ハリー・ポッターと金銀の少女 (Riena)
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プロローグ
0.始まり







「そのために私はここにいるのだから」








 

 

 1991年 9と3/4番線

 

 乗客がごったがえすプラットホーム。9と3/4番線に停車する、紅色の蒸気機関車。私はそれをまじまじと見つめて、小声でつぶやいた。

 

「……本物だ」

 

 周りの客はみな、家族に別れを告げたり、友達と再会したりと、楽しそうにしている。私は逃げるようにして列車に乗車した。適当なコンパートメントに座り、窓の外を眺める。

 ふと、私の視界に一人の少年が入った。黒縁眼鏡をかけたボサボサ髪の彼だ。彼は生き残った男の子、ハリー・ポッター。そして、この物語の()()()だ。

 

「本物だ」

 

 今、座っている座席も、覗く窓も、トランクも、そして自分自身も。

 分かってはいるけれど、頭のどこかで否定していた。否定したかった。

 

 私は()()()ではないのだと。

 

 けれど、もうそんなことは言っていられない。私はこの列車に乗ってしまった。そして、彼を見つけてしまった。

 

 たとえ、この世界の記憶がある私がここにいたとしても、この世界は本物。

 進み出した止めることはできない。

 物語はもう既に始まっているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024年 日本国内

 

 帰宅ラッシュの駅。たくさんの人で賑わう中、一人足早に、帰路に着く少女がいた。

 

 彼女の名前は、星崎(ほしざき)心笑留(しえる)。高校一年の十五歳。フランス人の叔父がつけたこの名前の意味は『空』らしい。意味はともかく、心笑留はこの名前が好きだった。

 

 心笑留は父と兄と3人家族。兄妹仲は良いが、父は仕事でほとんどいないため、あまり仲が良くなかった。

 兄は私の一つ上の高二で、今日は一人だがいつも一緒に登下校する仲だ。

 母は……まあいいか。きっと今頃どこかで一人、静かに暮らしているだろう。自分で望んだのだから、あの人が文句を言う筋合いはない。

 

 何の変化のない日常だ。別に変化を求めているわけではない。

 だが心笑留は、この何の変化もない日々に、少しだけ不満に思っていた。

 

 そんな心笑留を、黒い影が電柱から覗いていた。

 

 

 

 家に帰った私は、部屋に上がるといつも通りやることを済ませ、自由時間に入った。 何をしようかと、一人で考えていると、ドアをノックされた。この時間に部屋へ来るのはせいぜい、兄ぐらいだろう。そう考えた私は「どうぞ」と声をかけた。

 

「心笑留、終わったか?」

 

 予想通り。兄がドアから顔を出しながら、私に問いかけた。

 

「うん。兄さん」

 

 兄とは、ほんの数年前まで、顔を合わせるたびに喧嘩をしていた。だが、私が交通事故で入院をしてから、お互い角がなくなり、今では、こうやって毎晩一緒に過ごす仲だ。

 今日は、一緒にテレビを見る約束をしていた。

 定位置に座ってテレビを付ける。

 

 いつも通りの夜が更けていった。夜が更けていくごとに私は、今日が最後なんじゃないかと感じていた。そんなはずがない、そう思えば思うほどに、胸騒ぎを感じた。だがいつの間にかそんなことも忘れ、寝てしまった。

 

 そんな妹を見た兄は、心笑留をベッドに寝かし、テレビを消すと静かにドアを閉め、自分の部屋に戻った。

 

 そんな二人を窓から()()()()が覗いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その晩、心笑留は久しぶりに夢を見ていた。

 

「兄さん」

 

 見ると兄は寂しそうな顔をしていた。私に背を向ける。

 

「兄さん?」

「……」

 

 返事はない。もう一度心笑留が、呼ぼうとすると、走って行ってしまった。

 心笑留は追いかけようとするが、早くてとても追いつけない。

 

「兄さん! 兄さん!」

 

 何度も呼ぶが、次第に自分の声かも分からなくなる。

 必死に手を伸ばし、もがく。

 

 遠くから、汽笛が聞こえるような気がする。誰かが話している声もする。

 

 

 

『この子は、その…?』

『おそらくは』

『一体何故……?』

『時がくれば、この子から話してくれるはずじゃ』

 

 

 

 今の声は……まさか?

 

 ピーーーー

 

 汽笛が全ての音をかき消してしまった。

 

 

 

 

『…-シェ、ルーシェ、ルーシェ!!』

 

 

 

 

「私は、わたしは!!」

 

 

 

 そう叫んだ瞬間、目の前が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1995年 イギリス国内

 

 窓から柔らかな日差しが差し込み、少女の銀髪、いや金髪だろうか。キラキラと輝いていた。

 ストレートに伸びた髪に、整った顔立ちをした少女、シエル・スタージェントは、いつも通りの朝を迎えていた。

 ベッドから降りて身支度を整えると、ちょうどいいタイミングで、ドアがノックされる。

 

「どうぞ」

 

 ドアを開いたのはリーサだった。

 

「お嬢様、朝食の準備が整いました」

「ありがとう。すぐに降りるわ」

 

 下へ降りると、ダイニングには父と、珍しく兄がいた。兄は政治家でいつも家を空けてあることが多いのである。兄はコーヒーを片手に昨日の新聞を読んでいるようだった。父は朝食を食べている。

 

「おはようございます、お父さま、お兄さま」

「おはよう」

「……」

 

 兄の返事はない。いつもの事なので、シエルは特に気にせず、朝食をとりはじめた。しばらくして、デザートのプリンに手を付けていると、チャイムが鳴った。

 この時間の来客と言えば、新聞配達ぐらいだ。父が立ち上がろうとしたので、手で静止した。

 

「新聞なら、私持ってこれますわ」

「そうか、それなら頼もう」

 

 短く返事をして立ち上がると、玄関へ向かった。ドアを開けると、そこには新聞配達員……ではなく、黒いローブを着た紳士が立っていた。紳士は、私を見ると少し驚くような顔を見せたが、すぐに状況を把握したらしく、優しく話しかけた。

 

「初めましてお嬢さん。私は魔法省で闇祓いをしている者だ。この家に〝ロキス・スタージェント″さんと、〝ハリス・スタージェント″さんはいらっしゃるかね?」

 

 父と兄の名前を出された私は何も言わず、ただコクリとうなずいた。

 

「じゃあ、二人を呼んでくれるかい?」

 

 そう言われた私は、もう一度うなずくと、すぐさま二人のところへ急いだ。ダイニングに着くと、先ほどと変わらず父も兄も座っていた。

 

「どうした、シエル。新聞はどうしたのかね?」

「それが、新聞じゃありませんでした。お客さんです。魔法省の……」

 

 シエルが言い終わらない内に、二人の顔が驚愕に変わった。かと思えば、みるみるうちに青くなり、お互いに顔を見合わせる。

 

「ま、まさか? こんなに早く来るだなんて」

「こうしてはおれん! すぐに仕度をするのだ!」

 

 そう言うと、父と兄はポケットから棒切れを取り出した。前に一度見せてもらったことがある。あれは魔法の杖だ!

 それを一振りしてトランクに荷物を詰め始めた。全ての物――椅子や机まで全て――が小さなトランクに入っていく。あまりの驚きにシエルが呆然とその様子を見つめていると、その内に家の中は文字通り空っぽになってしまった。またチャイムが鳴った。

 

「よし、裏口から出るぞ」

 

 トランクを閉じた父に手を引かれながら家から出ると、いつの間にか車が停められていた。中にリーサが乗っている。それに急いで乗り込み、エンジンをかけて前進……かと思えば、車体が宙に浮いた。

 

「お、お父さま! 車が! 宙に!!」

 

 あまりの驚きに今度は声を上げてしまった。しかし、父も兄も何か話し込んでいるようで、私には見向きもしなかった。

 会話の中で時々自分の名前が聞こえたような気がしたが、質問をする隙も無い。

 かと思えば、ぴたりと会話が止んだ。窓から鳥を――すぐ横を飛んでいるのだ!――見ていた私は隣の父を方を見た。父と目が合う。助手席の兄も私を見ているようだった。

 

「お父さま? お兄さま?」

 

 はあ、と父が息を吐いた。

 

「……シエル、よく聞きなさい。父さんたちとは、その、今日でお別れになる。これからは、リーサと一緒に暮らすんだ」

 

 そう言った父の声は、今にも消え入りそうで、ほとんど泣き声に近かった。

 何故? どうして? と聞けたらどれだけ良かったか。シエルはうなずくことしか出来なかった。

 

「すまない、シエル」

 

 父は不慣れな手つきで私をぎゅと抱きしめた。温かくて、安心する父の体温を感じて私はやっと状況を把握した。きっとこれが、最後なのだ。

 

 ガシャンッ――

 

 突然大きく車体が揺れ、私たちを引き剥がした。後ろを見ると、先ほどの黒い紳士が箒に乗っているのが、遠くに見えた。

 ――箒?!

 

「まさか、もう気付かれたというのか! リーサ、運転を変わろう」

 

 父とリーサが場所を変わる。父は私の頭をぽんと撫でた。

 

「この子を……シエルを頼んだぞ」

「はい、お嬢様はわたくしが、命を懸けてお守りします」

 

 また車体が揺れる。先ほどよりも幾分大きかった。

 

「もうそろそろです、父さん」

「ああ。リーサ、行きなさい」

 

 兄と父の声にうなずくと、リーサが私の手を握った。

 

「愛しているよ、シエル」

 

 パチンッ、パチンッ――

 

 頭に残る、指鳴らしの音が2回。目の前が眩んで……

 

 

 気づけばそこは、見知らぬ土地だった。



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金銀の少女編
1.記憶


 見知らぬ土地。目の前には見るからに大きな屋敷が目の前にそびえ立っていた。

 

「ここは……」

「ご主人様の別荘になります。さあ、中に入りましょう」

 

 中に入るとついこないだまで人が住んでいたかのように、綺麗だった。高級そうなソファに座り、リーサがお茶を出してくれた。

 一口飲むと、少し落ち着いたような気がした。

 

「お嬢様。落ち着きましたら少し、ワタクシからお話しなくてはならない事がございます」

「話して。お願い」

 

 リーサは私の隣にそっと座った。そして、ぽつりぽつりと語り始めた。

 

「ご主人様とお坊ちゃまはある罪を犯したのであります。それが何かはワタクシにも分かりません。お二人は、何かあったときお嬢様をお守りするように言われておりました。その時が来たのです」

「お二人はお嬢様に関する記憶を消されました。消すようにワタクシに命じたのです。ご主人様はお嬢様が次の時が来るまで過ごせるようにと、色々と準備をしてくださっておりました」

「このお家も?」

「そうでございます」

「そう、なのね」

 

 ふと、手の甲に冷たいものを感じた。見ると、雫が落ちていた。ぽろぽろとそれに続いて落ちていく。どうやら、泣いているらしかった。

 

「お嬢様」

 

 リーサはシエルの手を取り、背をさすった。けれど、一向に涙が止まることはない。

 

『愛している、シエル』

 

「うん、うん、分かってるわ。お父さま、愛しています、私も」

 

 シエルが泣き疲れて、そのまま眠りにつくまで、リーサは背中を撫で続けていた。

 

 

 

 

 

 それから4ヶ月が経った。

 リーサは毎日、どこかに行って色々と後始末をしているらしく、基本広い家で一人過ごすことが多かった。

 あの日から、シエルは涙を流してはいない。それは、シエルにとってけじめであり、リーサにこれ以上迷惑を掛けたくないという意思でもあった。逆にそれが、シエルに無理をさせていると、リーサの心配の種になるのだが。

 

 

「お嬢様、そろそろ行きましょうか?」

 

 支度をし終えてソファで本を読んでいると、リーサから声をかけられた。今日はシエルの誕生日。少しでも気晴らしになればと、リーサが外に連れて行ってくれるらしかった。

 

「ええ、行きましょうか」

 

 本を置き、立ち上がると、リーサの手をつかんだ。

 

「そう言えば、リーサ。今からどこへ行くの?」

「ダイアゴン横丁です」

 

 聞き覚えのある、名前だった。

 

「リーサ、もしかして私そこに行ったことはある?」

「いや、ご主人様はお嬢様を魔法界に連れ出したことはなかったと思いますか?」

「そう、ならいいの」

 

 きっと、何か似た名前の横丁に行ったことがあるのだろう。行きましょうと再度リーサに言うと、パチンと指を鳴らした。

 目を開くと、あっという間に着いたのは、ダイアゴン横丁だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見渡す限りのお店と人、人、人。とにかく人が多い。今日は平日だと言うのに、こんなにも人がいるのかと、シエルは驚いていた。リーサは慣れているのか、気にせず、私の手を握って歩き始めた。

 お菓子におもちゃ、服や本……どれも人間界――マグル界というらしい――のお店には売っていないものばかりでシエルは全てに興味津々だった。だか所々、見たことがあるようなお店があったような気がした。まあ、気のせいだ。

 それからぶらぶらとお店を回って、服やら本やらをたくさん買ってくれた。ちなみに全て買ったものはリーサのカバンの中にすっぽりと入ってしまった。あの小さなカバンにそんなに物が入るのかと、もう驚きはしなかったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 次にリーサが連れて行ってくれたのは、ホグズミート村という場所だった。リーサは毎日ここら辺の厨房に通っているらしい。ホグズミードはダイアゴン横丁とは打って変わって、人通りが少なく、辺はしんとしていた。

 その静けさの中に、小さくお腹がなる音が響いた。

 

「何か、食べるところはあるかしら……」

「すぐそこに美味しいお店があると聞いています。行きましょうか」

 

 お店に行く途中、いくつかのお店を見ると、また妙な胸騒ぎがした。「気のせい、気のせい」と心の中でつぶやきながら、歩いた。

 

 リーサが連れて行ってくれたのは、『三本の箒』というお店だった。

 

 

 

 ――まただ。また、変な感覚。

 

 

 

「お嬢様? どうかされましたか?」

「う、ううん。何でもないわ」

「本当ですか? 久しぶりの外出とはいえ、無理は禁物でございますよ……そうです、お嬢様ここのお店はバタービールがおすすめとお聞き致しましたが」

「バター……? い、いや、なんでもないわ。リーサが頼んでくれるかしら?」

「かしこまりました」

 

 そう言うと、少し考えた後、リーサは店主に注文をした。

 

 『三本の箒』に『バタービール』やっぱりどこかで、聞いたことのあるような………

 

 そんな事を考えている内に、頼んだ物が来た。

 

「バタービールと、フィッシュ&チップスです」

 

 机に置かれるおいしそうな料理に、私の堪えていた空腹が、耐え切れなくなったように、また鳴った。リーサと顔を見合わせて笑う。なんだか久しぶりに笑ったような気がした。

 と、その時、店の入り口が開き、長くひげを生やし、マントを羽織った老人と、とても大きな体をした男性が入ってきた。

 

()()()()()()先生、ここは……」

 

 二人は話しながらそのまま、シエルの横を通って奥の席へ入っていった。突然、シエルは頭痛を覚えた。

 

 ダンブルドア先生? どこかで……いや、どこで?

 

 顔を青くしたシエルに、異変を感じたリーサが心配する。

 

「お嬢様?! どうされたのですか? 顔色がすぐれません!」

 

 グルグルと頭が回り、リーサの声も次第に聞き取れなくなってくる。

 

 「とりあえず、駅へ行きましょう」

 

 そう言うリーサに腕を引かれ、店を出た。その直前、奥の席に座る老人がシエルを見つめていた……ような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駅に着くと、シエルは駅のホームのベンチに座ってリーサを待っていた。リーサは少し待っているようにと言って、どこかへ言ってしまった。

 先ほどよりは、頭痛もおさまった。また、静かなホームは、シエルの頭を整理するのにもってこいだった。

 

 ダイアゴン横丁、ホグズミート村、三本の箒にバタービール。既視感のある単語を思い浮かべながら、これまでどこで聞いたのか、思い出そうとする。

 

 

 

 コツン、コツン――

 

 

 

 シエルの集中を切らすかのように、こちらへ来る足音が聞こえてきた。足音が途絶えたかと思うと、誰かがシエルに話しかけた。

 

「隣は開いているかね?」

「ええ、どうぞ」

 

 そう言いながら、顔を上げると一瞬時間が凍りついた。シエルに話しかけ隣に座ったのは誰でもなく、先ほど店で見かけた老人、ダンブルドアだった。

 

 何故、ここに……?

 

 驚きを隠せず、唖然としているシエルに気づいた素振りを見せず、ダンブルドアは優しく問いかけた。

 

「いきなりですまんのう。少し、聞きたいことがあってのう……ところで君はいくつかね?」

「ろ、6歳です」

「そうか…名前は?」

「シエルです」

 

 名字を言ってはならない気がして、私は名前だけを言うことにした。ダンブルドアは特に気にかけた様子もなく、そのまま話を続ける。

 

「シエル。うむ、よい名前じゃ。そうか……おっとすまん。わしとしたことが。君が知り合いに、特に目が似ておってのう。つい、気になってしまった。いかんのう」

「知り合いの目、ですか?」

 

 ふと、父や兄の知り合いなのでは、と思ったが、父も兄も瞳の色は青で、私の緑とは違う。

 不思議に思っていると、思わぬ名前がダンブルドアの口から出てきた。

 

()()()と、言うのじゃがのう。彼女の瞳にそっくりじゃ。その瞳を持つ者をもう1人知っておるが……いずれにせよ、それはまた先の話じゃな」

「リリー?」

 

 聞き覚えのある、名前だ。けれど、知らない名前だ。この既視感は、一体……?

 

「おっと、少し話しすぎたかのう。そろそろ時間じゃ」

 

 そう言うと、ダンブルドアは席を立った。

 

「そうじゃ、レモンキャンディーはどうかね? マグルの食べ物でのう」

 

 シエルの手にレモンキャンディーを置く。すると、満足気な顔を浮かべ、先ほどとは反対側に歩いていった。

 

「また、ホグワーツでのう」

 

 手に置かれたキャンディーを見つめる。

 しばらくそうしていると、リーサが戻ってきた。

 

「お嬢様、お待たせ致しました。帰りましょうか」

「ええ」

 

 パチンと指を鳴らす。遠くで聞こえる汽笛がやけに大きく聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家に戻ってくると、リーサの心配を他所に1人にして欲しいと部屋へ向かった。そのまま、ブラウスにシワがつくことも気にせずに、ベッドに倒れ込む。シエルの頭はぐるぐると回り続けていた。

 

 なぜ、見たことのあるもの、聞いたことのあるものがあるのか。知らないはずなのに、知っている。見てないはずなのに、見たことがある。この、感情、この感覚は一体、何?

 

「――私は一体、何者なの?」

 

 その時、突然どこかで汽笛がなる音がした。違う、頭の中で鳴っているのだ。

 

『シエル、終わったか?』

 

 父でも兄でもない、どこか聞き覚えのある声が聞こえる。

 

 

 

『シエル、シエ…、…ル、心笑留!』

 

 何度も私の名前を呼んでいる。聞き覚えのある、知らない誰かが、私を、私ではない私を呼んでいる。

 声がする。

 

『兄さん、兄さん!』

 

 私の声だ。私ではない、私。シエルではない心笑留の声。

 

 ――体が、脳が、心が、悲鳴を上げている。

 

 

 そうか、私は。

 

 

「心笑留」

 

 

 ふっと意識が飛ぶと共に、全ての記憶を取り戻した。

 



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2.光

 目が覚めると、すっかり夜になってしまっていた。まだ混乱している頭を落ち着かせるために、とりあえずシャワーを浴びることにした。

 

 まず、状況を確認しよう。

 私の名前は星崎心笑留。ここではシエル・スタージェント。

 次に場所。ここは魔法の世界だ。しかもただの、魔法の世界じゃない。前の世界ならば誰もが名前くらいは知っているであろう、あの有名なハリーポッターの世界だ。もちろん、私も知っている。映画も見たし、原作も小さい頃から随分読み込んでいた。

 そして最後。どうして私がここいるのか。

 

 どうやら私は、転生したらしい。

 

 どういう訳かは分からない。私が死んだのか、それとも何か不思議な……それこそ魔法的な力が働いたのか、全く分からない。兎にも角にも、私が転生したことは確からしかった。そうじゃなくても、そういうことにしておく。

 

 考えては見たけれど、考えれば考えるほど混乱していくばかりだ。冷静になんていられない。半ば諦めて、シャワールームから出ると、丁度リーサが夕食を運んでくれているところだった。

 

「おはようございます、お嬢様。大丈夫ですか?」

「ええ、もうバッチリよ。迷惑を掛けたわね」

 

 そういえば、と唐突思い出した。先程、ダンブルドアは、私がリリーに似ていると言っていた。部屋に置かれた姿見が、ちらりと目に入る。確かにこの瞳は、リリー……というよりかは、ハリーにそっくりだ。

 

「ねえ、リーサ。もしかして私はお母さまに似ているのかしら」

 

 当然の問いかけに、リーサは少し驚いたようだった。それもそのはずだ。私は今まで母のことを誰かに聞くことはしなかった。母がいないのが、何か病気なのか、それとも他の理由なのか、そういったことでさえ知らない。聞いてはいけない気がしていたのだ。

 けれど今は違う。少しでも多く、自分の情報が欲しかった。この不気味な不安が少しでも消えるように。

 

「お嬢様は……確かに奥様に似ていらっしゃいますね。奥様は本がとてもお好きな方でした。この家に沢山の本があるのは、奥様の影響でしょう。マグル出の方でしたが、魔法もお上手でした。ご主人様とはホグワーツという学校で出会ったそうです。お嬢様も11歳になったら行かれるところです」

「ホグワーツに!」

「ええ、そうです」

 

 驚きと喜びで小躍りしそうになった。

 一旦冷静になって、いよいよ、本題に入る。ダンブルドアの言葉の答え合わせをするのだ。

 

「お母さま、姉妹はいるの? 親戚……従姉妹、だとか」

「何故、それを?」

「いや、気になっただけよ」

 

 リーサが少し怪しんだ顔で私の方を見た。私は不格好に笑ってみせる。

 

「お嬢様が何を考えられているのか分かりませんが……奥様には従姉妹がいらっしゃいましたよ。とても賢い方で、綺麗な赤毛の方でした」

「名前は?」

「リリーです。リリー・エバンズ。彼女の息子はお嬢様と同い年のはずですよ。生き残った男の子と言われて……」

「ええ、ええ! 知っているわ、リーサ。ほらその……リーサがいない間に、魔法界のことを調べたのよ。そう、そうなの」

「そうでございますか……」

 

 リーサがまだ怪訝そうな顔をしていたが、正直そんなことはどうでも良く思えた。今にも叫びそうだ! どうやら私は、あのハリー・ポッターのはとこに当たる! そして何より私は、ハリーポッターと同じ時間、同じ世界に入れるのだ!!

 この喜びを隠せなくなる前に、一人にならなくては。

 

「あ、ありがとうリーサ。夕食はそこに、置いておいてくれるかしら?」

「ええ、構いませんが。大丈夫ですか、お嬢様。なんというか――おかしな顔をしていらっしゃいますよ?」

 

 どうやら、もう手遅れのようだ。

 少しは浮かれたって、誰も文句は言わないでしょう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と思っていたのは昨日までだ。

 私は早朝から、大変な事実に気がついてしまったのだ。

 

 ハリポタの世界は弱肉強食なのである。

 

 いくら、私が記憶があるからと言って、全くもって最後まで生き残れる確証はない。

 だいたい、シエル・スタージェントという人物はハリポタの世界に存在していなかったのだ。いや、いたのかもしれないけれど、言及されていない以上、どう生きてどう死ぬかはまったく予想がつかない。

 下手に動けば、死ぬか、最悪ハリー・ポッターが負けることになるかもしれない。

 

 と、言うことで、私は強くなることにした。

 

 安直な理由だ。強くなれば、死なない。死にたくないなら、強くなれ。以上。

 幸い、この家には大量の本があるため、勉強には困らないし、何かあればリーサに頼ればいい。1つ問題があるとすれば、私に魔法が使えるのか、ということだった。

 リーサにそれとなく聞いたところ、どうやら私は魔法の暴走をあまりしない子供だったらしい。スクイブの確率は大いにあるようだった。

 

「ねぇ、リーサ。どうしたら、魔法を使えるようになるかしら」

「大丈夫でございます。きっとそのうちすぐに魔力暴走を起こしてくださいます!!」

「それは少し違う気がするけれど……」

 

 まあ、魔法が使えなくとも、使えるようになるまでに知識を詰め込んでおけば、どうにかなるだろうと、気長に待つことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、リーサに連れられて、私はダイアゴン横丁へ来ていた。毎日、机に向かい勉強をしている私に、リーサが気を利かせてくれたのである。

 リーサ曰く、父や兄がいなくなった事の埋め合わせをしているのではないか、と不安になったそうだ。実際はただ、将来自分が生きられるためにやっていることなので、そんなことは全くないのだが。

 けれど、リーサの好意を無下にすることはできず、大人しく着いてくることにした。

 リーサの指パッチン魔法でダイアゴン横丁に着くと、今日もまた一段と人が多かった。たくさんの店が立ち並び、賑わう横丁。ふと、私の目に古ぼけた看板が止まった。

 

 オリバンダ―の店―――紀元前三八二年創業 高級杖メーカー

 

「リーサ、私あそこに行きたいわ」

 

 リーサは外で待っていると言うので、私は一人で扉を開いた。カランカランとドアのベルが鳴る。

 

「あの、すみません。誰かいますか?」

 

 静かな店内に私の声が響き渡った。少しして、店の奥から老人が出てきた。この店の店主、オリバンダーだ。

 

「おお、これはこれは、小さな魔女さんの来店だ。初めましてですな、シエルさんですな? お母さまに本当に似ておられますな」

「何故、私の名を?」

「分かるものじゃよ。ずぅっとここで見てきたのじゃ。お嬢さんの両親もお兄さんもここで杖を買ったのじゃ。残念ながら……いや、この話はよそう」

 

 首を横に振ると、オリバンダーは再度私を見つめた。灰色の瞳がずいっと私の緑色の瞳を覗き込んでいた。

 

「君は杖を、お探しかね?」

「そうです。杖を」

「そうか……しかし、ここにはあなたの杖はございません」

「え?」

「少々お待ちを」

 

 オリバンダーそのまま店の奥に入って行ってしまった。

 少しして、埃を被ったオリバンダーが出てきた。手には、小さな箱が握られている。その箱を見せながら、オリバンダーが口を開いた。

 

「この箱の中には、魔晶石というものが入っておる。貴重なものだが、最近は需要が減ってしまった」

「……何に使うものですか?」

「この石は、強力な魔力を持っている。いや、持っていたものだ。魔法石というものを砕いた破片で造られたものだ。魔法石は、魔力を封じたり、溜めたりすることができ、魔晶石は、魔力を持つものに反応する」

「杖の芯は魔力のあるもので作られる?」

「そういうことじゃ。あなたの家にはきっとあなたを待っている杖がある。探しなさい」

 

 オリバンダーは私の手にその箱を置いた。

 

「大きくなったら、また来ておくれ」

 

 お礼を言う暇もなく、店の奥に行ってしまう。不思議な感覚だ。私は貰った箱を少し握りしめてみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 店を出ると、リーサと合流し、昼食を取ったり、また、服や本を買ったりとぶらぶらして楽しんだ。リーサはオリバンダーの店であったことを最後まで聞かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

    

 

 

 家に帰ったると、夕食とシャワーを済ませた。部屋に戻った時には、もう眠気がピーク……私はそのままベッドへダイブした。

 

「うーん、疲れたー」

 

 伸びをしながら、あくびをする。久しぶりの外出だ。疲れるのも無理はない。

 

 ふと思い出して、机に置いてあった、箱を手に取ってみた。開けると、中にある魔晶石が光に当たり、キラキラしてとても綺麗だった。つい見惚れてしまう。

 と、その時。魔晶石が、突然異変を起こした。キラキラと自ら光っている……?

 突然の異変にリーサを呼ぶか、そう思った瞬間。光が消え、代わりに一筋の光が扉を指した。

 

「この先に、杖が?」

 

 ドアを開けると、光がずっと遠くまで指しているのが分かった。そのまま私は廊下を歩きだした。

 少し進むと行き止まりが見えてきた。すると光は方向をかえ、一番奥の部屋を指した。勢いよく扉を開ける。

 

「宝箱?」

 

 広い部屋に、大量の宝箱が置かれていた。その中で、一番小さい宝箱を光は指している。鍵は……かかっていない。開くと、中には鍵が入っていた。

 

 そう思ったのもつかの間。光がまた方向をかえ、次は一番大きい宝箱を指した。開けるとまた鍵……それからは同じことの繰り返しだった。

 

 数十分が経ち、そろそろ飽きていた。ついに最後の一つ。鍵穴に鍵を差し込む。

 

 カチャリ―――

 

 先ほどまでとは違う、確かな手ごたえを感じた。宝箱を開く手が、少し震える。鼓動も急に早くなった。

 

 中には杖が入っていた。

 

 古いのだろうか。埃をかぶり、少し色褪せている。また、所々擦り切れた跡や傷が付いている。

 

 私は、吸い込まれるように杖に手を伸ばした。杖に触れるまで、あと3、2、1センチ……すると、杖が私の手に自分から収まった。杖を箱から出し、一振り……とその瞬間。杖先が輝き、その光が私を包んだ。

 光が消えると、私は魔法が使えるか試してみることにした。今の感覚は確かに、この杖に選ばれたのだと思うけれど、確証がなかったのだ。

 

「オーキデウス」

 

 つい最近覚えた魔法を唱えてみた。すると、まるで雪が降るように上から小さな花が降り注いでくる。

 

「私、魔法使いなんだ……」

 

 改めて自分がこの世界にいることを教えられたような気がした。

 



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3.手紙

 

 広い中庭の真ん中で、私は魔法の特訓をしていた。もう何時間も練習しすぎて、さすがに疲れてきている。

 

「エクスペクト・パトローナム」

 

 もう、何度唱えたか分からない呪文を唱える。しかし、杖からパトローナスが出るどころか、光すら出なかった。

 

「エクスペクト・パトローナム、エクスペクト・パトローナム! なんで、出来ないの!」

 

 勢いで杖を投げ捨てそうになって、私はギリギリ押しとどめた。そのまま体力も魔力も底をついた私は砂がつく事も気にせずに、地べたに座り込んだ。

 

「他の魔法ならぴゅぴゅいってできるのになー」

 

 その言葉通り、私は一年の間に一人で毎日特訓を行い、相当な力を身につけていた。それもこの、物事の吸収力が非常に高い身体のおかげか、それとも膨大な魔力のおかげか。 どちらにせよ、少しでも強くなりたい私にとってとても好都合なことだった。

 

 それからしばらく練習をしていると、銀色の羽毛をした小さいフクロウが空から降りてきた。つい先日、誕生日プレゼントに買ってもらったフクロウだ。響きが可愛いのでルーという名前を付けておいた。

 ルーはホウとひと鳴きすると、私の杖先にきれいに着地した。よく見ると、手紙が足にくくり付けてある。

 

「手紙を持ってきてくれたのね。ご苦労様。どれどれ……」

 

 くくりつけてある手紙を外すと、ルーはまたホウと鳴いた。頭を優しく撫でてやりながら、手紙を開く。差出人の名を見た時、私は思わず叫んでしまった。

 

 『アルバス・ダンブルドア』

 

「り、リーサ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お嬢様、落ち着きましたか?」

「ええ、何とか」

 

 リーサが準備してくれた紅茶を飲み干して、カップが空になった時には、幾分か落ち着いていた。

 もう大丈夫だ。いや、全然大丈夫ではない。

 元凶である手紙を恐る恐る開く。今度はその内容に目眩が起きそうだった。

 

「お嬢様、手紙には何と?」

「……ダンブルドアという方が、私に会いたいそうなのです。重要な話がある、と」

 

 どうして私のような普通の子供にこんな手紙を送り付けてくるのだろうか。重要な話だなんて、たった7歳の私が聞く話なのか?

