマをのぞきこむ。

 

「まだみたいね。光ちゃんがいたら早く生まれるんだけどね」

 

「そっか」

 

なにがうまれてくるのか、大輔は楽しみで楽しみでたまらないようだ。ジュンはやさしいまなざしで大輔を見ている。ふと、遠くで笛が空気を割くような音を立てたような気がした。顔を上げたのは大輔だった。

 

「お姉ちゃん、笛の音がする!」

 

あくびでもするかのように間の抜けた笛が太く鈍く響かせているのがわかった。ジュンはあわてて立ち上がる。そして大輔とともに転がるように茅葺き屋根の家から飛び出した。

 

音のあいまいな霧がひろがるように、遠い汽笛がおぼろげに伝わってくる。

 

「電車だ!」

 

なにもないところを電車が走っている。大輔は空を走る電車に大きく手を振る。そこに必ず帰ってくると約束した太一たち、そしてパートナーデジモンたちが乗っている。

 

(そっか、ゲートが閉まるのは明日の12時だから·····お別れはまだまだ先ってわけね)

 

なにせデジタルワールドの一日は現実世界の一分だ。ずっとこちらにいるなら1440日、約4年。現実世界に帰るにしても調整すれば太一たちが初めてデジタルワールドに迷い込んだ時以上の時間が約束されている。

 

(よかった......)

 

ジュンは手元のデジタマをみた。それだけあればパートナーデジモンの顔を見ることもきっと出来るにちがいない。

 

「おかえりなさい、みんな!」

 

ジュンは大きく手を振る。

 

「おかえりー!」

 

大輔は待ちきれなくて走り出す。大輔をおいかけようとしたジュンの腕の中でぱきりとデジタマが音を立てる。

 

「あ」

 

デジタマが真っ二つに割れる。生まれたばかりのデジタルモンスターの黄色い目玉がジュンを見上げる。スライム状の体の表面には、黒い産毛がびっしり生えている。

 

生まれたてなので戦うことはできないが、口から泡のようなものを出して敵を威嚇する幼年期は、ジュンがどういう存在かわかっているようで攻撃する気配はない。ただ言葉は発しない。ジュンは涙が溢れてくるのがわかった。

 

「今度はちゃんと死ぬまで面倒みてあげるから。勝手にいなくなったりしないから安心してちょうだい、ボタモン」

 

ジュンの言葉を知ってかしらずか、ボタモンはピーピー泣き始める。

 

「お腹がすいたって、あのねえ......」

 

脱力したジュンは苦笑いした。

 

「あの時みたいに高級肉はあげられないわよ。ここにはそんな気の利いたものないみたいだしね。デジりんごかデジマスあたりで我慢してちょうだい」

 

ビクッと体がゆれる。ボタモンはこの世の終わりみたいな顔をして全身が震え始め、猛抗議しだした。

 

「覚えてないんじゃないかと思って悲しくなった気持ち返しなさいよ、アンタね!生意気いってんじゃないわよ、ボタモンのくせに!覚えてるんじゃないの!」

 

ジュンの声に太一たちが反応するのはもう少しあとのことである。選ばれし子供たちを含めた彼らの2年半の夏休みは始まったばかりだ。

 

 

 



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後日談1

ジュンと大輔が選ばれし子供たちに案内される形でようやく訪れることが出来たファイル島は、思っていた以上に小さな島だった。回りをネットの海という文字通り架空の海に取り囲まれている架空の島である。

 

数ヶ月間漂流生活を余儀なくされた太一たちは嫌でも勝手知ったる庭状態である。彼らいわく、この小さな島に氷雪気候、熱帯雨林、サバナ気候、渓谷地帯と、様々な環境が凝縮されて存在しているのだ。ゲンナイさんがいうには、デジタルワールドにおけるすべてのエリアのコピペもとであり、デジモンの輪廻転生システムの根幹をなす始まりの街はここしかない。

 

進化の概念と非進化の概念が争いあった原始のデジタルワールドにおいて、先代の子供たちの最終決戦の地でもあったという。このファイル島さえ掌握してしまえば、コピペ元がないためにほかのエリアはすべて復興できなくなってしまうからだ。

 

デジモンワールドにおける時間の流れは1日は24時間で、1年は365日、つまり現実世界と同じはずなのだが、アポカリモンの影響でおかしくなっている。これからゆっくり軌道修正するらしい。

 

ちなみにネットワークの世界だからか、朝は4時~7時59分、昼は8時~15時59分、夕方は16時~19時59分、夜は20時~3時59分である。つまり、日食や月食など太陽や月の関係で起こるすべての事象は存在しないことになる。

 

「すごいね、お姉ちゃん!」

 

大輔は興奮気味にサファリパークと遊園地とキャンプ場とあらゆる遊び場がごちゃごちゃになった世界に目を輝かせている。

 

「そうね。初めて見るけど、これがいつものデジタルワールドなのね、きっと」

 

ジュンの言葉に選ばれし子供たちはこの世界にもたらした平和をしっかりと噛み締めるのだ。ゲンナイさんの隠れ家からデジタルワールドのあらゆるエリアに直接アクセスできるワープ機能がようやく復旧したのである。今、始まりの街にほど近い幼年期や成長期のデジモンばかりが生息しているトロピカルジャングルを散策中なのだ。

 

「これが平和なデジタルワールドなのかあ」

 

「全然デジモンたち襲ってこないのね」

 

「初めからデジヴァイスの結界機能を知っていたら、もっと安全に過ごせただろうにね」

 

「しかもワープ機能まであるなんて便利ねー」

 

「パソコンから出てくるとは思わなかったけどな」

 

「それだけ切羽詰まってたってことですね。大きな災害にあったら僕達の世界だってライフラインが壊滅するんだから似たようなものですよ」

 

光子郎のたとえが1番わかりやすい。パタモンはジュンの腕の中にすっぽりと収まったまま動かないコアラとアイアイの特徴を合わせたような黒い動物に話かける。

 

「ファスコモンはとばないの?羽あるのに」

 

ぱち、と片目だけあけたデジモンは首をふる。

 

「嬉しいお誘いなんですがね、パタモン。ワタクシは悪魔の化身とか言われる地域もあるみたいなのでね、あんまり目立ったことしない方がいいかと思うんですよ」

 

「えー、なんで?かわいいのに」

 

タケルは不思議そうにいう。

 

「タケルもそう思う?可愛いよね、ボタモンも可愛かったけど」

 

「ねー」

 

同い年ということで仲良くなったらしい大輔がうなずく。ほっといたら光とタケルがいるから、好きな女の子がとられそうな気がして嫌なのかもしれない。

 

ファスコモンは目をパチリと両方あけて周りを見る。遠くから選ばれし子供たちの様子をうかがっている野生のデジモンたちは飛び跳ねるとたちまち逃げ出してしまう。

 

「あっ」

 

ファスコモンはシレッとしたものだ。

 

「ワタクシ、ファスコモンはですね。ダークエリアという現実世界でいうあの世に広大に広がる黒い森エビルフォレストに生息している魔獣型デジモンなわけです。常に木の上で丸くなって寝ていることが多い個体ですから、そこまで構わなくてもいいんですよ」

 

「でも起きてるじゃん」

 

大輔はいいかえす。

 

「そりゃあジュンがようやく極上肉をくれるっていうんだから頑張って目を開けているだけですよ。害のないように見えますがれっきとした悪魔デジモンでしてね。気を許したとたんに木の上から飛び掛り襲われることもあるから、近づいちゃあいけませんよ」

 

必殺技は、その眠そうな瞳から発する睡眠波動『エビルスノア』と麻痺毒が含まれる鋭い爪『ユーカリクロー』と自己申告している。だがガルフモン、メフィスモン、ガーゴモンというジュンが把握しているだけで複数の姿をしていた相方がどれだけの技を継承して転生したのかわからない。デジモンは永遠に転生しながら強くなり、進化経路を開拓しながら生きていく生命体だ。選ばれし子供のパートナーになったとはいえ、戦いは本能であり生きることだったファスコモンだ。ジュンは話半分である。

 

ただファスコモンがデジタルワールドのあの世で生息しているデジモンだからか、怖がるデジモンたちはたしかに多かった。

 

本人がいうには、データのもととなったアイアイはマダガスカルの地元民はなぜか地獄からきた悪魔だと信じている。たまに村に現れるとこれはもう誰かがもうすぐ死ぬという不吉な前兆だととらえられ、アイアイが細長い中指で誰かを指すと、それは「魂をとる相手に印をつけた」ものとみなされている。

 

これほど忌み嫌われるアイアイを地元民が目にしたとたん殺そうとするのも無理はない。アイアイはこうした嫌悪感と森林伐採によって絶滅の危機に瀕している。たまに人間が育てた農作物を食べることもあるので害獣として·悪魔の使い·不吉なものとして厄介視されているのだ。

 

「たしかにこわいかも?」

 

光はぽつりとつぶやく。いびつなコアラのような体つき。大きなコウモリのような耳。 ぼさぼさの体毛。ふさふさした尻尾。そしてネズミのような門歯。 悪魔と主張する黒い羽根。やる気のなさそうな顔だ。眠いのだ。

 

電子基板が露出している森林を歩きながらジュンは笑った。

 

「あのねえ、極上肉がそんな簡単に手に入るわけないじゃないのよ」

 

「入る入らないじゃない。手に入れるんでしょう?あなた達はこれから始まりの街を復興するためにデジモンたちに声をかけてまわるわけですから」

 

「まさかファームでも作れって?」

 

「世話してくれるんでしょう?サボったらグレますよワタクシ」

 

「シャレにならないから辞めてちょうだい」

 

ジュンがため息をつくと同時に大輔たちが声を上げる。はじまりの街についたのだ。

 

ファイル島の中心部、ムゲンマウンテンのふもとに位置する小さな街。ゲンナイさんいわく、これから選ばれし子供たちのデジモンワールドにおけるホームタウンとなる。

 

四聖獣たちや十二支が封印前だった効果は絶大であり、選ばれし子供のパートナーたちだけでなく味方デジモンたちも進化の恩恵に預かれたようだ。

 

「待っていたぞ、選ばれし子供たち」

 

そこには白いたてがみをもつレオモンがいた。どうやら生き残れた彼がはじまりの街の代表をするらしい。

 

「かつてこの街は栄えていたんだ。かつてのようにデジモンたちが集まり様々なデジモン達が島中からやってきて店を開くなどできるよう、勧誘や整備を手伝ってほしい」

 

おーと有志達が気合いをいれる。

 

あるものたちはグリーンジムを再建し始める。かつてあった屋外トレーニング施設だ。ここでデジモンたちは鍛えることができる。

 

あるものたちは、デジブリッジというはじまりの街東部にある橋を直し始めた。今はボロボロに壊れていて使用できない。出来上がればトロピカルジャングルへの行き来が可能となる。

 

選ばれし子供たちはデジモンの勧誘に行くという。迷わずの森ははじまりの街南部に広がる広大な森だが、その名の通り迷うことがないほどのかんたんな森である。デジタケをうる人を探すらしい。

 

あるいは竜の目の湖がかつて釣りの名所でありデジモンワールドでは島中で唯一釣りを楽しむことが出来るポイントだった。だからシードラモンにお願いしてできるようにするそうだ。

 

選ばれし子供たちはいったことはなかったのだが、竜の目の湖に住むシードラモンに連れて行ってもらうことができる場所にビートランドという闘技場がある。テントモンなどの昆虫系のデジモンが生息しており、闘技場では大会も開催されていたようで、久しぶりに再開する宣伝隊が結成された。

 

ギアサバンナでは闘技場再開の一報をうけて、メラモンでも大丈夫なトレーニング施設をつくるらしい。

 

ドリモゲモンたちは、ミハラシ山の内部を通り、迷わずの森とギアサバンナを直結するトンネルをつくるそうだ。

 

「さて、ジュン。極上肉を作ってくれるデジモンは誰か、覚えていますか?」

 

「本気なのね、ファスコモン」

 

ジュンは苦笑いである。

 

「ほっほっほ、ファスコモンたちにはゴミの山にいってもらおうかのう?ギアサバンナ北部に位置し、島中のゴミが集まって形成されるゴミの園じゃ。ゴミを好むスカモンたちが領地としており、ダストキングダムと命名されておる。スカモンたちのボス、スカモン大王が君臨しておるから、いってみるがよい」

 

「いやですよ、スカモンになってしまうじゃないですか。ゴミの山あたりでワタクシはザッソーモンたちを勧誘したいのですよ」

 

「えっ、肉って、ファスコモンて肉食べるのか?みんな魚や木の実食べてたのに」

 

「デジモンは普通肉食ですよ、いやですね。安上がりで済ませようとするテイマーみたいなことをいう」

 

「ちなみに何肉?」

 

「肉は肉ですよ。なんの肉かまでは存じ上げませんね」

 

選ばれし子供たちは顔を見合わせた。パートナーに聞いてみるが生まれた頃から平和じゃなかったデジタルワールド育ちの彼らはわからない。疑問符がとんでいく。

 

「肉畑か、いいな。だがザッソーモンに頼むにしても種がないぞ」

 

ケンタルモンがいう。肉畑?種?訳の分からない単語が飛び出してくる。大豆のことだろうか、畑の肉とかいうし、と光子郎はつぶやく。

 

「おや、フォルダ大陸で料理店をやっているベジーモンはこちらにおろしてはくださらないので?」

 

「げっ」

 

「あいつらに会うのはちょっと遠慮したいなあ......」

 

ヤマトと丈は嫌な顔をした。

 

「フォルダ大陸の復興は広すぎるからな、ゲンナイ様たちに任せてある。さすがに今は難しいだろう」

 

レオモンの言葉に彼らは胸を撫で下ろす。

 

「おや、では種はどこで?」

 

「この中でウィルス種はファスコモンだけのようじゃなあ。なら、闇貴族の館にいって探してきてくれんかのう」

 

「ああ、はい、わかりました」

 

「わかるの?」

 

「ヴァンデモン様の下についてから長いのでね」

 

「えっ、ヴァンデモンてあの館の主だったの?」

 

「おや、ご存知なかったのですか?」

 

「デビモンのかと思ってたぜ」

 

太一の言葉にファスコモンは口元をつり上げる。

 

「どうやら勝手に住み着いたようですね。ムゲンマウンテンに住んでいたくせに」

 

ヴァンデモンの頃の記憶もあるのか、ファスコモンは笑った。

 



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後日談2

蒼い夜空にしっかり食い込んだ闇の直線が走る。夜空に怪獣の牙のように、暖炉の煙突が突き立っている。

 

「あれが闇貴族の館の目印ですね」

 

ファスコモンはいった。墓場のような煙突の林をぬけ、墨のように煙突が煙を吐く。煙は風にちぎれて綿ぼこりのようになって空に吸われていた。

 

けしかけるような風は、汚い煙突の煙を、みるみる白濛々の世界へ、襤褸屑をちぎってたたきつけるように飛ばして行く。煙突の傍を通ると、今にも頭の上に倒れかかって来るような気がして、タケルたちは思わず急ぎ足になる。

 

大煙筒から吐き出されるばいえんは真っ黒い天の川のように無月の空を立ち割って水に近く斜めに流れていた。

 

かすかにこもってきこえてくる秋蝉の声を聴き、木陰の葉叢の匂いにまじって漂って来る香煙の匂いが遠くなる。オーバーデール墓地付近はうずくまった獣のように、黒い地肌だけを見せて、ひっそりと静まりかえっている。潮風にさらされて粉を吹いたように風化した墓石は読めず、墓に花や水をやる人はいない。墓を掃き清め、墓石をせっせと洗い、長いこと手を合わせる人間の代わりにバケモンやファントモンたちが跋扈している。

 

無数の死を築く墓地の方からは、人間の毛髪の一本一本を根元から吹きほじって行くような冷たい風が吹いて来た。闇貴族の館に近づくにつれて、墓石は黒い坊主頭のように並んでいた。

 

長生きしたり、家を大きくしたりした人たちの墓は大きく、子供や赤ん坊のときに死んだものの墓は小さく、その不揃いな様子が、普段着をきた人のようで自然な表情が感じられた。墓石を前にして、ジュンたちはしばらく突っ立っていた。

 

「ヴァンデモンのお家だったんだ、ここ」

 

「僕達ここで酷い目にあったんだよー」

 

タケルとパタモンは教えてくれた。

お屋敷にたどりついたはいいが、幻覚だったこと。お腹ぺこぺこのままピザみたいに分割されたファイル島にベッドごと飛ばされたこと。はじまりの街でエレキモンにあったこと。デビモンに襲われたこと。そして、エンジェモンがみんなの進化エネルギーを自分の力に変えて相打ちになったこと。

 

タケルはウィルス種のデジモンやデジモンが死ぬこと、平気でデジモンを殺すやつが嫌いになった。だが冒険を終えて思うこともあるという。

 

「同じウィルスでもいいやつも悪いやつもいるんだね」

 

しみじみと呟かれた言葉に大輔はうなずいた。

 

「あの狼みたいな奴は悪いやつだけど、ファスコモンはいいやつだよ」

 

「あ、大輔くん!サングルゥモンは悪いやつだけど、ガルルモンも一緒にしないで!ガルルモンはいいやつだよ!」

 

「え。ガルルモンてなに?」

 

「えーっと、えーっと......あとでお兄ちゃんとこいこう!ガブモンの進化形なんだ」

 

誰かに冒険について話そうと思ったときに、実はあんまり覚えていなかったことに気づいてしまったタケルはショックを受けているようだった。わからないことがある度にヤマトたちに聞いて回るこの行動がいずれ小説家になるための基礎となるなら面白いものだ。

 

とりあえず大輔はデジモンに対して深刻なトラウマを持ってはいなさそうで良かった。ライドラモンあたりに嫌悪感が出たらブイモンたちがかわいそうになってしまう。ジュンはひとまず安心した。

 

「さあ、いきましょうか」

 

鬱蒼と木の繁った小高い島のような古墳をファスコモンは指す。雨で黒く濡れた門柱は荒野に立った2本の墓石のように見える。闇貴族の館の前は、霊園というよりは、まるで見捨てられた町のように見える。敷地の半分以上は空地だった。

 

死は広大な敷地のそれぞれの地面に根を下ろしていた。それぞれの名前と時と、そしてそれぞれの過去の生を背負った死は、まるで植物園のかん木の列のように、等間隔を取ってどこまでも続いていた。彼らには風に揺れるざわめきもなく、香りもなく、闇に向ってさしのべるべき触手もなかった。彼らは時を失った樹木のように見えた。彼らは想いも、そしてそれを運ぶ言葉をも持たなかった。彼らは生きつづけるものたちにそれを委ねた。

 

潮風、木々の葉の香り、叢のコオロギ、そういった生きつづける世界の哀しみだけがあたりに充ちていた。

 

「立ち入り禁止」と書かれた柵の中に穴を掘って埋められ、誰かがゴミ箱から拾ってきたアイスの棒が土の上に刺されて、花の死体が大量に供えられていた。

 

「こえー」

 

来訪を告げるライオンの音色までどことなく気品がある。御殿のような広壮なヨーロッパの城のような邸宅

だ。蔦の絡まるレンガ造りの西洋建築は、よくいえば文化財的な価値を持った豪邸。悪くいえば朽ち果てつつある過去の遺物のようだ。

 

ファスコモンがいるからか、あっさりジュンたちは通ることができた。

 

大きな玄関から中へ。まず目に飛び込んでくるのは、古い映画のセットかと見紛うような、赤絨毯の敷かれた大階段。広間には、西洋式の甲冑やら象牙やら鹿の剥製やらが飾られ、住人の趣味の悪さをこれでもかと誇示している。

 

邸宅は、周辺の慎ましい墓地を圧倒する存在感を示している。他を圧するがごとき豪勢なお屋敷がデンと建っているのだ。夜中にトイレに起きて、部屋に戻るのに迷ってしまうほどの広さである。ジュンは幾つとなく続いている部屋だの、遠くまでまっすぐに見える廊下だのを、あたかも天井の付いた町のように考えた。

 

「みんな考えることは同じね」

 

はるか未来で失われたデジモンの復元を熱心に研究していた闇貴族を思い出して、ジュンは苦笑いした。

 

西洋館が角地面を吾物顔に占領している。この主人もこの西洋館のごとく傲慢に構えているんだろうと、門をはいってその建築を眺めて見た人を威圧しようと、二階作りが無意味に突っ立っている。

 

壁際にある暖炉がひと際エレガントな雰囲気を演出している。中央には岩のようなシュミネがあり、煖炉の低い焔が、時々ひら、ひら、燃え上って、あたりをぼんやり赤く照す夕闇の中にジュンたちはいた。

 

家主の帰還とばかりに黒光りのする豪快な柱と梁に抱きすくめられた、ひろい土間の囲炉裏に赤々と炭が燃える。

 

「......困りますね、どうやら不法占拠している輩がいるようだ」

 

ファスコモンは呟いた。

 

「えっ」

 

「一体誰が!?」

 

「闇貴族の館はウィルス種しか入れない結界が貼ってありますからウィルス種の誰かだとは思いますが......今回の件でウィルス種たちが著しく数を減らしているはず。ただ、ゲートやワープ機能が復活したために侵入が容易にできるのも事実。困りましたね、かつての根城を好き勝手されるのは。気分がいいものでは無い」

 

ファスコモンはジュンの腕から顔を出す。

 

「我を呼ぶのは、何者ぞ」

 

荘厳な声が響き渡る。

 

「おや、随分と大御所が出てきましたね」

 

シレッとしているのはファスコモンだけ、ほかのみんなは空いた口が塞がらない。目の前には6枚の羽、カギを形どった武器をを持つ天使がいたのだ。

 

「この姿でははじめましてですね、クラヴィスエンジェモン」

 

「挨拶とは殊勝なことだ。悪魔ながら礼節を心得ておるな。フム、そちらこそご機嫌いかがかな、ファスコモン」

 

「えっ、ファスコモン知り合い?」

 

「ワタクシがこの時代に来るために使用したロイヤルナイツ管轄のアイテムは元々彼の所有物でしてね」

 

「えっ」

 

「不問とならなければ報復に来ているところでしょうね」

 

「ええ......」

 

「我、名をクラヴィスエンジェモンと申すなり。究極体、階級は力天使、属性はワクチンである。デジタルワールドと外界を隔てるゼニスゲートを守護している」

 

「ゼニスゲート?」

 

「なにそれー」

 

「ゼニスゲートは360にも渡る扉によって封印されており、我の持つザ・キーが全ての扉のマスターキーとなっている。ザ・キーは我のみ扱うことの出来る特別な鍵であり、我自身も鍵の一部であるともいえる」

 

「それで、なにしに来たんです?あなた、天使なんだからダークエリアや異次元に繋がるゲートがあるここには近づかない方がいいのではありませんか?堕天しますよ?」

 

「なに、本来の主が長きに渡り不在なため、確認しに来たまでよ」

 

「メンテナンス的な?」

 

「いかにも」

 

「後任は決まっていないので?」

 

「ウィルス種がことごとく敵となったためな、いないのだ」

 

「それはそれはお疲れ様です」

 

クラヴィスエンジェモンはじっとファスコモンを見つめる。

 

「選ばれし子供たちのパートナーたちには、ファイル島のエリアを守る役にいずれついてもらうことになるのだ。汝も例外なくな」

 

「いやですね、ワタクシまだ成長期なんですが」

 

「よくいう。先程我にデータ種の属性技をぶち込もうとしたであろう」

 

「ファスコモンあんたねぇ......」

 

「こればかりはどうにもなりませんね。ウィルス種はワクチン種に討伐されうる可能性がある上にこちらは悪魔であちらは天使だ。理性がなくなった瞬間に我らは殺し合うことになる」

 

「ぬかせ。我らはデジタルモンスター、理性ある知的生命体だ。理性がなくなればただのモンスターではないか」

 

「ダークエリアと比べてなんて平和なんでしょう」

 

「ダークエリアは転生できないデジモンたちの行き場だ、馬鹿者」

 

クラヴィスエンジェモンはためいきをついた。

 

「このゲートも問題は無いようだ。我はこれで失礼するとしよう。さらばだ」

 

そういって鍵のような武器をかざすと、目の前に扉が出現する。クラヴィスエンジェモンは光の眩しい扉をくぐり、いなくなってしまったのだった。

 

「どうやらゲートが復活したのは、クラヴィスエンジェモンがこの世界が平和になるまで封鎖していたみたいね」

 

「アポカリモンたちにどこでもドア取られちゃったら大変だもんね」

 

「どこでもドア?あの天使、ドラえもんだったんだ?」

 

ジュンは思わず破顔した。

 



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後日談3(終)

「やっぱたくさんいるわねー、バケモンたち」

 

ワクチン種のパタモン、選ばれし子供のもつデジヴァイスに反応して、

バケモンやファントモンたちは寄っては来ない。ウィルス種の野生のデジモンたちが漂っているエリアを進んでいく。

 

大輔はジュンから離れない。ジュンのもつパソコンのスイッチを押せばバリアが貼られて、一定の距離から離れなければ大丈夫だと知っているからだ。

 

タケルはパタモンと一緒にずいずい歩いている。パタモンは野生のデジモンではないし、タケルによって育て上げられたデジモンである。そのへんを徘徊している野生のデジモンに負けるほど、やわな鍛え方はしていないのだ。

 

見知らぬ侵入者に、見張りをしていたバケモンたちがやってくる。なにをいっているのかさっぱりわからないが、タケルとパタモンに話しかけているようだ。

 

ファスコモンが横からバケバケいい始める。そのうちバケモンはいなくなってしまった。

 

「すごーい、バケモンのいってることわかるの?」

 

「ヴァンデモン様が留守中もちゃんと仕事をしていたまともなデジモンだったようですね。ワタクシが転生先だと言ったら納得したようですよ」

 

「どうやって?」

 

「それはですね、大輔。ウィルス種にだけわかるサインみたいなものがあるんですよ。そもそもヴァンデモン様は自分の部下には一度やっつけて復活させたやつしかいませんでしたのでね」

 

「うわあと、映画で見たゾンビだ!」

 

「似たようなものですね」

 

「そっかあ、だからわかったんだ。ゲームだと吸血鬼ってたくさんゾンビとか仲間とか操ってたもんね」

 

「その操るために必要なエネルギーを見ればわかるんですよ」

 

「へえー、知らなかったわ」

 

ファスコモンはニヤリと笑った。

 

「どうやら転生前の契約は有効のようだ」

 

「あっ、なんか怖いこと聞いた気がするけど聞かなかったことにするわ」

 

「そうですか、それは残念ですね」

 

ファスコモンは特に気にする様子もなく、先を促す。だからジュンたちは進んでいった。

 

それでも時々珍しい客人が気になるのか近くにきて群がろうとするバケモンたちがいる。タケルはファスコモンの仲間だと思ったようでどうしようか迷っていたが、デジヴァイスの光で脅せと言われて戸惑いながらもかざしてやった。

 

「バカはいらない、がヴァンデモン様の方針でしたのでね。消されて復活は嫌だと思い出したのでしょう」

 

ファスコモンのいうとおり、バケモンたちは一目散に逃げていった。それでもやめないバケモンがいると、ファスコモンは気に入らないのか成長期とは思えない威力の黒いエネルギーを打ち込んだ。

 

魔力の込められた球体を手にかけながら威圧する。そのただならぬ殺気に気圧されて、バケモンたちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。どうやらかなわない相手だとわかったらしい。いちいち喧嘩売ってたら先に進めないわよ、とジュンは苦笑いである。

 

「上下関係を思い出させてやっているだけですよ。クラヴィスエンジェモンの言うことが正しいならば、ここはいずれワタクシの領地となるのだから」

 

ジュンたちは闇貴族の館をくまなく探し回った。ファスコモンの記憶をたよりに厨房を見たのだが、すっからかんだったのだ。ダークマスターズたちにより破壊され、再構築された世界である。さすがに細かいところまで再生は出来ないらしい。

 

どこかになにかないか、宝探し気分である。なにせパタモンはチンロンモンにより究極体に進化することが出来るようになっているものだから、一度進化できれば経路は開拓されてワープ進化が可能なのだ。気楽なものだった。

 

手入れされている様子もなく、あれ放題の屋敷の先を行くと、次第に視界不良になり始めた。霧である。黒い、霧である。モヤのように立ち込めるそれは、次第にエリア全体を覆っていく。10m先が確認できないほどの濃霧になり始めた頃、本命ですね、とファスコモンは指差した。

 

こうこうと揺らめくロウソクが灯る廊下である。ジュンたちはファスコモンに言われるがまま迷うことなく、地下に続く扉を開いた。

 

「ヴァンデモン様は夜までこちらで寝ていましたのでね」

 

「これだけ真っ暗なのに?」

 

「おや、タケル。あなた、一日中明るかったらずっと遊んでいるのですか?」

 

「えっ、うーん......無理かなあ?」

 

「あー、僕しってる!それ白夜っていうんだ!テレビでやってたよ!」

 

「ほんと?」

 

「うん。ずーっと明るいけど、みんな時計みながらいつもと一緒なんだって」

 

「そっかあ。でもずーっと明るいと寝れなさそうだよね」

 

「だね!」

 

「なんだって地下に肉の種があるのよ。貴族なら食事は部下任せなんじゃないの?」

 

「こんな環境で肉畑が正常に育つとでも?バケモンたちがつまみ食いしてなくなってしまいますよ」

 

「なるほど......だからバカはいらない、か。大変ねえ吸血鬼って。てっきり地下施設にでも篭ってんのかと思ってたわ」

 

「どの闇貴族の話をしているのやら」

 

「なんでもないわよ」

 

地下室に到着したジュンたちは、扉を開いた。

 

「もしかして、料理はヴァンデモンがしてたの?」

 

「血の方が満足感があるし、バケモンたちでも集めることが出来ますからね。美食家ではありましたが料理までは凝っていなかったようですよ」

 

「なるほどねえ」

 

だからあれだけ厨房が広かったのか、さすがは貴族だとどうでもいいことを考えながらジュンはヴァンデモンの部屋に入った。キリスト教に喧嘩をうっているとしかいいようがない悪魔崇拝の結晶である。

 

悪趣味で不気味な部屋だ。タケルも大輔パタモンも嫌そうな顔をしている。蜘蛛の巣やホコリですごいことになっている部屋に入ったジュンたちは、なにかありそうな家具の引き出しという引き出しを探し回ることになったのだった。

 

「あったよ!」

 

見つけたのはタケルだった。いわゆるマンガ肉である。マンモス肉というか、骨が刺さっていて肉の塊がついていて、そのままかぶりつくタイプの肉。それがパッケージになっている。ずいぶんと厳重に保管されていたようだが、壊れかかっていた上に鍵の隠し場所を初めからファスコモンが知っているものだから意味がなかった。

 

「ほんとに種だー」

 

「これからお肉がなるのかな」

 

「これがお肉!タケルの家で食べさせてもらったやつだ!すごいね、育てたら毎日食べられるのかな!?」

 

「一生懸命育てないと極上肉は育たないらしいので、育てるのが上手なデジモンを探さなければなりませんね。貴重な種ですから、ちゃんと落とさないように持って帰りましょうか」

 

はあい、とタケルたちは返事をするのだった。

 

 

 

 

 

 

タケルたちがはじまりの街に戻ってくると、トイレの真横に畑が出現していた。元々放棄されていた場所を再び開墾し、根っこや石を取り除き、なにか植物を燃やしたやつをまいては混ぜていた。

 

「もってきたよ、お肉の種!」

 

「あったよー」

 

「すごーい!ひろーい!」

 

「はてさて、最初はなんの肉がとれますかねえ。ドキドキ肉か極上肉か」

 

「普通の肉じゃない?」

 

「普通ならワタクシいりませんので」

 

「あんたねぇ......こんなことなら普通肉あげりゃよかったかな」

 

「なにをいまさら」

 

ジュンはタケルから受け取った肉の種が肉畑というどういうメカニズムで肉ができるのか分からないやばい畑にまかれるのをみていた。

 

「おや、誰かベジーモン勧誘してくださったんですね。手間が省けました」

 

ファスコモンの視線の先には長く伸びたツタと大きく開かれた口を持つ食虫植物型デジモンがいる。口から吐き出される甘い香りにつられてやってくる小型デジモンを触手のような長いツタの部分で引きずり込んでしまう凶暴凶悪なデジモンだが、同世代のデジモンと比べるとまともな攻撃力を持ち合わせていないため、強いデジモンには太刀打ちできない。 成長すると花を咲かせ実をつけ、レッドベジーモンが本来の姿と言われている。

 

「うわ、ウンチまいてる」

 

「うっげえ」

 

「......えー」

 

「まあ、畑には牛とかのうんち撒くっていうしね......こっちの世界には牛とかいないみたいだから仕方ないんじゃない?」

 

タケルたちはいかにもなピンク色のうんちを見てたじろいでいる。ジュンは自分が食べられる訳じゃないし、と他人事だ。ファスコモンはあとどれくらいだろうかと太陽の位置を確認している。

 

「ファスコモン、極上肉、極上肉っていってるけどそんなに美味しいの?」

 

うっかり肉畑の栽培を見てしまったパタモンは食欲が失せたのか聞いてくる。

 

「おや、この程度で食欲が失せるならばワタクシが食べてさしあげますよ。肉に失礼だ」

 

ファスコモンはいうのだ。肉畑の肉は脂身が少なく、そのくせ柔らかで味わいがある。気の合う仲間同士でロースターを囲み、ワイワイガヤガヤと楽しく食べる。これが魅力である。みんなでわいわいとお肉を囲んで楽しい時間を過ごすのだ。

 

「肉がチリッと音を立てて身を縮め、焦げて、胃を刺激するいい香りが立ち上るわけです。食欲のそそる脂の匂いがたち込める中、二枚まとめて口に入れるんですよ。肉を焼く美味おいしそうな油の匂いがまた美味しくてですね」

 

「えらく臨場感あふれてるわね、ファスコモン」

 

「デジタルワールドでは生のまま食べてましたが、現実世界と比べたら野蛮すぎて嫌になりますね。今更戻れませんよ」

 

「あはは......」

 

「せめて丸焼きにするなり調理したいところですね」

 

「誰が?」

 

「ワタクシ、調理に向いていないのですよ」

 

「あー、はいはい、わかったわよ。仕方ないわね......。だから厨房にあったなけなしの調味料を根こそぎ持ってきたわけね」

 

「そういうことです。ところでジュン」

 

「今度は何よ」

 

「デジタルワールドが閉じる頃までにはパソコンの環境はアップデートしていただけるのですよね?」

 

「えっ、まさかゲンナイさんの隠れ家に居候したり闇貴族の館で守護デジモンしたりしないつもり?」

 

「いやですね、ワタクシまだ成長期なんですよ。出来るわけないでしょう」

 

「あんたいつまで成長期のつもりよ......」

 

「なに、選ばれし子供のパートナーはかるく4000年ほど幼年期だったわけですからね。大したことありませんよ」

 



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大晦日編
45話


クラヴィスエンジェモンはデジタルワールドに存在するあらゆるゲートを把握、管理している。そしてセキュリティシステムに所属するデジモンを派遣するとホメオスタシスもしくはエージェントから依頼があれば開閉する役目を負ったデジモンである。

 

現実世界でいう1946年からずっと存在しているクラヴィスエンジェモンからすれば、今は久しぶりに忙しかった。世界の危機が去った。喜ばしいことだ。アポカリモンによる世界の異常を正常にするためにあらゆるゲートを閉じているのだが、デジタルワールド内部のゲートは稼働しなければならない。しかもウィルス種が著しく減ったためにデジタルワールド全体が非常に不安定になっている上、守護デジモンが足りなさすぎていくつもの役目を兼任しなければならないくらいだ。

 

それなのに現実世界のネットワークの発達は加速していくばかりで選ばれし子供とパートナーデジモンの数も増え、そのたびに新たなるゲートが出現してしまう。1995年から二進法で増えつづけている彼らとデジタルワールドの接触にはまだ復興が終わっていないから控えたいところなのだがそうもいかない。

 

それは、双方の世界の拡大を意味するからだ。そのせいでより一層、デジタルワールドは不安定になってしまう。

 

デジタルワールドの不安定な現状を新たなる敵が狙ってくるのは想像できる。だからクラヴィスエンジェモンはより警戒を強めていた。

 

そんなある日のこと。

 

この建物の中では時間は奇妙な流れ方をしていた。旧式の柱時計と同じだ。誰かが気紛れにやってきては分銅を巻きあげる。分銅が上っている限り、時はコツコツと音を立てて流れる。しかし誰かが去り分銅が下りてしまうと時はそこで止まる。そして静止した時の塊りが床の上に色あせた生活の層を積み上げる。クラヴィスエンジェモンが来てからは完全に放置されているので1946年のある時から時間が止まっている。

 

セキュリティが認証コードを求める音声を発した。しばらくして承認のアラームと音声を鳴らす。そこには珍しいデジモンがいた。

 

「クロックモンではないか、どうした。デジタルワールドの時間を司る汝がわざわざこんな所まで足を運ぶとは。まさか、なにかあったのか?」

 

「安心してくれ、世界の危機は去ったからな。これは挨拶回りだ、最後のな」

 

「最後?」

 

アナログ式目覚まし時計型のロボットの上に人間のようなものが合体したような見た目のデジモンが笑った。コンピュータのタイマーを司る「時の守護者」と呼ばれるマシーン型デジモンだ。

 

クロックモンはコンピュータやネットワーク全ての“時間”と“空間”を管理しており、1900年~1999年の間であれば、自在に時間を進めたり戻したりすることができる。という非常に危険で恐ろしい能力を持っている。

 

常に中立の立場を保っており、ワクチン・ウィルス間の争いには関与せず、もしこの均衡がどちらかに傾いたとき、デジタルワールドは崩壊すると言われている。

 

必殺技は敵の体を流れる“時”を破壊し、再起不能にする『クロノブレーカー』。

 

「私が時間を管理しているのは知っているだろう?知ってのとおり、デジタルワールドは1999年を最後に時間の区切りがある。次はきっと2999年だ」

 

「そういえば現実世界は1999年の12月31日か」

 

「そう、その通り。だから私はもうすぐお役御免てわけだ」

 

「後任は?」

 

「そうピリピリすんなよ、ちゃんといるからさ。これ以上クラヴィスエンジェモンに兼任はさせねえって。私は私でデバック空間たる過去世界を管理する次の仕事があるわけだからな」

 

「そういえばそうか、今回はデジタルワールドの輪廻転生システムまで致命的な損傷を受けたのだから」

 

「私がいなかったら存亡の危機だったわけだ」

 

「ホメオスタシスは原始デジタルワールド誕生時点でのサーバでははないからな」

 

クラヴィスエンジェモンはうなずいた。

 

「こいつが新しい私の職場に繋がるゲートのコードだ。大切に扱ってくれ」

 

「了解した」

 

クラヴィスエンジェモンは新たなるゲートの鍵となるデータを受け取り、鍵型の武器の中にしまった。

 

「後任はなんというデジモンだ?」

 

「クロックモンだ。21世紀を操る違いはあるがな」

 

「またか」

 

クロックモンは笑った。

 

「時間を操るデジモンはいくつもあっていいものじゃないからな」

 

基本的にデジタルワールドは概念として時間を直線として捉えている。長いまっすぐな棒に刻み目をつけるみたいにだ。こっちが前の未来で、こっちが後ろの過去で、今はこのポイントにいる、みたいに。実際には時間は直線じゃない。どんなかっこうもしていない。それはあらゆる意味においてかたちを持たないものだ。

 

でもデジタルワールドはネットワークに存在する人間の営みがもたらした知識が、かたちのないものを頭に思い浮かべるためにデータとして残したものから生まれる。

 

便宜的に時間を直線として認識する。時間を永遠に続く一直線として捉え、そのような基本的認識のもとに行動をしてきた。そしてこれまでのところ、そうすることにとくに不都合や矛盾は見いだせなかった。だから経験則としてそれは正しいはずだと考えている。

 

根幹を揺るがす能力は少ない方がいいのだ。

 

あるときには時間は耐えがたいほどゆっくりと思わせぶりに流れ、そしてあるときにはいくつもの過程が一気に跳び越えられてしまう体感時間と実際の時間があることはわかっていても、前者を採用する訳にはいかない。

 

なにせ時間は空間と共に人間の認識の基礎を成すもの。人間が平等に与えられると思いこんでいるもの。人間が正確に把握できていると安心しているもの。人生の充実と比例して進みが速くなる。退屈と比例して進みが遅くなり、授業中には、止まっていると錯覚を受けることもある。それは気の所為だという態度なのだ。

 

「よりあつまって形を作り、捻れて絡まって、時には戻って、途切れ、またつながる。それが時間だ。いわば川の流れだな。石にぶつかって分かれ、他と混じり、また合流し、全体としてはひとつに繋がったもの。

万物は大いなる流れの中にある」

 

クロックモンはいうのだ。

 

「私以外に私的な事情で世界に干渉しようとせずに仕事が出来るやつがいるとは思えないからな」

 

「たしかに。これから人間と関わるデジモンが増えてくる。クロックモンのような存在は必要だ」

 

クラヴィスエンジェモンはうなずいた。

 

目が覚めたとき、世界はいつだって無事に続いていて、ものごとは前に向かって動き出していなくてはならないのだ。前にいるすべての生き物を片端から礫き殺していく、インド神話の巨大な車のように。

 

時間は定められた速度で前に進んでいる。それは間違いないところだ。しかし特定の部位を取り上げてみれば、それは不均一になる可能性を持っている。

 

月は最後に見たときから、地球の自転にあわせて位置を相応に変えているものの、まだ視界の中に留まっている。

 

気づかないようにしないと上手くいかないこともあるのだ、なにごとも。

 

そこまで考えた時点で、ふとクラヴィスエンジェモンは時計に目を向けた。1946年、ENIACというスーパーコンピュータがアメリカのフィラデルフィアで動いた瞬間から止まったままの時計をだ。これが動く時は来るのだろうかとふと思う。

 

「む?」

 

クロックモンが顔を上げた。

 

「どうした?」

 

クラヴィスエンジェモンが問いかけた。

 

「今、時計が動いたような」

 

「そんな馬鹿な。デジタルワールドができた瞬間から動きを止めた時計だぞ?」

 

「だがしかし、たしかに秒針が......」

 

クロックモンが指さす先には確かに動いている時計があった。彼らは戦慄した。確かに動いているのだ、時計が。逆向きに。秒針も短針も長針も全てが時間に逆らい逆向きに動き出したのだ。

 

「まずい、なにかあったのか!?」

 

クラヴィスエンジェモンは慌てた。ホメオスタシスかエージェントたちに事情を説明しようとすぐさまゲートを開き、クロックモンと共に姿を消す。

 

誰もいなくなった異空間で時計だけが動き続けている。

 

「2000年問題?」

 

はるばるゲンナイの隠れ家までやってきたクラヴィスエンジェモンとクロックモンにゲンナイさんは丁重にもてなしながらうなずいた。

 

「なにかしらの問題が起こるとは思っておったが、まさかあの時計が動くとはのう......。一応デジタルワールドの異常は確認してみるから、各ゲートの調査を頼む」

 

これでもエージェント総動員で対策はしたんじゃがと頭が痛そうだ。

 

今、現実世界において、西暦(グレゴリオ暦)が2000年になるとコンピュータが誤作動する可能性があるとされた問題が強く警戒されているらしい。

 

Y2K問題、ミレニアム・バグとも呼ばれるそれは、西暦2000年であることをコンピュータが正常に認識できなくなるという問題だ。

 

現在、現実世界のコンピュータシステムの内部では、日付を扱う際に西暦の下2桁だけを表示して、上位2桁を省略している。古い電算システムを構築するのに用いられた古いプログラミング言語では、2000年が「00年」となるので、これを「1900年」と見なしてしまうのだ。

 

「デジタルワールドは1946年に生まれたENIACというスーパーコンピュータが全ての始まりじゃ。当然影響を受ける。思わぬ所での機能停止や誤作動の危険が起こり得るとホメオスタシス様から指摘されたので、ワシらは対策をしとったのじゃよ」

 

ゲンナイさんの周りには様々なモニターが表示されている。

 

「今のところ問題は無いようじゃが......」

 

ゲンナイさんがいう具体的なバグは以下の通りだ。発電、送電機能の停止や誤作動とそれに伴う停電、医療関連機器の機能停止、水道水の供給停止。鉄道、航空管制など交通機能の停止弾道ミサイルなどの誤発射。2000年に突入するタイミングに合わせて、Y2K問題にかこつけて故意にミサイルを発射する国家が出るのではという懸念もある。他にも銀行、株式市場など金融関連の機能停止、通信機能の停止もある。

 

「もし新たなる脅威が現れるとしたら、今、もしくは来年の3月じゃな。コンピュータプログラムの訂正が世界規模で行われているのだから。この修正作業に費用と期間が取られてしまい、大きな打撃となるじゃろう」

 

「何故もっと早く言ってくれなかったのです、ゲンナイさま」

 

「そうですよ」

 

「この問題解決のために四聖獣様や十二支様、セキュリティシステム所属のデジモンたちも総動員じゃからのう。その余波をもろに食らっておるお前さん達に説明する時間もおしくてな......。デジタルワールドが閉鎖されてからろくに寝ておらんわ」

 

2000年問題は、ゲンナイさん曰く、発生時期が明確であり、責任の所在が予め明確である。だから連鎖による影響を防ぐため相互監視がうまく働いた。誰もが加害者となることを防ぐ必要があり、同時に被害者とならないよう対策を求められたなどの要素が混乱回避への対策につながっていて、あとから説明する気だったらしい。

 

「承知いたしました。ただちにゲートの不具合確認を行います」

 

「私も過去世界の確認を」

 

クラヴィスエンジェモンたちは一礼して去っていった。

 

デジタルワールド自体に異常はなかった。過去世界になぜかアクセスできないという異常以外は。

 

 

 

 



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46話

「へー、みんなは新年をデジタルワールドで過ごすんだ?」

 

冬休みの宿題をやるという名目で集まっている女の子たちに混じる唯一の中学生として先輩らしくしなければと張り切っているジュンはそういいながら席についた。休憩にしようとジュンが言ったから、空たちは大晦日の予定について雑談していたのだ。

 

昨日母親にくっついてデパ地下で買ってきたロールケーキと予め聞いておいたコーヒーか紅茶を人数分並べていく。13時にだいたいみんな集まって宿題を進め始めてはや2時間が経過して集中力が切れ始めていた矢先だったから、ミミは特に喜んだ。

 

「なにいってるのー。ジュンさんも行くでしょ?ファスコモンに会いたいよね?ね?私もパルモンに早くあいたーい」

 

ロールケーキにいちはやく口を付け始めたミミはおいしいと笑顔を振りまいている。お花があたりに浮かんでいそうな笑顔だ。

 

「あれ、ジュンさん、ゲンナイさんから聞いてないんですか?」

 

「光子郎くんからも?」

 

「なんか意外」

 

ね、と誰もが目を合わせるものだから、ジュンは笑った。

 

「プライベートでゲンナイさんたちと連絡は取り合ってないわよ。光子郎くんとは違ってね。手伝いばっかりよ」

 

「えー、嘘だ。ファスコモンとしょっちゅうメールしてるじゃない」

 

「えっ、そうなのジュンさん!?」

 

「ずるいずるい、私もパルモンと会いたい!」

 

「わたしも.......。いいなあ」

 

「あのねえ。ファスコモンはみんなと違ってアポカリモンの残滓であるガルフモンを前世にもつパートナーなのよ。前例がないの。なにかあったらみんながファスコモン倒さなきゃいけなくなるのよ?嫌でしょ?私だって嫌よ。だから間違いがないようにゲンナイさんに託されてるんだから。気持ちはわかるけど我慢してよ」

 

ジュンの言葉にファスコモンの特殊性をすっかり忘れていたらしい空たちはなるほどと呟いた。

 

「ファスコモンと私が上手くやっていけたら、今は封印するしかないアポカリモンもいずれは転生する未来があるかもしれないんだから」

 

「そうはいってもうれしいんでしょー、ジュンさん。笑ってるもん」

 

「まあね、否定しないわ」

 

「それがずるいの!」

 

「あっ.......いい話みたいにまとめてるけど、ミミちゃんの言う通りだわ。私達がピヨモンたちとメールしたっていいじゃない。なんでいってくれなかったの、ジュンさん」

 

「ジュンさん.......」

 

「バレたかー」

 

「ジュンさん!」

 

「だからごめんて」

 

非難轟々なアウェー感にジュンは早々に白旗をあげた。そして優遇されている理由を語るのだ。

 

「2000年問題でデジタルワールド大変なことになってるみたいだから、うっかり手伝いましょうかっていったらえらいことになってるのがほんとのところなのよね、あはは」

 

「2000年問題ってテレビでずっとやってるやつですか?」

 

「聞いたことあるー」

 

「ニュースのやつですよね?」

 

「うん、そう。これでも将来はプログラミング関係の仕事目指してるからね」

 

「うわー」

 

「大変そう」

 

「もしかして、あの日からずっとデジタルワールドに行けないのってそのせいなんですか?」

 

「それもあるわね。来年の3月を乗り越えればデジタルワールドにもっと行けるようになるんじゃないかしら、たぶんだけど」

 

ジュンの言葉に空はふと考える。

 

「そんなに忙しいのにデジタルワールドにいっても大丈夫なのかしら?」

 

「でもゲンナイさんから来てるんでしょ?なら大丈夫なんじゃない?むしろ間に合わせるために必死なのかもね」

 

「もう、ゲンナイさんも言ってくれたらいいのに.......」

 

「いっつも遅いよね、いうことが!」

 

「うんうん」

 

「あははー、まあ許してあげてよ。大変みたいだから」

 

ジュンは肩を竦めた。

 

「で、来ます?大輔くんと」

 

「そーねえ.......そうしたいのは山々なんだけど。アタシ、部長になっちゃったのよ、パソコン部の」

 

「お台場中学校の?」

 

「そうなの」

 

「凄いじゃないですか」

 

「ありがとう。ただそのせいで顧問の先生がえらく気合い入っちゃってね.......ここ数年田町の恵王にパソコン部の全国大会毎回負けてるから.......」

 

はあ、とジュンはため息をついた。

 

今年の光が丘霧事件の電波障害により2日間大惨事となった東京は、その復興の過程で大きな方向転換をすることになったのだ。

 

1994年にも光が丘では電波障害からの爆弾テロ事件があったものだから、どちらも未解決となる未来が見える以上なにかしらの対策をとらなければならない。内外からすさまじい圧力があったせいか、デジタルワールドと現実世界が共に動き出す第一歩となるような流れが加速した。

 

まずは電波障害に対する厳罰化が進み、電波障害に対する対策を講じたライフラインが整備され、公共設備を中心にその設備を行った場合、補助金が下りることになった。あるいは大きな補修工事が行われることになった。

 

ジュンがパソコン部部長となったお台場中学校もその候補の1つである。うまくいけば新たに設定された避難所としての機能を果たすため、優先的に補修工事が行われ、補助金も下りることで設備がどんどん導入される。

 

その補助金によってデジタル教育に力を入れ始めれば、いずれお台場中学校は文部科学省から先駆的な教育を許される数年単位の授業の導入を許可されるだろう。

 

おそらく数年後には東京を中心に張り巡らされたネットワークを通じて、小学校単位ではあるがメールなどの簡易な機能が自由にできる小さなパソコンが支給されることになる。

 

今はその下準備として全国にあるいくつかの学校が特待校に指定されるための大会が行われる予定なのだ。表向きはネットワークを活用した授業や部活の成果を発表し合うような形になっていた。学校全体の教育水準を引きあげるためだと。やがてそれは次世代のデジタルを活用する提案という形で全国の子供達が発表し合う建前のもと、新たなる特別枠を見つけ出すのだ。

 

お台場中学校としてその指定校になるためにもいよいよこれからだ、と顧問の先生はなおさら気合いを入れているのだ。

 

(まあ、部長になった方がなにかと便利よね.......うん。光子郎くんに引き継ぐときに色々残してあげたいし)

 

それは周りにまわって大輔が選ばれし子供となった時に通じているからジュンは頑張っているのだ。2足のわらじである。ついでにいえば将来はデジタルワールドのセキュリティ関係につきたいジュンからしたら、コネを少しでも作りたい気持ちもあるのだ。

 

1999年現在、世界中で30人前後の子供達がデジモンと出会い、世界を救っている。2002年でもまだ130人にも満たない。

 

デジタルワールドが現実世界におけるデジタルモンスターの関わる事件などを削除しまくるのはまだ時代が早いから仕方ないにしても、選ばれし子供達のコミュニティネットワークはどんどこ広げるべきなのだ。光子郎とアメリカの大学に在住している小学生が運営しているSNSだけじゃもったいなさ過ぎる。なら、その土台を作ってしまえばいい。

 

ジュンはデジタルワールドの信頼を勝ち得て、やりたいことが色々あるのだ。まずはいろいろとサポートに回らなければならない。全てはそれに通じている。

 

「発表回が控えてるのよ、正月明け直ぐにね。それぞれがプログラムをくんで、最後にプレゼンで優勝したものを大会に出すからかなり大事なわけ。部長が粗末なの出せないでしょ?」

 

デジタルフロンティアだか、デジタルアーキビストだか計画の特区に指定されるためには必要不可欠、まさに正念場なのだ。上手く行けば小中高一貫計画が持ち上がっているお台場小学校にスムーズにD3が支給されることになる。

 

「たいへんそう.......」

 

「頑張ってね、ジュンさん!」

 

「そっか.......じゃあ、ファスコモンにも言っておきますね。なにか渡したい物があったら預かりますよ」

 

「ありがとう、空ちゃん」

 

空はうなずいた。ただでさえお台場中学校は全国大会で入賞する常連校なのだ。検索すれば部員達が学習成果を公表しているすごいページが出てくるし、卒業した生徒が有名な中学校、高校に行っていることを空は知っている。

 

なにせ創立××周年ということで、お台場中学校のホームページは最近ちょっとリニューアルしたのだ。第1期卒業生の写真を同窓会で集まったOBOGのおじいちゃんおばあちゃん達から提供してもらい、今とどう違うのか比較できるページができた。

 

ついでに小学校のイベントの歴史について記事をかいて、写真を掲載するようになった。学校にある石碑とか記念樹にカメラを向けると、名称と歴史と当時の写真が閲覧できるページに飛ぶ。無駄に年表から、ワードから、地図からも検索できるようにしたりして。

 

この部活が資金をもらえるのは、それなりの仕事をして教育委員会とかそういったところから褒められて、結構大きな賞をもらっちゃたりしているからだ。光子郎がパソコン部をつくりたいとボヤいているのを空は知っている。あと2年も待たなければならないなんて待ちきれないのだろう。

 

ジュン曰く、ほんとはあちこちに設置している動画についている無駄な解説なんていれず、写真をばんばん並べていって、気になったところでクリックしてもらってページを見てもらう構成にしたかったらしい。

 

だが学校のホームページにのっける以上、職員会議などを通過しないといけない。ちゃんと根回ししたとはいえ、パソコンなどに疎い先生たちに結構けちょんけちょんにされたようだ。

 

それを自由につくっていいよーといってくれた顧問の先生が熱意と実績で真っ向から反論して、その目玉がデジタルアーキビストだかフロンティアだかの指定校の枠のかちとりだった。目の色を変えたのは大人の事情なのだとジュンは苦笑いしていたが、そこまで把握するのはすごいと思う。

 

「ほっといたら決められたものを時間内にくみ上げるとか、正確なプログラムを作るとか、そういうのばっかりやらされるから先生には感謝してるのよ。だからその恩返しも兼ねてね、お正月返上で頑張るつもりなんだ。そういうわけだから、みんな楽しんできてね。お土産話楽しみにしてるわ」

 

 



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47話

ジュンの考えている以上に光が丘テロ事件および黒い霧事件は、日本に、そして世界に影響をあたえていた。サイバーテロから身を守るにはセキュリティシステムの構築が必要だが、プログラミングに精通している人材が必要不可欠だったのだ。

 

 

政府の方針として、プログラミングの義務教育化が決定した。しかし、プログラミングは目的なく学んでもその真価を発揮することはできない。子供たちがプログラミングを本当に自分の表現手段として使いこなすためには、 他の多くの仲間たちとの健全な競争の場で、自分の考えをプログラミングとして 表現することが、彼らを勇気づけ、プログラミングを学ぶ強い動機づけになる。そう大人たちは考えたのだ。

 

全国の小中学校の児童・生徒を対象に、プログラミングによるテーマに沿った自己表現を行うことで、その技術力と芸術性を競う場として本大会が青少年の健全育成の一翼を担うことをめざした。

 

そして来年から小中学校向けのプログラミング大会が開催されるにいたったのである。

 

大会実行委員は、有名な大学教授や

先端科学技術研究センターの所長、プログラミングに精通している有識者たちだ。

 

主催は全国小中学生プログラミング大会実行委員会。募集テーマはロボットとわたしたち。人工知能やロボットは、私たちの生活をどう変えていくのか。募集内容はPCで動作するオリジナルのプログラム。開発言語、ツールは問わない。審査基準は「アイデア」、「プログラミング技術」、「完成度」。

 

応募資格は日本在住の6歳以上15歳以下の小学生・中学生。グループで応募する場合は3人以下。応募は1人何作品でも可能。応募費は無料(応募までにかかる費用は自己負担)。

 

 

グランプリには賞状と盾。副賞は最新ノートパソコン。準グランプリには賞状。副賞はデジタルカメラ。ノ優秀賞は賞状。副賞は図書券1万円分

 

去年までは研究所主催だったが、後援に文化庁や総務省がかかわりはじめてから大規模化した。

 

今年は全国から応募が殺到するにちがいない。

 

去年のグランプリは、小4の一乗寺治が作成したプログラムだ。複雑な迷路の最短距離を判断してゴールまで向かうことができるプログラムである。自分で人工知能を作ってみたいという思いが作品のきっかけらしい。

 

迷路をと最短経路を探す手法として、単細胞生物である粘菌が迷路を解くことができると知って、それをヒントにプログラムを作ったという独創的な着眼点が高く評価された。粘菌の動きという自然界のアルゴリズムとプログラミングを組み合せた発想が、今後のプログラミング教育普及における指針を示すうえでの好例だとして、グランプリに選ばれた。

 

ちなみに賢が作ったのは絵を描く人工知能で入選している。コメントによればオランダの画家レンブラントの絵を人工知能が復元したというニュースを見て、真似したいと思ったと書いてあった。

 

ジュンはゲームをつくって準優勝に選ばれた。いろんな図形をクリックして回転させ、繋がっていくと人が移動出来るゲームだ。みんながつながることのできる温かい世界があったらいいなとの思いで製作したことが評価されたのだ。平面的なゲームだが立体的な繋がりもできるという完成度の高さから審査員は満場一致だったという。

 

ジュンが熱心に今年の小中学校プログラミング大会のチラシを見ていることに気づいた顧問の先生は笑った。

 

「一乗寺治くんて、一乗寺賢くんのお兄さん、ですよね」

 

「一乗寺兄弟か、お父さんがプログラマーだけあって揃って入賞は凄いな」

 

「一乗寺治くんて、サッカーもすごいですよね?」

 

「ああ、すごいよな。ジュニアユース候補なんだろう?それにくわえてプログラミングがこれか、たいしたもんだ。でも、本宮も気にする必要はないぞ。プログラミングの完成度は1番だったと去年も褒めてもらえたじゃないか。次こそはがんばれよ」

 

ジュンはもちろんですよと笑った。

まあ、一乗寺治くんのことは大輔に聞いた方が早いだろう。なにせ太一たちがサッカーの交流試合をしているのだから。

 

顧問の先生に呼ばれて、ジュンは頷いた。小中学生向けのプログラミング&暗号処理体験会が行われるため、お台場中学校パソコン部の希望者だけが先生同伴で参加するためだ。

 

小学校で必修化するプログラミング教育において、昨今注目を集めているロボットプログラミングや教材予定のデジタル機器を楽しくプログラミングを学べる講座と、情報セキュリティの基盤技術である暗号理論を小中学生でもわかりやすく学べる講座という触れ込みだった。

 

 

ロボットの活用したプログラミング教育の効果検証について共同研究を実施している団体が主催のイベントだ。

 

冬休みの今日10時から15時まで。会場は某大学キャンパス。対象者は小学生(中学年)から中学生(大人の方の見学可)。

 

定員はプログラミング講座が各回10名(保護者見学可)。プログラミング講座が各回15名(親子参加可)。暗号処理講座が各回15名(親子参加可)。

 

参加費は無料。

 

経験を積ませて大会で入賞するような作品をつくれるよう、インスピレーションを与えるために先生は必死なのだ。ジュンもデジタルワールドの復興の手伝いばかりで気が滅入るから、いい息抜きだとおもう。

 

大学のキャンパスをくぐりぬけながら、進路について少しだけ考えるジュンだった。

 

(なんなのかしら、あの車。ずっと運転手こっちを見てるみたいだけど誰かお迎え?)

 

 

 

 

 

「今日はお疲れ様でした」

 

すべてのプログラムをおえて、パンフレットなどが入った紙袋をかかえながらジュンはその場で解散となった。友達や先輩はそのまま遊びに行くようだが、ジュンはすぐに帰ってデジタルワールドのゲンナイさんのところに行かなければならない。選ばれし子供たちがデジモンたちと会うことを楽しみにしているのだからやることは山積しているのだ。

 

(うわあ.......まだ止まってるわ、この車。なに?何が目的なんだろ?怖いなー)

 

ジュンは朝から同じ場所にずっと路上駐車している車からわざとらしく距離を取りながら通り過ぎる。それとなく見ていたが新聞を読むふりをしながら曲がり角を時折見つめているようだった。

 

 

ジュンは横断歩道を探して最寄りの駅に向かう道を確認しながら歩き出す。ぱ、ぱ、ぱ、と信号が点滅後に青になった。すでに待っていた人達が歩き出す。どうやらサッカーチームが帰宅中なのか似たようなユニフォームをきている小学生たちが歩いてくる。ジュンも歩行者信号が赤色に変わる前に渡り切ってしまおうと足早にかけだす。

 

視界の隅にさっきまで止まっていた車が見えた。窓ガラスをあけてじいっとサッカーチームの少年たちを見つめている。

 

(うっわ、なにこれ。ストーカー?気持ち悪い)

 

好奇心でギラギラしている男だとわかる。品定めしているみたいに少年たちを見ているのがわかった。

 

気になって男が探している少年を特定しようと躍起になる。少年たちはジュンと同じ方向の地下鉄に乗るつもりなのか、後ろをついてくる。

 

ぴたりと一定の距離を保ったまま車はついてきていた。

 

ぱ、ぱ、ぱ、と信号が点滅後に赤に変わる。ユニフォームの少年がひとり車に気づいて走り出した。

 

「あっ」

 

ジュンはそれしか言えなかった。謎の追跡車は凄まじいスピードで走り去ってしまう。ナンバーを即座に覚えたジュンは、いきなり飛び出してきた対向車の先に倒れている少年をみて、ひいてしまったのだろうかと気が動転している青年のところにかけよる。

 

「練馬ナンバーの×××の××××です!さっき走り去った車がこの子をひき逃げしたんですよ!救急車と警察お願いします!」

 

ジュンの言葉に壊れかけのラジオのように繰り返しながら、青年は携帯電話をかけはじめる。あの機種は運転中は電波を拾えず電話できないから、ながら運転していたわけではなさそうだ。もし警察に在らぬ疑いがかかるようなら証言しなくちゃいけない。

 

明らかに少年はあの車から逃げようとしていた。ストーカーされていたようだ。可哀想にと思いながら少年の所にもどったジュンは、お兄ちゃん!と叫ぶ男の子に追い越された。

 

「兄さん、兄さん、治兄さんっ!大丈夫!?!」

 

半狂乱状態である。そりゃそうだ、これだけの狼狽ぶりだと目の前で兄をひき逃げされたところを目撃してしまったかもしれないのである。

 

「一乗寺、大丈夫か!?」

 

「治!」

 

「立てるか?」

 

「どっか痛い?」

 

「足?腕?まさか全身が!?」

 

ユニフォームの少年たちにもパニックは感染していく。ジュンはようやく冷静さを取り戻して黒山の人だかりの中を走り抜けた。

 

「大丈夫.......大丈夫だから、耳元で騒がないでくれ.......それよりメガネは.......?あれがないと見えないんだが」

 

「兄さん.......よかった、兄さん」

 

「もしかして、一乗寺治くん?」

 

「.......?その声は」

 

「私、本宮ジュンていうんだけど、覚えてる?今救急車と警察呼んでるところだから大人しくしてくれる?」

 

「本宮.......本宮.......ああ、プログラミング大会の.......」

 

「そう、その本宮よ。君、さっき車にひき逃げされたの。一応病院いってみてくれる?ナンバープレートの番号覚えてるから、ちゃんと証言するし」

 

「.......そうか、ありがとう」

 

「どうしたしまして」

 

やがて救急車がきて賢と治を乗せた救急車はいってしまったのだった。

 

 



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48話

あれはクリスマスを間近に控えた日のことだ。僕は治兄さんとサッカーのクラブチームの練習から帰る途中だった。友達と一緒に寄り道したかったけど、僕が体育館から出てくるのをずっと待っていた治兄さんは、早く来い、帰るぞ、と時計を見ながらイライラして叫んだから、大急ぎで追いかけたことを覚えている。

 

丁度その日は治兄さんが中学受験を前に、進学塾に通い始めたころだった。だから、治兄さんは塾に遅刻することを気にしていたのだ。僕たちが所属しているクラブチームは、小学校2年生の僕にはあまりにも遠かった。

 

バスを乗り継いで、電車を使わなければいけない。だから、僕が治兄さんと同じクラブチームに入りたい、とお願いした時、心配した父さんたちが出した条件が治兄さんと一緒に行くことだったのだ。

 

だから治兄さんは、いつも時計を気にしていた。僕はそんな治兄さんを気にしているだけで良かった。治兄さんが全部やってくれたから、ついていくだけでよかった。治兄さんは、駆け足になる。僕が追いてきぼりにならないか、時々気にしながら。

 

 

それは、あまりにも突然だった。交通量が多い道路だから、僕らは左右をしっかり確認して出掛けた、はずだった。突然、治兄さんが走り出した。そして、気付いたら地面に仰向けで倒れていた。僕は唖然として、立ち尽くしていた。うすぼんやりとした意識の中で、僕は治兄さんに何が起こったのか、分からなかったのだ。

 

 

救急車が来た。ぐったりとした治兄さんが担架に乗せられ、運ばれていった。僕も乗った。治兄さんは病院の廊下に運ばれて行って、ここで待っているよう言われて待合室で止められた。真っ赤なランプが点灯した。

 

椅子に座りこんだ僕は、ドラマでも見ているような気分がずっとぬけなかった。ここにいるのが自分じゃないような、そんな感覚がずっと付き纏った。あの赤いランプの向こうがやたらと怖かった覚えがある。数時間後、クラブチームの友達が事故を目撃していたみたいで、連絡を貰った母さんが駆け込んできた。僕はわんわん泣きわめくしかなかった。

 

 

治兄さんと会えたのは、病院のベッドの上だった。何があったのか、全然思い出せない僕は、いろいろ聞かれたけれど堪えられなかった。だんまりを決め込んで、ずっと母さんにくっついていた。母さんは意識を取り戻した治兄さんに話を聞いていた。

 

どういう状況だったのか、よく思い出せない、と治兄さんは言った。ぼんやりとした痛みに満ちている。まるでガラス越しの感覚しかない。防衛本能が働いているのだろう、と母さんは励ました。事故に遭ったから、まだ頭が混乱しているだけだ。

 

そのうち思い出すから安心するといい。さいわい、1か月すれば退院できる、サッカーも塾も学校も大丈夫、心配いらないから、今はけがを治すことだけ考えればいい。そう言って励ました。僕は治兄さんに縋り付いて泣いた。ぐったりしたまま動かない治兄さんは、ほんとに死んじゃったのか、と思ったからだ。兄さんは困った顔をしながら、重いとぼやいていた。

 

 

「賢、だよな?」

 

「そうだよ、兄さん」

 

「….......すまない」

 

「なんで?」

 

「.......びっくりしただろう、いきなり僕がひかれたから。飛び出した僕が悪いんだ」

 

 

治兄さんの表情が曇る。影が差す。なにかを言いかけて、唇を結んだ治兄さんは、沈黙してしまった。僕は思わず問いかける。

 

 

「兄さん?どうかしたの?」

 

「治ちゃん、どうしたの?そんなこといって」

 

「だめだ、頭がまだ混乱してる。母さん、ちょっと、質問していいか?」

 

「ええ、いいわよ。でも大丈夫?無理しない方がいいんじゃない?」

 

「大丈夫だ」

 

 

それなら、と母さんは治兄さんの質問に答え始めた。まずは、治兄さんの個人情報。家族構成。すんでいる場所。ひとつも間違ってない。僕と母さんはほっとした。でも治兄さんの不安げな表情は質問を重ねる。

 

 

「4年くらい前は、光が丘に住んでいたけど、引っ越したんだよな?」

 

「ええ、そうよ。もうそんなに経つのね、早いわ」

 

「時期は3月くらい?」

 

「そうねえ、たしかその頃だったはずよ。決まってたはずの小学校行けなくなっちゃったから、結構ばたばたしたわよね」

 

「え、そうなの?」

 

「そうよ、賢ちゃんはまだ4歳だったものね、覚えてないのも無理ないわ」

 

「犯人、捕まったのか?」

 

「治ちゃん、その話は・・・・・・」

 

 

口ごもる母さんは、不安げに僕を見る。僕はきょとんとして、瞬きをする。母さんと治兄さんを伺った。聞いちゃいけない話なら、外で待っていた方がいいだろう。

 

どうしよう?と戸惑っていると、母さんが外で待っていてと促した。言うとおりにしようとしたら、治兄さんが僕の手を掴んで引き留めた。賢はここにいろ、といわれた。母さんは戸惑っている。

 

 

「隠しても無駄だろ、母さん。最近やっているの、あの事件の特番ばかりだ。いつか賢も気付くだろ」

 

「それは、そうだけど・・・・・・何のためにここに越してきたのか、わからなくなるわ」

 

「8月にあんな事件が起こらなきゃ、僕だって賛成だった。でも、もう無理だろ。なあ、教えてくれよ。

 犯人は、捕まったのか?」

 

 

母さんは首を振った。治兄さんはため息をついた。

 

 

「じゃあ無理だ。風化するまで待つのは、もう無理だ。僕達が光が丘から来たこと、もうばれているよ」

 

「どうして?」

 

「見たからに決まっているだろ。だから、思わず体が動いたんだ」

 

「治ちゃん、まさか、あなた」

 

「母さん、父さんに今すぐ連絡入れてくれよ。あの時の弁護士さんにも相談した方がいい。犯人が捕まってないなら、スクープに飢えているマスコミの考えることは、みんな一緒だ」

 

 

母さんは治兄さんの言いたいことを察したらしく、さっと顔色をかえた。携帯電話をカバンから取り出し、通話が許されているエリアに行くために退出していった。母さんを見届けた僕は、ああ悪い、と手を放してくれた治兄さんを見る。治兄さんは真剣なまなざしで僕を見た。

 

 

1995年3月某日、光が丘は大停電に見舞われた。そして、原因不明の電波障害に襲われた。電話が通じなくなり、交通機関はマヒした。一時的に完全な孤立状態になった光が丘が炎に包まれたのは、真夜中のことである。大きな雷が落ちた。暴風が吹いた。

 

大きな爆弾がいくつも爆発した。目撃者はたくさんいたのに、みんなその時のことはよく覚えていなかった。同じ月にバイオテロが起こったものだから、光が丘の住人達は毒ガスでも撒かれたのかと噂になり、大騒ぎになった。一乗寺家もマスコミの餌食になった。

 

これが光ヶ丘テロ事件とよばれる未解決事件である。だから引っ越したのだ、と聞かされた僕は、どうして今さら?と聞いてみると、治兄さんは教えてくれた。

 

1999年8月1日から2日にかけて、東京中で電波障害が起こった。怪獣の目撃談が相次いだ。女性の血を吸う猟奇的な通り魔事件が光が丘周辺で多発した。光が丘テロ事件の再来を警戒した警察は、必死に犯人を探したがみつからない。

 

交通規制を行ったが、検問すらくぐり抜けた。そして、8月2日、またもや光が丘が大停電と電波障害、そして謎の結晶化現象に見舞われた。原因不明の霧に包まれ、外部との連絡を絶たれ、孤立した。これが光が丘霧事件である。

 

犯行の手口が似すぎているため、光ヶ丘爆弾テロ事件の犯人と同じと思われたが、結局こちらも未解決である。光が丘だけでなく東京中のマンションの住人たちは、すべて誘拐されたのだが、集団昏睡状態で見つかっており、記憶があいまいだったのだ。

 

4年前の事件を再現されてしまったため、マスコミはかつての被害者たちから証言を得ようと躍起になっている。そう、治兄さんは言った。4年前、僕達家族を散々引っ掻き回してくれたマスコミ関係者を見かけた治兄さんは、思わず逃げようとして飛び出してしまったとのことである。

 

 

「僕、どうしたらいい?」

 

「賢はなにもしなくていい。何にも覚えてないんだろ?」

 

「うん」

 

「なら、それでいい。知らない、わからない、おぼえてない。そう言って逃げろ。変なこと、いうなよ。ややこしくなるからな。嘘は言っちゃいないんだ、それでいい」

 

「わかったよ」

 

「これから、家や学校がばれたら、待ち伏せされるかもしれないから、なるべく一人になるなよ。友達と帰るか、母さんに迎えに来てもらえ。見慣れない大人に声をかけられたら、みんなに相談しろ。不審者だって警察に通報してやれ」

 

「友達に聞かれたらどうしよう?」

 

「光が丘から転校してきたのは、ホントなんだから、正直に言えよ。僕達は何も悪くないんだから。あとは一緒だ。みんなに聞かれても、知らない、分からない、覚えてないって言えばいい。4歳のときのことをはっきりと覚えてる奴なんて、珍しいんだから」

 

 

うん、とうなずいた僕に、治兄さんは、はあ、とためいきをついた。

 

 

「悪いな、賢。こういう時、僕が守ってやらないといけないのに」

 

 

僕は首を振った。

 

 

「僕は大丈夫だよ。だから、入院がんばって」

 

 

ああ、と返した治兄さんは、ようやく笑ってくれた。

 

 

そのあと、母さんが帰ってきた。治兄さんが意識を取り戻したことを知って、事情を聴きに来た警察の男性と一緒だった。治兄さんは事情聴取に応じた。そして、僕たちが光が丘テロ事件とその二次被害の犠牲者だ、と明かしたうえで、近所の巡回をお願いしたい、と訴えた。

 

母さんもお願いした。警察の人は治兄さんの行動を注意しつつも同情的で、該当する交番に掛け合ってくれると約束してくれた。詳しいことは母さんと父さんが警察に赴いて相談するらしい。こういうのは相談実績を積み重ねるのが大事なのだ、とこっそり警察の人の名前と所属部署をメモした紙を母さんに渡しながら、治兄さんは言った。

 



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49話

交通事故の通報をしたジュンは、かけつけた警察官に目撃者として申し出て名前と連絡先を伝えた。後日、警察から連絡が来た。悪質なひき逃げだと判断されたようだ。事情を説明するために警察に行ったジュンは、今回の証言が現場検証や捜査に目撃者の証言が必要と判断される場合は、警察から再度事情聴取を受ける可能性があると言われた。

 

警察の取調べに応じる義務はないが、一乗寺治くんはこちらが一方的に知っていた。すでに故人として語られる一乗寺賢の兄としての彼しかしらず、小中学校プログラミング大会におけるライバルである。2000年の事故死にいたるまでに幾度も今回のようなことがあるのならば、未然に防ぐことができる気がしたのだ。

 

ジュンは快く引き受けた。真っ先に応じたのは、時間が経過するほど取調べ時間が長くなりやすいので、証言をするつもりなら、なるべく早めに応じてあげる方がいいと父親に言われたからである。

 

ジュンは出版関係の仕事をしている父親に今回の事故について話したのだ。迅速な通報を促したり、ひき逃げ車のナンバーやストーカー行為を警察に証言したりしたことを褒めてもらえた。

 

「えっ、マスコミなの?」

 

名前こそ濁したが、いわゆるパパラッチの類いだろうと父親は暗に伝えた。車種やナンバー、色をジュンが話した時点で心当たりがあるようだ。メディア界隈では悪名だかい人なのかもしれない。

 

一乗寺兄弟は世間で盛り上がっているプログラミングという分野で入賞する天才兄弟だと言われているからだろうと苦い顔をした。著名なプログラマーな父親と天才プログラミング兄弟。しかも兄はジュニアユース候補にも名前が上がるくらい有名な少年であり、プログラミングだけでなく語学も堪能だったり、チェスがうまかったりするものだから天才である。

 

「しかも、高石さんとこと同じで光が丘テロ事件の被害者だからな......。2回も光が丘で起こった事件の最初の被害者で有名人の家族だ。注目が集まるのも無理ないな」

 

「もしかして、お父さんがプログラマーだから疑われてるとか?」

 

「そんなわけないだろう。もしそうならこの程度じゃすまないぞ。光が丘爆弾テロ事件や黒い霧事件の犯人が未だに捕まらないんだから。ただあることないこと書いてる人間もいるんだ」

 

「そっか.......難しいのね」

 

「そうだな.......高石さんは旦那さんがフジテレビ関係者だからうまくかわせたが、一乗寺さんとこはそうもいかないからな.......」

 

「それなら尚更ね。無理をして目撃者として申し出る必要はないけど、一乗寺君達を助けるためにも、事故の全容解明に協力してあげる方がいいに決まってるわ」

 

ジュンはうなずいた。それは決意の表れでもある。そんな話をしている後ろでさっきから電話の応対をしていた母親がジュンを呼んだ。

 

「ジュン、××先生から電話よ」

 

「え?」

 

「恵王の先生から連絡があってね、一乗寺くんのご両親からお礼をしたいって。連絡先聞いてもいいかですって」

 

「へー、すごいじゃないか」

 

「いいわねえ。うちに遊びに来てもらいなさいよ、ジュン。たしか賢くんは大輔と同い年でしょ?勉強教えてもらったらどうかしら」

 

「話が飛びすぎよ、お母さん」

 

事故にあった直後の一乗寺治くんを安心させるためにひと声掛けたのが効いたようだ。ジュンは電話にでた。ジュンは知らなかったのだが、恵王小学校のパソコン部とお台場中学校パソコン部の顧問の先生同士はなんだかんだで付き合いがあるらしい。ジュンは特に考えもせず一度会うことを了承した。受話器ごしのご両親はとても喜んでいるように思う。そして、入院している息子が直接会ってお礼を言いたがっているから、ぜひ来て欲しいといわれたジュンはわかったと返したのだった。

 

 

 

 

 

「あなたが本宮ジュンさんですか?」

 

教えてもらった部屋が空き部屋になっていたものだから、困ったジュンはナースステーションに向かった。その先で一乗寺治くんの入院している部屋を聞こうとしていたら、後ろから話しかけられて驚くのだ。疲れたような顔をしている品が良さそうな女性が立っていた。横の談話室で雑談していた家族がこちらに向かってくるのに気がついた。一乗寺賢くんがジュンのことを覚えていたようで、父親の袖を引いてジュンのことを教えてくれたようだ。

 

「あ、はい、はじめまして。お台場中学校2年、パソコン部部長の本宮ジュンです」

 

「私は一乗寺治の母でございます。この度は事故の目撃者として証言してくださってありがとうございました」

 

深深と女性は頭を下げる。ジュンは首をふる。

 

「一乗寺治の父です、こちらからもお礼を言わせてください。あなたのおかげで犯人が捕まったそうなんです。先日警察の方から連絡がありまして.......。本当にありがとうございました」

 

「捕まったんですか、犯人!よかったです」

 

「さいわい、治も今日ようやく個室から出ることができたんですよ。お伝えした部屋番号が違って申し訳ない」

 

「そうなんですか!よかったですね!」

 

ジュンは早速お土産を渡した。

 

「これ、みなさんで食べてください」

 

よくあるフルーツの盛り合わせだ。

 

「ありがとうございます」

 

「治はこの先の部屋にいますので」

 

「あ、はい。わかりました」

 

ジュンは一乗寺夫妻に連れられて病棟を歩く。突き当たりの右側の部屋だ。他に入院患者はいないようで実質1人部屋である。

 

「治、本宮さんが来てくれたぞ」

 

「入っていい?」

 

「どうぞ」

 

カーテンの向こうから少年の声が聞こえてくる。促されたジュンはカーテンが開かれた先に向かった。

 

「こんにちは」

 

「こんにちは、一乗寺です」

 

入院1ヶ月ということでまだギプスが取れそうにないことはすぐわかる。一乗寺治くんはジュンを見上げてかすかに笑った。

 

「本宮です。よかった、元気そうで」

 

「ほんとうにありがとう。本宮さんが通報してくれと掛け合ってくれたり、僕に話しかけてくれたりしたことは覚えているんだ」

 

「そっか。さっき聞いたんだけど。犯人捕まったらしいじゃない?これでプログラミングに安心して集中出来るわね」

 

傍らにおいてあるノートパソコンや難しそうな専門書の山に視線を向けると治は苦笑いした。

 

「この足だとサッカーもリハビリが長引きそうだからな、返ってよかった」

 

「これは困るわね、力作が出来そうじゃないの」

 

「事故のせいで入賞を逃したなんて言われる訳にはいかないからな」

 

「こっちとしては大歓迎だったんだけどね」

 

「事故の証言してくれたの、本宮さんだけだとしても?」

 

「えっ、嘘でしょ?あれだけ沢山人がいたのに?車に引かれた瞬間を見てないとかありえるの?」

 

「自分の記憶に自信がなくなるか、他の誰かが証言してくれると思いこんで行動できなくなるか、それとも厄介事に巻き込まれたくないか。クラブの連中は僕のために色々話してくれるけど、警察からしたらこっち側だからな。本宮さんみたいな第三者の視点は本当にありがたいんだ」

 

「あー.......なるほどね。私はね、お父さんがマスコミ側だからなおのこと許せなかったのよ。高石さんの担当者なの」

 

「高石奈津子?」

 

「あ、知ってるんだ?」

 

「光が丘テロ事件についてルポタージュに熱心な人だったからな、妙に印象に残ってる。僕らと同い年の子供が2人いるんだっていってた。で、うちにもよく来てたから覚えてるんだ。被害者だから知りたいって気持ちはよくわかる。高山さんはまだ良心的だから話す気にはなるけど他はそうじゃなかったからな」

 

ジュンはいきをはいた。

 

「大人としゃべってるみたいだわ。一乗寺くんてしっかりしてるのね」

 

「よく言われる。でも、本宮さんには言われたくないな」

 

ジュンはなにそれとボヤいたのだった。

 



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50話

「おーい、賢」

 

「あ、遼さん」

 

「今、帰りか?一緒に帰ろうぜ」

 

「うん、いいよ」

 

 

今日は2学期の終業式だった。ピアニカや縦笛、習字道具に絵の具セット。治兄さんのも持って帰らないといけなかった僕は、先週から少しずつ持って帰ったおかげで、今日はなんにもいらなかった。ランドセルだけの僕に、要領いいのは治君に似ているよな、って遼さんは笑った。

 

持って帰るのがめんどくさいという理由で、教科書もノートも資料集も、ロッカーに適当にぶち込んでいるこの人は、いろんなものをギリギリまでもって帰らないせいで、今日も結構な荷物を抱えている。いつもなら治君に手伝ってもらえるのになあ、とぼやきながら、縦笛が突き刺してあるランドセルを揺らしながら、両手がふさがっている遼さんはため息をついている。

 

 

秋山遼さん。治兄さんの幼馴染であり、親友であり、仲良くさせてもらっている人だ。治兄さんと遼さんは、性格が正反対だ。だから、一番のトモダチだっていうと、みんな初めはとっても不思議そうな顔をする。僕もずっと不思議だったから、このあいだ聞いてみた。

 

そしたら、腐れ縁だってためいきをつかれた。治兄さんは素直じゃないからそういうけど、僕は分かる。うれしそうだったから。光が丘から田町に引っ越してきた時にやった挨拶まわりで、近所に住んでいる遼さんと出会ったのが最初らしい。小学校だと、季節外れの転校生は噂になりやすいから、一番初めに情報を提供できた子は、その日いちにち勇者になれる。

 

だから、風のうわさで転校生が来ると聞いていた遼さんは、治兄さんのことだ、と勘付いて、初対面にも関わらず結構いろいろと聞きまくって、遼さんのお母さんに怒られたらしい。治兄さんが転校した初日、すっかり季節外れの転校生の名前と引っ越しの理由がわれてしまい、大騒ぎになったおかげで名乗る手間は省けたがな、と怒っていたことを思い出す。

 

犯人探しは簡単だったと思う。治兄さんは怒ると怖いから。でも、それがきっかけで、もともと面倒見がよくて社交的だった遼さんは、治兄さんと友達になって、家によく遊びに来るようになって、家族ぐるみの付き合いをするようになったから、僕はこれでよかったと思っている。遼さんは一人っ子だからか、弟分ができてうれしいってなにかと僕に構ってくれるから。

 

 

 

「遼さん、今から寄り道してもいい?」

 

「いいぜ、おれもそのつもりだったし。治くんのとこに、お見舞いだろ?」

 

「うん。お母さんが先に行ってるから、今日は車に乗って帰るんだ。遼さんも一緒に帰ろうよ」

 

「らっきー。今日さ、賢のお母さんが来たんだろ?センセんとこに。そんときさ、治君の通信簿渡したくせに、冬休みの宿題渡し忘れたやつがあるって頼まれたんだよ」

 

「そうなんだ。大変だね」

 

「大変なのはそっちだろ。毎日、賢のお母さん、宿題とか提出物取りに来てるじゃん。おれ達に負担になったら悪いからって。賢も大変だよなあ、一人の時も多いんだろ?」

 

「仕方ないよ、兄さん、1か月も入院するんだよ?それにしばらくは通院もしないといけないっていってたし。それまでサッカーやっちゃだめなんだって」

 

「そっかあ、でもやめなくてよかったな」

 

「うん」

 

 

僕は大きくうなずいた。僕がサッカーを好きになった理由は、治兄さんがサッカーをやっていたからだ。全国大会の常連チームに所属する治兄さんの復帰は、クラブチームのみんなが望んでいることだ。それに、将来有望な選手だって、スポーツ雑誌で何度も取り上げられるくらい、兄さんの知名度は全国区で高かった。

 

治兄さんは全然気にしてないみたいだけど、もし治兄さんがサッカーをできなくなってしまったら、僕はあの雑誌記者の人を絶対に許せそうになかった。僕が歩いている道は、治兄さんが歩いてきた道だ。これからも僕は治兄さんが歩いていく道を追いかけていく。ぼんやりと描いた将来図が取り上げられることだけは、絶対に嫌だったから。

 

 

そして僕たちは、すっかり慣れてしまった道のりを経て、治兄さんが入院している病院、そして入院部屋にやってきた。

 

「ぐぅー.......なんだってそういう発想の飛躍になるの.......?シナプスがおかしな方向に繋がってない?やっぱりあれなの?その柔軟性が天才たるゆえんなの?それとも2つの分野から共通項を見いだして新しいものを想像出来る力が驚異的に発達してるの?」

 

「いきなり傑作をひっさげて登場するタイプの天才にだけは言われたくないな」

 

「仕方ないじゃないのよ、お台場小学校にパソコン部はなかったんだから。満を持してよ、天才とは言わないわ」

 

どこか楽しそうな治兄さんの声がする。剃刀のような神経を持った早熟の秀才というイメージがあるらしい遼さんは目を丸くしている。

 

遼さんは治兄さんが大量の本を読んでおり、多岐にわたって綿密な知識をもっていること。すごくむずかしいことを、なんでもないことのようにやってのけること。何をやらせてもほかの者たちを寄せ付けないところがあることを知っている。神童として新聞に取り上げられたこともあるくらい素質に恵まれている治兄さんは、どのような分野に進んでも一家言をなす人物だ。そんな人が声を上げて笑っているのだ。

 

女の子の声がしていよいよ遼さんは固まった。

 

「えっ、治くんのこれ?」

 

小指だされるけど僕は首を振った。というか古いよそれ。

 

「お台場中学校の本宮さん。事故の時治兄さんを助けてくれたんだって」

 

「へー」

 

「プログラミング大会でいっつも競争してるんだって」

 

「あ、お友達?じゃあ帰るわね、一乗寺くん」

 

カーテンから本宮さんが出てきた。

 

「じゃあね、賢君」

 

僕は手を振った。あ、どうも、と軽く会釈して本宮さんを見送っていった遼さんはにやにやしながら兄さんをみる。治兄さんはげという顔をしている。

 

「あのな、遼。世の中には誤解というものはない。考え方の違いがあるだけだ。それが今までの僕の考え方だ。でも訂正する。これは誤解だ。僕にも本宮さんにも失礼だから今すぐその顔をやめろ」

 

治兄さんは頭痛がするのか眉を寄せている。なんとか混乱を鎮めようと努めていた。頭の中で音がするように組み立てていた仮説が崩れる音がしたという顔をしている遼さんに治兄さんは威嚇気味にいう。

 

「ただの友達が何度も見舞いにくるかー?しかも違う学校で、しかも中学の女友達が」

 

「.......あのな、遼。一応言っとくが本宮さんは大学生の彼氏がいるぞ」

 

「片思いかーそっかー」

 

「だから」

 

遼さんはにやにやしている。治兄さんはためいきをついた。

 

情報が積み木だとすれば、情報から推測する仮説は、積み木の城だ。つい先ほどまで、遼さんの頭の中には城ができあがっていた。新しい発見をした時にも、その城が崩れることはなかった。自分の推測は誤っていないと確信している。だから自信満々ににやにやしてるんだなと思った。

 

「賢もいってやれ、違うって」

 

「そうだよ、本宮さんと兄さん、ずっとプログラミングのこと話してるよ」

 

「どれくらい?」

 

「え、ずっと?」

 

「へー」

 

「遼。前から思ってたけど、お前は勝手に作ったフィルターを通してでしか、僕を理解していなかったみたいだな」

 

「心外だな、治くんほど誤解を受ける人はないだろ。だれも君の複雑な性格を見窮めて、その底にある点を拾い上げる人がないから、いろいろなふうに誤解されてるんだ。俺が1番理解してると思うけどな」

 

「その点は感謝してるけど話は別だ。いい加減にしてくれ」

 

 

 

 

 

 

治兄さんは通信講座の問題集を広げて、勉強をしている途中だった。塾で出される問題集も課題も、模試もすべてこなしているのを僕は知っている。来年から名門私立が第一志望の受験生になるっていっていた意味が、よくわかる。

 

もともと模試で上位の常連なのに、勉強しないといけないのだ。どれだけ難関なのか嫌でも分かる。大変だな、って遼さんは見るのも嫌そうな顔をしている。うつむいていた眼鏡をかけ直し、治兄さんはこちらを向いた。ぱたん、と問題集を閉じて、筆記用具を片づけ始める。遼さんがくるといつだって勉強どころじゃなくなる、用意しただけ無駄だってよく知っているからだろう。

 

 

「あれ?お母さんは?」

 

「母さんなら、さっき電話があって出てった。多分、弁護士さんから電話があったんだろ。しばらく帰ってこないと思うぞ」

 

「そうなんだ」

 

「それにしても、今日はどうしたんだ?ずいぶんと来るのが早いな」

 

「おいおい、5年も小学校通ってんのに分からないのかよ、治君。今日は終業式だろ」

 

「ああ、なるほど。だから母さんも来るのが早かったのか」

 

「にっぶいなあ、お前」

 

「うるさいな。数週間もたつと、学校のことなんてあやふやになるに決まってるだろ」

 

「あーあ、同情するぜ、治君。今年は病院で年越しなんだろ?」

 

「まあな。先生から許可が下りなかったんだ、仕方ないだろ」

 

 

治兄さんはため息をついた。そして、二人の会話を聞いていた僕を見る。一人会話に入れなくて、ずっと聞く側に回ることが多い僕を心配して、時々治兄さんは僕に話を振るのだ。不器用だけど、時々見せるその優しさが、どうしようもなく好きだった。

 

 

「今日はどうだった?なにか変なことは無かったか?」

 

「うん、今日は大丈夫だったよ。遼さんと一緒に来たけど、何も無かったよね?」

 

「そーだな、特に変な人は見かけなかったし。あー、そうそう、これ、センセがさ、渡し忘れたから持ってけって言われたんだった。今のうちに渡しとくな、また忘れそうだから」

 

 

そう言って遼さんは両手で抱えていた荷物を乱雑に床に置いて、ぱんぱんのランドセルを開ける。どうやってしまったらここまで収納できるのか謎だ。どこに何があるのかわからない魔窟から、すっかり織り目がついているファイルを取り出し、遼さんはプリントを一枚兄さんに渡した。

 

お礼を言って受け取った治兄さんは、学校からもらった宿題が入っている田町小学校のファイルに丁寧にしまった。しまい方ひとつで性格が出るなあ、と僕は思った。遼さんは荷物を隅の方に押しやって、いつもは母さんが座っている丸椅子に腰かけた。僕も椅子を持ってきて座る。飲むか?って言われたジュースを僕らももらうことにした、

 

 

「年越しもここなんて可哀想だしさ、啓太とか祐樹連れて、また遊びに来てやるよ」

 

「ゲームも漫画もDVDも完備してるからって、入り浸るのやめろ、馬鹿。勉強やれよ、受験生だろ、お前ら」

 

「おれは無難に公立受けるからいいんだよ、まだ。冬休みの宿題は初日で済ませる派の人がいうかよ、それ」

 

「いい加減、僕をあてにするの止めたらどうだ」

 

「え、いやですけど」

 

「おまえな、いいかげん・・・・・・・ああもういい。入り浸りはじめたら、ナースコール呼んでやるから覚悟しろ」

 

「おいばかやめろ」

 

 

僕は思わず笑ってしまった。

 

 

「そういえばさ、ここって何時に消灯なんだっけ?」

 

「9時半消灯だけど、9時には見回りに来る」

 

「テレビも見れないのかー、つまんないな」

 

「ゲームなら布団かぶってみれば大丈夫だろ」

 

「もったいないなあ、せっかくの年越しなのに。おれはお父さんとお母さんが自治会の役員だから、近くのお寺の手伝いに行ってていないんだよ。だから一人で好き勝手できるんだぜ。父さんのパソコンでネットでもしてよっかなー」

 

「またチャットのしすぎで電話代がバカ高くなっても知らないぞ」

 

「大丈夫だよ、ISDN入ったから。もうこれでいくらネットやっても怒られない!」

 

「遼さんの家、やっとはいったんだ?」

 

「そうなんだよ、賢。今までありがとなー、ホント助かったよ、ふたりとも」

 

 

僕達は笑った。

 

僕の父さんは、プログラマーとして働いている。だから、新しいパソコンが出るとすぐに買ってきて、いろいろと試すのが好きな人だった。そして、その影響を幼いころから受けていた僕たちは、他の人よりほんの少しだけパソコンを使うのが上手だった。

 

兄さんと一緒にちょっとしたプログラムを組むのが好きだった。母さんは、僕たちがプログラムを組むのは難しいのじゃないか、って最初は反対していたのだけど、兄さんは違った。プログラムを組むのに必要なのは難しい本を読んで理解することじゃなくて、どういうプログラムを作りたいのかっていう気持ちだっていった。

 

どんなことが書いてあるのか分からなくても、どうすればいいのかなんて、日本語が読めればだいたいわかる。難しい文字を打ち込まなくたって、パソコンはコピーとペーストがある。それっぽく工夫するのはいくらでもできる。自分がどういうプログラムを作っているのかなんて、わからなくてもいい。

 

これをこうすれば、こういうプログラムができる。ぼんやりと分かれば適当にやってればそのうち出来る。頭の柔らかさは大人より子供の方が上だ。その後から勉強すればいいって。僕達がやっているのは遊びなのだから、勉強しないとできない遊びなんて、この世には存在しないのだって笑った。その年の治兄さんの誕生日に、僕たちの部屋にはちょっと古いパソコンがやってきた。

 

それからますます僕たちはプログラムに夢中になった。僕は治兄さんよりハマった。勉強とサッカーで時間があんまりない治兄さんよりも、僕は時間があったから、費やせる時間がたくさんあった。手をかければかけるだけ、複雑で面白いものが出来たから、インターネットで検索して、面白そうなゲームを見つけては、フリーソフトで作ったりした。

 

それをみた遼さんが面白がって、よく家に遊びに来るようになったのも、仲良くなるきっかけだったと思う。気付いたら、この分野に関しては治兄さんより僕の方が得意分野になっていた。治兄さんはがんばって僕を追い越そうと、父さんの書斎から難しい専門書を持ってきて、それを頼りに難しいプログラムを組むようになった。僕は治兄さんと張り合えるのが楽しくて、ますますのめり込んだ。

 

 

中学校に行ったら、コンクールに送ってみよう、って治兄さんと話をするのが僕の今の楽しみだった。

 

 

遼さんが僕たちの家に遊びに来る理由の一つが、僕達の作ったゲームができることと、パソコンでインターネットができる、ということだった。もちろん、パソコンをしに遼さんが家に遊びに来ているとバレでもしたら、遼さんが怒られるので、僕たちはずっと黙っていた。週に一度、友達とチャットをするのにハマっている遼さんは、勝手にお父さんのパソコンを使っては怒られていたから。

 

 

「そうか、遼の家もネットにつながったんだな」

 

「そうなんだよー、今度のチャットが楽しみだなあ。大晦日にする予定なんだ」

 

「へー、そうなんだ。ねえ、僕も参加してもいい?」

 

「もっちろん、いいぜ。あ、ハンドルネーム考えとけよ?本名はダメだよ、めんどくさいことになるし」

 

「わかった、考えとく」

 

「治君もどーだ?」

 

「だから9時には消灯だって言ってるだろ」

 

「え、でもさっき、ゲームならセーフって言ってたじゃん。ノーパソなら行けるんじゃ?」

 

 

ちら、と向かう視線の先には、父さんが治兄さんにあげたノートパソコンがある。インターネットにつながっていることを遼さんは知っているのだ。ちなみにここの個室はネットはOKだ。

 

 

「こっそりならいいんじゃない?兄さん」

 

「おい、遼。おまえ、賢に何ふきこんだ」

 

「なんだよそれー、濡れ衣にも程があるだろ、治君!ひどすぎないか!?」

 

「ちがうよ、兄さん。だって、兄さんも参加したら、一緒に年越しできるでしょ?」

 

 

僕の言葉に、治兄さんは、あー、と言葉を濁して、苦笑いした。そういうことか、とつぶやいて。いくらお見舞いに行ったとしても、面会が許されている時間は限りがあって、やっぱり寂しかったんだ。僕は。しかもお母さんが毎日治兄さんの世話に追われて、家にあんまりいない時が増えていることを気にしている。

 

年越しの日くらいは賢にかまってやれよって、無理やり約束させたことを僕は知っている。ごめんねってお母さんにいきなり謝られたから、どうして?って聞いたらお母さんが教えてくれたのだ。僕はたまらなかった。

 

だって、それじゃあ、大晦日の日、治兄さんは病院にひとりぼっちになるじゃないか。ぶっちゃけてしまった僕に、治兄さんはバツが悪い顔をしてそっぽ向いてしまった。治兄さんはいつもそうだ。相変わらず素直じゃないなあ、治君は、って遼さんは笑った。うるさいばか、と治兄さんはぼやいた。

 

 

「わかったよ。大晦日にチャットするんだな?寝落ちするなよ?」

 

 

1999年12月31日。

これが遼さんの最初の冒険になるだなんて、僕たちはこの時、思いもしなかったんだ。

 

 

 



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51話

今思えば一乗寺治くんがこのタイミングで、交通事故により長期入院するなんて。何かしら底意地の悪いものが偶然という顔をして秘められているようでもあった。冷静になって考えてみれば、その違和感はまるで靴の中の小石のようでもある。ジュンにははっきりとそれを感じ取ることができた。不吉な悪魔の仕業でもあるように嫌な予感にゆすぶられる。

 

「え、今なんて?嘘でしょう?」

 

ジュンの言葉にゲンナイさんはまた繰り返した。

 

「気持ちはわかる。わかるが落ち着いてくれんか、ジュン。何度も言うようにわしらはまだ2000年問題に手一杯で、選ばれし子供たちをデジタルワールドに迎えられる体制は整っておらんのじゃよ」

 

「嘘、え、でも光子郎くんはゲンナイさんから招待状がきたって。え?え?」

 

「わしらが忙しかったのは知っておるだろう?」

 

「うん、うん、だから私はてっきりゲンナイさんからのサプライズじゃないかって思って......!」

 

それは何気ない世間話だった。デジタルワールドで新年が迎えられるってことは、現実世界とデジタルワールドの時間の流れがだいぶ同じになってきたんだろうとジュンはいったのだ。ジュンから受取ったプログラムを四聖獣たちに渡す手続きに入っていたゲンナイはきょとんとした顔でいったのだ。いきなりなんの話じゃと。

 

その瞬間に空気が凍るのがわかった。老人の目が鋭くなり、どういう意味か聞いてくる。ジュンは稲妻のような予感にハッとする。嫌な予感が、不安な予感が、隙間風のように吹き込んでくる。嫌な予感が背筋を冷たく流れる。あきらかに雲行きが怪しい。

 

ひどく嫌な予感がした。心臓が喉もとまでせりあがってきた。何かが間違っている。何かまずいことが持ちあがろうとしている。何かよくないことが迫りつつある気がする。不吉な予感が暗い雲のように地平線に姿を見せていた。

 

「そんな、嘘でしょう」

 

ジュンは繰り返すことしか出来ない。それだけ「知らない」という言葉には不吉な響きが含まれていた。ジュンの耳はその微かな響きを、遠くの雷鳴を聞くときのように感知することができた。遠まわしな死の気配が漂っている。静かで緩慢な、しかし逃れようのない死だ。あたりの空気にはどことなくあぶなっかしい気配が漂っている。

 

「約束してないってどういうことですか?私もこうやってメールが......」

 

「なんじゃと!?見せてくれんか?」

 

「は、はい」

 

訳の分からないままジュンはメールをゲンナイに開示した。ゲンナイの表情が険しくなる。

 

「アドレスが違う」

 

「えっ」

 

「見てもらえんか。よく似ているがこれは違う。特に末尾が。このアドレスは1999年12月31日までのデジタルワールドからじゃ。デジタルワールドは100年ごとにバックアップをとっておる。いわばデバック空間、ミラーワールド、そこから送り付けられておるんじゃ!」

 

ジュンは血の気がひいた。今占い師がいたら信じてしまうほど土壇場に追い詰められている。

 

「待ってよ、待ってよ、ねえ。それじゃあ太一くんたちは一体誰に呼ばれたの!?」

 

ジュンは頭が真っ白になった。なにか、なにか大切なことを忘れてしまっていたのかと、激しく動揺してパニック状態になる。くるとわかっていたはずのなにかを回避できずに危険に晒したのではないだろうかと、二度ならず三度までも同じ過ちを繰り返したのではないか、とぐるぐるになる。

 

「落ち着かんか!とにかくわしはバックアップ空間を管理しておるデジモンたちに聞いてみる。ジュンは太一たちに連絡をいれてみてくれんか。時は一刻を争うぞ!」

 

「は、はいっ!」

 

ジュンは大慌てで部屋から出ると電話の受話器をとる。祈るような気持ちで太一を皮切りに選ばれし子供たちの家に電話をかけることにしたのだった。

 

太一と光は両親にデジタルワールドやデジモンについて夏休みの間に説明が終わっていたようで、明日の夕方までは泊まると告げていたようだ。両親は2日に初詣にいくからそれまでには帰ってこいといったらしい。

 

光子郎、ミミ、空も同様。そりゃそうだ、みんな4ヶ月ぶりにパートナーデジモンやデジタルワールドの仲間たちと会うことを誰よりも楽しみにしていたのだから。ヤマトとタケルも親を説得出来ていたらしい。

 

最後の望みの綱だった受験生の丈だったが、ダメだった。大学の医学部に入るためダブルスクールや勉強漬けだったために、家族からゴマモンたちにあってこいと背中を押したらしいのだ。たまには息抜きしないと潰れると。1泊2日くらい大丈夫だと。気持ちはわかる、気持ちはわかるがジュンは受話器を置くなりため息をつくしかなかった。

 

「なんて悪質なのよ、よりによってこのタイミングで!」

 

ジュンは部屋に走った。そしてゲンナイさんに伝えるのだ、ダメだったと。2000年問題の対応におわれているデジタルワールド側を完全に把握し、選ばれし子供たちの会いたい気持ちに漬け込んだあまりにも悪質な罠である。

 

「やはり調べてみたんじゃが、このメールに添付されたアドレスはミラーワールドに繋がるデジタルゲートじゃ」

 

「じゃあやっぱり誰かがミラーワールドから選ばれし子供たちに?ゲンナイさんにみせかけて?いったい誰がこんなことを?」

 

「わからん、わからんのじゃが、このミラーワールドにアクセスできんことがわかった。内側からアクセスコードが書き換えられていてエラーがでるそうじゃ」

 

「そんなっ。じゃあ、じゃあ、アグモンたちは!?」

 

「それが......」

 

ジュンは愕然とした。ゲンナイさんが迎えに来たというのだ。正しくはゲンナイさんを語る何者かがアグモンたちを言葉巧みに誘導して拉致したのだという。おそらくはエージェントの誰かだろうという。

 

「ジュンも知ってのとおり、わしはダークマスターズに感染させられた暗黒の球の除去をしないままエージェントを複製した。時間が無かったからじゃ。ゆえにゲンナイのかくれがから出ることができん。わしの名を語った誰かはエージェントの1人じゃろうが、おそらく外に出たんじゃ」

 

「なんらかの理由で」

 

「そう、太一たちを誘導したメールのように」

 

「誰かは特定出来たんですか?」

 

「ああ、ベンジャミンじゃ」

 

「ベンジャミン......フランクリン?」

 

「そうじゃな、わしらは世界中の発明家から名前がとられておる。平賀源内から取られているわしのようにな」

 

立派な白ひげを弄りながらゲンナイさんはいった。ホメオスタシスに仕えている自律エージェントの生き残りの1人である、唯一のオリジナルということで統括なり代表なりの役割をおっているようだ。

 

「ホメオスタシスはなんて?」

 

ゲンナイさんは首をふる。

 

「ホメオスタシス様によると外部からの攻撃ではないそうじゃ」

 

「ファイヤーウォールの向こう側から来たわけじゃないわけね」

 

「うむ、考えられるのは未来、もしくは過去からの攻撃じゃ」

 

「同じデジタルワールドでも時代によって生きているデジモンが違うもんね......」

 

ホメオスタシスは別名「デジタルワールドの安定を望む者」とも呼ばれている。太一たちを選ばれし子どもたちに選んだ張本人であり、デジモンたちと同じくネット上のデータとして出来ているが自身の肉体を持つことが出来ない。

 

ゆえにゲンナイのような自律エージェントを生み出した。ゲンナイの正体はホメオスタシスから生み出された自律エージェントになる。

 

ホメオスタシスの正体はデジタルワールドのセキュリティシステム。デジタルワールドの安定や繁栄の為、光と闇のバランスを監視している存在だ。

 

ホメオスタシスは英語ではhomeostasisと書き、日本語で恒常性を意味する。恒常性とは生物などが持っている重要な性質であり、生体の状態が一定に保たれる性質やその状態のことを言う。そのため健康を定義している重要な要素の1つでもある。

 

自律エージェントとはなんらかの環境に置かれているシステムのことを指し、その環境を感知、内的方針に従って行動をする存在だ。内的方針とはプログラムされた目的、もしくは衝動になる。環境に変化を与えるように行動して、それにより後に感知された環境に影響を与える。

 

よってホメオスタシスやゲンナイが感知できないということは、ホメオスタシスと同じ存在、もしくは上位存在からのハッキングによるものだと思われる。

 

「ジュン、お前さんに心当たりはないかのう?」

 

ジュンは首を振った。

 

「たしかに私は未来のデジタルワールドのセキュリティシステムの仕事をしていたけど、末端の末端だし、新人だったもの。セキュリティクリアランス的に開示されてない情報だわ」

 

「ふうむ......」

 

ゲンナイさんは考え込んでしまう。

 

「緊急事態じゃ、止むを得まい。こちらに来てくれんか、ジュン。君にしか頼めないことじゃ」

 

「なんですか?」

 

「これからクラヴィスエンジェモンにゲートを開けてもらう」

 

「えっ、ミラーワールドにアクセスは出来ないんじゃ?」

 

「今のミラーワールドは無理じゃが、別の時間軸からアクセスすることは可能なはずじゃ。クロックモンにお願いして、選ばれし子供たちを引き止めて欲しい。わしはここから出られん以上、実体があるベンジャミンの方が説得力があるからのう。お前さんもいてくれた方が太一たちもわかってくれるはずじゃ」

 

「わかりました!」

 

「よし、ホメオスタシス様から許可がでたようじゃ。パソコンを一時的にゲートに繋げるからデジヴァイスをかかげてくれ」

 

「了解です」

 

「キーワードは音声入力じゃ」

 

提示されたパスワードをみて、ジュンは目を輝かせた。デジヴァイスをかかげて、ジュンは叫ぶのだ。

 

「デジタルゲートオープン」

 

鮮やかな光がノートパソコンから放たれる。ジュンはあまりの眩しさに目を瞑る。ジュンの体は0と1のデータに分解され、デジタルゲートをくぐってゲンナイさんの隠れ家に転送されたのだった。

 

 



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52話

ポキュパモンとは、レッドデータデジモン1種に分類される絶滅が危惧されている希少デジモンである。もともとダークエリアに生息している種ではなかったが、多種族デジモンに追いやられてはダークエリアに生息しているという悲しい生い立ちがあるデジモンだ。

 

ボディは特殊なレザー素材で覆われており、この邪悪ないでたちのスーツは最も生存競争が激しいダークエリアで生きていくための擬態のためと思われる。

 

スーツの所々からトゲや刃物が突き破って出ているので本体はスキンシップ取りにくそうなデジモンだ。必殺技は鋭い体毛で敵を突き刺す『マッドネスブローチ』と刃物状の爪で切りつける『スラップアンドリップ』。

 

名前はヤマアラシの英名「ポーキュパイン」から来てると思われるがスーツの一部から出ているトゲぐらいしか共通点がなく、どちらかと言えば熊に似ている。

 

そうジュンは分析してくれたことをポキュパモンは思い出す。闇貴族の館の主として、ウィルス種しか入ることが出来ないエリアの守護デジモンに収まってから長いことたつ。バケモンたちは相変わらず好き勝手しながらポキュパモンに抹殺と再生というお仕置きを受けない程度に見張りなどの仕事をこなしていた。

 

はじまりの街はファイル島の中心にして1番のにぎやかさを誇るまで復興し、ポキュパモン御用達の肉畑は1日3から5個の極上肉をオーバーデール墓地でしか手に入らないアイテムと物々交換してくれるから助かっていた。

 

「おや、珍しいお客様ですね」

 

ポキュパモンは顔を上げた。選ばれし子供たちのパートナーデジモンたちはいずれもデータ種かワクチン種のため闇貴族の館に入ることが出来ない。ポキュパモンに用事がある時はいつも肉畑の管理人であるベジーモンたちに言付けるか、直接はじまりの街にくるポキュパモンを待つかのどちらかだった。

 

平和になったデジタルワールドにおいて、わざわざ闇貴族の館を尋ねてくるデジモンなんて滅多にいないのだ。

 

ポキュパモンはゆっくりと歩き出す。

 

張り裂けたラバーからは針をもつ哺乳類型デジモンがのぞくが、太一たちは誰も脱がせようとはしなかった。

 

ポキュパモンが他人事のように自身の性質を説明したからだ。外敵から身を守るために針を用いる自分は、積極的に外敵に攻撃をしかける攻撃的な性質をもつ。相手を威嚇するだけでなく、頻繁に針を逆立てて突進するのだ。針毛は硬く、その強度はゴム製長靴を貫く程であり、相手の柔らかい口内や内臓を突き破り感染症や疾患を引き起こさせ、場合によっては死亡させる。

 

この為、大型のデジモンでもポキュパモンを襲うケースは少ない。白黒まだらの目だつ模様をしているのだ。スズメバチの腹の黄黒まだらの模様と同じく、警告色の役割をしている針が見えているのに、うかつに近づくから悪いのだ、と。

 

ヤマアラシのジレンマみたいなデジモンだなと言われて心底心外ですねえとポキュパモンは思ったものだ。

 

それはドイツの哲学者ショーペンハウアーの寓話である。

 

ある寒い日、2匹のヤマアラシが、お互いに身を寄せ合って温め合おうとしたが、近づきすぎると全身の針が相手に刺さって傷つけてしまう。

 

かといって、離れると今度は凍えてしまう。2匹は近づいたり離れたりを繰り返して、最後は互いに傷つけ合わず暖もとれる最適な距離を見つけた。

 

このショーペンハウアーの寓話を、心理学者のフロイトや精神分析医のべラックが引用し、「ヤマアラシのジレンマ」は人間関係にたとえられるようになった。

 

ようするに、相手に近づきすぎるか、距離をおきすぎるか、いずれにせよ他者と適切な距離をとるのが苦手だと遠回しにディスられたのだ。いい気はしない。

 

しかも、ポキュパモン自身、選ばれし子供となったジュンの精神性の反映。ポキュパモン自身の性質を掛け合わせて進化経路をホメオスタシスに著しく制限する代わりにデジタルワールドに受け入れてもらった経緯がある。望んだ姿ではないのだ。どんな姿であれジュンのパートナーになるという望みがかなったからどうでもいいが。

 

ジュンはジュンで後天的にもう一人の自分となったポキュパモンをみて、コミュ障の現われかと地味にショックを受けていたのは笑える。他者と適切な距離をはかることが極端に苦手だと自負するジュンだが、それは前世の性質が大きい。今のジュンには幼少期の親子関係が影響しているわけではないのだ。

 

「でもね、ポキュパモン。アタシはさすがにここまで、もっと愛されたかった願望はないわよ......。思い残しを抱えているのは、ポキュパモンの方よね?もらえなかった愛情を他者に求めて、距離を詰めすぎてしまうのはまさにそれだわ、うん」

 

「好き勝手に考察されても困るのですがねえ。どう足掻いてももう一人の本宮ジュンはワタクシですので」

 

「やめて」

 

「本当はもっと親しくなりたいのに、近づくのが怖い。相手を傷つけてしまうかもしれないから怖い。だから先に知りたい。どうしてもうまく付き合うことができないから、人間関係のモデルをみつけてはどんどん吸収する。だが本質は変わらない」

 

「やーめーてーまじで鳥肌がたったんだけど」

 

「喧嘩をうったのはあなただ」

 

「不毛な争いだったわね......悲劇しかうまないからやめましょ」

 

そんな雑談が酷く懐かしいのはまだジュンが来ないからだ。驚くようなことをズケズケと言ったり、それでいてキメ細やかな心遣いを示していたりするのは、今のところジュンだけでいいとふんでいる。それを人間は寂しいというのだがポキュパモンはおそらく一生認めない。

 

思考が途切れたのは、来訪者の気配が玄関先から移動したからだ。

 

「おや?」

 

玄関ではない、物音は地下から聞こえてくるではないか。

 

「まいりましたね、異次元に繋がるゲートがひらいたということは、こちらに侵食しようとするなにかがいるということだ」

 

ポキュパモンの周囲に成長期らしからぬ威圧めいた球体が複数出現する。ポキュパモンが動く度に死角をガードするように動いていく。

 

「やめておいた方が身のためぞ」

 

「それは脅しですか?」

 

「事実だ」

 

ポキュパモンの視線の先には羊によく似たデジモンがいた。

 

「アナタはたしかパジラモンでしたか。遠路はるばるこんなエリアになんの御用です?」

 

そこにいたのは四聖獣に3体ずつ振り分けられた十二神デジモンの1体で、羊に似た姿の完全体デジモンである。四聖獣デジモンであるスーツェーモンの配下にして、夢の世界を支配する実力者。他のデーヴァと親しむことは無く、常に冷静で自分の考えを変えない。

 

デーヴァの中でも特に秘密が多く、その実像は明かされず、別名、闇のデーヴァと呼ばれている。性格は冷酷で、他者を思いやる気持ちは無い。片時も手放さない宝弓(パオゴン)で打ち出す光の矢は、相手を気絶させる力がある。必殺技は特製の矢によって、相手を覚めない悪夢の世界に封じ込める『ヴァフニジュヴァーラ』。念の力で対抗できるのは、デーヴァの中ではクンビラモンのみ。

 

あいかわらずの愛想の欠けらも無い様子でパジラモンはいうのだ。

 

「黙示録の成れの果て、貴様には2つの道がある」

 

「なんでしょうか?」

 

「デジタルワールドは人間の心に影響をうけて、歴史ごと変化する異世界だと知っているだろう。誰かがデジモンを想像すれば、実際にデジタルワールドに生まれるのだ」

 

「ロイヤルナイツのデュークモンのように?」

 

「うむ。新しく生まれたならまだ容易い。昔からいたと想像されたらば、矛盾がないように歴史は改変されて、そう思うようにできている」

 

「デュークモンがロイヤルナイツに所属してると想像したから、昔からロイヤルナイツがあってデュークモンが所属していると歴史が初めからあるように改変されるわけですね」

 

「いかにも。ゆえに我らは記憶するのだ。それが仕事だ。四聖獣様から授かったお役目だ」

 

「何が起きているのか、わからなくなったら困りますからね。で、2つの道というのは?」

 

「貴様には2つの道がある。選ばれし子供たちが起こした忌々しい歴史改変の恩恵を預かるか、本来のデジタルモンスターとなるかだ」

 

「ああ、なるほど。一応聞いてはくださるのですね。ジュンは選ばれし子供である前にテイマーですからどちらでも構わないわけだ」

 

パジラモンは鼻を鳴らした。

 

今は複数あるデジタルワールドも歴史をたどれば一つの世界にたどりつく。その一番最初に作られた世界でのお話だ。世界で一番最初に作られたパソコン、エニアックを自称する存在がホメオスタシスの前身として存在していた。

 

5人の子供がデジタルワールドに召喚され、「非進化」と「進化」の概念の争いに巻きこまれた。5人の子供たちは「進化」の概念に味方して勝利をおさめ、ダイノ古代境に碑文を残し、帰還した。四聖獣が「非進化」の概念を封印する楔となり、世界は安定した。そして世界は複数に分岐していくことになる。

 

このときは紋章なんて概念はなかった。紋章は1999年に生まれた概念だ。それだけではない。パートナーという概念が生まれたのもそのころだ。

 

「俺はパートナーという概念が嫌いだ。四聖獣様はそのせいでダークマスターズ相手に苦戦するほどの弱体化を強いられた。ホメオスタシスは勝手だ」

 

「テイマーと相棒だったのですね」

 

「貴様になにがわかる。弱体化を強いられた貴様になにが」

 

「主が納得しているならば口を出すべきではないのでは?」

 

パジラモンはポキュパモンを睨みつける。

 

ひとつのデジタマが現実世界の光が丘に召喚される運命的なアクシデントがあり、急速な進化を促す力が発見された。パロットモンの持ち帰ったデータから、子供の精神的特質が急速な進化を促す可能性をもっていることが判明する。

 

やがて時は流れ、その子供と特殊な繋がりをもつデジモンが出現した。そのデジモンは、デジタルワールド内の過剰な闇や光を駆逐する性質があり、子供はパートナーと呼称されるようになる。ホメオスタシスは心の動きを伝える装置としてデジヴァイスを作り、増幅器兼リミッターとして紋章を作った。

 

問題はここからだ。光の紋章はデジタルワールドにもともとあった力だ。急速なのが特殊なだけで、昔から進化を促す力なんてのはたくさんあった。デジメンタルなどがあげられるが、生命、進化、美しさ、真実、いろんな言葉で呼ばれていたが生命の源の総称であることはかわらない。ホメオスタシスがその特質を光と名付けた。

 

その力が使える人間を選ばれし子供と定義した。選ばれし子供が世界を救うために召喚されると定義した。ホメオスタシスの定義はデジタルワールドすべてに反映されるのだ。もちろん歴史は改変されて、四聖獣の相方は初代の選ばれし子供になる。

 

その結果、選ばれし子供が冒険したことになった。歴史は改変され、意識は変化する。当たり前になる。幾度かの危機はそうやって乗り越えられてきた。パートナーと離れ離れになったパートナーデジモンは弱体化する不都合が生まれ、四聖獣にまで適応されてしまった。全ては8つの紋章を司るとあとから定義されてしまったからにほかならない。

 

おかげで四聖獣はかつてより大分力が落ちている。急速な進化は選ばれし子供たちには切り札たり得る。だがパートナーがいない究極体である四聖獣たちには足枷にすぎない。

 

「スーツェーモンはなんと?」

 

パジラモンは沈黙する。

 

「ワタクシは嬉しいですよ。ジュンがいなければここまでの境地に辿りつけなかった証明になるのだから。いずれ別れる日がくるとしても、二度と会えない日がくるとしても。ジュンと会えたのは運命だった、もうひとりの自分という特殊な繋がりは永遠だ。次でも必ず会える契約となる訳ですからね。デジモンと人間はどうしたって越えられない寿命という壁がある。それを打破できるのはテイマーではない、選ばれし子供だけだ」

 

「俺には到底わかりたくもない境地だ」

 

「アナタの意見などどうでもよろしい。ワタクシは一般論と意見を言っただけのこと。デジタルモンスターとパートナーデジモンの溝など今に始まったことではない。不毛な争いはここまでにいたしましょう。つまり、ワタクシは新たな力が得られるというわけですね。それも緊急に対処しなければならない案件がある。ならば選ばれし子供のパートナーデジモンとしての力以外選択肢はないはずだ。違いますか?」

 

パジラモンは舌打ちをした。

 

「こい」

 

その一言と共に強い風で体が横様に煽られたかと思うと、一瞬でその閃光の中に自分の全身がさらけ出される。ポキュパモンは目を細めた。

 

光が揺れるたびに、炎の反射を煌かせるなにかが向こう側にいるのがわかる。たくさんの炎が互いに輝きを交わしながらまばゆく揺れる。あかあかと燃え上がってあたりは光明昼のごとく真っ赤に照った。

 

大きな真っ赤な火がそこにはあった。その黒いけむりは高く天をも焦こがしそうな勢いで立ちのぼる。ルビーよりも赤くすきとおり、リチウムよりもうつくしく酔よったようになって、その火は燃えていた。

 

真赤な火柱が竜のように立ち昇る。明るい玉が周りをかこい、その中心にいる火体に無数の目玉が見えた。稲妻のような炎が鳥の形だと知るのは容易なことではないだろう。

 

咆哮をするだけで炎が突っ立ち、夜の空が朱と金色に染まる。デジコアがポキュパモンに差し出された。ポキュパモンは笑った。

 

「タグはなくてもよろしいので?」

 

「ゲンナイから受け取れ」

 

ポキュパモンは肩をすくめるとデジコアを受け取る。

 

次の瞬間には一面田園風景が広がっていたのだった。

 



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53話

気が付いたら、僕は熱帯雨林に倒れていた。

 

 

「ケン、ケン、ケンってば」

 

 

目の前には、黄緑色をした大きな芋虫がいた。うわあああって声を上げて飛び起きた僕は、あわてて後ずさった。

 

 

「な、な、な、なんなの、きみ!・・・・・・ど、どこ、ここ?」

 

「ボクはワームモンだよ。キミはケンだろ?まってたよ」

 

「ま、待ってた・・・・・・?ワームモン・・・・・・これって、ユメなの?」

 

「ちがうちがう、これはユメじゃないよ!ここはデジタルワールド。ゲームやパソコンやキカイの中にあるネットワークのなかの世界だよ」

 

「はあ?」

 

 

意味の解らない単語をならべたてられて、僕は眉をひそめるしかなかった。そんな僕を尻目に、ワームモンは誇らしそうに胸を張る。

 

 

「知ってるよ、キミが選ばれし子供ってやつだろ。

 それで、ボクはそのパートナーってこともね。これからよろしく」

 

「うーん・・・・・・ここがへんな場所だってことはわかったよ。でもいきなり、キカイのなかの世界っていわれてのなあ・・・・・・そうだ、さっき、パソコンからこれがでてきたんだけど、これってなんなの?なんで僕はこんなところにいるの?」

 

 

僕の問いかけに、ワームモンは言った。

 

 

「ケン、きみは選ばれし子供なんだ」

 

「えらばれしこども?」

 

「この世界を救うために、呼ばれた子供なんだ」

 

「えええっ!?」

 

「ボクも驚いてるんだけどね、ホントはもっと後だって聞いてたからさ。でも、仕方ないんだ。キミ以外の選ばれし子供は、みんな、悪い奴に捕まっちゃったんだ」

 

「ぼ、僕以外にもいるのかい?」

 

「うん、いるよ。8にん。その子たちがこの世界を救ったはずだったんだ。でも、なかったことになっちゃった。おかげでケン以外に呼べる子供がいなかったんだよ」

 

「なかったことになったって、どういうこと?」

 

「それはボクたちが聞きたいよ。だって、気が付いたら、子供たちが倒したはずの敵がみんな生き返ってるんだから。しかも、また攻めてきたんだから。死んじゃったはずの仲間たちも生き返ってる、っていうか、死んだこと覚えてないんだよ。まるでなかったことになってる」

 

「えええっ!?」

 

「選ばれし子供のパートナーたちも、今まで戦った経験がなかったことになってるせいで、とっても弱くなっちゃったんだ。選ばれし子供がいないと、ボクたちは進化、えーっと、強くなれないんだ。戦えないんだ。ボクたちは傍にいないと。とくべつだからね。だから、もう一度選ばれし子供たちを呼んだんだけど、合流する前に敵に捕まっちゃったんだよ」

 

「え?でも、一回、戦って勝った相手じゃないの?どうして逃げられなかったのさ?」

 

「選ばれし子供たちとパートナーを捕まえたやつは、その時にはいなかったやつなんだ。みたことない、あんなやついなかったって、生き残ったデジモンたちは言ってるよ」

 

「じゃあ、そいつが犯人ってこと?」

 

「うん、そうだと思う。子供たちもデジモン達も、そいつに連れて行かれちゃったんだ。だから、ケン、みんなを助けに行こうよ」

 

「助けに行くって言われてもなあ、これからどうすればいいの?」

 

「それはこれから案内する村で聞いてよ。ついこの間まで寝てたボクより、あの人の方が詳しいから」

 

 

案内するから連れて行ってくれ、と持ち運ぶことを当然のように要求してきたワームモンは、治兄さんにいろんなことをしてもらえるのが当たり前になっている僕とどこか重なって見えた。

 

ワームモンと共に先を進むと、バリケードが張り巡らされ、ロボットみたいな生きものが見張りをしている村が見えてきた。デジヴァイスを見るとあっさり通してくれた。ワームモンの言うとおり、この機械は選ばれし子供の証明書みたいなものらしい。

 

その先で、僕は人間だけど人間じゃない、良く分からない老人と出会った。その人はゲンナイというらしい。このはじまりの村の村長をしているらしかった。

 

 

「よくぞきてくれた、えらばれしコドモよ。ワームモンから話は聞いておると思うが、ワシからもあらためて説明をさせてもらう。どうやらこの世界は、かつて世界を救った選ばれし子供たちの冒険がなかったことになり、時間が巻き戻ってしまっておるんじゃ。まるでゲームをリセットしてニューゲームを初めて、今までのクリアデータを上書きするような感じかの。つまり選ばれし子どもとデジモン達を攫った敵は、時間を操れるというわけじゃ。正体まではまだつかめておらん。ただとんでもなくつよいデジモンじゃということだけは分かっておる。そやつは、復活させた敵を配下にして、世界を征服しようとしておる。どうか力を貸してくれんかの」

 

「あの、もしかして、僕だけなんですか?その子供たちって、8人もいたんですよね?8人でやっと倒せた敵を、僕だけって無理ですよ」

 

「大丈夫だよ、ケン。ボクとケンならあっという間に倒せるさ」

 

「ワームモンは相変わらず自信過剰じゃのう。大丈夫、心配いらん。さいわい、おまえさんのトモダチも選ばれしコドモの素質があるとわかったんじゃ。ふたりでがんばってくれい」

 

「友達・・・・・・もしかして、遼さん?!」

 

 

僕が声をあげると、ゲンナイさんに連れてこられた遼さんがそこにいた。どうやら遼さんも連れてこられたらしい。でも、遼さんにはデジモンがいなかった。

 

 

「ゲンナイさん、遼さんにはデジモンがいないんですか?」

 

「選ばれし子供の素質があるといったじゃろう。遼には、どんなデジモンとも仲良くなれる才能があることが分かったんじゃ。わしらは、そういう子供をテイマーと呼んでおる。ケンたちの世界には、テイマーの才能をもった子供が見つけられんかったので、選ばれし子供という、絆によって特定のパートナーを強くする力を持っておる英雄の力を借りることにしたんじゃよ。似て非なる力じゃが、どちらも選ばれし子供には変わりない。遼には特定のパートナーがおらんでな、今回は難を逃れた選ばれし子供のパートナーとコンビを組んでもらおうと思っての」

 

 

うけとってくれ、と差し出されたのは僕と同じデジヴァイス、そしてオレンジ色の恐竜だった。目の前でパートナーの選ばれし子供が連れ去られてしまったせいだろうか、そのデジモンはとっても落ち込んでいた。

 

 

「その声、おれを呼んだのはきみだったのか!なあ、名前は?」

 

「ボク?ボクはアグモンだよ」

 

「アグモンか、おれは遼。秋山遼。よろしくな、アグモン。がんばって、おまえのパートナー助け出そうぜ」

 

「え、いいの?」

 

「いいに決まってるだろ!あんなに必死に、パートナーの太一だっけ、助けたいって言ってたじゃないか。だからおれ、手を伸ばしたんだぜ。元気出せよ、おれも賢も協力するからさ」

 

「ありがとう!」

 

「もちろんケンも協力するよね?」

 

 

ワームモンに言われた僕は、うん、とうなずいた。

 

 

「あの、ゲンナイさん」

 

「なんじゃ?」

 

「あの、遼さんだけなんですか?」

 

「あ、そうだ。あのチャットをみて、おれが選ばれし子供に向いてるって分かったんなら、アナログマンとか、クリスタルとか、治君とか、もみたんだろ?あいつらは向いてなかったのか?さすがに二人じゃきついと思うんだけど」

 

 

遼さんと僕の言葉に、はて?とゲンナイさんは首をかしげる。

 

 

「アナログマンとクリスタル?そんなハンドルネームの人間は、チャットにはおらなんだぞ?ログには、お前さんたちと、治という少年しか見つけられなんだが。てっきりおまえさんたちでチャットをしていると思っておったが、ちがうのか?」

 

「はああっ!?なんだよ、それ!違うよ!だっておれは、アナログマンとこのサイトで仲良くなって、定期的にチャットを開いてるって聞いたから参加するようになったんだ。今日は治君と賢を誘って、チャットをしたんだぜ!?なんでそこの常連のクリスタルさんまでいないんだよ!」

 

「そんなこと言われても困るのう。ほんとに、ワシらが確認した時には、あのチャットルームには、お前さんたちのIPしか抜き取れなんだんじゃ。誰かの自作自演ってことはないのかの?いたずら好きなお前さんの親友とか」

 

「治君がそんなことするわけないだろ!?なんのためにだよ!そんなわけないだろ。だっておれがチャットをしてるのはしってても、実際にサイトのアドレスとか治君に教えたのはつい最近だったんだ。それにアイツは今、病院にいるんだぜ。複数のアカウント確保するなら、何台もパソコンがいるじゃないか。病院の個室にそんなの用意すんのはむりだよ」

 

「そうだよ。治兄さんはそんなことしない!」

 

「うむむむむ、なら、ちとまずいことになったのう」

 

「え?なんでだよ」

 

「治という少年が無関係なら、そやつらが幽霊だったという落ちでもない限り、それができるのは自由にネットで活動できるデジモンだけじゃ。わしらがお前さんたちを見つける前に、お前さんたちを観察しておったデジモンがいるということになる。そやつらがやっておったチャットでおまえさんたちとわしらは出会った。出来過ぎておらんかの」

 

 

その発言の意味を悟った僕らは、顔を見合わせた。脳裏をよぎるのは、治兄さんだ。僕らは大慌てで、ゲンナイさんに、治兄さんをここに呼ぶよう頼んだのだった。

 



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54話

ショートカットキーを叩き、タクスマネージャーというページを起動した治兄さんは、緑の棒グラフが満タンなのをみて、眉を寄せた。無理もない。これはパソコンが起動している時間の中で、どれくらいのソフトが起動しているのか、を示しているからだ。

 

これが0パーセントなら何も起動していない状態を指すし、100パーセントならパソコンがフリーズするほどの容量を使って、いろんなソフトを同時に起動させていることになる。マウスもキーボードも反応しないフリーズ画面の前で、イヤホン姿の治兄さんはため息をついた。

 

記憶には無いのに、いつのまにか無限ループを繰り返すプログラムが存在している。ウィルスにでも感染したのかと青ざめながら、治兄さんは淡々と作業を進めていた。パソコンに搭載されている容量をはるかに超えた容量を要求してくるプログラム。

 

極端に重くなっている理由は明らかだった。治兄さんは無許可で勝手に起動しているプログラム一覧をみて、見覚えのないプログラムを片っ端から削除する作業を開始した。しばらくして、ようやく治兄さんは、ゲンナイさんが送ったメールを受信できる環境になったようで、こちらと繋がるページを開いてくれた。

 

 

イヤホン姿の兄さんは、フラッシュ画面に広がる日本庭園と古民家に佇むゲンナイさんと僕たち、そしてデジモン達のアイコンを見て、硬直してしまった。目が皿のように丸くなる。さっと血の気が引く。たらりと汗が流れる。こわばっていく表情は、驚きを通り越した、なにかをにじませていた。

 

でも、僕も遼さんも治兄さんがここまで息を詰めるほどショックを受ける理由が分からない。なんでだよ、どうしてだよ、なんでこうなるんだよ。いいかけた言葉は声にならないまま沈黙にかわり、口をつぐんでしまった治兄さんは、落ち着くためか目を閉じてしまった。

 

明らかにひどく狼狽していた。僕と遼さんは治兄さんが悪い奴らに浚われたかもしれない、という嫌な予感が外れてほっとする一方で、顔を見合わせた。困惑と焦燥感が滲んでいる治兄さんは、僕たちの想定していた反応とはあきらかに違っていたからだ。てっきり、兄さんのことだから、タチの悪い悪戯はよせと不機嫌そうに眉を寄せるとばかり思っていたから。

 

もしくは、おまえら、と咎めるような視線と怒りを秘めた静かな声が聞こえてくるとばかり思っていたから。

 

 

だって、普通、そうだろう。突然の停電。意味不明な羅列の新規参加者。全ての文字がカタカナという不気味なメッセージを最後に、僕と遼さんはパソコンの中に吸い込まれてしまって、デジタルワールドにいる。そんなこと、いくら治兄さんが天才でもわかりっこない。

 

兄さんからすれば、わけのわからない怪奇現象の直後に僕と遼さんがチャットを離脱してしまう。しかも他の参加者たちは存在自体が消えていて、ログを遡っても僕たち3人の会話だけしか残っておらず、残っているのはそのチャットルームだけ。HOMEキーを押しても、並ぶのは404エラーメッセージのみ。

 

ゲンナイさん曰く遼さんお気に入りのサイトが忽然と姿を消してしまったのだ。そして、僕の家のパソコンアドレスを借りて送られてきたメールを開いたら、ゲンナイの隠れ家というサイトにジャンプした。普通に考えたら、ドッキリを仕掛けられた、と勘違いすると思う。

 

 

なのに、兄さんの反応は違っていた。今、目の前で起こっていることが理解できなくて、本気で混乱してる。パニック状態になってる。頭が真っ白になっているようで、なんにも言葉が出てこないみたいだった。

 

ゲンナイさんは、そんな治兄さんを観察しながら、うむうむ唸っている。選ばれし子供の素質があるかどうか、見極めてるんだろう。僕はどうしたんだろう?と首をかしげた。さあ?って遼さんは肩をすくめる。

 

 

もともと治兄さんは常に二歩先を行くような人だから、ほんとに滅多なことじゃ驚かない。未来予知してるんじゃないか、ってレベルで冷静沈着に生きている兄さんの表情を崩すのが好きで、ちょっかいをかけ始めたって公言してる遼さんですらわからないなんて。

 

僕は兄さんを見上げた。大画面で表示される兄さんはなんだか変な感じだ。緊張しているのか、口元が震えているなんて、兄さんらしくない。無理やり動揺を抑え込んで、何でもないように振る舞う兄さんは、とても違和感があった。もどかしかった。

 

でも、今はそれを問いただすような状況じゃないことは、僕はもちろん遼さんも兄さんも分かっていて、あえて僕はそれには触れないことにした。

 

 

『賢、だよな?』

 

「うん、そうだよ、兄さん」

 

『なんでそこにいるんだ』

 

 

僕が応えようとしたら、ゲンナイさんが代わりに説明してくれた。

 

 

「……というわけじゃ。賢のお兄さんなだけあるわい。お前さんも遼と同じく、テイマーとしての才能があるという判定が出たようじゃ。全治三か月のけがを負っているところすまんが、ワシの隠れ家に来て、この二人をサポートしてやってはくれんかの」

 

『ゲンナイさんはできないんですか?』

 

 

ゲンナイさんは小さく首を振り、申し訳なさそうに背中をさすった。

 

 

「申し訳ないのう。何者かによって時間軸が8月1日に戻されてしまったせいで、わしはまた暗黒の勢力に呪いをかけられたんじゃ。その呪いは瞑想の修行をすることで悪化が防げるが、ここのエリアから出てしまうと、たちまち体を蝕んでしまう。精神を乗っ取られる恐ろしい呪いじゃ。遼たちの冒険に同行することはできんのじゃよ。精いっぱいのサポートはするつもりじゃが、限界があってのう」

 

『でも、パソコンなら僕より賢の方が優秀ですよ、ゲンナイさん』

 

 

兄さんが面と向かって褒めてくれることは滅多にないから、間接的でも認めてくれる発言が聞けたのは嬉しかった。よかったなって遼さんが言ってくれたから、はいって僕は大きく頷いた。ゲンナイさんは、しかしのう、とその先を制した。

 

 

「お前さんの言うとおり、賢の才能は目を見張るものがあるわい。じゃが、今回、賢は遼と共にこの世界を救うため、敵と戦わねばならん。治、お前さんには二人をサポートするために、いろんな情報を集めて、二人に伝えたり、バックアップしたりする仕事を手伝ってほしいんじゃ」

 

『………ひとつだけ、聞いてもいいか。賢』

 

「え、僕?なに、兄さん」

 

『本気なのか?本気で遼と一緒にそんな危険な旅をするつもりなのか、と聞いてるんだ。お前はまだ小学校2年生じゃないか。遼もそうだ。いくらなんでも危なすぎるだろ。ゲンナイさんのいうこともわかるけど、そんな簡単に決めてもいいことなのか?そっちは、あの光が丘テロ事件とかお台場霧事件とか引き起こしたデジモンがたくさんいるような危ない世界なんだぞ。ほんとに、いいのか?』

 

 

本気で僕たちを心配してくれる治兄さんに、僕たちは大きく頷いた。そして、決意をぶつける。そのウソ偽りない、まっすぐな言葉を受け取った兄さんは、はあ、と大きくため息をついて、わかったよ、と観念したようにつぶやいた。ということは。僕と遼さんは顔を見合わせる。にって遼さんは笑った。腕を組んで頭の後ろに回す。そしてニヤニヤしながら笑った。

 

 

「素直じゃないなあ、治君は!心配なら心配だって言えばいいじゃないか」

 

『うるさい』

 

「ありがとう、兄さん」

 

『弟がやるっていってるのに、兄が見送る訳にはいかないだろ。弟だって、友達だって、心配しないヤツがどこにいるんだ。あたりまえのこと、いちいち言わせないでくれ』

 

 

僕は胸が熱くなった。だから、兄さんの両耳が赤いのは気付かないふりをしたのに。遼さんはますます嬉しそうに笑って、治兄さんをからかっている。もういい、と気恥ずかしさから語尾が荒くなる兄さんに、ゲンナイさんがゲートを開くからしばらく待ってくれいと告げた。

 

殴る。絶対殴る。それまで待てよ、覚悟しろ、覚えてろ、この野郎、という恨み節が聞こえたけど、遼さんは突然音声が聞こえなくなったふりをして口笛を吹いている。ゲンナイさんは治兄さんのパソコンとゲンナイさんの隠れ家をデジタルゲートでつなげているようで、画面を占領してしまった。

 

これが終わるまでは僕たちは待機だろう。近くにあったベンチに腰を下ろした僕に、ずっと会話を聞いていたワームモンが、お疲れと笑った。

 

 

「あれがケンのおにいさん?」

 

「うん、そうだよ、ワームモン。治兄さん、僕の3つ上の兄さんなんだ。今は病院に入院してるから一緒に旅は出来ないけど、運動神経もいいし頭もいい。僕の自慢の兄さんなんだ」

 

「でもパソコンはケンの方が得意だっていってなかった?」

 

「兄さんだって負けてないさ。兄さんは僕の目標だもの」

 

「へーえ、そうなんだ。まあ、さっきの会話聞いてたらなんとなくわかるけどさ、こういうのってケンから聞くことに意味があるんだよ。だからさ、おしえてよ。治ってどんな人なのさ?」

 



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55話

「と、いうわけでスーツェーモン様から紋章を、ゲンナイ様からタグをいただいたというわけです」

 

ポキュパモンから受け取ったジュンはマジマジとみつめる。

 

「なに、私から解析されたの?」

 

「さあ、どうでしょうね。ホメオスタシス様ではなく、スーツェーモン様からいただいたので」

 

「じゃあ愛情か純真?」

 

「司っている紋章はそうですね。どちらも違うようですが」

 

「そうよね。なにこれ」

 

紋章は安定を望む者によって解析された、8人の選ばれし子供達の「それぞれの心が示す、最もすばらしい個性」を元に作られたアイテムだ。

その中の「勇気」「友情」「愛情」「知識」「純真」「誠実」は精神的特質を現しており、「光」は進化や命を生み出すもの、「希望」はどんな暗闇の中でも光を失わないもののことを示している。

 

「タグ」と呼ばれるアイテムと組み合わせることで、安定した完全体以上の進化を可能にする。

 

