イナズマイレブン!新たなる守護者 (ハチミツりんご)
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憧れへの出会い

イナズマイレブンでは2度目まして、ハチミツりんごというものです。

この度、憧れだった読者参加型小説を始めることにしました。五条さんの方と合わせて、読んでいただけると幸いです。


活動報告にて、キャラクター募集中!


 

 

 

 

「【真ゴッドノウズ】!!!」

 

 

何者にも届かない高き場所で、麗しきかつての神はその白い羽を背負い、その力を解放する。

 

並の者ならば止めること・・・いや、反応することすら出来ずに終わってしまうだろうその一撃を前にしても、画面の前の彼は怯えない。いや、それどころか、心の底からこの戦いを楽しんでいるように思えた。

 

 

「【真マジン・ザ・ハンド】!!」

 

 

バンダナを身につけた彼の背後から、金色に輝く魔神がその姿を現す。かつて対峙する彼が偽りの神であった時、主の想いを叶えるために覚醒した魔神は、今再びその剛腕によって神たる一撃を受け止める。

 

 

「う、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

 

一年前の決勝の再演。その時とは比べ物にならない程に進化したシュートだった。

 

 

だが、結果は変わらず。

 

白き輝きをもってゴールへと迫っていたそのシュート。それを魔神は、完璧に止めてみせた。

 

 

「っ!これでも止められるか・・・!」

 

「へへっ!ゴールは割らせないぜ、アフロディ!」

 

 

そう言って彼は笑う。バンダナの彼もまた、アフロディと呼ばれた少年と同じように・・・いや、それすら上回る速度で、進化しているのだ。

 

 

「ふふっ・・・それでこそ君だ、円堂君!!だが、僕は、僕達は負けない!!かつて僕達の目を覚ましてくれた君達を倒し!!今度こそ自分自身の実力で頂点に立つ!!

 

ーーー勝つのは僕達、世宇子中だ!!!」

 

 

神が吼える。かつての因縁を、そしてその恩を返す為に。大切な友人達とともに、頂きの光を見る為に。

 

 

「あぁ!!!かかってこい、アフロディ!!俺達も負けないぜ!!」

 

 

運命に愛された少年は笑う。かつては試合も出来ず、己以外やる気も無い底辺から、数多の苦難を乗り越えて、世界の頂点に立った少年は、大好きなサッカーを通じて出会った仲間達と2度目の頂点を掴む為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すっげぇ・・・」

 

 

画面を見つめる少年が呟いた。目の前で映し出されている戦いを、文字通り目を輝かせながら。

 

『フットボールフロンティア』。通称FF。中学サッカー日本一を決める為の大会である。

 

今、日本は空前のサッカーブームに包まれている。当然彼はそれを知っているし、一年前に起こった『世宇子中のドーピング問題』、『エイリア学園の襲撃』、『イナズマジャパンの世界大会優勝』、どれも知識としては知っていた。

 

 

だが、実際に試合を見るのは初めてだった。画面越しとはいえ、初めて見るサッカーの試合。駆け巡る必殺技の数々。激しくぶつかろうと、足が棒になろうと、勝つ為に最後まで諦めない男達の姿に、彼の心は動かされた。

 

 

「【リフレクトバスターV3】!!」

 

「【天空の刃】!!!」

 

 

ボールを奪った世宇子中のFW、デメテルのシュートに合わせてペルセウスが必殺技を重ねる。二人分のシュート威力は、先程のアフロディのシュートにも勝る程の力を秘めていた。

 

 

「【正義の鉄拳G5】!!!」

 

 

が、円堂を突破すること叶わず。金色の拳を硬く握り、捻りを加えながら打ち出された拳撃は2人の必殺技を重ねたシュートすらも弾き飛ばしてみせた。

 

 

 

「やべぇ・・・サッカーってすげぇ・・・」

 

 

 

切っ掛けとしては平凡かもしれない。物語の始まりとしては、些か刺激が足りないだろう。

 

 

それでも、彼は憧れた。人を超越したような美しさを持つ、規格外のシュートを放つ神にーーーではなく。

 

 

 

「円堂・・・守・・・!!!俺は、こんな風に・・・この人みたいになりたい!!!俺も、サッカーをやってみたい!!!」

 

 

 

常に戦いを楽しみ、何者にもゴールを決めさせることも許さずに揺るがない、最強のゴールキーパーに。

 

 

 

「母さん!!母さーーーん!!!」

 

「うるさい!!聞こえてるわよ!いきなりどうしたのよ!?」

 

 

急ぎ足で部屋を出て、階段を降りる。1階にいた母を呼ぶと、掃除をしていた母が掃除機を止めて訝しげに少年を見ていた。

 

 

「母さん!!お願い!!サッカーボールと、スパイク!!後、グローブ買って!!」

 

「・・・サッカーボール?なんで?」

 

 

母の頭には疑問符が浮かんでいる。それもそうだろう。目の前の息子は、今までスポーツなんてやったことは無いはない。背も普通で、人並みに運動はするものの、筋力がついているわけでもない。至って平凡な少年である。

 

 

「お願い!!どうしても、どうしてもやりたいんだ!!」

 

「どうしてもってあんた・・・いきなりどうして・・・」

 

 

母はやめた方がいい、と言おうとした。しかし気がつく。息子の目つきは、普段の無気力なものでは無い。何事にも興味を示さなかった彼が、本気で望んでいることに。

 

口から出そうとした言葉を飲み込み、母はため息をつく。そして、息子に向かって条件を出した。

 

 

「・・・来年からの中学校で、勉強と両立すること、そして途中で投げ出さない事!これ守れるなら、買ってあげる。いいわね!?」

 

「っ!うん、約束する!!」

 

 

 

 

それから約一年、少年は努力した。

 

小学校も殆ど終わり、同い年である6年生のサッカー部員は引退していた為、その友人達に協力してもらって基礎を学んだ。

 

決定的なまでに技術が足りなかった為、せめて体力はつけようと走り込みを毎日続けた。

 

ほぼ毎日、映像に残されていた円堂守の試合を見続け、少しでも彼に近づけるように研究した。それと同時に、現状円堂に最も近いキーパーであり、同じ県の立向居勇気のプレーも参考にした。

 

 

 

 

 

 

 

そして、中学入学の時。彼は元々進学の決まっていた、近くの『神楽中学校』の門の前に立っていた。

 

 

「ここは、確かまだサッカー部なんて無かったはず・・・人集まるかなぁ・・・」

 

 

神楽中は、学力、部活動ともに特出したところの無い、平凡な中学校。部活動はあるが、全国に名を連ねる様な強豪ではない。

 

そんな場所で、素人が一から部活動を作り上げ、全国優勝を目指す。はっきりいって無謀もいい所。その難しさは、彼も重々承知していた。

 

 

「・・・いや、弱気になっちゃダメだ!円堂さんも、一から作り上げて、あそこまで強くなったんだ!俺だって、やってやる!」

 

 

憧れの人への想いを胸に、自分を奮い立たせる。きっとここにも、自分のようにサッカーをやりたがっている人がいるはず。その為にも、自分が切っ掛けになるのだ、と。

 

 

「・・・よし、行こう。俺も、あの人みたいになるんだ!!」

 

 

少年が踏み出し、門をくぐる。

 

 

いま、この瞬間から、物語は始まった。

 

 

円堂守に憧れ、彼のようになる為に奔走する少年ーーー

 

 

 

ーーー【森崎堅固】の、物語が。

 



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入学!出会った2人の友!


活動報告にて、キャラクター募集中です!まだ参加されていない方は、参加していただけると嬉しいです!


 

 

「皆さん!入学おめでとうございます!!」

 

 

 

教壇に立った、年若い女性が、席に座っているおよそ30名前後の少年少女へと呼び掛ける。

 

 

「入学式、お疲れ様でした!今日から、この1年C組の担任を務める、【田中 幸子】です!皆さんが実り豊かな学校生活を送れるように頑張りますので、気軽に頼ってね!」

 

 

ニコニコと人懐っこい笑顔を浮かべながら、田中と名乗った女性は生徒達を見回す。彼女の明るい態度で、新入生達の緊張は僅かにほぐれる。

 

が、彼ら彼女らは入学早々、流石にまだ固さが残っている。それを察した田中は、どこからともなく穴の空いた箱を取り出す。

 

 

 

「うーん、まだみんな緊張しちゃってるわね!それじゃあ、まずは席替えからいきましょうか!市川さんから出席番号順に取っていって、移動した後、近くになった人に挨拶してね!」

 

 

ほらほら!と、田中先生が半ば強引にくじを引かせていき、それぞれの生徒が席を移動していく。

 

 

「それじゃあ、次は森崎君!」

 

「うっす。えっと・・・19番・・・ラッキー、後ろの方だ!」

 

 

自分の番が来た森崎は、手早くくじを引いて後ろから2番目の席を獲得。荷物を持って移動し、既にくじを引いて彼の後ろの席に座っていた同級生へと話しかける。

 

 

「よっ、初めまして。俺、森崎堅固ってんだ。君は?」

 

「あぁ、初めまして、森崎君。僕は塵山。【塵山(ちりやま) 灰飛(はいと)】です。よろしくお願いします」

 

 

 

塵山、と名乗った少年。短めの黒髪を整えた赤目の少年であり、表情からはどこか気弱そうな印象を受ける。

 

 

「よろしく、塵山!俺の事は堅固って呼んでくれよ。それに、敬語は無しにしよーぜ?クラスメイトなんだからさ」

 

「分かりました。僕も、灰飛で構いませんよ。それと、これは初対面だからやってるとかじゃなくて、癖なんです。これがいつもの喋り方なんですよ」

 

「おう、分かった。・・・にしても、敬語が癖かぁ。俺なら一日も持たねぇな。疲れねぇの?」

 

「あはは・・・慣れってやつですよ」

 

 

そんなもんかぁ、と呟く森崎は、そのまましばらく塵山と談笑する。

 

そんな中でも、着々と席替えは進んでいき、全員の席移動が終わった頃、授業時間終了を告げるチャイムが鳴った。

 

 

「え!?嘘、もう終わり!?やだ、配布物の準備しなきゃ・・・や、休み時間が終わったら、プリントとか色々配るから!みんな待っててね!」

 

 

生徒達に笑顔を向けた後、田中先生は急げ急げ、と小走りで教室を出ていった。

 

 

「・・・随分忙しない先生だな」

 

「ま、まぁいい人そうですし・・・慣れてはなさそうだけど」

 

 

いかにも新任、という感じの田中先生を見て、森崎と塵山は思わず苦笑を零す。そんな中、森崎はふと、塵山に声をかける。

 

 

「・・・なぁ灰飛、お前部活入る?入るならもうどっか決めた?」

 

「え?あー・・・実は入りたい部活が無かったので、決めかねてるんですよ。急に何故?」

 

「いや、そのさ。俺、新しくサッカー部を作ろうと思ってるんだ。それで、もし良ければと・・・」

 

 

恐る恐る、と言った様子で森崎は塵山を誘う。ここで1人でも確保しておけば、この先の勧誘も手分けして出来るし、何より一人ぼっちで始めるよりも心強い。森崎からしたら、ここで是が非でも塵山をサッカー部に引き込んでおきたいところだった。

 

 

「サッカー部、ですか?ちょうど良かった!僕が入りたかったの、サッカー部なんですよ!」

 

「ほ、ほんと!?マジで一緒にやってくれんの!?」

 

「えぇ、勿論!・・・あ、ただ、実は去年までは色々あってやっていなかったので、初心者なんですが・・・」

 

「んなもん全然オッケー!俺も去年から始めたばっかりだし!!っしゃぁ!一人目の部員確保!!」

 

 

ガッツポーズをしながら小躍りする森崎を見て、大袈裟な・・・と塵山は呆れて笑う。

 

 

 

 

 

そんな2人に向かって、1人の少年が話しかけに来る。

 

 

「ねぇ、君!」

 

「ん?あ、わりぃ!煩かったか?」

 

「別に?それよりも、なんでそんな変な踊りしてたの?」

 

 

首を傾げながら、興味深げに森崎の顔をのぞき込む少年。森崎や塵山と同じく黒髪で、整った可愛らしい容姿。どこか中性的だが、制服が森崎達と同じである為男子だろう。頭にはトレードマークなのか、コウテイペンギンの雛を模した帽子をかぶっている。

 

 

「あーいやさ、俺、新しくサッカー部を作ろうと思ってんだ。それで、こっちの塵山を誘ったら入部してくれるってんで、嬉しくってさ・・・」

 

「へぇ〜・・・ねぇ、サッカーって面白いの?」

 

「すっげぇ面白いぜ!!なんだったら試合の映像とか見てみるか!?凄いんだぜ、魔人が出たり、分身したり、ペンギンが空を飛んだり!!」

 

「ペンギン!?!?今ペンギンって言った!?!」

 

 

ペンギン、という単語を聞いた瞬間、少年の目付きが変わり食いつく。その変わりようを見た森崎は面食らいながらも、なんとか言葉を紡ぐ。

 

 

「お、おう・・・えーっと、一昨年の東京地区予選の決勝は・・・あった!ほら、これとかさ」

 

『皇帝ペンギン!!!』

 

『2号ォ!!!!』

 

「うっわぁ!!凄い!!ほんとにペンギンだぁ!!!」

 

 

 

一昨年の東京地区予選の決勝ーーー雷門vs帝国の試合映像を携帯で再生する。

 

森崎達の3つ上の世代・・・『イナズマ世代』とも呼ばれるほどの逸材が揃った世代を代表する天才ゲームメーカー、【鬼道有人】が放つ強力なシュート技にーーーというよりも、その技から現れる複数のペンギンに、少年は大興奮。

 

 

「・・・なぁお前、サッカー部入んない?死ぬ気で特訓したらペンギン技も使えるようになるぜ!!」

 

 

その様子を見ていた森崎はふと、これ行けんじゃね?と思い、少年もサッカー部に引き込もうもする。もちろん、ペンギンをチラつかせるのも忘れない。

 

 

「マジで!?僕もサッカーやる!!!」

 

「いや、それでいいんですか!!?」

 

「なんで!?だってペンギンだよ!ペンギン!!」

 

 

ペンギンが使える、と聞いて即決した少年に、思わず塵山が聞き返す。が、少年はいい笑顔で返事を返す。どうやら意志は固いようだ。

 

 

「まぁまぁ、いいじゃん!一緒にやってくれるならさ!えーと・・・」

 

「人鳥!!僕は【人鳥(ひとどり) (みかど)】!!小学校の時は『ペンギン』って呼ばれてたから、二人もそう呼んでよ!」

 

「おう!!よろしくなペンギン!!俺は森崎堅固!!堅固でいいぜ!」

 

「塵山灰飛です。灰飛でいいですよ」

 

 

よろしく!と言って握手を交わす森崎、塵山、人鳥の3人。幸先よく2人も部員を確保できた森崎は、よし!と言いながら教室を出ていこうとする!

 

 

「堅固!どこ行くんですか?」

 

「ん?職員室だよ!早速サッカー部設立のお願いしにいかなきゃな!」

 

 

そう言った森崎を見る塵山は、マジかこいつ、と言った顔を浮かべる。隣に居る人鳥も、似たような雰囲気で首を傾げていた。

 

 

「・・・堅固、知らないんですか?」

 

「ん?なにがだよ?」

 

「わー、ほんとに知らないんだね堅固。

 

 

 

 

 

 

 

ーーー部活動の設立には、最低5人の入部者と、顧問の先生が居ないと部活として認めてくれないよ?」

 

 

「・・・へ?」

 

 

 

 

ポカンとした表情を浮かべる森崎。彼の物語は、まだまだ始まったばかりのようだーーー?

 

 



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加わる仲間!森崎の思い



遅れてすみませんでした・・・色々忙しかったので遅れてしまいました・・・


あ、明日か明後日くらいにまた新しく募集を始めますので、参加していただければ幸いです。


 

 

 

 

「ーーーとゆーわけなんです!!田中先生、サッカー部の顧問やって頂けませんか!!」

 

「顧問?えぇ、いいわよ!!みんなの助けになれるなら、先生も嬉しいわ!」

 

「せんせぇ!!」

 

 

感激のあまり田中先生に抱きつこうとしたら、後ろから首元を掴まれてグェッと間の抜けた声を漏らす。

後ろを見ると、灰飛が呆れた表情で俺の制服を掴んでおり、その隣でペンギンも苦笑しながら肩を竦めていた。何故だ、先生に親愛の感情を表そうとしただけなのに。解せぬ。

 

 

「全く君は・・・すみません先生。顧問の件、ありがとうございます」

 

「いえいえ、いいのよ塵山君。それに、生徒から顧問を頼まれるなんて、いかにも先生っぽいじゃない〜!!」

 

 

ニコニコと、心底嬉しそうにそういう田中先生。ほんとに生徒から頼られてるのが嬉しいんだろう。いい人だなぁ。

 

 

「・・・それで、創部にはあと二人必要だけど、当てはあるの?」

 

「あぁ、はい。A組に幼なじみがいるんですけど、そいつに聞いてみようかな、と。小学校では陸上やってたけど、サッカーやってみたいって言ってましたし。先生の方で、心当たりとかありませんか?」

 

「そうねぇ・・・あ、そういえば!今日は引越しの都合で来てない子に、東京でサッカーやってた人がいたわね・・・。私の方から声をかけておきましょうか?」

 

「ホントですか!?お願いします!俺達も、ほかのクラスを中心に誘ってみます!」

 

「私も、その子だけじゃなくて、他学年にも聞いてみるわね。さぁ、みんなで頑張りましょう!目指せ、部員9人よ!」

 

 

グッ、と握りこぶしを作りながら、田中先生はそう言った。

 

・・・9人?

 

 

「・・・先生、なんで9人?」

 

「あ、あら?サッカーって9人でやるやつじゃなかったかしら?こう、棒でボールをかきーんっ!って・・・」

 

「・・・先生、それ野球だよ?」

 

 

ペンギンがそう指摘すると、あら〜?と首を傾げて笑う田中先生。

 

 

た、頼んどいてなんだけど、大丈夫かな・・・?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たのもぉ!!!紅葉はいるかぁ!!」

 

「道場破りか何かですか貴方は!?あぁもう・・・」

 

「この短い時間でも分かるね、堅固のアホさ加減」

 

 

 

ダァン!!と教室の引き戸を勢いよく開けて叫ぶ森崎と、その後ろで頭を抱えてため息をつく塵山。人鳥はその隣でケラケラと愉快そうに笑っている。

 

 

 

「うぉっ!?・・・って、森崎くん!?入学早々何やってるのさ・・・」

 

 

突然やってきた森崎に気が付き、呆れたように近づいてきたのは、中性的な容姿をした赤髪のウルフカットの少年。体つきはかなり細身だが、運動をしていない細さではなく、無駄なものを削ぎ落とした細さだ。

 

 

彼が、先程森崎の言っていた幼なじみの【秋風 紅葉(あきかぜ こうよう)】。小学校時代は陸上部に所属していたスピードスターで、森崎の良き相談役である。

 

 

「よーう、紅葉!この間ぶり!」

 

「はいはい、この間ぶりだね。・・・で?いきなり他クラスに突撃してくるなんて、何があったの?友達出来そうにないとか?」

 

「お前は俺をなんだと思ってんだ!?」

 

「え、問題児?」

 

「あぁうん、問題児ですね」

「問題児以外の何物でもないね!」

 

「おぉい!?てか灰飛ォ!ペンギィン!お前らは今日会ったばっかりだろ!?」

 

 

それくらい分かりやすいんだよ〜、と笑う人鳥。あんまりだァ!と森崎は叫ぶが、考えてみて欲しい。入学式が終わったその日に部活を作ろうと言い出し、クラスメイト2人を引き連れて職員室に突撃し、その勢いのまま他クラスに殴り込む彼は充分変人である。

 

 

「・・・あれ、森崎君、彼らは?」

 

 

そんな馬鹿なやり取りをしている時に、秋風が塵山と人鳥に気がつく。2人は小学校で見かけたことは無いため、自分とは違う学校出身だろうと秋風は予想しており、そんな2人と森崎が一緒に居るのが疑問なのだろう。

 

 

「あぁ、初めまして。えっと・・・秋風君?」

 

「紅葉で良いよ。そういう君は?」

 

「ありがとうございます。僕は塵山灰飛。堅固とは同じクラスなんですよ」

 

「僕は人鳥帝。ペンギンって呼んでよ!僕も2人と同じクラスで、サッカー部に誘われたんだ」

 

「サッカー部って・・・あっ!もしかして森崎君、新しくサッカー部作るつもりなの!?なーんでサッカー部の無い神楽中に来たのかと思ったら・・・」

 

 

塵山、人鳥との挨拶を終えた秋風は、呆れた様な顔で森崎を見る。普段は適当なこの男、やる気を出したら無駄に行動力があるのを秋風は知っていたが、まさか一から部活を作るとは思っても見なかった。

 

 

「あ、はは・・・ま、まぁ良いじゃねぇか!!それより、紅葉!お前も俺たちとサッカーやらないか!?」

 

「いいよ?」

 

「いやお前が陸上部に入ろうと思ってるのは分かって・・・え?いいの?」

 

「うん。元々兄さんがやってたからサッカーには興味あったし、そもそも神楽には陸上部無いし」

 

 

何部に入るか悩んでたしちょうど良かったよ〜、と笑う秋風。そんな幼なじみの言葉にしばらくポカンとした森崎だが、笑顔で秋風の肩を掴む。

 

 

「マジかよ!?サンキュー紅葉!!なぁ、ついでに他にもいないか、サッカー部に入ってくれそうな人!!あと一人なんだ!」

 

「うーん・・・陸上部のメンバーは殆ど入る部活決めてたしなぁ・・・」

 

 

 

心当たりは無い、という秋風。塵山と人鳥にもそんな心当たりは無く、あと一人なんだけどなぁ、と森崎が呟いたその時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッハハハハハァ!!!話は聞かせてもらったぞ、そこの4人組!!」

 

 

突如鳴り響いた、耳をつんざく様な大声。咄嗟に耳を塞いで鼓膜を保護した4人は、声のした方を振り向く。

 

 

そこに立っていたのは、ガタイのいい大柄な男子生徒。男子の中では少し高い程度の身長な上に鍛えている森崎と比べても、一回り以上の大きさだ。髪型は、男子には珍しいポニーテール。黒と緑の混ざった、珍しい髪色だ。

 

そんな体つきと髪型、更に整った容姿から人目を引くであろう彼は、歯を剥き出しにして笑うと森崎の肩をがっしりと掴む。

 

 

 

「お前さん!!サッカー部を作るんだろう!?」

 

「おぉ!?お、おう」

 

「儂もチームに加えてくれ!!こう見えても、3年前からストライカーとしての修行を積んでいる!力になれると思うぞ!」

 

「マジで!?もしかしてどっかのリトル所属だったとか!?」

 

「独学だ!!!」

 

 

自信満々にそう言った男に、4人は思わずズッコケる。・・・が、ここにいる4人のうち、人鳥と秋風は未経験者、森崎と塵山もほぼ独学なので、彼の事を言えないのが実情である。

 

 

「ま、まぁチームに加わってくれるのは素直に嬉しいぜ!俺は森崎堅固!堅固って呼んでくれよ!」

 

「おうさ!儂は【刃金(はがね) 斬九郎(ざんくろう)】!!気軽にザックと呼んでくれ!!」

 

 

ザックと名乗った男は、ニカッと笑う。一人称といい、どこか変わっているが、悪い奴ではなさそうだ。そんな彼に向けて、人鳥が人懐っこい表情を浮かべながら挨拶をする。

 

 

「よろしくザック!僕、人鳥!ペンギンって呼んで!」

 

「おう!よろしくな、ペンギン!」

 

「これまた変わった人が来ましたね・・・僕は塵山灰飛。灰飛でいいですよ」

 

「よろしく頼む!!紅葉もよろしくな!!」

 

「うん。よろしく、ザック君」

 

 

 

人鳥に続いて塵山、秋風も刃金と言葉を交わす。そんな時に、おっとそうだ、と刃金が森崎の方を向いて一つ質問をする。

 

 

「なぁ堅固よ、お前さんはどこまで行くのを目標にしてるんだ?」

 

「・・・目標?」

 

「おうさ!儂の目標はな、『世界一の必殺シューター』になる事だ。豪炎寺さんのシュートを見た時、そりゃぁもう鳥肌がたったもんさ。

 

そんで、同時に思ったのさ。儂はあの人みたいになりたい・・・いや、超えたいってな!!その為だったらどんだけでも努力するつもりだ!!

 

・・・堅固、お前は何処までを目標にしている?1回戦突破か?全国大会に出ることか?それとも、楽しめればそれでいいのか?参考までに聞かせちゃくれないか?」

 

 

 

笑顔でそう問うてくる刃金。一見ただ聞いているだけに見えるが、森崎は気がついた。先程までの和やかな雰囲気とはうって変わり、目が笑っていない。刃金は心の底から本気で問いただそうとしている、という事に。

 

 

 

「ーーー俺はーーー」

 

 

 

森崎に対し、嘘は許さないとばかりに目を細める刃金。そんな二人の間に漂う剣呑な雰囲気に、塵山達3人の表情も訝しげで緊張を帯びたものへと移り変わっていく。

 

 

そして、ゆっくりと、森崎は口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・俺は、円堂さんに憧れてる。去年のフットボールフロンティアの世宇子中との戦いや、帝国学園との決勝戦は、ほんとに凄かった。それを見て、俺はサッカーをやりたくなったんだ。

 

 

だからさ、俺は見てみたいんだ!憧れの円堂さんが見た景色を!!だからこそ、俺はサッカー部を作って、フットボールフロンティアで優勝して、そんでもって世界に行く!!今年にある、第3回FFIの日本代表に選ばれて、世界一の頂きに立つこと!それが、俺の目標だ!!」

 

 

 

世界一。森崎は確かに言った。

 

 

世界一。それも、今年の世界大会で、だ。

 

 

サッカーを始めて1年、しかも独学の素人が、1から部活動を作り上げ、世界の中でも高いレベルを誇るここ日本の頂点に、そして世界のてっぺんに立とうと言っているのだ。

 

 

 

それを聞いた刃金、塵山、人鳥、秋風の4人はしばらくポカンとした顔を浮かべていたが、まず刃金が喜色に満ちた顔で森崎の肩を叩いた。

 

 

 

「そうか!世界一!!しかも今年にか!!!儂の想像を遥かに超えてるな、お前さんは!!!気に入ったぜ堅固!!儂はお前についていく!!お前の為に、相手ゴールをぶち破って点とってきてやるぜ!!」

 

 

ガッハッハと笑いながら上機嫌に話す刃金に、呆れ顔の塵山が声を掛ける。

 

 

「全く・・・ほんとに分かってるんですか?新設のサッカー部が全国どころか世界に行くなんて、正直現実的ではないですよ?」

 

「そうだよね、やっぱり何かで一番になるって大変な事だもんね」

 

「なんだ灰飛に紅葉!お前らは反対なのか?」

 

 

 

刃金の問いに、2人は反対している訳では無い、と反論する。2人も森崎の語る夢を悪いとは思っていないし、むしろそれだけの夢を語れる森崎の事を面白いと感じている。

 

ーーーが、塵山と秋風は、森崎や刃金よりも現実が見えている。彼らの方が、今の日本のレベルの高さを正しく認識出来ているのだ。

 

 

 

「確かに2人が憧れている円堂さんと豪炎寺さんが所属した雷門中は、2年前に無名の弱小から一気に成り上がり、フットボールフロンティアで優勝し、エイリア学園の野望を阻止し、フットボールフロンティアインターナショナル初代王者に輝きました。

 

ーーーですが、今の日本は当時とは違う。イナズマジャパンの影響でサッカー部が激増、それに伴い優秀な選手が増え、日本全体のレベルは飛躍的に向上しています。そんな状態の日本で、殆ど初心者の新設サッカー部が優勝するなんて・・・正直、不可能に近いですよ?」

 

 

 

塵山の言葉は正しい。現在の日本は、円堂守率いる雷門中が初めて優勝した2年前とは比べものにならない程強くなっている。円堂や豪炎寺を筆頭にした、【イナズマ世代】とも呼ばれる現高校一年が卒業した後であっても、それは変わらない。

 

 

 

【心優しき巨人】こと『壁山塀吾郎』や【目覚めし虎】こと『宇都宮虎丸』を有し、あの円堂守からキャプテンマークを引き継いだ『栗松鉄平』が率いる、優勝候補筆頭《雷門中》

 

 

去年の雪辱を晴らす為、そしてもう一度頂に立つため。王座奪還に燃える主将『成神健也』率いる強豪《帝国学園》

 

 

かつての汚名を返上し、今一度蒼空へ羽ばたく為。【天空の支配者】ことアフロディから受け継いだ世宇子魂を胸に翔ける、【神の頭脳を持つ男】『明天名智』率いる《世宇子中》

 

 

森崎達の通う神楽中と同じ福岡県で、勝ち抜く為には必ず障害として立ち塞がるであろう壁。円堂守をも超える、世代最強GK『立向居勇気』率いる《陽花戸中》

 

 

【戦術の皇帝】『野坂悠馬』、【静かなる守護者】『西蔭政也』の二大巨頭率いる新鋭の強豪《王帝月ノ宮中》

 

 

兄の想いを受け継いだ【熊殺しのアツヤ】こと『吹雪アツヤ』、更には【白恋のプラチナスノー】『白兎屋なえ』を筆頭にした、全国最速のスピードサッカーが持ち味の《白恋中》

 

 

 

今挙げた中学以外にも、戦国伊賀島、尾刈斗、大海原、木戸川清修、漫遊寺、千羽山、永世学園、野生、御影専農、美濃道山・・・全国に名が聞こえる学校は多数ある。これらを打ち破らなければ、頂点に立てないのだ。ましてや世界など、その遥か上を行くだろう。

 

 

「僕達まだ一年生だし、狙うのは今年じゃなくて来年とか、再来年でもいいとは思うけど・・・」

 

 

秋風から最もな意見が飛ぶ。ここにいる5人は未だ一年生、彼らはあと3回、フットボールフロンティアに挑むことが出来るのだ。当然今よりも、一年後、二年後の方が実力も上がっているだろうし、何より【立向居勇気】や【壁山塀吾郎】、【宇都宮虎丸】といった強豪選手がいなくなっている。

当然彼らに匹敵しうる才能の持ち主は現れるだろうが、少なくとも今年彼らと当たるよりかはマシだろう。

 

 

 

「あー・・・そりゃ確かにそうだけどさ。ここで来年があるから今年はいいや、なんて逃げてたら絶対に円堂さんに追いつけないと思うんだ。だから、俺は今年挑戦したい。雷門中や帝国学園と戦って、世界を見てみたいんだ」

 

 

 

だが、それでも森崎の心は揺らがない。

 

 

そんな森崎の考えを聞いた刃金は、塵山達に笑顔で話し掛ける。

 

 

 

「ま、いいじゃねぇか!でっかい目標の方が達成しがいもあるってもんだ!!どうせ見るなら、夢はでっかく見ようぜ!!堅固の言う通り、世界を目指そうや!!」

 

「・・・まぁ確かに、どうせ見るなら大きな夢の方がいいですよね。どこまでやれるかは分かりませんが、やってみましょっか」

 

「森崎君って、一度決めたら曲げないしなぁ・・・でも、僕もやるからには全力を尽くすよ!!人鳥君は?」

 

 

塵山と秋風も、やるなら本気で、と森崎の考えに同意。そんな中で、先程から1人黙っている人鳥に秋風が言葉を投げる。

 

 

 

「ん?僕?んー・・・正直あんまり実感無いし、サッカー詳しくないからよく分かんないけど・・・みんなが本気でやるなら、僕も本気でやるよ?ペンギン技極めてみたいしね!!」

 

 

 

この中で最もサッカーと関わりの無い人鳥も、森崎の思いに同意。晴れてここにいる5人、神楽中サッカー部初期メンバーは全員が森崎と共に日本一、更には世界一を目指すこととなった。

 

 

 

「よっしゃ!!放課後に創部届出しに行こうぜ!!目指すは日本一!!そして世界一だー!!!」

 

 

「「「「おーー!!!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「日本一・・・ね。あの素人共は何も理解していない・・・それがどれだけ過酷な茨の道であるかを・・・」

 

 

そんな彼らを、離れた場所から眺める者が一人。その人物は壁に体を預けながら腕を組み、赤と青のオッドアイを妖しく光らせる。

 

 

 

「それを理解する・・・もしくはそれを目指すだけの覚悟を示さなければ・・・力を貸すわけにはいかないな・・・この、【漆黒のストライカー】の力を、な・・・」

 

 

 

ふっ・・・と息を吐き、その場を後にするその人物。森崎達の苦難はまだまだ続きそう・・・?

 

 

 

 

 

 



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創立!神楽中学サッカー部!


活動報告にて、陽花戸中のキャラ募集中です〜



それと、新たなる守護者の世界観説明を活動報告に乗せておきます。質問があったらそちらでコメントよろしくお願いします


 

 

「えーっと・・・ここか」

 

 

1人歩いていた森崎は、校内マップを頼りにとある部屋の前にたどり着く。両開きのドアで仕切られたその部屋には、【生徒会室】と書かれた板が扉に据え付けられている。

 

 

秋風、刃金の2名を勧誘して後、プリント配布などのホームルームを終えた森崎。彼は創部届を提出するために生徒会室前まで来ていた。

 

 

神楽中の部活動の管理は、基本的に生徒会が行っている。グラウンドの貸し借りや部費の管理等、教師陣からチェックはあるものの、その殆どは生徒会に委任しているのだ。それ故、創部届を出す時も生徒会まで持っていく必要があるのだ。

 

 

ちなみに、森崎一人の理由は至極単純。勧誘された4人はもちろん、初日に創部届を出せる程集まると思っていなかった森崎も含めて全員、運動着を持ってきてないのだ。その為1度全員着替えてから再度集合する予定となっている。

ちなみに、ここにいる森崎の分の着替えは幼なじみの秋風が森崎の家から取ってくる手筈になっている。マメな男である。

 

 

 

「あ〜・・・こういうとこに入るのって緊張するんだよなぁ・・・田中先生も仕事あるから着いてこれないっつってたし・・・」

 

 

生徒会を務める生徒は大半が3年生、それ以外も2年生で構成されているため全員森崎よりも年上。そんな中に1人で入っていくのは些か勇気のいる行為なのだ。

 

1度大きく深呼吸をし、気持ちを落ち着けた森崎は意を決して扉をノックする。

 

 

 

「は〜い、開いてますよ〜」

 

「し、失礼します!」

 

 

森崎が扉を開き、生徒会室に足を踏み入れる。室内にいたのは1人だけ、『副会長』と書かれた立て札が置かれた席に座っている女子のみだった。リボンの色から、森崎よりも二つ年上ーーー3年生であることが読み取れる。

 

 

入ってきた森崎に気がついたその女子は、紫色がかった銀色の、癖のあるセミロングヘアを揺らしながら首を傾げる。

 

 

「ありゃ?先生が来たかー思うたら・・・生徒会の子でもないな?もしかして新入生?」

 

「はい!新入生の森崎です!あの、創部届を出しに来たんですが・・・」

 

「創部届・・・?あー!君やな、さっちゃんが言ってたサッカー部作る子!!まーまーこっち座り!お茶でも飲んでいきや〜」

 

 

 

人懐っこい笑みを浮かべた彼女に促されるまま、森崎は高そうなソファに腰を下ろす。暖かいお茶を注いだコップを森崎の前に差し出すと、女子は彼の目の前に座る。

 

 

 

「そんなら改めて、はじめましてやな?うちは3年の【支倉(はせくら)静穂(しずほ)】。こう見えても生徒会の副会長なんやで?」

 

「は、初めまして!1年の森崎堅固っす!」

 

 

よろしゅうなぁ、と言った支倉は、早速森崎の持っていた創部届を確認する。

 

 

 

「ふむふむ、森崎君がキャプテンで、部員は5人、顧問はさっちゃんか。君ら、元々サッカー部作る予定だったん?」

 

「あっ、いえ。サッカー部を作ろうって言い出したのは俺で、ほかの4人は今日集めたんです」

 

「集めた?・・・登校初日で?」

 

「はい!・・・まぁ、元々灰飛とザックの2人はサッカーやるつもりだったみたいですけどね」

 

「・・・そっか!凄いやん、一日で4人も集めるなんて!」

 

 

今日集めた、と言った時に支倉は僅かにだが目を細めたーーーが、直ぐに先程までの人懐っこい笑みに戻った為、森崎は気が付かなかった。

 

 

その後、森崎は支倉から渡された創部に必要な書類に幾つか同意のサインをし、支倉に創部届を提出した。

 

 

 

 

 

「ん!これで終了〜!晴れてこの神楽中に新しくサッカー部が誕生しました〜!パチパチパチ〜!」

 

 

おどけたような表情で手を叩きながら擬音を口に出す支倉に、思わず森崎は乾いた笑みを洩らす。そんな彼の対応にノリ悪いなぁ〜と言いながら支倉は立ち上がり、自分の机の中から1つ鍵を取り出す。

 

 

 

「ほい、これが君たちの部室の鍵や。部室棟からはちょーっと離れてるけど堪忍な?」

 

「アザっす!部室棟から離れてるんすか?中とかは他のと同じなんですかね?」

 

「中はー・・・えーっとなぁ・・・ま、まぁ見てからのお楽しみってやつやで!!

 

それよりも!!・・・他に勧誘の宛とかあるん?11人揃わんとサッカー部としては成立せんやろ?」

 

 

 

森崎の問いから目を逸らし、言葉に詰まっていた支倉は、話を逸らしてやり過ごそうとする。それを聞いた森崎は、んー、と言いながら頭をポリポリと搔く。

 

 

「そっすねぇ・・・今日は来てないけどうちのクラスに一人、リトルでサッカーやってたのがいるらしいし、田中先生が他学年も探してみるって言ってくれたんで。自分でも勧誘するつもりだし、フットボールフロンティア前には少なくともあと6人、集めてみせますよ!」

 

 

 

笑顔でそう答える森崎。入学する前は集まるか心配だった彼も、初日で4人も集まった為に若干心に余裕が生まれていた。そんな森崎は、そうだ!と言って支倉に言葉をかける。

 

 

 

 

「支倉先輩も、一緒にサッカーやりませんか!?」

 

「・・・へ?うちも?」

 

「ハイ!あ、大丈夫っすよ!俺も1年前に始めたし、完全な初心者も2人いますし!練習はみっちりやる事になるけど・・・俺、全力でフォローしますし!だから、どうっすか!!」

 

 

そう言って、支倉を勧誘する森崎。そんなことを言われた支倉はしばらくキョトンとしていたが、苦笑いしながら両手を胸の前で横に振る。

 

 

 

 

 

「いやいや!うちはええよ〜!あんまり力になれへんやろうし!」

 

「え、そんな事ないですよ!・・・まぁでも無理に誘う訳にはいかないっすよねぇ・・・」

 

「ゴメンなぁ、森崎君。代わりに、力になれることがあったら手を貸すで!」

 

「ありがとうございますッ!なら、3年生でサッカー部に入ってくれそうな人っていますかね・・・?」

 

「・・・3年生にはおらんやろうなぁ。多分2年生とか1年生から探した方がええで?」

 

 

 

口元に指を当てながら首を傾げ、3年生にサッカーをやろうとする人はいないと言った支倉。そんな返答を聞いて、そっすか・・・と答えた森崎。学校全体において、3分の1に相当する3年生を勧誘しても無駄という答えは悲しいものだったが、逆に考えればその分時間を有効に使えるということである。

 

 

 

「アザっす支倉先輩!またお世話になるときはよろしくお願いします!」

 

「ハイハイ、よろしくな〜!これから練習するん?」

 

「ハイ、ゴールとかボールとか、まだないんで、タイヤ引いて走るつもりっす!それじゃ、失礼します!!」

 

 

 

勢い良く礼をして、生徒会室から出ていく。そんな森崎に向かってまたな〜と手を振る支倉は、扉が閉じた後、小さく言葉を漏らす。

 

 

 

 

 

 

「・・・そこは君の場所やもん。うちが邪魔する訳にはいかんからなぁ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「堅固ー!!」

 

「おっ、ペンギン!!みんなも一緒か!」

 

「おうさ!!ちょうど、校門で会ってな!」

 

「ハイ森崎君、着替え持ってきたよ。後、おばさんから伝言で、『部活もいいけど勉強しろ!』だってさ」

 

「ゔっ、勉強は・・・が、頑張る・・・」

 

「堅固は勉強苦手なんですか?よければ教えますよ」

 

 

 

丁度森崎が校舎から出てきた時、人鳥を筆頭に4人が合流。部室の鍵を貰ったので、5人揃って部室を見に行く事に。

 

 

 

 

「部室かー、どんな感じなんだろーね!」

 

「まぁ他の部室とそう変わらないんじゃないですか?」

 

「んー、でもなんか支倉先輩は言いにくそうにしてたんだよなぁ。・・・あっ!部室コレじゃね!?」

 

 

 

そう言って森崎が指さしたのは、部室棟から離れ、グラウンドの近くにドンッ!と佇んだ大きめの建物。明らかに他の部が使っている部室よりも2回り以上大きく、目立った傷や老朽している様子も無い。

 

 

 

「・・・え!?大きくない、この部室!?」

 

「古いもんでも無さそうだしなぁ。グラウンドも近いし・・・なんでここ空いてんだ?」

 

 

 

秋風がその大きさに驚く中、刃金はこの部室が空いてることに疑問を覚える。それもその筈だ、グラウンドに近い上に広い部室があるならそこを使いたいと思うはず。他の部活がここを使わないことには疑問が残る。

 

 

 

「んー、まぁいいじゃん!とりあえず、中をみてみよーぜ!」

 

 

細かいことを気にしてもしょうがない、と森崎は支倉から受け取った鍵を部室の扉に差し込み、捻る。ガチャリッと音をたてて鍵が開く。

 

 

 

 

「開いた!」

 

「おう堅固、早く見てみよーぜ!」

 

「押すなよザック!・・・よし、開けるぞ・・・!!」

 

 

 

人鳥と刃金の2人が待ちきれないと言った様子で後ろから急かす。扉に手をかけ、ゆっくりとドアノブを捻り、扉を開いていく。すると、そこにはーーー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「何もねぇ!!!?」」」

 

「え?・・・うわホントだ、何も無い!」

 

「これは・・・棚とかも何も置かれてない、正真正銘建物だけですね・・・」

 

 

 

そう、中には何も無かった。本当に何も無いのだ。

 

 

ロッカーや荷物を置く棚、長机や椅子、ホワイトボードなどといった備品は一切存在せず、あるのは壁に付けられた窓のみ。さらに、放置されていたのかかなり埃っぽい。

 

 

 

「こりゃ、結構放置されてたみてぇだなぁ・・・」

 

「ぽいねぇ。広いけど、区切れるものとか無さそうだし・・・」

 

「これ、掃除した方がいいですよね。・・・あー、でも道具が無いか・・・」

 

「ねぇ堅固、そう言えばさ。部室に何も無いけど、ボールとかそういうのどうするの?サッカー詳しくないけど、練習に必要なのって結構あるんじゃないの?」

 

「まぁそこら辺は生徒会に頼むしかないな。支倉先輩も力貸してくれるって言ってたし・・・でも部費ってどれくらい使えるんだろうな。一から揃えるとなると結構掛かるだろうなぁ・・・」

 

 

 

うーむ、と頭を捻る。正直、ボールがなければまともに練習すら出来ない。さらにボールがあっても、ゴールネットやらコーンやら、必要なものはごまんとある。創部したばかりで実績のないサッカー部に、それらを取り揃えられる程の部費が支給されるとは思えない。

 

 

 

 

「まぁ、とりあえずそこら辺は置いとこうぜ!練習はどーすんだ?ボールが無いなら無いで、やる事はあるだろ?」

 

「そうだな。よっしゃ!!今こそ俺の練習メニューを披露する時!!」

 

「堅固の練習メニュー・・・ですか?」

 

「おう!ボールが無くても出来るのもあるんだ。今日はみんなで走り込みだ!」

 

 

 

刃金の言葉に、森崎が自身の練習メニューを行うと宣言。ちなみに、彼の練習メニューは基本的に憧れの円堂守をリスペクトしたものになっている。

 

まぁ、とどのつまりーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「走れ走れー!ほらペンギン!灰飛!遅れてんぞー!」

 

「ま、まって・・・これ重い・・・」

 

「た、確かに・・・タイヤを引きずりながら走るとは思いませんでしたよ・・・!!」

 

「お、重い・・・陸上の時みたいに走れないぃ・・・!!」

 

「がーっはっはっは!!お前らおせぇぞ!!儂に続けぇ!!!」

 

「ザックは速すぎだろ!?普通に走ってるのとそんなに変わんねぇぞ!?」

 

 

 

 

ーーータイヤ特訓である。現在森崎達は、腰にロープを使ってタイヤを括りつけ、引きずりながらグラウンドの周りを走り続けている。ちなみに、ロープとタイヤは現在グラウンドで練習している陸上から借り受けたものだ。彼らは謎の特訓を行う森崎達を不思議なものを見る目で見つめている。

 

 

 

現在、先頭を爆走しているのは刃金。パワーのある彼は、タイヤ1つ括りつけたぐらいではスピードを落とさずに走れるようで、笑顔で他の人を鼓舞する余裕がある。

 

次は秋風。パワーは無いが、陸上で鍛えた足でどうにか刃金に食らいついている。恐らくタイヤが無ければ、彼の独走となるだろう。

 

3番手は森崎。日頃からこの特訓をしてるのだからそこそこ速いのかと思いきや、刃金のようなパワーも、秋風のようなスピードもない彼では真ん中が妥当な位置だったようだ。まぁ慣れているからか、走りながらでも人鳥と塵山を気にかけられるほどの余裕はあるようだ。

 

 

最後尾は人鳥と塵山。かろうじて塵山の方が前には出ているが、ほぼ同じくらいのスピードで走っている。人鳥はパワーが無い上に慣れておらず、スタミナは切れかけ状態。塵山は人鳥よりかは余裕があるが、森崎の様に誰かに声をかけるほどの余裕は無いようだ。

 

 

 

 

「っし!そろそろ休憩しよーぜ!」

 

「あぁ〜・・・疲れた〜・・・」

 

「お疲れ様、人鳥君。ハイコレ飲み物」

 

「堅固・・・貴方、これいつもやってるんですか・・・?」

 

「おう、まぁスタミナ大事だからな!・・・おいザック!休憩だぞ!」

 

「儂はまだまだ余裕だァ!もう一周してくるぜ!!」

 

 

 

 

がーっはっはっは!と叫びながらタイヤと共に駆けていく刃金。そんな彼に呆れた目を向ける森崎に、自販機で買っておいたスポーツドリンクを飲みながら秋風が話し掛ける。

 

 

 

「ねぇ森崎君、人鳥君なんだけど・・・」

 

「ん?ペンギンがどうかしたか?」

 

「うん。彼、多分結構運動神経いいと思う。サッカーは詳しくないからなんとも言えないけど、少なくとも慣れればかなりのスピードで走れるようになるよ」

 

 

 

陸上部で日頃から走ってきた秋風は、人鳥の走っている様子を見て、なんとなくだが人鳥のスピードはかなり高くなると感じた。そして、タイヤに引っ張られている様だったのでパワーは余りないだろう、との事。

 

 

「刃金君は逆にパワーが凄いね・・・タイヤをものともしないのはビックリしたけど、スピード自体はそこまで高くないかな」

 

「みたいだな。でもスタミナはありそうだよな」

 

「だね。今も元気に走り回ってるし・・・後、塵山君なんだけど・・・こう言ったら嫌味な言い方になるけど、スピードもパワーも普通だね。身体能力はそこまで高くないみたい」

 

 

 

秋風の見解では、自身と人鳥がスピード型。刃金がパワー型だが、塵山はどちらにも属さないバランス型のようなもの、との事。

 

しかし、あくまでこれはサッカーをやった事のない自分の見解だから、技術的なものはさっぱり分からない。参考のひとつにとどめておいて欲しいとの事。

 

 

 

「まぁ確かにボール使ってないからなんとも言えないよなぁ。早いとこなんとかしないと・・・よしっ!とりあえず今日は走りまくるぞ!灰飛ォ!ペンギィン!休憩終わりだ!タイヤの数増やして走るぞー!」

 

「えっ!?増やすの!?」

 

「儂はもっと重くて構わんぞ!」

 

「貴方はいつの間に戻ってきたんですか・・・?」

 

 

 

 

その後、3時間ほどみっちり走り込んだ5人。慣れている森崎、パワーのある刃金はともかく、慣れない事をした秋風、塵山、人鳥の3人・・・特に人鳥は、疲れでしばらく動けない程だったーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「足痛い〜・・・筋肉痛が〜・・・」

 

「ペンギン、大丈夫ですか?まぁ、僕も昨日から疲れが取れませんよ・・・」

 

「はっはは!まぁ、慣れればどうって事ないぜ!俺、最初の頃は2人よりも酷かったぜ?ベットから動けなかったからなぁ・・・」

 

 

 

翌日。始業前の教室で、森崎達は3人集まって話していた。人鳥と塵山は筋肉痛がとれないらしく、時折顔をゆがめている。

 

 

 

「それにしても二人とも大丈夫か・・・ん?」

 

 

 

そんな中、教室のドアがガラリと開く。自然に3人の目線がドアの方に向くと、見知らぬ生徒が入ってきた。

 

 

 

 

 

まず見て目を引くのは、その髪。白銀の髪をツインテールにまとめて、それぞれ水色とオレンジ色のリボンで結んでいる。背はかなり低く、3人の中で1番小柄な人鳥よりも目に見えて低い。体型もかなり華奢。さらに、かなりの美形だ。空色の瞳をしており、年相応の可愛らしい顔つきをしている。

 

 

 

 

「あれ、昨日あんな子いたっけ・・・?」

「え、てか美人じゃね?」

「うそ、可愛い〜・・・」

 

 

 

見知らぬ人物の登場に、思わずクラスの面々が騒ぎ出す。そんな彼女は、キョロキョロと視線を迷わせた後、森崎を見つけるとそちらに歩み寄って来た。

 

 

 

 

「オレンジのスカーフをした男の子・・・貴方が、森崎君で合ってますか?」

 

「え?あぁうん、俺が森崎だけど・・・君は?昨日クラスにいなかったよね・・・?」

 

「・・・あっ!!もしかして、田中先生が言ってたサッカー経験者の子?」

 

「ハイ!私は、【燈咲(ひざき) 兎月(うづき)】と言います。田中先生からお話は伺ってます。サッカー部を作ったんですよね?」

 

 

 

こてんっと首を傾げた燈咲に、そうだよ、と言いながら創部の経緯と今入部してる部員、それとサッカー部の置かれている環境について説明する。

 

 

 

「フムフム、つまり現在サッカー部は部員5人、しかもそのうち2人は完全な素人で残りも独学、練習環境も整っていないと・・・なんというか・・・大丈夫なんですか?」

 

「本音言うと、ヤバいかなぁとは思ってる。だからこそ、経験者が欲しいんだ!お前、リトルでサッカーやってたんだろ!?色々教えてくれよ!!な、頼む!!」

 

 

 

このとーり!と顔の前で手を合わせて頭を下げる森崎。その横で、塵山と人鳥も同じく頭を下げる。そんな3人に、慌てた様子で燈咲は答える。

 

 

 

「あ、頭上げてください!元々、私もサッカー部を作ろうと思ってたんです。神楽中にはないって聞いていたので。なので、このお話は渡りに船なんです」

 

「・・・と、言うことは!?」

 

「はい。これから、よろしくお願いしますね!」

 

 

 

 

新たに加わった、6人目の仲間。しかもリトル時代からの経験者という、今の神楽中サッカー部に必要な人材だ。森崎はよっしゃ!!とガッツポーズし、兎月の両手を掴む。

 

 

 

「ありがとう!!これからよろしくな、兎月!!」

 

「へっ!?あっ、えっと、よ、よろしくお願いします・・・」

 

「・・・堅固ー、いきなり女の子を下の名前で呼ぶのはどうかと思うよ〜?」

 

「へ?そうか?」

 

 

 

 

面食らっている燈咲に、ぽかんとする森崎をみながら呆れた声を出す人鳥。その横で、塵山も苦笑いを浮かべている。

 

 

と、そんな時に森崎達の席の近くのドアが開く。そこから顔を出したのは秋風。後ろには刃金もいた。

 

 

 

「森崎君、さっき生徒会の人が・・・って、その子、どちら様?」

 

「おう紅葉、ザック!!紹介するよ、うちの6人目の仲間だ!!」

 

「お二人も、サッカー部の方ですね。私は燈咲 兎月です。これからよろしくお願いしますね」

 

「あぁ、初めまして。僕は秋風 紅葉。気軽に、紅葉って呼んでよ。それでこっちが・・・ザック?どうしたの?」

 

 

 

2人が自己紹介を済ませる中、一人俯いて黙っている刃金に訝しげな視線を送る秋風。森崎達3人も、刃金の様子を疑問に思っていると・・・

 

 

 

 

 

「お嬢さん!!!!」

 

「ふぇ!?は、ハイ!?」

 

「儂の名前は刃金斬九郎!!!夢は世界一の必殺シューターになること!!気軽に、ザックとお呼びください、可愛らしい素敵なお嬢さん!!!」

 

 

 

 

ばっ!!と顔を上げ、満面の笑みで燈咲の肩を掴みながら自己紹介をする刃金。そんな彼の様子に、燈咲含めて全員ポカンと口を開ける。

 

 

 

「・・・ザック?どうした?」

 

「どうしたもこうしたもあるか堅固ォ!!こーんなに可愛らしいお嬢さんが、サッカー部に入ってくれるんだぞ!?喜ばずにはいられんだろう!?なぁ紅葉!?」

 

「へっ僕!?まぁ、確かに燈咲さんが加わってくれるのは素直に嬉しいけど・・・」

 

 

 

 

ほら見ろ!!!と喜色に溢れた声を上げる刃金。

 

 

 

余談だが、彼はかなりの女好きである。特に、美人には目がないのが特徴なのだ。

 

 

 

そんな彼は、美形の燈咲の加入を誰よりも喜んだ。当の燈咲は、急な出来事に目を回して混乱している。

 

 

 

 

「いやーしかし、惜しいな・・・こんだけ可愛らしいのに。胸があれば完璧だったな!!」

 

 

 

 

そう刃金が言った、瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふんっ!!!」

 

「ごはっ!!!??」

 

 

 

1歩右足を後ろに下げた燈咲は、握りこぶしを作ると、そのまま勢いのままに刃金の腹部をグーで殴りつけた。その威力は、その華奢な体からは想像出来ないほどの破壊力を発揮。自身よりも二回りは大きい上に筋肉質な刃金を一撃で仕留め、地面へと沈めた。

 

 

 

 

「すみません、よく聞こえませんでした♡

 

 

・・・私の胸が、どうか、しましたか・・・?」

 

 

「ナンデモナイデス!!!」

 

 

森崎が代表してそう答える。そうですか、と言って拳を解く燈咲だったが、刃金を除く4人の心は一致していた。

 

 

 

 

ーーー怒らせてはならない、とーーー

 

 

 

 

 

 

「そ、それよりも!!紅葉、なにか用事があったんだろ!?」

 

「う、うん!!生徒会の人が森崎君を呼んでたから呼びに来たんだった!!ほ、ほらみんな!早く行こ!!」

 

「そうだな待たせたらいけないからな!!ほら、兎月も一緒に行こーぜ!!」

 

「へっ!?あっ、ちょっと森崎君!手を引っ張らないでください〜!!」

 

「ザック!!僕達も行こ!何時まで蹲ってるのさ!」

 

「ふ、ふっ・・・強気なところも、素敵だ・・・」

 

「あんたいつまで言ってんですか!?」

 

 

 

秋風の先導に従い、森崎が燈咲の手を引いて廊下を走る。その後ろを、うずくまった刃金を人鳥と塵山の筋肉痛コンビが引きずりながらついて行く。

 

 

 

ギャーギャー、と騒がしく走る森崎達は、2人の女子生徒とすれ違うが特に気にとめなかった。

 

しかし、その女子生徒の片方は、その場に立ち止まって森崎達の方をじっと見つめる。

 

 

 

 

「あの子達、確か新しく出来たサッカー部の子達ですね・・・ん?乃愛?どうかしました?」

 

「ーー!!うんうん。なんでもないよ、アルちゃん!早く行こ!」

 

「?そうですか?それならいいんですが・・・」

 

 

 

再び歩き出した、乃愛と呼ばれた女子生徒。彼女はチラリと森崎達を見ると、隣と友人にも聞こえないくらい、小さく声を漏らす。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・楽しそうで、いいなぁ・・・」

 



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連れてこられる七人目!そして・・・?


陽花戸中の募集を締め切らせていただきました。後日採用キャラの発表をさせて頂きたいと思います。たくさんのご応募ありがとうございました!