 いや。

 その時私は気づいた。私は()()()()()()()()()のである。私には何かしらの罪を犯したとかいう父と兄がいたのだった。この一年、強くなることばかりを考えて、すっかり忘れていた。それにしても、実の父親と兄の存在をすっかり忘れていただなんて、酷い話だ。まったく。

 それはそうと、魔法省に追われていたとなれば、相当の罪を犯したか、もしくは――隠蔽か。どちらにせよ、この目の前にいるリーサが何も知らないとは思いにくい。

 現に今も、リーサは何も言うまいと口を押さえている。なんて分かりやすいんだ。

 

「あの、リーサ」

「……」

「リーサ?」

「……」

「話してください、お願いします」

 

 私は真っ直ぐとリーサを見つめた。彼女の大きな目にみるみるうちに滴ができていく。私は念を押すようにもう一度言った。

 

「お願いです、リーサ。私は真実を知りたい」

 

 ぽろりと瞳から滴がこぼれ落ちた。それに釣られ、新しい滴もぽろぽろと落ちていく。それでも私は彼女のが話し出すのを待った。

 

「お嬢様は、後悔なさりませんか?」

「ええ、もちろん」

 

 私は即答した。

 リーサはそれを聞いて、涙を身に纏った古いシーツで拭いてから、口を開いた。

 

「ワタクシはずっとダンブルドア校長先生様の元で働いていたのでございます。ホグワーツ魔法魔術学校の厨房。お嬢様がいつか行かれる学校でございます。これは、ご主人様のご命令でございました」

「お父さまが?」

「そうでございます。ご主人様には、お嬢様を守るようにと言い付けられておりました。その時が来たら、ダンブルドア校長先生様を頼るようにと。ワタクシは言われた通りのことをしました。それで、お嬢様は今まで過ごせたのでございます」

「それじゃあ、ダンブルドアは全て知っているのですね?」

「そうでございます」

 

 なるほど、と今になって全てが繋がったような気がした。

 考えてみれば、私はこの一年あまりにも普通に過ごしていた。犯罪者の娘なのに。それこそ、外に出て買い物をするだなんて、そんなリスクの高いことはできないはずだった。けれど、それを可能にしていたのもダンブルドアが手引きしていたと考えれば辻褄が合う。

 しかし、それにしても、何故ダンブルドアなのだろうか。父がダンブルドアの旧友とか? それか、兄が生徒だったのかな? 何にせよ、自分は保護してもらっていたみたいだし、この手紙の返事は最初から一択のようだった。

 

「リーサ」

「はい、お嬢様」

「私、ダンブルドアに会うわ。会って、話を聞く。どんな話かは分からないけれど、私ちゃんと知りたい」

 

 今度は、強くなるだけじゃなくて、(シエル)を知らないと。

 

 静かに時は動き出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シエル、よう来てくれたのう。儂はアルバス・ダンブルドアじゃ。最も、君と会うのはこれが初めてではないがね。そこのソファーにでも、掛けておくれ」

 

 ここは、ホグワーツの校長室。そして目の前にいる老人は、他でもないアルバス・ダンブルドアだ。

 私は柄にもなく緊張していた。久しぶりの外出先はあの、ホグワーツで、久しぶりに話す人間があの、ダンブルドアだなんて。

 長く伸ばした髭。半月型の眼鏡。全てを見透かすような瞳――ダンブルドアは私に開心術をかけているようだった。

 まだ7歳の子供に何をしているんだい。

 私は小さく息を吐いて、笑顔でそれに応じた。

 ふと思った。7歳の子供に、普通は開心術を掛けたりしないだろう。普通ならば。もしかすると、ダンブルドアは()()()()()()()()()()()のかもしれない。

 私は背中に冷や汗が伝うのを感じた。

 覚えたての魔法だ。成功したかどうかなんて、試したことは無い。けれど、私が私であることがばれるのは避けたい。特にダンブルドアには。

 心の中に入り込まれる気持ちの悪い感覚を追い出そうと、私は自分の記憶に蓋をした。しかし、隙間を縫うようにして何かが入り込んでくる。

 額に汗が浮かび、作った笑顔が引きつりそうになる直前で、ダンブルドアは開心術を解いた。

 

「どうやら、7歳で閉心術を使える者がいるとは、驚きじゃのう」

「私も子供相手に開心術を使う方がいらっしゃるとは、思っても見ませんでした」

 

 にこりと笑みを作って、私は勧められたソファに腰を下ろした。

 

「何か、隠しているのかね?」

「……」

 

 私は何も答えずに、また微笑んだ。ドキドキと心臓の音が大きく聞こえるが、聞こえないふりをする。

 きっと、ダンブルドアにはもう、何かしらは気づかれてしまっているようだ。

 

「うむ。まあいいじゃろう。無礼を許しておくれ。ただの好奇心じゃ」

 

 好奇心という言葉が嫌に聞こえて、私は寒気を感じた。早く、話題を反らさなくては。

 

「構いません。それより、お話を」

「おっとそうじゃな。君の屋敷しもべから、あらかた話は聞いているかね?」

「いえ、それが。リーサは私の口からは何も言わない、と」

 

 リーサは話は全てダンブルドアから聞いて欲しいと、それ以上のことを言ってくれなかった。

 ご主人様との約束、と何度も口にしていたから、きっとお父さまに話さないようにと言われているのだろう。

 

「そうか……それでは、儂から全てを話そうかのう」

「お願いします」

 

 佇まいをなおして、私はダンブルドアの次の言葉を待った。

 

「……」

「……」

「冤罪じゃよ」

 

 沈黙の後、ダンブルドアの口から出たのはそんな言葉だった。

 

「冤罪? まさか、父と兄が?」

 

 ダンブルドアは首を縦に振った。

 

「あの時、魔法省は神経質になっておった。君の家族は、死喰い人(デスイーター)に騙され、罪を被されてしまったのじゃ」

「では、父と兄は?」

「……」

 

 ダンブルドアはまた黙ってしまった。私は何となく、分かった。私がここに呼ばれた理由。父と兄は――

 

「死んだのですね?」

 

 ダンブルドアは何も言わず、頷いた。

 

「しかし、罰でではない。呪いじゃった。一族全員に掛けられたものじゃ。アズカバンに収監されてから、一ヶ月後に遺体となって発見された」

「呪い、ですか? 吸魂鬼にやられた訳ではなく、呪われたと」

「ずっと狙われていたのじゃ。君の家、スタージェント家は。君のお父上とお兄さんが捕まったことで、護りに穴ができた。それからは一瞬じゃ。あらゆる呪いや奇襲を受け、一月あまりで君の親族は全員殺されてしまった。君一人を覗いてな」

「それで、あの家で保護を?」

「そうじゃ。あそこの守護魔法は強固なものじゃ。場所を知る者しか立ち入れぬ。君のお父上はこうなることを予想して、準備を整えていた」

「ですが、何故そんなに私の家が狙われるのですか?」

 

 私の問いに対して、ダンブルドアは少し驚いたような顔をした。

 

「知らぬのか?」

「何も。お父さまは私の前で魔法を使うことすら嫌がりました。家柄がどうだとかは全く」

「そうか……では、少し話そうかのう」

「お願いします」

「まず、魔法族には純血、混血、マグル出の3つが存在する。スタージェント家は代々純血の家じゃ。聖28家よりも、はるかに古い血筋とされる。そのために、スタージェント家は資産も莫大であり、権力も相当なものであった。しかし、スタージェント家は純血主義の家ではなかったのじゃ。偶然、それほど長く続いていただけ。それが過激な純血主義の家の反感を買い、ことあるごとに揉め事を起こしておった。これもその延長線上じゃ」

「それでは、スタージェント家は無くなり、万事解決なのでは? ご当主様も亡くなられてしまったのでしょう?」

「それがのう。君が護られてしまっていたのじゃよ」

「私?」

「そうじゃ。これを」

 

 ダンブルドアは、懐から羊皮紙を取り出すと、私に差し出した。受け取った私は、開いて見てみる。

 

「次期当主候補であったシエル・スタージェントを次期当主として命ず、る……?」

 

 達筆で書かれた文字と、右端に家紋のような押印。自分の名前をもう一度確認して、私は静かにダンブルドアへ突き返した。

 

「私はまだ7歳です」

「先程から随分と落ち着いた印象じゃがのう」

「魔法を使えませんし」

「先程、閉心術を使っていたではないか」

「それにスタージェント家について何も知りません」

「教えた通りじゃよ?」

「私以外の他の候補がいたでしょう!」

「君しかおらぬのじゃよ」

 

 ダンブルドアは、私の瞳を覗いた。今度は心を読むのではなく、何かを伝える瞳だった。

 

「私が当主になって、一体何ができるというのです」

「スタージェント家が存在するだけで良いのじゃ。古い家が一つでも消え去れば、イギリス魔法界は混乱を引き起こす。ただでさえ、手数が減ってしまったのじゃ。これ以上の負担はなるべく避けたい、というのが魔法省の考えだ」

「お父さまはなんと? 私が当主になるようにと言っていたのですか?」

「……」

「そうなのですね?」

 

 私ははぁっとため息をついた。(シエル)の父親は一体全体、自分の娘に何をさせようとしているのだろう。守るといいつつ、これでは逆に危険に晒すようなものでは無いか。

 

「もし断ったら?」

「儂は君のお父上に頼まれただけじゃ。何もせぬよ。何も」

 

 いつの間にか準備されていた紅茶をダンブルドアは音を立てて啜った。

 何もしない。それは、何も手は出さないという意味なのか、これからもう手助けはしない、という意味なのか。明言はしなくとも、後者であることは容易に想像できた。

 初めから選択肢はない。手紙が届いた時点で決められていたようなものだった。

 

「分かりました。お願いします」

 

 私は頭を下げた。顔を上げた時、ダンブルドアが顔を顰めているような気がした。

 

「これから忙しくなると思うが、できる限りの事はするつもりじゃ。何かあればすぐに言っておくれ」

「ありがとうございます」

「さてと、前置きはここまでじゃ」

 

 腑抜けた声が出そうになった。

 今の話が前置きだって?

 紅茶を飲んでいなくてよかったと思った。もし飲んでいたら確実に吹いていたに違いない。

 

「まずは、偽名のことじゃな。シエルとして公表するのは名前だけじゃが、顔が世間に広まれば、間違いなく標的にされる」

「私が子供だからですか?」

「君は護られるべき立場にあるということじゃ」

 

 ダンブルドアは紙を差し出した。

 

「これは、君の情報じゃ。よく読んでおきなさい」

 

 見ると、1番上にはルーシェ・エンヴァンスと書かれていた。私の新しい名前だ。その下にはぎっしりと家族構成やらが書かれている。何だかスパイになったみたいだ。

 

「特にこれで何かをするという訳では無いがのう。表に出る時はなるべくこれに従ってもらう。良いかね?」

「分かりました」

「よろしい。では、最後の話じゃが――」

 

 ダンブルドアが言い終える前に、校長室の扉が開いた。

 

「校長。吾輩をお呼びでしょうか?」

「丁度良いところに来た、セブルスよ」

 

 黒蝙蝠という表現は間違いでないらしかった。真っ黒の服を着た真っ黒の男。間違いなく、セブルス・スネイプだ。

 

「紹介しよう。彼はセブルス・スネイプ。この学校の教授であり、君の後見人じゃ」

「後見人?」

「言ったじゃろう、君は護られるべき立場にある、とな」

「ですが、何故この方が?」

「不服かね、ミス・シエル」

 

 不機嫌そうな顔でセブルスがそう言った。いや、ここに来た時からずっと彼は不機嫌そうであるが。

 

「いえ、そういう訳では」

「これ、セブルス。シエルを困らせるでない。セブルスに関しては元より君の後見人なのじゃよ」

「父とは知り合いで?」

「如何にも。ミス――」

「シエルで構いませんよ」

「それでは――シエル。何かあれば吾輩を頼るように」

「よろしくお願いします、セブルス」

 

 私は微笑んで手を差し出した。勿論、それに応じてはくれない。それから少しだけ会話を交わしたが、その間セブルスは一度も私と目を合わせようとはしなかった。

 

「そろそろ時間かの」

 

 いつの間にか窓の外が暗くなっていた。ダンブルドアの言葉と同時にリーサが現れた。

 

「お嬢様、お迎えにあがりました」

「ありがとう、リーサ。ではダンブルドア先生、私はそろそろ行きます」

「うむ、くれぐれも帰路には気をつけるように」

「ありがとうございました」

 

 私は一礼すると、リーサの腕をとった。

 

「またすぐに会う」

 

 指鳴らしの音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう思う?」

 

 先程までいた客人がいなくなると、この部屋には2人だけになった。ダンブルドアはお茶を淹れなおした。セブルスのものも準備して、彼の前に置いた。

 

「どう、とは?」

「シエルのことじゃよ」

「賢そうな子ですな。父親によく似ている」

「そうじゃないわい」

 

 ダンブルドアは目をぎらりと輝かせると、セブルスを見た。セブルスはため息をつく。

 

「あまりにも大人びている印象でした。7歳とは思えない。受け答えもしっかりしていますし、それに――」

「それに?」

「――何かを隠しているようにも見えました。確実に見せまいと、無意識のうちに閉心術を使っていた」

「やはり、セブルスにもそう見えるか」

 

 ダンブルドアは目を伏せた。

 

「一体、あの小さな少女に何を託そうと言うのです」

「何もじゃよ。何も」

 

 ダンブルドアは胸に残る苦味を押し流すように、また、紅茶を啜った。



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4.本家

 それから、数日後。シエルは、スタージェント家の本家に来ていた。リーサの魔法でやってきたので、外見は見ていないが、玄関を見るだけで分かる。これは、超がつく豪邸だ。

 

「お待ちしておりました。ご案内いたしますので、こちらへ」

 

 メイドが、恭しくお辞儀をし、案内を促す。連れられるままに着いていくと、リビングルームのような場所に通された。

 

「こちらへ、お座り下さい」

「ありがとう」

 

 シングルベッドくらいのサイズのソファに腰掛ける。何だか王族にでもなったみたいだ。

 ソファの感触に違和感を感じていると、メイドが紅茶を淹れてくれた。それに口をつける。なんだか気まずい雰囲気が流れていた。

 

「ええっと、まずは、自己紹介でもしましょうか」

 

 カップをテーブルに置いて、私はメイドの方を向いた。大人しそうな若い女性だ。

 

「私は、シエル・スタージェント。今はルーシェ・エンバンズと名乗っています。貴方の名前は?」

「フェッタと申します」

「フェッタさん」

「敬称は省いてくださいませ。わたくしは、ただの小間使いです」

「では、フェッタ。これから、お世話になります」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 

 また、深くお辞儀をするので、私も釣られてお辞儀した。

 

「それで……これから私はここで生活を?」

「そう、話は伺っています」

「それなら、少し案内をお願いしたいわ」

「かしこまりました。では、こちらに」

 

 そんなこんなで大豪邸探検が始まった。

 広い。とにかく広い。廊下の幅は自宅の2倍はあるし、長さは3倍くらいはあるだろうか。しかも、5階建てに屋根裏部屋がついているのだから、恐ろしい。他には中庭が2つと大きな裏庭が1つ。地下室もあるようだが、それはまたの機会にすることにした。

 こんなに広いのにどこもきちんと清掃がされていて、つい先日まで誰かが住んでいたことが伺えた。

 

「こちらは、ご当主様のお部屋になります」

 

 どうやら最後の部屋のようだ。4階の端までたどり着くと、フェッタは立ち止まりそう説明をした。

 他の部屋と変わらない扉だったが、この部屋だけは丸いドアノブをしていた。何か文字のようなものが彫刻されている。

 

「わたくしはこの部屋には入れませんので」

 

 フェッタはそう言うと、後ろへと1歩下がった。私はドアノブに手をかける。すると、ガチャリという音がした。

 

「開いた?」

 

 私はフェッタの方を見た。目が合うとこくりと頷かれる。ゆっくりとドアノブを回し、扉を開いた。

 風が吹き抜けた。

 凄く豪華な――という訳でもなく、案外質素な部屋だった。

 と言っても、部屋の広さや大きい天蓋付きのベッド、壁一面に立てられた本棚は普通ではないが。

 

「いい部屋ね」

 

 そう言いながら部屋の中を一周してみた。奥にある出窓が素敵だ。

 すとんと、ベッドに腰かけてみた。なんだか、どっと疲れが出て、眠気を誘う。私は外にいるフェッタに声をかけた。

 

「少し、休むことにします。何かあれば呼んでください」

「分かりました、失礼します」

 

 フェッタが部屋の前から去ると、1人でに扉が開いた。さっきのドアノブと言い、この部屋にはどうやら魔法がかけられているようだ。

 あとで、どんな魔法かを……

 

 そんなことを考えていると、いつの間にか私は眠ってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホウ、ホウ。

 

 フクロウの鳴き声が聞こえた。

 

「うーん……ルー?」

 

 少し伸びをしながら、シエルは窓際にいるフクロウに話しかけた。外を見ると、もう真っ暗だ。ふと、フクロウの足に手紙がくくってあることに気が付いた。

 

「手紙?」

 

 そして、そのフクロウをちゃんと見ると、そこにいるのはルーではなく、大きくて灰色のフクロウだった。とりあえず紐をほどき、手紙を開く。

 

『ルシウス・マルフォイ』

 

「これは……ダンブルドアに相談ですね」

 

 中を読んだ私は、手紙をテーブルに置いた。

 

「リーサ」

 

 シュバッという音とともにリーサが現れた。

 

「お呼びでしょうか」

「ええ。ダンブルドアに手紙を書きたいの」

「少々お待ちください」

 

 リーサは一瞬消えたかと思えば、また、すぐに羊皮紙やらインクやらを持って戻ってきた。

 

「ありがとう、リーサ」

 

『ルシウス・マルフォイ氏からこのような手紙が。判断を委ねたいです』

 

 私はスラスラと羊皮紙に書くと、先程の手紙を一緒に封筒に入れた。

 

「これを、ダンブルドアに」

 

 手紙をリーサに手渡した。

 

「かしこまりました。それはそうと、お嬢様。下でフェッタさまが呼ばれておりましたよ。夕食が出来ただとか」

「分かった、今行くわ」

 

 パチンッとリーサが消えると、私も部屋を出た。

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 月明かりに照らされ、一人ため息をつく少女。

 

 その年に似合わぬ美貌と風格を持ち、誰もが魅了されることであろうその少女は、同じく美しい、月を見つめていた。だが、その少女の瞳の中に、光はない。翡翠の瞳に宿されるのは、深い闇のみ。

 

 ―――少女は、不安だった。

 

 急に、名家の当主にされ、『ご当主様』などと言われれば無理もないだろう。だが、周りの者は、当たり前のような顔をする。

 当主という重荷は、少女には抱えきれなかった。たとえ心が、子供ではないとしても。

 

 ―――ふと、涙がこぼれた。

 

 思い出すのは、『過去』。優しい兄は勿論、不仲だった父までもが、今は恋しかった。だが、過去は過去。二度と会うことはないのだ。そう考えると、少女は苦しくてたまらなかった。

 

 振り切ったはずの《孤独感》が、舞い戻ったかのように、少女の心を、魂を、蝕んでいく。無造作に手を伸ばし、助けを求めた。

 と、何かが少女の手の中に収まった。

 

「―――え?」

 

 涙で、曇った視界を拭い、恐る恐る目を開ける。すると、深紅の宝石がはめられた〝ソレ”が、手の中にあった。

 自らキラキラと輝いている。

 

 ―――大丈夫。さあ、付けてごらん?

 

 そうとでも言うように。少女は自分の目を疑った。だが、思うより先に手が動き、首につけていた。いや、つけてしまったのだ。

 そこを定位置かというように、ぴったりとおさまった“ソレ”は、また光った。

 

 ―――もう、不安なんて、消えただろう?

 

 “ソレ”の言う通り、少女から《孤独感》はいつの間にかどこかへ消え去っていた。

 

 そして、その瞬間。少女は笑った。だが、笑顔なんていう可愛いものではない。

 それは悪魔の歪んだ笑みだった。そして、悪魔は言った。

 

「―――ふっ、上等だ。やってやる」

 

 もしこの時、リーサが、ダンブルドアが、他の誰でもいい。誰かがいれば、その歪みに気が付くことができた。だが、ここにいるのは、少女と、その元凶であるペンダントのみ。

 

 

 

 

 

 誰かが言った。

 

 ―――スタージェント家は呪われている、と。

 

 それは、あながち間違いではなかった。が、呪われているのは、『家』ではなく、『当主』であり、呪ったのは、スタージェント家当主の証であるこのペンダントだった。

 どこからか現れ、呪った者の憎しみを糧として生き、用が済めば、消えていく。

 しかし、ペンダントは初めて過ちを犯した。

 

 呪ったのは当主(シエル)のみであり、過去(心笑留)は、呪われていない。いや、正確には呪えなかったのだ。

だが、ペンダントが気づくのはもう少し後の話。今は、呪いをかけた時点で、ペンダントは時が来るまでと、静かに眠っていった。

 



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5.パーティー

 きらびやかな衣装を纏う人々で賑わうパーティー会場。皆、談笑という名の気の張り合いをし、ほとんど気疲れパーティーと化している。

私はそんなパーティーに出席しているのだが、子供達の輪に入ることも、大人達の輪に入ることも出来ず、一人窓際で暇を持て余していた。

 

 1週間前。

 私はルシウス・マルフォイから手紙でパーティーへの誘いを受けていた。流石、純血の名家と言うべきか、耳が早くて困る。

 個人的にはパーティーだなんて柄ではないし、何よりも面倒そうだし、すぐにでも拒否したかった。が、そういったものが届いた場合には、報告するようにとダンブルドアに言われていたので、仕方なく連絡を入れたのだ。

 すると、帰ってきた答えは『参加してみてはどうかね?』と意外な答えだった。

  命を狙われているのに参加しろだなんて、おかしな話だ。それに、マルフォイ家は元死喰い人なのだから、ダンブルドアとは敵のはずなのに。

 そう思いながらも、反論することも出来ず、私は承諾の手紙を出した。

 それから数日後、マルフォイ家にお邪魔することになり、お茶を飲みながら親睦を深め――緊張で何を話したのか記憶にないが――今日はパーティー当日というわけだ。

 ただ、もちろんの事だが、正体がバレては困るので、こうして隅っこでちびちびとジュースを飲んでいるのだ。

 さすがに、このまま何もしないのは勿体ない。そう思った私は、適当なウェイトレスにグラスを授けて、ルシウスを探すことにした。

 

「こちらにいらっしゃいましたか、シエル嬢。よろしければ、こちらをどうぞ」

 

 会場を半周したところで、突然後ろから声をかけられた。振り返るとそこにはルシウスが、グラスを持って立っている。

 ()の印象では、ルシウス・マルフォイという男は冷徹で残酷なイメージだった。しかし、見れば分かる。これは、愛ある父の顔だ。初対面の時も凄く優しくて、本当にこの人がマルフォイ? と驚いたものだ。

 

「ありがとう、ルシウス」

 

 私はグラスを受け取る。ふわりと笑って見せると、ルシウスと目が合った。

 

 ――()()に翡翠の瞳。黒を基調としたドレスを纏い、深紅のペンダントを着けた少女。

 

「ルシウス? 私の顔に何か付いているの?」

 

 あまりにも長くじっと見つめられるもので、私は首を傾げた。ルシウスは横に首を振る。

 

「いえ、大丈夫ですよ」

「そう。ならいいのだけれど」

 

 ふと、そういえばと思い出した。パーティーに行く前に、ダンブルドアにやってこいと言われたことがあったんだった。

 

「そうだ、ルシウス」

「なんでしょうか?」

「良ければ、私を紹介してもらえないかしら? スタージェント家の当主として」

 

 その言葉にルシウスが相当驚いた顔を見せた。

 無理もない。私はつい先日、ルシウスに私の正体のことを隠すようにと話したばかりなのだ。

 

「宜しいのですか?」

 

 宜しくないです。全くもって宜しくありません。

 一体全体どういう風の吹き回しで、この社交の場で私が挨拶をせねばならないというのか。

 というか、大体、私が護られる立場にあるといったのは、ダンブルドアではなかっただろうか。ダンブルドアが父の意思に沿ってそうしているとしても、父親だって私を守ろうと、保護できる環境を準備していたのではないだうか。

 それなのに、ダンブルドアは『スタージェント家の社会復帰じゃのう』とか何とか言って、ふぉっふぉっふぉっと朗らかに笑うものだから、私はとうとう考えるのを辞めた。

 

「ええ、お願いします」

 

 私は、過去一くらいの作り笑いでそう言った。ルシウスはまだ驚いているようだったが、かしこまりました、と言って会場の中央へ行ってしまった。

 

 しばらくして、チンッとグラスをスプーンで叩く音が聞こえた。その音に、流れていた音楽が止まり、客の目が一気に中央に立つ、ルシウスの方へ向いた。

 

「本日はお集り頂き、ありがとうございます。毎年、開催しておりますこのパーティーですが、本日は特別な、ゲストをお呼び致しました。では、こちらへ」

 

 「特別?」「そんなに凄い人なのかしら?」などと、会場がざわつく。客同士顔を見合わせる者もいた。

 集中しないと。この数週間でフェッタに教え込まれた“当主”としての振る舞いを発揮するのは、今しかないのだ。

 

 ――思う存分、演じなくては。

 

 私はひとつ息を吐いて、歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コツ、コツ――

 

 低めのヒールが大理石の床を鳴らす。

 

 コツ、コツ、コツ――

 

 徐々に会場のざわめきが収まり、足音の方へ視線が集まっていく。

 

 コツ、コツ、コツ、コツ――

 

 ルシウスの横に少女が立つ。

 

 

 ――誰もが、息を呑んだ。

 

 

 会場全体を覆い尽くす、圧迫感。まるで、金縛りにあったかの様な感覚。たった一人の少女が、ここにいる何百人の人々を、ただ歩くだけで支配し尽くしている。

 

 ルシウスは、身震いをした。

 先程の愛らしい少女の面影はどこへ行ってしまったというのか。顔つき、振る舞い、その全てが洗練されている。

 死喰い人として、『例のあの人』の恐ろしさに耐えてきた自分が、たった一人の少女に動くことさえ、制されている。

 

 

 そして、空気が揺れた。

 

 

「私は、シエル・スタージェント。スタージェント家の新たな当主であります」

 

 静寂の中、凛と話すその姿が"誰か"と重なる。その誰かを思い出すより先に、少女の声が響いた。

 

「私はここで、スタージェント家に起こった真実を語る気はありません。ただ――年齢故に問題視されることも少なからずあることでしょう。ですから、この私が当主であるという事実は、記憶の中に留めるよう、この場にいる全員に()()()()。それでは、この後もお楽しみください」

 

 少女は美しく笑みを浮かべると、それを合図にゆったりとした音楽が流れ始めた。

 徐々に喧騒が戻ってゆく。

 視線を外された少女は靴音を響かせて脇の方へ去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 端の方まで歩いて、一息つこうと思ったところに、シエルはたくさんの大人達に囲まれていた。

 

「スタージェント殿は、どこにお住まいで?」

「それは……」

「スタージェント嬢、お美しゅうございます」

「ありがとう」

「スタージェント殿――」

「はい」

「スタージェント様――」

「ええ、そうですね」

 

 そろそろ頭が限界を迎えそうになっていた。とその時。客の間を縫って、白髪の少年が現れる。

 

「おい、そこの令嬢。このパーティーの主催者の息子である僕、ドラコ・マルフォイよりも、客を集めているとはどういうことだ?」

 

 どうやら、私が()()知らないらしい。先程の話を聞いていなかったのだろうか。

 いつもの私なら、()()()()に出会えて、喜ぶところなのだが、今は相当疲れている。緊張やら気疲れやらで情緒がめちゃくちゃだ。よって、その言葉はシエルの神経を逆撫でにした。

 

「"おい"ですって? 言葉遣いには、気を付けた方がよろしいのでは? ドラコ・マルフォイ」

 

 最後の部分を強調し、シエルは威圧するように言った。

 

「な、呼び捨てにするな! 僕の父上は、お偉いお方なんだぞ! それに僕はマルフォイ家の次期当主だ!」

「そうですか……あの()()()()の息子がこれほどの愚か者だったとは。マルフォイ家の()()ですね。残念です」

「な、なに! 父上まで呼び捨てにするな! お前こそなんなんだよ! 偉そうな口、聞くな!」

 

 そんなことを言い合っていると、ルシウスが近くに来るのが見えた。

 

 ――面白い。

 

 シエルは、不敵な笑みをドラコ向ける。

 

()()? 貴方は一体、誰に口を聞いていると思っているのです?」

 

 少し声が大きくなる。周りにいた客もざわめき始めた。

 

「お前こそなんなんだよ!!」

 

 ドラコがキレた。お子様の喧嘩なら、間に誰か入るだろう。だか、少なくとも片方はお子様ではない。周りの客は、『触らぬ神に祟りなし』状態である。

 

「……愚か者。私をなんだとおもっているのだ!」

「どこの令嬢かしらないが、調子に乗るんじゃ…

…」

 

「馬鹿者!!!」

 

 ドラコが言い終わらない内に、ルシウスが、罵声を上げた。

 

「父上?! そうだ。こいつは、父上のことも侮辱していました! それに……」

 

 ルシウスに言いつけようとしているドラコを傍目に、ルシウスが深く、深く頭を下げた。

 

「うちの馬鹿息子が、ご無礼を。申し訳ございません!」

 

 ――会場なしんと静かになった。

 

 状況を把握している、周りの客は背筋が凍るのを感じた。

 

 殺される―――

 

 それ程の殺気を、一人の少女が発していた。こうべを垂らす2人を交互に見下してから、シエルは口を開いた。今にも、「腹を切って自害しろ」などと、言いそうな雰囲気である。

 

「ルシウス。貴方の息子は少し教育が必要なようですね。恥を知った方が良いかと」

 

 最後の言葉が、会場中に響き渡った。同時に、会場の端の方の客まで(こお)りつく否、()てついていた。

 

「ッ誠に申し訳ございませんでした」

 

 ルシウスが先程よりも、深くこうべを垂らす。それを見たドラコはやっと状況が把握できたらしく、顔を真っ青にしていた。

 

「貴方に免じて、今のことは忘れましょう」

「ありがとうございます」

「それとドラコ」

「は、はい……!」

 

 怖気づき、答えたドラコは、鋭い眼差し――殺意を向けられ身震いをした。

 

「私の名前はシエル・スタージェントだ。よく、覚えておきなさい。ルシウス。私は帰ります。では、また」

「はっ」

 

 そう言ったシエルの眼に光はなく、胸元の深紅のペンダントだけが輝いていた。

 

 

 ――素晴らしい。

 



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6.魔法省

 クリスマスが終わり、一週間が経った。

 まだまだクリスマスの熱の冷めない街で、私は一人歩いていた。

 今日の行き先は魔法省。

 少し歩くと、人気のない路地に入った。古びた電話ボックスがぽつんと置いてある。周りに誰もいない事を確認し、中に入ると、マグルのお金を入れて順番に番号を押していく。最後のボタンを押すと、まるでエレベーターのように動きだし――

 

「いらっしゃいませ、シエル・スタージェント様」

 

 私は魔法省へと迎えられた。

 

 

 

 

 

 

 

 魔法省に着くと、私は地下一階にある魔法大臣室へ向かった。『大臣』と書かれたドアの前で深呼吸をする。私がノックしようとすると、先にドアが開いた。

 

「よく来てくれた、スタージェント殿。さあさあどうぞ。そこに掛けてくれ」

 

 いきなりの登場に少し驚いたが、私は表情は崩さず中に入った。

 

「私は、魔法大臣のコーネリウス・ファッジだ」

「初めまして、大臣。私は……」

「いえいえ、存じておりますぞ。シエル・スタージェント殿」

「そうですか。それで、わざわざ呼び出してまでする話とはなんです?」

「ははは、申し訳ない。スタージェント殿も、お忙しいですな。それでは、長話は控える事にしましょう」

 

 少し威圧的に言ってみたのだが、さすがは魔法大臣と言うべきか。朗らかに笑って見せた。

 ちなみに、呼び出された内容は、大臣からの手紙に事細かに書かれていたので知ってはいる。それでも、わざと私は聞いた。

 コホンと、咳払いをした大臣は真剣なまなざしで、私を見る。そして口を開いた。

 

「今、世間でスタージェント殿は、偽物だなんだと、噂されているのはご存知かね?」

「ええ、勿論。ご丁寧にそれに関する記事や資料まで送ってくださったので」

「その原因もご承知で?」

「スタージェント家の復活が囁かれているのにもかかわらず、当主は表舞台に出ず、こうして身を隠しているから、ですかね」

「その通りでございます。もし、スタージェント殿は、偽物だったと思われては、どうなるかわかりますな?」

「そうですね……スタージェント家の莫大な資産を目当てに紛争が起こる?」

「その通り。そうなっては、もう取り返しが付かない。そこで、スタージェント殿に仕事をしていただく事になった」

 

 私は顔をしかめた。どうやら魔法省は私を、早い内に()()にしておきたいらしい。

 

「分かりました。ですが、条件があります」

「条件ですか」

「ええ。私はこの通り、まだ子供。しかも、魔法の使用も容易に出来ません。そこで、私の歳を公表しない事。『臭い』を消す事。この二つを条件を承諾していただければ、どんな仕事でも受けましょう」

「……承諾しましょう」

「ありがとう」

「では、早速ですが闇祓い局に行っていただきたい」

「闇祓い局? 私を闇祓いと共に働かせるつもりですか?」

「どんな仕事でも受けると仰ったのはスタージェント殿では?」

 

 にこにこと笑みを絶やさない大臣を睨みつけそうになった。魔法省は、あわよくば私を殺すつもりなのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 大臣と別れた私はそのままの足で闇祓い局に来た。茶髪黒眼で、明るそうな女性が私を迎えてくらる。

 

「あなたがスタージェントさん?」

 

 弾んだ声でそう聞く彼女は、どこか懐かしい感じがした。

 

「ええ、そうです。貴方は?」

「私は、新人の教育係をしているの。ソードって呼んでくれればいいわ」

「では、ソード。これから世話になるわ。私の事は好きに呼んでくれて構いません」

「じゃあ、シエルね! 局長から聞いていたけれど、まさか本当に子供がスタージェント家のご当主様だなんて」

「その件は触れないでいただけると……」

「それは失礼。それじゃあ、初めは訓練からよ。ついて来て」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は、ソード。8年前に子供が生まれ、子育ての為に闇祓いを退職。今は、魔法事故惨事部の闇祓い教育係に勤めている。自分で言うのはどうかと思うが、闇祓いの中でもトップレベルで、何度も死喰い人と闘った実績がある。

 

 そんな私は今、たった一人の少女の殺気に晒され、身震いしていた。

 

 一週間前、局長に『新人は、スタージェント家の当主だが、まだ8才だ』と聞き、正直私は、見くびっていた。だが、そのたった8才の少女が、ただ、立っているだけなのにも関わらず、空気までも支配しているのだ。身震いするのも無理はないだろう。

 ただの模擬戦だったはずが、雰囲気だけなら、これはもう殺し合いに近い。少女の相手役である男性は、完全に凍てついてしまっていた。

 

 

「? 何をしているんです? 早くやりましょう?」

 

 その声で、フリーズしていた私は我に返る。

 

「で、では、いいわね?」

 

 両者、互いに頷き杖を構える。少女は手に持っているだけだ。

 

「そ、それでは、よーい……始め!」

 

「エクス……」

 

 シュッ――

 バタッ――

 

 

 呪文を唱えるより早く、相手が倒れた。少女はというと、先程の位置からピクリとも動いていない。そして顔には、不敵な笑み。

 

 ――瞬殺――

 

そんな言葉がふと頭に浮かぶ。私は、もう一度身震いした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「? 何をしているんです? 早くやりましょう?」

 

 先程から突っ立っているソードに、私は声を掛けた。

 

「で、では、いいわね?」

 

 戸惑うように言うソード。なぜ動揺しているのか分からないが、今は集中だ。杖を持ち、頷く。

 

「そ、それでは、よーい……始め!」

 

((ステューピファイ(麻痺せよ)!))

