間桐家の長男君 (ぴんころ)
しおりを挟む

二月一日 深夜

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公」

 

 祖父にあたる人物が描いた魔法陣を通し、遠く英霊の座と呼ばれる空間に呼びかける。そのための準備を行う。

 

「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 己が目的とするところは二つある。そしてそれらはどちらも、聖杯がなければ叶わないもの。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ満たされる刻を破却する」

 

 午前三時。己の魔術回路がもっとも調子が良くなるこの時間に召喚を決めていた。己で魔法陣を描かないのは、憎らしいことに、あの祖父と呼ぶことすらおこがましいであろう怪物の方が自分よりも魔術師的には上であると認めざるを得ないため。

 

「告げるーーー」

 

 魔法陣が励起する。己の持つ九本の魔術回路から流し込まれる魔力。それを肉体の外に位置する魔法陣に流し込むため、己の肉体を通す異物感と、肉の内側で己一人では足りないぶんの魔力を生みだすために蠢く刻印蟲の痛みは、筆舌に尽くしがたいものがある。

 

「ーーー告げる。

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 けれど、譲れないものがある。人道に反した。養子として引き取られてきた子を犯し、経路を築き、そうして流れ込む他者の魔力(いぶつ)程度に苦悶の声を漏らしていいはずがない。己の所業の結果なのだ。妹……桜の魔力は膨大で、経路から流れ込んでくるものをそのまま魔法陣に流し込まねば肉が内側から破裂する恐れすらある。

 

 だが、止まるわけにはいかない。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 

 昔から行ってきたこと。魔術刻印が己の肉体を締め上げて、もう無茶だと叫ぶ刻印蟲を使い潰しながら新たに生成された魔力を独自に使い始める。すでに弟に妹のことは任せた。自分が最悪のアニキであった分、妹に優しくしてやってくれと頼んだ慎二はその言葉通り妹を守る良き兄となっている。つい最近、ようやく衛宮のことを桜が好きなのだと気がついて、わけもわからない衛宮と妹を渡してもいいだけの腕っ節はあるのかと確かめるように殴り合っていたことを思い出す。

 

 それを、意識の彼方に飛ばしながら、自分はそこに戻れないことを自覚して、さらなる詠唱を紡ぎ出す。

 

「汝、三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よーーー!」

 

 魔法陣が発光する。目を開けていられないほどの眩さ。それと同時に逆巻く突風が、蟲蔵にいる蟲を舞い上げては壁に押し付け潰していく。

 

 その事実を微かに聞こえるべちょっという音から判断しながら、己が今まで受けた拷問のような魔術鍛錬を思い返す。それこそがこの聖杯戦争に臨む動機。

 

 魔術師の抹消。

 

 これがなれば、己……俺はあんなふざけた鍛錬を受けることはなく、ましてや俺が魔術師となることもなかった。……ああ、そうだ。俺は、戦争に勝つために桜を犯して魔力経路を繋ぐそれを合理的だと認めて実行してしまえるだけの感性を持ってしまった己が憎い。

 

 そんな憎しみとともに、発光の奥から出ずるであろう常人ならざる気配を待つ。数秒、それだけの時間すら経っていないだろうに、まだかまだかと心が逸る。こつりと、硬質な音が鳴る。来た。そう確信した。

 

「問おう」

 

 その言葉が、陰惨な地下室に響き渡る。それは明瞭快活ながらも言葉だけで憎しみという呪詛に、己の魂を締め上げられるかのような錯覚を得るほどの重さを持っていた。

 

「サーヴァント、アヴェンジャー、召喚に応じて参上した。汝が憎悪を持って我を召喚せしめしマスターか」

 

 嘘は許さない。その眼光がそう叫んでいる。けれど、恐れと疲労と肉を苛む激痛から意識を保っていることすら限界で。それでも重い体を動かして肯定の意思表示として頷いたところで俺の意識は途切れた。

 

 

 

 

 いきなりで悪いが俺、間桐連夜は転生者と呼ばれる人種である。それも、神様転生などとは一切関係のない。それを、この世界では地獄でしかないそれを、これほどまでに喜ぶことになる一日など想像すらしていなかった。

 

「起きたか、マスター」

 

 目を覚ました直後、そんな言葉を横合いからかけられた。事務的なそれ。間違っても親しみなど存在しないそれに聞き覚えなどあるはずもなく、そちらをぼんやりとした頭ながら侵入者か、とわずかに警戒してはっきりとした思考を持ってみる。

 

 どう考えてもここまで侵入できる時点で臓硯よりも強く、自分では対抗などしようもない。弓で顔を覆いながらもその長身痩躯の肉体からは人間にはありえないほどに力が溢れている。これなら祖父……臓硯が侵入しても対抗できないのは道理だな、なんて思って、二度目の死は救いになるのか、なんて殺される覚悟を決めたところで

 

「マスター……?」

 

 彼の言葉を思い出した。

 

「ああ、そっか」

 

 同時に昨日経験したことも思い出す。そうだ、英霊召喚だ。俺はこいつを召喚して、聖杯戦争に臨むのだ。

 

「思い出したか」

 

 俺が思い出したのを表情から読み取ったのか。そのサーヴァントは壁に預けていた背中を離して改めて名乗りをあげる。たったそれだけのことであっても己の魔術回路では耐えきれず、桜から魔力を持ってこないといけない。その苦痛に、けれど慣れたものではあるがゆえに顔には出さない。少なくとも、昨日の英霊召喚に際してのそれよりは遥かにマシだった。

 

「我はアヴェンジャーのサーヴァント。真名をアルケイデス。……間違っても、ヘラクレス、などとは呼ぶなよ? たとえマスターであっても殺しかねん」

 

「あ、ああ。……そもそも聖杯戦争中なんだ。真名で呼ぶことなんてほとんどないだろ。……俺は、間桐連夜、お前のマスターで……えっと、聖杯にかける願いも明言した方がいいか?」

 

「いいや、いい。貴様のそれは、私と同種のものだ。だからこそ、呼び出しに応じたのだからな」

 

 そんなことを言うアヴェンジャーのステータスを確認してみると、最低の値が耐久と幸運のB。それ以外は全てAランクのステータス。しかも、耐久に至っては宝具のそれで補えるから神造兵装以外に対しては実質EXランク近いのではないだろうか? これほどの超級のサーヴァント、確かに一歩を支えるのにすら桜の力を足りないのはむしろ納得がいった。

 

「……ああ、いや、だがそうだな。同種のそれと言っても、マスターの願いの詳しい部分まで知っておけば、もしもの際の行動に差異が生まれる可能性を防げるかもしれん」

 

「わかった。俺の願いは……」

 

 言葉にする。明確に、これまで一度たりとも明言しなかったそれを、念話で伝え、同時にダミーのそれを口から放つ。いつ、どこで臓硯が聞いているのかわからない現状、本当の願いを口にしていうわけにはいかない。

 

「聖杯戦争の大元の願い、第三魔法に至ること。少なくともそうすれば、俺の爺は俺に手出しをすることができない。不死が願いである以上、それをもたらすことができる俺に下手をして死なれても困るのはあいつだからな」

 

『魔術師という存在を、そもそもなかったことにする。俺の持つ魔術師的な思考も、肉体改造も、妹を犯した事実も、全てをなかったことにする』

 

「『それが、俺の目的だ』」

 

 最後だけが全く同じ。けれど口にしたそれは臓硯が聞いていても『貴様ごときがそれをできると思っているのか』と嘲るようなことを思うような内容。それを普段通りの表情で、そして真逆に念話で伝えた思考には魔術師への憎悪が湧き出ている。その二つから、どちらが正しい願いかを汲み取ったアヴェンジャーは、自らの願いをも口にした。

 

「マスターの願いは、祖父への反抗。なるほど、恨みを抱いているからこそ、祖父が手出しできなくなるような状況を作りたい、というわけか。恨み、という一点でのつながりで私を呼んだわけだ」

 

 ならば、と自らの願いをも告げるアヴェンジャー。その内容は、確かにヘラクレス(アルケイデス)の来歴からすれば当然といえたことだった。

 

「私の願いは、我が運命を弄び、狂わせた神々への復讐と、その神々に従属したという(ヘラクレス)の抹消である」

 

 その言葉を聞いたからこそ、俺は『ああ、神様転生じゃなくてよかった』と思えたのだった。きっと神様転生だったら、俺はこいつを召喚したことできっと殺されていた。神々からの恩恵を預かったということで殺されていた。間桐から逃げ出すための力も何もかもないことを、この世界に転生してからずっと見たこともあったこともない神様めがけて恨み節として投げかけていたが、今日だけは感謝してもいいかと思った。




作者の目的はイリヤちゃんの蟲姦である


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二月二日 朝

 俺、間桐連夜という人物がこの世界に転生する前、Fateという作品についてそこまで詳しいわけではなかった。知っているのはせいぜいが魔法少女ものである『Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ』という作品程度。だからだろうか、この世界に転生した当初はここまで魔術師というものが過酷だなんて知らなかった。

 

 だからだろうか。唯一知っていたFate作品であるプリズマイリヤ。その主人公であるイリヤスフィール・フォン・アインツベルンに、魔術に関わりながらも未だ芯の通った信念を宿すその気高さへの尊敬と、そして同時に自分はこんなに苦しいのにと八つ当たりな憎悪を抱いてしまったのは。

 

 そんなことを、聖杯戦争の初戦にて思っていた。

 

 

 話は少し前のこと。アヴェンジャーを召喚してからの俺の日常は一変していた。

 

 アヴェンジャーを召喚したことで、今日からは俺の聖杯戦争が終わるまでの間は確実に蟲蔵に叩き込まれることはない。そんなことをして俺の魔術回路を破壊してしまっては、アヴェンジャーとの経路が繋がれている俺から魔力を送ることができない。ならば魔術師としては優秀な桜に全てを譲ってしまえばいい、と思われるかもしれないがそういうわけにもいかない。アヴェンジャーとの性格的な相性は俺の方がいいのだ。下手にマスターを交代して性格的に「合わない」となってしまえば、あるいはその不和が原因となって勝ち目を失ってしまうかもしれない。

 

 少なくとも、これまでの聖杯戦争を見てきた臓硯は、その相性のせいで負けてしまったマスターを知っていた。ムカつくことだが、聖杯戦争に関してはこいつの方が知識を蓄えている。だからこそ助言に関しては、俺を苦しめるためのものと疑うことを忘れずに、けれど憎悪に目を曇らせて実用性を判断できないなんてことになってはいけない。

 

 だからこそ、交流を深めて互いの相性、あるいは譲れない部分を知るために、こいつはこういうやつだという認識を最低限組み立てるために、今はアヴェンジャーを現界させていた。

 

「そういうわけだ、アヴェンジャー。誰がマスターかを知るためにも学校には行く。この土地の管理者である魔術師がサーヴァントを召喚しているか否か。それを確かめるだけだ。いきなり開戦を昼間の学校ですることはない」

 

「目立って、ペナルティを負ってしまえば面倒なことになる、か。私単体ならば負けずともマスターという弱点がある以上は無駄に目立つ行動は避ける。……いいだろう」

 

 聖杯戦争におけるペナルティが具体的に何があるのかはわかっていない。それこそ、監督役の権限が「宝具の使用を強制的に禁止できる」なんてことになれば、いくらアヴェンジャーとはいっても苦戦することになるかもしれない。ネメアの獅子は神造兵装以外……つまりは人理に関係のある代物は全て防いでくれる。当たり前に考えて神造兵装なんていう代物を持ったサーヴァントはそこまで多いわけではない。そんなものが、たった七騎しか呼ばれない聖杯戦争にそうポンポンと出現するとは思えない。

 

 無論、可能性が零とまでは言わないが。それでもそこまで危険視することはないだろう。

 

 だからこそ、そのアドバンテージを自ら失いに行くような愚行はすまい。

 

「兄さん、おはようございます」

 

「桜か、おはよう」

 

 呼びかけよりも早く、桜の視線がこちらに向くよりも早く、いいや、そもそも彼女がリビングから出てくるよりも早く。アルケイデスは姿を消していた。無用な威圧を与える必要はないという配慮。必要とあらば幼子や一般人すらも巻き込むけれど、そうでないならわざわざ乱しにはいかない。そういう紳士的な配慮ができるやつなのだと初めて知った。

 

 ここが魔術師の家庭である以上、桜も魔術的な造詣はわずか程度ではあっても存在すると考えたのか。それとも魔術が一子相伝だから知らないだろうと考えて、姿を消したのか。あるいは己の知り合いが召喚されている可能性を鑑みて、親族から姿形の情報がばれるのを恐れたのか。

 

 どれにしてもいい。ただ一つだけ、アヴェンジャーの現界と戦闘を支える魔力は桜から出ているものだからこそ、姿を消したアヴェンジャーに彼女も護衛対象であることを伝えておく。首肯の気配。けれどおくびに出すこともなく、話しかけづらそうな桜の言葉を待つ。

 

「えっと、アヴェンジャーさんは……」

 

「背後にちゃんといるよ」

 

「そうですか。……アヴェンジャーさん、兄さんのことをよろしくお願いしますね」

 

「任された」

 

 突如現界するアヴェンジャー。さすがに少し驚いたし、まさか現界までするとは思わなかったがために桜も目をパチクリとさせている。

 

「何を驚くことがある。我に神々への復讐の機会を与えてくれたのは依代であるマスターの願いと、マスターの妹の魔力だ。この二人に対しては礼儀を尽くす」

 

「そ、そうか……」

 

「あ、ありがとうございます。……それと兄さん、今日も」

 

「ああ。衛宮の家に行くんだっけか。行ってこい」

 

 はい、と笑って出かけて行く桜。彼女の笑みを取り戻してくれた衛宮には感謝しかないが、それとこれとは話が別。これまでに聞いた衛宮士郎の情報を頭の中で組み上げて行く。

 

「マスター」

 

「衛宮士郎について、か?」

 

 首肯。確かに護衛対象が接触する人物について知りたいと思うのは当然のこと。そして、アヴェンジャーが彼女が衛宮の家に行くことを許したのは、もしも魔術師であった場合に急に来なくなるのは聖杯戦争の参加者だと明言するようなものだからか。真偽は俺程度にはわからない。わからないからこそ、アヴェンジャーが戦略を立てるのに必要とする情報を与えるだけだ。俺が出せるのは指標程度。

 

「衛宮士郎っていうのは前回の聖杯戦争に参加したセイバーのマスター。衛宮切嗣の義理の息子だ。桜曰く魔術師とは呼べない、らしい」

 

「魔術師ではない、ではないのか」

 

「ああ。魔術回路を毎回作り直しているらしい。養父がちゃんとした訓練を教えなかったんだろうけど、さすがにその理由まではな……」

 

 そこを突っ込むのは魔術師としてアウトだし、そもそもそんな魔術師以下にわざわざ魔術師であることを伝える必要性もない。

 

「それで性格面だけど……まずあいつは、前回の聖杯戦争の折に起きた大災害、それの生き残りだ。さすがにあいつの思考までははっきりとはわからないけど、あいつは『人の役に立てない自分に価値はない』って考えてるやつだと思う」

 

「どういう意味だ?」

 

「困っている人がいたら放ってはおけない。クラスメイトである弟があいつの姉代わりから話を聞いたところ、昔から正義の味方……つまり誰かの役に立てる人物になりたいって言ってたらしい」

 

 その程度なら誰にでもよくある話だが。だからと言って損得考えずに今の今までその行為を続けてきたことが異常だ。どう考えても子供心になりたいなぁなんて言ってるレベルではない。

 

「……ああ、そういうやつだからあいつの養父は魔術を教えなかったのかもな。魔術をまともに身につければ人と違うことができて、それで人を救うことができるからと戦地に駆ける。そうなればこの時代、最終的にはバケモノ呼ばわりで殺される」

 

「父親としてはその未来を避けたかった、というわけか」

 

「ああ。けどそれは……」

 

「その男にもしもまともな師がつけば、どれだけ厄介になるのかわからんということだな」

 

 今はまだ身につけていないから調べようのないもの。もしもあいつがマスターになって、いずれ俺と戦うことになった時、その時にあいつがどれほどの魔術師になっているのかはその時になってみないと俺たちにはわからない。……アヴェンジャーを殺すことができずとも、俺は殺されるかもしれない。俺を通しているから桜の魔力をアヴェンジャーに流し込むことができているのだ。その中継地点がいなくなれば、その時点でアヴェンジャーは魔力を得られない。

 

 危険視するべき相手だ、ということ。

 

「まあ、それも。あいつが聖杯戦争に関与しようとした場合のことなんだけどな」

 

 少なくとも聖杯戦争なんていうものを知っていたなら、あいつは確実に巻き込まれる。そう確信できるほど、あいつの持つ「誰かの役に立ちたい」という思いは強い。あるいは知らなくても選ばれる一般のマスター枠に入るかもしれない。

 

「その時はその時だ。俺は桜に負い目もあるし、一応衛宮士郎(桜の好きな相手)を殺さない程度には配慮してやってくれ。……最悪の場合は殺してもいいけど」

 

 ちゃんと、そこに関してだけは許可を取ってある。「先輩に手出しをしないでほしい」という桜の願いを知っていて、それでも俺は自分に危険が及んだ場合は殺しにかかることを宣言してある。桜も、それに関しては理解してくれた。

 

 何よりも、桜も俺には負い目がある。間桐の家の宿業から逃れたわけではなくとも、それでも衛宮士郎という確かに幸せを感じられる相手を見つけた。見つけてしまったのだ。同じ、蟲蔵にて魔術師としての調整のための苦しみを味わった仲間である俺を差し置いて。俺は桜を魔力タンクにするために犯したのだから、彼女が俺に対して謝罪の念を持つのはおかしなことなのだが、それは桜の中ではおかしなことではないらしい。

 

 だから彼女は自分の幸せを我慢してしまうのだ。

 

 これを、便利だと思ってしまう自分の魔術師的な思考に吐き気がする。衛宮士郎を殺すことになったとしても、「己が殺されそうだった」「己が危険だった」という実証さえできれば魔力タンクとしての彼女を失うことはないと判断しているのだから。

 

 そんなことを考えて、食欲がなくなった。

 

 慎二はすでに弓道部の朝練のために学校に向かっているそうだし、俺も今日は飯を食わずに学校に向かおうか。そう考えて、桜が作ってくれた弁当を持って家を出る。爺に会わずに済んだのは幸運だった。朝から吐き気を抑える必要がなかったのだから。

 

 アヴェンジャーに霊体化してもらい、俺も学校に向かうことにした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二月二日 日中

 昼休み、昼食を教室で取る気にもなれず屋上に出て食べる。桜の作ってくれた弁当を食べながら一つため息を吐いた。

 

『ダメだ。……遠坂以外、誰もかれもがマスターに見える』

 

 念話で呟く。屋上に誰もいないとはいえ、誰が聞いているのかわからない。遠坂ならまだしも、それ以外の外部マスターが使い魔を放っていないとは考えられない。御三家のうちアインツベルンだけ知らず、残りは外部マスターが確定している。……ああ、いや違うか。

 

『衛宮士郎には令呪が発現していたそうだな』

 

 そうだ、桜からの情報で衛宮士郎がマスターであることは確定した。さすがにその正体には気づいていないようだったが、これでマスターのうち一人が決まったのだから残りは三人。つまりその三人はすでにこの状況を覗いている可能性が高い。下手な言動は慎むべきだと、そう断じた。

 

 よって飯を食べながらの作戦会議は念話で行い、飯の終了と同時に切り上げる。作戦の煮詰めは午後の授業にでも行えばいいと、そう思って食べ終わり、弁当を片付けて立ち上がったところで

 

「あら、間桐先輩。こんなところにいるなんて、サーヴァントと聖杯戦争の話し合いかしら?」

 

 知り合いの少女の声が、耳朶を震わせた。

 

 優雅に微笑む遠坂家当主、遠坂凛。それが少女の名前。にこやかに話しかけるその様は、まさしく俺の危惧を現実のものにしようとしていた。

 

 要するに彼女は使い魔を通して見張っている可能性のある魔術師全員に対して「自分は聖杯戦争の参加者だ」と名乗りを上げて、さらには俺も聖杯戦争の関係者だということをばらまいた。しかもここで間桐先輩と呼んだのがミソ。俺が御三家の一員であることをバラして、聖杯戦争に関わりがない、という選択肢を消したのだ。

 

 ピクリと眉を顰めたが、それもわずかな時のこと。こいつの余裕っぷりを考えるに俺への嫌がらせだけが目的ではないだろう。基本的に魔術師は気位が高く、魔術に対してプライドを持っていると聞いた。だからこそ、それらを利用して衛宮切嗣は魔術師を抹殺していたのだと。それはともかくとして、いくら遠坂が優秀な魔術師だからと言って、自分のサーヴァントが最強だという自負がなければ己が聖杯戦争に参加していると他のマスターたちに知られるような行動を取るのは不可能なことだと思う。きっと、神代の英傑を引き当てたのだろう。警戒するべきかもしれない。

 

「お前バカだろ」

 

 だが、そんなことをわかりやすく示すわけにはいかない。なのでそちらの挑発にはこちらも挑発で返させてもらうとしよう。

 

「間桐家は遠坂家みたいに次期当主殿がわざわざ出張ってこないといけないような、お家の存続すらかかってしまうような事態に自分から陥る必要はなくてね。……ああ、そういえば知っていたかな? 現当主である祖父はかなり陰険な人物でね。人が苦しむのが大好きなんだ。例えば……血の繋がった姉妹が、別々の立場で殺し合いをしなければいけない、なんていうのは特に好物だと思うんだよね」

 

 暗に、この聖杯戦争は勝っても負けてもノーリスク。お前は妹と殺しあうんだ、と宣言する。実際にはそんなことはない。うちの次期当主ーーー次期当主と呼んでもいいのか謎だがーーーはやはり臓硯がそのまま別の肉体を大元にして継ぐのだろうから、次期当主が出張らないことについては嘘を言っていないし、祖父である臓硯がそういう輩であることも事実である。ただ、ここに今現在の桜の状態が関わると、おそらくはその趣味嗜好を一時的に抑えることになると思う。聖杯の欠片、なんてものを植え付けているんだ。絶対に守れと厳命され、本命は桜の子か孫の代の聖杯戦争だと断言されたのだから、ここで桜を危険な目に合わせることはしないだろう。

 

「っ! ……そう。それなら、貴方のお祖父さんには気をつけないといけないわね。忠告感謝するわ」

 

 そして、言葉の裏に隠された意味をちゃんと理解してくれたらしい。遠坂は一瞬歯噛みしたが、すぐに優雅な普段の猫かぶりに戻る。魔術を継ぐものとして、しかと心構えはしているらしい。妹と殺しあうことになることも含めて。

 

 桜はもともと、そのために養子として連れてこられた子だった。十年前、第四次の際に遠坂が絶対に敗北しないと確信したからこそ、次の代の聖杯戦争では協力するという意思を示した、最初のわかりやすい形。間桐を継ぐ魔術師とは別に、聖杯戦争に参加させるための分家のようなそれ。普通に間桐から排出するよりも強力な魔術師を次代の聖杯戦争に参加させるための母体が、桜の役割だった。

 

 そこに、手に入れた聖杯の欠片を加えて、色々と加えた結果。桜は魔術師としての実力はともかく、少なくとも間桐の魔術師の母体としては最大限に調整された存在となった。そこに本来よりも五十年ほど早く聖杯戦争が発生したために、俺が死んでも桜の方から間桐の世継ぎは生み出せるということで俺の参戦が決まったのだ。

 

 けれどそこに関しては遠坂に説明する義理もない。

 

 ギリと歯軋りするそれすらも聞こえた気がしたが、そこまで気に留める必要はない。遠坂はこの聖杯戦争で終わる。いいや、遠坂だけじゃない。全ての魔術師がこの聖杯戦争で最初からなかったことになる。その結果、俺がどうなるのかはわからない。魔術師ではない転生者間桐連夜が残るのか、あるいは何も残らないのか。けれど少なくとも魔術師という存在が消え失せることは確かだ。

 

 もう、直に消え去る存在にまで気を払う必要はない。ついでに言えば俺が多少気を抜いてもアヴェンジャーがいる。アヴェンジャーが反応できないならそれこそ俺には反応できるはずがない。だから、俺は多少気を抜いても大丈夫。いつまでも気を張り詰めたままでいては大事な時に息切れを起こすのかもしれないのだから。

 

『戻って作戦会議の続きだ』

 

『ああ』

 

 アヴェンジャーからの返事と共に、教室へと戻るのだった。

 

 

 

 

「なら方針は。基本的に神性持ちのサーヴァントを目撃した場合はそいつ優先って程度でいいんだな?」

 

「ああ、全て打ち倒さねばならないことに変わりはなくとも、特に神に連なる英霊などと。そんなものが少しでも生きながらえていることが許せん」

 

 残りは情報蒐集のために歩きながら、出会うたびに逐次抹殺。相手が英霊だと言っても、自分では倒すどころか勝負にならない相手であっても、アヴェンジャーの格からして、まず位負けするようなことはないだろう。一つの神話の頂点。それが、そこらの英霊に負けるはずがないのだ。

 

「とりあえず、教会に続く道を蟲に監視させる。もしも監督役に参戦を伝えるマスター、なんてバカがいるのなら、その場合は敵のマスターの情報を得られるわけだしな」

 

 もしも得られないなら、それはそれで相手の魔術師は使う魔術に関してはともかく、少なくともただのバカではないということだけは情報として得られる。それで今のところは十分だった。

 

 話をしているのは工房。魔術師である間桐臓硯の工房ではなく、次期当主である俺の魔術鍛錬のための蟲蔵でもなく、魔術師である間桐連夜……つまりは俺の工房。間桐本邸のそれとは別に作り出された地下空間。

 

「俺の魔術属性についてはまだ話してなかったよな?」

 

 頷くアヴェンジャー。そんな彼の気配を背後にしながら、俺は正面に広がる魔術の触媒を見せる。

 

「間桐の魔術師である俺は、もちろん魔術の属性も間桐の『水』だ。基本的には使い魔の使役、それと使い魔を通じてのなにがしかの吸収。……ここまでが間桐の魔術師としての基本だな」

 

「ということはマスター、貴様の魔術は別、と?」

 

「ああ」

 

 水を割る。自分の工房であれば、湖と化しているこれらの触媒であることが前提となるが己の起源に沿ってこういったことも実行できる。神代の英霊からすれば大したことのない技術であろうが、それでも俺にとっては最大級の封を使っているのだ、これは。

 

 水圧が数十秒間、この湖のとある一点にかかっていない場合にのみ解かれる封印。その奥へと侵入する。

 

「これは?」

 

「俺の魔術の成果、ってところかな」

 

 そこに存在するのは人形。俺と全く同じ姿形のそれが大量に、そしてそれと同時にこれまでの俺の成長途中の肉体も置いてある。さすがに少しは驚いてくれたようで、珍しい姿を見ることができた。

 

「これらは俺の起源を使用した魔術だ。俺の起源は『分断』と『結合』。自分の肉体と魂を分断して、それをこうして作った人形に結合する。要するに即死じゃないなら、俺はこっちの肉体に移り変わって戦えるってことだ」

 

 つまり、マスターの魂を破壊するような攻撃でもなければ最悪の場合はどうにかなる。ついでにいうなら、間桐の魔術が人体の大半を構成する水だったことも、これを実行できた理由だ。

 

「まあそれも、これまでに俺を対象に実行したことないから成功するかどうかはわからないんだけどな……」

 

 とりあえず、爺の肉体の替え時に実験台にしたことはある。聖杯戦争に参加するとなった時に、この奥の手を使わないといけない事態が来るかもしれないと思ったのだ。

 

「だから、使えるかどうかは謎なんだ。そこまで期待しないでくれると助かる」

 

 これに関しては保険の類。それも信用できないから、保険としての運用すら本当は断りたいところだけど。

 

「基本的に、戦闘となると魔術を吸収させた蟲の群れを扱うことになる。ただ物理的な数で圧殺するそれらと、水の魔術による光の屈折とかを利用した撹乱も……まあできないことはないけどそっちはそこまで得意じゃない」

