偽典・女神転生―テメンニグル編― (tomoko86355)
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プロローグ

真・女神転生とデビルメイクライがコラボして10年以上・・・妄想が止まらなくて書いてしまった駄文です。
かなり支離滅裂な内容な上に、結構あっちこっちからネタをパクってます。
それでもかまわないという心の広い人はご一読して下さい。


 

その日、ライドウは豪華客船『ビー・シンフル号』のラウンジで少し遅めの朝食を取っていた。

仲魔強化&自身の鍛錬の為に深夜帯まで矢来銀座の地下下水道の最下層まで潜っていたせいである。ある程度、マグネタイトと素材悪魔を集めた所で地上に戻ってみると日付はとっくに変わっており、太陽が真上に登っていた。

「酷い顔ですね?」

妙齢な女性の声にトーストを口に咥えたまま顔を上げる。

そこにはキッチリと上品な縞のスーツを着た女性がライドウに微笑んでいた。

この人物の名前は、マダム銀子。

ライドウと同じ『組織・クズノハ』の一人であり、上級召喚術士の元締め的立場にある。

本名は不明、当然出身地も不明、年齢も性別すらも謎の人物である。

「コイツが欲しくて無理し過ぎた。」

そう言って、テーブルの上に1本の刀を無造作に置く。

柄の所に七つの星が刻まれたその刀は、今朝方この船の指折りシェフである”第三十三代目・村正”が打ったばかりの刀剣であった。

「ほう、威霊”アリラト”の宿った魔剣ですか。随分と思い切った事をしましたね。」

一目見ただけで、どんな悪魔が素材にされたのかあっさりと見抜く眼力は流石である。銀子は抜いた刀剣の怪しい刃の光を暫く眺めていると鞘に刀を戻し、テーブルの上に置いた。

「貴方にはソレがあるでしょう?今更、合体剣など必要ないのでは?」

銀子の視線がライドウの足元に立てかけられている赤身の鞘に止まる。

歴代・ライドウが受け継いできた最強の神器。一度抜けば、空間を裂き、あらゆる魔を滅する恐るべき刀剣。

「生憎、俺の身体にはコイツが合わなくてな、一度解放したらえらい目にあった。もうあんな目に合うのはごめんだぜ。」

トーストを咀嚼し、苦いコーヒーで流し込む。

昔、魔王クラスの悪魔と殺り合った時、神器の封印を解いた事がある。

幸い仲魔達の命は無事だったのだが、ライドウだけ一週間以上も寝込む羽目になってしまった。

「そんな事より、俺に何か頼み事があるんじゃないのか?とびきり面倒臭いヤツの。」

真向かいに座る麗人を隻眼が鋭く見つめる。

長い黒髪を三つ編みで一つに纏め、夏場だと言うのに長袖を着込んだライドウの姿は、大分この場にそぐわない恰好であった。

しかし、ラウンジ内にいる客達は別段気にも留める様子も無く、思い思いに談笑をしながら食事や飲み物を口に運んでいた。

「ふふ、全てお見通しという事なのですね。」

銀子はアタッシェケースから、英国の新聞紙を取り出すとライドウの目の前に置いた。

半分に折りたたまれた新聞には、『郊外の公園で7人の少女達の惨殺死体が発見された』という内容の記事が載っている。

「それとこれも・・・。」

同じくケースから取り出した茶封筒の中に入っていた写真を新聞の上に置く。

そこには、ミイラ化した女性と思われる無残な遺体が映し出されていた。

「酷いな・・マグネタイトが根こそぎ抜き取られてる。」

恐らく警察内部に頼んで、モルグに収容されている少女達の亡骸を撮影したものらしい。皮膚が茶色く変色し、干からびたその死骸はとても十代半ばの少女のモノとは思えなかった。

「マスコミ各社には変質者による猟奇殺人事件として表向きは報道されています。」

一般市民の不安を抑える為の措置らしい。

最も悪魔がこの世に実在すると知れば、どんな二次被害が出るか分からない。

それこそ中世に行われた魔女狩りが再び復活する恐れすらある。

それを防ぐ為の防御策であり、その超常的事件を闇に葬るのがライドウ達、悪魔召喚術士(デビルサマナー)の仕事といえた。

「何で俺達『クズノハ』がやらなきゃいけないんだ?此処はヴァチカンの管轄地域だろ。」

日本国内で起こった事件なら『クズノハ』が処理するのが筋だが、この一件はどう見てもヴァチカン―異端審問官(13機関)の仕事である。

「ええ、確かにそうです。しかし、今現在、コンクラーヴェの真っ最中である事は貴方もご存知ですよね?」

「ああ、そういや先日法王猊下がご逝去されたんだっけ。」

一週間前に現教皇が癌で亡くなった事はテレビの報道で知っている。

まだ60代半ばの若さであった。

「13機関はコンクラーヴェの警護で忙しく、とても人手を割く事が出来ません。なので・・・。」

「俺達下請けが依頼されたってわけかい。」

皮肉を大分含んだライドウの言葉に銀子が一瞬、咎める様な鋭い視線を向ける。

ヴァチカンとクズノハはその宗教的思想の違いにより、長い間対立関係にあった。

しかし、第二次世界大戦で日本が大敗北した事を契機に『クズノハ』と『ヴァチカン』は長い闘争に終止符をうったのである。

「そんな怖い顔するなよ?銀子さん。仕事はちゃんと受けるし奴等の顔もちゃんと立てる。」

「ライドウ・・・。」

力関係はあくまで同等。

しかし実際問題、ライドウ達『クズノハ』が『ヴァチカン』より下に見られているのは事実である。

「それに、あの糞野郎に借りを作るのも面白いしな。」

ライドウの脳裏に13機関司令・ジョン・マクスウェル枢機卿の顔が浮かんだ。

マクスウェルが推している時期教皇候補はかなりな野心家であり、マクスウェルの義理の兄にあたる。おまけに相当な資産家らしく、妹の夫であるマクスウェルを気に入っており、枢機卿の椅子を与えたのもその義理の兄であった。

「早速、現地に飛んで情報を収集する。悪いけど事件の概要と死んだ少女達の関係を調べてくれ。」

鍛え上げられたばかりの魔剣『七星村正』を背中に背負い、隣の椅子に引っ掛けてあるバックパックを肩に掛ける。

徹夜続きであるにも拘わらず、眠気は既に吹き飛んでいた。

「気を付けて下さい、ライドウ。今回の事件は嫌な予感がします。」

「いつもの事だろ?それに面倒事には慣れっこさ。」

秀麗な眉根を寄せる麗人に片手をあげてラウンジを後にするライドウ。

そう、彼の請け負う仕事は厄介事ばかり。

しかし、どんな過酷な任務でも鼻歌混じりにこなしてしまう。

それが組織『クズノハ』最強の悪魔召喚術士(デビルサマナー)17代目・葛葉ライドウという人物であった。

 

ミッション1『テメンニグル大門前』

か弱き人の子に負けたのが余程悔しかったのか、三つ首の怪物は口惜しい唸り声を上げると眩い光の結晶へと姿を変えた。

光の結晶は吸い込まれる様に、深紅のコートを纏った銀髪の青年の手に吸い込まれていく。

2メートルを軽く超える身長に、鍛え上げられた体躯を持つ青年の手には、アイスブルーに光る三又のヌンチャクが握られていた。

「ヒュー、結構イカス玩具になったな。」

青年―ダンテは、軽くヌンチャクを振り回す。

するとヌンチャクから魔力の籠った氷の結晶が飛び散り、壁や床を瞬く間に氷つかせた。

 

時は数時間前に遡る。

馴染みの情報屋であるエンツォに頼んで、手頃な物件を手に入れたダンテは、早速そこに自分の個人事務所を構える事にした。

個人事務所と言えば聞こえが良いが、要は汚れた仕事を何でも請け負う『便利屋』稼業である。

漸く手に入れた自分の城。

こ煩いエンツォの仲介を必要としないで、自分の好きな時に仕事を請け負い、その上、仲介料をピンハネされる心配もない。

硬い樫の木で出来たデスクに両足を投げ出し、さて事務所の名前でも考えようかと思っていた矢先にある事件が起きた。

双子の兄、バージルの使いと称した黒ずくめの男の来訪、事務所内に突然現れた無数の悪魔・・・そして、その後は腹が立つので思い出したくもない。

「当然、俺をもてなしてくれるんだろうな?お兄ちゃん。」

皮肉に口元を歪めたダンテが、塔内に入ろうとしたその刹那。

一台の大型バイクが頭上を掠めてダンテの目の前に降り立った。

野獣の如きエンジン音を轟かせる大型バイク。

その巨躯に跨るのは、ダンテよりも一回り以上華奢な体躯をした人物であった。

「例の殺人事件を追ってたら妙な事に巻き込まれたな。」

パーカーのフードを目深に被っている為、どんな容姿をしているのか分からない。

だが、声の高さから言って、10代半ばぐらいの少年と思われた。

「おいおい、此処は子供が来る所じゃないぜ?」

予想外の闖入者に、ダンテが溜息を零す。

「子供?もしかして俺の事か?」

そこで初めてダンテの存在に気が付いたのか、パーカーの人物が頓狂な声を上げる。

「やれやれ、この姿になっちまってから、子供に間違われるのは結構あるけどさぁ。」

大袈裟に溜息を吐いて、少年―ライドウが、改めてダンテの方に視線を向けた。

素肌に深紅の皮のロングコート、銀の髪に身の丈程の大剣を背負っている。

恐らく、この大男がテメンニグルの門番を退けたに違いない。

「俺の仕事の手間を省いてくれたのは感謝している。ついでに大人しくお家に帰ってくれたら尚有難いんだけどなぁ。」

「なんだと?」

ライドウの軽口にダンテの表情が険しくなる。

何処の糞餓鬼かは知らないが、腹の虫の居所が悪い自分に喧嘩を売るとは良い度胸だ。

「此処は子供が来る所じゃないぜ?坊や。」

態とらしくダンテの口真似をして煽ってみせる。

「どうやらお仕置きが必要らしいな。」

ふつふつと湧き上がる怒りを腹の底に押しとどめ、ダンテは愛用のハンドガン、”エボニー&アイボリー”を抜き放つ。

本気でぶっ放すつもりなど更々ない、只、ちょっとした威嚇ぐらいになればそれでいい。

「どうするの?ライドウ。アイツ只の人間じゃないよ?」

腰に吊るしたポーチから、仲魔の妖精(ピクシー)がひょいと顔を覗かせた。

この大門の番人を倒したのだ。当然、普通の人間ではあるまい。

「混じり者か・・・相当な力を持つ上級悪魔との混血児らしいが大した魔力は感じない。」

ライドウは、ピクシーをポーチの中に押し込むと、右手を銀髪の青年の前に翳した。

「一言言っとく・・・先に喧嘩を吹っ掛けたのはお前だ。」

刹那、ライドウの掌を中心に魔法陣が生成。

巨大な火球が音速の勢いでダンテに襲い掛かる。

「な!!!!!?」

不意を突かれ、ダンテの身体が一瞬硬直する。

それもそうだろう、小生意気な糞餓鬼程度にしか思っていない相手が、実は魔法使いだったなんて誰が想像出来ようか。

真横に飛んで炎の顎から逃れようとしたダンテであったが、その灼熱の刃は眼前で軌道を修正、天井の梁にぶち当たり壁に大きな穴をあける。

凄まじい瓦解音と爆発、天井の石畳が崩れ、濛々と砂と土煙が辺りに充満する。

それを突き破り、一台の深紅の車体をした大型バイクがダンテの目の前に躍り出た。

呆然とするダンテを他所に深紅の巨躯は、鋼の腹を見せ、天井に開いた大穴へと吸い込まれていく。

一人その場に取り残されるダンテ。

漸く自分がからかわれた事に気が付くと、やり場のない怒りを石畳の床にぶつけていた。

 

場所は変わり、月光を望みし天空の回廊。

満天の星空を背に二つの影が浮かび上がる。

「・・・17代目、葛葉ライドウ?」

見事な銀髪を後ろに撫でつけた長身の青年が、背後に立つ漆黒のキャソックを身に着けた痩躯の男を振り替える。

「そうだ・・日本を拠点に置く組織『クズノハ』に属する悪魔召喚術士(デビルサマナー)だ。」

痩躯の男―アーカムは、蒼いロングコートを纏った青年―バージルに向かって、まるで機械音声の様に淡々と説明を続ける。

「何処で嗅ぎつけたのかは知らん。恐らくヴァチカン辺りが『クズノハ』に依頼して奴を派遣させたのかもな。」

アーカムの持つ聖書型・ハンドヘルドコンピューターに内蔵されているエネミーソナーには、ライドウの現在位置がしっかりと表示されていた。

第一階層で多数の悪魔と交戦中だが、ものの数秒でケリがついてしまうだろう。

「下らん、悪魔召喚術士(デビルサマナー)など取るに足らん小者だ。」

悪魔の力を行使しなければ何も出来ない非力な存在。

幾度か悪魔召喚術士と名乗る連中とやり合った事はある。

だが、どれも下級悪魔を従える程度で、バージルの身体に傷一つ付けられる者など誰一人としていなかった。

「人修羅を甘く見るな。上級召喚術士は魔王すらも従える。噂では奴は最上級悪魔(グレーターデーモン)を3体も所持しているのだ。他の召喚術士共とは強さの桁が違い過ぎる。」

己の剣技に絶大な自信を持つ青年をアーカムが窘めた。

「人修羅?」

「ライドウの通り名だ。裏社会でこの名前を知らない奴はいない。」

組織『クズノハ』最強の召喚術士。

神話や聖書に登場する神や魔王-最上級悪魔(グレーターデーモン)を3体も使役する常識外れの化け物(モンスター)。

「人修羅が我々の存在に気付く前に、何としてもダンテからアミュレットを奪わなければならないな。」

「・・・・。」

聖書型のハンドヘルドコンピューターを閉じる漆黒の召喚術士をバージルは無言で見つめた。

相手が何者であろうと、己の強固な信念を曲げる事は出来ない。

自然とバージルの手が胸元に輝く深紅のアミュレットに触れる。

そう、例えソレがたった一人の家族であろうともだ。

 




妄想とネタが尽きない限りは次もすぐに上げる予定です。


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ミッション2『死と再生と』

公園での7人の少女の猟奇殺人事件の犯人を探索中、突如スラム街に現れた謎の塔『テメンニグル』・・・それはかつて魔剣士”スパーダ”が現世と異界の入り口を塞いだ封印の塔であった。
事件との関係を調べるべく、塔内に潜入するライドウ。
そこで出会った深紅のロングコートを纏った銀髪の男―ダンテ。
一方、事件の首謀者であるダンテの双子の兄、バージルと彼に付き従う謎の神父ーアーカムは、魔界の扉を開けるべく様々な謀略を張り巡らせる。


 

沈黙せし石像の間。

死屍累々と横たわる無数の悪魔達の亡骸。

形を保てず塵へと変わる異形の怪物達の中心にフードを目深に被った華奢な体躯の少年が腰に吊るした銃型ハンドヘルドコンピューター・・・通称GAMPをホルダーから引き抜く。

蝶の羽の如く展開する液晶パネル。

繊細な指先がピアニストの様にキーボードを叩くと、空中にホログラフィーで出来上がった塔内の地図が映し出された。

「この塔は多重構造で出来上がっている。最上階に行くには各階層の鍵を手に入れなきゃならん。」

塔の階層は全部で七つ。

上に行くには最低でも4つの鍵を使用しなければならない。

「彼女達を生贄にした犯人がそこに居るのですか?」

銀色に光る鎧を纏い、手には深紅の槍を握った美貌の騎士が主を見つめる。

濡羽色の長い黒髪、冬の湖面を思わせる澄んだ蒼い瞳、まるで絵本に登場する騎士そのものである。

「かなり強い気と魔力をそこに感じるんだ。恐らく犯人は二人、一人は俺と同業者かもな。」

そう言ってライドウが無造作に鈍く光るクナイを部屋の片隅に投げつける。

それは寸分たがわず石像の悪魔―エニグマの巨大な眼球を貫いていた。

ライドウを狙っていた光の矢が虚しく天井に突き刺さる。

「どうしてそこまで分かるの?」

少年の肩にちょこんと座った妖精―ハイピクシーのマベルが不思議そうに質問する。

「有象無象の悪魔の割には妙に連携が取れていた。術士の指示がなければ考えられない動きだ。」

同じ悪魔使いとして通じる何かがあるのだろう。

ライドウは開いていたパネルを戻すと、腰のガンホルダーにGAMPを収めた。

「マスター、強い気が此方に近づいて来ます。」

秀麗な眉根を寄せ、白銀の騎士がホール入り口に視線を向ける。

「だな、どうやら大人しくお家に帰ってはくれないみたいだ。」

強い気と僅かに感じる悪魔特有の魔力。

この持ち主には心当たりがある。

テメンニグル大門前で、軽く脅しをかけた銀髪の大男だ。

予想通りライドウが入り口に顔を向けるとそこには深紅のロングコートを纏った便利屋=ダンテが両腕を組んで立っていた。

「いよぉ、また会ったな?坊主。」

「俺は会いたくなかった。」

おどけた口調で軽口を叩くダンテに同じ軽口で返す。

この手のタイプの人間は大の苦手だ。

自分が勝つまでしつこく付き纏う。

決して負けを認めない。

自分の腕に絶大な自信を持ってる。

「なぁ?頼むから大人しく帰ってくれないか?ぶっちゃけ仕事の邪魔なんだよ。」

こういうタイプの輩は早々排除するのが得策だが、ライドウ自身それをやる気がない。

いくら半分悪魔の混じり者でも、人間(ヒト)は人間(ヒト)。

出来る事なら殺したくはない。

「俺の兄貴がこの上で待ってるんだ。帰る訳にはいかねぇな。」

腰に吊るしたガンホルスターから、双子の銃”エボニー”&”アイボリー”を引き抜き、ライドウの急所に狙いを定める。

いくら見た目が子供でも、相手は恐ろしい魔法を使う術士だ。

二度と油断はしない。

「兄貴?お前の身内がこの騒動を起こしたのか?」

「そうだ。お陰でコッチも迷惑してる。」

兄―バージルのせいで、やっとの思いで手に入れた自分の城を失ったのだ。

まぁ、そこまでこの少年に教えてやるつもりはないが。

「成程・・・兄弟揃ってろくでなしか。」

「何か言ったか?」

ダンテには分からない言葉・・・恐らく日本語だと思うが・・・で小声で呟くライドウにダンテが怪訝な表情をする。

「・・・お前、数日前に郊外の公園で起こった事件を知っているか?」

「・・・・?何の事だ?」

「7人の少女達が何者かに殺害された・・・人間(ヒト)がやったとは思えない殺し方でな。」

唐突過ぎるライドウの質問に銀髪の大男は大袈裟に肩を竦めてみせる。

「知らねぇな。生憎うちは新聞取ってねぇんだ。」

一体この少年は何が知りたいのだろうか?

全く関係が無い殺人事件の話をされて、毒気を抜かれた様な気分になる。

「そうか・・・本当に何も知らないみたいだな。」

どうやら事を起こしたのは兄貴の方で、弟はただ単に巻き込まれただけらしい。

ライドウはこれ以上、この男から何も情報を得られないと知ると最上階へと向かうべくホールの出口に脚を向けた。

「おい、人を無視するとは良い度胸だな。」

”エボニー”&”アイボリー”の狙いを少年の華奢な背中に定める。

此処までコケにされたのは初めてだ。

した事は星の数ほどあるが、されると此処まで腹が立つものなんだな。

頭に血が上りかけているダンテの眼前に鈍く光る銀の影が現れた。

ライドウの仲魔―クーフーリンである。

「クー?」

「貴方が手を下すまでもない相手ですよ?この場は私に任せて下さい。」

真冬の湖面を思わせる蒼く冷たい双眸でダンテを見据えつつ、白銀の騎士は背後にいる主に向かってそう言った。

「了解、なるべく殺すんじゃないぞ?」

手首に仕込んでいたクナイをホルダーに戻す。

ダンテが銃を発砲する前に眉間に叩き込んでやるつもりだったが、その必要は無いみたいだ。

片手を上げ、去っていく悪魔召喚術士を追い掛けようとしたダンテの前に再び白銀の騎士が立ち塞がる。

騎士から放たれる異様な威圧感に思わず一歩後ずさるダンテ。

「おい、俺が用があるのはあそこにいる糞餓鬼だ。ぶちのめされたく無かったらとっとと失せろ。」

口調は強気だが、内心は騎士から放たれる鬼気に鳥肌が立っていた。

長年荒事で培って来た経験があるから分かる。

この黒髪の騎士は強い。

「それはこちらの台詞だ。大人しく帰ればそれで良し、従わないなら・・・。」

右手に持つ深紅の槍を構える。

「貴様には死んで貰うだけだ。」

「へ!面白れぇ・・・やってみろよ。」

売られた喧嘩は喜んで買うのが荒事師の常識だ。

相手が自分より強かろうが関係ない。

確実にぶちのめし、地面に這いつくばさせてやる。

 

 

「クーの奴、殺すなと言ったのに・・・。」

先程まで感じていた強い気がみるみる弱まっていく。

恐らくあの生意気な若造は、自分の仲魔に痛めつけられているに違いない。

クー・フーリンとダンテの力量の差は歴然で、簡単に例えるならちっぽけな蟻が巨大な象に喧嘩を売るのと一緒だ。

「ライドウ!何か来るよ!」

肩に立っている妖精が前方を指さす。

見ると青白い光を放ちながら、巨大な何かが此方に向かって来ていた。

「あらら、異界化が進んでいるとはいえ、まさかあんなモンまで此方側に来るとはな。」

蒼く光る複眼とムカデを思わせる体躯に無数の脚。

魔界の最下層で生息している巨大生物、ギガ・ピートである。

「いやぁん、蟲嫌い。」

顔を真っ青にしたマベルがライドウの腰に吊るしたウェストポーチに潜り込む。

獲物を発見した巨大ムカデは、青白い雷光をばら撒きながら、ライドウに向かって一直線に突き進んできた。

「まぁ、試し斬りには丁度良いか。」

まるで新しい玩具を買い与えられた子供の様な無邪気な笑顔を浮かべ、ライドウは背負った七星剣を抜き放つ。

高位悪魔が宿った魔剣は、迫りくる獲物に舌なめずりでもしているかのような怪しい輝きを放っていた。

 

悪魔と人間の混血児であるダンテは、幼い頃からすでに人智を超えた膂力と生命力をその身に宿していた。

母を失い、双子の兄バージルと生き別れになったダンテは、自然の成り行きで養護施設に預けられた。

しかし、人が決められたルールに従うのは良しとしない性分のダンテは、12の頃に養護施設を抜け出してしまう。

修道院のシスター達は、とても優しい人達ばかりだった。

美味しい食事と暖かい寝床を幾らでも子供達に与えてくれた。

まぁ、その対価が臓器と赤ちゃんの売り買いなのが頂けないが。

「ぐはっ!」

壁に叩きつけられ、口から鮮血を吐き出す。

今の衝撃で、肋骨が何本か持って行かれたらしい。

「どうした?叩きのめすんじゃないのか?」

数メートル先に佇む白銀の騎士が、つまらなそうに溜息を吐き出す。

ボロボロのダンテと違い、此方は全くの無傷だ。

「ち、クネクネと妙な動きしやがって。」

口内に溜まった血を吐き出し、大剣リベリオンを杖代わりに何とか立ち上がる。

自分の斬撃が一度も当たらない。

否、当たらないどころか逆にカウンターを喰らう始末だ。

「まるで子供が棒切れを振り回している様だな?美しさの破片も無い。」

あらゆる体術、剣術を習得してきたクー・フーリンにとって、ダンテの戦い方は野蛮極まりない行為にしか映らなかった。

剣も大振り、おまけに銃の扱いもお粗末だ。

唯一褒められるのは、その驚異的な膂力とタフさか。

「は?何言ってんだ?お前、頭の中身大丈夫なのかよ。」

「孫子の兵法にこんな言葉がある、正を持って合い、奇を持って勝つ。貴様にはそのどれもが無い。いわば低能な猿共の戯れと同じだ。」

紀元前500年頃に実在した偉人の話をした所で学のないこの野蛮人には通じないだろう。

「小難しい事をベラベラと・・・喧嘩に兵法も糞もねぇ。」

リベリオンを構え、一気に間合いを詰める。

常人よりも遥かに優れた筋力を持つダンテにしか出来ない芸当だ。

裂帛の気合の元、必殺の斬撃は確実に銀の騎士を捕えていた。

しかし・・・。

「何!?」

幻影の如く掻き消える黒髪の騎士。

次の瞬間、ダンテの四肢から鮮血が迸り出た。

深紅の槍『ゲイボルグ』の鋭い切っ先がダンテの鍛え上げられた四肢をいとも簡単に切り裂いたのである。

「跪き、頭を垂れ、命乞いをしろ。」

凄まじい激痛により、持っていたリベリオンを床に落とし両膝を地面に付く。

そのダンテの頭上に、クー・フーリンの冷たい声が掛けられた。

「そうすれば助けてやらない事も無い。」

やはりいくらライドウの仲魔とはいえ、悪魔は悪魔。

その心は、この塔内を徘徊している怪物達と何ら変わる事はない。

「へ・・・そりゃ、あの糞餓鬼の命令か?色男。」

「何?」

いくら驚異的な再生能力を持つダンテでも、両足をズタズタに引き裂かれては、立ち上がる事など不可能だろう。

八方塞がり、四面楚歌、しかしその闘志は何一つ揺らぐ様子は無かった。

「餓鬼のケツを舐めるしか出来ない糞悪魔が随分と生意気な口叩くじゃねぇか。」

全身を襲う苦痛に粗い息を吐き出す。

力量の差は歴然、どう逆立ちしたって叶う相手ではない。

しかし、このままでは終われない。

「傷が再生するまでの時間稼ぎか?愚かしい。」

床に転がっている大剣リベリオンを拾い上げる。

クー・フーリンの口調はあくまでも冷静だった。

だが、その秀麗な眉根は明らかに不快を表しているかの様に歪められている。

「未熟者が持つにしては過ぎたシロモノだな。」

ずっしりと重厚感のある大剣は、鍔に当たる部分の両側の中央に髑髏の彫刻がなされている。

かなり強力な悪魔が宿っているのか、大剣からは微かに魔力が感じられた。

「汚い手でそれに触るんじゃねぇ。」

父親の形見である大剣を奪われ、ダンテの心に怒りの炎が灯る。

彼の父、魔剣士・スパーダが残した唯一の形見。

物心ついた時から父親の存在など知らないダンテにとって、彼の温もりを感じられるただ一つの顕在するものが大剣・リベリオンであった。

血塗れの両手で”エボニー&アイボリー”を抜き放つ。

刹那、ダンテの身体に衝撃が走った。

胸元に暖かい湿り気を感じる。

視線をそこに下すと、胸から鈍く光る大剣の切っ先が突き出ていた。

「返してやったぞ?これで文句はなかろう。」

感情が全て欠如したかの様な美青年の冷たい声。

ダンテが視認するよりも速い速度で背後に回ったクー・フーリンが、大剣を背後から突き刺したのである。

的確に心臓を狙った一突き。

口から大量の血が溢れて来る。

「マスターは、交戦中か・・・早く合流しなければ。」

此処から大分離れた場所で、彼の主が戦っているのが分かる。

白銀の騎士の頭の中には、背後から自分の愛刀で胸を突き刺された銀髪の大男の存在など綺麗さっぱり消え失せていた。

スローモーションの様にうつ伏せに倒れるダンテ。

徐々に光を失いつつある彼の双眸に映った最後の光景は、自分を殺害した白銀の騎士の後ろ姿であった。

 




次もすぐ投稿するかもです。


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ミッション3『道化師』

公園内で発生した猟奇殺人事件を追って、呪われし塔―テメンニグルに足を踏み入れた悪魔召喚術師、17代目・葛葉ライドウ。
その前に大門で出会った銀髪の大男―『便利屋・ダンテ』が再び立ち塞がる。



 

 

青白い雷光が四方八方に降り注ぐ。

天照す天文の間を守護する悪魔、ギガ・ピートが己の住処を荒らす不届き者を始末仕様と縦横無尽に暴れ回っていた。

「ひー!目が回るぅ!」

ウェストポーチから甲高い悲鳴が上がる。

「悪い、もう少しで終わるから我慢しててくれ。」

周囲を埋め尽くす爆音の中でも、妖精の主にはしっかりと聞こえていたらしい。

ギガ・ピートから放たれる雷撃を巧みに躱しつつ、カウンターの斬撃をお見舞いしていた。

硬い甲殻の隙間を狙った的確な一撃。

蒼い体液を周囲に振りまき、ギガ・ピートは激痛に更に暴れ回る。

「悪いな、お前さんも好きでこんな所に来た訳じゃないのにな。」

憐れみを多分に含んだライドウの声。

最後の悪足掻きなのか、突進して来た巨大ムカデを大きく頭上に飛びあがって躱す。

「次で楽にしてやる。」

高位悪魔が宿った魔剣に魔力を注ぐ。

すると刀身が紫色に輝いた。

「-!」

梁を足場にして気合と共に蹴り上げ、ギガ・ピートに弾丸の速さで一直線に向かう。

頭部を持ち上げ、ライドウを迎え撃つ巨大ムカデ。

しかし、ライドウの必殺の一撃の方が速かった。

深々と複眼に埋め込まれる刀身。

そこを中心にギガ・ピートの鎧の如く全身を覆っている甲殻から亀裂が走る。

亀裂から迸る青白い雷光。

蒼い体液を撒き散らし、巨大ムカデは断末魔の叫びの如く爆散した。

「大丈夫か?マベル。」

軽やかに地面に着地したライドウが、ウェストポーチの中にいる妖精に声をかける。

「うぇえええ、気持ち悪いよぉ。」

ポーチの中から、妖精がぴょっこりと顔を出した。

ウェストポーチの中で大分振り回されたのが堪えたのか、真っ青な顔をして吐きそうに舌を出している。

「ブラボー、ブラボー。」

「・・・?」

何処からともなく聞こえてくる拍手の音。

目を回していた妖精も正気に戻り、慌ててウェストポーチの中に隠れる。

「流石、魔界を恐怖のどん底に叩き込んだ人修羅ちゃんだけあるぜぇ。」

暗闇の中から現れたのは、漆黒の道化服を纏った悪魔であった。

左右色違いのオッドアイに右手には金色のステッキを持っている。

「悪いけどサーカス団のスカウトならお断りだ。」

七星村正を鞘に納め、ライドウが肩を竦める。

魔界を放浪していた時の自分の事を知っている。

只の悪魔ではない様だ。

「実は俺ちゃん、人修羅ちゃんに良い情報を持って来たのさぁ。」

「良い情報?」

「アンタ、可愛い娘ちゃん達を殺した犯人を捜してるんだろ?」

「・・・。」

郊外の公園で起きた猟奇殺人事件の事まで知っている。

ライドウの表情がみるみる険しくなる。

「おっと、そんな怖い顔をしないでくれよぉ。俺ちゃん、アンタを敵に回す程お馬鹿ちゃんじゃないんだからさぁ。」

フードの下から覗く、鋭い双眸に態とらしく肩を竦める道化師。

「望みは何だ?魔貨か?宝石か?それとも俺の心臓か?」

親指で自分の心臓がある位置をトントンと叩く。

悪魔の対価はいつの時代も同じだ。

金か又は宝石、若しくは強大な力を持つ術士の心臓。

「今はまだ要らないよ・・・おっと、自己紹介がまだだったね?俺ちゃんの名前はジェスターって言うんだ。」

「そのまんまじゃねぇかよ。」

ラテン語に置き換えただけの名前にライドウが呆れた様子で溜息を吐く。

「実は俺ちゃんものすごぉーっく困ってる。どっかの余所者が生贄を捧げたお陰で魔界の入り口が開きそうなんだ。俺っち下級悪魔には死活問題よ。」

やはり、あの娘達はこの呪われた塔(テメンニグル)を起動させる為の贄に使われたらしい。

まだ完全に異界と現世の扉は開かれてはいないが、もしそうなると神話に登場する怪物達が大挙をなして、此方側の世界に来るだろう。

「・・・・悪いがコッチは時間が無いんだ。さっさと要件だけ話してくれ。」

これ以上、道化師の愚痴を聞かされては堪らない。

奴等が此処に来るよりも早く、事を終わらせてしまいたい。

「娘達を殺してマグネタイトを奪った犯人は、バージルっていう奴だ。魔剣士・スパーダって名前はアンタも知ってるよな?」

「・・・・魔界で名を轟かせた伝説の剣士だな。2000年以上前に仲間を裏切って人間の側についた・・・それ以降の彼の消息は不明になってる。」

「その通り、んでバージルってのがソイツの息子らしい。」

「子供が居たのか・・・初耳だな。」

魔剣士・スパーダの伝承は余りにも少ない。

特に魔界を裏切って、人間側についた彼の名前は禁句とされ、語られる事も憚られている。

それ故、魔界を放浪していた当時のライドウも名前ぐらいしか彼を知る術がなく、又当然の如く彼を語る者達などいなかった。

「バージルは、魔界の入り口を開けたいのさ。何故ならそこにスパーダの遺産があるからな。」

「遺産?」

「スパーダが持っていた強大な力、カウントフォーに匹敵する膨大な魔力さぁ。」

カウントフォー・・・現在魔界を支配している4人の魔王達の事である。

東西南北の位置をそれぞれ領地として所有しており、表向きは協定を結んではいるが、その実、領土拡大の為に血で血を争う闘争を繰り広げている。

「成程な・・・で、お前の望みはそのバージルを始末して欲しいってところか。」

「ビンゴォ!流石、人修羅ちゃん。物分かりが速くて助かるぜぇ。」

力のない悪魔は、弱肉強食を絵に描いた様な世界の魔界から逃れて現世に来る。

恐らくこのジェスターもそれと同じ口なのだろう。

もし上級悪魔が此方側に来たら、真っ先に淘汰されるのが彼等力のない下級悪魔達だ。

「言っとくが、お前が望むシナリオにはならないかもしれないぜ?」

「別にぃ、俺ちゃん達が住み辛い場所にならなきゃノープロブレムよぉ。」

それだけ言うとジェスターの姿が幻の如く掻き消える。

気づくと天井の所で逆さになって立っていた。

「そんじゃ、また会おうなぁ、人修羅ちゃん。」

器用に後ろ歩きで暗闇の中に消えていくジェスター。

後に残されたライドウが盛大な溜息を吐く。

「まーったく、あの兄弟の面倒を俺が見るのかぁ?」

 

生ける彫像の間。

背中から大剣『リベリオン』で貫かれ、うつ伏せに倒れ伏している銀髪の大男。

悪魔の弱点である心臓を破壊され、完全に息絶えているのは誰の目で見ても明らかであった。

「やはり”クランの猛犬”相手では荷が重すぎたか。」

そう呟いたのは漆黒のキャソックを纏う、火傷の男(フライフェイス)。

火傷の男―アーカムは、足でダンテの身体を仰向けに倒す。

逞しい胸元に光る深紅のアミュレット。

金色をモチーフにしているバージルのアミュレットとは違い、此方はその対に相応しい銀色だ。

アーカムは、屈みこむと少々乱暴にアミュレットを奪い取る。

「さて、後は人修羅だけだな。」

ダンテがクー・フーリンに殺害されたのは予想外だ。

否、まさか人修羅がこの件に絡んで来る事自体が想定外だったのだ。

アーカムは、一つ吐息を零すと、生ける彫像の間を後にした。

 




DMC5最高です。Vの操作が面白すぎる。


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ミッション4『アマラの淵で』

生ける彫像の間で、ライドウの仲魔、魔槍士=クー・フーリンと死闘を演じるも、全く相手にされず、逆に相棒『大剣・リベリオン』で心臓を突き刺され倒されてしまうダンテ。
一方、悪魔召喚術師のライドウは、妖獣ギガ・ピートと激突。
村正がうった合体剣『七星村正』の力を使い撃破する事に成功する。
そして、塔内を徘徊する道化師・ジェスターの情報で、古の塔を復活させたのがスパーダの息子である事を知るのであった。


 

生まれた時から父親の存在など知らなかった。

唯一家族と呼べるのが、母親のエヴァと双子の兄バージルだけだった。

その母親と兄を失ったのが、彼がまだ7歳の頃。

忘れもしない嵐の夜の出来事である。

いつもの様に一日が過ぎて、またいつもの様に朝を迎える筈だった。

しかし、この日だけは違っていた。

真剣な表情をした母親が、自分とバージルに二つのアミュレットを渡し、納戸に隠れる様に言ったのである。

「良い?二人共。このオリーブの枝が貴方達を守ってくれるわ。絶対に離しては駄目よ。」

二人にそれぞれオリーブの枝を握らせた母親は、納戸の小さな隠し部屋に二人を押し込んだ。

「眼を閉じて耳を塞ぐの・・・そうすれば、また必ず朝が来る。」

扉越しに聞こえる母の声。

そこには我が子を守る強い想いが感じられた。

「ダンテ、バージル・・・愛しているわ。」

それが彼女の声を聴いた最後の瞬間であった。

その後一体何が起こったのかダンテは覚えていない。

人智を超える程の恐怖が、彼に一時的な記憶障害を起こしたのかもしれない。

只、覚えているのは母親の叫び声と猛獣を思わせる唸り声。

けたたましい笑い声に肉を引き裂き、内臓を咀嚼する音。

 

「成程・・・それが君の業(カルマ)か。」

「!!」

しわがれた老人の声に一気に覚醒するダンテ。

まず最初に視界に入ったのがひび割れた石の天井。

埃っぽい匂い、背中に感じる冷たく硬い石の感触。

四肢を走る激痛に呻きつつ、何とか起き上がる。

「い・・一体何がどうなってやがるんだぁ。」

悪魔どもにやっと手に入れた事務所(自分の城)を壊された。

その後、スラム街に突如として現れた巨大な塔。

門番を守る三つ首の怪物。

順を追って記憶を辿っていく。

フードを目深に被った魔法使いの少年。

そしてそれに従う白銀の騎士。

「野郎!!」

そこまで思い出して、腹腔から激しい怒りのマグマが湧き上がる。

無意識に腰に吊るしたガンホルダーから、2丁のハンドガンを引き抜く。

しかし、彼が復讐すべき相手は影も形も存在してはいなかった。

耳が痛くなる程の静寂が辺りを包む。

「ハッ!ざまぁねぇな?全く。」

自嘲的な笑みが口元に浮かぶ。

便利屋家業を始めて約2年。

今まで色々な連中がダンテに喧嘩を吹っ掛けては悉く叩き伏せられて来た。

勿論、人間ばかりではない。

父・スパーダに恨みを抱く悪魔達ともやり合った。

当然、そいつ等も返り討ちにしてきた。

連戦連勝、負け知らず。

最強の便利屋・・・・最強の悪魔狩人(デビルハンター)、その名を欲しいがままにしてきた・・・だが―。

ダンテは、怒りのまま2丁のハンドガン―”エボニー&アイボリー”を連射する。

鋼の牙に穿たれ、粉々に砕け散る石像と柱。

石の壁は穴だらけとなり、濛々と砂煙が周囲を埋め尽くす。

弾倉が空になっても尚、ダンテは無意識に引き金を引き続けていた。

手も足も出なかった。

音速を超える斬撃は虚しく空を裂き、銀色の騎士を捉える事は一度としてなかった。

完膚なきまで叩きのめされ、ダンテの自尊心は見事なまでに打ち砕かれた。

だらりと力なく垂れる両腕。

「ハッ・・・・クールでスタイリッシュが売りのこの俺が何てザマだ。」

握っていた双子の銃を腰のガンホルスターに納め、地面に突き立った大剣『リベリオン』を引き抜く。

殺す・・・・自分にこんな屈辱を与えたあの騎士を必ず殺す。

生まれて初めて芽生えた猛烈な殺意。

蒼き双眸を怒りで歪ませ、ダンテは大剣『リベリオン』を背に収めた。

 




短くなってしまいました。


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ミッション5 『髑髏の守護者』

妖獣ギガ・ピートを倒したライドウ。
その前に道化師・ジェスターが現れ、公園で起こった猟奇殺人事件の犯人がバージルであり、奴が父親である魔剣士・スパーダの力を手に入れる為に少女達のマグネタイトを生贄に捧げた事を告げる。
一方、クー・フーリンに殺された筈のダンテが何者かの手によって再生。
自分を殺害した白銀の騎士に復讐するべく立ち上がる。


 

「この塔を作った奴、絶対性格が悪いと思うわ。」

床や壁、果ては天井から一定の間隔を置いて突き出る槍の雨を眺めながら、妖精は主の肩の上で不機嫌そうに言った。

現在、彼等は試練の間と呼ばれるエリアにいる。

最上階に登る為には、最低四つの鍵が必要だ。

此処まで来る道中、順調に三つ目までの鍵を解放した。

しかし、最後の一つ・・・塔の頂に行く為には二つの水晶髑髏を手に入れる必要があったのだ。

「まぁ、後1個、アレをゲットすれば無事終了だ。気張って行くぞ。」

闘の試練の間で手に入れた蒼く光る水晶髑髏を手の中で転がす。

それは、数多の化け物共を屠って手に入れた戦利品であった。

「マベル、危ないから此処に入ってろ。」

「了解。」

最早定位置となったウェストポーチの中に妖精が収まる。

目指すは、槍の雨が降り注ぐ先―水晶髑髏が安置されている台座の所。

補助魔法で筋力を底上げし、一気にゴールまで駆け抜ける。

両手を地面に付き、短距離走の選手がするクラウチングスタートの構えをとる。

「移動補強魔法(スクカジャ)。」

補助魔法を唱えるのと走り始めたのはほぼ同時であった。

移動&回避速度を上げる魔法の効果で、身体が軽い。

漆黒の弾丸となったライドウが、槍の雨を駆け抜けて行く。

槍の切っ先がパーカーの少年を捕えようと襲い掛かる。

しかし、そのどれもが紙一重で躱され、掠り傷一つ付ける事は叶わなかった。

「ほい、ゴールっと。」

槍の雨を潜り抜けた少年が、台座に収まった水晶の髑髏を手に取った。

時間にして数秒。

息切れ一つしていない。

「おーい、生きてるか?マベル。」

ウェストポーチの口を開けて中を覗き込む。

完全に目を回して気絶した妖精が大の字で寝ていた。

「大丈夫みたいだな。」

涎を垂らして白目を向いている妖精を確認して、ライドウが苦笑いを浮かべた。

すると唐突にゴーンっと鐘の音が回廊に木霊する。

見ると巨大な鎌を担いだ死神が時空の裂け目から現れた。

「おいおい、俺はちゃんと試練に打ち勝ってコイツを手に入れたんだぞ?そりゃルール違反じゃねぇのかよぉ。」

盛大に溜息を吐くライドウ。

どうやら、此処の塔を設計した輩は、マベルが言ったように相当性格が悪いらしい。

「!」

背後から感じる殺気に、条件反射で真横に横転して避けるライドウ。

見ると先程まで居た場所に巨大な鎌が深々と突き刺さっている。

「本当、ろくでもねぇよなぁ。」

いつの間にライドウの背後に忍んでいたのか、もう1体の死神―ヘル・バンガードが炯々と光る蒼い双眸でパーカーの少年を睨み付けていた。

「マスター!」

聞き覚えのある仲魔の声。

風を切る音と共に深紅の光が眼前に居たヘル・バンガードの眉間を貫く。

脳天を打ち砕かれ、背後に倒れる死神。

良く見ると額に深紅の槍―ゲイ・ボルグが突き刺さっていた。

「遅くなりました。」

白銀の騎士―クー・フーリンが回廊の入り口に立っている。

あの位置から寸分違わぬ正確さで、巨大な死神の額を愛槍で撃ち抜いたのだ。

槍は、持ち主の意志に従い回転しながら物凄い勢いで主の元に戻っていった。

「丁度良かった、そっち頼むわ。」

ライドウが仲魔に向かってひらひらと手を振る。

回廊内の空間がひび割れ、次々と下級悪魔が姿を現してくる。

仲間を殺された事への怒りか、もう一体のヘル・バンガードが怒りの咆哮を上げた。

 