 

 

 

「支倉先輩!森崎君達も呼んできました!」

 

「おっ、ありがとな〜秋風君。やっほ〜森崎君、昨日ぶりやな〜」

 

「先輩!どうしたんすか?」

 

 

 

秋風に連れられて、サッカー部の部室前にやってきた森崎達一行。そこで待っていたのは、先日サッカー部の創部届を受理した生徒会の副会長、支倉。彼女の隣には、ブルーシートで覆われたナニカが置いてある。

 

 

「いやーちょっと見せたいもんが・・・って、そのごっつい子は大丈夫なん?」

 

「彼は気にしないでください、自業自得なので」

「うん、こればっかりはザックが悪いよねぇ」

 

 

蹲ってプルプル震えている刃金を心配する支倉だったが、塵山と人鳥が首を振って心配を否定する。・・・まぁ彼の場合、初対面の女の子にあんなこと言ったのだから自業自得である。

 

 

「えっと、森崎君、この方は・・・?」

 

「あ、この人は3年生で生徒会の支倉先輩!先輩、この子は兎月!今日入部してくれることになった子っす!リトルでサッカーやってたらしいですよ!」

 

「初めまして、燈咲兎月です。よろしくお願いします、支倉先輩」

 

 

ペコりと頭を下げる燈咲。そんな彼女の名を聞いた時、支倉は、ん?と首を傾げる。

 

 

 

「・・・燈咲?なぁ君、もしかして東京の方から引っ越してきたん?」

 

「?はい、ここにくる以前は東京に住んでいましたが・・・」

 

「やっぱり!君、『リテア・ペンタグル』におった子やろ?」

 

 

 

ポンッと手を叩いて合点がいったように納得する支倉。

それを聞いた秋風と塵山は「どこかで聞いたことあるような・・・」と首を傾げ

森崎は「りてあぺんたぐる?何それ?」と頭にハテナを浮かべ

人鳥は「ペンギンじゃないのかー」と残念がり

刃金は地面に沈んでいた。

 

 

「知ってるんですか!?」

 

「勿論!リテアは有名なリトルチームやもん。でも、なんで神楽に来たん?リテアのレギュラーになれるくらいの実力者なら、わざわざサッカー部の無い神楽にこんでも良かったやろ?」

 

「両親の仕事の都合で、こっちに引っ越すことになったんです。寮とか、遠くの学校に通うとなると両親が心配するので・・・近くにある神楽で、サッカー部を作ろうと思ったんです」

 

 

燈咲の答えになるほどなぁ、と納得する支倉。事実、燈咲は東京のリトルチームでプレーしていた経験を持つ。だが、そのチームはそこそこ名が知れているものの、離れているこの福岡・・・特に、サッカーに感じて疎い神楽中では知るものはごく僅かだ。

 

そんな神楽に3年間いる支倉が知っていた事に、塵山が疑問符を浮かべる。

 

 

「・・・随分詳しいんですね、支倉先輩」

 

「ん?んー、まぁうちサッカー好きやからなぁ。リテアに限らず、色んなチームの試合とか見とるんやで〜?」

 

「それなら、先輩もサッカー一緒にやろうよ!ペンギン使えるようになるんだよ、ペンギン!!」

 

「森崎君にも誘われたけど、うちはええわ〜。あんまり力になれへんやろうし。代わりに、みんなのカッコいいところをバッチリ見させてもらうで〜!」

 

「アハハ・・・無理には誘いませんけど、気が変わったらいつでも来て下さい!俺達、大歓迎なんで!」

 

 

森崎が笑顔で放った言葉に、ありがとなぁ、と笑って答える支倉。そんな彼女に向かってなぜ呼んだのか、と問うと、支倉は含みのあるドヤ顔で口を開いた。

 

 

 

「ふっふーん・・・今回呼んだのは・・・コレやぁ!!」

 

 

 

ばっ!!と支倉が傍に置いていたブルーシートを勢いよく外す。するとそこにはーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおお!?!?」

「嘘でしょ!?」

「コレ、サッカーボール!?しかもこんなに・・・」

「ゴールポストまであるぞ!?」

「昨日まではありませんでしたよね、こんなの・・・!」

「凄いです、サッカーの練習に必要な用具に加えて、ホワイトボードや作戦ボードまで・・・!!」

 

 

 

そこに置かれていたものは、大量のサッカー用品。カゴに入った大量のサッカーボールは勿論、ゴールポストや練習に必要な大小のカラーコーン、小さめのハードルなどの練習器具、加えてホワイトボードや試合中に使用出来る作戦ボードなど、様々なものが用意されていた。

 

 

 

「ふふん!!どうや!サッカーの練習に必要な器具やらなんやら!先生達に頼んで用意してもらえたで!!」

 

「マジっすか!!マジですか支倉先輩!!」

 

「マジもマジや大マジや!!どうや惚れ直したやろー!」

 

「大好きっす先輩!!」

 

 

 

せやろ!と笑う支倉。しかし、森崎達にとってこの備品の存在は大きい。スタミナつけるために走ったり、基礎的な身体能力をつけるくらいしかやることがなかったはずが、一気に本格的な練習に取り組むことが可能になった。

 

・・・まぁ人数的な問題でゲーム形式の練習は不可能だが。

 

 

 

「これだけの備品があれば、儂のシュート練習は勿論、堅固のキーパー練習、他にもドリブルやディフェンスの特訓も捗るな・・・!!」

 

「ハイ。確かに、当初は器具を集めるところから始めなければと思ってましたから・・・嬉しい誤算ですね!」

 

 

いつの間にか起き上がっていた刃金の言葉に燈咲が同意する。それを聞いた森崎が拳を握りしめながら全身を震わせ、ボールをひとつ掴むとやる気に満ちた顔つきで叫ぶ。

 

 

 

「よっしゃあ!!!せっかく先輩が用意してくれたんだ!今からこれを使って特訓ーーー」

 

「ストップや、森崎君」

 

 

やる気に満ち溢れる森崎を止めたのは、これらを用意した支倉本人だった。

 

 

「なんでっすか支倉先輩!」

 

「考えるんや森崎君、君にはこれ以上に大切なことが待っているはずや・・・!!」

 

 

支倉の真剣な顔に、思わず森崎は息を呑む。

 

 

 

「それは・・・」

 

「そ、それは・・・!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・勉強やで」

 

 

 

無慈悲なチャイムが、森崎を襲うーーー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今度こそ練習だァ!!!」

 

「ねぇ塵山君、森崎君、何があったの・・・?」

 

「器具が揃ってるのに練習出来ないのが随分もどかしかったみたいで・・・授業中も数学の計算式に『さっかー やりたい』って混じってましたし・・・」

 

 

 

ウガー!!と両手を上げて叫ぶ森崎を横目に秋風が訊ねると、呆れ混じりに答える。

 

現在彼らは、部室前にてだべっていた。練習着に着替えているので練習を始めれば良いのだろうが、本日入部した女子部員、燈咲が中で着替えているためである。

なお、この場にいるのは森崎、塵山、秋風、人鳥の4人。女子に目が無い刃金(変態)はこの場にいない。教室に忘れ物をした為取りに行っているのだ。

 

 

 

「お待たせしました!・・・あれ、刃金君は?」

 

 

部室の扉が開き、着替え終えた燈咲が出てくる。刃金がいないことに首を傾げるが、人鳥が事情を説明すると納得して口を開く。

 

 

「なるほど、それなら先に練習始めましょうーーーって、あれ?刃金君?」

 

「ん?おお、あれ確かにザックだな・・・って、なんか抱えてるな?」

 

「荷物とかじゃないですか?忘れ物取りに戻ってたんでしょう?」

 

 

 

ドドドドドッ!!と足音を立ててこちらに走ってくる刃金。小脇に何か抱えているのを見て首を傾げ一同に、人鳥が引きつった笑みで呟く。

 

 

 

「・・・ねぇ、あれ人じゃない?」

 

『・・・は?』

 

 

 

ポカン、と全員が口を開けたところで、刃金が近づいてきた。5人の前で急ブレーキをかけ、砂煙を巻き上げながら止まった彼は、ニコニコの笑顔でこう言った。

 

 

 

「お前ら!!新入部員を確保したぞ!!」

 

「・・・キュゥ・・・」

 

「ザック!!!首!!!首締まってる!!!ザックゥ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じ、じぬがどおもっだ・・・」

 

「だ、大丈夫か・・・?」

 

「ガッハッハッ、すまんすまん!!新入部員が嬉しくって、ついなぁ!!」

 

「つい、で済ませられる問題じゃありませんよ!?」

 

 

 

塵山のツッコミに、燈咲、人鳥、秋風が首を縦にブンブンと振る。それでも、そうかぁ?と笑っているあたり、彼はどうも危機感に欠けると男である。まぁ良い奴には変わりないし、真剣な男ではあるのだが・・・。

 

 

 

 

 

「えーっと、新入部員ってザックから聞いてるけど、マジ?」

 

「あー、うん。それは・・・本当。入ってもいいかな・・・?」

 

「もっちろん!!大歓迎だぜ!!えっと・・・」

 

「あ、僕は1-Fの【紫藤 幻斗(しとう げんと)】。呼び方は・・・まぁなんでもいいよ」

 

 

紫藤、と名乗った彼は、藤色のボサボサした髪に白い肌が特徴的な少年だ。そして何より、背が低い。女子の中でも小柄で華奢な燈咲と比べても同じかそれより低い。はっきりいって中学生、よりも小学生の方が似合っている。

 

 

「よろしくな、幻斗!!・・・それで、なんであんなことなってたんだ?」

 

「えーと・・・」

 

 

 

紫藤の説明によると、昔病気にかかっていたことで現在もあまり身体が強くなく、体力が無い自分が入部してもいいものか、と悩んでいたら、偶然刃金に遭遇。思い切って入部したいと告げたところ、そのまま拉致されたらしい。

 

 

 

「あ、病気自体はもう治ってるから。同情されたくて話したわけじゃないし、しんみりとかやめてよね」

 

「おう、お前が嫌ならやらないけどよ・・・なぁ幻斗、サッカー経験どれくらいある?」

 

「?・・・雷門の試合を見てもっかいやろうって気になったから、2年前から復帰したかな?一応、何回かリトルチームにもお邪魔してたけどそこまで多いわけではーーー」

 

「待て幻斗。・・・リトルでの経験が、あるんだな?」

 

「?うん、そうだけど・・・?」

 

「よし分かった。・・・お前らァ!!経験者だァ!!!」

 

 

 

森崎の叫びに野郎軍団が『っしゃあ!!』と答え、燈咲はホッと胸を撫で下ろす。紫藤はこの状況に混乱しているようだが、それは当然だろう。

 

まさかここにいる自身を除いた6人のうち、リトル等まともな経験を持っているのがそこにいる女子選手1人などとは、普通思わないだろうから・・・。

 

 

 

「とりあえず、幻斗も仲間になったことだし!練習しよーぜ!!」

 

「・・・そういえば、昨日は練習したんですか?用具もなかったですし、走り込みとか?」

 

 

 

燈咲がポツリと尋ねる。それに対して、森崎は笑顔で「タイヤ特訓だ!」と答えた。・・・答えてしまった。

 

 

 

「タイヤ・・・特訓・・・?」

 

 

眉を吊り上げ、一瞬にして怒っています、というような表情に変わった燈咲。それを見て首を傾げる森崎だったが、次の一言で驚愕を露わにすることとなる。

 

 

 

 

「・・・んしです・・・」

 

「?兎月、どうしーーー」

 

 

 

 

 

 

「タイヤ特訓なんて!!!!禁止です!!!」

 

 

 

「・・・え?えええええええええええ!??」

 

 

 

 

突如言い渡されたタイヤ特訓禁止令。森崎の練習はどうなってしまうのだろうか・・・?

 



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いざ!練習!!

 

 

 

 

燈咲からまさかのタイヤ特訓禁止令が出されておよそ10分後。神楽中学サッカー部の7人は、部室のすぐ近くにあるグラウンドに集まっていた。

 

 

森崎はタイヤ特訓禁止令を断固として拒否したが、燈咲はそれを認めず。「タイヤ特訓なんて無茶なことしていたら身体がもちません!」と至極真っ当な事を言った燈咲に、それでもと、と言おうとした森崎だったが、折れない姿勢を見せた燈咲の意見を渋々了承。本日は燈咲が練習を取り仕切ることになった。

 

 

 

 

「とりあえず、この中でリトルでの経験があるのは私と紫藤君の2人だけ、リトルでの経験は無いけど独学でやってたのが森崎君、塵山君、刃金君。完全な初心者が人鳥君と秋風君・・・であってますよね?」

 

 

 

燈咲の言葉に、男子陣がそれぞれ頷く。それを確認した燈咲は、続いての質問を皆に投げる。

 

 

 

「それじゃあ、サッカー経験のある4人の中で、必殺技が使える人は手を挙げてください」

 

 

 

その言葉を受け、サッカー経験のある4人の内、3人・・・森崎、刃金、紫藤がそれぞれ手を挙げる。つまり、サッカー経験があるメンバーの中では唯一塵山だけが必殺技を持ってないことになる。

 

 

「なるほど、塵山君以外はみんな持ってるんですね。どのカテゴリの技が使えるんですか?」

 

「俺はキーパー技が1つ。パンチングだな」

 

 

燈咲からの質問にまず答えたのが、1年間独学で練習していた森崎。チーム唯一のキーパーとして、必殺技は使えるようだ。

 

 

「儂は勿論シュート技だ!!期待してくれていいぞ!!」

 

 

次に答えたのは刃金。『世界一の必殺ストライカー』を夢見るだけあって、覚えているのはシュート技を1つ。見た目も相まって、彼のシュートパワーには期待が持てるだろう。

 

 

「僕は一応ドリブル技。練習とかで何度も使ってるし、問題なく使えると思う」

 

 

最後に答えたのは紫藤。小柄な彼だが、チーム内での経験は燈咲に次いで高い。その分、技術には優れていることは予想できる。

 

 

 

「なるほど・・・経験者組でも1つずつですか・・・紫藤君、ポジションは?」

 

「DMFだよ。まぁDFの経験もあるから、そっちでも動けるけど」

 

「必殺技、今使って見せて貰えますか?塵山君、ディフェンス役お願いします」

 

「ん?まぁいいけど」

 

「分かりました、紫藤君、はいボール」

 

 

 

燈咲からの要望に応え、塵山がボール籠の中から1つボールを取り出して紫藤に投げ渡し、森崎達から少し離れた場所に立つ。紫藤も皆から離れて塵山の直線上に立ち、ボールを足元に置く。

 

 

「何時でもどうぞ!」

 

「了解!それじゃ、行くよ!」

 

 

塵山から許可を貰った紫藤は、塵山に向かってドリブルで駆ける。塵山が腰を落とし、臨戦態勢を整えた状態で、迎え撃とうと待ち構えている。

 

塵山との距離が縮まった時、紫藤が跳躍。ボールを足に挟んだ状態で縦に回転し、地面に両足がつくタイミングで足に挟んだボールを踏みつける。

 

 

 

「イリュージョンボール……改ッ!!」

 

「っ!これは・・・!!」

 

 

 

すると、ボールが複数に分身。紫藤の周りを囲うように飛び回り、塵山の目を撹乱。本物を見極めようと目を泳がせる塵山を横目に紫藤が突破。ボールはひとつに集まり、紫藤の足元へと戻った。

 

 

 

「うおおおお!!すげぇぜ幻斗!!」

「改か!!やるもんだなぁ!!」

「凄い!ボールが分身した!」

「こんな感じでペンギンを分身したりするのかな!?」

 

 

待機していた男4人がわっ!と沸き立つ。それを聞いた紫藤が照れくさそうに頬を掻き、なんとも言えない表情を浮かべる。

 

 

「凄いですね、どれが本物だが見分けがつきませんでしたよ。しかも既に進化させているなんて・・・」

 

「かれこれ2年間、一緒に戦ってきた技だからね。塵山君こそ、ディフェンスする時にしっかり腰を落として構えてたじゃないか。きっと必殺技も、すぐに身につけられるよ」

 

「・・・だと、いいんですけどね」

 

 

声をかけた塵山は、紫藤からの賞賛を受けて自信なさげに苦笑を浮かべる。それを見ていた燈咲は、少し考えた後に紫藤、塵山の2人に声をかける。

 

 

 

「ありがとうございます、お二人共。紫藤君は必殺技を使いこなせていましたし、塵山君も基礎はしっかり固まっているようですね。それでは、お二人で人鳥君、秋風君の初心者二人にパスやドリブルなどの基礎を教えてあげてください」

 

「それは構いませんが・・・僕と紫藤君で、ということは、燈咲さんは堅固とザックに?」

 

「はい、キーパー練習とシュート練習を兼ねて。お二人の必殺技も確認しておきたいですし」

 

 

 

その考えを聞いて納得した塵山は、紫藤、秋風、人鳥と共に1つずつボールを持ってその場を離れる。森崎達から十分距離をとった後、基本的なパスの練習から始めだした。

 

 

 

「・・・さて、私達も始めましょうか。森崎君、刃金君、お願いします」

 

「っしゃあ!!ようやく儂の出番だな!!」

 

「見てろよザック!ぜってぇ止めてやる!!」

 

「ぬかせ!!ぶち破って決めてやるぜ!!」

 

 

互いに軽口を叩き合いながら、森崎は1年前に母に買ってもらったグローブをはめてゴール前に陣取り、刃金はボールを持って森崎からある程度距離をとり、スパイクのつま先で地面を軽く何度か叩く。

 

 

 

「準備はいいか!堅固!!」

 

「何時でもいいぜ!!来い、ザック!!」

 

 

 

 

グローブを付けた両手を打ち付け、シュートに備えて構える森崎。そんな彼を見て、ニッ、と好戦的な笑みを浮かべた刃金はボールを空中に蹴り上げる。

 

 

 

「フッ・・・!!!」

 

「っ!!このモーション・・・!!」

 

 

 

隣で見ていた燈咲が驚愕する。当然だろう、彼のシュートモーションは、日本で・・・否、世界でもトップクラスの知名度を誇るあの必殺技と酷似しているのだから。

 

 

ボールを追うように、その身を回転させながら飛び上がった刃金。その右足に宿すのは、揺らめくような爆炎・・・では無く、もっと鈍い赤。熱し、溶かされた鉄のような流動性のあるソレを足に纏った刃金は、何度も回転しながら頂点に達する。その瞬間、目を大きく見開くと、空中のボールをダイレクトでシュートした。

 

 

 

「アイアン……トルネードッ!!!」

 

 

(iron)』の名を冠するトルネード。更に、燈咲は目を見開く。まだまだ荒削りであり、改善点の多い技でこそあるが・・・シュート火力、という面だけで見れば十分な・・・いや、燈咲の期待以上の威力だ。

 

 

独学でここまで到達した刃金に驚愕している時、森崎はボールから目を離さず、右足を一歩後ろに下げる。そして、右腕を大きく振りかぶると、その拳に熱気を込め、それに呼応するかのようにグローブが真っ赤に染まる。

 

 

 

「おおおおおおお!!!熱血……パンチッ!!・・・どわぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 

そしてそのまま殴り掛かった。そして、僅かに拮抗した後、物の見事に吹き飛ばされ、ボールがネットを揺らした。

 

 

 

「はっはぁ!!どうだ堅固!!」

 

「すっげぇ・・・まだ、全身がビリビリきてる・・・!!」

 

 

その場に座り込んだ状態で、震える拳を眺めながら呟く。そばまで近づいてきた刃金の手を借りて立ち上がる森崎。そんな彼らに向かって、燈咲が近づいてきた。

 

 

 

「おうっ、燈咲!!どうだ、儂のシュートは!!」

 

「はい、取り敢えず刃金さんですが・・・まず、隙が大きすぎます」

 

「ゔっ・・・!」

 

「威力を上げるために回転数を増やすのは理にかなってますが、隙が大きくなってる上にまだまだ狙いも荒いです」

 

 

 

真顔で淡々とそういう燈咲に、言葉に詰まった刃金はバツが悪そうに目をそらす。

 

しかし、一転燈咲は笑みを浮かべ、次の言葉を紡ぐ。

 

 

 

「・・・ですが、あのシュートの威力はこちらの想定を超えていました。独学であれ程のものを身につけているのは、単純に賞賛されるべきです。・・・素晴らしいシュートですね、刃金君」

 

「お・・・おぉ!?そうか?そうかぁ!?いやー、儂も苦労したんだよ!!豪炎寺さんのシュートのビデオを何度も見て、儂なりの改良も入れてなぁ・・・」

 

 

 

いきなりの褒め言葉に、刃金は照れ隠しのように頭を掻きながら流れるように言葉を紡いでいく。浮かれているのだろう。

 

さて、と一泊置いてから、燈咲は森崎の方を向く。若干言いにくそうにしていたが、意を決したのか、目を細めつつ森崎の評価を言葉にする。

 

 

 

 

「逆に、森崎君ですが・・・正直、足りないと言わざるを得ません」

 

「っ!・・・そう、だよなぁ・・・」

 

「はい。確かに熱血パンチは必殺技にカテゴリされていますし、あの円堂守の必殺技でもありますが・・・今の日本で戦っていくには、力不足過ぎます。スタートラインにすら立っていません」

 

 

辛辣なもの言いに、森崎ではなく、隣で聞いていた刃金が眉を顰める。

 

しかし、燈咲の言葉は正しい。熱血パンチは、確かに円堂守がフットボールフロンティアを勝ち抜くために使っていた技だが、決して強力な技ではない。

むしろ、当時のフットボールフロンティアに置いてもノーマルシュートや、ゴッドハンドが間に合わない時の保険・・・いわゆる露払い的な技なのだ。

 

そんな熱血パンチで、当時から遥かにパワーアップしたフットボールフロンティアを勝ち抜けるかと言ったら、無理だとしか言い様がない。

 

 

 

「はっきり言って、このままでは勝ち抜けたとして一回戦・・・それも、刃金君や私がシュートでゴリ押しして勝つ、という勝ち方です。

確かに私達は、まだチームとして人数も揃っていませんが・・・キーパーの実力は、勝敗に直結します。1番誤魔化しが効かないポジションですので、こればっかりは森崎君自身にパワーアップして貰うしかありません」

 

 

 

燈咲の意見は的を射ており、仮に彼女を中心として戦い、得点は刃金が無理やり奪ってくる形にすれば勝てないこともない。

 

だが、それでは『勝ち抜く』事は出来ない。当然それでは1〜2試合でキーパーの実力の低さを見破られ、たちどころにそこを攻められる。

森崎以外の10人が、それぞれ強力な選手であるならそれでも勝ち抜けるかもしれないが、あくまで神楽中は素人集団なのだ。

 

 

 

「圧倒的に経験値が足りない私達にとって、キーパーは最後の砦・・・生命線なんです。森崎君には悪いですが、最後の砦がこの有様では困ります。

 

・・・取り敢えず、刃金はそのまま森崎君を相手にシュートを打ち続けてください。なるべく隙を無くし、かつ威力を落とさずに出来るかどうか試して、出来ることなら改善を」

 

 

「・・・おう」

 

 

「森崎君は、刃金君を相手にキーパー練習を。最低限、フットボールフロンティアまでにーーーそうですね、爆裂パンチレベルの必殺技を身につけてください。それが出来ないなら・・・今年の勝ちは諦めるべきかと」

 

 

 

燈咲からの言葉を受けた森崎は、ひとつ大きく息を吐く。そして、今一度両手を打ち付けてからニッ、と笑った。

 

 

「おう、分かった!!見てろよ、絶対身につけてやる!!爆裂パンチ・・・いや!それ以上の必殺技を!!」

 

 

 

森崎の力強い言葉。それを聞いた刃金、燈咲の2人は、僅かに頬を緩める。かなり辛辣な口調でダメ出しされたが、それでも揺るがない森崎の決意は、2人にとってなかなか心地良いものであった。

 

 

 

「っしゃ!!それでこそ堅固だ!!なーに、儂も協力する!!一緒に頑張ろうぜ!!何事も努力しかない!努力すりゃ、人間なんだって出来るさ!!」

 

「ザック・・・!おうっ!!それじゃあ、もう一本来い!!」

 

「任せとけぇ!!アイアントルネードォ!!」

 

「熱血パンチィ!!・・・のわぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 

刃金のシュートに、再び吹き飛ばされる森崎。それでも立ち上がり、何度も刃金にシュートを要求する。それを見て笑みを深めた燈咲は、ほかの4人の状態を確認する為に塵山達の方へと歩いていった・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おら、ペンギン!!」

 

「わわっ!?ザック、パス荒いよー!幻斗っ!!」

 

「っと!ナイスパス、人鳥君!」

 

「紫藤君、こっち!!紅葉はもっと上がって!」

 

「うん、分かった!!」

 

 

 

その後、塵山、紫藤、人鳥、秋風の4人に、しばらくシュート練をしていた刃金も加えた5人は、コート内を動き回りながら互いにパスしあう練習を行っていた。連携の強化もあるが、それ以上に人鳥と秋風のパス精度を確認する目的が大きい。

 

 

 

「・・・そこまでっ!お疲れ様です、今日の練習はこれくらいにしましょう!」

 

 

 

しばらくその練習を続けていたが、燈咲の声でそれぞれが動きを止める。刃金、秋風の2人はそのまま立って息を整えているが、人鳥、紫藤、塵山の3人はその場に座り込む。

初心者の人鳥、小柄で体力のない紫藤はある意味当然だが、昨日の疲れが残っていた塵山も限界が近かったようだ。

 

 

「皆、お疲れ様!すごく頑張ってたわね、先生感動しちゃった!はいこれ、スポーツドリンク!みんなの分あるわよ!」

 

「あ、ありがとうございます、先生・・・」

 

「さっちゃんせんせ〜・・・僕にも〜・・・」

 

 

 

と、そこへ仕事を終えて練習を見ていた顧問の田中先生が事前に買ってきていたスポーツドリンクを配っていく。

受け取った塵山は礼を言いながらドリンクを飲み、疲れた体を癒していく。人鳥も要求するが、いつの間にか呼び方が『田中先生』から『さっちゃん先生』に変化している。いつの間に変えたのだろうか。

 

 

 

「・・・あれ?森崎君は?」

 

「んあ?そういや堅固の奴どこいったんだ?」

 

 

比較的体力の残っている秋風、刃金のふたりが首を傾げると、燈咲が、あぁ、と言いながら声を掛ける。

 

 

「森崎君なら、あそこにいますよ?」

 

「え?」

 

 

 

 

燈咲の指さす方向を秋風が見るとーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「み、味方のポジショニング・・・敵との距離感・・・パスコースを切るタイミング・・・奪いに行くタイミング・・・オフサイドトラップ・・・」

 

 

 

なんと!、部室の前で作戦ボード片手に頭から煙を出して白目を向いている森崎の姿が!!

 

 

 

「森崎くぅん!?」

「堅固ぉ!?目を覚ませぇ!?」

 

「・・・ハッ!?あ、あんまり難しいんで意識が飛んでたぜ・・・。なぁ兎月〜・・・これほんとに覚えなきゃいけないのか・・・?キーパーってシュート止めるだけじゃ駄目なのか・・・?」

 

「駄目に決まってます!!常にみんなの後ろにいるキーパーが声を出して知らせる事で、ほかの選手が見えてないところを教え、事前に危機を脱する!とっても大事な事です!」

 

 

 

 

燈咲からの指摘に、顔を歪めて頭を抱えつつも小さく「ガンバリマス・・・」と呟く森崎。一年間独学でキーパー練習をしていた彼には、当然ではあるが圧倒的に知識面が不足している。それを知った燈咲は、彼に知識面を教えていたのだ。

 

 

 

「現状ではキーパー練習の相手をするにも、刃金君か、もしくは私しか必殺技の練習相手にはなれませんし、人数が少ない今のうちにある程度詰め込んでおこうかと」

 

「それは理にかなってますが・・・大丈夫なんですか、堅固?」

 

「だ、大丈夫・・・まだ、まだどうにかいける・・・」

 

「まったく大丈夫に聞こえないんですが・・・?」

 

 

塵山の呆れたような声が響く。が、彼も知識面の大切さ、及びゴールキーパーというポジションの重要さは知っている為、特に反対意見を出す訳では無い。

 

 

 

 

「さて、帰るんだったら着替えないと・・・あ、燈咲さん、先にどうぞ」

 

「え?いいんですか?」

 

「部室はひとつしかないし、区切られてるわけじゃないからねぇ。兎月ちゃん女の子だし、僕達のことは気にしないで使っていいよ〜」

 

 

 

先を譲った塵山。自分だけ先にいいのだろうか、と思った燈咲だったが、人鳥の言葉を聞いて、彼らの好意に甘える事に。

 

 

 

「・・・ザック、覗いちゃダメだよ」

 

「えっ、刃金君覗きとかするタイプ?うわぁ・・・」

 

「何がうわぁ・・・だ!!そこに美少女が着替えていれば、覗くのが男ってもんよ!!・・・まぁ流石にまた殴られたくないからやらんがな!!」

 

 

 

刃金の言葉に呆れたようにため息をつく秋風、紫藤の2人。そんな中、森崎は少し離れた場所にいた田中先生へと声を掛ける。

 

 

 

「田中先生、ちょっといいっすか?」

 

「ん?どうしたの、森崎君?」

 

「実は、ちょっと頼みがーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗く、静まった夜の学校。一般的に恐怖を思いおこすであろうその場所が、自分は案外好きだった。

 

 

 

「ぅんしょ・・・っと」

 

 

 

一年生の頃から使い慣れた学校の天体望遠鏡を手際良く組み立てていく。以前神楽中にいた先生の一人が、新しいのを買った際に学校に寄贈したものらしい。その人のおかげで、家から自分の天体望遠鏡を持ってこなくても活動出来るのだから、いつか会えたならばお礼の言葉を送ろうと思っている。

 

 

本音を言えば、両親が自分の為に買ってくれた天体望遠鏡を使いたいが、あいにく自分は力に自信が無い。重い上にかさばる天体望遠鏡を持ってくるのは一苦労だしーーー

 

 

 

「・・・よし、始めよっと」

 

 

 

ーーーここには自分しかいないのだから、複数あっても邪魔になるだけだろう。

 

 

基本的に、神楽中は最低5人の部員がいないと部活動として認めて貰えない。

 

しかし、何事にも例外というものは存在する。この天文部がそうだ。

 

一年前には、自分と同じように星が好きな子達が賛同してくれていた。夜に集まって、みんなで話しながら星を眺めていた。これ以上に楽しい事なんて無い。

 

それは、みんなも同じだと思っていた。

 

 

 

 

『ごめん、あたし、部活辞めるわ・・・』

 

『うちも、ごめん・・・』

 

『私も〜。なんか冷めちゃった』

 

 

 

次々と、離れていった友達。もちろん引き止めたが、誰も立ち止まってはくれなかった。

 

 

それでも、1人だけは残ってくれていた。その子とだけは、一緒にやっていける。私から離れないでいてくれる・・・そう、思っていた。信じていた。だがーーー

 

 

 

 

『いい加減にしてよ!!!いっつもいっつもあんたは・・・!!私は!!私達は別に星が好きなわけじゃないの!!特に入りたい部活が無かった時に、たまたまあんたから誘われただけ!!それなのに、聞きたくもない星の話を馬鹿みたいに・・・いい!?この際だから言っておくけどね!!私達はーーー』

 

 

 

 

「ーーーお前とは違う、かぁ」

 

 

 

 

呟きと共に漏れ出た白い吐息が、自分の今の気持ちを表しているように思えてならなかった。

 

 

星は好きだ。

 

キラキラ輝くその光が、とても素敵なものに思えて・・・自分にないものを持っているようで、魅了された。

 

 

友達だと思っていた・・・いや、今でも友達だと思っている彼女らとのいざこざがあった後でも、その気持ちは揺るがない。

 

 

 

だけど、最近はその星を見ることも楽しめなくなってきている。宇宙で輝く星々は何も悪くないのに、自分の気持ちのせいで、その光がくすんで見えてしまう。

 

 

 

「・・・ダメだなぁ、こんな状態じゃ」

 

 

 

ため息をつきつつ、望遠鏡から目を離して背伸びをする。その時、ピュウッと冷たい風が吹き、思わず身震いする。手袋越しに両手に向けて息を吐き、指先を暖める。

春先とはいえ、夜は冷え込む。特に、天体観測に適しているくらい真っ暗な時間帯は、本当に春なのか?と思ってしまう程に寒い。

 

 

 

「今日は、もう帰ろう・・・」

 

 

 

このまま星を見ていても、自分が納得出来るような観測は出来ない。何より星に失礼だ、と思った。

 

早く片付けてしまおうと思った、その時だった。

 

 

 

 

 

「どらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

「ひゃっ!?な、何!?誰!?」

 

 

 

突如聞こえた叫び声に、驚いて身体が跳ねる。身構えながら屋上を見渡すが、誰もいないし、扉が開いたような様子も無かった。

 

 

 

「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!ーーーぶべらっ!!?」

 

「・・・?この声、ここじゃない・・・グラウンドの方・・・?」

 

 

 

再び聞こえる叫び声。落ち着いて声を聞くと、ここではなくグラウンドの方から声が聞こえてきている。しかし妙だ、この時間に練習するような部活は無いはずだが・・・。

 

 

屋上のフェンスから身を乗り出し、下を覗く。すると、一部分だけ光で照らされた部分があった。そこにはーーー

 

 

 

 

「っあぁ!!!まだまだァ!!!爆裂パンチ!!!・・・どわぁ!?」

 

 

「っ!あの子、確かサッカー部の・・・」

 

 

 

そうだ、見覚えがある。今日、廊下ですれ違った、オレンジのスカーフを首に巻いた黒髪の男の子。凄く楽しそうに、友達と一緒に笑いあっていたのが印象的でーーー羨ましい、と思った、あの子だ。

 

 

 

「あれ、もしかしてタイヤ・・・?タイヤを木に吊り下げて、練習してるの・・・?」

 

「ふんぬらばぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!・・・ごへっ!?」

 

「あ、吹き飛ばされちゃった・・・」

 

 

 

今一度、タイヤを止めようとして吹き飛ばされる少年。だけど、彼はすぐに立ちあがり、またタイヤを揺らして勢いをつけて、向かってくるそれを殴りつけていた。

 

 

 

「次こそはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!・・・ボベッ!?」

 

「・・・変な子だなぁ・・・」

 

 

 

今どき、こんな効率を度外視した無茶な練習をやるような子がいるとは思わなかった。しかし、優れたサッカー選手はあの重さのタイヤでも止めるのは難しいことでは無い、と聞いたことがある。タイヤはあまり大きくないのに吹き飛ばされる彼は、あまり上手い方では無いのだろう。

 

 

 

「これでもかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!・・・だめでじだっ!?」

 

 

「ーーーふふっ、凄いなぁ、あの子」

 

 

 

 

・・・だけど、不思議と目を奪われていた。

 

 

 

 

思えば、この時から既に変わっていたのかもしれない。あの少年ーーー『森崎堅固』君の手によって、私ーーー

 

 

 

 

 

 

星舟(ほしぶね) 乃愛(のあ)】の、物語は。

 

 

 

 

 



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レッツ勧誘!現れる雷光の少女!

書く時間があまり取れないから投稿が遅くなってしまいマウス。申し訳ないでゴス。


それと、少し前ーーーと言ってももう3週間近く前ですが、読者参加型に参加されてた方が大勢アカウントロックされたことがありました。それによって、神楽中の採用メンバーが2名、陽花戸中の採用予定メンバーが1名、キャラのデータが消失してしまいました。

神楽中の方は、私が必殺技やら性格やらプレースタイルやら把握しているのと、活躍させる場面とかイベントとか色々考えていたので、そのまま続投して使用させて頂きます。

ただ、陽花戸中の方はまだ採用メンバーも確定していませんし、どういう風に活躍させるかも未定でした。

なので、2年生or3年生、しかもDFに限定してですが、陽花戸中の募集を再開させて頂きたいと思います。送っていなかった方は勿論、一度キャラクターを送った方も新しくもう1人キャラを送って頂いて構いません。活動報告の【イナズマイレブン!新たなる守護者 陽花戸中サッカー部員募集】にて、よろしくお願いします!


 

「ぐえぇ〜・・・し、死ぬぅ・・・」

 

「なんでタイヤ特訓した時よりも死にそうにしてるんですか貴方は・・・」

 

「堅固大丈夫〜?」

 

 

 

机に突っ伏す森崎に呆れたような視線を投げる塵山。人鳥が横から揺さぶるが、反応出来ないあたり森崎は余程疲れているようだ。

 

 

 

「おはようございます・・・って、森崎君どうしたんですか!?」

 

「やっほー燈咲ちゃん!」

 

「おはようございます。朝来たらもうこの状態でしたよ」

 

「おぉ〜・・・おはよ兎月〜・・・」

 

 

 

ガラリと扉が開き、燈咲が教室へと入ってくる。疲れ切った様子の森崎に驚きの声をあげるが、当の森崎は突っ伏した状態から顔だけを燈咲に向け、覇気のない声で挨拶を交わす。

 

 

 

「本当にどうしたんですか?昨日の練習はそこまで厳しいものではなかったですし・・・まさかとは思いますけど、私が帰ったあとに無茶な特訓とかしたんじゃ・・・」

 

「いっ!?いやいやいやいや!!そんな事してないって!!ほ、ほら!!昨日兎月に教えて貰った指示出しとか復習してたら遅くなっちゃってさ!!あんま寝れてないんだよね!!」

 

 

 

慌てたように否定する森崎。確かに放課後にタイヤを使った練習をしていたが、燈咲からはそれを禁止されている。禁止されたその日に約束を破ったとなれば、彼女に叱られるのは必定。先日の刃金の様には、森崎もなりたくなかった。

 

 

「ほんとですかぁ・・・?まぁ進んで復習するのはいい事ですけど、それで身体壊したら元も子もありませんよ?」

 

「堅固は頭使うの苦手そうだもんね〜」

 

「おいこらどういう意味だペンギン。まぁ事実だけどさ」

 

「いや、そこは否定しましょうよ・・・」

 

 

 

そんなくだらない会話をしている時、ふと人鳥が思い出したかのように呟いた。

 

 

 

「そういえばさ、残りの部員はどうするの?サッカーって11人必要だよね?」

 

「確かにそうだなぁ・・・幻斗も含めて今は7人。最低でもあと4人か・・・」

 

「いえ、本気でフットボールフロンティアを勝ち抜くなら、控えメンバーがいないと話になりません。大会規定では、ベンチ含めて16人まで登録出来るはずですので、なんとかそこまで揃えたいですね・・・」

 

「つまり、あと9人ですか・・・贅沢を言えば、もう2,3人くらいは経験者が欲しいところですね」

 

 

塵山の呟きに、燈咲が頷く。

 

確かに現状では、まともな経験者と呼べるのは燈咲、紫藤の2人のみ。その2人も、自分のパワーアップの為の練習がある為、指導に付きっきりになる訳にはいかない。

 

それを考えると、せめて後2人・・・それも、FWとDFに経験者が入る事が望ましい。

 

 

 

「でもそんなに上手くいくの?正直、神楽中にサッカーの経験者がいる可能性なんて低いでしょ。事実、僕も未経験者だし」

 

「燈咲さんや紫藤君がいただけでも奇跡的ですもんね・・・ペンギンと紅葉の2人のポジションにもよりますけど、やっぱりDFの動きが分かる人が欲しいですよね。堅固のサポートという面でも、指導する面でも」

 

 

 

人鳥の言葉に反応した塵山の言葉に、森崎と燈咲も頷く。現状、実力の低い森崎をサポート出来るDFの存在は何より欲する人材だ。腕のいいFWや、突破力に優れたMFも欲しいところだが、シュート火力では刃金が、突破力では燈咲や紫藤がいるから代用は可能だ。

 

 

 

 

「うーん・・・まぁ、この場で頭捻ってても変わんねぇ!!やっぱ、まずは行動しないとな!!」

 

 

パァン!と自分で自分の両頬を叩き、気合を入れる森崎。そんな彼の様子に、首を傾げながら塵山が話し掛ける。

 

 

 

「堅固、行動って・・・?」

 

「ん?そりゃ灰飛お前、仲間集めのための行動と言ったら一つしかないだろ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勧誘だよ、勧誘!!他クラスの奴らにも声掛けまくって、サッカーやりたがってるやつを見つけよーぜ!!」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へいへいへーい!!!さあさあ皆さんよってらっしゃい見てらっしゃい!!サッカー部、部員募集中!!俺たちと一緒に、日本一、そして世界一を目指そうぜー!!今なら確実にベンチ入り出来るぞー!!」

 

 

 

休み時間、廊下で男子、女子に関わらずに声を掛ける森崎。手にはどこで用意したのか、デカデカと【サッカー部部員募集中!!】と書かれた巨大な看板を持っていた。

 

 

「どっから持ってきたんだよアレ」

 

「さぁ・・・?いつの間にか手に持ってましたからね」

 

 

森崎と共に校舎内で勧誘している塵山、刃金の2人が疑問を口にする。ここで勧誘しているのはこの2人に森崎を含めた3人。残りの4人は二人一組になってグラウンドで遊んでいる生徒を対象に勧誘をしている。

 

 

さて、休み時間ということもあって、廊下はかなりの生徒で溢れている。その生徒達に片っ端から話し掛けるが・・・

 

 

 

 

 

「サッカー部?・・・うちにあったっけ?」

 

「つい最近出来たんだよ!どうだお前も!?」

 

「ごめんけど興味無いし〜」

 

「んなぁ!?」

 

 

 

 

 

「サッカー部、部員募集中です!一緒に頑張りませんかー!」

 

「うちは別にぃ〜・・・っ!!ねぇ君!!」

 

「は、はいっ!?」

 

「演劇部に入らない!?よく見たらお顔綺麗だし!!絶対モテるよ〜!!!」

 

「いや、あの、その、ちょっと・・・!?」

 

 

 

 

 

「おー、ザックやっほ」

 

「おうさ!!どうだお前ら!?儂と一緒にサッカーやらねぇか!?」

 

「いやー俺ら空手部だし・・・ザックもこっち来いよー、空手道場の息子だろー?」

 

「儂はサッカーがやりたいんだよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・だ、誰も興味を持たねぇ・・・!!!」

 

「こんな面白いスポーツはないと思うんだがなぁ・・・」

 

「まぁ神楽中ですからね・・・イナズマジャパンの活躍があったし、少しは入部者がいるかと思ったんですが・・・」

 

 

全くと言っていいほどの収穫無し。元々神楽中の生徒はサッカーに興味が無い方が多いが、それを鑑みても反応が無さすぎる。

 

 

「うがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!俺はあきらめねぇぞ!!きっと俺達以外にもサッカーやりたがってる奴がいるはずだ!!へいそこの女子!!サッカーやろうぜ!!」

 

「あっこら堅固!!」

 

 

 

諦めきれない森崎は、塵山の静止を振り切って近くを通り掛かった少女に話しかける。リボンの色と、真新しい制服から同学年の女子だと考えられる。

 

森崎が声をかけた女子は、まず銀色の髪が特徴的だ。全体的に短めのショートヘアーにしているが、前髪だけが顔を隠すかのように長くなっている。そしてなによりも、小さい。凡そ中学生に見えないほど背の低いのは、森崎のチームメイトの紫藤もそうだ。しかし、彼女はそれよりも更に小さい。

 

 

「ひっ・・・!!あ、うぁ、ご、ゴメンなさい・・・!!」

 

 

突如声をかけられた少女は、森崎を視界に収めた途端に身体を震わせ、顔を青くする。視線を泳がせ、言葉を詰まらせながらも体を反転させてその場から逃走を図る。

 

 

 

「えっ!?ちょ、なんで逃げるのさ!!?」

 

 

森崎が引き止めようとするも、少女は人混みの中を、誰にもぶつからずに隙間を縫うようにして駆けていく。そのスピードは凡そ小柄な少女のものとは思えないほどであり、彼女はそのまま《1-F》と書かれた教室へと逃げるように駆け込んで行った。

 

 

 

 

「・・・なんだったんだあの子・・・?」

 

「凄いスピードでしたね。それに、この人混みの中誰にもぶつからずに走れるなんて・・・」

 

 

 

塵山の言葉に同意するように森崎と刃金も頷く。彼女のあの芸当は、素人のそれではない。何かしらスポーツ経験者・・・それも、かなりの実力のはずだ。

 

 

 

「あっ、いたいた!!森崎君達!」

 

「こんな所にいたんですね。・・・って、どうかしたんですか?」

 

 

 

と、そこへやって来たのは紫藤と燈咲の2人。外のグラウンドで勧誘をしていたメンバーだ。

 

 

 

「よう、兎月、幻斗!外の勧誘は?」

 

「うーん・・・僕と燈咲さん、人鳥君と秋風君のコンビでそれぞれ勧誘してたんだけど・・・経験者はいなさそうだったよ」

 

 

 

紫藤曰く、人鳥と秋風のコンビが片っ端から声を掛けまくり、経験者である燈咲、紫藤はサッカー経験がありそうな生徒を対象に探していたらしい。が、該当する生徒は一切おらず、早々に2人は引き上げてきたらしい。

 

 

 

「人鳥君達はまだ勧誘してみるって言ってましたけど・・・だれも興味無さそうでした」

 

「そっか・・・ん?」

 

 

 

話していた森崎は、ふと思い出す。自分と塵山、人鳥、燈咲は1年C組。秋風と刃金は1年A組だ。

 

 

そして、先程の女子生徒が入って行った教室は1年F組。そして、目の前にいる紫藤も1年F組の生徒だったはずだ。

 

 

 

「なぁ幻斗、その・・・銀髪で、ちっこい女子ってお前のクラスに居るか?」

 

「銀髪でちっこい?・・・あぁ、神奈崎さんの事?あの前髪の長い」

 

「そーそー!!そいつだよ!!そいつなんかスポーツとかやってるか!?」

 

 

 

森崎の質問に、紫藤はうーん・・・と唸りながらも、首を横に振る。

 

 

 

「いや、僕が聞いた限りではそんなこと言ってなかったよ?まぁ自己紹介の時も最低限しか喋らなかったし、普段は誰とも話そうとしないけど」

 

 

 

紫藤の答えに肩を落とす森崎。どうしたものか、と塵山と刃金も考えるが、そんな中で唯一燈咲だけが黙って考え込んでいた。

 

 

 

「ん?兎月、どした?」

 

「神奈崎・・・神奈崎・・・うーん、どこかで聞いたことが・・・」

 

「燈咲さん、知ってるの?あの子の名前、確か【神奈崎(かなざき) 切那(せつな)】さんだったけど」

 

「神奈崎・・・切那・・・っ!?神奈崎切那ちゃんですか!?」

 

 

 

驚いたように叫んだ燈咲に困惑したながらも、紫藤は頷く。まだ付き合いこそ浅いが、彼女は基本的に特定の部分に触れなければ温厚だ。そんな彼女が声を荒らげたのに森崎は困惑する。

 

 

 

「お、おい兎月どうしたんだよ?知り合いか?」

 

「知り合い、というか・・・全国で戦った事のある子です」

 

「全国!?」

 

 

 

燈咲の言葉に真っ先に反応したのは刃金。

 

燈咲はこのチームで唯一、リトル時代に全国に出場した経験の持ち主だ。そんな彼女が全国で戦った相手・・・当然、今の神楽中サッカー部にとって喉から手が出る程に欲しい人材だ。

 

 

 

「神奈崎切那・・・リトル時代、その圧倒的な突破力とボールキープ力で全国の強豪相手に渡り合ってきた凄腕のドリブラーです。聞いた話だと、一人で相手選手11人をごぼう抜きしてゴールを決めたとか」

 

「ひっ、一人で相手チーム全員って事か!?」

 

「はい。全国でも類を見ない程の正確なドリブルと高いスピードは、瞬きの間に抜き去ってしまう・・・【雷光】という異名がつく程で、去年開催された第二回FFIのメンバー候補にも名前が挙げられたらしいですよ」

 

 

 

燈咲の解説に森崎達は驚愕する。

 

 

 

FFI代表候補。つまり、先程の彼女は、森崎の憧れる伝説のキーパー・・・【円堂守】と共にピッチに立つ可能性があった人物という事だ。円堂だけではない。豪炎寺や鬼道、風丸に五条、源田、佐久間、吹雪兄弟、不動、壁山に栗松・・・名だたる日本のトッププレイヤー達と肩を並べる事が出来る、と判断されたプレイヤーなのだ、

 

 

 

「すっげぇ・・・!!!なんでそんな凄い奴が神楽中に!?!?」

 

「ホントですよ・・・代表候補って事は、選考試合で代表落ちに?」

 

 

 

興奮する森崎に追随するように言った塵山の言葉に、燈咲は悩ましげに首を振る。そんな彼女の様子に、その場にいる男4人も揃って頭にハテナを浮かべる。

 

 

 

「どうしたの、燈咲さん?」

 

「あ、いえ・・・実は、神奈崎さんなんですけど・・・代表選考を辞退してるんです」

 

「はぁ!?日本代表だぞ!?イナズマジャパンだぞ!?サッカーしてる奴なら誰もが憧れる日本の顔だぞ!?なんで辞退すんだよ!?」

 

 

刃金の叫ぶ様にそういうが、当の神奈崎がここにいる訳でもないので、その真相が分かるはずもない。

 

 

 

「そこは私にも・・・全国大会の途中で姿が見えなくなったらしく、チームもその後の試合で敗退。その後も噂を立たなかったけど、まさかこんな所にいるなんて・・・」

 

 

 

信じられない、と言った様子の燈咲。それもそのハズ。リトル時代全国トップクラスの、更には世代を代表すると言ってもいい程の実力者が、こんなサッカー部も無い普通の学校にいたのだ。疑問を持つなという方が無理というもの。

 

 

 

 

「・・・とりあえず、切り替えよ。神奈崎さんには僕から話してみるよ。まぁ神楽にいる上に、あの様子じゃサッカー部に入ってくれるかは疑問だけど・・・彼女以外にも、入部してくれる人を見つけなきゃ話にならないし」

 

 

 

軽く手を叩いて、紫藤が他の4人の意識を自分にむける。切り替えるように促すと、森崎は「・・・そうだな」と呟いて、頭を軽く振る。実際、神奈崎が入部してくれればこの上なく心強いが、彼女に縋っていては本末転倒だろう。

 

 

 

「っし!!もうちょい勧誘続けるか!!」

 

「だな!!儂は向こうにいってくる!堅固と灰飛は引き続きここら辺で頼む!!」

 

「分かりました!」

 

「それじゃ、僕達も秋風君たちの手助けに行こうか」

 

「そうですね。もしかしたら、見逃していただけで経験者がいるかもしれませんし、未経験者でも入ってくれる人がいるかもですもんね」

 

 

 

気を取り直して、それぞれ勧誘を続けていく5人。しかし、外で勧誘を続けていた秋風と人鳥を含め、この日勧誘に乗ってくれた生徒は一人もいなかった・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【雷光】か・・・まさかここにいるとはな。・・・フッ、果たしてこの俺と並び立てる程のものなのか・・・この、【漆黒のストライカー】とな・・・」

 

 

 

 

ただ、勧誘をしている彼らを、腕を組んで、木にもたれ掛かって影から観察している赤と青のオッドアイの少年とーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんであの子1人で木の影にいるんだ?」

 

「俺が知るか」

 

「だよなー。・・・おっ、サッカー部か!!へぇ、ついにここにも出来たんだなぁ」

 

「・・・サッカー、か」

 

「お?どしたどしたよカゲ〜?興味湧いた系?」

 

「黙れ『香沙薙(かざなぎ)』。まぁ、少しな。・・・サッカーなら、俺もアイツに・・・」

 

 

 

興味深そうに木の影の少年を、そして森崎達を眺めている、2年生の男子生徒達の姿があった・・・。

 



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部室でのひととき



・・・今回全く話が進展してません。完全なギャグ回です。そしてスローダンサーさん、鏡面ライダーさんごめんなさい()


 

「結局誰も集まらなかったなぁ~」

 

「想像以上に手応えありませんでしたからね・・・」

 

 

 

部室の中で椅子に腰掛けながらため息をつく森崎に、塵山が口元に手を当てながら同意する。

 

結局あの後勧誘を続け、その後の休み時間や昼休みも総動員して声を掛けたものの手ごたえは一切無し。話を聞いてくれる人は数名いたが、日本一、更には世界一を目指すという目標を聞くと早々に立ち去ってしまう。どうにもこの学校の生徒達は、殆どが『部活動は楽しむためにやるもの』という考えのようだ。

 

 

 

「本気でやった方が楽しいと思うんだけどなぁ・・・」

 

「それも人それぞれって事じゃない?きつい練習するくらいなら、のんびり仲間内で楽しむ程度の方がいいって人も多いと思うよ?」

 

「神楽中は部活動が盛んじゃないからねぇ。この辺りでサッカーやろうと思うなら、やっぱり陽花戸中にいくだろうし」

 

 

紫藤と人鳥の考察は的を射ている。この学校にある部活は、野球部やバスケ部などの運動部から、文芸部、天文学部といった文化部など結構幅が広い。ただどれも生徒や教師の趣味の範疇を出ておらず、作るだけ作って碌に活動もしていない、というのも珍しくない。恐らくだが、この学校で真面目に活動をしているのは唯一『天文学部』のみだろう。

 

・・・もっとも、その天文学部も現在は部員は1人しかいないのだが。

 

 

 

「陽花戸中かぁ・・・立向居さん、生で見てみてぇなぁ・・・!!」

 

「アハハ・・・森崎君、去年からそれ言ってるよね・・・」

 

「あれ?確か堅固って、円堂さんに憧れてるんじゃないっけ?」

 

 

 

目を輝かせながらそう言う森崎。変わらない友人の様子に、秋風が思わず苦笑する。そんな中、ふと疑問に思ったのか人鳥がポツリと呟く。憧れの円堂ではなく、立向居に会いたいと言っている森崎を不思議に思ったのだろう。

 

 

「陽花戸中のキャプテン、立向居さんのプレーは、円堂さんによく似ているんですよ。立向居さんは円堂さんに憧れてGKになった程ですし、ある意味当然かもしれませんけどね」

 

「【伝説のゴールキーパー】、円堂守の魂を受け継ぐ者・・・【伝説の後継者】って言われるくらいだからねぇ」

 

 

 

燈咲と紫藤、サッカー事情に詳しい2人がそう解説すると、ほぇー、と感心したような声を上げる人鳥。秋風と並んで初心者の人鳥は、あまり詳しい事は把握していない。特に今の世の中、選手の名前などは大々的に報じられるが、各選手の細かいプレースタイルまでは報じられないのだ。されたとしても、日本トップレベルに位置する選手達のみだろう。

 

 

 

「立向居さんはほんっとすげぇんだよ!!2年前のFFIでのアルゼンチン戦も凄かったけど、やっぱ俺は去年の雷門中との試合だな!!」

 

「フットボールフロンティア本戦、第2回戦!!凄い試合だったよね・・・!僕、会場まで見に行ったよ!」

 

「なぬ!?幻斗おま、お前ズルいぞ!!?」

 

 

 

ふふん、と得意顔の紫藤に、森崎が羨ましそうな眼差しをむける。その横で、どんな試合だったの?と人鳥が塵山に尋ねる。

 

 

 

「たしか・・・延長までもつれ込んだキーパー戦だったと思います。最後の最後、延長後半が終わってPK戦になるか、というところで雷門中が一点をもぎ取ったはず・・・」

 

「塵山君の言う通り、フットボールフロンティアの歴史に残る名勝負でした。私もフロンティアスタジアムで実際に見ましたけど・・・時間を忘れるくらい熱中しました」

 

 

 

塵山が思い出すようにして呟くと、それに付け加えるように燈咲が話に加わる。

 

全国大会2回戦第三試合。前大会王者、雷門中と、当時急成長を遂げていた陽花戸中の戦い。共に日本代表、イナズマジャパンのキーパーである両チームのキーパー対決が注目を集めた試合だった。

 

 

「たしか前評判では、雷門中が圧勝すると言われていたんです。確かに立向居勇気は日本でも指折りの名キーパーですが、それ以外のメンバーが大きく劣る、と言われていて・・・」

 

「陽花戸中が劣ってるというより、雷門中がやば過ぎた、と言った方が正しいとは思いますけどね。

 

攻撃陣は、エースストライカーの『豪炎寺修也』に加えて『染岡竜吾』に『宇都宮虎丸』。

中盤にはゲームメイカーの『鬼道有人』に、代表候補にも選ばれた『松野空介』。

DFには『風丸一郎太』に『壁山塀吾郎』に『栗松鉄平』・・・代表的な選手だけでも役者が揃い過ぎてます」

 

 

 

1年前の雷門中には、一之瀬一哉と土門飛鳥の2人を除き、前大会を制覇したメンバーが揃い踏み。さらにそこに、日本代表に選ばれた宇都宮虎丸、惜しくも代表落ちしたもののその実力は全国でも屈指の闇のストライカー、闇野カゲトも在籍していた。全国でもここまで選手層が厚いチームは、ここ以外ではせいぜい帝国学園がいいところ、といったほどに選手が充実し過ぎていた。

 

 

対する陽花戸中は、立向居こそ強力なものの他のメンバーは大したことが無い、というのが世間からの見解だった。全国大会1回戦の対漫遊寺中は、上手く相手の守備の要である『木暮夕弥』を押さえ込み、その隙にシュートチェインを重ねて一点を奪い、それを守り抜いて勝ち上がった、という消極的な戦い方も、その意見に拍車をかけたのかもしれない。

 

 

 

「ですがその試合では、陽花戸中はチーム一丸となったプレーで何度も雷門中を脅かしました。特にその試合で出場していたFWの一人がフィールドを走り回って、攻守を繋げて・・・まぁ一番活躍していたのはやっぱり立向居さんでしたけどね」

 

「ほんっとすげぇんだよ立向居さん!!!豪炎寺さんの【マキシマムファイア】や虎丸さんの【グラディウスアーチ】、他にも【プライムレジェンド】に【タイガーストーム】、【ドラゴンスレイヤー】・・・【ジェットストリーム】まで止めたんだぜ!!」

 

 

 

雷門中の誇る、必殺技の数々をシュートブロックすら無しに、己の力のみで止め続けた立向居。だが最後には、この試合まで鬼道が隠し球として温存しておいたマックス、半田両名との連携技、【ビッグバン】から、【マキシマムファイア】、【ドラゴンスレイヤー】の連続チェインによって突破され、2回戦敗退のなったのだが。

 

 

 

「凄いね・・・あの立向居さんから点を奪うなんて、やっぱり雷門中は別格だね」

 

「・・・逆に言えば、その別格の雷門中がそこまでしてやっと倒せる相手と地区予選で当たるということなんですけどね」

 

 

 

塵山がポツリと呟いた言葉を受け、人鳥と秋風の初心者コンビはヒェッ…と震え、燈咲と紫藤の経験者組は悩ましげな表情を浮かべる。実際、未だ部員勧誘に悩んでいる自分達が立向居率いる陽花戸中に勝とうとするのは無謀もいいところだ。それをこの2人はよく理解している。

 

 

 

 

 

「・・・まぁでもさ!!そんなに凄い人達と戦えるんだぜ!?そういうの、やっぱワクワクするだろ!!もちろん勝ちに行く!!でも、気負うよりも楽しんでいこーぜ!!」

 

 

だが、そんな中で森崎は笑顔だった。その笑顔は、チームメイトを安心させるために取り繕ったようなものではなく、本心から立向居勇気との対戦を楽しみにしている、といった顔つき。

 

日本一を目指している、と言う彼にとって、立向居はもちろん大きな障害となる。しかし、憧れの円堂守がすでに卒業しているため、森崎が対決することが出来るのは立向居のみーーーそれも、今年が最後だ。ある意味彼が今年のフットボールフロンティアでの優勝を目指しているのも、立向居や壁山、木暮に吹雪アツヤなどの面々と戦えるのは今年だけ、というのが大きいと言えるのかもしれない。

 

 

 

「・・・まぁ、それもそうだね!」

 

「壁山さんや栗松さん、少林寺さんに宍戸さんのいる雷門中と戦えるのは今年だけ・・・確かに、楽しんだ方がいいかも」

 

「陸上の時も、気負ってる時に限ってミスしたりするもんね」

 

「やるなら徹底的に・・・ですが、怪我をしては本末転倒です。ちょうどいいバランスを見極めないといけません」

 

 

 

人鳥、紫藤、秋風、燈咲の4人は森崎の言葉を受け、肩を少し下ろす。気負っていた様子だったが、彼の様子を受けてその気負っていたものが降りたのだろう。

 

 

「・・・そんなんじゃ、いつまでのあの人には追いつけない・・・」

 

「ん?灰飛、どした?」

 

「!・・・いえ、なんでもありません。堅固の言う通り、気負わず楽しんだ方が良いプレーができるかもしれませんね」

 

 

 

だが、そんな中で一人、塵山だけが暗い顔のまま。ボソりとそんな事を呟いたが、森崎から声を掛けられるとすぐに元の塵山の様子に戻る。声が小さかったことも相まって、その場にいた面々が塵山の様子に気がつくことは無かった。

 

 

 

 

 

 

「・・・あれ?てかザックの奴はどこいったんだ?」

 

「刃金君なら、そこにいるよ?」

 

 

 

秋風が指差す先には、部室の壁に備え付けてある窓から外を眺める刃金の姿が。窓の縁に両肘を立て、両手を組んでその手の甲に顎を乗せる、というポーズでじっと外を眺めている。

 

 

 

 

 

その様子はまるで数多の修羅場を潜り抜けてきた歴戦の傭兵、一挙一動を見逃さんとする老練の指揮官、僅かな所作から才ある者を見抜く凄腕のスカウトーーーとにかくそれだけの『凄み』が、今の彼にはあった!!