 

 今渡す情報に関してはこれぐらいでいいだろうか。死んでも、本当に死んだとは言い切れない可能性もある、ということだけを知っておいてもらえればそれでいい。

 

「それじゃ、夜まで待つとするか」




このアヴェンジャー。よくよく考えればfake印だけどアーチャーからの変質じゃないから武器は弓以外に存在するのか……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二月二日 夜

「アヴェンジャー、衛宮がマスターになった」

 

 その日の夜。学校から離れたところを回っていたために出遅れながらも、アヴェンジャーが神性を持つサーヴァントがいると断言した学校に向かっていた。しかし、その目でサーヴァントの姿を視認した時点で、残っていたのは神性が存在しないという、恐らくはそのサーヴァントと戦闘を行なっていたサーヴァントとそのマスターである遠坂、そして一般人だった衛宮士郎だった。

 

 結局、そのサーヴァントを探していたのにも関わらず、そのサーヴァントが衛宮の家に向かうこともわかっていたにも関わらず。衛宮士郎の家を知らないという一点で出遅れて、たどり着いたのはランサーが撤退した直後。幸いなことに、霊体化する瞬間の姿を視認しただけだったので、アヴェンジャーがこのまま追う、なんてことを言い出さずに済んだのはありがたい。

 

「けど、今のところの第一目標はランサーってことでいいんだよな?」

 

「無論だ。あの汚らわしい、神に連なる男をこそ、まずはこの手で討ち亡ぼす」

 

「なら、セイバーたちに関しては今は情報蒐集にとどめとくぞ」

 

「任せた」

 

 アヴェンジャーが俺を米俵を担ぐようにして肩の上に乗せて走り出す。俺でも耐え切れる程度の風圧にとどめてくれるのは助かるが、それでも目を開けているのは厳しい。情報が何もないまま戦うのは得策ではない。情報を得るだけの機会はあるのだ。衛宮士郎がマスターだとわかっているのならば情報蒐集もセイバーだというあのサーヴァントに集中すればいい。すでにこの場にとどまる理由もなし。衛宮士郎の家に使い魔の蟲を幾体か張り付かせておくだけで十分だ。

 

「今夜はどうする? さすがに昼間にあのグロい蟲たちを展開するのは目立つだろうと思って、今さっきそこら中に蟲を放ったから、今はそこまでできることがないけど……」

 

「ならば、明晩に備えるとしよう。こちらが敵の情報を得ていない今、相手にのみ情報を明け渡すのは愚者のすること」

 

 それでも、負けるつもりはないが。そういう気配を全身からひしひしと感じる。だが、その通りだ。わざわざ情報を渡しかねない状況。そんなものを続ける必要はない。アヴェンジャーは確かに強いが無敵ではない。ヒュドラの毒という弱点は確かにあるのだ。そんなものを用意できる相手は少なく、また用意できてもアヴェンジャーが相手でその肉体に当てられるか、というのは話は別だが。その状況下で、弱点を知られるかもしれない会話、その気が無くても知られるかもしれないそれを続ける必要性は皆無。もしもこれ以上の話を続けることになるとしたら、それこそ、もう一度神性を持つ何かを見つけて、しかもそれがギリシャだった場合に止められるかどうーーー

 

「っ!?」

 

 ずきん、と体が痛んだ。放っていた教会近くの使い魔が潰された。おそらくは最後の情景からして戦闘に巻き込まれて。魔術回路にその痛みの億分の一がフィードバックとして返ってくる。けれどその痛みよりもなお、目の前のアヴェンジャーがその気配を感じて放った怒気の方が遥かに恐ろしかった。

 

「アヴェン、ジャー……」

 

「止めてくれるな、マスター。もしも止めるようなら……」

 

 ーーー私は貴様から殺しかねん。

 

 その言葉は、言葉なくとも意思として己の魂に伝えられる。キュッと心臓を握り締められたかのような恐怖。けれど、今はまだ戦いに行かせるわけにはいかない。

 

「いや……少し、待て……アヴェンジャー」

 

 恐怖と動悸で掠れた声しか出ない。けれど意図は伝わったようで、憤怒を宿した瞳は確かに見据えている。

 

「……貴様は私のマスターだ。一応、何か理由があるなら聞いてはやる。ただし、止まるとは思うなよ……!!」

 

 赫怒の念。使い魔が潰される直前、確かに見ていたその標的。衛宮士郎とそのサーヴァント、そして遠坂凛とそのサーヴァント。最後の一組は、俺が前世の頃から知っていたプリズマイリヤの主人公、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンとそのサーヴァント……黒化していなかったが、アヴェンジャーの怒気からして正体はわかる。バーサーカーのサーヴァントであるヘラクレスだ。つまり、こいつは「神の栄光」の名を持つ愚物()と対峙し、殺しあう機会を得たのだ。神に連なる者としての貴様は何も価値がないと断言できる機会を得たのだ。だからこそ止まれず、

 

 だからこそ、俺はこいつを止める必要がある。

 

「今から、行っても……セイバーたちに邪魔される。お前の目的からして、あのバーサーカーを一対一で、誰の邪魔も入らない形で潰さないと気が済まないだろ。……それとも、お前はバーサーカーがあんなサーヴァント二匹に負けるほど弱いって思ってるのか……?」

 

「……ちっ」

 

 赫怒をわずかに抑える。神の栄光などという愚物を認めるわけには行かずとも、その武芸は己であるからこそ知っているものがある。そう簡単に負けるような代物とは思えず、つまり、今この瞬間そのまま乱入するという事態は避けられた。イリヤスフィールの魔術師としての実力は知らないが、さすがに遠坂も加えての三つ巴となると厳しいものがある。プリズマイリヤとこの世界にどれだけの関係があるのかはわからないが、この世界に来て初めて知った転移という難易度の高い魔術を、違う世界とはいえ無詠唱で平然と使っていたことからしてかなりの実力者のはずだ。

 

「あの戦いが終わった後に、帰り道で乱入する。一人になったタイミングでだ」

 

 少なくとも、すぐに挑んだら衛宮士郎たちがやってくる可能性もある。漁夫の利を狙われても面倒だ。その意思は伝わり、衛宮士郎たちがある程度の距離を離れたところで挑むことになった。

 

 数分程度だろうか。眺めていてまさかすぎる事態を目撃した。

 

「バカだろあいつ……」

 

「まさかサーヴァントをかばうとはな……」

 

 バカを見る目ではあるが、アヴェンジャーのそれはわずかばかり、何も持たない只人の身でありながらも半神がもたらすサーヴァントへの死という暴威をはねのけたことへの賞賛もあるように見える。

 

「いや、常々人の役に立とうとするやつではあったけど、まさか真面目に命をかけられるレベルだとは思わなかった……」

 

 以前、戦場に足を運ぶのではないかと言ったあれは、半ば冗談じみたものではあったが、それでも魔術師殺しなら最悪を想定していてもおかしくはない、という気持ちもあった。けれど、まさか実際にこうした命をかける場でそれを実践してしまえるとは思いもよらなかった。

 

「……マスター、そろそろ行くぞ」

 

 呆然としながらも、セイバーの消失は時間の問題だと冷静に考える部分。あるいはセイバーを助けてあの状態から助かる秘策があったから身を以てかばったのではないかと疑問を呈する部分。様々な思考が頭の中を駆け巡っていたが、アヴェンジャーの瞳がついに一人になったイリヤスフィールを捉えたことで、それらを全て奥へと追いやる。

 

「アヴェンジャー、マスターは殺すな。あいつは特別だ。じっくりと地獄を見せてやらないと気が済まない」

 

「知り合いか……?」

 

「いや、ただの八つ当たりに近い行為だよ。……それでも、あいつを簡単に死なせるのは気が済まないんだ、頼む」

 

「……まあ、アレを殺せるのであればそれ以上は言わん。正直、ヘラクレスを呼んだことには腹が立つが、死んだ方がマシだと思うような目に合わせるのであろう?」

 

 その言葉に頷く。イリヤスフィールの身柄を確保する旨を通達し、そのままイリヤスフィールから少し離れたところに降り立つ。

 

「初めまして、アインツベルンのマスター。俺は間桐連夜。一応、今代の御三家、間桐の代表として参戦させてもらった」

 

「あら、礼儀正しいのね。そっちにだけ名乗らせるのも淑女らしくないもの。……いいわ、名乗ってあげる。私の名前はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。まさか最初に落ちるのが御三家の一角になるなんてね」

 

「ああ、そうだな。第三次みたいに聖杯を作ったアインツベルンが初脱落になるなんてな」

 

 互いが互いをここで脱落させるものだと信じている。だからこそ発言は挑発的なものになり、そして己のサーヴァントに指示を出す瞬間は同時だった。

 

「潰しなさい、バーサーカー!」

 

「蹂躙しろ、アヴェンジャー!」

 

 二つの影が同時にマスターの横を通り抜け、中間地点で激突した。

 

「さあ、それじゃ私たちも遊びましょうか」

 

 それを見て、俺たちでは援護も何もできない戦いに無理に介入することはなく、そもそもが最強と信じているために援護をする必要性すら感じていないイリヤスフィールが髪の毛を媒介とした鳥型の使い魔を呼び出す。けれど仕掛けてこない。要するに、彼女の言う所の遊びの相手を務めろというのはそっちも礼装か何かあるなら出せ、ということなのだろう。

 

「いいさ、ガキの遊びに付き合うのも大人の役目ってね」

 

 蟲を数匹、耳障りな風切音を鳴らしながらも飛翔し続けるそれらを召喚する。そして、その醜悪さに嫌な顔をしたイリヤスフィールに向けて手を差し出し指をくいくいっと曲げて挑発。

 

「さあ、かかってきな」

 

「いいわ、そこまで挑発したんだもの……そう簡単には壊れないでよねっ!!」

 

 二匹の鳥は小型ながら魔力を生成し、蟲は翅を広げ、高速立体機動を始めた。イリヤスフィールの叫びに伴ってマスター、サーヴァント共に、間桐陣営は第五次聖杯戦争の初戦を開くのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二月二日 夜 神の玩具(アルケイデス)vs神の栄光(ヘラクレス)

■■■■■■■■■■■ーーー!!

 

 最初の一合、それよりも早くヘラクレスは己の大剣を消失させる。狂った戦士と化したとしても築いた武芸に偽りなし。よって順当にヘラクレスは見抜く。眼前に立つサーヴァントが己と全く同じ英霊であることを。ゆえにこそ最初から全力全開。一切の手加減などするつもりもなければ余裕もない。手に持つ斧剣ではなく、信じるそれは己の五体。眼前の憎悪を纏う己が取り出した、狂っている己が持つそれとは違う大剣を見る。あれこそは星が生み出した最後の幻想(ラスト・ファンタズム)、エクスカリバーすらも一説では上回るとされている聖剣。その名も大剣マルミアドワーズ。それを前にしてはいかに巌のごとき大剣であろうとも競り負ける。格が違いすぎるのだ。

 

「いいだろう。貴様の格闘(それ)に付き合ってやる」

 

 対するアヴェンジャーも、大剣を消失させて格闘の構えを取る。神の栄光(ヘラクレス)という名を誇らしげに叫び、人であることを捨てた己に負けることなど何もない、と。神に迎合するとはすなわち人類よりの退化にしかならなかったのだと、嘲るように笑いながら。

 

 拳が激突する。ただそれだけのことにも関わらず大地が揺れ、空気が震える。威力は互角。マスターの性能差、神性の有無。狂化の存在。色々な理由が想定できるが、現実としてヘラクレスの筋力はA+でありアルケイデスはA。ヘラクレスは瞬間的にアルケイデスのそれを上回る膂力と化しながらも、それでも威力は互角。

 

 狂ったことによりわずかに精彩さを欠いた技。自らと対決することになったという事実へのわずかばかりの動揺。神に連なる者として真正面からあらゆる全てを打ち砕くと豪語するその傲慢。

 

 いくつもの理由。一つ一つでは大した意味を持つことなく、全て揃ったとしても大英雄クラスでなくては真正面から自らの拳をぶつけては霊格ごと砕け散っていたであろう一撃ながら、その相手が己であるというのならそれらの小さな疵にも値千金の価値がある。

 

 ヘラクレスはかつて友を……未来の王を守る英雄であった神の栄光としての己を誇るがゆえに、このアヴェンジャーとしての己が何故自らへの怨嗟を持つのかわからない。同じくイアソンの言葉に救われた身ではあるが、神々に弄ばれ、妻子をも失う原因となった神々への憎悪を抱き続けるアルケイデスとは致命的にずれていた。

 

「なんだ? 神々に迎合した挙句に得たものはこんな程度の代物か?」

 

 嘲るように、人の技で対抗できる程度の代物しか得ていないのか、と。神々に迎合した意味などない、と断じる。人の技でどうにかならないからこそ、神代にて彼らは神々を恐れたのだから。

 

 ヘラクレスは己の中での脅威度を上げる。この()は、神々を貶めるためであればあるいは幼子すらも手にかける卑劣漢となり得る、と。それだけは、ヘラクレスとして、■■■■■■としての人間時代を含めての彼という個人として許すわけにはいかなかった。

 

 そしてそれに伴い、復讐者のクラススキルが与えられた義憤という形をしたアヴェンジャーに対する憎悪をアヴェンジャーの力へと変換する。わずかに、カタログスペックの差が縮まった。

 

「あら、苦しそうね。まあ当然よね。ヘラクレスなんていう超弩級の英霊とまともに戦える英霊を使役するなんて、並大抵の魔術師にできることじゃないわ」

 

「……なら、俺は……並大抵程度の、魔術師じゃなかったってことだな」

 

 そしてヘラクレスの警戒心をあげただけに終わった代償はイリヤスフィールの言葉通り、連夜の肉体に対する疲労を促進したこと。連夜自身の魔力はイリヤスフィールとの戦いに使われるだけでしかないが、桜の魔力を通すための中継地点である連夜の肉体は、体内を他人の魔力という異物を通すための機関と成り下がり、さらにそこに己を魔術師という機関として動かす精神性も必要となり、さらに連夜は体内で刻印虫をも稼働させて激痛に耐えている。それが、極度の疲労をもたらしていた。

 

 視認できる速度を超えて、動き続ける二人の怪物。その戦闘区域に巻き込まれることなく、怪物の主たちは己の秘奥をぶつけ合いながら、軽口を叩く。

 

「ええ、そうね。それは認めてあげるわ」

 

 ーーーだから、確実に殺すわ。

 

 鈴の音を鳴らすかのような声音で、冷酷なまでの殺人宣言。けれどバーサーカーはアヴェンジャーの相手で動けず、イリヤスフィールもそれはしっかりと理解している。いくら命が十二あると言っても、それは聖杯戦争における敗者……サーヴァントを失ったマスターになりづらいというだけであり、それを扱うのがヘラクレスという弩級の英霊だからこそ、最強となっているのだと、そんな程度のことは。そして、その弩級の英霊と殴り合える以上、アヴェンジャーにも何かしら、弩級の宝具があると判断していた。

 

「やりなさい、シュトルヒリッター」

 

 よって狙うはマスター殺害。増えた鳥型使い魔。二から十へと。数にして五倍。この冬木の聖杯戦争という魔境において聖杯の守り手を務めるアインツベルンの魔術師だからこその破格の性能。この鳥一匹一匹で見ても連夜ではかなりの時間をかけて触媒などを用意しないとそもそも術式の作成すら不可。それなのに、礼装もなくこんなものをポンと用意できる時点で魔術師としての格はどちらが上か歴然としていた。

 

「仕方ない、か」

 

 ただ、それは連夜にこの状況をどうにかする手立てがないというわけではない。先も言ったが、連夜には術式の作成が即興では不可というだけで、時間をかければこの術式と同じような何かを、当人の属性に沿う形にはなるだろうが作成することは可能。限定礼装、と魔術界隈では呼ばれている、連夜の切り札の術式の一つを開帳する手段は、無論夜に家から街へ、戦場へと飛び出すに際して持ってきていた。

 

 銀の腕環に魔力を通す。たった一つの機能を行うためだけの魔術兵装が、持ち主の魔力を食らって稼働を始める。

 

喰らえ(踊れ)貪れ(踊れ)暴食の蝿王(淫らな女王)

 

 周囲の大気に魔力が伝播されていく。大気が震える。イリヤスフィールの使い魔が放った魔力弾が何の変哲もない大気に防がれ、彼女が驚愕を顔に表す。

 

獲物を誘い(異性を誘い)獲物を喰らい(同性を呼び)この檻の中に閉じ込めろ(己の肢体に夢中にさせろ)

 

 己の弾丸を防いだものが何か、イリヤスフィールは大気中から姿を現した壁の正体を見て、驚愕と納得を見せる。

 

「水の壁……! そう、間桐の属性は水だったものね……」

 

 大気中に含まれる水分に干渉し、一時的に自らの使い魔という形を与える術式。元から存在する使い魔ではないので、一から自分が役割を決めていく必要性があり、デザインも己の手で、ということになるが、その分柔軟性に富んだ、必要な時に必要な使い魔を手軽に作れる魔術。水が一立方センチメートルにつき受容できる魔力量は決まっているせいで、魔力量を増やすのと同時に範囲が広がる魔術でもある。よって、間桐の持つ使い魔である蟲になぞらえて、つけられた名前は『蝿の王(ベルゼブブ)』。

 

「面倒ね……! いいわ、バーサーカー」

 

 ーーー狂いなさい。

 

 それを見て判断。少なくとも今の手持ちでイリヤスフィールにあの防御を抜く手段はない。連夜も、守りを任せている以上は攻撃に回せるだけの余裕はない。そう判断する。そうでなかったとしても、アヴェンジャーの使役に伴う疲労の度合いからみて、魔術をまともに使える時間は長くない。それも、あんな周囲の空間に大量に干渉し続ける類の魔術なのだから、とイリヤスフィールはあくまで己の価値観と知りうる情報で算出する。

 

 魔術師としての格の違いはすでに見せた。ならばあとはサーヴァントの格の違いを見せるだけだと、バーサーカーに狂化を命じる。いくら相手が弩級のサーヴァントであろうとも、十二の命を一撃で奪い切れるほどの宝具を持っているとは考えにくいのだと判断した。自分のサーヴァントが徹底的に、完膚なきまでに敗北するところを見せて、格の違いを思い知らさねばならない、と。

 

 その指令を受けてわずかに躊躇した、アヴェンジャーと空中で取っ組み合いをしていたバーサーカー。けれどその躊躇が命取り。一度頭を己の剛力によって潰されて地上に落ちる。落ちたのと同時に発生した土煙によって、姿は隠される。その間に頭の再生は終了する。残りの命は十一。

 

 再生と同時に咆哮。狂気の渦が脳内を浸し、理性によってつけられていたリミッターが解除される。ステータスで見れば間違いなく先ほどよりも強靭、そして無敵に近い形。相対すればこれまでですら本気を出していなかったという事実に誰もが恐れおののく。そのはず、なのにーーー

 

「ついに畜生以下の獣にまで堕ちたか」

 

 アヴェンジャーの瞳には先ほどまでの赫怒の色はない。侮蔑のそれは未だ存在するが、それは神に迎合するからそうなる、と口よりも雄弁に語っていた。神によって狂ったことで妻子を惨殺したくせに、今も尚神と成り下がった姿で呼び出しに応じるからこそ、武人としての誇りと築き上げてきた武芸を失うのだと。

 

 もはや敵がヘラクレスであったとしても、そこに神に成り下がった愚物である神の栄光(ヘラクレス)は存在しない。かつてそうであった獣が、武人としての何もかもを失った獣が存在するだけである。

 

「こい。神の栄光(貴様)がその名を得るまでに砕いてきた獣のごとく、今度は貴様が獣として狩られる番だ」




一話で終わらせるつもりだったんだけどにゃー


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二月二日 夜 神の玩具(アルケイデス)vs狂いきった神の栄光(バーサーカー)

射殺す百頭(ナインライブズ)

 

 突っ込んできた狂戦士ヘラクレスを迎え撃つは、神速の九連撃。聖剣マルミアドワーズは己の主人の膂力を受けきって、豪快な嵐を精緻な計算のもとに再現し、ヘラクレスの肉体を穿つ。それを狂った彼が躱しきれる道理もない。ヘラクレスに対して放たれたそれは、ヘラクレスを最もよく知る復讐者のもの。ゆえにこそ、必滅の意思をもって降り注ぎ、巌の斧剣を紙を切り裂くかのように裂いた一撃以外は全て、ヘラクレスの肉体を欠損させる。残りの命、十。

 

 再生した肉体に向けて放たれたのはただの拳。意味がないわ、とイリヤスフィールは嘲るように笑う。一度すでに握撃で頭を潰している。素手の攻撃になど意味がないとせせら笑ったところで、その拳が獣となったことでより目的のわかりやすくなったヘラクレスの心臓に穴を開ける。残り、九。

 

「なんで! ありえない! ありえない! 私のバーサーカーは最強なんだから!!」

 

「効かなくなるのではなく、耐性を得る程度。それならば耐性ごと抜ける威力で放てばいい」

 

 もはや狂乱の域にまで達しそうなイリヤスフィールの叫びに、アヴェンジャーは静かに答える。わけがわからないが単純なこと。要するにゴリ押しということ。なんでもない力技であり、だからこそヘラクレスというただでさえ強靭な肉体を持つのに加え耐性まで宿している状態の防御を抜ける筋力とは一体なんなのかと理解不能な怪物を見る目で見る。

 

「お前が言ったんだろう、イリヤスフィール」

 

 それを、連夜は先ほどアヴェンジャーに対してイリヤスフィールが向けたのと同種の視線を送る。すなわち嘲りのそれ。己の方が魔術師として上だということは先の戦闘でわかったために、そんな視線を向けられることに納得がいかない。いくはずがない。

 

「何よ……!」

 

「お前のバーサーカーはスペックでは最強だ。それに関しては認めるさ。アヴェンジャーも一歩及ばない」

 

 けれど。

 

「カタログスペックだけで決まるなら、英霊の技や宝具なんて何も意味を持たないだろうが」

 

 要するに、マスターの格とサーヴァントの格、それらを合わせたスペックがほとんど拮抗しているのであれば、必要となるのは技と宝具の部分の差異。それらを、ヘラクレスを狂戦士とすることで最高クラスであった宝具と武芸を捨て去った。つまりはアインツベルンの失態。

 

「お前らは、ヘラクレスの持ち味を殺したんだよ」

 

「そんなことない! 私のバーサーカーは最強なの! そんな、復讐者(アヴェンジャー)なんていうわけのわからない英霊になんて絶対に負けないんだから!」

 

 連夜も、魔術戦を行わっていない現状「蝿の王」を保ち続ける理由も少なく、けれどいつ攻撃を仕掛けられたとしても自動で防御するように指示だけは刻んである。大気中の水分を震わせるために、いかなる攻撃よりも早く……とまではいかないが、亜音速程度までなら先んじて防御できる。

 

頑張って! バーサーカー!

 

 イリヤスフィールの悲鳴じみた懇願。すでに話をしている間にバーサーカーの命はさらに三つ刈り取られていた。残りは六個。これで半分。けれど、今の懇願の叫びによりバーサーカーが吠える。これまでの戦いの中であげたどの咆哮よりも力強いそれ。未だ足が復活していないながらも腕の筋力だけで跳躍し、大気を張り手で押し潰し己が手を足代わりにしての跳躍の土台にしてアヴェンジャーに迫る。

 

■■■■■■■■■■■ーーー!!

 

 鼓膜だけではなく世界すら揺らすその咆哮、魔術的な意味合いがあるのかないのか。どちらにせよ警戒するべき代物。そんなことは連夜にもわかったことなのに。

 

「貴様……! 子供を尊いものと思う心を持ちながらも、妻子を殺すように仕向けた神々から与えられた名を名乗る、だと……!」

 

 アヴェンジャーはそれを理解して、警戒を上乗せして、その上で怒り狂った。

 

 怒りの源泉は、ヘラクレスがマスター……幼き少女の願いに応えてさらなる強化をなされたと知った時。ここに令呪や魔術による支援は入っていない。つまりはヘラクレスが幼子の祈りに応えただけ、という事実。これで、ヘラクレスには「子供は守るべきもの」という理性を失ってもなお失われない絶対の誓いがあることがアヴェンジャーには理解できた。

 

 そして、アヴェンジャー消し去りたいと思うほどの憤怒を抱くがゆえに認めたくないだろうが、この二人は同一人物。つまり、その思いが妻子を失った悔恨から来ているものであることも理解できた。

 

「己という存在が神々の与える狂気に耐えきれなかったことを嘆くのならばまだわかる! 神々を憎むのならば我と同一の存在になる! だが! よりにもよって……その悔恨を抱きながらも神に迎合するだと……!」

 

 妻子のことを忘れて神の栄光を名乗るのであれば、唾棄するべき相手ではあったが理解はできた。神々を憎んで、神の栄光という名をこの世界から消し去りたいというのであれば、喜んで協力しただろう。だが、よりにもよって、妻子のことを覚えていながらも、その妻子を自らの手で奪うことになった元凶である神々の仲間入りをしている己を誇る、などと。アヴェンジャーには断じて理解できないバケモノの所業であった。

 

許さん……許さんぞ……!

 

 もはや憤死していないことがおかしなほどに激昂を見せるアヴェンジャー。これ以上は一瞬たりともその存在を見ていたくはないと言わんばかりに大弓を取り出す。番えられた九つの矢。それら全てにヘラクレスを殺すための毒がある。ヘラクレスの死因。それは細かな事情を除けば毒殺。最終的には火葬にて死んだが、それに至った理由は己の持つヒュドラの毒が塗られた下着を身につけたから。よって、「ヒュドラの毒をヘラクレスが食らう」という事態が発生した場合、確実にヘラクレスは死ぬ。

 

射殺す百頭(ナインライブズ)ゥゥゥゥ!!

 

 怒号のごとき真名解放。放たれるは対幻想種用の射殺す百頭。ドラゴン型のホーミングレーザーが九発同時発射。それを合計十度。20秒足らずでやってのけた。連夜の体内と桜の魔術回路に多大な負荷を掛けながらも顕現した、合計九十のドラゴンを形作るヒュドラの毒を纏った鏃が、ヘラクレスを殺すためだけに飛んでいく。最初の九撃は跳躍して避けた。ホーミングに気を使いながらもさらなる九撃を別の方向に向けて跳躍する形で避ける。三度目の九つの矢の襲撃を躱したところで蹴り潰されていた両足が復活。理性がないながらも両足の存在は的の表面積が増えるだけと戦士としての部分が叫んでいる。

 

 そもそも、この九十の絶殺が繰り出された時点で武器を破壊されているバーサーカーに勝ち目などない。何せ神話では、毒が塗られたもの、攻撃の意図がないそれを身につけただけで死へと追いやられる事態となった。素手で触れるわけにはいかないのだ。武器があればどうにかなった可能性のある代物も、現実にない以上は夢想することに意味はなし。前提が崩れきっているのだから。

 

 ゆえに、逃げ場を失ったバーサーカーはヒュドラの毒に貫かれてーーー

 

避けなさい、バーサーカー!

 

 しまう前に、イリヤスフィールが令呪を使う。途端、転移によってイリヤスフィールのそばに来る形となり、今度はそちらに殺到することになった。

 

「……殺すな、って言ったんだけどな」

 

 それを見た連夜は呟く。連夜自身、ヒュドラの毒で己の自我を砕かれて死ぬ、程度で満足してはいけないだろう。自分の手でやらなければ意味がないだろうと思ってはいたが、ことここに至ってはしょうがない。諦めて、バーサーカーを抹殺することを気がすむまでやらせてやろう、とそう思っていた。実際、今のアヴェンジャーに言葉が通じるか不安であったから。

 

「バー、サーカー……?」

 

 けれど、彼は諦めていなかった。もうこの時点でバーサーカーがどこかに逃げてもイリヤスフィールに当たることは確実。ゆえにバーサーカーはその体で盾になる。わずかにイリヤスフィールの前から逸れることで、大幅な軌道修正を必要としない範囲でレーザーの軌道を変化させマスターに当たらない形で自分に殺到する場所を選んだ。理性がなくとも己が使ってきた技術。どこをどう動いて獲物を狙うかなどわかりきっていた。

 

 一の撃……ドラゴンによる胴回りへの噛みつきを雄叫びをあげながらも数秒耐える。そこに二の撃が心臓を食い破ろうと突進を仕掛けて来る。ヒュドラの毒はかつて彼を殺した、彼にとってこれ以上はない最低最悪の弱点。それを、マスターを守ろうとする一心で耐え続ける。

 

■■■■■■■■■■■ーーー!!!