同時刻、風と炎の門番の間。

深紅のロングコートを纏った銀髪の大男―ダンテがその大広間に入ると一変で空気が変わるのが分かった。

ゆっくりと背中に背負った大剣『リベリオン』の柄に手を掛ける。

「ほう、兄者。久しぶりの客人だぞ?」

頭上から重々しい声が聞こえる。

見ると大門の両側に巨大な台座が置かれていた。

その頂には、巨大な大剣を持った首なしの像が立っている。

「うむ、どうやら我が眷属の様だな。」

首なしの銅像の持つ刀の柄から声が聞こえる。

良く見ると柄頭の部分に人の顔が彫り込まれていた。

「客人なら是非もてなさねばならんな。」

「そうだな?兄者。1000年振りの客人だから、盛大にもてなさねば失礼だ。」

声はその柄頭から聞こえる。

1000年もの長きに渡る間、誰一人として訪れない門番の仕事が相当暇だったらしい。

声には何処か歓喜にも似た響きが多分に含まれていた。

「はぁ・・・気障野郎の次は刀の化け物兄弟か。」

正直、こんな奴等とまともにやり合う気など更々ない。

一秒でも早く、あの銀色の甲冑を纏った騎士を見つけて、『リベリオン』を叩き込まねば気が済まないのだ。

「兄者、客人の様子が変だぞ?」

そんなダンテの心情など知らない、首なしの悪魔―ルドラが隣にいる双子の兄、アグニに向かって言った。

「あれは溜息だな。どうやら客人は機嫌が悪いらしい。」

「むむ、それはイカン。折角来てくれた来訪者なのだ。手厚くもてなさねば天罰が下る。」

「その通りだ弟よ。1000年振りの客人なのだ。楽しませねば、我らの沽券に拘わる。」

「おい、お喋りはそれぐらいにしとけよ?糞悪魔共。」

これ以上、不毛な会話など聞きたくもない。

ダンテは大剣を背中から引き抜き、石畳に突き立てる。

「俺はその門を通って先に進みたい。お前等門番なんだろ?だったらやる事は一つだろうが。」

両腕を組み、不敵な笑みを浮かべるダンテ。

いくら半分、人間の血を引いているとはいえ、やはり悪魔は悪魔。

その好戦的な悪魔特有の感情を抑える事等敵わない。

「成程、そうなると話は違って来るな。」

「その通りだな?兄者。是非とも我等に力を指示して貰わねば困る。」

台座から飛び降り、ダンテの眼前に降り立つ2体の悪魔。

大剣を構えるその姿は、寺院の表門を守る仁王像さながらであった。

「へ、そうこなくっちゃ面白くない。」

突き立てた大剣を引き抜くダンテ。

戦いのゴングは今打ち鳴らされた。

 




大分無理設定がありますけど、ヴァチカンはクズノハを完全に下に見ており、どーでも良い下級悪魔が起こした事件とか面倒な輩は、全てライドウ達クズノハに押し付けてると考えて下さい。


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ミッション6『漆黒の頂での邂逅』

試練の間で、塔の頂に登る為のキーアイテム『水晶の髑髏』を手に入れたライドウ。
しかし彼の前を死神ヘル=バンガード2体と、下級悪魔の群れが立ち塞がる。
一方、風と炎の門番の間に辿り着いたダンテは、双子の悪魔―アグニ&ルドラと対峙するのであった。


 

 

「何で命令に背いた?」

「何の事ですか?」

魔槍『ゲイ・ボルグ』でヘル=ラストの首を跳ね飛ばし、返す刃でヘル=プライドを刺し貫く。

「派手なコートを着た銀髪の餓鬼を殺したろ?俺は適当に痛めつけて追い返せと命令しなかったか?」

ヘル=バンガードの巨大な鎌を紙一重で躱し、峰を足場にして跳躍。

顔面に渾身の回し蹴りをお見舞いする。

思わぬ攻撃によろける漆黒の死神、その巨躯に巨大な氷の刃が突き刺さる。

ライドウの魔法―ブフーラだ。

氷の槍に貫かれ、壁に叩きつけられる死神。

身体の中心に穿たれた氷の槍は、瞬く間にその面積を広げ、ヘル=バンガードを氷の棺に閉じ込めてしまう。

「なるべく殺すなと命令を受けた筈ですが?」

「揚げ足取んなよ?可愛くねぇなぁ。」

しれっと応える白銀の騎士にライドウが舌打ちする。

彼らの周囲には、悪魔の屍が累々と積まれていた。

壮絶な死闘を繰り広げているにも拘わらず、二人共息を切らせる様子など微塵もない。

「質問に応えろ?志郎。」

「その名前では呼ばないで下さい。」

本名を呼ばれ、不愉快そうに秀麗な眉根を寄せるクー・フーリン。

背後から襲って来るヘル=プライドを一刀の元に叩き伏せる。

「あの男は危険と判断しました。そう遠くない未来、貴方の命を脅かすと思ったからです。」

「言ってる意味が分かんねぇな。」

クー・フーリンに向かって、手首に仕込んだクナイを投げつける。

鋼の刃は、クー・フーリンの頬を掠め、背後にいたヘル=レイスの持つ魔獣の心臓に命中、衝撃を受けた心臓は周囲に居た悪魔達を巻き込み、大爆発を起こした。

濛々と立ち込める砂ぼこりと熱風。

次々と塵と化す悪魔の死骸、後に残されたのは、白銀の騎士とパーカーの少年だけだった。

「危険な目は今のうちに潰しておく方が貴方の為です。」

「・・・・・分かった。俺を守る為って事なんだな。」

強い意志の光をその瞳に認め、ライドウは素直に折れる。

先程、掠めたクナイで切ったのか、クー・フーリンの頬から血が一筋流れていた。

「ごめん、痛かったか?」

仲魔の元に近づき、血が流れ出る頬にそっと手を当てる。

そこから感じる暖かい波動に目を閉じる白銀の騎士。

癒しの光は、瞬く間に傷口を治してしまう。

「私が未熟なだけです。貴方が気を病む必要はない。」

頬に触れる主の手をそっと握る。

そして愛おし気に主の手に口付けを落とした。

「あ、あのさぁ、好い加減手を離してくんないかなぁ?」

いつまでも手を握ったまま離そうとしない美貌の騎士に、ライドウが頬を染めて言った。

なまじ造詣が整い過ぎている分、こういう事をされると気恥ずかしくなる。

「すみません、貴方の手が余りにも心地良過ぎて。」

「ばーか。」

子供の様な無邪気な笑顔を浮かべる白銀の騎士。

そこからは、ダンテに見せた冷酷な悪魔の素顔など微塵も感じる事は無かった。

 

空を舞う二振りの大剣。

激闘を物語る壁に幾つも穿たれた大穴。

室内の柱は壊れ、醜い破壊の後を晒していた。

「ま、待ってくれ!」

戦いは済んだとばかりに、大門を潜ろうとするダンテの背に刀の悪魔―ルドラが慌てた様子で引き留めた。

「お前は、我等を打ち倒し力を示した。」

「そうだ。それ故、我等は貴様に従うのが道理。」

地面に突き立つ二振りの魔剣―アグニ&ルドラ。

彼等は、デビルアーツという性質上、力を持つ輩に従う様造られている。

それが半分人間の血を引いていても関係は無かった。

「ふん、ならコッチにも条件があるぜ・・・お前等、絶対に喋るんじゃねぇぞ。」

地面に突き立つ二振りの大剣の前で腕組みするダンテ。

連れて行くのは一向に構わないが、コイツ等のお喋りを聞かされるのは正直堪らない。

「主がそう望むならば・・・。」

「我等は黙したまま従おう。」

「OK。」

不敵な笑みを口元に浮かべ、ダンテは二刀の大剣を軽々と引き抜いた。

 

闇を司どりし漆黒の頂。

呪われた塔の頂上、そこに蒼いロングコートを纏った銀髪の青年が佇んでいた。

合わせ鏡の如く、驚く程ダンテとよく似た容貌。

唯一違うのは、見事な銀髪を後ろに撫で付け、手には大剣の代わりにスリムな東洋の刀を持っている。

「漸く来たか・・・。」

瞑目していたアイスブルーの瞳を開く。

強い気と強大な魔力の波動。

振り向かなくても分かる、アーカムが言っていた『人修羅』こと『17代目、葛葉ライドウ』だろう。

「よぉ、お前がバージルか?」

まるで長い間疎遠になっていた友人に再会したかの様に、気軽にバージルに声をかけるライドウ。

傍らには白銀の騎士を従えている。

此方も相当な魔力の持ち主だ。

「成程、並みの召喚術士とは違うみたいだな。」

今まで、術士と名の付く連中とは何度も対峙してきた。

しかし、このパーカーの少年は、そのどれもと違う。

例えるなら、漂う空気が異質なのだ。

まるで百戦錬磨の剣の達人と相対しているかの様な、一歩踏み込めばズタズタに引き千切られる様な威圧感をこの少年から感じる。

「それ、誉め言葉?なら有難く受け取っとくけど。」

槍を構え、一歩踏み出そうとする白銀の騎士を手で制する。

そんな主に非難の視線を向けるクー・フーリン。

しかし、ライドウは片目を瞑って此処は任せろと無言の指示を仲魔に与える。

一つ溜息を吐き、白銀の騎士は一歩下がった。

「一つ聞く、俺の名前を誰から聞いたんだ?」

「内緒、知りたきゃ俺をぶちのめしてみたら?」

バージルの問いかけにからかう様に軽口で返すライドウ。

「面白い、ならばじっくりとその身体に聞いてやろう。」

バージルの身体から、凄まじい鬼気が放たれる。

切羽に親指を掛け、鯉口を切る。

狙うは、数メートル先で佇むパーカーのフードを目深に被った少年。

姿形が子供だろうが関係は無い。

邪魔する者は、例え親兄弟でも叩き伏せる。

しかし、そんなバージルに対してライドウは、これから起こる事が楽しくて堪らないといった感じで、口元に微笑を浮かべている。

一卵性の双子の兄弟とはいえ、此方はダンテよりも出来が大分違う様だ。

ダンテもそれなりに修羅場を潜ってはいるのだろう。

だが、バージルと比べるとそんなモノ児戯に等しい。

漂う気迫がまるで違うのだ。

「大丈夫だマベル。すぐに終わらせて日本に帰ろう。」

バージルの闘気に当てられ、ウェストポーチの中でガタガタ震える妖精に優しく声をかける。

「ライドウ・・・。」

不思議と震えが止まる。

ライドウの声は、何時だって自分達仲魔に力をくれる。

それ故、彼等は己の主に安心して命を預けられるのだ。

「せぇい!!」

始まりは唐突であった。

一気に間合いを詰めたバージルが、気合一閃、閻魔刀を抜き放つ。

だが、その必殺の一撃は、ライドウの華奢な身体を両断する事は叶わなかった。

流れる様な動きで、バージルの攻撃の軌道から逃れる。

背後に回ったライドウの気配を感じたバージルが、返す刃で追撃を行う。

だが、刀を持つ右腕上腕辺りをライドウの肘がブロック。

舌打ちしたバージルが一歩下がり、第2撃を放とうとするも、同じく右腕を左腕で押さえられ、攻撃の軌道を逸らされてしまう。

「うーん、お前意外と真面目な性格してるだろ?」

絵に描いた様な型通りの抜刀術。

何処で身に付けたかは知らないが、こんな教本通りの戦い方だと、逆に見切り易くて大いに助かる。

「黙れぇ!刀を抜けぇ!」

しかし、そんな事等梅雨とも知らないバージルは、端正な顔を怒りで歪ませる。

今まで彼の変幻自在な抜刀術に叶う悪魔も術者もいなかった。

彼の前に立ち塞がる邪魔者は、全て細切れの肉片と化していったのだ。

なのに・・・なのに何故、己の剣術はこの少年に通用しないのだ?

「お前さぁ、居合術を勘違いしてないか?」

「何?」

「居合術ってのは、不意打ちによる護身、暗殺が目的の剣術だ。こういう接近戦のタイマン勝負には全く向いてないんだよ。」

バージルの攻撃の出鼻を悉く潰しつつ、ライドウはレクチャーを続ける。

「アニメや漫画じゃ、斬り付けると同時に瞬時に刀を収め、攻撃する度に抜刀するシーンがあるが、ありゃフィクションだ。本来は、抜いたら抜きっぱなしの状態なんだよ。」

「ちぃ!」

舌打ちし、何とか自分の間合いに持って行こうと離れるも、ライドウは、見透かしたかの様にバージルの懐深くにすぐさま入り込む。

近く離れずの状態。

これでは、バージル得意の抜刀術が放てない。

「お前は人間離れした膂力でそれを可能にしてたみたいだけどな。俺に言わせりゃ無駄な行動だ。現にお前は自分の間合いが取れず苛々している。」

「黙れぇ!人間如きが俺を愚弄するのかぁ!!」

「馬鹿にしてない。逆に羨ましいぐらいだ。」

バージルが放つ斬撃をあっさり躱すと、右腕で彼の顔面を鷲掴む。

「ほれ、チェックメイト。」

脳侵食(ブレインジャック)。

ライドウの放つテレパスが、バージルの大脳皮質に侵入し前頭葉を侵食。

運動機能を支配されたバージルが、まるで糸が切れたマリオネットの如く石畳に両膝を付く。

「ごめんなぁ、本当ならこんな事したくないんだけどさぁ。」

協力者の素性を聞いたところで、この青年は素直には喋らないだろう。

ならば脳味噌に直接聞くより他に方法はない。

「さぁーっすがライドウ♡やるぅ♪」

ポーチから出て来た妖精が、主の端正な顔に抱き付く。

項垂れ、身動き一つ出来ない蒼いロングコートの青年。

今彼の意識は暗い牢獄の中へと閉じ込められている。

幾ら強靭な精神力を持つバージルとはいえ、ライドウの精神感応力に抗う術は無かった。

「やり方が温すぎますよ?マスター。」

顔面に張り付く妖精を引っぺがしている主に向かって、白銀の騎士が咎める様に言った。

「敵に塩を送る様な真似をしてどうするんですか?」

「悪い。自分より才能がある奴を見るとついお節介したくなっちまうんだ。」

ライドウがバージルに対し『羨ましい』と言ったのは、嘘偽りの無い本音だ。

優れた身体能力に加え、剣士としてのずば抜けた才能。

もし彼が優秀な指導者の元で剣の基礎を学べば、ライドウなど足元にも及ばない程の剣人として成長していたかもしれない。

「全く、貴方の悪い癖だ。」

呆れた様子で白銀の騎士は、秀麗な眉根を顰める。

どんなに自分が忠告しても、この主は敵に対して甘い態度を改めようとしない。

「そんでさぁ?これからどーすんの?」

「勿論、コイツの協力者について色々吐いて貰う。」

仲魔の妖精の問いに応えると、ライドウは片膝をつき、項垂れているバージルの額に右手を当てた。

「5分経っても戻らなかったら、引き戻してくれ。」

「アイアイサー!」

主の命令に、妖精が敬礼をする。

精神(マインド)ダイブは、様々な危険が伴う。

相手が自分よりも強いソウルの持ち主だと、逆にダメージを与えられ現実世界に戻って来れない場合があるのだ。

おまけに脳内ハック中は、術者は完全に無防備になってしまう為、外部からの攻撃を受け易い。

それ故、短時間でダイブして、もし戻って来れなかった場合は、精神感応力に優れた仲魔を使って、現実世界に戻して貰う必要があるのだ。

「くっ・・・・・!」

バージルの様々な感情が一気に流れ込んでくる。

痛み、悲しみ、怒り・・・そして歓喜。

精神(マインド)ダイブは、コントロールが非常に難しく、望んだ情報をすぐに引き出す事が出来ない。

しかし、こんな悪魔が跳梁跋扈する危険地帯で悠長に相手の精神に入り込んでいる暇などなかった。

5分間という限られた時間内で、必要な情報を探り出す。

慎重に記憶の本棚を検索していく。

(これは・・・・・?)

気が付くと、ライドウは雷鳴が轟く嵐の中にいた。

稲光に映る一軒の家屋。

ライドウの脚が自然とその家へと向かう。

古びた樫の玄関ドアを開け、屋内へと入る。

すると寝室から女性の声と子供がすすり泣く声が聞こえた。

「良い?二人共。このオリーブの枝が貴方達を守ってくれるわ。絶対に離しては駄目よ。」

「行かないで?マミー。僕を一人にしないで。」

見事な銀髪の少年が母親と思われる女性に抱き着く。

刹那、玄関ドアを誰かがノックする音が聞こえた。

緊張で身を竦める母親と双子の少年達。

「眼を閉じて耳を塞ぐの・・・そうすれば、また必ず朝が来る。」

二人の少年の額にキスを落として、母親が納戸の隠し部屋に無理矢理押し込む。

彼女は分かっていた。

嵐の夜の来訪者は、自分達の命を刈り取りに来た死神である事を。

そして覚悟していた。

これが子供達と交わす今生の別れになる事を。

「ダンテ、バージル・・・愛しているわ。」

揺るぎない決意をその双眸に秘め、女性は玄関へと向かう。

彼女の手には、銀色に光る短剣が握られていた。

『止せ!行けば殺されるぞ!』

思わずライドウが金の髪を結いあげた女性を引き留めようとする。

だが、パーカーの少年の手は、虚しく彼女の身体をすり抜けるばかり。

(ちっ、落ち着け、これはバージルの幼少時代の記憶だ。バージルの感情に呑み込まれては駄目だ。)

やるせない気分で暗闇へと消えていく女性の後ろ姿を眺める。

どうやら自分は相当前の記憶に飛んでしまったらしい。

双眸を閉じ、最近起きた出来事を検索していく。

すると今度は、何処かの書庫らしい場所に立っていた。

整然と並ぶ本棚、古い紙の饐えた臭い。

耳が痛くなる程の静寂。

何気なく室内を歩いていたライドウの脚が不意に止まる。

部屋の片隅、本棚の前に一人の青年の姿を認めたからだ。

目の覚める様な蒼い長外套を纏った白銀の髪を後ろに撫で付けた青年-バージル。

「探し物は見つかりましたか?」

何者かに声を掛けられ、皮の表紙をした分厚い本を棚に戻していた手が止まる。

見ると暗闇よりも濃い漆黒のキャソックを纏った背の高い細身の人物が立っていた。

「そんなに警戒しないで下さい。私は貴方の敵ではありません。」

殺気を幾分か含んだ鋭い視線を向けられ、男は口元に苦笑を浮かべる。

男が一歩前に出る。

薄暗い照明が、ぼんやりと男の姿を照らし出した。

『コイツは確か・・・・ファントムソサエティに所属していた・・・。』

男の容姿を見た刹那、ライドウの脳裏に電撃にも似た衝撃が走った。

禿頭に剃りあげてはいるが、その特徴的な右蟀谷辺りにある大きな星の刺青は見た事があった。

平崎市で戦の女神、イナンナ姫を復活させようと画策し、それを阻止しようとした13代目、葛葉キョウジに敗れたダークサマナーだ。

名前は確か・・・シド・デイビスと名乗っていたか、本名かどうかまでは知らないが。

「ライドウ起きて!敵が来たよ!!」

まるで目覚まし時計のけたたましい音にも似た仲魔の声が耳の中に響き渡る。

意識の海から引き戻される思考。

次に感じたのは、鼻腔に突き刺さるきつい硫黄と木炭の香りであった。

 




クー・フーリンのモデルは黒執事のセバスチャンです。


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ミッション7『魔術師と短剣』

精神感応力で、バージルの精神に入り込み、バージルの協力者であり事件の首謀者を探ろうとしたライドウ達。
その結果、黒幕らしき人物の正体は、かつて平崎市でイナルナ姫を復活させようとしたダークサマナー、シド・ディビスである事が判明する。



風と炎の門番の間で、アグニ&ルドラを撃破したダンテは、テメンニグルの最上階、闇を司どりし暗黒の頂に辿り着いた。

そしてそこで目にしたのは、余りにも不可思議な光景であった。

力なく跪く双子の兄―バージル。

その兄の額に手を翳して、同じく跪いているパーカーのフードを目深に被った少年。

傍らに寄り添う白銀の騎士。

一目見て何らかの術を掛けられているだろう事は理解出来た。

そして、次に感じたのは腹腔を焼き尽くす激しい怒り。

自分を殺害した白銀の騎士―クー・フーリンを見つけたからではない。

あの冷酷なまでに冷静で強い兄が、訳の分からない連中に好き勝手されている姿を見たのが原因であった。

無意識に腰に吊るしているガンホルダーから、二丁の愛銃”エボニー&アイボリー”を抜き放つ。

狙うは、兄に術を掛けている少年。

その額に向けて正確に引き金を引く。

銃口から飛び出す鋼の牙。

音速を超える弾丸は、確実に少年の額を撃ち抜こうとしていた。

だが―

「ライドウ起きて!敵が来たよ!!」

仲魔のマベルの声に漸く正気に戻るライドウ。

その眼前に光る深紅の刃。

クー・フーリンの持つ”魔槍=ゲイ・ボルグ”が、ライドウに向かって放たれた鋼の凶器を防いでいたのだ。

「う・・・な、なんで?」

ぐらりと揺れる視界。

激しい頭痛と嘔吐に口元を抑える。

「マベル、精神(マインド)ダイブ中は、無理に引き戻しては危険だとあれ程言われているだろう。」

平衡感覚を失い倒れる主を腕に抱き、白銀の騎士が傍らの妖精を睨み付ける。

「わ、分かっているわよ!でもアイツが急に現れて・・・。」

被検体の精神に干渉している最中に強引に現実(リアル)に戻すと術者が精神障害を受ける。

それ故、精神感応力に優れた仲魔は、慎重に主を現実(リアル)に導く必要があるのだ。

「あ、アイツは・・・?何で生きてんだよ?」

涙で歪む視界に映る深紅のロングコートを纏った銀髪の大男。

生ける彫像の間で、クー・フーリンが殺した筈の便利屋が双子の銃、”エボニー&アイボリー”を構えて立っている。

「分かりません、確実に心臓を破壊した筈なのに・・・。」

いつも冷静な白銀の騎士も、予想外な闖入者に戸惑っていた。

「貴様ぁ!!」

凄まじい怒号。

ライドウの呪縛から解き放たれたバージルが正気に戻ったのだ。

音速の速さで抜き放たれる閻魔刀。

その切っ先から、主を抱えた白銀の騎士が逸早く逃れる。

「殺す!貴様だけはどんな手を使ってでも確実に殺してやる!」

甚大なる殺気を放ち、鬼の形相でライドウ達を睨み付ける。

只でさえ、プライドの高いバージルが、良いように扱われた挙句、心の中を土足で踏みにじられたのだ。

その怒りたるや筆舌し難き程に凄まじいのだろう。

「落ち着け、バージル。」

緊張高まるその場を冷静な声が遮った。

いつの間にかバージルの背後に、漆黒のキャソックと聖書型のハンドヘルドコンピューターを持った神父が立っている。

元ファントムソサエティのサマナー、シド・ディビスだ。

「今の君では、到底人修羅には敵わない。一旦引くんだ。」

有無を言わせぬその言葉に、追撃を加えようとしていたバージルの動きが止まる。

殺気を漲らせた双眸を背後の神父に向けると、その視界に深紅のアミュレットが映った。

「!!アレは俺のアミュレットじゃねぇか!?」

その時になって初めていつも自分の胸元にあった筈のアミュレットが無い事に気が付いた。

ダンテの蒼い双眸が怒りと驚愕で見開かれる。

「早く次の場所に移動するぞ?バージル。」

「・・・・・分かった。」

シド・・・アーカムの言葉に渋々閻魔刀を鞘へと戻す。

確かにアーカムの言う通り、今の自分では人修羅の足元にも及ばない。

しかし、父・スパーダの力を手に入れたら?

魔界を牛耳る四天王(カウントフォー)に匹敵すると言われる魔剣士の魔力を手に入れたら?

その時は、確実に殺してやる。

「クー、マベル、俺に構わずあの二人を追うんだ。」

暗黒の頂から飛び降りる蒼いロングコートの青年と漆黒のキャソックを纏った痩躯の男を追う様、ライドウが仲魔の二人に指示を出す。

「駄目だよ!ライドウを置いてなんて行けない!」

未だ精神的ダメージが回復しない主を置いていく事に、当然の如く妖精が抗議の声を上げる。

「貴方はどうするつもりなんですか?」

「俺か?俺はアッチの坊やとちょっと遊んで来るわ。」

あくまでも冷静な姿勢を崩さない白銀の騎士が主に問い掛ける。

そんな仲魔に対し、ライドウは悪戯っぽく笑ってみせた。

「あの男の目的は、私だと思いますが?」

銃口を此方に向け、母親の形見のアミュレットを奪った神父と兄を追うか、それとも自分に屈辱を与えた白銀の騎士に再戦を挑むか決めかねているダンテを鋭い視線で見据える。

「行け、何度も同じ事を言わせるな。」

「イエス、マスター。」

有無を言わせぬライドウの言葉に白銀の騎士が素直に従う。

暫く逡巡していた妖精も仕方なくクー・フーリンの後を追い掛けた。

「おい、邪魔だどけ。」

バージルとアーカムの後を追うべく、身を翻して頂から飛び降りた白銀の騎士を追い掛けようとしたダンテ。

しかし、その目の前にパーカーのフードを目深に被った少年が立ちはだかる。

「寂しい事言うなよ?坊主。俺と遊んでいかないか?」

「悪いが俺に幼児愛好(そっち)の趣味はねぇ。」

その人を喰った様な態度が気に入らない。

忌々し気に舌打ちし、数メートル離れて対峙する少年を睨み付ける。

相手は明らかに自分よりも一回り以上体格が小さく、声色も変声期を迎えたか怪しい程に高い。

それなのに、態度や物腰は、ダンテよりも遥かに年上の様にも感じる。

「俺を倒せなきゃ、クーには一生敵わないぞ?」

「なんだと?」

「簡単に説明してやるとな、俺はクーより数百倍強いって事だ。」

「へー、そりゃ面白れぇ。」

双子の銃”エボニー&アイボリー”を腰のガンホルダーに納め、背負った大剣『リベリオン』を抜き放つ。

切っ先を目の前の生意気な少年に向ける。

「泣いて謝るなら今のうちだぜ?少年。」

「葛葉ライドウだ。」

「は?」

「お前を倒す者の名前だ。よおっく胸に刻んでおけ。」

刹那、ライドウと名乗る少年の姿が消えた。

喉元にひやりと感じる刃物の感触。

何時背後に忍んだのか、パーカーの少年が銀色に光るアセイミナイフをダンテの頸動脈にピタリと当てていた。

「まずは一回お前は死んだ。」

「!!?」

気配をまるで感じなかった。

一体どうやってあの位置から己の背後に回り込んだんだ?

冷汗が一筋、頬を伝う。

やはりこの少年、只者ではない。

「へ!こんなちっぽけなナイフで俺を殺せると思っているのか?」

常人以上の生命力を誇るダンテにとって、首筋に当てられているナイフなど、別段脅威でも何でも無かった。

鉛弾を額に受けても死なないのだ。

頸動脈を掻き切られた所で、ダンテに致命傷を与えるとは到底思えない。

「確かに普通のナイフじゃ半人半妖のお前を殺す事は出来ない。だが、コイツは特別製でな、純銀製の上に法儀式が施されている。並みの悪魔なら急所にぶち込まれただけで軽くあの世に逝ける代物だ。」

詳しい魔法の解説をした所で、この男では半分も理解出来ないだろう。

喧嘩の玄人らしいが、魔術の魔の字も知らないド素人だ。

「そりゃ脅しか?糞餓鬼。」

「脅しかどうか刺してやろうか?」

こういう輩は、言葉で言うより実践してやった方が早い。

喉元に当てている刃を軽く引いてやる。

するとたちまち皮膚が壊死して、斬られた箇所がどす黒く変色していった。

まるで焼けた火箸を押し当てられたかの様な激痛に、ダンテの端正な顔が歪んでいく。

苦痛の声を上げなかったのは、流石と褒めてやるべきか?

「大人しく塔を降りる気になったか?」

「ぬかせ!!」

押し当てられているナイフの刃を素手て掴む。

余りにも無謀な行動。

指を落とされたいのか?と、疑問の表情をするライドウだが、ナイフの柄を持つ手に力を込めても微動だにしない。

常人を遥かに超える怪力が、ナイフの動きを封じているのだ。

ナイフの切っ先を首筋から遠ざけ、今度は背後に居る少年に裏拳を叩き込む。

しかし、その行動を逸早く察知したライドウが、あっさりと得物から手を離し、後方に飛び退った。

「全く、この出鱈目野郎が。」

拳圧で、被っていたフードが脱げ落ちる。

そこから現れた素顔に、ダンテは一瞬息を呑んだ。

三つ編みに結った濡れ羽色の長い黒髪。

新雪が如く透き通る様な白い肌。

ビスクドールの様に整い過ぎた容姿に左目を覆う漆黒の眼帯。

皮膚に喰い込む刃の激痛を忘れてしまう程、ライドウの素顔は美しかった。

「こりゃ失敬、糞餓鬼ってのは訂正するぜ?お嬢ちゃん。」

アセイミナイフを石畳に投げ捨てる。

乾いた金属音を奏でて転がる銀色のナイフ。

その刃には、べっとりとダンテの血がどす黒く付着している。

「糞餓鬼の次はお嬢ちゃんか・・・。」

投げ捨てられたナイフに向かって右掌を広げる。

するとアセイミナイフは、まるで見えない糸に操られるが如く、回転しながら主の手の中に納まった。

「目上の者に対する教育がまるでなってない。俺が懇切丁寧に再教育してやる。」

「へ!そりゃ有難いね。」

皮肉気に口元を歪めるダンテ。

組み敷いて痛めつけたら、どんな可愛い悲鳴を上げてくれるのだろうか?

そう考えると快感にも似た痺れが背筋を走った。

 




ライドウのモデルは、塩野干支郎次先生の作品『ユーベルブラッド』のケインツェルです。


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ミッション8『リヴァイアサンの中で』

バージルの精神世界に侵入し、彼の協力者が元ファントム・ソサエティのダークサマナー、シド・ディビスである事を知ったライドウ。
その後、ダンテの邪魔が入り、バージルとアーカムことシド・ディビスを逃がしてしまう。
二人の追跡を仲魔のクーフーリンとハイ・ピクシーのマベルに任せ、ライドウはダンテと対峙するのであった。


「ライドウ大丈夫かなぁ?」

もう何度目になるのか分からない問い掛け。

暗黒の頂から、主と別れてもう数十分が経つ。

二人は現在、禁断の地へと辿り着いていた。

途中、低級悪魔の群れを何度か潰したが、アーカムとバージルの気配は微塵も感じる事は無かった。

恐らく二人は、かなり先まで進んでいるのかもしれない。

「ねぇ?志郎ってばぁ、何で黙ってんのよぉ。」

「クー・フーリンだ。」

食糧貯蔵庫へと続く扉に手を掛けながら、白銀の騎士がぼそりと呟く。

主の17代目・葛葉ライドウにも言ったが、好い加減人間名で自分を呼ぶのを止めて欲しい。

二人が室内に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。

出入口が封印され、何処からともなく女性の金切り声の様な奇声が響き渡る。

顔を真っ青にしたマベルが、慌てて白銀の騎士の背後に隠れた。

一人、冷めた表情で室内を見渡す白銀の騎士。

天井から、8本脚を持つ巨大な影が数体降りてくる。

この食糧貯蔵庫を住処にしている下級悪魔、アルケニーだ。

彼女達は、久方ぶりに迷い込んで来た獲物を見つけ、舌なめずりをしていた。

 

大剣の切っ先が石畳を粉砕する。

返す刃が少年を襲うも、いとも容易く躱され、虚しく空を斬るだけであった。

「腰に吊るしているそれは飾りかよ?いい加減抜きやがれ!」

一向に腰に吊るした二振りの刀を抜こうともしないライドウに苛々する。

「いい加減にしろと言われてもなぁ。」

怒涛の如く繰り出される斬撃を紙一重で躱しつつ、ライドウは溜息を零した。

はっきり言ってダンテの剣技は酷過ぎる。

教本通りの立ち回りをする兄と違い、此方はただ本能に任せて大剣を振っているとしか言えなかった。

才能も技術も兄の方が遥かに上、唯一褒められる所は常人以上のタフさと膂力ぐらいだ。

(クーとマベルは、無事だろうか?何時までもコイツに構っている暇はねぇしな。)

アーカムとバージルの後を追わせた仲魔の安否が気掛かりだ。

クー・フーリン一人だけで十分だとは思うが、どうにも嫌な予感がしてならない。

「仕方ねぇ、少しだけ本気出すか。」

不思議とこの男とのじゃれ合いは楽しかったが、何時までも遊んでいる訳にもいかない。

ライドウは、ダンテに向かって右掌を突き出した。

「5秒だ・・・・5秒間だけ本気出してやる。」

「は?」

訝し気な表情をするダンテ。

すると眼前に居た筈のライドウが消失、次の瞬間、胴体に衝撃が走った。

回避&移動速度上昇魔法(スクカジャ)を唱えて懐に入り込んだライドウが、肝臓に拳を撃ち込んだのだ。

重いボディーブローを喰らい蹲る。

その顎に向かって止めの掌底が綺麗に決まった。

「さて、クー達を追い掛けないとな。」

時間にして5秒間も掛からなかっただろうか?ライドウは、白目を向いて大の字に倒れるダンテを尻目に、頂の淵まで歩き出す。

「あそこか・・・。」

スラム街の外れにある一区画に不自然な森が生えている。

恐らく異界化に伴い、そこだけ生態系が異様に変化したのだろう。

間違いなくアーカムとバージル、そして仲魔二人はあの森に居る。

「・・・・!!!?」

突然、異様な殺気を感じたライドウが、背後を振り返る。

轟く銃声、頬に感じる熱と衝撃。

コマ送りの様に塔から落ちていくライドウ。

その視界には、エボニーを握った深紅の悪魔の姿が映っていた。

 

「ライドウ?」

一瞬、主の声が聞こえた様な気がする。

「どうしたんだ?マベル。」

この群れのボスらしい、緑色の体色をした一回りデカイ蜘蛛の化け物の額に”ゲイ・ボルグ”の切っ先を深々と突き刺すクー・フーリン。

室内のそこかしこには、切り刻まれたアルケニー達の無残な亡骸が転がっている。

「ライドウが銃で撃たれて塔から落ちた。」

「何だと?」

感情の籠もらない声でマベルが淡々と告げる。

精神感応力が高い彼女は、例え地球の裏側に居ようと主であるライドウと精神を共有出来るのだ。

それゆえ、しばしば無線機代わりに使われる事も多い。

「17代目は無事なのか?」

「うん・・・・かなり動揺してる。あの紅いコートの男・・・・名前はダンテって言うらしい・・・が、悪魔に変身したみたい。」

「悪魔に・・・・・やはり、あの時念の為に頭を潰しておくべきだったな。」

悪魔の弱点である心臓を破壊した程度で安心したのが甘すぎた。

『そんな顔すんな・・・コッチは心配ないから、早いとこ二人を捕まえろ。』

愛する主の声にクー・フーリンが顔を上げる。

どうやらマベルを通して、仲魔(コチラ)にコンタクトを取ってくれたらしい。

「そんな事言われなくても分かっていますよ。それより何時までそこで遊んでいるつもりなんですか?」

『あー、うん。適当に切り上げるつもりではいるんだが・・・・。』

そこまで言い掛けた妖精の身体が、まるで雷に撃たれたかの様に痙攣する。

落下する小さな身体を慌てて受け止める白銀の騎士。

2、3度瞬きを繰り返し、妖精が正気に戻る。

「空から大男が降って来ちゃった。」

抽象的表現だが、そこで一体何が起こっているのか容易に想像が出来る。

恐らくあの荒事師がしつこく主に絡んでいるのだろう。

「・・・・申め・・・。」

忌々し気にぼそりと呟く。

”ゲイ・ボルグ”の刃に付着した、クィーン・アルケニーの体液を振り払い、クー・フーリンは地底御苑へと続く扉に向かった。

 

無数に降り注ぐ鋼の雨。

スクカジャで幾らか回避速度は上げているとはいえ、少しでも油断すると致命傷を負いかねない。

「年長者を敬え!糞餓鬼!!」

呪われた塔の壁面を疾走しながら、ライドウが背後で矢鱈目たらに引き金を引き続けている銀髪の大男に向かって怒鳴った。

「うるせぇ!まだ喧嘩は終わってねぇぞ!!」

「勝負はとっくについてんだろうが!」

お互い悪態を吐き合いつつ、物凄いスピードで壁面を駆け降りる。

何とかダンテを振り切りたい悪魔使いの視界に、ブラッドゴイルの群れが映った。

獲物の匂いを嗅ぎ付け、此方に飛んで来る。

(アイツ等を使わせて貰うか。)

久しぶりの肉の匂いに吸い寄せられて来る、深紅の蝙蝠達。

ライドウは左目を覆っている眼帯に手を掛ける。

呪式の描かれた眼帯をずらすとそこから、金色に光る邪眼が現れた。

「外道共、我に従え!」

ライドウの精神波に従い、ブラッドゴイルの標的がダンテに変わる。

「何だ?コイツ等は!?」

突然、襲い掛かって来る深紅の嵐。

ライドウの精神波に操られたブラッドゴイルの群れだ。

「うーん、流石にあれは死んだかな?」

ブラッドゴイルの1匹に掴まったライドウが、深紅の蝙蝠の群れに襲われるダンテを眺める。

数えきれない程の大群は、球状の塊となり、銀髪の大男の姿をすっぽりと覆い隠してしまった。

幾ら強靭な肉体を誇る半人半妖でも、あのブラッドゴイルの大群を相手にするのは無理だろう。

今頃は全身の肉を引き裂かれ、無残な姿になっているに違いない。

そう考えていた刹那、深紅の球体が爆発四散する。

片手に巨銃”エボニー”片手に大剣”リベリオン”を握ったダンテが、独楽の如く旋回をしてブラッドゴイルの群れを蹴散らしていた。

「マジかよ?」

これには流石のライドウも驚嘆する。

独楽の如く旋回していたダンテは、ライドウに向かって大剣リベリオンを投げつけた。

空を裂き、リベリオンがライドウの掴まっているブラッドゴイルを刺し貫く。

「しまった!」

元の石像に戻り、粉々に砕け散る深紅の蝙蝠。

再び宙に投げ出されたライドウに向かってダンテが塔の壁面を蹴り付ける。

悪魔使いの少年の顔面を狙った右ストレート。

その拳をライドウが左手で受け止める。

「勝負はまだまだこれからだぜ?少年。」

「るせぇ!勝負はさっきついただろうがよ!」

悪態を吐き合いながら、錐揉み状態で落下していく二人。

その二人を覆い隠すかの如く、巨大な影が現れる。

呪われし塔”テメンニグル”の上空を我が物顔で徘徊していた巨大な悪魔『リヴァイアサン』だ。

奈落の底へと続く咢が二人を呑み込んでしまった。

 




主人公最強大好きwwなのでライドウは作中最強なのです。


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ミッション9『共闘』

妖獣リヴァイアサンに呑み込まれてしまったダンテとライドウ。
一方、クー・フーリンとマベルは、逃げたバージルとその協力者のアーカムを追って古の街に到着する。


光の差さぬ暗闇の街道。

見事な銀色の髪をした少年が一人、泣きながら走っている。

『お母さん、お母さん・・・一体何処に行ったの?』

当て所も無く母を求めて彷徨う幼子。

物心ついた時から、父親の存在など知らなかった。

気が付けば双子の兄、バージルと母親のエヴァの三人家族だった。

『お母さん、お母さん・・・・どうして僕達を置いていなくなったの?僕達が優秀?あの女の子供には負けない?一体何の事なの?』

息が苦しい、胸が爆発する程痛い。

重度の疲労でもうこれ以上走れない。

『お母さん・・・お母さん。ボク達は本当に必要な存在だったの?』

 

「・・・!!」

鼻を付く生臭い臭いで強制的に目が覚める。

まず一番最初に視界に入ったのがぶよぶよと不気味に蠢く天井であった。

背中に感じる肉の感触。

此処は一体何処だ?何故、自分はこんな所で寝ているんだ?