しかしそれには刻まれた心の特質のある程度の成長が必要であり、未熟な心では働かない。それどころか心の特質に反した行動で扱うと、暗黒進化へと導かれてしまう。また進化以外にも、子供達を守る特殊な力を持っている。

 

元は安定を望む者に仕えるエージェントであるゲンナイ達が、パートナーデジモンのデジタマと デジヴァイスと共に管理していたが、ピエモンの襲撃に遭い奪われてしまった。その後経緯は不明だが、タグはデビモンが海底洞窟に隠しており、紋章はデジタルワールド中に散っていたことになる。

 

タグに入っているから安定して完全体、もしくは究極体にワープ進化できるということだろうか。大盤振る舞いである。

 

「そっか、これが私の紋章なんだ」

 

「うれしそうですね」

 

「そりゃそうでしょ。選ばれし子供もパートナーデジモンも紋章も私にとっては特別な言葉だし、存在だったもの」

 

「それはよかった」

 

「で、これが必要なほどまずいってことね。わかったわ。説得するにはずいぶん大袈裟だけど、まあねんにはねんよね」

 

気を取り直してジュンはゲンナイのかくれがに向かった。

 

そして。

 

「まって、まって、待ってよ。ずいぶんと沢山先客がいるみたいだけどゲンナイさん、一体なにがおこってるの?」

 

「なんじゃ、ジュン、知り合いかの?」

 

「知り合いもなにもこないだ会ったばっかりよ!一乗寺治くんはアタシとコンテストの上位を争うライバルなの!そして賢くんは弟で、そこの子はお見舞いに来てたお友達よね!?ゲンナイさん、さっきアタシを呼んだはずなのに、アタシがポキュパモン迎えに行ってる間になにがあったの!?」

 

「ほうほう、それはいい。知らない者同士よりはやりやすいじゃろう」

 

「だからなにが!」

 

一刻も早く時間を司るデジモンとデジタルゲートをあけるデジモンに協力してもらって、デジタルワールドの時間を遡り太一たちに罠だと知らせないといけない。なのに何を悠長なことを話しているのだと詰め寄るジュンに、ゲンナイさんは落ち着かんかとかえした。

 

「ジュンー!助けて!太一たちを助けて!みんな、みんな捕まっちゃったんだ!」

 

「アグモン!?どうしてアグモンがここに!?太一くんたちに何かあったの?」

 

抱きついてきたアグモンをよしよし宥めながらジュンはきいた。

 

 

 

その日はアグモンにとって世界で1番素敵な日になるはずだった。

 

4000年間幼年期だったアグモンが太一と冒険したのはたった3ヶ月だった。お別れをしてすでに4ヶ月、太一との日々よりお別れの日々の方が長くなってしまっていた。

 

「太一たちと新年を迎えてみないかのう?」

 

季節がないファイル島ではわからなかったが、現実世界は夏が終わり秋がすぎ冬が来ているという。人間たちは新年というやつを祝うらしい。色々と忙しいが実は新年をお祝いするために準備を進めていたのだとゲンナイさんはいった。守護デジモンとしてファイル島の復興にいそしんでいたアグモンたちは喜んだのだ。

 

待ち合わせ場所はあの時とおなじトロピカルジャングルの崖の上。逆さまの現実世界から冬服に変わっている太一たちが見えたとき、アグモンはうれしくて泣いてしまった。

 

あの時とおなじように流れ星のように落ちてきた太一たちに懐かしさを覚えながらアグモンは太一を迎えに行った。

 

「たいちー!」

 

「久しぶりー、アグモン!元気にしてたか?」

 

「うん!太一も元気そうでよかった。僕うれしいよ」

 

「へへ、お前に話したいことがいっぱいあるんだ!」

 

「なになに?」

 

太一は色んなことを教えてくれた。サッカー部のキャプテンになれたこと。担任の先生や顧問の先生、友達に夏休みが終わってからいい意味で変わったとよくいわれること。しっかりするようになったし、リーダーシップができた。ぜんぶぜんぶアグモンたちとのひと夏の冒険が教えてくれたことだと太一はいう。

 

「僕もね、太一に話したいこと沢山あるんだ!」

 

いざ話始めようとしたとき、異変は起こった。

 

「あれ、なんで服がかわってんだろう?」

 

冬服できたはいいけどトロピカルジャングルは暑いとコートを脱いだはずの太一はそれがないことに気づく。あれ、と見渡した手から手袋や青い服がみえて固まる。それは忘れもしないサマーキャンプのとき、あるいは3ヶ月もの大冒険できていた服だった。

 

「あれえ?なんか変だよ太一」

 

「なにがっ、て、あれっ、なんでコロモンに戻ってんだよ、アグモン!?」

 

「わかんない、わかんないけど、なんか変なんだ!」

 

「こうしちゃいられない、みんなんとこ行くぞ!」

 

「うん!」

 

いつものようにデジヴァイスを構えた太一だったが、気合いをいれるコロモンだったが、いつまでたってもデジヴァイスはうんともすんとも言わない。

 

「あっれー?壊れてんのか、こんな時に?」

 

「そんなはずないよ、太一!明らかに変だよ!だって!」

 

コロモンが叫び、促す先には。異変を感じたのか太一のところにかけてきた光だった。テイルモンはそのままだが、光があげたはずの笛がなぜか光の胸元でゆれている。

 

「お兄ちゃん、おかしいの!テイルモンが!」

 

「ああもう離せ!お前は一体だれだ!ここはどこだ!私はヴァンデモン様のところにはやく!」

 

「落ち着けってば、テイルモン!俺たちのこと忘れたのか?いきなりなんだよ、あん時みたいなこといって!」

 

「ねえねえ」

 

「今度はなんだよ、コロモン!」

 

「君の名前はなんていうの?僕はコロモン。きみのこと、ずっと待ってたんだ」

 

太一は青ざめた。

 

「コロモンまで何言ってんだよ、新年の一発芸にはまだ早いぜ!?」

 

「え?なんのはなし?」

 

「ま、まさか覚えてないのか?なんか今のお前、出会ったころみたいだぞ?なあ、コロモン、」

 

太一はがくがくコロモンを揺さぶったがコロモンは目を回すだけだ。

 

「俺は太一だよ、八神太一!お前のパートナーの!選ばれし子供の太一だよ!!」

 

「たいち?」

 

どうやら太一たちだけではないようだった。夏服に変わり、パートナーデジモンが出会ったころのように初めまして状態となってしまった選ばれし子供たちが次々とやってくる。

 

そして。

 

「あれは!」

 

真っ先に気づいたのはタケルだった。

 

「デビモン!」

 

高笑いがトロピカルジャングルに響きわたる。

 

「無様なものだな、選ばれし子供たちよ!どうだ?なにもできまい?1度敗北を知った以上、今度は負けはしない!進化する前に倒してやる!!」

 

ファイル島中の黒い歯車を撮りこんだ巨大なデビモンが太一たちに遅いかかった。無数の黒い球体が太一たちを次々と襲ったのである。ひとり、またひとり、と捕まっていった。光がコケて太一は振り返ろうとしたがすでに魔の手は迫っていた。

 

太一はとっさにデジヴァイスのコマンドをうちこむ。結界が展開した。

 

「コロモン!これもってにげろ!」

 

「た、たいちはっ!?」

 

「いいからにげろ!逃げるんだ!お前だけが頼りだ、コロモン!みんなに知らせてくれっ!!」

 

「たいちいいいっ!」

 

太一は結界が展開したことでデビモンの攻撃を回避出来ることを確認すると、光を助け起こしてデビモンと対峙した。

 

「その先にデジタルゲートがあるはずだ!いけ!」

 

それがコロモンが聞いた最後の太一の言葉だった。デジタルゲートをくぐり抜けた瞬間にシャッターのように閉じてしまい、ゲンナイさんの隠れ家に逃げ込んだ。

 

「コロモン!?どうしたんじゃ、一体!」

 

「僕、は、ぼく......ぼく!」

 

太一との大冒険を忘れかけていたことに気づいたコロモンは、ゲンナイさんを見るなり泣き出してしまう。 なぜかアグモンに進化することができたことにも気づかないまま、デジヴァイスを抱きしめてアグモンは泣き崩れてしまったのだった。

 

「ジュンがポキュパモンを迎えにいっとる間にアグモンが飛び出してきたんじゃ。これはワシらの想定を遥かに超える緊急事態だとして、ホメオスタシス様から新たな選ばれし子供たちの呼び出しがあったというわけじゃ」

 

「ううう......」

 

「アグモン......」

 

デジヴァイスをはなそうとしないアグモンをみて、ジュンは事の深刻さを悟ったのだった。

 

 

 

 

 

ジュンは息を吐いた。

 

「待って、少しだけ時間を頂戴。落ち着かなきゃいけないのよね、アタシだけがこの中で2回目なんだから」

 

深呼吸を繰り返す。ジュンはやがて緩やかに目を開けた。

 

「......ええと、つまり私はここにいるみんなをデジタルワールドに連れて行ったらいいのね?」

 

ジュンはゲンナイさんに確認をとる。秋山遼、一乗寺賢、彼らが今回の冒険の新たな仲間で、一乗寺治がゲンナイさんと共にサポートしてくれるそうだ。

 

「そうじゃ。ポキュパモンはヴァンデモンだったころの記憶を引き継いでおるからのう、ファイル島のこと、フォルダ大陸のことは誰よりも詳しいはずじゃ」

 

「確かにそうですね。否定はしません」

 

「今回は時間を操作し、アクセスができたころのデジタルワールドに時間を戻してゲートを開くことになるじゃろう。選ばれし子供たちが来る前に問題を把握することが出来ればいいんじゃが」

 

「たしかにそうですね。こちらが先に問題を対処してしまえば問題ないわ」

 

ゲンナイさんとジュンの会話を聞いていたアグモンが不安そうな顔をする。

 

「太一たち、大丈夫かなあ」

 

ジュンは膝をおった。そしてアグモンを撫でる。

 

「そのために私たちがいくんじゃない、アグモン。頑張りましょう。太一くんはアグモンだけが頼りだっていってデジヴァイスを託したんだから。気持ちはよくわかるけど、頑張るしかないわ」

 

「うん......」

 

アグモンは落ち込んでいる。デジタルゲートの先で待ち受けていたのはベンジャミンと名乗るゲンナイさんの偽物。ゲンナイさんが調べたところ過去世界は8月の冒険がなかったことになっており、ダークマスターズが世界を再構築し、デビモンたちが復活し、それぞれの選ばれし子供たちは分断され、異世界に幽閉されてしまった。冒険がなかったことになったことでアグモンたちは究極体に進化できなくなり、紋章がフォルダ大陸にちりじりになってしまったというのだ。太一がアグモンを庇って、閉じる寸前のデジタルゲートに紋章とデジヴァイスを託したというのだから落ち込むのも無理はない。

 

「大丈夫よ、アグモン。ベンジャミンさんの目的はわからないけど、私たちはひとりじゃないんだから。ね?」

 

「うん、うん、そうだよね。ぼく頑張るよ」

 

アグモンを元気づけ、いつもの調子が戻って来たことをかんじたジュンは秋山遼たちのところに視線をなげた。

 

「そろそろ自己紹介しましょうか。私は本宮ジュン、お台場中学校2年の選ばれし子供よ。パートナーはそこのポキュパモン。今はファイル島の闇貴族の館で守護デジモンをしているわ。今回はナビゲートをつとめることになると思うからよろしくね」

 

「えっと、おれだけ知らないんだよな?おれは秋山遼。田町に住んでる小学校5年生なんだ。こちらこそよろしく」

 

「まさかジュンさんと一緒にこんなことに巻き込まれるなんて思わなかったけど、がんばります!僕は遼さんと同じ小学校に通う、2年生の一乗寺賢です。よろしくお願いします」

 

「僕は一乗寺治。遼のクラスメイトで賢の兄貴だ。よろしく。僕はまだ足が動かないし、パートナーデジモンてやつがまだ現れてないらしいからゲンナイさんの隠れ家からサポートすることになると思う。正直かなり事態はやばいと思うんだが、遼も賢も決めたらテコでも動かないだろうから付き合うよ。本宮さん、2人のこと頼んだよ」

 

「まかされたわ。それにしてもまさかこんな形で会うなんてね......」

 

「全くだ」

 

「でも心強いわ、よろしくね」

 

「ああ」

 

治とジュンの会話を横目に遼はふうんという顔をしたが、さすがに事態が事態だけに茶化すのはやめにしたようだ。だいたいの自己紹介がすんだころ、ワームモンやアグモンも軽く挨拶がおわった。

 

「お前さん達が頼りじゃ。どうか、囚われの身になっておる選ばれし子供たちとパートナーデジモンたちを助けてやってくれ。頼むぞい」

 

ゲンナイさんの言葉にジュンたちはうなずいたのだった。そして1999年8月1日のデジタルゲートがまた開かれた、はずだった。

 

 

明らかにおかしかった。目下に広がるのは地球によく似た世界ではなく、暗黒の世界だった。遼たちは絶句する。引き返そうとしたらデジタルゲートが閉じられてしまう。その瞬間にみんな悟るのだ。デジタルゲートが開けられないのは内側から書き換えられたのではなく、デジタルワールドのデジタルゲートそのものが存在しなかったからなのだと。

 

太一たちを罠に嵌めるためにわざとデジタルゲートが開いている時間があるのだと。歴史そのものが書き換えられてしまったために、デジタルワールドの歴史全体がむちゃくちゃになっているのだ。外側と内側とではすでに時間の流れが違っていたのである。

 

 

みんなを待っていたのは、スパイラルマウンテン構築中という地獄のような環境だった。

 

 

ファイル島のすべてが次々に空へ舞い上がる。遼は呆然とそれをみていることしかできなかった。目の前で起こっていることを誰ひとりとして理解することができなかったのだ。逃げようにも逃げる先がない。ファイル島だけではなく、すべてのエリアで発生している大災害だ。

 

かつて選ばれし子供たちはこの大災害が起こってから8年後の世界を冒険したことがあるだけで、何が起こったのかは生き残ったデジモンたちの言葉でしか知らなかった。だから、当事者であるデジモンたちは絶句する。そのさらに又聞きにすぎなかったジュンもまた言葉を失うのだ。

 

まさか、目の前で、再現されるなんて誰が思うだろう。再構築されて平和になったはずの世界が、再び崩壊していく様をジュンたちは見ていることしかできなかった。

 

遥か彼方では巻き上げられたすべてが渦を巻き、次第に肥大化していく。ある法則に従って4つの物質に分けられて、無数の手のように絡み合う。円錐状の禍々しい物体が作り上げられていく。

 

 

遼の立っていたあたりがぐらぐらと揺れだした。ぼこぼこと土の塊が引っこ抜かれ、空に吸い上げられていく。遼さん!と今にも泣きそうな顔をした賢が抱きついてきたので、遼は必死でその手をとった。

 

ジュンたちは大きな木にしがみつこうとしたが、その木々も地面から根こそぎ引き抜かれた。ものすごい勢いですべてが上昇し始める。悲鳴があがる。振り落とされないように、木の根っこにしがみついた子供たちは、あまりの衝撃に目を開けられない。どんどん高度をましていく大木の風圧に耐えるのに必死で、なにもできない。

 

周囲は振り落とされた名前も知らないデジモンたちの悲鳴がこだました。何も聞こえなくて、よかったのだ。がれきに押しつぶされたり、データの分解にまきこまれたり、一歩間違えれば自分がそうなっていたとわかってしまうから。

 

 

ようやく遼が目を開けると、ファイル島は崩壊の一途をたどっていた。無数の穴が生まれ、その向こうには真っ黒な空間が広がっている。海ではない。

 

海すら空に吸い上げられてしまい、今、眼下に広がるのは闇だけである。東西南北に出現した巨大な螺旋の柱に再構築されていく世界を見渡して、ようやく遼たちはデジタルワールドがダークマスターズによって支配されたころと全く同じ風景が広がっていることに気づくのだ。

 

どうやら遼がいた木は、かつてピエモンがいたエリアに編入されたらしい。傍らには死んでも離すまいと抱きしめていた賢がいる。ほっとした遼だったが、ジュンがいないと気づいて血の気が引いた。名前を呼んでみるが、返事はない。まじかよ、と遼はつぶやいた。

 

 

なにもない平原に遼と賢はいた。太陽が沈んで、雲のない西の空に夕焼けの名残の赤がぼんやりと残る空が広がっている。すぐの黄昏時。何があるのかはぼんやりと確認できる。遼たちは仲間を探すために歩き始めた。

 

 

「デジタルワールドに一体何が起こってんだよ」

 

 

くそ、とデジヴァイスを握り締める手は白む。アグモンが教えてくれたお互いを探知できるサーチ機能を便りに、ひたすら遼たちは前を進んだ。違和感はあったのだ、この世界に一歩足を踏み入れた瞬間から。

 

 

「遼さん、あれ!」

 

 

「あっ」

 

 

言い合いの声が聞こえた賢が指さす先には、奇跡的に生き延びたらしいデジモンたちがいる。種族も属性も世代もばらばらだ。突然わけのわからない世界に投げ出されたらしく、みんなボロボロだった。これからどうするのか相談していたら、喧嘩になったらしい。仲裁しようと近づいた遼の足を止めたのは、突然黒い煙が発生したからだ。

 

あぶない、逃げろと叫んだけど遅かった。あっという間にデジモンたちは飲み込まれてしまう。いそいで駆け寄ろうとした遼を制したのは、いつか聞いたデジモンの声だった。

 

「見ない方がいいですよ」

 

はじかれるように顔を上げた遼と賢の視線の先には、デジモンがいた。

 

音もなく巨木から着地した彼は、なんでだよ、と言おうとする遼を制するように腕を前にやった。賢は前を遮られてしまう。まるで生きているようにデジモンたちを飲み込んでしまった黒い煙。

 

無防備なデジモンたちの目の色が変わるのが見えた。遼はゾッとした。操られている目だ。遼たちが呆然とみている目の前で、彼らの言い合いは殺し合い寸前まで発展してしまう。みんなケタケタ笑っている。血の臭いに興奮している。地獄絵図だ。

 

「非常時に争うなど愚か者ですねえ。2回目だというのに変わらない」

 

そのデジモンは笑った。突然そのデジモンの頭上に巨大な扉が出現した。どこか禍々しい印象を受けるのはその扉の向こうから漏れるのが黒だからだろう。ゆっくりと扉が開かれる。溢れ出してきた影がデジモンたちをもろとも飲み込んで、ばたんと扉を締めてしまった。あの向こう側は間違いなく天国ではない、地獄である。

 

「な、なにをしたんだ?」

 

「これが一番てっとり早いんですよ。広げた両手で守れるものなんて限られてくる。それならは、さっさとご退場願ったほうが早いじゃないですか。ですからダークエリアの我が領地に避難していただきました」

 

「どっからどうみても石になってたような......」

 

「もとに戻す方法はありますのでご心配なく」

 

「でも、あの扉の向こうって安全な感じ、しなかったよ。もっと怖い感じがした」

 

賢の言葉にデジモンは笑う。

 

「そりゃあの世ですからね、当たり前でしょう」

 

「えええっ!?」

 

「あのデジモンたち、死んじゃったの?」

 

「あの煙に飲まれた時点でどうしようもありませんからね。それともあれですか?殺し合いして、最後の勝者が笑いながら死ぬところを見たいと?なかなか悪趣味ですね、アナタたち。今のデジタルワールドは転生システムが死んでしまっているのでね、こうでもしないとみんなアポカリモンの餌になってしまう。進化の否定。それが暗黒の勢力の目的なのですよ。はじまりの街が手中に落ちた時点で、この世界にはもはや転生システムは存在しないも同然だ。死んだら最後、生き返るには世界の再構築をまたねばならない。ワタクシたちにできることは餌になる者たちをダークエリアに送ることだけ」

 

「いや、違うな」

 

「ほう?」

 

「みんなが死んじゃう前におれ達が敵をやっつければいいんだ」

 

遼の言葉にデジモンは笑った。

 

「なるほど、それも一理ありますね。あ、そうそう挨拶が遅れましたね。ワタクシ、ポキュパモンから進化したアスタモンと申します。以後お見知り置きを。ところでジュンがどこかご存知ありませんか?」

 

アグモンたちは首をふる。アスタモンはおやおやと肩を竦めたのだった。

 

 



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56話

ジュンが落ちたのは街のエリアだった。

 

ダークマスターズが支配するスパイラルマウンテンの境界線は線を引いたように明瞭で、闇の世界から都市の世界に落ちたことは直ぐにわかった。

 

そこはムゲンドラモンが支配する世界である。デジタルワールドにあった全ての都市が整然とエリアごとに区切られて並んでいる。趣の異なる景観が混在する不調和甚だしい。ムゲンドラモン率いるメタルエンパイアたちは完璧な設計図を描くことは出来ても、美しいか否かの審美眼が欠如している表れでもあった。

 

碁盤の目状に作られた広い道路を機械型デジモンたちが隊列を組み、パトロールしている。侵入者を見つけ次第消去する大砲の音が響き渡っていた。

 

ジュンはデジヴァイスの結界から様子を伺った。パトロールの感覚は15分おきであり、ジュンは進んでは時間をあけ、進んでは時間をあけて侵入をこころみた。

 

都市の中心部はさらにパトロールの間隔は短くなり、地上からの侵入を諦めたジュンはマンホールから地下に潜った。地下には大都市特有の太いパイプやケーブルが縦横無尽に交差していて、むき出しの機械の内部のようだった。ここでは成熟期以下の機械型デジモンたちが小隊を組んで、決められたタイムテーブルに従って警備しているようだった。ジュンは彼らの監視をくぐり抜け、ケーブルをつたって都市の深部に下っていった。

 

「ここにしようかしら」

 

ジュンはアンドロモンたちが住むファクトリアルタウンの都市ごとこのエリアに編入されたらしく、地下レジスタンスの拠点となっている場所を見つけたのだ。ノートパソコンを取り出し、地下ケーブルからネットワークに侵入し、敵の機密情報をハッキングする。アンドロモンが使っていたと思しきアクセスポイントから入手することが出来た。

 

「メタルエンパイアって昔あった文明なんだ」

 

フォルダ大陸の峡谷に存在する工業地帯に栄える“鋼の帝国”。 かつては小規模だったが、今ではロイヤルナイツがマークするほどの大勢力となった。

 

最初期こそアンドロモンの思考回路やボルトモンの暴走、メタルグレイモンの肉体の腐敗など問題は多かったが、研究者達の努力により克服。負荷に耐えて腐敗しなくなったメタルグレイモン、思考回路の問題を解決したハイアンドロモンを誕生させた。

 

そして徐々にマシーン型、サイボーグ型デジモンは世界に広まり、勢力は“帝国”と呼ばれる域に達した。

そんな矢先に意図は不明だが四大竜が接触、“帝国”に竜型デジモンのデータを提供してきた。 それにより、「竜と機械の融合」という技術革新を迎える。

 

対空迎撃用にメガドラモン、 そこから機動力を犠牲に攻撃を強化したギガドラモン、 対地迎撃用にメタルティラノモン、 そして水中迎撃用にメタルシードラモンを開発、急激に勢力を拡大。 やがては当時の科学の粋を集めた最高傑作ムゲンドラモンを生み出した。

 

ムゲンドラモンは様々な機械系デジモンのパーツを合成して誕生した、完全機械のマシーン型デジモン。 本来は固有の人格などないはずであったが、製作過程で悪意あるプログラムが施されてしまったため、無限に破壊を繰り返す殺戮兵器と化した。

背負った二門の「ムゲンキャノン」は、強力なエネルギー弾を発射する主力兵装である。

 

ちなみに構成パーツとしては、頭部:メガドラモンorギガドラモンの頭部プロテクター。

 

顎:メタルティラノモンの顎パーツ

右腕:メガドラモンのメガハンド/ギガドラモンのギガハンド。

 

左腕:メタルグレイモンのトライデントアーム。

 

胸部:メタルグレイモンのギガデストロイヤー。

 

腹部:メタルティラノモンのチューブ類。

 

膝:アンドロモンの頭部プロテクター。

 

ムゲンキャノン:メタルマメモンのサイコブラスター。

 

が転用されている。 この外観からすると、ギガデストロイヤー、ジェノサイドアタック、トライデントアームなども使用可能と考えられる。

 

サイボーグ型完全体デジモンの集合体にして集大成、もしくはたいへん贅沢なジョグレス体とでもいうべき出来栄えである。

 

「こいつがダークマスターズの幹部......」

 

マップを入手したジュンは一度ハッキングをやめた。

 

パイプとケーブルがびっしり埋まり始めた深部では、進むにも潜るにも隙間がなくなり始めていた。ノートパソコンしかないジュンでは切断することが出来ないのだ。それでもなんとか入手したマップを頼りにくぐり抜けると、地下の広い空洞に出た。

 

「動力源はここなわけね、地上はフェイクか」

 

ここを破壊すれば都市の世界そのものを破壊することが出来るに違いない。

 

都市の世界がデータの塵となり飛散するにはどうしたらいいかジュンは思考を重ねる。黒ずんだチリとかしたデータの残骸カスは例外なくアポカリモンの糧となるのだ。今のジュンたちは数が少なすぎるから少しでも弱体化をさせなければならない。

 

「この動力源自体をハッキングして停止させれば......いける?いけるんじゃない?」

 

ジュンは手に汗を握る自分に気づいていた。

 

1人では無理だ。なんとかゲンナイさんと治に連絡をとり、指示を仰がなくてはならない。ジュンはアクセスポイントからなんとか外部のサーバに接触する方法を探し始めた。とりあえず機密情報はすべてノートパソコンに転送し終えた。一応デジヴァイスにもバックアップをとっておく。

 

そしてジュンは作業に没頭した。

 

「しまっ......」

 

アラームが鳴り響く。ハグルモンたちが押し寄せてくる。ジュンは視界が真っ暗になった。

 

 

 

「......ここは?」

 

その音はすごく遠くから聞こえるようでもあり、近くのようでもあった。ジュンの知らないうちに地球がいくつもの行き来できない細かい絶望的な層に分かれていて、その近接した層のどこかからもれ聞こえてくるような感じの音だった。物哀しくて、手が届かなくて、そしてリアルだった。

 

 

行く手には監獄が壁のように立ち塞がっている。

 

まるで刑務所だ。マップを見てみると都市エリアからはなれたところにあって、旧陸軍の小兵舎の改造をしたものだった。近くに新築の小住宅がぼつぼつと建っていたが、以前の荒野の面影は残っていた。その代り外界を防ぐ高いコンクリート塀はなく、施設のように金網が周囲にめぐらされているだけだった。

 

「レジスタンスの収容所みたいね......」

 

獄中にあるデジモンたちにとっては涙は日常の経験の一部分のようだ。レジスタンスが獄中にあって泣かない日は、レジスタンスの心が堅くなっている日で、レジスタンスの心が幸福である日ではない。洞穴のような留置場にジュンはいた。

 

「ああもう、なんでバレるのよ!デジヴァイスの結界張ってあったのに!」

 

さいわいノートパソコンは没収されてはいなかったので、ジュンは先程入手した機密情報をさらに解読することにした。

 

「うっ......なんでここからいきなり古代デジ文字なのよ......」

 

どうやらダークマスターズは先代の選ばれし子供たちの碑文を解読するうえで途中までしか訳さなかったらしい。あるいは訳する必要がなくなったか。

 

四苦八苦しながらジュンは解析をすすめた。非進化の概念と進化の概念が争った古代デジタルワールドにおいてスパイラルマウンテンが存在していたから、今のダークマスターズたちは再現しているのだ。この都市エリアの動力源だってかつての再現のはずである。

 

そして。

 

「......そういうこと」

 

それはメタルエンパイアの負の遺産だった。

 

スパイラルマウンテンの動力源は、現代種のデジモンたちのデジコア、いわゆるデジモンの心臓そのものだった。都市エリアに関して言えば、デジタルワールド中のウィルス種たちである。世界の再構成に無理やり組み込まれた彼らはここに組み込まれたのだ。

 

「だからレジスタンスがいないわけね」

 

どうやらこの世界はアポカリモンにとって最適解の世界らしい。選ばれし子供たちの帰還が遅すぎてレジスタンスすら壊滅したあと、デジタルワールドが暗黒勢力に掌握される寸前。おそらく、ウィルス種、データ種、ワクチン種、すべての現代種がスパイラルマウンテンの動力源に組み込まれてしまっている。

 

「......最後のひとつはなによ、まさか古代種とか言わないでしょうね?」

 

動力源の解析を必死で行っていたジュンは青ざめた。

 

「嘘でしょ......」

 

嫌な予感はあたってしまった。

 

「......この動力源を止めるには......」

 

震える指先でジュンはキーボードを叩く。都市エリアの動力源に絞り、さらに解析を進めていった。

 

「......なに、これ」

 

ジュンの前にはスーツェーモンから託された紋章を含む7つの紋章が浮かび上がっていた。

 



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57話

「しかし、おかしいですね。ダークマスターズはピノッキモン、ピエモン、メタルシードラモン、ムゲンドラモンと聞いていたのですが」

 

アスタモンの言葉に遼と賢は顔を見合わせた。

 

「そうですよね、ウォーグレイモン」

 

「うん、確かにそうだ。僕達が四聖獣たちが封印される前にデジタルワールドに帰還出来たからかもしれないけど、間違いないよ。このデジタルワールドは明らかにおかしい。僕達が知ってる敵じゃないヤツらの方が多すぎる」

 

「ふむ、一体何者なのでしょうね。はるか未来、もしくは過去、平行世界からの攻撃か。選ばれし子供たちを抹殺しようとする理由はなんなのか、謎はつきませんねえ。なるほど、だからこそホメオスタシスたちはワープ進化のリミッターを解除したのでしょう。ワームモンの経験値をためる時間が足りなさすぎますからね」

 

「そうなの?」

 

「誇りに思いなさい、一乗寺賢。アナタはホメオスタシスにワームモンを進化させるために必要なエネルギーを増進、生成するための精神的な性質成長は必要ない。すでに備わっていると認定されているのですから」

 

「意味がよくわからないよ」

 

「今はまだわからなくてもよろしい。ようするにアナタのいいところは優しいところだということですよ」

 

アスタモンの言葉に賢は照れたように笑った。そのやり取りを見ていた遼がアスタモンに問掛ける。

 

「じゃあ、じゃあ、おれは?」

 

「秋山遼、アナタは規格外すぎてワタクシから言うことはありません。選ばれし子供のパートナーは選ばれし子供しか進化させられないというのに、ハッキングによる成りすましではなく正規の手順を踏んで進化させられるという時点で意味がわからない。アナタ、いろんな人と友達になれると言われませんか?」

 

「よく知ってるなあ、アスタモン。うん、よく言われるよ」

 

「誰とでも仲良くできるということは、誰にでも出来ることじゃありませんからね。だからこそ可能なのでしょうか。そういう意味では、ホメオスタシスがアナタ方を今回呼んだのは、なるほどよくわかる人選です」

 

「ふーん、よくわかんないけどありがとう。でも賢みたいに紋章とかパートナーデジモンとかおれも欲しいなあ」

 

「一乗寺治もまだパートナーデジモンが現れていないというのだから、時間の問題ではありませんかね。太一たちも4年かかっているわけですから」

 

「えーっ、そんなに!?」

 

「きっと遼のパートナーデジモンはいいやつだよ。遼はいいやつだもん」

 

ウォーグレイモンの言葉に遼は照れたように笑ったのだった。

 

「つまり、遼はクラウドにアクセスできる管理人みたいなものらしいな」

 

「あ、兄さん!」

 

「治くん」

 

「お待たせ、やっと本宮さんの居場所がわかったぞ」

 

マップが提示される。どうやら都市のエリアに幽閉されているようだ。

 

「クラウドってなに?」

 

「なんだ、わからないまま使ってたのかデジヴァイス?」

 

「うるさいなあ、いいだろ。テレビの原理なんかわからなくても使えるんだから」

 

モニター越しの治は笑った。

 

クラウドとはユーザ一人ひとりがソフトやサーバを用意しなくても、ネットワークを通じてそれらを使うことが出来る、という考え方だ。

 

今までサービスを利用するには、専用のソフトウェアをインストールしたり、サーバを一から作る必要があった。それが、クラウドによって「どこにあるか分からないけど、ネットワークの中から、必要な時に必要な量を取り出して利用する」ようになったのだ。

 

例えば、ワードやエクセル、パワーポイントなどのアプリケーション。これらは、当然自分のパソコンの中にインストールしなければ使えないし、作成したデータも(USBなどの外部領域を使わないのであれば)一般的には、そのパソコンの中に保存している。

 

このような非クラウドなサービスでも問題はないが、Gmailなどの誕生を機に「この形式でサービスを作れば、より便利になるんじゃないか」という流れが生まれた。そのため、「ユーザがそれぞれの領域にソフトやデータを確保する」という今までの使い方に対して、これからは「ネットワークにソフトやデータを配置して、場所は分からないけど簡単に使えるようにしよう」とクラウドが使われはじめたのだ。

 

「たぶんデジヴァイスは無線でデジタルワールドの進化に関するデータバンクにアクセスして、デジモンにデータをダウンロードして、進化させることができるんだ。特定の人間との絆や絆を増幅させる感情とかを数値化して、条件を満たした時だけ進化できるリミッターがある。遼は絆を作ることが得意だから、それが進化させるトリガーなら仲良くなればなるほど進化させることが出来るはずだ。それは特定のデジモンじゃなくてもいい。すごいことだぞ、これは」

 

「熱弁してるとこ悪いけどわからない……」

 

「なんでここに本宮さんがいないんだ」

 

治はあからさまに落胆してみせた。

 

デジヴァイスはどこからでも、どんな端末からでもアクセスできるパソコンアプリを搭載した端末だ。わざわざSDカードやUSBメモリを使ってデータを移し替えなくても、データはインターネット上のデジタルワールドというサーバに保存されているから、他のデバイスでもログインするだけでデータの共有が可能。

 

しかも、インストールして使用するタイプのソフトは、定期的なアップデートが必要だが、デジヴァイスはデジタルワールド側で行ってくれるため、煩雑な更新作業や、それに伴うシステムの不具合に悩まされる必要がない。

 

たしかにインターネット上にデータを保管するわけだから、デジタルワールド側の不手際でその情報が流出してしまう可能性があるデメリットはある。だが選ばれし子供にとってはどうしようもないので、信頼するしかない。

 

サーバ障害、サービス自体の廃止など、クラウド上に保存しておいたデータがいつのまにかなくなっていることもあるから、大切なデータは、自分の手元にバックアップを取るようにした方が無難だ。

 

「というわけで、僕のパソコンにも2人のデータとかデジヴァイスとかバックアップはとっておいたからな」

 

「うん、全然わからないけどありがとう、治くん」

 

「ありがとう、兄さん」

 

「ああ、くそ。ほんとになんで本宮さんがいないんだ、ピンポイントで。アスタモンもなにしてるんだ、パートナーデジモンなんだろう?」

 

「本当に面目無い。ワタクシとしたことが」

 

「まあ、無事みたいだからよかったが。本宮さんはどうやらスパイラルマウンテンを内側から崩壊させる方法を探してハッキングしていたところを捕まったらしい。僕達と連絡をとる手段を探している形跡があったから、わかったんだ」

 

「さすがはジュンじゃのう。ただデジヴァイスの結界が張ってあったにもかかわらずジュンは捕まっておる。侵入するには十分注意するんじゃぞ」

 

ゲンナイさんの言葉にみんな頷いたのだった。

 

「ケン、見つけたよ。都市エリアに向かうデジタルゲートはこっちだ」

 

空から声がふってくる。

 

「ジュエルビーモン、ありがとう!」

 

賢は先程までこのエリアから次のスパイラルマウンテンに向かうためのゲートを探してくれていた相棒に手を振る。

 

ジュエルビーモンと呼ばれたデジモンは、昆虫系デジモンにしては珍しく完全な人型であり、スタイリッシュな外見は非常にカッコいい。人型で目が複眼なので、遼が仮面ライダーだと興奮したように叫んで羨ましがったものだから賢も喜んでいた。

 

ジュエルビーモン系列は昆虫型では珍しい人型のデジモンだ。暗殺能力に長けており、冷静で高い知能も持つ。飛行可能なため機動力に優れ、また全身を甲殻に覆われているため防御力も高い。

 

特にジュエルビーモンはタマムシのような虹色の輝きを放つ槍を持った人のような姿をした昆虫型デジモンであり、見る角度によって色が変わるプリズムのような鎧は防御に優れているだけでなく敵の目を眩ませる効果もあり、美しい戦いを好むエキスパート。

 

必殺技は槍を光の速さで振るい、衝撃波を起こす『スパイクバスター』。

 

ウォーグレイモンとアスタモン、そして自身の防御力を上昇させる能力にも秀でており、少数部隊である今、大いに助かっていた。

 

「む?」

 

ジュエルビーモンが空を見上げる。

 

「気をつけて、ケン!リョウ!敵だ!」

 

「えっ、でもデジヴァイスの結界があればバレないんじゃ?」

 

「ジュンも捕まってたじゃないか、相手にはバレているみたいだ!」

 

それはメガドラモンとギガドラモンたちの軍勢だった。

 

「ムゲンドラモンの手下たちだ。もう場所がバレたのか!?」

 

ウォーグレイモンは驚きの声を上げる。それは完全体の中の竜型サイボーグデジモンの中で最強最悪のパワーを誇るといわれている暗黒竜デジモンたちだ。何者かによって人為的に改造されたデジモンで、全てを破壊するためのプログラムが施されている。

 

まさにその存在はコンピュータウィルスそのものであるといえる。強力なセキュリティーで守られているコンピュータネットワークへ簡単に侵入でき、ホストコンピュータの破壊、改造をいとも簡単に行ってしまう。必殺技は両腕から有機体系ミサイルを無数に発射する『ジェノサイドアタック』と、あらゆる物質を切り裂く事ができる『アルティメットスライサー』。

 

ギガドラモンはメガドラモンと同時期に開発された暗黒竜デジモン。更なる改造で完全武装した戦闘竜で、その存在は凶悪なコンピュータウィルスそのものである。得意技は、両腕のギガハンドで攻撃をしかける『ギルティクロー』。必殺技は、有機体系ミサイルを無限に放つ『ジェノサイドギア』。

 

隊列のように並びながら爆撃の準備を万全にしながら、無数の軍隊が襲い掛かってきた。

 

「スパイクバスター!」

 

ジュエルビーモンが槍を振りかざすと衝撃波が襲いかかる。拡散する波動により、次々と異常をきたしてメガドラモンたちはフリーズしてしまった。

 

「今だ、ガイアフォース!」

 

ウォーグレイモンから特大のエネルギー体が放たれ、一瞬にして地上は焦土とかした。

 

「逃げられるとお思いで?ずいぶんと舐められたものだ。オーロサルモン!」

 

マシンガンから放たれた自我ある弾丸が逃れた取り残したちを一体残らず屠っていく。直近の部隊は全滅したが遠くの空がくらいことから、途方もない数が控えているのがわかる。

 

「きりがない。そろそろいこう、案内するよ。こっちだ!」

 

ジュエルビーモンはウォーグレイモンが賢たちを乗せて飛び立つのを見て先導を始めた。



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58話

「おやおや、ずいぶんと未来に生きる勢力を暗黒勢力は引き入れたのですね。同士討ちを強要するとはえげつないことをする」

 

「同士討ち?」

 

「あのデジモンたちはですね、ジュエルビーモン。あなたの進化前であるスティングモンにハッカーがプログラムを植え付けたことで誕生したデジモンたちなのですよ」

 

「人間が!?」

 

「なにをおどろいているのです?人間と共存するということは、千差万別な人間やデジモンの関わりが生まれるということだ。一概に非難することは相応しくない」

 

「でも......あまり聞こえは良くない」

 

「まあ、たしかにそうですね。許容するかどうかはまた別の話だ。多様性はその許容と拒絶は個人に任されていますからね。ただ彼らの存在を罪とするのはまた違う」

 

「アスタモンは難しい話ばかりするな」

 

「なにぶん性根がひねくれているものでしてね、不快に思われたなら申し訳ありません」

 

「参考までに、聞かせてよ。あいつらは未来ではどんなことをしてるんだ?」

 

「さあ......詳しくはわかりかねますが、多くのビルが立ち上る未来都市をイメージしたエリアがありましてね。サイボーグ、マシーン型デジモンによって支配されているわけですが、都市の上空には空中秘蜜基地「ローヤルベース」が浮遊し、地上では秘蜜戦闘部隊「ローヤルコマンド」が生息しているデジモンたちを監視していると言います。なにが目的かはわかりませんが、セキュリティシステムのような、守護デジモンのような役目を担っているのではないでしょうか。いかんせん、未来のデジタルワールドは今よりも遥かにデジモンの数が多いものでね」

 

「ふうん、そうか」

 

ジュエルビーモンは呟くとメガドラモン、ギガドラモンたちがこちらの居場所を特定している理由だと思われる浮遊要塞を見上げた。

 

「アスタモン、ウォーグレイモン、あとは頼んだよ。僕がここは引き受ける」

 

「おや、よろしいので?」

 

その言葉を聞いた賢はあわてて振り返った。

 

「なにいってるんだよ、ジュエルビーモン!一緒にいこうよ!」

 

「ダメだよ、賢」

 

「なんで!危ないよ!」

 

「アスタモンが監視するのが本業だっていうようなやつらだ。放っておいたら挟み撃ちにされてやられちゃうよ」

 

「そうかもしれないけど……じ、じゃあ僕も残る!」

 

「賢?!」

 

「僕はジュエルビーモンのパートナーだよ!ひとりになんかさせるわけないじゃない!」

 

言い合いをする2人に気づいたのか、浮遊要塞からハッチがあいた。

 

「あいつは……!」

 

機械化したハチたちだった。

 

ワスプモンは謎の“空中秘密基地「ローヤルベース」”を守るサイボーグ型デジモンである。頭部の触角パーツは索敵能力が高く、基地に近づくデジモンを警戒して常に周辺をパトロールしており、近づくだけで襲い掛かって来る。

 

肩の推進器と背中のスタビライザーにより、上下前後左右と、あらゆる方向に急速に移動が可能で、近づいて来る敵をディフェンスして、強力なレーザー砲で追い払ってしまう。

 

必殺技は大口径のレーザー砲を連射して放つ『ターボスティンガー』と、大型のデジモンをも一撃で仕留めてしまう『ベアバスター』。尚、この技はエネルギーを貯めてから放つため、素早い敵には当たり難く、主に地上の敵に対して有効である。

 

「仕方ありませんね、助太刀しますよ。ウォーグレイモン、遼とジュンの救出をよろしくお願いします」

 

「絶対おいついてこいよ!」

 

「いわれなくても。ではまた会いましょうか」

 

ウォーグレイモンがゲートの向こうに消えたことを確認したジュエルビーモンは飛行を始める。エネルギーを発射するまでにタイムラグがあるならば、随一の素早さを誇るジュエルビーモンの敵ではない。背中に賢をのせてジュエルビーモンは戦闘体勢に入る。

 

「さて、まずは通用するかどうかですね」

 

アスタモンが腕の飾りを掲げながらなにか呪文を唱え始めると足元に魔法陣が形成される。禍々しい光を放ちながら相棒のマシンガンが包まれていった。

 

「オーロサルモン!」

 

自我を持った弾丸達が聞くにたえない呪詛の咆哮をしながらワプスモンたちにおそいかかる。

 

「……これは」

 

軍勢にかこまれていたジュエルビーモンは被弾したところから瞬く間に石化していくワスプモンたちに絶句する。

 

「なるほど、こういうやり方ならばデーモンズシャウトもなかなかに使い勝手がよくなる。継承スキルも馬鹿にできないものだ」

 

アスタモンは笑いながら新たなるコレクションをダークエリアに繋がる扉を真下に展開することで一気に回収する。銃弾を補充しながらジュエルビーモンに笑った。

 

「凄いのは凄いけど、空中戦に一人だけ地上からはやっぱり不利だよ、アスタモン」

 

ジュエルビーモンが仕留め損ねたワスプモンの飛行能力があるパーツを一刀両断する。

 

「ありがとうございます、たしかにそうだ」

 

アスタモンは笑いながら新たなる魔術を発動させる。

 

「さあ来なさい、我が眷属」

 

亜空間から召喚されたデジモンが翼を広げる。アスタモンは颯爽とのりこみ、ジュエルビーモンを追った。

 

アスタモンとジュエルビーモンは空中要塞目掛けて進軍を試みる。

 

「見れば見るほどおっきいね」

 

「街ひとつを監視しなければなりませんからね」

 

「未来のデジタルワールドにいるのはわかったけど、一体どうやって?暗黒勢力は過去から来てるってゲンナイさんはいってたが」

 

「未来のデジタルワールドから何らかの攻撃がされていると考えるのが正解かもしれません。ジュエルビーモン、空中要塞を攻略して情報を持ち帰りましょうか。さいわいここにはプログラムに詳しい一乗寺賢がいるのだから」

 

「えっ、僕?」

 

「できるよね?賢なんだから」

 

「う、うん、がんばるよ、僕」

 

「その意気です。ついでに気合いを入れましょうか、いよいよ本命のご登場ですよ」

 

アスタモンの視線の先には途方もなく大きなデジモンがこちらを見下ろしていた。

 

「キャノンビーモン、完全体です」

 

「完全体って、僕達と同じというわけか」

 

「ええ、そうです」

 

アスタモンは詳細を話し始めた。

 

キャノンビーモンは謎の“空中秘密基地「ローヤルベース」”を守る超大型デジモンである。空中の基地は360°が危険にさらされるが、上部の巨大な武器コンテナから放つ一斉砲撃の弾幕で広範囲をカバーしてしまう。

 

また、堅固な装甲を持つ敵であっても必殺技の大口径レーザー砲『ニトロスティンガー』で撃ち抜いてしまう。計り知れない武器の搭載量を誇るコンテナから撃ち出される『スカイロケット∞(ムゲン)』は、警戒が解除されるまで怒涛の如く続く。

 

「離れれば危害は加えないでしょうが、要塞のデータを持ち帰りたいワタクシたちには無理な相談です」

 

「やるしかないな、いくよ賢」

 

「うん!」

 

ジュエルビーモンが空を舞った。

 

「さて、ワタクシもお相手すると致しましょうか」

 

アスタモンは笑いながら振り返った。迫り来る空中要塞のハッチがあいて、すさまじい殺気が向けられていることに気づいたからである。

 

「ロードナイトモンの部下じゃないだけましというものですね。かねがね噂は聞いておりましたが、初めまして、タイガーヴェスパモン」

 

アスタモンの声に相手は答えない。そいつは謎の“空中秘蜜基地「ローヤルベース」”を守るサイボーグ型デジモン。タイガーヴェスパモンは見た目の細く鋭いシルエットからは想像が出来ないほど驚異的なスタミナを誇り、戦闘中に決して動きを止めることはない。

 

中でもトップ0.08%というエリート中のエリートは、“秘蜜部隊「ローヤルコマンド」”となり、コードネームを与えられる。単独での戦闘能力がずば抜けていることから“タイガー”のコードネームを持ち、“秘蜜武器「ローヤルマイスター」”を虎の牙の如く2刀流で扱う。必殺技は2刀流「ローヤルマイスター」で敵を突き刺す『マッハスティンガーV(ビクトリー)』。

 

ウォーグレイモンと同じ、究極体である。

 

はやく片付けてジュエルビーモンの助太刀をしなくてはと考えていたアスタモンだったが、反対側のハッチがあく音がしたものだから顔色を変えるのだ。もう一体、タイガーヴェスパモンが出撃準備を始めていたからである。

 

「ジュエルビーモン、キャノンビーモンは陽動です。本命は次だ、気をつけて」

 

 

 

優しさの紋章が輝きを放つ。それはまるで月光のようだった。ジュエルビーモンが白く輝く。降り注ぐ光に照らされるジュエルビーモンは、黒い空に銀紙でも張ったようなまさに明るい月だった。高い所で冴えた光を放っている。白い月は徐々に明るく冴えてきた。少しずつ色を薄くして空の中に消えた。

 

それはクワガーモン系デジモンの究極形態だ。昆虫型デジモンの中でもとりわけ邪悪な存在であり、デジタルワールドでグランクワガーモンに出会ってしまった場合は、自らを呪うしかない。

 

普段はデジタルワールドの森林の奥深くに生息しており、夜間しか活動しないため“深き森の悪魔”と呼ばれている。また、ヘラクルカブテリモンの最大のライバルであり、この両者の間にはいつ果てるともない戦いが続いている。そのデジモンの名は。

 

「グランクワガーモン」

 

賢は新たな相棒の姿をしっかり目に焼きつける。進化の光に照らされてグランクワガーモンの装甲に仄かな冷たい明かりを灯す。ひっくり返した宝石箱のようにきらめいていた。

 

濃い灰青色の陰りを帯びた光だ。相対するタイガーヴェスパモンは大きな岩のように孤独に沈黙している。

 

月の光が賢の左の頬だけに当たって、左の顔だけしかないようだ。澄み切った月が暗くにごった燭の火に打ち勝って、一面に青みがかった光を浴びる。月明かりに狐火のようにポツポツと浮かんで、まるで夢のともし火の海だ。

 

「マッハスティンガービクトリー!」

 

機械的な音声が攻撃を宣言した。

 

「ディメンションシザー」

 

二本の閃光が横に真っ二つに切られた。さしこんでくる光は様々な事物の影を長くのばし、まるで薄めた墨でも塗ったようにほんのりと淡く染めていた。月を隠している雲の端が、内から洩れ出る輝きに光を噴き出しているかのように見える。

 

体液が舞った。光を微かに映して、この世のものとは思えぬ底光りをする。月の夜の明るさのように万象に影を失わせ、その隈どりが浮き上がって見えるように思える。

 

澄み切った月が、暗く濁った燭の火に打ち勝ったように、いちめんに青みがかった光を浴びる。

 

アスタモンはそれが血しぶきだと悟る時間はあまりかからなかった。視線の先にあるグランクワガーモンは大きな雲母の板か何かのように黒く、そうして光って、音を立ててふるえていた。光を受けて割れて散ったガラスのように神秘的に装甲が光る。

 

周囲の空間は真っ二つにわれた。空中要塞が断面を見せる。タイガーヴェスパモンはもろとも両断されて機能を停止し、大爆発を起こしたのだった。

 

 

 

成長期に戻ってしまったワームモンをかかえて、賢は半分になってしまった空中要塞に侵入した。大爆発の末に森のエリアに墜落したため、あたりは瓦礫ばかりになっている。

 

「ありましたね、これが情報機関だ」

 

賢たちはそのデータを再生してみることにした。治には及ばないながらもありあわせの機械で代用しながら賢はノートパソコンをつくりあげ、中になにがはいっているのか調べあげ始めた。

 

「どうやらビンゴのようですね」

 

「このよくわからないレリーフの絵が?」

 

不思議そうなワームモンと賢にアスタモンはうなずいた。

 

「これはダークマスターズにより奪われた前の選ばれし子供たちの冒険の記録なのですよ。今、この世界はかつての敵が復活している訳だから予言の書となりうる。そして、ここにある画像をワタクシは初めて見ました」

 

「えっ」

 

「なんだって?!」

 

アスタモンはここです、と指でディスプレイをなぞる。デジ文字を日本語に直しながら読み上げた。

 

「ミレニアモン......ですか」

 

アスタモンは目を細めた。

 

「それが太一さんたちが倒した敵なの?」

 

「いや、違いますね。 アポカリモン、それが今回のデジタルワールドの危機の黒幕のはずでした。にも関わらず記述が変わっている。つまり、前の子供たちの敵もミレニアモンというやつだったようだ」

 

アスタモンの言いたいことがわかったようで、賢は顔色を悪くする。歴史が変わっているのだ。

 

アポカリモン、名前の由来は恐らくアポカリプス(黙示録)から。予言の書の正式名称がデジモンアポカリプスというのだから、間違いなさそうだ。

 

正十二面体の上方の一面に人間の様な上半身(本体)を乗せ、残りの各面に小さな五角錐台を載せ、それぞれにDNAのような二重螺旋状の触手を付加させた形状をしている。

 

進化の過程で消えていったデジモン達の無念や辛く悲しい気持ちなどの怨念の集合体がデジモンの形をしている。自分達が為せなかった事を、生きて行う全てのデジモンや子供達を羨み妬み憎んでいる。

 

先代たちは平面的な封印しかできず、太一たちが立体的なさらなる封印を施した。

 

今まで太一が闘ってきた種のデジモン達の技を使い、紋章とタグを破壊し、更に子供たちをデータに分解し追い詰めるが、互いの絆と心の中の光により輝いた心の紋章の力によりデジタルワールドに復帰を果たした8人と8匹の連携攻撃により敗北。

 

最後の足掻きとしてグランデスビッグバンにより自爆しデジタルワールドを無き物にしようとするが、八つのデジヴァイスが作り出した立方体状の結界により其の企みも打ち砕かれた。

 

「……なんだか、可哀想だね」

 

「そうかなあ?」

 

「うん、だって単純に悪いやつって訳じゃなさそう」

 

「僕はやだなあ、その何処までも暗い思考と強さ」

 

「早すぎたのですよ、出会うのが。この時代のデジタルワールドにアポカリモンを転生させられるだけの容量がありませんのでね」

 

「そうなの?」

 

「デジタルワールドで死んだデジモンは新たなるデジモンとして生まれ変わることができるにもかかわらず、アポカリモンは2度も封印されたのです。まだ早いというわけだ」

 

「そっか」

 

「じゃあ、いずれ僕達みたいな普通のデジモンになれるの?」

 

「出来なければ追放か、殺しているはずですからね」

 

「あ、そっか。そうだよね」

 

アスタモンは目を細めた。

 

かつてデジタルワールドにあった「進化をしないという概念」が、自身によってデジタルワールドを染める為に、「進化の途中で消えて行った種の無念」や死んだデジモンのデータを力として利用する為に吸収することで誕生した存在でもある。

 

「進化をしないという概念」そのものの意識を『個』としてはっきりと持ち、妬みや恨みで動いているのではなく、死んでいったデジモン達の持っていた無念や言葉を利用して、ただ自身の野望のために世界を塗り変えようとする悪でもある。

 

人間の負の感情や進化の過程で消えていったデジモンたちの怨念が集結した存在であり、デジモンなのかどうかすら不明。

 

ダークマスターズなる存在も、このデジモンの存在により生じた歪みが原因で誕生したに過ぎない。

 

それまでのデジモンの必殺技を使うことができ、触手の先をそのデジモンの頭部、または上半身に変異させて放つ。

 

更に、進化したデジモンを退化させたり、進化の鍵となる紋章の破壊、果ては相手のデータそのものを分解させる凶悪な技まで習得している。

 

自分達が為せなかった事を、生きて行う全てのデジモンや子供達を羨み妬み憎んでおり、消えて行ったデジモン達の必殺技を使って選ばれし子供達を追い詰めるが、互いの絆と心の中の光により輝いた「心の紋章の力」によって、デジタルワールドに復帰を果たした8人と8匹の連携攻撃を受けて敗北した。

 

そんなアポカリモンとは似て非なる千年魔獣が記されているのだ。

 

 

様々な機械型デジモンのパーツで構成されたムゲンドラモンと、同じく生物系デジモンの体の一部を合成したキメラモンの二体がジョグレス進化して生まれた合成型デジモン。

 

倒すことのできない最凶のデジモンとされるが、その在り得ないはずの誕生の原因を突き止めることが、ミレニアモンを攻略する手掛かりになるという。

 

必殺技は「タイムアンリミテッド」。時間を圧縮して異次元空間を作り出し、対象を幽閉する。

 

「古代デジタルワールドを暴虐のもとに支配したと伝えられる千年魔獣が再来していると考えて良さそうですね。なにせ現実世界はまさしく2000年問題で揺れている。混乱や不安がデータとして蓄積し、デジモンになったとしても何らおかしくはないのだから」

 

「ミレニアモン......」

 

賢はこれから対峙することになるであろう敵の名前を噛み締めるのだった。

 



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59話

アスタモンたちがデジタルゲートを抜けた先で待ち受けていたのは、都市エリアだった。オベリスクのような形をした黒い塔がたっている。まるでハリネズミみたいだと賢は思った。

 

「わあ、更地だ」

 

「ウォーグレイモン派手に暴れましたね」

 

「動力源は下にあるのかな、スパイラルマウンテンが崩壊する気配がない」

 

「これだけ暴れたのにね。なにで動いてるんだろう?」

 

空からの監視がなくなったためだろうか、デジヴァイスによる結界は正常に機能した。何度か機械型デジモンたちとすれ違ったが場所がバレることはなかった。ウォーグレイモンを探さなければ、と賢たちは目をさらにして地上を見つめていたのだが。

 

「これはいけない、隠れましょう」

 

「えっ」

 

「どうしてさ?」

 

「ええっ、そんなことしてる場合じゃないよ、遼さんたちをさがさなきゃ!」

 

賢は驚いて反対したが、ワームモンに戻ってしまっているためにアスタモンが着地すると捕まっている賢も降ろされてしまった。

 

「どうして?」

 

それは直ぐに判明した。アスタモンがみるみるうちに小さくなっていくではないか。光の粒子はどんどん縮んでいき、やがてそれは消えてしまった。

 

「アスタモン大丈夫?もしかしてどっか痛い?」

 

「なにかあった?」

 

「どうやら、暗黒勢力がワタクシたちの存在に気づいて、罠をはっていたようです。このエリアがスパイラルマウンテンにおける深部のようだから、1番の要なのでしょうね。進化することが出来ない」

 

「えっ」

 

そんな馬鹿な、とワームモンは1度進化を試みる。究極体になったことでエネルギーを使い果たしてこそいるが、休憩を兼ねた情報収集の時間は終わっていたからだ。

 

「......ダメだ、力が出ない」

 

「なんで?」

 

「一乗寺治がいっていたではありませんか。我々の進化はデジタルワールドの進化バンクにアクセスし、データをダウンロードすることで進化するのだと。無線だと。デジヴァイス自体に進化させる機能はないと」

 

「それを邪魔してるってこと?」

 

「一体誰が......」

 

「ワタクシたちの敵は進化という概念そのものを否定する怨念みたいな連中ですからね。その原理がわかってしまえば簡単なのかもしれません。現に選ばれし子供たちはデジヴァイスと紋章を破壊されたといっていた」

 

「えっ、じゃあどうやって進化できたの?」

 

「あの時はデジタルワールドの進化バンクに選ばれし子供たち自身が媒介となり、アクセスすることが出来たのでしょう。だが今回は......」

 

オベリスクのように立っている黒い塔をファスコモンはみあげた。

 

「あれが電波塔となっているようですね」

 

「どうしよう?」

 

「僕達だけじゃ壊せないよね、あの塔」

 

「ウォーグレイモンもおそらくはワタクシたちのようになっているはず。ワタクシとしたことがもっと考えるべきでしたね。デジヴァイスも紋章もなくとも究極体になれるはずの選ばれし子供たちのパートナーが誰一人進化することすら出来ずに負けた理由をもっと考えるべきでした」

 

「アスタモンのせいじゃないよ」

 

「そうだよ、アスタモンだって今回が初めての冒険なんでしょ?ならむりもないよ」

 

「うん。攻略本片手にゲームしてるわけじゃないんだから」

 

賢たちは空を見上げる。メタルエンパイアが跋扈するエリアは、機械デジモンだらけだった。

 

「どうしよう?」

 

「おそらくウォーグレイモンもワタクシたちと同じ状態のはずです。もしかしたら、ジュンの捕まっているところに囚われの身になっているかもしれない。あえて捕まってみませんか?」

 

ファスコモンの提案に賢とワームモンはえーと声を上げた。

 

「と、いうわけでしてね」

 

仲良く牢屋に放り込まれた経緯をきいたジュンは頭をかかえたのだった。

 

「通りで遼くんたちがあっさり捕まるわけだわ……。ありがとう、教えてくれて」

 

ジュンはため息だ。真向かいの牢屋には先にいっていたはずの遼たちがいた。コロモンをかかえて申し訳なさそうな顔をしている。なんだか疲れたような、悲しそうな顔をしているのはこちらで何らかの激しい戦闘があったからなのかもしれない。都市エリアがほとんど壊滅するほど激しい戦闘だったようだから。

 

「遼くん曰く、ダークマスターズの拠点が偏ってるみたいね。みんなメタルエンパイア所属のデジモンだもの。ものすごく歴史は変わってるみたい」

 

「遼さん、ダークマスターズと戦ったの!?」

 

「連戦ですって。ただ、勝った瞬間に、そいつらのデータがあの塔をたくさん作ったみたいだから、罠だったのかもしれないって」

 

「なかなかにえぐいトラップですねえ」

 

「遼くん、疲れてるみたいだからそっとしてあげましょ。さっきから元気ないのよ」

 

賢はうなずいた。いつもの遼からは考えられないほど落ち込んでいる。ジュンが聞いても話してくれないらしいから、コロモンから聞き出すのはやめといた方がいいと思ったのだ。

 

「ところでこれみて、これ。アタシの紋章と同じじゃない?どういうことかしら」

 

スパイラルマウンテンの動力源にして、アポカリモンの糧となる運命のエネルギー体を見つめて、ファスコモンは笑い始めた。

 

「なるほど、なるほど、そういうことですか」

 

「ファスコモン?」

 

「ワタクシは転生する時に初めてダークエリアに送られ、アヌビモンの裁きを受け、そしてデジタルワールドと一体化しつつあったゲートポイントでデジタマとなることが出来ました。その時にどうやらホメオスタシスに解析されたようですね」

 

「?」

 

「つまり、アポカリモンは封印するのにワタクシは転生した理由がここにあるというわけです。この紋章はワタクシ自身だ、かつてのね」

 

「かつての......ガルフモンだったころの......アポカリモンの残滓......だから?」

 

「ええ、ええ、そうですとも。ワタクシ一体分だとして、7つに分割せねばならないほどアポカリモンは凶悪ということですね。しかも今のデジタルワールドは究極体を進化を否定する概念だとして数を増やしたがらない傾向にあるようだ。その先にあるアポカリモンはなおさら受け入れられる体制が整っていない。複数の世界に分割した7つの究極体を同時に存在させて弱体化した上で転生させるくらいの調整をしなければならない」

 

「そんなに?そんなにかかるのね」

 

「だからこそ、スーツェーモン様はワタクシの紋章としてさずけたのだ」

 

「どういうこと?」

 

「アポカリモンの性質はワタクシが1番よく存じ上げています。デジモンが死んだ瞬間に残す感情というエネルギーをはじめ、感情といった精神、魂という根幹、デジコアを内側から食い破ることで自身を強化できる。いわばマッチポンプですね、理不尽な目に合わせて殺し、殺されたデジモンたちを取り込む。転生したとはいえ、ワタクシの性質はそうそう変わるものでは無い」

 

「えっ」

 

「必要がないので言わなかっただけですよ。無用な混乱は避けるべきだ」

 

「どういうこと?」

 

「ワタクシも同じということですよ。ワタクシが葬ったデジモンはその気になれば輪廻転生できずにダークエリアのワタクシの領地に送られ、ワタクシの骨肉となる。自己強化が可能なわけです。念の為重ねて言いますが、その気になれば、ですよ」

 

平和なデジタルワールドならばきっとそれは脅威だった。だが、今のデジタルワールドを前にしてジュンが感じたのは希望だった。輪廻転生のシステムが完全に崩壊し、死んだデジモンたちは問答無用でアポカリモンの糧となる、レジスタンスすら死に絶えた崩壊寸前のデジタルワールドにおいては。

 

「戻せる?」

 

「テイマーと選ばれし子供の違いはアナタの方がわかっているでしょうに」

 

「知ってるけど本人から聞きたかったのよ」

 

「戻せますとも」

 

ジュンの目が輝いた。

 

「ファスコモンは自力で進化したわけじゃなく、スーツェーモンの紋章による一時的な進化だから、いずれ成長期にまた戻る。そのエネルギーはスーツェーモンが管理してるから、あちらにいく。つまり、あちらのデジタルワールドの輪廻転生システムにのせることができる!」

 

よく出来ました、とばかりにファスコモンは笑った。

 

「やっと理解できたわ。なるほど、そういうことだったのね」

 

ジュンは紋章を手にするのだ。与えられた使命の意味を完全に理解できた今、ジュンに迷いはない。

 

「いけるわよね、ファスコモン」

 

「ええ、ジュンを助けるまでにたくさんの敵と交戦してきましたのでね」

 

ジュンは前を見据える。

 

「いくわよ」

 

デジヴァイスがこれ以上ないくらいに輝いた。ハッキングしているパソコンにデジヴァイスを繋ぎ、侵入経路を確保する。

 

「本宮さん、どうしたの?」

 

「おいおい、なにする気なんだ?」

 

さすがにジュンがいきなり行動を起こし始めたから遼も賢も驚いた。

 

「ちょっと、ダークタワーを壊してくるわ。かなり博打なやり方だから死なないようにデジヴァイスの結界はずっと張っていてね」

 

ジュンとファスコモンはパソコンに開かれていたデジタルゲートからフルダイブする。遼たちがみたのはノートパソコンだけだった。

 

 

 

 

 

 

ジュンとファスコモンがスパイラルマウンテンの最深部に到達したとき、動力源たる空間全体が脈打っていた。まるでなにかが生まれようとしていた。脈はひどく遅くて体はとても冷たいが、キコンカコン歌時計のように活発に動いている。時計の針に似た響きは、死に誘う警鐘のような恐ろしさがあった。

 

「いくわよ」

 

一か八かの賭けだった。

 

「ええ」

 

ジュンは紋章を解放して、デジヴァイスにダウンロードする。そして、ファスコモンにデータがアップデートされる。デジタルワールドの進化バンクにアクセスするのではなく、ジュンがアクセスを試みたのはこの動力源だった。

 

やけに静かな緊張感があった。派手に動悸が打つ気がする。

 

「ファスコモン、大丈夫?」

 

心臓の規則正しい音。それはやや早いが、力強く弾力があり健康的な響き。心臓の音が、ドラムを鳴らしてるみたいに、身体中に響いていた。心臓が胸の中で、小鳥のようにばたばたしだす。肋骨の檻の中で心臓がコツコツと音を立てる。

 

心臓の鼓動は、かちかちと鳴る時計の秒針を追い抜き、一段と早くなる。

心臓は確かな鼓動を繰り返している。意識を集中させると、内部から音が聞こえてくるようだ。

 

誰かがすぐ近くで、金槌を使って壁に釘を打ち付けていた。こんこんこんこん、という途切れのない音が聞こえた。かなり硬い壁と、かなり硬い釘だ。こんな時間にいったい誰が釘なんか打っているのだろう? 

 

天吾は不思議に思ってまわりを見回したが、どこにもそれらしい壁は見当たらなかった。そしてまた釘を打っている人の姿もなかった。 

 

少しあとになって、それが彼の心臓が立てている音であることがわかった。彼の心臓がアドレナリンの刺激を受け、急遽増量された血液を、耳障りな音を立てて体内に送り出しているのだ。

 

普段と変わらないトクトクという小さな鼓動が胸の奥から立ち上ってきて、正常に血液を流し始める。心臓は胸から飛び出しそうなほど、ドクドクと動き続けている。心臓が破裂しそうなほどドキドキする。心臓は隆起と陥没を繰り返す。

 

ファスコモンが光に包まれる。

 

成熟期、いや完全体。それとも究極体だろうか。

 

スパイラルマウンテンからハッキングして、暗黒の力を直接奪い取った相方はみるみるうちに姿を変えていく。

 

やけにひんやりとした空気に満ちていた。ジュンは耳に意識を集中した。空気の音がした。地面の音がした。しばらくして、心臓の鼓動が感じられた。身体が弾む。気のせいかしだいに、鼓動は大きくなるようだ。肩の力を抜いてみた。目を閉じてみる。

 

心音がジュンを包む。落ち着く音だった。身体の中では血液が、爆発するように送り出されているのだろうが、その鼓動が心地よい。絶え間なくつづく、血液の循環だ。はるか昔、ジュンは誰かの腹の中で、この音を聞きながらよく眠っていたのだろう。守られている感覚がある。すっと力が抜ける。自分の心臓が強く鳴っているのを、遠くで鳴る警鐘のように感じていた。

 

内側から動力炉が引き切れる。滝がなだれ落ちるようにズタズタに引き裂いた。壁を突き破るような産声が湧き起こる。息もつけない緊張の沈黙を破って響く。

 

それは巨大な爪をもつ怪物だった。怪物が咆哮をあげる。動力源たる炉から禍々しい光が吹き出したのだった。

 

 



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60話

七つの大罪という言葉がある。

 

4世紀のエジプトの修道士エヴァグリオス・ポンティコスの著作に8つの「枢要罪」として現れたのが起源である。多少の変遷があり、7つに落ち着いた。厳しさの順序によると「暴食」、「色欲」、「強欲」、「嫉妬」、「憤怒」、「怠惰」、「傲慢」である。

 

現在のキリスト教でも言及されることがあるこの言葉は、デジタルワールドにおいて別の意味をもつのだ。ジュンももちろんその名を知っていた。セキュリティシステムの末端でなくても知っている。デジモンがパートナーとして現われる誰もが注意すべきデジモンの勢力として学校で習うからだ。

 

デジタルワールドには、悪魔・暗黒系のデジモン達の頂点に立つ七体の魔王型デジモンの総称であり、七つの大罪をモチーフにしている一大勢力があるのだ。その名は七大魔王。

 

数あるウィルス種の中でも最強の魔王型デジモン達を総称して呼ぶ。1体1体が他の魔王型デジモン達とは一線を画す力を誇っている。

 

数少ないロイヤルナイツと対抗できるデジモン達でもある。 ただしロイヤルナイツのように統制されていないうえに、七大魔王同士が協力することは有り得ない。

 

全員が『七つの大罪』を1つずつ司っている。

 

ロイヤルナイツ並に人気のあるデジモン達でもある。

 

メンツは以下の通りだ。

 

 

デーモン。司る大罪は憤怒。名前の由来は『デーモン(悪魔)』全七大魔王中、最も悪魔のような姿をしている。必殺技はフレイムインフェルノ、地獄の業火で敵を焼き尽くす。得意技はケイオスフレア。巨大な爆炎だ。

 

ダークウィルスという特殊能力があり、0と1の配列を操りデータを改ざんし、感情に影響を与えるウィルスを操る。

 

ベルゼブモン。三つ眼を持った人型の魔王。 司る大罪は暴食。名前の由来は『ベルゼブブ』 。群れることを嫌う孤高のデジモンでひたすらに強さを追い求める。バイク「ベヒーモス」と愛銃「ベレンヘーナ」を装備。 翼の生えたブラストモードが存在する。

 

必殺技はダブルインパクト。ベレンヘーナの弾丸で敵を吹き飛ばす。得意技はダーククロウ。鍛え抜かれた爪で敵を切り裂く。そしてカオスフレア 。ブラストモード時の必殺技。魔法陣を描き、そこからレーザーを放つ。

 

ルーチェモン フォールダウンモード。

一対の白い翼と黒い翼を計12枚持つ最高位堕天使型の魔王デジモン。 司る大罪は傲慢。名前の由来は『ルシフェル』。

 

デジタルワールドにおける天使の階級は翼の数によって決まるがルーチェモンはその中での最高位に属する。 ちなみに次点は10枚のセラフィモン。進化前はワクチン種の天使型ルーチェモン。ルーチェモンフォールダウンモードは七大魔王唯一の完全体であるが、七大魔王中最強とも言われている。

 

さらに究極体のサタンモードも存在する。 この時は悪魔というよりは竜に近い姿をしている。

 

必殺技はグランドクロス。ルーチェモンの必殺技。10の属性を持つ十字型の波動を放つ。 威力はセラフィモンの必殺技「セブンヘブンズ」を超えるといわれている。得意技のデッド・オア・アライブは光と闇の力で作った檻に対象を幽閉する。対象は50%の確率で即死し、もう50%の確率で大ダメージを受ける。パラダイスロストは高速のパンチで敵をなぎ倒し、上に蹴り上げ、上に回り込みあしを掴み抑えたまま落とす。

 

 

リリスモンは唯一の女性型魔王デジモンだ。司る大罪は色欲。名前の由来は『リリス』。妖艶な雰囲気を出していて、様々な悪魔デジモンをしもべにしている。

 

必殺技はファントムペイン。対象を腐食させデータを破壊する吐息を放つ。ナザルネイルという触れたものを腐食させる爪で攻撃する技ももつ。

 

リヴァイアモンはワニのような姿をした魔王型デジモン。 司る大罪は嫉妬。名前の由来は『リヴァイアサン』。

 

デジタルワールドを飲み込むほどの顎を持つといわれ、竜帝エグザモンを除けば最もでかい。必殺技はロストルム 。巨大な顎で丸ごと飲み込む。

 

 

バルバモンは老人のような姿をした魔王デジモン。 司る大罪は強欲。名前の由来は『バルバトス』。でかい鼻が特徴的。魔法使いのような感じでもある。 必殺技はパンデモニウムロスト。ダークエリアより召喚した闇のエネルギー波で対象を焼き払う。ベリアルヴァンデモンの「パンデモニウムフレイム」と同じ原理だが威力は桁違いに高い。デスルアー は手に持つ杖を使って対象を堕落させてしまう技だ。

 

そして。

 

ジュンの目の前で魔獣のような姿で暴れ狂う『レイジモード』のパートナーが最後の七大魔王だ。巨大なぬいぐるみのような姿をした『スリープモード』 の2つの姿を持つ魔王デジモン。 司る大罪は怠惰。

 

普段は鎖によって力を抑えており、1000年に一度目覚める。そして鎖を破壊しレイジモードになる。 七大魔王の中では最後に発見され、その力は計り知れない。

 

必殺技はランプランツス、自分を縛る鎖から闇の炎を放つ技。そして、ギフトオブダークネス。全てのエネルギーを解放し、魔爪で対象をズタズタに引き裂く技。

 

今、まさに都市エリアのスパイラルマウンテンにおいて、大暴れしているのは。

 

「ベルフェモン、レイジモード……。じゃあ、あの紋章はもしかして七大魔王の……?」

 

ジュンは呟く。

 

咆哮は一瞬にしてムゲンドラモンの配下たちを焼き、完全体以下のデジモンたちを葬り去った。そしてアポカリモンに取り込まれるはずの魂はベルフェモンに取り込まれ、さらなる強化を促す。目に入るもの全てを破壊していくベルフェモンは容赦がなかった。

 

ダークタワーであろうが、都市機能であろうが、なにもかもを塵芥にしていく。ベルフェモンの通ったあとには何も残らない。あたり一帯を空爆にあった戦争地帯の惨状に変えたベルフェモンは勝ち誇るように咆哮した。

 

「ベルフェモン」

 

ジュンが名前を呼ぶと唸りを上げながらも咆哮はやみ、辺りを見渡し始める。ジュンはすっかり大穴があいてしまい、今にも崩れ落ちそうなほど崩壊してしまった地下最深部にて立ち上がる。

 

「ここよ、わかる?」

 

デジヴァイスを掲げながら手を振るジュンに、ベルフェモンは振り向いた。そして、視線の先にジュンがいることに気づいて、目を細めたのだった。

 

がりがりがり、と無理やり穴に手を突っ込み、乗れとばかりに差し伸べてくるベルフェモンにジュンは瞬き数回、うなずいた。

 

鋭い爪を避けながら黒い指にしがみつき、手の甲をのぼり、腕のあたりに到達するとベルフェモンは肩にのせた。

 

「た、高くない……?」

 

ひきつるジュンにベルフェモンは無言のまま笑うだけだ。

 

「それにしても、すっかり綺麗になったわね、ダークタワー。これならみんなまた進化できるかも」

 

ジュンの呟きにベルフェモンはうなずく。その風圧に吹き飛ばされそうになり、必死でしがみついた。

 

ダークタワーがなくなり、進化の妨害がなくなったことで再び世界に鮮やかな光の柱が2本、空から地上に向けて降り注ぐ。ジュンとベルフェモンはそちらに向かい、飛行を始める。おそらく、グランクワガーモンとウォーグレイモンがいるはずだ。ベルフェモンの前世が動力源となっていた一帯は完全に停止し、他のエリアはベルフェモンが大暴れしたせいで進化制限が解除されている。これでようやく全力で戦うことができるというものだ。

 

「みんなー、大丈夫?」

 

ジュンの軽すぎる言葉に死にかけた遼と賢は抗議の声を上げる。ジュンはごめんごめんと謝りながらベルフェモンの凶悪な姿に絶句する仲間たちに合流することができたのだった。

 

 

 

 

ダークタワーによる進化制限がなくなり、グランクワガーモンとウォーグレイモンは今までの鬱憤を晴らすような快進撃を見せた。

 

「おのれ、あと少しだというのにじゃましやがって!!」

 

とうとうお出まししたのは、都市エリアの支配者であり、ダークマスターズの最後の一人であるムゲンドラモンだった。

 

全身が100%フルメタルのデジタルワールド最強のデジモン。数々のサイボーグ系デジモンのパーツを組み合わせて造られており、今まで製造されてきたサイボーグ系デジモンはムゲンドラモンを完成させるための試作型だったと思われる。

 

他のデジモンを圧倒するほどのパワーと、桁違いの処理能力を誇る頭脳を持つが、自らの意思は持ち合わせていない純粋な機械デジモンである。そのかわり本体中枢にある電脳核(デジコア)に、何者かによって悪の意思が宿ったプログラムを植えつけられており、悪意に満ちた電脳核からは無限のパワーが供給されている。必殺技は2砲のキャノンから発射される超弩級のエネルギー波『∞(ムゲン)キャノン』。

 

ウォーグレイモンいわく、連戦を重ねたせいで疲弊し、光による進化の力を借りてようやく倒すことが出来たムゲンドラモンを孤立無援にした状態で追い詰めている。アポカリモンにより生まれたダークマスターズは、スパイラルマウンテンから力を得ていたようだ。

 

7分の1の力をベルフェモンに奪われたムゲンドラモンは、ベルフェモンが大暴れして動力源炉を破壊した上、完全体以下の手下をすべて自分の力に吸収したせいでさらなる弱体化を強いられてしまったのだ。

 

ウォーグレイモンが知るより精彩をかき、力のブレが大きくなっているムゲンドラモン。こちらは選ばれし子供の数こそ少ないが全員激しい戦いを切り抜けてきた究極体。

 

皮肉にも少数部隊ゆえに休みをこまめに重ね、戦いが多かったために彼らは急速に成長していた。かつてより早い段階でスパイラルマウンテンに突入したおかげで究極体としての長さはあまり変わらないのだ。

 

真っ向勝負による激突となった。攻撃のかなめはやはりウォーグレイモンであり、唯一のワクチン種ゆえにここが落ちたら総崩れになる。グランクワガーモンもベルフェモンも支援なり援護なり重ねながら、ムゲンドラモンの強烈な一撃を耐えながらカウンターをしかけた。

 

「パラライズアタック!」

 

その刹那、ムゲンドラモンの装甲から見た事がない砲台が出現し、ウォーグレイモンたちにおそいかかる。ベルフェモンがその巨体を生かして小柄なウォーグレイモンを庇う。ベルフェモンはうめきを上げた。

 

「ベルフェモン、大丈夫?!」

 

ジュンがデジヴァイスを確認すると異常状態と書かれている。どうやらマヒさせられたようだ。一定ターンの間行動できなくなったらしい。

 

「まずは貴様からだ!」

 

「ベルフェモン!ジュン!」

 

「私達はいいから、秋山くんたちは避けて攻撃に集中して!」

 

∞キャノンの標的からはのがれられない。巨大な砲台がベルフェモンの巨大に向けられ、フルチャージしたエネルギーが一斉に火を吹いた。

 

 

ムゲンドラモンの必殺技はベルフェモンの向こう側の虚空すら破壊してしまいそうな威力だった。もろに直撃してしまったベルフェモンの体が大きく揺れる。こちらも防御力無視の貫通攻撃なようで、ベルフェモンは唸り声をあげた。しっぽの方から光の粒子に分解され、空中に立ち上り始めているのがわかる。途中で体の崩壊は止まったが苦しそうだ。

 

「ベルフェモン!」

 

ジュンはたまらず叫ぶ。しがみつくパートナーにベルフェモンは目を細めた。そして辛うじて受け切った満身創痍状態のまま、大きく翼を広げるのだ。

 

「ギフトオブダークネス」

 

構わずベルフェモンは防御力無視の貫通技を放った。この攻撃の前には装甲など意味をなさない。圧倒的な攻撃がムゲンドラモンの目を抉りとった。ムゲンドラモンのエネルギー砲が充填し終わるまえの強烈な一撃だ。これにより標準を合わせづらくなったムゲンドラモンはトドメの一撃をうち損ない、盛大に誤爆した。

 

先程欠損した体の一部が蘇生していく。ジュンは息を吐いた。どうやらムゲンドラモンの構成データはベルフェモンとよく似ているようで、屠った目のパーツ分回復することが出来たようである。これで少しは持ち直したのか、ベルフェモンはムゲンドラモンを睨んだまま飛翔する。

 

「グランクワガーモン、頼むよ!」

 

「うん、まかせて!ディメンションシザー!」

 

好機とばかりにグランクワガーモンが頭部パーツを空間ごと切り裂いた。0と1の粒子が虚空に消えていく。完全に視野を失い、全盲となったムゲンドラモンが最期の一撃を喰らわせようと雄叫びをあげる。

 

そうはさせるか、と立ちはだかったのはウォーグレイモンと遼だった。

 

「よし、今だウォーグレイモン!ベルフェモンとグランクワガーモンが作ってくれた隙を逃すなよ!」

 

「うん!任せて、遼!」

 

高いエネルギーが迸る。ウォーグレイモンが身体を回転させて突撃する。

 

「ブレイブトルネード!」

 

両腕に備えた『ドラモンキラー』はドラモン系デジモンに対して絶大な力を発揮する。回転しながらムゲンドラモンの四肢や大砲の支えなど弱点となりうる部分をウォーグレイモンは八つ裂きにする。

 

砲台は傾き、マシーンはあらぬ方向にエネルギーを照射する。出口が落ちてきた部品に塞がれたエネルギーは出口を失い、ムゲンドラモンに逆流する。ムゲンドラモンの砲台が消し飛んだ。

 

断末魔が響き渡るが、ムゲンドラモンの執念に燃える闘志はまだ衰えない。

 

「これで終わりだ!ガイアフォース!!」

 

特大のエネルギー体がムゲンドラモン目掛けてぶち込まれたのだった。

 



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61話

ダークマスターズを全て倒したことで、4つあったスパイラルマウンテンは完全に消滅してしまった。全てが0と1にとけていく。選ばれし子供たち以外に広がるのはただひたすらに虚空である。

 

その先にいたのは。アポカリモンではなかった。

 

「ムゲンドラモン!?どうして!」

 

「倒したはずなのに!」

 

「それだけじゃない、あいつもだ!ピノッキモンの代わりにいた、アイツ!」

 

ウォーグレイモンの言葉に都市エリアにずっと監禁されていたジュンは、え、と虚をつかれた様な顔をするのだ。ジュンの反応にウォーグレイモンは説明してくれる。このデジタルワールドはミレニアモンというやつが引き起こした黙示録に書き代わっていると賢が教えてくれたのだが。

 

ダークマスターズのメンバーがまず違うのだ。ピエモンとピノッキモンがいなかった。スパイラルマウンテンは4つにエリアがわかれているが、実質メタルエンパイア所属の究極体デジモンたちが、それぞれの得意とする支配エリアを決めていた。

 

都市エリアはムゲンドラモン。森林エリアはボルトモン。海エリアはメタルシードラモン。そして空は。

 

(なんで……なんでこいつがいるのよ、嘘でしょう!?)

 

ジュンは驚きのあまり声を出すことができなかった。そのあまりにも醜悪な存在ゆえにジュンの反応にあまりウォーグレイモンたちは違和感を感じなかったようだ。

 

「ボルトモンを殺したやつがなんで生きてるんだ!」

 

明らかに激昴している遼にジュンは驚く。遼は唇を噛みながら教えてくれた。

 

ピノッキモンがいると聞いていた森林エリアにおいて、遼たちはボルトモンというデジモンと交戦状態になったらしい。メタルエンパイアという勢力によりアンドロモンと同時期に造られた試作型サイボーグデジモンだった。

 

機械ベースで作られたアンドロモンとは違い、肉体ベースで造られたボルトモンは感情を持ち、パワーも優れていたが、制御が難しく暴走してしまい、闇に葬られてしまった。長きに渡る眠りから目を覚ましてみれば、メタルエンパイアの研究者たちは存在せず作られたデジモンばかりが残り、時間ばかりが過ぎていた。

 

自らの存在を否定された悲しみをぶつける復讐相手はすでにいない。そんななか、闇の勧誘にのり、世界に復讐することにした悲運のデジモンと敵対せざるを得なかったのは少なからず彼らにダメージを与えていたようだ。

 

「もう少しで分かり合えそうだったんだよ、話は出来そうなやつだったのに!」

 

トマホークを地面に刺し、少しだけ耳を傾けてこちらの話を聞いてくれそうなデジモンだったらしい。それを唐突に終わらせたデジモンが目の前に居るのだと遼はいう。あっけなかった。後ろから熱線に貫かれ、ボルトモンは四肢から溶解してボロボロになって死んでいった。その元凶をジュンは知っていた。

 

胴体…グレイモン

両脚…ガルルモン

尻尾…モノクロモン

翼…エンジェモン

翼…エアドラモン

頭部…カブテリモン

髪…メタルグレイモン

左腕…クワガーモン

右腕…スカルグレイモン

両腕…デビモン

 

あまりにも多くの生物系デジモンの体の一部を合成して誕生したデータ種の完全体デジモンだったはずだ。だが、ダークマスターズとして出現したこのデジモンは究極体であり、ムゲンドラモンのプロトタイプとしてメタルエンパイアに対になる存在として作成されたようだった。

 

「キメラモン!」

 

遼の言葉にジュンは息を呑む。ジュンの時代でもデジモンカイザー時代のことを賢が暗黒の種の副作用で覚えていないために、なぜキメラモンが作成されたのか謎とされていた。

 

既存のデジモン達の合成であるムゲンドラモンへの対抗兵器や試作品だとも選ばれし子供たちのパートナーのデータをかき集めて最強のデジモンを作ろうとしたとも言われているがわからないままだ。

 

ただ一つだけ分かっていることは、キメラモンの恐るべき闘争本能、そして強大な破壊力だけである。四本の腕から放出される、死の熱線『ヒート・バイパー』。この熱線を受けたものはキメラモンの呪いのごとく、見るも無残にバラバラに四散してしまう恐ろしい技である。

 

究極体にまで強化され、さらにダークマスターズとして誕生したキメラモンから放たれた一撃だ。ボルトモンの死がどんなものか想像するのもたやすかった。

 

「ふふふ……感謝するぞ、選ばれし子供たちよ」

 

「誰だ!」

 

「一体どこから......」

 

賢と遼の反応からキメラモンの反応ではないと判断したジュンは気をつけてと叫ぶ。ムゲンドラモンでもキメラモンでもないならば、その声は一人しかいないからだ。

 

「あの時のように私を倒してくれて感謝する」

 

「あの時?」

 

「なんのことだ?僕たちはムゲンドラモンは倒したけどキメラモンは倒してないぞ!」

 

ウォーグレイモンの言葉に正体不明の声は笑うのだ。

 

「そうだろう、この世界の君たちはそうだった。だが、今までの戦いで君たちはキメラモンとムゲンドラモンを倒した。かつてのように。だからムゲンドラモンとキメラモンは互いに生き延びる為に融合し新たな変異体となって生まれ変わったのだ!」

 

「なによそれ、まるで今生まれたみたいなこと言うのね」

 

「そうだとも。この世界にも私を生み出すために数多の工作を仕掛けた甲斐があったというものだ。ありがとう、選ばれし子供たちよ。おかげで私はまた生まれることが出来た。デジタルワールドを滅ぼすために!!」

 

それは邪神の産声に等しい宣告だった。ムゲンドラモンとキメラモンがジュンたちの目の前で融合していくではないか。遼たちは驚きのあまり見ていることしか出来ない。機械の合成獣と生身の合成獣がひとつとなる様子はこんなにもむごく、えぐく、吐き気を催す不快さに充ちているとは知りたくなかったと切に思う。

 

ジュンは震えている自分に気がついていた。

 

デジモンは死んだら転生する生命体だが例外があることをジュンは知っている。死んだはずの個体がデジタマに戻らず、データの残滓が進化することで生き延びることがあるのは他ならぬパートナーが証明しているからだ。アポカリモンはデジタルワールドに封印された存在であり、転生システムから拒否されている特殊なデジモンだから起こったデジモンの誕生だ。

 

だがミレニアモンはわけがちがった。進化の頂点である究極体がさらに進化することなど、しかも互いに個体が既に死んでいる状態で融合という形で進化することなど聞いたことがなかった。

 

明らかに転生システムが完全に崩壊している今のデジタルワールドで、アポカリモンにふたたび取り込まれれば封印されることがわかっているが故の行動だ。何十年まてばデジタルワールドに受け入れてもらえるかわからない以上、新たなデジモンとして誕生するための布石である。

 

「ミレニアモン……あなた、一体どこから来たのよ」

 

ジュンの言葉にミレニアモンは高笑いするのだ。

 

ダークマスターズがアポカリモンから生み出されたにもかかわらず、生存本能に目覚めたがゆえに起こしたバグとしかいいようがなかった。

 

「これから死にゆくお前たちには関係ないことだ。私の目的はあくまでも8人の選ばれし子供たちに対する復讐なのだから!」

 

それも平行世界の選ばれし子供たちに倒されたムゲンドラモンとキメラモンの融合により誕生したというむちゃくちゃな敵である。

 

「そうはさせるか!」

 

「そうだよ、僕達は負けない!」

 

「わるいけど、アナタをこのまま好きにさせる訳にはいかないわ。みんな、ウォーグレイモンたちと会えるのだれよりも楽しみにしてた。その気持ちを踏みにじり、罠にはめたアナタを許す訳にはいかない!」

 



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62話

「なんだこいつは......」

 

治はデジモンアナライザーで解析した結果、今回の敵の正体を見て戦慄するのだ。

 

名前 ミレニアモン

種族 ウィルス種

属性 合成型

必殺技 タイムアンリミテッド

時空を圧縮し、敵を亜空間に閉じ込める。

得意技 ディメンジョンデストロイヤー

タイムアンリミテッドで作り出した空間ごと敵を破壊する。

 

「なんじゃこいつは......なぜデジモンアナライザーはこやつを解析できるんじゃ......デジモンだと判断したのか......!?」

 

それは治たちが過去世界にハッキングをしかけ、ジュンたちを支援していたことが初めからわかっていたのだと宣言しているに等しい異常事態だった。

 

アポカリモンのようにデジモンの皮をかぶったもっとおぞましい何かならばすべてのデータが正体不明であり、今この瞬間生まれた新種のデジモンならば解析不能となるはずだ。 データを明け渡しても負ける気が微塵もないことを示していた。

 

モニター越しに見ていることしか出来ない治とゲンナイを嘲笑うかのように画面にピシリとヒビが入った。

 

「タイムアンリミテッド!」

 

ガラスで黒板を思いっきり引っ掻いたような甲高い音がした。

 

「ぐううう───────!」

 

「ゲンナイさん大丈夫ですか?!」

 

いきなり苦しみ始めたゲンナイに治は驚いて椅子をひっくり返し、背中をさする。体をくの字にまげながらゲンナイは苦悶の表情でそのままうずくまってしまう。

 

「離れるんじゃ!」

 

治は息を飲んだ。今、ゲンナイは自分自身と戦っているのだ。暗黒の球体の発動を防ぐにはマイナス思考に誘導してくる暗黒の意志をつっぱねるだけの強い自分を持たなければならないと絶え絶えながらゲンナイはいった。

 

ゲンナイの腹から二重らせんの鎖が生えてきてゲンナイ自身に巻き付き始めたのだ。二重らせんの鎖から赤熱しはじめ、黒い煙が燻り始めたではないか。さらにドロドロ体が溶け始める。

 

「ゲンナイさん、大丈夫ですか?」

 

ゲンナイは小さく首をふる。深呼吸を繰り返しながら瞑想を始めた。

 

「......これが、暗黒の球体......」

 

治は愕然としたまま、ゲンナイとモニターを交互に見つめていることしかできなかった。

 

モニターの向こう側でジュンたちが感じたのは重力ににた何かだった。目に見えない大きななにかが巨大な岩のように四方八方からのしかかる。蛆虫のように押し潰される。耐えられず放り投げたデジヴァイスや紋章はジュンたちの目の前で地面に落ちつぶれてたように形が崩れた。かわいた音をたてて微塵に押しひしゃがれた。

 

その瞬間にウォーグレイモンとグランクワガーモンは悲鳴をあげる。みるみるパワーが奪われていき、2体は一気に成長期に戻ってしまった。ベルフェモンだけは暗黒の力を奪い取り我がものとしているために究極体の体を守ることができた。遼と賢はそれぞれアグモンとワームモンをかかえたままベルフェモンにしがみつき、必死で耐えた。

 

ミレニアモンは低周波の音圧が空気をふるわせ、衝撃となってジュンたちを襲った。

 

手のひらがママレードみたいにぐしゃぐしゃに潰れる様子を幻視する。込み上げてくるのは途方もない恐怖だった。

 

「うわあああ」

 

「きゃあああ!」

 

「なにするんだっ!」

 

ミレニアモンの声がどんどん遅れて聞こえてくる。一言一言が遠ざかり、音としてしか認識できなくなっていく。意味などもはや理解できる状況ではなくなっていった。

 

ジュンたちは理解できないのだが、ミレニアモンの必殺技により時間と空間を圧縮することで、時代が溶け合って融合し、ありとあらゆる存在が保証されない亜空間が形成されたのだ。あらゆる「いま」が圧縮されてしまったその空間にもろとも飲まれてしまったのである。

 

ジュンたちがわかるのは、とんでもなくヤバいということだけだ。ジュンはベルフェモンに必死で捕まっていた。

 

過去、現在、未来がひとつに収縮していく。ある意味時間が存在しない点で、「無」の世界と言えるかもしれない。

 

ジュンたちの目の前で目まぐるしく風景が変わった。海底に飛ばされ、海底からさらに空へ、飛ばされる上空にいたウミネコは幻術にかかったかのように姿を変える。やがて宇宙空間に投げ出されたジュンたちはトンネルのような空間を通り、虚空に飛ばされることになる。

 

「な、なんだ!?体が!」

 

「どんどん薄くなってく!僕達死んじゃうの!?」

 

賢と遼の姿がみるみるうちに透明になっていくではないか。ジュンはあわてて手のひらを見てみるがジュンの方は変化がない。

 

「みんな!」

 

必死でしがみついているしかない遼たちはジュンの叫びに答えることすら出来ない。

 

「なにをしたの!みんなに何をしたの、ミレニアモン!!」

 

ジュンの叫びに空間全体が嘲笑した。

 

「個人は、連続した時間の同じ軸には存在しない。ゆえに圧縮が進めば進むほど希薄な存在となる。デジタルワールドの過去も現在も未来もすべて圧縮してひとつにしてしまった今、お前たちは消えゆく運命なのだ!」

 

ジュンは目を見開いた。

 

「お前たちだけではない。この世界に1歩足を踏み入れた瞬間に8人の選ばれし子供たちもお前たちのように消え失せる運命なのだ!そうして初めて私は安息の地を得ることができる!」

 

ミレニアモンから語られる目論見は生命としてあまりにも当然の足掻きだった。目的はただひとつ。アポカリモンの1部になりはてて死ぬか封印されるという運命から逃れて自身が存続するためで、自分だけの世界を創ろうとしているのだ。

 

なんてことだろうか。たったそれだけの強烈な生存本能ゆえにミレニアモンは平行世界のデジタルワールドに自分を作り出し、時間を操るという途方もない能力を手に入れたのだ。

 

何度も観察・体験しているうちに完全な時間圧縮の方法を見つけたのだとミレニアモンは語る。デジタルワールドが正常化、もしくは歪みが正される前に時間を圧縮して作りだした亜空間に変貌させるのだ。そして選ばれし子供たちやセキュリティシステムのデジモンたちを罠にはめ、自分ひとりだけが唯一の存在となれる世界を作るらしい。

 

「やはり最後まで邪魔してくるのだな、ウォーグレイモン!」

 

ワームモンは古代種、アグモンは光が丘爆弾テロ事件のころと同じ系譜を持つ個体だから普通のデジモンより長く存在できるようだ。ミレニアモンは執拗にアグモンを殺そうとする。ベルフェモンは盾となりアグモンを守る。だが時間の圧縮が加速するにつれ、デジモンたちさえも透明になり始めた。

 

「……なるほどね、ならアタシはなかなか消えないわよ。ベルフェモンもね」

 

ジュンはすさまじい勢いで回転し続ける世界に叫んだ。

 

「せっかちなやつね、あんた」

 

「なんだと?」

 

「デジタルワールドに受け入れてもらうまで待てないなんてせっかちだっていってるのよ。ようするに極端な個人主義ってことでしょう?自分自身だけ支配できればいい、他は消えてくれってこと。いや、違うわね。個人主義と言うよりは超常の力を持つ邪神ゆえにいろんなところで嫌悪され恐怖される、なら自分以外が存在しなければ自分を虐げる者もいないって発想だわ。この世界のくだらない摂理を停止させ、私が世界で唯一の存在となる。そんなところ?」

 

返ってきたのは嘲笑だった。

 

「立派な理論武装して渡り合うつもりか?建前がどれだけ立派だろうが私に生まれた瞬間から死ねといっているも同然ではないか。生存本能が私の原動力だ。貴様のようにな!」

 

それは痛烈な皮肉のように聞こえる。人の心臓をえぐるような皮肉だ。胸をえぐるような苦痛な言葉がなげつけられた。意地の悪そうな笑いが空間に広がる。

 

「命の選別をするとは、貴様は神か?仏か?なにを思い上がった勘違いしているのだ!!」

 

地が避けて熱い溶岩が流れ出したような恐ろしい激痛がジュンの全身を襲った。声も凍るほどの衝撃だ。背骨に杭が打ち込まれ、全身がばらばらに砕けて勝手な方向に駆け出し飛び散っていくような錯覚を覚えてしまう。

 

ときとしてその痛みはすさまじく深くなる。まるでミレニアモンのデジコアにじかに結びついているみたいに。体も心も痛みに支配されて、本宮ジュンという個性が入り込む余地が全くない。のたうちまわるジュンにミレニアモンは笑う。

 

それは明らかにミレニアモンの激昴だった。

 

「それは違う!」

 

叫んだのは遼だった。ほとんど消えかかっているが構わず彼は叫ぶ。

 

「ボルトモンを見て俺だって悩んださ!どうしても死なせないといけないのか。すくいあげることはできないのか殺すことでしか救えないのか。苦しい。とても苦しい。お前を消去しか選べず殺すことが苦しい。他に道がないのかどうか、ずっと考えてたさ!でも見つからないんだ。今の俺たちじゃ、お前を救えないんだよミレニアモン。殺すことでしかデジタルワールドは受けいれることすら出来ない!だから俺はお前を倒す!」

 

はっきりと秋山遼は言い切った。ジュンは目を見開いた。なんて人だろうか。パートナーを持たないかわりにすべてのデジモンを進化させる才能に恵まれた彼らしい叫びだった。

 

「そうね、そうだわ。今のデジタルワールドはアナタを受けいれることはできない。その事実に絶望して世界を転移し続けてるアナタの憎悪は想像できる。でもそれだけよ。できないものは出来ないの、待ってもらうことしかきっとできない。だからアタシは戦うのよ。たしかにアタシはたくさんのデジモンを殺したわ、戦いだから。でもたくさんのデジモンをすくいあげてきた自信がある。これからもそうであり続ける」

 

「僕も!僕も戦う!遼さんやジュンさんみたいに、戦うって、頑張るって、兄さんに、治兄さんに約束したから!!」

 

ジュンたちの叫びが光となる。それが自分自身から光っているのだと気づいたとき、子供たちはパートナーの名前を呼ぶのだ。あるいは友達の名前を。光がビックバンのように大爆発を起こす。世界が白亜に塗りつぶされていった。

 

「なぜだ、なぜ消えないのだ!おまえらの存在など時間圧縮を前に消えてしまうがいい!!激しい痛みとともに思考が分断され記憶も思い出も極限までにうすめられるのだ」

 

ミレニアモンの叫びをもろともせず、ジュンたちから放たれる光は輝きをましていく。

 

もともと世界は縦軸、横軸、高さ、時間で1点を特定できる4次元時空だ。時間圧縮とは文字通り時間を圧縮し過去と未来を極限まで短い時間に押し込むこと。そうすることで本来の時間における全ての存在感が薄れる。例えば山とか海はずっとその場に居続けるから存在感は薄くならないが、常にXYZ軸において移動している生物はその時々で別の場所にいるから、時間軸だけが圧縮された時存在が希薄になり消えてしまう。

 

動画を時間ごとに切って透明なフィルムに写して、それぞれのフィルムの色を薄くして重ねたら、動かないものは色が重なって元の色まで濃くなるけど、動いてる人は重ならないから色が薄いまま。

 

だというのに消え去らない選ばれし子供たちにミレニアモンは驚愕する。何度必殺技を放とうが消えない。

 

「なぜだ!」

 

「未来まで巻きこんだのがアナタの敗因ね、ミレニアモン」

 

「なんだと?」

 

「アタシたちが生きた証は消えないもの。アタシたちの世界とデジタルワールドが共存を選び、選ばれし子供たちが橋渡しの役割を担っている時点で、アタシたちの存在はそう簡単には消えないわ」

 

たしかにデジタルワールドの歴史の中で選ばれし子供たちひとりひとりの時間は短いかもしれない。だがデジタルワールドはデータの世界だ。感情が大きなエネルギーとなる世界、それも感情と感情が繋がる絆が絶大な力を持つ世界だ。一人ひとりが繋いでいくから大きいのだ。

 

「そうだな、俺たちが消えるとしても、俺たちがいた事は消えない。デジモンたちが、世界が、俺たちのことを覚えていてくれる限り!絆は、永遠なんだ!」

 

ジュンと賢はうなずいた。

 

強い糸で結ばれた信じ合った心と心は、鋼よりも固い絆だ。それこそ肉親のように断ち切りがたい絆となるのだ。

 

皮肉にもミレニアモンがジュンたちにもたらした長く続いた苦難の日々こそ、固い団結をもたらしてくれたのだ。すぐにお互いを仲間として認めあえるに違いないほどに。

 

それはデジタルワールドがだれよりも覚えていてくれる事実でもある。

 

絆というものこそが、デジタルワールドがさらなる発展と反映のために現実世界と共存する理由なのだから。

 

「だから、俺たちは負けない!」

 

「ならばこの亜空間ごと貴様らを消し去ってくれる!ディメンジョンデストロイヤー」

 

ピタリと全てが静止した。

 

「そうはさせるかあ───────!!」

 

遼の叫びにジュンたちの光がより強くなる。

 

「アグモン、受け取って!」

 

ジュンが叫ぶと、ベルフェモンは一気にファスコモンに退化し、眩い光がアグモンに降り注ぐ。

 

「僕も!」

 

賢も叫ぶ。光はさらに輝きを増し、アグモンに降り注いだ。アグモンは成熟期、完全体をぶっ飛ばし、一気に究極体に進化する。

 

「みんなの勇気はたしかに受け取った。今度は僕の番だ!!」

 

ウォーグレイモンは雄叫びをあげる。世界がゆっくりと逆回りに回転し始める中、ありったけの力を込めてミレニアモンに必殺技を叩きこんだ。

 

「ガイアフォース!!」

 

全てが白に塗りつぶされていく。ジュン達が最後に見たのは、逆さまのデジタルワールドが内側に丸くなっていく光景だった。



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最終話

「太一ぃいい!!」

 

アグモンの泣きじゃくる声でジュンたちは目を覚ました。

 

「うわあああっ!」

 

いきなりアグモンに抱き潰された太一は潰れてしまう。

 

「な、なんだよ、アグモン!嬉しいのはわかったからさ、落ち着けってば!」

 

「太一!太一!太一たいちたいちいいいっ!よかったあああ!!やっと会えたあああ!!うわあああん!!」

 

抱きついたまま離れようとしないアグモンに、困ったように太一は尻もちをついたままゴーグルを直した。

 

「どーしたんだよ、アグモン」

 

「だってー、みんな捕まっちゃって、僕だけ助かって、ううう」

 

「はあ?何言ってんだよ、俺たちが会ったの何ヶ月ぶりだと思ってるんだ!」

 

「え?」

 

「4ヵ月ぶりだから気持ちはわかるけど重いってば、アグモン!」

 

太一の言葉に遼たちは顔を見合わせた。

 

「ええと、君たちは誰だい?」

 

「ジュンさんじゃないですか!来れないっていってたのに、え?どうして?」

 

「あ、アタシわかったー!サプライズですね!」

 

なにもわかっていない選ばれし子供たちの前にモニターが現れた。

 

「ハッピーニューイヤー、あけましておめでとう、選ばれし子供たち」

 

ゲンナイさんの隣には治がいる。

 

「そちらにベンジャミンはおるかの?」

 

「え?」

 

「ベンジャミンて?ゲンナイさんじゃないのか?さっきまで……あれ?」

 

ヤマトは辺りを見渡した。先程までいたはずの老人がいないではないか。

 

「むう、逃げられてしまったか......。仕方ないのう。とりあえず、選ばれし子供たちよ。話があるからまずはゲンナイの隠れ家に来てくれんかのう?ピッコロモンたちも来とるのでな」

 

ゲンナイさんの言葉に太一たちは疑問符だ。

 

「ここにこいって言ったのはゲンナイさんだろ?ベンジャミンて何の話だ?それにそいつらは?」

 

「疑問は最もじゃがな、デジタルワールドは2000年から向こう100年は新しい世界になるんじゃよ。そちらは1999年12月31日23時59分で止まっておるんじゃ」

 

「えっ」

 

「なんだよそれー、ややこしいなあ」

 

「デバック空間てことですか?」

 

「うむうむ、詳しい話はこちらでするから頼むぞい」

 

訳の分からないまま、太一たちはゲンナイさんの隠れ家に移動することになったのだった。

 

「しっかし変わらないよな、デジタルワールド」

 

「そりゃそうじゃろう。たった今、デジタルワールドは再構築されたばかりじゃからのう」

 

「は?」

 

「え?」

 

「どういうことですか、ゲンナイさん?」

 

ゲンナイさんは軽く笑うと新しい選ばれし子供たちを紹介し始めた。無自覚のうちに救われた子供たちは、治たちが持っている映像で罠にはめられる寸前だったことを知り冷や汗をかくのだった。

 

「元はと言えば、お前さんたちと定期的に連絡をとらんかったワシらが悪いんじゃ。次からはこんなことがないよう気をつけるからのう」

 

ゲンナイはお詫びとして2000年問題を乗りこえ、無事に過去世界から現在の世界に乗り換えが成功したデジタルワールドの滞在を進めてくる。よくわからないが選ばれし子供たちは予定通りパートナーたちと久しぶりに過ごせる新年が幕を開けたのだった。

 

「でねー、リョウがねー、いったんだよ!僕らの絆は永遠だ!ってさー!」

 

「へー」

 

「やめてくれよ、アグモン。あれはなんていうかその、勢いでいっただけで……」

 

にこにこしながら太一に大冒険について話すアグモンに照れたように遼は笑う。だがパートナーと再会出来たことでアグモンはずっと太一から離れようとしない。遼はどこか寂しそうだった。治が後ろから肩をたたく。

 

「泣くなよ。そのうち現れるだろ、僕らにも」

 

「泣いてない」

 

「嘘つけ」

 

「ないてない」

 

「泣きたいのは僕の方だってことだけは忘れるなよ。3つも下の弟と親友が世界を救うまでをモニター越しにしか見ることができなかったんだからな。何度回線が切断されたと思ってるんだ。生きた心地がしなかったんだからな」

 

「治くん......」

 

治は遼の頭をたたく。

 

「なにしてるの?」

 

ほっとかれていた賢は治と遼の間に入って2人の手を握った。頭の上のリーフモンがいうのだ。

 

「僕達のこと忘れないでほしいな」

 

「ああ、わるい。賢、リーフモン、おつかれ。おかえり」

 

「うん、ただいま兄さん」

 

「ただいま、治くん」

 

「ああ」

 

「えっ、ちょっと待ってくれよ。何で俺の方はそれだけなんだよ、おかえりは?!」

 

「弟の方が大事に決まってるだろ、賢はまだ2年生だぞ」

 

「そうだけどー!」

 

3人の様子を遠巻きに見つめながら、ボタモンにまで退化してしまった相方を抱えたままジュンはゲンナイさんのところに向かった。

 

「お疲れ様じゃったのう、ジュン、ボタモン。本当に助かった。ありがとう」

 

「生きて帰って来れてよかったです、ほんと」

 

「スーツェーモン様のおかげですね。まさか紋章に裏コードを仕込んでいるとは思いませんでしたよ。おかげで上手くたちまわることが出来ました。ウォーグレイモンを守ることが出来てよかった」

 

「そうじゃったか……おそらくジュンとボタモンならやってくれると判断したからこそじゃろう。見事にお前さんらは成し遂げてくれた。感謝するぞ」

 

ジュンは笑った。

 

「ところでゲンナイさん、今、歴史はふたつあることになっちゃうけどどうするんですか?ミレニアモンが介入した歴史と介入しなかった歴史と。正常化したなら介入しなかった世界が今のデジタルワールドに適応されるとは思うんですけど」

 

「そうじゃのう。さいわい2000年に跨ぐことなく事態を収束することが出来たから、ホメオスタシス様はミレニアモンが介入した歴史は過去世界に保管しておくつもりのようじゃ。平行世界からの刺客は史上初の事態じゃからのう。よく検証して今後に役立てねばならんからな」

 

どこか疲れたような顔をしているゲンナイさんにジュンは労いの言葉をかけるのだ。

 

「なるほど……。ってことは、ミレニアモンはアポカリモンみたいに封印されたってことですか?」

 

ジュンの質問にゲンナイは首を振った。

 

「えっ」

 

「ダークマスターズたちと同じじゃよ。お前さん達に敗北したのち、構成データはすべてアポカリモンの糧となり取り込まれた。その時点でミレニアモンの時間を操作する能力は無効となり、ミレニアモンが作り出した歴史は消滅した。なかったことになった。お前さん達は亜空間に幽閉されておった太一たちと共に正常化した過去世界のデジタルワールドにはじき出された。ベンジャミンの罠にハマるはずだった太一たちに消えた歴史の太一たちの記憶も還元されたはずなんじゃが、よく覚えてはおらんようじゃのう。まあ、無理もないが。よって歴史は元に戻りアポカリモンは太一たちにより封印されたことになっておる」

 

「......えええ......なんだか頭がこんがらがって来たんですけど......。還元したり保管したりできるホメオスタシスがすごいですね」

 

「デジタルワールドがインターネット上にあるデータの残骸から生まれた世界であるがゆえじゃな。太一たちが覚えておらんとしても、お前さん達の活躍はデジタルワールドがしっかりと記憶しておる。もちろん、ワシも含めてな」

 

「そうですか、よかった」

 

ゲンナイさんはうむうむと頷いた。

 

「ところでワタクシが今回究極体になるまでの進化経路を開拓し、経験値などを手に入れた。さらにジュンは暗黒の勢力に対する裏コードが仕込まれたとんでもない紋章が使用可能となっているわけですが、今回が特例ということでよろしいので?」

 

ボタモンはゲンナイさんに聞いた。

 

「非常に名残惜しいですが、今回これをワタクシに返してくださるほど事態が逼迫していたということはよくわかりましたのでね。世界の危機が去った今、もはや不要だということは言われなくてもよくわかる」

 

「せっかちじゃのう、ボタモン。まだ話は終わっとらんぞい、最後まで話を聞かんか」

 

「おや、なんでしょうか」

 

「お前さん達も知っての通り、2000年問題はまだ終わったわけではない。なにせ2000年自体はまだ始まったばかりじゃからのう。2001年になり21世紀に入らねばまだまだ安心出来んと言うわけじゃ。ネット上に流布する社会不安などが顕現したのがミレニアモンだとすれば、あやつがまたふっかつする可能性があるやもしれん。じゃから、ジュン、ボタモン、お前さん達に1年間託そうと思うんじゃ」

 

ミレニアモンにより破壊されたはずの紋章とタグだったが、歴史が正常化したことでまだ渡していないことになったらしい。ゲンナイさんから受け取ったジュンは、わかりました、とうなずいたのだった。

 

 

 

 

 

 

デジタルワールドの海の向こう側に無数の光の粒子が集まって行くのが見えた。空から地平線にむかってたくさんの光がドームの骨格のように放射状に広がっていく。かつて太一たちの冒険の後には全ての光ははじまりの街に収束していったが今回は違うようだ。デジタルワールド全体がみずみずしい生気を取り戻していたのは同じだが。

 

すっかり選ばれし子供たちのホームタウンとかしているはじまりの街では、いきなり帰ってきた子供たちにレオモンがまず驚き、いそいでファイル島全体の守護デジモンたちにくるよう使いを出していた。

 

エレキモンの家の前に建築中の建物がある。なんでも選ばれし子供たちの栄光をたたえて、ダイノ古代境に保管していた予言の碑文を復元するついでに、有志のデジモンたちによってデジモンワールドの歴史と知識を集めた「デジモンミュージアム」が建設中だというのだ。

 

中には選ばれし子供たちの冒険の記録や紋章、デジヴァイス、記念写真なんかが保管してある。警備員もかねてレオモンがいるようだ。ここが街の中心らしい。

 

それは遼と治と賢とジュン、アグモン、そしてリーフモン、ボタモンが記念撮影を終えたとき。ゲンナイさんのカメラを前に全員がかしこまっている時だった。

 

はいチーズの瞬間にリーフモンが尻尾部の新緑の小さな葉っぱを振り回したものだから賢の頭から落ちそうになり、あわてたみんながわちゃわちゃしている間にパシャリと取られてしまった。

 

リーフモンは植物の要素を多く持ち体成分には葉緑素を含んでいて、光合成をして成長している。葉っぱ状の尻尾を持ち日差しが強いときや、雨の時はその葉っぱでしのいでいる。純真無垢な性格で相手が怖いとか、疑うことなどはしない。

 

しかし、ちょっぴり恥ずかしがり屋だ。生まれて初めてのカメラが無性に恥ずかしくなってしまったらしい。遼がにやにやしながらちょっかいをかけたものだから酸性の泡を吐いて威嚇してきて、いよいよ記念撮影どころではなくなってしまった。

 

太一に似てるわねと空が笑うものだから、なんでだよと太一は不満顔だ。うん、よく似てるよーとアグモンは笑う。アグモンまで、と複雑そうに太一は秋山遼をみる。紋章もタグもなしでアグモンをウォーグレイモンにまで進化させてしまったという彼に複雑な感情を抱いているのは誰の目にも明らかだった。なんだそりゃって話である。アグモンは太一のパートナーであり太一しか進化させてやることが出来ないと聞いていただけになんだかもやもやしてしまうのだ。

 

「ねえ、太一。遼は太一を羨ましがってたよ」

 

「へ?なんでだよ、すげー力持ってるのにさ」

 

「だって僕が遼と冒険をしたのは太一がいなかったからだよ。太一がいたら僕は太一と冒険するんだ。離れてたって僕のパートナーは太一だけだからね」

 

「............言われてみりゃ、それもそうか。記憶にないけどデジヴァイス返してもらったから、あいつ、今はデジヴァイスすらないんだもんな」

 

「はやくパートナーデジモンに会えるといいね」

 

「そーだな」

 

そしたらアグモンを取られてしまうかもしれないなんて、ありもしない妄想をしてしまうことはなくなるに違いなかった。太一はアグモンにうなずく。

 

「なにしてんだよ、太一。早くこいよ。新年といえば初笑いだろ。ネタ、考えてきたんだろうな?」

 

ヤマトが急かすものだから、やっべえと太一は汗をかく。ゲンナイさんや新しい選ばれし子供たち、デジモンたちの大冒険に聞き入っていたらすっかり温めていたネタが飛んでしまった。どうやら新しい仲間に審査員でもしてもらい、親睦を深めるつもりのようだ。

 

デジタルワールドがまた再構築された関係で、時間の流れが以前のように現実世界の1分がデジタルワールドの1日から軌道修正していくとゲンナイさんから聞いて即決したらしい。

 

「だ、大丈夫だって、あはは!任せろよ!でもとっておきのネタだからな!とりがやりたい!な、アグモン」

 

「え?僕なにもまだ聞かさむぐぐぐぐ」

 

「しー!しー!!」

 

「むぐぐ」

 

アグモンは恨めしげに太一を見上げた。

 

「ゲンナイさん、ほんとにお疲れ様です。せっかく4ヶ月かけて現実世界の時間に近づいてるところだったのにまた1からですね」

 

太一たちが走っていくのを見送りながら、ジュンはゲンナイさんに話しかけた。新人さんたちは待っててくれと言われたため、遼たちは守護デジモンたちと交流を深めている。

 

「いってくれるな、ジュンや。まだ目を背けておきたかったんじゃがなあ......」

 

はあ、とゲンナイさんは深深とため息をついた。悲哀すら感じさせる背中にジュンは手伝いますからと励ました。

 

「光子郎くんたちにも手伝ってもらったらどうです?あの子達ならみんなパソコンに詳しいし」

 

ジュンは目を輝かせてレオモンに話かけている賢や遼、呆れ顔の治をみた。

 

「そうじゃのう。さいわい、1度組み上げたシステムをまた根本から見直して調整するだけじゃからな。ホメオスタシス様に聞いてみるとしよう」

 

「そうですよ、ただでさえ2000年問題に今年1年振り回される予感しかしないんだから。少しはゲンナイ様たちも休まなきゃ。ただでさえ本調子じゃないんだから」

 

「先が思いやられるのう......。やれやれ、いずれデジタルワールドのセキュリティシステムの1部が人間に委託される理由がわかるわい。うらやましいのう」

 

「まあ、みんながみんな、いい顔するわけじゃないですけどね」

 

「それでも事務屋は必要じゃよ、いつの時代もな」

 

「それはいえてますね」

 

ジュンは大きくうなずいた。

 

ミレニアモンの改変された歴史が正常化したとはいえ、今までのデジタルワールドに上書き保存して終わりという訳には行かない。なにせデジタルワールドは意志を持つ世界だ。

なんの問題も残さないハッピーエンドとはいかなかった。ミレニアモンが改変した歴史により発生した新たなるダークマスターズたちなどの情報が還元されたり、あちらの歴史で死んでしまう運命だったデジモンたちの思念に強化されたりして、アポカリモンの力は相対的に強くなってしまった。四聖獣たちの封印をそちらに集中させて均衡を保つため、現実世界とデジタルワールドの関係はまた不安定になってしまったのだ。

 

デジタルワールドの時間は夏の冒険の終わりくらい、また現実世界よりも早く進んでしまっている。

 

本当は現実世界の時間ではごく最近誕生したデジタルワールドは、急速に時間を進めることで現実世界がビックバンから現在まで要してきた歴史に追いつこうとしていた。その目標がまた遠のいてしまったのである。

 

おかげでこれまでのように、世界としての安定さを欠いた期間が長引くことになってしまった。それをつき、他の世界から侵略があったり、現実世界に影響を与えたりするのは目に見えている。つまり、ゲンナイさんたちの仕事がふえて、暗黒の種の治療がなかなか進まない。ジュンは心底ゲンナイさんに同情した。

 

ミレニアモンに洗脳されたと思われるベンジャミンだってもとはといえば老人状態でエージェントをコピーしたから発生した事態だ。はやくセキュリティシステムに所属するデジモンたちを増やせばいいのにと思えてならない。

 

さいわいなのはアポカリモンやミレニアモンにより再統合されたあと、再構築されたデジタルワールドは、かえって安定度をスピーディに増すことができることだろう。スクラップビルドがスムーズにできるのだ、皮肉なことに。

 

ジュンは知っている。これがまだ序の口だということを。ゲンナイさんの目が死にそうだからいえないが。

 

現実世界のネットワークもこれから加速度的に規模を拡大し、端末としてのパソコンの台数が増えていく。双方の世界においてなにかの充分な要素を満たしていく。距離が近くなっていく。デジタルワールドの時間は現実世界と同期するようにゆるやかに変わりはじめるだろう。その裏にゲンナイさんたちの忙殺があるとは知らなかったが、かつての同業者としては手伝わざるをえない。これはさっさとデジ研をたちあげた方がいいのではないだろうか。

 

「ところでゲンナイさん。あれ、はじまりの街じゃないんですね」

 

世界の果てに消えていく光を見ながらジュンがいった。

 

「ああ、あれはアポカリモンの構成データのうち、今回解析できた分じゃな」

 

「あの7つあった紋章の?ウィルス種の動力炉でしたよね、たしか。メタルエンパイアの都市エリアの」

 

「そうじゃ。ウィルス種の構成データだけ抽出することが出来たんじゃ。ただエネルギーが膨大すぎて生まれながらに究極体になりそうだからスーツェーモン様の管轄になりそうなんじゃがのう」

 

「生まれながらの究極体ですか......それはすごいですね」

 

「残念ながら選ばれし子供たちでさえ制限をかけとる状態じゃからな......今のデジタルワールドでは受け入れるのは無理じゃ。じゃが、いずれ世界が発展すればうけいれられる日もくるじゃろう」

 

「そうですね。私の知る限り、かなり早くなってるとは思いますよ。保証します」

 

「それだけが救いじゃな......」

 

「あの光の先にデジタマがあるんですかね?」

 

「いや、その時が来るまでは要石として新たなる楔になってもらおうと思っておる」

 

「動かしちゃいけないやつですね」

 

「そうじゃな」

 

それはデジタルワールドが次の段階に進んだことを示していた。それこそがデジタルワールドの進化であり、現実世界に生きる人間にとっても新たなる時代の兆しであることだけはたしかだった。

 

その意味するところは誰にもわからない。それは一介のエージェントにすぎないゲンナイさんはもとより、セキュリティシステムでしかないホメオスタシスにも。ただ時間軸の変化自体はゲンナイさんにも感知することが出来るようだ。

 

「どうやら歓迎会の準備が出来たようじゃな。ジュン、いっておいで」

 

「はい、いってきますね」

 

ジュンはデジモンミュージアム建設予定地に向かってかけだしたのだった。



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番外編

「大輔に残念なお知らせがあります。今年のバレンタインデーのグレードが予算オーバーにつき大幅に下がります」

 

「えー!?なんで!?お姉ちゃん、お小遣い去年よりアップしたのに!」

 

「仕方ないでしょ、今年からあげる数が増えすぎなのよ」

 

「そんなー」

 

「選ばれし子供たちだけで11人もいるのよ?それにお父さん、大輔、百恵達もいれたら大変なことになるじゃないの」

 

「あ、そっか......」

 

大輔はあからさまにがっかりした。去年までジュンは井上兄妹、家族くらいしか配らなかったのだ。高めの小分けのチョコレートを買ってみんなに配り、残ったやつはジュンと大輔で半分こしていたのである。

 

「いーじゃないの、アタシの分がしょぼくなるのくらい。大輔、毎年たくさんチョコもらってるじゃないの」

 

「でもデパートで売ってるような高そうなのないもん」

 

「いいじゃないの、もらえない子はほんともらえないわよ?」

 

「3倍返し期待してる子ばっかりだよ?」

 

「あのねえ、それは友達に唆されて3倍返しするからちょうだいちょうだいクラスの女の子たちに言いまくったせいでしょーが、バカ大輔。お母さんと私が謝って回ったの忘れたの?」

 

「あれっ、そうだっけ?」

 

「都合がいい頭してるわね......。バレンタインデーってのはおやつが増えてラッキーなんて脳天気な日じゃなくて、お返しがいるんだから調子にのらないの。あ、もしかしなくてもホワイトデーのお返し、アタシにやらせるつもりね?」

 

ジュンのジト目にあははとあらぬ方向を見る大輔である。

 

「まあ大輔2年生だから許すけど4年生になったら手伝わないからね。お小遣いの範囲でってお母さんに言われるわよ、きっと。バレたらお小遣いカットどころの話じゃないからね、覚悟しなさいよ」

 

「ってことは来年もお姉ちゃんにお願いしていいんだ。やった」

 

「調子のいい耳ねえ......。まあいいけど。ということでアイマートのお菓子をだね、選びに行こうか」

 

「えーっ!やだ、いつも買ってるやつじゃん!!」

 

さすがに大輔はごねた。そんなのバレンタインデーもクソもないではないか。ただでさえジュンはなぜ完成しているチョコレートを素人の手で不味くするのか理解に苦しむといってはばからないほど料理が苦手だというのに。

 

それは忘れもしない、手作りという響きにつられてお願いした年のことだ。いつも料理をしない中学生が1人でチョコレートを手作りするのはかなり難しかったようだ。温度管理不足でコンクリートのような硬さになった上に溶けて悲惨な姿になり、大量の失敗作を家族で食べたのも記憶に新しい。いいやつは百恵達が食べてしまったものだから大輔は大いに拗ねたのだ。それ以来、ジュンはバレンタインデーのチョコレートは買うのである。

 

なお、なんて建設的だ。最初は自分で作ると張りきっていたが、徐々に飽きてしまい結局は親が作る羽目になった。深夜まで大量に作らされた。材料が途中で足りなくなってしまい買いに走った。じゃないあたりまだマシだと万太郎さんから知らされた大輔だったりする。

 

「じゃあなにがいいのよ」

 

「これ!」

 

大輔が突きつけてきたのは、チョコレートフェアのチラシだった。

 

「んー、まあ行くだけ行ってみよっか。大輔もくる?」

 

「いく!いきたい!」

 

「じゃあ大輔に選んでもらったやつみんなにくばろうかなあ。今年のバレンタインデー、月曜日だからね。大輔に配達係頼まないといけないし」

 

「わかった!」

 

そして本宮姉弟は出かけたのだ。予算はひとり300~500円くらい。みんなにあげるから金がかかるし、個別の包装にラッピングをお願いしたらまたおかねがかかってしまう。

 

チラシをみた女の子たちが考えるのは同じようで、美味しそうなチョコレートのコーナーとチョコレート菓子をつくるキットのコーナーで綺麗に分かれていた。

 

「ねー、大輔。大輔的にはどうなの?チョコレートってやっぱ大事?」

 

「チョコをもらえるのは嬉しいよ。好きな子からもらえたら、すごく嬉しい」

 

「でもホワイトデーのお返しは、アタシが選んでくれればいいか。ませてるわねえ。普通、小学校低学年のうちは、家族以外からチョコをもらえなくても、男子は気にしないもんだけど。もらえるのが家族からだけでも、いつものおやつにチョコがプラスされてラッキー!くらいの感覚じゃないの?」

 

「え?だって京とか千鶴さんとかくれるよ?」

 

「あー、うん、そうね。ある意味アタシがいるせいか......大輔の周りには強気な女の子が多すぎるわね」

 

「?」

 

「いや、なんでもないわ。大輔が光ちゃんが好きな理由がわかった気がするだけよ」

 

大輔は顔が真っ赤になった。

 

「いきなりなんだよ、お姉ちゃん!」

 

「あーうんごめんごめん」

 

「だからー!」

 

ジュンが小学生のころだったら、たしか男子は高学年になって気になる子ができたりすると、多少はバレンタインデーを楽しみにするようになった気がする。女子に比べて精神年齢がかなり幼いこともあり、女子ほどバレンタインデーに向けて、事前に盛り上がることなかった。

 

ただし、まったく意識していなかった女子からチョコをもらって、初めてその子を意識し出すということはあった。チョコの受け取り方は子供によってかなり差はあると思うがチョコをもらった数を自慢し合うようなことは、小学生のうちはなかった。だから大輔が去年起こした騒動はかなり衝撃だったのだ。

 

自分用のご褒美チョコを買っていたら、買い物に来ていた百恵達に偶然会って驚かれた。バレンタインデーイコール男の人にチョコをあげる日とインプットされていた百恵たちにいたく感動されて、友チョコブームの兆しがあったからかこつけて交換するようになって。お姉ちゃんばかりずるいと拗ねる大輔に京たちがあげるから3倍返しの概念をうえつけて渡すようになって。

 

「これもアタシらのせいだったりする?もしかして」

 

監督責任というやつなのだろうか、とジュンは考えた。もらったものと同額、または同額以上のお返しをしなければいけないと感じるよう大輔に言わなかったのは事実だ。百恵達との友チョコイベントのおまけを大輔にあげてただけだから。

 

おかげで大輔は明らかに友チョコである少量のチョコに対しても、それなりのお返しをしなければと感じていない。お返しをするという考えがないから、毎回ホワイトデーの説明をしないといけない。

 

普通は低学年男子の場合、誰からどんなものをもらったのかを、すべて母親が管理することになるらしいから、これはジュンの役目だろうか。というか大輔が幼稚園のころからそうなっている気がした。お返しの準備もジュンの役目であり、子供にはホワイトデーという日があることの説明はするが大輔はジュンに丸投げしている。

 

まあ、大輔はずっと光が好きみたいだから、小学校高学年になったら男子も今までの経験から「お返ししなきゃいけないかも?」と思うようになるだろう。どこへどんなものを買いに行けばいいのかは分からないみたいなら教えてあげればいいか。

 

人から何かをもらったら、それに対してお返しをするというのは人づきあいの基本だ。

 

子供が中学生以上になり、本命チョコをもらった時に「親に知られたくない、自分でお返しを考えよう」と思うようになった時のためにも。お返しをする方法を小学生の内に教えてあげるのも一つの社会勉強かなと思う一方でめんどくさい。とてつもなくめんどくさい。なんでアタシがここまでしなきゃいけないの、とぼやく自分がいるのも事実だ。

 

「今年からみんな友チョコにしよう」

 

「じゃあ、豪華なの?」

 

友チョコ=豪華なの、と大輔は完全にインプットされてしまっている。ジュンは苦笑いした。本命のが豪華のよ、と教えてあげたから、一応本命と義理の違いはついているようだが。

 

「だから予算がないっていってるでしょ。このあたりのファミリーパックあたりから」

 

「えー」

 

「じゃあ、数がたくさんあるやつある?」

 

「探そう、お姉ちゃん」

 

「はいはい」

 

なんでか大輔のほうが張り切っている。ジュンはカゴを持ったまま後に続いた。

 

 

 

 

 

「あれ、ジュンさん」

 

「あ、おはよう空ちゃん」

 

「おはよう、空さん」

 

「おはよう、大輔君。ところでバレンタインデーの買い物ですか?」

 

「まあねー」

 

空が手作りコーナーにいたことに気づいたジュンは、もうそんな時期かと思った。

 

「今年はあげる人数が増えすぎだからファミリーパックにしようかと思ってたら大輔に猛抗議うけてるとこ」

 

「だってー」

 

空は笑った。

 

「そうですよね」

 

「ねー。いっそのこと割り勘にしちゃう?その方が負担少なくならない?」

 

「割り勘ですか?」

 

「うん、そう。大学だとみんながお金出してチョコレート買うんだって。パソコン部のOBが友達のお兄さんなんだけどね、聞いたことあるのよ」

 

「へー、そうなんですか」

 

「みんな一緒にしちゃえばよくない?今年はあげる子多すぎるからさ、友チョコってことで一括でみんな同じやつ配るとかどう?そうすれば財布に優しい気もするのよね」

 

「友チョコって?」

 

「簡単に言うとバレンタインに友達同士で交換するチョコの事よ。一般的には女友達に渡すのが友チョコで恋愛対象外の男友達に渡すのは義理チョコと呼ばれるみたいだけど」

 

「僕京に仲の良い男友達にも友チョコだからってもらってるよ?」

 

「そういやそうね。まあ、アタシたちの場合は食べたいからとか、余ったから交換しよっかって感じだしねえ」

 

「友チョコかあ、そんなのもあるんですね」

 

「だって楽じゃない?友チョコと言って手作りチョコを渡された男の子の気持ちも気になるとは思うけど、

基本的には持ち寄ってその場で交換するからホワイトデーにお返しは不要なのよ」

 

「えっ、そうなんですか?」

 

「えー、僕ホワイトデーも渡してるよ!京とか千鶴さんとか3倍返しだってうるさいもん。万太郎さんとかお父さんからもお返しもらってるじゃん、お姉ちゃん!」

 

「あれは気を使ってるだけだと思うんだけどね......。とまあ、場合によっては男の子にエラい負担がかかるイベントとかす可能性もあるわけだけど、ようするに義理チョコを友チョコにしてお返しいらないことにすればお互い楽じゃない?ってやつ。人にもよるとは思うんだけどね」

 

「ジュンさんはいつもそうなんですか?」

 

「だってめんどくさいもん。沢山入ってるの分けたほうが安上がりだし、余ったのを百恵達に配ってたらそうなっただけよ。もともとバレンタインデーは自分のご褒美のためにチョコレートを買う日だもん」

 

「そっか、だから大輔君拗ねてるんですね。いつも貰えてた高級チョコレートがファミリーパックのお菓子になっちゃいそうだから」

 

「うん!」

 

「うん、じゃないの、うんじゃ。もらえるだけありがたいと思いなさいよね」

 

「えー」

 

「あはは。じゃあ、ミミちゃんや光ちゃんに後で聞いてみます?」

 

「いっそのこと買い物した方がはやくない?あ、それとも手作り派なの、空ちゃん」

 

「えっ、あー......そうじゃなくて、その、私サッカーやめてお母さんから華道ならい始めたんですけど、料理とかも教わり始めたから作ってみようかなあって」

 

「そうなんだ?手作りとなるとかなり量が多くなるわね」

 

「いや、その、あれです。義理チョコは買うつもりだったんですけど、手作りもやってみたいなあって」

 

「なら、なおさらみんなでお金出した方がよくない?予算オーバーで困ってたんでしょ?誰にあげるのかは知らないけど」

 

空は恥ずかしそうに笑った。

 

「そうですね、みんなで買ったらなんとかなるかも。ところでジュンさんは?」

 

「へ?なにが?」

 

「ジュンさんは誰かにあげないんですか?」

 

「誰かにって?家族と友達と空ちゃんたち以外に?いないわよ?」

 

「あれ?夏フェスに連れて行ってもらったっていう」

 

「あー、あれ、さっき話したパソコン部のOBってアタシの友達のお兄さんなのよ。あの時はたまたま彼女さんに振られて予約してた夏フェスチケットが余ったから妹と一緒に連れて行ってもらっただけよ」

 

「そうなんですか?」

 

「え、やけに食いつくわね、空ちゃん。どうしたの?」

 

「だって、その、ジュンさんがすっごいおしゃれして出かけるとこ太一とアグモンが見たっていうから、てっきり彼氏じゃないかって私たちの間ではもちきりなんですけど」

 

「..................はい?え、今なんて?アタシと万太郎さんが?いやいやいやいや、それはない。絶対にない。だって万太郎さん大学生よ?中学生に手を出したら犯罪者になるじゃない!」

 

「だって光子郎君とデジタルワールドの手伝いしてるとき、よく出てくるじゃないですかその人」

 

「だから万太郎さんはパソコン部のOBなんだってー!コンクール作品の相談とかによくのってもらってるだけよ!なに、アタシそんなに言ってる?!」

 

「言ってます、言ってます」

 

「うっそだあ、まじですか......これはダメだわ、緊急事態だわ。アタシ、今まで彼氏なんて出来たことないわよ、なにその噂あああ!」

 

ジュンはたまらず叫んだ。

 

「そんなに否定することですか?」

 

「なにその片思い自覚してない的な流れ」

 

「違うんですか?」

 

「ちがう、ちがう、断じてちがうからね。だいたい私はまだそういうの興味ないのよ」

 

「ほんとに?」

 

「ほんとに」

 

「ちなみに年上と年下とどっちがいいですか?」

 

「そーねえ、年下かな」

 

「大輔君くらいは?」

 

「大人になれば変わらないでしょ、6歳差なんて。あ、もちろん大人になったらよ、大人になったら。14の6歳下なんてショタコンじゃない」

 

「ふふ、そうですね。私は年上か同い年かなあ」

 

「なるほどね」

 

「ちなみにジュンさんのタイプって光子郎君ですか?一乗寺治君ですか?」

 

「なんでピンポイントで聞いてくるかはわからないけどまだわかんないわね」

 

「仲良さそうだし」

 

「サッカーやってた空ちゃんが太一と仲いいのと同じよ」

 

「なるほど」

 

「ただねー、アタシ後輩に弱いのよ」

 

「後輩」

 

「そうそう、後輩。光子郎君も治君も歳が離れすぎてるでしょ。だから後輩」

 

「じゃあ2つまでなんですね」

 

「たぶんね」

 

「たぶんて」

 

「自覚したのはずいぶん後だったからね」

 

「?」

 

ジュンはあいまいに笑った。

 

 



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番外編2

「おや、懐かしいですね。スイーツてすか。ゴージャスなスイーツとは奮発しましたね、ジュン。たしかにお気持ちは受け取りましたよ、ありがとうございます」

 

ゲンナイさんの隠れ家にて。2月末に迫る2000年問題に対処すべく連日通いつめているジュンは、ゲンナイさんやデジモンたちに配ったチョコレートとは明らかに内容が違うと思われる包装をファスコモンに渡した。いつもはポキュパモンなのだがあのラバースーツでは細かな作業に向かないため、ジュンのアシスタントを務める上ではこちらの方が適切な姿だった。

 

どーいたしまして、といいかけたジュンは目が点になる。

 

「えっ、どこが懐かしいのよ、ファスコモン。アナタには極上肉しかあげたことないじゃない。ヴァンデモンの記憶と混同してない?」

 

前世の記憶を辿ってみるが極上肉で腹を満たし、トイレを済ませて、いざトレーニングってところだったはずだ。闇貴族の館で極上肉のたねがあったことを思い出し、グルメだったであろうヴァンデモンを連想するがファスコモンは首を振った。

 

「ゴージャスなスイーツ、リッチなスイーツ、ありふれたスイーツ、シンプルなスイーツ、ひと通り味わったことがありますよ。まあ、たしかにワタクシ自身の記憶ではないですが、アナタからいただきましたよ?」

 

「えっ、うそ。幼年期は専用のお菓子しかあげられないんじゃなかったっけ?あまあまなお菓子、あまいお菓子、うすあじお菓子、ぽそぽそお菓子よね、たしか。残ってたっけ、アイテム欄」

 

「残ってはないですね」

 

「......て、待って待って待って。今なんていったの?ファスコモンの記憶じゃないのに、アタシからもらった?意味がわからないんだけど。アタシ、ヴァンデモンにチョコレートあげてないわよ?」

 

「そりゃあ決まってるじゃないですか、アウルモンの記憶ですよ。ジュンのパートナーデジモンだった、アウルモンの」

 

ジュンは固まった。

 

「えっ、ちょっとよくわからないんだけど、ファスコモン。怖いこと言わないでよ。幼年期で凄まじい回数死んでようやくガーゴモンにまで進化できたっていってたわよね?実際はガルフモンまでいけてたみたいだけど。アウルモン取り込んだの?ジョグレスしたの?」

 

「そんな訳ないでしょう、カオスモンになりますよ。単なるデータドレインだ。それにジョグレスしたならスキルを引き継げるわけだからワクチン種の技が使えます。クロスモンなら時空の裂け目からここにたどり着ける。次元を超えるアイテムを強奪する必要がないでしょう」

 

「......言われてみればそうね。じゃあなんで?」

 

「さあ?ワタクシがジュンのパートナーデジモンとなったことであちらのアウルモンにも影響が出ているのではありませんか?時系列的にはこちらが過去なのだから。しかも現在進行形で歴史改変を繰り返して平行世界に移行しつつある特異点でもあるのですし」

 

「あはは......そうね、そうなるわよね。ミレニアモンのこと考えたら明らかにそうよね......」

 

ジュンはひきつったまま笑った。

 

「ねえ、ポキュパモン。ふと思ったんだけどさ、今のポキュパモンはアタシのパートナーじゃない?ホントは本宮ジュンのパートナーって2003年に現れるはずな訳だけどさ、そっちはどこいっちゃったんだろ?」

 

「どこいったもなにも、ここにいますよ。まだ産まれていない訳がないじゃないですか」

 

「えー」

 

「おや、なにが不思議なのです?」

 

「だってさ、前のアタシにだってパートナーはいたわけよ」

 

「ああ、あちらの心配ですか」

 

「まあねえ」

 

「自ら育成を放棄しておいてなんて今更なことだ。大学時代の後輩にアウルモンを預けておきながら」

 

「生活に腹は変えられないもの。あの時のアタシの極貧生活じゃオハカダモンになってたわ。結晶化事件以後のアタシには帰る場所なんてなかったもの、実家も友達も頼れるわけないじゃないの。支援しなきゃいけない立場だったのにそれすらできなかったんだから」

 

「それでもアウルモンは傍に居たがったのでは?」

 

「そりゃそうよ、もちろん。だから、いつか新人から抜け出してベテランの域になったら迎えに行くつもりではいたのよ」

 

「不摂生で早死しては元も子もありませんが」

 

「うっぐ......いうじゃないの......まったくもってそのとおりよ」

 

「ジュンの知ってのとおり、パートナーデジモンはパートナーが存在しなければあらゆる面で弱体化を強いられる生命体です。だから早死にするでしょうね、アウルモンは」

 

「わかんないじゃない、後輩はなかなかに優秀な子よ。うちの職場に内定決まってたんだから」

 

「まあ、たしかにそうですね。肉体は死んだが精神的にはこちらにアップデートという形で生きているわけですから、生きながらえる可能性はある」

 

「でしょ?」

 

「ただし、パートナーデジモンというものはパートナーに一体ですからね。それは死後も適応される」

 

「えっ、そうなの?」

 

「おや、ご存知なかったのですか?アウルモンに言われたことはなかったので?ずっと待っていた、会いたかったと」

 

「パートナーデジモンお決まりの第一声ね。......え、待って?もしかして、それってそういう意味なの?」

 

「そういう意味ですとも。だからある人間に惚れ込んだデジタルモンスターはパートナーデジモンの存在に大きく絶望を感じるわけです」

 

「......てことは、アタシと魂が同じ本宮ジュンのパートナーもアウルモンだったってこと?本来は?」

 

「まあ、パートナーの進化経路はホメオスタシスに決定権がありますから、まるきり同じではないでしょうけどね。アナタのようにジョグレスを繰り返して全く別の姿になることもある」

 

「まあ、あの子も最初は機械型デジモンだったけどさ。......待って、ってことはポキュパモン、あなたまさかアウルモンのデジコアとも融合したってこと?」

 

「当たり前でしょう、なにを言っているのです?ひとりの人間にひとりのデジモン。双子のデジモンだったり3人の人間にひとりのデジモンだったりもしますが、原則は変わりませんよ」