 

 そこに届いたのが三の撃。右足を食い、肉体との結合を無理矢理に引きちぎったことでバーサーカーの体勢が崩れる。そこに、四の撃が左足をも食らってバーサーカーを立てなくする。

 

■■■■■■■■■ーーー!!!

 

 五の撃はバーサーカーの右腕を蒸発させる。六の撃は代わりにと左腕を消しとばす。

 

■■■■■■■ーーー!!!

 

 七から九はもう食らう場所がないと、すでに食われた傷口を抉り消失する。

 

■■■■■ーーー!!!

 

 一の撃によって未だに体を抑えられ、二の撃によって心臓が失われたことですでに消滅してもおかしくはない状況。かつては何も守るものがないがゆえに死を選べた状況下。けれど今はかつてよりも凄惨な状態になりながらも守るべきもののために生死を超越して現界し続ける。

 

■■■ーー!!

 

 アヴェンジャーの射は絶技だった。激昂しようとも、寸分の狂いもなく確実に数秒のうちに全ての射がバーサーカーの肉体を食い破る。かつては一つで死に、今は九十を超えるそれを、だからこそ、バーサーカーは耐えきれたのかもしれない。実際、この九十連撃を放てるのはアヴェンジャー以外にいない以上、この仮定は無意味と言わざるを得ない事象だが、その場にいた誰もがーーーアヴェンジャーすらもーーー「こいつはマスターを守るためなら何があっても死なないのではないか」と戦慄させるだけの執念が、そこにはあった。

 

■ー!

 

 しかし、それも終幕。アヴェンジャーによって、ギリシャ最大の英雄ヘラクレスは食い破られた。人の子としてあることを選んだ復讐者に、神の栄光の誉を得た男は破れたのだった。

 

 

「嘘……バーサーカー……」

 

意識を沈める(眠りにつくといい)

 

 呆然とするイリヤスフィールに連夜は魔術を行使する。空気中の水分を自由に操れるがゆえに、それを呆然と口を開いたイリヤスフィールの体内に送り込み、擬似的に溺れているのと同じ状況を作る。

 

「ば……さ……か……」

 

 呆然としていたからか、それに対する抵抗もなし。抵抗できないと踏んだからこそこの魔術を使ったが、もしも向こうが体内に入り込んだそれに対して抵抗(レジスト)していたら、その時は連夜にも彼女を擬似的に溺れている状態から助ける手段はなかった。それでもこれを使ったのは、やはり連夜も動揺していたからだろうか。

 

「……帰るぞ。今日のところの戦果としてはこれで十分だろ」

 

「ああ……」

 

 どこかぼんやりとした様子のアヴェンジャーとともに、眠りについたイリヤスフィールを担いで間桐の家に戻るのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二月二日(三日) 深夜(未明)

「おお、連夜よ! よくやった!」

 

「爺。……いきなりなんだ気色悪い」

 

「その小娘、アインツベルンのマスターであろう! まさか初戦で討ち取ってくるとは思いもよらなんだ。……これは、聖杯戦争前のあの約束も現実味を帯びてきたわい」

 

 聖杯戦争前の約束。こいつは俺が聖杯を獲得できるとは全く思ってもいなかったみたいで、いくつかの約束を自己強制証文(セルフギアス・スクロール)を使うことすら良しとして結んでくれた。その内容を書いた文書を頭の中から引っ張り出す。これを行うために必死になって契約に関するそれを学んだのもいい思い出だ。

 

束縛術式:対象ーーー間桐臓硯
間桐の刻印が命ず:下記条件の成就を前提とし:誓約は戒律となりて例外なく対象を縛るもの也
:誓約:第五次聖杯戦争次間桐家当主、間桐臓硯に対し己よりも年齢が下の間桐の姓を持つ者、並びにその関係者、所有物への干渉、及び連夜が取得した小聖杯を使って、最初に願いを叶える時に『第三魔法の成就』以外の命令を行うこと、同聖杯による二度目以降の願いを叶えることを永久に禁ずる
:条件:間桐連夜が聖杯戦争にて優勝し、間桐臓硯を聖杯に接続させること

 

 これにより、一番最初に臓硯が使用した後は俺たちの願いを叶えられる。何せ、聖杯戦争にて優勝した時点で聖杯は俺の所有物。一度目の願い以降は臓硯は使用することは許されない。そして臓硯自身も第三魔法による不老不死を得ることが目的なのだということは知れた。それ以上の願いを持っているのかどうかは知らないが、その場合は自分でどうにかしてもらおう。魔術師は『自分一人では足りない場合』よそから持ってくる人種だし。

 

 ここまでしても安心を得られないのが間桐臓硯なのだが、間桐臓硯が聖杯に接続した時点でこの文書は活動を開始する。十年前の聖杯戦争。雁夜おじさんの時の交渉があったことがあったし、少なくとも聖杯……第三魔法を得られれば臓硯はそれで良しなのだろう。だからこそ、この誓約書にサインをした。

 

 俺の目的である魔術師という存在そのものの抹消。それは歴史の書き換えだ。聖杯でも届かない可能性があるかもしれない。もしもそうなった時に、これ以上の臓硯による干渉を防ぐためにこそ、この誓約書を用意したのだ。

 

「ああ、爺。こいつは今から俺の聖杯戦争用の切り札にするから」

 

「ふむ? 何をするつもりじゃ?」

 

「決まってるだろ」

 

 我が家の魔術がどういうものかを忘れているのだろうか?

 

「戦力の補充だよ」

 

 

 

 

 私を確保した男、マトウレンヤが私を担いだまま臓硯との話を終えて、喋ったりできないようにつけられている猿轡、そして引っ掻いて逃げ出すなんてことができないように後ろ手に縛られた状態のまま、私はベッドに投げ捨てられた。

 

「さすがに何をされるのかわからないままじゃ可哀想だからな。戦力の補充っていうのがどういうことか教えてやるよ」

 

 コートを脱がされ、帽子を取られ、私の四肢は縄よりも強靭な鎖で、腕は頭の後ろで組むようにして、足はベッドの端につけられた鎖に引っ張られるように開脚する形でベッドに繋がれた。その最中に日常会話の延長のように、魔術師としての面を見せるように淡々と、レンヤは先ほど口にした戦力の補充について口にする。バーサーカーを殺したこいつになんて力を貸す理由がない。何があろうと協力してなるものか、と決意を込めて睨んだが痛痒にも感じていないようだ。……よく考えればそれもそうだ。今の私は魔術を詠唱することができない。こんな様では逃げ出すなんて到底不可能。いや、それどころか魔術回路もちゃんと機能していないようなーーー

 

「まず第一に、お前にはこれから、魔力タンクになってもらう」

 

 え、あ、えーーー?

 

 考えが全て吹き飛んだ。そして、聞こえた言葉の意味を一瞬理解できなかった。いいや、したくなかったのほうが正しいか。私も魔術師なのだ。魔力タンクになる、ということはつまりはこの男とパスをつなぐということだと理解している。けれど言いたくはないけれど幼児体型な私に、そんな性的興奮を覚える輩なんて。そう思っても現実は変わらない。スカートの脱がせ方なんて知らねえよ、なんて言いながら、四肢を繋いだまま私の下着は半脱ぎ状態にさせられて。

 

 最低限の知識はちゃんと与えられている。魔力を分け与えることができる間柄になるために必要なことは理解している。スカートを捲り上げられて己の秘部がじっくりとバーサーカーを殺した憎き男に見られているという現実が、ひやりとした外気によって理解させられる。

 

 声は出せない。出せたとしても魔術回路がうまく機能しない。詠唱を許されず、許されたとしても魔術回路が起動しないことにはどうしようもない。

 

「悪いけど、舌を噛まれて自殺を敢行されると厄介だし、魔術を使われても面倒だから猿轡はそのままにさせてもらう」

 

 魔術回路は使えないと思うが念のため、なんていうレンヤの指には、これまでは暗くてわからなかった赤いネイルが施されている。なんとなく、魔術の残滓を感じる。このままだと処女を奪われるのだと、こんなことを考えている暇ではないとわかっていても、バーサーカーがやられてしまったという事実が逃げ出せないという諦観となって襲ってくる。

 

「力抜いとけよ、そっちの方が楽だぞ」

 

 そんな私に覆いかぶさるようにして、一切の前戯なく、濡れていない女性器に無理矢理にその逸物が突っ込まれた。

 

「んん……ん……っ!」

 

 痛みに声をあげそうになり、それをこらえようとしながらも漏れてしまった言葉は猿轡の影響でくぐもったものとなる。

 

 憎い、なんて感情を保っていられない。ただその痛みを堪えるのに必死だった。二ヶ月前のバーサーカーの維持とは全然違う。バーサーカーは私のことを考えて少しでも負担を減らそうとしてくれていたが、これはその逆。私の負担など考えられることもなく、ただ魔力のパスをつなぐために膣内に射精するために自らが気持ちよくなろうと私を道具扱いしているにすぎない。

 

「やっぱり、ガキん中は小さい、なっ……っ!」

 

 もう嫌、と叫びたいが声は出ない。今の私に抗う術などなく、一刻も早く魔力の経路(パス)を繋ぎ終える、つまりは膣内に射精されることを望みたくなるほどに、この痛みへの慣れが来ない。相手が人間で、痛みを与える方法が魔術回路に対する負担ではない以上当然のことではあるけれど、この男が逸物を動かす方向次第ではこれまでとは全く違う方向から痛みがやってくるのだ。予想して耐えるなんて不可能だ。

 

 よっていやいやと子供のように首を振ることしかできず、そしてそれを考慮するほど、魔術師という人種は優しいものではない。

 

「戦争なんだから、負けた女子供は奴隷になる。当然のことだろ……!」

 

 そんな言葉とともにより激しくなる抽送。肉体はどうにかして受け入れようと潤滑油(愛液)によって濡れてきたが焼け石に水。激痛はおさまることなく、けれどその言葉によって、頭の中にあった今の状況を冷静に俯瞰し逃げ出す、あるいは逆転の一歩を選択するためにフル稼働していた部分が現状を把握して、そしてそれがより強く、より激しく与えられる痛みを耐えようとする理性を絶望の色に染め上げる。

 

 間桐が最も得意とする魔術は支配。たとえそうでなかったとしても「支配」に関しては有能であるというそれは、大量の種類の蟲の使い魔を多数同時に使役する手際から見て明らか。魔力タンクにする、という宣言からして、魔力の経路をただつなぐだけではない。経路を繋いだとしても、私から魔力を送り込まないといけないのだ。それならどうする? 間桐は支配を得意とする魔術師。その長子であり、次期当主である彼がその魔術を扱えないわけがない。魔力を生成できない状態の私に対して支配を使って、完全に洗脳した状態で魔力を生成させる、なんてことをするかもしれない。経路を繋ぐ前に行えば、繋いだ瞬間の魔力の出入によってかけていた支配が解かれるかもしれない。だからこそ、まずは私を犯して経路を繋いでからにするのだろう。

 

 そうなればおしまいだ。私の意識は二度と浮上することはない。いくら体内に自分以外の魔術師による魔術の痕跡があろうと、それが普通だと認識させられてしまえば浄化しようなどとは思わない。ここで、死ぬーーー?

 

「そろそろ出すぞ……!」

 

 気づいた事実に恐怖を感じ身震いしそうになるが、それでも現実は変わらない。いつ失神してもおかしくないような痛みの奔流の中、その言葉を聞いた。射精。それも膣内で。それがなれば経路は繋がり、私の中の魔力は彼が使用することができるようになる。

 

 びくり、と私の中を圧迫している逸物が震えた。私も、これで終わりと思うと震えが止まらない。直後、どろりとした粘性の液体が私の膣に勢いよく流れ込む。マグマか何かかと勘違いするほどの熱量を持つ未知の刺激と、二ヶ月前に経験した痛みとは全く別種の痛み。

 

………………(バーサーカー)

 

 それらが折り重なり、交わり、頭の中の冷静な部分が導き出す”妊娠”というワードと”これでこの男が魔術を使用することに対する懸念が消えた”という事実。自らの死を認識しながら、最後に求めるのはすでに死んだところを自らの目で目撃した、己が最も頼りにした従者の名前だった。

 

 

 

 

眠りに落ちたる姫君は(私に従い、私に委ね)邪悪な王の城にて目覚める(私の掌で踊るがいい)

 

 射精の後、気を失ったイリヤスフィールに支配の魔術をかける。開かれた瞳が茫洋としていることこそ、この「支配」が成功したという印。そんな彼女に、とある命令を下して、魔力タンクとしての役割を完成させるのだった。




命令は次回の最初にでも


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二月三日 朝

前回書いた二つの命令を一つに変更


「……ここ……どこ……? って痛……!」

 

 イリヤスフィールが目を覚ました。すでに手錠も足枷も外されている。もう、逃げることも自害されることも抗うことすらも心配いらない。故に外した。痛みの消えない股のあたりを見て、己の今の状態を知ったイリヤスフィールは諦観を含んだため息を漏らす。

 

「でも、なんで……?」

 

「簡単なことだ」

 

「っ……!」

 

 俺の声を聞いて、イリヤスフィールがとっさに逃げようとする。あるいは、魔術による攻撃か。少なくとも眠る前のそれによって、いい感情を抱いていないであろう俺に対して、何かしらのアクションを取ることができないという事実に呆然とする。

 

「お前はもう、俺から逃げることも逆らうことも、ましてや自殺を図って俺に一泡ふかせよう、なんてこともできない。危険を全て排されて、俺に協力するしかないからこそ、全ての枷を解いた」

 

 臓硯から聞いた、彼女の父親である衛宮切嗣の使っていたという礼装、起源弾。己の起源を相手に作用させる術式。それを俺も作っていた。己の起源である『分断』と『結合』を具現化させるための術式であるそれは、血液を抽出し霊的な工程を経てから大量に混ぜ込んで作成したマニキュア。それを塗った爪に魔力という燃料をくべて対象を引っ掻く。それによって一度目で『分断』が作用し、二度目で『結合』が作用する。これで俺の起源が『切断』だったら元に戻すのは不可能だっただろうけど、『分断』でできるのはただ二つに分けることだけなのだから、問題なく元の形に治せる。

 

 それを利用して、一時的にイリヤスフィールの魔術回路を二種類に分けた。動かせるものと動かせないもの。前者を零に、後者に魔術回路全てを譲り、本来の働きを一切行えないようにした。

 

 だからこそ、彼女はここに連れてこられた時に魔術回路を起動することはできず、結果として逃げ出す機会は永遠にやってこない。

 

「何を、したの……?」

 

 瞳には怯えの色。昨日俺が彼女にしたこと、そして今さっき反射的に行おうとした迎撃あるいは逃走、そしてそのどちらであったとしても実行できないこと。そういったいくつかの事象から俺に対する恐怖がその瞳には見える。

 

自己強制証文(セルフギアス・スクロール)を書かせた」

 

 そして、彼女の疑問に対する答えとしてはそれで十分。俺が彼女に対して「支配」を行い、自己強制証文を書かせた際のその誓約の起動条件は「俺がかけた支配の魔術を解く」こと。それによって彼女は自由意志を取り戻し、けれど誓約によって「自害すること」「間桐連夜の許可なく間桐の家から出ようとすること」「間桐連夜、間桐慎二、間桐桜に対する故意、偶発的問わずに攻撃を行うこと」「間桐連夜から”命令”と断言されたことに逆らうこと」を、禁じられたために、今の彼女が行えることはほとんどない。

 

「大変だったぞ。まさか魔術刻印を持っていないなんて思いもよらなかったからな」

 

「こっちも、まさか”支配”をされるなんて思わなかったわ……。人間や幻想種相手には通用しづらい魔術のはずでしょう?」

 

 何かしらの情報を引き出そうとしているのか、少しばかり目に光が戻ったイリヤスフィール。自己強制証文という魔術師からすれば絶対的な代物によって縛られているという現実は彼女を打ちのめしたが、何をされたのかわからない、よりかはましな状態になったらしい。

 

 そう簡単に壊れられても面白くないので、そちらの方が都合がいいのだが。

 

「俺の起源の関係でな」

 

 分断、結合。人間の精神をいくつかに分断()けて、支配の魔術に対する抵抗性を失うレベルのものにしてから一つ一つに支配をかけて、その上で結合する。結果として、総体(人間)相手には通じないレベルにしかない俺の「支配」でもこうしてイリヤスフィールに対して己にとって圧倒的な自己強制証文を書かせることも可能にした。……ただ、分けたぶんだけ時間がかかるのは事実なので、相手が気絶している時でもない限りは使えない裏技だ。

 

「だから、今のお前はその誓約と戒律をお前のここ」

 

 イリヤスフィールの服の上から胸……心臓のあたりを指でトントンと押す。胸に触れられたことに気づき羞恥に顔を赤くして身をよじるイリヤスフィールだが、それ以上のことはできない。許されていないことが何かを理解していればこの間桐邸敷地内なら逃げられるけれど、それを知らないために俺から逃げようとすることそれ自体を禁じられていると思って行動を取れない。振り払うことは攻撃に当たると認識されて、とっさのそれを実行することは許されない。

 

「聖杯の器だっていう心臓に、お前に対する戒律は刻まれている」

 

 イリヤスフィールの服装は昨日の夜から変化していない。よって寝汗やら膣から溢れた精液やらで汚れている。今は朝の四時なのだが、爺以外の間桐家の人間は皆、俺が聖杯戦争に挑むために手伝ってくれている。桜には昨晩イリヤスフィールを連れ帰った時に、こいつの替えの服を用意しておくことを任せたので、多分そっちに行けば何かあるだろう、と思う。

 

「命令だ、”お前はここで待っていろ”」

 

 とは言っても、彼女をそのまま連れていくわけにもいかない。間桐の魔術師として「聖杯戦争における戦力の補充」と断言したことは知られているから、桜にも俺がイリヤスフィールに対して何をしたのかは知られているだろうが、だからと言って彼女にとっても不快なそれを想起させる必要性は断じてない。

 

 故に、自己強制証文の効果を発揮してその場に留めておいてから、霊体化したアヴェンジャーを連れて部屋を出る。

 

『何か言いたいことでもあるのか、アヴェンジャー?』

 

 部屋を出て、昨晩の情事の際にのみ周囲の警戒に徹して部屋から出ていたアヴェンジャー。なんとなくその視線の質が変わったように思えて問いを出さずにはいられなかった。

 

『いいや、特別大したことではない。……少々、幼子に対する非道に思うところがあっただけだ』

 

『でも、それは……』

 

『わかっているとも。聖杯戦争、これは戦争であり、であるならば勝ち抜くために必勝の策を用意し、万全の用意をし、使えるものはなんでも使う。そのこと自体におかしなことはない』

 

 ただ。

 

『昨日のあの愚物の最後。それがなかなか脳裏から離れずにな。結果として少々昔のことを思い出してしまった』

 

『戦いに関しては支障はないんだな?』

 

『無論だ。……マスター、昨晩のアレで貴様と相容れない部分は把握できた』

 

 その部分を留意しておいてほしい、と告げられる。

 

『魔術師としての己を消し去りたいと願いながらも、そのためには魔術師としての合理的な部分を取り入れた、魔術師然とした自分を使うことを意に介さない貴様は、神への復讐を願い神気持つ宝具を持ちながらも神気を体に取り入れない私とは違う』

 

『どういうことだ?』

 

『……私であれば神気を取り入れることはないが、もしもお前が私と同じ立場だったなら勝つために神気を取り入れることを拒まない、ということだ』

 

『……要するに、使えるものは本当になんでも使う俺と、使えるけれど使わずとも勝てるし負けるとしても使いたくないプライドがあるアヴェンジャーってことか?』

 

『そうだな、そう認識しておけ』

 

 無論、負けるつもりはないが、というアヴェンジャー。けれどそこにまでは意識は回らない。つまり、そこのプライドを犯せば俺はアヴェンジャーに殺される、と。要するに、俺が気を使うべき部分が一つ俺の行動を見た彼の手で明確にされた、ということか。

 

「兄貴」

 

「ん? ……なんだ慎二か」

 

「なんだってなんだよ……おはよう」

 

「おはよう」

 

 慎二は今日は朝練がないらしい。いや、あったとしてもこんなに早くに出ることはないだろうが、俺が聖杯戦争のために「戦力補充」しようとしていたと聞いて、眠っていないのが正解なのだろう。桜も、魔術師になれるだけの素養はあって、俺の協力を魔術的な観点から可能ではあるけれど慎二にはそれができない。

 

「今日は桜、昨日の夜から兄貴の魔術関係の手伝いしてるんだろ? 朝飯がなくなるのも嫌だから僕が作っといてやるよ」

 

「助かる」

 

 少し、昔のことを思い出す。桜が拾われて来た当初のこと。それまで慎二は、長子である俺がいることから魔術師になることは諦めていたけれど、そこに桜が加わった。自分は魔術師になれないというのに、桜が魔術の鍛錬を受けていることに腹を立てた慎二が桜に何かしようとしていた時の叫びは今も忘れられない。あれほどまでの叫びを聞いたのは、それが初めてだったから。

 

『惨めになるんだよ、桜がいると! 僕が魔術師になれないのはもうしょうがない! でも、だからって……兄さんがいるのに他に魔術師の娘を連れて来て、そいつに魔術鍛錬を施す必要はないだろ……』

 

 その時初めて、桜がこの家に連れてこられた意味を教えた。来たる聖杯戦争の時、その時のために子供を産み、そしておそらくはこれまでの間桐家の妻と同様に蟲の餌として殺されるためだけに連れてこられた存在。その事実を知った慎二が選んだのが、せめてその時まで桜には幸せだったと思える時間を少しでも多く与えること。

 

 結果として、桜に趣味ややりたいことができた時には、皮肉を言いながらも自分が桜のやらないといけないことを受け持ってまで桜をそっちに行かせるツンデレな弟が出来上がった。だいたいその場合は『お前が○○を気にしてると集中しきれないのか飯の味が落ちるんだよね。それなら僕が作った方がまだマシさ。僕らに美味しい料理を食わせるためにとっとと行ってきな』とか言い出すので、それを生暖かい視線で見守るのはこの家の中にあるほんの少しの清涼剤だった。

 

「ああ、それと。桜が何やってるのかまでは知らないけど、多分まだ終わってないと思うぞ。部屋から桜の声聞こえて来たし」

 

「まあ、そうだろうな……捕虜の服を任せたんだけど、あれでも捕虜の見た目は結構いい方だからな。お人形さんの着せ替え、とか思ってたら長くなりそうだ……」

 

 そうして少しばかりの会話をして、桜の部屋へと向かった。




ちょくちょく主人公の話には出ていたけど、ちょっとばかり綺麗なワカメくん


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二月三日 朝

おかしい……少しは綺麗なワカメくんに反応があると思ったのに……


「さてと、今から戦力の補充だ。”ついてこい”」

 

 着替えさせ、朝食を食べさせた後、その言葉を命令として発して、工房の方へと向かう。後ろからついてくるイリヤスフィールは最初に会った時の挨拶のような見た目不相応な挙動はなく、桜が昔着ていた白のワンピースに身を包んだまま沈黙している。これからすることを思うと、服など着せる必要もなかったのだろうが、さすがに家の中とはいえ全裸の幼女を連れたまま歩く度胸はなかった。

 

「ねえ」

 

 俺の工房が存在する地下空間。そこに降りる階段を歩きながら、イリヤスフィールは声をかけてくる。振り向くと不安と疑問が半々、と言ったところか。この先に何が待ち受けているのかわからずに不安を感じ、そしてそれから逃れることもできないことにも不安を感じ、そして魔術師的な観点から見て簡単に行える「戦力の補充」なんてものに対しての疑問を抱く。

 

「この先の空間で何をするの?」

 

「戦力の補充、って言ったはずだけど」

 

「だからそれよ。その内容を聞きたいの」

 

 私は協力させられる側なんだから聞いてもいいでしょ、なんていうイリヤスフィール。話をしてもただ相手を恐怖させるだけにしかならないことだが。……ああ、そうだ。確かにイリヤスフィールになら教えてもいいかもしれない。俺が尊敬と八つ当たり気味な憎悪を抱く相手。それとは同一でありながらも別人なのだろうが、その少女がこれから行われる行為によってどう歪むのか。仄暗い興味が湧いてきた。

 

「イリヤスフィール」

 

「何よ」

 

「お前、間桐の魔術に関してどれくらい知ってる?」

 

「どういう意味よ」

 

「言葉通りの意味だよ。……いいから”答えろ”」

 

 命令として放たれたそれを、意味がわからないと疑問を顔に出しながらも特に気にすることではないのでイリヤスフィールは口にする。

 

「間桐のそれは”支配”でしょ? 英霊召喚における『聖杯を手に入れるために命令に従う』っていう条件があったとはいえ、サーヴァントシステムや令呪なんてものを作り出したんだから」

 

「他には?」

 

「あとは……貴方が使ってたみたいに蟲の使役? これも使い魔……支配の魔術の恩恵なんだろうけど、それでも支配単体よりも攻撃力はあるわよね。……それぐらいかしら」

 

「うん、まあそうだな」

 

 求める答えには未だたどり着かないが、そもそもが魔術師とは自らの魔術を秘匿するもの。その状況下ながら初回の聖杯戦争から参加していたホムンクルスの記憶を聖杯の器という視点から見て、間桐の魔術師が使っていた魔術の共通点を、間違っているかもしれないとは思わずにはっきりと口にできることは尊敬すべきところだ。

 

「知っての通り、俺の基本的な戦闘……攻撃手段はお前の鳥に撃ち落とされた蟲なわけだけど。あの魔術的な蟲たちを作成する手段っていうのはそう難しいものじゃない」

 

 間桐の魔術特性である「吸収」で、何かを吸わせながら成長させることで這蟲(はむし)が成長した後の種類、というか属性をある程度操作することは可能。例えば防御術式を吸収させたなら、防御に秀でた蟲になるだろうし、火属性の術式を食わせたら火に耐性を持ち炎を吐く蟲になるはずだ。実際のところ火の術式に関しては属性的な観点から苦手とするので、吸収させられた試しがない。

 

「なら、私が魔術を食べさせればいいわけ?」

 

 そこまで説明すると、イリヤスフィールはそんな疑問を呈してくる。それを工房の中、いくつかある湖の中でも以前アヴェンジャーを招いたのとは真逆の方向に存在する、以前のそれと同規模の、この工房内の湖では中規模の湖へと連れて行きながらも、首を振る。

 

「いいや、お前にやってもらうことはもっと簡単なことだ」

 

 前回のそれとは逆に流体である水の圧力、それを一箇所に集中させることでロックを解除して、湖の真下に存在する、さらなる地下空間へとイリヤスフィールを招きいれながらも説明を続ける。

 

 魔術的な代物であろうと蟲は蟲。つまりは質ではなく量を増やす場合に行われるのは産卵。その母体が魔力に満ち溢れているならば、生まれてきた子供の質も高くなるはずだ、と。つまりはそういうこと。

 

「お前には、ここで蟲に犯されて、蟲を産み続ける母体になってもらう」

 

 臓硯の蟲蔵よりも小規模ながら、確実に蟲蔵として機能する代物。そこにイリヤスフィールが降り立つと同時にそれを告げ、その言葉に一瞬呆気にとられながらも激昂しようとした彼女に喋るなと命令を下す。

 

「”お前はここで、俺が帰ってくるまで戦力補充、並びに強化のために蟲に犯され続けろ”」

 

