マクロスΔ 全てを斬り裂く妖刀 (nasigorenn)
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プロローグ 彼と彼女

マクロス総選挙も近いということでついつい書きたくなりまして。
そして知った三雲ファンの多さ。だが私はミラージュさんが大好きだ。そして彼女のヒロインの作品は無いかと探し…………ない!? そして絶望した。

無いなら…………作ればいいじゃない!

そんなわけで………始まります。


 ミラージュ・ファリーナ・ジーナスは久々に夢を見ていた。

いや、夢自体はそれなりに見たりしている。ただ今回見ている夢は彼女の生まれ故郷の実家、それも幼い頃のものだ。何故そう気づけたのかと言えば、自分の視線が低いこと、実家にいるということ、そして何より………目の前に『幼馴染み』いるからである。

 夢と言うこともあって自分に自由意志はない。幼い自分に今の自分が重なっていると言うべきだろうか。自分では動くことも喋ることも出来ない。ただ幼い自分が話している様子を主観で見て聞いているだけである。

 

「ねぇ、みーちゃん。今日は何をして遊ぶ?」

 

 幼馴染みは小さな男の子。真っ黒い髪にニコニコとした笑みを浮かべる可愛らしい子供。その姿は混じりっけ無い純血のマイクローン。それも今は無き『日本』という地球の国の純血、日本人という血統であった。希少ではあるが、別に本人はそのことを気にはしていないらしい。子供からしたら今は無き故郷などと言われても何も感じないからだ。彼にとって今、この場所こそが故郷なのだから。

 そんな幼馴染みの問いかけに幼い彼女は楽しそうに返す。

 

「勿論、正義のヴァルキリーごっこ!」

 

 元気良いその言葉に幼馴染みはうんと此方も嬉しそうに返した。

この年頃子供らしい遊びであり、特に男の子なんかはそうして遊んでいる様子がよく見られる。そういったアニメなんかも放送されているのでその影響だろう。

 だが、これはどちらかと言えば男の子向け。女の子はそれよりも『リン・ミンメイ』とかの歌姫の真似事やおままごとなんかの方が好んでいる。

 そして彼女は女の子。普通ならそちらの方に意識が向くものだ。それに彼女の家は祖父母の代から続く有名な家系であり、謂わばお嬢様でもあった。そう聞くと尚更歌姫とかに憧れを持ちそうなものだが、彼女はこの年齢のとき所謂ワンパクだったのだ。髪型は今と変わらないものだが、その服装は女の子みたいなスカートよりも短パンやズボンなど動きやすいものを好んで着ていて女の子よりも男の子と良く遊ぶような、そんな少女だった。

 だから彼女が幼馴染みと一緒に遊ぶ時、大概遊びは決まってこの『正義のヴァルキリーごっこ』だ。他にも遊びはあったが、この二人は特にコレばかりしている。

 

「くらえ~、ピンポイントバリア、ぱ~~~~んち!」

「ぐわ~~~~~、やられた~~~~~~!」

 

彼女のまったく痛くないパンチ、それを受けた彼は如何にも痛そうな顔をして苦しそうに倒れる振りをする。

 この遊びに必要なのは正義の味方であるヴァルキリー、そして悪役である。悪役が何なのかは特に必要が無い為、特に何かである必要は無い。だが正義の味方がヴァルキリーであることは絶対だ。だから必ず役が二人分必要になる。

 そこで年頃の子供ならどちらが正義の役をやるのかでもめるだろう。だが彼女達は違った。正義は彼女がやり、そして悪役は絶対に彼がやるのだ。その事に不満はないのかと彼女は聞いたことがあるのだが、その時彼は決まって笑いながらこう答えるのだ。

 

「だってみーちゃんは僕の正義の味方だから。だから僕はみーちゃんの為悪役になるんだ。それにみーちゃんが笑ってくれるんだもん。喜んで僕は悪役になるよ」

 

その言葉に当時から顔が熱くなった事を彼女はよく覚えている。

 そんな二人でよく遊んだ。家が隣同士、しかも生まれたときから一緒で親付き合いもかなり良かったことから家族ぐるみの付き合いもいつものこと。だから幼馴染みというよりも姉弟に近かった。

 あの頃は毎日が楽しかった。幼馴染みといつも一緒にいた。どこに行くのも一緒で二人でいつも何かしらをしていた。驚くことに喧嘩なんかしたこともなかった。それはきっと彼が見た目のわりに大人だったからだろう。いつも我儘を言う彼女に彼は苦笑して譲るのだ。それが当たり前になり親に良く怒られたことをよく覚えている。

 

(あぁ、懐かしい。本当に懐かしくて暖かくて………幸せな夢だ)

 

今までの人生でもしかしたら一番幸せだったかもしれない。それぐらい毎日が充実していた。

 でも彼女は知っている。夢はいつか覚めるものだということを。

そしてこの先にあることを知っている彼女は悲しみに胸が締め付けられた。

 彼と彼女、二人は仲良く一緒であったが、ずっとではなかった。

少しして、親の仕事の関係で他の銀河の移民船団に行くことになったのだ。

 当然家族は悲しんだし彼女はわんわん泣いた。彼女にとって彼は謂わば己の片割れと言っても良いくらいの仲だったから。友人以上なのは確実だろう。当時は意識していなかったが好意を抱いていたと今なら断言できる。

 泣きじゃくる彼女に彼は泣きそうになるのを堪えつつ、何とか顔に笑みを浮かべてこう声をかけた。

 

「これでずっとお別れってわけじゃないよ。だから向こうに着いたら絶対にお手紙出すから。だから泣き止んで………ね、みーちゃん」

 

その言葉に何とか励まされた彼女は泣き止み泣きそうになるのを堪えながらうんっと返すのだった。

 だが、彼女は知ってる。この約束が果たされることはなかったということを。

幼馴染み達が移動先の銀河の移民船団に向かっている途中、反統合政府組織のテロによて死んでしまったから。彼等が乗っていた宇宙船は爆発し搭乗員の約九割が死亡。残り一割も真空状態に投げ出された上に行方不明。生存は絶望的であり実質的壊滅。

 幼馴染みの両親は死亡確認が取れたが幼馴染みは行方不明。どのみち死んだことに変わりない。

 この時、彼女は大切な幼馴染みを失った。悲しみのあまりしばらく泣き叫んだのはいうまでもなく、その事実を受け入れるのに相当掛かった。

 とても幸せで不幸な、そんな夢だった。

 

 

 

「久しぶりに何でこんな夢を見てしまったんでしょうか、私は………」

 

 目を覚まして見ていた夢を思い出して彼女、ミラージュは苦笑を浮かべる。

既に過ぎてしまった後悔を今更に思い出す自分に呆れたのかもしれない。来ていた寝間着が妙に汗を吸ってしまって素肌に張り付く。その感触にに不快感を感じながら彼女は動き出す。

 シャワーでも浴びようと思って起き上がった時、やっと自分の左頬が濡れていることに気付いた。触ってみれば左目から涙が伝って来たことがわかる。

 そんな自分に彼女は後悔と自虐と自嘲を含んだ苦笑を浮かべた。

 

「何を今更。だってあの人は………アキトは死んでしまったというのに」

 

 

 

 

 

 真っ暗な闇が支配する宇宙空間。そんな中、一つの戦闘機がいた。

真っ黒いボディーに所々紅色が散りばめられている。機体の形状から察するにVFー19だがきっとその通りではないだろう。何せその機体は今では一部でしか運用されておらず、統合軍では一般兵にはVFー171、そしてエースにはVFー25等が配備されているからだ。また一部ではVFー31といった最新機種も扱われている。つまりVFー19は若干世代落ちというものであった。故にこの『戦場』にVFー19がそのまま出ているはずがない。

 そのコクピット内にて一人の男がいた。真っ黒い髪に黒い瞳。黄色人種らしい肌にとんがっていない耳はまさにマイクローンである証明だ。彼が今はなき日本人であるということを知るのは彼自身以外いない。だからといって彼自身見たこともない土地に哀愁など感じるわけもなく気にする必要も無い。

 彼が気にするのは目の前に広がる光景だ。下手をすれば50を超えかねないほどに多い戦艦の数々、そしてそこから発進するバルキリーや戦闘ポッドの数は軽く100は超えている。これら全てが反統合政府組織。そして彼にとっては……『獲物』だ。

 それら全てに悪意と戦意があり、それらの全ての殺意は自分一人に向けられている。常人は勿論、強者の軍人でも怯えて逃げ出す程に酷いソレを全身に感じ彼は自分の口元がつり上がるのを感じた。

 

「いけないいけない、あまりはしたないのは良くないよね」

 

 獲物を前に舌なめずりは三流がすることだと誰が言っただろうか。自分がどんな顔をしているのか分かっている彼は自重の意を込めて自らを窘める。

彼がこれからするのは戦闘ではない。

 

「別に君達に恨みがあるわけじゃないし、嫌いなわけじゃない」

 

彼は静かに語り出す。通信は一応繋げているだけに向こうにも伝わっているだろう。だがこれは『降伏勧告や交渉』ではない。彼はそれを告げられるように言われたとしてもつげないだろう。

 

「挙げてるお題目は立派なのかも知れない。それによって救われる人がいるのかも知れない」

 

だからといって賛成しないし反対するわけでもない。

 

「でも僕はそういうおべっかはあまり好きじゃないかな。だって君達はよく言う『悪役』だろ? だったら一々言い訳をお題目に掲げるのは良くないよ」

 

彼は知っている、『本当の悪』というものを。それを穢す『偽悪者』は彼からすれば悪党以下の三流小悪党。同じ悪としてはあまり好きじゃない。

 その彼の反応に周りの者達は緊張しながらターゲットロックを彼が乗るVFー19にかける。

 ロック警告によって画面が真っ赤に染まり音がやかましく鳴り響く中、彼は笑う。

 

「本当の悪役なら、そこはもっと欲望に忠実でないと。やりたいことに言い訳をつけなきゃ出来ないくらいならやらない方が良い。それはただの欺瞞だよ。僕はそういうの、好きじゃないな」

 

それが彼の在り方。自分が正義の味方だなんて思った事は一度も無い。何せ彼は『彼女の為の悪役』なのだから。故に彼はこの戦場にいる全ての者に告げる。彼女以外に自分を倒す者はいないし死んでやるつもりもない。自分を倒したのは彼女だけなのだから。

 

「だから僕は君達にこう告げよう。さぁ、お前達を斬らせろ、そしてその血を吸わせてくれ。僕が僕であるために、僕があるべき形であるために、僕が斬りたくて、殺したくて堪らないから、だからお前達は僕に斬り殺されろ」

 

 彼がするのは戦闘ではない……………鏖殺だ。

 

彼の言葉が放たれると供に、まるで津波のように押し寄せるミサイル。絶対不可避だということを機体が警告するが彼はまったく慌てない。

 自分の背中にある『コネクター』を座席に接続する。その瞬間彼の認識が変わる。世界が変わり彼は一本の『刀』へと変わった。

 

「では…………村正、抜刀する」

 

その言葉と供に彼のVFは発進する。中身がいじくられたであろうステージII熱核タービンエンジンは異常な推力を叩き出し、弾丸のように弾けるかのように飛び出すVFー19。その先にあるのはミサイル群であり、機体は一斉に爆発した爆炎に包まれた。

 誰がどう見たって過剰としか言い様がない剛火力。VFなど最新機種がピンポイントバリアで守ろうと粉々に砕けるだろう。

 爆発の衝撃と爆炎でこの宙域が震える。誰もが終わったと思った。中にはやり過ぎたと反省する者もいたかもしれない。

 ただ…………それが杞憂だということを教えてくれたのは一番先頭にいたVFだった。

いつの間に現れたのか、そのVFの前にそれはいた。

 真っ黒い装甲に散りばめられた紅。その手に持つのはVFではまずあり得ない自身の背の三分の二はあるであろうブレード………否、刀。

 その顔はVFではあり得ない翡翠色に輝くツインアイ。頭部に本来装備されているはずのレーザー機銃はなく。二本の強化センサーは米神辺りから前に突き出すように装着されている。

 その姿を見た者は総じてこの言葉を口にした。プロトカルチャーによって様々な異星人が作られた中、それでも存在しない幻想を。

 

「お、鬼神(オーガ)………」

 

その姿に彼等は地球は今は亡き日本、その幻想にいた神に近き化物を見た。

 そしてその言葉を最後にVFは息絶える。中のパイロットは自分の見ている光景が二つに分けられずれていくのを見ながら死に絶え、VFは機首からエンジン部まで綺麗に『真っ二つ』にされた。

 今のこの世界に於ける軍事に於いてあり得ない破壊をされたことに周りが驚愕する中、鬼神はファイター形態を取ると再び弾けるかのように爆進し始め、ガンポッドが装着されているであろう場所に装着されている刀が真下に展開され、まるで撫でるかのように戦闘ポッドの真上を通過する。それによって斬られた戦闘ポッドは綺麗に分かれ一拍置いてから爆散した。

 速すぎる速度で一気に間合いを詰め、たった一本の刀のみで全てを斬り裂く姿は黒紅い凶星。乱戦状態になりミサイルが銃弾が四方八方から襲いかかる中、このVFー19はまるで人間が動くかのように生々しい動きや人が乗っていてはあり得ないような動きで銃弾の雨をかいくぐり、ミサイルの雨は刀で斬り裂き無効化していく。

 たった一機で敵を片っ端から斬っていくその姿は異端。この銃器全般の戦闘常識において異常としか言い様がないその姿は非常識そのもの。

 だから皆が信じられなくなる。目の前にある現実があまりにも狂っているから。

だがその元凶たる彼はコクピット内にて笑う。

 楽しい、嬉しい、喜ばしい。まるでこの戦場において場違いな感情を彼は浮かべる。まるで子供のように無邪気に、狂人のようにおかしく。

 そして戦闘という名の鏖殺はその宙域にいる動くもの全てを動かなくなるまで続いた。誰もVFー19を捕らえる事無く終わり、皆すべからく斬殺された。

 

 

 

「う~~~ん、結構楽しめたかな」

 

 全てが息絶えた戦場にて、彼…………アキト・切島は軽く伸びをする。その様子はまるで軽い運動をした後に腕の筋を伸ばすかのように似ている。その様子は先程まで戦闘をしていた様には見えない。まるで日常生活の一コマのように、その姿はリラックスしている。

彼がこんな事をした理由は簡単に一つだけ…………仕事だ。

 彼はこう見えても会社員。それも所謂傭兵だ。見た目が如何にも人が良さそうな感じでしかも少しおっとりしてる所からそうは全く見えないが、それでも彼はPMC(民間軍事会社)に所属している。ただし、その会社の知名度は低い。理由は単純に知る者が少ないから。ただしその戦果だけはある意味有名だ。

 このPMCの傭兵はたった一人で行動し戦場に現れる。そして『たった一つの近接兵装のみで敵を殲滅する』。戦場においてあり得ないそれは信じられない嘘にしか聞こえないし、聞かされれば笑えもしない冗談だろう。だから誰も信じられない。

だがそれを見た敵でない者、もしくは依頼者のみ。

 その成果によってそれは証明される。有名にならないのは非常識な存在だからとしか言い様がない。

 それは会社内でもそうであり、アキト達傭兵の雇用形態もまたおかしい。

基本会社から提示されるのは依頼の案件のみ。収入は給与制であり振り込まれる額はボーナス以外に上下しない。アキト達はそれらの依頼から好きなものを選び実行するだけ。機体の整備等は会社がやってくれるので会社の系譜の店に預ければ大抵やってくれる。自身でも『自分の身体』を把握しているので大体は自分でも出来る。弾薬費が掛からないのが特徴。チームを組むことがないのがまた特徴であり、過去に依頼が敵味方双方にあって両方受けた場合は互いに殺し合いに発展したことがある。故に単独行動であり、基本同じ星系には派遣されない。

 まぁ、そんな胡散臭いのがアキトが所属するPMCである。名前もまた平凡なものなので名乗る必要もないだろう。寧ろアキト達の機体名にして通り名を名乗る方がまだ通る。

 なのでここでアキトの事を改めて名乗ろうか。

 

『VFー19Σ ムラマサ(村正) アキト・切島』

 

これがアキトの機体の名にして自身の名でもある。故に彼等は自身を武具だと名乗る。それが彼等の在り方でもあるからだ。

 アキトは村正、斬り殺したくてたまらない妖刀、それが彼だ。

そして彼は一仕事終えて次にどうしようかと考える。別に機体に酷い損傷はない。整備も自分で出来る範囲であり会社に寄る理由もない。

 なら新しい依頼を受けるのがいいだろう。別にここで適当に休むのも良いのだが、如何せん『斬りごたえ』がなかった。満足などすることがない欲ではあるが、少しばかり満たしてやらないと如何せん餓えてしまう。なのでもうちょっと斬りたかった。

 ならばと自分の携帯端末を弄くり来ている依頼を確認するアキト。

 

「う~~~ん、どれもこれもぱっとしないなぁ。はぐれゼントラーディーの討伐に護衛の依頼かぁ。あまり面白そうなのはなさそうだな…………んぅ?」

 

依頼案件を流し読みしているとき、アキトは一つの依頼に目が付いた。

 

『ブリージンガル球状星団にて民間企業ケイオスの所属する戦術音楽ユニット(ワルキューレ)の護衛任務』

 

 別に世間に疎いわけではないアキトはそこで流行っている正体不明の病である『ヴァールシンドローム』のことは知っている。その抑止力こそがケイオスのワルキューレだということも有名な話だ。だがそこにアキトの興味は無い。彼が興味を示したのはそのワルキューレの護衛部隊。ケイオス・ラグナ第三航空団所属のVF小隊であるΔ小隊だ。そこのデルタ4ことΔ小隊の紅一点。見知っている彼女の名を見てアキトはソレまでの不気味なものとは違う暖かな笑みを浮かべた。

 

「そっか………みーちゃん、頑張ってるんだなぁ」

 

アキトにとって彼女は大切な幼馴染み。そして同時に『未だに好きな初恋の女の子』。

そんな彼女の名を見てアキトは少し困った顔をしてしまう。

 

「どうしよう、困ったなぁ。僕は悪役だからね、欲に忠実でないと。あぁ、どうしよう、みーちゃんに会いたくなっちゃった」

 

そう言いながらも答えは決まっているとアキトはその依頼を受諾した。

 

「きっと素敵な女性になってるんだろうなぁ、みーちゃん。会えるのが楽しみだよ」

 

そして彼はその宙域からフォールドした。




書いてしまた、後悔はしていない! 


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第一話 再会

やっと始まった第一話。書きたいことが多くて纏めるのに苦労しそうです。


 新しい依頼を受けることにしたアキト。依頼の内容は『ブリージンガル球状星団にて民間企業ケイオスの所属する戦術音楽ユニット(ワルキューレ)の護衛』というもの。既に依頼受諾の報は会社を通じて先方に連絡済み。だからこのまま向かうのみなのだが…………彼はまだケイオス・ラグナ第三航空団の拠点である惑星ラグナに着いていなかった。

 

「うわぁ~、熱いなぁ」

 

 アキトがいるのは砂漠が殆どの惑星アル・シャハル。ブリージンガル球状星団の中の惑星の一つであり、惑星ラグナから30光年程離れた距離にある比較的ご近所の星。

 何故こんな所に寄り道をしているのかと言えば、それはアキトが間抜けなポカをやらかしたからである。

 PMCというのは傭兵なわけであるが、会社なのだ。確かに中には傭兵らしい者達もいるのだが、アキトは見た限りではそんな雰囲気は微塵も感じさせない。寧ろ若い新人社員と言えば誰もがそうだと思うだろう。そんな見た目なわけもあって彼は自分が傭兵であるという意識はあまり強くない。確かに依頼とあれば本性を露わにして殺しに掛かるのだが、それで自分は傭兵だと胸を張るタイプではない。アキトの意識では彼は『会社員』なのだ。仕事が人斬りというだけの会社員。物騒極まりないがそれがアキトという男だ。

 そんな会社員である彼、この度の依頼の契約期間が一年と長いこともあってアキトとしては雇われているというよりも出向というのが近い感覚。だからここで彼は考えた。

 

(あ、あいさつに菓子折用意しないと)

 

 実にアキトらしいと言うべきか、のんびりとした考え。彼としてはこれからしばらくよろしくする相手に失礼があってはいけないという気配りなのだが、PMCの傭兵としては如何なものかと周りが聞いたら思うだろう。それぐらい間の抜けた考えであった。だがそれを突っ込む者などいない。彼はあと一回フォールドすればラグナに着くというところで急遽進路を変更しこうしてアル・シャハルに来たのであった。

 その理由はただ単純に近かったから。それとラグナでは無さそうなものがありそうだと何となく思ったからである。こういう土産物というのはその土地では中々食べられないものや珍しいものが好ましい。そんな理由であった。

 そうしてアキトはアル・シャハルにある観光都市シャハルシティに来て土産物を物色している。甘いものやら塩辛いものやらと食べ物をメインに選んでいる理由は物品よりも気軽に渡せるからだ。重い奴だと思われては今後の人間関係に影響が現れかねない。普通の傭兵ならここはビジネスライクにドライな対応を取るものだが、アキトは基本のほほんとしていることもあって仲良く出来るならそれに越したことはないという珍しいタイプであった。まぁ、大好きな女の子の勤め先で変な感じになりたくないというのが本音なのだが。

 そうしてあっちこっちを彷徨うこと約一時間弱。アキトは両手が塞がる程度に土産物を持って歩いていた。

 

「どうしようかなぁ、もう少し買うべきかな? 荷物を入れるスペースは村正にまだあるけど、僕の許容量がそろそろまずいかも」

 

 相手がどれくらいいるのか良くわからないからこその悩みというべきか、実に平和に悩んでいた。もっと買ってもよいがそろそろ荷物の所為で視界が塞がれかねない。だからどうしようかと悩みながら歩いていると、何やら前方から慌ただしい雰囲気を感じた。

 

「まったく、美雲さんときたら………どこに行ったんですか、もう~」

 

相手は歳若い女性なのだろう。声の雰囲気からして少し怒っているといった感じか。それかもしくは呆れているのか、せかせかとした感じだ。周りの人達は特に気にすることはないようで普通に通っていく。だからまったく気にしなかったのだろう。

 ただアキトの両手は荷物で塞がり視界も効かない。そして相手は焦りが先行して注意力が散漫している。人の混雑により進行方向が限られていると言うこともあって……………。

 

「うわぁっ!?」

「キャッ!? す、すみません!?」

 

 物の見事にぶつかってしまった。

アキトは衝撃で荷物を落とし、女性はアキトと正反対に倒れ込み尻餅をつく。周りは何事かと気にするが混雑の中での衝突などよくあることなのか気にしなかった。

 そして両者が対面する。アキトの目に映ったのは紅い長髪をした綺麗な女の子。歳は自分と同じくらいだろう。尖った耳がマイクローンでないことを教えてくれる。アキトにとっていくら成長していても見間違えることなど絶対にない、彼の正義の味方がそこにいた。

 口元に笑みが浮かんでしまう。だって仕方ないじゃないか、会いたかったのだから。

アキトは再会に喜び声をかけようとしたのだが、向こうはそんな感じではなかった。

 

「あ………………」

 