 

 

 

 

「な、なんだアレ・・・!?あんなに真剣なザックは初めて見たぞ・・・!?」

 

「アレがザック・・・!?」

 

「授業中に堂々と早弁をする刃金君が・・・!?」

 

「いびきがうるさ過ぎてうちのクラスまで響き渡る刃金君ですか・・・!?」

 

「昼休みに食べ物を求めて購買に突撃するその姿から、入学して約一週間で全校生徒から大食いモンスター弐号機の異名で呼ばれるザックですか・・・!?」

 

「いや刃金君の印象どうなってんのさ!?てか弐号機!?壱号機がいるのこの学校!?」

 

 

 

森崎が驚愕を露わにすると共に、人鳥、秋風、燈咲、塵山が言った刃金へと印象に思わず紫藤が突っ込む。ちなみに、森崎達が所属するC組は、刃金と秋風が所属するA組とはB組を挟んですぐだ。逆に紫藤がいるF組はA組とは真反対にある為、刃金のいびきも響いてこなかったのだろう。

 

 

 

「てかなんで外見てんだ?なんか今あってたっけ?」

 

「確か、2年生の体育じゃないですか?僕ら1年生は今日、5限目で終わりですけど、上級生は6限目もありますし」

 

「なぬ!?2年生の体育ならサッカーだ!!」

 

「え、なんで知って・・・もしかして堅固、やけに窓の方気にする日があるなと思ったら外のサッカー見てたんですか・・・?」

 

 

 

ウッソだろお前、と言いたげに呆れた塵山の言葉に、自信満々におうさぁ!!と答えるアホの森崎。事実彼は外から聞こえてくるボールを蹴る音を聞いて、今の上級生達の体育がサッカーであることを把握している。授業内容は把握していない癖に。呆れた男である。

 

 

 

「でもなんでザックが2年生のサッカーみてるのさ?知り合いいるとか言ってたっけ?」

 

 

 

人鳥の疑問に、その場にいる6人全員が知らない、と首を傾げる。刃金は兄弟がいる、といった話もしていないし、誰か親しい人がこの学校に通っているという話も聞いたことは無い。もしかしたら聞いていないだけでいるのかも知れないが、それなら何故眺めるだけで声を掛けないのだろうか、という疑問が残る。それに、知り合いの体育をみるような目はしていない。もっとこう、獲物を狙う鷹のような目をしているのだ。

 

そんな中、森崎が一つの可能性に辿り着く。

 

 

 

 

「・・・っ!?まさかザックの奴、2年生のサッカーをみて戦力になる人を探して・・・!?」

 

「そうか!!燈咲さんや紫藤君みたいにリトルでの経験は無いけど、刃金君も三年間サッカーをしてきてる!!体育とはいえ、プレーをみれば才能がある人が分かるのかも!!」

 

「僕や紅葉が勧誘してた時と違ってサッカーしてる状態だし、ザックはあの時外にいなかった!!その可能性はあるかも!!」

 

「まさかザックが、チームの為を思ってそこまで・・・!!」

 

 

 

森崎の予想に同意する様に秋風や人鳥、塵山が言葉を発する。未だ出会って短いが、おちゃらけることも多いものの情に厚く、友達思いで、やるべき事はきっちりこなす刃金に対する信頼感が成した友情。それが垣間見得る瞬間であった。

 

 

 

「・・・なーんか嫌な予感がするの僕だけ?」

 

「奇遇ですね紫藤君、私もなんだか嫌な予感が・・・」

 

 

 

 

そんな中で紫藤と燈咲の2人だけが違和感を覚えていた。そんな二人に気がつくことなく、森崎は刃金へと声を掛ける。

 

 

 

「おーいザック、何見てんだ・・・?」

 

「・・・堅固か」

 

 

話しかけてきた森崎に視線だけを投げる刃金。その真剣な眼差しに思わず森崎も一歩後ずさる。これは期待が出来るかもしれない、と息を呑む森崎に、刃金があれを見ろ、と言わんばかりに親指をくいっと窓の外へ向ける。

 

 

森崎が刃金の指差す方向をじっと見ると、その先に居たのは、筋骨隆々の大男。

 

 

 

 

「ぃよっしゃぁ!!!!バットはどこっスか!!!!ソニックライジングでもマリンボールでもクレッセントムーンでもスタードライブでもあばたボールでもなんでも打ち返してやるッスよォ!!」

 

「ギータ!!これサッカー!!サッカーだから!!This is soccer!!OK!?」

 

「おーけー!!んで、ディスイズサッカーってどんなサッカーっスか!!?」

 

「だめだこいつ」

 

 

 

 

体操服に『柳田』と書かれたゼッケンをつけているその大男は、中学生どころか成人男性と言ってもいい程の恵まれた体格の持ち主だった。入念に体を動かし、心身を温めて試合に備える様子はどう考えてもスポーツ経験者のそれであり、何を言っているかは聞こえないが気合十分といった様子で同じチームのクラスメイトを鼓舞しているように見える。

 

 

 

 

「おぉ・・・!!なんか即戦力っぽい雰囲気・・・!!」

 

 

 

その雰囲気に感嘆する森崎だったが、それを見た刃金がため息をつきながら頭を振る。

 

 

 

「違う。もっと先の、木の影だ」

 

「木の影?」

 

 

 

刃金から言われて木の方に視線を投げると、そこにいたのは二人の女子生徒。

 

 

片方は、『秋雨』と書かれたゼッケンのついた体育服を着た、青色の髪をポニーテールに纏めた、どこかクールな雰囲気のする女の子。スラリとした肢体で、タオルで汗を拭いながらもうひとつのタオルをもう1人の女子生徒に手渡している。

 

もう片方は、同じく体操服を着て、『星舟』と書かれている、クリーム色のふわりとした髪が穏やかさを思わせる女子。木に寄りかかって休む彼女は、膝を抱えて体育座りのような体勢で、ふにゃりとして笑顔でもう1人からタオルを受け取っている。

 

 

 

どちらも先程の柳田という男子生徒に比べれば、スポーツ経験者のようなーーー悪くいえば戦力になりそうな雰囲気は全くしない。

 

 

 

 

「あの先輩方?割と廊下とかで見かける人達だけど・・・」

 

「分からないのか堅固?お前にはあの素晴らしさが・・・」

 

「す、素晴らしさ?」

 

 

 

刃金のいう素晴らしさ、の意味が理解出来ず、頭に疑問符を浮かべる。後ろにいる塵山、人鳥、秋風も「ん?」と言いたげな表情に変わり、燈咲と紫藤は察したような顔つきでため息をつく。

 

 

 

 

 

「お前には見えないのか堅固!!あの・・・・あの・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

星舟先輩の素晴らしきお胸が!!!!!」

 

 

 

ずがぁん!!!と雷が落ちるような迫力で刃金は言い切った!!!彼が見ていたのは戦力になる人では無い!!体育座りすることによって、ふとももの辺りでふにゅんと形を変化させている星舟の柔らかそうな2つのお餅に全神経を注ぎ込んでいたのだっ!!!!

 

 

 

 

「ザックお前ぇ!?!?信じた俺の気持ち返せ!?」

 

「やっぱりザックはザックか・・・」

 

「解散、かいさーん!!」

 

「どう、どう!!!落ち着いて下さいね燈咲さん!!!」

 

「なんですか塵山君私がそんなに怒ってるように見えますか見えませんよね?」

 

「怒ってない人はそんな矢継ぎ早に言葉を述べませんよ!?」

 

「・・・え、燈咲さんって怒ると怖いタイプなの?」

 

「ザックが一撃で沈みます」

 

「なにそれこわい」

 

 

 

やっぱり変わってなかった女好きの様子に呆れ返る一同。約一名が暴走しかけているが、それは塵山に任せよう。頑張れ塵山、刃金の運命は君の手に託された!

 

 

 

そんなふざけている時。

 

 

 

 

 

「ふっ・・・お前、なかなかいい筋してるじゃねぇか」

 

「っ!?誰だ!!」

 

 

 

ばっ!!と窓の方を振り向き、身を乗り出す刃金。そして彼の視界に映ったのは、部室の壁にもたれかかり、体育服のポケットに両手を突っ込み、キメ顔で立っている、背の高い金髪でチャラそうな外見の男。

 

 

 

「・・・誰だあんた。儂とは初対面のはずだが?」

 

「まぁそう言うなよ。俺は香沙薙。【香沙薙(かざなぎ) (しょう)】だ。お前の一個上だよ。刃金、だっけ?成程、膝を抱えていることによって潰れたように変形している巨乳・・・なかなかいい着眼点だ」

 

 

 

右手だけポケットから出して軽く挨拶した香沙薙。突然現れた彼に警戒を強める刃金だったが、香沙薙はそんな事は関係無い、とばかりに先程の刃金の着眼点を褒める。

 

 

 

「だが・・・甘い。まだまだひよっこだな」

 

「なに・・・?いきなり出てきたあんたにそんなこと言われる筋合いはないと思うんだが?」

 

「じゃあ逆に聞くが、お前には見えないのか?」

 

「・・・何がだ」

 

 

 

挑発するような香沙薙の言動に警戒心を強めながらも、香沙薙の言うことが読み取れずに聞き返す刃金。しかし刃金の中には、相手に対する不思議な親近感があった。何故ならーーー

 

 

 

 

「お前には、まだみえていないようだな。あの・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

体育座りと体育服のズボン、そしてふとももが生み出す絶対領域に・・・!!!」

 

 

 

ーーーこの男もまた、変態だったから。

 

 

香沙薙に言われ、はっ!!と気づいた刃金はすぐさま視線を星舟に投げる。

 

そこにあったのは、少し大きめのズボンによって見えそうで見えないチラリズム、そして星舟の健康的なふとももと、この暑さによって流れる一筋の汗が醸し出すエロテッシュ!!!その破壊力はかつて刃金が見た豪炎寺のシュートの次・・・いや、匹敵するかもしれないレベルの重さ!!

 

 

 

「そんな・・・儂は、あんな素晴らしいものを見逃して、上辺だけで判断していたのか・・・!!」

 

 

ガクッと膝をつく刃金。しかし、それよりも早く刃金の身体を支える人物が1人。ふと刃金が顔を上げると、倒れないように刃金の腕を掴んだ香沙薙が、そこにいた。

 

 

 

「刃金。確かにお前は詰めが甘かった。だがな、1年生でその観察眼は見事なもんだ。それにお前には未来がある。・・・これから、学べばいいんだ」

 

「っ!!・・・師匠!!!!」

 

 

 

互いに手を取り合う刃金と香沙薙。今ここに、男同士の奇妙な友情が結ばれた・・・!!!

 

 

 

 

「・・・ナニコレ」

 

 

そして森崎達は、そのアホすぎる会話内容に比例しない壮大な雰囲気に圧倒されていた・・・!!!

 

 

 

「師匠!!これから、あなたの元で学ばせて下さい!!」

 

「ハッハッハ!!いいだろう刃金、ついてこい!!星舟さんはガードが甘いからまだまだ俺たちに眼福を提供してぶべらぁ!!?」

 

「ししょオゴォ!!???」

 

 

 

肩を組み、星舟の方を見ようとした瞬間。鼻を伸ばしていた香沙薙と刃金の顔面に向けて、超高速で飛来する物体が飛んで来ていた。視認した時にはもう遅く、香沙薙、そして刃金の順に顔面を強打。二人揃って地面へと倒れ伏した。

 

 

 

 

「・・・え、ほんとになにこれ」

 

 

困惑しっぱなしの、森崎達であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルちゃん?いきなりどうしたの?」

 

「乃愛のことを覗いてる虫がいたので、つい」

 

「ふぇぇ!?虫!?アルちゃん取ってぇ!!?」

 

「・・・乃愛、言葉の綾ですから。ほんとに虫はいませんからね?」

 

 

 

なおこちらは至極平和だった模様。知らぬが仏というものである。

 



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加わる2人の2年生!


活動報告にて、陽花戸中の採用者発表を行っております。

また、並行してフットボールフロンティア福岡予選、2回戦〜準決勝までの3校の敵キャラを募集しております。たくさんのご応募お待ちしております。


 

 

「・・・本当に済まない。この馬鹿が迷惑をかけた・・・」

 

 

変態共がハッスル☆フィーバーした後。部室内にいる森崎達サッカー部員6人(刃金を除く)の目の前で深々と頭を下げる男子生徒の姿があった。

 

髪はあまり気にしないのか、ボサボサとした黒髪であり、青色の瞳には光が無く、目の下には濃い隈がくっきりと残っている。パッと見では、正直生気を感じるような見た目では無い。体格はしっかりしているが、筋骨隆々といった見た目ではなく、高めの身長に引き締まった肉体を持った所謂『細マッチョ』な体型だ。

 

 

 

「あー、えっと・・・それは元々ザックも悪いですし、別に俺らに被害があった訳じゃないんで大丈夫なんすけど・・・どちら様っすか?」

 

「・・・ん?あぁそうか、自己紹介してなかったな。俺は秋宮。【秋宮(あきみや) 影雄(かげお)】だ。一応、この馬鹿の知り合い・・・という事になっている」

 

「ちょっとぉ!?カゲ酷くない!?バカって何!?一応って何!?」

 

 

 

この馬鹿、と言いながら秋宮は、ロープでぐるぐる巻きにされて地面で海老のようにジタバタしている香沙薙を踏み付ける。その扱いに香沙薙が抗議するが、秋宮はため息をついて冷ややかな視線を送る。

 

 

 

「クラスメイトの女子に変な目を向けた挙句後輩に迷惑を掛けるやつのどこが馬鹿じゃない、と?」

 

「う、その・・・サーセン・・・」

 

「分かればいい。・・・君達も、迷惑かけてすまなかった。コイツにはしっかり言って聞かせる」

 

『(常識的だ!!見た目に反してすごくいい人だ!!)』

 

 

 

至極常識的な対応に思わず心の中で叫ぶ森崎達。ちなみに刃金だが、彼は森崎達の後ろで気絶している。寝転んでいる床にタオルが敷いてあるのは、燈咲のせめてもの優しさである。余談だが、彼女の一撃を初めて見た紫藤は、これから自分がこの部活でやっていく自信がなくなった気がする、と呟いたとかなんとか。

 

 

 

「全く・・・()()()()()()()()()()()に、いきなりこれとはな。相変わらず呆れた奴だ」

 

「いやー冗談のつもりだったんだよ!別に星舟さん達をいつも変な目で見てるわけでは・・・」

 

「お前のせいで俺までクラスメイトの女子達から遠巻きにされてるって話するか?」

 

「マジでごめん」

 

「・・・ん?あの、すんません。これから世話になるって・・・」

 

 

 

ギリギリギリギリ、と踏みつける力を強める秋宮の言葉の意味が察せず、森崎が聞き返す。それを聞いた秋宮と香沙薙は互いに顔を見合わせて首を傾げる。

 

 

 

「・・・田中先生から連絡が来てないのか?」

 

「じゃね?サッチー結構抜けてるし」

 

「成程、だからさっきも名前聞かれたのか・・・それなら、改めて自己紹介をしよう」

 

 

 

そう言って秋宮は森崎達の方を向く。傍に置いていたカバンをゴソゴソと漁り、1枚の紙を取り出して森崎たちに見えるように手に持つ。

 

 

「・・・あっ!それって・・・!!」

 

 

それは、森崎にとって・・・いや、サッカー部全員にとって見覚えのあるもの。何故なら、全員、つい先日にそれを書いたのだから。

 

 

その紙ーーー入部届けを手にした秋宮は、薄く笑いながら口を開く。

 

 

 

「まぁ、そういう事だ。

 

・・・2年D組、秋宮影雄。同じくD組、香沙薙翔。俺たち2人、サッカー部に入部希望だ。入れてくれるか?」

 

 

「マジっすか・・・!?歓迎!!!大歓迎っすよ!!!っしゃァー!!新入部員だァー!!!」

 

 

 

思わぬ形で加わる事となった新しい仲間。しかも二人とも2年生だ。これなら勧誘の時も気兼ねなく二年教室前にいける!と森崎は大喜び。同じく塵山達も、新しく加わった2人のことを歓迎する。

 

 

 

「・・・あっ!!そういやカゲ先輩と・・・えーっと・・・かざ・・・かざ・・・かざなんとか先輩・・・?」

 

「香沙薙だよ、か・ざ・な・ぎ!!まぁややこしいなら気軽に『翔さん』でいいぜ。お前は?」

 

「うっす翔さん!!俺、森崎!森崎堅固っす!一応サッカー部の部長っス。・・・お二人はサッカー経験あったりします?」

 

「おー、よろしくな森崎。サッカー経験なぁ・・・わりぃけど、俺もカゲも初心者だな」

 

「やっぱそうですよね・・・あ!でも気にしないでください!うちのチーム、経験者は少ないけど、俺も頑張って教えますんで!」

 

「おう!頼むぜ森崎!」

 

 

 

ビチビチと体を揺らしながら笑顔で答える香沙薙。余談だが彼は未だ縄を解いてもらっていないので、上記の会話はずっと縛られている香沙薙を森崎が見下ろす形で行われている。はたから見たらシュールな光景である。

 

 

 

「・・・あのー・・・解かないんですか?」

 

 

見るに見かねた紫藤がそろ〜りと尋ねると、秋宮は「あぁ忘れてた」と言いながら渋々拘束を解く。縄から解放された香沙薙はひとつ伸びをしてから身体をゴキゴキと鳴らす。

 

 

 

「いやー、助かったぜ・・・そういや、そろそろ練習始めるのか?」

 

「あ、そっすね・・・そろそろ始めないと練習時間が無くなっちまう」

 

「おー、んじゃ早速始めようぜ。いつもはどんな事やってんだ?」

 

「基本は兎月が作ってくれたメニューをやる感じで、個人個人の自主練はーーー」

 

 

 

基本的な練習メニューについて香沙薙に教えながら、部室を出てグラウンドへと向かう。その後に続くように他の部員も出ていくが、燈咲と塵山はその場で小さくため息をつく。

 

 

 

「・・・大丈夫なんでしょうか・・・」

 

「指導出来るメンバーに対して、初心者が多すぎますからね・・・それに、香沙薙先輩はなんだかノリが軽いし・・・」

 

「それに関しては心配は無い」

 

 

 

愚痴っぽく言ってしまった2人に秋宮が声を掛ける。香沙薙の事を悪く言った訳では無いが、流石に目の前で友人のことをそういう風に言うのはまずかったか、と心の中で反省する2人に、秋宮は優しく話す。

 

 

 

「お前達の考えは理解出来る。確かにアイツの見た目や言動は軽薄そうに見えるだろうからな。それに事実アイツは軽い」

 

 

肩を竦める秋宮の様子に思わず苦笑する塵山と燈咲。

 

だが、と秋宮は言葉を切る。濃い隈があり、光がないように見える彼の瞳には、確固たる自信が浮かんでいた。

 

 

 

「アイツは決して悪い男じゃない。軽薄そうに見えるが面倒見はいいし、漢気のある熱い男だ。・・・元々、サッカー部に入ろうとしていた俺の事を心配して、自分も入部する、と言い出す程にはな」

 

 

なんだかんだで、自慢の友人だよ。

 

そういう秋宮の顔には、嘘をついているような様子はない。彼は心から、あの香沙薙という男の事を信頼しているのだろう。初対面の塵山達にも、それが理解できた。

 

 

「それに、全国制覇を目指しているんだろう?それならアイツは必ずその目標を達成する為の力になってくれる。部活にこそ入っていないが、アイツの身体能力は俺が保証しよう。・・・そろそろ俺達も練習に行こう。少しでも長く練習して、ボールに慣れたいんだ」

 

「ーーーあの」

 

 

 

 

くるりと身を翻し、部室から出ていこうとする秋宮に塵山が声を掛ける。振り向いた秋宮がみた塵山の顔は、言うべきか言わざるべきか悩んでいるように見えた。

 

 

 

「なんだ?」

 

「いえ、その・・・秋宮先輩が香沙薙先輩を信頼しているのは分かりました。ただ、こう言ってはなんですが・・・うちのチームには燈咲さんもいますので、一応聞きますが・・・あの人覗きとかしませんよね?」

 

「それは無い」

 

 

 

恐る恐る、と言った様子で聞くが、即座に秋宮は否定の言葉を放つ。聞いた塵山も、いくらなんでも失礼過ぎることを聞いた、と秋宮に謝ろうとするが、それより前に秋宮が喋り始める。

 

 

 

「アイツはたまにああやってふざけるが・・・常識はしっかり弁えているし、やる時はやる男だ。それに・・・」

 

「・・・?それに?」

 

 

きょとんと燈咲が聞き返すと、秋宮は彼女の肩にポン、と手を置いて優しく言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

「安心してくれ。アイツには妹がいるんだが、その影響か君みたいな小さい子にはセクハラなんてしないんだ。だから心配いらなーーー」

 

「ふんっ!!!!!!」

 

「っ!?ごはっ・・・!?!?」

 

 

燈咲渾身のラビットパンチが鳩尾に炸裂。哀れ秋宮、部室の床に沈む。

 

その後彼女を宥めつつ練習に行かせ、秋宮とついでに刃金も叩き起して練習に行くように指示を出す塵山の表情は、それはそれは哀愁漂うものだったそうなーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それっ!」

 

「よっ!」

 

 

人鳥が蹴りあげたボールに合わせて香沙薙が跳躍。見事に頭で合わせて彼の元へとボールを戻す。

 

 

「ふっ!」

 

「っとぉ!!」

 

 

少し遅れて秋風がボールを離れた位置に蹴るが、香沙薙は着地した瞬間加速。長い脚を伸ばしてギリギリでボールを確保する。

 

 

「はぁっ!!」

 

「っぶねぇな!!」

 

 

紫藤が香沙薙と反対方向にボールを蹴る。些か意地悪なボール故、さすがに取れないだろうと思ったが、香沙薙は伸ばした片足を軸に進路を反転。全力でそちらへ駆け出して跳躍。空中でボールを両足で挟み、体を捻りながら危なげなく着地した。

 

 

 

 

「おおーっ!!香沙薙先輩凄いねっ!!」

 

「おーう!!運動神経と、あとバランス感覚にゃあ自信があるんだ。これくらいなんて事ないぜ!」

 

「動きは経験者のそれじゃないのに、ボールを完璧に捉えてる・・・!これなら、すぐに上達しますよ!」

 

 

紫藤達が手放しで褒めると、そうか?と少し照れくさそうにする香沙薙。そんな彼の様子を離れてみていた燈咲が驚いたような声を上げる。

 

 

 

「凄い・・・ボールを捉えられてるのもそうですが、不安定な体勢でも問題なくプレー出来るバランス感覚と、あの脚力・・・!!」

 

「あれだけ動けて、体幹がしっかりしてるなら・・・DFでしょうね。パワーと高さを活かしてセンターバックでも、スピードを活かしてサイドバックでもこなせそうです」

 

 

隣の塵山も、香沙薙の能力の高さに舌を巻く。あれだけの潜在能力の高さだ、しっかりと基礎を教えれば自ずと頭角を現していくだろう。

 

 

 

「それに・・・」

 

 

チラリ、と塵山は視線を少し離れた位置の秋宮と刃金に移す。

 

 

 

ボールを持ってドリブルする刃金の横を併走するように走る秋宮がぶつかりながらボールを奪おうと奮闘する。

 

 

 

「はっはぁ!!カゲ先輩、中々力強いっすなぁ!!」

 

「こうみえて、鍛えているから・・・なっ!!」

 

 

刃金が力を込めた瞬間、身体の力を抜いて1歩引く。おっ!?と驚愕しながらバランスを崩した刃金から、秋宮は見事ボールを奪い取る。

 

 

「がーーっ!!やられたーっ!!」

 

「いや、今のは偶然だ・・・もう一度やれと言われても難しい。それにしても刃金、お前も中々鍛えているみたいだな」

 

「ん?おうさ!儂は空手道場の息子だからな!小さい頃から空手で鍛えてきたんすよ!」

 

「なるほど空手か、道理で力の使い方が上手いと思った。・・・よし刃金、もう一度頼む」

 

 

秋宮から誘われ、好戦的な笑みを浮かべて刃金は了承。今一度ボールを蹴って走り出した。

 

 

 

 

 

「秋宮先輩もかなり筋がいいみたいですし・・・そういえば、初心者組をどのポジションにするかとかもう決めたんですか?」

 

「そうですね・・・秋風君には、そのスピードを活かしてDFをやってもらおうと思ってます。本人もやる気みたいですし。秋宮先輩はMFをお願いしようかと。MFは私と塵山君、紫藤君の3人ですが、私以外は守備的MFなので。人鳥君は結構器用で、覚えるのが早いのでどこでもいい気もしますが・・・」

 

「ペンギン的にはFWがいいんじゃないですか?ペンギンが出てくる技ってシュート技が多いですし、それにザック1人がFWなのはまずいと思いますし」

 

 

塵山の言葉に頷く燈咲。現在のチームの中でFWは刃金1人のみ。燈咲もシュート技は使えるが、彼女の場合はシュート技も使えるというだけで本職はMFーーーしかも司令塔だ。はっきり言って、経験者たる彼女がまとめる側に立たなければ初心者軍団たるこのチームは成り立たないだろう。

 

対して人鳥は、ああ見えてセンスがいい。必殺シュートこそまだ会得していないものの、フィールドプレイヤーとしての基礎的な動きは既にマスターしており、最近ではペンギンを呼ぶための特訓を行っているほどだ。うまくいけば、刃金とともに点を取ってきてくれるようになるだろう。

 

 

他にも、秋風は陸上時代に鍛えたスピードがある。そのスピードは目を見張るものであり、チーム内でも頭一つ抜けている。それに、最近の練習中には『風のように』加速して走る彼の姿が度々見られる。近いうちに、彼も必殺技を使えるかもしれない。

 

 

 

 

「・・・でも、やっぱりネックは・・・」

 

 

 

ポツリと呟く燈咲。その言葉を聞いて、塵山はなんとも言えない表情をしながら森崎の方を見る。

 

 

ゴール前に立つ森崎は、キーパー用のグローブをはめて、とある機械と対峙する。

 

前に支倉がボールなどの必要な道具を持ってきた際に混ざっていた機械で、その用途はキーパーの特訓。サッカーボールを機械上のカゴに入れると、まるでピッチングマシーンのようにしてボールが打ち出される。あの伝説の雷門イレブンが使っているとされる、『イナビカリ修練場』の機械をモチーフに作られたものだ。

 

 

「熱血っ!!パンチィ!!」

 

 

飛んでくるボールに向かって、拳に熱を込めて殴りつける森崎。流石に威力が平均的な選手のノーマルシュートと同等で、真正面に飛んでくるボールを弾き飛ばすのにあまり苦労はしない。

 

 

「熱血パンチ!!熱血パンチ!!熱血パーーーノブっ!??」

 

 

・・・弾き飛ばすのには苦労しないが、一定の間隔を空けて連続で飛んでくるボールを捌ききるのには苦労するようで。森崎は殴り損ねたボールを顔面に受けてしまう。

 

 

 

「べぶっ!おぐっ!のごっ!ぶぎゃっ!!」

 

 

 

一度殴り損ねて体勢を崩した為、その後飛んでくるボールも連続して顔面に受け続ける。残っていた十数発のボールを顔面に受け切った森崎は、ふらりと体を揺らして地面へと倒れ込んだ。

 

 

 

 

「堅固ォォォォォ!?!?」

「森崎くぅん!??」

 

 

慌てて塵山と燈咲が駆け寄ると、森崎は地面に手を付きながら立ち上がり、血にまみれた顔で幽鬼のように笑う。

 

 

「ふはは・・・機械だってのにやるじゃあねぇか・・・燃えてきたぜぇ・・・!!」

 

「堅固、キャラ変わってますよ」

 

「鼻血まみれでなに強がってるんですか!ほら、止血しないと!」

 

「大丈夫だ兎月ぃ・・・!!たかだか鼻血!これくらいどうって事ない・・・!!俺ァ頑丈なんだ・・・!!」

 

 

 

鼻血ダラダラ流したまま練習を続けようとする森崎の様子に呆れてため息をつく塵山。燈咲の制止するも聞かずにやろうとする森崎に向かって、何度もやめるように言う燈咲。それでも聞かない森崎に頭きたのか、彼の首元のスカーフを思い切り引っ張る。

 

 

 

「うぉっ!?」

 

「もー怒りました!!森崎君!!今から私と勝負しましょう!!シュート一本!!止められたらお好きに練習して下さい!!だけど私が決めたら今すぐ!!止血!!い・い・で・す・ねっ!!!?」

 

 

 

スカーフ越しに森崎を揺らしまくる燈咲。堪忍袋の緒がプッツン切れたのか、まくし立てるように言う彼女の剣幕に思わず後ずさる森崎。

 

 

 

そして、燈咲がボールを持ってペナルティエリアより外・・・まぁゴールから離れた位置に立ったと思ってもらえればいい。そこにいって地面にボールを置いて森崎を睨みつける。

 

そんな彼女の様子と、今まで指導側に回っていた為に受ける機会がなかった彼女のシュート技を見れるという興奮から、森崎は鼻血の勢いをさらに増した状態で構えを取る。

 

ちなみに塵山はそんな2人の様子ーーーというよりは鼻血の勢いを増している森崎の様子に「えぇ…?」と困惑していたが、勝負の邪魔にならないようにコート脇へと離れていく。

 

 

 

「すぅ・・・ふぅ・・・いきますっ!!!」

 

 

 

大きく息を吸った後、燈咲はキッ!!と強く前方を睨みつけるとボールを軽く蹴り、跳躍。ボールと共に2度跳ねるように跳んだ後、その勢いのまま高く跳躍。昼間にも関わらず現れ辺りを照らし出した月明かりを背に、オーバーヘッドで打ち出した。

 

 

 

「真ーーーバウンサーラビットッ!!」

 

「っ!?真・・・!?」

 

 

『改』よりも更に上。何度も技を重ねることで到達出来る『真』の領域の技に、塵山が驚きの声を上げる。

 

 

まるで意志を持つ兎であるかのように何度も跳ねて森崎へと向かうボールに、彼は好戦的に笑いながら慣れ親しんだ『熱』を右の拳に込める。

 

 

 

「すっげぇ技だっ!!燃えてくるぜ・・・熱血パンチッ!!!!ーーーのわわぁ!?!」

 

 

 

『森崎の目の前に飛んできた』燈咲のシュートに向け、渾身の熱と力を込めた拳撃を見舞う。だが森崎の気合いの反し、その拳は拮抗すること無くボールに押し込まれ、ゴールネットに突き刺さった。

 

 

 

「ーーーくぅぅぅぅ!!!すっげぇ技!!楽しくなってきた!!兎月!もういっかーーー」

 

「だぁめに決まってるでしょうがァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」

 

 

 

吹き飛ばされた後にすぐさま起き上がりもう一回!とねだる森崎にキーンと耳に響く声で叫ぶ燈咲。彼女は森崎のオレンジのスカーフを引っ掴むと、そのままズルズル引きずって部室の方へと歩き出す。

 

 

「えっちょっ兎月!?もっかい!もっかいだけ!!」

 

「約束だったでしょう!!?私が勝ったら止血!!そして戦術についての勉強ですっ!!!てゆーかそもそも相手を躱すシュートで威力は高くないバウンサーラビットで押し込まれている時点で私の完全勝利なので文句は言わせませんっ!!」

 

「いぃっ!?おい兎月!!勉強は聞いてない!聞いてないって!!兎月ィ!!ちょつ、灰飛!お前からもーーー」

 

 

 

まだ練習し足りないのかそう言うが燈咲は聞く耳持たず。森崎は近くにいた仲のいい友人に助けを求めるが・・・。

 

 

 

 

「紫藤君、ちょっといいですか?」

 

「ん?どうしたの?」

 

「いえ、貴方の使っていたイリュージョンボールなんですが、やり方にコツとかーーー」

 

 

「灰飛ォ!?裏切り者ぉ!!」

 

 

「(すみません堅固。僕、その状態の燈咲さんにはちょっと近付きたくないですので・・・応援していますね。あと声が大きいです。静かにしてくれませんかね)」

 

「(何が応援だ裏切り者めぇ!!!)」

 

「(こいつ、直接脳内に・・・!!)」

 

 

 

森崎と塵山が奇妙なシンパシーを繋いでいるが、別に燈咲の足が止まるわけでもなく。そのまま森崎は彼女の手によって部室へと叩き込まれるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・森崎はいつもあぁなのか?」

 

「いつもって訳じゃないっすけど・・・」

 

「兎月ちゃんに堅固はよく見るよね!」

 

「うっへぇ〜、可愛い顔しておっかねぇな。同情するぜ、森崎・・・」

 

 

刃金と人鳥が秋宮の問いに答えると、香沙薙が同情するように部室に向けて合掌。合わせてその場にいる3人も合掌し、まるで故人を偲ぶような雰囲気がその場に漂ったという。

 

 

 

 

 

 



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輝く星と、歩みを止めた彼女

「ヌオォォォォォォォォォォォォ!!!!次こそっ!!!爆裂パンチィ!!!!・・・ムギャッ!?」

 

 

森崎が燈咲との勝負に敗れ、治療を受けたその日の夜。昼間の練習を終え、今日も森崎はチームメイト達に黙って夜の自主特訓を行っていた。

 

 

重心を深く落とし、両手に熱気を込めて迫り来るタイヤに連撃を叩き込む。最初の一撃こそ拮抗したものの、次第に押され始める。威力を上げようと、殴りながら両手にさらなる熱気を込めようとする。

 

 

ーーーが、さらに熱気を込めようとしたのに耐えられなかったのか両手の熱気が霧散。当然ただのパンチで止められるはずもなく、森崎はあえなくタイヤに吹き飛ばされる。

 

 

 

 

「だァァ〜〜・・・上手くいかねぇ・・・」

 

 

 

吹き飛ばされて地面に倒れた森崎は、地面に大の字で寝転びながらボヤく。既に深夜の練習を初めて数日経つが、未だに爆裂パンチを習得出来るような気配は無い。

 

 

「パワーが足りてないのに、それを補おうとすると消えちまう・・・円堂さんはやっぱすげぇなぁ・・・こんな技を完全に使いこなせてたなんて」

 

 

 

爆裂パンチ・・・円堂守の技の中ではあまり知名度の高い技ではなく、事実使っていたのも2年前のフットボールフロンティアまで。熱血パンチを進化させた必殺技であり、全国的にも難度の低い技として知られているが、こうして練習してみてその難しさが分かる。

 

 

 

「っと!ボーッとしてる訳には行かないよな・・・大丈夫、何度もやればきっと出来る!諦めない心が最大の必殺技だって、円堂さんも言ってたんだ!っしゃあ!もう一回!!」

 

 

 

憧れの人の言葉を思い出しながら立ち上がり、何度も頬を叩いて気合いを入れる。そして木に吊り下げたタイヤを大きく揺らして、特訓を続けるーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わぁ〜・・・凄いなぁ・・・」

 

 

そんな森崎を屋上から眺める人影が1つ。この学校で唯一の天文学部所属の生徒、星舟だ。

 

 

 

以前に森崎の特訓を見掛けた星舟は、ここ数日はずっと彼の秘密特訓をこっそりと見学していた。

 

何故なのかは、星舟自身にもよく分からない。ただ、何となくだが・・・森崎の中に『輝き』を見たからかもしれない。

 

 

 

 

星舟が天体観測を始めたのは、夜空にキラキラと輝く星々が、自分には持っていないものを持っているように思えたからだった。その輝きに魅了され、星を眺めるようになったのだが・・・そんな輝きが、森崎の中にも見えたから、なのかもしれない。

 

 

 

「でも、お星さまっていうよりはお日さまって感じだけど・・・あ」

 

 

 

ぼんやりとそんな事を考えていた星舟。そんな彼女の眼前で、今一度森崎がタイヤに吹き飛ばされる。見始めた頃は吹き飛ばされる度に驚いて心配していたが、森崎は頑丈なのか吹き飛ばされても間髪入れずに起き上がる為、今ではそこまで心配することもないだろう、と慣れた様子だ。

 

 

 

「・・・あれ?」

 

 

が、森崎、起き上がらず。しばらく見ていたが、大の字に倒れたまま動く気配は無い。よく目を凝らしてみると、なんだか目を回しているような気もする。

 

 

「・・・気絶してる!?あわ、あわわわわ!!大変!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「む・・・ぐぬぅ・・・」

 

 

タイヤに吹き飛ばされた森崎が、ふと意識を取り戻す。どうやら気を失っていたようだ。ここ連日、昼に練習した後に夜の無茶な特訓だ。身体もかなり疲弊していたのだろう。

 

 

「・・・あっ、起きた!あの、大丈夫ですか?」

 

「・・・ん?」

 

 

 

そんな森崎に向かって声が掛けられる。どうにも自分のすぐ近くで話しているようだ。それに、なんだか後頭部の辺りに柔らかい感触がする。どう考えても地面のそれではない。

 

 

そんな疑問を覚えながら森崎がうっすらと目を開いていくとーーー

 

 

 

 

 

「大丈夫?練習の途中で気絶しちゃってたみたいでしたから・・・気分悪くないですか?」

 

 

 

彼の目の前に、柔らかな笑みを浮かべる女子生徒の顔が見える。

 

 

クリーム色のふわりとした長髪がライトに照らされて淡く輝き、その瞳は彼女の頭越しに見える夜空とよく似た、神秘的な美しさを秘めたもの。柔らかな笑みを浮かべる彼女は、正しく聖女のようだった。

 

 

 

「え・・・?えっと・・・これ、膝枕・・・?」

 

「あ、ゴメンなさい!地面に寝かせておくのはダメだと思って・・・嫌、でしたか?」

 

 

しゅんとした様子の彼女に、森崎はブンブンと首をふる。どうやら彼女は、見ず知らずの自分のことを心配して介抱してくれていたようだ。そんな相手に感謝こそあれ、非難する理由はない。

 

 

ただ、彼女は森崎のことを知らないだろうが、彼女の事を森崎は知っている。勧誘の時や移動教室の時など、何回かすれ違った事があるし・・・何より、今日の昼に刃金と香沙薙が見ていたのが彼女だったから。確か、名前は・・・

 

 

 

「星舟・・・さん?」

 

「?私の事、知っているんですか?」

 

「へ?・・・あっ、やべ!え、えっとほら!何回かすれ違った事あるじゃないっすか!そん時にたまたま名札を見てて・・・へ、変な意味じゃないっす!!」

 

 

慌てて弁明する森崎の様子に首を傾げながらも、そうなんですか!とちょっと嬉しそうな星舟。彼女からしたら、自分が一方的に見てるだけだと思っていた相手から知られていたのが嬉しかったのだろう。森崎からしたら刃金達が変な目を向けていた罪悪感しか無いのだが。

 

 

「・・・と、取り敢えず!すんません、ありがとうございました!お陰で助かりました。これで特訓のつづ・・・っと!!」

 

 

介抱してくれて星舟に礼を言い、再びタイヤ特訓に戻ろうと立ち上がった森崎だったが、途端に立ちくらみに襲われる。ぐらりと身体が揺れるが、なんとか足に力を込めて踏ん張り、倒れずに済んだ。しかし膝が笑っており、手も小刻みに震えている。一度気絶したのが皮切りに、疲れが一気に現れたようだ。

 

 

 

「あっ!危ないですよ!ただてさえ気絶していたのに・・・!今日の特訓は、これくらいにした方が・・・」

 

「っ、でも、まだぶっ倒れた訳じゃないんで、やろうと思えば・・・!!」

 

「・・・えっと、私はスポーツをやらないのであまり分かりませんが、こういうのは無理をするのは逆効果だと聞いたことがあります。しっかり休むのも、特訓の内じゃないですか?」

 

 

 

無理をしてでも特訓を続けようとする森崎に向けて、星舟からの言葉に冷水を掛けられたように冷静になる。事実彼女の言う通り、今無理をしたところで大した成果が得られるような気はしなかった。

 

それに、このまま続けて疲れが溜まり、明日の昼連に影響が出るのはまずい。燈咲から、効率の悪いタイヤ特訓や、怪我の危険性が上がる為部活外の特訓は控えるように言われている。バレれば怒られるのは必定・・・この短い期間でも彼女は怒らせてはいけない人間だと森崎を理解していた。可愛い見た目に反して鬼のような娘である。

 

 

「・・・そうっすね!このまま続けてぶっ倒れても、先生方に迷惑かけるだけですし・・・今日はもうやめときます。先輩も、ありがとうございました!俺のせいで、服汚れちゃったし・・・」

 

「いえいえ、お気にならさず。困ってる時はお互い様ですし、それにこれは汚れてもいいように着てるお洋服なので!」

 

「それならいいんすけど・・・あ、そういや先輩はなんで残ってるんですか?委員会とか?」

 

「いえ、部活動です!私、天文学部なので活動時間は夜なんですよ。それで、屋上から見た時に森崎君がタイヤでドーンッて・・・」

 

 

両手で押すような動作をする星舟。吹き飛ばされたところまで見られていたのか、と恥ずかしく思った森崎だったが、ふと先程の星舟のセリフに疑問が湧く。

 

 

「・・・あれ?俺、先輩に自己紹介しましたっけ?」

 

 

「えへへ・・・実は、私も森崎の事、元々知ってたんです。いつもこの時間、1人で練習してるから・・・部活動でこの時間まで残るので、屋上から、こっそり眺めてたんですよ」

 

 

少し恥ずかしそうに頬を掻きながらはにかむ星舟の様子に、なるほど、と森崎は手を打つ。ちなみに、名前は森崎同様、廊下ですれ違った際に見て覚えたとのこと。

 

 

 

「・・・改めて、初めまして。私は2年生の星舟。【星舟(ほしぶね) 乃愛(のあ)】です。こう見えて、一応天文学部の部長なんですよ?」

 

「はいっす!俺、森崎!1年の森崎堅固っす!神楽中サッカー部のキャプテン!・・・まぁ名ばかりなんすけどね。よろしくお願いします、乃愛先輩!」

 

「ふふっ、よろしくお願いしますね、森崎君!」

 

 

お互いにぺこりと頭を下げて挨拶をする森崎と星舟。その瞬間、一息ついたからか、はたまた激しく特訓した後だからか、その両方か。ぐぅぅ〜〜・・・と、森崎の腹の虫が食べ物を求めて抗議の音を奏でる。

 

 

 

「・・・なんか、一息ついちゃったから腹減ったなぁ・・・すんません乃愛先輩、俺、とっとと片付けて帰りますね!」

 

「えっ!?でも、怪我の手当をしなきゃ・・・!そのまま放っておいたら、より酷い怪我に繋がりかねません!」

 

「あっはは・・・それはそうなんすけど、空腹には勝てないっていうか、そもそも手当の仕方知らないっていうか・・・それに俺、頑丈ですし!昼間にもこんな感じでしたけど、やばい事にはーーー」

 

「駄目です!そんなに無茶してるのに、手当もしないで帰るなんて先輩が許しません!ほら、こっち来て!!!」

 

「うぇっ!?ちょ、乃愛先輩!引っ張らんで下さい!?」

 

 

 

ぷんすか、と擬音が聞こえるような雰囲気で少しだけ声を大きくした星舟は、森崎の抗議も聞かずに彼の手を掴み、校舎の方へと引っ張っていく。半ば無理矢理とはいえ、自分のことを心配してくれている女子の先輩の手を振り払う事は出来ず、森崎はそのままなすがままにされて連れて行かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーはいっ!これで大丈夫だと思います!」

 

 

軽く森崎の背中をポンッと叩く。森崎の身体には丁寧に包帯が巻かれており、的確な処置がされている。先程までは氷嚢を打撲部分に当てていた事もあり、どうにも星舟は応急手当に慣れているようだ。森崎も、先程までよりも痛みが少なく、体を動かすのにも支障がない。

 

 

現在森崎は、星舟に連れられて校舎内にある天文学部の部室にいた。近くには応急セットが広げられ、星舟がそれらを使って森崎の手当を行っていたのだ。

 

 

「おぉ・・・!凄いっすね、全っ然痛くねぇや・・・!星舟先輩もなんかスポーツやってたんすか?」

 

「いえ、私は特にスポーツはやってないんですが、うちの顧問の先生から教えて貰ってて・・・とにかく!もう、こんなふうな無茶をしてはいけませんよ?怪我をしてからじゃ遅いですからね!」

 

 

 

ピシッ!と森崎の鼻頭に指を突きつけ念を押す星舟。ほとんど話したこともない自分にここまで世話を焼いてくれた星舟に感謝を抱きながら、すみません、と申し訳なさそうに謝る。

 

 

 

「ちゃんと気を付けてくださいね?・・・あっ!そうだ、ちょっと待ってて!」

 

 

心配そうな顔だった星舟が、ふと何かを思い出したかのように立ち上がる。そのまま彼女は少し離れ、部屋の隅に置いてある棚の真ん中ーーー『乃愛』とラベルの着いた棚から、自身のカバンを取り出す。

 

 

 

「確か今日は持ってきて・・・あった!」

 

 

 

そして彼女がカバンから取り出したのは、可愛らしくラッピングされた袋と小さめの水筒。袋の中に入っているのは、どうやらお菓子の様だ。彼女は別の場所にある棚からカップを取ると、水筒の中に入っていた紅茶を注ぐ。どうやら小さめの水筒は魔法瓶のようで、紅茶はもくもくと湯気を上げている。

 

 

 

「これ、私の作ったお菓子です!あんまり量はないけど、お腹の足しになればいいんですが・・・」

 

「えっ!?いやいや、流石にそこまでしてもらう訳にはいかないっすよ!!それにそれ、乃愛先輩のもんでしょ?」

 

 

 

まさかの申し出に森崎は慌てて断る。確かに腹が減っているのは事実だが、知り合ったばかりの先輩に手当をさせ、挙句に食べ物を貰うなんて申し訳なさ過ぎる。そう思い首を振ったが、星舟は気にした様子もなく笑う。

 

 

 

 

「いいんですよ!私が自分から言ってるんですし・・・」

 

「いや、でも、うーん・・・それじゃ、少し貰っていいですか?先輩も一緒に食べましょ!」

 

「?気にしなくても、全部食べていいんですよ?」

 

 

 

森崎の提案にキョトンとした顔でそう言う星舟だったが、森崎はいやいや、と手を横に振る。

 

 

 

「全部貰うとかアレですし・・・それにほらっ!こういうのって誰かと食べた方が美味しいじゃないっすか!ね、だから一緒に食べましょ!」

 

 

 

森崎がそう笑う。

 

 

そんな時、星舟の脳裏にある光景がよぎる。少し前、まだ自分が1年生だった時。この部室に、自分以外にも友人達がいた、そんな日。

 

 

 

 

 

 

 

『じゃじゃーん!!今日はタルト作ってみた〜!!』

 

『うわすごっ!!美味しそ〜!!それに比べて結衣のは・・・』

 

『うるっさいわね!?料理初心者なんだから仕方ないでしょっ!?』

 

『それは言い訳だぞ〜結衣ちゃんさんよ〜?見たまえ!結衣ちゃんさんと同じタイミングで始めたこちらの星舟乃愛ちゃんの作品を〜!!デケデンッ!!』

 

『私は美結ちゃんによく教えてもらってるだけだから・・・結衣ちゃんのもすっごく美味しそうだよ?』

 

『物の見事なフルーツサンド見せられた後にそう言われても嫌味にしか聞こえないわよォ!!むきーっ!!その余裕がなんか悔しいっ!!』

 

『女の嫉妬は醜いぞ〜結衣〜?』

 

『あんたは黙ってなさい陽子!!』

 

『アハハハ・・・』

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーうん。そうだね、一緒に食べよう」

 

 

 

昔は5人。現在は1人。だけど、ここにはもう1人いる。人は違うし、彼は天文学部ではない。けど、またこうやってこの部室で小さなお茶会が出来る、そんな事実が、妙に嬉しかった。

 

 

「・・・ありがとう、森崎君」

 

「ん?なんか言いました?」

 

「うんうん、なんでもないの。ほら、食べよう!これ森崎君の分!」

 

「わーい!!いただきまーす・・・ってくそうめぇ!?」

 

「ほんと!?良かったぁ・・・」

 

 

 

星舟のお菓子作りの腕に驚く森崎と、褒められて少し安心したように息を吐く星舟。そんな2人は、その後もしばらくは他愛のない話ーーー2年生はどんな事をやるのか、前にそれやったなーや、数学の牧村先生の授業はちょっと眠くなってしまうなど、本当に他愛のない話だ。

 

 

 

 

そんな時、ふと星舟が森崎に尋ねる。

 

 

 

「そう言えば、森崎くんはサッカー部を作ったんですよね?部員集めは順調ですか?」

 

「はいっ!ちょうど今日、カゲ先輩と翔さん・・・えっと、秋宮先輩と、かざ、かざ・・・かざなんとかって苗字の・・・」

 

「カゲとカザ?・・・秋宮君と、香沙薙君のこと?」

 

「そうだ香沙薙さんだっ!!その2人が入部してくれて、今は9人っす!!」

 

 

 

ふと知った名前の2人が出てきて、星舟は驚く。同じクラスの2人だが、サッカーをやっていたなど聞いたことが無い。もしかしたら自分が知らなかっただけで経験者だったのかもしれないが、どちらにしろ彼らの運動能力は学年でも有数の高さだ。スポーツならばどんなものでも熟せるであろう力は持っているのだろう。

 

 

 

 

「そうだったんだ、あの二人が・・・部員、早く集まるといいですね」

 

「はい!いやーこんなに早く集まってくれるとは思ってなかったっすよ!残りの勧誘も頑張って、フットボールフロンティアに出場して!そして優勝してみせます!!」

 

 

ドンッと自分の胸を叩いて森崎が力強く断言する。その目には確かな決意と、これから出会う相手にワクワクしている感情があるのを星舟には何となくだが分かった。それと同時に、部員達を愚直に信じているのだろう彼の姿は、酷く眩しいものに見えてしまう。

 

 

 

「ーーーいいなぁ」

 

「?何がいいんすか?」

 

 

思わず口に出してしまった星舟は慌てて口を手で塞ぐが、時すでに遅し。森崎に聞かれており、その言葉の意味について聞き返される。

 

 

 

 

言うべきか、言わざるべきか。

 

 

未来に向けて走り出そうと頑張っている後輩に、こんな話をしてもいいものか、不安にさせないだろうか。言わない方がいいとは思った。

 

 

しかし、何となく。本当になんとなくだがーーーこの子には、話しても大丈夫だと思った。

 

 

 

 

 

 

「ーーーそうやって、みんなで何かに向けて頑張るの、すごく羨ましいなって思って」

 

「?それってどういう事ですか?」

 

「あのね、とっても情けないお話なんだけど・・・私ね、天文学部の部長だって言ったでしょ?でも天文学部ってね、私一人しかもういないの」

 

「・・・え?でも、部活を作るには最低5人は・・・」

 

「そうなの。最初は、5人だった。私が、同じクラスだった子達を誘って天文学部を作ったの」

 

 

 

それから、星舟は話した。少し、さわりだけを話すつもりだったのに、堰を切ったように雪崩出てしまった。

 

 

クラスでも特に仲の良かった子達を誘って天文学部を作った事。

 

その子達は天体観測なんてやったことも無いし、事前知識も無かったので、自分が部長になって教えたこと。

 

みんなで楽しく、本当に楽しくやれていたこと。星を見て自分が解説し、みんなで持ち寄った手作りのお菓子などで小さなお茶会をして、他愛ない会話を楽しんでいた事。

 

途中から徐々にみんなが天体観測に行きたがらなくなり、部室でお茶会だけやる事が増えたこと。

 

何度も誘ったが何かにつけて断られ、次第に一人、また一人と辞めていった事。

 

一番仲の良かった子だけは、自分に付き合ってくれていた為、その子だけは本当に星が好きになってくれたんだと思った事。

 

 

ーーーそれが、勘違いだったと思い知らされた事。

 

 

 

「私が、私が悪かったの。部を作る時、みんな喜んでくれてたから、みんなも星や星座に興味を持ってくれたんだって………みんなに、やりたくない事、押し付けて………1人になって、当然だよね………」

 

 

なぜ分からなかったけど、全部さらけ出してしまった。相手が天文学部とは関係ない子だったから?この子なら自分を慰めてくれると思ったから?

