世界から季節が消えるまで (葉城 雅樹)
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「春」を無くした世界
前編


初めましての方は初めまして。
葉城要塞または葉城雅樹と言います。
この度、こちらの作品をパスワード限定公開から全体公開に変更し、また連載物とするために改めて投稿させてもらいました。
自身の作成しているオリジナル曲と連動した小説になっています。
こちらの「春」を無くした世界の方は楽曲を後日投稿させてもらう予定です。
それ以外の作品は同時投稿を予定しています。

また、こちらの作品のタイトルは泥人形さんから頂きました!
ありがとうございます。


 それは突然の事だった。ある日起きたら世界が一変していた、なんて言うのはよくあるファンタジー物の始まり方だけど、それが自分の身に降りかかるとは考えてもいなかったのだ。

 そう、その日俺、甘利春(あまりはる)の世界はたしかに一変した。

 

 「春華、おはよう」

 

 俺がその変化に気づいたのは、生まれてから十八年もの間共に過ごした幼なじみに、学校の校門でいつものように挨拶をした時の事だ。その時彼女の口から出てきた言葉に、俺は耳を疑った。

 

  「何馬鹿な事言ってるの、ハルくん。私の名前は()()()だよ。もしかしてまだ寝ぼけてる?」

 

 「……え?」

 

 「あ、トウカだ。おはよー」

 

 「おはようございます、トウカさん」

 

 俺が事態を理解できない間に、彼女の周りには友人がやって来て、ごく当然の様にトウカと呼び掛けている。

 

 「一体どうなってるんだ……?」

 

 「おはよう、甘利。どうかしたのか?」

 

 困惑する俺の元にも友人が話しかけてくる。

 ちょうど良いと思って、俺は実際の名前がトウカなのか春華なのかを確かめるべく尋ねた。

 

 「おはよう。いや、こんなことを聞くのもなんなんだけどさ、お前利根川の名前覚えてるか?」

 

 「え、そりゃ……()()()だろ? そんなのずっと一緒にいるお前に言うまでもないと思うけどさ」

 

 「ああ、そうだな。変な事聞いて悪い。とりあえず教室行こうぜ」

 

 この頃になると、俺もようやく冷静になってきて、教室に行って名簿を調べるという発想に思い至っていた。

 

 「……『利根川冬華(とねがわとうか)』か……どうやら、これは悪い夢じゃないみたいだな」

 

 教室で、出席簿を見た俺の目に飛び込んできたのは、やはり「冬華」という名前でしかなかった。

 理由は分からないが、昨日まで「春華」だった幼なじみが、今日になって「冬華」という名前に変わっていたのだ。それこそ、名簿などの不変的な記録を含めて完全に書き換えられていた。さらに、周りはその事に全く違和感を覚えていないらしい。

 言ってしまえば、世界の改変とでも言うべき何かが、昨日俺の寝ている間に行われたということになる。俺が気づいたのが、春華の名前のことだっただけで、それ以外にも何かが改変されてる可能性もある。

 

 「訳が分からないが、とりあえず一人で調べるしかないみたいだ」

 

 他に違和感を抱いているという人を探すという手もあったが、何が起きてるのか分からない以上、周りに変だと思われないように動く必要がある。こうして、世界の改変に取り残された俺のたった一人の戦いが始まった。

 

 

 そうして、一週間ほど調べると、様々な事実が分かった。

 まず、最も重要な事実は、「春」という季節の消失だろう。様々な書物やインターネットの文献で調べてみたが、どこにも「春」という言葉は存在しなかった。それどころか、「春」という漢字自体が消えていた。

 季節は夏、秋、冬の三つしか存在せず、「春一番」という言葉は「夏一番」に置き換わっていたし、本来春に咲くはずの花はそもそも花をつけない植物へと変わっていた。タンポポは花を咲かせることなく綿毛をつけ、桜はどの木であっても、初夏にさくらんぼを実らせるらしい。

 「春華」が「冬華」になったのも、この改変の影響だろう。

 次に重要な事実は、「春」という季節を覚えている人間が俺だけじゃなかったことだ。インターネットで調べてみると、少なくとも改変が起きた日には、何人かが「春」について書いたり話したりしている様子が見受けられた。無論、漢字が消えていたので専ら「はる」や「ハル」という表記ではあったのだが。俺は可能な限り、「春」を覚えている人間にコンタクトを試みた。しかし、コンタクトが取れなかったり、取れたとしても既に改変されてしまった人間が多く、「春」の認識を共有出来たのは三人に留まった。