アキトの顔を見て彼女は思考が停止したような顔………驚き過ぎて考えることを放棄してしまったような、そんな顔をしていた。

 アキトは知らないから仕方ない。彼女からしたら『死んでしまった幼馴染みに似ている人』とぶつかってしまったのだから。少し前に見た夢もあってその顔はより鮮明に見えた。

 だけど彼女は慌てて過ぎった思考を停止した。

 

(彼が生きているはずないんだから)

 

 あの絶望的な状況で生存出来るわけがない。だから目の前にあるのはただの他人のそら似だと決めこんだ。借りに幼馴染みですかと聞いて外れていた場合は相手に酷い迷惑と不快感を与えることになる。それは宜しくない。故に問えない。問いたくなるのを必死に堪える。

 アキトはそんな彼女の百面相を見て懐かしさから笑みが浮かんでしまう。成長して綺麗になっても彼女はまったく変わらないと思った。

だから彼女に声をかけようとしたのだが運が悪いと言うべきか、彼女の懐から何やら電子音が鳴り始めた。

 彼女はそれに慌てて懐から携帯端末を取り出すと耳に当てる。そしてアキトに申し訳無さそうな顔を向けつつ話をして通話を切った。

 

「ぶつかってしまって申し訳ありません。正式に謝罪をしたいのですが、緊急の用件で急がないと行けなくなってしまって。ですので正式な謝罪はをご所望の場合は広報までご連絡下さい」

 

そう言って彼女は慌てながら立ち上がると散らばった荷物を急いで纏めてアキトに自分の名刺を差し出し風のように去って行った。

 そんな彼女にアキトはクスクスと笑ってしまう。自分の事を気付かなかったのは少しばかりショックではあったが、彼女が昔とまったく変わらないことがアキトにとって嬉しかった。彼女は相も変わらず一生懸命で可愛いと、年頃にそう思って笑みを浮かべる。

 

「ふふふ、変わらないなぁ、みーちゃんは。やっぱり格好いい」

 

 そんな再会にアキトはより楽しそうに笑う。これから先が楽しみだと、そう年頃の笑みを浮かべながら荷物を回収して再び歩き始める。焦る必要などない。何せもうすぐ再び会えるのだから。

 

 

 

  その後も再びアキトは買い物を続けていた。せっかくの再会で上機嫌になったこともあり、もっと土産を用意しようと思ったのだ。そこで二人の男女に再びぶつかりかけられ荷物を散らかすことになる。その後脱走犯だなんだと騒ぎがあったのだが、アキトは二人に手伝ってもらって荷物を回収した時点で別れたので関係なかった。

 そのまま後はこの惑星を離れてラグナにフォールドすればいいだけになり帰り支度を始めるアキト。だがここで予想外の事態が発生した。

 突如鳴り響く警報が町中に響き渡り、それに伴い各所で爆発が起こり破砕音や倒壊音が轟く。そして人々の悲鳴が湧き上がり辺り一面が混乱の坩堝となった。

 周りを見渡せばゼントラーディーのバトルスーツ『クァドラン・レア』や『一〇六式リガード』などが暴れ回っている。その様子と燃えさかる炎を見ればこの光景が地獄であることが窺える。

 ここで常識的に考えればささっとラグナに向かうためにこの光景を無視するのが正解だ。アキトは正義の味方ではないし、今はまだ正式に雇われてはいない。期間に入っていないのだ。だから戦う必要は無い。

 だが…………それは『正しいだけ』の選択だ。

目の前で血が飛び散り芳しい香りが鼻腔をくすぐる。人斬りたる刀がそれを我慢できるかと言われれば答えはNOである。

それに彼女に再会したのだから、彼女は絶対この戦場に現れる。ヴァール警報が鳴り響いていることからきっとワルキューレも来ているはずだ。ならそこに彼女がいるのも当然である。

 なら彼女の活躍を見ようと思うのは当たり前であった。

故にアキトの行動は決まっていて自分の『片割れ』に呼びかける。

 

「行くよ、村正。彼女の活躍を見るために、邪魔なものは全部斬ろう」

 

 その声を聞き彼の機体はエンジンに火を入れ飛び上がる。遠隔操作による起動、そして発進。町の近くの砂漠にカモフラージュして隠してあったそれはカモフラージュネットを撥ね飛ばすとファイター形態に変形しシャハルシティに向かって飛び始めた。

 そしてアキトに銃口を向けるリガードがその引き金を引く瞬間、アキトは嗤った。

 

(遅いよ)

 

唇がそう動くと供にリガードの真上をそれが凄い速度で通過。その音が少し遠くに離れると共にリガードのコクピット部分が真横から綺麗に分かれ、まるで魚の開きのようにその中身を倒れながら晒した。真っ赤な血が溢れ出す中、それは再び戻りアキトの前でガウォーク形態に変形し着陸した。

 

「さぁ、斬り殺そうか」

 

 アキトは嗤いながら片割れに乗り込み、そして上着を脱ぎ捨てる。上半身裸になったアキトのその背には通常の人間ではあり得ないコネクターが露わになった。普段はその上に邪魔にならないように加工されたパイロットスーツを着込むのだが、今回は緊急にてそれはなし。もとよりパイロットスーツなどアキトにとって大した意味は無い。コネクターを座席に接続できればそれで良いのだ。

 ソレさえすれば…………妖刀は引き抜かれる。

 

「さぁ……村正、抜刀する」

 

 そしてアキトが乗り込み統一された『VFー19Σ 村正』がその凶刃を閃かせる。

ステージII熱核タービンエンジンによって叩き出された常識外の推進力を使ってファイター形態からの突撃。戦闘機が飛んでいるというよりも矢が敵に向かって飛んでいるのではないかと思わせるほどの速度で飛び、敵が此方を攻撃しても機体を若干傾けるだけで弾丸をすれすれにかわしていくという神業を普通に行使する。そのすれ違いざまに居合い切り宜しくに刀を展開、その一刀を持ってして相手に絶対の死を与える。

 それを直に相手にしている者達からすれば悪夢だろう。撃った弾丸を躱すのに最低限の動きで躱すその様子は端から見たら気付けるものではない。まるで弾丸が機体をすり抜けるよう見えるその姿は幽霊のようだ。どんなに撃っても弾丸がすり抜け、近づかれた瞬間には自分の肉体が機体ごと斬られているというのだから。

 弾丸と爆炎が渦巻く戦場にて、アキトは村正として飛び込んだ。

当然アキトの姿を見れば襲ってくるクァドラン・レアやリガード。此方を見るなりその砲火を向けてくる。村正はバトロイドに変形すると刀を正眼で構え、そこからまさに人が踏み込むかのような動作で間合いを詰めると右上段からの一閃にてクァドラン・レアを袈裟斬りにすると、今度はリガードに向かって接近する。

 接近する村正に向かってリガードが距離を取るべくミサイルを放ちながら離れるが、村正はそれを全て斬り払いながら更に前に進む。ツインアイが爆炎の中で翡翠色に輝く様は鬼火のように見えるだろう。その姿は刀を持った一体の鬼神であった。

 そしてこの戦鬼が相手を逃すわけがない。脚部のブースターを噴かせながらの宙を舞い、そして地上では生々しい歩法で一気に距離を詰める。そして脇構えからの振り上げによりリガードを両断した。

 

「まだまだこれからだ。まだ斬り足りない、血が欲しい」

 

口元がニヤリと嗤うアキト。そこにあるのは普段の彼ではない。文字通り妖刀『村正』であった。

 そして抜かれたからには血を求めるのが村正だ。ファイターに変形し戦場の空へと飛び、獲物を見つけては斬りかかる。ファイターですれ違いざまに一閃し、バトロイドで両断し、ガウォークで横に凪ぐ。

 ヴァールで暴走しているのは新統合軍ゼントラーディ海兵隊。暴走しているだけであり彼等が悪いとは言えないが、それは関係ない。だって既に妖刀は抜かれたのだから。

ならば斬る以外何もない。アキトは妖刀となりて目の前で自分に攻撃を仕掛ける敵を全て斬っていく。斬って斬って斬りまくって、血とオイルに機体が濡れていく。返り血を浴びたVFー19Σは悪鬼のようであった。その様子を見た者は戦き畏れ、暴走している者達であっても一瞬だけ躊躇させる。その一瞬に斬り裂かれ、残るのは斬り捨てられた死体のみ。

 そのまま斬り進んで行くアキトがそれを耳にしたのは騒ぎの中心に近づいていく時であった。

 

「歌………だねぇ、これ」

 

聞こえてきたのは聞き慣れない歌。だがそれを誰が歌っているのかということは既に分かりきっている。この戦場で歌を歌う存在など一つしか無いのだから。

 

『戦術音楽ユニット(ワルキューレ)』

 

ヴァールを沈める為に歌っているのだろう。その旋律が辺り一面に流れ、その歌う様子がホログラムで彼方此方に投影されている。歌うのは華美華麗な衣装に身を包む女性達。その姿は戦場であっても恐れる様子はなく堂々としている。

 そして彼女達を守る戦士こそがΔ小隊。最新鋭のVF-31四機が空を舞い、飛び交うミサイルを撃ち落とし、そして暴走している者達を無力化していく。

 その光景の美しさと見事な腕に皆が感動するだろう。事実、見ている者達から感嘆と希望に満ちた歓声が上がる。

 

「これがワルキューレ、そしてΔ小隊か」

 

 戦場で随分と派手な事をするなぁと関心するアキト。これがこの先護衛の任務対象なんだとみることに。皆が一生懸命なことが窺えることに好印象を覚える。巫山戯たり怯えたりという感情は見られない。皆が頑張っている。

 

「うん、良い人達だね」

 

アキトにとって彼女達は善人に見えるようだ。真面目な人達だと言っても良い。そういう『真面目な人』をアキトは好きだったりする。この依頼は案外悪くないかも知れないと思うアキト。 

 そしてΔ小隊で彼女が乗っているであろうVFー31を見つけて笑う。

 

「う~ん、やっぱりみーちゃんの操縦は格好いいなぁ」

 

 赤紫のラインが入ったVFー31は綺麗に空を舞う。その様子は無駄があまりなく、まさにVF乗りらしいと言えるだろう。自分の操縦と比べればある意味雲泥の差がある。まさに格好いいという言葉に尽きるとアキトは思う。彼女が引き金を引きミサイルを撃ち落とす度に歓声が出てしまうのは惚れた弱みだけではないだろう。その姿が格好いいのだ。

 なら自分もとは思わないが、彼女の勇姿をずっと見ていたい。その為に………。

 

「邪魔するのは許さないよ」

 

地上から彼女を狙うリガードに即座に距離を詰めると気付かれる前に神速の一刀を持って命を終わらす。爆発はない。あるのはただ斬られ倒れて血を噴き出すのみ。

 そんなふうに村正は相手を斬っていく。ワルキューレの歌に乗ることなく、Δ小隊の邪魔になる奴らを片っ端から斬り殺していく。出来上がるのは血で出来た川、そして斬り殺された死体の山。歌とはまったく合わない地獄がそこに出来上がる。

 そんな地獄が作られれば嫌でも周りは気付かされる。既にΔ小隊やワルキューレに連絡が行ったのだろう。此方に一般のコードで通信が入る。

 

『そこのVFー19、今すぐ武装を解除して降伏しろ。降伏しない場合は撃墜する』

 

 未確認の相手に随分とお行儀が良いことだと思いつつ、その誠実さにアキトは笑う。やっぱり真面目な人達だなぁと。通信を送ってきたのはどうやらΔ小隊の隊長機らしい。ならここで変な真似をして関係を拗らせるのはよくない。

 なのでアキトは普通に通信を返した。

 

『こちらはVFー19Σ 村正。民間企業ケイオスに所属する戦術音楽ユニット(ワルキューレ)の護衛任務を受けたものです。既にそちらに受諾の報告が行ってるものだと思いますが、確認お願いします』

 

 その言葉に隊長機から少しばかりの間が空き、そして返答が来た。

 

『確かにその報告が来ているな。だがこの戦闘にどうして参加しているんだ?』

『偶々ですよ。そちらに向かう前に菓子折の一つでもっと思って用意しに来たところ巻き込まれましてね。自衛というには少しアレですが』

 

 苦笑交じりにそう返すと向こうからも苦笑が帰ってきた。災難だったなと返す言葉には同情が確かに込められていた。

 

『事情は分かった。ならこれからは俺達の指揮下に入ってくれないか。下手に行動されても困るからな』

 

 向こうの言い分ももっともな話であった。この場で第三者が勝手に動いては場に混乱を与えるだろうというのは当然の話であった。 

 だがアキトはそれに返し少しばかりの抵抗を見せた。

 

『指揮下に入るのはお断りします。これは僕の戦い方の問題もありますが、貴方達も僕を使うことが出来ないと思いますから。でも下手に行動することはしないし邪魔もしません。お願いされたら素直に聞きますよ』

『そうきたか。まぁそれでもいいだろう。これからよろしくやる仲だ。無駄に軋轢を生むようなことはしない方が良いからな』

『ご理解感謝です』

 

そんなやり取りをしている間に既に鎮圧も終わりを迎えつつある。ヴァールも落ち着き始めライブもそろそろ終わりそうだ。

 だがそう終わる物でもないようで、更にΔ小隊に緊急の連絡が入る。

 

『悪い、村正。アンノウン数機がアル・シャハル守備隊を撃破しこちらに向かっているらしい。協力してくれないか』

『アンノウンですか?』

 

 アキトがそう問いかけると供にレーダーが大気圏を突入してきた可変戦闘機と思われる機体を捕捉する。それも此方の小隊の数に比べその数はその倍以上だ。

 見たことのない機体が編成を組んで跳んでいる様子から相手は明らかに訓練された存在。故に相手はそこらのチンピラや暴走した存在などより余程脅威であることが窺える。

 その存在に警戒を深めるΔ小隊に対しアンノウンは苛烈な攻撃を仕掛けてきた。

ブースターだと思われる部分がパージされたかと思えばそれが独自に動きミサイルを吐き出す。腕もそこいらのVF乗りなんかよりも良く、しかも数も多い。ワルキューレという護衛対象がいる以上下手には動けない。状況は圧倒的に不利であった。

 その光景を見ているアキト。その顔は如何にも困ったといった様子だ。

 

『あっと、え~と………隊長さんで合ってるかな』

『ん、あぁ、それで合ってる』

『僕が連中を斬っても良いんですよね』

『それは出来れば助かるが、そんな簡単に…』

 

そこまで聞ければ十分だ。アキトは嗤った。

 

「じゃぁ………斬らせてもらう」

 

 そして弾かれるようにVF-19Σ 村正が飛び出した。

飛び出した村正に当然アンノウンは攻撃を仕掛けるべくロックをかけようとするが、その

警告が出た途端にアキトは嗤う。

 

「それじゃ僕は捕らえられない」

 

その瞬間…………村正は消えた。文字通り姿形、その存在すら消えたのだ。

ロックしていた対象が消失したことにロックしていたアンノウンのパイロットは驚きを隠せず動揺した。自分はまだ何もやっていない。撃墜したわけでもなく、そもそも引き金すら引いていない。何より目の前で相手が消失しロック対象を見失ったことを自機から知らされているということがその真実を確かにする。

そして言葉を発しようとした瞬間、パイロットの目の前にソレは現れた。

 

「まず一つ」

 

 どこか楽しそうにアキトはそう呟きながらその腕を振り下ろす。

持っていた刀は上段で構えられそこからの振り下ろしにてアンノウンをコクピットから真っ二つにする。

 斬り裂かれた機体は空中へと投げ出され、そして地上に落ちると供に爆発した。

その光景は相手に恐怖を与えるに十分だろう。急遽現れた村正に動揺する様子が伝わってくる。

 

『お前さんのソレは?』

『一応会社の機密ですので詳しいことは。まぁ単純にフォールドしてるだけですけどね』

 

 これが村正が刀一本でこの弾丸飛び交う戦場を渡り歩く術の一つである。

この機体はあることを出来なくする代わりに別の機能が付けられている。それは今現在どの戦艦には標準で付いている『フォールド』、それを高速で尚且つ短い距離で行えるというものである。その名を『ハイスピードショートフォールド(HSSF)』。小難しい話だが要は瞬間移動が可能だということだ。

 これこそが村正が刀一本で戦える理由の一つ。この機能の前に距離は意味を成さない。入るのも高速なら出るのも高速。関知した瞬間にはすでに目の前にいて刀が振り下ろされている。発動すれば絶対に回避出来ない魔剣である………ただし短い距離でしか出来ないので注意が必要だが。

 それに加え独自の操縦機構によりこの機体は従来のVFとは一線を化す。より人間に近い動きを可能にし、同時に人間ではあり得ない程の動きを繰り出す。魔改造という言葉がこれほどしっくりくる機体もないだろう。

 これらを持ってして妖刀『村正』は完成する。一度抜けば血を見ずにはいられない、斬り殺したくて溜まらなくなる妖刀。

 そして抜かれたからには相手が誰であろうと斬るのみ。

相手が警戒を露わにするとミサイルの雨を降らせるが、そんなものに恐れるアキトではない。そのまま突っ込み迫ってくるミサイルをい片っ端から斬るという離れ業を相手に見せつける。

 その光景に再びアンノウンに恐怖をもたらし、その動揺する姿にアキトは嗤う。

 

「殺し馴れてないのが丸わかりだよ………二つ……いや、三つか」

 

 そのまま足のブースターを全開で噴かし、槍の如く動揺の抜け切れていないアンノウンの一機に激突。突き出された刀によって串刺しとなったアンノウンをアキトは気にせず更に押しだし後ろにいる機体も巻き込んだ。見事に2機を串刺しにしたアキトは爆発する前に刀を引き抜き蹴り飛ばす。

 蹴り飛ばされたアンノウン2機は敵集団の真ん中で爆発し、その爆発に気を取られてしまっている機体達に更にアキトは襲いかかった。

 

「そんなことに気を取られてる暇なんてないよ………四つ」

 

 特殊なフォールドをしなくても爆発的な加速は十分にある機体である。空中でも間合いを詰める速度は伊達ではない。

 一気に間合いを詰めると加速を乗せた刀による上段からの袈裟斬りで斬り捨てた。翼も本体も足も斬られた機体に助かる術はない。黒煙を噴かしながら落下し、そして爆散した。

 一気に4機も潰されたアンノウンは流石に不味いと思ったのだろう。散開してから村正を狙うものとΔ小隊やワルキューレに襲撃をかけるものとで別れ始めた。

 ワルキューレが襲われ歌が止み再びヴァールが活性化したりもするがΔ小隊がカバーに入り同時に撃退に入る。

 その間にエースボーカルの付近でミサイルが爆発したり何故かVFー171が現れて武器無しに動き見事な動きでリガード2機を蹴り飛ばしたり、その後空に飛んでアンノウンに落とされり、またアンノウンの中でも格段に良い動きをするエースがΔ小隊のエースとぶつかり合っていたり様々だ。

 そしてアキトはと言えば……………。

 

「こんなのじゃまったく足りない。機体は良いけど乗り手が駄目だ。みんな『初心者』じゃないか。こんなんじゃまだこの間の反統合政府の艦隊の方が歯ごたえがあったよ」

 

 向かってきたアンノウンを全て斬り殺していた。

彼の足元に転がっているのは全て斬られた残骸。皆コクピット事斬られ、生きている者は一人もいない。

 アキトはこのアンノウン達と戦って気付いた。確かに腕は良いのだが、相手を殺すということに馴れていない気配を感じさせるのだ。つまり訓練だけを積んできたエリートであるということ。確かに操縦は上手いのだが、殺し合いの駆け引きや馴れというのがまったくない。下手をすれば初陣かもしれないというくらいに顕著に出ていた。

 だからこその不満。これなら古強者の方が余程歯ごたえがあると。

故にアキトの目はさらに向こう、Δ小隊が戦っている方へと向いた。狂気に満ちた目がエースが戦うアンノウンの方へと向き、口元がニヤリと嗤う。

 

「なら今度は…………お前の血を吸わせろ」

 

そして消える村正。次の瞬間にはΔ小隊のエースであるデルタ2とぶつかり合っていたアンノウンの前に現れその凶刃を振るった。

 

「なっ!? こいつ、風を斬り裂いただと!?」

 

 そのアンノウンは咄嗟に機体を変形させると機体を横に反らし掠る程度で躱すことに成功したが、それでも機体の翼に線がしっかりと刻み込まれた。

 そこで止まるわけがないのが村正だ。更に追撃のために二の太刀を放つ。

 

「嘗めるなよ、地球人に与する者が!」

 

 放たれた凶刃に対し、アンノウンは横にバレルロールすることで躱す。

躱された村正は更に追撃をかけようとするのだが、そこでデルタ2からの追撃がアンノウンを襲う。ソレすら避けたアンノウンは再びデルタ2とのドッグファイトを始め、アキトはそれを見て自重する。

 

「いけないなぁ、相手の獲物を横取りするのは。いくらつまらなかったってそれはよくないことだ。もうちょっと我慢を覚えないとね」

 

それまでが暇だったため、若干暴走気味であったことを自重するアキト。

 若干冷めてしまった目で辺りを見回し、そこで紅紫のラインが入ったVFー31が飛んでいるのを見かけた。そしてその背後で彼女を狙おうとしてるアンノウン目掛けて腕を振り上げる。

 

「ロクデナシの僕でも守りたいものくらいあるんだよ。お前如き小悪党が彼女を害するな」

 

 槍投げのように投げられた刀はアンノウンのコクピットに見事に突き刺さり、コクピットから血が吹き出るのが見えた。

 それに気付いた紅紫のラインが入ったVFー31が機体を変形させて此方を見る。

既にアキトのことは知っているのだろう。ただしそれはこの機体のこと、そして今回の依頼を受けたということだけだ。

 だから此方に普通に通信が入る。

 

『援護感謝します』

 

 その言葉にアキトはえへへっとくすぐったそうに笑った。彼女からの感謝は久しぶりで嬉しいから。

 

 

 

 

 そして戦闘は終わりを迎える。

アンノウンはその部隊の約半数を失い撤退、ヴァールはワルキューレの活躍で見事に鎮圧された。

 辺りは倒壊が激しく町の彼方此方が燃えている所を見るにあまり良いとは言えないが、住民は皆命が助かったことに歓喜しワルキューレを崇めていた。

 その一カ所にてあつまるΔ小隊とワルキューレ、そしてVFー19Σ。そこで撃墜されたVFー171に乗っていた男が降りた後にミラージュに怒られるという事があったりした。

 そして彼女はガウォーク形態に変形しているVFー19Σの前に行く。

そこで改めて先程の礼を言おうとしたのだ。さっき彼女は自分の後ろにいるアンノウンに気付かなかった。もしもあの時彼がやらなければ殺されていたのは自分だと分かるから、だからこそちゃんとお礼を言いたかったのだ。

 そして開かれるキャノピー。そこから出た降下用ワイヤーに足をかけて降りてきたのは上半身裸の男。真っ黒い黒髪に真っ黒い瞳をした彼女と同じ年頃の男がそこにいた。

いつもの彼女ならその格好に突っ込むかも知れないが、その顔を見て顔が固まった。

 彼女にとって見知った顔。幼い頃にいた大切な幼馴染みの顔。そして死んでしまって二度と会えない人の顔。

 だからミラージュは固まる。もう死んでしまったのだから彼は違うのだと、他人のそら似だと思い込んで何とかお礼を言おうとする。見れば見るほど似ている彼に余計な迷惑をかけまいと。

 だが、ここで彼女はそれまでの努力を全て台無しにさせられた。

彼はミラージュの姿を見てホンワカとした笑みを浮かべてこう言ったのだ。

 

「久しぶりだね、みーちゃん。元気みたいで安心したよ」

 

 柔らかな春の日差しのような笑顔を浮かべ、幼馴染みしか知らない呼び名を呼んだ。

その衝撃にミラージュは呟くように彼に問いかける。

 

「あ、あーちゃん………なの?」

 

まるで信じられないと震えるミラージュにアキトは嬉しそうに頷いた。

 

「うん、そうだよ、みーちゃん」

 

 その瞬間、ミラージュは自分が何をしたのか分からなかった。

ただ第三者であるワルキューレやΔ小隊の他の隊員が見たのはアキト懐に飛び込んで子供のように泣きじゃくるミラージュがいて、そして胸に飛び込んできたミラージュにアキトがあわわしながらあやすように優しく抱きしめ返していたという光景であった。

 こうして再び彼の正義の味方と彼女の為だけの悪役は再会した。




やりたかったのはZOEのゼロシフトですね。


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第二話 逢瀬

ただミラージュがデレるだけの話ですね(笑)


 ミラージュからしたら感動的な再会なのだろうが周りはそれについていけるわけがなく、当然困惑するのも無理はない。ワルキューレの女性陣は普段ではまず見られない泣きじゃくるミラージュという光景に興味津々であり、それが彼女達からすれば見ず知らずの男相手にそういうことをしているということが更に興味を湧かせる。彼女達はワルキューレとして戦術ライブを行う強者だが、それでも同時に年頃の女子なのだ。目の前の光景はまさにそんな彼女達に妄想を掻き立てさせるには十分なものであった。

 そしてそんな女性陣に対し、Δ小隊の男性陣は困惑の色が大きい。隊長であるアラド・メルダースは部下の行動に対し雰囲気を察し話しかけて良いのか迷い、Δ小隊エースであるメッサー・イーレフェルトは女子達とは違った意味でアキトの方に視線を向けている。その目に宿るのは警戒と疑念だ。Δ小隊コールサインデルタ3のチャック・マスタングは同僚の珍しい光景に驚きながらアキトにどこか恨めしい視線を送っていた。モテない彼の僻みであった。

 そんな視線に晒される中、アキトは未だに涙を流すミラージュに微笑みかける。

 

「みーちゃん、大丈夫。もう大丈夫だから、だから泣き止んで………ね」

「ひっく、ひっく………うん、あーちゃん…………」

 

幼子をあやすかのような声音だが、ミラージュにとってそれは心地よく聞こえる。幼い頃に聞いた優しい声。声変わりして少し違っているが、それでも昔の名残を残すその声は確かに彼女の記憶にある幼馴染みの声だった。

 アキトにあやされやっと泣き止むミラージュ。まだ目に涙の後は残っているし赤くなっているが、少しだけ落ち着いてきて……………。

 

(わ、私、皆が見てるとこで何てことをしているんですか!!)