 

 

 

・・・いや、それ以上に。

 

 

 

 

自分が、誰かに言いたかったんだ。

 

 

自分の過ちを。この懺悔を。近しい人には言えなかったからこそ、誰かに、この事を。

 

 

 

 

「・・・うーん・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

それでも。自分の言葉を聞いても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー俺はそんなことないと思いますよ?」

 

 

 

 

彼は、当たり前のようにそう言ってくれた。

 

 

 

「・・・え?」

 

「いやだって、なんというか、あーっと・・・乃愛先輩、その誘った友達が星に興味持ってないの知っててずっと星の話してたんすか?」

 

「うんうん、違うよ・・・相手が嫌なら、そんな事、しないよ・・・」

 

「ほら。別に乃愛先輩は相手が嫌がるからやってた訳じゃなくて、自分の好きなもの知ってもらいたかったんですよね?なんというか・・・大事な友達だったからこそ、知って欲しかったんじゃないっすか?」

 

 

 

それを受けた星舟は、大きく、大きく目を見開いてーーーこくり、と弱々しく頷いた。

 

そうだ、自分はどうしようもないくらい星が好きで、大好きで、我を忘れてしまうくらいの憧憬を覚えていて。

 

 

 

 

だからこそ、大切なみんなに、少しでも星の魅力を知って欲しかった。大切だった彼女達にも、星を好きになって欲しかった。

 

 

 

「で、でも、そのせいでみんなに迷惑を・・・」

 

「自分の好きなものを友達に知って欲しいって気持ちは当たり前なんじゃないんですか?俺だって、友達にはサッカー知って欲しいですし、出来るならサッカー部に入って欲しいっすもん。・・・あーでも、それで相手が嫌がったらダメなのか?でも乃愛先輩は悪くないもんなぁ・・・」

 

 

自分が悪いと言い続ける星舟に対し、あっけらかんとそう言ったあと、1人うーんと悩む森崎。

 

 

 

 

「えーっと、まぁなんというか!!乃愛先輩が絶対的に悪い訳じゃない、と思いますってことっす!!・・・ってまぁ、今日話したばっかりの俺にそんなこと言われてもアレでしょうけど・・・」

 

 

「・・・ううん。ありがとう、森崎君。そんなふうに言ってくれて・・・すっごく楽になった」

 

「!それなら良かった!!力になれたんなら嬉しいっす!」

 

 

 

誰かに話したからか。それとも森崎の言葉によってか。星舟の表情は、話し始めた頃に比べて、かなり柔らかく、落ち着いた顔つきへと変化していた。

 

 

 

「明日、みんなにちゃんと話して、謝ってみようと思う。最後まで残ってくれてた結衣ちゃんがやめちゃった後は、みんなそれぞれ別の子達と仲良くなって、話すこともなかったから・・・」

 

「それがいいっすよ!!大丈夫、乃愛先輩いい人なんだから!!きっとその人達と、また仲良く話せるようになりますって!!」

 

「ふふっ・・・ありがとう。ーーーねぇ森崎君、森崎君は、何かないんですか?」

 

「・・・へ?俺っすか?」

 

 

虚をつかれたのか、ぽかんとした表情をする森崎。そんな彼の様子に小さく笑いながら、星舟は頷いて話を続ける。

 

 

 

「はい。森崎君には、こうやって慰めてもらったから・・・私が力になれる事はありませんか?相談事でも、頼み事でも、何でもいいから」

 

「いや、そんな!手当とかしてくれたお返しみたいなもんで!!・・・結局俺なんにも出来てませんし、ただ自分の思ったこと言っただけですけど・・・」

 

 

森崎はそういうが、彼の言葉によって星舟の心が軽くなったのは事実。遠慮しないで欲しい、と星舟が伝える。

 

 

星舟乃愛という少女は、責任感が強く、また物腰柔らかな態度から多くの人に頼りにされる人物だ。しかし、それ故に彼女自身の悩みを相談出来る人間は極々わずかだった。

 

それこそ、天文学部で1人になり沈んでいた星舟を心配して声を掛け、今では親友とも呼べる間柄になった秋雨という少女。この神楽中では、彼女だけだろう。

 

その秋雨にも、心配をかけたくないという思いからこの相談をしたことは無かった。それをこうやって話すことができ、次へ歩もうと思えたのは間違いなく森崎という少年のお陰。そんな彼の力に、少しでもなりたいと星舟は感じたのだ。

 

 

 

「あー、んー・・・んじゃ、1ついいっすか?」

 

「はい!なんでしょう?」

 

「2年生とか3年生に、サッカーの経験者とか、いたりしませんかね?」

 

 

 

そんな森崎が星舟に頼んだのは、サッカー経験者の情報。一年早く自分たちよりこの学校に入学している星舟なら、誰か知っていたりしないか、と期待してのことだった。

 

そんな星舟には、すぐに思い当たる人物が2人ほど。しかも、どちらも親しい友人だ。

 

 

「サッカーの経験者・・・2人、知ってますよ」

 

「マジ!?まじっすか乃愛先輩!?そ、その人紹介してくれません!?あわよくばサッカー部に入るように説得して下さぁい!!!」

 

 

 

テーブルにゴァン!!と勢いよくぶつける程に頭を下げた森崎。その音に星舟がひゃっ!と驚いたが、ひとつ咳をし、気を取り直してから話を続ける。

 

 

 

「2人に紹介するのは大丈夫なんですが・・・1人は知り合いの練習に付き合ったことのあるだけで試合経験は無いって言ってたし、もう一人は怪我してて激しい運動は出来ないって言ってたよ?」

 

「それでもっす!!試合経験無くてサッカーやった事あるだけでも有難いし、怪我で試合出来なくても指導とかしてもらえれば万々歳なんで!!どうか!!!どうかこの通りぃ!!」

 

「わわわっ!!紹介する!!紹介しますから!!だから机に頭ゴンゴンしないで!!怪我しーーーてないっ!?むしろ机の方が凹んでいってる!?」

 

「タイヤ特訓の成果っす!!」

 

「えぇ!?た、タイヤ凄いね!?」

 

 

 

 

自分でも何言ってるんだろうと思うようなことを口走る星舟。それほど困惑しているということでもあるのだが・・・。

 

その後、夜も遅いから、という事で帰宅することとなった2人。しかし、送っていきますよ!という森崎の気遣いにより星舟の家まで他愛ない話ーーーサッカー部の練習についてや、ちょっとした星に関する豆知識などーーーをしながらのんびりと進み、彼女の家の前で別れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ーーーなるほど、その子を両親に紹介できなかったのが心残りだと言うことですね』

 

「ひとっっっっこともそんなこと言ってないよねアルちゃん!?私の話ちゃんと聞いてくれてた!?」

 

 

その日、自室のベッドに寝転がった状態で友人と通話をする星舟。電話の相手は彼女の親友であり、同時に今回の勧誘相手の一人。同じ2-D所属の少女、【秋雨(あきさめ) 有華(あるか)】だ。

 

 

『冗談ですよ乃愛。・・・しかし、サッカー部にですか。確かにあのバカの練習に何度か付き合ってましたが、経験者と呼べる様なものではありませんよ?』

 

「今のサッカー部、人数すら足りてないみたいなの。9人いて、リトルの経験があるのが2人、独学でやってたのが3人、完全初心者が4人って状態みたいで・・・」

 

『悲惨ですね。それで目標がフットボールフロンティア優勝とは・・・まぁ、他ならぬ貴方の頼みです。特に部活に入っている訳でもないですので、引き受けますよ』

 

「ほんと!?良かったぁ・・・薫ちゃんにも連絡しなきゃ!」

 

『あの子は是非も無しに引き受けるでしょうね。弟くんがサッカー部に居るはずですし』

 

 

星舟と秋雨の話にでてきた3人目の少女。同学年で別のクラスであるその少女こそ、星舟が言っていたもう一人のサッカー経験者である。実はサッカー部の誰かの姉なのだが、それはまた次回語ることとしよう。

 

 

 

『それで?まだ何かあるんでしょう?』

 

「えっ、なんで分かるの!?」

 

『乃愛は単純ですからね。貴方の話し方から思うに、私や薫を誘うだけじゃなく・・・何か、相談事でもあるんじゃないですか?』

 

 

 

確信を持っているかのように響く親友の声。姿も見えず、声のみで自分の考えを見抜く辺り、やはり秋雨有華は聡明であり、同時に自分の事を深く理解してくれているのだな、と感じた。

 

そんな彼女に向けて、自分の考えーーーという程大層なものでは無いのだが、一つ確認をとる。

 

 

 

「あのさ、アルちゃんは生徒会だよね?」

 

『えぇ、一応会計ですが』

 

「あの、さーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー『兼部』について、なんだけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えぇ、はい。確認しましたけど、可能でしたよ。明日、一緒に書きましょう。・・・はい、それでは。おやすみ、乃愛」

 

 

 

プツリ、と通話を切り、携帯をポン、とベッドの上に放る。そんな様子を見て、秋雨の目の前にある画面に映る先輩がケラケラと笑った。

 

 

 

 

『いやー、なんやいきなり連絡きたからどないしたんかと思ったけど、乃愛ちゃんが兼部なぁ!あの星空大好きっ子がえらい珍しいことするやん』

 

「すみません、支倉先輩。こんな時間に急に連絡なんてして。まぁどうせ暇してたんでしょうけど」

 

『ひっどい!?うちかて乙女や、やることなんてぎょーさんあるわ!!うえ〜ん!後輩の冷血有華ちゃんが敬ってくれへん〜!!』

 

 

わざとらしく目元を手で覆って泣いたふりをする生徒会の先輩の様子に興味ないと言わんばかりにそうですか、と短く返す秋雨。これは別に秋雨が彼女ーーー支倉静穂を邪険に扱っているのではない。むしろ、親しい間柄だからこそこの対応なのだ。現に支倉の方もケロッとした態度で元の表情に戻っている。

 

 

 

『にしても、アルちゃんと乃愛ちゃんがサッカー部になぁ・・・薫ちゃんは面識無いけど、あの子やろ?あのお勉強の出来る、水色のストール巻いてるおっぱい大きい子!!』

 

「セクハラですよ支倉先輩」

 

『女同士やのに!?まぁええわ、怪我しとるらしいけど、確かにサッカー部には指導者すらおらんからなぁ・・・あっ!そうやアルちゃん!!』

 

「?」

 

『気を強く持つんやで、アルちゃん。神楽中男子の中で二大巨頭ーーーいや、『二大巨山』とも呼ばれる豊かな2人に挟まれても、アルちゃんにはそのスタイルがあるんや!!充分魅力的やで!!』

 

「支倉ですよセクハラ先輩」

 

『支倉ですよってなんやねん!?セクハラ先輩ってなんやねん!?ほんと、もう少し敬ってくれてもええんちゃう!?』

 

 

 

ぎゃあぎゃあと文句を言うセクハラ。そんな彼女に向けて、秋雨は声を掛ける。顔つきこそ変わっていないものの、秋雨の声は不意にからかってる時とは打って変わって真剣なものだ。

 

 

 

 

「ーーー支倉先輩」

 

『だから支倉せんぱ・・・あぁいや合っとったわ。んで?どしたんアルちゃん』

 

()()()()()()()()()()()?」

 

『・・・・・・何のことや?』

 

 

 

キョトン、と首を傾げる支倉。しかし、秋雨は知っている。故に表情を変えず、そのまま淡々と聞いていく。

 

 

 

「サッカー部、部室貰ったんですよね。しかも、支倉先輩が先生達に頼んで必要な練習用の道具とかを発注して、渡したとか」

 

『せやなぁ!どや?気の利く先輩やろ?やろ?』

 

「とぼけても無駄ですよ。どうやったらあの量のサッカー用品がこんなに早く発注されるんですか。それに、生徒会にそんな予算の報告は来ていません。

さらに言えば、グラウンドに近く、なおかつかなりの人数が入るであろう程の広さの部室が、他の部活に割り当てられないで今まで放置されてるなんて普通有り得ません。特に問題がある訳でもないですし」

 

 

 

静かに告げる秋雨。支倉は表情を崩さずに笑ったままだが、その裏にあるものを秋雨は見抜いていたーーー否。知っていた。

 

 

 

「支倉先輩。サッカー部、入らないんですか?だってサッカー好きですよね?()()()()()()()()()()()()()()()()()ですし」

 

 

 

秋雨の核心をつく言葉に、支倉はあー・・・と呟きながら頬を掻く。秋雨相手に嘘をついても意味が無い、と薄々ながら理解した支倉は、観念したような雰囲気で話し始める。

 

 

 

『・・・いつから知っとったん?』

 

「去年の終わりくらいから。各部の予算案とかの整理してる時に、見覚えのないものが出てきたもので。しかもサッカー関連のものばかりでしたので先生方に問い詰めたところ、先輩がサッカー部作ろうとしてたことが判明した、という形です」

 

『うわ〜、先生達上手く誤魔化して〜や〜・・・ごっつ恥ずいわぁ・・・』

 

 

 

先程のように両手で顔を覆い隠して恥ずかしがる支倉。そんな彼女の様子を見ても、実際は大して恥ずかしがってもいないことを秋雨は察していた。

 

 

 

「大してそう思ってもないくせに何言ってるんだか・・・今の神楽中サッカー部には指導者すらいないって言ったの、支倉先輩じゃないですか。リトル時代に名前が知れていた貴方なら、間違いなく歓迎されますよ」

 

『・・・サッカー部を作ったのは森崎君達や。あそこは、あの子達の場所。うちが邪魔したらあかんわ』

 

 

顔を覆い隠したまま、震えた声音で小さく呟いた支倉。しかし、次の瞬間にはパッと両手を開き、いつもの支倉の笑顔がそこにあった。

 

 

『なーんてなっ!!さ、もうこの話はええやろ?そろそろ寝よかー?夜更かしは乙女の大敵やでー!!』

 

「・・・・・そうですね。それじゃ、おやすみなさい、先輩」

 

『ん!おやすみな〜、アルちゃん!!』

 

 

 

今、これ以上のことを聞き出すのは無理だと判断した秋雨は、支倉の言葉に素直に従う。別れの挨拶を交わした2人は、どちらともなくパソコンの電源を落とし、通話を終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サッカー・・・かぁ・・・」

 

 

 

ポツリと呟く。思い出すのは3年前。無邪気にリトルのみんなとボールを蹴りあって、勝つために必死に努力していたあの日の事。

 

机の上に置いてある、サッカー雑誌。昔から読み続けているこの雑誌に、自分がいたリトルチームが小さく特集されるほどには注目されていた。その中心にいたのは、自分と、もう一人のFWの男の子。

 

机の横の棚から、約1年ほど前の同じサッカー雑誌を取り出す。パラパラとページをめくっていくと、一枚のページで手が止まる。

 

それは、陽花戸中が初めて福岡予選で優勝し、フットボールフロンティア本戦にコマを進めたことを報じるページ。そこに載っていたのは、当時のキャプテンの戸田や日本代表にも選ばれた現世代最強キーパー、立向居。そして、懐かしい『彼』の姿。

 

背が高く、肩幅も広い恵まれた体格。グレーの髪をした彼の目には、本来のおおらかな光と、野獣のような鋭い眼光が共存した、獰猛さと優しさの織り交ぜになった不思議な瞳。

 

同じリトルで活躍し、同じ中学に進み・・・そして別れた、かつての相棒。

 

 

 

 

ふと、棚の一番下に目がいく。そこにある引き出しを開けると、そこには綺麗に畳まれたリトル時代のユニフォームと、ボロボロだが丁寧に使われていることがひと目で分かる、サッカーのシューズ。3年前まで、自分が使っていたものだ。

 

 

懐かしく思い、そっとユニフォームを手に取った、その時。はらりと、一枚の写真がユニフォームから舞い落ちる。

 

 

そこに写っていたのは、陽花戸とは違う、今手に持っているものと同じユニフォームを着て笑う彼と、その隣で肩を組んで無邪気にピースサインをしている自分の姿。

 

そうだ、そういえばここに仕舞っていたんだ。あの当時は、これを見るだけでも辛かったから。ここなら、滅多に見ることも無いから、と。

 

 

「ーーーなぁ、()()。うち、どないすればええねんやろなぁ」

 

 

必死に喉の奥から絞り出したその声は、掠れ、震え、とても弱々しくて、泣きそうな声だった。

 

 

 

 

 

 

『氷上の舞姫』【支倉(はせくら) 静穂(しずほ)】。

 

止まってしまった彼女の歯車が今一度廻り始めるまで、後、少し。

 



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新加入の2年生!そして練習試合!?


えー、まず皆さんに謝らなければならないことがあります。自分は送られてきた各選手のデータのコピーを取っているんですが・・・それが消えてしまいました。全部。

それだけならもう一回コピーすればいいんですが・・・ここで、以前にアカウントロックにあってしまった人のキャラである、『黒牙龍斗』君と『神奈崎切那』ちゃんのデータも消えました。

神奈崎ちゃんに関しては、作者さんと個人的に仲が良く、連絡を取り合っていたので再び送って貰ったのですが・・・黒牙くんの作者さんとは連絡しておらず、データを復旧することが出来なくなりました。

このままだと、黒牙くんというより、黒牙の姿を借りた自分のオリキャラみたいな扱いになりそうで・・・ちょっと個人的にそれは避けたいんですよね。せっかく送ってもらったキャラなのに・・・


なので、大変申し訳ないんですが・・・黒牙くんのデータが無い以上、彼をチームから外すことになりそうです。もし黒牙くんの作者さんがこの作品を見てくれた場合、マジでごめんなさい。完全に自分が悪いです。

そしてもう1つ、黒牙くんの離脱に伴ってチームに空きが出てしまうので・・・新メンバー募集しようかな、と。

活動報告に詳しいことを載せておきますので、もし参加していただけるなら嬉しいです。一度主人公チームである神楽中にキャラを送った方でも、再び送って頂いて大丈夫です。以上、ハチミツりんごからの謝罪的ななにかでした。


 

「アイアントルネードッ!!」

 

「熱血パンチィ!!・・・ぽぎゃっ!?」

 

「おっ、まーた森崎が吹っ飛んだ」

 

「いつもの光景ですね〜」

 

「それがいつもの光景ってのも問題な気もするがな・・・」

 

 

 

今日も今日とて吹き飛ぶ森崎。刃金から放たれる鈍い赤色の一撃を受け止めるにはあまりにも貧弱な熱血の拳。といってもソレしか出来ないので、森崎は何度でも拳にその熱意を込めて殴りつけ、吹き飛んでいく。

 

 

もはやそれもいつもの光景と、人鳥は持ってきておいた水筒のドリンクを飲みながら眺めている。先日入部したばかりの2年生のうち、香沙薙は早々に吹き飛ぶ森崎に慣れたようだが、秋宮はボールと共にゴールネットに叩きつけられる森崎を見て落ち着かない様子。心配なのだろうか。

 

 

 

 

「イリュージョン………ボールッ!!」

 

「・・・うん、フォームに関してはもう大丈夫そうだね。後は、ボールを踏みつける時にかける回転と、軌道を複雑にする事の2つを重点的に意識しながら続けよう。回転を強くすればボールスピードは速くなるけど、軌道が単純だと見切られちゃうから、複雑な軌道を描ける様になってからスピードの向上に努めていこっか。塵山君は元々ある程度のテクニックがあるみたいだから、近いうちに必殺技として形になると思うよ」

 

「そうですね・・・ありがとうございます、紫藤君」

 

「気にしないで。頼られるのは、結構好きだし」

 

 

なお、その場にいない4人のうち、塵山は紫藤にドリブル技の指導を。

 

 

 

「フッ!!・・・うーん、ダメだなぁ・・・」

 

「踏み込みが甘いですね。元々のスピードが高いから一応形にはなっていますが、正直実戦で使えるかと言われれば微妙なレベルです。秋風君のスピードなら、もっとこの技を使いこなせると思うんですが・・・」

 

「ドリブル技の方は結構手応えあるし、こっちに時間割くべきかな?DF志望だし、ブロック技使えた方がいいよね?」

 

「そうですね・・・風丸さんみたいなDFを目指すんでしたっけ?」

 

「そうだよ!森崎くんから貸してもらった雷門の試合映像みて、かっこいいなぁって!同じスピードを生かす形だったから参考にしやすいし・・・あっ!あと、DFになろうと思ったのは帝国の五条さんのプレーを見たからなんだ!」

 

「五条さんって、今年の帝大付属のレギュラーの?まぁたしかに、洗練されてますからね、あの人のプレーは・・・基本に忠実ながら、DFとしての能力が全て高い次元でまとまっている選手です。参考にするにはうってつけですね」

 

 

秋風は燈咲の元でブロック技の指導をそれぞれ受けていた。塵山の方は難航しているようだが、秋風は初歩的ながら二つの必殺技を同時進行で学んでいるようだ。

 

 

 

そんな中で、一旦休憩を取るために森崎と刃金が人鳥達の方へとやってくる。

 

 

 

「だぁ〜〜・・・止めれる気配がしねぇよ。でもやっぱすげぇな、ザックのアイアントルネードは!!」

 

「儂もこの3年でようやく編み出した技だからな!そう簡単に止められはせんぞ!!」

 

「堅固、ザック、お疲れ〜」

 

 

人鳥からの労いに、おーうと二人揃って軽く答える。そんな彼らに笑いながら香沙薙が話し掛け、後ろから秋宮も会話に加わる。

 

 

 

「おーうお疲れさん。にしても森崎、物の見事に吹っ飛んでたなぁ」

 

「うっす翔さん、カゲ先輩!!まぁ今は吹き飛ばされてますけど、次はこうはいかないっすよ!!」

 

「いいシュートだったな、刃金」

 

「儂の代名詞みたいな技だからな!!そうそう負けるわけにゃぁいかんですよ!!」

 

 

 

豪快に笑う刃金。現状このチームで最も高い得点力を持つであろうこの男は、そうそう負けてやるつもりは無いようだ。

 

・・・と言っても、高い得点能力を持つ代わりにドリブルやパス能力は素人に毛が生えた程度のものであり、正直キック力を除いたFWとしての総合力はガチのド素人である人鳥といい勝負。ドリブルやパスの能力は、近いうちに人鳥の方が高くなるのではないだろうか?

 

 

 

まぁしかしこれは仕方ない。完璧な選手なんて存在しない。人は何かしら欠点たり得るものを持っていてこそ、なのである。

 

例えば刃金の憧れである炎のエースストライカー、【豪炎寺(ごうえんじ) 修也(しゅうや)】。総合力が飛び抜けて高く、日本ーーー否、世界屈指の得点能力を持つ彼でさえ、本職のDFのような守備力を持ち合わせてはいない。

 

日本のトップ選手である豪炎寺でも全てが一人でこなせる訳では無い。むしろ仲間たちと足りないものを補い合ってこそ、真のサッカープレイヤーであろう。

 

 

 

 

 

「にしても堅固、部員のあてがあるってホントなのかぁ?」

 

 

そんな時、ふと思い出したかのように刃金が森崎に声を掛ける。

 

 

「ん?おう!バッチリだぜ!!」

 

「えっ、堅固誰か誘えたの!?」

 

「いや、俺じゃなくてお世話になった先輩が話してくれてるんだ!さっき連絡があって、大丈夫だったっつってたけど・・・あっ!」

 

 

 

人鳥が驚いたように声を上げる。それもそのはず、この学校に森崎が知っている先輩なんていないのだ。小学校の部活には入ってなかったから先輩との絡みなんてなかった、と森崎自身が言っていたことである。

 

 

まぁ森崎が言っている先輩とはお察しの通り、昨日仲良くなった天文学部の星舟である。彼女の連絡では、授業が終わってからグラウンドに来るとの事だった故、視線を上げて辺りを見渡す。すると、ちょうどタイミング良く星舟を見つけた。隣には2人の女子生徒ーーーリボンの色から考えて2年生ーーーを連れている。

 

 

 

 

「それでね、みんなで話して・・・あっ!!森崎くーん!!」

 

 

 

隣に立つ少女達と話をしていた星舟が、森崎達に気がついて笑顔で大きく手を振る。手の挙動と合わせて豊満な星胸がその存在を強調するかのように揺れ、変態ども(香沙薙と刃金)が瞬時に目を凝らすがそれより早く秋宮によって叩き伏せられた。

 

 

 

「乃愛せんぱーい!!昨日ぶりっすー!!!」

 

 

 

そんな意味の分からない攻防には目もくれず、森崎は星舟に駆け寄る。

 

 

 

「どうでした?仲直り、出来ましたか?」

 

「はいっ!!森崎君の言う通り、心を込めて謝ってきました!そしたらみんな、ゴメンって言ってくれて・・・!」

 

 

若干涙目になりながら話す星舟。どうやら、かつての天文学部の仲間達とはしっかり和解できたらしい。そんな星舟の姿を見て、「ホントですか!?良かったぁ!!」と、我がことのように喜ぶ森崎。

 

ちなみに天文学部の面々が辞めた理由は、偶然にも各メンバーにストレスが溜まることが度重なって起こった故に強く当たってしまい、引くに引けなくなった・・・らしい。なお、一番最後に星舟に暴言を吐いた結衣という女子は、星舟から謝られた途端ギャン泣きして土下座したとかなんとか。

 

 

 

 

 

なお森崎が星舟と話している時、他のメンバーはというと。

 

 

 

「あ、廊下とかでよく見る先輩だ!カゲ先輩の知り合いとかだったりするの?」

 

「ん?あぁまぁ、あのクリーム色の髪の女子と、隣にいる青髪の女子はクラスメイトだ。ただ、黒髪の方は・・・何度か廊下で見かけたくらいだな」

 

 

 

人鳥と秋宮は2人で普通に話しており、秋宮はやってきたクラスメイトを見ながら何故あの二人がサッカー部に?と首をかしげていた。

 

 

そしてその秋宮の足元に拘束されている変態どーーーゲフンゲフン。自分に素直な師弟コンビ、香沙薙と刃金はというと・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「な……何ィィィィィーーーッ!?!?」」

 

 

どこぞの奇妙な冒険をしていそうなタッチの絵になって驚いていた。が、すぐに秋宮から「うるさい」と言われ再び地面に沈む。

 

 

 

 

「何すんだカゲェ!!!」

 

「いや、普通にうるさいだろう。静かにしろ」

 

「なぁに言ってるんすかカゲさん!?堅固が星舟先輩とあんなに仲良さげなんですよ!?気になるのが男ってもんでしょう!?なぁペンギン!?」

 

「まぁ気にはなるけど、仲良さそうだし別にいいんじゃない?」

 

 

 

ギャーギャー騒ぐ2人に呆れ顔の人鳥。上に乗る秋宮は二人を抑える両手の力をぎりぎりと強めて強制的に静かにさせようとするが、この2人、なまじ身体能力と筋力が高いおかげか中々しぶとい。

 

 

 

「ちょっと、何があったの?」

「どうかしましたか?」

 

 

その声を聞いて、近くで練習していた紫藤と塵山が様子を見にやってくる。離れたところで練習していた秋風と燈咲も、なんだなんだとこちらに近付いてきていた。

 

 

 

「灰飛ォ!!幻斗ォ!!聞いてくれよ!!堅固が美人の先輩を3人も連れてきた!!!ズルい!!儂も向こう行きたい!!」

 

「うん、取り敢えずザックはそのまま沈んでたらいいんじゃないかな」

 

「幻斗が辛辣っ!?」

 

 

 

またか、といった呆れ顔で刃金の懇願を突き放す紫藤。刃金が紫藤を連れてきたからか、はたまた刃金が暴走しかけても常識ある彼が止められるからか。割と遠慮のない友人関係になっていた。

 

 

 

「堅固が先輩連れてきたって、彼は知り合いがいるなんて一言も言ってませんでしたよ?」

 

「でも連れてきてるよ?ほら、あっち」

 

 

 

首を傾げる塵山に、人鳥が先程森崎が走っていった方向を指さす。見れば、森崎が先導して3人をこちらに連れてきていた。

 

 

「ん?おっ、おーい!!さっき言ってた先輩達連れてきたぜー!!」

 

 

3人と話していた森崎だったが、ふとこちらに視線を向ける塵山達の姿を見て、笑顔で手を振る。本当に連れていたことに僅かばかり驚愕しつつ、塵山が言葉を返そうとした時だった。

 

 

3人のうち、2人は以前刃金や香沙薙の騒動があった時にいた2人だ。そして、最後の一人。

 

 

艶やかな黒髪を後ろで一つにまとめたポニーテールの髪型。クリクリと大きな黒い瞳に加え、若干幼く見える顔立ちをしているが、胸につけたリボンの色から森崎達の一個上、2年生であることが伺える。なにより目を引くのは、首に大切そうに巻いた水色のストールだろう。全体的に、隣に立つ星舟や秋雨が『綺麗』だとすれば二人よりも『可愛い』に近い少女だ。

 

 

 

「美人だ・・・そしてなにより、デカいっ!!」

 

「あぁ、星舟さんにゃあ及ばねぇが・・・並の学校なら、間違いなくトップを張れるだけのデカさだぜッ!!」

 

 

 

なお変態共は別のところに注目していたが、すぐさま秋宮に押さえつけられ燈咲から追撃のラビットキックが飛んでくる。

 

 

 

「ちょっ、なんでここに・・・っ!?」

 

 

 

そんな彼らをしり目に、塵山は大きく目を見開き、驚愕を露わにする。そして相手の黒髪女子の方は、塵山の姿を見つけると同じく目を見開き、しかし喜色に満ちた表情を浮かべながら小走りで駆け寄る。そしてーーー

 

 

 

 

 

 

「灰飛ぉ〜〜〜〜!!!!」

 

「わぷっ!?」

 

 

 

ーーーそのまま勢い良く抱き着いた。しかも手で頭を抑えるようにしているため、必然その豊満なバストに埋め込まれる塵山。

 

 

 

 

「「貴様もか塵山ァァァァァァァァ!!!」」

 

 

 

当然コイツらが黙っている訳もなく、血涙を流しそうな鬼気迫る顔でうらやまけしからん状態の塵山を睨み付ける。

 

が、すぐさま香沙薙はその表情を引っ込め、疑問を持ったように首を傾げ始める。

 

 

 

 

「・・・ん?塵山?」

 

「なんだ香沙薙、どうかしたのか?」

 

「いや、あの子別クラだけど・・・水色のストールつけた黒髪ポニテ美人・・・確か、()()()()()()()()()ような」

 

 

 

んー?と首を捻る香沙薙。そんな彼の様子を見た黒髪女子は、塵山を抱き締めたまま、はい!と花が咲くような笑顔でこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして!!私は、【塵山(ちりやま) (かおる)】です!!()()()()が、いつもお世話になってます!!」

 

 

 

「・・・あ」

 

「あ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

『姉ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!??』

 

 

 

 

 

まさかの黒髪女子こと塵山姉、薫の登場に、ただ叫ぶしか出来ない一同であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、まさか灰飛のお姉さんだったとはなぁ!ビックリしたぜ、言ってくれればよかったのに!」

 

 

ドリンクを飲みながら笑う森崎。その隣で、灰飛は苦笑しながら塩分タブレットを口に含み、舌の上で転がしながら流した汗の分を補給する。

 

 

 

「いや、僕を驚きましたよ。まさか堅固が連れてきた先輩達の中に、姉さんが混じってるとは・・・」

 

 

灰飛からしても、姉の薫がやってくるのは予想外だった様子。しかし、実は薫は既に何度か森崎達サッカー部の練習を影ながら覗いていたのだ。弟が馴染めているのか、楽しく出来ているのか心配だったらしい。ブラコンである。

 

 

 

「でも薫先輩、怪我してんだろ?大丈夫なのか?」

 

「あぁ、まぁ・・・怪我した時は歩くのにも苦労するくらいでしたけど、徐々に直っては来てるみたいで。激しい運動はお医者さんからストップが掛かってますけど、マネージャー兼コーチとして参加するなら平気だと思います」

 

 

 

 

森崎が心配そうに言うと、灰飛は恐らく大丈夫だろう、と言葉を投げる。

 

 

灰飛の姉、塵山薫は、少し前に大きな怪我を負った。外的な要因があった訳ではなく、真面目で努力家な薫の頑張り過ぎによる疲労が原因だろう、と言われたとの事。直っては来ているが、試合に出て走るなどは未だに難しいようだ。

 

それ故に、星舟と秋雨は薫をチームのマネージャー、としてコーチとして手助けしてもらおうと誘った。薫は幼い頃からのサッカー経験者であり、灰飛曰く『スタミナはほんとにダメダメだけど身体能力と技術は充分』との事なので、その技術力を生かして初心者軍団を指導を受け持って貰えれば、それだけで燈咲と紫藤の特訓の時間が増えるというものだ。

 

 

 

「それに、身内の僕が言うのもなんですが、姉さんは気が利く人ですので。マネージャーとして動いてくれれば、練習時間を増やせるようになりますし」

 

「そっか!いやぁ、でも薫先輩ってFWだったんだろ!?シュート受けてみてぇなぁ!!」

 

 

目を爛々と輝かせて、どれだけの知識と指導力があるのか、燈咲と確認し合っている薫を見る。しかし、灰飛は言葉を紡がない。仮にも自分の姉は長年サッカーを続け、スタミナこそないものの高い実力を持つFW。

 

対して、この友人はなんというか・・・やる気と熱意は素晴らしいが、サッカー選手としては3流にすら到達していない、というのが正直なところだ。仮に勝負したとしても、拮抗することすらなく森崎が負けるのが容易に想像つく。が、わざわざそんなことを口に出す必要は無い。灰飛は自分の心の中にソレをしまい込んだ。

 

 

 

「森崎くーん!」

 

 

 

と、そんな2人の元へやって来る人物が2人。先程、薫と共にやってきた2年生、星舟と秋雨だ。

 

 

 

「あ!乃愛先輩と・・・えーっと・・・」

 

「あぁ、そう言えば、まだ自己紹介していませんでしたね。初めまして、私は秋雨。【秋雨(あきさめ) 有華(あるか)】です。これからよろしくお願いします」

 

「うっす、アル先輩!!よろしくです!!」

 

 

 

軽く頭を下げて自己紹介する秋雨だったが、いきなりあだ名で呼ばれたことに少々面食らう。それに、そのあだ名が同じ生徒会の先輩、支倉や、隣に立つ親友、星舟からの呼ばれ方と同じだった為に余計驚きだ。

 

 

 

「アルって・・・乃愛から聞いたんですか?」

 

「え?ううん、私は言ってないよ?」

 

「?なんとなく、有華先輩よりもアル先輩の方が呼びやすいんで!ダメでした?」

 

「いえ、大丈夫ですよ。乃愛や支倉先輩と同じ呼び方でしたので、少し驚いただけなので」

 

「秋雨先輩、支倉先輩と知り合いなんですか?」

 

「えぇ、私は生徒会の会計なのでーーー」

 

 

 

 

そんな他愛ない話を続ける4人。と、そこへ新たにやってきたのは、先程まで2人で話していた薫と燈咲の2人だ。知識面の確認や指導方針の話し合いを終えたらしい。

 

 

 

「兎月!薫先輩!もう話し終わったのか?」

 

「はい、薫先輩と色々確認しましたが・・・やっと、やっっと紫藤君以外にまともな指導が出来る人が・・・っ!!」

 

「えっと、その・・・いつもごめん」

 

 

感慨深そうに、言外に『助かった』と言わんばかりにそう言う燈咲。そりゃ全国大会で優勝しようとしているのに、チーム内でリトル経験者が2人だけの現状、しかもどっちもMFだったのだ。FWの指導者、しかもマネージャーも兼任してくれるとなれば、嬉しさもひとしおだろう。

 

 

そんな中、薫は森崎をじっと見る。それに気がついた森崎がどしたんすか?と聞くと、満面の笑みで薫が話し掛けてくる。

 

 

 

「森崎くんだよね?私、灰飛のお姉ちゃんの薫です!!いつも灰飛と仲良くしてくれてありがとう!!」

 

「ちょっ、姉さんやめてくださいよ!!」

 

「こちらこそっすよ!!灰飛めっちゃ良い奴で、部活でも授業でも助かってて!!」

 

「堅固まで・・・はァ〜・・・ったく・・・」

 

 

 

キャイキャイと話し始める姉と友人の姿に、思わず顔を赤くする灰飛。額に手を置いてため息をつきながら俯く彼の様子を、星舟達はあらあらと微笑ましげに見つめていた。

 

 

 

「そういえば、秋雨先輩のポジションは決まってたりしますか?」

 

「DFですよ。練習に付き合わせてきたバカがFWだったので、必然そうなりまして。一応、シュートブロックも出来るブロック技も使えますし」

 

「・・・よかった・・・まともな・・・まともなDFが・・・!!」

 

「・・・苦労してそうですね」

 

「そりゃもう・・・えぇ・・・」

 

 

掠れた笑みを浮かべる燈咲に密かに合掌を送る秋雨。ふと隣で話を聞いていた星舟が2人に尋ねるように話しかける。

 

 

 

「あのー、私ってどこのポジションやった方がいいのかなぁ・・・?」

 

「・・・えっ!?乃愛先輩、サッカー部入るんすか!?」

 

 

 

星舟の言葉に驚いた森崎。確かに星舟が入ってくれれば試合に出れる部員は11人、試合がギリギリ出来るようになる。しかし、星舟は天文学部の部長のはずだ。

 

 

 

「はい!色々考えてみて、サッカー部に入部させてもらうことにしました!」

 

「えっ、でも、天文学部は?前の人たちの仲良くなったなら、活動も増えるだろうし、乃愛先輩に負担掛かるんじゃ・・・?」

 

 

 

心配そうに尋ねる森崎だったが、星舟は大丈夫です!と笑顔で言う。天文学部のメンバーとは仲直りし、また入部することにはなっている。が、それぞれに用事がある為、そこまで活動回数が多くなる訳では無いとのこと。

 

 

それに、と言いながら、星舟はしゃがんで森崎の手を取る。

 

 

 

「森崎くんのお陰で、みんなと仲直りが出来たんです」

 

「いや、俺は特に何も・・・」

 

「いいえ。あのままだったら、ずっと疎遠だったと思うんです。そうならなかったのは、森崎君の力なんですよ?

 

ーーーそんな君に、私は恩を返したい。もし迷惑じゃなければ、貴方の夢に、微力ながらお力添えさせて下さい」

 

 

やんわりと微笑む星舟の決意は堅い。森崎からしたら少し相談に乗って自分の意見を言っただけ。しかし、星舟は事実その言葉に救われたのだ。だから、次は自分が恩人に報いる番だと、そう言った。

 

 

 

 

「迷惑なんてそんなことないじゃないっすかぁ!!!!乃愛先輩が入部してくれるとか、めっちゃありがたいっす!!っしゃあ!!これで11人!!試合メンバー揃ったァ!!!!」

 

 

 

やったぜーーー!!!と大声で叫ぶ森崎。1から部活を作り始め、そしてマネージャー含めて11人の仲間を集めることが出来た。これでようやく、フットボールフロンティアに出場する最低条件が整った。あくまで最低条件だが、それでもここまできたことの喜びは大きい。

 

 

 

「いやー、これで練習試合が出来れば最高なのになぁ・・・」

 

「確かに、実戦形式での練習はしたいですが・・・新設の神楽中サッカー部の申し出を受けてくれる学校なんて・・・」

 

 

 

練習試合がしたい、と欲を出した森崎に、現実的に無理だろうとため息をつく燈咲。

 

 

 

 

 

「練習試合・・・心当たりありますよ」

 

 

しかし、そこに救世主が現れた。少し考えてから、なんてことないようにそう言う秋雨に、1年生3人がグリンっ!と首をそちらに向けた。

 

 

 

「マジで!?マジすかアル先輩!?」

 

「マジですよ。一応申請しときましょうか?受けるかは向こう次第ですが、多分受けてくれると思います。県内にある学校ですし、そう遠くないうちに組めるかと」

 

「ありがたいですね・・・フットボールフロンティアまであまり時間がありませんし、試合が出来るなら・・・!!」

 

「レベルアップも捗りそうですね!」

 

「アル先輩!!ど、どこの学校なんすか!?」

 

 

 

 

森崎が気になるのか、相手の学校名を知りたがる。そんな彼女は、少し考えてから、相手の学校名を口にしたーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜side???〜〜〜

 

 

 

 

「伝来宝刀……改ッ!!!」

 

 

 

己が利き足に力を込める。全身からかき集めたエネルギーが利き足に一点集中、黄色に輝く巨大な刀の形に具現化すると、それをボールめがけて一気に振り下ろす。

 

地面を抉りながら、ゴールを切り裂かんと迫る一刀。しかし、ゴール前に立つ彼はーーーオレンジ色の法被のようなユニフォームに身を包んだ男は、高揚こそあれど焦りは一切無かった。

 

 

 

「・・・フッ!!!」

 

 

 

右の手を開き、飛んできた黄金色の一刀を真正面から受け止めようとする。並の選手ならば、愚策だと失笑されるような行為。しかし、彼に限ってはそうではない。

 

 

そのままボールを掴むと、力を逃がすように地面にボールを叩きつけ、上から片手で抑え込む。しばらくはその手を弾いてゴールに向かわんとしていたボールだったが、次第にその力に押さえつけられ、回転を完全に殺されてその勢いを止める。

 

 

 

 

「・・・うんっ!!威力が日に日に上がってるね、立花君!だけどシュートのキレがイマイチだがら、次はそこを意識してやろうか!」

 

「・・・了解しました」

 

 

 

笑顔を浮かべながら良かった部分と直すべき箇所をしていくキーパーの男。シュートを打った立花という男が頷きながら後ろに下がっていく。

 

 

 

「よし!次行こうか!誰が打つ?」

 

「はいはーい!!私!次は私がやるよたっちむー!!」

 

「分かった!いつでもいいよ、萌黄さん!!」

 

 

 

萌黄、と呼ばれた少女が元気よく手を上げると、それを見たキーパーはグローブをはめた両手を鳴らし、シュートを促す。それを聞いた萌黄は、ボールを持って一歩前へ。手に持ったボールを足元に置くと、油断なくキーパーの方を向いて構える。

 

 

 

「いっくよー!!」

 

 

そう言うと、萌黄は左足でボールを強く踏みつける。すると、ボールが分かれるようにして二つに分裂。赤と青、それぞれのボールがスピンしながら上昇するのに合わせて、萌黄は身体を反転させつつ逆立ちのような体勢になるように軽く跳躍。左右それぞれの足で二つのボールを同時にシュートする。

 

 

 

「ダブルショット…V3ッ!!!」

 

 

 

シュートされた赤と青のボールが1つに戻る事によって、単純計算2つ分のエネルギーを内包した強力なシュートへと変貌を遂げる。しかも既に二度の進化を経ており、その威力は県内でも上位に位置するだろう。

 

 

 

「はァっ!!!」

 

 

しかし、相手が悪かった。先ほどと同じように上から片手で押さえつけ、地面に削るようにして叩きつける。

 

 

 

「っ!!」

 

 

しかし、途中でもう片方の手も添え、両手を使って押さえつける。しばらくはキーパーに抗うように暴れていた萌黄のダブルショットだったが、次第にその色を失っていき、完全にその勢いを鎮火させる。

 

 

 

「ぅあっちゃー・・・必殺技すら無しかぁ。V3まで進化させたし行けるかと思ったのになぁ〜」

 

「いや、ダブルショットはロングシュートしてこそ真価を発揮するシュートだからね。この距離じゃ、本来の威力を発揮できなくても仕方ないよ。それに、いいシュートだったよ!」

 

「たは〜!!フォローを忘れない精神!!さっすがたっちむー!!かっこいぃ!!やばすぎい!!拝み倒したいぃ〜!!」

 

「あ、あはは・・・」

 

 

 

はぁはァと若干興奮した様子で言葉を投げてくる萌黄に思わず後ずさるキーパーの少年。と、そんな萌黄の深緑色の三つ編みを後ろからガっ!と掴みかかる女が一人。

 

 

 

「ムキュッ!?」

 

「う〜る〜か〜・・・?今、練習の真っ最中なんですけどねぇ〜・・・!?」

 

 

ぴきぴきと額に青筋を浮かべながら目が笑っていないこの少女、文月。チーム内でも屈指の常識人にして、胃痛役だ。

 

 

「げっ、茉莉!や、やだナー、たっちむーとのコミュニケーションも立派な練習の一環・・・」

 

「問答無用。アンタはこっちでドリブル練!!!」

 

「みゃァァァァァ!?そんな茉莉、殺生な!!せめて陸井との絡みまでは〜!!」

 

 

 

アホかっ!!!と叫ばれながらズルズル引きずられていく萌黄。このチームではよく見かける光景であるが、未だにチームメイト達からはため息が漏れ出るのはご愛嬌だ。

 

 

 

「いや〜、萌黄先輩は懲りないねぇ!ただでさえ普段から問題視されてるのに直さないとか相当だよねぇ」

 

「・・・楽野さん、先輩に対してその言い草はどうかと思いますよ」

 

 

 

そんな彼女の姿を見ながら肩を竦めて笑う2年生、楽野。その隣で苦言をこぼす同じく2年生、王野の2人。レギュラーチームでもお互いが唯一の同学年ということもあり、比較的よく見るコンビだ。

 

 

 

「冗談冗談!親愛の証だっての、相変わらず真面目だよねぇ、剣一くんはさ。あ、キャプテン!次いい?」

 

「いいよ!いつも通り、同時に?」

 

「そーですよ〜。僕一人じゃ、キャプテンに必殺技使わせるなんて夢のまた夢だしねぇ」

 

 

 

さらりと自虐を交えながらシュート体勢に入る楽野。彼の前方、キーパーとの間には、既に王野がスタンバイしている。

 

 

「んじゃいきますよ・・・っと!!」

 

 

冷静にゴールを見つめる楽野は、左足首でボールを軽く蹴り上げ浮かせる。そして目を閉じ意識を集中させながら手を軽く振ると、空中でボールが黒の部分をそれぞれ赤、青、黄色、緑、紫に塗り替えた、5色のボールへと変化する。ゆっくり、相手を惑わせるように楽野の周りを舞う5つのボールを、楽野はそれぞれに力を込めて連続でシュートする。

 

 

 

「マキシマムサーカスッ!!」

 

 

ボールが合体、分離を繰り返し、相手を嘲笑うかのように変幻自在に変化していく特殊なシュート。そのボールがひとつにまとまった時、王野が動いた。

 

 

ボールがひとつにまとまった瞬間、王野は踏み込みを強くし一気に加速。瞬時にボールに肉薄すると、空間に魔法陣のような模様を描きながらボールをキックする。

 

 

 

「いきますっ!オーディンソード……改ッ!!」

 

 

軍神の名を冠したその一撃。イタリアの白い流星と呼ばれたFW、【フィディオ・アルデナ】が生み出したその技は、剣のようなエネルギーとともにボールがゴールを切り裂かんと向かっていく。

 

 

二つのシュートが混ざり合い、禍々しい色へと変貌したその剣撃を前にしても、キーパーは揺るがない。両手を左右に広げ、ゆっくりと頭上へと持ち上げていく。その際、あまり早く持ち上げているようにも見えないにも関わらず、彼の手がブレ、残像が微かに垣間見得る。

 

 

 

「ムゲン・ザ・ハンド………G5ッ!!!」

 

 

 

頭上で両手を合わせた瞬間、彼の背後に無数の手が出現。ゴッドハンドよりも細く、しかして内包するパワーは一本一本が匹敵ーーー否、上回るだろう。憧れの人から託され、そして見事ものにした、ある種彼を彼たらしめる技。千手観音の如きその手が、迫り来る一撃を受け止めんと殺到する。

 

 

 

 

 

「(・・・掛かった!!)」

 

 

 

 

しかし、彼がこの技を使用するのは楽野もよく知っている。それゆえにゴールを奪う為、彼はマキシマムサーカスを撃つ際にちょっとした細工をしておいた。

 

 

キーパーの彼が止めようとしていたそのボール。ムゲン・ザ・ハンドの手が目前まで迫った時、ボールが『分裂』した。

 

 

 

「っ!?あれは・・・!?」

 

 

 

シュートチェインした王野が驚きを露わにする。それもそのはず、楽野は王野にこのことを伝えていなかった。

 

全国でもトップクラスの実力を持ち、日本代表『イナズマジャパン』にも選ばれた彼を躱すためには、バカ正直に真正面から行くのは愚策だ。それが出来るのは、それこそ一流のFWのみ。そして、楽野は自分にその力がないことをよく知っていた。

 

 

 

「(剣一くんには悪いけど、俺起点のシュートじゃ威力が足りなさ過ぎる。だけど意表を突けたっ!!これならーーー)」

 

 

 

楽野がそう思った瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー読めてたよ!!」

 

 

 

ボールに迫っていた手とは別。キーパーの背後から現れた、新たな5本の手。それらが、5つに分裂したボールをそれぞれがっちりと掴む。ギュルギュルと回転を続けるが、次第に摩擦によって煙を上げながら、そのパワーを削り取られてしまう。

 

 

 

 

「だーーっ!!また止められた!!剣一くんのチェイン込みなら行けると思ったのに!!」

 

「分裂させる前にブレてるから、そこから予想出来たんだ。発想自体は凄くいいから、後はタイミングとボールの軌道修正がメインかな。王野くんはしっかり足を振り抜けてたけど、キックをもう少し早く!楽野くんのタイミングと微妙に合ってないから力が伝わり切ってないよ!だけど、その前の踏み込みはすごく良くなってる!このまま磨いていこう!」

 

「「ハイッ!!」」

 

 

「よし!それじゃあ、次はミニゲーム行こうか!チーム分けは昨日のまま、キーパーは前後半で交代してやろう!!」

 

 

 

キーパーの指示に各々が返事すると、彼は自身のタオルやドリンクの置いてある方へと足を向けようとコートの外に出る。

 

 

 

 

「・・・えいっ」

 

「うわっ!?」

 

 

 

そんな時、首筋に冷たい感触が走る。急なことに驚き、素早く後ろを振り向くと、そこにはぽやぽやとした笑みを浮かべた赤髪で二つ結びの少女が。大きく丸い黄色の瞳と、ほおの辺りにそばかすのある素朴な女の子で、このチームのメンバーの一人だ。

 

 

 

「えへへ〜、イタズラ成功ば〜い・・・」

 

「た、太明さんか!びっくりした・・・」

 

 

ごめんなしゃいなぁ、とユルユルとした雰囲気を醸し出す彼女は【太明(たいめい) 和花子(わかこ)】。そんな彼女が手に持っているのは、目の前に立つキャプテンのドリンクとタオル、そして氷嚢だ。

 

 

 

「タオルと飲み物持ってきたったい。キャプテン最近頑張っとるけど、手ば冷やさんと大変ばい?」

 

「あぁ、ごめんわざわざ!ありがとう、太明さん」

 

「よかよぉ〜・・・キャプテンが怪我でんしたらみんな心配するけんね〜」

 

 

 

太明から受け取ったドリンクを飲んで、手にはめたグローブを取り外して右手に氷嚢を当てる。細かい傷が目立ち、かなりゴツゴツとした手だ。それだけキャプテンたる彼が努力を続けていた証左でもある。

 

 

 

 

「おぉい、勇気!!」

 

「?燈吾。どうかした?」

 

 

そこに現れた、長身の男子生徒。鋭い目付きに、青みがかった黒の短髪。額に紺色を基調に白い和柄が入っている手拭いを巻いている彼の名は【木倉(きくら) 燈吾(とうご)】。現三年の中で、唯一彼と同時期に入部している男だ。

 

 

 

「いやよぉ、栄作のやつ知らねぇか?シュートのコツでも聞こうと思ったんだが、見当たんねぇんだよなぁ」

 

「栄作?そういや練習中に見ないと思ったら・・・」

 

「陸井くんなら、さっき職員室の方に〜・・・あっ、おったよ〜」

 

 

 

ふらりと太明が指さした先を見ると、確かにその先には木倉の目的とした人物がこちらに向かって走ってきていた。

 

 

グレーの髪に、鋭い獰猛な目付きをした大男。DFとして日々鍛えている木倉とそう変わらない体格の彼こそ、この学校ーーー陽花戸中サッカー部のエースストライカー、【陸井(くがく) 栄作(えいさく)】、その人だ。

 

しかし、その表情は何処と無く焦っているような、喜色が滲んでいるような。とにかく悪い表情では無い。そんな彼は駆け寄ってくると、すぐさまキャプテンの彼に話し掛ける。

 

 

 

 

「立向居!!!」

 

「うぉっ!?ど、どうしたんだよ栄作、そんなに慌てて」

 

「わりぃ立向居!!ただ、頼みがあんだよ!!」

 

「頼み?」

 

「そう!!今度、練習試合組みてぇんだ!!!」

 

 

 

練習試合。陸井からの提案は、彼としては珍しいことだった。今までチームの得点源として活躍していた彼だが、特定の学校と試合したいなどと言い出したのはこれが初。そのことに少なからず驚きが混じる。

 

 

 

「おいおい栄作よぉ、この時期に練習試合だぁ?そりゃいいがよ、何処とだよ?こう言っちゃなんだが、全国で当たるようなとこに手の内晒すのはやべぇし、県内でうちと練習試合して手応えあんのなんて、千羽山くれぇなもんだろ?その千羽山ともこの間やったしよぉ〜」

 

「相手はーーー『神楽中』だ」

 

 

 

神楽中、と口にした陸井。しかし、木倉と太明にはピンと来ない学校名だ。唯一、かろうじてキャプテンの彼だけ覚えがあった。

 

 

 

 

「神楽って・・・確か栄作の前の学校だろ?2年くらい前まで在籍してた・・・あそこ、サッカー部無いって自分で言ってたじゃないか」

 

「おいおい、新設のサッカー部だと?この時期に練習試合するようなとこじゃねぇだろ」

 

「それは、そうなんだが・・・!!」

 

 

 

木倉からそう言われてもなお食い下がろうとする陸井。ここまで試合したいほどの相手なのだろうか、と木倉と太明は首を傾げるが、キャプテンの彼は頷きながら陸井の肩に手を置く。

 

 

 

「・・・よしっ!試合やろうか!その神楽中と!」

 

「っ!?マジか!?マジでいいのか!?」

 

「うん。詳しい日程は追って決めるとして、練習試合自体は大丈夫だよ」

 

「さ、サンキュー立向居!!ちょっと待っててくれ、すぐ向こうにも言ってくる!!」

 

 

 

キャプテンからの許可を得た陸井は、急いで職員室の方に走って戻っていく。

 

 

 

「おいおい勇気、良いのかよ。お前の判断なら文句はねぇけどよ〜・・・意味あんのか?」

 

「意味の無い試合なんてないよ、燈吾。未知数の相手だ、油断してたらこっちが負けるかもしれないし、学べるところも多いと思う」

 

「キャプテンの決定なら、ボクは従うば〜い・・・」

 

「あはは、ありがとう」

 

 

 

笑いながら礼を言った彼は、何故か分からないが、不思議と胸の内が高揚していることに気がつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー神楽中、か。どんな選手がいるんだろう。楽しみだな・・・」

 

 

 

そう言ってキャプテンの彼ーーー『伝説の後継者』たる男。イナズマジャパンのGK、【立向居(たちむかい) 勇気(ゆうき)】は、小さく呟いた。

 

 

 

 



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いざ!試合に向けて特訓だ!

 

 

ヅカヅカヅカ、と荒い足音を立てながら廊下を早歩きで進んでいく女子生徒が一人。彼女は通い慣れた部屋ーーー生徒会室の前に着くと、バァン!!と荒く音を立てながらその部屋の扉を開く。

 

 

 

 

「アルちゃん!!!!!」

 

 

 

怒気の混じった叫び声を上げ、目的の人物を睨み付ける。彼女の視線の先にいるのは、同じ生徒会のメンバーにして後輩。先日、友人達と共に新設されたばかりのサッカー部に入部した会計の秋雨だ。

 

 

 

「………おや、支倉副会長。そんなに顔を歪めてどうしました?しわが増えますよ」

 

「今は冗談なんかいらんわ!!!どういう事や!?勝手に他校に練習試合取り付けるなんて!!!」

 

 

 

支倉の怒りの原因は秋雨の独断による他校への練習試合の取り付け。どの部活においても、他校への練習試合、もしくは神楽中に招く場合でも生徒会を通さなければならない。とどのつまり、副会長である支倉には全ての部活の練習試合を含めた予定が入ってくる事になる。

 

それなのに、サッカー部の練習試合に関しては彼女の耳に入っていない。つまり秋雨が支倉を通さずに会長や相手校、先生方に練習試合の話を持ちかけ、組んだ事になるのだ。

 

 

 

 

「おや?先生方にも会長にも許可は取りましたが。支倉先輩の耳に入っていなかったとは、気が付きませんでした」

 

「嘘はいらん!!!」

 

 

 

ダンっ!!と机を乱雑に叩く支倉。普段の彼女ならば絶対にしないであろう所作。仮にほかの生徒会メンバーがいれば驚いていただろうが、この場にいるのは幸い二人だけだ。

 

支倉の怒りを受けても飄々としたその雰囲気を崩さない秋雨。支倉は睨みを強くしながら、彼女に向かい再び声を掛ける。

 

 

 

「どういうつもりや……!?練習試合組んだことに関しては水に流してもええ。でも、よりによって陽花戸!?去年の福岡予選の優勝校!!キャプテンはあの立向居やぞ!?」

 

「…だからいいんじゃないですか。練習試合を受けた事にみんな困惑していましたが、喜んでいる子もいますよ。森崎君とか」

 

 

 

秋雨が組んだ練習試合の相手校ーーー陽花戸中学校。2年前までは典型的な弱小校だったが、雷門中の奮闘を見て自分たちも、と奮起した、ある種よくある学校。

 

 

しかし、この陽花戸における、ほかの学校との最大の相違点ーーーそれは現キャプテン、『立向居勇気』の存在。

 

何度も反復したとはいえ、映像のみで円堂の代名詞たる技【ゴッドハンド】をマスターした逸材。イナズマキャラバンに乗り、ジェネシスとの戦いで円堂に代わりGKを務めたこの男は、その年のイナズマジャパン、そして翌年にも選ばれた、文字通り『現世代最強キーパー』。

 

 

そんな立向居がキャプテンとなった陽花戸中は、その圧倒的実力を持つGKの存在によって県下でも敵無しの強豪へと変わっていた。確かに、ほかの選手も立向居レベルかと言われればNO!と言わざるを得ない。しかし、この福岡においては有数の選手達が集まっているのは事実だ。

 

 

 

「そんな強豪と、森崎君達が試合なんて絶対にあかん!!勝てるわけが無い!!………何かを得られる確率よりも、大切なものを失うリスクの方が高すぎる……!!」

 

 

 

歯を食いしばるように、それこそ自分のことかのように言う支倉。しかし秋雨は冷静に、支倉の目を見て言い放った。

 

 

 

「……………支倉先輩。自分で言いましたよね?『自分が邪魔したらいけない』と………。そんな貴方が、何故ここまで関わろうとするのですか?」

 

「っ!!それは………!!」

 

「それに、貴方は森崎君達を心配していますが……それは本当でしょう。ただ、それ以外にありますよね?