 最後に一番切迫している問題は、俺の存在が消えかけていることだろう。最初にその事に気づいたのは、改変の翌日だ。ある程度親しく、お互いに名前で呼び合う関係だった友人の一人が、俺の名前を忘れていたのだ。俺の名前は改変以後「春」から「ハル」に置き換わっていたが、それでも普段通り「ハル」と呼ばれていた。しかし、その友人を皮切りとして、俺の名前を忘れる人間が増えていった。忘れた人に改めて名前を教えることも試みたが、定着することはなく、その努力は徒労に終わった。今となっては、俺の名前を覚えているのは家族と、春華くらいだ。そしてとうとう今日、最初に俺の名前を忘れた友人が俺の事を完全に忘れてしまった。この調子だと、俺の存在が完全に消えてしまう日も遠くないだろう。

 だから、俺は決意した。この改変に抗う事を。「春」を無くさせる訳にはいかない。「春華」が「冬華」になってしまうことを認めない。どうせこのまま消えるくらいならば、最後に抗って解決を目指した方が生産的だ。まずは、数少ない「春」を覚えている人に会いに行くことにした。改変を止められなければ、生まれ育ったこの街に帰ってくることは出来ないだろう。だからこそ、お別れをしておかないといけない。

 

 「ごめん、待った?」

 

 「いや、俺も今来たところ」

 

 旅立つ当日の朝、「春」の象徴でもあると言える桜の木の下に、俺は春華を呼び出した。

 

 「それでハルくん、用事って何?」

 

 「これは俺の親にも言ってないことなんだけどな、少しこの街を出ようと思う」

 

 「……えっ、それって家出……?」

 

 「そんな大げさな事じゃないさ。ちょっと人に会ってくるだけ、それが終わったらまた帰ってくる」

 

 嘘は言ってない。嘘は言ってないが、真実を全て伝えている訳でもない。仮に真実を伝えたとしても信じてもらえないだろうが、それでも春華を騙すのは心苦しかった。

 

 「ほんとに……?」

 

 「ホントだって」

 

 「いや、嘘だ。さっきからハルくん、ずっと私と目を合わせてくれないもん。普段はそんなことないのに、ここ一週間くらいずっとおかしいよ。ねぇ、もし何か悩みがあるなら私に相談してよ。力になれるかは分からないけど、話くらいなら聞けるよ」

 

 見透かされていた。そして、春華が目線だけで俺の異常を察した様に、俺も春華が抱いている不安を声色だけで感じ取る。当然だ。生まれてこの方、ずっと一緒に過ごしてきたんだから。

 俺と春華は、共に春に生まれた。家が近所で、さらに親同士も元々付き合いがあった為に、物心付く前から一緒に遊んでいた。流石に中学生になってからは多少は距離があったが、それでも気の置けない関係で、お互いに腹を割って話すことのできる間柄だった。

 

 「やっぱりお前に隠し事は出来ないな……実を言うと、帰って来れないかもしれない。今からやることが上手くいかないと、俺はいなくなるかもだ」

 

 そう言いながら、俺は今日初めて春華の顔を正面から見る。俺の予想通り、彼女の表情はいつもと変わらず、明るさを感じるものだが、手は服を掴みプルプルと震えていた。緊張していたり、不安な時に服を掴むのは彼女の癖だ。

 

 「嘘……じゃないんだよね。そんな危ないことやめてここに居ることはできないの?」  

 

 「悪い、どうしても行かないと。俺しかいないんだよ」

 

 「そっか……そこまで言うなら私は止めないよ。でも約束して、必ず上手くやって帰ってくるって」

 

 そう言って春華は小指をこちらに差し出す。実際のところ、成功する可能性が未知数な挑戦だ。だから、こんな約束を結ぶのは無責任なのかもしれない。だが、俺には応じないという発想はなかった。この約束の為に必ず成功させよう。

 

 「この桜の木に誓う、絶対に帰ってくる」

 

 そう言って俺は小指を差し出し、春華と指切りげんまんをした。子供っぽいかもしれないが、昔からこれが俺たちの約束だった。それを終えた瞬間、温風が桜の木を揺らし、その果実を地面に落とした。今はまだ四月の頭。本来ならこんなに暖かい風が吹くわけもないし、桜がまだ咲いている時期だ。変わってしまった世界で俺はその風景を思い出すように、最後の話をする。この言葉がきっと、春華の中に俺の存在を残してくれると信じて。

 

 「そうだ、春華。桜の花を知ってるか? 桜の花は――」

 




いかがだったでしょうか?
感想や評価、お気に入りなどしていただけると創作励みになります。

後編は明日にでも公開予定ですので、そちらもよろしくお願いします!