確か、ライドウとかいう糞餓鬼を追いかけて、塔を飛び降りて、蝙蝠の化け物共をけしかけられて、そいつ等を蹴散らして・・・・。

走馬灯の如く駆け巡る記憶の映像。

最後に映し出されたのは、巨大な顎であった。

「よぉ、漸くお目覚めか?」

聞き覚えのある声に、慌てて飛び起きる。

背後を振り返ると損壊したバスの残骸の上に、一人の少年が立っていた。

濡れ羽色の長い黒髪、新雪の如く白い肌。

そしてビスクドールの様に整い過ぎた容姿。

中性的な美貌の少年は、バスの屋根から飛び降りるとダンテのすぐ傍らに銀色に光る大剣を突き立てた。

「お前の大切な剣だろ?」

鍔に当たる部分の両側の中央に髑髏の彫刻が施されているその大剣は、間違いなく父・スパーダの形見であり、ダンテの相棒『大剣・リベリオン』であった。

「てめぇ・・・。」

起き上がろうとするが、何故か身体に力が入らない。

関節が悲鳴を上げ、疲労感が四肢を重たくさせていた。

「あんな無茶な戦い方をすれば当然だな。」

ライドウは腰に吊るしたウェストポーチから何かを取り出し、ダンテに放り投げる。

反射的にそれを受け取るダンテ。

良く見るとそれは掌ぐらいに収まる石の様に硬い固形物であった。

「ソイツは魔石って言って体力をある程度回復させてくれるアイテムだ。取り敢えず、口の中に入れて飴玉みたいに舐めてみろ。」

「毒入りじゃねぇだろうな?」

さっきまで命のやり取りをしていた相手だ。

そう簡単に信じる程、お人好しじゃない。

「おいおい、お前を殺す気ならとっくのとおにやってるぜ。」

ライドウは大袈裟に肩を竦める。

「俺は、化け物鯨の腹の中から一刻も早く出たいんだ。その為にはお前と協力しなきゃならん。」

「・・・・・??何?」

その時になって漸くダンテは先程までの記憶が鮮明に蘇った。

呪われた塔の頂上付近から、錐揉み状態で落ちていく二人。

覆いかぶさる巨大な黒い影。

そして奈落の底に続いているかの様な暗い顎。

「やっと思い出したか?」

「ああ、塔の周りを泳いでいるデカブツに呑み込まれたってとこまでな。」

ダンテは口の中に魔石を放り込むと、奥歯でガリガリと噛み砕いた。

すると不思議な事に、あれ程悩ませていた倦怠感が嘘の様に無くなる。

心成しか腹も膨れた様な気がした。

「もう少し警戒するかと思ったんだがな。」

傍らに突き刺さった大剣リベリオンを引き抜き立ち上がるダンテに向かって、ライドウが呆れた様子で呟いた。

口では一時休戦みたいな調子の良い事を言ってはいるが、元々は敵同士である。

はいそうですかと敵から貰ったアイテムを簡単に使用するとは思わなかった。

「味は悪くないな。どうせならバケツ一杯喰いたい気分だ。」

大剣を背に納め、皮肉な笑みを口元に浮かべる。

微かな甘みを感じる魔法の石は、瞬く間に口の中で溶けて無くなってしまった。

「バケツ一杯なんて喰ったら腹が壊れちまうぞ?一応、薬なんだからな。」

一応、食べ易い様に甘味を付けているとはいえ、魔力の籠った石である。

大量に摂取すれば、どんな副作用が起こるかは分からない。

「んで?どうやって此処から出るんだ?」

「リヴァイアサン・・・化け物鯨を殺すしかないな。奴の核(コア)を破壊する必要がある。」

「核(コア)?」

聞きなれない言葉に胡乱気に聞き返すダンテ。

「簡単に説明すると心臓だ。悪魔の弱点の一つで、コイツを破壊されると例え上級悪魔でもあっけなく死んじまう。」

だから悪魔は己の弱点である心臓を隠してしまうのだという。

「その他にも致死説を唱えたり、属性魔法で攻撃したり、聖水や法典を刻んだ銀の弾丸で撃ち抜いたりと色々方法はあるが、心臓を破壊する方が一番手っ取り早くて確実だ。」

「成程ね。つまりこの化け物鯨の心臓を破壊すれば外に出られると。」

流石に悪魔召喚術士と言われるだけあり、ライドウはその道に関しては豊富な知識を持っている。

行き当たりばったりで悪魔を狩り捲っているダンテとは大違いだ。

「まぁな、だけどその前に心臓に辿り着く為の道を開けなきゃな。」

眼帯の少年―ライドウは、固く閉ざされた扉の方に視線を向ける。

恐らくあの通路の先に、化け物鯨の心臓がある筈だ。

「最初に断っとくがな、お嬢ちゃん。協力するのは糞ったれな化け物鯨の腹から出るまでだ。此処から出たら俺の好きな様にさせてもらう・・・良いな。」

「分かった・・・善処するよ。」

念を押す様なダンテの鋭い視線をライドウは軽く受け流す。

所詮二人は敵同士なのだ。

下手な馴れ合いなどするつもりは微塵もない。

 

食糧保存庫を抜け、大地底湖へと辿り着いたクー・フーリン達。

鍾乳洞内に入ると早速悪魔の大群がお出迎えしてくれた。

「マベル、奴等の気配を感じるか?」

深紅の魔槍”ゲイ・ボルグ”でヘル=グラトニーを薙ぎ倒しつつ、肩にしがみつく妖精に声を掛ける。

「うーん、この先かな?何か術で私の精神波を阻害してるみたい。気配を上手く探れないよ。」

優秀なテレパシストのマベルですら、微かな精神の揺らぎを掴むので精一杯であった。

バージルに従っている黒いキャソックの男は、相当な術者に違いない。

「詳しい位置は探れないのか?」

「駄目、激しいノイズで頭が痛くなりそう・・・?」

そう言いかけたマベルの双眸がハッと見開かれる。

そしてある一点を見つめた。

「あの通路の先に強い魔力を感じる。」

「ああ・・・鍵持ちの悪魔だと良いんだがな。」

マベル同様、クー・フーリンも強大な魔力を感じていた。

暗く閉ざされた通路の先、地下歌劇場。

そこに先に進むための鍵を持つ悪魔がいるかもしれない。

白銀の騎士と妖精は、強大な魔力を持つ悪魔が待つ、地下歌劇場へと向かった。

 

リヴァイアサン腸洞内を塞いでいる封印を解く為には、その鍵である五つの突起物を破壊しなければならない。

ダンテとライドウはそれぞれ分かれて、胃峡内にある突起物を探す事にした。

『・・・ライドウ。』

胃酸の滝の裏に設置されている突起物をクナイで破壊した悪魔遣いの頭に何者かの声が直接響く。

視線を腰に吊るしてあるガンホルダーに収まっているGUMPに向けた。

するとホルダー内のGUMPが微かに明滅を繰り返している。

「アンタから話し掛けて来るなんて珍しいな。」

念話で自分に語り掛けて要るのは、仲魔の一人であった。

いつも寡黙で滅多に喋りかけて来ない彼女にしては珍しい。

『何故あの男を助けた?お前一人ならどうとでもなった筈だ。』

「別に・・大した理由は無い。ただ事件と無関係な奴を放っておく訳にはいかなかっただけだ。」

いくら半人半妖でおまけに事を起こしたのが双子の兄貴とはいえ、ダンテは何も知らない只、事件に巻き込まれただけの被害者だ。

ソイツを平気で見捨てて、任務を優先出来る程、ライドウは冷酷には徹しきれない。

『甘い奴め・・・それで何回死にかけたのか忘れたのか?』

呆れた様な溜息を吐く彼女にライドウが思わず苦笑を浮かべる。

嫌気が刺す程のお人良しなのは十分理解している。

その甘い判断で、何度死の淵を彷徨ったか数え切れない。

「-!!」

背後から感じる鋭い殺気。

条件反射で真横に避ける。

その刹那、肉の地面に巨大な大鎌が突き刺さる。

リヴァイアサンの体内を住処にしている下級悪魔=ヘル・エンヴィーだ。

気が付くと、無数のヘル・エンヴィーの群れに取り囲まれていた。

「悪いな?師匠。説教なら後で幾らでも聞いてやるよ。」

『馬鹿弟子め・・・・。』

退路を完全に断たれているにも拘わらず、ライドウの声は何処か陽気な様子だ。

腰に吊るしてあるアセイミナイフを取り出す。

炯々と銀色に光る刃は、まるで獲物に喰らいつく野獣の牙を連想させた。

 




元ネタは、Fateと青の祓魔師からちこっと拝借してます。


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ミッション10『歌姫』

リヴァイアサンの体内から脱出する為に一時休戦したダンテとライドウ。
一方、クー・フーリンとマベルは地下鍾乳洞の主、ネヴァンと対峙するのであった。


鍾乳洞内を徘徊している悪魔の群れを血祭りに上げ、地下歌劇場へと辿り着いたクー・フーリンとマベル。

劇場の重い扉を開くと、早速無数の蝙蝠が出迎えてくれた。

白銀の騎士の足元を蛇の様に這いながら、室内の中央に設えてある高座へと蝙蝠の群れが集まって行く。

漆黒の蝙蝠の群れは一つの塊となり、そこから燃える様に赤い髪をした妖艶な女が現れた。

長い髪をかき上げ、怪しい紫の瞳で白銀の騎士と小さな妖精を値踏みするかの様に見つめる。

強烈な魔力の瞳を向けられ、妖精、マベルは慌てて美貌の騎士の背後に隠れた。

「ふふ、いらっしゃい。綺麗な騎士様。」

深紅の口紅を怪しく歪ませ、女―ネヴアンが微笑を浮かべる。

一見して、絶世の美女に変わりはないのだが、ある程度霊力のある者が彼女を見れば、獰猛な肉食獣が舌なめずりをしている様に見えただろう。

「同族とはいえ、こんな所にお客さんが来るなんて珍しいわね?」

モデル張りの見事なプロポーション。

白銀の騎士のすぐ傍らまで歩み寄ると、繊細な指先でクー・フーリンの纏う鎧をゆっくりとなぞる。

「お前が此処を住処にしている悪魔共の親玉か。」

「あら?品の無い言い方。」

侮蔑を多分に含んだクー・フーリンの言葉に、ネヴァンが嫌悪感に美しい顔を歪ませる。

白銀の騎士から離れ、優雅に壇上へと昇る。

「いらっしゃい、”クランの猛犬”さん。いっぱい、いっぱい遊びましょ。」

振り返った魔女の双眸は、殺意と快楽で濡れ光っていた。

バチバチと紫電の光が魔女の身体を包む。

クー・フーリンは溜息を一つ吐くと、深紅の魔槍『ゲイ・ボルグ』を構えた。

 

大剣『リベリオン』の切っ先が、ヘル=エンヴィーの額を穿つ。

襲い掛かる大鎌から、華麗に身を躱し、悪魔の胴体を薙ぎ払った。

「温すぎるぜ。」

最後の一体に止めを刺し、銀髪の大男がそう吐き捨てる。

クー・フーリンとライドウの二人と比べると、化け物鯨の体内に巣くっている悪魔など、児戯に等しい。

否、今まで戦って来た悪魔共が霞んで消えてしまうぐらい、二人の力量は遥かに優れていた。

(喧嘩に負けた事がねぇってのは言い過ぎだが、化け物クラスの強さだぜ。)

二人共、未だに本気の実力を見せてはいない。

特にライドウは、完全に遊んでおり、あのテメンニグル頂上での戦いも本気で相手をしたとは到底言い難かった。

(この俺が何も出来ないままのされちまうとはな・・・。)

双子の兄、バージル相手でも、そこまで醜態を晒す事は無かった。

気が付いたら石畳とキスしていた。

「そっちは終わったか?」

少年の声に俯いていた顔を上げる。

濡れ羽色の長い黒髪を三つ編みで一つに纏めた中性的な美貌を持つ悪魔使いが此方を見下ろしていた。

「一応・・・な。」

憎らしい程、綺麗な容姿をしている。

傍から見れば10代半ばの少年に見えるが、中身はダンテよりも遥かに年上でおまけに魔道の知識も豊富、その上、体術も己など足元にも及ばない。

人並み外れた身体能力を持つダンテではあるが、己の力に過信して己惚れる程馬鹿じゃない。

この悪魔使いは正直ヤバイ相手だ。

「入り口を塞いでいた突起物が消えてる。これで先に進めるな。」

ライドウの言葉に改めて腸洞に繋がる入り口を見ると、確かに封印の如く塞がっていた突起物が綺麗さっぱり消えていた。

「とっとと心臓ぶっ潰して此処から出ようぜ?いい加減、胃液の臭いで頭がおかしくなりそうだ。」

常人の筋力を遥かに超える膂力で、悪魔使いの少年のいる崖の上まで跳躍する。

ダンテの言う通り、胃酸から発する強烈な硫黄の臭いで、鼻がおかしくなりそうだった。

「そう簡単にいけば良いんだけどな。」

 

腸洞内は、胃峡とは違いとても薄暗くて手探りでなければとても前に進めない程であった。

「どうする?こう暗くちゃ前にも進めねぇ。」

下手に進むと胃液の液溜まりに足を取られて、悪戯にダメージを受けてしまう。

その上、低級悪魔のヘル=エンビィーが徘徊しているのだ。

もし不意を突かれたら対処が出来ない。

「大丈夫だ、問題ない。」

ライドウが一歩前に出ると、口内で小さく何事かを呟く。

すると右掌から、小さな球状の光る物体が現れた。

光る球体は、ライドウの手から離れシャボン玉の様にフワフワと浮かぶと、二人の周囲を眩く照らし始めた。

「凄いな・・・アンタ何でも出来るんだな?」

これなら液溜まりに足を取られてダメージを受ける心配は無さそうだ。

「どっかの救世主様みたいに、石ころと水をパンとワインに変える奇跡は起こせないけどな。」

感心するダンテにライドウがそう軽口で返す。

魔法使いは、何でも万能に見られがちだが、実はそうでもない。

5大元素の精霊達の力を借りねば、属性魔法は操れないし、己の内在する魔力を消費せねば、傷を治癒する事も出来ない。

燃費が悪く、すぐに疲労が蓄積され、最悪動く事が出来なくなる。

精霊達の力が借りれず、おまけに魔力がすっからかんになれば、途端にお荷物になってしまうのが魔導士だ。

(今は、志郎の奴がいないからな。流石にコイツから魔力を貰う事は出来ないし・・・。)

ちらりと少し離れた位置で歩くダンテに視線を向ける。

ライドウの様な『魔力の大喰らい』は、バートナーから”魔力供給”をして魔素を得なければならない。

方法は二つあり、中国古来の養生術と同じ様に、性交渉で得たり、血を媒介にして得る事もある。

但し、後者はパートナーに負担が大きく、やり方を間違えれば魔力を大量に失って、最悪死ぬ事もあり得るのだ。

その為、大体の魔導士は、性交渉で失った魔力を補填する。

エーテルと呼ばれる魔力の素でも補填出来るが、コストが異様に掛かるし、何より得られる魔力が少なすぎる。

(志郎と距離が離れすぎて、魔力のパスが届かない。リヴァイアサンから出るまでは魔力を何とか温存しとかないとな。)

常に予測不能の事態を想定して、マジックアイテムは多めに持ち歩いてはいるが、まさか化け物鯨に呑み込まれるとは思っていなかった。

おまけにパスを通した番は、遥か遠くにいる。

精霊魔法は勿論の事、魔力を大量に使う悪魔召喚などは以ての外だ。

となると、体術と剣術、そして銃術が頼みの綱か・・・。

「何故、俺を助けたんだ?」

「?」

あれこれと考えていたライドウの思考をダンテの声が遮った。

「アンタなら俺無しでもどうとでもなっただろ?何故、助ける必要があった。」

ダンテが疑問に思うのは当然であった。

実力、経験、技術、知識、どれをとっても自分より遥かに優れている。

自分が力を貸さなくても、この悪魔使いならば、一人で化け物鯨の腹の中から脱出する事は十分可能な様に思われた。

「さっきも言ったろ?俺は一秒でも早くこんな所からは出たい・・・。」

そう言いかけたライドウの表情がみるみる険しくなった。

視線をダンテの背後、遥か遠くに見据えている。

悪魔使いの異変を察したダンテも背後を振り返った。

すると、暗闇の中に八つの緑色に輝く光点が仄暗く灯っているのが見える。

それは徐々に大きくなり、車のヘッドライトの如く自分達を眩く照らし出していた。

「逃げろ!ギガ・ピードだ!!」

ライドウが銀髪の大男の腕を掴むと凄い勢いで走り出した。

状況が呑み込めないダンテも、悪魔使いの尋常ならざぬ様子に釣られて走り出す。

(糞ったれ!まさか化け物ムカデまで体内に飼っているとはな!)

彷徨える禽獣の間で、倒したムカデの化け物。

本来は、魔界の沼地にしか生息しない巨大生物である。

それをリヴァイアサンは体内で、飼育しているのだ。

四方八方に電撃の雨を降らせながら、ギガ・ピードが此方に凄まじい速さで迫って来る。

普通に走っていては、瞬く間に追いつかれてしまうだろう。

(糞!このままじゃ追いつかれる!)

ライドウは、背後を振り返ると舌打ちした。

こんな狭い所では、とても戦闘など出来ない。

「先に行け!絶対立ち止まるんじゃねぇぞ!」

ダンテの背を叩き、腰に吊るしたウェストポーチに手を伸ばす。

「?アンタはどうするつもりなんだ??」

先に行けと言われて、はいそうですかと素直に従う訳にもいかない。

いくら常識外れに強くても、こんな狭い場所で戦うなど自殺行為と同じだ。

「良いから行け!殴り飛ばすぞ!!」

ライドウの剣幕にダンテは仕方なしに従う。

きっと何か策があるに違いない。

今のダンテの頭の中では、この悪魔使いと敵対関係にあった事等、綺麗さっぱり消え失せていた。

「うう、勿体ないけど背に腹は代えられねぇ!」

悪魔使いの少年は、ポーチから何かを取り出すとそれを迫りくる巨大ムカデに投げつける。

すると、白い冷気と共に極大の氷の壁が現れた。

「何だ?ありゃぁ?」

背後を振り返ったダンテが見たモノは、分厚い氷の壁に阻まれ、前に進めない巨大ムカデの姿であった。

ギガ・ピートは、怒りの咆哮を上げ、何度も何度も氷の壁に体当たりを繰り返す。

「そう長くは持たない!早く此処から出るんだ!」

再び走り出した少年が男を促し、出口に向かってひた走る。

二人が腸洞から出るのと氷の壁が砕け散るのは、ほぼ同時であった。

転がる様にリヴァイアサン邪眼房に辿り着く二人。

二人の荒い息遣いが周囲に木霊する。

「はぁ、はぁ・・・い、生きてるか?」

「な、何とかな・・・。」

何とか呼吸を整え、ライドウが起き上がる。

短い距離とは言え、補助魔法のドーピング無しで走るのは流石にキツイ。

半分悪魔の血を引くダンテと違い、身体構造は普通の人間と然程変わりはないのだ。

「アンタ、さっき何をしたんだ?」

上半身を起こしたダンテが悪魔使いの少年に言った。

「ああ、コイツを投げつけたんだよ。」

そう言って、ライドウはウェストポーチから何かを取り出した。

それは掌に収まるぐらいに小さい、水色の石であった。

ネオンブルーアパタイトを思わせる様なその小さな石は、暗闇の中で青白く輝いている。

「コイツは精霊石って言ってな。普通は何の変哲もない石なんだが、術者の魔力を込める事が出来るんだ。因みにコイツには、氷結魔法が封印されてる。」

精霊石とは、属性の魔法を宿らせる力を持つ特殊な石であり、魔力温存を目的とした術者には大変重宝されるマジックアイテムである。

敵に向かって投げつけると自動的に封印が解け、ダメージを与える事が出来る。

「へぇ?便利なモン持ってるんだな?」

一個くれ、と手を出すダンテを無視し、魔法の石をさっさとポーチへと仕舞う。

「やらねぇよ。精霊石は現世では滅多に獲れない貴重な鉱石なんだ。これ1個でも高級車が10台ぐらい買える値段なんだぜ?」

高級車10台と言うのは言い過ぎだが、モノの大きさによれば億単位の値段が簡単に動くシロモノだ。

本当なら使いたくは無かった。

出来る事なら、温存して最後の最後に使いたかった。

ライドウの脳裏に自分達”クズノハ”所属の召喚術士(サマナー)のお目付け役であるマダム銀子の姿が浮かぶ。

駄目だ・・・絶対、ドケチで有名な銀子が経費で落としてくれる筈がない。

「なんだよ・・ケチだなぁ・・・。」

まるで拗ねた子供の様に唇を尖らせたダンテが立ち上がろうとする。

しかし、脚に力が入らないのか、すぐ地面に尻もちをついてしまった。

「おい、大丈夫か?」

ライドウがダンテの傍に来ると立ち上がるのを手伝おうと手を差し伸べる。

その細い腕を掴むダンテ。

だが、次の瞬間、凄い勢いで自分の方に引き寄せると、身体の下に組み敷いてしまう。

「な!?離せ・・・・????」

そう言いかけたライドウの唇を何かが覆う。

ぬるりと口内に侵入する舌の感触。

ダンテにキスをされている?

「ば、馬鹿っ!やめっ!」

振り解こうにも、如何せん体格差があり過ぎる。

不埒な男の手は、ライドウの引き締まった尻を触り始めた。

「気に入ったぜ?アンタ・・・・顔もタイプだし、何より俺より強いってのが良い。」

耳元で囁かれる甘い睦言。

耳朶を甘噛みされ、舌を差し込まれる。

「い、好い加減にしろ!糞餓鬼ぃ!!」

膝の付け根を当てて、思い切り真後ろに投げ飛ばす。

魔力で筋力を増強しなければ出来ない芸当だ。

投げ飛ばされた銀髪の大男は、宙で華麗に一回転すると軽やかに着地する。

「ムードが無いねぇ・・・。」

「うるせぇ!悪魔だらけのこんな場所で欲情するてめぇの思考回路が異常すぎんだろうがぁ!」

危うく流されそうになってしまった。

真っ赤な顔をして起き上がると、ライドウは袖に仕込んであるクナイをダンテに向かって投げつける。

咄嗟に身構える銀髪の大男。

しかし、クナイの鋭い切先が男の眉間を穿つ事は無かった。

鋼の凶器は、ダンテを無視し、その背後に迫っていたヘル=エンヴィーの頭蓋を叩き割る。

「てめぇを殴り飛ばすのは、コイツ等を始末した後だ。」

「了解。」

顔を真っ赤に染めて、そっぽを向くライドウに思わず口元が綻ぶ。

この悪魔使いは間違いなく男を知っている。

生きた年月は自分より長いかもしれないが、性経験に関しては自分の方が一枚上手の様だ。

 




やっとBLっぽくなりました。


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ミッション11『唇と心臓と』

古の街、地下歌劇場へと足を踏み入れる白銀の騎士―クー・フーリンと仲魔のマベル。
そこには、魔剣士・スパーダによって封印されていた魔女、ネヴァンが待ち構えていた。一方、化け物鯨の腹から脱出する為、一時共闘する事になったライドウとダンテ。
二人の前に様々な悪魔が立ち塞がる。


ネヴァンの唇から大量の血が吐き出される。

胸を貫く深紅の刃は、そのまま背後の壁を穿ち、さながら標本箱の中で針に縫い留められている蝶を連想させた。

「つ・・・・強いのね?貴方・・・・。」

霞む視界の中、目の前に立つ白銀の騎士が映る。

冬の湖面を思わせる、蒼く澄んだ瞳。

しかし、その中には一欠けらの感情すら宿る事は無かった。

「気に入ったわ・・・私の魔力を貴方にあげる・・・。」

漆黒の魔女は、震える手で己を深々と貫いている深紅の魔槍に触れた。

すると魔女の身体を紫電が包み、周囲を眩く照らし出す。

漸く光の放流が収まった時、そこには紫電を帯びた二振りの刃が両手に握られていた。

「成程、魔剣士殿も粋な計らいをしてくれる。」

ネヴァンの正体は、悪魔ではなく魔道具(デウスオブマキーナ)だ。

恐らく大門を守っていた氷の魔獣も魔道具が悪魔の姿に変じたモノだろう。

彼等は、長い年月、この呪われた塔に己を使役してくれる主が再び現れるのを待っていたのだ。

そして、彼等の渇望にも似た思いは遂げられた。

まるで、真新しい玩具を買い与えられた子供の様に口元を綻ばせ、クー・フーリンは、紫電を放つ二振りの刃を手首を使って軽く振る。

「双剣”ネヴァン”か・・・使えそうな玩具だな。」

刀剣に映る己の美貌を見つめ、白銀の騎士は双眸を細めた。

 

リヴァイアサン邪眼房。

悪魔の無残な死骸が、死屍累々と横たわる中、ライドウとダンテは、ヘル=エンヴィーの群れと死闘を繰り広げていた。

大剣の切っ先が閃き、悪魔の胴体と頭を次々と切り飛ばしていく。

銀色に鈍く光るクナイが悪魔の頭蓋をスイカの様に破砕し、『七星・村正』の刀身が怪物達の身体を両断する。

しかし、いくら倒され様とも、異形の怪物達の数が減る事は無かった。

壁や床から次々と這い出し、悪魔使いの少年と銀髪の大男に襲い掛かっていく。

「ちぃ!面倒な!!」

先に痺れを切らしたのは、気が短いダンテではなく悪魔使いの少年であった。

口内で短く呪文を詠唱し、両手を広げる。

「頭を下げてろよ!坊主!!」

「!?」

ライドウの声に咄嗟に身体を屈ませるダンテ。

刹那、周囲に無数の法陣が出現、そこから蒼白い雷電を身に纏った無数の龍が現れ、悪魔達を蹂躙していく。

電撃系最上級魔法『マハジオダイン』だ。

眩い光を放つドラゴン達は、悪魔を分子の値まで分解し、次々と塵に返していく。

時間にして3秒も経たなかっただろうか?

気が付くと辺りは静寂に包まれ、悪魔の存在を全て掻き消していた。

「流石、魔法使いだな。」

塵となって消えていく悪魔の死骸を眺め、ダンテが感嘆の声を漏らす。

そんな便利屋の言葉に反して、ライドウは顔面蒼白であった。

やってしまった・・・・・リヴァイアサンの核を破壊するまで、魔力を出来るだけ温存しておくつもりが、ついつい癖で大技を使ってしまった。

(お、落ち着け・・・まだ魔力には余裕がある。いざとなったら秘蔵のエーテルで補填すれば問題ない・・・でも、エーテル使いたくない。これ純度が高いやつなんだよねぇ・・・だから結構値が張ってるの・・・しかも補填しても、最上位魔法2発分しかならないし・・・うう、どうしよう。)

高速演算で、今回の事件の経費を計算する。

ブフダインストーンはまだ良いが、これでエーテルまで使用したら完全な大赤字だ。

銀子は、あれこれ理由を並べて絶対経費では落とさない様にするだろうし、うちの大蔵省に泣きついても足蹴にされるだけ・・・。

「どうしたんだよ?ライドウ。」

口からエクトプラズムを吐き出しているライドウにダンテが声を掛けた。

「な、何でもねぇよ。それより先に行くぞ。」

コイツにだけは弱味を見せてはならない。

先程、いきなり押し倒された挙句、強引にキスされた事を思い出す。

魔力切れを起こし、弱っている事なんて知られたら、何をされるか分からない。

(な、何とかして志郎と合流しないと・・・。)

パスを通してある番の傍まで行けば、魔力はある程度供給される。

「これは・・・・?」

何気なく周囲を見回した先に光る何かを見つける。

それは室内の中央にある突起物から生え出しており、鈍い光を放っていた。

「成程、ゴールに進むための鍵ってやつか。」

恐らくある程度のマグネタイトを吸収すると出て来る仕組みになっていたのだろう。

悪魔の果肉をたっぷりと吸収したそれは、掌に収まる程の球体であった。

「お前なぁ・・・罠だったらどうするつもりなんだよ。」

警戒心0で、正体不明の球体を手に取るダンテをライドウが呆れた様に溜息を吐く。

「はっ・・・心配性だな?お嬢ちゃん。」

「お嬢ちゃんじゃない、”葛葉ライドウ”だ。」

この男と一緒にいると調子が狂う。

先程まで命のやり取りをしていた敵なのに、今はすっかりと打ち解けていた。

どんな困難な場面でも、決して下を向かず、時折、子供の様な笑顔を浮かべる。

そんな、何故か憎めない人間をライドウは一人だけ知っている。

この男と同じ、目の覚める様な銀色の髪をした男・・・。

「どうしたんだ?ライドウ。」

名を呼ばれ、記憶の海から現実の世界に帰る。

(馬鹿馬鹿しい、何を考えているんだ?俺は・・・。)

志郎・・・クー・フーリンと契約する前のかつての番の姿と目の前に居る深紅のロングコートの男を重ね合わせ、慌てて思考を打ち消す。

力を求め、殺戮に酔い、闇に堕ちた自分を人間へと戻してくれた男。

でも、もういない。

かの愛しき男は、他でもない自分自身が殺してしまったのだから・・・。

 

邪眼房で手に入れたアイテムは、嫉妬の炎と呼ばれていた。

どうやら、リヴァイアサンが守る心臓核の封印を解くことが出来るキーアイテムらしい。

心臓核へと辿り着いたライドウ達は、鍵を設置する台座に嫉妬の炎を設置した。

すると核(コア)を守っている膜が溶ける様に消えていく。

「気合入れろよ?坊主。」

「坊主じゃねぇ、ダンテって名前があるんだ。」

七星村正の鯉口を切り、銀色に光るはばきの部分を出すライドウをダンテがぎろりと睨む。

確かに実力は自分よりも数段上なのは認めてやる。

だが、子供扱いされるのはいい加減うんざりだ。

そんな二人のやり取りを他所に、主の心臓を守らんと、地面から無数のヘル=エンヴィーが姿を現す。

血で錆びついた鎌の切っ先が二人に向けられた。

 

 

潮の香りが鼻腔をくすぐる。

連絡船の甲板の上、ライドウは遠ざかっていく『城塞都市・フォルトゥナ』の港を何気なく見つめている。

波止場には、小さな影とそれに寄り添う大きな影が佇んでいた。

魔剣教団の団員、クレドとその幼い妹のキリエだ。

華奢な腕を千切れんばかりに振り続けている。

「心残りがありそうだな?17代目。」

頭の中に直接響く声。

足元を見ると一匹の大きな黒猫が眼帯の少年を見上げている。

歴代ライドウのお目付け役剣指南役を勤める人語を解する黒猫で、常にライドウと行動を共にしていた。

「別に・・・少しだけ疲れただけだ。」

激しい疲労感が節々を痛めているのは事実だった。

あの『化け物龍』から貰った魔力は既に底を尽いており、早く誰かから補填しなければ、倒れてしまいそうだった。

「いい加減番を作れ・・・何時まで骸の情けを受けているつもりだ?」

「・・・・・面倒なのは嫌なんだよ。」

『魔力の大喰らい』である少年が、何時までも決まったパートナーを作らず、かつての上司であり、四神の長である”骸”から情けを受けている事に業斗童子は大分、否、相当、ご立腹らしい。

「おお、さらば我が愛しき祖国・・・。」

「―!!」

聞き覚えのある男の声。

一人と一匹が背後を振り返ると、そこに目の覚める様な美しい銀髪の美丈夫が立っていた。

「よ、ヨハン・・・?何故、お前が此処にいるんだ?」

城塞都市『フォルトゥナ』の領主であるバルムング・ハインリッヒ・ヒュースリー教皇の第三皇子であり、魔剣教団実力者No.1の男。

神器『レーヴァティン』の正統継承者―ヨハン・ハインリッヒ・ヒュースリーだ。

「何って決まっているだろ?お前を追い掛けて来たんだ。」

神器の収まった身の丈程も大きな箱を背に担いだ銀髪の男が、恥ずかしげもなくそんな事を平然とした表情で言った。

「正気か?あのまま国に残っていれば、英雄として・・・否、次期国主として様々な恩恵を受けられたものを・・・。」

まるで無邪気な子供の様に笑う青年を業斗が呆れた表情で見上げる。

「お前は救いようが無い馬鹿だな?ヒュースリー教皇に同情するぜ。」

口では悪態を吐きつつも、内心は激しく動揺していた。

例えようもない歓喜に微かに手が震える。

駄目だ・・・こんな感情は要らない。

「クレドは知っているのか?フォルトゥナの市民は?キリエや孤児院の子供達・・・お前を慕って騎士団に入った少年達はどうなるんだ?」

相手に気取られぬ様、震える手を握りしめ、ライドウは数メートル離れた相手を睨み付ける。

「無責任な糞野郎だってのは自覚してる。親父にも呆れられて一発ぶん殴られたよ。」

困った様に苦笑いを浮かべると、ヨハンは微かに赤く腫れた右頬を人差し指で掻く。

「でも俺は一度決めたら梃子でも動かない頑固者でね。」

フォルトゥナの現領主であり、父親であるバルムング侯爵の期待よりも、先の戦争で親を失い自分を兄貴分として慕ってくれる子供達や、年若い見習い騎士達よりも、自分には守り通さねばならない大切な存在がある。

ヨハンは、ライドウの目の前まで歩み寄ると、血の通わぬ作り物の右腕を手に取る。

「前にも言ったと思うが、俺は絶対お前を人間に戻してやる。お前に愛を教えてやる。」

恥ずかしげもなく愛という言葉を平然と口にする銀髪の青年。

今時、愛なんて陳腐な言葉誰も使う奴などいないだろう。

最高で最低な口説き文句。

しかし、青年のアクアマリンを連想させる蒼い瞳は、何処までも真剣であった。

「ふん、どうやら番の問題は解消したみたいだな?」

頬を真っ赤に染める眼帯の少年の表情を見て、業斗は呆れた様子で溜息を吐く。

連絡船の汽笛が周囲に木霊した。

 

(何で今のこの状況で、いきなり思い出すんだよ?)

仰向けに寝転がったライドウが、暗闇に閉ざされた天井を見上げ盛大に溜息を吐いた。

悪魔共の切り刻まれ、頭が破砕された死骸が累々と転がる戦場。

肉塊の窪みに身を隠したライドウは、怪光線を放つ心臓に視線を移す。

ビクンビクンと不気味に脈打つ心臓は、再び硬い甲羅の中へと姿を隠してしまった。

「どうする?あれじゃ、手が出せないぜ。」

傍らで同じ様に身を隠したダンテが、忌々しそうに舌打ちをした。

よく見ると銀髪の大男が羽織る深紅のロングコートの端が焼け焦げている。

恐らく、怪光線が発射される前にライドウが無理矢理肉の窪みに引きずり込んだ際に、そこだけ焼けてしまったのだろう。

悪魔に折角手に入れた事務所を破壊され、お気に入りの長外套まで駄目にされた。

疫病神と貧乏神がセットで憑りつかれた気分だ。

「・・・光線が発射されるまでのタイムが1秒弱・・・甲羅に戻るのが大体2秒あるかないか・・・攻撃するなら、一度撃たせた後の方が良いな。」

一瞬の出来事なのに、良くもまぁそこまで分析出来るものだ。

呆れ半分、感心半分ではあるが、よしんば攻略方法が見えたとしても、そこには大きな問題がある。

「心臓を守る悪魔共はどーするんだよ?両方の肺から、ゾンビ映画宜しくどんどん這い出して来てるんだけどな?」

怪光線で一匹残らず薙ぎ払われた筈だが、左右の肺から無尽蔵に悪魔が生み出される為、瞬く間にその数を増やしている。

これでは、心臓を攻撃する前に、エネルギーを再装填されて、ローストビーフ宜しくこんがりと焼かれるのがオチだ。

「大丈夫だ。そんなもん大した問題でもねぇーよ。」

「!!」

ライドウがそう言ったのと同時にダンテの身体に異変が起きた。

身体が異常な程軽い。

よく見ると五体が微かに光っている。

「お前の運動能力を50%上昇させた。今の状態なら、一発撃たせた後にその馬鹿デカイ剣で心臓をぶっ刺すのにおつりが出るぐらい余裕がある筈だ。」

「確かに今なら世界新記録ぐらい軽く超えそうな気はするが、リベリオンを化け物鯨の心臓に叩き込むには、あそこの悪魔共が邪魔だぜ?」

「それも心配ない。俺が道を作ってやるからな。」

この戦法は、大分魔力を消費する。

だが、本来の目的はこの化け物鯨の腹の中から出る事なのだ。

多少のリスクは仕方が無い。

そんな二人のやり取りを他所に、ヘル=エンヴィーの大群が此方に押し寄せて来た。

「俺が囮になる。化け物鯨の心臓がレーザーを撃ち終わったら、走れ・・・良いな。」

そう言い終わるのと肉の窪みから、少年が飛び出すのとほぼ同時であった。

ダンテが止める間もなく、悪魔使いの少年は七星剣を巧みに操り、悪魔の大群を綺麗に解体していく。

「たく・・・勝手な事言いやがって・・・。」

何度も言う様だが、自分達は敵対関係にあるのだ。

いくら一時的に協力関係にあるとはいえ、相手が自分の理想通りに動くとは限らない。

しかし、不思議と嫌な気持ちになる事は無かった。

それどころか、ライドウに信頼されているという事実に、心が歓喜で震えている。

(本気で惚れちまったかもな。)

自然と口元に笑みが浮かんだ。

 




魔導士は色々と制約があるという事で・・・悪魔召喚するにも物凄い魔力を消費するので、多用は出来ないという設定です。


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ミッション12『母の手と父の背』

漸くリヴァイアサンの心臓部に辿り着いたライドウ達。
しかし、そこは心臓核を守る悪魔達であふれかえっていた。
一方、クーフーリンは、魔女ネヴァンを撃破。
双剣”ネヴァン”を手に入れるのであった。


思えば、父親の記憶など無いに等しかった。

物心ついた時から母親と双子の弟の二人で暮らしていた。

貧しくもささやかな食卓。

食事の恵みを与えてくれた神に対する感謝の祈り。

『父よ、貴方の慈しみに感謝してこの食事を頂きます。此処に用意されたものを祝福し、私達の心と身体を支える糧として下さい。私達の主、イエス・キリストによって・・・アーメン。』

母の澄んだ声が神への感謝の祈りを捧げる。

神などこれっぽっちも信じてはいなかった。

ただ、母が敬虔なカトリック信者であったから、自然とそれに習っただけに過ぎない。

大好きだった。

愛していた。

でも、時折ヒステリックに泣き叫ぶ母は恐ろしかった。

『何故貴方達は覚醒してくれないの?何故、優秀なあの方の遺伝子を受け継いでいるのに何も目覚めないの?このままじゃ、あの女に全て奪われてしまう!そんなのは嫌、絶対に嫌ぁ!!』

そう叫んでは、自分達を平手で叩いた。

狂った様に暴れ回る母。

そんな母親を自分と弟は、部屋の隅で震えながら見ていた。

暫く経つと母は、大人しくなり、一頻りすすり泣く。

そして何度も何度も自分達に謝り、優しく抱きしめてくれる。

日々、そんな行為の繰り返しであった。

 

「・・・・・!!」

自分より数歩先を歩いていた漆黒のカソックを纏った神父が、急に胸を抑えて蹲った。

「アーカム?」

神父の異変にバージルが秀麗な眉根を胡乱気に寄せる。

「ま、まさかリヴァイアサンを倒すとはな・・・。」

まるで心臓を握り潰されたかの様な凄まじい苦痛。

テメンニグルの上空を我が物顔で回遊していた仲魔の妖獣『リヴァイアサン』が突然苦痛の雄叫びを上げ、地面に落下していくヴィジョンが脳裏に鮮明に映し出される。

轟く轟音。

それは大地を揺るがし、バージル達が居る地下回廊にも響き渡る。

 

時刻は数分戻って、リヴァイアサン心臓核の間。

眩い光を放つ光線が、次々と悪魔達を薙ぎ払って行く。

「今だ!走れ!ダンテ!!」

リヴァイアサンの心臓から放たれる光線の光が治まったのを見計らって、眼帯の少年―ライドウが、すぐ傍らの肉の窪みに身を潜ませている赤いロングコートの男に叫んだ。

それを合図に走り出すダンテ。

スクカジャで運動能力が爆発的に上がった今の悪魔狩人は、まるで紅き閃光の様に一直線にリヴァイアサンの心臓目掛けて駆け抜けて行く。

それを阻止せんと、肉の床や化け物鯨の肺から次々と悪魔達が現れる。

しかし、その事如くが四肢を細切れに引き裂かれ、肉体を破砕され、時には氷の矢に蜂の巣にされていく。

ライドウが精霊魔法でダンテの行く手を阻む悪魔共を排除して行っているのだ。

まるでロボットの様な正確さで、気味が悪い程的確に悪魔を次々と肉の塊へと変えていく。

だが、当の守られているダンテはそんな事等気にしている余裕は無かった。

ただ、リベリオンを糞ったれな化け物鯨の馬鹿デカイ心臓にぶち込む。

その一念だけが彼を突き動かしていた。

長年、荒事師として様々な修羅場を潜り抜けて来たが、これ程、神経を研ぎ澄ませて戦った事等、数えるぐらいしかないだろう。

悪魔狩人の常人よりも遥かに凌駕した筋力が、大剣の刃に宿り、深々と化け物鯨の心臓を貫く。

刹那、視界が真っ白い光に包まれた。

 

リヴァイアサンが地上に激突した余波は、仲魔のクーフー・リンとマベルにも影響していた。

礼拝堂へと続く回廊の途中、無数に襲い掛かるブラッドゴイルの群れを始末している時である。

地鳴りと共に回廊全体が揺れ、天井から漆喰が雨の様に降り注ぐ。

「流石ライドウ!化け物鯨を倒したんだね?」

白銀の騎士の肩に座っていた妖精が宙で小躍りする。

しかし、浮かれるマベルと違い、クー・フーリンは複雑な表情をしていた。

何故なら、敬愛する主の傍らに忌々しい気配を感じたからだ。

悪魔独特の魔力と強い意志を持つ人間の闘気が交じり合った特殊な気。

間違いない、あの悪趣味なロングコートを着た銀髪の大男のモノだ。

 

断末魔の咆哮を上げ、地面へと落下する巨大な魔獣『リヴァイアサン』。

轟音と砂煙、そして衝撃で何かが崩れる瓦解音。

濛々と立ち込める砂煙の中、血涙を流す化け物鯨の瞳が縦に切り裂かれた。

血飛沫と共に飛び出す二つの影。

地面に華麗に着地したのは、全身血で真っ赤に染まった悪魔使いと銀髪の大男であった。

「ふぅ、酷い目に合ったぜ。」

口内に入った化け物鯨の血の塊を吐き出し、ダンテが忌々しそうに全身の返り血を手で払い落す。

その背に銃口が付きつけられた。

カチリと撃鉄を上げる音。

見なくても分かる、さっきまで共に戦っていた悪魔使いの少年だ。

「悪いな・・・パーティーは此処でお開きだ。」

「おいおい、約束が違うんじゃねぇか?」

背後にいるライドウをジロリと睨み付ける。

「あのなぁ、俺達は元々敵同士だったんだぜ?それと約束ってのは最初から破られるのを前提にしてするもんだ。」

随分と滅茶苦茶な言い分だ。

しかし、軽口を叩くその眼は限りなく真剣であった。

「もう時間が無い。奴等が来る前に、一刻も早くこの街を出るんだ。」

「奴等?」

「ヴァチカンの虐殺部隊さ。彼等に一切の慈悲は無い。相手が人間だろうがお構いなしだ。死にたく無かったら大人しくいう事を聞いてくれ。」

ハンドガンの銃口をダンテの背に向けたまま、ライドウは腰に吊るしたGUMPをホルダーから引き抜く。

トリガーを引き、蝶の羽の様にパネルを展開させると液晶画面にヴァチカンの特殊部隊『ドミニオンズ』が1個師団を引き連れてこの街に移動している事がメールで書かれていた。

そして末尾に任務を強制終了、大人しく事件を13機関に譲渡されたし、と記されている。

「ヴァチカン?アンタ一体何を言っているんだ?」

カトリック教会の総本山であるヴァチカンは、本来軍事力を保持していない。

それぐらいは一般常識だ。

「ヴァチカンには二つ顔があるのさ。悪魔・・・それを崇拝する異教徒達をぶち殺し捲る狂気の顔を持ってる。奴等は悪魔を殺す事に掛けてはプロだ。今から数分前、国連がヴァチカンに悪魔討伐の正式要請を出した。後1時間もかけないうちに奴等が此処に来るだろう。」

「マジかよ・・・。」

その手の裏事情が詳しいライドウの言葉なのだから、嘘偽りの無い本当の事なのだろう。

「バージルは・・・・俺の兄貴はどうなる?」

「・・・・・気の毒だが、奴等に見つかったら確実に殺されるだろうな。最悪、この地域一帯を”浄化”するかもしれない。」

浄化・・・魔界の扉が開く前に核ミサイルで焼き払うという意味だ。

こんな都心の真ん中で核爆弾?

イカレた発想かもしれないが、それを平然と実行するのがヴァチカン第13機関―イスカリオテ、のやり方だ。

「お前はまだ若い・・・幾らでもやり直しがきく。違う地で普通に人間として生きろ。」

展開していたGUMPのパネルを畳み、ガンホルダーに戻す。

「ハッ・・・有難い説教で涙が出るぜ。」

そう言い終わるのと同時にダンテが何かをライドウの足元に投げて寄越した。

黄色に光るマジックストーン。

それを視認した瞬間、ライドウは咄嗟に背後に飛び退る。

眩く光る雷の放流。

視界が一気に真っ白に染まる。

(マハジオストーン?何でアイツがマジックアイテムを持っているんだ!?)