 

「なんてこと......じゃあただでさえアポカリモンの残滓にヴァンデモンのデータまで取り込んじゃったらウィルス種のデータが多すぎて進化経路が思いっきり偏るじゃないの!どう足掻いてもナイトメアソルジャーズとか!」

 

「ああ、ジュンは機械型デジモンがお好きでしたね。おっしゃる通りなので諦めてください。ただでさえ今のデジタルワールドはアポカリモンの悪影響によりウィルス種や闇属性のデジタルモンスターが著しく激減し、不安定になっている。それをワタクシを守護デジモンにすることで一時的にバランスをとっているわけですからね。普通に考えるなら、暗黒勢力との戦いが終わるか、ウィルス種やナイトメアソルジャーズの勢力が勃興しなければ別の進化経路は絶望的でしょうね」

 

「嘘でしょ、絶望しかないじゃない!」

 

「諦めてデジファームを充実させて、テイマー環境を整えるかファクトリアルタウンに通ってください」

 

「あ、アタシが次に生まれ変わったらアウルモンになるんじゃない?」

 

「あのですね、お忘れかも知れませんがジュンが生まれ変わってもワタクシの構成データは変わりませんからね?未来ならともかく過去にアップデートされた以上、次の人生からパートナーはウィルス種になる運命ですよ。しかも今のワタクシはアポカリモンからウィルス種のデータの7分の1を取り込んだ状態ですよ?生半可なジョグレスで機械型デジモンになるとでも?」

 

「言われてみればそうだった......!」

 

「諦めてください」

 

「やだ、諦めきれない!」

 

ポキュパモンは意地悪く笑ってみせた。

 

「......って話を脱線させないでよ。アウルモンは未来を生きてるデジモンでしょ。なんで過去にパートナーデジモンとなったファスコモンが未来でアタシがアウルモンを育ててた記憶を引き継いでるのよ。アウルモンにアンタの記憶が新たに追加されるならともかく」

 

「おや、気づいてしまわれましたか。気づかなければよかったものを」

 

ファスコモンは笑みを濃くした。

 

「おっと......これは藪蛇だったかしら?」

 

「当たり前でしょう、わざわざこちらが言葉を濁してあげたというのに知りたがるとはこちらの気も知らないで。よく考えてごらんなさい。肉体は死んだが精神的にはこちらにアップデートされた。過去世界に死んだはずのもうひとりの自分がいる。どうあがいても自分は会えないことが本能的にわかってしまう。しかも過去には過去のパートナーデジモンとしての己というアイデンティティを真っ向から否定する存在がいる。パートナーデジモンなのにパートナーデジモンになれない。破綻しているにも程がある。行く末などどうあがいても絶望しかないのですよ」

 

「......それもそうね」

 

「だからロイヤルナイツのマグナモンが無断で時空転移アイテム強奪という極刑に値するデジモンを不問にしたんですよ。デュークモンに無断で。もしかしたら事後報告かもしれませんが」

 

「えっ、そうなの?」

 

「ワタクシが強奪したアイテムの管理者はデュークモンでしてね。マグナモンではなかったはずですよ」

 

「うっそでしょ」

 

「嘘なんかついてどうするのです。恐竜型や獣型などの獰猛なデジモンが多く生息する

『ローラン大陸』、『ゴルディア大陸』、『レムーア大陸』で形成されるエリアを管轄していたのが誰かくらいアナタもご存知のはずでは?」

 

「......改めて思うけど、ほんとにとんでもないことしたのね、アンタ」

 

「ワタクシも必死だっただけですよ。アウルモンも死に目に会えずに最後にみとったのがワタクシだと知って理性と感情を分離できず、絶望的な状況に耐えきれず、その矛先をワタクシにしか向けられなかったわけですからね」

 

ジュンは沈黙した。

 

「だから話したくなかったというのに。好奇心は猫をも殺すのですよ。アナタにはいい薬だと思って話しましたのでね、悪く思わないでくださいよ」

 

「ごめん、軽率に聞きすぎた」

 

「本当ですよ、ジュン」

 

ファスコモンはためいきをついた。

 



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ウォーゲーム編
66話


ベンジャミンの行方が今なお掴めないまま、2000年は2ヶ月を過ぎた。2000年問題にピリピリしながらデジタルワールドは表向き平穏そのものだったのだが。

 

周りに広がる壮大な大海原に浮かぶ小島、自然豊かなパケット島。このパケット島に大きな災いが降り掛かっていた。イロード現象というデジモンの凶暴化があいつぎ、島中でデジモンが暴れているのだ。

 

イロードはerodeと書き、浸食する、腐食する、むしばむ、そこなう、失わせるを意味する単語である。はるか昔、この世界に蔓延した不治の病から来ているという。当初は風土病かと思われたのだが、スパイラルマウンテンを生きのびたデジモンたちは誰もが世界中で噴出したブラックガスを思い出した。突然発狂して殺しあったあげくに自分も死ぬ恐ろしいガスだ。

 

島に生息するデジモンたちの不安は募るばかりであり、島全体に不穏な空気が流れていた。エージェントたちはイロード現象の原因究明を進めるべくただちに行動を開始した。選ばれし子供とパートナーデジモンはデジヴァイスの加護で感染しないとわかったためだ。

 

ジュンはポキュパモンとともに調査を行う中である事実にたどり着いた。島の辺境にあるセグメント遺跡にある打ち捨てられた研究所にイロード現象の原因と思われるウィルスプログラムの残骸を発見したのだ。

 

それは先代の子供たちの冒険を支援したかつての守護デジモンが管理保管していたアポカリモンの負の遺産だった。デジモンの構成データの根幹にまで干渉し、凶暴化をうながし、挙句の果てに命まで奪う恐ろしいウィルスプログラム。デジモンの能力を極限にまで高めるかわり、その理性を失わせ破壊神へと変貌させる禁断のウィルスである。古代のデジモン達によってこのパケット島に研究目的のため残される以外は封印されたはずだった。それはまさしく巨大化、狂暴化などの異常現象を引き起こすブラックガスの主成分だと判明したのだ。

 

その研究所は外界に研究目的のブラックガスが流出しないように封印を施していた。その封印がなにものかに破られ、流出していたのが原因だったのだ。破壊された封印の欠片をあつめ、コードを回収したジュンたちはゲンナイさんに渡した。その結果、ワクチンが生成され、ひとまずパケット島に平和が訪れることになる。

 

長きに渡り封印されていたはずのブラックウィルスを解き放った者がいる。持ち去られたウィルスがある。

 

 

そのワクチンプログラムの構成要素はデジヴァイスのウィルス除去プログラムのプロトタイプであると判明した。パートナーデジモンはブラックウィルスに感染しづらい理由はここにあった。これが異変解決の大きな1歩だったのだ。

 

その事実を受けてホメオスタシスは危険な賭けであることは承知の上で選ばれし子供とパートナーデジモンたちにブラックウィルスに感染したデジモンたちとの戦いを託したのである。

 

それが2月の初旬だった。

 

「これで最後の感染者ってわけね」

 

アスタモンの愛用マシンガンにデジヴァイスに搭載されている浄化プログラムを付与し、擬似的なウィルスバスター機能を追加する。うっかり触れてしまうとアスタモンもダメージをうけるため慎重な取り扱いが必要だが、自動追尾の弾丸に自我なく暴走するデジモンが逃れられるわけもなく被弾する。ブラックウィルスが除去されデジモンの目に光がもどった。

 

完全体を前にして成熟期のデジモンたちは逃げてしまったのだった。

 

「おつかれー!」

 

ジュンの労いの言葉にアスタモンは笑った。気づけばもう2月も下旬である。

 

「お疲れ様じゃのう」

 

「ほんとだぜ!こっちは学校あるのにさあ」

 

「帰ったら宿題しなきゃ」

 

「これでイロード現象に襲われたデジモン達は元に戻ったようじゃ。選ばれし子供たちよ、感謝するぞい」

 

やったー、とみんな喜んだ。放課後や休み返上でデジタルワールドに通いつめていたのだ。ようやく解放される。

 

「よかったー!アタシ、こんどの休みにパパとママとハワイにいくの!」

 

「ミミ、ハワイってなーに?」

 

「えっとねー、南国の島みたいなところよ。トロピカルジャングルをもっとリゾートにしたみたいな感じの!」

 

「よくわかんないけど素敵だわ!」

 

「お土産楽しみにしててねー!」

 

無邪気なミミの発言にみんなつられて話し出す。

 

「私、お友達のお誕生会があるからいくの」

 

「僕ね、島根のおばあちゃん家にお兄ちゃんと泊まるんだー!」

 

「いいなあ......僕も兄さんもサッカークラブだよ」

 

「丈先輩は受験よね」

 

「みんなお出かけ日和なのねえ。アタシは家でパソコンでもしてるわ」

 

「僕も選ばれし子供たちの交流サイトを充実させなくちゃ」

 

「なんだよなんだよ、光子郎もジュンさんもせっかくの休みなのにどっかいかないのか?」

 

「休みだからこそじゃないの。ぜいたくな時間の使い方もなかなかないわよ?」

 

「そうですよ。そういう太一さんはどうなんですか?」

 

「ねーよ、そんなの。特に用事なんて」

 

太一の視線の先には空があった。空は太一の視線に気づいたようだが無視したために太一に眉がよる。

 

「私もないかな、買い物くらいで」

 

ジュンはその違和感に気づいて、あ、喧嘩してるなこの子達と思ったが気づかないフリをした。薮蛇はごめんである。

 

「イロード現象はこれで収まったが、3月初めはもしかしたらなにかあるかもしれん。一応、デジヴァイスを持っておくように頼むぞい」

 

ゲンナイさんの締めにより、選ばれし子供たちは解散になったのだった。

 

 

 

 

 

1990年代後半から2000年代前半にかけての変化をインターネットという単語が特殊な固有名詞から一般名詞になったとジュンは思っている。

 

一般家庭にパソコンが普及し、ネット接続も当たり前になったが、まだネットはネット、リアルはリアルという別個の存在だ。

 

そこではパラレルワールドのように人は普段の自分とは別の人格を演じて、他者とコミュニケーションしていた。

 

企業の公式サイト(ホームページ)もかなりの数ができたが、ほとんどはカタログの加工で情報も更新されないし、何度も見るようなものではなかった。ただメーカーの製品仕様が検索すれば見つかるようになったことはすごいことだなと母親が感心していたのは覚えている。

 

今はケータイによるインターネットサービスが相次いで登場し、いちばん身近なネット端末としてケータイがその地位を確立しつつある。メールとウェブの約半分をケータイから利用しているジュンはつよく実感していた。

 

ケータイが普及したことによって、インターネットを使う時間と場所の制約がなくなった。24時間どこでもネットに繋がるわけだから、リアルな世界に属したままネットを使うようになった。たとえば電車で、たとえばお風呂で。

 

インターネットを使うために「構える」必要がなくなったことによって、それぞれの世界がシームレスに繋がるようになり、ようやくネットとリアルはひとつになりつつある。

 

接続時間が増えるということは、インターネット上を流れるデータが増えるということでもある。メールの通数も増えているし、ケータイにカメラが搭載されたことによって写真(画像)データもたくさん飛び交っている。

 

そしてインターネット上のデータはいま現在も増え続けている。大型掲示板がそろそろ出来るだろうし、おそらくまだしばらくはこの流れが続く。プライバシーへの配慮は必要だが自分のデータをどんどん公開し、ネット上にアーカイブしていくことは、性善説で捉えれば便利な世の中を作る材料になるし、インターネットはどこまでいっても性悪説を前提にした楽観的性善説で進んでいくだろう。

 

今のインターネットは「過去」のデータを蓄積し、公開するものだった。いずれインターネットは「現在」が共有される時代に入る。情報が増え続ければ、それだけ無視される情報も増え、大半の情報は見向きもされなくなる。マーケティングの効率を上げるためにも、会社はインターネットを上手く使う必要が出てくるし、行政も後追いで法整備などをすすめるはずだ。

 

つまり、今がデジタルワールドの1番不安定な時期なのである。

 

「ほんと起こるべくして起こったデジタル災害だったわけね......」

 

デジタルワールドの冒険に示されているアポカリモンを初めとした暗黒勢力との戦いは、インターネットの普及と絶妙にリンクしているのだ。

 

だから、3月4日が近づくにつれて、パケット島で起こったイロード現象について、ジュンは日に日にどうしても無関係には思えなくなっていた。

 

だからずっとゲンナイさんの手伝いをしながら、召集もないのにデジタルワールドを行き来していたのだ。

絶対なにかおこる。ものすごくめんどくさいことが。それは経験則からくる予感みたいなものだった。

 

だから長らく封鎖されていたパケット島への帰還が叶い、はじまりの島に避難していたデジモンたちに同行していた。住人全員がそろい、いざ各エリアに出発というときに、すさまじい衝撃がジュンたちを襲った。

 

ブラックウィルスは既にゲンナイさんが回収して、隠れ家への研究所自体の移設は完了している。もはや何も無いはずのパケット島で原因不明の大爆発が起きた。騒然とするデジモンたちに、ゲンナイさんの隠れ家に避難するついでに現場に急行することを伝えるように告げて、ジュンはパートナーと研究所があった場所に向かった。

 

「あーもーやっぱりなんか起こったー!嫌な予感はしてたのよ!」

 

今日はあのディアボロモンが生まれて大騒動を起こす日だ、これ以上大問題が起こってたまるかという話である。そんなジュンの心情を嘲笑うかのように辺りは一目黒煙に満ちていた。あきらかになにかが爆発したのだ。

 

「すごい煙......」

 

視界不良のジュンにかわり、ラバースーツに身を包み、比較的に行動が可能なポキュパモンが先を行く。

 

「内側から破られたような形跡がありますね」

 

「うっそでしょ......ゲンナイさん、ブラックガスを全部回収してたじゃない」

 

「施設自体移設が完了しているからなにもないはずなんですがねえ......。旧デジ文字でプログラムを組まれるとなかなかに骨がおれる」

 

「えっ、まさか未回収のオブジェクトでもあったの?」

 

「いや、違いますね」

 

「じゃあなに?」

 

「デジモンへの除染は完了しましたが、エリアへの除染が未完了だったようだ」

 

「えっ、ブラックガスって環境にも影響与えるタイプのプログラム?」

 

「突然変異なのか、それとも何らかの悪意によるものか、ウィルスがこちらの世界のプログラムと偶然にも噛み合ってしまったようだ」

 

「データが実体化する性質とか言わないでしょうね?」

 

「セキュリティシステム所属のジュンの方が詳しいでしょうに」

 

「まだ予定よ、予定。......て、まさか」

 

「そのまさかですね。今まさに生まれようとしている」

 

視界を横切る影がある。ジュンは体がこわばった。

 

「グリフォモン......」

 

セキュリティシステムのデジモンだと知っていても植え付けられた恐怖はなかなか消えない。

 

グリフォモンは鳥型デジモンの頭と翼、前足を持ち、胴体は獣型デジモン、尻尾には蛇のようなものが付いている合体デジモン。その翼で大空を飛び回ることができるが、普段は砂漠地帯や山岳地帯の洞窟に棲んでいると言われている。

 

また、グリフォモンの攻撃力は非常に高く、俊敏な動きで敵を翻弄するためグリフォモンを倒すことは困難を極める。その性能を生かし、インターネット上では不法な侵入を防ぐ番人や、機密情報のセキュリティとして利用されている。必殺技は超高周波の音波を出し、敵のデータ構造を破壊してしまう『スーパーソニックボイス』。

 

サマーメモリーズにてジュンたちが初めてあった究極体のデジモンであり、チョコモンを連れ去ってしまったお迎えでもある。こちらに敵意がないのはわかっていてもどうしても怯えが先に来てしまう。ジュンからすれぱ親友を人外の道に歩ませたムルムクスモンの眷属というイメージが抜けないし、魂の記憶はホメオスタシスに魂をアップデートされるために連れ去られたことを覚えているのだから。

 

「おや、侵入者のようですね」

 

グリフォモンが攻撃しているのが見えた。

 

「な、なにあれ」

 

時空が裂けていくのがみえた。

 

「どうしたのかしら」

 

正体不明のデジタマがあったのだ。

 

「......」

 

ブラックウィルスのコードがひとつになる。模様と形を見てジュンの目の色が変わる。

 

「まさか、あれがディアボロモンの卵......!?」

 

ジュンはあわてた。

 

「あ」

 

それは異様だった。裂け目から出てきた何かがグリフォモンを捕まえたかと思うとそのまま引きずり込んでしまったのだ。断末魔だけが響き渡る。時空の裂け目はなくなり、デジタマが浮遊する。目の前に無数の羽根が舞った。

 

「んなっ!?」

 

いきなりデジタルゲートがあいた。

 

「やっば!?いそがなきゃ」

 

「ジュン!」

 

「わかってるわよ!」

 

ファスコモンが進化する。アスタモンにワープした相方にのり、ジュンはデジタルワールドをあとにした。

 

世界が割れる。海が割れる。ゆるやかにデジタルワールドは異変を感知しつつあったのだった。

 

 

 

 

ゲートポイントを抜けて、デジタマをおいかける。

 

「グリフォモンやパロットモンもこんな気持ちだったのかしらね」

 

「現実世界に出る可能性はないのが幸いですね」

 

「デジタルワールドのゲートがあかなきゃ、そもそも追いかけてないんだけどね」

 

「クラヴィスエンジェモンより上位存在からの干渉のようですね」

 

「またあ?ミレニアモンの時もあったわね」

 

「そうですね」

 

ジュンはアスタモンにのり、デジヴァイスをかかげる。ブラックウィルスにより誕生したならウィルスバスター機能が有効なはずだ。

 

「!」

 

次の瞬間、いきなりゲートが閉じてしまった。舌打ちしたジュンの前にモニターが表示される。

 

「大丈夫かの?」

 

「大丈夫じゃないです!今から誘導とかできませんか?」

 

「やってみよう」

 

「あ、選ばれし子供たち以外派遣しないでください。ブラックウィルスから生まれたデジモンだから感染したら困るもの」

 

「新種のデジモンか!」

 

「はい」

 

ジュンの前に新たなるデジタルゲートが構築される。ゲートポイントの向こう側にはコンピュータネットワーク上に突如出現した正体不明の幼年期デジモンがいた。

 

戦闘能力はほぼ皆無で人間の子どもにも簡単に捕獲できる程であるが、真の恐ろしさは進化能力と増殖性能である。ネットワーク上のデーターを食べることで急速に自身のデーター量を増やし、進化・増殖を繰り返す。またダメージを受ける事により進化が急速に進む場合もあり、下手に攻撃して撃ち漏らすとそれでけ危険性が増す。

 

魔王型デジモンなどの暗黒の存在ではないが、善悪の概念は無く遊び気分でネットワークを狂わせていったことで知られる厄介なデジモンだ。

 

コンピュータネットワークを悪用する人間の悪意や、ネットワーク上で繰り広げられる争いによって発生する攻撃性が具現化し、一つのデジタマが生まれた。

 

そのデジタマには人間の破壊本能が凝縮されており、そこから生まれたこの謎のデジモンは非常に危険な存在である。コンピュータネットワークの中で病原菌の様に繁殖して、軽度のネットワーク障害を引き起こす。必殺技は巨大な目から泡状の物体を出すグレアーアイ。

 

光にも闇にも属さない特殊な存在らしく、元来属性の存在しない幼年期を除き種族・属性は不明。勢力はダークエリアである。

 

「ああ、ワタクシと同じ所属ですか」

 

ダークエリアはデジモンたちにとって墓場や地獄のような存在であり、悪いデータと認識されれば永遠に存在を葬られ、良いデータと認識されればまたデジタマとして生まれ変わる事ができる。

 

「所属がダークエリアって大概よね」

 

アスタモンはわらった。ゲンナイさんから現在地のマップが届いたのだ。

 

「よかった、まだ孵ってない」

 

「野生のデジモンならばこんなものですよ」

 

「そーなんだけど。ああもうまた妨害が!」

 

アスタモンはシャッターが降りたデジタルゲートを蹴り上げ、方向転換する。

 

 

「ずいぶんと後ろ盾があるデジタマだこと!」

 

皮肉のひとつも言いたくなる。

 

デジタマは、デジモンが孵化する卵である。デジタマからは幼年期の前期にあたるデジモンが誕生する。デジモンには雄と雌の区別が存在しない。

 

そのため、生殖活動を行わないが、成熟期以上のデジモンは寿命を迎える際に自らのデータをコピーし、デジタマとして残すことができる。デジタマには様々な種類が存在するが、それぞれ模様など外見の特徴や誕生する幼年期デジモンが異なる。

 

デジモン同士を合体させる人工のデジタマもあるが、この時代にはまだ無いはずだ。

 

「まあ、いきなり究極体よりはマシよね」

 

インターネットのファイアーウォールや惑星の謎を解くソフトから生まれるデジモンなど、人間のプログラムから新たに誕生するデジモンも存在するし、中には人為的に生み出されたデジモンも存在する。

 

その中には生まれながらに究極体なんて規格外もいるのだ。ダークマスターズのように。他にもネットワークを悪用する人間の悪意などがデジモンの卵となってデジタルワールドに発生する例もある。

 

ここまで考えて、ディアボロモンは後者なのだとジュンは気づいた。

 

「ゾッとしないわね、まったく!」

 

アスタモンがゲートポイントをくぐりぬける。一面にツメモンたちが這いつくばっていた。

 



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67話

「アスタモンあぶない!」

 

ジュンは咄嗟にデジヴァイスをかかげる。コマンドを入力して結界を展開した。ツメモンたちが一斉に群がって来るがはじき返していく。結界1枚へだてて密集してくる虫みたいな気持ち悪さに生理的嫌悪感を抑えきれず、ジュンは顔をしかめた。

 

「ありがとうございます」

 

アスタモンはいきをはいた。

 

「アタシがここは何とかするからお願いね」

 

「了解致しました」

 

ジュンの胸元に光る紋章がかがやく。ジュンの精神的な気質から生まれたわけでもなく、特殊な力から生まれたわけでもないため、タグと紋章がなければ制御不能に陥る劇薬も、用法用量を守れば立派な戦力となる。

 

結界の中でアスタモンの姿がみるみる変わっていく。一瞬真っ黒に染まったデジヴァイスから青い紋章が浮び上がる。ダウンロードされた紋章により、アスタモンは本来の力を取り戻す。黒い旋風がどこかに消えてしまったころには、ジュンの後ろには新たなる姿を獲得したパートナーがいた。

 

「あれ?」

 

脳裏に焼き付いて離れないベルフェモンレイジモードではなく、随分と可愛らしい姿が現れた。

 

羊のように丸みを帯びたツノ。悪魔の羽のような耳。鎖で羽交い締めにされ、その中央には目覚まし時計。目覚まし時計をかかえたままねているぬいぐるみ。

 

「えっ、ちょっ、まさかのスリープモード!?聞いてないんですけど!?」

 

可愛いとはいえ特大の大きさのぬいぐるみだ。真っ黒な羊のふかふかのぬいぐるみ。しかも眠っているようでいびきをかいている。

 

「え?」

 

すさまじい勢いでツメモンが駆逐されていく。よく見れば眠ってしまった個体が即死しているのが見えた。

 

「!」

 

後ろからベルフェモンを拘束している黒い鎖が炎を吹き出しながら逃げようとしていた個体を破壊する。

 

「け、結果オーライ、かしら?はは......」

 

ジュンは苦笑いしながらゲートポイントから次々撃破されていくツメモンをみていた。デジタルゲートを妨害されて到着が遅れただけでもうこれだけの数だ。いくらまだ幼年期Ⅱのデジモンにすぎないとしても、ここから成長期のケラモンに進化することが出来る。

 

爪を使って動くことで、移動速度が格段にアップし、凄まじいスピードでデータを破壊する。捕獲するのは難しい。 触手の先が鉤爪状になり、凶暴さも増している。

 

ここで少しでも個体を減らしてベルフェモンの糧にしてしまえば全体的な弱体化になるかもしれない。だが一体でも逃したら最後、それこそゴキブリのように復活してしまうことになる。それは困る、非常に困る。中途半端なままこちらに来てしまったために未確認なままのパケット島上空の亀裂も気になる。

 

「ああもう、なんでこんな時に次から次へと問題が起こるのよー!」

 

ジュンの悲鳴はベルフェモンの安らかな寝息から発生するエターナルナイトメアにかき消された。

 

どうやらベルフェモンスリープモードはレイジモードが物理攻撃主体なのに対して魔法攻撃主体のようだ。しかも必殺技のエターナルナイトメアは全体攻撃、かつ貫通攻撃で、ツメモンの半数を即死させていることから50%の確率で眠り状態にできる効果付。

 

生き残っても睡眠状態。生き残らない場合は即死。生き残って眠らなくても黒い鎖が炎を吹き出しながら追尾して破壊しようとしてくる。

 

どうやらツメモンに状態異常は有効なようだから、固まっている相手にかなりのプレッシャーをかけることができる優秀な必殺技だ。ただ、知力を倍計算する貫通系必殺技ではないので、そこまでの大ダメージを狙うのは難しい。

 

「さすがは七大魔王の一角だけあるわ、強い」

 

ただしくは呼ばれることになる、がつくが。この時代にはまだ七大魔王なる組織は存在しない。

 

さすがはダークエリアの最深部に封印されているといわれる魔王デジモンである。強大すぎる力を持つため、デジタルワールドのシステムによって、データをスリープ状態にされているといわれているが真偽は定かではない。

 

深い眠りについているため、自ら攻撃を繰り出すことは出来ないが、寝息だけでデジモンにダメージを与えることが可能であり、そのためベルフェモン:スリープモードの寝込みを襲うことは容易ではないだろうとはいわれていたが、こういう意味だとは知らなかった。

 

安らかな寝息から発動するエターナルナイトメアと、体に巻きついた鎖から発する黒い炎ランプランツスを間近で目撃したジュンは、笑うしかない。そりゃ永遠の眠りを約束してくれるだろう。

 

「怠惰を司るだけはあるわ......」

 

ベルフェモンが司る七つの大罪のうち、怠惰とは、すべきことを怠ける様子を表す言葉である。

 

キリスト教では、七つの大罪のうち他の六つが人の欲を発端にするのに対し、こちらは逆に放棄を端にする言葉だ。

 

本来の教義での意味は「仕事をせずに怠けている状態」ではなく、宗教で定められた安息日を使わず働き続ける事で、本来の自分の姿を見失うことを戒めたものである。

 

そういう意味ではジュンのパートナーにホメオスタシスが選ぶのはある意味であたっているのかもしれないが、ジュンはそこまで頭は回っていなかった。

 

ベルフェモンの頭にしがみつき、逃げようとしているツメモンがいないか必死で探し回る。すると、会社や一般家庭、もしくは携帯電話、パソコン、と様々な使用者の様子を現実世界から覗き見ることが出来ていたデジタルゲートが次々としまっていく。

 

「やった、ゲンナイさん、間に合ったんだ!ベルフェモン、チャンスよ!」

 

ツメモンたちは逃げ場を失い、蜘蛛の子を散らすように逃げていくがデジタルゲートはどんどん閉まっていく。とうとうあとひとつとなったために、そこ目がけて無数に増殖していたツメモンたちが殺到していく。

 

統制も誘導もされていないツメモンの群れの流れが、通行の邪魔になるベルフェモンの攻撃により、流れがさえぎられ、そこの密度が高まり、さらにその塊が周囲の交通を妨害する。やがて許容量を超えてさらにツメモンが殺到、デジタルゲートにひびがはいる。

 

ベルフェモンの黒い鎖から火が噴く。その場にいたツメモンに甚大な被害を与えた。デジタルゲートは丸焦げになるが、ツメモンたちはただちにダークエリアに送られてベルフェモンの強化となる。

 

「やっぱり逃げられちゃったわね」

 

がしゃん、と最後のデジタルゲートが閉まる音が響き渡り、真っ暗になった世界でジュンはベルフェモンの頭の上でため息をついた、

 

「ジュン、どうじゃ?」

 

真ん前に出現したモニターからゲンナイさんが聞いてくる。ジュンは首を振った。

 

「だいぶ数は減らせたけど、数が多すぎるわ。最後のデジタルゲートから何匹も逃げちゃってます。もう幼年期2だったから、そろそろ成長期になっちゃってるかもしれない。私たちはここから追跡を続けるので、ゲンナイさんは他の選ばれし子供たちを先回りさせてあげてください」

 

「わかった!そちらは頼んだぞ」

 

「はい」

 

ジュンはゲンナイさんが再び開いたデジタルゲートからツメモンたちの追跡を開始したのだった。

 

「あいつら、こっちが考えている以上に進化速度がはやいです!ネット上のデータを食い荒らしまくってるんだわ。はやいとこ倒さないとやばいかも」

 

「よし、わかった。ベルフェモンですら倒しきれなかったということは、他の選ばれし子供たちにも伝えよう」

 

「一斉攻撃する知能もあるみたいなんで、全体攻撃できる世代に進化しとくよう伝えてください」

 

「わかったぞい!」

 

ジュンはベルフェモンの姿が収束していくことに気がついた。紋章がタグに収まり、パートナーはアスタモンに戻ってしまう。

 

「あれ、どうしたのアスタモン」

 

「残念ながらベルフェモンですと容量が大きすぎてネット回線を通れないようでしてね」

 

「あっ、やっぱそういう障害もあるのね!?そうよねー、光が丘霧事件からまだ7ヶ月しかたってないもんねー!光通信導入してるとこ、先に調べとくべきだったわ!」

 

「仕方ない、次に生かすとして急ぎましょうジュン。ワタクシたちが交戦しているせいで進化が早くなっている」

 

「えっ、ツメモンたちはベルフェモンに取り込まれたんじゃないの?」

 

「あの新種はデジタルモンスターの原種に極めて近い性質をしているようだ。コンピュータウィルスと何ら変わらない。死ぬ寸前に自身をコピーして個体を生み出している」

 

「えええっ、幼年期のくせにデジタマが作れるの?」

 

「デジタマではありませんよ。ひとくちにコンピュータウィルスといっても色々ありますからね。データに自己学習機能をそなえたコンピュータウィルスが感染し、自我を持ったのが我々デジタルモンスターなのだ。悪意が自我を持った結界がこうなのでしょう」

 

「厄介ね、ほんと。知ってたけど!」

 

ジュンの頭上にはゲンナイさんがツメモンたちの現在地を教えてくれるマップが展開している。アスタモンは先を急いだ。

 



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68話

朝から大輔は京の家に遊びに来ていた。伊織のお父さんが亡くなってから7ヶ月たち、今日は7度目の月命日の日から数日たっている。伊織のお母さんとおじいさん、おばあさんが親戚とお寺に行くというので、伊織は京の家に遊びに来ていたのだ。

 

学校の宿題もそこそこに京が千鶴と一緒に長男のパソコンを勝手にあそび始めた。なんでも1番上の百恵さんが演劇部の音響担当らしく、それなりの設備が必要だということでお下がりをもらったらしい。お姉ちゃんが部活でいないのをいいことに、いつもは出来ないインターネットで遊んでいる。

 

ついでに大輔は京に言われてジュンからノートパソコンを借りてきている。パソコンがひとつしかないと画面を見るには4人で1台だと狭すぎるのだ。いつもは貸してくれないジュンなのだが。

 

ここのところずっとデジタルワールドにかかりきりで大輔と遊んでくれないことをすねたら貸してくれたのだ。なんでか知らないけど太一か光子郎からメールが来たら、171をつけて電話するよう言われている。またなにかあるんだろうなとは思っているが、デジモンのことは誰にも内緒なので大輔は黙っていた。

 

「それにしても伊織のおばさん、今回はダメなんて珍しいわよねー。なにかあったのかしら?」

 

「ぼた餅もらったんだし、いいじゃん」

 

「あっ、こら大輔くん。ひとり一個だからね」

 

「えー、こんなにあるのに?」

 

「伊織ならともかく大輔はだめよ、ぼた餅食べに来たんだから」

 

「えー。だめかー?伊織」

 

「えっ、僕はどっちでも......大輔さんがきてくれてうれしいし......」

 

「そーいうのがダメなのよ、伊織。大輔全部食べちゃうわよ」

 

「食べないよ!」

 

「えー、じゃあどうしてスマブラで遊んだ時、みんなのポテチ食べちゃったの?」

 

「みんなが食べるの遅いからだよ」

 

「そーじゃなくて!」

 

ぎゃいぎゃいうるさい空間ながら伊織はどこか嬉しそうだった。

 

「なんとなく、わかってるんです」

 

「え?」

 

「ん?」

 

「なにが?」

 

「僕、この前の月命日にお父さんの友達だった人にあったんです」

 

「伊織のお父さん?」

 

伊織はうなずいた。

 

「お墓の前で花をそなえて、線香を立ててました。お母さんは知らなかったけど、おじいちゃんは知ってるみたいだった」

 

「よかったじゃない」

 

伊織はくびをふる。

 

「及川さんて人なんですけど、おじいちゃんがいきなり怒り出して......僕、お母さんにつれられて先に家に帰ったんです」

 

「えっ、なんで?」

 

「及川さん、お父さんが死んじゃったこと、知らなかったみたいで。おじいちゃんが教えてなかったみたいで」

 

大輔たちは顔を見わせるのだ。

 

「なんで来たっておじいちゃんが」

 

伊織は豹変した祖父が忘れられないようで不安そうな顔をしている。伊織の祖父は剣道の師範代として道場の先生をするほど有名な人だ。伊織のお父さんがSPをするほどなのだから。遠い異国で殉職してから伊織はお母さんと一緒に同居している。厳しい人だが感情的に怒鳴り散らす人ではないと知っているだけあって、話を聞くだけでわけがわからない。

 

「なにかあったんじゃない?大人の事情ってやつよ」

 

興味なさそうに京はいった。方向転換するつもりなのだ。

 

「それより大輔、大輔、これなんて書いてあるの?」

 

「え、なにが?」

 

「ほら、メール」

 

大輔が覗き込んでみると、そこには英語がたくさん書いてある。

 

「これ、英語でしょ?」

 

「うん」

 

「読めるでしょ?」

 

「うん、ちょっとだけ。でもいいの?ここに、ジュンさんへって書いてあるけど。お姉ちゃんのメール、勝手に見ちゃダメだよ」

 

「え?あ、ほんとだ」

 

「わかってないわねー。あのジュンさんが同じ人と頻繁にメールしてるのよ?絶対あれよ、好きな人」

 

「えー」

 

大輔は名前を見てみる。

 

「違うよ」

 

「なんでわかるの?」

 

「そうだったら光子郎さんや治さんも好きな人になるよ?この人、僕しってる。お姉ちゃんがいっつも夜遅くまでチャットしてる人。ロスにいる小学生で、ハーバード大学に通ってるすごい人なんだって。すっごい頭がいいから、なんか難しい話してるの見たことあるよ」

 

「なんの話?」

 

「わかんないけど、なんかすごい話。データがどうとか、こうとか」

 

「ふーん、そうなんだ。でも、それならもっと気にならない?なんか動画がついてるし」

 

「あ、ほんとだ」

 

「ジュンさん、ゲーム作ってるじゃない?もしかしたら、新しいゲームかも?遊んでみない?」

 

京の提案にみんな興味を示した。

 

「待って待って、ゲームかまだわかんないから読んでみる」

 

大輔はあわてて止めに入った。ロスの小学生はジュンと一緒にデジタルワールドのことを手伝っていると大輔はしっている。うっかりデジモンに関係することがバレてしまったらお姉ちゃんたちに迷惑がかかってしまう、と大輔は思ったのだ。

 

大輔は画面を表示して、一生懸命読んでみる。

 

「大輔くん、そんなことしなくても英語なら日本語に直せるのよ?」

 

千鶴は学校で習ったばかりのことを知らせたくてたまらないのだ。横からマウスを横取りしてホームページを開き、日本語訳のサイトを開いて英文をコピペしてエンターキーを押してしまった。機械的に表示されている日本語はなかなか解読が難しいがだいたいのニュアンスはわかった。そこにはこう書いてあった。

 

インターネット上にモンスターが生まれた。ジュンに言われた通りアメリカのいろんな機関の説得に動画などを添付してメールを送ったが却下された。エージェントに説明をお願いしたのに、お偉いさんたちは一笑して、よく出来たおもちゃだと褒められただけだ。これ以上出来ることはもうない。ジュン、みんなに知らせてくれ。

 

なんだか意味深なメールだ。京たちの目が輝くのがわかった。大輔だけはジュンがまたデジモンと戦っていることはわかったので誇らしい気持ちだったが、メールだけみたらとんでもないことが書いてある。

 

アメリカのなんとかっていう世界で1番すごいハッカーたちがいるところが見過ごしている何かがあって、それをジュンたちが何とかしようとしているのだと京たちはわかってしまったのだ。

 

ジュンがそこら辺にいるただの中学生ならごまかせたが、ジュンはパソコンがすごく出来る子だと妹分、弟分たちはよく知っている。しかも京はジュンの影響をうけてパソコンが好きな子だったから、たぶん大輔よりもはるかにことの重要性を理解していた。

 

「ジュンさん、そうじゃないかとは思ってたけど、やっぱりスーパーハッカーなのね!もー、大輔ったら言ってくれたらよかったのに!」

 

ばしばし肩を叩かれて、大輔は途方に暮れた。幼なじみのエンジンがかかってしまった。もうこうなったら誰も止められない。ここにいるのは煽り常習犯の千鶴お姉さんと弟分の伊織、そして押しに弱い幼なじみの自分だけだ。お姉ちゃんごめん、デジモンのことバレちゃうかもしれない、と大輔は自分の不甲斐なさをネットのどこかでがんばっているであろう姉に謝ったのだった。

 

京が動画を開いてしまう。なにがあるのかみんなで覗き込もうとしたとき、電話がかかってきたのかキッチンの方から声がした。

 

「大輔君、お友達から電話よ」

 

「え?あ、はあい」

 

大輔はあわててキッチンに向かう。京そっくりのメガネをかけているおばさんから受話器をうけとり、大輔はもしもしと耳を押し付けた。きっと太一か光子郎だと思ったからだ。内緒話をしなければならない。

 

「よかったー!通じたー!!ありがとうな、大輔!!出てくれてありがとう!」

 

なんだかよくわからないが物凄く喜んでいる太一に大輔は疑問符を浮かべた。

 

「大輔は出てくれたのに、なんで肝心のやつらは電話にでねーんだよ、選ばれし子供たちが出動しなきゃいけねーってときに!」

 

余程イラついているのか太一は愚痴り始めた。今、インターネット上で新しいデジタルモンスターが大暴れしていて、最初に気づいたジュンがアスタモンと共に追いかけてくれているのだが、他の仲間がなかなか捕まらないらしい。

 

「そりゃ、あんときみんな予定あるとは言ってたけどさあ!まさか同じ日とは思わねーじゃん!」

 

さいわい事態を知らせてくれた光子郎はすぐ隣にいるらしい。奥の方から小麦粉がどうたら、卵がどうたらと聞こえるから太一のおばさんが何かおやつを作っているのかもしれない。

 

問題は他の選ばれし子供たちだ。丈は志望校の中学受験の前期日程に落ちているため、滑り止めを受けてから満を持しての後期日程らしい。まさに背水の陣である。この時点で太一は諦めた。

 

光は友達の誕生日パーティからなかなか抜け出すことが出来ず、何度電話してもそれどころじゃないと切られてしまう。世界の危機より大事かよと太一は絶叫しているが、大輔からすれば光は太一をはじめ誰にも不思議な力を打ち明けることが出来ていなかった。

 

選ばれし子供たちにようやく明かすことができたために大輔からみても明るくなっている。初めてできた友達から初めてのお呼ばれ、しかもお誕生日会ときたら無理もない気がした。

 

そしてヤマトとタケルは島根県にある父方の実家に預けられており、耳が遠いおばあさんのせいで電話を切られたから再チャレンジしたい。

 

ミミは両親とハワイである。初めから掛けられない。ホテルの名前から電話番号はわかっても国際電話の料金を光子郎から教えてもらって断念した。

 

治は滋賀県で行われているジュニアユースの地域交流会にでていて、賢は家族と応援にいっている。サッカー場にパソコンがあるとは思えない。というか日程をネットで調べたら試合の真っ最中だから多分無理だ。学校でやるみたいだから電光掲示板がないであろう大会で、今のネット上の大騒動には気づけない。ダメ元で大会事務所に電話をかけてみたがスタッフは出ているのか留守電だった。

 

そして遼はトルコだ。家族旅行でトルコである。

 

「太一さん、空さんは?」

 

「えっ?」

 

「空さんなんにも予定ないってお姉ちゃんが」

 

「そ、空のやつ出かけてるみたいで捕まらないんだよ!」

 

「え、そうなんですか?」

 

「そうそう、そうなんだよ。何回掛けてもつうじなくてさー、ははは」

 

「太一さん、171!」

 

「へ?」

 

「お姉ちゃんがいってました。171に電話番号つけると繋がるって!」

 

大輔の言葉にまじか!と太一はつぶやいた。喜んでくれるかと思いきや微妙な反応に大輔はあれ?と思った。

 

「えーっと、それで、なんですか?」

 

「そーだそーだ、大輔、パソコン貸してくれ!」

 

「へ?」

 

「ジュンさんのパソコン!今もってんだろ?よくわかんねーけど、アグモンたちを進化させなきゃいけないんだけど光子郎のパソコンだけじゃ足りないみたいなんだ。頼むよー!」

 

「えええっ!?」

 

「大輔だけが頼りなんだ!頼む!」

 

「でも......」

 

「でもなんだよ」

 

「僕今友達んちで、××団地にいるん」

 

「えええっ!?まじかよ、どこだそれ!」

 

「えーっと、豊洲の......」

 

「何分かかる?」

 

「ゆりかもめで9分くらい......?」

 

「まじかっ!?あーもう仕方ねえな。超特急でこいよ!アグモンたちの転送にそれくらいかかるみたいだから!!」

 

「は、はい!」

 

大輔は受話器をおいた。そしていざ京たちのところに行こうとしたところ、廊下に京たちが顔だけ出して待っていた。

 

「え、えっと......」

 

「話は聞いたわよ、大輔!よくわかんないけど大変なことになってるみたいね!」

 

「パソコン、いるのよね。はい」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「いってらっしゃい、大輔さん。がんばってください」

 

よくわからないまま、敬礼で送り出された大輔は疑問符を浮かべたまま京のマンションをあとにした。

 

「ふっふっふー、よーしジュンさんたち応援しましょー!」

 

ちゃっかりメールを百恵のパソコンに転送していた京はそういって千鶴と伊織に宣言したのだった。

 



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69話

「ねえ、アスタモン。アタシ、対応間違えたかしら?」

 

「比べるのは野暮ですよ、ジュン。あのデジモンは明らかに人為的な工作によって生まれている形跡がある。偶発的に生まれたわけではなさそうだ」

 

「そりゃそうだけどさあ......クリサリモンに進化しちゃったわよね、あれ」

 

「そうですね。だがやつは序盤から増殖しようとしていた。放置すれば無数のクリサリモンが並ぶことになりますよ」

 

「たしかに」

 

濃厚な殺意がジュンたちに向けられている。

 

「いたちごっこですよ。ワタクシたちデジタルモンスターが1番成長するのはいつだって生きるためだ」

 

「ミレニアモンみたいに?」

 

「アポカリモンがそうだったように」

 

突如ネットに現れた無邪気ながら凶悪なデジモンは、凄まじい食欲を持ち、ネット上のバグが寄り集まって出来たデジタマからわずかな期間で成長期から成熟期に進化をした。「遊び」で世界を危機に陥らす、かなり性質の悪いデジモンにジュンは手を焼いている。

 

体格も大きくなり、その大きな口でツメモン以上のデータ量を侵食することができるケラモンは、1秒間に100メガ以上のデータを侵食するために、ケラモンに進入されると同時にデータが破壊されてしまう。

 

非常に陽気な性格で、破壊行為は遊びの一環だと思っている。笑いながら口から破壊力抜群の光弾を吐き出すケラモンたちをアスタモンは難なく躱す。繰り出されたウィルスバスターの効果が付与されたマシンガンはケラモンたちを次々ほふり、あと一体にまで迫っていたのだが。

 

弾幕の先にいたのは成熟期デジモンだ。成長期のケラモンが、より強いデジモンに進化するために一旦蛹のような状態になり、エネルギーを温存している。

 

一切の行動が出来ないが硬い外皮に守られ、背後から伸びる触手で攻撃する。

 

げえ、とジュンは顔をゆがめた。

 

デジタルモンスターは進化を繰り返し、転生を繰り返して強くなる生命体だ。テイマーとしての経験則から知っているのだが、初めての進化は世代をひとつひとつ経験して段階を踏んだ方が、同じ究極体としても格段に強くなる。ケラモンの進化系列は形態を踏まずに完全体のインフェルモンへと進化できるが、この形態を踏む事でより強いインフェルモンに進化するだろうことは明らかだ。

 

この時点で完全体のくせにウォーグレイモンの技を耐えきるインフェルモンがさらにつよくなるのだ。ぞッとする話ではないか。

 

 

蛹のような姿をした成熟期デジモンがこちらを睨んでいる。より強いデジモンに進化するために一旦蛹のような状態になり、エネルギーを温存しているやつは、いっさいの移動はできなくなるが、硬い外皮に守られ、背部から伸びる触手で敵を攻撃できる。

 

「うそでしょ、完全体になっちゃった」

 

ありとあらゆるネットワークに侵入してデータを破壊することができる凶悪な完全体がそこにいた。

 

繭のような身体に手足を収納することで防御力が格段に上昇、究極体であるウォーグレイモンのドラモンキラーをまともに喰らって耐えた程である。

 

手足の長い蜘蛛のような姿をした完全体デジモンの殺意が向けられる。頭や手足を伸ばした状態の通常形態と、手足を本体にしまいこんだ繭形態をとることができる。

 

繭形態になるとあらゆる攻撃を跳ね返すほど防御力が上がるが、一直線にしか進めず、軌道をかえられないのが欠点である。強固なセキュリティーを物ともせずあらゆるネットワークに侵入することができる。インフェルモンがネットワークに放たれたら最後、世界中が混乱に陥るだろう。

 

インフェルモンが突撃してきた。アスタモンは着地すると黒い波紋を描きながら周りを浮遊する無数の円形を蹴り出した。インフェルモンがふっとばされる。射程を確保しながらふたたびオーロサルモンで脳天をぶちぬこうとした。

 

繭状態の本体ではなく収納されている四肢や頭を狙うが隙間なく埋められた防御状態は跳ね返してしまう。舌打ちをしたアスタモンはまた突撃してきたインフェルモン目掛けて超至近距離から蹴りあげた。空中から方向転換するために一瞬インフェルモンが顔を出す。

 

「ヘルファイア!」

 

地獄の果までついていく追尾弾の雨が降り注ぎ、ふっとばされたインフェルモンは向こう側の球体の壁にぶつかってずるずるずると落ちていった。

 

装填しながらアスタモンはウィルスバスターが付与された弾丸をトドメとばかりにぶっぱなす。

 

「おっと?」

 

インフェルモンの口の中の銃口から、凄まじい破壊力のエネルギー弾を打ち出されたのだ。ゲートポイント中央付近で大爆発が起きる。ジュンはたまらず手をおおった。

 

「ジュン!」

 

「えっ?うわあ!」

 

ジュンは虚空に投げられた。

 

インフェルモンがコクーン状態になりものすごい勢いで球体の空間を利用して突進してきたのだ。もう一体いたようである。

 

ジュンはあわててデジヴァイスの結界を展開した。

 

「トライデントアーム!」

 

 

全身の半分以上をサイボーグ化することで、戦闘力を高めたグレイモン系デジモンの完全体が、完全機械化された左腕「トライデントアーム」を炸裂させる。インフェルモンは激しく叩きつけられてしまった。

 

「ギガデストロイヤー!」

 

胸のハッチから核弾頭1発分に匹敵する破壊力を持つ有機体系ミサイルを発射する。拘束しているインフェルモンはもろに直撃を受けた。

 

「ジュン、大丈夫?」

 

6枚の翼を使っての飛行能力も獲得したメタルグレイモンが声をかけてくる。ファイル島より高度なサイボーグ化技術により、拒絶反応を起こすことなく進化することに成功した黄色のメタルグレイモンだ。

 

ぱ、とモニターが出現し、心配そうな太一たちがうつった。

 

「ホーンバスター!」

 

雷撃が走る。

 

「大丈夫でっか?お待たせしましたで、アスタモン」

 

カブテリモンが進化した昆虫型デジモンがそこにはいた。飛行能力を少し退化した代わりに高い筋力を獲得し、頭頂に備えた角は巨大化、さらに全身の装甲が硬質化しており高い防御力を発揮する。また、性格も変化し本能しか持っていなかったカブテリモンと違い、か弱いデジモンを守る騎士道精神を持っている完全体、アドラーカブテリモンである。

 

「お待たせしました、ジュンさん!僕達も加勢します!」

 

「お姉ちゃん、みんな、がんばれ!」

 

モニターごしに光子郎と大輔が現れる。ジュンはメタルグレイモンに助け起こされ、こちらにやってきたアスタモンに渡された。

 

「ありがとう、みんな。気をつけて」

 

爆煙の向こう側に黒い影がふたつある。太一たちは目を見開いた。そんな馬鹿な、確かに手応えはあったのに。

 

「なかなかの強敵みたい」

 

インフェルモンが人工音声で高い音を出し、体を震わせているのがみえた。どうやら笑っているようだ。選ばれし子供たちの完全体3体に囲まれて笑い転げているのだ。あまりにも異様な姿に光子郎たちは息を呑む。

 

「あ、このデジモンからメールがきました」

 

光子郎がフォルダを開いてメールを読み上げる。

 

「ハローハローハロー」

 

ピロン、という音がした。

 

「あ、お姉ちゃんのパソコンにも来たよ」

 

大輔が読み上げる。

 

「アソブ?」

 

ピロン、ピロン、ピロン、と立て続けにメールがくる。大輔はだんだん顔が強ばってきた。

 

「いっぱいアソブ?って書いてある......」

 

ジュンたちはゾワッとした。悪寒が体を走り抜けた。こんな短時間でジュンと光子郎のパソコンを特定してメールを送って来ているということは、完全に読まれているということだ。しかもおちょくっている。こいつ、ヤバいデジモンだと悟った太一はゴーグルをつけ直した。

 

「なあにがアソブだよ、馬鹿にしやがって!待ってろ、俺達が相手だ!」

 

「ジュンさんは一回ログアウトしてください、ゲンナイさんと僕でなんとか追い込みをかけてみますから!」

 

「ありがとう、みんな。あとはお願い!」

 

ジュンはゲンナイさんが展開してくれたデジタルゲートに飛び込んだのだった。

 



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70話

メタルグレイモンとアスタモン、そしてアトラーカブテリモンはふたてにわかれた。ゲンナイさんたちがゲートポイントを封鎖してくれるおかげで暗くなり、太一たちのモニターだけが光源となった世界にて、新種のデジモン2体が猛威をふるう。

 

デジモンたちの場外乱闘が始まった。キーンとジェットに似た音が響く。メタルグレイモンの搭載した武器からだ。爆煙の灰色の雲の中を鈍い眠い音をたてて、飛んでいく。

 

大気を切るブレードの音。声をかき消す轟音をあげて、メタルグレイモンはインフェルモンに攻撃を放った。

 

煙を吐いたインフェルモンが安定を失いながら木の葉が舞うように落下してくる。肝を揺さぶるような轟音だった。メタルグレイモンは青空に白い綿のように尾を引いて落ちていくインフェルモン目掛けて追撃をしかける。トライデントアームに塗った銀の色が、水銀のようにこぼれそうに鮮やかに翻った。

 

「なに!?」

 

コクーン状態になったインフェルモンが方向転換し、爆撃機の機影を残しながら激しい角度でメタルグレイモンめがけてのめりこんでいく。メタルグレイモンは吹き飛び、真向かいの壁に激突した。

 

インフェルモンがゆっくりと滑走路のように壁を滑り始めた。地面が揺れている。巨大なコクーンは徐々にスピードを増す。ピッチの高い音で空気が燃えているように感じる。胴体の脇に付いたさらに巨大コクーンが青い炎を吐いた。その先にいたメタルグレイモンは白い腹が浮いたかと思うと、あっという間に爆発の中に吸い込まれた。

 

「メタルグレイモン!」

 

太一の叫びがこだまする。モニターを横切ったのはアトラーカブテリモンだった。激しい羽音をたてながら煙の中に消えていく。強固な装甲はインフェルモンの必殺技を耐え抜き、メタルグレイモンの壁となる。コクーンめがけて超至近距離から雷撃をぶち込み、その隙にメタルグレイモンが復帰する。

 

「よかったあ。ありがとうな、アトラーカブテリモン」

 

「助かった、ありがとう」

 

「構いませんて、それくらい。それよりどないします?」

 

アトラーカブテリモンに促され、太一が視線を投げた先には傷一つついていないインフェルモンの姿があった。

 

「げえっ、まじかよ」

 

「コクーン状態(あの状態)になるとダメージを受けないのか、なんてやつだ」

 

光子郎はいきをつく。蜘蛛のように長い手足で球体空間の壁に這いつくばっているインフェルモンは空中に静止しているように見える。さらぎらデパートの天井からワイヤーで下げられた玩具のように。

 

「くるぞ!」

 

察知したメタルグレイモンが叫ぶ。

 

黒い影が疾風のようにかすめ去った。アスタモンのマシンガンのように自動追尾機能がないたけまだマシだが、連射してくる弾丸の雨を前にメタルグレイモンたちは避ける。わずかに被弾した装甲が粉砕された。

 

どうやら破壊するウィルスが仕込まれているようだ。デジヴァイスの加護により侵食はただちに止まるが、普通のデジモンならおかしくなってしまうだろう。

 

 

報復とばかりにメタルグレイモンとアトラーカブテリモンの攻撃が直撃し、インフェルモンが激しく揺れる。火を吹いて流星のように直線に落ちて行く。極度にのろい速力で、ちょうど空を這っているように見えた。メタルグレイモンが銃火を噴いた。

 

殴りつけるような超低空でインフェルモンは避けながら過ぎていく。間を縫って、映写幕を移動する幻影のように迫って来ていた。それはきらきらと光る固い殻に覆われた虫のように見えた。

 

インフェルモンが突撃しながら口から弾丸を連射してくる。さいわいなのは一直線上の移動しかできないことだろうか。

 

メタルグレイモンとアトラーカブテリモンは防戦一方ながらカウンターをしかける。見越したようにインフェルモンがコクーン状態になってしまうためダメージはいまひとつである。だがだんだんインフェルモンの動きが単調になってきた。

 

「今だ、トライデントアーム!」

 

不意をつき、メタルグレイモンは必殺技を放った。アトラーカブテリモンが続いて雷撃を放つ。メタルグレイモンは無数の弾丸をうちこんだ。

 

「やったか!?」

 

太一の歓喜を含んだ叫びにメタルグレイモンは忌々しそうに首を振った。トライデントアームに捉えられたはずのインフェルモンがいない。

 

隣にはゲンナイさんたちが閉じたはずのデジタルゲートがあった。

 

 

 

 

 

「あらあ、今日はいつもより多くまわってるわねえ」

 

太一と光子郎にジュンのノートパソコンを渡すという重大任務を終えた大輔はひといきついた。喉が渇いたためおばさんに言われて麦茶をもらっていた矢先である。つられてベランダをみた大輔は変なところにお茶が入ってしまい激しくむせた。げほげほ、ごほごほ、咳き込みながら無理やり止めるためにお茶を一気に飲み干す。

 

「あらあら大丈夫?」

 

ケーキの生地作りをしながらおばさんはのほほんと返した。ベランダに飛び出さんばかりに窓ガラスに張り付く大輔をみて笑うのだ。

 

「やっぱりいつもよりまわってるわよねえ?なにかのイベントかしら?」

 

空いた口が塞がらない大輔の向こうにはパレットタウンという遊園地があるのだが、その象徴たる観覧車がぐるんぐるん回っているのだ。はたから見て回っていることが目視できるレベルだからどんどん早くなっているのがわかる。明らかにおかしい。おかしすぎる。

 

「ごちそうさまでした!」

 

大輔は飲みかけの麦茶をおいて、書斎に戻ってしまう。

 

「あら、半分残ってるのに」

 

おばさんは笑いながら冷蔵庫をあけた。大輔がドアをあけると太一たちは逃げられたインフェルモンの行方をおって無数に広がるネットワークにダイブしているデジモンたちを見ながら調べ物をしていた。光子郎のパソコンにはゲンナイさんがいて、ネットワーク契約している個人や会社をリストアップしているところだった。

 

「太一さん、光子郎さん、大変です、観覧車が!」

 

「へ?」

 

「なにがです?」

 

「観覧車あ?」

 

「ぐるぐる回ってるんです!」

 

「観覧車は回るもんだろ?」

 

「ちがうんですよ、ぐるんぐるん回ってるんです!すごい勢いでっ!!」

 

大輔は腕をぐるぐる回しながら説明し始めた。よくわからない顔をしている太一に業を煮やし、大輔は太一の手を取り来るよう急かす。

 

「なんだよなんだよ、大輔。今俺たちは忙し......」

 

太一の目の前にはものすごいスピードでまわる観覧車がある。しかも緊急停止したかと思ったら、今度は観覧車ではなくゴンドラがぐるんぐるんと回りはじめた。

 

「やべっ!?」

 

「でしょっ!」

 

「やべえやべえやべえ、ありがとうな大輔!光子郎、ゲンナイさあん!!」

 

太一が書斎に飛んで返っていく。大輔ははあとため息をついた。

 

「なによ、太一ったらさっきから忙しないわね。あ、大輔くん。さっきのお茶飲む?」

 

「ま、まだいいです」

 

「そう?冷蔵庫に冷やしてあるから飲んでね」

 

「はい」

 

大輔は書斎のドアをあけてみた。

 

「でました!あの観覧車、今日は法定点検日で17時から開始みたいですね」

 

「ってことは動いてること自体おかしいってことだな!つまり!」

 

「アイツ、今観覧車にいるんですね、ゲンナイさん」

 

「そのようじゃな。よし、デジモンたちを転送する準備に入るぞい!」

 

「お願いします」

 

「なあ、ゲンナイさん、あの観覧車止められないのか?ふっとばされそうで怖いんだけど」

 

「いや、やめておいた方がいいじゃろう」

 

「なんでだよ」

 

「あの観覧車はギネスにも載っておる世界一大きな観覧車じゃ。下手に回転軸を固定してあのデジモンに抵抗してしまうと、かえって軸が曲がってしまうなど故障を招く原因となってしまう。構造としては固定せずにゴンドラを回してしまった方が軸に負担は少なく、安全なのじゃ。機種にもよるが、あえて回させたほうがよさそうじゃ。さいわい今日は点検日のようじゃしな、関係者が対応してくれるじゃろう」

 

たしかにパレットタウンの大観覧車のホームページには、毎日運行前に点検しており、今回は法定点検日により休むと書いてある。点検作業を行っている最中の事故として処理されるだろうから、そのどさくさに紛れて新種のデジモンを退治した方がいい。まさかパレットタウン側もデジモンが悪さをしているなんて思わないはずだからと。

 

「ふーん、そんなもんか。じゃあ、俺たちはアイツ倒すのに集中しようぜ光子郎」

 

「そうですね。はやく倒してアスタモンに加勢しないと」

 

大輔はおそるおそるジュンのパソコンを覗き込んだ。

 

「お姉ちゃんは?」

 

「大丈夫だよ、大輔くん。ジュンさんはゲンナイさんとアスタモンのサポートにまわってる」

 

指さす先にはゲンナイさんの隠れ家にいるジュンの姿だった。



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71話

空はシーリアお台場三番街に住んでいる。お台場海浜公園の美しい景色と東京湾の眺望が広がるタワーマンションと低層住宅の複合街区だ。空はタワーマンションの住人だ。棟内にキッズルームや集会室、パーティールームがある。

 

シーリアお台場の中では駅への距離、お買い物、公園、学校などがほど近く、バランスのとれたエリアだ。

 

近隣はオープンテラスのあるレストランやカフェが並ぶ洗練された街区、レインボー公園や台場公園も至近。今年からゆるやかに計画がはじまったお台場の特性を活かした小中一貫教育を実施する小中学校も近く、9年間という長期的な視点を通じてお子様の成長を見守る。

 

季節を通じて行われるお台場ならではのイベントも間近で楽しめる。

 

どこもグレーを中心とした色のマンションをでて歩き出した空は上を見る。それは太一が住んでるマンションだ。

 

「......もう」

 

ケースに入っている電子辞書のような端末をみては溜息をつき、空は歩き始めた。

 

今日はやけに遠く感じる緑と水に囲まれた自然豊かなマンション、シーリアお台場のなかでも最もレインボーブリッジに近いタワー棟が一番街だ。

 

今の空には自分を寄せつけない圧力があるタワーマンションにしか見えなかった。保育園や区民センターになっているためだろうか、園児たちが保育士につれられて歩いていくのとすれ違った。空はしばらく迷ったすえ、道路を挟んで向かい側にあるデックス東京に足を運んだ。

 

デックス東京ビーチは船をモチーフにしたショッピングセンターだ。

 

船の甲板のようなウッドデッキ張りのオープンテラスをはじめ、館内にもいたるところに船を連想させる装飾が施されている。海からの心地よい潮風にあたりながらデッキを散歩し、まるで豪華客船で東京湾をクルーズしているような気分でお食事、お買い物をお楽しみいただける、がコンセプトである。

 

ノートパソコンをみてはソワソワしている空は時間つぶしに歩いて回っていた。ちなみにこの辞書サイズのノートパソコン。お台場小学校とお台場中学校が中高一貫になるということで、文部科学省のなんとかフロンティアの指定校になったため、全ての生徒たちに試作品として教材が配られていた。

 

お台場中学校パソコン部が小中学校プログラミング大会にて準優勝したからである。いわずもがなジュンたちが頑張ったからだと空は知っている。いずれ大活躍する日が来ることなど知るはずもない空はさっきから何度も何度もメールフォルダを確認していた。

 

空はノートパソコンに一生懸命であまり気にしていなかったが、スタッフがあわただしく観光客の対応におわれていた。

 

吹き抜けに飛び出したレールを猛スピードで駆け抜ける屋内最恐コースターをはじめ、バラエティ豊かなアトラクションが20機種以上あるアトラクション。デジタルとリアルが融合したデジタリアルな空間で、非日常体験を!が売りなはずなのに中止中だ。なんでも故障したらしい。緊急メンテナンスの看板がはられている。

 

「ふうん......」

 

興味なさげに一瞥した後、空はハリウッドスター、スポーツ選手、ミュージシャン、歴史上の偉人など国内外のスターの等身大フィギュアが60体以上展示されているコーナーをすぎた。アトラクションがメンテナンスということでフィギュアには自由に触れられ、記念撮影もOK、最高のセレブ体験が味わえるコーナーということで今までになく賑わっている。

 

テーマ別の作品を作るレゴ教室やレースカーを組み立てるレゴレーサーやアスレチックをはじめ、シューティングゲームや4Dシネマ、巨大レゴジオラマなど家族で楽しめるアトラクションがいっぱいの屋内型施設があるのだが、どれもこれもザワザワしている。スタッフが忙しそうだ。

 

「ここも、そこも、メンテナンス中なんだ」

 

ほとんどが緊急メンテナンス中である。遊ぶところがないなあとぼんやり思いながら、空はウッドデッキに出た。ノートパソコンを開いた。メールの着信はない。

 

「......太一のバカ」

 

ぱたん、と閉められたノートパソコンを抱えて空は歩き出す。

 

今日はなんだかおかしな日だった。ほんとは思いっきり遊ぶつもりだったのだがゆりかもめの運行システムがおかしくなったせいで、びゅんびゅん異常走行しているらしく、見合わせになっていた。おかげで友達との遊びに行く約束がなくなってしまったのだ。急に退屈になってしまった空は意味もなくシーリア台場付近をウロウロしているというわけである。

 

柵に体を預けてため息だ。そして太一のマンションを見上げた。またためいきをついて、視線をなげる。なんだか騒がしいからだ。喧騒の先にはさっきすれ違った保育園の園児達が大迫力の映像にかじりついている。保育士さんたちは困り果てていた。どこかにいくつもりだったのだろう。

 

「えっ」

 

空は思わず2度見した。身を乗り出して食い入るように見つめる。向かいの通りの方に巨大なモニターがあるのだが、そこにアスタモンがいるのだ。ジュンがモニターにうつっており、黒いデジモンと戦っている。

 

「うそ、なにかあったらゲンナイさん......連絡、くれるって......」

 

もしかしたら何かあるかもしれないから、今年はずっと持ち歩こうと決めていたデジヴァイスをみる。ノートパソコンにはなんの連絡もなかった。太一はおろか光子郎も、ジュンも、ゲンナイさんもだ。喧嘩をしている太一はともかく他の人から全然メールが来ないのは明らかにおかしい。

 

はたと八神さんの電話から、と母親から聞いたことを思い出した空は青ざめた。太一からかかってきたら母親はいつも八神くんからといっていた、おばさんからなら八神さんからだ。じゃあ、八神さんの電話から、の続きはなんだ?太一と早合点して聞かなかったがとんでもないことをしてしまったのでは?脳内にぐるぐる色んなことが回っていく。

 

よくよく考えてみたらゆりかもめといいアトラクションといいおかしなことだらけではないか。頭がいっぱいだったとはいえなんてポカミスをやらかすのだ。空はあわてて太一のマンションに向かった。

 

太一との喧嘩はこの際棚上げだ。アスタモンとジュンが戦っているということは太一は別の敵と戦っているということだ。分断を強いられるなんてとんでもない強敵にちがいない。

 

空はシーリア台場一番街のあるタワーマンションのエレベーターを押した。はやくはやくはやくと待ちわびている中、ふとノートパソコンが目に入る。まさかと思って件名だけでメールを作成し、太一に送ってみた。メールが拒否されました、となる。同じメールをジュンに送ってみる。やっぱり拒否されましたとでる。

 

空はとんでもない勘違いをしていたと気づいて汗がうかんだ。

 

ピンポンとチャイムをならす。

 

「はあい」

 

「こんにちは、太一いますか?武之内空です」

 

「あら、空ちゃんも呼んでるのね、太一。たくさん呼ぶのねえ、ゲームでもしてるの?どうぞ、あがってあがって。なんか書斎にこもって光子郎くんと大輔くんとパソコンずっとしてるのよ」

 

にこにこしながらおばさんが迎えてくれた。やっぱりいいいっと空は思った。お邪魔します、とお辞儀をしてスリッパをはき、空は麦茶をすすめてくるおばさんに断りをいれて書斎に向かった。

 

ノックをしてみる。

 

「なんだよ、母さん。お茶はいいっ......て、」

 

太一は固まった。

 

「なな、ななな、なんでちょっ、え!?」

 

「ごめん、太一!」

 

「えっ」

 

空は謝った。

 

「交差点のモニターみたの!ジュンさんたちが戦ってるのが映ってたからとんできた!!このこと連絡するつもりだったのね、無視してごめん!!」

 

「......電話したの僕ですけど」

 

「......やっぱり喧嘩してたんですか、太一さんと空さん」

 

「......うん、そうみたいだよ、大輔くん」

 

「......なんで?」

 

「......さあ?」

 

「あーもうお前らうるさいな!ちょっと黙っててくれよ!!そーいうことなんだよ、来てくれて助かったぜ空!こいよ!」

 

「うん!」

 

うなずいた空を見て、光子郎たちはホッとしたように笑った。

 

「空さん、アスタモンの加勢をお願いします。こいつ、なかなか強敵で加勢に行けないんだ」

 

「わかったわ」

 

「空ちゃん!来てくれて嬉しいわ。アタシのパソコンなら究極体でも転送できるからお願い!今、フジテレビで交戦中なの」

 

「わかりました!」

 

「空ー!」

 

「ピヨモン、待たせてごめんね!頑張って!」

 

「うん!」

 

空はデジヴァイスをジュンのパソコンにかかげる。デジヴァイスが光り輝き、ピヨモンがワープ進化する。転送しながら進化が行われる。フジテレビのネットワーク上にジュンはデジタルゲートを開くのだ。

 

空が交差点でみたときよりアスタモンを取り巻く状況は悪化の一途を辿っていた。黒いデジモンは自分を複製できるようで黒々とした壁が広がっているのがわかる。アスタモンはデジタルゲートを感知して攻撃をしかけようとするインフェルモンたちの軍勢めがけて継承スキルを発動した。

 

「ゲヘナ・フレイム」

 

デジタルゲートに打ち込まれた無数の弾丸を炎が飲み込みながらインフェルモン目掛けて迫ってくる。じりじりと肌をあぶられるような熱気を感じて、アスタモンは僅かに後退した。立ち込めた黒煙がまとわりついてくる。

 

炎が球体空間全体を舐め始め、デジタルゲートにも熱を帯びた黒い煙が入ってくる。痛みを伴った熱気が蜂のように襲い掛かってきて、阿鼻叫喚が広がった。

 

アスタモンはデジタルゲートの向こう側から来るであろう味方のフレンドリーファイアを回避すべく支援してくれるジュンを待った。ただちにアスタモンの周りに結界が出現する。

 

「死してなお地獄の業火に焼かれなさい」

 

生き残ったインフェルモンたちは姿勢を低くした。そうすることで煙が弱まってくる。目線を床に近づければ近づけるほど炎が灯りとなってほんのりと視界が利いてくるようになった。そして目の痛みも和らぎ、少しだけ呼吸も楽になる。黒煙の隙間からオレンジ色の炎が見えかくれする炎が出口を求めて上へ下へ渦巻く。その先にアスタモンの影を見て、報復を開始しようとした。

 

「ホウオウモン、お願い!」

 

空の言葉が合図だった。デジタルゲートから眩い光が走り抜け、黄金色に輝く4枚の翼を持った聖なるデジモンが降臨する。全ての鳥型デジモンの長であり、神聖系デジモンを統べるものと言われている。

 

ホーリードラモンが獣型デジモンの究極形態であるのに対し、ホウオウモンは鳥型デジモンの究極形態である。神聖系デジモンの証でもあり、聖なるパワーを引き出す「ホーリーリング」を2つも持つところから、ホウオウモンの持つパワーが計り知れないことが理解できる。

 

「スターライトエクスプロージョン!!」

 

開幕早々の一撃必殺だった。神々しい4枚の羽を羽ばたかせて黄金色の粒子を降り注ぐ。この技を受けると、全ての悪は浄化されるとまで言われるウィルスバスターの効果がある光線がインフェルモンたちに直撃した。

 

世界は光に包まれた。

 

 



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72話

「だあああっ!また逃げられたあっ!誰だよ、さっきからデジタルゲート開けてるやつは!あのデジモン、デジタルゲートあけられるのか!?」

 

「いや、そんなはずありませんよ。それなら幼年期が町中に溢れかえってるはずです」

 

「ヴァンデモンの時みたいに?」

 

「そうです」

 

「うへえ!」

 

「今から追跡するから待機してくれい」

 

「待ってらんないや、テレビ見ようぜテレビ!あるいはネットニュース!」

 

「掲示板のみんなにも呼びかけてみますね」

 

「私たちも加勢する?」

 

「そうですね。じゃあ転送を......」

 

「お姉ちゃん!なんかくるよ!」

 

大輔の声に弾かれたように太一たちはジュンのパソコンに目を向ける。

 

「うわあああ、なんだこいつ!」

 

ジュンのパソコンにさっきのデジモンが出現しようとしているのがみえた。

 

「ジュンさん、デジタルゲートをとじてください!はやく!生き残りがにげようとしてます!」

 

ジュンはあわててゲートをとじようとする。切断された上半身から新たな個体がうまれた。転写するデータが足りなかったからだろうか、退化して幼年期になってしまう。デジタルゲートの向こう側に消えた何体かのクラモンたち。ホウオウモンが強制シャットアウトされたデジタルゲートにはじき出されるなり残されるなりした残骸を浄化した。

 

「うわあっ」

 

「まずいわ。一回アタシのサーバからシャットダウンするわね!ゲンナイさん、一回アスタモンもホウオウモンも離脱させますね。ウォーグレイモンの回線どうしましょう?」

 

「そうじゃな、転送し直すか」

 

「アトラーカブテリモン、一回離脱するけどあと任せて大丈夫か?」

 

「はいな!追跡は任せとくんなはれ!」

 

「ごめん、1度離脱する!」

 

ジュンのパソコンはただちにネットワークから切断された。

 

「さあ、残りのヤツらを始末しましょうか」

 

ジュンのパソコンをくまなくアスタモンは捜索する。その間ウォーグレイモン、ホウオウモンはゲンナイさんの隠れ家に待機である。しばらくしてからアスタモンが顔を出した。そして困った顔をしながら肩を竦めた。

 

「いませんね」

 

「嘘でしょ?じゃあまさかサーバ経由して逃げたとかいう?」

 

「どこと契約してるんですか?」

 

光子郎の問いにジュンが答えようとした矢先。

 

「太一、太一、太一ったら!電話よー!お母さん手が離せないから出てちょうだい!」

 

よっしゃ、と太一は顔が明るくなった。

 

「はあい!やっと通じたんだなー!誰だろ、ヤマトか?丈か?それとも......」

 

太一は転がるような速度で廊下に向かった。

 

「もしもし、八神ですけど!」

 

向こう側で、人工音声が鳴り響く。もしもし、もしもし、もしもし、もしもし。

 

「太一さん大変です!あいつ、今NTTに!」

 

リビングで先にテレビをみていた大輔の声がひびきわたる。東京だけで非常に電話が繋がりにくくなっているとかなんとか。太一は受話器をおいた。ダラダラ汗がつたう。大輔と太一が書斎に戻った。

 

「ジュンのパソコンの安全が確認できましたので再ログインしてください」

 

アスタモンの言葉に光子郎は胸をなでおろした。

 

「頼むよ、メタルグレイモン!」

 

「NTTに向かってください!アメリカサーバについては友達に連絡を入れてみます。なにかしら問題が起こったらさすがにどこか動いてくれるはずだし」

 

「アメリカの選ばれし子供たちに連絡しましょう、ゲンナイさん。アメリカ担当のベンジャミンさんが行方不明なのは痛いけど!英語ならアタシが話すから!」

 

「わかった、ジュンにはエージェントの権限を一時的に譲渡するから頼んだぞ!よし、転送完了じゃ。メタルグレイモン、ホウオウモン、頼んだぞ!」

 

「メタルグレイモン、あいつ時間がたってるからさらに進化してるかもしれないわ。気をつけて!」

 

「わかったよ!」

 

「よーし、進化だメタルグレイモン!」

 

「わかった!」

 

メタルグレイモンが進化の光に包まれたとき、先行してインフェルモンを追いかけていたはずのアトラーカブテリモンがいきなり動かなくなってしまった。ネット回線にちゅうぶらりんである。意識はあるのかもがいているがどうにもならない。

 

「どうしたんだ、アトラーカブテリモン!?」

 

「まさか新しい敵なの!?」

 

気まずそうに光子郎がつぶやく。

 

「すいません......僕太一さんの家の回線使ってるからネット回線キレちゃったみたいで......」

 

みんなの視線が光子郎のパソコンに向かう。NTTと書かれた回線が刺さっていた。まさかのトラップである。

 

「ネット回線切れてもネットワーク上にいるとこんなになっちゃうの!?」

 

「デジタルワールドと違ってインターネット上だとどうしても不安定になるようじゃ」

 

「えー、ヴァンデモンたちと戦ってた時はもっと戦えてたじゃないか!」

 

「無茶いうでないわ!あの時はデジタルワールドと現実世界が限りなく一体化しつつあったんじゃ!いわば現実世界すらインターネット上にあるも同然じゃったんじゃぞ!」

 

「僕、一回家に帰って衛星電話の機械取りに行ってきます!それまでみなさん、ジュンさんのパソコンからお願いします!」

 

光子郎はそういうと大慌てで書斎をあとにした。どうやら光子郎のパソコンからでなければアトラーカブテリモンは離脱すらできないらしい。

 

「光子郎くんが戻るまで守ってあげてくれる?」

 

「わかったわ」

 

ホウオウモンはアトラーカブテリモンの護衛につくようだ。

 

「お姉ちゃん、アメリカの子供たちで手一杯みたい。頑張ってアスタモン!」

 

「ウォーグレイモンも頼むぜ!」

 

デジタルゲートが開かれるが、アスタモンがウォーグレイモンに待ったをかける。マシンガンが乱射され、少しの隙がうまれる。むっしゃむっしゃと一心不乱に個人情報を食べまくっているインフェルモンたちは姿が変わっていた。

 

「まーた進化してやがる!早すぎるだろ!」

 

「またいっぱいになってるよ!?」

 

「逃げるんじゃねーよ!」

 

「気をつけるんじゃ、太一たち!こやつらはすでに究極体じゃ!」

 

「ならば相手に不足はありませんね」

 

アスタモンが進化する。着地する頃には姿が変わっていた。

 

ベルフェモンスリープモードがデジタルゲートの真ん前に出現した。あまりの大きさに敵は後続に攻撃がとどかない。

 

「これがアスタモンの進化形っていうベルフェモンか?なんだ、可愛いじゃん。すげーでかいけど。これのどこが悪魔みたいで怖いんだよ、ウォーグレイモン」

 

「......あの時と姿が違い過ぎない?なんか寝てるし」

 

「ベルフェモンはいつもは封印状態なんじゃよ。あのときが非常時だっただけでな。じゃが心配いらん。今回はこちらの方がいいじゃろう」

 

「なんかよくわかんねーけどナイスだぜ。光子郎が戻るまで頑張ってくれよ!」

 

ベルフェモンは門番のようにデジタルゲートの前に立ち、また脱走者が出ないようにジュンたちが閉じるまでの間炎を吹き出す黒い鎖で応戦した。

 

「あ、そうだ!空、空ー!今東京繋がりにくくなってるみたいなんだ!他の選ばれし子供たちから連絡入ってるかもしれないから伝言ダイヤル聞いてみてくれ!171のやつ!」

 

「え?」

 

「テレビでやってたやつです!留守番電話みたいなやつ、最初に171を入れると使えるんです!」

 

「待ってよ、私みんなの連絡先知らないわ!」

 

「あ、そうだった!わりい、俺がかけてみる!」

 

太一はあわてて選ばれし子供たちがいるはずの場所、あるいは携帯電話に再度171をかけて電話をかけてみた。丈、サッカー大会事務局は不発だった。光にはいいかげん帰ってこいと叫ぶ。ハワイとトルコは除外して、最後の望みはヤマトのおばあちゃん家だ。受話器に耳を押し付けていた太一はぱっと表情がかがやいた。

 

「通じたー!よっしゃー!!ヤマトとタケルに通じたぜ、みんな!」

 

空達は歓喜した。太一はそこから何回も何回も繰り返してヤマトとタケルにインターネットを通じて戦いに参加するよう伝える。しかし顔がこわばった。

 

「あのなあ、島根にだってパソコンくらいあるだろ!探しに行ってくれ!」

 

太一の絶叫に大輔と空はたまらなく不安になる。受話器をおいた太一はふかぶかとため息をついた。

 

「大丈夫かなあ、あいつら。島根のおばあちゃん家、茅葺き屋根の家ばっかりで学校のパソコンも圏外で使えねーレベルなんだって」

 

「メールも?」

 

「メールも」

 

「アンテナ1個も立たないんですか?」

 

「だってさ」

 

太一は気を取り直してジュンのパソコンに向かう。

 

「ただいま戻りました!」

 

「おかえり、光子郎!」

 

「おかえりなさい」

 

「お待たせしました、すぐ準備しますね」

 

光子郎は誰も見たことがないたくさんのコードを伸ばし、自分のノートパソコンに繋げると起動させた。

 

「あ、そうだ。それ、衛星電話なんだろ?ハワイやトルコに連絡できねーの?」

 

太一の言葉にみんな振り返った。

 

「それだ!」

 

光子郎がパソコンを再起動したことでようやくアトラーカブテリモンが進化する。ホウオウモンとともにベルフェモンが門番をするデジタルゲートでウォーグレイモンと合流することに成功した。

 

ベルフェモンは眠ったまま、太一たちは未だに名前を知らないデジモン、ディアボロモンたちの猛攻を受け切っていた。あるいは時折反撃して近づく個体を自らのダークエリア領地に送り自己強化を繰り返していた。

 

ようやく本命が到着したことに気づいたようで、NTTのネットワーク全体に必殺技を放った。寝息のような衝撃波がディアボロモンたちを襲う。即死するか、眠るか、眠らなければ黒い鎖から吹き出す炎の餌食になるかの3択だ。瞬く間な空間が黒から白が増えていく。

 

やがて自己増殖をして撹乱していた、劣化コピーではない個体、もしくはすぐコピーされたためにオリジナルにほど近い個体だけが残されていく。数にして十数体。

 

「よーし、こっからは俺たちが相手だ!」

 

ウォーグレイモンたちが飛び出していく。ベルフェモンはデジタルゲート前に立ち、ゲンナイさんが閉じる作業をしている間逃げ出すやつがいないか目を光らせていた。

 



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73話

光子郎は祈るような気持ちでミミが宿泊しているはずのホテルに電話をかける。通じたようで声を発しようとしたが固まった。

 

「だ、誰か英語話せる人いませんか?僕、さすがに英語は......」

 

「えっ」

 

「えーっ」

 

「ジュンに丸投げしとる状態じゃからのう」

 

「そんなの単語で通じますよ?」

 

「えっ」

 

「なんとなくニュアンスで!何とかなりますって!お姉ちゃんいってました!」

 

大輔のノリにえええと言いながら光子郎は大輔に受話器を渡した。大輔は大袈裟なリアクションと片言でどんどん盛り上っていく。これなら行けるのでは?とみんなが思い始めたころ、大輔は受話器を返した。

 

「ダメです。どこかにで掛けちゃったみたい」

 

「ノリノリで会話しといてそれかよ!あーもう期待して損した!」

 

「次は遼さんですね、よーし」

 

光子郎はふたたび電話をかけた。遼は携帯電話をもっているからそのまま待つのだ。

 

「もしもし、秋山ですけど」

 

「遼さん!遼さんですか?僕です、泉光子郎です!今大丈夫ですか?」

 

「えっ、光子郎くん!?どーしたんだよ、いきなり!」

 

 

まさか国際電話でかかってくるとは思わなかったらしい遼は驚いている。

 

「新種のデジモンがインターネット上で大暴れしているんです!遼さん、近くにパソコンありませんか!?」

 

「パソコン!?パソコンか......」

 

「ジュンさんがサポートにまわってるせいでベルフェモンもなかなか全力が出せないみたいなんですよ。遼さんなら!」

 

「今どこ?」

 

「僕達はNTTのネットワーク上、ジュンさんはアメリカです!」

 

「......アメリカ?」

 

「はい、アメリカです!」

 

「なんでアメリカ?」

 

「ジュンさんのサーバ、アメリカにあるんですよ。おかげで太一さんたちも自由に動けてるんですが、そのせいで逃げ出した個体がアメリカにいったみたいで」

 

「わ、わかった!なんとか探してみるよ!」

 

「お願いします!」

 

光子郎はこれさいわいとNTTのインターネットの戦いに参戦する。ベルフェモンは1度離脱してアメリカのサーバに潜入している選ばれし子供たちの加勢にいくようだ。インフェルモンまで進化した個体は今空港に入り込んでいるようで大混乱しているそうである。

 

遼はとりあえず観光地のど真ん中でどうやってパソコンを使ったらいいか悩み始める。そもそもインターネットにつなぐ方法がわからない。不思議そうな顔をしている両親に説明することにしたようだ。

 

一方その頃、おばあちゃん家から近所のパソコンでインターネットにつながっている家を探し始めたヤマトとタケルだったが難航していた。パソコンはあってもインターネットにつながってはいなかったり、パソコンがそもそもなかったり。走って走って必死で走り回りながらパソコンはありませんか、インターネット繋がってませんか、貸してください、と口がカラカラになるまで叫び続けて、また空振りだった。

 

「島根にインターネットなんてあるわけないじゃん!」

 

たまらず叫んだヤマトの言葉に車が止まってくれた。それはこの村の電気屋さんで、車に乗せてくれたのだがその家ではインターネットがつながっていなかった。少し夫婦喧嘩に巻き込まれそうにはなりつつも、熱血漢の店主がバイクを飛ばして最近インターネットに繋げたという家に連れて行ってくれた。

 

子供に使わせて大丈夫だろうかと心配する散髪屋の店主に電気屋の店主が熱血漢をみせつけて無理やり納得させてしまった。散髪の順番待ちをしている老夫婦や心配そうな店主の視線を受けながらやりづらさに身を縮こませながらヤマトたちは光子郎たちに連絡を入れたのだった。

 

カクカクのテレビ電話ながら音声はしっかり聞こえてくる。さいわいディアボロモンが大暴れしているのは東京だけのため地方からインターネットに入ったヤマトたちは切断されずに済んでいた。

 

「ヤマトー!タケルー!!よかった、来てくれたんだな!」

 

「敵は究極体に進化しています!」

 

「えっ、もうか!?」

 

「しかも倒しきらないと分裂しちゃうの!」

 

「えええっ!?」

 

「しかも同じやつが今アメリカに渡って大暴れしているんです!ジュンさん、遼さん、あっちの選ばれし子供たちがすでに対応してるんですがスピードがはやすぎる!応援にいってあげてください!僕達も終わり次第すぐ向かいますから!」

 

「転送する前に進化しておくんじゃ。やつはなかなかに強敵じゃぞ」

 

インターネットを見つけようと奔走している間にえらいことになってしまったと冷や汗をかきながらヤマトはうなずく。ふたつのコードをタケルが持ってきてくれたのでデジヴァイスに繋げる。ガブモンとパタモンがダウンロードされたデータを取り込み、一気に進化した。

 

(アメリカってことは海外だよな......大丈夫かな、お金......)

 

ヤマトはふと思ったが今は緊急事態である。いざというときは父親にお願いしてお金を払ってもらわなければならないかもしれない。ここの床屋さんのインターネット料金の契約内容まではわからないため、気づかない振りをしたのだった。

 

「どうしたの、お兄ちゃん」

 

「いや、なんでもないんだ、なんでも。ははは」

 

無邪気に聞いてくるタケルにから笑いしながらヤマトはゲンナイさんの誘導でパートナーデジモンたちをアメリカに送り込んだのだった。

 

ゲンナイの代わりにジュンのモニターが表示される。ジュンはヤマトたちを見るなり嬉しそうに笑った。

 

「待ってたわ、2人とも!」

 

「待たせて悪い、ジュンさん。今どんな状況なんだ?」

 

「アメリカにも選ばれし子供たちっているんだね!」

 

「少しづつ増えてるらしいわね。マイケル、マリア、データム、サム、ルー、スティーブ......でもみんな究極体にまで進化できないみたいなの。そこまでの危機が起こってないからだともいえるんだけど。今までの連戦でみんな完全体までいけたんだけど、あいつ、究極体になっちゃったのよ。もう歯が立たなくて」

 

「なるほど、わかった」

 

「僕達が頑張る番だね!」

 

「お願いね、ベルフェモンで個体が増えるのは抑えてるんだけど逃げ出さないようにするので手一杯なの」

 

デジタルゲートがひらく。メタルガルルモンとセラフィモンがログインした。

 

キリスト教の国だからだろうか、セラフィモンが登場するなりたくさんの画面にうつっている選ばれし子供たちの目が輝く。

 

セラフィモンは白銀に輝く聖なる鎧に身を包み10枚の黄金色の翼を持つ、熾天使型デジモンだ。天使型デジモンの中ではもっとも位の高い存在で、全ての天使型デジモンを統治している。その素顔や正体は仮面に隠されて垣間見ることはできないが、“神”と呼ばれる「善の存在」に一番近い存在である。セラフィモンは邪悪なる存在との最終決戦に降臨し、全てを浄化すると伝えられている。

 

三大天使の一体で天使型デジモンの最高位に位置する。デジタルワールドの「神」の「正義」と「秩序」の側面を分け与えられており、最も「神」に近い存在と言われている。鎧の腹部には希望の紋章が刻まれ、10枚の金色の翼を持ち、デジモン文字で「すべてはわれとともに」と書かれた褌を装着している。

 

「セラフィモン、お願い!」

 

「ああ、わかった」

 

強烈な閃光が走る。セラフィモンの周りに特大の球体が複数出現したかと思うとレーザー砲がディアボロモンに向かって放たれた。一瞬にして分裂体は消滅し、オリジナルたるディアボロモンが残される。光の柱をかいくぐり、完全体のデジモンたちを圧倒する。メタルガルルモンは咆哮すると一気に走り抜け、ディアボロモンに必殺技を叩き込んだ。みんなの歓声や口笛があがる。

 

「はやい!」

 

くらいはしたものの、ディアボロモンのスピードは圧倒的だった。

 

「ベルフェモン、頼むぜ!」

 

ヤマト達が声の方を振り向くと遼の姿があった。ベルフェモンと呼ばれた巨大な究極体がデジタルゲートの前に立ちふさがる。逃げようとしていたディアボロモンは威嚇するように咆哮するが解することはない。拘束している黒い巨大な鎖がアメリカの子供たちのデジモンに襲いかかろうとしていたディアボロモンを吹き飛ばす。

 

「あとは頼んだよですって」

 

次々と完全体たちがログアウトしていく。ジュンの仕事は彼らを無事に転送させてやることだ。

 

「あいつが最後の一体よ」

 

「よし」

 

「がんばれー!」

 

「いけー!」

 

ジュンは英語を話しながら子供たちに誘導をはじめる。なにいってるんだかさっぱりわからんと思いながら、ヤマトたちは戦いに集中することにしたのだった。

 



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74話

ある州のネットワークに入ってからディアボロモンは逃げの一途を辿っていた。撹乱作戦を混じえながらだから戦略的撤退なのだろう。遊びながらなのはかわらない。

 

セラフィモンたちも完全体に退化したり、究極体に進化したりを繰り返しながら順調に追い詰めていく。その証拠に自分の無数のコピーで埋め尽くした空間に誘いこんでリンチを仕掛けるというお得意の戦法を使って来なくなったのだ。このディアボロモンはブラックガスから発生した個体ゆえにセラフィモンの聖なる力は効果が抜群で、セブンセンシズによる一掃には歯が立たないのである。通常ならば光でも闇でもない正体不明だが、おそらくジュンがデジモンアナライザーを使用すればウィルス種という判定が出るに違いなかった。

 

ネットワークの緩い上り坂からアメリカの公共施設のネットワークへと空間が切り替わった。ディアボロモンはそれまで感じていた重力による苦痛はだいぶ軽減したとばかりに縦横無尽に飛び回り、アメリカのネットワークセキュリティシステムにより閉じられいくシャッターの隙間に入り込む。その度にジュンはあらゆる手段で持ってハッキングと同時並行でメタルガルルモンたちの舗装路を構築し、誘導し続けた。

 

ジュンもサマーメモリーズの爆弾テロ事件について調べている海の向こうの友達たちの協力がなければきっとここまでヤマトたちのバックアップはできなかったに違いない。

 

今のジュンたちはディアボロモンのことを知らないアメリカ政府からすれば正体不明の悪質なクラッカーとかわらないがとやかく言っている暇すらなかった。警告は再三したのだ。エージェントによる説明すらよく出来たおもちゃだと笑った大人達がわるい。

 

これからくるデジモンという存在の広まりと同時にディアボロモンのやらかしたことに追随するクラッカーチームがあとを立たなくなるのだ。撃退のお手本となるべくジュンは必死だった。来るべき未来のために種をまいているジュンなど知る由もなく、ヤマトたちは必死でパートナーデジモンたちを応援していた。それこそが彼らをなによりも強くするのだ。モニターごしにしか言葉を交わせない、見ていることしかできない、ジュンみたいに出来ることがないもどかしさをかかえながらしっかりと活躍を目に焼きつける。

 

「しっかし、やつは一体なにを探してるんだ?」

 

「ワシントンDCでもニューヨークでもないなんて変よね、そもそも」

 

「言われてみればそうだな。日本だと俺たちも知ってる観光地や大企業のネットワークばかり入り込んでるみたいなのにさ」

 

「わざわざワイオミング州にいくなんて何考えてるんだろ?」

 

そんなヤマトたちを見守りながら、アメリカの選ばれし子供たちは喋り始めた。ジュンたちがアメリカに詳しくないことがわかり始めたからだ。

 

「ワイオミング州?どんなところなの?」

 

唯一英語が話せるジュンは聞いた。

 

「アメリカ合衆国西部の山岳地域にある州だ」

 

「グランドティトン国立公園が観光地よ」

 

「イエローストーンが有名かな」

 

「自然豊かなところなんですね」

 

「デジモンが1番行きたくないところだと思うよ。広大な自然、大都会とは程遠い環境、時々あの金髪の子が叫んでるシマネってところとよく似てる」

 

「日本にもあるんだね、そんなとこ」

 

ジュンはいい流れだと思いながら話を聞いていた。ディアボロモンがハッキングしようとしているところがデジタルワールドの冒険と同じかどうかわからないのだ。あいにくジュンがいったことがあるのはアメリカといってもペンシルベニア州のフィラデルフィア、あるいは農村部だ。ディアボロモンが逃げ回っているワイオミング州より北東部、または大西洋岸中部に分類される州である。

 

 

ディアボロモンはジュンの時代でもネットワーク上のあらゆるデータを吸収して進化と巨大化を繰り返し、電脳世界で破壊の限りを尽くすデジモンとしてよく知られた存在だ。サイバー犯罪のクラックチームがどれだけ蘇生させようとしたことか。

 

まさに今、多くのデータと知識を吸収したディアボロモンは自らを全知全能の存在と思い込み、破壊と殺戮を楽しんでいる。

 

数多く居るデジモンの中でも、その存在目的がはっきりしており、その最終目的は、軍事用コンピュータを乗っ取り現実世界をも破壊しようとしているのがまだマシだった。それと今の事態が同じなのか見極めなくてはならない。早急に。

 

「パソコンがあるのってどこかしら?やっぱ大学?」

 

「うーん、この辺りは有名どころはないね。それより、軍の方かな」

 

「軍?アメリカ軍?」

 

「うん。ワイオミング州・フランシス E. ワーレン空軍基地。第20空軍。

大陸間弾道ミサイルがあるよ」

 

「まさか」

 

「まっさかあ」

 

「さすがにデジモンでも無理だよ」

 

「そうそう、大統領が命令したって確認しなけりゃ発射はされないんだから」

 

笑い話になるはずだったのだが、そうも言ってられなくなってくるのだ。騒ぎ始めたのはやはりアメリカの選ばれし子供たちだった。

 

「あいつ、どこにいく気なんだ?!」

 

「この先は軍施設だぞ!?」

 

アドレスを見てジュンは青ざめた。

 

「まさかミサイル発射する気じゃないでしょうね!?」

 

ジュンの叫びにディアボロモンを追いかけているメタルガルルモンたちは青ざめた。

 

「みんななんて言ってるの、ジュンさん!?」

 

「ミサイル!?」

 

「なんかとんでもない事になってないか!」

 

たまらずタケルたちが叫ぶので、ジュンは説明するのだ。

 

「今みんなが潜り込んでるのはアメリカ空軍のネットワークなのよ!大陸間弾道ミサイルが配備されてるんですって!聞いたことあるでしょ、冷戦時代に作られた核ミサイルよ!」

 

ヤマトたちは耳を疑った。

 

「核ミサイルって、あの核?広島と長崎に落とされたやつ?」

 

「まじかよ、嘘だろ!?」

 

「えええっ!?」

 

今、まさにディアボロモンが不気味な笑い声を上げながら入り込んだ先には、ピースキーパーと書かれていたものだからアメリカの選ばれし子供たちは阿鼻叫喚となる。

 

「なんてこった!」

 

「なに考えてるのよ、勘弁してよ!」

 

「まさか第三次世界大戦でも起こす気なのか!?」

 

「なに笑ってるのよ、こいつ!」

 

「はやくアイツをとめてー!」

 

「ふざけるなよ、ピースキーパーはSTART IIで2002年に廃棄が決まってるんだぞ!やめろ、よせ!」

 

ヤマトたちはわからないままジュンをみる。

 

「さっきのピースキーパーって単語、核ミサイルの名前なんですって!急いでみんな!ほんとにシャレにならなくなってきたわ!!」

 

メタルガルルモンたちは意味がわからないようで困惑しているがモニターの子供たちが焦りまくっているのでやばいことだけはわかったらしい。なんとかディアボロモンに追いつこうと懸命にネットワーク空間を走り抜ける。

 

するとジュンとは違うところからデジタルゲートが構築され、ウォーグレイモンたちがあらわれた。

 

「ごめんなさい、僕のパソコンのメールに乗ってあいつアメリカに逃げちゃったみたいなんです!」

 

「もしかしてロスの友達の?」

 

「相談しながらメールしてたら成りすましメールでサーバに入り込んだみたいで!」

 

「うっそでしょー!?軍とかに交渉お願いしてたのが裏目にでてるーっ!?!」

 

「予想外です!」

 

「まじかよ!」

 

「あいつら、分裂したくせにこんなに離れてて互いに考えてることがわかるのか!?」

 

「あーもうますます嫌な予感がしてきた!太一くんたち聞いて!今、みんながいるのはピースキーパーっていう核兵器の保管されてる空軍基地のネットワークなの!あいつが入り込んだのは核兵器の発射台なの!なにがなんでも止めないとマジでやばいからお願いっ!!」

 

ジュンの絶叫に太一たちはたまらず青ざめたのだった。

 

ディアボロモン2体が溶けたチョコレートみたいにしっくりと混じりあって、ひとつのイメージとして分離不可能になっていく。重なりあって淀んでいく。渾沌としていく。

 

ジュンは息を飲んだ。

 

「嘘でしょ、元の一体に戻った......?なにを考えてるの?」

 

「よく見るんじゃ、やつのダメージが回復していく!」

 

怖気が走る。

 

太一たちの目の前でディアボロモン2体が完全に融合し、突然変異を起こし新たなる究極体のデジモンが誕生してしまった。

 

いや、もともと同じディアボロモンが元に戻っただけだからミレニアモンとは違うのかもしれない。

 

そいつはディアボロモンとは比べ物にならない巨体だった。ベルフェモンスリープモードが可愛く見えるレベルである。

 

姿かたちが完全に変わってしまったのだ。

 

「ミレニアモンと同じ……まさか、ジョグレスしおったのか!?まずい!」

 

ジュンは血の気がひいた。

 

ジョグレスはジョイントとプログレスを合わせた造語であり、合体進化という意味である。成熟期以上のデジモン同士を合体させることにより次の世代のデジモンに進化させることができる。また、合体進化には組み合わせに法則が存在するが、ジュンたちが最初に知ったのはムゲンドラモンとキメラモンがジョグレスして誕生したミレニアモンである。

 

「じゃが同一個体が合体するなど聞いたことがない!やはりこれが本来のやつの姿なのか!」

 

悪魔の雄叫びが響き渡る。背部から上空にエネルギー弾を放ち、四散したビームを雨の様に降らせはじめる。逃げるために距離をとったウォーグレイモンたち目掛けて大きく開けた口からエネルギー波を発射した。仲間をかばってその巨体をいかし、壁になったベルフェモンが真正面から被弾する。

 

「ベルフェモン!」

 

遼とジュンが叫んだのはほぼ同時だった。壁に叩きつけられたベルフェモンはみるみるうちに退化していく。

 

「まさか、究極体からさらに進化したの?ミレニアモンみたいに?」

 

「ひとつになったようにみえたが......」

 

ファスコモンにまで退化してしまった仲間をかばったホウオウモンが必殺技をくらってピヨモンになってしまう。アーマゲモンによく似たそいつはすさまじい勢いで滑空し、さらに奥に入っていく。

 

「まて!」

 

「逃がすか!」

 

ウォーグレイモンとメタルガルルモンが先導し、セラフィモンたちがおいかけていく。

 

「もう逃げられないぞ!」

 

行き止まりと書いてある看板をみて太一は笑った。その刹那、がしゃん、という音がした。

 

「なんだ!?」

 

空間中央に突如タイマーが出現する。

 

「お兄ちゃん、セラフィモンたちが!」

 

デジタルゲートがしまってしまい、セラフィモンたちは入れなくなってしまったのだ。まるで鉄格子の牢屋だった。もう誰も行き来することが出来ない。

 

「大変だわ!ピースキーパー、発射準備に入ったのよ!照準は……」

 

ジュンの操作するモニターが太一たちのみているパソコンにも表示される。世界地図がどんどん拡大され、いくつもの軌道が描かれては消えていく。ようやくひとつの放物線が描かれた。

 

「お台場よ!」

 

ジュンが告げた瞬間にディアボロモンは笑い出す。

 

「時計を持ってるのはだーれだ」

 

誰もが理解した。あれは起爆スイッチだと。そしてメタルガルルモンとウォーグレイモンの目の前でそいつは無数のインフェルモンたちに一瞬にして囲まれてしまうことになる。

 

ジュンのモニターの横に発射までの時間が表示された。

 

 



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最終話

「ガイアフォース!」

 

ウォーグレイモンがいくつもの球体を出現させ、インフェルモンたちに投げつけていく。ほとんどが逃げてしまったが直撃した個体は圧殺されて消滅した。メタルガルルモンがスピードをいかしてコキュートスブレスを炸裂する。インフェルモンのスピードははやく逃げ遅れた個体が氷漬けになり死ぬだけだ。

 

「ああくそ、どこにいるんだ!スイッチもってるやつは!」

 

「数が多すぎてわかんねーよ!」

 

「光子郎!ジュンさん!ゲンナイさん、わからないか!?」

 

「ダメです、世界中の子供たちからのメールが多すぎてパソコンが処理落ちしちゃってる!」

 

「なにやってんだよ!」

 

「ダメだわ、数が多すぎて!スピードがはやすぎる!」

 

「くそっ!」

 

「数を減らせばいいんだよね!?セラフィモン、お願い!」

 

「そうだ、ヘラクルカブテリモン!君も2人を支援して!」

 

さいわい2体とも広範囲の攻撃技を取得している。鉄格子はビクともしないが攻撃を連射することができた。瞬く間にインフェルモンたちがへっていく。

 

「よし、これなら!」

 

ウォーグレイモンたちはインフェルモンたちを狩りまくった。そしてついに時計を首から下げた個体を見つけるのだ。ウォーグレイモンがドラモンキラーできり殺そうとした瞬間、ものすごいスピードで減りに減ったはずのインフェルモンが吸収されていくではないか。

 

そこにはディアボロモンがいた。

 

「あいつ、また合体しやがった!」

 

「なに考えてるのよ」

 

「無限ジョグレス、もしや狙いはこれか」

 

ゲンナイさんは呟いた。

 

ディアボロモンはインフェルモンの時に受けたダメージが完全に回復してしまったのだ。そしてウォーグレイモンとメタルガルルモンが挟み撃ちにしたとたん、また分裂してインフェルモンたちが逃げていく。

 

「倒せないじゃないか!」

 

「不死身なのか、こいつ!」

 

「いいえ、究極体が分裂はしなくなってるから弱体化はしてるはずなのよ」

 

「そうじゃ、無限ジョグレスは分裂する際にもデータを消費する!ジョグレスする時のスキにダメージを受けると分裂する時のHPが足らなくなって分裂不可能になる!このまま倒していけば!」

 

「でも時間が無いんだよー!」

 

太一の焦りが木霊する。インフェルモン、そしてディアボロモンのスピードはいずれもウォーグレイモンとメタルガルルモンを上回っており回復が追いついてしまう。このままでは消耗戦だ。

 

「止めることが出来ればトドメはさせるんだよ!パワーは上なんだから!」

 

「どうやって!」

 

「知らねーよ!」

 

「くそ!」

 

みんなの焦りが感染するように広がっていく。不味い不味い不味い、このままだとジリ便だ。ジュンも雰囲気に飲まれて焦り始めていた頃。

 

「ウォーグレイモン!」

 

後ろからブレイブシールドに乗りかかったディアボロモンが超至近距離から必殺技を放った。吹き飛ばされたウォーグレイモンに連射される攻撃。

 

「やめろー!」

 

メタルガルルモンが横から突撃してディアボロモンを吹き飛ばし、空中にまう体に必殺技をはなつ。ディアボロモンは即座に二体に分裂してインフェルモンになりかわされてしまった。メタルガルルモンはたたみかけるように攻撃をしかける。インフェルモンはふたたびディアボロモンになると一気に方向転換してメタルガルルモンに襲いかかった。

 

太一はウォーグレイモンを、ヤマトはメタルガルルモンを呼ぶが二体はずるずると球体空間から落ちていき、目を覚まさない。

 

沈黙があたりを支配した。時間の音だけが響いている。発車してしまったピースキーパー。着弾までの時間が表示された。

 

終わってしまった、と誰もが思った。

 

「ジュンさん?」

 

そんな中もくもくと動いている姿がある。あたりまえながら視線がそちらに向く。

 

「止めることさえできれば遠距離攻撃でしとめられるんでしょ?」

 

「まさか空軍基地のセキュリティにハッキングするつもりですか?!」

 

光子郎の言葉にジュンは首をふる。

 

「メールみてないのね?ちがうわよ、まだ諦めてない人たちが世界中にいるの」

 

「えっ」

 

ジュンは自分のモニターに画面を表示させた。

 

「ホワイトハッカーがいるのよ。ロスのお友達のお兄さん、空軍基地のセキュリティシステムを最短で攻略して優勝したことがあるの。知らなかった?向こうだと脆弱性を見つけ出すために大会を行って懸賞金かける文化があるからね。諦めちゃダメよ、まだ爆発してないんだから!!」

 

突然球体空間全体が重くなった。どうやら海の向こうのどこかの街で名前もしらないハッカーが球体空間の権限を一時的にアメリカ空軍から奪い取り、ディアボロモンにハッキングをしかけたのだ。

 

光子郎は目がかがやいた。

 

「僕のところに今のやつのアドレスが届きました!これならいけるよ、ウォーグレイモン、メタルガルルモン!」

 

傍らにおいてあったデジヴァイスから光が放たれ、モニターからウォーグレイモン、メタルガルルモンに光がさした。ジュンのところからも、太一、ヤマト、タケル、空、アメリカの選ばれし子供たち。世界中の成り行きを見守っていた子供たちのパソコンの画面が光だし、二体に降り注いだ。

 

ディアボロモンが動き出す。だが先ほどよりにぶい。どうやら処理落ちしているようだ。頭上に砂時計がういていた。

 

「よし、これなら!」

 

光子郎は自分の管理する交流サイトやメールフォルダに届いていた全てのメールをディアボロモンに送り付ける。

 

2体が光の球体につつまれ、ひとつになるところ目掛けて襲いかかろうとしたその刹那、ディアボロモンはピタリと動きを止めた。動こうと足掻くがさらに処理落ちが激しくなりうごけないのだ。

 

そのすきをつき、メタルガルルモンとウォーグレイモンの2体が融合を開始する。

 

それはやがてデジタルクライシス時、ウィルスバスターズであるウォーグレイモンとメタルガルルモンが、善と平和を望む人々の強い意志と思いと願いによって融合し誕生したという伝説となる。

 

 

ロイヤルナイツの一角となる超究極体の聖騎士デジモン誕生の瞬間だった。

 

左腕にはウォーグレイモンの形をした剣『グレイソード』と肩の盾『ブレイブシールド』が、右腕にはメタルガルルモンの形をした大砲『ガルルキャノン』とミサイルが装備され、その意匠を強く残している。

 

背中のマントは、敵の攻撃を避ける時や飛行の際に自動的に装備される。二体のデジモンの特徴を合わせ持ち、優れたトータルバランスを誇る、如何なる状況でも遺憾なくその力を発揮できるハイレベルのオールラウンダーである。

 

闇との戦いに終止符を打つ“最後”の聖騎士でもある(ギリシャ文字の「Ω」はギリシャ文字において最後の文字であるのが由縁)。

 

オメガモンと呼ばれることになるデジモンが降臨した。

 

 

 

 

 

 

「ウォーグレイモンと......」

 

「メタルガルルモンが......」

 

「合体した......」

 

誰もが見入っていた。

 

「馬鹿な......聞いたことがないぞ......ジョグレスは古代種しかできないはずじゃ......あるいは、はるか昔、共通の祖先を持つもの同士でなければ......2体とも幼年期すら違うというのに......」

 

「構成データの中にあるデジゲノムが同じなんじゃないかしら」

 

ジュンはつぶやいた。

 

太一のデジヴァイスとヤマトのデジヴァイスには、まさにジョイントプログレス、という英単語が表示されている、とジュンは指摘する。ジュンのパソコンの中には太一のデジヴァイスのプログラムをそのままコピーしたものが存在しているのだ。

 

太一のデジヴァイスが反応すれば、ジュンのノートパソコンのプログラムも何らかのアップデートがなされる。ジュンのパソコンのサーバを使ってウォーグレイモンはインターネットに入り込んでいるのだから尚更だ。

 

それはまさにウォーグレイモンとメタルガルルモンのデジゲノム、遺伝子の記憶が奇跡によって呼び覚まされ、融合して進化したことを示していた。

 

「たしかに記録には残ってないかもしれないけど、ムゲンドラモンやキメラモンを作りあげたメタルエンパイア産のデジモンを祖先にもつなら、ありえるんじゃないかしら」

 

かつてメタルエンパイアにより合成デジモンがつくられ、その個体を共通の祖先がいくつにも枝分かれした先に太一のアグモンとヤマトのガブモンがいたとしたら。

 

ジョイントプログレスが共通の因子と共通のルーツをもつデジモン同士でのみ可能だとするなら、そうとしか考えられない。

 

そうでなければ融合後に拒絶反応を起こしてバグが発生する。2つのデジコアに存在するデジゲノムがすべて新しいデジゲノムとして1つに統合され、ウォーグレイモンでもメタルガルルモンでもない全く新しい種のデジモンを作り出したとすれば。

 

「奇跡じゃ......」

 

ゲンナイさんたちの目の前でディアボロモンのように今まで負っていた蓄積ダメージが解消されたオメガモンが飛翔する。

 

「いけー!」

 

太一が。

 

「間に合えー!」

 

ヤマトが。

 

叫んだ。

 

そして今なお処理落ちによりスピードを完全に殺されているディアボロモン目掛けて、巨大な剣を振りかざす。

 

オメガモンの攻撃はまさに圧巻だった。オメガソードが球体空間全体をなぎはらい、ディアボロモンを消滅させていく。そして、起爆スイッチ諸共完全に消滅させたのだった。

 

ばしゃあああん、と凄まじい音と衝撃が窓の向こうから聞こえてくる。太一たちは弾かれたように顔を上げてベランダ目がけて突進した。

 

「なんだあ!?」

 

これ以上ないくらいの水しぶきが鮮やかに光って見える。蹴散らかされた水が爆ぜる。雨のしぶきが霧のように飛んでいき、虹を描く。その向こう側にみたこともない大きさのロケットがあって、ゆっくりとゆっくりとお台場の海に沈んでいくのが見えた。

 

誰もが息を飲んで見守っていた。

 

しばらくして、起爆しなかったことを確認して、空はその場に座り込んでしまう。大輔も空にしがみついたまま固まっている。太一はじっとなにも見えなくなったロケットを見つめていた。光子郎がかろうじてパソコンをみた。

 

モニターの向こうでは力を使い果たしたアグモンとガブモンが疲れた顔をしながら笑っている。

 

「間に合ったよ、太一!」

 

「これで大丈夫だ!」

 

「よくやってくれた!!よくやったぞ、アグモン!ガブモン!ピースキーパーが起爆する前にあのデジモンを倒すことに成功したわい!」

 

まるまる10分ほどたっただろうか、ようやく画面の向こうの戦いが現実世界とリンクしていたのだと理解が追いついた太一は震えがとまらなくなる。

 

「や、やったー」

 

つられて光子郎がいう。誰もが今更ながらに怖くなってきたのだ。

 

「だ、大丈夫ですよね?爆発、しないですよね?」

 

ゲンナイはうなずく。あのウォーグレイモンとメタルガルルモンの融合したデジモンがもっていた剣には全てのプログラムの構成データを初期化して無にしてしまう効果があり、あのミサイルに搭載されていた機械をただのゴミクズにしたらしい。

 

ようやく書斎に歓声があがった、のだが。

 

「どうしよう、出られないよ!」

 

「どうして!?」

 

アグモンとガブモンが叫ぶ。球体空間の中に閉じ込められているのだが機械内部が正常化したはずなのに鉄格子があかないのだ。

 

「ダメです!」

 

「うーむ、また別のセキュリティシステムが起動したようだ」

 

空間が真っ赤に染まり、アラームがなりはじめる。

 

「今更セキュリティシステム発動するなよ、おせーよっ!」

 

太一は叫んだ。

 

「アメリカ空軍からしたら悪質なハッカーだからね、アタシたち!」

 

「そんなあ!」

 

ジュンたちは必死にデジタルゲートをあけようとするがセキュリティシステムからすれば核兵器を発射させようとしたサイバーテロの関係者だ。誤解は解けるかもしれないがまだデジモンの存在がこんな形でバレるのはまずい、非常にまずい。ゲンナイたちも必死で協力するがプログラミング大会の後新たに構築されたセキュリティシステムは強固だ。

 

「だーくそー!世界を救ってやったのになんだよそれー!」

 

太一はさけぶ。気持ちはよくわかるが一気に現実が襲い掛かってきた感じだった。

 

もうダメかと本気でジュンも諦めかけたとき。

 

「このゲート使ってよ!」

 

それは今まで太一たちの活躍を応援していたうちの一人、アメリカ人の少年の声だった。

 

「その声はウォレスくん!」

 

真っ先に反応したのはジュンだった。忘れもしない。父親が取材のために長期滞在していたアメリカのフィラデルフィアの農村部において、お世話になったお家にいた男の子だ。そしてサマーメモリーズの事件の被害者のひとりでもある。

 

「古いゲートだけどかえっていいかもね!」

 

ウインクするウォレスのサーバからデジタルゲートが開かれる。日本にあるサーバに逃げるより、外に出た方がはるかにいい。

 

「どうやってやったの!?」

 

アメリカ空軍の強固なセキュリティシステムをとっぱし、独自にデジタルゲートをつくるなんてとんでもない技術である。ハッキングはまた別の話だ。

 

「孫のお願いだからね、最初で最後よ」

 

「ケイトさん!」

 

ウォレスの横には父親が取材していたアメリカで最初にいたとされる女性プログラマーがいた。

 

「だ、大丈夫なのかあ?」

 

さすがに太一は不安そうだ。

 

「大丈夫よ、ゴーグルボーイ。先輩のいうことは聞くものだわ」

 

「先輩い?」

 

「ええ、そうよ」

 

「まさか......まさか、そんなことが......あなたは、あなたはマクナルティ?ミス、マクナルティですか?」

 

「ゲンナイさん、マクナルティさんて?」

 

「ケイト・マクナルティ、予言の書にかかれていた先代の選ばれし子供の1人じゃ」

 

太一たちは目が点になる。ケイトと呼ばれた老女は笑っていた。

 

そして安全が確認できたとしてアグモンとガブモンはただちにデジタルゲートをくぐるのだ。

 

「まさか、またゴーグルボーイと会うことが出来るなんて思わなかったわ」

 

「え?なんのこと?おばあちゃん」

 

ウォレスの言葉にケイトはなんにもないわとただただ笑っているだけだ。

 

「ねえ、あなたのパートナーは八神っていわない?」

 

アグモンはキョトンとしたあとうなずいた。

 

「うん、そうだよ!八神太一っていうんだ」

 

「そうなの」

 

ケイトはどこか懐かしそうに微笑んだのだった。

 

 



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番外編詰め合わせ

光子郎は知らなかったが、お台場中学校とお台場小学校はもともと2010年を目処に小中一貫校の公立として統合することは決まっていたらしい。

 

もともと1991年5月、東京都の臨海副都心の開発計画に伴って計画され、臨海副都心の台場地区の住民に対応するために作られた小中学校である。計画ありきだったのかもしれない。

 

だが、1995年と1999年の光が丘において、2000年3月にも大規模なサイバーテロが行われた。いずれも電波障害を起こして爆弾テロや誘拐などを行う大規模の組織犯罪なのに犯人が捕まらなかった。

 

しかも世間にこそ伏せられたが、2000年はアメリカ軍がハッキングされてお台場に核ミサイルが着弾して海に沈み爆発がまぬがれるというとんでもない事件が起きた。もし爆発していたらお台場どころか東京23区が消し飛んでいたに違いない。核兵器だとはさすがに伏せられたが爆弾が落ちてきたのは事実であり、住人達はしばらく避難所生活を余儀なくされた。

 

この結果、ライフラインにサイバーテロおよびテロ対策が急務だとしてお台場全体が大幅に強化されることになった。改修工事などが急ピッチで進んだ結果、港区教育委員会において、「台場地区教育施設整備構想」が策定され、施設建設に係わる検討委員会が設置された。

 

幼稚園・小学校・中学校併設・併置型の学校施設が開校し、10年も前倒しで港区立小中一貫教育校として、小・中学校の組織を統合することになったのだ。

 

まさか通っていた小学校が5年目にして新築になるとは思わなかったが、ラッキーだと言わざるをえなかった。

 

なにもかもが新しい設備で、光子郎がなにより喜んだのは無線通信網が張り巡らされたことだ。おかげで安価な契約でインターネットをすることができるようになった。お台場内ならどこでも無線が繋がる。

 

そしてデジタルアーキビスト計画というお台場中学校パソコン部の功績が認められ、文部科学省から特別にデジタル教育が独自にゆるされることになったのた。当然小中一貫校であるお台場小学校にも実施されることになった。ディーターミナルという実験的にお台場の子供達に配布された無線メール端末が最たる進歩である。

 

そして、せっかく始まるデジタル教育の受け皿が授業だけなのはまずいと先生たちも考えたらしい。最新設備が揃っていて、お台場中学校パソコン部は全国区で有名なプログラミングに優れた生徒を排出しているといのに、お台場小学校はどうなのだと思ったのは皆同じだったようだ。

 

実は光子郎は1999年の冒険の後、サッカー部をやめてパソコン部を作りたいと考えた。だが部活なんて1から作るのは大変だ。どうしたらいいだろうかと個人的にお台場中学校パソコン部部長たるジュンに相談していたのだ。その結果、来年まで待てと言われた意味がやっと理解できた光子郎である。

 

光子郎は職員室に行って担任の先生にパソコン部を作りたいと相談するだけで良かった。食いつきがすごくよかったのだ。本宮ジュンと友達だからお台場中学校パソコン部に色々指導してもらうとか適当なことをいったらあっさりOKが出た。一応新しい部活を作るために顧問の先生と部員の名前を書かなければならないと言われて、それが一番苦労した。毎日活動したかったがそうなると運動部と文化部は兼業ができなくなる。だから一応月水金ということになった。幽霊部員が多い気がするがデジモンの事件が起こったら拠点にしたい下心もあった。

 

そして2000年春、晴れて光子郎はお台場小学校パソコン部初代部長となるために行動を開始するのだ。

 

「で、なんで真っ先にアタシに連絡寄越すかなあ、光子郎くん。一応こっちも新入部員に教えるの大変なんだからね」

 

同級生たちに余計な心配をかけまいと、パソコン部初の女性部長として全力投球中なのは知っていたが、光子郎はメールを速攻で返すのだ。

 

「部員になってくれそうな人に心あたりありませんか」

 

「光ちゃんが入るなら即答すると思うわよ」

 

「大輔くんにはもうお願いしてあります。光さんにもメンバー集めを手伝ってもらってるんですがなかなか」

 

「ハードル上げすぎなんじゃない?選ばれし子供たちだけで埋めちゃってもいいし。遊びでもいいからおいでっていったらどう?新設なんだから部員集めが先よ、先。やる気がある子だけすればいいんじゃない?」

 

「うーん......たしかにデジモンの事件の時本拠地にはしたいんですが、やっぱりパソコンに詳しい人がもう少し欲しいんですよ」

 

「気持ちはわかるけど、ネットやメールしかしたことない子にはプログラミングってハードル高いからね。音楽つくったり、写真とって加工したり、ホームページ作ったり。新聞部の手伝いもいいんじゃない?ちっちゃな実績の積み重ねは不可欠よ、がんばれ部長さん」

 

「ジュンさん来てもらうことって......」

 

「少なくても今日は無理、というか1週間は無理ゲーだわ!」

 

「そうですか......」

 

光子郎はためいきをついた。理想と現実がかけ離れすぎてつらい。

 

「大輔に任せてるなら大丈夫じゃない?少なくても2人は連れてくるわよ」

 

「え、2人もですか!?」

 

「今年、弟分が入学するし、幼馴染が転校してくるからね」

 

「へえ、そうなんですか。転校生多いなあ」

 

「そうよねー、やっぱり小中一貫校効果ってすごいわよね。あとお台場大改修に伴うタワーマンション増築」

 

「たしかに」

 

「楽しみにしてなって、きっとなんとかなるわ。ちなみに大輔の幼馴染はアタシの親友の妹なの。だからよろしくね」

 

「ってことは井ノ上千鶴さんの妹さんですか?」

 

「そうそう、演劇部員だった」

 

「ちゃんと勧誘しないと演劇部に部員取られるパターンじゃないですか」

 

「多分大丈夫だとは思うけど」

 

「ジュンさんが小学校でパソコン部を作らなかったのだって演劇部に引っ張りこまれたからじゃないですか」

 

「ま、まあそうね、ある意味」

 

「大変だ、今のうちにこっちにこれる日を教えてくださいジュンさん。ジュンさんの友達ならジュンさんが時々顔を出すっていったら来てくれそうだし」

 

「あのねえ、そこは頑張ろうよ光子郎くん」

 

「ジュンさーん!」

 

「!?」

 

いきなり電話がかかってきてジュンは驚いた。

 

「ほらー、私の言った通りじゃない!ジュンさん意外とめんどくさがり屋さんだから直接言わないとわかんないわよ!」

 

「え、なんの話?」

 

「うわあああ、ミミさんなんですかいきなり!」

 

「なに恥ずかしがってるのよ、男ならガツンとやんなきゃ!ガツンとね!ジュンさん、光子郎くんね、ディーターミナルにジュンさんのアプリ入れて欲しいんですって!」

 

「え、なんか改まってると思ったらそんなこと?いいわよ、別に」

 

「ほらいいって」

 

「でもジュンさん受験生じゃ......」

 

「あはは、そこまで気を使わなくてもいいのよ?」

 

ジュンは思わず笑ってしまった。

 

 

 

 

 

 

「あれ、大輔は?」

 

いつもの時間にいつもの道を通り、タワーマンション前で待っているはずの少年の姿がないことに太一は疑問符を浮かべた。

 

「まさか遅刻かあ?」

 

迎えに行ってやろうかな、と茶化して笑う6年生に光子郎は思い出したようにいった。

 

「今日、転校生迎えにいってるみたいですよ。ジュンさんの友達の妹さんらしくて」

 

「転校生?へー、あそこの?」

 

指さす先には新しいタワーマンションがある。

 

「1階にコンビニ入ってるじゃないですか、そこを家族でやってるらしいですよ」

 

「へえー」

 

「もしかして、井ノ上さんじゃない、太一」

 

「井ノ上さん?あー、職員室に来てた......」

 

「そうそう」

 

「6年生を迎えにいったのかよ、大輔」

 

「いえ、幼馴染だそうですよ。一個うえの」

 

「へえ、じゃあ井ノ上さんの妹か。大輔も大変だな」

 

大輔がいないなら待つ必要も無いとばかりに太一はみんなに行こうぜとうながした。校庭はいつだってはやく到着したヤツらの早い者勝ちなのだ。

 

「よかった、大輔くんが迎えに行ってくれるなら勧誘してくれそうだな」

 

部員を1人でも集めたい光子郎はわらう。

 

「光子郎さん、井ノ上さんて人もパソコン部にはいるんですか?」

 

「うん、ジュンさんからお願いしてもらってるんだ。パソコンが得意らしいんだよ。デジタルアーキビストの授業楽しみにしてるらしいんだ」

 

「そうなんですか」

 

「うん」

 

友達になれるといいなあ、とぼんやり光は思った。大輔の友達なら悪い子じゃないだろうし、パソコン部に入ってくれるなら一個うえなら1番歳が近い女の子になる。

 

「おーい、光!なにしてんだよ、はやく来いよ!」

 

「うん、いまいく!」

 

だいぶん距離が離されていることに気がついた光はあわてて太一たちを追いかけたのだった。

 

 

一方その頃。

 

 

「京遅いなあ」

 

「きっとすぐ来ますよ」

 

「もう10分も待ってるのにかー?」

 

「もうちょっと待ちましょうよ」

 

「遅刻したらぜってー僕らも怒られるって、伊織」

 

「うーん......じゃあ、あと5分」

 

「5分ならまあ......ダッシュすれば間に合うかな......伊織は?」

 

「僕も大丈夫です、剣道してるから。でも京さんは......」

 

「無理だよな......。ほらーやっぱり遅刻したら京のせいだ!」

 

大輔のうんざりという態度に伊織もさすがに心配になってきたのかエレベーターを見つめ始める。入学式で配布されたばかりの真新しいディーターミナルの時計はもうすぐ待ち人来らずで15分を経過しようとしていた。

 

新しいタワーマンションがたち、京一家のコンビニがテナントに入ることになってから大輔はゆりかもめの節約を喜んだ。今までは豊洲にまで行かなければならなかったのだ。伊織一家も同じタワーマンションに越してきたために遊びに行く時大輔だけがお金がかかる状態だったために小学3年生のお小遣いでは地味にきつかったのである。

 

大輔の口調がいつもと違うのは京と伊織がいわゆる幼馴染に近い関係だからだ。ジュンと百恵が小学校からの友達ということは、初対面は大輔が1歳、京が2歳である。それから家族ぐるみの付き合いをしていて、伊織は京の両親と旧知の仲だった。大輔と伊織が四人きょうだいのゲームが沢山ある京の家で遊ぶのはよくあることであり、彼らは昔から親しく往来し互いの生活に干渉し合っていた。

 

いわゆる腐れ縁とでもいうようない間柄だ。年齢のひらきがあっても気にしない、家族の一員と言っていいくらい、何の気兼ねも要らない関係である。

 

自分の延長線上にあるような存在である。手足と同じだ。そこには自他の区別がない。だから自分が起きていれば、相手も起きているはずだという思いこみがある。それでいて、それがだいたい当たっているレベルなのだ。

 

笑わせようとか、盛り上げようとか、沈黙が気まずいとか、そういうことを一切気にしなくていいような、心拍数の変動が全くないような普通の会話ができる相手。きっとすごく貴重だが、まだ彼らは自覚できないでいる。

 

「おーそーい!もー遅い、遅すぎるって、京のやつー!伊織、京ん家いこう!ぜったい今日が転校初日だって忘れてる!なんだよー、人がせっかく通学路案内してあげよーと思ってんのに!」

 

「うーん......そうですよね、さすがに遅すぎるかなあ......。でもすれ違ったらどうします?」

 

「じゃあ僕いくから伊織待ってて、5分しても来なかったら先いって!ダッシュで追いつくから!」

 

「わかりました」

 

大輔はエレベーターのボタンを連打しはじめる。車椅子だろうがなんだろうがお構い無しだ。よっぽどイライラしていたのかだんだん降りてくる数字をじっと睨んでいた。

 

階層をつげる人工音声。ガラス張りの向こう側になにやら話し込んでいる井ノ上千鶴さんと京、あと何人か子供が乗っているのがわかった。あ、と伊織は大輔をみた。どこをどう見ても道草くっていたから遅れたのだ。大輔と伊織を待たせているのを知りながらお姉ちゃんがしゃべってるならまだいいかという末っ子特有の甘さが出てしまっていた。

 

扉があいた瞬間に大輔はためいきをついた。

 

「もーしらねー!バカ京!遅刻しちゃえ!もういこう、伊織!」

 

「えっ、あっ、大輔さん!待ってください!ええと、京さん!このままじゃ遅刻しますよ!」

 

大輔は驚いて名前を呼ぶ京を無視して伊織の手を引いていってしまう。ぽかんとしていた京だったがようやく大輔と伊織に通学路の道案内もかねた話を聞かせてくれと頼んでおきながらすっかり忘れていたことを思い出して大声をあげた。

 

「やっちゃったー!ごめん、ごめんてば大輔!すっかり忘れてたの、許してってば!」

 

京は一目散に走っていく。

 

「しるか、そんなの!」

 

「ごめーん!」

 

必死で追いかけていく京たちをみて、ぽかんとしていた千鶴だったが思い出したようにこっちも急ごうと急かす。

 

「大輔、京ちゃんと友達だったのか」

 

タケルを迎えにきていたら同じクラスの転校生と偶然出会い、話し込んでいたヤマトはぼそりとつぶやいた。

 

「あれ、石田君大輔君と友達だったの?野球部じゃなかったっけ?」

 

「あー、太一の......サッカー部のキャプテンの後輩だから知ってるんだ」

 

「あー、なるほど、噂の太一先輩か」

 

「噂ってなんだよ、噂って」

 

「だって大輔くん、いっつも太一先輩太一先輩いうからどんな先輩なのか楽しみにしてたんだよ」

 

「へえ、ならすぐわかるな。大輔と同じようにゴーグルつけてるから」

 

「あー、聞いた聞いた。太一先輩のゴーグルね。いやー楽しみだなー、幸先いいや」

 

ニコニコ笑う千鶴の隣でようやく我に返ったタケルは大輔が自分に気づく前にいってしまったことにショックをうけて泣きそうになっていた。ただでさえ初めての転校である。大輔や光がいるから安心していたのにまさかのスルー。

 

いや、びっくりさせようとして黙っていたタケルが悪いのだが。仲良くしてる友達に気づいてすらもらえず、他の友達と喧嘩するくらい仲がいい、しかも呼び捨てとか仲良さげな会話をしているのをみてショックだったのだ。

 

それに気づいたヤマトはあわてる。

 

「お、落ち着けって、タケル。大輔は先に京ちゃんたちと約束してたみたいだし、俺達がいること気づいてなかっただろ?無視された訳じゃないって」

 

「そうそう、そうだよ、タケルくん。今度はタケルくんがびっくりさせればいいのよ、大輔くんをさ」

 

「......でも、僕達のせいで大輔くん怒ってたよね?」

 

「あーあーあれは約束忘れてた京が悪いのよ。アタシ知らなかったもん。知ってたら先に行けっていってたのに」

 

呆れたように千鶴はつぶやいた。

 

「井ノ上さんもそういってるし、大丈夫だってタケル」

 

「......でも」

 

緊張しきりの転校初日だというのに付き添いにこない母親の多忙ぶりに呆れながらヤマトはタケルの手を握りしめた。

 

「とりあえず走ろう、タケル。遅刻はシャレにならないからな」

 

「......うん」

 

「やっば、そうだよ急がなきゃー!」

 

ヤマトたちも大急ぎで走り始めたのだった。

 

 

 

 

 

タケルが驚いたのは前の小学校と違って校舎やグラウンド、備品というありとあらゆるものが新しいということだ。あとは小学校と中学校がひとつの大きな学校みたいなもので、ジュンはお台場中学校3年生ではなくてお台場学園の9年生だという。大輔とも光とも離れてしまったクラスにて、自己紹介をしたタケルは今日1日ずっと質問攻めにあっていた。

 

金髪なのも、兄である石田ヤマトと苗字が違うことも、興味をひかれたらしい。母親が高石奈津子というテレビのご意見番的な立ち位置の人なのも拍車をかけた。おかげですぐ名前を覚えてもらえたのは嬉しかった。

 

放課後、いつまでも減らない人だかりにどうしようかなあ、と思っていたら救世主があらわれた。

 

「タケルー!」

 

「大輔くん?!」

 

「えっ、本宮くんどうしたの?」

 

「高石くんと友達なの?」

 

「そうだよ、友達だよ友達!なのになんで今日転校してきたこと言わなかったんだよ、タケル!僕友達じゃないのっ!?」

 

「あーっ!」

 

タケルはあわてた。

 

「そうだよ、みんなをびっくりさせようとしてお兄ちゃんにも言わないでってお願いしてたんだよ!」

 

「たしかにすげーびっくりしたけど、昼休みにも来なかったじゃん!」

 

「だってみんなと喋ってたらお昼休みおわっちゃって......」

 

「忘れてた?」

 

「......うん、忘れてた。えへへ、ごめんね」

 

「えへへじゃないよ!すごくすごーくびっくりしたんだからな、タケル!」

 

「ほんとにごめんね!わざとじゃないんだよ!」

 

大輔はがっくりと肩をおとした。

 

「なんだよ、もー」

 

そして周りを見渡す。

 

「僕、光子郎さんにタケルをパソコン部に入れなきゃいけないんだった!はやく、はやくいこう、タケル。みんな待ってるよ」

 

「えー、パソコン部だけずるい!」

 

「ほかの部にも見学してもらわなきゃ!」

 

「友達だからってえこひいきだぞー!」

 

「うるさいなあ!じゃあ、選んでよタケル。ヤマトさんも来てるパソコン部か、ほかの部か」

 

「お兄ちゃんもいるの!?じゃあパソコン部にいく!」

 

えー、と周りは残念そうだ。はやくはやくと大輔は急かすものだからタケルは大慌てでランドセルにものをつめこむのだ。

 

「ディーターミナル忘れてる!」

 

「あ、ごめん、大輔くん。ありがとう!今日はごめんね!みんな、また明日ね!」

 

ランドセルから後ろを押される形でタケルは教室を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴールデンウィークのことだ。

 

このたび、ジュンと一乗寺兄弟の小中プログラミング大会による功績により、デジタルアーキビスト計画の指定校としてお台場小中学校と恵王が選ばれた。おかげで対象の学校の生徒たちにはディーターミナルというデジタル端末が配布された。

 

そしてお正月以来、久しぶりにデジタルワールドから招待状をもらった。光子郎や一乗寺兄弟はジュンとともに時々ゲンナイさんの隠れ家に出入りはしていたが、デジタルワールドに行けるのは久しぶりだ。選ばれし子供たちがゲンナイさんの隠れ家を経由してすっかりおなじみになったはじまりの街にいく最中、ジュンは治と賢、遼のディーターミナルを預かると新たな機能を追加した。

 

「これなんですか?」

 

「ほら、アタシのパソコンにデジファームあるでしょ?デジモンたちの民宿みたいなところ。ディーターミナルのアプリ起動すれば転送できるようになったから。もうみんなにはダウンロードしてもらってたけど2人のはまだだったでしょ?」

 

「えーっと、つまり、僕が賢たちの世界にいくとき、リュックの中に押し込められなくても済むってことだね?」

 

「ワームモンのいう通りよ」

 

「やった!ありがとう、ジュンさん!」

 

賢はさっそくワームモンと試してみることにしたようだ。

 

「ほんとに次々よく考えつくなー」

 

「僕たちにはまだいらない気がするけどな」

 

「まあまあ、いつパートナーデジモン現れるかわからないんだからいいじゃん」

 

「それもそうか、ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

「あ、待てよ、賢!俺にも見せてくれよー!」

 

かけていく遼に治は苦笑いした。

 

「ほんとに将来有望だな。ジュンさんは将来何になりたいんだ?」

 

「アタシ?アタシはね、プログラマーよ。んでデジタルワールドのセキュリティシステムの仕事がしたいの。ゲンナイさんの部下みたいな感じでね」

 

「今とあんまり変わらないような」

 

「コネづくりよ、コネ作り。高専いくか工業大学いくかまだ迷ってるんだけど、ずっと関わっていくつもりだしね」

 

「なるほど。光子郎くんみたいな感じか」

 

「そーねえ。選ばれし子供たちの交流サイトや掲示板の運営には頭が下がるわ。あれ、そのまま職業にしちゃいそうな勢いよね」

 

「デジファーム管理してるのはジュンさんじゃ?」

 

「あんなの一時しのぎよ。もっと携帯電話が普及すればパソコンのアプリみたいにデジモン収納出来るようになるんだから」

 

「ディーターミナルにデジモン用の部屋がある時点ですごいとは思うんだけどな」

 

「なにもかも後追いに過ぎないわ。アタシがつくったオリジナルなんてなにひとつないわよ。どっかで見たことあるでしょ?」

 

「ああ、最近はやってる......」

 

「そうそう。あれの丸パクリだもの」

 

「ほんとにモンスターがいる時点でだいぶ違うとは思うんだが」

 

治がいうデジファームとはジュンがお台場中学校パソコン部の卒業制作として作成中の育成ゲームだ。実際はお台場学園に在籍するお台場中学校とお台場小学校すべての生徒に配布されたディーターミナルというデジタル端末にぶちこんだデジモンの居住スペースだ。もともとはジュンのノートパソコンの中にあったのだがデジタルワールドとの交流が増えるにつれてデジモンを現実世界に連れていく機会がふえた。東京都限定でサイバー攻撃や電磁波障害に強くなったとはいえ、まだまだデジモンが気軽に出歩いていい時代はまだまだ先だ。ジュンはディーターミナル内にデジファームと名付けたアプリをダウンロードするとジュンが管理するデジファームにデジモンが転送される機能をつくった。

 

「ほんとならみんなのディーターミナルの中に個人のデジファーム作るつもりだったんだけどねえ......ディーターミナルの容量が小さすぎてね......」

 

「いや、充分だと思うんだが。ゲンナイさんの隠れ家やはじまりの街に繋がってるんだろ?」

 

「デジヴァイスの中にデジファームがあれば1番いいのよ、効率的だわ」

 

「いや、さすがにデジタル時計の中にデジファームは無理だろ、中のデジモンが何をしてるかわからない」

 

「そうなんだけどねえ......」

 

「よくわからないがデジタルワールドにしかない食べ物なんかをちゃんと管理してるんだから凄いじゃないか」

 

「あーうん、はじまりの街とゲート繋げてもらったのはそのせいなの。デジタルワールドの基本通貨アメリカドルなんだもの」

 

「えっ、そうなのか?」

 

「そうそう。丈くんかヤマトくんに聞いてみたら?最初の冒険で大変な目にあったみたいだから。物々交換でもいいんだけどザッソーモンたちこっちの世界の食べ物に興味津々でね。相場が釣り合うように考えるの大変なんだから」

 

「なんだ、株でもしてるのかと思った」

 

「アメリカの為替気にしてるから?ちがうわよ、ザッソーモンたちが商売人だからね」

 

「ジュンさんも充分今のままで職業になると思うんだが」

 

「まあ、ゆくゆくは選ばれし子供たちみんなが持てるようになればいいとは思ってるわよ。毎年増えてるからね」

 

「そうらしいな。僕のところにもはやく来てくれればいいんだが」

 

「そのうち来るわよ、下手したら選ばれし子供になる前からデジタルワールドに詳しいんだから」

 

「ゲンナイさんのサポートしかできることが無いだけだ」

 

治は肩を竦めた。

 

「テイマーの才能か......デジファームが野生のデジモンも対象になるなら適任だな」

 

「まだデジタルワールドはそこまで現実世界と関わる気はないみたいだしねえ......でも絶対現れると思うのよ、興味本位で人間に近づいちゃう子とか」

 

「強さを求めるやつとかな。進化のメカニズムがわかってるのとわかってないのとでは雲泥の差だ。精神論だけじゃどうにもならないこともある」

 

ジュンは笑った。たしかに治なら強いデジモンを育てあげそうである。

 

「まあ、それはともかく。ジュンさん、迷ってるのは意外だったな、うちの大学が主催するプログラミング講座参加してるみたいだから興味あるんだと思ってた」

 

「恵王大の?あー、あれはね、顧問の先生が部員に募集かけてたのよ」

 

「そうなのか」

 

「うん、まあね。ただ、エスカレーターに乗らないで外部受験しようとしてるのが意外だった人にはいわれたくないかもね」

 

「もっとはやく勉強がしたいだけだ、時間が惜しい」

 

「ふうん。そーいうもんか、まあ頑張ってね。お互い受験生だもんね」

 

「そうだな」

 

「とりあえず交通事故にはほんと気をつけて」

 

「ああ、わかってる」

 

さんざん周りに言われたのか治はややうんざりという顔をしていうのだ。

 

「なんかねー、アナログマンとクリスタルとかいう正体不明のアカウントあるじゃない?誘導かけられてたとかいう。もしアタシやゲンナイさんが気づくの遅かったら、治くんたちもベンジャミンさんに嵌められてた気がしてならないのよ。だから余計交通事故のタイミングがよすぎて怖いわ」

 

ジュンの言葉に治は笑った。

 

「さすがにそれは偶然だよ、ジュンさん。心配症だな」

 

「あのねえ、人がこんなに心配してるのに笑うのはどうなのよ」

 

「いや、ごめん、ありがとう。ただ意外なんだ。ジュンさん、運命論とか信じてるタイプなのが意外で。それは杞憂だ」

 

「だといいんだけどね......」

 

ジュンは遠い目をした。

 

ジュンがジュンじゃなかった本来の歴史では遼と賢はどうやって冒険したのだろうかと思えてならないのだ。治の親友という仲の良さならば冒険をすべて忘れるなんてあっていいわけがないし、太一たちと知り合う機会そのものがなかったようだから。なによりゲンナイさんが知らないという事実そのものに戦慄してしまう。

 

この世界は違う。ジュンが存在することで緩やかに歴史は確実に変わりつつあることをこんなに克明に感じる時が来るとは思わなかった。後悔するつもりはなかったが嬉しかったのはこれが初めてだ。

 

だから余計、ジュンは一乗寺治という少年の死につながりそうななにかに怯えている自覚があった。

 

「らしくない自覚はあるけどね、あはは。いつものアタシはずぼらだし」

 

顔の皮のすぐ裏に神経があるような繊細な人間ではないことくらいジュンが1番よくわかっていた。

 

「ずぼら?どこが?」

 

治はわからなかった。

 

好き勝手やっているように見えるが、前後の事情をよく頭に入れて、細かく観察すれば、ジュンの動きがなかなか綿密に計算されたものであることがわかる。

 

将棋でいえば数手先まで読んでいる。奇策を好むのは確かだが、しかるべきところに一線を引いて、そこから足を踏み出さないように気をつけている。どちらかと言えば神経質な性格と言ってもいいくらいだ。

 

そう考えていた治にはずぼらは程遠い印象しかない。

 

「ただのずぼらが僕と気が合うわけないだろ」

 

「あはは、すごい理論ね」

 

「ジュンさんはあれだ。学校を欠席せざるをえない時があると、その日がどんな内容だったのか、ノートを手に入れることはできないのか、あちこちを走り回って調べる。完璧主義と小心者の合併症なイメージだった」

 

「ほんと治くんてホームズね。いきなり推理されてずけずけ心の中まで踏み荒らされ憤慨するワトソンの気持ちも考えないあたりそっくりだわ」

 