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後編

前編と合わせて1エピソードです。

次の話は世界観、設定などを共有してますが時系列が飛ぶ予定です。


『桜の花は薄いピンク色なんだ。お前は覚えてないと思うし、信じられないとも思うけどな。でも、この事を覚えておいてほしい。そうしたら俺はきっと――もっと頑張れるから。……そろそろ時間だから行くよ。じゃあ春華、またな』

 

 これが私の記憶の中にある彼――ハルくんの最後の言葉。それから彼は帰ってくることは無かった。もうすぐ彼が居なくなってから一年が経つ。彼が居なくても世界は回るし、誰も彼が居なくなったことを気にする素振りはない。そう、私と彼の家族以外は。

 

 

『ハルくんのことでお話があります。実は私、最後にハルくんに会ったんです』

 

 彼がいなくなって1ヶ月が経ったある日、私は彼の家を訪れていた。

 

『冬華ちゃん、確か前に、前日の学校帰りが最後に会った時だって言ってたわよね』

 

『ごめんなさい、あれは嘘なんです。本当は私、あの日ハルくんと話したんです。彼がこの街を出るってことも、帰ってこないかもって言うことも全部わかってたんです! 今まで黙っててごめんなさい!』

 

 私は全て知っていた。彼がこの街から出ていくことも、帰ってこないかもしれない事も。そして、ハルくんがその事を両親にすら伝えてないことも。それを分かった上で私は黙っていたのだ。

 

『……詳しく聞かせてもらえる?』

 

 そこから私は、あの日彼から聞いた内容を記憶してる限り、一言一句違うことなく伝えた。

 

 

『そう、そんな事があったの……話してくれてありがとう、冬華ちゃん。それに、ずっと一人で抱え込んで辛かったでしょう?』

 

 彼の母親からかけられた優しい言葉を受けて、思わず私の目から涙が零れる。

 

『いいのよ、好きなだけ泣いて。それにしてもあの子ったら、女の子との約束を守れないなんて。帰ってきたらお説教ね』

 

『おばさん……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい』

 

 堪えきれなくなった私は、思わず彼女の胸を借りて思いっきり泣いたのだった。

 

 

 私は大学生になった。彼に先立って高校を卒業し、今では隣の市にある大学に通っている。新しい友達もできたし、サークルを始めとした学校生活だって上手くいっている。でも、彼はいない。どこにもいない。

 地元の友達も、近所に住んでるおじさんやおばさんも、最早誰も彼のことを気にしていない。まるで、ハルくんが世界から忘れ去られてしまったかのようだ。

 彼が居なくても世界は回るし、そんな世界で私は楽しく生きていられる。その事に時折、どうしようもない罪悪感を覚えるのだ。

 彼――■■くんを…………ってあれ?

 彼の名前は、なんだっけ?

 おかしい、おかしいよ、何で思い出せないんだろう。ほんとに大事な人だったはずなのに。さっきまで覚えていたはずなのに! 思い出せない、思い出せない!

 名前は、名前は……なんだっけ?

 ああ、更に彼が私から遠のく…………

 

 

 更に一年後、私の中で彼のことがとうとう朧気になってきた。名前を忘れてから、覚えておこうとずっと心がけているのに徐々に記憶は摩耗していく。名前の次に忘れたのは彼の顔。次は好きな食べ物や趣味。そしてとうとう過去の思い出すら忘れ始めた。忘れないように、一度覚えていることをノートにまとめたりもしたが、不思議なことに日に日に読むことの出来ないページが増えていく。文字が書いてあることは分かるのに、何故かその内容が読み取れないのだ。

 

「あぁ、もう忘れたくないのに……!」

 

 今となっては、はっきりと思い出せるのは最後の彼の言葉、咲きもしないはずの桜の花について語った変な話だけだ。彼の覚えておいてほしいという祈りが、呪いのように私の頭からあの言葉を離さないでいてくれる。そうだ。忘れるもんか、彼の言葉を。

 

 

 とうとう私も大学三回生になり、就活を始めた。まだ時間的に余裕はあるものの、今の時代は甘いことを言ってられない。「夏一番」が吹き、夏を迎えようとしてる中、私が部屋で履歴書を書こうとした矢先のことである。

 

「冬華、手紙が届いてるよ」

 

 下から明衣(あい)お姉ちゃんが私を呼ぶ声が聞こえた。

 

「今行くよ」

 

 明衣お姉ちゃんから手紙を受け取り、私は自室に戻る。届いたのは差出人不明の謎の封筒だった。本来なら怪しく危険なので捨てるはずのものだが、その筆跡に妙な懐かしさを覚えた私は、少しの逡巡のあと封筒を開く。そこに入っていたのは何枚かの便箋だった。恐る恐る便箋を開くと、最初に「桜の花の色を覚えていますか?」という文字列が目に入る。

 

 その瞬間、私の脳内に電撃が走る。強く頭を打たれたような気分になり、周りから音が消え、手紙以外の全てが視界に入らなくなった。

 

ふと、手紙に水滴が落ちる。それが私の目から零れ落ちた涙と気づいた瞬間に、ようやく思考回路が復旧する。ああ、なんで私は忘れていたんだろう。あんなに大事な人だったのに。指切りげんまんで約束を交わしたのに! 忘れまいと誓ったはずだったのに!!