そういえば、化け物鯨の腹の中にいた時、ダンテに押し倒されて無理矢理キスされた事があった。

質の悪いおふざけだとばかり思っていたが、あの時、ライドウのウェストポーチから、何個かマジックストーンを拝借したに違いない。

「アンタはまだこの件を諦める気がないんだろ?」

頭上からするダンテの声にライドウが視線をそちらに移す。

するといつの間に移動したのか、廃墟へと続く大扉の階段の上に深紅のロングコートを着た銀髪の男が立っていた。

「俺も同じさ。それにバージルはたった一人の兄貴なんだ。家族を放っておける筈がねぇだろ?」

「ダンテ!!」

大門に消えていく銀髪の大男を追い掛けようと一歩前に出る。

だが、その前方を銀色の閃光が遮った。

条件反射で背後に避けるライドウ。

つい先程まで自分が立っていた地面に突き立ったのは、歪な光を放つ大鎌であった。

「ちぃ!こんな時に・・・!!」

気が付くとライドウの周囲を無数の悪魔―ヘル=プライド達が取り囲んでいた。

所々ボロボロに刃が欠けた凶器を両手に構え、じりじりと此方に近づいて来る。

 

礼拝堂・・・・人の気配がまるでしない静寂に包まれた室内を白銀の騎士と小さな妖精が訪れた。

先程の轟音がまるで嘘の様な静けさだ。

「まだマスターと連絡が取れないのか?マベル。」

「駄目・・・・リヴァイアサンを倒したって事は分かるけど、その後が全く分かんない。」

蟀谷(こめかみ)の辺りに人差し指を押さえ、必死に精神を集中させてテレパシーを送ってはいるが、うんともすんとも主から返事が返って来ない。

精神波を遮断する障壁のせいなのか、それとも返事の出来ない状況なのかもしれない。

「・・・!!何か来る!」

妖精が強力な魔力の波動を感知するのと、礼拝堂の天井を突き破って何かが室内に乱入して来るのはほぼ同時であった。

雨の様に降り注ぐ瓦礫、轟々と立ち込める砂煙の向こうから巨大な一つ目の巨人が此方を見下ろしている。

炯々と光る深紅の隻眼、鶏冠を思わせる巨大な一本の角。

そして眩く光る4枚の羽根。

テメンニグルの塔を守護する悪魔の一人、ベオウルフだ。

「強い気の波動を感じて来てみれば、力なきピクシーと見た事も無い悪魔ではないか。」

深紅の隻眼が、マベルとクー・フーリンを順番に眺める。

慌てて白銀の騎士の背後に隠れるマベル。

そんな妖精に反し、美貌の剣士は隻眼の鋭い眼光を軽く往なしてみせる。

「ほぅ、これは中々剛気な奴よ。気に入った。貴様、名は何というのだ?」

「これから死に逝く者に、名を語るのは無意味だと思うが?」

クー・フーリンの無遠慮な言葉にベオウルフが喉の奥で低く唸る。

「確かに・・・言葉は不要、我等にあるのは力のみ!!」

礼拝堂一帯の空気を激しく震わせる程の咆哮。

此方に突進する隻眼の巨大な悪魔を白銀の騎士が深紅の魔槍”ゲイ・ボルグ”を構えて迎え撃つ。

 

「私ね・・・・スタンフォード大学に留学が決まったの・・・。」

豪華客船『ビーシンフル号』の豪奢なラウンジ。

マイセンの中国のザクロを模様としたマグカップを両手に持った瞳がコーヒーを一口啜る。

「そこの生物工学で有名な教授が私の書いた論文に興味を持ってくれたみたいなの。”今進めているプロジェクトに是非参加して欲しい”って・・・。」

「そっか・・・凄いじゃないか・・・。」

かつてのハッカーグループ『スプーキーズ』のメンバー、遠野・瞳は、東京の帝都大学で遺伝子工学の勉強と研究チームに参加している。

遺伝子疾患の難病を患っている彼女の父親の治療をする為、遺伝子治療の研究を行っているのだ。

その治療過程の研究論文が、スタンフォード大学に在籍しているとある人物の目に留まったらしい。

「スタンフォード大学には、此処より機材が揃っている上に国から潤沢な補助金が支給されてるそうよ。あそこなら、私の研究が成し遂げられる筈。」

現在、彼女の父親はバーキンソン病という難病に侵されている。

バーキンソン病とは、大脳の下に位置する中脳の黒質にある神経細胞が減少する事で、運動機能に障害が起こる病気だ。

瞳の父親は、病気がかなり進行し、自立歩行が不可能な状態で車椅子生活を送っているのだという。

「暫く会えなくなっちゃうね・・・・あ、でも・・・貴方とこうして会うのは迷惑なのかな?ランチさんやシックスくん・・・ユーイチくんにも内緒にして会っている訳だし・・・。」

「そんな事ねぇよ・・・お前に会えないとネミッサの奴が煩い。」

「・・・・ごめん・・・変な事言っちゃったね・・・。」

暫しの沈黙。

お互いどんな言葉を掛けて良いのか分からない。

この1年という歳月が、二人の間に大きな溝を作っていた。

天海市の事件から約1年と数か月の月日が経っている。

マニトゥが活動を停止し、後に残されたのは二上門地下遺跡に発生した巨大な地獄門(デビルズゲート)だけであった。

ヴァチカンの専門機関と組織『クズノハ』そして国連の特殊技術チームの協力により、二上門地下遺跡は封鎖。

天海市に住む住民は、全員退去となり、分厚い壁が異界となった市全体を覆っている。

不意に瞳の眼から一筋の涙が頬を伝い、白いテーブルクロスの上に落ちた。

「ごめん・・・ごめんね?ネミッサ・・・私・・・私、お父さんを理由に貴方達から逃げてる・・・・。」

「瞳・・・。」

「一緒に背負わなきゃいけないのに・・・リーダーのこと・・・天海市のこと・・・い、痛みを分け合わないといけないのに・・・なのに・・・ほっとしてる。海外留学が決まって・・・この国から出られる事に安心している私がいる・・・貴方やネミッサに嫌な事全部押し付けて・・・私・・・最低な女だよね。」

「やめてよ・・・ヒトミちゃん。」

テーブルクロスを握りしめる手を誰かがそっと触れた。

俯いていた顔を上げると、悲しそうな蒼い隻眼の瞳とぶつかる。

「泣かないで・・・お願いだから笑ってよ?お父さんの病気を治療する薬が出来るんでしょ?アタシ・・・馬鹿だから分かんないけど、ヒトミちゃんにはいつまでも笑っていて欲しい。泣いてる顔なんて見たくないよ。」

「ネミッサ・・・・?」

かつて自分に憑依していた電霊と呼ばれる女性悪魔。

共に死線を潜り抜け、ファントムソサエティーと戦い、時には他愛もない事で笑い合った大切な大切な友達。

「ご、ごめんね?・・・貴方と一緒にアメリカに行くって約束したのに・・・。」

電霊の少女の小さな手を瞳は強く両手で握り締める。

彼女に憑依されていた時、二人で約束したのだ。

何時かネミッサが生まれ育った土地を探しに行こうと・・・。

「あ・・・?悪い・・・瞳、アイツ戻っちまったよ。」

「え・・・・?」

顔を上げるとそこにはいつもの黒曜石の瞳をした長い黒髪の隻腕の少年が、ばつが悪そうに座っていた。

どうやら、再び少年の中に眠りについてしまったらしい。

「・・・ご、ごめんなさい!!」

慌てて瞳が少年の手を離す。

顔が熟れ過ぎた林檎の様に紅くなっていた。

 

 

「あー・・・これはアレだな・・・俺は何かの精神的な病に侵されてるんだな?しかも滅茶苦茶質の悪い。」

ライドウは大きな溜息を盛大に吐くと、尻ポケットから煙草と古いジッポライターを取り出した。

彼を取り巻く様にして、無数の悪魔の死骸が累々と横たわっている。

先程までの戦闘の名残りなのか、血の生臭い香りが漂っていた。

煙草に火を点け、一口大きく吸い込む。

ニコチンが良い感じに肺の中を充満するのが分かった。

(アレからもう20年以上が経つのか・・・。)

吐き出した煙が宙に昇っていくのをぼんやりと眺める。

あの時、無理にでも彼女を引き留めておくべきだったのだろうか。

父親の治療をする為の留学だった。

それが、まさか今生の別れになるなど当時の自分達は思いもしなかったのだ。

「う・・・やべぇ、魔力使い過ぎちまった。」

足元がぐらりとふらつく。

無理もない。

リヴァイアサン心臓核で大分、魔力をつかったのだ。

早く番の所に行かなければ、魔力が枯渇して最悪動けなくなってしまう。

「と、取り敢えず1本だけ飲んでおくか・・・完全な赤字だが、うちの大蔵省に泣きつけば何とかなる筈・・・。」

ブツブツとぼやきながらウェストポーチの中を探る。

しかし目的の小瓶が見当たらない。

まさか・・・あの糞餓鬼にマジックストーンばかりか、エーテルの入った小瓶まで盗られた?

ざぁっと音を立てて血の気が引く。

改めてポーチの中身を探るが、何処を探しても、エーテルの入った小瓶は見つからなかった。

 




いきなり過去の話とかに飛んでついていけないかもしれません。
ソウルハッカーズのヒロイン、遠野瞳は父親の治療の為アメリカの大学に留学してそこで行方不明になったという設定です。


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ミッション13『葛葉・キョウジ』

妖獣・リヴァイアサンから無事脱出したダンテとライドウ。
一方、クー・フーリンとマベルは、テメンニグルを守護する悪魔=ベオウルフに襲われる。


ライドウと別れ、歯車機関室に辿り着いたダンテ。

何気なくコートのポケットに手を入れた指先に何か硬いモノが当たった。

指先の感触から、小さな小瓶らしい。

どうやら、悪魔使いの少年から魔法石だけではなく、余計なものまでくすねてしまった様だ。

「何だこりゃ?」

ポケットから取り出し、改めて確認してみる。

茶色い小瓶の中には緑色に光るジェル状の液体が詰められていた。

「ライドウが持っていたアイテムだからな?悪魔に効く毒か聖水かな?」

当然、魔導の知識などこれっぽっちも無いダンテが、それが一体何なのか?など知る筈も無い。

あの時は只、今までやられた事への一種の意趣返し的な行動だった。

根っからの快楽主義者であるダンテは、当然、性経験もかなり豊富だ。

児童養護施設を脱走後は、売春婦相手にジゴロみたいな事をして生計を立てていた事もある。

かなりやり手な女とも寝たし、同性同士の経験もした事がある。

しかし、どんな相手と寝ても本気で好きになった事等無かった。

半ば己の性欲を解消するだけを目的に性行為を繰り返していただけである。

(こんなにマジで誰かをモノにしたいと思った事なんて無かったぜ。)

すっぽりと両腕に収まる華奢な躰。

人形の様に整った容姿。

長い濡れ羽色の黒髪。

もし、この世に天使と呼ばれる存在がいるとしたら、ライドウこそがソレにピッタリと当てはまると思う。

だが、ダンテが一番惹き付けたのは、容姿ばかりでは無かった。

彼の人となり、そして己を遥かに凌駕したその強さであった。

(欲しい・・・俺だけのモノにしたい・・・。)

腹の底から沸々と溢れ出す欲望。

まるで幼子が欲しい玩具を手に入れたいと駄々をこねる感情に良く似ている。

否、もっとタチが悪い。

誰にも見られず、ガラスケースの中に仕舞って永遠に鑑賞していたいという、一種異様な感情が己を支配していた。

「まぁ、その前に馬鹿兄貴をどうにかしなくちゃいけねぇよな。」

そう言って身を屈める。

すると風を斬る音と共に深紅の妖鳥が通り過ぎて行った。

何時の間にそこに現れたのか、ダンテの周囲を無数の悪魔、ブラッドゴイルの群れが取り囲んでいる。

「ヴァチカンの兵隊共もこのパーティーに参加するらしいからな?奴等が来る前に兄貴を捕まえてやる。」

背中のガンホルダーから双子の巨銃―”エボニー&アイボリー”を取り出す。

鋼の牙を吐き出す銃口が、室内を飛び回るブラッドゴイルの群れに狙いを定めた。

 

破壊され飛び散る木片と破片。

石畳が割れ、石柱が弾け飛ぶ。

「ぐううう、おのれ・・・・。」

壁にめり込んだ己の巨躯を引き抜き、ベオウルフが憎悪に濁る深紅の隻眼を白銀の騎士へと向ける。

白く光る巨体には、所々深く切り裂かれ、血を噴き出し、全身を朱に染めていた。

「ま、まさかこれ程とはな・・・。」

己の攻撃が全て紙一重で躱されるどころか、的確にカウンターを返してくる。

半人半妖だからと言って、手を抜いて戦っていた訳ではない。

ベオウルフ程の悪魔にもなると、相手が放つ鬼気だけでどれだけの力量があるかある程度見定める事は出来る。

白銀の騎士の実力は、自分をこの忌々しい塔に閉じ込めた魔剣士と同クラス・・・否、それ以上かもしれない。

「時間がもう無い、次で決めさせて貰う。」

時間が無いと呟きつつも、凛としたその表情は、一片の焦りすらも感じさせる事は無かった。

深紅の魔槍”ゲイ・ボルグ”を構え、その鋭い切先を眼前のベオウルフの核―心臓へと狙いを定める。

「ぐうううううう・・・。」

悔しいが己の力量では、到底この騎士には勝てない。

無念の唸り声を上げるベオウルフであったが、その鼻腔に懐かしいある臭いを嗅ぎ取り、その表情が一変する。

(これは・・・この匂いは・・・間違いない!奴だ!)

腹腔から湧き上がる怒りと憎悪の黒い感情。

死ねない!奴を・・・自分をこの塔に押し込めた憎き裏切り者をこの手でくびり殺すまでは、まだ討たれてやる訳にはいかないのだ。

巨獣は、一声咆哮を上げると、背の4枚の羽根を展開。

光を放つ無数の羽根が、まるでマシンガンの如く、白銀の騎士に襲い掛かる。

凄まじい土煙と瓦解音、深紅の魔槍”ゲイ・ボルグ”を巧みに操り襲い来る光の弾丸を薙ぎ払う、クー・フーリン。

光の銃弾が止み、土煙が晴れると、そこに隻眼の巨獣の姿は何処にも無かった。

まるで魔法の如く、跡形もなく消えている。

「に、逃げちゃったのかなぁ?」

クー・フーリンの鎧の中に隠れていた小さな妖精が、恐る恐る長い髪の間から姿を現す。

礼拝堂から遠ざかっていく魔獣の気配を感じる。

どうやら、自分達が手に負えないと知ったベオウルフが違う獲物を探しに行ったらしい。

ほっと安堵の溜息を零す妖精に反し、白銀の騎士は口惜しそうに巨獣が消えた穴を鋭く睨み付けていた。

 

平崎市矢来区・・・高層、近代的なビル群の足元には、歴史あるバーやレストラン等が建ち並んでいる。

その一区画、古びた貸しビルの3階にその探偵事務所はあった。

『くずのは探偵事務所』

今時珍しい、樫の木の材質の扉にそんな名前のプレートが掛かっている。

バージルは、そのドアの前まで来ると一つ溜息を零した。

いつもの蒼いロングコートではなく、黒いシックなジャケットとスラックスを身に付けている。

なるべく目立たないように配慮したつもりではあるが、見事な銀髪と端正な容姿がそれを大分ご破算にしていた。

呼び鈴を鳴らそうと手を伸ばすが、思わず躊躇ってしまう。

きっと『あの人』はこれからするであろう自分の行いを決して許しはしないだろう。

否、もしかしたら全力で止められるかもしれない。

「いよぉ、詩人ちゃぁん。久しぶりだなぁ。」

不意に背後から声を掛けられる。

振り向くと階段の手すり部分に巨大な鷲が1匹留まっていた。

「どーした?遠慮すんなよ?お前の家だろ?親父さんも首を長くして息子の帰りを待ってるぜぇ?」

「グリフォン・・・。」

この大鷲の名前は、グリフォン。

バージルの育ての親、13代目・葛葉キョウジの仲魔だ。

(最初からお見通しという訳か・・・。)

自然と口元に苦笑を浮かべる。

流石は師匠(とうさん)、弟子(むすこ)のする事は、全てお見通しという訳だ。

バージルが諦めてドアノブに手を掛けると不思議と鍵は掛かってはいなかった。

扉を開け、室内に入る。

依頼人の話を聞くソファーとテーブルの奥、ウォールナット材で出来た高価なデスクの前にその人物はいた。

皮張りのソファーに座り、バージルに背を向けている。

重苦しい沈黙。

それを破ったのは、渋みのある師匠(ちちおや)の声であった。

「半年前・・・お前が大学院から姿を消したと聞いた時・・・ある程度覚悟はしていた。」

ズキリと心臓を針で刺されたかの様な痛みがバージルの身体を走る。

そんな弟子(むすこ)の心情を知ってか知らずか、キョウジは、バージルに背を向け、デスクの後ろにある窓から朱に染まる街並みを静かに眺めていた。

「普通に大学出て、普通に就職して、普通に結婚して、普通に家庭を作って、子供と孫に囲まれて余生を送るって人生は、やっぱりお前には合わないか。」

煙草の煙を吐き出し、傍らに置いてあった灰皿でもみ消す。

「過去を忘れろとは言わない・・・だが、何時までも縛られたままでは前には進めない・・・違うか?」

座っていた皮張りのソファーを回転させ、1年振りに会う息子に向き直る。

22世紀を目前としているのに、時代遅れのリーゼント頭に白い背広、紫のYシャツに黄色のネクタイを締めている。

井出たちはまるで昭和時代に流行った探偵そのままであった。

「貴方には感謝していますよ・・・俺に戦う術と生きる糧をくれた・・・そして、家族としての愛情も・・・・。」

バージルの視線が戸棚に飾られている写真とトロフィーに移る。

フォットスタンドの中では、父親に肩車された幼い息子が無邪気な笑顔を浮かべていた。

「まだ飾ってあったんですか。」

写真の脇に同じ様に飾られているクリスタル製のトロフィーを見て、バージルが呆れた様子で溜息を吐いた。

「当たり前な事を聞くな。お前が生まれて初めて勝ち取った勲章だろ?」

それは、少年時代にバージルが全国道場少年剣道大会で優勝した時に貰ったトロフィーであった。

あの時は、実の息子の様にキョウジは喜んでくれた。

「もう一度考え直す選択ってのは・・・・当然無さそうだな。」

「・・・・毎日・・・見るんです・・・悪夢を・・・。」

バージルが心の奥底から閉じ込めている感情をポツリポツリと吐露する。

絞り出す様な告白。

父親は黙って息子の言葉を聞いている。

「俺は・・・この恐怖に打ち勝たなければならない・・・その為には、人間のままでは駄目だ・・・実の父・・スパーダの力を手に入れなければ・・・俺は・・・。」

人間として無償の愛をくれたキョウジの期待を裏切る程に、バージルの中に巣くう悪夢は強大であった。

悪魔の笑い声・・・母親・エヴァの断末魔の叫び・・・そして肉を引き千切る音。

今でも目を閉じるとその時の凄惨な光景が鮮明に蘇る。

「・・・俺の知り合いの召喚術士が飼っている餓鬼が、お前と全く同じ事を言って悪魔になっちまった。まぁ、アッチは、そいつを惚れた末に決断したらしいがな。」

キョウジは、胸ポケットから煙草を取り出し、口に咥えて火を付ける。

年代物のジッポライター、バージルが幼い頃に使い続けているモノだ。

「・・・・俺はやっぱり駄目な親父だな・・・本当なら全力で止めてやるのが家族ってモンなんだろうが・・・。」

自嘲的な苦笑を浮かべ、デスクの引き出しから何かを取り出す。

机の上に置かれたそれは、陶器で出来た小さな瓶であった。

「それは・・・・?」

「ソーマだ・・・もし・・・もし、自分の身に生死の危険が訪れた時は、迷わずコイツを使え・・・きっとお前の助けになってくれるだろう。」

ソーマ・・・インド神話などに登場する神々の飲料であり、飲めば活力と栄養を与え、寿命を延ばし、優れた霊感を与えると言われている。

「出来る事なら・・・お前がそいつを使わないでいて欲しいんだがな・・・。」

「父さん・・・。」

 

黒曜石通路を抜けた先・・・最深部、礼典室前。

複雑な仕掛けが施された大門の扉を開けるアーカムの背をバージルはぼんやりと眺めていた。

右手には、あの時義理の父親から渡されたソーマの入った陶器の入れ物を握りしめている。

後もう少しで自分は悪魔に生まれ変わる。

不意に脳裏を母親の惨殺遺体と義理の父親の姿がよぎった。

美しい金の髪を己の血でぐっしょりと真っ赤に汚し、力なく横たわる母親。

その傍らで母親の死肉を貪り喰らう六枚の羽根を持った醜悪なる化け物。

実の父―スパーダの唯一の形見である閻魔刀を両手で持つ幼い自分。

その目の前に立つ、時代遅れのスーツにリーゼント頭の壮年の男。

不安と恐怖で震える自分の頭を優しく撫でてくれた。

自分に触れる暖かい手の感触を今でも覚えている。

『事務所の鍵は何時でも開けておく・・・もし気が変わったら、必ず此処に帰って来いよ。』

別れ際に言った義理の父の言葉。

(ごめん・・・父さん。俺は二度と貴方に会う事は出来ないだろう・・・。)

呪われた塔―テメンニグル発動時、多くの人命が失われた。

塔から悪魔の群れが溢れ出し、スラム街に住む人々を喰らい尽くしたからだ。

その原因を造ったのは、自分。

そしてテメンニグルの力を使い、魔界と現世が繋がれば、もっと多くの悪魔がこの地に雪崩れ込んで来るだろう。

「大義を成す為には、多くの犠牲を払わなければならない。」

思考の海から引き戻したのは、漆黒のカソックを纏った火傷(フライフェイス)の神父だった。

いつの間にか固く閉ざされていた大門が開かれている。

「君は今、大きな選択を迫られている・・・・悪魔となり母親の復讐を果たすか・・・それとも、義理の父親の願い通り、人間としての生を全うするか・・・。」

「何が言いたい?」

胡乱気に眉根を寄せるバージルをまるで嘲笑うかの如く、アーカムは言葉を続ける。

「君の育ての親・・・13代目・葛葉キョウジとは少しばかり因縁があってね・・・・私のこの顔の火傷は君の父上から受けたモノだ・・・もう、あれから30年以上が経つか・・・。」

アーカム―シド・ディビスは、平崎市で起きたイナルナ姫降臨事件の首謀者である。

後、もう少しでイナルナ姫の膨大な魔力と霊力を手に入れられたのに、それを邪魔したのが平崎市一帯を管轄にして悪魔召喚術士として活動していた葛葉・キョウジであった。

「しかし、運命というのは実に皮肉だ・・・30数年という長い月日を経てその息子が私の前に現れるとはね・・・。」

「貴様・・・。」

閻魔刀の鯉口に親指を掛ける。

最初にこの男に出会った時から嫌な予感はしていた・・・まさか、義理の父―キョウジと敵対関係にあったとは・・・。

「勘違いしては困るな・・・私は君と戦う気は毛頭ない。」

そう言って、シドは胸ポケットからダンテの銀のアミュレットを取り出す。

「まるでメフィスト・フェレスになった気分だよ・・・・さぁ?どうする?バージル。母親の無念を晴らす為に悪魔になるか・・・それとも、尊敬する師の願いを受け入れて人間として生きるか・・・・私個人の意見としては、是非とも前者を選んでくれると嬉しいんだがね・・・。」

シドがバージルに銀のアミュレットを投げて寄越す。

条件反射で受け取るバージル。

漆黒の神父は、口元に嘲りの笑みを浮かべる。

「決断は、早めに決めた方が良いぞ?もうすぐ此処にヴァチカンの虐殺部隊が来るからな。」

「ヴァチカンの虐殺部隊・・・・”ドミニオンズ部隊”の事か・・・。」

ドミニオンズ部隊・・・ヴァチカン第13機関、『イスカリオテ』が持つ最強の特殊部隊である。

ロシアのアルファ部隊出身者が多く、異端審問官8席―鋼の乙女(アイアンメイデン)の指揮下の元、数々の悪魔によるパンデミックを鎮圧して来た。

悪魔どころか、全くの無関係な民間人すらも、異端者と見なし抹殺する事から、『虐殺部隊』と呼ばれ、裏社会で恐れられている。

「彼等の噂は聞いているだろ?いくら君が強くても、ヴァチカンの怪物達には敵わない。まぁ、スパーダの力があれば話は別かもしれないが・・・。」

そう言った神父の姿が黒い霧に覆われ霧散する。

移動魔法で別の場所に転送したのだ。

『魔界の扉を開くには、二つのアミュレットと魔剣士・スパーダの血を祭壇に捧げる事だ・・・さて、君は一体どんな選択をするんだろうね?』

回廊中に響くシドの声。

恐らく塔内の何処かで、事の成り行きを見物するつもりらしい。

後に残されたバージルは、薄い唇を噛み締める。

悔しいが、彼の選ぶ選択は唯一つしか無かった。

 




葛葉キョウジ登場、バージルの育ての親って設定です。


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ミッション14『襲うもの、襲われるもの』

ライドウと別れ、再び別行動になったダンテ。
一方、クーフーリンはベオウフルを圧倒するが、寸での所で取り逃がしてしまう。
そして、バージルはアーカムこと元ファントムソサエティーのダークサマナー、シド・デイビスに弟の持っていたアミュレットを渡されるのであった。


地下闘技場入り口前、長い黒髪を三つ編みに結った眼帯の少年が、ブツブツと呪詛を吐きながら橋の上を歩いていた。

「糞、糞、糞・・・何なんだぁ?この呪いのフルコンボは?マジックストーンを盗られただけじゃなく、よりによってエーテルまで盗まれるなんて・・・俺のせいなのかぁ?餓鬼だと思って甘く見ていた俺のせいなのかぁ?・・・・否、俺のせいなのか・・・・。」

あの後、ポーチの中身を何度も探ったが、大事なエーテルの小瓶が見つかる事は無かった。

盗んだ犯人の銀髪の大男―ダンテを探そうにも、『禁断の地』は存外広い上に、特殊な磁場に覆われている為、オートマッピング機能がまるで役に立たない。

念話で仲魔に連絡を取ろうにも、交戦中なのかちっとも返事を返してくれなかった。

これはもしかして・・・新たな虐めなのだろうか?

仕事の度に、無理難題を押し付ける無能極まりない主人に対する一種のストライキなのかもしれない。

「うわぁあああ!クー!マベルぅー!お願いだから返事してぇー!兎は寂しいと死んじゃうんだよぉー!!」

人の気配がまるでしない無人の橋の上をライドウの情けない声が虚しく響き渡った。

このままでは非常に拙い事態になってしまう。

幸いチャクラドロップは、結構持って来ていた。

急場凌ぎは出来るだろうが、最上位悪魔(グレーターデーモン)を呼び出す程の魔力を得られる事は叶わない。

何とかして番の所まで行かないと、リヴァイアサンクラスの上位悪魔に対抗出来ないだろう。

「うん?なんだありゃ?」

俯いていた顔を上げると橋の向こうに何やら灯が見える。

ドドッドドッと、橋を揺るがす地鳴りと共に青白い炎が此方に近づいて来る。

それは、凶悪な武器が積まれた戦車を引いている軍馬であった。

青白い炎の様な鬣と生気の無い瞳をしている。

「・・・・詰んだ・・・これは完全に詰んだな・・・・ダンテ・・・絶対に覚えてろよ・・・。」

頼みの綱のエーテルを失い、番は未だ遥か彼方。

ロクな魔力回復のアイテムが無く、おまけに化け物鯨の腹の中から脱出する時にかなりの量の魔力を消費している。

完全にやる気満々の上級悪魔―ゲリュオンを前に、ライドウは口からエクトプラズムを吐き出していた。

 

礼拝堂での激戦後、クー・フーリンとマベルは生贄搬送貨車の乗車口に辿り着いていた。

バージルとアーカムの気配は未だ感じない。

それどころか、主のライドウとも連絡が全く取れない状態であった。

「あー、もー、このノイズうざぁああああい!」

必死に悪魔使いの少年に念話を送っていたマベルが、とうとう癇癪を起してしまった。

人間界と異界の狭間であるテメンニグルは、様々な思考がまるで妨害電波の如く渦巻いている為、交信したい相手と距離が離れていると、中々、精神波が届かないのだ。

「落ち着け・・・マスターが生きているのは分かって・・・。」

そう言いかけた白銀の騎士の歩みが一瞬止まる。

強い気を線路の先、生贄拷問室から感じ取ったからだ。

これは、先程戦ったベオウルフとは、明らかに違う・・・沈黙せし石像の間で感じた闘気と同じものだ。

脳裏に深紅のロングコートを纏った銀髪の大男の姿が浮かぶ。

奴がこの先に居るのか・・・。

「どうしたの?志郎。」

急に黙り込んだ白銀の騎士を妖精が訝し気に覗き込む。

「マベル、悪いが此処で一旦別行動だ。君はマスターを探してくれ、私はこの先のキーアイテムを獲りに行く。」

華麗に跳躍し、貨車に乗り込むクー・フーリン。

小さな妖精を置いて、貨車は終点の生贄拷問室に向かって発車する。

「ちょっとぉ、勝手な事したらライドウに叱られちゃうよ?」

止める間もなく消えていく貨車。

後に残された妖精は、盛大な溜息を吐いていた。

 

黒曜石通路内を猛然と疾走する巨大な黒い影。

礼拝堂でクー・フーリンと死闘を繰り広げた魔獣―ベオウルフだ。

その深紅の隻眼は、怒りと歓喜に濡れ光っていた。

(もうすぐだ・・・もうすぐ奴に会える!我をこの忌々しい塔に封じ込めたあの憎き魔剣士に・・・!)

今でも覚えている・・・己の左目を抉った剣の感触を・・・。

神と悪魔の半神半魔であり、一番最初に創造された明けの明星の双子の弟。

その名は、スパーダ。

我等悪魔の同胞であり、神の軍勢に寝返った裏切り者。

(今度こそ貴様の喉笛を食い千切ってやる!我が主の無念、晴らしてくれる!)

幼かった自分の頭を優しく撫でる暖かい手の感触を今でも覚えている。

力なき者達の希望。

彼の方は、自分達魔族ばかりでは無く、か弱き人間達にも平等に接していた。

魔族、人間、その垣根を乗り越え、互いに協力し合い、誰もが平等に暮らせる世界。

その自由な世界を、卑劣にもあの魔剣士は奪ったのである。

 

生贄拷問室・・・その祭壇に祭られている紫色に光る玉―永久機関の前に立つ、深紅のロングコートを素肌に纏った銀髪の大男―ダンテ。

キーアイテムを手に取ろうとしたダンテの手が止まる。

アイスブルーの瞳を拷問室の入り口―大扉に向けると、そこに白銀の甲冑を纏った長い黒髪の美青年が立っていた。

生ける彫像の間で己の心臓に大剣―リベリオンを突き立てた悪魔、クー・フーリンだ。

「いよぉ、久しぶりだな?色男。」

「・・・やはり、生きていたのか・・・申め・・・。」

冬の湖面を連想させる蒼い瞳と燃える様な炎の蒼い瞳がぶつかり合う。

「マスター・・・私の主は一体何処だ?」

「知らねぇなぁ・・・もしかしたら、悪魔共に喰われたかもしれねぇな。」

お互いに殺意の刃をぶつけながら、距離を詰めていく。

数メートル・・・刃が届くか届かないかの絶妙な距離で二人は立ち止まった。

「あの時始末しておくべきだったな・・・。」

その明らかに人を馬鹿にした態度が気に喰わない。

恐らくリヴァイアサンの体内から脱出する為に、一時的ではあるがお互い協力したのだろう。

でなければ、こんなクズが一人であの化け物鯨の腹の中から出られる筈がない。

否、魔槍士は別段その事で腹を立てている訳では無かった。

ほんの僅かな時間とはいえ、同じ空間で敬愛する主と同じ空気を吸っていたという事実が、万死に値する行為であったからだ。

「言っとくが、俺はあの時と違って簡単にはやられねぇぞ。」

一方、銀髪の悪魔狩人は、何処か楽しそうに口元に笑みを浮かべていた。

これから起こるであろう血みどろの喧嘩が、楽しみで仕方が無いといった様子だ。

「ほざいていろ・・・クズめ・・・二度と蘇らないように頭を潰してやる。」

「言ってろ・・・その代わり、その清ました面に一発ぶち込んでやるぜ。」

深紅の槍を構える白銀の騎士と二丁の双子の巨銃を構える銀髪の男。

否応も無く高まる緊張感。

まるで合図でもしたかの様に、二人は互いの心臓を貫くべく走り出した。

 

地下闘技場の上に設えられた橋の上。

爆走する戦車をライドウが紙一重で躱す。

(これから先の事を考えると下手に魔法は使えない!補助魔法で肉体を強化しながら物理攻撃で戦うしかないな。)

相手は上級悪魔なのだ。

流石に魔法無しで戦うには不利過ぎる。

かと言って、何が起こるか分からない今の状況で、中位から高位の魔法を使うのも躊躇われる。

一番有効な戦い方は、回避と移動速度、そして物理攻撃と防御を魔法で底上げし、地道に剣で倒していくしかない。

(肉体強化の魔法だけなら、チャクラドロップで魔力を補える。完全に補填出来る訳じゃないけど、ガス欠になって動けなくなるよりマシだ。)

移動&回避強化(スクカジャ)、物理攻撃上昇(タルカジャ)、物理&魔法防御能力強化(ラクカジャ)を限界まで重ね掛けする。

魔法詠唱の合間にポーチからチャクラドロップを取り出し、口の中に放り込むが、大した魔力補填の足しにはなっていないかの様に思えた。

しかし、微々たる魔力回復量でも無いよりかはマシだ。

ゲリュオンが引いている戦車を反転させ、再び此方に突っ込んでくる。

その動きを読んで、ライドウが大きく跳躍。

戦車の屋根に飛び乗る事に成功する。

「お馬ちゃん!スピード違反は罰金刑ですよぉ!!」

ゲリュオンの背中に飛び乗るライドウ。

腰に吊るした七星村正を引き抜き、青白い炎の如き鬣に突き立てる。

突然襲った激痛にのたうち回る妖馬。

橋梁の上を矢鱈目たらに走り回る。

「このぉ!いい加減に大人しくしてくれって!!」

馬上で上下左右に激しく揺さぶられる悪魔召喚術士の少年。

突き立てていた魔剣―七星村正に魔力を注ぎ込む。

すると、剣に宿っていた威霊アリラトが呼応し、刀身が紫色に眩く輝いた。

「グガァアアアアアアアアアア!!」

怒りの咆哮を上げるゲリュオン。

周囲の空気が振動し、天井から漆喰が雨の様に降り注ぐ。

「後もうちょっと!!」

アリラトの刃が妖馬の心臓(コア)に届くまで、後数センチ。

しかし、それが届くか届かないかのうちに橋が、暴れ捲るゲリュオンに耐え切れずに崩壊。

少年を乗せた戦車は、そのまま下にある闘技場へと落下していく。

 




DMC5の内容も最高です!特にダンテが真の力に覚醒するとことかね。


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ミッション15『銀狼』

再びダンテと別れ、地下闘技場に辿り着いたライドウは、妖獣・ゲリュオンの襲撃を受ける。一方、ダンテは生贄拷問室でライドウの仲魔・クーフーリンと対峙。お互いのプライドをかけて刃を交えるのであった。


鋼の刃が激しくぶつかり合う。

交錯する白い影と深紅の影。

巧みに数メートルの間合いを取りながら着地したのは、白銀の鎧を纏う美青年と、深紅のロングコートを纏う銀髪の大男であった。

「成程・・・少しはやる様になったな。」

深紅の魔槍”ゲイ・ボルグ”をバトンの様にクルリと一回転させる。

生ける彫像の間とやり合った時と比べ、まるで別人が如く、ダンテは強くなっていた。

否、これがこの男の持つ本来の強さなのかもしれない。

何が原因で開花したのかは想像し難いが、あの時と違ってそう簡単に頭を潰す事は出来ないみたいだ。

「へっ!てめぇの動きがスローモーションみたいに良く見えるぜ。」

いつもの軽口を叩きつつ、ダンテは口元に皮肉な笑みを浮かべた。

ダンテが言った事は、別にはったりでも何でも無かった。

初めて戦った時と比べて、白銀の騎士の動きが捉えられ易くなっているのだ。

これならいけるかもしれない。

あの時は、一太刀すらも返せなかった。

だが、今は違う。

人形の様に綺麗な顔に拳を叩き込んでやる。

「・・・・・あまり煩く言うな・・・今遊ばせてやる。」

「?」

独り言の様に呟く魔槍士。

訝し気な表情をするダンテにクー・フーリンは嘲笑を浮かべる。

「ネヴァンが早くお前の血を吸いたいそうだ・・・・お前の・・・魔剣士スパーダの血がな・・・。」

魔槍『ゲイ・ボルグ』が眩く輝き、二振りの双剣へと姿を変える。

禍々しくも美しい魔具は、刀身に紫電を纏わせていた。

「さて・・・試し斬りをさせて貰おうか・・・・手始めにお前の左腕・・なんてどうだ?」

美の魔剣士は、冷酷な笑みを口元に張り付かせ、絶対零度の蒼い瞳で対峙するダンテを見つめる。

「ヒュー♪中々楽しくなってきたじゃねぇかよ。」

冷酷な笑みに対し、ダンテが浮かべたのは子供の様に無邪気な笑顔。

大剣『リベリオン』を収め、代わりに双子の双剣『アグニ&ルドラ』を抜き放つ。

周囲を漂う緊張感が否応なく高まっていった。

 

「・・・・愛しています。」

未だ紛争が収まらなパレスチナ自治区のホテル。

ホテルとは名ばかりの粗末な建物の一室にライドウとその従者たる長い黒髪の美青年がいた。

硬いスプリングの質素なベッドの上、痛々しい包帯が巻かれたライドウは、全身を苛む激痛と高熱で荒い息を吐いている。

いつもは長袖で隠してある鋼の義手が露わになっており、激戦を繰り広げた後なのか、特殊チタニウム合金で出来た装甲には、細かい傷が所々付いていた。

「そ・・・それが悪魔になった理由なのかよ・・・?」

「・・・・はい・・・人間のままでは、貴方を守れない。」

白のVネックのカットソーに黒のジーンズ。

長い黒髪を後ろで簡単に結ったその姿は、何処からどう見ても普通の人間と大差なかった。

しかし、漂う雰囲気が人間のソレと明らかに違っている。

「ばっ・・・かやろう・・・俺は・・・お前を悪魔にする為に人間界に連れて来たんじゃ・・・・うっ!」

「!ナナシ!!」

左わき腹を抱えて蹲るライドウを志郎が慌てて支える。

身体に触れようとしたその手をライドウが振り払った。

「俺に・・・触るな・・・。」

みるみると血に染まる包帯を押さえ、ライドウが目の前の美青年を睨み付ける。

大量の出血の上に魔力が激しく消耗しているので、肌が紙の様に白い。

双眸は落ち窪み、激痛で脂汗が全身に吹き出ていた。

「早く魔力供給をしなければ、貴方が死んでしまう。」

「死ぬ・・・?俺が・・・?」

自分の身体の状態は、自分自身が良く知っている。

先の戦い―邪龍・アジ・ダハーカとの激戦でライドウは相当な深手を負わされていた。

万全の状態なら、決して厄介な相手ではない。

だが、今回ばかりは違っていた。

とある事件で番を失い魔力が枯渇、その上、ライドウの集中力が途切れ、動きが雑になり、隙を突かれて大怪我を負わされた。

寸での所で志郎が助けに入らなければ、死んでいたかもしれない。

「・・・ナナシ・・・。」

血に染まる右腕を眺めていたライドウが顔を上げると、志郎の唇が自分のソレと重なる。

「・・・っ!やめろっ・・・!」

舌を伝って流れ込む苦い唾液。

そこに僅かな魔素を感じ、少しでも体内に吸収しようとしている自分が余りにも浅まし過ぎて、激しい嫌悪感に吐き気がする。

「あの男の代わりでも良い・・・僕は、貴方に死んで欲しくないんだ・・・ナナシ。」

「・・・・。」

熱で火照ったライドウの頬に冷たい雫が当たる。

見ると悲痛な表情をした志郎の双眸からとめどない涙が零れ落ちていた。

「ああ、狂いそうな程、貴方を愛している・・・・幼い頃から、ずっと貴方に恋い焦がれていた・・・僕から貴方を奪ったあの男が妬ましくて仕方が無かった・・・だから強くなりたかった・・・あの男の様に・・・。」

血を吐く様な独白・・・。

ライドウを抱きしめる逞しい腕が小刻みに震えている。

「・・・お前はヨハンじゃないよ・・・俺と一緒に魔界を放浪した半人半妖の餓鬼だ。」

エキドナの巣から偶然拾った小生意気な餓鬼。

半分人間の血を引きながらも、化け物共が跋扈する魔界の中で賢く立ち回っていた。

己の血で染まった手で志郎の頬にそっと触れる。

どす黒い血で汚れるのも構わず、黒髪の美青年はその手を握りしめた。

 

地下闘技場に落下する軍馬とその上に乗る悪魔使いの少年―葛葉ライドウ。

雨あられの如く橋の残骸が闘技場に降り注ぐ。

軍馬から逸早く逃れたライドウが、器用に宙で一回転。

着地の衝撃を上手く逃がしつつ、地面に降り立つ。

「糞・・・後少しだったのに・・・。」

核(コア)を破壊しきれなかった。

妖獣・ゲリュオンの心臓に威霊・アリラトが宿った魔剣が刺さる前に橋が崩壊してしまったのだ。

当の軍馬は未だピンピンしており、怒りと殺意で濁った双眸を此方に向けている。

(拙い・・・うん、これは非常に拙い状況になったな。)

ポーチからチャクラドロップを2個取り出し口の中に放り込んで、ガリガリと噛み砕く。

幾らか魔力が回復したが、流石に最上級悪魔―グレーターデーモンを呼び出すには、程遠い。

そんな悪魔使いに対し、ゲリュオンは一声嘶く。

すると、引いていた戦車から無数の矢が放たれた。

放物線を描きながら此方に飛んで来る矢をライドウが後方に移動しながら躱していく。

矢は、地面に刺さると次々と爆発していった。

「爆弾が仕込んであるのかよ?面倒くせぇなぁ!」

爆発の際に砕けた石畳の破片が、まるで散弾銃の如くライドウに襲い掛かる。

それを巧みに躱しつつ、七星剣を構え戦車との距離を詰める。

と、何かを感じたのか後ろに大きく跳躍するライドウ。

刹那、軍馬から漆黒のエネルギー弾が発射される。

黒い球状のエネルギーの弾は、先程までライドウがいた場所で爆発。

暫くの間、円形のエネルギーフィールドを発生していたが、ほんの1~2分程度で消え去った。

(時間球か・・・アレに掴まったらヤバイ。)

時間球・・・ゲリュオンが持つ時を操る能力の一つである。

アレに当たると対象者の動きが一定時間遅くなり、攻撃も回避も出来なくなってしまうのだ。

遠くにいると爆弾を仕込んだ矢で狙われ、かといって接近すると時間球で拘束される。

一方、此方は魔力の残量が残り僅かで、回復アイテムはチャクラドロップと魔石が数個。

マジックストーンと頼みの綱のエーテルは、ダンテに奪われ、番のクー・フーリンは遠くに居る為、魔力のパスが届かず連絡も取れない。

拙い・・・非常に拙い状況だ。

「・・・仕方ねぇよなぁ・・・自分のケツは自分で拭かなきゃ漢じゃないぜ。」

こんな崖っぷちな状況は幾多も経験している。

それに今回は、自分の判断ミスと油断が招いた結果だ。

ライドウは大きく深呼吸をすると、七星剣を正眼に構える。

「女神アリラトよ・・・俺に力を貸してくれ・・・。」

七星剣の刀身が紫色に眩く輝き出した。

威霊・アリラトがライドウの魔力に呼応しているのだ。

一方、妖獣ゲリュオンは、何か不吉な予感でも感じ取ったのか、一声大きく嘶くと悪魔使いの少年目掛けて突進して来る。

その巨体で、少年の華奢な四肢をバラバラにしてしまおうとしているのだ。

『絶命剣!!』

左目を覆っている黒い眼帯が青白く輝く。

裂帛の気合と共に打ち出される斬撃。

それは、軍馬を飲み込み、地下闘技場の壁・・・否、古の街一角をあっさりと吹き飛ばす。

直下型の地震に見舞われたかの様な振動。

それは、当然、生贄拷問室で対峙するクー・フーリンとダンテ、最深部・礼典室へと続く長い通路を歩いていたバージルや、主を探す為に周囲を探索している小さな妖精にも影響する。

 

「ふん、噂以上の化け物だな・・・・。」

古の街が一望出来る小高い丘・・・その頂上付近にアーカム・・・否、シド・デイビスはいた。

地面を突き破って現れた光の刃が、古の街の半分を両断し、巨大な地割れを起こしている。

「地形を変える程の一撃か・・・・流石、化け物揃いの”クズノハ”その中でも最強と誉れ高いだけはある。」

仲魔である妖獣ゲリュオンの反応がまるで感じない。

恐らく、先程の光の刃に貫かれ、原子の値まで分解されてしまったのかもしれない。

(しかし、魔力が大分弱まっているな・・・番と離れたのが原因か?ならば此方にもまだ勝機はあるな。)

ライドウは、通常の悪魔召喚術師と違い、最上級悪魔(グレーターデーモン)を3体も体内に飼っている。

これは魔導士間の常識を遥かに逸脱している行為であり、例えどんなに優秀で名の知れた術師でも、契約出来る最上級悪魔は1体が限界である。

何故なら、最上級悪魔は、召喚し続けると術師の精神を犯し、下手をすると肉体そのものを乗っ取られ、最悪壊死してしまう。

それを防ぐ為に召喚士は、絶えず魔力で最上級悪魔の精神支配をフィルターの様に防ぐのだ。

それを17代目、葛葉ライドウは3体も所持している。

想像出来ない程の莫大な魔力を使わなければ、肉体がもたない。

「・・・・ち、意外と早かったか・・・。」

手に持つ聖書型ハンドヘルドコンピューターから警告音が鳴り響いた。

液晶パネルを開くと、ヴァチカンの特殊部隊『ドミニオンズ』の第一連隊がテメンニグル上空付近に映し出されている。

此処まで到着するのに後20分と掛かるまい。

「はぁ・・・時間が無い・・・奴等が此処に来る前に異界の扉を開きたかったが矢無負えないな。」

ヴァチカンが介入して来る事は想定済みだ。

その為にテメンニグルの塔周辺上空にリバイアサンを待機させていたのだが、その化け物鯨は人修羅に倒されてしまっている。

(ヴァチカンの狂信者共をバージルにぶつけるのも面白いが、それでは私の気が到底収まらん。)

左蟀谷から頬にかけての醜い火傷の跡。

平崎市のイナルナ姫降臨事件で、13代目・葛葉キョウジにつけられたものだ。

それが今無性に疼いて仕方が無い。

「やはり、物語は悲劇で終わらなければな・・・・。」

懐から、掌に収まる程の茶色い瓶を取り出す。

そこには、緑色に光るジェルが満たされていた。

 

生贄拷問室―二振りの剣同士がぶつかり合い、朱色の火花が絶え間なく散っている。

アグニから放たれる火炎の刃。

それを紫電が薙ぎ払い、暗紫色の刃がダンテの身体を切り裂かんと襲い掛かる。

それをルドラの風の刃で受け止める銀髪の魔狩人。

すかさずアグニの地獄の業火で焼き尽くさんと刃を振るうが、白銀の騎士はあっさりと躱してしまう。

(ちぃ!!やっぱり強ぇえ!!)

躱した際に斬られたのか、上腕部分から血が噴き出す。

その他にも四肢の関節部分を狙った傷があちこちに付いていた。

(足と腕の腱を狙ってやがる。俺を動けなくさせる為か・・・?)