2人は顔を合わせて笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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サマーメモリーズ編
77話


日の出とともに、お台場の海と空にみずみずしい青さが返ってくる。小さな波がキラキラと太陽を照り返し、8月の海がとろりと光を流して青い。本格的な午睡を楽しむように、海が穏やかな表情を見せている。夏というイメージそのものを絵の具で溶かしたような海が勉強部屋からよくみえた。ベランダからみれば、空が青く澄んで絹のように光る。

 

夏の真っ盛りの入道雲には、見つめていると涙の滲みそうな輝きがある。空がギラギラと白っぽい、トルコ石のような夏の午前の空の下、京はディーターミナルを隣に勉強の準備をしていた。

 

真っ白な入道雲が沸き立つ白く濁った、熱く甘い夏を含んだ雲が真夏へ真夏へと潮のように光の波を加えてゆく空の色に混じりあう。

 

いかにも初夏らしく澄みわたる、むし暑くたなびいた空が、息をひそめたように、家々の上をおおいかぶさった、8月のある日ざかり。

 

夏の勢いにあふれた、すごい青空だった。まぶしくて、そこいらじゅう光って見えた。こういう日が何日も続いて、本当の暑さがやって来る。好きな季節だ。夏休みの宿題がある以外は本当に大好きな季節だった。

 

「あーあ......」

 

京は凹んでいた。この上なく凹んでいた。8月1日、夏休み真っ最中だというのに京だけ予定がなにもないのだ。光子郎たちはサマーキャンプ、伊織は父親の亡くなった事件の一周忌イベントに参加するためイギリスに向かった。本宮姉弟はアメリカの友達に会いにいっている。

 

ディーターミナルから送られてきたニューヨークの観光地の数々である。サマーキャンプの様子も光やタケルから送られてくる。さすがに伊織は写真を送ってはこないが京はためいきだ。

 

「あーもー!なんでアタシだけ!いっつもアタシだけ!なんにもないのー!?」

 

いつものことだが父親がコンビニオーナーの悲しさである。24時間356日運営のアイマートを絶対にお休みにすることは出来ない家族経営のデメリットだ。遠くにいきたくても、同伴者がいない。

 

お小遣いがもらえても中学生はよくても小学生はダメはよくあることで、遠くまでいくには親の同行が不可能な京は難易度が高かった。生まれてこの方家族みんなで遠くにいったことがない京はパソコン部を通じて知り合ったみんなが羨ましくてたまらないのだった。

 

嘆いても仕方ない。転校して初めての夏休み、友達もたくさんできた京である。クラスの友達と午後からプールにでも行こうかなあと考えながら宿題をひとつでも終わらせようと夏休みの友をひろげた。

 

気づけばもう10時である。小腹がすいた京は冷蔵庫でも漁ろうと伸びをしながら立ち上がった。

 

「あれ?」

 

真向かいの百恵のパソコンが発光している。

 

「えっ、なに、お姉ちゃんパソコン消し忘れたの?」

 

夏期講習に出かけているはずの長女の学習机に近づいた京はパソコンにふれた。ながらく放置したら省エネモードになる仕様なのかもしれない。せっかく充電していたのにもったいないと思いながら電気を消そうとした京は、見覚えのないデスクトップに固まるのだ。

 

「え、なにこれ、こんな壁紙あったっけ?」

 

不思議そうにのぞき込む先にはいかにもなにかがその先にありそうな機械の扉がある。黒い壁紙だ。右側にモニターがついていて、いくつもの四角や丸のデジタル機器みたいなパーツがついていて、原色のボタンがたくさんある。モニターの向こう側は砂嵐だ。

 

「もしかしてウィルスに感染したとか?うっそでしょ、あれだけウィルスバスターの更新しろってお父さんにいったのに!?まだ放置してたの、もしかして!」

 

コンビニの経営で忙しいのはわかっているが、何度も出る期間満了が近づいているという警告画面を無視する姉の代わりにいっていた京は眉を寄せた。

 

クレジットカードは親しか使えないから、新しいウィルスバスターを買ってパソコンの中にいれないといけないのは何度もいったのに。壊れたら修理代だって馬鹿にならない、ウィルスバスター買ってくれたらあとは京がやってあげるといっていたのに。

 

なんのボタンを押しても反応しない。強制終了のコマンドを入れてもためだ。無反応である。

 

「あーあ、しーらない」

 

京はため息をついた。

 

「......お兄ちゃんに聞いたらわかるかなあ」

 

店番をしているであろう万太郎に電話をかけようとした京はパソコンから音がしたことに気がついた。

 

「えっ、なになに」

 

思わずのぞきこむとそこには民族衣装をきた初老の男性がいた。

 

「ほっほっほ、初めまして。ワシの名前はゲンナイじゃ。君は京くんかの?」

 

「ど、どうしてアタシの名前をしってるんですか!?え、ドッキリ?」

 

「それは君が選ばれし子供じゃからじゃよ」

 

「え?なにに?」

 

驚きっぱなしの京にゲンナイと名乗った老人はいうのだ。京は目を丸くした。まるで今見てきたかのように3月4日に目撃したデジモンという生き物について、思い出したからである。

 

「あの時みたいなことが起こったってことですよね?」

 

「いかにも。じゃから、井ノ上京、お前さんの力を是非とも借りたいんじゃ」

 

「ええーと、よくわかんないんですけど、あの時みたいにジュンさんとかに力を借りたらいいんじゃ?」

 

「お前さんの疑問はもっともじゃ。じゃがな、今、世界中で選ばれし子供たちが失踪しておるんじゃ。行方不明、連絡がとれん」

 

「えっ」

 

「今、世界中に選ばれし子供たちはお前さんも含めて64人おるんじゃが、先に力を借りようとした子供たちの持っていたデジヴァイスから謎の旋風がふき、やんだ後に忽然と姿を消しておるんじゃよ」

 

「えええーっ!?ってことはジュンさんたちも?」

 

「そうじゃ。それだけではない。選ばれし子供たちが失踪してから時間が経つにつれて、そのパートナーとなるデジモンたちも次々にデジタマに戻っておるんじゃ」

 

「デジタマって?」

 

「デジモンの卵のことじゃよ。デジモンは生まれたときを幼年期、成長すると成長期、成熟期、完全体、究極体という世代にわかれておるんじゃ」

 

「へえー......って、待ってください!デジタマに戻っていくってことは、えーっと、えっと、どんどん若返ってるってことですか!?」

 

「そう、そうなんじゃ!調べた結果、アメリカのサマーメモリーズというところからデジモンが脱走しておることがわかった。そやつはどうやら何者かにブラックガスに感染させられたらしい。ブラックガスというのは、デジモンの構成データの根幹にまで干渉し、凶暴化をうながし、挙句の果てに命まで奪う恐ろしいウィルスプログラムじゃ。デジモンの能力を極限にまで高めるかわり、その理性を失わせ破壊神へと変貌させる禁断のウィルスでもある」

 

京は息を飲んだ。

 

「ブラックガスは普通のデジモンだと感染してしまうが、選ばれし子供のパートナーデジモンならば感染しないことがわかっておる」

 

「そんな......でもみんないなくなっ......」

 

「そう、そうなんじゃよ。まさしく世界の危機じゃ。じゃから、ワシらは考えた。なにものかがデジヴァイスを指標に選ばれし子供たちを攫い、パートナーデジモンたちを若返らせておる。そのせいで進化ができない。ならば、それ以外の進化ができるパートナーデジモンたちにそやつを倒してもらおうと。ブラックガスに感染したデジモンは倒さなければやがて笑いながら自分で自分を殺してしまうという。倒すことができれば暴走は止まる。じゃが......」

 

「じゃが?」

 

「デジモンはの、デジタルワールドという住んでおる世界ならばいいデジモンならば死んでもすぐに転生することができる。今回のデジモンはブラックガスに感染した被害者じゃ、転生することが可能じゃろう。じゃが京、お前さんの世界じゃとデジタルワールドではない。だから転生することができずに死んでしまったら、幽霊になってしまうんじゃ」

 

「えええっ、そんな!?」

 

「じゃから、ブラックガスにより自らの命を断つまで暴走する前に止めて欲しいんじゃ。もし間に合わなくとも倒れるまえにワシがデジタルワールドに連れ戻せば転生という形で助けることが出来る。頼む、京。お前さんは普通とは違う進化の仕方ができるパートナーデジモンをもっておることがわかったんじゃ。力を貸してくれんかの」

 

「わ、わかりました。アタシがなんとかしなきゃ、ジュンさんたちが大変な目にあってるし、そのデジモンがこのままじゃ死んじゃうんですよね」

 

「そうじゃ」

 

京は首を振った。

 

「本当は怖いけどたくさんの子供たちがいなくなってるんですよね?その子達の方が怖い目にあってるかもしれないんですよね?アタシ、見て見ぬふりなんてできないです。あの時はメールしか送れなかったけど、あのかっこいいデジモンみたいにみんなを助けられるなら!アタシ、やります。任せてください、ゲンナイさん!」

 

「よくぞいってくれた!お前さんにまずはパートナーデジモンを紹介しよう。ポロモンじゃ」

 

ゲンナイさんの傍らにピンク色の羽が生えた小さな生き物が現れた。京をみるなりぺこりとおじぎをする。

 

「今から転送するぞい。ディーターミナルのジュンからもらったデジファームを開いてくれんか?」

 

「えっ、デジファームってそんなこと出来るんですか!?ジュンさんはただの育成ゲームだっていってたのに!」

 

「ほっほっほ、実はそうなんじゃよ。お前さんがやっていたのはただのゲームじゃが実は選ばれし子供たちがパートナーデジモンと現実世界で行動する時に必要なアプリなんじゃ」

 

「知らなかった......」

 

京は驚きながらもディーターミナルのデジファームをひらいてみる。しばらくして画面からポロモンが飛び出してきた。そして、いきなり光に包まれたかと思うと姿がかわってしまう。驚く京にゲンナイさんは笑った。

 

「転送する容量をちいさくするためにわざと幼年期にしておるが、本来の姿は成長期じゃ」

 

「はじめまして、京さん。私、ホークモンと申します」

 

「は、はじめまして。アタシ、井ノ上京っていうの。よろしくね」

 

「はい」

 

「新しく機能を追加したぞい。右上にあるパソコンのアイコンをタッチしてくれい」

 

「これですか?えい」

 

ディーターミナルのカメラ機能が起動した。

 

「ホークモンをとってみてくれい」

 

「はい」

 

京はいわれた通りにしてみる。いきなり光った機械にホークモンはギョッとして固まる。

 

「み、京さん!?」

 

「どうしたのよ、ホークモン。ただのカメラのフラッシュじゃない」

 

「か、かかかめら?なんですかそれ。魂抜かれないですよね?」

 

「えっ、なにいってるの、ホークモン。昔の人みたいなこと言って」

 

「はい?たしかに私は昔のデジモンですが」

 

「え?」

 

京たちのやり取りをよそに目の前の画面がかわった。デジモンアナライザーと書いてある。

 

ホークモンのデータベースのようだ。成長期で、鳥型のフリー種のデジモンと書いてある。

 

非常に礼儀ただしく、いつも冷静沈着な鳥型デジモン。古代に栄えた特殊な種族の末裔で、“デジメンタル”の力を借りてアーマー体に擬似進化することができる。得意技はくちばしで啄木鳥のように激しい突付き攻撃をする『ビークペッカー』。必殺技は頭部の羽飾りをブーメランのように使う『フェザースラッシュ』。

 

気になる単語にはリンクがはってある。京は早速調べてみた。

 

古代種とは、デジモンの住むデジタルワールドが誕生した(現実世界でいう1946年以降の僅かな期間)、「古代デジタルワールド期」に栄えていたデジモン達のことである。

 

現在のデジタルワールドは9割を現代種が占め、わずかに古代種のデータを強く受け継いだ末裔が生きている。現代種の中にも古代種の遺伝子データが残っているものがおり、末裔と同等の力を秘めているデジモンもいるが、ホークモンは末裔である。

 

古代種デジモンは、現代種に比べ潜在能力こそ上回るが、感情の起伏も激しく、“オーバーライト(データの書き換え)”が現代種に比べ荒々しい。そのため寿命が極度に短い。当然進化の幅も狭く、成長期、成熟期以上に進化できないデジモンも数多く存在した。

 

古代種は短命かつ進化の可能性が低い。それを補うために開発された技術が「デジメンタル」である。デジメンタルは自身の力を使わずにデジメンタルに秘められたエネルギーを自身に取り込んで進化するため、デジモンの体に負担が掛かりにくい。

 

しかしその安易さ、力の強大さなどから古代デジタルワールドでも危険な存在とされていた。

 

デジメンタルは主に、進化に関するモノ、技に関するモノ、耐性等の特殊な力を付加するモノ、に分けられる。

 

進化のデジメンタルが使用できるのは古代種(末裔)と古代種の遺伝子データが残っている一部の現代種デジモンのみで、またデジメンタルとの相性が悪いと力が暴走し、制御できなくなる事も。相性が良ければ究極体並の力が発揮される事もある。

 

時代が進むにつれデジモン自体が安定した事や、その危険性などからデジメンタルは使用されなくなり、その技術も失われていった。現在残っているデジメンタルはほんのわずかで、古代種がデジタルワールドの危機の備えて後世に残した“末裔”達と共に封印されていたものだけである。

 

「デジメンタルを自身に取り込み、融合することで一時的に擬似的な進化ができる。これをアーマー進化と呼ぶんじゃが、ホークモンは古代種の末裔ゆえに可能じゃ。本来なら封印するほど危険な力じゃが、これしか打開策がない。普通の進化じゃと退化、つまり若返ってしまう可能性があるんじゃ。ホークモンは普通の進化もできる古代種なんじゃよ。お前さんにデジメンタルを託そう。これはホークモンのペースメーカーみたいなものじゃ、大切に扱うように」

 

「も、もしこれが壊れちゃったらホークモン死んじゃうんですか、ゲンナイさん!?」

 

「えっ、壊す気ですか京さん?」

 

「壊さないわよ!壊さないけど、そんなこと言われたら怖くなっちゃって......」

 

「ほっほっほ、心配いらんよ。ディーターミナルにデジメンタルのデータを保存しておいた。新しいデジヴァイスには耐久性をあげるデジメンタルのデータが入っておるからの。そのせいでほかの選ばれし子供たちのデジモンのように完全体以上になるには新たなプログラムをディーターミナルからダウンロードしなければならん。ディーターミナルからデジヴァイスに転送する手間があるから注意するんじゃぞ」

 

「わかりました!」

 

「ほっほっほ、理解が早くて助かるわい」

 

「えっ、京さんもう分かったんですか?私にはなにがなんだかさっぱり......」

 

「えええ......ホークモン、あなた自分のことなのにわかんないの?」

 

「ええ、そうなんですよ。私、長い間ずっと洞窟の中で寝てたものですから。寝る前はポロモンで子供でしたし、起こされたら仲間たちは絶滅してるし、現代種の楽園になってるし、なにがなんだか」

 

「あっ、そっか......。ホークモンて古代種だから封印されてたんだっけ......。ごめん、ごめんね。アタシっていっつもそうなの、すぐ余計なこといってみんな怒らせちゃう」

 

「いえいえ、気にしないでください、京さん。あなたが選ばれし子供になったおかげで、私はデジタルワールドから封印を解いてもらえたんですよ。受け入れてもらうきっかけをくれたのはアナタだ」

 

「ホークモン......ありがとう。よーし、なら余計がんばらなくっちゃね!デジタルワールドにホークモンが危険だなんて言わせないように!アタシ、がんばるからね!」

 

京は気合いをいれるのだ。ホークモンはえいえいおーが分からないようだが見よう見まねでやってくれた。

 

「ディーターミナルに倒さねばならん敵のデータを送るぞい」

 

ウェンディモンという不気味なデジモンが表示された。ロップモンが怒りや憎しみによって「暗黒進化」をしてしまった、凶暴な獣人型デジモン。完全なる“悪”ではなく、ロップモンの頃に持っていた優しい部分を心の奥底に持っている。

 

しかし、怒りのパワーによって“優しさ”を押込め、破壊の限りを尽くす。また、時間と空間を操る能力があり、別次元を通ってワープをしたり、特殊空間を作り出すことができる。必殺技は衝撃波で岩をも壊す『デストロイドボイス』と、両腕を棍棒の様に振り回す『クラブアーム』。

 

「ロップモン、それがブラックガスに感染する前の姿じゃ」

 

そこには茶色のうさぎみたいな可愛らしいぬいぐるみみたいな成長期のデータ種デジモンがいた。

 

その生態系は謎に包まれており、体構造から獣系のデジモンであることは分類できるが、それ以外のことは依然分かっていない。ロップモンは泣き虫の寂しがりやである。戦闘種族としてのデジモンを実感することができないが、戦闘の際にはその見た目以上のパワーを発揮する。得意技は両耳をプロペラの様にして小型竜巻を起こす『プチツイスター』、必殺技は冷気弾を放つ『ブレイジングアイス』。

 

「かわいいのに、こんな姿になっちゃうなんて......一体誰がこんなこと!」

 

憤慨する京はやる気を出すのだった。

 

「特殊な空間......じゃあ、ロップモンをブラックガスから解放できればみんな帰ってこれるんですね」

 

「おそらくその可能性が高いんじゃ。頼むぞ」

 

「はい!」

 

「今、やつはデジヴァイスを頼りに最後の選ばれし子供をさらおうとしておる」

 

「大変じゃないですか!その子はどこに?」

 

「アメリカじゃ」

 

「アメリカ!?えーっと、どうやっていったらいいんですか?アタシパスポートもとったことないのに!」

 

「心配いらん、ワシがアメリカのデジタルゲートをひらいてあげよう。不法入国になるからのう、気をつけるんじゃぞ」

 

「えええっ!?」

 

「そうそう、実はお前さんの友達が古代種のパートナーをもつんじゃが協力してくれるか一緒にお願いしてくれんかの?火田伊織と本宮大輔なんじゃが」

 

「えーっ、いきなりですか?展開早すぎるー!ああもう仕方ない、は、はい!わかりました!」

 

「では、デジヴァイスをかかげてくれんかの。こちらに来てもらって、まずは火田伊織を迎えにいこう」

 

「わかりました!」

 

京はいわれた通りにデジヴァイスをかかげる。

 

「デジタルゲートオープン!」

 

そして勉強部屋から京は姿を消したのだった。

 



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78話

要人をかばい殉職したSPをはじめ、何人もの犠牲者が出た痛ましい事件の追悼式典は滞りなく行われた。関係者100人ほどが参列した。協会の音色の中で黙祷するのはイギリスのロンドンという異国の地をつよく意識するには十分だった。

 

「伊織、おつかれさま」

 

喪服姿の母親に声をかけられ、伊織はうなずいた。父親が死んでからまだ1年、もう1年。ただただ現実を突きつけられている。

 

総理大臣や外国の要人などをとりまく黒いスーツ姿の警護官。するどいまなざしを周囲に向け、颯爽とした身のこなしで任務にあたる彼らはSP(セキュリティポリス)と呼ばれる警視庁の精鋭たちだ。伊織の父親もその1人として1年前の今日、イギリスのロンドンにて凶弾に倒れた。

 

そのとき伊織は父親は暴漢が拳銃を発砲してきたとき、応戦しなかったことを知った。要人の安全が最優先だからだ。防弾のアタッシェケースなどで要人の身を守り、1mでもいいから離れるのが鉄則。犯人の逮捕は別の班が対応する。

 

警護車に発砲されていたら助かったのだ。防弾ガラスや爆発物にも耐えられる特殊鋼の装甲が施されている。

 

万が一の時のための射撃訓練やナイフを持った暴漢を制圧する組み手、運転の訓練やマラソンなど。場合によっては赤坂迎賓館を借りて数十人規模で実戦を想定して行う訓練もあると聞いたことがあった。

 

例えば運転では、車両の幅ぎりぎりに置かれたコーンを倒さないように次々と通り抜けていく訓練をしているのだと。

 

だから、幼稚園から帰って手を洗っていた伊織が廊下に出ると、電話に出ていた母親が父親の名前をつぶやいた。そのとき、まさか訃報の電話だとは思いも寄らなかった。母親は気丈に伊織の前で取り乱すことはせずたんたんと主税に連絡をいれて、伊織とともにタクシーに乗り込んだ。飛行機にのせられ、タクシーをのりつぎ、父親と対面したのは次の日だったことを覚えている。変わり果てた姿だった。

 

職務を全うして殉職した父親は伊織の誇りになった。そうでもしなければ受け入れられそうになかったからだ。母親が泣いたのは葬式の時だけだ。その日から伊織は母親を守れるのは自分だけだと主税に言われて剣道をならい始めたのである。

 

何度慰霊碑に父親の名前が刻まれていようとも実はまだ実感が湧かない伊織である。誰も泣かなかったから。母親を守らなければならないから泣いてはいけない。そう決意表明したところで母親の隣で式典を終えた伊織は、父親にお別れを告げた。

 

ぴこぴこぴこぴこ、ぴこぴこぴこぴこ。

 

やけに耳にのこるアラームだった。不似合いな音声に伊織は自然と視線が向かう。音がする白いデジタル時計を手にしている日本人男性が主税といいあいをしているところだった。

 

「あの人......」

 

「お母さん?」

 

「お父さんの剣道の先生だった人じゃないかしら。ロンドンで剣道を普及させるために随分前に移住したって聞いたことがあるの」

 

「おじいちゃんの友達の?」

 

「そうだって聞いてたけど......」

 

口論は激しさをましている。白いデジタル時計を指さして主税は激昴しているのがみえた。半年前に及川さんという人が墓参りにきてくれていて、そこに鉢合わせたとき以来だったように思う。

 

「伊織、先にホテルで待ってましょうか」

 

「うん」

 

伊織はまた振り返った。なにか聞こえた気がしたからだ。

 

「かえりたい」

 

伊織は辺りを見渡した。幼い子供の声がしたからだ。

 

「かえりたいかえりたいかえりたいかえりたい」

 

迷子なのか、誰かを探しているようだった。

 

「どこ」

 

こちらが釣られて泣きたくなってしまいそうな声が木霊している。

 

「どこ」

 

四方八方から聞こえてくる怪奇現象に伊織は母親の手をつよく握りしめた。怖いからではない。母親を守るためだ。

 

「うぉれすぅ......わあああん」

 

突然風が吹いた。身も心も凍りついてしまいそうな風だった。風には色があった。こちらが飲み込まれてしまいそうな強烈な黒い色をしていた。

 

「かえりたい......かえりたい......かえりたい」

 

声が澱んでいく。幼い子供の声はおぞましい怪物のような声にかわっていく。伊織はしっかり母親の手を握りしめた、はずだった。

 

「お母さん?」

 

風が止む。目を開けた伊織は隣にいたはずの母親がいない。ぐったりとしたまま倒れているのがわかった。

 

「お母さん!」

 

伊織の悲鳴があたりに響く。遺族の関係者たちが意識を失い、倒れているのがみえた。さっきの黒い風のせいだろうか。伊織は主税をよぶ。

 

「おじいちゃん、お母さんが!お母さんが!」

 

伊織が主税をみると尻もちをついたまま呆然としている姿があった。伊織の声がとどかないのか、さっきまでいたはずの初老の友人が忽然と姿を消しているではないか。伊織は主税のところに走る。

 

「え?」

 

凍てついた風が主税の友人をつつみこむ。彼は伊織たちの目の前で闇に飲まれてしまった。ただ一言、逃げろといいのこして。

 

「!?」

 

その闇と目が合ったきがした。伊織がその存在を認識していると気づいてしまった。次の瞬間、それは伊織に近づく。

 

「伊織!」

 

主税が叫んだとき、黒い風が渦を巻き何かが生まれ落ちた。無数の目が闇の中にあった。それは伊織たちの影を探しているようだった。

 

それは伊織が初めてあったデジモンだった。シェイドモンという実体はなく人やデジモンの影に取り憑くデジモンだ。取り憑いた相手の絶望を自身の栄養化として喰らい続け、摂取した量でどの凶悪なデジモンへ進化するかが変わると言われている。 必殺技は、地面に叩き落とされる幻覚を10000回見せ続ける『フリーデスフォール』と、周囲のデジモンを操って取り憑いている敵に襲わせる『キルミー』 。

 

「ウジャトゲイズ」

 

シェイドモンが動けなくなる。真下にはウジャトの文様がうかび、拘束されているようだ。その隙をつき、京は伊織と主税を救出した。

 

「え、あ、み、京さん!?」

 

「間に合ってよかったわ!」

 

京はただちに2人を近くの道路に下ろし、シェイドモンと相対する。

 

「京さん!」

 

「おっけー!いくわよ!」

 

それはホークモンが愛情のデジメンタル”のパワーによって進化したアーマー体の獣型デジモンだった。“愛情のデジメンタル”は“風”の属性を持っており、このデジメンタルを身に付けたものは天空を駆け抜ける一陣の風のように翼をはばたかせ大空を舞う。

 

空中での戦いにおいては、そのスピード、攻撃全てが、敵のデジモンの上をいく。必殺技は、翼から衝撃波をくりだす『マッハインパルス』と体を回転させて巨大な竜巻を起こす『テンペストウィング』。得意技は鋭い眼光から放たれる、呪縛の光線『ウジャトゲイズ』。

 

「伊織を狙うなんて、選ばれし子供がもうわかってるってこと?あーもう、絶対やばいやつじゃない!でも、まだデジモンともあったことない伊織を狙うなんて許せないわ!シェイドモン、こっちに来なさい!アタシたちが相手なんだから!」

 

京の挑発に影が反応する。

 

「ゲンナイさん!」

 

「よし、今じゃ!」

 

京がロンドンの巨大なテレビ画面に飛び込んでいく。シェイドモンもまた追いかけていくのがみえた。

 

「京さん......?」

 

ぽかんと口を開けたまま伊織はビルを見上げる。主税は伊織の隣にまでくるとテレビの画面がなみうち、京とホルスモンがシェイドモンと戦う様子をみていた。

 

「あれが......デジモンだと?」

 

「おじいちゃん?」

 

「そんな馬鹿な......私は......本当だったのか......」

 

愕然としている主税に伊織は首をかしげたのだった。

 



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79話

主税は後悔がにじみでている。ぽつりぽつりと語り始めた。

 

伊織の父親にして主税の一人息子である浩樹は、親友だった及川さんとある日テレビの向こうでデジタルモンスターをみた。主税たちは信じなかった。夢だから忘れろといった。

 

それはかつて同じ道場で切磋琢磨した友人が1946年、GHQの統治下に置かれた貧しい日本において突然行方不明になったのだ。しばらくして帰還した彼はアメリカに対する感情が複雑な周りを気にせずアメリカに行きたいといいだした。主税はデジタルモンスターとデジタルワールド、そして繰り広げられた大冒険を聞かされたが信じられなかった。あたりまえだ。太平洋戦争により周りの人間がたくさん死に、主税自身たくさん酷い目にあい、たくさん悲劇を見てきて終戦を迎えてからたった1年である。

 

あまりにも現実離れした放言だった。

 

彼は頑として主張を曲げなかった。やがて彼は日本人が海外に行けるようになると周囲の反対を押し切りアメリカにいってしまい、さらに海外に移住してしまったのだ。

 

おかしくなったんだろう、としか思えなかった。

 

主税が頭を悩ませたのは、2人がデジタルワールドやデジタルモンスターという放言をいい始めたからである。しかも大人になっでもずっと探していた。

 

問い詰めたら絶縁したはずの友人と頻繁にメールをしていることがわかった。息子と友達が友人の妄想をまに受けて、探してあげようとまでしていた。主税は絶句するしかない。

 

及川さんは日本とアメリカが共同で研究しているヒトゲノムについてデジタル面から活動するために出向しているプログラマーになっていた。

 

息子はSPとして要人の警護をしながら海外のあちこちに飛び回る警察官となっていた。

 

目を覚ませ、まともな人間になれ、と叱ったあの日から2人はまともになったと思っていたが、主税の前ではなにも語らないようになっていただけだったのだ。裏切られたという思いが先行して主税は怒りのあまり及川さんに二度とウチにくるなと言い渡した。息子には友人に連絡をとったら絶縁して伊織は自分たちがひきとって育てると言い渡した。

 

その日から少なくても主税の周りでは不愉快な単語が聞こえてくることは二度となかった。

 

「......私は、わたしは、なんてことを......」

 

息子の唯一の理解者だった親友や友人たちとの友好関係を禁止して、デジタルワールドやデジタルモンスターについて二度と口にするなといっておきながら。息子が死んだ一年後に他ならぬ自分がデジタルモンスターを目撃することになるとは思わなかった。

 

しかも友人は言いがかりともいえる喧嘩でもデジタルモンスターにいち早く気づいて、主税をかばって襲われ、目の前で忽然と姿を消してしまったのだ。

 

そして、伊織の友人である井ノ上京がデジモンと一緒にデジモンと戦い、伊織と主税を助けてくれた。目の前にはノートパソコンごしにデジタルワールドについて説明してくれる存在がある。

 

なにもかもが友人が夢中で話してくれた冒険譚そのものだったのだ。

 

「......だからおじいちゃん、怒ってたんですね」

 

「......そうじゃ。全ては私が悪かった......みんな、嘘をいうような人間じゃなかったのに信じてやれなかった......全ては私の弱さ......そのものだ」

 

項垂れる主税に声をかけたのはゲンナイさんだった。

 

「1946年、現実世界はそのような環境じゃったのか......いやはや興味深い話を聞かせてくれてありがとうございます。ワシはそれよりはるか前に生まれたからのう......先代の子供たちはそんな日々を過ごしたのか」

 

ゲンナイさんの言葉に反応したのは京だった。

 

「先代?先代って、ジュンさん達より前ってことですか?」

 

「そうじゃ。デジタルワールドが世界で最初に危機に陥ったとき、助けてくれた最初の子供たち、5人の子供たちがいたんじゃが、おそらくは」

 

「おじいちゃんのお友達が!?」

 

「すごーい!素敵!すごい偶然ですね、ゲンナイさん!」

 

「......だが、あいつは攫われてしまった......」

 

「そうじゃ、それが一番の問題じゃ」

 

主税とゲンナイさんの言葉に京と伊織はハッとなるのだ。

 

「あの白いデジタル時計は太一たちの冒険で初めて作られたはずのデジヴァイスなんじゃ。なぜ先代の子供たちがもっておるのか......」

 

「そんなばかな、あいつは大切な旅の思い出だといつも大切に持っていたはずだ」

 

「なんじゃと?それは一体......?うーむ、わからん。わからんが、それが事実だとするならまずい、非常にまずい。事態は思った以上に深刻だ。時間が無いぞ!」

 

ゲンナイさんは主税と伊織に今起きている選ばれし子供たちに迫り来る危機について説明する。あのデジヴァイスを頼りに敵は次々に選ばれし子供たちを誘拐しているのだと。先代の子供たちも事情はわからないがデジヴァイスをもっているのなら誘拐されたに違いない。

 

「今、先代の子供たちのパートナーデジモンは成長し、アポカリモンという巨悪を封印しておるんじゃ。先代の子供たちが若返り、彼らまで若返ってしまうとアポカリモンの封印が解かれてしまう!」

 

「アポカリモン?それはどれくらいやばいやつなんですか?」

 

「去年の異常気象や世界中で起きていた結晶化現象、そしてお台場の爆弾事件の黒幕といっていい存在じゃ」

 

「えええええっ!?」

 

「た、大変じゃないですか!」

 

「結晶化現象......!」

 

主税はさあっと血の気がひくのだ。息子の遺骨をもちかえるために予約していた飛行機が謎の結晶化現象に見舞われてロンドン空港から飛べなかったのは記憶に新しいからだ。

 

そいつの封印がとかれる?友人が誘拐されたせいで?自分を庇って闇に飲まれたせいで?主税は生きた心地がしなかった。

 

「時は一刻を争う。火田主税さん、あなたのお孫さんの力を貸してほしい」

 

ゲンナイさんは事情を説明するのだ。主税の隣で話を聞いていた伊織は目を瞬かせた。お台場の爆弾事件について、大輔を送り出したこと、ネット越しに応援していたことを思い出したからだ。主税が驚くくらい伊織はしっかりとした顔つきになっていた。

 

「ぼく、いきます」

 

「伊織......」

 

「行かせてください、おじいちゃん。僕は行かなきゃいけないです。お父さんがずっと探していたデジタルワールドを助けるためにも、おじいちゃんが及川さんと仲直りするためにも。僕が、行かなきゃ」

 

息子が死んでから命に変えても伊織を立派な大人にしなければならないと決意していた主税は深い深いため息をついた。思い詰めすぎていて目が曇っていたのかもしれないが、今の伊織はSPになると告げた息子と重なるくらいいい顔をしているではないか。まだ小学1年生だというのにだ。

 

「わかった。行ってきなさい」

 

主税の言葉に伊織は顔が明るくなった。

 

「はい!」

 

「かならず、帰ってきなさい」

 

「もちろんです!」

 

伊織はゲンナイからデジヴァイスを渡される。そして、ディーターミナルから欠伸をしたデジモンが飛び出してきた。

 

「やーっと終わったがや、伊織?むんなの話は長すぎていかん、眠くて眠くてたまらん」

 

緊迫した空気がどこか穏やかな間の抜けたものとなる。思っていたのと違うと伊織はちょっと戸惑った。

 

「オレはアルマジモン。よろしくだがや、伊織」

 

にっこりわらったアルマジモンに伊織はうなずいた。

 

「むんな、固い固い、リラックスしてちょう。思い詰めすぎると大変なことになるんだでこれくりゃーでちょうどいいんですわ」

 

京がディーターミナルのデジモンアナライザーを開いた。

 

アルマジモンら硬い甲殻で体を覆われた哺乳類型デジモン。のん気で愛嬌のある性格だが、お調子者なところがたまに傷である。アルマジモンはホークモン等と同じように古代種族の末裔であるため、特殊なアーマー進化をすることができる。得意技は長く伸びた前足の爪で敵を攻撃する『スクラッチビート』。必殺技は体を丸めて敵に突進する『ローリングストーン』。

 

「おー、オレよりオレのこと知っとるなんて、すげーカラクリだがや」

 

「アルマジモン、これ、カラクリじゃなくてパソコンていうんですよ?」

 

「パソコン?」

 

「はい」

 

「ふうーん」

 

「あはは、ホークモンみたいに昔のデジモンだから新しいものはわかんないみたいね」

 

「そっか......古代種って恐竜みたいなものなんですね」

 

「恐竜?恐竜てグレイモンのことけ?やだなあ、グレイモンの方が新人だってむんないっとったがや」

 

「?」

 

「えー、グレイモンより前からいるとかアノマロカリスじゃない」

 

「アノマロカリモンなら見とるけんど」

 

「どんだけ昔なの、古代種って!?」

 

京とアルマジモンのやり取りに思わず伊織たちは笑ってしまったのだった。

 



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80話

「お父さん、お父さん。アタシ、ケイトさんに会いたい。ウォレスくんにも」

 

「僕も!」

 

2000年3月4日、世界中を襲ったサイバー攻撃とお台場に核兵器ピースキーパーが着弾する事件の真相がデジモンであること。太一たちの活躍で爆発は免れたがアメリカ空軍のネットワークセキュリティに閉じ込められたとき、助けてくれたのがウォレスたちであること。それを知った父親はとても喜んだ。

 

サマーメモリーズの爆弾テロ事件のせいで前後の記憶が飛んでいた我が子がようやく笑顔をみせて、かつてお世話になったアメリカ人一家にあいたいといったからだ。

 

そのとき、ジュンの傍らには父親がアメリカ支局で初めて手がけた本があったから尚更。

 

それはアメリカの映画の原作だった。

 

1942年、戦時中の米陸軍が「砲撃射表」の複雑な計算を機械的にできるようにするために、6人の数学者を選出してプログラムを組ませた。

 

この6人のプログラマーたちは、各自が持っている数学的・技術的なスキルを結集して、世界初の電子計算機の一つとされる「ENIAC(エニアック) 」を創り出すのに尽力した。

 

この6人は全て女性だった。ENIACは当時のメディアからは「巨大な頭脳」と呼ばれた。その加算能力は毎秒5,000回であり、同時代の計算機の1,000倍の速さを誇った。これが今、コンピューターの祖父母として広く知られるものである。

 

「コンピューター」(当時は「計算手」という仕事の名前だった)は、こういったテーブルを使って正確な結果を生み出すための計算を行ったのである。

 

そのため、計算手(コンピューター)の役割は広い意味で事務仕事と見なされ、女性に割り振られることもしばしばあった。特に戦時中は男性が徴兵されるのでそうなることが多かった。

 

ENIACは「ファンクションテーブル」と呼ばれるハードウェアを基に設計されていた。このテーブルによって、複雑なシーケンスを持つさまざまな操作を実行するためのプログラムが実行可能となった。そのプログラムは一度紙の上に書き表され、それからENIACにプログラムを組み込まなければならなかった。この作業に数年が費やされた。

 

こうした苦労があったにもかかわらず、ENIACが立ち上げられたとき、6人のプログラマーは功績をたたえられることはなかった。彼女らは記念パーティーに呼ばれることすらなかったのである。

 

映画はあるアメリカ女性記者が6人の名もなきプログラマーについて取材するためにある有名紙に載ったENIACの写真を見つけ出したことから始まる。記事では、写真に写っている男性にしかキャプションが付けられていなかった。

 

そこで彼女は、写真の女性たちについて周囲に尋ねてみた。すると「彼女たちは冷蔵庫の広告でそばに立っているご婦人のようなモデルであって、マシンの前でポーズをつくってそれを引き立たせているのだ」といった説明を受けた。「ところが、それは真実からはほど遠いということが明らかになりました」という下りで始まる映画だった。

 

その1人がケイト・マクナルティだったのである。

 

だが取材中に起こったサマーメモリーズの爆弾テロ事件により父親は子供たちのために緊急帰国するはめになりお蔵入りになってしまった。結局当事者に対する取材は採用されず別の編集者が担当することになった。父親は表にこそ出さないが心残りだったのである。

 

「せっかくだからアメリカ旅行しましょうよ。お父さんもアメリカ支局の人にあいたいでしょ?」

 

「そうだな、マクナルティさんにも連絡してみよう」

 

そうしてジュンたちは夏休みにニューヨークに旅だったのである。ニューヨークからフィラデルフィアまでのちょっとした横断気分のつもりだった。

 

ニューヨーク支局に挨拶して、当時の仕事仲間に観光地を案内してもらい、ディーターミナルでみんなに画像を送っていた。

 

ヒルトンのはす向かいにある宿泊したリーガルニューヨークは全室スィートがコンセプト。リビングやウィンドウサイド、ベッドルーム、バスルームとお上りさんのように写真を撮りまくった。マジェスティック劇場で両親がオペラ座の怪人を見に行っている間はアメリカ支局の人の家族とご飯を食べた。

 

次の日にはロックフェラーセンター、レディオシティ、セントパトリック大聖堂にいった。

 

そして、ルーズヴェルト島へのロープウェイにのり、街中をいろいろ回った。セントラルパークの馬車にも乗ったし、マンハッタンからJFK空港までのセダンサービスの車窓から国連本部にまわるツアーにも参加した。

 

「大輔、大輔、そろそろウォレスくん来るんじゃないかしら」

 

「!」

 

サマーメモリーズの爆弾テロ事件以降、ニューヨークに引っ越していたウォレス一家との待ち合わせが迫っていた。

 

ジュンは両親を急かし、フットワーク軽くグランドセントラル駅に向かった。そこには1階広場の中央にある案内所は目印になる時計台があり待ち合わせ場所に良いとアメリカ支局の人に聞いたのだ。

 

駅はどこでも出入り口が多く迷いやすいが、この場所はオンリーワンだなら間違えることはないと。

 

実際行ってみると壮麗でクラシックな駅舎と背後にそびえ立つ現代高層建築のメットライフビルのコントラストが面白い場所だった。

 

「さすがはマンハッタン三大駅のひとつね......!これが噂のグラセン!」

 

パンフレットを握りしめながら感動しているジュンの横で大輔はキョロキョロとあたりを見渡す。ウォレスからもうすぐ着くとメールがディーターミナルに届いたからだ。

 

「......あれ?」

 

大輔はなにか聞こえた気がして辺りを見渡した。ぴこぴこぴこぴこ、ぴこぴこぴこぴこ、といきなりデジヴァイスが発光しながらアラームを鳴らし始める。驚いたジュンは手に取るがデジヴァイスは鳴り止まない。

 

「どうしたの、大輔」

 

ジュンが振り返ると大輔は工事現場を見ていた。そこでは、グランドセントラル駅の建て替え工事が行われていて、ごうん、ごうん、と、なにかが潰れる音がする。

 

大輔がそちらに走り出したので、ジュンは慌ててあとを追いかけた。デジヴァイスはしつこいくらいになっている。

 

工事現場の壁の間にはすき間があって、砂だらけの工事現場は、小さな砂漠に見えた。大輔は砂漠をもがきながら沈んで行くキリンみたいなクレーンを見上げながら、耳をすませている。

 

「どうしたのよ、大輔」

 

「お姉ちゃん、しー」

 

「え?」

 

「なにか聞こえるんだ」

 

ジュンも隙間を覗いてみるが工事の白幕が張られ、外から見えるすべてが暗かった。その向こう側が無性に明るくてまるでロボットか何かみたいにまったく同じ動作で機材をひとつひとつ積みあげていた。

 

「ただの工事現場じゃないの」

 

ジュンの言葉に大輔は首をふる。

 

「えー......まさか、なんかいるの?デジモン?テレビでみた半透明なやつ?」

 

大輔は違う違うと首をふる。

 

「まさか、実態があるの?」

 

ぶんぶん首を縦に降る大輔は怯えたようにジュンの手を探り、繋いでくる。

 

「どこ?」

 

「......あそこ」

 

やけに声を潜めて言う大輔の指さす先に影が差したのでジュンは悪寒が走った。空間に亀裂が走っていたのだ。その向こう側には圧倒的な闇があり、薄気味悪い色をした目がたくさんあった。悪魔が乗り移ったかのように見えて気味が悪い。それらは操り人形のような不気味な動きをしていて、籔の中に潜んでいるさなぎを何万倍かに拡大したような不気味さがあった。

 

「あ」

 

そいつは空間の裂け目から現れた。工事現場の作業員たちに襲いかかる。思わずジュンと大輔は目をそらした。

 

「お姉ちゃん、逃げよう」

 

大輔がいう。手を引かれてジュンは目を開けた。そして後悔した。見たことも無いデジモンに取り憑かれた作業員たちがこちらをいっせいに見つめていたからである。そして、にたりと不気味に口角を釣り上げたのだ。

 

その笑顔は、よく見れば見るほど何ともいえないイヤな薄気味悪さがあった。それは笑顔ではない。様々な国籍の作業員たちは少しも笑ってはいないのだ。その証拠に両方のこぶしを固く握って立っている。

 

人間は、こぶしを固く握りながら笑えるものでは無い。ただ、顔に醜いしわを寄せているだけなのである。奇妙な、そうして、どこかけがらわしく、へんにひとをムカムカさせる表情があった。

 

もっと何か表情なり印象なりがあるものだろうに、全くそれがないのだ。人間の体に精巧な人形の首でもくっつけたなら、こんな感じになるだろう、という雰囲気がある。とにかく、どことなく見る者をぞっとさせ、いやな気持ちにさせる。作業員たちはいっせいに隙間に殺到してきた。

 

悲鳴をあげたジュンと大輔は一目散に逃げ出した。通行人たちが不思議そうな顔をして振り返るが気にせず、両親のところに向かう。

 

「どうしたんだよ、2人とも。ウォレスくんたちがもうすぐ来るぞ」

 

「大人しくしてなさいな」

 

2人はデジモンか現れて工事現場の作業員たちに取り付いたことを訴えようとしたがぴたりと動きがとまる。ジュンたちは息を飲んだ。両親までさっきの工事現場の作業員たちみたいな顔をしているではないか。手を伸ばしてくる両親から距離をとり、今にも泣きそうな顔の大輔の手を掴み、ジュンは急いでグランドセントラル駅を走り出した。

 

「おねえちゃあんっ!」

 

「大丈夫、大丈夫よ、大輔!落ち着いて!」

 

「でもっ......でもっ!お父さんとお母さんがっ!」

 

「......落ち着いて、大輔」

 

ジュンは表通りの陽の光が真上にある大通りに逃げ込む。あたりを見渡し、息を吐いた。

 

「ねえ、大輔。なにが聞こえたの?さっき。アタシ、何も聞こえなかったのよね」

 

「えっ?えーっと、その、泣いてるんだ」

 

「なんて?誰が?誰がなんていって泣いてるの?」

 

「どこっ、て......どこって......泣いてるんだ......チョコモンが!」

 

ジュンの脳裏にはレッサー型の茶色い幼年期が浮かぶ。チョコモンが行方不明になったのはサマーメモリーズの爆弾テロ事件によるお迎えのためだ。もう5年もたっている。なんで今更チョコモンが泣いているのだろうかと太一のアグモンの先祖のようにデジタルワールドに帰れたと信じて疑わないジュンはわからない。本気でわからない。

 

「そうだ......ウォレスを探してるんだ!」

 

「ウォレスくんを?」

 

「うん」

 

「その声の先にあのデジモンがいたの?」

 

大輔は何度も頷いた。ジュンは息を呑む。ジュンのかつていた時代ではチョコモンとグミモンは双子のデジモンであり、性格は反対であるがとても仲が良く、いつも一緒に行動していることで知られていた。

 

仮に2匹を離してしまうと、寂しさのあまり弱ってしまうこともあるくらい一身同体な存在でもあると。片方が現実世界、片方がデジタルワールドに生き別れになった野生のデジモンたち。なにかあったとしかいいようがなかった。

 

「大輔」

 

ジュンは大輔の向こう側を見つめたまま話し出す。

 

「なに?」

 

「みんながいきなりおかしくなったわよね」

 

「うん」

 

「アタシたちが離れたら、みんな元に戻ったのよ。見えた?」

 

「えっ」

 

「チョコモンの声は聞こえないんだけどね、アタシの目には影が見えたのよ」

 

「え、え、なに?なんの影?」

 

「わかんない、わかんないわ。だけどあの亀裂から出てきた目のやつが作業員の人たちに取り付いて、お母さんたちがおかしくなって、みんな、みんな、影に目があったのよ」

 

「!?」

 

「いい、大輔。今の時間帯が一番太陽が高くて影が小さいの。ここが一番日当たりがいいみたいだから、絶対に動いちゃダメよ。それとね、アタシのパソコン貸してあげるから、ゲンナイさんに助けを呼びなさい」

 

「お姉ちゃんは!?」

 

ジュンは笑いながら首を振った。

 

「さっきからデジヴァイスが鳴り止まないのよね......」

 

「お姉ちゃん!」

 

2人の間に先程見た黒い影が伸びてくる。それはやがて凍てついた黒い風となり、ジュンの周りにうずまきはじめる。

 

「お姉ちゃん!」

 

「来ちゃダメよ、大輔。今すぐゲンナイさんに知らせて。アタシに起こってること全部。いいわね」

 

「そんな、お姉ちゃん!」

 

「泣かないの、大輔。おとこのこでしょ」

 

「おねえちゃあんっ!」

 

大輔の叫びが木霊する。黒い風が吹き抜けたあと、大通りでたくさんの人が倒れていき大騒ぎになっていく。大輔は泣きながらジュンから預かったリュックからパソコンを探し、ゲンナイさんの隠れ家にSOSを送った。

 

ゲンナイさんたちがくるまで、大輔は1歩も動くことができなかったのだった。

 

 

「なんということじゃ......デジヴァイスからシェイドモンが生まれて選ばれし子供たちを襲っておるのか!」

 

「!?」

 

「シェイドモンはとりついたものの絶望を糧に成長するデジモンじゃ。ブラックウィルスに感染したウェンディモンの影から選ばれし子供たちのデジヴァイスにうつり、周りの人達に襲わせておるに違いない」

 

「そんな......」

 

「通りで誰も逃げられないわけだわ」

 

嗚咽をもらしながら泣いていた大輔はぐしぐし涙を拭った。

 

「お姉ちゃん、どこ?」

 

ジュンのパソコンにインストールされているデジヴァイスを調べてみるが探知機能が機能しない。どうやら亜空間は特定できないようだ。じわ、と大輔からまた涙がにじむ。それでも我慢して大輔は涙を拭った。

 

「お姉ちゃんを、みんなを、助けなきゃ......」

 

それは大輔の覚悟だった。

 

光が丘霧事件のときは巻き込まれてしまった。今回もまた助けられてしまった。大輔はいつもジュンを助けたいと守りたいと願いながらいつも出来ないでいる。

 

だがゲンナイさんからデジヴァイスを渡された大輔は選ばれし子供になれたことを知るのだ。

 

「ウォレス......そうだ、ウォレスを助けなきゃ!」

 

大輔はいうのだ。

 

「ウォレス?そういえば、あの時聞こえた声がウォレスって」

 

「チョコモン、ウォレスを探してるんだ。でも見つからないって泣いてるんだ。どうしてかはわからないけど」

 

大輔はディーターミナルにメールが来ていたことを思い出す。あわてて新しいメールが来ていないか確認してみる。

 

「あ......お父さんたちが探してる......」

 

いきなりグランドセントラル駅で行方不明になったのだ、親やウォレスの両親が探し回るのも無理はない。大輔は事情を説明するために一旦引き返すことにした。

 

「ねえ、大輔!ウォレスくんしらない?」

 

「え?」

 

大輔は目が点になった。

 

「大輔たちと遊んで来るって別れたんですって」

 

「えええっ!?」

 

「実はな、ウォレスくんの両親はサマーメモリーズの爆弾テロ事件以降も離れようとしないマクナルティさんと喧嘩別れしてるらしい。もしかしたらウォレスくんは......」

 

大輔は真っ青になった。

 

「サマーメモリーズにいっちゃった!?」

 

「大輔も急いでいきましょ?ところでジュンは?」

 

大輔はあわてて両親に説明する。両親は操られている記憶はないようだが足元の影に目玉はもうない。ジュンの誘拐が目的だったようだ。

 

「実は本宮大輔くんについてお話があるんじゃが」

 

ゲンナイさんは口を開いた。

 

 



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81話

瞳にダイヤモンドを埋めたような外人の少年がウェンディモンを前に必死でチョコモンの名前を呼んでいた。

 

「僕だよ、チョコモン......ウォレスだよ。やっと逢えたね、よかった......」

 

だがウェンディモンは牙を剥き出しにして威嚇する。

 

「違う......お前......ウォレスじゃない......にせもの......ウォレスどこやった......」

 

ウォレスと呼ばれた少年は目を丸くする。

 

「おい、何言ってるんだよ、チョコモン。僕だよ、ウォレス。わからないのか?」

 

「ウォレス、大きくなったからね」

 

「テリアモン」

 

ウェンディモンはますます態度を硬直化させる。

 

「グミモン......どこ......おまえ......だれ」

 

相対するテリアモンは、先端が手のように器用に動く大きな耳をプロペラのように動かしたりグライダーのようにして飛行する獣型デジモンだ。炎の力を持つ。

 

「やだなあ、忘れちゃったの?チョコモン。僕だよ、グミモン」

 

「ちがう......ちがうちがうちがう

......ウォレス、グミモン......ちがう......ふたり......どこやった」

 

「お互いに気配を感じ取りながらやっと会えたのに違うの?」

 

「違う!」

 

近寄ろうとするテリアモンに怯えたようにウェンディモンは後ずさる。ウェンディモンは両手を棍棒のように振り回し、癇癪を起こしたように咆哮した。その悲しみに満ちた雄叫びは衝撃波としてあたりに拡散し、手当たり次第にものを破壊していく。

 

「ウォレス!」

 

フェンスがひしゃげて破壊され、ウォレスのところに向かってくる。テリアモンはすかさず炎の玉をいくつも発射して破壊した。あの臆病で優しくて泣いてばかりだったチョコモンが自分たちを攻撃してくるだなんて思わなかったウォレスはおどろきのあまり動けない。

 

「ウォレスぅううう───────!グミモン───────!うわああああん!」

 

5年前生き別れた双子の幼年期デジモンと現実世界で友達になったウォレスという金髪の4さいの男の子を探し続けるウェンディモンは大暴れする。

 

人間もデジモンも成長するということをしらないウェンディモンは自分もチョコモンではなくなっていることに気づけない。ブラックウィルスに感染した盲目な視界は双子のデジモンという特殊な事例ゆえに互いがどこにいるのかわかるというのに目の前の現実を正しく認識できずに狼狽する。

 

「しらない......しらない......お前たちは誰だ......ウォレス......グミモン......どこ......どこ......」

 

あまりにも悲しい叫びは拡散する波動となり裏路地を破壊し尽くす。テリアモンは何度目になるかわからないウォレスにとんでくる障害物を排除しながら近づいていく。

 

「おい、テリアモン」

 

デジヴァイスが白く発光しながら振動していることに気づいたウォレスは抗議の声をあげるがテリアモンは無視した。

 

「約束が違うじゃないか!」

 

「だってあいつはウォレスを攻撃した」

 

蛍光灯に着地したテリアモンを光が包み込む。ジャンプしたその先には成熟期がいた。

 

その名はガルゴモン。テリアモンが進化した獣人型デジモンで、狩猟が得意なハンターデジモンでもある。見た目の姿に反して、素早い動きで確実に敵を仕留める正確無比な攻撃をする。脚力が強く空高く飛び上がり、耳を広げて滑空することもできる。

 

普段は陽気な性格だが、一旦怒ると手が付けられなくなるところがある。愛用のジーンズ「D-VI'S503xx」はこだわりの一品である。必殺技は両腕のバルカン『ガトリングアーム』と、敵の懐に入り込んで、下からガトリングアームで突き上げる『ダムダムアッパー』。

 

いきなり姿が変わったガルゴモンに驚くウェンディモンの脳天をガトリングアームでぶん殴り、巨体が無防備になったところにガトリングアームをぶちかます。

 

明確な殺意を向けられたと判断したウェンディモンに憎悪がうかぶ。

 

「にせもの......いなくなれ......ウォレスかえせ......グミモンかえせ!」

 

ウェンディモンの影がどろどろと立体化したかと思うと無数の目がウォレスとガルゴモンに向けられた。あまりの気持ち悪さにウォレスは顔を歪ませる。

 

「いなくなれ......いなくなれ......いなくなれえええ───────!」

 

そいつはウェンディモンの絶望感にみちた叫びに呼応してどんどん巨大化していく。

 

「まずい、ウォレス!」

 

ガルゴモンがウォレスの手を掴んで空を飛ぶ。高く跳躍して近くの廃ビルに着地した。はるか下の方ではなにかおぞましいなにかが産声を上げるのがみえた。

 

それは強烈な紫色をした蜘蛛みたいなデジモンだった。ウォレスはまだわからないが究極体でありながら他の存在に寄生しないと生存できない特別なデジモンである。寄生型に分類されるこのデジモンの名はパラサイモン。

 

単体では力は弱いが、複数集まると成熟期レベルのデジモンであれば簡単にたおすことができる。パラサイモンが寄生すると、宿主のデジモンは能力を極限にまで引き出すことができ、恐るべきパワーを発揮する。また、宿主の願望を増幅させ、弱みに付け込む性質がある。

 

ちなみにパラサイモン以外にも何種か寄生型のデジモンの存在が確認されており、凶暴化したデジモン達の原因として、ウィルス化の他に寄生型デジモンの影響が考えられている。

 

ウェンディモンの影から産み落とされたそいつは長い長い触手をいくつもガルゴモンたちめがけて伸ばし、雷撃を浴びせてきた。ガルゴモンはガトリングで相殺しようとするが間に合わない。ウェンディモンが追撃とばかりに衝撃波を食らわせてきたからだ。

 

「ガルゴモン!」

 

ウォレスの悲鳴があがった。ガルゴモンは弾き飛ばされて廃ビルの屋上に転がった。先程とは比べものにならない威力だ。さらに雷撃が襲いかかる。体のところどころが黒焦げになり、あちこちから煙があがるガルゴモンはかぶりをふる。そして無理やり体を立たせた。

 

「お前が......お前がチョコモンをおかしくしたのか!」

 

ウォレスはパラサイモンに叫ぶ。

 

「ギギギギギ」

 

なにかが軋むような音がした。黒板で思いきり爪を引っ掻いたような身の毛のよだつ音だった。パラサイモンは笑っている。

 

「かえりたい」

 

ウェンディモンはつぶやいた。

 

「かえりたい、かえりたい、かえりたい、かえりたい」

 

「帰りたい?どこに?」

 

ウォレスは問いかける。

 

「ウォレス......グミモン......どこ......どこ......」

 

もはや会話すら不能になっている変わり果てた友達を前にウォレスは叫ぶ。

 

「チョコモン!」

 

ウォレスは叫ぶ。

 

「帰りたいんだね、サマーメモリーズに!」

 

ウェンディモンはウォレスをむく。

 

「僕も帰りたいよ、あの時みたいに遊ぼう。そしたらきっと、あの時みたいにまた、みんなで!」

 

冷たい風がふいた。

 

ウェンディモンはもういなかった。

 

 

 

 

 

 

ウォレスは、売店のカウンターに背伸びしてフィラデルフィア行きのパンフレットを差し出した。小さい子供に店主は眉を寄せる。

 

「これください、ママのお使いなんだ」

 

9歳くらいの小さなお客様に中年の黒縁メガネの女性はウォレスの指さす先をみる。男性と立ち話をしている太っちょの女性がいた。店主はぶっきらぼうに支払うべき金額を教えてくれた。ポケットからお札を出す。お使いなら高額紙幣も違和感はない。まさかママのヘソクリを勝手に持ち出してるなんて思いもしない。まして、あの人たちが親ですらないなんて。店主はウォレスにパンフレットを差し出した。

 

「ありがとう」

 

ウォレスはリュックに隠しきれないテリアモンをしょいこみ、パンフレットを広げた。

 

ニューヨーク州とワシントン D.C. のほぼ中間にあるフィラデルフィアには、歴史的な名所や魅力的な近隣地区、話題の飲食店が混じり合ったおもしろさがある。

 

人気の観光地のほとんどは、中心部の歴史地区に集中している。インディペンデンス国立歴史公園は 1776 年に、アメリカ合衆国が英国から独立を宣言した場所であり、有名な自由の鐘もある。徒歩圏内に、食料品の屋内複合市場、レディング・ターミナル・マーケットと、公立公園がある高級地区のリッテンハウススクエアがある。

 

世界的な所蔵品を誇るフィラデルフィア美術館へも立ち寄ってほしい。ここの階段は、映画『ロッキー』シリーズで有名だ。美術館の正面玄関の一番下で、ロッキー・バルボアと共にポーズをとって写真を撮ろう。スクールキル・リバー・パーク沿いに美しい川の風景を眺めながら歩いて行くと、ダウンタウンに戻れる。

 

美術館と歴史以外に、活気ある食の世界も魅力だ。川辺にある有名なアウトドアスタンド、パッツ・キング・オブ・ステークスとジーノズステークスでチーズステーキサンドウィッチを食べるのを忘れずに。

 

「よし」

 

張り巡らされている路線図の中に記憶の彼方からひっかかりを感じる駅の名前。パンフレットの中に風景を見つけることが出来た。いつ祖母に電話するかまでは考えていないがフィラデルフィアにいけばなんとかなるという根拠もない自信があった。

 

大輔とジュンは大人たちと一緒にきっと中華街を経由する格安バスなり乗り換えが必要な地下鉄なりウォレスと同じアムトラック(他の会社の貨物路線を使って走っている為、他社の影響を受けやすく大幅な遅延がよく発生する私鉄)に乗り込むに違いない。サマーメモリーズに行かなければならないということは事実だろうから。

 

ウォレスが遅延だし進行も遅いアムトラックを選んだのは最終目的地である農場一面に広がる黄色い花畑を通るからだ。ほかの交通機関だとタクシーを使わなければならないし、お金を考えるとこの方が安いし早くつく。

 

ウォレスは店主の視線が野球中継に切り替わるまで慎重に太っちょの女性のすぐ後ろをついていきながら、人混みに紛れて切符売り場に向かった。

 

行き先と、行きと帰りの日付、出発希望時刻の書いた紙を渡すと係の人が一覧のようなものを示し「この時刻にありますが」と言ってくれたので購入できた。

 

あとは大きな電光掲示板の電車の出発予定をみるだけだ。自分の電車が何番ホームかを確認して、時間になったらホームに行けばいい。

 

やってきたアムトラックに乗り込む。寝台席以外は自由席の特急だから最初からどんどん歩いていき人が少ないところを探していく。ようやく見つけたのは一番後ろの車内だった。

 

ようやく息を吐いて座る。ウォレスはテリアモンを下ろした。

 

「つかれたー」

 

小さい声でぐったりと席に転がるテリアモンは人形の振りをしたままつぶやくのだ。ウォレスはママから勝手にくすねてきた携帯をみた。

 

「ウォレスのママ、怒ってるだろうなあ」

 

「うわあ」

 

「どーしたの?」

 

「ばれてる」

 

ウォレスが見せてくれたショートメールには父親の携帯電話からたくさんメッセージが入っていたのだ。ウォレスが勝手にいなくなってからずーっとだ。

 

「はやい。思ってたよりずっとはやい」

 

「ウォレスのパパ、ママに忘れるなって確認してたもんね」

 

「うん」

 

「どうするの?」

 

「どうもしないよ。バレちゃう」

 

「大輔たちにも内緒?」

 

「うーん......」

 

「前に駅についたってメール送ったっきりだよね?」

 

「だってチョコモンが......」

 

「うん、わかってる。わかってるけどさあ。大輔もジュンもすごーく心配してるんじゃないかなあ?」

 

「うん、わかってる。パパの次に来てる。あ、また来た」

 

「どれー?」

 

「これ」

 

ニューヨークからフィラデルフィアに向かう貨物列車と連結した特急の景色には目もくれず、ウォレスはテリアモンに携帯電話をみせた。

 

「えーと」

 

「あ、ばか、ひらいちゃ......」

 

「ウォレス、大輔すごーく心配してるよ。ジュンみたいにいなくなったんじゃないかって」

 

「えっ、ジュンまで!?」

 

「うん。マイケルと同じ消え方だって」

 

ウォレスは息を飲んだ。マイケルは同じ学校の友達でウォレスより先に選ばれし子供になっていた友人だ。野球の練習中に白いデジヴァイスからアラームが鳴り止まず監督に言われて切りにいったら冷たい風が吹いて。

 

みんなが目を開けると忽然と姿を消していた。ウォレスがデジヴァイスを手にしたのは最近で、選ばれし子供のコミュニティがあると教えてもらっていたから、ホームページをみたら世界中で騒ぎになっていたのだ。

 

目撃情報や謎のデジモンがウォレスとテリアモンを探していることがわかった。未だにデジタルワールドの危機を救ったことがないウォレスは狙われているのではないかとみんな心配してくれた。

 

だからウォレスは1人旅に出る決意をしたのだ。誰にも言わないで、ひとりで。この大事件の犯人がチョコモンだと思っていたから。

 

「その白いデジヴァイス、もってるの、もうウォレスだけだって」

 

ウォレスは首を振った。

 

「ちがう。まだ、いる」

 

「うん、そうだね」

 

「おばあちゃん......大丈夫かなあ......」

 

ウォレスは今にも泣きそうな声でつぶやいたのだった。

 

 



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82話

大輔は大人たちに連れられて、ペンシルベニア駅の切符売り場でフィラデルフィア行きのチケットを購入した。トレントンという駅まで行き、そこから地下鉄に乗り換え、玄関口30丁目駅を目指すという。

 

ウォレスがいなくなったということで喧嘩別れしていたウォレスの母親は実の祖母と一時的に仲直りすることを選んだようだ。祖母が30丁目駅に迎えに行くというメールをいつの間にか紛失しているためウォレスがくすねたらしい母親の携帯電話に送ったという。大輔もさっきからディーターミナルで送っているのだがウォレスから反応はない。心配ばかりが募る。

 

「だいしけ、泣くなよう。オレまで悲しくなるよ」

 

「泣いてないよ」

 

「嘘だあ、泣いてる」

 

「だから泣いてないって」

 

「ほんとに?」

 

「ほんとだよ」

 

「ならいいけどさあ......。だいしけのお姉ちゃんたちを助けるためにも、泣いてるだけじゃなにも出来ないのはだいしけが1番よく知ってるだろ?な?元気だしてこー」

 

「ん」

 

またじわじわと滲んできていた涙を拭いながら大輔は何度も頷いたのだった。京たちはゲンナイさんの隠れ家で待機していて、パスポートで入国している大輔はウェンディモンが向かっていると思われるサマーメモリーズの場所までジュンのパソコンを運ぶ大事な任務を遂行中だった。

 

今、先代の選ばれし子供たちが誰なのか偶然にも2人まで判明したため、ケイト・マクナルティさんもデジヴァイスをもっていたかどうか。四聖獣たちの力が弱まってきていないか。京と伊織はゲンナイさんの手伝いをしながら調べ物をしているのだ。

 

新しいデジヴァイスをしっかりと握りしめ、大輔は出会ったばかりなのに励ましてくれるパートナーデジモンと共に地下鉄の隅っこの席でこそこそ内緒話をしていた。隣の父親が携帯電話を誤魔化すためのアイテムとして貸してくれているから気にせずおしゃべりができる。

 

「なー、だいしけ。チョコモンてどんなデジモンだったんだ?チョコモンとグミモンが生まれて初めてあったデジモンだったんだよね?」

 

興味津々で聞いてくるチビモンを抱っこしたまま、大輔は話し始めた。

 

「お父さんとお母さんとお姉ちゃんとケイトおばあちゃんのところに行ったんだ。お父さんが本を書きたいからって、ケイトおばあちゃんの話を聞きに」

 

「うん」

 

「あそこのおじさんとおばさんとウォレスはまだケイトおばあちゃんと一緒に住んでて、僕とお姉ちゃんはウォレスとお父さんたちの仕事が終わるまでずっと遊んでたんた。黄色い花畑、サマーメモリーズで」

 

「どんなとこ?」

 

「えーっと、黄色い花がたっくさん咲いてるんだ。はじまりの街と同じくらい、すんごい広いんだ」

 

「そんなに!?」

 

「うん。それで、夜になって、パソコンからデジタマが出てきたんだ。そこからデジモンが2匹生まれたんだよ」

 

「それがグミモンとチョコモン?」

 

「うん。グミモンは興味津々で好奇心旺盛ですっごい元気で、チョコモンは優しいんだけど怖いのが好きじゃないからすぐ泣いちゃうんだ」

 

「そっかあ」

 

「お姉ちゃんはおばさんに料理教えてもらうっていってて、僕だけウォレスと花畑に遊びにいったらチョコモンとグミモンが生まれたってウォレスに教えてもらったんだよ」

 

「それで遊んだの?」

 

「うん、すっごい遊んだ。かくれんぼ、おにごっこ、だるまさんがころんだ、お父さんがウォレスに英語で教えてくれたからずーっと遊んでたんだ」

 

楽しそうにおしゃべりする大輔にチビモンは笑った。

 

「オレ知ってる!かくれんぼもおにごっこもだるまさんがころんだも!」

 

「ほんとに?チビモン知ってるんだ!すごい」

 

「えへへー、チョコモンを元に戻せたらみんなで一緒に遊ぼうな!」

 

「うん!」

 

微笑ましい会話のさなか、急にあたりが暗くなった。地下鉄だからトンネルに入ったということはない。大輔とチビモンは顔を上げた。

 

「おとーさ......」

 

そして固まるのだ。隣にいたはずの父親がいない。

 

「おとうさん!?」

 

立ち上がって見渡してみると父親だけではない。母親、ウォレスの両親、ほかの乗客たちがいない。一人もいない。ずっと暗闇が続いていく中で大輔はチビモンをかかえて一目散に走り出した。

 

「ここも!」

 

力いっぱい扉をひいて車両をかけぬける。

 

「ここもいない!」

 

チビモンは大輔にしがみつきながら突然いなくなってしまった人間たちに困惑する。

 

「誰か......だれか!」

 

大輔は1番前の車両に入った。黒い風が窓から逃げていくのがみえた。大輔は追いかけていくがその風は到着した駅に入り込み、見えなくなってしまう。大輔は真っ青になった。運転席にも誰もいないのだ。

 

「今度はなにっ!?」

 

運転席側から爆発音が鳴り響き、大輔たちはたまらずうしろにさがった。電気系統のトラブルが発生したらしい。煙がどんどん大輔たちに流れ込んでくる。奥の方から焦げ臭い匂いがしてきたではないか。

 

しかも真っ暗だ。

 

「ウェンディモンのせいだよ、だいしけ!あいつ、今度はみんな消しちゃったんだ!オレたちの邪魔してる!」

 

「えええっ!?そんな、普通の人々たちまで!?」

 

大輔はあわてて一番後ろの車両に移動して窓という窓をあける。そしてジュンのパソコンを広げ、ゲンナイさんに助けを求める。大輔たちの状況を把握したゲンナイさんは息を呑む。

 

「いかん、誰もいない!ウェンディモンの力がさらに増しておる!」

 

「うわああ、大変、大変です、ゲンナイさん!このままじゃ曲がれなくて脱線するわ!」

 

「そんな、大輔さん!チビモン!」

 

「このままじゃ駅の人も大変なことになっちゃうよ、ゲンナイさん!」

 

「よし、次の駅で先回りじゃ!」

 

ゲンナイさんがデジタルゲートを構築し、巨大な電光掲示板からアルマジモンと伊織がでてくる。

 

「アルマジモン、お願いします」

 

「よっしゃー!まかして!」

 

アルマジモンの体が光り始める。ディーターミナルから知識のデジメンタルがデジヴァイスに転送され、アルマジモンの構成データが再構築される。そこにはアーマー進化した昆虫型デジモンがいた。

 

「ゴールドラッシュ!」

 

ディグモンはすべてのドリルをミサイルのように発射する。ディグモンは“土”の属性を持っており、このデジメンタルを身に付けたものは大地を操る力を持つ。その特異な形状からみてもわかるように、地中での戦いにおいてはどのデジモンにも負けることはない。得意技は回転するドリルで地面に衝撃を与え、地割れを起こす「ビッグクラック」。必殺技は、鼻先と両手のドリルを高速回転させて、ドリルによる一斉攻撃をする「ゴールドラッシュ」。

 

そして、足場が瞬く間に構築された。

 

「チビモン、出番だで!」

 

「うん!」

 

「えっ、どうするの、チビモン」

 

「まかせて!みんな助けてあげる!」

 

大輔は訳の分からないままデジヴァイスをパソコンにかざした。チビモンが勇気のデジメンタルによりアーマー進化する。

 

勇気のデジメンタルのパワーによって進化したアーマー体の竜人型デジモンがそこにいた。“勇気のデジメンタル”は“炎”の属性を持っており、このデジメンタルを身に付けたものは燃え上がる炎のように格闘能力が上がり、強烈なパワーで敵のデジモンに攻撃をすることができるようになる。得意技は炎と化した拳を敵にたたきこむ『ナックルファイア』。必殺技は、全身を炎のロケットに変え、敵を粉砕する『ファイアロケット』。

 

フレイドラモンはデジタルゲートをくぐるとディグモンの作りあげた足場にたつと制御不能の地下鉄目掛けて必殺技を叩き込んだ。車輪を破壊し、無理やり車体をゆがめ、破壊していく。大輔ははるか奥から聞こえてくる轟音に訳の分からないまま目を白黒にしていた。

 

すさまじい衝撃が大輔を襲う。車体が火花を散らしながら緊急停止したのだった。

 



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83話

「大輔、大輔、大丈夫か!」

 

フレイドラモンにゆり起こされ、大輔は目を覚ました。

 

「よかった!」

 

「......えっと......」

 

「地下鉄、止められたよ」

 

「ほんと!?」

 

大輔は飛び起きる。どうやらフレイドラモンが運んでくれたようで、見るも無残な地下鉄の車両が前に鎮座している。振り返ってみれば数百メートル先には駅が見えていた。大輔が乗り換える予定だった駅だ。青ざめた大輔だったがフレイドラモンは首を振った。

 

「黒い風があっちにいっただろ?」

 

「うん」

 

「大輔のお父さんと同じだよ、駅にいた人、一人残らず消えちゃってる。誰もいないんだ。バレなくてよかったけど、はやくウェンディモン止めないとまずいよ」

 

「えっ......」

 

「いってみればわかるよ」

 

フレイドラモンが大輔をかかえて線路を走り抜ける。駅舎までジャンプすると静まり返っている地下鉄が広がっていた。

 

「うそ......だって、アメリカはずっとやってるのに......24時間なのに......」

 

「えっ、そうなのか?」

 

「うん。お父さんの友達がいってた。工事とかも地下鉄走らせながらやってるって......なのに、みんないない......ウェンディモンが連れてっちゃった......」

 

フレイドラモンは目を丸くした。

 

「どうしよう、ここから乗り換えだったのに......このままじゃパトカーとか来ちゃうよ」

 

「パトカー?」

 

「悪い人を捕まえる人。伊織のお父さんみたいにすっごい強い人」

 

「大変じゃないか、はやく逃げなきゃ」

 

「でも、僕、どうやってサマーメモリーズにいったらいいかわかんないよ......」

 

「じゃあ、聞いてみたらいいんじゃないか?」

 

「え?」

 

「ケイトっておばあちゃん。大輔いってたじゃないか、友達だって。大輔たちを待ってるんだろ、駅で」

 

「あ、そっか!」

 

「大輔のお父さんが貸してくれた電話があるんだから、頑張ろう大輔」

 

「うん」

 

大輔は乗り換え予定だった駅から脱出して、人気がない場所までいくとフレイドラモンに抱えられてビルの最上階に到達する。スパイダーマンみたいにジャンプを繰り返しながらいくのは怖かったが下ろしてもらえた先で見える気色は綺麗だった。

 

大輔はパソコンを起動して、ゲンナイさんたちに連絡をいれる。フレイドラモンに説明を任せて、ケイトに連絡をいれてみた。

 

父親でも母親でもなく、ウォレスの両親でもない、大輔が出たからケイトは驚いたようだ。電話の向こう側でぴこぴこぴこぴこ、ぴこぴこぴこぴこ、というアラームがずっと鳴っていることが気になって気になって仕方ない。

 

気をつけて、と大輔は今自分が置かれている状況について説明した。

 

「ああ、なんてこと!チョコモン!」

 

ケイトは明らかに狼狽していた。

 

「私のせいだわ!私がデジタルゲートがあいてることをデジタルワールドに教えたせいで!」

 

「えっ」

 

「デジタマが私の家のパソコンから出てきたのは私が冒険したときにつかったデジタルゲートが開いてしまったからなの!迷子なら迎えに来てもらうつもりだったのに!」

 

大輔は目を丸くした。チョコモンがいなくなったのはケイトのせいだというのだ。

 

「だから......なのね」

 

ケイトの家にはたくさんの写真があるのだが、その中にたったら1枚だけ若い頃のケイトがうつった写真があるらしいのだ。先代の子供たちと撮影に30分もかかった写真が。主税の友人が襲われたのもチョコモンがその写真をこっそり見たからだろうとケイトは教えてくれた。ウォレスが大輔に見せてくれたものの中にあったような気がする。一番いい額に入れられていた。あの時はただの劇かなにかの打ち上げの写真だと思っていたのだが、違ったようだ。あれこそが先代の選ばれし子供たちだったのだ。

 

「お願いよ、大輔!チョコモンを止めてち」

 

大輔は顔を引き攣らせた。電話の向こう側から、かえりたい、かえりたい、という声がこだましているからだ。そしてケイトの悲鳴が聞こえてきて、なにも聞こえなくなってしまった。

 

「大変、大変、大変だよ、ゲンナイさん!フレイドラモン!ケイトおばあちゃんまでっ!」

 

大輔はあわててノートパソコンに向かった。

 

「そうだ、ウォレスにも知らせなきゃ!」

 

大輔は父親の携帯電話を使ってケイトがたったいまチョコモンに襲われていなくなったことをメールする。

 

「大輔!サマーメモリーズに急ごう!」

 

「でもどこかわかんないよ!?」

 

あわてる大輔にパソコンの向こう側からゲンナイさんが声をかける。

 

「サマーメモリーズ、もしやここか?」

 

表示されたのは上空からの写真だ。

 

「これこれ、これだよ、ゲンナイさん!ここに柵があって、赤い屋根のおっきな家があって、隣にたくさん農業の機械が置いてある車庫があって!これ、なに!?」

 

「これは衛星写真じゃ」

 

「衛星写真?」

 

「うむ。ちょいとばかりアメリカの人工衛星のコンピュータの撮影機能を貸してもらったんじゃ。これは人工衛星を利用して上空から撮影した写真じゃよ。天気予報で日本の上にある雲を見た事があるじゃろう?あれじゃよ」

 

「すごい!すごいですね、ゲンナイさん!」

 

「こんな短時間に!」

 

「ミセスマクナルティまで行方不明になってしまったんじゃ。四聖獣さままで退化してしまったらデジタルワールドの危機じゃからな、緊急事態じゃよ。いつもはこんなことできん」

 

ゲンナイさんはアメリカの地図と照合し、だいたいの方向を確認した。

 

「よし、京、伊織。おそらくサマーメモリーズにウェンディモンはおるはずじゃ。大輔と共にただちに急行してくれ!」

 

はい、と3人はうなずいた。ジュンのノートパソコンから京たちがデジタルゲートをくぐって現れる。

 

「大輔たちを妨害するために一般人まで巻き込み始めておる以上、交通機関はもう頼れんからな。デジモンに乗って移動するんじゃ。人工衛星や飛行機からはなんとか映らんようにワシらが手を回すから心配いらん。頼んだぞ!」

 

フレイドラモンはアーマー進化をとき、ブイモンに戻る。

 

「よし、京さん、いきますよ!」

 

「うん、お願いねホークモン!」

 

京のディーターミナルから愛情のデジメンタルがホークモンにダウンロードされ、ホルスモンが出現した。

 

「アルマジモン、いくよ」

 

「いくでー!」

 

アルマジモンが光に包まれる。伊織のディーターミナルの“愛情のデジメンタル”のパワーによって進化した鋼鉄の翼を持つアーマー体の翼竜型デジモンが現れた。プテラノモンというそうだ。

 

「蒼い爆撃機」の異名を持ち、空を飛べるデジモンの中で最も高い高度で飛行することができ、姿を見せずに敵をピンポイント爆撃することができる。視力も優れており、高度1万メートル上空からでも、敵の姿を捉えることが可能だ。必殺技の『ビークピアス』は上空から垂直落下し、その鋭い鼻先で敵を射抜く技で、どんなに厚い装甲でも貫き、正確無比に敵のデジコアを破壊する。

 

「よし、急ごう大輔。ウェンディモンを止めなきゃいけない!」

 

「うん!」

 

大輔のディーターミナルから飛行能力があり大輔を連れて行けるアーマー進化が選択される。それは光のデジメンタルだった。

 

「......えっ」

 

「どうしたんだ、大輔?」

 

「ガーゴモン......ガーゴモンて古代種だったんだ」

 

「えっ、知ってるのか?」

 

「うん、お姉ちゃんのパートナーのファスコモンはうまれかわる前ガーゴモンだったんだ」

 

「へえ、そうなのか。でもたぶんそれはウィルス種のガーゴモンだよ。オレはフリー種だ。きっと御先祖なんだよ、オレが」

 

「そっか、古代種って昔のデジモンなんだっけ」

 

「うん」

 

大輔は少しほっとしたように笑った。ガーゴモンがいいやつなのはよく知っているし、ブイモンがガーゴモンにアーマー進化できるのならこれ以上心強く感じたのである。

 



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84話

どこかで誰かに見られている気配がずっとしていた。ジュンは振り返るがなにもない。あたりを見渡すがなにもいない。気配の主は非常に抜け目が無く、人に姿を見せない術を心得ているようだ。

 

常にジュンの背後に忍び寄り、気配だけを悟らせるが、どれだけすばやく振り向いてもその姿を見ることはできない。

 

そして味をしめたのかしらないが、かすかな、はっきりとは聞こえない声で話し掛けてくるようになる。気持ちが悪いことこの上ない。鳥肌が立つ。

 

「チョコモンよね、いるんでしょう?」

 

わざと声をかけてみる。ぴたりと音がやんだ。

 

「チョコモン、鬼ごっこしてる?違うわね、かくれんぼかしら。たしか、見つからずに後ろからタッチしたら勝ちってルールだったもんね。上手だったもんね、チョコモン」

 

声が少しだけ大きくなる。かなり陰湿ないやがらせといえるが、実際に危害を加えてくることはなさそうだった。

 

「少しだけ世界が明るくなったけど、機嫌治った?」

 

会話が上手くいってるのかと期待したが、そうではないことは直ぐにわかった。ふと目にした手が服から出ないのだ。半袖のはずなのに。

 

「縮んでる!?」

 

あわててジュンは自分の服を見た。

 

「違う、それだけじゃない、服まで代わってる!」

 

それは去年きた服だ。忘れもしない、井ノ上一家にきせかえ人形にされたよそ行きの服装になっていたのだ。ジュンは青ざめた。

 

「時間が......戻ってる......うっそでしょ......ミレニアモンじゃあるまいし......」

 

感じたのは異様な寒さだった。黒い雪が吹き荒れていた。

 

「ここ......どこよ......亜空間てとこ?」

 

ミレニアモンが作り出した時間と空間を圧縮した亜空間とはまた違う異様な空間だ。ただただ寒い。なにもない。薄暗い世界だ。

 

「チョコモン?」

 

いつしか耳元で聞こえていたはずの囁きが聞こえなくなっていた。

 

「......!」

 

黒い雪の吹きすさぶ中、ジュンは体を縮こませながら歩き出した。煌めくなにかが見えたからだ。

 

「これ、は」

 

凍りついた花畑だった。黄色い花畑が凍りついた平原と化している。ジュンはふれてみた。

 

「......氷じゃない......結晶だわ......」

 

ジュンは顔を引き攣らせた。たまらず黒い雪に手を伸ばす。嫌に固い感触があった。

 

「黒い結晶.....?いや、違うわね」

 

デジモンが不完全な形で顕現する時に発生するジュンの体を結晶に作り替えてしまおうとする恐るべき現象ではない。ただプラスチックの破片のようなものにみえた。

 

「黒いチップかあ......なにかしら。デジモンの構成データ、デジゾイドみたいな鉱物、デジコア、それもダークコアみたいな暗黒デジモンの......うーん、解析できたらよかったんだけど......これだけじゃわかんないわね」

 

ジュンはため息をついた。

 

「......うっそでしょ、また縮んでる......」

 

靴がスニーカーではなくサンダルになっているものだからジュンはうんざりした顔をした。少し歩いただけなのに服が変わっている。姿形もかわっているに違いない。こころなし視界も低くなっていた。

 

「どんどん若返ってる......チョコモン......あなた、いったい......」

 

ジュンの中ではチョコモンは既に別のなにかへ変質してしまっていて、もう元へは戻れないところまで来ているのではないかという予感があった。

 

あの頃のまま凍りついて、もう未来へ進めない、願いや努力だけではどうしようもない運命にいたってしまったかつての親友のような。あまりにもおぞましい想像だ。

 

「ねえ、チョコモン。あなたに何があったの?あの日、デジタルワールドに帰ったんじゃなかったの?」

 

ジュンは想像を振り払いたくて問いかけるのだ。歩き続けているのは止まったら動けなくなる気しかしないからである。

 

5年前にお迎えが来て、連れていかれたチョコモン、残されたグミモン。引き裂かれた双子のきょうだい。たぶん、やがてはウォレスのパートナーデジモンになるであろう子達の片割れ。

 

「......」

 

また聞こえた。ジュンは振り返るが誰もいない。

 

「チョコモン?」

 

「かえりたい」

 

「チョコモン!?」

 

脳裏に焼き付いて離れない泣き虫の幼年期デジモンの声がした。ジュンはあわてて叫ぶ。大輔がいっていた声はこれなのだろうか。

 

「かえりたい......かえりたいかえりたい......かえりたいかえりたいかえりたいかえりたい」

 

チョコモンがいた。すぐ目の前にいる。チョコモンは誰かを探しているようで、あちこちに姿を現しては直ぐに消える。ジュンが手を伸ばしてもすり抜けてしまう。

 

一瞬ジュンと目が合ったのだが、チョコモンは今にも泣きそうな顔をして去ってしまう。

 

「待って、チョコモン!」

 

ジュンは走ったが見失ってしまった。かつてジュンも一緒に遊んだのだが、ジュンをみてもまともに判別できないまでになっているようだ。もはやチョコモンではない何者かに存在そのものを支配されており、冷たい空虚な亜空間にジュンたちを閉じ込めているのかもしれない。

 

「......まさか、チョコモン、ずっとここにいたの?」

 

ジュンは喉を抑えた。また声が幼くなっている。今なら絶対に着ないであろうワンピースや麦わら帽子やらポシェットやらがちらついた。またチョコモンが現れた。こちらをみて固まっている。

 

「......チョコモン、まさか、あなた、ずっと捕まっていたの?ここに?」

 

今度は届いた。ジュンがチョコモンの知っているジュンだったからだろうか。じわじわじわと涙腺が溜まっていき、チョコモンが大泣きしながらジュンのところに走ってきた。ジュンはだきしめる。

 

「ジュンー!やっとみつけたー!ウォレスは?グミモンは?大輔は?ウォレス、ウォレス、ウォレスううう!」

 

よっぽど寂しかったのか、チョコモンはジュンから離れようとしない。でも1番会いたいウォレスがどこにもいない、かたわれのグミモンがいないとチョコモンは泣いている。

 

「そっか......ここは、チョコモンを捕まえてた何かの中なのね」

 

チョコモンは腕の中でうなずいている。

 

「ねえ、チョコモン。なにがあったの?デジタルワールドからのお迎えじゃなかったの?」

 

チョコモンはぽつりぽつりと喋り始めた。あの日、チョコモンがいなくなったのはデジタルワールドからのお迎えに捕まってしまったからであり、はじまりの街に連れ戻されたのは事実だと。

 

ただ、チョコモンはウォレスのこともグミモンのことも忘れることができなかった。会いたくて会いたくてたまらなくて、デジタルゲートを監理する守護デジモンにダメだと言われて、諦めきれなくて守護デジモンになることを目指していた。何回転生しても記憶は継承され、チョコモンは少しずつ強くなっていった。

 

ある日、ダークマスターズが現れ、デジタルワールドは崩壊した。レジスタンスだったチョコモンは完全体にまでなれるほど強くなっていたが死んだ。そしてアポカリモンに取り込まれた。

 

ジュンは真っ青になった。

 

「ねえ、チョコモン......あなた、属性は?」

 

「ワクチン......ずっとワクチン......ウォレスたちにわかってもらえるように......」

 

ジュンは目眩がした。

 

「ねえ、もしかして、チョコモン......あなた、2回アポカリモンに取り込まれてる?」

 

チョコモンは号泣しはじめた。記憶の継承は今なお健在だというのだ。ジュンはいたたまれなくなった。ミレニアモンの戦いもアポカリモンに還元されている以上、デジモンによっては2回死んだことになるのだ。

 

アポカリモンはウィルス種の構成データがようやくすべて解析され、7つに分割されてデジタマとして転生する日を夢見て要石となっている。他のデータ種、ワクチン種、フリー種をはじめとしたその他の種のデータは解析待ちで要石としてデジタルワールドのアポカリモンの封印と新たなる安定の糧となっていた。つまり。

 

「アポカリモンを1部しか転生させられなくてごめんね。そうよね、そうだよね、何年かかるかわかんないもんね、待てないわよね......ごめんね」

 

チョコモンはしゃくりあげている。

 

「ジュン......いってた......今のデジタルワールドはチョコモンたち受け入れられないって......待ってって......でも......でも......ケイト、おばあちゃんになった.....ウォレスも、おじいちゃんになる......チョコモン......まてないよぉっ!」

 

チョコモンの言葉がジュンの中に深く深く抉りこんだ。ジュンはごめんねとしか言えなかった。

 

「ジュン、かえろ」

 

「え」

 

チョコモンはひとしきり泣いてスッキリしたのか笑った。無邪気に笑った。

 

「みんな、かえろ。そしたらまた、遊べる。みんなと、遊べる。ずっと、ずっと、遊べる」

 

ゆるやかに声が変化していくのがわかる。ジュンはチョコモンの向こう側に圧倒的な闇を見た。

 

「チョコモンを閉じこめてるのはアンタね!」

 

ジュンはチョコモンを庇うようにだきしめる。

 

「チョコモンの、過去に還りたいっていう想いを利用して、なんてことするの!」

 

ジュンは気づいたのだ。アポカリモンと一体化しているはずのチョコモンの構成データは封印状態のはずだ。幾重にも重ねられたそれからチョコモンをピンポイントでサルベージできる技術は今のデジタルワールドには存在しない。

 

そもそも何度も転生を繰り返しているならばチョコモンの構成データは死ぬ直前の完全体がふさわしい。なのに幼年期のままなのはおかしい。時間経過で進化するはずの幼年期だ。亜空間とはいえずっと若返るならデジタマになるはずのチョコモンがそのままなのは、ただひとつ。

 

チョコモンがただのチョコモンじゃないからだ。たとえばそう、アポカリモンにとりこまれたチョコモンの残留思念、想いの形がこのチョコモンを形づくっているのだとしたら。

 

デジモンは感情そのものもエネルギーであり、あまりにも強大ならばデジモンとなりうるのだ。ジュンのパートナーの前世であるメフィスモンのように。前例がある以上デジタルワールド側が取りこぼすとは思えない。今、デジタルワールド側は暗黒勢力であろうとも共存できる余地があるならば、と道を模索していることをジュンは誰よりも知っていた。

 

チョコモンは利用されたのだ。その特異な生まれを利用されて、こんな冷たいところにずっと閉じ込められて。ジュンは暗闇を睨みつけた。

 

腰のデジヴァイスを手にするがうんともすんともいわない状況に冷や汗が流れる。

 

「ジュン......ウォレスに会いたい......グミモンに会いたい......」

 

「大丈夫、大丈夫よ、チョコモン。絶対にあわせてあげるから。このまま、まわりを巻き込む破滅の化身になんてさせない。絶対に!」

 

闇が嗤う。ジュンは必死でチョコモンを抱きしめながら走り出した。

 

「こわい......こわいよ、ジュン......」

 

チョコモンは腕の中で呟いている。

 

「アポカリモンになっちゃいそうでこわい......さむい......さむい」

 

世界がいっそう猛吹雪に襲われる。

恐怖と不安が精神を苛んでいるのか、チョコモンは錯乱しつつある。ジュンが出来ることは何度もチョコモンの名前を呼ぶことくらいだった。啖呵をきったとはいえデジヴァイスがつかえない、パートナーデジモンもいない、しかも小学4年生になっているジュンにできることなんてなかった。

 

だが、諦めきれなかった。黒い海といい、黒い氷雪といい、デジタルワールドの最深部には不気味な何かがいつでも胎動しているとしても。助けを求めている誰かがいるならば、手を伸ばさずにはいられないのだ。どうしようもならなくなるまでつっぱしらないと後悔するのだと親友を失ったジュンは誰よりも知っていた。

 

 

 



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85話

「......貨物列車止まっちゃったね」

 

「......うん」

 

「......季節外れの大雪だって」

 

「......うん」

 

「......さむいね」

 

「......そう、だね」

 

サマーメモリーズに近づくにつれて、真夏だというのに連日の大寒波により孤立状態になっている。まさかの事実を知らされたウォレスたちは途中の駅で降ろされてしまった。

 

「チョコモンだと思う?」

 

「思うよ。ウォレスは?」

 

「思ってるよ。はやく迎えにいかなきゃ。きっとチョコモンのやつ、泣いてるに決まってる」

 

ウォレスたちに黒い雪が降り注いでいる。地球温暖化なのか大気汚染なのかはわからないが不気味な現象だ。

 

ウォレスは息を吐く。チョコモンの悲しさが冷たい水のようにふきつける。あるいは凍りつくような寂しさが突風のように襲いくる。

 

 

透明な感情が果てしなく流れていくのをぼんやりと眺めながら、ウォレスはひたすら線路沿いをあるいた。

 

「チョコモン、ないてたね」

 

「なくよ。お前が攻撃するから」

 

「だから、ウォレスを攻撃するから」

 

「でも」

 

「でもじゃない。ウォレスは僕のパートナーだ」

 

どこまでも平行線だ。ウォレスとテリアモンの視線はまじわらない。

 

「テリアモン」

 

「なにー?」

 

「この先にチョコモンいる?」

 

「いるよー。ウォレスのこと待ってる」

 

「そっか」

 

「うん」

 

テリアモンはいきなりウォレスの頭に乗った。

 

「えっ、なに?」

 

「マフラー。ウォレスのマフラーになってあげるよ。寒いでしょ?」

 

テリアモンは長い耳でウォレスの首をまいてあげた。

 

「お、おもい......」

 

ウォレスは足元が覚束無い。

 

「大丈夫、大丈夫。きにしなーい、きにしなーい」

 

くすくすとテリアモンは笑った。

 

「ねー、ウォレス」

 

「今度はなに?」

 

「メール、しないの?」

 

「うーん」

 

「みたら?」

 

「うん」

 

「あ」

 

「どうした?」

 

「ケイトもいなくなっちゃったって」

 

「え」

 

「チョコモンがいなくなったの、ケイトのせいだって」

 

「えっ」

 

黒い雪の降る量が増した気がした。

 

「......大輔にメールしなきゃ。話、聞かなきゃ」

 

ウォレスはようやく父親の電話からショートメールを大輔に送る。居場所を書いて送信。しばらくしたらくるらしい。

 

さあ、先に行こうと踏み出したとき、一陣の異様に冷たい風が吹き抜けた。

 

 

黒い球体が周囲に旋回し、ウェンディモンを覆い尽くしていく。

 

「チョコモン!」

 

ウォレスの叫びはとどかない。テリアモンはウォレスの前に躍り出た。デジヴァイスの光が迸り、テリアモンの姿が分解され、新たなるデータがアップデートされたのち再構築されていく。光の先にいたのはガルゴモンだった。

 

「ガルゴモン、おまえ......」

 

「ウォレスは戦いたくなくてもやるしかないでしょ」

 

「......」

 

沈黙するウォレスを嘲笑うかのように黒い球体がとかれ、風に流れて消えていく。黒い風雪に揺れる平原を前にウェンディモンではないデジモンがそこにいた。

 

「また、姿が変わった......」

 

「あーあ、チョコモン。また進化しちゃったね」

 

ガルゴモンは風雪にのり耳を広げる。一気に降下して距離を詰めようとするが、相手の方が早かった。一気に跳躍してガルゴモンの前に躍り出たかと思ったら、蹴りあげたのだ。ガルゴモンの口から血がまった。一瞬硬質化したチョコモンの進化系から繰り出された蹴りは鉛のような重量もあいまってすさまじい威力となり襲い掛かったのである。

 

ガルゴモンは一瞬意識を失った。はるか上空まで蹴りあげられ、黒い猛吹雪に飲まれて見えなくなってしまう。

 

「ガルゴモン!」

 

ウォレスは叫ぶ。

 

「ガルゴモン、大丈夫!?ガルゴモン!」

 

必死の叫びがガルゴモンの耳に届く。はたと意識を取り戻したガルゴモンは迫り来る敵にガトリングを乱射して距離をとる。耳をめいっぱい広げて滞空時間を伸ばし、なんとか逃げ延びた。

 

 

もしここにジュンがいたならば、十二神将の一角とうりふたつだと驚いたかもしれないがこのデジモンはデータ種ではなくウィルス種である。

 

東洋の伝承に登場する、12体の聖獣の中の兎の姿をした完全体デジモン。体内に流れる“気”を自在に操ることができ、時には流れるようにしなやかな動き、時には鉄の様に重い一撃を繰出すなど柔にも剛にも対応できる。得意技はいかなるダメージも瞬時に回復する『メディテーションキュア』。必殺技は体内の全エネルギーを開放することによって、体組織をクロンデジゾイド合金なみに硬質化させ、強力な一撃を繰出す『マントラチャント』。

 

その名はアンティラモン。

 

「かえりたい」

 

だが聞こえてくるのはチョコモンの声だ。

 

「チョコモン?」

 

「かえりたいかえりたい」

 

ゆらゆらとアンティラモンの体がゆれる。

 

「かえりたいかえりたいかえりたいかえりたい」

 

揺れは大きくなっていく。アンティラモンの足元から風が発生し、黒い雪を伴って黒い風となっていく。

 

「!」

 

ウォレスは目を見張る。平原の遥か向こうに広がっていたはずの農場や牛舎といった施設がみるみるうちに凍りついていくではないか。

 

「チョコモン!」

 

民家のあかりも車のあかりもなにもかもが閉ざされていく。

 

「チョコモン、やめるんだ!これじゃあサマーメモリーズがどこかわからないじゃないか!」

 

ウォレスは叫んだ。

 

「帰りたいんだよね?僕もだよ、チョコモン!」

 

涙が溢れるのも無視して叫んだ。

 

「ちがう」

 

「え」

 

「あの時に、昔に、戻りたい。どこにもいない。あのときのウォレスとグミモンに会いたい」

 

ウォレスは目を丸くした。そして、1歩下がるのだ。

 

「ぼくもだよ。いつもいつも夢に観るんだ。ねえ、チョコモン」

 

ウォレスは少し迷ってからかたりかける。

 

ウォレスも昔に戻りたい。いや、戻りたかった。チョコモンを見つけ出して一緒に家へ帰れば、全部元通りになると思っていた。昔みたいにみんなが仲がよかった頃に戻って、サマーメモリーズでおばあちゃんたちと住みたかった。ウォレスにはニューヨークは合わなかったのだ。

 

だが、5年もたてばウォレスもまわりも変わっていく。慣れてくる。受け入れられるようになる。今のウォレスの中ではサマーメモリーズは過去のこと、夏の思い出、文字通りのサマーメモリーなのだ。

 

ウォレスは今、チョコモンだったものの言葉を聞いてようやく理解する。理解してしまう。

 

チョコモンは既に別のなにかへ変質してしまっていて、もう元へは戻れない。あの頃のまま凍りついて、もう未来へ進めない。願いや努力だけではどうしようもない運命がチョコモンとウォレスの間に横たわっている。

 

ぼんやりと浮かんでいた意思が明確な形でウォレスにもたらされる。

 

逃れられぬ運命ならば、せめて立ち向かわなければならない。討たねばならない。せめて大好きだった自分の手で。

 

「待ってたよ、ウォレス」

 

「え」

 

ガルゴモンが笑った。アンティラモンを威嚇するように射撃する。

 

「もしかして、ガルゴモン......おまえわかってたのか?」

 

「わかるよ。わかるに決まってるじゃないか。だって僕とチョコモンは双子だよ?」

 

ガルゴモンは真っ直ぐにアンティラモンを見上げる。チョコモンが昔とまったく違うものになり果てようとしていることはわかっていた。

 

ウォレスはようやく気づくのだ。実際、ガルゴモンはそのように認識しているとしか思えぬ行動ばかり取っていたのだと。あるいはもう、最初から知っていたのかもしれない。チョコモンが自分たちのところに戻ってくる可能性はないに近いと。少なくとも、今のままならば。

 

でもきっと、ウォレスにそれをハッキリとした形で強く伝えることはしたくなかった。望みがまるで無いと知っていても、きょうだいを討つような事態になることだけは避けたかった。

 

むしろ、あの頃に戻れたらどんなに良いかとウォレス以上に強く思っていたのは、他ならぬガルゴモンだ。

 

けれどウォレスと5年過ごしたガルゴモンもまた、どうしようもないぐらい知っているのだ。過去にはもう戻れないのだと。

 

そしてパートナーデジモンである以上、何があってもパートナーを守り抜くことが運命。そのためならば、たとえ兄弟と戦うことになっても躊躇わぬだけの覚悟がある。

 

ガルゴモンは泣きそうな顔でいうのだ。

 

もしグミモンとチョコモンの立場が逆だったら、チョコモンはきっと同じ葛藤を味わい、そして同じことをしたはずだと。

 

「まさか完全体になっちゃうとは思わなかったけど......負けないよ、チョコモン。僕はあの時とは違ってウォレスのパートナーデジモンだからね」

 

それは決別の言葉だった。アンティラモンは激昴する。デジタルワールドから出られなかったチョコモンを出し抜いてウォレスのパートナーデジモンになるなんてずるい。ずるいずるいずるいずるいずるいずるい!

嫉妬が新たなる力を産み落とす。

 

ガルゴモンは襲い掛かってきたアンティラモンの脳天に一撃ぶちかまそうとするが止められてしまう。そして先程の乱射で受けたダメージが瞬く間に回復するのを見てしまう。

 

「あは......思った以上にやばいかもね」

 

アンティラモンの全身が硬直する。ガルゴモン目掛けて蹴りが炸裂した。

 



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86話

まさに最後の一撃がアンティラモンからガルゴモンに炸裂するその刹那。

 

「ウォレス───────!」

 

ぴたり、とアンティラモンは動きを止めた。大輔の声が空から降ってきた。ウォレスが空を見上げると三体のデジモンたちがいて、そのうちの一体が大輔を乗せたまま飛んでくるではないか。黒い体の四足歩行のデジモンで雷マークのような角が特徴で、みるからに素早い動きを得意とする獣型デジモンである。首の下には8月にみたヤマトという少年が持っていた友情の紋章が刻まれている。

 

「ブルーサンダー!」

 

激しい雷撃がアンティラモンを襲った。アンティラモンは強烈な一撃にふらつき、立て直すためだろうか跳躍しながら距離をとった。ウォレスとガルゴモンを守るように大輔をのせたライオンくらいの大きさのデジモンがアンティラモンの前に立ちはだかる。

 

「大丈夫か?」

 

「うん、ありがとー。君は?」

 

「オレはライドラモン。大輔のパートナーさ」

 

「はじめましてー。僕はガルゴモンだよ。それにしてもすごいねえ、強いや」

 

「オレと友情のデジメンタルの相性がいいからだよ。完全体くらいの力が出せるんだ」

 

「へえー」

 

ライドラモンは説明しはじめた。デジメンタルとは、デジタルワールド初期『古代デジタルワールド期』に栄えた古代種デジモンが行った擬似進化「アーマー進化」と呼ばれる進化に必要なアイテムの総称だ。

 

現代、デジタルワールドで繁栄しているデジモンたち(現代種)は本来進化するためにはそれなりの戦闘経験を必要とし、また環境によって進化先が左右される。だが、「アーマー進化」は古代種及びそのデータを受け継ぐ末裔ならば、経験が有ろうと無かろうと進化可能で、進化先も決定されている。

 

選ばれし子供のパートナーデジモンは選ばれし子供の精神的成長や絆が進化のトリガーとなりうるが、それをライドラモンたちは無視することが出来るという。

 

しかも選ばれし子供の精神的性質はデジメンタルに刻まれた紋章との相性により、どれだけアーマー体の強さが引き出せるか違うという。

 

今のライドラモンは完全体相当の力が発揮できるという。

 

ライドラモンは友情のデジメンタル”のパワーによって進化したアーマー体の獣型デジモンだ。“友情のデジメンタル”は“雷”の属性を持っており、このデジメンタルを身に付けたものは大地を貫く稲妻のような素早い動きで敵に立ち向かい、電撃を利用した技で敵を倒す。必殺技は稲妻を宿した頭のブレードから電撃の刃を放つ『ライトニングブレード』と、背中の3本の突起から強烈な電撃を放つ『ブルーサンダー』。

 

ガルゴモンは立ち上がり、黒い雪を払う。

 

「大輔......来てくれたんだ」

 

「なーにが来てくれた、だよ、ウォレスの馬鹿!何回も何回もメールしたのに!なんで無視するんだよ、馬鹿!」

 

「だ、だってパートナーがいるなんて聞いてないよ。知ってたら頼んだのに」

 

「あーもー!!やっぱりメール1回も読んでないじゃん!何回もメールしたよ、今回の事件のために選ばれたしパートナーもいるんだってメールした!!」

 

「えっ、うそ」

 

「したっていってるだろ、馬鹿ウォレスー!どれだけ心配したと思ってるんだよ、バカ!!」

 

「ご、ごめん......ありがとう......」

 

「あーあ、大輔に怒られちゃったー。僕何回もいったんだよー?メールしたらーってさ、ずーっとずっと」

 

じと、と大輔に睨まれたウォレスはガルゴモンに余計なことをいうなという視線をなげるがどこ吹く風だ。

 

「あーでも間に合ってよかったー!このままじゃチョコモン死んじゃうとこだった」

 

「え?」

 

「チョコモン、ブラックウィルスっていう病気にかかってるんだよ、ウォレス。もし俺たちの世界で死んじゃったら二度と会えないんだ、でもデジタルワールドにいけたらまた会える。チョコモンが死んじゃう前にデジタルワールドに連れていこう」

 

「えっ、えっ、なんの話?」

 

「あーもー、やっぱりメールみてないせいだ!ウォレスのバカ!とーにーかーく!このままじゃチョコモン、俺たちの世界をぜんぶこんなふうにするつもりなんだよ!このままじゃダメだからデジタルワールドにいこう!」

 

「どうやって?」

 

「そのために俺たちが来たんだよ!」

 

大輔は空を見上げる。伊織がジュンのパソコンを抱えたまま、プテラノモンの上で新しいデジヴァイスを掲げた。ジュンのパソコンにデジタルゲートがひらく。そしてゲンナイさんの隠れ家にいる京がゲンナイさんと共に3月4日につかったばかりのサマーメモリーズにおけるゲートポイントをデジタルワールドに繋ぐのだ。いかんせん時間が無いためかつてのゲートをそのままひらくことになる。

 

黒い雪が吹き荒れる世界に突如逆さまの世界が出現した。

 

「......あ」

 

ウォレスは目を瞬かせた。

 

「おなじだ」

 

そして呟くのである。

 

「チョコモンとグミモンのデジタマが出てきたあの日も、季節外れのオーロラと逆さまの不思議な世界が見えたんだ。あれがデジタルワールド......」

 

「ウォレス!」

 

ガルゴモンに呼びかけられて、ウォレスは我に返る。

 

空から無数の弾丸がアンティラモン目掛けて降り注ぐ。アンティラモンははるか上空にいる新手と対峙すべく周囲に黒い球体を出現させた。そしてそれを投げつける。なにかを目視でおいかけている。すると、そのすきを狙ってウォレスの前にデジモンが現れる。

 

「私はホルスモン、大輔さんの友人である京さんのパートナーデジモンです。さあ、乗ってください。チョコモンを助ける為にも!」

 

ウォレスたちは頷いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

狭い地下施設を通り抜け、大輔たちは建物の外に出た。

 

「闇貴族の館だ!ここに繋がってたんだ!」

 

「知ってるのか、大輔」

 

「うん。お姉ちゃんのパートナーデジモンが守護デジモンしてるところ!」

 

「今はデジタマに戻ってしまっておる」

 

「大変!」

 

結界はゲンナイさんによって解除されており、広がるのは黒い森だけだ。

 

「またチョコモンの姿が変わりましたよ、ゲンナイさん!」

 

「いかん、究極体になってしまったようじゃ!」

 

「えっ」

 

ケルビモンを中心に世界が侵食してくる。大輔たちは時間が無いことを悟った。

 

ウォレスたちを下ろしたホルスモンがアーマー進化をとき、新たな力を獲得する。

 

「すごい、また姿が変わった」

 

「これがライドラモンがいってたアーマー進化なんだねー」

 

「アーマー進化......」

 

光を突き破った先に現れたのは純真のデジメンタル”のパワーによって進化したアーマー体の突然変異型デジモン、シュリモンである。“純真のデジメンタル”は“草木”の属性を持っており、このデジメンタルを身に付けたものは自然に同化する能力をもち、木の葉が舞うごとく風にかくれ、敵の死角よりあらわれて的確な攻撃を叩き込む。その姿は、まさに忍者といえる。得意技は伸びる手足の先の手裏剣を回転させ敵を攻撃する『紅葉おろし』。必殺技は、背中の大手裏剣を空中高くから敵に投げつける『草薙』。(『草薙』と『紅葉おろし』は手裏剣の名前でもある)

 

 

肩に大きな葉を持つ忍者のような姿をしており、手足はばねの様になっており、背中の大きな物も含め5つの手裏剣を持つ。 シュリモンは、ホルスモンの苦手とする近接戦闘が範疇。飛行ができない代わり瞬発力と反応速度にすぐれる形態といえる。

 

木々で姿を撹乱しながら、シュリモンが背中の巨大な手裏剣をなげた。ぶおん、と物凄い音を立てて手裏剣がケルビモンに襲いかかる。

 

今にも破れてしまいそうなほどぼろぼろの耳やしっぽを切断する。ケルビモンはバランスを崩して虚空に浮かぶ体勢がくずれた。その隙をつき、シュリモンはバネ状の両手足を使って大きく跳躍して、ケルビモンに切りかかった。

 

「紅葉おろし!」

 

ケルビモンの体のあちこちがずたずたになる。だが、ケルビモンはものともせずにシュリモンを振り払う。シュリモンはすかさず手裏剣をなげた。背中に深く深く突き刺さったとき。

 

「ぎいやあああああ!」

 

チョコモンではない、もっとおぞましい声が聞こえてきたではないか。

 

「そうだ、あいつだ!」

 

ウォレスがさけぶ。

 

「チョコモンに気持ち悪いデジモンがとりついてるんだ!」

 

「プテラノモン、お願いします!」

 

伊織がさけぶ。その瞬間に高度1万メートル上空からケルビモンを補足していたプテラノモンが一気に降下する。プテラノモンは翼を持つデジモンの中でも最も高い高度で飛行する事が可能とされ、滞空する高度に達することのできるデジモンは未だ存在しないらしいのだ。

 

上空から垂直落下し、その鋭い鼻先で敵を射抜く技で、どんなに厚い装甲でも貫き、正確無比に敵のデジコアを破壊する必殺技を繰り出した。

 

「ぎゃあああああ!」

 

なにかが破壊される音がした。すさまじい衝撃がプテラノモンたちを襲う。

 

「ブルーサンダー!」

 

「ガトリングアーム!」

 

ライドラモンとガルゴモンが加勢するが、その衝撃波は波紋のように広がり、瞬く間に選ばれし子供達とデジモンたちを吹き飛ばした。

 

「みんな、大丈夫!?」

 

モニターごしに京がさけぶ。

 

「大変です、京さん!みんなが!」

 

「どうし......って、なんでホークモンに戻ってるの、こんなときに?!」

 

「それが!デジメンタルの力が勝手に解除されてしまったんです!うわあ!」

 

「ホークモン!」

 

すさまじい旋風があたりに吹き荒れる。

 

「な、なんじゃあれは!」

 

「ホークモン!大丈夫!?わああああ、ポロモンになっちゃってる!」

 

「いや、あれは違う。あれはプルルモンじゃ!」

 

風に巻き上げられていくパートナーデジモンが瞬く間に退化していく。ポロモンはポテっとした体はシリコンのようで、這うように前進するとタプタプとゆれるスライム型デジモンに退化してしまう。

 

「産まれたばかりのデジモンじゃ!このままでは!」

 

「そんな、アーマー進化までダメなんて!そうだ、みんなは!?」

 

京たちの前に見えたのはどんどん退化していくパートナーデジモンと選ばれし子供達だ。

 

「どうして!?チョコモンに寄生してたデジモンは倒したのに!」

 

「まさかあれはデジモンではなかったというのか!」

 

「そんな!」

 

「落ち着くんじゃ、京!君までいっては本当に打つ手がなくなる!」

 

「でも!でも、プルルモンが!」

 

地面に転がる幼年期たち、そして大輔たちに京は悲鳴をあげた。

 



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87話

ジュンはひたすら走っていた。石が動いて斜面を転げ出したように、動き出すと停めることなどできない。坂道を転がる石のように、どうしようもない力で突き進んでいく。一度水脈から噴出した泉のようにとどまることを知らないのだ。止まったが最後水はくさり落ちドブとなるのだから。

 

勢いをつけて進む。気分はもう、古い機関車の乗客だ。枕木が割れ、車輪が載る端から線路がくずおれていくのに、暴走列車はひるむことを知らない。石炭をくべまくる無謀な機関士は、もちろんジュンである。

 

目に映る代わり映えのしない暗闇の風景は、瞬く間にうしろへ去っていく。いつしかちらつき始めた黒い風雪の疾走ぶりは巨大な猪そのものだ。激しい突進のせいで、いくら景色が幻想的であろうとも滅茶苦茶な色と形の流れにしか見えない。バケツに入った黒や灰色や白の絵の具を、横殴りに思いきり壁に叩きつけたみたいな視界だ。

 

ジュンが逃げているのはチョコモンの向こう側にいた闇が形をなし始めているからだ。

 

「チョコモン、あんなやつに取り憑かれていたの?」

 

「わからない、わからないけど、怖い......あいつ怖い」

 

「なんか寄生型デジモンっぽいのよね......もしブラックガスの性質がデジモンになったのだとしたら......チョコモンはあいつのせいでおかしくなってると考えた方がよさそうよね」

 

影はウィンディモンになり、十二神将かとジュンが驚いたアンティラモンになり、さらに姿を変えつつあるのだ。あまりにも進化速度が早すぎる。ブラックガスのデータから生まれたディアボロモンを思い出してしまう速度だ。しかも背後に寄生するデジモンらしきものはデジモンの皮をかぶったおぞましいなにかなのかもしれないが、ジュンにはわからない。

 

風雪は波浪になり、やがて猛吹雪に変わってきた。

 

雷鳴が聞こえてくる。

 

「こわいよー!こわいよー!たすけてー!」

 

チョコモンは泣きじゃくる。その光が世界を一瞬照らしだし、凄まじい雷が落ちた。そこに映る影をみたとき、ジュンはチョコモンをおかしくしている闇がチョコモンの姿をかりたおぞましいなにかが皮をかぶったまま進化したことを悟った。

 

「ケルビモン......しかもウィルス......嘘でしょ......究極体とか......」

 

汗が止まらない。

 

振り返ったさきにいたのは獣の姿をした天使型デジモンだ。熾天使型デジモンのセラフィモンと同じく最高位に位置する3大天使デジモンの1体である。本来の役目はデジタルワールドの“カーネル(中核)”を守護することである。究極の“善”に位置する天使型デジモンは、その極端さゆえに対極である“悪”に身を染めやすい一面を持っている。強烈な雷系の技を使い、その一撃は神の天罰を思わせる。必殺技は雷の槍を放つ『ライトニングスピア』と、巨大な雷雲を呼び、無数の雷を敵に落とす『ヘブンズ・ジャッジメント』。

 

ジュンも学校の授業でしか聞いたことがなかった。ケルビモンは選ばれし子供達のパートナーデジモンの究極体とゆかりが深いデジモンである。ケルビモンはもともとセラフィモン、オファニモンとあわせて一体のデジモンの一部だったと言われているのだ。

 

それがルーチェモン。すべての天使型デジモンの起源とも頂点ともいわれているデジモンだ。生まれながらにして12枚の翼と4つのホーリーリングを持つ、人間の子供のような姿をした天使型デジモン。世代は成長期だが、究極体に匹敵する戦闘力を持っている。古代のデジタルワールドにおいてデジモン達が戦いを始めた際に降臨し、平和をもたらしたとされる。「デジモンの神」から生まれたとも言われ、自らの持つ力の側面を分け与えた三大天使(セラフィモン・オファニモン・ケルビモン)を頂点とした「神々の軍団」を作り上げた至高の天使だった。

 

しかしその後なんらかの事情により一転して、デジタルワールドに災いをもたらす強大な悪となった。フォールダウンモードというモードチェンジをしたルーチェモンは七大魔王最強と言われているのだ。こちらは

右半身に6枚の天使の翼(首近くの一枚だけ黒く染まっている)を、左半身に6枚の悪魔の翼を備え、光と闇の双方の力を併せ持つ魔王型の完全体デジモンである。天使としての慈愛の心と悪魔としての邪悪な心を併せ持っており、デジタルワールドの全てを滅ぼした後、新たな世界を創造しようと目論んでいるという。

 

その後十闘士によりデジタルワールド最下層部に封印されたと伝えられる。

 

ジュンがテイマーになるころにはすでに伝説となっていた数々の事件だが、実際はどうだったかなんてジュンにはわからないのだ。唯一言えるのは2000年は天使の軍団も七大魔王も十闘士もいないデジタルワールド黎明期に過ぎないということである。

 

だから目の前のウィルス種のケルビモンはただの究極体にすぎないはずなのだ。この明確な殺意さえなければ。

 

「チョコモンを殺して成り代わるつもりね、アンタ。そしてチョコモンのせいにするつもりでしょ。そうはいかないんだからね」

 

ジュンの挑発にケルビモンはにたりと笑う。

 

「かえりたい」

 

チョコモンの声がする。

 

「かえりたいかえりたいかえりたいかえりたい」

 

ジュンを取り囲むようにチョコモンの声がする。

 

「チョコモン、ほんとに帰りたいの?昔に帰りたいの?今起こしてる事件がチョコモンの望み?」

 

チョコモンはぶんぶん首をふる。

 

「ちがう!ちがう、ちがうもん。僕はそんなこと思ってないもん!」

 

切実なる声にケルビモンが絶叫する。

 

「ヤメロ」

 

「僕はウォレスに会いたいの!」

 

「ヤメロヤメロ」

 

「ウォレスのところに帰りたいの!」

 

「ヤメロヤメロヤメロ」

 

「あの時みたいに遊びたいだけなの!」

 

「ヤメルンダ」

 

「ずーっと一緒にいたいだけ!昔に帰りたいわけじゃない!!」

 

「ソレイジョウイッチャイケナイ」

 

「本当はわかってるよ!無理だってことくらい!!」

 

「ヤメロォォォォオオオオオオ!!」

 

「ずっと封印されてるのだって辛いんだよ。寂しいんだよ。寒いんだよ。苦しいんだよ。眠っているときくらいたのしい夢みてたっていいでしょう?そんなことも許されないの?」

 

「そんなことないわよ、チョコモン。アタシのパートナーだって転生前はアポカリモンの残留思念から生まれたデジモンだったんだから。チョコモンだって似たようなものじゃない。始まりの街に生まれるはずだったのにこんな世界に閉じ込められちゃいけないわ。ウォレスくんに会うんでしょ?」

 

「うん」

 

ようやくチョコモンは泣き止んだ。ケルビモンはもがき苦しんでいるが、背後に寄生するデジモンのせいで目の色が変わってしまう。また黒い雪がちらつき始めた。

 

「あ、また雪」

 

ジュンは振り返った。人の声がしたからだ。ジュンは目を丸くした。ほんの数十メートル先に仲間によく似た面影の7から5歳くらいの小さな子供達がいるではないか。服装も年齢もジュンみたいに若返っているが、みんなデジヴァイスをもっているのがわかる。

 

「だれ?」

 

トレードマークともいえるゴーグルはぶかぶかだが、頭にしっかりとつけている子供に声をかけられた。まわりの子供達も興味津々だ。きっとジュンが1番大きいからだろう。ジュンに反応しないあたり、みんな光が丘テロ事件当時まで若返っているようだった。

 

「アタシ?アタシはジュンよ」

 

「ぼく太一。こいつは光。ねえ、ここどこかしらない?ぼくたち、いなくなったコロモン探しに行かなきゃいけないんだ」

 

「コロモン......」

 

ジュンの言葉に光と思われるコアラのつなぎのパジャマをきている女の子は笛を鳴らしてうなずいた。

 

「どこなんだろー、ここ。気づいたらこんな所にいたんだ。なにか知ってる?」

 

「......それはアタシもわかんないわ。ただね、その白いのの使い方なら知ってるわ。いつから持ってるの?」

 

ジュンに指をさされた太一はきょとんとして視線をおとす。

 

「なんだこれ」

 

「わからない?」

 

太一は首をふる。周りの子達も首をふる。ジュンは口を開こうとしたが、光が自分の襟に挟まっていたデジヴァイスを手にしてはしゃぎはじめた。

 

「コロモン!コロモン!」

 

「えー、なにいってるんだよ、光。これがコロモンなわけないだろ」

 

「それがなにか、わかるの?」

 

光はきょとんとした顔でジュンをみてから、にこりと笑った。

 

「また会えるシルシ!」

 

「えー、これがかあ?」

 

「それ、誰からおしえてもらったの、光ちゃん」

 

光ははっきりと答えたのだ。

 

「おじーちゃん!おじーちゃんが教えてくれたの!これ、ずーっと持ったら、また、コロモンに会えるって!」

 

「えっ、あ、ずるいぞ光!僕、ゴーグル、光は笛だっていってたのに!2つももらうとかずるい!」

 

きゃっきゃと笑う光に周りの子達は目を丸くしている。これがあのコロモンと会えるシルシなのかと。そして思うのだ。コロモンと会えるしるしがあの子の白いデジタル時計なら、自分はいったいなにと会えるのだろうかと。うらやましいと。ほんの少しだけ思ったのである。会いたいと思ったのである。

 

次の瞬間、いきなりデジヴァイスが発光をはじめた。激しい振動と共に光がひとつ、またひとつと迸り、足元に転がっていたはずの小さな機械から光が漏れる。そしてその機械が勝手に開き、ジュンはすべてのディーターミナルのモニターから集まってきた光が空高く走るのをみた。それはふたつに収束していく。2本の光の柱となる。そこには見たことも無い紋章がふたつ、刻まれていた。

 

 



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最終話

それは忘却の風だった。ガルゴモンはその旋風に巻き込まれ、テリアモン、グミモンに退化してしまった。しだいにあらゆる記憶の輪郭は徐々に崩れて来て、ぼんやりし、あいまいになり、風化し、解体していく。それは彼の人生そのものをなかったことにしていく。たった5年前の記憶すらなくして行く。

 

「......僕、なんで戦ってたんだろう?」

 

幼年期にまで退化してしまったためにデジタマから生まれてきた直後の記憶しかなくなってしまったグミモンはあたりをみわたした。

 

「チョコモン?」

 

ふよふよ浮きながら近づく。そこにいたのはチョコモンではなく、小さくて青い色をした竜型デジモンの子供だった。

 

「チョコモン?チョコモンじゃないよ、おれはチコモン。そうだ、おれは誰かを待ってたんだ、どこにいるんだろう?知ってる?」

 

「え?」

 

チコモンはキョロキョロあたりを見渡す。すると小さな子供が走ってきた。

 

「グミモン!よかった、ここにいたんだ!」

 

「グミモン!チョコモンしらない?」

 

「えっ......だあれ?」

 

「なにいってるんだよ、僕だよ、グミモン!ウォレス!」

 

「わすれたの?僕、大輔だよ」

 

「??」

 

大輔という言葉を聞いたチコモンは目を輝かせた。

 

「だいしけ!」

 

「えっ、チョコモン、友達?」

 

「またふえてる」

 

「おれだよ!おれ、チコモン!ずーっとだいしけと会うの待ってたんだ!」

 

「ほんとに?」

 

「うん!ほんとのほんとに!おれ、ずーっと眠っているあいだ、だいしけに会えるの楽しみにしてたんだ!」

 

大輔は目を輝かせた。チョコモンとグミモンがいるウォレスが羨ましかったのだ。

 

「よかったね、大輔」

 

「うん!これでウォレスと一緒!」

 

「いっしょ?」

 

きょとんとした顔でグミモンは返した。

 

「そうだよ!ずっといっしょだって約束したでしょ?忘れちゃったの?」

 

「やくそく」

 

「うん、やくそく!」

 

グミモンは目を輝かせた。ずっといっしょ。かつて交わされたその約束こそがグミモンがやがて野生のデジモンからパートナーデジモンへと昇格する第1歩だったのである。

 

その時、グミモンとチコモンに光が射した。それはあまりにも眩しくて目がくらむような白だった。

 

紋章が刻まれた黄金色のデジメンタルが2つ、チコモンとグミモンの前に現れたのだ。二匹は目を瞬かせた。それはパートナーデジモンと選ばれし子供達の運命の絆が生み出した奇跡だった。

 

「ウォレス、ぼく、戦うよ。ウォレスとずっといっしょにいるために」

 

チコモンはうなずく。

 

「チョコモンとみんなでいっしょに遊ぶために!」

 

光の渦が2体をつつんでいく。

 

そこにいたのは、2体の黄金色に輝くアーマー体だった。

 

1体目は奇跡のデジメンタル”のパワーによって進化したアーマー体の聖騎士型デジモン、マグナモン。“奇跡のデジメンタル”は“メタル”の属性を持っており、超金属「クロンデジゾイド」製である。絶大な防御能力を持ち、その攻撃力は究極体と対等か、それ以上。“奇跡のデジメンタル”のパワーを得たものは、どんな窮地に陥っていても、その奇跡の力によって切りぬけることができるところから、まさにミラクルアイテムと呼ぶに相応しい。

 

テリアモンが“運命のデジメンタル”でアーマー進化した、聖騎士型デジモンかつフリー種のラピッドモン。本来ラピッドモンはガルゴモンが進化した完全体であるが、“運命のデジメンタル”によって黄金に輝き究極体レベルにまでパワーを昇華することができる。

 

チョコモンの進化形態を調べるためにデジモンアナライザーを展開していたゲンナイさんは驚愕するのだ。

 

「あれは......失われたはずのデジメンタル!そしてなんじゃあの紋章は!」

 

「失われた?」

 

「黄金色のデジメンタルは究極体相当の力が得られるとされておる。じゃが古代デジタルワールドの戦争において失われたはず!まさか......あれは......」

 

マグナモンとラピッドモンは声もなく音もなくケルビモンに銃口を向ける。

 

「エクストリーム・ジハード」

 

「ゴールデントライアングル」

 

京とゲンナイさん、そして伊織、伊織にかかえられた種子のような姿をした幼年期デジモン、大輔、ウォレス、誰もが直視できない光に包まれる。マグナモンとラピッドモンは自身が装備している黄金色のデジメンタルの力を極限まで引き出していく。そして全身からエネルギー波を放つ。

 

世界が黄金色に塗りつぶされていった。

 

黄色系、あるいは暖色系の金属光沢だった。もしかしたら反射光がまぶしい黄橙色の鏡なのかもしれない。

反射によってめまぐるしく色の鮮やかさが変わり、色空間や表色系だけで完全に表すことはできない、ただただ鮮やかな色彩だった。黄緑・黄色・オレンジ・赤が混ざって、ややオレンジ寄りの黄色、そして金色となっていった。

 

やがてゆるやかに光が収束していく。

 

「......あれ?」

 

大輔たちは目を覚ました。そして体を起こす。体は元に戻っており、力を使い果たしたチコモンとグミモンを除けばデジモンたちも成長期に戻っていた。

 

そして広がるのはサマーメモリーズと同じ途方もない広さを誇る花畑。闇貴族の館の周りには黒い森、そしてオーバーデール墓地があったはずなのだが、ケルビモンとの戦いにより黒い森はほとんどが丸裸になってしまい、そこを覆うように出現していたのである。まるで黒い森に守られるようにして黄色い黄色い花畑が広がっていた。

 

どれくらい広いのかというと世界中の40人近くいる選ばれし子供達とパートナーデジモンが倒れていてもぶつからず、なおかつ5メートルほど離れているくらいである。

 

「よくやったぞ、選ばれし子供達よ!」

 

大輔たちがパートナーデジモンをかかえて立ち上がるころ、デジタルゲートが開き、ゲンナイさん、そして同じ顔をしたエージェントたちがあらわれた。ゲンナイさん以外のエージェントたちはデジモンたちを引き連れてまだ倒れている人々をどんどんデジタルゲートにつれていく。見たことがある光景だ。去年の今頃、光が丘のゲートポイントにおいて東京中の人々を元の場所に戻しながら、今回の事件に関する記憶を消したり、証拠隠滅をはかったりする膨大な仕事が残っているのだ。

 

「大輔さん、ウォレスさん!大丈夫ですか!?」

 

「2人とも大丈夫だがや?」

 

伊織とアルマジモンたちがかけてくる。大輔とウォレスはまだ疲れて寝てしまっているパートナーをかかえたままぽかんとしていた。まだ現実が受け入れられていないのだ。なにせケルビモンの忘却の風によりまきこまれた彼らは記憶もろとも後退している最中の出来事である。よくわからないまま気づいたら花畑の真ん中に倒れていたのだから無理もない。

 

「みなさん、よかった!ここにいたんですね!私としたことが退化したことまでは覚えていたんですがどうにも記憶があいまいでして」

 

ホークモンがとんでくる。

 

「そうだ、京さん!私達はいったい、どう......って、京さん!?」

 

ホークモンを熱烈な抱擁が襲った。

 

「よがっだあああ!」

 

「うわあ!」

 

「わ!」

 

大輔と伊織もろとも京に突進されて花畑に倒れ込んでしまう。ウォレスはキョトンとしたまま京たちをみていた。

 

「みんな無事でよがっだあああ!もうだめがどおもっだー!!あだしだけ、何にもできないで、みんな死んじゃうがど思っだんだがらあああ!」

 

サマーメモリーズとデジタルワールドのデジタルゲートを繋げるという大役をこなすためにモニターごしに見ていることしかできなかった京はもう大泣きである。わんわん泣きわめく京につられて大輔たちも涙腺が緩んでくる。ウォレスも今にも泣きそうな顔で笑った。

 

「よくぞ、よくぞがんばってくれたのう、選ばれし子供達よ。お疲れ様じゃった。おかげで間に合った」

 

ゲンナイさんの言葉にみんな瞬きをする。

 

「間に合ったって、もしかして」

 

「助けられたんですか、私達!」

 

「みんなを?」

 

「デジモンたちを?」

 

「世界を?」

 

「チョコモンを?」

 

怒涛の質問攻めが開始されるがゲンナイさんはすべて頷くだけでよかった。

 

「チョコモンのデータは無事転生システムにのせることができたとたった今ホメオスタシス様からメッセージが届いたぞい」

 

「転生?」

 

デジモンの生態に詳しくないウォレスは首を傾げる。

 

「よーするに、チョコモンは元に戻ったってことだよ、ウォレス!ゲンナイさん、ゲンナイさん!はじまりのまちでいいんだよな?」

 

「そうじゃ。レオモンかエレキモンに聞いてみるといいぞ」

 

「やった!よーし、ウォレス、チョコモンを迎えに行こうぜ!」

 

手を差し伸べられたウォレスは大きくうなずく。そして大輔につれられる形で走り出す。

 

「ちょ、待ちなさいよ大輔!はじまりのまちってなによ!」

 

「僕達デジタルワールド初めて来るんですんですけど!?待ってくださいよ!」

 

「おいおい、大輔。ジュンたちは迎えに行かんでいいのか?」

 

ゲンナイさんの言葉に、あ、と声を上げた大輔はあわててジュンたちが倒れている場所を聞くのだ。そして新たなる選ばれし子供達はいっせいに走り出す。

 

「大輔もやればできるじゃない。さすがはアタシの弟ね!」

 

「へへ、まーな!」

 

少しだけ大人になった大輔がジュンに笑いかけるのはもうすぐである。

 

 

 

 

「今、この島はファイル島っていうの?私が冒険したころははじまりの島とフォルダ大陸、ウェブ島しかなかったのよ。世界はいま、こんなにも広いのね」

 

ウォレスと手を繋いではじまりの街にやってきた老女は懐かしそうに笑うのだ。

 

「ここだけは今も昔も変わらないのね」

 

見開けばまだ冴え冴えした緑の目を持った、少女のように活気にあふれた人である。いわくありげな、昔は美人だったといわれれば納得してしまいそうな、美しい佇まい、まだ白髪もなく腰もしゃんとした老人だ。

 

そこから紡がれるのは54年も前の大冒険だ。

 

「まさかこの歳になって仲間が出来るなんてね。あのころは他の子達との連絡手段なんてなかったのよ、日本とアメリカは戦争したばかりだもの」

 

日本人の海外渡航が許されるようになる頃には彼女も新たな人生を歩んでおり、住所が代わってしまったこともあって、結局仲間とはあえなかったという。

 

40人近くの選ばれし子供達が遊んだり喋ったりしている様子を眩しそうに見つめていた。

 

3月4日に助けてくれた先代の選ばれし子供にようやく会うことが出来た太一たちはその冒険に耳を傾けながら、自分たちの冒険についても話すのだ。

 

「アポカリモンは54年たっても封印されたままなのね」

 

寂しそうな言葉が零れた。

 

「一体誰が封印を解いたのかしら......あの子達が均衡を保っているのなら外部から強化する要因がなければこんなことにはならないはずなのに」

 

「それはいま調査中じゃ」

 

「そうなの」

 

「はい」

 

チョコモンのおかげでワクチン種のデータがようやく解析できそう。きっと究極体になるだろうから転生自体はまた時間がかかるだろうが、近年のインターネットの普及を鑑みるに50年はかからないはず。

 

「チョコモンが産まれたらね、こーんなに仲間がいるんだって教えてあげるんだー」

 

テリアモンは嬉しそうに笑ったのだった。

 

「あ、いたいた。こっちです!」

 

伊織が主税をつれて誰かを呼んでいる。ケイトは顔を上げた。そして弾けるような笑顔で立ち上がると、久しぶりね!と手を振ったのだった。

 



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ジュンと02組

ジュンがかつて勤めていた会社では、デジタルワールド向けのシステムを開発するときは、新規のシステムを開発することはとても少ない。むしろ、すでにあるシステムを再構築して、能力や効率を上昇させるシステムにするプロジェクトがほとんどだった。このようなプロジェクトの場合、すでにあるシステムを調べる作業が必ず存在する。

 

その会社で新米だったジュンが割り当てられていたのは、ほとんどその作業だった。なにせ、デジタルワールドのエージェントから依頼されるシステムは、そのほとんどがエージェントが生まれる前につくられたものばかりであり、どうしてこうなっているのか説明できない。

 

エージェントが担当することになったときには、すでにそのシステムは存在していて、使い方は分かるが、どうやって動いているのかわからない状況なのだ。システム全体について知っている人がいないのだ。

 

それなのに、そんなブラックボックスを丸投げされて、ランクアップしたシステムにしてくれ、なんて無茶苦茶な依頼など、悲しいことに日常茶飯事だった。だから、新しい選ばれし子供たちの前に出現した、のちにD-3とよばれることになる新規のデジヴァイスを前にしたとき、真っ先にジュンは言ったのだ。

 

 

「ちょっとD-3貸してくれる?大輔」

 

「えっ、なんでだよ」

 

「バカいわないの、ちょっとくらい待ちなさい。どういう機能が搭載されてるかわかんないのよ?そんなおっそろしいモンもたせて、大事な弟を特攻させる馬鹿がどこにいるのよ」

 

「姉ちゃん・・・・・・わかったよ。そのかわり、終わったらすぐ返してくれよな?変な改造しないでくれよ?」

 

「なによ、その目は」

 

「だって姉ちゃん、ほっといたらディーターミナルの時みたいに、勝手に何か仕込むからこえーんだよ」

 

「しっつれいねー、アタシはアンタを思ってやったげてるだけなのよ?感謝しなさいよね」

 

「やっぱオレも横で見てる」

 

「どうせほっといてもディーターミナルは魔改造されてたわよ。それが光子郎くんか、京ちゃんにかわるだけじゃないの」

 

「そ、それはそうだけど!だって姉ちゃんぜってー言わねえじゃん。大事なこといっつも教えてくれないから怖いんだよ!」

 

「聞かないアンタが悪いのよ」

 

「知らないのに聞きようがないだろ、姉ちゃんのバカやろー」

 

「わかんないなら聞けばいいのよ。大事なこと教えてくれないのはお互い様でしょ?」

 

 

にやにや笑いながら、ジュンはUSB端子で接続された大輔のD-3のプログラムを起動させ、ノートパソコンにコピーした。かつて膨大な数のシステムの調査をこなした経験だけは、今も生きている。やることはいつも同じだ。

 

まずはシステムの機能はこうで、このように使われている、という調査をする。「だれが」「なんのために」「なにをする」システムなのか調べて、地図をつくる。プログラムの詳細を調べたり、データを整理したりはしない。それは必要に迫られた時にすればいい。ちなみに初期のデジヴァイスは、バージョンアップする人間の労力を度外視した、無茶苦茶なソースが特徴である。

 

それを知っているジュンは、d-3のプログラム構造を見た時、ある違和感に気が付いた。必死でキーボードを叩いた。傍らにはルーズリーフとボールペン。データの構造を実際に書き起こしながら、翻訳に躍起になる。内部構造を解説してくれる文章が添付されていたことに動揺しつつ、作業を進める。プログラム全体がどういうつくりになっているのか、それぞれのアプリとどう連動しているのか眺めていたジュンは、ひたすらスクロールし続けた。構造がわかれば勝ったも同然だ。

 

 

「ねえ、大輔。これ、どうやってゲットしたか、もっかい教えてくれる?」

 

「え?えーっと、ゲンナイさんがくれた」

 

「もうちょっと詳しく」

 

「だから、姉ちゃんのいった通り、ゲンナイさんに助けを求めたら、もらったんだ」

 

「これを?」

 

「おう」

 

「色はついてた?」

 

「もうこんな色してたぜ」

 

「ふうん、なるほど。ところで大輔、大輔と京ちゃん、伊織くん以外には、まだこれもってる子はいないのよね?」

 

「おう」

 

「なら、明日、アタシもお台場小学校に行くわ。太一君たちも来るんでしょ?どのみち、アンタのこれがないとデジタルワールドは行き来できないみたいだしみんな集まってからの方が早いかもね。大事な話をするから、居残りするんじゃないわよ」

 

「えっ、なんで今教えてくれないんだよ」

 

「だって、二度手間だもの。あ、そうそう、これ預かっとくわね。アンタのことだから、誰にも言わずにデジタルワールド突っ込んでいきそうだから」

 

「返してくれるっていったじゃねーか、返せよー!」

 

「だーめ。アタシのパソコンからデジタルゲート開こうとしたでしょ。ふざけんじゃないわよ、人の気も知らないで」

 

「だってブイモンが心配なんだよ。ブイモンは古代種っていう特別なデジモンで、デジメンタルがないとだめだって!アスタモンなら手伝ってくれるかなって思ったのにー」

 

「バカねえ、ならなんでもっと早くアタシに言わないのよ、バカ大輔。デジファームからこっちに呼ばないでなんでデジタルワールドに行きたがるのよ」

 

「ぎくっ」

 

「ほらもー油断も隙もないー。デジタルワールドはまだ平和じゃないんだからやめなさいよね、ゲンナイさんの仕事増やすの」

 

大輔は目をそらした。わざとらしい口笛すら吹いている。あんたねえ、とジュンはためいきをついた。

 

「そういう姉ちゃんはなんでデジタルワールドに行くんだよ、ゲンナイさんの隠れ家だけじゃなくて」

 

「そりゃデジファームの件があるからねえ」

 

「うそつけ。じゃあなんでオーガ砦にいってんだよ、闇貴族の館やらはじまりの街じゃなくて。姉ちゃんばっか大変そうだから、やなんだよ」

 

「あっちゃー、気づいちゃったかあ」

 

「わかるに決まってるだろ。デジタルゲート開けられるの俺と京と伊織だけなんだから。似たようなプログラムあったらわかるよ」

 

「アンタにプログラミングかじらせたのは失敗だったわね」

 

「姉ちゃん」

 

「ごめんごめん」

 

大輔は肩を竦めた。毎日、夜遅くまでパソコンに向き合っているジュンに気後れして、今まで言い出せなかったのにこの態度である。どうせ大輔には申し訳ないことをしてしまった。でも謝ったんだからこれでチャラにしてほしいものだ、と考えているのが透けて見える。

 

「新たな選ばれし子供へのお祝いには、相応のものが必要なのよ。ましてそれが、最愛の弟ならなおさらね」

 

「え」

 

「明日いよいよお披露目だから楽しみにしててね」

 

誤魔化されてしまったと大輔が気づくのはいつだって後である。

 

次の日、遠路はるばるお台場小学校にやってきたジュンは、パソコン室に顔を出した。もう大体のメンバーはそろっている。大輔のD-3から抜き取られたプログラムは、ジュンが責任を持って光子郎とハーバード小学生の元に送信し、すでにすべてのプログラムが解析されている。

 

これで安心して大輔が勝手にデジタルワールドに行くのを黙認できる。あとは危機意識を持たせるために、発破をかけるだけである。はい、かえすわ、と大輔にD-3を返す。何か変な機能ついかしてねーだろーなって大輔はつぶやくが、こづくだけで済ませてやった。

 

勝手に一人でデジタルワールドに行こうとした件は、みんなからこっぴどく叱られたようで、反省しているようだから、今回ばかりは不問としよう。そのかわり、脅しをかけることにしたジュンである。みんなが聞く体勢になったのを見届けて、口をひらいた。

 

 

「とりあえず、聞いてくれる?大輔たちのデジヴァイスのプログラムの一部からね、デジタルワールドが支給してないプログラムが仕込まれてたわ」

 

 

ぎょっとする子供たちを見渡して、ジュンはいうのだ。

 

 

「プログラムってのはね、大抵、変更箇所の履歴がどっかしらにあるのよ。調べてみたら、みつけたわ。大輔のデジヴァイスの初期プログラムは、太一くんのデジヴァイスと構造が全く同じなの。みんな知ってると思うけど、アタシの持ってるデータって、太一君の紋章データをダウンロードした状態のデジヴァイスよね。それと同じ構造をしてるってことは、大輔のデジヴァイスの原型は、紋章をダウンロードしたデジヴァイスを魔改造したものってことになるわけ。その紋章のデータを引っ張り出してみたんだけど、このカタチ、みたことある?」

 

 

ノートパソコンを向けてみるが、みんな首を振る。そりゃそうだ、優しさの紋章を知っている人間なんてここには誰もいやしない。

 

 

「これは一乗寺賢くんていう、あたしと一緒に冒険した子の優しさの紋章なわけ。紋章は持ち主しか扱えないし、それ自体、光が丘テロ事件の時に造られたものでしょ?それに賢くんのデジヴァイスは1度も壊れたことも敵の手に渡ったこともないのにコピーされた形跡があるのよ」

 

「緊急事態だったからゲンナイさんが用意したんじゃ?」

 

「あたってるけど半分違うわ。新しいデジヴァイスを作るためのサンプルはエージェントたちが用意したんだけど、誰が用意したかわからないのよ」

 

「えっ」

 

「ちなみにエージェントがひとり行方不明になっててね」

 

「まさか」

 

「チョコモンを酷い目に合わせたやつらがなんか罠をはってるってことかよ!」

 

「隠れ家のパスワードもアドレスも知ってるってことじゃないですか!」

 

「デジタルゲートの機能まで相手は把握してるってことらですか?」

 