 

 今の自分の状態を把握し誰が見ても分かるくらい顔を真っ赤にした。

真面目な彼女が男に抱きつき泣いているのだ。貞操観念も風紀委員よろしくに厳しい彼女がである。それはもう恥ずかしいだろう。再会で感極まったとはいえ、彼女からしたら破廉恥としか言い様がないのである。これがまだ人目がなく二人だけだったらもっと違っていたのかも知れないが、現状は注目を集めている。もう恥ずかしいったらありゃしない。

 

(みーちゃん、考えてることが直ぐ顔に出るのが変わってないなぁ)

 

 そんなミラージュの心境を昔からの付き合いで分かるアキトは余計に微笑んでしまう。昔とまったく変わらない、昔と変わらず可愛いなぁ、と。完全に惚れている惚気であった。

 二人だけの妙な雰囲気というものが出来上がりつつあるわけだが、それでは話が進まないとアラドが動いた。

 

「あ、あ~、そろそろいいか、ミラージュ」

「!? は、はい!」

 

 気まずそうな上官にミラージュは驚き恥ずかしさと気まずさから顔を反らしそうになるを堪える。既に見られているのは分かってしまっているだけに気まずさも並ではすまない。

 

「取り敢えずだ、まず彼を機体と供に回収して撤収するぞ。話はアイテールで聞かせてもらおうか」

「…………はい」

 

 周りからの様々な視線を受け、実に気まずそうにするミラージュはその言葉に従いアキトを自分達作戦指揮の要である拠点………マクロス・エリシオンの左腕部でもある空母『アイテール』に案内することにした。

 

「さぁ、行きますよ、アキト」

 

 多少気を持ち直したミラージュは少し強めにそう言う。その声に照れ隠しが混じっていることにアキトは当然気付いている。

 

「みーちゃん、あーちゃん…じゃないの?」

 

 少し寂しさを込めたような声でそう問いかけるアキトにミラージュは恥ずかしさから顔を赤くし誤魔化すかのように怒ろうとするのだが、アキトの顔を見た途端に顔を反らす。

 

「わ、私達はもういい歳です。だからそんな子供のような呼び名を使うのは止めて下さい! わかったら行きますよ…………あーちゃん」

「えへへ、分かったよ、みーちゃん」

 

 最後の辺りで小さく幼い頃からの呼び名を言うミラージュは真面目だけどやはり甘いのだろう。そんなミラージュにアキトは嬉しそうに笑う。その笑顔が昔とまったく変わらないことにミラージュはドキドキしてしまい急いで顔を反らすと急かすように先に行ってしまう。そんな彼女の背を追いつつアキトは歩き始めた。

 

 

 

 

「さて、それで改めてなんだが話をさせてもらおうか」

 

 アイテールの会議室の一室にて集まるΔ小隊とワルキューレとアキト。案内されたアキトは機体をフライトデッキに駐め、上着を着込みシャハルシティで買ってきた土産を持ち込んでいる。

 アラドのその言葉にアキトは軽くはいっと頷き皆に聞こえるように声を少しだけ大きくしながら挨拶を始めた。

 

「この度護衛任務を受諾しましたアキト・切島です。出向という形になりますが、皆と仲良く仕事が出来ればいいなって思います。あ、これお土産です。皆で食べて下さい」

「あ、こいつはどうも」

 

 菓子折を渡されアラドは社会人らしくお礼を言いながら受け取る。民間企業のサラリーマンらしいやり取りに傭兵らしさがまったく感じられない。仮にも護衛任務という軍事行動を行う者達のやり取りにはとても見えなかった。

 そしてアキトの口から自分の所属するPMCの話や機体の話などが出てくる。

 

「僕の乗機であるVFー19Σ、ペットネーム『村正』はPMCで独自に改造された機体で元はVFー19Aです。刀をメインウェポンとしてそれ以外は一切装備していないのが特徴かな。あぁ、エンジンとかの整備はお願いしますけどOSとか操縦系の方には手を出さないで下さい、企業秘密ですので。僕の戦い方は機体の武装通り刀による近接格闘戦のみなのでそちらの作戦行動に添えるかはわかりませんが頑張ります」

 

 そこで当然質問が飛び交うのだが、アキトが答えられることはそう多くない。所属するPMC自体がそこまで有名ではないということや機体が常識外れな改造をされていることに対しては会社の意向としか言い様がなく、その仕様も仕様だからとしか言えない。ただし、アキトの戦闘能力は先の暴動事件の鎮圧、およびアンノウンの襲撃に関して証明済みであり、その強さにはΔ小隊全員も舌を巻かざる得ない。特にアンノウンに対し約半数を斬り墜としたというのは大戦果だろう。お陰で今その残骸を解析にかけている。正体判明に関し予想以上に速くなるかも知れない。

 そんな質問をΔ小隊やワルキューレのメカニック担当であるマキナ・中島や電子作戦担当のレイナ・プラウラーから受けた後、今度はミラージュとの関係に対し聞かれることになった。

 

「お前のことは大体分かったんだが………ミラージュ少尉との関係についてはどうなんだ?」

 

 アラドのその質問に瞳を輝かせて興味津々な様子を見せるマキナ・中島やレイナ・プラウラー、そんな二人を窘めながらもやはり気になる様子を隠せないワルキューレリーダーのカナメ・バッカニア。エースボーカルの美雲・ギンヌメールは不敵な笑みを浮かべてその答えを待ち望んでいた。

 そんな視線を受け、ミラージュは気恥ずかしいやら何やらで熱くなった顔を誤魔化そうとして反らし、アキトは笑顔でいたって普通に返す。

 

「僕はみーちゃん………ミラージュさんと同郷で幼馴染みなんですよ。両親が仲良くて生まれたときから一緒に育ってきた仲ですよ。ね、みーちゃん」

「ま、まぁ、そういうことです。だからってみーちゃんは止めて下さい、アキト………」

「ミラミラ、きゃわわ!」

「まさかここまでデレるとは」

「まさかミラージュさんにこんなお相手がいるとはねぇ」

「ふふふふふ」

 

 アキトの紹介にミラージュは恥ずかしそうに俯く。今まで真面目一辺倒な彼女がもしかしたら初めて見せるかもしれない『乙女』な表情にテンションをあげるワルキューレのメンバー。

 それに対しΔ小隊のメンバーは皆様々だ。特にアラドは人生経験が長いだけにそれだけではああまで泣かれる理由にならないということが分かる。だがそれを聞くのは宜しくないというのは当然なだけに口を閉じる。

 メッサーはアキトの笑顔に異質な気配を感じていた。何というか、戦闘行動と人格が噛み合わない。アンノウンのエースとの戦闘で詳しくまで見れなかったが、途中で介入された時のことは見ている。自分ですら掠らせることも出来なかった攻撃を避けられたとはいえ掠らせた。その太刀筋は殺意がしっかりと込められていたであろうことは躊躇なく振るわれていることから窺える。ぱっと見は如何にもな善人に見えるが、その戦い方や戦果を見れば相手を容赦なく殺すことが分かる。PMCなのだから殺すことだって当然あるだろうが、ここまで執拗に完璧に殺しに掛かるのは珍しい。自分やアラドなら状況に応じて変える。余裕があれば相手を下手に殺す必要は無いと。

 だがアキトの斬った相手は皆死んでいる。コクピット両断やエンジン部までの袈裟斬りなど、刀という特性を持ってして行われた攻撃は相手を確実に仕留める。やろうと思えば相手の手足を斬り飛ばして無力化も出来るだろう。だがそれを敢えてしていない。相手を助けようとする気をまったく感じられない。斬って殺すのが当然だと残骸が語っている。

 その人間性が疑わしい。味方となる相手に警戒を抱くのは宜しくないが、それでも警戒せずにはいられないのがメッサーという男だ。故に彼はアキトに対し警戒を示す。

 チャック・マスタングはと言えば、ニヤニヤと笑いながらアキトを嫉むという器用なことをやっていた。話してみれば良い奴だということが直ぐにわかり冗談を言えば苦笑しつつも乗ってくれる。付き合っていく仲では楽しくなるだろうと思える反面、同僚との仲が良いことに嫉妬を覚える。そのことを匂わせて問いかけてみると、アキトは苦笑しつつも素直に答えるのだ。その答えがあまりにもストレートなものだから、ミラージュはその度に顔を赤らめて恥ずかしがることに。もうこの二人、出来ちゃってるんじゃねぇと言わんばかりに突っ込みたいのを我慢していた。

 そんなわけで受け入れられたアキト。そして雰囲気を読んだ一同は後は二人でごゆっくりといった感じで退室しアキトとミラージュだけが部屋に残った。

 ミラージュは周りの雰囲気を感じて恥ずかしさで悶絶しそうになる。彼女は真面目ではあるが、決して空気が読めないクソ真面目ではないのだ。この二人っきりにされたということがどういう気遣いかということを理解出来るだけに気恥ずかしさが凄まじい。この後彼等と顔を合わせたらどんな顔をしたら良いのか本気で悩むくらいに恥ずかしいのだ。

 そんなミラージュに対し、アキトはニコニコとほんわかに笑っていた。昔と変わらないことが嬉しいのだろう。

 だがいつまでもそうしてはいられないとミラージュはアキトに向き合う。それは頬を赤く染めた乙女の顔……………ではなく、もの凄く怒っているジト目であった。

 

「ど、どうしたのかな、みーちゃん。何か怖いよ?」

 

 流石に怖さを感じたのか内心後ずさるアキト。何で彼女がこんなに怒っているのか分からない。

 そんなアキトの苦笑を見ているミラージュは不機嫌丸出しな声で問いかける。

 

「確かにアキトが生きていてくれたこことは嬉しいです。こうしてまた会えるなんて思いませんでしたから。で・す・が………あの時生きていたんならどうして今まで連絡の一つも寄こさなかったんですか」

 

 テロに遭って両親が死んでしまったことは分かっている。それでも何とか生き残ったのなら、どうしてミラージュ達に連絡を寄こさなかったのかと彼女は怒っているのだ。あの歳で両親を失うことがどれだけ大変で悲惨なことかは嫌でも分かる。そんな目に遭っているのにどうして助けを呼ばなかったのかと。彼女にとってアキトは家族同然だ。そんな彼が生涯孤独になってしまった。ならそれを助け救うのは自分達だ。ずっと一緒だった自分達が彼を孤独から救うのだ。そうであるべきだと。だがあの報道を受けた際にアキトの生存は絶望的だった。最早死んでいると誰もが思ったし、ミラージュも当時は泣いて泣いて泣き続けたものだ。

 だというのにだ、その当人は生きていたと言うのにミラージュ達に一切の連絡も入れずこうして生きていたというのだから溜まったものではない。それもPMCに入って今では立派な傭兵だ。

 生きていてくれたことは嬉しい。でも家族同然の自分達に連絡一つ寄こさなかったことが許せない。故にこうして怒っているのだとミラージュは視線を向ける。

 そんな真剣な目を向けられアキトは困った顔をしながら答える。

 

「ごめん、みーちゃん。あの時は色々と忙しくてね。こうして出歩けるようになるまで大変だったから、だから連絡を入れられなかったんだ」

「それは大体想像出来ます。私だってあの時の報道を聞いてアキトが生きてるなんて思えませんでしたから。でしたら今からその時の話を聞かせてくれませんか」

 

 未だにジト目を続けるミラージュ。アキトはそんな幼馴染みの視線にタジタジであった。別にあのテロに遭った後の話をするのはいい。だが、はっきりと言って表立って話して良いものではない。

 内容の問題を考えれば単純に罪状が思い浮かぶ。殺人に強盗、違法人体改造というものだ。アキトはあの時生き残った後、生きるために色々した。その過程で人を殺したし盗みもした。罪の意識がないわけではないし、殺した相手が憎かったわけではない。ただ生き残るのに必死だったのだ。幼子が一人で何の後ろ盾もなく生きる。それがこの銀河でどれだけ過酷なことなのか、想像を絶するだろう。

 その結果、アキトという人格は変質を来たし、そして彼は見いだされて『村正』となったのだ。

 ミラージュの前ではまったくかわらないアキト。でも『村正』という人斬り包丁になったのなら、その思考は本来の性質から変化する。人を斬るのが楽しくて仕方ない。血を見るのが嬉しくてたまらない。その断末魔が心地よい。

 とても酷いということは分かる。理解は出来る。でも仕方ない、だってそれが『村正』という存在の在り方だから。刀が人を斬るということ以外に何の価値があるのだと。そしてソレこそが人にのみ与えられた『愉悦』であると。

 殺すことを楽しむ、それこそが知的生命体に与えられた唯一無二の快楽であると。動物は同族だって殺し合う。でもそこに悦びはない。彼等がそれを行うのは生きるための行動であり仕方ないことなのだ。そこに喜悦はない。だが人にはそれがある。殺すという喜悦こそが人のみが持つ知的生命体の証明でもある。

 当時は幼子で動物だったアキト。だが次第に彼は成長し人(殺戮者)となったのだ。誰かれ構わず殺すのは人にあらず、殺したくないのに殺すのもまた人にあらず。殺したい相手を殺意を持って喜びながら殺してこそ人である。

 と、そんな風に育っていったアキトがその話を『正義の味方』たるミラージュに教えるわけにはいかなかった。きっと彼女は聞けばアキトの事を怒るし自分の不甲斐なさに泣きながら憤るし、それにアキトをこんなふうにした者達に殺意を向けるだろう。正義感が強い彼女ならきっとそうするだろう。だから駄目なのだ。彼女には悲しんで欲しくないから。だからアキトは言葉を濁す。知られたくないから、自分から話すことは絶対にないから。

 そんなアキトの様子にミラージュは少しだけ悲しそうな顔をしながら話しかける。

 

「話す気はない……ですか。昔から妙に頑固なところがありましたからね、アキトは。そうと決めたら私が泣いたって絶対に聞かないんですから。そうされては何も言えないじゃないですか」

「ごめん、みーちゃん。正直みーちゃんには聞いて欲しくない話だからね」

 

拗ねるような様子を見せるミラージュにアキトは困った顔で頭を下げる。

 

「それは背中にあるコネクターと関係ある話ですか?」

「見たの?」

 

 背中のコネクターの事を聞かれ少し驚くアキト。別に隠すようなものではないのだが、見せた記憶は無いのに知られていることに驚いた。そして今話していることにも無関係ではないので少し動揺もする。

 そんなアキトにミラージュは気付かない。その代わりではないが、顔を頬を赤らめながら恥ずかしそうに答えた。

 

「そ、その………さっき抱きついた時に背中に金属らしい何かがあったので少しだけ触ってたらコネクターかと思って………」

 

 抱きついた時の感触を思い出して赤くなるミラージュ。そんなミラージュにアキトは可愛いなんてことを思いながら答える。

 

「まぁ、うん、そうだね。詳しいことは言えないけど、確かにこれはコネクターだよ。インプラントすることになってそれでね。コレのお陰で僕は『村正』になれるんだ。それ以上は言えないかな」

 

 そう答えてはにかむアキトにミラージュは何とも言えない顔をする。

こうと言いだしたら聞かないことは昔から知ってるし、それがとても大切なことであるということも知っている。きっと自分に言えないと言ったのは自分の事を想ってのことだろう。その思いが分かってしまうから、だからミラージュはこれ以上言えない。

 でもだ、やっぱり………悔しいではないかと、そう思う。ミラージュだってアキトの事は特別に思ってる。何せ家族同然なのだ、その家族に内緒というのは何か悔しい。

 だからミラージュはアキトをジト目で睨む。アキトからしたらそんな顔も可愛いと内心惚気るその顔で。

 

「そこまで言うのなら仕方ありません。あ-ちゃんは言いだしたら絶対に聞きませんから。なので私はその事に関してもう問うことは止めます」

「ごめんね、みーちゃん」

「だから……そ、そのかわりに…………」

 

 そういうとミラージュは頬を桜色に染めてアキトの目を見るめる。その瞳は潤んでいて保護欲を誘う。

 

「今まで会えなかった分、その分だけ私の頭を想いながら撫でて下さい」

 

 端から聞いたらバカップルの甘え。他の人が見たら赤面して目をそらすくらいアレなこと。だが今は二人っきりだ。見ている人はいない。ミラージュは久しぶりに幼馴染みに甘えたくなったのだ。昔から同い年のはずなのに兄のように自分を見守ってくれるアキトに。

 そんなふうに求められたアキトは優しそうに微笑みながらミラージュに近づくと、そっと彼女の頭に手を乗せ撫で始めた。

 

「これでいい、みーちゃん?」

「もっと丁寧に優しく、今まで私が頑張ってきたことを褒めるのかのように撫でなさい」

「注文が多いけどいいよ。だってみーちゃんは頑張り屋さんだからね。よく頑張りました、みーちゃん」

 

 撫でられて頬を赤らめながらも嬉しそうに顔を緩めるミラージュ。そんな彼女にアキトはクスクス笑いつつも撫でてあげる。実は小さい頃もよくあったのだ、こういうことが。だからこそ、アキトは愛しさを込めながら撫でる。

 

「みーちゃんの髪、気持ち良い感触だね。スルスルしてて綺麗だ」

「私だってあれから成長しましたから、女として髪とかだってちゃんと気にしてるんです」

「でも昔とまったく変わらないと僕は思うよ。昔も綺麗な髪だったから」

「そ、そうですか…………ありがとう、あーちゃん」

「どういたしまして。でも僕は嘘は言わないから。みーちゃんは今も昔も変わらず可愛いよ」

「……………………」

 

 その後ミラージュから言葉は出なかった。ただ彼女は赤面しながら目を瞑りアキトにただ頭を撫でられるだけであった。

 

(うわぁ、ミラミラ大胆!)

(デレデレミラージュ、キタ!)