本当に左腕を切断したいらしい。

その為に動けないように四肢の運動機能の要である腱を執拗に狙っているのだ。

お陰で此方は見切り易いが、逆にその執念に空恐ろしいモノを感じる。

「遊んでない・・・腕を落としたいだけなんだ・・・え?動きを見切られているだと?くくっ・・・そんなの最初から分かっている。奴がどれだけ耐えられるか試しているだけだ。」

傷だらけのダンテに対し、クー・フーリンは全くの無傷であった。

双剣『ネヴァン』に窘められているのか、冷酷な笑みを口元に張り付かせ、魔女との会話を楽しんでいる。

「ううむ・・・強いな・・・かの魔剣士”スパーダ”を思い出す・・・。」

「感心している場合ではないぞ?兄者、奴は主の動きを完全に読んでいる。傷が深くなっているのがその証拠だ。」

「ぬぬぅ・・・主の腕が落とされるのは最早時間の問題。」

「おい、てめぇ等さっきから煩せぇぞ!」

契約した約束を忘れ、勝手にお喋りを始めた双子の悪魔の会話をダンテがうんざりとした様子で遮る。

「喧嘩に集中出来ねぇだろうが!ちったぁ黙れ!」

切り裂かれた四肢が激痛を訴えている。

特に左腕の傷が酷く、袖が破れ、滲み出た血でどす黒く変色していた。

(サイコパス野郎が・・・そんなに俺の左腕を落としたいのかよ。)

奴の狙いは初めから分かっている。

なら、その望みを叶えてやろうじゃないか。

数メートルの距離を置いて対峙する二人の男。

紫電の蛇を纏わせた双剣を構える白銀の騎士。

炎と風の魔力が宿った双剣を構える深紅のロングコートを纏った銀髪の男。

お互いの間合いに入るか入らないかの微妙な距離。

暫しの静寂、そして始まりは余りにも唐突であった。

まるで息を合わせたが如く、裂帛の気合の声を上げ、一気に間合いを詰める。

閃く暗紫色の二振りの刃と深紅と蒼の刃。

激しく飛び散る火花、白銀の騎士―クー・フーリンの操る双剣”ネヴァン”の刃がダンテの持つアグニを弾き飛ばす。

続く迅速の刃が銀髪の大男の左腕、肘の部分に喰い込む。

(貰った!)

勝利の笑みを口元に刻む。

暗紫色の鋼の凶器は、上腕筋を切り裂き上腕骨をバターの様にあっさりと切断。

ルドラを持つダンテの腕が宙を舞う。

「これで終わりにしてやる!」

完全無欠の勝利の法則。

幾ら悪魔の力に覚醒したとはいえ、経験と技術は此方の方が遥かに上。

初めからダンテに勝ちなどあり得なかったのだ。

独楽の様に華麗に旋回したクー・フーリンが続く第二波をダンテに叩き付ける。

だが、逆に吹き飛んだのは白銀の騎士の方であった。

普通の人間なら、腕を落とされれば錯乱状態になって動きが僅かに止まる。

しかし、当のダンテは全く取り乱す様子を見せるどころか、クー・フーリンに回し蹴りをお見舞いしたのだ。

銀髪の大男の左足が深々とクー・フーリンの腹部に突き刺さる。

「がはっ!!」

みぞおちに重い一撃を入れられ、呼吸が出来なくなる。

それでも何とか踏み止まるクー・フーリンの顔面に、今度は強烈な右ストレートが決まった。

「へ、ど・・・どうだ?宣言通り一発かましてやったぜ。」

吹き飛び壁に叩き付けられる騎士をダンテが苦痛で脂汗が浮き出た顔でニヤリと笑う。

最初から左腕を斬り落とすのが目的ならその通りにしてやればいい。

その代わり只で腕をくれてやる訳にはいかない。

その分の駄賃はキッチリと頂いてやる。

「ぬぬ、気を抜くのはまだ早いぞ主?一気に止めを刺すのだ。」

弾き飛ばされた際に、石畳に突き立ったアグニが咎める様に主であるダンテを睨み付ける。

「兄者の言う通りだ。本気になる前に敵を叩き潰すのが戦のセオリーぞ。」

斬り落とされた左腕が掴んでいるルドラも不満の声を上げる。

「うるせぇなぁ・・・これは喧嘩だって言ってるだろうが。」

そんな双子の悪魔に悪態を吐きつつ、ダンテは斬り落とされた左腕を掴み、無造作に切断面に押し付けた。

悪魔の驚異的な再生能力故か、切断された筋肉の組織が繋がっていく。

骨も綺麗に治り、切断された後も消えていた。

(コイツはライドウの仲間だからな・・・流石に殺したらアイツも悲しむだろ。)

リヴァイアサン体内で共に戦った悪魔使いの顔が脳裏をよぎった。

いくら自分を一度殺した相手でも、ライドウの大事な仲魔なのだ。

惚れた相手の哀しむ姿は見たくない。

「くくくくくっ・・・・。」

壁に減り込み、瓦礫の山に埋もれるクー・フーリンから、押し殺した低い笑い声が聞こえた。

口の端から血が一筋流れている。

しかし、クー・フーリンは気にする事無く、ゆっくりと立ち上がった。

「どうやら貴様を少し甘く見過ぎていた様だ・・・礼を言う。お陰で目が覚めたよ。」

ダンテに殴られた際に両腕から離れた雷の双剣。

クー・フーリンのすぐ傍らに転がる二振りの刀が眩く輝き始めた。

それは、まるで意思を持つかの如く、回転しながら主の腕の中に戻って行く。

「喜べ・・・私の真の姿が見れるのは貴様で二人目だ。」

双剣ネヴァンを頭上でクロスに構え、刃で円を斬る。

するとクー・フーリンの頭上に魔法陣が出現し、騎士を紫電の蛇で包み込んだ。

暴風と雷が生贄拷問室全体に荒れ狂う。

「マジかよ!!?」

激しい風が荒れ狂っているせいで目を開けられない。

漸くそれが止んだ時、ダンテの数メートル先には禍々しい狼の兜を被った漆黒の騎士が立っていた。

美しい白銀の鎧は、闇より深い黒壇色に変わり、胸の中央部分には髑髏の紋章が描かれている。

全身を走る深紅のライン、兜はバイザー状になっており、その奥には胸と同様の髑髏の禍々しい仮面を装着していた。

「戦の女神・モリガンよ・・・今貴方に猛々しき魂を捧げよう・・・。」

開いていた黒狼の兜を閉じる。

禍々しく光る深紅の双眸。

ソレに射抜かれた瞬間、ダンテの背を形容し難い寒気が走った。

 




ゲームの絶命剣ってそんなに威力ないんですけどね。
ライドウが使うと地形が簡単に変わってしまう程の威力になります。


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ミッション16『神の軍団』

合体剣『アリラト』の力を借りて妖獣・ゲリュオンを倒したライドウ。
一方、生贄拷問室では、ダンテとクーフーリンが壮絶な死闘を繰り広げていた。
そんな中、等々ヴァチカンの悪魔殲滅部隊『ドミニオンズ』がテメンニグル上空に姿を現す。


巨大航空要塞―『アイアンメイデン』

史上最強の戦闘機F‐106”デルタダート”の戦隊に守られたその姿は、まるで空中を泳ぐ怪獣そのものであった。

「大佐、後15分程でレッドグレイヴ市上空に到着します。」

「分かった・・・カタパルトデッキにドミニオンズ部隊を招集、何時でも降下出来る準備をしておけ。」

「イエッサー!」

航空要塞を操縦するブリッジ。

その中央指令室に座るのは、身の丈2メートルは軽く超える妙齢な女性であった。

禁欲的な軍服に身を包み、長い前髪で顔の半分を隠している。

感情の籠もらぬ薄いヴァイオレットの瞳は、メインパネルに映るレッドグレイヴ市の変わり果てた惨状をただ見つめていた。

「いやぁ、心が躍るよねぇ?まさか紀元前21世紀の遺物をこの眼で見られるんだからさぁ。」

軍隊特有の緊張した空気をまるでぶち壊す様な呑気な声が、異端審問官第8席、マウア・デネッガーの隣から聞こえた。

「あぁ~、早くこの眼で生の失われた技術(ロストテクノロジー)を見たいよぉ。ドキドキワクワクが止まらなぁあああああい。」

まるで幼子の様にはしゃぐのは、白い白衣を着た牛乳瓶の底を連想させる眼鏡をかけた30代半ばぐらいの男であった。

頬骨が高く、彫が浅いロシア人の特徴的な顔立ちが眼立つ艦内の中で、アジア系特有の凹凸が少ない顔立ちは一際目立って見えた。

「残念ですが、貴方は艦から降りないで頂きたい。此処は時期に戦場になりますから。」

あからさまに迷惑そうな表情をした鉄の乙女(アイアンメイデン)が、隣にいる優男―ヴァチカン科学技術部総責任者=射場・流を窘める。

「えー!意地悪だなぁ?マウア。君にはロマンってモノが無いのかい?」

「生憎・・・私は生粋の軍人(ひとごろし)ですから・・・貴方の様な情緒など持ち合わせてはおりません。」

いい加減この男を黙らせたい。

13機関総司令、ジョン・マクスゥエル枢機卿の命令が無ければ、この船からたたき出しているところだ。

「君は本当に糞が付くほど真面目だなぁ・・・・もうちょっとリラックスしなよ?」

隣に座る美丈夫を流は恨めし気に見つめる。

「心配なさらずとも、週1回は必ずメンタルケアを行っております。」

子供の様に頬を膨らませる天才科学者を無視し、バイオレットの双眸はメインパネルに映る廃墟と化したレッドグレイブ市の街並みと地面を突き破って現れた呪われし塔、『テメンニグル』に向けられていた。

 

地下闘技場、石で出来た床は大きく抉れ、壁には巨大な穴が穿たれている。

その闘技場の丁度中央付近で、悪魔使いの少年―葛葉ライドウが、息を荒くして片膝をついていた。

全身を襲う倦怠感。

肺が酸素を求め、心臓が早鐘の如く鼓動している。

久しぶりに使う大技に、大分魔力と体力を消費してしまった。

ポーチから、魔石とチャクラドロップを取り出し、口の中に放り込む。

早く、番のクー・フーリンと合流しなければならない。

「ライドォオオオオオオオオオオオ!!」

非常に聞き覚えがあり過ぎる声。

次の瞬間、何かが顔面に張り付いた。

「うわぁあああああん!会いたかった会いたかった会いたかった会いたかったよぉ!!」

顔面に張り付いたのは小さな妖精、ハイピクシーのマベルだった。

涙と涎でぐじょぐじょになった顔をライドウの頬に擦り付ける。

「ま、マベル?てことはクーの奴も近くにいるのか?」

何とか顔面に張り付いている妖精をひっぺがす。

マベルが此処にいるという事は、必ずクー・フーリンも傍にいる筈だ。

それなのに、魔力のパスは相変わらず繋がらない。

何故だ?

「志郎ならいないよぉ。鍵を取りに行くって言って何処かに行っちゃった。」

「何だと?」

涙と鼻水でぐしゃぐしゃな顔をした妖精は、えぐえぐとしゃくり上げながら今までの経緯を話した。

食糧保存庫でアルケニーの群れと戦った事、鍾乳洞での低級悪魔共を始末し、そのボスである魔女・ネヴァンと戦った事。

それと礼拝堂でのベオウルフとの闘い。

「い、一生懸命、バージルとアーカムを探したけど見つからなかった・・・そしたら志郎が別行動しようって・・・。」

「そうか・・・一人で心細かったろ?御免、俺の判断ミスだ。」

リヴァイアサン体内で時間を喰ったのが今更ながらに悔やまれる。

恐らく中々主と合流出来ない事に焦りを感じたクー・フーリンは、二手に分かれた方が効率が良いと思ったのだろう。

「マベル、志郎と連絡はとれるか?」

彼女の精神感応力(テレパシスト)なら、クーの居場所を探れるだろう。

「志郎なら、ダンテって奴と戦ってるよ?生贄拷問室って所で・・・。」

「・・・!?くそっ!アイツ!!」

一番肝心な事を忘れていた。

クー・フーリンは、未だにダンテの事を敵対視している。

この時になって漸く何故、マベルと別行動を取ろうとしたのか、その真意がはっきりと分かった。

 

時は少し遡り一週間前、サン・ピエトロ大聖堂。

第13機関(イスカリオテ)司令、ジョン・マクスゥエル枢機卿執務室。

「呪われし塔”テメンニグル”・・・?」

「そう、正式な名前は”エ・テメン・ニグル”紀元前21世紀にウル・ナンムにより、ウルの守護神である月神ナンナに捧げる神殿として建築された遺物だよ。」

豪奢な書斎机に座る見事な銀髪の枢機卿に向かって瓶底眼鏡の博士が得意気に解説を続ける。

「その紀元前に造り出された塔と今回のレッドグレイブ市で起きた事件と一体どんな関係があるというのかね?」

この時代、大変珍しい羊皮紙で書かれた書類にフェザーペンでサインをしながら、マクスウェルは、学生時代の親友であり、大事な右腕である射場・流の言葉に至極当然な質問をぶつけた。

「実にいーい質問だ。これは僕の推測なんだが、レッドグレイブ市とウル第5王朝とは密接な繋がりがあったんだ。彼は、魔剣士スパーダを陰で崇拝していた。そして彼の指示に従い、魔界と現世を繋ぐ神殿をとある場所に造ったんだ。」

曰く、ウルク第5王朝の王ウトゥ・へガルの娘婿である、ウル・ナンムは悪魔であるスパーダを神の如く崇めていた。

それは現在発見されている遺跡により証明されており、彼が悪魔崇拝をしていたことはまごうこと無き事実である。

そしてウル・ナンムは、神の啓示が如く、スパーダの命令でとある場所に神殿を建造させた。

「下らん、荒唐無稽なつくり話だな。」

学生時代からの親友の仮説をばっさりと斬って捨てる。

「夢が無いなぁ・・・僕の推測がもし正しければ、数千年から続く人類の歴史を揺るがす大事件なんだぜぇ?」

確かに、流の仮説が正しければ、数万人の市民が普通に暮らしている市の地下に巨大な悪魔の遺物が眠っているという事になる。

もし、仮にその失われた技術(ロストテクノロジー)が稼働すれば、数万人の命を犠牲にする未曽有の大災害となるだろう。

「まだしっかりとした確証がない限り、13機関(じんいん)を動かす事は出来ない。君も知っているだろう?現在は大事なコンクラーベの真っ最中だ。」

義理の兄が法王猊下の椅子を得るか得られないかの大事な選抜選挙だ。

このままの流れでいけば、まず間違いなく義理の兄が無事法王猊下に就任出来るが、いつ何時なにか不祥事が起きるかは分からない。

「それに、例の事件は”クズノハ”に依頼している。何も心配する事は無いだろう。」

「”クズノハ”?てことは、ライドウ君辺りが担当するのかな?」

「当然そうなるだろうな。あの国も”壁”の監視をしなければならん。我々人類と悪魔の最前線がかの国だからな。」

出来上がった書類を纏める。

レッドグレイブ市郊外で起きた少女達の変死事件には必ず悪魔かそれに関係する人物が関わっているのは間違いなかった。

17代目・葛葉ライドウ程の召喚師ならば、何の痕跡も残さず、綺麗に事を処理してくれるだろう。

「今更何だけど、本当に不幸体質だよねぇ?彼って・・・。」

流は、窓辺から覗く豪奢な造りの庭園と噴水を眺める。

そこには各国から観光に訪れた人々がおもいおもいに散策を楽しんでいた。

「クズノハの血筋の人間じゃないってだけで、良いように扱われ、唯一の拠り所だった奥方を病で失い、挙句、番のヨハン君は・・・。」

「止せ、過ぎた事だ。」

十数年前の陰惨な事件を思い出し、マクスゥエルは流の言葉を打ち消す。

あれは防ぎようが無い事故だった。

当時の自分達の判断に間違いなどあろう筈がない。

「17代目は四家の中でも、宗家に対し絶対的な忠誠心を持っている。故に、くだらん私情で流される程愚かな男ではない。」

17代目・葛葉ライドウという男は、与えられた任務を100%完遂させる事で有名だ。

それがどんな依頼元でも必ず遂行する。

「やけに彼の肩を持つじゃないか?ジョン。それってもしかして、”同病相憐れむ”ってやつかい?」

「流・・・・。」

中々辛辣な言葉を吐く親友にマクスゥエルは鋭い視線を向ける。

「冗談だよ、そんなおっかない顔で睨まないでくれ。」

大袈裟に肩を竦める天才科学者に銀髪の麗人はそれ以上何もいう事は無かった。

 

最深部礼典室へと辿り着いたバージル。

そこへ足を踏み入れた刹那、大理石をぶち破って巨大な獣が姿を現した。

礼拝堂でクー・フーリンと死闘を繰り広げた隻眼の魔神―ベオウルフだ。

白銀の騎士から相当な深手を負わされている筈だが、怒りの炎が全身にたぎり、おくびにもそれを出していない。

「見つけたぞぉ、スパーダの血族。」

どす黒い血を思わせる深紅の隻眼が、蒼いロングコートを纏う銀髪の青年を睨み付けた。

 




ヒラコーの漫画最高!!頭がぶっ飛んだ殺人狂ばかりの部隊とか、狂信者とか出て来ると心が躍ります。


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ミッション17『魔人VS魔人』

レッドグレイブ市に到着し、早速空爆を開始するヴァチカンの悪魔殲滅部隊。
一方、ライドウは仲魔のマベルと合流し、クーフーリンとダンテの死闘を止めるべく、生贄拷問室に向かう。



漆黒の禍々しき鎧を纏った魔狼が吠える。

暗紫色の刃が唸り、深紅のロングコートを纏った男の頭蓋を叩き割らんと振り下ろされる。

それを暴風の刃―ルドラで受け止めるダンテ。

しかし、剣圧に耐え切れず大きく吹き飛ばされた。

「ぐわぁあああああああ!!」

刀身を受け止めた際に身体中を数億ボルトの電流が流れ落ちる。

銀色の髪が、鍛え上げられた強靭な肉体が脆くも焼かれていく。

「何て身体だ・・・今の一撃で消し炭にならないとはな・・・。」

流石、魔剣士スパーダの血脈といったところか・・・常人ならば、先程の打ち込みで肉体の組織が焼き尽くされ、炭化している筈であった。

「だが、これで終わりだ・・・。」

血赤珊瑚を思わせる双眸が、瓦礫の山に埋もれる銀髪の魔狩人を鋭く見据える。

消し炭になる事は免れたが、四肢のダメージは相当なものであった。

肉体が焼かれ、めくれ上がった皮膚から筋肉の組織が剥き出しになっている。

「串刺し刑だな?」

あれでは最早動く事は叶うまい。

右手に持った双剣”ネヴァン”の刃に魔力を集中させる。

すると紫電の蛇が絡みつき、それは巨大な雷の槍へと変貌していく。

「うう、糞ったれ・・・。」

全身を襲う激痛。

涙で歪む視界に全身を走る赤いラインに禍々しい漆黒の鎧を纏った魔狼の姿が映った。

右手には紫電の槍が握られている。

(死ぬのか?俺は・・・?)

今のダンテに打つ手など何一つ残されてはいなかった。

吹き飛ばされた際に双剣―”アグニ&ルドラ”は遥か遠くに飛ばされてしまっている。

おまけに四肢は焼かれ、激痛で身動き一つすらも出来ない。

(甘かったぜ・・・・ライドウの仲魔だから殺したくないとか・・・・どの口がほざける?)

化け物鯨の腹の中で、共に戦った悪魔使いの少年の姿が脳裏を過る。

美しい濡れ羽色の長い黒髪。

新雪を思わせる透き通る様な白い肌。

ビスクドールの様に整った顔立ち。

(畜生・・・どうせなら、もう一度ぐらいキスしたかったぜ。)

リヴァイアサン邪眼房でのちょっとした嫌がらせ。

恥ずかしがる姿が初々しくて、まるで生娘の様な反応だった。

『何だ・・・もう諦めてしまうのか?』

死を覚悟した瞬間、ダンテの脳内にしわがれた老人の声が響き渡った。

それは生ける彫像の間で聞いた老人の声と酷く酷似している。

刹那、心臓が大きく脈打った。

一方、ダンテの変化に全く気付かない魔狼が、雷電の矛先を銀髪の男の頭部に狙いを定める。

今度こそ確実に頭を潰して息の根を止めてやる。

豪っと音速の速さで伸びる紫電の鉾。

そのまま、男の頭部を斬り飛ばすかと思われたその時、ダンテの身体が消失。

紫電の槍は、虚しく生贄拷問室の壁に大きな穴を空けていた。

「・・・・!!馬鹿な!!」

今の今まで四肢を焼かれ身動きなど不可能な状態だった筈だ。

壁を破砕され、濛々と砂煙が周囲を覆い隠す。

「ちぃ!!何処に隠れた!!」

煙が立ち込めて視界が悪すぎる。

舌打ちした魔狼が双剣の一振りで軽く一閃。

剣風が土煙を薙ぎ払うが、銀髪の大男の姿は影も形も見つける事は叶わなかった。

「こっちだ!色男!!」

背後からダンテの声が聞こえる。

戦士として長年培って来た超人的反射神経が、声がするよりも数秒早く対応していた。

金属同士の耳障りな音と橙色の火花。

二振りの双剣と銀色の大剣の刃が深々と喰い込む。

「それが貴様の真の姿という訳か・・・。」

改めて刃を交えている紅き魔人を見据える。

ヘルメットの様な銀の兜に爬虫類を思わせる深紅の肌。

その身体には黒のラインが走り、背には二枚の蝙蝠の羽根が付いている。

「第二ラウンドといこうぜぇ?ワンちゃんよぉ。」

「ぬかせ!!次で確実に息の根を止めてくれる!!」

火花を散らし、お互いの持つ剣が離れる。

必殺の一撃を加えるに十分な間合いを保ちながら、対峙する二人の魔人。

血赤珊瑚の双眸とアンバーを連想させる黄金の双眸が激しくぶつかり合う。

暫しの静寂。

「うぉおおおおおおおお!!」

重なり合う魔人達の雄叫び。

地面を陥没させる程の蹴りを放ち、二人の魔剣士がお互いの命を刈り取らんと弾丸の速さで疾走する。

しかし―

突如二人の眼前に現れた巨大な魔法陣がまるで壁の如く立ち塞がり、弾き飛ばす。

躰全体に走る衝撃に元の人間の姿に戻るダンテとクー・フーリン。

大きく飛ばされた二人は石畳を削りながら停止する。

「一体、何が起こりやがった・・・?」

頭を打ち付けたのか、軽い脳震盪を起こしていて呂律が回らない。

ダンテとクー・フーリンを弾き飛ばした壁の正体は、物理反射魔法防壁(テトラカーン)だ。

しかし、魔導の知識がないダンテは当然そんな事知る由も無かった。

「な・・・ナナシ?どうして貴方が此処に・・・・?」

漆黒の禍々しい鎧から、元の白銀の鎧に戻った魔槍士。

歪む視界の中、敬愛する主の姿を認め、驚愕の表情になる。

小さな妖精を従えた悪魔使いの少年は、無言のまま仲魔のクー・フーリンの元まで歩み寄る。

そして、よろよろと立ち上がった美丈夫の頬を無遠慮に平手で殴り飛ばした。

「!?」

「俺の命令を二度も背きやがって・・・・この大馬鹿野郎が。」

目を白黒させて固まる番を前に、ライドウが忌々しそうに吐き捨てる。

そして、腰に吊るしてあるガンホルスターから、愛用のGUMPを引き抜くと、液晶パネルを蝶の羽の様に展開させた。

「GUMPに戻れ志郎・・・そこで頭を冷やすんだ。」

「ナナシ・・・?でも、僕は貴方を・・・・。」

「戻れ・・・・お前の言い訳なんて聞きたくもないんだよ。」

有無を言わせぬ冷酷な主の指顧。

明確な怒りをその隻眼に見て取った白銀の騎士は、項垂れ、諦めたかの様に、己の身体をデジタル化してGUMPに内蔵されているストックへと帰っていく。

液晶パネルにクー・フーリンの文字が描かれているのを確認したライドウは、展開していたGUMPを折りたたみ、腰のホルスターに戻した。

と、いきなりライドウが態勢を崩し、地面に片膝をついた。

「お、おい!大丈夫か?ライドウ。」

未だ身体中を苛む激痛を忘れ、ダンテが慌てて悪魔使いの所まで駆け寄る。

荒い吐息を吐くその相貌は、紙の如く白く、細かい汗を浮かべている。

「も、もう限界なんだ・・・。」

ライドウは、自分の顔を覗き込むダンテの鍛え上げられた逞しい二の腕を掴み絞り出す様な声で懇願する。

そして―

「お願いだから俺から盗んだエーテル返して・・・・。」

何とも形容し難い情けない声でそう言った。

 

魔獣の咆哮が最深部、礼典室内に轟く。

撃ち出される剛腕。

成人男性にしては、華奢なバージルの肉体を破砕せんとするその一撃は、彼を捉える事は叶わなかった。

何度も閃く閻魔刀の斬撃。

空中で華麗に一回転した美貌の剣士は、魔獣の背中に無音で着地する。

「ば・・・馬鹿な・・・・・。」

それがベオウフルの最後の言葉であった。

噴水の様に血潮を噴き出し、四方に切り裂かれ落ちる魔獣の頭部。

轟音と共にその巨体が地に沈む。

魔獣の巨躯から地に降りたバージルは、そこで力の波動を感じた。

振り向き、物言わぬ肉の塊と化した魔獣の亡骸から、光る球体が現れる。

それは、ベオウフルに封印されていた魔具であった。

ベオウルフと同じ、光の属性を持つ魔具は、バージルを次の主と認め、彼の身体を包む。

気が付くと、蒼いロングコートの青年の四肢に光る具足と籠手が装着されていた。

「成程・・・これが前に父さんが言っていた魔具か・・・。」

13代目、葛葉キョウジから魔導と体術の英才教育を受けていたバージルは、当然、師である育ての父親から魔具の存在も聞かされていた。

神が造りし神器に対抗する為、魔王達が自らの肉体の一部を切り離して造り出したと言われる戦闘兵器。

それがデウスオブマキーナである。

自然と口元が綻ぶ。

未知の力を手に入れた高揚感が全身を包んでいた。

 

ダンテから渡された茶色い小瓶の中身を一息に飲み干す。

無味無臭の液体は、全身に行き渡り、先程までの倦怠感がまるで嘘の様に消えていた。

流石に高額アイテムだけはあり、魔力回復量はチャクラドロップとは比べ物にならない。

「美味いのか?ソレ。」

安堵の溜息を吐くライドウに腕組みしたダンテが聞いてきた。

「別に・・・・でも多少は楽になったぜ。」

小瓶を壁に向かって投げつける。

意外と脆い材質で出来ているのか、茶色い小瓶は壁に当たるとあっさりと粉々に砕け散った。

「知らなかったぜ、魔法使いってのも案外面倒なんだな。」

「化け物鯨の腹の中でも言ったと思うが、魔導士は万能じゃない。強力な魔法を使えばそれなりの代償が必要になるのさ。」

それは得てして魔導士だけには限らない。

どんな職業でも強大な力を行使すれば、それなりの対価を要求されるのだ。

「!!」

その時、大きな振動が生贄拷問室内を揺らした。

地鳴りは何度も繰り返し続き、天井から細かい漆喰が降り注ぐ。

「ち、どうやら”ドミニオンズ”の空爆が始まったらしいな?」

「ドミニオンズ・・・?」

「ヴァチカンの悪魔殲滅部隊の名前さ・・・・アホみたいにミサイルをぶち込んで悪魔の数を適当に減らそうって考えなのかもしれない。」

「滅茶苦茶だな・・・。」

この地域にはまだ悪魔に襲われず生きている人間がいるかもしれない。

そんな生存者の安否も確認しないまま、平気で焼夷弾の雨を降らすヴァチカンの特殊部隊の所業が全く理解できない。

「言ったろ?彼等はソレが平気で出来る連中なんだ。例えどんな非人道的な行為でも、彼等には全てが神の偉大なる教えになるんだ。」

「ハッ!狂信者ってやつか・・・?」

大袈裟に肩を竦めるダンテ。

教義は絶対であり、何をしても許される。

異教徒の存在を許さず、信じる神の為なら死ぬ事すらも至高の喜びである。

「もう潮時だ・・・・お前一人ならまだ引き返せる。一刻も早く此処から逃げるんだ。」

対悪魔用の強化外骨格を纏うドミニオンズ部隊相手では、流石のタフさを誇るダンテやバージルでもまず無理だろう。

圧倒的武力の前では、幾ら常人を遥かに超える膂力を持つ彼等でも無力に等しい。

「アンタもいい加減しつこいな・・・俺は兄貴を・・・家族を見捨てる真似だけは絶対にしない。」

何故、自分がそこまで兄―バージルに執着するのかは分からない。

七つの時から生き別れ、それ以降全く別の道を歩んできた二人。

内心、死んでいると覚悟はしていた。

その双子の兄が生きているとアーカムの口から聞かされた時、ダンテの心に家族への狂おしい程の想いが蘇ったのは事実だ。

「・・・お前の気持ちは分からんでもない。だが・・・相手が悪すぎる。」

「俺を舐めるなよ?こう見えても人間同士のドンパチには慣れっこなんだ。」

例え軍隊が相手でも生き残る自信はある。

否、逆に蹴散らしてやる。

「そうか・・・なら、人間を殺す事には慣れてるんだろうな?」

「?」

「どうなんだ?殺しの仕事ぐらいしてきたことはあるんだろ?」

「い・・・否、それは・・・。」

半殺しの目に会わせてきた事は星の数程はある。

しかし、長年便利屋として数々の修羅場を経験してきたが、殺しをしたことは一度も無いのがダンテの唯一の自慢であり、ポリシーであった。

「・・・はぁ、奴等は今までお前が相手にしてきたゴロツキ共とは違う。幼い頃から徹底的に戦闘マシーンとしての教育を受け、対悪魔の技術を叩き込まれた・・・いわば祓魔師(エクソシスト)のエキスパートだ。ここら辺にうろついてる悪魔共が可愛く見えるレベルなんだぞ?おまけに彼等は死を恐れない・・・。」

街のチンピラやギャング共を叩きのめすのとは訳が違う。

手を抜いて殺さず倒せる程、甘くはない奴等だ。

「頼むよ・・・俺はお前には人殺しになって欲しくないんだ。」

「ライドウ・・・。」

悪魔使いの真摯な言葉にダンテはそれ以上何も言えなくなってしまった。

「あー!!やっとこさ、バージルの居場所見つけたぁ!!」

突然、頓狂な声高い声が重苦しい沈黙を破った。

見ると悪魔使いの少年の肩に座る妖精が眼を輝かせて主の顔を見上げている。

「このすぐ近くに居るよ!私の転移魔法(トラポート)ならびゅーんって一直線に運べちゃうからね!」

「ま・・・マベル。」

見えない尻尾を振り捲るハイピクシーをライドウは呆れた様子で眺める。

「よし、バージルの所まで運んでくれよ?おチビちゃん。」

「ダンテ!お前、俺が言った意味を分かって・・・。」

「分かってるさ、要はドミ何とかって兵隊共が来る前に兄貴を捕まえりゃ良いんだろ?」

ライドウの言葉を途中で遮るダンテ。

ぶつかり合う黒曜石の瞳とアイスブルーの瞳。

「ちっ、分かったよ・・・好きにしろ。その代わり、もし彼等と戦う事になったら・・・。」

「安心しろ・・・その時は、俺も腹を括るさ。」

 




書き貯めていた分が無くなったので、次の投稿は大分遅れます。


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ミッション18『地獄門』

生贄拷問室でダンテと再び合流したライドウは、魔界の扉を開こうとしているバージルを止める為、マベルの魔法で彼のいる最深部・礼典室へと向かう。
一方、悪魔殲滅部隊『ドミニオンズ』は、古の街を徘徊する悪魔全てを始末し、地上を制圧していた。


最深部・礼典室。

その大広間に設えてある円形の窪みに目の覚める様な蒼い長外套を纏った銀髪の青年は立っていた。

両手に銀と金のアミュレットを持っている。

まるで呼応するかの如く青白く光る二つのタリスマン。

宙に浮き、バージルの眼前で一つに合わさると、何かに引き寄せられるかの様にして、大理石の窪みの中へと消えていく。

「後はスパーダの血か・・・。」

片膝を突き、愛刀『閻魔刀』を鞘から引き抜く。

左手で鋭い刀身を握るとあっさりと皮膚が破れ、血が噴き出した。

苦痛に秀麗な眉根を寄せる。

切り裂かれた左掌を円形の窪みに翳す。

そこに満たされていた聖水は、バージルの血を吸い、瞬く間に深紅の色へと変わっていった。

 

SM15マシンピストルから吐き出される無数の鋼の牙が、古の街を徘徊している悪魔達を物言わぬ肉の塊へと変えていく。

まるで機械の如く的確な動きで悪魔の群れを駆逐していく歩兵達。

プロテクトギアに身を包み、真紅の暗視スコープが内蔵された特殊なマスクを装着している為、歩兵の表情は伺えない。

それが逆に不気味であり、悪魔よりも恐ろしい怪物に見えた。

「凄いねぇ、これが君、ご自慢の部隊か・・・。」

F.E.A.R.(First Encounter Assault Recon、)通称、第一種遭遇強襲偵察部隊チーム。

ロシア特殊任務部隊『スペツナズ』の中でも選りすぐりの人材を集め、対悪魔の訓練を叩き込まれた先鋭部隊である。

隊員の殆どが人体強化手術を受けており、ナノテクによって脳内にチップを植え込まれており、神経インターフェイスによって感情をコントロール。

恐怖心が撤廃され、機械の様に忠実に任務を遂行する戦闘マシンとなっている。

「神経インターフェイスの開発は僕も一時参加したけど、軍事利用にはとても向いてないと思ってたんだけどねぇ・・・。」

事故や戦争で身体の一部を失った人達に、神経インターフェイスを脊髄に接続。

インターフェイスから送られる電気信号を義手に内蔵されているAIが感知し、本物の腕と寸分違わず動かす事が可能になる。

その技術はサイバネテックアームに留まらず、パワードアーマーにも使用されている。

「彼等の思考は全て私の脳に埋め込まれているナノチップが管理しております。つまり、彼等は私の思考パターンをトレースして動いている訳です。」

「成程、つまり彼等は文字通り君の手足であり目と耳って訳か・・・。」

まさに女王蜂を守る働き蜂っと言ったところか。

”鋼の女王”を護る鉄壁の守護神達に、流は空恐ろしいモノを感じた。

 

「ううっ、ぞくぞくする・・・何かめっちゃヤバイ感じ・・・。」

悪魔使いの肩に座っている妖精が、震える腕で自分の身体を抱きしめた。

此処は、古の街・・・最深部―礼典室。

魔界の扉を開こうとしているバージルを止めるべく、ダンテとライドウは、マベルの魔法でこの場所に転送して来たのであった。

「今までより魔素が濃いな・・・・此処は現世と常世(かくりょ)の狭間だからか。」

バージルがいるであろう幾何学模様の大扉を見上げる。

扉の隙間から瘴気が流れ出ているのが見えた。

「魔導の知識はまるで無い俺でも分かるぜ・・・コイツは確かにヤバイ。」

銀髪の大男は、大扉を両手で押し開ける。

ぶわりと広がる異界の風。

息を呑む一同の目の前―礼典室の中央に彼・・・バージルがいた。

 

「何故作動しない!何かが足りないのか!??」

かつて父親が持っていた二つのアミュレットは捧げた。

己の身体に流れるスパーダの血も使っている。

なのに、魔界へと繋がる筈の扉は一向に開く気配が無かった。

「もっと血を捧げろとでも・・・・?」

分からない。

アーカム・・・シド・デイビスの指示通り、アミュレットとスパーダの血を生贄に捧げた筈である。

まさか奴に騙されたのか?否、義理の父―13代目・葛葉キョウジの敵だった男だ。

二人の間に何があったのかは知る由も無いが、自分を騙して利用するつもりで近づいたのだろう。

「随分とご機嫌斜めだな?お兄ちゃん。」

「・・・・!!!」

背後から聞こえる双子の弟―ダンテの声。

慌てて振り返るとそこには、赤いロングコートの大柄な銀髪の男と、その背後に長い黒髪を三つ編みで一つに纏めた眼帯の少年がいた。

「バージル・・・お前じゃ魔界の扉は開かない・・・大人しく人間の法に従って裁きを受けるんだ。」

「黙れ!人修羅!!」

闇を司どりし暗黒の頂で受けた屈辱が蘇る。

怒りで視界が真っ赤に染まり、本能的に閻魔刀を鞘から抜き放っていた。

「手を出すなよ?お嬢ちゃん。コイツは俺の獲物だ。」

「お嬢ちゃんじゃなくて、”ライドウ”な・・・それとヴァチカンの先鋭部隊がコッチに来てる。時間が惜しいから二人でやるぞ?糞坊主。」

こんな非常事態でもお互い軽口をぶつけ合うのは忘れない。

暫しの睨み合い。

異様な静寂が辺りを包む。

「そういえば、貴様は魔導の知識が豊富だったな・・・?」

冷酷な笑みを口元に浮かべたバージルが、抜いた閻魔刀を再び鞘に戻す。

眩く輝き出すバージルの四肢。

白銀色の光は、禍々しい形をした具足と籠手に姿を変える。

「たっぷりと痛めつけて、魔界の扉を開ける方法を聞き出してやる。」

「言っとくが、俺から情報を引き出すのは無理な相談だ!」

ライドウの右掌から魔法陣が展開、そこから火球が生み出され、バージルに襲い掛かる。

音速を超える炎の弾丸を上空にジャンプして避けるバージル。

しかし、それを予測していたライドウが開いていた右掌を握る。

四方に分かれる炎の弾丸。

それは、上空へと逃れたバージルを正確に追い掛ける。

「ちっ!!」

白銀色に光る籠手と具足で、炎の弾丸を撃ち落とす。

そのバージルの背後に大剣『リベリオン』を上段に構えたダンテが躍り出た。

頭蓋を叩き割らんと大剣の切っ先を振り下ろす。

重い一撃をベオウルフの籠手で受け止めるバージル。

ダンテの鍛え上げられた腹を蹴り破らんと旋回蹴りを放つが、ライドウのスクカジャで回避速度と移動速度が格段に上がった弟を捉える事は出来なかった。

あっさりと躱され、大きな隙を作ってしまう。

タルカジャによって大幅に攻撃力を上げられたダンテの鋭い刺突。

咄嗟に両腕でガードするがその威力を殺す事は叶わなかった。

衝撃が情け容赦なく、バージルの臓腑を抉る。

「ぐあっ!!」

礼典室の壁に叩き付けられるバージル。

そんな蒼いロングコートの青年に向かって、ライドウが氷結系中級魔法”ブフーラ”を唱える。

無数に降り注ぐ氷の槍。

常人よりも遥かに優れた反射速度で避けるが、右肩と左足を氷の刃で貫かれてしまう。

「ぐぅ・・・こんな程度でこの俺が・・・・。」

即席とはいえ、優れたコンビネーションだ。

成す術もなく、地に這わされてしまうバージル。

何とか立ち上がろうとするも、右肩と左足を貫いている氷の槍がみるみるその体積を増し、床に縫い留めてしまう。

「もう、諦めろ。その氷の枷はお前の魔力を吸って成長している。下手に動くと魔力全てを喰われるぞ。」

ライドウの言っている事は全て事実だ。

修練の間で、ヘル=バンガードを氷の柱に閉じ込めたのもこの魔法だ。

「もう一度言う・・・大人しく俺達に捕まって人の裁きを受けるんだ。お前は人間だ・・・例え半分、悪魔の血が流れていてもお前はこの世界に生まれ落ちた限り、人間にしかなれないんだよ。」

「黙れぇ!!」

人間の世界で生きている以上、人間としての生を全うするしかない。

ライドウの言葉はどう足掻いても覆る事が叶わない絶対的な定義だ。

しかし、それで納得してしまう程、バージルの心の中に抱える闇は浅くはなかった。

「貴様に俺の何が分かる!何も知らん部外者が知った風な口を叩くな!!」

「兄貴もう止めろ、いい加減、無様過ぎて反吐が出るぜ。」

それまで黙ってライドウとバージルのやり取りを聞いていたダンテがうんざりとした様子で口を開いた。

「今更親父の力を受け継いでどーすんだよ?ライドウの言う通り俺達はこの世界で生まれた以上、人間の決めた糞ったれなルールに従って生きるしかねぇーんだ。」

「ダンテ・・・腑抜けた奴め・・・母さんの仇を討ちたいとは思わないのか。」

大袈裟に両手を広げて溜息を吐く弟を侮蔑を多分に含んだ相貌で睨み付ける。

あの嵐の夜、自分達は失ってしまったのだ・・・愛する肉親(ははおや)を・・・。

「お袋を殺した悪魔は見つけ出してそれなりの報復は受けさせるさ・・・その為に悪魔相手の便利屋なんてやってんだからな・・・だからって、態々親父の力を手に入れる為に魔界の扉を開いて行こうなんて、面倒な事は思わねぇよ。」

自分はこの糞みたいな掃き溜めしかない人間の世界を酷く気に入っている。

ボビーの穴倉にいる血の気の多い荒事師達。

親父みたいに色々世話を焼いてくれる便利屋のグルー。

かつては「45口径の芸術家」と呼ばれた偏屈なガンスミスのニール。

そのどれもが、ダンテにとって愛すべき世界であった。

「普通に学校に行って・・・普通に友達を作って・・・普通に恋愛をして・・普通に家庭を作って・・・普通に子供達に囲まれて・・・普通に最期を迎える・・・それがどんなに尊い事か・・・お前は知らないんだ。」

バージルのすぐ傍らに膝をついたライドウが独り言の様に呟く。

その時、銀髪の青年の脳裏に義理の父、キョウジの言葉が蘇った。

『普通に大学出て、普通に就職して、普通に結婚して、普通に家庭を作って、子供と孫に囲まれて余生を送るって人生は、やっぱりお前には合わないか。』

そう言った父の表情は、何処か寂しそうな顔をしていた。

「復讐に生きたところで何も残らない・・・シド・デイビスみたいな糞野郎に利用されるのが関の山だ。」

「黙れ・・・・。」

「お前は人間なんだよ・・・バージル。」

「煩い・・・それ以上喋るな・・・。」

苦しい・・・胸が押し潰されてしまいそうだ。

覚悟をしていたのに・・・・人間としての一生を捨て、悪魔として生きる道を選んだのに・・・なのに、なのに何故、こんなにも苦しいんだ。

その時、礼典室の片隅で何者かの拍手をする音が聞こえた。

3人が其方に視線を向けると、入り口の大扉のすぐ近くに漆黒の道化衣装に青と赤のオッドアイをしたピエロが立っている。

彷徨える禽獣の間で出会った下級悪魔―ジェスターであった。

「中々泣ける話だねぇ・・・いくら魔剣士”スパーダ”の血が流れていようとも、人間の世界に生きている以上、人間の定めたルールで生きるしかない・・・全く救い様が無い悲劇じゃないか・・・。」