 「桜の花の色」というフレーズをきっかけに、忘れかけていた様々な記憶が蘇っていく。彼と最後に交わした言葉が、彼との思い出が、彼が好きだったものが次々と頭の中に浮かんでくる。でも、思い出せたのはそこまでだった。彼の顔や、名前はどうしても思い出せない。

 いろんなことを思い出せたことを喜ぶべきか、彼の顔と名前が思い出せないことを嘆くべきか。よく分からないまま、私は手紙の続きに目を通し始める。

 

「この手紙をお前が読んでいると言う事は、俺は失敗したんだろう。これまでの三年間、何とかこの事態を解決しようとしてみたけど、事態は悪化するばかりだった。最初は四人でやってた抵抗も、とうとう俺一人になってるのが現状だ。俺がまだ消えてないのは、お前が俺のことを忘れないでいてくれたからだろう。本当にありがとうな。でも、どうやら俺もそろそろ限界らしい。この手紙が届く頃まで、生きていられるかは分からない。だから、後のことをお前に託す。勝手に巻き込んで悪いとは思ってる。俺には、約束を守れなかったことを許して欲しいと言う権利すら無いだろう。ただ、あまり不確かな希望を与えなくはないけど、この事態が解決したら、また会えるかもしれない。残りの便箋に、これまで分かったことや今後どうすれば良いのかの方針を記しておく。到底信じられないかも知れないが、全て事実だ。最後に、お前に任せてしまう自分が情けないが、後は頼んだぞ、春華。 甘利春」

 

 それは、非情にも彼からの別れの挨拶だった。ただ、希望が絶たれたわけでは無いことも記されている。また、最後に彼の名前も記されていたが、名前の欄に書かれている文字は知らない文字で、結局、彼の名前は思い出せない。

 

「良し、託されちゃった以上やるしかないか。今まで忘れてた分の穴埋めをしないといけないしね!」

 

 まだ望みがある、それが分かっただけで私の心は嘘みたいに晴れやかになっていた。どんなに難しいことだってやり遂げて見せよう。そう思えるほどに。

 

 

 

 二ヶ月が経って、大学の講義が終わり夏休みに入った。あの後、彼がまとめてくれた、荒唐無稽とすら言える異常事態の内容とその対処案をなんとか頭に入れて、旅に出るための旅費を用意した私は、今日旅に出る。通学時にしか使っていなかったバイクに旅用の道具を詰め込み、彼を探し、そして助けるための旅に出るのだ。

 

「あら、冬華ちゃん、大荷物ね。旅行にでも行くの?」

 

家の外で荷物をまとめていると、隣の家のおばさん――彼のお母さんが声をかけてくる。

 

「はい、ちょっと人に会いに行くんです。……ずっと一緒にいた大切な人に」

 

貴方の息子に会いにいく、とは言えなかった。彼の存在が母親の中からすら消えているという事実を突きつけられたら、受け止められる自信がなかったからだ。

 

「そう。……よく分からないけど頑張ってね?」

 

「はい、じゃあ行ってきます」

 

「行ってらっしゃい、気をつけてね」

 

そういって、おばさんは家の中へ戻って行った。恐らくあの調子だと、私の推測通り既に彼のことを覚えていないだろう。推測に過ぎない、だからまだ耐えられる。

 

「頑張らないといけない理由がまた増えちゃったな」

 

私はそう呟き、作業を再開する。

 

 

 

「大丈夫? 忘れ物とかない?」

 

「全く心配性だなぁ、明衣姉ちゃんは。大丈夫だよ、私だってもう大人だし、困ったら自分でなんとかするって!」

 

「それでも冬華はいつまでも私の妹なんだから。心配くらいさせてよ」

 

「うん……ありがとうお姉ちゃん。じゃあ行ってくるね!」

 

「行ってらっしゃい!」

 

 お姉ちゃんに送り出され、私の旅が始まる。あぁ、それにしても絶好の旅日和だ。さあ行こう。君を探す旅へ。

 




ここまで読んでくださってありがとうございます、
実はこちらの作品は私が本気で書いた初めてのオリジナル作品です。
思い入れなども強いので楽しんで頂けたのなら幸いです。