(まさかこんな面がミラージュさんにあろうとは…)

(何かインスピレーションが湧きそうな気がするわ)

 

 

 それを覗き見られているとは知らずに。

 

 

 こうしてアキトはミラージュと合流し一緒に彼女達の本拠地である惑星ラグナに向かうのであった。



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第三話 宿敵認定

まったくお気に入りが増えないなぁ、なんて思いつつ3話目です。


 アキトとミラージュがアイテールにて再会の感動を分かち合っている(イチャついている)時、雪が地表を覆うとある星のとある城、その城にある大型の格納庫にて彼等は怒りを露わにしていた。

 周りにあるのは今まで見たことのない可変戦闘機達。その形状からVFシリーズではないことが窺える。この達アル・シャハルに襲撃をかけてきた機体に類似性が見られることから分かる通り、黒幕達である。

 そんな彼等が今にも叫びそうなほどの怒りを押し殺しているのは偏に自分達よりも上位の存在がいるからだ。この部隊の指揮官にしてエース、そして彼等にとって自分達『騎士団』の団長。そんな偉大な男が今回の作戦に中止をかけた。勿論男がそれを考えたわけではなく、男よりも上位である『総司令官』である者が中止するよう命令を出したからである。

 上官の命令が絶対というのは軍事組織における常識。だから彼等は従わざる得ない。だからといって現場がソレを納得出来るかと言えば答えはNOである。

 特に彼等は『騎士』だ。誇りを胸に持つと言えば聞こえは良いのだが、プライドが些か高すぎる。つまり柔軟性がない。

 そんな彼等が胸に宿すのは自分達が正統であるという志、そしてこれが復讐であるという怨念だ。

 この度の作戦はその為の第一歩。自分がこれから起こす『戦争』のための布石であった。最終的には『ワルキューレ』の抹殺も含まれている。そして今回の襲撃でそれを直ぐに出来るところまで来ていた。

 後一歩というところまで来たのだ。後引き金を十回ほど引けばワルキューレ達を殺せるところまで。

 そんなところまで来たというのに突如の作戦中止、撤退命令。現場としては溜まったものではない。故に彼等は怒っているのだ。

 それらの怒りを受け止めている指揮官……金髪をした美しい青年は静かに、しかし確かな意思を持ってそれらに応じる。

 

「わかっている。その真意、今すぐにでも問いに行く」

 

自分は彼等と同じ思いだと、皆がその言葉に同意する。指揮官の青年とてこの命令に納得など出来てはいないのだから。

 ただ彼等との違いがあるのだとするのなら、青年には中止にした原因が思い当たることくらいだろう。

 

 

 青年が部下達の怒りを背負いながら向かったのはその城の一室。

本やら書類やらが多くあり、実験機器などが置かれていることからすると研究室というのが近いかも知れないが、デスクなどを見ると事務室に見えなくもない。

 そんな部屋の主は一人の青年であった。此方は薄い灰色のような青色のような長髪をし、眼鏡をかけている。年齢は金髪の青年よりも少し上といったところだろうか。

 そんな男が静かにたたずむ室内に指揮官の青年は入ってきた。

 

「ロイド、何故止めた」

 

指揮官の青年にそう呼ばれた部屋の主………ロイドと呼ばれた青年はその言葉を聞き静かに返す。

 

「目的は果たした。作戦自体に変更はなかったはずでは?」

「だが叩けるときに叩くべきだ。我々には時間が無いのだからな」

 

その言葉が比喩ではなく事実であると言うことは彼等の『種族』なら当たり前のことであった。故に彼等は急がなければならない。確かに他と比べると圧倒的に『時間が無い』のだから。

 それが分かっているロイドではあるが、それでもちゃんとした理由がある。

 

「分かっている。しかしハインツ様のお体のこともある。それにだ………」

 

このハインツという人物が彼等にとってどれだけ重要なのかということはこの星全ての住民が分かっている。そう言われればすぐに納得出来るだけの理由があることをもっとも身近な存在である指揮官の青年は知っている。それに続き、もう一つも思い当たる。

 ロイドは少しばかり苦悩しつつ答えた。

 

「今回の作戦、少しではすまない犠牲が出た。まだ我らが大いなる風を吹かせる前ではない。その為に戦力を消費するのは宜しくないんだ。特に今回の犠牲は想定外だ」

 

 ロイドはそう言いながら空間に投影型のモニターを展開する。そこに映っているのは血に濡れたような紅と黒の二色をしたVFー19が東洋型の剣一つで此方の機体を斬り捨てていく映像。今現在の戦場ではあり得ない光景がそこにはあり、それがどれだけ非常識な存在であるかを見せつける。

 その映像を見せられている指揮官の青年はまるで好敵手を見つけたかのように好戦的な目を映像のVFー19に向ける。

 

「向こうの奴らにも良い風を吹かす奴がいたが……こいつは別だ。何せ奴は風すら斬り捨てていたぞ。そんな者は今まで見たことがない。何者だ」

 

自分の機体に傷を付けられた事に対し屈辱ではなく闘志を燃やしている彼は今まで自分と同格の存在がいなかったのだろう。だからこそ、自分を楽しませてくれる存在に戦意を燃やしていた。

 そんな好戦的な指揮官の青年に対し、ロイドはそのVFー19に厳しい目を向ける。

 

「まだ詳しいところまで分かっていないがPMC所属の傭兵らしい。とはいえある意味有名でもあったから容易に見つけることが出来たがね」

「それで?」

 

続きを促す指揮官の青年にロイドは忌々しいものを見ているかのように顔を顰めた。

 

「彼等は血に濡れた忌々しい存在だ。我らのような大義なき野蛮な殺戮者。依頼に対し一振りのみ回される魔の刃達。たった一機で全てを殺し尽くす狂った存在だ。もし奴等にルンがあったとしたら、ドス黒く穢れきって目も向けられない程に酷いだろう。そう仮定することこそ嫌悪する程にな」

 

だったら言うなよ、なんて突っ込みはせずに待つ指揮官の青年。そんな青年の求める答えをやっとロイドは答えた。

 

「奴の名は『村正』。地球にあった島国に遙か昔に存在した『魔剣』の名を持つ者だ。持つ者を狂わせる魔性の存在、持つ者に破滅をもたらす穢れしもの。そんな存在の名を語る者が正気なわけがない」

 

 何故そんなものがあの星にいて此方に牙を向けてきたのだと苦しむロイド。あの妖刀の参戦は想定外らしい。もしかしたらこの聖戦に仇なすかもしれないと危惧する。

 そんなロイドと違い、指揮官の青年………キースはニヤリと笑う。その笑みは騎士というよりも獰猛な猛禽のものであった。

 

「そうか………まっていろ、死神、そして村正。次こそ貴様達に俺の風を吹かしてやる」

 

 そんなことがとある惑星で話し合われていた。まさかその対象の一人がイチャついてるとも知らず。シリアスぶち壊しであったが知らなければ問題ない。

 

 

 

「うわぁ~、凄い海だね。きれいだなぁ」

 

 アイテールが本拠地である惑星ラグナの軌道衛星上にデフォールドした後に本体であるマクロス・エリシオンと合体。そこから地上に降りたアキト達は今、チャック・マスタングが経営している『裸喰娘々』という飲食店に向かっていた。

 

「チャック少尉が経営している裸喰娘々はΔ小隊男子寮も兼ねていますから、アキトの部屋もそこになりますよ」

 

 これから住む所について話すミラージュにアキトは海を見てそう感想を漏らしながら聞く。その様子に話を聞いてるのかと疑われそうなものだが、ミラージュは怒ることなくアキトを見て柔らかく笑っていた。そういえば自分も初めてこの星に来た時は海の綺麗さに感動したものだと思い出しているのだろう。自分と同じ反応をするアキトに懐かしさを感じていた。

 そんな二人に一緒いるチャックとワルキューレのリーダーであるカナメはこの雰囲気に何とも言えない気分になる。具体的に言えばチャックの嫉妬激しい視線にカナメが苦笑するといった具合だ。気苦労が絶えないというのはリーダーという仕事上仕方ないとはいえ可哀想としか言い様がない。

 

「二人とも随分仲が良いわよね」

「これでアキト曰く、デキてないって言うんだから驚きですよ」

「話してみる限りアキト君、別に鈍感って訳じゃ無いと思うんだけど。寧ろミラージュさんがあそこまでデレるの、初めて見たくらいだもの」

「確かに。俺も一緒の隊にいて今まであんな顔見たことないですからね。アレが本来のアイツって奴なんでしょうか。だとしたら今まで損してるとしか言い様ない、あの笑みなら他の野郎がほっとかないと思うんすけど」

「きっとアキト君だからよ。幼馴染みだけが持つ絆、かぁ………羨ましいわね」

「でしたら俺と一緒にそれに負けない絆、築きませんか」

「今はワルキューレで忙しいからごめんなさい」

「デスヨネー」

 

 二人の邪魔をするわけにはいかない気がしてそんな会話をするカナメとチャック。

そんな感じで話しながら歩くことしばらく、目的地である『裸喰娘々』に到着。そこでチャックの弟妹達と会い自己紹介することになるアキト。弟妹達からの受けも悪くないのは彼の人柄だろう。

 そしてアキトの入居と共に別れるミラージュとカナメ。アキトはチャックに自分の部屋へと案内してもらうことに。

 だがその前にアキトはミラージュに向かって話しかける。

 

「あぁ、そういえば」

「? どうしたんですか、アキト?」

 

振り返るミラージュにアキトは軽く笑いかける。

 

「ただいま、みーちゃん」

 

 その言葉は彼女が心の底で待っていた言葉。ずっと待っていた言葉であった。その言葉を聞いたミラージュは自分の目が潤んでいくことを自覚しつつも笑う。その笑顔はとても優しく綺麗な笑顔だった。

 

「おかえり、あーちゃん」

 

 

 

 そんなわけでアキトはこうしてラグナにて暮らすことになった。機体はマクロス・エリシオンのアイテールにて管理することになり、Δ小隊と供に活動することに。ただし、Δ小隊と違い彼は遊撃。アクロバットには参加せず敵が来たりした際に動くことに決まった。

 尚、ここまでの道中、アキトの前には一匹もウミネコが現れなかったことに誰も気付かなかった。



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第四話 阿頼耶識

今回は鉄血ですね(笑)


 アキトがΔ小隊に出向して約一週間が過ぎた。

彼のぱっと見無害そうな顔と大人しくのんびりとした性格のお陰もあって今のところ人間関係に問題は無い。ケイオスラグナ支部の面々との仲は良好といった所だろう。まぁ、そもそもこの支部に人格的に尖った人物がいないというのも大きいのだが。

 そんなわけでこの一週間の間、本当に何もなかった。

だが、そのままずっと何もない………なんていうことはないのであった。

 

 

 

 それは朝に行われた軽い会議の後に来た。

会議の内容は何てこと無い通常業務の話。Δ小隊の訓練の話し合いやワルキューレとの連携についての話などが話し合われた。

 言っては悪いがあまりアキトには関係が無い。特にΔ小隊の訓練に関してアキトが連携を取るということはあまりない。武装が違い戦い方が違うアキトと連携を取るというのは難しいのである。無理にしようとするくらいならしない方が互いにマシだ。アキトからすれば精々邪魔にならないようにしようと思うくらいである。

 ワルキューレとの連携も同様であり、航空ショーをするわけではないアキトにする必要は無い。

 アキトの立ち回りは遊撃であり、Δ小隊と行動をともにするも立場で言えば別の部隊というのが近い。α小隊やβ小隊と同じような扱いだ。互いに邪魔はしないが作戦域が同じであり、状況によって連携する場合もある。そんな立場がアキトの今の状態だ。

 故にこの会議にアキトが参加する意味合いは特にない。強いて挙げるのならば互いの予定の確認というのが近いだろう。それにアキトだってデスクワークくらいはするので仕事をしていないわけではない。

 さて、そんなアキトであるがこの度臨時で少尉の階級を与えられることになった。

PMCならば持っていて当然のものなのだが、アキトの所属するPMCにはそれがなかった。何故ならアキト達は階級で呼ばれるということがなく、コードネームとも言える自身の機体の名で呼ばれるからだ。そして彼等は単独で行動する。作戦空域にいるのは必ず一機のみ。それ故に連携というものは存在しない。一騎当千を地でいくのが彼等なのである。

 少々脱線したが、そういうわけでアキト達のような存在には階級がないのであった。別にそれで今まで困ったことはなかったのだが、今回の様な他社に出向しての仕事となるとそういうわけにはいかない。だから臨時で少尉として任官することとなったのであった。

 だからこそ、私生活を除けばアキトは少尉付けで呼ばれる。そう、

 

「少しいいか、アキト少尉」

 

 会議が終わったところでこうしてメッサーに話しかけられる時なんかがそうだ。

 

「どうかしましたか、メッサーさん」

 

 話しかけられたアキトは普通に笑顔で返す。階級で呼ばれるのは勿論、此方が呼ぶことも馴れていない所為か階級付きで呼ばれているのに階級を付けずに返す。その事に最初は突っ込まれたが、まったく反省してないのか本当に忘れているのか、アキトはまったく階級を付けずに呼んでしまう。その為メッサーは既に諦めている。それでもこうして階級で呼ぶのは彼が生粋の軍人だからだろう。

 アキトの毒気のまったくない様子にこれから言うことが言い辛く感じるメッサーだが、それでも自分の疑念を晴らすため、そしてこれからの為にそれを口にした。

 

「本日の午後3時、少尉と俺で模擬戦を行う。一応の実力確認のようなものだ」

 

その言葉の真意がどうであれ、アキトは少しだけ困った顔で答える。

 

「それはつまり、僕の能力を疑われているってこと………ですよね」

「そいうわけではないが………そうだな、俺自身で確かめたいんだ。少尉の力をな」

 

そう答えるメッサーの顔は冷徹な軍人のそれだ。言葉は少し抑えているが、その表情から伝わるのは不信感だ。アキトという異物が役に立つのかどうか、役に立たなければその時は殺すと言わんばかりの殺意を秘めながら。

 その隠しても漏れ出してしまう静かな殺意。それを感じてアキトは笑う。彼は確かに温厚だ。のんびり屋でマイペース、大好きな幼馴染みにいっつもくっついているようなイメージすらある。とてもPMCに所属しているようには見えない。

 だが、それはアキトの一面に過ぎない。確かにアキトの性格はそうだ。それは昔から変わらない。しかし、それを同時に彼は確かに『村正』なのだ。PMCに所属する妖刀、全てを斬り殺す破滅の刃。敵を見れば斬り殺さずにはいられない凶刃。それが『村正』たるアキトだ。

 そして戦うのなら容赦はしないし楽しむ。戦闘狂ではない、殺戮狂である。模擬だから殺すことは出来ない。自分の能力を見せるのに困ることはない。

 

「わかりました、その話を受けます。あぁ、でも」

 

そこで言葉を切るとアキトはメッサーに嗤いかける。

 

「殺す気で来て下さい。じゃないとその首………斬り落としますよ」

「っ!?」

 

 咄嗟に放たれた悍ましい殺気にメッサーは息を飲んだ。

彼は歴戦の猛者だ。軍人として様々な戦場の空を飛んでいる。今まで殺してきた相手を数えたことはないが、少なくとも20や30どころではないだろう。そんな彼でさえ、この殺気は感じたことがない。ここまで悍ましく恐ろしいものを感じることはなかった。だからこそ、彼はアキトを警戒してしまう。とてもじゃないがこの力は正常なものではない。そんな不気味なものがいて良いのかと感じながら。

 そんなわけでこの度メッサーとの模擬戦が決まったのであった。

 

 

 

「ねぇ、アキアキ。このエクカリちゃんの操縦席、おかしくない?」

 

 模擬戦をやるということになりミラージュが心配する中、アキトは整備士の人達に自分の半身足るVFー19Σの調子を見てもらうことにした。元はVFー19Aであるが、最早別物。装甲形状は勿論中身もまったく違う。足などどちらかと言えばVFー25に近いかも知れない。それでもVFー19であるということが分かるのは特徴的な機体形状がそこまで崩れていないからだろう。

 そんな言うなれば魔改造の行き過ぎた機体のコクピット周りを弄っているのはワルキューレの一人であるマキナ・中島だ。彼女はコクピットを見てある違和感を感じアキトにそう問いかける。

 

「あまり弄って欲しくないんですけど、何か問題ありましたか?」

 

困った顔でそう答えるアキトに一緒にいたミラージュは自分の目で確かめたいとマキナがいる所に自分も上った。

 

「確かにシートにコネクターがあるところは変わってますけど、それ以外は変わっていないような?」

 

パイロット視点で見る限り問題らしいものはないと判断するミラージュ。そんな彼女にマキナはお茶目に答える。

 

「ぱっと見はそうなんだけどね~。だ・け・ど、レバーやペダルはまったくそうじゃないんだよね~、これが」

「と、言うと?」

 

ミラージュの返しにマキナは少しばかり専門家のようにふふんと大きな胸を張りながら答えた。

 

「実はまったく使われた形跡がないの。レバーもペダルもまったく消耗してないんだ。普通使えば多少なりとも劣化するんだけど、このレバーやペダルにはまったくそんな様子がないの。それこそ新品同然! でも使い続けて少しは経ってるはずだよね。装甲とかは劣化が見られるし。だからおかしいんだよねぇ」

 

その答えを聞きミラージュは疑問に首を傾げる。コクピットはまったく使われた形跡がないのに機体そのものはかなり使われている。その矛盾が何故なっているのかわからないといった感じだ。

 それに対しアキトは変わらずに困った顔で二人に答えるためにコクピットまで近づいた。

 

「それはこの機体の特殊な操縦装置のお陰かな。操縦席にコネクターの接続部があるでしょ。そこに僕の背中にあるコネクターを接続するんだよ。それでこの機体を動かしてるんだ。だからレバーとかは一切使ってない」

 

そしてアキトは語り出す。基本的に違法とされる技術によって作り出されたその業を。

 

「この操縦システムおよび技術の名は『阿頼耶識(あらやしき)』。脊髄にインプラントした装置とナノマシンを使い機体とパイロットを直結させるもので、機体を脳で直接操作することが出来るんだ。単純に言えば機体と自分が一体になる。機体が自分の身体同然に動かせるようになるんだよ」

 

 別に何てこと無い感じで話すアキト。普通に考えればかなり危険なことである。人体にどのような影響があるのかわからない、その上脳がその情報に耐えられるのかすらも。そんな危険を孕んでいるのにもかかわらず、まるでアキトは内緒だよと言わんばかりに口元に指を当てる。

 その様子にとても深刻な話し合いになりそうにないとマキナは思い、そしてミラージュは不安そうにしながらもそれ以上は言わない。彼女は前にアキトの背中のコネクターのことを聞いている。その結果言えないと言われているのでそれ以上は聞けないのだ。アキトがそう言えば絶対に言わないと言うことを分かっているから。

 だからミラージュはせめてもと思い問いかける。

 

「アキト、それは痛くないですか? 苦しくないですか? 危なくないですか?」

 

端から見たら我が子を心配する母親に見えなくもない反応にアキトはクスクスと笑ってしまった。

 

「みーちゃん、別に心配しなくても大丈夫だよ。別に痛くないし苦しくないし、それにもう馴れたから。それよりも今のみーちゃん、お母さんみたいだ」

 

そう言われた途端にミラージュは顔を真っ赤にした。それは勿論からかわれて恥ずかしいからである。

 

「あ、あーちゃん! からかわないで下さい! 私がどれだけ心配してるのか知ってるくせに」

「ごめんごめん」

 

真っ赤な顔で怒るミラージュにアキトは苦笑しながら謝るのだが、どこか嬉しそうだ。

 

「二人がラブラブなのは知ってるから。でも今は整備のお時間なんでそれは後でお願いね」

 

マキナはそんな二人を興味津々に見つつもそう言うと、ミラージュは途端顔を真っ赤にして恥ずかしがってしゃがみ込む。アキトは変わらず苦笑を浮かべていた。

 

「それでアキアキ、それを聞く限りだとアキアキって『機装強化兵(サイバーグラント)』なの? このシステムだととても機装強化兵じゃないと頭が耐えられなくなると思うんだけど」

 

 マキナの技術者としての意見は普通に考えれば正しい。人間の脳の処理能力だけでとても動かせるようなものではないのだ。脳と機体を直結し直接動かすとして、その情報量に脳が耐えられない。簡単に脳が焼き切れることが予想出来る。だがサイバーグラント(サイボーグ)なら別であり、現にマクロスギャラクシーのVF-27等が似たような操縦方法を取っている。だからこそ、アキトもそうではないのかと思ったのだろう。

 だが、アキトはそれに対し苦笑しながら答える。

 

「僕はインプラントしてるとは言え普通の人間だよ。背中のコネクター以外は至って普通。そんな僕でも使えるようにしてるのが『阿頼耶識』なんだ。それにこれがないと僕は『村正』になれない」

 

そう答えるアキトはどこか楽しそうだ。その様子にミラージュは不安を感じる。

 

「アキトはその………あの機体に乗ることが好き……ですか?」

 

その質問にアキトは少しだけ考え、そしてミラージュを見る目ながら答える。

 

「そうだね~………みーちゃんと一緒にいるときの次に好き……かな。好きと言うよりも楽しい、だね」

 

 その言葉にミラージュの顔はボンっという効果音が付きそうな程真っ赤になり、そして慌てた様子でアキトに怒り始めた。

 

「もう、真面目に聞いてるのに!」

「あはははは、ごめん。でも僕は本心で言ってるよ」

 

それが余計に煽るというのにアキトは懲りてないのか更に言う。その所為でミラージュはもう顔から湯気を出し始める始末である。

 そんなバカップルは置いといて、マキナはちゃんとアキトにどうなのかを聞く。アキトはミラージュに謝りつつも簡単に説明し始めた。

 

「そもそもVFー19Σ『村正』は阿頼耶識が前提の機体なんだよ。それ故の刀、そしてその銘なんだ。人体を動かすかの如く、人以上の動きを求め、それらを持って万物全てを斬り捨てる。それがあの機体。そして僕がその心臓部。僕も含めて『村正』なんだよ」

「つまり阿頼耶識のお陰で通常よりも鋭敏で滑らかに動くことが出来るってこと? 」

「概ねそうだね。それ以外にも色々と隠しダネがあったりするけど……あぁ、ピンポイントバリアが使えないのも特徴かも」

「既におかしい機体だと思いましたけど、最早欠陥品じゃないですか、それ」

 

アキトの説明にマキナとミラージュの反応は呆れたり何だったりと様々だ。

特にピンポイントバリアが使えないというのは今現在の戦場に於いて致命的にまずいことである。防御力の差があまりにも激しいのだ。

 

「それも込みで阿頼耶識なんだよ。防ぐんじゃなくて全部躱す。躱せないなら斬り払う。それを可能とするのが阿頼耶識の超精密な動作なんだ。正直機体に繋がったままで僕は縫い物出来るよ。やったことあるし」

 

 もはや何でもアリな阿頼耶識の説明に呆れ返るマキナと不安が募るミラージュ。

そんな二人にアキトは笑いかける。

 

「まぁ、見てて。頑張ってくるから」

 

 そしてアキトはパイロットスーツを着込むべく、更衣室へと向かい始めた。その背中を見ながらミラージュは呟く。

 

「無理だけはしないで下さいね、アキト………」

 

そんなミラージュを見ながらマキナは笑った。

 

「やっぱりミラミラ、きゃわわ!」

 

 そんな感じでこうして午前中の時間は過ぎていった。

 

 

 



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第五話 模擬戦(おにごっこ)

戦闘が難しく、そしてやっぱりミラージュがデレただけでした


 午後になり模擬戦の時間を迎える頃、アキトとメッサーの二人はコクピットに乗り込み待機していた。既に互いに準備は万全であり問題は無い。

 今回の模擬戦に於いてのルールではミサイルは禁止でペイント弾のみとなっている。そのためメッサーはVFー31のミニガンポッドだけだ。それに対し、そもそも射撃兵装を一切積んでいないVFー19Σの武装は急遽作られた特注のペイントナイフ(大太刀)となっている。斬れはしないが丈夫であり、ナイフよりも無茶が効く。ペイントの名の通り、斬り付けられた痕は赤いインクが線を引く仕様となっているものだ。

 それを携えたVFー19Σと背に死神のペイントを施されているVFー31。供に格納庫にいる光景は何やら不気味に感じられる。

 

『準備はいいか、アキト少尉』

 

 もう少しで模擬戦開始という時刻となりその少しの間だけの暇つぶしなのだろうか、メッサーがアキトに通信を入れてきた。その様子は普段と全く変わらない冷静沈着な様子である。

 そんなメッサーにアキトは普通に答える。

 

「はい、大丈夫ですよメッサーさん」

 

 此方は打って変わってホンワカした様子だ。まるで緊張が感じられない。リラックスしているというよりも平常心という所なのだろう。気負っている様子は一切無い。その証拠にメッサーのことを未だに階級付けで呼ばないところがその証明だろう。先程も語ったが、とてもこれからデルタ小隊のエースと一対一の模擬戦をするようには見えない。

 

『一応ルールの確認をする。互いに致命傷となる部分にペイントすればそこで終了だ。それ以外の部分でも被弾したり攻撃が当たったりすればその箇所がコンピューターに認識され損壊ありと判断されて性能低下がされる。その事を念頭においておけ』

「はい、わかりました。つまり実戦と変わらなくていいんですね。ありがとうございます」

 