 

 

ーーー『陸井栄作』。支倉先輩のかつての相棒にして、2()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……見られたくないのでしょう?そんな彼に、今の自分を」

 

「違うっ!!!!」

 

 

 

冷徹なまでの秋雨からの追求を遮るように声を上げる。しかし、動揺から視線が揺れ動き、大きく肩で息をするその様子は、誰が見ても秋雨の言葉を暗に肯定しているようにしか見えなかった。

 

 

 

「違う違う違う違う違う……!!うちはこれでいい!!これがよかった!!自分が望んで、サッカーを辞めた!!」

 

 

 

頭を抱えながら何度も違うと叫ぶ支倉。自分に言い聞かせるように何度も、何度も、何度も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『サッカー?しかも全国?・・・あなた、バカじゃないの?』

 

 

「違うっ………!」

 

 

『一緒に全国目指そうってお前……頭おかしいのか?初心者がより集まって勝てるわけないだろ』

 

 

「違う違うっ………!!!」

 

 

『ねぇ知ってる?うちでサッカー部作って全国とか言ってる奴が……あぁほら、あの子。サッカーやってたのかなんだか知らないけど、現実見えてないわよね』

 

 

「違う違う違うっ………!!!!」

 

 

『ねぇあんた。もうさ、その勧誘やめてくんない?集まる訳ないでしょ?はっきり言ってーーー』

 

 

「うちは自分で決めた…!!自分で選んだんや……!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ーーーキモいんだけど』

 

 

 

「自分の意思でっ!!!!サッカーを辞めたんや!!!!」

 

 

 

血走った目で、大粒を涙を流し、声を震わせながら叫ぶ支倉。その姿は痛々しく、近寄り難くーーーとても、寂しそうだった。

 

 

 

「………それでは、私はここで。失礼します」

 

 

 

そんな支倉を見た秋雨は、表情を変えないまま生徒会室から出ていく。

 

 

「違う………違う……!自分で、自分で決めた……!!あの子らは関係無い、うちは、自分で……!!」

 

 

 

広い生徒会室の中で、両肩を抱いて震え、小さくうずくまった支倉だけがポツリと残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ゴメンなさい。だけど、こうでもしないと、あなたを救えない」

 

 

表情を変えないまま、震え、血が滲むほどに拳を握り締めた秋雨が一人歩く。

 

 

 

「でも、私じゃこんなことしか出来ない。あなたを、本当の意味で救えるのは………きっと………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はァァ〜〜〜・・・・・」

 

「随分長いため息するね、燈咲さん」

 

 

グラウンド上でパス練をしながら大きくため息をつく燈咲に、相手を務める紫藤が思わず声を掛ける。そんな彼に向かって、燈咲はどんよりとした表情で答える。

 

 

 

「そりゃそうですよ………初試合の相手が、よりにもよって立向居さんだなんて………どうやって勝ち筋見つければいいんですかぁ………」

 

「あぁ、まぁ………うん。正直打つ手無いよね」

 

 

この場において・・・というよりも、このサッカー部において、今の燈咲の感情が最も理解出来るのは紫藤だろう。ただでさえ初心者だらけのサッカー部。そんな自分たちが練習試合で戦うのが、あの立向居勇気率いる陽花戸なのだ。ため息つくなという方が無理である。

 

 

 

「まぁでもほら。強豪相手に色々試してみようよ。ぶっつけ本番で大会に挑むより、ここで確認出来るのはいい事だしさ」

 

「まぁ……それはそうですが……」

 

「それにほら」

 

 

 

紫藤が片側のゴールを指を指す。そこにいるのは、一年生で完全初心者の人鳥と2年生で同じく完全初心者の星舟。その横に作戦ボードを持って立っているのは、先日マネージャーとして加入した薫だ。

 

 

 

「まず、試合中の基本的な動きから解説していくね。初心者がやりがちなのは、ボールを見すぎたり、追いかけ過ぎたりして自分のポジションから離れちゃう事!確かにボールを見たり、位置を把握するのはとっても大事だけど、チームメイトがいるからね!自分の役割をしっかりやるのが第一歩かな」

 

「なるほど……ボールを持ったりしてない時の動きが大切なんだね」

 

「そうだよ!持った時より、持ってない時の方がずっとずーっと時間長いからね!」

 

「ハイ!薫ちゃん先輩!ペンギンはどうやったら出せますか!?」

 

「ペンギンはいっぱい練習したらきっと出せるよ!!」

 

「頑張る!!」

 

 

 

 

「………塵山先輩の加入のお陰で、攻撃陣にも具体的な指導が出来るようになったし。それに今は生徒会でいないけど、秋雨先輩がDF陣のまとめ役をしてくれるから、正直かなり改善はしてるでしょ?」

 

「確かにそうですが………まぁ最初から諦めるのもアレですし、勝てる努力をしましょうか。せめてあと一人、強力なストライカーがいればいいんですけどね。私が攻めるにはリスクが高いですし、刃金くんの他にもう一人シュート技を扱える人が現れれば………」

 

 

 

あと一人。現状では燈咲、刃金の2名しかシュート技は使えない。しかも刃金はお世辞にもシュート火力以外の面が優れているとは言いがたく、総合力に優れたFWがチームに入れば安定感がさらに増すのは間違いない。

 

 

なお当の刃金だが、胸部装甲の分厚い二人の先輩に挟まれる形で練習をしている人鳥を見ながら「ペンギンばっかりずるいぞ!!儂もアッチがいい!!」と駄々をこねながら森崎相手にアイアントルネードをぶちかましていた。森崎、熱血パンチで対抗するも、あえなく吹き飛ばされる事に。

 

 

そして香沙薙、秋宮、秋風の3人は、比較的基礎の身体能力が高い上に各々のチームでの役割もハッキリしているため、塵山弟こと灰飛がそれぞれに軽く指導し、個人練習でそれを反復する、というのを繰り返していた。

 

 

 

それぞれが確実にレベルアップを重ねる中、燈咲と紫藤、2人の懸念はやはりこの男。キャプテンを務める森崎の存在だった。

 

 

 

「森崎君、未だに爆裂パンチの糸口も掴めてないみたいですね」

 

「うーん……一緒に雷門の試合とか見て、考察したりアドバイスしたりしてるし、堅固自身もかなり意識して使うようにはしてるんだけどね………」

 

 

 

正直キーパーがこのままでは、フットボールフロンティアで勝つのすら難しいだろう、と心の中で思う2人。

 

 

 

「………幸い、立向居さんのプレーは森崎くんが理想としてる円堂さんのプレーにとても近いですので、練習試合でなにか掴んでくれることを祈るしか無いですね」

 

「堅固はやる気凄いんだけどね。もし練習試合でも進展が無かったら、色んな技片っ端から試すのも手かな。プレッシャーパンチとかなら使えそうなもんだけど」

 

「それ、殆ど熱血パンチと変わりませんよね…?」

 

 

そんなことを話し合う2人。実際、爆裂パンチを覚えられないのなら得意とする技を総当たりで探すしかない。さすがにこのまま熱血パンチで大会に殴りこまれても困るのはチーム全体だ。

 

 

 

「おーい!!兎月、幻斗!!ちょっといいかー!?」

 

 

そんな2人の元へ、悩みのタネである森崎が近付いてきた。

 

 

 

「森崎君。どうしました?」

 

「ずっとアイアントルネード使ってたから、ザックが休憩入ってさ。ペンギンは向こうで薫先輩の指導受けてるし、灰飛達も似たような感じだし。2人は話してたみたいだからさ!よけりゃシュート打ってくれねぇかな?」

 

「燈咲さんはシュート技あるからいいとして…僕も?」

 

「おう!色んな人のシュート受けるのは参考になるだろうし!!それに、幻斗はテクニックとかボールコントロールとか凄いからさ!ザックとは違うシュートを受けれそうだ!」

 

「…まぁ、堅固がそう言うならやるけどさ。あんまり期待しないでよね?」

 

 

ありがとうな!と言いながらゴールの方へと向かっていく森崎。そんな彼の後ろ姿を見ながら、2人は目を合わせる。

 

 

 

「……まぁ、なんとかなるんじゃない?」

 

「…そうですね。逐一問題点を指摘して、改善するのに協力しましょうか」

 

 

 

 

そう言って、森崎のキーパー練に付き合うふたり。しかし、この日も特に爆裂パンチの糸口を掴むことは出来ず。いたずらに日にちだけが過ぎていったーーー。

 



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止まらぬ炎と、進めぬ氷と

連日投稿ゥー。前話を見ていない人はご注意ください〜


 

 

 

「おおおおおおおおおお!!!爆裂ッ!!!パンチィ!!!ーーーどわぁぁ!!?」

 

 

両拳で何度も何度も迫り来るタイヤを殴りつけるが、止めることは出来ずに吹き飛ばされる森崎。しかしすぐさま起き上がり、タイヤを揺らして両の手に熱気を込め、再び連撃、しかし吹き飛ばされる。

 

 

 

「クソっ!!やっぱり上手くいかねぇ…!」

 

 

 

先程から何十回も続けているが、一向に成功する気配は無い。燈咲から禁止されている練習時間外の夜特訓を始めてしばらく経つが、吹き飛ばされるだけで終わっている。

 

 

陽花戸との練習試合が決まって、早数日。日々立向居率いる陽花戸に勝つ為に特訓を重ねる神楽中イレブンは、元々の大部分が初心者という事と、薫という指導に専念できる人材の登場によってその実力を日に日に伸ばしていっていた。

 

 

 

ーーーいや、一人だけ例外がいる。ここにいる森崎。彼は、初心者達が成長し、経験者達が己の技を磨く中で一人だけ大した成長が見られなかった。爆裂パンチの糸口すら掴むことが出来ない状態が既に何日も続いており、森崎自身も色々とやり方を変えているが一向に解決策は見えてこない。

 

 

「兎月達が言ってたのは………制御が甘くて定着が荒くなってる、だったか?」

 

 

今日の昼練を思い出す森崎。キーパー練習に付き合ってくれた2人の友人からのアドバイスでは、森崎自身の精密さに問題がある可能性を指摘された。

 

 

爆裂パンチという技は、至極単純。熱血パンチの時に拳に溜める熱のエネルギーを両手に溜め、コンパクトに連撃を叩き込む。ただそれだけの技だ。

 

正直なところ、この技の難易度は全国的に低い。その至極単純なモーションに加え、両手に熱気を込めるだけでいいという明快さは、幼い子供であっても理解しやすい。さらには効果範囲が真正面、かつ両拳が届く範囲という狭さ故に簡易さに反して威力も高い。

 

その為、この技はある程度の実力を持ったリトルチームではキーパーの入門技として使われる程。狭い分正面に強い爆裂パンチと、効果範囲が広くゴール全体をカバーする技ーーー例えば【パワーシールド】や【シュートポケット】といった技を習得させてから自分自身の技の開発に取り組ませるチームは少なくない。

 

 

・・・いや、今の日本のレベルを考えれば、そうしているリトルチームの方が多いだろう。才能ある選手ならば、特に意識せずとも一発で成功させることも容易だ。

 

 

 

 

しかし。森崎にはそれが使えない。その最大の理由として、燈咲と紫藤が予想したのは精密さ。

 

一般的に知られている爆裂パンチは、円堂の使用したもの。手順を表すと

 

 

①両手の拳に熱気を込める

②拳を振り上げ、熱血パンチの要領で初撃を叩き込む

③そのままボクシングのラッシュのように、コンパクトかつスピーディに連撃を加えていく

 

 

 

この様に書いてこそいるものの、簡略化して言えば『熱気込めて両手で連続パンチ』。何度も言うが、本当にたったこれだけの事なのだ。何故この男は、それが出来ないのか。

 

 

 

言ってしまえば、一重に『才能の無さ』。これに尽きる。

 

 

一般的に、キーパーを志すような子供達には大なり小なり才能が存在する。少し学べば純然に必殺技を使いこなし、味方から頼りにされる守護神になれる子もいれば、途方もない時間をかけてようやく必殺技を会得するような子もいる。これは歴然たる事実だ。

 

 

だがしかし、努力すれば努力するだけ報われる。この世界のサッカーというものはそう出来ており、『努力しない天才』よりも『努力し続けた凡才』の方が。『何となくサッカーをしている人間』よりも、『真摯にサッカーに向き合い続けた人間』の方が、より強くなれるのだ。

 

 

でも、もしも仮に同じだけ努力した人間同士が相対した時、勝つのはどちらになるのか。同じだけ頑張ったのだから、仲良く引き分けで終わるのか?

 

 

否。断じて否。では勝敗を分ける原因になるのは何か?

 

 

その日のコンディションや、チームメイトたちとの信頼関係。時の運、という場合もあるだろう。

 

 

しかし、しかし、しかし。

 

 

同じだけ努力した人間同士を最も大きく、残酷なまでに振り分けるのはーーー成長速度。即ち、【才能】だ。

 

1ヶ月の練習で10進める人間と、1ヶ月で100進める人間が同じ努力をしても、その差は開いていくばかり。結果、同じだけの努力をしているのにも関わらず、前者は負け、後者が勝つ。悲しい事だが、サッカーはスポーツ。勝者がいれば敗者がいるのが理だ。

 

 

 

 

では、森崎の才能はどうなのか。

 

 

先程も言ったが、残念な事に森崎にキーパーとしての才能はーーーいや、サッカープレイヤーとしての才能はとてつもなく低い。

 

 

森崎は、体格自体は恵まれた方だ。紫藤の様に小学生と間違われるような身長ではなく、むしろ同学年ではそこそこ高身長に位置する。一年間特訓してきたことにより、ある程度の筋肉も着いている。肉体面に限って言えばスポーツは得意な方に位置する人物。それが森崎だ。

 

 

しかし・・・この世界のサッカーは、肉体面だけで戦い抜けるほど甘くない。事実森崎は、パワーシューターである刃金は勿論のこと、力で勝っているはずの燈咲のシュートに押し負けている。『肉体面の優劣=パワーの優劣』ではないのだ。

 

 

 

そんな才能の無い彼では、『両拳に熱気を込める事』と『コンパクトに連撃を加える事』を両立出来ないのだ。熱気を保とうとすれば連撃が疎かになり、手数を増やそうとすれば熱気が霧散し威力がガタ落ちする・・・これが、森崎が練習を重ねても未だに爆裂パンチを扱えない理由だった。

 

 

 

ーーーまぁ、だからと言って。

 

 

 

 

 

「うーん・・・取り敢えず、兎月から言われた通りに熱気を込めて弾けないようにする事を重点的にやるか。熱気を込めることに慣れれば自然に出来て、パンチ速度の方に意識を割いても問題無くなるって、幻斗も言ってたし・・・っしゃあ!!もっかいだ!!無駄な努力なんてない、精一杯の努力は、きっと実を結ぶ!!」

 

 

 

 

 

 

ーーーこのとてつもないアホが諦める理由にはならないのだが。

 

 

森崎が尊敬する男。それは、現在高校で活躍する彼。伝説のゴールキーパーとも呼ばれ、数多のライバル達と幾度と無く死闘を繰り広げてきた、世界一・・・いや、宇宙一のサッカー馬鹿。『みんなから愛された物語(イナズマイレブンという作品)』の主人公ーーー【円堂(えんどう) (まもる)】。

 

 

 

そんな円堂は、多くの選手を導く言葉を残してきた。その言葉は時として味方を、ライバルを、そして直接会った事の無い、彼に憧れた多くの後輩達の背中を押し続けてきた。森崎も、彼の言葉に背中を押され続けた一人だ。

 

 

そんな彼は、決して歩みを止めることはしない。憧れの背は見えるどころか、何処にあるのかすらわからないほど遠く険しい道のり。それでも歩き続けられるのは、憧れへの想いとその背に追いついたいという渇望。そして何より、森崎自身の心に灯る、決して揺らがぬ強い『決意』の存在があるから。

 

 

 

 

 

「どぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁあぁ!!!爆裂ッ!!!パンチィ!!!」

 

 

 

そんな馬鹿みたいに熱く、途絶えぬ炎の如きこの男は、今日も憧れの人の言葉を胸に拳を振るう。例え歩みは遅くとも、一歩、一歩を、着実に踏み締めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………なんで」

 

 

 

小さな呟きがいやに大きく響いた。特訓を続け、今一度タイヤに繋がれたロープを引いて揺らそうとしていた時。練習に熱中していた森崎の耳に、不思議と入ってきた小さな言葉。ふと声のした方に森崎が視線を投げると、木の影からこちらを覗く人物が一人。

 

 

 

「ん?誰だ?」

 

「ッ!」

 

「乃愛先輩っすか?・・・あ、でも乃愛先輩は今日は一緒に練習したし、天文学部の活動ないから残ってる訳ないか・・・?」

 

 

うーん、と首を傾げる森崎を見て、存在が完全にバレていることに気がついた彼女。このまま隠れているものおかしいし、逃げようにも近くに隠れながら移動出来る場所はなく、森崎はこちらを向いている。大人しく出ていった方が自然と判断し、木の影から姿を現す。

 

 

 

「あははー・・・バレてもうたか〜・・・」

 

「支倉先輩!!」

 

 

イタズラ失敗やー、と頬を掻きながら姿を現したのは、紫色を帯びた銀色という珍しい髪色のくせっ毛ロングヘアを揺らし、黄土色の瞳をしたツリ目の女子生徒。森崎も知っている通り、神楽中サッカー部に協力してくれている生徒会副会長、支倉だ。

 

 

 

 

「いやー、こんな時間に何しとるんやー!って言って驚かそうおもてたんに、バレてまうんやもんなぁ〜」

 

「いや充分びっくりっすよ!支倉先輩、なんでこんな時間まで残ってんすか?やっぱ生徒会で?」

 

「あー・・・せやで!ついさっきまで生徒会室におったねん」

 

 

 

嘘は言っていない。先程まで生徒会室にいたのは事実だ。・・・仕事をできる精神状態だったのかは置いておくとして。

 

 

 

「やっぱり!生徒会すっげぇ忙しそうッスよね。こんな時間まで、ご苦労さまっス!!」

 

「んー、うちが好きでやっとることやから気にせんでもええんやで〜?ええ子やなぁ森崎君は。・・・まっ、そんなこんなでおっそい時間までせっせこせっせこ働かされた支倉ちゃんは、えらいでっかい音聞こえてきたからなにごとやー!?っと参上した次第やで!」

 

 

 

おちゃらけた雰囲気を崩さない支倉を見て相変わらず明るい人だなぁ、と一人思う森崎。事実支倉は、()()()()()『何時でも明るく推しの強い、生徒会の元気印』として知られている生徒であり、その明るさと人当たりの良さから多くの後輩に好かれ、慕われる人物だ。

 

 

「うっへぇ、マジすか。すんません、うるさくしちまって・・・」

 

「いやいや!森崎君が練習しとったんはさっちゃんも言いよったから、単純にうちが忘れとっただけやで。………なぁ森崎君、ちょっとだけ特訓を見学しとってもええ?」

 

 

叫びながら特訓に熱中していた森崎は、さすがに迷惑だったかと頭を下げる。が、支倉曰くこの時間に残っている生徒は自分くらいなものだし、単純に忘れていただけだ、と笑いながら言う。

 

そんな支倉から唐突に申し出された特訓の見学。言われた側の森崎はぽかんとしていたものの、すぐさま笑顔に変わってその申し出を受ける。

 

 

 

「良いっすよ!!むしろ歓迎です!」

 

「ホンマに?ありがとなぁ。・・・あっ、横から口出したりはせぇへんから安心してええで!」

 

「いやいや、むしろガンッガン言ってください!支倉先輩はサッカーに詳しいみたいですし、俺の変なとこ教えてくれると嬉しいっす!」

 

 

 

森崎からしてみれば東京で活躍していた燈咲のこと、そしてそのチームの事を知っている程サッカーに通じている支倉から指摘してもらえれば、爆裂パンチ習得のきっかけを掴めるのではないかと感じたらしい。そんな彼の様子を見ながら、ええ子やなぁ、と聞こえない程度の声で再び呟いた。

 

そんな支倉の呟きは露知らず、森崎は再び大きくタイヤを揺らしてから両拳を構える。

 

 

 

「おおおおおお!!!爆裂パンチィ!!!・・・のわぁぁ!!?」

 

 

 

両手に熱気を込め、それを維持するように意識しながら殴りつけるが、やはり圧倒的に拳速が足りないようで。様式美のごとく吹き飛んだ森崎の様子にうへぇ、と驚きながらも、支倉は心の中で冷静に分析していた。

 

 

 

「(連撃速度が遅い……いや、ちゃうな。しきりに両手を気にしとる。熱気込めるのを意識しとるんか?つまりエネルギーの制御に問題点………いや、速度自体も遅すぎや。こりゃエネルギー制御不足に加えて身体能力も不足しとるせいで形にすら辿り着いとらんのか)」

 

 

一度見ただけの森崎の様子から、彼の問題点と意識している点を同時に抜き出してみせた支倉。その後も何度かトライする森崎の様子を見続け、支倉は理解する。森崎の大きな問題点とーーー彼自身の持つ()()を。

 

 

ただし、ここで支倉が指摘したとしても彼の利点は活かせない。彼の問題点と利点はある意味結合している。問題点の方を最低限どうにかしなければ、活かすことは出来ないというのが支倉の判断だった。

 

 

「(…………それに)」

 

 

 

仮にこの利点を十全に活かせるようになったとしても、上り詰めて中の上が精々。さらに、そこまで森崎が登り詰めた頃には、森崎は既にこの神楽中を・・・いや。高校を卒業する頃になっているだろう。それ程までに彼の『成長速度(才能)』は、残酷だった。

 

 

 

「(なのに)」

 

 

 

 

「爆裂っ!!パンチ!!!ーーーーーーぬぁぁぁぁぁぁ!!?

 

………くぅぅぅ〜!!今の!!今の感じ、惜しかったくないですか!?今までよりも長く連撃入れれたから、止めれる時間長かった!!」

 

 

「(なのに、なんで君は)」

 

 

「なんか、少しずつ!!少しずつですけど、両手の熱気に意識を割かなくても保てるようになってきた気がする!!これなら陽花戸との……立向居さんとの試合までに形になるかもしれねぇ!!よっしゃぁ!!やっぱ努力すりゃ、実は結ばれる!!さっきの感覚忘れないうちにーーー」

 

 

 

 

 

 

 

「なんで、笑っていられるんや………?」

 

 

「もういっかーーーへ?」

 

 

 

しまった。

 

そう思い、両手で素早く口を塞いだが既にその言葉は紡がれてしまっている。顔から血が引き、青くなるのが感覚で分かる。

 

自分は今何を言った?努力している後輩に向かって、夢に向かっている後輩に向かって、『何故笑っていられるのか』?

 

 

滑稽だ。何様のつもりだ。諦めず、ゆっくりでも歩みを続ける彼に向かって、歩みを止めた自分がーーーいや。()()()()()()()()()()()()()()()が、彼にそんなことを言う権利も資格も無い。

 

 

「・・・えーっと・・・」

 

「っ!!ご、ゴメンな森崎君!?うち、とんでもない事ーーー!!」

 

「?あぁいや、特に気にしてはないんすよ」

 

 

なはは〜、と笑いながら手を横に振る森崎を見て、へ?と間の抜けた声が漏れる。

 

 

 

「気にしてないって………」

 

「はい!!マジに気にしてないっす!どっちかというと、なんでいきなりそんなこと言ったのかの方が気になります」

 

 

あっけらかんとそう言った森崎。そんな彼の様子を見て安心したのか気が抜けたのか、思わず支倉の口から言葉が零れる。

 

 

 

「あんな……森崎君達、今度陽花戸と練習試合するんやろ?………怖く、ないん?」

 

「怖い、っすか?」

 

 

こくり、と小さく支倉は頷いた。

 

 

「自分がやってきたことが……信じてたことが……正しいと思ってたことが……その試合で全部、無駄だったってなるかもしれんねやで?もし………そうなったら……」

 

 

声を震わせながらそう言う支倉は、自身の2年前がーーーきっとわかってくれると思い、そして裏切られた記憶がふつふつと蘇ってくるのを、必死になって押さえ付ける。

 

 

「は、支倉先輩?大丈夫っすか?」

 

「………大丈夫、大丈夫や。ごめんな、変な事聞いて。邪魔せんで言うたのになぁ」

 

 

そんな支倉を心配する森崎に向かって支倉は繕ったような笑顔で応じる。それを見た森崎は、頭を捻りながらんー、と言葉を口にする。

 

 

 

「笑うのはなんというか、癖っていうか・・・」

 

 

そのー、と言いながら頭を搔く森崎は、本当に支倉の失言を気にしていない様子。支倉からしたら、努力する森崎を嘲笑するに等しいことを言ってしまった自覚があったが、彼はそうは思ってないようだ。

 

 

 

「えっと、身内の話になるんすけど・・・うちの両親、共働きなんすよ。親父が土木作業員で、おふくろがスーパーのレジ打ちのパートやってて。

 

んで、一人息子の俺が言うのもなんなんすけど、結構適当なんスよ。基本何やってもいいけど、その分ちゃんとやるべき事やれって言うくらいなもんで、アレやれコレやれって言うことは無かったんす

 

 

そんな両親が、昔っからずっと言い続けてることがあるんすよ」

 

 

「言い続けてること…?」

 

 

「ハイ!

 

ーーーどんな時でも笑えって、そう言うんすよね」

 

 

 

 

笑え。森崎の両親が、彼に常に言ってきた言葉。何事も経験、子供の人生は子供自身が決める事であり、自分たちは手助けこそすれど制限させるべきではない、という信条をもつ森崎の両親が唯一子供に知って欲しかったこと。

 

 

 

 

 

『堅固!!笑え!!どんなに泣きそうでも、どんなに辛くてもだ!!笑う門には福来る!最後にゃ笑ってるやつがいっちばん強えんだ!!』

 

『強いとか強くないとかはお母さん的にどうでもいいんだけど・・・いっつも笑顔で負けない子になってくれたら、お母さん嬉しいなぁ』

 

 

 

「常に………笑う………」

 

「まぁなんで、これ癖なんすよ。

 

 

まぁでもほら!!ピンチの時でも笑っていられれば、なんか神様からご褒美貰えそうな気がしません?やっぱり暗い顔するよりも、口角上げて笑ってた方が、なんでも乗り越えられると、俺も思ってんすよ!!」

 

 

 

なんで、と言いながら森崎は自分の頬を両手で持ち上げてニカッと笑いながら支倉の方を見る。

 

 

 

「俺、先輩に何があったのかは分かんないっす!でも、なんとなく先輩が無理してるのくらいは分かります!!だから、もし良ければ笑いません?元気の秘訣は笑顔からッスよ!」

 

 

なんの根拠もないっスけどね!と笑う森崎。どんな時でも笑顔を忘れない。どんなに辛くても笑っていれば、きっと誰かが見ていてくれる。そんな森崎の考えは酷く曖昧で、しかし今の支倉には酷く眩しくて。

 

 

自分がかつて持っていたもの。どんな時でも諦めず、楽しんでいた自分。

 

それが過去のものになった支倉とは違い、それを現在進行形で持っている森崎の笑顔は、胸のあたりの中心に、ポッカリと穴を開けたかのように空虚な自分を支倉に思い起こさせた。

 

 

 

「………そっか………君は………強い子やねぇ………」

 

 

噛み締めるように小さく言った支倉。諦めてしまった、捨ててしまった自分とは違い、それを手放さない覚悟と、それを可能にするだけの心の強さを持った森崎という存在は、今の支倉にとって何よりも羨ましくーーー何よりも、辛いものだった。

 

 

 

「ゴメンな、森崎君。うち、そろそろ帰るわ…」

 

「……そっすか!!お疲れ様っす先輩!こんな時間に、ありがとうございました!!」

 

「いや、うちは、なんにもしとらんから……。全部、君自身の力やで。……試合、頑張ってな」

 

「うっす!!俺はもう少し、あの感覚を掴んでから……っと!!」

 

 

 

どこか覇気のない支倉の言葉だが、もう遅い時間だ。帰ると言っている先輩を引き止めるのは非常識である故に、森崎はそのまま礼をした後にタイヤを揺らす。先程掴みかけた感覚をものにする為に、今までのよりも、力を込めて、大きく揺らした。

 

 

 

瞬間、支倉の耳にビキリ、と軋むような嫌な音が聞こえた。まさかと思い瞬時に身体を反転させる。そして視界に入ったのは、大きく揺れながら森崎に向かっていくタイヤと・・・そのタイヤが吊り下げられた部分に、亀裂の入った木の枝。

 

 

 

「あかん!!森崎君っ!!!」

 

「うおっ!?なんすか!?」

 

 

突然の叫び声に驚いて振り向く森崎。その瞬間、亀裂の入った木の枝は嫌な音を立てながら完全に折れ、勢いの着いたタイヤが森崎に向かって飛んでいく。

 

 

瞬間、支倉が()()()

 

 

 

「………え?」

 

 

 

一歩。確かにそこまで距離が開いていなかったのだが、それにしても早すぎるその機動。瞬きの間に森崎の隣に並んだ支倉は、その勢いのまま身体を捻る。

 

 

「……………フッ!!!」

 

 

 

右足に薄らと水色のオーラを纏った状態で、タイヤを上空から撃ち落とすようにカカト落としを叩き込んだ。

 

その勢いを受けたタイヤは、文字通り()()()()()。こちらに飛んできていた時と同等ーーーいや、それ以上の勢いで飛んだタイヤは、そのまま一際大きい樹木にぶつかると、そのまま樹木に『張り付いた』。よく見れば、タイヤの飛んだ軌跡と、支倉の足元が、視認出来るほどの冷気を放ちながら凍った跡のように覆われていた。

 

 

森崎が一度も止められたことの無いサイズのタイヤ。しかも勢いをつけているため、いつもよりもさらに重さの増しているソレを、完全に受け止めるどころか弾き飛ばした支倉。そんな彼女を見て、森崎が感動したように大声を上げる。

 

 

 

 

「すっげぇ………すっげぇぇぇぇぇ!!!!は、支倉先輩!!!なんすかいまの!!!シュート技っすよね!?先輩、サッカーやった事ないんじゃなかったんすか!?」

 

 

目を爛々と輝かせて詰め寄ってくる森崎。それもそのはず、いきなり目の前でこんなものを魅せられてはこのサッカー馬鹿が黙っているはずは無い。

 

 

しかし、支倉にはその森崎の様子に、既視感があった。

 

 

 

『すっげぇぇぇぇぇ!!!!お前、なんだよ今のシュート!?シュート技だよな!?俺以外にもシュート技使えるやつがチームにいたなんて!!!』

 

 

「………あ」

 

 

「支倉先輩、みずくさいっすよ!!!こんなすっげぇシュート打てるのに隠してたなんて!!俺、シュート受けてみたいっす!!!」

『水くせぇぞお前!!同じチームなのにこんなの隠してたのか!!!俺のシュートとどっちがすげぇか、比べてみようぜ!!!』

 

 

「あ………いや………」

 

 

 

「ねぇ、支倉先輩!!!」

『なぁ、支倉!!!』

 

 

 

「辞めて………見ないで………ソレで……!」

 

 

 

 

「『ーーーサッカーやろうぜ!!!」』

 

 

 

「『その目』で………うちを見ないでぇ……!!!」

 

 

 

 

 

かつての相棒を思い起こさせる森崎の目。サッカーに対する貪欲なまでの欲求と、他者を思いやる優しさが綯い交ぜになった瞳は、支倉にとってとてもよく見なれたものであり、もう随分と見ていないもの。

 

 

 

「支倉先輩、どうしーーーって!?先輩!?」

 

 

掠れた声を震わせ、その場から逃げるように支倉は立ち去ってしまう。森崎の静止の声すら聞こえないように・・・というよりも実際聞こえていないのだろう。彼女の胸の内は、ここから、あの目から離れようという意思のみだ。

 

 

そんな普段とは変わり果てた先輩の姿を見た森崎は、少しの間困惑していたが、大きく息を吸い込んで支倉の背に向かって叫ぶ。

 

 

 

 

「支倉先輩ッ!!!!俺、待ってます!!!」

 

 

 

その言葉に対する答えは、返ってこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてーーーー

 

 

 

 

「ここか……なんつーかふっつーのとこだな」

 

「平々凡々って感じだねぇ、特徴無しってのが特徴なの?」

 

「お二人共、それくらいにしておいたらどうですか?」

 

「まぁ確かに、なにか特別力入れてる雰囲気も感じないわね」

 

「そう〜〜・・・?僕はこういう雰囲気好きかよ〜〜・・・」

 

「うーむむむ、なんだかピンッと来る子は見当たらないな〜。シロちゃんはどう思う〜?」

 

「へぇえ!?わ、私ですか!?」

 

「………ほんとに意味があるのか。練習した方がよっぽど効率的だ」

 

「んー?キャプテンと陸井さんの決定でしょ〜?なら、僕は文句も特にないよ」

 

 

 

 

「ーーーみんな!!あまりはしゃがないで!!栄作、案内頼んでいい?」

 

 

「あぁ、勿論だ!!

 

………ようやく、ようやく完成したんだな………静穂……!!」

 

 

 

 

ーーー『運命』が、やってくる。

 



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陽花戸が来た

皆様、神楽中追加メンバーにたくさんのご応募ありがとうございます。この投稿から24時間後をもって、応募を締め切らせていただきます。まだ送っていない、キャラの設定追加したいなどありましたらこの期間内にお願いします。締め切った後、近いうちに採用者発表を致しますので、しばしお待ちを

※追記

陽花戸の子達に勝手に2つ名(アレスのキャッチコピー)をつけています。「うちの子こんなダサくねぇ!変えろ!」という言葉はそっと胸の内にしまうか、メッセで変更案をご提示下さい


「お、おいあれ見ろよ!!」

 

「陽花戸中サッカー部じゃねぇか!?」

 

「すっげぇ……生の立向居だ!!」

 

 

 

陸井を先頭に神楽中内部を進んでいく陽花戸中サッカー部の面々。この二年で一気にその名を全国に轟かせたこのチームの事は、流石にサッカーに興味ない生徒達も知っている。・・・というよりも、正しくは立向居のことを知っているのだろう。彼らの姿が見えると、今日サッカー部の使うグラウンド以外で練習していた部活動生や、特に何も用はないがただ話している生徒達が動きを止め、ヒソヒソと話し始める。

 

 

 

「キャプテン、人気もんやね〜…………」

 

「あはは……まぁもう慣れたよ」

 

「さっすがキャプテン!日本代表の自分にとってはこの程度の注目どうってことないって事なのかなぁ!」

 

 

太明がほわほわとした雰囲気で立向居に話し掛けると、苦笑しながら頬を搔く。そんな彼に向かって、後輩である楽野が茶化すようにそう言うが、瞬間に王野と文月の2人から頭部を左右挟まれるようにして殴りつけられる。

 

 

「あだぁ!?」

 

「あんったはもう!!その舐め腐ったような口調を直せって何回も言ってるでしょうが!!」

 

「まったく………貴方はほんとに学びませんね。正直お手上げですよ」

 

「ちょっとぉ!?剣一くん僕だけ扱い雑じゃない!?文月先輩はいつもの事だけどさぁ!!」

 

 

 

ギャーギャーと楽野が講義の声を上げるが、その言葉が余計に文月の額に青筋を浮かべる結果になることに気がついた方がいいーーーというか、気がついているのだろう。それなのにやめない辺り根っからの道化なのだろう。

 

 

 

「こら、仲がいいのはいい事だけど他校でそんな事しない!」

 

 

そんな彼らにキャプテンとして立向居が注意を呼び掛けるが、彼自身この雰囲気が割と好きだったりする。以前のキャプテンである戸田や、先輩達を思い起こすからだろうか。・・・まぁ楽野が聞けば文句のひとつでも皮肉混じりに言い出す気もするが。

 

 

 

「何やってんだよ……こっちの方に行きゃ、多分グラウンドがーーーん?」

 

「おーい!!陸井!!お前陸井だろ!?」

 

 

 

チームメイトの騒々しい声に苦笑しながら道案内を続けようとした陸井の元に、誰かが二人ほど駆け寄ってくる。付けているネクタイを見ればこの神楽中の3年生であることが伺える。以前この学校に所属していた陸井の友人か、と思った一同だが、陸井の隣に立つ立向居だけが気がついた。陸井の顔があまり明るくなく、若干複雑そうなーーー少なくとも久しぶりに出会った友人に向けた顔では無いことに。

 

 

 

 

「おい陸井!!久しぶりだなぁ!!お前メールしたのに全然返信しやがらねぇで!コイツー!!」

 

「ホントだよ!クラスの奴とか会いたがってたぜ?何しに来たんだよー!」

 

 

「ハハ……わりぃわりぃ。練習忙しくて、あんまり返信とか出来なくってよ」

 

 

 

笑いながら対応する陸井だったが、その表情は依然優れないまま。それに、友人やチームメイトを大切にする彼は、返信が遅れたり忘れたりすることはあれど、長期間に渡って返信をしない、ということは無かったはずだ。その点について、立向居が首を傾げる。

 

 

と、そんな時。陸井と話していた2人の男子生徒の視線が立向居たちの方に向く。

 

 

 

「ってかヤベぇよ!!立向居だよ!あの伝説の後継者が目の前にいるよ!!」

 

「うっはすっげぇ!!ホンモノだよ!!それにほら!!【吹き咲く突風】に、【愛らしきホワイト・チア】!!それと………あー、あの司令塔の美人さんなんだっけ?」

 

「ばっかお前、【残念ゲームメイカー】だろ?」

 

「残念言うな!!!」

 

 

 

フシャー!!!と警戒を全面に押し出したのは、納得いかない2つ名を名付けられた萌黄本人。これがただ流布したものならば気にするだけで済んだだろうが、残念なことにコレは中学サッカー協会が公式に名付けたもの。全国に知られているのである。

 

 

ちなみに、【吹き咲く突風】はチームのSMF、まとめ役にして攻守のバランサー、『文月 茉莉』。【愛すべきホワイト・チア】は、1年生ながら陽花戸のレギュラーに選ばれた小動物系DF、『尾白 華』のことである。

 

ーーー本当は太明も女子選手のはずなのだが、何を思われたのか彼女は周囲のメンバーに『男子部員』だと思われている。しかも学年も本来の3年生ではなく2年生と認識されており、正しく知っているのはチーム内ではクラスが同じな立向居のみなのだ。

 

 

 

 

 

「てかホントやべぇ、実物めっちゃ可愛い…!」

 

「ねぇねぇ、なんで神楽に来たの?あ、良けりゃ連絡先ーーー」

 

 

「あぁそうだちょーっといいかぁ!?」

 

 

 

作り笑いを浮かべながら文月達に近寄っていく2人の男子。どうみても下心しか無いその態度に嫌悪感を示す女子組を見て咄嗟に前に出ようとした立向居だったが、それより早く2人の頭を掴んだ陸井が話し始める。

 

 

 

「うぉっ!?」

 

「サッカー部が使ってるグラウンドってこっちで合ってるよなぁ!?久々だから分かんなくってよ!」

 

「さ、サッカー部?………うちの学校にサッカー部なんかあったっけ?」

 

 

 

いきなり体格のでかい陸井に頭を掴まれて驚いた男子達。陸井からの質問に首を傾げるが、もう片方の生徒が思い出したかのようにポン、と手を叩く。

 

 

 

「あぁ〜、ほらアレだろ。1()()()()()()()()()()()()()ってアレ」

 

「………………1年生が?」

 

「?そうそう。なんか入学してすぐに創部して、最近やっと試合人数集まったって初心者共だよ」

 

「あぁ思い出した!1年のガキと物好きな2年生のアレか!え?陽花戸がわざわざそんなのと試合しに来たの?意味わかんねぇ」

 

「な、なぁ!!3年生は!?ってか、静穂の奴はいるんだろう!?」

 

 

 

一年がキャプテン、初心者達と聞いた瞬間、ため息をつくのが2人。元々神楽と試合することに反対派だった木倉と立花だ。立花の隣にいる黒野も、やっぱりね、とでもいいたげに笑っている。他メンバーも露骨にそのような態度をとる者はいないが、少なからず落胆はあった。

 

 

そんな中で、ただ一人そのような気持ちの揺れがなかった立向居のみ、陸井の様子に気がつくことが出来た。この学校と試合を組むことを望み、最も楽しみにしていたように見えた陸井が、落胆ーーーというよりも動揺しているのが見て取れる。

 

 

 

 

「支倉ぁ?……あぁ陸井とサッカー部作ろうとしてた奴か。さぁ?しらね」

 

「あいつ今確か生徒会だっけ?陸井がいなくなった後、しばらく学校休んだりしてたよな。………まぁ話聞かないし、飽きたんだろ」

 

 

 

飽きた。その言葉を聞いた瞬間、陸井の目付きが一気に鋭くなり、噛みつかんばかりの勢いでその生徒の胸ぐらを掴みあげた。

 

 

 

「アイツが!!!自分からサッカー辞めるわけねぇだろ!!!なぁ、なんか理由があんだろ!?教えてくれよ!!」

 

 

「うぉあっ!?な、何すんだよ!?」

 

 

 

 

 

 

「…………そこまで。落ち着け栄作、らしくないぞ」

 

 

 

 

そこに割り込み、手を下ろさせたのは、唯一気がついていたキャプテンである立向居。陸井は未だ興奮状態だったが、チームの大黒柱であり信頼する立向居の言葉を受けて手を離す。

 

 

 

「ゲホッ、ゲホッ……てめぇ!!」

 

「ゴメンね。うちのチームメイトが失礼な事をした。チームを代表して、謝罪するよ」

 

「っ!キャプテン!?」

 

 

そういって真っ先に立向居が頭を下げると、後輩の誰かが驚きのあまり声を上げる。同級生達も目を見開いており、胸ぐらを掴まれた相手も虚をつかれたのか怒りが霧散していく。

 

 

 

「………それで、サッカー部が普段使ってるグラウンドはあっちでいいのかな?」

 

「お、おう、そうだと思う………」

 

「そっか。わざわざありがとう。それじゃ、俺達はこれで。みんな行くよ!」

 

 

 

相手が面食らってるうちに話を手早く進め、チームメイトを引き連れて足早にその場を去っていく。話しかけた男子生徒達は、ぽかんとした顔でその後ろ姿を眺めるしかなかったーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………悪かった、立向居。俺のせいで………」

 

「チームメイトを庇うのはキャプテンの務めだよ。それに、友達だろ?気にするなよ」

 

「…………ありがとな」

 

「なぁ栄作。何かあるのか?お前があんな態度とるなんて、普通じゃないぞ」

 

「………いや、なんでもないんだ。気にしないでくれ。

 

 

………そうだ。辞めるわけ無い。俺よりも、アイツの方がサッカー好きなんだ。サッカー部が出来て、黙ってるはずがない………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ!!来た……!!」

 

 

 

誰が呟いたか。それとも全員の心のうちが自然に言葉に出ていたのか。神楽中サッカー部の目の前に、11人の選手達の姿が見える。

 

昨年の福岡予選覇者、全国大会において、あの円堂守率いる『雷門中』と試合し、ギリギリまで追い詰めた、紛れもない現福岡県最強のサッカー部。

 

 

 

 

 

 

 

 

背番号11、【絶対王剣】

2年FW『王野 剣一』。

 

背番号10、【不屈のボルケイノハート】

3年FW『陸井 栄作』。

 

背番号9、【誇りの一刀】

1年FW『立花 武瑠』。

 

背番号8、【残念ゲームメイカー】

3年MF、司令塔『萌黄 潤香』。

 

背番号7、【笑み浮かぶ慧眼】

2年MF、『楽野 心也』。

 

背番号6、【吹き咲く突風】

3年MF、『文月 茉莉』。

 

背番号5、【一味違う陽だまりガール】

3年MF、『太明 和花子』。

 

背番号4、【愛すべきホワイト・チア】

1年DF、『尾白 華』。

 

背番号3、【空翔ける黒翼】

1年DF、『黒野 翼』。

 

背番号2、【燃え猛るど根性ブロッカー】

3年DF、『木倉 燈吾』。

 

 

 

 

そして、背番号1。日本代表、イナズマジャパンにも選ばれ、円堂守が卒業した今日本中の誰もが認める世代最強のキーパーにして【伝説の後継者】。

 

 

3年GK兼キャプテン、『立向居 勇気』。

 

 

 

 

以上11名、陽花戸中サッカー部レギュラーメンバー全員の姿が、目の前にあった。

 

 

 

 

 

 

 

「…………本当に来ましたよ………しかもフルメンバー………」

 

「あっはは………ガチじゃん」

 

 

 

燈咲、紫藤は陽花戸の様子を見て、完全フルメンバーできたことにため息を通り越して笑いが浮かんでくる。その隣に立つ秋宮と秋風も、彼らの放つ強者のオーラのようなものに押されて冷や汗をかく。

 

 

 

「…………………」

 

「?アルちゃん?どうしたの?」

 

「…………いえ、なんでもないですよ。気にしないでください、乃愛」

 

「?」

 

 

 

一人、辺りを見渡していた秋雨に星舟が声を掛ける。しかし、秋雨は薄く笑うだけで何も答えない。呼んだはずの、救いたい人が姿を見せていないことなど、親友には関係の無いことだから。

 

 

 

 

「…………伝説の、後継者…………でも負けない………あの人に追いつくには…………」

 

「………おらぁ!!」

 

「うわっ!?か、香沙薙先輩!!何すんですか!!」

 

「なーに、後輩がカゲみてぇな暗い顔してたからな。気ぃ張りすぎんなよ、本番じゃねぇんだ。胸借りてくつもりでいこーぜ、な?」

 

「………ったく、貴方は緊張感ありませんね………」

 

 

 

ブツブツと、影の差す顔で呟いていた灰飛。その彼の様子を見かねた香沙薙は、乱雑に頭を撫でる。その行為に驚いたのか抗議の声を上げる灰飛だったが、それにより差していた影が消えていた。それを見た香沙薙は1人心の中で安堵の息を漏らす。

 

 

 

 

「わー、なんか強そう」

 

「実際、すっごく強いからね。去年のレギュラーが3人残ってるし、特にあの立向居君が頭一つ………いや、二つは抜けてるかなぁ」

 

「へ〜………サッカー知らないから何とも言えないけど、凄そう!でもペンギン出るかなぁ?」

 

「ペンギンは……立向居君は出さないだろうねぇ」

 

「そっかー………」

 

 

 

完全初心者であり、妙に肝の座っている人鳥は緊張感が薄いーーーというより、緊張しているけれどそれが影響しにくいのだろう。相手の強さよりもペンギン技が出てくるかどうかの方が気になる様子。その隣で薫は緊張するよりいいね!と笑っていた。

 

 

 

 

「おいおいおいおい、見ろよ堅固!!あの立向居さんが目の前にいるぜ!!」

 

「あぁ……あの人が、目の前にいて俺たちと戦うなんて……!!燃えてきたァ!!!ぜってぇシュート止めてやる!!」

 

「儂も滾って来たぜぇ………アイアントルネードがどこまで通用するのか、確かめてやる!!」

 

 

 

そんな中、ギラギラと眼光を輝かせながら叫ぶ刃金と、その隣でやる気に満ち溢れた顔つきの森崎。一見緊張していないように見えるが、彼らでも緊張はしている。ただ、それ以上に嬉しいのだ。

 

 

刃金は、憧れの豪炎寺のシュートを何度も受けてきた、立向居に自分がどれだけ通用するのか、試す機会が早々に巡ってきたことが。

 

 

 

 

そして森崎は、憧れの人ーーー渇望するほどに追いつきたいあの人に、最も近い存在である立向居と同じピッチに立ち、戦える事が。

 

 

 

 

 

 

 

そんな中、陽花戸メンバーから一人近づいてくる。茶色い髪をした、一際オーラを放っている人物。キャプテンである、立向居だ。

 

 

 

 

「…………初めまして。今回は練習試合のお誘い、ありがとうございます。陽花戸中キャプテンの立向居です」

 

「はい!!神楽中キャプテンの森崎っス!!会えて嬉しいです、立向居さん!!」

 

 

 

グローブを脱ぎ、手を差し出して互いに握手を交わす。その際に森崎は、立向居のゴツゴツとした硬いその手に思わず驚く。予想以上のものだ、きっと目の前のこの人は自分よりもさらに凄い努力をしてきたのだろう、と。

 

 

 

 

「……君、キーパーだね」

 

「へ?は、はい!そうですけど……」

 

「あぁ、ゴメンね!握手のとき、かなり皮膚が固まってたから………タイヤ特訓、してるんでしょ?」

 

「分かるんすか!?」

 

 

手を触っただけで自身がキーパーであること、さらにタイヤ特訓の事まで言い当てた立向居が信じられず、思わず聞き返してしまう。当の立向居は笑みを浮かべながら、言葉を続けていく。

 

 

「分かるよ!だって俺もタイヤ特訓してるからね。この感じだと、毎日欠かさずやってるのかな………君も、円堂さんに?」

 

 

「はい!!!俺、円堂さんの………あの人のプレーを見て、ほんっとに感動したんす!!あの人に憧れて、キーパーやって………」

 

「そっか………同じだね、俺達」

 

 

 

同じ。

 

立向居は、目の前のこの少年の思いは2年前に自分が感じ、憧れたその思いと同種だと心で感じていた。理屈ではなく、心の奥に共鳴するような、そんなもの。それ程に、2人にとって【円堂 守】という存在は大きかったのだ。

 

 

 

「………立向居さんからそんなこと言ってもらえるなんて、嬉しいっす。………俺、円堂さんみたいになりたい。あの人の見た景色を、この目で見てみたいんです。だから………立向居さんにも、負けません!!!」

 

 

森崎が強く、大きく宣言する。瞬間、陽花戸側からの視線が強くなる。当然だ、自分たちのキャプテンにして、世代最強のキーパーに向けて、こんな初心者軍団のキーパー如きが負けないなどと、10年ーーーいや、100年早いだろう。

 

 

 

「………そっか。じゃあ、ライバルだね」

 

 

 

しかし、立向居はそうは思わなかった。彼はチームメイトから尊敬され、信頼されている男である。こんなことで腹を立てることなんてないし、キーパーとして、森崎の言葉が偽りも何も無い、純粋な闘志と敬意によるものだと理解していた。

 

 

 

 

 

「………それじゃあ、もう試合を始めようか。アップは済んでる?」

 

「え?俺達は大丈夫っすけど、立向居さん達はーーー」

 

「必要無いよ。俺たち全員、準備は出来てる」

 

 

森崎の前から離れ、チームメイトたちの方へと戻っていく立向居。彼らの前に立つと、立向居は薄く笑いながら森崎の方をーーー否、『神楽中イレブン』の方を振り向いた。

 

 

 

 

 

森崎のその思いを受け取ったからこそ、立向居は振舞った。先輩キーパーとして、同じ人物に憧れを抱く者として、彼を導く先立ちとしてーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、始めようか、神楽イレブン。練習試合だからといって手加減なんてしないよ。俺たち11人ーーー陽花戸中レギュラーが、全力を持って、相手になる」

 

 

 

 

 

 

 

ーーー昨年の、県予選覇者として。

 

 

 

 

 

 

「来なよ、新世代達」

 



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Vs陽花戸中①

 

 

 

 

「おい、あれみろよ」

 

 

 

誰かがグラウンドを指さしながら言った。その先に立っているのは、22人の選手達ーーー陽花戸中のユニフォームに身を包んだ11人と、それに相対するように立つビブスを着た11人。神楽中の面々だ。

 

 

 

「おっ、初心者軍団じゃん。陽花戸と試合組んだってマジだったのな」

 

「な。勝てるわけねぇのに、馬鹿だよなぁ」

 

 

 

嘲笑するようにーーーいや、実際嘲笑しているのだろう。勝てるわけがない、と馬鹿にしたような言葉を並べて笑い合う、神楽中の生徒達。それほどまでの実力差が存在するのは、サッカーに詳しくない彼らでも容易に理解できた。

 

 

 

 

 

「………ほんとに、来たんやな」

 

 

 

そんな中、生徒会室で一人外を眺める女子生徒の姿があった。その女子生徒ーーー支倉は、陽花戸中の面々を見ながら、ひとつ言葉を零した。

 

 

 

「勝てるわけ、ないんや……もしこれで、あの子達がサッカーを嫌いになったら………」

 

 

 

それは後輩達を心配した言葉なのだろうか。それとも、自分に言い聞かせるための言葉なのだろうか。支倉にはそれが分からなかったし、そもそもそれを意識出来るような余裕は彼女の胸中にはなかった。

 

 

ふと、彼女は自分の机に視線を落とす。生徒会室で、副会長用の彼女の机。その上には、ひとつの箱。フタの部分には、一枚の付箋が貼られていた。

 

 

 

『貴方に、必要なものです

 

秋雨』

 

 

 

短くそう書かれた付箋。蓋を開ければ、そこに入っているのは、見知ったもの。かつて何度も共に戦い、そしてもう二度と履くことは無いと思っていた自分のシューズ。

 

 

 

そして、もう一つ。あの写真だ。

 

 

写真を見る。かつての自分と相棒が、共に写っている。

 

 

グラウンドを見る。先に進めなくなった自分とは正反対に、信頼する仲間達と共に歩んでいく相棒がいた。

 

 

 

 

 

 

「ゴメンな………こんな、事まで、してくれて………でも、ウチもうダメやねん………ゴメンなぁ、アルちゃん………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて…………………タイヤ特訓って、何のことですか、森崎くぅん………?」

 

「いえ、あの、その……………ち、ちょっと元気が残った日に少し………」

 

「毎日、やってるらしいですね………?」

 

「すんまっせんしたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

 

背後にゴゴゴゴゴゴゴゴ……とでも見えてきそうなほど凄みのある笑みを浮かべる燈咲の目の前で正座で縮こまっているオレンジスカーフ男、森崎。そんな2人からすすっ…と離れていく神楽中の面々と、遠巻きに見守りながら困惑したような表情を浮かべる陽花戸の面々。

 

 

 

「私、言いましたよね………?勝手な特訓されると怪我の元になるからやめて下さいって………?」

 

「ゔっ……!!」

 

 

 

ひくひくと頬を吊り上げながら額に青筋の浮かぶ燈咲。別に元気が残ってたんだし怪我もしてないんだからいいじゃん、とも思うが、約束をした上で破ったのは森崎だ。それを理解しているから彼もそのまま怒られている。決して燈咲の背後に般若が見えているとかそういうのではない。断じてない。

 

 

 

「あなたはひと月も経たずに約束を忘れる人なんですか?あぁそれとも私との約束なんて守る必要も無いと?えぇそうですか理解しましたじゃあこれからは特訓が必要ないほどの量をーーー」

 

「はーいストップ燈咲さん」

 

「それくらいにしましょう。相手を待たせてます」

 

 

 

静かに怒り心頭状態の燈咲。二年生たちでも遠巻きにしている彼女を止めたのは、紫藤と秋雨だ。チーム内でも冷静な2人が止めに入ってくれたことで、森崎も救われたかのような表情を浮かべる。

 

 

 

「秋雨先輩の言う通り、陽花戸の人達待たせてるんだよ。堅固も怪我してないし、それくらいにしたら?」

 

「む……しかし……」

 

「今は相手に集中すべきでしょう。手早く作戦確認して試合に入りましょう………森崎君のお説教なら練習試合後にのんびりどうぞ」

 

「………あれ?アル先輩なんかとんでもない事言ってません……?」

 

「気の所為ですよ気の所為。ほら森崎君、立向居さんが相手してくれますよー嬉しいですねーさっそくポジションに着きましょうかー」

 

「っ!そうだ立向居さんのプレー生で見れるんだ!!ひゃっほうテンション上がってきたぜぇ!!!」

 

 

 

秋雨の口車に乗せられてフィールドへと走っていく森崎。秋雨はヒラヒラ~と手を振りながら他の面々にもフィールドに行くように促す。

 

 

 

 

「………なんか彼、知能指数下がってません…?」

 

「立向居さんが目の前にいて戦えるんだし、仕方ないんじゃない?」

 

「ふむ………あのバカ並に単純ですねあの子」

 

「素直でいい子だと思うよ?とっても明るい子だもん!」

 

 

 

森崎を見ながら苦笑いする3人。薫のみ森崎の明るさを褒めるが、傍から見ればアホにしか見えないのも事実である。4人は手早く戦術について確認すると、薫はベンチに座り、3人はそれぞれ自分のポジションへと足を進めて行ったーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神楽中フォーメーション

 

ーーーー刃金ーー人鳥ーーーー

ー星舟ーーー燈咲ーーー秋宮ー

ーーーーーー塵山ーーーーーー

ー秋風ーーーーーーーー紫藤ー

ーーーー秋雨ーー香沙薙ーーー

ーーーーーー森崎ーーーーーー

 

 

陽花戸中フォーメーション

 

ーー陸井ーー立花ーー王野ーー

ー楽野ーーー萌黄ーーー文月ー

ーーーーーー太明ーーーーーー

ーー黒野ーー木倉ーー尾白ーー

ーーーーー立向居ーーーーーー

 

 

 

 

「それでは、陽花戸中対、神楽中の練習試合を始めます!!よーい……スタート!!」

 

 

ピーッ!!と笛の音が鳴る。まずは神楽中ボールから。刃金は人鳥に軽くボールを蹴ると、人鳥はそのままバックパス。ボールを受け取った燈咲は、素早く味方に指示を出していく。

 

 

 

 

「よし……星舟先輩と秋宮先輩、上がってください!!刃金君と人鳥君も一気に!!」

 

「おっしゃあ!!」

「りょうかーい!!」

「分かりました!」

「あぁ!!」

 

 

 

手早く指示を出し、それを受けたFWの2人とサイドの2人が陽花戸側へと駆けていく。燈咲はそのままボールを持ち、ドリブルで自身も上がっていく。

 

 

 

「行きます!!ラビットステップV3!!」

 

「っ!速い…!?」

 

 

当然すぐに陽花戸中の1年生FW、9番の立花が燈咲を止めようと詰めるが、彼が近づくよりも早く燈咲が必殺技を使用。まるで兎のような跳躍力で立花の周りを跳ね回った燈咲は、相手が混乱しているうちに頭上を飛び越えて突破する。

 

 

 

「へぇ、使い込んでるみたいだね!司令塔の君は経験者かなぁ………」

 

「それはどうもっ!!秋宮先輩!!」

 

 

しかし立花が突破されるのを見越していたのか、陽花戸中の司令塔、8番の萌黄が燈咲が降り立った瞬間を狙って素早く距離を詰める。しかし、上空からその動きを読んでいた燈咲は、萌黄に捕まるより早くサイドの秋宮にパスを出す。

 

 

 

「っと……!!」

 

「あれあれあれあれぇ!?あの10番のビブスの子は経験者だけど君は初心者みたいだねぇ!?パスの受け取り方、ヘッタクソだなぁ見てられないねぇ!!」

 

 

たどたどしくパスを受けた秋宮。何度も練習はしたが、流石に初めての試合。緊張からか、練習でやったように上手く受けることが出来なかった。それを見逃すほど、陽花戸は甘くない。すぐに7番を背負う楽野が距離を詰め、煽りながらスライディング。それにイラッときた秋宮は自力で突破しようと思い至ったが、それを止めるように後ろから声が掛かる。

 

 

 

 

「秋宮先輩落ち着いて!!こっち!!」

 

「っ!スマン、頼む!!」

 

 

声を掛けたのは、秋宮の後ろにいた紫藤。DFだが秋宮をカバーする目的で上がっていた彼は、秋宮からのバックパスを受け取る。ボールを渡した秋宮は落ち着いてスライディングを躱し、前方へと走っていく。

 

 

 

「あーらら、上手く煽れたと思ったのにねぇ……邪魔しないでよおチビちゃん!!」

 

「おチビって言わないで貰えますかね!!イリュージョンボール改ッ!!」

 

「っと、やべっ……!!」

 

 

 

悪態を投げてくる楽野に向けて紫藤が得意とするドリブル技を使用。スライディングして体勢を崩していた楽野は対応し切れずに躱されてしまい、突破した紫藤は前を走る秋宮にパスを送った。

 

 

 

「よし!これなら……」

 

 

素早くドリブルしていく秋宮。その姿は未だ慣れてはいないが、元の身体能力と合わさって中々に様になっていた。

 

 

 

「初心者にしては速い……けど、そう簡単に通したら怒られるし!!」

 

 

しかしそこに現れたのは陽花戸のDFの1人。1年生にして背番号3を持っている黒野だ。

 

黒野は独特なポーズをとり、秋宮に向かって駆け出す。その姿はまるでストロボ写真のように断続的に姿を残し、秋宮を混乱させる。

 

 

 

「ワンダートラップ……V2ってね!!」

 

「っ!しまった!!」

 

 

秋宮に向かって飛び上がった黒野。そちらを警戒していた秋宮だったが、瞬間、全ての分身と黒野が姿を消す。驚いている間に、黒野は低いスライディングで秋宮からボールを奪取。焦る秋宮だったが、彼の横を通る影がひとつあった。

 

 

 

「ハハハハ!!びっくりする技だろう!?さて、萌黄せんぱーーーっ!?危なっ!?」

 

「げっ!!バレた!!」

 

 

笑いながら司令塔の萌黄へとボールを送ろうとした黒野。しかし、そんな彼は瞬時にパスをやめて足でボールを挟み跳躍。その瞬間、前線からもどり、横から不意打ち気味にスライディングを試みた人鳥が黒野の下を通る。

 

 

 

「いえ、ナイスです人鳥君!!」

 

「よく周り見てたね、流石ペンギン!!」

 

 

 