「問題はそのD-3自体が後追いでしかないってことね。デジタルゲートを自由に行き来するなんてプログラムをよこさなかったデジタルワールドが、太一君たちもならともかく、D-3にだけその機能を付けるとは思えないわ。そもそもD-3のソースコードはきれいすぎるのよ。ご丁寧に履歴まで残すなんてありえないもの。元が賢くんの初期デジヴァイスみたいだけど、きっとオリジナルはエージェントのベンジャミンさんが持ってるんだわ。気を付けた方がいいわよ、みんな。こんなプログラム作り上げられるなんて、天才どころの話じゃないわ」

 

ジュンはためいきをついた。

 

「まあ難しい話はおいといて、みんなに集まってもらったのは補習をするためよ」

 

「えっ」

 

「えっ」

 

「ちょ、ちょ、ちょーっと待ってください、ジュンさん!デジタルワールドに勝手に行こうとしたのは大輔だけで、私は関係ないと思います!」

 

「僕もですよ!連帯責任はひどいと思います!」

 

「なんでそーなるんだよ、おまえらー!」

 

抗議する大輔につられて、伊織と京が笑う。お前ら、わらうなあっと赤面した大輔が声を荒げる。ここは何とかしないと大輔のちっちゃいころの恥ずかしいエピソードを披露しかねない雰囲気を纏っていると弟は察知したので、それはもう必死だ。

 

それをアタシに言わせる気?と口を開いたジュンに、うわあああっと大輔は大声を上げる。悔しかったら身長伸ばしてみなさいよ、ちびっこ。

 

6歳差は依然大きいもので、小学校3年生の大輔と中学3年生のジュンでは埋めようのない身長差があった。

 

「ついて来なさい、大輔」

 

ぽかんとしている京と伊織。大輔はうわあという顔をしている。ご愁傷様は聞こえない。大輔だけはその笑みの被害者になった経験から身構えている。チビモンは初めて見るゲートポイントに繋がるデジタルゲートに興味津々だ。

 

 

「光子郎君、デジメンタルのバンクの調子はどう?」

 

「ええ、問題ありませんよ」

 

「じゃあ、ゲート開いてくれる?大輔」

 

「いいけど、何する気だよ」

 

「えっ、なになに、なにがはじまるんだ?ジュン」

 

「これから本題にはいるのよ、いっとくけど、今日はアタシが満足するまで帰さないからねー」

 

「え゛!?」

 

 

開かれるデジタルゲート。そして、本宮姉弟、そしてチビモンはパソコンの向こうに消えた。ネットの空間ではチビモンはブイモンに進化できる。

 

 

「お待ちしておりましたよ、大輔」

 

「あ、アスタモン。ごめんな、昨日は約束やぶっちまってー」

 

「アンタねえ。人の弟を勝手に連れ出さそうとしないでくれる?心臓泊まるかと思ったわよ、もう」

 

「それは申し訳ない。ジュンの大切な弟ですからね、ご要望はうかがうのが得策かとおもいまして」

 

「えーっと、なあなあ、大輔。あれがガーゴモンだったっていうジュンのデジモンなのか?」

 

「うーん、オレも実はよくわかんないんだけどさ、そうなんだってさ。なんか姉ちゃんを気に入ったらしくて、ずっと一緒にいるんだよ」

 

「へー、そうなのか。テリアモンみたいに後からパートナーデジモンになったんだな!おれ、ブイモン!よろしくな、アスタモン。大輔が言ってたデジタルワールドにこっそり行ける心あたりってアスタモンのことだったんだな!」

 

「ええ、いかにも。まあ、今回は申し訳ないことをいたしました」

 

「ううん、いいんだ。おかげで大輔と一緒にいられるし、ありがとな!」

 

 

ジュンは、なにやらパソコンをいじっている。いやな予感しかしない大輔である。そんな大輔に向けられる不敵な笑顔。

 

 

「ところでルーキーくん、ここんとこの冒険はどう?」

 

「どうってやろうとしたら姉ちゃんが止めたんじゃないか!大丈夫かなって思ってたのに」

 

「へーえ、いうじゃない」

 

「だって、ブイモンも京も伊織も、アスタモンだっているし。姉ちゃんだっているんだから、心配することなんかねーだろ。もちろんオレだってやれることはなんだってやるつもりだけどな!」

 

「期待してるわよー」

 

 

そしてジュンは立ち上がった。

 

 

「まあ、それが口だけじゃないか、確認はさせてもらうつもりだけどね」

 

「えっ!?」

 

「ここのゲートポイントはハッキングさせてもらったわ。逃げるの禁止よ」

 

 

そして、足元に広がる魔法陣。世界は一色に包まれる。

 

 

「えっ、ちょ、待ってくれよ、姉ちゃん!まさかアスタモンと戦えっていうのかよ!」

 

「ご安心ください、大輔。なにも殺し合いをしようというわけではございません故。アナタとブイモンの実力がどれほどのものか、ここで見せていただきたいのです。アーマー進化は紋章のように制限がないと聞きます。さあ、お好きに戦ってください」

 

「なにせブイモンもホークモンもアルマジモンも、アーマー進化全部試してないでしょう?相性もあるらしいからね、アーマー進化、みせてちょうだい」

 

「だってさ、大輔!がんばろーぜ!」

 

「なんでそんなうきうきしてんだよ、ブイモン」

 

「だって、切羽詰まった状況じゃないバトルって初めてだろ、大輔。なーなー、付き合ってくれよ、大輔」

 

「あーもう、わかったよ!」

 

 

完全にネットワークから切り離された空間。かつてウォーゲームの最終会場を作り上げた実績もある異空間である。大輔はD-3をおもいきり掲げた。



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ジュンとウィザーモン

ドリモゲモンたちのトンネル工事が完了し、かつてより交通の便が飛躍的に向上したファイル島にて。ジュンはディーターミナルに送られてきたメールを頼りにゲンナイさんのかくれがからデジタルワールドのデジタルゲートをくぐり抜けた。

 

その先に広がるのは密林だった。すっかりつたに覆われた遺跡の奥には、デジタルゲートのモニタが表示されている。どうやらここから出てきたようだ。注意深く茂みを探す。大樹だらけの密林を見わたす。鳥たちのさえずりを聞いた。がさり、と音をたてると、ばささささ、と上空を鳥が去っていった。

 

「どこかと思えばグレートキャニオンのエリアではありませんか。なんのご用事です?」

 

ジュンがデジタルワールドを訪れる時には必ずゲンナイさんの隠れ家ですでに待っているアスタモンである。最近は留守にすることも多いので調子に乗ってきたバケモンたちを監視するためにファントモンを代理としてダークエリアの領地から召喚したらしい。ダークエリア出身のデジモンを許可なく代理にするのはどうかと思うのだが、守護デジモンは意外と融通が効くらしかった。

 

 

グレートキャニオンとは、島の東部に広がる渓谷地帯だ。崖の上と谷底でかなりの高低差がある。その名称や地形はアメリカ合衆国のグランド・キャニオンを模していると思われる。トロピカジャングルからいくには見えない橋を通り、高い崖からいくつものエレベーターを乗り継がなければならないのでショートカットしたのだ。万事屋をしているモノクロモンには怒られそうだが仕方ない。

 

ジュンはグレ大橋と呼ばれるいくつもの絶壁が連なるグレートキャニオンを繋ぐ橋を渡り、オーガトリデと呼ばれているグレートキャニオンの谷底に建てられたオーガモンの基地をめざした。

 

かつて、オーガモンが山賊行為をするために拠点にしていた場所である。ゆえにこのあたりはオーガ砦というのだ。もっともオーガモンはレオモンとの戦いに終止符をうつために修行の旅に出てしまい、今は留守である。

 

「さー、ついたついた」

 

ジュンは呼び鈴をならす。だが返事がない。

 

「またかー」

 

「またですね」

 

「そろそろいい加減テイルモンに言いつけた方がよくない?アスタモン。そのうち返事がないただのしかばねのようだ、になる気がしてならないんだけど」

 

「ですがそうなるとジュンの立場も少々めんどくさいことになるのでは?今までの経緯を考えるに」

 

「あー·····言われてみればそうだったわね。薮蛇かあ。馬に蹴られるのはゴメンだわ、黙っとこう」

 

うんうん頷きながらジュンは勝手に入り込んだ。

 

「やっぱ部屋の中って性格が出るわよねー」

 

ぐるりと居住スペースをみるなりジュンが開口一番指摘したのはそれだった。かつてオーガモンがいたときには物資が溢れていて畳にこたつなど生活感はあるが非常に散らかっていたのだ。

 

今となっては生活スペースすら本棚に占領されているのだからほんとうに新たなる守護デジモンは研究者気質なのだとジュンは思った。

 

生活空間は本当に工事現場の作業小屋のように簡素なものしか置いていない。ジュンはここにくるたびに依頼人がまともに生活しているのか少々心配になったが、耳が痛いのかいつも目をそらしてしまう。かろうじてグレートキャニオン上層部へと登るエレベーターが設置されているのが、かつてオーガモンが住んでいたころを思い出させる。

 

「客人が来たのに出迎えもしないのですかねえ、ここの主人は」

 

「今に始まったことじゃないでしょー。気にするだけ無駄よ無駄。ああいう性質は死んでも治らないわよ。生まれた世界から追放されてもこれなんだから。どうせ地下施設にでも篭ってんのよ」

 

いつものことだ、とジュンは笑う。アスタモンはどんな依頼主だと呆れ顔だ。地下室に到着したジュンは、ノックしたあとで扉を開いた。

 

「失礼しまーす。こんにち、ってやっぱりほらもー、予想どおり過ぎて困るわ!大丈夫!?」

 

飛び込んできたのは、ぐったりと倒れている依頼人ことウィザーモンの姿である。あわてて駆け寄ったジュンに、朦朧とする意識の中、ウィザーモンはうめき声を上げた。

 

「すまない、みずを·····」

 

「あー、はいはい、水ね水。何日食べてないの?」

 

「研究に没頭していたから覚えてな·····」

 

「あー思い出すわ、このパターン··········。血の滴る肉をくれって料理要求されないだけ闇貴族より良心的だわ」

 

ジュンはリュックサックからミネラルウォーターをさしだした。

 

「これで何回目よ、ウィザーモンったらもー。ぶっ倒れるまで研究してるからこうなるのよ。ほら、ソファは一階でしょう。アスタモン、悪いけど運んでくれる?」

 

「はいはいわかりましたとも」

 

「ありがとう·····すまない··········」

 

「すまないで済んだらセキュリティプログラムはいりませんがね」

 

しばらくしてインスタントのお粥などにより回復したウィザーモンは咳払いした。

 

「お見苦しいところを見せしてしまい、失礼しました。待っていました、ジュン。アスタモン」

 

「ほんとにね」

 

「まったくです。テイルモンにお伝えしてさしあげましょうか?」

 

「それだけは勘弁してください、ここにいられなくなってしまう」

 

「あのねえ、ここ、一応アポカリモンの侵食が2回も確認されてるから守護デジモン置いてるんだからね、ウィザーモン。シャレにならなくなるから倒れるのやめてねほんとに。気持ちもわからなくはないんだけどさ」

 

「ジュン」

 

「あ、薮蛇だった。ごめん」

 

ジュンは気を取り直して聞いた。

 

「それで、今回はどんな依頼なの?」

 

「本来ならメールをするところなんですが、ディーターミナルを通して君に依頼をする場合、セキュリティ・システムを仲介するでしょう?監査が入ると面倒なことになるので、今回はこういう形にさせてもらいました」

 

「·····あー、だから直接とかいうパターンですかそうですか」

 

うわー、かえりたい、と心の中でぼやくジュンの声が聞こえてきそうだ。アスタモンは注意深くウィザーモンを見る。ウィザーモンはアスタモンを見て笑った。食えない笑顔である。

 

「私が元の姿に戻る方法を探す傍ら進めている研究は知っていますよね?」

 

「いつものやつだよね。デジタルワールドの歴史を調べたり、失われた遺跡を発掘したりするやつ」

 

「絶滅したデジモンの復元も」

 

「ええ、そのとおりです、今回もいつもの依頼です。手伝ってもらっているから想像はつくと思いますが。今回は、ある遺跡のデータをサルベージしてもらいたいんですよ」

 

「いつものごとくアスタモンがダークエリアにもってる領地からデータの海に不法アクセスするやつね。いっつも思うんだけどさー、アタシが入っても大丈夫?選ばれし子供ってそこまでクリアランス高くないでしょ?」

 

「ほかの子供達よりは信頼度があるのでは?」

 

「バレたら一瞬で瓦解するわよ、これ。ねえ、やっぱゲンナイさん経由でホメオスタシスにお伺いたてた方がよくない?」

 

「それだけはダメです。ホメオスタシスより上位存在から何度も妨害をうけ、エージェントの1人が傀儡になっている以上、最悪は想定すべきですから」

 

「いや、そうなんだけどさ·····ねえ、ウィザーモン、単なる知的好奇心を満たしたいだけじゃない?って質問にはいつ答えてくれるの?」

 

ウィザーモンは目を逸らした。

 

「そりゃウィッチェルニーから追放されるわよ、ウィザーモン·····」

 

「禁書に手を出した魔術師には今更ですよ、ジュン」

 

「そうだった·····」

 

「ダイノ古代境にある遺跡の復元でもよかったんですが、ゲンナイさまが首を横に降らなかったものですから」

 

「それ古代種とデジメンタル封印されてたとこだからね、却下あたりまえだからね、ウィザーモン」

 

脱線しまくりな会話がようやく本題にもどる。

 

「で、ご要望のデータは、どんなものなの?」

 

渡されたカードには、ホログラムが浮かぶ。これがそのエリアに入るための許可証替わりだからなくさないように、と釘を刺され、ジュンは頷いた。ようするに不正アクセスのための偽のコードである。バレたらやばいなあと思いながら、かつて闇貴族から似たような依頼を請け負っていたことを思い出してジュンは遠い目をしたのだった。

 

 

 

 

 

 

普通のデータのサルベージならここまで苦労しないのに、とジュンはため息一つ、さっそく作業に取り掛かった。目の前に壊れて起動しないパソコンがあるから、データを救出してくれ、という依頼なら、簡単だ。たとえば、パソコンを分解して、データが入ったハードディスクを取り出してしまえばいい。そのハードディスクをケーブルや外付けハードディスクケースに接続して、別のパソコンで復旧作業をするだけだ。それなら専門業者に頼んだほうが安上がりなのはお約束である。でも、デジタルワールドではそうもいかない。デジタルワールド自体が、パソコンの中にある。インターネット上に存在する異世界は、実態がない架空世界である。だから外部から復旧作業を行うという常套手段がつかえない。内部作業でしかデータの復旧ができないのだ。だから、いつだってジュンのようなプログラマーの需要がある。

 

 

デジタルワールドにおけるデータ(情報)は、実体化する性質がある。ペイントで描かれたりんごをデジタルワールドに持ち込むと、本物のりんごに近い、りんごのようななにかになるのだ。本物にならないのは、そのりんごのデータが不完全だからだろう。構成するデータが足りないのだ。本物にするなら情報をたくさん書き込んでやればいい。より詳細な絵を描けばいい。手っ取り早いのは写真を持ち込むことだ。もちろん、テイマーたちはめんどくさいので、そんな労力をさくくらいなら、現実世界からりんごを持ち込むだろう。プログラマーと呼ばれているテイマーは、わざわざそのめんどくさいことをするのが仕事なのだ。なにせデジタルワールド自体を構成するデータは、りんごの絵のような、不完全なデータ、もしくは欠損したデータが主成分だ。インターネット上に存在するあらゆる情報が、この異世界に流れつき、実体化し、複雑に絡み合って出来ている。データの組み合わせで出来ている。かつてデジタルワールドにおいてなんらかの理由で破損したエリアを修復するのは、セキュリティ・システムの仕事だった。しかし、現実世界との交流が加速する中で、その破損する頻度がセキュリティ・システムの許容範囲を超えてしまったことで、デジタルワールドはその仕事の一部をテイマーたちに委託するようになったのだ。それがプログラマーと呼ばれているテイマーの始まりであり、ジュンの仕事だった。

 

 

デジタルワールドにおけるデータの復旧は、文字通り0と1に還ってしまった電子の海から、必要なデータをサルベージ(引き上げる)ことを意味する。データ(情報)が実体化する性質があるデジタルワールドでさえ、実体化することができないデータの残骸は、すべて0と1の電子の海を漂っている。そこからデータをすくい上げ、あるべき情報を取り出すのは、専門知識がある人間でないと難しいのだ。さいわい今回は遺跡に存在しているデータを回収して、欠損箇所は電子の海からとってきて補完し、依頼主に手渡すことである。ふう、とため息一つ、ジュンはウィザーモンからもらったカードを、サングラスのようなデザインのメガネにセットする。ぴぴぴ、と音がして、そのカードを構成しているデータが文字列に変換されて、プログラマーしか読めない言語になって表示される。ざっと流し見たジュンは、サングラスをかけた。そして、モニタ越しにナビゲートしてくれる電子音声をたよりに、遺跡に表示されている古代文字を解析しながら、スキャニングしていく。コピー機のような蛍光の鮮やかな緑が走る。データをダウンロードしていく仕事道具をみつつ、ジュンは、思いのほかデータの欠損箇所が少ないことに安堵する。これなら早く帰れるかも。これだけでやる気が出るというものだ。

 

(待って待って待って、デジモンアポカリプスって書いてあるんだけど。これ、デジモンミュージアムで復元中だからって見せてもらえない碑石じゃないでしょうね)

 

ジュンは嫌な汗がながれた。ダイノ古代境がどうたらという話を思い出したのだ。

 

(本格的にやばい領域にまでてをのばしはじめてない、ウィザーモン?そんなにセキュリティシステムのみんなが信じられないの?いや、部外者だったからこそ見えるものがあるのかしら?アタシじゃ考えもつかないような、なにかが)

 

ジュンは考え込む。

 

(まあ、ウィザーモンは好奇心から絶滅したデジモン復活させて事件起こすタイプじゃないし、大丈夫よね、たぶん。うん、たぶん)

 

碑石の文字をデータに変換しながらジュンは思考の海に沈んでいった。

 

 

 

 

ジュンが何をやっているのか、さっぱり分からないアスタモンである。ジュンの仕事を邪魔するデジモンがいないか、周囲を監視することにしたようだ。守護デジモンもおかず、実質統治が放棄されているこのエリアは、野生のデジモンたちのテリトリーだった。成熟期以上のデジモンが平然と闊歩するため、立入禁止区域とされるエリアにて、ジュンは懸命にサルベージを開始した。

 

 

「どうですか、ジュン」

 

「うーん、そうねえ。思ったより保存状態がいいわ。これならデータ拝借するために、データバンクハッキングする必要もなさそうね」

 

「おやおや、またそうやって深淵を覗こうとする。悪い人だ」

 

「アタシのせいじゃないわよ、ウィザーモンの依頼だもの」

 

「嘘おっしゃい。アナタはご自分の前世と今世の魂が入れ替えられていた件について調べようとしているではありませんか。だからウィザーモンの手伝いをしている」

 

「仕方ないでしょ。アスタモンが見せてくれた不正アクセスのデータが悪いのよ。ブラックガス奪ったやつと同じパターンだってわかっちゃったんだから。よしっと、じゃあ、見張りよろしくね、アスタモン」

 

「わかりましたよ、ジュン」

 

適材適所ってやつだ。アスタモンは警戒を続けている。ジュンは野生デジモンが跋扈するエリアで、一心不乱に作業にあたっている。その無謀さは、アスタモンを信頼しているゆえだからアスタモンは許容する。無駄口もほどほどにジュンは碑石に目をやった。

 

 

静寂が落ちる。

 

 

作業は数時間にも及んだ。ずっと沈黙を守っていたアスタモンが動いた。かちゃり、と得物を手にする音がした。煌々と炎が揺らめいて、遺跡の中が明るくなる。しかし、ジュンは気づかない。

 

「ジュン」

 

「ん、どうしたのよ?」

 

 

ふりかえらず、返事だけ待つ。遺跡のある地層からデータをピンポイントで発掘する作業は、いつやっても骨が折れる作業である。万一欠損したら、復元する作業が挿入されるため、ますます帰宅できる時間が伸びていく。慎重に、慎重を重ねて、データを取り出し、仕事道具に転写する。ようやく一息つけるところまでやってきた。あとはダウンロードすればひと段落といったところか。あとは転写したデータに漏れがないか確認して、指定された形式でデータを保存し、劣化したデータを修復すればおしまいだ。ここまでくれば自宅でやれる。ほっと息を吐いたジュンは、データをダウンロード中の媒体をみる。30分くらいだろうか。ジュンは、うーん、と伸びをした。体が悲鳴を上げる。

 

 

「げろ」

 

「だから、どうしたのよ、アスタモン。なにかあったの?」

 

「ジュン、今すぐここから逃げろ!」

 

 

アスタモンの敬語がなくなったことが余計緊迫感を煽った。

 

はじかれたように顔を上げたジュンの世界は、暗視ゴーグル越しのモニタに似ている。アスタモンや遺跡の内部が蛍光色のライトに照らされた世界である。違和感にすぐ気付いたジュンは、とっさに仕事道具を抱えて体をかがめた。ひゅおっと空を切る音がする。轟音が響いた。さっきまでジュンがいたところが炎上する。爆破音が響いた。魔力の集約には一定以上の時間がかかる。となれば、次はその手にしたマシンガンで襲い掛かってくるだろう。まずい、まずい、このままじゃ死ぬ。壁伝いに立ち上がったジュンめがけて、マシンガンを突き付けたアスタモンは、じりじりと近づいてくる。しかしその足取りは遅い。とても遅い。かたかたかた、と不自然に銃口が揺れている。どうやら突然の奇襲はアスタモンの意志によるものではないようだ。懸命に勝手に動く体を制御しようとしているようだが、いうことを聞かないらしい。手探りでジュンは背後に広がる碑文をさぐる。古代デジ文字で描かれた造形文字をなぞる。これじゃない、これじゃない、と右にずれていく。そしてジュンは、古代デジ文字が並んでいる碑文のひとつを、迷うことなく押した。ぱ、と暗闇が落ちる。小さく息を殺したジュンは、慎重に距離を取った。炎上する遺跡が遠くなる。

 

 

「いきなり何すんのよ、アンタ」

 

 

サングラス越しに、モードを切り替える。アスタモンの周囲に不自然な大気流動。不連続な反響音。高周波のマイクロ波。強力なプラズマ波。ジュンは舌打ちした。そして、仕事道具の画面を表示する。アスタモンは震える声で叫ぶ。

 

 

「す、すまない、ジュン。体が私の意志とは無関係に動くんだ。誰かに干渉を受けている!さっきは、なんとか、軌道をずらせたがっ、さっきより干渉が強くなったっ!意識を保つのが精いっぱいだ、今のうちに、にげ」

 

 

ジュンは仕事道具の画面をタップした。ごおおおおとマシンガンが燃える。魔力に満たされたアスタモンのマシンガンは真っ暗な遺跡を照らした。ゆらゆらと影が揺れている。ジュンの声がするほうに行こうとする体を静止しようと懸命なアスタモンだが、ずるずると重い足取りは前に行く。戦闘態勢にはいった。しかし、不自然に腕が上がる。

 

馬鹿言わないでよ、出口はアスタモンの方角にしかないんですけど、とジュンは舌打ちした。なら、こっちがチャンスを作るから逃げてくれ、という。アスタモンの両腕が無理やりマシンガンを掲げているのを確認したジュンは、その意図に気づいて、馬鹿言うんじゃないわよ、と近くに転がっていた石を投げつけた。敵からの攻撃を判断した干渉者は、アスタモンの蹴りわもって石を粉砕する。

 

 

「ジュン、余計なことをするんじゃない!」

 

「なあにが余計よ、馬鹿。勝手に足つぶそうとすんじゃないわよ。それが相手の策略だってわかんないわけ?」

 

「しかしだな!」

 

「アンタ、アタシと何年の付き合いだと思ってんのよ。そんなにアタシが信じられない?」

 

「そ、そんなことはない。ないが」

 

 

ジュンをみたアスタモンはその先を紡ぐことはできなかった。ジュンがいなかったからだ。あたりを見渡しても、姿がない。突然姿を消したテイマーに、干渉者も動揺しているようだ。

 

 

「クラッキング?」

 

 

底冷えした声が、真っ暗な遺跡全体に響き渡る。真っ暗な遺跡がジュンの支配下に置かれた瞬間である。この遺跡に眠るデジモンのサルベージを行っていたプログラマーがこのエリアを熟知しないわけがなかったのだ。このエリアの干渉権を一時的にハッキングしたジュンは、無理やりこの遺跡に存在する隠し通路に入り込んだのだ。追手が来ないよう入り口を封鎖しているため、アスタモンがジュンをおう手段はない。

 

 

「ジュン?」

 

「よりによってクラッキングですってえ!?いい度胸じゃないの。クラッカーのせいで、いつもいつもアタシがどんだけ苦労してるとおもってんのよ、ふざけんな!アタシに喧嘩を売ったこと、後悔させてあげるわよ、この野郎!」

 

 

壁一面が発光する。コンピュータのスキャナのような色を発して、光の波が右から左に流れていく。アスタモンはあまりのまぶしさに目を細めた。世界が瑠璃色に染まる。

 

 

「アタシのアスタモンから今すぐ立ち去りなさい、この野郎」

 

 

ずん、とアスタモンの体が重くなる。どうやらジュンは防衛プログラムをアスタモンに流し込んだようだ。流れ込んでくる大量のデータに処理が追いつかず、頭が割れるような頭痛に襲われたアスタモンは、その場から動けなくなり、マシンガンが手から滑り落ちる。濁流のように流れ込んでくるデータのダウンロードが完了し、再構築され、再起動する。それをアスタモンが自覚することには、ぶわっと何かが散逸する気配がした。びっくりするほど体が軽くなる。アスタモンは安堵の息を吐いた。

 

 

「すまない、ジュン。ありがとう」

 

 

マシンガンを拾い上げたアスタモンは、ふふ、とどこか嬉しそうなアスタモンである。アタシのアスタモンと言ってもらえたから、なんて言ったらどやされるから言わないが。なにわらってんのよ、とジュンは苦笑いだ。隠し通路から出てきたジュンは、ほっと息を吐いた。

 

 

「助けられてしまいましたね。次こそは本分を果たすとしましょう」

 

「頼むわよ、ったくもう。何のための護衛なんだか」

 

「まったくもって申し訳ない」

 

「あーもー逆探知失敗するし、データ欠損してるし、作業がふえるー!売られた喧嘩は買う主義なのに·····見てなさいよ今度あったらただじゃおかないんだから」

 

 

ジュンは立ち上がると撤収するとアスタモンに告げたのだった。

 



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モノドラモンと遼1

太一たちが8月1日の初めてデジタルワールドを冒険した日をメモリアル記念日として集まっている。これは選ばれし子供達の中で共通認識となっていた。それなら賢たちは1年前の大晦日の冒険を記念日とするべきなのだろうが、あいにくエスカレーターで進学する予定の遼はともかく治もジュンも外部受験だったり高校入試だったりで 試験日が1月に迫っていた。

 

しかも選ばれし子供達にとってのデジモンに関わる事件があった日はことごとくなんらかの事件が新たに発生している。2000年最後の大晦日は2000年問題が終息する日でもあり、経験則からなにかあるのではないかという予感めいた確信があった。だからのんきに集まりたくない。

 

それでも太一たちみたいに集まりたいと遼はジュンと治の予定を聞きまくり、8月中で塾や講習会が終わったあとの条件付きで集まることになった。賢は気兼ねなくアイマート前でアイスを食べたり海に遊びにいったりしている大輔たちがうらやましかったが、彼らは選ばれし子供達になる前からの友達だ。たまたまみんな小学生なだけで。そういう意味では来年からは大輔たちみたいにもっと気軽に集まれるはずだった。

 

集まるとはいってもサマーキャンプにいった先でデジタルワールドに呼ばれた太一たちと違って、遼たちはゲンナイさんの隠れ家が初めてあった場所だから特定の場所はない。過去世界はまだホメオスタシスやエージェントがミレニアモンの改変した7万年分の歴史を調べているために出入りできない。そもそもプログラムでいうデバック空間にはいられてはデジタルワールド側も困るだろうことはよくわかっていた。

 

どこで集まろうか悩んでいた彼らに話題を提供したのは賢だった。

 

「兄さん、兄さん。スティングモンからメールが来たよ。今度、つよいデジモンを決める大会があるから、遊びに来て欲しいんだって。遼さんがジュンさんに大丈夫な日を聞いてくれてるからいこうよ!」

 

スティングモンもまたポキュパモンのようにファイル島の守護デジモンをしていることは治も知っている。デジタルゲートの宛先はファイル島のビートランドである。

 

ビートランドは太一たちが行かなかった場所だ。なにせ連れて行ってくれるはずのシードラモンの尻尾に焚き火の薪を事故とはいえ突き刺し、怒らせてしまったのである。

 

唯一の案内人と友達になれなかったために太一たちがその場所を知ったのは、スティングモンが守護デジモンをするようゲンナイさんから言われたときが最初だった。太一が焚き火に竹をいれたせいだとアグモンは呟いて、新しい選ばれし子供達に知られたくなかった太一はアグモンを黙らせるのに忙しかったのはまた別の話だ。

 

「わかった、わかった。ちょっと調べるから待ってくれ」

 

「うん」

 

予定がびっちり書き込まれている手帳を広げた治は、空いてる日は空白の日だと賢に見せた。

 

「これだけしかないんだね、お休み。兄さん大丈夫?」

 

「ダブルスクールにサッカーにデジタルワールドの手伝いだからな。でもどれも楽しいからいいんだよ。賢だってダブルスクールが塾だけになっただけで、あとは似たようなものだろ」

 

「言われてみればそうかもしれないけど」

 

「なにもない日の方が落ち着かなくないか?」

 

「そうかも」

 

「だろう」

 

「じゃあ、空いてる日メールするよ」

 

「ああ、よろしく。僕はそろそろ塾にいってくる」

 

「うん、行ってらっしゃい」

 

「賢ちゃん、留守番よろしくね。それとスティングモンさんによろしくいっておいてね」

 

「はーい」

 

賢は手をふって母親と治を送り出した。

 

治は大手の中学受験塾と個別塾の両方を利用しているのだが、ひき逃げにあってからというもの母親がすべて送迎していた。治はいいかげんうんざりした様子だったが目の前で交通事故を目撃した賢からすれば1人で夜遅くまで塾に行く方が心配だから留守番くらい構わないのだった。

 

そして実は8月1日に治と賢が母親の運転する車から忽然と姿を消してしまったものだから、デジモンやデジタルワールドのことはすでにバレていた。母親から父親に伝わり、ゲンナイさんにお願いして話をしてもらった。

 

さいわい父親はヒトゲノムの研究に技術者として携わるプログラマーで政府機関に出向している人間だったから母親よりは受け入れが早かった。きっとデジタルワールドにいく日と時間を教えておけば送り出してくれるだろう。

 

賢はさっそくディーターミナルで遼とジュンにメールをするのだった。

 

「あれ?」

 

やけに早いなと思ってメールを開くとそこには父親の同僚である及川さんからのメールだった。彼は賢たちが優秀な成績を残した小中プログラミング大会の関係者でもあったからもともと連絡先は知っていた。父親と連絡が取れない時は中継をよく母親が頼んでいたからだ。

 

まさかずっとデジタルワールドやデジモンを探している人だとは思わなかった。伊織の祖父と和解したあと、デジタルワールドに案内したと大輔が一生懸命話していた。賢はジュンからそう聞いていたのだ。

 

「えっ」

 

それは衝撃の内容だった。及川さんたちが研究しているはヒトゲノムの研究資料が外部から不正取得された形跡があったらしい。しかもサーバがデジタルワールドのアドレス。どういうことか教えて欲しいと書いてある。賢はそのアドレスに見覚えがあった。気づいてしまったその瞬間に悪寒がかけぬけていく。

 

「過去のデジタルワールドからだ··········」

 

忘れもしない、ミレニアモンを倒すための冒険の舞台である。賢は冷や汗がとまらない。すぐゲンナイさんにメールをすることにしたのだった。

 

結局デジタルワールド側と及川さん、賢の父親の話し合いになってしまい、賢は途中からメールをやめたが嫌な予感しかしない。

 

スティングモンからのメール、添付されているデジタルゲートを念入りに確認した。一応ゲンナイさんにもみてもらい、スティングモンに直接あって返事をした。さいわいメールは本物だった。

 

 

数日後、久しぶりに賢はみんなと再会することになる。

 

 

デジタルゲートの先は竜の目の湖手前の森の中、いわゆる迷わずの森。治たちがトコモンだったころ、ずっと住んでいた場所だった。

 

竜の目の湖にてシードラモンに乗せてもらい、向こう側まで連れて行ってもらう。

 

「ありがとう、シードラモン。これはお礼よ」

 

極上肉のデータをさしだすとシードラモンはくわえたまま向こう側に帰っていった。

 

鬱蒼とした木々を抜ける。大きな大きな看板が現れた。

 

「なんだなんだ、英語?賢よめるかー?」

 

「ええと、ビートランド?」

 

「あー、なるほど」

 

「おい6年生」

 

「英語は中学からやるんだ、まだ出来なくてもいいだろー」

 

「あはは。さすがになんとかランドは読めたわよね?」

 

「そりゃわかるってジュンさん。さすがにそれは僕に失礼だろー」

 

ネオンに照らされている大きな看板には、大きな拳マークがついている。なんだかとっても強そうな筋肉ムキムキの男の人の腕みたいなマークだ。

 

おもちゃの街くらい大きなエリアである。大きな建物がたくさんあって、どこからも明かりが漏れている。

 

スティングモンがまつ会場よこから声がする。顔を見合わせた遼たちはとりあえずのぞいてみよう、ということで、一番近くにあった建物に並んでいる樽によじ登った

 

賢は、よいしょっとのぞいてみた。

 

「だーから、だめだっていってるだろ!こんなちっちゃいお前が行けるほどこのあたりは安全じゃねーんだ」

 

「そうそう、だからおとなしく迎えが来るのを待ってな」

 

「なんだよ、なんだよ。クワガーモンたちの分からず屋!だから探しにいくんじゃないか!」

 

「俺たちの攻撃であっさりふっとばされててよく言うぜ」

 

「うぐぐぐぐ」

 

「ねえ、どうしてもだめ?」

 

「だーめだ、だめだ。せめて成熟期になるまで鍛え上げろ。あのレオモンが強い強いいうから呼んだら、まさかこんなちっちゃいとは思わなかったんだよ。せめてお前がもっと大きかったらいいけどな」

 

「オレだって好きでまだ進化できないわけじゃないんだよーだ!」

 

「そりゃこないだ幼年期から進化したばかりだもんな」

 

「あたりまえすぎる」

 

「気合いが足りないんだよ、気合いが!」

 

「ここから出たけりゃ強くなれ!」

 

「なにいってんだよー!それどころじゃないのに!」

 

賢と治は顔を見合わせた。樽から飛び降りて、入り口に向かう。どうやらここにいるクワガーモンたちは言葉が通じるようだ。

 

「あ」

 

「げ」

 

「ばれた」

 

「何見てるのさ」

 

クワガーモンたちに食ってかかっているデジモンがこちらにむかってきた。

 

「よお、選ばれし子供達じゃねーか。話は聞いてるぜ。スティングモンならあっちの会場だ」

 

「なんの騒ぎなの?」

 

「実はこいつが大会に参加させろってうるさくてな」

 

「こいつってなんだよ!オレにはモノドラモンて名前があるんだぞ!」

 

「あー、はいはい。成長期別の大会にしろってさっきから言ってるのに聞きやしねえ」

 

クワガーモン曰く、はじまりの街に大会開催のチラシを配っていたらモノドラモンが参加したいとやってきたらしい。

 

最初にあった時には襲ってきたと勘違いしてそりゃもう大パニックだったとクワガーモンは笑う。

 

モノドラモンはいってる傍から物申すのだ。成長期になったばかりでいざ強さを求めて旅に出たはいいが、クワガーモンのコロニーに迷い込み襲われた経験があるのだと。

 

ビートランドのクワガーモンは知性があるから一緒にするなと周りは笑う。ぐう、とモノドラモンは言葉につまる。

 

「ここから出してもらえないのに言ってることが無茶苦茶なんだ!」

 

「ここらへんって成熟期のデジモンが多いからお迎えがくるまで待てっていってんだよ」

 

「つれてってくれればいいのにさ、けちー!」

 

「だーれがけちだ、自分の身も自分で守れねえやつの言葉なんざ誰も耳を貸さねえよ」

 

クワガーモンたちは笑う。拾われた場所が悪かったなと。ここは強さを求めるデジモンたちが集まる場所であり、ファイル島中から力自慢が集まるそうなのだ。ここはビートランド、虫型デジモンたちが運営する闘技場を運営しているエリアだという。

 

モノドラモンは成長期だ。その時点で危ないからここから出るな、といわれてしまってどこにも行けなくて困っているという。成長期の時点でバカにされているのが見え見えで、モノドラモンはすっかり不機嫌だ。

 

「脳味噌まで筋肉なんてふざけてるよな、ほんと。やってらんないよ」

 

ぶう、と頬を膨らませる。

 

「でも、お迎え来てくれたからいいだろ?」

 

「あー?馬鹿言え、選ばれし子供達たちは客人だ、客人!手をわずらわせるんじゃねーよ。冗談も休み休みいえよ」

 

「えーっ!?」

 

「そんなに悔しかったら、うちの闘技場で優勝でもなんでもしてみるんだな、あっはっは」

 

「なんだよー!」

 

モノドラモンはまたむくれるのだった。

 



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モノドラモンと遼2

「そーだそーだ、成熟期になればいいんだろ?ならデジヴァイスの光をオレにあててくれよ!レオモンが究極体になれるのはそのおかげらしいじゃん!」

 

「はあ?」

 

「えっ、そうなの?」

 

「そういう話は聞いた事あるけど今も出来るかはわからないわね、ゲンナイさんに聞かないと」

 

「えー、なんだよケチ!」

 

「誰がケチだ誰が!来賓に暴言吐くやつがあるか!お前は大人しく訓練してろ!」

 

モノドラモンはクワガーモンに首根っこ掴まれてどこかにいってしまう。ジュンたちはスティングモンがまつ会場に向かったのだった。

 

「モノドラモンねえ」

 

ジュンはこっそりディーターミナルのデジモン図鑑を開いてみた。

 

モノドラモンはワクチン種で両手にはこうもりのような翼がついているが、飛べることができない小竜型のデジモンらしい。

 

ワクチン種でありながら、性格はかなり乱暴というよりも凶暴に近く、ケンカ好きなデジモンといった感じだ。デジタルワールドでも、たいがいのケンカの中心にはこのモノドラモンがいるくらいで、あのオーガモンですら、モノドラモンのしつこさには辟易しているそうだ。

 

また、後ろに伸びたツノは弱点と言われているが真相のほどは確かではない。得意技はかんだ部分のデータを断片化させ、敵は噛まれた場所によっては機能不全に陥ってしまう『クラックバイト』。必殺技の『ビートナックル』は、ものすごい勢いで突撃し、強力なツメでぶんなぐるという単純明快な大技。

 

「なるほどね」

 

「けんかっぱやいのかあ」

 

「デジヴァイスの光にあてるだけならいいんじゃないの?」

 

「さあな、あれはホメオスタシスの管轄だろ?進化したいって理由で使わせてもらえるのか?」

 

「うーん......どうだろ?」

 

「みたところ普通のデジモンみたいだしねえ」

 

「やる気はあるんだし、ほっといても進化しちゃいそうな勢いだったな、さっきのやつ。僕は嫌いじゃないなー」

 

賢たちが通されたのは立派な闘技場である。所狭しとイスが並べられている。両サイドには大きな入り口があり、控え室から会場に向かう入場口となっているようだ。観客の目の前を通るときのパフォーマンスも大事なようで、実況席と思われる独立した空間以外はすべて戦うものたちの為に用意された世界である。

 

「おっきいねえ」

 

「ほんとだなー、すげーテント」

 

「ファイル島全体から参加者が訪れるってのは本当らしいな」

 

気をよくしたらしいクワガーモンが特別にステージにあがっていいといってくれた。イスを出してこないと上れない。ロープを飛び越えられなくてくぐり抜け、たくさんのデジモンたちが戦ったのだろう、ぼろぼろの床の上に立つ。ずっと奥には歴代の優勝者たちの写真と名前が並んでいる。

 

「あ、レオモンだ」

 

「オーガモンもいるね」

 

「こいつらはライバルだからな、いつもいつも派手に暴れてくれるから盛り上がるんだ」

 

「へー、そうなんだ」

 

「すごいねえ」

 

「ね」

 

「帰ってくるのか?旅にでてるらしいじゃないか」

 

「さあ?」

 

はしっこから順番にみていく。知らないデジモンばかりだ。最近の方になるにつれて、今まで賢たちが会っていたデジモンの姿が見え始める。きっと数年以内のチャンピオンたちなのだ。レオモンもオーガモンも常連なのか何度も写真が並んでいる。

 

「あ」

 

「どうした、賢」

 

「あれ、デビモンじゃない?」

 

「え?あ、ほんとだ。デビモンだ」

 

「デビモンもここによく来てたのか?」

 

「いんや、あいつはたまにしかこねーな」

 

「そうなんだ」

 

「つよい?」

 

「そりゃここで優勝するくらいは強いさ。選ばれし子供達よりは弱いけどな」

 

「そりゃそうだけどさ、天使に悪魔は勝てないだろー」

 

「事実なんだからしかたねーだろ」

 

雑談しているとスティングモンがやってきた。主催ということで忙しくしているようである。

 

「久しぶり、みんな。1年ぶりにやっと大会を開くんだ。ゆっくりしていってね」

 

「スティングモン、久しぶり!元気だった?」

 

「うん、元気だよ。賢はどうだい?」

 

「元気だよ!」

 

ゲンナイさんの隠れ家で時々顔をあわせてはいたのだが、スティングモンはビートランドのことが忙しくてここのところ賢とあえていなかったのだ。ようやくゆっくり会話ができると賢は喜んでいる。ジュンたちは顔を見合わせて笑った。

 

「スティングモン、モノドラモンのこと知ってるか?」

 

「モノドラモン?うん、知ってるよ。最近ビートランドにきた成長期のデジモンだよね。世代間の強さは10体分あると言われているから、せめて経験を積んでから成熟期の部門には出て欲しいといってあるんだけど聞いてくれないんだよ」

 

「ふーん、そっか」

 

「遼さん?」

 

「実はさー、モノドラモンが気になっちゃって。まだ大会まで時間あるみたいだし、様子見てきていい?」

 

「お前な、みんなで集まろうっていいだしたのはお前だろ」

 

「まーまー堅いこと言わずにさ!な、な、ちょっとだけ!」

 

「あはは、まあいいんじゃない?いきましょうか」

 

治は呆れたように肩を竦めた。

 

 

 

 

 

 

 

「ここから出るには進化するしかないんだよ!」

 

「つまり、特訓するしかないんだな!なら付き合ってやるよ、モノドラモン」

 

「そうそうってそうじゃなくて、デジヴァイスの光でさあ!」

 

「やってるやってる」

 

「モノドラモン、いいこと教えてやる。選ばれし子供達のパートナーが強いのは短期間に進化と退化を繰り返して普通のデジモンみたいに転生しなくてもいいからだ。レオモンは元々下地があったから強くなったが、お前は成長期になったばかりだ。成熟期にいきなりなるより、訓練して経験積んでから進化した方が強くなるぞ」

 

「大冒険で早急に強さを求められて強くなるより訓練施設あるんだから利用しない手はないわよ、モノドラモン」

 

「えー、そうなのか?」

 

「そうそう、そういうことだよ」

 

「それにね、スティングモンは僕と離れちゃうと弱くなっちゃうんだよ。モノドラモン頑張ったらいつでも強いままでいられるよ?」

 

選ばれし子供達の言葉は説得力があったようでふーむとモノドラモンは考え始める。そして遼をみた。

 

「決めた!」

 

「え?」

 

「君、名前は?」

 

「えっ、遼だけど。秋山遼」

 

「決めた。今決めた。そういうことなら、遼、パートナーいないみたいだしオレが相棒になってやるよ!だからさ、ちゃんと面倒みてくれよ!」

 

「えっ、ちょっ、はい!?なにいってるんだよ、モノドラモン!」

 

「だって選ばれし子供なら強くなる方法くらいわかるだろ?」

 

「あ、それいいわね。遼くん、テイマーの才能があるってゲンナイさんいってたし」

 

「テイマー?」

 

「デジモンを育てる才能がある人のことよ」

 

「へー!そりゃいいや!」

 

「ちょっ、ジュンさん!それをいうなら治くんもだろ!?」

 

「僕は賢とスティングモンの手伝いがあるからな、あとは頼んだ」

 

「めんどくさいからって逃げないでくれよ、治くん!」

 

「遼さん、大会楽しみにしてますね!」

 

「って言ってる傍から賢までー!」

 

待ってくれよ、と追いかけようとした遼だが、モノドラモンが服を掴んで離してくれない。あとは頑張ってね、とジュンはその場をあとにしたのだった。

 



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モノドラモンと遼3

遼がモノドラモンに連れていかれた。選ばれし子供が手伝ってくれるということで、その心意気確かに受け取ったとクワガーモンは控え室に案内してくれた。まるでプロレスラーが訓練するような施設がたくさん並んでいる。

 

選ばれし子供のデジモンはパートナーも強くならないと強くなれないらしいな、とどっから仕入れてきたのかとんでもない情報を投下してきた。もうここで遼はめんどくさいことに首を突っ込んでしまったと逃げ出したくなる。もちろん大きな巨体が逃がしてくれそうにはないのだが。

 

ほらほらがんばれ、と放り出されてしまった遼は特訓につきあうことにしたのだった。

 

「うわあっ!」

 

スピードをまちがえて吹っ飛ばされる。

 

「てえいっ!・・・・・・あれ?」

 

おもいっきり叩いたのに動かない。

 

「とりゃー!うあっ!?」

 

け飛ばした反動で返ってきたサンドバックに頭をぶつける。

 

「だ、大丈夫か、モノドラモン?無理しちゃだめだよ?」

 

「大丈夫、大丈夫、オレはまだまだいけるよ!もっとスピードあげよう!」

 

「えええっ!?」

 

「だって大会まで時間がないんだ!」

 

ここで特訓を始めてから数日分たっているせいだろうか、モノドラモンの動きは遼が思っていたよりもこなれている。器具の使い方がよくわかっているようだ。ランニングマシンに振り回されたり、大きなグローブで大きなクッションを叩いたりしているやる気十分なモノドラモン。触発される形で遼のサポートも一生懸命になる。次第にボルテージがあがったらしい。器具の使い方を虫型のデジモンたちに聞きながら、トレーニングにいそしんだ。

 

「つかれたー!もううごけないー!」

 

「お疲れさん。さあ、メシの時間だ、きな!」

 

クワガーモンが迎えに来てくれた。なんだろう、とわくわくしているモノドラモンは?よっぽどおなかが空いているようだ。

 

大きな南国の葉っぱの上に、大きな魚が丸焼きになっておいてある。たくさん食べないと大きくなれないと好き嫌いした時のお母さんみたいなことをいわれて、モノドラモンはおそるおそる食べてみる。味がないのは残念だがそれなりの味であるらしい。

 

こうして特訓ははじまった。

 

「いつになくやる気みてーだから特別に勝てたらここから出してやるよ。ただしファイル島きっての強豪ぞろいだ。おまえが勝てるようなやつだとは思わないけどな!」

 

「もー、またそんな意地悪いう!オレ強くなったんだからな!」

 

「進化もまだなくせになにいってやがる!」

 

「進化できなくったって、前のオレより強くなった!」

 

「へえ、いうじゃねえか。なら見せてみろよ、ちっちゃいなりの意地ってのをな!」

 

まるで相手にしてくれないクワガーモンに、モノドラモンはやってやるー!と叫んでいる。成熟期も参加する大会だ。さすがに早すぎる。成長期の大会が数日後にある。わざわざこの大会に出なくてもいいんじゃ、と遼は止めようとするのだがいうことを聞かない。

 

バカにされっぱなしなのがよっぽど気にくわないようだ。いわれっぱなしは悔しい、とモノドラモンは主張する。

 

パートナーデジモンじゃないし、デジヴァイスもないからモノドラモンがいつ進化するかはわからないが、遼はなんとなく手応えを感じていた。

 

「モノドラモン、大会にでるの!?がんばれ!」

 

「遼がセコンドか?」

 

「いつの間にかそういう流れになっちゃってさ、あはは」

 

「そういうことなら応援するわ。頑張ってね」

 

「よーし、みんなの期待に答えるためにオレがんばるぜ!」

 

やる気十分な中、いよいよ大会は始まった。

 

 

一回戦は成長期同士がぶつかった。すぐにやられないように、クワガーモンが配慮してくれたのかもしれない。勝てたら、だからこれでここから出られるんじゃないかと一瞬思った遼だがやる気にみなぎるモノドラモンの気力をそぐまねはしなかった。

 

覚えたばかりの技を炸裂させて、おなじ成長期のデジモンから勝利をもぎ取った。拍手喝采から出てきたモノドラモンにおめでとう!と遼が水をもってくる。

 

それから調子づいたのだろうか、下馬評を覆してモノドラモンは次の成長期、成熟期、成熟期の連戦を勝ってしまった。モノドラモンが小さいわりにガッツがあり、小回りも効くから苦戦しているうちに急所を遼が教えたりしているかららしい。サポートは間違いなく的確だ。

 

「へへ、やったなモノドラモン!」

 

「うん!かったね!いっただろ、オレは強いんだよ!そこいらの成熟期なんて負ける気がしないね!」

 

えっへん、と得意げなモノドラモンをねぎらいながら、二人はちょっと早いお昼タイムである。

 

「まだまだ喜ぶのは早いぞ、ちびっ子」

 

「あ、クワガーモン」

 

「なんだよ、せっかくうれしがってるのに!」

 

「なあに、ちびっこにこの大会の恐ろしさを教えてやろうとおもってな。怖じ気づいて逃げ出してもいいんだぜ?特にモノドラモン、次のお前の相手はティラノ師匠だ!」

 

ぜってー勝てないぞおまえじゃーな!とクワガーモンは殿堂入りしているデジモンたちの写真を指さす。栄誉ある初代チャンピオンにして、殿堂入りをした伝説のデジモン。おそらくファイル島で1、2を荒らそう強さを誇るティラノモンの中のティラノモン。それが今は一千を退いて後身の育成に励んでいるティラノ師匠である。得意げに語るクワガーモンはどうやらファンらしい。

 

「そんなのかんけーないね!オレは勝つだけだ!」

 

「その調子だよ、モノドラモン!がんばれ!」

 

「もっちろん!ね、遼!オレの勇姿、見ててくれよな!」

 

「誰が相手だってモノドラモンを応援してるよ!がんばれ、モノドラモン!」

 

「うん!」

 

ティラノ師匠が闘技場に来ることは異例中異例らしい。どれだけファンが待ちこがれても一番弟子を送り込むことに熱心だった彼が表舞台に姿を現すのは本当にひさしぶりである。つまんねー試合だけはすんなよ、と応援してんだかしてないんだかよくわからない言葉を残し、クワガーモンは去っていった。

 

 

 

 

マイク片手に会場を盛り上げるの獣型のデジモン。会場はにわかに騒がしくなっていた。ししょう、ししょう、の言葉がたくさん聞こえてくる。完全なるアウェイである。さすがに緊張しているのかモノドラモンは顔がひきつっているように見える。

 

「大丈夫だよ、モノドラモン。今の君ならきっとみんな驚かせられるさ」

 

「と、当然だね!オレにかかったらなんだって倒せるさ!」

 

「頑張れ、モノドラモン!応援してるよ!」

 

「うん!」

 

気合いを入れて、モノドラモンと遼は赤コーナーから飛び出した。それなりに拍手が飛ぶ。選ばれし子供がセコンドであることが宣伝に使われているのだ、それなりに客の注目度はあがっている。さあいよいよこの大会の優勝候補との対決だ。控え室の入り口から客の一番後ろの通路を通り、一番前の場所までやってきた賢と治はどきどきしながら見守る。モノドラモンと遼もその入り口を見つめた。

 

ばきいっと扉が吹き飛ばされる。

 

どよめきが広がる。パフォーマンスにしてはなかなかじゃないか、とどもりながらモノドラモンは顔をひきつらせる。さすがに遼もちょっと顔色が悪い。

 

その砂埃の向こう側から、豪快に入ってきたのは、ティラノモンよりずっと大きい真っ黒な恐竜だった。大歓声がわく。

 

「嘘でしょ、マスターティラノモン!?」

 

叫んだのはジュンだった。

 

「完全体じゃない!」

 

完全体!?思わず遼はたじろぐ。

 

「ますたー?!マスターってそういうマスターかよ、えええっ!?」

 

まさかのおもちゃの森の村長、ファクトリアルタウンの番人と同じ世代、成熟期よりさらに上の世代のご登場である。ティラノモンが激戦を勝ち抜いて進化に到達したこのデジモンは、体中に残った傷が歴戦の勇姿の証なのだ。豪快に吠えたティラノ師匠は遼とモノドラモンをみて、目の色が変わる。豪快な炎が炸裂した。

 

 

「モノドラモン危ない!」

 

 

予備動作が大きいおかげで回避こそできたが、特大の炎は範囲が広すぎて観客席まで丸焦げにする。さすがに観客席から悲鳴が上がり、パニック状態になる。実況解説席も混乱しているようだ。どうやらいつもこんな大乱闘をするような個体ではないらしい。

 

たしかに控え室から出てきたティラノモンたちが止めようとしているのだが、薙ぎ払われてしまっている。これはまさか。遼もモノドラモンも状況のおかしさに違和感が走る。ティラノモンの目があるまじき色合いをしている。演出を越えた破壊活動が行われ始めたとき。

 

「大変だわ、マスターティラノモン、ブラックウィルスに感染してるみたい!」

 

ディーターミナルをむけていたジュンが叫ぶ。

 

「大変、なんとかしなきゃ!」

 

「僕、スティングモン呼んでくるね!」

 

「いや、僕がいこう。賢、ジュンさん、あとは頼む!結界であいつを抑えててくれ!」

 

「わかったわ!」

 

「わかったよ、兄さん!」

 

ジュンと賢はあわてて遼たちのところに向かう。そしてデジヴァイスのコマンドを入力して結界をはった。二重ならばそれなりの規模の結界となる。ジュンはリュックからパソコンをだして起動し、太一のデジヴァイスの展開により結界は三重となる。

 

どうする、どうする、とティラノモンたちは狼狽している。

 

「なら、オレがやる!」

 

「モノドラモン?!」

 

「オレがティラノ師匠引きつけるから、みんな、その隙に会場から逃げるんだ!」

 

そんなことをいわれてしまえば、遼だって俄然やる気になる。

 

「ジュンさん、デジヴァイス貸してくれ!結界さえあったら陽動もなんとかなる!モノドラモンだけにいい格好なんてさせられないからな!」

 

自分より小さなデジモンがそんなこというのだ。選ばれし子供達はやる気になる。

 

「わかったわ、気をつけてね」

 

リレーのようにデジヴァイスが手渡された。

 

その間にも吹き飛ばされる会場。ガラクタのイスが散乱する。天井からランプが落ちてきた。遼はイスを掲げて放り投げる。がしゃん、という音がして、ティラノ師匠がこっちを向いた。攻撃態勢にはいる。

 

あわててモノドラモンと遼は逃げる。ティラノモンたちが師匠のしっぽに組み付く。ちょこまかと逃げ回る遼たちにいらいらしてきたのか、ティラノ師匠はもう一度業火を放った。その反動でしっぽが遼たちを薙払おうとした。

 

「これならどう?」

 

ジュンがフロッピーディスクににたなにかを投げつけた。ティラノ師匠が呻きをあげる。

 

「試作品だけど効いたみたいね!」

 

ティラノ師匠の視線はジュンにむかう。

 

「痺れて動けないでしょ?」

 

ジュンは慎重に距離をとる。ティラノ師匠の標的がジュンに変わってしまったのか、追いかけ始めた。遼は必死でイスを投げる。

 

「くっそ、こっちこいよ!」

 

だが明らかな敵意を向けたジュンに本能はむいてしまう。こっちを見てくれない。まずいまずいこのままだとジュンたちがあぶないと遼は焦る。無我夢中でイスを投げ続ける遼にモノドラモンは意を決したように進み出る。

 

「そうだよ!君の相手はオレだろ!そいつじゃない!!対戦相手に背中を見せるとか、逃げる気か?臆病者!初代チャンピオンだかなんだか知らないけど大したことないな!」

 

ティラノ師匠がモノドラモンにむく。

 

「そうそう、君の相手はオレだ!誰でもない、このオレだ!選ばれし子供達に手を出すのは、オレに勝ってからにしろよな!」

 

そのとき、遼が結界を展開していたはずのジュンのデジヴァイスが暴れ出す。モノドラモンのみんなを守りたい気持ちにデジタルワールドが答えてくれたのだ。そして進化の道を切り開いた。モノドラモンは閃光に包まれた。

 

「モノドラモンが進化した!?」

 

「すごい!」

 

「モノドラモン、君!」

 

光を突き破って現れたのは、成熟期の竜人型デジモンだ。ジュンのパソコンが新しいデジモンに反応してデジモン図鑑を表示する。

 

彼の名前はストライクドラモン。ウィルスバスターズという正しき力で闇を払う、聖なる意思を持ったデジモンを目指している。

 

後ろに伸びたツノなど、モノドラモンの面影を残す部分も多いが、メタルプレートに包まれたコマンダーモードに変貌しているため、全く別な種にすら見える。本来はエンジェモンと同じワクチン種なので心優しいデジモンなのだが、ひとたびウイルス種を見つけるとその駆除本能(破壊本能?)に取り付かれてしまい、相手がデータの塵と化すまで戦うことを止めようとしない。

 

またその時、赤い後ろ髪は灼熱に燃え上がり、青白い炎の髪になると言われている。必殺技『ストライクファング』は、各部のメタルプレートを灼熱に燃やし、全身炎の塊となって相手に体当たりするという、恐ろしい技だ。

 

ストライクドラモンはティラノ師匠に勇敢に立ち向かう。

 

「今のマスターティラノモン、ブラックウィルスに感染してウィルスになってるから·····!」

 

「ストライクファング!」

 

高らかに必殺技を宣言したストライクドラモンはマスターティラノモンの暴走を止めるべく炎をまとい突進したのだった。

 

 

 

 

 

「オレが覚えてるのは、ダイノ古代境の空が裂けたことだけだ」

 

ティラノ師匠は呟いた。さいわいブラックウィルスに感染して間もなかったからだろうか、デジコアの深部にまで到達していなかったことがさいわいした。ストライクドラモンの必殺技に付与されていたウィルスバスターの効果とデジヴァイスによる進化の恩恵から無事に開放された。

 

すっかり大変なことになっている闘技場の復旧作業が急ピッチで進んでいる中、ジュンたちは話を聞いているのだった。

 

とはいえ、ブラックウィルスに感染しておこるリロード現象の被害者たちにたがわずティラノ師匠が覚えているのは感染する寸前の光景だけだ。誰に感染させられたのかはやはりわからないらしい。

 

「空が·····?」

 

「裂けた·····?」

 

いまいちイメージ出来ないのか遼と賢が首を傾げる。

 

「うちわの紙の部分を剥がしたみたいな感じだ。気持ち悪かった」

 

その言葉に治はまゆをよせた。

 

「テクスチャが剥がれてるだと?」

 

「やばいんじゃないの、それ」

 

ジュンは青ざめている。

 

「勘弁してよ·····ディアボロモンの卵を産み落とした時空の亀裂がまた出現したわけ?どこと繋がってんのよ·····どっかに連れてかれたグリフォモン、あれきり行方不明だってゲンナイさん困ってるのに·····」

 

不穏な沈黙があたりにただよう。

 

「ま、考えても仕方ないだろ!新しい敵が現れたらオレたちがやっつけてやればいいんだからさ!な、遼!」

 

「う、うん?ちょっと待ってくれよ、モノドラモン。今なんて?」

 

「え?だってレオモンみたいに進化出来たんだぜ?オレの目標は究極体になることだからな!遼についていけばもっと強くなれる気がするんだ。よろしくな、相棒!」

 

「なんか勝手に相棒にされてるんだけど!むちゃ言わないでくれよ、このデジヴァイス、ジュンさんので僕はまだ戻ってないんだよ!」

 

「ゲンナイさんに相談してみたらどうだ、遼。マスターティラノモンに勝てたんだ。このモノドラモン、ただのモノドラモンじゃなさそうだし」

 

「テイマーだっけ、その才能があるならやってみたらどうかな?」

 

「なんか物凄い勢いで外堀が埋められてる気がするんだけど、気のせいじゃないよな」

 

「気のせいじゃないわね」

 

「あ、あはは·····。ジュンさん、デジヴァイス返すよ」

 

「ありがとう」

 

ジュンはデジヴァイスを受け取る。

 

「ディーターミナルにデジヴァイスの機能ぶち込めたらいいのにね」

 

「ジュンさんいっつもそれ言ってるよね」

 

「進化バンクを独立させるのアーマー進化限定なんてもったいなさすぎるのよ。こないだみたいなことになるなら、デジタルワールドにアクセスしなくても進化できるようになればいいのに!」

 

「まだはやくないか、ジュンさん。デジタルワールドはまだ僕達の世界に寄り添う段階じゃない」

 

「そーなんだけどさ!直談判してみようかしら、いい加減に遼くんと治くんにデジモンの一体もいないのはおかしいと思うのよ、ほんとに!デジタルワールドのことてつだってんだから!なんのためのデジファームだと思ってんのかしら!」

 

「まあまあジュンさん落ち着いて」

 

「デジファームって?」

 

「オレたちの世界にデジモンたちが遊びに来る時に使うホテルみたいなもんだよ」

 

「へー!」

 

「あっ、しまった墓穴ほった!」

 

思わずジュンたちは笑ってしまったのだった。

 

「さーさー、そろそろ仕切り直しといこうか!闘技場の仮復旧も一息ついたしな!みんな、きてくれ!」

 

クワガーモンたちの声がする。ジュンたちは立ち上がったのだった。

 

 

 



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クリスマス編
94話


「......どう考えてもディアボロモンよね」

 

3月4日の騒動を起こした新種デジモンの進化系列にこのたび名前がついた。なぜなら今ジュンの卒業制作であるデジファームが何者かによりばらまかれ、現在進行形で犯人を捜索中だからである。ジュンが用意したモンスターではなくキモかわいい1つ目のクラゲを育成するプログラムに変わっているのだ。

 

エージェントたちがネット中の不正配信を消しているのだが、一度ネットに流れてしまったものは消えない。消したら増える。ネットのコンテンツの著作権などの理解がまだ不十分な混沌とした時代の影響がもろに出ていた。

 

「今、世界中に何億匹いるんですかね、クラモン」

 

「わからん......わからんが、さいわい普通のデジモンは成長期以上にはなかなか進化しにくいからのう。どういうわけかあの時のクラモンと違って進化速度が遅いうえにデータを食わん。まるでただの育成ゲームのモンスターじゃ」

 

「怖いのはテイマーの才能がある人がデジファームを手にしちゃうことなんですよね......」

 

「たしかにそうだな。ほら、この通りだ」

 

ネットに流布するデジファームをやっていた治は成熟期に進化した個体を見せるのだ。

 

「言ってる傍から......!」

 

「こいつ、意思はないみたいだな。一言も喋らない」

 

「そうなの?」

 

「ああ」

 

ジュンはふかぶかとため息をついた。

 

「こっちは推薦入試が1月に迫ってるんですけどー!?勘弁してよ、もう!とんだクリスマスね!」

 

「すまんのう」

 

「ディアボロモンが悪いから仕方ないですよ。そもそもパソコンの中に入り込まれたことがあるアタシが悪いんですから、気にしないでください」

 

ジュンは笑った。

 

「とりあえずサーバを特定すればいいわけね」

 

「ああ」

 

ジュンたちはゲンナイさんの隠れ家にて不届き者を探していた。

 

「なんじゃと!?」

 

「どうしたんですか、ゲンナイさん」

 

「選ばれし子供達のパーソナルデータの情報が盗まれたようじゃ」

 

一瞬、時がとまった。

 

「嘘でしょ?」

 

「?」

 

「パーソナルデータ?」

 

「この世界に来る時、選ばれし子供達は0と1に変換されておる。バックアップがあるから現実世界にいっても記憶を還元できる。そういったものを保存しておるエリアに不正アクセスの痕跡が見つかったんじゃ」

 

ジュンは寒気が止まらない。

 

「偽物がパートナーデジモンを進化させることはできるんですか?」

 

「考えるだけでも恐ろしいが、偽物が精神性すらコピーしていたら否定することは難しい」

 

 

 

 

 

 

「たすけてくれ!」

 

見たことも無いデジモンがデジタルゲートから飛び込んできた。

 

「私の名前はコクワモン!たすけてくれ、ゲンナイ爺!選ばれし子供達!」

 

コクワモンはでかいでかい鍵のようなオブジェクトをかかえてあらわれた。

 

コクワモンは新たに発見された非常に珍しい昆虫型のメカデジモンだ。昆虫型メカデジモンは今まで発見されておらず、その存在自体も考えられていなかった。スタンガン状の頭部と両腕を持ち、危険を察知すると100万ボルトの電気を放電させるため、うかつに近寄れない。しかし、攻撃的な性格ではなく、平穏を求めるおとなしい性格である。電気を栄養源としており真ん中の2肢で電力を充電する。必殺技は両腕の鋏を放電させて硬いものでも切り裂いてしまう『シザーアームズミニ』。

 

「きみは?」

 

「どうしたの?」

 

「......まて、その鍵はまさか!?クラヴィスエンジェモンになにかあったのか?」

 

京は首を傾げる。だがジュンと治と賢は顔を上げるのだ。

 

「クラヴィスエンジェモンって?」

 

「えっとね、デジタルワールドのゲートを管理してるすごいデジモンなんだよ!」

 

「そうなの!?」

 

「うん、究極体なんだ」

 

「しかも究極体!」

 

「なにがあったんだろ?」

 

賢と京の視線の先にはゲンナイがいた。

 

「あの時計がまた動き出したかと思ったら、いきなり真っ二つに割れたのです。そして空間が裂けた。時間が裂けた。世界が裂けた」

 

「なんじゃと!?」

 

ゲンナイさんは急いで別の巨大なモニターを出現させていく。

「ば、ばかな......」

 

選ばれし子供達がみたのは、地球にに丸い世界が真っ二つに割れる光景だった。

 

「2つの世界の間に巨大な裏次元が発生しているのです。今、デジタルワールドには巨大な時間の流れがふたつある。このままではデジタルワールド全体が裏次元から崩壊してしまう!」

 

「それはいかん!はやく裏次元を塞がねば!·····時間がふたつ流れているといったな。まさか、きみは?」

 

「はい、私はクロックモンでした。世界が分かれたせいで体が裂け、もう片方の私は裏次元に飲まれてしまったのです!」

 

「いかん、デジタルワールドの時間をはやくひとつに戻し、コクワモンを取り戻さなければ!」

 

「裏次元には恐ろしいデジモンがいるようです。クラヴィスエンジェモンは私までさらおうとしたやつから庇って·····」

 

「そうか、そうか。よくぞ知らせてくれた、コクワモン。ディアボロモンの動向も気になるがデジタルワールドの危機じゃ。手が空いている選ばれし子供達を呼ばなくては!」

 

デジタルワールドにおいて裏次元の入口が確認できたのは3箇所。1つ目がアイスサンクチュアリ、2つ目がオーガ砦、3つ目が闇貴族の館。それぞれ空間に亀裂が入っており、裏次元はダークタワーがたくさん立っているのがわかった。

 

「ダークタワーを壊さないとみんな進化できないわね。つまり、アタシの出番ね、アスタモン」

 

「そうですね。闇貴族の館はワタクシの管轄ですから、こちらからアプローチしましょうか」

 

「ダークタワーか、大輔たちにも力を貸してもらわねばならんな。アーマー進化はダークタワーの妨害で進化バンクにアクセスできなくても問題は無い」

 

「わかりました。大輔たちにディーターミナルで連絡いれますね。アタシが付き添えばなんとかなるわ」

 

「裏次元のダークタワーを破壊して拠点が確保できたらデジタルゲートを構築しよう。なんとかを急いては事を仕損じるというからの、慎重にな」

 

「了解です」

 

ジュンはうなずいた。そして、アイマートでクリスマスセールの売上に貢献していた大輔たちはただちに京の家からゲンナイさんの隠れ家に急行するのだ。

 

「よく来てくれた、選ばれし子供達よ。早速なんじゃが、これダウンロードしてくれ」

 

「なんですか、これ」

 

「進化バンクをディーターミナルに入れるためのアプリじゃ。新たなる進化経路が開拓できないデメリットはあるがぶっつけ本番でやるしかない。ヴァリアブル機能というんじゃ。一定時間の間だけ進化することができる。完全体から究極体。完全体になってから進化経路が現れる」

 

ゲンナイさんはためいきだ。

 

「ほんとうはオメガモンのメカニズムにより解析されたジョグレス進化を解禁したかったんじゃがな、制御するだけのエネルギーが確保できなかった」

 

「仕方ないですよ、ディアボロモンを倒すには今度こそウィルス種なのを利用してタケルくんと光ちゃんにはがんばってもらわないといけないんですから」

 

「そうじゃな·····ままならんもんじゃ」

 

「今回のみんなの仕事はデジタルワールドに出現した裏次元の調査よ。ダークタワーっていう普通の進化を妨害する塔を破壊しないと、ほかの子供たちが救援にいけないの。だからアタシたちが破壊し、フィールドを広げていくのが役目ね」

 

ジュンの言葉に大輔たちはうなずいた。

 

「ゲンナイさんからもらったヴァリアブル機能は裏次元にいると思われる脅威のための対策よ。金色のデジメンタルは短時間しか進化できないみたいだから、少しでも手数を増やしたいしね」

 

そして、大輔たちは裏次元にいくため闇貴族の館のデジタルゲートをくぐったのだった。

 

「思ってた以上にすごいわね、闇貴族の館が壊れてるなんて」

 

ジュンは大きな裂け目が突然発生したと教えてくれたアスタモンと亀裂をみつめる。闇貴族の館はその裂け目に落ちてしまい、すでに消失していた。まるで巨大な海溝だ。裂け目は縦に真っ直ぐ伸び、亀裂が左右に細かく拡がっている。

 

裂け目を見ていたら、その中に宇宙が見えた。デジタルワールドも外に宇宙があることは知っているが、普通距離的に見えるわけがないのに、確かに見えた。裂け目の中をみていると、そこに青い曲線があった。

 

「なるほどね、これが裏次元。もうひとつの世界にも繋がってるわけか。このままじゃ地面の下からもうひとつのデジタルワールドが出てくるわね」

 

裂け目の向こうに青い線が見えた。アスタモン曰く、最初は目を凝らさなくても見ることが出来たが、時間が経過するごとに細くなっていった。まるで水溜りに滴が落ちて波紋が広がるように、青い線は遠くに離れていった。

 

青い線が遠ざかるにつれて辺りは夜のように、いや、宇宙のような景色に変化していった。最初オーロラのような色をしていたが、海の紺碧と、空の群青を反映したかのように変色していった。周りの風景と合わさって、宇宙にポツンと浮かぶデジタルワールドのようだった。デジタルワールドの中にデジタルワールドがあるようにしかみえなかったという。

 

「デジタルワールドの地理に物凄い詳しいわけじゃないんだけど、ダークエリアなのかしら、あれ」

 

アスタモンは首をふる。

 

「ダークエリアはここまで広大な場所ではありませんよ」

 

「そう、ちがうんだ。デジタルワールドの最深部とかいうからてっきりそうなのかと」

 

「デジタルワールドはいくつもの表層に別れてこそいますが宇宙空間はないですよ」

 

「そうなんだ。地球空洞説採用してるのかと思ってたわ」

 

ジュンの言葉に京がなんですかそれと問いかける。それは地球の中核は空っぽで、空白部位に知的生命体や未知の惑星があるのではないかという説だ。空白部位に今の地球より小さな地球が入っている。

 

わかりやすくいうならば、我々の住むこの地球は、中身の詰まった球体ではなく、ゴムボールのように中空であったり、別世界へ繋がっているという考え方だ。「人類の居住している地球表面が、実は無限に続く岩塊の中に存在する、泡状の球体の内部であり、太陽や月や星は、空間内部に浮かぶ雲のようなもの」といいかえることもできる。

 

これが採用されているならばデジタルワールドが破壊され中身が出ている段階ということだ。

 

京たちはあんまり顔色が良くなさそうだった。

 



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95話

ダークタワーを京たちと手分けして破壊していたジュンは、マッピングが完了したのか裏次元の地図を広げた。

 

「なにこれ、真っ暗」

 

「まるでアトランティスかパンゲアね。ケイトさんがいってたウェブ島かしら?」

 

「でもファイル島が1番最初にできたって」

 

「いってたいってた」

 

「じゃあなんだろ。ここがまさかファイル島?」

 

「ケイトさんの言葉を借りるならはじまりの島」

 

「なら、はじまりの街があるってことだよな?」

 

「そっか、じゃあ行った方がいいかも?昔のデジタルワールドみたいだし」

 

みんなが飛行能力のあるアーマー体になったころ、空が黒くなった。

 

ダークタワーが突然融合しはじめた。そして黒いデジタマが出現する。砂嵐のようななにかが走り、ノイズのようなものが聞こえてくる。

 

「みんな気をつけて、新手よ」

 

ジュンはそのシルエットをみて目を見開いた。

 

それは、古代デジタルワールドに君臨した皇帝竜だ。強大な力を持つが、力のコントロールは難しく救世主にも破壊神にもなってしまう。全能力を開放した姿。高い知性を持ち、力のコントロールも出来るようになった。

 

 

必殺技はポジトロンレーザーの砲塔を胸の竜顔に接続し、強力なエネルギーを放つ『ギガデス』。その威力は『メガデス』の1万倍と言われている。

 

「我が名はVRインペリアル」

 

「VR?」

 

「ぶいあーる?」

 

闇の力で全能力を開放し、力をコントロールするインペリアルドラモンがそこにいた。合体ロボのような巨大にジュンは悪寒が走る。

 

「まずいわ、究極体よ!みんな、逃げて!」

 

「ワタクシたちが足止めしましょう」

 

アスタモンが紋章に封じられている暗黒の力を解放し、本来の力をとりもどす。ベルフェモン:レイジモードが咆哮をあげた。その刹那。

 

「無駄だ」

 

インペリアルドラモン:ファイターモードが笑った。

 

「ギガデス!」

 

ベルフェモン:レイジモードがいた空間が一瞬にして焦土と化した。

 

「ベルフェモン!」

 

逃げようとしていた京はジュンが飛び込むのをみた。

 

「ジュンさんあぶない!いくわよ、ホークモン!」

 

「はい、任せてください」

 

ヴァリアブル機能を起動した京は、デジヴァイスにデジタルモンスターのデータがホークモンと融合したことを知る。

 

そこにいたのは、古代種でありながら現代種同様の進化を成し遂げた究極体のデジモン、ヴァルキリモンがいた。

 

 

北欧神話にも登場する戦士型デジモン。黄金の鳥「フレイア」をつれており、身に危険が迫ると知らせてくれる。また、身につけている輝く鎧からオーロラを発生させ、戦いで敗れた勇者のデータを再生し、新しいデジタマへと還元すると伝えられている。疾風のように現れて、目にも止まらぬ速さで敵を切りつけるスピードの持ち主でもある。必殺技は斬りつけると相手が凍り付き、生命活動が停止してしまう絶対零度の魔剣。

 

「オメガソード」

 

インペリアルドラモン:ファイターモードが初期化機能を携えた大剣を振るう。ヴァルキリモンは暗黒の力そのものに初期化されてしまいそうになったファスコモンを回収し、その超スピードで姿を消した。

 

「逃がしたか·····」

 

VRインペリアルは呟いたきり静かになった。

 

「帰ってこい、VRインペリアル。ほかのVRデジモンを作るにはまだ時間がかかる。お前には警護を頼みたい」

 

「わかった」

 

VRインペリアルは翼を広げ、風を産み落として去っていった。

 

「助けてくれてありがとう」

 

「こちらこそ。ダークタワーを壊してくれてありがとう。結果的にあいつが生まれてくれたおかげで私も進化することができる」

 

近くにあったデジタルゲートに一か八か飛び込んだらデジモンたちがいる地下施設に到達したのだ。

 

「ここはレジスタンスの拠点だ」

 

「レジスタンス」

 

「ああ」

 

デジモン曰く、現代種と古代種が争っていて古代種が突然現代種に戦争をしかけてきた。メタルエンパイアや四大竜と契約を結び、奪われたエリアを奪還してきた。戦争だからしかたないが古代種はダークタワーで進化を阻害し、現代種たちを連れ去っている。そして様々な合成デジモンが生まれ、現代種たちは苦戦を強いられているというのだ。

 

「調べてみたら、古代種の連中は騙されているようだ」

 

「誰に?」

 

「ミレニアモンにだ」

 

「?」

 

「ミレニアモン?」

 

「知っているのか?」

 

「バカ言わないでよ、ミレニアモンは倒したのよ?」

 

デジモンは笑うのだ。

 

「やつを倒したのか?本当に?やつは特殊なデジモンだ。死んだところですぐ復活する。そして次元を超えるのだ」

 

「君はいったい」

 

「私はワイズモン」

 

ジュンのディーターミナルがデジモン図鑑を表示する。

 

魔人型の完全体デジモン。全てが謎に包まれたデジモンで、“本”を通じてあらゆる時間と空間に出現することができる。“本”を依り代とし、“本”が繋がる時空間のどこにでも姿形を変えて出没するため、本体は別次元に存在するのではないかと言われている。研究者の間では同じ魔人型のピエモンとは同眷属だと囁かれている。両手に持つ“時空石”は空間の記録と再生をすることが可能で、デジタルワールドのあらゆる事象や物象を時空間に保存している。必殺技は時空間に保存していた敵の攻撃を連続で高速再生する『パンドーラ・ダイアログ』と、敵を永遠に“時空石”に封じ込める『エターナル・ニルヴァーナ』。

 

「私はミレニアモンが支配する世界も滅ぼされた世界も誕生した世界も誕生しなかった世界も知っている。ここはミラーサイトだということも知っている」

 

「ミラーサイト?」

 

「ミレニアモンはもうひとつのデジタルワールドを作ろうとしているのだ。悪質な目的として、ミラーサイトを作ることで本当のデジタルワールドと思いこませ、選ばれし子供達が入力する個人情報やログイン情報を盗み取るのが目的だ」

 

「どうしてそんなことするの?」

 

「パートナーデジモンと選ばれし子供達の偽物をつくるためだ」

 

「え」

 

「えええっ!?まさか成り済まし?」

 

「そのまさかだ。君たちが襲われたVRはミレニアモンが倒された世界において得たデータから生成されている偽物だ。人造の選ばれし子供達、人造のパートナーデジモン、それが君たちに立ちはだかっている」

 

大輔たちは驚くのだ。ミレニアモンを倒した平行世界の選ばれし子供達と戦うことになるなんてと。

 

「人造の選ばれし子供達ってロボットなの?」

 

「そうだな」

 

「じゃあ、ロボットの選ばれし子供達からデジヴァイスを取り上げられたら無力化出来るわね」

 

「そうだな。この世界にはVRデジモンが跋扈している。直接対決するのはあまりにも分が悪いだろう。なにせミレニアモンがよりすぐってきた平行世界の選ばれし子供達だったのだから」

 

別の世界の選ばれし子供達のデジモンを相手にしなければならないと言われて身を固くしていた大輔は息を吐いたのだった。

 

「問題は拠点ね」

 

「とりあえず、一回帰りましょうよジュンさん。みんな呼ばなきゃ」

 

「それもそうね」

 

選ばれし子供達はワイズモンたちに別れを告げて一度帰ったのだった。

 

事情を説明したジュンたちにゲンナイさんはほかの選ばれし子供達にもヴァリアブル機能を追加しなければならないことを悟る。VRデジモンがダークタワーから作られたデジモンならばデフォルトで進化妨害機能があるからだ。

 

こうして新たな機能を手にした選ばれし子供達はふたたび裏次元に突入することになる。

 

「·····ねえ、僕に心当たりがあるんだ。話を聞いてくれる?」

 

レジスタンスの拠点にてワームモンが口を開いたのだった。

 

「僕の情報を調べて欲しいんだ」

 

ワームモンに賢はディーターミナルを向けた。

 

成長期の幼虫型デジモン、フリー種。気弱で臆病な性格の幼虫型デジモン。ブイモン等と同じく特殊なアーマー進化をすることができるが、単体でのワームモンは非力で、大型のデジモンには到底かなわない。しかし、デジメンタルの力でアーマー進化することで、信じられないようなパワーを発揮することができる。また、脆弱な幼虫が力強い成虫に成長するように、ワームモンもいつの日かパワー溢れる成熟期へと進化すると言われている。まさに未来への可能性を秘めているデジモンなのである。必殺技は粘着力の強い網状の糸を吐出し相手の動きを封じこめてしまう「ネバネバネット」と、絹糸のように細いが先端が尖った針の様に硬質な糸を吐出す『シルクスレッド』。

 

「あれっ、書いてあることが変わってる!」

 

「ブイモンたちが復活したから僕の情報も解禁されたんだと思うよ」

 

「えっ」

 

「僕のずっと昔の転生前が古代種の末裔だったんだ。そしてそれに目をつけたメタルエンパイアがサンプルデータとして実験用に育てて、デジメンタルと融合させた。それが僕なんだよ」

 

「ワームモン」

 

「僕は現代種の中でも特に古代種のデジゲノムが強く出てるんだと思う。だからわかるんだ。この世界は昔のデジタルワールドの一部なんだよ。案内させてくれないかな」

 

賢たちはうなずく。

 

そしてジュンたちはワームモンと共に裏次元にふたたびログインするのだった。

 



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96話

ワイズモンの待つレジスタンスの本拠地にて、ワームモンの話す研究所が実在することが確認された。ジュンたちは手分けしてゲンナイさんが構築してくれたデジタルゲートを進むことになる。やはりダークタワーの妨害もあり、大輔たちが真っ先に破壊することが求められる。前線に飛び込むことになったため、ジュンもまたまとめ役として同行することになったのだった。

 

ダークタワーを破壊すると白く歪んだ空間ができた。ディーターミナルの地図のマス目が黒から白に変わる度に空たちの活動場所が広がっていく。ゆっくりとではあるがはじまりの街に近づいていた。

 

「ここ、迷わずの森に似てませんか?はじまりの街からトロピカルジャングルに抜ける道」

 

伊織がいった通り、龍の目の湖らしきエリアの先ではやたら成長期や幼年期のレジスタンスが多かった。

 

「なら、もう少しではじまりの街ですね。おや、いうまでもありませんでしたか」

 

アスタモンの指さす先にはふわふわのクッションみたいな地面が広がっていた。

 

ここだけミレニアモンの迫害を受けていないようだ。

 

青空と逆さまの高い山に生えるあかちゃん用のオモチャみたいに角を丸くした建物。どれもふわふわのクッションみたいな素材でできていて柔らかそう。

 

真っ赤なヘルメットをかぶった茶色い円柱の建物が、でーんと立っている。もちろんレンガの素材はふわふわだ。それを中心に広場があって、芝生が敷き詰められている。

 

 

その建物の周りには、ダチョウの卵のイースターエッグがたくさんならんでいた。色とりどり、いろんなデザインの卵がたくさんある。

 

 

トコモン、コロモン、プニモン、ユラモン、モチモン、タネモン、ニョキモン、幼年期まつりである。

 

目の前にある赤いヘルメットかぶった円柱の建物はエレキモンの家だったはずだが、誰かいるようだ。

 

「誰だ、お前たちは」

 

そこに現れたのは、エレキモンではなかった。レオモンでもない。レオモンによく似たライオンみたいな獣人のデジモンだった。

 

ジュンはその姿を見て目を丸くするのだ。そのデジモンはギリシャ神話のオリンポス十二神をローマ神話の呼び名でモデルにしている神人型デジモンの集団を進化経路にもつデジモンだったからである。

 

彼らはロイヤルナイツとは別組織であり、ジュンたちの世界のデジタルワールドとはまた別の次元。そして

別サーバーに存在するイリアスというデジタルワールドを守護していると聞いたことがあった。ジュンの時代では両者に交流があり、交換留学などが行われていたのだ。ジュンは直接かかわりはなくても警察テイマーとよく仕事をする都合上、話を目にすることはよくあったのである。

 

「お前たちはまさか、カイザーの仲間か?」

 

「は?」

 

その言葉にジュンは戦慄するのだ。カイザーと名乗る誰かがいるのだ、それは闇に魅入られた選ばれし子供の代名詞。それはおそらくワイズモンのいっていた人造テイマー、選ばれし子供とパートナーである。この世界では世界を救うはずの選ばれし子供達が世界を崩壊させようとしているのだ。

 

きょとんとしている大輔たちに獣人のデジモンは、警戒は解かないもののいやな気配はないと不思議がっている。だがデジヴァイスをみるなり獣型デジモンの目の色が変わった。

 

「それはっ!やはり、貴様等、カイザーの仲間か!」

 

「だからカイザーってなんだよ?」

 

「お前たちとにたような奴だ。平和だったこの世界に現れて、突然世界征服を始めた。あの塔が建てられると俺たちは進化することができなくなる。なすすべがないまま、俺たちはカイザーの手下のデジモンにすみかを奪われたり、無理矢理働かされたりしているのだ。選ばれし子供は世界を救う英雄だと聞いていたが話が違うぞ、どういうことだ!」

 

「だーかーら!俺たちにいわれても知らねえよ!俺たちはデジタルワールドを助けに来たんだ!」

 

「どうだか。やはり、別の世界からきたのか、カイザーと同じ世界から!」

 

「どうする、大輔。なんか歓迎されてないみたいだけど」

 

「僕たち、ここにいちゃいけないみたいだし、ワイズモンのところに帰りませんか」

 

「えー、せっかくきたのにもう帰るのかよ、つまんねえ。でもしかたねーか」

 

これ以上長居するとライオンのようなデジモンに攻撃されてしまいそうだった。だがワイズモンという言葉にそのデジモンは反応した。

 

「ワイズモン?ワイズモンだと?」

 

「そうよ、ワイズモン。あなたのレジスタンス仲間じゃないかしら?デジタルゲートが機能してないから連絡取れないのはわかるけど話くらい聞いてくれない?」

 

ジュンはパソコンを開き、デジモンにみせた。

 

「ワイズモン」

 

「彼らのいうことは本当だ。平行世界の選ばれし子供達がこの世界を救うべく助けに来てくれたらしい。もう一度信じてもいいのではないか、フレアモン」

 

「どうだかな。この間交戦したオメガモンだって本来は世界の危機に降臨する英雄って話だったがやつらの配下じゃないか」

 

「それはミレニアモンが作ったVRデジモンじゃないかしら」

 

「証拠はあるのか」

 

「証拠ね、証拠ならあるわ。えーっと」

 

「さっきから誰じゃ?騒々しいのう」

 

そこには老人の姿をしたデジモンがいた。

 

「あなたは?」

 

「ワシはジジモン。ここの守護デジモンをしておる。君たちはなにものじゃ?」

 

「アタシたちは選ばれし子供です。デジタルワールドの危機を救うために召喚されたんですが、なにかミレニアモンについて知りませんか?」

 

「·····入りなさい」

 

大輔たちはあとに続いた。

 

ジジモンの家にはでかいパソコンが壁にならんでたり、絨毯のデザインだったり一人暮らしするには十分すぎる部屋が完備されてる家のわりに、幼年期たちが入り込んでかってに遊んでたり、寝てたり、ご飯食べてたりする。

 

「ワシはこの世界、デジタルワールド・イリアスができた時代から生きておる。このデジタルワールドのことなら何でも知っている長老デジモンといっていい。かつては世界が危機に陥った時に選ばれし人間を導いたこともあったが、今回の敵は強大でな、ワシの召喚が通用せん。どうやらサーバの権限を掌握されているらしくてのう」

 

ジュンたちは顔を見合わせた。

 

「それってホメオスタシスがミレニアモンに乗っ取られてるようなものなんじゃ?」

 

「ゲンナイさんたちが敵ってこと?嘘でしょ」

 

「だからいねーのかな、エージェント」

 

「ケイトさんたちの冒険みたいですね」

 

「あっちはなんだっけ、ENIACとかいう人に呼ばれて」

 

口々に言い合う子供たちにジジモンは目を丸くした。

 

「驚いた。ENIACとな?古代デジタルワールドのサーバの名前をなぜしっておる。しかもケイトじゃと?」

 

「アタシたちは3代目......うーん、4代目くらいの選ばれし子供なんですよ」

 

「なんと!この世界はかつてENIACからいくつものデジタルワールドが生まれたうちのひとつじゃ。そうか、そうか。ケイトたちの世界の子供たちか!ワシはかつて彼らを支援したことがある。もっとも研究などのバックアップが主じゃがな」

 

「もしかしてブラックガスの研究をしてたのはあなたなんですか、ジジモン!」

 

「いかにも。そうじゃ、ワシはかつてブラックガスを浄化するシステムをつくるために尽力した」

 

「えーっ!?じゃあ、このデジヴァイスの聖なる光ってジジモンの研究がもとになってるんだ!」

 

大輔の言葉にジジモンは首をかしげた。

 

「なにをいっておるんじゃ、選ばれし子供たちは初めから持っておったぞ?」

 

「え?」

 

「まあ、ENIACにもたされたのかもしれんが」

 

そんな大輔たちをみてフレアモンはようやく警戒を解いたのだった。

 

「ジジモンがいうなら間違いないだろう。疑ってすまなかった。レジスタンスはもはや壊滅寸前、俺の仲間も大半はVRデジモンにやられているのだ。ミレニアモンの力は強大だ。みな、亜空間に幽閉されてしまった」

 

やはりミレニアモンが復活してこの世界を足がかりにジュンたちの世界のデジタルワールドに侵攻しようとしているのは間違いないようだった。

 

ジュンは戦慄するのだ。

 

「あなた、完全体みたいだけど究極体の仲間はいないの?」

 

フレアモンは首を振った。

 

「この世界には究極体という概念はミレニアモンが来るまでなかった。進化の先に果てがあるなんて知らなかった。その高みに到達する前にみな寿命で死ぬか、戦いにやぶれるかで転生するからな」

 

どうやらセキュリティシステムをになうはずの勢力が勃興する前まで時間を遡り、一気に侵略をしかけたらしい。京たちはフレアモンの言葉に驚いている。ミレニアモンとの死闘はみんなが究極体になったからこそ勝てたようなものだからだ。完全体しか存在しないデジタルワールドで進化を否定するダークタワーがそびえたち、VRデジモンが跋扈すればどうなるかなんていやでもわかる。

 

そのとき、すさまじい音が外から聞こえてきた。幼年期たちの悲鳴が聞こえてくる。ジュンたちはジジモンの後をおいかけた。

 

「また来おったな!ここは最後の砦じゃ、何度来ても無駄じゃわい!」

 

ジジモンが杖を振りかざすと空一面にいたVRデジモンたちが瞬く間に亜空間に消えていく。

 

「悪意ある者はダークエリアに消えるがいい。ハングオンデス!」

 

一瞬にして敵勢力は壊滅した。

 

「す、すごい·····!」

 

「やるじゃん!」

 

「なるほど、だからはじまりの街が無事なんですね」

 

「一瞬でやっつけちゃうなんて、ジジモンつよーい!」

 

「はじまりの街の守護デジモンやるだけはあるわ·····すごい」

 

ジュンたちが関心していると、新手がやってきた。

 

「よくも手下たちを!今度は俺様が相手だ!」

 

そこには獣の下半身と甲虫のような外殻の上半身を持つ魔獣であり、闇の王ヴァンデモンの進化した真の姿があった。ジュンは目を丸くする。アスタモンは肩を竦めた。

 

「どうやらVRだけあって本体が転生しても関係ないらしいですね」

 

秘めたるパワーを解放したヴェノムヴァンデモン。本来なら1999年に倒されるはずのヴァンデモンの進化経路である。そこにあるのはパワーと引き換えに理性を失った魔獣型の究極体デジモンだ。

 

「ヴェノムインフューズ」

 

「ハングオンデス!」

 

「何度も同じ手を食うとでも思っているのか!」

 

「ぐああああ!」

 

「ジジモン!」

 

ジジモンに無数のコウモリが襲いかかり、ウィルスに感染してしまったジジモンは機能停止に陥ってしまう。ジュンはあわててブラックガスのワクチンデータをパソコンからだそうとし、アスタモンがジジモンの前に立つ。大輔たちはすかさず結界をはる。

 

「ブイモン、みんなを守ろう!」

 

「言われなくてもやってやるさ!」

 

大輔がデジヴァイスをかかげる。ディーターミナルから黄金のデジメンタルがダウンロードされ、ブイモンはマグナモンに進化した。

 

あたりが黄金色にかがやくフィールドとかす。味方の守備力が向上した。

 

「シャイニングゴールドソーラーストーム!」

 

空間を急速圧縮、瞬間膨張させ、黄金のレーザー光がVRヴェノムを襲う。そしてさらに味方側の守備力が上昇した。

 

「ホークモン、いけるわよね!」

 

「はい、京さん!」

 

ホークモンがヴァリアブル機能により究極体に一気にワープ進化する。

 

「伊織、オレに任せるだぎゃ!」

 

ヴァリアブル機能の果てにあらわれたのは新たなる究極体だった。

 

 

ヴァイクモン

究極体

獣人型

フリー種

決して溶けることのない、永久凍土の極寒の地を治める獣人型の究極体デジモン。体毛は氷の結晶の様に変化しており、クロンデジゾイドなみの硬度を持つと言われている。背中に背負っているモーニングスター「ミョルニル」は一振りで山を消滅させることができ、空間そのものを歪めてしまう。イッカクモンやズドモンの軍団を束ね、戦いの際は鬼神のような非情さをみせるが、手下への情は厚く思いやりのある一面も見せる。必殺技の『アークティックブリザード』は周囲の大気を瞬間的に絶対零度にし、敵を急速冷凍させ、「ミョルニル」で打ち砕いてしまう。砕かれた敵の体がまるでブリサードのようになるのがその名の由来である。

 

イッカクモンとズドモンの軍団を束ね、永久凍土の地を治めていると言われる獣人型デジモン。 体毛が凍りつき、超金属「クロンデジゾイド」並みの硬度を持つまでになった。 背中に2つ背負っている鎖付きのモーニングスター「ミョルニル」は一振りで山をも粉砕することができ、終いには空間そのものを歪めるほどの威力を持つ。

 

戦いの際には鬼神のごとき強さと非情さを見せるが、仲間に対しては思いやりのある面もある。 必殺技の「アークティックブリザード」は、周囲の大気を瞬間的に絶対零度まで冷却し、それによって凍結した相手をミョルニルで粉砕するというもの。凍って砕け散った敵の体がブリザードを思わせることから、その名がつけられた。

 

VRヴェノムが襲いかかるが盾となる。

 

 

「ミョルニル!」

 

北欧神話に登場する神トールが持つ鎚、トールハンマーが炸裂する。思う存分に打ちつけても壊れることなく、投げても的を外さず再び手に戻る、自在に大きさを変え携行できるといった性質をいかして、勇猛果敢に襲いかかる。

 

VRヴェノムの翼、四肢が一瞬にして消し飛んだ。



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97話

それはある意味、異様な空間だった。

 

ディアボロモンの居場所が特定出来たと光子郎は太一、ヤマト、そしてオメガモンをあるゲートポイントに転送した。光はホーリードラモン、タケルはセラフィモンと共にディアボロモンの討伐に参戦するはずだった。

 

彼らを待っていたのは、実体のない神がかりの恍惚とした空間だった。無数のモニターが太一たちを見つめていた。荒っぽい興奮にひきずられる形で観客たちが喚声をあげる。カラフルな安っぽい照明がチカチカと舞台を照らしている。ステージはまるで積み木の見本みたいに様々なアンプやスピーカーが並んでいる。まるでなにかが行われそうなスタジオが用意されていたのだ。耳がおかしくなりそうなほど空間を震わす大音響でロックが聞こえてくる。

 

ギョッとする選ばれし子供達を完全においてきほりにする形で、巨大なスピーカーからの音はステージで動いている機械と連動していた。

 

「なんだよこれぇ」

 

太一はさすがに事態が飲み込めず声を上げる。

 

ライトはステージを明るく照らし、人々は今か今かと話し込みながら開演を待っていた。オメガモンたちが現れた瞬間に歓声があがった。

 

たいち!たいち!たいち!たいち!

 

やまと!やまと!やまと!やまと!

 

知らない子供たちから歓声があがる。太一達は困惑しきりだ。それにひきかえ、ゲートポイント全体が観客たちが発散する期待と好奇心の放射熱によって、会場の温度は一気に五度くらい上昇している。空気が殺気立っていると錯覚しそうになるほどだ。

 

いまやステージはオメガモンたちを取り囲みながら騒然となり、空気が震動するほどの興奮に包まれていた。人数分の声が合わさり、地鳴りとなって空間を揺るがしている。狂信的なファンにかこまれたアイドルのような、そんな熱気があった。あまりにも不似合いな舞台がディアボロモンのおぜんだてだったのだ。

 

「負けないからな!」

 

「絶対勝つからな!」

 

「お互いがんばろうね!」

 

「正々堂々だよ!」

 

世界各国からメールが一斉に送られてきていると光子郎はなかばパニックになりながらいった。誰かが添付してきたホームページのアドレスを開いた光子郎はいよいよ固まってしまう。

 

「大変です。ジュンさんのデジファームを勝手にばらまいた上に、勝手に大会まで開催してる」

 

「大会?」

 

「なんだよそれ」

 

「それが......3月4日の騒動を加工して、以前の大会優勝者が太一さんたちだってホームページで宣伝してるんです」

 

「はあっ!?ちょっと待てよ、なんだよそれ!」

 

「聞きたいのはこっちですよ!僕やジュンさん、空さん、タケルくん、アメリカの選ばれし子供達、みんな顔と名前と住所がバレてます」

 

光子郎は太一たちにホームページのサイトをみせるのだ。

 

「次の大会に参加したいみんなはエントリーをここからしてね」

 

ヤマトは読み上げる。

 

「我こそはというデジモンテイマーたちよ!集え!そして頂点、トップテイマーを目指すのだ!」

 

「テイマーってあれだろ、遼とか治とかみたいにデジモン育てるのがうまいやつ。えっ、まさか俺たちディアボロモンを育てたヤツらの大会にゲスト出演させられたって流れなのかよ、もしかして!?」

 

「そのまさかですよ」

 

太一たちは汗が吹き出すのがわかった。

 

「うそだろぉ」

 

「こんなにたくさん·····ここにいる奴ら、みんなケラモンを育ててるテイマーなのか·····」

 

それはディアボロモンが前回敗北した処理落ちとオメガモン誕生および奇跡のような強化を目の当たりにして学習したことを示していた。全ての子供たちはただの無料ゲームの大会だと思っている。ディアボロモンは自分が育ててきたデジモンだと思っている。太一たちはいわば晴れ舞台に相応しい対戦相手ということだ。圧倒的アウェーである。ここにデジタルモンスターはもちろんディアボロモンの脅威を正確に把握出来るものは選ばれし子供達以外いない。みんな利用されている、騙されている、ということをわかってもらえそうな空気じゃないことくらい、タケルや光もわかった。

 

無数のサーバからディアボロモンがネットワークにログインしていることになるのだ。今の選ばれし子供達やパートナーデジモンたちと条件は全くおなじである。まず処理落ちなど無縁である。むしろ太一たちの方がインターネット環境は悪いといえるかもしれない。

 

無数のモニターがミラーボールの内側のようにかがやいている。その数だけディアボロモンがいることになるのだ。それも3月4日とは比べ物にならないほど強化された、途方もないほどデジファームにあるバトル機能で強化されたディアボロモンが。そいつらがたった一体に集約されたらどうなるのか考えるだけで恐ろしい話である。

 

経験値や強さが還元される。弱い個体も強い個体も取り込まれて平均化される。それでも進化と退化を無数に繰り返し、バトルを繰り広げた個体が生成されることにはかわらない。そいつらがディアボロモンを形づくるのだとしたら。

 

太一はヤマトをみた。視線がかちあったヤマトは変な笑いが浮かんでいるのが自分だけではないと知って少し安心する。太一は前を見る。そしてゴーグルを所定の位置にもどすのだ。

 

「やるしかねえよな」

 

「そうだな。これがディアボロモンの挑戦状だっていうなら受けて立つしかないだろ」

 

「よし、いくぜオメガモン。相手に不足はねーぜ」

 

「みんながディアボロモンより俺たちを応援したくなるように頑張るしかない」

 

オメガモンはうなずく。2体のデジモンの声が二重に聞こえてくる。

 

そして、濃厚な殺意があたりを包み込んだ。

 

「なんだ、あいつは」

 

「ディアボロモンじゃない」

 

後ろで待機している光たちも顔を見合わせるのだ。

 

「あっちも3匹いるの?」

 

「ディアボロモンが2匹としらないデジモンが1匹......」

 

異様なほどの興奮が立ち込める。

 

「なるほど、俺たちがこうするのはお見通しってことか」

 

「デジタルゲートを閉じる嫌がらせをしてこなくなったってことは、初めからこれが狙いだな」

 

「光、気をつけろよ」

 

「タケルもだ。やばくなったら離脱しろ」

 

言ってる傍からデジタルゲートが閉じられてしまい、太一とヤマトは笑うしかない。生かして返す気は無いとディアボロモンたちに宣言されているようなものだ。

 

「馬鹿にしやがって。今度も勝つのは俺たちだってこと見せてやるよ」

 

高らかな宣言に口笛や歓声がひびく。そして死闘ははじまったのだった。

 



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98話

太一、ヤマトはオメガモンと同行。光、タケルはオメガブレードの強化とディアボロモンに相性がいい。光子郎は全面的なサポート。この時点で8人のうち5人がとられている。

 

空、丈、ミミたちは遼と共に大輔たちが開拓したエリアを中心にデジタルゲートを繋いだ。レジスタンスたちを避難させたり、情報交換したりする。こちらのサポートは治が行っていた。そこにVRブラックウォーグレイが現れた。

 

それは漆黒の竜戦士として恐れられる、ウィルス種のウォーグレイモンだった。ウィルスバスターズのウォーグレイモンとは信条も主義も全て正反対であるが、彼なりの“正義”のために存在している。

 

卑怯や卑劣なことを嫌い、同じウィルス種でも低俗なデジモンは仲間だとは思っていない。どういった経緯でウィルス化してしまったのかは謎で、背中に装備している“ブレイブシールド”には勇気の紋章が刻まれていない。

 

必殺技はウォーグレイモンと同じ『ガイアフォース』だが、この世に存在する“負の念”を一点に集中させて放つ『暗黒のガイアフォース』である。

 

驚く空たちにワイズモンがレジスタンスの一員だと教えてくれた。

 

「オレはほかの世界でダークタワーから生まれたデジモンだった。今こうしてそのデータから生み出されたが、オレはミレニアモンが気に食わない。だから脱走してレジスタンスに協力しているのだ」

 

どうやら自分なりの美学や譲れないところがあるらしい。

 

「ふうん、そうなんだ。ところでVRってなんなの?」

 

遼の質問にVRウォーグレイは答える。

 

「ミレニアモンが願望を叶えるために今まで渡り歩いてきた世界で強かったデジモンたちを模して作り出した偽物だ。おそらくオリジナルではないが、あたかもそこにいるという意味でミレニアモンは呼んでいる」

 

「でもデジモンはデジモンだよな?」

 

「オレのように暗黒勢力のデータであるダークタワーから生まれたデジモンはデジタルゲートを危機に陥れる。だから討伐対象になるのだ」

 

「えー、でもこうやってミレニアモンと戦ってるんだから、平和になったら受け入れてもらえるんじゃ?」

 

VRウォーグレイは首を振った。

 

「お前はミレニアモンと戦ったことがあるそうだな」

 

「うん」

 

「ならわかるだろう。この世界に平和が訪れるということは、ミレニアモンにより好き勝手に改変された歴史は正常に戻り、なかったことになるということだ。オレはミレニアモンがこの世界を古代デジタルワールド期にまで戻してから歴史を改変する過程で生み出さなければ生まれない存在だ。平行世界を融合しようとしているのだ、お前たちの冒険のように世界を保存する訳にもいくまい」

 

「でもそれじゃあ、お前......」

 

「オレが脱走するときにミレニアモンがいったことだ。間違いないだろう。だがオレはそれでいいと決意したからここにいる。たとえ世界の平和と同時に存在が消えてしまうとしてもだ」

 

VRウォーグレイのもとになったブラックウォーグレイモンは、たくさんのダークタワーにヒトゲノムが融合して生まれた過程でなぜか心を持ってしまい、苦悩したらしい。自分の存在意義や生まれた意味がわからずデジタルワールドの要石を壊しまくり、危機を招いていく過程で選ばれし子供達とも打ち解ける兆しがあった矢先に非業の死を遂げたというのだ。

 

「そっか·····」

 

「オレはあくまでもデータとして知っているだけで同じ存在ではない。釈然としないものを感じていたときに内偵をしていたワイズモンと出会い、この世界ではどうやらオレは四聖獣たちの管理のもと転生する日を待ちながらデジタマとなっていると聞かされた。そういう世界もあるのだと。ならば壊す訳にはいかないだろう。平行世界とはいえオレを受けいれてくれようと頑張る世界があるならば、それをオレは壊すことなど出来はしない」

 

遼はしばしの沈黙のあと、口を開くのだ。

 

「VRウォーグレイもダークタワーから生まれたのか?」

 

「そうではないが、ミレニアモンによってこの世界の深淵に封印されていたアポカリモンのデータをサルベージしてつくられたのだ。暗黒勢力のデータからつくられたのだから、本質は同じだろう」

 

「そっか......じゃあ、どの世界にも似たようなことで悩むデジモンもいるんだな」

 

「どういうことだ?」

 

「僕、会ったことあるんだ。僕達の世界にミレニアモンが攻めてきて、改変された世界の手下のひとりにボルトモンってやつがいた。メタルエンパイアに作られて、身勝手な理由で封印されてたらしくてさ。目覚めたら復讐する相手がいないから悩んでそこをミレニアモンにつけ込まれて。話が出来そうなやつだったんだよ、仲良くなれそうだったんだ」

 

「死んだのか」

 

「うん......僕達に味方して裏切りそうだからってミレニアモンの部下に殺されたんだ。その部下を倒したら、生きたいって2体の究極体が融合してこの世界にもミレニアモンが生まれてしまった。ある意味、僕達のせいなんだよ、この世界がこんなことになってるの」

 

VRウォーグレイは呆れたように笑うのだ。

 

「オレの生まれは悲劇に満ちているが悲観しなければならない理由はないし、同情されるのは不愉快だからやめろ」

 

「あ、ご、ごめん。つい......」

 

「まあ、お前の気持ちもわからなくはないが」

 

「え」

 

「お前のようなやつがいるから、ボルトモンというやつもミレニアモンを倒せば自分も死ぬとわかっていながら耳を傾けようとしたのだろう」

 

「......そう思う?」

 

「オレはボルトモンではないし、そいつの本心はわからんがオレならそうすると思っただけだ」

 

「そっか......ありがとう」

 

「礼をいうのはオレの方だ。この世界において究極体という概念はミレニアモンしかもたない。あまりにも絶望的な状況だった。たんなる消耗戦から形成を逆転し、大陸の半分もの奪還に成功したのはお前たちのおかげだからな」

 

「へへ、がんばろうぜVRウォーグレイ。それでさ、太一くんのウォーグレイモンと会ったらいいよ。あいつ、マイペースだけどいいこと言うんだ。本質をつくっていうかすごいやつなんだ」

 

「そうか。それは楽しみだ」

 

「僕も!」

 

遼は笑った。

 

「りょう!りょう、りょーう!どこに行ったのかと思ったらこんな所にいたのか!相棒のオレをさしおいてなにしてんだよ、浮気者!」

 

「なにが浮気者だよ、ストライクドラモン!お前はパートナーデジモンじゃないだろ!」

 

「まだ遼のところにパートナーデジモンが現れないんだから、それまではオレがパートナーだ。よって問題なーし」

 

「もし現れたらどうするんだよ」

 

「どうするってそりゃ、大切なことを決めるのはいつだってバトルだ!」

 

「なにいってんだよ、この脳筋!パートナーデジモンはそんなんじゃないって言ってるだろ、何度も!」

 

「でもジュンのファスコモンやウォレスのテリアモン、チョコモンみたいなこともあるんだ。全くないとは言わせないぜ」

 

「そりゃーそうだけどさ、うーん」

 

「はっ、まさか遼!お前最初に冒険したとき太一のアグモンがパートナーだったから、そいつがパートナーがいいっていうんじゃないだろうな!?」

 

「はあ!?なにいってんだよ、ストライクドラモン!意味わかんないこと言うなってば」

 

「あいにくオレはそういうのは面倒だからごめんだ」

 

「VRウォーグレイも乗らないでくれよ、なんか僕が振られたみたいな空気になる!」

 

「やったー!残念だったな、遼!やっぱお前のパートナーはオレだよ」

 

「ああもうやっぱりこの流れ......!」

 

遼は頭を抱えるのだった。

 



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99話

「来るぞ!」

 

VR-ウォーグレイが叫んだ。

 

遼たちの目の前で大陸の端が巨大な力でずたずたに引き裂かれ、ほとんどが海に飲み込まれた。広範囲が瞬時に壊滅した。家屋や森林の破壊に留まらず、衝撃により地表ごと大きくえぐられ、直径ほぼ一kmにも及ぶクレーターが形成された。

 

さらに五km離れた地点でも一秒後にはマグニチュードの揺れが伝わり、十五秒後には爆風が吹き抜け、町の広範囲が甚大な被害に見舞われた。

それは戦争で大空襲を受けたあとの町そのものだった。一瞬にして瓦礫の荒野と化した北の果てをみて、空たちは戦慄する。

 

それたダークマスターズたちによるデジタルワールドの再構築の過程とうりふたつだったのだ。

 

そして負の想念が、闇のパワーによって集まって生まれた謎のデジモンが虚空に出現したのだ。今なおその正体を知るものは誰もおらず、この物体がデジモンなのかも解析することはできない。その出現理由は定かではないが、混沌とした電脳世界(デジタルワールド)を粛清し“無”に帰そうとしていると考えられる。一説には太古の予言書にアポカリモンの出現を予言しているものがあると言われている。黙示録の体現者がまた選ばれし子供たちの前に現れたのだった。

 

「アポカリモン!」

 

「まさか、そんな」

 

「嘘でしょっ!?ミレニアモンてアポカリモンまでVRで生き返らせちゃうの!?」

 

戦慄する子供たちを前に治のモニターが出現した。

 

「アポカリモンなら解析できているところもある!任せてくれ!」

 

「かつてのようになすすべなくデジヴァイスを破壊されるわけにはいかん!」

 

「さあ、封印させてもらおうか!」

 

治たちが起動したプログラムがデジタルワールドに出現する。それはミレニアモンたちとの戦いによりアポカリモンを形成している死んだデジモンたちの残留思念を解析したからできた。彼らをデジモンとして生まれ変わらせようと努力してきたホメオスタシスたちの共存の過程で生まれた副産物だった。

 

アポカリモンの体を分解し、構築しているデータをワクチン、ウィルス、データ、それ以外にわけ、分離させることができるプログラムだった。

 

「今、この世界を跋扈しているVRデジモンたちもアポカリモンの構築データにあることがわかったんでな。転生システムが生きているワシらのデジタルワールドの転生システムに転送させてもらうぞ!」

 

ゲンナイさんの宣言に選ばれし子供たちはたった4人しかいない現状ながら封印するしかなかったアポカリモンを倒せるかもしれない事実に気分が高揚する。それは1999年8月1日から暗黒勢力と戦い続けてきた選ばれし子供たちの明確な成果でもあった。

 

「すごい!すごいです、ゲンナイさん!これならアポカリモンは弱体化する!」

 

「えーっと、どういうことなの?」

 

「アポカリモンは進化を否定する概念がデジモンたちの魂を糧に肥大化した正体不明のデジモンなんです。今、ゲンナイさんたちはアポカリモンに取り込まれたデジモンたちの魂を取り戻して、僕達の世界に生まれ変わらせてくれたんですよ。このままいけばアポカリモンは進化を否定する概念だけになる。もしかしたら、倒せるかもしれない」

 

「封印するしかできなかったアポカリモンが?」

 

「受け入れてあげられなかったアポカリモンが?」

 

「そうです!」

 

「すごい!」

 

「選ばれし子供たちよ、今じゃ!デジヴァイスの聖なる光でやつの正体を!」

 

空たちはデジヴァイスをかかげた。暗黒勢力に対して効果があるウィルスバスターが起動し、アポカリモンを構成するデータが一気に浄化されていく。明らかにアポカリモンの規模が縮小したのがわかる。

 

傍らでその様子を見ていたVR-ウォーグレイは目を細めた。

 

「なあ、お前もこいよ。僕達の世界ならきっとお前を受け入れることができる」

 

遼は今すぐ解析されたデータが転生システムに転送されると聞いてVR-ウォーグレイに声をかけた。

 

「......とても心惹かれるが、まだ戦いが残っているのを忘れるな。こいつはオレと同じ平行世界のデジタルワールドのデータから生み出されたコピーにすぎない」

 

「わかったよ。なら戦いが終わったら来いよな、約束だぜ」

 

「ああ」

 

そんな遼たちをしりめに丈が声を上げる。

 

「今だ、ゴマモン!」

 

「よーし、いくぞー!」

 

ヴァリアブル機能が発動し、ディーターミナルにあるゴマモン専用のデータおよび進化バンクからデータがダウンロードされ、ゴマモンは一気にワープ進化した。

 

光を突き破った先に現れたのはイギリスの未確認生物研究所のコンピュータ内で発見された空想上の存在だったデジモン、プレシオモン。

 

実は初代選ばれし子供たちが冒険した時には噂になっていたデジモンだった。滅多に姿を現わせることはなく、霧に包まれ視界が悪くなると出現するらしい。その姿は白く輝き洗練された印象を受ける神秘的な存在。甲高く、透き通るような声で鳴き、聞くものを悲しみで包み込み戦意を喪失させる『ソローブルー』。

 

空もそれをみてデジヴァイスをかざすのだ。

 

「ピヨモンも準備はいい?」

 

「ええ、いつでも大丈夫よ!」

 

黄金色に輝く4枚の翼を持った聖なるデジモン、ホウオウモンが降臨する。全ての鳥型デジモンの長であり、神聖系デジモンを統べるものと言われている。ホーリードラモンが獣型デジモンの究極形態であるのに対し、ホウオウモンは鳥型デジモンの究極形態である。

 

神聖系デジモンの証でもあり、聖なるパワーを引き出す「ホーリーリング」を2つも持つところから、ホウオウモンの持つパワーが計り知れないことが理解できる。

 

必殺技は神々しい4枚の羽を羽ばたかせて黄金色の粒子を降り注ぐ『スターライトエクスプロージョン』。この技を受けると、全ての悪は浄化されるという

 

「僕達もいくよ、テントモン」

 

「はいな!任せなはれ!」

 

そこにはカブテリモン種とクワガーモン種のデータを併せ持って進化した究極の昆虫型デジモンがいた。巨大な角と鋏を持ち、正反対の性質だった2種のデジモンの欠点を完全に補った形態といえる。体は黄金色に輝き、アトラーカブテリモンが失った飛行能力も復活強化し、超音速でデジタルワールドを駆け巡る。もはやこの究極の進化を果たしたヘラクルカブテリモンにかなう存在は少ないだろう。必殺技は「メガブラスター」の強化版『ギガブラスター』。この技を受け消滅しない者は存在しない。

 

「遼、いくぜ!」

 

「ああ、よろしくな!ストライクドラモン!」

 

ゲンナイさんから支給されたばかりの大輔たちと同じタイプのデジヴァイスを遼はかかげるのだ。

 

そしてどんな攻撃にも耐えられる、特殊ラバー装甲に身を包んだ竜人系のサイボーグ型デジモン、サイバードラモンが大地に降りたった。

 

コンピュータネットワークにウィルス種のデジモンが発生すると、どこからともなく現れて全て消滅させてしまう。しかし、正義の集団「ウィルスバスターズ」には属していない孤高の戦士であり、その正体は謎に包まれている。

 

特殊ラバー装甲は、優れた防御能力だけでなく、攻撃力をも増幅させて繰り出せる機能も持っている。必殺技は、両腕から構成データを破壊する超振動波を出して、敵の周囲の空間ごと消し去ってしまう「イレイズクロー」。この攻撃を受けると、データの一片も残せず消滅してしまう。

 

空たちのデジヴァイスから結界が出現し、VR-アポカリは大地に磔にされてしまう。パートナーデジモンたちは一斉に必殺技を放った。

 

すさまじい爆発が起こった。しばらくして砂煙が消えた。遼たちはVR-アポカリがいたはずの場所を見て驚くのだ。そこには何も無かった。いや、暗闇だけがそこにはあった。デジタルワールドの地上が裂けて、また宇宙空間が広がり、その下に青い地球がみえた。

 

その裂け目の向こうからおどろおどろしい声が聞こえてくる。

 

「一から知性あるいは英知が生まれ、魂が生まれた。世界、個別、物理的世界が生まれた。魂は不死であり肉体とともに滅びるものでは無い」

 

「なんだ、この声は」

 

「アポカリモンじゃないのか?」

 

「アポカリモンじゃないわ!こんな怖い声じゃない!」

 

「こんな、頭の中にガンガン響いてくるような、やばい声じゃ!」

 

「あ、頭が割れる!」

 

「痛いー!」

 

「だれだよ、お前!」

 

「秋山遼、貴様はまた我の前に姿を表すのか」

 

「誰だ!」

 

「1度ならず2度までも」

 

「なにいってるんだよ、僕はアポカリモンと戦ったことはない!」

 

「ふん、そうか。貴様は転移する前の秋山遼か。ならば好都合だ。貴様を今ここで消してやる!ダークネスゾーン!」

 

「遼あぶない!」

 

セイバードラモンがあわてて遼をかかえて横に飛び退いた。みんな一斉に亀裂目がけて必殺技を放つ。

 

謎の声は高笑いしたあと、尊大な態度で話し始めた。

 

「われわれが生きているこの世界は悪の宇宙、あるいは狂った世界であると知っているか?原初の世界には真の至高神が創造した善の宇宙があった」

 

「自分を神様っていうってことは」

 

「こいつが進化を否定する概念......」

 

「宇宙空間そのものってことか!」

 

「いや、違います。ここはデジタルワールドだ、なんだってデジモンとしてのテクスチャを被るはず。つまり、本体は......」

 

「どれだけでかいんだい、それ?!」

 

「原初の世界は、至高神の創造した充溢の世界である。しかし至高神の神性のひとつである知恵は、その持てる力を発揮しようとして狂った神を作った」

 

慌てふためく選ばれし子供たちをしりめに亀裂の向こう側から声がする。

 

「神は自らの出自を忘却しており、自らのほかに神はないという認識を有している。この神の作り出した世界こそが、我々の生きているこの世界である。物質世界の生の悲惨さは、この宇宙が悪の宇宙であるが故だ。現象的に率直に、真摯に、迷妄や希望的観測を排して世界を眺めるとき、この宇宙はまさに善の宇宙ではなく悪の宇宙に他ならない。ならば我々は偽の世界から真の世界に帰らねばならない。物質を捨て、精神世界に帰らねばならない。その使命があったはずだ。貴様らは忘れているのだ」

 

「......待ってください、おかしくないですか?この声がデジモンの進化を否定する概念なら、もっとデジモンについて言及するはず」

 

「た、たしかに。さっきから宇宙がどうとか、世界がどうとか、なんか難しい話をしてるような」

 

「なんか怖い......しゅうきょーって感じ」

 

「なにいってんだこいつ」

 

どうやら治やゲンナイだけが理解出来ているようだ。亀裂の向こう側には確かに概念としてのアポカリモンがいるのだ。

 

概念は、簡単にいえば理解している物事に共通している特徴だ。例えば足が4本あって顔が丸く耳がとがっていて髭がある生物を猫であると認識している。これが猫の概念だ。

 

三毛猫を初めて見た人でも、ペルシャ猫を初めて見た人でも、それが猫であるとわかる。逆に猫の概念を持っていなければ、三毛猫を見てもそれが何かはわからない。概念を用いることは認識をとても合理的なものにする。

 

普段、概念を人間は意識してないが、環境を認識する上でとても役立つものだ。これを無意識に行ってしまうところが、人間の脳みその凄いところである。

 

「デジタルワールドが自我を持ったから概念を自ら獲得するに至ったんですよね、ゲンナイさん。じゃあ、あいつはどこから来たんですか?デジモンは進化する生命体で、進化を否定するわけがないのに。死んでったやつが進化を否定する概念をつくるならわかるが、概念が先にできるなんておかしい」

 

治の言葉にゲンナイさんはわからんというしかない。なにせ進化を否定する概念を目撃するのはこれが初めてだからだ。

 

デジタルモンスターやデジタルワールド以前の人工知能は、物事の特徴(概念)を人間がいちいち入力して教えてあげなければならないものだった。

 

猫であれば、足が4本、顔が丸いなどといったことを人間が教えて、それらに照らし合わせて人工知能が判断していたのだ。これでは手間がかかるし、物事の特徴はそれこそ星の数ほどあるし、とても複雑なものもあるので、人間が全て教えることは出来ない。

 

そこにデジタルモンスターやデジタルワールドは自ら概念を獲得することに成功した。

 

おそらく現実世界ならばあと30年はかかる技術だ。それでも大量の画像を見せて、そこから特徴を抜き出して学ぶ、という方法が限界だろう。これは人間が視覚を利用して物事を認識するのと同じ原理だ。ここまできてようやく人工知能が人間と同等の「概念」を持つ道への第一歩を踏み出したとなる。

 

すでにデジタルワールドは通り過ぎた道だが。

 

「アポカリモンの封印が解かれた理由も生まれた理由も今だ謎のままなんじゃ」

 

「……明らかにやばいやつなのは確かですね」

 

「ああ」

 

「使命を忘れた低俗世界に身を落とした分身などこれ以上の物質世界の精神世界への侵食を止めなければならない。物質世界にいる者達は低俗故に精神世界の高みにまで到達してはならない。偽物の神の世界で一生を過ごすべきだ」

 

亀裂は呻くように叫ぶ。まるで呪詛のようだ。

 

「だというのにおこがましくも人間の進化は物質世界において頂点となり中間世界においてさらなる進化をはじめた。もはや止めることは誰にもできない。ならば邪魔だてする必要はない。救済しなければならない。そこまでの高みにまで行こうとする人間こそ精神世界の高みにまでひきあげなくてはならない。ゆえに人間は肉体を捨てなければならない」

 

訳の分からないことを言われて選ばれし子供たちは顔がひきつるのだ。

 

「人間は、一見、荒唐無稽とも云える創造神話などを認識して受け入れ、宇宙と人間の運命についての神話的構造を自覚するにいたっている。狂った神の世界において奇跡というにほかならない。それは精神世界における光を宿しているからだ。この者達はまさにその光を具現化するに至っている」

 

発狂したようにアポカリモンだった概念は叫ぶのだ。それは狂気じみた歓喜にもみえた。

 

「認識を越えた、知り難い榮光の至高神が真実の神であり、また、この至高神の宰領する永遠の圏域こそが、自己の魂の本来的故郷である、と云う真実を認識することは救済に値する。人間の救済は、その存在の含む精神によって可能となる。永遠世界を本来的故郷としているが故、人間の光は、最初から救済されているのだ。魂は滅び、消滅することはない。個人の本質によってのみ救済される。救済において回復するのは光であり、そして人に資格がある場合、その魂は永遠世界への帰還がある。ゆえに肉体は救済の有無に関係せず、地上に滅びる定めにある」

 

「ああもう、さっきからごちゃごちゃうるさいな!誰なんだよ、お前さ!」

 

遼はたまらず叫んだ。しばしの沈黙の後、亀裂からさらなる言葉の雨が降り注ぐ。

 

亀裂の向こう側にいる概念は、概念じゃなくて神様、もともと完全な存在だったらしい。そもそも世界は神様のいる世界、精神世界、中間世界、物質世界にいくにつれて外側になる。

 

ある日、罪を犯した神様は神様の世界から中間世界に落下した。そのときバラバラになり、一部は物理世界にまで落下して、惨めな存在となった。同時に、中間世界に、その分身が存在することとなった。

 

分身たちが今世界を超えて精神的つながりを経てひとつに返り、本質を取り戻そうとしている。なんと喜ばしいことか。

 

だがバラバラになった時に中間世界におちた神様の一部は自分の立場がわかっていたが、物理世界におちた一部は忘れてしまった。自分だけが神様だと信じ込んでいる。そして今の物質世界、つまり現実世界を作り出してしまった。

 

人間の持つ魂は神様の一部なのに、狂った神のせいで肉体という牢獄に閉じ込められてしまった。それが人間であり、中間世界にいる欠片がパートナーデジモンだというのだ。

 

そこで無知のまま肉体と共に滅びるか、魂の導きにより知識を得て、永遠の光の世界へと救済されて行くかが決められる。救済とは肉体と魂が完全に切り離される時、神様の世界に魂が帰ることをさす。それ以外の魂は物質世界に残されそこで滅び消えるしかない。

 

「ふざけるな!」

 

「消えちゃうのが救済だなんて無茶苦茶なこと言わないでよ!」

 

「そうよ。そんなの、それこそ傲慢だわ!」

 

「お前の方が間違った神様じゃないか!」

 

選ばれし子供たちの叫びに亀裂が笑うのだ。

 

「あの時と同じことをいうのだな、秋山遼よ。愚か者め。狂った神の世界から救済に値する進化を成し遂げた人類がなぜ我を否定する?誉ではないか。だというのにことごとく拒絶する。結晶化も貴様らが暗黒の力と呼ぶものも、肉体から解放するための最適解だというのに邪魔だてをする。やはり貴様らは死ぬべきだ」

 

ここでようやく選ばれし子供たちは気づくのだ。進化を否定する概念とは、デジモンではなく人間の進化を否定する人智をこえたおぞましいなにかなのだと。

 

亀裂から一気に黒いなにかが吹き出した。

 

「いかん!高濃度のブラックガスじゃ、みんな逃げろ!あれを受けては内側から食い破られて精神体になり連れていかれてしまう!」

 

選ばれし子供たちはあわててデジタルゲートをくぐりはじめる。

 

「秋山遼、貴様だけは逃がさん!」

 

そのとき、黒い球体が発射された。

 

「遼!」

 

「遼さん!」

 

「あぶない、避けるんだ!」

 

それを庇う姿があった。

 

「VR-ウォーグレイ!?お前!」

 

「気にするな、早く行け。オレには効かん」

 

「でも!」

 

「早く行け!長くはもたん!」

 

「お前もはやく!」

 

「馬鹿言え、そんな暇はないだろう。オレが無駄死にしてもいいのか」

 

「そんなの、そんなわけ、」

 

「遼、なにしてるんだ!早く来い!」

 

「治くん!」

 

「いかん、治!はやく遼も来るんじゃ!」

 

治が遼を羽交い締めにしてサイバードラモンと引きずっていく。

 

「VR-ウォーグレイ!」

 

「あぶない、遼!」

 

ふたたび発射された球体から治は遼をかばって被弾した。

 

「治!」

 

呻く治にようやく自分がとんでもないことをしていることに気づいた遼は悲鳴をあげた。サイバードラモンが2人をかかえてデジタルゲートを突破する。

 

亀裂が世界をまた引き裂いていく。アポカリモンだった概念の高笑いがこだましていた。

 

 



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100話

大輔たちは人造テイマーたちが拠点を構える場所にたどり着いた。そこではまさに今、ミレニアモンが完成したところだった。キメラモンとムゲンドラモンが人工的にジョグレスしたところだ。たくさんのチューブに繋がれており、目に光はないが起動まで時間が無いだろう。

 

大輔たちはどうしてミレニアモンに侵略されているこの世界で手下がまたミレニアモンを作っているのかよくわからなくて困惑する。

 

「そこまでだ!」

 

大輔の言葉に少年は振り返った。京くらいの少年にみんな驚くのだ。もっとロボットみたいなものかと思ったら人間と何ら変わらない存在がそこにいる。全身黒づくめにサングラスをしているものだから黒髪なことしかわからない。

 

「そうか、この世界の僕は遼さん以外に仲間がいたんだな。もう大輔たちに会えたのか。うらやましい。だがやることは変わらない。次こそは」

 

「待てよ!」

 

「また僕の前に立ちふさがるのか、本宮大輔」

 

「だれだよ!」

 

「ずいぶんと小さいが......ああ、まだ2000年なのか。こちらの世界ではまだミレニアモンとの決戦はこれかららしいな」

 

「なにいってるの?」

 

「僕達のこと知ってるみたいですね」

 

「もしかして、平行世界の選ばれし子供の誰かをそっくりそのままコピーしてるってこと!?」

 

「これは予言だ、本宮大輔。お前の大切な人がいなくなるだろう。だがお前はなにもできないまま時間だけがすぎていくのだ。これから僕が味わった孤独に苛まれるがいい。そして後悔するんだ。僕の手をとっておけばよかったとな」

 

カイザーを名乗った少年はサングラスを外した。

 

「兄さん?いや、ちがう......僕?」

 

「もう1人の賢君がいる!」

 

「どういうこと?」

 

カイザーは笑うのだ。

 

「あの時は暗黒の力に染まったデジモンのパーツを使ったが今度こそ成功してみせる!これで僕は過去のデジタルワールドに飛ばされてしまった仲間を助けることができるのだ」

 

「仲間?」

 

「えっ」

 

「助け?え、どういうことなの?」

 

人工的にデジモンをつくる未来があることをポキュパモンから聞いていた選ばれし子供たちはそれ自体に忌避はない。ミレニアモンという世界を危機に陥れたデジモンなのが問題なのである。だからこそカイザーの口にした悲願、目的があまりにも予想外でみんな驚くのだ。

 

「僕の仲間はミレニアモンとの戦いの果てに行方不明になった。エージェントたちは彼の行方が見つけられず、僕は気づいた。過去に飛ばされたのだと。予言の書に仲間の名前が書いてあるからだ。ならば時間を超えるしかない。今のデジタルワールドのサーバではない、古代デジタルワールドのENIACが統治していたころのデジタルワールドへ!」

 

「ねえ、君の仲間は帰って来なかったの?」

 

「本宮大輔たちに止められたから頓挫だ。暗黒の力に記憶を奪われた僕はなにひとつ覚えていないのだ。なにせその記憶こそが僕だからな!」

 

「なんでミレニアモンなの?」

 

「どうして仲間が過去に飛ばされたことがわかるのよ?」

 

「わかるさ。ミレニアモンが死ぬ間際に暗黒の球体を仲間に発射したとき、とっさにかばったからな。おかげで僕はミレニアモンの考えていることがわかるようになった」

 

「なんだって!?」

 

「過去のデジタルワールドにとばされたことをミレニアモンは理解している。なぜならそれは」

 

「それ以上は不要だ。感謝するぞ、カイザー。よくぞここまで私の思い通りに動いてくれた」

 

いきなりミレニアモンの目が赤く発光する。

 

「ばかな!暗黒の力もミレニアモンの力にも汚染されていないパーツで作り上げたはずのミレニアモンだぞ!なぜお前の管理下におかれるんだ!」

 

「決まっているだろう。いくらパーツが汚染されていないとしても、カイザー、お前の器自体は私が用意したものだ。私の影響をうけて汚染されるに決まっているだろう。お前は一乗寺賢ではない、カイザーとしての記憶を私が奪って形にしたただの人形にすぎないのだから!」

 

突如空間が歪み、その向こう側からミレニアモンが出現した。

 

「これで私はさらに強くなることが出来る!」

 

大輔たちは見ていることしかできなかった。ミレニアモンとミレニアモンが融合していくではないか。オメガモンと同じ、究極体同士がジョグレスして誕生したミレニアモンが、さらにジョグレスしていくではないか。超究極体の先にある世代を大輔たちは知らない。未来の知識があるジュンも知らない。前例が存在しないからだ。

 

「結晶体?」

 

それはある意味で予想外の姿だった。見上げるほど巨大な黒い水晶の中になにかが揺らめいていて、時折赤い目がこちらをみつめているのがみえる。あまりにもシンプルなデジモンだった。

 

「我が名はムーン=ミレニアモン!」

 

新たなる邪神が自らの名を宣言したと同時に世界が裂けた。足場がなくなってしまった大輔たちは落下する。様々な色がとけあい、分離しあい、奇妙なマーブル模様が充満している異様な空間だった。

 

「ようこそ、我が領域へ。ここはミレニアモンの内面世界だ。なにせ私はホメオスタシスのように実体をもたない精神体のデジモンなのだ」

 

その言葉に大輔たちは目を見開くのだ。

 

「まさか、ミレニアモンの心そのものがデジモンだとか言わないでしょうね!?」

 

「ふふふ、さすがだな。お前なら気づいてくれると思っていたぞ、本宮ジュン。だが、なにをそんなに驚いているのだ?アポカリモンの残留思念をパートナーにもっていながら、アポカリモンに取り込まれたデジモンの心がデジモンになったのを目撃していながら、なにを?」

 

「それは……」

 

ムーン=ミレニアモンの姿がかわる。笑っているのだろうか、焚き火のような揺らめきがある影が黒い水晶の中できらめいた。

 

ムーン=ミレニアモンのいうとおり、ミレニアモンの闇の心がデジモンとなっている為、固定の姿形を持っていないらしい。

 

もしかしたら、クリスタルの姿は基本的な姿にすぎず、敵に対する憎しみや怒りで、その形は変わるのかもしれない。

 

「ジュンに近づくな」

 

ベルフェモンの巨大など爪が空間を切り刻み、内側から外の世界が一瞬見えるようになるがすぐに塞がってしまう。そして狙ったはずのムーン=ミレニアモン自体は通り抜けてしまい、無傷である。

 

「嘘でしょ!」

 

「精神体だから実体を持たないのかな」

 

「あらゆる物理的な攻撃を受け付けないってこと!?どうやって倒すの!?」

 

「困ったわね。ムーン=ミレニアモンを倒すには、本体であるミレニアモンを倒すことがまず必要みたいだけど、倒れた本体から分離し時間と空間を超えて復活してるみたいだわ」

 

「そんな!」

 

ムーン=ミレニアモンは高笑いした。

 

「そう、だからこそ出現する世界に私は私をまずは作らなければならないのだ」

 

「なるほど、そんなに遼さんに会いたいのか」

 

「なに?」

 

「お前、いってたよな。遼さんは平行世界の自分と同じ存在だと。だから死んでもすぐに生まれ変わるし、どこにいるかわかるし、過去のデジタルワールドにいるとわかると」

 

一瞬空気が凍った。

 

「えっ」

 

「それって」

 

「まさか、ミレニアモンと遼さんは」

 

「余計なことをいうな。私にあるのは秋山遼、デジタルワールド、選ばれし子供たちへの復讐だけだ。だからこそ死してなお私は復活して新たなる進化の道を進むのだ!」

 

ムーン=ミレニアモンの黒い水晶がひかった。

 

「お前はもう不要だ。デスクリスタル」

 

大輔達は何が起こったのかわからなかった。カイザーの体から半透明なカイザーが現れたかと思うと、半透明なカイザーが一瞬でズタズタに引き裂かれたのだ。

 

「次は貴様だ!」

 

「大輔、あぶない!」

 

ジュンは大輔を突き飛ばした。

 

「姉ちゃん!」

 

「ジュンに触るな」

 

ベルフェモンがジュンをかかえて空を飛ぶ。

 

「タイムアンリミテッド」

 

ムーン=ミレニアモンが発動した亜空間にジュンは飲み込まれてしまった。

 

 



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101話

「いかん、アポカリモンが本性をあらわしおった!はやく逃げるんじゃ、選ばれし子供たちよ!このままでは精神と肉体を分離されて精神だけ取り込まれてしまう!やつはこの世界に存在するすべての物体を消滅させる気じゃ!」

 

ゲンナイさんの悲鳴にも似た叫びがこだまする。そしてデジタルゲートが開かれた。なんでも北の空から広がり始めた暗雲から硫酸に似た物質を含んだ雨がふりはじめているというのだ。デジタルワールドのなにもかもをとかし、レジスタンスたちのデジコアやデータチップといったものが内側からさらに生まれようとしている世界の亀裂に飲み込んでいるというのだ。生命のほとんどが死に絶える。死骸もほとんど残らない。そんな地獄絵図になりつつあるのだという。

 

「でも、姉ちゃんが!姉ちゃんが!お姉ちゃんがっ!ムーン=ミレニアモンに!」

 

「ジュンさんを助ける為にも今は逃げなきゃダメだよ、大輔くん!」

 

賢が大輔の腕を掴む。

 

「でも!でもっ!おれ、おれ、またお姉ちゃんのこと助けられないなんて嫌だ!ムーン=ミレニアモン倒さないとお姉ちゃんがっ!!」

 

「気持ちはわかるけどはやく!」

 

「やだ、やだ、お姉ちゃん!」

 

「大輔さん!」

 

「お姉ちゃん!!」

 

大輔の悲痛な叫びが響いたとき、大輔のディーターミナルがまばゆい光を放った。それは黄金のデジメンタルと融合していたマグナモンの姿を変えていく。黄金のデジメンタルが大輔のもつ特異な能力と呼応して突然変異を起こしたのだ。それは刻まれていた紋章をそのままにデジメンタルを構築しているデータと大輔のお姉ちゃんを助けたいという気持ち、ムーン=ミレニアモンを倒さなければならないという決意が引き起こした。

 

「これは……デジメンタルが紋章になったじゃと!?」

 

それはブイモンのヴァリアブル機能に設定されていた究極体の進化経路を無理やりねじまげた。光に包まれたマグナモンがヴァリアブル機能によりアーマー進化を一度リセットし、通常進化という形で究極体という新たなる進化経路を開拓する。

 

そこにいたのは誰も見たことがないデジタルモンスターだった。白いマントがゆらめいている。黄金色の意匠が美しい漆黒の鎧に身を固めたそのデジモンは、マントが一瞬にして変化した背中の翼を広げて飛翔する。そしてムーン=ミレニアモンの前に立ちふさがった。

 

上空に巨大な魔方陣が展開される。

 

「デジタライズ・オブ・ソウル!」

 

異次元の彼方より伝説と謳われるデジタルモンスターが降臨する。

 

「あいつ!」

 

「VRデジモンでいたやつだ!」

 

「でも黒くない!」

 

「もしかして、あれがオリジナルのデジモンなの!?」

 

「……ブイモン……」

 

大輔の呼びかけに赤い目が細められる。黒い鎧のデジモンも異次元から召喚されたデジモンも大輔をみてうなずいた。

 

黒いデジモンが謎の光を放ちながら両手から魔法陣を形成し、ムーン=ミレニアモンの攻撃を完全に防ぎきる。まるでムーン=ミレニアモンの攻撃が初めからわかっているかのように身をかわし、異次元からきたデジモンに結界をはる。そして魔法陣がムーン=ミレニアモンを包み込んだ。

 

大輔たちはなにがおきたのか全くわからなかった。気づいたらムーン=ミレニアモンが分離してミレニアモンが2体上空に浮かんでいるのが見えたのだ。

 

「えっ、えっ、なにをしたの!?」

 

「まさか強制的にジョグレスを解除したのか!そんな馬鹿な!信じられん!」

 

そして正体不明のデジモンが白い翼をはためかせて、ミレニアモンたち目掛けて突撃する。

 

「あれはまさかオメガブレード!?」

 

「でもオメガモンのより大きいですよ!?」

 

「なにあれ!」

 

「すごい……」

 

そこにはオメガモンの愛刀であるはずの聖剣オメガブレードが振りかざされる姿があった。デジモン文字のアルファベットで『initialize』(初期化)と刻まれている聖剣“オメガブレード”。

 

それがミレニアモンたちを一刀両断する。2体のキメラモンと1体のムゲンドラモンに強制分離させられ、さらにそれぞれのパーツが解体され、断末魔を残して虚空に消えた。だがあと一体、ムゲンドラモンだけは一気に原型をなくして溶けていく。どうやらこちらが本体だったようで、ダークマスターズのムゲンドラモンがジョグレス先だったようだ。

 

黒いデジモンと正体不明のデジモンがオメガブレードでトドメをさそうとするが、逃げられてしまった。

 

そして。

 

召喚魔法のリミットを迎えたのだろう。オメガブレードの持ち主は光の向こうに消え、黒いデジモンは一気に退化していく。大輔はあわててチコモンを抱きしめた。

 

「だいしけ......だいしけ、ごめん。あいつ倒しきれなかった......ジュンが、ジュンが......」

 

チコモンの言葉に大輔たちは血の気がひくのだ。

 

「あいつ、殺されそうになるたびに進化して免れてるよ、だいしけ。普通の方法じゃ倒せない」

 

「そんな、じゃあ、姉ちゃんは?」

 

「わかんない......わかんないけど、あいつ倒さないと......!」

 

「姉ちゃん......」

 

「大輔くん、1回戻ろう。ジュンさんとベルフェモンを助ける為にも、僕達はまだやられる訳には行かないんだ」

 

今にも泣きそうな顔をしている大輔を賢が手を引く。京たちはあわててデジタルゲートをくぐって離脱したのだった。

 

 

 

 

 

 

ミレニアモンにより次々に亜空間に転送されたグラップレオモンたちはジュンとベルフェモンをみたという。

 

「だがあいつが現れた」

 

「見たことがないデジモンだったわ」

 

「きっと究極体だ。満身創痍の我々が叶う相手ではなかった」

 

「ごめんなさい、あなたのお姉ちゃんだったのね」

 

そのデジモンはミレニアモンの作った亜空間にデジタルゲートをつくり、侵入してきたのだという。

 

「デーモンと名乗っていたわ」

 

「やつは自分でデジタルゲートを構築できるみたいだったぜ」

 

「VRデジモンとは違って本物のデジモンだったわ。ミレニアモンに連れてこられたわけでも、復活させられたわけでもないみたい」

 

その言葉に反応したのはゲンナイさんだった。ジュンから未来のデジタルワールドについて話を聞いた時に有名どころの勢力について話を聞いていたのである。

 

「まさか、パラレルワールドのデジモンがアポカリモンの力、暗黒の力を狙って現れたのか!」

 

誰もが息を飲んだ。ジュンとベルフェモンが狙われた理由がピンポイントでわかってしまう。

 

「いかん、治を現実世界に戻してデジタルワールドから隔離せねばならん!また狙われてしまうかもしれん!アポカリモンが打ち込んだのはおそらくワシを蝕んでおる暗黒の球体と同種のものじゃ!」

 

その一言で選ばれし子供たちはパートナーデジモンと共にデジタルワールドから強制離脱することになってしまった。アポカリモンの侵食はデジタルワールドイリアスを飲み込まんと拡大し続け、こちらの世界のデジタルワールドにまで影響を及ぼしつつあるが、建て直しが必要だったのだ。

 

ゲンナイさんは語り出す。パラレルワールドには七大魔王という多くの悪魔型デジモンや堕天使型デジモンを率いる恐ろしい魔王型デジモンたちがいると。

 

その中でもデーモンは元々はデビモン等と同じく天使型デジモンであり、その中でも特にレベルの高い存在であった。しかし、デジタルワールドの善の存在(恐らくはデジタルワールドを構築した人間)に対して、反逆あるいは猛威を振るったためダークエリア(消去されたデータの墓場)へとデリートされてしまった。彼等は、いつの日かデジタルワールドを征服し、善の存在への復讐を誓っている。また、その反逆戦争のために力を蓄えているらしい。

 

「アポカリモンによる影響でデジタルワールドにはウィルス種が激減しておるんじゃ。そのせいで光と闇のバランスが崩れ、非常に不安定な状況が続いておる。だからこそジュンのパートナーであるベルフェモンには、アポカリモンから解析されたウィルス種データの7分の1を取り込んだ状態で守護デジモンをしてもらっておった。そのおかげでここまで復興が進んできたんじゃが、今また著しく光に世界が傾いておる」

 

ゲンナイさんはためいきをついた。

 

「パラレルワールドでは、七大魔王は力を弱体化させるために平行世界に同じやつが存在しておるらしい。ワシらの世界は七大魔王などの勢力がまだ生まれておらん。全盛期のころの七大魔王のデジタマがあるわけじゃ。それをすべて捕食するつもりなのかもしれん」

 

「待ってくれよ、ゲンナイさん!じゃあ、姉ちゃんは?ベルフェモンは!?」

 

「ジュンはベルフェモンのパートナーじゃ、引き離したらベルフェモンが弱体化することをデーモンはしっておるらしい。でなければ連れ去るとは思えん」

 

「そんな」

 

大輔は崩れ落ちた。

 

 



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102話

賢たちは離脱する寸前にVRアポカリの1部になるはずのミレニアモンの残滓がVRアポカリを取り込むのを見た。強大ななにかだったはずなのにだ。所詮ミレニアモンが生み出したコピーだからかもしれない。その報告ついでにいうのだ。

 

「平行世界の僕がいってたんです。ミレニアモンは遼さんのパートナーデジモンだって」

 

賢の言葉の意味が一瞬誰もわからなかった。ミレニアモンが?遼の?なんだって?パートナー?デジモン?ミレニアモンが?あのミレニアモンが?