 メッサーのルールの説明にアキトはニッコリと笑ってお礼を言った。その笑顔の所為でメッサーは若干調子が狂ってしまう。仮にも戦士としてその様子はどうなんだと聞きたくなってしまうのを何とか堪える。

 そんなメッサーに対しアキトは丁寧で真面目な人だと思った。これから戦う相手にそこまで教えてくれるのだ。これが丁寧で真面目でなくてなんとなる。別に教えなくても良いのに教えてくれるというのだから、きっと優しいのだろう。そうとさえ思った。

 それぐらい彼は『甘い』のだとも。

だからアキトはその気持ちに応えることにした。彼が望むように『戦おう』と。

『殺し合い』でも『鏖殺』でもない『戦いごっこ』をしようと。

 

「じゃぁ遊ぼうか………メッサーさん」

 

 そう呟くアキトの口元は小さく嗤っていた。

 

 

 

『制限時間は10分、審判はアーネスト艦長がする。各機左右に展開、すれ違ったら模擬戦スタートだ』

 

 その通達が行われるブリッジにて、飛行している二機を見つめるデルタ小隊とワルキューレ、そしてマクロスエリシオンのブリッジクルー。

 通達通りVFー19ΣとVFー31は左右に旋回し、そしてすれ違った。模擬戦の開始だ。

 

「大丈夫でしょうか、アキト」

 

アキトが心配なのだろう、ミラージュは不安そうにモニターを見ていた。そんな彼女と比べ、この模擬戦を興味深そうに見つめているワルキューレメンバー。彼女達はVFに関わる技術者もいるのだが、それでもVFの戦闘に関しては素人だ。故にこの模擬戦がどれだけ『おかしい』のかわかっていない。

 それに対し分かっているのは艦長とアラドであり、それ故に二人はそういう観点も込みで興味深く見ている。チャックはミラージュと同じように不安そうではあるが、持ち前の明るい気前さもあってアキトに頑張れと応援を送っていた。

 すれ違った二機は互いに動き合う。VFー31はすれ違うと共に急旋回してVFー19Σの背後を取ろうとする。

 それに対し、VFー19Σは急上昇して一気に上がるとそこでエンジンを切り慣性制御で機体を一回転させ、そこで再び点火しフルスロットルで此方に向かってくるVFー31に向かって急降下し始める。

 互いに機首が向き合いVFー31からペイント弾が発射されると、VFー19Σはそれを機体を僅かに揺らす程度で紙一重に弾を避ける。

 その技量にVF乗りや軍人である者達は感嘆の声を上げ、それに後押しされるかのようにVFー19Σは高速でVFー31に襲いかかる。真上を通過する通り抜け様に真下に装着されている刀を展開し斬りかかったのだ。

 その強襲にVFー31は足だけを変形させ咄嗟に弾けるかのように回避して見せた。その攻防は紙一重であり、それだけで胸が詰まるほどに濃密なものだった。

 そこから始まるのは通常のVFの戦いとは異なる代物。機動が変わり動きが変わる。その様子におかしさを感じたミラージュは上司であるアラドに問いかける。

 

「隊長、どうしてアキトは後ろを取らないんですか?」

 

 VFなどの戦闘機に於ける基本、それを真っ向から否定するかのように真正面から攻めるVFー19Σの行動に疑問を感じる。そんな彼女にアラドは少しだけ驚きを混ぜた声で返した。

 

「取らないんだろうなぁ。何せ武器がまったく違いすぎる」

 

その言葉に捕捉を入れるかのようにアーネストが言葉を重ねた。

 

「通常VFなどの戦闘機の戦闘は『尻追い戦(ドッグファイト)』だ。その性質状真後ろに隙が出来る戦闘機はVFになったとしてもそこはあまり変わらなかった。真後ろに攻撃が出来るようになった今現代でも視界の問題や武器の自由度、その方向性などからやはり前面に集中する。故に射撃がメインである以上VF同士の戦闘では後ろの取り合いが基本となる。だがVFー19Σが装備しているのは刀だ。近接兵装である以上接近しなければならない。だからVFの基本通りに後ろの取り合いをしていても何も出来ない。攻撃するためには相手と真正面から向き合うしかないんだ。差し詰め『猪突戦(ブルファイト)』といったところか」

 

 武道に嗜んでいるアーネストならではの言葉に現状如何にアキトが不利なのかを理解するミラージュは更に不安そうに俯いた。

 

「無理だけはしないで下さい、アキト…………」

 

そう呟きつつモニターを見つめるミラージュの顔はただ一途に心配する乙女の顔であった。

 そんな顔を見てはしゃぐワルキューレ達。チャックはそんな不利で大丈夫なのかよと唸り声を上げている。

 

「だが寧ろ……いや、これは予想外だな。まさかここまでメッサーの攻めを捌くとはな」

「持っている武器からして予想していたが、アキト少尉は武術の経験があるな。それも最近の軍隊格闘技じゃない。柔道と似たような………剣道? いや、剣術と言うべきか。飛び道具相手に対する接近戦技能が群を抜いている。あの見切りは神がかってるぞ」

 

 アラドとアーネストはただ只管感心させられていた。前者は機体性能では大体互角でも飛び道具を有しているメッサーが攻めきれないということに、後者は相手の攻撃を全て紙一重で躱して反撃をしていることに対してだ。実戦を知り殺し合いに馴れているからこそ分かるアキトの強さ。それは現状の不利を物ともしない程に凶悪であった。

 

「凶刃の銘に偽りなし、てか」

「クラゲの中にサメをぶち込むとどうなるか………」

 

 その結果はしばらくして出ることとなった。

 

 

 空中に幾度となく線が交差していく。一つは白と青の矢の如きVFー31。その動きは鋭く疾く、まるで相手の命を刈り取る断罪の鎌のようだ。もう一つは黒と赤のVFー19Σ。此方も負けず劣らず速いが、そこにぶれることのない刃の煌めきを見せている。妖しく輝る刃は敵の命を斬り裂かんと振られ、その斬閃が迫る度にメッサーはひやりとさせられていた。

 

(くそ、接近戦しか出来ないとはいえ侮れない。気を抜けば殺られる!)

 

 武装では有利なはずなのに、攻撃がまったく当たらない。まだこれで相手が大きく回避行動を取るのならわかる。だが相手は殆ど動かない。避ける際は本当に僅かに動くだけであり、直に対面している側としては此方の攻撃が全てすり抜けていくようにしか見えないのである。死神と呼ばれる身ではあるが、それをしても向こうの方が常識外だとメッサーは思う。

 

(これが天才というものか………いや、そんな綺麗なものじゃないな。これは化物というべきだろう。それぐらい禍々しい)

 

 すり抜けるかのように避けられ、そしてすれ違い様に繰り出される一閃は確実に此方を殺しに来ている。これが模擬戦だと分かっているのにメッサ-は冷や汗が止まらなかった。

 そんなメッサーの心情を察してなのか、アキトは目に映るVFー31に笑いかける。

 

「このぐらいで驚いていたら遊び飽きちゃいますよ。遊ぶならもっと遊びましょうよ、メッサーさん」

 

 この模擬戦が始まって既に5分以上が経過している。未だにお互いに致命傷はなし。アキトとしては中々の歯ごたえがある相手であり、正直気に入った。高速戦闘では正直向こうの方に分があるが、回避では此方の方が上。そのまま続けるのもそれはそれで楽しい『鬼ごっこ』ではあるのだが、そろそろ『タッチ』はしないと駄目だろう。観客が飽きてしまう。これは模擬戦、当然他の人が見てる。自分が演劇家だとは思わないが、それでも飽きられるのはそれはそれで面白くない。

だからこそ…………。

 

「ここからはもう少しタッチに集中しようかなぁ」

 

 アキトはそう言いながら嗤うと、VFー19Σをファイターからバトロイドに変形させる。 

 

「メッサーさん、今度はこっちからも行きますよ」

 

そのままバトロイドで上段の構えを取るVFー19Σは重力に引かれる落下速度を込めてVFー31に斬りかかった。

それに対しVFー31はペイント弾を発射するが回避される。人型になっても紙一重の回避は健在らしい。何故そこまで操れるのかという理不尽を飲み込みメッサーは迫り来る刀を必死に避ける。

 そのネタばらしは阿頼耶識である。機体を自分の身体同然に動かせるということは言い換えるなら、自分が戦闘機になると言っても良く、戦闘機としての動きを自分の感覚で行えるということだ。故にアキトは『VFー19Σになる』のである。アキトがVFー19Σを動かすのではなく『VFー19Σになる』。これが重要なのだ。故にこの機動、それを可能にするのが阿頼耶識なのである。

 そこからはさらに戦いは熾烈を極めていく。バトロイドになったVFー19Σは攻撃角度の深さや回数が増え、流石にメッサーも擦り始めて来たのだ。

 それだけならまだしも…………。

 

「なっ!? 弾を斬り払っただと!」

 

 VFー19Σは自分に向かってくるペイント弾を刀で斬り払ってきたのだ。そこにあるのは最早時代劇にある光景にしか見えない。現実ではまずあり得ないそれを目の前で見せつけられれば誰だって魅入られるだろう。

 

「アキト、こんなに凄いなんて…………」

「アイツ、本当にあのアキトかよ!」

「ビシビシくる」

「きゃ、きゃわわ?」

「VFってこんな動きが出来るものなの!?」

 

 上からミラージュ、チャック、レイナ、マキナ、カナメである。三雲は何故か怖がっているかのように何も言わなかった。

 

「そろそろアレを出すんじゃないか?」

「アレと言うと?」

 

 接近戦技能が既に神がかっていることに呆れて良いのか感心して良いのか判断に迷うアラドとアーネスト。そんな二人の会話の答えが皆の前に現れた。

 

「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 メッサ-が咆吼を上げながらVFー31をファイターで突進させ、VFー19Σの前で突如ガウォークに変形。そこから宙返りを決めてVFー19Σの背後に回ると同時にバトロイドに変形する。これまでに掛かっている時間は2秒にも満たない超高速変形を行ったVFー31は振り向くと供に腕のミニガンポッドを突きつけた。

 

「これで終わりだ!」

 

 そしてVFー19Σが此方に振り向く前に引き金を引き、ミニガンポッドからペイント弾が吐き出され…………それは弾けることなく空を切った。

 

「奥の手は取っておかないと………ね」

 

 確かにVFー19Σはメッサーの前にいた。だが、次の瞬間に…………消えたのだ。そして次の瞬間には既にVFー31の後ろにいて、そして振るった刀によってVFー31の右肩から左脇下にかけて真っ赤なラインが引かれたのだった。

 その光景に皆が驚き何でだと騒ぎ始める。誰もが決まったと思っていたのだ。それがまさかのどんでん返しに驚かざる得ない。

 だがその答えを知っている者達はその答えを合わす。

 

「『ハイスピードショートフォールド(HSSF)』だったか」

「近接兵装のみで戦い抜くために作られた鬼札か。確かにこれは凄まじいな。理論的には分かるが…………人間が使えるものなのか、これが」

 

 

 

 

 アラドとアーネストがそう言う間にアキトとメッサーは帰還する。そして格納庫にてメッサーはアキトに向き合い話しかけた。

 

「話に聞いていたが、まさかあんな近距離でも出来るとはな………正直やられた」

 

疲労もあって疲れた様子を見せるメッサーにアキトは普通に笑いかける。

 

「お疲れ様です、メッサーさん。とても楽しかったです」

「た、楽しいのか、あれが」

 

自分がここまで疲れているというのにまったく疲れた様子がないアキトにメッサーはなんと言って良いのか困った顔をする。正直プライドがへし折られかけたが、相手がまだ本気出ないことがVF乗りとしての自分に火を付けた。負けっ放しではいられないと思ったのだが、相手がこうでは気落ちもする。

 そんなメッサーを気にしていないのか、アキトは楽しそうに話し始める。

 

「昔、みーちゃんとよく鬼ごっこした時を思い出しましたよ。あの時もこんな感じで楽しかったなぁ。みーちゃん、鬼になると必死になって追いかけてくるんです。あの時のみーちゃんも可愛かったなぁ」

 

楽しそうに語るアキト。アキトを出迎えようと思い格納庫にきた彼女、そんなアキトを見た…………ミラージュは、

 

「な、何言ってるんですか、アキト!」

 

 恥ずかしさで真っ赤になりアキトに怒りながら近づくとメッサーにそんなんじゃないですからと必死に言いながらアキトを怒っていた。

 確かにアキトは強い。だが、結局ミラージュの前ではただの『幼馴染みが大好きな男の子』でしかなかったのだった。

 

 

 

 

「あ、あーちゃん、今度一緒に模擬戦、しませんか?わ、私だってもっと強くなりたいですし」

「うん、いいよ、みーちゃん。僕が鬼でやろうか」

 

真っ赤な顔で恥じらいながらそんなお願いをするミラージュを見て、アキトはやっぱり可愛いと思った。彼女との『鬼ごっこ』はやっぱり楽しかったとか………。



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第六話 勧誘

 ミラージュさんがただ可愛い何かになってしまっている(笑)


 彼がこのラグナに来て少し経ち、今ではもう十分に馴れてきた。そんな頃合いを見計らったかのように最近の惑星ラグナ、その防衛の要でもあるマクロス・エリシオンが騒々しい。

 そうなるのも無理はないのかもしれない。何せこの原因はワルキューレにあるからだ。何とこの度、ワルキューレは新メンバーの応募をかけた。その為ワルキューレのなりたいと銀河ネットワークで繋がっている各銀河系、各星の女性達が挙ってやってきたのだ。その予選オーディションをクリアした者達がこの度ここにやってきている。皆がワルキューレになるために訓練を積んできた歌姫の卵だ。容姿供にレベルが高く、誰がなってもおかしくないと素人身に判断するだろう。その裏にある条件など知らずに………。

 そんな彼女達を見えない上の階から見下ろす一団が一組。

 

「んぅ~、可愛子ちゃんが一杯だぁ。もうみんな合格でいいんじゃねぇ?」

 

そう告げながらラグナ名産である海リンゴを囓るのは、デルタ小隊のデルタ3であるチャックだ。その言葉から真面目に考えているということはなく、ただ単純にそう言ったことが窺える。

 そんなチャックの言葉に少し呆れつつ、同時に眼下ではしゃぐ女子達にも呆れた視線を向けるのは此方も同じくデルタ小隊のデルタ4にして紅一点であるミラージュである。

 

「本当に分かっているのかしら。戦場で歌うということの意味が」

 

 彼女の言葉の意味がどういうことなのか、それを護衛しているが故に知っている面々としては理解していない者達はただのお気楽な愚か者にしか見えないのだろう。

 そんな者達をみながらもここで場違いな事を言い出す者がいた。

 

「そんなに可愛いかなぁ? 僕は絶対にみーちゃんの方が可愛いと思うけど? みーちゃんは正義の味方だから仕方ないけど、少し勿体ないなぁ。もしそうじゃなかったら絶対にこのオーディション勧めてたのに。みーちゃんだったら絶対に合格間違いないしね」

 

そう言ったのは一人の青年。真っ黒い髪に真っ黒い瞳をした完全なマイクローン(人間)。このデルタ小隊に出向という形で護衛依頼をされた傭兵であり、ミラージュの幼馴染みであるアキト・斬島だ。

 アキトにそう言われた途端にミラージュは顔を真っ赤にしてアキトを睨み始めた。

 

「な、何を急に言いだしてるんですか、アキト!? た、確かにそう言われると嬉しいですけど、それにアキトがそう言ってくれるのはもの凄く嬉しいですけど、それでもその…………私は軍人ですから!」

「うん分かってる。でも僕はみーちゃんが一番可愛いと思うから」

「もう、アキトは………」

 

 真っ赤な顔で必死にそう言うのだが、その顔は恥ずかしいけど嬉しいといった感情が隠しきれない。そんな顔をしている同僚とさせたアキトを見てチャックは呆れ返る。アキトがここに来てからよく見られる光景であり、今でも嫉妬を燃やしはするが馴れてきたやり取りであった。

 

「お前さん達、またかよ。よくもまぁ、懲りないねぇ………リア充爆発しろ」

 

 そんなチャックの言葉にミラージュは恥ずかしがりアキトは普通に笑う。この二人がこうしてイチャつくのはいつもの話であり、その度にミラージュは顔を赤らめる。その為最近では女性らしさが上がり男性人気も上がってきているらしい。

 そんな馬鹿ップルをとモテない男の三人組であるが、何故ここにいるのかと言えばただ単純に興味があったからである。仮にこのオーディションで合格者が出れば、その時はその新人も立派な護衛対象になるのである。それを見たおこうというのあり、まぁ単純に世間話的なこともあった。特に気負う様子無くただ見に来ただけ。物見遊山といっても良い。野次馬というには少しばかり真剣味があるが。

 そんな3人の耳に突如として大きな声が響いた。

 

「ふえぇええええええええええええええええ! オーディション受けられんて、どういうこったね!!!!」

 

 その声に驚きつつも、その発生源に目を向けるとそこには一人の少女が受け付けに食いかかるように身を寄せていた。

 

「ですから、今日は最終選考でして」

 

 どうやら彼女は予選があったことを知らなかったらしい。その為こうして驚き必死に何とかしてくれと懇願し始めた。その様子に付き添いらしい男性も驚きと呆れが混じった顔を浮かべている。

 そんな彼女達を見てミラージュは何か気付いたらしく下の階に下り始め、アキトとチャックもそれに連なって後を付いていく。

 そしてミラージュを見ていると、どうやら彼女は何やらその問題の女子と顔見知りらしい。

 

「貴女達、どうして」

 

 そう声をかけるミラージュに向こうも反応する。そこで見覚えがあったのかチャックもアキトも反応した。

 

「あぁ、こいつが例のダンスする奴」

「あ、あの時荷物を拾ってくれた人だ」

 

 そこで向こうも気付いたらしい。性格に言えばアキトにだが。この二人は以前シャハルシティでアキトとぶつかり荷物を地面にばらまいてしまい手伝ったことがあるのだ、その事で改めてお礼を言うアキトに向こう男性は別にいいってと苦笑する。

 若干ホンワカとした雰囲気になったが、ミラージュは少しきつく言ったこともあって警戒しながら問いかける。

 

「まさか私に苦情を言いに」

 

彼女自身苦情があるなら広報に連絡を入れろと言っていただけにこうして直に言いに来てもおかしくないと判断したらしい。

 そう言われた男性は鼻で笑いながら答えた。

 

「自意識過剰」

 

そう言われてミラージュが怒ったのは言うまでも無く、食ってかかろうとするのだが、そこで今まで俯いていた少女がミラージュに泣きついてきた。

 

「ふぅあぁぁああ、デルタ小隊の人、オーディション受けさせてくれんかねぇ!」

「え、えぇえぇえええ」

 

突然泣きつかれ困惑するミラージュ。そんな二人に困惑する周りではあるが、どうやら上の方で何か指示があったらしい。結果、この少女はオーディションを受けて良いとのこと。その報告に少女は今まで興奮していた分脱力してしまい座り込んでしまう。

 これで終わりかと思ったのだがまだ続きがあるようで、受付席の女性がそれまで話に関わってこなかった男性に話しかけた。

 

「それとぉ~、ハヤテ・インメルマンさん?」

「そうだけど?」

 

 男性……ハヤテ・インメルマンと言うらしい彼は自分の名前が知られていることに若干警戒心を見せつつ応じる。

 

「デルタ小隊のアラド隊長がお会いしたいと」

「隊長が?」

 

 その言葉にデルタ小隊のメンバーが反応したのは言うまでも無いだろう。

 

 

 その後受付席の女性の案内を受けてハヤテはアラドの元に行き、少女………フレイヤ・ヴィオンはオーディション会場へと向かった。

 ミラージュとアキトは野外スペースの一角にてアラドの呼び出しのことで話し合っていた。

 

「どうして隊長があの男に会うなんて」

 

何やら不機嫌な様子のミラージュ。どうやらハヤテと以前何かあったらしい。

 

「みーちゃん、何かあったの?」

 

 心配そうにしつつ頭を優しく撫でるアキトにミラージュは何とも言えない顔をする。甘えたいけど怒りが収まらないというような、そんな複雑な顔。ミラージュとしては正直アキトに話して甘えたいなんて気持ちもあるのだが、自身のプライドの問題もあって言えないようだ。

 そんなミラージュにアキトは苦笑しながら話しかける。

 

「アラドさんがそんな事を言う辺り、大方スカウトだと思うけど」

 

その言葉にミラージュは不機嫌に答える。

 

「どうしてあーちゃんはそう思うんですか?」

 

二人だけで甘える気でいることもあってあーちゃん呼びなのだが、アキトはそれが嬉しくてクスクス笑いながら答えた。

 

「VFでダンスをするなんて人は聞いたことがないからね。そんな才能がある人ならスカウトしてもおかしくないと思うよ」

「でも結局堕とされてたじゃないですか。そんなんで戦士が務まるとは思えません」

「別に兵士としてスカウトするわけじゃないんじゃない。パフォーマーとしてなら十分素質があると思うよ」

 

 ミラージュはそれを聞いてアキトに縋るような、甘えるような目を向ける。それに内心アキトがドキドキしたのは仕方ないことかも知れない。

 

「だったらあーちゃんがやればいいじゃないですか。あーちゃんならきっとアイツ以上に踊ることだって出来ます。それにあーちゃんの強さなら兵士としても合格です」

 

それは案にワルキューレと一緒にアキトもパフォーマンスすればいいじゃないかという提案。正直ミラージュとしてはその方が嬉しいのだが、アキトはソレを聞いて少しだけ悲しそうな笑みを浮かべた。

 

「みーちゃんのその気持ちは嬉しいけど、それは少しばかり駄目かな。確かに僕なら彼以上に踊れるかも知れない……ダンスは踊ったことないけど。でもそうじゃないんだ。僕のこの動きは、村正の動きは斬るためのものなんだ。村正を引き抜いたら、僕は人斬りにしか成れない。だから僕ではそれは無理なんだ。人に魅して良いものではないんだよ」

 

 大人が幼子をあやすような、そんな優しい声をかけながらミラージュの頭を撫でるアキト。二人っきりで甘えているミラージュはそんなアキトを見て少し悲しくなったが、それが彼だと言うことを知っている。アキトの苦悩を知っているが故にそれを否定することは出来ない。

 

「そこまで言うならわかりました」

 

そう言ってミラージュはこてんとアキトの方に身体を預けた。

 

「でしたらその代わり………今はあーちゃんに一杯甘えさせて下さい。それとこの後の訓練に一緒に付き合って下さい」

 

顔を赤らめつつも身を寄せるミラージュがあまりにも可愛らしく、彼女から香った香水のような淡い香りがアキトの鼻腔をくすぐった。それが更に心臓の鼓動を早める。

 

「わかったよ、みーちゃん。今は取り敢えず………そうだね、一緒にひなたぼっこでもしようか」

「……………うん」

 

 こうしてへそを曲げかねたお姫様な正義の味方は悪役によって大人しくなった。

 

 

 のだが………………。

 

「私の機体に触るなっ!!」

 

 訓練に付き合う約束をしたアキトがミラージュと一緒にフライトデッキに向い見たものは、アラドとメッサー、そしてミラージュのVFー31に触ろうとしているハヤテであった。