 

 わざわざ声に出すまでもない。そう思ったシエルは、無言呪文で対応した。また、呪文を悟られないために動きは最小限に抑えた。

 

 明らかに実戦を想定し、どれだけ相手に隙を見せない様にするかを瞬時に考え、行動するシエル。

 

「エクス……」

 

 シュッ――

 バタッ――

 

 シエルは、にやりと笑った。

 

 確実的な"実力の差"。勝敗は、始まる前からついていたと言っても過言ではない。

 

 キラキラとペンダントが光る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 訓練人形に向かい杖を構え直す。私は呪文を唱えた。

 

エクスペリアームス(武器よ去れ)!」

 

 バンッ――

 

 爆発音に似た破壊音。同時に訓練人形が吹き飛んだ。

 

「し、シエル?! 何体壊したら気が済むの?」

 

 え? いくらでも。

 内心そんなことを考えてしまったが、それを言うとさすがにソードにキレられそうなのでやめておいた。

 

「スミマセン。制御が上手く出来なくて……」

「そんな棒読みの謝罪、受け入れないわよ!! 上手く魔法を使えているのは結構よ。けれど、威力をもう少し考えなさい。それを人に向けたら、武装解除(エクスペリアームズ)じゃなくて死の呪文(アバダ・ケ・ダブラ)になるわ!」

 

 闇祓い局の訓練場にて、ソードと共に私は訓練をしていた。

 しかし、こんな感じで先程から魔法を唱えては壊し怒られ謝り、唱えては壊し怒られ謝り……。そろそろ、ソードも怒りから呆れへと変わりつつあった。

 と言っても始めてからまだ数時間。こんな風に誰かと一緒に練習するのは初めてで、なんだか嬉しい気持ちだ。

 

「もっと杖先に魔力を集めて、最小限に抑えてみて。あと……」

 

 ソードがああだこうだと色々とアドバイスをしている。私は全く聞く気になれなかった。

 人に向けたら勝手に威力抑えられるもん。人形だからだもん。

 

「じゃあ、もう一度。武装解除をやってちょうだい」

「あの、もうそろそろやめませんか?」

 

 タイミングが悪く、かぶってしまった。

 あ、やばい。

 ソードがぷるぷると震え出したかと思えば、すごい剣幕で怒り始めた。

 

「シエル、ちょっとは反省しなさい! 子供だからって容赦はしないわよ! リスタスセンプラ(笑い続けよ)!!」

「ぷ、プロテゴ(護れ)!!」

 

 マジで容赦しないなこの人!!

 

 その後、1時間にも及び死闘(説教)が繰り広げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、さんざんに怒られたシエルは少しは心を改めることにした。

 

 ガッシャーン――

 

 前言撤回。

 粉々に吹き飛ぶ人形。ソードはため息をついた。

 

「昨日あれだけ言ったのに、また壊したの? 学習能力が無いの?」

「ガクシュウノウリョクって何ですか? ワタシ、まだ8さいデスヨ?」

「は?」

「コホン、すみません。少しふざけてしまいました。それで、修正点はどこでしょうか?」

「はあ、切り替えの早いこと……まあいいわ。シエルの欠点は、魔力の無駄遣いね。それと、いやこれ以上は言わないわ」

 

 改めたのは、どうやらソードの方だった。

 

「では、いきます………エクスペリアームス(武器よ去れ)

 

 ガシャーン――

 

 今度は人形が大破……ではなく、後ろに吹っ飛んだ。そのまま壁にぶつかって人形はバラバラになる。

 

「ソード、やりましたよ! 威力抑えられました!!」

「シエル……」

 

 見ると、ソードは呆れた顔で私の方を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、1カ月後。

 

エクスペリアームス(武器よ去れ)!」

 

 シエルの呪文により、人形の()()()が吹き飛んだ。

 

「うん、上出来ね」

「ありがとうございます。あの……そろそろ次のステップにいきませんか?」

「そうね。じゃあ、治癒呪文にいきましょうか」

「治癒呪文? それなら、練習しなくても」

「そうと決まったら、早く始めましょうか」

 

 シエルの言葉を遮って、ソードは満面の笑みを向ける。

 

 この1ヶ月でシエルとソードは仲が良くなっていた。それもそのはず、毎日のように訓練を重ね、怒り怒られ、お互いのことも分かり合い始めていた。

 けれど、二人は気づけなかった。

 シエルのペンダントが徐々に輝きを取り戻していることに。

 



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7.任務

 周りにいるのはホグワーツの卒業生や大人たちばかりで、私のような子供は一人も見当たらなかった。それもそのはず、ここは闇祓い本部の適性検査場なのだ。子供が居ていい場所ではない。だが私はそこにいた。

 

「シエル!」

 

 突然、自分の名前を呼ばれ、私は振り向いた。

 

「ソード。来てくれたのですね」

 

 ソードが叫んだせいか、私の年齢のせいか、どうやら随分注目されているみたいだ。私は綺麗な笑顔を作って、ソードに応えることにした。しかし、ソードは

 

「何その気持ちの悪い笑顔は」

 

 全く空気を読んではくれないようだった。

 

「……見られてるんですよ!!」

 

 小声でそう言うと、ソードは納得したような顔をした。

 

「それで、今日は復職届けを、局長へ出しに行くんじゃなかったのですか?」

「それなんだけど、局長がオフィスにいなくてね……」

 

 丁度その時、局長が集まっていた野次馬たちの間を縫いながら、私たちのところへたどり着いた。

 

「これは、()()()()()()()殿、確か検査は今日でしたな。それとソード、お前は復職届けを出しに来たのか?」

「ええ、そうです」

「はい、そうですよ」

 

 二人重なった声に、局長は苦笑した。

 

「本当に仲がよろしい。スタージェント殿が合格されたら、間違いなくペアになりますな。おっと、もうこんな時間か。では、また後程」

 

 そう言うと、局長は同じように戻っていった。

 すると、周りの人達がざわめき始める。

 おっと不味い。私の正体がバレてしまったでは無いか。

 すぐさま私はマントのフードを被り、ソードは目くらましの術をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくして、検査が開始された。当たり前だが、とても厳しい検査だった。とっても。

 

「ソード、よくあなたは合格できましたね」

「ふふ、これでも私はホグワーツで学年3位よ。甘く見ないで頂戴」

「それは絶対嘘」

「ええまあ、ざっと10位は上乗せしたわ」

 

 さらっと嘘をつき、また、悪びれもせずにウィンクまでしてくる。

 私は大きくため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後。私は無事、合格発表の日を迎えた。

 

「シエル、オメデトー」

「ソード、アリガトー」

 

 驚きの結果に思わずカタコトになっていると、局長から声が掛かった。

 

「もっと喜びたまえ諸君。スタージェント殿()()なのだぞ、合格したのは。去年はいなかったしな」

 

 そう、数十人が検査したのにもかかわらず、合格者はたった一人、私だけだったのだ。局長に聞けば、そうとうギリギリ合格らしいが。

 

(合格者のいない年もいるってホントなんだ……)

 

 こうして私は無事、正式な訓練を受けられるようになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「早いわね」

 

 初任務の日。集合場所でソードを待っていると、しばらくして声がかかった。

 

「ソード、遅かったわね」

「それじゃあ、早速行きましょうか。姿現しの経験は?」

「屋敷しもべのなら」

「それなら大丈夫ね。手を」

 

 ソードが手に私は自分の手を重ねた。

 

 2人が消える直前、シエルのペンダントが光った。

 

 ――ふっ、 ははっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現場に着くと、錆びた鉄の様な臭いが、2人の鼻をついた。

 

「なに、これ……」

「人間の血ね」

 

目の前に広がる、真っ赤な池。所々、人と言う名の黒い島が浮いている。訓練時に何度か血を見て慣れていたシエルだったが、さすがにひどい有様だった。ソードも動揺を隠しきれない様子。

 

「随分派手に殺ったみたいですね」

「それにしても酷いわ……」

スコージファイ(清めよ)テルジオ(拭え)

 

 シエルは呪文を唱えそこを片付けた。繋がった人体は見る見るうちに女性へと変わり、血の池のあった場所には、きれいな刺繍の施された絨毯が浮び上がった。辺りにあった、布を女性の顔にかけたのは、一応の配慮か。

 

「マグル? いや、半純血ですかね……にしては襲うものが」

「シエル。きっとこれが狙いだわ」

 

 そう言って、ソードは箱を取り出した。

 

「中は?」

「空っぽよ」

「中身を盗んだという訳ですね」

「最近、泥棒が増えているって噂、ホントみたいね」

 

 簡単に行き着いてしまった答えに、少し違和感を覚える。

 

「どうかしたの?」

「いや、なんて言うか。ただの泥棒がここまでするのかな、と」

「確かにそうね……けれど、愉快犯かもしれないし、こうして何か盗まれているわけだから」

「そうなのだけど」

「まあ、犯人を捕まえてみれば分かるわ。アパレ・ヴェスティジアム(現れよ)

 

 ソードの呪文で犯人の足跡などが現れる。

 

「ここで姿くらましをして、それから……」

「漏れ鍋ね」

「それじゃ、さっさと終わらせましょう」

 

 そう言って、2人は姿くらましをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 漏れ鍋に着くと、早速ターゲットを発見した。適当な席に座り、頼む。

 ターゲットとの距離は約6メートル。

 シエルとソードは目配せをすると、シエルは立ち上がった。少しずつ、ターゲットに近づいて行く。あと、1メートル……数センチ……

 

「あっ」

 

 あたかも過って躓いたかのようにして、相手の注意を削ぐ。そして、相手の意識外にいるソードが相手を確保する。

 

 はずだった。

 

 シュバッ――

 

 グルグルと視界が回る。これは、姿現しだ。

 次の瞬間、たどり着いた場所は魔法省だった。

 

 素早く頭を回し、杖を出す。だが、人混みだと言うことに気がつき、一瞬躊躇ってしまった。

 その一瞬に呪文が飛ぶ。

 

エクスペリアームス(武器よ去れ)

「はっ!!」

 

 避けようとしたが、間に合わない。

 杖が体ごと吹き飛んだ。

 人に使う時は威力を抑えるんだぞ!!

 

モリアーレ(緩めよ)!!」

 

 後ろから呪文が聞こえ、床とシエルの間に見えないクッションができる。視界の中に敵が杖を上げるのが見えた。私ではない、標的はソードだ。

 

「ソード!!」

 

 その言葉で意思疎通し、ソードが伏せる。間一髪だった。周りの人々は、悲鳴を上げて逃げ出し、たまたま居た闇祓い達は、速やかに参戦する。

 

ステューピファイ(麻痺せよ)

コンフリンゴ(爆発せよ)

フリペンド(撃て)

 

プロテゴ・マキシマ(護れ)

 

 呪文が、閃光が、飛び交う。1対複数人。いくら、腕が良くても、人数で負けてしまう。

 勝てる……そう油断した時、ターゲットの援護が到着した。

 集まった闇祓い達がみな、息を呑む。援護に来たのは………

 

 

 

 

 

 

 

 死喰い人(デスイーター)の集団だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 呪文が行き交うその場所で、私は焦りを感じていた。

 騒ぎを聞きつけ、徐々に闇祓いが増えているが、それと同時に戦闘不能者も出ている。対する死喰い人は、数は少ないが腕は確かだ。

 

 ――全滅――

 

 そうなるまであと、どれくらいの時間が残されているか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇祓いで残っているのは、シエルとソードを合わせて6人だけとなってしまった。その他は、命を落とした者こそいないが、全員が重傷だ。しかも、6人ともに、体力、魔力も限界を越えようとしている。

 

エクスペリアームス(武器よ去れ)

 

 先程まで無言呪文を使っていた一人の死喰い人が、呪文を声に出した。どうやら、相手も余裕がなくなって来たらしい。と、思ったのもつかの間。

 

インペディメンタ(妨害せよ)

「きゃっ!?」

「ソード! プロ…デパルソ(退け)!!」

 

 シエルはとっさに守ろうとするが、前方から来た死喰い人に応戦するのに精一杯。

 不味い、このままじゃソードがやられてしまう。どうする。どうする! 援護を呼びに行けない。誰か、誰か助けて……。

 

 

 次々と襲いかかる死喰い人。

 今にも殺される寸前であるソード。

 周りに倒れる闇祓い達。

 味方の血に汚れる杖。

 真っ赤な血。血。血。血。

 

 

――ペンダントが深紅に染まっていく。

 

 

 視界が眩み、胸の辺りが熱くなる。そして次の瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ディフィンド(切り裂け)!!!!」

 

 視界の全てが紅く染まった。

 




本来この時代の魔法大臣はミリセント・バグノールドですがこの作品ではコーネリウス・オズワルド・ファッジが大臣にしました。


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8.深紅のペンダント

 

 ホグワーツの校長室でダンブルドアは1人、額に汗を滲ませていた。

 そろそろなのだ。あと少し、もう少しで。

 一つの肖像画が叫んだ。

 

「ダンブルドア! 魔法省に死喰い人(デスイーター)が侵入した。闇祓いが対処したが、現在()()()()()()()()()()()()()だそうだ!!」

 

 その言葉を合図に、ダンブルドアはすぐさま魔法省へ姿現しをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもと違い、人気がなく()の臭いが辺りを漂っていた。そこに近づくにつれて強まる寒気(殺意)は、あの時と同じ。ダンブルドアは、杖を握りしめ踏み入れた。

 

「遅いぞ、若いの。私を待たせるな」

 

 "ソレ"がダンブルドアに声をかけた。どこか懐かしい声。だが、あの時とは少し違う。ダンブルドアは、少し顔を引きつらせながら答えた。

 

「うむ。こんなにも早く出て来るとはのう。儂も予想外じゃった」

「まあ、そうだろう。私もこんなに早く事を成せるとは思わなかった。それにしても若いのも少しは成長したな」

「そう言うあなたは、変わらないのう。あの時のままじゃ…」

 

 ダンブルドアを『若いの』と呼ぶ"ソレ"は、ダンブルドアより年上と判断するには大分無理があった。

 

 銀髪碧眼。深紅のペンダントを身に付けた少女。シエル・スタージェントがそこにいた。

 

「一体、何が望みじゃ?」

 

 単刀直入に聞くわしに、"ソレ"は答えた。

 

「若いの、忘れたとは言わせんぞ。私は随分待った」

 

 そうだ。わしは、"ソレ"に聞かずとも分かっていた。だが、認めたく無い。

"ソレ"が望むのはただ一つ。それは、大いなる力だ。全てを支配する権力、魔法力、そしてわしが持つ()()の様な道具だ。

 

「済まんが()()はまだ渡せぬ……守るべきものが出来たからのう」

 

 そう言って見つめた先には少女がいた。

 

「この子だけではあるまいよ。他にも多くの守るべきものができたのじゃ。もう、あの時のようなことは絶対に起こさない」

「守るべき? ふっ、笑わせてくれる。お前が守るなど無理だ。守るのでは無く、見捨てる。違うか? あの時もそうやって見捨てた。一ミリも躊躇うことなく、な」

 

 ダンブルドアは口を噤んでしまった。

 あの時、彼女に手を差し伸べていれば、こんなにも後悔することはなかった。彼女も、親友も、アリアナも……。

 

 

「……若いの。私はお前と戦う意思は無いのだ。もし拒否をしたら、どうなるかは分かっているだろう? そして何より、()()()()お前の守るべき対象であろう?」

「そう、じゃ……じゃが、なぜあなたはこれだけの人を殺したのじゃ?」

 

 わしは、足元にある大量の死体と、血を見た。わしを呼び出す()()()この者たちが、殺されてしまったのだ、しかも少女を操ってまで……。

 

「……私が殺した? 若いの()()()()()()()()()ぞ。これ等を()()()()()()()()()()()()()()

 

「な、んと……今、何と?」

「もう一度言わせるのか? ()()()()()()()()()()()()()()()()

「あり得ない、そんな事は絶対……この子がこんな事を()()()()()()()()。確かに魔法に優れてはいるが、この大量の人数を()()()()()()

 

 そこで、ダンブルドアはハッとした。

 

「できないこともない。そうだろう? この子はスタージェント当主。生まれつき魔法力は膨大なはずだ。しかもこの子は……っとこれはこの子のために秘密にしておこうか。とにかく、私では無いのだ。

………そろそろタイムオーバーだ。闇祓いが来たら厄介だしな。どうするか決めろ、()()()()。まあ、答えは二つに一つのだがな」

「分かった……もう少し時間が欲しい。わしの守るべきものを守り抜けた時、儂があなたを呼ぶ。それまであなたは、眠っている……それでどうじゃ?」

「ふんっ。お前はいつも抜け道を見つける……分かった。だが一つ、この子が()()()()()()私は目覚める、いや目覚めてしまう。それだけは覚悟する事だ」

「うむ、分かった」

「ではな、若いの」

 

 少女の胸にあった深紅のペンダントが消えると同時に、少女は崩れ落ちた。体には無数の傷。きっと自分の魔法にやられたのだろう。

 

「シエル……なぜ()()()()をしたのじゃ? これだけの人数を殺してしまっては、もう、取り返しは付かぬ」

 

 少女からの返事は無い。

 もう少しで到着するだろう闇祓い達は、きっとシエルをアズカバン送りにするだろう。まだ8歳の少女を吸魂鬼(ディメンター)に渡すのを彼らは躊躇しない。儂ができる事は、期間を短くすることぐらいだ。その間に彼女は()()()()()()()()()()()()

 

 考えが甘かったのだ。少女をスタージェント家の当主にし、過酷な場所に置くことで“アレ”を出す。彼女の父親との約束も同時に守る。

 全て上手くいったはずだった。なのに、どうして、こんなことを。

 ダンブルドアは血塗れの少女を抱きしめた。

 徐々に闇祓いたちの足音が近づいてくる――

 



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9.目覚め

 ダンブルドアの知らせを聞いた時、吾輩は自分の耳を疑った。何せあんなに明るい少女が、人殺し(大罪)を犯すとは思いもしなかったのだ。だが、吾輩はその事実に納得してしまっていた。少女なら、やりかねない、と。

 

 ダンブルドアの守護霊からの伝言を聞いてすぐ、吾輩は現場へ姿現しをした。着いた瞬間、強い目眩に襲われた。

視界を覆い尽くす鮮血。切り裂かれ原型を無くし、辺りに散らばった人体。肌を刺す様な寒気。近づいてはいけないと、本能が警報を出していた。

 

「セブルスよ、こちらに」

 

 ダンブルドアが吾輩を呼んだ。その声で理性を取り戻した吾輩は、ゆっくりと足を動かした。

 近づくに連れて、ダンブルドアが何かを抱いているのが見えた。認めたくなかった。それが何か、いや、誰なのかを。

 

「セブ、ル、ス……」

 

 ――彼女だった。

 

 苦しそうに紡ぎ出した言葉はたったそれだけ。

 身体には無数の傷が走り、ダンブルドアが治癒魔法を掛け続けているが、治る前に闇祓い達が到着してしまうのは、目に見えて明らかだった。

 すぐさま吾輩も呪文を唱えようとしたその時、彼女の手が吾輩の杖を下ろした。

 意味が無い。そう言っているようだった。

 

「先程意識が戻ったのじゃ。じゃがもう、間に合わん」

 

 虚ろな目で少女がこちらを見る。綺麗な緑色の瞳が、色を無くしていく。

 

「ごめ、んな、さ、い」

 

 意識を失う直前、少女の零した言葉はそれだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――怖い夢でも見ていたのだろうか?

 

 体を包む倦怠感に私はそんなことを思った。

 手、背中、足と、徐々に四肢の感覚が取り戻されていく。私は、重くなった瞼を持ち上げた。

 

「セブ、ルス?」

 

 私の視界に彼の顔が入る。だが窓から差し込む光が逆光になり、表情までは見えなかった。

 

「ルーシェ? 目が、覚めたのか? 少し待っていろ」

 

 そう言ったセブルスが部屋から出ていってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シエルが目覚めた。

 セブルスからその報告を聞いて、ダンブルドアは安堵のため息を漏らした。

 

 

 あの日、シエルは闇祓い達の手により、アズカバンに連行されてしまった。

 そのまま4ヶ月という長い時間をシエルはアズカバンで過ごすことになった。

 

 そしていよいよ、開放される日……病室のベッドに座る少女が誰か分からなかった。

 痩せこけた体。病的までに白くなった肌。瞳に色はなく、顔には表情が全く無い。まるで、亡者の様に。

 

 すぐさま聖マンゴ病院にシエルを入院させた。が、一週間、一ヶ月経ってもシエルの瞳に光は戻ることはなく、いつもどこか一点を見つめ、息をしているのかも分からない状態が続いた。

 そしてついに、癒者(ヒーラー)が下した答えはこうだった。

 

「シエル・スタージェントさんは、魂が壊れかけています。治すには、彼女の記憶を、こうなってしまったきっかけを、全て消し去らなけねばなりません」

 

 簡単に言えば、彼女はいつ吸魂鬼(ディメンター)になってもおかしくない状態だということだ。

 

 迷わず、ダンブルドアは記憶を消すことを決断した。

 しかし、セブルスがそれを止めた。

 

「たった一人の少女を救うために、偉大なる魔法使いと呼ばれるあなたが行う必要はないのでは? それ以上、その少女に固執する必要もないはずです。彼女の父親も、きっとそう言う。あなただけの過ちではないと」

「その()()()()()()()()も守れずに偉大なる魔法使いじゃと? 儂は約束したのじゃ。彼女を守ると、それなのに儂はここで見捨てるのか? 傷だらけで体調も優れない状態なのにも関わらず、()()()()()で4カ月も吸魂鬼(ディメンター)と戦い続けたこの少女を。たとえ魂が壊れようとも生き続けるこの少女を、儂に見捨てろと言うのかね?」

 

 セブルスは何も言わなかった。そしてダンブルドアはシエルの記憶を消し去った。

 

 

 記憶を消した後、シエルはベッドに寝たきりになってしまった。全くもって目を覚まさない。その代わり、見た目は健康になっていった。痩せこけた体は、少しずつふっくらとしていき、スースーと寝息を立てながら眠っている。癒者が言うには、体の治癒能力を最大限に使うためために眠っているらしい。が、実際、心配でしかなかった。

 

 

 そしてついに、セブルスから連絡が来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セブルスが部屋を出てから、少しして、彼はダンブルドアを連れて戻って来た。

 

「ダンブルドアさま」

 

 先程よりも元気になった声で、私は彼の名を呼んだ。

 

()()()目覚めたのか」

 

「はい。ん? やっと? ダンブルドアさま、私はそんなに長く眠っていたのですか?」

「……」

 

 ダンブルドアは、顔をしかめて黙ってしまった。私は代わりにセブルスに目で答えを求める。彼から返ってきた答えは私にとって、衝撃的なものだった。

 

()()だ。お前は、半年眠っていたのだ」

「はん、とし? 一体、なぜ?」

 

「……魔法省に死喰い人(デスイーター)が侵入した。君は()()()()()()のじゃ、何者かに。その時に空になるまで魔法を行使した結果」

「こんなことに?」

「そうじゃ。そして、操られていた間の()()()()()()。君には重すぎる記憶でのう」

 

 全てを聞き終えて、私は彼らが何を言っているか分からなかった。

 半年も眠っていた? 私が操られていた? 記憶を消した? セブルスもダンブルドアさまも一体、何を言っているの……?

 

 頭が回らないせいか、理解が出来なかった。だが、一つ確かなのは、彼らが()()()()()()()()()ということだった。

 

「少し、一人にしてください」

 

 今にもパンクしそうな頭を抱えながら、私は二人が出て行くのを見届けた。

 扉がしまった途端に私はつぶやいた。

 

「嘘よ。ダンブルドアさまも、セブルスも嘘つき。だって私は、そんな」

 

 それ以上は、言葉にすることが出来なかった。溢れる涙とともに、私から何かが流れて行くのを感じた。

 

 

 

 私はそれから、涙が枯れ尽きるまで泣き続けた。夜が更け朝が来た頃にやっと泣き止んだ私は、スヤスヤと眠ってしまった。夢の中で自分が何か叫んでいた気がする。それが呪文なのか、人の名前なのか、それとも言葉なのか…次に目が覚めた時には、忘れてしまっていた。

 

 その時私は知らなかった。いや、記憶を()()()()のだ。

 

 

 ダンブルドアが嘘をついていることに。

 

 胸元にあった"ソレ"が消えていることに。

 

 自分のリミッターが外れていることに。

 

 そして、大切な人を失ったことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 病室の外で、ダンブルドアとセブルスが顔をしかめ、話し合っていた。

 

「ダンブルドア校長。本当によかったのですか?」

 

「……うむ。もしあの子が真実を知れば、それこそもう二度とあの時のように戻れなくなっていたかもしれん……今回の選択は良いも悪いも言えぬよ。それに、あの子が気づくのも時間の問題じゃ。儂の忘却術は、完全と呼ぶにはには程遠いからのう」

「ご謙遜を。しかし、貴方がおっしゃった通りなら、彼女は」

「それは考えても仕方のないことじゃ。時が来るのを待つしかない。ただの記憶の欠片じゃ。未来のことなど、儂らには計り知れんよ」

「ですが、策だけでも練っておくべきでは? 本当に起りうる可能性は、十分にある」

「うむ」

 

 

 ダンブルドアが記憶を消す時、彼女の記憶の一部分だけ、厳重に鍵がかかっていた。気を失っているのにも関わらず、その部分だけ閉心術が使われている様で。不思議に思ったダンブルドアは、術の隙間から中身を覗いて見ることにした。すると驚いたことに、彼女はこの世界の未来の記憶を持っていた。それが似通った何かなのか、それとも、彼女に予知の能力があるのか、それは分からないが、取り敢えず目的の記憶を封じることにした。その記憶を思い出す度に胸騒ぎがした。そこで、セブルスにその話をしたのだった。

 

「様子見じゃよ。今は何も出来ぬ」

「分かりました。では私はそろそろホグワーツに戻ります。何かあればまた」

 

 そう言って、セブルスが姿くらましをした。

 

「時を待つ……運命というものは」

 

 そう言って窓から見上げた空は、真夏のごとく照り付ける太陽が浮かび、遠くには黒い雲が見えた。

 



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10.残り一年

 

 冬が過ぎ、春が訪れた。風の暖かさが、芽吹く花たちが、動き出す動物達が、それを教えてくれていた。

 

 『禁じられた森』。ホグワーツ城の敷地内にあり、たくさんの魔法動物が住む森だ。危険な動物もいるために、生徒達だけの立ち入りは禁止されている。

 

 それなのに、少女はたった一人でそこに来ていた。

 

「ケンタウロスさん、またお会いできましたね」

「また来たのですか、少女よ。今日は星の輝きが強い……あなたが来るといつもそうだ」

 

 遠い目でそんなことを言っているケンタウロスは、自分の縄張りに入ってきた私を追い出すことはしなかった。

 

「私がいない間、何か悪いことはありませんでしたか?」

「いいや、いつも通りだよ……それでは私はそろそろ行きます」

「ええ、またお会いしましょう」

 

 彼らはいつもこうだ。手短に話を終わらせて、他人とはなるべく関わらないように生きている。そうやって自分を守っているのだ。何となくそんな感じがした。

 

「さて、そこのニフラーさん。私の靴には金属はありませんよ? 全く……」

 

 この子達もそうだ。金属集めが習性の彼らは、金属に目がない。まあ、このニフラーはどうやら金属目当てでは無さそうだが。ふと、肩に重みを感じたかと思うと、ボウトラックルが私の肩に座っていた。上を見上げれば、飼い梟のルーが他の鳥達と遊んでいる。

 

「いつも通り、か」

 

 そう、いつも通りの時間が始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は無事に退院した。目が覚めてから少しリハビリをした後、すぐに退院出来た。ダンブルドアもセブルスも、退院祝いに小さなパーティーを開いてくれたし、家に帰るとリーサとフェッタも祝ってくれた。

 

 

 

 

 

 数日後、私はダンブルドアに呼び出され、ホグワーツに来ていた。また、彼らに会えると思うと足取りも軽く、鼻歌交じりだった。

 

「ミス・シエルですか? 随分変わられましたね……何かあったのですか?」

 

 迎えに来てくれたマクゴナガルに疑われてしまうくらいに。

 

 

 

 私は変わった。それは自分でも気づいていた。もちろん当主の時は、威厳のある態度が必要だ。だが、ルーシェの時は普通でいい。そう、()()で。

 

 私の上機嫌は、校長室に入ってもなお続いていた。

 

「ダンブルドアさま、セブルス!」

「今日は機嫌がいいのう。何かあったのか?」

「いつも通りですよ」

「「……」」

 

 両者、少し引き気味だった。

 

「それは、さておき、ルーシェよ。君に話がある」

「何でしょうか?」

 

「セブルスとも話したのじゃが、望むならここで住まんか?」

「へ?」

「校長は、ホグワーツで住まぬかと聞いているのだ」

 

 突然の提案に大分驚いたが、意図が分かってしまった。彼らは……

 

「私を近くに置きたいのですね? ルーシェではなく、()()()()()()()の方を」

 

「うむ、そうじゃ。今回()()()()()が起きた。魔法省が口止めしていたのじゃが、もうそろそろ漏れる場所から漏れていくだろう。もし、このことが知れれば、君に非が飛んで来るのは目に見えて明らかじゃ。だから君を……」

「お断りします」

 

 私はきっぱりと断った。言われなくても、そんなことは分かっているのだ。自分が追い詰められている事を。

 だから私は考えてきていた。とびっきりの得策を。

 

「ですか、策は練って来ましたよ。これです」

 

 そう言って取り出したのは、飾り棚のミニチュアだった。それも2つ。

 

「これでどうすると言うのだ」

「ほう、そう言う……」

 

 セブルスはまだ分かっていない様子だったが、さすがダンブルドアだ。

 

「では、エンゴージオ(肥大せよ)

 

 私の魔法で、飾り棚が()()()()()に戻った。

 

「これは姿をくらますキャビネットです。これを本家とホグワーツに置き、行き来できるようにします。そうすれば、ダンブルドアさまが監視することは容易ですし、逆に私も不自由なく生活できるでしょう?」

「そんなものどこで……」

「細かいことは、気にしても仕方ありませんわ」

 

 ()の記憶からだなんて言えたものじゃない。

 2人はまだ何か言いたげだったが、どうにか丸め込むと、話はまとまったのだった。

 