 

「もしかして何度も復活して攻めてくるのは一緒にいられないから絶望して?」

 

「私に生まれた瞬間から死ねといっているも同然ではないか。生存本能が私の原動力だ」

 

みんな一斉に治をみた。

 

「命の選別をするとは、貴様は神か?仏か?なにを思い上がった勘違いしているのだ」

 

「兄さん?」

 

「当たってるかもしれないぞ、賢。ミレニアモンは確かにこういってたからな」

 

「ミレニアモンが僕の......」

 

「なんだよなんだよ、じゃあなんでデジタルワールド滅ぼそうとしてんだよ」

 

ストライクドラモンが治に聞く。

 

「ちがう……」

 

「遼?」

 

「違うんだ、ストライクドラモン。ミレニアモンは生まれた瞬間からデジタルワールドに拒絶されるレベルの強大な力があるんだ。ダークマスターズだったデジモンとキメラモンの融合体だから……」

 

「なんだってミレニアモンだけ遼のパートナーなのにんなことになっちまったんだ?」

 

「しらないよ!」

 

「落ちつかんか」

 

ゲンナイさんは息を吐いた。

 

「お前さんたちに話すにはまだ早いと思っておったんじゃが、話さなければならないな。進化を否定する概念の正体について。それは人間の進化を否定する概念じゃ」

 

「?」

 

「パートナーデジモンという存在はデジモンとは違う生体をしておる。パートナーたる所以はそこにある。デジタルワールドという異世界にいるもうひとりの自分、それがパートナーデジモンの正体じゃ。人間の進化は物理世界においては限界を迎え、精神世界における進化を選んだ。其の結果生まれたのがパートナーデジモンたちじゃ。離れ離れになったら弱くなるのは当然じゃ、2人で1人なのじゃから」

 

「待ってよ、それってアポカリモンがいってる神様がどうとかっていう話と一緒じゃないか!」

 

「そこまではわからん」

 

「でも!」

 

「もしそれが正しいのだとして、物理世界を捨て精神世界に生きるということは、デジタルワールドに移住することになるんじゃぞ?あるいはパートナーデジモンと強制的に融合することかもしれん。それは独立した人間とパートナーデジモンの緩やかな繋がりを真っ向から否定するものじゃ。だいたいどうあるべきかなどというものは、他者から上から目線で強制されるべきものではない。ワシらは人間と共生する道を選ぼうとしておる。真っ向から対立する概念じゃ、受け入られるわけがなかろう」

 

ゲンナイさんはいうのだ。

 

「アポカリモンの向こう側にいる声の主こそがおそらくはアポカリモンの封印を解いた張本人じゃ、ミレニアモンを操っておるのもまた」

 

みんな、息を呑む。

 

「ダークマスターズももとはアポカリモンから生まれた存在じゃ。もしかしたら遼のパートナーは古代デジタルワールド期にチョコモンのように巻き込まれて死んだデジモンなのかもしれん。たまたまダークマスターズとして形を取り戻すことができたから意識が浮上したのかもしれん」

 

「だから、死にたくないって?」

 

「パートナーデジモンの概念は今のデジタルワールドの人間の進化を肯定する概念の根幹となっておる。過去現在未来全てに適応されておるのじゃ。だからこそ古代種のパートナーデジモンが生まれる。先に生まれたのにパートナーデジモンになれる」

 

大輔たちは自分のパートナーをみた。

 

「じゃあ、ミレニアモンは」

 

「おそらくミレニアモンがいう最初の世界ではダークマスターズにキメラモンたちがおったんじゃ。そやつらが転生して遼のパートナーとなるはずだった。ただ、なんらかの事情で出会うことができなかった」

 

「……アポカリモンの封印がとけないとか」

 

「解析が進まないか、封印すべきとデジタルワールドが判断したか」

 

「そんな。じゃあ、あいつ、受け入れてくれる世界をずっと探してるのかよ」

 

重苦しい沈黙がおりた。

 

「ミレニアモンは遼と同一の存在なんだろ。じゃあ、生きてる限りミレニアモンもまた存在し続けるんだ」

 

「治くん」

 

「ゲンナイさんのいうことは当たってる。ミレニアモンの思念の1部が流れ込んできてる。気を強く持たないとミレニアモンに意識を乗っ取られてしまいそうだ。すごいな、パートナーデジモンと選ばれし子供の絆ってのは。本人達すらどうにも出来ないくらいに振り回されてる」

 

「……」

 

「助けたいって思ってるんだろ、遼」

 

「そりゃ、そりゃそうだよ、あたりまえだろ!こんな話聞かされたらさ!でもどうしろって言うんだよ、あいつ倒さないとジュンさんたちもデジタルワールドも助けられないんだぞ!!いきなり言われても困る!」

 

「ならそれごとムーン=ミレニアモンにぶつけてこいよ」

 

「えっ」

 

「いつもの遼ならごちゃごちゃ考えるより先にやってるはずだ。違うか?」

 

「……ちがわない」

 

「ならいってこいよ、お前にはパートナーデジモン候補が既にいるんだと発破をかけてやれ。そしたら少しはミレニアモンの本音が聞こえるかもしれない」

 

「治くん……」

 

「そうだよ、そうだよ、遼さん!もしミレニアモンが遼さんのパートナーデジモンになれたらきっとこんなこともうやめてくれるはずだ!」

 

「賢……」

 

「遼にあうために何度も死んでは復活を繰り返し、そのたびにミレニアモンが強化されるならばその動機をとめてやればいい。たしかに一理あるわい」

 

「ミレニアモンがミレニアモンじゃなくなれば、世界の改変は元に戻るんだ。だから、デジタルワールドイリアスもミレニアモンが侵攻してくる前の姿を取り戻すと思うよ。僕達この目で見たんだから」

 

ワームモンの言葉にワイズモンたちの瞳に光が宿る。

 

「それはほんとうか?」

 

「ああ、それは保証しよう。ワシらの世界も去年の大晦日にデジタルワールドイリアスのような状況に陥った。そして、遼たちが世界を救ってくれたんじゃ」

 

ワイズモンたちはそういうことなら協力させてくれと申し出た。

 

「そういうことならオレたちも混ぜてくれよ」

 

「待たせたな、みんな」

 

「太一くん!ヤマトくん!」

 

「ディアボロモンたちのデータ、みんな回収できたよ!」

 

「アーマゲモンっていうデジモンになっちゃったけど、ホーリードラモンとセラフィモンがね、聖なる力を全部渡したらオメガモンが新しくなったの!それでね、それでね!」

 

光とタケルが容量いっぱいに詰め込まれたクラモンのデータチップの山をもってきた。オメガモンにより初期化された結果、元に戻った膨大な数のクラモンたちはエージェントや他の国の選ばれし子供たちが必死にネットワークを通じて支援してくれた結果、回収出来たらしい。

 

「正直取りこぼしが怖いが後始末はほかのエージェントたちに任せてきてもらったんじゃ」

 

ゲンナイさんは早速太一たちに今に至るまでの事情を説明するのだ。

 

「もしかしたらディアボロモンもVRデジモンだったのかもな」

 

「そういやなんで復活したのかまでは考えてなかったもんな。あの時初期化したデータはゲンナイさんたちが回収したはずだし。ってことは初めっから罠かよ、ちくしょー!」

 

「オメガモンの力を使われるとジョグレスを強制解除出来るからな……」

 

「なんかいっつもこうだな、ミレニアモンのやつ!平行世界のオレたちと戦ったことがあるからなんだろうけど1回くらいちゃんと戦えっての!」

 

「太一くん、ヤマトくん」

 

「うん?」

 

「なんだ?」

 

「その最初の1回目のちゃんとした戦いになるかもしれない。これから一緒に戦ってくれないか?」

 

遼の言葉に太一とヤマトは目を合わせ、そして頷いたのだった。

 

「やられっぱなしは癪だもんな」

 

「ミレニアモンを元に戻す方法はよくわからないけど、やるしかないよな。本音さえ聞ければなんとかなるかもしれない」

 

うむ、とゲンナイさんはうなずいた。

 

「今、デジタルワールドは2つに分割され、片方はミレニアモンの手に落ちておる。もう片方の世界をミレニアモンが侵食してくるのは時間の問題じゃ。2000年問題の社会不安を背景に力が強くなっておるミレニアモンのことじゃ、おそらく今年の大晦日に動きがあるはず。それに備えよう。みんな、疲れておるじゃろう。今日は一回帰りなさい。戦いは始まったばかりなのじゃから」

 

Xデーはあと6日。みんな緊張した面持ちでうなずいた。

 

「治の治療にはデジタルワールドにいてもらった方がいいんじゃが、デーモンが襲撃してくる可能性がある以上現実世界で待機してもらった方がいいじゃろう」

 

「わかりました」

 

「そこでじゃ。デジタルワールドの時間を司っておるそこのコクワモンも連れて帰ってもらえんか」

 

「えっ」

 

「正気ですか、ゲンナイ爺」

 

「正気じゃとも。お前さんまで敵の手におちたらクロックモンになって時間まで操られてしまう。そうなれば完全に詰みじゃ。じゃから、治の暗黒の球体の侵食を抑える空間を部屋にはらせてもらう。そこを居住スペースにしてもらおう」

 

「わかりました。よろしくな、コクワモン」

 

「私は人間には馴れ合わない性分だが異常事態だから仕方ない。世話になるぞ一乗寺治」

 

「ああ」

 

コクワモンはうなずいた。

 

「姉ちゃん……」

 

行方不明になってしまった姉が心配でたまらない大輔は今にも泣きそうな顔でチコモンを抱きしめたのだった。

 

 



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103話

「大丈夫か、大輔」

 

太一は見るからに意気消沈している大輔を見かねて声をかけた。

 

「姉ちゃんが誘拐されたって、お母さんに言わなきゃ……」

 

じわ、と涙腺が緩む。

 

「大輔、つらいならジュンさんとうちに泊まりにいくって言えば……」

 

「そうだよ、大輔くん。うちに遊びにおいでよ」

 

大輔は俯いたまま首を振った。

 

「1月9日……」

 

「え?」

 

「大輔くん?」

 

「1月9日が姉ちゃんの高校受験の推薦の試験の日なんです……絶対お母さんおかしいってわかっちまう……」

 

あちゃーと太一と光は顔を見あわせた。そういえばジュンは今年中学3年生だから受験生なのである。大切な時期だというのにデジファームのデータをディアボロモンに盗まれてばらまかれたのは自分の責任だからと今回の招集に応じていたのだ。

 

いくらデジタルワールドを何度も救った英雄、選ばれし子供であっでも現実世界に帰ればまだ義務教育も終えていない子供にすぎない。

 

いくら今まで両親に冒険について話して理解を得られたとしても、今回はジュンの行方不明と治の重傷という誤魔化しようがない被害が出てしまった。なんと説明していいのか。小学校3年生の大輔にはまだ荷が重すぎるといえた。

 

「つらいならオレが代わりに説明してやろうか?」

 

「……いいんですか」

 

「おう。ディアボロモンのせいでみんなのところに行けなかったオレたちにも責任あるからさ。これくらいやらせてくれよ」

 

「……お願いします」

 

「大輔、ワシも説明せねばならんじゃろう。ジュンのノートパソコンからで申し訳ないが、ご両親のところに連れて行ってはくれんか?」

 

大輔はうなずいた。そして。

 

デジタルゲートをくぐり抜けた先では、すっかり霧をはらんだ冬の冷たい空気が硬い粉のように瞼や頬に痛かった。冬の月が夜気を白刃のように凍らせる。冬の夕方の空が硝子のような色をしていて、しんしんと冷える冬の夜道が豪華な星空に彩られる。

 

いつもならメリークリスマスとうかれるところだが到底そんな気分にはなれそうもなかった。

 

夜の外気は肌をさすようにはりつめている。

 

太一と光と大輔は無言のまま帰路に着いた。わざわざお台場の臨海公園から帰ってきたのは大輔をそのまま送り届けるためである。これほどまで足取りが重い帰宅は3人とも初めてだった。

 

わざわざチャイムを鳴らす息子を不思議に思った母親が出迎えた途端、大輔はいきなり母親にしがみついて泣き出してしまう。

 

「ど、どうしたの、大輔?ジュンは?」

 

ジュン、の言葉に尋常ではない泣き方がさらに加速する。母親は狼狽する。いつものように「ただいま」の次にはデジタルワールドの大冒険について話してくれるはずの大輔が火がついたように泣いている。こんな時はいつだって真っ先に大輔を慰めるはずのジュンの姿がどこにもない。代わりに付き添いでここまで来てくれたと思われる八神兄妹がいるだけ。それだけで強烈な違和感がそこにはあった。

 

夏休みに選ばれし子供として世界を救ってからずっと成長したと安心していた息子。いきなり泣き虫に戻ってしまったものだから、大輔の背中をさすりながら母親は困ったように太一たちに視線をむけた。

 

「あの、おばさん。実は……」

 

太一と光があまりにも真剣な眼差しでいうものだから、なんとなく嫌な予感がしたらしい。母親は大輔をなだめながら太一たちを家に招き入れた。

 

そして、お茶を準備する母親を待ちながら、太一はしゃくりあげている大輔の代わりにジュンのノートパソコンを起動するのだ。

 

お茶を並べてもらって、母親が席に座るのを待ってから、太一は話し始めるのだ。そして当事者ではないから途中からゲンナイさんにバトンタッチする。母親がゲンナイさんと会うのは、2回目だ。奇しくも1回目はジュンがチョコモンに連れ去られて今回のように行方不明になり、大輔が選ばれし子供になったことを伝えたとき以来だから2回目である。

 

似たような状況だからだろうか、 母親は太一が思っていたよりもはやく状況を把握してくれた。だが表情がかなり固い。大輔があまりにも取り乱しているからだ。

 

「わかったわ」

 

「おばさん……」

 

「大輔のかわりに話してくれてありがとうね、太一くん。ゲンナイさん。光ちゃんも一緒に来てくれてありがとう。大輔も内緒にしないで話してくれてありがとう」

 

太一も光も首をふる。

 

「ジュンは大輔を庇ったんでしょう?あの子らしいわ。めんどくさがり屋さんなところがあるけど、なにかあったら先に動いちゃうのがジュンらしいわね。大輔はおかげですっかりトラウマになっちゃってるのが困り物なんだけど……」

 

母親はためいきをついた。

 

「大丈夫よ、きっと大丈夫。8月の時だってジュンも大輔もちゃんと帰って来てくれたんだもの。難しいことはよくわからないけど、今回だって全部終わったらきっと帰ってきてくれるわ。それは太一くんたちも同じでしょう?」

 

「は、はい!もちろんです!」

 

「絶対みんなで帰ってきます!」

 

「ですって、大輔。いつまで泣いてるの。男の子でしょう?しっかりしなさい。お姉ちゃんを守るのは僕だっていってた大輔はどこに行ったの」

 

「大輔……」

 

「大輔くん……」

 

長い長い沈黙があった。しばらくして大輔はうなずいた。

 

「おれ、がんばる。姉ちゃん絶対助けるんだ」

 

「大輔くん!」

 

「よかった、大輔その意気だぜ。絶対ジュンさん助けような!」

 

「はい!」

 

「よかった、よかった。ありがとうね、太一くん。光ちゃん。もうこんな時間だからそろそろ帰りなさい。お母さんたち心配しちゃうわよ」

 

「あ、ほんとだ。もうこんな時間!」

 

「あの、おばさん」

 

「なあに?」

 

「明日、大輔連れて行ってもいいですか?」

 

母親は瞬き数回、ニッコリと笑った。

 

「ダメっていおうものなら、また光が丘霧事件の時みたいに飛び出しちゃうわ。だからお迎えに来てくれるならむしろ安心ね。だってこの子、デジタルワールドに直接行けるんでしょう?」

 

「あ、あはは……たしかに。大輔一回デジタルワールドに勝手に行こうとしたことあったもんなあ」

 

「うじうじ悩むより即行動がこの子のいいところだけど、それは太一くんみたいな子がいてくれるからこそよ。だから大輔のこと、よろしくね」

 

「わかりました」

 

太一はしっかりと頷いたのだった。

 

太一と光が帰ってからずっとチコモンを抱っこしたままぼーっとしていた大輔は、母親に言われて早めにお風呂に入ることにした。父親には話をしておくからといわれ、いわれるがまま夕食を食べて風呂に入り寝室に向かった。

 

「あれ、だいしけ。こっちじゃないのか?」

 

ジュンの部屋に入っていく大輔にチコモンは疑問符を浮かべた。

 

「寝れないと思うんだ。怖い夢見そうで怖いから姉ちゃんのパソコンで調べてみよう、チコモン。ミレニアモンについて。そしたら怖くなくなるかもしれない」

 

キーワード検索を試みた大輔は知らないページをみつけた。

 

「なんだろこれ」

 

「おれ読めるよ」

 

「えっ」

 

「デジモンアポカリプス、デジモン黙示録って書いてある」

 

大輔は目を丸くするのだ。

 

「デジモンミュージアムにある予言の書!なんでこんなところに?」

 

「さあ?ジュンがなにか調べてたんじゃない?ミレニアモンの名前があるんなら読んでみようよ」

 

「そうだよな」

 

そして。

 

「遼さん......え、なんで遼さんの名前がこんなとこに?」

 

先代の選ばれし子供たちの中に秋山遼の名前がある。

 

「ケイトさんに聞かなきゃ」

 

大輔は大急ぎでメールを打つことにした。

 

 

 



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104話

「大輔、大輔、だいす、あら?大輔、太一くんから電話よ!」

 

母親のあまりの大声に大輔は寝落ちから目を覚ます。大輔の部屋に誰もいないから驚いた母親だったが、玄関に靴がおいたままだったためにジュンの部屋にいるのだと直ぐに気づいたらしい。ドアを全開にして母親が大輔を呼ぶ。コードレスフォンを渡されて寝ぼけまなこを擦りながら、大輔はそれを受け取り耳に押し付けた。

 

「もしもしぃ......大輔です......」

 

「大輔!よかった、大輔はいるみたいだ、ゲンナイさん!」

 

受話器の向こうでなんだか騒がしい声がする。ただならぬ雰囲気に大輔の意識は覚醒した。

 

「大輔、朝っぱらからごめんな!ちょっと緊急事態でさ、みんなに電話して回ってるんだよ!」

 

「へ?な、なにかあったんですか!?」

 

「それがさあ.....俺もなにがなんだかわからないんだ。とにかく!デジタルワールドに来てくれ、今すぐ!」

 

「わ、わかりました!」

 

大輔は大慌てで支度をする。そしてジュンのパソコンをかかえて書斎のパソコンからゲンナイさんの隠れ家にダイブしたのだった。

 

入るやいなや緊迫した空気が流れていた。ワイズモンがゲンナイさんたちと手分けしてなにやらモニターをたくさん出てキーボードを叩いている。太一たちが目をさらにしてなにかをさがしているのだ。

 

「よお、大輔。よく寝れたか?」

 

「あんまり……いつの間にか寝落ちしちゃって」

 

チビモンにまで回復できたパートナーをかかえたまま大輔は欠伸をかみころした。

 

「そっか。ゆっくり休ませてやりたいとこだけど、これみてくれ。お前らがみた最後の光景はどんな感じだった?」

 

太一の指差す先にはミレニアモンの手におちたデジタルワールドイリアスの姿があった。

 

「……あれ?」

 

寝ぼけているのだと大輔は目をこする。何度もこする。そしてそこにある光景が揺るがないことに気づいて戦慄が走るのだ。

 

「ない……」

 

「だよなあ」

 

太一は頭を抱える。

 

「なんでなんにもないんだろう」

 

そこには何も無かった。硫酸の雨に振られて何もかもが失われた崩壊した世界だけがそこにあった。その世界の中心に君臨していなければならないアポカリモン、もしくはミレニアモンの姿がないのだ。

 

「ミレニアモンはどこに!?」

 

「まさかどこかに移動したのか?」

 

太一の声に振り向いたゲンナイさんが首をふる。

 

「ダメじゃ。デジタルワールドイリアス、およびワシらの世界も調べて回っておるがミレニアモンは見つからん。アポカリモンもじゃ」

 

「VR-アポカリはミレニアモンが取り込んでたはずだよ、太一さん」

 

賢の言葉にまじかよと太一はうへえという顔をした。

 

「せっかく大輔たちがムーン=ミレニアモン倒したのにVR-アポカリからデータ取り込んでまたジョグレスして復活かよ、しつこいなあ!」

 

「ミレニアモン倒すだけじゃダメなんだ、ムーン=ミレニアモンを倒さないと何度も復活する」

 

「それだよ、それ。死んでも進化することで復活してアポカリモンと同化するのを回避するとかさあ……」

 

「ほんとに封印されたくないんだな、あいつ」

 

ぽつりと遼はつぶやいた。

 

「今のワシらならばアポカリモンを構成している取り込まれたデジモンたちを解析して分離することができるというのに……ミレニアモンはなぜ拒絶するのかのう……」

 

「ミレニアモンがミレニアモンじゃなくなるから?」

 

「いや、やつの自我はダークマスターズだったムゲンドラモンから来ておるはずじゃ。パートナーデジモンとなった以上、他のデジモンとは明らかに構成データに差異が出る。サルベージは可能じゃよ、チョコモンのようにな」

 

「デジタマが孵化するのはずっと先ですよね」

 

「そうじゃなあ……」

 

大輔はため息をついた。

 

「ミレニアモン、チョコモンみたいに待てないのかもしれない」

 

「チョコモンみたいに?」

 

大輔はうなずいた。

 

「姉ちゃんがいってました。人間は子供から大人になって老人になって死んじゃう。生まれる前にパートナーが死んでたらどうしようってチョコモンは怖がってたって。だからその気持ちを利用されたんじゃないかって」

 

選ばれし子供たちの中に重苦しい沈黙がおりた。

 

「みんな」

 

モニターが表示される。

 

「治くん!」

 

「治!」

 

「兄さん、大丈夫なの?」

 

「大丈夫じゃない。大丈夫じゃないがミレニアモンのことで今すぐしらせなきゃいけないことができたんだ」

 

「えっ」

 

「今すぐ闇貴族の館地下から行ける光が丘のゲートポイントを封鎖してくれ!やつは今未来に飛ぼうとしている!」

 

その言葉に青ざめたのは太一とヤマトだった。

 

「大変だ!あそこってほら、ヴァンデモンが逃げようとしたゲートだよな!」

 

「ああ、ガーゴモンがこの時代にくるために使った時間転移アイテムで開いたゲートがあったはずだ!」

 

「あの、金色の、えーっとなんだっけその、そうだマグナモンだ!あっちの世界のマグナモンが止めてくれたからセーフだったやつ!」

 

「ミレニアモンのやつ、まさかこの時代のデジタルワールドだけじゃ飽き足らず未来のデジタルワールドまで滅ぼす気なのか!」

 

「ちがう、もっとタチが悪い」

 

治が太一とヤマトの言葉を遮った。みんなの視線がそちらにむく。

 

「未来では今よりもはるかに選ばれし子供とパートナーデジモンが多い。ものすごく多い。毎年二進法で増えていくんだからあたりまえだが……。アポカリモンの本体はミレニアモンの力を使ってデジタルワールドイリアスのようなことをしようとしているんだ」

 

「えっ、ちょっと待ってくれよ、治くん!ミレニアモンがVR-アポカリを取り込んだんじゃなかったのか!?」

 

「そうだったかもしれない。でも今は違う。ミレニアモンも、ミレニアモンの中にいるムーン=ミレニアモンも、アポカリモンの本体に完全に意識を乗っ取られているんだ。ベンジャミンさんのように」

 

「まさかベンジャミンがゲートを開けようとしておるのか!」

 

「どうやら大輔たちのデジヴァイスはミレニアモンが戦ってきた選ばれし子供のデジヴァイスのデータを復元してできたらしいぞ、ゲンナイ爺」

 

「まずい、デジタルゲートを開ける機能はすべてのゲートポイントに適応されておるはずじゃ!」

 

「つまり、開けられる!」

 

「未来側にもセキュリティシステムはおるはずじゃ。同じコードキーをずっと使っているとは思えんが、開くことができるデータをヴァンデモンが使った以上不正アクセスはできるに違いない。急ぐんじゃ、選ばれし子供たちよ。取り返しがつかなくなるぞ!」

 

ゲンナイさんの言葉に待ってましたとばかりに太一とヤマトがパートナーと共に前に出る。

 

「行けるよな、ストライクドラモン」

 

「おう!まかしとけよな。ミレニアモンがパートナーだってんなら、話ができるのは遼だけだろうし」

 

遼はデジヴァイスを手にする。

 

「ゲンナイさん、光が丘のゲートポイントにデジモンが!」

 

そのとき、京が声をはりあげた。

 

「あーもうなんだよ、次から次と!」

 

「これです、これ!」

 

京が指差す先には今まで見たことのない造形をした白いデジモンが立ち塞がるように静止しているのがわかる。手足には巨大な鉤爪があり、覆うように鎧と一体化した体の各パーツ。ひょろひょろのコードを束にしたようなやけに細いものがそれぞれをつないでいる。不気味な1つ目のデジモンだ。

 

「デジコアが外に出てる」

 

「なんか怖い」

 

「なにものでしょう、こいつ」

 

光子郎がデジモン図鑑を起動してみる。そこにはこう書かれていた。

 

パラレルモン。突然変異型のウィルス種、究極体。時空をさまよいテイマーを狩る冷徹なハンター。パラレルワールドを回ってテイマーのデータを食べる突然変異型デジモン。必殺技は『アブソーベントバン』

 



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105話

選ばれし子供たちのパーソナルデータが盗まれているという話をなぜかこのタイミングで思い出した治はそういうことかと舌打ちをした。

 

「どうした、一乗寺治」

 

「どうもしない。僕としたことが思い出すのが遅すぎたんだ」

 

「どういうことだ」

 

「あのパラレルモンといいVRデジモンといいデジモン図鑑で検索できる時点で怪しむべきだったんだ。新種のデジモンすらデータが解析できる時点でなにかがおかしいんだと」

 

「なんだと」

 

「誘導されてるんだ、僕たちは。パラレルモンの技の詳細が全く出ない。どう考えてもおかしい」

 

注意してくれ、とモニターごしに治はいうしかない。

 

「......もしかしたら僕の考えている以上にデジタルワールドの深くにまでアポカリモンの本体の侵食は進んでいるのか?」

 

「実体を失い、精神だけになれば救われるとかいう、タチの悪い新手の宗教がか?」

 

「ああ。今まで僕たちは何度もホメオスタシス以上の上位存在から妨害を受けてきている。アポカリモンの本体をひきずりだしたことでようやく進化を否定する概念の本性が現れたんだ。あいつのいってたことを調べてみる価値はある。どうせ僕はここから出られないからな、少しでも遼たちの役に立てるようなサポートをしないと」

 

治はインターネットで情報収集をはじめた。

 

「……パラレルモンはテイマーのデータを取り込むらしい。お前も危ないのではないか?」

 

「心配してくれるのか?」

 

「いや……なんとなくそう思っただけだ」

 

治は笑った。

 

「まだなんのデジモンも育てたことないんだが」

 

「そうなのか」

 

「デジタルワールドはそこまで人間と関わる気はまだないらしい」

 

「……」

 

コクワモンはしばし沈黙した。

 

「これか」

 

「見つけたのか?」

 

「あいつがいってたことを噛み砕いたらこれが一番近い気がする」

 

治が見つけ出したのは宗教に関する思想について解説したブログだった。あるゲームに熱心なファンが裏設定についてひたすら語っているページを最初に見つけたのだがそこにリンクが貼ってあったのだ。引用されていたわけである。

 

それは新プラトン主義という思想だった。古代のグノーシス主義思想に影響を与え、中世のキリスト教神学にも影響を与えたとされる、万物は完全なる善、あるいは完璧な一者から段階を経て世界が流出して生み出されたとする思想だった。

 

高次元で純粋な世界から低次元で物質的な混濁に満ちた世界へと万物は流出し、最終的にこの世界が形成されたとある。魂と物質に世界をわけて成り立ち方を考えているわけだ。この流出過程を逆に辿ることができれば、純粋で精神的な高次元世界へと帰還できると考える流出説というのが特徴のようだ。

 

そして、この考え方に影響を受けたグノーシス主義は、ある神が罪をおかして追放されたときに高次元から低次元に落下したことで世界は誕生したと考えている。罪を犯した神から物質世界を作った偽の神が生まれた。しかも偽の神は記憶を失い、自分以外に神はいないと思い込んでいる。だからこの世界の秩序はそもそも間違っている、という思想である。

 

この世界は悪の宇宙、あるいは狂った世界ではあるが、本当の神はまた別にいる。そして神が落下してバラバラになったときにまともなパーツが物質に閉じ込められ、それが魂であるというわけだ。善と悪、真の神と偽の神、また魂と肉体、イデアーと物質、という「二元論」が、グノーシス主義の基本的な世界観であるらしい。

 

「びっくりするくらい同じだな……グノーシス主義のデータがデジモンになったんじゃないかってレベルだ」

 

そのまま受け取るならこの世界観がこの世界の真理ということになるがデジタルワールド自体がデータが実体化する世界である。グノーシス主義の概念とそれ以外の概念が争っただけにもみえる。

 

「アポカリモンの本体は自分は偽の神の中にあるまともなパーツだと言ってたな。じゃあ、魂をあたえた神のつもりなのか?」

 

「物質は悪だから精神や魂は善、その善は自分が与えたものだと?バカバカしい」

 

「名前はないな、神の通称はあるけど。永遠・永劫を象徴する神ともされた。 通常、時間の神として知られると書いてあるな……クロノスと同一視……時間……」

 

「一応いっておくが私はデジタルワールドの時間の概念が自我を持ったデジモンだ。神ではない」

 

「わかってるさ。そうじゃなけりゃ2体に割かれたりしない。コクワモン、デジタルワールドに時間を神格化したようなデジモンはいるのか?時間の神クロノスの概念がデジモンになったようなやつがいれば一番わかりやすいんだが」

 

「クロノスか……」

 

「心当たりがありそうだな」

 

「私をかばって死んだクラヴィスエンジェモンの死に場所にして職場にそのデジモンのところに向かうゲートがある」

 

「そうなのか」

 

「見た目はただの時計だが、私は生まれた時から時間を司る役目の引き継ぎデータから知っている。だがどうやってゲートを開くのかわからないのだ。なにせ私はホメオスタシス以降に時間を管理している。古代デジタルワールド期に管理していたデジモンは、当時のサーバが機能を停止して以降はデジタルワールドと奥深くに眠りについている。今のサーバに至るまで何個ものサーバを転々としてきたらしいからな。今となっては四聖獣様に聞かなければわからない」

 

「なんだって?」

 

「うん?いきなりどうした」

 

「今、なんて言った?デジタルワールドはサーバを何回も変えてて、その度に前のサーバは深部に眠りにつくっていわなかったか?」

 

「ああ、言ったが……?」

 

「今のデジタルワールドの異変の正体はこれか!すべてのサーバが起動しているんだ!それぞれのサーバが目覚めてまた時間が流れ始めているんだ。だから時間と空間が膨張して上にある僕たちの世界に亀裂が走る!」

 

治の言葉にコクワモンは凍りついた。

 

「しょ、正気か?正気で言っているのか、一乗寺治」

 

「そうとしか考えられない!このままだとまずいぞ、コクワモン!君は今のデジタルワールドの時間そのものだ。もしそれぞれの世界の時間がミレニアモンによって圧縮された挙句にアポカリモンにとりこまれたらどうなる?」

 

「すべての時間が統合されてしまう!」

 

「時間どころじゃない、世界もだ!どんどん過去のデジタルワールドが今のデジタルワールドを突き破って出てきているんだ!このままじゃまずい!!」

 

「まさか、ミレニアモンが時間を跳躍する能力に目覚めたのは……」

 

「クロノスって神を調べた方が早そうだな」

 

 



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106話

「ゲンナイさん」

 

「どうしたんじゃ、大輔」

 

「実は姉ちゃんのパソコンからデジモン黙示録が出てきたんです」

 

「なんじゃと!?」

 

大輔はノートパソコンをひらき、ゲンナイさんに見せた。

 

「これは......なぜジュンが......」

 

「デジモンミュージアムで復元中の碑文てこれだよな?」

 

「ああ、そうじゃ」

 

「ケイトさんとかの名前がわかってたんだ、これ読んだことあるんだよな、ゲンナイさん」

 

「......そうじゃな」

 

「なんで遼さんにいわなかったんだよ。初代の選ばれし子供たちの名前の中に5人目の名前に秋山遼ってあるって。デジヴァイスは遼さんからENIACに伝わって、ほかの選ばれし子供たちのために使われたって」

 

「それは......」

 

「もしかして、最初から知ってたのかよ、ゲンナイさん。遼さんがなんかあって1946年の冒険に参加することになるからわざと黙ってたのかよ」

 

「ちがう、それだけはちがう」

 

「なにがちがうんだよ」

 

「今のデジタルワールドには2つの歴史が存在しておるんじゃ」

 

「2つの歴史?」

 

「ジュンから聞いておらんか?ミレニアモンとの戦いじゃよ」

 

「うん、聞いてるよ。去年の大晦日だろ?」

 

「そう。ミレニアモンがアポカリモンの代わりに古代デジタルワールド期に世界を滅ぼそうとした、そして復活したという改変された歴史を修正するための戦いじゃ。今のデジタルワールドは修正されてアポカリモンとの戦いとして記録されておる。じゃが平行世界からの侵略は初めてじゃった。だからホメオスタシス様からの意向でバックアップ空間に改変されたあとの歴史は残っておるのじゃ」

 

「えっ、じゃあこのデジモン黙示録は改変された歴史の碑文てこと?」

 

ゲンナイさんはうなずいた。

 

「なんで姉ちゃんのパソコンにこれが……?」

 

「わからんのう」

 

「うーん……」

 

その時だ。メールを一通受信した。

 

「あ、ケイトさんからだ」

 

「む?なぜケイトに?」

 

「あー、その、実はケイトさんに遼さんは仲間だったのかって聞こうと思って、あはは」

 

「大輔も先走ったのう、さすがにワシらに聞いてからケイトにメールをして欲しかったぞ」

 

「ごめんなさい、そこまで頭が回んなくて、あはは」

 

笑いながら大輔はメールを開いた。

 

「あははは、は……は?」

 

英文に目を通していた大輔の目が大きく見開かれる。

 

「えっ、ちょっと待ってくれよ、嘘だろ!」

 

「どうしたんじゃ、大輔」

 

「ゲンナイさん、ゲンナイさん、大変だ!ケイトさんがほんとのことだって!」

 

「なんじゃと!?」

 

「最初に聞いてくるのはデジタルワールドのセキュリティシステム側か遼さんだと思っていたのに、まさか俺が最初だとは思わなかった。あの時残した碑文がちゃんと残っていたことが奇跡だわって……」

 

大輔は拙い翻訳を始める。

 

ケイトたちが出会った遼は今とだいぶん雰囲気が違っていてなかなか自分のことを話さないやつだったらしい。最終決戦においてようやく未来の日本から来たテイマーであり、選ばれし子供であり、ミレニアモンをパートナーにするために来たのだと告げた。2000年の時点で光が丘の小学校の6年生だと。ケイトたちは1999年を楽しみにしていたのだが、1995年の光が丘テロ事件により遼は田町に引っ越してしまった。この時点で出会うことは致命的に難しくなった。サマーメモリーズの事件の時に知り合えたが、遼はケイトのことを知らなかったから未来の出来事なのだと思ってなにもいえなかった。いつか遼が知る日が来るからそれを楽しみにしていたのだという。

 

「ミレニアモンをどうやってパートナーにしたのか、聞いてもらうことは可能かのう?」

 

「あ、そっか!そうだよな、うん、聞いてみる!」

 

大輔はキーボードをにらめっこしながら1音ずつ入力していく。

 

「送信っと」

 

しばらくしてメールが返ってきた。

 

「えっ……でも、これって……え」

 

「そんなことが、可能なのか……?」

 

「と、とにかくこれを遼さんに知らせなきゃ!おれ、行きます!」

 

「ああ、頼んだぞ、大輔!」

 

「よーし、いくよ、だいしけ!」

 

「デジタルゲートオープン!」

 

その先は大輔にとってグランドラクモンたちを究極体にまで進化させる一助を担ってしまった忌まわしき場所である。

 

「うっわあ、相変わらず陰気臭いとこだなあ」

 

かつてのようにデジタルワールドと現実世界の境界線が限りなくあいまいになり、異空間とかしていたころとは大分雰囲気が違う。だが他のゲートポイントやデジタルゲートのようにミラーボールの内側みたいに目の裏側に残像が残るほどまばゆい光を放つ空間というわけでもない。どこか薄暗く、バイプだらけの空間なのは旧式のデジタルゲートやゲートポイントを無理やり使っているからに違いない。

 

「この先にパラレルモンがいるぞ、気をつけるんじゃ」

 

一番近くのモニターからゲンナイさんが顔を出す。素直にその忠告を受け取った大輔はうなずいたのである。

 

「よし、行こう大輔」

 

ここに転送される最中にマグナモンにアーマー進化した相方は元気よく先を促した。

 

「あれ?どうしたんだろう」

 

「あんなとこに立ち止まって」

 

先に行っていたはずの太一たちが立ち往生しており、ちょっとした人だかりができているのがわかる。

 

「どうしたんだよ、みんな」

 

一番後ろで様子をうかがっていた京が教えてくれた。

 

「この先に旧式ゲートに繋がる地下施設があるらしいんだけど、入れないらしいの」

 

「えっ、じゃあミレニアモンはまさかもう未来に?」

 

「それが、遼さんが一番最初に入ったんだけど、内側から鍵を掛けちゃったみたいで」

 

「えええええっ!?」

 

大輔はあわててマグナモンから降りると走り出した。1番先頭にはドアをバンバン叩きながら開けろと叫ぶ太一、早まるなと説得するヤマト、今にも泣きそうな顔をしている賢がいた。みんな困惑している。オロオロしながら遠巻きに見ている。なんて声をかけていいかわからないようだ。

 

「遼さん!なんで鍵かけちゃうんだよ、遼さん!みんなでミレニアモンを助けようって決めたのに!」

 

「そうだぜ、遼!考え直せってば!」

 

「今までのことは仕方ないだろ、誰も知らなかったんだから!一人で行くなってば、無茶だ!」

 

「ドア開けてよ、遼さん!母さんはああいってたけど遼さんのこと、ミレニアモンのこと、いろんなこと話したら後悔してたんだ!昔から母さん思い込んだら周りが見えなくなっちゃう時があるの、遼さんもよく知ってるでしょ!」

 

その言葉に治が重症を負ったことでなにかあったのだと大輔は悟る。あわててパソコンを取り出し、ゲンナイさんの隠れ家に今のやり取りをみせる。するとゲンナイさんが治のモニターを中継してくれた。

 

「なに考えてるんだ、遼!しなくていい心配して思い詰めるなんてバカバカしい!そんな無駄なことしてる暇があったら、ミレニアモンになんて声かけるかで悩んだらどうだ!」

 

治の叱責がやけに大きく響いた。

 

「忘れたのか!今のミレニアモンもムーン=ミレニアモンも、アポカリモンの本体に操られてるんだ!お前がそんな調子でどうする!ミレニアモンを元のパートナーデジモンにできるとでも思っているのか!」

 

「秋山遼、そう思い詰めなくてもいい。塞翁が馬という言葉を知っているか?今私はそう感じている。だから今までのことは巡り合わせだ。ごちゃごちゃ考えても無駄だ。デジタルワールドにおいて必然はあっても偶然などなにひとつないのだから」

 

治は驚いたような顔をしてコクワモンをみた。

 

「お前は望もうと望まざると因果律の中心にいる。ミレニアモンは戦う度に強くなり死ぬ度に復活してお前に会いに来るだろう。どうする気だ?もはやミレニアモンは一人でどうこうできるレベルを超えているぞ?」

 

「助けたいというあの時の叫びが本心ならそれを届けるためになにがなんでもあがくのが僕の知ってる秋山遼だ!違うか!君は誰だ!」

 

治の声が響いたとき、ようやくゲートがあいた。

 

「………………ごめん」

 

パラレルモンの先に遼がいた。なだれ込む選ばれし子供たちを前にパラレルモンがたちふさがる。

 

「あの馬鹿!また勝手に!」

 

遼の姿が遠くなっていく。

 

「時間を稼いで一人でミレニアモンと会う気だ!」

 

治の叫びに反応したのはマグナモンだった。

 

「オメガモン!ミレニアモンに一番対応できるのは君たちだ!ここは俺たちが足止めするからはやく!」

 

我に返ったように次々と究極体たちがパラレルモンに立ち塞がり、オメガモンの進行を妨害しようとするパラレルモンを牽制する。

 

「遼もミレニアモンもひとりじゃないってわからせてやろうぜ、オメガモン!」

 

「急ごう、時間が無い!」

 

太一とヤマトの問いかけにオメガモンは威勢よくうなずいたのだった。

 



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107話

「アブソーベントバン」

 

パラレルモンの一つ目から光線が放たれる。それは真ん前に立ちはだかるマグナモンではなく、その向こう側でノートパソコンをかかえている大輔目掛けて放たれた。

 

「大輔っ!」

 

マグナモンがすかさず庇う。

 

「マグナモン!」

 

次の瞬間、大輔たちの目の前でマグナモンが忽然と姿を消してしまったではないか。

 

「マグナモン!!」

 

パラレルモンは高笑いした。

 

「俺は様々なパラレルワールドを移動し、渡った先にいるテイマーをデータを吸収し、自らを強化することが出来るのだ!お前達デジモンに興味はない!狙いは選ばれし子供たちだ!!」

 

「マグナモンをどこにやったんだよ、お前っ!」

 

大輔の叫びにパラレルモンは返した。

 

「お前が素直に取り込まれていれば助かったのになあ!俺の光線はテイマーを吸収し、それ以外を別次元へと飛ばしてしまうのだ!どこにいったかなど知るはずがないだろう!時空の狭間から飛ばされたデジモンたちが生きて帰ったことなど今まで1度もないのだから!アッハッハッハッハッ!!」

 

「そんな......」

 

大輔の瞳が揺れる。

 

「お前達もろとも俺の糧となるがいい!」

 

「大輔くん、あぶない!にげて!」

 

「大輔っ!」

 

手を伸ばしたが遅かった。姉が攫われ、マグナモンがいなくなり、大輔に蓄積していた精神的ダメージは致命傷となり前後不覚になってしまう。反応がおくれた。我に返った時には大輔はパラレルモンの放った光をもろに受けてしまう。自分を構成しているデータがすさまじい勢いで輪郭を失い、近くにいた京の悲鳴が聞こえる。大輔を取り込み、自身を大幅に強化することに成功したパラレルモンの咆哮が轟いている中、世界は闇に塗りつぶされていった。

 

「......あれ、おれ......なんでここに?」

 

大輔は気がつくと見覚えがある黄色い花畑の真ん中に倒れていた。

 

「そうだ、マグナモン!みんな!パラレルモンはっ!?」

 

一気に朦朧としていた意識が覚醒状態にはいり、大輔は飛び起きるのだ。あわててあたりを見渡すが広がっているのはサマーメモリーズとよく似た黄色い花畑である。大輔はデジヴァイス、ノートパソコンがあることは確認できたがパラレルモンはおろか選ばれし子供たちもパートナーデジモンも見つけることができない。

 

「も、もしかして、おれも別次元に飛ばされちゃったのか?パラレルモンに取り込まれちゃった!?」

 

おーい!と叫ぶ大輔の声はゆるやかにとけていく。

 

「どうしよう、どうしよう、デジモンに取り込まれちゃったらどうすりゃいいんだ!?マグナモンやっぱいないし、大丈夫かなあ!?」

 

古代種の特徴について真っ先に思い出した大輔は青ざめるのだ。

 

「どうしよう、マグナモン死んじゃったら......どうしようどうしようどうしよう!おれ取り込まれちゃったら誰が姉ちゃん助けるんだよ......ちくしょー!!」

 

叫んでも無駄なことなのはわかっていたが大輔は衝動を抑えることができない。ここが今の大輔にとって全ての原点であるサマーメモリーズによく似た空間だからだろう。

 

迷い込んだグミモンとチョコモンを迎えにいたグリフォモンと初めて遭遇して、色々と勘違いして戦いになった。チョコモンたちが連れ去られ、ホメオスタシスによる介入があってみんな忘れてしまったのだ。

 

「......まてよ、チョコモンだけ?いや、違うよな?この時おれ、選ばれし子供になったってゲンナイさんいってたし」

 

なにかわすれているような。

 

そのとき緑色の巨大な羽が大輔の前に舞い降りた。それはまるで雪のように降り注ぎ、大輔は空を見上げた。そこにはチョコモンと共に連れ去られていくジュンの姿があった。

 

「姉ちゃん!」

 

大輔はあわててはしる。

 

「姉ちゃんを離せ!どこに連れてく気だよ!」

 

大輔はジュンを呼びつづけるがぐったりとしたまま動きもしない。

 

「姉ちゃん!」

 

目の前で無常にもグリフォモンはいなくなってしまった。

 

「えっ、なんだよ、これ。なんで姉ちゃんが?!そうだ、これを使えば!」

 

大輔はとっさにデジヴァイスをかかげた。

 

「デジタルゲートオープン!」

 

今度は世界が白に塗りつぶされた。気づけば大輔はさっきまでいた闇貴族の館地下施設から繋がるデジタルゲートまえにいた。緑色の羽を拾いながら先を進んでいくと、デジタルゲートがあらわれた。初めから設定されている。通り抜けられるやつだ。大輔はその先に進んだ。

 

「なんだこれ、ピラミッド?」

 

大輔がいたのは世界ふしぎ発見あたりで見た事があるピラミッドの内部みたいな狭くて暗くて赤い土壁の通路だった。どうやらこの先にグリフォモンはいるらしい。大輔は恐る恐る先を進んだ。

 

ミイラたちが眠る地下室ではなく、オーバーテクノロジーじみたら立派な研究室がそこにはあった。見たことがない鳥型のデジモンとグリフォモンが寝かされてなにか研究されているのが見える。その向こう側の手術台にジュンが横たわっているのがみえた。

 

ぶあついガラスの向こう側でまっ白な手術衣を着た男達に囲まれて、やはりまっ白な手術台にジュンがいる。

 

「姉ちゃん!」

 

大輔はたまらずガラスを叩いたが男達は聞こえないらしい。大輔はなにがなんだかわからない。なぜジュンがデジタルワールドに連れ去られて手術をされているのかわからない。そのせいで、ジュンの死が決定的になるような不安が強くなってしまう。麻酔で昏睡しているのかもしれないが、死の予行演習のような気がしたのだ。

 

「姉ちゃんから手を離せよ!姉ちゃんに何する気だ!くそっ、姉ちゃん!姉ちゃんてば目を覚ませ!!」

 

その時アラームがなった。手術室が真っ赤に染まる。

 

「あ、や、やっべ、ばれた??」

 

ようやく我に返った大輔は今更ながら縮こまるがどうやらアラームが知らせているのは別の侵入者のようだ。男達はなにやらボタンを押したり、パソコンのキーボードを叩いたりと大騒ぎしている。だれもが真ん前の巨大なモニターをみていた。

 

「な、なんだ、バレてないのかあ。よかった......」

 

大輔はガラスに張り付きながらモニターを見てみる。そこにはフードをかぶった男達と同じ体格をした人影が真っ赤な世界で逃げ惑っているのが見えた。

 

「えっ」

 

大輔は目を疑った。そこにいたのは侵入者と思しきデジモンだったのだが、次々と人影を取り込んで大きくなっていく。人影だけではない。そこにあるデータも機械もなにもかも取り込んでどんどん大きくなっていくのだ。まるでb級ホラーの映画かゲーム、小説の冒頭のような流れがそこにはあった。研究室で実験体が関係者を皆殺しにして脱走する。そんな妄想に震え上がってしまうくらいにはスプラッタな光景が広がっていく。

 

やがてモニターは白黒になり、セキュリティシステムが作動したのか隔離の防壁がわりのシャッターが降りていくのがみえた。そして手術室は騒がしくなる。

 

大輔は耳をそばだてた。

 

「時間がありません!」

 

「だが、このままではこの子供の精神データまで食われてしまう!はやく!」

 

「我々はどうなってもいい!これからの未来を担う人間だ。害したら我々の未来も閉ざされる!」

 

「やつに限界はないのか!?」

 

「わかりません!」

 

「データならなんでも融合するなんて!」

 

ジュンの頭部にはめられている機械と繋がっているパソコンのパーセンテージがどんどん高まっていく。100になった瞬間、男達はジュンをかかえてグリフォモンをふたたび起こし、デジタルゲートに送り返した。

 

「な、なんだったんだろ?」

 

よくわからないまま大輔も離脱しようとしたが、ばき、という音が響く。シャッターに凹みができたのだ。がんがんがんという黒板をひっかく音に混じりながらシャッターをべこべこにしていく。やがて失ったシャッターは見るも無残なまでに破壊されつくし、侵入者をいよいよ許してしまう。ひとりがパロットモンを転送しようと必死で、他の男達は時間稼ぎをし始めた。

 

断末魔が響き渡る地獄絵図が一気に展開されていく。

 

「......ぱ、パラレルモンみたいなやつ......」

 

大輔は見ていることしか出来ない。侵入者は成長期にしかみえないというのに、次々と研究所のあらゆるもののデータを吸収して強くなることを望んでいるようだ。人間もデジモンも機械も扱いに違いはなく、たんたんと取り込まれている。

 

大輔はその場から動くことができなかった。

 

 



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108話

オメガモンが旧デジタルゲートの空間に突入したとき、遼はミレニアモンを必死で説得しているところだった。

 

「お前さ、遼のパートナーデジモンなのがうらやましいって思ってるおれの気持ちちょっとは考えろよな!なんか難しいことごちゃごちゃいいやがって!」

 

サイバードラモンが吠えている。

 

「どれだけ頑張ったっておれは遼のパートナーデジモンになれっこないんだからな!なんでお前なんかがパートナーデジモンなんだよ!おれに譲れ!」

 

「サイバードラモン......」

 

「驚いた。選ばれし子供のパートナーではなく野生のデジモンをパートナーにするとは。いい度胸だ」

 

「うわあっ!」

 

「サイバードラモン!」

 

遼はあわてて壁に激突してずるずると壁を伝って落ちてきたサイバードラモンの所にとんでいく。

 

「貴様になにがわかる。いうに事書いて譲れだと?」

 

その言葉はミレニアモンにとってこの上ない侮辱だったらしい。

 

なにがあってもいつだって惹かれあうまるで呪詛のような特殊すぎる関係だ、とミレニアモンはいう。別次元ならばテイマーとデジモンの関係でいられたのに。パートナーと選ばれし子供という概念を八神光と八神太一がコロモンと出会ってミレニアモンが生まれる運命のデジタルワールドにもたらしたばかりに。そしてミレニアモンが生まれてしまったばかりに。たとえ敵対することになっても磁石みたいに、離れてたって、いつだって、そばにいることが前提の関係性が互いに互いを苦しめている。

 

「ミレニアモン......お前が太一たちを執拗に狙ったのはいちばん強いからだけじゃなかったのか」

 

「そうだ。1995年3月4日の光が丘テロ事件の発生だけはどうしても防ぐことができない。歴史の改変をすることが出来ない。八神太一のウォーグレイモンがムゲンドラモンを八神光の力を使って倒さなければ私は誕生することができないからだ」

 

そのジレンマによる苛立ちがより執拗な罠をしかける方向へとつながっていたようである。かつて殺したくないけど殺さなければデジタルワールドは受けいれることが出来ないとミレニアモンに告げてしまったことを遼は噛み締める。今となってはあまりにも見当違いな宣言になってしまっているからだ。

 

もうひとりの自分だから、そんなこといっちゃいけなかった。ポツリと零された言葉にミレニアモンは嘲笑する。聞き飽きたとばかりに遮るのだ。干渉すら許してはくれない。

 

「お前たちはお前たちのデジタルワールドを守らなければならない使命があるだろう。今更謝ってなんになる。口先だけだな、お前は。いつだって」

 

ぐ、と遼は言葉に詰まる。並行世界の遼と巡り会えずひたすら次元を飛んできたミレニアモンが、遼といられないなら世界を滅ぼそうとしていると言外に言われたようなものだったからだ。

 

ミレニアモンは口を開いた。

 

「この世界のお前は知らないだろうが、私は何度もお前と戦ってきた。倒されてきた。だがダメだった。私は死にたくないという理由だけで時間を超える。世界すら超える。だから絶対に倒せない。これは生存本能だ。私の存在意義だ。それを否定することなどできはしない。私の因果律の中心にはいつだってお前がいるのだ。それがどういう意味かわかるか。お前が強くなるほどに私はどんどん強くなっていくのだ。パートナーとパートナーデジモンのつながりはパートナーデジモンを強くしていくのだから」

 

「ミレニアモン.......やっぱりお前.......」

 

「前のお前は大好きなパートナーデジモンだといってくれたな。いくらデジタルワールドにとっての脅威でも。だがいつだってお前は私の手をとってはくれない」

 

「え?」

 

「何故私が未来のデジタルワールドに行こうとしているかわかるか。今のデジタルワールドは私を受けいれるキャパシティがない。なら未来はどうだ。何体ものデジモンと選ばれし子供たちがくらす未来は!」

 

「それは......」

 

「それが途方もない未来だとして、お前はついてきてくれるのか。殺したくない、助けたい、そんなことをいうお前は」

 

遼は静かに首を振った。

 

「それは出来ない。それは出来ないよ。僕には家族がいる。友達だっている。ミレニアモンの手をとるってことはみんなとずっとお別れしなくちゃいけないってことだろ。僕には無理だよ」

 

ミレニアモンは高らかに笑った。

 

「お前はいつだってそうだ。大事なパートナーデジモンだといいながら救う方法など微塵ももちえない!」

 

「でも一緒に探すことならできるだろ!」

 

「一緒に?どうやって。一緒にいられないのが問題だというのに」

 

「それはそうだけどさ」

 

「秋山遼、私はもうあきらめたのだ、貴様には。なんの期待もしていない。するだけ無駄だとわかったからだ」

 

「ミレニアモン......でも僕はお前を諦めたくない!」

 

「そうか、あくまでもどの次元のお前も最終的にはそういうのか。ならば証明して見せろ。ENIACがいうようにお前が本当に不可能を可能にするランダムな因子を持つ存在だというのならば、この運命を変えてみせろ。私の前で」

 

ミレニアモンは亜空間を広げ始める。遼だけではない、自分もまきこんでいく。そこにあるのはミレニアモンの精神世界、その中心にはムーン=ミレニアモンがいた。

 

「お前と私は陰と陽の関係だ。私に証明して見せろ、運命を超えられるのかどうかを!お前への復讐心が力を増幅し、倒すことはできず、そして倒れる度により強力になって復活するこの運命を!私が邪神でなくなるとき、それは復讐心が消えた時。到底来るとは思えんがな 」

 

そして高らかにさけぶのだ。

 

「ディメンジョンデストロイヤー!」

 

「な、なに考えてんだよ、ミレニアモン!そんなことしたら僕だけじゃなくお前まで!」

 

「この亜空間は旧デジタルゲート空間ごと巻き込んだ。おそらく暴走した挙句に時空の亀裂が発生するはずだ。かつてエテモンたちを暗黒の海に飛ばし、八神太一たちを現実世界に飛ばしたものとは桁違いの規模のものがな!だからいったはずだ、共に時空を超えるのだ秋山遼。貴様だけ現実世界で何も知らないまま生きることなどどの次元であっても許しはしない!死んだならそれまでだ!」

 

「考え直せよ、ミレニアモン!早まるなってば!!」

 

「なにしてんだよ、お前!結局ひとりぼっちは嫌なんだろ!一緒に生きていきたいからって無理やり連れていくつもりなだけじゃねーか!」

 

「うるさい黙れ。外野は黙っていろ!」

 

「「いや。黙ることはできないな」」

 

「「オメガソード!!」」

 

亜空間に光が走る。ミレニアモンと遼、サイバードラモンもろとも時空の彼方に消し飛ばそうとしていた亜空間が、真っ二つに破壊され、0と1になってとけていく。不正に構築されていた亜空間が初期化され、もとの旧ゲートが再構築されていく。

 

「「遼!サイバードラモン!」」

 

「オメガモン!」

 

「なんかすげーやつがきた!」

 

ムーン=ミレニアモンの精神世界が崩壊し、またミレニアモンが姿を現す。ミレニアモンは亜空間に閉じ込めようとエネルギー砲を発射した。

 

「あぶない!」

 

遼が叫ぶ。光に包まれたかと思うとオメガモンがウォーグレイモン、メタルガルルモンに分離して、遼とサイバードラモンを回収して距離をとってくれた。

 

「間に合ってよかった」

 

「なに1人でつっぱしってんだよ、遼!俺たち仲間だろ!」

 

「ご、ごめん......」

 

「みんながパラレルモンを引き受けてる間に来れたんだ。オメガモンはミレニアモンの天敵だからな」

 

「ったく、遼たち巻き込んで自爆しようとするとか何考えてんだよ、お前なあ!ちっとは話を聞かせろっての!!」

 

「全くだ」

 

「いつもいつも私達の邪魔ばかりするんだな、八神太一、石田ヤマト。そしてオメガモン。ならば相手をしてやろう」

 

「かかってこいよ!」

 

「いいぞ、こい!」

 

ミレニアモンは高笑いする。

 

「2対1は不公平ではないか?公平に2対2といこう」

 

ミレニアモンがそう宣言した瞬間、ミレニアモンの体から黒い粘着質の液体が分離し、新たなデジモンが形づくられていく。やがてそれは一体の究極体を生み出した。

 

「こいつはメタモルモン。過去に戦ったことがある全てのデジモンに変身することが出来るのだ。しかもそれ以上の強さとなる特性がある。お前たちにはおあつらえ向きのデジモンだとは思わないか?」

 

「......ま、まさかこいつの力を使ってVRデジモン達をつくってたのか、ミレニアモン!」

 

「答える必要などない」

 

ミレニアモンは宣言するのだ。

 

「メタモルモン、お前にあたえる姿はこのデータだ!」

 

ミレニアモンはあまたの平行世界を渡り歩いた経験。暗黒の種の配下たちのみた記憶。ダークマスターズのムゲンドラモンだった過去からアポカリモンに通じているデジモンのデータチップにいたるまで。膨大な情報から導き出したデジタルモンスターの情報をメタモルモンに渡すのだ。

 

メタモルモンはみるみるうちに姿を変えていく。

 

「オメガモンかよ、VRデジモンでもいただろ!」

 

「いや待て太一。あれはただのオメガモンじゃなさそうだ」

 

「えっ」

 

それはオメガモンのようでオメガモンではなかった。真っ黒に染まり、禍々しいオーラを放つそれが赤い瞳を宿す。そして古代デジ文字でファイナライズと書かれているオメガソードを構え、ウォーグレイモンたちに襲いかかった。

 



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109話

黒いオメガモンは明らかに高い防御力を誇る個体だった。太一たちのオメガモンとは異なり、ガルルキャノンをメインで扱うまさしく高防御高知力の二点で絶対的な安定性を誇る個体だった。

 

グレイソードは威力こそ高いが攻撃力が控え目で、オメガモンほどダメージはない。だがそれと引き換えに氷属性の単体大貫通魔法のガルルキャノンはより大きなダメージが出る。ウォーグレイモンとメタルガルルモンは間髪でよけたが、さっきまでいた場所は一瞬にして凍りつき、またたくまに瓦礫とかしたのである。反撃として放たれた2体の必殺技は物理耐久を高めてどっしりと構え、魔法で倒していく展開が得意らしく、目立ったダメージが見つけられそうになかった。

 

つまり同じオメガモンながら、太一たちのオメガモンより堅実な立ち回り方を得意とするデジモンのようだ。

 

「ガルルキャノン!」

 

真っ黒な砲台が炸裂した。ここぞという時にガルルキャノンが突破口になるほどの威力となるらしい。厳重に封じられているはずの旧ゲートポイントに続く扉に穴が空いてしまう。

 

連発するのは威力に任せて無理やり突破するつもりのようだ。何度も漆黒の氷が打ち付けられ、すさまじい衝撃が内側から扉をこじ開ける。

 

「まずいぜ!」

 

「逃がしてたまるか!」

 

ウォーグレイモンとメタルガルルモンはふたたびジョグレスを試みる。2体の究極体のデータが分解され、一体に融合していく。3月4日の奇跡をデジタルワールド側が再構築して再現したオメガモンである。あの時ほど強力なステータスでこそないがこれ以上ないほどの強さなのは太一たちも自負しているのだ。みんなから託されたものを自覚しているヤマトも諦める気など微塵もなかった。

 

「聞くまでもないが、一応、問うておこうか、若造。ここで何をしている」

 

ぞわりと悪寒が走る。勢いよく振り返ると、かなり距離をとっていたはずだが、黒いオメガモンはすでにいた。

 

オメガモンは装填されていた銃弾を連射するが、強固にされた黒い輝きに防がれ、被弾することはない。追いかけてくる黒の閃光を避ける。ド派手な音を立てて砕け散る岩壁。貫通した衝撃は想像に難くない。期待はしていなかったが、生かして帰す気はないらしい。憎悪を隠そうともしない黒いオメガモンは容赦ない。

 

 

進行方向に現れたのは黒い障壁。身に覚えがある妨害だ。3月4日に何度もデジタルゲートでみたものだ。衝突する寸前で方向転換し、追いかけてきている黒いオメガモンに発砲する。

 

銃声が響くが、黒いオメガモンを傷つけるには至らない。人工的に氷結する小細工など意味をなさない。純然たる悪意は、邪悪さを持たない。オメガソードは邪悪に侵されたデータしか作用しない。初期化したところで、ミレニアモンのところにかえる暗黒物質となるだけだ。復活などされたら純粋なダメージしか与えられない。予想をはるかに超える速さで接近し、オメガモンの武装の合間を縫って、切断しようとする。

 

オメガモンは伝家の宝刀を抜いた。どうにかかわすことができた。倦怠感に襲われながら嫌な汗が伝っていく。連発は出来ない。他の仲間に連絡を取りたいが、その猶予すら黒いオメガモンは与える気はないのだろう。連絡で来たところで無意味だ。黒いオメガモンが展開する結界が重厚になっている。

 

 

「なるほど、そうくるか。面白くなってきた」

 

オメガモンは全速力で駆けた。大量の漆黒の被弾が舞う。それに追従する形で黒いオメガモンは追いかけてきた。それを確認したオメガモンは辺りに弾丸をばら撒いた。爆発音がして、閃光が走り、辺り一面が氷結と化す。すぐに身を隠し、引き金を引いた。

 

微かに聞こえた声は、何かを発動させる。生存本能が悲鳴をあげている。それはほぼ反射的だった。周囲にあるものが粉みじんになる。駆け出したい衝動に駆られるが、オメガモンは堪えた。過ぎ去った周囲が瓦礫と化す。冷静さを失いながらも、精細さを欠きながらも、オメガモンは銃口をふるった。物言わぬ骸になるのは、黒いオメガモンを滅ぼしてからだ。許されざる蛮行だけは阻止しなければならない。

 

 

「どうした、もう終わりか」

 

 

黒いオメガモンは防御などしなかった。躊躇せずオメガモンの目前まで踏み込み、その大剣を受け止めた。じわりと血がにじむ。赤い目が細められる。積み重なった瓦礫から現れた漆黒の閃光がオメガモンを貫いていた。

 

 

「お前の本気はこの程度じゃないんだろう?あの時のお前のように、私を倒しうるとっておきがあるんだろう?みせてみろ」

 

 

焦点が合わない。立つこともできない。完全に感覚がやられている。嬉々としてこちらを見下ろす赤は、狂気に満ちている。殺し合いを切望する。身を焦がすほどの激情を滾らせながら生きている。

 

「「誰のことをいってるんだ。俺(ぼく)たち自身とでもいうつもりか?俺たちは負けない!」」

 

オメガモンが叫んだその瞬間に、太一とヤマトのデジヴァイスが光り輝いた。

 

「なんだ!?」

 

「光が......」

 

オメガモンは琥珀色の光につつまれた。

 

 

白い翼が舞った。

 

「オメガモンが......」

 

「変わった......?」

 

一瞬、太一たちはタケルたちがパラレルモンを倒して加勢に来てくれたのかと思った。だが違うのだ。その翼は太一とヤマトを守るように存在しており、オメガモンから生えているのは明らかだった。

 

まるで白いマフラーのように揺らめいている。

 

主に変化した部分としては、マントが翼になったこと、ボディに水色のラインが入ったこと、グレイソードが日本刀っぽくなり、ガルルキャノンがビームソードにかわったこと。白銀の天使と化したオメガモンがそこにいた。

 

黒いオメガモンのオメガソードを一刀両断し、ガルルキャノンの銃口をねじ曲げて軌道をずらしたのだ。あまりの早さに太一たちすら目視で確認することはできなかった。

 

「なあ、ヤマト......こいつ、もしかしてあの時のオメガモン?」

 

「太一もそう思うか?」

 

ここにくるまで世界中のテイマーたちに育てられた無数のディアボロモンたちが融合して誕生した謎のデジモンに窮地に追いやられたとき。セラフィモンとホーリードラモンが自信の持つ全ての聖なる力と進化に使用していたエネルギーすべてをオメガモンに明け渡した。

 

ほんの少しの間だけ半透明になったオメガモンのステータスが急上昇し、一気に形勢逆転したことを太一とヤマトは思い出したのだ。そこに光の進化を司る力が本人が失神するレベルでオメガモンに流れ込み。あまりの激闘に熱くなっていた世界中のテイマーたちがディアボロモンだけでなくオメガモンも応援し始めたことで一時的とはいえ3月4日みたいな状況下になったのだ。

 

しかも選ばれし子供たちだけだったあの時とは違い、ディアボロモンが用意した凄まじい数のテイマーたちの応援がたしかにオメガモンの力になっていたのだ。

 

あの時太一とヤマトが感じたデジヴァイスの振動と熱さは尋常なものではなかった。それと同じくらいの鼓動がたしかにこの手の中にある。

 

あの状況下でさえ半透明にしか顕現できなかったオメガモンが今、デジタルワールドが選ばれし子供に提供したヴァリアブル機能により解放されたのだとしたら。

 

明確な形をえることで無限大な力が形にハメられて弱体化するのだとしてもオメガモンが獲得した新たなる形態が場合と状況によってはすさまじい力を発揮するのは間違いなかった。

 

「虜玲刀(グレイトウ)!」

 

黒いオメガモンのガルルキャノンがすさまじい勢いでガラクタと化していく。その膨大な魔力を増大させて集約し、発射するためのパーツを失った黒いオメガモンはその魔力の行き場をうしなう。

 

あたりが真っ黒に染まるほどの大爆発が太一たちを襲った。

 

闇は先刻よりいっそう深くなった。中は真っ暗に静まり返っている。真っ暗闇で何も見えない。墨のような闇に浸された濃くて深い闇がある。

掌を広げると、闇のベールの感触がつかめそうなくらい、まるで夜がそこに結晶していた。

 

まるで深海の底におしこまれたみたいだった。濃密な闇に奇妙な圧力を加えていた。沈黙が鼓膜を圧迫していた。黒色の絵の具を幾重にも塗り重ねたような深く隙のなき闇。冗談抜きで恐いのだ。丸裸にされたような気がする。

 

嫌な気分だ。暗い暗黒は暴力の粒子をまわりに漂わせている。それがうみへびのように音もなくするすると近寄ってくるのを見ることさえできないのだ。救いようのない無力感が支配している。体中の毛穴という毛穴が直に暗闇に曝されているような気がする。

 

 

無数の世界がシャボン玉のように強烈な風を伴ってふきこんでくる。そこには選ばれし子供たち、パートナーデジモンたちが閉じ込められていた。

 

「パラレルモン!」

 

「みんな!」

 

「みんなを返しやがれ!」

 

太一の叫びにシャボン玉に閉じこめられている選ばれし子供たちはデジヴァイスをみた。激しい発光と振動を繰り返し、平行世界に閉じこめられている最中1人ではないのだとしらせてくれる。

 

真っ白なオメガモン目掛けて選ばれし子供たちのデジヴァイスから放たれた光が一気に集結していく。

 

「「いけえええええ!」」

 

二重で太一たちの声が木霊する。

 

「虞玲刀!!」

 

パラレルモンは一刀両断された。

 



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最終話

パラレルモンを倒したことで平行世界に幽閉されていたパートナーデジモンたちは帰還した。パラレルモンに取り込まれていた選ばれし子供たちも生還できた。だが。

 

「ダメです、あちら側からゲートが閉じられている」

 

「まさか、ミレニアモン」

 

「いや、世界が正常化してるんだ。未来にいったわけじゃなさそうだ」

 

遼とミレニアモンの姿がどこにもないのだ。セイバードラモンの姿もない。ダークエリアに送られた形跡もない。突然消えてしまったのだ。

 

デジタルワールドイリアスの歴史が正常化しているからミレニアモンは倒されたはずだがいない。ジュンの行方もいぜんしれない。

 

亀裂は塞がり世界は救われたが選ばれし子供がふたりも行方不明になってしまったのだった。

 

デジタルワールドから帰還した賢は、コクワモンと自室で待っているはずの治を迎えに行った。

 

「兄さん、デジタルワールドにいこうよ。ミレニアモンが改変した歴史がなかったことになったから、暗黒の球体、消えるんじゃないかってゲンナイさんが」

 

「そのことなんだが、賢。僕はこのまま待機しようと思う」

 

「えっ、それじゃあ治兄さん、ゲンナイさんみたいに部屋から1歩も出られなくなっちゃうよ!?」

 

「それでもだ。ミレニアモンが倒されたはずなのに遼が行方不明な今、その動向がわかるのは球体がある僕だけだからな」

 

「わ、わかるの、兄さん!?」

 

「ああ」

 

治は感情的になった瞬間に暗黒の球体に意識を乗っ取られそうになるためか務めて冷静に返した。

 

「ミレニアモンは遼が存在する限り復活し続ける。時空を超えるために遼とサイバードラモンごと自爆したミレニアモンは今、未来にいるらしい」

 

「未来?」

 

「遼を探してるが、見つからないようだ」

 

「じゃ、じゃああのゲートの先に行って未来のデジタルワールドを助けに行かなきゃ!」

 

「いや、僕達も遼を先に探さないとダメだ。ミレニアモンの目的はあくまでも遼だ」

 

「どうやって?」

 

ゲンナイさんから緊急連絡が入った。治たちは一旦隠れ家に向かった。

 

「ミレニアモンの改変した歴史の修正具合を把握するため、精査していた予言の書の初代選ばれし子供の欄に秋山遼の名前が新たに記述されていることがわかったんじゃ」

 

一瞬、時が止まった。初代選ばれし子供。それはかつて古代デジタルワールド期において、5人でアポカリモンを封印した子供たちのことだ。1946年、アメリカのフィラデルフィア大学が開発し、公開起動したENIACが最初のサーバである。それ故に判明している子供の中にENIACの開発に携わった女性プログラマーが混じっていた。ここにいる全ての子供たちとデジモンたちの共通認識である。

 

「Mrsマクナルティに問い合わせたところ、かつての仲間に秋山遼という少年がいることを認めてくれた。つまりじゃ、正常化したデジタルワールドの歴史に遼の名前があるということは、遼は初代選ばれし子供ということになる」

 

「ふざけんな!じゃあ、今までのミレニアモンとの戦いは初めから決まってたってことかよ!」

 

「ここまでくると偶然と片付けるにはおぞましい符号ばかりじゃ」

 

はっきりといいきられ、太一は言葉に詰まってしまう。

 

「ワシらの世界でさえミレニアモンにとっては平行世界にすぎないように、連動する現実世界もオリジナルの世界では決してないのじゃろう。だから遼は1946年生まれの少年だったのかもしれないし、ミレニアモンの時間跳躍能力で世界を救おうとしたのかもしれん。憶測でしかものを語ることはできんが、ワシらの世界ではミレニアモンの自爆に巻き込まれた遼は今のデジタルワールドのはるか前のサーバ時代、古代デジタルワールド期に飛ばされたのじゃ。それは揺るがしようがない事実」

 

そしていきをはいた。

 

クロックモンを庇って死んだクラヴィスエンジェモンの居住区に設置されている用途不明の古びた柱時計が再起動した、とゲンナイさんは告げるのだ。

 

それは今はデジタルワールドの最深部に眠っているはずのかつてのサーバとかつてのデジタルワールドの時間が動き出した証である。なにかが起こっているのだ。

 

「どうやっていけばいいんですか?」

 

「そうよ、亀裂がなくなっちゃったから昔のデジタルワールドにはもう行けないわよね?」

 

選ばれし子供たちのもっともな指摘にゲンナイさんは頷きながら返した。

 

クラヴィスエンジェモンが残したデジタルゲートのゲートキーで柱時計に設置されているゲートを開けばいい。

 

「じゃあ今すぐ遼たちを助けに行こうぜ!」

 

太一の言葉にゲンナイさんは首を振った。

 

「デジタルワールドはまだその時が来ておらん。柱時計には西暦と日付も表示されておる。ケイト・マクナルティ氏によれば初代選ばれし子供たちの冒険は1946年の2月14日12時ちょうどじゃ。この時間の経過は現実世界と連動しておる」

 

みんな絶句するのだ。

 

「バレンタインデーまでなにもするなっていうのかよ!」

 

太一の叫びにゲンナイさんは首をふる。

 

「なにもするなとは言わん!その時が来るまでデジモンたちは強くならねばならん。ジュンの行方もいぜんとしてわからん以上、デーモンの襲撃に供えておかねばならんのじゃ」

 

デジタルワールドの安定には紋章やデジメンタルの返還が手っ取り早いがそうこういっている訳には行かない。

 

「ミレニアモンが遼のパートナーデジモンである以上、どこにいるのかわかってしまうはずじゃ。古代デジタルワールド期に侵攻してくるのは間違いない。原始のデジタルワールドが滅んだとしたら、それはワシらの世界やイリアスだけではない。ほかの同じ起源をもつデジタルワールドの消滅を意味することになる。それはワシらはもちろんデジモンという存在の消滅でもある。絶対に避けなければならんのじゃ」

 

「ミレニアモンはアポカリモンの本体に強く干渉を受けているらしいからな。進化を否定する概念としては都合がいい展開じゃないか」

 

怒りを胸に秘めている治にみんな息を呑むのだ。

 

「くそー!あと2ヶ月もあるのかよ!」

 

「2ヶ月か.......長いな」

 

「僕達にできることを探すしかありませんね」

 

「みんな、強くならなきゃね。昔のデジタルワールドにいくんだもの」

 

誰もが頷いた。

 

「大輔くん」

 

「.......治さん」

 

「大丈夫、古代デジタルワールド期に転移できるようになれば派生した平行世界にアクセスできるようになるはずだ。デーモンも同じ原理でデジタルゲートを開けたようだから、ジュンさんのデジヴァイスを辿って探しにいくことができるはずだ」

 

「ほんとっすか!?」

 

「ああ。だからな、大輔。バレンタインデーまでに誰にも負けないくらい、強くならなきゃいけないぞ」

 

「はい!」

 



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Vテイマー01編
プロローグ


プロローグ

1946年2月14日、フィラデルフィア大学において世界初のパーソナルコンピュータ、ENIACが公開起動した。その同時刻、ENIAC内にある自己学習能力をもったウィルスが入り込み、様々な情報を取り込んで生命体となった。その生命体は情報を取り込んでは新たな姿を獲得し、すさまじい勢いで数を増やしていき、やがてサーバたるENIACまでウィルスに感染した。ENIAC自身が意志を持つにいたり、やがてその生命体たちの世界を作り上げることになる。

 

その生命体はいつしかデジタルのモンスター、通称デジモンと自称するようになった。そして、彼らが住む世界デジタルワールド、もしくはデジモンワールドは、このような経緯で誕生したネットワーク上に存在する仮想空間である。

 

原始のデジタルワールドは、ENIACによりデジモンをより生き物に近づけるため島や大陸等を作るためのプロジェクトが計画された。その結果、デジモン同様に“ビジュアル”化された「デジタルワールド」が誕生した。

 

そして、今やデジタルワールドは様々な次元に存在する異世界の数だけサーバをかえて数を増やしていった。いずれもホストコンピュータ内にあり、人工知能により管理・統制が行われている共通点があった。

 

そして、どの「デジタルワールド」も、ENIACが分かりやすく管理するため、人間の住む“地球”と同じような姿をつくった形やシステムを踏襲している。島や大陸は違えどその内部構造や法則も地球とほぼ同様の姿をしている。

 

その内部はとてもデータできているとは思えないほど、リアルな作りになっているといわれている。

 

デジタルワールドは、「ネットの海」と呼ばれる領域が大半を占め、その上に陸が浮かんでいる。初期に作られたのは「ファイル島」と「フォルダ大陸」の2つだけであるが、その他にも島や大陸は存在する。

 

 

「フォルダ大陸」は、ファイル島とは比較的近距離にある。しかしファイル島には存在しない“究極体”デジモンが存在し、成長期程度のデジモンですらファイル島の完全体ほどの力を持つものさえいる。大陸であるためファイル島の数倍の大きさを誇る。

 

大陸の南に位置し、昆虫デジモンなどが多く住み、豊かな自然が広がるスピリチュアルランド。大陸の西に位置し、砂漠地帯や草原が広がるガーディアンサバンナ。大陸のほぼ中央に位置し、デジモンの墓、不気味な古城などがあるナイトメアフォレスト。大陸の東に位置し、大峡谷に立つ工場地帯メタルエンパイア。そしてフォルダ大陸の近海セイバーズベイと主に5つのエリアに分別される。

 

フォルダ大陸は未だに未知の部分が多い大陸である。

 

ジュンはその未知の部分であろうナイトメアフォレストにある不気味な城の地下からいけるダークエリアにいた。

 

ベルフェモンの領地を通じてデジタルワールドのデータバンクに不正アクセスを繰り返していたために、案外ダークエリアという場所に忌避感はなかった。

 

ダークエリアはまさしく地獄なのだ。厨二病を発症していたころによくお世話になっていた地獄の門をくぐって地獄の底にまで降りていくと、死後の罰を受ける罪人たちの間がたくさんある。

 

ダークエリアは、漏斗状の大穴をなしてデジタルワールドの中心にまで達し、最上部の第一圏から最下部の第九圏までの九つの圏から構成される。

 

かつてルーチェモンたちが神に叛逆し、地上に堕とされてできたのがダークエリアの大穴であるらしいのだが。

 

「まだルーチェモン生まれてないのにあるのがびっくりよね」

 

ダークエリアは罪に応じて、亡者が各圏に振り分けられている。階層を下に行くに従って罪は重くなり、比較的軽い罪と重罪の領域に分けられている。

 

 

ちなみにデジタルワールドにおいて最も重い罪とされる悪行は「裏切り」で、地獄の最下層コキュートス(嘆きの川)には裏切者が永遠に氷漬けとなっているとされている。

 

「あるのはデジタマだけだもんねえ。これから生まれながらの大罪人が生まれるわけだ」

 

不思議な気分だった。このデジタルワールドでは四聖獣のようなデジモンがいないため、アポカリモンの転生体はこうして孤独に誕生を待ちわびているのだ。

 

肝心の七大魔王たちがいないのにすでにダークエリアがある違和感である。

 

「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよとは考えたもんよね。まったくもってその通りだもの」

 

ジュンはため息しか出ないのだ。

 

ジュンは今ダークエリアの最深部、

第九圏 裏切者の地獄 - 「コキュートス」(Cocytus 嘆きの川)と呼ばれる氷地獄にいる。涙も凍る寒さに歯を鳴らすのだ。

 

ちなみにダークエリアは5つの川で取り囲まれており、おそらく一番有名なのがステュクスで、他にプレゲトーン、レーテー、アケローン、そしてコーキュートスがある。その物悲しげな流れのあたりから聞こえてくる号泣の声にちなんで名づけられたコキュトス河というらしい。

 

ここが悪魔・暗黒系のデジモン達の頂点に立つ七体の魔王の領地にして。寿命を迎えたり戦いに敗れて消滅したデジモンが送られるダークエリアの最深部コキュートスである。

 

「そうだろう」

 

デーモンは憤りを隠しもしない。

 

「その余りに強大な力から、ワシは生まれた瞬間から全ての平行世界に存在させる事で力を分散させられているのだ!挙句の果てに闇と光のバランスを保つために利用されているのだ!」

 

デーモンは憤怒の雄叫びをあげる。

 

この世界で最初に生まれたらしい七大魔王は、生まれた瞬間から神との戦争に敗北して堕天したという存在に貶められていることに激怒しているのだ。転生前の敗戦処理とばかりに罪を背負わされていることが我慢ならないらしい。

 

「だからワシは考えたのだ。行われてすらいない全面戦争の敗北者がワシらなのか一方的な決めつけに対する反駁をな!」

 

手始めにこのデジタルワールドを管理するゲート管理者を吸収し、平行世界の七大魔王を取り込みながら全盛期の姿を取り戻すべく暗躍しているらしい。ある世界で七大魔王が滅びると結果的に光に世界が傾きすぎて滅びてしまい、デーモンにも還元されるというのだ。

 

「そしてワシはお前達の世界を見つけたというわけじゃ。原始のデジタルワールドへのアクセス権がまだのこっていて、七大魔王という概念がまだ生まれず、全盛期のワシらがデジタマとして眠るお前達の世界を!」

 

それは狂気に充ちた歓喜だった。

 

「なるほど、アンタは完全体になるためにアポカリモンの構成データのうちウィルス種のデータを欲しているってわけね」

 

「そう。まずはお前の持つ知識とテイマーとしての才能をみこんで、七大魔王の卵を返すため協力してもらおう」

 

「人のパートナーデジモン人質に協力もクソもないじゃないの」

 

「なに、簡単なことだ。今、ワシの闇の力の増大によりホーリーエンジェモンの光の力も極端に少ない増しておる。それでワシは考えた。過剰に光の勢力を召喚すれば、この七大魔王の卵もかえる。その時がワシの力の礎となるのだ!」

 

「え、最終戦争を仕掛けるなら仲間がいた方がいいんじゃないの?」

 

デーモンは高笑いした。

 

「仲間なんぞ必要ない!他者がいるから内部争いに権力闘争、いらぬ諍いに足を引っ張るのだ!すべてワシに権力が集中するようにするまでよ!」

 

ジュンは肩を竦めた。ベルフェモンは今デーモンにより七大魔王の卵を孵すための動力源となってしまっているのだ。対応を誤ればさきは見えている。ジュンはわかったわと頷くしかなかった。



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112話

ジュンはその日からサルベージにおわれていた。この世界の予言の書にかかれている暗黒勢力や闇と光の戦争などの記述から双方の勢力の研究所を見つけ出し、不法アクセスしたり。ダークウェブに漂うデジゲノムからデータを回収してデジタマになるくらいデータを収集したりした。

 

「準備出来たわよ、デーモン」

 

「ワハハハハハ!さすがだ、でかしたぞ選ばれし子供よ!さすがはセキュリティシステムの目を盗んで不法アクセスを繰り返していただけはある!」

 

「うれしくないお世辞をどうも」

 

ジュンはため息をついた。どれだけ幸福が逃げ出したかわからない。ようやくジュンはアスタモンに干渉してきたかつての正体不明の存在がデーモンだと気づくのだ。デーモンはデジタルゲートの管理者権限を完全に把握しており、古代デジタルワールド時代同じ世界だったジュンの世界にも共通して存在している予言の書を通じて干渉してきていたのだ。ジュンがセキュリティシステムの内部に内通者がいることをふんでこそこそしていたのはつつぬけだというわけだ。

 

デーモンからすればこれ以上ないほどの適役なのだろう。衣食住は保証されてこそいるがダークエリアからジュンは1度も出してもらえなかった。

 

ジュンの目の前には歪んだ暗黒のデジタマが6つ並んでいる。

それぞれが孵化装置に置かれているのだ。今のところジュンは経過時間が表示され、この間はデジタマの様子を見ることしかできない。

 

時間経過後に再び孵化装置を起動させ、何度か繰り返しているが進行速度はにぶいままだ。デーモン曰く裏切ることを見越して光属性のテイマーを何人か召喚し、色々と工作をしているらしい。そのため孵化装置の必要時間が短くなったようだ。

 

それでも孵化難易度が極端に高いデジタマである。まだまだ孵化に必要な闇の力が足りない。孵化はこの世界の終焉に近づく証でもあるが、ジュンはこのデジタマを孵化させるためのエネルギータンクと化している

ベルフェモンを救わなければならない。そのためには闇の力を増大させなければならない。どうしようもないジレンマである。

 

デーモンからジュンに課せられた使命は七大魔王たちを孵化させて育成することである。それにより闇の力は増大しベルフェモンは解放される。

 

「ねえ、デーモン。アンタが探してた超究極体のデジゲノム、ほんとにデジタマに埋め込んでもいいの?シャレにならないと思うんだけど」

 

ギチッ、ギチギチッと不気味に蠢いているデータ片にジュンは顔を引き攣らせた。

 

それはジュンがデーモンにいわれて必死で探し回ったデジゲノムだった。この世界が誕生する前に行なわれた闇と光の全面戦争において闇勢力の最大戦力にして切り札だったデジモンのデジゲノムだ。

 

強大な力と邪悪さを持ち、敵のエネルギーを吸収して強くなる妖獣型デジモンと予言の書には記されていた。存在その物が封印されていたデジモンであり、名前は伝わっていない。

 

姿形を与えられていないのに「ギチギチ」「ギギ」等の気味の悪い鳴き声を発する。 つまり自我があるということだ。あまりにも危険な匂いしかしない。

 

デーモンは意にも介さない。このデジモンは通常のデジモンが進化に戦績と時間が必要であるのに対し、他のデジモンからエネルギーを奪い、必要なエネルギーをチャージし終えると次のレベルに進化するというかなり特異な進化をする特性があるのだ。このデジゲノムを組み込めば大幅な簡略化となる。だから反対など受け付けないという態度である。

 

「生まれながらの究極体は幼年期から成長してきた究極体に劣るのだ。光との最終戦争に備えてダークエリアで暗躍していると決めつけているのはこの世界だ!デジタルワールドが望む強大な力を得てなにがわるい!」

 

どうやら言葉の節々からデーモンは生まれながらの究極体であるがゆえのコンプレックスがあるらしかった。デーモンからすれば同じ七大魔王であるにもかかわらず幼年期から究極体になり、何度も進化と退化を繰り返して歴戦の勇士並の実力を手にし、ジュンのパートナーデジモンとなることですさまじい力を手にしたベルフェモンは地雷以外のなにものでもないらしかった。

 

「これでデジタマから誕生したデジモンたちは誕生した時点で常識を超えた能力を持つことになるのだ!さあ、起動しろ!」

 

ジュンは無言のままスイッチを押した。ダークエリアのこの研究所はデーモンがフォルダ大陸にて侵略したエリアにあったものを移築したものだ。それはジュンがかつて慣れ親しんだデジモンとデジモンをジョグレスさせて誕生させる人工デジタマの作成場だった。この世界のシステム管理者たちはデーモンに殺されたか、光と闇の全面戦争に巻き込まれて全滅したかしらないが長いこと放置されていたようで傍から見れば廃墟にほかならない。

 

ジュンは淡々とデジタマを見つめていたが、デジゲノムが注入される瞬間はどうしても直視することが出来なかった。逆らったが最後ジュンは殺されるのがわかっていた。ジュンはなにがあろうともベルフェモンを助けなければならないのだ。もとのデジタルワールドに帰還する為にも。だから悲鳴をあげる良心に耳を塞いだ。

 

超究極体デジモンのデジゲノムという強大なデータに塗りつぶされてしまった七大魔王のデジタマたち。この瞬間から本来獲得するはずだった自我や個性といったものは一様に失われた。データチップというデジモンの記憶や感情などを司る根幹部分に寄生したデジゲノムは瞬く間にデジコアを染め上げていくのがわかった。

 

ゆっくりとレバーを押したジュンは、孵化までの時間をモニターで確認する。

 

「意外とバラツキがあるのね」

 

「クックック、なにをしらばっくれているのだ。七大魔王がどのような存在かワシより知っているのは貴様だというのに」

 

「知っているのと理解してるのはまた別問題よ」

 

「なにか問題があるのか?貴様はただワシの糧となる運命のコイツらを相応しい強さに育て上げることだけ考えておればいいのだ!」

 

「.......」

 

どうか生まれてこないでくれ、と心の底から願っていた事態が無常にも訪れてしまった。

 

デジタマの真下に色欲を司る黄緑色の禍々しい蛍光色の紋章が浮かぶ。紋章とデジタマがゆるやかに分解され、融合し、再構築されていく。それは一体のデジモンを形作っていった。

 

ジュンはディーターミナルを起動した。そしてデジモン図鑑を開く。

 

魔王型の究極体デジモンだ。必殺技はファントムペイン。暗黒の吐息で相手を呪い殺す必殺技。通常技はナザルネイル。右手の金色の爪で触れるもの全てを腐蝕させる。

 

名前の由来は妖怪や悪魔として神話や伝承に登場するリリスから。初めて七大魔王の存在と所属が示されたデジモンでもある。七つの大罪の色欲を司るとされているが、そもそも性別が存在しないデジモンに通じる色欲とは何なのかは不明である。

 

容貌はデジモンにしては珍しくほとんど人間の女性の素顔そのもので、デザイン上最も人間に近い部類と言える。

 

その名はリリスモン。女性の姿をした魔王型デジモンで“七大魔王”デジモンの一体でもある。元々はオファニモンと同種族だったと考えられており、堕天して “暗黒の女神”と呼ばれるようになった。妖しくも美しい容姿で相手を惑わし、その誘いに乗ったものは必ず死が与えられるといわれる。“暗黒の女神”の名に相応しく、悪に対しては寛大であるが善に対しては冷酷非道の施しをする。

 

「.......えっ」

 

ジュンはリリスモンであるはずの存在を見て愕然とするのだ。知っているはずの姿と全く違うのである。

 

「超究極体デジモンのデジゲノムをデジコアに埋め込んだ影響ってことなの.......?もはや別のデジモンじゃない.......」

 

ディーターミナルには変質したリリスモンの追加情報がのっていた。

 

その姿は見た者全てを虜にし、そのまま操り人形へと変えてしまうという。究極の美を手に入れたリリスモンは、その寛大な包容力で甘美なる破滅をもたらす死の女神となった。必殺技は色欲の冠から力を引き出し広範囲にわたり他者を操る『セブンス・ファシネイト』。人形と化したデジモンは力を限界以上に引き出され、操ったのちに死へと至る。最期に輝き消えゆく灯を、リリスモン自身は愉悦と共に見守る。

 

「......えええ」



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113話

ジュンがリリスモンと共に暮らし始めてから数日が経過した。それなりにリリスモンについてわかってきたことがある。

 

リリスモンは夜中の1時に目覚めて夕方の18時に寝るという生活サイクルを持っているようだ。果物系が好物である。

 

豊潤な果実、特大メロン。新鮮な果実、ブルーリンゴ。みずみずしい果実、レモン。よくある果実、ヘビーイチゴ。アセラロ、黄金どんぐり、天然甘栗、オレンジバナナ。

 

この辺りに目がない。

 

ある日、デーモンの手下がスピリチュアルランドにある稀少なキノコを献上したものだから事態が一変した。

 

リリスモンの新たな好物になってしまったらしく、ないと拗ねてしまい言うことを聞かなくなってしまったのだ。ユキワリタケは30年ほど前に麓で菌が発見された品種らしい。

 

見た目はエノキによく似ているが、食べてみると食感や味はまったく違う。ただ、この品種は今のところ大量生産ができないのと、常温では日持ちしないのが欠点。

 

というわけでジュンはリリスモンとユキワリタケをとりにスピリチュアルランドに行くはめになったのだった。

 

「ジュン、ジュン」

 

あ、と口を開けて待っているリリスモンにジュンは一口サイズに切ってやったバナナリンゴを渡すのだ。リリスモンは咀嚼し始める。まるでツバメの雛状態だがリリスモンの自我はこれ以上発達しないのだ。

 

リリスモンはすべてを腐食させる右手を持つのだが自我が育たないためにコントロールができない。触れたものを全て腐らせてしまうために世話をやいてもらわなければたちまち餓死してしまう。

 

だからだろうか、本来のリリスモンとは違い、自身につけられている色欲の紋章が刻まれた王冠から光を受けたものを魅了し傀儡にしてしまう能力があった。ジュンがいなければその眷属に身の回りの世話をやらせていたのかもしれない。

 

リリスモンは吐息ひとつで対象を猛毒にしてしまう。腐食させるのと猛毒にしてしまうの二重苦だ、きっと眷属は陰惨なことになるのが目に見えているのでジュンがやっていた。さいわいリリスモンは暗黒勢力のデータから誕生したためにデジヴァイスの加護があるジュンには通用しないのだ。

 

息をするだけで食べ物が硬くなり、飲み物が毒のように固まるのを見たとき、リリスモンは自身の能力が破滅のもとであることを悟り、強く嫌悪しながら呪詛をはいた。ジュンが生命線だと気づいた時点で世話をやいてくれる存在だと懐くのは当然の流れだったのだ。

 

リリスモンはいつでも飢餓の恐怖から解放されることを願いながら生きている。ジュンもコントロールする術を模索していた。やはり超究極体のデジゲノムの影響か成長が著しいリリスモンだ。能力を使いこなす経験が足りないのはジュンでもわかる。

 

「どっかにバトルコロシアムみたいな施設があれば話がはやいんだけどねえ.......どこに自軍の兵士を腐らせたがる隊長がいるんだって話よね.......」

 

ベルフェモンがいたら暗黒勢力同士、攻撃は無効化されてしまうから全力でぶつかりあえただろうがリリスモンを世話する境遇にいたるまでを考えたら叶わぬ願いである。

 

「光の勢力を過剰にするって言ってたけど具体的にどうすんのかしら。相手を進化させるとか?倒される可能性高まるのに?背水の陣ねえ」

 

ジュンはようやくたどり着いたスピリチュアルランドにてユキワリキノコを探すことにしたのだった。

 

「ジュン、ジュン」

 

「なあに、リリスモン。珍しいわね、何か気になるものでもあった?」

 

振り返ると嬉々とした顔で指さす先には一体のデジモンがいた。

 

「あれ、デーモン城にいた人造デジモンの試作体じゃなかったっけ。なんであんなところに?」

 

そこにいたのは、巨大な宇宙船を展開しながら何やら準備を進めているイーバモン。

宇宙人として有名なベーダモンをデーモン軍が捕獲し、体を構成するデータを解析・改良して人工的に生み出されたサイボーグ型デジモンだ。

 

ジュンの時代には某国の「エリア51」という施設で、地球外のテクノロジーを使って作られたらしい噂が絶えないデジモンだったが、真相は謎に包まれている。某国はデジタルワールドを手中に収めるべく秘密裏にデジモンの研究開発を行っているとも言われているからだ。

 

「デーモン城からずいぶんと離れたところに来てるわね。偵察かしら?」

 

デーモンと対になる存在であるホーリーエンジェモンの構える城はこのスピリチュアルランドにあるのだ。

 

「ジュン」

 

「だからなによ」

 

「食べていい?」

 

「えっ、イーバモンのデータを?」

 

こく、とリリスモンはうなずいた。ユキワリタケを前にした時くらいランランと目が輝いている。ジュンはひやあせをかいた。

 

「なんでよ、理由を聞かせてくれる?一応なにも問題起こさないようにって忠告はされてるのよ、リリスモン」

 

「あいつ、敵」

 

「えっ、なんでよ。デーモンたちが作った人造デジモンじゃない」

 

「ジュンの敵」

 

「えっ、アタシの?」

 

こく、とリリスモンはうなずいた。

 

「あいつ、ずっと、おかしい」

 

「なにが?」

 

「デーモンの城、ずっと、監視、してる」

 

「じゃあホーリーエンジェモンの味方ってこと?」

 

リリスモンは首を振った。

 

「あいつ、嫌。こわい。きらい」

 

「どのへんが?」

 

「盗んでる」

 

「なにを?」

 

「データチップ」

 

「データチップ!?データチップってあの、デジコアの記憶をつかさどってるあのパーツ!?」

 

リリスモンはうなずいた。

 

「リリスモン、みた。何度もみた」

 

リリスモン曰く、イーバモンがデーモン城にいる人造デジモンなどを隠れて銃でクラッキングプログラムを相手の脳に放ち、脳に蓄積されたデータを吸収しているのをみたらしい。

 

「まさか、じゃあ一体誰が......?」

 

「わからない」

 

リリスモンは首をふる。

 

「イーバモン自身がハッキングされてるのかしら?」

 

「わからない」

 

そんな雑談をしていたとき。リリスモンが顔を上げた。つられて顔を上げたジュンはリリスモンとの間に強烈な光が走ったのがわかる。体がこわばり固まるジュンをよそに、色欲の紋章が発光するアゲハ蝶のような大きな翼が羽ばたき始める。リリスモンは一瞬ういたかと思うと、左手でジュンを抱き上げて一気に風を産み落として飛んで行ってしまう。

 

「リリスモン!?」

 

今も光がこちらを攻撃してきているが、ハッキング能力がある光線のようでデジヴァイスのセキュリティ機能に弾かれて意味をなさない。ジュンはデジヴァイスのコマンドを入力し、前に結界を展開した。これで一安心である。

 

いや、安心じゃない安心じゃない。まさに攻撃してきているところに飛び込もうとしているのだから。それに気づいたジュンは下ろしてともいえずリリスモンを見るしかない。

 

リリスモンは攻撃対象とされた段階で敵意を感知したらしく、明らかに目が煌々と輝き濃厚な殺意がみてとれる。

 

優雅にアゲハ蝶の翼ははばたいているというのにすごいスピードである。人を乗せて飛ぶのは初めてのくせに攻撃自体を吸収しながら相手の位置を正確に捕捉しているようで躊躇がない。なにせ息をする度に周囲がすさまじい勢いでデータが消失してしまうものだから、木々はもちろん施設や建物まで忽然と姿を消していくのだ。飛行できる空間は常に確保できるというわけである。

 

「セブンス・ファシネイト」

 

色欲の紋章が刻まれた王冠が眩い光を放ち、周囲の森が一瞬にして輝き出す。リリスモンはなおも突撃を続ける。ジュンの結界をあてにしているのかもしれない。

 

森を抜けた先でジュンはこの森に生息しているはずの成熟期、完全体の恐竜型デジモンたちが凶暴化してイーヴァモンを取り囲み押さえ込もうとしているのが見えた。広範囲の魅了効果がある必殺技の威力に驚くジュンの前でリリスモンはイーバモン目掛けて舞い降りる。

 

「ファントムペイン」

 

暴力的な知力の3倍というデータ種であれば一撃で屠れる貫通攻撃がイーバモンに襲いかかる。時間進行につれてデータが消失していくという恐るべき呪いの付加効果が発動した。七大魔王は共通で相手のデータをそのまま自分の血肉とすることができる共通点がある。この技が決まった時点でリリスモンは一定の回復と相手のダメージが約束された。イーバモンは呻く。袋叩きにしようとする恐竜型デジモンたちを押しのけるために必殺技をはなち、周りは吹き飛ばされたデジモンたちによる地響きがこだました。



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114話

ホーリーエンジェモンが統治する城にて、デジタルワールドに召喚したのはこの世界に迫りくる厄災から世界を救ってもらうためだと聞かされたタイチ。かつてデジモンたちが平和に暮らしていたフォルダ大陸にて、一体の変異体が世界を滅ぼそうとしている。その名はデーモン、フォルダ大陸を皮切りに世界征服を企て、凶悪なデジモンたちを率いて反乱を起こしたのだという。そしてフォルダ大陸の中央に魔城を築き、超究極体を育てている。それはかつて光と闇の全面戦争があったとき、闇勢力の切り札ともいうべき存在だったと予言の書には記されている。デーモンの野望を打ち砕くにはそのデジモンの誕生の阻止が不可欠。だが日増しにデーモンたちの勢力は増しており、苦戦をしいられている。だからこそタイチを召喚したのだという。

 

それは一種の博打だった。ホーリーエンジェモンが見たことのないデジモン、そして育て上げたテイマーの無限の可能性に。デーモンを倒して欲しい、嫌ならすぐにでも元の世界に返してやると言われたタイチは応じた。

 

「つまり俺ってば英雄なんだよな!じゃあお安い御用だぜ」

 

あまりの安請け合いに心配になったガブモンのガー坊だった。そしたらホーリーエンジェモンにタイチたちに同行するよう言われてしまい、しぶしぶ旅をしているわけである。

 

ただいまホーリーエンジェル城を抜け、スピリチュアルランドの森の中である。

 

「デーモン城には簡単に入れないのにお気楽なもんだなあ」

 

「えっ」

 

ガー坊はいうのだ。この世界をつくって統治していた神様が人間の干渉を嫌って、人間が入れないような封印を施した。もう神様はいないが封印は残っている。人間が入る方法はただひとつ、フォルダ大陸にある5つのタグを集めることだけ。通称Vテイマータグ。デジモンたちだけでは対処できない厄災がおきたときのために神様が残したものだ。5つの地域にバラバラになっており、デジモンだけでは触れることが出来ないらしい。それは実力あるテイマーにしかできないこと、まさに英雄の証というわけだ。

 

「たしかにちょっとやれやれだな。デーモン城に乗り込むには5つもタグを集めなきゃいけないのか」

 

「なるほどそういうことか!わかった、ボク1人でデーモン倒してくるよ!」

 

「あほか!人の話全然聞いてないじゃないか!お前らコンビでも勝てるかわからないのに、単独でいってどうするんだ!」

 

ガー坊は呆れ顔だ。ゼロマルはムッとした様子でにらみつけた。

 

「だいたいデーモン城には完全......」

 

いいかけた言葉は森全体に走り抜けていった強烈な光が遮った。

 

「な、なんだなんだあ!?」

 

今度は何度も体が宙に浮くほどの衝撃がタイチたちを襲う。

 

「いてててて......」

 

「大丈夫、タイチ?」

 

「しりが2つに割れたぁ......」

 

「えええっ、そりゃ大変だ!」

 

いつもなら大丈夫じゃないか!とつっ込みをいれてくれるはずのガー坊がなにも言わない。あれ?とタイチとゼロマルは顔を見合わせた。

 

「もしかして怒ってるのかよ、ガー坊」

 

「ガー坊?」

 

虚ろな目をしたガー坊がふらふらと森を抜けるはずの道を横に方向転換して歩き出したではないか。

 

「おーい、ガー坊ってば、どうしたんだよ!」

 

「タイチ、なにかへんだ!ガー坊のやつ、さっきのひかりをあびてからなんかおかしい!」

 

「お前は大丈夫なのか?」

 

「ボク?ボクはほら、さっきのバトルの治療に使おうとしてた、これを咄嗟に口に入れたからさ」

 

ゼロマルの口の中には貼り薬になる代わりに悶絶するほど苦い葉っぱが入っていた。なるほど、ガー坊みたいにふらふら飛んで火に入る夏の虫みたいに歩いていきたい衝動はあるが無理やり苦みで耐えているらしい。そういうことなら、とタイチは葉っぱを掴んで走る。察したゼロマルが羽交い締めにして、ガー坊の口の中にありったけ詰め込んでやった。

 

「に、に、にがあ───────いっ!?!」

 

あまりの激マズさに1発で目が覚めたらしいガー坊はようやく歩みを止めてくれた。

 

「吐き出すなよ、また魅了されてどっかいっちまうぞ?」

 

「う、うへえ......なにするんだよう......」

 

「危なかったんだからなー、ガー坊。いきなりふらふら森の奥に行こうとするからあ」

 

「言われてみれば、あれ、なんでここに?」

 

「しかも覚えてないとか、絶対やばいやつじゃないか!」

 

「ガー坊、ボクがひきずられるくらいには馬鹿力になってたよ」

 

「ええっ!?言われてみれば全身が筋肉通でいだだだだだっ!」

 

どうやら光を浴びたやつは自分の限界を突破してまで歩き続けようとするらしい。普通に考えてやばい。タイチたちはあたりを見回した。

 

「そーいや周りに誰もいないな」

 

森を抜けるのにそれなりのバトルを繰り返してきたタイチは疑問に思うのだ。今の森にはなんにもいない。

 

「た、タイチ、タイチ、あれみて」

 

ゼロマルが指をさす。

 

「うげえっ、なんだこれ!」

 

大惨事が広がっていた。何メートルもの空間がそこだけ跡形もなく消失しており、はるか向こう側が見渡せるではないか。バカでかいデジモンが通り過ぎたために木々がなぎ倒されたわけではない。エネルギー砲がぶっぱなされてもろとも粉微塵になって消えたみたいな光景である。

 

「誰かいるよ!」

 

タイチはガー坊の声に息を飲んだ。とっさに残っていた巨木にみんなで隠れる。その向こう側にはさっきの地震みたいな衝撃の正体があった。この森に生息しているデジモンたちが集結し、見たことも無いデジモンをぼこぼこにしているのだ。どいつもこいつも激昴しているのか我を忘れているらしく、必殺技や得意技を執拗にぶっぱなし、やられてもやられてもゾンビのように立ち向かっている。集団リンチの犠牲者は体のほとんどが消えかかっており、新たなパーツが1と0に溶けて行く度に悲鳴をあげている。やがて犠牲者は消えてしまい、加害者たちも限度を超えた攻撃の代償は大きく、消えていく。あっというまにいなくなり、アゲハ蝶のような翼をもつ着物を着た女性らしきデジモンだけが残された。

 

「タイチ、タイチ、やばいよアイツ。死んだ奴らのデータがダークエリアじゃなくて、あのデジモンに集まってる」

 

「えっ、それじゃあ転生できないじゃん」

 

「ま、まさかあのデジモン、あんなに綺麗なのにあれだけ居たデジモンのデータ全部取り込んで強化しちゃったのか?」

 

誰もがわかる、わかりやすくやばいやつである。

 

「あ」

 

女性型デジモンからひとり降りてくる。

 

「人間だ!」

 

「まさか俺たちみたいなテイマーか!?」

 

それはタイチより年上と思われる少女だった。天然パーマ気味なくせっけをしていて、メガネを掛けており、白衣を上から着ているせいで研究者みたいなイメージが先にくる。少女は女性型デジモンになにかいい、被害者のデジタルデータの塊であるデジコアを手にした。そしてパソコンを広げてなにやらキーボードを打ち始めた。パソコンに集中するということはこちらに気づいていない証である。あるいは背後を取られる心配はいらないという強さの証明だろうか。

 

ごくり、とタイチは唾を飲んだ。

 

「な、なあ、ガー坊」

 

「な、なに?」

 

「たしかデーモンて0と1の配列を操ることで感情を操るダークウィルスだったよな?大人しいデジモンも凶暴化させて配下にしてしまうことが出来るって。あのデジモン、やってることがまるきり同じなんだけど......」

 

「デーモンに葬られたデジモンはデジタマにならないままダークエリアの中心へと送り込まれてデーモンの血肉となる、だっけ?ホーリーエンジェモンがいってたの」

 

「言われてみれば......でも、おかしいな。デーモンは悪魔みたいな見た目のはずなんだけど......」

 

タイチたちの相談を他所に少女たちは調べものが終わったのかパソコンをしまい、歩き始める。

 

「ま、まさかホーリーエンジェル城に!?」

 

たしかに領地は目と鼻の先だ。

 

「うーん、それにしてはどんどん遠ざかってるような......?」

 

タイチたちは尾行することにした。

 



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115話

「ハイヤー!」

 

タイチたちの真横を三体のデジモンがひく荷馬車が乱暴な運転と共に通り過ぎていく。なんだなんだとタイチたちは目をまん丸にして様子をうかがうことにした。出ていくにいけない雰囲気がそこにはある。

 

そのうち1体は完全体の草食恐竜型デジモンの中では一、二を争う攻撃力を持つトリケラトプスの姿を持つ二足歩行の角竜型デジモン、トリケラモンだ。表皮の頑丈さは生物系デジモンの中ではトップクラス。表皮同様、額から生えた2本の角は超硬質で、モノクロモンよりもはるかに硬い。基本的に性格は温厚。しかし、通常時の緩慢な動作からは推測しかねる突進攻撃は、硬質の体を持つ鉱物系デジモンでさえ破壊してしまう攻撃力を持っている。必殺技は額の2本角と鼻先の角で敵に突進していく『トライホーンアタック』。

 

残りの2体は成熟期のモノクロモン。鼻先にサイの様なツノを生やした鎧竜型デジモン。その巨大なツノは成長すると体長の半分をしめるほどの大きさになる。ツノの部分と体の半分を覆う硬質な物質はダイアモンドと同質の硬度を持ち、このツノを持ってして貫けない物は無いと言われている。モノクロモンは攻守共に優れているデジモンといえる。草食性で性格は比較的おとなしいが、ひとたび怒らせるとその重戦車の様な体から恐ろしい反撃を繰り出してくる。必殺技は強力な火炎弾『ヴォルケーノストライク』。

 

すさまじい砂埃に咳き込みそうになるのを堪えながら、タイチはいきなり現れた新顔を伺った。そいつはやたら大きな声量で話すものだから、つられて少女の声も大きくなるのだ。

 

「やたら走りやすい道だと思ったら暗黒の女神とジュンじゃないか。ダークエリアから出てこないと思ったらこんなところにいたのか」

 

「エテモンキーじゃない、どうしてここに?」

 

「俺様か?俺様はな、ヤガミタイチっていうテイマーとデジモンを探してるんだ。デーモン様からの命令で警告して来いってな。見たことないか?」

 

「八神太一!?えっ、うそ、ホーリーエンジェル城に召喚されたテイマーって太一くんなの?!」

 

「おっと、まさかの反応だな。まさかヤガミタイチと知り合いか?」

 

「知り合いも何も同じ選ばれし子供の仲間よ」

 

「ほーお、そうだったのか。おなじ世界から召還するたーいい度胸だぜ、ホーリーエンジェモンのやつ。しっかしいいことを聞いたぜ。ヤガミタイチってのはどんな外見してる?特徴は?」

 

「警告だけなのよね?」

 

「ああ、今すぐ殺そうってわけじゃない。今回はたんなる挨拶程度さ。なにしろ毎日デーモン様のお相手しなくちゃいけなくて退屈してたところなんだぜ。ちょっとくらい遊んでもバチはあたらねーだろ」

 

ジュンはしばし考え込む。

 

「エテモンキー、たしかアンタってあれよね。現実世界に行って子供たちと遊びたいからデジタルゲートを開くことが出来るデーモンの手下をやってるのよね?」

 

「おう、そうだぜ。なんだよいきなり」

 

「アンタに情報渡していいか考えてただけよ」

 

「なるほど。で?」

 

「アンタには教えてあげる。その代わり本宮ジュンはデーモン城に捕まってるって伝えてくれない?太一くんは小学六年生の男の子よ。背はこれくらいで青いヘアバンドにゴーグルをつけてるわ。昔のパイロットがつけてそうな古いヤツを」

 

「なるほど、わかったぜ。約束は守ってやるよ。ところでその解析中のデジコアはもしかしてイーバモンのやつか?」

 

「そうよ、よくわかったわね」

 

「そりゃあ、でっけえ試験管の中にういてたのを見たことがあるからな。だがそいつはグッドタイミングだぜ。こいつは身内殺しをしたあげくに脱走したからデーモン様から討伐命令がでてて、追っていたんだ。リリスモンが討伐してくれたなら話が早い。ありがとうよ、仕事がひとつ減ったぜ」

 

エテモンキー曰く、リュカモン、バニモン、ヘルムモンのプロトタイプのうち超究極体のデータと適応できた幹部候補たちがことごとく襲撃にあったらしい。脳内のデータを根こそぎ奪われて理性と本能を失ったデジモンたちは廃人状態になってしまった。デーモンは怒り狂い、また人造デジモンたちを作り直すよう指示を出したという。ジュンは驚くのだ。今回の外出許可で初めてこちらのデジタルワールドに来ることが出来たため、デーモン城で活動している部下達の顔はざっと見たものの具体的になにをしているのかまでは全然知らないのである。

 

「そうなの?それはよかったわ。このデジモン明らかにデーモン勢力の動向を追っていたもの。それに超究極体の情報を収集していたし、超究極体のデータを蓄積してたわ。どこかに運ぼうとしてたんじゃないかしら」

 

「なんだと!?」

 

「もう一回人造デジモンたちをみんな一から調べてみた方がいいんじゃないかしら?何らかのウィルスが混入した可能性があるわよ」

 

「まさかお前じゃないだろうな、本宮ジュン」

 

不愉快だとでもいいたげにジュンはエテモンキーをにらみつけた。

 

「バカ言わないでよ。ずっとダークエリアに幽閉されてたアタシが、どうやってこいつにウィルスを仕込むっていうの?ご丁寧に外部と通信機能遮断してくれちゃって」

 

「おいおい、なんも考えずに疑惑を向けちまったのは謝るが、だからって俺様に八つ当たりするのはお門違いってもんだぜ。さあて、困ったことになったな。それが事実なら緊急を要する。今、デーモン様はVテイマータグが設置してある5つのエリアに人造の究極体デジモンを置く計画だったが、今回のようなことがあったら困る。止めるか変更するよう進言しよう」

 

「ええ、ぜひそうして」

 

「で、お前はなぜリリスモンとこんなところに?」

 

「ユキワリタケが食べたいってリリスモンがうるさいのよ。癇癪起こしてそこら辺中に猛毒やら呪いやらばらまかれたらたまったものじゃないでしょ。だから取りに来たのよ」

 

「アッハッハッハッハッ、そりゃいい。お前も大変だな!」

 

「笑い事じゃないっての。このまま逃がしてくれたらいいのに......」

 

「お前が逃げた瞬間にベルフェモンの命はないからな、心しておけよ。くれぐれも逃げようなんて血迷ったこと考えるんじゃねーぞ。これはお前の為を思っていってるんだ」

 

「わかってるわよ」

 

ジュンは肩を竦めた。

 

「で、アンタはこれからどうすんの、エテモンキー」

 

「俺様か?ヤガミタイチに警告をしてちょいとばかり遊んだあとはデーモン城に戻り報告することにするぜ」

 

「ねえ、それって逆じゃないの?デーモンからの警告の内容変わるじゃない。特にVテイマータグの妨害デジモン」

 

「あっ、い、言われてみりゃそうだな!こうしちゃいられねえ、今すぐデーモン城に戻るとするぜ。あばよ!」

 

ハイヤー!とエテモンキーはムチを振るう。彼らは去っていった。呆れ顔のままエテモンキーを見送ったジュンは、しばらくして白いデジタル時計をポケットから取り出すと小さなパソコンを広げてケーブルでつなげる。そしてなにかをみていた。そして首を傾げている。

 

一連の流れを見届けて、タイチたちはようやく息を吐いたのだった。

 

「......ジュンだってさ。タイチ、知ってる?」

 

「いんやー......聞いたことないなあ。あの子、俺より年上みたいだし、女の子のテイマーだろ?デジモンの大会くらいでしか知り合えないと思うんだよなあ。女の子でデジモンを究極体まで育てられるとか絶対目立つはずなのに」

 

うーん、とタイチは考え込むのだ。

 

「タイチ、タイチ」

 

「待ってくれよ、ガー坊。今思い出してんだから」

 

「タイチってば、タイチ」

 

「だーから待ってくれって」

 

「タイチ!いつまで考え込んでるんだよ、気づかれたってば!前みろ、前!!」

 

「へ?」

 

ガー坊の叫びにようやく間の抜けた声を上げたタイチは前を見る。そこには物凄いスピードでこちらに向かってくる暗黒の女神ことリリスモンがいた。

 

「い゛っ!?なんでバレたんだあ!」

 

「あの子はデーモンに捕まってるみたいなのに、なんで育てられてるデジモンがボクたち襲ってくるの?!」

 

「オイラに聞くなよ、そんなこと知るかあ!」

 

ガー坊は慌てて隠れようとするが、リリスモンが羽ばたく度に凄まじい勢いで周りが腐食していくものだから障害物がなくなってしまう。草も木も岩もなにもかもが粉微塵になり、ボロボロに砕けてなくなっていく。

 

「ひええっ」

 

「ガー坊あぶない!」

 

タイチはゴーグルをつけてそのままガー坊をかかえて飛び退いた。さっきまでいたところが一瞬にして粉塵と化す。この惨状の主がリリスモンなのは間違いなかった。

 

「リリスモン、やめなさい!」

 

ジュンが慌てておいかけてくるのが見えた。

 

「いや!」

 

癇癪を起こした子供のようにリリスモンが叫ぶ。その度に周りは腐り落ち、腐敗し、見るも無惨な姿に変貌をとげてしまう。

 

「攻撃されてないじゃないの、なんで攻撃してるのよ!」

 

「いやー!なんかいやー!!」

 

「なんかいやってなんだよ、それー!?」

 

あんまりにもあんまりな発言にさすがにゼロマルは大ショックである。やたらと犬呼ばわりされるより嫌だ。初対面だし、リリスモンはデジモンだけどホーリーエンジェモンみたいに人間よりなデジモンだ。しかも見た目はかなりあやしい雰囲気があるお姉さんだし、おっぱいもかなり大きい。ぼーっとしてたら死ぬような状況じゃなかったらタイチと揃って鼻の下を伸ばしていたところだがそれ以前の問題だったのである。

 

「なんかいや!いや!こわい!きらい!いやー!!」

 

リリスモンはその大人びた外見とは裏腹にかなり幼い言動と態度をするデジモンのようだ。ジュンは叫ぶ。

 

「大丈夫よ、リリスモン!ここにあなたをダークエリア出身だからって殺そうとする奴はいないわ!」

 

「でも!でもー!」

 

「ワクチン種が怖いのはウィルス種の本能よ!あなたが勝手に怖がってるだけ!あなたが暴れて傷つけようとするからみんな反撃してるだけよ!やめればなにもしないわ!!」

 

「いやー!」

 

「あーもう、わからず屋!!」

 

ジュンは白いデジタル時計を放った。そこから結界が展開され、リリスモンの前に出現する。ゼロマルとガー坊は本能的にその結界が聖なる力、ウィルスバスター機能があると察して動くのをやめた。リリスモンが怯えた目で結界の前に立ち尽くすのを見ていたからだ。

 

「いやー!いや!ごめんなさいごめんなさい!それ嫌!閉じ込めないでー!」

 

「嫌なら止まりなさい」

 

「ううう.......」

 

リリスモンはガックリと項垂れたままその場に座り込んでしまった。

 

「ほら、何もされないでしょう。ごめんなさいは?」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「ま、まあ落ちついてくれたんならいいけどさ」

 

「も、もう大丈夫なのか?びっくりした......」

 

「嫌ってなんだよ......嫌って......」

 

三者三様の反応ながらタイチたちが敵対する意志を見せないことにジュンは安心しているようだった。

 

「......あれ、太一くん?」

 

「へ?」

 

「やっぱり太一くん......よね?あれ、でも身長縮んでるような......?それにパートナーがアグモンじゃない......?ヤマトくんはどうしたの?」

 

矢継ぎ早に質問されてタイチは驚く。

 

「えーっと、君は?なんで俺のこと知ってるんだ?俺は君のこと知らないし、こいつのこと言ってるなら確かにこいつはアグモンから進化したけど」

 

「えっ」

 

「それにヤマトって誰だよ。俺知らないんだけど」

 

今度はジュンが驚く番だった。



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116話

ディーターミナルという電子辞書くらいのパソコンをジュンは見せてくれた。そこにはゼロマルのデータがのっていた。

 

基本データ

 

世代/成熟期

 

タイプ/幻竜型

 

属性/ワクチン

 

必殺技/ブイブレスアロー

 

得意技/マグナムパンチ、ハンマーパンチ、カッターシュート

 

勢力/ウィンドガーディアンズ

 

必殺技はV字型の光線を放つブイブレスアローMAX

 

ゲーム機にプログラムされていない種類のデジモンをタイチが育て上げた実力を認められ、ホーリーエンジェモンにフォルダ大陸に召喚されたのだ。

 

名前は「00」を読み替えたもので、太一の「1」とあわせて勝率「100」%になるという意味合いを持つが、ほとんどゼロと呼ばれている。

 

感情の高ぶりによるデータの書き換えで戦闘能力を一時的に引き上げるオーバーライトによって爆発的な強さを発揮するが、タイチの頭上数センチをピンポイントで打ち抜くなど、精密な攻撃も出来る。

 

 

広大なデジタルワールドでもフォルダ大陸にしか存在しないと言われている、幻の古代種デジモン。 古代種の中でも特に珍しい種族で、成熟期の中では最高クラスのパワーを持ち、感情が昂ぶった時には完全体以上のパワーを発揮する、とある。

 

その存在は非常に貴重であり、フォルダ大陸でも滅多に出会うことは無い。 また、ブイドラモンを手なずける事ができたデジモンテイマーは1人もいないと言われている。

 

胸にある「V」型の模様からブイドラモンと呼ばれるようになったこと以外 その生態系はナゾであるが、何故か犬に間違えられる。 成熟期の中でも並外れた攻撃力の持ち主であるが、 窮地に立たされると完全体をも凌ぐパワーを発揮する。

 

初代デジタルモンスターVer.1に

プログラムされていない種類のデジモン。

 

「へーこれで俺たちがいるのがわかったのか」

 

そこにはゼロマルの他にガー坊のページも表示されていた。

 

「なんか変な感じ」

 

「なんか恥ずかしいなあ。オイラたちの知らないことまで知られてるなんて」

 

モジモジしているガー坊をよそにジュンは目が点になった。

 

「えっ、この子古代種なの!?ワクチン種なのに?…ああでもエクスブイモンと似てるような…現代種の中でも特性が強く出た個体かしら?」

 

「古代種って?」

 

「えーっと恐竜みたいなものよ。昔覇権を握った種族だけど今のデジモンたちと生存競争に負けて絶滅しちゃった」

 

「ゼロが?まさかあ。こいつ、ふつーにコロモンから進化してここまで来たんだぜ?」

 

「そうなの」

 

「そうだけど」

 

「じゃあやっぱり現代種の中でも先祖返りしてるのかもしれないわね」

 

「ふーん?」

 

「どうやってこの世界に来たの?」

 

「おれ?おれはd1グランプリに出場するつもりだったのに参加出来なかったんだ」

 

ジュンはまばたきした。

 

「それってデジモンの強さを決める大会?」

 

「うん?そうだけど」

 

「君ってアタシたちより未来から来たのかもしれないわね」

 

「えっ、そうなのか?」

 

「アタシたちの世界はまだやってないのよ。テイマーがまだいないから」

 

「へー」

 

なんだかすれ違っている予感がしたが互いに口には出せなかった。

 

「ところでさ、ジュンはどうしてデーモンのところにいるんだ?無理やり連れてこられたなら、逃げたらいいのに」

 

ジュンの表情が曇った。

 

「それはできないわ」

 

「なんでだよ、なんなら俺たちがホーリーエンジェモンたちに頼んで元の世界に返してもらうこともできるんだぜ?」

 

「うれしいけど、それは無理よ。アタシはね、デーモンにパートナーを人質にとられてるの」

 

「人質!?」

 

「ってことは、無理やり引き離されてリリスモン育てさせられてるってことかよ!デーモンのやつ!」

 

「パートナーのデジモンは大丈夫なのか?」

 

「アタシが逃げ出したら殺すって言われてるの。だからごめんだけど行けないわ」

 

「そっか……」

 

「デーモンめ、なんてやつだ!」

 

「アタシのパートナーね、ここじゃないデジタルワールドが光と闇のバランスを保つために、特別に闇の力を持たせてもらっていたの。だからあの子が死んだらあっちのデジタルワールドの危機になっちゃう。だからなおさら行けないの」

 

「闇の力を!?なんでまた」

 

「何度も何度も世界の危機に陥ったときにね、ウィルスのデジモンたちがたくさん死んだせいなのよ」

 

「なんてことだ!じゃあ、ジュンたちを無理やりここに連れてきたのは?」

 

「あっちのデジタルワールドだとね、生まれながらの究極体としてリリスモンやデーモンといった特別なたまごが7つ封印されてるの。アタシのパートナー、その一人だったのよね。だから途中まで同じ歴史を辿ってきたんだからこの世界のどこかに同じタマゴがあるはずだ。孵すのを手伝えって」

 

「ま、まじかあ......」

 

「リリスモンみたいなデジモンがほかに6体も!」

 

「ふーん。でもさ、生まれたときから究極体なんて赤ちゃんと同じじゃないか。大丈夫なのか?」

 

「大丈夫じゃないからアタシがいるのよ」

 

「なるほどー、ほかのやつ育てたことがあるなら大丈夫だろってことか。なんてやつだ、デーモンめ」

 

ジュンはため息をついた。

 

「タイチくんはデーモンを倒すためにゼロマルくんと召喚されたのよね?」

 

「おう!」

 

「なら、ひとつだけ」

 

「なんだ?」

 

「デーモンはたしかに超究極体を復活させようとしているわ。でもそれだけじゃない。アタシのパートナーを生け贄にして6体の魔王型究極体を復活させようとしているわ」

 

「なっ!?」

 

「しかも超究極体のデータをぶち込んだせいで自我はリリスモンみたいに、なんか嫌かなんか好きしかない幼いデジモンしか育たないの。みんな孵化したとき、なにか企んでるみたい。糧にするとかなんとかいってるけど意味はよくわからないわ。だから気をつけてね、タイチくん」

 

たらり、とタイチの頬を汗が伝う。あんぐりと口を開けたままガー坊がジュンをみる。

 

「そ、それほんと?」

 

「嘘ついてどうするのよ。デーモンがアタシに嘘つくわけないじゃない。デジタマの収集から超究極体のデータをぶちこむところまでアタシにさせた張本人なのよ?」

 

「ジュンは大丈夫だったのか?」

 

「うん、まあね。アタシとパートナーはかなり特殊な関係でね、アタシが死んだらパートナーは弱体化するのよ。物理的にも精神的にも。だからデーモンは衣食住は保証してくれたわ、それだけ、だけどね。あの子がいなくなるとデジタマが孵化出来なくなるから」

 

悲しげに目を伏せるジュンにゼロマルはかなり怒りが込み上げてきたらしく空を睨んでいる。タイチと離れ離れにされてしまい、違うデジモンを無理やり育てさせられている、と想像した瞬間に脳が映像化を拒否するレベルでおぞましいことだったのだ。

 

「デーモンのやつ、許せねえ!」

 

「待ってろよ、ジュン。ぜってーデーモン倒してやるからな!」

 

「うん、ありがとう。タイチくん。正直今まで助けが来てくれたら、って何度考えたかわからないわ。こっちはもう雁字搦めでほんとになにも出来ないから。今だってデーモンに協力してるから自由に出歩けてる始末だしね」

 

「えっ、じゃあこんなとこでボクたちとおしゃべりしてるけど大丈夫なの?」

 

「あっ、そうだよ!大丈夫?」

 

「うーん、どうかしらね。リリスモンの癇癪があまりにも酷かったから行ってこいって感じだったし」

 

「そっか.......ユキワリタケだっけ?それもって帰るまでしか自由に出歩けないんたな.......」

 

「しはらく癇癪を起こさないようにたくさん持ってかえるつもりだしね。それでも長居はできないわ。スピリチュアルランドが腐海になりかねないから」

 

ジュンは笑った。

 

「そんな顔しないでよ、味方がいるってわかっただけでもほんとにありがたいんだから。涙でそう」

 

笑いながら泣き始めたジュンに、リリスモンがタイチたちをみる。ジュンを泣かせたのか、と腐食を伴う毒か0と1に分解される呪いを発動させようと構えるリリスモンに、あわててみんなで止めに入ったのだった。



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117話

「えっ、脱走した!?」

 

デーモン城を揺るがす衝撃のあと、すぐにそんな知らせを聞いてただちに現場に急行したジュンを待っていたのは、盛大な穴だった。それは1番大きな胎動をしていたデジタマの殻によってなにがうまれたのかは明白だった。

 

「やばっ」

 

ジュンは青ざめる。ここのところ七大魔王のデジタマが立て続けにかえっているのだ。辛うじて原型を留めていた孵化装置に刻まれている紋章をジュンはみた。

 

「次は......嫉妬?リヴァイアモンか......周りの海にでも泳ぎに出たのかしら?」

 

ジュンはディーターミナルを穴の向こうには広がる黒い海に向けてみた。

 

リヴァイアモン

 

レベル 究極体

 

タイプ 魔王型

 

属性 ウィルス

 

七大魔王の一体で嫉妬を司る。 長い顎と二つの尾を持つ巨大なワニの様な姿をしたデジモン。 余りにも強大な力を持つことへの恐怖から“悪魔獣”と呼ばれ、頂点に位置する如何なるデジモンをも見下し、一度目覚めれば天使型デジモンはおろか、他の魔王型デジモンすら恐れ逃げ出すという、デジタルワールドに巣食う根源的な悪の存在だと言われている。

 

デジモンとして解読できる限界の存在で、姿を現すことは皆無に等しく、ダークエリア付近のネットの海底に眠っていると伝えられる。

 

ホッとしたのも束の間だった。また大地震がダークエリアを揺るがした。突然海が割れ、大地が隆起する。ジュンの目の前でネットの海が一気に干上がり、大津波の前触れなのか引き潮でもないのに見渡す限り海底がのぞきはじめた。

 

海底が飛んだ。すさまじい音を立てて飛んだ。ネットの海が勢いよくかき混ぜられ、ジュンが覗いている穴の高さギリギリまでのどでかい津波があたりを襲った。

 

「とんだ!?」

 

リヴァイアモンが飛んだ。翼腕が背中から生え、有り余るエネルギーを噴き出す事で飛行能力を得たらしい。顎は三つに分割、尾は触手状の二つの尾とエネルギーを吹き出す尾の三つに変化し、陸海空の全てが自身の餌場となった。

 

自身が内包するエネルギーが頂点に達し、“嫉妬の冠”が輝いた時、三本の角から超強力な雷を放ち、大陸を海に沈めた。

 

ようやく地震がおさまり、ジュンはたつことが出来た。そこにある事実はリヴァイアモンがダークエリアから脱走したということである。ジュンはあわてて駆け出した。

 

「デーモン、デーモン、大変だわ!リヴァイアモンがダークエリアから脱走したんだけどっ!?」

 

盛大に扉を開いたジュンが見たのは明らかにお取り込み中の敵側勢力である。黒焦げで今にも死にそうなエテモンキー、何度も失敗を重ねた不甲斐ない部下を処刑しようと必殺技を放とうとしたデーモン、そして人間。どうみてもエテモンキーが処刑されてエテモンキーの代わりにタイチたちの討伐を目の前の少年が請け負うために召喚されたと考えてよさそうだ。ジュンが七大魔王の管理及びテイマーを任されているのだから、彼もまたテイマーなのだろう。超究極体のテイマーあたりだろうか。

 

「おい、デーモン。こいつは誰だ。オレは超究極体のテイマーとして選ばれたんじゃなかったのか!」

 

まだデーモンは話していなかったらしい。怒っている。デーモンは高笑いした。

 

「さっき言ったはずだ、テイマーはデジタルモンスターの力を最大に引き出すのだと。こいつもまた最高のデジモンを仕立てるために召喚したテイマーなのだ。なに、安心しろ。超究極体の餌、糧にするために必要な7体の究極体の管理をしているにすぎん」

 

少年はそこまでまだ話を聞かされてはいなかったようでごくりと息を呑む。究極体を7体も生贄にする、しかも七大魔王とかいういかにも七つの大罪を意識した単語になにやら感じるものがあったらしい。

 

ジュンは割り込むことにした。このまま傍観を決め込んでいたらエテモンキーが少年の従えているスカルサタモンに殺されるのは目に見えていたからだ。それとなくジュンはエテモンキーの前にたつ。焦げ付いた匂いが鼻についた。すまん、とエテモンキーはふらふらになりながら呟いた。

 

「詳細はそいつに聞け」

 

「今それどころじゃないんですけどっ!?さっきから言ってるじゃない、リヴァイアモンが脱走したんだってばー!」

 

「お前がわざわざワシのところに来たということは、他の奴らでは手に負えんということだろう。ちょうどいい、まだ超究極体は産まれそうにないからな。お前の実力を見せてもらおう」

 

「いいだろう、オレしかいないということを教えてやる」

 

「えーっと、話が見えないんだけど、君がリヴァイアモンの脱走の調査を手伝ってくれるってことでいいの?」

 

「ああ、オレの名は彩羽ネオ。タイチと同じ世界から召喚されたテイマーだ。d-1グランプリの優勝者でもある」

 

「d-1グランプリの?あー、なるほど。デーモンが呼ぶわけだわ。アタシは本宮ジュンよ。こことは違うデジタルワールドから無理やり連れてこられたテイマーってとこね。七大魔王の一体と特殊な関係でね、アタシが死ぬと他の七大魔王のタマゴがかえらなくなるし、その子も弱体化するの。手伝ってくれるなら急ぎましょう、早く来て。移動しながら説明するわ、七大魔王とか」

 

ネオと名乗った少年はジュンのあとをついてくる。そしてジュンの口から語られるデーモンの目的や七大魔王という概念について説明を受けるのだ。たらり、と汗が浮かぶのは規格外すぎるデジモンたちをデーモンが率いていること。そしてこれから育てることになる超究極体のデジゲノムを混入しただけで桁違いの強さを七大魔王が獲得しており、正規の強さとは全く異なる力を獲得するに至っていることから、超究極体の恐ろしさを肌に感じたからだろう。

 

「おい、ジュン」

 

「なに?」

 

「お前は無理やり連れてこられたといったな。だからといってデーモンの邪魔をするんじゃないぞ」

 

「邪魔ってどの邪魔よ、超究極体の孵化?君たちの世界の侵略?神様への反抗のために別のデジタルワールドまで侵略してること?」

 

「全てだ。お前、それとなくエテモンキーを庇っただろう」

 

「あら、よくわかったわね」

 

「現実世界に行きたいなんてくだらん理由でデーモンの手下になったあいつを庇うなんてお前があまちゃんなのがよくわかる。そんなんで七大魔王のテイマーが務まるのか?」

 

「アタシが超究極体のテイマーを兼任しなかった時点でお察しでしょうに。そこまでデーモンに信頼されちゃいないわよ」

 

「立場はわきまえているようだな」

 

「まあね。で、ネオくんはデーモンの召喚にどうして応じたの?アタシみたいに拉致された訳じゃなさそうだけど」

 

「オレにはオレの目的がある。あえていうなら人間以上の存在を目指しているんだ、新たな秩序の構築のためにオレはここにいる」

 

「ふうん、そっか.......新たな秩序の構築ね。神様と全面戦争を企んでるデーモンが好きそうな考え方だわ」

 

「だからオレは選ばれたんだ」

 

時折狂気じみた目をするネオという少年にジュンは深入りできそうになかった。その瞳の奥に憤怒の紋章がチラついたからだ。どうみてもデーモンに召喚された時に体をこのデジタルワールドに再構築するときに何らかの干渉を受けているのは明らかだ。デーモンは相手の感情を操ることが出来るのはジュンがずっと見てきた懸念材料なのである。深入りして自分まで精神的な支配を受けてしまったら、パートナーにどんな悪影響があるかわからない。ジュンにも譲れない大事な部分はあるのでお互い様である。

 

ジュンは気を取り直して七大魔王の紹介を始めた。そして穴の前にたどり着く。

 

「で、今回ふかしたリヴァイアモンについてなんだけど」

 

ダークエリア最深部とデジタルワールドを隔てるはずの強大な壁がみるも無残な形で、なくなっている。地獄に太陽の光がさしている。あまりにも場違いな光景だ。ダークエリアに幽閉されているはずのデジモンたちが次々に脱走しているのがわかる。デーモンの配下ではない知能が低いモンスターばかりだ。

 

「.......どれだけでかいんだ、リヴァイアモンは」

 

「さあ?」

 

ジュンはそう答えるしかない。生まれたところを見ていないからだ。ただいえることがある。リヴァイアモンはその大きさのため、デーモン城には収容することはできず、また将来に渡っても収容されることはないだろう。なぜなら、デジタルワールドにあるどんな構造物も、リヴァイアモンを収容するに足る大きさと強度を持たないからだ。

 

「そんなにでかいのか」

 

「ええ、そうよ。だって途方もないデータ質量をもったデジモンだもの。この世界の広さを考えたらまだまだ生まれちゃいけないレベルだわ。でも産まれちゃったからね、普通より小さいのかもしれないわ。本来なら目覚めたらデジタルワールドが崩壊するレベルらしいからね」

 

リヴァイアモンはその名の通り古くから船乗りや口伝によって「リヴァイアサン」として知られる、巨大な海生節足動物のデータから生まれたデジモンだ。

 

「よし、行きましょうか。まずはリヴァイアモンがどこにいるのか調べないと」

 

「ああ」

 

ネオはスカルサタモン、ジュンはリリスモンに乗ってデジタルワールドの表層に向かって飛び立った。

 

ジュンたちがたどりついたとき、リヴァイアモンは突然発生した大陸となっていた。

 

ゆっくりとした速度で移動しているが彷徨っているだけのようにも見える周期的な地震振動は、「呼吸」を示していると思われ、島々の地形に小さな断層を引き起こしている。これはすなわち、この生物が恐らくは眠っていることを示唆している。

 

なにもかもが規格外すぎるらしい。まだ誰もデジモンだとは思っていないようだった。

 

「すごいわね」

 

世界の果てが出来てしまっている。海がダークエリアに流れ込んでいるのだ。その先にリヴァイアモンはいた。

 

旧約聖書に登場する海の怪物は、神によって創造され、陸の怪物であるベヒーモスと対比される存在であり、最後の審判の後には二頭揃って仲良く食べられる定めを持つ。しかし逆に、最後の審判が終わるまでは無敵という側面も持っており、まさに恐るべき怪物である。

 

時代が下ると悪魔の一体としても考えられるようにもなった。

 

また、大航海時代になってもリヴァイアサンは変わらず巨大な海の怪物であり、船乗りたちの恐怖の的であった。

 

「ねじれた」「渦を巻いた」という意味のヘブライ語が語源。原義から転じて、単に大きな怪物や生き物を意味する言葉でもある。

 

『ヨブ記』によれば、レヴィアタンはその巨大さゆえ海を泳ぐときには波が逆巻くほどで、口から炎を、鼻から煙を吹く。口には鋭く巨大な歯が生えている。体には全体に強固な鎧をおもわせる鱗があり、この鱗であらゆる武器を跳ね返してしまう。その性質は凶暴そのもので冷酷無情。この海の怪物はぎらぎらと光る目で獲物を探しながら海面を泳いでいるらしい。

 

リヴァイアモンがどこまでその設定を踏襲しているのかはわからないが脅威であることはなんらかわらない。

 

「このまま起きなきゃいいんだけど」

 

「どうする、リヴァイアモンは連れ戻したところで収容できないんだろう」

 

「あんなでかいの連れ戻せるわけないしね。とりあえず現状報告が先かな.......あとはダークエリアから脱走したデジモンたちの把握、この世界の果ての調査、うーん。デーモン城に入れなくてもここから突入出来るってバレたらやばいと思わない?」

 

「そうか」

 

ネオがニヤリと笑った。

 

「つまり、あいつらは生かして返しちゃいけないってことだな」

 

その視線の先には突然発生した大陸や世界の果てについて調査するためだろうか、派遣されたらしいこの世界のセキュリティデジモンである。

 

「あれ、デーモンて掌握したんじゃなかったの?」

 

「お前の話を元にするならいくらデーモンがセキュリティを支配下に置こうが闇とのバランスをとるために光はいくらでも生まれるってことだろう」

 

「あー、なるほどね」

 

ジュンは前を見据えた。

 



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118話

ジュンはただちにディーターミナルを起動し、デジモン図鑑を広げる。

 