態とらしく泣き真似をして、懐から出したハンカチーフで下品に鼻をかんでみせる。

「ジェスター・・・何でお前が此処にいるんだ?」

「知り合いか・・・?」

この場にそぐわない闖入者を知っているかの様なライドウの口振りに、ダンテが訝し気な表情で聞いた。

「ちょっとな・・・奴の話だとこの塔内を徘徊している悪魔の一人らしい。」

彷徨える禽獣の間の主、ギガ・ピートを倒した時に何処からともなく姿を現した下級悪魔。

呪われし塔『テメンニグル』を復活させた張本人がバージルで、その目的もライドウに教えたのがこの悪魔だった。

「あーあ・・そうそう、何で魔界の扉が開かないか分かるか?バージル。」

勿体ぶった仕草でジェスターは懐から掌に収まるぐらいの茶色い瓶を取り出す。

そこには青白く光る液体が満たされていた。

「それはだな・・・この塔に捧げる供物が足りなかったからさ・・・一番重要なモノがな・・・。」

「マグネタイト・・・・!!!?」

ジェスターの持っているモノの正体を知ったライドウは、慌てて道化師の所まで走り出す。

しかし、奪い取ろうとしたその手は虚しく宙を掻いただけであった。

「おーっと・・・人修羅ちゃんは、この塔を動かす仕掛けを知っているんだったな?流石”クズノハ”魔導の知識に関してはピカイチじゃん。」

「てめぇ!!」

この悪魔は、マベルと同じ様に転移魔法が使えるらしい。

魔法を使って、礼典室の天井付近に設えてある青銅製の七つの巨大な鐘の一つに移動していた。

「あの娘達を殺したのはてめぇか!何の目的であんな事をしたんだ!!」

「殺した?違うな・・・彼女達は、自ら死を望んだんだ。」

先程までとはガラリと口調を変える道化師。

見るとその姿は、漆黒のカソックを纏った火傷(フライフェイス)の神父へと変わっていた。

「彼女達は行き場所を失っていた・・・この世界は敵だらけで、誰も自分達を守ってはくれないとね・・・だから、私が彼女達を救ってやったんだよ。」

「・・・・!!シド・デイビス!!」

ライドウが唇を噛み締める。

今の今迄、自分達がこの男の掌で良いように踊らされていた事に漸く気が付かされた。

「ああ、そうだった・・・説明が途中だったね?どーして魔界の扉が開かないのか?それは、大事な動力源が無いからさ・・・膨大なエネルギーがねぇ?」

再び道化師姿に戻ったシドが、態とらしく舌を出してバージルを挑発する。

そして徐にガラス瓶の蓋に手を掛けた。

「やめろ!!」

何をしようとしているのか察したライドウが、同じく転移魔法を使ってジェスターのいる鐘の所まで飛ぶ。

しかし、当の道化師は逸早く別の鐘へと移動していた。

「17代目・葛葉ライドウ・・・君は、人間に高邁(こうまい)な思想を持っているらしいがそれは違う。人間という生き物は、悪魔よりも残酷で、卑屈で・・・そして脆い生き物なんだよ。」

そう言うのとガラス瓶の蓋が開くのは、ほぼ同時であった。

中に封じられていた少女達の七つの魂が、それぞれ礼典室の天井に設置されている鐘の中へと吸収されていく。

すると鐘の表面に少女達の顔が浮かび上がった。

悲痛な鳴き声と共に鳴り響く七つの梵鐘。

それに呼応するかの如く、礼典室の中央部分にある窪みが上にせり出した。

 

異変は、当然、地上を制圧したF.E.A.R.(第一種遭遇強襲偵察部隊)チームにも知れ渡った。

大きく揺れる大地。

隊の隊長であるヒメネス伍長がすかさず司令官であるマウア・デネッガーに無線で連絡を入れる。

「大佐、やばいぜ・・等々祭りがおっぱじまりやがった。」

『アーサーの予見通り、17代目は間に合わなかったみたいだな・・・。』

アーサーとは、移動要塞『アイアンメイデン』の指令コマンドを勤める疑似人格プログラムの事である。

因みにこの疑似人格AIのプログラムを担当したのが射場・流であった。

『仕方ない、全員安全地帯まで退避、地底湖にいる連中はすぐにその場を離れろ。崩落する危険性がある。』

「了解。」

『スペツナズ』時代のかつての上司の言葉に素直に応えると、ヒメネスはすぐに禁断の地並びに大地底湖にいる全隊員に指示を飛ばした。

 

轟音と共に円形の床が上へと登って行く。

バランスを保てず床に片膝をつくダンテ、バージルに至っては氷の戒めに右腕と左足を石畳に縫い付けられている為、動こうにも動けない。

「ヒャハハハハッ!最初からあの半魔の餓鬼共何てどーでも良かったんだ。此処におびき寄せて二人をぶち殺してアミュレットと血をぶん盗る計画だったんだからさぁ・・・でも一個だけ計算が狂った。それがお前だよ?人修羅ちゃん。」

漆黒のカソックを纏った神父から、再び甲高い声をした道化師へと変わる。

「まさか、クズノハ最強と謳われるお前が出て来るのは予想外だった・・・流石の私でもお前みたいな化け物相手では骨が折れるからな・・・。」

ジェスターからシドへ、シドからジェスターへと目まぐるしく姿を変えていく。

手品の種明かしにしては、余りにも悪意が込められ過ぎている。

「御託は良い!今すぐ彼女達を解放しろ!!」

血の涙を流してこの世界に呪いの唱を歌い続ける哀れな生贄たち。

この娘達が自ら死を望んだとは思いたくない。

だがもしそれが本当だとしても、こんなゲス野郎に道具として良い様に使われるのだけは我慢ならなかった。

「まだそんな事を言っているのか?マグネタイトとなった人間が元に戻れる道理など無い事等、貴様が一番良く知っているだろうが。」

「やかましい!!」

七星剣を鞘から抜き放ち、漆黒のカソックを纏う神父に斬り掛かる。

しかし、神父の背後から現れた半透明の巨大な腕が女神アリラトの宿った刃を難なく受け止めた。

「”ヨハネの黙示録”曰く、我、天より堕ちた竜の支配下に置かれた破滅の代行者であり、世界を42か月間に渡り支配する権利を持つ、666の獣也(なり)。」

シドの言葉に応えるかの様にして、半透明の悪魔がその異形の姿を露わにする。

羊の様な二つの角、血の様な赤銅色の肌、口は耳元まで裂け、鋭い歯が覗いている。

背には鷲の羽根を背負い、腰の辺りから九つの黒い蛇がチロチロと赤い舌を出していた。

「”黙示録の悪魔(マスターテリオン)”か!??」

新約聖書に登場する七つの頭と十本の角を持つ怪物。

それはキリスト教を迫害するローマとローマ軍の象徴とも言われている。

「魔力が弱まり、一番肝心な番をGUMPに戻すとは正に愚の骨頂。否・・・それが貴様の甘さなのだよ?17代目・葛葉ライドウ。」

万全なコンディションで戦っていれば此方が圧倒的に不利であった。

『不殺の精神』などという便所の鼠にも劣る信念が、この男の致命的な弱さの表れである。

シドのグレーター・デーモン=マスター・テリオンは、女神アリラトの宿った剣を振り払う。

吹き飛ばされていく華奢なライドウの身体。

黒曜石の硬い壁に打ち付けられ、下に落下していく。

「ライドウ!!」

それまで一部始終を傍観していたダンテが、慌てて上へと登って行く円形の台座から飛び降りた。

魔人に変身し、背の羽根を使って飛翔。

落下する悪魔使いの少年を空中で受け止める。

「さて、残るはお前だけになってしまったな?バージル。」

登り往く台座に転移魔法を使って移動したシド・デイビスが、氷の戒めで未だ身動きが取れないバージルを冷酷な双眸で眺めた。

「貴様ぁ!良くも俺を利用したな!!」

「利用?ハハッ何を言っているのかなぁ?このお馬鹿ちゃんは?お前だって俺っちが用済みになったら始末仕様って腹積もりだったんだろぉ?」

何時の間にそこにいたのか、漆黒の道化師が侮蔑を含んだ赤と青のオッドアイでバージルの顔を覗き込む。

そう、バージルもまたアーカム・・・シド・デイビスを利用していた。

魔界の扉を開く装置までの水先案内人として生かしていただけなのである。

「安心しろ・・・私が神になったその曙には、君の父上・・・13代目・葛葉キョウジも地獄に送り届けてやろう。」

そう言ってバージルに向かって右掌を向ける。

すると深紅の魔法陣が展開、疾風の刃―ザンマオンがバージルの身体を切り刻んだ。

 




マスターテリオンってデモンベインのラスボスの名前でもあるんですね?知らなかった。


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ミッション19『勝者と敗者』

シド・デイビスの策略によって等々、魔界の扉が開いてしまう。
グレーター・デーモンによって深手を負わされてしまうライドウ。
そしてバージルもシドの魔法によって躰を切り刻まれ、崖から落ちてしまう。


疾風の上級魔法―ザンマオンで身体を切り裂かれ、血塗れになって落下する蒼いロングコートの青年を眺めながら、シド・デイビスは勝利の余韻に浸っていた。

ファントムソサエティの中でも屈指の実力を誇り、様々な魔導に精通し、組織の中でも盤石な地位を確実に築き上げて来た。

しかし、平崎市で眠りについていたイナルナ姫の事件が、彼の順風満帆な人生に黒い影を落とす。

膨大な怨霊の力を手に入れんと秦氏の末裔、秦野久美子の身体を依り童にイナルナ姫を甦らせようとしたが、それを当時、平崎市一帯の地域を管轄に置いていたバージルの育ての親、13代目・葛葉キョウジに邪魔されたのだ。

幸い、命だけはとりとめたモノの、彼の左蟀谷から頬にかけて醜い火傷の傷跡が残された。

「あの時は、屈辱に押し潰されて死すら望んだが・・・今では良い教訓になったよ。」

任務を失敗したシドは、責任を問われ、今まで苦労して築き上げて来た地位を全て当時駆け出しのサマナーだったフィネガンという若造に奪われた。

組織離反後は、ダーク・サマナーとして裏の仕事を請け負って細々と喰い繋いでいたが、自分に屈辱を与えたキョウジと地位を奪ったフィネガンに対する復讐心だけは失う事は無かった。

「そういえば、フィネガンの小僧は、何処かのハッカーグループの奴等に倒されたんだったな・・・。」

全てがコンピュータで管理された、次世代情報環境モデル都市―天海市。

そこで起きた大地母神・マニトゥの事件にファントム・ソサエティの先鋭サマナーだったフィネガンが参加し、名も知れないハッカーグループに属するサマナーの少年に倒されたのであった。

憎いライバルのフィネガンの最期を見てやれなかったのが非常に残念ではあるが、今のシドは最早どうでも良い出来事であった。

もうすぐ、魔剣士”スパーダ”の力を手に入れ、この地上に神として君臨するのだから。

 

「ライドウ・・無事か・・・?」

元の人間の姿に戻ったダンテが、抱えていたライドウを床に降ろす。

壁に頭を打ち受けた際に切ったのか、ライドウの額から血が流れ落ちていた。

「な・・・何とか生きてるぜ・・・。」

全身を苛む苦痛に顔を歪ませながらそれだけ応える。

すぐにハイピクシーのマベルが主の傷を癒す為、回復魔法の”ディア”を唱え始める。

「それより、魔界の扉が開いちまった・・・奴を止めないと”スパーダ”の力を奪われちまう。」

「シド・デイビスって奴か・・・でも、どうやって奴を追い掛ける?」

円形の台座は既に遥か上空へと昇っている。

流石に此処からえっちらおっちら登って行くのはしんどそうだ。

「一旦、表に出てスラム街からもう一度”テメンニグル”に入る必要があるな・・・。」

ポーチから魔石とチャクラドロップを取り出し、口の中に放り込む。

マベルの回復魔法とアイテムのお陰で幾らか動ける様になったが、流石に最上級悪魔(グレーター・デーモン)を喚び出すまでには至らない。

「なら、とっとと行こうぜ?」

「待て、地上は既にヴァチカンの殲滅部隊が制圧している。今出て行けば問答無用で蜂の巣にされちまうぞ?」

「じゃぁ、どーすんだよ?」

苛々とした様子のダンテを尻目に、ライドウは腰のガンホルスターから、愛用のGUMPを取り出した。

「一か八か奴等と交渉してみる。こう見えても一応、ヴァチカンの依頼で動いているからな。」

『ドミニオンズ』の総司令官は、コードネーム『鋼の乙女』ことマウア・デネッガーだ。

生粋の軍人(ひとごろし)である彼女が果たして自分の言葉に耳を傾けるかは、甚だ疑問に思うが、やらないよりマシである。

蝶の羽の様な液晶ディスプレイを展開し、トリガーの横に付いているつまみで無線の周波数を合わせる。

 

「大佐・・・何者かが此方のチャンネルにコンタクトを取ろうとしてます。」

空中要塞『アイアンメイデン』のコントロールデッキ内。

通信兵が総司令官であり艦長のマウア・デネッガーにそう、報告した。

「ふん、大方17代目辺りだろう・・・下らん。無視してパワード・アーマー部隊を・・・。」

「待ちなよ?マウア。可哀想じゃないか・・・一応話だけ聞いてあげようよ。」

「射場博士・・・。」

隣で呑気にアップルティーを啜っている科学技術総責任者である射場・流を胡乱気に見つめる。

この男は、己が敬愛する異端審問官―13機関(イスカリオテ)の総司令、ジョン・マクスゥエル枢機卿の右腕だ。

流石に無下な扱いをする訳にもいかない。

「ち・・・チャンネルを開いてやれ。」

「了解。」

通信兵がマウアの指示に従ってチャンネルのセキュリティーコードを解放した。

『アイアンメイデン聞こえるか?俺だ・・・17代目・葛葉ライドウだ。』

通信機からノイズ混じりのライドウの声が、メインデッキに流れて来た。

「聞こえている・・・此方は、13機関第8席、コードネーム”鋼の・・・・。」

「いやぁ、ライドウ君。久振りぃ?元気してたかなぁ?」

ライドウの言葉に重苦しい返答を仕様としたマウアの声を流の頓狂な返事が遮る。

この男は何処までも自分の邪魔をしたいらしい。

『射場・流・・・?何でお前がそこにいるんだよ?』

「決まっているだろ?歴史的建造物を見学しに来たんだよぉ。」

まるで遊園地に遊びに来た子供の様にはしゃぐ瓶底眼鏡の優男をマウアは鋭く睨み付けた。

しかし、そんな事どこ吹く風と言った様子で、能天気な科学者は久し振りに会う親友と会話を楽しんでいる。

『お前が居るなら丁度良い、俺の頼みを聞いてくれないか?』

「頼み?君が僕に?・・・うーん、事と次第によっては聞いてあげない事も無いけどなぁ?」

勝手に話を進める瓶底眼鏡の男に『氷の女王』の怒りのボルテージが上がる。

艦内にいる隊員達全員が、内心ハラハラしながら事の一部始終を見守っていた。

『単刀直入に言う・・・少しの間だけでいい、魔界の扉を閉じるのに時間をくれないか?』

「君に?うーん・・・どうしよっかなぁ?確か任務は全て僕達13機関に譲渡する様、指示が出ている筈だよねぇ?それを勝手に変えるのはどーかと思うよぉ?」

猫が鼠を痛ぶる様に、流は口元に酷薄な笑みを浮かべてライドウの様子を伺う。

『お前は、俺に借りがある筈だ・・・一度ぐらいの頼みを聞いてもおつりがわんさか来るぐらいのな・・・。』

「確かに・・・僕達は君に大きな借りがある・・・。」

アップルティーを一口飲むとほうっと溜息を吐いた。

「良いだろう・・・その代わりタイムリミットは今から1時間以内。もし、制限時間以内に魔界の扉を閉じる事が出来なかったら、アイアンメイデンに積んである抗重力弾でレッドグレイブ市一帯を浄化する。」

「博士・・・我々の任務は・・・。」

「マウア、魔界の扉が開いてしまった以上、下手に兵隊を送って鎮圧しても無駄だ。紀元前21世紀のウル・ナンムの作品を台無しにしてしまうのは非常に勿体ないが、我々ヴァチカンの使徒は、数千億の人類を護るという役目がある・・・違うかな?」

「・・・。」

浄化・・・つまりはこの地域一帯を抗重力弾で吹き飛ばすという事だ。

確かに流の言う通り、地獄の門が開いてしまった以上、異界から無限に湧き出る悪魔共を兵を使って鎮圧したところで焼け石に水。

それならば、抗重力弾で空間そのものを消滅させ、日本の天海市の様に幾重もの壁で覆って封印してしまった方が、何倍も効率的である。

『分かった・・・その約束忘れるんじゃねぇぞ。』

ライドウは渋々その条件を承諾すると、さっさと通信を切った。

 

「浄化だと・・・?アイツ等本気で言ってんのか?」

ライドウと射場・流のやり取りを聞いていたダンテが腹腔から湧き上がる怒りの炎を必死で抑え込む。

ダンテにとってレッドグレイブ市は、第二の故郷だ。

未だ生き残っている市民達だって大勢いる。

それを分かっていながら、ヴァチカンの狂信者達は爆弾を落としてここら辺一帯を更地にしてしまおうとしているのだ。

「言ったろ?彼等はそれが平気で出来る連中なんだ。」

痛む身体を何とか宥めて、悪魔使いの少年は立ち上がるとGUMPのキーボードに何桁か打ち込む。

すると轟音を轟かせて、真紅の外装をした人型のロボットが黒曜石の壁をぶち破って現れた。

「ルージュ、バイクモードチェンジ。」

「イエス・マスター。」

GUMPを閉じると腰のホルダーに仕舞う。

ライドウの命令に電子音声で答えた深紅のロボットは、瞬時に大型バイクへと姿を変えた。

「ダンテ、お前の兄貴はあの崖の下にいる。見つけたらコイツを呑ませて二人で逃げるんだ。」

呆気にとられる銀髪の大男に1本の試験管を渡す。

硝子の筒には封がされており、中には蜂蜜色の液体が満たされていた。

「有難く思えよ?そいつは宝玉って言って体力を全回復してくれる。アホみたいに値が張るアイテムなんだから、絶対無くすんじゃねぇぞ。」

回復アイテムをダンテに無理矢理持たせ、真紅の大型バイクへと向かう。

それを銀髪の大男が慌てて呼び止めた。

「待てよ!まさか一人で行こう何て考えてる訳じゃねぇよな?」

ライドウはダンテの言葉を無視すると、大型バイクに跨る。

「何とか言えよ!?ライドウ!」

何も応えない悪魔使いの少年に苛立ちを感じた銀髪の魔狩人が、少々乱暴に少年の自分よりも遥かに細い腕を掴む。

「そのつもりだ・・・此処からは俺の仕事だ。」

「無茶言うな!アンタさっき一撃でやられてたの忘れたのかよ?」

シドのグレーター・デーモン―マスター・テリオンに成す術も無く、吹き飛ばされるライドウの姿を思い出す。

万全なコンディションでは無いライドウが、果たしてシド・デイビスに敵うのだろうか?

「頼むから手を離してくれ、お前と問答している暇はねぇ。」

「嫌だね!俺も一緒についていく!」

心底惚れた相手をむざむざ死なせる訳にはいかない。

そんな頑ななダンテの態度に、ライドウは困った様に溜息を吐いた。

「バージルはどうなる?お前のたった一人の家族なんだろ?まさか見殺しにするつもりなのか?」

「・・・・っ!そ、それは・・・。」

痛い所をライドウに突かれ、ダンテが口籠る。

「それに、シドは俺と同じサマナーだ。召喚師の過ちは同じ召喚師が正さなければならない。」

「ライドウ・・・。」

何処までも曲げる事が無い、真っ直ぐな悪魔使いの瞳。

その強い眼差しに負けて、ダンテはライドウの細い腕を離してしまう。

ギアをローに入れ、クラッチレバーを離す。

獣の様な唸り声を上げ猛烈な勢いでエンジンが回転。

一度、馬の嘶きの如く前輪を宙に上げたモンスター・バイクは、車体を元に戻すと、破壊された黒曜石の壁から通路の中へと姿を消した。

「家族・・・役目・・・・今までの俺には無縁な言葉だったぜ・・・。」

ぼそりと力なく呟く。

養護施設を脱走してから十数年、自分は好きな様に生きてきた。

真面目に生きて真面目に仕事するなんて人生真っ平御免だった。

だから多少の危険は覚悟の上で荒事師なんて仕事を選んだ。

刹那的な便利屋の生き方は、驚くほど自分に合っていて、何の不満も無かった。

それが、今回の一件で全て完膚なきまで叩き壊された。

生き別れの兄の存在、スラム街から突如現れた古の塔、地獄から這い出して来た悪魔の群れ、そして、自分等足元にも及ばない程強い、悪魔使いとその仲魔。

特にライドウとその忠実な下僕であるクー・フーリンの存在は、ダンテのそれまで培って来たアイデンティティーを喪失させた。

「ライドウ・・・アンタは俺のモノだ。誰にも渡さねぇよ。」

抑える事が出来ない渇望。

例え矜持を失ったとしても、これだけは絶対に捨てられない。

それだけ、ライドウに対する狂おしいまでの思慕はダンテの心を支配していた。

 




メカとか武器とか全く分からないのに出て来るとワクワクしますね。


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ミッション20『幼き日の夢』

シド・デイビスの魔法によって瀕死の重傷を負わされたバージル。
ライドウは、同じ召喚術師であるシド・デイビスを止める為、ダンテと別れ一人テメンニグルへと向かう。


幼い頃、自分は良く孤立していた。

余りにも幼過ぎて、悪魔の力をコントロール出来ず、感情を爆発させては、周りを傷つけていた。

そんな自分を育ての親、葛葉キョウジは辛抱強く教育してくれた。

戦う術を・・生き残る知恵を・・・そして何よりも家族の愛情を惜しみなく与えてくれた。

「父さん・・・。」

シド・デイビスの魔法によってズタズタに引き裂かれた身体と矜持。

血を大量に失い、四肢に全く力が入らない。

このまま出血が続けば、確実な死が待っている。

「悔しいよ・・・父さん・・・。」

脳裏に浮かぶのは、困った様な優しい笑顔を浮かべて自宅兼仕事場である『くずのは探偵事務所』の扉を開けてくれる時代遅れのスーツを着た壮年の男の姿。

半人半妖の異質な自分を実の息子として受け入れてくれた優しい父。

時に厳しく、時に優しい、父親であった。

それなのに・・・・自分は、その父親の人間としての生を歩んで欲しいという願いを踏みにじってしまった。

「情けねぇなぁ・・・めそめそ泣くなんてアンタらしくないぜ。」

頭上から双子の弟―ダンテの声がする。

俯いていた顔を上げるとそこには深紅のロングコートを纏った銀髪の男が立っていた。

「何しに来た・・・?俺を笑いに来たのか?」

激痛に呻きつつ、瓦礫に身を預け、バージルは双子の弟を睨み付ける。

「違うよ・・・ライドウの奴にアンタを助けろと命令されたんだ。」

ダンテは、崖を滑り降りるとバージルの傍まで歩み寄る。

そして片膝を突き、ライドウから渡されたガラスの筒をポケットから出した。

「呑めよ、宝玉って言う回復アイテムらしいぜ。」

その名前なら聞いた事がある。

確か体力を全回復してくれる希少なアイテムだった筈だ。

バージルは、蜂蜜色の液体が満たされたフラスコを受け取る。

「それで傷を治したら此処から逃げろだとさ・・・何処までお人好なんだか。」

ダンテは、肩を竦めるとバージルが身を預けている瓦礫の傍に腰を降ろす。

暫く無言でフラスコを眺めていたバージルは、蓋を剥がすと一息に蜂蜜色の液体を飲み干した。

するとあれ程、自分を苛んでいた四肢の激痛が嘘の様に引いていく。

見ると出血が完全に止まり、抉れていた肉が盛り上がって再生していた。

「おい?何処へ行くんだよ?」

傷が完全に完治したバージルは、突然立ち上がり崖を登って行く。

「決まっている・・・アーカム・・否、シド・デイビスに報復する。奴にスパーダの力をむざむざと渡す訳にはいかないからな。」

「おいおい、俺の言った言葉忘れたのかよ?此処から逃げろって言ったろ?」

未だ父親(スパーダ)の力に固執する兄を呆れた様子で眺めた。

「なら貴様は、奴をそのまま野放しにするのか?奴にやられた屈辱を忘れろと?」

「まぁ、そりゃぁ確かにその通りなんだが・・・。」

バージルの言う通り、シドにスパーダの力を渡す訳にはいかない。

いくら自分よりも遥かに強いライドウが、シドの後を追い掛けているとはいえ、彼は未だに万全な状態ではないのだ。

惚れた相手が命を懸けて戦っているのだ。

当然、気持ちは兄と同じであった。

ダンテは、超人的な脚力で一気に兄、バージルが居る崖の上まで跳躍する。

「今更だけどさ、俺達って生き別れの兄弟なのに、それらしい会話一度もしてねぇよな?」

蒼いロングコートの青年を改めて見つめる。

双生児とは、同じ母親の胎内で同時期に発育して生まれた二人の子供であるのが一般常識だ。

多胎児とも呼ばれ、大まかに一卵性双生児と二卵性双生児の二つに分かれる。

ダンテとバージルは双子ではあるが、若干、バージルの方が女性的な顔立ちをしている。

背丈も大柄なダンテより一回り小さく、もしかしたら母親の遺伝情報が多いのかもしれない。

そうなると二人は二卵性双生児という事になる。

ダンテは父方の方に、バージルは母方の方に似たのだ。

「だから何だと言うんだ?それと俺をジロジロ見るんじゃない。」

明らかに嫌悪感を丸出しにして、弟を拒絶する兄に、ダンテは大袈裟に溜息を吐き出す。

「普通、映画なら感動の再会って事になるのになぁ?」

やっと出会えた家族。

それなのに、現実の兄は余りにも冷たく素っ気ない。

まぁ、元々は自分の持つアミュレットを奪い取って魔界の扉を開けるのが目的だったのだから、そこに兄弟の情を求めるのはお門違いだ。

「・・・・お前とは、もっと違う形で会いたかった・・・。」

若干頬を染めた兄がそっぽを向いて小さく呟く。

バージルとて、十数年前に生き別れた弟とこうやって再会出来て感慨の想いを抱かない筈は無かった。

記憶に残っているのは、自分と同じ銀髪の小さな少年の姿。

内向的で思った事を中々表現できない自分と違い、弟のダンテは素直で社交的だった。

当然、友達も多く、彼の周りには親しい仲間が大勢いた。

改めて大人へと成長した弟を見つめる。

彫の深い端正な顔立ち、バージルと違い背が高く、鍛え上げられたがっしりとした体躯は、どことなく育ての親、キョウジに似ていた。

素肌に深紅のロングコートという奇抜な恰好。

そこから覗く鎧の様な腹筋を見た瞬間、不埒な事を考えそうになり、慌てて視線を逸らす。

(馬鹿馬鹿しい、コイツと父さんが似てる筈がないだろ?)

バージルにとって義理の父、葛葉キョウジは神聖な存在だ。

決して、素肌に皮のロングコートを着る様な美的感覚がおかしい恰好などしない。

「どうかしたのかよ?バージル。」

兄の異変に敏感に感じ取ったのか、ダンテが傍によって聞いて来た。

「何でもない!それと俺に近づくな!殺すぞ!!」

まるで威嚇する猫の様に毛を逆立てて怒る双子の兄を見て、ダンテは理由が全く分からず肩を竦めた。

 

呪われし塔『テメンニグル』に向かってスラム13番通りを疾走する深紅のモンスターバイク。

大型バイクを巧みに操作するのは、女性の様に小柄な体躯をした少年であった。

「ライドウ・・・やっぱり志郎を喚んだ方が良いんじゃない?」

少年が着るパーカーの胸元に入り込んだ小さな妖精が顔色が大分悪い主を見上げて言った。

「アイツの頭が冷えるまで召喚はしない。」

「でも、今のままじゃシドって奴には勝てないよ?」

確かにマベルが言う通り、シドの持つ最上級悪魔―グレーターデーモン、マスター・テリオンに勝つ事は出来ないだろう。

しかも、今のライドウは魔力が枯渇し、ロクな魔法が使えない状態だ。

普通なら、今すぐにでも番を召喚して魔力のパスを通し、補填しなければならない。

「大丈夫、なんとかなるさ。」

そう言って、ライドウは困った様に笑う。

『なんとかなる。』これは、彼の何時もの口癖だ。

事実、彼はその言葉でどんな苦境も乗り越えて来た。

(でも、今は状況が違う・・・。)

あの時は、必ず番のヨハンかクー・フーリンがいた。

彼等の助力があったからこそ、あらゆる修羅場を潜り抜けて来られたのだ。

(私にもっと力があれば良いのに・・・。)

無力なピクシーでしかない己を激しく呪う。

もし、彼女が代理の番が出来れば、状況はもっと違ったかもしれない。

「・・・!!ライドウ、来るよ!!」

危険を察知した妖精が主に注意を促す。

暗闇に飛翔する深紅の怪鳥達の群れ。

テメンニグルを住処にしている妖獣―ブラッド・ゴイルだ。

徒党を組んだ血の色をした蝙蝠達は、ライドウの華奢な躰を切り裂かんと、鋭い爪と牙を剥き出しにして襲い掛かる。

「マベル!しっかり掴まっていろよ!!」

バイクを自動操縦に切り替え、M11A1ガスブローバックサブマシンガンをルージュに備え付けてあるツールバッグから引き抜いた。

両手に持った2丁のサブマシンガンが火を吹く。

無数に放たれた鋼の牙は、次々に深紅の蝙蝠の群れを喰い千切って行った。

元の石の石像へと変わり、粉々に砕けていくブラッドゴイルの群れ。

しかし、数が圧倒的に多過ぎる。

撃ち洩らした数体が、悪魔使いの少年に襲い掛かった。

「ルージュ!手を貸せ!!」

「イエス・マスター。」

主の呼び掛けと共にロボット形態へと変わる深紅のモンスターバイク。

ライドウが空中に大きく跳躍。

それと同じくしてルージュの両腕に設置されている重機関銃から鉛の弾丸がばら撒かれた。

暗闇を眩く照らすマズルフラッシュ。

次々と消し飛ぶブラッドゴイルの大群。

真紅の蝙蝠群が粗方片付けられると、ルージュは再び大型バイクに変形する。

そのシートに、空中で身を捻ったライドウが華麗に跨った。

「大丈夫か?マベル。」

先程の曲芸で大分参っている胸元の妖精に向かって声を掛ける。

「うん・・・何とか生きてるぅ・・・。」

真っ青な顔をしたマベルがブルブルと震える手で親指を立てる。

いわゆるサムズアップというジェスチャーだ。

「よし、そんじゃ次も頑張ってくれ。」

半ば死に体状態の妖精に激励を送り、ライドウはハンドルのグリップを捻りアクセルを全開にさせる。

マフラーから炎が噴き出し更に加速するモンスターバイク。

障害馬術宜しく、その巨体を跳躍させると古の塔の壁面に取り付く。

「くぁwせdrftgyふじこlp!!!」

言葉にならない悲鳴を上げて、滂沱の如く涙と悲鳴を上げるマベル。

それに構わず、ライドウは頭上から落ちてくる巨大な岩の塊を巧みなハンドル技術で躱していく。

「!!?」

突然、壁面の一部がゴッソリと剥がれ落ち始めた。

轟音と共に落ちてくるテメンニグルの外壁。

それを再び跳躍した深紅の大型バイクが飛び乗り、更に急加速して上へと凄まじい勢いで登って行く。

「ルージュ!!」

登り切った塔入り口付近に悪魔の群れ―ヘル・プライドを視認したライドウは、大型バイクに声を掛ける。

人型形態へと変形するモンスター・バイク。

ライドウも宙に躍り出ると腰に吊るした鞘から七星剣を引き抜く。

ライドウの繰り出す斬撃が悪魔の身体を両断し、重機関銃から吐き出される鉛の牙が、異形の怪物達を引き裂いていく。

地底御苑、上昇部に着地する一人と巨大な機械人形。

刀に切り刻まれ、弾丸に無残な姿に変えられた悪魔達が塵となり、辺りに降り注いだ。

「何とか此処までこれたな?」

約束通り、殲滅部隊は戦線から一時離脱しているのか、一度も邪魔される事は無かった。

あの瓶底眼鏡を本気で信用するつもりは一ミリとてないが、今はあの口約束を頼りにするしかない。

チラッと胸元にいる妖精に視線を落とす。

マベルは完全に白くなって口から魂を吐き出していた。

「ルージュ、お前は此処に残って俺達が帰って来るまで待機な?」

「イエスマスター。」

バイク形態に戻ったルージュを確認すると、塔内に入る為に扉へと向かう。

正直、シドに勝てる勝算など更々ない。

しかし、”クズノハ”の揺るぎなき信念と矜持が今のライドウを突き動かしていた。

 

巨大空中戦艦『アイアンメイデン』

そのメインデッキの中、高級な皮張りの椅子に座ったヴァチカン科学技術開発部総責任者、射場・流は、背凭れに身を預けてタブレットを弄っていた。

「一体何をお考えですか?博士。」

「何って?」

隣に座る『アイアンメイデン』艦長兼対悪魔殲滅部隊”ドミニオンズ”司令官のマウア・デネッガーの質問に同じく疑問形で返す。

「17代目・葛葉ライドウの事です。何を考えて奴に時間を与えたのですか?」

彼女は未だにライドウと流の勝手に決めた取り決めに納得が出来ないでいた。

この案件は既にヴァチカン側に譲渡されている筈だ。

クズノハにも前もってその事は伝えてある。

これは葛葉・ライドウの独断専行であり、重大な規約違反だ。

正当な権限を持つ自分達が、こんな茶番に付き合う道理は無い。

「彼は優秀な悪魔使い(デビルサマナー)だ。それに、経歴を調べてみると魔界に何年も在留していた記録もあるからね。あちら側の事を知り尽くしてる。当然、妖閉空間を閉じる方法もね。」

「だから猶予を与えたと?もし、失敗したらどうするつもりなんですか?」

それが一番の気掛かりだ。

これ以上最悪な事態を招けば、ヴァチカンの沽券に拘わる。

「失敗なんて絶対しないよ・・・彼は・・・17代目・葛葉ライドウは、因果律を統べる絶対者だ。それは当然、魔界の世界でも同じ事・・・例えどんな強力な悪魔が現れても決して彼を殺す事は出来ない。」

「・・・・・”帝王の瞳”・・・。」

流の口から出た『絶対者』という言葉に、マウアはぼそりとそう呟く。

帝王の瞳・・・・天界・人界・霊界の三界の因果律を支配する王の瞳。

制限や制約などといった事柄に全く縛られぬ究極なる者。

「そう・・・だから僕達はただ待っていれば良い・・・王の帰還をね。」

「・・・・。」

この男は最初から抗重力弾を落とす気など更々ない。

初めから分かっているのだ。

葛葉ライドウが魔界の扉を閉じる事が出来る唯一の存在である事を。

 




自分設定かなり有り、バージルは自分よりも背が高くてがっしりとした年上の男性に弱いです。


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ミッション21 『自己との対峙』

魔界の門を目指し、再び呪われし塔―テメンニグルに侵入するライドウ。
一方、ダンテはシドによって深手を負わされたバージルを救助し、共に報復をするため、一時共闘するのであった。


閉ざされし暗黒の回廊。

女神アリラトが宿った魔法剣が唸りを上げる。

次々に切り裂かれていく悪魔の群れ。

その間を一陣の疾風が如く、小柄な影が駆け抜けていく。

「!!」

殺気を予知した影―葛葉・ライドウが真横に飛ぶ。

すると先程までいた石畳に蒼白く光る槍が突き立っていた。

「フォールンか・・・また面倒臭いのが出て来たな。」

眩く白く光る羽根を持つ人型の悪魔。

肌は炭の様に黒く、目からは血の涙を流し、身体に第二の醜悪な悪魔の顔を持っている。

かつては天上界に居たとも言われている悪魔ではあるが、こんな異形の化け物を天使とはとても呼ぶ気にはなれなかった。

「羽根を壊さないと本体にダメージが通らない・・・さてどうしたもんか。」

空中を優雅に浮遊する4体のフォールンを前に、ライドウはさして狼狽している様子は微塵も無かった。

この後のシド戦を考えると最上位魔法の連発は自殺行為に等しい。

例え魔界に行けたとしても、ガス欠状態では戦闘どころではなくなる。

エーテルは、生贄拷問室で使ってしまったし、唯一魔力を補給出来るチャクラドロップも後僅かだ。

そうなるとなるべく魔法を使わず、近接戦闘で潜り抜けなければならない。

「ふん、吐いた唾は飲めねぇよなぁ!!」

着ているカジュアルジャケットの脇に手を入れサブマシンガンを取り出す。

地底御苑、上昇部に待機させてある大型バイク・ルージュに備え付けられているツールボックスから持って来た獲物だ。

銃器の類を扱うのは余り好きではないが、今更そんな悠長な事を言っていられる場合ではない。

サブマシンガンが火を吹く。

音速の無数の牙は、フォールンの纏う羽根の鎧を引き剥がしていった。

 

「酷い面だな?」

繁華街から二本ほど入り込んだ場所にある酒場―ボビーの穴倉。

何時もの様に店主のボビーが、バー・カウンターでグラスや食器を洗っている。

そのカウンター席でジンの入ったグラスを傾けているダンテに、同じ便利屋仲間のグルーが声を掛けた。

「女遊びも大概にしとけ、そのうち本気で刺されちまうぞ?」

40代半ばぐらいの壮年の男は、微かに赤くなったダンテの頬を見つめてそう言った。

「大きなお世話だ。それと刺されたぐらいじゃ俺は死なねぇよ。」

そんな悪態を吐いて銀髪の大男はグラスに残ったジンを一気に飲み干す。

彼の言う通り、悪魔と人間のハーフであるダンテは、常人より遥かに頑丈だ。

頭蓋に鉛弾を喰らっても死なない。

「別に強制するつもりは無いが、一人ぐらい決まった相手を作ったらどうだ?そうすりゃ仕事にも張りが出るし、生活面も多少は良くなる。」

「だから大きなお世話だって言ってんだろ?それともエンツォの奴に何か言われたのか?」

エンツォとは、荒事師などに仕事を仲介している情報屋の一人である。

金にがめつく何かと小煩い小男ではあるが、高額の仕事を良く酒場に持ち込んで来る為、同業者からはそれなりに人気も高い。

「別に・・・ただ、お前さんのその刹那的な生活態度が少しでも改善されればと思っただけさ。」

グルーは、大袈裟に肩を竦めてみせた。

彼にとって年若いダンテは、何かと頼りになる相棒ではあると当時に、若すぎる故か危なっかしい所が多々目立つ。

一番酷いのが性生活であった。

4人の子供を持つグルーでも、それなりに性欲はある。

今でも後腐れの無い女性と一夜限りの関係を持つ事だってある。

しかし、ダンテの場合は酷過ぎた。

女どころか気に入った同性なら、所構わず関係を持つ。

この時代、ゲイやレズビアン、ダンテの様なバイセクシャルなどさして珍しくは無い。

それに関してとやかく言う気は一ミリたりとて無いが、少しばかり度が過ぎると思う。

「お断りだね・・・決まった相手何て作ったら後が面倒じゃねぇか。」

ボビーに追加のジントニックを注文しつつ、ダンテは吐き捨てる様に言った。

「今はまだ若いから良いさ・・・でも、俺ぐらいの年齢になると無性に家族を作りたくなる。電気が付いてない暗くて寒い塒(ねぐら)に帰っても寂しいだけだからな。」

何時死ぬか分からない因果な稼業である便利屋は、老後の心配をする必要が無くて楽だ。

しかし、それでも一人寝は寂しい。

年齢をある程度重ねると、それを嫌と言う程感じてしまうのだ。

「生憎、俺にはそういう情緒とか全く無いんでね・・・今の束縛されない環境が酷く気に入っているのさ。」

そう、今はこのままで良い。

グルーの様に家族に囲まれる暖かさも心惹かれないと言えば嘘になるが、自分は一人で過ごす夜に慣れ過ぎている。

十数年前、最愛の母を失い、たった一人の兄弟と生き別れたダンテにとって、肉親とは重い鎖に思えて仕方が無かった。

大事なモノを作れば重荷になる・・・そう、思っていたのに・・・・。

 

17代目・葛葉ライドウが欲しい。

濡れ羽根色の長い黒髪を三つ編みで一つに纏め、ビスクドールの様に整った容姿を持つ、黒い眼帯を左目に付けた小柄な少年。

自分等よりも卓越した体術と剣術を持ち、強大な魔法力で全てを圧倒する。

初めて氷の門番の間で出会った時は、ムカつくだけの糞餓鬼だった。

からかわれた時は、本気で腹が立った。

でも今は違う。

(アンタは俺のモノなんだ・・・一生閉じ込めて俺だけのモノにしてやる。)

異常な程の妄執。

それが今のダンテを突き動かしている。

 

呪われし塔、『テメンニグル』に辿り着いたダンテと双子の兄、バージル。

始まりの回廊に足を踏み入れた時、二人は無数の悪魔の死骸を目の当たりにして息を止めた。

「人修羅の仕業か・・・?」

累々と横たわる悪魔の屍。

中には純白の羽根を持った、天使の様な悪魔もいる。

(的確に悪魔の急所である心臓を破壊している。無駄な攻撃が一切見当たらない。)

バージルの脳裏に闇を司どりし暗黒の頂で対峙したライドウとの一戦が思い出された。

父、葛葉キョウジから教えられた抜刀術が全く通用しなかった。

太刀筋をあっさりと見切られ、一太刀すら・・・否、相手に刀を抜かせる事すらも出来なかった。

徒手空拳で良いようにあしらわれ、成す術も無く精神波攻撃で眠らされた。

冷静になって考えると自分とライドウの力量は天と地ほども違う。

無数に転がる悪魔の死骸が、それを如実に現している。

「早く行こうぜ?バージル。見せ場を全部ライドウに盗られちまう。」

未だ塵に返っていない所を見ると、ライドウはこの付近のすぐ近くにいる。

早くあの悪魔使いと合流したい。

「・・・・・お前は、これを見て恐ろしくならないのか?」

「あん?今更何を言ってんだよ?アンタ。」

胡乱気に背後にいる双子の兄を振り返る。

「全ての悪魔が心臓を一突きされて死んでいる。流石の俺でもこんな倒し方は出来ない・・・シド・デイビスが言う様に、人修羅は人知を超えた化け物だ。」

月光を望みし天空の回廊で、シド・デイビスはこう言った。

『人修羅を甘く見るな。上級召喚術士は魔王すらも従える。噂では奴は最上級悪魔(グレーターデーモン)を3体も所持しているのだ。他の召喚術士共とは強さの桁が違い過ぎる。』

と、つまり剣術だけでなく、最深部・礼典室でシドが見せたマスター・テリオン並みの最上位悪魔を3体もその身体に宿しているのだ。

実の父・スパーダの力を手に入れても、人修羅には敵わないのではないのか?