もし宜しければ感想や評価、お気に入りなどよろしくお願いします。


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桜吹雪ナイトフェスティバル(shall we dance?)
前編 退屈なこの街に春が来て


という訳で第三話です。
ですがいきなり時系列が飛びます。
後編で種明かし予定なのでよろしくお願いします。


 僕は「春」という季節があまり好きではない。

 理由はただ一つ、うるさいのが嫌いな僕にとって、祭りや行事の多いこの季節は悩みの種でしかないからだ。

 

「明、話聞いてた?」

 

 前の席に座ってた少女が僕に話を振る。どうやら、考え事をしていたせいで彼女の言葉を聴き逃したようだ。

 

「あ、ごめん。ぼーっとしてた」

 

「もー、しっかりしてよね。ずっとこんな調子だとボクも心配だよ。お姉ちゃんがいなくて生きていけるの?」

 

「流石にそこまでじゃあないよ。それに美桜ねぇの方こそ僕は心配だね。そのおっちょこちょいな性格はいつも見ててハラハラする」

 

 お互いに気兼ねすることなくものを言い合えるのは、僕達が、いわゆる幼馴染みであるからだろう。彼女――甘利美桜(あまりみお)と僕――利根川明(とねがわあきら)は、はとこである。年はふたつ離れていて、僕にとっては姉のようなものだ。そして、家も近いから、生まれてからこうして一緒にいることが多い。とは言っても、今いるのは家などではなく、近くのファストフード店な訳だが。

 

「それで、なんの話?」

 

「そうそう、祭りの時に着る服の話なんだけどさ。どんな服にしよっかなーって。桜だからそれっぽい和服にするか、クール風な洋服にするか、それとも奇をてらって宇宙人みたいなファッションにするか悩むんだよねぇ」

 

「美桜ねぇならどれでも似合うだろうし、好きなものにすれば良いと思うよ」

 

 いわゆる身内びいきと言うやつかもしれないが、美桜ねぇは美人の部類に入ると思う。特に眼には人を惹きつける力があると思う。緩めている時の可愛さも、締めた時の力強さのギャップに惹かれる人間は恐らく多いだろう。

 

「明に聞いたボクが馬鹿だったよ、仕方ないから他の子に聞いてくる」

 

 ため息をついてから彼女はそう告げ、席を立つ。そして、思い出したかのようにこちらを向いてそう言えばと切り出す。

 

「祭りは来るよね?」

 

「行くわけないだろう。僕がああいうの嫌いだってことくらい美桜ねぇも知ってると思ってたけど」

 

「もちろん知ってるけどね、明がいない祭りなんてつまんないし、当日は迎えに行くよ」

 

「勘弁してくれ……人混みは嫌いなんだ」

 

「まあまあ、とりあえず迎えに行くからそのつもりでね!」

 

 そう言って、美桜ねぇは店を飛び出して行った。それにしても厄介なことになってしまった、美桜ねぇは一度言い出すと聞かないタイプだ。去年も同じことになったから、流石に僕も学習している。観念して用意をしておくしかないな、と思いながら僕も席を立った。

 

 

 

 

 ボクは「春」という季節が好きだ。

 理由はもちろん、いつも退屈なこの街らしからぬ賑わいがあるからだ。とは言っても別に生まれ育ったこの街が嫌いって訳じゃない。ただ、どうしても田舎なために娯楽が少ないのだ。だからこそ、この時期はテンションが上がる。普段から高いと言われたりもするが、ハイテンションになっているのはこの季節位のものだ。

 まあ、自分の名前に「桜」という漢字が使われているというのも理由の一つではあるとは思うのだが。

 この街で桜の咲く頃に夜通しで開かれる祭り、「桜吹雪ナイトフェスティバル」は全国的に有名な祭りで、街の経済を潤している。聞くところによるとボクのばあちゃんとじいちゃんが始めた祭りらしい。

 何で祭りを始めたかと言うことについて以前聞いたことがあるが、二人ともお茶を濁して、ハッキリとした理由を聞くことは出来なかった。

 まあ、それはそれとしてボクが「春」を好きという事実は変わらない。前にじいちゃんとばあちゃんにその事を伝えたら、二人ともすごく嬉しそうにしていた。恐らくその辺が祭りを始めた理由なんだろうけど、ボクはそこまで察しが良いわけではないので詳しくは分からなかった。

 

「それにしても……今年は明をどうやって連れ出そうかなぁ」

 

 ボクの幼なじみの利根川明は、イベント事が嫌いだ。本人曰く、人混みが嫌いとの事である。

 幼い頃はそうでもなかったが、確か5年前くらいから、あの手この手でイベントを避けようとする彼を何とか連れ出そうとしている。

 去年はじいちゃんとばあちゃんに頼んで、半ば強制的にお手伝い係として参加してもらったが、さすがに今年も同じ手は通用しないだろう。

 さっきの強制的に話を切り上げて断るタイミングを逃させるというのも作戦の一つではあるが、そんなに上手くいくだろうか?