 

 

 

 それから私は毎日ホグワーツに来ていた。授業を見たり、図書館へ行ったり、厨房でリーサと話したり……楽しい時間だった。

 そして、もう一つ私はここでの楽しみを見つけた。それは、魔法の鍛錬である。ホグワーツには空き部屋がたくさんあるし、セブルスに頼めば魔法薬の調合もできる。

 最初は空き部屋で行っていたが、攻撃魔法が使えないためたいした練習ができず、別の場所を考えた。

 次に必要の部屋。別名あったりなかったり部屋と呼ばれるそこは、自分で自由に練習でき、いい所だった。だが、なぜかあまりしっくりこない。充実し過ぎていて怖いのだ。それと、チートを使いすぎるのも転生者としても気に食わない。最後まで迷ったものの、結局次の場所に移した。

 最後の候補地は、禁じられた森だった。ここなら生徒に出くわすこともない。森番と危険な動物にさえ気をつけていれば、自由だ。それに、ここは綺麗だった。生き物が皆、生き生きとしている。そんな場所で鍛錬を積めば最高の魔法が放てると思った。気がつけば私はここへ足を運び、鍛錬をするしない関係なしに、私のお気に入りの場所となっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして今、私はその森に居た。

 

「みんな、少しだけ離れてくださいね。当たって仕舞わない様に」

 

 何時の間にか集まってしまった動物達に、私は声をかける。足元に居たニフラー。肩に座って居たボウトラックルも私の言葉を聞き動き出した。一人も残っていない事を確認して、私は呪文を唱えた。

 

プロテゴ(護れ)

 

 もちろん、対象は生き物だ。この魔法を維持しながら攻撃魔法を繰り出し、二つの魔法を操る鍛錬を同時に行っていた。

 

ディフィンド(裂け)

 

 その言葉で、魔法の刃が空を斬った。

 

 

 

 

 

 

 

 気がついた時にはもう日が暮れようとしていた。そろそろ戻らないと、ここに来た事がバレてしまう。

 

「ルー、そろそろ行きますよ。皆さん、また明日来ますね」

 

 最後まで見届けてくれていた彼らにそう言うと、彼らは頷いた(ように見えた)。ルーを肩に乗せながら私はホグワーツの方へ歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「またあの子は、森へ行ったのか? 困ったのう…」

 

 ダンブルドアは、森番であるハグリッドの小屋でそんな話をしていた。

 

「そうなんです。どうやら、動物達もなついちまったみてぇで」

「動物達が?」

「へい、あの気難しいケンタウロスも縄張りに入ったあの子を襲わねぇんです。それに、普通なら金属に目がないニフラーも、人を警戒するボウトラックルも、他の動物達もあの子の周りで見守ってるんです」

 

「うむ、もう少し様子を見ていてくれるかのう。何かあればすぐに対処できるように準備も頼む」

「分かりました。あと、ダンブルドア校長。赤毛の双子がまた森で遊び始めましたんで、注意をお願いしていいですか?」

「あの二人もか? 了解じゃ。マクゴナガル先生に報告しておこう」

 

「それでは、ハグリッドよ。また近い内にな」

「へい、いつでも大歓迎です」

 

 そう言って小屋を出ると、丁度赤毛の双子が前を横切った所だった。

 

「元気かね、ウィーズリー兄弟」

 

 ダンブルドアが声をかけると、二人とも跳び上がった。まさしく、ギクリといった擬音が付きそうである。

 

「こ、こ、校長先生ではありませんか」

「こ、こ、こんな所でお会いできるとは」

「二人ともどうしたのじゃ? なぜそんなに焦っておる」

 

 二人とも目を泳がせ、棒立ちになっている。少しかわいそうになって来たので、早めに開放する事にした。

 

「まあ、よい……じゃがこれからは気をつけるのじゃぞ?」

「「は、はい!!」」

「引き止めて悪かったのう。行きなさい」

 

 そう言うと、二人は猛ダッシュで城へ走っていった。その後ろ姿が、彼らとそっくりで……

 二代目悪戯仕掛け人。そんな言葉がダンブルドアの頭をよぎった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お嬢様、お帰りなさいませ」

 

 シエルが家に帰ると、久しぶりにリーサが出迎えてくれた。

 

「ただいま帰りました。それより、お仕事はいいのですか?」

 

 いつもなら、この時間はまだホグワーツで勤務時間。真面目なリーサがサボりをするはずがないし。

 

「今日は早く上がって来ました。理由は後でお話しします。お嬢様は、先にお風呂を済ませてきてください。準備ができましたらお呼びしますので」

 

 そう言って、リーサは私をリビングに通してくれなかった。覗きたい気持ちはやまやまだったが、リーサの邪魔をするなど言語道断だ。だが、リビングの入り口に立つリーサの顔に、ふと疲労が浮かんだ気がした。

 私は心配になりながらも、シャワールームへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お嬢様、お待たせしました。そろそろ降りてきてください」

 

 しばらくして、部屋に私を呼びに来たのはフェッタだった。私は返事をして下へ降りていく。

 

 リビングルームのドアを開けると、リーサとソファには思わぬ二人が座っていた。

 

「ダンブルドアさまに、セブルス? どうしてこちらに?」

 

 扉をフェッタが閉めたところで、4人から声がかかる。

 

「「「「お誕生日おめでとう(ございます)!!」」」」

 

 今日って誰が誕生日だったっけ?

 私は本気でそう考えた。リーサは誕生日知らないし、ダンブルドアとセブルスは教えてくれないし、フェッタは知らないと言っていたし……。

 そこまで考えて、やっと誰か分かった。というか、この場で残っているのは一人しかいない。

 

「私、今日で10才になっていたのですね」

「そうじゃ。そして来年からはホグワーツ。楽しみじゃのう、セブルスよ」

「ルーシェの事だから、きっと成績は優秀だな」

「お嬢様はきっと、モテモテですね」

 

 ――こんな日がいつまでも続けばいいのに。

 

 頭の隅っこで私はそんなことを考えていた。だが、そうは行かない。

 来年ホグワーツに入学すれば、一年は寄生虫。二年は蛇。三年は犬。四年からはお辞儀さん……とこれから災難続きというか、災難しか起きないのだ。平和なのも今年までだ。

残り少ない平和な時間を大切にしよう。私はそう誓ったのだった。

 



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11.赤毛の双子

「君、誰だい?」

「どこから来たの?」

 

 僕らは目の前にいる少女に問いかけた。

 綺麗な顔立ちに、春風にふわりと揺れる金色の髪。

 顔つきはまだ子供だが、醸し出す雰囲気はまるで大人の様だった。

 少しして、彼女はその潤んだ唇を開いた。

 

「……赤毛……双子……なぜ、森に?」

 

 鈴の音のような声が、静かな森に響き渡る。

 見惚れたか、聞き惚れたか……僕らはワンテンポ遅れて、やっと返事をした。

 

「「えっと、それは……」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕らは走っていた。鬼の形相で追いかけて来る、管理人から逃げるために。

 

「おまえらァーいい加減にしろ!!」

「「やなこったー!」」

「ウィィィィズリィィィィ!!!!」

 

 どうやらフィルチをキレさせてしまったらしい。まあ、いつもの事だ。周りの生徒が白い目で見ながら、「また双子か」などと話しているが、こちらも同じく。

 

「そろそろだ!」

「投げるぞ!」

 

 互いに意思疎通し合うと、同時に煙幕爆弾をフィルチに投げつけた。

 

「「じゃあな、フィルチ!」」

「逃がさんぞ!! ゴホ、ゴホッ」

 

 フィルチは煙を吸い込んだのか、咳をしている。その隙に僕らは近くの道に隠れた。

 

 

 

 

 

 生徒達の声がだんだん小さくなっていき、ついに聞こえなくなった。それを確認した僕達は、足を動かしながら、お互いに声を掛け合った。

 

「やったな、ジョージ!」

「そうだな、フレッド!」

 

 お決まりのハイタッチを交わした。

 今日はなかなかの偉業を成し遂げた。

 というのも、今日はフィルチの管理室に忍び込んで、没収された物を取り返す事が目標だったのだ。

 入学してから二年が経ち、悪戯に慣れてきた僕らは、その反面怒られる数も、没収品の数も、増える一方だった。そこで今回、没収品の回収をすることにしたのだ。

 

 いざ実行してみると、管理室は意外と簡単に忍び込む事ができ、加えて自分達の没収品以外の興味深い品も手に入れる事ができた。

 が、浮かれて油断したその時、フィルチが帰ってきてしまったのだ。どうやら見られなくなかったものがあったらしく……

 まあ、そんなこんなで今に至るわけだ。

 

「ジョージ、そういえば、この道って森に行くんじゃなかったか?」

「……そうかもしれない」

 

 先ほど急いで逃げ込んだため、どこの道か確認し忘れてしまった。

 

「まあ、着けば分かるさ」

「そうだな、フレッド」

 

 僕らは軽い足取りで前へと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなた達、もしかして悪戯をしていたの? フィルチ()()を困らせたの?」

 

 心に入り込まれる感覚と同時に発せられた彼女の声で、僕らの意識が現実へと戻った。

 

「「フィルチさん?!」」

「な、なんで、さん付け?」

「あいつに、敬称付ける人がいたんだ……」

「フィルチさん……何が変なんですか?」

 

 僕達が驚いている理由が分からない、といった様子で、彼女は小首をかしげている。少しして諦めたのか、話を戻した。

 

「それはさておき。貴方達、やはり、悪戯していたのですね?」

「「ち、違うよ!!」」

「い、悪戯なんて、し、してないよ! ねえ、ジョージ?」

「そ、そうだよ、フレッド。ぼ、僕らは優等生だから、ね?」

「怪しいですね……」

「「……」」

「はあ…ハグリッドがこんなのに半日を費やすなんて、可哀想で仕方ありません……そう言えば、お二人はなぜこんな所にいるのですか? ここは、生徒の立ち入りが禁止されているはずです。先生方も周りにいらっしゃいませんし」

 

 溜息交じりに彼女はそう言った。透き通った瞳が、僕らの目を交互に覗き込んでくる。

 

「はっ、えっと……僕達、秘密の裏道から逃げて来たんだ」

「そ、そうそう」

 

「ん? 逃げて来た? やっぱり、怪しい……」

 

 覗き込んで、ではなく睨んで、に訂正しよう。

 

「そ、それで……君は何でここにいるんだい?」

「制服じゃ無いけど、ホグワーツの生徒?」

「理由は無いです。強いて言えば、この森が好きだから、ですかね。それと私は、ホグワーツの生徒ではありません」

「「そうなんだ……って、へ?!」」

 

 僕らは幻聴でも聞いたかと思った。見かけによらず、随分と大胆な事を言う。

 

「へ? と言われましても。そのままです」

「せ、『生徒でもありません』って、じゃあ君は誰なんだい?」

「どこから……というか、まずいくつ?」

「その、女性に年齢を聞くのはどうかと思いますよ? どこからかは、城からです」

「「ひ、姫?!」」

「漫才ですか……?」

 

 そう言って苦笑する彼女は、姫と呼ぶのにふさわしい。それに、黒を基調としたワンピースが、彼女の雪のように白い肌を映えさせていて、彼女の周りだけ冬がきたのかと思ってしまうくらいだった。

 

「何か、言いたいことでも? 早めなら聞いてあげますよ?」

「あ、ああ、ごめん。そうだ! せっかくこうして会えたんだから」

「お互い、自己紹介をしよう!」

「…お好きにどうぞ」

 

 そう言って、彼女はツンっと顔を反らしてしまった。

 

「僕はフレッド! よろしくな」

「僕はジョージだ。よろしく!」

 

「「それで、君の名前は?」」

 

 僕らはそう言って、彼女の顔を覗き込んだ。すると、いきなり小さな悲鳴をあげて、後ずさりした。よく見れば、みるみるうちに赤くなっていく。

 もう一度僕らが覗き込もうとすると、もう五歩程度後ずさりをして、やっと口を開いてくれた。飛びっきりの早口で。

 

 

「……ひ、秘密、です!! それに、貴方達が知る権利も、私が教える義務もありません! 私が貴方達の名前を知っていれば、いいのです!」

 

「「え?」」

 

 先ほどの威厳はどこへやら……耳元を赤くしてそう答えた彼女に、僕達は唖然としてしまった。今の会話のどこに、恥ずかしがる要素があったのだろうか?

 

「な、なにをジロジロと見ているのですか?! 私の顔は見世物ではありません!! しかも、授業を抜け出してここに来ているとマクゴナガル女史が知れば、ただ事では済みませんよ? それに……」

「「ぷっ、ぷはははっ」」

 

 僕らは吹き出してしまった。あまりにも彼女のおどおどしている姿が面白かったのだ。

 

「なにが面白いんですか? 私は怒っているんですよ!」

「だって君、注意しながら」

「僕らの心配をしてるんだもん」

「な! 心配など、これっぽっちも………してない事も……ない事も……ない……?」

 

「「ぷはははっ、ははっ」」

「ちょっと、もう!! いい加減にして下さい」

 

 ――これが彼女との出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お二人はまた来たんですか? 全く懲りない人達ですね……」

「もちろんさ!」

「明日も、明後日も、明々後日も」

「なんなら毎日来るぜ!」

「ふふ、お二人らしいですね」

 

 あの日から、彼らは毎日森に遊びに来るようになった。その姿を見つける度に、私は彼らにこうして声をかける。彼らの意図は分からないが、いい話し相手だ。

 

「ねえ、今日は何してるんだ?」

「また、魔法見せてよ!」

「今日は動物と話したり、守護霊呪文の練習をしたりしていました。エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)‼」

 

 呪文を唱えると、私の杖先から銀白色のフクロウパトローナスが現れた。気高い仕草で私の肩に乗っているパトローナス。私は彼らの周りを飛ぶよう命じた。

 

『キューキュー』

 

「わあ、すごい!」

「君、本当にすごいよ!」

「ありがとうございます」

 

 賞賛してくれる二人に私は頬を緩ませた。

 随分と長い間、年の近い人と接する機会がなかったためか、彼らといるとなんだか新鮮だった。それに、彼らは気さくで明るい。気を張ることなく話せる人は彼らが初めてだった。

 深入りは良くないのだけれど。

 そう思いつつも、私は彼らと会う事が楽しみだと感じるようになってしまった。そう、いけない事だと分かっていたのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は3日ぶりの雨が降っていた。動物たちが次々と目覚め出すこの時期に、この天気で森に行くのはさすがに危ない。そのため私は図書館で読書をする事にした。

 双子達には「雨の日は図書館にいる」と前から話していたので、しばらくすると彼らが現れた。

 

「「やっほー!!」」

「ねぇ、今日は僕達の部屋においでよ」

「ここだと、マダム・ピンスが……」

「ウィーズリー兄弟!! また、貴方達ですか。すぐさま、出ていきなさい!!」

 

「「はい……」」

 

 図書館に入ってきて1分も経っていないのに、追い出されてしまった。

 肩を落として図書館を出て行く彼らを見て、私はつい笑ってしまう。待たせるのも悪いので、すぐに本を閉じ、ポケットに忍ばせて、彼らの後を追った。

 

 

 

 

 

 

「もうすぐイースター休暇だぜ!!」

「うさぎの悪戯グッズ、大量生産しないとな!」

「ほどほどにしてくださいね? 私、ダンブルドアさまにうっかり話してしまうかもしれませんから」

 

 意地悪な笑みを浮かべながら、彼らに釘を刺した。これで当分、大掛かりな悪戯は起こらないだろう。

 

「そ、それにしても()()()ってさ」

「ホグワーツにいつまでいるの?」

「そうですね……来年入学して卒業するま……」

 

 私はピタリと口を閉じた。今彼らは、私の名を呼んだ?

 思考が追いついた時には、もう彼らに杖を向けていた。

 

「「!?」」

 

 彼らは突然の事でなにが起きたか分からず、取り敢えず両手を上げている。

 

「なぜ……なぜ貴方達は、私の名を知っているのですか? まさか、魔法省の使い? こんな事に子供を使うなんて……私も迂闊でしたね」

「な、なにを言っているんだ?」

「魔法省の使い? 僕らは……」

「黙りなさい!!」

 

 いつもなら独り言で済ませる言葉を声に出し、口調もだんだん強くなっていく。いつもならもう少し頭を使ってから行動するが、真っ先に杖を出している。

 結論、私は怒っていた。純粋な子供を使う魔法省に。そして、それに気づけなかった、自分自身に。

 

「なにを言っているか? そんな事、分かり切っているのでしょう? 最初から、私を魔法省に連れて行くことが目的だった。どうせ、貴方の父親にでも言われたのでしょう?」

「「……」」

 

 つい先日、ダンブルドアに警告されたばかりだった。なのに、私は――

 

「まあ、そうでしょうね。ですが、子供に彼らが多くのことを教えているわけでは無い。しかし、残念でしたね。あと一歩だったのに……後で手紙にでも書いておきなさい。『魔法省の餌になるつもりはない』と言っていた、と。どうせ、その時には、貴方達の記憶はありませんが」

 

 そこまで言って、彼らがやっと口を開いた。

 

「ま、待ってくれ」

「一回、僕らの話を聞いてくれないか?」

「……まあいいでしょう。どうせ明日には覚えていないのですから」

「僕達は魔法省の使いなんかじゃ無い」

「僕らが君の名前を知ったのには、訳があるんだ」

 

 そう言って、彼らはぽつぽつと、語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 ――君と出会った日のことだ。

 あの日、僕らは没収品を返してもらうために、フィルチの管理室に行ったんだ。

 

『ジョージ、全部見つけたかい?』

『ああ、それとなんか面白いものもあったぞ』

 

 そう言ってジョージが古い羊皮紙を出して来たんだ。

 その時はただの羊皮紙だと思ったけど、ここに置いてあるってことは、何か意味があるんじゃ無いかなって……。

 僕らは寮に帰って調べて見ることにしたんだ。

 そしたら、びっくり! なんと、地図だったんだよ。しかも、誰がどこにいるかまで分かる特別な地図。

 

 それで、3日前の雨の日。君に会いに、図書館に行ったんだ。その地図を開きながら。

 そしたら……

 

 

 

 

「今すぐ、その地図を持って来てください!」

 

 二人の話を遮って、私はそう言った。

 

「わ、分かった…」

 

 いきなりの事に驚きながらもそう言って、ジョージが悪戯グッズの入っている箱から羊皮紙を出して来た。

 それをひったくった私は、中央部に杖を当て、叫ぶように言った。

 

「我、ここに誓う。我、よからぬ事をたくらむ者なり」

「なんで、その呪文を?」

 

 ジョージの声を他所に、先ほどまでなにも書かれていなかったはずの羊皮紙に、文字や図形が浮き出していく。現れたのは、地図だった。

 私は知っている。この地図の正体を。これは。

 

「やっぱり。これは……忍びの地図」

「「しのび?」」

「ええ、この地図の名前は忍びの地図と言います……はっ」

 

 ここまで言って、私はある事に気がついた。すぐさま現在地を地図で確認する。

 そこには足跡が三つと、名前が三つ。そして、その一つには『シエル・スタージェント』と書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お二人とも、すみませんでした!!」

 

 シエルが額を床につける勢いで頭を下げていた。東の方にある島国では、土下座とかなんとか言うらしいスタイルで。しかも、僕達に向けて……

 

「いや、勘違いしてただけだから」

「そこまで謝らなくても大丈……」

「大丈夫な訳がありません! 私の勘違いによって貴方達に忘却術をかける所だったのですよ! 謝る他になにをしろと? 本当に申し訳ありませんでした!!」

 

 さすがに見苦し過ぎる………これ以上彼女が、地面で伏せているのは見ていられない。そう思った僕らは、シエルにもう一度声をかけた。

 

「とにかく、一度顔をあげてくれ」

「君に謝る気があるなら、僕達の話を聞く義務ってものがあるだろう?」

 

 そう言うと、渋々といった感じで、シエルは顔を上げた。

 

「取り敢えず、説明してくれ」

「なぜ、名前を知られたらいけないのか。魔法省とどんな関係があるのか」

「なんでそんなに神経質になるのか」

「「教えてくれ」」

 

 僕らがそう頼むと、シエルは近くのベッドにぺたんと座り込み、少しずつ話し始めた。

 

「シエル・スタージェント……名前、特に名字に、聞き覚えは無いですか?」

「「スタージェント?」」

 

「ジョージ、分かるか?」

 

 お手上げの様子のフレッド。ジョージは顎に手をやりながら答えた。

 

「えーと……確か、随分前の新聞で見たような」

「新聞ですか……アクシオ(来い)

 

 呼び寄せ呪文によって、どこからか飛んできた新聞ががシエルの手に収まった。そのままページをめくると、少しして僕らにそれを差し出した。

 そのページの見出しには『スタージェント家、復帰か! 秘密多きスタージェント家の謎に迫る……!!』と書かれている。

 

「これです」

「まさか、君……そのスタージェント家、なの?」

 

 シエルは静かに頷いた。

 

「そうです。私が、スタージェント家の()()()なのです……」

「「………え?」」

「当主………その年で?」

「一体何があったんだい?」

「私は―――なのです」

 

 僕らはシエルの言葉をよく聞き取ることができなかった。俯き加減のシエル。周りを漂う空気がどんよりと重いものに変わっていった。

 少ししてシエルは大きく深呼吸をした。そのときにはもう、彼女に悲しみの面影は消えてなくなっていた。

 

「ふぅ………それで、ですね。スタージェント家は代々、大きく政治・経済面で魔法省を支えてきました。しかし、現在スタージェント家で魔法省で務めている者はいません。というか、スタージェント家に務められる人はいません。イコール魔法省は今忙しいんです。猫の手も借りたいくらい。それなのに、当主()は仕事をしていない……」

「でも、君はまだ子供じゃないか!」

「そうだよ! 魔法省もそこまでは……」

 

 僕らの言葉にシエルは首を振った。

 

「自分で言うのもあれですが、私は魔法力が高いです。これはスタージェント家として、異例の事態。一種の先祖返りだとダンブルドアさまに言われましたが、魔法省はこのことを見逃さなかったのです。これもダンブルドアさまから聞きましたが、私は生まれた時から出世を約束され、少し前まで()()()の下で働いていました」

 

「「闇祓い?!」」

「それって一年に一人も入れない年があるって噂の仕事だろう?」

「そんな仕事を君に?」

「はい………それから()()()()の集団に襲われた事件がありまして…」

死喰い人(デスイーター)?!」

「君……よく生きてるね………」

「厄にでも憑りつかれてるんじゃない?」

「変なこと言わないでください……でも、今生きているのは奇跡が重なったからですね……とにかく私は今、魔法省から追われているんです」

「「へー(棒)」」

「………コホン。今言ったことは、くれぐれもご内密にお願いしますね………これで、返事になっていましたか?」

「うん、まあ君が大人みたいなのは、大変な目に遭ったからってことは」

「よーく分かったよ!」

「そう、ですか………今日はもう帰りますね。明日も雨なので、図書館……ではなく、ここでいいですか?」

「「ああ、もちろん」」

「では………」

 

 そう言って、シエルは部屋を出て行った。

 シエルが部屋を出た後、僕らは同じことを思った。

 

「「イースターが勝負だな!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ……」

 

 私は何度目かのため息をついた。

 久しぶりにセブルスの研究所に来たのだが、セブルスはおらず、適当な椅子に座り、彼を待っていた。しかし、気が重い。原因は先程の双子との会話だった。

 先程から、彼らが言った言葉が耳から離れないのだ。

 

『君……よく生きてるね………』

 

 ほんとに、その通りだ。いつ死んでもおかしくなかった。

 

「はあ…」

 

 何度考えても、駄目だ。

 次が最後かもしれないという"死の恐怖"。覚えてはいないが、半年の間に、一時は死を彷徨っていた時もあったそうだ。あの時は運が良かっただけで、次は分からない。

 

「死にたくないな……」

 

 ふと、口からそんな言葉がこぼれた。

 そしてもう一つ。ここ最近、私の中で彼らの存在がだんだん大きくなってしまっている。それによって彼らが巻き込まれてしまうのが怖い。もしかしたらという、負の可能性が、思い当たる節がいくつもありすぎて、私の頭は混乱してしまっていた。

 

 明日、彼らの記憶を消そう。

 私はそう決意した。

 

 

 

 ――はずだった。

 

 

 

 

「ねえシエル!」

「イースター休暇にさ!」

「「遊びに行こう!!」」

「……いいですよ」

 

 あ。

 気づいた時には時すでに遅し。

 私は断るはずが、承諾してしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 窓の外で小鳥が鳴き、森も緑が増え始めているのが見えた。そんな校長室で、吾輩は校長と話をしていた。

 

「最近、シエルはどうかね?」

「赤毛の双子と仲良くしているようですぞ」

「うむ、そうか」

 

 ダンブルドアは吾輩の報告に、あまりいい顔をしなかった。

 

「何か問題でもありますか?」

「いいや、それほど気にするほどでもないのじゃが……」

「と、いいますと?」

「シエルはのう、若くして()()を持ちすぎなのじゃ。それによって、視野が狭まっておる。そのくせ、自分より相手を優先する性格がある。彼女とそっくりじゃ……」

「……」

 

 吾輩はその彼女の姿を思い浮かべた。確かに容姿も性格もそっくりだ。

 

「同じ運命をたどらねばよいが……」

 

 ダンブルドアは遠くを見ながらそう言った。

 

 

 

 校長室を出ると、吾輩は足早に自分の研究所に向かった。すると、先客がいた。

 

「ルーシェ、どうしたのだ?」

「…」

 

 返事はなかった。机に伏せて、何かぶつぶつと言っている。近づいていくと、何を言っているのかがはっきりと聞こえた。

 

「死にたくないな……」

 

 はっきりと聞こえた彼女の言葉。吾輩は自分の耳を疑った。

 ルーシェが死を恐れている? あれほど強い彼女が?

 吾輩は、すぐに思い直した。ルーシェは超人ではないし、()()()()なのだ。そんなこと当たり前――いやちがう。そんな、はずがない。()()()()()が死を恐れるなどおかしいのだ。生死を彷徨ったからこそ、人の死を目の当たりにしたからこそ、なのだ。

 ふと、先程の校長の言葉が頭をよぎる。

 

『…シエルはのう、若くして()()を持ちすぎなのじゃ』

 

 まさかその()()のなかに、"死"があったなんて……

 

「ルーシェ」

 

 壁。高くて平らで、上ることのできない壁。強くて頑丈で、壊すことのできない壁。

 吾輩は気づいてしまった。

 

 ――こんなにも遠く離れた場所に。

 

 

 



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12.油断

 とても穏やかな天気だった。昨日が雨だったのにもかかわらず、清々しく晴れ渡った空。最高のお出かけ日和だった。

 

 そして今日はイースター休暇。一日学校が休みとなるこの日は、生徒たちは家に帰ったり、ホグズミートに出掛けたりと、思い思いに過ごす日だった。

 

 そんな日に、私は彼らとダイアゴン横丁に来ていた。

 

「まさか、君が姿現しが出来るとはね」

「なんかもう驚かないよ」

「そうかしら?」

「「じー」」

 

 視線を向けて来る双子を無視して私は話を続けた。

 

「それより、一日ですべき事はたくさんありますよ?」

「あっ、そうだった!」

「じゃあ、初めは何する?」

「そうですね……取り敢えず、貴方達の用を済ませましょうか」

 

 そう言って、私たちは横丁を歩きはじめた。

 五軒ほど店を通り過ぎた頃、ジョージが不安そうに口を開いた。

 

「それにしても、本当に大丈夫かな?」

 

 その言葉にフレッドも同意した。

 

「確かに……学校を抜け出してるってばれたら、僕ら退校処分だよ?」

 

 互いに顔を見合わせヒヤヒヤしはじめた二人。今更なにを言っているんだろう?

 

「大丈夫ですよ。今日はダンブルドアさまは魔法省ですし。それに、日中のダイアゴン横丁ですよ?死喰い人(デスイーター)がうろちょろしているなら話は別ですけどね」

 

 冗談めかしく言ったこの言葉。私は気づかぬうちに、壮大なフラグを立ててしまったのだった。

 この事を後悔するのはお昼を過ぎてからの話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マルフォイ殿、()()()()()()()、ダイアゴン横丁に現れました」

「ご苦労だ。そのまま予定通り進めてくれ」

「はっ」

 

 そう言って姿くらましをする()の背中を私は見届けた。

 

 少しして、私がホグワーツの書類に目を通していると、ドアをノックされた。

 

「父上。今、よろしいですか?」

 

 ドアを開けたのは息子のドラコだった。こんな時間にわざわざ来るなど珍しい。そう思いながらも、可愛い愛息子(まなむすこ)が来たのだから、私としては嬉しい限りだった。

 

「ああ、入りなさい」

「失礼します」

 

 礼儀正しくドアを閉めるドラコに、私は問いかけた。

 

「突然どうしたのだ、ドラコ。何か、あったのか?」

「その……あの、ですね……」

「ドラコ。何か物を言うときは、はっきりと言いなさい」

 

「申し訳ありません…そのですね……す、スタージェントの当主を本当に捕らえるのですか?」

「何だ、そんな事か。気に病むことは無いぞ。()()()私たちの仲間(デスイーター)を殺したのだ。当然の報い。そうであろう?」

「……」

「用が無いなら、部屋に帰りなさい」

「はい、父上」

 

 そう言って部屋を出て行くドラコ。その背中に一瞬悲しみが映ったような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 父上の書斎を出て部屋戻った後、僕は先程の言葉を思い出した。

 

『あいつは私たちの仲間(デスイーター)を殺したのだ。当然の報い』

 

 父上の言葉に僕は素直にうなずくことができなかった。あの少女が簡単に捕まるはずがない。何故なら、彼女は普通ではないのだ。三年前のクリスマスパーティーでそれを思い知らされた。

 あの時の張りつめた空気。凛とした彼女の姿。絶対に歯向かうことのできない空気に、数分が何日、何年にも感じられた。忘れられるはずがない。

 

「ドビー」

 

 僕は屋敷しもべを呼んだ。

 

「はい、お坊ちゃま。何でしょうか?」

「お前に、頼みがある。それは――」

 

 パチン、と音とともに現れたしもべに、僕は一つ頼みごとをした。

 その願いが叶わぬものだと分かっていても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼時になって、シエル含め三人はお昼ご飯を食べに、ファストフードのお店に来ていた。

 

「これは、ハンバーガー?! これは、フィッシュアンドチップス! あっ、これは!! まるで、マッ……」

「シエル、はしゃぎ過ぎてしょ」

「お嬢様だから、目新しいんじゃ無いか?」

 

 少し引き気味のフレッド。対してジョージは、状況を把握しているようだった。

 

 一方シエルは、久しぶりに見るファストフードに興奮していた。

 理由は、ジョージの言う通り。プラス、()()は女子高生なので、ファストフードが懐かしかったのだ。黄色いM字のマークが頭によぎる。

 

 昼食を存分に楽しんだ後話し合った結果、三人は別行動をすることにした。

 

「じゃあ、僕らは悪戯ショップと」

「クィディッチ用品店に行ってくるよ!」

「分かりました。私は本屋にいますので」

 

 彼らが悪戯ショップに入ったのを確認した後――スキップでもしそうな勢いで店に入っていった――シエルはカバンからマントを出し、それを羽織った。時間は限られている。

 シエルはそのまま人の流れと反対の方向、ノクターン横丁の入り口へと足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たくさんの客で賑わうダイアゴン横丁とは対照に、日が当たらずじめっとした空気が漂ったノクターン横丁。

 そこで私は『ボージンアンドバークス』を目指し歩き出した。

 だが、私は元々人の少ないためか、変化に気づくことができなかった。物乞いが一人もいない事に。

 

 私がやっと変化に気づいたのは、店に入ってからだった。

 

「いらっしゃいませ、スタージェント殿。何かお探しものですか?」

「ええ、それが……ん?」

 

 ――今、店主は何と言った?

 私は魔法道具の買い出しやらで、何度かこの店には来ている。が、これまで一度も店主に名を明かしたことなどないのだ。

 

 まさか、と杖を構えようと思ったときには、目の前がくらんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、ん……はっ!」

 

 私は飛び起きると同時に、杖を出そうとした。だが、空を切っただけだった。

 

「ふっ、ははははっ」

 

 声のした方へ顔を向けると、マントに仮面をつけた男が、笑っていた。聞き覚えのある声。背格好や立ち姿から分かる。この人は――

 

「ルシウス?」

「ご名答だ。さすがはスタージェント殿。ですが、その洒落臭い口を聞けるのも今日までですぞ」

 

 ルシウスがそう言っている間に、私は辺りを見渡した。どうやら、ここはマルフォイ家の地下牢らしい。という事は()()()()()()使えない。

 

「洒落臭い? 私も随分と見下されたようですね。こんな地下牢に閉じ込めて、一体何がしたいのてです?」

「何か、ですと? 馬鹿にするのもいい加減にして頂きたい。貴女は()()()なのですぞ? よくそんな口を聞けますな」

「大罪人? 何の事です」

「とぼけないでください。あの日、貴女は私の仲間を()()()。しかも大量に……寛大な私でも許せない事があるのですよ」

 

 彼は何を言っているのだろう。私が()()()? 私の仲間?