 その所為でミラージュは落ち着いたはずの怒りの炎が再び燃え上がり、アキトはそんなミラージュに困った顔をしていた。

 



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第七話 覚悟

今回もただミラージュがイチャつくだけ。ただしアキトに裁きが下ります。


 目の前で様々なマニューバを熟すVFー31を見ながらアキトは苦笑を浮かべて困っていた。

ことの発端と言えばミラージュとハヤテ・インメルマンの確執が原因であるが、それがどうしてこのような形となったのかは誰もが予想出来なかっただろう。

 ミラージュとアキトの二人は一緒に訓練すべくフライトデッキに上がったのだが、そこでアラドとメッサー、そしてハヤテを見つけた。そこで何かを話し合っていたらしいのだが、その後何かを決めたらしいハヤテが近くにあったミラージュの機体に触ったのだ。それに我慢が出来なかったミラージュが怒りを露わにして怒鳴り込む。

 VF乗りにとって自機は自分同然。その身体をメカニック(主治医)以外に触られるのは我慢ならない。それも戦場に立つという覚悟もない者ならば尚のこと。故にミラージュは怒っているのだ。その言葉には戦士としての覚悟を問いかける意味がある。

 その言葉にハヤテはきっと理解出来なかったのだろう。自分はただ飛びたいだけだと、そう語る彼にミラージュはついに堪忍袋の緒が切れた。

 

「だったら味あわせてあげますよ! 空を飛ぶことを!」

 

 そして始まったのはハヤテ同乗による飛行演技。ミラージュは後部座席にハヤテを乗せると普段以上に激しい航空機動を行っていく。その光景は目まぐるしく、誰がどう見ても無駄が多いように見える。見ようによっては思い思いに空を飛んでいるようにも見えるので、ある意味ハヤテの願いを叶えているとも取れるのだが、後部座席という戦闘機動を前提にしていない予備席であのように振り回されるとなると………正直持たないだろう。一昔前ならスプラッターなことになっていてもおかしくない。今ならそんなことにはならないのだが…………身体が正常でいられるわけはないだろう。

 その結果は飛行訓練を終えた彼女達を見れば分かる。

 

「う、うぇぇぇえええええええええええ………」

 

 激しい機動に耐えきれず酷い飛行機酔いで今にも倒れそうになるハヤテ。その顔は真っ青であり、今にも盛大に吐き出しそうである。

 そんなハヤテを見てもミラージュは尚怒りが収まらない様子だ。

 

「これでわかったでしょう」

 

 その言葉がどういう意味なのかなど分かりきっている。これが彼女達が『空を飛ぶ』ということなのだ。ただ飛ぶのではない。戦うために飛ぶということは肉体を酷使して飛ぶと言うことだと。そんな生温いものではないのだ。

 そんな彼女が未だに怒り続けているのは実は自業自得な部分もあった。何故なら…………。

 

(せっかくのアキトとの訓練が……………自分でやったとは言えそれでもやっぱり………はぁ)

 

アキトと訓練できなかったことでの落ち込みであった。彼女にとってアキトとの時間はとても大切だ。出来れば今まで会えなかった分を補うかのようにずっと一緒いたいというくらいに。正直ベタ惚れであるが、それを本人にいったら慌てて否定するだろう。それを信じる者などこのケイオスラグナ支部には誰もいないというのに。

 自分が我慢できなくてしたことだが、それでアキトとの時間を過ごせなかったのは残念で仕方ない。それもこれも悪いのは全部この目の前にいる『半端物(ハヤテ)』の所為だと。それが余計に彼女の怒りに拍車をかけるのだ。例え自業自得だとしても、我慢できなかった。

 そんな彼女を見ながらやれやれと呆れるアラド、そして少しは共感できるため黙っているメッサー。アキトは困った顔をしていた。

 そんな中、アラドからとんでもない発言が飛び出した。

 

「そんなわけでミラージュ、お前にハヤテ候補生の訓練教官を命じる」

「はぁ!?」

 

 その言葉に信じられないと怒りを燻らせながら反応を返すミラージュにアラドやアキトは少しだけビクッとしてしまった。

 それを悟られないようにもう言うことはないといった感じでアラドが背を向ける。

 

「一月で使えるようにしておけよ」

「ま、待って下さい、アラド隊長!」

 

 呼び止めようとするもアラドは既に去ってしまい、メッサーも気付かれないようにささっと消えてしまっていた。

 突如として決められてしまった教官に困惑するミラージュ。そんなミラージュに今度は苦笑しながらアキトが話しかけた。

 

「みーちゃん、ちょっとやり過ぎだよ」

 

 まるで駄目なことをした子供を叱るかのように、メっと言わんばかりに注意するアキト。そんなアキトにミラージュはなんだかバツが悪いのか視線をそらす。彼女だって正直そう思わなくはないのだ。ただ許せなかったのと、アキトとの時間を取られてしまったことに我慢が出来なかっただけで。

 

「わ、私は悪くない………です」

 

 子供の言い訳のようにそう返すミラージュ。そんなミラージュにアキトはもう仕方ないなぁと困った笑み浮かべながら彼女の頭にそっと手を添えて優しく撫で始める。

 

「僕は別にみーちゃんが悪いなんて思ってないよ。我慢できなかったんだよね。自分の機体を他人に触られるのが嫌だった。みーちゃん達がどんな覚悟を持ってこの空を飛んでいるのか理解していないで好き勝手言うのが嫌だったんでしょ」

「…………はい」

 

 アキトにそう言われ、ミラージュはしゅんとしながら小さく頷く。

 

「それはVF乗りだったら誰だって思う当たり前のことだよ。だからみーちゃんは悪くない。でもね、いくら怒ったからってあそこまで酷い目に遭わせるのはやり過ぎだと思うよ。後でちゃんと謝らないとね」

「それは………いやです」

 

 ハヤテに謝りなさいと言うと幼子のようにいやいやと首を小さく振るミラージュ。そんな彼女にアキトは暖かな目を向けながら話しかける。

 

「みーちゃん………ごめんなさいは?」

「…………………ごめんなさい」

「それを彼にもちゃんと言わないと……ね」

 

 そう言われてもどこか納得がいかないのか行動に移らないミラージュ。そんな彼女にアキトはクスクスと笑ってしまい、それでミラージュが少し拗ねてしまう。

 

「なんでそこで笑うんですか?」

「だってみーちゃん、昔とまったく変わらないんだもの。昔みーちゃんの家のガラスを割っちゃったときも同じ感じだったよ。だからあの時と同じようにしようか」

 

そう言われたミラージュは羞恥から顔を赤くする。

 

(なんであーちゃんはもう、昔のこともちゃんと覚えているんですか!)

 

 昔のこともすっかり覚えられていることに恥ずかしいが、同時に嬉しいと感じてしまうのは乙女心というものだろう。確かに恥ずかしい出来事ではあるのだが。

 そんなミラージュにアキトは笑顔を向ける。

 

「この後一緒にケーキ屋さんに行こうか。みーちゃんが大好きな銀河イチゴが一杯載ったケーキでも食べに行こう」

「は、はい!」

 

 アキトからの誘いにミラージュはさっきまで落ち込みようは何だったのかと言わんばかりに喜びを露わにする。

 そんな彼女は誰が見ても分かるほど恋する乙女のそれであり、もしワルキューレのメンバーが見ていたらハシャぎ騒いでいただろう。それぐらい今のミラージュは可愛かった。

 こうしてミラージュの機嫌も何とか戻り後はハヤテに謝るだけとなったのだが………・この後更なる悲劇が起った。

二人が振り返った先には、何とか立ち上がったハヤテがいた。その顔は未だに真っ青であり足下もおぼつかない。

 

「俺は………絶対………空に…………」

 

そう辛うじで呟きながら此方に向かい、そして耐えられないかのように口元を抑える。その頬は膨れあがり、如何にも何かが充填されていた。

 その後どうなのかなど誰もが想像が付いただろう。そしてこのまま行けばミラージュに直撃するということも。

 故にアキトはミラージュをそっと押した。

 

「みーちゃん、危ないよ」

 

そっと押した割には力が強く、押し出されたミラージュは助けてくれた事と同時に自分の所為で自責の念に駆られ、そして……………。

 

「アキトォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 吐瀉物をぶっかけられる幼馴染みを見た。



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第八話 謝罪

不人気なのが辛い今日この頃。ですがミラージュさんのためにも頑張ります。


「いや、本当に悪かったな」

 

 シャワーの水音が鳴り響く室内にて、パーティションで区切られた個室に向かって謝るのはこの度の被疑者であるハヤテ。そして謝られているのは彼に吐瀉物をぶっかけられたという災難に見舞われた被害者であるアキトである。

 アキトはその謝罪を聞いて困った苦笑を浮かべつつ返す。

 

「そんなに気にしなくていいよ。ああいうときは仕方ないから」

 

 そう言われハヤテはアキトが怒っていないことに安堵するが、それでもやはり気まずそうにする。勿論本人に悪意はなかった。ただ気持ち悪さが頂点に達して意識が朦朧とし、それでも自分の決意を伝えたくて前に進んだだけなのだ。その結果が決壊、この流れなのである。悪意はなくても罪悪感は拭えないものだ。

 そんなハヤテに対し、アキトはその気持ちを察して何も言わない。誰だってこんな事をすれば罪悪感くらい抱くだろう。それに対し此方が出来るのはただ許すことだけなのだから。これがわざとだったら怒りもするが、あの状態でわざとはないだろう。なら仕方ないとアキトは思う。これ以上引き摺っても仕方ないから。

 だから話題を変えるべく、アキトは苦笑しながら話しかける。

 

「こんなことになっちゃったけど、みーちゃんのこと、悪く思わないでね」

 

 アキトにとって自分の事は気になるようなことではない。だが彼女にマイナスになるようなことが起きるのは宜しくない。これから同じ職場の先輩後輩になるのだから、いがみ合ってはいけない。そんな親心のようなものを見せるアキト。彼にとってミラージュのことこそが第一なのである。ベタ惚れな幼馴染みのことを案じるのは当たり前の事であった。

 そんなアキトの言葉にハヤテはアキトとあの『性悪クソ真面目女』との仲が気になったようだ。

 

「なぁ、アンタ、あの女とどういう関係だ? それにこの場所にいるってことはアンタもデルタ小隊なのか?」

 

 彼なりにアキトに興味を持ったらしい。まぁ、これから同僚になる相手との遺恨を残しておくのはよくないという判断らしい。そりゃゲロぶっかけた相手と仕事なんてギクシャクしそうなものなのは目に見えているのだから、少しでも改善しておきたいのだろう。

 そんなハヤテの質問にアキトは普通に笑顔を向ける。そのニコニコとした笑顔はとても兵士には見えない。

 

「僕はデルタ小隊ってわけじゃないんだ。ケイオスラグナ支部に出向って形で依頼を受けたPMCの人間だよ。だからデルタ小隊とは一緒に行動するけどデルタ小隊ってわけじゃないんだ。僕はパフォーマーみたいな動きは出来ないから。それとみーちゃんとは幼馴染みなんだよ。正直みーちゃんがいるからこの依頼を受けたようなものだしね」

 

 アキトのその言葉にハヤテは少し考え込む。

アキトはデルタ小隊ではないということ、そして外部の人間ということを考えて立ち位置があまり良くわからないということ、そしてあのクソ真面目な女の幼馴染みであの女の事をかなり想っているということ。会ってそんなに時間は経たないが、それでも分かるくらいそれが感じられた。

 そんなことを考えているハヤテにアキトはあ、と何かを思いだしたらしく手を軽く打ち合わせる。

 

「そういえばまだだったよね。僕はアキト……アキト・切島です。これからよろしく」

 

ホンワカとした笑顔でそう自己紹介をするアキトにハヤテはそういえばと言った顔をした。アキトが話しかけやすいこともあってすっかり忘れていたのだ。

 

「あぁ、悪い。俺はハヤテ。ハヤテ・インメルマンだ。こっちこそよろしく頼むぜ」

 

ハヤテの笑みを浮かべた自己紹介にアキトも応じ、二人は友好を深めることに。

 自己紹介を終えて雰囲気も和やかになり被疑者と被害者という関係も多少は緩んでいく。そうして二人はアキトの人格もあって知己の間柄のように親しげなものへと変わっていた。

 

「んでだ、アキト。お前のあの幼馴染み、なんであんなにキツイんだよ」

 

 ハヤテはミラージュの態度を思いだしながら顔を顰める。。ただ少し機体に触れただけであんな目に遭わされたのだ。彼からしたら性根が悪いとしか思えないらしい。

 そんなハヤテにアキトは苦笑で返す。

 

「別にみーちゃんはキツくなんてないよ。みーちゃんは真面目で一生懸命なだけ。ただ一生懸命過ぎて空回りしちゃうことがあるだけなんだ。そういうところもまた可愛いんだけどね」

 

 そう語るアキトの顔は惚気ているようにしか見えない。だからなのか、まだ恋愛に興味が無いハヤテには不思議に見えた。

 

「だからってあそこまで噛み付くか? 俺、何かやけに目を付けられてんだけど」

「みーちゃんは不真面目な人とか真剣じゃない人が嫌いなんだよ。巫山戯てる人って迷惑とかかけるからね。それが嫌だからこそ、みーちゃんが真面目にするんだ」

「それって俺が巫山戯てるって事か?」

「みーちゃんにはそう見えたってことだね」

 

 そう言われハヤテは顔を顰める。彼だって今回の件は真面目に考えての答えであった。それを巫山戯ていると取られるのは自身の決意を侮辱されているように感じられたのだろう。そんなハヤテにアキトは宥めるように言葉をかける。

 

「ハヤテ、そんなに怒らないで。みーちゃんだって悪気があってそう言ってるわけじゃないんだ。みーちゃんは自分の仕事に誇りを持っているからこそ、真剣なんだよ。デルタ小隊っていうのはただのパフォーマーチームじゃない。ワルキューレの護衛をする危険な仕事なんだ。実戦になれば命の危険に晒されるんだよ。だからこそ、みーちゃんは真面目なんだよ」

 

 その言葉を聞きハヤテは少し考えるが、それでも答えは出ない。命の危機に晒され、そして自分が相手を殺すというこが想像付かないから。まだ実戦を体験したことのないハヤテにはわからないだろう。前回の戦闘は巻き込まれただけだし逃げるだけだったのだから。戦闘をするとしないではまったく違う。その際に相手を害する覚悟があるかどうかでまったく変わるのだ。殺すことも厭わない精神を持たぬハヤテにはまだ早い話であった。

 故にハヤテは何とも言えない顔をする。その言葉には何か意味があるのだろうが、彼にはまだ分からないから。

 だからこそ、ハヤテはアキトにこう問いかける。

 

「だったらアキトはどうなんだ? 仮にもそんな危ない仕事をしてる幼馴染みを心配しないのか?」

 

その質問にアキトはえへ、と笑いながら答えた。

 

「勿論心配してるけど、でも大丈夫。だってみーちゃんは正義の味方だから」

 

 その答えがまったく説得力がないのだが、何故だかアキトの自信満々な様子にハヤテは納得せざる得なかった。

 

「お前があの女に心底惚れてるって事だけはわかったよ、ごちそうさま」

 

 これ以上聞いても惚気しか出そうにないとハヤテは判断し話題を切り上げ改めて謝罪しこれからよろしくと挨拶をするのであった。

 だがアキトの言葉には続きがある。言葉にしなかっただけで、確かにその続きはあるのだ。

 

(みーちゃんは正義の味方だから。だからこそ、僕は彼女の為に悪役になるんだ。そして悪ならば悪らしく、彼女に害そうとする輩は誰であろうと容赦せず殺す。殺意を持って、悦楽を持って、快楽にしたがって、殺したいように殺す。やりたいようにやって、村正として斬り殺すだけだよ。だってそれが僕なんだからね)

 

 彼女が正義の味方であるように、アキトは彼女の悪役として存在する。彼女が正義に反することが出来ないならば、その替わり彼がそれを背負う。油断なく容赦なく躊躇なく、妖刀として愉悦を持って斬り殺す。戦場で悪意と殺意を振りまき鏖殺する。彼女を心身共に害しようとするのなら、その輩には命を持って恐怖を刻みながら後悔させる。生存は絶対に許さない。その瞬間にそのものには絶対の死を与える。

 それこそがアキトという存在であり、妖刀としての在り方。彼女の為にアキトがいて、彼女を守る為に妖刀と化す。

 だからこそ、彼は平然とその狂気を受け入れる。それが妖刀なのだからと。

ハヤテには語らなかったその言葉を思い浮かべ、アキトはシャワー室を出るときその口元は嗤っていた。

 

 

 

「みーちゃん、お待たせ」

 

 シャワーを浴び終わったアキトは私服に着替えミラージュと連絡を取り合い街で待ち合わせをすることにした。

 アキトは勿論であったが、ミラージュも汗を流したかったということもあって一旦別れることになり、そこで合流場所を指定して合流することになったのだ。

アキトがミラージュを見つけてそう声をかける。

 

「べ、別にそこまで待っていません! あーちゃんはその………時間通りに来てくれましたから」

 

 そう答えるミラージュは顔を赤らめながらそう返す。その表情は乙女のソレであり、彼女からすればこれはデートなのだろう。普段真面目な彼女からしたらデートというだけで大事である。そのためなのか、もう今日がOFと言うこともあって服装が違う。

 

「みーちゃん、とっても似合ってるよ。可愛い」

「そ、そうですか………嬉しいです」

 

 ミラージュは着てる服を褒められて嬉しいが恥ずかしくて俯く。彼女が着ている服はいつもの隊服とは違いオシャレなブラウスに短めのプリーツスカートである。普段動きやすい服装を好む彼女からしたら随分とオシャレに気を回したと言えよう。正直言うと彼女からしたらかなり大胆でアグレッシブな服らしい。それを褒められた事が嬉しいのであった。それにミラージュは良く同性から『格好いい』と言われることはあるが、可愛いと言われたことが無い。自分でも可愛い人間ではないということは分かっているのだが、女の子なのである。可愛いものが好きだし、それに可愛いと言われたいのが本音だ。そしてアキトだけがミラージュにそう言ってくれるのだ。気遣いやおべっかではなく、本音でそう言ってくれる。だからこそ、ミラージュは嬉しいのだ。

 

「少し大胆じゃないですか?」

 

 照れ隠しでそう答えるミラージュ。顔を赤らめてそう言う姿には普段にはない可憐さがあった。アキトはそんなミラージュに笑顔を向けて素直に答える。

 

「みーちゃんは美人さんだから、もっとこういう服装でも良いと思うよ。それに普段見られない姿が見れて嬉しいかな。みーちゃんが可愛いってことがもっと感じるからね」

「も、もう、あーちゃんは~~~~~~~」

 

 アキトにベタ褒れされて恥ずかしさから真っ赤な顔で怒るミラージュだが、顔がまったく怒ってない。ポコポコと胸を叩かれるアキトだが、まったく痛くないことから照れ隠しであることが丸わかりであった。

 そんなミラージュが愛おしいアキトはクスクスと笑いながら手を差し出す。

 

「それじゃ行こうか、みーちゃん。ケーキを食べに……ね」

 

 差し出された手を見て、ミラージュは顔が熱くなるのを感じながらも、アキトの手をちょこんと握る。まったく力が入っていないのだが、触れあったところが熱を持って熱く感じる。それが更にミラージュの胸を高鳴らせた。

 

「…………はい、行きましょうか………あーちゃん」

 

 こうして二人はケーキ屋に向かって歩いて行く。手を繋ぐその姿は誰がどう見ても初々しい恋人にしか見えなかったという。



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第九話 不真面目

ミラージュさんを可愛くしたら何故かこうなってしまった!?


 ハヤテがデルタ小隊候補生としてデルタ小隊に入って三日程経った。

新たに入った新人であり、そのノリの良い人格もあってケイオスラグナ支部の人々と親しくなっていくハヤテ。そこだけ見れば順調といえるのだが、彼は善人ではあるが同時に癖が強い人間でもあるのだ。それは今までの職歴が示し、そして彼女の怒りようがそれをより顕著に表す。

 

「ハヤテ・インメルマン候補生、出てきなさい!」

 

 彼は興味がある事にしか熱中しない。だから候補生として受けるべき教育や訓練の殆どをすっぽかしているのだった。彼にとって空を飛ぶことが重要であり、それ以外に意味は無い。彼にとって飛行技術以外は不要だと判断しているらしい。

 それが明け透けに感じ取れるだけに、戦場を知るミラージュとしては怒りが噴き出して仕方ない。明らかになめているとしか思えない。

 故にこうして無理矢理引っ張り出そうとしているわけなのだが、当の本人がまったく見つからない。マクロス・エリシオンの彼方此方を駆けずり回ってもまったく見つからないのである。完璧にサボったというのは言うまでも無く、真面目な彼女は無駄だと分っていても探すしかないのであった。

 走って部屋に入っては声を上げ、そして近くにいる人達にハヤテを見なかったのかを聞く。その結果が空振りであり、そしてそんな反応を見る人達はまたアイツはやらかしているのかと苦笑する。

 皆から仕方ないなぁといった感じで苦笑される辺り、確かにハヤテは馴染んでいるのだろう。彼の人柄的にも人間関係に問題は今のところ『あまり』ないようだ。少数限定で問題があるのだが………。

 そうしてやっと見つけた時にいたのはフライトデッキ。そこで自分の手を機体に見立てて動かす様はどこか子供らしさを感じさせる。見る人によっては母性を感じさせる行動だが、真面目な彼女にとってそんなことは一欠片もない。

 

「やっと見つけましたよ、ハヤテ・インメルマン!」

 

 怒ってますと誰が見ても分る表情でハヤテを睨み付けるミラージュ。そんな彼女にハヤテはニカっと笑いながら空を指す。

 

「そろそろはじめるかぁ……ん」

 

反省や罪悪感など一切無く、ただ早く空が飛びたい。そう伝えるハヤテにミラージュは自分の中でぶちりと何かが切れる音がした。

 

 

 

 そして始まった飛行訓練。使用される機体は訓練用として再設計しEXギアをコクピットに搭載した『VF-1EX』。初期の機体なだけに性能は現在主流のVFと比べると圧倒的に悪いのだが、その分癖がなく操縦しやすい。だからVF乗りはまず最初にこの機体で訓練をする。様々な癖はあれど飛行機というのは基本は同じである。その最低限を学ぶのにこの機体は打って付けというわけだ。

 そして空を飛ぶのは赤と青のVF-1EX。赤い機体は安定した機動を見せており、その腕前がかなりの物デあることが窺える。対して青い機体は常にブレていて不安定だ。誰がどう見てもひよっこが乗っていることが窺える。

 そして飛び始める二機なのだが……………はっきり言って酷いの一言に尽きた。

赤い機体が先導し手本の機動を見せるのだが、青い機体はそれをまったく出来ない。不安定な飛行はバランスを崩し風に弄ばれてふらつき、酷い時には失速して墜落しかける。それをAIの操作を用いてオートで食い止めるのがミラージュの仕事であり、その無様な姿を見せられる度に彼女はイライラし文句を垂れる。だがその文句も全て正論であり否定出来る要素はどこにもない。まさに正しいことであり、それを言われてもまったく懲りないハヤテは相当なものだろう。