 

「……うーん。ここは直球で攻めようかな」

 

「ああ、美桜。帰ってたのかい」

 

「あ、じいちゃん」

 

 どうやら独り言が聞こえていたらしい。結構大きな声で話していたのだろうか……

 

「明くんかい?」

 

「そうそう、今年はどうやって連れ出そうかなと思って。一回ストレートに迎えに行くって言うのも手かなー」

 

「嫌がってるのを無理に連れていくのはあまり良いことは思えないんだがなぁ……」

 

 じいちゃんの言うことは正論である。とは言え、ボクは明と一緒に祭りに行きたいのだ。これはそう、決定事項というやつだ。

 

「それでもボクは明と一緒に祭りに行きたいんだよー」

 

「美桜もほんとに変わってるなぁ……別に付き合ってるわけでもないんだろう?」

 

「そういうわけじゃないよ。うーん、ちょっと違うけどなんて言えばいいのか分からないや。とにかくほっとけないって言うか……」

 

 ボクが自分の感情を上手く整理できずうんうんと唸っていると、じいちゃんは確信を突く質問をしてきた。

 

「じゃあ仮に、明くんに他に一緒に祭りに行ってくれる女の子がいたら美桜はどうするんだい?」

 

「えっ……それは…………」

 

 その質問にボクは思わず口篭る。けどそれは、今まで目を逸らして来た事であり、いずれ向き合わないといけないことかもしれなかった。

 明に別の相手がいたら。ボクにとって彼はいわゆる世話のやける弟感覚で接していた為にそんなことは考えもしなかった。いや、考えてもありえないと切り捨てて来たのだ。

 

「彼ももう中学生だし、そういう話の一つや二つ出てくるんじゃないか? 明くんもいわゆる美男子と言うやつだしね」

 

「……うーん、分かんなくなってきたよ。じいちゃんの意地悪」

 

 ボクが拗ねたようにそう言うと、じいちゃんは昔を懐かしむような視線でぽつぽつと語り始める。

 

「これは老人からのお節介だがね、あまり答えを先送りにし過ぎると絶対後悔するんだよ。美桜はきっと答えを出すのは明日で良い、次考える時で良いって考えてると思うけど、その次がちゃんとやってくる保証なんて何処にもないのさ。実際じいちゃんは何年も待ったもんさ」

 

 そう言って遠くに目をやるじいちゃんの姿からは、孫には同じ道を歩んで欲しくないという思いが感じられた。

 

「よく分からないけど、とりあえずちゃんと考えてみることにするよ」

 

「それが良い、ちゃんと考えてから行動に移した方がきっと良いさ」

 

 そう言って微笑むじいちゃんに笑みを返して、ボクは自分の部屋に戻っていく。さあ、脳内会議の時間である。

 部屋に着いたボクはさあ、始めようと意気込んで引き出しからノートを出す。本日の議題は、突如発生したこの謎の感情の特定、そして明をどうやって祭に連れていくかの二つ。一人ぼっちの作戦会議、スタートだ。




ここまで読んでくださってありがとうございます。
後編はこの作品の元ネタとなった自分のオリジナル曲と同時投稿をしようと考えています。
もし宜しければ感想や評価、お気に入りなどお願いします。


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中編 浮世を忘れて君と踊りたいよ

全く意図してなかったのですが、非常に甘酸っぱい話が出来ました。


とうとう迎えた祭当日。夕方になると家を出ると、当然のことではあるが街は人で賑わっていた。

 

「相変わらず千客万来大盛況ってやつだね……」

 

思わず漏れた独り言の語感の良さに意味不明なテンションをしているボクは一人で笑いそうになるものの、流石に引かれるかと思ってその笑いを堪える。ただでさえ目立つ格好をしているのだ。そんな状況で笑い始めたら狂人にしか見えないだろう。

今日のボクのファッションはわざと露出多めである。袖なしのジャケットに相当短いスカート。桜との親和性を意識して和テイストではあるものの、露出が多すぎてぶっちゃけ少し寒い。まあこれが今回の作品のキモなのでこれを変える訳には行かない。

と、考え事をしているうちに明の家に着いた。

 

「あきらー、祭り行くよ!」

 

窓の外から彼の部屋に向けて呼びかける。その呼び掛けに対応するように窓が開き、明が少しだけ顔を出す。

 