しかし人鳥が作った隙は無駄では無かった。人鳥のスライディングによって黒野が飛んだことにより、その僅かな滞空時間によって燈咲、紫藤の2人が間に合ったのだ。

 

紫藤が黒野の足に挟まったボールを蹴り、そのボールを燈咲が受け取る。

 

 

「っ!連携上手いな……!!」

 

「星舟先輩!!」

 

 

 

見事な紫藤と燈咲の連携に舌を巻く黒野。ボールを見事奪い取った燈咲は、逆サイドの星舟に向けて大きくボールを蹴る。

 

 

 

「周りをよく見て、ボールをしっかり見据えて………丁寧、にっ!!」

 

 

 

星舟の走る先に、速過ぎず遅過ぎず、星舟が蹴りやすいように配慮を込めたボールを送る燈咲。さり気ないプレーに垣間見得る実力の高さに、へぇ…と面白そうな顔で燈咲を観察する萌黄だった。

 

ボールが送られた星舟は、薫から習ったことをしっかりと頭に入れ、燈咲のボールをダイレクトでキック。一度ボールを持つと思っていた4番の尾白、2番の木倉のDF2人は一瞬虚を突かれた。その隙さえあれば、この男も十全に動けるというもの。

 

 

 

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」

 

 

「っ!豪炎寺さんの……いや、違う!」

 

 

 

チームの最大火力、刃金が回転しながら空中を駆け上がる。彼に燈咲が事前に与えた指示のひとつ。星舟にボールが送られたら、シュート体勢に入れ、というものだった。最初からシュートチャンスが巡ってくるとは思っていなかったが、刃金は内心で奮い立っていた。

 

 

 

「日本代表、ゴールキーパー!!今の儂が、この人にどこまで通用するのか、ここで確かめるっ!!!」

 

 

 

大会以外で、立向居と戦える機会はそう多くない。今回の練習試合はまさしくチャンスだと、刃金は認識していた。

 

 

豪炎寺修也。憧れのストライカー。彼を超え、世界一の必殺シューターになること。刃金の目標を達成する為に、必ず超えなければならない巨大な壁が、目の前にある。

 

 

 

 

「アイアン………トルネェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェドッ!!!!!!」

 

 

鈍い赤色、溶かした鉄のようなオーラを纏った脚を振り抜く。時間こそかかるものの、この技は刃金が自身で編み出した技であり、その威力はチーム内でも飛びぬけて高い。

 

しかもこの一撃、刃金の気合いが乗っているのか、今までの練習で放っていたものよりも熱気が乗っている。間違いなく、刃金の過去最高の一撃だ。

 

 

 

「ぶち抜けェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーしかし。

 

 

 

 

「…………ふっ!!!」

 

 

 

この男はーーーイナズマジャパンのキーパーは、規格が違う。

 

 

過去最高の刃金のアイアントルネード。進化こそしていないが、その威力は並のキーパーなら十分吹き飛ばせるほど。

 

 

 

それを立向居は、『()()()()()()』。

 

 

 

 

「んなっ……!?」

 

 

「ーーーうん。良いシュートだ。時間がかかり過ぎるのは難点だけど、この威力は凄いね!回転の仕方を意識すれば、もっと良くなるよ!それと、空中でシュートするのと逆の足を意識して。威力が伝わり切ってないよ」

 

 

 

一撃。右腕一本で、刃金の渾身の熱を霧散させてみせた立向居は、小さく頷きながら刃金へとアドバイスを贈る。これは練習試合。互いを高め合うためのものであるが故の助言だった。

 

 

 

「必殺技すら使わず……片手で止めた……」

 

 

刃金自身も確信出来るほどの最高を一撃を、必殺技すらなく、ノーマルキャッチで止められた。その事実を受けた刃金が俯く。

 

 

 

 

「………折れたか?」

 

 

近くにいた木倉が、心が折れたのでは、と呟く。

 

 

しかし、しかし、しかし。

 

 

 

 

 

 

「すっげぇ………日本代表の壁は、こんなに高いか!!!ははっ、やる気出てくるってもんだ!!次は必殺技使わせる!!必ずだ!!」

 

 

「うん、いい気合いだ。それなら、俺も全力で答えるよ。………それじゃ、攻めようか!!尾白さん!!」

 

「は、ひゃいぃ!!」

 

 

 

刃金の気合いを受けた立向居は、笑いながら右サイドの尾白にボールを投げる。舌を噛みながらもボールを受け取った尾白に向け、星舟がディフェンスに行く。

 

 

 

「えっと、その、と、通して頂きます!!メテオシャワーV2!!」

 

「っ!?きゃあああ!?」

 

「乃愛ちゃん先輩!!」

 

 

 

尾白が宙返りのようにしてボールを蹴りあげて自身も飛び上がり、空高くからオーバーヘッドでボールを打ち出す。瞬間、ボールが分裂し、まるで流星群のように星舟の周囲に落下。爆発して彼女の視界を塞ぎ、吹き飛ばした。人鳥が星舟の身を按じる声を上げるが、直撃していないようで、怪我もなく無事な様だ。

 

 

 

「ご、ゴメンなさい!!わか先輩ぃ!」

 

 

星舟に謝罪しながらも尾白は的確にパスを送る。受けたのは陽花戸のアンカー。五番を背負う守備的MF、太明だ。

 

 

「う〜ん……みんな頑張っとるから、ボクも頑張るば〜い……」

 

「そう簡単に行かせませんっ!!」

 

 

ふわふわとした太明からボールを奪おうと、燈咲が素早くチェック。しかし太明は慌てない。ふわふわとした雰囲気を崩さず、どこからともなく巨大なうちわを取り出した。

 

 

「へっ!?」

 

「よぉいしょ〜〜〜!!!真……お〜おう〜ちわ〜〜〜!!!」

 

「きゃあっ!?」

 

「ふふ〜〜……ボクもやるときゃやるんよ〜…?茉莉しゃん、パ〜ス!」

 

 

ぶおんっ!とうちわを大きく振り、風を巻き起こして燈咲を吹き飛ばす。悠々と通り抜けた太明は、右方向にパスを出す。そこにいたのは、太明と同じ3年生のMF、6番の文月。

 

 

 

「ナイス、和花子!!こっちも行くよ、真神風ダッシュ!!!」

 

「っ!!速いっ!?」

 

 

走りながら両手を広げると、彼女の周りを風が包み込み、瞬間的に空気抵抗を極限まで低くする。それにより、加速しやすい環境を作りだした文月は、秋風が目を見張るほどのスピードで駆け抜けて行った。

 

 

 

「決めなよ、立花!!」

 

 

 

ここで文月は、王野と立花の2人がフリーなことに気がつく。王野に送ろうかとも思ったが、青髪ポニテのDFーーー秋雨が近くにいた為、中央の立花にボールを送った。

 

 

「……よし、決める……!!」

 

 

ボールが送られているのを視認した立花は、ボールを受けてからシュート体勢に入ろうとしたーーーそんな彼に、影が差した。

 

 

 

「ぃよっと!!」

 

「っ!?」

 

 

 

その影の正体は、香沙薙だ。飛び上がった彼は、体を捻り、立花に送られるはずだった文月のパスをクリア。身体能力に任せて一気に前方まで蹴り飛ばした。

 

 

 

「(コイツッ、いつの間に!?さっきまでいなかったはず……!!)」

 

 

 

言葉に出さずに驚愕する立花。何故いなかった香沙薙が現れたのかーーー離れた位置から見ていた王野には理解出来た。

 

 

 

 

「あの金髪の選手………あれだけ離れた位置から、たった数歩で……!?」

 

 

 

離れた位置にいた香沙薙。初心者である彼はポジショニングが分かっておらず、パスが送られた際に焦った。その結果、彼は十数歩はかかる距離を、短く一気に加速に、文字通り()()()()()()のだ。それにより、ギリギリのタイミングでボールを蹴り飛ばすことに成功した。身体能力に任せた、無理矢理の脳筋プレーであった。

 

 

 

「ふぃー、あっぶねぇ………もっとこっち寄った方がいいのかねぇ」

 

 

 

危ないが、危機は脱したな!と呟く香沙薙。そんな彼の様子に小さくため息をつきながら、高い身体能力を改めて評価する秋雨であった。

 

 

 

「よしっ!!」

 

 

 

蹴られたボールを回収したのは、塵山灰飛。灰飛は周りを見て、パスコースが無いことを確認したあとそのままドリブルで上がっていこうとした。

 

 

 

 

「ーーーもらったぜ」

 

 

しかし、そこに現れた男が一人。

 

 

 

背番号10ーーーエースナンバーを背負った男。陽花戸のエースストライカーにして、支倉のかつての相棒。陸井だ。

 

 

「っ!?いつの間に…!?」

 

 

瞬時に灰飛からボールを奪い取った陸井に驚き、すぐさまボールを取り返そうと足を伸ばす灰飛。しかしそれを嘲笑うかのように素早く動き、灰飛の追撃をかわした陸井は、思いっきり地面を『踏み抜いた』。

 

 

 

 

 

「っ!アレは………!!」

 

 

 

遠く見ていた支倉が呟いた。この技は、自分が知っている技。あの頃と変わらない、彼の技だ。

 

 

 

「爆……グラウンドクラッシュ!!!!」

 

 

 

踏み抜いた地面の欠片。それをボールへと集結させた陸井は、そのままボールを力強くシュート。地面を抉りながら、ボールはゴールへと直進していく。

 

 

 

「っ!やべっ!!」

 

「しまっ、油断した…!」

 

 

センターバック、中央のDFである香沙薙と秋雨だったが、先程の香沙薙のプレーで気が抜けていたのかブロックに入れない。陽花戸のエースストライカーの一撃、それが森崎へと襲いかかった。

 

 

 

 

「立向居さん、俺が止めたことの無いザックのシュートを片手で止めた………!!俺も、負けてられねぇ!!」

 

 

それを見ても森崎は笑う。憧れの人から見せてもらったあのプレー。それを見て、闘志が湧いてこないわけはなかった。

 

 

 

「おおおおお!!!爆裂、パンチっ!!!!」

 

 

未完成だが、使うしかない。両手に熱気を込めた森崎は、ボールを見据えて連撃を叩き込んでいく。

 

 

 

「っ!?どわぁぁぁぁぁ!?!」

 

 

 

だがしかし。熱気が霧散するより早く。連撃が追いつかなくなるより早く。陸井のパワーは、そんな次元のものではなかった。耐えることすら出来ず、大きく吹き飛ばされた森崎はボールごとゴールに叩き込まれた。

 

 

 

 

陽花戸 1-0 神楽

 

 

 

 

「森崎っ!!」

 

「森崎君!!」

 

 

すぐさま近くにいた香沙薙と秋雨が彼に近づいて安否を確認する。

 

 

 

 

「〜〜〜〜〜〜!!!だぁぁぁぁぁ!!!止められなかったァァァァァァ!!!」

 

 

 

しかし森崎はガバァ!!と起き上がり、2人へと頭を下げる。

 

 

「すんません!!止められませんでした!!」

 

「おっ!?いや、お前は頑張ったよ!!それよりも、油断してた俺がわりぃ!!」

 

「私も油断していました…唯一シュートブロックができるというのに…」

 

 

森崎から謝られるとは思っていなかった2人は、目を丸くして自分も悪い、と謝罪する。

 

 

 

「いやっ!!止められなかったのはキーパーの俺の責任っす!!次こそ止めてみせます!!」

 

 

 

ドンッ!!と胸を叩いて止めると豪語する森崎。あれほどの実力差を見せられても、彼の心は折れるどころかより燃え滾っていた。それを見た香沙薙と秋雨はお互いに顔を見合せ、思わず笑い合う。

 

 

 

「よっしゃ!!次こそ任せろ森崎!!俺も手伝うからよ!!」

 

「私も、シュートブロックをかけて少しでも負担を減らせるようにしますよ」

 

 

「堅固ォ!!攻めは任せとけぇ!!次こそ儂がぶち抜く!!」

 

「僕もやるよ!!この試合でペンギンだしてやるー!!」

 

 

 

それが聞こえたのか聞こえていないのか。刃金と人鳥が最前線から森崎に声を投げる。

 

 

 

「指示出しは任せて下さい!きっと最善の策を講じてみせます!!」

 

「次こそはボールをキープしてみせる!!任せてくれ!!」

 

「私もさっきのパスの感覚を忘れないように、頑張りますね!!」

 

 

それに呼応し、燈咲、秋宮、星舟が。

 

 

 

「僕もカバー出来るよう、頑張って走るよ!!」

 

「次はこんなに簡単には抜かれない!!スピードじゃ負けたくないしね!!」

 

「次はあんな情けないことにならないように……!!僕もやりますよ、堅固!!」

 

 

 

さらに紫藤、秋風、灰飛が声を上げる。チーム全員が、本気で陽花戸に勝つために向かい合っていた。

 

 

 

 

「…………いいチームだね、森崎君」

 

 

 

信頼し合っている彼らを見て、立向居がぽつりと呟く。しかし、負けてやるつもりも毛頭ないのだろうが。

 

 

 

「なんでだ……なんでお前が出てこねぇんだよ……!!!」

 

 

一方で、目が曇ったようになっている人物の姿も見える。が、それに気がつく人物はこの場にはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っしゃあ!!!!みんな、頑張っていこうぜ!!!」

 

 

 



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Vs陽花戸②

 

 

 

「真バウンサーラビット!!」

 

「アイアントルネードっ!!」

 

 

 

兎のように飛び跳ねてから月を背後に地面にボールを打ち下ろした燈咲のシュートに、空中に飛んでいた刃金がチェインを重ねる。神楽中でシュート技を使える2人による同時攻撃、現実的に行える攻撃としては最高火力だ。

 

 

 

 

「はぁっ!!」

 

 

 

しかし、立向居は必殺技すら使わない、ただのパンチングでそれを弾き飛ばす。油断はしていないし、手を抜いている訳でもない。この程度の威力なら問題なく弾けるのなら、タメの必要な必殺技ではなくパンチングやノーマルキャッチで対応するのが最善、と考えたまでだ。

 

 

「クソっ!!重ねてもダメかっ!!」

 

 

 

刃金がチームの言葉を代表して述べるが、そう簡単に突破出来るとも思っていない。ここにいるのは日本代表に選ばれた、トップクラスの実力者。こちらとの実力差は大きい。

 

 

「ハハハッ!!さすがはキャプテン!!それじゃあ僕もいこうかな!!」

 

「そう簡単にはいかせん!!」

 

「さっきのリベンジ!!」

 

 

弾かれたボールを回収したのは、先程ブロック技で秋宮を翻弄した黒野。ドリブルで進もうとするが、そうは通さないとばかりに側面から人鳥が、正面から秋宮が同時に対応する。必殺技こそ使えない2人だが、今までの練習で培った動きは初心者とは思えないものだ。

 

 

 

「そよ風ステップV2ッ!!」

 

「げっ!?」

 

「なにっ!?」

 

 

しかし黒野はドリブル技を使用。まるで人と人の間を穏やかに吹くそよ風のように、流れるようなステップで2人を躱していった。

 

 

「っ!星舟先輩、あと3歩後ろに!!」

 

 

そのまま中盤のMF組にパスを通そうとした黒野だが、それより早く神楽側が動いた。

 

紫藤が黒野と最も近い場所にいる楽野との間に。

 

燈咲から指示を飛ばされた星船が逆サイドの文月に。

 

そして燈咲がDMFの太明に、灰飛がOMFでたり司令塔の萌黄にそれぞれマークし、綺麗にパスコースを切って見せた。

 

 

通常ならばロングパスを通せばいいが、右サイドのFWである王野の所までパスするには距離が長く、かつ秋風が近くにいる。ならば他2人のFW、陸井か立花に送ればいいとも思うが、そこには先程パスカットをして見せた高身長のCB、香沙薙がいる。ただロングパスしただけでは、先程のようにカットされて終わるだけだろう。

 

 

 

 

「………フッ!!」

 

 

 

そう、()()()()()()()()()()()()()

 

 

黒野はこの状態でのパスは面倒くさいと判断。しかし、他のディフェンダーに渡そうにも同級生の方はは逆サイドな上にパスのスピードは早くない、3年生の先輩の方はキック力が高い故に鋭いパスを送れるが、精度はイマイチ。なら。自分でやった方が手っ取り早い。

 

 

眼前で両手を交差させながら深くしゃがんだ黒野は、体を捻り回転しながら上昇。空気の気流を発生させながら空へと登っていった彼は、高く昇った所で上昇を辞め、ボールに気流を集めるエネルギーを溜め込んだ。

 

 

 

「スピニングトランザムV2ッ!!!」

 

「っ!?あの位置からシュートを!?」

 

 

 

螺旋回転しながら打ち出されたシュート技。ロングシュートでもないスピニングトランザムをあの位置から打ち出したことに塵山が驚くが、黒野は何も点を決めることを狙った訳では無い。

 

撃ち放たれたボールは、前線に走る陽花戸FWーーー陸井と立花の方へと送られた。ボールの下にはMFの楽野がおり、彼の判断次第でどちらにも送れる微妙な位置へとパスした故に、香沙薙はどちらに対応すればいいのかわからず一瞬足を止める。

 

 

 

 

「香沙薙君、10番の方に走ってください」

 

「っ!!任しとけ!!」

 

 

 

しかし、彼に素早く指示を送る存在が神楽中には存在した。もう1人のCBにして2年生女子、秋雨だ。フィジカルや身体能力面では香沙薙に大きく劣るが、その思考力と判断能力の高さは香沙薙にはない彼女の長所。そして指示を受けた香沙薙はなんの迷いも無く10番の陸井方面へと突貫する。

 

 

 

「っ!まぁエース止めに来るよね!!立花!!」

 

 

即座に楽野は飛び上がりボールの側面に蹴りを入れ、中央にいる立花へとパス。昨年の県予選覇者、陽花戸のレギュラーメンバーでも目を見張る程の身体能力を持つ香沙薙さえ躱せば、後に残るのは線の細い女のDFと爆裂パンチすら使えない弱小キーパーの2人のみ。一年生とはいえ陽花戸のスリートップの一角を担う立花ならば楽に突破出来るだろう。

 

 

 

「伝来宝刀改ッ!!!」

 

 

 

その足に黄金色の大太刀を宿した立花は、楽野から送られたボールに向けて一気に振り下ろす。黒野のスピニングトランザムのパワーも含んだその一撃はなかなかの高威力であり、秋雨と森崎の2人では真正面から止めるのは不可能だろう。

 

 

 

 

「………ふむ、単純ですね」

 

 

 

しかし、しかし。それを見ても不敵に笑った秋雨は、肩の力を抜いて自身の必殺技を発動させる。

 

 

軽く目を瞑り、まるで演奏を間近に控えたピアニストのように両手の指を軽く前に出すと、彼女の指一つ一つから細い《糸》が生成される。

光に反射し煌めく10本のそれは、留まることなく伸び続ける。そして一定の長さに達した時、秋雨は薄く目を開き、マリオネットを操るかの如く素早く指を動かしてその糸を編んでいく。

 

10本もある糸をなんの道具も使わず、己の技量だけで操ってみせる秋雨。まるで自分自身の身体の一部であるかの如く、刹那の迷いすらなく紡いでいく彼女は、ボールが眼前に迫った瞬間、片手で5本ずつ糸を掴み一気に引く。

 

 

 

 

「キャプチャーストリング………V2!」

 

 

 

秋雨が作り上げたもの。それは、10本の糸によって編み込まれた『道』だ。彼女の前から斜めに伸びているその糸の道は、立花のシュートを受けても破れることなく。それどころかボールはその道に沿って滑っていき、ゴールポストを大きく超えて飛んでいってしまう。

 

 

 

「っ!?シュートを、()()()()!?」

 

 

「パワーは高かったので、真正面には強いんでしょうね。ですが繋ぎ方が随分と荒かったので、逸らさせて頂きました」

 

 

驚愕する陽花戸側に向けて、秋雨は表情を崩さずなんてことないかのように言ってみせる。

 

黒野のスピニングトランザム、立花の伝来宝刀は、どちらも貫通力の高いシュートだ。ただ単純な威力よりも、シュートブロックが効きにくく、DFを経てもキーパーまで本来の威力に近いパワーで送ることの出来るシュート。つまり止まりにくい技なのであり、森崎の実力を考えれば彼らの技の選択は正しい。たとえブロックされても森崎までたどり着けば、余程削られていない限り得点は確実だからだ。

 

 

 

しかし、秋雨はそれを逸らしてみせた。

 

黒野のシュートを横から楽野が蹴り、そこに直接立花がチェインした先程のシュートはたかい威力に比べてエネルギーの制御が甘くなっていたのだ。秋雨はその僅かな隙間に糸を噛ませる事によって僅かに浮かせ、糸の道へと導いたのだ。

 

 

これを行う為には、僅かなズレすら許されない精密な糸の操作と、相手のシュートを的確に分析する観察眼が必要になる。秋雨有華という少女は、それを満たしていたのだ。

 

 

 

 

「うぉぉおおおおお!!!?アル先輩すっげぇ!!そんなこと出来たんすか!?」

 

「えぇ、まぁ。練習ではやりませんでしたが、上手くいってほっとしていますよ」

 

 

 

森崎が驚きのあまり叫びながら秋雨へと声を掛ける。

 

そう、秋雨は練習でこれを見せていないのだ。

 

そもそも彼女の『キャプチャーストリング』は、このように糸の道を作って逸らす技では無い。本来ならば指の糸で敵を搦め取り、ボールを奪い取るブロック技だ。本来は糸を操るのに四苦八苦し、扱うことすら難しい技。ましてやシュートブロックまで派生させるのはまさしく至難の技なのである。

 

 

それを十全に使いこなす技量の高さは、秋雨有華という少女の異色さを雄弁に語っていた。おおよそ試合をしたことがないとは思えないほどのその実力は、高い身体能力で敵を驚かせた香沙薙のそれとは対極のもの。彼が《剛》の選手だとすれば、彼女は《柔》の選手と言えるだろう。

 

 

 

 

 

「…………くそっ!」

 

「落ち着きなさい立花。………にしても驚いた、舐めてるつもりはなかったけど………ホントに初心者なの彼ら」

 

 

飛んでいったボールを回収しに行っているあいだ、陽花戸は集合して話し合っていた。

 

 

文月がユニフォームの首元で汗を拭いながらそう呟くが、それはチームの大多数の意見を代弁していた。初心者軍団、と同校の生徒に呼ばれていた彼らだが、戦ってみた限りでは初心者とは思えない選手が大半だ。

 

 

 

「あの金髪の3番(香沙薙)と青髪の2番(秋雨)のコンビは厄介ですね……上手く噛み合ってる。…………GKは口だけで大した事ないが」

 

「スピードならサイドバックの4番(秋風)もかなりのものでしたよ。あとあの小さい5番(紫藤)はカバーが上手いですね……」

 

 

立花と王野が驚きと共に神楽中のDF陣を褒める。それに合わせて楽野が口を開いた。

 

 

 

7番(秋宮)は初心者っぽいけど、結構いいパワーしてるねぇ……判断も早いし。あと、あの6番(塵山)、地味ーにパスコース切ってくるんだよねぇ………めんどくさい」

 

「え、えっと、その……は、8番(星舟)さんはパスコース作るのが凄く上手で…け、経験者さんなんでしょうか…?」

 

「んー、ボール持った時は初心者っぼいけどねぇ。でもパス精度は高かったし………あとあの9番(燈咲)は完全に経験者ですよね、指示出しこなしてましたし」

 

「ドリブルも上手だったけんねぇ〜………11番(人鳥)の子は周りばよぉ見とるねぇ……あとあの帽子、可愛かば〜い……」

 

「それ関係あんのか?10番(刃金)はパワーに関しちゃかなりのもんだぜ。まぁただそれ以外は微妙だし、シュートも勇気の奴を抜けるほどじゃねぇな」

 

 

 

各々が観察していた選手の情報を出し合っていく陽花戸中イレブン。彼らが初めての相手とやる時、それぞれが観察しやすい選手を観察して情報を共有するのはよくやるやり方であり、彼らなりのルーティンみたいなものでもある。

 

 

「………ちょっと陸井、聞いてんの?」

 

「……ア?あぁ、大丈夫だよ。気にすんな」

 

 

 

そんな中、いつもならここに率先して参加するエースストライカーの陸井が一言も発さない事に疑問を抱いた文月が話し掛ける。

 

が、陸井はどこかイラついたような雰囲気で気にするなと言う。どう見ても大丈夫ではないが、下手に追求しても仕方ないと思った文月は再び話し合いに参加、情報を共有していく。

 

 

 

「………よし。他にはないかな」

 

 

 

情報を一通り聞いた立向居が全員に尋ね、それぞれが頷いて肯定の意を示す。それを確認した立向居は1度全員の目を見てから、最後に自分たちの司令塔へと目をやる。

 

 

 

 

「問題ないよね、萌黄さん」

 

「もっちろーん!あの子の癖も、一通り見れたしね〜」

 

 

 

深い新緑を思わせる髪の彼女は、キャプテンにケラケラと笑いかけながら軽く言う。今までの情報、そして自分の確認したことを頭で纏めた萌黄は、各ポジションに軽い指示をだす。

 

 

 

「取り敢えず試合中にもっと細かく言うけど、まずDFは10番(刃金)の方を重点的に警戒ね!ペンギン帽子の彼もいい選手だけど、シュート技はまだ持ってないみたいだし。あんまりたっちむーばかりに負担かけないでよ〜?」

 

「誰に物言ってんだ、残念ゲームメイカーさんよぉ?」

 

「残念言うな!!……まったく、MFのみんなは必殺技での突破よりも素早く動いてパス繋ぐの意識して。んで、FWはチェイン禁止ね。さっきの2番(秋雨)ちゃんの技は荒があると逸らされるけど、個人技なら逸らせないと思うから!」

 

 

 

木倉がおちょくるようにそう言うが、この司令塔への信頼は確かなもの。去年のチームでも、新チームになってからも、彼女の指示に救われたことは少なくない。

 

 

 

「あ!後、あの9番(燈咲)ちゃんの対処は私に任せて〜。あの子のやり方も読めてきたし、癖も見えたし!『兎狩り』はお任せあれ〜!」

 

 

 

燈咲は優秀な司令塔だ。しかし、優秀故に付け入る隙もある。そう笑う萌黄を見て、立向居は一度手を叩いて全員の意識を自信に向ける。

 

 

 

 

「………さて!みんなもさっき陸井が点取った後の神楽中を見てたよね?彼らは本気で俺達に勝つためにぶつかってきてくれている。それならこっちも手加減無しでやるのが礼儀だ………無茶なプレーは許さないよ、栄作」

 

「……わぁーってるよ。なんでもねぇから心配すんな」

 

「ならいいけど。………さて!そろそろ試合が再開する。みんなポジションについて!」

 

 

そう立向居が指示を出すと、全員が返事をしてポジションに着く。立向居自身、ゴール前に戻ると、先程の話し合いの中で発せられた言葉を反芻する。

 

 

 

 

 

『GKは口だけで大した事ないが』

 

 

 

 

「…………俺たちのサッカーを、全力を見せてあげる。だから君の実力を………君のサッカーを見せてくれ」

 

 

 

同じ人を目標にする者として。同じ人に憧れた一人の男として、首にスカーフを巻いた彼に向けて小さく呟いた。

 

 

 







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『相棒』

活動報告にて、神楽中追加メンバーの発表をしております〜。よければ御一読下さい


 

 

 

「あーあ、やっぱりか」

 

 

 

誰かがそう零した。彼らは傍から見ているだけ。そんなことを言う権利なんて無いはずだが、これを見ればそう言わざるを得ないだろう。

 

 

平々凡々、何も無いことがとりえといっても過言ではないこの神楽中。そんな神楽中で新設されたばかりのサッカー部と、県予選を制した陽花戸が試合をする。

 

 

万人、誰がどう見ても陽花戸の圧勝というのが当たり前の見解。勝負にすらならず、前半も終わらぬうちに2桁得点されればまだいい方、下手したら100点ゲームになるんじゃないか、なんて笑っている奴らもいたほどだ。

 

 

 

しかし、そんな前評判を覆した神楽中は、強豪陽花戸と見事に渡り合って見せた。伝説の後継者にして現世代最強キーパーである立向居に阻まれこそしたもののシュートまで持って行けることも少なく無く、もしかしたら、というジャイアントキリングへの期待も感じさせる程。実際、今グラウンドの周りには多数の生徒達が試合観戦の為に立ち見したり、芝生などに座り込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

「くっ………!!」

 

「ありゃりゃ〜、焦ってるねぇ。でもまっ、そう簡単に好き勝手やらせてたら怒られるからさ〜………ゴメンね?」

 

 

 

一一一しかし、現実はそう甘くなかった。

 

 

 

苦悶の表情を浮かべながらギリギリのところでボールをキープする燈咲。傍から見れば萌黄のディフェンスを上手く躱しているようにも見えるが、実際は萌黄がボール奪取ではなく、妨害とパスカットに重きを置いているからなんとかキープ出来ているだけ。

 

どうにかしてボールをキープし続ける燈咲は、周りを見渡してパスコースを探す。しかし、彼女の視界に写り込むのは味方である神楽中の面々ではなく、敵である陽花戸中の面々。

 

 

 

「(パスコースが塞がれてる……!しかも、これは………!!)」

 

 

 

萌黄が事前に出していた指示によって、神楽中サイドのパスコースは全て切られている。当然星舟や秋宮、人鳥も下がってきてパスを受ける為にディフェンスを振り切ろうと動くが、それを遥かに上回る動きを見せる陽花戸によって対応されてしまっている。

 

 

 

「(こうなったら自分で行くしか………)」

 

「こうなったら自分がドリブルで切り込むしかない…って顔だね?」

 

「ッ!!」

 

 

 

一気に反転してドリブル技で躱し、ギリギリまで切り込んでからバウンサーラビットで立向居に触れさせずに決めるしかない。そう考えた燈咲だが、萌黄から静かに指摘されて動揺する。

 

陽花戸中3年MFにして司令塔を務める萌黄。普段はオタクな上に腐っていらっしゃるので一部のチームメイトを見てハァハァしているまさしく残念な女だが、試合となればその顔はなりを潜め、極めて合理的で、かつ裏の読めない厄介な司令塔としての顔を覗かせる。

 

 

 

「もう観察させてもらったからね〜。君の考え方、癖、得意なプレーはあらかた把握出来たし………それと一つだけアドバイスね。私だけを注視するのは危険だよ?」

 

 

 

ちろりと舌を出してそう告げた瞬間、燈咲の背筋に悪寒が走る。第六感とも呼べるその感覚が、彼女の脳内に特大の警報を鳴らして警戒を促す。考えるよりも早く、脊髄反射の如く左足を動かして、ボールを秋風の方に向けて飛ばす。

 

 

 

「ありゃ、バレとった〜………」

 

 

瞬間そこに現れたのは、萌黄の後ろにいたはずのDMF、太明。気配を殺すことに長けている彼女は萌黄に隠れて足を伸ばし、ボールを奪おうとしたがギリギリのところで燈咲がそれを躱すことに成功した。

 

 

燈咲は優秀な選手だ。この初心者軍団の中で数少ないリトル経験者であり、サッカー歴も長い彼女は間違いなく現神楽中の中核を担っている。初心者だらけでチームを組んで日の浅い神楽中がまともに連携を組めているのも、フィールドプレイヤー勢の才能の高さに加えて彼女の存在、そしてフォローの上手い紫藤がいるのが大きい。燈咲が指示を出し、周りがそれをこなし、空いた穴を紫藤がフォローする形でギリギリチームとして成り立っている。

 

 

 

 

「______読めてるよ」

 

 

 

しかし、そんな燈咲の咄嗟をプレーを嘲笑うかのように。ボールを受けようと走り込んでいた秋風の前に、萌黄からの指示を事前に受けていた文月が現れボールをカットした。

 

 

 

「っ!?なっ………!!」

 

「タイミングドンピシャ!さっすが潤香!!」

 

 

 

ボールを見事にカットした文月。この至近距離では秋風も特訓していたブロック技は使えず、身体をぶつけてディフェンスしようとするがそれは不得意分野。テクニック、パワーともに文月が勝っており、逆に押し込まれて体勢を崩してしまう。

 

 

「女子だからって簡単に押し負けないわよ!!………フッ!!」

 

 

 

次いで文月は大きくボールを蹴りあげ跳躍。両足を広げて空中で横に回転すると、彼女の両足に纏うようにして虹が出現。ゆっくり、ゆっくりと回転した彼女はその虹を片足に集中させると、そのままボールをシュートした。

 

 

 

「レインボーループV3ッ!!」

 

 

 

ボールと共に虹が空を駆け、その軌道に応じて地面に美しい花々が咲き誇っていく。些かメルヘンチックなこの必殺技だが、彼女の1つ上の先輩にしてFWの松林から受け継いだシュート技。その威力は見た目以上に高い。

 

 

 

「くっ………キャプチャー、ストリング………V2ッ!!」

 

 

 

そして単独シュートであり技量の高い文月のシュートは、秋雨が逸らしてみせたシュートに比べて荒がない。付け入る隙の少ない故に先程のように道を作って逸らすやり方は使えない為、10本の糸を一点で重ねてシュートブロックをかける。

 

 

しかしキャプチャーストリングはその応用性に比べて真正面からの守備力は高くない。所詮は糸、いくら10本を重ねたとはいえ止めるには至らず、容易く切れてしまった。

 

 

 

 

「爆裂!!パンチィ!!!………のわァァァァぁッ!?」

 

 

 

そうなると最後の砦はこの男、キャプテンの森崎になるのだが、未だに爆裂パンチを習得すら出来ていないこの男に止められるはずも無く。虹と共に迫ってきたシュートに拳を叩き込んだ森崎諸共ゴールネットを揺らした。

 

 

 

 

 

「あぁっ、秋雨さん、森崎君……だ、大丈夫なのかしら……!?」

 

「アルちゃんは直接ブロックしたわけじゃないので大丈夫だと思います……けど、森崎君………!」

 

 

 

試合を見守っていた顧問の田中先生は、目の前で起こっている光景に目を白黒させながらも教え子達が飛ばされる度に心配そうに呟いている。いつでも助けられるように救急箱を抱いた状態の顧問の隣でスコアシートを付ける薫は、シュートブロックしたとはいえ糸による間接的なブロックの秋雨よりも直接吹き飛ばされている森崎を心配する。

 

 

 

ただ、薫が心配しているのはただ飛ばされたからではない。1度や2度では問題なく起き上がるのがあの森崎であり、事実今もすぐに起き上がって秋雨や香沙薙に謝罪している。

 

 

薫が心配する理由、それは____________

 

 

 

 

 

「これで………17点目………」

 

 

 

 

_________吹き飛ばされるのが、1度や2度では無いからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………自力の差が出たなぁ………」

 

 

 

一人、生徒会室にいる支倉。彼女の目の前で広がる光景は、彼女にとっては予想出来たこと。最初こそ、見事なプレーでシュートまで持っていった神楽中だったが、それ以降は完全に押されている。得点は17-0で陽花戸の圧倒的優位。神楽中でシュート技を使える2人では立向居に必殺技すら使わせることの出来ないこの状況。100人が見れば100人とも、『勝ち目がない』と言うだろう、それ程までの力の差。

 

 

 

「身体能力の面では負けてない………いや、むしろ香沙薙君とか秋宮君は勝っとるからなぁ………」

 

 

 

自力の差が出た、とは言ったものの、それはかつて雷門中が帝国学園との練習試合で大量得点されたあの試合のようにそもそもの身体能力が足りていないのではない。むしろ香沙薙や秋宮、刃金などのパワーに優れた面々は運動能力という面においてはマッチアップしている相手と同等、もしくはそれ以上のものを持っている。

 

 

 

しかし神楽中が大きく負けているのも事実。そうなっている要素は幾つか挙げられる。

 

 

 

 

まず1つ、必殺技使用者数の圧倒的な差、及び練度の差。

 

 

現状、神楽中で必殺技を使用出来るのは刃金、紫藤、秋雨、燈咲、森崎のたった5人。使ってこそいないが片鱗を見せているのは秋風、そして灰飛の2人。そのうち、複数使えるのは燈咲のみで、ブロック技を使えるのは秋雨のみ。

 

対して陽花戸中は、全員が複数の必殺技を習得、そしてその殆どを進化させている。当然だ、県予選覇者は伊達では無い。いくら立向居がずば抜けているとはいえ、彼らも陽花戸のレギュラーとなれるほどの実力は持っているのだ。身体能力が同等でも、やはり必殺技という要素は大きい。いくらディフェンスで防ごうとしても、必殺技で強引に突破されれば神楽中には対応出来る手が少な過ぎる。

 

 

 

 

 

2つ目は、試合慣れしているか否か。

 

 

陽花戸中は当然ながら公式戦、練習試合含めて幾度と無く試合をこなしている。部員数も多い陽花戸は日常の練習にもミニゲームを組み込めるため、必然実戦に近い状況で練習出来る。なので試合に対する経験値が豊富な選手が多い。試合でも練習で培ったいつもの力を出すことが出来る。

 

 

 

だが神楽中は何度も言っているが初心者の集まり。この試合に向けて連携の特訓もしてきたが、それよりも基礎を固める練習時間の方が圧倒的に割合を占める。

彼らが一時的にでも陽花戸と対等に渡り合ったのは、陽花戸側が不意をつかれたこと、そして燈咲が細かく指示を出していたからだ。各々が判断する場面も燈咲に一任することにより変わらない動きを実現する。確かに有効な手ではあったが、その司令塔たる燈咲が萌黄に捕まってしまった為に一気に瓦解してしまった。

 

 

このまま捕まったままでは、判断力に劣る神楽中は陽花戸を捉えることは不可能に近い。試合に慣れているか否かは、大きな差を作るのだ。

 

 

 

 

そして、3つ目。最後にして最大の要因。

 

 

 

 

 

「____________主軸となる選手の………両キャプテンの、圧倒的な実力差」

 

 

 

 

陽花戸中キャプテン、『伝説の後継者』と呼ばれる立向居勇気。チームでも突出した火力を誇る刃金の一撃であっても必殺技すら用いないその圧倒的なセービング能力は、チームメイトに多大な安心感を与える。彼が後ろにいるから、という信頼によって、陽花戸の選手達は本来の実力を出し切れているのだ。

 

 

 

______反対に、神楽中キャプテンの森崎は、はっきり言って実力不足という言葉すら生温いほど。FWのシュートどころかMF、果てはDFの木倉のシュートすらも止めることの出来ない彼では、チームメンバーに……特に経験者組に大きな焦りを生む要因となってしまっている。表には出ずとも、潜在意識が思ってしまっているのだ。『彼では止められない』と。

 

 

 

片や最強のキャプテン

 

 

片や最弱のキャプテン

 

 

 

その差は何よりも埋めがたく、如実に現れる。お互いが同じポジションにして、換えの聞かないGKであることもそれに拍車をかけている。

 

当然だ。立向居はイナズマキャラバンに参加し、独力でゴッドハンドをマスターし、ムゲン・ザ・ハンドを習得し。更には日本代表として円堂守と肩を並べ、彼が不在のアルゼンチン戦では見事試合中に魔王・ザ・ハンドを編み出してみせた傑物。そんな彼と、一年独学で特訓して熱血パンチしか使えない無才の森崎では、文字通り立っている次元が違うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____________しかし、しかし。

 

一つだけ…一つだけ、支倉の中に浮かぶ、可能性。

 

 

 

 

 

 

「っアァ!!!!次こそ止める!!!」

 

 

 

あの夜の日。森崎の特訓を眺め、情けない姿を見せてしまったあの時に見えた森崎の利点。あの時は少し見えただけだったが、こうやって試合を見ることでそれを明確にすることが出来た。

 

 

 

森崎には才能が無い。いっそ残酷なまでに、神という存在が本当にいるのだとしたら何故彼の情熱と同居させたのか、問いただしたくなるほどに。人の何倍の努力をしようと、それが報われるような見返りの無い森崎。

 

 

 

 

そんな彼には、一つだけ方法があった。他者ならば絶対にやらないような………いや、絶対にできないやり方。既存の考えでは確実に馬鹿であると言われる方法だが、森崎に最も適している戦い方。

 

 

 

それに支倉は気がついている。高い経験故か、一歩離れた位置から見てきたが故にか。彼女は辿り着いた。森崎に適した唯一の戦い方。彼がこれから強豪たちと戦えうるたった一つの可能性を。

 

 

 

伝えようと思った。あんなに努力している後輩が、毎日血のにじむような特訓を重ねながらも笑っていられるほど強い想いを抱いている彼が報われないだなんて、そんなのあんまりにも残酷だ。自分がこれを教えれば、森崎は少なくとも1つ上の段階に進める。そうすれば、彼の夢が実現する可能性が僅かながら生まれるかもしれない。

 

 

頑張る彼を、自分がもう持っていないものを大切に守っている彼を助けたい、報われて欲しいと、支倉は心から思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やるわけないじゃんそんなの』

 

 

「っ!!!!」

 

 

 

 

不意に思い出される言葉。瞬間、支倉は固まり、顔を青ざめて大粒の汗を流し始める。呼吸も次第に荒くなり、全身の力が抜けていく。咄嗟に窓際に手を乗せて身体を支えるが、身体の震えは収まらない。奥底から湧き上がってくる、根源的なその恐怖感は、この2年間彼女が幾度と無く感じて来たものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

少しばかり、昔話をしよう。

 

 

 

支倉静穂という少女は、小さい頃からサッカーをやっていた。切っ掛けは分からない、気がついた時には彼女は既にリトルチームに所属し、サッカーをやっていたのだから。

 

 

そんな彼女には、相棒がいた。リトルチームに入る前から必殺技を身につけていた彼女だが、その年齢で必殺技を使いこなせる選手はそう多くなかった。特に当時の日本は世界的に見てサッカーレベルは低く、都市部と違って彼女以外に必殺技を使えるチームメイトは存在しなかったのだ。

そんな中で、唯一彼女以外に必殺技を使えた男の子がいた。ガタイのでかい彼は同じポジションであり、竹を割ったような単純明快な性格も相まってすぐに打ち解けることができた。

 

 

 

それからはその彼と一緒にいる機会が多かった。サッカープレイヤーとしてのレベルも同じくらいであった2人は、相棒であり、かつライバルでもあった。互いに切磋琢磨しあった2人は、小学生にして2つ名で呼ばれるほどにまで成長。将来はフットボールフロンティアで活躍するのではないか、と密かに噂させるようになった。

 

 

 

そんな2人も進級を重ね、中学生に。通うことに決めたのは近くにある無名校、神楽中。どうせなら1からサッカー部を作ってフットボールフロンティアに殴り込んでやろう、と笑いあった2人は入学して早々に勧誘を開始。フットボールフロンティア優勝のために色々な人に声をかけた。それはもう片っ端から、クラスどころか学年、果ては先輩達にも。それこそ、森崎達のように熱心に、だ。

 

 

 

 

 

『はァ?なんで私がそんなことやんなきゃなんないの?』

 

『フットボールフロンティア優勝って………帝国学園がいるのに出来るわけないじゃん。ただでさえ千羽山が同地区なのに』

 

『リトル時代に有名だったらしいけど………調子乗ってんじゃないの?てか、勧誘必死過ぎてウケるんだけど。キッモ』

 

 

 

 

しかしまぁ、彼との違いはその気持ちを、熱意を、願いを………彼女の声を理解してくれる人物がいなかったことだろう。

 

幾ら2人で勧誘を続けても、誰一人として入部してくれず。それどころか、絶対王者『帝国学園』の実力を分かっていない馬鹿であると後ろ指を指されて笑われた。

 

 

 

特に、支倉への当たりは強かった。体格に優れていた彼に比べ、あまり背が高い訳でもなく、迫力がある訳でもない上に女性の支倉は、敵に回しても怖くない………陰口の対象には、もってこいだったのだ。

 

 

『現実の見えていない愚か者』

 

『夢見がちな馬鹿女』

 

『昔の自分のままで通用すると思っているおめでたい奴』

 

 

 

何度も、何度も、何度も何度も何度も。

 

 

彼の耳には入らないように、支倉にはわざと聞こえるように。

 

しかし支倉は、『いい子』だった。それだけ言われても誰かに当たるようなことはしなかったし、両親や相棒に心配かけないように、それらの罵倒を自分の心の中にしまっておいた。いや、『しまいこんでしまった』。

 

 

 

いくら支倉が優しく、心の広い人間であったとしても。誰にも相談出来ずに、一人でその罵詈雑言を受け止められるほどに成熟している訳では無い。言われれば言われるだけ、彼女の心は疲弊していくのは自明の理。日に日にストレスを溜め込んでいく彼女は、それでも耐え続けた。何日も、何日も。

 

 

 

そんな状態でも、支倉はギリギリのところでその熱意を保っていた。理由は単純、一人じゃなかったから。

 

相棒が隣にいたから、陰口を叩かれ愚かだと蔑まれようと、自分はサッカーが好きであり、それを理解してくれる人がいたから、支倉は大丈夫だった。

 

 

それから、どうにかして顧問になってくれるという先生を見つけることが出来た。そして先生と話し合い、先んじて練習道具を発注してくれることとなり、あとは部員を見つければサッカー部として活動出来る!と思った、そんな時。

 

 

 

 

 

『_______転校?』

 

『わりぃ……入学して早々だが、親父の職場が移動になってな………陽花戸に移ることになっちまった』

 

 

 

 

______何かが、砕けるような音がした。

 

 

共に戦うと誓った相棒。しかしそんな彼も、彼女の元から離れていくことになった。

 

 

分かっている、これは彼の意思ではない。仕方の無い事であり、誰も悪くない。

 

 

『………なぁ静穂、お前も陽花戸に行かねぇか?この学校の奴らははっきり言って駄目だ、誰一人として上を見ようとしてない。自分が上に行こうとせず、下を見つけて優位にたった気になってる奴らばっかりだ!!なぁ、一緒に陽花戸中に行こうぜ!?向こうはまだ無名だが、サッカー部もちゃんとある!お前は____________支倉静穂は、こんなとこで終わる女じゃねぇだろ!?』

 

 

 

 

一緒にプレイしようと誘ってくれた。唯一無二の相棒からそう言われて悪い気はしない。出来ることならここから離れたい。誰一人として話を聞いてくれないここよりも、思いを共有出来る相手がいる場所の方が良いに決まっている。

 

 

 

 

 

 

 

………違う。本当にそうか?本当に、彼は心から自分を誘ってくれているのか?

 

 

 

そんな人物じゃないことは知っている。だけどもしも。もしも彼が言っていることが心からではなかったら?

 

支倉は女性。彼は男性。当然ながらこれから先、体格的に有利になっていくのは男性だ。支倉の成長は既にピークを過ぎているのに対し、男子達はこれからが成長期真っ只中になっていくだろう。

 

 

つまりこれから先、肉体面において相棒とは大きな差がついていく事になる。

現状は、実力は互角だ。でもそれは今だから。これから成長して、2年、3年となれば、どちらがより強力なシュートを打てるようになるかは子供でもわかるだろう。

 

そんな自分を本当に相棒は望んでいるのか?リトル時代の約束を律儀に守ろうとしているだけであり、本心は必要としていないのでは?

 

 

 

 

 

 

 

______自分に彼を『相棒』と呼ぶ資格はあるのか?

 

 

 

脳内をぐるぐると駆け巡る幾つもの疑問。いつもの彼女ならば笑って一蹴してみせるそんな事が、今の彼女には違和感として残り続けた。残り続けてしまった。

 

 

 

そして同時に、よりにもよって唯一自分に味方し続けてくれた彼を疑っている自分自身に嫌悪した。

 

だけど止まらない。止められない。一度湧き起こったこの悪感情は、どうしても抑えることが出来なかった。

 

 

疑いたくない。だけど疑ってしまう。だから、支倉は思った。

 

 

 

 

 

『………そっか!!仕方ないやん、栄作は悪くないで?()()()()()()()()()()()()()()()()!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

__________もう全部諦めれば、楽になれると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………は、はは………ほんっと、情けないなぁ………あんなに頑張ってる子達みて、アルちゃんがわざわざこんなもの用意してくれて……森崎君から、待ってるって言われて………まだ、裏切られるかもって、どっかで思っとるなんて…………ほんと、とことん救えん女やなぁ、うち………」

 

 

 

自嘲するように呟いた支倉。

 

 

既に彼女の心は、一度折れてしまっている。人よりも強い心を持っていた彼女だが、それ故に折れた心を直すためには大きな切っ掛けを必要としていた。

 

 

 

だがしかし。彼女の心を取り戻す為のきっかけは、彼女を助けるために尽力した『一人の少女』の手によってすぐそこにまで迫っていた。

 

 

支倉を救う為に力を尽くしていた少女には、彼女を救い出す事は出来なかった。その少女に出来ることは、彼女がこれ以上傷つかないように、深く沈みこまないように必死に繋ぎ止めるだけ。

 

 

しかし少女は見つけることが出来た。彼女を救える可能性を持った人物を。

自身の親友の心を軽くして見せた、陽だまりのような少年が、凍りついてしまった支倉の心を溶かしてくれる事を願って、少女はその少年達と共に前に向かう。

 

 

支倉がかつての自分を取り戻すまで、後______

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでだ………!!!なんで出てこねぇんだ………!!!」

 

 

 

陸井栄作は苛立っていた。普段の温厚な彼からは考えられないほどに、プレーに荒々しさが顕著に現れるほどに。

 

 

理由は、単純なもの。いるはずの人物が姿を見せていないから。たったそれだけ。

 

 

 

この学校には、自分の相棒がいる。同じリトルチームで切磋琢磨し、同じ学校に進学し、自分の都合のせいで別れた相棒が。

 

 

陸井にとってこの神楽中には、いい思い出が無い。どの生徒も前に進もうという意思がなく日々を惰性で生きている。何かに熱中するような人間は皆無であり、かつて自分や相棒が勧誘した時は見向きもされなかった。

 

なのに陽花戸に転校し、全国大会に出場すると、かつてのクラスメイトたちはこぞって自分に連絡を取り始めた。かつて見向きもしなかった癖に、『凄かったね』『自分は信じてた』など心にも無いことを書き連ねながら、チームメイトを………特に立向居や、女性陣を紹介するように頼んできた。当然ながら返信すらしなかったが。

 

 

そんな神楽中でサッカー部が出来た。そしてわざわざ、自分宛に練習試合の申し込みが来た。

 

 

 

やっとだ。やっと、信じられる仲間を集めることが出来たんだ。自分の相棒は、やってのけたのだと歓喜した。だからすぐに申し出を受け、立向居に頼んで正式に練習試合の申し込みを受諾した。

 

 

 

だが蓋を開けてみれば相棒はいなかった。キャプテンを務めているのは一年生で、二年生はいても自分と同い年の三年生の姿は無し。体調が悪いのか、はたまた理由があって入部していないのか。真っ先にその可能性にたどり着きはしたが、それならば試合を観戦していないはずはないし、自分に連絡のひとつも入っていないのが疑問だった。

 

 

 

 

 

『話聞かないし、飽きたんだろ』

 

 

 

 

脳裏を掠めるその言葉。

 

有り得ないとは思っている。だって彼女は自分よりも強く、そして自分よりもサッカーが好きだったのだから。そんな彼女が、サッカーを辞めるだなんて信じられるわけがなかった。

 

 

 

 

でも、ならば何故あいつはここにいない?

 

 

今試合している彼らは、互いを信頼し合っている。少なくとも、かつて自分が見てきた奴らとは根本から違う。

 

 

そんな彼らの中にあいつがいない理由は?彼らが入部を断ったのか?だがそんなふうには見えない。

 

誘われなかった可能性もあるが、あいつならサッカー部ができたと知れば自分からいくだろう。ならば何故?なんでいない?