 ――違う。間違っている。

 私はあの人()()()()()()()()()のだ。仲間を殺したのは死喰い人たち(あっち)だ。私は正当防衛の為に戦ったまで。

 そう、聞いているのだ。

 あの日の記憶はないけれど、ダンブルドアさまやセブルスはあの日のことを粗方説明してくれた。

 だから、私の記憶に間違えなど絶対にない。

 と、ここまで考えて、私は何か違和感を感じた。

 もし私への復讐が目的でないのなら、彼はなぜ私を捕らえたりしたのだろうか?

 まさか本当に――

 

「私が、殺し、た……?」

「ああ、そうだ。他に何があるというのだ」

 

 訳が分からない。

 もし、ルシウスの言うことが正しいというのならば、二人は私に嘘をついているということになる。

 そんな事、ある訳がない。セブルスが嘘をつくのは分かるが、ダンブルドアさままでもが嘘をついたなど考えられない。

 こんがらがった頭をどうにか解こうとするが、中々解けない。

 そんな中、衝撃の言葉を彼が発した。

 

「そういえば、()()()()()()()()ので、上で痛めつけてやりましたぞ。()()()()()にはいいスパイスではと思ったのでな」

「い、今、何て?」

「ですから、()()()()()を痛めつけておいた、と言ったのです。何か問題ですか? おっと、噂をすれば」

 

 ギギギィ――

 

 地下牢の扉が開き、何かが投げ入れられた。

 

「ご主人様、お連れしました」

()()()()、ご苦労だ。下がれ」

「はっ」

 

 先程と同じ音で扉が閉まると、投げ入れられた物が何か分かった。

 

「……フレッド、ジョージ!!」

 

 私は彼らの元へ一目散に駆け出そうとした。

 

デパルソ(退け)

 

 ルシウスの呪文で、私は壁に打ち付けられた。

 

「そう簡単に動けると思われない事だな」

「くっ……」

 

 私はルシウスを睨みつける。勢いよく打ち付けられたため、肋骨が数本折れてしまったのが分かった。

 

「ふふふっ。いい顔をしているな。どうだ? 敗北という名の味は。さぞかし不味い事だろう」

「その言葉、そっくりそのまま、貴方にお返しします」

「なんだと? いい加減、その口を削ぎ落としてさしあげましょうか?」

「脅しのつもりですか? ルシウス。私はそんな事では動じませんよ」

「では、これはどうですかな? エクスペリアームス(武器よ去れ)インペディメンタ(妨害せよ)ステューピファイ(麻痺せよ)

 

 三連続の呪文。壁、床、壁と、打ち付けられる。

 体がギシギシと痛み、骨折どころでは済まなかった。が、私は立ち上がった。

 

「まだ……!」

「ふっ。コンフリンゴ(爆発せよ)エクスパルソ(爆破)ディフィンド(裂け)

 

 またまた、三連続。前二つはどうにか避け、最後の呪文は直撃してしまった。

 

「……まだ、だ!」

「負け惜しみですか? そんなボロボロの体で何が出来るというのだ?」

「くっ……」

 

 ――私は何もできなかった。

 魔法が使えなければただの一般人なのだ。初めから勝ち目はない。分かっている、そんな事は。でも、でも――

 

「最後だぞ。シエル・スタージェント。大人しく死ね」

「拒否、します……私、は、死な、ない!」

 

「ふっ。残念だ………クルーシオ(苦しめ)!!」

 

 自分は死ぬんだ、と思った。何もできないままこうして死んで行くんだ。

 ――だが、運命は死よりも残酷なものを私に渡した。

 

「「ぐばっ」」

 

 彼が杖を向けたのは、私ではなく、双子だった。

 吐血をし、もがき苦しんでいる彼ら。ルシウスはそれを楽しそうに見下ろしている。

 

「どうだ、仲間が苦しんでいる姿は? ご当主様?」

 

 

 

 

 

 

 ――私の中で、何かが切れる音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 体を無理やりに動かし、立ち上がった。ボキボキ、ゴリゴリと言った音が聞こえるのは気のせいだろう。

 体の痛みは、もうなかった。正確にいえば、感覚神経が狂ってしまったのだが。

 まあ、そんな事はどうでもいい。

 目的はただ一つ。目の前にいる()()を消すだけだ。

 

 無造作に腕を突き出して、魔力を指先に集める。そのままルシウスに腕を突き出した。

 

 ルシウスは、そんな私に目もくれず、二人を弄んでいた。

 

 ――絶対に許せない。

 私の()()()()をこれ以上、傷つかせる訳にはいかない。

 

「消えろ」

 

 その瞬間、ルシウスが壁に打ち付けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バンッ――

 

「なっ!」

 

 私は一瞬何が起きたかわからなかった。少しして、体の節々に痛みを感じる。

 顔をゆがませながら、私は地下牢を見渡した。ここでは魔法を使えない。なのに私は今、飛ばされたのだ。一体誰が……?

 考える前に、魔法が飛んできた。次は、地面が粉々になる。

 

 私は途端に恐ろしくなった。()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シエルは無心だった。目の焦点も中々合わず、天と地がどちらかも定かではない。

 ただひたすら指先に魔力を集め、それを()()に打つだけ。

 

「やめて、くれ! 殺さないでくれ!!」

「ゴミが喋るな」

 

 バンッ――

 

「し、死ぬ!!」

「煩い」

 

 バンッバンッ――

 

「どうかお助けを!!」

「失せろ」

 

 バンッバンッバンッ――

 

 シエルは次々と打ち込んでいった。中々消えないゴミに、鬱陶しさが増してくる。

 

「そろそろ締めだ。さらばだルシウス・マルフォイ。せいぜい地獄で頑張るんだな。アバダ・ケ………」

 

「「シエル!!」」

 

 

 二人の声で私は我を取り戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕らは地に這いつくばっていた。今まで感じた事のない痛みが身体中を支配している。

 なぜこんなところにいるのだろう?

 そこまで考えた時、僕らの意識が沈んだ。

 

 

 

 

 意識が回復したのは、誰かが僕らの名前を呼んだからだった。

 

「……フレッド、ジョージ!!」

 

 もしかして、シエル?

 何でここにいるんだ?

 

 答えが見つかる前に、シエルが壁に打ち付けられた。

 

 助けなきゃ!!

 

 そう思い、体を動かそうとしたが、びくともしなかった。

 

「「くっ……」」

 

 その間に、シエルが傷ついていく。

 

「最後だぞ。シエル・スタージェント。大人しく死ね」

 

 ――僕らは何もできなかった。

 彼女を守ることは愚か、体を動かすことすらできなかった。

 もっと、たくさん話したかった。仲良くなりたかった。

 なのになのに――

 

「拒否、します……私、は、死な、ない!」

「ふっ。残念だ………クルーシオ(苦しめ)!!」

 

 

 何が起きたか分からなかった。

 

 勢いよく押し寄せてくる痛みと、苦しさ。僕らは体をよじり、痛みに叫んだ。

 

「「ぐはっ」」

 

 口から何かが溢れ出してきた。きっと、血か何かだろう。何も考えられなくなった頭で僕らは死を覚悟した。

 

 

 

 

 ブチンッ――

 

 

 

 

 物理的ではない何かの音がした。何かが切れた音。

 

 少しして、痛みが止んだ。

 見上げるとそこには小さい背中で僕らの前に立つ、銀髪の少女がいた。

 

 

 

 

 彼女は怒り狂っていた。僕らの頭に押し寄せてくる感情がそれを伝えていた。

 腕を差し出し、誰かに向けている。

 

「やめて、くれ! 殺さないでくれ!!」

 

 命乞いをする、男の声がした。

 

「ゴミが喋るな」

 

 バンッ――

 

 爆音とともに、男が吹き飛んだ。

 

「し、死ぬ!」

「煩い」

 

 バンッバンッ――

 

 男に無数の切り傷ができた。

 

「どうかお助けを!」

「失せろ」

 

 バンッバンッバンッ――

 

 吹き飛び、壁に当たり……男は地に這いつくばっていた。()()()()()()()()

 

 

 

 その時、僕らは知ってしまった。彼女がしようとしていることに。

 

 ――ダメだ。やめろ。

 

 意識に直接話しかけてみたが、効果はなかった。

 

 もう手段はない。

 最後の力を振り絞って、僕らは彼女の名を呼んだ。

 

「「シエル!!」」

 



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13.契約

「「シエル!!」」

 

 後ろから名を呼ばれた。

 ――私は一体何をしようとしていた?

 

 周りを見渡すと、ルシウスが地面に這いつくばっていた。

 

 ――この状態を作ったのは、私なの?

 

 考えれば考える程、恐怖を感じていった。自分自身に対して。

 

 その時、聞き慣れた指ならしの音が聞こえ、目の前が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お坊ちゃま。ドビーめは、この方たちを連れてまいりました」

 

 姿現しをしてきた屋敷しもべ。その横には担架が三つ浮かんでいた。

 

「すぐに手当をしてくれ」

「はいでございます」

 

 ドビーが手当をしている間に、僕は母上を呼びに部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リビングに着くと、母上が落ち着かない様子で立ったり、座ったりを繰り返していた。

 

「母上。大丈夫ですか?」

 

 僕が声をかけると、母上が驚かれた様子で問いかけた。

 

「ど、ドラコ! 部屋から出てはいけないとお父様に言われたのではないですか?」

「はい。ですが、非常事態なのです。すぐに父上の元へ行ってください」

「……何故です?」

「見れば分かります。すぐに病院へ」

「病院? 一体何があったというのですか!」

「ですから母上。急いでください」

 

 少しして、母上が父上と共に、病院へ向かわれた。

 父上は先程の三人と同じくらいひどい怪我をされていて、僕は見ていられなくなった。

 だが、落ち込んでいられる時間などない。

 今のうちだ。二人が帰ってくる前に、済ませなければ。

 来た道をたどるように、僕は客室へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、うん……」

 

 目が覚めた私は、自分がどこにいるのか分からなかった。

 

「目が覚めましたでしょうか?」

 

 見覚えのある屋敷しもべが私に声をかけた。

 

「貴方は…?」

「ドビーでございます。ドビーめは()()()()()()の屋敷しもべでございます」

「そう……マルフォイ家? はっ!」

 

 私は思い出したように起き上がった。が、手当ての済んだばかりの体が軋むように痛む。

 

「うっ」

「動いたらダメでございます! ドビーめは、お坊っちゃまのご命令で、手当てをするよう頼まれたのでございます。ですから、動いてはなりません!!」

「ドラコがそんな事を? 何故ですか?」

「ドビーめは、お坊っちゃまにお願いをされました。ご主人様の計画を阻止して欲しい、と。ですが、ドビーめは失敗したのでございます。そこでお坊っちゃまは、ドビーめにチャンスを与えてくださったのです。ドビーめは、急いで地下牢へ行って全員の意識を失わせた後、ここへお連れしたのです」

「……じゃあ、ドラコを呼んで来てくれるかしら?」

「かしこまりました」

 

 ドビーは部屋を出て行った後、少しして誰かを連れて戻ってきた。

 

「「シエル、大丈夫か?」」

 

 普通に歩けている彼らを見て、安心した私は彼らに抱きつこうとした。

 

「フレッド、ジョージ!!」

「動いてはいけません!!」

 

 ドビーに止められてしまったので、気を取り直して無事を確認し合った。

 

「お二人とも、怪我は大丈夫ですか?」

「ああ、ドビーがしっかり治してくれたからな」

「ありがとよ、ドビー」

「ありがとう……なんて優しい……」

 

 感激しているドビー。私は最後の一人に話しかけた。

 

「ドラコ。久しぶりですね。どうやら私は貴方に貸しを作ってしまったみたい」

「……貸し借りはどうでもいい」

「あら、優しいのですね」

「それより、大事な話がある」

 

 ドラコが一瞬照れたような気がしたが、すぐに顔を顰めた。

 

「ルシウスのことでしょう?」

「そうだ」

「それなら安心してください。()()()話して来るので」

「「「え?」」」

 

 三人分の声が重なった。

 

「まず、その体じゃ…」

「杖さえあれば、()()()治りますよ」

「父上の方は……」

「私が治すので大丈夫です」

「シエルって……」

「兄弟よ、それ以上は言わないでくれ」

 

 フレッドが何か言おうとしたが、ジョージに止められた。

 

「何か、おかしいですか?」

「「おかしいところだらけだよ?」」

「?」

 

 首を傾げるシエルに、三人分のため息が重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分の傷の手当をし、フレッドとジョージをホグワーツへ送り届けた後、シエルは聖マンゴ病院へ足を運んでいた。他でもない、ルシウスと話をするために。

 

 コンコン――

 

「どうぞ」

 

 女性の声がした。ゆっくりと扉を開き中を見渡すと、ルシウスがベッドで横になり、マルフォイ夫人が見舞い用の椅子に座っていた。

 2人とも驚きを隠せない表情である。

 

「先程ぶりですね」

「なぜ、きさ」

「貴様?」

 

 シエルはルシウスの言葉を待たず言った。杖を握る手をわざとらしく動かしてみせると、2人のから向けられる敵意がひしひしと感じられる。

 

「今の立場を考えた方がいいですよ、ルシウス」

「くっ……」

 

 苦虫を噛み潰したような顔でこちらを見るルシウス。シエルはにこりと微笑んで、杖を持つ手を緩めた。

 

「というのは冗談ですよ。私は貴方と戦う意思はありません。私はただ、話があってきたのです」

「話?」

「正確に言えば()()なのですが――返答によってはお二人の大切なものが失われるかも知れませんね」

「――ドラコに何をした?」

 

 病室の空気が一瞬にして凍てつく。父親の瞳で殺意を隠さないルシウス。

 やっぱり()()()()とは違う。これが本物なのか、もしくは――

 

「ふふっ」

「何をしたか聞いているんだ!」

 

 ベッドから身を乗り出してそう言うので、隣にいたマルフォイ夫人が必死に止めた。シエルは微笑みを止めない。

 

「何もしてはいませんよ。これからも私が何かをすることは一切ありません。誓いましょう」

「誰が信じると?」

「そうですね――血の誓いでもしてみますか?」

 

 今度は本気の顔だった。先程の笑みが嘘だったかのように、静かな声でシエルは言った。

 二人が息をのむ音が聞こえた。沈黙が続く。

 

「……内容は」

 

 切り出したのはルシウスだった。シエルはまた気味の悪い笑顔を向ける。

 

「それでは、私と手を組みましょう」

「は?」

「スタージェント家の配下にならないかと聞いたのです」

「いやいや、何を言っている。先程まで私たちは杖を交えていたのですぞ?」

「ええ。ですが、決して、悪いお話ではないでしょう? 私は貴方たちと戦いたくない。貴方たちは私を敵に回したくない。悪いどころか、とっても良い話だと思うのですが」

 

 少女の意図が読めない。ルシウスは訝しげにシエルを見た。

 

「何が狙いだというのです? 金? 地位か? 」

「何も」

「何も! 何も目的がないのに、ただ戦いたくないと言うだけの理由で、仲間になると?」

「ええ、そうです。それに今回、彼には助けられましたし」

「彼?」

「ドラコですよ。私をあそこから逃がしたのも彼です」

「なぜ……?」

「さあ。理由は彼にしか分かりませんわ。ですがこれでドラコに命を救われたことになります。私は命の恩人に杖を向けようとは思えません」

「信じられん」

「それは困りましたね」

「大体先程から、配下にならなければ、息子を殺すと言われているようなものでは? どうもこうもないと思われますが」

「それでは言い方を変えましょう」

 

「――ドラコを私にくれませんか?」

 

 嘘をついている顔には到底見えない、真剣な表情だった。

 

「……は?」

「ですから、ドラコを私の許嫁にしたい、と言ったのですよ」

「一体、どういう考えでそうなる……」

 

 ルシウスはさらに頭を抱えた。

 

「配下になるのが嫌なのでしょう? そしたら、ドラコを許嫁にすればいいわ。そしたら、互いに敵対は出来ない」

「いやだから、それのどこにこちらの利益が」

「ドラコを守ります」

「はい?」

 

 ルシウスも隣にいるマルフォイ夫人だって、今の状況に困惑しきっていた。

 

「私とドラコに関係がある間、私はドラコを守り続けると誓いましょう。勿論、マルフォイ家も」

「何から守るというのです」

 

 呆れながら、ルシウスはシエルを見た。どうせ嫌な笑みでこちらを――

 

「何からでしょうね?」

 

 ルシウスは息を呑んだ。困ったような、悲しいような、何とも言えない顔を向けられていたのだ。

 マルフォイ夫人がルシウスの手を掴んだ。みると、その視線は少女を向いている。そして、ルシウスの方へ顔を向けて、一つ首をこくりと頷かせた。

 ルシウスはシエルを見た。少女は目が合っているというのに、視線はその先にあるように感じた。

 

「スタージェント嬢」

「はい」

「貴方は何をしようというのです」

「……何も。私が何をしようと、何もしなかろうと、起きるべき時に起こるのですよ」

 

 今度は真っ直ぐと視線が合った。その後、契約を承諾し、少女が病室を去った後も、黒い空気が空間を漂っているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホグワーツの校長室に六人が集められていた。細かく言えば、教師と生徒二人ずつと屋敷しもべが一匹。もっと細かく言えば、ダンブルドアさまとセブルスとリーサ、フレッドとジョージだ。そして、私と双子はかれこれ5分以上は腰を直角に折り曲げ、全身全霊のお辞儀をしていた。

 

「シエルよ、おぬしはもう少し頭を使えると思っていた。実に残念でならんのう……」

「あ、頭は使いました。それに、いいことも……」

 

 私が反論しようとすると、リーサが叫んだ。

 

「いいことですって?! 何をおっしゃいますか、お嬢様! 貴方様は()()()()()()使()()を、無許可にホグワーツ城から連れ出したのですよ! その上()()()拉致されて、怪我もして……」

 

 私も未成年ですけど。というツッコミは飲み込んだ。

 実際それどころじゃないのである。ダンブルドアさまは言わずもがな、リーサは切れると本気で怖いのだ。ちなみにセブルスは、何も言わずにただただ無表情を貫いている。むしろそれが一番恐ろしい気もする。

 

「申し訳ありませんでした……」

 

 この後こっ酷く説教を受けた私は、もう二度とあんなことはしないと誓ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後。

 

「シエル!」

「随分と久しぶりだな!」

「そうですね」

 

 数日しか別れていなかったはずなのに、まるで何カ月も会っていなかったような気がして、私は目を潤ませた。

 

「ほんとに行っちゃうのか?」

「ええ」

 

 私はあの後、スタージェント家に帰ることが決まった。これ以上()()()()()()()()()、らしい。それが嘘だということは自分でもよく分かっていた。

 

「寂しくなるな」

 

 ジョージが気を遣うように言った言葉。私の心に染み渡った。

 

「私、私……」

 

 気持ちを言葉にする前に、涙が溢れてきた。そんな私を二人が優しく包み込んでくれる。彼らの体温は暖かくて、暖かすぎて。私の中の冷たいものが、ゆっくりと解けていった。孤独も寂しさも全てが、その全てがどうでもいいと思えた。

 

「僕ら、ここで待ってるからな」

「絶対に来いよ」

 

 ――ずっとこのままでいられたらいいのに。

 

 私の涙が収まるまで、彼らは私をずっとずっと、抱きしめてくれていた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あるお屋敷の一角にある墓地。一人の男がそこを訪れていた。

 

「セナ……」

 

 そう言った男は、自分の手に抱えていた蒼い花を静かに置いた。男の長い白髪が風になびく。

 

「済まない、君の敵を打つ事は出来なかった」

 

 男――()()()()は、悲しみに顔を曇らせた。

 

()()()()()を今から迎えに行ってくる。彼女は覚えていないかもしれないな」

 

 小さな墓地に響き渡るルシウスの声。

 彼はそうとだけ言うと、背中を向け反対方向へと歩き出した。彼の背中には悲しみが、怒りが、憎しみが、そして何より――

 

「セナ、私は君を……」

 

 独り言のように霧散に消えたその言葉は、彼女への愛する気持ちだった。それは恋情ではない。友情とも違う。しかし今のルシウスにはもう確かめる事は出来ない。

 コツコツとブーツの音を鳴らしながら、遠く離れて行くルシウス。

 

 また吹いた風に今度は備えられていた花が揺れた。

 蒼い花、ブルースター。花言葉は『身を切る思い』。普通、墓地におかれる花ではない。しかし、彼女の好きな色をした、彼女の好きな星の名の入るこの花。

 ふと、彼の足が止まった。

 

「今度は君の娘を連れてこよう」

 

 もう一度背を向けると、彼はそのまま止まる事なく歩き出した。

 

 

 

 

『フィナーラル・セナ・ソード 1987年ここに眠る』



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賢者の石編
14.一ヶ月


 

 ――ハリー・ポッター。

 『例のあの人』をたった一歳で打ち倒した英雄であり、魔法界の救世主。そんなヒーローはきっと、みんなにちやほやされ、豪華な暮らしをしている。

 誰もがそう思うだろう。

 だが現実は、マグルの従兄弟の家で奴隷のような扱いをされていた事を除けば、ごく普通の男の子だったのだ。しかも、自分が魔法使いだと知らずに。

 

 今日は、7月31日。彼の11歳の誕生日だ。

 

 今頃、ハグリッドがダーズリー家(牢屋)から連れ出し、ダイアゴン横丁で、買い物でもしているのだろう。

 

 そう言う私はスタージェント本家の客間で、セブルスと紅茶を嗜んでいた。

 だが、二人の間に会話はなく、セブルスは来てからずっと黙っている。

 さすがに気まずくなってきたため、セブルスに話しかけてみることにした。

 

「ねえ、セブルス。この紅茶とても美味しいわね。でも、何かあったのですか?」

 

 そう聞くと、セブルスは、口をつぐんでしまった。

 

「……」

 

 答えてくれないのなら、聞き出すしかない。

 

「私的には、来てくれるだけでとっても嬉しいのですが、貴方のことだから、用も無いのに来るとは思えないのです」

 

 そう言ったルーシェの辺りに漂うオーラは、けして普通の少女が発せられる様なオーラではなかった。が、彼女は"普通"ではない。

 

 凄まじいオーラに当てられ、恐る恐るセブルスは口を開いた。

 

「明日、そのだな……」

 

 ブツブツと、独り言かのように話しだすセブルスだったが、話すまで気長に待つことにした私は相槌をうつ。

 

「新学期の買い出しに行こうと思ったのだ」

 

 どうやら、買い物へのお誘いらしい。相変わらず私の容姿からか、セブルスの態度は落ち着かない。あのセブルス・スネイプが一人の少女におどおどとしているのだから、何とも面白い絵面だ。

 私は少し微笑んで、答えた。

 

「もちろんいいですよ」

「……そうか」

 

 ずずっと紅茶を一飲みして、突然立ち上がると、そのままセブルスは帰って行った。

 私はまだ暖かい紅茶を1人で啜った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真夏の日差しが痛いくらいに照り付くような暑さ。こんな日に、外に出たがる人などそういない。

 だが、そこは違った。たくさんの人が行き交い、買い物をするダイアゴン横丁。

 

 少女もまた、買い物客の一人だった。

 白を基調としたワンピースに身を包む、金髪碧眼の少女。隣には黒いマントを羽織った、黒髪黒眼の男性がいる。はたから見れば、正反対のペア。

 無口で歩いていた二人だったが、少女の方が沈黙に耐えかね口を開いた。

 

「セブルス。折角の買い物なのに、無愛想すぎではないですか?」

「うむ、ルーシェよ。吾輩がニコニコとしていたら気味が悪いであろう?」

「ふふ、そうですね」

 

 ルーシェが笑いかけると、セブルスも少し頬を緩ませた。

 

「でも、せめて話しながらにしましょう?」

「うむ……それで、手紙にはなんと書いてあるのだ?」

 

 セブルスに言われ、ルーシェはカバンを開き、『入学案内』と書かれた手紙を出した。

 

「教科書類と鍋は、家にあるから、買わなくて大丈夫です。あと買うのは……杖、ですね」

「それでは後で合流しよう。吾輩は用事がある」

 

 そう言ってセブルスと別れた私は、オリバンダーの店へ向かった。少し歩くと古臭い看板が目に入った。

 ふと、ルーシェの頭に五年前の事が浮かんだ。

 

 カランカラン――

 

 店内に入ると、珍しく店主がカウンターに座っていた。

 

「おお、お待ちしていたしたよ、シエルさん」

 

 あえて、スタージェントともルーシェとも言わず、にこやかに迎えるオリバンダー。さすがだなと、私は思った。

 

「お久しぶりですね。そう言えば、あなたに頂いたあの魔晶石。覚えていらっしゃいますか?」

「ええ、勿論です。導いたのは、どの杖ですか?」

 

 興味本位で聞くオリバンダーの前に、杖を出した。

 

「これです」

「これは、杉の木にドラゴンの琴線、30.6センチ……父上の杖ですな?」

「ええ。今日は自分の杖を探しに来ました」

「そうですか。でも、よろしいのですか? この杖の忠誠は貴方に向いておる」

「いえ、この杖は予備として使うつもりです。一応、父の形見ですし」

「これは、失礼した。ではこれを。桜の木にユニコーンの鬣とドラゴンの心臓の琴線。24センチの杖です」

 

 そう言うと、オリバンダーは手元から古びた箱を出し、中から杖を出した。

 原作のように、探してくると思っていたため私は驚いた。が、すぐに渡された杖に手を伸ばす。

 

 ほんのり桃色に色づき、不思議な彫刻が施された杖。

 

 どこか、懐かしい雰囲気がするその杖に触れる……と、その途端、あの時と同じような感覚が押し寄せた。

 

「……やはり」

「やはり?」

「いやいや、こちらの話です」

 

 私は気になったが、教えてくれなさそうなので、話題を変えることにした。

 

「代金は前のお返しもしたいので、これだけもらってください」

「いえいえ、お礼など気になさらず」

「そうですか……」

「その代わりに、またいらして下さい」

「分かりました。それでは、また」

「ええ、いずれ会うでしょう」

 

 意味ありげな笑みを浮かべるオリバンダーが、少し不気味に見えた。

 

 店を出るといつの間にか近くの日陰にセブルスが立っていた。手にはプレゼント箱が握られていた。もちろん見なかったことにした。

 

「セブルス、お待たせしました。用は済みましたか?」

「うむ。ルーシェは他に寄りたいところはないか?」

「そうですね……マグルのお店に少し寄ってもいいですか?」

「ああ。だが、どこに行くのだ?」

「ふふ、内緒です。セブルスは、漏れ鍋で待っていてください」

「分かった」

「リーサ」

 

 ルーシェが呼ぶと、どこからともなくリーサが現れた。そのまま、パチンという音と共に2人は消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 少ししてルーシェが帰ってくると何も言わず、セブルスは、付き添い姿くらましをした。

 

 目を開けると、そこはホグワーツの門前だった。

 

「セブルス、家に帰らないのですか?」

「うむ。ダンブルドアが呼んでいてな」

「なるほど」

 

 セブルスの言葉に同意しながら、私はホグワーツの門を潜った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シエル、急に呼び出して済まんのう」

「いえ、ダンブルドアさま。構いませんよ」

 

 久しぶりに来たホグワーツ城。呼び出しとはいえ、ここに来たのは数ヶ月ぶりだ。嬉しい気持ちが抑えきれないのも無理はなかった。

 

「それで、なんのご用でしたか?」

「プレゼントがあってのう。まあ、入学祝いみたいなものじゃよ。そういうものは直接渡すのが筋というものじゃ」

 

 そう言うと、ダンブルドアさまは自分の本棚から一冊本を取り出して来た。私はそれを受け取ると、開こうとする。

 

「まだ、開けてはダメじゃ。これは世界に一つしかない本。何の本かは読めば分かるが、必要な時しか開いてはならぬ。よいか?」

「……分かりました。大切にします」

 

 私は鞄の中に本を閉まった。顔を上げると、セブルス何か言いたそうな顔をしていた。そういえば、ダイアゴン横丁で――

 

「……ルーシェ」

「どうしましたか?」

「吾輩からは、これを」

 

 そう言って、小さめの箱を私に渡した。リボンを解き、包みを開いて見る。すると、現れたのは、イヤリングだった。

 宝石のような物がついており、キラキラと光に反射してとても綺麗だ。

 私はそのまま耳につけてみた。重さはなく、何となく身体も軽くなったような気がした。

 

「これは……もしかして魔法具ですか?」

「その通り。ルーシェは魔力が多すぎて、疲れやすい体質がある。だから、魔法を貯めることのできる魔法具を選んだ」

「ありがとうございます、セブルス」

 

 

 彼らから貰ったプレゼント。私はその日、その二つを枕元に置いて眠った。

 

 夢の中で私は、数日後に控えるホグワーツへ入学する日を見た気がする。



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15. 9と4/3番線

 

 この列車に乗車してから、もう20分が経つ。

 

 ぼーっと窓の外を眺めながら、過去の記憶を思い出しているうちに、発車まであと10分となっていた。

 コンパートメントに誰か来る前に、さっさと着替えを済ませる。着替え終わった私は、ローブのポケットから本を出した。

 しかし、読み始めようとしたところで、ノックの音ですぐに現実へ引き戻される事となった。

 

「はい、どうぞ」

 

 声をかけると、控えめに扉が開いた。

 

 ガラガラ――

 

 そこに居たのは、先程窓から見えた黒髪碧眼の少年――ハリー・ポッターだった。

 一瞬にして、頭が冷める。

 

「あの……ここ空いてるかな? もう2人来るんだけど」

「えっ、と……」

 

 私は混乱していた。原作と、違う?

 

「あ、いや! 先客が居るなら全然いいんだ。その、迷惑じゃないならで……」

「ええ……もちろんいいですよ」

「ありがとう。それじゃあ、呼んで来るね」

 

 歩いて行く彼の背中を見届けながら、私は焦りを感じていた。

 

 もしかしてここは――

 

 私は恐怖と焦りを振り払うべく、大きく深呼吸をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にありがとう。君がいなかったら、僕たち座れないところだったよ」

「いえ、お役に立てて光栄です」

 

 黒髪の少年、ハリーに軽い会釈をする。驚いたような顔を見せたが、それ以上は触れられなかった。

 きっと、話しかけづらさを感じているのだろう。だが、下手に話しかけて未来を変えてしまうのはよくない。そう思った私は先ほどの本を開き、読み始めようとした。すると、ハリーの隣に座る赤毛の少年が話し始めた。

 

「ねえ、せっかくだから、自己紹介しないかい? 