 そして訓練が終わればハヤテはフライトデッキで顔を真っ青にして吐き気で嘔吐き、ミラージュはそんなハヤテに白い目を向けながらちゃんと講習などを受けろをきつめに言うと背を向けて去る。その胸中に半端ではないストレスを抱えてだ。

 そしてそんな彼女はその後どうしてるのかと言えば………………。

 

「みーちゃん、お疲れ様。今日もご苦労様」

 

 ラグナシティの風景が良い喫茶店、そこにあるオープンテラスの横に広い椅子にアキトに寄り添うように身を預けて甘えていた。

 

「いつもありがとうございます、あーちゃん…………」

 

 いつものミラージュからは考えられない様子に見知っている者が見たら目を剥くかもしれない光景だが、割かしそうでもない。

 最近『デレデレミラージュ』なんて呼ばれ方をしてるところなんかを見られることが割と多く、その殆どが今までのミラージュと違い恋する乙女の顔である。その時は決まってアキトと一緒であり、そして絶対に彼に甘えている時である。

 これだけベタベタにくっついていれば恋人にしか見えないものだが、それでもミラージュ曰く、まだ恋人ではないというのだからいい加減にしろと突っ込みたくなるものだろう。本人達からしたら家族や兄妹に甘えるようなものに近いんだとか。絶対に言い訳にしか聞こえないというのがケイオスラグナ支部の面々の意見である。

 そんなわけでミラージュはこうして頻繁にアキトに甘えることが多くなった………というか、毎日一回は必ず甘えているかも知れない。

 勿論指摘すればミラージュは顔を真っ赤にして否定するかもしれないが、それでもこんな姿を見られたら否定出来る要素などどこにもない。それぐらい今の彼女はデレデレであった。

 

「あーちゃんからも言って下さい。あの半端者にちゃんと講義に出るように」

 

 アキトにお願いするミラージュ。その声には滲み出た疲労とアキトへの甘えがたっぷりと含まれていた。

 そんなミラージュにアキトは苦笑を浮かべる。

 

「僕からも注意はしてるんだけどね。ハヤテが中々聞き入れてくれなくて」

 

 同じ寮住まい、しかも隣同士ということもあって頻繁に触れあっているアキトとハヤテであるのだが、アキトがその件を説得しても帰ってくる答えは『考えておく』というものだけである。その言葉から考えていないことが分ってしまうのでアキトとしては苦笑するしかない。酷い話ではあるのだが、これはハヤテの問題である。アキトが怒って注意する様なことではない。窘める程度には注意するが、それで聞き入れないならソレまでの話なのであった。寧ろ逆にミラージュとの飛行訓練で上手く飛べないことに対してのストレスが溜まっているようでそのことを相談されることもある。

 

「アイツは馬鹿ですか。普通に講義を受けていればまず失敗することもないはずなのに! それにアイツの思い通りに飛んだら即座に墜落します」

 

 アキトからその文句をやんわりと聞かされたミラージュはそのことに対して怒るのだが、アキトに怒ってる姿を見られたくないということもあって拗ねているような怒り方となった。 

 そんなミラージュにアキトは落ち着いてと優しく声をかける。

 

「まぁまぁ、抑えてみーちゃん。ハヤテだってそれなりに考えてるんだよ。自分なりに飛ぼうとしてる。ただ感覚派みたいだから、どうにもね」

 

 感覚的に操縦するタイプと学んで教習により堅実に操縦するタイプと主にふたつに分かれる。ミラージュは後者でありハヤテは前者らしい。ソリが合わないのも無理もないかも知れない。ちなみにアキトは前者ではあるが、それは阿頼耶識を通してのよりダイレクトなものである。ただの感覚派とはものが違いすぎるので例外だ。

 アキトにそう言われてもミラージュはやっぱり納得は出来ないらしい。ストレスのたまり具合が半端ないのもあってそれが逆に彼女の甘えを加速させる。

 

「つまりあーちゃんはハヤテの味方なんですね、裏切り者~」

「そんなことはないよ。僕はいつだってみーちゃんの味方だよ」

 

 拗ねたように頬を膨らます様子は普段よりも幼さを感じさせる。もしかしたら若干幼児退行を引き起こしているのかも知れない。

 そんなミラージュをアキトが可愛いと思わないわけがなく、自分の頬が緩むのを感じてしまう。

 そしてそんなアキトの優しい笑顔を向けられてミラージュは自分がしていることの幼稚さに恥ずかしくなるが、同時にグイグイ行くべきだと乙女心に従いアキトを見つめる。

 

「だったら証明して下さい。あーちゃんが私の味方だっていうこと」

 

 上目遣いのそんなお願いにドキドキしない男はおらず、そしてアキトも例外ではない。だがどう証明すれば良いのかと軽く悩み、そして困った顔をした。

 

「みーちゃん、どうしたらいいかな?」

 

 その答えにミラージュは少し考え、そして顔をトマトのように真っ赤にし、そして…………。

 

「な、なら、その……き、き…………やっぱり、その………ぎゅってして下さい…………(わ、私のヘタレ~~~~~~~~~~~~~~~)」

 

 内心ヘタレだと嘆くミラージュ。流石にまだキスは早いだろうと自己完結するのだが、やっぱり勿体ないような気がして仕方ない。

 そんなミラージュのお願いにアキトはお願い通りに腕を回し優しくギュッと抱きしめた。

 アキトは腕や胸越しに女性特有の柔らかさを感じ、そしてミラージュはそんなアキトの胸の鼓動を聞いた気がした。

 

「どう……かな、みーちゃん?」

 

 いつもニコニコ笑ってマイペースなアキトにしては珍しく緊張している。それがどこかおかしくて、そしてそんなアキトを見てミラージュは嬉しそうに笑った。

 

「合格です、あーちゃん」

 

 そんな訳でハヤテで溜まったストレスをアキトによって癒やすという構図が最近出来上がっているわけであった。

 まぁ、アキトからしたら嬉しいかぎりなのだが。

だが…………それでも耐えられないものがあるらしい。

 

 

 

 

「最終試験です! 模擬戦でアイツを完膚なきまでに叩き潰します!!」

 

 どうやらハヤテはまたミラージュの琴線に触れたらしい。そんな彼女にアキトはお手柔らかにと供に頑張ってと声をかけるので一杯一杯であった。

 そして意気込んでいるミラージュが去った後、珍しい人物にアキトは声をかけられた。

 

「アキト少尉、ミラージュ少尉とハヤテ・インメルマン候補生の模擬戦の後、俺とまた戦ってくれないか」

 

 声をかけてきたのはメッサーであり、その申し出は前回のリベンジマッチ………そして通過儀礼。

 それを聞いたアキトは口元をつり上げる。先程までミラージュに向けていた優しい笑みではない。戦場を知り、そして斬ることを楽しみ、殺すことを喜ぶ村正の嗤み。

 

「いいですよ、メッサーさん。もっと殺り合いましょうか」

 

その身から発せられる殺気にメッサーもまた不敵に笑うのであった。



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第十話 通過儀礼

上手く書けなくて苦労中ですね(笑)。
そしてミラージュはどこに向かっているのだろうか………。


 この度行われる最終試験……それはハヤテとミラージュによる一対一の模擬戦だ。機体条件は同じVF-1EX同士。そして勝敗に関してハヤテは時間内にミラージュに一撃でも当てることが勝利条件。その間は何発でも被弾しても良しという圧倒的有利。対してミラージュは時間内に一発も被弾してはならない、尚且つハヤテに必ず一撃は当てる事が勝利条件。誰が見ても明らかに不利。だがそれは素人目にしか過ぎない。なぜならば彼女は素人ではないし新人でもない。実戦を経験したプロである。実戦に於いて被弾が致命傷になりうることは当たり前。故にミラージュは自分の不利に悲観しない。当たり前の条件だとしか感じない。

 その上ではっきりと彼女はハヤテに告げる。

 

「本気で飛びなさい。みっともない姿を晒そうものなら時間内にお前を撃墜します」

 

彼女は本気で堕とすつもりでいた。この模擬戦という状況であろうとも、彼女は本気で殺すつもりでさえあった。

 何故か? 戦場を嘗めている輩が許せないからだ。自分達が飛ぶのは命のやり取りが行われる場所。命を賭ける覚悟もない者が飛ぶというのは戦士にとって侮辱に他ならない。それにこれはハヤテの為でもある。まだ戦場を知らないなら知らないままでいい。無闇矢鱈に命を賭けるような場所など知って良いものではないのだ。故にここで堕とす。そしてケイオスから追い出せば彼は戦場から遠ざかるだろう。その恐怖を刻みつける。そうすれば『戦場』で飛ぼうなどという考えはなくなるだろうから。

 最後に………彼女にだって自覚はあるのだ。アキトがよくミラージュのことを正義の味方だと言う。そのつもりはないし、寧ろアキトにはヒロインのお姫様にみてもらいたいなんていう願望もあったりするのだが、ソレとは別にアキトに格好いい姿を見てもらいたいというものあったりする。完全に私欲だったりするのだが仕方ない。そういう年頃なのである。

 そんなわけで始まった模擬戦。互いに旋回してすれ違いそこからスタート。ハヤテがすれ違ったミラージュの姿を探しながら旋回を行おうとするが、その前に既にミラージュがハヤテの後ろを取りペイント弾を発射する。放たれた銃弾は見事にハヤテの青い機体をピンク色の弾痕を刻み込んだ。実戦であれば既に致命傷であり、今回のルールによってハヤテは助かっているに過ぎない。そんなハヤテの機動を見てミラージュは嘲る。

 

「素人め」

 

 同じ機体でもこうも動きが違うのはそれこそ操縦技術の差である。ハヤテが本能的に機体を動かすのならミラージュは基本に忠実に機体を動かす。故に無駄がなく安定した機動を行えるのだ。プロと素人。その差は明確であった。

 被弾したら終わりというのはミラージュのみ、故に模擬戦は継続される。ハヤテは何とか反撃しようとミラージュの追撃を逃れようとするのだが、プロである彼女はそれを許さない。ハヤテの背後を常にキープし、そして反撃の手を緩めないのである。彼女が引き金を引く度にハヤテの機体は染まっていく。ハヤテは引き金を引くことすら許されなかった。ただミラージュの追撃をどうにかしようと躍起になる。その結果が一方的な模擬戦となっていた。

 

「覚悟のない者が戦場に出るな!ここで引導を渡してあげる」

 

容赦ないミラージュの攻撃にハヤテは追い詰められていく。どうにかしなければと考えるが良い考えは浮かばない。ルールのお陰でまだ飛んでいられるが、それはお情けとしか言いようが無い。それが更にハヤテを煽る。勝たなければ飛べなくなる、それが彼にはとても怖く感じたのだ。その脅迫観念に駆られ、強張る身体に檄を打つ。

 そこで一つ妙案が浮かんだ。このまま飛んでいても嬲られるだけ。ならばここは一か八かの賭けに出る方がマシだと。彼個人的に言えば制御AIが邪魔をして思い通りに動けない。ならばそれを取っ払えば良い。相手の予想外の動きをして度肝を抜いてやる。そして脳裏に浮かんだのはここ数日張り合った『ウミネコ』の姿。海中を飛ぶかのように泳ぐあの機動。その中でも一際目を引かれたあの動き。そいつを見せてやると、そうきめた。

 当然制御AIを切った機体は安定性を失いふらつき始める。その機動はあまりにも不安定でいつ墜落してもおかしくない。それは間近で見ているミラージュなら尚更分る。

 

「ハヤテ・インメルマン候補生、早く制御AIを入れ直しなさい! 馬鹿な真似をするな!」

「うるせぇ、ゲロ女! 見てやがれ!」

 

ミラージュの警告も聞かずにハヤテは無茶を敢行する。だが彼にはそれを成す技術が足りないのである。結果は見ての通り、墜落まっしぐらだ。

 

「早く脱出しなさい! このままでは墜落して死にますよ!」

 

殺すつもりで模擬戦を挑んだ彼女であるが、あくまでもつもりなだけだ。本当に殺すつもりはない。だからこそ、彼女は急いでこちら側からの強制脱出操作を行おうとするのだが………。

 

「嘘!? サポートだけじゃなく遠隔操作も切られてる!」

 

ハヤテが切ったのは自分の機体のサポートだけじゃなく、外部から機体を操作する機能も切ってしまっていたのだ。故に今現在、外部からハヤテのVF-1EXを操作する方法はない。 

 その事態が発覚し、正直模擬戦どころの話ではなくなった。本部にこの報告を入れると即座に模擬戦からハヤテの救助に移り変わりかけるのだっが、ここでハヤテは巻き返した。墜落寸前の状態から機体を立て直す、そこから更にミラージュに仕掛けてきたのだ。それまでの不安定な機動から安定しつつも速い機動へと。その動きにヒヤヒヤさせられていた面々はホッとし模擬戦は継続。そして本人曰く、『フレイヤの歌が聞こえた』らしいハヤテはそこからミラージュに海で魅せられたウミネコの動き、『ウミネコターン』を太陽を背にして使い、太陽によって一瞬だけ気を逸らされてしまい動きが固まったミラージュはそこから自分の機体に被弾する振動を感じた。自分は撃たれたのだと即座に感じ、そして驚く。

 

「負けた………私が………」

 

ショックを受けた。プロである自分が素人に奇策を弄されたとはいえ負けたということに。プロとしての意識があるからこそ、そのショックは大きく、そして何故だか………。

 

(あーちゃんに嫌われちゃう!!)

 

正義の味方が負けたのだ。それがアキトに嫌われてしまうと思った。正直それだけで泣きそうになるミラージュ。やっと再会できた、そして昔のように一緒にいてくれる大切な人。そんな彼に失望されるのではとミラージュは怖かったのだ。

 そんなミラージュの恐怖など知らぬとハヤテはVF-1EXをバトロイドに変形させて空中で浮かれる様を表すかのように踊っている。そのダンスを見せつけられているようでミラージュは更に気持ちが沈みそうになる。

 そんなミラージュに通信が入った。

 

「お疲れ様、みーちゃん」

「………あーちゃん」

 

通信の相手はアキトであり、怖くて声が震えるミラージュ。そんなミラージュにアキトはいつものように声をかける。

 

「よく頑張ったね。模擬戦に負けちゃったのは仕方ないけど、でもみーちゃんらしいよ」

「私らしい?」

「ハヤテが墜落しないか心配だったんでしょ。特に後半のアレは本当に墜落しかけてたしね。それで心配で気になって仕方なかったんだよね。みーちゃんは優しいから」

「でも………言い訳です。相手の状態に動揺して油断して、そして最後には撃たれてしまいました」

 

消えるような小さい声。そんな声でしか答えられないミラージュにアキトはしょうがないなぁと話しかける。

 

「確かに模擬戦では負けちゃったけど、でもそれだけ。ハヤテだって自分で進んでこの道を選んだんだよ。ならここから先は自己責任。自分の命は自分で責任を持って守るしかない」

 

ミラージュを責める気はないというアキトだが、それでもミラージュは落ち込んだままである。

 

「それに実戦ならみーちゃんの初撃で決まってた。違う?」

「でも、それはあくまでも実戦ならです。これは模擬戦、ルールありですから」

 

負けてないと言うアキトにミラージュはそんなことないと答える。これが実戦なら、何て言うのは言い訳でしかない。ルール決まったとおり、ミラージュは負けたのだから。

 そんな落ち込むミラージュにアキトは困ったような、でも嬉しいような、そんな優しい顔をする。

 

「確かに負けちゃったけど、でもみーちゃん………格好良かった。正義の味方らしく、堂々としていて格好良かったよ。やっぱりみーちゃんは格好いいって改めて思ったくらい。昔から全く変わらないくらい格好いいよ」

 

そう言われミラージュは蹲っていた顔を上げると、少し赤くなった目でアキトを睨んだ。

 

「格好いいと言われるのはそれはそれで嬉しいですが、女性にそれしか言葉がないんですか、あーちゃん」

「み、みーちゃん?」

 

慰めていたはずなのにジト目で睨まれるという変な状況に戸惑うアキト。何故睨まれているのか分らない。

 そんなアキトにミラージュは拗ねたようにこう言った。

 

「…………可愛いって言って下さい。格好いいも嬉しいですけど、私だって女の子なんです。可愛い方が嬉しいんです」

 

そこでやっと理解したアキトは少しだけ気まずそうにして、そして次に愛情を持ってミラージュに声をかけた。

 

「可愛いよ……みーちゃんは凄く可愛い。僕にとって一番可愛い女の子だよ」

「っ!? そ、そうですか………」

 

自分で言っておいて嬉しさと恥ずかしさがない交ぜになって顔を真っ赤にするミラージュ。表情が緩みそうになって仕方ない様子はまさに恋する乙女のそれであった。さっきまでの落ち込みようが嘘のようである。

 

(あ、あーちゃんが可愛いって言ってくれました! 一番可愛いって………えへへへへ)

 

本当にさっきまでの落ち込み様はどこに行ったのか、それぐらい気分が高揚しているようだ。

 そんなミラージュの様子に気付いてなのか気付いてないのか、アキトは機嫌が良くなった彼女に微笑みかける。

 

「さて、せっかくみーちゃんが頑張ったからね。今度は僕が頑張らないと」

「あーちゃん、何かするんですか?」

「ん~~~~~………通過儀礼? 歓迎会? そんな感じのかな。その後メッサーさんと模擬戦」

 

最初の意味はわからないが、後半の模擬戦にミラージュは表情が強張ってしまう。何せ相手が相手だ。前回の模擬戦のようにかなりの激戦になるだろう。それこそ先程までの自分達の模擬戦がお遊びだとしか思えない程に。

 だからこそ、ミラージュはアキトにむかってこう言葉をかけた。

 

「あーちゃん…………頑張って下さい。応援してます」

 

こう声をかけるだけでも精一杯。だがそれだけでもアキトにとっては変わる。

 

「うん、ありがとう、みーちゃん。その言葉だけで僕は………頑張れるよ。だから見てて。今度は僕の格好いい所を。まぁ、悪役の格好いい所なんてないだろうけど」

 

自嘲しているのかそういうアキトにミラージュは声を少しだけ張り上げた。

 

「そんなことないです! あーちゃんは私にとって一番、その………格好いいですから」

 

真っ赤な顔で精一杯にそう言われ、今度はアキトがポカンとしてしまう。そして意味を理解するや頬を染めつつも嬉しそうに笑った。

 

「そうなんだ。なら頑張らないとね。みーちゃんにもっと格好いい所、見て欲しいから」

 

そして切れる通信。ミラージュは自分が言ったことの恥ずかしさに悶えつつもどこか嬉しそうにしていた。アキトに少しでも自分の好意を伝えられたことが嬉しかったらしい。

 そしてアキトの言っていたことを見るべく模擬戦の行われる空域の方に目を向ける。そこにはまだ踊っているVF-1EXがいたのだが………。

 

「いつまで踊っている」

 

冷徹な声と供にその機体に真っ赤なペイントが弾けた。

突如として撃たれたことに驚きつつハヤテは撃たれた方に顔を向けると、そこには黒いVFー31が此方目掛けて飛んできていた。機体に死神のマークがされていることからメッサーの機体であることが窺える。

 

「いきなり卑怯だぞ!」

「それが戦場だ。正々堂々、一対一の戦闘など存在しない」

 

そして一方的に攻撃されるVF-1EX。性能差がありすぎる両者では勝負にすらならない。そのことでハヤテがメッサー抗議するが聞く耳など持たない。

そしてそんなハヤテの目の前に今度は見たこともない機体が飛んできた。それはメッサーと似たような黒い機体。だがVFー31とは違うフォルムをしていて一部が血のように紅い。その機体はバトロイドに変形すると背中からかなり長いブレードを引き抜きそして………。

 

「ハヤテ、おめでとうって言いたいけど………この『戦場』にそういうのは不要だ。浮かれて踊るなんてもっての他だよ。油断大敵ってことを身をもって学ばないとね」

 

一閃…………ハヤテの乗るVF-1EXのコクピット部分に綺麗に真っ赤な線が刻み込まれた。まるで斬られた血のように。その衝撃で機体をふらつかせるハヤテに更にVFー31の追撃が入り機体は真っ赤に染まっていく。

 ハヤテが機体を格納庫に戻す頃には赤一色に染まったVF-1EXが出来上がっていた。

 そのことに文句を言いたくなるものだが、ハヤテは空を見つめてそれどころではなかった。

 

「なんだよ、これ…………これがVFの戦闘なのか?」

 

目の前で繰り広げられる黒と黒の対決。ペイント弾の嵐の中をすり抜けるかのように避けて手に持ったブレードだけで斬りかかる見たこともない機体。そのレベルの高さは素人だとしても分ってしまうほどに高く、そして怖かった。

 とても同じ人とは思えない程の機動、背後を取ろうとするVFー31と真正面からぶつかろうとする機体。見たこともない戦い方に相手のブレードから放たれる攻撃が致命傷を与える程の威力を誇るのは想像し得ない。それほどにこの模擬戦場は『殺気立っていた』。

 それを見続けているハヤテにいつの間にかミラージュが来ていた。

 

「これが貴方が飛ぼうとしている空ですよ。常に危険が襲いかかる危ない空、油断が直接命に関わるデットゾーン。それでも貴方は飛びますか?」

 

その言葉にハヤテはそれでも飛ぶのだと答え、そして飛ぶために改めて教習が必要だと肌身を持って実感させられた。

 

 

「やっぱりあーちゃんは一番格好いいです…………」

 

戦闘を見ながらミラージュは頬を染めているのであった。

 

 



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第十一話 歓迎会

あまり筆が進まないのが悩みですね、最近。ただミラージュが可愛ければそれで良いかなって………。


 ハヤテの最終試験も無事?に終わり、改めてデルタ小隊に入隊を決めたハヤテ。ソレと供にフレイヤのワルキューレ加入が銀河ネットを通して大体的に報道されていく。お陰で現地である惑星ラグナでは大騒ぎである。

 そしてそんな雰囲気の中開かれたフレイヤとハヤテの歓迎会。会場である裸喰娘娘はケイオス関係者で大いに賑わっていた。

 

「あ~~、思い起こせばワルキューレ結成を依頼され………」

 

 歓迎会の挨拶をマクロス・エリシオンの艦長のアーネストが行っているのだが、周りはお堅い挨拶など期待していないので妙に気まずそうにしており、それをくんでなのかブリッジオペレーターのニナとワルキューレのマキナがアーネストの前に立ちふさがり挨拶を奪った。

 

「と、いうわけで………」

「フレフレとハヤハヤのデビューをお祝いして………」

 

「「乾杯ッ!!」」

 

「「「「「ようこそ、ケイオスへ~~~~~~~~~~~~~!!!!」」」」」

 

 そして乾杯し騒ぎ始めるケイオス関係者達。皆この歓迎会で二人のことを祝ってくれていることがよく伝わってくる。

 皆に祝われたことが嬉しかったのだろう。フレイヤは嬉しさのあまりに感動して泣きながら元気いっぱいに頑張りますと皆にお礼を言うと、それで更に盛り上がる面々。そんな面々に呆れつつも祝われてることが嬉しいのかハヤテは大げさと言いつつも満更ではないようだ。

 そんな雰囲気の中、ミラージュは二人を祝いつつも少しだけ拗ねているようであった。

 