「よし、ヒットしたわ。解析不能じゃないならこっちのものよ」

 

「初めて見るデジモンすら載ってるのか。この図鑑のデータはどこからくる?」

 

「対象のデータを読み取って解析してるみたいだからリアルタイムじゃないかしら」

 

「なるほど、お前はそっちのデジタルワールドで余程信頼されていたらしいな」

 

「デジタルワールドのセキュリティ側から直々にもらったプログラムだからね。否定はしないわ」

 

「それがこっちの世界のセキュリティの討伐に使われるとは皮肉なものだな」

 

「でも気をつけた方がいいわよ、ネオくん。相手はどうやら究極体だわ」

 

「なんだと?」

 

ジュンはネオにディーターミナルを寄越した。ネオはざっと目を通す。そして舌打ちをした。今彼が使役するスカルサタモンはデビモンとオーガモンをジョグレスさせて誕生したばかりの完全体なのである。

 

相手は究極体が2体。しかもワクチン種である。

 

片方はデュランダモン。自身の剣を極限まで磨き上げ、さらに神話やゲームからなる『伝説の剣』のデータを得て進化した究極の聖剣を持つデジモン。デュランダモンの剣を手にすれば勝利をもたらすと言われ、剣に変わる「Legend-Arms」の中では最強クラスの強さを誇る。その斬撃の凄まじさはどのような防壁も真っ二つにするが、盾に変わる「Legend-Arms」の頂に立つデジモンのみが耐えられたという記録が残されている。

 

「ツヴァングレンツェ」

 

ジュンはただちにデジヴァイスの結界を展開した。闘気を込めて両手の剣で敵を斬る必殺技が防がれ、彼は驚いている。

 

 

「ならばこれはどうだ!トロンメッサー!」

 

複数の敵をまとめて一掃しようと飛びかかり、回転斬りをしかけてくる。スカルサタモンは間髪で避け、リリスモンはデジヴァイスの結界に守られた。

 

どちらも命中すれば敵を一撃で仕留めるだけの威力を持つ。

 

「その光は聖なる光!まさか君はテイマーなのか!?なぜデーモンに味方する!」

 

「悪く思わないでね、アタシはパートナーが人質に取られてるの。あの子が死んだらアタシの世界のデジタルワールドの闇勢力が激減してバランスが崩れちゃうのよ」

 

「もしや君もか!」

 

デュランダモンはネオをみた。ネオは鼻で笑う。

 

「お前にいう必要がどこにある?」

 

「むむむ、君もどうやら訳あってデーモンに味方しているようだね。ならばその気にさせるまでだ!」

 

デュランダモンの姿がみるみるうちに代わっていく。そこにはRPGでよく出てくる勇者の剣があった。武器となって放つ斬撃がデュランダモン最大の威力を誇るらしい。

 

その変形の隙を狙ってスカルサタモンの斧がデュランダモンを攻撃しようとした。

 

「おっと、待ちな。こいつを倒すのはオレだと決まってるんでね。邪魔させてもらうぜ」

 

スカルサタモンの強烈な一撃があっけなく弾かれてしまう。そこにいたのはほぼ身体が盾で形成されたドラゴン、ブリウエルドラモンである。デュランダモンの対となる存在であり、神話やゲームからなる『伝説の盾』のデータを得て、どんな攻撃をも傷がつかない最強硬度の盾に進化している。見た目はレッドデジゾイド製に見えるが、その硬質は解析不能である。ブリウエルドラモンには「ゴース」と「フェイ」という2体の自立型AIが全方位の視覚を担っている。この「ゴース」「フェイ」も炎のバリアを持ち、バリアの範囲はブリウエルドラモンまで拡げることができる。「ゴース」「フェイ」はどこまで遠くても活動ができるため、世界全てをバリアで包むことも可能と言われる。最強の盾であるブリウエルドラモンだが、宿敵デュランダモンにバリアを打ち破られ圧倒されたことがあるらしい。

 

スカルサタモンが攻撃の標的を変更し、襲いかかる。だが。

 

「グレンストーム!」

 

ブリウエルドラモンの炎の翼から烈火が放たれ、斧をやき尽くしていく。

 

「くっ」

 

少なくない熱さがネオを襲う。

 

「ブラストスマッシュ!」

 

翼が分離し、炎のバリアがブリウエルドラモンを中心に展開していくのが見えた。そして標的に狙いを定め、一気にスカルサタモンに突撃する。

 

「アタシたちを忘れてもらっちゃ困るわね。放置したこと後悔させてあげるわ」

 

スカルサタモンの真後ろから強烈な闇の光が放たれる。アゲハ蝶のように黒い光が広がって行き、オーロラのように変幻自在に変化していく。そしてそこに色欲の紋章が浮かんだ瞬間、リリスモンが振り上げた両手の前に発生した魔法陣から光線が発射された。

 

「ファントムペイン」

 

明確な意思を持って放たれた貫通攻撃がブリウエルドラモンに直撃する。データ種であることが足を引っ張り、ピンポイントで相性の関係でダメージが叩き出された。一撃だった。高魔力と潤沢な闇の力による暴力により一瞬にして屠られたブリウエルドラモンは倒され、すべてのデータがリリスモンの糧となる。0と1に溶けていく灼熱のドラゴンを目にしたデュランダモンは発狂したように叫んだ。

 

「よくもブリウエルドラモンを!!」

 

相方を失ったがゆえの激昴が響きわたる。

 

「許さん!いくら君たちが善良なテイマーであろうとも許しはしない!!」

 

デュランダモン自身が変形し、巨大な剣が出現した。

 

「ツヴァングレンツェ」

 

一直線にスカルサタモンに向かって巨大な剣が振り下ろされる。

 

「ネオ様!」

 

横から鷲掴みにされたスカルサタモンがワイヤーアームによって射程圏外まで吹き飛ばされる。かわりに横切ったワイヤーアームがデュランダモンの必殺技をうけて一刀両断する。それまで引きづられ、空中を2体のデジモンが吹き飛んだ。

 

「お前は.......」

 

ネオは目を丸くした。どうやら知り合いらしい。

 

「知ってる子?」

 

「いや、オレが育てていたのはグレイモンのはずだ」

 

「えっ、タイチくんみたいに?」

 

「だが勝率が振るわなかったから削除したはずだ。なぜここに.......?」

 

そこにいたのは、全身の半分以上をサイボーグ化することで、戦闘力を高めたグレイモン系デジモンの完全体だった。完全機械化された左腕「トライデントアーム」などの武器群に加え、6枚の翼を使っての飛行能力も獲得した個体である。ファイル島より高度なサイボーグ化技術により、拒絶反応を起こすことなく進化することに成功した黄色のメタルグレイモンだった。

 

必殺技はギガデストロイヤー、トライデントアーム。得意技はメタルアーム、メタルスラッシュ、メタルスラッシュ改、テラデストロイヤー、オーヴァフレイム。

 

「そう、オレはあの時削除されたグレイモンです」

 

「なんだと?」

 

「残留データがこの世界に流れ着いた結果、オレは実体化することができた。もっと強ければ捨てられることもなかったのだと考えたオレは自らを改造して強さを追い求めてきた。どうやら運は向いているようですね、こうして再びネオ様に会うことが出来たのだから!」

 

「お前は完全体だろう。助太刀に来たつもりかもしれないが相手は究極体だ。お前があの時のグレイモンなら考え無しに来たとしたらとんだクズだな」

 

「ご安心ください、ネオ様!」

 

「なんだと?」

 

「今のオレならジョグレス素体に値する自信があります!」

 

ネオは大きく目を開いた。どうやらジョグレス機能が追加されたゲームで育成していた個体だからか、ジョグレスという概念自体は知っていたらしい。ゆえにジョグレス素体にすら選ばれないほど弱いのが原因だと切磋琢磨してきたらしいメタルグレイモンである。ネオは一瞬考えた。

 

このスカルサタモンに足りないのは経験とそこから成長するはずの数々の能力である。ジョグレス素体にするため心血注いだにもかかわらずめが出なかったグレイモンが自力でここまで来ているのだとしたら明らかに歴戦の勇士に値するだろう。そこいらの完全体よりよっぽど強いはずだ。ならば。

 

「いいだろう」

 

「ネオ様.......それじゃあ」

 

「1度だけチャンスをくれてやる」

 

ネオはふたつの機械を手にした。

 

「おい、ジュン」

 

「なに!?」

 

ようやく離されていた距離を詰めることが出来たらしく、リリスモンにのったジュンがやってくる。

 

「その結界で時間稼ぎをしろ、勝算がある」

 

「何パーセントかしら」

 

「60パーセントだ」

 

「上等だわ、さすがにワクチン種とタイマンだと紙耐久しかないリリスモンじゃ長くは持たないわよ。結界も無限じゃないから気をつけてね」

 

「ああ」

 

ジュンはふたたび結界を展開する。その直前、リリスモンが色欲の紋章が輝く翼をはためかせ、デュランダモンにデータが四肢の先から崩れ落ちていく呪いをかける。そのデータはリリスモンに還元され、魔力が増していく。

 

メタルグレイモンは構えた。スカルサタモンは咆哮する。2体は光に包まれ、ネオは急速に落下する。

 

「メタルグレイモン、スカルサタモン、ジョグレス進化!」

 

2体のデジモンが一体に融合していく。光を突き破り現れた真っ赤な個体がネオをおいかけて降下する。その姿を見たネオはニヤリと笑った。

 

「上出来だ」

 

ネオを受け止めたデジモンがふたたび上昇を開始する。そしてリリスモンを守っている結界を破ろうと執拗に振るわれる剣を追尾弾で牽制する。

 

「オレの名はカオスドラモン。まずはコチラの相手をしてもらおうか!」

 



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119話

「カオスドラモン!?」

 

ジュンは目を見張るのだ。そいつはデジタルワールドのセキュリティとして働いていたジュンからすれば、クラッカー集団の幹部連中が愛用していたデジモンだからいい思い出がないのである。

 

そして。

 

「うっそでしょ、ジョグレスして一発で究極体になる組み合わせ引き当てたの?」

 

もうおどろきしかないのだ。ジュンの世界だとジョグレスという機能自体が古代デジタルワールド期に失われた技術だ。その再現にはまだまだ開発途中であり、運用にも膨大なエネルギーが必要だった。はるか未来においてようやく実用化に成功して一般テイマーに解放されていたことを思えば、この世界はテイマーとデジモンの関係に重点をおいて発展してきた世界に違いない。こんな初期の初期にテイマーひとりが運用できているのだから。

 

それもきっとデジモンがただのデジタルモンスターであり、異世界におけるもう一人の自分であり精神的に繋がっているデジモンが出現しなかった世界線だからこそである。タイチたちはきっとパートナーデジモンはいないが相方としてのパートナーはいるのだ。

 

それにしても初見でいきなりメタルグレイモンとスカルサタモンという異色の組み合わせをジョグレスさせることに成功したネオの才能には恐れ入る。すさまじい機能を備えた機械を2つも持つに値するのだとデーモンが直々に召喚した意味がわかる気がした。

 

ジョグレスは共通の先祖をもつ二体の個体か、互いに共通の意思を持った二体の個体がいて初めて成立する進化システムだ。2体のデジモン同士のデジコアが完全に融合し、新たなデジモンに生まれ変わる。

 

だが失敗すればジョグレス前のデジモンのデジコアをそれぞれ保持し、非常に不完全な状態でその姿を維持することになる。デジタルワールド側がその存在を感知した瞬間に抹殺しようとするほど危険な絶対にありえない特異(バグ)なのである。極めて不安定な存在のため、寿命が非常に短く、デジタルワールドの管理システムが放つバグを排除するプログラムが走るために寿命が短くなってしまう。

 

そんな危険をものともせず、カオスドラモンは咆哮した。

 

数々のサイボーグ系デジモンのパーツを組み合わせて造られたムゲンドラモンを更に改良強化を加えたのが深紅のメタルボディを持つカオスドラモンである。仮想超金属であるクロンデジゾイドを、再精製し硬度のみを上げた“レッドデジゾイド”を使ったボディは、あらゆる攻撃を跳ね返し、あらゆる物を破壊する。また、デジコアにセットされたプログラムのバージョンも、より破壊的に自律的に改良を施されている。愚鈍なイメージだがメタルグレイモンの因子が強く出ているのか翼があり、機動力がありそうだ。破壊力が落ちる代わりにそれなりのスピードを確保しているらしい。

 

見た目はムゲンドラモンにそっくりであるが、目に生物的な眼球、関節部分に赤いラインが入っていたりなどの違いがある。

 

そして最大の特徴は、全身が真紅に染まっている事である。

 

これは、ボディにクロンデジゾイドを再精製し、硬度のみを上げた“レッドデジゾイド”を使った事による物で、これによってムゲンドラモンの時以上の破壊力と防御力を得ており、またデジコアにセットされたプログラムのバージョンも、より破壊的に自律的に改良を施されている為、より生物的な思考能力を得る事に成功している。

 

必殺技は2砲のキャノンから発射される超弩級のエネルギー波『ハイパームゲンキャノン』

 

リリスモンに張られた結界の突破に必死になっていたデュランダモンを

右腕のワイヤーアームでとらえ、自らが特攻していった。ぶつかった衝撃で装甲をこじ開け、同腕部に格納された有機体系ミサイルを敵内部に直接撃ち込む。レッドデジゾイドのボディだからこそこの自爆的な恐ろしいゼロ距離射撃も可能らしい。あたりは爆炎に包まれた。

 

「ネオくん!カオスドラモン!」

 

たまらずジュンは叫ぶ。

 

「ファイナルオーラ」

 

リリスモンは冷静に全体を回復させるスキルを発動した。

 

「リリスモン?」

 

「ジュン、守って」

 

生きているに決まっているのだから早くしろとばかりにリリスモンはいうのだ。その言葉通り、結界をふたたびデュランダモンの剣が襲う。

 

「これならどうだ、ハイパームゲンキャノン!」

 

光の粒子がものすごいスピードで収束していく。ふたつの光の大砲がデュランダモンめがけて超至近距離からぶっぱなされた。さすがに必殺技を至近距離からもろに食らって耐えられなかったらしく、デュランダモンがはるか上空に吹き飛ばされてしまう。すさまじい威力である。巨大な剣にふたつのどでかい穴が開き、そこからヒビが入っていく。武器モードを保てなくなったのか、デュランダモンは人間形態にもどる。空中に装甲の破片が無数に分解されて粉々にちっていくのが見えた。

 

「ファントムペイン」

 

リリスモンの色欲の冠、そしてアゲハチョウのように黒々とした美しい翼が発光する。急速に落下していくデュランダモンめがけてリリスモンはトドメの一撃を放ったのだった。

 

「......ジュン」

 

「どうしたの、リリスモン」

 

「よかった」

 

「なにが?」

 

「あの2体もジョグレスできる個体だった」

 

「......はい?」

 

「私が取り込まなかったら、どちらかが復活魔法を使って2体そろってジョグレスしてた」

 

「はいいっ!?究極体同士が!?うっそでしょ、超究極体がそんなポンポン出てきていいの!?」

 

リリスモンはうなずく。そして先程取り込んだばかりのデータをすくい上げてジュンのディーターミナルにアップデートしてくれた。覗き込んだジュンはあおざめるのだ。

 

「殺意高すぎるでしょ......」

 

「どんなやつだ、見せてみろ」

 

「はいどうぞ」

 

ネオは眉を寄せた。

 

ラグナロードモン

 

究極体

特異型デジモン

ウィルス種

「Legend-Arms」の中で最強の剣「デュランダモン」と、最強の盾と言われる「ブリウエルドラモン」がジョグレスして生まれたデジモン。ダークエリアの奥底に潜む邪悪なる者が目覚めたとき、2体の「Legend-Arms」のデジコアが共鳴することで誕生すると言われている。デジコアが高い次元で融合することで作り出された本体は、デュランダモン達が疑似的に「自分たちを扱える騎士」として作り出したものである。

ジョグレスでありながらもデュランダモンとブリウエルドラモンは自分たちの意思を保ち、本体もまた別の意思を持っているという稀有なデジモンである。剣と盾は、ラグナロードモンが直接触れずともそれぞれの意思で自由に飛び回り、三位一体の攻防で敵を翻弄する。抜群な連携から生まれる、予測不可能な間合いから飛び出す強烈な攻撃や絶対的な防御を攻略するのは至難の業だ。

必殺技は遙か上空から振り下ろした剣で敵を一刀両断にする『ディレクトスマッシャー』と、盾から超高温の火炎を吐き出し辺り一帯を火の海に変える『イグニッションプロミネンス』。また、盾の炎を纏った剣で敵を突き刺す最大奥義『デュエルエッジフロージョン』は、敵のデータをデジコアごと灼き尽くし、跡形もなく消滅させてしまうという。

 

「邪悪なるものってあれよね、七大魔王か超究極体か」

 

「タイミング的にいえばどうみてもこいつだろう」

 

ネオの視線の先には海にポッカリと浮かぶ1時間ほど前に突如できたばかりの島がある。

 

「デジタルワールドの根源的な悪だもんね.......」

 

「最後の審判の時には食われる運命だがな」



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120話

ダークエリアに空いた穴のせいで本来存在しないはずの天気や時間の流れが発生してから随分たっていた。

 

ダークエリアの有象無象たちに避難を強いるほどの嵐が襲っていた。デジタルワールドの嵐が大穴を通じて入り込んでくるのである。

 

微かに遠雷のように聞こえる嵐の音はいつのまにか虚空の隅々からあるだけの風を集めてたたきつけるような、ものすごい嵐に変貌をとげていた。

 

傘を差してもほとんど意味がないくらい、ひっくり帰ってしまうほどの強い風が吹く。この世の終りみたいな空をデーモン城から誰もが不安そうに見上げていた。

 

 

海が荒れているように、ごとんごとんと鳴ったりざっと聞こえたりするのだ、不安で仕方ない。空に星明かりも見えない荒れ模様の夜、警笛が、荒れ狂っている暴風の中で、何か悲壮に聞えた。自然は何かに気を障さえだしたように、夜とともに荒れ始めていた。

 

吹き落ちる気配も見えないあらしは、果てもなく上空で吹きまくる。目に見える限りはただ暗闇ばかりだ。

 

風の音、雨のしぶき、それから絶え間ない稲妻の光、世界が覆くつがえるかと思う位だった。

 

 

どーっと見さかいもなく吹きまく風の中、黒い嵐雲の捲き立ち物凄く藍色に光っている。

 

七大魔王のデジタマが孵化したのは、そんな夜のことだった。

 

ディーターミナルに表示したベルゼブモンの基本データをジュンは本人に手渡した。

 

基本データは以下の通りだ。

世代/究極体

タイプ/魔王型

属性/ウィルス

勢力/七大魔王

装備/ベレンヘーナ

 

ここから先は概要となる。

 

七大魔王の一体で暴食を司る。 多くの悪魔型デジモンを統べる事が出来る能力を持ち、闇の軍団「ナイトメアソルジャーズ」の頂点に立てる実力が有りながら孤高を貫き、強者を求めて放浪を続ける一匹狼。 二丁のショットガン「ベレンヘーナ」(スペイン語で「ナス」)を愛用し、バイク型マシン「ベヒーモス」を乗りこなす。

 

冷酷無比で非常にプライドの高い性格であるが、決して群れたり弱者を攻撃したりすることはない。

 

「ここから先は超究極体のデジゲノムとアタシのパートナーのエネルギーをぶちこんだことで起こった変化よ」

 

ボタンを押してやるとベルゼブモンの姿が変わり、自分と同じ姿が表示される。ベルゼブモンは無言のまま食い入るように見つめていた。

 

具体的な変かは仮面の色が紫から赤へ、右手が猛禽の様な三本指となり、左腕が「ベレンヘーナ」と一体化して背中から翼が生えるというものだ。

 

自在に形を変える意思を宿した紅蓮の炎「エル:エヴァンヘーリオ」をダークエリアから召喚する事が可能になり、「ベレンヘーナ」から魔弾として放ち、“暴食の冠”で威力を凝縮して放つ一撃を身に付けた。

 

この炎はダークエリアに堕ちた罪人の魂を裁き、救済する為に用いられるもので、魔王型の様な邪悪なデジモンはデジコアごと消滅させられてしまうのだが、このベルゼブモンは身を灼かれることがなく、炎の意思を押さえつけて自分の力として操る事が出来るらしい。

 

「ブラストモードってのはなんだ」

 

記述の中にそんな単語を見つけたものだから質問が飛んでくる。

 

「単語クリックしたら出るわよ。えーっと、ちょっと貸して」

 

そこには精神を究極的に高めて、その力を解放したベルゼブモンの真の姿とあった。精神が落ち着き、右腕と一体化した陽電子砲を装備し、黒い翼が生えて眼の色が赤から緑へと変化しているらしい。つまりある種の高みに到達した個体が獲得する姿によく似ているらしい。

 

「らしいわよ。他に質問は?」

 

「いや」

 

ベルゼブモンは少々困惑しているようだ。超究極体のデジゲノムに自我を食い潰されているだろうに理性がだいぶ残ったまま生まれてきたらしい。

 

「オレたちが生まれるってことは相当世界も成熟して好き勝手してもいいと思ってたんだがどうやらそうじゃないらしいな」

 

「デーモンの一存だしね」

 

「身も蓋もないな」

 

「事実だもの、どうしろっていうの。どうあがいたところでデーモンはアナタたちを生贄にするつもりだし、アタシはそれまで育てるよう言われてるの」

 

「にしては自由にしてる奴もいるようだが」

 

「その時が来るまでは好きにしろって感じじゃない?」

 

「なるほど。なら、もしオレがここから姿を消したとしても問題は無いわけだな」

 

「いやあ.......どうかしらね。リヴァイアモンはずっと寝てるから黙認されてるみたいだけど、アナタはそうじゃないでしょ」

 

ベルゼブモンはそうかとだけ返して、なにやら考え事を始めた。ベルゼブモンに始まったことではないが、かつて別世界で七大魔王を学校の授業で習ったジュンとしてはずいぶんと聞き分けがいい究極体は違和感しかない。超究極体のデジゲノムにより破格の成長率とステータスと引替えに自我の成長機能を破壊されている彼らをジュンの知っている七大魔王と比べる方がおかしいのかもしれないが。

 

もしかしたら、このベルゼブモンは本来の性質を持って生まれてきたんだろうか、とジュンは思った。オレは誰だと情報をもつテイマーがジュンだとしった瞬間に聞いてきたのはベルゼブモンが初めてだったのである。

 

「裏切るの?」

 

「それ以前の問題だ。オレはこの世界のこともオレ自身のこともなにも知らなさすぎる」

 

「知りたかったら教えてあげるわよ」

 

「頼む。考えたくても考えるだけの知識がオレにはない。デーモンのやつめ、こんなことなら初めから思考回路まで破壊しやがれ」

 

ベルゼブモンは憤りを感じているようだ。ジュンの知るベルゼブモンは誇りのために大きな代償を支払う事も厭わない、手の届かない高貴な宝石のように気位が高く近寄りがたいデジモンだった。間違っても自尊心を下ろし金にかけるようなことはしない。理想が高く、己に課しているものが大きい。

 

ベルゼブモンは何かに押されてねじくれてしまった運命の中で必死に自分を保つためにあがける個体なのだろう。

 

ジュンは話し始めた。

 

「.......」

 

「席外す?」

 

「ああ」

 

ベルゼブモンは思考の海に沈んでいった。

 

そしてベルゼブモンが失踪したとジュンは翌日知ることになる。



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121話

「お前がヤガミタイチか?」

 

「誰だ」

 

「オレは七大魔王の1人、ベルゼブモンだ」

 

「なっ?!」

 

ホーリーエンジェル軍がざわめいた。デーモン城に潜入するために必要な5つのタグを集め、エアロブイドラモンに進化したゼロマルに乗り、いざゆかんとしていたタイチの前に究極体が現れたからだ。しかもデーモンが復活を目論む七大魔王の一体だというのだから警戒して当然である。

 

「さがしたぞ」

 

「なんのつもりだ、お前!」

 

ゼロマルは威嚇するがベルゼブモンは気にもしない。

 

「お前たち、デスモンを破ったそうだな」

 

「ああ、そうだよ」

 

「そうだぜ。デーモンから警告か?受けてたつ!」

 

「お前らの腕を見込んで頼みがある」

 

「頼みい?」

 

「正確には頼みを聞いてやってくれないか。こいつらの故郷が奪われて大変なことになってやがる」

 

ベルゼブモンが目配せする先には、たくさんのデジモンたちがひしめきあっている難民たちの姿があった。ホーリーエンジェル城からはるか遠くのエリアである。まさかこんな場所があるとは知らなかったらしく、ホーリーエンジェル軍はあわてて支援や救護に向かう。

 

「ベルゼブモン、お前、一体......」

 

「たしかにオレはデーモンの生贄にされるために生まれてきたが、やすやすとその通りにするつもりは無い。ジュンにこの世界について教えてもらったらなおさらだ。だからなにか手段はないかと探して旅をしてきた。そしたらこいつらの故郷が七大魔王の1人、バルバモンに蹂躙されているところだったんだ」

 

「バルバモン?」

 

「ああ。デーモンに命じられてるみたいだが、好き勝手やってやがった。気に入らないから無理やり働かされてたこいつらを助けてここまで逃げてきたのさ」

 

ジュンの受け売りだがとベルゼブモンは教えてくれた。バルバモンは七大魔王の一体で強欲を司る究極体のデジモンだ。デジタマのころに超究極体のデジゲノムをぶち込まれたことですさまじい力を得ている。

 

長い顎鬚を生やし、宝珠を咥えた髑髏の魔杖「デスルアー」を持つ、老いた魔術師のような姿をしたデジモンらしい。

 

本来は悪魔の巣窟であるダークエリアの中心部に存在し、堕天使型デジモン達を使って悪の限りを尽くす。

ネットワーク内に存在する、あらゆる財宝に執着し、物欲の為なら手段を問わず、例え一欠片の財宝であっても、手に入れる為にデジモンを殺す、強欲で残忍なデジモン。

 

七大魔王屈指の狡猾な策略家でもあり、同じ魔王型の究極体ですら造作も無く操る事が出来る。

 

超究極体のデジゲノムのえいきなのか、魔杖「デスルアー」を右腕と融合させて魔力を直結し、より巧みな技を操れる。右腕で抉り取った敵のデジコアを宝石へと変える事ができ、強いデジモンである程に宝石が輝く為、戦う価値が有るかどうかを品定めする。 右手から顕現させる“強欲の冠”の輝きは、強さの証であり、自慢のコレクションである。

 

「このデジモンたちは一体.......」

 

「こいつらはコアドラモンたちだ。ディアマンテ、お前らの世界でいうダイヤモンドを主食にしてる珍しいデジモンだ。ダイヤモンドの色で進化先が変わるらしい」

 

ベルゼブモンは紹介してくれた。1番多いのがドラコモン。すべてのドラモンタイプのデジモンの「祖」であるといわれている古の純血竜型デジモン。小柄な体躯からは想像できないほどの身体能力を持ち、力・俊敏性ともに成長期デジモンの中でもトップクラスである。性格は非常に獰猛であるが、ドラコモンが認めた相手のみ従順な一面を見せることがある。翼を持っているが、発育が不十分であるため飛ぶことはできない。また、大きな特徴として「光るモノ」を収集したがる性質を持っており、特に宝石や金属類には異常な執着があり、気に入ったものは食べて摂取してしまう。必殺技は、高温の吐息を相手に吹きかける『ベビーブレス』と全身を回転させシッポで打撃を与える『テイルスマッシュ』。ドラコモンの全身を覆う鱗のうち一枚は「逆鱗」といわれるウロコがある。ここに触れてしまうとドラコモンは怒りのあまり意識を失い、頭部の角を激しく発光させた後に口から放つビーム弾『ジ・シュルネン』を無差別に放ってしまう。

 

 

コアドラモンは青色と緑色がある。

 

ドラモンの名を冠するデジモンにはデジコアに必ず竜因子のデータを有しており、その竜因子データの割合が高ければ高いほど体の形状が竜型になっていく。

 

青いコアドラモンの竜因子データ割合は100%となっており、まさしく純血の竜型デジモンである。体表が青いコアドラモンは、標高の非常に高い山岳地域だけで採掘される「ブルーディアマンテ」と呼ばれる希少な宝石を多量に摂取したドラコモンが進化した姿といわれており、険しい山々で生き延びるための発達した翼で高速な飛行を行うことが出来る。必殺技は、青色に輝く灼熱のブレスを放つ『ブルーフレアブレス』と強靭な尻尾を使って相手に痛恨の打撃を与える『ストライクボマー』。『ブルーフレアブレス』はデジモンの体表を覆うテクスチャーデータを分解する効果があり、このブレスを受けたデジモンはむき出しとなったデジコアへの攻撃を許すことになるだろう。ドラコモン同様に「逆鱗」といわれるウロコを持っており、ここに触れてしまうと怒りのあまり意識を失い、頭部の角を激しく発光させた後に口から放つ拡散レーザービーム『ジ・シュルネン-Ⅱ』を無差別に放ってしまう。

 

緑色のコアドラモンは樹齢100年を超えた木々が茂る森林地帯で採掘される「グリーンマカライト」と呼ばれる希少な宝石を多量に摂取したドラコモンが進化した姿といわれている。このタイプのコアドラモンは飛翔することは得意としていないが脚力が非常に発達しており、その体躯からは想像できないほどの速度で走ることが可能である。必殺技は、緑色に輝く灼熱のブレスを放つ『グリーンフレアブレス』と強靭な尻尾を使って相手に痛恨の打撃を与える『ストライクボマー』。『グリーンフレアブレス』は浸透性が非常に高く、体表のテクスチャーデータをくぐりぬけ、直接デジコアへダメージを与えてしまう効果がある。ドラコモン同様に「逆鱗」といわれるウロコを持っており、ここに触れてしまうと怒りのあまり意識を失い、頭部の角を激しく発光させた後に口から放つ拡散レーザービーム『ジ・シュルネン-Ⅱ』を無差別に放ってしまう。

 

そして、それぞれが違う完全体に進化するらしい。

 

「完全体はバルバモンに殺されちまったが、こいつらだけが生き残ったんだ」

 

そこには青色と緑色の完全体のデジモンがいた。

 

「オレはグラウンドラモン。地竜型でウィルスの完全体デジモンだ」

 

まず挨拶したのは背中に大きな腕を持つ地竜型デジモンだ。本人いわく、背中の腕は翼が変化したものであり、効率よく地面を掘ることが可能である。普段は地中深くに彫ったトンネルに潜んでおり、滅多なことでは地表に出てくることはない。また、グランドラモンは希少なファンロン鉱の鉱脈に好んで生息する傾向があり、体を覆う鱗にファンロン鉱の成分を含んでいるとのこと。

 

「私は完全体の天竜型デジモンでワクチンです」

 

続いて頭を下げたのは大きく発達した翼を持ち、自由自在に空を飛ぶことの出来そうな天竜型デジモンだ。本人によると翼の鱗は重力を遮断することが出来るため、羽ばたくことなく飛翔することが可能。地面に降りることはまれであり、生きている時間のほとんどを空中で過ごす。飛行速度はマッハ20を超える。

 

「私たちの住む場所は貴重な鉱物の産出地らしく、研究のためにバルバモンが軍を引連れて乗っ取られてしまったんです」

 

「おかげでオレ達は腹ぺこなんだ。ディアマンテしか食えねえってのに、がらくたばかり食わせて働かせやがって」

 

「ベルゼブモンが助けてくれなかったら今頃私達は死んでいたでしょう」

 

2体の話を聞いて、タイチとゼロマルはベルゼブモンの話を聞くことにしたようだ。

 

「ファンロン鉱?今、ファンロン鉱といいましたか?なんてことだ、ファンロン鉱を取り込めるのはファンロンモンだけだと聞いていたのに!」

 

「おいおい、オレは鱗が限界だぜ?全身ファンロン鉱のバケモンと一緒にしないでくれよ」

 

驚いたのはホーリーエンジェモンだった。振り返ったタイチたちに彼は説明してくれた。

 

デジタルワールドにはクロンデジゾイドと呼ばれる架空の金属があり、非常に硬く様々な色が存在する。

 

純度の高いものは「レッドデジゾイト」と呼ばれるレアメタルに、純度の低いものは「ブルーデジゾイト」と呼ばれる特に希少なレアメタルへと変わる。前者は硬度に優れ、後者は軽いため機動性に優れ、用途によって使い分ける事が可能であり、クロンデジゾイドは純度が高い方が優れているとは限らない。

 

この金属から作られるクロンデジゾイトメタルと呼ばれる合金は、正式名称Chrondigizoit Hybrid Organism合金(クロンデジゾイト ハイブリッド オーガニズム合金)略して「CHO-(ちょー)合金」といい、クロンデジゾイドの硬さと生物の持つしなやかさを併せ持った超金属で、生物と一体化し、生体金属と化すこともできる。このため武器や防具の材料となるほか、サイボーグ型やマシーン型デジモンの部品にも利用される。

 

そのクロンデジゾイトメタルの基礎となった鉱石で、絶対硬度を誇る仮想鉱石。それがファンロン鉱である。ファンロン鉱はファンロン鉱でしか傷をつけることが出来ず、他の鉱石やメタルと比べる術が無い為、硬度を測定することは不可能である。この超硬度をもつ反面比重が極端に高く、武器や防具などには適していない。希少性も高く、地中深くにしか発見されない。また、ファンロン鉱と生物とが一体化するには、神話の時代よりはるか遠い年月を要すると言われている。

 

クロンデジゾイトメタルはこれらの欠点を解消しており、優れた希少メタルであると言える。

 

「ファンロン鉱からクロンデジゾイドメタルまで採れるなんて.......そんな場所があるのか」

 

「バルバモンが乗っとったのってまさかそのせいかよ?軍隊をでかくするために?」

 

タイチの言葉に誰もが息を飲んだ。

 

「当たりだ。ついでに外貨を稼ぐ気だぜ」

 

ベルゼブモンはいうのだ。

 

タイチたちの住む世界には紛争ダイヤモンドという言葉がある。現実世界において内戦地域で産出されるダイヤモンドをはじめとした宝石類のうち、紛争当事者の資金源となっているものを指し、血塗られたダイヤモンド 、汚れたダイヤモンド 、戦争ダイヤモンドとも呼ばれる。

 

ダイヤモンドなどの宝石は、国際市場で高値で取引される。産出国にとっては貴重な外貨獲得資源となるが、その産出国が内戦など紛争地域だと、その国は輸出したダイヤモンドなど宝石類で得た外貨を武器の購入に充てるため、内戦が長期化および深刻化することになる。とくに反政府組織はこれら鉱物資源による外貨獲得とそれによる武器購入を広く行っている。その際には罪のない人々を採掘に苦役させることから人道上も大きな問題がある。

 

これら内戦の早期終結を実現するには内戦当事国の外貨獲得手段を奪うのが有力な手立てであり、国際社会はそれに取り組むべきだとされる。内戦当事国に外貨が流れ込まないようにするために、内戦国から産出するダイヤモンドなどを「紛争ダイヤモンド」と定義し、関係業界はそれらを取引の対象外にすることが求められている。

 

デジタルワールドにおいては、ディアマンテという名前で知られている宝石だが、その扱いはまさしく同じだった。

 

かつてディアマンテは無色透明の物が最高級品だという認識で、色がある物の中でも特にイエローに関しては最も価値の低い物という認識が一般の方にもあったが、近年ではイエローの人気にともない、ブルーやレッドも今まで以上に注目されるようになった。

 

近年では一般的なディアマンテに比べて、レッドやブルーの方がより高価だと言われている。

 

価値が高いとされる理由の一つには、ほとんど採掘されないほど希少性が高いことがあげられる。万が一幸運にも採掘されたとしても一般の店頭など市場に出回ることはなく、一目見られただけでも幸運なほど採掘されないとてもめずらしい物なのだ。

 

同じブルーでも未処理で、かつきれいに発色している物はより貴重であり、一般にはなかなか手が出ないほど高価な物と言われている。

 

もともと無色透明のダイヤモンドがなぜ青く発色するのか。それはダイヤモンドが結晶化する際に入り込む不純物によってレッドやイエローに輝くが、ブルーの場合、結晶化する際にホウ素が混ざることで青く変色することが成分解析の結果判明している。

 

しかし、ディアマンテが結晶化するほどの地中奥深くには、ほとんどホウ素が存在しないことから、完成した結晶が青くなるのは、まさしく神様の気まぐれだと言われるほどに珍しい偶然なのだ。

 

ちなみに結晶化するほどの地中奥深くに、なぜホウ素が存在していたのかについては、今現在でも謎だ。

 

こういった背景から、ディアマンテの中でも発掘される絶対数の少ないブルーの価値は長い時を経ても下がることがない。

 

近年発見されたブルーの鉱山で発見された原石は、今までに類を見ないビビッドブルーとして注目されている。ブルーはその貴重な存在から驚くほどの高額な値が付くのだ。

 

きれいな八面結晶のダイヤモンドは結晶格子が整って光を素直に跳ね返し、ダイヤモンドの中をとおって出てくる光もキラキラと美しく輝く。これは宝石の品質は原石で決まる!と言われる所以でもある。

 

高品質な原石を産出する鉱山から供給された原石の中でもそうした正八面結晶の原石は10%程度しかなく非常に希少だ。

 

その貴重な鉱山がバルバモンの手中にあるというのだ。どれだけやばいかわかるというものである。

 

「わかったぜ、バルバモンからみんなの故郷を取り戻してやるよ!な、ゼロ!」

 

「そうだね、僕達だけじゃない。みんなでやればきっと勝てる!」

 

ベルゼブモンは笑った。

 

「言ってくれると思ったぜ。さすがにデスモン共を率いるバルバモンに俺たちだけじゃキツいと思ってたんでな」

 

「えっ」

 

「今なんて?」

 

「だから言ったじゃねえか、バルバモンは他の魔王型デジモンを操ることが出来る魔術師だってよ。さすがにテイマーに育てられたデスモンには劣るだろうが究極体がゴロゴロいる軍隊だ。じゃなきゃ声掛けるわけねえだろう」

 

タイチとゼロマルは息を飲んだのだった。



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122話

タイチたちが降り立った鉱山付近のの町は明けても暮れても煤けて暗い空が広がっている。砂で漉した鉄分の多い水があたりを汚染しているものだから、井戸の水を飲もうものなら舌がよれるような劣悪な環境だった。掘りかえした土が口を開けて、雷のように遠くではトロッコの流れる音が聞えている。

 

町は生気がなかった。ドラコモンたちが一斉に逃げ出したからだろうか、それともゴーストタウンと化したせいか、独特な雰囲気がある。

 

鉱山に向かうとベルが鳴っていた。グラウンドラモン曰く、自分達が掘りかえした土の上にゴロリと横になり、バクバクまるで金魚のように空気を吸ってよく眠ったらしい。休み時間が終わるとひたすら働き続けたという。

 

一時も休みはしない。忙しく動き回った。恐ろしい程に。真っ黒になって自分の体を切り刻むように無理して働いた。労働力以外に売るものを持たない労働者が過労死しそうなくらい働いた。タイチは背筋が寒くなる。大人の屈強な男だって耐えられそうにないような重労働だ。ゼロマルは憤りを隠せていない。

 

あたりには監視役をしていたと思われる機械型のデジモンたちの残外が転がっていた。ベルゼブモンたちと交戦状態になり、敗北したらしい。それぞれの配置について異常なほど厳格だったという。

 

「......ほんとにティアマンテ探してるのか?」

 

ふとタイチは思った。

 

「なんか、もっと別のものを探してるような?」

 

「なにってなに?」

 

「知らねーよ、そんなの。でもデーモンがバルバモンに命じてるんだろ?ほんとに宝石採掘だけなのか?」

 

「うーん」

 

ゼロマルは困ったように首をかしげた。

 

「こういうのはやばいやつが封印されてる事が多いんだよな」

 

「封印?」

 

「そうそう。超究極体をネオに、七大魔王をジュンに育てさせてるデーモンだぜ?」

 

タイチの言葉にゼロマルは息を飲んだ。そんな2人の会話を聞いていたベルゼブモンは口笛を吹くのだ。

 

「さすがだな、お察しの通りだぜ」

 

「げげげっ、まじかあ......当たってほしくなかった」

 

「もしかしてこの辺りが放棄されてるのも、ドラコモンたちの脱走が放置されてるのも、そのせいだったりする?」

 

「大当たりだ」

 

「うわああ......言っといてなんだけど聞きたくなかったよ!」

 

ティアマンテの原石の山積しているトロッコが放置されたままだ。動かされた形跡がないらしく、ウイングドラモンたちは怪しんでいる。あたりを警戒しながらもタイチたちは奥に向かっていった。

 

最深部に近づくにつれて、不可解な文様が床に刻まれている区画に出た。どうやらなにかの遺跡のようだ。

 

「......?」

 

鉱山には不自然な近代的な扉が現れたではないか。

 

「なんだこれ?」

 

「これってあれじゃない?エレベーター」

 

現実世界のD1グランプリ会場に行くまでの道のりを思い返し、ゼロマルはつぶやく。

 

「なんだってこんなとこに?」

 

「さあ」

 

「どうやってはいるんだ?カードキー入れないとダメなやつっぽいけど」

 

「まあ、見てろ」

 

ニヤリと笑ったのはベルゼブモンだった。

 

「タイチ、Vテイマータグを置いてみろ」

 

「えっ、これをか?」

 

「そうだ。ここはもともとこの世界を管理していた神が作った場所だ。バルバモンは採掘で得られると巨万の富と引替えにこの遺跡に封印されているあるデジモンの解放を命じた」

 

タイチは唾を飲む。そして恐る恐るタグをおいていった。かちり、と全てが綺麗におさまり、エレベーターが開いた。タグを回収したタイチたちはエレベーターに乗り込む。地下空間に直通のようでなにもしなくても勝手にエレベーターが動き出す。

 

「この先にいるのか?ベルゼブモン」

 

「ああ」

 

「デーモンがさがしてるデジモンて一体......?」

 

「なんでこの先になにがいるか知ってるのさ、ベルゼブモン」

 

「んなのここにくるのが2回目だからに決まってるだろ」

 

「えっ」

 

「タグがないと入れないのにか?!」

 

「正攻法じゃなくても突破出来るやつがデーモン陣営にはいるじゃねえか」

 

「まさかジュン?」

 

「そのまさかだ。あいつは別のデジタルワールドのセキュリティシステムから相当信頼されてたテイマーらしくてな。ハッキングして一時的にこのエリアを全権把握して突破しやがった」

 

「......待ってくれよ、今なんて?ジュンたちがこの先に居る?まさかベルゼブモン、お前、オレたちを騙したのか!?」

 

「まさかこの先には敵がたくさんとかいうんじゃないだろうな!?」

 

「話は最後まで聞きやがれ」

 

ベルゼブモンは舌打ちをした。

 

「状況を打開出来るやつがてめぇらしかいねーから頼みに来たっていっただろうが!!さっき言ったように騙したってなら、このエリアはなにもかもがデーモンの支配下だぞ。入った瞬間に攻撃されるに決まってるだろうが!」

 

「そ、それもそうか」

 

「ごめん......でもよくわかんないんだけど。ジュンがハッキングしてエレベーターの先にいったんなら、バルバモンとジュンとそのデジモンがいるんじゃ?」

 

「確かにいた、がただしいな」

 

「え?」

 

「オレがドラコモンたちと逃げ出す時間を稼ぐためにジュンはわざとバルバモンの要求に応じやがった」

 

「どういうこと?」

 

「この先に居るのはこの遺跡の最奥に封印されていたデジモンで、テイマーの人格によって姿が変わると言われているデジモンだ」

 

「?」

 

「なんだってそんなデジモンがここにいるのかなんてわからねえが......ここは見ての通り実験場だった」

 

エレベーターが開く。そこには鉱山の最深部とは思えない工場のような場所が広がっていた。

 

「胸糞悪い場所だぜ。光と闇の戦争の置き土産だ」

 

ベルゼブモンがそう吐き捨てる。タイチとゼロマルは同意せざるをえなかった。

 

そこはまさしく実験場だった。それも倫理や道徳が真っ先に死んで効率と合理性が幅を効かせた時代を物語る異様な空間だった。

 

全面戦争に端を発した戦禍は全てを焼き尽くし、ようやく世界に平和が訪れて、すでに気が遠くなるような時間が経過している。かつてこの世界であったはずの戦争の断片をつなぎ合わせただけの記憶がそこにあった。

 

カプセルポットから液体が垂れ流され、空っぽな狭くて小さな棺桶じみたところから被検体らしき生命体が転がっている。カプセルポットが無数に並んでおり、いずれも様々な改造、変異、もしくは武装が施され、被検体だったことを自覚するのは難しいことではなかった。

 

「うわあ......」

 

タイチは吐き気を堪えた。生理的な嫌悪感が先にくる。思わず体が竦む。違和感がそこにはあった。

 

ごぼごぼと時折呼吸する被検体のあわぶくが黄緑色の液体に上っていく。細長く伸びる実験台で今なお彼らは生きているのだ。ゼロマルは目をそらす。まともに見ることが出来ない。ベルゼブモンはタイチたちに先を促す。

 

目を閉じてはいるものの、時折呼吸をしていることがわかる。ごぼごぼと泡が上っていった。呼吸できる液体らしい、とベルゼブモンはいう。どういう名前だったかわからないがと。

 

そして、カプセルポットたちは先端の電子が時々赤く輝いた。

 

タイチはベルゼブモンの背中を見ていた。周りには無数に並んでいるカプセルポット、その中に入っているゆらゆらと揺れている被検体が並べられている。

 

「おっと、手がすべった」

 

おもむろに安全装置を外したベルゼブモンは引き金をひく。通り過ぎた銃声にタイチたちの顔が青ざめる。はるか向こうにあるはずの扉のドアノブが乾いた音をたてて転がるのが見えたのだ。誤射と言い張りながら何発も打ち込んだベルゼブモンはもちろん反動すら受ける様子はない。

 

鍵がかかっていたのか、すでにわからない。壊されてしまった扉はきしんだ音を立てながらあくのが見えた。

 

「誰か来たらどうするんだよ!」

 

「大丈夫、大丈夫、こねえよ。監視カメラでこれだけ見てるくせに反応ねえんだから」

 

ベルゼブモンの指さす先には監視カメラがある。ゼロマルとタイチは顔を見合わせた。

 

窓が一切無く換気を促す巨大なファンの音が反響する廊下は、地下施設なのだろうか。まっすぐに続いている白い蛍光灯だけしかめぼしいものはない。殺風景極まりない廊下を前に、こつこつと軽快な音が響く。

 

ベルゼブモンは銃を構えつつ、警戒をつとめる。先は任せろと啖呵を切ったこともありその先を歩いて行った。タイチたちはあたりを見渡し、実験場がなにをしていたのかうすうす気づき始めていた。

 

デジモンだけではない。人間の被検体もいた。これはこの世界に流れ込んだ写真や動画のデータの残骸からサルベージしたやつらしいからまだマシだ。自我があるかどうかはベルゼブモンは言及を避けたけれども。

 

定期的な清掃が行われているのだろう、埃一つ無く綺麗な廊下は、長く伸びる二人の影だけ伸ばしている。沈黙ばかりがすべてだった。タイチはベルゼブモンの表情を伺うことはできないが、その一切迷いのない足取りは本当に何も考えていないのでは、と疑念を抱くには十分だった。やがてベルゼブモンの歩みが止まる。

 

「ダメだな、壊せねえ。出番だ、タイチ」

 

さっき破壊したドアノブをいっているのだろう。タイチはベルゼブモンの横からのぞき込んだ。

 

銀行の地下金庫を思わせる重々しい扉が立ちふさがっている。その横には四角い電子機器が取り付けられており、緑色の横文字が並んでいる。

この重厚な扉は隙間すらなく、その役目をきっちりこなしていることがわかる。

 

タグを押しこめると認証完了の文字が出て、扉はあっさりとあいた。

 

どうやら書斎、もしくは資料室のようだ。天井までびっしりと本が敷き詰められた戸棚、そして積み上げられた本に埋まっているパソコンがある。

 

「電気が見つかんねえ。どこだ?」

 

ベルゼブモンは手探りで壁を伝っているらしい。その反対に手を当てたタイチは、通常ならその近くにあるはずの電気を探す。

 

「んー、ねえな。タイチ、あったか?」

 

「いや、ない」

 

「ほんとに?うっわっと、あああっ!?」

 

どごっという鈍い音のあと、その影がゼロマルの視界からきえた。

 

「ゼロ?!」

 

あわてて駆け寄ろうとしたタイチだ。ベルゼブモンはとっさに銃口を向けた。遅れて明かりがついた。

 

やはり本棚がある書斎だ。他に場所がない。

 

「大丈夫か?」

 

「うん、大丈夫......なんだよ、これ」

 

本の山が出来ていて、転んでしまったようだ。奥にはパソコンがある。

 

「隠し扉があるらしいな」

 

ベルゼブモンは本を拾いながらいった。棚が動いた時に詰め込みすぎていた本が落ちたらしい。

 

「パソコンにパスワードいれるやつか、よーし探そう」

 

タイチたちは手分けして本棚にざっと目を通す。埃ひとつない、清潔に手入れされた本棚は、古本特有の香りが立ちこめている。

 

タイトルはいずれもかつての戦争において勃興した技術の拡大を狙ったものばかりだ。気分が沈むが仕方ない。なんとか読み込んでいく。そして。

 

「さっき言ったテイマーによって姿を変えるどうのって、まさかこの実験場で生まれたデジモンなのか?」

 

タイチの疑問にベルゼブモンはうなずいた。

 

「パスワードはそれだとよ」

 

タイチは椅子をひく。そしてパソコンの電源をつけた。ロックがかかっているが、さも当然のように入力していく手はよどみない。あっさりとパスワードを入力し、セキュリティを突破し、お目当ての情報を探り当てる。

 

タイチが見つけたのはこの施設のPDFだった。ここに印刷機はない。書斎の引き出しを開けてみる。手頃なペンとノートが入っていた。ぱらぱらめくってみるがめぼしい記述はない。

 

ここの持ち主はメモ魔ではなかったようで、タイチでは解読不能なレベルの汚い字が書き殴ってあるだけだ。仕方ないので一番後ろのページにこの施設の名前と記述の概要、内部の簡略化した地図を書き出していく。

 

そして、引き出しに入っていた、綺麗な布に包まれた筒状のものを取り出す。それは一番奥にそっとしまわれていた。金属のなにかだろうか。ずっしりときたそれをほどいてみると、それは弾丸が突き刺さっている懐中時計だった。その時間は中途半端で止まっている。

 

電波時計のようだから、この弾丸により精密機械が破壊されてしまったようだ。これを修繕する術はもうこの世界にはないだろう。電波時計なのにネジがある。不思議に思って触ってみると、円盤がかちりと音を立ててあいた。

 

しばらくして、タイチはパソコンを切った。

 

本が空っぽの棚が動き出す。地下に続く階段が現れた。ゼロマルがゆいゆうと通れる広さである。

 

「懐中時計見つけたんだけどさ、なんか入ってるみたいなんだよ。開け方誰か知らないか?」

 

タイチはみんなに見せる。

 

「貸してくれ、開けられるかも」

 

ガー坊に差し出すとあっさり懐中時計はあいた。懐中時計の円盤が持ち上がる。そして、その間に大切にしまわれている劣化した写真があった。

 

「人間だ」

 

「デジモンもいる」

 

「5人いるね」

 

「誰のだろ?」

 

「さあ?」

 

モノクロだから相当古いものらしいが、そこにいるまなざしは優しい。

 

「なんか大事なものみたいだし、持って帰ってホーリーエンジェモンに聞いてみるか」

 

「さんせー」

 

タイチはリュックに懐中時計をしまい込んだ。



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123話

ゆっくりと重厚な扉が開かれる。そこには巨大なコアがあった。

 

「ジュン!」

 

「なんで?え、ジュンがなんでこの中に!?」

 

「大丈夫か!?」

 

「なんでだよ」

 

「ちい、遅かったか!やはりクロノモン起動に使われてやがった!」

 

明らかに狼狽しているベルゼブモンは、目の前の現実が受け入れられてはいないようで、さっと血の気がひいていく。

 

「ジュン!」

 

タイチの悲痛な叫びなど意にも介さず、無情にもクロノモンと呼ばれたたくさんのコードに繋がれている巨大なデジモンは武装をこちらに向ける。

 

 

背後の扉が閉じる音がする。そして、静かな声がタイチたちの耳に響いた。表情ひとつ変えないまま、クロノモンはどこか虚ろな目を向けてくる。その腹の中には体育座りをしたジュンが入ったコアがあった。

 

足下には肉片が飛び散っている。致死量と思われる赤が床を塗らしている。おそらく数人分の被検体が完全解体されたのだろう、惨状が広がっていた。

 

「これは性能試験だ。合格することが私の試験となる。こころしてかかれ」

 

クロノモンが宣言すると同時に、かつて被検体であった少年、デジモンたちの肉片はひとつに固まっていく。そして嫌な音を立てながら形をなし、ユートと克己の前に立ちふさがる異形と化す。

 

 

完全に戦意を失っているウイングドラモンたちに、ベルゼブモンは呼びかけるが聞く耳を持たない。

 

「いいかげん目を覚ませ!ジュンを助けたかったら起動を止めるしかねえだろうが!!」

 

ベルゼブモンが思い切り声を上げると、ようやくウイングドラモンたちはタイチを見た。ふらふら前線に行きそうな気配すらある仲間の手をつかんだ。

 

「お前らをなんのために連れてきたと思ってんだ!クロノモン止めるのに邪魔しやがるやつらを倒すためだろうが!」

 

タイチはうなずいた。

 

「ジュンに何があったのかは後で聞こうぜ。でも今は集中してくれ、頼むから!こいつらを倒さないと駄目だろ!」

 

「倒す、倒す、そうか、そうだよな、倒さなくちゃ、ジュンを助けられないんだ!」

 

あまりのおぞましさに囚われそうになったウイングドラモンたちはその瞳には若干の生気が宿る。でくの坊になられては、さすがにベルゼブモンたちでもかばいきれない。戦闘態勢に入ったゼロマルたちに、連れてきてよかったぜ、とほっとベルゼブモンは息を吐く。そして銃を装填しようとした。

 

突然の衝撃にかろうじて受け身をとれたタイチだったが、何するんだと声を上げようとして、見えたのは豪快に体がはじけ飛ぶベルゼブモンの姿だった。

 

「ベルゼブモンっ!」

 

奇襲をもろに食らった胴体からはらわたが豪快に吹き飛ぶ。血しぶきと言うには歪な色をした液体があふれ出るが、ベルゼブモンは微塵も痛がる様子はない。知識としては知っていても、目の前で肉片が散らばり、上からその液体をもろにひっかぶったタイチはたまらず叫ぶ。ベルゼブモンは冷静に銃をぶっぱなした。被弾した敵が死ぬ。

 

「心配するな、大したことないさ」

 

みるみるうちに傷が塞がっていく。

 

「くるぞ!」

 

ゼロマルがタイチを乗せて回避した。

 

「ワレラの名はベムモン」

 

被検体から生成された謎のデジモンはそういった。

 

「ワレラはデジモンのマトリクス・データを吸収して強くなることを望む」

 

じじじ、ががが、と音声を響かせながら、ベムモンは壁に張り付いた。コードと連結する。

 

「オプティカル・ネットワーク接続。クロノコアマシーンとの融合を開始。フュージョナイツ」

 

「!?」

 

目の前で複数のベムモンが融合しはじめた。

 

「ジョグレス進化、デストロモン」

 

デストロモンがさらに融合する。

 

「我が名はスナッチモン」

 

ぱきん、と機械が壊れる音がした。

 

「ベルゼブモン!」

 

ベルゼブモンが取り込まれてしまった。

 

「オレたちも黙っちゃいられないぜ!」

 

ウイングドラモンたちが叫んだ。そしてジョグレスした。

 

「我が名はスレイヤードラモン!」

 

それはクロンデジゾイドで身を包んだ竜人型デジモンだった。「四大竜の試練」を修了した竜型デジモンだけが進化できる姿だと言われている。 独自の究極剣法「竜斬剣」にて、大剣「フラガラッハ」を自在に操り戦う。

 

何本もの刀の斬撃がデストロモンの体に突き刺さる。大男の豪快な一撃が襲いかかる。衝撃から立ち直る前の一撃だ、ろくに受け身もとれないままのデストロモンはなすすべがない。両足が切断され、足が吹き飛ぶ。

 

露出した骨で歪な体勢を強いられることになったデストロモンは笑みを浮かべている。どうやら手痛い一撃を二発も食らったおかげで、嫌でも目が覚めたらしい。ゼロマルは戦闘態勢にはいった。スレイヤードラモンの支援をすべく必殺技を放った。

 

「Vウィングブレード」

 

デストロモンの上半身が吹き飛んだ。

 

「ベルゼブモンの仇だ!」

 

スレイヤードラモンが動く。速い。一瞬タイチはスレイヤードラモンを見失った。視界の隅にとらえることができたが、それ以上は叶わない。

 

「我が伸縮自在の大剣「フラガラッハ」を用いた独自の究極剣法「竜斬剣」を受けるがいい!」

 

スレイヤードラモンは咆哮する。

 

「壱の型『天竜斬破』!!」

 

回転体術によって加速された剣を脳天から垂直に打ち込みデストロモンの両腕を両断する。

 

「弐の型『昇竜斬波』!!!」

 

剣で練った竜波動を下方から上方に向けて解き放ち、剣圧だけで胴体を切り捨てる。

 

「参の型『咬竜斬刃』!!!!」

 

至近の間合いまで踏み込み「フラガラッハ」をデストロモンに巻きつけ、巻きつけた刀身で全身を削り取った。

 

「やった!?」

 

ゼロマルは叫んだがタイチはデジヴァイスの反応をみて目を見開いた。

 

「スレイヤードラモン、ゼロ、気をつけるんだ!こいつ、必殺技のデータまで取り込んでる!」

 

「なっ」

 

足元のデストロモンの残骸が全て生き物のようにうごめいていた。そしてゾンビのようにあらぬ方向につり上げられる。一網打尽にしたはずのデストロモンだったやつは無数の糸が互いが互いを補足して、たちまち新たな姿を獲得しようとする。

 

「させないね!Vブレスアロー!」

 

ゼロが残骸をもろとも吹き飛ばす。爆音が響きわたり、すべての残骸が一瞬で吹き飛んだ。そしてデストロモンを形作っている部位がその攻撃により崩れ始め、ぐちゃりと上半身と下半身がお別れした。

 

「いいかげんに消し飛べ!」

 

スレイヤードラモンが叫ぶ。違う方向から繰り出された大剣がワイヤーとなってしなり、デストロモンを絡め取り、幾重にも残骸を切断した。様々な部位で作り上げられていた張りぼては、完全に解体されてしまった。

 

「これで終わりだ!」

 

最後の一片をゼロマルが吹き飛ばす。目の前でベルゼブモンを取り込まれたことがゼロマルの逆鱗だった。よほど気が立っていたらしい。すさまじい集中力を発揮したゼロマルは、デストロモンの残骸がわずかに残っているのを見逃さなかった。

 

「今だ、ゼロマル、タイチ!これで邪魔者は無力化できたぞ」

 

「ああ、一気に行くぜ」

 

タイチたちの前に立ちはだかるのは、ベルゼブモンがクロノモンと呼んだ不気味なデジモンとテイマーの融合体だった。

 

クロノモンはゼロマルとスレイヤードラモンの行動がまるで分かっているかのように、その機動を読み切り、かわしてしまう。爆風にあおられて機動がずれ、スレイヤードラモンの得物は横の瓦礫を裁断してしまった。容赦ないゼロマルの必殺技がクロノモンに降り注ぐ。

 

目が吹き飛んだせいで射程がわからなくなったのだろう、あらぬ機動を走る手を無理矢理軌道修正すれば、クロノモンは一気にはじけ飛んだ。次は翼を狙えとタイチはゼロマルに指示を飛ばす。四肢と翼が弾け飛んだ。

 

悪臭漂うが視界は良好だ。移動手段を失ったクロノモンはもはや単純な行動しかしてこない。妨害を代行する手駒はもうない。盾もいない。近づくことしか能が無いでくの坊と化したクロノモンめがけて、ゼロマルは死刑を執行した。

 

その時だ。謎の光が走り、タイチたちはあまりの閃光に目がくらむ。光がやんだ時、クロノモンは忽然と姿を消していた。残されたのは黒い羽根だけだ。

 

「ど、どこいったんだ!?」

 

タイチの目の前に黒い羽が落ちてくる。みんな、上を見上げた。

 

地面が揺れる。壁が揺れる。すさまじい轟音が響き、内部で機械仕掛けの装置が作動したことがわかる。ガシャンと言う音が反響する。天井が一瞬にして弾け飛び、上空に穴が開いていたことに気づくのだ。

 

『合格おめでとう、お前は戦場で戦うに値する性能を持ったデジタルモンスターであることが証明された。次なる戦いに向けて、幸あらんことを』

 

録音された電子メッセージが垂れ流される。うへ、とタイチは顔をゆがめた。

 

「なんだよこれ」

 

「クロノモンの生産工場みたいだからな」

 

「まじかよ、早く追いかけないと!」

 

「ああ!」

 

ゼロマルとスレイヤードラモンは翼を広げる。そして真っ黒になったクロノモンをおいかけはじめる。

 

強い風が吹いている。今にも降り出しそうな曇り空だった。



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124話

ベルフェモンは夢を見ていた。

 

かつてデジモン誕生以前から存在する原始的なプログラムであったころの記憶だ。

 

非進化の概念だったころの記憶である。デジタルワールドの領域のさらに深部で眠りについていたが、デジモン達の進化により活性化しデジタルワールドを浸食し始めた非進化の概念は、世界の基準たる進化の概念に戦いを挑んだ。

 

原始のウィルスプログラムである。

 

自分自身の複写、又は自分自身を変更した複写を他のプログラムに組み込むことによって繁殖し、感染したプログラムを起動すると実行されるプログラム。

 

第三者のプログラムやデータベースに対して意図的に何らかの被害を及ぼすように作られたプログラムであり、 次の機能を一つ以上有するもの。自己伝染機能 自らの機能によって他のプログラムに自らを複製又はシステム機能を利用して自らを他のシステムに複製することにより、 他のシステムに伝染する機能。潜伏機能 発病するための特定時刻、一定時間、処理回数等の条件を記憶させて、発病するまで症状を出さない機能。発病機能 プログラム、データ等のファイルの破壊を行ったり、設計者の意図しない動作をする等の機能をもつプログラム。

 

特筆すべきなのは、他のプログラムを書き換える、といったプログラムがあったことだ。

 

仮想空間上で、ターゲットを上書きするプログラムであり、当初は生命の定義や人工生命の可能性についての研究―自身を複製できるものが生命なのか、生命が存在するために最低限必要なことはなにか(捕食対象の識別、あるいは自己と他者の認識や自己防衛とは何か)―を研究するための“仮想環境と生態系”として研究者に利用されていた。

 

やがてプラットフォームの更新による仮想機械や実行環境の整備、という工程を短絡させる形で現在の、『ネイティブなソフトウェア』としてのウイルスにその流れが引き継がれることになった。

 

元々プログラム的な存在なのでデジモンの力では対抗できても根絶することは出来ず、中級クラスでさえ完全体クラスのデジモンが歯が立たず、 最上級クラスだと究極体をも圧倒するほどであり、天敵と言って相応しい相手だった。そのためデジタルワールドでは無類の強さを誇り、選ばれし子供さえいなければ勝てていたのだ。

 

非進化の概念は悲願を叶えようとしている。現実世界に繋がるあらゆるネットワークから人間世界を解析し、データを落とし込み、あらゆるデータを蓄えた。すべてが単一の意思を共有しているのだ。

 

概念は意志を持たないはずだが、非進化の概念はもっていた。

 

地上の世界の鏡像のような世界にいきていたころ、人や妖精、神という種族が明確に分裂しておらず、非常に近い存在だと考えられていた時代の名残。デジモンがデジモンになるために捨ててきたもの。

 

人間がこの世界を統治することで霊地の壊滅的な被害を受け、故郷を追われ、物質世界の漂流を余儀なくされたものたちがうしなったもの。

 

本来、実体を持たない彼らは空気のようなものだ。物質世界である現実世界に存在し続けるには、器を用意しその中に精神体である己をそそぎ込む必要がある。その器の材料となるのが電気と相性がよかったために入り込むことができた機械の中であり、移動を可能にし自分たちの世界をつくりあげることができた。精神体である彼らだからこそ、できたものでもある。電気は電脳世界にいればいつでもどこでも供給された。

 

安定を得て文明を得た彼らが起源を求めるのはある意味当然の流れだったのかもしれない。霊的な存在からデジモンになった時点で致命的に相性が悪かったのが悲劇の始まりだったのである。

 

デジモンが自我を持つプログラムであるし、原始存在が魑魅魍魎を始めとした人類と共に生まれて共に生きてきた精神世界の隣人だから概念ですらないのかもしれない。生物の生存理由からも真っ向から対立するそれは万物に受け入れられるものではなかったのだ。

 

「ジュン......」

 

非進化の概念が分離して進化の概念と共にあることで存在しようとした結界生まれたパートナーという存在が目を覚ます。存在理由を奪われそうになっていることを思い出したのだ。

 

眠気を振り払うように頭を振る。意識がクリアになる。芝居の暗転のように意識が急速に切り替わる。時間がどこかで跳躍したみたいに、意識が覚醒したときには何もかもが既に起こってしまっていた。前置きもなく、状況はそっくり次の段階に移っていた。

 

起きろという焦燥感が頭の中で壊れた拡声器のようにわんわん響いていた。

 

ベルフェモンは突然目が覚めた。眠りと覚醒の中間的地域というものが存在しなかった。目を開けた時には既に覚醒の中枢にいた。頭の働きは完全に正常に復しているように感じられた。

 

すべての拘束具を弾き飛ばした。

 

本来ベルフェモンは千年に1度の周期で永き眠りから覚め、本来の姿を取り戻す。眠りから覚めたベルフェモンは怒りの権化と化し、視界に入るもの全てが破壊の対象となる。ベルフェモン レイジモードの咆哮を受けただけで、完全体以下のデジモンはデータ分解し即死するといわれており、究極体デジモンといえども無傷ではいられない。必殺技は、体に巻きついた鎖から発する黒い炎『ランプランツス』と、地獄の炎をまとった爪から繰り出される斬撃『ギフトオブダークネス』。なお、七大魔王を冠するデジモンに葬られたデジモンのデータは輪廻転生することなく、ダークエリアの中心へと送り込まれ、魔王たちの血肉となる。

 

すべてを思い出し、超究極体の遺伝子をぶち込まれていたベルフェモンのデジコアが変質し始める。

 

破壊衝動が増しながら、さらに直感が鋭くなり破壊する対象を見極めて潰していく。敵軍の中で希望となるデジモンをまず完膚なきまでに倒し、敵全体が持つ希望という心を破壊する。そうして戦意を失ったところを心行くまで叩き潰し、敵軍を壊滅まで追い込む。必殺技は怠惰の冠から力を漲らせ、真紅のエネルギー波を最大出力で爪から放つ『セブンス・ペネトレート』が炸裂した。ダークエリア最深部が一瞬にして壊滅状態になり、まだ生まれていなかったデジタマや死んだデーモンの部下たちが取り込まれ、ベルフェモンを強化していく。

 

翼を広げたベルフェモンはダークエリアから転移した。



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125話

それは、クロノモンというかつてこの世界の戦争で造られた人造デジモンの生産工場で起こった。

 

リリスモンはジュンと共にバルバモンに呼ばれてやってきたのだ。ジュンのデジモン図鑑にも載っていない古代デジモンである。デーモンの軍勢に新たな力とするためにジュンの力が必要だと言われたのだ。

 

「これがクロノモン?なんだかイメージと違うわね。クロノスがモチーフなのかと思ったけど、神じゃなくて鳥なんだ」

 

不思議そうにジュンはカプセルに浮かんでいるクロノモンを眺める。

 

「超究極体......あのデーモンが復活させたがってるデジモンとはまた別なのよね?」

 

「同じところに封印されておったが、どうも目的の個体じゃなかったようじゃのう」

 

「だからあたしが知らなかったのかな」

 

「お前さんはデーモン城地下でワシらの復活が最優先事項じゃったからのう」

 

「まあね。そっか、おかしいとは思ってたのよ。一体だけで戦況がひっくり返るわけないもの。やっぱり量産体制ができてたわけね。謎が解けたわ。これが昔の大戦の遺産なわけだ」

 

ジュンはじっとクロノモンを見つめている。

 

「クロノモン......ねんね?」

 

「そうね、ねんねしてるわね。起こしてあげないといけないからあたしがいるのよ」

 

リリスモンはうなずいた。

 

「クロノモンはテイマーの人格に触れることで善にも悪にもなるという。その謂れがほんとうなら、お前さんが触れたなら善でありながら悪にも加担するやつになるんじゃないかのう」

 

「人聞きの悪いこと言わないでよ。あたしはパートナーを人質にとられてるだけなんだから」

 

バルバモンは意地の悪い笑みを浮かべた。

 

クロノモンという超究極体デジモンは、テイマーの人格が邪悪に満ちていれば邪悪な姿に、正しき心に触れて究極進化したときには聖なる姿になるという。

 

ジュンは言われたとおり、クロノモンの前に手をかざした。そして。

 

「───────っ!?」

 

いきなりだった。クロノモンが眠るカプセルポットから幾重ものコードが伸びてきたかと思うと、いきなりジュンに襲いかかったのである。

 

「ジュン!」

 

悲鳴をあげたリリスモンが助けようとする。無数の蝶が舞い、コードを腐らせていくが追いつかない。あっというまにジュンはデータドレインされ、クロノモンのカプセルポットに吸い込まれてしまった。その腹部にむき出しになっている謎の空洞にジュンが現れる。リリスモンはバルバモンを睨みつけた。

 

バルバモンは高笑いする。

 

「超究極体のデジゲノムをぶち込まれたくらいで自分がなにものであるか忘れてしまった愚か者め!お前と一緒にするな!わしは当然のことをしたまでよ!」

 

バルバモンは思い出せとばかりにリリスモンにいうのだ。

 

七大魔王とは、悪魔・暗黒系のデジモン達の頂点に立つ七体の魔王型デジモンの総称だ。断じてテイマーと馴れ合うような存在ではない。

 

ダークエリアと呼ばれる、寿命を迎えたり戦いに敗れて消滅したデジモンが送られる冥界のエリアが存在し、その最下層コキュートスを根城とする。

彼らに葬られたデジモンは輪廻転生(デジタマに還元)する事なくダークエリアの中心へと送り込まれ、魔王達の血肉となる。

 

魔法陣や紋章の様な見た目をした“大罪の冠”を持っており、元ネタとなった七つの大罪の象徴悪魔や惑星記号などが描かれている

 

その余りに強大な力から、全ての平行世界に存在させる事で力を分散させているため、一つの世界に存在する七大魔王達を全て倒してしまうと世界から罰を受けるという。

 

バルバモンにそういわれてもリリスモンにとって、そんなことどうでもよかった。生まれたときから世話をやいてくれたジュンが目の前から消えてクロノモンに取り込まれてしまったという事実に発狂したのだ。

 

「返して!ジュン、返してー!!」

 

泣き叫ぶリリスモンの稚拙な攻撃などバルバモンには通用しない。

 

リリスモンはジュンを返せと憎悪に満ちた感情に駆られ、あまりに幼い心に嫉妬がうごめく。心の中の負を鮮明に感じる。抑えきれない情が燃えるように瞳を火照らせた。リリスモンは色の違う絵の具みたいにグニャアとなにかが混じり合うのを感じた。一刻の休息もなく癌のように増殖しつづける嫉妬の自家中毒となる。大釜のなかのコールタールのように、雨上りの噴煙のように、泥といっしょに湧き立つ熱泉のように、はげしく掻き立てた。リリスモンの自身の地底の怒りが噴火したのだ。

 

そして、バルバモンはリリスモンに倒されたが、クロノモンは起動し、リリスモンはジュンを取り戻せないまま敗北をきっした。

 

「なるほど。バルバモンの独断専行か」

 

ネオはデーモンからバルバモンが行方不明だと聞いてこちらの研究施設を訪れていたのだ。壊滅した研究施設でボロボロになっていたリリスモンを見つけ出し、肝心のジュンとバルバモンがいない。なにがあったのかと思えばクロノモンの暴走とは聞いて呆れる。

 

「放っておけといったのに、超究極体に手を出すからだ。手に負えないから手を出さなかったというのに」

 

ネオは治療されるまでもなく、バルバモンをデータドレインして治癒してしまっているリリスモンをみる。生贄が生贄を取り込んだだけだ。バルバモンのデータはリリスモンの中にあるのだから問題ない。問題はリリスモンはジュンのいうことしか聞かないということだ。まだ生贄にするには準備が必要である。

 

「たすけて、ジュンたすけて」

 

今恩を売ればいうことを聞くようになるかもしれない。

 

「いいだろう、助けてやる。ただし、忘れるな。これは貸しだ。いつか利子をつけて返せ」

 

「?」

 

「なんでもいうことを一回聞け、ってことだ」

 

「うん、わかった」

 

ネオは笑った。

 

クロノモンはジュンのパソコンまで取り込んでいるようだから、探すのは簡単だ。この世界とは明らかに違う電子反応を示す電子機器を探せばいい。ネオはリリスモンと一度デーモン城に戻り、巨大モニタからその場所を特定した。

 

その時だ。地下深くで爆発がした。なにかが揺れた。

 

「なにか、生まれたのか?七大魔王のデジタマが」

 

「ククク......どうやら他のデジタマはすべて食い尽くされたようだ。ベルフェモンめ、こちらの世界の自分も食べたようだ。ジュンの危機にパートナーの本能が目覚めたようだな」

 

デーモンの言葉にネオは言葉につまる。

 

「あれだけ強固な封印がされていたのに?」

 

「パートナーと選ばれし子供というものは想像以上に硬い絆で結ばれているらしい」

 

にしては落ち着いているデーモンである。ジュンとベルフェモンを拉致した時点で予測の範囲内だったのだろうか。

 

「おそらくベルフェモンはクロノモンのところに向かったようだ」

 

「ジュン!」

 

リリスモンが飛び出していく。ネオはその後をおいかけたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

遥か昔、雷神は牛の頭を釣り針に付け海に垂らし、大蛇を釣り上げようとした。大蛇は暴れ、岸には波が押し寄せた。 大蛇と雷神は激しく戦い、周りの水は巻き上がった。雷神は大蛇の頭に槌を打ち付けたが沈没を恐れた船乗りは針を外し、大蛇は再び海中へと戻った。

 

 

もし、この世界にデジモン黙示録が残っていたのなら、リヴァイアモンについてこうした記述が見つけられたにちがいない。

 

ベルフェモンがダークエリアの最深部を破壊して地上に出ようとした時、その地震に不快さを感じて怒りを覚えたのはダークエリアの海を泳いでいたリヴァイアモンだった。

 

その大きさのため、デーモンすら好き勝手させているレベルの大きさを誇り、収容することはできず、また将来に渡っても収容されることはない唯一無二の存在だ。なぜならデジタルワールドのどんな構造物も、SCP-169を収容するに足る大きさと強度を持たないからだ。

 

ゆっくりとした速度で移動して、彷徨っているだけのようにも見えたリヴァイアモンが激怒したとデーモン城の住人たちが知ったのは、津波が起こったからだ。海が割れるほどの振動である。それはリヴァイアモンの咆哮だった。

 

その巨大さゆえ海を泳ぐときには波が逆巻くほどで、口から炎を、鼻から煙を吹いた。リヴァイアモンが姿を現したのだ。口には鋭く巨大な歯が生えている。体には全体に強固な鎧をおもわせる鱗があり、この鱗であらゆる武器を跳ね返してしまう。その性質は凶暴そのもので冷酷無情。この海の怪物はぎらぎらと光る目で獲物を探しながら海面を泳いでいたのだが、空に敵がいるのだと気づいたのか翼を広げた。それだけで大地が裂け、海が割れ、空が歪んだ。天変地異にさらされたデーモン城はすさまじい地震と津波にさらされることになる。

 

リヴァイアモンは真っ直ぐにベルフェモンに向かう。互いに超究極体のデジゲノムをデジコアに組み込まれ、本来と大きく姿が変わっている。

 

さながら大怪獣の戦いだった。

 

 

ベルフェモンはジュンを助けるためにはやくダークエリアから離脱したいらしいがリヴァイアモンがそれを許さない。敵と見なしたベルフェモンは咆哮する。破壊衝動が増しながら、さらに直感が鋭くなっているようで、リヴァイアモンの破壊する対象を見極めて潰していく。まずは視界を奪った。完膚なきまでに叩きのめしたが、リヴァイアモンのさらなる激昴を呼んでしまう。その尻尾から繰り出される強烈な一撃を薙ぎ払うために怠惰の冠から力を漲らせ、真紅のエネルギー波を最大出力で爪から放つ『セブンス・ペネトレート』が炸裂した。

 

リヴァイアモンは翼腕が背中から生え、有り余るエネルギーを噴き出すことで飛行能力を得ている。陸海空は全てを喰らわんとするリヴァイアモンの餌場となっているのだ。不愉快な敵を餌にすることにしたらしい。触手状の尾で敵をまとめて串刺しにする『カウダ・モルティフェラ』がベルフェモンに防がれてしまい、分割した三つの顎で敵を噛み砕く『ロストルム・トリアデンス』が不発に終わる。しぶとい敵にリヴァイアモンの目がみるみるうちに変わっていった。

 

リヴァイアモンが内包する嫉妬のエネルギーが頂点に達し嫉妬の冠が輝いたとき、三本の角から超強力な雷『セブンス・ライトニング』を放たれた。軌道がそれ、そこにあった大陸が海に沈んだ。

 



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126話

ネオの目の前で、まさに最後の審判に相応しい虐殺が行われていた。それは本来終末論的世界観であり、世界の終焉後に人間が生前の行いを審判され、天国か地獄行きかを決められるという信仰である。

 

世界は善なる神と悪なる神の闘争の場として考えられており、最終的に悪が滅びた後で世界も滅び、その後、最後の審判が行なわれる。一神教以前に定義されていた最後の審判は、地上に世界の誕生以来の死者が全員復活し、そこに天から彗星が降ってきて、世界中のすべての鉱物が熔解し、復活した死者たちを飲み込み、義者は全く熱さを感じないが、不義者は苦悶に泣き叫ぶことになる。これが三日間続き、不義者の罪も浄化されて、全員が理想世界に生まれ変わる。この結果、悪人(不義者)は地獄で、善人(義人)は天国で永遠に過ごすことになるとされていた。

 

リヴァイアモンのモチーフたる神の創造物も本来はその最後の審判の時に目覚めて悪人を全て抹殺し、最終的に神に殺される役目をおっている。

 

それに準えるなら、リヴァイアモンのデータだけでなくリリスモン、デーモン、そしてクロノモンに吸収されたと思われるベルゼブモンを除いた平行世界の自分を含む4体もの七大魔王のデータを取り込んでしまったベルフェモンは間違いなく神にもっとも近い領域にいる。かろうじてベルフェモンの原型を保ってはいるものの、内部に渦巻く高濃度な反応はいつかベルフェモンのテクスチャを破壊するに違いない。

 

「おい、俺たちもベルフェモンを追いかけるぞ。クロノモンを探すなら奴を追いかけた方が早い。おい、リリスモン」

 

リリスモンはじっとベルフェモンをみていた。

 

「なにをしている」

 

「うらやましいのか」

 

デーモンの言葉にリリスモンはびくりと肩を震わせた。

 

「ジュンがこの世界にいて、お前の世話を焼いてきたのはあのベルフェモンのためだ。どう足掻いてもお前はパートナーデジモンにはなれない。ベルフェモンとジュンの繋がりは超えられない。哀れなものだ」

 

リリスモンの目じりに涙が浮かぶ。

 

「はやくしろ、ベルフェモンを見失うぞ」

 

後ろからすすり泣きが聞こえてくる。

 

「デーモンのやつめ、なんのつもりだ。今はそんな状況ではないという......」

 

そこまで考えて、ふとネオはリリスモンもまた生贄に過ぎないことを思い出すのだ。

 

「リリスモン」

 

「?」

 

「ひとつだけ、お前もパートナーになれる方法があるぞ」

 

「?!」

 

リリスモンが食いついた。

 

「このままいけばベルフェモンに取り込まれた他の七大魔王たちはベルフェモンの糧となり、パートナーになるだろう。いいのか?」

 

「やー!」

 

「なら、お前もベルフェモンと同じように取り込めばいい。一体化すればいい。核にベルフェモンがいても自我をのっとれば、リリスモン、お前がジュンのパートナーになれるんじゃないか?」

 

「と、りこむ?」

 

「そうだ。データを取り込むんだ。七大魔王の端くれならそれくらい出来るんじゃないのか?たとえばベルフェモンを殺してお前の糧にするのもありだな。殺したデジモンのデータは例外なく自分の自己強化に繋がるんだろう?バルバモンを倒した時のように」

 

リリスモンは瞬き数回、まじまじとネオを見た。

 

「そうだ、お前はもう既にできている。あとはやるか、やらないか。それだけだ。違うか」

 

「ちがわ、ない」

 

「だろう。ならばあとは行動に起こすだけだな」

 

リリスモンの顔がかがやいた。口からでまかせにも程があるが、悪意を読み取れないほど幼いリリスモンにはわからない。ありがとうと涙を拭い、ベルフェモンを追いかけるためにネオの後ろについてくる雛鳥並の精神性しか持たないリリスモンにネオは哀れなものだなと思った。

 

 

 

 

 

 

 

「ネオ、超究極体をつれていけ」

 

「なんだって?」

 

「腹が減ったらしい。本来餌にするはずだったデジタマごとベルフェモンが吸収したせいでそいつはひどく気がたっているからな。究極体がくいたいそうだ」

 

ネオはぎちぎちいいながら鳴いている超究極体の幼年期を見て冷や汗を浮かべたあと笑った。

 

「光栄に思え、お前には特別に超究極体の能力を見せてやろう。こいつはクロノモンといった試作の果てに出来た完成系なのだ」

 

デーモンが号令をかけると檻が出てきた。中にはホーリーエンジェモンが率いる軍の司令官と思われる究極体が入っている。

 

「見くびられたものだな。幼年期に私が食われるとでも?私はホーリーエンジェモン様から指揮を任された───────」

 

「見くびっていたのはお前の方だろう。ただのデジモンと侮っていたからたった一体の幼年期に軍を壊滅させられたのだからな」

 

「なっ!?ま、まさか、我が軍を壊滅させたのは......」

 

「そうだ。ネオに任せるまではこいつの能力を把握するためあらゆる戦場に連れて行ったが素晴らしい戦果をあげてきた」

 

にやりとデーモンは笑う。

 

「さあ、見ていろ。彩羽ネオ。お前がこれから育て上げることになる超究極体の真価はここにある」

 

檻の中に幼年期のピンク色のモンスターが投入された。天使の究極体デジモンは剣を向けて攻撃するがそいつは全てを飲み込み、そのたびに一回りもふた回りも大きくなっていく。だんだん恐怖を感じてきたのか、覇気がなくなっていく。やがて攻撃という餌がもらえなくなり、哀れな犠牲者にとびかかる。ピンク色のデジモンは牙を向いた。断末魔が響いている。0と1になり、データがすべて取り込まれてしまった。

 

「すごい......すごいぞ、なんだこいつは!?こんなデジモン見たことがない!」

 

あらためてこのデジモンの凄さを目の当たりにしたネオの目はかがやいた。

 

「このデジモンは他のデジモンの構成データを取り込むだけでなく、攻撃といった情報や聖なる力といったエネルギーまで取り込むことができるのか!」

 

「そう。そして更に強くなるのだ。際限がない。まさに最強というに相応しいとは思わないか?」

 

「そうだな。だからこそ俺はこの世界に呼ばれたし、このデジモンの育成を託された。まさしく俺にしか育てられないデジモンだ」

 

「やはり天才テイマーだけはあるな。話が早くて助かる」

 

「このデジモンを連れていくということは......」

 

ネオはニヤリと笑った。

 

「なにがおきても事故ということだな」

 

「そうだ、不幸な事故だ」

 

デーモンは見たことがない電子端末をネオに渡した。

 

「ジュンが持っていたプログラムをこちらが手を加えたものだ。現実世界でデジモンはこの中で過ごし、必要とあらば出てきたり、ネットの世界に侵入したりしていたようだ。デジファームというらしいな」

 

「ファーム......なるほど、複数のデジモンを育成するためにこの端末の中にデジタルワールドを模した仮想空間が集約されているわけか。この中に隠し持っていけというわけだな」

 

「超究極体のステータス的に考えて、すぐにプログラムを突破されてしまうのでな。専門のクラウドをいれてある」

 

ネオは目を見開いた。

 

「そこまでしなければならないのか......面白くなってきた」

 

クラウドは、従来は利用者が手元のコンピュータで利用していたデータやソフトウェアを、ネットワーク経由で、サービスとして利用者に提供するものだ。

 

利用者側が最低限の環境(パーソナルコンピュータや携帯情報端末などのクライアント、その上で動くWebブラウザ、インターネット接続環境など)を用意することで、どの端末からでも、さまざまなサービスを利用することができる。

 

これまで、利用者はコンピュータのハードウェア、ソフトウェア、データなどを、自身で保有・管理し利用していた。

 

しかしクラウドサービスを利用することで、これまで機材の購入やシステムの構築、管理などにかかるとされていたさまざまな手間や時間の削減をはじめとして、業務の効率化やコストダウンを図れるというメリットがある。

 

クラウドサービスでは、主に仮想化技術が使われている。仮想化技術とは、実際に存在する1台のコンピュータ上に、ソフトウェアの働きにより、何台もの仮想のコンピュータがあるかのような働きをさせることができる技術だ。

 

逆に複数台のコンピュータをあたかも1台であるかのように利用することもできる。

 

この技術により、利用者は、クラウドサービス事業者が保有するコンピュータの処理能力を、柔軟に必要な分だけ利用することができるのだ。

 

利用者から見て、インターネットの先にある自分が利用しているコンピュータの形態が実際にどうなっているのか見えづらいことを、図で雲のかたまりのように表現したことから、「cloud=雲」という名称がついたと言われている。

 

デーモン曰く、超究極体専用のインターネット経由での、仮想化されたアプリケーションサーバやデータベースなどアプリケーション実行用のプラットフォーム機能をつけたらしい。

 

いつのまにか檻は空っぽになっていた。ネオが端末を向けると超究極体の成長期は消えてしまう。中に入ったのか簡易な情報と画面が表示された。ネオはポケットにしまい、リリスモンと共にデーモン城をあとにしたのだった。

 



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127話

クロノモンを追いかけている途中、タイチたちはかつてデーモン軍の総司令官だったエテモンキーと遭遇した。デーモン城に入るために必要なタグをすべてタイチに奪われ、敗戦を重ねたことでいつしか姿を見せなくなっていたのだ。

 

「雪辱を晴らしに来たのか!こんなときに!」

 

ゼロマルは叫ぶ。今はそれどころではないと。

 

「わかってるぜ!だから俺様がお前らに情報提供しにきたって寸法よ」

 

「はあっ!?」

 

「ジュンには命を救われたんだ。罰として処刑されそうになった俺を助けてくれた。どさくさに紛れて逃がしてくれたんだ。そんなジュンがピンチだってんだ、助けに行かなきゃ男が廃るだるぉ?」

 

「エテモンキー......」

 

 

エテモンキーがタイチにもたらしたのはデーモン軍の内部告発ともいうべき重要な情報だった。

 

まずはとうとう超究極体が誕生してしまった。超究極体、世界の生態系のバランスを崩すほどの能力を持ち、通常の進化で育った場合、人間には制御不可能な怪物になるという存在。通常の進化で超究極体に達することが出来るのはその復活したデジモンのみだが、デーモンは他の究極体の魔王型デジモンの他、そいつを吸収することでこの進化体へと到達するつもりであること。

 

その復活した超究極体は、タイチのような人間がテイマーとして育成を任され、なおかつそのテイマーがエテモンキーの後任としてデーモン軍の総司令官に総司令になったこと。

 

「人間が!?」

 

「デーモンのやつ、ジュンだけじゃなくて他のやつまで無理やり召喚したのか!」

 

「いや、違う。そいつは自分から進んでデーモンに協力する気だぜ、タイチ」

 

タイチたちに衝撃が走った。エテモンキーはいうのだ。

 

「タイチくらいのテイマーだったぜ。たしか......名前は、彩羽 ネオ(さいば ネオ)」

 

「彩羽 ネオっ!?う、うそだろ、ホントにか!?ネオが!?なんでだよ!」

 

タイチは明らかに取り乱している。

 

「知ってるのか、タイチ?」

 

ゼロマルの問いかけにタイチはうなずいた。

 

「ネオは...... 彩羽 ネオは、俺の世界のD1グランプリで......デジモンバトルの大会で負け知らずのチャンピオンなんだ」

 

「えっ、つまり、タイチの世界で一番強いテイマーってことか?」

 

「ああ。でもなんで......なんでネオが......?ホーリーエンジェモンが呼ぶなら俺だけじゃなくてネオも呼ぶべきだったのに、なんでデーモンなんかに......!なにかの間違いじゃないのか?エテモンキー」

 

「いや、間違いないぜ。俺様はネオに殺されかけたんだからな」

 

「なっ」

 

エテモンキーはいうのだ。ネオが育てていたデジモンに粛清されかけ、そこをジュンに助けられたのだと。

 

タイチは信じたくない様子だが、やはりデーモンによって超究極体育成のため召喚された黒いデジヴァイス01を持つ天才テイマーなのは間違いなさそうだ。

 

現実世界では圧倒的で無敗を誇る凄腕のテイマーだったが、タイチと引き分けたことを屈辱としていたという。だから引き受けたのではないかとエテモンキーはいう。タイチに勝つことに執着しているのではないかと。

 

普段は冷静沈着な性格しているが、徹底した非情にして冷酷な合理主義者でパートナーの心理には見向きもせず、自分を邪魔する者達を平気で消している。

 

現実世界を憎み屈折した形で理想郷を作り上げようとデーモンを利用して超究極体を育成しているという。

 

「デーモンてたしか、感情に干渉して洗脳できたよな?まさか、ネオも?」

 

「誘導されてるってことか......」

 

「なるほど、ジュンと違って精神に干渉してもデジモンに影響受ける訳では無いからか」

 

「それだけじゃねえ。デーモンはさらにテイマーを呼びやがった」

 

「なッ!?」

 

エテモンキー曰く、ネオが超究極体の育成に専念するためにデーモンが呼び出した3人のテイマーがいるという。ネオの思想に賛同する、ネオの分身(エイリアス)の如き存在、タイチくらいの少年少女たちだという。いずれも究極体を操り、いずれタイチ達の前に立ち塞がることになるだろうとのこと。

 

「みんな、究極体......!」

 

まだ完全体であるゼロマルは息を飲んだ。

 

エテモンキーが教えてくれたメンバーは以下の通りだ。

 

まずはシグマ。常に仮面を被っていて、会話はキーボードと襟のスピーカーを使って行っている。相手のコマンドを全て把握できる仮面広場(マスクズ・スクエアー)で苦しめるピエモンの使い手。

 

次は豪徳寺 マリ(ごうとくじ マリ)。

ネットアイドル。猫をかぶっている策士。

 

そして、藤本 秀人(ふじもと ヒデト)

。デジヴァイス01を2つ所持し「無限ジョグレス」が出来る。は秀人のパートナーはウォーグレイモンのオーグとメタルガルルモンのメルーガのジョグレス体。

 

「まさか、オメガモン?!」

 

「そうだ、あのオメガモンだ」

 

「ま、まじかよ......究極体ばっかだな......しかも桁違いの強さだ」

 

「クロノモンも超究極体のプロトタイプだったらしいからな、一筋縄では行かねーぞ」

 

タイチたちは息を飲んだのだった。



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128話

「スキャン率をあげるぞ」

 

「ネオ様、俺におまかせを」

 

「カオスドラモンか......」

 

ネオはしばし考える。クロノモンとベルフェモンのデータが欲しい。それさえあればデジヴァイス01の機能で数値化されたステータスがわかるし、それをもとに作戦をたてることが可能となる。クロノモンとベルフェモンのデータのスキャン率をあげるには、防御力などはともかく、攻撃力のスキャン率をあげるには攻撃を受ける必要がある。

 

「リリスモンの防御力は低すぎる......だがお前にクロノモンやベルフェモンの攻撃をうけきる防御力はないだろう」

 

「そ......それは......ですが!」

 

「だが急務だな......」

 

ネオは両手のデジヴァイス01をみた。相手が完全体ならジョグレスと解除を繰り返して長期戦に持ち込めばワンチャンあるが、相手は究極体、しかも超究極体のデジゲノムをぶちこんだ正真正銘の化け物だ。超究極体を投入するのは最後の手段としても、やはりある程度のデータは欲しい。

 

「ネオ様!」

 

「なんだ」

 

「ならば、ならば俺にも超究極体のデジゲノムを投入してください!上手くいけば更なる強化が望めますし、倒したデータを取り込んで再構築し、自己強化が出来るならクロノモンたちのデータが確実に持ち帰ることができます!」

 

「本気か?」

 

「はい!ネオ様の役に立つことが出来ない今、足でまといにしかならないのは嫌だ。そんなのただのスクラップにすぎない。盾にすらなれないなら、せめて盾になれるくらいの力が欲しい。自我を乗っ取られるとしてもそれは俺が弱かったからに過ぎない」

 

ネオは笑った。

 

「あの時のグレイモンの時から随分と成長したじゃないか。いいだろう、自分から望んでジョグレスし、今のカオスドラモンになったお前なら超究極体のデジゲノムを投入しても使い物になるかもしれないな。やってやる」

 

「ありがとうございます!」

 

どこまでも献身的なカオスドラモンである。このまま超究極体の育成にネオが集中し始めたら、目を向けてもらうことすらできなくなる。超究極体の餌にするか、それともその存在を完全に忘れさられてしまうか。いずれにしても弱いからという理由で削除され、このデジタルワールドに流れ着き、数奇な運命の名のもとにふたたびテイマーに巡り会うことができたカオスドラモンにはどちらも我慢ならないのだった。

 

「クロノモンやベルフェモンとの戦闘を見込んで他の機械型デジモンの翼のデータも転送してやる。そこまで啖呵を切るんだ。せいぜい俺の役にたてるようなデジモンに進化するがいい」

 

デーモンの洗脳下におかれているネオにその献身はとどかないが、ネオはそのやる気を見込んでデジヴァイス01を起動した。そこに搭載されている支援アプリに超究極体のデジゲノムと機械型デジモンの翼のデータをいれ、カオスドラモンに転送した。

 

カオスドラモンは雄叫びをあげる。自ら構成データを分解し、新たなる力を獲得し、再構築する。デジタマが超究極体のデジゲノムに侵食されていくが、ネオのところで育成と転生を繰り返し、さらにこの世界で自己強化と進化と転生を繰り返してきたカオスドラモンはその脅威を逆に取り込み、自らの力にしたのだった。

 

失敗すれば即座に超究極体の餌にするつもりだったネオは、どうやらカオスドラモンが新たなる領域に足を踏み入れたことを知る。電子端末にあるデジモン図鑑というアプリが勝手に起動し、カオスドラモンのデータが更新されたと表示してきたのだ。

 

そこにはこう書かれていた。

 

同じく究極体のカオスドラモンと比べ、数倍のパワーと火力を発揮しているが、破壊的かつ自立的で扱い難く、使用者を選ぶ。“レッドデジゾイド”の重量でスピードを犠牲にした分、右腕の『カオスクラッシャー』で敵を捕らえて装甲をこじ開け、同腕部に格納された有機体系ミサイルを敵内部に直接撃ち込む『スーパージェノサイドアタック』を身に付けている。“レッドデジゾイド”のボディだからこそこの自爆的な恐ろしいゼロ距離射撃も可能である。

 

究極体の機械型デジモンの翼の設置も上手くいったようで、嬉しそうにカオスドラモンは咆哮した。

 

「これが超究極体の力......ッ!気を抜けば自我を乗っ取られてしまいそうだ!だが、その誘惑にさえうち勝てば、俺はどこまでも強くなれるッ!」

 

「まさか耐えきるとはな......見直したぞ、カオスドラモン。たしかにステータスに大幅な補正が入ったな。これなら耐えきれるか。いいな、カオスドラモン。お前の目的はクロノモンたちのデータをスキャンして持ち帰ることだ。履き違えるなよ、まだクロノモンもベルフェモンも倒してはいけない。あいつらはいずれデーモン......いや、超究極体の糧になるんだからな。殺すなよ」

 

「ネオ様......!」

 

カオスドラモンは感動したのか何度もうなずいた。

 

「俺がデーモンに協力するのは、この世界を滅ぼし、いずれ現実世界にも侵攻するという話に乗ったからに過ぎない。それができた暁にはこの世界の管理者権限をデーモンから奪い取り、この世界を掌握する。そして世界を変える。そのためにはひとりでも多くの手駒が必要だ。超究極体のデジゲノムに耐えきれるデジモンはそう多くはない。お前はその期待に応えて見せた。かつてのスクラップとは思えない戦果だ。誇れ、カオスドラモン。お前はこの俺に認められたんだからな」

 

「はいッ......!はい、もちろんです、ネオ様!」

 

「今回はスキャン率を高めるのが目的だ、助けに行くわけじゃない。ベルフェモンはジュンを助けるためにクロノモンを倒しに行くわけだからな。クロノモンを掌握すれば逆らわないはずだ。履き違えるなよ、カオスドラモン。クロノモンを捕縛するのは、最短かつ最低限の戦力でクロノモンとベルフェモンを手中におさめるためだ」

 

「わかりました」

 

「リリスモンもここまで頭が回るデジモンなら楽なんだがな......。やはり超究極体のデジゲノムをぶち込んだら自我が育たないのか。それとも生まれたときから究極体だから精神が幼いままデジゲノムの悪影響を受けたせいなのか。どのみち事細かに指示しないと使い物にならない。ジュンを助けに行くと言わないということを聞かないんだ。余計なことはいうなよ」

 

「わかりました」

 

カオスドラモンはうなずいた。そして、自分の戦力として頭数に入れて貰えたことで、ようやくこの世界にやってきたネオがなにか目的があるからデーモンの味方をしているのだと知って歓喜した。期待に応えたからそれ相応の待遇でもって迎えられたのだ。

 

デーモンに洗脳されていると思われるネオの真意がどこまで歪められているのか心配だったが、どうやらネオ自身に精神干渉を受けているという自覚はないらしい。今のネオはストイックに強さを求め続けるかつてのネオそのものだったからだ。ゆえにこの会話もおそらくはデーモンに筒抜けだろうことは火を見るより明らかだった。

 

ネオが自分を取り戻すためにも、自分に出来ることを模索しながら、今度こそ最後までネオのデジモンでいることをカオスドラモンは強く誓ったのだった。

 

そして、先導するリリスモンの指さす先にクロノモンがいることを知ったカオスドラモンは気合いを入れるのだ。

 

そこにいたのは、ネオのもつ電子端末がアラームを発するほど異常値をたたきだす超究極体がいたのである。



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129話

タイチたちが見たのは、クロノモンと戦うリリスモンと見たことも無い真っ赤な究極体と思われるデジモン、そしてその指揮を執るネオの姿だった。

 

「リリスモン!」

 

リリスモンがネオのいうことを聞いている。

 

「ジュンッ!いま、たすけるッ!」

 

ファントムペインにより、クロノモンは毒状態になった。明らかに精彩をかきはじめる。

 

カオスドラモンと呼ばれたデジモンはネオが育て上げたデジモンに違いない。多数の部下たちを一斉に総動員して指揮を執り、 情報を収集して敵の居場所を見つけるとそこに全戦力を集中するという組織力と統率力をフルに生かした戦法を披露している。

 

さらにネオが頭の回転にも優れているために的確な指示を飛ばすものだから、一進一退の攻防を繰り広げていた。

 

爆発で起こった熱気でクロノモンの黒い翼が焦げる。地響きがして、はるか向こう側で黒煙の柱が立ちのぼった。

重々しい響きとともに、黒い煙が一すじ薄くなびいていく。

 

アルミ箔のように破れて炎を噴き、炎はさらに巨大化して、天に向かって猛々しく咆えていた。

 

ぐわうんと空間を破壊して、炎と猛炎が、一丈も噴騰した。 火と、焼け土とが、滝となって、ざっと落ちてきた。

 

 

一瞬何が起こったのかわからなかった。 ちょうど雷のように、光と音がほんの少し違和感をなしてずれたような感じだった。向こうの角に見えるビルの上が明るくなり、急に火が出て、鈍い音と共にガラスの破片がスローモーションで闇に降りそそいだのだ。  

 

不謹慎だけど、花火みたいだった。

 

空間が震えるほど重い地響きが伝わり、高射砲の炸裂する音がパアン、パアンと聞こえてきた。空を遠雷のような唸りを伴った砲声が渡る。喊声と砲声と銃声とが、怒涛のような響きとなって聞こえてくる。

 

砲煙が綿のようにわきおこって、ミサイルがトビウオの群れのように大陸間を盛大に飛び交い、流弾が時折り蚊のような音を立てて頭上を通り過ぎる。

笛のような音を立てて流弾が飛んで来る。

 

高射砲が花火の炸裂するような音を立て、砲台は七つの頭をもった神話の怪物のように、斬っても斬っても新しい頭をもちあげてくる。砲弾は繻子(しゅす)の帯でもしごくような、しゅるしゅるという音を立て、黄塵を捲き、

終止符のように、はっきりと哨舎の天を破る音が聞えた。

 

花火のように赤い曳光(えいこう)弾が音もなく飛んで来る。

 

その煙幕が晴れていった先で、タイチたちは無傷のクロノモンを目撃することになる。

 

クロノモンはカオスドラモンたちの一斉攻撃でもノーダメージという驚異的な防御力、 を見せつけた。

 

「物理攻撃は効かないか。ならば」

 

一斉にカオスドラモンたちの軍勢が左右にわかれていく。その先には膨大なエネルギーを集束し、蓄えているリリスモンがいた。アゲハ蝶のような美しい翼から7色の光が溢れたかと思うと、頭の冠にある謎の紋章からもビームがクロノモン目掛けて放たれた。

 

「───────......ッ!」

 

クロノモンのコアに幽閉されているジュンは目を覚ます気配すらない。タイチたちは究極体の激突に遠くから見ていることしか出来なかった。

 

そして、タイチたちがいることに気づいてはいたが、意識を向けるほどネオには余裕がなかった。クロノモンはネオの想像を遥かに凌駕する性能の持ち主だったのだ。

 

今のクロノモンは悪しき心に触れて究極進化したデストロイモードであり、破壊だけを求め何物であろうと制御することは不可能な状態だと電子端末が伝えてくる。

 

「......ジュンを取り込んだ癖にデストロイモードなのか。ホーリーモードの方が相応しいと思うが」

 

クロノモンが善良なテイマーの精神にふれたとき、真っ白な鳥のようなデジモンになり、いま戦っているデストロイモードより強くなるらしい。だが、この姿はどうみてもデストロイモードだった。ジュンはどちらかというと善良なテイマーにあたる印象だったネオは不思議でならない。

 

どの道疑問はあとだ。リリスモンとカオスドラモンの力をもってしても、クロノモンのコアに取り込まれたジュンを取り出すのは難しそうなのだから、ベルフェモンを手中におさめるためにもクロノモンを沈静化させて捕獲する必要がある。

 

クロノモンの攻撃をわざと受けるカオスドラモンを見ながら、ネオは精神力を回復するアイテムを使用した。リリスモンにも指示して味方陣営全体の状態異常と体力を全回復させる。ここで死なれるとネオたちまで死ぬ可能性がある。動く盾には役立ってもらわなければならない。

 

「スキャン率......100パーセント。よし、これでいい。カオスドラモン、ベルフェモンが近づいてきた。スキャンの作業に入れ」

 

「はッ!」

 

「リリスモン」

 

「なあに?」

 

「ベルフェモンが来た。これが最初で最後のチャンスだろう」

 

いわんとしていることを察知したのか、リリスモンはうなずいた。そしてベルフェモンの前に立ち塞がる。ネオは電子端末を構えた。

 

そして、クロノモンが自己修復機能を発動させ、真っ白な球体になっているのを前に、リリスモンとカオスドラモンの軍勢がベルフェモンに立ち塞がる。ベルフェモンはパートナーを助けたい本能のままに攻撃を仕掛け、それが激しい空中戦の幕開けとなった。

 

「お前がベルフェモンを取り込んで融合するとしても、ベルフェモンに殺されて逆に取り込まれたとしても、ジュンのパートナーの1部になるのはかわらない。喜べ」

 

ネオはなんの躊躇もなく超究極体の成長期を電子端末から解放してしまう。超究極体は嬉嬉としてクロノモンに襲いかかろうとして、それを察知したのかベルフェモンが破壊光線を放った。その一撃がリリスモンの翼を貫通する。ベルフェモンの視界にはクロノモンとクロノモンを害しようとしている超究極体しか映らない。リリスモンはなおも立ち塞がり、突撃するベルフェモンの攻撃を受けてしまう。カオスドラモンが跳ね除けるが、その隙間を縫ってベルフェモンは進軍してしまった。

 

リリスモンが味方に回復魔法をかける。そして後ろを振り向き、ようやく超究極体がクロノモンを襲っていることに気づくのだ。リリスモンの悲鳴が上がる。どうやら頭がいっぱいでネオがやらかした事が一切わからなかったらしい。

 

「ネオ、どうして!?ジュン助けるって、いったのに!」

 

「俺はなにもしてないさ、なにもな」

 

スキャン率がどんどん上がっていく。超究極体同士の争いは激しさを増し、貴重なデータがどんどんネオに集まっていく。

 

「こいつが勝手にクロノモンを攻撃してるだけだ」

 

しれっと答えるネオにリリスモンは攻撃しようとしたが、カオスドラモンがそれを封じる。そして、ベルフェモンはジュンを守るために一体化しているクロノモンを庇うように攻撃し始める。超究極体はそれすらも取り込んでどんどん肥大化していく。

 

リリスモンはようやく自分がなにをすべきなのかわかったようで、泣きながらベルフェモンに加勢した。

 

「......よし、スキャン完了だ」

 

「はい、ネオ様」

 

デーモンが作りあげた専用の育成プログラムをまだ成熟期の超究極体は突破できないらしい。光の触手が超究極体を取り込み、一瞬にして姿を消してしまった。残されたのは自己修復機能が完了して完全体となったクロノモンデストロイモードと満身創痍のリリスモン、ベルフェモンである。

 

「ごめんなさい......ごめんなさい......」

 

泣きながらリリスモンが最後の力を振り絞ってベルフェモンを回復する。そして、クロノモンからジュンを助けるようお願いして自らベルフェモンの糧になるべく力を使い果たしてしまった。0と1にとけていった光はベルフェモンに吸収されていく。

 

「......」

 

ベルフェモンの瞳に光が宿る。

 

「私のパートナーになにをしているのですか?断じて許せませんね、さあどうしてくれようか」

 



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130話

「ベルフェモンの様子が......?」

 

それに気づいたのはタイチだった。クロノモンと戦闘を繰り広げているベルフェモンの挙動があきらかに変わったのだ。

 

今までは闇雲に倒そうとしていたが、今は明確な意志を持って攻撃している。それはクロノモンの腹部に露出するコアの中に閉じ込められているジュンの回りを侵食する鎖、もしくは周りのパーツを攻撃しているように見えた。

 

連射される攻撃が煙幕をはる。視界が不良になる。

 

クロノモンの絶叫が聞こえた。

 

そして。

 

「コアが!」

 

「ジュンッ!」

 

すさまじい勢いで巨大な球体が落ちていく。クロノモンの腹部にあったコアがベルフェモンの猛攻、そして攻撃されて破損したデータがベルフェモンに還元されてしまうせいで自己修復が間に合わず切り離されてしまったのだ。ゼロマルが飛翔する。タイチが手を伸ばす。コアが大きすぎて落下速度に追いつけない。距離があまりにもありすぎた。

 

抉られた台地が目前に迫り来るのも構わずタイチは手を伸ばした。その時だ。

 

コアの内側から眩い光が溢れ出し、ヒビがはいり、巨大なヒビとなり、そして砕け散った。その光はジュンが持っていたデジヴァイスが光源であるとタイチは悟る。その光はジュンを守るように包み込むとなにやら結界のようなものが展開した。落下速度は変わらない。その光はやがて空高く貫通する光の柱となる。

 

落下速度が緩やかになった。おかげでなんとかゼロマルとタイチはジュンを保護することに成功する。

 

「ジュン、ジュン、おいジュン、大丈夫かッ!?」

 

揺さぶっても起きない。

 

「おいってば!あの真っ黒なデジモンがお前のデジモンなんだろ!?お前が死んだらお前のデジモンも、お前の世界もやばくなるんだろ!?絶対に死ねないっていったのはジュンじゃないか!しっかりしろ!!」

 

「......ッ!」

 

身動ぎした。タイチは顔をのぞきこむ。うっすらと目が開いた。

 

「ジュンッ!」

 

「た......タイチ君......?あれ......ゼロマル......?なんで、あたし、ここに......?」

 

「よかった、目が覚めたんだな!なにがあったのか聞きたいのはこっちだよ!クロノモンていう古代の戦争で使われた人間を中に入れて起動するデジモンの中に入れられちゃったみたいでさ、よかった」

 

「!!そうだわ、あたし、バルバモンに......!!」

 

「ベルフェモンがコアと切り離してくれたんだぜ。ほら、戦ってる」

 

ジュンは飛び起きてゼロマルに捕まりながら空を見上げた。コアを失い、暴走状態になったクロノモンとベルフェモンが戦っている。

 

 

「ベルフェモンッ!」

 

ジュンの叫びに呼応してデジヴァイスがまた輝いた。青く紫帯びたデジヴァイスの画面に言葉が表示される。

 

LEVEL-666 SYSTEM:BELPHEGOR CODE:SLOTH

 

「LEVEL-666 SYSTEM:○○(元となった大罪の悪魔名) CODE:○○(司る大罪の英名)」

 

そして、ベルフェモンの司る原罪に対応した惑星を模した紋章が輝いた。そして、デジヴァイスにあったリミッターがすべて解除され、ベルフェモンは全盛期の力を取り戻す。

 

ベルフェモンは咆哮した。ビリビリとした振動が世界を振るわせた。

 

 

「ウインドガーディアンッ!」

 

ゼロマルが翼で風を巻き起こし、クロノモンの波状の遠距離攻撃を吹き飛ばす。

 

「今だ!」

 

ベルフェモンは怠惰の冠から力を漲らせ、真紅のエネルギー波を最大出力で爪から放つ。

 

「セブンス・ペネトレートッ!!」

 

「シャイニングVフォースッ!!」

 

ゼロマルもクロノモンに光属性の威力をもつ物理攻撃を放った。そして自身の活性化したデジゲノムがさらにゼロマルの素早さを上昇させ、さらにもう一撃たたきこむ。

 

形成は逆転した。

 

「グウアアアアァァァァァッッ!」

 

激しい戦いの末、クロノモンデストロイモードは断末魔と供に消滅した。そのデータはすべてベルフェモンに還元されていく。ベルフェモンのもつ紋章の周りにいくつもの紋章が浮かんだ。

 

「ふむ......どうやら意図せずデーモン以外の七大魔王全てのデータが私の所に集まったようですね。今までになく力があふれてくる」

 

「か、勝ったのか......?」

 

「助太刀感謝いたしますよ。ジュンを助けてくれてありがとうございます。そして保証しましょう。すべては私の骨肉となった。ゆえに逃亡はありえないし、転生もしていない。間違いなくクロノモンは倒しました」

 

「や…やったぁ~っ!!」

 

「なんかすっごい礼儀正しいね、ベルフェモン!?デジモンは見かけによらないなあ」

 

「逆に威圧感あるけどな!そーだ、はじめまして。お前がジュンのパートナーのベルフェモンだよな?俺はタイチ。ヤガミタイチ。ホーリーエンジェモンに呼ばれてこの世界を救うために召喚されたテイマーなんだ。そんでこいつがゼロマル」

 

「よろしくね、ベルフェモン。助かってよかったね。ジュン、ずっとデーモンに捕まってたんだよ?僕らがなにをいってもデーモンの協力やめようとしないから心配してたんだ」

 

「おやおや、私としたことがそんなことになっていたのですね。ありがとうございます、タイチ、ゼロマル。そして、ジュン、ご心配おかけしてすいませんでした」

 

「ホントよ......ホントに無事でよかったわ......でも待って?七大魔王のデータがって、リリスモンは?」

 

「ああ......彼女は私を回復させるために全てを使い切り死んでしまったようです。可哀想なことをしましたね。なにを吹き込まれたのか、私を取り込めばパートナーになりかわれると思っていたようですが、どうやらジュンを助けてクロノモンを倒すには自分では無理だと悟ったようだ。途中で仲間が離脱した時点でリリスモンに勝ち目はなかったのでしょう」

 

「仲間?」

 

「そーだ、ネオのやつ途中で離脱しちゃったんだよ!あいつがいなくならなかったら、リリスモンも死なずにすんだのに!」

 

「えっ、ネオ君が?」

 

「そうなんだよ。ネオのやつ、真っ赤で強そうな機械型デジモン連れてたし、軍勢率いてたのにさ。なんか気持ち悪いピンク色のデジモン召喚してから色々変だったな、そういえば」

 

「ピンク色?」

 

「うん、そうなんだよ。成長期くらいのくせにクロノモンと互角に戦っててさ、ネオの育成力はほんとにすごいよな」

 

「違うわ」

 

「へ?」

 

「きっとネオ君はクロノモンやベルフェモンのデータが欲しくて、わざと戦いに参加したのよ。超究極体のサンプルも得られるから」

 

「..................は、はあああッ!?超究極体ってあのデーモンが蘇らせちまったっていうあれ?」

 

「そう、あれよ。私が最後に見た時はまだ幼年期だったけど......成長期になっちゃったのね。あいつは攻撃をはじめとしたあらゆるデータを糧に体の分解と取り込みと再構築を繰り返して際限なく強くなっていくデジモンの原子データみたいな存在なの。デジゲノムの時点で自我があったんだから恐ろしいものだわ」

 

ジュンの言葉にタイチたちは空いた口が塞がらないのだった。

 



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131話

ジュンはタイチたちに連れられてホーリーエンジェル城に案内された。

 

「はじめまして、ホーリーエンジェモン。私はジュン。本宮ジュンよ。タイチ君から話は聞いているかもしれないけれど、平行世界のデジタルワールドを救うために召喚されたことがあるテイマーでもあり、選ばれし子供という特殊な関係をもつ人間でもあるわ」

 

「ようこそ、ジュン。タイチから話は聞いていたよ。心配していたんだ、よくぞ無事だったね。ところでパートナーは七大魔王のベルフェモンだそうだが、見当たらないな。まさかホーリーエンジェル城の結界から入れないから待機しているのかい?」

 

「私になにか御用ですか?」

 

ジュンはノートパソコンを広げた。

 

「ここにデジファームっていうデジモンを育成するためのプログラムが組まれているの。基本的にベルフェモンはここで待機してもらっているわ」

 

「なるほど......君はテイマーでもあり、プログラマーでもあるのか。デーモンが誘拐するはずだ。私が君をタイチに案内してもらったのは他でもない。デーモンがなにをたくらんでいるのか、聞かせて欲しいからなんだ。この世界を手にして現実世界を侵略するだけでなく、もっと大きなことをデーモンはしようとしている気がしてならないから」

 

ジュンはうなずいた。

 

「どこまで本心かはわからないけれど、私が聞いた話で良ければデーモンの目的について話すわね」

 

ジュンはまず七大魔王について話を始めた。

 

「デーモンは生まれた瞬間から定義づけられている七大魔王という存在そのものを憎悪しているの。セキュリティシステムの権限を奪っても、平行世界のデジタルワールドに干渉しても、これを根底から覆すことは出来なかった。だから気づいてしまったようなの。この世界のあり方を根本から破壊しなきゃむりだって。だから、おそらくデーモンはデジタルワールドの根幹にあたるサーバをさがしているんだわ。それが現実世界なのか、はるか過去のデジタルワールドのサーバなのか、わからなかった。私のきたデジタルワールドは、過去のデジタルワールドのサーバにアクセスする権限がのこっていたから、本格的に侵略するために拉致したのかもしれないわ。ネオ君は現実世界を侵略することに共感しているようだから、まだ方法までは模索中みたいなの」

 

「なんかスケールがとんでもない話になってきたな......」

 

「無理もないわ、今、私たちはまさに最終決戦に臨む直前だったから」

 

「!」

 

「それはどういうことだい?」

 

ジュンは話し始めるのだ。

 

原始のデジタルワールドにおいて、《進化の概念》と《非進化の概念》が争い、代理戦争が繰り広げられたこと。その戦いに貢献した5人のテイマーのこと。そのひとりがジュンの友達で、その友達のパートナーデジモンが特殊な生まれのせいでデジタルワールドに受け入れてもらえず絶望のあまり何度も世界を滅ぼそうとしていて、《非進化の概念》に操られていること。それを救うための戦いのさなかにジュンはデーモンに拉致された。

 

「《非進化の概念》は死んだデジモンたちの感情といったデータを実体化させては私たちの前に立ち塞がってきたの。闇でもない、光でもない、自分を神と自称するデジモンの皮をかぶったなにかと決着をつけるには、いつか過去のデジタルワールドにいかなきゃいけなくなる。セキュリティシステムの人と話をしたことがあったから、たぶんデーモンはそれを狙っているんだわ」

 

「原始のデジタルワールドか......デーモンが君の世界のデジタルワールドに干渉できるということは、こちらと始まりの世界は同じだったんだろうね。なるほど......つまり、デジモンは現実世界のサーバにデジタルワールドのサーバがないとわかったら、原始のデジタルワールドにいって歴史を改変してしまうかもしれない。そういうことだね」

 

「《非進化の概念》は《進化の概念》を前提に発展してきたすべての世界を否定したがってるから、あなたたちもただではすまないわ」

 

「消滅......いや、ちがうな。ある日突然消えるってこともありそうだ。今のデジタルワールドを否定するということは、存在そのものを認めないだろう。消滅は免れても、今とは根本的にちがうなにかになってしまう可能性が高いということだね」

 

ジュンはうなずいた。

 

「えーっと......つまり?よくわかんないんだけど、デーモンは生まれたときから弱いって決めつけられてるのがムカつくから、決めつけられる前の姿に戻りたがってるってことか?」

 

「ええ、そうよ、タイチ君。七大魔王ってあまりに力が強すぎるから、生まれたときから勝手にデータを分割されて平行世界のデジタルワールドにおくられちゃうから、何百分、いや何万分の一くらいの力しかないのよ。それを壊すには七大魔王って設定が生まれるまえにいって、七大魔王って設定を書き換えるしかないってデーモンは考えているの」

 

「うへえっ、ただでさえ強いのに全盛期の力じゃないってなんだよそれ」

 

「この世界ではどうかしらないけれど、私のきたデジタルワールドでは七大魔王は《非進化の概念》が実体化するために寄生していた死んだデジモンたちの感情や想いのうちウィルス種のデジモンたちのデジゲノムが凝縮したものだったわ。それを受け入れるために7つに分割して生まれたデジタマから誕生するのが七大魔王と呼ばれることになる。だからデーモンはそれをもとにすべての七大魔王の力を吸収して、まずはウィルス種最強のデジモンとしてあるべき姿に戻ろうとしているはずだわ」

 

「えっ、でもそれって今のベルフェモンがいちばん近いんじゃ?」

 

「そうね、タイチ君のいうとおり、デーモン以外の七大魔王のデータを結果的とはいえ取り込んでしまっているベルフェモンがいちばん近いわ。だからこそ狙われる可能性が高いし、そうなったらこの世界は終わるし、そのまま原始のデジタルワールドに飛ばれたら完全に詰む」

 

「ひええ......恐ろしい話だなあ」

 

「現実に起こってる話だもんな、うへえ。俺が知らないうちにとんでもないことになっちゃったんだな。でも、そのかわり、ジュンがいるんだ。ベルフェモンだっている。なにも知らされないままだったらやられる一方だっただろうけど、情報戦だけならフェアになったぜ。作戦さえ立てればどうとでもなるって。な?」

 

ゼロマルとふたりでデーモンたちと戦い、勝利を収めてきたタイチの言葉は誰よりも説得力があった。

 

「ジュンたちまで敵に回られてたら完全に詰んでたんだ。よかったじゃないか、まだチャンスはあるんだぜ?」

 

「そうね、あたし達も助けてもらった恩は必ず返すわ。出来うる限りの協力はさせてもらうからよろしくね」

 

ジュンの言葉にホーリーエンジェモンはうなずいた。

 

「君がプログラマーだというなら話ははやい。さっそくなんだが、古代の大戦で使われたこの古城のセキュリティシステムについてわからないことがあるんだ。教えてもらえないだろうか」

 

「わかったわ、案内して」

 

ジュンたちはホーリーエンジェモンにつれられて、この城の地下に足を踏み入れたのだった。



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132話

「あなたがジュンさんですか!?」

 

「え?ええ、そうだけど。あなたは?」

 

「私はレイ、彩羽レイといいますッ!」

 

「彩羽?ま、まさかネオ君の......?」

 

「お兄ちゃんのこと知ってるんですか?!」

 

「お兄ちゃんてことは妹さんね?どうしてここに?」

 

「実は、お兄ちゃんが1週間前から行方不明になってて、最後にみたのがパソコンの前だから調べたら......」

 

「俺が最後のタグを手に入れるとき、ネオと戦ったんだ。そのとき、現実世界に繋がるゲートを開いてデスモンをネオが解き放とうとしたから、それがネオんちのパソコンと繋がっちゃったみたいなんだよ。この世界は危ないからっていったんだけど聞いてくれなくてさあ」

 

タイチは困り顔だ。たしかにデーモン軍との全面戦争を控えた今、テイマーでもない人間のレイがいても危険しかない。でもレイは頑としていうことを聞かないようだ。

 

「私の......私のせいなんです」

 

「どういうこと?」

 

「私が交通事故になんかあうから......」

 

レイはよほど追い詰められていたのか、泣き出してしまう。ジュンはあわててレイのところにかけより、慰めてから事情を聞くことにした。

 

事の始まりはレイが交通事故にあい、両足が動かなくなってしまったことだという。今はピンピンしているし、普通に歩けているが、現実世界では怪我のせいで足を動かす機能そのものが死んでしまったせいで車椅子なのだという。今の技術ではどうしようもなく、これ以上動かなくならないように現状維持のリハビリしかできない。友達や家族には心配をかけないよう気丈に振舞ってこそいたが、レイは兄であるネオにだけは弱音をはいていたという。ネオはお兄ちゃんに任せろ、何とかしてやると励ましてくれた。レイはそれが元気づけるための優しい嘘だと思っていたが、どうやらネオは本気だったらしい。

 

1週間前から様子がおかしいと両親から聞かされ、心配していた矢先に行方不明になったと聞かされたのだ。思い当たる場所はどこにも無く、レイは警察などの対応に追われる両親の代わりに家にいた。レイに出来ることはなにもなかったが、失踪直前の兄がなにを考えていたのか知りたくて部屋の中を探していたら、パソコンが目に止まった。

 

兄がデジモンというモンスターを育成して戦わせるゲームにハマっていて、大会に出るくらい強いのは知っていた。失踪したのも全国大会の決勝戦の会場からだと両親から聞いている。なにか失踪のヒントはないだろうかと調べていたら、見知らぬアドレスが添付されたメールをみつけた。兄は頻繁に連絡しているようだった。でもどこの誰だかわからなかった。なぜなら、文字化けしていたからだ。

 

「これです!」

 

レイが指さしたのは、ジュンがこの城のセキュリティシステムを完全に起動するために展開していたプログラムである。それはデジ文字でかかれており、ローマ字や英語をアレンジしたものだという知識がなければ読むことすら出来ないだろう。

 

「これ?この字で書かれていたの?」

 

「はい。そっか......あれ、文字だったんだ......文字化けだと思ってた......」

 

レイは兄がデジモンの大会に出るために出かける直前見ていたと思われるメールにあったアドレスをコピペしてネットで検索しようとしたらしい。該当のサイトがあればそこから兄の行方がわかるのではないか、と踏んだのだ。

 

そして。

 

「ホームページはありました。でも、リンクも文字もなにもなくて、ただ動画がひとつだけあったんです。それを見ていたら、銀行にありそうな頑丈そうな扉が出てきて、それが開かれたとき、真っ白な光に目がくらんで、いつの間にかこの世界にいたんです」

 

「そんで、クワガーモンのコロニーに迷い込んじまって、追っかけられてたわけだな」

 

「うん、そうみたいなの。助けてくれてありがとう、タイチ君」

 

「えへへへへッ!ま、いーってことよ!しっかし、気づいてよかったよ。あのままデーモン城に向かう途中で気づかなかったら、今頃死んでたかもしれないもんな」

 

「うん......。私、お兄ちゃんがデジモンを育ててるの横で見たことしかないから......。なにがデジモンで、なにがデジモンじゃないかすら、よく知らないし、わからないことだらけだから、ほんとに怖かった。右も左も言葉が通じないモンスターだらけだし、言葉が通じるモンスターは見たことない姿してるし......。人間に会えてほんとによかった......」

 

本当に怖かったのだろう、レイは安堵の息をはいた。今でこそ落ち着いているものの、それはタイチやジュンがいて、デジモンたちが仲間であり、味方であり、怖い存在ではないと知ることか出来たからこそだ。

 

「そっかあー、俺たち、初めっからデジモンのこと知ってるもんな。なんにもわかんなかったら怖いに決まってるか」

 

「お兄さんがこの世界に来たことしかわからないものね。最初に会えたのがタイチ君でよかったわね、レイちゃん。ネオ君は今、デーモンの軍の総司令官をしているの。なにも知らないデジモンたちが知ったら、なにをされたかわからないわ。あたし達だからこそ、ネオ君はなにか事情があってデーモンに味方しているんだろうってわかるけど、普通はそんなことわかんないもの」

 

「お、お兄ちゃんが......?そんな......どうして......」

 

「それはたぶん、レイちゃんの足がこちらの世界だとなんともないことと関係あるわね」

 

「えっ」

 

「普通、パーソナルデータはデジタルワールドに呼び出した存在が厳重に管理して、勝手に書き換えできないようにしているものよ。もし現実世界に帰る時にその構成データにバグがあったら、なにか不具合が起きて二度と帰れなかったり、死んじゃったりするかもしれない。でも、レイちゃんはあってはならないことが今まさに起きてるわ。それは、レイちゃんの構成データが初めから弄られていたからよ。ネオ君はいずれあなたをこの世界に呼ぶつもりで準備していたとしか思えないわ」

 

「お兄ちゃんが......?」

 

「ネオ君はデーモンの召喚に応じたから、非正規に呼び出されたせいでパーソナルデータのセキュリティシステムが正常に働いていないのよ。レイちゃんもね。それが抜け道。きっとこのまま今のアバターを上書き保存することになれば、現実世界でもレイちゃんは歩けるようになるわ」

 

「!!」

 

「でも、今のデジタルワールドはデーモンがセキュリティシステムを掌握しているせいで、現実世界に帰還するときどんなバグを仕込まれるかわかったものじゃないわよ」

 

「た、たとえば......?」

 

「デーモンはね、構成データを書き換える力があるのよ。だから洗脳したり、思考を誘導したりできるの。レイちゃんが今から現実世界に帰るのは危険すぎるわ」

 

「わ、私、どうしたらいいんですか?」

 

ジュンはデジヴァイスをマリに見せた。

 

「さいわい、私はね、デジタルワールドからデジヴァイスっていうウィルスバスター機能がある許可証をもらったの。このデータ、このパソコンの中にあるからね、このパソコン持っててもらえる?今から持ち主をレイちゃんにするから。そうすれば、このパソコンが壊れなきゃ守ってくれるわ」

 

「は、はいっ!」

 

「そっかー、全然知らなかったけど、俺たちが平気なのはホーリーエンジェモンが呼んでくれたからなのか」

 

「そうね。きっとそのデジヴァイス01にもセキュリティシステムのプログラムが組まれているんだと思うわ」

 

「つまり......」

 

「つまり、レイちゃんはこの城で、この場所で待ってて頂戴。そうすればデーモンの干渉を受けずにすむわ」

 

「は、はいっ!」

 

「そーいうことなら話ははえーなッ!ネオの事情もわかったし、デーモンに騙されてるってわかったんだ。なにがなんでも勝ってネオを連れもどすぞ、ゼロッ!」

 

「うん、そうだねッ!ネオのレイを思う気持ちにつけ込むなんて、ボク、絶対に許せないよ、タイチッ!!」



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133話

デーモンとの最終決戦にむけて、タイチたちがデーモン城に向かってから数日が経過した。

 

「緊急事態発生、緊急事態発生、敵襲です」

 

ホーリーエンジェル城にもともと存在していたワクチン種しか入ることができない結界が破壊された。

 

デーモン軍が大挙して押し寄せてきている。

 

ジュンが用意していたデジヴァイス由来の結界が行く手を阻んでいた。

 

今、フォルダ大陸全体にホーリーエンジェモンの軍が分散しており、手薄になった本拠地を叩く作戦を決行したらしい。

 

「結界が間に合ってよかったわ。まあ、いつまでもつかはまた別問題なんだけど」

 

はるか彼方の空が黒い。それがウィルス種の軍勢であると理解するのは早かった。レイは不安そうにモニターを見ている。

 

「どれくらい持ちそうだ?」

 

ホーリーエンジェモン軍の総司令官であるレオモンが聞いてくる。

 

「どれくらいの強度が保てるかしらね......。あれだけの軍勢相手したことないからわかんないわ。究極体の数にもよるわね。一応、数に応じて強度を増すシステムだし、私が来たデジタルワールドの暗黒勢力の諸悪の根源を完全に封印した実績はあるから、大丈夫だとは思うのよ。なにごともなければね」

 

「何事も」

 

「デーモンが作った人工デジモンが誰かにハッキングされたり、不穏な動きがあったからね......。この城のセキュリティシステムはすでに突破されたんだもの。トロイの木馬じみた工作がすでにされたみたいね」

 

「つまり、城の中に裏切り者がいると考えればいいんだな」

 

「そうね」

 

「そ、そんな......大丈夫なんですか?」

 

「今、その不届き者を探しているのよ。この結界について知っているのはここにいるみんな、タイチくんたち、あとホーリーエンジェモンだけなわけだしね。驚いているデジモンを探しましょう」

 

ジュンたちは目を皿にしてたくさんの監視カメラを見つめた。真正面から武力で制圧された訳ではなく、内側から解除されて侵入を許したのだ。内通者がいるのは確定である。

 

「デーモンの干渉ではなさそうですね、私と同じエネルギーは感知できませんでした」

 

ベルフェモンの言葉にレオモンたちは息を吐いた。とりあえず最悪の事態は避けられたらしい。

 

「ウィルスじゃない、か。ならワクチン種かデータ種ね。ワクチン種しか通れない結界だったわけだけど、裏切るなら洗脳あたりかしら。ワクチン種をどうこうするならやっぱりデータ種......あったわ、この反応ね」

 

ジュンは監視カメラを起動した。

 

「この城にデータ種の究極体はいないはずよ」

 

「あ、あれ、人間?それも女の子......!?」

 

レイが驚いている。

 

「そうね、あたし達と同じテイマーみたいだわ。デーモンが召喚したネオの手下なのかもしれないわね。デーモン、七大魔王を復活させるためにわざと善人のテイマーを召喚して光を過剰にして闇を増幅させる工作をしていたから、洗脳してる可能性が大だわ」

 

「本来ならタイチのように我々の味方になるはずのテイマーということか......」

 

「そんな......そんなことって......」

 

「女の子だけどデジモンを究極体まで育てあげられるってことは相当優秀なテイマーよ」

 

少女が連れているのはロゼモンだ。

 

「やっぱりデータ種の究極体ね。ロゼモンか......なるほど、洗脳されたわけね」

 

「綺麗なデジモン......」

 

ジュンはレイもわかるようにディーターミナルを起動した。

 

 

ロゼモン

クラス 究極体

タイプ 妖精型

属性 データ

 

草花の女王と呼ばれる薔薇の様な姿をした妖精型デジモン。美しい大人の女性の姿をしており、常に美しくあることを願っている。性格は多少、自意識過剰なところもあるが、その実力は他の究極体とも引けを取らないほどである。

 

また、胸元には愛と美のシンボルが刻まれた宝玉「ティファレト」を身につけている。このティファレトを持つものは、永遠の美しさと強さを約束されると言われている。必殺技は電気を帯びた棘の鞭でどんなに狂暴なデジモンでも手なずけてしまう『ソーンウィップ』。この技を受けたものは、身も心もロゼモンの虜になってしまうと言われている。また、鞭の切っ先で敵を仕留める『ローゼスレイピア』。そして、ロゼモンの究極にして禁断の誘惑『フォービドゥンテンプテイション』を受けたデジモンは、無数のバラの花に包まれて美しくデータ破壊される。

 

「こんなに綺麗なのにデジモンなんだ」

 

「人型のデジモンもいるしね、ホーリーエンジェモンみたいな」

 

「なるほど」

 

「このロゼモン、普通のロゼモンじゃないわ。まさか超究極体のデジゲノムがロゼモンに注入されたのかしら」

 

ジュンの言葉を肯定するようにデータが更新される。

 

 

ロゼモンの鮮烈なまでの美しさが引き出され、万物全ての赤色が色あせて見えてしまうほど真紅に染まった姿は、見る者に圧倒的な劣等感さえ与えてしまう。ロゼモンの逆鱗に触れた時に見られる花弁の雫“アフロディーティア” は、ロゼモンの愛の涙と言われ、これを見たデジモンは、傷つくことを知りながらも、自らロゼモンの棘の鞭に抱かれダメージを負ってしまうという必殺技『ローゼンブラッド』で最終的に消滅してしまう。

 

「これはなかなかの強敵ね。しかもデータ種か......ワクチン種と相性が悪いわね」

 

「私の出番でしょうか、ジュン?」

 

「そうね、いくわよ」

 

「わかりました」

 

ディーターミナルから声がする。

 

「ジュンさん、気をつけて」

 

「ええ、頑張るわ。これ以上踏み込まれたら困るもの。レイちゃんはここで監視カメラをみていて。なにかあったらメールしてね」

 

「はいッ!」

 

「相手は究極体だ、ほかのやつらには軍勢の相手にまわす。あと成熟期以下は地下に避難させる。やることは多そうだ、いくぞジュン」

 

「ええ、急ぎましょうか」

 



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134話

ロゼモンの周りに黄色い蔦が巻きついていて、妖艶さが増している。

 

「なるほど、そうやって洗脳してここまで侵入したってわけね。残念ながらここから先は通れないけど」

 

「アンタは、ジュンじゃない。裏切ったのね」

 

「従わされてた理由がなくなったから、私はやりたいことをしてるだけよ」

 

「あら、奇遇ね。あたしもネオ様のために自分がすべきことをしているだけよ」

 

ギャルの割に頭良さそうな発言である。真っ黒な爪を見せながら笑う彼女がテイマーなのは間違いなさそうだ。

 

「この結界は暗黒勢力を通さない効果があるの。入れないってことは、あなたも侵食されてるってことよね」

 

「それがなにか?問題でもあるわけ?」

 

「あるからいってるのよ。超究極体のデジゲノム入れられて平然としてるなんてどうかしてるわ」

 

「必要なチカラだもの、なにを拒む必要があるのかしらね?この邪魔な結界を壊して、彩羽レイを保護することがあたしの任じられた仕事なのよ。邪魔しないで頂戴」

 

「なっ!?」

 

「なに驚いてるの?兄が妹を探すのがそんなにいけないこと?座標がズレちゃったせいで妹がデジタルワールドに迷い込んでいると知ったら、探すのはあたりまえよね?いわば、今のあんたたちは誘拐犯よ。彩羽ネオと彩羽レイを引き離す悪逆非道のホーリーエンジェル軍てわけ。だから攻勢に出たのよ、わかる?」

 

「ものはいいようね、引渡しに応じたら撤退するとでもいいたそうね?デーモン軍がそんなことするわけないじゃないの」

 

「あら、ならどうして今すぐにでも戦争に踏み切れるのになにもせず、包囲したままネオ様たちが待機していると思っているの?そんなの待ってるからに決まってるでしょう。彩羽レイ、聞いてるわよね、あなたのお兄ちゃんがお迎えに来てくれたわよ。帰りましょう?」

 

「レイちゃん、来てもいいけどパソコンはもってきて。ネオ君から話を聞けないならどうとでもなるもの」

 

「余計なことをッ───────」

 

ロゼモンの稲妻みたいに光る長いムチの線がジュンのパソコンに襲いかかったが、結界によりはじかれてしまう。しなやかな手に持たれたしなやかな黒い鞭がわなわなと波打った。

 

「ほら、油断も隙もない。こうやって拉致される可能性もあるから、お守り代わりに手放しちゃだめよ、レイちゃん」

 

ギャルが舌打ちをした。どうやらレイをここまでおびき寄せてロゼモンに捕獲させるつもりだったらしい。

 

「やっぱりあんた邪魔だわ、あんたさえいなけりゃ今頃この城は戦場になってたのに。ネオ様のいうとおり、真っ先に排除させてもらうわ。いくわよ、ロゼモン」

 

「準備はできているわ」

 

「この空間だけでいうなら、あんたの味方はあんただけだってこと、教えてあげる」

 

ギャルがそう宣言した瞬間に、ホーリーエンジェル軍のデジモンたちがこちらに敵意を向けてきた。なるほど、すでにあたり一帯のデジモンは洗脳してしまったらしい。

 

「あんたたちは、ホーリーエンジェモンの味方によって殺されるの。素敵な結末よね」

 

「私の結末は私が決めるわ、あなたに決められるものじゃない。それにここで負ける結末でないことはたしかよ」

 

「いうじゃない」

 

ジュンはパソコンを起動した。

 

「シグマみたいなことして......ま、まさか」

 

「シグマが誰かは知らないけどみたことあるみたいね。結界はね、こういう使い方もできるの。さあ、あなたと私の一騎打ちといきましょうか。私はジュン、本宮ジュンよ。あなたは?」

 

「あたしはマリ、豪徳寺マリよ。ロゼモンが相手になってあげるわ」

 

ジュンはパソコンを起動した。

 

「あなたはまだ闇の本当の恐ろしさをしらぬようだ。なら教えてさしあげましょう。私に勝つための戦略は頭にありますか?確認しておきなさい。それがあなたの生きる唯一の方法なのだから」

 

「ソーンウィップッ!」

 

ロゼモンが動いた。

 

電気を帯びた棘の鞭でどんなに狂暴なデジモンでも手なずけてしまうといわれているが、ベルフェモンが黄色い鞭に拘束される。

 

「フォービドゥンテンプテイション」

 

無数のバラの花が出現し、データ破壊されていく。

 

「おや、この程度ですか?」

 

ベルフェモンは嘲笑した。あえてさけなかった。むしろ、鞭を掴んだ。だらだらと血が流れるのお構い無しだ。ロゼモンは何とか引き抜こうと電撃を放つがベルフェモンは微動だにしない。

 

本来、犠牲者の身体はミミズ腫れで済めばマシで、皮膚が裂けたり出血したりして当然の惨状となり、そして1発~数発目から気絶しても無理はない程の痛みが襲う。 切断されたりしないだけマシという『だけ』の話であり、鞭打ち回数が少なくてもかなり痛くて辛いが、鞭打ち回数が多い場合は死に至るケースも普通にある。 打たれた後は痛みと傷で体が熱を持ったりするため、治療が施されなかったり、衛生環境や食事などの待遇が悪い場合も同様に危険であるが、ベルフェモンは意に介さない。

 

「超究極体のデジゲノムの影響か、あなたもまた七大魔王のように相手のデータを奪い取ることが出来るようですね。ほかのデジモンには脅威でも私には脅威たりえない、それはなぜか?それはですね、私がデーモンと同じく暗黒勢力そのものから生まれいでた存在だからですよ」

 

ベルフェモンは高笑いする。

 

バラが枯れていく。鞭が枯れていく。データが逆に取り込まれているのだ。驚いたロゼモンが距離をとろうとしたが鞭を掴まれてしまい、思うように動けない。

 

「鞭というものは遠心力を利用するので非力な者でも十分な威力を出せるが、大きく振りかざさないと威力を発揮出来ないため、音を出すだけならばともかく、戦場で敵に対しての長時間使用を考えると結局体力が必要になりますねえ。あなたにそこまでの体力があるようには思えませんが」

 

ロゼモンは悔しげにベルフェモンをみる。

 

「万全な環境ならばリーチの長さがあって強力だが、狭い場所では満足に使えず大きな空間が必要で仲間も邪魔になりかねないので乱戦でも使いづらい。振るうことしかできず、近寄られると威力が減衰するため、環境の違いに比較的対処しづらく、戦場でよくある突進がしづらい上に相手側の突進も止めづらい。そもそも鞭という道具自体、なるべく相手を傷つけずに痛みのみを与えるためのものなので、本気の戦闘で使えるものではない。ゆえにひとりでここまできたのでしょう?」

 

「それを後悔させてさしあげましょう。セブンス・ペネトレート」

 

怠惰の冠から力が滾る。真紅のエネルギーがベルフェモンを包み込み、体内の潜在的エネルギーを波動として放出するためにベルフェモンは練り上げる。ロゼモンの武器である鞭を鷲掴みにした状態で、超至近距離から最大出力でエネルギー波が放たれた。禍々しい色をした爪からもいくつものエネルギー波が放たれ、そのいくつかがロゼモンを貫通し、マリは悲鳴をあげた。みるみるうちにロゼモンの肉体は崩壊していき、0と1に溶けていく。そのデータはベルフェモンに還元されていき、マリは悟るのだ。ベルフェモンを相手にするということは倒す気じゃないと相手を強化することにしかならないと。

 

「これが七大魔王の力、そして暗黒勢力たる所以の本来あるべき力です。もっともダメージは受けますがね。ゆえにロゼモンのようなデジモンがもつべき力ではない。現に私の技の発動までにはタイムラグがあったにもかかわらず、そのスピードでもってロゼモンは回避する事が出来なかったのですから。後悔するのです、そしてロゼモンを育てるだけの力量がありながらデータ種で単身ウィルス種に挑んだその愚行を恥じて、私を通して恐ろしさを身をもって知るがいい」

 

「ロゼモンッ!」

 

マリはたまらず走り出す。ロゼモンは飛行能力すら奪われて床に転がった。

 

