始発列車 (ベンディ・ウルティマ)
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始発列車

 思ったより人が多い。

 

 それが初めて乗る始発列車に抱いた感想だった。

 

 今日は雨で、それこそ日の昇らぬ時間帯であれば一寸先は闇だった。そんな状況で、ガラガラで座れるだろうと高を括っていた俺は本腰入れて立つ事を余儀なくされた。いや、これは立つ事で寝過ごしを防ぐ効果もあるんだ、なんて誰にするでもない言い訳を並べた。

 

 こんな時間の列車ではあるが、皆生きてはいる。そう考えると、どこか薄ら寒い感覚に包まれる。今日、俺はとある事情からこの始発列車への乗車を決意した。そんなこんなで揺られ始め、周りを見てみれば7割方眠る人ばかり。当たり前か。しかしながら、日常的にこの列車を使う人は一体何時に反対側の路線にいるのだろうか?それを考えた時には彼ら彼女らに敬意が湧くやもしれん。

 

 ふと、自らの背後にある窓から外を覗く。街灯、信号、車のヘッドライト。列車の中は明るく、外との明暗の差によって目眩がするほどだ。しかし、外は至って暗く、なお黒い。雨が降る日ではあるが、同時に自分にとっては非日常、これを楽しむこととした。

 

 大きな駅へと、我々は運ばれた。軽い満員電車と言っても過言では無いくらいに人が乗ってきた。高校生らしき制服からスーツを着たくたびれた男、しっかりとめかしこんだ女性まで多種多様だ。よくよく考えてみれば、どうだろうか。彼ら彼女らはこれより何時間も前に起きて、ある程度のルーチンを終わらせてここにいる。それを鑑みれば、今ここにいる我々はこの国でも非常に早起きの部類に入るのでは?

 

 と、ここで目の前の人が折り畳み傘を落とした。目の前、と言っても彼は座っていた。手を伸ばしても折り畳み傘には残念ながら数cm、いや指の関節一個分程届かない。なれば、名も知らぬ人の知れぬ厚意なんて崇高な考えも無いが当たり前の事、の範疇で折り畳み傘を彼に渡した。彼は、最期の言葉が如きありがとうを残して駅のホームへ消えた。ふむ、朝から余裕綽々に行こう、彼を反面教師として。

 

 ここまで来れば、窓の向こうの蛍達はその数を急激に増す。ビルの灯りや……なんだこれは。窓の外が青白く、それこそ幻想的なまでに見通しが悪かった。だが、美しいのはもちろんなのだが、この向こうにいる蛍達がより一層、文明の蛍として輝いていたのだ。

 

 ふと我に帰れば、そろそろ駅についてしまう。なにせ、気分は初めて列車に乗った子供が如く。何時もと変わらない風景が暗くなった窓をずっと見ていたせいか、名残惜しく感じる。そんな感覚すら久しく、思わずマスクの内側で笑みを零す。

 

 もうすぐ、駅につく。



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