「どうしたの、みーちゃん? 何かあった」

 

 アキトがそう問いかけると、ミラージュはアキトにいつもと変わらない真面目な表情のまま答えた。

 

「別に何もありませんよ」

 

 そう答えるミラージュだが、幼馴染みであるアキトにはお見通しである。彼女は幼い頃と全く変わっていないとアキトは思いながら軽く笑う。

 

「みーちゃん、何でも無くはないよね。だってみーちゃん、少し変な顔してるよ」

 

 真正面から拗ねてると指摘すれば自棄になって怒り出すであろうことがわかるからこそ、アキトはそう彼女に言う。すると彼女はアキトの笑顔を見て少しだけ溜息を吐くと若干拗ねた様子で話し始めた。

 

「だってあーちゃんがこの歓迎会には含まれていないじゃないですか」

 

 そう言うとミラージュは私は拗ねてますと言わんばかりの様子でアキトを見つめる。

 

「確かに正式に入ったハヤテとフレイヤのことはめでたいです。ですけど、ソレでしたらあーちゃんだって祝われたっていいはずです」

 

 どうやら目の前の幼馴染みは自分が祝われないことを不服に感じているらしい。そんなことで自分の為に拗ねてくれる彼女にアキトはついつい笑ってしまう。

 

「僕は二人と違って出向だからね。正式に入ったわけじゃないから仕方ないよ」

「むぅ、だったらそのPMCなんて辞めてあーちゃんがこっちにくればいいんです。ケイオスはいつでも大歓迎ですよ」

「無茶言わないの。そのお誘いはありがたいけどね」

 

 若干拗ねるミラージュにアキトは微笑む。

 

「でも……僕の為に拗ねてくれたのは嬉しいよ。みーちゃんのそういう顔も可愛いからね」

「か、かわッ!?…………もう、不意打ちは卑怯です」

 

 アキトの言葉にミラージュは顔を真っ赤にして慌てるのだが、直ぐに気を取り直す。それでも嬉しいのかニヤつく口元を抑えきれないようだ。

 端から見たらカップルのそれであり、その雰囲気に独り身な人達は実に恨めしそうな目で睨んでいたという。

 そんなこともあるが周りも大いに盛り上がり、酒飲み比べや仲が良い集団による飲み会、何故かアーネストとの腕相撲大会などが行われていくことに。

 皆大いにこの歓迎会を楽しんでいる。そして主役であるフレイヤとハヤテの二人もまた料理に舌鼓を打ちながら楽しんでいた。

 そこで盛り上がる内に話題に上がったのはフレイヤのデビューライブの話であり、ワルキューレがライブをするということはヴァールに対する治療行為でもあるということ。それ故に初陣に緊張するフレイヤ。

 そんなフレイヤを見ながらハヤテはふと気になったことを口にする。

 

「何でライブなんだ? 録音して放送とかじゃ駄目なのか?」

 

 よく考えれば当たり前の事であった。歌を聴かせるだけなら録音したものでも良いはずである。それにその方が安全だ。危険な戦場に出る必要などないのだから。その事にアキトも少しばかり気になったようだ。

 その疑問に対しマキナが答えてくれた。

 

「私達が歌うと生体フォールド波っていうのが発生するの。で、それがヴァールに効くんだけど録音したりデータ化したりすると効力激減」

 

 その言葉にハヤテとフレイヤの二人は感心する。アキトはその事を聞いてだからライブなんだぁと納得していた。

 そんな中、ミラージュは少し不安そうな顔をする。

 

「どうしたの、みーちゃん?」

 

 本日二度目のその問いかけに今度は素直にミラージュは答えた。

 

「あのアンノウンはまた来ると思います。そう思うと不安で………」

 

 それは命を賭け戦うと決めても必ずある恐怖。自分の失敗で誰かが死んじゃないかという恐怖、自分は勿論だが、それ以上に 『大切な人』が死んでしまうのではという恐怖。そういったものが彼女の心を侵食していく。

 ミラージュの不安気な顔を見て、アキトはそれでも朗らかに笑う。

 

「大丈夫だよ」

 

短い、けどはっきりとしたその言葉は暖かくしっかりとミラージュの胸に染み込んでいく。

 

「あーちゃん………」

「大丈夫。来たとしても倒せば良いだけ。みーちゃんはいつものように一生懸命に正義の味方として頑張って。それだけで絶対に勝てるから。それにもしみーちゃんを傷付けようとするのなら、その時は…………ね」

 

 一瞬だが漏れ出す殺気。それだけで周りにいた者達の背筋をゾクリとさせるのに十分なものであった。その怖気に賑わっていたはずの会場にぽつりと空白空間を作り出す。それを感じてなのか、アキトは若干大きな声でミラージュに笑いかけた。

 

「あはははは、大丈夫だよ。みーちゃんは僕が守るから。正義の味方の悪役にならないような小悪党は僕が斬るから。だからみーちゃんは安心して悪役を倒して。そのために僕が手助けするからさ」

「あーちゃん…………」

 

 ミラージュにとってそれは不安を払拭するのに十分な安心感であり、寧ろそんな『王子様』的な台詞を言われて彼女は顔を赤らめながらアキトを見つめてしまう。いつもと同じニコニコとした笑顔なのだが、彼女にはいつも以上に格好良く見えた。

 

「はいはい、ごちそうさま」

「ふぁ~~~~、ミラージュさんゴリゴリ真っ赤やね~!」

「本当にこれで付き合ってないとか嘘だろ」

「クラゲは生が一番」

 

 そんなやり取りをする二人にマキナは見慣れてきたこともあって普通に対応し、フレイヤは顔をリンゴのように真っ赤にして手で目を隠すのだが隙間から覗き見ていることが丸わかり、ハヤテは呆れながらそう呟き、レイナは我関せずであった。

 そんなふうにこの日は賑やかに過ぎていった。

 

 

 

 ついにやってきたフレイヤのデビューライブ。会場は惑星ランドールの大都市にある特設ステージ。そこに向かってデルタ小隊はワルキューレと供にマクロス・エリシオンの左腕(アイテール)に乗り込みフォールドで向かう。

 その中にはアキトも乗り込んでおり、当然のようにVFー19Σ『村正』も積んである。そのコクピットの中にてアキトは目を瞑る。本来の仕様のためにあるスティックやレバーに手も足もかけず、ただ背中にあるコネクターで機体と自身を繋ぎ『一つとする』。目を瞑っていても見える外の光景。皆が慌ただしく機体の整備をしている。

 その光景を見つつアキトは一人笑う。

 

「困ったなぁ、どうしよう?」

 

それは困った声である。何がそんな彼を困らせているのだろうか?

 

「みーちゃんの頑張る姿は見たいしアクロバティックの晴れ姿もみたい」

 

 いつものように惚気るアキト。大好きな女の子の頑張る所をみたいと漏らす姿はただの色ボケである。だが…………。

 

「でも、戦ってる姿もみたいんだよね。正義の味方らしく戦ってるところも」

 

 危ないと分っていながらも勇ましい姿も見たいと思う。矛盾しているのだがそれでもそう思ってしまうのだろう。

 

「それに………ああいう手合いはまた来るからね…………斬りたいなぁ……ねぇ、村正。僕は我慢が出来るのか不安だ。我慢する気がないけどね」

 

 コクピットの中、妖刀の刃が妖しく輝くのであった。

 

 

 



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第十二話 戦争宣誓

久しぶりの更新なので感覚が………。


 会場は満員御礼であり人が溢れ出して収まりきれないほどに凄まじいことが遙か上空からでも窺える。その皆が待つのが歌姫達の宴であるライブ。その熱気がここからでも伝わってくるような気がしてアキトは苦笑を浮かべる。

 

「皆好きだねぇ」

 

この時代、歌はかなり重要なものでありその影響は凄まじい。プロトカルチャーがもたらした文化として有名であり、誰もが歌を好む傾向がある………のだが、集団の中には必ずマイノリティというものがあり否定派というものがある。働き蟻の中に僅かではあるが働かない蟻が出るように、アキトもまたそんな少数であった。彼は今ではまず珍しい『歌否定派』なのである。

 いや、これには語弊があるだろう。別にアキト自身歌が嫌いなわけではないし、毛嫌いするものでもない。だからと言って好きでもない。答えはどっちでもないというだけ。彼からしたらこの真下でライブを今か今かと待ち望んでいる人々は大げさだ。歌が凄いというのは世間の常識だし夢中になるものがあるというのは良い事だ。でもそれだけのことでしかない。

 勿論アキトにだってそういう好きなものはある。というか丸わかりだろう。大切な幼馴染みのこと、そして…………斬ること。それだけがアキトの好きなものだ。

 でも自分が彼等のように熱狂しているのかと言えば答えはNOだろう。そんな簡単なものではない。だからこその苦笑。自分には理解出来ないなと笑うしかない。

 VFー19Σを通して見える映像にそう思いながらアキトはジッとしている。アイテールの格納庫ではデルタ小隊の面々が発進準備を進めており、ワルキューレのメンバーも降下艇で準備を進めていた。各人で打ち合わせを行っているであろうことが予想出来るだけにアキトは暇を持て余す。まぁ仕方ない話だろう。ライブでは主役であるワルキューレが歌いデルタ小隊は航空ショーをしながら彼女達を護衛する。

 当たり前だがそこにアキトはいない。アキトの役割は遊撃。『敵が仕掛けてきた』ときのみ仕事がある。襲撃がなければ待機で終わるのがアキトの仕事であった。

 故に暇なのである。そんな暇をアキトはジッとして過ごす。周りは慌ただしくライブが成功するかと不安そうにしている中、彼だけがそんなことをまったく考えていなかった。さて、暇をどう潰そうかと考え始めたところでVFー19Σに通信が入った。その配信先は彼が知る人の機体からであり、アキトはそれを見てふふっと笑った。

 

「どうしたの、みーちゃん?」

 

いつもと変わらないアキトらしい声にみーちゃん………ミラージュが緊張した表情で話しかけてきた。

 

「あーちゃん、あの、今は大丈夫でしょうか?」

「うん、大丈夫だよ。僕は暇だからね」

 

困った苦笑を浮かべながらそう答えるアキトにミラージュは少しばかり困った顔をした。

 

「そう言われると困りますが、でもあーちゃんが暇ならそれで良いんです。だってその方が平和ですから」

 

仕事がないと嘆くべきなのだが、アキトが出る状況になればそれは戦闘になっているということである。護衛がメインであるデルタ小隊からしたらしないに越したことはない。それにミラージュとしてはアキトが強いと分っていても危険を犯して欲しくはないというのもあった。そんなミラージュの気持ちを分っているからこそ、アキトは困ってしまう。

 

「まぁ、そうだよね。平和ならそれに越したことはない。僕がその分仕事がないだけで。でもそれはそれだけみーちゃんの活躍を見れるってことだからね。みーちゃん、楽しみに見てるから」

 

ニッコリと笑いかけるアキトにミラージュの頬が紅く染まる。

 

「そんなはっきりと言われると恥ずかしいです、あーちゃん」

「そういうみーちゃんも可愛い」

「っ!? もう、あーちゃんのバカ」

 

恥ずかしさに耐えかねてそっぽを向いてしまうミラージュ。そんな彼女の姿がより魅力的に見えてアキトは更に追撃をかける。正直暇な時に大好きな幼馴染みとのやりとりは魅力的らしい。さっきまでの暇が嘘のように吹き飛んだ。

 

「酷いな~みーちゃん。だってこの間は格好いいより可愛い方が良いって言ってたのに」

 

その言葉にミラージュは少しだけ気まずそうにしてから上目遣いを此方に向けてきた。

 

「あーちゃんこそ酷いです。私があーちゃんに可愛いって言われたいって事を分っててそう言うんですから。あーちゃんは意地悪です」

「あははは、ごめんごめん。だってみーちゃんが可愛いからつい」

「もう、あーちゃんは」

 

当然通信ログというものは記録されており、このやり取りも聞こうと思えば聞くことが出来る。まぁ聞いたところでまたかこのバカップルはと言って終わりそうだが。

 そんなやり取りをした後、アキトはミラージュに微笑んだ。

 

「みーちゃん、少しは緊張解れた?」

 

何故ミラージュが通信を入れてきたのか、その真意を察しているからこそのその問いかけにミラージュは紅くなった頬を掻きつつ答える。

 

「あーちゃんにはお見通しですね」

「だってみーちゃんのことだからね」

「もう、あーちゃんは」

 

ミラージュが今回の仕事で不安を感じていることはわかっていた。だからこそ、それを少しでも和らげようとこうして話している。アキトが彼女にしてあげられるのはそれだけしかないから。

 

「きっと大丈夫。僕が暇なんだもの、ライブは無事に終わるよ」

「そうですね。きっとその方が良いですね」

 

その言葉にホッとする様子を見せるミラージュ。そんなミラージュにアキトは内心苦笑を浮かべた。確かにそうならそれにこしたことはない。だがソレはあり得ないとアキトの本能が感じるのだ。妖刀たる自身の存在が告げるのだ。

 

『獲物は必ずやってくる』と。

 

その確信がアキトにはある。根拠はないが、絶対に来ると本能が告げる。故にミラージュが望むようにはならない。

 それがアキトにはもどかしい。彼女の望むような未来にしてあげたいが、同時に斬りたいという欲求がウズウズし始める。戦の香りを感じ取りこのウズウズがとまらない。絶対に戦いになるのだから、思うがままに暴れたい。

 そんな二つの思いに板挟みにされているアキトはそれを落ち着かせるようにミラージュにこう言った。

 

「みーちゃん、頑張って」

 

その言葉にミラージュは笑顔で応える。

 

「はい、頑張ります。だからあーちゃん………絶対に見ていて下さいね」

「うん、絶対に見てるから。僕がみーちゃんを見てないなんてないからね」

 

その言葉にミラージュは顔を真っ赤にして何かを言おうとするが、そこでそろそろ出動の時間となったために通信を切ることに。

 

「ではあーちゃん、いってきます」

「いってらっしゃい、みーちゃん」

 

そのやり取りを持って通信を終わりにし、アキトは発進するデルタ小隊を見送っていた。

 

 

 

 そうして始まったライブ。会場はワルキューレの降臨と共に盛り上がりを見せ、デルタ小隊のエアショーがよりダイナミックにそれを喧伝する。立体映像と生の歌声による三次元的なライブに熱狂する人々。そこでハヤテのインメルマンダンスが炸裂しより盛り上がっていく。その成果もあってヴァール発生危険率はどんどん下がっていく。

 その光景…………デルタ3のVFー31のエアショーを見て頬を緩めるアキトであったが、『その気配』を感じて笑顔のままアイテールにいるクルーに告げる。

 

「皆さん、出るからハッチを開けて下さい。そろそろ獲物がやってきます」

 

その言葉に最初は何を言っているんだと疑問符を浮かべるクルー達であったが、アキトの静かでありながら悍ましい殺気を当てられ急いでハッチを開けた。

 そして発進したアキトは嗤う。

 

「みーちゃんの晴れ舞台を邪魔したんだ。その報いは受けてもらわないと…………ねぇ」

 

そして妖刀はその刃を抜刀する。目指すは今はまだ現れていない獲物の命。だが彼のその感は間違いなく…………。

 

『アンノウン、衛星軌道より出現ッ!?』

 

当たる。

次々と現れるアンノウンはこのまま大気圏に突入し奇襲をかけるつもりなのだろう。確かに今現在ワルキューレはライブ中、デルタ小隊はエアショー中ということもあって動けない。絶好の奇襲状況と言えよう。戦術的には大正解。ただし…………。

 

「正直すぎるのは駄目だと思うよ」

 

奇襲を仕掛けようとランドールに向かう敵機の前に現れた漆黒の悪鬼が現れた。闇の中で輝るツインアイ、そしてその手に持っている大太刀を振り下ろせば、途端に機体は斬り裂かれ大気圏に突入する間もなく爆発四散する。

 HSSFからによる奇襲。まさに目の前に急に現れた脅威に対し敵側が混乱したのは言うまでも無いだろう。

 突如として現れたVFー19Σに陣形を崩される敵。勿論フォールド反応は検知したのだろうが、それではもう後の祭りだ。短時間で移動する性質状、検知してから構えたのではもう遅い。検知した瞬間には既に移動を終えており、謂わばそれは残滓に過ぎない。

 

『なぁ、敵襲だと!』

『まさか読まれてたのか!?』

 

そんな声が通信を通して聞こえてくるが、それに律儀に応える間抜けなどいない。

 

「呑気に喋ってる暇はないよ」

 

混乱していることを察せられてしまったのだろう敵の一体の目前には既に大太刀を振り下ろすVFー19Σがいた。振り下ろされた大太刀はぶれることなく真っ直ぐに振り下ろされ、敵機のパイロットは自分の見ている光景が半々にずれていることを疑問に感じながら死に、その結果を示すように機体はコクピットから綺麗に真っ二つに割られて爆発した。

 爆炎の明かりが煌めき辺りを照らす。その結果が余計に混乱をもたらし敵側の士気にも揺るぎが出てきた。だがそんなことをアキトは意識していない。ただ彼はコクピットで笑って嗤う。

 嬉しくて楽しくて悦楽しくて快感で、どうしようもなく………。

 

「さぁ、もっともっと斬らせてよ。村正は血が欲しくてたまらないからね。僕の渇きを癒やしてほしい。その命をもって斬り殺してあげるよ」

 

狂っている。でもそれが村正という妖刀だ。狂気の刀は血を、命を求めずにはいられない。だからこそ、アキトは戦う。いや、これは戦いなんてものじゃないだろう。これはただの『鏖殺』だ。

 恐怖に駆られ銃を向けて乱射する者、一刻もはやく排除すべきだとミサイルを大量に撃ち込む者、少しでも安全を取ろうとオプション兵装であるゴーストを差し向ける者、様々だ。だがその悉くが失敗する。

 迫り来る弾雨も爆炎の嵐もまるで透き通るかのように当たらずに突き進むVFー19Σ。そして急に消えたと思えば予想外の所から現れ手にした大太刀だけで斬られていく。途轍もない高度なギリギリの見切りと回避、そしてHSSFによる襲撃は最早悪夢でしかない。たった一本の大太刀しか持ってない相手に対し、敵は既に10機以上も被害を出してしまっていた。2本の強化センサーを米神から突きだし、光に揺らめくツインアイにあるのは狂気に満ちた殺意。それによってもたらされるのは絶対不可避の死。故に恐慌する。

 

『鬼神(オーガ)だ…………あれは化け物だ!』

 

そんな敵の怯えを感じてアキトは嗤う。

 

「化け物だって………そんな当たり前のことを言わないでよ。僕は村正だ。狂気に狂い殺しを悦楽しむ化け物さ」

 

そして更に相手に襲いかかり、また一機その機体を上下に分裂させていた。

 この襲撃に対し敵側も何も考えていないわけではない。確かに奇襲に驚きはしたが動揺は見せられない。部隊長である『白騎士』が襲撃者に対して戦意を見せるが彼等『親衛隊』に抜けられるのはキツイ。しかも敵の戦力が未知数なだけに失っては事に支障が来たす可能性が高い。これが『囮』であっても、ここで失って良い戦士ではないのだ。故に彼等は先行させ他の部隊による物量戦へと切り替えた。

 だがそれでも足りなかったのだろう。『親衛隊』以外の部隊は全滅した。此方の戦略を嘲笑うかのように黒に一部が血のように赤いVFー19によって全て斬り殺されてしまったのだから。そして血に餓えた悪鬼はその目をランドールへと向ける。まるで獲物が其方にいることを分っているかのように。それを追いかけるように大気圏に突入していった。

 そしてアキトの戦場は衛星軌道上からランドールの上空へと変わる。

すでに戦場と化したランドールの会場では彼方此方から被弾に於ける炎が燃えさかっていた。そんな中で敵を探すアキトであったが奇妙なものを見つけた。

 それは統合軍のVF-171+。それが編隊を組んで飛行してるのはいい。ただしそれがどういうわけかデルタ小隊に攻撃を仕掛けているのだ。その疑問を感じつつ進んで行くと、そこで見覚えのあるVFー31がVF-171+に攻撃を仕掛けようとしているのが見えた。ただし狙いが合わないのかやけにその動作はぶれが激しい。その後ろに敵が現れたのを見てアキトは嗤う。

 

「何みーちゃんの邪魔をしようとしてるの………死ね」

 

そして急接近からの大太刀の奇襲を仕掛ける。しかし相手はただの雑魚ではないらしい。咄嗟に反応し本体だけは無事にしようと回避した。その結果装備されていたゴーストが真っ二つに切れて爆発する。

 

「あーちゃん!」

「みーちゃん、これはどういう状況かな?」

 

敵はその追撃を恐れて急いで離脱しその後メッサーが乗るVFー31に攻撃を仕掛けられていた。それを見つつアキトはミラージュにこの変な状況を聞くことに。

 その結果ヴァールによって操られていることが判明。アキトはそれまで嗤っていた顔がなくなり嘲笑う。

 

「見苦しい。自分の意思すらなくした木偶に斬る悦楽しみはない。今すぐその無様な姿を見れないように残殺してあげる」

 

 そして攻撃しようとするアキトにミラージュは大きな声で叫んだ。

 

「殺しちゃ駄目です、あーちゃん! 正義の味方として告げます! 絶対に殺しちゃ駄目です。あーちゃんなら出来ますから!! 私の知ってるあーちゃんなら『悪役にすらならない人』に手は出しません」

 

その言葉にアキトは少し止まり、そしてミラージュに向けて笑顔を浮かべる。

 

「みーちゃんだってズルいね。みーちゃんにそう言われたら僕はそれに答えたくなっちゃうじゃないか」

「あーちゃん………」

「みーちゃん、これが終わったらデートしよう。それまで少し待ってて」

 

そしてアキトはVF-171+に向かって大太刀を抜くと告げる。

 

「みーちゃんにそう言われたから命は取らないであげる。でもその首はいただくよ」

 

HSSFして襲撃し、コクピット(首)を綺麗に斬り飛ばすと片手で掴み海がある方へと投げ飛ばす。コクピットを綺麗に斬り飛ばされた機体は制御を失い墜落して燃え上がる。それを皮切りにVFー19ΣはVF-171+へと仕掛けてはコクピットを斬り飛ばしていった。そして最後の一機を斬り落とした後にそれは来た。

 

『やられた!?』

 

アイテールからの通信に何事かと警戒するデルタ小隊一同。そこで判明したのが今回の此方の襲撃は囮だということ。本当の目的は惑星ヴォルドールの首都の陥落らしく見事に制圧されたらしい。

 そして此方の動揺を見透かすかのように敵がそれまで纏っていた偽装を解除しその正体を晒す。

 敵の正体、それは惑星ウィンダミアの空中騎士団。そして彼等による戦争であると宣言した。

 こうして今まであったヴァールの発生なども彼等の仕業であると判明し、改めて戦争が開始したのであった。

 

 

 

「みーちゃん、あそこで格好付けてるの、斬ってもいい?」

「あーちゃん、空気読んで下さい!」

 

宣誓している時にアキトは整列している一団に斬っても良いかとミラージュに聞き、ミラージュはそれを必死に止める姿がそこにはあったという。

 



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