 命令として下された言葉。それによって彼女の肉体が強制的にこの部屋に縛られる。内側から開ける場合にのみ使用できる仕掛けに近づくことは許されなくなったイリヤスフィールは、自分が受けることになるであろう仕打ちを夢想したのか、涙ながらにいやいやと首を振るが命令の撤回はしない。

 

「俺が部屋から出たら、喋ってもいいぞ」

 

 ここで罵詈雑言を聞くつもりはない。だから部屋から出るまでの言語を発することを禁止として、俺は出口に近づいて行く。イリヤスフィールに対する所業は人でなしの部類に入るが、魔術師としてはそこまでおかしなことをしているつもりはない。そこに個人的な八つ当たりがないかと言われればあると答えるが。それでも魔術師として、勝ちの目を大きくするための行動である以上は間違いではないつもりだ。……ああ、こういうのがアヴェンジャーが今朝言っていたことか。

 

 このイリヤスフィールはこの世界の”魔術師”イリヤスフィール・フォン・アインツベルンであって、俺が尊敬と八つ当たりの憎悪を抱く”魔法少女”イリヤスフィール・フォン・アインツベルンではない。だから、この行為は八つ当たりの八つ当たり。「お前あいつに顔が似ているからムカつく」みたいな代物でしかない。

 

 それでも、たとえ同一の別人でありながらも、”イリヤスフィール”という少女が蟲に犯され心砕ける様を見てみたいと思う。きっと、この命令はそういう代物。

 

「ああ、そうだ」

 

 パチン、と掲げた左手で指を鳴らすとどこにいたのか十メートル四方の角、隙間ない天井から大量の蟲が部屋の中に這い出てくる。そのことを確認して外に出ようとして一度止まり、そこで蟲に犯されるという事実に怯えながら、それでも心まで渡すつもりはないとこちらを睨むイリヤスフィールを振り返って告げる。

 

「一応、蟲たちに犯されたら間桐の母体としても調整されるから。あるいは自分から犯されにいけば、間桐の母体として、次の代の子供を産むためにこの部屋から出られるかもしれないぞ?」

 

 その言葉が終わると同時、逃げることを許されないイリヤスフィールに殺到する蟲たちの気配を背後に感じながら、部屋の外に出た。

 

 

 

 

 

 この部屋に、レンヤの命令によって集まった無数の蟲たち。レンヤが部屋を出たのと同時に、その蟲たちは私の体に群がってきた。

 

「このっ……灰は灰に(来ないで)……!」

 

 レンヤがいなくなったことで喋れるようになった私は、魔術回路を起動してこの蟲たちを蹴散らすための術式に魔力を流し込もうとしたところで、自己強制証文によって縛られた私の行動が魔術回路をストップさせる。その隙に足元まで群がってきて、そのまま足を登ろうとする蟲たち。それを、魔術が使えないなら、と手ではたき落とそうとすると、またもや自己強制証文によって急激に力を失って、上半身を前に倒した状態で力を失ったことでバランスを崩し、そのまま倒れふすことになった。

 

「いやっ……!」

 

 叫ぶが、蟲たちが話を聞くはずがない。私が倒れこんだ空間に向かって全速前進。私の目から見れば、蟲による津波が発生しているような錯覚を覚えた。

 

「ぎっ、あ……っ!」

 

 昨日と同じく一切の愛撫もなく、ワンピースの内側にもぐりこんだ陰茎の形をした巨大な蟲が下着の中にまで入り込み、ぬめぬめとした気持ち悪い物体が、私の内へとその体を侵入させた。口に入り込もうとする蟲は、手で口元を覆うことで入る隙間を失ったが、指の隙間にまで生暖かい体液を塗りたくられて怖気が走る。

 

 今もなお増え続ける蟲たちは、すでにこの空間を所狭しと飛び回り、蟲風呂と呼ぶに相応しい空間を構成する。地面はすでに見えない。見えるのはてらてらと光を反射する不気味な液体を体表面に塗りたくったレンヤの蟲たちだけ。

 

 私の胎内に潜り込むその動きはまるで狡猾な蛇のようで。どことなく間桐の家の当主たる臓硯をも想起させた。

 

 昨日、処女を失ったばかりの私の肉体は、その動きに対応できるはずもなく、激痛に苛まれながら己の女性としての尊厳を陵辱する蟲たちの感触をはっきりと感じ取るだけ。

 

 痛い。痛い。痛い。中で暴れ狂うそれは、見た目は硬く、性的興奮を催した時の陰茎ながらも蛇蝎のごとき動きで体内を蹂躙し、その不快感を痛みで上書きしていく。

 

「あ……っ! むぐ……っ!」

 

 体内を突き進む蟲が、我が物顔で私の肉体を苗床として造り変えようとしている事実に怖気が走る。できないとわかっていてもその蟲を取り除こうとしてしまい、入りきっていない部分を手で引っ張ろうとして、失敗する。しかも、そのために手を外したことで口元を守るものがなくなり、蟲が飛び込んでくる。

 

 それも一匹や二匹では済まない数。ワンピースの中に入り込み体表面に粘液を塗りたくっていた蟲たちも幾体か首元から出てきて侵入を試みている。一匹目が入り込もうとするタイミングで二匹目が入り込み、そのまま続々と無数の蟲が入り込んだ。口の中いっぱいに広がる蟲の生暖かな体温。そして同時にぬめぬめとした感触も広がって吐き気を催さずにはいられないが、死ぬことを許されないために蟲によって口の中を埋め尽くされた状態で気道をふさぐような真似はできず、結果として吐き気をこらえ続ける時間が続く。

 

 けれど蟲はそんなことに構うことなく、自分の仲間で圧迫されている私の口内を好き勝手に暴れまわる。歯の隅から隅へと粘液が塗りたくられ、舌は、その上を転がる蟲が分泌している液体から臭う形容しがたい何かによって麻痺していく。口の中を作り変えられるような違和感。自分の口であるはずなのに、蟲にとってもっとも都合のいい空間に作り変えられているような感覚にさえ陥ってしまう。

 

 その違和感のせいで、気がつくのに遅れた。

 

「ん、んん……っ!?」

 

 私の下着に潜り込んだ蟲たち。それが、女性器だけではなくお尻の穴に亀頭に似た部位をぐいぐいと押し付けていることに。何をされるのか理解して、血の気が引く。そこまで犯されては、もう二度とまともな日常生活を送れるような気がしない。

 

「んぅ、んんんんん……っ!!」

 

 けれどそれはすでに遅く、それに気がついた一瞬の後には私のお尻の中は蟲によって蹂躙を許してしまった。

 

 普通に生きていては絶対にありえぬ部位への侵入。その事実がどうしようもなく、私はすでにマスターでも衛宮切嗣への復讐者でもなく、ただ間桐の未来のために犯されるだけの苗床なのだと理解させられて。

 

 そして、ここから本当の地獄を味わうことになった。




ようやく蟲姦にたどり着いた。これを書きたかったんだよ……! 次回も蟲姦パートの続きからじゃ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二月三日 時刻不明

 女性器、口、お尻、その全てを同時に蟲の手で汚辱の限りを尽くされた私は、悲鳴すらあげることなく肉体を痙攣させる。そこに快感など存在する余地はない。

 

 膣の中を蠢き、産卵の場として整えようとする動きは身の毛がよだつほどおぞましいし、お尻を埋め尽くす蟲の存在は、私のお腹を圧迫して私の肉体を苛む。口の中に至っては蠢く蟲の存在でまともに呼吸を行えず、意識が遠のいていく元凶ですらある。

 

 けれど、腹と膣を蹂躙する蟲。それがもたらす異物感と痛みによって私の意識は保たれる。人外が這い回る、苗床としての扱いによって、死、あるいは気絶といった休息すら与えられない。

 

 お尻に力を込めて括約筋を締める。これ以上、蟲の侵入を許さないために。それによってお尻に入り込もうとした蟲が圧迫されて、潰れて死ぬ。肉を持った使い魔であるために死骸は残り、潰した時に体から出た体液がお尻の中に飛散したけれど、一時的にお尻の圧迫感からは解放された。

 

「んん……、……んん?」

 

 排便のように蟲の死骸が外に放り出されて、異物がなくなったと感じて余裕がわずかに戻り、そこでようやくおかしな現実に気がつく。私は、命令に逆らうことができなくて、だからこそ蟲たちを殺すことも取り出すこともできずに犯されている。女性器に入り込んだ蟲以外に対してもそれが働いているのは口の中の蟲を取り除こうとすることができないのだから明白だ。それなのに、どうしてお尻の蟲を殺せたんだ、と。

 

 けれどそれ以上を考えるよりも先に、膣にさらなる動きが入り考えが散らされる。お尻への蟲の侵入が止み、ほんのわずか楽になったと思ったけれど、それが間違いだったとわかったのは考えを散らされた次の瞬間だった。

 

「んんっ……っ!? んんーーーっ!!」

 

 視界が真っ白になる。これまでの異物感とは全く違う、快楽の電流が背筋を通って脳内で暴れ狂う。絶頂。その波が引くことなく、常に連続して私の身に襲いかかる。お尻の中に入り込んできた新たな蟲が腸内を目指して進むだけで、意識を保てなくなるほどの快楽を浴びて、そこにさらなる快楽が襲いきて強制的に目覚めさせられる。

 

 快楽による意識の浮き沈みが連続して余計なことを考えられないせいで、己の中をぬぷり、ぬぷりと他の個体の体液を満遍なく広げるかのように這い回る蟲たちの状態を感じ取る。それができてしまった。

 

 全ての蟲が同時にびくりと震えたこと。その意味を考えようとする心は快楽の波に押し流され、一瞬だけ戻っていた理性が意味を理解するよりも先に、結果がやってきた。

 

 全身をぶるぶると震わせた蟲たち、それも私の中を這い回っていた個体だけではなく、表面に体液を塗っていた個体も同様に。離れたところに存在する個体までは快楽によってチカチカと真っ白になったり戻ったりを繰り返す視界ではわからない。

 

 けれど確かに、私の何かしらを犯していた蟲たちは体をぶるぶると震わせて、亀頭によく似た形をした部位から大量の生暖かい液体を出す。

 

「んん……っ!? んぅーーーっ!!」

 

 全身の穴という穴がその液体によって満たされ、そしてワンピースによって隠された肌もその汚濁によって汚されていく。抵抗など許されるはずもなく、己の肌が、体内が、自らが萎びていきながらもその粘液を放出し続ける蟲たちによって染め上げられる。それを受け入れることしか許されない私は、己の口の中を満たし、それでもなお止まらないその粘液を、内側に向かって吐き出されていたという事実もあって、吐き出すことを考えすらせずに嚥下する。それが、決して超えてはならない一線だと心のどこかで理解しながらも、ためらうことなく行なっていた。

 

「……ぁ……」

 

 体を内側まで含めて隅々洗ったその粘液が、蟲たちの精液だったのだと理解が追いついたのは、ぽとりと口の中からこぼれ落ちた、射精して萎びて死んだ蟲の死骸を見てからだった。幻視するのは、蟲を孕みお腹を大きくした私の姿。聖杯戦争のための戦力補充である以上、このお腹が大きくなるのは時間の問題。

 

 目眩がする。絶望感に打ちひしがれる。これから先、聖杯戦争が終わるまでの間毎日のように蟲に犯され続けることになるのか、と。もうこんな現実にいたくない。この地獄を意識を残したまま、正気のまま乗り越えられるとは全く思えず、その絶望の中に私自身の意識を沈めていく。

 

 ーーーけれど、そんな私の意思など蟲たちには関係ない。

 

 すぐさま別の蟲が、未だに体内に残る蟲の死骸を己の体ですりつぶし、強引に突き進み始めたことで私の意識は覚醒させられ、さらなる絶頂の渦へと飲み込まれることになった。

 

 

 

 

 

「へえ、こうなったか……」

 

 学校より帰宅し、気絶していたイリヤをその場から動かすことなく体内の状態を確認する。彼女の口、膣内、アナル。それぞれ犯していたのは見た目には全く同じながら別種の蟲。作り上げる最初の工程では、魔術的な媚薬を混ぜることで女を犯すことに特化させた種別という点では共通しているが、射精の形で吐き出された体液にはそれぞれ違う効果を乗せている。

 

 例えば、口から摂取した蟲と体表をずるずると這い回っていた蟲は体液に媚薬の作用があり、肉体を蟲の陵辱に対して快楽を感じるようにして産卵母体の状態を整える役割。膣を犯していたのは精子を吐き出し、母体となる魔術師の卵を強制的に排卵させて受精する。新種の蟲を生み出すための体液。最後に、アナルに吐き出されたものにはこれまでの蟲の受精卵がそのままコピーされたものが混じっていて、これまでに作られた種類を量産する。ただの趣味で三穴を同時に責め立てているわけではないのだ。

 

「うん、予想よりも順調なペースだし……」

 

 そして、体内に粉状にして塗りたくられた蟲たちの死骸は、愛液、腸液に溶けて人体に吸収させることで膣やアナルを蟲を産み出す環境としての”場”としての形を整える。あの死骸にすら意味がある。けれどそれらによって進行する蟲の産卵母体としての調整具合よりもーーー

 

「自分を犯す蟲たちの排除は叶わないと悟って、その結果『願いを叶える』特性を持った魔力が自己強制証文を破らない形で、なおかつ犯されないようにするために『自分の肉体を間桐の母体としてのそれに近づける』形で作用するなんて。さすがに思ってもみなかったぞ」

 

 これじゃあ、十年以上かけて間桐の母体として調整されて来た桜が可哀想だ。そんなことを思う。まあ、これで生まれる成蟲の種類次第ではさらに産んでもらうことになるから関係ないが。

 

 既存の種類の蟲であっても、母胎となる魔術師の魔力の質や量によっては通常生み出した時よりも遥かに強くなることがある。聖杯である彼女ならば生み出される魔蟲は最高レベルのものであろう。それを考えれば、アナルは聖杯戦争の間はずっと、蟲を産み出すために使うべきだろうか。

 

「まあ、その辺りはあとで考えればいいか」

 

 蟲の精や体液によってぐしょぐしょになったワンピースと下着を脱がせる。それだけの行動でも気絶したまま軽い絶頂を迎えながら膣から潮と一緒にいくつかの受精卵を出している彼女を見て目を細めた。

 

「蟲よ」

 

 魔術回路を起動して、二匹、同じ種類の蟲を呼ぶ。陰茎の形をした淫蟲の一種だが幼蟲の頃から防御術式を吸収させていたために、とにかく硬い代物。それを、限界まで蟲の卵を溜め込んでいる膣とアナルへと、中の卵が出てこないように栓として挿入する。

 

「目を覚ましたか」

 

 びくん、とイリヤスフィールの体が震える。いきなりの挿入に大きな絶頂を覚えたらしい。そして、それにより意識が戻ったようで、目を開く。赤い瞳が俺の姿を捉えて、続いて目を覚ますまでの自分が受けた陵辱を思い出して逃げようとして、それだけでまた軽い絶頂を迎えた。淫蟲が、それによって滲み出た愛液を啜る。より強大な魔蟲になって、さらに力強く封をする。

 

「な、な……」

 

 最初は掠れた声で、そして次第に声を取り戻し、なんてことをしてくれるんだ、と言葉を繋げようとしたイリヤスフィール。けれどそれも途中で軽く体の表面をなぞるだけで、快楽を感じて男に媚びる甘い声へと変貌する。

 

「安心していいさ。今の状態でこれ以上お前の肉体で孕ませるのは無理だ。そんな、もったいないことはしない。……この調子なら、日付が変わる頃には産み落とせそうだな」

 

 魔蟲は、卵の中にいる本体の成長も速度が元から早いこともさることながら、生まれるのと同時に己の卵に吸収した母体の魔力をも吸収して、蟲同士の交尾や全ての蟲の素体となるものを産ませる場合を除いては、属性や種類の最低限の方向性が決まる。つまり、母体の魔力が豊富であれば豊富であるほど誕生も早まるので、これまでの経験からして、大体の予測がつけられる。

 

「”出産の時間になるまで、その二匹の蟲を外すな”」

 

 命令を下して、桜のお古である服に魔術をかける。単純な水の魔術で蟲の精液やらイリヤスフィールの愛液やら、蟲の体液やら、イリヤの汗やら、もろともに全て洗い流し、そしてそのまま服についた水分を操って、服から切り離すことで乾燥させる。

 

 イリヤ本人に対しても同様に、体表に水を走らせて体に付着した液体を流しとる。さすがにそちらまで普通に洗った後に水分を完璧に切り離すのはーーー大部分が水で構成された人体から表面についている人体に関係ない水分のみを取り除くのはできないので、さっと表面を洗い流すに止める。それでも十分なほどにホムンクルスという完成された人体の美を取り戻した彼女は、けれど腹の部分は大量の卵で膨らんだままという背徳的な雰囲気も纏っている。

 

「とりあえずお前には急ピッチで……それこそ明日の夜には聖杯戦争のために外に出られる程度の蟲を産んでもらうからな」

 

 しかし、劣情を抱くというよりも先に、その腹の中で存在しているであろう卵の数を思い、これではまだ足りないなと判断して、そう宣言した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二月四日 

 百を超える大小様々な卵を絶頂と共に吹き出し、潮吹きと排便を同時に行なっているような状況のイリヤスフィールの嬌声をBGMに、彼女の吹き出した愛液と共に押し流されてきた受精卵から産まれた、産まれたての新種の蟲がどういった代物かを理解する。

 

「なんともまあ、使いづらそうな蟲だなこれ」

 

 イリヤスフィールの肉体に施した蟲による調教の結果、彼女の感覚ではすでに外をまともに出歩くことすら難しくなっていることを考慮して、蟲蔵にてその出産を行いながらも、出産を続ける相手には目もくれず、ただ新しい蟲の使い方についてのみ思案する。

 

 その蟲の性質を端的にいうなら、イリヤスフィールが使用していた鳥型の使い魔の蟲バージョン。小型の魔力炉心を持ち、わずかながらも魔力を自力で生成できる。そこにイリヤスフィールの魔力の性質……「願いを叶える」という特性が乗ったことで、俺が送り込んだ魔力と自前の魔力でできる範囲で思った通りの現象を起こす。

 

 できる範囲をきちんと把握しておかないと、この蟲を大量に同時使役した時の威力などが想定以上に跳ね上がってしまう危険性もある。そうなれば周辺被害は大きくなる。戦場において人質を使うのは立派な作戦ではあるが、アヴェンジャーの性格を考えるに民間人をそのために巻き込む、という類は決してダメ。最初からわかっていて、その上で潰せる懸念事項なのだから潰しておくに越したことはない。

 

「イリヤスフィール。今から俺がお前が産んだ蟲の性能テストをしてくる間”お前は蟲をもう一度孕め”」

 

 命令を行う。その宣告に、快楽に流されながらも理性を残していた表情に絶望の色を乗せるイリヤスフィールだが、彼女には歯向かうことは許されない。その彼女に、もう一つの命令を下す。

 

「”そして、今行なった出産での子供と同じ数を孕んだら、そのまま魔力を卵に流して出産を早めろ”」

 

 卵に必要なのは魔力のみ。故に戦力を手っ取り早く増強するのであれば孕んだ直後から魔力を送り込ませる方が効率的だ。蟲を呼び出しイリヤスフィールに殺到させて、その間に一度蟲蔵を出て新蟲の力を試しにかかる。

 

 幸い、というべきか。今日から聖杯戦争に戻る、ということを前提にした時にイリヤスフィールにかかる負担はそれほど大きくない。せいぜい、最初の出産を含めて三セット。つまり、あと二回同じ数出産すればそれで済むのだ。……最悪、今日中に戻ろうとした場合に肉体が負担に耐えかねて死んでしまう可能性も予想していただけに、その場合は明日以降に戻る形にして今日は限界まで出産させる程度で済ませるかと思ってもいたのだ。

 

「さてと、それじゃ試すとするか」

 

 魔術回路を起動する。あの工房は、そこで誕生した生命に対して強制的に「支配」の魔術をかけるための術式を壁の内側に加えてあるために、これらの蟲が自分の使い魔として動かない可能性など考える必要すらない。数時間に及ぶ実験の果てに、最初の感想である「使いづらい蟲」という評価は覆りそうになかった。

 

「魔力量が一定で、その規模で発現させられる魔術までしか使えないのはともかく……まさか、使用者の魔術属性でも魔力の使用量は他の属性の同難易度の術式と同じなんて……」

 

 火属性の術式であれば俺は扱えないから、この蟲に命じて火属性の魔術を使わせればいい。けれど水属性の魔術であれば、これを使用するよりも自分で使った方が、同一の魔力量でより力強い術式になる。願いを叶える属性(無色透明)であるためにどんな()にも染まりうるが、代わりに個人個人が持つ属性()は扱えないために、これを使って使用する(描いた)魔術(絵画)は全てが平等になる。

 

「まず根本的に、火を使わないといけない状況でこれまでに火を使えなかった俺が、とっさに火を使うなんて判断にたどり着けるわけないだろ……」

 

 そういう意味ではとんでもない外れかもしれない。けれど、既存の蟲たちはしっかりと強化されているので彼女に出産させるのはそっちだけでもいいかもしれない、なんて考えてから、これからの彼女を使ってのプランを立て始めて、イリヤスフィールを蟲たちに犯させていることを約十分程度忘れていた。

 

 

 

 

 

「イリヤスフィール」

 

「なに、よぉ……っ!」

 

 肌が敏感になっていることを理解した上でもう一度ワンピースを着せて、そしてその上で胸や秘所などに触れながら、彼女に話しかける。母体としてのそれを蟲の母体として、間桐の後継を産む母体として、そのどちらもの調整の度合いについて確かめるための行為の最中、いくつかの伝えなければならないことを伝えることにした。

 

「お前の聖杯の器。それを使用するつもりはないぞ」

 

「どうい……んぅ!?」

 

 開いた口に指を入れて歯茎をなぞる。イリヤスフィールの体に触れる行為の全てが、イリヤスフィールを快楽の沼に叩き込む所業であると理解して、喋らせるのは面倒だから事実だけをただ伝える。

 

「まさか、五騎の英霊を自分の器の中に入れればこの地獄から逃れられるとでも思ったか? 悪いけど、第三次の時点でお前らがしたアヴェンジャー召喚(反則行為)は、かなり前から知ってるんだ」

 

 正確には、魔力経路を繋いだ日に行った支配の魔術。その時に「お前の知る聖杯戦争についての情報、その全てを洗いざらい話せ」と命令したことでそれらを知ったので、「かなり前」と言っても二日前のことなのだが。

 

「だから、俺たちも俺たちで反則行為をさせてもらう。もとより聖杯をまともじゃないものに変貌させたのはお前たち(アインツベルン)だ。こっちが勝った時に正しく扱うため、間桐の方でも聖杯を用意させてもらったぞ」

 

 つまり、言いたいことはわかるなと。そう告げて

 

「”お前はこれから先、脱落したサーヴァントの魂をその器に取り込むな”」

 

 そちらの用意した聖杯は信用できないとして、こちらの聖杯に全権を譲るように命令。

 

「”そして、間桐の聖杯を完全に駆動させるため、バーサーカー、ヘラクレスの魂を聖杯間のつながりを通して移譲せよ”」

 

「い、いや……っ!」

 

 その言葉が終わると同時、イリヤスフィールはこらえようとしていたが、それを無駄とあざ笑うかのように巨大な魔力の塊が抜けていくのを見た。ふっと消失したそれだったが、数瞬のタイムラグを挟んで邸内にいる桜の様子がおかしくなったことに気がついた。サーヴァントの魂の移譲。それを数日以内に行うことを宣言していたからこそ、この程度で済んでいるのかもしれないが、少なくとも桜は一瞬、それに耐えることができなかった。

 

「バーサーカー……! あ……」

 

 消失。おそらくはこの呆気にとられた表情はそういうことなのだろう。蟲が見た桜の変調と、イリヤスフィールの呆然とした姿からそれが事実だと判断する。彼女がここまでバーサーカーに固執するわけはわからないが、それでも精神的な支柱だったのだろう。……もしかしたら、今なら。

 

「そういえば、母体としての調整について教えてなかったな」

 

 バーサーカーが共にいる、ということがイリヤスフィールとしてのあり方を保つ精神的支柱だったのだとするなら、今ならちょっと押せば壊せるかもしれない。

 

「すごい結果だったぞ。俺の蟲は臓硯のように間桐の母体としての調整には向いてないんだ。俺がその調整をする必要なんてないからな。せいぜい行う調整なんて蟲を産むための母体にする、程度だし、間桐の母体としての調整もそれを利用して行うからかなり拙いんだ」

 

 でもイリヤスフィールについては違う。初日の蟲に犯された後のタイミングで確認した時、いくらなんでもおかしいと思って「支配」を使って無意識下で何を考えて何をしたのかまで知っている。そのことを伝えればーーー

 

「でも、お前は違う。たった二回犯されただけで、桜が十年近くかけて調整されたうちの六割程度まで調整を済ませてたんだ。当たり前に考えておかしいよな? プロフェッショナルが十年近くかけないとできなかったそれを、素人がわずか一日で六割も成し遂げたんだから。……そこには、確実に何かの理由があるはずだ。そう思って”支配”の魔術をかけたら、眠っているお前の無意識下の人格が答えてくれたよ」

 

 ーーーおめでとう。

 

「お前は、自分が蟲に犯される苦しみから少しでも早く抜け出したかったから、自分の肉体を間桐の母胎としての調整を聖杯としての願いを叶える力を使って自分から行ってたんだ。『私を間桐の母胎にふさわしくしてください』って」

 

 なあ、聞かせてくれよ。

 

「バーサーカー……自分の死因となったヒュドラの毒を攻撃として九十も受けて、一撃で死んでもおかしくないそれをお前を守るために全部ちゃんと受けてから消失したヘラクレスのマスターとして、恥ずかしいと思わないのか?」

 

 ヘラクレスのことを信用していて。彼のマスターとしてふさわしくあろうとしたのだと信じて。その言葉を告げる。少しでも早く楽になろう、なんて。原点の死因を受けながらも苦しみに耐え抜いた彼のマスターとして恥ずかしくないのか、と。

 

「嘘……嘘よ……」

 

「嘘じゃねえよ。言ったろ? 無意識下のお前に聞いたって」

 

 俺が自信満々に嘘をついている可能性を彼女は否定できなくて。けれど話の筋道としては通っているのだ。臓硯がどういう怪物か知っているアインツベルンからすれば。そして、俺が語ったことは全部真実。だから、彼女は否定するために必要な材料を探して、そして何も見つからなかったのか沈黙。

 

「あ、はは……」

 

 乾いた笑いを漏らすだけだった。




ちょっと少し前の話を編集。臓硯とのスクロールの内容を、誓約を戒律とするための条件を「臓硯に聖杯に接続させること」としました。最初でなくてもいい形にしました。

最近出番のないアヴェンジャーくん。そろそろ出番あげたいなぁ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二月四日 夜

「マスター」

 

「わかってる」

 

 アヴェンジャーの言葉に頷く。今日、学校に行っている間に使い魔として偵察にはなっていた蟲が数体やられていた。やられた場所はいずれも柳洞寺の近くで、最近新都で起きている、ガス漏れ事故とされている人が倒れる事件……その正体である魂喰いによって移動する魔力の行き着く先も柳洞寺。これはもう、あの寺に何かしらのサーヴァントーーーおそらくは魔術に長けていると思われる魔術師のサーヴァント(キャスター)ーーーがいるとしか思えない。……可能性としては、マスターの力量が高いために新都全域からの魂喰いを行える組がいるという線も消えないが。それよりも、キャスターが魔術師としての力量が低すぎるマスターを得て仕方ないから自分で魂喰いをして魔力を補給しているという線の方が濃厚だ。

 

 故に、キャスターの正体を測るために、まずは見てみないことには始まらないということで誰かがあの寺に挑むのを新都のビルの屋上で見張りながら待っているのだ。

 

「それにしても、来るのか?」

 

「数日のうちには必ず誰かが来るさ。……いや、違うな。誰が最初かまではわからないけど、遠坂は確実に来ると思う」

 

「ほう……? なぜだ?」

 