そんな不安と疑問がバージルを襲う。

2000年以上前、悪魔の軍団から人類を救った英雄。

その英傑を遥かに超える怪物が、今追いかけている一人の少年なのだ。

「だから何だ?今のライドウは弱っているんだぜ?シドって奴に一撃でやられちまったろ?」

ダンテの言う通り、魔力が枯渇した人修羅は、最上位悪魔を喚べず、刀一本で塔内を徘徊する悪魔の群れと立ち回っている。

これ以上、兄の御託には付き合えないと先を進む弟の広い背中をバージルはぼんやりと眺める。

強大で偉大なる魔剣士・”スパーダ”の力を手に入れれば、幼いあの日の悪夢から抜け出せると思っていた。

しかし、その悪夢を超える怪物が現れたのだと確信したその時、彼の確固たるアイデンティティーは、脆くも音を立てて崩れてしまったのだ。

 

封じられし禁断の冥府。

そこに闇よりも濃い漆黒のカソックを身に付けた火傷(フライフェイス)の男が一人立っていた。

元ファントムソサエティのSS級召喚術師(サマナー)シド・デイビスだ。

「これがかつて魔剣士”スパーダ”が愛用していた魔具”フォース・エッジ”か。」

柄の所に三つの髑髏が彫り込まれている最強の魔剣士を象徴とする魔具(デウスオブマキーナ)。

異様な魔素を放つその魔剣を漆黒の神父は暫く眺めていた。

(漸く・・・漸く私が神の力を手に入れる・・・。)

緊張で震える手を大剣の柄に伸ばす。

丁度30年前、平崎市で自分が起こした戦女神・イナルナ姫降臨の事件。

後もう少しで太古の昔に平崎市を含む地域一帯を支配していた王国の女王の莫大な霊力を手中に収められそうだったのに、それを忌々しい組織『クズノハ』の召喚術師、13代目・葛葉キョウジに邪魔された。

だが今は、それと同等・・・否、それ以上の力が自分のモノになるのだ。

「待っているが良い、葛葉キョウジ・・・スパーダの力を得たらまず最初に貴様を血祭りに上げてやる。」

祭壇に祭られている大剣を引き抜き、高々と天へと翳す。

莫大な魔力が自分の躰に流れ込んで来るのが分かった。

 

闇と契約せし暗黒の頂へと向かうライドウ。

途中、魅惑せし化身の間に足を踏み入れた悪魔使いの身にある異変が起こった。

薄暗い室内にいきなり明かりが灯る。

不自然に伸びる己の影。

それは壁に到達すると、人の形となり、壁から抜け出て来る。

「悪趣味過ぎるんじゃないのか?」

壁から抜け出たソレは、ライドウと同じ体躯、同じ容姿をしていた。

唯一違うのは、その服装である。

カジュアルジャケットとビンテージジーンズ姿の悪魔使いの少年に対し、影は漆黒のマントに皮の肩当、腕には同じ革製のアームバンブレスに腰には、ファイティングナイフとクナイが収納されているベルトを下げている。

呪式が編まれた布で口と左目を覆っているその姿は、かつて”クズノハ”の暗殺者(アサシン)として活動していた自分自身であった。

「人の黒歴史引っ張り出しやがって・・・・自分と対話しろ?てか。」

恐らく、このドッペルゲンガーは、室内の各所に設置されている証明の造り出す特殊な光によって生み出された悪魔なのだろう。

それにしては、ライドウ自身が忌み嫌うかつての自分自身を模して現れるとは、随分と悪質な趣向である。

アサシン・ライドウは腰に吊るしてある七星剣を鞘から抜き放ち、悪魔使いの少年に襲い掛かった。

上段からの鋭い打ち込み。

それを同じく七星剣で受け止める。

(コイツは只の影だ・・・本体は、室内に設置されてあるあの6つの照明。)

ドッペルゲンガーは術師が造り出した幻影にすぎない。

何度攻撃してもすり抜けるばかりで、ダメージは決して与えられないのだ。

ライドウは相手の刀を切り上げると、背後の照明に手首に仕込んだクナイを叩き込む。

照明が破壊され、ガラスが砕け散る。

獣の様な唸り声を上げて苦しむアサシン・ライドウ。

「やっぱりな・・・。」

皮肉な笑みを口元に浮かべる。

相手の弱点は既に読めている。

ならばこんな茶番はとっとと終わらせてしまおう。

次の照明に移動しようとしたその眼前にアサシン・ライドウが躍り出た。

いくら悪魔が造り出した幻影の影とはいえ只の操り人形ではない。

ただ黙って弱点である照明を破壊される程、木偶の坊ではないのだ。

壊される前に息の根を止めてくれる。

アームバンブレスに仕込まれている小型の飛び出しナイフで、ライドウの右目を狙う。

それを身を逸らせて躱す悪魔使いの少年。

滑り込む様に足払いをするが、それを読んでいたアサシン・ライドウが後方に跳躍して避ける。

「ちっ、そう簡単には壊してくれないか。」

躱した際に頬を薄く切られたのか、右頬から血の雫が一筋流れ落ちた。

流が提示した1時間という制限時間。

もう既に20分以上が経過している。

こんな所で無駄な時間を消費している暇はない。

ライドウは一つ深呼吸をすると、七星剣を一度鞘に納める。

悪魔使いの少年の出方が分からず、七星剣と腕に仕込んだ飛び出しナイフを構えるドッペルゲンガー。

幾ら姿・形そして能力を8割方コピー出来ても、ライドウ本人の思考までは読み取れない。

暫しの静寂。

時間にして5分も経過していないだろう。

痺れを切らしたドッペルゲンガーが、先に仕掛ける。

「虚空斬波!!」

的確に人中を狙った刃の一突き。

鼻と口の窪んだ部分に向かって一直線に銀色の鋭い刃が放たれた刹那、閉じられたライドの双眸がカッと見開かれ、紫色に輝く魔力の光を帯びた刀身が音速の速さで鞘から引き抜かれる。

魅惑せし化身の間に吹き荒れる突風。

それは壁に設置された5つの照明を次々に破砕していく。

「ぎゃああああああああああ!!」

ドッペルゲンガーの断末魔の悲鳴。

勝機を確信したその相貌は、一瞬で絶望へと変わり、漆黒の肢体は霧の如く霧散していった。

時間にして1分も経たなかっただろうか?

後に残されたライドウは、がっくりとその場に片膝を突く。

「はぁはぁはぁはぁ・・・・。」

今にも薄い胸から飛び出しそうな程、打ち付けられる心臓。

激しい頭痛と吐き気で立ち上がる事が出来ない。

いくら女神アリラトの力を借りたとはいえ、魔力が枯渇したこの躰にあの大技は流石に堪えた。

(合体剣を持って来て良かった・・・・もし、草薙の剣を使っていたら此処でゲームオーバーする所だったぜ。)

正直、一か八かの分の悪い賭けであった。

見た相手の能力を8割方コピーする能力があるドッペルゲンガーでも、流石に合体剣の力まで複製する事は出来ない。

虚空斬波という剣技は、使用者に大きな負担を掛ける荒業だ。

生憎、歴代ライドウが使用していた赤身の鞘―草薙の剣は、自分の躰には合わない。

だが、女神アリラトが宿った合体剣ならば、ある程度の負荷なら耐えられると判断した末での作戦であった。

『化け物め・・・・・。』

ふと、脳裏に血塗れになって倒れる男の姿が過った。

憎悪と絶望に満ちた目で力なく自分を見上げる同胞の姿。

そして、その脇で男の返り血を浴びた長い黒髪の少女。

「糞!糞!糞!」

突然、何を思ったか、ライドウが硬い石畳に額を打ち付けた。

何の手加減もせず、ただ額を石畳に何度も何度もぶつける。

「やめて!ライドウ!!一体どうしちゃったのぉ!!?」

漸く目を覚ましたマベルが、主の異変を察し、懐から急いで這い出す。

滅茶苦茶に石畳に額を打ち付けたせいで血塗れだ。

それに構わず、マベルが止めさせようと主の顔に張り付く。

「はぁ・・・はぁ・・・糞・・・サンタ・・・月子・・・御免・・・俺は・・・。」

荒い吐息の中、無意識に言葉にならない文字の羅列を吐き出す。

訝し気な表情で、妖精が主の顔を見上げた。

「先代に・・・命令されたんだ・・・逃げた娘を連れ戻せと・・・俺は・・・師の・・・16代目の命令に従ったんだ・・・・でも・・・ああ・・・まさか、月子お嬢様を連れ出したのが・・・サンタだったなんて・・・。」

「ライドウ・・・・。」

ぽたぽたと床に滴り落ちる血に混じって、暖かい涙の雫が零れ落ちる。

肩から腰に掛けて袈裟懸けに斬られた親友のサンタこと三田夫。

組織『クズノハ』の暗部”八咫烏(ヤタガラス)”の同期。

共に厳しい訓練を耐え、技を磨き合い、”八咫烏”の中でも先鋭部隊と呼ばれる12神将に抜擢されるまでになった。

暗殺者(アサシン)の任務は反吐が出る程糞だったが、陽気なサンタがいたから耐えられた。

「ら・・・ううん、ナナシ・・・お願いだから私を見て?」

親友を手に掛けた悪夢に脅え、今にも自死しかねない程追い詰められているライドウにマベルが優しく声を掛ける。

「ねぇ?泣かないで・・・貴方は17代目・葛葉ライドウ・・・私の大事な夫であり、”明”と”ハル”の優しい父親・・・。」

血と涙で歪む視界の中・・・そこに居たのは、小さな妖精では無く、かつて自分が最も愛した妻(おんな)の姿があった。

優しい微笑を浮かべ、妻は優しく夫を抱きしめる。

「思い出して・・・貴方は今大事な任務の最中だったでしょ?ダークサマナー=シド・デイビスから、スパーダの力を・・・いえ、この街にいる人々を救う為に貴方は戦っている。」

「・・・・そうだ・・・俺は、葛葉ライドウ・・・”クズノハ”の使命・・・それは、人を悪魔から救うこと・・・。」

ライドウの双眸に徐々にではあるが、正気の色が戻って来る。

ゆっくりと瞼を閉じる。

深く息を吸って吐き出し、閉じていた瞳を開くと、そこには何時もの17代目・葛葉ライドウがいた。

「御免・・・やっと戻って来れたわ・・・。」

乱暴に袖で額の血と涙を拭う。

時々、ライドウは統合失調症の陽性患者の症状と同じ、幻覚、妄想、自我障害などの発作を起こす時がある。

きっかけは、何らかの精神的ストレスが殆どで、今回はドッペルゲンガーがコピーした暗殺者(アサシン)時代の自分の姿を見た為だ。

発作を起こすと先程と同じ、激しい自傷行為を行い、酷い時になるとナイフで自分の腕や脚を突き刺す事もある。

そういう時は、決まってマベルが病死した妻―葛葉・月子の姿になって主人の発作をいつも抑えていた。

「最近、発作起きて無かったのに・・・何で急に?」

元のハイピクシーの姿に戻ったマベルが、回復魔法を唱える。

「分かんねぇ・・・あの糞悪魔に自分のトラウマ刺激されたせいなのか・・・それとも、もっと別の原因があるのかもしれねぇ・・・。」

マベルの治癒魔法のお陰で、傷口は殆ど塞がった。

七星剣を腰の鞘に納め、徐に立ち上がる。

今は兎に角前に進まないといけない。

シド・デイビスが潜った魔界の門まであと少しであった。

 




主人公のライドウ君は一応妻帯者です。
強くてもメンタルが弱いキャラって萌えるww


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ミッション22 『せめて人間らしく』

魅惑せし化身の間で、己のドッペルゲンガーと戦うライドウ。
一方、地獄門を潜って魔界へと辿り着いたシド・デイビスは、等々スパーダの力を手に入れてしまうのであった。


古の塔―『テメンニグル』頂上。

闇と契約せし暗黒の頂・・・そこに、ハイピクシーを肩に乗せた一人の少年が登って来た。

天に一直線に登る深紅のヘルズゲートを見上げる。

「まさかこんな形でまた異界に行く事になるとはな・・・。」

ライドウが魔界を放浪したのが今から17年以上も前。

あの時は、最強のグレーター・デーモンを手に入れる為に自ら望んで異界送りの試練を受けた。

今は、同業者であり元敵対組織のエージェント、シド・デイビスを止める為に再び魔界の地に足を踏み入れ様としている。

「ライドウ・・・?」

不安そうな表情でマベルが主である少年の顔を覗き込む。

そんな彼女に、ライドウは優しい笑みを口元に浮かべた。

「やっと見つけたぜ・・・ライドウ。」

聞き覚えがあり過ぎて困る男の声。

振り返ると頂に登る階段をゆっくりとした歩調で、真紅のロングコートを纏った銀髪の大男が昇って来る。

レッドグレイブ市を中心に活動している荒事師のダンテだ。

その後ろには、二卵性の双子の兄、バージルもいた。

「お前等・・・何で逃げなかったんだ?」

心の何処かで感じていた嫌な予感。

少しの間だけではあるが、この男と一緒に行動していて分かった事がある。

それは、超が付くほどの負けず嫌いな性格だという事だ。

「決まってんだろ?シドなんたらって奴をぶちのめして盗られたアミュレットを取り返す為だよ。」

「奴に父・・・スパーダの力をくれてやる訳にはいかない。」

皮肉な笑みを口元に浮かべるダンテと、隠し様もない殺気を漂わせながら、鋭い視線を天に昇るヘルズゲートへと向ける兄のバージル。

こういう負けず嫌いな所は、二人共、驚く程良く似てる。

「あのなぁ・・・此処から先は俺の仕事だと言った筈じゃ・・・。」

「もう今更戻れって言われても手遅れだぜ?それに、俺も兄貴もこの件から手を引く気は一切ねぇからな。」

この呪われし塔を造り出し、魔界の扉を封印したのは誰であろう、自分達の実の父親―魔剣士・スパーダである。

ライドウが同じ同業者であるダーク・サマナー、シド・デイビスの愚行を止めるのが己の役目と言うのであれば、自分達の実の父親の力を奪い取ろうとしているシドを倒すのがダンテ達兄弟に課せられた使命だと言えた。

「シド・デイビスを倒し、父、スパーダの力を受け継ぐのはこの俺だ・・・そして、その後は、必ず貴様を殺す。」

「はぁ・・・・?」

今更何を言ってんだ?コイツ?と気の抜けた返事を返すライドウ。

そんな悪魔使いの少年に蒼いロングコートの美丈夫は、秀麗な眉根をぴくぴくと引き攣らせた。

「いいか!俺は貴様には絶対に負けないからな!?人修羅!!父・スパーダの力は俺のモノだ!そして貴様を倒すのはこの俺だ!分かったか!!」

ビシっと悪魔使いの少年に人差し指を突き付け、言いたい事だけ言うと、バージルはさっさと光の柱の中へと姿を消した。

鬼いさんの剣幕に圧倒され、暫く固まるライドウ。

「おい、お前の兄貴ってあんなキャラだったっけ?」

「知らねぇよ。十数年以上前に生き別れた兄弟なんだぜ?バージルが何処でどんな風に育ったか何て知る訳がねぇだろ。」

10にも満たない子供の時に悪魔の群れに襲われ、半ば無理矢理に引き離されたのだ。

ダンテの言う通り、双子の兄が一体どんな環境でどんな風に生きて来たかなど知る筈が無い。

「ちっ、こんな所で白けてる場合じゃねぇ。」

バージルの豹変振りに暫し呆けていたライドウは、慌てて正気に戻ると光の柱―ヘルズゲートへと向かおうとする。

と、その細い腕を誰かががっしりと掴んだ。

「おい、手を離せよ。」

自分の腕を掴んでいるのは、誰であろう深紅のロングコートを纏った銀髪の大男だった。

バツが悪そうな表情で自分の頬を掻く。

「どうやらマジで、アンタにイカレちまったみたいだ。」

「はぁ・・・・?」

コイツも一体何をほざいているんだ?

思わず呆れて自分よりも遥かに高い位置にあるダンテの顔を見上げたその時だった。

突然腕を引き寄せられ、華奢な躰を抱き上げられる。

文句を言い掛けた悪魔使いの唇をダンテのソレが塞いだ。

予想外の出来事にライドウの細い四肢が固まる。

すぐ傍らでこの暴挙とも取れる行動を目の当りにした小さな妖精も、口をあんぐりと開けて凝視していた。

「なにをしやがるんでぇ!!」

漸く正気に戻った悪魔使いが鼓膜が破れる程大きな声で怒鳴る。

濃厚なディープキスを楽しんでいた不埒な男は、対処が出来ず、耳を突き抜ける大音量に内耳神経を容赦なく揺さぶられ、堪らず小柄な少年を離してしまった。

「い、いきなり酷ぇなぁ・・・。」

「うるせぇ!それはコッチの台詞だぁ!!」

悪魔使いは、未だに固まっている妖精を無造作に掴むとポーチの中に押し込んでしまう。

本当なら、100万回ぶち殺してやりたい所だが、今は兎に角時間が惜しい。

耳を押さえて蹲る銀髪の大男を尻目に、ライドウはヘルズゲートの中に入って行った。

 

魔界と言う世界は、一言で言えば現世の常識では計り知れない神秘的な世界だと言える。

仏教においても、仏界の反対概念であり、『欲界の上四天』、『神秘的で恐ろしい場所』、『人々を誘惑する所』と捉えられている。

数年間、魔界を彷徨ったライドウに言わせると、これ程単純かつ明確な世界は無いと思う。

簡単に例えると『力こそが全ての世界』。

力の無い生き物はあっさりと淘汰され、力ある者だけが生き残る事が許された場所なのである。

「久しぶりの魔界の空気・・・懐かしすぎて反吐が出そうだぜ。」

不浄なる地獄の門へと足を踏み入れた悪魔使いの少年は、誰に言うでもなくぼそりと小さくそう呟く。

ライドウにとって魔界は嫌な記憶しかない。

弱者が簡単に踏み躙られ、強者がその上で胡坐をかく。

現世でも同じことが言えるが、魔界はソレを露骨に体現したかの様な場所だ。

「おい、バージルの奴は一体何処に行きやがったんだぁ?」

ヘルズゲートを潜り、銀髪の大男―ダンテが姿を現した。

華奢で少年体形のライドウと比べ、こちらは鍛え上げられた逞しい体躯に、高身長。

おまけに憎たらしい程、造詣(ぞうけい)が整っている。

何か激しくムカつく。

「敵さんとお遊戯中らしい・・・この先で数体の悪魔と戦っている気配を感じる。」

先程の暴挙を思い出したライドウは、それとなくダンテから距離を置く。

警戒するライドウを見て、ダンテは面白く無さそうに唇を尖らせた。

「さっきは・・・その・・・悪かったよ・・・アンタ見てたら気持ちが抑えられなかったんだ。」

若さ故の暴走か、ライドウを前にすると理性よりも欲望が先に出てしまう。

こんな状況下でなければ、今すぐにでも押し倒して自分のモノにしてしまいたいぐらいだ。

「悪いと思うなら、ちゃんと働いて証明してみろ。」

とても衰弱しているとは思えない身軽さで、死せる遊戯の冥府へと続く石の階段を軽やかに飛び移りながら登る。

そんなライドウの後姿を暫し眺めていたダンテは、軽く肩を竦めてその後に続いた。

 

チェスの盤面を思わせる様な白と黒のチェック柄のボードの上を蒼いロングコートを纏った銀髪の青年が駆ける。

剣風がチェスの駒を模った(かたどった)悪魔、ダムド・ポーンの身体を砕き、魔力で造り出された刃がダムド・ビショップの身体を貫く。

「楽しそうだな?バージル。俺達も混ぜてくれよ?」

バージルの背後から襲い掛かろうとした馬の頭を模した駒―ダムド・ナイトの身体にダンテが大剣『リベリオン』を叩き込む。

「余計な世話だ、こんな程度の敵、俺一人で十分だからな。」

折角の楽しみを邪魔され、露骨に嫌な顔をする双子の兄。

そんな兄に対し、弟はやれやれと溜息を吐く。

「巫山戯ている場合じゃないぞ?二人共。本命がそろそろご登場だ。」

二人を追い掛けてチェスボードに降り立ったライドウが、視線を左の方向に向ける。

するとポーンやナイトとは比べ物にならない程の魔素を放つ三体の駒が現れた。

体内の高エネルギーでレーザー攻撃を行うダムド・ルーク。

優れた機動力と攻撃力を誇るダムド・クィーン。

そして全ての駒を統率する盤上の王、ダムド・キング。

どれも、テメンニグル塔内を根城にしていた上級悪魔と同クラスの実力を持つ魔界の兵器達だ。

「クィーンとルーク・・・それから、他の雑魚敵は一切無視しろ。倒すのはあそこでふんぞり返っているキングただ一人だ。」

盤上の王、ダムド・キングは、全ての駒を統率するだけでなく、破壊された駒を再生する厄介な能力を持つ。

此処で悪戯に時間を潰している暇は無い。

抗重力弾がこの街に落とされる時間まで、後僅かなのだ。

キングを倒せば、他の駒は活動を停止する。

悪魔使いは、二人に指示を出すとそれぞれ身体強化魔法を掛けてやった。

淡い光が双子を包み、攻撃力、移動&回避能力そして防御力が一気に上がる。

「誰が貴様の命令など・・・・。」

忌々しく舌打ちして、憎まれ口を叩く兄、バージルを他所にダンテは一気に盤上の王目掛けて走り出した。

見せ場を盗られては堪らないと、釣られて兄も走り出す。

そんな二人の後衛役を務める為、ライドウが魔法陣を展開。

火球と氷の矢が、二人の行く手を阻む駒の悪魔達を粉砕していく。

「そんなに魔力を使って大丈夫なの?ライドウ。」

腰に吊るしたウェストポーチから、小さな妖精が不安そうに顔を出した。

彼女の言う通り、悪魔使いが内在している魔力は僅かしか残されていない筈だ。

いくら時間が無いとはいえ、惜し気も無く魔法を使う主を心配するのは当然だった。

「大丈夫、どっかの馬鹿のお陰で少しだけ魔力が回復したよ。」

どっかの馬鹿とは、誰であろうあそこでキングに斬り掛かっている深紅のロングコートを着た大男の事だ。

ヘルズゲート前での不埒な行為がまさかこんな結果になるとは思わなかった。

無意識に枯渇した魔力を補おうという己の本能が、ダンテの魔力を体内に取り込んでしまったらしい。

ルークが放つレーザー砲をライドウの魔力反射防壁(マカラカーン)が弾き返し、クィーンの突進を同じく物理反射防壁(テトラカーン)が吹き飛ばす。

その間を疾走する紅と蒼の二つの影。

大剣『リベリオン』と刀剣『閻魔刀』が交錯し、ダムド・キングの身体を深々と貫く。

四つに切り刻まれる魔界のチェスゲームの駒。

エリア内の空間を歪めていた元凶がいなくなった事で、封印が解け、次の場所に進む為の通路が開かれる。

「ラスボスまで後少しだな・・・。」

王を失い、統率が出来ず、次々と塵へと返るチェスの駒達。

ポーチの中から心配そうに主を見上げるマベル。

いくら気丈に振舞っているとはいえ、その面持ちまでは隠せない。

血の気の無い主の顔色は紙の如く白く、吐き出す吐息も心無しか荒く感じた。

「無茶すんな・・アンタ、今にも倒れちまいそうな顔してるぜ?」

魔法の多重発動は、術師に相当な負担を強いる。

魔導の知識が無いダンテでも、ライドウが大分無理をして自分達をサポートしている事は嫌でも分かった。

「ふん、足手纏いになる前に現世に帰れ。」

バージルも皮肉を言ってはいるが、内心ライドウの力量に冷や汗をかいていた。

まるで精密射撃の如く自分達の進行方向を邪魔する悪魔の群れを次々と効率良く排除していた。

火炎系魔法と氷結系魔法、そして上級魔法の魔法反射防壁に物理反射防壁の多重発動。

並みの術師では到底真似できない超高等技術だ。

「大丈夫だ・・・シドと戦う余力は十分残してる。」

一つ深呼吸をして、ライドウは次のエリアへと続く空間の亀裂に向かおうとした。

その華奢な躰がぐらりと傾ぐ。

床に倒れ込みそうになった悪魔使いを意外にも蒼いロングコートを纏った銀髪の青年が受け止めた。

「バージル・・・?」

「ふん、何が余力を残している・・・だ。さっきの戦いで魔力はもう残っていないんじゃないのか?」

バージルの言う通り、今のライドウは魔力の残量が殆ど残ってはいない。

魅惑せし化身の間と先程の死せる遊戯の冥府での戦いで、魔力を大分消費してしまったのだ。

「番はどうした?貴様の様な魔力特化型の召喚術師は、番が居なければ真の能力(ちから)を発揮出来ないだろう。」

蒼いロングコートの美青年は、華奢な悪魔使いの少年を遊戯盤の柱の傍に座らせる。

柱に身を預けた少年は、四肢に激痛が走るのか、人形の様に整った顔を苦痛で歪めていた。

「色々内輪の事情があるんだよ・・・今は、アイツ・・・クー・フーリンは使いたくないんだ。」

使いたくても、クー・フーリンが自分の愚行を認めない限り使役するつもりなど無い。

バージルの指摘通り、ライドウの様な魔力特化型の魔導士にとって番と言う存在は必要不可欠だ。

魔力供給が潤滑に行われていないと、悪魔召喚どころか生死にすら拘わる。

「理解出来んな・・・死にたいのか?」

生贄拷問室での一件を知らないバージルは、呆れた様子でそう言った。

「ははっ・・・・確かにそうかもな・・・我ながら本当、馬鹿だと思うわ。」

これはつまらない矜持だ。

誰にも決して理解などされない。

でも、自分自身が課した信念であり、今まで己が犯した罪への贖罪なのだ。

「ちっ、俺はもう行くぜ?狂信者共が爆弾を落とすまでもう時間がねぇ。」

双子の兄とライドウのやり取りに微かな嫉妬を感じたダンテが、舌打ちすると空間の亀裂に飛び込む。

バージルも徐に立ち上がるとダンテの後を追い掛けようとして不意に脚を止めた。

「そういえば、貴様には宝玉の借りがあったな?」

「?」

閻魔刀を鞘からすらりと引き抜く。

身構える小さな妖精を他所にバージルは、左手の親指を閻魔刀の刃の上に走らせた。

親指の皮があっさりと裂け、血の雫が盛り上がる。

再び悪魔使いの少年のすぐ傍へと屈んだ銀髪の青年は、血塗れになった左掌を目の前に突き出した。

「舐めろ・・・血を媒介にしても魔力は補給出来るんだろ?」

明かな嘲りを含んだバージルの言葉。

これは闇を司どりし暗黒の頂で受けた屈辱への一種の意趣返しだ。

高潔なバージルの心をこの悪魔使いの少年に蹂躙された。

それに対する嫌がらせであった。

「どうした?このままだと本当に死ぬぞ?」

犬の様に舌を出して、自分の血を舐める人修羅の姿が見たい。

自分自身にこんなサディスティックな感情があること自体に驚きだ。

だが、己よりも遥かに強いライドウが、恥辱に震え、羞恥に身悶える様を想像するだけで、嗜虐心が痛い程刺激される。

「・・・・・そういう所・・・母親のエヴァに似たんだな・・・。」

「何・・・?」

人修羅の予想外な言葉にバージルが訝し気な表情になる。

「お前の母親は、敬虔なカトリック信者だった・・・・彼女は身籠った子供は神の子だと思い込んだ・・・しかし、生まれて来たのは特別な能力(ちから)を持たない極々普通の子供だった・・・。」

蒼いロングコートの青年を見つめるガラス玉の様な感情の全くない瞳。

小さな妖精がどうして良いのか分からず、オロオロと事の成り行きを見守っている。

「彼女には誰も頼れる人間が居なかった・・・母親ってのは、必ず誰かの援助を受けて初めて母性本能が働くもんだ・・・誰からも助けて貰えないという絶望が・・・生まれたのが普通の人間の子供であったという失望が・・・・彼女をお前達兄弟への虐待へと走らせた。」

「やめろ・・・。」

嫌だ・・・思い出したくない。

美しい金色の髪を振り乱し、鬼の形相で自分達兄弟を殴る母親。

嫌だ・・・それ以上自分の心を暴かないでくれ。

「・・・・お前が本当に求めるものは何だ?・・・俺を辱めて優越感にでも浸りたいのか・・・それとも親父の・・・スパーダの力を受け継げば母親が愛してくれるとでも?」

「言うなぁ!!」

鋭い閻魔刀の切っ先が大理石の柱を穿つ。

バージルの荒い呼吸が周囲に木霊した。

「悪かったよ・・・・お前達兄弟がどんな辛い目に会って来たなんて俺は知らない・・・お前達の母親の苦悩を俺は知らない・・・・。」

少し言い過ぎてしまった。

バージルの切っ先を逸らせたのは、彼の心に残るほんの一握りの理性だ。

取るに足らない自分の命など、何処で失おうと一向に構わないが、今は、バージルの心にまだ人間としての感情が残っている事に感謝したい。

「・・・・!!」

いきなり青いロングコートの青年に髪の毛を掴まれ、無理矢理上を向かされる。

見開く悪魔使いの目に血の滴る左掌に口を付ける銀髪の青年の姿が映った。

塞がれる唇。

唾液と共に血が口内に流れ込んで来る。

「ば、バージル止せ!!」

口移しで血を呑ませようとしているのだ。

嫌がって首を振るが、いかせん悪魔の腕力には敵わない。

再び自分の血を含んだバージルが無理矢理ライドウの唇を塞ぐ。

「・・・・・っ!!」

舌を引きずり出され、鋭い犬歯で噛みつかれる。

切れた舌から流れ出す己の血。

それは口腔内でバージルの血と交じり合い、半ば強制的に嚥下させられる。

「これで、宝玉の借りは帳消しだ。」

確実に呑み込んだのを確認すると、バージルはライドウの身体を柱に叩き付ける。

咳き込み、ずるずると床に座り込むライドウ。

それをブルブルと震えながらマベルが傍らで見ている。

「だが、母―エヴァに対する侮辱は許さん・・・シドからスパーダの力を取り戻したら、必ず殺してやる。」

憎悪と殺意で濡れたアイスブルーの瞳。

立ち上がり、踵を返すと、柱にもたれて俯いているライドウの事等振り返りもせず、次元の裂け目へと姿を消した。

 




どっかの漫画にあったんですけど、自分の血を受けキャラに舐めさせるってエロいですよねぇ。


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ミッション23 『魔剣士・スパーダ』

ヘルズゲートを通り魔界へと侵入したライドウ達。
死せる遊戯の冥府でダムド・キング達との戦闘に勝利するも、ライドウは魔力が尽きて倒れてしまう。


終局へと続きし滅の焉道へと繋がる時空への切れ目の中に消えていく銀髪の青年の後ろ姿をぼんやりと眺め、ライドウは一つ溜息を零す。

「ら、ライドウ大丈夫?」

仲魔のハイピクシーのマベルが恐る恐る主の少年に声を掛けた。

「御免・・・心配かけたな?マベル。」

主の顔を覗き込む小さな妖精に笑顔を向ける。

そして口元を汚す血の跡をジャケットの袖で乱暴に拭った。

どうにも、ああいう性根が捩じくれ曲がった糞餓鬼の相手は苦手だ。

ライドウがバージルに言った言葉は、全て彼自身の推察だ。

闇を司どりし暗黒の頂で精神波支配―ブレインジャックを行い、ほんの僅かな時間ではあるが、バージルの心の深層心理を垣間見た。

その時見た映像の中に、泣きながら子供達を平手で殴る母―エヴァの姿があった。

そしてリビングに飾られているベネディクト十字架。

一目で彼女が敬虔なカトリック信者である事が分かった。

そんな神の信徒である彼女が何故、悪魔であるスパーダの子を身籠ったのかは知らない。

ただ、実の子である筈のバージルとダンテを虐待していた事は間違い無かった。

虐待経験のある子供には、ある心理的特徴が出て来る。

虐待された事を突然思い出し、苦痛を感じる侵入性症状群。

人との関りを極度に回避し、記憶が抜け落ちる解離性健忘。

まるで別人の様になって振舞う解離性同一性障害又は回避・麻痺性症状群。

そして些細な出来事で突然激昂し、暴力的衝動や破壊的行動、そして自傷行為に走ってしまう過覚醒症状群だ、

その中で、バージルは解離性健忘と過覚醒症状群を患っていた。

都合の良い記憶だけが残り、周囲の人間を敵と見なし、決して相容れようとしない。

弟のダンテにはそう言った心理的ストレス障害は全く見られないが、何らかの影響は必ず受けている筈だ。

「俺はカウンセラーじゃない・・・専門家でもない門外漢がこれ以上詮索するのは危険だ。」

全て興味本位から本で得た知識だ。

「ライドウ・・・・アイツが怖がっているモノってお母さんだったの?」

アイツとは、恐らくバージルの事だ。

あの銀髪の青年がこんな暴挙に出たのは、まず間違いなく彼の心の中に巣食う恐怖心が原因だ。

そこをシド・デイビスに付け込まれた。

「多分な・・・根本的な問題はスパーダという悪魔から始まった事だ・・・あの悪魔が力を捨て人間になろう何て考えなければ、バージルもダンテも・・・この街に住む住民達もこんな悲劇に会う事は無かった。」

そう、全ての起因は魔剣士・スパーダから始まっている。

否、そもそも彼は人間として生きたかったのだろうか?スパーダに関する文献は驚くほど少ない。

2000年以上前に現世を襲撃した悪魔の軍団にたった一人で立ち向かった・・・ぐらいの荒唐無稽な子供の御伽噺(おとぎばなし)に出て来る実にチープな作り話だけだ。

もっと他に理由があったんじゃ無いのか?否・・・これは捻くれ過ぎた考え方か。

 

終焉に続きし滅の焉道を抜け、封じられし禁断の冥府へと足を踏み入れたバージルとダンテ。

エリアの中央には円形状の台座があり、そこに漆黒のカソックを纏った男が立っていた。

右手には父の愛刀―フォースエッジが握られている。

「漸く来たか・・・待ちくたびれてしまったぞ。」

後ろを向いていた漆黒の神父がダンテ達、双子の兄弟の方をゆっくりと振り向く。

その顔を見た瞬間、ダンテ達は息を呑んだ。

左蟀谷から頬にかけての火傷の跡が綺麗さっぱりと消えている。

否、初めて対峙した時は、50代半ばぐらいに思えたその容姿が見違える程若返っていた。

痩身だった体形もすっかりと変わり、がっしりと鍛え上げられた体躯に変貌している。

「何だ?貴様等だけか?人修羅は・・・?17代目・葛葉ライドウは何処に行った?」

スパーダの膨大な魔力によって、全盛期の若さを取り戻したシド・デイビスは、半人半妖の双子の兄弟しかその場に居ない事に大分不満を持っている様子であった。

「てめぇ如き俺達だけで十分だぜ。」

「スパーダの力を返して貰おう。」

背負っている大剣『リベリオン』を引き抜くダンテ。

妖刀『閻魔刀』を鞘から抜くバージル。

激しい怒りの炎が灯ったアイスブルーの双眸が、檀上にいる漆黒のカソックを纏った悪魔使いを鋭く睨み付ける。

「ふん、本当なら”クズノハ”最強と謳われる17代目・葛葉ライドウを相手にこの力を試してみたかったのだが・・・。」

正直言ってこんな半人半妖の不完全な双子を相手にしたところで全く腹の足しにもならない。

悪魔の本能故か、凄まじい程の闘争心が強者を求めている。

思う存分、力を振るえるのは、組織『クズノハ』最強の悪魔召喚術師―17代目・葛葉ライドウ以外存在しないと思っている。

しかし、当のライドウが居ないのであれば仕方が無い。

何秒も持つまいが、それでもスパーダの強大な魔力を試さずにはいられなかった。

右手に持つ、大剣『フォース・エッジ』から莫大な魔素が己の身体の中に流れ込んで来る。

黒い魔力のオーラがシド・デイビスの全身を包み、人から異形の悪魔の騎士へと姿を変えていった。

 

「マダムから聞いたよ・・・異界送りの儀式を受けるんだってね。」

何時もの魔力供給という名の情交後の気だるい空気。

未だ激しい性行為で火照る肢体をうつ伏せたナナシは、敷居の上に座り開いた障子から闇夜に染まる庭園を眺めている主を見上げる。

主の名は、骸。

八咫烏(やたがらす)総元締めであり、十二夜叉大将の長、薬師如来の名を持つ怪物。

蠟を思わせる病的なまでに白い肌に漆黒の長い黒髪を無造作に後ろで一纏めにしている。

人形の如く整った容姿と繊細な指先。

詳しい年齢も素性も不明。

只、分かっているのは、人間(ヒト)ではない何かというだけ。

「何?もしかしてさっきのだけじゃ足りなかったかな?」

褥の上で自分を見上げる情人に、長い黒髪の美青年は美しい双眸を細める。

「まさか・・・アンタのお陰でスッカラカンだよ。」

こんな化け物と最後まで付き合っていたら、確実に犯り殺される。

何時の頃だろうか?この怪物のこんな不毛な関係を結ぶ様になったのは。

魔力特化型の悪魔召喚術師の癖に、決まった番を作らず、任務の度に魔力切れで倒れる不甲斐ない自分を憐れんでから始まった関係の様にも思う。

否、もしかしたら、そんな自分を弄ぶ為に始めた遊戯の一つか。

「ねぇ?百地君の事まだ気にしてるの?彼は咎人だよ?君は16代目の命令に従って彼を裁き、月子ちゃんを無事助けたんだ。何も責められる必要なんて無いじゃないか。」

「・・・・・っ。」

脳裏に袈裟懸けに斬られ、血塗れて倒れる親友の姿が蘇る。

そのすぐ傍らには、三太夫の返り血を浴びた16代目・葛葉ライドウの一人娘、月子の姿。

「それとも、僕から逃げたいだけなのかな?」

和灰皿に吸い終わった刻み煙草を捨て、煙草盆の上に煙管を置く。

異界送りの儀式を無事終えれば、次の”ライドウ”の名を継ぐ権利を得る。

四家の名を継げば、八咫烏から抜け出せる。

血生臭い暗殺稼業から足を洗え、尚且つ骸の玩具にされる事も無い。

「アンタから逃げる・・・?ははっ・・冗談だろ?」

だが、それは叶う事が出来ない夢だ。

例え、次代の”ライドウ”の名を継いだところで、この化け物が自分を手放すとは思えない。

骸の繊細な指先が、汗に濡れるナナシの前髪をかき上げた。

普段、前髪で隠されている無残に抉れた左目が露わになる。

骸の紅玉の双眸が、ナナシの抉れた左目からその下の左腕に移った。

本来あるべき腕は付け根から失われており、代わりに包帯が巻かれている。

「君は・・・本当に可哀想な子だと思うよ・・・・酷い人間達に囲まれ、良いように利用され、挙句、大事な家族も、仲間も、友達も失った。」

「・・・・・止めろ。」

「”クズノハ”四家の中でも英傑と謳われる16代目も所詮人間だ・・・実の娘とその従者である男が関係している事を知りつつも放置・・・・せめて百地君に召喚士の才能があればもっと話は違ったんだろうけどねぇ。」

細い指先がナナシの身体に刻まれた傷跡を一つ一つ辿っていく。

それは快楽を与える為と言うよりも、寧ろ身体中に散らばる傷の数を数えているかの様に思えた。

「月子ちゃんも生まれつき身体が丈夫な方じゃない・・・いくら優れた霊力を持つからと言って召喚に耐えられない身体じゃ意味が無い・・・・自分の代で”ライドウ”の血を絶やす訳にもいかないし・・・16代目も必死だ。」

「何が言いたいんだ?サド野郎。」

この男は只、自分を嬲りたいだけだ。

師の命令で嫌な役目を押し付けられ、親友をこの手で殺し、密かに心を寄せていた少女を絶望の淵に突き落とした。

心も身体もズタズタの自分を更に痛振り、サディスティックに追い詰めて、楽しみたいだけなんだ。

「君の真意が知りたいね・・・何故、”異界送り”の試練を受けるの?僕から逃げる為?それとも復讐の為?・・・ああ、もしかして・・・。」

紅を引いた様な赤い唇をナナシの耳元に寄せる。

「16代目に懇願されたのかな?・・・・”出来損ないの娘と子供を作ってくれ”ってね・・・。」

怒りで視界が真っ赤に染まる。

無意識にうつ伏せていた躰を仰向けに返し、右腕で黒髪の美青年を殴り飛ばそうとした。

だが、その拳は寸での所で、骸の左掌で受け止められてしまう。

「ふふっ・・・もしかして当たり?君って本当に分かり易いねぇ。」

実に楽しそうに紅玉の瞳を細める。

優れた魔法力に加え、類まれな召喚術師の才能。

その二つを併せ持つナナシは、次の後継者に相応しい人材だ。

しかし、残念な事にナナシは、葛葉一族の血筋の者ではない。

それ故、16代目は苦渋の決断として、ナナシに異界送りの試練を受けさせ、四家に相応しい能力を持つ事を宗家に示し、病弱な娘との間に子を儲けさせる事で、より優秀な血筋を娘の代で残そうと考えたのだ。

「死ねぇ!この糞野郎がぁ!!」

美しい顔を怒りで歪める。

腕を取り戻そうにも、常人離れした怪力で完全に抑え込まれている為、身動きがまるで取れない。

「君程人に依存したがる人間はいないよねぇ?まぁ、利用するより利用されてしまう方が生き方としては一番楽なのかもしれないけど、この世界じゃ人格全てを否定され、人間扱いすらもして貰えないよ?」

右腕をナナシの頭上で固定し、首筋に舌を這わせる。

途端に華奢な肢体がびくりと反応した。

長い性調教で、ナナシの性感帯は全て把握済みである。

反抗する態度も可愛いが、過ぎた快楽ですすり泣く姿はもっと可愛い。

「お、俺は・・・魔界に行ったら必ずあの悪魔を手に入れてやる・・・そして、真っ先にてめぇをぶち殺してやる・・・。」

己の躰を這う蛇の様な指先に、ナナシは喘ぎながら呪いの言葉を吐く。

相手が神だろうが魔王だろうが関係ない。

この男だけは・・・この化け物龍だけは・・・必ず自分の手で・・・・。

 

「・・・・!!!!?」

何時の間に気を失っていたのだろうか?

17代目・葛葉ライドウは唐突に意識を取り戻した。

「ライドウ?大丈夫??」

悪魔使いの少年の肩に座っていた妖精が顔を覗き込む。

(気を失っていたのか・・・?)