 

 

 

 

「______い。………おい?おい、栄作!?」

 

 

 

 

不意に背後から声が聞こえた。それと同時に肩を強く掴まれる。ハッ、と意識を取り戻し背後を振り返れば、険しい表情をした自分たちのキャプテンがそこにいた。

 

 

 

「お前、ほんとにどうしたんだよ。神楽中と試合したいって言ったの、栄作だろ?そんな態度で試合するのは彼らに失礼だぞ」

 

 

 

 

そう言って諌める立向居。今までの陸井のプレーは、イラついた状態で八つ当たりのように荒いプレーが目立っていた。目の前の彼らに集中している様子もなく、見かねた立向居が陸井の元へいって苦言を呈したのだ。

 

 

 

 

「………わりぃ。大丈夫だ、気にしないでくれ」

 

「………これ以上あんなプレーをするようなら下げる。相手の怪我に繋がるし、目の前の相手に集中出来ない選手を出すのは失礼だ」

 

 

 

立向居からそう言われ、先程までの気持ちを落ち着けようと必死になる。

 

 

そうだ、落ち着け。今は苛立ってるから嫌な考えが頭をよぎってるだけだ、アイツはここに来れない何かしらの理由があるんだろうと、無理やり納得するように心の中で何度も反芻する。

 

 

 

ふと、気持ちを切り替えようと思って空を仰ぐ。顔を上げ、怒りを鎮めるように大きく息をし、目を開いた時____________

 

 

 

 

 

 

 

____________彼女が、いた。

 

 

 

 

「……………あ………」

 

 

 

目が合った。

 

 

 

彼女は、申し訳なさそうな顔で。自分のよく知る彼女とはかけ離れたそんな顔で、目を逸らした。まるで、自分を見ないでくれと言わんばかりに。

 

 

 

 

 

なんでだ。なんでお前がそこにいる。

 

 

おかしいだろう。だってお前はサッカーが好きだったじゃないか。

 

 

 

そんな場所で、眺めるだけなんて。自分から、そんな顔で目を逸らすなんて、まるで、まるで______

 

 

 

 

 

 

あぁそうか。

 

 

理解した。理解してしまった。

 

 

 

 

折れてしまったのか。諦めてしまったのか。止まってしまったのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

もう俺の知っている『お前(相棒)』は、いないんだな。

 

 

 

 

 

 

「…………は、ははは………」

 

「……?栄作?」

 

 

 

戦えると思っていたのは自分だけか。またサッカー出来ると楽しみにしていたのは俺だけだったか。

 

 

あぁもう、なんだか。

 

 

 

 

 

「悪いな、立向居」

 

「……いきなりどうしたんだ?」

 

「自分からここと試合したいって言っといてなんだけどよ…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、終わりにしよう」

 

 

 

 

 

どうでもいいや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合再開、神楽中のスローインで秋風が塵山へとボールを投げ、そのまま燈咲へと繋ぐ。

 

 

 

「いかせないよ〜?」

 

「っ!また……!」

 

 

 

しかし彼女の前にすぐさま敵の司令塔、萌黄が立ち塞がる。この試合、萌黄にほぼ完封されている燈咲は表情を歪めるが、即座に脳内で彼女を躱すためのシュミレートを開始。

 

 

 

バックパス…駄目。さっき防がれた

 

ドリブル突破…無理。彼女自身の実力の高さもそうだが、後方に控えている太明もいる。

 

秋宮、星舟のどちらかに預けてからパス要求……没。何度も試しているが、2人に預ける前にコースを読まれてカットされている。

 

 

 

それ以外にも複数の方法を算出するが、どれもこれも止められている。

 

 

「(奇抜な方法を試しても、相手の対応力が高くて有効とは言えない……厄介な!)」

 

 

舐めているつもりはなかった。しかし、立向居勇気という巨大過ぎる壁に目がいっていたのも事実だ。萌黄という選手は、単体で十分に警戒しなければならないだけの実力を持っている。それを再認識する。

 

 

 

こうなったら、と燈咲は萌黄が近づいてくるよりも早くボールを高く蹴り上げ、自身も一気に跳躍する。

 

 

彼女のドリブル技である【ラビットステップ】は、不規則に相手選手の周りを跳ね廻る技だ。通常ならばこちらの方が有効だが、既に萌黄に止められているので使っても結果は見えている。それならば、他者よりも優れている自身の跳躍力を使って彼女に近寄られるより早く躱してしまおうと考えたのだ。

 

 

 

「………いい判断だねぇ〜。常に最善手を選択する……うん!模範的で、実力の高い司令塔だ!」

 

 

 

 

しかし、そんな燈咲の身体は______

 

 

 

「………でも、甘々ちゃんだね〜……!」

 

「っ!?コレは…!?」

 

 

 

 

______空中で、静止した。

 

 

突然のことに戸惑っている燈咲の視界に映り込んだのは、片手で眼を抑え、指と指の間から瞳を覗かせている萌黄の姿。間から垣間見得る瞳は怪しく、赤黒く光り輝いていた。

 

 

 

 

「呪眼縛鎖、改………!!ふふふふふ、邪眼の力を舐めるなよ……!!」

 

 

 

ドヤ顔で言ってのけ、ボールを回収した萌黄を見た燈咲の一言。

 

 

 

 

「………え、ダサい………」

 

 

 

心から漏れ出た彼女の本音である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「萌黄、ボールくれ」

 

 

静かに要求してきた自分たちのエースストライカー。いつもと違う雰囲気に疑問を覚えながらも、3人のFWの中では最も実力の高い彼に任せるのが最善か、とフィールドを見て考えた萌黄は特に何も言わずにボールを送る。

 

 

 

 

 

「よっしゃこぉい!!!次こそ止める!!」

 

 

 

グローブを叩いて鳴らし、こちらをしっかりと見つめてくる相手のGK。確か、彼がキャプテンだったか。立向居に負けないって言いながらも、実力は正直、彼が一番初心者に見えるほど低い。

 

だが立向居が興味を持っていたし、チームメイトから信頼されている様子を見れば悪い奴ではないのだろう。もし彼が自分や彼女と同じ年代で、この学校にいてくれたなら、とは思わずにはいられない。

 

 

 

だけど今は。今だけは。

 

 

 

何度ぶち抜かれても諦めない心構えが。

 

仲間を信頼していると言いたげな様子が。

 

誰よりも燃えたぎっているそのやる気が。

 

 

 

サッカーが、楽しくて仕方ないのだろうと察せるその笑みが。

 

 

 

 

 

全て、全て、全て……癪に障った。

 

 

 

 

「__________________ァアッ!!!」

 

 

 

 

全身にエネルギーを張り巡らせ、力を集結。渾身の力で地面を踏み抜くと、その気迫に押された様にして地面が隆起、岩塊が幾つも浮かび上がっていく。

 

 

ボールを頭上に飛ばすと、その岩塊一つ一つが次々にボールを中心に合わさり、次第に巨大な1つの巨大な岩へと変貌する。

 

 

 

「ちょっ!?それ使うなんて聞いてない…!!」

 

「うっそ……未進化の熱血パンチしか使えないキーパーにそれはまずいでしょ!?」

 

 

 

パスを送った萌黄が目を見開く。同時に、理解出来ないとでも言いたげに楽野が慌てた声を上げる。

 

 

酷く見覚えがあるモーション。それもそのはずだ…このシュートは、かつて日本中を混乱の渦に陥れた【エイリア学園】のファーストランクチーム、『イプシロン』が使用した技を元に陸井が開発したもの。

 

 

本来の威力そのままに、陸井1人でそれを放てるように改良していったこのシュートは、チームでも頭一つ抜けたキック力を持つ陸井が使用することによって高い威力を発揮できる。

 

 

それこそ、陽花戸中のキャプテンであり世代最強とも呼ばれる傑物、立向居から点を奪える可能性すらある。そんな威力のシュートを、物理的なキーパー技の熱血パンチしか使えない人物に、しかも身体の出来上がっていない一年生に使用すれば______

 

 

 

 

「潰れちゃうぞ、あのスカーフ君…!!!」

 

 

 

「グラウンドインパクト……V3ッ!!!」

 

 

 

 

 

制止の声も聞こえていないのか。飛び上がった陸井は体を翻し、オーバーヘッドの体勢で巨大な岩塊を蹴り砕く。瞬間、一点集中されたエネルギーとなったボールが数多の石礫と共に超高速で打ち出され、それら全てが森崎へと襲い掛かる。

 

 

 

「しまっ…!!」

「っのやろ…!!」

「キャプチャーストリ……っ!?」

「間に合わない……堅固!!」

 

 

 

DF4人がそれを防ごうと動くが、あまりのシュートスピードに加え、打ち出された石礫、それに伴う暴風が邪魔をし動けない。秋雨も必殺技によるシュートブロックをかけようとするが、糸が風に煽られて思うように紡げない。結果、シュートされたボールはなんの障害もなく森崎までたどり着いた。

 

 

 

「っ!!熱血!!パンチィ!!!」

 

 

 

未完成の爆裂パンチを使用する時間すらなかった。ギリギリのところで滑り込みで熱血パンチを使用したが、当然ながら、そんなもの焼け石に水にもならなかった。

 

 

「ゴッ………ッ!?」

 

 

 

 

打ち付けた拳からグギリ、と音が鳴った。そのまま森崎の右腕は弾かれ、彼の腹にモロに直撃。ゴールネットに叩き込まれた彼はくの字に曲がり、うつ伏せに地面に倒れ、ピクリとすら動かなかった。

 

 

「っ!!堅固!!」

 

 

 

塵山が叫びながら、チームメイトが彼の元に集う。明らかにオーバーキルな威力のシュート。ベンチからも顧問である田中先生が悲鳴に近い声を上げながら、救急箱を持って駆け寄ってくる。

 

 

 

 

「っ!!陸井さん!!あなた何考えてるんですか!?」

 

「グラウンドインパクトをモロにぶつけるなんて……あんた、彼を潰す気でここに試合申し込んだんじゃないわよね?そうだったら許さないわよ」

 

 

 

すぐさま陸井を非難したのは、FWの一角にして二年生の王野と、三年生でチームの裏のまとめ役ともよべるSMFの文月。グラウンドクラッシュでも十分に得点出来るのに、その上位技を、しかも明らかに得点以外に目的があって使用したように見えた。

 

 

 

 

 

「………おい。どういうつもりだ」

 

 

 

 

そして、そこに立向居がやってきた。怒気を隠そうともしない彼の様子は珍しいものであり、普段の温厚な彼からは考えられない。初めてそれを見た一年生達は息を飲み、その様子を見守る。

 

 

 

 

「…大丈夫だよ、加減はした。今日はもう無理だろうが、別に後に引くような事にゃならねぇよ」

 

「そういう意味じゃない。どんな理由があろうと相手を傷つけるようなプレーをするなんて、サッカープレイヤーとして失格だ。……戸田さん達から、お前なら相応しいって手渡されたそのユニフォームを、先輩達の信頼を裏切るのか?」

 

「説教なら帰ってからやってくれ。レギュラー剥奪ならそれならそれでいいさ。………もうなんか、疲れちまった」

 

 

 

立向居に向かい、そう言ってベンチへと向かおうとする陸井。普段の、誰からも頼りにされる彼からは。昨年、立向居と共に陽花戸中の躍進に貢献したストライカーだとは、思えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待てよ」

 

 

 

 

 

 

声が響く。大きくは無い、呟くような声。しかし、それは不思議とその場にいた全員の耳に届いた。

 

 

 

 

「待てよ………何帰ろうとしてんだ………」

 

 

 

また響く。まさか、と思い、陸井が、そして陽花戸の面々が急いで振り返った。

 

 

「嘘、でしょ……?」

 

「……あのシュートを、もろに食らって……!?」

 

 

 

彼らの目に飛び込んできたもの。

 

 

 

 

「まだ、終わってねぇだろ………!!」

 

 

 

 

 

ふらつきながら、震えながらも。

 

ゆっくりと、緩慢な動作だが、確かに大地を踏みしめて。

 

身につけているビブスや練習着、首に巻いたスカーフを土埃で汚しながら。

 

倒れた際に、地面にぶつけたのか、それともシュートの余波なのか、額から血を流しながらも。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ、試合は………終わってねぇぞ、ゴラァァァァァァァ!!!!」

 

 

 

 

 

 

____________森崎堅固は、立ち上がった。

 

 

 



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信じること

 

 

 

足がふらつく。それにアッタマ痛ぇ。腕でデコの辺り拭ったらべっとりと血が着いてた。あー、また母さんに怒られるな、こりゃ。

 

 

でも倒れない。倒れたくない。さっきのすっげえシュート受けて身体は震えてるけど、しばらくしたら収まる。だって()()()()()()()()()()()()()んだから。

 

 

 

 

「堅固!ちょっと大丈夫ですか!?」

 

 

灰飛が肩を支えてくれてる。それにみんな俺を心配してゴール前まで集まってくれてる。FWとして向こうまで走ってたザックやペンギンもだ。まだ付き合いの短い俺を、17点も決められる情けないゴールキーパーをこんなに心配してくれて、やっぱみんな良い人だなぁって、しみじみ思う。

 

 

 

「も、森崎君血が!!血が!!て、ててて手当てぇ!!」

 

「先生落ち着いて下さい!それ消毒液じゃなくてコールドスプレーですぅ!!」

 

 

ベンチにいた田中先生も救急箱を抱えて俺を手当てしようとしてくれている。………混乱してるのか直接コールドスプレー吹きかけようとして隣の薫先輩に止められてるけど。でもすぐに飛んで来てくれたし、少しでも力になれるように、と言ってサッカーの事を勉強してるらしい。この人も人が良いよな、半ば無理やり頼んだのに。

 

 

 

 

 

あぁ、それにしたって。やっぱすげぇな、陽花戸中って。みんながみんな、すげぇ動きしてるし、何より立向居さんに絶対的な信頼を寄せてるってのが俺にも分かる。

 

 

 

 

「おい、アンタ!!」

 

 

 

 

 

 

 

だからこそ。そんなすげぇ人達の、エースナンバーを背負ってるアンタが、そんな顔で。何もかもがどうでもいいって、諦めたような顔してんのがすっげぇ気になっちまう。

 

 

なんとなく分かるよ。あんたが誰かを待ってんだって。その人が来なかったから、いなかったからそんな顔になってんだって。

 

 

 

____________それが誰かも、ちょっとばかし見当つく。アンタみたいなすげぇストライカーが会いたがる様な人。この場にいない人の中で、1人だけ俺は知ってる。

 

 

こういう時、俺が上手くその人を連れてこれれば。それかアンタが納得するようなこと言えりゃ良いんだろうけどさ。俺って馬鹿だからそういう言葉出てこねぇんだよな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから俺はさ。気の利いた事なんて出来ないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「__________________なんでサッカーやってんだ!?」

 

 

 

 

 

 

俺は思いついたこと、そのままアンタにぶつけるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………何言ってんだ、あのキーパー?」

 

 

 

困惑したように誰かが呟いた。

 

なんでサッカーをやっているのか。立ち上がった彼が真っ先に発したのは、その言葉だった。

 

 

栄作の技の中でも最高の威力を持つ、グラウンドインパクト。開発の為に、他ならぬキーパーである俺が受け続けた必殺技だからこそ、誰よりもその威力を知っている。改善点はまだまだあるが、栄作の恵まれた肉体から放たれるあの技は、パワーだけで言えばあの雷門の点取り屋、同じイナズマジャパンのメンバーとして肩を並べて戦った、染岡さんのそれに近い。

 

 

 

だからこそ。あのパワーシュートを真正面からまともに食らった瞬間は、全身から血の気が引いた。彼とは今日会ったばかりだが、その有り様は本当に好ましいというか……シンパシーを感じたから。

 

 

握手した瞬間、自分と同じ特訓をしているんだな、と察することが出来るほどマメが潰れて堅くなったその手。その堅さから察するに、2年前の______円堂さんの手によって変わった当時の自分よりも多く、より長く特訓しているんだろう。

 

それほどの努力をしてきた彼の未来を、下手したらここで閉ざしてしまうかもしれなかった。加減した、とは言っていたが、あの気の乱れようでは本当に出来ていたのか疑問が残る。

 

 

だから、立ち上がった時はほっとした。まだ無理しているだけかもしれないので油断はできないが、少なくとも動けないほどの重症である訳では無いようだ。

 

 

そして彼が放った言葉は、栄作への恨み言でも、続きを促す強気な言葉でもなく、何故サッカーをやっているのか、という質問。

 

 

 

最初は、皮肉を言っているのかとも思った。こんなプレーをする奴がなんでサッカーをやっているのか、という皮肉。これが木暮やアツヤみたいなタイプなら納得したのだが、彼はそんなことを言うようなタイプには思えなかった。

 

 

だからと言って、鬼道さんや吹雪さん、不動さんの様に何か考えがあるようにも思えない。どちらかと言えば、彼は……円堂さんや綱海さん、土方さんみたいな、どこまでも愚直に真っ直ぐなタイプに感じてならない。

 

 

 

 

「………てめぇ、何が言いてぇんだ」

 

 

 

イラついたように振り返った栄作が、彼に向けてそう言った。その目に宿る光は、いつものおおらかで頼りになる彼ではなく。暗く鈍いもの…何かに八つ当たりする子供のようだった。

 

 

 

「だってアンタ、そんな顔でサッカーやって楽しいのかよ!?サッカーってもっとこう、全力でぶつかり合って楽しむものだろ!?」

 

 

「………んなこと知るかよ。もうそんなの、どーでもいいんだよ」

 

 

 

どうでもいい。自分たちのエースストライカーが、先輩達から十番のエースナンバーを受け継いだ男から発せられたそのセリフに、チームメイト全員が衝撃を受ける。

 

いつもならどんな状況でも諦めず、笑って鼓舞する栄作だからこそ、みんな信頼を寄せているし、俺だって信じてる。そんな俺達の信頼を根幹から揺るがすような彼の言葉は、自分たちの耳を疑うほどの驚きだった。

 

 

 

 

 

「どうでもいいわけないッ!!!」

 

 

 

しかし、彼は止まらなかった。

 

 

 

「この試合で受けたあんたのシュート、全部すっげぇシュートだった!!あんなにすげぇシュート出来るあんたは、絶対サッカーが大好きで、努力してるはずなんだ!!」

 

 

 

確信めいた表情で叫ぶ彼。根拠は無い………いや、あるのだろう。

シュートを受ければ、なんとなく相手の人柄や努力、サッカーへの情熱が読み取れてしまうのはキーパーとしての本能のようなものだ。俺自身経験がある事だし、彼のサッカーへの熱意を考えれば栄作の努力が、その歩んできた形跡が朧気にでも読み取れてしかるべきだろう。

 

 

 

「そんなあんたがつまんねぇ表情で、そんなプレーしてんの、俺は見たくねぇ!!あんたもっとすげぇ人だろ!?」

 

 

「ッ……てめぇに……てめぇに何が分かるってんだッ!?!!」

 

 

 

彼の叫びから逃げるように吠える。血走った目でゴール前に立つ森崎君を睨みつける様子は、おおよそ冷静とは言いがたく。近くにいたならば、すぐにでも掴みかかって行きそうな程の危うさを______アイツの弱さを、覗かせていた。

 

 

 

「俺のッ!!!俺にとってのサッカーは、アイツがいるから成り立ってたんだ!!!

 

どんなに頑張って!!!どんなに夢を追い掛けたって!!!誰一人として、マトモに取り合う奴はいなかった!!!」

 

 

 

心の底から湧き上がってくる、あいつの本音。誰も聞いたことがなかった………いや、誰一人として聞こうともしなかったあいつ自身の想いと、苦悩と、信頼と______ありとあらゆるものが綯い交ぜになっているのだろう。俺たちの誰も………少なくとも2年近く共にプレーしてきた3年生組も、誰一人口を挟めなかった。

 

 

 

 

「______そんな中で。同じポジションで、同じ地域で、同じチームにいて………チームで唯一の女子選手なのに俺よりもすっげぇ奴だった、アイツだけが俺の夢に乗っかってくれた」

 

 

 

思い起こしているのは、アイツがここに来た理由の選手だろうか。昔、一度だけ話した事があるし、俺もリトルの頃は何度か耳にした。

 

俺がリトル時代の……3年以上前の日本では、女子選手というのは本当に珍しかった。今でこそ女子選手もフットボールフロンティアに出場出来るが、当時はそんな制度はなかった。それ故にマネージャー以外______『選手』としてサッカーと関わっている女子はチームになかなか馴染めなかったりするのも珍しくなく、実力はあるのに交友関係が原因でサッカーをやめる選手もいたと、後になって知った。

 

それに、仮に出場しても結局は王者帝国にぼろ負けし、恥をかくのがオチ………そう言って女子選手に限らず帝国学園に挑もうとしている……つまりは努力している全てのサッカープレイヤーの事をバカにする声も少なく無かった。それ程までに当時の帝国学園は絶対的存在であり、勝つのは不可能とまで言われ……そして、あの人達が打ち破り、その後も信じられないような快進撃を続けていき、日本を救い、そして世界を制した。

 

 

あの雷門中の奇跡が______円堂さん達の歩み、切り開いていった道が無ければ、こんな風に全国でサッカー部が新設されていき、かつての数倍の中学が参加するようには………ひいては全ての学校が優勝を目指して努力を重ねるようにはならなかっただろう。

 

 

 

「ほんっとに嬉しかった!!みんながみんな馬鹿にした、全国制覇って夢を聞いて、本気にしてくれた!!あんなにすげぇ奴が一緒に夢を追いかけてくれて…隣に並んでくれて、本当に頼もしかったんだ………!!!」

 

 

 

そんな当時の日本で本気で全国制覇を…打倒帝国を掲げるのは難しい事だ。そんな中で唯一夢に賛同に、共に切磋琢磨した相手…か。それは信頼もするだろう。きっとその選手は、栄作にとっての光………導いてくれた相手だったのだろう。俺にとって、キーパーの道に導いてくれた円堂さんのように。

 

 

 

 

「………でもアイツも夢を諦めた」

 

 

 

 

一転して暗く、低く響く声。いつもの明るく笑うアイツの姿ではなく、澱んだその目は信じていたものを無くしたような、酷く脆そうで。同時に、癇癪を起こした子供のようにも思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『なんやなんや、元気さんやなぁあんた?うちのシュート、ごっつ凄いやろ!もっと褒めてええんやで〜!』

 

 

「途中で逃げたんだ!!相棒だって誓い合った俺からだけじゃなく、大好きだって迷いなく言っていたサッカーからも…!!」

 

 

『たはぁー!!!あいっかわらずええシュートやなぁ!……せやけどあんた力込めすぎやろ。ボール、ゴールポストにぶち当たっとるで。こんなんじゃ帝国には勝てへんで〜?』

 

 

 

「俺が信じていたアイツは!!!超えたかった目標は!!!!」

 

 

 

 

 

 

『______これからもよろしゅうな、()()!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「____________【支倉静穂】は、もういねぇんだ!!!!それがてめぇに分かるかァァァァァァァァァ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

ビリビリと、地響きすら幻聴する魂の咆哮。アレこそが、アイツの……栄作の本当の姿なのだろうか。

 

 

超えたかった目標がいた。誰よりも近くにいたから、誰よりも乗り越えたかった。性別なんて関係無いと笑い、チームの誰よりも強かった彼女だからこそ本当の意味で隣に立ちたかった。

 

 

だから努力したんだろう。

 

支倉という選手と別れて陽花戸に来てから、アイツは誰よりも練習に打ち込んでいた。当時のキャプテンだった戸田さんもそうだし、FWの松林さん、黒田さんには何度もプレーについて相談する姿を見ていた。

それに、GKで同学年の俺に話し掛けて、何度も何度も放課後の特訓にも付き合った。守備陣の木倉や太明さんにも妨害しにくいシュートコースを相談していたし、卒業してしまったチーム一の力自慢、石山先輩と何度もぶつかり合って練習している姿も見てきた。

 

 

 

追いつきたい一心だったんだろう。遥か前を歩く相手を背に手を伸ばして、必死に、必死に走り続けて、やっとの思いで顔を上げたその時には、その背中は忽然と消えていた。

 

その気持ちはどんなものだったのだろうか。俺で言えば、円堂さんの背中を追いかけていって、必死に努力した後にあの人がサッカーから離れていたとしたら………考えるだけでゾッとする。信じていた分だけ、栄作の受けた絶望も大きかっただろう。

 

 

 

あまりの気迫に俺たちだけでなく、見ている観客も、そして神楽中の面々も気圧され息を飲む。あまりの凶暴さに…そしてあまりの必死さに、誰も二の句を継げなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「______知らんっ!!!!そもそも俺はアンタのことはほとんど分からんからそんな事言われても困るっ!!!!」

 

 

 

 

一人を除いて、だが。

 

 

 

 

「アンタが支倉先輩を待ってんのは分かった!!あの人は凄い!!それには俺も同じ気持ちだ!!!」

 

 

 

いっそこちらの気が抜けるくらいバッサリと言ってのける彼。知らないと断言され、叫んでた栄作自身が「…はぁ?」と気の抜けたような声を上げた。当然、俺を含めたチームメイト達、更には彼以外の神楽中の子達も信じられない物を見るような目で彼のことを凝視していた。

 

 

 

「だけど!!!あの人がいないから、アンタがそんな顔するのってのは正直よく分からん!!!」

 

「______はァ!?てめ、話聞いてなかったのか!?」

 

 

 

栄作がそんな事を叫ぶ。あいつの言う通り、この場にいる誰もが、先程の叫びを聞いていた。この場で崩れ去ってしまいそうな程のソレは、恐らく俺達と出会ってからアイツが一切開かなかった心の奥底からのもの。この2年間で、アイツがその弱さを見せられるほどの信頼を勝ち得なかったのか、それともあいつ自身が信頼している故に見せたくなかったのか。それは、俺には察せなかった。

 

 

「俺には!!もう、サッカーしている理由は______」

 

「____________俺は信じてる!!」

 

 

 

言葉を紡ごうとした栄作より早く大きく叫ぶ。そして、腕を大きく後ろに引き、手に持っていたボールを栄作へと投擲。真っ直ぐ飛んできたボールだが吹き飛ぶような威力はなく、難なく栄作が足で受け止める。

 

 

 

 

 

「あの人のは昨日、1回見ただけだ!それにリトルの頃からずっと隣で一緒に戦ってたアンタに比べたら、支倉先輩について俺の知ってることなんて全然無い!!

 

だけど、支倉先輩がめっちゃ頑張ってたからアレだけ凄いんだって、アンタが尊敬してんだって俺は思ってる!!」

 

 

 

額から血が流れ落ちるのを、右腕でぬぐい取った。当然ながらベッタリと血がこびりつくが、気にした様子は全く無い。かなり熱くなっているのか、些か冷静さを失っているように思えてならない。

 

 

両の手を叩き合わせる彼。しかし、あからさまに肩に力が入っている。あれでは正しく全身の力を伝えることは難しい。ただでさえ森崎君は栄作のシュート威力に対応出来ていない。あのままでは正直な話、万に一つも止めることは出来ないだろう。

 

更に、腰を落とし過ぎている。確かに腰を落として体を安定させ、力を込めやすくするのはよく言われる姿勢だ。

だが、あそこまで落としてしまっては素早く動くことは出来ない。栄作が真正面にシュートしたなら反応出来るだろうが、フェイクを混ぜてほかのメンバーにパスを送れば簡単に点を取れる。

 

 

 

「アンタもほんとに凄い!!支倉先輩も、アンタも、本っっっ当にサッカーが大好きだから!!あんなシュートが出来るようになるまで努力したんだって、頭空っぽな俺にだって分かる!!」

 

 

 

 

だけど、あの目は。

 

 

 

 

「だからこそ!!!あんなシュートが出来るようになるまで努力したあの人が、本当にサッカーから逃げるなんて俺には思えない!!」

 

 

真っ直ぐに、己よりも遥かに格上であろう相手に向かって啖呵を切り、気圧されずに見つめてくるあの瞳は。

 

 

 

「好きな事がないのって、なんつーか、その……すっげぇ虚しいんだよ!!だから、大好きな事から目を背けるのって、ホントはめちゃくちゃ心が痛いと思う!!」

 

 

 

愚直に、飾らず、思いの丈をぶつけてくるその姿は。

 

 

 

 

 

 

 

「______だからあの人は絶対ここに来る。少なくとも、俺はそう思ってる」

 

 

 

 

 

______不思議と、目が離せなくなった。

 

 

 

 

 

 

「ひとつ言っとくが、俺は馬鹿だ!!自慢じゃないが、入学テストは下から数えた方が圧倒的に早い!!!」

 

 

 

むんっ、と胸を張ってそう叫ぶ。本当に自慢になっていない。こういう時って、さり気なく自慢するのが普通なのではないのかとも思うが…彼だから仕方ないか、という感情が胸中を占める。今日であったばかりのはずなのに、不思議とそう思えてしまう。

 

 

 

 

「そんな馬鹿な上に、付き合いも短い俺が信じてるんだ!!______俺よりずっっっっっと付き合いの長いアンタが信じるのを諦めて、どうすんだよ!!」

 

 

 

自身の胸を叩いて、そう叫ぶ。その表情は言いたいこと言い切った、といったような満足気なもの。

 

……なんというか、綱海さんや土方さんとも違うし、円堂さんとも少し異なった雰囲気がする…ような気がする。

言葉にはしにくいが、なんというか…未熟なのに熟しているというか、小さな灯火なのに消えない安心感があるというか……なんとも表現が難しい。が、悪いものでは無いのは確かだ。

 

 

 

「それに………」

 

 

 

そんな彼はビシッと栄作に指を突き付け、快活そうな笑みを浮かべて、こう宣言した。

 

 

 

 

 

「______負けっぱなしって嫌だしな!!今日中に一本止めてやるよ、アンタのグラウンドインパクト!!」

 

 

 

グラウンドインパクト。栄作の今の技の中では最高威力を誇る技であり、冷静に実力の観点から見れば爆裂パンチすら使えない森崎君が止めることは不可能に近い。

 

 

 

 

「______ハッ」

 

 

 

それなのに、一切怯んだ様子も無く、彼はそう言った。言われた方である栄作もしばらくはポカンとしていたが、次第に肩を震わせ______

 

 

 

 

 

「ハハッ………ハハハハッ!!!そうか止めるか!!!しかも今日中に!!!」

 

 

 

______大声で笑い始めた。

 

 

 

 

 

「あぁいや、悪ぃな。馬鹿にしたわけじゃねぇよ。むしろ好きだぜ、そういうの。はーあ、一人叫んだのがバッカみてぇだ。なーんか調子狂っちまうなぁ………」

 

 

 

ボリボリと頭を掻き、ため息を着く。ただ、その表情は先程までの鬱屈とした諦めの顔ではなく。俺たちのよく知っている表情……みんなの背中を叩き、共に歩んできた陽花戸のエースナンバーを背負う男の顔だった。

 

 

 

 

「……正直、まだ静穂に関しちゃまだ半信半疑だ。何も言わずにサッカー辞めてたアイツを、はいそうですかって信じられるほど大人じゃねぇんだわ、俺。

 

 

だけど……………陽花戸の10番として、そして一人のFWとして………喧嘩売られちゃあ、買うしかねぇよなぁ?」

 

 

 

 

獰猛な笑みを浮かべながら、首をごきりと鳴らす。森崎君から送られたボールを強く踏み付けると、その衝撃によって強い風が辺りを吹き抜けた。

 

 

 

 

「手加減無しだ。途中でやっぱ辞めたなんて認めねぇぞ?」

 

 

「上等だ!!そっちこそ止められてからホントは手を抜いてましたとかやめてくれよな!!」

 

「んなだせぇことすっかよ!!」

 

 

 

 

先程まで叫びあっていた2人。いつの間にか、長い間の知り合いのように軽口を叩いてそう言い合うと、栄作はボールを軽く蹴り上げて手に持ち、俺の方へと歩いていた。

 

 

 

 

「………つーわけだ。やっぱ試合続けるわ」

 

 

「……ほんっと、今日のお前は変だよ。自分勝手というかなんというか……」

 

 

 

 

思わず心の声が漏れてしまった。周りを見れば3年生を中心としてうんうんと頷いている。どうやらみんなも同じ気持ちのようだ。

 

それもそうだろう。自分からこの学校と試合しときたいと言いながら暴走、挙句試合放棄しようとして、やっぱりやると言い出したのだ。自分勝手という言葉には収まらないレベルである。

 

 

 

「あーいや、その、な?ほんと、悪いと思ってる!説教なら後からいくらでも受けるから!!試合させてくれ!な?」

 

「………まっ、別にいいよ。お前には普段から世話になってるんだし。______それに、勝負ふっかけられて、逃げるわけにはいかないしな?」

 

 

 

そうだ。彼は言った、グラウンドインパクトを今日中に一本止めてやる、と。

 

 

それ即ち。この陽花戸中の……福岡県予選覇者のエースストライカーの全力を、止めるということ。これはもはや栄作だけの問題ではない。俺たち全員の、プライドの問題でもあるのだ。

 

 

 

 

「止められたら許さないぞ、栄作」

 

「おうよ。任しとけ______キャプテン

 

 

 

 

 

どちらとも言わず拳を差し出し、合わせる。

 

 

元々舐めているつもりは無かった。が、このチームは予想よりも遥かに脅威となるチームのようだ。なればこそ、遠慮はしない。

 

 

 

 

 

「みんな、元々油断はしてないと思うけど、改めて言うよ」

 

 

 

 

だからこそ。今ここで、全身全霊をもって、フルメンバーで彼らを叩き潰す。

 

 

 

 

 

「______勝つよ。全力で」

 

 

 

 

 

それが彼らへの礼儀であり、俺達のプライドだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで試合続行だ!!みんな気合い入れていこーぜ!!」

 

「気合い入れていこーぜ!!…じゃないでしょうが」

 

 

 

くるりとみんなの方を振り向いた森崎。しかし、近くに寄ってきた燈咲が彼の頭をスパコォン!!と叩いた。

 

当然ながら森崎は痛みで悶絶。妙なうめき声を上げながら頭部を抑える彼に向けて、燈咲が呆れたような声音で話し掛ける。

 

 

 

 

「森崎君、貴方が今一番重傷なの分かってます?ほら、さっさと治療受けて下さい」

 

「え、いやでも試合______」

 

「 返 事 は ? 」

 

「イエスマム!!!」

 

 

 

 

有無を言わさぬ燈咲の言葉に危機を感じた森崎は脱兎のごとく薫の元へと行き、大人しく彼女からの治療を受ける。といっても額の血を拭い、消毒してから包帯をまいて止血する程度なのだが。

 

 

 

 

 

「………さて」

 

 

 

 

森崎を離してから、燈咲は残りのメンバーへと目を向ける。一人一人の目を見ながら、確認の為にひとつ尋ねた。

 

 

 

 

「みなさん、正直に言って下さい。これ以上、試合したくない方がいたら、正直に申し出て欲しいんです。

 

 

……森崎君はああ言いましたが、実力差は明白です。これ以上やったところで、勝ち目が極々わずかも無いのは変えようもありません。はっきりいって、得るものよりも怪我するリスクの方が圧倒的に高いと、私は思ってます」

 

 

 

淡々と事実を述べていく燈咲。チームとしての練度も、個人の実力も、大きな隔たりがあるのが現実。事実チーム内総合力トップの燈咲は、先程から相手の司令塔、萌黄にほぼ完璧に抑え込まれてしまっている。リトル経験者たる彼女や紫藤がそうなのだ。他の面々……特に完全初心者である人鳥や星舟、秋宮、秋風といったメンツは比べるべくもない。

 

唯一対抗出来る可能性が残っているのは圧倒的な身体能力とバランス感覚を持つ香沙薙、想像以上の守備能力を見せた秋雨くらいなもの。塵山は上手く相手の妨害に徹しているが正面突破を止めることは難しく、刃金に至っては相手が悪すぎる。火力に特化した彼は重要な人物だが、いくら何でも立向居を単独突破しろというのは酷だろう。

 

 

 

「リスクとリターンが釣り合っていませんので、勝負を断るものひとつの選択だと私は思います。幸い試合放棄しようとしたのはあちらですので、そこから上手いこといえば再開は無かったことに出来るでしょう。………どうしますか」

 

 

 

どうしますか。とどのつまり、【大事を取って試合を終える】か、【僅かな可能性に賭けて続行する】かの選択。

 

 

幸いなことにこれは非公式戦______練習試合だ。ここで放棄してもなんの問題も無い。フットボールフロンティア県予選を勝ち進めば、リベンジの機会も自ずと巡って来るだろう。ここで無理をする必要はなく、賢いものなら間違いなく試合終了を選ぶだろう。

 

 

 

 

そんな中で、彼らに問うた。どちらにするのか、と。

 

 

 

 

 

「………私は」

 

 

 

真っ先に上がった声。みんなが振り返れば、そこにいたのは意外な人物。

 

 

「私は……友達と仲違いして、仲直りする勇気もなくて………そんな時に、森崎くんに助けて貰ったんです。

 

______だからこそ。少しでも、その恩を返したいと思います」

 

 

 

遠回しに、試合を続行する旨を告げたのは、二年生女子。たった一人の天文学部だった所を、不思議な縁によって森崎と出会って、ここへ導かれた少女……星船だった。

 

 

 

 

「儂もだ。堅固の奴も言ってたが、負けっぱなしは性に合わん!!豪炎寺さんみてぇになるためにも、ここで逃げちゃあ男が廃るってもんよ!!」

 

 

続いて、チーム1のパワーストライカーであり、恐らくこのメンバー内で最も森崎に近しい感性の持ち主たる刃金が。

 

 

 

「俺もだ。………ここで逃げては、何のために入部したのか分からなくなる。……それに後輩が奮起してるのに、1つ上の俺が逃げる訳にはいかんだろう」

 

 

初心者ながら高いパワーと高いドリブルの適正。それらを合わせ、初の試合ながらしっかりと周りを見据えることの出来ていた秋宮が。

 

 

 

「僕も…!まだいいところ見せれてないけど…まだ、走れるよ」

 

 

チームトップの瞬足。森崎との付き合いも長く、陸上で培ったその脚でフィールドを駆け巡る秋風が。

 

 

 

「確かに陽花戸は凄いけど、目に見えないほど捉えられないって訳でも無いしね。ボール自体は運べてるし、やりようはあるよ」

 

 

 

燈咲を除けば唯一のリトル経験者。その確かな技術を持って、小柄な体格で裏からチームを支える紫藤が。

 

 

 

 

「僕も僕も!まだまだ元気だし、全然大丈夫!……それに、もうちょっとだと思うんだよね!!ペンギン!!」

 

 

 

意外な程周りが見えており、細かい場所のカバーが上手く、前線からも積極的に動いて相手を脅かしている人鳥が。

 

 

 

「……ここで、辞める訳には。リターンを得る可能性があるのなら、賭けて然るべきかと」

 

 

 

攻守のバランスをよく見ており、パスコースを上手く切って相手の動きを事前に潰して味方をプレーしやすくしている塵山が。

 

 

 

 

「まっ、みんながやる気なら俺もやるかねぇ。心配すんなよ、俺結構頑丈なんだ。こんくらいぶつかった程度じゃ、なんともねぇよ」

 

 

 

高い跳躍力と、類まれなるバランス感覚を併せ持ち、県予選覇者たる陽花戸中を相手に空中戦を制している香沙薙が。

 

 

 

「元々この試合を持ってきたのは私ですしね。それに、まだわたしの目的を達成出来ていませんし………体力が持つかはわかりませんが、ギリギリまで粘りますよ」

 

 

 

DF唯一の経験者にして必殺技使い。ディフェンスの指示もこなす守備の要であり、支倉を救う為に動いている秋雨が。

 

 

 

 

「………そうですか。それなら、私は何も言いません。______司令塔として、勝つための指示を出します。今まで以上にギリギリを攻めますので、お覚悟を」

 

 

 

そして、司令塔。チームの要を担う、リトル時代の全国経験者たる燈咲が、選んだ。

 

 

 

「……さて。森崎君、止血終わりましたか?」

 

 

「おう!バッチリだぜ!」

 

 

 

この場にいる全員、最後まで諦めないと。

 

 

 

 

 

「っし!!みんな!!!」

 

 

 

 

 

この場にいる、全員が______

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝とうぜ!!!」

 

 

 

______この馬鹿の隣に立つという、選択を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「好きな事から目を背けるのは、辛い、か………」

 

 

 

ポツリ、ポツリ、ポツリ。

 

 

 

 

「言い訳して、逃げて、後輩に迷惑かけて………ほんっと、つまらん女やわぁ、ウチ」

 

 

 

自嘲するように呟いた。ポタリ、ポタリと、彼女の心が、目の前の光景を見て、少しずつ、少しずつだが、溶けていく。

 

 

 

「でも、こんなん取っとった時点である意味決まっとったんかもなぁ……」

 

 

 

かさり、と箱からかつて何度も使ったシューズを取り出す。古くなっているし、ボロボロ。何度も何度も使い込んだそれは、ピタリと手に馴染んだ。

 

 

 

「もう……目をそらすのはやめにしよか。いい加減、クヨクヨしとるのはウチらしくないわな」

 

 

 

写真を置く。コツ、コツ、コツと足音を鳴らし、彼女は扉を開き、外の世界へと足を踏み出した。

 

 

 

誰かを声も、かつての後悔も、相棒として相応しいのかも、全てどうだっていい。今、この瞬間。また向き合おうとした。歩き出した。それだけでいい。

 

 

自分の心を溶かす為に苦心し、動いてくれた生徒会の後輩。そして、愚直に真っ直ぐ、その灯火で図らずも自身の心を溶かした後輩に、たとえ受け入れられなかったとしても。彼女は、覚悟を決めた。

 

 

 

全ては、大好きなものに………大切なものに、今一度向き合う為に。

 

 



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夢語る弱者

遅れて申し訳ない……ちまちま更新は続けます……


 

 

「______ダブルショットV3ッ!!」

 

 

 

強くボールを踏み付けると、赤と青の2種に分裂。強い回転によって上昇した2つのボールに合わせ、萌黄は後ろを向きつつ、身体を宙に投げ出すように反転。逆立ちのような状態で右脚と左脚、両脚で片方ずつボールをシュートする。

 

分かれ、威力を持った赤青のボールが引き合わされるように元の一つに統合。2つに内包されていたエネルギーが掛け合わさり、速度そのものを上昇させてゴールへと迫っていった。

 

 

 

「キャプチャーストリングV2ッ!………キャッ!?」

 

 

しかし。そう簡単には行かせない。

 

 

十指から煌めきを放つ極細の糸を呼び出すと、それを瞬く間に紡ぎ合わせ、編んでいく。本来ならば10本の糸による搦め手で相手を止めるブロック技だが、今回は違う。シュートを止めるため、後ろに控える者への負担を少しでも和らげる為に。まるであやとりの様に、何度も何度も手元で編み続け、真正面からブロックを掛けた。

 

しかし相手は格上、しかも県予選覇者のレギュラーメンバー。距離を取れば取るほど威力が増幅するロングシュートの性質を持つダブルショットを、中盤の位置から放たれたら今の神楽中守備陣に止める術はない。

 

 

 

「______香沙薙君っ!!」

 

「オラッ……ヨォ!!」

 

 

 

そんなことは分かっている。ならば出来る限りの選択肢を取るのみだ。

 

 

秋雨のブロックによって多少威力と勢いが弱まったダブルショット。そこに合図を受けた長身のDF………香沙薙が、下から上へ蹴り上げるようにしてブロックを掛けた。

 

 

 

「うァっ!!」

 

 

いくら弱まっており、身体能力の高い香沙薙とはいえ。昨年の県予選を制した陽花戸のレギュラーの放つシュートを止められる奇跡はありえない。当然ながら弾き飛ばされる彼ではあったが、そのシュートの軌道をずらす事には成功した。

 

 

 

 

「熱血……パンチィッ!!!」

 

 

 

普段ならば真正面から止めに入るゴールキーパーの森崎だが、今回は違う。秋雨からの指示を受けて、普段よりも一歩前に出ながら、真正面ではなく下からアッパーカットのようにして殴りつける。

 

圧倒的に威力の足りない森崎の熱血パンチでは、そのまま決められるのが関の山……だがしかし。下から殴りつけられたボールは僅かに軌道をズラし、ゴールバーに直撃。ネットを揺らすことなく、弾かれて前へと転がっていった。

 

 

 

 

「ウッソーンッ!?」

 

「止めるんじゃなくて、少しずつズラしてゴールバーにぶち当てたのか!!中々、味な真似してくれんじゃあねぇか!!」

 

 

 

秋雨の必殺技である『キャプチャーストリング』でズラされないように細心の注意を払ったつもりで放った、萌黄のダブルショット。本来ならば今の神楽中に凌げるような威力ではなく、決められて当然の高威力シュート。防げたのは、DF二人の活躍のお陰だ。

 

 

しかし、陸井が素早くこぼれ球を拾うと、ボールを思いっきり踏み抜く。地面に亀裂が走り、数多の破片がボールへと集結。一度体を回しながら、ダイレクト気味にボールを打ち抜いた。

 

 

 

 

「っ!止める!!熱血パンチィ!!」

 

 

地面を抉りながら猛進するそのシュートに、キーパーの森崎は臆さず真正面から殴り掛かる。熱を持ち、最下級ながらも必殺技に位置するその拳。しかし、陸井の………陽花戸中の現10番を背負う男のシュートに対抗するものとしては、あまりに貧弱。

 

 

 

「がっ……はっ……!!」

 

「森崎君!」

 

「堅固!!」

 

 

ミシリ、と嫌な音を立てながら森崎の拳は弾かれ、突き進んできたボールが彼の腹に直撃。そのまま森崎ごとゴールへと叩き込まれ、彼の肺の中の空気が全て吐き出される。

 

そんな彼を心配した秋風や塵山が駆け寄ってくる。右の手首を握りしめ震えているその姿を見て、塵山がハッと気がついた。

 

 

 

「……アナタ、腕痛めたんですか!?」

 

「ち、がう……!!まだ、まだぁ……!!俺ァ元気なんだよっ!!」

 

 

キーパーにとって、腕は生命線。実際森崎の腕には骨にヒビこそ入っていないものの酷く捻っており、これ以上シュートを受けたら危険なのは目に見えている。そんな森崎を心配して塵山が声を掛けるが、彼は笑って、震えながら、ふらつきながらも立ち上がってみせる。

 

 

 

「エースの人に……一本止めるっつったからな………!!ここでやめたら、絶対ダメなんだ!!」

 

「それで無理して壊れたら元も子も無いよ!!森崎くん、折角サッカー部作ったのに……サッカー、出来なくなるかもしれないよ!?」

 

 

 

秋風の言葉は正しい。この場はきっと引くのが正しいのだ。そもそも創部したての神楽中が、立向居率いる陽花戸に勝てる見込みはゼロ。どんなに頑張ってボールを運んだとしても、立向居勇気という男がいる限り点は取れない。世界の強豪達と競い合い、伝説のキーパー『円堂 守』の後継者と呼ばれる彼は、超一流に位置するFWしか勝負の舞台にすら立てないのだ。

 

 

ならば辞めるべき。燈咲の質問に答え、こうやって試合に参加したが。それでも、目の前で幼なじみが潰れるのを見過ごしたくない。そう思い秋風は声を掛けたが、森崎は首を振る。

 

 

 

「……ここで、逃げたら……追い付けない」

 

 

「追いつけない?」

 

 

 

 

フラフラになりながら森崎が呟いた言葉を聞き返す。すると彼はぐわっと顔を上げ、闘志に満ちた顔で、大声でこう言ってのけた。

 

 

 

 

「______俺はっ!!円堂さんに憧れて、サッカー始めたっ!!!」

 

 

 

 

「あの人とは、同じ舞台で戦えることは無いけど!!円堂さんと一緒に戦った人達とは、今年だったら戦える!!」

 

 

 

「だから逃げないっ!!逃げたら一生追い付けないっ!!!」

 

 

 

 

______俺は『立向居 勇気(世代最強)』超えて、【代表の一番(憧れの番号)】背負うんだよっ!!!

 

 

 

心の底からの、彼の叫び。シン……と静まり返ったグラウンドだったが、傍から眺めていた誰かがぶふっ、と吹き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ギャハハハハハハハハッ!!!ばっ、バッカじゃねぇのあいつ!?お前が代表とか無理に決まってんだろ!!!』

 

『立場弁えろっての!!こんな試合でボロ雑巾になってる奴が、立向居勇気を超えるぅ!?無理無理無理無理!!』

 

 

 

一斉に、試合を観戦していた神楽中の生徒達が笑い出す。

 

 

無謀。蛮勇。夢から醒められない生粋の馬鹿。今の日本サッカー界において、代表の一番を背負うことがどれだけ大変かも分からずにほざく愚か者。先程のシュートで既に20点目の失点だ、そんなことしてる奴が代表だなんて、逆立ちしても無理だろう。

 

 

そう爆笑していた観客達。しかし、不意に響いたガァンッ!!!という巨大な音にビクリと身体を震わせた。

 

 

 

 

「______いいじゃねぇか、そんくらい言う奴じゃねぇと張り合いねぇ」

 

 

いつの間にか、置いてあった予備のボールをゴールポストに向けて全力で蹴りつけて笑う陸井。この行為が意味するところは二つ。

 

 

一つは、眺めているだけの観客達が夢を語る男を笑うことへの怒り。

 

 

 

そして、二つ目は______

 

 

 

 

「こんなんでぶっ倒れるタマじゃねぇだろ、オレンジバンダナ」

 

「ハンっ……!!あったり前だろ……!!あと、俺は森崎だ!森崎、堅固……!!」

 

「おうよ、堅固。俺は栄作だ、陸井栄作」

 

 

 

互いに、名を告げる。まだ彼らの勝負はついていない。手が震え、足が震え、目の焦点すらおぼつない極限の状態でも、森崎はニヤリと笑って陸井へと言葉を投げる。

 

 

 

「ウッス……栄作さん……!!もう疲れたとか、言わねぇっすよね……!!」

 

「ったりめぇだろ!!てめぇこそ、ぶっ倒れて逃げんじゃねぇぞ」

 

「誰がんな事するかよ……バーッカ……!!」

 

 

 

舌を出して挑発する森崎。スポーツマンシップに則った行為とは言い難いが、今はその負けん気が陸井には心地良い。こんな状態になってまで夢を語り、心の折れない森崎は至極面白い。こんなヤツに手加減は、それこそ失礼だ。全力をもって応えるのが礼儀だろう。

 

 

 

 

______その後も、試合は続けられた。

 

 

 

「ほらほら兎ちゃん!次はどんな手で来るのかな!?」

 

「っくぅ……面倒くさい……っ!!」

 

 

チームの要、心臓部を担う司令塔の燈咲がどうにかして敵の司令塔の萌黄を躱そうと四苦八苦。先を読まれ、手の内を潰され、素の実力も相手が上。味方の実力も大半が初心者ゆえカバーは期待できない状況下で、ギリギリでも保っていられる燈咲の実力はやはり頭抜けている。

 

 

 

 

「燈咲さん下ろして!!」

 

「っ!塵山君!!」

 

 

咄嗟に後ろから掛かった声に、奪われる寸前のボールを出す。受け取った塵山は、パスコースを探るもののほとんど無い。

 

 

 

「灰飛ォォォォォォォォォォォォっ!!!上っ!!ボール上げろぉ!!!」

 

 

 

そんな塵山にかかる大声。このバカでかい声量、キーパーである森崎以外ならば、今のチームで一人しかいない。上を見上げると、見知った姿の男が………自分と同じビブスを身につけた、深緑の髪をポニーテールにした男が、空へと舞い上がっていた。

 

 

 

「頼みますよ、ザック!!!」

 

「っしゃァ!!」

 

 

もうそこにしかパスコースは無い。無謀だとわかってはいながら、塵山はチームで二人しかいない必殺シュートの持ち主であり、最高火力を担う男にボールを託した。

 

 

 

 

「キャプテンやってる友達がよォ……あんなこと叫んだんならっ!!やる気出さなきゃ、ガチでやんなきゃ男が廃るだろっ!!」

 

 

鈍い紅色の、流動性のあるエネルギー。それを脚に纏い、何度も回転しながら上昇。極限まで、威力を高める。

 

 

 

「儂もなぁ!!豪炎寺さんに憧れてストライカー目指してんだ!!魔王様がいるこの一年!!逃すなんざァ勿体ねぇ!!」

 

 

 

もっと、もっとだ。もっと上げろ、もっと熱くなれ。滾れ、ただひたすらにこの一撃に全てを乗せろ。

 

 

 

アイアントルネード______改ッ!!

 

 

「っ!一段階、進化した!!」

 

 

 

全力を持ってボールを撃ち抜く、彼の利き足。今までで最高、練習していた時も、必死になって磨いていた時よりも強い。この土壇場で限界を超えて見せた、刃金斬九郎という男の最強の一撃。

 

 

 

「ぶち抜けやァ!!」

 

 

間違いなく、一番重い。きっと並のキーパーが相手だったなら、この一点が決まりチームに流れをもたらすのだろう。

 

 

だが、しかし。現実というものは、時に空想よりも残酷に蝕むものだ。

 

 

刃金の人生最高の一撃。うち下ろされたそのシュートを前に、その男は真っ直ぐ拳を振り上げて______

 

 

 

 

「______はァっ!!!」

 

 

 

______そのまま振り下ろし、()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「………良いシュートだ。チームメイトを思う心も、この土壇場で限界を超えるその精神力も………きっと君は、良いストライカーになれる」

 

 

 

チームメイトの叫びを聴き、奮起することが出来るメンタル。折れることなく、自分に任せろと豪語する自信。そして確かなキック力。まだまだ荒削りながら、きっと刃金は将来成長していって、素晴らしいストライカーになれるのだろう。

 

 

 

 

「でもね______ゴールは、渡せない」

 

 

 

うっすらと微笑みながら、刃金の最強のシュートを必殺技無しに止めてみせたこの男。世代最強、伝説の後継者。陽花戸キャプテン、立向居は、一瞬の油断も無く。彼の持てる全力を持って、神楽中に立ち塞がっていた。

 

 

 

「太明さんっ!」

 

 

ボールをとめた立向居はそれを拾うと、勢いよく味方にパス。ボールを受けた守備的MFの太明は、そのままダイレクトでパスを回した。

 

 

 

「茉莉しゃ〜ん!!」

 

「オッケー!!楽野!!」

 

「陸井センパイッ!!」

 

 

 

素早いパス回しで一気にエースへとボールを繋いだ陽花戸。邪魔をしようにも、殆どが初心者、かつ運動経験すら無い人達も含まれている神楽中サッカー部。既に多くのメンバーがスタミナを切らしており、陸井の妨害に間に合う者がいない。

 

 

 

 

「ハッハァ!!行くぞ堅固ォ!!」

 

「来いよ……っ!!次こそ止めてやらァ!!」

 

 

 

ボロボロになりながらも、未だに闘志を滾らせる森崎。そんな彼に笑いながら、陸井は全身にエネルギーを纏う。

 

 

 

「っらァ!!!」

 

 

 

全身に張り巡らせたエネルギーを解放し、地面を蹴り抜く。巨大な亀裂の走った地面から抉られたような石柱が隆起。砕け、石塊へと変化していくと、それがボールに集結。

 

もはや岩というより岩石。巨大な石球と化したボール。それを身体を翻しながら飛び上がって、オーバーヘッドで蹴り抜いた。

 

 

 

 

「グラウンドインパクトV3ッ!!」

 

 

 

数多の石礫と共に蹴り砕かれた、一点集中のエネルギー。全国区のストライカーが打ち出す渾身のシュートは、選手たちだけでなく周りで見ている観客達にまでその暴風が届く。明らかなオーバーキル。今度こそ、あのキーパーが潰れるのではないかと観客全員が思った。

 

 

 

「______んだらぁ!!!」

 

 

 

でも、彼は諦めない。

 

 

爆裂パンチは何度やっても使えず、利き手を負傷したことでもはや熱血パンチすら使用は不可能だ。ならば彼に打つ手はない。止める手段はない。何も出来ない。

 

 

しかし、何も出来ない程度で諦めるようでは、到底立向居を超えるなんて不可能だ。何も出来ない?そうじゃない、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

必殺技も使えぬ彼は、全身に力を込める。そして雄叫びを上げながら、陸井のグラウンドインパクトに向かって顔面から突っ込んだ。

 

 

 

「はぁ!?」

 

「アイツ、あれに顔面から突っ込みやがったァ!!?」

 

「んぎ……ぎぃ……!!」

 

 

まさかの暴挙。自分からあの威力のシュートに突撃していくなんて正気の沙汰じゃない。自分の体を痛め付けるだけの意味の無い行為、そんなことをしても点を決められることには変わりないのに。

 

 

しかし、陸井には見えていた。全身に力を込め突撃し、たった今己のシュートと拮抗している彼の全身から、『()()()()()()()()()()()()()()()()()()』。

 

 

 

「なんだ……?」

 

「どわぁぁぁぁっ!?」

 

 

 

陸井が疑問を覚えるより早く、森崎が吹っ飛ばされた。顔面にボールが衝突し、鼻血を吹き出しながら吹き飛んでいく。どうにか頑張りによってシュートコースが上にズレはしたが、それでもゴールポストには当たらないコースだ。これで、21点目が決まる………そう思った時だった。

 

 

 

 

 

 

「おっりゃァァァァァァァァっ!!」

「はァァァァァァァァァっ!!」

 

 

「っ!香沙薙君、秋宮君っ!!」

 

 

 

間一髪。森崎のその突撃を、無駄にしなかった。

 

 

近くにいた香沙薙と、一気に走って戻ってきていた秋宮。今試合に出ているメンバーで唯一の二年生男子コンビ、そして随一のパワーの持ち主たちだ。

 

当然この2人でも、陸井のシュートを弾くことなんて出来ない。しかし、僅かにシュートをズラす程度なら、森崎の顔面ブロックが入ったものならば可能だった。

 

 

香沙薙が真正面から蹴りつけている所に、秋宮が下からパワーを加える。それによって徐々にズレたシュートコースは、ギリギリゴールバーに当たって弾かれた。

 

 

 

「っしゃあ!!」

 

「弾いたっ!!」

 

 

「すっ、げぇ……2人、とも……!!」

 

 

 

死屍累々の森崎が、自分に代わりゴールを守ってくれた先輩達へと感謝を述べる。どうにかして弾いてみせたことに香沙薙と秋宮がガッツポーズを取るが、次の瞬間それは驚愕に変わることとなった。

 

 

ボールはゴールバーに当たった。しかもキッカーは陸井、森崎の顔面ブロックと二年生二人のキックブロックが入ったとは言え、その威力は推して知るべし。弾かれたボールは、当然ならが勢いよく飛んでいった。その先にいたのは______

 

 

 

 

 

「っ!!薫先輩っ!!」

 

「姉さん、危ないっ!!」

 

 

「……へ?」

 

 

 

 

神楽中ベンチ。厳密には、森崎の為に救急箱を取ろうとしていたサッカー部のマネージャーにして試合に出ている塵山の姉、薫。彼女に向かって、極大の威力を内包したボールが勢いよく迫っていた。

 

 

咄嗟に近くにいた陽花戸の選手……文月が駆け寄るが間に合わない。薫は足を怪我しており、咄嗟に避けるのも難しい。来るであろう衝撃に、彼女がギュッ、と強く目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「______大丈夫やで」

 

 

 

瞬間。彼女が感じたのは強い衝撃ではなく。少し冷たく……しかし心地よい風だった。

 

 

 

「はァァァァァァっ!!!」

 

 

 

何かを蹴りつけるような衝撃音。エネルギーとエネルギーのぶつかり合いによって生じる強い風。その音と風は、ダァン!!と打ち出すような音を最後にどちらも感じなくなった。

 

 

 

恐る恐る、薫が目を開く。

 

 

 

彼女の目の前に立っていたのは、一人の女生徒の後ろ姿。紫色がかった銀色の綺麗な髪、少し癖のある可愛らしいセミロングヘア。少し小柄で可愛らしく見えるのに、不思議ととても大きく頼もしく見える、ちぐはぐな背中。

 

 

 

 

「______っ!お前っ……!!」

 

 

陸井が驚きを隠せない様子で目を見開く。しかし、蹴り返されたボールを受けた彼は、あのシュートを蹴り返せるのは彼女しかいないと。目の前に立つ人物が幻でもなんでもないと、教えられている。

 

 

 

「………?アレって、誰……?」

 

 

 

陽花戸のメンバーは困惑していた。全くもって見覚えのない女子生徒が、エースである陸井のシュートを蹴り返して見せたのだから。

 

 

 

 

「なんで先輩がこんなところに……?」

 

 

 

神楽中の面々は首を傾げる。なんで彼女がここにいるのだろう。生徒会としてサッカー部に協力してくれてはいたが、今のプレーはどういう事だと。

 

 

 

 

「全くもう…………決めるのが遅いの悪い癖ですね。副会長」

 

 

 

秋雨は笑う。自分が救い出したかった彼女が。いくら尽力しても救い出せなかった彼女が、彼の手によって決意を胸にした事実が嬉しくて。

 

 

 

 

「………はっ、はは……やっと、来たんすね………!!」

 

 

 

森崎は、歓喜する。あの日、1本見ただけのシュート。絶対に凄い人だと、サッカーが大好きな人だと。そう思ったから、きっと来てくれると信じていた。だからここにいてくれる事実が、たまらなく心が奮い立つ。

 

 

 

「ちょいちょーい!!偶然とはいえ女の子怪我させかけるなんてアカンやろ!!うちが蹴り返さへんかったらどないしとんねん!」

 

 

 

呆れた様子を見せながらいつものように軽い口調で話し掛ける。しかしその目は以前の様な逃げる目ではない。現実を、トラウマを、大嫌いになりかけた大好きなものから、目を逸らさないようにしっかりと見据えながら______

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ…………栄作?」

 

 

 

______【支倉 静穂】が、今一度コート上に舞い降りた。

 

 

 

 



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最低の最高

「______たっちむー、いいの?ハーフタイムでもないのに試合止めて」

 

 

 

 んがー、とドリンクを大口開けて飲むという女子力の無さを見せながら、チームの司令塔である萌黄が立向居に問う。周りの選手達も言外にその意見に同意している様子だ。

 その判断に納得しているのは陸井と太明………というか、ぽやんとした太明は何を考えているのかよく分からない。実際に立向居の判断に納得しているのは、10番を背負う陸井くらいだ。

 

 

 今現在、神楽中と陽花戸中の試合は一時中断。陽花戸イレブンはそれぞれ用意していたボトルのドリンクを飲んで水分補給し、タオルで汗を拭って気持ちを整える。

 

 

 

「あくまで練習試合だからね。お互いが高め合うのが目的なんだし、今は試合を止めた方がいいと思って」

 

「ほほーん。……まぁ向こうのバンダナキーパー君、ボロボロだもんねぇ〜……どこぞのゴリラのせいで」

 

 

 

 苦笑しながらも立向居はそう説明する。試合は試合でも、あくまで練習試合だ。実際の試合と同じように通しでやるのも大切だが、今の神楽中イレブンにとってはこうして止めた方が良いだろう。

 

 キャプテンであり世代最強のキーパーである立向居の意見に反対することもなく萌黄が納得の声を上げる。そんな彼女が若干責めるような視線を陸井に投げると、彼は持ってきていた軽食を口に運びながら答える。

 

 

 

「最初の方は悪かった、反省してる。褒められたもんじゃあねぇし、実際今はあん時の自分をぶん殴りてぇよ………でも今は、これは男と男の約束事だ。手ぇ抜いたら相手バカにしてることになっちまう」

 

「そういうもん〜〜?別に、悪意持って潰すつもりじゃないなら良いけどね」

 

 

 

 さすがに試合の中盤頃は勝手に暴走して、向こうのキーパーを半ば潰すつもりでシュートを放った。しかし今はそんな事はなく、純粋にサッカーをするために走っているのだ。

 それに、森崎の性格上、手を抜かれたら納得しないだろうと陸井は思っていた。

 

 そんな彼の返答に大きく伸びをしながら、萌黄は悪意が無いなら構わないと汗を拭きながら答える。その隣にいた文月が、そう言えばと神楽中側のベンチに目を向ける。

 

 

 

「そう言えば、さっき来たあの子って……もしかして陸井の知り合い?」

 

「ん?あぁ………そうだな。俺がここのチームと練習試合したかった理由がアイツだよ」

 

「栄作がそこまで言う奴ねぇ……つえぇのかよ?」

 

 

 

 先程、森崎や香沙薙、秋宮達によってブロックが入っていたとはいえ、陸井のシュートを蹴り返して見せたあの女子。離れた場所から見ていた面子にも、その実力の高さが垣間見得るほどの選手だった。

 

 神楽中の練習試合申し込みを受けた理由が彼女だと語る陸井に、彼と同じ三年生でDFを務める木倉が興味深げに強いのかと尋ねる。

 

 