「あいつはこの地の管理者(セカンドオーナー)だからだ。あいつも相手がキャスターだってことには気がついているだろうから、無策で向かうとは思えないけど、時間をかけるわけにもいかない」

 

「魔術に関してはよくわからん」

 

「……そういやお前には魔術師の逸話ないもんな。わかりやすくいうなら、別の国の連中がお前の国にやってきてやりたい放題やってるって状況なんだよこれ」

 

「なるほどな」

 

 二人で寒風吹き荒れる中、ビルの屋上でただただ待ち続ける。一応ホッカイロを貼ってきているから問題はないが、それでも寒いことには変わりない。できることならとっとと出てきてほしいものだ。

 

「……そういえばマスター」

 

「今度はなんだよ」

 

「あの幼子のことだ。愚物に成り下がった我を呼んだ、あの幼子」

 

「イリヤスフィールがどうかしたのか?」

 

「貴様はあれに対する八つ当たりを行うと言った。そしてそれは成り、あれは自らが最も信頼した相手にふさわしくない行動をしたのだと、犯され疲弊した状態で突きつけられたことで壊れた。……それこそ、貴様との性行為を受け入れるようになるまでな」

 

 その言葉に思い出す。イリヤスフィールは、あの後壊れたかのように乾いた笑みを漏らし、そしてバーサーカーのマスターとしてふさわしくない自分を認識して。彼女の中の絶対の信頼を裏切ってしまったことで、それなら何がふさわしいのか、と自分の価値のようなものを探していた。聖杯の器、それはもう桜に役割を奪われている。御三家のマスター、敗退した上にバーサーカーのマスターとしてふさわしくない以上、バーサーカー以上のサーヴァントは彼女の中にはいないために切り捨てていた。

 

 他者から与えられたアインツベルンの聖杯という役割を奪われて、与えられ、それが自分だと誇れるようになったバーサーカーのマスターとしての己は自らの手で穢した。

 

 その上で彼女が見つけたのが、無意識下だったとはいえ自分から選んだ「間桐の母体」としての自らの女体の価値だった。彼女は今やそれにすがるかのように、俺に犯されることを喜び、俺の役に立てると蟲に犯されることを喜んでいて。自分で壊しておいていうのもなんだが、正直に言って不気味だった。

 

「貴様は、少しは満足したか?」

 

「いいや、全く」

 

 間髪入れずに返す。俺の目的。その内容は忘れていない。魔術師という存在そのものを起源まで遡って抹消することと、それに伴う魔術師としての己の削除。魔術師一人(イリヤスフィール)を壊した程度で満足などするはずもない。

 

「ならばいい。これで満足していたというなら、貴様の恨みは所詮その程度のものだったということだ。私の恨みは、まともに行動していては敵わぬほどに強大な相手が対象だ、それこそ奇跡に頼らねばならないほどに。なのに、その私を使役する貴様が、己の力だけで潰せる程度の相手を恨んで、それを潰して満足する程度では。私自身の見る目が疑われるというもの。……ああ、そうだ。神に成り下がった愚物よりも、人である私の見る目がないなどと認めるものか。それを認めてしまえば、神に迎合することこそが正しき道であったかのようではないか。そんなことを認められるわけがない。我が妻子を殺した神々に迎合することが正しいとは断じて思えない」

 

 ーーーよって貴様の存在を消していた。

 

 その言葉に嘘はない。笑い話のように、冗句のように語るそれは、殺意を見せずとも本気であることがひしひしと感じられた。だが、アヴェンジャーの考え方には多少なりとも慣れてきた。神性を初めとしたヘラクレスが持つ代物によって肉体の性能に差が出るのはともかく、強化された肉体以外の部分ではヘラクレスよりも上であることを示さないと気が済まないのだろう。

 

「そういや……」

 

 そこで、神への嫌悪を出したことで一つのことを思い出す。

 

「ランサーを探しに行こう、とは言わないんだな?」

 

「今のところ、奴は姿を隠している。見つけ次第、神性を持つあの男を殺すことに変わりはないが、だからと言ってどこにいるのかわかっていて、なおかつ放置すれば面倒なことになるキャスターを放置してまで探し出してやろうとまでは思わん」

 

「そういうもんか……」

 

 戦士としての観点。俺個人は別にランサーに恨みがあるわけでもないので後回しにすること自体に問題はないのだが、アヴェンジャーがランサーを一切探さずにキャスターを監視するだけの俺に対して文句を何も言わないことが気になったところ、そんな答えが返ってきた。

 

 まあ、どういう理由であれ、方針に従ってもらえるのならそれ以上を口にすることはない。そう思ってもう一度、監視している使い魔から得られる視覚情報に同調しようとしてーーー

 

「へえ、俺のことを探してくれてたのかい? 嬉しいねえ」

 

 そこで、背後から声をかけられた。俺の耳に言葉が届くよりも先に、出現より一歩先んじてすでにアヴェンジャーがそちらに視線を向けている。その瞳に宿ったのは神に連なる者を視界にいれなければならない嫌悪と、それを捻り潰せる機会が自らやってきたことへの歓喜。

 

「マスター」

 

「わかってる」

 

 言葉にせずとも、アヴェンジャーの体から溢れる殺気が雄弁に語っている。キャスターの監視ではなく、この男の排除を行うと。背後からやってきた男は数日前に見たランサー。アヴェンジャーの言葉に頷いて許可を出し、そしてランサーも口笛をひゅうと吹いて獰猛な笑みを浮かべた。

 

「いいねぇ……。その殺気、生前でもなかなか出会えるもんじゃなかった。こういう相手と出会えるから、聖杯戦争ってのはいいんだ」

 

「私としては最悪だがな。神に連なる者を視界にいれねばならんという事実は」

 

 アヴェンジャーは大弓を取り出して、ランサーは名も知れぬ深紅の呪槍を構える。ランサーが動き、その姿が俺の目には捉えられなくなったことで、三騎士の一角、最速の英霊との戦いが幕開けた。

 

 

 

 

 

 二十を超える神速の刺突の雨。槍の津波、点攻撃による面制圧。そんな尋常ではない代物をアヴェンジャーは弓により全てを防ぎ、捌ききる。一目で、本気の技でありながら全力を出し切れていないと看破できる代物。技術と能力が割にあっていない。神性を宿していることも考えればもう少し強くても良さそうなものだが。けれどアヴェンジャーはその疑問を有したまま、わざわざ出させてやる義理もないと凌ぎ切ったところで攻勢に回る。

 

 イリヤスフィールの魔力をもアヴェンジャーに供給できるようになった事実はこれまで十全に扱えなかった一つの宝具の起動を完全な形で行えるようになるという形で還元された。発動する宝具の名前は十二の栄光(キングス・オーダー)。アルケイデスが忌むべき名が、ギリシャ最大の英雄として残した十二の難行を具現する。

 

 神話にて記された第五の偉業。その一端を開帳する。川の流れを捻じ曲げることで強引に家畜小屋を洗い流したその行い。それはつまり、その男は自然の摂理を捻じ曲げるに足る力を持っていたということに他ならない。難行を成し遂げながらも何かの動物、あるいは装備を明確に確保したわけではないその行いで、彼が得たのは自らの力の証明。

 

 よって、開帳された第五の偉業は確かに、アヴェンジャーの筋力を瞬間的に引き上げた。連夜の見る限りはランサーの敏捷に匹敵するアヴェンジャーは、彼が最も力を発揮できるーーーとは言っても並大抵の英霊では彼が本領を発揮するまでもなく倒せるのだがーーー弓兵(アーチャー)としての距離を得るために大弓で殴り飛ばす。

 

「ぐっ……っ!?」

 

 先ほどまでの攻勢において、防御に使われたものとは桁外れな重さの一撃に、先のそれを基準として考えていたランサーは、その重さの全てを逃しきることができずに弾き飛ばされる。

 

「死ぬがいい」

 

 そこに、アヴェンジャーの矢が迫る。ランサーは瞠目する。あり得ないほどの神気。一撃でも受ければ戦闘続行を持っていたとしても敗退しかねないそれに。彼にかけられた令呪の後押しもあって、「本気を出さずにこの危機を脱する」ためにわずかながらもかけられた制限が緩み、極限以上の集中力を発揮する。アヴェンジャーの体には先ほどまでついていなかった帯が存在していることを確認しながらも、それ以上の詮索をする時間はない。

 

「お、オォォォーーー!!」

 

 放たれたのは九つの神気を纏った矢。神気に隠され通常の毒矢など、受けては終わりの代物がないことも視認済み。矢避けの加護は存在するが、そんな程度でどうにかなる代物ではない。故にランサーは咆哮をあげて、まずは第一の矢に槍を叩きつける。槍から伝わる威力、それは空中という悪条件と重なり、ランサーを以てしてもどうにもならない衝撃として伝わり吹き飛ばす。そこに二の矢が滑り込み、それを見ることすらもせずに槍を叩きつけ、もう一度別方向に吹き飛ばされるランサー。一つ一つの矢を対処しながらも吹き飛ばされる様子を見て、アヴェンジャーは番えていた矢を消した。

 

「聖杯戦争のルールを逆手に取ったか」

 

 神に連なる者にふさわしい下劣な手段よな、と嗤うアヴェンジャー。矢を迎撃しながらも、彼が飛ばされていくのは人が多い方向。おそらく九発全てを迎撃し終えたところで、そこで戦ってしまえば絶対に民衆にバレてしまう、という位置にまでたどり着く。今から新しく矢を撃っても意味がない。あるいは第四の難行から、神速の聖獣を呼び出せば追いつけるかもしれないが、マスターである連夜も乗せて移動するとランサーに追いつく速度に彼が耐えきれず、彼が耐え切れる速度だとランサーに追いつけない。おいていくという選択肢はない。そうしてアサシンやキャスターに殺される危険が、最もアヴェンジャーを殺しやすい手段なのだから。

 

「仕方あるまい。……だが、次はない」

 

 貴様の縛られていた力の全てをねじ伏せるまで、とアヴェンジャーは宣言して、そうしてこの日の間桐の聖杯戦争は終わった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二月五日 朝

 身体中を走る痛みで目を覚ます。昨晩の戦闘の終了後、イリヤスフィールの魔力を含めて体に流すのは今のままだと魔術回路の容量の問題で桜のそれと併用するのは難しい、ということが発覚した。帰ってきた時点ではまだ魔術回路は多少傷ついていた程度だったが、これからもああして戦うことになると思うと、魔術回路の拡張は必須だった。

 

 だから、霊的なパスを繋ぐための性交だけではなく、昨晩はイリヤスフィールの魔術回路の一部を肉体に貰い受けるため、目的の違う性行為を行なった。

 

 昨晩の移植が成功したのかどうか、それを確かめるために魔術回路を起動する。己の魔術回路を流れる、魔力という異物は元より、これまでに流すことができるはずもなかった、魔術回路が存在しなかったと思われる空間すらも魔力が流れて、慣れぬ感覚が痛みとなって体を苛んだ。

 

 けれど、これで十分に魔力を受け取ることができる。今は俺の中にあれど、大元がイリヤスフィールの魔術回路であるから、俺の内側で俺の意思で動かせるイリヤスフィールの魔術回路という状態。経路を通して流れてきた魔力を、俺の魔術回路よりも強靭であるその回路に流し込むことで自分の魔術回路の損耗を防ぐ。そんな仕組み。

 

「おい、起きろ」

 

 上で眠る裸の少女を起こす。未だに互いの性器は結合したまま。昨晩の情事の残り香を漂わせ、イリヤスフィールは目を覚ました。目をこすりながらも正面にいる俺のことをその寝ぼけ眼で捉えて、これまでのそれとは違うふわりとした笑顔を浮かべる。

 

「おはよう、御主人様(マスター)

 

 間桐の母体としての自分にすがるしかなくなった少女は、その価値を与える俺の奴隷のような状態。もしも俺が見捨てれば、それこそ何も残らない状態であるがために。言葉すらもわかりやすく従順になっていた。笑顔ながらもその目には常に捨てられることへの恐怖があり、蟲に犯されたことで削られた思考力のせいで瞳の光もほのかに濁っている。もうすでに、そこに逆らう意思も抗う意思も感じられない。言われれば、自己強制証文の効果がなくとも股を開くであろう。

 

 愛玩動物(ペット)であり性玩具(おもちゃ)でもある今の彼女は、貫かれているお腹がぽこりとわかりやすく俺の肉棒の形に膨らんでいる。そんな彼女の中に肉棒を押し付けて精液を吐き出す。はあ、と熱い息をこぼしたイリヤスフィール……イリヤは今、感覚を鈍らせる魔術をその肉体に使用されて、蟲によって過敏になっていた感覚を普通の人よりも多少過敏な程度にまで一時的に戻している。セックスをするか蟲に犯されるかでもないとその魔術を解除するつもりはない。

 

 昨晩の情事の痕跡を洗い流し、イリヤも服を着る。今のところは戦力にそこまで困っていないというか、俺の使役できる範囲……はともかくとしても、俺が状況を確認しながら使役できる二倍の蟲が存在する。多少砕かれた程度では問題ないし、そもそもそれで二セット使い潰しても魔術師との戦いに勝利しきれないようでは、いくら蟲がいたところでその魔術師には勝ち目がないと判断したほうがいい。イリヤを学校に連れていくわけにも行かない現状、蟲の産卵などの聖杯戦争に対する備えをしている最中ならともかく、それを行う必要性がない今は家の中に置いたままでは臓硯が何をしでかすかわからない。

 

 自己強制証文(セルフギアス・スクロール)は、聖杯戦争に優勝するまでは臓硯には決して効力を発揮しないのだから。

 

 なので、日光を嫌う臓硯のことと、すでに裏切らないという前提で話を進めて日中家の外に出ることを許可して、その上でもしものために聖杯戦争関係者への自分からの接触と、接触された場合の状況説明、さらには聖杯戦争関係者の存在する間桐邸以外の場所に近づくことを禁じた。

 

「ほほう……!」

 

「うげっ……」

 

「マキリ、ゾォルケン……」

 

 部屋を出ると、そこには臓硯が立っていた。ニヤニヤとしながら一度二度と俺とイリヤの間で視線を移動させてから、からからと笑う。その笑い声だけで十分不快な思いをしながらも一体何の用だと言わんばかりの視線を向けると、上機嫌なままの臓硯は、わざわざ説明してくれた。

 

「全く、その目はなんじゃ。アインツベルンの小娘の調教が進まぬようであれば手伝ってやろうと思った祖父心を……」

 

「それでされる調整は、俺用の調整じゃないだろうが」

 

「まあ、儂は貴様と違って、蟲の母体とするのは普段はせぬからな。そういう意味では確実に貴様専用の母胎とするのは不可能じゃったが」

 

 そうして、その粘つくような、枯れたような、けれどその内側には不老不死への執着という熱量が灯っている瞳を受けたイリヤが、俺の後ろにとっさに隠れて服の裾を握る。

 

「うまいこと調教しよったな。これでもう、少なくともその小娘は貴様を裏切らん。そして貴様も間桐から完全に解放されるために儂を裏切らんのだから、儂が手出しする必要もなかろう」

 

 本気で楽しそうに。おそらくはこれまでで一番聖杯戦争優勝に近い状態になっているために愉悦を隠しきれないのだろう。遠坂、アインツベルン含めて、御三家の中で一番最初に悲願を成就するのは儂だ、といった感じだろうか。この蟲爺の考えはよくわからない。

 

「ああ、そうだな。これで、桜を聖杯として使っても、俺は魔力供給源を失わないってことだ。勝ち残るために、アルケイデスを維持するのは必須なんだから」

 

 そうだ。どういう手段を用いてもいい。最終的に魔術師という存在そのものをなかったことにするのだから、「桜が聖杯となりそのことに桜の人格や魂が耐えきれずに死んだ」事実も消える。聖杯なんて代物は魔術師が存在しないために作り出されなかったことになるのだから。

 

「ふむ……そういえばの話じゃが。桜はしばらくの間衛宮の倅のところで世話になるようじゃ」

 

「へぇ……」

 

 どういうことだろうか。そうなる理由に皆目見当もつかない。でも、確かにそれは好都合としか言いようがない。確か遠坂と衛宮はあのバーサーカー戦を見る限り同盟を組んでいたように思える。衛宮の家に下宿しているまでだから、きっとそうだと信じたい。でも、つまり。それなら桜が衛宮邸に泊まることであいつらの行き先とかがわかるかもしれないのだ。

 

「……っていうか、間桐の聖杯なのに、桜を衛宮の家に行かせたのか」

 

「いきなり行かなくなるのは、自分が聖杯戦争の関係者です、というようなものじゃろうが。お主が遠坂の当主に桜がマスターであることを暗示するような発言をしたが、未だに遠坂の当主はわかっておらん。となると、姉心として桜の体を調べて令呪がないことを知る。そうなれば、砕かれる心配は少ない。何せ、聖杯戦争には桜は参加しておらんのだからな」

 

「間桐に置いておくと対城宝具を食らった時に破壊されるってか」

 

「そういうことじゃ」

 

 からからと、思った通りではなくとも自分の目標の成就に向けて順調に進んでいることを喜び笑う臓硯の横を通り、学校へと行く支度をした。

 

 

 

 

 

「あ、連夜先輩」

 

「衛宮か」

 

 学校に向かう道中、桜の思い人でありセイバーのマスター……つまりは敵である衛宮士郎と出会った。

 

「聞いてるかもしれませんけど、桜。今日家に来た時に倒れて……」

 

 頭を掻きながら、苦笑いで告げる衛宮。けれど次の瞬間、その苦笑いは顔から消え去り、少し怒ったような表情になる。

 

「その原因が、家の中がピリピリしてて緊張感が酷いからって言ってたんです。あんたら、一体何をやってるんですか……!」

 

 桜のために心の底から怒っている。それは、ありがたいことで。桜の男を見る目はちゃんとあったんだなと思いながらも、少しばかりイラっとしたのでこちらも言い返させてもらうとしよう。

 

「衛宮、お前も聖杯戦争の参加者だろ?」

 

「え、あ、はい……って、ちょ……!」

 

「大丈夫だ。魔術師がどうこうとか話をしてても近所の人からしたらそんなものが実在するなんて思えんだろうしな。むしろ堂々と、聞かれたら『小説家になりたいからその作品の設定を煮詰めてるんです』とでも言っておけばどうにかなる」

 

 慌て始める衛宮だが、実際に使わなければ、自分が魔術師だと口にして、それを証明するような何かをしなければばれるはずもない。

 

「それで、俺たちが何をしてるかっていうと……桜のためになることだよ」

 

「……どういう意味ですか?」

 

 言葉にして、それを聞いたことで慌てていた状況から、桜を倒れさせるほどにピリピリしておいて何をいうかという表情に変わった衛宮。それに対して笑うように、嗤うように。衛宮に告げる。

 

「そもそもうちの家系は廃れて来ててな。桜は魔術回路が多いけど、俺はそんなことはない。前回の聖杯戦争は聖杯が使われて破壊が広がる前に聖杯が破壊されたから、十年前程度の被害で済んだ。その時の残留魔力もあって早く開催されるだろうって思ってたうちの爺さんは『早く行われるであろう聖杯戦争のために育てた魔術師』である俺と、今はまだ何も知らされていないが『俺が敗北して死んだ場合、間桐の家の再興のための政略結婚の道具』の桜として分別した」

 

「……慎二は?」

 

「そもそも魔術回路を持ってない」

 

 続けるぞ、と言って、頷いた衛宮に話を続ける。少しばかりの嘘は入り混じるが、『桜のためになること』という事実は変わらない。だから堂々と言える。

 

「さっきも言ったけど、桜は俺が死んだ場合の次回以降の聖杯戦争のために取っておいてあるって状況なわけだ。でも、これでも兄なんでな。桜に自由な恋愛をしてもらいたい。そのために必要なことは何か? 簡単だ。桜が聖杯戦争に勝つための道具なら、桜を道具にする必要をなくせばいい。……つまりは俺の勝利だ」

 

 むしろ

 

「俺からしたら、お前の方がどうかと思うぞ? お前は自分が言ったその言葉が自分にも返ってくるって本当にわかって言ってるのか?」

 

「どういう、意味ですか?」

 

「藤村先生。あの人、お前の姉代わりだろ? お前は俺が聖杯戦争に参加したことで桜を悲しませてるってことを詰って来たけど、お前もちゃんと自分が敗北して殺されたらあの人がどれだけ悲しむことになるのかってことをわかった上で参加したんだよな?」

 

「それは……」

 

 多分、考えていないと思っていたが、やはり考えていなかった。いや、考えたかもしれないが具体的にどれくらい悲しむのかを他人から言われて初めて考え始めた。衛宮のことだ。おそらくは聖杯戦争で出る被害を考えて参加したんだろうが、その被害に自分が含まれない保証が何もないことも、そうなった場合に悲しむ人間がいることも忘れて、『被害を受けることになるかもしれない人たちのために、防がないと』といつもの異常な正義感を発露したんだろう。

 

「まあ、考えずに参加を決めたっていうなら、もう一回自分の実力と、それを見て勝ち抜いて無事に生き残って帰れるかどうかを考えて、もしも死んだ時に自分の周囲の人をどれだけ悲しませるのか考えて。そこまで考えて、もう一度『聖杯戦争に参加するか』を考えるといいさ」

 

 そう言ってひらひらと手を振りながら、その場で立ち止まって考え始めた衛宮をおいて学校に向かうのだった。




また改竄されたスクロール。臓硯の聖杯戦争後の手出しを消すためになんども修正中だよ!

ちなみに臓硯はここまでやれた主人公に対して結構大きな期待を抱いてるよ!! 下手なことして変に動かれるぐらいなら黙って待ってようと思う程度には!!

御三家主人公にした場合、一番楽なのは「聖杯戦争の真実を知った状態のキャラを書ける」ってことですよね。特にアインツベルン。作者の持つ聖杯戦争の知識と主人公の持つ知識にはルート展開以外の差はないんですから。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二月五日 夜

 母胎としての存在価値を望むイリヤを相手にしてから夜の街に出る。これがこれから毎日続くのかと思うと憂鬱だが、ああしてしまった以上は仕方ない。確かに母胎としての役割を果たしていて、次代の間桐を生み出す胎にはふさわしいそれ。俺が死んだ場合の魔術師の間桐の存続や、もしくは考えたくもないことだが俺の願いが叶えられないとなった時にはあれを胎盤として使う必要がある。

 

 嫌な想像をしてしまった。俺の願いが叶わないはずがない。アヴェンジャーとの話し合いは済んでいる。その効力の大きさから珍しいもののはずなのに短期間に見過ぎな気もするが、俺も自己強制証文で「アヴェンジャーの願いが実行されず、その上で彼が自害を受け入れる」ことで「アヴェンジャーの願いを第五次聖杯戦争のサーヴァント七騎が取り込まれた聖杯に願う」ということを誓約した。

 

「よし……今日も張り込みだな」

 

 新都、および深山町全域に放った蟲からの報告を得ながら、柳洞寺の監視のために、もしもキャスターが攻め込まれて姿を見せることがあったなら即座に矢を以て撃ち抜けるように、アヴェンジャーが寺を視認することのできるビルに向かっていた。道中で特に何か起こるわけでもなくビルにたどり着こうとしたタイミングで、寺の前に衛宮とセイバーがいることに気がついた。

 

「アヴェンジャー。俺を連れて跳躍しろ。階段やエレベーターで上がる時間が惜しい」

 

「了解した」

 

 寺の前にいるということは、いつ戦いが始まってもおかしくはない。セイバーの対魔力を考えればキャスターが順当に敗れるのだろうが、それならそれでセイバーの手の内をどれだけ明かしてくれるのか、そう考えると見逃すわけにはいかないカードだっーーー

 

「ん??」

 

 ビルの屋上にてアヴェンジャーが視認するのと同時に、俺の蟲から届いた映像が俺の視界を覆う。

 

「あれが、キャスターか?」

 

「いや、どうなんだろう? キャスターだったとしても、わざわざセイバーの前に出てくるか? それも、絶対に勝ち目がないであろう剣まで持ち出して」

 

 というか

 

「あれ、反則じゃないか? 確か聖杯戦争って西洋の英霊しか呼び出せないって聞いたぞ」

 

 俺たちの視線の先にあるのは、青い長髪をポニーテールにした和服の美男子。剣、それも刀を持っている。どこからどう見ても純正の日本人だった。けれどセイバーが踏み込まないことから見て、そいつがセイバーを相手にして接近戦をしても、全く劣らないであろう剣士であることはなんとなく理解できた。

 

「……まあ、いいや。どんな反則をしたのかまではわからないけど、あれはキャスターじゃない。……いや、もしかしたらキャスターなのかもしれないけど、正規の英霊じゃない、だって東洋の英霊をまともに呼び出す手段はこの聖杯戦争にはないんだから」

 

 あるいは、正規の英霊ではないからこそ、キャスターのくせにセイバーに負けず劣らずの剣士としてもここに現界しているのかもしれない。けれど事実は今この場からの監視ではわかるはずもなく。声を聞こえる範囲まで近づければ確実にバレるために、これ以上近づくことはできない。

 

「一番正解に近いのは多分、あのサーヴァントのマスターとキャスターのマスターが同盟を結んでいるのか。それともキャスターがあのサーヴァントのマスターを操ったか。そのどっちかだろうな」

 

 それにしてもあのサーヴァントのクラスはなんだろうか? バーサーカーはすでに消滅済み。セイバーは衛宮のサーヴァントで、遠坂のサーヴァントは剣を使っていたことは確認したけど、セイバーは他にいるし何かわかりやすいものを使っていたわけではないので一旦保留。ランサーはマスターまではわからないがあの蒼い槍兵。ライダーはまだ見たことがなく、アサシンはあそこまで堂々と正面から戦うことはないと思うし、反則行為で召喚されたキャスター、という線で見たとしても、ライダー、キャスターのどちらか二択。そもそもアヴェンジャーが召喚されている関係で四騎士のどれかは確実に一つ存在しないのだ。

 

「アサシンのサーヴァント」

 

「え……?」

 

「今この場で、奴の唇の動きを読んだ」

 

「……お前、多芸すぎない?」

 

 アヴェンジャーの読唇術曰く、奴の正体はアサシンらしい。けれどそれを否定する材料はあるくせに、それよりもまずはアヴェンジャーのできることの多さに驚く。戦いが始まったことを視認して、セイバーとまともに打ち合っているところを見て、ようやくそのクラスに対する疑問を口にする。

 

「いや、というかそれはないだろ。真っ向から最優と名高いセイバーとまともに戦えるだけのスペックを持ったアサシンって。それって剣を持って接近戦するアーチャー。魔術師のくせして魔術を使わずに殴りに行くキャスター。騎乗の逸話がないライダー、みたいなもんだぞ?」

 

「だが、そう言っていたことに違いはない。……真名も言っていたようだが、さすがに異国の英雄の名前を、この国の発音でされてはわからん」

 

「真名まで……!?」

 

「ああ。セイバーやあの小僧の驚愕からして、おそらくは真名だろう」

 

「……なのにアサシンのサーヴァント?」

 

 真っ向から名乗りを上げて「やあやあ、我こそは」ってやる、影に潜むべき暗殺者?