僕はロナウド・ウィーズリー。ロンって呼んで」

「えっと、僕はハリー・ポッター。ハリーでいいよ」

「えっ! 君、本物?じゃあ、あれはあるの? その……ここにある、あれ」

 

 ロンが右の額を指差し、驚いた様子でそう言った。ハリーが前髪を手で上げる。

 そこには稲妻型の傷が、確かにあった。

 

「ロンとハリー? 自己紹介がまだ済んでいないのだけれど」

 

 ロンとは反対側のハリーの隣に座る、栗毛の少女がそう言った。原作と同じく、随分とキツイキャラである。

 

「コホン。私はハーマイオニー・グレンジャーよ。ハーマイオニーと呼んで頂戴」

「「……」」

 

 ロンとハリーは、どうやら敵対意識を持ったようだ。

 まあ、私には関係ないので、もう一度本を――

 

「ねえ、君は?」

 

 そう聞いたのはハリーだった。

 

「私ですか?」

「そうよ。私達だけして、あなただけしないのは不自然だわ」

 

 ハーマイオニーがハリーの言葉を押した。

 

「……ルーシェ・エバンズ」

 

 私は小声でボソッとそれだけ言うと、目線を本に落とした。

 

「じゃあ、ルーシェだ。よろしくね」

 

 ハリーがそう言ったのが聞こえた。

 こうして、私は主人公達と面識を持ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「車内販売はいかが?」

 

 お昼時になると、車内販売のおばさんが、カートを引いてやって来た。

 ルーシェとロンとハーマイオニーはお弁当を持って来ていたため、何も買わなかった。だが、ハリーはというと、爆買いというものをしていた。

 それぞれ昼食をとっていると、コンパートメントの扉が勢い良く開いた。同時に誰にも気づかないれないように、ルーシェがフードを被る。嫌な予感は的中した。

 

「ここに、ロニー坊やはいるかい?」

「それと、金髪碧眼の美人」

「あと、ハリー・ポッターと」

「ペットのカエルと」

「「金髪碧眼の美人」」

 

 入って来たのは赤毛の双子だった。ハリーとハーマイオニーが『金髪碧眼の美人』の言葉に先程までルーシェが居た場所を見つめた。だが、いない。二人は顔を見合わせた。

 その間に、ロンと双子が話していた。

 

「僕は、坊やじゃない! それで、兄さん達何かよう?」

 

「かわいい、かわいい弟の入学なんだぜ?」

「どんな感じか偵察に来たってわけさ!」

 

 ジョージ、フレッドの順にそう言った。

 

「ああ、それなら心配ないよ。だって、あのハリー・ポッターと友達になれたもん」

「なんだって?!」

「そんなバカな!?」

 

 ロンの得意げな表情に、彼らはわざとらしく頭を抱えた。

 

「それより、カエルならここにいるわ」

 

 双子が驚いていることを傍目に、ハーマイオニーがカエルを差し出した。

 

「おお、サンキュー」

「良かったな、トレバー」

「他に何かあるかい?」

 

 ロンが聞くと、

 

「ああ、もうないぜ」

「そんじゃ、僕たちはこれで」

 

 そう言って先程と同じようにして出ていった。

 

「ねえ、ハリー彼女はどこに行ったの?」

 

「彼女とは私のことですか?」

 

 そこには、『金髪碧眼の美人』がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分後。

 

 ガラガラ――

 

「ここにハリー・ポッターがいるって聞いたんだが。誰の事だい?」

 

 入って来たのは青白い少年、マルフォイだった。後ろにずんぐりむっくりの弱そうなボディーガードが二人いる。力士でもいけそうだ。

 

「僕だよ」

 

 ハリーが答えた。ただし、顔に『嫌だ』と書いてあったが。

 

「そうか、君が。僕はマルフォイだ。ドラコ・マルフォイ。よろしく。それと、友達の選び方には気をつけた方がいいぞ。少なくとも、赤毛のウィーズリーと付き合うのは止めといた方が君のためだ。それに……」

「友達ぐらい、自分で決められる」

 

 ハリーがそう言った。

 どうやら、本当に二人は相性が悪いらしい。

 ロンとハーマイオニーが、止めなきゃ、と思ったその瞬間、パタンという音がした。どうやら誰かが本を閉じたらしい。そして、本を読んでいたのはこのコンパートメントでただ一人。

 

「あら、ドラコ。私には挨拶してくれないのですか?」

 

 その声に過剰反応したドラコは、背筋をピンと伸ばた。

 

「こ、これは、これは! すた……ではなくて、シエル嬢ではありませんか。お元気でしたか?」

「ええ。それより、ルシウスの調子はどうですか?」

「お陰様で、とても元気になりました」

「それは、よかった」

「では、僕はこの辺で。同じ寮になれる事を祈っています」

 

 扉を閉め、足早に出ていこうとする彼の背中に、

 

「ルシウスに、今度の休暇に会いに行く、と伝えておいてください。また手紙も送りますね」

 

 爆弾を投げ込んでおいた。

 

 扉が閉まると一気に空気が悪くなった。

 ルーシェ以外の三人は、口を閉ざし、キョロキョロと辺りを見渡していた。

 少しして沈黙に耐え兼ねたのか、ハリーが口を開いた。

 

「ルーシェは彼と仲がいいの?」

「いいえ。色々とありまして……彼が私にああしなければならないだけです」

 

 また沈黙が始まった。

 ルーシェは何事もなかった様に、読書をしている。ハーマイオニーも諦めたのか、教科書を読み始めた。

 

 だが、その沈黙はまたすぐに破られる。

 

 ガラガラ――

 

「ルーシェ!!」

「やっと見つけた!」

 

 バフッ――

 

「「「え?」」」

 

 ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人の声がシンクロした。

 驚くのも無理はない。なんと、先程来たロンの兄達が、ルーシェに抱きついた、いや、飛びついたのである。

 

「なんで隠れていたのさ!」

「僕らの事嫌いになったの?」

「……そういうところが嫌いです」

 

 ガーンという効果音が付きそうなくらい、落ち込む二人。本人は気にせず読書を続けていた。

 またまた沈黙。他の三人は状況を飲み込めず、ルーシェを見つめていた。

 耐え兼ねたのは、ルーシェだった。

 

「あの、私の顔に何かついていますか?」

 

「いや、その、何と言うか……」

「おい、兄さん達、何時の間にそんな綺麗な人を!」

「も、もしかして、先輩?!」

 

 ハリー、ロン、ハーマイオニーの順で、問いかけた。返って来た答えは。

 

「フッ、どうだ!」

「羨ましいか? ロニー坊や」

 

 これには唖然としてしまった。どうやら彼らと彼女は()()()()()()らしい。 

 と、ここまで想像を膨らませてしまった三人。

 すると、バンッという音とともに、双子が頭を抑えた。

 

「「イタっ!!」」

 

 どうやら、ルーシェに本で頭を叩かれた様だった。

 

「二人とも、調子に乗らないでください。口を縫いますよ? それとも声帯を切って差し上げましょうか?」

「「怖っ」」

「三人とも勘違いしないでください。彼らとはただの知り合いです。それに私は新入生です」

「そ、そうなんだ」

「びっくりしたよ……」

「よかったわ」

 

 三人が胸をなでおろした。

 

「「ちっ」」

 

 すかさず、フレッドとジョージが揃って舌打ちをした。

 その瞬間。

 

 バンッ――

 

「「ルーシェ、酷い」」

 

 次は、本が自分で叩いた様に見えた。加害者のルーシェは無表情である。

 

「でも、待てよ。もしかして、これは『寂しかったからちょっと意地悪したくなっちゃった』的な感じなんじゃ」

「そうか! よしよし、僕らも同じだよ」

 

 バンッ――

 

 どこからともなく現れた大量の本。そのまま重力に任せ、彼らの頭に直撃した。

 

「「ぐはっ……す、すみませんでした!!」」

 

 ルーシェは無言で杖を構えていた。それも、とびっきりの悪魔の笑顔で。どうやら、『次に、何かしでかしたら、窓から放り出す』らしい。全く、恐ろしいものだ。

 

 そんなこんなで、騒がしい時間が過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あと五分でホグワーツに到着します。荷物は別に届けますので、車内に置いていってください」

 

 車内に放送が響き渡った。

 

 ちなみにだが、フレッドとジョージは運転手にクソ爆弾を仕掛けてくると言って、どこかに行ってしまった。ルーシェによって窓から放り出されたのは、まあご愛嬌ということで。今頃、車内販売のおばさんに説教でもされているのだろう。

 

 身支度をしながら、三人の顔が青白く見えることに気が付いた。

 私はというと、組み分けの方法を知っているため、テストがある勘違いをしているハーマイオニーの様に呪文を唱える必要もないし、ロンの様にプレッシャーもない。はっきり言って、緊張など一ミリもしていなかった。

 しばらくすると列車の速度が落ち、停車したのが分かった。

 

「ハリー、行こう」

「うん……」

「私も行くわ」

 

 そう言ってコンパートメントから、彼らが出て行くのを見届ける。ほとんどの生徒が列車から降りたことを確認してから、私は下車した。

 

「イッチ年生、イッチ年生はこっちだぞ。ついて来い!」

 

 外に出ると、ハグリッドが引き連れる一年生達の後ろについて、私も進み始めることにした。



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16.組み分け

16.

 

「マクゴナガル先生、イッチ年生の皆です」

「ありがとう、ハグリッド。ここからは私の仕事です」

 

 開いた扉から、見るからに厳格そうな魔女、マクゴナガル女史が出てきた。

 彼女に連れられ、玄関ホールを抜けると、大広間の脇にある空き部屋にたどり着いた。新入生たちは皆、興味津々の様子。

 

「入学、おめでとうございます。ようこそ、ホグワーツへ」

 

 マクゴナガル先生の挨拶に、ほとんどの生徒が視線をそちらに向けた。

 

「新入生の歓迎会が間もなく始まります。その前に寮を決めなくてはなりません。組み分けはとても大切な儀式です。そして……」

 

 マクゴナガル先生が寮の説明やホグワーツでの生活などを話す。だが、私は彼女の話を完全に聞き流していた。なぜなら、私の視線の先にいる、茶髪の女子生徒。その斜め上のあたりに、目くらまし呪文の痕跡が見えたのだ。しかも、呪文をかけているのはその生徒ではない。

 一体何を連れているのだろうか。

 

「待っている間、身なりを整えておきなさい。戻ってくるまで静かに待つように」

 

 結論を出す前にマクゴナガル先生の話が終わり、部屋を出て行った。周りを見渡すと、生徒たちはそわそわと緊張しているのがうかがえた。友達同士で身なりをチェックし合っている人もいる。

 

 少しすると生徒の悲鳴と共に、ゴースト達が現れた。

 

「もう、許してくだされ。彼にもう一度チャンスを……」

 

 太った修道士がそう言った。

 

「おっと、新入生ではないか」

 

 遮るようにして、ほとんど首なしニック。

 彼らが話していると、いつの間にかマクゴナガル先生が戻ってきていた。

 

「さあ、皆さん。組み分けの儀式が始まりますよ」

 

 マクゴナガル先生の厳しい声が聞こえた。

 

「一列になって。ついてきてください」

 

 私はまた、列の一番後ろについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大広間は前に来た時と変わらない美しさを保っていた。

 

「本当の空に見えるように魔法がかけられているのよ。『ホグワーツの歴史』に書いてあったわ」

 

 前の方でハーマイオニーの得意げな声が聞こえる。

 私は天井や生徒、教師たちよりも、マクゴナガル先生が出してきた組み分け帽子から目が離せなかった。

 あれも魔法で動いてるんだもんな……。

 マクゴナガル先生の誘導で、新入生たちが前の方に集まると、その帽子が歌いだした。

 

 

 私はきれいじゃないけれど

 人は見かけによらぬもの

 私をしのぐ賢い帽子

 あるなら私は身を引こう

 山高帽は真っ黒だ

 シルクハットはすらりと高い

 私はホグワーツ組み分け帽子

 私は彼らの上をいく

 君の頭に隠れたものを

 組み分け帽子はお見通し

 かぶれば君に教えよう

 君が行くべき寮の名を

 

 グリフィンドールに行くならば

 勇気ある者が住まう寮

 勇猛果敢な騎士道で

 他とは違うグリフィンドール

 

 ハッフルパフに行くならば

 君は正しく忠実で

 忍耐強く真実で

 苦労を苦労と思わない

 

 古き賢きレイブンクロー

 君に意欲があるならば

 機知と学びの友人を

 ここで必ず得るだろう

 

 スリザリンではもしかして

 君はまことの友を得る

 どんな手段を使っても

 目的遂げる狡猾さ

 

 かぶってごらん! 恐れずに!

 興奮せずに、お任せを!

 君を私の手にゆだね(私に手なんかないけれど)

 だって私は考える帽子!

 

 

 

「ABC順に名前を呼ばれたら、帽子をかぶって椅子に座り、組み分けを受けてください」

 

「アボット・ハンナ!」

 

 おさげ姿の少女が椅子に座る。帽子を被ると、少しして帽子が叫んだ。

 

「ハッフルパフ!」

 

 ハッフルパフ寮のテーブルから歓声とともに拍手が上がり、そのテーブルに彼女がついた。

 

 その後も組み分けは続いた。

 私の苗字はE。ということは、呼ばれるのもすぐのはずで。

 

「エバンズ・ルーシェ!」

 

 呼ばれた。

 マクゴナガル先生の声で、私は前へ出る。

 ふと、ダンブルドアを見ると、目が合った。微笑んでいる。セブルスを見ると、無表情ながらも口角が上がっているのが見える。

 椅子に座り、帽子を被ろうとする……と、その時。

 

「スリザリン!」

 

 その声と同時に、『波乱の組み分け』の開始を知らせるベルが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スリザリン!」

 

 それが彼女の組み分けだった。スリザリンの生徒から歓声と拍手が聞こえる。もちろん、僕も手を叩いた。

 

 ――だが、彼女は動かなかった。

 

 帽子を脱ぐことも、椅子から立つこともなく微動だにしない。

 

「ミス・エバンズ? あなたの組み分けは終わりましたよ。スリザリンのテーブルへ……」

「マクゴナガル先生。少し()()と話をさせてください」

 

 彼女の声に、大広間は静寂に包まれた。

 長くて暗い。僕はあの時のことを思い出した。

 

 しばらくして、

 

「グリフィンドール!」

 

 組み分け帽子がそう叫んだ。

 目を見開く先生に、彼女は帽子を渡す。

 彼女はとても晴れやかな顔をして、グリフィンドールの席へ足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なぜ、私が動かなかったのか。それは単に気に食わなかったのである。

 中身を見る前に、外面だけで判断されたことが。マクゴナガル先生が話しかけてきたが、ここを退く気はない。

 

「組み分け帽子、少しいいですか?」

「おっと、どうかしたかね。()()()()()()()殿」

 

 やっぱり、と私は思った。

 

「申し訳ありませんが、私はルーシェ・エバンズです」

「……私は君の心が見える。偽っても仕方がないであろう?」

「確かに、偽っているかもしれません。しかし入学したのは()であって、()()()()()()()ではありません。よく考えてくださいませんか? せっかくその、賢い頭があるのですから」

「……分かった。だが、理由は他にもあるのだろう?そうだな……例えば『転生者』だとか」

「ふふ、そこまで見えているのですね?」

「まあ、開心術が私の命、だからな。では、転生者の君に私から一つだけ助言だ」

 

「救えるものを救うのは罪ではないが、未来を変えることは時に罪となり得る。君がその力を生かすも殺すも自由だが、いつも以上に頭を働かせるのだ」

 

「よいな?」

「難しいことを仰いますね……ですが、自分の、いや、世界の最善を尽くします」

「それでよいのだ。さて、では君の寮を決めるとしよう。君の性格ならどこへ行ってもいいとは思うが、ここは君の事を信じよう」

「分かりました。では、改めて。私の寮はどこですか?」

 

 私が聞くと、帽子ははっきりとこう言った。

 

「グリフィンドール!」

 

 納得する答えがやっと得られた。マクゴナガル先生に帽子を渡し、軽い足取りでテーブルへ向かった。

 

 私がテーブルについても、拍手も歓声も起こらなかった。

 

「あの……私はスリザリンに行った方がよかったですか?」

 

 私が正面にいたハリーに聞くと、みんなが我を取り戻したかのように動き出した。

 

「もちろん、歓迎するよ。ミス・エバンズ。僕は監督生のパーシーだ。パーシー・ウィーズリー」

「ありがとうございます」

 

「続いては、ソード・フィナーラル」

 

 茶髪に蒼い瞳。さっきの子だった。頭上には先程と変わらず魔法の痕跡が浮いている。

 

「グリフィンドール!」

 

 彼女が隣に座ったことで、私はその正体を確信することが出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 組み分けが終わると、マクゴナガル先生は帽子を片付けた。

 ダンブルドアが立ち上がり、満面の笑みを生徒たちに向ける。

 

「おめでとう、新入生たち! 歓迎会の前に、二言、三言、言わせてもらいたい。では、そーれ! わっしょい! こらしょ! どっこいしょ! 以上!」

 

 ダンブルドアはそう言い切り、席に着いた。途端に拍手と歓声があがる。

 

「あの人……ちょっぴりおかしくない?」

 

 ハリーがパーシーにそう聞いている。確かに同感だ。

 そういえばと空だったお皿を見ると、いつの間にか料理が盛り付けられているのに気が付いた。

 私は料理に手を付けた。少しして、自分のお皿にサラダをのせていると、

 

「ねえ君って、どこかのお嬢様だったりするの?」

 

 斜め前に座っているロンがそう聞いてきた。

 

「屋敷しもべにはお嬢様と呼ばれています」

「屋敷しもべ? それって、すごく大きいお屋敷にしか住まないってママが言ってたよ。本当にいるの?」

「はい」

「やっぱり、食べ方とかがすごくお嬢様らしいから」

「そうですかね……」

「それより、さっき、帽子と何を話していたんだい?」

 

 パーシーの問いかけに、周りの生徒がうなずいた。どうやら、結構目立ってしまったようだ。確かに、組み分けされた後に寮が変わった、なんて話は聞いたことがない。

 

「人を外見で区別しないでほしい、と頼んだだけです」

「「?」」

 

 意味がよく分からなかったようだ。まあこれで、容易に話しかけてくる人はいないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少しして、ローストチキンに手を付けていると、ほとんど首なしニックがどこからともなく現れた。

 

「これはこれは、お嬢さんではありませんか! 随分とお久しぶりで」

「こんばんは、ニコラスさん。でも、私はお嬢さんではないです。人違いでは?」

 

「そ、そうだよ、ニック!」

「そ、そんな訳ないだろう!」

「「だって彼女は、ルーシェだもん!」」

 

 フレッドとジョージが話に割って入ってきた。これでは、疑いの目が増えるだろうに。

 

「それよりさ!」

「僕らの悪戯グッズを見てくれよ!」

 

 どうやらポケットが膨らんでいるのはそのためらしい。

 とりあえず、無視。

 

「そういえば、グレンジャーさんって本がお好きなんですか?」

「え、ええ。そうだけど……」

「「ぼ、僕らのことは無視?!」」

「実は、私も読書が好きなんですよ」

「へ、へえ……」

 

 少し引き気味のハーマイオニー。私は話す相手を変えた。

 

「えっと、ソードさんでしたよね。あなたは?」

 

 フレッドとジョージを無視しつつ、私は彼女に話を振った。

 

「……読書は嫌いです」

「そうですか。じゃあ、何がお好きですか?」

「えっと、動物とか?」

「そうですか……例えば、妖精(フェアリー)、とか?」

 

 私は彼女の肩の2センチ上を見ながらそう言うと、彼女が目を見開いた。

 私は人差し指を口に当て、口パクで「誰にも言わない」と言った。

 

「えっと……貴方は、エバンズさんだったよね」

「ええ、ルーシェでいいですよ。フィナーラル」

「フィナでいいです……」

 

 それから私たちが他愛無い話をしていると、デザートが消え、ダンブルドアが立ち上がった。

 

「エヘン。皆よく食べ、よく飲んだことじゃろう。また二言、三言。新学期を迎えるにあたり、いくつか知らせがある。一年生に注意しておくが、構内にある森に入ってはいけない。これは上級生にも、何人かの生徒たちには特に注意しておく」

 

 ダンブルドアは、赤毛の双子を見ているように見えた。一瞬私の方に視線が向いたのは気のせいか。

 

「管理人のフィルチさんからも、授業の合間に廊下で魔法を使わないようにと注意があった。また、今学期は二週目にクィディッチの予選がある。チームに参加したい人はマダム・フーチに連絡するように。最後に、とても痛い死に方をしたくない人は、四階の右側の廊下に入らぬように」

 

 少数人がその言葉に笑った。もちろん私は笑っていない。むしろ、(クィレル)を睨んでいた。

 

「では、寝る前に校歌じゃ」

 

 一気に場の空気が明るくなる。ダンブルドアは、金のリボンで文字を書いた。

 

「みんな好きなメロディーで。では、さん、し、はい!」

 

 

 ホグワーツ ホグワーツ

 ホグホグ ワツワツ ホグワーツ

 教えて どうぞ 僕たちに

 老いても ハゲても 青二才でも

 頭にゃなんとか詰め込める

 おもしろいものを詰め込める

 今はからっぽ 空気詰め

 死んだハエやら がらくた詰め

 教えて 価値のあるものを

 教えて 忘れてしまったものを

 ベストをつくせば あとはお任せ

 学べよ脳みそ 腐るまで

 

 

 赤毛の双子が葬送行進曲で歌い終わると、みんな拍手をした。ダンブルドアは一番大きな拍手だった。

 

「音楽とは何にもまさる魔法。さあ、就寝時間じゃ。駆け足」

 

 グリフィンドールの生徒たちは、パーシーに続いて歩き始めた。

 

 寮に到着し、男子寮と分かれるところで誰かに袖を引かれた。私は最後尾にいたはずなので、そんなことはありえない。後ろを振り返ると、手袋が私の袖を引いていた。

 その手袋がくるりと一回転したかと思うと手紙を差し出した。『ダンブルドア』と書かれている。

 

「ルーシェ、何してるの?」

「いえ、何も。少しぼーとしてしまいました」

「そう、じゃあ行きましょう」

 

 私は女子寮に入った。奥に進みながら、ドアに書かれた自分の名前を探す。

 途中でフィナと別れたが、いくら探しても自分の名前が見つからなかった。

 そう言えば、さっきの手紙の存在を忘れていた。

 なんでもっと早く思いつかなかったのだろう。手紙を開くとこう書かれていた。

 

 

 

 シエルへ

 

 君の部屋は少し特殊でのう、中に入っているカードを使ってくれ。

 それと入学おめでとう。

 

 ダンブルドアより

 

 

 

 書かれているとおり、手紙には洒落たカードがついていた。端の方になにか文字が書いてある

 

「……て、んい? 転移」

 

 その言葉で視界が歪んだ。

 

 目を開けるとそこは知らない部屋だった。

 机の上に、置手紙がある。

 

「君への入学プレゼント……? ふふ、ダンブルドアさまらしいですね」

 

 その日、私は久しぶりに楽しい夢を見た気がする。



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17.森と妖精

 

 翌日。目が覚めると、まだ外は暗く、時計を見るとまだ4時だった。

 私はのろのろとベッドを降りて、眠気を冷ますためにシャワールームへ向かった。

 

 昨日は疲れてすぐに眠ってしまったため部屋を見る事は出来なかったが、改めて見るとこの部屋はすごくいい部屋だ。シャワールームとトイレに、寝室とリビング。ホテルのスイートルームを思わせる内装。誕生日プレゼントには少しもったいない。

 

 準備を済ませた私は、カードを手に持ちこう言った。

 

「転移、グリフィンドール寮談話室」

 

 目を開けると、言った通りの場所に出た。どうやらこの使い方であっているらしい。

 ダンブルドアさまも使い方くらい教えてくれてもいいのにな。

 そんなことを考えながら、寮を出る穴へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寮を出ると太った婦人に少し怒られたが、その他は問題なく抜け出すことができた。フィルチにも、ミセス・ノリスにも会わなかった。

 しかし、大広間の手前の階段を降りていると、誰かに後をつけられているのに気がついた。目くらまし呪文をかけ、五メートルくらい後ろにいる。

 足幅的に、男子生徒か、教師か。

 せっかく早起きしたので、森へ動物たちに会いに行こうと思っていたのに残念だ。

 諦めた私は後ろを振り返り挨拶をした。

 

「スネイプ先生、おはようございます」

「バレていたか」

 

 そう言いながら、セブルスが呪文を解いた。ちなみにだが、私は呪文をかけず堂々と歩いていたので誰かに見つかるのも時間の問題だった。

 

「それより、朝から元気が良さそうだな。一体どこへ行くのかね」

「もちろん、大広間です」

「大広間か。言っておくが、まだ5時なのだぞ?」

「私は早起きですので。本でも読もうかと」

「本は部屋でも読めるのではないかね」

 

 セブルスの指摘に私はもっともだと思った。

 

「……」

「……」

 

「分かりました、部屋に戻ります」

 

 無表情の睨み合いの結果、私は負けを認めることにした。正直あの無表情には勝ち目は無いと思う。

 

「いや、その必要はない」

「と言いますと?」

「禁じられた森に行きたいのであろう。吾輩についてきたまえ」

 

 まさか、そこまでバレているとは。

 だがここで意地を張っても仕方がないので、私は大人しくセブルスの背中を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん、お久しぶりですね。元気にしていましたか?」

 

 禁じられた森に着くと、早速集まってきた動物たちに私は声をかけた。

 

「ニフラーは子供が? すっかりパパになりましたね。ボウトラックル新しい木を見つけたんですね? ニーズルは? あー、そうですか……野良猫と仲良くしてますかね……」

 

 私は久しぶりということもあって、まず近況報告をした。他にも、ケンタウルスの群れに出会ったり、年老いたセストラルが亡くなっていたり、ケルピーが水魔と喧嘩をしていたり……。

 その横で、セブルスが複雑な顔をして私を見ていた。

 

「スネイプ先生は動物が苦手でしたか?」

 

 私が首をかしげながらそう聞いた。

 

「二人の時は、セブルスでいい」

「セブルスにしては素直ですね」

「……吾輩は別に動物が嫌いなわけでは無い。だが、ルーシェが好かれていることに対して、少々驚いているだけだ」

 

 ぼそっと小声で言ったことは聞こえないことにしたらしい。

 

「そんなに私、嫌われそうですか?こう見えて、懐かれてるんですよ」

「というよりかは、お前の兄が動物に嫌われる体質だったからだな」

「お兄さまが……セブルスは兄を知っているのですね」

「まあ、魔法薬学が得意だったからな」

「依怙贔屓?」

「優秀な生徒に手をかけるのは当たり前だろう」

「あら、そうですか。そんなことより、セブルス。私、()()()()()()触れるんですよ! 見てて下さい」

 

 明るい声でそう言うルーシェ。

 

「いや、ユニコーンは無理だろう」

 

 ユニコーンなど触ることはおろか、見ることも出来ないだろう。

 だが、数分後。ルーシェは自慢げに何かを持って戻ってきた。

 

「ね? セブルス、嘘は言っていないでしょう?」

 

 シエルはユニコーンを触っていた。

 

「それはズルだろう……」

 

 というのも、ルーシェはユニコーンの鬣を触っていた。()()()()()()()()を。

 

「ズルではありません。これは正当です!」

「どこがだ……」

「全てがです!」

 

 断言するルーシェ。

 

「フッ」

「今、鼻で笑いましたよね? 絶対笑いましたよね?」

「何を言う。ただの被害妄想だ」

 

 行き場を無くしたルーシェは、動物達に助けを求めた。

 

「皆さん、今の扱いどう思いますか? ひどいですよね? そんなぁ、私が悪いなんて言わないで下さいよ私、めげますよ。本当に……」

 

 はたから見れば、ヒステリックな女の子だろうが安心して欲しい。彼女は開心術を使って動物たちの思考を読み、会話しているのだろう。

 多分。絶対。おそらく。

 

「ルーシェ。お前はなぜこの森が動物達が好きなのだ?」

 

 そんなルーシェを見て、ふと思いついた質問。返ってきた答えは予想外のものだった。

 

「分かりません。でも、なんとなく……なんとなくですけど、最初はこの子達の生き方に惹かれるものがあったのかもしれません。自由で生き生きとしている、この生き方に」

 

 ルーシェはこれまで、いろいろな縛られて生きてきた。もしかしたら、普通の少女として過ごせた時間はごく僅かだったかもしれない。

 

『死にたくないな……』

 

 ふと、あの時の彼女の言葉が耳をよぎった。

 この森に足を踏み入れた時も、そんなことを思っていたのかもしれない。

 セブルスは何かかける言葉を探してみたが、何も思いつかなかった。

 少し間をおいて、彼女が口を開いた。

 

「でも、今は自由が必要だと感じていません。だって……」

 

 遠い目で空を見つめるルーシェ。

 いくら待っても、その先を口にする事はなかった。

 

 ――あの時と同じ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくすると、日が登ってきた。

 

「6時か……ルーシェ、そろそろ戻るぞ」

 

 声をかけても返事が無い。もう一度呼ぼうとすると、手で制された。

 

「静かに」

 

 小声で言われた言葉に吾輩は口を閉じた。

 ルーシェはそれを確認すると、音を立てないように動き出した。

 

「何をしているのだ?」

「しー」

 

 小声で聞けば、怒った顔で人差し指を口に当てた。

 いつの間にか反対の手には杖がある。

 

インカーセラス(縛れ)

 

 ルーシェの杖から紐が飛び出し、四角い檻のような物に変わった。

 

レべリオ(現れよ)

「ルーシェ、これは…?」

妖精(フェアリー)です。今年の新入生にフィナーラル・ソードという少女がいたのを覚えていますか? グリフィンドールに組み分けされた子です」

「ああ、ぼんやりとだがな」

「多分、その子についていた妖精だと思います」

 

 檻の外へ出ようと動き回る妖精。セブルスを後ろに下げ、私は優しく話しかけた。

 

「貴方はもしかして、フィナの妖精ですか?」

「(フンッ。アンタなんかに、教えない)」

 

 妖精は腕を組んで、座り込んでしまった。

 これは困った。私はもう少し低姿勢で話してみることにした。

 

「そうですか……私はルーシェ・シエルと言います。昨日、フィナとはお友達になったんです」

「(本当に?)」

「嘘はつきませんよ」

 

 どうやら効果的だったらしい。

 その妖精は迷ったような仕草を見せ、答えた。

 

「(……ワタシは、フィナさまの使いよ)」

「使い? では、なぜここにいるのですか?」

「(フィナさまが、森に何がいるか知りたいって言ったから、少し見にきたの。それより、早くここから、出してもらえる?)」

 

 妖精が喧嘩っ早いというのは本当のようだ。

 ここで騒ぎを起こすのはよくないので、私は要望を受け入れた。

 

「もちろんです。フィニート(終われ)

「(どうも。ワタシはルクス。見ての通り、妖精よ。よろしく)」

 

 そう言ったルクスはその小さな手を差し出してきた。その手に人差し指を当てながら同じように挨拶をした。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「(じゃあ、また会いましょう)」

 

 そう言って城の方へ飛んでいく。

 その小さな背中が見えなくなるまで私は見届けた。

 

「珍しいな。妖精を使い魔にするとは」

 

 少しして、セブルスが私に声をかけた。

 

「そうですね。でも、何かしら意味がありそうですよ?」

「ふむ」

 

 そんな話をしているうちに、先程より高く日が昇ってきているのに気がついた。

 

「そろそろ行くか、ルーシェ」

「はい」

 

 私達は一緒に城へと戻った。



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18.授業

 城に戻った私はすぐに朝食を済ませ、一度部屋に戻った。

 そのあと、支度を済ませ教室へ向かう途中。ピーブズに悪戯されたのでし返したら、『お使えいたしますので、ご勘弁を』と命乞いをされたり、「あら、フィルチさんの猫じゃありませんか」と声をかけただけでミセス・ノリスに懐かれたり、赤毛の双子に抱きつかれたり……多少問題はあったが無事にたどり着く事ができた。

 

 教室に入ると、一番後ろの隅の席に座る。本を開き、授業の開始を待った。

 少しすると、隣に誰かが座った。

 

「えっと……ルーシェ、だったよね? ちょっといい?」

 

 フィナだった。私はすぐに本を閉じる。

 

「私に何かご用でしょうか?」

「うん。さっきルクスが禁じられた森で、あなたに会ったって言うんだけど本当?」

 

 なんだ、そのことか。そう思った私は頷いた。

 

「はい。スネイプ先生と一緒に森に行っていました」

「えっ! あの、スネイプと?!」

「ええ。朝早く、寮を抜け出したら見つかってしまって」

「そうなんだ……って、規則破ったの?! 減点された?」

「いいえ。皆さんが思うより、スネイプ先生は優しいですよ?」

「うーん…そうかな?」

「まあ、誤解を生みやすい顔をしていますけどね」

「確かに、あの人すっごい無愛想だもんね」

 

 これ以上言うと悪口になりそうなので、私は話題を変えた。

 

「それより……ルクスは貴方の使い魔か何かですか?」

「ううん。小さい頃から友達なんだ」

「そうですか。どうやら、勘違いだった様ですね」

「勘違い?」

「いえ、こちらの話です。それより、そろそろ授業が始まりますよ」

 

「皆さん、おはようございます」

 

 マクゴナガル先生の声で、授業が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一年生は、薬草学、魔法史、妖精の呪文、闇の魔術に対する防衛術など、他にもたくさんの教科がある。

 

 その中で、一番初めの授業は変身術だった。

 一番楽しみにしていた、一番初めの授業。しかし私は、イレギュラーな彼女に頭を悩ませる事となった。授業が始まる前に話しかけてしまった事を悔いてしまうくらいに。

 

「皆さん、おはようございます」

 

 授業はマクゴナガル先生の挨拶で開始した。

 

「変身術は、これから学ぶ魔法の中で最も複雑で危険なものの1つと言えます。いい加減な態度で私の授業を受ける生徒は、出て行ってください。もちろん、二度とここには入れませんよ。初めから警告しておきます」

 

 そのあと、机を豚に変え、元に戻した。

 

「すごい……」

 

 周りの生徒も私と同じ様に同じ呪文を唱えたくてウズウズしているのが分かる。

 一方彼女は、私の隣で先生の死角を使い、本を読んでいた。そのため、先生の話は耳に入っていない。

 私は彼女に小声で声をかけた。

 

「ねえ、ルーシェ。読書なんてして、バレたら追い出されちゃうよ?」

「大丈夫ですよ、フィナ。先生の話はきちんと聞いていますから。今から板書を写すのでしょう?」

 

「はい、それではこれから書く事をノートに写して下さい」

 

 ルーシェの声にかぶせる様に、マクゴナガル先生がそう言ったのが聞こえた。

 

「ね?」

 

 彼女の勝ったと言わんばかりの表情に、私はため息をついた。

 

 変身術の授業が終わると、次は薬草学。

 屋外で実技の授業だ。さすがに読書はしないだろうと思っていたのだが、彼女は一枚上手だった。

 

「シエルさん? 授業中に何をしているのですか?」

「すみません……先生のおっしゃった事を、メモしておこうかと思いまして」

 

 彼女は宙に浮かせたノートにひたすら書き続けていた。少し覗いて見たが、得体の知らない薬草や薬品の名前、目も眩む様な数式がびっしり書かれている。

 これにはハーマイオニーもびっくりだろう。

 

「素晴らしい行いですよ。グリフィンドールに5点」

 

 先生は感心したように加点をしてしまった。

 

 次の授業もその次の授業も、彼女は同じ様なことをしていた。ノートを広げたり、読書をしたり……

 そしてとうとう、闇の魔術に対する防衛術の授業に至っては『授業に出る必要性を感じないので』とかなんとか言って図書館へ行ってしまった。もっとも、クィレル先生は気づいていなかったが。

 

 酷い有様である。なぜ、こんなに悪い事をしている彼女が減点されずに、何もしていない生徒がスネイプに減点されるのだろうか?