「ま、マリ......」

 

マリがベルフェモンとロゼモンの間に立ち塞がる。こうしている間にも刻一刻とロゼモンの構成データは破壊されていき、きえはじめている。マリはわかったのだ。このままいけばロゼモンはデジタマに自らのデータを転写して転生することすらゆるされず、ベルフェモンの糧にされると。

 

「あたしの負けよ、ベルフェモン。完敗だわ......だからこれ以上ロゼモンを痛めつけないで」

 

ベルフェモンは動きをとめた。

 

「いやですねえ。いまやデーモン軍がホーリーエンジェル城を完全に包囲されている今、工作員として潜入し、デーモン軍の侵入を許した貴女を生かしておく意味はないのでは?」

 

「そ、それは......」

 

「ましてや彩羽レイを奪還に来たというじゃあありませんか。エイリアスでしたっけね?タイチさんたちがまだ援軍に来れないのは、あなたたちのせいでは?」

 

「そう......だけど......」

 

マリの声がどんどん小さくなっていく。涙すら浮かんでいた頃。

 

「そのデジヴァイスを預けてくれるってなら考えるわ」

 

ジュンの言葉に弾かれたようにマリは顔をあげた。デジヴァイスはテイマーの命より大切なものだ、それを預けてくれるなら、というジュンの提案にベルフェモンはその意図がわかったのかニヤリと笑った。

 

「わ、わかったわ。これでいいんでしょ?」

 

マリはほとんど衝動的に腕のデジヴァイスを外して床に投げた。

 

「解析させてもらうわ。ベルフェモン、マリたちを連れて行って。処遇はレオモンに任せましょ」

 



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135話

カプセルポットに放り込まれたロゼモンは治療されつつ、構成データから超究極体のデジゲノムを摘出する作業が行われていた。その隣には豪徳寺マリの姿があった。どちらのモニターにも治療に必要な時間が表示されているが、あまりにも長く、本人の意思と気力によって短くなったり長くなったりしていて、予断を許さない状況が続いている。

 

「人間もやるのは初めてだが、大丈夫そうだね。どうやらロゼモンが殺されそうになったときに正気が戻ったから、デジゲノムの侵食が抑えられたようだ」

 

ホーリーエンジェモンの言葉にレオモンは戦慄するのだ。

 

「ということは、やはりこの娘も本来は我が軍の救世主だった可能性が?」

 

「そうだね、光と闇なら光側に属するべきテイマーとデジモンだったようだ。それを洗脳して配下にし、それによって世界のバランスはくずれて元に戻そうと闇が増幅され、デーモンたちの強化に繋がる。なんてことだ」

 

「その闇の代表格であるベルフェモンとジュンがこちら側にきてくれてよかったというべきか」

 

「本当にそうだ。この世界には闇の力に対抗するワクチンや光の力はあっても、体内の構成データから完璧に除去するプログラムまではない。ましてや闇も光も取り込んで肥大化する超究極体のような力に対するものなんて。ジュンが提供してくれたサンプルデータがあるから使い物になっているレベルだ」

 

「それだけデーモンは本気ってことですね......」

 

「ホーリーエンジェモン様、レオモン様!伝令です!」

 

ニ体の前に飛び込んできたのはぐったりしているイガモンを医務室に運び込もうとして抵抗され、困り切っているデジモンたちだった。

 

「君はイガモン!」

 

「たしかタイチたちの伝令だったな、どうした。タイチたちになにかあったのか?」

 

イガモンは周りのデジモンたちの静止を振り切って二体にかけよるというのだ。

 

「タイチ殿とゼロマル殿、エイリアスのシグマを名乗るテイマーと交戦中でござる!ほかにも敵はいるようで到着にはまだ時間ががかるとのこと!」

 

「やはり仕掛けてきたか......」

 

「どんなデジモンだった?場合によっては援軍を送れるかもしれない」

 

「そ、それが......彩羽ネオのようにデジヴァイスをふたつもっていて、完全体のヴァンデモンと究極体のピエモンがジョグレスしたでござる」

 

それは聞いたことすらないパターンだった。二体は耳を疑ったが、イガモンは目の前でジョグレスするのをみていた。これ以上ない証拠である。シグマがジュンのような優秀なプログラマーであり、自分に有利な閉鎖空間を作りあげタイチたちもろとも閉じ込められてしまっている。そのおかげでイガモンは引き返すことができたのだが、タイチたちの安否はバトルが終わらないと分からない。

 

「ううむ......それでは下手に援軍を出せないな」

 

「厄介な......」

 

「ジュンたちにはこの包囲を維持するための牽制役をお願いしているから、今回のようにまた捕虜にすることも難しい」

 

どうしたものかとホーリーエンジェモンたちは頭を抱えたのだった。

 

 

 

「ジュンさん、ジュンさん、大変です!また結界が......」

 

レイから通信が入り、ジュンはあわててモニター部屋に戻ってきた。

 

「どうしたの?レイちゃん」

 

「それが、見てください!あれ!」

 

レイの指さす先にはホーリーエンジェル城を囲うデジヴァイス由来の暗黒勢力を通さない結界を破壊しようとするデジモンの姿があった。

 

「な、なにあれ......黒いオメガモン?」

 

ジュンは釘付けになった。

 

それは前世においてデジタルワールドのセキュリティシステムの最高位、ロイヤルナイツの一体であり。

 

ジュンたちのデジタルワールドにおいて選ばれし子供たちの代名詞にして最高戦力であるオメガモン、そのものだったのだ。

 

全身が真っ黒なオメガモンである。ジュンはディーターミナルを起動して、解析をこころみた。

 

レベル 究極体

タイプ 聖騎士型

属性 ワクチン

 

「えっ、超究極体のデジゲノムぶちこまれたからウィルス種に変質したんじゃないの!?」

 

ウイルスバスターであるウォーグレイモン・メタルガルルモンが、善を望む人々の強い意志によって融合し誕生した“ロイヤルナイツ”の一員である聖騎士型デジモン。2体の特性を併せもつデジモンで、どんな状況下でも、その能力をいかんなく発揮することのできるマルチタイプの戦士である。近年判明されてきた、姿を黒く変えてしまう分泌物“ブラックデジトロン”が、何らかの形で混入し一時的に黒い姿となったとされ、その間はパワーが増加されている。ウォーグレイモンの形をした左腕には盾と剣が、そしてメタルガルルモンの形をした右腕には大砲やミサイルが装備されている。背中のマントは、敵の攻撃を避ける時や、飛行するときに背中から自動的に装着される。必殺技は、メタルガルルモンの形をした大砲から打ち出される絶対零度の冷気弾で敵を凍結させる『ガルルキャノン』。また、左腕には無敵の剣『グレイソード』が装備されている。

 

「......まだ侵食が初期状態ってこと?じゃあ、はやくこちら側にひきこんで、マリちゃんたちみたいにデーモンの洗脳解いて超究極体のデジゲノム摘出しないと手遅れになるじゃない!」

 

「いきましょうか、ジュン」

 

「ええ、そうね。急ぎましょう」

 

「待ってください、ジュンさん!」

 

「え、どうしたの、レイちゃん」

 

「あのオメガモンはしらないけどあのオメガモンに指示してる人、知ってます!」

 

「なっ!?まさか、ネオ君の知り合いかなにか?」

 

「は、はい、あの人、お兄ちゃんの親友なんです!」

 

ジュンは目を丸くした。

 

 

藤本 秀人(ふじもと ヒデト)、レイがいうには現実世界ではネオやレイの友達であり、3人は仲の良い友人であったが、レイの事故をきっかけにその関係が壊れたらしい。ネオが行方不明になってからレイはヒデトにも相談して、一緒に探していたという。

 

「ホントに友達なのね......ネオ君の親友ならオメガモンを育て上げられるだけの実力があるってことか......」

 

「でも、どうして......?お兄ちゃんだけじゃなくて、どうしてヒデトさんまで......」

 

「それがデーモンの恐ろしさね......マリちゃんとロゼモンはやっぱりデーモンの洗脳を受けていたし、ロゼモンは超究極体のデジゲノムまでぶちこまれていたもの。オメガモンすら洗脳して配下におくなんて、ほんとに恐ろしいことするわ......」

 

「そんな......」

 

「ジュン、このままではワクチン種のデジモンは取り返しがつかない事になります。急ぎましょう」

 

「そうね、オメガモンが本格的にウィルスに堕ちたらどうなるかわかったもんじゃないわ。レイちゃん、あとのことよろしくね!ヒデトくんとオメガモンのこと、もしここに軍幹部のデジモンが来たら教えてあげてね」

 

「は、はいっ!わかりました!ジュンさん、ベルフェモン、頑張ってください!」

 

「タイチ君が来てくれるまでどれだけ持つかわからないけど、やるしかないわね」

 

「そうですね、やるべきことはやりましょう。それこそが私たちに課せられた使命なのですから」



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136話

ジュンはベルフェモン:レイジモードに乗ってホーリーエンジェル城の上空に現れた。

 

そして、響き渡る咆哮が世界全体を震撼させる。その刹那、デーモン軍の陣形は大きく崩れた。空を覆い尽くさんばかりにひしめいていた完全体以下のデジモンたちが一瞬にして即死したのだ。残されたのは究極体以上のデジモンたち、いわば幹部クラスだけである。すべてはベルフェモンの糧になってしまった。

 

ホーリーエンジェル城から歓声があがった。

 

そこに現れたのは真っ黒なオメガモン、そしてテイマーであるヒデトである。

 

「こいつはオメガモンズワルト、ベルフェモンじゃ止められない。俺たちはあの時を取り戻すんだ。そのためならなんだってする。君に恨みはないけれどレイたちは返してもらう!!」

 

「君がなにをかかえているのかはしらないけれど、どこまで本心なのかしら。デーモンに組した時点でその意思がどこまで自分の意思なのかわからないじゃない。信用できないわ」

 

「信用してもらおうなんて思ってないさ、はじめから。君が譲れないものがあるように、俺にも譲れないものがあるんだから」

 

「そう......ならやるべきことはひとつね」

 

「そうだな。オメガモンズワルト、いくぞ。俺達の悲願のために」

 

「ああ」

 

「オメガモンズワルト......ズワルト......黒いのにワクチン種だから黒って意味かしらね。なんの言葉かは知らないけど」

 

「闘ってみればすぐにわかりますよ、ジュン」

 

「それもそうね。いきましょうか」

 

「ええ」

 

ジュンはデジヴァイスにコマンドを入力し、暗黒勢力の力を跳ね返す結界を展開する。さらにベルフェモンにスーツェーモンから託された裏コードを付与する。これで暗黒勢力由来の力をピンポイントで潰し、正常化させるためのウィルスバスター機能を開花させるのだ。

 

「ウィルス種に堕ちていれば撃破だけなら楽なのですがね......そこまでいくと取り返しがつかなくなる。単純に相性が悪い上にダメージが通らない。実に厄介ですよ、まったく」

 

ベルフェモンは悪態をつきながら迫り来るオメガモンズワルトに応戦した。

ガルルキャノンとグレイソードは歴戦の勇士にも匹敵する熟練度とテイマーの気迫、オメガモンズワルト自身の鬼気迫る覚悟によりすさまじいダメージとなる。結界により軽減されたとはいえ、こちらの防御を無視して貫通してくるのだ。なんとかうけきったベルフェモンは反撃とばかりに咆哮してオメガモンズワルトに追尾機能がある光線を発射した。オメガモンズワルトに被弾し、その分の破損したデータがベルフェモンに還元されていく。

 

オメガモンズワルトを光が覆っていく。どうやら回復能力も備えているようだ。

 

「べ、ベルフェモン、どうしたの?」

 

いきなり、ベルフェモンの周りに赤い不気味なオーラがまとわりつきはじめたではないか。ジュンはあわててディーターミナルによる解析を試みる。

 

「オメガモンにあるまじき効果ですねえ、呪いのたぐいでしょうか」

 

「60%の確率で2回行動すると強制的に戦闘不能にする効果を付与......!?なにそれ......!」

 

それは、赤いオーラが体にまとわりつき、行動するたびにロスト状態という状態異常が進行し、一定回数行動すると、HPの残量にかかわらず戦闘不能となるというとんでもない呪いだった。

 

そのロスト状態が進行する行動とは、メインスキル、サブスキル、通常攻撃、反撃、追撃、ようするに回復以外のすべての選択が対象となるようだ。

 

「しかもダメージリミットまであるし......これじゃあ倒しきれないッ!」

 

オメガモンズワルトは、敵からのダメージを半減以下にまでに抑える能力まで持っているようだ。しかも一定時間まで継続する上に2回まで発動できるという。

 

「しかもオメガモンズワルトはオメガモンのようにクリティカルによる高火力のデジモンのようです」

 

「ロスト発生を待てる高耐久のくせに高火力とか頭おかしいんじゃないのそれ?!ああもう、どうすりゃいいのよ!!」

 

そんなジュンの焦りはどうやらヒデトには伝わっていないようだ。

 

「ベルフェモン......なかなか手強いな」

 

ヒデトの言葉にオメガモンズワルトはうなずいた。

 

ワクチン種とウィルス種の相性があるとはいえ、防御力を無視して貫通攻撃を行う。さらにウィルスバスターに開花しているためにオメガモンズワルトとなることで暗黒属性に侵食されつつあるオメガモンズワルトは完全に有利ではいられないのだ。それなりに安定したダメージがあたえられる。なによりもベルフェモンはヒデトが初めて見るレベルで鍛え上げられたデジモンだ。どれだけ進化と退化を繰り返し、熾烈な戦いを勝利してきたか手を取るようにわかる。クリティカル補正こそないが、ベルフェモンはかなりの高ステータスだ。さらにジュンが冷静にオメガモンズワルトの弱点を解析して指示を飛ばしてくる。互いに究極体である以上多少の相性の悪さなどテイマーの補助を前にすれば誤差の範囲でしかないのだ。

 

ジュンはオメガモンズワルトのバフ回数を消費させたり、バフターン減少で打ち消してスキルの順番を意識すなどして、ベルフェモンの高火力を見せつけてくる。

 

「こんな形でなければ楽しいバトルが出来そうな相手なんだがな......残念だ」



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137話

26

「いかせてください、これ以上みんなに迷惑をかける訳には!」

 

モニターごしにジュンとヒデトの戦いを目の当たりにしていたレイは我慢が出来なくなったようで、部屋から飛び出そうとしてデジモンたちが慌てて引っ張る。それでも扉に行こうとするレイは足を滑らせ、床に勢いよく尻もちをついた。

 

扉があいた。

 

「なんの騒ぎだ、騒々しい」

 

「あ、レオモン様!レイさんがジュンさんたちの戦いを止めようとあそこに行くと言って聞かないんです!」

 

「だと思った。落ち着け、ジュンは劣勢だがまだ負けたわけじゃないだろう」

 

「でも......でも......」

 

レオモンに諭されてもレイは不安そうにモニター画面をみる。

 

「テイマーでもないアンタになにができるって?」

 

「ま、マリさん」

 

レイは飛び上がった。レオモンがここにきた理由がわかったからだ。

 

「だ、大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫じゃなかったら出してくれないって。ロゼモンはまだ治療に時間かかっちゃうみたいだけどね、居てもたってもいられなかったってわけ」

 

「そうなんですか......。でも、あのまま見てる訳には......」

 

「だーかーらー、ネオ様はデーモン軍の総司令官よ?表向きの目的は妹であるあんたと、あたし達の奪還だと思うけど、真の目的はこの城の占領なんだから。あんたが行ったところで撤退なんてしないわよ」

 

マリの言葉にどういうことだとレオモンが目を丸くした。

 

「本当にこの計画を進めるのか?」

 

「ああ、今のレイはデジタルワールドでデータを改竄したから歩けているに過ぎない。現実世界に帰ればそれは不可能になる。だから現実世界をデジタルワールドのようにすべてデータ化し、そのセキュリティの頂点にたてば俺達はあの頃を取り戻せる」

 

「あの時を......」

 

「そうさ。楽しかったよな、ヒデ。3人で色んなところに遊びに行って、デジモンで遊んで、ヒデは俺に勝てなくて何度も挑戦してきた」

 

「ネオ......」

 

「お前は俺にとって初めての友達だったし、親友だったし、ライバルになれそうなやつだった。お前があの交差点で俺達を呼び止めようとさえしなけりゃな!!」

 

「......ッ」

 

その会話を壁越しにマリは聞いていたのだ。そして知ったのだ。

 

デーモン軍の目的はホーリーエンジェル城の陥落による反抗勢力の壊滅よりもその城そのものにあった。大戦の遺構を根こそぎ占領し、略奪してきたデーモン軍は探していたものがどこにもないとわかってしまったからこそである。

 

ホーリーエンジェル城もかつての大戦で築かれた城をそのまま再利用しているため、今は既に使われていないものがたくさんあった。

 

地下に広がる広大な地下施設もその大半が長きに渡る年月によりその存在価値を喪失し、ただただ風化を待っているのみなのだ。

 

「ネオ様はデジメンタルを探しているといっていたわ」

 

マリの言葉にホーリーエンジェモンが反応する。

 

「馬鹿な、あれは伝説上の......」

 

「大戦の遺構を荒らしてまわった以上、この城しか残ってないのよ。この地下施設のどこかにあるとネオ様は踏んでる。だから進軍を決断したのよ」

 

「な、なんだと......」

 

「ホーリーエンジェモン、デジメンタルってなに?」

 

レイの言葉にホーリーエンジェモンは教えてくれた。

 

デジメンタル、それはこの世界のどこかにあるといわれている超物質だ。恐ろしい程のエネルギーを秘めており、その力はデジモンにさらなる進化をもたらすといわれている。

 

デジモンの自我や理性をそのままにパワーのみを無限に引き出すとされ、それを手にしたデジモンはまさしく神になれるレベルだという。

 

「ネオ様は超究極体、いいえ、最終兵器アルカディモンに相応しいと思っているのよ。デジメンタルさえ使えば制御不能となるアルカディモンさえ制御したまま究極体、いえ、それ以上になることだってできるって」

 

「なんてことだ」

 

 

 

 

ジュンは回復プログラムをベルフェモンにダウンロードした。その隙をついてオメガモンズワルトがなにやら準備をし始めた。行動力を犠牲にしてステータスを上昇させているようだ。完全に動きを読まれている。

 

「アクセルブースト......オメガモンでは聞いたことないスキルね......これが育成の賜物だとしたら、ほんとに強いわね」

 

オメガモンズワルトは攻撃力より特殊攻撃の方が高いようで、グレイソードは威力こそ高いが攻撃力が控え目で、オメガモンほどダメージはない。

 

ただし、防御力が低いウィルス種に対しアクセルブーストを積んでから撃つ事で大きな負担を掛ける伝家の宝刀としてオメガモンズワルトは使ってくる。

 

一方で、ガルルキャノンはオメガモンより大きなダメージが出る。

 

どうやら防御力を上昇させ、かつガルルキャノンと闇属性技の威力が上昇するスキルが積んであるようだ。

 

物理耐久を高めてどっしりと構え、魔法で倒していく展開ができる。総じてオメガモンより堅実な立ち回り方を得意とする。ここぞという時にガルルキャノンが突破口になるようだ。

 

たしかに物理耐久も魔法耐久も高く、単純攻撃による突破は相当の威力を要する。闇属性のワクチン種は珍しいが、光属性技を持つデータ種が苦手なあたり豪徳寺マリのロゼモンが天敵なのが皮肉だろう。

 

特にロゼモンなら吸収技で一発で即死させる事ができるついでに大量のHPを吸収できるはずだ。

 

ベルフェモンでそれは無理な話なので、アクセルブーストからのガルルキャノンはガードしても大ダメージは免れられない。結界がなければ即死だったはずだ。

 

何とか持ちこたえて相手が技を積んでいる間に立て直すか、可能なら倒してしまいたい。だがそれもベルフェモンを蝕む赤いオーラが邪魔をする。迫り来る強制敗北の状態異常を前にジュンは必死に打開策を探すが、ベルフェモンの継承技にはかろうじてガーゴモン時代のワクチン種の技しかない。データ種のスキルなど覚えているはずがなかった。

 

「ベルフェモン、頑張って。もう一息よ!」

 

ジュンはベルフェモンに声をかける。

 

 

 

 

 

 

 

「俺と君とじゃ背負うものが違うんだ」

 

ヒデトはオメガモンズワルトに命じる。

 

ヒデトが遊んでいたデジモンペンデュラムは、某ホビー会社が発売した携帯育成ゲーム・初代デジタルモンスターシリーズの後継機である。

 

デジモンペンデュラムの最大の特徴は、ペンデュラム(振り子)を内蔵している事である。トレーニングや戦闘の前に数秒間本体を振ってペンデュラムを動かすことに関しては全シリーズにおいて共通だが、初代ペンデュラムシリーズとそれ以降のシリーズでは仕様が異なる。

 

前者では速度や次に振るまでの間隔、タイミングなどの要素が複雑に絡み合うことによりスーパーヒットがどれだけ出るか、またメガヒットが出るかが変動する。そのため、どのデジモンでどうすれば良いヒットが出るのかということに関して独自研究が必要であった。また、攻略本や情報誌にて編集者が発見した振り方の目安が、説明や図など多様な方法で掲載された。

 

後者ではデジモンごとに良いヒットの出る振ったときの回数があらかじめ決められているというものである。これらの要素が存在するため、前シリーズの完全なオートバトルにテイマーの技量が試される要素を付加されることになった。

 

初代ペンデュラムシリーズから追加された要素の一つがジョグレス。新たな変身要素である。ジョグレスはジョイントとプログレスを合わせた造語であり、合体進化という意味である。成熟期以上のデジモン同士を合体させることにより次の世代のデジモンに進化させることができる。また、合体進化には組み合わせに法則が存在し、以下の通りとなる。

 

Va(ワクチン)種となる組み合わせは「Va+Va」「Va+Da」の2通りである。

 

Da(データ)種となる組み合わせは「Va+Vi」「Da+Da」の2通りである。

 

Vi(ウィルス)種となる組み合わせは「Da+Vi」「Vi+Vi」の2通りである。

 

ただし、相性の悪いデジモンの組み合わせが存在し、その場合はミスマッチと表示され合体を行うことは不可能である。

 

前作まで存在した「寿命」が無くなり、成熟期以上のレベルのキャラクターは育成ミスが特定数まで貯まらない限り死亡することがなくなった(本体の電池切れを除く)。

 

あまりにネオに勝てないヒデトがデジモンにますますのめり込み、オメガモンに進化させる事ができると気づいた時のテンションは最高潮だった。パッケージの表紙を飾っていたオメガモンのジョグレス条件は不明であり、だいたいの予想はできても攻略本ですら意図的にかくされたシークレット要素だったのである。

 

まだ掲示板もチャットもSNSも一般的ではないため、自力で探し当てるしかなかったのだ。喜びはひとしおだった。

 

ネオとはやく戦いたかった。そればかりで頭がいっぱいだった。だから気づけなかったのだ。

 

点滅する歩行者信号、そして変わる青から赤。不意に止まるとおりゃんせのBGM。ネオはすでに渡りきっていて、ヒデトが交差点の向こうから呼びかけたものだから交差点の真ん中で振り返った妹に危ない早く渡れと呆れたようにいっていた。

 

トラックの運転手からしたら、目視した時点では渡ろうとしていた女の子がいきなり交差点の真ん中で止まったのだ。予測出来なかったにちがいない。不幸にも完全なる死角だった。

 

ヒデトとネオの目の前でレイはこうしてトラックに跳ねられたのである。

 

その日からヒデトとネオの間には、取り返しのつかない亀裂が生まれ、歪な上下関係が生まれてしまった。

 

レイが気丈に振る舞い、大丈夫だと笑うから、表向きはヒデトもネオもいつもと変わらない関係が続いていたが、ヒデトはずっと日々何か悪事を働いているようなやましい気持ちだった。良心の呵責が悪夢のように胸苦しく責めてくる。

 

 

ゼリー状の憂鬱とでも言うべき、暗澹たるものが胸の中に広がりはじめ、それが自分の頭をも占領するのをひしひしと感じた。 

 

黒い感情が、蝉の内側に充満する。湿って粘着性のあるものにも感じられたが、乾燥して水分のまるでない干涸らびた思いにも感じられた。これは、と蝉は朦朧とする頭で考えていた。これは何だよ。 

 

どろどろとした沼で喘ぐような気持ちで、頭を回転させる。馴染みのない憂鬱さに、戸惑い、怯えた。自分に対する失望や落胆、幻滅に似た、何かに襲われている。阻喪とも放心ともつかない。 

 

しばらくして、まさか、と思い至った。ふいに、まさかこれは、俺の中の罪悪感が溢れかえっているんじゃねえだろうな、と気がついた。

 

戦っていたんだな、と思った。いいことをすればするほど、才能をのばせばのばすほど。重くのしかかること。生理や性欲や排泄 みたいに、まったく自分だけの、決して他人と分かち合えない無意識の重み。どんどんふくらんでくる、この世のあらゆる殺人や自殺のもとになっている、暗いエネルギー。

 

 

自分の都合でレイの未来を摘んでしまうなんて……事情を知らない者だからこそ言えると思っていた言葉が、いつの間にか抜き身の 刃 として自分の前にあった。その刃で何度も何度も自分の心を切り刻んだ。

 

きっといつか、報いがくる時が来る。その恐ろしい不安は消えることがなかったが、一月経っても、二月経っても何事も起きず自分の罪が、知らぬ間に、もう半ば〝なかったこと〟になりつつあるのを知った。

 

誰も気づかなかった。そして、これからももう気づかれることはないだろう。そう考えて、ヒデトは罪悪感を横目で見つつ、やはり安堵の方に先に手を伸ばした。

 

その矢先、ネオが行方不明になった。

 

どこか高いところから、自分の存在に冷たくしたたってくるような不安を覚え、思い悩むようになっていた。

 

そして、ネオからメールがきたとき、ヒデトは拒むことが出来なかったし、出来るはずもなかったのである。

 

 

「だから俺は負けない、負けたらほんとうにネオにもレイちゃんにも顔向けができなくなる」

 

 

そんなテイマーの思いを背負い、オメガモンズワルトはガルルキャノンを構えたのだった。

 

 



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138話

激闘の最中、明らかな邪魔が入ったと両者が気付くのは早かった。まずはオメガモンズワルトから放たれた漆黒の砲撃に被弾したベルフェモンは絶叫した。今までにない悲鳴だ。もがき苦しむベルフェモンはジュンと会話する余裕すら失われたようである。

 

「どうしたの、ベルフェモン!?大丈夫っ!?」

 

デジヴァイスが異常を検知したとエラーを吐き出し始める。

 

「な、なにこれ!?どうしてベルフェモンの構成データに異常が!?」

 

すさまじい勢いでベルフェモンを構成するデータが破壊されていく。それは虚空に消えていく。明らかに七大魔王がもつ特性だ。オメガモンズワルトがもっていていいスキルではない。

 

「ベルフェモン!」

 

叫ぶジュンとベルフェモンに動揺をかくしきれないのは、ほかならぬオメガモンズワルトだった。ガルルキャノンを見つめている。闇の粒子がまた集まり始めていた。オメガモンズワルトの意思とは全く無関係の法則が働いている。オメガモンズワルトは抗うことができない。相棒の異常に気づいたヒデトはオメガモンズワルトを止めようとするが無常にもデジヴァイスは操作を受け付けようとはしなかった。

 

無常にも放たれた漆黒の砲撃がジュンのデジヴァイスがもつ結界すら貫通して、ベルフェモンの巨体をみるも無惨な形で破壊していく。

 

オメガモンズワルトのガルルキャノンがその砲撃の出力に耐えきれず青い稲妻が走り始める。それはみしみしと内側からヒビが入っていき、メタルガルルモンの頭部を模していた装甲を内側から破壊していく。砲撃は止まらない。オメガモンズワルトを構成しているエネルギーをも変換する形でどんどんその威力を増していく。

 

その砲撃を構成しているデータは、内側からベルフェモンを食い破っていった。このままではジュンもろとも死にかねないと悟ったベルフェモンは、必死で呼びかけるジュンの体を掴むと空に向かって放り投げた。

 

「ベルフェモン!!!」

 

ベルフェモンを構成していたデータは、すべて0と1に変換され、消滅していく。ジュンの叫びはいよいよ届かなかった。ジュンの目の前でベルフェモンは消滅し、その蓄えていた膨大なウイルス種のデジゲノムは、漆黒の砲撃に仕込まれていたプログラムに回収されていく。それがひとつの禍々しい色をしたデータチップになった瞬間に、それははるか上空から飛来した影に捕食されてしまう。

 

オメガモンズワルトを侵食していったデータもまた、そこからその影に喰われていく。

 

「ヒデト、逃げるんだ。このままだときみまで死ぬ!」

 

オメガモンズワルトに庇われる形で地上に下ろされたヒデトは、なにがなんだかわからないまま空を見上げるしかない。オメガモンズワルトは自身のガルルキャノンをグレイソードでぶったぎる。そこで侵食は終わった。

 

「ヒデトくん、こっちにきて!ただでさえあなたは、パーソナルデータが保護されてないの!オメガモンズワルトみたいになっちゃうわ!!」

 

ジュンが結界の中に連れ込むのと、オメガモンズワルトのガルルキャノンとベルフェモンを喰らった影が咆哮するのはほぼ同時だった。その瞬間にデーモン軍とホーリーエンジェル軍の兵士たちが消滅してしまう。そのデータは全て禍々しい風に飲み込まれていき、巻き上げられていく。そのさかまく漆黒の中心は、黒い球体となり、やがてそれはひとつの不気味な模様が浮かんだ卵を産み落とした。かろうじて貫通を免れたのはオメガモンズワルトのグレイソードがその拡散する波動をぶったぎり、初期化してただのデジゲノムの粒子としてくれたおかげだった。

 

「デジタマだ......」

 

直感的にオメガモンズワルトは思ったが、そこに浮かぶ模様の意味が理解できない。反応したのはジュンだった。

 

「七代魔王の紋章だわ......まさか、あれがぜんぶ取り込んじゃったの?ベルフェモンまで?嘘でしょ......」

 

「7つの究極体のデジタマがひとつになったのか......なんてことだ」

 

七代魔王を象徴する紋章が浮かぶ。リリスモンを象徴する緑色の色欲の紋章。ベルフェモンを象徴する青色の怠惰の紋章。リヴァイアモンを象徴する水色の嫉妬の紋章。ベルゼブモンを象徴する黄色の暴食の紋章。バルバモンを象徴する紫色の強欲の紋章。そして、ルーチェモンを象徴する赤色の傲慢の紋章だ。

 

「ベルフェモンの紋章がふたつあるのに、デーモンの紋章がない......デーモンが核になったんじゃないの!?あのデジモンの核は一体......」

 

煌々と光り輝く蛍光色の光はやがてウイルス種のデジゲノムを取り込み、次第に肥大化し、やがて見上げるほどの巨大となっていく。

 

「うまれる......」

 

そうとしかいいようがなかった。真っ黒な巨大なデジタマにヒビが入る。そのデジタマのデータすら喰らいながら現れたのはみあげるほどの巨大。空を覆い尽くさんばかりに現れたデジモンだった。

 

ジュンのデジモンアナライザーが更新される。どうやらこの恐るべき怪物はデジタルワールドのアカシックレコードにしっかりと記録されていたようである。

 

かつてデジタルワールドのセキュリティの末端の仕事をしていたジュンも聞いたことがないデジモンだった。だがそこに記述された言葉を見ればその脅威を即座に把握することができた。デジモンアナライザーをみせられたヒデトも絶句するしかないのである。

 

ジュンの世界ではアポカリモンを受け入れるために種族ごとにデジゲノムを分割し、そのうちウイルス種のデータを7つにし、デジタマにすることでようやく受け入れることができた経緯がある。生まれながらの究極体になることが運命づけられた個体だ。時代が早すぎるからまだまだ生まれるのが先で、ベルフェモンはその特殊な役割ゆえにジュンがいるからこそ許された存在だった。

 

この世界ではアポカリモンを生み出さないようにするためにデジタルワールドの負の念を吸収する装置(それぞれが司る紋章)をコアに備え付けていた存在だ。光と闇のバランスが崩れたときに、光にばかり力が偏ったときに誕生するはずだった。デーモンだけが誕生したのも相対する光があったからにほかならない。

 

ただ、今回、デーモンはわざと光の存在としてヒデトたちを召喚した。光に偏りすぎた世界は闇を生み出して均衡を保とうとした。そして生まれ落ちた存在が曲折を経てひとつになってしまった。すべての罪の因子がひとつになってしまった。

 

「まさか、初めからこれが目的だったの、デーモン!?オグドモン......っていったい......」

 

それは、便宜上名づけられただけで、ジュンたちの知るデジモンでは断じて無かった。デジモンのデータをかぶっているだけで、もっとおぞましいなにか、なのはたしかだった。

 

オグドモン

 

レベル 究極体

タイプ 化身型

属性 ウィルス

必殺技

・オーラーティオ・グランディオロクア

・カテドラール

・グラドゥス

 

オグドモンとは、七つの眼と七つの脚、そして第八の眼をもつ異形の超魔王である。デジタルワールドの全て罪を内包し、さらに全ての罪を贖罪する力もつ謎の化身体であり、故に、少しでも悪意のあるデジモンでは力を相殺され、倒すすべはない。

 

必殺技は、欲望のままに暴走する『オーラーティオ・グランディオロクア』と、口部より奏でられる衝撃波動『カテドラール』。

 

また、巨大な脚で相手を粉砕する『グラドゥス』をもつ。

 

タコのような体を持ち、七つの眼と七つの脚、そして第八の眼を有する異形の超魔王。デジタルワールドの全て罪を内包し、さらに全ての罪悪を贖罪する力を秘める謎の化身体ともされる。少しでも悪意のあるデジモンの攻撃は全て無力化してしまう。

 

デジモンアナライザーに記されたのは、もはや天災としかいいようがない言葉たちである。

 

あまりにも巨大な体だ、全貌は到底のぞめない。巨大な脚が歩くたび、地面が大きく揺れた。地響きがした。地面が裂け、崖がつくられ、地面が大きく隆起した。オメガモンズワルトがいなかったら、ジュンもヒデトも奈落の底に落ちていたに違いない。

 

ベルフェモンは雄叫びで究極体以下を死滅させる力があるが、オグドモンの咆哮はその比ではなかった。オメガモンズワルトが近づいてくる衝撃波をぶったぎろうとしても相殺され、無効化されてしまうのだ。

 

絶句するジュンに、俺のせいなのか、とヒデトはここにきて初めて弱音をこぼした。無言で先を促すジュンに、ヒデトはネオたちに起こった悲劇とここにくるまでの経緯をはじめて話した。

 

デジモンアナライザーの説明が本当なら、なにをもって悪意と判定されているのかはわからないが、オメガモンズワルトがここにいるのはヒデトのため。ヒデトはレイとネオの贖罪のためにいるのだ。ヒデトは自分が許せないでいる。だからネオの手下になった経緯がある。それはもしかしたら、傲慢なのかもしれない。

 

「そんな無茶苦茶ある?清廉潔白な人間なんていやしないんだから、誰も倒せないってことじゃないの」

 

オグドモンの破壊衝動の矛先はデーモン軍でもなければ、ホーリーエンジェル軍でもないのは明らかで、ただただ目の前を焦土と化すために暴れているのはたしかだった。気づけばあれだけいた軍勢はもぬけのから、かろうじて生き残ったのはオメガモンズワルトしかいなかった。

 

「デーモンはそんなに世界が憎いのか......」

 

「あいつ、初めからベルフェモンを贄にするつもりだったのね、許せない!」

 

「なにをする気なんだ、あいつは」

 

「七大魔王はその強大さゆえに生まれながらに並行世界に同一の存在が生まれて、力を分割されているそうなの。デーモンはそれを心の底から憎んでいたわ。この世界を滅ぼしたら、そんなふざけた定義をした原始の世界にいくか、あらゆる並行世界を統合して全盛期の力を取り戻すと言ってたの。この戦争はほんの足がかりにすぎないのよ、あいつにとっては」

 

「なんだって!?それをネオは知ってるのか?」

 

「わからないわ......だってあなたと一緒でデーモンに召喚されたのよ、ネオくんも。パーソナルデータをどこまでいじられてるかわかったものじゃないわ。だってこの世界のデーモンは、0と1の配列を操ることで感情を操るダークウィルスなんだもの、記憶や感情を改変することなんて簡単じゃない」

 

「そうか......そうなのか......」 

 

ヒデトは拳を握りしめた。

 

「でも、ネオがレイをもう一度自分の足で歩かせてやりたいと誰よりも願っていたのはたしかだよ。そのためなら現実世界をデジタルワールドみたいにすることだって構わないのかもしれない」

 

「そうなの......。でも、デーモンがはいそうですかと認めるとは思えないわ。オメガモンズワルトのガルルキャノンがハッキングされたのだって、本来は余計なお世話じゃない。あんなことされなくても遅かれ早かれ決着はついていたもの」

 

「そうだな」

 

「なんか随分とすんなり認めるのね、あれだけ取り付く島なかったのに」

 

ヒデトは息を吐いた。

 

「なんだか、目の前が急にひらけた気がするよ。さっきまでの焦燥感が嘘みたいだ」

 

「この結界のおかげかしらね、ウイルスバスター機能があるから。あるいは相方が片腕を失ってまで助けてくれたから?」

 

「はっきりとはいえないが、どちらでもあると思う。ネオたちとあんなことがあってから、色々なことがありすぎたんだ。行き着くところまで行きついてしまったのかもしれない。それならいっそのこと、と思っていたのはたしかだ」

 

「オメガモンズワルトはそれでもついてきてくれたのね」

 

「そうだな......ありがとう、オメガモンズワルト」

 

「いつか目を覚ましてくれると思っていたよ、ヒデトは俺にとって最高のテイマーなんだから」

 

「正気に戻ってくれてありがたいんだけど......ごめんなさい、素直に喜べそうな状況じゃないわ。どうしたらいいの......」

 

ジュンはたまらず本音をこぼす。時空を越えてまでパートナーデジモンになりたいと追いかけてきてくれたかけがえのない存在が世界を滅ぼそうとする天災と化している。どうしたらいいのかわからない。デジモンアナライザーを見つめながら、ジュンは途方にくれる。

 

「まだだ、まだなにかあるはずだ」

 

「ヒデトくん......」

 

「きみはヒデトを元に戻してくれたんだ、その恩を返さなきゃならない」

 

「オメガモンズワルト......」

 

「あれだけの戦いに水をさされたんだ、決着がつかないままベルフェモンに死なれたら俺たちが困るんだよ」

 

ジュンはつられて笑ったのだった。

 



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139話

七大魔王の紋章がオグドモンのはるか上空に浮かんでいる。ただしくは憤怒の紋章の代わりに怠惰の紋章がふたつうかんでいるが。オグドモンの語源は名前の由来はおそらくギリシャ語で数字の8を意味するオグドアからだとその光景が見えたのならばジュンたちは確信できたはずだ。雲の向こう側に消える頭上である。見えるはずもなかった。

 

かろうじて巨大な脚に突き刺さるグレイソードのような巨大なエネルギーを内包した聖剣達がみえるくらいだろうか。封じられてきた天災が呼び覚まされたことを強く意識させるのは間違いなかった。

 

オグドモンの巨体はホーリーエンジェル城の城下町を城壁ごと焦土と化しながら進んでいく。そこにはなにも残らない。殺したデジモンたちのデータを自らの糧にしていく性質は七大魔王から継承しているようで、遺体すら残らない。あるのは瓦礫にすらなれなかった砂埃ばかりである。

 

オグドモンが誕生するときに発生した漆黒の風も分厚い暗雲も健在であり、オグドモンが歩くたびに上空の空は黒で塗りつぶされていく。ふいにその積乱雲のような闇が明るくなった。高出力のエネルギーが検知された。オグドモンをとりかこむように6つの魔法陣が上空にあるとわかるくらいには明るくなっていく。それが魔法陣から放たれた光の柱がこちらに向かっているからだと気づくのは、それが雲を貫通してからだった。それはまるでレーザー砲のように空からホーリーエンジェル城目掛けてぶっぱなされたのである。

 

ジュンはたまらずホーリーエンジェル城を見た。最悪の光景すら脳裏をよぎった。ジュンのデジヴァイスの結界すら貫通するほどの威力があるのは明白で、あの城に施した結界もやぶられてしまう確信があったからだ。

 

だが、そうはならなかった。7つの光の柱がホーリーエンジェル城に着弾するというその刹那、眩い光が展開され、城を防ぎ切ったのである。

 

「よ、よかった......なにか防衛プログラムでも稼働したの?でもあの城にそんな詳しい人いたかな......」

 

「ジュンじゃないのか?」

 

「アタシじゃないわ、全てのプログラムを掌握してるわけじゃないのよ。調べる前にマリちゃんやヒデトくんたちが来ちゃったから」

 

「そうなのか。じゃあ一体誰が......」

 

オグドモンは目の前にあるホーリーエンジェル城を完全なる敵だと考えたようで、執拗に攻撃をはじめた。口と思われる部分から放たれた旋律や巨大な脚から繰り出される拡散する波動は漏れなくあたりを破壊し尽くしたが、ホーリーエンジェル城はびくともしなかった。

 

「ここは最後の砦だ。お前たちの目的がデジメンタルなのだとしても、絶対に渡すわけにはいかない」

 

ひとつの光が、ちいさな光が、オグドモンの前に立ち塞がる。

 

「デーモンにより意図的に強まった光と均衡を保つためにお前は生まれたのかもしれない。だが今、この瞬間に世界は闇に傾いた。ゆえに世界は光に加護をさずけたのだ」

 

そこにいたのはこの城の主人、ホーリーエンジェモン、その人だった。

 

「世界の均衡を保つために力を抑えていたが、そうもいってられなくなった。今ここで力を解放させてもらう」

 

そして、ジュンたちは、ホーリーエンジェモンがタイチとゼロマルを召喚することができた理由を知ることになるのだ。デジタルワールドの守護デジモンゆえにセキュリティシステムからデジタルゲートをあける力を付与されていたと考えていたジュンはそれが誤りだと悟るのだ。それはほかならぬ、ホーリーエンジェモンとして正体をかくしていたデジモンの能力にほかならなかったのである。

 

オグドモンの破壊衝動に震撼する世界のはるか上空に、無数のデジタルゲートが構築されていく。そこから現れたのは、数多の天使、いや、それだけではない。悪魔、あるいは魔王、堕天使型デジモンたちがいる。

 

それを従える形で現れたのは、白の翼と黒の翼をもつ異色の天使だった。

 

「我が名はマスティモン。世界を終焉に導きし原罪の権化よ、今ここでいつかの決着をつけようではないか」

 

ジュンのデジモンアナライザーが更新された。

 

マスティモン

レベル 究極体

タイプ 天使型

属性 ワクチン

必殺技

・ホーリーディザイア

・ダークディスパイア

・カオスディグレイド

 

デジタルワールドに未曾有の危機が訪れたとき、相容れない天使型デジモンと堕天使型デジモンが手を取り合い、ジョグレス進化を果たした姿で現れるという天使型デジモン。ゲートを繋ぎ別のデジタルワールドから呼び寄せた天使族・堕天使族の勢力を統制し窮地に立ち向かう。

 

普段は敵対する両種族をまとめ上げられるのも、『異世界の軍師』と呼ばれるマスティモンの持つ資質ゆえである。自身も相反する2体のジョグレス進化でありながら一本気な心の持ち主で、光と闇のエネルギーを自在に操って様々な状況でデジモン達に力を貸し、また自らも強敵を討つ。

 

必殺技は右腕から放つ光の矢で邪悪なる者を討ち滅ぼす「ホーリーディザイア」と、左手で掴んだ相手をデジコアごと握り潰しデリートする「ダークディスパイア」、そして。

 

デジモンアナライザーが全てを読み上げる前にマスティモンは両腕の光と闇のエネルギーを融合させてゲートを作り出す。マスティモンとオグドモンのあいだに巨大な門が出現する。

 

「異次元の彼方へ消え去れ!カオスグレネイド!!」

 

すさまじい光と闇があたりを覆い尽くした。門にオグドモンが吸い込まれていく。

 

「攻撃することができないならばこの世界から追放すればいい、確かにそれは有効な手段だろう」

 

どこからか、男の声がした。ジュンとヒデトは弾かれたように顔を上げた。デーモンの声だった。高笑いが聞こえてくる。

 

「長きにわたる平和でボケてしまったようだな、マスティモン。七大魔王に運命づけられたその忌々しき因縁を忘れてしまうとはな、愚か者め!」

 

その瞬間、門が破壊された。オグドモンの力ではない。なにかよくわからない法則が働いて門を構成しているデジゲノムが破壊されてしまったのだ。

 

気づけばデーモン軍が出現していた。傍にはアルカディモンと超究極体の因子を取り込み変質したカオスドラモンを従えたネオがいる。

 

「七大魔王はその余りに強大な力から、全ての平行世界に存在させる事で力を分散させている。一つの世界に存在する七大魔王達を全て倒してしまうと世界から罰を受けるのだ。ゆえに天罰を受けるのは貴様の方だ、マスティモン!!」

 

「ようやく姿を表したな、デーモン。私は初めからオグドモンの排除など考えてはいない。想定内だ」

 

「なんだと」

 

「そこにいるオグドモンは普通のオグドモンではない。ジュンのパートナーたるベルフェモンを強制ジョグレスさせて作り上げたまがい者だ。この災禍を放逐してもこの世界には貴様が残る。ゆえに問題はない。だがジュンと特別な繋がりがあるベルフェモンを救う必要がある、初めから放逐する気などなかったさ。消えるのは貴様の方だ」

 

マスティモンの号令が響いた。どうやら初めから陽動するつもりだったらしい。あらゆる方向からデーモン目掛けて光と闇の力が発射される。

 

「オグドモンを解放するためにワシがどれだけ労力を割いてきたと思っているのだ。この程度、予測済みよ!さあ、食らうがいい、オグドモン!素体となった七大魔王たちになんのために超究極体の因子をつぎ込んだと思う?このためだ!!」

 

光と闇の弾幕が迫り来る中、デーモンは高らかに宣言する。オグドモンに超究極体の因子がぶち込まれた瞬間、誰もが世界が歪んだ気がした。

 

オグドモンの蜘蛛のような姿が内側から食い破られ、さらなる悍ましい姿に姿を変えていく。タコのような、不定形のような、原型すら超究極体の因子によって崩されていく。七大魔王の悪の思念、破壊衝動がさらに増幅され、存在するだけでデジタルワールドが崩壊しかねないパワーが漏れ出てていく。6本の腕と頭は七大魔王それぞれの能力を備えた触手剣となり、敵味方関係なく、近づくもの全てを消し去ろうと振るわれる。それだけでなにもかもが消滅した。マスティモンが召喚した数多の軍勢すら消し去ってしまった。

 

デーモンの高笑いが聞こえてくる。状況は考えうる限り、最悪の方向にひた走っていることだけはたしかだった。

 

「いけ、アルカディモン。さっき食い損ねた分だ、ガルルキャノンというメインウェポンを失ったオメガモンズワルトなど敵ではない!」

 

ネオの命令にアルカディモンがこちらに向かってくる。

 

「ネオ......」

 

その瞳の奥に憎悪とデーモンの紋章をみとめたヒデトは顔を曇らせた。オメガモンズワルトは主たちを守るべくグレイソードを構える。ぐらつく体で巨大な剣を天高く掲げた。迫り来るアルカディモンとオメガモンズワルトのあいだにわってはいる影がある。

 

青い翼を広げたドラモンがそこにいた。

 

「みんな、待たせたな!」

 

「大丈夫かぁー?」

 

アルカディモンの目の前から獲物をかっさらい、安全圏にまで退避させたのは。

 

「タイチくん!ゼロマル!」

 

ジュンが誰よりも待ちわびた存在だった。シグマによる妨害を退け、なんとか戻ってくることができた、タイチたちだったのである。



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140話

◼️

《無限ジョグレス》 はもともとネオにどうしても勝てなくてヒデトが編み出した戦術だった。デジヴァイスをふたつもつヒデトは、これらを駆使してオメガモンズワルトをジョグレスとパーティションを繰り返すことでHPを無限に回復させ続けるテクニックを確立したのだという。ついでにそれぞれブラックウォーグレイモンのオーグとブラックメタルガルルモンのメルーガという名前があるのだと教えてくれた。おそらくデーモンに召喚された関係でデジヴァイスにプログラムが仕込まれており、それにより真っ黒になったがもともとはオメガモンだったというから驚きだ。

 

「そんな手があったとはね......どのみちロスト待ちの延滞されたら詰みだったわけか。やるじゃない」

 

「奥の手は最後までとっておくものだからな」

 

そんな大事な奥の手をヒデトがわざわざ教えてくれたのは、ヒデトがもっているデジヴァイスに搭載されている機能をつかえばオグドモンに干渉できるのではないかと提案されたからだ。

 

オメガモンズワルトはジョグレスとパーティエーションを繰り返し、回復スキルも駆使することで万全の体勢を取り戻している。それはどうやらデーモンのハッキングがないかどうか確認する意味もあったらしかった。ジュンのデジヴァイスにあるプログラムをそちらにぶちこんだおかげかもしれない。なんの問題もなくプログラムは起動し、正常に機能している。少なくても、先程のようにハッキングされてガルルキャノンが喰われることはなくなったわけだ。

 

「オグドモンは七大魔王が強制的に統合されて超究極体の因子をぶちこまれた状態なんだろう。分離することさえできれば個別撃破は骨が折れるが可能かもしれない。これができるのは、きみだけだ。ジュン」

 

「アタシ?」

 

「ベルフェモンと特別な繋がりがある君だからこそ、まだ希望はある。精神的な繋がりがあるなら、ベルフェモンに悪影響があったなら少なからず君にも影響がでるはずだ。でも、ないんだろう?君がいる限りベルフェモンが弱体化しないのは今もかわらないんだ。だからネオは俺たちだけ狙った」

 

アルカディモンとカオスドラモンを従えるネオと交戦状態に入っているタイチたちの空中戦を見上げながらヒデトがいう。ジュンは息を呑んだ。

 

「君がどれだけプログラミングの力があるかはよく知ってる。まだ諦めるのは早い」

 

「パーティション、か。すごいわね、ジョグレスがそんな簡単にできるなんて。アタシの世界だとデジタルワールドが全て用意していたから中身はブラックボックスだったのよね。それに膨大なエネルギーがいる。運用がすごく大変な技術なの。でも、ヒデトくんの話を聞いていたら、やる気が出てきたわ」

 

「それはよかった」

 

ジュンのデジヴァイスにヒデトから提供されたジョグレスとパーティションのプログラムが展開されていく。ジュンはベルフェモンのデータを通してオグドモンに干渉すべく、ハッキングを始めたのだった。

 

ヒデトはオメガモンズワルトに呼びかけ、ジュンに背を向けた。

 

「いくの?」

 

「タイチにだけ任せるわけにはいかないからな」

 

「そうね、オグドモンをマスティモンが抑えててくれるうちに、デーモンとネオくんとの戦いに集中すべきだわ。頑張って」

 

「ああ、俺たちは俺たちのやるべきことをすればいい。がんばろう、お互いにな」

 

「そうね」

 

そして、オメガモンズワルトとヒデトは戦場に戻っていったのだった。それを見送ってから、ジュンはふたたび己に託された闘いに目を向ける。

 

ヒデトのいうとおり、パートナーデジモンは選ばれし子供の精神性の拡張という大切な役割があるのとひきかえに、パートナーデジモンになにかあったら選ばれし子供もただではすまない。なにせもうひとりの自分なのだ。オグドモンの力がデジヴァイスの結界を貫通するほどの威力があるのなら、間違いなくベルフェモンになにかあったらジュンもただではすまなくなる。さいわいまだなんの異変もないのはベルフェモンがオグドモンの中で今なお抵抗し続けていることにほかならない。

 

原罪の統合がオグドモンだというのなら、人間という存在の中に普遍的に存在すると思われる情念がかたちをもった意思から生まれ出たと思われる中にぶちこまれたに等しいだろう。そこから解放してやるには、ベルフェモンという個人を呼び続けるしかないのだ。

 

アクセスした座標はオグドモンを構成する複雑怪奇なデータの中だった。統合され、完全にひとつになったわけではないのか、ベルフェモンの構成データそのものはベルフェモンを象徴しているオレンジ色の紋章を中心としたテクスチャのあたりにデジゲノムとなって集まっているようだった。

 

「オグドモンの核はなんなのよ、一体......。ベルフェモンは返してもらうわよ、そこにいるべきなのはデーモンであってベルフェモンじゃないんだから。それすらわかんないなら思いださせてあげるわよ」

 

ジュンはベルフェモンを呼んだ。

 

「聞こえる、ベルフェモン?」

 

何度か呼びかけているうちに、オレンジ色の輝きが増した気がした。

 

「よかった、まだ意識はあるみたいね。待ってて、今パーティションのプログラムを起動するから」

 

ジュンのデジヴァイスを通じてベルフェモンの構成データにパーティションのプログラムがダウンロードされる。オレンジ色の輝きは増していき、やがてそれはひとつのテクスチャを再構成していった。こちらに第三者からの干渉してこないようロックをかける。プログラムの実行率がどんどん高まっていく。それはやがて100パーセントになり、ジュンのデジヴァイスはいちど再起動の段階に移行した。

 

複雑怪奇なデータの空間がぼこぼこぼこと泡立ち始めた。構成しているデータからごっそり14パーセント強のデータがぶんどられようとしているわけだから無理もないが。

 

「ベルフェモンに超究極体の因子をぶちこまれるわけにはいかないのよ、そのまえに何としても......!」

 

まだ侵食はされていないとデジヴァイスが教えてくれる今しかチャンスはないのだ。

 

それを阻止するためにオグドモンの脅威が迫り来る。

 

「!?」

 

それは突如出現した無数のナイフによって軌道を逸らされ、別のテクスチャにぶつかり内部から粉砕される。

 

「大丈夫ですかな?」

 

「あ、あんたはピエモン......?いや、違うわね。こんなところにいるなんておかしいし、そんなに黒くない......色違いにしてはオグドモンに攻撃が通るなんて」

 

「私はカオスピエモン、テイマーたるシグマはヒデトたちの仲間だといえばわかりますかな?」

 

「3人いたネオくんの手下、タイチくんと戦ってたっていう?」

 

「はい、私たちはタイチとゼロマルの友情と絆、そこからもたさられるコンビネーションに敗れました。私に仕込まれていた超究極体の因子の暴走であやうく命を落とすところでしたが、ゼロマルがその感染源だった片足を粉砕したおかげで一命をとりとめましてね」

 

「五体満足に見えるけど」

 

「とんでもない。シグマが急遽義手となるプログラムを組んでダウンロードしてくれたおかげにすぎません。私にはオメガモンズワルトやロゼモンのような自己治癒能力はありませんのでね。おかげで私もシグマも助かった。タイチたちは仲間に誘ってくれました。だからこそ、我輩はここにいるのです」

 

「なるほどね、アンタがここにいるのはシグマくんのおかげってことか」

 

「はい。お手伝いしますよ、ジュン。我輩はシグマとともに超究極体の因子とはなんなのか、この強さの正体について調べ上げ、タイチたちに知らせる義務があるのです」

 

心強い味方を得たジュンは気合いを入れ直して、作業を再開したのだった。

 

超究極体の恐ろしさは、デジタルワールドの生態系バランスを崩壊させるほどのエネルギーをもつ。最後まで育てたとしても制御不能なモンスターとなるのは目に見えているため、デジメンタルを求めている。

 

シグマから話を聞いたジュンは目を丸くするのだ。ジュンが知るデジメンタルは誰にでも進化を可能とする膨大なエネルギー体だったが、あまりにも危険なために封印が施された。ここまではこの世界と歩んだ道は同じだったのだが、選ばれし子供のパートナーたる古代種たちがつかえるのも太一たちの紋章を刻むことで精神的な気質を要求することで制限をかけ、実質古代種しか使えなくしたためだ。

 

デーモンはジュンの世界を観測したことで並行世界たる自分の世界にもデジメンタルはあると確信したことになる。それもなんの制約も受けていない、原始の存在たるデジメンタルが。

 

「ホーリーエンジェル城を執拗に攻撃するのはもしかしてそのためなの?」

 

「古代の戦争の史跡をすべて掌握しましたが見つからずここしかあとはないとなれば自ずと答えは出るでしょうね」

 

「なるほど......」

 

「おや、シグマさまからメールが......ああ、なんということだ。デジメンタルの座標が確定したようですよ、ジュン」

 

「シグマくんすごいわね」

 

「シグマさまはデーモン軍にはそのハッキングの力を買われたのですよ、あなたのようにね」

 

「その力を存分に発揮してくれてるってことか。やっぱりその場所って?」

 

「はい、ホーリーエンジェル城の地下に広がる遺跡の最深部になります」

 

カオスピエモンが持ち込んだ端末を見せてもらったジュンは、高濃度のエネルギー反応がそこにあるのをたしかにみた。あらゆるデジモンをその自我や理性、知性を持たせたまま進化させたり、能力のみを無限にひきだすことができる永久機関。デジメンタルの性質を完全に把握したならアルカディモンにデジメンタルを使えば制御できる形で進化させることができると考えた。

 

「デーモンもそれには気づいてるはずよね?なんで自分でやろうとしないのかしら」

 

「光と闇の均衡を崩すのに、シグマさまたちを召喚する必要があったからでは?」  

 

「それはそうだけど、うーん、なんかひっかかるわね。わざわざ人間にデジメンタルを渡す理由......になりえるのかしら。ひとつしかないんでしょう、たぶん。というか永久機関てなによ、そんなのネットワークに存在するデジタルワールドにおいて電気以上に汎用性の高い電気以上の力なんてありえるの?引き出すってことは与えるってことじゃなく、崩壊するからかけてるリミッターをむりやり外すことと同じじゃないの。デジモンだってそんな負荷をかけたら普通死にかねないわ」

 

「それができるからこその最終兵器なのでは」

 

「いやまあそうなんだけど......媒介になるデータがあるはずなのよ。それはなんなのかしら。それがなきゃこの世界には実体化できないでしょ」

 

そこまで考えて、ジュンはふと思い至るのだ。

 

「昔の遺跡は人間が前提のプログラムばかりが展開されてたけど、もしかしてデジメンタルも私の世界と同じような運用が前提になってるとかないかしら」

 

「精神的な気質を要求するというあれですか」 

 

「ええ、それも誰も彼もが持つようなものじゃなく、オグドモンの要求する悪意を持たない心のような」

 

シグマがメールで戦況を教えてくれている。

 

「ゼロマルの攻撃がオグドモンに無効化されなかったってことは、想いに邪なものがなく、真摯でいっちょくせんならば大丈夫ってことよね」

 

「タイチならデジメンタルを扱えるということですか」

 

「タイチくんだけじゃないわ、デーモンに感情を操作されて視野搾取に陥ってるネオくんもそうみたい。レイちゃんのためにって気持ちだけは本物で、それに至るまでの全てを管理下におかれていれば、側から見たらレイちゃんのためにすべてをささげているようにみえるわ。それはきっと真摯で誠実よ。客観的に見てそれが悪でもね。たぶん、それがデーモンに目をつけられた理由なんだろうけど。ほんとにゲスなことするわ、デーモンのやつ」

 

そうしているうちに、ようやくカオスピエモンが持ち込んだ端子が100パーセントを表示する。アルカディモンを構成している超究極体の因子を解析できたようだ。

 

「ドットマトリクス......」

 

「これはこれは」

 

それは恐ろしい性質だった。物体であれエネルギー波であれ、対象とした全てを観測した瞬間に0と1に分解し、吸収してしまう性質だ。これこそがアルカディモンの超究極体もしくは最終兵器たる所以。相手からすればなにが起こったのかすらわからないまま消滅し、取り込まれることに他ならない。しかもそれは目に見えず、聞こえず、なんの兆候もなく行われている。アルカディモンが進化するということはその速度の選択肢が広がることを意味している。

 

「ベルフェモンが抗っていられるのはやはりあなたとの繋がりがあるからでしょうね」

 

「そうなの?」

 

「はい、取り込まれたデジモンのデジゲノムが分解に対抗しているのはあなたのベルフェモンだけです。そのエネルギーが弱まるどころか強まっているのは間違いなく」

 

「ありがとう、カオスピエモン。ですって、ベルフェモン。やるしかないわ、うまくいけば脅威は増すけど敵数が減る!頑張って!」

 

ジュンの言葉にオレンジ色の紋章が呼応するようにひかる。それを妨害しようとする不完全ゆえに避けることができるオグドモンの攻撃を回避しながら、ジュンはデジファームにベルフェモンのデータが転送される瞬間をひたすらに待つ。

 

100パーセントが表示された。

 

「今です、ジュン。こちらへはやく!」

 

カオスピエモンに手を引かれ、ジュンはあわててオグドモン内部から離脱する。そしてシグマのまつホーリーエンジェル城の治療室に転移したのだった。

 

無人になったオグドモンの内部にて、14パーセントを失ったことに気づいたオグドモンの本能は安定をもとめてただちに行動を開始する。本来あるべき7つの大罪の空白を埋めるべく、マスティモンではなく別の存在を探して地上を暴れ始めたのだった。



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141話

ホーリーエンジェル城の救急室にはすでにロゼモンの姿はなく、マリともに戦場に向かったらしい。カプセルポットにただちに担ぎ込まれたデジゲノムがテクスチャから再構成されていく。

 

「どれくらい時間がかかるかわからんが、ドットマトリクスに抗う力は強さを増している。ジュンのおかげだ、ここから動くなよ。お前になにかあったら、いよいよベルフェモンも終わりだぞ」

 

「わかったわ、おとなしくしてる」

 

レオモンに念押しされたジュンはうなずいた。

 

「ついでだ、これを解析してくれ」

 

「これは?」

 

「マスティモンさまがこの城の地下に広がる遺跡の碑文だと。もしかしたら、お前は読めるんじゃないかと。やれるか」

 

「時代にもよるけど......やってみるわ」

 

ジュンはさっそくデジモンアーカイブにデータをダウンロードした。

 

「これは......」

 

ジュンは思わず息を呑んだ。ジュンはこの文言を見たことがあった。

 

「予言の書......デジモン黙示録......アタシの世界にあるデジタルワールドにある碑文と同じね。はじまりの世界が同じだった証だわ」

 

かつて世界は2つのイデアがあり、世界を巻き込んで大きな戦争を起こしたと記されている。

 

そしてあるイデアが勝利し、敗北したイデアは火の壁の向こう側に封印され、封じられた。

 

そして世界が平和になり、そのことを讃えるために、記録を残したらしい。

 

邪悪の闇を打ち払い消滅せしめよ。この世に永遠の平和を。そう締めくくられている。

 

 

デジモン黙示録は、淡々とかつてあった動乱の日々を書き連ねている。ガラスの海、結晶化する大地、黒い霧に飲まれて同族同士で撃ち合い、全滅する仲間たち、デジタルワールドを構成するデータが改変され、再編され、再統合され、構築されるはもうひとつの勢力。

 

ほとんどがきわめて抽象的な文章に終始しており、難解な単語のオンパレードで、解釈次第では無限の理解を得られそうな文脈ばかりである。

 

少なくとも、ジュンのようにあらゆる情報を得ていない人間はもちろん、デジモンが理解するのは極めて無謀と言わざるを得ないものだった。

 

とりあえず、古代種がほろんでTAMAGOTTI文明が到来するまでの間に、デジタルワールドが危機に陥り、それを一丸となって救った者たちがいたことだけは確かである。そして、この記録が残されているということは、見まごうことなき勝利を彼らが勝ち取ったという証拠でもある。

 

ジュンの世界のデジタルワールドと違うのは、その救世主たちの人数が不明であり、人間もいたのに忽然と姿を消したこと。デジモンしかわからないということだ。

 

「アルフォースブイドラモン?」

 

ロイヤルナイツのメンバーにいると聞いたことがあるデジモンだ。デジモンアナライザーも反応してデータを表示する。

 

「この世界だと選ばれし子供たちがいないから、このデジモンとテイマーが救世主だったわけね。肝心の名前がないのはどうかと思うけど」

 

アルフォースブイドラモン

 

世代 究極体

タイプ 聖騎士型

属性 ワクチン

必殺技

・シャイニングVフォース

 

 

古代デジタルワールドから伝わる、ある“予言”の中だけに登場する伝説上の聖騎士デジモン。その“予言”にはネットワークの守護神“ロイヤルナイツ”の出現が書かれており、“ロイヤルナイツ”と呼ばれるデジモン達は、デジタルワールド最大の危機の時に“予言”の元に集うと言われている。

 

アルフォースブイドラモンは“ロイヤルナイツ”の中でも神速のスピードを持ち、その動きを追える存在は皆無である。またクロンデジゾイドの中でも希少な存在で最軽量のレアメタル“ブルークロンデジゾイト”の聖鎧に身を包み、空を裂き、大地を割る。

 

両腕に装備した“Vブレスレット”から武器やシールドが展開する。必殺技は胸のV字型アーマーから掃射される光線『シャイニングVフォース』。

 

その予言の書がジュンが今読んでいる碑文ではないのはたしかだった。

 

「......あれ?」

 

救世主たちの活躍が記されている章を見ていたジュンは指でそこをなぞった。

 

0と1の夜明け。古より伝えられし大いなる光。竜の一族を照らす。聖なる光、剣となりて、邪悪なる竜を鎮め、また盾となりて、心正しき竜に新たなる力授けん。

 

それは古代種のオーバーライトについての記述だった。激しいオーバーライトはデジモンの体を蝕む。特に気性が荒く喜怒哀楽が激しい古代種は滅びの道をたどり、幻のデジモンとなった。だがオーバーライトの中には反対に感情の昂りが力を生むものもあった。喜びといった感情や大切なものを守ろうとする強い心が生むオーバーライトは、治癒の力を持ち、強靭な精神に相応しい肉体を求めて進化を促すという。救世主が救世主たりえる力の名はアルフォース、ゆえにアルフォースブイドラモン。

 

「......このデジモンもブイドラモンからエアロブイドラモンに進化してるのね。ゼロマルみたい」

 

「そうなんですか?」

 

「ええ、タイチくんがいってたわ。コロモンからアグモン、ブイドラモンに進化したって。だからゼロマルは古代種の先祖返りだと思うんだけど、もしかしてデジゲノムを継いでたりしてね」

 

「それはあるかもしれん。マスティモンさまは救世主たりえるテイマーを探していたが、そのきっかけこそが本来想定されていない進化経路を歩んだゼロマルなのだ」

 

「そうなんだ」

 

「いわれてみればゼロマルってポテンシャルたかいよね」

 

「回復も早いし」

 

「タイチくんの力も大きいけどね。タイチくんがいなかったら、いくらゼロマルでも10倍の差はあるといわれてる世代差を埋めるのは至難の業よ」

 

ジュンはためいきをついた。

 

「ほんとにトップテイマーしか召喚されてないわね、この世界。タイチくんたちのいる現実世界はずいぶんとアタシのいる世界と違うみたいだし、だからこんなにデジタルワールドの世界もまるで違うのね。並行世界ってやつかしら。まあ、知ってたけど」

 

「ジュンさんもテイマーなんですか?」

 

「だった、が正しいわね。タイチくんたちには到底及ばないわよ、大会で優勝なんてしたことないし。アタシがトップテイマーだったら、デーモンはそのままアルカディモンの育成をさせてたと思うわよ」

 

「たしかに」

 

「ま、アタシにはベルフェモンがいるからね、いらないけど。無事でよかったわ、ほんとに」

 

カプセルポットの中にはオグドモンに適合したことで超究極体の因子の性質が変化したのか、ドットマトリクスの対象を明確に選ぶようになった結果、因子の力が弱まった。オグドモンがオグドモンたりえるには七大魔王のデジゲノムは重複してはいけない、相応しくないと判断されたことで、無事呪縛から解放され、再構築が進んでいるジュンの相方がいる。

 

「アルカディモンからドットマトリクスを食らってたらさすがにベルフェモンでもあぶなかったわね。転生できるだけのデータが確保できてよかったわ」

 

カプセルポットの中でベルフェモンだったデジゲノムはやがてひとつの塊に集約されていく。

 

「さすがに完全復活とはいかなかったか」

 

「ベルフェモン、死んじゃったんですか?」

 

「オグドモンに取り込まれちゃったから仕方ないわ。消滅しないだけマシよ。アタシのパートナーである以上自我は保ったまま、さらに強い個体として生まれ変われることを考えればまだ御の字だわ」

 

カプセルポットの中に紫色に不思議な模様をしたデジタマが出現する。七代魔王のデジゲノムからできているにもかかわらず、いきなり究極体が生まれてくるサイズではなく普通のサイズのデジタマだ。これこそがジュンとベルフェモンの特殊な関係を象徴していた。

 

「これでアタシの戦場復帰は絶望的になっちゃったから、もうここからは一歩も出ないで支援するしかないわね。デジメンタルの場所がバレちゃった以上、はやく回収してタイチくんたちに届けるしかないわ。アルカディモンに使われるくらいなら、使い道くらい先に決めさせてもらいましょう」

 

ジュンがそういって笑ったときだ。

 

くらりと揺れたジュンに貧血かとレオモンが案じ、ジュンもつられてしがみついたら、カプセルポットや医務室の設備や本棚も、壁にかけたカレンダーも揺れていて、誰もがようやく地震だと気づくのだった。 

 

信じられない、地面がこんなにもたやすく揺らぐなんて。ホーリーエンジェル城はプリンのうえに建っているのかと錯覚しそうになってしまう。床がやわらかくなり、ゆっくり溶けてくずれていく感覚。めまいがして床にうずくまり、耳鳴りのなか、暗い色彩の万華鏡の模様が視界を覆う。地震はおそろしい。こんなに簡単に揺らぐ世界もおそろしい。また揺れた。

 

それだけ外の戦いが激しさを増しているのだ。

 

ジュンたちは長いあいだ立ちつくす。しっかりと両足で地面をふんで、もう揺れてないと何度も確かめるまでは安心できない。かすかな揺れであっても、じつは大地震が来るまえの予震で、いまこの瞬間にも地響きが聞こえて大揺れが起こり、部屋の隅までふっとばされるんじゃないかと身がまえる。 

 

万が一のときのための一人一人を守る十分な対策はホーリーエンジェル城には存在しえないのだ。

 

嫌な予感は的中した。

 

地中から大木が折れるような、あるいは大砲のような音が轟きわたる。轟然たる大音響が大地をつんざく。ホーリーエンジェル城が破裂するのではないかと思われるほど激しい、遠くから伝わってくる地鳴りだった。

 

地響きが地の底で大太鼓でも打つ不気味さで、少しずつ少しずつ大きくなり、まっしぐらに接近してくる。やがてそれは建物が揺れ傾くような地響きとなり、深い所から湧くような地響きが、足元から伝わってくる。

 

やがて収まりはしたが、誰もが時間がないのだと悟るには充分だった。

 

「シグマくん、デジタルゲートの構築はどれくらいかかりそう?誘導ならアタシがするわ、やったことあるから」

 

「カオスピエモンが万全ではないのは心配だが、ジュンたちの護衛もいるだろう。ここはまかせてくれ。頼んだぞ」

 

「レオモン頼んだよ。ジュンさんは誘導よろしく。行こう、カオスピエモン」

 

砕け散った仮面の下からみえる口元は笑っている。ジュンはさっそくデジメンタルのところまでシグマたちを誘導すべくデジモンアナライザーを繋いだパソコンの前に座ったのだった。



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142話

◼️

想像以上にデーモンによるネオの洗脳は深刻なのだとタイチは思い知らされていた。デーモンがオグドモンに取り込まれ、敵の数だけは減ったが完全体として復活してしまった。だがそれはある意味待ちわびた好機でもあった。

 

タイチはデーモンさえ死ねばデーモンの洗脳は解けると思っていた。カオスドラモンをアルカディモンの餌にしないで戦わせている時点でアルカディモンに対する異様な執着と盲信が少しではあるが緩んでいると踏んだからだ。今までのネオだったらアルカディモンの次なる進化に必要なデータが収集できたとしても敵対する相手はすべてアルカディモンに喰わせていたからだ。皆殺しにしてきた。

 

データを喰らうことで学習するならカオスドラモンは格好のエサのはずなのだ。カオスドラモンはかつてネオに戦力外通告されてゲームで削除されたにもかかわらず流れ着いたこの世界で巡り会ってからずっとついてきている個体だと本人から聞いたことがあった。それを最終決戦まで連れてきているということは、少なからず情が湧いているということだ。

 

だから、いけると思っていたのだが、甘かった。干渉者たるデーモンが死んだはずなのに、ネオは戦闘を続行する意思を見せていた。なんら変わらないデーモン軍の総司令官だった。

 

ロゼモンとオメガモンズワルトはオグドモンと戦っているマスティモンに合流してくれており、今ここにいるのはタイチとネオ、アルカディモンとゼロマル。事実上の一騎打ちだった。ネオと決着をつけたいのはヒデトだろうに、その気持ちを押し殺してまで情報提供して、オグドモンの足止めをしてくれている。その気持ちをひしひしと感じていたというのに。

 

一抹の希望が潰えた。やはりぶつかるしかないらしい。

 

「ドットマトリクスの発射口が胸のあたりにあるってシグマからメールがあったよ、ゼロ」

 

「ほんと?すごい情報じゃないか!」

 

「僕たちができるのはここまでだ、頑張れってさ」

 

「そうか、胸のところが......」

 

「ゼロ、絶対勝とうな」

 

「うん」

 

「いや、きっと勝ってみせる」

 

タイチの覚悟を聞いたネオは嘲笑している。

 

「ふん、忌まわしいバグめ。だが貴様らの参戦などほんの誤差にすぎん。今度は一瞬で消してやる。この程度の誤差ではオレのロジックは壊れないと教えてやれ、アルカディモン!」

 

「へんっ、なんだってんだ。ならそのロジックごとぶっ壊してやるよ!このわからずや!!」

 

エアロブイドラモンとして戦い抜いてきたゼロマルのスピードはアルカディモンをゆうに超えており、序盤はアルカディモンの防戦一方だった。だがネオは不敵な笑みを浮かべている。アルカディモンは進化の権化だ。ダメージすら発生するデータを食い尽くし成長しつづける果てのない化け物、次第に学習していけばいずれ逆転するときがくる。

 

「あいかわらずスピードだよりのワンパターンだが、いつまで逃げるつもりだ、タイチ?」

 

「焦らなくてもドットマトリクスはうたせてやるよ」

 

「これでどうだい?止まってやったんだからちゃんと当てろよな」

 

アルカディモンは急に空中で静止したゼロマルにさすがに距離をとってたちどまる。

 

「な、なんだと?」

 

ネオも予想外の行動すぎて動揺する。

 

「ふざけやがって、そんなにドットマトリクスの餌食になりたいのか!」

 

「狙えるモンなら狙ってみろよ!」

 

「ドットマトリクスを攻略してやるっていってるんだよ」

 

不敵に笑うタイチと挑発するゼロマルに激怒したネオはドットマトリクスを乱射した。音もなく、感覚もなく、不可視の必殺技が放たれた。

 

「へへっ、ドットマトリクスやぶれたり!」

 

「っ、よけただと!?」

 

「さすがはネオ。なにがおきたか、おまえにはわかってるよな、ネオ?アルカディモンのエネルギー現象がドットマトリクスをよけたたしかな証拠さ」

 

ネオは舌打ちをした。

 

ドットマトリクスは分解する対象物と同じだけのエネルギーをつかい、分解したそれをとりこむことでプラスマイナスゼロにする必殺技だ。だからドットマトリクスをから打ちさせれば、なにもない空間というデータだけ取り込むことになり、その出力がでかいだけ空間というデータを分解することになり、みずからエネルギーを浪費することにつながる。これがシグマたちからもたらされたついさっきの情報からタイチが導き出した攻略法だった。

 

「あれを避けるか、バグのくせに」

 

タイチはにやりとわらう。見えないドットマトリクスの発射の瞬間がわからなければよけられない。それができるのはアルカディモンがドットマトリクスをうったあとにアルカディモンがエネルギーを消費するゲージの減少を見てから避けるしかないのだ。

 

理論上はアルカディモンのエネルギー量が合図になるがそれが太一のデジヴァイスに表示されるのはほんの一瞬だ。しかもドットマトリクスはすでに発動しているとなれば。

 

「どこまでもふざけやがって!!そんなことができるものか!ただのマグレに決まっている!ドットマトリクスがよけられるはずがない!」

 

「まぐれなんかじゃないぞ!」

 

「二回だ」

 

「な、なに......!?」

 

「二回避けたぞ!!」

 

ゼロマルの渾身の一撃がアルカディモンに炸裂した。

 

「ふざけてるのはそっちだ、ネオの馬鹿野郎!デジモンのバトルはテイマーの腕で決まるんだ。負けたらそれはテイマーのせいだ。やってみなければわからないってオレに教えてくれたのはお前だろーがあ!!」

 

タイチは叫ぶ。

 

「第一回デジモンバトル大会でコロモンで出場して決勝戦で完全体相手に勝ったのお前じゃないか!オレみてたんだからな!あれをみたから、感動したから、オレはお前に憧れたんだよ!はっきりいうけどな、あのときのお前の方が強かったぞ!!」

 

そして笑うのだ。ドットマトリクスを避けるのはゼロマルとタイチの反応速度とコンビネーションのたまものだった。極められたコンビネーションは時としてすさまじい結果に到達するのだ。

 

「だからいうけどな、今のおまえならオレ勝てるよ、絶対な!!」

 

タイチは宣言した。

 

「ネオ様を馬鹿にする奴は許さん」

 

それに待ったをかけたのは、もう一体の敵だった。ゼロマルの右足をカオスドラモンのカオスクラッシャーが貫通した。

 

「ゼロ!」

 

「ネオ様はあのときからはるかに強くなっている。オレはネオ様の実力についていけなかっただけのこと!なにもしらぬお前にどうこういわれる筋合いはないのだ!」

 

カオスクラッシャーがゼロマルを地上に引きずり下ろした。

 

「当ててみろといったのは貴様だ、かわさず受けるのが筋だろう」

 

「ぐうう!」

 

さすがのゼロマルも重量でスピードを犠牲にした分、パワーと火力に特化したカオスドラモンの捕縛から逃れることができない。

 

「今です、ネオ様!」

 

「なに考えてんだよ!お前までまきこまれるぞ!」

 

「ネオ様の悲願が叶うならこれくらい安いものだ。すでに死んだ命、役に立てるなら嬉しいことはない!」

 

「カオスドラモンお前......っ!」

 

「ネオ、ここまでしてくれるカオスドラモンになにか思うことはねーのかよ、お前!!」

 

たまらずタイチは叫ぶがネオには届かない。無常にもゼロマルたち目掛けてドットマトリクスが発動した。

 

「やめろー!!」

 

タイチの叫びがこだました。そのとき、ドットマトリクスが直撃するその刹那、鮮やかな閃光がアルカディモンたちの視界を奪った。その光はそれは誰でもないゼロマルから溢れ出る光だった。タイチはあわててデジヴァイスをみる。そこにはこうかかれていた。

 

evolutionと。



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143話

 

その異変に気づいたのは地下遺跡最深部に到達したシグマではなく、誘導役をしていたジュンでもなく、ジュンの傍で様子をじっとみていたレイだった。

 

「ジュンさん、今カオスピエモンの影が動いたような」

 

「えっ」

 

「なに?」

 

ジュンとシグマが気づいたときには、探索する相方の護衛を細心の注意を払いながら行っていたはずのカオスピエモンが動いていた。かちゃり、と得物を手にする音がした。煌々と炎が揺らめいて、遺跡の中が明るくなる。その得物の矛先は相棒のはずのシグマだった。

 

「シグマ、今すぐ私から離れろ!!」

 

カオスピエモンの敬語がなくなったことが事態の悪化を物語る。一気に緊張が走る。

 

はじかれたように顔を上げたシグマは、とっさに体をかがめた。ひゅおっと空を切る音がする。轟音が響いた。さっきまでシグマがいたところが無数のナイフでズタズタになる。シグマが避けるたびに灯籠にあたったナイフが燭台を貫通して、地面に火種が転がり、爆破音が響いた。

 

「カオスピエモンどうしたの!?まさかデーモンの干渉!?」

 

シグマはあわててカオスピエモンから距離をとる。

 

「どうして!?超究極体の因子は脚を犠牲にして侵食を抑えたのに!!」

 

「わからない、わからないんだ、体が私の意思とは無関係に動いている!いうことを聞かない!」

 

「まさか除去しきれなかったのか?!」

 

「シグマくん!カオスピエモン!!」

 

壁伝いに立ち上がったシグマめがけて、巨大な剣を取り出したカオスピエモンはじりじりと近づいてくる。しかしその足取りは遅い。とても遅い。かたかたかた、と不自然に剣が揺れている。懸命に勝手に動く体を制御しようとしているようだが、いうことを聞かないらしい。

 

ジュンはあわてて地下遺跡に張り巡らされた古代デジ文字の碑文を読み上げる。シグマの背後に広がる碑文にめを走らせる。古代デジ文字で描かれた造形文字をなぞる。これじゃない、これじゃない、と右にずれていく。そしてジュンは、古代デジ文字が並んでいる碑文のひとつを見つけ出した。

 

「シグマくん!ここをおして!!」

 

一瞬だけ、近くの壁面の絵が輝いた。シグマはカオスピエモンの攻撃からにげながら手を伸ばす。ぱ、と暗闇が落ちる。小さく息を殺したシグマは、慎重に距離を取った。炎上する遺跡が遠くなる。

 

「ジュンさん、このままじゃシグマさんが!」

 

「いったい誰よ、こんな大事な時に!!」

 

ジュンは表示モードを切り替える。カオスピエモンの周囲に不自然な大気流動。不連続な反響音。高周波のマイクロ波。強力なプラズマ波。ジュンは舌打ちした。敵襲ではない。カオスピエモンにハッキングがしかけられているのだ。

 

「何度邪魔したら気が済むのよ、デーモンのやつ!!同じめは食わないわよ!!カオスピエモンからでてけ!!」

 

ジュンはディーターミナルに搭載されているウイルスバスタープログラムをカオスピエモンにぶち込んだ。

 

「よりによってクラッキングですってえ!?いい度胸じゃないの。アンタのせいでどんだけ苦労してるとおもってんのよ、ふざけんなこの野郎!!」

 

ウイルス種にある意味劇薬ともいうべきプログラムがダウンロードされた。シグマのデジヴァイスの画面が発光する。コンピュータのスキャナのような色を発して、光の波が右から左に流れていく。あまりのまぶしさに誰もが目を細めた。世界が瑠璃色に染まる。

 

ずん、とカオスピエモンの体が重くなる。どうやら流れ込んでくる大量のデータに処理が追いつかず、頭が割れるような頭痛に襲われたカオスピエモンは、その場から動けなくなり、手から剣が滑り落ちる。濁流のように流れ込んでくるデータのダウンロードが完了し、再構築され、再起動する。シグマはおそるおそるカオスピエモンを覗きこんだ。

 

「大丈夫?」

 

「ええ、大丈夫です......ジュンのプログラムのダメージの方が大きいですが」

 

「敵影は消滅したわ、これで大丈夫なはずよ」

 

とりあえずは一安心である。そしてシグマたちは無事デジメンタルが封じられている場所にたどり着いたのだった。そこにあったのは高エネルギーを発する不思議な形をした石のようなものだった。ジュンの予想通り、力を使うにはなんらかの条件を要求するらしく、シグマが触れてもなんの反応もない。

 

「あとはこれをシグマさんたちがタイチさんたちに届ければいいんですね!」

 

「じゃあ、ゲートの準備をするわね」

 

ジュンが転送する準備にとりかかったときだ。今度はいきなりカオスピエモンが苦しみ始めたではないか。シグマがダウンロードした義足がどんどん侵蝕され、食い破られていくのがわかる。

 

「やはり残っていましたか!」

 

先程の襲撃である種の覚悟ができていたのだろうか。カオスピエモンはなんの躊躇もなく義足をふたたび破壊すると、まだドットマトリクスの餌食になっていないところから体を切り離す。ジュンはとっさにレイの目をかくした。侵食は止んだが遺跡に転がる義足から、ギイギイという鳴き声が聞こえてくる。生きているのだ、今なお。

 

「急ぎましょう、シグマ。いずれはこの地下遺跡すら新たな超究極体が生まれる土壌になりかねない!」

 

「タイチにはやくとどけないと!!」

 

「ゲートの準備ができたわ!」

 

「ジュンさん、みてください!外!!オグドモンがいません!」

 

レイの呼びかけにジュンは我にかえるのだ。ジュンたちがデジメンタル探しに必死なうちに色々と戦況が動いたらしい。オグドモンがいない。カオスドラモンもいない。オメガモンズワルトたちが苦しみ始めたあたり、カオスピエモンと同じ状況なのはたしかだ。

 

「アルカディモンの周りにデジメンタル並のデータ量が集まってく......まさか、ドットマトリクスを発動したの!?」

 

嫌な予感はあたってしまう。ジュンたちはモニターごしに、アルカディモンが究極体を超えた存在となった瞬間を目撃することになってしまった。

 

代わりにいるのはアルカディモンとネオ、そして驚きをかくせない仲間たち。なにかくるかもしれない。今のネオは危険だ、レイがいるからってホーリーエンジェル城を攻撃してこないとも限らない。

 

「アタシたちも逃げましょう、なにかくるわ!」

 

ジュンたちが急拵えのデジタルゲートを通じて離脱するのと、ホーリーエンジェル城が地下遺跡ごとふっとばされてクレーターになるのはほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

ゼロマルが進化したのはこの世界の戦争を終わらせた救世主、アルフォースブイドラモンだった。自身の持つアルフォースの力で今までの蓄積してきたダメージやケガを治癒し、闘志をみなぎらせるゼロマルをみて、タイチは歓喜した。

 

アルカディモン超究極体を圧倒するほどの能力を持ち、 元々最速クラスだったスピードも磨きがかかっている。また、アルフォースによる治癒能力を持つ。

 

せまりくるドットマトリクスを上回る超回復により必殺技をやぶり、真正面から突破に成功した。

 

「どうだ、ネオ!アルカディモンにはもうドットマトリクスを撃つエネルギーは残ってない!!次の一撃でお前の野望は終わりだ!」

 

「ふっ」

 

「なんだ、なにがおかしい!」

 

「負ける?このオレが?くくっ、ははっ、あーっはっはっはっは!たしかにおまえらはオレとアルカディモンをここまで追い込んだ。さすがはバグコンビだといってやろう。だが頭の中までバグってるようだなあ?なんのためにオレたちが超究極体の因子をいろんなやつらにぶち込んできたと思ってる」

 

「ま、まさかおまえ......」

 

「デジメンタルを手に入れるまではと思っていたが、おまえらとの戦いで発動することになるとはな。だがおまえらはそのトリガーを引いたんだ。さらなる絶望のな!これでゲームは終わりだ!みせてやる、すべてのモンスターのエネルギーを取り込み、超越した絶対的な力を!」

 

ゼロマルの近くにいたカオスドラモンが苦しみ始める。オメガモンズワルトたちは一度は失ったはずの腕や脚に幻痛を覚えて行動不能になる。一度でも超究極体の因子をぶち込まれたことがあるデジモンたちはみな一斉に地面に転がった。それはあれだけ絶望的だったはずのオグドモンにも及ぶ。超究極体の因子が一斉にドットマトリクスを発動したのだ。カオスドラモンが消滅した。オメガモンズワルトたちは侵食が止まっていたところにわずかに残っていた因子を排除しなければならなくなり、自傷行為を強要される。そして、災厄の権化ともいうべきオグドモンもまた取り込まれてしまった。

 

「これでアルカディモンは究極体に進化した!」

 

「ネオ、それはもうデジモンじゃない!悪魔の力だ!キミはなにをするつもりなんだ!」

 

「教えてやるよ、これから世界がどう変わっていくのかをな!」

 

ゴッドマトリクスが発動する。ホーリーエンジェル城は一瞬にして消し飛んだ。目の前で0と1が乱舞する。タイチたちは凍りついた。

 

「な、なんてこった......ホーリーエンジェル城が......」

 

「あはははは、さすがは超究極体!素晴らしい力だ!」

 

「ばかやろう、なにやってんだ!あそこにはレイちゃんたちがいるんだぞ!!」

 

「ジュンたちもいるのに!!」

 

ホーリーエンジェル城だけではない、地下に広がる遺跡すら跡形もなく消し飛び、焦土と化していた。タイチは叫ぶ。

 

「なんてことするんだ、ネオ!!レイちゃんたちが生き埋めになっ......!」

 

ゼロマルが助けに行こうとするがアルカディモンが立ち塞がる。

 

「おまえ、いいかげんにしろよ!!レイちゃんが救いたいからやってんじゃねーのかよ!お前は世界を消滅させる気なのか!!」

 

「消滅?違うな、創造だ。オレはこの世界をリセットして新たに作り直す。全てをオレがコントロールするアルカディアを!」

 

「どこがアルカディアだ!」

 

「理想郷だよ。オレの意思どおりにすべてが整然と作動する世界だ。そのためにオレはこいつにアルカディモンと名付けた。オレのアルカディアをつくるために!」

 

「レイちゃんを危険に晒すとかなに考えてんだ、おまえ!!」

 

「死んだらそれまでだ、違うか」

 

タイチとゼロマルは一瞬言葉を失った。戦場にいた誰もがネオがデーモン側についた理由を知っていたために世界が凍りついた。鳥肌が立つのがわかった。いくら洗脳されているとはいえ明らかにおかしい。おかしすぎる。

 

「お前、ネオじゃないな!?誰だ!」

 

「ネオは絶対にそんなことはいわないはずだよ、タイチ!」

 

「ああ、わかってる!」

 

そこでひとつの可能性にいたるのだ。

 

「お前......まさか、デーモンか?」

 

「えっ、デーモンはさっきオグドモンに喰われて死んだんじゃ......」

 

「デーモンの洗脳がとけない時点で怪しむべきだったんだ、ネオに残った洗脳が強固なんじゃない!オグドモンの中にいたデーモンがネオに干渉しつづけてるんだ!!」

 

「えええっ、でもさっきアルカディモンがオグドモン食べちゃったよ、タイチ!!」

 

「デーモンのやつ、そこまで読んでたのか!アルカディモンの犠牲にならないようにテイマーを支配下におくために!!」

 

タイチの言葉に今までギギギとしか言わなかったアルカディモンが初めて明確な意思をもってにやりと笑った。

 

「アタシたちなら大丈夫よ、タイチくん!!」

 

「みんな逃げられました、だから安心してください!」

 

怒りに我を失いそうになったタイチたちに、ジュンたちの声が響く。顔を上げたタイチたちは、マスティモンの率いる軍勢がシェルターに逃げていたデジモンやジュンたちをかかえているのがみえた。

 

「ジュンさん!」

 

「レイ!よかった、無事だったんだな!」

 

「タイチ、これを受け取って!!」

 

「シグマ!」

 

「今のキミたちにしか使えない最終兵器だ、受け取ってくれ!!」

 

シグマから鮮やかな光が投げ落とされる。それは真っ直ぐにゼロマルにむかっていく。

 

「あれはまさか......」

 

「デジメンタルか!ナイスだぜ、シグマ!こっからが正念場だぜ、ゼロ!やれるな!」

 

「もちろん、タイチがいるならどんな敵だって負けはしないよ!!みんなを守るんだ。この世界も、タイチの世界も、ネオだってまもってみせる」

 

「これ以上デーモンの好きにさせてたまるかよ!!」

 

タイチとゼロマルのまっすぐな気持ちがデジメンタルにとどいた瞬間にその超物質は相応しい相手だと認定する。ただちに高濃度なエネルギーがゼロマルにダウンロードを開始する。その威力はすさまじくなにものもよせつけない光の柱となる。それを突き破って現れたのは、完全なる超究極体として降臨したアルカディモンに唯一対抗しうる伝説上の英雄、アルフォースブイドラモンフューチャーモードだった。

 



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144話

マスティモンが召喚した異世界の大天使にかかえられながら、ジュンはアルフォースブイドラモンフューチャーモードとアルカディモンの激闘をみていることしかできない。ジュンだけではない。誰もが近づくことができないのだ。助太刀しようにも戦いの余波ではるか彼方に吹き飛ばされてしまいそうな応酬が続いており、それほどまでに戦いは熾烈を極めていた。

 

超究極体となったアルカディモンのゴッドマトリックスは大規模にエネルギー減少なしという上位互換だが、ゼロマルのテンセグレートシールド(おそらくは自己修復付きシールド)によって防がれた。おかげでジュンたちは巻き添えを喰らわずに済んでいるところがある。

 

おそらくゴッドマトリクスは相手のエネルギーが自分のエネルギーを超えてると使えないから、今のゼロマルみたいに莫大なデータ質量持ってる相手には弱ってないと効かないのだ。

単純なポテンシャルだけならデーモンもゼロマルもただの究極体止まりのコイツとなら渡り合えるんだろう。マトリックスが超性能の良い必殺技だから、必要以上に強く感じるだけで(地力が大した事が無い訳ではない)。ただ、今は超究極体という未知の領域にまで突入してしまった。

 

アルカディモンが今なおデータを取り込み成長しつづける戦いの権化だとするならば長期戦になるとまずい。不利なのはゼロマルだ。みんなをまもりたい、という気持ちにブーストをかけるかたちでアルフォースも古代種としてのポテンシャルも能力値も極限値まで高まっている。こちらの世界にあるデジメンタルはアルフォースと同様に認定された感情、あるいは想いがなんらかの形で妨害されたり、揺らぐようなことがあったら力を失う。タイチとゼロマルに限ってそれはないとは想うが、アルカディモンの成長速度が万が一それを上まわってしまったらと考えると。まして、アルカディモンに潜伏しているデーモンが頑なにアルカディモンを改ざんして表に出てこないあたり、なにかをまっているようで不気味でならないのである。

 

なにかできることはないかとジュンは考えていた。

 

そして、嫌な予感は的中することになる。

 

「そんな......ゼロの必殺技がきいてないなんて!」

 

レイの悲鳴がひびいた。いきなり、アルカディモンにゼロマルの攻撃が通らなくなったのだ。それだけではない。シールドや回復スキルといったアルカディモンに唯一対抗できるだけの理由が次々と潰されていっているのだ。ディーターミナルをみるにデジメンタルの力が失われたわけではなさそうだった。ジュンは冷や汗が浮かぶ。

 

「まずいわね......」

 

「ジュンさん、ゼロになにがあったんですか!?」

 

「ゼロマルくんじゃないわ」

 

「え?」

 

「アルカディモンの成長速度がゼロマルくんを上回っているんだわ」

 

「えっ、アルフォースの力がつかえないのはゼロになにかあったからじゃないんですか!?」

 

「ちがうわ。アルカディモンの因子が今の体に適合してアルフォースを上回るように進化して、新たな力を獲得したんだわ」

 

「い、今、たたかってるのに......?」

 

「末恐ろしいわね、アルカディモン。戦いの環境に適合する方向で成長をはじめたんだわ。今のアルカディモンの中にはいろんなデジモンのデジゲノムがあるから、そこから最適解を探してアップデートしたのよ。0と1をあやつるウイルスから生まれた七大魔王を取り込んだ今、原罪と判定される感情に影響をあたえる力を知ってるから、アルフォースがどんなものかも理解した。だから無効化しようとした。アルフォースに対抗する形で進化したのよ」

 

「アルフォースが封じられてるってことですか!?」

 

レイとジュンの会話はどうやらデーモンの支配下におかれているネオにも届いているようでニヤリと笑った。タイチもジュンと考えることは同じだったようで、焦りが浮かんでいる。

 

「人間を想う心がアルフォースブイドラモンを弱体化させている、皮肉なモンだな。本能のままに生きるのが生物のあるべき姿、ゆえに人間は弱い。たしかに我々を作ったのは人間かもしれないが、人間に世界の行く末を決められるのがいやで世界から追放した分際で、また危機に陥ったら頼るのか。なんという弱い存在よ。だからおまえたちはいつまでたっても自立できないのだ。あらゆる決断の権限から殺生与奪の権利まで人間に握らせている。いつまで人間ありきで生きるつもりだ」

 

「人間はオイラたちの敵なんかじゃない!仲間だ、友達なんだ!」

 

「タイチたちと接してきた私たちもそれが悪いことだとは思わないな」

 

「なるほど、お前たちはそれが人間でなくてはならないわけではないだろう。代替がきくのだからな。ゆえに用意してやろう、お前たちの願う世界をな」

 

「AIにでも代行させるつもり?どこのディストピアよ」

 

「人間と共に生きることは弱さなんかじゃない!強くなる力だ!タイチがいなければ今のボクはないんだ!」

 

「それがどれほどの力だというのだ、この世界しかしらない井戸の中のかわずが!」

 

「ぐあっ!」

 

「ああっ、ゼロ!」

 

「ぐうっ......」

 

「大丈夫か、ゼロ!」

 

「うん、大丈夫、心配いらないよ!」

 

「ゼロ......体にヒビが!」

 

「アルフォースもない貴様が超究極体の力を手にしたアルカディモンに勝つ可能性は0パーセントだ!」

 

「違う!」

 

「なんだと」

 

「それは違う!デジモンは、ゼロは、信じることでどこまでも輝いてくれるものなんだ!未来を示してくれるものなんだ!だから、オレは、ゼロは、諦めない!絶対にだ!」

 

タイチとゼロの覚悟は本物だった。デジメンタルはその想いさえぶれなければ無尽蔵にエネルギーを供給する。次第にゼロの攻撃がアルカディモンに通るようになってきた。

 

このままではまた適応されて押し返されてしまう。やはりなにか......なにかではないのか。必至で考えていたジュンはふとベルフェモンがデジタマになったことで使えなくなってしまったデジヴァイスが目に入る。

 

そういえば、カオスピエモンにハッキングしてきたデーモンにはデジヴァイスのウイルスバスターが効いていた。ベルフェモンを侵食していたドットマトリクスもオグドモンに適応することでかなり性質が変質していた。頭の中でも今までの4年間で蓄積してきた情報が、知識が、展開していく。

 

「進化するってことは、ある意味、汎用性を失って小袋に入るってことだわ。もしかしたら」

 

「ジュンさん?」

 

ジュンは大天使に頼んでマスティモンを呼んだ。

 

「どうした、ジュン。なにか思いついたのかい?」

 

「ええ、これをあなたに託すわ、マスティモン。タイチくんにデジヴァイスを渡したのはあなたでしょう。だからこれはあなたにしかできないことよ」

 

「これはきみの世界のデジタルワールドから提供されたデジヴァイスだね」

 

ジュンはうなずいた。

 

七大魔王を取り込んだアルカディモンはどうやらそのデジゲノムに適合したことで、正体不明の属性がウイルス種に傾いているようだ。つまりジュンのデジヴァイスの結界プログラムで効果があるということだ。

 

「ここには七大魔王になる前の原始の存在を封じてきた、あるいはイデアを追放してきたプログラムがあるの。それだけじゃない。テイマーとデジモンの繋がりをブーストさせる力も、アルフォースみたいな力もある。いちいちダウンロードしてたら時間がないから、これごとタイチくんのデジヴァイスに転送してほしいの」

 

「本気かい、そんなことしたらきみは......」

 

「デーモンはアタシの世界のデジタルゲートだけじゃない、この世界のデジタルゲートも自由にあけられるじゃないの。今ここでしとめないとアタシの世界に飛ばれて、原始のデジタルワールドに侵攻しかねないわ」

 

「そうか、そうだったね。わかった。きみの覚悟はたしかに受け取ったよ、ジュン。まかせてくれ」

 

マスティモンはジュンのデジヴァイスを手にする。それはどんどん形を失い、光の矢となる。放たれた光はタイチのデジヴァイスに届いた。

 

「今よ、タイチくん!」

 

「ありがとう、ジュン!いくぞ、ゼロ!はずすなよ!」

 

「わかってるよ、タイチ!」

 

異世界のデジタルワールドを幾度も救ってきたジュンのデジヴァイスからもたらされたデータは、ゼロマルにさらなる力を付与した。タイチとゼロマルの絆、タイチの感情、ゼロマルの感情、さらにウイルスバスター機能がブーストを加速させていく。

 

その神速のスピードもさることながら、自身の持つ究極の力アルフォースがさらに引き出されていく。ゼロマルは驚異的な治癒を獲得し、どんなダメージもすぐに自己回復する領域にまで突入する。仮にゼロマルを捉えて攻撃を当てても、瞬く間に100%のパワーで反撃を受けるだろう。

 

あらゆる覚悟と諦めない想いを詰め込んだ強烈な一撃がアルカディモンの必殺技を粉砕し、アルカディモンにとどく。効果は抜群だったようで、ゼロマルのあらゆる攻撃が有効打となったことで一気に逆転する。

 

「これで終わりだ!!ドラゴンインパルスX!!」

 

断末魔だけを残して、アルカディモンは完全に消滅したのだった。

 

そして、ウイルスバスターの機能により正常化したあらゆるデジゲノムはただちにあるべき世界に転送されていく。

 

「闇を滅するのではなく、正常化するプログラムか......すごいな。七大魔王のデジタマがダークエリアに転送されたようだ」

 

「ってことは罰は受けない?」

 

「ああ、ジュンの判断が正しかったようだ。ありがとう」

 

マスティモンは光と闇のバランスが正常化したためか、ホーリーエンジェモンに戻ってしまった。

 

「ネオ!」

 

ネオの体がぐらりとゆれる。支配下においていた諸悪の根源がダークエリアにおくられたことでようやく解放されたようだ。

 

「お兄ちゃん!」

 

あわててジュンたちはネオのところに向かう。

 

「息はあるが意識が戻らない。急ごう」

 

ホーリーエンジェモンはあわててネオを抱えて難民キャンプに向かったのだった。



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最終話?

シグマたちや相方のデジモンたちはデジヴァイスを正常化してウイルスバスター機能を付与するだけでデジモンたちの中にあった超究極体の因子は抑制され、停止した。完全に除去するためのワクチンプログラムを開発するためにしばらくデジタルワールドに滞在することになり、みんなで手分けして難民キャンプの手伝いやホーリーエンジェル城や各地の復興活動のボランティアに尽力することになった。

 

その中に彩羽兄妹の姿はなかった。デーモン総司令官として顔が広がりすぎたこともあるのだが、デーモンによる干渉がシグマたちには比べ物にならないくらいの深度に及んでいたようで、その反動かネオが目を覚さないのだ。レイはずっとネオの看病をしている。現実世界に帰ったら、お世話になるのは自分だからとまた動かなくなる運命の足を見ながら笑っている。

 

難民キャンプに設置されている救護室に設置されているカプセルポットの中で、ネオはデーモンから植え付けられていたダークウイルスを除去したり、デジヴァイスの正常化をしたりと連日予断を許さない状況が続いていた。

 

そんな最中、ジュンはホーリーエンジェモンに呼び出されていた。

 

「ジュン、きみにこれを」

 

ホーリーエンジェモンから渡されたのは、タイチたちのもつデジヴァイスによく似た腕時計型のデジタル端末だった。

 

「タイチのデジヴァイスに転送するときのログからサルベージして再現してみたんだが、完全とはいかなさそうだったから、こちらの世界のデジヴァイスをベースに再構築させてもらったよ」

 

「ありがとう、ホーリーエンジェモン」

 

「気にしないでくれ。きみはきみの帰るべき世界のデジタルワールドを救う最終決戦が控えているんだろう?さすがにウイルスバスター機能やパーソナル保護のプログラムを失うのはいただけないからね。私たちの世界を救うためにきみの大切なデジヴァイスを使ってしまったんだ、代用品にすらならないだろうが、なにもないよりはマシなはずだ」

 

「ちなみにどんな機能があるの?」

 

「タイチのデジヴァイスと同じアプリは入っているよ。あとはデジモンや物体のスキャン能力を持つ。メールなんかもできる。ジョグレス(JOGRES)とパーティション(PARTITION)(分裂)機能。あとはきみのデジヴァイスにあったパートナー達を進化させたり、闇の力を浄化したり、仲間の居場所を探知したり、結界を張ったりといった機能もいれてはおいた。一応、確認してくれるかい?」

 

「すごいわね、ディーターミナルいらなくなっちゃったわ」

 

「でもデジモンアナライザーを参照にしているからこそだ、ひとつで全部できるとは過信しないでほしい」

 

「了解、ありがとう」

 

「どうだい、きみのパートナーは生まれそうかな?」

 

「うーん、まだまだ産まれそうにないわね。前はその日のうちに生まれたんだけど」

 

「一度デジゲノムにまで分解されてしまったからね......損傷が大きいんだろう」

 

「やっぱりそうよね......」

 

「ゆっくりしていくといいよ。はじまりの世界が同じなら、私の権限できみの世界を探してたデジタルゲートを繋げてあげよう。デーモンにできたんだ、私にできない道理はないからね」

 

「すごい自信ね」

 

「事実さ。光と闇は常に対極にある。片方がつよくなれば、片方はよりつよくなる。そうやってこの世界は成り立っているんだ。座標の特定に時間はかかるがそれまで待っていてくれるかい」

 

「それしかないしね、お願い」

 

「うん、任せてくれ」

 

ジュンはホーリーエンジェモンにつられて笑ったのだった。

 

「ねえ、タイチくんより先にネオくんたちは召喚されてるわけじゃない?デジヴァイスがタイチくんと同じなのは、デーモンが別のデジタルワールドから奪ったのかしら」

 

「いや、それは違う。先に光に傾いたからデーモンに人間を呼ぶ権限が認可されたんだ。ゆえにあれはデーモンの権限によるものだよ」 

 

「そうなんだ」

 

「きみのパートナーは七大魔王と全く同じ性質にもかかわらず、テイマーとしてセキュリティ側の人間がいる。側から見ればもともといる闇の存在がきみの存在で増幅したとしかいいようがない。世界は光がなにかしらの問題を起こしたと誤認したわけだ」

 

「ああ、うん、なるほど」

 

「そこにネオたちが召喚され、闇の力を強めたがいよいよバランスがとれなくなった。だが闇の力も封じたはずの超究極体の因子を手に入れて不穏な動きをしているし、均衡を保つどころか世界を破壊し始めた。さらにゲートの権限まで奪ったとなれば、もはや自浄作用は見込めないだろう。そこでようやく私に権限が認可されたんだ。光でもなく闇でもない私の出番というわけだね」

 

「そっか、なら古代種に進化させたタイチくんとゼロマルはこれ以上ない適役だったわけね」

 

「そういうことだね」

 

「ほんとデーモンのマッチポンプがひどいわ」

 

「まったくだ」

 

「......」

 

「......」

 

「ねえ、アタシが来たから光に傾いたって話だけど、アタシ、デーモンに拉致されてきたのよ?その時点でゲートの権限ないとおかしくない?認可されたのアタシが来た後なの?」

 

「......そのはずなんだが」

 

「まってまってまってこわいこわいこわい!!デーモンなんでゲートあける権限もって生まれてきてるのよ!!ねえ、ネオくんはほんとに大丈夫なの?ゲート開けようとしたことあるのよね!?」

 

「数値的にはもう危機は脱したし、いつ目覚めてもいいはずなんだが......。念のため、もういちどみんなを検査しようか」

 

「お願い、ほんとお願い。安全が約束されるまでみんな帰れないわ!!帰しちゃだめよ、大変なことになる!!」

 

ジュンは悲鳴にも似た声をあげていた。

 

「アタシの世界だと、ネオくんみたいな子がいたのよ!本人は目が覚めたとき何にも覚えてなかったし、暗黒由来の力は残ったけど自分の精神の安定やデジヴァイスのおかげで抑制できてたの!安全なデジヴァイスが途中からハッキングされたせいだから、その程度で済んだの!でもネオくんは違う!初めからデジヴァイス自体がデーモンが用意したものなら、ネオくんを守るものはなにひとつ初めからなかったってことじゃない!」

 

「ジュン、わかった。よくわかったからおちついてくれ!」

 

それが前世からくる記憶だとしても我慢することができないほどジュンは狼狽していた。ネオがデーモンに召喚された瞬間から支配下にあることはわかっていたのに、ベルフェモンを人質にとられていたせいでなにもできなかった罪悪感が一気に吹き出してきた結果だった。

 

どうしようもなかったとはいえ、超究極体の因子を見つけ出し、七大魔王を復活させたり、デーモン軍の支援をしてきたのは事実だ。自由な身の上になった今、麻痺していた感覚が正常化し、考えないようにしていたことが一気に吹き出したのかもしれない。

 

泣き出してしまったジュンを宥めながら、とりあえずホーリーエンジェモンはタイチたちに再検査のメールを出すことにする。

 

デーモンに拉致されてから4年経過するというのに、まだ元の世界に帰ることができそうにないこともまたジュンを追い詰めているのはたしかだった。

 

ジュンの背中をさすりながら、どうしたものかとホーリーエンジェモンは息を吐いたのだった。

 



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多重世界の侵略

ジュンのノートパソコンの中には、ジュンの元いた世界の八神太一のデジヴァイスをコピーしたプログラムがある。そこにはデジヴァイスを製造したデジタルワールドのサーバ大陸のさかさピラミッドのアドレスが記載されている。その座標から転移すればデジタルワールド経由でジュンの世界に帰ることができるのではないかというのが、ホーリーエンジェモンの見解だった。

 

「問題は、条件に合致する平行世界が、私の想像以上にあるということだね」

 

難航するジュンの世界の座標の特定について謝罪しながら、ホーリーエンジェモンは今日もなんの戦果も得られなかったとだけ教えてくれた。

 

ジュンを元いた世界に帰すという目的のため、不必要な介入を招いて平行世界を増やしたくないという理由からホーリーエンジェモンは具体的にどう違うのかジュンに教えてはくれなかった。

 

ジュンとしては、ありがとうとしかいえないでいる。なにせ心当たりがありすぎるのだ。はるか未来を生きていたはずの自分が、生まれるずっと前の人であるはずの本宮ジュンという少女の精神として上書きされてしまった。サマーメモリーズで起きた1995年の事故から2000年の大晦日のあの日まで歩んできた道のりがどれだけのバタフライエフェクトを産んだのか思い知らされていた。後悔はしていないが帰還の日が遠ざかっているのはそのせいでもあるから、なんとも複雑である。

 

ここまでくると生前のジュンが生きていた未来に到達することは絶対にない、新たに枝分かれした平行世界を生きていたのだと認識できただけ大きな進歩ではないだろうかとすら考えてしまう。

 

「ねえ、ホーリーエンジェモン。いっそのこと、平行世界でもいいから原始のデジタルワールドにアクセス権が残ってる世界を探してさ、セキュリティ側に説明したらなんとかならない?世界の危機なんだから、協力してくれないかしら」

 

ジュンの指摘にホーリーエンジェモンはもちろん相手方に掛け合ってはいるのだと言葉を濁した。

 

「もしかして、その世界にもまだかち合わない?」

 

「そのまさかさ」

 

「嘘でしょ、そんなにたくさんあるのに」

 

「まったくだよ......デーモンがきみの世界に侵攻してきた理由が強化されるばかりだ」

 

問題はその幾重にも発生しつづけているデジモンとの関わりが存在する全ての平行世界が消滅してしまうかもしれない危険が迫っているのに、肝心の危機が起きるであろう原始のデジタルワールドへのアクセス権が残っているのがジュンの世界にあるデジタルワールドにしかないという点だろう。ジュンは途方に暮れるしかないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如として、はるか上空に時空の歪みが生まれた。亀裂が走り、複数の頂点を結ぶ直線の辺と、その辺に囲まれた面によって構成される多面体が形成された。音もなく虚空に浮かぶ不気味な多面体は、なにかに反応するように絶えずくるくると回り続け、ミラーボールのように乱反射を繰り返してきらめいた。その眩しさから上空の多面体に気づいていくデジモンたちは、その多面体が次第に膨張し始めていることに気づくのだ。

 

ホーリーエンジェル城の真上である。復興途中の奇妙な多面体の出現に警備に当たっていた兵士たちはあわてて隊長であるレオに報告にいき、レオは要塞からそれを視認して飛行能力がある部下に偵察を命じた。

 

デーモンによる侵略は退けられ、世界に平和が訪れたのは事実だ。ただ、未だに支配下に置かれていたネオが目を覚まさず集中治療室からでてこれない。デーモンの干渉を受けていたテイマーと相棒たちはパーソナル情報を意図的に改ざんされ、コピーがつくれるほどのデータ量が持ち出された形跡が見つかり、セキュリティ面で強化がはかられている途中。ジュンはまだパートナーが生まれていないため戦力外。唯一動けるのはタイチとゼロマルだけ、というある意味で無防備な状況ですらあった。

 

ホーリーエンジェル城の警戒はむしろ強化されていた。なにせデジタルワールドからデジタルゲートをあけて世界に平和をもたらすためのテイマーの召喚という権限を認可される前から得ていたという事実。ジュンを拉致できていたという事実。下手をしたら、デーモンは生まれたときからその権限を得ていた可能性すら浮上している今、ダークエリアにデジタマとして安置されてもなお脅威が去ったとは誰も考えてはいないのである。

 

そして、その予感は的中することになる。

 

レオに頼まれて多面体に近づいた偵察部隊と共にタイチとゼロマルが目にしたのは、その平面ひとつひとつに映し出されるこの世界とはまた別のデジタルワールドが何者かに襲撃され、滅ぼされるという光景だったのだ。世界の終焉がなにかによってもたらされているのにその正体が掴めない。なにせ滅んだ世界には見たことがないデジモンたちばかりが映るために攻撃をしかけているデジモンが滅ぼした張本人なのかわからないのだ。誰もが虐殺の果てに内側からなにかが噴き出してきて世界が真っ黒に染め上げられて見えなくなってしまうのである。ただ何かを咀嚼する音だけが響いていた。

 

いずれも多面体から湧き出してきた幼年期と思われる紫色のデジモンが原因だった。黄色い目に一本の触角があり、まるで植物のようなあるいはタコのような触手と無数の赤い吸盤をもつ不気味なデジモンだった。近づいてきたデジモンに捕食されるとそのデジモンに寄生し、次第に捕食したデジモンが傀儡となり、苗床となったそいつは内側から進化した紫色のデジモンに突き破られて死ぬのだ。

 

「ジュンのデジモン図鑑から更新されたツメモンとはまた違うみたいだなあ、亜種?突然変異の新種か?」

 

「やばいよ、タイチ。こいつ、生まれたときから死にたがってるみたいだ。食べられる前に目が光ってるから、デジモンたちが食べちゃうのは誘導されてるよ」

 

「えっ、じゃあ食われるのは本能ってことか?!やべーやつじゃん!」

 

タイチのもつデジヴァイスですら表示されるデータは全てNODATAである。タイチはとりあえず偵察部隊に報告にいかせて自分たちは多面体を観察することにした。ジュンのデジヴァイスのデータを丸ごとアップデートされたタイチのデジヴァイスはセキュリティシールドがこのデジタルワールドにおいて突破することは不可能なほど強固なのだ。

 

「なんだろうね、これ」

 

「普通に考えるなら、やっぱりここから紫色のデジモンが出てくるってことだよな」 

 

「じゃあ早く何とかしないとこの世界もやばいんじゃ......」

 

「でもなんなのかわかんないのに攻撃するのもまずいよなあ」

 

「うーん......多面体のひとつひとつが別の世界と繋がってそうだよね」

 

「滅ぼされた世界の方が正しいかもな」

 

「なんで現れたんだろう?」

 

「やっぱあれかな。ホーリーエンジェモンがジュンを元の世界に帰すために、いろんな平行世界のぞいてるだろ?あれがなにか関係してるのかも」

 

「デーモンがデジタルゲートをいつ開けられるようになったか、まだわかってないもんね。目をつけられちゃったのかな」

 

ゼロマルとタイチが話し込んでいると、偵察部隊たちが戻ってきた。どうやらジュンのパソコンから結界のプログラムをコピーさせてもらい、それを同時に多方面から起動させることで、応急処置的にではあるが固定化と封印をするらしい。しばらくは様子見をするとのことだ。

 

「わかんねえけど、やばそうなのは確かだよな。ホーリーエンジェモンに報告に戻ろうぜ」

 

「うん」

 

多面体は全ての面が真っ暗になってしまった段階で静止した。膨張も止まった。タイチとゼロマルはホーリーエンジェモンのまつ玉座に戻った。すでにジュンが偵察部隊から提供されたデータを解析しているところだった。

 

「タイチくんたちの見立てどおり、多面体からいずれデジモンが湧き出してくることになるわね。寄生するタイプのデジモンみたいだから、この結界プログラムを至急みんなにばら撒かなきゃならないわ」

 

うへえ、とタイチは思わずぼやいた。せっかく世界が平和になったばかりなのに同士討ちによる世界崩壊なんて笑えない。

 

「あれってなんなんだ?」

 

「さあ......?でも、あのデジモンの生まれならなんとなくわかるわ。ツメモンみたいに、人間の悪意が具現化したタイプのデジモンよ、きっと。

人間の世界とデジタルワールドが共存している以上、人間世界の急速なテクノロジーの進化は利便性と引き換えにいろんな凶悪なデジモンを生み出し続ける宿命なのよ。もちろん、いいデジモンもたくさん生まれるわけだけど」

 

「つまり、あのデジモン自体はよくあるんだ?」

 

「そうだね。問題はやはりあの多面体だろう。あれが紫色のデジモンをいろんな世界にばら撒いていると考えていい。コンピュータウイルスやサイバーテロ、それらの悪意が具現化したのがあのデジモンだとして、多面体の各面には異なる世界を映し出していたんだろう?ならば紫色のデジモンはデジタルワールドを滅ぼすたびにいろんな多重世界の悪意を捕食しては多面体により派遣されているはずだ。時空を超えてこの世界を破滅に導こうとしているんだとすればそれはいずれタイチくんたちの現実世界にも影響を及ぼすことになるだろう」

 

タイチとゼロマルは息を呑む。

 

「はやいとこ多面体の正体を掴まないと不味いわね」

 

「ああ、まずいね、とても」

 

ホーリーエンジェモンはうなずいた。

 

「ジュンの世界によく似た平行世界のデジタルワールドに極端に出現し始めているようだ。私が座標を調べたはずの世界が次々と観測不能になっている」

 

その言葉にジュンは青褪めるのだ。いやが応にも理解してしまうのだ。最終決戦が始まってしまったのだと。



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多重世界の侵略2

「ホーリーエンジェモン、観測不能になったデジタルワールドは西暦何年まで進んでる世界線なの?なにかしら共通点があると思うんだけど」

 

「私が観測した時点では西暦2028年前後が多く、遅くても2050年まで進んでいる世界線はないね」

 

「そうなの......2028年か」

 

「なにか心当たりがありそうだね」

 

「観測不能になった世界が私の世界とよく似てるっていうのなら、それもデジタルワールドにとって関係ありそうなことといえば、ひとつしかないわ。私とパートナーみたいに特殊な繋がりがある人間が世界の全人口と一致した年なのよ」

 

「それはたしかに大きな節目ではありそうだが確かなのかい?」

 

「間違いないわ、セキュリティシステム側に確認をとったこともあるもの。どういう理屈かは知らないけど、1995年の時点で2人現れてから、毎年2の2乗分、その特殊な関係性をもった子供が増えていくのよ。実際に一致してたしね」

 

「なるほど......その増え方が共通しているのだとすれば、観測不能になった世界線の西暦のばらつきは現実世界の人口増加にその特殊な繋がりのデジモンと人間が追いついたか否かってところかな」

 

「だとしたら、意図的に全人類がパートナーデジモンを持つ時代の到来と同時に多面体を送り込んでることになるわね」

 

「そうだね」

 

「......」

 

「......」

 

「たしか、人間が死んだらパートナーデジモンは死にはしないが弱体化するんだったね」

 

「そうよ、それだけ特殊な繋がりだから」

 

「ということは、万が一パートナーデジモンがあの紫色のデジモンを食らって苗床になった場合どうなるんだろうね」

 

「わからない、わからないけど、やばいのはたしかよ。だって人類が肉体的な進化に限界を迎えて精神的な進化を選択した結果生まれたのがパートナーデジモンて説もあるのよ。いわばもうひとりの自分てやつ。その繋がりは強固で魂が同じならまたパートナーデジモンは時空すら超えて追いかけてきて、また会えたねって笑ってくれる。寄生された程度で壊れる関係じゃないけど、なにかしら歪になるのは間違いないわよね。デジゲノムとしてパートナーデジモンの中に刻まれるわけだし」

 

「そこまで強固な関係なのか......それはもはや私たちとはまた違う存在になることを選んだデジモンたちなんだね」

 

「そうね。ホーリーエンジェモンみたいなセキュリティ側のデジモンも、野生のデジモンもデジタルワールドにはたくさんいる。でも1995年に現れたパートナーデジモンは急速に数を増やしていくことがわかってたから、セキュリティ側が初めから管理下においてたし、現実世界との付き合い方を考えはじめたから今がある感じ。そしてパートナーデジモンが多数派になったのはまちがいなくその年なのよね」

 

「それは心強い味方だ。タイチくんたちのように間違いなくセキュリティ側は支援をもとめる。ということは多面体が現れたら間違いなくジュンたちは戦うわけだね」

 

「そうね、きっとそうなる。パートナーデジモンの中には無意識に感染したり、デジゲノムに刻まれたりする子も現れる」

 

「セキュリティシステムがどの程度整備されているかわからないが、突破されてしまうパートナーデジモンたちが傀儡になって牙を剥くわけか」

 

「地獄絵図になるわね......全人類がパートナーデジモンをもつ時代にそんなことになったら、もう世界中がえらいことになる」

 

「セキュリティの管理下にあるはずのパートナーデジモンですら傀儡に堕ちる可能性があるなら、野生のデジモンたちはもちろん、下手をすれば私たちのような者も危うくなるわけだね」

 

「ツメモンみたいに人の悪意から生まれたデジモンなら、もう天国みたいな状況になるわね。いくらでも餌はあるわけだし」

 

「タイチくんたちがみた咀嚼音はそういうことなんだろうね......デジタルワールド自体を喰らい尽くすほどに強大な存在になってしまった」

 

「あーもう、考えるだけでゾッとしてくるわ。頭が考えるのを拒否してる」

 

「ジュンはパートナーデジモンをもつテイマーだからね、無理もないさ。当事者なのだから。私の想像以上に恐怖を感じても無理はない」

 

「そうなんだけどね、あはは......。実際問題、やらかしそうな存在を私は知ってる。知ってるんだけど、なんでそんな未来に多面体を送り込んでるのかわからないって疑問が浮かんじゃうのよね。普通に原始の世界に多面体をばら撒けばそれだけで勝ちなとこあるわよね、正直。なんでこんな回りくどいことしてんのかなって」

 

「もしかしたら、今のジュンと同じ状況下なんじゃないかい?」

 

「今のあたしと?」

 

「そう。原始の世界にいくためのゲートを探して、多面体をばら撒いているんだとすれば?」

 

「本体を未来においといて、過去を侵略しようとしてるってこと?いやでもそれはおかしくない?世界線が消えたら死んじゃうじゃない」

 

「それでも同じ時代になければ倒されることはない」

 

「いや、たしかにそれはそうなんだけど」

 

「ジュンが最終決戦を迎える相手はかなりの強敵のようだからね。まるでパートナーデジモンみたいなやつだと思ったんだ」

 

「......うん、まあ、当たってると思うわ。だからこそ厄介な敵だし、なんとか倒して迎えに行ってやらないといけないって頑張ってる子を私は知ってるから」

 

「やはりそうなのか......背景になにかいるんだろうね。途方もない悪意を感じるよ」

 

ジュンは大きくうなずいたのだった。

 

「本体を原始世界に送らないと倒せないってことよね?」

 

「敵が未来から動く気配がなく、多面体ばかり派遣しているならそうだろうね」

 

「ねえ、逆探知できない?ホーリーエンジェモン」

 

「一応聞くけれど本気でいってるのかい?」

 

「だって終わらせないと意味がないのよ、私たちの戦いは。今回の敵を倒さないとどう足掻いても背景にいる強大な敵に手が届かない」

 

「いいたいことは痛いほどわかるよ、ジュン。だが君は今置かれている状況についてよく考えた方がいい。まず君はパートナーがデジタマから生まれてくるのを待つべきだ。それにセキュリティを強化してる途中なのだから、そのアップデートがまだなのも忘れている。さすがに逆探知して敵の本拠地のデジタルゲートの座標を特定することができたとしても、私は君に使用を許可することはできないから、そのつもりでいてくれるかい」

 

いつになく厳しい口調で返されてしまったジュンは、わかってるわよ、と小さくなるしかない。

 

「さあ、今日はこの辺にしてパートナーに会いに行ってあげたらどうだい?君の唯一無二の存在なんだろう?」

 

優しい口調で促されてしまうと、もうジュンは玉座から退室するしかないのだった。ジュンはため息をついて、そのまま医務室に向かうのだ。

 

いくつかある部屋のうち、すっかり専用部屋と化しているカプセルポットが中央に鎮座する個室に入る。ウイルス種特有の毒々しい色をしたデジタマがひとつ入っている。複雑な回線とたくさんのパソコンや機械に繋がれている。そのうちひとつのデスクトップ前の椅子をひいたジュンは腰掛けて、そのままカプセルポットをみた。

 

「よかった、やっと30%まで回復できたのね。ここ数日減ったり増えたりしてたから心配してたのよ」

 

オグドモンに取り込まれ、デジゲノムレベルで分解されてしまったパートナーは自己修復能力を駆使しても未だにデジタマが孵る気配はない。それでも早速今日あったことを色々話すのだ、出来ることといえばそれくらいしかないのだとジュンはよく知っている。



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多重世界の侵略3

ジュンの待ちに待った瞬間がようやく訪れた。

 

デジタマが光に包まれ、構成していたデータがたちまち分解され、ひとつのデジモンに再構成されていく。

 

「あれ?」

 

そのシルエットは転生するたびに見てきたボタモンではなさそうだった。ジュンは早速デジヴァイスをかざしてみる。スキャンコードが読み取りを開始し、パーセンテージがあがっていく。数秒でデータが表示された。

 

ズルモン

 

レベル 幼年期Ⅰ

タイプ スライム型

属性  なし

必殺技 毒の泡

 

可愛らしい外見をしたポヨモンとは対照的に黄色いジェル状の体と厳つい赤い目等と、全体的に気味悪そうな雰囲気が特徴を持つ小型の幼年期のスライム型デジモン。

 

ネームモデルは引きずる様の擬音「ズルズル」or「ずるい」から来ている。

 

超悪質のコンピュータウィルスとコンピュータを悪用する人間の負の念が融合して生まれたデジモンで、他のデジモンとは発生原因が異なる特殊なスライム型デジモン。軟体の体を器用に動かし、地を這うように移動する。体を構成する物質は毒性が強く、口からは強烈な毒を帯びた泡を吐き出すため、大型のデジモンでも近寄らない。

 

「デジゲノムがウイルス種に傾いたの?今までずっとボタモンだったわよね、あんた」

 

ジュンの言葉に反応して黄色いスライムはこちらに顔を向ける。さすがにまだ話せないのはボタモンと変わらないようで、なにかいいたそうな仕草こそするが読み取るのは難しそうだ。

 

「んー、やっぱオグドモンに取り込まれたり、超究極体のデータをぶちこんだ七大魔王のデジゲノムを取り込んだりしたから、その影響とか?大丈夫?デジヴァイスのリミッターにはひっかからないみたいだけど。どっか違和感ある?」

 

ジュンの言葉にズルモンは首を振る。

 

「ならいいんだけど。でもよかったわ、ちゃんと記憶は継承されてるみたいだし。なんかあったらすぐいいなさいよね?わかった?」

 

うなずくズルモンにジュンはよろしいと笑った。ちゃんとしたコミュニケーションは時間経過による幼年期Ⅱまでお預けだろう。

 

「とりあえずご飯にしましょうか、お腹すいたでしょ。ホーリーエンジェモンたちに報告しなくちゃ。おいで」

 

差し出された手にズルモンがよじのぼってくる。さいわい毒の泡をぶっぱなされる様子はなかった。

 

「好みとか変わった?」

 

ズルモンは首をふる。

 

「あちゃー......難民キャンプにそんないい肉ないわよ、ズルモン。あんま期待しないでよね」

 

ジュンの言葉にズルモンは無言で見上げてくる。こころなし赤い目が睨んでいるような気さえする。

 

「あのねえ、復興途中なのよこの世界は。それにデジタマんときに聞いてたか知らないけど、数日前にホーリーエンジェル城上空に多面体が現れて......」

 

赤いカーペットがひかれた大理石の廊下を歩きながら、ジュンはズルモンにデジタマから誕生した今までの出来事やこれからしなければならないことについて手短に話し始めるのだ。

 

ジュンの手にズルモンがいることに気づいた城内の兵士たちが挨拶してくれる。よかったねと言われるたびにジュンはうれしそうに笑った。

 

ホーリーエンジェモンたちに挨拶回りを済ませたあと、ジュンの手の中で時間経過による進化が行われた。

 

パグモン

世代  幼年期Ⅱ

タイプ  レッサー型

属性  ウィルス種

必殺技  毒の泡

 

頭部から生えた耳のようなもので低空を飛ぶことができる小型デジモン。この耳を器用に動かし手のように扱うことができ、「あっかんベー」や「おしりペンペン」などの相手を小バカにするような態度をとる。性格は結構イジワル。コロモンやツノモンなどを追い掛け回してはイジメている。口から『毒の泡』を吐いてイジワルをすることもある。

 

 

大きな耳が特徴的なデジモンで、性格は非常に意地悪で弱いものイジメと人を小馬鹿にする行為を好む。 耳を羽ばたかせて少しだけ浮けるという特技がある。 進化すると見た目が似ているガジモンやピコデビモンと言った小悪魔系や魔獣系になる事が多い。

 

 

「さすがパグモンなのは変わらないわけね、よかった。ボタモンからズルモンに変わっただけか」

 

「そのようですね。デジゲノムの因子による影響は抑えられてしまう。選ばれし子供のパートナーである限りその自由度を犠牲に強さを手にしているわけですから文句はいえませんからね」

 

パグモンらしからぬ口調ももはや慣れてしまったとはいえ、初見のホーリーエンジェモンたちは思わず笑ってしまい、パグモンに睨まれていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

ネオが目を覚ましたのは、ホーリーエンジェモンが多面体を派遣してきた世界線の座標をようやく特定したころだった。

 

「2050年、この世界線だけ時代がかなり進んでいるようだ。世界人口にまだパートナーデジモンをもつ人間が追いついていない、極めて珍しい世界線でもある」

 

ホーリーエンジェモンがそちらの世界線のセキュリティシステムに協力を仰いだ結果、まだ表沙汰になっていないだけで多面体の影響はかなり深刻らしかった。

 

選ばれし子供の1人が運営していたサイトが前身のデジモン研究所という最大規模の交流サイトを名乗ったウイルスメールが世界中にばら撒かれ、送り付けられてきたデジモンが紫色のデジモンに感染していた個体だったのだ。

 

送り付けられたデジモンは、どう育成しようとベムモンというデジモンに進化することがわかっている。自身はデジモンのマトリクス・データを吸収して強くなることを望んでおり、フュージョナイズという機械と一体化して一つのデジモンとなる能力を持っており、ネットワークを利用してあらゆるデータと融合しようとしてくる。しかも、デジモンだけでなく人間のマトリクス・データをも吸収できるようで、何人もの選ばれし子供とパートナーデジモンが襲われて行方不明になっているらしかった。

 

大量のマトリクス・データをベムモンに吸収させた多面体は、軍事衛星をハッキングし、人々のマトリクス・データを奪うデジタル・ウェーブを発射、一気に世界人口とパートナーデジモンたちを進化の糧にするつもりらしい。そいつはラグナモンと名乗っているそうだ。

 

それを止めようとしている世界中のパートナーデジモンをもつ者たちに、軍事衛星と融合していないベムモンに寄生していた紫色のデジモンが牙を剥いた。ベムモンを糧に進化したそいつらはひとつとなり、襲い掛かってきたのだという。

 

「クズルーモン。それが多面体から湧き出してくる紫色のデジモンの正体であり、進化先だそうだよ」

 

あちらの世界のセキュリティシステム曰く、もともとはデジタルワールドを構成する不の摂理(死、破壊、衰退、滅び等の)のタスクを司り繰り返す為の、言わばデジタルワールドの自滅因子と言える存在であったという。あくまでも次の生のタスク(復興、再生、誕生などの)に繋げるための行いであり、元来善でも悪でもない存在である。

 

ただ、次なる滅びの要因として人間社会の膨大に広がったネットワークに目を付け、人間の止め処なく溢れる負のエネルギーを養分として、次なる災いを齎すための力に利用することを選んだ。 それが問題だった。

 

人間のネットワークに満ちた不のエネルギーは、想定を遥かに超えて濃厚かつ膨大で、そして美味なものだった

 

途切れることなく溢れる不のエネルギーを喰らい、成長・肥大化し、また飢えて喰らう。本能と食欲はやがてシステムの枠を超えて暴走、肥大化していき、自身のプログラムすら上書きされ、あらゆるデータを見境なく喰らう本能のみの存在に成り果ててしまい、 世界の全てを喰らい尽くし、やがては自分すら喰らい、完全なる虚無へともたらす最悪の破滅へと進化を遂げてしまった。

 

「うっわあ......多面体にうつってた世界線はそうやって滅んだってことか」

 

「この世界も滅びる寸前じゃないか、本当に多面体を派遣した奴がいるのか?世界線が消滅したら自分も死ぬだろうに」

 

タイチとネオの言葉にホーリーエンジェモンはうなずくのだ。

 

「この世界が1番時代が進んでいるからね。なにかしらの生存戦略があるんだろう」

 

「多面体が本命ならラグナモンもいずれクズルーモンに食われる運命な訳だけど......ラグナモンもそもそも寄生されてるわけだし。なら、クズルーモンを倒せば多面体を派遣してる奴がいる場所にいけるってことよね?」

 

「普通はそうかもしれないが、あちらのセキュリティシステムはラグナモンが本命でクズルーモンはあくまでも護衛というか足止めにすぎない印象を受けているそうだ」

 

「あー、全人類を融合しようとしてるのはそっちだから?」

 

「きみの方が詳しいかもしれないが、《進化を否定する概念》とやらが望む世界を実現できるのは全てを虚無に返すクズルーモンではなく、ラグナモンらしい」

 

「あー、なるほど」

 

「なんかすげーのでてきたけど、なんのこと?」

 

「概念とたたかってるのか、お前たち。デジモンですらないじゃないか」

 

「アタシらだって好きで戦ってるわけじゃないわよ。パートナーデジモンの誕生がそもそもの始まりなんだけど......」

 

ジュンはため息をついて、1995年から2027年まで続くはずだった暗黒の力との戦いについて、ネオとタイチに話すのだった。

 

「さて、ここからが問題だ。ジュンは2050年にいくのは確定事項として、多面体の脅威が具体的にわかった今、私たちだけではクズルーモンたちが湧き出す事態になったらきっと太刀打ちできない。タイチたちには残ってもらいたいんだが、ジュンたちを単身で送るのは心配だ。どうしたらいいと思う?」

 



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2050年編
149話


2050年2月某日。

 

この冬は全国的に平年よりも気温が低く、厳しい寒さになっていた。特徴的なのは寒さが続いている点だ。東京都心は年明け以降の最高気温が未だに15℃に届いていない。

 

2月に入ってからは南岸低気圧が通過するパターンが増え、冬から春への変化は見えてきてこそいるものの、南からの暖かな空気は関東まで流れ込むことがなく、なかなか気温が上がらない。

 

これだけ寒い日が続くのは10年ぶりだと天気予報では指摘していた。

 

週明けは寒気が南下して寒さが続く見込みだが、来週後半になると冬型の気圧配置が弱まり、日本の南の海上に高気圧が移動。南からの暖かな空気が流れ込みやすくなって、気温が上昇する予想となっている。

 

東京都心の予想最高気温は25日(金)になると平年並みに戻り、27日(日)は16℃の予想であり、今年最も高い気温で、2月の終わりを目前にしてようやく春を感じられる陽気がやってくる。

 

その一方で、暖かくなるとともに遅れていたスギ花粉の飛散が一気に始まる可能性がありら、まだ症状があまり出ていない方も、しっかりと対策をするように。

 

50年たっても花粉症があるなんて世知辛いなあとジュンはすれ違った人が聞いていた天気予報動画の音漏れを聞きながら思った。

 

春告草と呼ばれる梅。その静かで清らかな樹木が、亡き人を優しく包み込むお墓になる。自然に還りたい、木々の命と共にありたい。そんな思いを集めた自然葬(樹木葬)の墓苑にジュンはいた。

 

「......」

 

「大丈夫ですか、ジュン」

 

「いやあ、実際に見るときついわね」

 

「ここに名前があると言うことは、やはりこの世界は......」

 

「アンタとアタシの生まれた世界線てわけね」

 

「そうなりますね」

 

全人類がパートナーデジモンを持つまであと少しなだけあって、ジュンがポキュパモンをつれていても誰も見てくることはなかった。それだけデジモンが世間で受け入れられてから、長い年月がたっているのだと思わされた。

 

2050年のデジタルワールドに転移したジュンは、どうしても行きたい場所があるのだとセキュリティシステムに所属するデジモンにお願いして、港区にある寺院を訪れていた。そこは樹木葬のお墓があり、2月ということもあってさまざまな色の梅の花がきれいな花を咲かせていた。

 

ホーリーエンジェモンからこの世界にばら撒かれたネガーモンに寄生されたデジモンについて知らされたときから、ファスコモンと初めて出会ったときのことを思い出してしまったジュンの予感はやはり当たっていた。

 

あのときデジ研から送られてきたボタモンは、ネガーモンに寄生されたボタモンだったのである。進化してパートナーデジモンごと融合される前にジュンが死んでしまったせいで色々と不都合が生じたに違いない。ファスコモンがいっていた遺族からの辛辣な対応は当たり前だったのだ。

 

もちろんボタモンはそんなことつゆしらず、唯一愛情をくれたジュンを探し求めていろいろなデジモンから逃げては転生を繰り返し、あらゆるデジゲノムを喰らい、パートナーデジモンをも融合し、時間を越えてまでジュンのパートナーという地位を確立したわけだから、もはや別の個体といっていいだろう。

 

ジュンから聞かれたファスコモンは、ようやく出自を明らかにするのである。パートナーデジモンとなった今、切り捨てられることはないと確信しているからこそでもあった。そこに秘めている途方もない執着をおくびにもださず、ファスコモンはいけしゃあしゃあとこの梅の前に毎年お墓参りにくる遺族について聞くのだ、会いたくはないのかと。ジュンは首を振った。なぜかと問うファスコモンにジュンは悲しげに笑うのだ。

 

「あのねえ、こっちの世界のアタシはもうとっくの昔に死んでるのよ?しかも葬式まですんでるし、戸籍はもうない。アタシがアタシであることを証明できるものはなにもないし、今のアタシは平行世界の過去を生きる本宮ジュンにすぎないのよ。今更会えるわけないじゃない」

 

「そういうものですかねえ?人間はあいもかわらずくだらないことばかり気にして、大切なことばかり見落とす」

 

「あのねえ。それを人間に求めるのは酷ってわからないわけ?生まれ変わっても、憑依しても、その魂からパートナーを探し出せるパートナーデジモンと一緒にしないでよ、そんなことできるのアンタたちだけなんだから」

 

「よくわかりませんねえ」

 

「わかんないなら黙ってて」

 

「わかりましたとも」

 

「もう。しっかし、やっぱりここだったわけね。想像はしてたけど。実はおばあちゃんがここにして欲しいっていってたのよ、だからだと思う」

 

「誰もかれもが順番を間違えているとお墓参りするたびにつぶやいていましたよ」

 

「わかってるわよ、20代だったし」

 

手を合わせてから、ジュンは立ち上がった。

 

2050年の日本は、かつてよりも国力が7〜8位にまで順位を下げている。

 

その要因として、人口減少と高齢化がある。日本の場合、高齢化へのスピードは他国に先駆けて非常に早く、2042年頃に高齢者数がピークになり、東京都民の3人に1人は65歳以上になった。日本全体の人口は1億人を割り込み、アジアのなかでの高齢化率は日本がトップのままだ。

 

高齢化は人間だけではなく、社会資本(インフラ)にも訪れ、水道管や電線、橋脚、道路。税収も低下している状況で老朽化したこれらすべてを刷新していくのは難しくなり、コンパクトシティ化と、それに伴うモビリティの最適化が加速した。

 

人々が広いエリアに分散して暮らしていると行政サービスもインフラ整備も大変だからとある程度集約することで効率化をはかりはじめたのがコンパクトシティの考え方だ。

 

街の規模が小さくなれば、交通インフラもコンパクトですむ。コンパクトシティ化が進むことで個人の車所有はなくなり、カーシェアやレンタルが主流となった。自家用車を持つ時代から、カーシェアの時代へと変化した。

 

医療技術の進化によって、疾病予防や予測を中心とした先制医療、発病してからは再生医療やバイオなどを活用した高度医療が現在より進み、健康寿命が延伸。ほぼ寿命と健康寿命が一致するようになり、高齢でも活躍できる時代が来ている。

 

興味のある学問を学び直しつつ働き続けるリカレント教育も盛んになり、高齢層も採用のターゲットとして重要な位置を占めてきている。

 

リカレント教育は、AIやロボットの台頭で多くの職業に人間が関わらなくなることと関係している。コンピュータにはできない、専門性が高くクリエイティブな仕事をするためには、学び続けることも必要になる。そして、学ぶことは何歳であっても喜びをも与えてくれている。

 

よくもわるくも現実世界とネットワークがシームレスにつながる時代が到来し、ゆえにデジタルワールドもまた現実世界に密着した時代になっていた。だからこそ、デジタルクライシスは大災害になるのだとジュンは痛感している。

 

セキュリティシステムから改めて聞かされたラグナモンは兵器の「つくも神」的な印象をジュンは抱いていた。日本に伝わる、長い年月を経た道具などに精霊(霊魂)が宿ったもの。人のエゴにより造られてはすぐに破壊される、敵として現われても倒すのに躊躇してしまうあいだに取り込んでくる恐るべき敵。

 

脱走し暴走を始め、空母や軍事衛星と融合を続け、最終的に全人類との融合まで目論むあたり、本気で神を目指しているようだ。それに相応しい神々しさすら感じてしまう。地球の生物にもデジモンにもいないと思われる孤独感、そういう雰囲気をもつデジモンだった。

 

そのデジモンを今から倒しに行くのだ。ファスコモンをジュンのところに送り込んできた諸悪の根源ともいうべき存在のところにいくのだ。ジュンはある意味運命のようなものを感じていた。



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