 

 なんだそれ。

 

「……とりあえず、キャスターが援護のために出てくるようなことがあれば即、射殺してくれ。魔術を使う時間をやりたくない」

 

 なので、今できるのはそれだけだった。

 

「了解した」

 

 じっと待つこと数分程度。ただ、こうして他のサーヴァントが戦っているのを見ると、戦闘そのものにかかる時間はそこまで長くないのかと思ってしまった。

 

 これまでに見た戦いは、基本的にはアヴェンジャーの代物。こいつが負ければ死ぬ、俺にとっても命の危険を感じられた戦いだった。そうでなくとも、サーヴァント同士の戦いというものに慣れていない状況で見ていたものだった。けれど今回のこれは、多少の慣れはある。少しばかり目が慣れてきて、ギリギリ残像を追うことはできている。だからこそ、これまではアヴェンジャーのそれと同調していたために自分の脳が処理しきれる速度で展開されていた戦いを、本来の流れの中で感じることができて、ようやく戦闘にかかっている時間というものが理解できーーー

 

「っ!?」

 

 そこで、衛宮の体が透け始めたことに気がついた。あれは……

 

「空間転移!?」

 

 気がついて発狂しそうになる。魔術師であるからこそ、その行為の異常さに気づく。動いている最中の衛宮に対して座標を確定させることなどできるはずもなく、衛宮が本当に柳洞寺に来ようとするのかもわからない。セイバーを探しているのに、別の場所に間違えて行ってしまうかもしれない。

 

 諸々の困難を考えれば『衛宮士郎が柳洞寺に着いてから空間転移を用意し始めた』ということになり。

 

 ただでさえ難易度の高い空間転移という魔術。それを数分足らずで用意し終えるその魔術師としての力量。こんなものが近代の魔術師にできるはずがない。間違いなく、キャスターは神代の魔術師。それも、わざわざ別の場所に転移させた、という点から見てセイバーと打ち合っていたのはキャスターではない。アサシンとも思えないままなので仮称としてアサシンとしておこう。

 

 直後、セイバーの顔色が変わる。アサシンの攻撃も止む。……セイバーの動きが止まるのはまだわかる。マスターである衛宮が死んだのだろう。……桜が悲しむなという感情と、合理的に敵のマスターが一人死んだことでサーヴァントも消滅するという考えが同時に湧き上がる。

 

「え……?」

 

 けれど、消滅させられる危険性を考えればアサシンはセイバーを攻撃するはず。そのはずなのに攻撃をせずに、そして数秒後にはセイバーを寺の中に通して霊体化した。わけがわからない。セイバーがあの状態で霊体化しない理由も、アサシンが通した理由も。あらゆる状況が理解できない。

 

「寺の中と山門の外っていう遠距離から、新しい契約を結び直した……? それも、あの表情を見る限りセイバーの承諾なく……?」

 

 なんだそれは。そんなことができてしまうのか神代の魔術師は。こうなってしまってはどうしようもない。セイバーのマスターを殺してセイバーとの契約を奪ったのだから、あのセイバーの対魔力次第ではあるがある程度の時間はセイバーを従わせるのに必須だろう。ならーーー

 

「ああ。私の知る限りでは一つだけ、そのようなことを可能にする宝具がある」

 

 そう考えて、アヴェンジャーに指示を出そうとして、そこでアヴェンジャーが発した言葉によって、怒りを持っていることに気がついた。

 

「それって……?」

 

「メディア。コルキスの王女メディア。サーヴァントとなりうるだけの霊格を誇りながらも、逸話のうちに宝具を持たない魔術師。……故に、あれの宝具は逸話そのものが形を成したものだ」

 

「メディア……」

 

 どういった魔術師だっただろうか。己の中の知識に検索をかけて引っ張り出す。

 

 メディアーーーコルキスの王女ーーー裏切りの魔女ーーー?

 

 数秒かけてたどり着いた。裏切りの魔女というのが彼女の逸話であるのなら、その宝具も裏切りに準じるものであるはず。ということは

 

「相手に対して裏切りを強制させる宝具?」

 

 衛宮に、キャスターを倒そうとする自らの行動を裏切らせることで、キャスターを守ろうとさせて、キャスターの戦力を増加させるためにセイバーを譲った?

 

「そこまではわからん。私も見たことがないからな。だが、その類の宝具だとしても弱点はある」

 

「……衛宮を空間転移で呼び出したことか」

 

「そうだな。おそらくはその宝具の効果を発動させるための触媒として、何か形を与えられているはずだ」

 

「……なら、今日は一旦帰る。できる限り衛宮を殺さないって約束したんだ。まだ、キャスターがいらなくなった衛宮から記憶を消して空間転移で返す可能性もある。明日の夜までに衛宮が行方不明のままだった場合、相手の知覚範囲外からの超々長距離射撃で柳洞寺ごと吹き飛ばすぞ」

 

「……了解した」

 

 不満そうではあるが、己の現界を維持してくれる女性への配慮をしてくれるアヴェンジャー。いや、その配慮よりも、相手が本当に魔術の神の弟子(メディア)である確信がない、ということも大きいかもしれない。けれど何よりも、今の宝具についても『相手がメディアである』ことを前提にした考え。だから、この考えが間違っている可能性もある、ということが一番大きいのだろう。

 

 一日、できることなら衛宮が明日の朝には家に戻っていることを祈りながら、今日という日の聖杯戦争を終わらせることにした。




まさかの士郎ここで退場。Fateルートの生き残るルートと死ぬルートの二つをまぜまぜした感じ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二月六日 朝

「衛宮は帰ってこないまま、か」

 

「士郎、死んじゃったんだ……」

 

 朝食の席、さすがに昨晩いなくなったばかりの人物、それも藤村先生という一般人枠の人が来ない状況下で衛宮士郎が帰って来なかったと言って、そこの魔術師たちが衛宮の死亡を理解しても、それ以上のことをすることはないだろう。そう判断してテレビのニュースにはそこまで期待せずに、衛宮邸の周囲を見ていた使い魔からの視覚情報と同調する。

 

 そこから得られた情報を呟くとイリヤもそう、とだけ言って、つまらなさそうな顔になる。が、それもすぐに戻り、朝食を続ける。直後に桜からの『先輩を知りませんか』というメールが来る。桜自身、もう予想はついているんだろうが、それでも一縷の望みをかけての言葉だろう。倒れた衛宮を俺が回収している可能性、というものに。そんな極小の物に頼る時点でもう殺されている現実を理解して、その上で生きている可能性を捨てきれなくての発言だったから、俺もどう答えるべきか悩んだ。

 

『衛宮は昨晩、柳洞寺に行くのを見た。その時が最後だから……多分もう』

 

 明言するつもりになれず、それ以上は書かずに桜に送る。これで言いたいことは伝わるはずだ。桜を悲しませたくないから生きていてほしいと思っているのは事実だけど、同時に魔術師としての部分が衛宮はすでに死んでいる。死んでいなかったとしてもセイバーを陣営に取り込んだキャスターごと柳洞寺を吹き飛ばしてしまえばいい、と断じている。

 

「多分、アサシンもキャスターの宝具で陣営に取り込まれてるって考えたほうがいいか」

 

 遠坂のことだから勝算を見つけてから戦いに行くのだろうが、それでは遅すぎる。勝算を見つけるのにかかる時間で、キャスターは絶対に届かない相手になりかねない。故に速攻を行う必要があるけれどーーー

 

「イリヤ」

 

「ん? なあに、御主人様?」

 

「柳洞寺に巣食うキャスターを、長距離からの狙撃で寺ごと焼き払う場合、大空洞と大聖杯は大丈夫か?」

 

「んー、アヴェンジャーの宝具なら、使うやつ次第では大丈夫じゃない? さすがに天空を支えたっていう剛力を使い始めたら、山なんておしまいだろうけど、神気を纏った矢なら多分……」

 

「そうか」

 

 イリヤに大聖杯の強度を尋ね、問題はないと言われたことで、柳洞寺をそのまま消し飛ばす一撃をも作戦として立てられた。そんなことを考えていると、イリヤが椅子に座る俺の股の間に入り込んできていた。

 

「はあ……少しは自重しろよお前」

 

 ため息をつきながらも許可を出すと、イリヤはズボンに手をかけて俺の逸物を取り出す。誘うように、これまでの調教によって本能的に覚えた淫靡な仕草と視線で、確かに情欲は高められた。外気に触れた時にぶるんと震えた性器が、その情欲を発散する場所を求めている。イリヤの視線がそれに吸い寄せられる。けれど触れてはこない。命令を待ち続ける。

 

「”お前の口を使わせろ”」

 

「はーい」

 

 返事は軽く、けれどその表情は笑顔に移り変わる。誰もが見惚れるような可愛らしい笑顔で、淫蕩に塗れた行為に耽る雪の妖精。その神秘性を淫らな行為にてただの牝となる時に脱ぎ捨てる姿を見られるのは自分だけと思うと、少しばかり剛直に硬さが増したかもしれない。

 

「んむ、んちゅぅ……ちゅぅ……!」

 

 ぴちゃぴちゃと己の唾液で淫らな水音を立てるイリヤ。すでに幾度となくこうして口での奉仕を行われてきたためにすでに彼女は、俺に奉仕する時どこを吸えばいいのかをしっかりと理解している。口淫による快楽は背筋をぞくりとさせるほどの快感を生み出していた。

 

「ん、ぐ……だ、出すぞ……っ!」

 

「あはぁ……いっぱいでたぁ……」

 

 間桐の魔術師として修行を受けた時に、いずれ母胎を孕ませることを含めての修行の内容だったこともあって俺のペニスは尋常じゃないほどの精と、人外じみた大きさを誇っている。人間にはありえない大量の口内射精を、最初は飲み込みながら、途中でペースが追いつかなくなり口が膨らんで、最終的には口から離して全身をドロドロと精液によって穢した。

 

「これで朝はおしまいだ、”我慢しろ”」

 

 服の上にかかった分、少し緩くなったワンピースの胸元から服の中に潜り込んだ分。それらを浴びて恍惚とした顔を晒しながら、股から愛液が溢れて、太ももを通って床に落ちているイリヤに命令する。命令によって性的な行為は許可が出るまでできなくなったイリヤは、数日間朝昼晩と常に性交を終えた後に同じ命令をされ続けたことで多少は捨てられるのではないかという思いが消えたようで、不満そうな顔をするけれどただそれだけ。

 

「あ、そうだ。御主人様」

 

「どうした」

 

 ゴクリと、喉を鳴らして精液を嚥下したイリヤスフィールは、その女を感じさせる表情のまま一つのことを告げた。

 

 

 

 

 

「ちょっと今日は学校休むわ」

 

 臓硯にそう告げて、俺は郊外に存在するというアインツベルン城にイリヤを連れて向かう。俺一人で向かえば、絶対に工房と化している敷地内を抜けて城にたどり着くのは不可能。今回目的とするのはアインツベルン城を拠点の一つとすることであり、アインツベルンにある礼装やら何やらを奪い、自らの戦力として扱えるようにすること。

 

 そして何より、間桐の聖杯を下ろす地の候補とするために、そこの霊脈を確認する必要がある。すでにイリヤが俺の所有物である以上、イリヤの城とやらも俺の所有物であることに変わりはないが、こういった作業に関してだけは間桐の魔術師としての調整は一切受けていないイリヤではできない。だからこそ、俺が出向く必要がある。

 

「あなた、お嬢様に何をしているんですか……!」

 

 そうして出向いた先にて、イリヤに先導される俺を見て、イリヤがいたことを感知したのかやってきたホムンクルスのメイドが怒りの表情を見せて睨んできた。

 

「お嬢様もお嬢様です! 何日も戻らず、戻ってきたと思ったら見知らぬ男を連れて! わかっているのですか!? お嬢様はーーー」

 

「何を怒ってるのかしら、セラ」

 

 そこに冷えた声。魔術師としてのイリヤが数日ぶりに姿を表す。

 

「この人は私が連れてきた客人よ。それも、聖杯戦争に敗退して、聖杯の器としての仕事もこなせなくなって、今回の聖杯戦争においてはアインツベルンの大負けとしかいえない状況で、私たちに新たな導をくれる、大事な、大事な、ね」

 

「そ、そんなことを急にーーー」

 

 すっと、腕をあげる。今回のアインツベルン城襲撃に際して、抵抗するならホムンクルスの命を奪っても構わないとすら言われている。袖の下から飛び出した蟲が、怒号をあげようとしたそのホムンクルスのうちに入り内側から火属性の魔術によって小規模な炎を起こす。人としての原型を保ったまま死んだそれを蟲どもに食わせて、先に進む。

 

「やっぱり抵抗するのね……」

 

「ま、そりゃいきなり自分の仕えるお嬢様がこんな男の奴隷になって好き放題されて喜んでいます、なんて言われて喜ぶ輩はいないってことだ」

 

「それは、そうかもしれないけど……」

 

 城に入る。もう一人メイドがいたがそちらに関してはイリヤがさっくりと殺し終える。心臓に鳥型使い魔の魔力弾を受けて穴が空いた死体を、蟲に食わせることで処分した。

 

 イリヤが使っていたという部屋にてこの土地の霊脈を探る。

 

「っ……!?」

 

 これまで魔術を使用した時とは比べ物にならない痛みを一瞬、魔術回路を起動しただけで味わった。その痛みに顔をしかめて、殺せ……? 今、何かが思考に混じったような。

 

「イリヤ、俺の体に何か起きてないか?」

 

「ん? ちょっと待ってねー」

 

 少しきになることではあったが、今となっては魔術回路は確かに動いている。よってそのあたりの精査はイリヤに任せて、俺は霊脈を探り始める。イリヤから何も変ではないと言われたところで俺も調べた結果が出た。

 

「……ダメだな、これ」

 

 間桐の霊脈あるいは大聖杯のある柳洞寺の霊脈が一番、間桐の聖杯に相性がいいとは思っていたが、ここまで差があるとは思っていなかった。アインツベルン城で起動するのは難しい。ただ、ここに来たのは無駄足ではなかったようで、もう一つの目的である礼装に関しては多少使えそうなものが見受けられた。

 

「ねえ、御主人様……」

 

「……お前、これが目的だったんだな」

 

 集め終わり、それを俺でも使えそうなもので一箇所にまとめると、どう考えても持ち運びが難しい量。仕方ないのでこの中からいくつか、有能なものを持ち出すに留めておくとしよう。そう考えた時に、イリヤがすすすと俺の横にぴったりと張り付いて来た。

 

「夜までだぞ」

 

「ええ。それだけあれば十分だわ」

 

 こいつの目的は”我慢しろ”という命令を解いてもらって性行為を行うこと。多少は不安もどうにかなったかと思ったが、実際にはそんなことはなかったらしい。臓硯からはアインツベルンが使えるかどうかの連絡さえくれればどうでもいい、というスタンスだったので、せっかくアインツベルン城にいるのだから、とこの城のイリヤの部屋に向かう。

 

 

 この時の俺はまだ気がついていなかった。あの、思考に一瞬混じった殺意のそれ。それを気にせずに霊脈に自らの魔力を同調させて調べる、というのがどれだけ危険だったのか、ということを。そしてそれは、すぐに代償となってやってくるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二月六日 夜

「柳洞寺ごとそこに巣食う三騎のサーヴァントを消しとばし、かつ円蔵山にある大空洞、および大聖杯には傷をつけるな」

 

 連夜の腕に刻まれた令呪を一画消費する。赤く発光した令呪が魔力を撒き散らしながら光を失い、アヴェンジャーの肉体に活力を与えていく。出力をどこまで上げればいいのか、円蔵山すら破壊しかねない一撃を放つわけには行かず、けれど生半可な一撃では三騎まとめての撃破は不可能。故にこそ、令呪による微調整は不可欠だった。

 

「了解した、マスター」

 

 大弓を取り出し、戦帯から引き出した神気をそこに込めていく。鏃に特別なものなど何もない、ただの変哲もない矢が、その一行程だけで万象を破壊し尽くす核にも匹敵する代物へと変化した。

 

 射法八節。それを、視認できぬほどの速度で行い、鏃は柳洞寺へと飛んでいく。それに興味の一片も抱かずに、アヴェンジャーはさらに矢を連続して番え、射出する。都合、二十五。それだけの数、一撃でもサーヴァントを滅殺するのに十分な威力を持った鏃を放ち、たった三騎のサーヴァントの殲滅を開始した。

 

「……っ!?」

 

 そしてそれを最も早く感知したのは、やはり魔術に長けたキャスターであった。

 

 自らの工房を容易に破壊する威力から、今から用意できる防御を付け加えたところで障害と認識されることすらなく貫かれる。その速度から、迷う時間など皆無。

 

 空間転移の術式を描き、己とマスターのみを転移させる。行き先の細かな指定などしている暇がない。一瞬だけセイバーを連れていくべきか否かを迷ったが、彼女の対魔力を考えるに空間転移の術式で転移させるには多量の魔力と、自分たちを転移させるだけの時に比べてはるかに大きな時間が必要となる。

 

 故に転移を敢行したところで、キャスターとそのマスター、葛木宗一郎は人気のない路地裏にたどり着き、直後に柳洞寺が粉々に破壊されたことを背後からの轟音で知った。セイバー、アサシンとの繋がりが消滅し二騎の敗退を悟ったところで、勝ち目が一手で粉砕された憤怒と、それを行えるだけの実力者がいることへの絶望とで彼女の心は支配される。

 

 合理的にすぎる魔術師としての面が勝ち目のない状況に「どうしようもない」という結論を出して、感情的な女としての面が「そんなことを認められない」とヒステリーを起こす。

 

「大丈夫か、キャスター」

 

 それを食い止めたのは、彼女のマスターからの心配の言葉。マスターの声を聞いたことで冷静さを取り戻し、何があろうと勝つのだという意思を取り戻す。それはひとえに、マスターとの出会いによって得た望みのために。

 

「ええ、問題ありませんわ、宗一郎さーーーま?」

 

 言葉を最後まで紡ぐ前に、彼女の心臓に矢が突き立てられる。この矢を放ちしアヴェンジャーの受けた命は「柳洞寺ごと相手のサーヴァント三騎を消し飛ばすこと」であり、一人生き残ったままではそれは達成されていないまま。山から離れたことで、山を崩落させて大聖杯を破壊しかねない威力の解禁をされたことによって、柳洞寺にいたキャスターがどこに移動したのかを令呪のバックアップで把握し、そこに狙いをつけて、一安心していたタイミングでその肉体を撃ち抜いた。

 

「キャス……」

 

 炸裂する神気。葛木がキャスターにかけようとしていた言葉は誰の耳にも届かないまま、キャスターを中心として発生した小規模な神気の爆発に飲まれて、キャスターのマスターは死に絶えた。

 

「……ぁ」

 

 それら三騎の魂は、アインツベルンの動きがなくなった聖杯ではなく、衛宮邸にある間桐の聖杯へと吸収される。今もなお起きたまま、二度と帰らぬ家主の帰りを待つ桜。そこに、三騎の魂がセイバー、アサシンはほぼ同時。それに少し遅れてキャスターの魂が入り込む。聖杯として「この世すべての悪」がサーヴァントの魂を吸収する最中、大聖杯が聖杯の機能を動かすために補助として「この世すべての悪」に染まった魔力を桜の中に流し込んだ。

 

 流れ込む悪性。けれどそれはいけないことだと抑え込む桜。それらは悪性有利ながらも、桜の先輩が帰る場所でいたいという、少女の純真な恋心によって確かに攻めきれず

 

「ぁぁぁぁ……!」

 

 だからこそ、流れ込んできたキャスターの魂。そこに刻まれた英霊の座に帰ったとしても決して忘れぬであろう宝石のような日々の中で、それを守るためにキャスターがセイバーのマスター(愛しの先輩)を殺したことを知った直後に、桜の抵抗はすべて消えた。

 

「……先輩、死んじゃったんだ」

 

 掠れた声で呟いて、桜は「この世すべての悪」を受け入れる。もう全てがどうでもよくなった。故に彼女の身は「間桐の黒聖杯」として完成して、その魔力の迸りを感じた、間桐桜の面倒を見るために残っていた遠坂凛がそこでようやく駆けつけた。

 

「桜! あんた、何やって……っ!」

 

「ああ、遅かったですね、姉さん」

 

 桜は姉の方を振り向いて、姿が変わった己をはっきりと姉に見せる。ゆらりと、姉に対するネガティブな感情が「この世すべての悪」によって表面化し、凛の影が存在する場所から”影”としか言いようのない何かが出現した。

 

「……! 下がれ、凛っ!」

 

 とっさにアーチャーが霊体化を解除して己のマスターを突き飛ばす。けれどそれだけ。アーチャーは膨張した影に飲まれて聖杯戦争を敗退して、そのまま突き飛ばされ尻餅をついている凛も、直後桜の影によって飲み込まれた。

 

「ふふっ……姉さんばっかり綺麗な体でいるのはひどいですもんね」

 

 その影の内側にて行われるのは凛への陵辱。彼女はこれから、桜が十年の時をかけて受けてきた性的拷問のすべてを永遠に受け続けることになる。それを思って桜は笑い、嗤い、哄笑をあげた。

 

「ああ、そうだ。……兄さんにもあげないと」

 

 ゆらり、と自分を完成させた兄へと魔力を供給する。先輩が死んだことを悲しみながらも、聖杯の力があればどうとでもなるから、と聖杯戦争をとっとと終わらせるために参加者である兄を優勝させるために魔力を流し込む。それと同時に、己の心臓に手を突っ込んで、そこからとある物体を取り出した。

 

「お爺様」

 

「さ、桜……」

 

 取り出されたのは一匹の蟲。臓硯の本体。故に人格がそこにはあり、そのあり方を一目見ただけで臓硯には、それが己の望む未来へと繋がるものではないとわかった。このタイミングで引き出された。その時点で嫌な予感しか彼の中ではしていない。

 

「これまでのお礼をさせてもらいますね」

 

「ま、まっ……」

 

 ぶちっ、と簡単な音が鳴る。臓硯の心臓とも呼べる蟲が潰れる。間桐の五百年にも及ぶ妄執。それが今、潰えた瞬間だった。

 

 

 

 

 キャスターを討ち滅ぼし、アヴェンジャーが弓を下ろした瞬間に、それは連夜の肉体にやって来た。

 

 流転し、増幅し、連鎖し、変転し、そうして渦を巻く罪。体の中へと入り込む人類史全てをかけて培われて来た悪性の数々。泥のように人体の内側に魔力の塊として残留し、濁流のように人間の善性を洗い流す代物。

 

 連夜のうちに流れ込んだそれは、総数から見ても、桜の中に流れ込んだ量から見ても微々たる代物。けれどそこには桜のように馴染むための何かが行われたわけではなく、だからこそ肉体を急速に汚染され、その痛みはこれまでの何かと比較できるようなものではなかった。

 

「が、があぁぁぁぁぁあっっっ!!」

 

 暴食色欲傲慢強欲怠惰嫉妬憤怒憂鬱虚栄心悲嘆が、連夜の中を犯し満たして悪性の一部へと変遷させる。

 

 吠える。咆える。吼える。与えられる悪性の総量に、連夜の体が耐えきれず崩れ、崩れるよりも先に悪性の泥によって作られていく。

 

 ーーーこれじゃあ兄さんが先に死んじゃいますね。

 

 そんな音を聞いた気がしたが、今の彼ではそれを理解することすらもできない。けれど次の瞬間、彼のそれは確かに指向性を持ったのだと、もうすでに働いていないはずの頭が確かに理解した。

 

 ーーーじゃあこうしましょう。

 

 与えられた指向性は彼の思想と行動に沿ったもの。すなわち、魔術師に対する殺意……憤怒と、今の己の状態に対する悲嘆。そしてこの聖杯戦争の間に彼が行った淫蕩に耽る情欲……すなわち色欲の三種。それ以外の悪性はそれらを高めるための純粋なエネルギー源としてのみ使われる。暴食は女体を食らう力へと。傲慢は女性に対する行動として。強欲は一度狙った以上は確実に己の手で手に入れる(殺害する)意思へと。巡り巡って変遷しながら、彼の力を強化する。

 

「……」

 

 アヴェンジャーはそれを見ながら、自分の内側に契約を通じて入り込んでくる微々たる量の泥をねじ伏せる。周囲の蟲たちにも泥の属性が追加される。連夜が使役できる蟲の範囲が、彼が瞬間的に泥で満たすことができる空間へと変わっていく。教会にいた神父が自らと同種のそれを心臓に飼っていることを把握して

 

「ふぅ……」

 

 そこでようやく、桜からの急激な魔力供給が止まって己の作り変えられた肉体を省みる余裕ができた。充実している魔力と、これまでにないほどの力を感じる己の身を、拳を握って開いては確かめる。

 

「……あとは、ランサーだけか」

 

 アーチャーが死に、セイバー、キャスター、アサシンが死に、バーサーカーも死んでいる。残るはアヴェンジャーとランサーのみ。桜を通じて、この聖杯戦争における参加者は残り二人だと知って、今は場所がわからないために一度戻ることにする。

 

 生まれ変わったばかりの肉体の性能を確かめることも急務だと思いながら。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二月九日

 目を覚ます。自分の状態をうまく理解できず、頭を動かして周囲の確認を。……見覚えがあるけれど、普段から見ている間桐の家の天井や、学校の保健室の天井でもない。ここは……

 

「アインツベルンの城、か?」

 

「ええ、そうよ」

 

 石造りの天井、見慣れぬ、けれどどこか高級な感じがある調度品。俺の眠っているベッドの質。そういった貴族の城か何かと見間違うような物資が見受けられた事実。それらから判断したところ、部屋にイリヤが入ってきた。

 

「今、どういう状況だ?」

 

 そちらに視線を向けながら問いかける。そして問いかけてから瞠目した。

 

 今の彼女は髪色とは対照的な黒のワンピースドレスを身に纏い、髪を黒のリボンで一つにまとめているのだが、そのドレスとリボンの纏う魔力が尋常ではない。

 

 そこまで考えてふと気づいた。

 

「お前、それ裸のままだろ」

 

「気づいた?」

 

 くるりとその場で一回転。ひらりと裾が舞い、白い肌もちらちらと覗くが、そもそもこのドレス自体が高密度の魔力の塊でしかない。要するに肌を魔力で覆っているだけだ。それを実行できるほどの魔力を持っているという事実が妬ましい。……妬ましい? どうしてそんなことを思う必要がある? 今のこれは俺の所有物で、この魔力もつまりは俺が自由に扱えるもの。妬ましいと思う必要はないし、これまでもそういう考え方で妬ましいなんて思うことはなかったはずなのに……

 

「二日前、御主人様が帰ってきた後に倒れて、今の今まで意識がなかったのよ」

 

 そんな俺の様子に気がつかず、少女はただ事実だけを告げる。

 

「その間に、夜になると街中を徘徊する何か、影みたいなものが出るようになってね、その後から私もこんなことをできるようになったの」

 

「……多分、桜の仕業だな」

 

「そうでしょうね」

 

 俺は、その気絶したという日に体を走った激痛の中で聞いた桜の声を思い出してそうだと判断して、そしてそれにイリヤも肯定を返す。

 

「元々が御主人様に流れ込んできた魔力で、その恩恵を受けただけの私でもこんなに膨大な魔力を扱える。そう考えると、聖杯ぐらいしかないもの」

 

 そこまで口にして、俺にしなだれかかってくるイリヤ。その瞳は蠱惑的な色を乗せて、こちらを誘っている。

 

「ねえ、御主人様?」

 

 二日間頑張ったから魔力(せーえき)ちょうだい、とその瞳は言っている。今、そんな場合ではないだろと思いながらもふつふつと湧き上がってくる性欲と、この女に対して湧き上がり自らの思考を邪魔する嫉妬をどこかで発散したいという思いから頷いた。

 

 

 

 

 

 こひゅっ、と目に光のない少女から軽く息が漏れる。幼い裸身を晒すその女体は、あまりにも男の欲望によって穢されていた。たった数時間のこと。普段のそれに比べても同等程度の時間の性行為は、普段のそれに比べて多大なダメージを与えながらも、それらのダメージを受けた彼女自身も、そして行った俺も全く痛痒に感じぬ状況となっていた。

 

「……」

 

 これ以上行えば彼女が死ぬ、と冷静に考える思考と、そんなことは知ったことか俺はまだ満足していない、とそれを放り投げようとする思考。それらが同時に入り混じり、今はまだ利用価値があると後者の思想をねじ伏せる。

 

「これも、あれの影響か……」

 

 行為の最中。無理矢理にイリヤを犯しながらも尋ね、答えさせた内容。それは、この二日間に何が起きたのかを話させる中で、俺とイリヤがこの魔力によって受けた影響についてだった。

 

 ため息をつきたくなる。要するに悪徳と呼ばれる類のそれを好んでしたがるようになったらしい。幸い、と言っていいのか俺のそれは今のところは所有物であるイリヤ関係にのみ向いているが、おそらく殺人については魔術師としての誰かを認識した途端に一気に増幅させられると思う。

 