「あぁ、強いぜ。燈吾、太明、ディフェンスの気ぃ引き締めろよ……黒野と尾白もだ。下手にゴール前フリーにすると______」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「______立向居でも、ぶち抜かれるかもしれねぇぞ」

 

 

 

 

 

☆☆★

 

 

 

 

 

 

「っ、つつ………」

 

「森崎君、大丈夫?」

 

「あぁ!ちょっと痛むくらいで、なんともな______っでぇ!?」

 

 

 

 体力的に余裕のある陽花戸ベンチと打って変わり、殆どのメンバーが肩で息をしながら疲れを隠せない神楽中ベンチ。

 そんな中で、マネージャーの塵山薫から手当を受ける選手の姿が一人。サッカー部創設の立役者とも呼べる一年生キャプテン、GKの森崎だ。

 

 

 幼なじみである秋風が紅い髪を揺らしながら、怪我の度合いを心配しながら森崎へと声を掛ける。体を動かす際に生じる痛みに顔を歪める森崎であったが、平気平気と秋風に向かって笑ってみせる。何ともないと言おうとした時、彼の頭に現在進行形で巻かれている包帯をギリギリと締め付けられた。

 

 

 

 

「貴方って人はですねぇ…………!!あの威力のシュートに顔面から突っ込んでいくとか、馬鹿なんですか!?」

 

「いででででっ!?兎月、痛い!!割れる、割れるぅ!?」

 

 

 

 ギリギリギリ、と両手で包帯の端を引っ張って森崎の額を締め付けるのは、チームの司令塔にして数少ないリトル経験者、燈咲。体力不足な彼女だが、他のメンバーより疲れがあまり無い為に薫の隣で治療を手伝っていたのだ。

 

 そんな彼女だったが、森崎が平気だと笑った為に彼にお灸を据えるつもりで怒りを滲ませながらそう言った。事実、森崎の行動はキーパーとしては褒められたものだろうが、練習試合で唯一のGK選手がとる行動としては愚の骨頂もいい所だ。

 

 

 

「………分かってるんですか?【グラウンドインパクト】をまともに受けたせいで額が切れてるんですよ?深く無いのが救いですが………それ以外にも至る所に打撲、すり傷……右手首なんか、完全に捻っちゃってます。ここまで腫れてるとなれば、この試合中にはもう【熱血パンチ】は………」

 

 

 

 燈咲が痛々しげな表情で森崎の状態を口にしていく。

 

 

 真正面から突っ込んでいった結果、額には斜めに切り傷が入ってしまっている。

 それ以外にも身体の前面部を中心に、地面に摺れた時のすり傷、正面からシュートを受けたことによる打ち身や打撲跡。

 これまでのタイヤを使った無茶な特訓の傷も相まって、練習着を脱いだら怪我をしていない箇所を探す方が難しい程のものになっている。

 

 

 特に、森崎の右手首。一発目の、誰のブロックも入っていない陸井のグラウンドインパクトをモロに受けた彼の右拳は骨にヒビが入ってこそいないものの、真っ赤に腫れてしまっている。

 もはや無理やり動かさなければならない程の腫れ具合だ、アイシングして冷やしてはいるものの、この試合中に熱血パンチを使うのは…………いや、右手を使うのはもう無理だろう。

 

 

 

 

「大丈夫だって!左手はまだ使えるんだし!!」

 

 

 

 しかし森崎はケラケラと笑いながら、腫れていない左手を振って見せる。しかしそんな様子を見せられても、周りで見ている燈咲や秋風からしてみれば安心する方が難しい。

 

 

 確かに左腕ならば大きな怪我も無く、プレーすることは出来るだろう。しかし利き手ではない左手を主体としたプレーができる程森崎は器用ではない。その上、彼は右腕だけでなく全身に怪我を負っているのだ。

 

 

 

 

「それに______」

 

 

 

 慣れぬ手で、万全とは言い難い状況。それでも彼があっけらかんとそう言える理由。元来の彼の性格的な部分も大いにあるが、それ以上の理由が存在していた。

 

 

 

 

 

 微かな足音が聞こえる。シューズのスパイクが、地面を噛む音。子気味良い、しかして確かにサッカープレイヤーとしての音。それを耳にした彼が、視線を上げる。

 

 

 

「______先輩、来てくれたしな」

 

 

 

 

 たなびかせるはセミロングの銀髪。うっすらと紫がかったその髪は風に揺れながらも、彼女は確かに地面を踏み締め、そこにいた。

 

 

 光の灯った、輝きを放つ黄土の瞳。少し吊り上がったその目を悪戯っぽく細めた三年生の少女が、森崎を見下ろすようにして立っていた。

 

 

 

「やっほ、森崎君!飛び入り参加、してもかまへん?」

 

「もっちろん!大・大・大歓迎っすよ、支倉先輩!!」

 

 

 

 

 にひひ、と笑いながら軽く手を振る彼女……【支倉 静穂】。かつて森崎と同じようにこの学校にサッカー部を作ろうとし……そして彼とは違い周りに恵まれなかった少女。しかし何よりも、誰よりも、サッカーというスポーツを愛していた少女。

 

 

 そんな彼女がここに来てくれた事。それが嬉しくてたまらないといった様子で笑い返す森崎。そんな後輩の姿に頬を緩ませる支倉は、チラリと陽花戸のベンチを盗み見た。

 

 

 

 

 たった11人しかいない陽花戸ベンチ。しかしその全員が、県予選覇者たるあのチームでユニフォームを……そしてレギュラーを掴み取った猛者ばかり。

 

 

 そんな中で2人。チラリと見ただけの支倉の視線に気が付き、目を向けてきた男がいた。

 

 

 

 

 片方は興味深げに観察してきた、世代最強のGK。2年連続でイナズマジャパンに選ばれた陽花戸の守護神にして伝説の後継者、立向居。

 

 

 そしてもう片方は______かつての相棒。獰猛に笑って、こちらとの試合に胸躍らせているのが容易に分かるほど単純な友人。現陽花戸のエースナンバーを背負う、陸井。

 

 

 

 

「______もう、逃げへんよ。うちは」

 

 

 

 そんなに見なくたって、居なくなりはしない。もう決めたから。好きなものから逃げはしない、目をそらす事はしないと。

 

 

 

 

 うっすらと笑う支倉。そんな彼女の元に、一人の少女が近付いてきた。青い髪をポニーテールに束ねた涼し気な雰囲気の少女……ゴール前でブロッカーとして貢献していた守りの要、秋雨だ。

 

 

 

 

「全く…………こないかと思いましたよ、支倉先輩」

 

 

 

 呆れたような声音で同じ生徒会に属する支倉に声を掛ける。しかし頬は微かに緩んでおり、秋雨も支倉がこの場に来たことに嬉しさを感じているのだろう。

 

 

 

「いやぁ〜、ゴメンなぁアルちゃん。柄にもなくうだうだうだうだ、無駄に悩んでもーたらこんな時間になってしもうたわ」

 

「まぁ、構いませんよ。こうして来てくれたのなら、向こう一ヶ月生徒会の仕事肩代わりで許して差し上げます」

 

「えげつないなぁ!?もーちょっと優しくしてくれてええんちゃう!?」

 

 

 

 ギャーギャーと文句を言い始める支倉に秋雨が肩を竦めて顔を逸らす。しかしその顔が僅かに緩んでいる事を、近くにいたサッカー部の面々は見逃さなかった。表情を表に出すことの少ない彼女だが、やはり喜びを隠しきれてはいないようだ。

 

 

 

 

 

「______それで?反撃の手はあるんですか、副会長」

 

 

 

 

 一つ息をついて、秋雨が支倉にそう尋ねる。この場にいるメンバーの中で、支倉は燈咲や紫藤と同じくリトルを経験しているサッカープレイヤーだ。その実力は、マネージャーの薫を助けた時のプレーで全員が把握済み。

 

 

 現状では打破する方法が無い以上、反撃に出る為には支倉の存在が鍵になる。そう思い尋ねた秋雨の後ろで、チームの司令塔を担う燈咲も興味深げに伺っていた。

 

 

 

 

「んー………そうやな………」

 

 

 

 腕を組み、目を瞑って唸る。支倉の姿に注目していた面々が、どうにか打開策を出してくれることを願いながら彼女を覗き見る。

 

 

 そしてひとつ頷き、カッ!と力強く支倉が目を見開き______

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「______ぶっちゃけ絶望的やな!!」

 

 

 

 なっはっは!と笑いながら繰り出された言葉にその場全員が気が抜けたようにずるっとずっこけた。

 

 

 

 

「あんっっっっだけ真打登場みたいな雰囲気で出てきておいてソレですかセクハラさん」

 

「セクハラちゃうわ!?今なんもしとらんやろ!!それに、策が無いって事ちゃうねん!」

 

 

 

 呆れてモノも言えない。そう語る秋雨の視線を一心に受けた神楽中学生徒会副会長、セクハラ静穂は支倉呼ばわりされることに遺憾の意を表明。

 

 

 あくまで状況が厳しいと言うだけで、策無しという意味ではないと弁明する支倉。だがあっけらかんと笑った彼女をイマイチ信用出来ないのか、秋雨と燈咲の頭脳派二人がジト目で見やる。

 

 

 

「ほんとですかァ………?こういうこと言ったらあれですが、いまいち信用ならないというか……」

 

「兎月ちゃんまでひっどいわァ!?………んんっ。策自体はあるで。点取れるかは分からんけど、少なくとも可能性はあるはずや」

 

 

 

 一つ咳払いをし、真剣な表情でそう言う支倉。策自体はちゃんと思いついていると述べる彼女の様子に嘘はなく、秋雨と燈咲も納得を見せた。

 

 パチリ、と作戦ボードの上にマグネットを置いていく支倉。ひとしきり置いた後にペンで線を書き加えていく。

 

 

 

 

「______いちばん単純なのは、兎月ちゃんのバウンサーラビットで撹乱してから刃金君、ウチの同時シュートや。タイミング云々の問題もあるやろうけど、真正面からぶち抜けるかもしれない程度の火力は出せるやろ」

 

「まぁ、無難かつ最善策ですね。現状では下手な小細工が通用する相手ではありませんし、時間と点差的に逆転はほぼ不可能……一矢報いて終わるのなら、最大火力をぶつけるのが効果的です。…………それであの立向居勇気を突破出来る気はしませんけど」

 

 

 

 

 支倉の提示した策に、司令塔を担う燈咲が予想していたように頷く。技術面では及ぶべくも無く、体力的にも限界が近い。下手をしなくても勝ち目なんて無い状況だ。

 

 ならば現チームで最高火力を誇る刃金のシュートに合わせて、新加入した支倉のシュートをぶつけるしかないだろう。古より伝わる効果的な戦法、フルパワーによるゴリ押しである。

 

 ………世代最強、立向居勇気が相手では止められる予感しかしないが。

 

 

 

「他にもあるにはあるで。秋宮君のフィジカル活かしてサイドから強引に向こうの守備割ったり、向こうの司令塔の………萌黄さんやったか?あの子を抑えて兎月ちゃんと紫藤君辺りでテクニック勝負挑んだるのもええやろ」

 

「無くはない……ですけど、ホントに博打ですね。陽花戸中の方が地力が上なことを考えると、複数手段があるだけマシってところですか……」

 

「体力面はまだしも、身体能力って部分なら秋宮君や香沙薙君、刃金君は負けとらんのが救いや。お陰でまだ()()()()()()()取れる手段が残っとる」

 

 

 

 

 試合中にその身体能力で見事な守りを見せた2年生の香沙薙。初心者故に技術はまだまだだが、フィジカル面に関してはチームでも指折りの秋宮。それに火力だけなら平均を大きく超えるパワーストライカー、刃金。

 

 この3人の身体能力は、全国に行った陽花戸の面々とも張り合える。燈咲や紫藤のリトル組に、DFとして確かな実力を見せた秋雨も加えるなら、まだ取れる手段は存在する。

 

 

 ………「ただし」、と言って、支倉はすぐ近くにいるオレンジスカーフの男………サッカー部を発足する切っ掛けとなったGKにして1年生キャプテン、森崎の方を見やる。

 

 

 

 

 

「はっきり言うで?現状持てる全ての策と労力を総動員したとして______森崎君じゃ栄作は止められへん

 

 

 

 険しい表情でバッサリと、お前じゃ止められないと言い切る。オブラートに包むこともなく、真正面から事実を叩き付ける。

 

 

 誰もが薄々理解しながらも、言葉にするのをはばかられたそのセリフ。真正面からその言葉を投げられた森崎よりも、周りにいた他のメンバーの方がギョッとした様子で支倉に視線を集めた。

 

 

 

「君が頑張ってたのは知っとるよ。でもな、君がサッカー始めるより早く、栄作はずっとFWとして練習を重ねとったんや。それに今使えるのも熱血パンチのみ、右手を捻った状態ではそれすら使えへん」

 

 

 

 森崎が努力していたこと、それは支倉や星舟といった、あの夜のタイヤ特訓を見ていた人間は良く知っている。並大抵の決意では出来ないようなガムシャラな、馬鹿みたいな特訓……それをこなせる森崎は、本気で勝ちたいのだろうと察することができる。

 

 だがしかし。努力するのは森崎だけでは無いのだ。それは彼の専売特許とはなり得ず、その上で残酷なまでに才能差が存在する。

 

 

 例えるならば、森崎の才能を1とした時。シュートを放つ陽花戸のエースストライカー、陸井栄作という男の才能は100や200を超えてくるだろう。才能でも努力量でも、現時点では圧倒的なまでに劣っていた。

 

 

 

 

「もう一回言うで。()()()()()君が栄作を止めるのは不可能や。気合いや熱血でひっくり返せる範囲をかんっぜんに超えてしまっとる」

 

「………いくら何でも、言い過ぎではないんですか」

 

 

 

 支倉がもう一度、念押しするように言い放つ。

 

 そんな彼女の言葉に眉を顰めながら意見する声があった。汗を拭いながらも、まだ体力的に余裕のありそうな黒髪の男………MFとしてフィールドを走り回っていた2年生の初心者、秋宮だ。

 

 

 

「あらら、秋宮君やん。なんか問題あるん?」

 

「……森崎はキーパーとして、部のまとめ役として頑張ってくれている。しかも今は試合中だ、そんな言い方は無いんじゃないかと思っただけですよ」

 

「儂も秋宮さんと同意見だな。少なくとも、入部する気ないって言ってたのに今来たばっかの先輩に言われてハイソウデスカってはならねぇだろ」

 

 

 

 秋宮に続き、刃金も髪をかきあげながら納得のいかないといった表情を見せる。

 

 まだ出会ってそれほど時間は経っていないとは言え、森崎はサッカー部の部長でありチームメイト。確かに実力があるとは言えないが、練習中も刃金や燈咲のシュートに食らいつこうと必死になる彼の姿は2人にとって好ましいものだった。

 

 

 その上、県予選覇者の陽花戸との試合でも森崎は怯むこと無く、何度シュートを打たれても全力で止めようと努力していた。そんな森崎に対する言動として、幾ら実力を垣間見せたと言っても、支倉の一方的な物言いには納得が出来なかったらしい。

 

 

 

 

「おーいおい、カゲもザックも落ち着けっての!支倉先輩も貶そうと思って言ったんじゃねぇって!」

 

 

 

 そんな2人を宥めるように、もう1人の2年生男子。高い身体能力とバランス感覚で秋雨と共に守りの要をこなしていた香沙薙が、2人の肩を叩きながら笑みを見せて軽く言った。

 

 

 

「ようはアレだろ?強豪陽花戸のエースストライカーのシュートは流石につえぇ〜!なんてもんじゃない。だからこそ、俺ら全員でブロック入れれば勝ち目はある!………ってな感じですよね?」

 

 

 

 チラリ、と支倉の方を見やりながら香沙薙がそう説明する。

 

 流石にこの状況、新しくやってきた支倉の力がないと一矢報いることも難しいだろう。そんな中で支倉と2人の間に遺恨を残したくなかった香沙薙は、納得が行くかたちの説明を述べて2人を落ち着かせようとしたのだ。

 

 それに支倉は決して嫌味な性格ではなく、むしろフレンドリーだ。森崎を一方的に貶すような事はしない………そう思っての言葉。

 

 

 しかし。支倉は軽く首を振ると、真っ直ぐにほかのメンバーを見ながら厳しい現実を述べる。

 

 

 

 

「ちゃうよ。うちが言っとるのは森崎と栄作が1対1の場合やない。こっちチーム全員が各々最大のブロックを入れた上で、今のままの森崎君じゃ止める確率はゼロって事や。1対1なら勝負にならんよ」

 

 

 

 香沙薙達がその言葉に絶句し、目を丸くする。

 

 1つは今フィールドに立っているメンバー全員でブロックをかけても、それでもなお止められないと断言されるほどの陸井の実力に。

 

 

 そしてもう1つは、それを当の本人______森崎の目の前であえて口にした、普段と違う支倉の様子に。

 

 

 

 

「______この試合、秋宮君か香沙薙君にキーパーしてもろて、森崎を休めるのが【最善】やと思う。君は唯一のキーパーや、フットボールフロンティアのことを考えれば怪我させないようにするのが当然」

 

 

 

 

 

 

「大丈夫、ここで引いても陽花戸との再戦の時までに猛特訓すればええ。完全に同じ場所……とまではいかんかもしれんけど、少なくとも勝負になるくらいまで鍛えることは出来るやろ。それはウチが保証する、絶対君をそこまで連れてってみせる」

 

 

 

 

 

「無理しなくてええ。ここは休むのが当たり前で、一番賢い選択や。その上で聞くで、森崎君」

 

 

 

 

 

 

 

 

「______()()()()()()()()?」

 

 

 

 

 

 

「………分かったっす」

 

 

 

 

 支倉が、真っ直ぐ見つめる中。彼は静かに立ち上がる。

 

 やってきた努力でも追い付けない。止めることは不可能。勝負の土台にすら、自分は立っていない。

 

 だから連れて()()()()()()。君一人では無理だけど、支倉の手を借りれば辿り着ける()()()()()()。この場は無理でも、後々ならまだ戦えるようになるだろう。

 

 

 だから、ここは下がるのが普通。これ以上怪我をしないように、仲間に後を託すのが正解。そもそも創部してひと月も経たないうちから、立向居勇気率いる強豪陽花戸と戦うこと自体無謀なのだ。諦めて然るべきだろう。

 

 

 そんな中で、彼はボロボロになっているキーパー用のグローブを嵌めた、赤く腫れて痛む右の拳をギュッと握りしめ______

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「______ここで栄作さんのシュート完璧に止めて!」

 

 

 

 左の掌に、拳を打ち付けて。

 

 

 

 

 

 

「その上で先輩特製猛特訓の贅沢コース!!」

 

 

 

 怯むどころか、戦意を滾らせ。

 

 

 

 

 

「最後にゃバチコンっ!と大勝利!………なーんて、どっすか?」

 

 

 

 にひひっ、といつも通りに笑ってみせた。

 

 

 

 

 

 

「………止められへんって、ウチが今言ったのに?」

 

「ハイ!支倉先輩、『今の俺じゃ』止められないんすよね?だったらここでドドンッ!とパワーアップすりゃいいんすよ!!」

 

 

 

 

 森崎の返答に、その場にいた殆どのメンバーが虚を突かれる。あれだけ言われたのだ、いくら彼でも大人しく下がると思っていたのに。

 

 

 唯一支倉のみ、小さく笑みを浮かべながら彼の言葉を聞く。

 

 今の自分で無理だったのなら、1歩前へ進めばいい。誰にだって分かることだが、実行は難しい………というより、不可能なのだ。それなのにこの男は、誰よりも才能のないこの男が、そう言って闘志を燃やし続ける。

 

 

 

「怪我したら元も子も無いで?それでもやるん?」

 

「勿論!!それに大丈夫、怪我しなきゃいいんすよ!」

 

 

 

 念押しとばかりにもう一度支倉が尋ねるが、森崎の心は変わらない。昔から身体だけは頑丈だから、大丈夫なんだと笑ってみせる。

 

 

 

 

「______俺は、円堂さんみたいになりたいって思ってサッカー始めたんす。だから当然、立向居さんの事もすっげぇ尊敬してるんすけど………今日の試合で、やっぱあの人本当に強いんだなって改めて思ったっす」

 

 

 

 

 ______【円堂 守】。

 

 

 《イナズマイレブン》という言葉の象徴、世代最強のキャプテンにしてゴールキーパー。誰よりもサッカーを愛し、同時に愛された男。今の世代、ゴールキーパーのほとんどが彼の背中を追い掛けている。

 

 

 それは伝説の後継者と呼ばれ、円堂守と肩を並べると世間で評されている立向居勇気ですら例外では無い。

 

 彼もまた他のキーパー達と同様に、円堂の背中に追い付こうと毎日必死にもがき、這い上がっている。一歩、また一歩………地面に足を取られても、疲労が身体を蝕んでも。憧れの背中に手を伸ばし、日々進化を続ける。

 

 

 

 

「やっぱまだまだ、比べられないくらいに俺とあの人達の間には差がある!多分だけど、俺が思ってる以上に馬鹿なこと言ってんだろうなって思えるくらい、差があるんだと思います」

 

 

 

 例えるならば、壁。

 

 

 森崎と彼らの間には、巨大な壁が存在する。才能あるものならば楽々と超えて行けるかもしれないが、森崎にとっては断崖絶壁に等しい険しい壁。終わりが見えるかも分からない、憧れと決意を踏みにじる様な絶望的な理不尽。

 

 

 それは1枚なのだろうか?それとも数枚存在する?10枚?20枚?………下手したら、三桁に上る可能性だって大いにある。

 

 

 だから普通は諦める。1枚の壁なら登ろうと思えるかもしれないが、必死になって登り切った壁を超えるものがその先にいくつも待ち構えていると思った時。憧れを純粋に追える人間は、そう多くない。

 ましてや森崎の立つ場所は最底辺。そこから彼らに追い付くなんて、夢物語でも不可能……それが、普通なのだ。

 

 

 

 

「きっと無理だって、やめた方が良いって言われるくらいの差なんです。………だから______」

 

 

 

 

 それ故に。この男、森崎堅固という男は。

 

 

 

 

 

 

「______ここで一歩踏み出さねぇと話になんねぇんすよ

 

 

 

 その壁を前にして、なお。獰猛に笑って、超えてみせると意気込む彼は、世間一般でいう変人なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 あぁでも。それだ。それがいいのだ。その姿勢こそ。諦めないその姿こそ。誰よりも絶望的な立場にいながら、誰よりも高い目標を本気で見据える君だからこそ。彼女の氷を溶かす事が出来たのだ。

 

 

 

「______あぁ、キミならそう言うと思っとったよ……ほんっと筋金入りやな」

 

 

 

 だからこそ、支倉静穂は静かに笑う。歓喜する。

 目の前の後輩が、自分に火を灯した少年が、提示した【最善】を振り払い、自分自身で【最高】の選択を選び取ったことに。

 

 

 馬鹿みたいに真っ直ぐなまでのサッカー馬鹿。そんな森崎の様子に小さく笑いながら………支倉はわしゃっ、と森崎の髪を両手で撫でる。

 

 

 

 

 

「よぉ〜しよしよしよし!!ほんっまええ子やなぁ森崎君はぁ〜!!ゴメンなぁ、姐さんもあんなこと言いたないけど心を鬼にしたんや、許してや〜!!」

 

「おわわっ!?」

 

 

 

 わしゃわしゃしゃ〜っ!と両手で森崎の短い黒髪を撫で続ける支倉。先程までの物静かな雰囲気は何処へやら、いつものフレンドリーな雰囲気を振り撒きながら愛犬を撫でるかの如く森崎の頭を撫で回す。

 

 

 

「…………何を見せれてるんですかね、僕達」

 

「さぁ〜?まぁ良いんじゃない?支倉先輩も堅固も楽しそうだし」

 

 

 

 地面に腰を下ろしながら息を整えていた灰飛がその様子にぽつりと呟くと、隣に座っていた人鳥が暗い雰囲気よりマシだよ、と笑う。彼ら以外のメンバーも、先程の一触即発の雰囲気よりはこの雰囲気の方が気楽で良い、と笑っていた。

 

 

 

「ぃよぉっし!!キミにその覚悟があるなら姐さんも覚悟決めるで!!取っておきの秘策、教えよか!」

 

「______秘策?」

 

 

 

 パンっ、と森崎の頬を両手で挟んだ支倉は、彼の覚悟に応えるために。森崎に向けて、たった一つだけ残された【可能性】を示す。

 

 

 

 

「せや。森崎君じゃ栄作は止められへんとは言ったけど………一つだけ策がある。これが上手くハマれば、森崎君が栄作の【グラウンドインパクト】を止められるかもしれへん」

 

 

 

 

 陸井の現時点での最高の必殺技、【グラウンドインパクト】。その威力ははっきり言って今の森崎に太刀打ち出来るものではなく、止めることは余程の奇跡がなければ不可能………しかしその奇跡を意図的に引き寄せられるかもしれない。森崎に残された、最後の可能性だった。

 

 

 

「止める為にも、みんなの協力が必要不可欠や。体力的にも、タイム明け一発目……そこで勝負掛けるで」

 

 

 

 そう言って支倉が全員を見渡す。その表情は………語る必要も無さそうだ。

 

 

 

 本当に、いい子達が集まったんだな。そう静かに思いながら、支倉は決意を持って笑いかける。

 

 

 

 

 

「さぁて………頑張る人を笑ったマナーの悪い観客さん達の度肝、ドカンと抜いたろや!!」

 

 

 

 

 

 

 

☆☆★

 

 

 

 

 

 

「………良かったの、乃愛ちゃん?」

 

 

 

 試合再開の為に両イレブンがコート上に散っていく中で、ベンチに座る塵山が隣の少女を覗き込みながら声を掛ける。

 

 そこに座っていたのは、先程まで試合に出ていた少女。天文学部と兼部しながらも、森崎の言葉を聞いて前に進んだ2年生の星舟。支倉がコートに入ったために、交代として下がったのだ。

 

 

 

「うん………私、まだみんなみたいに体力付いてないから。一番足でまといなのは、自分が一番よくわかってるの」

 

 

 そう言って曖昧に笑う星舟。彼女は決して悪い選手ではなく、むしろサッカーを始めた期間からしてみれば充分優秀だ。

 しかし今の状況からでは、女性でありパワーに優れている訳でもない星舟は、まだスタミナがないことも相まって真っ先に交代候補に選ばれてしまうのが事実。故に彼女は自分から立候補して、こうしてベンチに下がったのだ。

 

 

 

「でも……うん。多分大丈夫。みんな凄い人ばっかりだもん」

 

 

 

 そう言って、今一度星舟はコートを見つめる。県予選覇者、陽花戸中。世代最強ゴールキーパーの率いるこのチームに、創部したての初心者が大半の神楽中が、一矢報いる瞬間を見逃さぬ為に。

 

 

 

 

 

 

神楽中フォーメーション

■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■

 

     支倉     

 

     燈咲     

  塵山    紫藤  

 

秋風   秋雨   人鳥

   香沙薙 秋宮 

     刃金  

 

     森崎     

 

 

■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■

 

 

 

 

 

「………フォーメーションは変わってる……けど、何あれ?どういうフォーメーション?」

 

「パワーシュートしてた刃金(11番)をゴール前?つか、真ん中に人集め過ぎだろ……栄作対策じゃねぇか」

 

 

 

 

 困惑したように陽花戸のMF、文月が呟く。同様にして木倉もフォーメーションの意図は察したものの、あからさま過ぎるその立ち位置に驚きを通り越して呆れすら感じていた。

 

 

 FWとして、荒削りながらも良いシュートを放っていた刃金を思いっきりDFの位置にまで引き下げ、シュートブロックを可能とする秋雨、それにパワーのある秋宮と香沙薙を中央に集めている。明らかに陸井のシュートに対するブロック要員………見え見えすぎて逆に何かあるのではと勘ぐるレベルだ。

 

 

 

 

「……取り敢えず、油断は禁物だ。全員ポジション崩さないで、動きを予測しながら立ち回ろう」

 

 

 

 立向居が冷静に言葉を連ね、全員を各ポジションに散らせる。どんなに奇を衒った作戦でもハマれば厄介、下手したら正攻法で来るよりも数倍の脅威となる………彼がこの2年間、学び続けてきたことだ。

 

 

 

「………マネージャーの子を助けた時のプレーを見るに、氷系………吹雪さんやアツヤみたいなスピード系か、それとも…………ちょっと楽しみだな」

 

 

 

 そう小さく笑い、立向居は構える。かつてエイリア学園と共に戦い、世界の強豪ともしのぎを削った兄弟プレイヤー。彼らと同系統の必殺技を使うのか、それとも全く違うのか。

 

 

 ……ただひとつ言えるのは、立向居のゴールキーパーとしての勘が、新たな選手の登場を警戒している。それと同時に、まだ見ぬ彼女のプレーに心躍らせているのも、事実だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「______よぉ、やっと来やがったな」

 

 

 

 軽い調子で、声を掛ける。

 

 トントンっとつま先で地面を叩いてスパイクの調子を確認していた彼女が視線を上げ、こちらを見る。以前と比べて少し大人びた面持ちだったが、ニヤリと笑うその笑みは昔と変わっていなかった。

 

 

 

「なんや栄作、敵さんに話しかけるなんて余裕そうやん」

 

「なんてったって、助っ人さんが2年もブランクのあるセクハラ女だからなぁ。少しは勘残ってんだろうな?」

 

「任しとき、むしろかわい子ちゃんのたわわなボールを掴む技術なら格段にレベルアップや。今なら一揉みでウチのゴッドハンドの虜やで!」

 

「うっわ変わってねぇ、引くわーマジで」

 

 

 

 ふふん、と不敵な笑みを浮かべて両手をワシワシさせる支倉の様子に、ゲラゲラと笑い声をあげる。

 おおよそ試合途中、しかも敵同士の会話とは思えない。気の置けない友人同士が休み時間にするような、気楽な会話。

 

 だがしかし。ひとしきり笑った後に陸井は、目の前のかつての相棒………舞い戻った最大のライバルに、ギロりと笑いかける。

 

 

 

「で?本気で勝てると思ってんのか?」

 

「負けようおもて試合するわけ無いやろ、身体デカなったついでに脳みそさんまでムキムキゴリラになってまったんか?」

 

 

 

 陸井と挑発に、こめかみに指を当てながら挑発し返す。わざわざ負けるつもりでコートに立つ人間なんて、この場にいるはずもない。そんな自分は、もう置いて来た。

 

 

 

「なんだ、随分強気だな」

 

「後ろ向いててもええ事ないって教えられただけや。まっ、かるぅ〜く1点取らせてもらうで」

 

 

 

 かつては後ろを向いてばかりで、前を歩く存在から目を逸らした。その場に留まり、これ以上傷つかないように。

 

 だがそれでは面白くない。どうせなら本気で馬鹿みたいに走った方が良いんだと教えてくれた子達がいる。だからもう、支倉は目を逸らさない。

 

 

 

 ヒラヒラ、と手を振って自分のポジションに戻っていく彼女の背を見ながら。陸井は、より一層笑みを深めていた。

 

 

 

 

 

 

☆☆★

 

 

 

 

 

『タイム終わったぞ!』

 

『試合再開だ!ボールは……陽花戸側から!』

 

 

 

 

 神楽中の生徒達が見守る中、試合再開。陽花戸の1年生FW、立花がボールを1度下げて司令塔の萌黄へと送る。

 

 

 

 

「さーて、始めよか」

 

「おっと、早速来るわけね!」

 

 

 

 萌黄がボールをキープしている間に、支倉が走る。地面を蹴り、かつて愛用していたスパイクと共に一気に萌黄との距離を詰めてボールを狙う。

 

 

 

「(はっや……けどっ!)」

 

 

 

 瞬間的に二者間の距離を詰めて見せた支倉のスピードと瞬発力に目を丸くしながらも、萌黄が動く。

 

 

 素早く足を伸ばしボールを狙ってきた支倉。萌黄はタイミングを合わせて1度ボールを後ろに下げることで躱し、体勢が整わないうちに身体を横にズラした。

 

 

 

 

「(ボールにがっつきすぎ!横抜けれる!!)」

 

 

 

 

 まだ支倉は足を伸ばした状態、重心もぐらついているだろうから止めに来れるはずは無い。

 

 そう思って悠々と、支倉の横を通り抜けパスを送ろうとした萌黄だったが______ゾクリ、と悪寒が走った。

 

 

 

「______ッ!!」

 

 

 

 咄嗟に横にパスを送る。次の瞬間、先程までボールがあった場所に、何かが空を切るように走った。

 

 

 

 

「あら、躱されてもた。上手やね」

 

「……っ、どんな反応速度だっての……!?」

 

 

 

 崩れた体勢、間違いなく追いつけるわけはない。なのにこの女は、陸井が警戒しろと言っていたこの女は、当たり前のようにそこに居た。

 

 取れなかったことを悔しがるでもなく、余裕の笑みでこちらを賞賛する。可愛らしい面持ちなのに、それがいっその事不気味なレベルだ。

 

 

 

 

 

 そんな萌黄が辛くもボールを送ったのは、サイドにいた3年生の文月。受け取った彼女はドリブルで前に切り込もうとするも、その前に1年生の塵山灰飛が距離をとって立ち塞がる。

 

 

「(距離が大きい………パス捨てて抜かせないようにってこと?でも………)」

 

 

 距離を大きく空けていることから、自分を抜かせないことが第一なのだろうと当たりをつけた文月。

 ならばパスを………と思うが、周りを見た文月は僅かに顔を顰める。

 

 

 

「ちょっとおチビちゃん、しつこいっての!!」

 

「ディフェンスなんだから、当然でしょう……!」

 

 

 逆サイドのMF、2年生の楽野の元には小柄な一年生、紫藤がリトル時代からの技術を活かして上手く止められており。

 

 

 

 

「くっ……ちょこまかと……っ!!」

 

「ディフェンスってまだイマイチ掴めないけど………君なら分かりやすいかも!」

 

 

 

 まだ一年生であるFW、立花はその荒い動きを読まれているのか。同じく1年生FWである人鳥に動きを合わせられて思うように振り切れず。

 

 

 

 

 

「前半もそうでしたが………やはり、速い……!!」

 

「スピードで……負けたく、ないんです……!!」

 

 

 

 FW組の中でも突破力があり、あらゆる面で高く纏まっている2年生の剣野。しかし彼は、そのバランスの良さを逆手に取られてスピードに特化した一年生DF、秋風がギリギリまで食らいついてパスを受けに行けない。

 

 

 

「(主要なパスコースを切ってる……となると、残るのは______)」

 

 

 

 攻撃陣の多くはパスコースを切られ、萌黄に戻そうかとも思うが先程の様子を見るに支倉が怖い。

 

 そうなれば、残るパスコースはただ一つのみ。

 

 

 

「文月!!コッチだ!!」

 

 

 

 ______明らかにスペースを空けられている背番号10。陸井への道、ひとつのみだ。

 

 

 わざわざ空けられているストライカーへの道。どう考えても、ゴール前に固まった選手達でブロックを掛けてカウンターに持ち込む算段だろう。

 

 

 

「……栄作!!」

 

 

 

 だが、それをわかった上で。察した上で、文月は陸井へのパスを選択した。

 

 

 

 舐めるなよ。今貴方たちが勝負を仕掛けようとしているのは誰だと思っている。

 

 確かに時折暴走することはあるし、さっきも自分勝手な姿を見せていた。

 だがそれでも。それでもアイツは、自分たちのエースストライカーなのだ。特別な番号を手渡され、立向居と共にチームを牽引する要なのだ。

 

 

 それを高々数人ブロック入れただけで止めるなんて、ちゃんちゃらおかしい。そう一笑にふせるだけの信頼を、チーム全員が彼に対して持っている。

 

 

 

 

 

 だからこそ、文月は迷わずパスを選択出来たし………陸井も瞬時に、シュート体勢に入った。

 

 

 

 

「さぁ………覚悟しろよ」

 

 

 

 

 小さく呟き、渾身の力を込めて地面を踏み砕く。最初の一撃とは違い、叫ぶことは無かったものの______込められた気迫は、感情は、遥かにそれを凌駕する。

 

 

 砕かれたその岩石達が舞い踊る。ひとつ、またひとつと陸井の本能に呼応するかのごとくボールへと集約されていく。

 

 込められたのは、【相棒】の帰還への喜びか。それとも目の前に立ち塞がる、馬鹿という言葉すら生温いアイツへの期待か。はたまた、エースストライカーとしての意地か。

 

 

 

 あぁそんな事はどうだっていい。これが何かなんて、明確にしなくても。今はただただ純粋に。全身全霊を持って。

 

 

 

 

 

 

「そんな高みを憧れだって豪語するなら………これくらい止めてみろォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォっ!!!」

 

 

 

 

 ______君達の試練として。最高の壁になって立ち塞がろう。

 

 

 

 

 

グラウンドインパクトV3ィッ!!

 

 

 

 

 巨石を砕き、蹴り放たれた最高の一撃。

 

 確実にこの試合で………いや、陸井栄作という選手の人生において間違いなく最高最強。全国区のストライカー、昨年度のフットボールフロンティアであの円堂守にも放ったシュートが、神楽中ゴールを喰らい砕かんと地面を抉る。

 

 

 

 

 

「キャプチャーストリングV2っ!!」

 

 

 

 当然ながら、それをそのまま通す訳には行かない。その為にもフォーメーションを変え、こんなにわかりやすいポジショニングまでしたのだから。

 

 秋雨が己の指から即座に糸を引き、空中で編み込む。前半、立花のシュートを逸らして見せたあの糸の道とは違う別の形………小さなネットのように編み込んだその必殺技で、正面から陸井のシュートをブロックする。

 

 

 

 だがしかし。本来シュートブロックに向かないキャプチャーストリングでは高い強度は見込めない。シュートを逸らすならばまだしも、真正面から受け止めようとすれば幾らネット状に編み込んだとしても限界がある。

 

 おおよそ陸井のグラウンドインパクトを止められるレベルには達していない………それは、秋雨自身も重々承知だ。

 

 

 

 

「2人ともっ!!」

 

「任せろ!!」

「はいよっとぉ!!!」

 

 

 

 だからこそ。キャプチャーストリングの糸がちぎれてしまう前に、背後に居た秋宮と香沙薙………2年男子で、パワーに優れるこの2人が、左右から同時にキックブロックを入れたのだ。

 

 

 

「っ、おおおおおおおっ!!?」

 

「ぐっ………これは、キツイな……!!」

 

 

 

 秋宮と香沙薙。どちらも現在の神楽中では身体能力に優れ、パワーもある選手だ。サッカーを始めた日数は浅いとはいえ、運動能力は折り紙付き。

 

 しかしそんな2人であろうと、必殺技も無しにグラウンドインパクトを止められるはずはない。2人に挟み込まれるように形を変えたボールだが、むしろより一層威力と回転を増しながらここを突破せんと唸る。

 

 

 

 

「刃金ぇ!!いけるか!?」

 

「任せろ!!お陰様でいけるぜ師匠ォ!!」

 

 

 

 そして香沙薙は、空中に向けて叫ぶ。ブロッカー最後の一人、シュートブロックならば間違いなく最大火力を叩き出せる男が………燈咲を除きチームで唯一シュート技を使える彼、刃金斬九郎が、流動的な鈍い溶鉄色のエネルギーを纏って上空から舞い降りていた。

 

 

 

 

「アイアントルネード改ッ!!!」

 

 

 

 

 ここはゴール前でなく、得点する為でもない。しかし彼は己の役割を全うするために、真正面からボールを蹴り砕く勢いでその右脚を叩き付ける。

 

 秋雨のキャプチャーストリングス、2年男子2人による同時キックブロック、そしてダメ押しの刃金。計4人、他の選手への警戒も考えた場合では、現時点でもっとも効果の高いコンボブロック。即興ながら、連携もほぼ完璧と言ってよかった。

 

 

 

 

「…………舐めんな」

 

 

 

 

 

 

 だが、それでも。

 

 

 

 

 

 

「たったそんだけで………止められるわきゃねぇだろうがよォ!!!」

 

 

 

 

 止めることは、叶わない。

 

 

 

 

「っ、しまっ……!」

 

 

 陸井の気迫によってか、それとも別な要因があるのか。勢いを増して回転していくボールとの摩擦により、ブツリと秋雨のキャプチャーストリングが切れる。

 

 

「しまっ……うおおぉ!?」

 

「やべっ………!?」

 

 

 

ガクリ、と身体を揺らす秋雨だったが、キャプチャーストリングスの拘束を抜けたボールは止められていた勢いを全面解放。両サイドから挟み込んでいた秋宮、香沙薙を回転によって弾き飛ばす。

 

 

 

 

「ぐっ………くっ、そぉ!!!」

 

 

 

 唯一真正面からブロックをかけていた刃金は、ギリギリまで威力を弱めようと粘り続ける……が、所詮は付け焼き刃。本来のシュートではなくブロックとして使っているが故に、勢いに負けた刃金も大きく吹き飛ばされる。

 

 

 

 4人の尽力あって多少は威力が弱まった……が、それでも並大抵のシュートとは比べ物にならない威力を内包したグラウンドインパクト。

 

 だからこそ。陽花戸の殆どのメンバーが決まると確信した。

 あのキーパーに止める術はない。エースストライカーの一発が、今一度ゴールネットを揺らす光景が脳裏を凪いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______瞬間、茹だるような熱気が肌を刺した。

 

 

 

 

 視界が歪む。空気が歪む。その熱に当てられた世界が、正しい形を保てなくなる。空気そのものが異常に収縮、膨張を繰り返し、彼らに届く光が捻じ曲げられる。

 

 

 擬似的な蜃気楼______今この場で起こり得るはずのないその現象。

 

 陸井、そして立向居には本能的に察した。この現象のトリガーとなっている人物。先程から一歩も動かず、ゴール前に立っている、あの男だと。

 

 

 

 

 

 

「スーッ…………フーッ……………」

 

 

 

 

 息を吸い、静かに吐く。ただ単純なルーティン、生きるために必要な行為である呼吸を絶え間無く続ける。

 彼に残された『()()()』。か細く垂らされた、すぐにでも消えてしまいそうな運命。しかしきっとそれは、彼だから………否。前へ進むことを楽しいと感じてきた、そんな人にのみ託されるもの。

 

 

 

 君に残された可能性。それは、むずかしいことではない。

 

 

 ただただ愚直に。一切合切を燃やす事

 

 

 

 

 

『______必殺技っていうのはな、単純なもんなんや。自分で生み出した必殺技に、エネルギーを注ぐ………それだけでええ。イメージと心持ち、それに身体能力さえ備わっとけば基本は出来るハズのもんや』

 

 

 

 

 …………まだだ。

 

 

 

『でも君は、本当に最低限しか使えてない………言い方は悪いけど、これは才能が無いとしか言えへんよ。これから先、どんなに努力しても正攻法じゃ森崎君は必殺技で他の選手に追いつけへん。だから______』

 

 

 

 

 

 ………まだ足りない。

 

 

 

 

 

 

『______()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 ______さぁ燃え上がれ、灯火

 

 

 

 

 

 ゴウッ、と揺らめき登り上がる。彼の心臓が、血脈が、汗が、傷が、努力が、心が、全てを燃料として、左腕から焔が渦を巻く。

 

 

 

 

 必殺技とは、言うなれば機械だ。エネルギーを注ぎ込む際、より効率的にパワーへと変換出来るようにするための媒体……得意不得意も加味したとしても、単純に強い技ほど効率よく多くのエネルギーを力へと変換する。

 

 だから選手たちは必殺技を磨く。より効率よく、より強く必殺技を扱う為に。より多くのエネルギーを一度に注ぎ込めるように、必殺技という名の機械をアップグレードしていくのだ。

 

 

 

 

 これに対して、森崎の機械はオンボロだ。

 

 本人もただガムシャラにやっているだけ。効率よくエネルギーを変換するなんてほぼ不可能、多くを無駄にする上に、一度に注げるエネルギー量は少ない。磨けど磨けど、オンボロ故に殆どアップグレードもされない欠陥品。

 機械も悪ければ、それを直せる才能も無い。森崎堅固という選手にとって、そこが限界点。越えられない、巨大過ぎる【才能】という壁だった。

 

 

 

 

「(キミは燃料自体は持っとるんや。今までの努力が、憧れに手を伸ばすと決めたキミの心が、確かに培われてる……でも今のままじゃ、それは意味をなさへん)」

 

 

 

 この世界において、必殺技には心が大きな意味を持つ。

 

 勝ちたいという気持ち。仲間を想う気持ち。何かを成し遂げるという強い想いを持つならば、それに応えるだけのエネルギーが生み出される。故に森崎は、その点で見れば十分にエネルギーを持っていた。

 

 

 しかし彼のオンボロ機械では一度に多量のエネルギーは注げない。彼の【エネルギーを定着させる才能】の欠如は、規定量を超えるエネルギーを注ぎ込めば瞬間に必殺技が瓦解するという最悪の結果に繋がる原因だ。既存の必殺技の型に嵌めようとすれば、森崎は最底辺のゴールキーパーから抜け出せない。

 

 

 

 

 ______だからこそ。支倉は、彼に機械(必殺技)を棄てさせた。

 

 

 既存に当て嵌めたなら、輝けない。だったら()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 燃え上がる左腕の、拳を握る。弾け飛ぶように火花が、熱が、唸る焔が手甲の如く。

 

 噛み締めた口内から、焔が漏れ出る。

 覚悟を決めた眼光が、烈火の如く茜色に染め上がる。

 絶え間なく鼓動する心臓が、灯火となって揺れ動く。

 

 

 

 

「(型を取っ払ったら、変換効率はガタ落ちする。殆どのエネルギーは形を変えて霧散していく______それでも確かに、力には変換されるっ!!)」

 

 

 

 機械も無しに燃料を燃やす。当然ながらバカげた話だ、出力を上げるためには機械を用いた方が断然イイ。それを取っ払うなんて、誰もしない。

 

 

 

 あぁでも。それでいい。それがいい。

 

 

 

 効率をガン無視して。

 エネルギーを定着化させることなんて頭から投げ捨てて。

 ただひたすらに、その想いを燃やし続けろ!

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「伝説に追いつくなんて豪語するんや………ちんたら1枚2枚登っとったらキリないわ!!だから______!」

 

 

 

 

 

 

 

 ______さぁ

 

 

 

 

 

 

 

「______一気に数枚、ぶち壊せやっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 目覚めろ(WAKE UP)新たなる守護者(NEW HERO)

 

 

 

 

 

 

「______ブレイズノッカーッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 拳が、ボールを打ち据える。

 

 止められるはずのない実力差。誰もがそう思った、結末を察したその勝負は。

 

 

 

 ______揺らめく焔の左腕が、弾丸の如くボールを弾き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

「____________止めた………?」

 

「止められた……!陸井さんの、グラウンドインパクトが……!」

 

 

 

 それは、陽花戸の後輩達だったか。それとも周りで見ていた観客達だったか。

 

 それは分からない。ただ一つ。確かな事実が存在する。

 

 

 

「______無名校の1番(森崎 堅固)に!!県予選王者の10番(陸井 栄作)が止められたァァァァァ!!!」

 

 

 

 

 

 ______奇跡を、引きずり込んだ。

 

 

 

 

 

全員警戒!!カウンターが来るっ!!

 

 

 

 

 立向居の声に、ハッとする。一瞬の出来事、覆されたその事実に気を取られていた間に、ボールの行方から目を離してしまった。

 

 

 

 急いでボールの飛んだ方向へと視線を向ける。あのパンチング、弾丸ライナーのように弾き飛ばされたボールは真っ直ぐに低空飛行。地面スレスレを走り、ハーフラインを超えた辺りで待機していた燈咲の足にトラップされた。

 

 

 

 

「〜〜〜っ!ばっか力……!!」

 

 

 

 あまりの勢いに顔を顰めるものの、培ってきた技術でどうにか勢いを殺してトラップ。陽花戸の選手の殆どが前に出ている現状、一気にカウンターを決めたかった。

 

 

 

「流石に、行かせないっての!!」

 

「そう簡単に、抜かせんばい…!!」

 

 

 

 しかし、流石に県予選を制し全国に出場したチーム。燈咲の僅かなトラップ時間のうちに、萌黄と太明の3年生二人が即座に詰め寄る。

 

 

 

「(ウサギちゃんのパターンは見てきた!ドリブル突破もパスも通さない…!!)」

 

 

 

 この場面、絶対に止まりたくないはず。故に強引に来ると予測した萌黄は、司令塔として…そして1プレイヤーとして、最大の警戒を持って彼女に当たっていた。

 

 

 そんな状況下。燈咲が選んだ手段。

 

 

 

 

「______真バウンサーラビットっ!!」

 

 

 

 

 ドリブル突破でも、パスでも無く……シュートだった。

 

 

 

「んなっ……!?」

 

「あららぁ……っ!?」

 

 

 

 

 即座に身体の上下を入れ替え、ボールにスピンをかけて打ち下ろす。月をバックにしたその技は、虚を突かれた萌黄と太明の周辺を大きく跳ね回りながら、彼女達の頭を越えていった。

 

 

 この状況でのシュート。燈咲のキック力では立向居の突破なんて出来るはずもない。【ムゲン・ザ・ハンド】という広範囲のカバーが可能な必殺技を持っている以上、このまま翻弄して1点を取れるとも思えなかった。

 

 

 

 

「あれだけ色々言ったんですから……取れますよね!?」

 

 

 

 

 小さく、聞こえない程度に叫ぶ燈咲。

 

 地面を跳ね回りながら、意思があるかの如くコート上を突き進んでいくそのボール。最後に1度、大きく跳ねてそのボールが向かった先。そこにいた少女の足元に、まるで先程までの勢いが嘘だったかのように静かにボールが収まった。

 

 

 

 

 

「………ありがとさん。さて、行こか」

 

 

 

 

 必殺シュートの勢いすらも完全に殺す、磨き抜かれたトラップを魅せながら。その少女………【支倉 静穂】が、この試合初めてボールに触れた。

 

 

 

 

 

「すかしてんじゃねぇぞゴラァ!!!イグナイトスティールV3ッ!!」

 

 

 

 

 サイドから少し前に出ていた他のDFは間に合わない。故に唯一立向居の前に立っていた3年生DF、木倉が速攻でボールを奪おうと仕掛けた。

 

 

 地面との摩擦により発生する熱を増幅させ、炎を纏った高速スライディング。かつてエイリア学園マスターランク、プロミネンスが操って見せた単純ながら強力なディフェンス技。それを使いこなせる木倉の身体能力は、間違いなくDFとして一流だ。

 

 

 

 そんな木倉が……熱に包まれている彼の首筋に、ヒヤリと冷たい冷気が触れた。

 

 

 

 

「ゴメンけど、無理やり通らせてもらうで!!真フロストクラッシュ!!」

 

 

 

 

 あれだけ格好つけてここで取られましたー!では、いくら何でも恥ずかし過ぎる。そう笑う彼女の周りに、白い空気が______視認出来るほどにまで下げられた冷気が、パキ、パキと音を立てていた。

 

 

 足元でボールをスピンさせ、冷気を集める。ギュルギュルと回転を生み出しながら、渦のように周りの冷気を集めて固体化。浮き上がったそのボールは、何処と無く彼の………陸井のグラウンドインパクトの巨石を彷彿とさせる、巨大な氷塊だった。

 

 

 

「うわっちつべでぇおわぁ!!!???」

 

「木倉がバグったァ!?」

 

 

 

 

 極低音にて凝結させられたその氷の塊を、支倉は炎をまとってスライディングを仕掛ける木倉に向けて打ち放つ。

 

 

 木倉のイグナイトスティールにぶつかり合い、氷解して液体となる。先程まで氷だった水を全身に浴びた木倉はあまりの冷たさに身悶え。纏っていた炎が水によって掻き消され、水蒸気となって辺り一面をスモークのように覆う。

 

 

 

 

 

「っ!視界が………!」

 

 

 

 

 氷と炎、相反するそれらがぶつかったことにより発生した水蒸気の煙幕。唐突に視界を塞がれた立向居が小さく顔を歪める。これではタイミングを取ることも、シュートコースを予測するのも難しい。

 

 

 だが立向居は焦らない。この程度のピンチは、何度だって経験してきた。相手の神楽中のメンバーでシュートを放てるのは、支倉を入れて3名。そのうち2人は彼女よりも後ろに居るはずなので、ほぼ間違いなく単独シュートだ。ならば、全力を持って相手すればどんな強力な技だろうと止める自信が彼にはあった。

 

 

 

 

 右か、左か。意表をついて中央からか。塞がれた視界の中、立向居が視線を巡らせているその時______ゾクリと、キーパーとしての第六感が警鐘を鳴らした。

 

 

 

「っ!!上かっ!!」

 

 

 

 咄嗟に顔を上げ、上空を見る。風によって薄くなった水蒸気の膜の向こう側で。確かに彼女は、居た。

 

 

 

 

 

 

「______色々、迷惑かけたんや」

 

 

 

 

 舞う。蒼く晴れた宙を、切り裂くように駆け上がる。

 

 幼い頃から使っていた、慣れ親しんでいた。この2年間、逃げるように目を逸らして………それでも、彼女の身体が、心が、忘れていなかった。

 

 

 

「ここで1点返さんと______」

 

 

 

 

 例えるならば、それは蒼。空の色とも海の色とも違う、蒼く輝く光。はらりと融ける雪のように、しかして全てを穿つ氷柱のように。

 

 

 

 

 

「かっこ悪ぅて、しゃーないわっ!!」

 

 

 

 不敵な笑みを浮かべて。己を信じて。例え伝説の後継者が相手であろうと、2年間のブランクがあろうとも。かつて無我夢中でボールを追い掛けていた、自分を信じていた、その気持ちさえあれば………ぶち抜いてやれると、自分を信じる。

 

 

 真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ。本気で迎え撃とうとしてくれる、イナズマジャパンにも選ばれた世代最強キーパーの視線を真っ向から受け止める。

 

 

 

 ______もう二度と。ここから目は逸らさないと決めたから。

 

 

 

 

 

 

フリージングトルネードV4ォオッ!!」

 

 

 

 

 

 

 空中で回転し、青白い冷気を纏ってカカト落とし。打ち据えられたボールは螺旋回転を加えられ、彼女の想いを乗せて空を裂く。

 

 

 

 

「______間に合う……!!」

 

 

 

 しかし立向居は、全身のエネルギーを込めてそれを迎え撃つ。このスピード、コースなら十分に間に合う。

 

 自身の原点。あの時憧れ、何度も何度もビデオを見返し、先輩達にも力を貸してもらって遂に実現した憧れの人の技。多数の必殺技の中でも発動時間の短いこの技しか繰り出せないほど綿密な策と確かな実力を見せた支倉は、本当に強い。

 

 

 だが、それでも。負ける気は無かった。負ける気はしなかった。

 

 

 神の手を冠する、その技。腕に伝えたエネルギーを解放し、発動しようとした瞬間______

 

 

 

 

 

「______掛かったな?」

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()

 

 

 

「っ、しまっ……!!」

 

 

 

 

 咄嗟に必殺技を解除し、加速したボールを真正面から掴みとる。螺旋回転しながら前へ前へと止まることをしないボールを、両腕をフルに使って摩擦で押し殺す。

 

 しかし。立向居の額に、嫌な汗が滴り落ちる。

 

 

 

「(冷気でコーティングされて、上手く掴めないっ!止めようにも、パワーがフルに伝えられない上に体勢が悪過ぎるっ!!)」

 

 

 

 

 冷気によってボールの表面が氷結し、掴む場所が消えている。その上よく滑るのでパワーを伝えようにもその多くが流されてしまう上に、タイミングをずらされたことによって必殺技が使えない……それどころか、加速したシュートに対応しようとして体勢を崩された。パフォーマンスは最悪に近い。

 

 

 

 

「______ァアアッ!!」

 

 

 

 だがそれでも、止めてみせる。

 

 

 

 腰を深く落とし、両腕で挟み込むようにして止めようとしていたボールを地面に叩き付ける。その上で比較的滑りにくいキーパーグローブを填めた両手で上から押さえつけ、ギリギリまで自分のパワーを伝えられる体勢に移行する。

 

 

 

 地面を削りながら、なおも進み続ける。それを真っ向から受け止め、必殺技も無しに拮抗している立向居。

 

 しばらく拮抗していた、そのぶつかり合い。しかし次第に勢いが弱まっていき、最終的に………ボールが、止まった。

 

 

 

 

「っ!止めた!!」

 

「流石キャプテン!!」

 

 

 

 あれだけ不利な条件下でも止めて見せた、陽花戸中キャプテン。日本代表の背番号を背負っていた男は伊達ではない、その事をよく知るチームメイトたちが歓喜の声を上げる。

 

 

 

 

 ボールを止めた彼は、大きく息を吐き、顔を上げた空を見上げる。

 

 

 

 

 

「______豪炎寺さんとも、吹雪さんとも違う………まだこんなストライカーが、隠れてたのか……」

 

 

 

 

 

 ………地面に黒く付いた、摩擦跡。立向居と支倉のシュートが互いに押し合った証である、その焦げたようなまっすぐな線は、立向居の足元まで伸びており______

 

 

 

 

 

「凄いストライカーだった………()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 ______ゴールラインを、割っていた。

 

 

 

 

 

 

「うっひゃあ、最後の最後まで詰め込んで、必殺技使わせなかったのにギリッギリかいな!ほんっま頭おかしいわァ…………」

 

 

 

 

 ポリポリと、頬を搔く。極限ギリギリまで策を弄し、出来すぎなくらいに上手くいって、初見殺しに近い形で必殺技を発動した上でここまで止めてくるとは。本当に、イナズマジャパンに選ばれた伝説の後継者の実力は底が知れない。

 

 

 

 

「まぁ、でも______」

 

 

 

 

 

 

 ______世代最強。陽花戸中キャプテン、立向居勇気。

 

 昨年のフットボールフロンティアにおいて雷門中と当たるまで全ての試合を無失点で抑えていた超級のゴールキーパーから点をもぎ取ったその舞姫は。

 

 最低の道を歩み続けていた、報われぬ少女は。

 

 

 

 

 

 

 

「______取ったで、一点」

 

 

 

 

 最高の後輩達と共に。周囲全ての、度肝を抜いて見せた。

 

 

 

 



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