 

 そんな疑問を抱きながら、いつの間にか金曜日を迎えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホグワーツに入学して初めての金曜日。とは言っても特別な事は何も無い。いつも通り談話室で読書をしていると、隣に座ったフィナが私に声をかけた。

 

「ねえ、ルーシェ。今日はスリザリンと合同授業だって」

「そうですか」

 

 もちろん知っている。何と言ってもセブルスの授業なのだ。私が忘れるはずが無い。

 だが、私の気の無い返事を、フィナは勘違いしてしまったらしい。

 

「また、授業をサボるつもりなんでしょ。闇の魔術に対する防衛術だけならまだしも、ダメだよルーシェ!」

 

 注意を受けてしまった。

 というか、防衛術の授業はいいんだ。

 そう思いつつも、私は一応反論をしておいた。

 

「私は授業をサボっているつもりはありません。それに、魔法薬学で読書はしません」

「ほ、本当に?」

 

 なぜか驚かれた。

 

「本当です。この本に誓いましょう」

「分かった。絶対に、だからね」

 

 なぜか指切りまでさせられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔法薬学の授業が始まった。

 

「魔法薬学では、魔法薬調剤の微妙な科学と、厳密な芸術を学ぶ」

 

 セブルスの声に、生徒達のざわめきが一気に消えた。

 

「ここでは杖を振り回すようなバカげたことはやらん」

 

 セブルスの演説が始まる。

 改めて思うが、セブルスは自分が美しいと思ったものはとことん好きになる。そのため、演説をしてしまうほど熱がこもってしまうのだ。

 

 そろそろ。

 私がそう思ったと同時に、セブルスが彼の名を呼んだ。

 

「ポッター! アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じた物を加えると何になるかね?」

 

 困ったような顔を見せるハリー。それをセブルスは喜んで見ていた。

 

「……わかりません」

「名ばかりだなポッター? え?」

「では、もう一つ。ベアゾール石はどこにあるかね?」

 

 ハーマイオニーが手を高く挙げ、ドラコ達がこらえきれないように笑っている。

 だが、セブルスはそれに目もくれなかった。

 

「分かりません」

「フッ、ここに来る前に、教科書を一度でも開こうとは思わなかったのかね? では、サービス問題だぞ、ポッター。モンクスフードとウルフスベーンの違いは?」

 

 ハーマイオニーがついに席を立った。

 

「分かりません」

「ハーマイオニーに聞いてみてはどうですか?」

 

 シェーマスの言葉にセブルスの顔が一気に歪んだ、と思いきや私の方を見て、にっこりと笑う。寒気がした。

 

「ルーシェ・エバンズ。お前ならどうだ?この全てを、答えられるのではないかね?」

 

 まさかの展開だった。

 遠くでハーマイオニーが私を睨み、ドラコ達の笑いが止んだ。

 一瞬の静寂。

 私は口を開いた。

 

「答える前に、1つよろしいですか?」

「言ってみよ」

 

 セブルスの顔がもっとにこやかになった。言うなれば、極寒だ。

 

()()()()()()()()()()()()

 

 教室が水を打ったように静かになった。教室の生徒全員が、口を開け唖然をしている。一部の生徒は鯉のように口をパクパクさせていた。

 

「その根拠は?」

「ご自分でもお分かりでしょう?」

 

(ルーシェよ。吾輩を怒らせて楽しいか?)

(セブルスこそ、ポッターをいじめて楽しいですか?)

(何が望みだ)

(私は普通に授業を受けたいだけですよ?もちろん、贔屓なく)

 

 私たちは意思疎通をしながら、無言の睨み合いをした。

 勝者は……

 

「答えられたら、グリフィンドールに1点やろう」

「ありがとうございます、スネイプ先生」

 

 私だった。

 生徒達は、何が起こったか把握出来ていない。

 

「では、ルーシェ・エバンズ。答えを」

 

「まず、アスフォデルとニガヨモギは強力な眠り薬、生ける屍の水薬になります。次に、ベアゾール石は、山羊の胃から取り出せ、解毒剤となります。

最後のモンクスフードとウルフスベーンは同じ植物で、他にもアコナイトと呼ばれます。とりかぶとのことですね。これで、よろしいですか?」

 

全て、明確に答えを出した。

 

「グリフィンドールに1点」

 

 皮肉そうなセブルスの声。同時にドラコ以外のスリザリンの生徒からブーイングがかかった。

 一方、グリフィンドールの生徒はまだ起動していないようだ。

 

「フンッ。ところで諸君。なぜ、ノートを開かぬのだ?」

 

 その声でやっと動き出した。

 

 その後は、原作通り。おできを治す薬を調合した。セブルスはドラコを褒めまくって機嫌はすっかり元どおり。と、思っていたのだが。

 

 すっかり忘れていた。この授業でのハプニングに。思い出すと同時に、隣で調合していたネビルが山嵐の針を調合し間違えたのが見えた。

 

プロテゴ(守れ)!」

 

 咄嗟に魔法を唱えてしまった。だが私の障壁で、被害は最小限に済んだ。

 

「バカ者!」

 

 そう叫ぶセブルス。たいそう、おかんむりだった。

 

「グリフィンドールは、2点減点」

 

 とばっちりを受けたハリーが、肩を落とすのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 授業が終わると、フィナがおどおどしながら私に話しかけてきた。

 

「ねえ……やばいよ。ルーシェ」

 

 何のこと? と、聞く前に、理由が分かった。

 

「ねえ、アンタ。グリフィンドールの癖にいいご身分ね? どう思う、ミリセント」

 

 パグ顔の少女、パーキンソンと、

 

「そうね、パンジー。何様かしら?」

 

 がっちりとした体つきの少女、ミリセントがそこにいた。

 

「私は、ルーシェ・エバンズと言います。身分はあなた達と同じ学生です」

 

 私は丁寧に自己紹介をしておいた。

 

「アンタの事なんて、どーでもいいわ。それより、謝んなさいよ。我が寮監のスネイプ先生に歯向かった罪として!」

「……貴方たちの気に障ったなら、謝ります。すみません」

 

 私は心の中で言い返しながらも、素直に謝った。

 

「何、素直に謝っちゃってんのよ! もう少し怖がったらどうなの? もう、腹が立つわね!」

 

 どうやら、謝って欲しい訳ではないらしい。この年の子、特に女子は本当にめんどくさい。前世でもこういったことがあった気もする。

 

「他に用件が無いのであれば、行ってもいいですか?」

 

「はあ? アンタ、バカなの? もう少し、自分の立場を考えてから物を言いなさいよね。大体、アンタなんかにこんな時間費やしたく無いのよ」

「そうですか。では、終わらせましょう」

 

 そう言って、私は杖を出した。

 

「な、何をする気?」

「廊下での魔法は、禁止よ!」

 

「別に、怒られても構いません。ウィンガーディアム……」

 

 私が浮遊呪文を唱えようとすると、怯えたような顔をして、二人が後ずさりをした。そのまま後ろに走って行く。

 

「ひっ、お、覚えてなさい!」

 

 遠くでそんな声が聞こえた。

 

「厄介ですね……それではフィナ、行きましょう」

「えっ。あ、う、うん。」

 

 私は茫然としたフィナを連れて、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寮に戻ると、これまた手厚い歓迎をされた。

 

「シエル! スネイプを出し抜いたって本当かい?」

「スネイプ、どんな顔してた?」

「君が本当にやったの?」

「真面目だと思ってたのに……」

「やっぱり、グリフィンドールだな!」

 

 次々に言われる悪口と紙一重の褒め言葉。しばらくはその対応に追われた。

 

 夕食の時も寮内はその話で持ちきりだったが――セブルスがそれをすごい顔で見ていた――夕食後寮に帰ると、その話題が一転した。

 

「ミス・エバンズはいますか?」

「はい、ここに」

「ダンブルドア校長から、校長室に来るように、と伝言です。それと『客人を待たす事のないように』だそうです」

「分かりました。すぐに行きます」

 

 そう言って、私は寮を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルーシェがいなくなると、談話室では、校長室に呼ばれた理由について、語り合っていた。

 一番多かったのは、スネイプを怒らせたから、というものだったが、私はそうとは思わなかった。

まあ、帰ってきたら教えてくれるだろう。そう思った私は、談話室で彼女を待つ事にした。



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19.脅し

 校長室の入り口に立った私は、今更ながら、合言葉を聞き忘れていた事に気がついた。

 マクゴナガル先生に聞きに行ってもいいかと思ったが、なんとなくダンブルドアが好きそうなお菓子が思いついたので言ってみることにした。

 

「グミキャンディー」

 

 すると、ガーゴイル像が動き出した。

 

「え、今ので合ってたの?」

 

 よく分からないが、取り敢えず出てきた階段を登った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シエルよ。早かったのう」

 

 ダンブルドアがそう言った。視線を横にずらすと、隣に魔法大臣、コーネリウス・ファッジがいる。

 最悪だと思いながらも、営業スマイルを彼に向けた。

 

「お待たせしました。それで、魔法大臣ともあられるお方がなぜここに?」

「お久しぶりですな。今日はスタージェント殿に話があって来たのだよ」

 

 大臣も、私に負けない営業スマイルでそう答えた。

 

「何のご用で? 先に言っておきますが、闇祓いになるのはお断りです」

「そう、焦らずに。まあ、その話をしに来たのは事実なのですがね」

「今言ったばかりですが、お断しさせてもらいます」

 

 私は背を向けて、部屋を出ようとした。だが、入り口が閉まる。

 

「シエルよ。話くらいは聞きなさい。おぬしのために魔法省からわざわざ来てくださったのじゃからな」

「私のためじゃなくて、自分(魔法省)のためでしょう?」

 

 ダンブルドアの説得に反感を持ちながらも、私は答えた。

 

「まあいいです。ご要件は」

「では早速ですが、本題に入りましょう。あなた方にとって良い話から行きましょう。この度、スタージェント殿に専属の闇祓いをつけ、スタージェント殿をお守りします。理由としてはこの間のような事が二度と起こらないようにです。他にも、闇祓いをつけることによって、マスコミの目から逃れやすくなりますし、その方がダンブルドアも安心でしょう」

 

 大臣はそう言い切ると、ドヤ顏を向けてきた。

 私は1つため息をつくと、にこやかに皮肉で返した。

 

()()ですか? それのどこに利益を感じるというのでしょうか。ダンブルドアさまはどう思います?」

「そうじゃな、わしもおぬしと同感じゃ」

「……では話は聞いたので、帰ります」

 

 次こそは帰ろうとすると、大臣から待ったがかかった。

 

「何でしょうか?」

 

 私はものすごく不機嫌に答えた。

 

「貴方の闇祓い入りには理由がある」

「どうせろくな理由ではないのでしょう?」

「いいや。重要な話だ」

 

 そう言う大臣の顔は真剣そのものだった。ダンブルドアを見ると、もう少し聞きなさい、という顔をしている。

 私は仕方なく扉に背を向けた。

 私が帰らないのを確認すると、大臣は口を開いた。

 

「……これまで魔法省はスタージェント家の当主である貴方が子供であることも、偉大なるアルバス・ダンブルドアが貴方を匿っていたことも、全て内密にしてきました。魔法省でそのことを知っているのは、私と私の秘書くらいでしょう。しかし、貴方が魔法省を出られれば、その事を知る者が増えますぞ。これまでは貴方が魔法省にいたから守られてきた秘密であって、もし断られるのであれば、私たちも考えなくてはなりませんな」

 

 大臣の顔から笑みが消えた。

 

「それに、スタージェント家はこれまで政治中心であったのにも関わらず、闇祓いというトップレベルの仕事の枠を()()()()()()用意したのですよ? これはもう、異例中の異例。他の闇祓い達の反感を抑えるのに苦労しましたよ。他にもいろいろ裏で手を引いているのはこの魔法省。その全てが貴方のたった一つの返事にかかっています。ここまで言っても断られるのであれば、スタージェント家の立場も揺るぎかねますぞ。そうでしょう、ダンブルドア?」

「うむ……」

 

 私は大臣の言葉に、動作に、彼が放つオーラに、体の底から寒気に襲われた。大人というのはこんなにも恐ろしいものだったのだろうか?

 今まで、リーサやダンブルドア、セブルスなどの私の周りにいた大人たちは皆、温かかった。愛を持って接してくれていた。

 

 この時、私は身をもって知らされた。大人の残酷さ、冷酷さ、そしてそれが愛を持たぬ故であることに。

 

 そこまで考えた私は、気づいた。これは、勧誘ではない()()なのだ。

 『魔法省に入らなければ、敵とみなす』と言われているのと大差ない。

 

 もし私が断れば、ダンブルドアの立場も危険になるかもしれない。

 絶対的な力を持つ魔法省を敵に回して、果たして得られるものはあるのか?

 そしてなにより、スタージェント家はこれまでの当主達が何十年、何百年かけて守り続けてきた。

 そのスタージェント家を、私の我儘で壊してしまっていいのだろうか?

 

 もちろん、全て否だ。

 さすれば、答えは2つに1つ。

 

「……分かりました」

 

 こうして私は闇祓いへと復職する事になったのだった。

 

「それでは明日、闇祓い局でお待ちしておりますぞ」

 

 嬉しそうな顔の大臣が校長室を出ていくと、私はソファーに座り込んだ。

 

「シエル………」

 

 ダンブルドアが顔を覗きながら、私の名を呼んだ。その声色や表情から心配してくれているのが分かる。

 私は大きな深呼吸をして立ち上がった。

 

「すみません。少し疲れただけです。そろそろ寮に戻りますね」

「シエル、待ちなさい。シエル!」

 

 後ろでダンブルドアの引き留める声が聞こえたが、私は後ろを振り返らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人、また一人と、生徒が部屋に戻って行く談話室。

 私はそこで彼女を待っていた。

 談話室を眺めると、ハリーとロンが何かこそこそと話しているし、フレッドとジョージは悪戯グッズを作っている。他にも、ハーマイオニーはレポートを書いているし、監督生のパーシーは自分のバッチを色が剥げそうな勢いで磨いていた。

 それをぼんやりと眺める。

 すると、後ろから声がかかった。

 

「フィナーラルさん、ですよね?」

 

 知らない男子生徒の声だった。

 

「はい、そうですけど……」

「よかった! 僕はネビル・ロングボトム。ルーシェさんはどこにいるか知ってる?」

「校長室に呼ばれて行きましたよ」

「こ、校長室?! 一体、どんな悪さをしたの?!」

「それが、私にも分からないんですよ」

「そっか……じゃあ、戻ってきたら、『助けてくれて、ありがとう』って、言っておいてくれる?」

「?」

 

 私が頭にはてなを浮かべた。一体、彼女がどんな事をしたんだろうか?お礼をされるような事を彼女はするだろうか?

 

「実はね。魔法薬学の時におできを治す薬が爆発したでしょ? その時、彼女が助けてくれたんだ。あの時は動揺しちゃってお礼が言えなかったから」

「えっ。ルーシェがそんな事を?」

「うん。彼女以外の人は笑ってたから、みんな気づいてなかったと思うけど」

 

 確かに、あの時薬が爆発したのに被害はなかった。まさか、ルーシェだったとは。私は驚きを隠せなかった。なにせ、授業でサボるような子なのだ。私は疑心暗鬼になった。

 しかし、彼はそれを知らないのだろう。ここで公表してもいいのだが、それは少しかわいそうだと思ったので、やめておいた。

 

「ルーシェにはきちんと伝えておくね。えっと……」

「あっ、僕の事はネビルでいいよ」

「じゃあ、ネビル。私もフィナでいいわ」

 

 ネビルが部屋に戻るのを見届けると、いつの間にか談話室には私一人しかいなかった。

 眠気が押し寄せて来る。

 

「ふぁ……」

 

 あくびを一つ。私はそのまま眠りについてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ……」

 

 彼女のいなくなった校長室で、ダンブルドアは一人、ため息をついていた。

 

『すみません。少し疲れただけです』

 

 彼女が言った先程の言葉。嘘だということは、目に見えて明らかだった。

 

 前にセブルスにも話したが、シエルは自分よりも他人を優先するところがある。自分の意見、欲だけならまだしも、自分の安全まで他人を優先する。

 それをファッジが分かっていたのかは定かではないが、間違いなく効果的だった。

 

 ダンブルドアが顔を覗いたとき、彼女には表情がなかった。冗談ではなく本気に、だ。しかし、次の瞬間。彼女は必至に笑顔を取り繕った。

 

 その笑顔を見たとき、ダンブルドアは怒りを覚えた。

 人の弱みにつけ込み、自分の利益を生み出そうとする魔法省に。

 あの時と何一つ変わっていない。何一つ学ぼうとも、生かそうともしていない。そう考えると、腹立たしくて仕方がなかった。

 そのやり場のない怒りを押し鎮めるために、ダンブルドアは深い深いため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふらふらとした足取りで寮に戻ると、私は談話室の入り口でで座り込んでしまった。

 

「ふぅ……」

 

 ポケットからカードを取り出し部屋に戻ろうとする。ふと、視界に誰かが眠っているのが見えた。

 

「フィナ?」

 

 彼女は一人掛けのソファに座り、こくこくと船を漕いでいた。

 私の声で、うっすりと目が開く。

 

「う、ん……ふわぁ。るぅーしぇ?」

「はい、私です。なぜ、ここに?」

 

 私が聞くと、フィナは眠そうな目を擦って、こう答えた。

 

「かえってくるの、まってたのぉ」

「え?」

 

 私は衝撃的だった。

 わざわざこんな遅くまで、私をここで待っていてくれた。誰のためでもなく、私のために。出会ってからまだ数日だというのに。私はふと思い出した。こういう関係をなんと言うのかを。

 

 ――私はフィナと友達…?

 

「そういえば、ネビルってゆー子が『たけてくれて、ありがとう』だって」

「ん? ありがとう?」

「うん……ふわぁ」

 

 フィナは大きなあくびをすると、また眠ってしまった。

 

 よく分からないが、細かい事は、明日聞けばいいか。

 私は、彼女を浮遊呪文で浮かせ、ベッドへと運んだ。

 そのあと、部屋に戻った私は半分寝ながらシャワーを浴び、ネグリジェのボタンを掛け違えながらもベッドに入った。



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20.時計と訓練

「ねえ、ルーシェ。今日は初めての休日だけど、何する?」

 

 大広間で朝食を取っていると、向かい側に座ったフィナがそう聞いてきた。すると、私を挟んで座っていたフレッドとジョージもその話にのってきた。

 

「もちろん、僕らを手伝ってくれるんだろう?」

「悪戯グッズを作るとか、ピーブズを打ちのめしに行くとか」

 

「えっと、今日はですね……」

 

 私は対応に困った。さすがに魔法省に行くとは言えないし、嘘をつくのも何となく嫌だ。

 私は紅茶を飲んで口の中の物を流すフリをしながら彼らへの口実を考えた。

 すると、意外なところから救いの手が差し伸べられた。

 

「ミス・エバンズ。食事中に悪いが、授業の事で話がある。ついでに手伝って欲しいこともあるため、せっかくの休日だが潰れることを覚悟しろ。ついてこい」

 

 なんと、セブルスだった。

 これ以上グリフィンドールの近くにいたくない、と言わんばかりの態度でマントを翻すセブルス。

 私は彼に返事をして、フィナ達にも断った。

 

「は、はい。すぐに行きます。ごめんなさい。スネイプ先生に呼ばれたので行きますね」

 

「初めての休日なのに……」

「スネイプのグリフィンドール嫌いも大概にして欲しいよな」

「頑張ってね」

 

 三人に手を振りながら、私はセブルスを追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セブルスに連れられて着いたのは校長室だった。入学してまだ一週間も経っていないというのに、校長室に来るのはこれでもう二回目。入学前を合わせると、十回以上来ているかもしれない。別に怒られるわけではないのだが、何となくここに来ることに慣れるのは、いいことではない気がした。

 

「校長が中で待っている。それと、頑張りたまえ」

「はい。ありがとうございました」

 

 私がそう言うと、セブルスは顔を隠すように私に背を向け、歩き出した。

 

 セブルスの足音が聞こえなくなると、私は合言葉を言い、出てきた螺旋階段を上った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中に入ると、ダンブルドアが一枚の肖像画と話しているようだった。

 

「闇祓いだと!? まだ、未成年ではないか! ダンブルドア、お前が止めずにどうするのだ!」

「いや……儂も止めようとはしたんじゃが……」

「言い訳は聞き飽きたぞ! 今すぐ私が大臣に話をしにいく!」

 

 どうやらただ話しているのではなく、言い争いをしているらしい。ダンブルドアが怒られているという不思議な光景を見つつも、私はどのタイミングで入っていいか分からずに、突っ立っていた。

 

「2人共、本人が来ていますぞ」

 

 それを見ていた他の肖像画が彼らに声をかけてくれた。私はその肖像画に軽く頭を下げお礼をすると、あまり上手いとは言い難いウィンクを――両眼が閉じてしまっていたが――された。

 

 ホグワーツの校長って、お茶目な人が多いのかな。

 

「すまんのう、シエル。少し話が伸びてしまったようだ」

「ダンブルドア! 話は終わっていないぞ!」

「フィニアスよ。後でゆっくり話しましょう」

「フンッ」

 

 肖像画からフィニアスという校長がいなくなると、ダンブルドアは私の方に向き直り、話を戻した。

 

「随分と早かったのう。朝食の時間が終わってからで良いと言ったはずじゃが?」

「実は、フィナとフレッドとジョージに今日の予定を聞かれて困っていたら、セブルスが助けてくれたんです。そのままここへ来ました」

「そうか。では、少し早いが行くかのう」

「はい」

「しっかり捕まっているのじゃぞ」

 

 私はダンブルドアと共に、付き添い姿くらましで魔法省の入り口へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 来客用の入り口である電話ボックスのエレベーターを使い魔法省に着くと、ダンブルドアが闇祓い局の入り口まで送ってくれた。

 

「ではシエル。儂はホグワーツに戻るぞ」

「はい。お忙しい中、ありがとうございました」

「礼はいいのじゃ。帰りはあのカードを使いなさい。それと、くれぐれも気をつけるのじゃぞ」

 

 そう言うと、半月型の眼鏡を輝かせながら上手なウィンクをして、ダンブルドアは来た道を戻って行った。

 

「ふぅ」

 

 闇祓い局と書かれた大きな扉の方を向き、深呼吸をする。

 気持ちを当主モードに切り替えた私は、堂々と扉を開いた。

 

「スタージェント殿、久しぶりですな。改めて私は、ルーファス・スクリムジョールだ」

「久しぶりですね、局長。シエル・スタージェントです」

「それにしてもスタージェント殿、随分と変わられたようで」

 

 とは言っても、シエルはフードを被っており顔は見えない。たが、落ち着いた雰囲気と堂々ととした態度は、以前と比べて女性らしさを出していた。

 が、表情がそれを台無しにしている。不機嫌そうな顔を見て、思い直した彼は、仕事の話に移った。

 

「では、本題に入りますぞ。前回、貴方は適性検査は合格しているが、あれから訓練を三年間行っていない。そのため、今日から訓練を開始してもらう。

だが、君はまだ就学中のため、平日の任務は難しい。そのため、神秘部からこれを借りてきた」

 

 私はあらかじめ用意しておいた箱を取り出し、開いた。

 

「これは、逆転時計(タイムターナー)?」

「その通り。これは授業と任務が被った場合のみ使用可能だ。一回回せば一時間遡れる。最大一日、二十四時間まで遡ることができる」

「二十四時間? 時間を遡っていいのは五時間程度だと……」

「できる、と言っただけだ。だがもし、しなければならないような事態が起これば、許可する。これについては大臣やダンブルドアと話した結果であるため、遠慮なく使ってくれ」

 

 私は箱ごとそれを渡した。彼女は受け取ると、カバンに仕舞った。

 

「次に、教育係について。去年から闇祓いの教育方法が変わり、教育係というものがなくなった。プロの闇祓いの下でプロと同じように任務を行い、三年間の訓練を経て闇祓いとなれる」

「……教育係?」

 

 シエルは何かが引っかかったように、そう聞いた。

 スクリムジョールははっとした。

 そう言えば、彼女はあの事件の事実を知らないのだった。記憶を忘却術で消されたのだ。

 死喰い人を倒したことも、仲間を殺したことも、アズカバンに居たことも。全て彼女は覚えていないのだ。

 もちろん()()()()()()()ことも。

 

 どうやって話を反らそうかと考えていると、ちょうどいいタイミングでドアが叩かれた。

 

コン、コン――

 

「来たぞ、スクリムジョール」

「入ってくれ」

 

 そう言って入って来たのは、義眼をぎょろつかせ義足の鈍い音を鳴らす男性と、明るい髪色の若い女性が入ってきた。

 親の仇のような者を選ぶだなんて。

 私は魔法大臣を、コーネリウス・ファッジを呪った。

 

「2人共、紹介しよう。こちらが、シエル・スタージェント殿だ。そして、スタージェント殿。こちらが……」

「トンクスよ。ニンファドーラ・トンクス。トンクスって呼んでね。よろしく!」

 

 髪を鮮やかなピンクにしながらトンクスが局長を遮り、私に手を差し出してきた。が、私が手を出す前に、もう一人の闇祓いが彼女に注意をした。

 

「トンクス!」

 

 名前を呼ばれただけなのだが、静かになった。

 だが数秒後。

 

「そういえば、スタージェントさんはいくつなの?見た感じ私より若そうだけど。あっ、もしかして、年齢を隠すために幼く見せてるとか? それなら……」

「コホン」

 

 男が咳払いをすると、トンクスはすぐに黙った。

 

「えー、こちらは知っての通り、アラスター・ムーディだ」

「どうも……と挨拶すべきでしょうか?」

「その必要は無い」

 

 私がそう言うと、ムーディはきっぱりとそう言った。局長は気まずそうな顔をしている。

 

「……揃ったところで一つだけ。スタージェント殿の事情はこちらの二人は把握済みだ。他に何か質問はあるかね?」

「私は大丈夫です」

「わしも用は無い」

「わたしも大丈夫ですよ」

 

「トンクスには聞いていない。それでは、後はムーディに任せる」

「フンッ。行くぞ」

 

 私はそう言うムーディと拗ねているトンクスの後ろにつきながら、局長室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 漏れ鍋。薄汚いパブだ。それと同時に魔法界への入り口でもある。

 目の前に座る二人の女。

 一人は少し前にわしの弟子となった者。もう一人は先程弟子となった者だ。

 

「シエルって全身からお嬢様オーラがにじみ出てるよね」

「ニンフは阿呆オーラがにじみ出てる、いや、溢れすぎてこぼれていますね」

「ニンフって何よ! そのまんまじゃない! それに阿呆って言わないでくれる!」

「では、馬鹿ドーラ?」

「馬鹿も阿呆も大差ないでしょ! それに、ドーラでもない!!」

「やっぱりニンフ?」

「何で疑問形なのよ……」

 

 はっきり言って、わしの入る隙間など無い。この短時間でなぜこれほど仲が良くなったのだろうか。

 わしが疑問に思っていると、トンクスがいじられるのに飽きたのか、新しい話題を出した。

 

「そう言えば、おじさんの事忘れてたわ」

「ああ、そう言えば。まだきちんと挨拶もしていなかったですね」

 

 やっと、気づいた。夜まで気づかれないかと思ったわい。

 

「トンクス、おじさんと呼ぶな」

「えっ、じゃあ、お、お兄さん?!」

 

 なぜか驚きながらそう言った。わしはため息をつく。

 

「はぁ……まあ、いいだろう。改めて、わしはアラスター・マッド・アイ・ムーディだ。今日からお前の師となる。わしのことは好きに呼べ」

「シエル・スタージェントです。ムーディ」

 

 先程までトンクスと話していたのとは打って変わって、不機嫌を丸出しでそう言った。

 

 まあ、無理はないだろう。自分の家族を殺された者に好意など寄せるはずがない。

 

 

 

 

 

 あの時。

 逃げる奴らのクルマがいきなり止まったかと思うと急降下した。多分、あの時にスタージェント(こいつ)を逃がしたのだろう。

 一瞬だけ仲間たちの心に余裕ができた。だが、その隙に逃げるつもりだと予想したわしは、車目掛けて渾身の一撃を打った。

 爆音と爆風。

 粉々になった車から男が二人、落ちて行く。

 忘れもしない。彼らの表情。あの時彼らは………

 

 

 

 

 

 

「ムーディ、そのことは思い出させないでください。私は貴方のことを憎んでも、恨んでもいません。悪いのはあの時代です。過去が悪い。貴方に非が無い訳では無いですけれど。ですが、気持ちは受け取っておきましょう」

 

 そう言って、スタージェントは微笑んだ。

 あの時と同じ笑顔。嬉しさではなく、悲しさやさみしさから作られる笑顔。だが、彼女の笑顔はわしの心にあった罪悪感を消し去ってくれるものだった。

 

「ねえ、何の話よ。わたしでも分かる話をしてくれない?」

 

 せっかくの感動シーンだと言うのに、トンクスは本当に空気が読めない。

 

「すまないな、トンクス。そろそろ私は帰る。また明日、闇祓い局の前で10時でいいな?」

「ええ」

「じゃあ、シエル。先生達によろしく言っておいてね!」

「分かりました。では、お先に失礼します」

 

 そう言って、スタージェントは漏れ鍋を出て行った。



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21.友達

 イギリスのロンドンの地下深く。

 訓練場と書かれたその部屋で、二人の魔女が同時に無言呪文を唱えた。

 

ステューピファイ(麻痺せよ)!」

エクスペリアームス(武器よ去れ)

 

 赤と白の閃光がぶつかり合い、火花を散らす。

 後者が放った呪文が前者の放った呪文を押し返し、後者の方へと飛んだ。

 しかし、それを後者が障壁呪文で跳ね返す。

 

 始まってからずっと、これと同じことが繰り返されていた。

 

 互いに呪文を唱え、避け、心を読み、攻防を繰り返す二人。

 だが、どちらが勝者でどちらが敗者かは、目に見えて明らかだった。

 

コンフリンゴ(爆発せよ)

プロテゴ(護れ)!」

 

 少しして、ついに前者の余裕がなくなり、攻撃魔法から防御魔法に切り替わった、その時。

 

「両者、そこまで!」

 

 その二人を遠目から眺めていた男が声を張り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少し休憩しろ」

 

 ムーディがそう言うと、トンクスが力尽きたように崩れ落ちた。だが、シエルは一向に杖を降ろさない。

 その状況にため息をついたムーディは、彼女に杖を向けながら声をかけた。

 

「おい、スタージェント戻って来い」

 

 意識に直接語りかけるような声に、私は自分を取り戻した。

 少しして、やっと周りが見えるようになる。自分の状況を把握した。

 

「はっ! 私、またやってしまいました! ニンフ、大丈夫ですか?! すみません、私、うっかり……」

「ニンフじゃなくて、トンクス!いてて……」

「ごめんなさい、本当に。エネルベート(癒えよ)

 

 私はそう言いながら治癒呪文を唱える。みるみる内にトンクスの傷は無くなり、顔に赤みが戻った。

 

「ありがとう、シエル」

「済まなかった、ニンフ」

 

 安心したのもつかの間。斜め上から、怒声が降ってきた。

 

「はぁ……スタージェント! 何がうっかり、だ。これでもう、三回目だぞ。それに、トンクス! お前も何回負けたら気が済むんだ」

 

「すまない(ごめん)、ムーディ(おじさん)」

 

 二人の声が重なる。ムーディが何度目かのため息をついた。

 

「まず、スタージェントは、戦闘を始めると我を失う。自覚はあるか?」

「……」

 

 もちろん、自覚はある。しかし、それを口にできるほど、私は大人ではなかった。目を逸らし、明後日の方向を向く。

 だが、ムーディは私のその態度を無視した。

 

「無言はYesととるぞ。それと、開心術を使うのは禁止だ。どうせお前は、そんなものに頼らなくても避けられるだろう? 無駄な魔力を使うな。制御できないなら、そのイヤリングの容量でも増やしてもらえ」

 

 どうやら、これが魔法具だと言うことに気がついていたらしい。さすがはマッド・アイ。

 

「分かりました少し、見てみます」

 

 返事をしながらイヤリングを外した。すると、体に重たい物が乗っているかのような感覚に襲われる。だが、歯を食いしばり、それに耐えた。しばらくすると、少し落ち着いた。

 

「シエルは魔法具の改良もできるの?! 本当に規格外だわ……」

 

 その間に回復していたトンクスが呆れたようにそう言った。

 

「心外ですね。だいたい、私が規格外なら、ニンフは何なんだというのです。論外?」

「酷いわね。そこまで、わたしは落ちてないわよ!」

「お前らは、本当に……」

 

 ため息混じりのムーディの声を気にせず、私はトランクを魔法で呼び寄せ、イヤリングの改良を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シエルが魔法具の改良を行っている間、わしはトンクスの鍛錬に付き合った。

 少ししてお昼になると、そろそろ切り上げることにした。

 

「トンクス、前半はここまでとする。スタージェント、お前もそろそろ切り上げろ」

「分かったよ、おじさん」

「……」

「あれ?シエル、行くよ」

「……」

 

 わしの呼びかけにも、トンクスの呼びかけにも応答がない。

 実はイヤリングを外したことによって、体や心に影響を及ぼしているため、聴力がぐんと下がっているだけなのだが、他の二人はそうとは知らない。

 そのため、戦闘モードと同じく、技術モードの場合も周りが見えなくなる、と勘違いしていた。

 

「スタージェントは、本当に……トンクス、わしは先に行ってるぞ」

「分かったわ、おじさん。なるべく早く行くね」

 

 わしに手を振るトンクス。フンッと鼻を鳴らしながら、わしは訓練場を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シエル、そろそろお昼だよー」

 

 先ほどから何回も同じようなことを言っているのだが、彼女は一向に気づく気配は無い。

 

「シエル、お昼だよー」

「ん? もう、こんな時間。もう少しだから待っていてくれますか?」

 

 いきなり反応したので少し驚いてしまった。

 しかし、やっと反応してくれたかと思えば、そう言ってまた手を動かし始めるシエル。

 仕方なく、わたしはその隣で彼女の横顔を見つめた。

 

 長いまつ毛に翡翠の瞳。高い鼻筋に白い肌。ときおり見せる笑顔は、思わずため息が漏れそうなくらい綺麗だ。

 

 彼女と出会ってまだ二日目。互いに知らないことばかりなのに、何時の間にか仲が良くなった。なにか、共通点でもあるのだろうか? 考えてみるが、思いつくものは何もない。

 というか、そもそも彼女のことを、わたしは何も知らない気がする。いや、事実、何も知らない。

 好きな食べ物とか、好きなこととか。家族のこととか、友達のこととか。

 普通だったら仲良くなる前にそういう話をするのではないだろうか?