バージルから幾らか魔力を分けて貰ったとはいえ、蓄積された疲労が全て解消された訳ではない。

極度の緊張と疲れ、そしてダメージから意識を失ってしまったらしい。

「俺は・・・どれぐらい眠っていた・・・?」

背凭れていた柱に手を付いて、よろよろと立ち上がる。

立ち眩みによる頭痛と吐き気で再び蹲ってしまいそうだが、そこは気力で何とか耐えた。

「10分も経ってないよ?それより、無茶しちゃ駄目だよ。バージルから魔力を貰ったからって、まだ全然回復してないんだからね?」

マベルの言う通り、番が居ない今の状態で戦えば、すぐに魔力が枯渇して再び動けなくなってしまう。

しかし、それでも無理をする必要があった。

流から指定された1時間という制限時間が後僅かという事、そして先にシド・デイビスの元に向かった双子の兄弟、バージルとダンテの気が極端に弱まっているという事だ。

やはり、あの二人では、スパーダの膨大な魔力を手にしたシドには勝てない。

早く行かなければ、二人が殺されてしまう。

『ナナシ・・・。』

その時、ライドウの脳内に番のクー・フーリンの声が響いた。

GUMPに収納されている白銀の騎士が念話で主に話し掛けているのだ。

腰に吊るしてあるガンホルダーに収まっているGUMPの液晶画面が微かに明滅を繰り返している。

『私を召喚して下さい。』

「志郎・・・・。」

自分を召喚し、魔力を供給して欲しい。

クー・フーリンが言いたい事は良く分かるが、生贄拷問室での一件が、従者の召喚を躊躇わせる。

「お前・・・自分が何をしたのかちゃんと理解したのか?」

柱に寄りかかり、粗い吐息を吐く。

真っ直ぐ立っていられない。

今にも膝が崩れ落ちてしまいそうだ。

『貴方の命令に二度違反しました・・・悪魔の欲望を抑えきれず・・・人間を殺そうとしました・・・。』

絞り出す様な志郎の声。

頭では理解しつつも、本能では抗えない。

志郎の男としての本能が、主に対して同じ想いを抱いているであろうダンテの存在を否定している。

「志郎・・・俺は・・・お前に俺と同じ枷を強制するつもりはない・・・俺が不殺の信念を貫き通したいのは、詰まらねぇプライドがそうさせているだけだ。」

そう、これは自分自身の取るに足らない矜持がそうさせているのだ。

それに忠実な仲魔であるクー・フーリンを巻き込むのはお門違いだ。

「お前が人間を捨て、純粋な悪魔になったと知った時・・・俺は自分を責めた。お前をもっと分かってやれば、人間としての一生を失う事が無かったと思ったからだ・・・でも、それはお前自身が決めた道・・・・俺がとやかく言う権利はねぇ。」

身体中が熱い。

心臓が激しく脈打ち、激痛が四肢を苛む。

「悪いな・・・こんな酷ぇ主人で・・・でも、俺は・・・お前が悪魔の本能に酔いしれて戦いを楽しんでいる姿だけは見たく無かったんだ・・・。」

本当に馬鹿で無能な主人だと思う。

他の召喚士達は、使役する悪魔を完全な戦いの駒として扱っている。

殺しに人間の道徳心など一切不要だからだ。

故に自分の信条を悪魔である仲魔に押し付けるのは意味が無い行為でしか無かった。

『・・・ナナシ・・・お願い・・・僕を召喚して・・・。』

主人の自分に対する愛情が痛い程伝わって来る。

故に彼の力になってやりたい。

『貴方を護りたいんだ・・・もう間違いは犯さないから・・・・貴方の剣でいさせて・・・。』

「志郎・・・・。」

ライドウは、腰のガンホルダーからGUMPを引き抜く。

「俺の方こそ頼むよ・・・・こんな大馬鹿野郎な主人だが、最後まで付き合ってくれ。」

口元に自嘲の笑みを浮かべた悪魔使いがGUMPのトリガーを引く。

蝶の羽の様に開くディスプレイ。

そこにクー・フーリンの名前が浮かび上がった。

 




18禁表現難しいです。
自分の考えや理想を他者に押し付けるのは何だかなぁって感じがします。



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ミッション24 『17代目・葛葉ライドウ』

スパーダの力を得たシド・デイビスを倒す為、無謀な戦いを挑むダンテとバージル。一方、ライドウはGUMPに戻っている番のクー・フーリンと対話する。


紅き外装を纏った魔人が吹き飛ばされていく。

宙を舞う大剣『リベリオン』。

それは、虚しく半回転すると突っ伏して倒れる主のすぐ傍らに突き刺さった。

「うぉおおおおおおお!!」

雄叫びを上げ、双子の弟ダンテと対なす姿をした蒼き魔人、バージルが霞みの構えのまま目の前に居る魔神に向かって突進していく。

人体の急所の一つ、目を狙った必殺の一撃。

しかし、それは冠の如く巨大な二本の角を持つ魔神にあっさりと受け止められてしまう。

「詰まらん・・・実に詰まらん・・・魔剣士・スパーダの血族ならもう少し楽しませてくれると期待した私が愚かだったな・・・。」

無造作に掴んだ閻魔刀の刀身。

しかし、その手は全く傷付く事が無かった。

逆に、魔人化し、通常よりも筋力が上がっている筈のバージルを圧倒している。

掴まれた刀を取り戻そうとしてもピクリとも動かない。

焦るバージルの鳩尾に魔神化したシド・デイビスの拳が深々と突き刺さる。

「ぐはっ!!」

重いボディーブローに胃液を吐くバージル。

続く二撃目のアッパーカットが綺麗に決まり、衝撃で閻魔刀から手を離したバージルが大きく宙を舞う。

容赦無く地面へと叩き付けられる蒼き魔人。

魔人化が解け、元の人間の姿へと戻る。

「やはり・・・私を満足させてくれるのは葛葉一族、四家だけだな・・・否、十二神明王の長、薬師如来でも構わんか・・・一度、心行くまであの化け物と戯れるのも良いかもしれん。」

こんな雑魚共では己の欲望は満たされない。

先ずは日本に赴いて組織『クズノハ』を壊滅し、人類の盾と名高いヴァチカン『13機関・イスカリオテ』の狂信者共に地獄を見せても面白い。

否、ヨーロッパ諸国を中心に活動している薔薇十字団(ローゼンクロイツ)やセルビアの黒手組(ブラックハンド)等、各国に散らばる秘密結社を潰して回るのも楽しそうだ。

「し・・・シド・デイビス・・・・。」

満身創痍のバージルがよろよろと立ち上がる。

彼のトレードマークとも言えるロングコートは既にボロボロ。

キッチリと撫でつけてある銀色の髪は乱れ捲り、額と口から血を流している。

「やれやれ・・・あれだけやられてまだ立ち上がるのか・・・・その常人離れしたタフさだけは褒めてやらねばならんな?」

呆れた様子で溜息を吐いたシドは、未だ手に持っている閻魔刀を蒼いロングコートの青年の足元に投げて寄越した。

弱者を痛めつけるのは楽しいが、流石にもう飽きてしまった。

それに今は、強大なスパーダの力を手に入れているのだ。

何時までもこんな雑魚と遊んでいても時間の無駄、ならばさっさと頭か心臓を潰して終わりにしてしまおう。

「ば・・・バージル・・・駄目だ・・・。」

尋常ならざるダメージを受けた肉体は、立ち上がるだけの気力を完全に奪い去っていた。

何とか頭だけ持ち上げ、か細い声で双子の兄を制止する。

そんな弟の悲痛な声など届かない兄は、震える手で足元に転がる愛刀―閻魔刀を拾い上げた。

今、体力を全て失っているバージルの心を支えているモノは、魔剣士・スパーダの誇りと育ての親、葛葉・キョウジに対する贖罪の想いだけである。

せめてこの下郎に一太刀だけでも報いてやる。

閻魔刀を正眼に構え、血塗れの唇を引き結ぶ。

と、刹那、天空から巨大な雷の柱がシドとバージルの間に突き刺さった。

衝撃で吹き飛ばされる蒼いロングコートの青年。

当然、その衝撃波は、魔剣士・スパーダと瓜二つな姿をしているシドにも襲い掛かる。

何とかその場に踏み止まる魔剣士。

すると雷の柱を突き破って何者かが強襲した。

鋭い斬撃。

迅速かつ重い一撃は、咄嗟に構えた魔剣士の大剣『フォース・エッジ』をあっさりと跳ね上げてしまう。

隙が出来た胸部を問答無用な回し蹴りが決まる。

今度こそ後方に吹き飛ばされる魔剣士の巨躯。

壁を破砕し、瓦礫の中に埋もれてしまった。

「ぐぅうううう・・・き、貴様は・・・。」

巨躯を突き抜ける激痛に呻きつつ、魔剣士は瓦礫を押しのけ立ち上がる。

その深紅の双眸が捉えたのは、漆黒の禍々しい鎧に身を包む一人の魔狼の姿であった。

両手には、雷の双剣―”ネヴァン”を携えている。

「”クランの猛犬”?・・・17代目・葛葉ライドウの番か?」

シドに一撃を入れたのは、ライドウの番―クー・フーリンであった。

「ど・・・・どうしてアイツが此処に・・・?」

生贄拷問室で死闘を繰り広げたクー・フーリンの魔人化形態。

同じく魔人化したダンテと互角・・・否、それ以上の力を秘めていた。

「全く・・・従者の癖に主人を置き去りにするんじゃねぇーよ。」

次元の裂け目から呑気な声が聞こえた。

動けぬ躰を叱咤して何とかそちらに顔を向けると、カジュアルジャケットにビンテージジーンズ、右足にレッグポーチを付けた黒い眼帯の悪魔使いが現れる。

組織『クズノハ』最強の悪魔召喚術師(デビルサマナー)―17代目・葛葉ライドウだ。

「ひ・・・人修羅?」

力無く、地面に倒れ伏すバージルのアイスブルーの瞳が見開かれる。

紙の様に白かった筈の肌は、すっかり健康的な色へと変わり、心無しか覇気が充満している様にも見える。

番を召喚した事で、魔力供給が潤滑に行われ、力をすっかりと取り戻しているのだ。

「待っていたぞ?人修羅ぁあああああああああ!!」

歓喜と狂気が入り混じったかの様な雄叫び。

漸く思う存分、得た力を振るえる相手を得た魔剣士が、大剣を振りかざし、猛襲する。

魔狼が対応出来ない音速のスピード。

大剣『フォース・エッジ』が少年の頭蓋を割らんと振り下ろされた刹那、その顔面に悪魔使いの拳が深々と減り込んだ。

何かの冗談の様に吹き飛んでいく魔剣士の巨体。

余りの出来事にダンテとバージルの双眸が大きく見開いた。

「ば・・・馬鹿な・・・?一体何が起こったというのだ?」

地面を抉り、柱を次々と壊しながら漸く魔剣士の巨体が停止する。

再び瓦礫の山に埋もれるシド。

驚愕で固まる魔剣士の視線の先で、悪魔使いの少年が大袈裟に肩を竦める。

「自分の力量も測れないのか・・・?オラ、さっさと掛かって来いよ?格の違いってのを教えてやるぜ。」

ライドウがシドに向かって手招きする。

「認めん!認めんぞぉおおおお!!」

腹腔からマグマの如く噴き出る怒りの放流。

自分は、かつて悪魔の軍団を退けた魔界の剣士―スパーダの強大な魔力を手に入れた筈だ。

その自分が非力な人間に素手で殴られて無様に吹き飛ばされた。

認められない・・・否、決して認める事が出来ない現実。

凄まじい咆哮を上げて、再び突進する魔界の剣士。

しかし、憤怒の一撃は、あっさりと躱され、カウンターに重いボディーブロー。

胃液が逆流し、吐き出す瞬間、蟀谷に少年の回し蹴りが綺麗に決まる。

「し・・信じられん・・・・俺達が手も足も出なかった相手をあんな簡単に・・・。」

成す術も無く、素手の相手に良いように翻弄される魔剣士の姿を、バージルは驚嘆の思いで凝視する。

魔人化し、それでも全く歯が立たなかった相手。

それをライドウは、意図も容易く叩きのめしている。

「ぷっ・・・ハハッ・・・アハハハハハハッ!!」

直ぐ傍らで同じ様に倒れている双子の弟が、仰向けに寝転ぶと腹を抱えて笑い出した。

「ハハハッ・・・腹が痛ぇ・・・やっぱ最高過ぎるぜ?ライドウ。マジで惚れ直しちまったよ。」

何故、これ程までに狂おしくライドウを求めるのか再認識した。

天と地ほども違う自分と悪魔使いの実力。

どんなに努力してもこの圧倒的な距離は縮まないだろう。

だが、そこに不思議と絶望を感じる事は無かった。

今迄狭すぎた自分の世界が途轍もなく広く感じたからだ。

だってそうだろう?チンピラ相手に俺最強してた荒事師が、どんなにちっぽけでどんなに無知蒙昧な存在であったのかを知らしめる存在が今、目の前にいるのだから。

「はぁ、はぁ・・・ば、馬鹿な・・・スパーダの力を手に入れた筈の私が何故?」

散々殴り倒され、疲労とダメージで片膝を付く、巨漢の悪魔騎士。

その目の前に左目を覆う眼帯に手を掛ける少年の姿が映った。

「馬鹿はてめぇだ・・・無力な召喚術師でしかないお前は、たかが悪魔の力に簡単に溺れやがった・・・召喚士とは、他者の力を行使する事・・・他者の命を預かる事・・・他者の心と触れ合い理解する事・・・それはお前の力じゃない、スパーダと言う悪魔の力だ。」

「黙れ!!私は神だ!!魔剣士・スパーダの力は私の力だ!!」

筆舌し難き怒りは、容易くシドの理性を奪い取った。

主の枷が外れた最上級悪魔(グレーター・デーモン)―マスター・テリオンは、主人であるシドの体内を喰い破り、スパーダの力を呑み込んでしまう。

巨大に膨れ上がる魔剣士の姿。

例えるなら肉の塊そのモノ・・シド・デイビスという心の闇を体現した醜い怪物へと変貌していく。

「この・・・大馬鹿野郎が・・・。」

左眼の眼帯を外す。

そこから現れたのは、サファイアの如く紫がかった光を放つ蒼い魔眼であった。

魔眼から蒼白い炎が灯る。

「時間がねぇ・・志郎、一気にカタをつけるぞ。」

「承知。」

全身を蒼いラインが入った文様が浮かび上がる。

それと同時に悪魔使いの少年の四方に巨大な法陣が展開。

巨大な魔力のオーラが柱となり、天を突き抜ける。

『召喚(コール)!!』

主人と番の声がほぼ同時に発せられる。

ライドウの身体から現れる巨大な影。

角の如く突き出た肩当、拘束具を思わせる装束、漆黒のマントに銀色に光る冠と仮面。

ライドウが契約する最上級悪魔(グレーター・デーモン)―魔神・ヴィシュヌだ。

「私は神なんだぁあああああああああ!!!」

最早、シドに人間としての尊厳も最低限の理性すらも失われていた。

獣の如き咆哮を上げ、マスター・テリオンが所持する核熱系最上級魔法―フレイダインを放つ。

「メギドアーク!!」

最上級魔法の中でも最強かつ禁忌とされる万能属性魔法―メギドアーク。

万能属性系の中でも最上位に位置するメギドラオンの更に上位魔法である。

幾重にも展開される魔法陣。

かつて地上を焼き払い、生きとし生けるモノ達を分子の値まで分解し、消滅させた神の鉄槌が、フレイダインを薙ぎ払い、醜い肉の塊と化したシド・デイビスだった者を滅殺する。

眩い光が辺りを真っ白に染める。

光の放流に思わず目を閉じる双子の兄弟。

破壊の光は魔界全体に轟き、現世にも影響を及ぼした。

 

「な、何事だ!!」

ソレは余りにも唐突に起こった。

指定された1時間と言う制限時間。

その約10分前に、呪われし塔―テメンニグルの最上階付近で異変は起きた。

現世と魔界を繋ぐヘルズゲート。

その天を貫く地獄の門が激しく光り出したのだ。

まるで真昼の如き光が暗闇に沈む廃墟と化したレッドグレイブ市を明るく照らし出す。

その中で彼等は見た。

天空に描かれし銀の冠を頂く、漆黒の魔神の神々しい姿を。

「あ、あれは・・・確か17代目・葛葉ライドウの・・・・。」

「・・・・魔神・ヴィシュヌ・・・久しぶりだ・・・11年前のあの時を思い出すね。」

巨大空中移動戦艦―アイアンメイデン。

そのメインパネルに映し出されるヒンドゥー教最高位の神、ヴィシュヌ。

世界が悪の脅威に晒された時、幾多ものアヴァターラ(化身)を使い分け、人々を救う神。

幾星霜、語り継がれた神話が今、現実のモノとして再現されている。

悪魔に平穏だった生活を奪われ、震えながら街の片隅に隠れている生存者達は、どんな想いでこの天空の大パノラマに描かれている最高神を眺めているのであろうか。

 

耳が痛くなる程の静寂。

ダンテが閉じていた目を開くとそこには両膝を付いて粗い息を吐く悪魔使いの姿が映った。

「ライドウ・・・・。」

慌てて駆け寄ろうとしたその足が自然と止まる。

想い人の傍らに白銀の騎士が付いていたからだ。

魔人化が解けた魔槍士は、跪き、汗で濡れる主の前髪をかき上げている。

そんな気遣う従者に優しく微笑みかける悪魔使い。

何人たりとも踏み込めない厚い絆を二人の間に垣間見えた気がした。

「・・・・!!」

不意に視界を蒼い影が遮る。

双子の兄、バージルだ。

脱兎の如く駆けるその先には、二つのアミュレットと父の愛刀―大剣『フォース・エッジ』が空中に鎮座していた。

シド・デイビスが死亡したお陰で、その呪縛から解け、憑依していた剣とアミュレットが肉体から分離したのだ。

兄の目的を悟ったダンテは、舌打ちするとその後を追い掛ける。

たった一人の家族にこれ以上の過ちを犯させる訳にはいかなかった。

 




恰好良く決めたかったんですけど表現力が乏しくて辛いです。


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ミッション25 『終焉』

最上級悪魔(グレーター・デーモン)を召喚し、ダーク・サマナー、シド・デイビスを倒したライドウ。
しかし、スパーダの愛刀『大剣・フォースエッジ』と二つのアミュレットが空間の裂け目に落ちてしまう。


思えば自分に欲しいモノなど無かった。

力さえあれば何でも手に入った。

金も、女も、食べ物も、寝床も、自分の望むモノは何不自由なく転がり込んでくる。

こういう時だけは、悪魔だった親父に感謝している。

しかし、たった一つだけ手に入らないモノがあった。

それは家族の温もりだった。

仕事をして疲れた躰を横たえるのは、誰一人待っていない冷たい寝床だけ。

一度、同業者のグルーに誘われて、彼の家族と食事を共にした事がある。

15歳になったばかりの長女のジェシカが作るドリアは、見てくれはお粗末だったが、味は中々だった。

何故か自分に懐いた末娘のティキ、甘えん坊のネスティ。

騒がしくも暖かい家族の団欒。

幼いあの日に失ってしまった掛け替えのないモノ。

 

17代目・葛葉ライドウとダーク・サマナー、シド・デイビスとの壮絶な死闘。

ライドウの放った『メギドアーク』のせいで、次元が不安定なのか、あちらこちらに裂け目が出来ている。

その一つに、母の形見である二つのアミュレットと父の愛刀―大剣『フォース・エッジ』が落ちて行った。

慌ててその穴へと飛び込むダンテとバージル。

「・・・!!止せ!二人共戻るんだ!!」

ライドウの静止の声が虚しく辺りに響く。

消耗した躰を叱咤し、何とか立ち上がろうとするが脚に全く力が入らない。

万能属性系魔法の最上位であるメギドアークは、術者に多大なる負担を掛ける為、禁忌の秘術とされている。

力の加減を誤れば、行使する術者自体の身体が四散してしまうのだ。

故に現世での使用は禁止とされていた。

「ナナシ、無茶はしないで・・・。」

双子の兄弟を追いかけようとする主の華奢な躰を抱き留める。

いくら番の自分が傍らにいて、魔力が循環されているとはいえ、今は禁忌の大技を使用したばかりなのだ。

「志郎、俺に構わずあの馬鹿二人を連れ戻して来い。流との約束まで後10分もないんだぞ。」

抗重力弾が発射されるまで、残り8分。

その時間内に現世に戻り、魔界の扉を封印しなければならないのだ。

「その命令は・・・・・応諾(おうだく)しかねます!」

魔槍”ゲイ・ボルグ”が旋回、真紅の魔槍の切っ先が背後から斬り掛かろうとした悪魔―アビスの頭部を斬り飛ばす。

先程の戦闘で、漏れ出た魔力の波動に誘われたのか、気が付くと無数のアビスの群れに囲まれていた。

「私は貴方の剣・・・・あの二人の命より貴方を護るのが最優先事項です。」

主の命と野良犬と同じ双子の命。

天秤に掛ければどちらが傾くか、そんなもの見なくても結果は分かり切っている。

 

不浄なる地獄の門。

砂金の大瀑布(だいばくふ)が轟々と流れるその場所に二つのアミュレットと大剣『フォース・エッジ』が落下する。

母の形見のアミュレットをそれぞれ空中でキャッチする双子の兄弟。

しかし、父の愛刀―大剣『フォース・エッジ』は砂金の河の丁度、中央付近に突き立ってしまう。

兄に盗られては堪らないと大剣に向かって走り出すダンテ。

だが、それよりも早く前転した双子の兄―バージルの方が逸早く『フォース・エッジ』を奪い取ってしまう。

「それをコッチに寄越せ。」

ダンテの右手に絡みついた銀のアミュレットを指さす。

「嫌だね・・・アンタ自分のがあるだろ?」

兄の視線から銀のアミュレットを隠す。

コレを渡したらこの兄が何をするのか・・・事態は明白である。

「二つ揃わねば意味が無い。」

大剣をゆっくりと構える。

自分は何としても実父―スパーダの力を手に入れなければならないのだ。

そうでなければ、育ての父―13代目・葛葉キョウジの想いを裏切ってまで此処に来たのか分からなくなる。

「アンタ・・・親父の・・・スパーダの力を受け継いで何がしたいんだ?シドみたいな糞野郎と同じ事がしたいのか?それとも力を手に入れれば母さんが褒めてくれるとか思ってんじゃねぇだろうなぁ?」

ダンテの口から母親の名前が出て、バージルの秀麗な眉根が不快に歪む。

「下らん事を・・・俺が望むのは唯一つ・・・人修羅を・・・あの化け物を殺す事だけだ。」

最早、母親に認めて貰おうなどと言う考え等、綺麗さっぱり消え失せていた。

彼の・・・バージルの本能がこう訴えかけているのだ。

あの人修羅は危険、どんな手を使ってでも消し去らなければならないと・・・。

「アンタ・・・さっきのを見ただろうが・・・例え親父の力を手に入れてもライドウには敵わない。俺達や親父とは強さの次元が違い過ぎる。」

「黙れ!この世で優れているのは、スパーダの血族だけだ!それ以外は一切認めない!俺達は選ばれた存在なんだ!!」

自分は弟の様に割り切れない。

そう自分達兄弟は、神の理によって選ばれた存在なのだ。

母・エヴァが毎日の様に自分達に言って聞かせた様に、神の加護を受けて生まれた自分達より優れた存在があってはならない。

「・・・バージル・・・・。」

頑なに母の盲信を真に受けている双子の兄をダンテは何とも言えない憐れんだ表情で見つめる。

彼も兄同様、母親にどんなにスパーダの血族が素晴らしいか言い聞かされて育てられてきた。

悪魔の身でありながら、人間に味方した正義の魔剣士。

たった一人で数千の悪魔の軍団を退けた最強の騎士。

幼い子供だった自分は、その御伽噺を目を輝かせながら聞いていた。

何時か自分も大人になったら、父親みたいな素晴らしい剣士になると信じていた。

だが、そんな夢をぶち壊す存在が現れた。

それが、17代目・葛葉ライドウこと人修羅である。

「お前だって俺と同じ筈だ・・・ダンテ・・・人修羅は悪だ。もし母さんが生きていたら俺達兄弟が互いに協力して奴を殺せと言う筈だ。」

初めて双子の兄・バージルから発せられた懇願の言葉。

母親の妄執に囚われた彼の眼から見たら、自分達を必死に救おうとしている悪魔使いが倒さねばならない巨悪に見えて仕方がないのだろう。

「・・・違う・・・ライドウは、俺の・・・俺達兄弟の中にある人間の心を救おうとしてるんだ・・・あんなにボロボロになって・・・他人の為に血を流す・・・アンタだって本当は分かっているだろうが!」

血を吐く様なダンテの叫び。

十数年前に悪魔の襲撃によって生き別れたたった一人の兄弟。

漸く巡り合えた双子の兄は、母親の亡霊に操られ、己以外の優れた存在を一切認めない選民思想に憑りつかれていた。

違う、こんなのは違う・・・これは家族とは呼べない。

「ふん、人修羅に魅入られた哀れな奴め・・・仕方ない、お前を殺してそのアミュレットを奪い取ってやる。」

バージル自身も引き返せない所まで来ていた。

外には、この事件を引き起こした首謀者の一人であるバージルを捕縛せんと、ヴァチカンの虐殺部隊が待ち構えている。

もし、彼等に捕まれば、自分は間違いなく神罰と称して処刑されてしまうだろう。

だが、父・スパーダの強大な力が手に入れば話は別だ。

ヴァチカンの殲滅部隊を蹴散らし、あの忌々しい悪魔使いを殺す事が出来る。

「同じ双子なのにな・・・なんでアンタと俺はこんなにも違うんだ?」

背に収まっている大剣『リベリオン』を引き抜き構える。

「そうだな・・・同じ母親に育てられたのにな・・・。」

弟の言葉に自嘲的な笑みを浮かべるバージル。

本心を言えば、弟に恨みなど一切ない。

しかし、己の信念を貫くには、どうしてもダンテの持つアミュレットが必要なのだ。

 

魔槍『ゲイ・ボルグ』の深紅の刀身が、高位種族―アビスの頭部を斬り飛ばし、身体を真っ二つに両断する。

血しぶきが周囲に撒き散らされる中、無数の悪魔の群れの間を疾走する白銀の影。

刃が何度も閃き、異形の怪物達を細切れの肉片へと変えていく。

「・・・・くそっ!!」

獅子奮迅の戦いを見せる仲魔を見つめ、ライドウは己の無力さに唇を噛み締めていた。

爆弾投下まで刻一刻と迫っている。

このままでは、バージルとダンテを救うどころか自分の身すらも危うい。

「・・・仕方ねぇ、師父!聞こえてるんだろ!頼む、俺に力を貸してくれ!」

腰のホルスターからGUMPを引き抜く。

トリガーを引くと蝶の羽を連想させるディスプレイが開いた。

「何で返事してくれねぇんだよ!?お袋さん!!?」

画面上に表示されている仲魔に向けてライドウが堪らず怒鳴り声を上げる。

「・・・・聞こえている。」

必死の呼びかけが功を奏したのか、ディスプレイから電子音声の声が返って来た。

「頼む、バージルとダンテを連れ戻してくれ!早くしないとヴァチカンの連中がこの街に抗重力弾を・・・・。」

「断る・・・私はお前の仲魔ではない。」

有無を言わせぬ拒絶の言葉。

「私の役目は、お前が11年前に消滅させた目付け役の業斗童子の代わりをする事だ。それと、勘違いしているから言っておくが、私は先代、16代目・葛葉ライドウの番だ。お前の命令に従う気はない。」

「・・・・お袋さん。」

余りにも冷たいその言葉に、ライドウはそれ以上何も言えなくなってしまった。

確かに彼女の言う通りだ。

代々、ライドウの名を継ぐ者は、お目付け役兼指南役の使い魔を従える決まりになっている。

「業斗童子」と呼ばれ、葛葉一派の禁忌を犯した人物がその役目を担う事になっているのだ。

しかし、ライドウは、11年前のとある事件で長年連れ添った業斗童子を失ってしまった。

その代わりの目付として、先代が自分の番にライドウの目付兼指南役を命じたのである。

「・・・・悪い事は言わない、大人しくクー・フーリンと一緒に現世に戻って地獄門を封印するんだ。これ以上、スパーダの血族に拘わる必要はない。」

「あの二人を見捨てろっていうのか・・・。」

「・・・・・そうだ。」

はっきりとした拒絶。

何処の馬の骨とも知れない半人半妖の餓鬼二人に拘わるな。

お前は、『クズノハ』の使命を全うしろ。

つまりはそういう事なのだ。

「分かったよ・・・。」

ライドウは、GUMPを腰のホルスターに戻すと合体剣―七星村正を杖にして立ち上がる。

クー・フーリンのお陰で魔力は徐々にではあるが、回復しているが、とても戦闘出来る状態では無かった。

「マスター!!?」

「何処へ行くつもりだ?17代目。」

主の異変にアビスの躰を貫いていた白銀の魔槍士が振り返る。

視線の先には、先程、ダンテとバージルが消えた次元の裂け目へと向かう主人の姿が映った。

「そんな身体で何が出来る?殺されに行く様なものだぞ?」

粗い吐息を吐きつつ、覚束ない足取りで立つ少年に向かって声の主は大分呆れ返っていた。

歴代ライドウの中でも類を見ない戯け者である。

「分かってる・・・・自分でも本当に何やってんだろって思うわ・・・でも、でもよ。此処でアイツ等二人を見捨てたら、俺は一生自分を許せねぇ。」

アビスの群れに囲まれる番のクー・フーリンに顔を向ける。

鬼神の如き形相で、真紅の魔槍”ゲイ・ボルグ”を操り、アビスの大群を薙ぎ払う白銀の騎士。

しかし、いかせん数が多すぎる。

主の元に中々近づけない事に相当な焦りを感じている事が分かった。

「悪いな?志郎・・・お前だけでも生き延びてくれ。」

困った様な笑顔を浮かべ、ライドウは不浄なる地獄の門へと続く次元の裂け目に飛び込む。

「ナナシぃいいいいい!!」

クー・フーリンの悲痛な叫びが封じられし禁断の冥府に響き渡った。

 

レッドグレイブ市上空。

巨大移動空中戦艦『アイアンメイデン』のコントロールブリッジ内。

「・・・・そろそろ頃合いかな?」

操舵室の奥まった位置にあるシートに座るヴァチカン科学技術開発部、総責任者・射場流は、懐から手巻き式の懐中時計を取り出した。

銀時計の分針は、明け方の4時30分を指している。

17代目・葛葉ライドウと約束した時刻まで後5分弱であった。

「マウア、そろそろ下に降りたいから、君の兵隊を貸してくれないかな?」

懐中時計を再び懐に仕舞うと、流がそう言った。

「?17代目との約束はどうされるつもりなんですか?」

一段高い位置にあるシートに座る『アイアンメイデン』艦長、マウア・デネッガーは、少々驚いた様子で瓶底眼鏡の優男を見つめた。

「約束?ああ、抗重力弾の事?あんなモノ、彼の尻を叩く為の嘘に決まっているじゃないか。」

ヘラヘラと笑って答えるヴァチカン最高の頭脳にマウアは自分の予感が的中して失望の溜息を思わず吐いた。

「しかし、未だヘルズゲートが閉じる様子がありません。よもやとは思いますが、17代目がゲートを閉じるのを失敗したという、可能性も捨てきれません。」

貴様が勝手に下に降りて悪魔共に喰われる分には一向に構わないが、大事な部下を犠牲にする訳にはいかない。

マウアの言葉の端々には、そんなニュアンスが露骨に現れていた。

「それは無いね。さっきも言ったろ?彼はこの世の理を統べる絶対者だ。誰も彼を殺すどころか、傷つける事すらも出来ないよ。」

何処からその自信が出るのか理解出来ないが、流は相当17代目・葛葉ライドウを信用しているのだろう。

マウア自身も、ライドウが持つ『帝王の瞳』の能力(ちから)は知っている。

大分、眉唾モノだが、もしそれが現実にあるとするならば、流の言葉も道理がいく。

「分かりました・・・一小隊を降ろします・・・後、私も同行させて頂きますので、そこはご理解して下さい。」

ヴァチカン最高の頭脳をこんな所で失う訳にはいかない。

それに、この瓶底眼鏡のマッドサイエンティストは、一度言い出したら全くいう事を聞かない事で有名だ。

こうなったら、素直に折れてしまうのが利口というものである。

 

大剣『リベリオン』と同じく大剣『フォース・エッジ』が激しくぶつかり合い、橙色の火花を散らす。

常人では視認出来ない高速の速さで動く二振りの刀身。

剣風で岩が砕け、砂金の河が跳ね上がり、周囲にキラキラと舞い落ちる。

一旦大きく離れる深紅のロングコートを纏った銀髪の青年と対なす蒼いロングコートを纏った銀髪の青年。

互いに息が上がり、身体が鉛の如く重く感じる。

封じられし禁断の冥府でのダークサマナー―シド・デイビスとの壮絶な死闘。

その時の戦いで負ったダメージが、未だに双子の兄弟の肉体に深いダメージを与えていた。

「ダンテ・・・もう一度言うぞ・・・人修羅を倒す為に俺に協力しろ。」

上がる息の中、兄・バージルは双子の弟にそう命令する。

「お断りだね・・・・ライドウは俺達兄弟の恩人なんだ・・・誰が恩を仇で返す真似何か出来るかよ・・・。」

兄の要求を頑なに突っ撥(ぱ)ねる。

何処までも反りが合わない二人。

父と同じ血を引くのに・・・同じ母から育てられたのに・・・何故二人は此処まで違い過ぎるのか?

「母さんよりも、あの化け物が大事なのか?」

「化け物じゃない!俺達と同じ人間だ!」

心底惚れた相手を侮辱され、激しい怒りが腹腔内を暴れ回る。

出会いは確かに最悪であったが、共に行動するうちにライドウの人となりに触れて、ダンテの考えは大分変っていた。

17代目・葛葉ライドウは、他者の為に平気で命を投げ出す大馬鹿野郎だ。

何度も自分達兄弟を見捨てる機会はあった。

でも彼はそうしなかった。

役目よりも立場よりも、彼は何よりも人命を尊ぶ。

その崇高な信念に、ダンテは誰よりも感銘を受け、そしてどうしようもなく惹かれてしまったのだ。

「ダンテ!バージル!!」

お互い間合いを詰め、必殺の一撃を放とうとしたその刹那。

二人の間を割り込むかの様にして、悪魔使いの声が不浄なる地獄の門に響き渡った。

 

「この馬鹿弟子が!」

高位魔法を使用し、ボロボロになった躰を鞭打って、次元の裂け目へと飛び込んだライドウ。

そんな愚かな弟子に向かって、師であるGUMPの声の主がデジタル化されている肉体を己の意思で血と肉を持つ悪魔の姿へと変える。

銀の毛並みに硬い鱗に覆われた蛇の如く長い尾。

白銀に煌めく雄々しき鬣(たてがみ)と金の瞳。

ギリシア神話に登場する勇猛な巨犬。

冥府の墓守、魔獣・ケルベロスだ。

電子獣、ケルベロスは空中で態勢を崩した悪魔使いの少年をその背に受け止めると、金で出来た巨大な岩に軽やかに着地した。

「ははっ・・・やっぱ優しいよな?お袋さんは・・・・。」

「馬鹿者・・・貴様に死なれては主人の宗一郎に合わせる顔がない。」

力無く己の背に縋る少年を忌々し気に舌打ちする。

因みに宗一郎とは、先代―16代目・葛葉ライドウの本名である。

「ふむ、どうやら例の双子はあそこにいる様だな。」

強い気を二つ感じ、ケルベロスは飛瀑(ひばく)の方向に頭を向ける。

激しい戦闘を繰り広げているのか、剣と剣がぶつかり合う金属音が此処まで聞こえた。

「こんな状況でも兄弟喧嘩か・・・・これだからスパーダの血族は救われないのだ。」

「知ってるのか?」

魔獣から出た意外な言葉に、ライドウは眼を見開く。

「昔・・・ほんの少しだけ拘わった事がある・・・この姿に変えられる前にな・・・。」

まだこの世が紀元前と呼ばれていた時代の時である。

遠い遠い昔、彼女は一人の魔剣士と知り合った。

「で?どうする?あの二人を引き剥がすのは、今のお前では至難の業だと思うが。」

いっその事、自分が塵も残さず焼き殺してやろうかという師の申し出をライドウが慌てて却下する。

「俺が何とかする・・・お袋さんは手を出すな。」

力の入らない躰を叱咤し、白銀の魔獣からヨロヨロと離れる。

辛うじてクー・フーリンとの魔力のパスは繋がってはいるが、回復するのにはまだ相当時間が掛かりそうであった。

「そうはいかん・・・さっきも言ったろ?お前にもしもの事があったら目付け役兼指南役の私の面目が立たん。」

岩を飛び降り、二人の元に走るライドウのすぐ傍らを銀の巨獣が追走する。

「双子の内どちらかがお前に危害を加える素振りを見せたら、私は容赦無く排除するからな。」

「・・・・・。」

ケルベロスの脅しとも取れる言葉にライドウは唇を噛み締めた。

この冷徹な師は、確実に言った事を実行するだろう。

出来るなら最悪な事態だけは回避したい。

 

「ダンテ!バージル!!」

大剣同士をぶつけ合い、最後の力比べとばかりに鍔迫り合いをしている双子の兄弟にライドウが疲労した躰に鞭打って声を振り絞る。

悪魔使いの声に反応して振り返る二人。

二卵性の双子故、その容姿は若干違う。

一人は母親に似て何処となく弟よりも身体が華奢に出来ており、顔立ちも女性的だ。

一方の弟は、父親の血が濃く出ているのか、体格が兄よりも一回り大きく、気骨のある顔立ちをしている。

「一体何やってんだ?早く現世に戻るぞ!」

もう間もなく、ヴァチカンの殲滅部隊がこの街に核に匹敵する威力がある抗重力弾を撃ち込む。

もしそうなれば、二度と現世に戻る事が叶わなくなってしまうのだ。

「人修羅ぁ!!」

予期せぬ想い人の登場に、力が緩んだダンテの隙を突いて、バージルが『リベリオン』の刀身を跳ね上げる。

そして、大剣『フォース・エッジ』の切っ先を悪魔使いの少年へと向けると、地面を蹴り付け、弾丸の如く疾走した。

「バージル!止めろ!!」

兄の凶行を止める弟。

しかし、止まらない・・・否、止められない。

憎き怨敵の心臓にこの刃を突き刺すまでは、止まる事が出来ないのだ。

大剣『フォース・エッジ』の刃が、ライドウの細い躰に突き立つその瞬間、黒い巨大な影がバージルの躰を跳ね飛ばした。

「ぐわぁ!!」

蒼いロングコートの青年の躰を凄まじい衝撃が突き抜ける。

吹き飛ばされる銀髪の青年。

鍛え上げられた四肢に激痛が走り、大剣が手から離れてしまう。

「お袋さん??」

バージルの凶刃からライドウを護ったのは、銀の鬣を持つ巨獣であった。

冷酷に光る金の双眸が、無様に砂金の河の淵まで転がった銀髪の青年へと向けられる。

「言っただろう・・・お前に危害を加える輩は殺すと・・・。」

先程の一撃で既に脚にきているのか、蒼いロングコートの青年は震えながらそれでも気合だけで何とか立ち上がる。

その強靭な精神力だけは、褒めてやるべきか?

「・・・・この・・・下等な魔獣如きが・・・。」

大剣『フォース・エッジ』を失ったバージルは、腰に下げていた愛刀『閻魔刀』を鞘から引き抜く。

屈辱だ。

組織『クズノハ』最強と謳われる17代目・葛葉ライドウにやられたのならいざ知らず。

その使い魔である魔獣に良いようにあしらわれるとは・・・惨憺(さんたん)たる想いで身が焦がれそうだ。

「井の中の蛙大海を知らず・・・・か。初めて会ったお前の父親を思い出すぞ?」

足元に転がっている大剣『フォース・エッジ』の刃の平を前足で踏みつける。

回転しながら宙を舞う大剣。

それを器用に柄の部分を口で咥えた。

「見た目だけで相手の力量を測れん愚か者め・・・あのダーク・サマナーもそうだった。上級悪魔の力を手に入れた程度で舞い上がり、己を神になったと過信した。力の本質を見極める事が出来ぬから馬鹿弟子に簡単に負けたのだ。」

大剣『フォース・エッジ』に魔力を注ぎ込む。

魔力のオーラが立ち上り、真紅の光が大剣『フォース・エッジ』全体を包み込んだ。

「なんだよ・・・?アレ。」

驚天動地(きょうてんどうち)とはこういう場合に使われるのであろうか。

見開かれるダンテの視界の中で、魔獣”ケルベロス”が咥える父の愛刀『フォース・エッジ』がみるみると姿を変えていく。

柄の部分はそのままに、刀身が明らかな変貌を遂げていた。

まるで地獄の亡者を狩る死神の鎌が如く、刀身が更に肥大化し禍々しい鋭角の形へと変わる。

「お前もあのダーク・サマナーと同じだ・・・・目先の事しか考えられん。無知蒙昧な馬鹿者だ。」

「黙れぇ!!」

ケルベロスの言葉に激昂したバージルが必殺の空間斬りを放つ。

しかし、その必殺の一撃は、どれも銀の巨獣を捉える事は出来なかった。

空間斬りの間隙を巧みにすり抜け、蒼いロングコートの青年へと肉迫する。

「・・・!!?」

気が付くと、フォース・エッジの刃先が、己の肩口に深々と突き刺さっていた。

右肩峰(みぎけんぽう)から上腹部を通って左下腹部へと刃がバージルの肉体を通り抜ける。

振り抜かれる大剣。

刹那、間欠泉が如く、血が噴き出す。

「失せろ・・・下郎。」

まるでスローモーションの様に、滝壺へと落ちていく銀髪の青年。

断末魔の叫びも、斬られたという知覚すらも無かった。

「バージル!!!」

左手に金のアミュレットを絡みつかせ、右手に愛刀『閻魔刀』を握ったまま、血を噴き出し背後の大瀑布(だいばくふ)へと消えていく双子の兄。

ダンテの叫びが虚しく辺りに響き渡る。

「このぉ・・・糞犬がぁああああ!!」

唯一の家族を失い、激情に駆られたダンテが腰のガンホルスターから双子の巨銃、”アイボリー”を抜き放つ。

魔獣”ケルベロス”に狙いをつけ、トリガーを引こうとするが、その視界を悪魔使いの少年が遮った。

「駄目だ!!殺されるぞ!!」

意思の強い瞳に射抜かれ、ダンテの躰が固まる。

「頼む・・・・お前まで失いたく無いんだ・・・一緒に現世に帰ろう。」

振り絞る様なライドウの懇願の声。

こんな状況で一体どんな言葉を掛けてやれば良いのか分からない。

でも・・・・それでも・・・この赤いロングコートの青年だけは死なせてはならないと、ライドウの心の声が訴えていた。

一筋の涙を流す悪魔使いの姿を見たダンテは、力無くケルベロスに狙いを定めていたハンドガンを降ろす。

そんな二人の様子を銀の巨獣は黙って見つめていた。

 




次で何とかラストにしたい。


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エピローグ

ケルベロスの凶刃によって無残な最期を遂げたバージル。
失意の中、現世へと戻るダンテを待っていたものは・・・?


「ちっ、今日もスカな依頼ばっかかよ・・・・・。」

この時代、大変珍しいプッシュ式の送話器に受話器を少々乱暴に置くと、店の主―ダンテは、悪態を吐いた。

あのテメンニグル事件から既に一年近くが経過しようとしている。

瞼を閉じれば、昨日の事の様にあの情景が浮かび上がった。

17代目・葛葉ライドウと共に魔界から現世に戻ったダンテ。

悪魔使いの配慮で、魔槍士と白銀の巨獣は、彼が使用しているGUMPに収容されたものの、道中二人共終始無言であった。

一番、考えたくも無かった最悪な結末。

真の黒幕であるダーク・サマナー、シド・デイビスは死亡。

双子の兄、バージルはケルベロスによって斬り捨てられてしまった。

事件の真相は闇のまま、十数年の時を経て巡り合った生き別れの兄は、非業の最期を遂げてしまった。

そして、現世に戻ったダンテ達を待ち構えていたのは、ヴァチカンが派遣した悪魔殲滅部隊『ドミニオンズ』のいかつい強化鎧骨格を纏った兵士達。

ダンテの言い分など全く聞かず、拘束し、無理矢理地面に跪かせる。

「てめぇ!!いきなり何をし・・・・!!!」

そう言いかけた銀髪の青年の目の前に、2メートルは優にあろうかと思われる、禁欲的な軍服を纏った30代半ばぐらいの美女が突然現れる。

いきなり銀髪の青年の顎に向かって、手に持つ殴打用の武器、サップで殴り飛ばす。

一気に暗闇の中へと失墜していく意識。

遠くで悪魔使いの少年が自分を呼ぶ声が聞こえた様な気がした。

 

気が付くとダンテは州警察の拘置所に収容されていた。

あの後一体何が起こったのか、ライドウがどうなってしまったか等、知る術がまるで無かった。

暫くして、身元引受人として馴染みにしている情報屋のモリソンが現れた。

初老に差し掛かった腕利きの情報屋曰く、いきなり州警察から彼の事務所に連絡が来て、ダンテを引き取って欲しいと言われたらしい。

「例の事件で一週間近くもお前さんと連絡が取れなかったからな。流石に地震でくたばったかと思った矢先に、州警察から俺の事務所に電話が来たんだ。」

何時もの酒場―『ボビーの穴倉』でクズホップを呑みながら、モリソンはそうダンテに説明した。

表向き、テメンニグル事件は、巨大地震発生による自然災害としてマスコミに発表されている。

一体どうやって僅かに生き残った生存者の口を黙らせているのかは知らない。

只、今も尚、震源地であるスラム13番通りは国連軍により、硬く閉鎖されており、ネズミ一匹入れない状態にあるらしい。

一通り説明を終えると、モリソンはダンテに大きなアタッシェケースを渡した。

そして、その上に一枚の封筒を無造作に置く。

「お前さん、HEC社に知り合いでもいるのか?」

「HEC・・・・?」

「Human electronics Company・・・日本って国の大企業様だよ。」

Human electronics Company―ロボティクスを中心にドローン開発や医療、介護、又は一般の生活まで様々な分野で事業を展開している日本を代表とする巨大コングマリット企業の事である。

新聞を余り読まないダンテでも、テレビのニュース番組等で良くその名前が出ているのは知っていた。

「そこのCEOがお前さんに世話になったと言ってな?コイツと礼金を俺に預けて来たんだ。」

州警察から電話が来る前日に、モリソンの事務所にHEC社の使いと言う黒服の男性二人組が現れ、このアタッシェケースと小切手の入った茶封筒を預けて行った。

興味半分に茶封筒の中に入っている小切手を見たモリソンは、そこに書かれている桁外れな金額に目玉が飛び出そうになった。

「俺に大企業のお偉いさんの知り合いなんて居ねぇ・・・・。」

カウンターにアタッシェケースを置き、中身を見たダンテは言葉を止める。

そこに入っていたモノは、魔界に封印されていた父の愛刀―大剣『フォース・エッジ』であった。

「どうした?ダンテ。」

急に黙り込んだ銀髪の青年を初老の情報屋が胡乱気に見つめる。

テメンニグル事件の真相を知らない情報屋は、ダンテの様子が突然変わった事に理解出来なかった。

そんな情報屋を他所に、銀髪の青年は開けていたアタッシェケースの蓋を閉じ、茶封筒をポケットにねじ込むとカウンター席から立ち上がる。

モリソンが何事か自分を呼び止めていた様であったが、今のダンテの耳に入る事は無かった。

「全く・・・一体何がどーなっていやがるんだか・・・。」

無言でボビーの穴倉から出ていく、銀髪の大男の後ろ姿を情報屋が呆れた様子で見送った。

 

黒檀のディスクに行儀悪く両脚を投げ出した店の主は、ぼんやりと壁に飾られてある大剣『フォース・エッジ』を眺める。

あの日の出来事以来、悪魔絡みの事件は全くと言っていい程起きてはいなかった。

ビスクドールの様に美しい容姿をしたあの悪魔使いの少年は、一体今何をしているのだろうか?

また誰かの為に命を懸けて戦っているのだろうか?

「悪魔退治の仕事をしてりゃ、そのうちアンタに会えるのかな・・・・?」

それはとても叶わない願いの様にも思う。

自分とライドウは住む世界が余りにも違う。

退屈で汚泥に満ちた日常を生きる自分、かたや、組織の人間として使命を遂行する為に生きる悪魔使い。

同じ悪魔を狩る者でもこんなにもかけ離れているではないか。

「いいや・・・俺は絶対アンタに会う・・・会わなきゃならないんだ。」

狂おしい程の渇望。

悪魔を狩り続けていれば、必ずあの悪魔使いの少年と巡り合える。

そして今度こそ・・・今度こそ・・・・俺は・・・・。

 

TO be Continue・・・・。

 




うう、漸く終わりましたぁ!
文章的にも滅茶苦茶ですけど、良かったらコメントくらはい。


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