「美桜ねぇ、今年こそは行かないからな。何度も言ってるけど僕は人混みが――」

 

そこまで言ってから、明は話すのを止めて目を見開く。そして少し頬を赤らめながら大声で叫ぶ。

 

「って、なんて格好してるんだよ!?」

 

「だって、あの時ちゃんと相談に乗ってくれなかったし〜 ボクがどんな格好しようがボクの勝手でしょ?」

 

「それはそうだけど……って、そういう事じゃなくて!」

 

「とりあえず先に行ってるから、後でいつもの町桜の下でねー!」

 

そう言って一方的に話を切ってボクはこの街で一番大きな樹である「町桜」に向かって駆け出していく。恐らくこのやり方なら明も追いかけてくるに違いない。作戦成功だ!

 

 

 

 

くっそ、完全にやられた。今年こそは祭りに行くまいと思ってたのに。あんな格好で飛び出した美桜ねぇを一人で置いておく訳には行かない。「桜吹雪ナイトフェスティバル」には地元の人以外に客が大量に来る。何せ美桜ねぇは、性格は癖が強いもののかなりの美人である。一人でフラフラ歩いていたら変な男に捕まるかもしれない……

 

「春さんはこれに対してなんも言わなかったのか……? いや、あの人のことだ。僕が放っておけないこともわかった上で何も言わなかったんだろう」

 

思わずついても意味のない悪態をついてしまった。落ち着け、それこそ向こうの思うつぼだ。冷静に行こう。

僕は慌てて用意を済ませ、彼女に羽織らせるための上着片手に家を飛び出す。

 

 

 

「くっそ、ほんとに人が多いな……今すぐにでも帰りたい……」

 

帰宅したいと思う心をねじ伏せ、僕は祭りの中心地である「町桜」へと向かう。が、自分の体力のなさもあってすぐにバテてしまう。全く持って自慢出来ることではないが、僕は根っからのインドア派だ。こういう祭りの場とかは体力を使うから苦手というのもある。

弱音を心の中で吐きながら歩き続けると、気づいたら町桜についていた。

 

「あ、明。おーい!」

 

少し離れたところに美桜ねぇの姿が見える。改めて見ると本当に露出が多い。へそは出てるしノースリーブ。本人も多少は自覚しているとは思うが、おそらく想定以上に人目を集めている。

 

「美桜ねぇ……のんきすぎる……」

 

僕は呆れつつ、彼女の元へ向かうのだった。全く、世話が焼けるねぇちゃんだ。

 

 

 

 

ボクの作戦は大成功、思惑通り明は町桜の下に息を切らしてやってきた。

 

「今年もボクの勝ちだね。祭に行かないなんて言ってたのはどこの誰だったかなぁ?」

 

思いっきり煽るような口調で彼に話しかけると、明はイラッとした表情をする。その顔が見たくて毎年試行錯誤している所もあるので、目的の半分は達成したと言っても良いだろう。

 

「とりあえずこれ着て。その格好は……なんて言うかすごく目立つから」

 

明はボクと目を合わせることなくぶっきらぼうな口調でそう言った。どうやらかなり照れているらしい。まだまだウブだなぁと思いつつも、彼から渡された上着を受け取り、羽織る。

 

「結構ぶかぶかだね」

 

「僕だって成長期だ。服のサイズくらい大きくなるさ。本当ならちょっと古めのサイズが小さい物を持って来た方が良いかもしれなかったけど……その……いや、なんでもない」

 

途中まで言葉を紡いだ後、彼は口ごもる。その反応を見て、ボクは初めて実感する。明もいつまでも子供じゃない。成長もするし、思春期も迎えるのだと。

そう考えてみると、何だか今の自分の格好がとても恥ずかしいように感じられて、ボクも彼を真っ直ぐ見れなくなった。

 

「あ、ごめん……」

 

ボクと明の間に気まずい空気が流れる。お互いに変に意識をしてしまってるというのは分かるが、その状況を直ぐに打破する方法が思いつかないのだ。

 

「…………ところで……まだ夕方だろ? 祭りの始まりまでどうするんだ?」

 

とりあえずなにか切り出さねばと言った様子で明が急に問いかけてきた。

 

「えーと、うん、そうだね、とりあえず踊ろっか!」

 

勢いに任せて適当なことを言ってしまった。自分でもよく分からずに言ってしまったが、とりあえず踊ろうってどういうことだ。意味がわからない。

 

「いや、まだ祭り始まってないし……夜にはまだ早いし、踊るって言われても……」

 

「ほら、体を温めるんだよ、本番に備えてさ」

 