 イリヤも、七つの大罪の一つとまで言われる色欲……つまりは性欲の部分に関して、俺に流れ込んだ指向性を持った状態の悪性が流れ込んだことでとても増幅されていた。具体的には”つまみ食い”と称して、俺が寝ている二日間の間に街中で男漁りをしていたらしい。それを聞いて独占欲が増幅されて、もとより増幅されていた色欲と交わり、激しいものとなった。

 

 そして、その後に聞かされた聖杯戦争の状態。それも、なかなかに衝撃的な内容だった。

 

「聖杯戦争が終わった、ね」

 

 ランサーの死亡。それが、桜からの連絡で最後に聞かされたことだったという。それによって第五次聖杯戦争における残りのサーヴァントはアヴェンジャーただ一騎となり、同時に桜は小聖杯として己の願いを叶えた。すでに彼女は大聖杯の内にて眠りにつきながら、己の望む衛宮士郎との日常を永遠に夢に見続ける。

 

「でも、なんでだ……?」

 

 桜が聖杯として完成してから衛宮邸内に襲撃があったことも聞いた。襲撃者の名前は言峰綺礼。この聖杯戦争の監視役。イリヤが桜という聖杯を回収しに行った時に襲撃が行われ、その時にすでに血肉が「この世すべての悪」に犯されていること、そして桜が聖杯として始動し始める直前、アインツベルンの城で霊脈を俺が桜の……サーヴァントを取り込んだ桜の聖杯の中から微かながらも「この世すべての悪」に犯された魔力を引き出した状態で魔力を通して検査したことによってアインツベルン城の霊脈は汚染されていたこと。それらの二つを利用してイリヤの肉体を一度「この世すべての悪」として聖杯の中に収納して、霊脈の魔力から肉体を形成し直すという、魔術師どもが聞いたら発狂しそうなことを実行して、桜はイリヤを逃したらしい。

 

 ちなみにアヴェンジャーは聖杯の泥みたいな状態のアンリ・マユを気合と根性でねじ伏せた、ということも聞いた。

 

「言峰が聖杯を狙うのは、まあまだわかる」

 

 所詮は監督役といっても願いを叶える権利が欲しかったのだろう。ただ、ランサーが死亡した理由。当たり前に考えてサーヴァントに人間が敵うわけがないので、つまりは自害を命じたのだろう。なら、それを命じたマスターは一体何が目的だったのか。桜はランサーのマスターが何者かはわからなかったようだが、そちらについても気をつけないといけない。

 

「……まあ、どっちにせよ。行かないといけないことには変わりないか」

 

 血肉を「この世すべての悪」に汚染された俺は、すでに人間としては死んでいる。心臓の動きは止まり、大聖杯からの魔力で動いている現状。

 

「アヴェンジャー」

 

「わかっている」

 

 けれど、すぐに出かけることはしない。今回の戦いはイリヤも戦力として連れて行くことができる。お互い全身が「この世すべての悪」の魔力によって構成されている状態。大聖杯をマスターとするサーヴァントに近く、けれどマスターとしても俺は確かにある。当時の状態をそのままに肉体を「この世すべての悪」で書き換えただけなれば。連れて行かない道理はない。

 

 監督役。聖杯戦争に関わらない中立な立場。令呪を分配したり、敗れたマスターを保護したりする立場。だが、逆に言えば「聖杯戦争において中立な立場を保つことができる」だけの実力を持っているとも取れる。監督役が持っている令呪を奪う、なんてことを参加者が考えられない程度の実力は。

 

 だから、戦力として使えるだけのものはすべて持って行かねばなるまい。いくら大英雄とはいえ、言ってしまえばサーヴァント一騎に過ぎないのだから。

 

 

 

 

 

「にしてもどうなってんのか……」

 

 一度、間桐邸に戻り準備を整える。風呂に入りさっぱりとした気分になってから呟く。イリヤを連れて帰ってきたことで、六日に発したアインツベルンの城に出かける際の命令は終了したことになる。そのために、あとでもう一度、次に出るときについてくるように命令を行なって、そして今からは間桐邸においてある礼装を今の状態で起動できるのか確かめないといけない。

 

我が命を食らいつくせ(蟲ども、とっとと起きろ)

 

 工房の中の蟲蔵に入り込む。魔力を流し込むことで、命令を受けた蟲たちがカサカサと蠢いて周囲にやってくる。すでに臓硯の蟲は桜による臓硯殺害で死滅している。俺の使っている支配の魔術によって使役されているぶんだけだ。

 

「イリヤ」

 

 背後にいる、連れてきたイリヤに声をかける。はあい、と甘ったるい声を出して、高密度の魔力で編まれた黒いドレスを解きながら蟲蔵の中心へと歩いて行く。それを見ながら、蟲たちに汚泥と化した魔力を流し込む。蟲たちは死骸に急速に近づきながら、最後の生存本能にしたがってイリヤを犯し子孫を残そうとする汚泥の蟲たち。それを見て

 

「三時間だ」

 

 イリヤの回復の時間を待つことを考えれば、どれだけ長く行えたとしてもそれが限度。アインツベルンで礼装の起動を確かめているときに蟲が泥に耐えきれずに死んだことから、蟲を戦闘に扱うにはそもそもの品種改良から行うしかなかった。戦闘に運用できる数はイリヤの普段の産卵から見て、犯してから一時間もあれば生み出せるとは思うが、それもこれまでの話。わずかばかりの余裕を持って二時間かかったとしても、聖杯戦争が行われるという夜までには回復しきるであろう時間を考えればこれが限度だった。

 

 聖杯が魔術関係である以上は、夜の間はそれを実行することは魔術師としてしてはいけないことだから。

 

 すでに眠りについてから三日目。聖杯を突発的に奪った言峰からしたら二日、そしてまだ姿を見せぬランサーのマスターからしたら一日、俺たちよりも早く準備をする時間があった。故にきっと、すでに使う準備は最低限は済ませているはずだ。

 

 俺も、蟲以外の礼装をこの五時間のうちに調整しておかないと。

 

 そう思って、白磁の肌が黒き汚泥に飲み込まれる姿を見送るのだった。




ちなみにこの日はセイバールートでライダーが死亡した日付です

アヴェンジャーに関してはね。fakeでただ泥に浸からせるだけじゃダメだったからこうなったの


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二月九日 夜

「言峰、綺礼」

 

 円蔵山、その大空洞にて待ち受けていた男の名を呼ぶ。背後には大聖杯。いまかいまかと生まれる時を待ち焦がれている中身を前に、そこでようやく今回の聖杯戦争における監督役である言峰綺礼という男の正体に気がついた。

 

「あんた、俺たちの同類なのか」

 

 その心臓に、確かに同じものを感じる。この世すべての悪(アンリマユ)。つまりは聖杯の中身。それによって生きながらえている彼は、確かに”この世すべての悪”と繋がっている状態の俺たちと同類であった。

 

「ああ、十年前からな」

 

 戦闘になるかと思い構えるが、言峰は動きを見せない。……どころか、聖杯への道を開けた。瞠目する。絶対に戦うことになると思っていたのに、戦おうという気すら見せない。

 

「……何のつもりだ?」

 

「私の目的はアンリマユの誕生を見届けること。間桐連夜、貴様が願いを叶えるというなら邪魔するつもりは毛頭ない」

 

「……そうかよ」

 

 歩いていく。信用ならざるために、今この場に来たことで使えることが発覚した、とある手段をいつでも行使できるように警戒はしながら。けれど言峰は一切の動きを見せることなく俺を通して、大聖杯の元にいくまでの間、邪魔立てすることはなかった。

 

「……」

 

 触れようとする。大聖杯への接続。それがなれば俺たちの聖杯戦争も終結する。アヴェンジャーも、珍しく高揚している。それだけ、望みが叶うこの瞬間を待ち望んでいたということなのだろう。

 

「待て」

 

 そこで、絶対の威風を纏う言葉が届いた。その言葉に動きを止められ振り返る。

 

「八人目のサーヴァント……」

 

 ありえないはずの存在は、すなわちイリヤがありえない理由を呼称した。七騎の英霊が争う聖杯戦争において絶対にありえない八騎目のサーヴァント。それが、今この場に俺を食い止める存在だった。

 

「どういうつもりだ、ギルガメッシュ」

 

 言峰が咎めるように声を出す。ということはつまり、これは言峰にも計算外のこと……?

 

「決まっておろう、言峰。我の女(セイバー)を許可なく誅した愚かな雑種を滅ぼしに来ただけだ」

 

 その言葉に言峰がため息をつく。ランサーからえた情報を伝えるべきではなかったか、と。そこで漸くランサーが自害した理由と悟る。つまりは言峰は一刻も早い聖杯降臨が見たくて、ランサーが邪魔になったから殺した、ってことなのだろう。

 

「マスター、聖杯に接続しろ。此度の聖杯戦争における勝者は我ら。戦争に参加してすらいない王に、勝者に与えられるべき特権を穢す権利はあるまい。願いを叶えるまでの時間は私が稼ごう」

 

 アヴェンジャーが最後の戦いにマルミアドワーズを取り出す。ギルガメッシュと呼ばれたサーヴァントが背後に黄金の波紋を呼び出し、そこから無数の宝具級の武器が顔をチラつかせた。

 

「綺礼、手は出すなよ。これは、我の妃に手を出したものへの誅伐。王たる我が下さねば何も意味がないのでな」

 

 気がつけば、イリヤが横に来ていた。いや、泥を使えばどこにでも現れることができるのだからおかしなことではない。それも、この場には大聖杯から溢れ出る泥が大量に存在するのだから、この場に限っては無制限の転移が行えるに等しい状況。それが追加されたとしても勝ちの目は見えないために、俺とともに大聖杯の中に接続するつもりなのだろう。

 

 触れる。霊的な接触。己の肉体から何かがすっと抜け落ちる。魂のような何かが泥の濁流に抗うように、聖杯の内側へと沈んでいった。

 

「遅かったですね、兄さん」

 

 脈動する黒い泥の内側に、血の色に染め上げられた空の果てに。あらゆる不浄を煮詰めたようなヘドロを纏って、黒い聖杯は姿を見せた。

 

「桜」

 

 その名前を呼ぶ。聖杯としてではなく、おそらくその中身がとっているのであろう、聖杯の意思が象る似姿に向けて。すでに桜は大聖杯に溶けている。もう意識もなく、俺がやって来た程度では衛宮士郎との甘い日向の日常から抜け出すことはできまい。

 

「はい。……とはいってもこの私は私ではありません」

 

 そしてその言葉を肯定するように、桜の姿をした何かは言葉を発した。

 

「私は、聖杯が聖杯として機能するための端末。勝者の願いを聞き届け、聖杯が現世に影響を及ぼすための”孔”から外界へと、その願いを叶えるにふさわしい形をとった魔力を吐き出すための役です」

 

「……一つ、聞かせてくれ。お前が聖杯の端末、聖杯の意思の具現化なら、俺の疑問にも答えられるはずだから」

 

 気がつけば隣に、イリヤも立っていた。どちらも驚くことなく、ただ会話を続ける。今の彼女は「この世すべての悪」の端末でもあるために、その気になれば聖杯の中(泥に満たされた空間)ならどこでもいけるだろうから。

 

「俺の願い、『魔術師という存在そのものを遥か過去からなかったことにする』っていう願いはどういう形で叶えられるんだ?」

 

 イリヤの魔術は「願いを叶える」属性を持ち、それは純粋なままの聖杯であればこその属性。ならばこの世すべての悪に染まった聖杯はどのようにして願いを叶えるのか。

 

「簡単ですよ。兄さんの考え方に沿って世界を変えるんです。……少なくとも”過去に回帰してどうにかする”っていうことはできませんから。そうですねぇ……多分、今の世界を全部滅ぼして、魔術師という概念をなくしてしまうんじゃないでしょうか?」

 

「……なら、ダメだな。その形では願いが叶ったなんて言えない」

 

 俺の願いの正確なところは魔術師という存在が消え失せることと、その上で自分も魔術師ではなくなって普通の人間として生きていたいというものだった。それが本当の意味で叶うのなら別にどれだけの被害を出しても構わないのだが、願いが叶わずに人類だけ滅ぶのは許容できない。

 

「ちょっと考えさせてくれ」

 

「ええ、わかりました」

 

 いくらでも考えてください、と口にした桜はその場で待ち続ける。イリヤは心配そうに俺を見て、けれど何かを口にすることはしなかった。

 

 

 

 

 

 初手は、ギルガメッシュの放つ無数の宝剣、宝槍だった。下手に避けては後ろの大聖杯にいかなる被害を与えるのかわからず、かといって叩き落とす、逸らすというのも音速で飛ぶ数十にも及ぶ宝具クラスの武器の数々、ということを考えればまともな対抗手段ではなかった。

 

 アヴェンジャーにそれができないわけではないのだが。

 

「ネメアの獅子よ」

 

 けれど彼が選んだのはどちらでもない。宝具、「十二の栄光」の起動。呼び出されるは第一の試練により得たネメアの獅子の毛皮。人理を否定する力を持つ毛皮は、ギルガメッシュ王の選定した、アヴェンジャーを殺すのに十分だろうと判断した無数の宝具を全て弾き、その偉丈夫を守り続ける。

 

「どうした、その程度か」

 

「戯け。そんなはずがなかろう」

 

 さらに波紋は増える。そこから展開されるのは先と同じく、けれど同じ形状のものは何一つない無数の宝具。ならば先の焼き直しかと思われるがそんなことはない。アヴェンジャーの目はそれらが全て神造宝具であることを看破していた。よって此度は毛皮では無意味。ただの動物を切り裂くようにあっさりと裂かれる。そう認識してアヴェンジャーがとった手段は前進。

 

射殺す百頭(ナインライブズ)

 

 神速の九連撃が他の武器を巻き込むようにして九つの武器に放たれ、その全てを撃ち落とす。落ちた武具は全てすうっと消え失せる。それを認識しながらもどこに消えたかまで認識する必要性はないとアヴェンジャーはさらに進む。

 

「では、これはどうだ?」

 

 次に展開されたのはアヴェンジャーの周囲。四方八方から放たれる神造兵装を全て撃ち落とすのは不可能。よってアヴェンジャーは十二の栄光を発動する。呼び出されたのは第三の試練よりケリュネイアの鹿。及びに第七の試練よりクレタの牡牛。ギルガメッシュの上空に出現した牡牛は炎を吐き、ギルガメッシュはアヴェンジャー相手に放とうとしていた宝具群を一度取りやめ、その攻撃に対する盾を取り出す。それだけの隙があれば十分。鹿に乗ったアヴェンジャーはその鹿の速度に任せて、周囲を取り囲む波紋群から脱出した。直後、牡牛は無数の宝具に串刺しにされて消滅するが、仕切り直しには十分だった。

 

「緩いぞ、英雄王」

 

「貴様こそ、腕が鈍っているのか、復讐者」

 

 言葉を交わした時点で、英雄王の懐にまでアヴェンジャーは潜り込んでいた。放たれた神速の九連撃。その全てを英雄王は己の宝具を盾にしながら凌ぎきる。追撃をしようとしていたアヴェンジャーが何かに気づき後ろに下がると、そこには上空の波紋から降り注いだ無数の宝具が突き立てられる。

 

「ふっ、ならばこれはどうだ」

 

 二度目の、アヴェンジャーの周囲を取り囲む無数の波紋。此度は最初からギルガメッシュの周囲に自動防御宝具がある。先と同じ手段での脱出は不可能。そう断じて、アヴェンジャーは己の第三宝具を起動した。

 

天つ風の簒奪者(リインカーネーション・パンドーラ)

 

 言葉とともに風が吹き荒れる。王の財宝の波紋が閉じる。宝具の所有権の簒奪。放たれる一本ごとの宝具ではなく、それらを射出するための門が奪われたことによって、ギルガメッシュは己の手で一本一本宝具を取り出すしかなくなった。

 

 あくまで奪われたのは門の開閉。蔵という概念そのもの。なのでアヴェンジャーはその内から何かを取り出すことなどできず、けれど中身があっても門はないギルガメッシュはすでに射出できない。

 

「ちぃっ……!」

 

 呼び出されたのは乖離剣。彼が最も信用する一撃。けれど、慣れぬ取り出し方ではわずかに遅い。真名解放には遥かに遠い。

 

射殺す(ナイン)ーーー」

 

 乖離剣エアが起動を始める。渦巻き始めたが、それももう遅く、意味をなさない。

 

百頭(ライブズ)

 

 剛腕九連撃。マルミアドワーズから放たれるその剣技は、ギルガメッシュの鎧によってわずかに力を散らされながら、けれどギルガメッシュの霊核に浅くはない傷をつける。

 

射殺す(ナイン)ーーー」

 

 大弓を取り出す。叩きつけた衝撃に逆らわずに吹き飛んだギルガメッシュにダメージは見た目ほど大きく入ってはいない。そう悟ったことによる追撃だった。

 

百頭(ライブズ)

 

 九匹の龍。かつて放った時よりも遥かに大きなそれに飲まれるギルガメッシュ。その姿は、反応は、射殺す百頭(ナインライブズ)が消失した後、一片も残ってはいなかった。




次回か次々回でおしまいー

(本来なら天の鎖による射殺す百頭が出る予定だったことは黙っておこう……)

ギル様との決着については悩んだけど、さすがにこのチート宝具食らって武器取り出せなくなったら勝てないだろ、ということでこれに出番がきました。まともに戦った場合に勝てるか勝てないか、それに関してはFakeの続き見ないと書けませんし、そもそも主人公負けたら話終わっちゃうし……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

XXX

「あ、今ギルガメッシュさんが入ってきましたね」

 

「そうか……アヴェンジャーが勝ったのか」

 

 ドクン、と世界そのものが脈打つようにして力が入り込んできた。

 連夜は、これで聖杯戦争が真に終結したことを知り、願いを叶える時間がきたことを知った。

 

「……俺が望んだ形じゃ、俺の願いは叶わないんだよな?」

 

「はい、そうですね。……だから兄さんは、まだここで考え続けているわけですし」

 

 桜の姿をした聖杯は言うが、考え続けたことでよりドツボにはまっているような気すら連夜の中にはあった。

 今の己を構成するのはアンリマユの呪い。

 これが魔術師による代物であればこそ、魔術師という概念が消え失せた後に彼の人格が残るのかどうか。

 

 かつて、まだ連夜が人間だった頃であれば、今の人格が消え失せることになったとしても間桐の魔術に犯された肉体を疎ましいと思ってそれを容認できたかもしれない。

 いいや、容認できたからこそ聖杯に託す望みをそれにした。

 

 けれど今は、悪性に犯されたことで、これまでにはなかった様々な、未練というにはおぞましすぎる代物が彼の中にはあった。

 

 人格の消滅を厭う、魔術師が消滅したとしても生きていたいという”強欲”が。

 イリヤスフィールという女体を味わい尽くしていないという”色欲”が。

 魔術師として、所詮貴様らはその程度かと他者を見下す、比較が。

 

 その他諸々、人類が悪性と断じた代物が彼の中で渦巻き、彼の思想を自分よりへと変えて、自らの存続を祈っていた。

 

 自分は生き残りながらも、魔術師という存在は消滅する。

 そんな夢のような未来を手繰り寄せる方法は何かないかと考え続けて。

 

「……あった」

 

 それを見つけた。

 

 その願いを実行するための夢のような手段。

 正面の聖杯の端末の姿が間桐桜……否、遠坂桜の、第二魔法を目的とする家系の人間の姿であることが、彼の中にその手段を見出させた。

 

「決まりましたか?」

 

「ああ」

 

 その言葉を聞いて、では願いをと厳かに告げる桜の姿をした聖杯。

 間桐桜の人格が表層から消えて、聖杯としての、願いを聞き届け、そして叶える機能が表層に出る。

 

「俺の願いは、魔術が存在しない世界で寿命を迎えるまで生きること。この肉体に寿命があるのか知らないが、それならそれで永遠に生きることだ」

 

「なら……」

 

「ああ。だから、そのための手段として”第二魔法”をよこせ」

 

「ふむ、なるほど」

 

 そこで、もう一つ声が響いた。アヴェンジャーの声、連夜の背後……いいや世界全体に響き渡るそれは外から聞こえるのだと、なぜか誰もが理解した。

 

「そもそも恨みの原因が発生しなかった世界に行く、か。私にはできないことだな」

 

 なぜなら

 

「たとえ、別の世界に行けたとしても”この我”が受けた屈辱と、それによって抱いた怒りは消えん。……だが、今を生きる人類にまで手を広げることもないのは事実……仕方ない。此度の聖杯戦争は”『ヘラの栄光』をこの手で殺した事実”によってよしとするか」

 

 ではな、マスター。

 そう言って、アヴェンジャーの魂も大聖杯の内側へと還ってきたことをそこにいた誰もが把握する。

 

「七騎の英霊に加えて、一騎で二、三騎ぶんの魂を持つギルガメッシュさん。これだけあればその願いも不可能ではないですね……」

 

「なら、頼んだ」

 

 ああ、それと。

 そう言って連夜はまるで普通のことを言うように、大聖杯を見据えて言う。

 

「お前も連れて行かせてもらうぞ、大聖杯」

 

 アンリマユの魔力、彼の肉体を構成しているその魔力は大聖杯からのもの。

 故に、その魔力が彼らだけが平行世界に渡った時に供給されるのかわからない事実から、魔力源として持ち運ぶことを宣言する。

 

「……兄さん、結構強引ですね」

 

 それが、魔術の存在しない世界に魔術を持ち込むようなことだと理解しながらも、その言葉を取り消すことはなく、聖杯も苦笑いをしながらもそれが願いであることに変わりないために了承の意を返すしかない。

 

「俺は人間なんでな。魔力切れは倒れる理由にはなっても死ぬ理由(寿命)にはならないんだわ」

 

 だから、魔術の存在しない世界で寿命で死ぬためにも魔力供給源にはついてきてもらう、と。

 

「それに、たった一回の平行世界移動で目的の世界にたどり着けるとか思ってねえよ」

 

 汚染されている聖杯なのだから尚更だと、そう宣言した。

 それに対して聖杯は反応することなく。願いとそこにたどり着くための過程が成り立っているからと頷いて、魔力が弾け飛ぶ。

 

 聖杯内部が光に包まれて、そしてーーー

 

 

 

 

 

 

 

 暗い室内に水音が響く。

 そしてそれに混じって、少女たちの、苦悶の内側に快楽を孕んだ声も。

 眼下の汚泥が流動し続ける部屋に視線を向ける。

 そこには、同じ年頃の、未だ幼き三人の少女がいた。

 

 一人は、黒髪の少女。

 膣とアナルの両方を蠢く泥に犯されながらも、その神秘性を保ち続ける者。

 連夜には名前などどうでもいい。

 ただ、その少女が聖杯としての機能を持っているとイリヤが気がついたことにより、自分たちが扱うためにふさわしい形に調整するために犯しているだけなのだから。

 

 一人は、白銀の髪の少女。

 イリヤと瓜二つであり、けれどその瞳には魔術師としての色が存在しない、ただの少女。

 ピンクのフリフリとした衣装を着ていたその少女は、平行世界のイリヤであり、連夜と同じ世界から来たイリヤが自分と同じ顔をしながら、とそんな衣装に身を包んでいることに憤慨して犯されることになった。

 魔法少女としての衣装を無残に破られ、わずかな残骸だけを体に残している少女は、白い肌の上を黒い汚泥が這っていて、その対照的な二色が目を惹く。

 

 最後の一人は、二人目の少女とよく似た、けれど肌の色が違う少女。

 イリヤを捉える直前に、イリヤから分離する形で生まれた魔力によって構成された少女。

 体が魔力で構成されているために、最も魔力の泥による影響を受けやすい。

 時折、肌の上を這う泥か、膣、アナル、それとも口を犯す泥か。どこかの泥の影響でビクビクと体を震わせながらも、涙目でこちらを気丈にも睨もうとして、その瞳が直後に快楽に蕩ける。

 

 全て、この世界で捕獲した少女たち。

 すでにいくつかの世界を渡りながらも、未だ目的とする世界にはたどり着けず、新たに来た世界にて発見した聖杯三つ。

 

 すでに聖杯であった少女と、聖杯の器ながらも一般人として育てられた少女。そしてその少女の内側に潜んでいた魔術師としての人格。

 連夜は今それらを犯し、自らの所有物へと変える作業を行なっていた。

 これまでの聖杯では不可能であった「魔術師が生まれることがなかった世界」を生み出すことができる可能性にかけて。

 

 使う泥は聖杯の泥、そこから快楽の属性のみを引き出した汚泥。

 その影響を最も受けていたのは、それに浸かり続ける三人ではなく、その上、空中にて四肢を泥の触手に囚われ、泥によって構成された黒のドレスに身を包み、肌に触れた部分の泥の流動によって常に絶頂を迎えている、連夜とともにこの世界に渡って来たイリヤだった。

 

 迎える絶頂により体を構成する泥が快楽一色に染まり、悪性の内側から”人外の手で快楽を得る”という部分だけが抽出された泥、それによって構成された潮を吹く。それは泥によって構成された沼に、そして泥に犯され続ける少女たちの体に常に降り注ぎ、それらに快楽の属性を強制的に叩き込む。

 

 直後、上がった嬌声もそのイリヤから。

 膨らんだ腹、そこに植えつけられていた卵とアナルに植えつけられた卵を出産し、泥の沼に受け止められたそれらが孵化して泥を伝って沼に沈み犯される少女たちの中に侵入する。

 押し広げられた秘所はその蟲たちの侵入を拒むことなく、小さな腹は蟲の形に膨らんだ。

 

 それすらも少女たちにとっては新しくやって来た快楽でしかなく、泥に与えられる快楽に思考が働かず、己が何に犯されているのかすらよくわかっていないのだろう。

 

 その姿を見て、小さく嗤う。

 直に、あの三つの聖杯も自分の色に染まる。

 その時こそ、俺の願いが叶う時。

 

 その時を思うと笑みを抑えきれず、連夜は哄笑をあげるのだった。




言峰? 聖杯が消えて死んだよ



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プリヤ編 第一話

幾ら何でも見たい人多すぎませんか?