「いや、それでも踊る必要はある?」

 

「明運動神経あまり良くないから本番までに練習しないとさ! ね?」

 

とりあえず誤魔化すために適当なことを言ってどんどん退路を断っていく。いわゆる自滅と言うやつだろう。我ながら馬鹿だ。

 

「まあそこまで言うなら……」

 

とうとう明も受け入れてしまった。そこは強く断わって欲しかったなぁ……さっきの空気もあってか、彼もまだ本調子ではないらしい。結果的に、二人ともそんなつもりはなかったのに、踊ることになってしまった。よくよく考えると人が結構集まってるから、かなり恥ずかしいのでは?と思ったが、既にお互いに引き下がれなくなっていた。

えーいままよ! やってやる!

 

 

 

祭りの始まりを直前にして、僕は羞恥で死にたくなっていた。いや、お互いに気まずい空気になったからと言ってなぜ勢いで踊ることになってしまったのか。美桜ねぇは、最初は少し恥ずかしそうだったけど、途中からはノリノリになって踊っていたからまあ良い。だが、僕はそうはいかない。周りから好奇の目で見られてしまったあの瞬間は非常に恥ずかしいものだった。

 

「いやー、最初は勢いで言ったことを後悔してたけど結構楽しかったし結果オーライかな」

 

呑気そうに言っている美桜ねぇ。後で絶対仕返ししてやる……そう心に決意をしたところで、スピーカーからアナウンスか流れ始めた。

 

『御来場の皆様、間もなく祭りの開幕です。今夜だけは夜通し楽しみましょう――』

 

「結構あっという間だったね。それにしても、結局今年もボクの作戦勝ちだね。ここまで来たんだから楽しもうよ」

 

アナウンスが流れる中、意地悪そうな表情を浮かべながら声をかけてくる美桜ねぇ。本当に憎たらしいねぇちゃんだ。

 

『それでは開幕です。皆様、お手を拝借。Clap your hands!』

 

アナウンスの後、辺りに一斉にクラップ音が鳴り響き、祭りが始まった。――それにしても、何故クラップするんだろうか?

 

 

 

始まった祭り。あちらこちらで人の笑い声が聞こえてくる。大人も子供も関係なく、無礼講と言うやつだ。楽しそうに騒いでいる。

そして、中央のステージでは、先程のあれでは物足りなかったのか、美桜ねぇが踊っていた。元からダンスをやっていた彼女は動きにもキレがあり、ステージ映えする。見物客からも好評だ。

 

「さて、そろそろ本気出しちゃおっかな!」

 

おもむろに彼女はそう言い、上着を脱いだ。露出度の高い衣装が顕になる。

 

「何やってんだよ……」

 

僕は頭を抱え思わず小声で毒づいてしまった。

 

「それじゃあ、改めて踊ります!」

 

――だが、夜桜に月明かり、そして美少女。その三つが調和し、彼女の踊りは更なる高みへ至る。僕も思わずそれに見蕩れてしまう程には。

 

「ありがとうございました!」

 

気がついたら彼女の踊りは終わり、ステージを降りているところだった。驚いたことに、ずっと目を奪われていたらしい。

 

「明、待たせてごめん」

 

ステージから降りた彼女が僕に話しかけてくる。

 

「え、あ、うん。大丈夫。」

 

まだ、さっきの熱に浮かされていたのか、気のない返事をしてしまう。

 

「おっけー、ならちょっとあっちの屋台の方に行ってみようか」

 

そう言ってこちらに手を差し出す彼女。ちょうど月明かりが美桜ねぇを照らしていた。そして、快活に笑う彼女の笑顔に、僕の胸に今まで経験したことの無い感情が走る。

ちょっとした困惑の後に僕は気づく。

――もしかして、これは恋なのではないだろうか?

そう思った瞬間、彼女がより美しく見えて、目を逸らしてしまった。

まだ祭りは長いのにこれからどうしよう。

 




ここまで読んでくださってありがとうございます。
自分でも書いててびっくりするくらいに初々しいものが出来ました。
楽しんで頂けたのなら幸いです。

さて、前回言っていたのとは少し違いますが中編の投稿に合わせて、この小説の元となった楽曲を投稿しました。
https://www.nicovideo.jp/watch/sm35248024

宜しければ合わせて聞いていただけると幸いです。ちなみにこちらの楽曲で使われているイラストは、小説におけるステージダンスシーンです。衣装もこんな感じなんだなぁと思って見ていただけるとより楽しめるかと思います。

評価や感想、お気に入りなどしていただけると非常に嬉しいですし、励みにもなるので宜しければお願いします。
それでは、改めましてここまで読んでくださってありがとうございました!


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