前回の最後からちょっと前……具体的には一期のスタートからです。


 赤と黒で構成された、異次元の物体が夜中の公園に突如出現する。

 その物体は内側から弾け飛ぶようにして消え、中から二人の人型が出て来た。

 

「今度はどんな世界なのやら」

 

「今度こそ、魔術がない世界だといいわね」

 

 一人は高校生程度の見た目の少年。その隣に立つのはこの世のものとは思えないほどの美貌を持った幼き少女。連夜とイリヤ。かつての聖杯戦争終了後から平行世界の旅を続ける二人だった。

 

「……無理っぽいな」

 

 言葉を口にして、願いを確かめたところでそう呟いて、泥の斬撃を茂みに繰り出す。

 気がついたのは魔力反応。

 それを感知したところに向けて、自分たちを見た者を抹殺するために放たれた泥の斬撃は、一般の魔術師では決して耐えきれないような重さの一撃。

 

「へぇ……」

 

 だからこそ、それに耐えた何者かは興味を引いた。

 

 姿を見せたその少女、その姿を知っているけど見たことがない、見たことがあるけど見たことがない。

 そんな、特殊すぎる状況にある連夜は彼女の存在を見て、この世界が自分の知る世界であることを理解した。

 

「あら、カレイドステッキじゃない」

 

 そして同時に、耐えられた理由をイリヤは看破する。その手に持った青いステッキ。それが耐えられた理由であるカレイドステッキと呼ばれる魔術礼装であると。

 

「確か第二魔法関係だっけ」

 

「ええ、そうよ」

 

 そのステッキを持つ少女は動けない。

 眼前の二人が何者なのか、それを理解できない恐怖から動けない。

 背中を見せたら最後、何をされるのかわからないという自分の命の保護を目的とするから動けない。

 

「なら、捕まえとくか」

 

「……っ!」

 

 その言葉を聞いてとっさに少女は動く。

 黒と紫を基調とした、スクール水着のような衣装と二の腕から先を覆う長手袋と膝丈をわずかに超えるニーソックス。

 白いマントを翻しながら動いたことでその衣装がどういったものなのか気がつき、うわっと変態を見るような表情になる二人。

 

狙射(シュート)!」

 

 宣言とともに振られたステッキの先から放たれたのは高密度の圧縮された魔力弾。

 対魔力を抜いて、英霊もどきを倒すためには十分な性能を持つそれを、影から這い出た泥が防ぐ。

 それを確認するよりも早く、少女は逃げようとしてーーー

 

「逃すと思うか?」

 

 ドロリ、と周囲一帯、公園の全てが泥に包まれていたことに気がついた。

 夜の暗黒に紛れた泥。魔術師であれば気がつくであろう反応に、二人はわずかに焦り、そしてそれよりも早く逃げられないことを悟った少女の方が焦りを顔に出す。

 

「まあ、いいや。お前らは捕まって、俺のものになるのさ」

 

「あっ……やっ……っ!」

 

『美遊様……っ!』

 

 急速に泥の圧殺空間が縮んでいく。

 少女を中心にして縮まり、何が起きるのかわからないが嫌な予感がする少女は抗うために魔力弾を連続して放ち続ける。

 

「そんなものに意味があると思うか?」

 

 けれどそれらは泥を揺らすことすらなく。

 

「おっ……ごぼっ……かはっ……!」

 

 口、耳、鼻、女性器、お尻、あらゆる穴という穴から泥が入り込むまでの時間に一切の影響を与えることはなかった。

 

「お前もだ、カレイドステッキ」

 

『なっ、これは……っ!』

 

 それに合わせて、手に持っていたカレイドステッキも泥を受ける。

 平行世界への穴を開いて泥を逃がそうとするカレイドステッキは、いきなりの事態のパニックからそこでようやく立ち直り、直後その泥にも第二魔法が関係していることに気がついて驚愕の声をあげた。

 

 数秒、それだけの時間が過ぎ去るとともに、その肉の器は泥に汚され、少女の形を保ったままながらも連夜の下僕と化す少女。

 少女の先ほどまでとの違いはただ見ただけではわからない。けれど確かに魔術的な観点を持って見れば、その少女の先ほどまでとの違いは一目瞭然だった。

 

「お前がこのカレイドステッキを手にしたのはどういう理由からだ?」

 

「わかりません……サファイアが私にマスターになってほしいと、そう言って……」

 

 先ほどまでと同じ瞳のまま、けれど連夜に対する嫌悪感など一切を捨て去り、むしろ忠誠心に挿げ替えられたかのような少女。

 それは、サファイアと呼称されたステッキも同じだった。

 

『私は、前マスターに貸し与えられ、その前マスターが役割を果たさずに私闘に使おうとしたために逃げ出してきました』

 

「役割っていうのは?」

 

『この街に散らばるクラスカードの回収です』

 

「ふーん……私闘ってことは二人いるのか?」

 

『はい。私と姉さん、カレイドルビーがこの任務に際して貸し与えられています』

 

「そっか……なら、お前らはカレイドサファイアを探しにくるであろうその前任者の指示に一旦従え」

 

『「了解しました」』

 

「いいの、御主人様?」

 

 イリヤが尋ねてくるが、無論連夜にもこんな命令を出した理由はある。

 元から知っていた内容もあって、確認したことはイリヤも、連夜が知っていておかしくはない、と判断するためのポーズ。

 ただ、それを語るつもりはないし、語る内容にしても、さすがにそろそろ移動したほうがいいだろう、と促した。

 展開してからわずかな時間、それも夜に展開したのだから泥はそこまで目立たなかっただろうが、それでも魔術師ならば魔力の反応があったということはわかる。

 つまり、その前任者がやってくるのは時間の問題と言えた。

 

「帰りは、俺たちの泥の反応を追ってこい。魔力は潰しておいても同類だからわかるだろ」

 

「はい、わかりました」

 

「ついでに、俺たちのことは口にするなよ」

 

 コクリと頷いた少女を見て、気配を殺してから公園を出る。

 その少女、美遊の元に、サファイアの前マスターであるルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトがやってきたのは数分後のことだった。

 

 

 

 

 

「それで、なんであんなことを命令したの?」

 

 この世界の間桐の屋敷を奪い取り、イリヤとともにリビングにて美遊の帰りを連夜が待っていると、アナルにて連夜の逸物の猛りを受け止めながらもイリヤが疑問を呈する。

 溢れる熱い吐息は、幾度しても慣れぬ愛する男のペニスが与える快楽によるものか。腰の動きを止めることなく、少女の瞳は期待と疑問に濡れていた。

 

「この世界がどういう世界なのか確かめるためだ」

 

 そこに、精液を叩き込みながら連夜は口にする。少女が精液の奔流によって絶頂していることなど関係ないと言わんばかりに疑問に答える。これで聞き取れなかったとしても、誘ってきたイリヤが悪いと特に悪びれることもなく口にするだろう。

 

「はぁ……でも、魔術があるなら、とっとと出て行っても問題ないんじゃない……?」

 

 絶頂の波が収まり、熱い息をこぼしたところで、再度疑問を口にするイリヤ。ごぼり、とアナルに収まりきらなかった精液に対して勿体無いという視線を送りながらの言葉。

 

「これからもまだ旅が続きそうだから、大聖杯にいったんの魔力補給と、それとカレイドステッキから第二魔法についての情報を抜き出すためだよ」

 

「ああ、だからサファイアとあの子を前任者につかせるのね」

 

「もう一人いるであろうカレイドの所持者を確かめるためにな」

 

 別にカレイドがもう一人いるとわかっているわけではない。

 役割という言葉と私闘というワードからして、誰かもう一人以上はカレイドの所持者がいるのだろうというだけのこと。

 少しでも第二魔法についての情報が欲しい。

 たったそれだけのために、すでにアンリマユに精神を犯された彼女を遣わせた。

 

「ただいま戻りました」

 

 そんな会話をしていると、話題の人物が帰ってきた。

 その服装は、出会った時の露出の多い魔法少女の服装ではなく、けれどカレイドステッキが引き出した魔力で編まれた、見た目普通の服装だった。

 

「おかえり、それじゃあお前のことを聞かせてもらえるか? ……まずは名前から。両親がいるならちゃんと返してやらないと騒ぎになるからな。その場合は色々と明日から作業開始だ」

 

「はい」

 

 そうして語られるのは、本来であれば少女が永遠に隠していたであろう事実。

 平行世界の聖杯戦争にて勝利した兄が、彼女という聖杯を使って願ったのは彼女の幸せ。

 この世界にたどり着いた直後に連夜たちに出会い、今こうしているのだということだった。

 

「あ、あはははっ!」

 

 それを聞いて連夜から笑いが漏れた。

 

 聖杯、聖杯だと。

 その言葉に嘘はない。

 そもそも現代の魔術師ではたとえアンリマユに気がつけたとしても解呪などできるはずもない。

 つまりそれは、彼女が真に聖杯であるという事実。

 それを裏付けるようにして、その言葉を聞いてから探っていたイリヤも頷いた。

 

 カレイドステッキがなくとも、彼女の聖杯としての機能を復活させることに成功すれば、その時点で自分たちの願いは叶うのだと。

 これ以上あてのない旅を続けなくてもいいのだと、その事実が、連夜の哄笑を誘った。

 

「そういうことなら簡単だ」

 

 美遊を指差す。

 その瞳は希望と野望にギラついて、また新たに女の体を陵辱せしめることに対する仄暗い愉悦も燃えていた。

 

「お前には、これから聖杯としての機能を取り戻してもらう」

 

 蟲で犯し、大聖杯の欠片を埋め込み、彼女自身の聖杯としての力を活発化させる。

 

 そんな宣言にも関わらず、サーヴァントを黒化させる泥の弱体化したものにより、少女の思考は彼らに近いものに染め上げられているために、その小学生を犯し尽くすという悪性に対しての忌避はない。

 むしろ、自分がその悪性に携わることを考えて仄かに頬を染める始末。

 

「うん、そうだな。とりあえず魔法少女衣装のお前を犯すか」

 

「……はい」

 

 しゅるりとカレイドサファイアによって構成されていた服が立ち消え、そのまま最初に出会った時のスクール水着のような、腕や足が隠されて露出が少なくなったはずなのに妙に性欲を刺激する魔法少女衣装に変わる。

 

「あら、御主人様そういうの興味あるの?」

 

 イリヤは性行為の疲労からか体を連夜に預けて、けれど瞳はからかうように。

 そういったコスプレした相手を犯すことに趣味があるのかと問いかける。

 

「まあ、あるぞ。魔法少女なんて物語で言えば”正義”の象徴みたいなもんだ。それを犯すのは楽しみでしょうがない」

 

 それに対して連夜も特に隠すこともなく。

 その言葉を聞いて何かを考え始めるイリヤは、けれど連夜の気には止まらない。

 

「さあ、行こうか美遊」

 

「はい」

 

 間桐の地下室。

 この世界において間桐連夜という人物は存在せず、だからこそ存在する工房も間桐臓硯がいた時のものだけ。

 時間はそこまで多くなかったために用意できた代物は元世界の連夜の工房に比べて劣るが、それでも女体を犯すことに関して言えばなんら問題はない。

 

 そこに、未だ体が出来上がってすらいない少女を招き入れた。




こっちはそこまで長くならない予定。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プリヤ編 第二話

 翌日。

 

「あ、……が……っ!」

 

 前日の夜とは違う激しい陵辱が、美遊の肉体を弄ぶ。

 

 流動し続ける泥が、秘部をこじ開け、内側に蓄えたいくつもの卵を強制的に子宮の奥にまで送り込み、その魔力を染み込ませることで巨大な卵にまで成長させる。腹が内側から膨らんで、びくびくと震える様は未だ凹凸のない幼き肢体でありながらも小慣れた娼婦以上の淫靡さと、生半可な芸術では敵わないほどの神秘性を醸し出していた。

 

「ああ、もうっ! 最悪! あんなのを見る羽目になるだなんて!」

 

 それを成すのは連夜ではなくイリヤ。

 彼女はカレイドサファイアの通信機能を利用して目撃していたクラスカードという戦力についてよりも、もう一人のカレイドの方を見てキレていた。

 

「まさか私がいるなんて、ねっ!」

 

 もはや悲鳴すらあげられないほどに痛みを感じている少女を無視して、イリヤはただ泥を使って女体を犯し、壊し、己の怒りを発散する。

 

 その言葉通り、彼女がサファイアを通じて見たのはこの世界のイリヤスフィール。

 

 見た瞬間に魔道に関わっていないことはわかった。その理由なんて考えるまでもない。両親はイリヤが魔術に関わらないうちにアインツベルンから連れ出した。たったそれだけ。けれど父親が迎えに来なかったイリヤからすればその可能性は「どうして私のところには来なかった」という怒りにしかならない。

 

「……いいわ。たっぷり産みなさい」

 

 ずるりと魔泥が秘部より這い出でて、その内側に卵だけ残す。けれど秘部を塞ぐようにして泥は残り、アナルに入り込んだ泥によって膣に入り込んだ卵をぐいぐいと押される。

 泥に入り込んだ卵は全て分子レベルの大きさで、泥自体も細かすぎる一粒によって入り込んでいた関係で未だ美遊は処女のまま。本来ならありえぬ、出産とともに失う処女。

 

「ぃ……が……っ!」

 

 苦痛を言葉にすることすら叶わず、血に塗れた卵がすぐに泥に沈む。

 階段の上から見下ろすイリヤの耳には届かず、けれど泥の内側に半分沈みかけていた美遊の耳はその卵がひび割れ、蟲がこの世に生を受けた瞬間を確かに聞き届けた。

 

 陰茎によく似た形をした淫蟲は泥の中を這い、泥に含まれた魔力の持つ情報から己に必要な代物だけを吸収してむくむくと成長する。通常の陰茎の二倍ほどにまで成長した淫蟲は、襤褸切れと化した魔法少女衣装ではかくし切れない股部分に殺到する。

 

 股座を貫かれ、けれど開いた口には泥が入り込み喉奥までを塞いだことで声は漏れない。アナルも同時に貫かれ、小学生の幼き身には決して受け止めきれるはずもない痛みであろうに、されどその瞳は快楽に溺れている。淫蟲が悪性の泥の中から引き出した、「女を犯すための自分」を確立させるための快楽の属性が、そっくりそのまま美遊の体に叩きつけられている。

 

 膣内を暴れ狂う蟲によって叩きつけられる快楽に体は反応し、乳首がその存在を主張し始める。そして、その汚れを知らない乳首を覆う泥が、さらなる絶頂の渦を巻き起こす。それによって吹き出す愛液を啜る淫蟲はさらなる進化を経て、より快楽責めに特化した次代を生みだすための精を膣内に吐き出す。

 

 そんな泥、蟲、母胎(美遊)の三種からなるある種の永久機関。自分たちで勝手に駆動を続ける以上、誰かがそのスイッチを切らねば永久にそれは起動し続け、いずれは母胎を破壊するだろう。

 

「おい、何をやっているイリヤ」

 

 だから、それを食い止めたのは助長しているイリヤではなく、この家の最後の住人。

 イリヤの主人である連夜が、その惨状を目撃して冷たい声をあげた。

 

「あ、御主人様……」

 

 イリヤの気勢が削がれ、イリヤの意思で動いていた泥も動きを止める。そこには確かな怯えがあり、この惨状を巻き起こした者としての責任を取らされることへの恐怖が見えていた。

 

「この女は聖杯だぞ。俺たちの願いを叶える本物の、な。それをお前の八つ当たりで破壊して言い訳がないだろうが」

 

 お仕置きだなと呟くと、振り返り連夜の方を見ていたイリヤの背後から泥の触手が彼女の肉体を泥沼に引き摺り込む。同時にすでに気絶していた美遊を泥の中から回収する。

 

「少し頭を冷やせ。……”お前は今から蟲蔵で犯され、けれど一週間絶頂をするな”」

 

「え、あ、待っ……」

 

 言葉を最後まで聞くことなく、ボロボロの衣装に身を包んだ美遊を連れて蟲蔵を出る。道中にて、イリヤの嬌声と謝罪の声、イかせて欲しいという懇願の声が狭い通路に反響するが、顔をしかめるだけで足を止める理由にはならない。たとえどんな理由があろうと聖杯を使い物にならなくしようとした行為には相応の罰を与えるのだ、と。聖杯にかける願いを思い、連夜は美遊を女体への陵辱の限りを尽くしながらも絶対に壊さないラインを選んでいた。

 

 

 

 

 

「美遊、そのライダーのカードの使い方を見せてくれるか?」

 

「はい、マスター。……サファイア」

 

『了解しました。ライダー、限定展開(インクルード)します』

 

 出てきたのは手綱。単体では意味をなさないであろう代物に、ため息が漏れる。

 

「まあ、いいさ。美遊、このままクラスカードとやらを集め続けろ。そして全て集め終わった後の指示は追って出す」

 

「はい」

 

「とりあえず、この世界のイリヤスフィールとは仲良くしておけ。見た感じおかしくない程度にはな。それと、俺たちの情報は誰にも渡すな」

 

「了解しました」

 

「たとえどれだけの困難に陥ったとしても、イリヤスフィールを見捨てず、かつ己も殺させるな」

 

 その命令に宿っているのはまだ見ぬイリヤスフィールや、今現在調整している美遊への慈愛などでは断じてなく、自分の知るイリヤの遊び道具としてそのイリヤスフィールを、そして聖杯としての機能を扱うために美遊を壊させぬために自愛を命じているだけである。

 この世界がどの時点で分岐したのかはわからない。けれど予想程度であれば立てられる。『イリヤスフィール・フォン・アインツベルンが生まれている』ことと『魔術に関しては全く知らなかった』ことから、おそらくは生まれる前後。そこで、イリヤスフィールがアインツベルンの教育を受けなくなった何かがあるに違いない。ならば、彼女もきっと聖杯としては使えるはずだと、そういった打算も確かにあった。

 

「わかりました」

 

 そこまで詳しい理屈はわかっていないが、連夜の言葉を受けて頷く美遊。

 

「……とりあえず、ついてこい。その蟲に犯されてドロドロの体のまま明日からの学校に行くわけにはいかないだろ」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 くちゅり、と秘部に入り込んだ指が愛液に濡れて音を立てる。掻き出すかのように蠢く指によって泥が丁寧に膣からこぼれ落ち、同時にアナルを肉棒にてかき混ぜられながらも美遊は言葉を発しない。

 別に快楽を感じていないわけではないのは、ピンと立ってその存在を主張する、連夜の指によってつままれいじられている乳首と、その度に痙攣する彼女の肉体からして理解できる。

 

「それにしても面白くないな、ただ快楽を貪るだけになると。少しは”魔法少女”らしく抗って欲しいものだが」

 

 ならばなぜ彼女は言葉を発しないのか。その答えは至極単純なことで喉奥にまで淫蟲が入り込んでいたから。空気を取り込み、それに淫液を霧状にした物質を混ぜ込んで、気道を通って肺に、そして最終的にはその特性を保ったまま血中に取り込まれ、全身の細胞に行き渡る。そんな力をもった淫蟲。より正確には、その淫蟲を通した物質は元の状態よりも「取り込んだ相手に快楽を与える」ことを中心とした構造に変化する。

 よって、今彼女の口に飛び込み、半分ぐらいは口の中に吸い込まれた巨大な陰茎型の淫蟲。それを小さな口で受け止め、口をすぼめ、舌を絡めて扱き続けたことによって吐き出された精液も、その全てが喉を通ったことにより、子供を孕ませるものから、ただの媚薬と化す。

 

「……試してみるか」

 

 パチン、と指が鳴らされる。彼女の思考から泥の影響が一時的に引いていく。泥に犯され淫蕩に耽けることを良しとすることにした思考が一度たち消え、犯される直前の本来の美遊のものに立ち返る。

 

「……っ!? ……っっっっ!!!!」

 

 結果、トロンとしていた目が一気に理性を取り戻し、そのまま彼女の意識が味わったことのない絶頂の波を一気に叩き込まれて壊れんばかりの絶叫をあげる。すでに与えられる快楽を受け入れた少女ではなく、いきなり人外の法悦を叩き込まれることになったがゆえにここに至るまでの何もかもが消え失せ、体に残された快楽に、それに順応し受け入れる体に、今の状況を指し示す全てに対してパニックになり、そのパニックごと快楽によって流される。

 

「そういえば、お前の処女を奪ってなかったな」

 

 ぷしゃっと噴き出し続ける愛液。絶頂と共に消えゆく意識がさらなる絶頂によって引き戻され、無間地獄と化す様ではその言葉を聞き取ることすらできない。抗おうとする姿勢すら、理性以外の部分は未だ泥に支配されたままの肉体ではかなわない。絶頂と共にすぼめられていた口が開き、肉棒型の淫蟲が口の中を蹂躙しはじめ、膣の内側からは全ての泥が愛液と共に流れ切ったことを確認して、アナルを蹂躙し続けた肉棒を抜いて、美遊の女性器にあてがって貫く用意を見せる。すでに処女でないことは連夜も知っていて、けれど美遊の人格にも明確に奪われたという事実をわからせるために、蹂躙の用意を見せて。

 

「お前は、もう、俺のものなんだよ……っ!」

 

 あてがった逸物を、美遊に全てが無駄だとわからせるためだけに秘所へと突っ込む。

 

 その日、部屋の内側から少女の声が止むことはなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プリヤ編 第三話

一気に飛ぶ。具体的には二期まで。一期の間は主人公のやれることなんて美遊の報告を聞く程度ですから


 潜む。森の中、とある四人組の後を追って。

 

 クラスカード回収より一月。これだけの期間があれば生死を共にしたイリヤスフィールと美遊の仲を深めるのには十分な時間であり、だからこそ連夜が求めたのは「己が決して疑われない状況」を確保してのイリヤスフィールの捕獲である。

 

 美遊と共に遊んでいて消えたのならば、普通は美遊共々攫われたと考えるかもしれないが、あるいは美遊の普段の学校での生活を聞く限りでは、美遊自身が疑われてこの家までたどり着く何者かがいるかもしれない。そうでなかったとしても朔月美遊という人物の戸籍を確認した結果、住んでいる我が家にまで警察がやってくる危険性は隠しきれないし、カレイドステッキという礼装を持つ彼女たちが消えてこの世界の遠坂凛たちが反応しないわけがない。

 

 そんな機会はなかなかやってこなかった。クラスカード回収の後に「カレイドルビーが戻らない」ことを選択したことで、手駒たるサファイアを逃さずに済んだことを喜んだのは束の間。その後、クラスカード回収から一月が経つ今になるまで、一度たりとも遠坂凛、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトによる二人への接触がなかったことで、今の今までイリヤスフィールの確保に乗り出すことができなかった。

 

 けれどそれももうおしまい。

 

 美遊の耳を使って聞いた情報より、今日は地脈の正常化を行うらしいことを連夜は知った。

 そこにかこつけて、遠坂凛とルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトを亡き者にしてイリヤスフィールを回収してしまえば、全ての罪をあの二人になすりつけられる。故にこそ家を飛び出して今、大空洞に向かう道すがら、山中を歩く四人の後を追いかけていたのだった。

 

 目の前に広がる四人の会話を聞く必要はなく、ただ獲物とその障害となりうる人物だけを視界に入れる。露出の多い美遊の衣装とは真逆にフリフリとしたピンクの、正統派の魔法少女という形容が最も似合うであろう服装のイリヤスフィール。あれがイリヤが見て激怒した、着用していて恥ずかしくないのかというような服装。まあ、確かに戦闘に耐えうるからと言って、ルビーの趣味であんなフリフリとした服装を着せられて平然と歩くことができるのはおかしな話だ。

 

 大空洞の内側に入っていく四人を見送り、連夜も己のやるべきことをする。己の使い魔たる泥蟲を広げ、大空洞の出入り口を何も持たぬ少女たちでは出られぬように改装。その上で、己も気配を自然に同化させて後をついていく。

 

 ランクにすればE程度だが、平行世界からスキルをダウンロードするカレイドステッキたるサファイア、クラスカードという英霊を己に置換する魔術礼装、そして何より超級の魔力炉心たる大聖杯を組み合わせたことで一時的に引き出した英霊の能力。とは言っても経路がボロボロにすぎるので、トップクラスの気配遮断を持つサーヴァントの力を引き出したところで最低ランクにまで落ちてしまうのだが。

 

 それでも、英霊のスキルである。ただの魔術師や一般人でしかなかった者たちに気づかれる道理はない。

 

 手には一本のナイフ。悪性の泥によって構成された一本のナイフの形をした代物。今回の内容を聞いて即席で作り上げた礼装。これを、大聖杯の持つ魔力によって置換魔術を行使し強引に地脈に潜り込ませる。

 

 そうすることによって、魔力の全体量に対する泥の割合から見て濃度としては薄いだろうがアンリマユを取り込んだ地脈が暴走し魔力のノックバックが発生するはず。そうすれば悪性の呪殺空間が生まれ、魔術師である遠坂、エーデルフェルトの二名は死に、ルビーの保護によって守られたイリヤスフィールと元々が泥が染み込んでいる肉体の美遊のみが生き残るだろうという予想をしていた。

 

 地礼針に魔力を注入する光景を眺める。言葉を発して気づかれるわけにはいかない。故に気配を殺し、言葉を封じ、ただその時を求め続ける。

 

 ”今だ……!”

 

 待ち続け、開放されると同時に、周囲をその莫大な魔力が包んだ瞬間に合わせて自らも置換魔術にて泥の刃をセットする。泥のナイフを埋め込まれたことで魔力が暴走を開始する。悪性、呪い、破壊の属性を埋め込まれたことで地面を破壊しにかかる。

 

『……! この空間、人間には耐えられない程度の呪殺空間になりかけています! イリヤ様と美遊様ならともかく、お二人は……!』

 

 ノックバックによる大空洞の破壊。その最中に夢幻召喚(インストール)を行い熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)という宝具を展開するイリヤスフィール。ここまですでに連夜の予想通り。死の恐怖に際した時、イリヤスフィールは意識を失い、勝手にそれから逃れるための一手を取り行い始める。そのことを聞いていたから、手段はともかくとして、これもどうにかなるだろうと信じていた。

 

 サファイアには危機に際して、通常のサファイアらしい言葉を放つように指示を出していた。故にこそ、これが人為的な代物だと誰も気がつかない。

 

 唯一、連夜にとっても予想外だったのは

 

『え…………?』

 

 イリヤスフィールが二人になったことだった。

 

 思考停止は一瞬。泥の魔力を展開する。増えた方の、肌が黒っぽいイリヤスフィールを声を出す間も与えずに飲み込む。同時、遠坂凛とルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトがその謎の物体に対して警戒を始めーーー

 

「凛さん! ルヴィアさん! 上ぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 直後周囲を警戒しながらも、なんら感知をさせない、上から降ってきた泥に飲み込まれた。イリヤスフィールの言葉は遅く、セイバーのクラスカードと戦った時とはまるで違う、真なる意味での視認した死亡に心が折れそうになっていた。

 

「イリヤ、止まっちゃダメ! 止まってたらあの変なのに飲み込まれる!」

 

『さすがにあれはルビーちゃんにもどうしようもないですよー』

 

 捕まったらTHE ENDなんて言葉は、すでに飲み込まれた二人には届かず、届いたとしてもまた、すでに捕まった以上は意味がない。

 

(なに、これ……?)

 

 そんな中、遠坂凛はありえない体験をしていた。

 

 己が決して経験などしたこともない所業。

 見知らぬ蟲蔵に叩きこまれ、悍ましき蟲に体を延々と嬲られ続ける、本当に受けたのなら女として終わりを迎えるであろう所業。

 決してありえぬ事柄であるにも関わらず、それは『遠坂凛』が経験したことなのだと確かな確信を持っていた。

 

(痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!)

 

 それは、カレイドステッキと同じ作用。平行世界の己の経験をダウンロードする能力を以て、連夜がいた世界の遠坂凛が経験したことを全てたったの一瞬で経験させられる。

 

 蟲に己の膣を押し広げられるおぞましさ。

 口内にて味わう蟲の不気味な感触と、栗の花のような匂いを漂わせる粘液を歯茎まで塗りたくられる事実。

 排便を行うはずのお尻まで蟲が入り込み、後ろから子宮をコツコツと叩く感触。

 そしてそれら全てで同時に吐き出される蟲の精液。

 

 受精した卵が外に出ないように膣に蓋をされて、その上でさらなる卵を産み付けられる。

 もはや入りきらないと泣き叫んでも許されることなく、さらに受精させられ、しまいには腹が内側から破れる。

 その破れた腹を別の蟲によって縫い付けられ、より蟲を産卵するにふさわしい母体へと作り変えられる。

 蟲に犯されることでしか反応できない体へと作り変えられながら、頭の中に響くのは見知らぬ(聞き慣れた)女の声。

 

「イリヤ、ここから脱出しよう!」

 

 それを味わっていることなど知らぬ、知ったところでどうしようもない魔法少女二名。内一名はすでにこの状況を引き起こした側であるがために、実際のところは一名。イリヤスフィールは友達と思っている少女の言葉に頷いて大空洞から脱出するための動きを取った。

 

 それが、最も正解からは程遠い答えだとは知らずに。

 

 入り口に滞留していた泥が、薄く長く、視認すらできぬほど細かい粒子になって広がる。正しい答えは崩落する天井の隙間から抜け出すことだったにも関わらず、イリヤスフィールにそれを選ばせぬために美遊はこの道へと誘導した。

 

「な、なに……!?」

 

 この泥は体に吸収させるものではなく、礼装の機能を破壊するもの。カレイドルビーに宿った人工精霊は壊れ、泥によってのみ思考を制御されるガラクタと化す。

 

 イリヤスフィールの動きが止まる。洞窟を脱したところで、カレイドルビーは壊れ尽くした。かつて少女を魔法少女にした時のように、彼女の肉体の制御権を奪い取る。

 

「よくやったぞ、美遊」

 

 そこまでして、ようやく連夜はイリヤスフィールの前に姿を現した。その邪悪なまでの笑みの内側には新たな聖杯を手にしたことへの昏い愉悦しかなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。