 

「後で聞いてみようかな……」

「何を聞くんです?」

 

 何時の間にか片付けまで終わらせたシエルがわたしに話しかけていた。耳には元通り、イヤリングがついている。

 

「ううん、何でもない。それより、お腹空いたから、早く行こ。それに、おじさんが待ちくたびれてると思うよ」

「ムーディが?」

「うん。シエル、何回呼んでも、反応がなかったから、おじさんは先に行っちゃったの」

「それは済まなかった」

「いいから、早く行こ」

 

 わたしは、そう言って彼女の手を取り、少し早歩きで歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔法省の中にあるカフェの一角。

オシャレな内装に不似合いな男が、義足をギシギシと鳴らしながら待っていた。

 

「おじさんがカフェにいると、やばい人に見えるね……」

 

 隣にいるトンクスがそう漏らす。

 

「いや、あの人はどこにいてもやばい人でしょう」

 

 私は本人に聞こえないように小声でそう答えながら、ムーディに近づいた。

 

「お待たせしました、ムーディ」

「おまたせ、おじさん!」

 

 トンクスの声にムーディの機嫌が物凄く悪くなった。

 

「遅い。のろのろしてると背中を襲われるぞ。まったく…」

 

 だが、トンクスは非常に残念なことに、空気が読めない。

 

「襲うのはおじさんか、シエルくらいだけどね」

 

 その言葉に、次はムーディの顔が物凄いことになった。

 流石にそろそろ爆発する。そう思った私は、トンクスに釘を刺しておいた。

 

「何か言いましたか? 頼めば、私はいつでも喉を掻き切ってあげますよ?」

「シエル、こわーい」

 

 まあ、効果は非常に薄いが。

 

「まあいい。早く食べろ。午後からもビシバシ訓練するぞ」

「はーい」

 

 トンクスの返事にムーディの眉が引きつる。

 その後は、後始末に魔法を使う羽目になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後の鍛錬は、シエルの戦闘モードも改善され、ムーディ曰く、やっとまともな鍛錬ができた。もっとも、トンクスがシエルに勝てないのは言うまでもないが。

 

 順調だったため、3時のおやつを取ることになった。

 用事があるムーディを置いて、二人は訓練場を出る。再びカフェへと足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カフェに着くと、早速わたしたちはメニューを開いた。

 店員を呼び、注文をする。

 驚いたことに、シエルはアップルパイとミルクティーを砂糖多めで頼んでいた。てっきり、コーヒーとか飲むかと思っていたのに。

 ちなみにわたしはオレンジジュースだ。幼稚だって? オレンジジュースを舐めないで欲しいわね。デザート? 頼んでないわよ。どうせ、シエルが半分くれるわ。

 

「ニンフ。アップルパイ、半分いかがです?」

 

 ほらね。

 わたしは頷きながら、シエルのお皿から半分、パイをもらった。

 それから、他愛もない話で盛り上がった。

 ムーディの義眼は何で出来ているのかとか、大臣のヘアスタイルは流行りにのっていないだとか、ホグワーツの新しい先生の話とか、防衛術の先生はもともとマグル学の先生だったとか。

 時間が過ぎて行くに連れて、わたしたちはお互いのことについても話し始めた。

 

 シエルは甘党で。シエルはマグルの知識が豊富で。シエルは本を読むのが好きで。

 シエルはフレッドとジョージのお目付役で。シエルは防衛術の授業をサボっていて――本人は違うと言い張っていたが――シエルはスネイプと仲が良くて。シエルは頭が良くて。

 シエルは……シエルは……シエルは……。

 色々なことを聞いたけれど、わたしの知りたいことをシエルは一度も話してはくれなかった。

 家族のことを。友達のことを。そして、何より自分の意思を。

 

 その時。わたしは気づいてしまった。

 

 ――シエルは、わたしを友達と思って居ない?

 

 それに気づいた時、わたしは出てきた言葉をそのまま口に出していた。

 

「シエルは……スタージェントさんはなぜ、闇祓いに、当主になったのですか?」

「……え?」

 

 

 慣れない呼び方に敬語。

 なぜこんなことを言ったのだろう? シエル以上に自分が驚いていた。

 

 だがわたしはここで引き下がることをしなかった。もし取り消してしまえば、もう二度とシエルのことを聞くことができない気がしたのだ。

 

 その意思をわたしの表情から読み取ったシエルは、眉間にしわを寄せ、苦しそうな顔をした。何か言おうと口を開いたり閉じたりしているが、言葉を発することはできていない。

 

 そんな状態の彼女をわたしは見たくなかった。

 こんな顔にさせたくない。シエルを苦しめたくない。そう思った。

 だが聞かなくてはならない、という気持ちの方がわたしの中で勝っていた。

 

 少しして、何かを決めたような顔をした彼女は、わたしの目をしっかりと見つめてこう言った。

 

「私だって、なりたくてなったわけではないんです。闇祓いにも、当主にも、シエル・スタージェントにも。私は()()()()()()になりたかった。普通に学校に行って、普通に友達と遊ぶ。隣には誰かがいて、家に帰れば家族がいる。そんな、()()()()()を過ごしたかったんです」

 

 今度はわたしが何も言えなくなってしまった。だが、それに構わず彼女は続ける。

 

自分(心笑留)の生活がどれだけ充実していたか。(シエル)になって初めて気づいたんです。でも、その苦しみさえも私は忘れようとしていました。自分のことを、どこかで『特別』だって。そう思うことで何もかも許される気になって。私は……大馬鹿者ですね」

 

 そんなことないと、否定したかった。だが、彼女の言葉は止まらない。

 

「貴方も、ムーディも、ダンブルドアさまも、リーサも、こうやって困らせて。私のせいで、迷惑をかけて。やっと、やっと気づいた。()()()()()。気づかせてくれて、()()()()()。トンクス」

 

 いつもとは違う彼女の微笑み。その顔をわたしは一度、見たことがあった。

 

 ――思い出させないでください。私は貴方のことを憎んでも、恨んでもいません。悪いのはあの時代です。過去が悪い。貴方に非が無い訳では無いですけれど――

 

 昨日、彼女がそう言った時の顔と今の顔はそっくりだった。

 

 悲しそうな、寂しそうな。それでいて自分の意思を灯した表情。

 いつもはさらさらと揺れ、輝きを放っている金色の髪も今はくすんで銀髪に、綺麗な翡翠の瞳は濁り、ただただ虚無を映し出していた。

 

 わたしの中で何かが千切れた音がした。

 

「……自分の罪? 普通の生活? 挙げ句の果てには、ありがとう? ふざけないでよ! 困らせてるとか、迷惑かけてるとか、子供なんだから、当たり前に決まってるじゃない!! それなのにあんたは、大人みたいに自分の罪がどうとか、苦しみがどうとか。あんたは馬鹿よ! 大馬鹿よ! ちょっとは大人を頼ればいいじゃない! ダンブルドアとか、スネイプとかが難しいなら、せめてわたしにでも言ってくれればいい!! それに、わたしは大人以前にあんたの()()なの! だから、悩み事とかそういうのは、友達にすればいいのよ!!」

 

 わたしはそう言い切ると、半分残っていたオレンジジュースを一気に飲み切った。

 そして、彼女の目をしっかりと見つめ直す。彼女の瞳には困惑の色が映し出されていた。

 

「私は……あなたの、友達?」

「ええそうよ。あんたとわたしは友達」

「友達には悩み事を話す?」

「ええ。他にも一緒に行動したり、話したり、勉強したり、ご飯を食べたり、そういうのが友達よ。だけど、シエルにはわたしのより先にできた友達がいるんじゃない?」

「うーん……フレッドとジョージ?」

「そうね。それと他にもいるでしょ? ほら、さっき言ってた、妖精を連れてる子とか」

「フィナ……」

「そうよ。シエルにもちゃんと友達はいるでしょ? だから、何かあった時は、話せばいいの。分かった?」

「……分かったわ」

「よしよし、子供はそれでいいのよ」

 

 そう言って、わたしはシエルの頭を撫でた。気持ち良さそうに目を細めるシエル。

 

 ふと、時計を見ると、もう4時半を回っていた。ムーディの怒った顔が浮かび上がる。

 

「そろそろ、もどった方が良さそうね」

「ええ、そうですね」

「また、大人に戻るの?」

「私は子供以前に、当主ですから」

「そう」

 

 そんなことを話しながら、訓練場へと向かう。

 その後ろ姿は姉妹のようにも見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのあとの訓練はあのムーディが珍しく二人を褒めるほど、うまくいった。

 

 そして今は帰り道。転移カードを使ってもよかったのだが、どうせなら友達と、トンクスと二人で帰りたかったのだ。

 とは言っても、さすがにホグワーツまで歩いて帰るのは遠すぎるので、トンクスの家まで歩くことにした。

 

「ねえ、シエル。あなたはこのままでいいの?」

 

 ふと思いついたように、トンクスがそう聞いた。だが、何がどのようにいいのかを聞かれていないため、返事に困った。

 

「ん? どういうことですか?」

「シエルはシエルのままでいいのかって聞いたのよ。学校に通いながら、闇祓いのお仕事をしたり。まだ子供なのに、大人みたいに扱われたり。実際、どうなの? 嫌にならない?」

 

 いきなりということもあって、私はすぐに答えを導けそうになかった。

 

 このままで、いいのだろうか。自分がなぜここに来たのかも分からないまま、ただただ流れに身を任せて生きる生活。

 

 それに、ここにきてから、今まで普通だと思ってたことが、何か普通じゃなくなった気がする。家族がいることも、学校生活に専念できていたことも、自分の好きなことを好きなだけできていたことも、全部が普通だと思ってた。

 

 ――もしかして、わたしをここに連れて来た"ナニカ"はそれを伝えたかった?

 

「……おーい、シエル?」

 

 何時の間にか、目の前で手をブンブンしながらトンクスがそう言っていた。驚いた私は後ろに飛び上がる。

 

「うわ!」

 

 どうやら、考え事をしていて周りが見えて居なかったらしい。

 

「うわ! じゃないよ、シエル。ぼーっとしすぎ!」

「あ、ご、ごめんなさい……」

 

 慌てて頭を下げるが、トンクスはあまりお気に召さなかったらしい。

 

「もうっ、そうやってすぐ怖い顔するんだから! そんなに思い悩むことじゃないよ。だって、自分のことなんだし。もう少し、気楽でいいのよ」

 

 そう言って、トンクスが私の両頬を上にあげ、むにむにし始めた。

 

にんふぅ(ニンフ)やめへくははひぃ(やめてください)

「ん? 何て言ったか聞こえないわよ?」

いひわるぅ(いじわる)……」

 

 そんなこんなでトンクスの家の辺りに着いた時には、もう6時をすぎていた。

 

「それじゃあ、また来週。その時には友達の話、いっぱい聞かせてね」

「分かりました。じゃあ、また」

「ばいばい」

 

 角を曲がり、トンクスが見えなくなるまで、私たちは手を振り合っていた。

 少し歩いて、人気の無いところへ移動する。

 カードを手にとった私は目を閉じ、こう言った。

 

「転移」



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22.フィナ

 賑やかな、休日のグリフィンドール寮の談話室。

 私は一人で変身術の教科書とにらめっこしていた。というのも、いつも勉強を教えてくれるルーシェがいないからだ。

 

 彼女は朝食の時間にスネイプに連れ去られたのだが、一日中あんなやつと一緒だなんて私には耐えられない。

 帰って来たら、ルーシェが好きそうな紅茶でもいれてあげなくちゃ。

 

 ――その時、私は違和感を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルーシェ・エバンズ。

 

 彼女に初めて会ったのは組み分けの時だ。いきなり声をかけられたかと思えば、ルクスのことを一発で当てられ、驚きよりも、見知らぬ人に自分の秘密を知られてしまったという、恐怖のほうが大きかった。

 

 そこで、私はルクスに頼んで彼女を監視してもらうことにした。ルクスは少しやり過ぎだと、言っていたが、私のお願いには基本応えてくれる。

 

 次の日。帰ってきたルクスは私にこう言った。

 

『何があったか、フィナさまには言えない。でも、彼女は信用していいと思う』

 

 いつもなら、ルクスはこんな事は絶対に言わない。私の欲しい情報には正確に応えてくれる。なのに、ルクスは言えないと言った。

 なぜ言えないのか、と理由を聞くと、それにも答えてくれなかった。

 

 ルクスが教えてくれないのなら、直に聞くしかない。そう思った私は、彼女に話しかけた。

 

 

 しかし、いくら近づいても彼女のことは分からなかった。

 

 

 調べれば調べるほど謎は深まるばかりで、自分の事を知られない様に彼女が隠しているような気もしてきた。

 ルクスは諦めた方がいいって言ったけど、どうしても知りたい。

 私はそんな調子で彼女の監視を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は心の中で自分の行動への矛盾を感じた。

 彼女はただの監視対象であり、近づくのは彼女を知るためだ。他に理由などない。

 

 本当にそうなのだろうか?

 

 では、なぜ私は彼女のために紅茶を入れるなどと言っているのだろう?

 なぜ、私は彼女の帰りを待っているのだろう?

 なぜ、私は彼女のことを考えているのだろう?

 

 ――まさか、私。彼女に好意を持っていた?

 

 そこまで考えた時、寮の出入り口から誰かが入って来た。

 

「ただいま、帰りました」

 

 そう言って私の隣に座ったのは、他でもないルーシェだった。

 

「お、おかえり、ルーシェ。スネイプの手伝いお疲れ様」

 

 私の不意をついたような登場に少し驚きながらも、そう返した。すると、ルーシェがふわりと笑う。とても綺麗な笑い方だった。

 

「ありがとう、フィナ。そう言えば、宿題は終わりましたか?」

 

 私が首を横に振ると、ルーシェは一緒にやりましょうか、と言った。

 なぜか胸の辺りが温かくなって、無意識に手を当てる。

 

「おい、フィナ! 僕らのシエルを独り占めとはいい度胸じゃないか!」

「そうだ、そうだ! 喧嘩だ、喧嘩!」

 

 すかさず彼らが入ってきた。

 そういえば、シエルと二人はいつ知り合ったんだろう?

 

「貴方たちは阿呆ですか? 新入生に喧嘩を吹っかけるなんて。それでも先輩ですか?」

「怖っ」

「鬼っ」

「シエルが鬼なら、マクゴナガル先生は何だろうね」

 

 フレッドとジョージの言葉に、なんとなく、思いついた疑問を口に出してしまった。

 

「シエルのボスじゃない?」

「それか、ママ?」

 

 それを聞いたシエルは、にこりと笑った。にっこり、と。

 

オパグノ(襲え)

 

 シエルが唱えた呪文によって、辺りにあったいろんな物が、フレッドとジョージを襲った。特に分厚い本が彼らを食べようと口をパクパクしている。

 

「「ぎゃぁぁぁ!!!!!」」

 

 二人分の悲鳴。

 周りの生徒は呆れたような顔をして、口々にあいつらまたやってるよ……などと言っていた。

 隣のシエルを見ると、周りの事は気にしていない様子で、私に笑いかけた。

 

「後はあの子たちに任せて、私たちは宿題をしましょうか」

「そ、そうだね」

 

 やっぱり、彼女は分からない。

 

 私はそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日。

 いつもより早く起きた私は着替えを済ませ、談話室に行った。

 

 そこまで早い時間でもないので数人の生徒はいるが、肝心のルーシェがいなかった。

 少し待てば、来るか。そう思った私は彼女を待つ事にした。

 

 

 だが、いつまで経っても彼女は来なかった。

 

 

 先に朝食をとっているのかと、大広間に行ってみるがいない。周りの寮生に聞いても、先生に聞いても、ルーシェがどこに行ったかを知っている人はいなかった。双子に聞こうと思ったが、彼らも見つからない。

 

 

 一体、どこへ行ったのだろうか?

 

 

 図書館か、スネイプの手伝いか、それとも、体調不良?

 いくら探しても、見つからなかった。

 結局、お昼になっても彼女を見つけられず、ランチのため大広間へ向かった。

 今日のメニューはサンドウィッチだった。適当に皿に取り、食べ始める。

 少しすると、誰かが私に話しかけた。

 

「フィナ、どうかしたのか?」

「何か、食欲が無いじゃん」

「別に、何にもないですよ」

 

 双子にそう言って食事に戻ろうとした時、名案を思いついた。

 

「こ、こんなところに!! 二人ともどこに行ってたの?!」

「いきなりどうしたんだ?」

「いいから、答えて」

 

「ん? どこってそりゃあ」

「もちろんあそこだよ」

「「ホグズミード!」」

 

 自身満々といった様子で胸を張る二人。どこかは知らないが、彼らが行くところはろくでもない所だという事だけは分かる。

 

「それはいいんだけどさ。ルーシェがどこに行ったか知ってる? 今朝から探してるんだけど見つからなくて」

「あら、フィナったら乙女ね」

「シエルに惚れちゃったの? 告白?」

 

 からかう様にそう言う二人。

 

「それで、知ってるの?」

「いや、俺は知らないな。ジョージは?」

「うーん……心当たりはあるけど、フィナは別に知らなくていいと思うぞ」

「?」

 

 どういう事だろう? 彼らが知っていて、私が知らなくていい?

 

「まあ、夜には帰ってくると思うぜ」

「じゃあ、休日を楽しんで」

 

 そう言って彼らは大広間を出て行く。私は彼らの言葉が胸につっかえてとれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寮に帰るとルームメイトのラベンダーやシェーマス達が固まって何やら話をしていた。

 

「ねえ、あの子って不思議ちゃんだよね」

「確かに……魔法薬学の授業とか作る薬と違うものを作ってるしね」

「すごく魔法が上手だし」

「でも防衛術の授業には来ないよね」

「絶対なんか隠してるよな」

「それに近寄りがたいよね」

「そうそう、ツンツンしちゃってさ。お嬢様気取って」

「スリザリンの方がお似合いじゃない?」

 

 これって、ルーシェの事だよね……でも、私には関係ないから……。

 そう思っている内に、悪口はエスカレートしていく。

 

「それとさ、朝にスネイプに連れて行かれたの見た?」

「俺も見たぜ。何かいい気味だよな。そのままこき使われとけっての」

「そうそう、帰ってこないといいのにね」

 

 酷い。何でそんな事言うのだろうか。ルーシェはあんなにいい子なのに。

 

 悪口を聞いている内に、なぜか自分が悲しくなってきた。関係ないと言いつつもどこか気になってしまう。

 

 ふと、自分の肩を誰かが叩いた。見上げるとそこには赤毛が揺れていた。

 

「フィナ、大丈夫か?」

「ちょっと、話しつけてくるわ」

 

 なんと双子だった。そう言って、悪口を言っている集団の方へ歩いて行く。

 

「君たち、一体なんの話をしてるんだい?」

「まさか、誇り高きグリフィンドールが悪口なんてことないよな?」

 

 少し怒ったような口調。話をしていた生徒達は動揺していた。

 

「い、いえ、別に何にも」

「そうか、ならいいけどな。フレッド」

「ああ、ジョージ。もし本当だったら、スリザリン以下だぜ?」

「じゃ、じゃあ、私たちは図書館に……」

「そうか、じゃあ、僕らも一緒に行くよ」

 

 怖気づいたのか、ラベンダーたちは寮を出て行った。双子もその後ろをついて行く。

 その背中をやるせない気持ちで私は見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「フィナ」」

 

 夕方になって、フレッドとジョージの二人が私の名前を呼んだ。

 

「なんですか、先輩達」

「あの、シエルの事なんだけどさ」

「ちょっと大事な話があるんだ」

 

 さっきの今だ。大事な話と言われて過剰反応をしてしまった。

 

「な、なんですか?」

「ちょっと、ここじゃあ人目があるから、空き部屋に行こうか」

「……はい」

 

 返事をした私は彼らについて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空き部屋に来た僕らは適当な椅子に座った。緊張した空気が張り詰める。

 切り出したのはジョージだった。

 

「いきなり、呼んでごめん。さっきも言ったけど、シエルの話をしたくて」

 

 フィナはゴクリと生唾を飲み、僕らの目を交互に見つめた。何かを決意している様にも見える。

 

「実は……実は、シエルには色んな事情があるんだ。僕らにも教えてくれない秘密も、あのダンブルドアに言えない秘密もある」

「それが何かは僕らの口からいう事はできないけれど、きっといつか、シエルから本当のことを言ってくれる日が来ると思うんだ」

「だから、見守っていて欲しいんだ。卒業するまで僕らも彼女の側にいるけれど、僕らがいなくなったら、彼女を見てくれる人がいなくなっちゃうだろう?」

「性格はキツイし、近寄り難いし、さっきだって、同じ寮生から悪口言われてた」

「「だから、頼む」」

 

 僕らはフィナに頭を下げた。けれど、帰ってきた言葉は予想外のものだった。

 

「何で? 何で私に頼むの?」

 

 フィナは戸惑っていた。

 なぜって、理由なんて一つしか無いだろうに。

 

「「だって、君はシエルの……」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何となくだけど気づいてた。

 ルーシェの事情。それが何かは分からなかったけれど、彼らがそう言うなら大丈夫だろう。

 でも。

 

「何で? 何で私に頼むの?」

 

 分からなかった。私は彼女を監視するために近くにいるだけなのだ。私に頼む必要は無いだろう。なのに、なぜ?

 顔をあげた二人は見合うと、ニヤリと笑い、こう言った。

 

「「だって、君はシエルの……()()だろ?」」

 

「え?」

 

 今、友達って言った?

 それは飛んだ勘違いだ。

 私がルーシェと友達?

 そんな事絶対にあり得ない。

 

「私は……ルーシェと友達なんかじゃ無い! 貴方たちは知らないだろうけど、私はルーシェをそんな風に見ていない!」

 

 行き場のない怒りが、胸の奥から溢れてくる。私は衝動にかられ、空き部屋を飛び出した。

 

「おい! 待てよ!」

「フィナ!」

 

 彼らが止める声に耳を貸さず、私は走り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 走って、走って、走って。長い廊下を、階段を、走って、上って、溢れて来る涙を拭くこともせず、ただただ、尽きるまで走り続けた。

 

「ゴホ、ゴホ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 体力の限界と息苦しさに、私は倒れこんだ。

 

 肺にどうにか酸素を送ろうと、大きく息をするが、口に涙が入ってそれもままならない。

 やっと呼吸が整ったと思ったら、次は胸につっかえたもので苦しさを感じる。

 

 私はルーシェの何なんだろう?

 ルーシェは私の何なんだろう?

 

 赤の他人? 知り合い? それとも――

 

 そこまで考えた時、目の前に鏡があることに気づいた。ところどころ錆びたり汚れたりしている。

 私は吸い込まれる様にその鏡の前に立った。

 

 涙に顔はぐしゃぐしゃで、なかなか酷い顔をしていた。ハンカチを出し顔を拭う。改めて確認しようと思い、鏡を見ると、私は思わず悲鳴を上げてしまった。

 

「ま、ママ!?」

 

 鏡の中に母が見えたのだ。私と同じ茶髪の女性が私の肩に手を乗せている。

 後ろを確認するが、そこには誰もいなかった。

 よく見ると鏡の上の方に、何やら文字が書かれていた。

 

「すつうを、みぞの、のろここ、のたなあ、くなはで、おか、のたなあ、はしたわ?」

 

 意味が分からなかった。何かの暗号の様だ。

 

 もう一度鏡を見ると、母が何か言っていた。読唇術で口を読む。

 

『あなたに、友達が、できて、よかった……』

 

 母は確かにそう言っていた。少しして鏡にシエルが映る。

 

「フィナ!!」

 

 そう言った。いや、声が聞こえた。私は驚いて振り向くと、本物のルーシェがいた。

 

「ルーシェ、私……」

 

 ルーシェの顔を見たら、目元がじんわりとして来た。頬に温かいものが伝う。

 滲んだ視界の中で母が私に笑いかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は母が大好きだった。

 お仕事が大変なのにもかかわらず、私と遊んでくれて、寝る前には必ず本を読んでくれて。

 

 しかし、私が八歳の時、母は死んだ。職務中の事故だったらしい。

 

 その日から私の生活は一変した。

 

 もともと祖母の家で暮らして居たが、母の死とほとんど同時期に祖母も亡くなり、叔母の家に預けられた。

 しかし、貧乏だった叔母は私を孤児院に捨て、私は孤児になった。一人、孤独で寂しい生活。そんな時、私の唯一の心の支えはルクスだった。

 

 ルクスは生まれた時からずっと一緒で、家族のように慕っている。

 しかし、ルクスとの会話を同じく孤児のいじめっ子のリーダーに見られてしまい、そこから私はいじめられるようになった。また、杖なしで魔法が使えた事もあり、付けられたあだ名は「魔女」。いじめる時は「魔女狩り」と言われ、精神的、物理的から私は暴力を受け続け、私の世界は一面、闇だった。

 

 ある日、光が舞い降りた。私を引き取ってくれる人が現れたのだ。

 

「私はルシウス・マルフォイだ。迎えが遅くなって済まなかった。フィナーラル」

 

 その男性は自分を父親と名乗り、私を闇から連れ出してくれた。

 しかし、事情があり、私が彼の子供だという事は秘密らしい。

 結果、私は一人だった。彼は一週間に一度、私に会いに来てくれるが、それ以外の日はルクスと二人。

 

 それから二年後、私は11歳になった。待ちに待ったホグワーツ。そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トンクスと別れ、カードを使って自分の部屋に戻ると、私は校長室へ転移した。

 

「ダンブルドア様、ただいま帰りました」

 

 机に座ったダンブルドアに声をかけると、眼鏡をキラリと光らせ、顔をあげた。

 

「おかえり、シエル。それで、何かわしに用かね?」

「はい。大事な話がしたいのですが、お忙しければまた伺います」

「そうじゃな。そうしてくれると助かる。今日は少し野暮用があってのう」

「分かりました。ではまた」

 

 そう言って、部屋を出ようとした。しかし、ドアに手をかけた所で声をかけられた。

 

「そういえば、シエルよ。君の友達が探しておったぞ。どうやら、彼女もおぬしと同じ悩みを抱えている様じゃ」

「フィナが、私と同じ?」

「ふむ。その様子だと、おぬしの方は解決した様じゃな」

「解決……まさか!」

「分かったなら、早く行きなさい。それが彼女のためになると思うぞ」

「分かりました。失礼します」

 

 私は少し急いで校長室を出た。直ぐに転移をする。

 その背中をダンブルドアは嬉しそうに眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 急いでグリフィンドール寮に戻った私はいきなりフレッドとジョージに押し倒された。

 

「シエル!!」

「フィナが!!」

「へ?」

 

 一旦彼らを落ち着かせて話を聞いた私は、フレッドとジョージを置いて、寮を飛び出した。

 ダンブルドアの話はどうやら本当だったらしい。

 

「フィナ! どこなの、フィナ!!」

 

 彼女の名を呼びながら必死に探す。だが、いくら探しても見つからない。

 その時、ふと思い出した。

 

「はっ、忍びの地図!!」

 

 急いで寮に戻る。一気に視線が集まったが、気にせず、双子から地図を受け取った。お礼もそこそこに私は地図を開き、フィナーラルの文字を探す。それはすぐに見つかった。それからまた私は走り出した。

 

「フィナ!!」

 

 やっとのことでたどり着いた。膝に手を当てて息を整える。

 

「ルーシェ、私……」

 

 フィナを見ると、泣いていた。

 

「フィナ、ごめんなさい。私、貴方の気も知れずに……」

「私、私も……」

「いいえ、フィナは悪く無いです」

「ううん。私、ルーシェのこと……本当に、馬鹿みたい。ごめんなさい」

 

 そう言うと、フィナは私に抱きついてきた。ふんわりとお日様の匂いが私の鼻をくすぐる。

 

「私、今日初めて気づいたんです。フィナは私の友達だって。今まで友達という存在が私の中で消え去っていたんです。でも、貴方のおかげで思い出せました」

「私も忘れてたのかも。でも、これからは私、一人じゃないんだね。友達が、ルーシェがいるから」

「ありがとう、フィナ」

「ありがとう、ルーシェ」

 

 私達は同時にそう言って、ぺこりと頭を下げた。それが、おかしくて、二人はクスクスと笑い出す。

 日が暮れるまで笑いあった私たちは、壁に寄りかかって座り、お互いの話をし始めた。

 

「まず、私から質問ね。ルーシェは今日、どこに行ってたの?」

 

 一番初めの質問から、結構痛い所を突かれてしまった。しかし、質問をし合う前に、嘘をつくのは禁止されてしまったため、私は素直に答えた。

 

「……魔法省です」

「えっと、魔法使いの役所、だったよね?そっか、そりゃあ探しても見つからない訳だ」

 

 そう言って、彼女はそれ以上聞いてこなかった。

 

「次は私ですね。フィナはどこに住んでいるんですか?」

「うーん……実はね、私、孤児だったんだ。でも、私を引き取ってくれる人が来て、それからはその人の別荘みたいなところで暮らしてる」

「そうですか」

 

 別荘を持っている人……それなら結構いい所のお家なのではないだろうか? そう考えながらも、次の質問を待った。

 

「次は私ね。ルーシェは……私に何か隠し事をしてる?」

 

 グキリという効果音がつきそうなほど、私は動揺した。もしかして、フィナは何か知っているのだろうか?

 

「……していないと言えば嘘になりますね」

「ズバリ、それは?」

「えっと……」

 

 私は流石に話すのを拒んだ。

 隠し事なんて山ほどある。まず、スタージェントの当主でしょ、ルーシェ・エバンズは偽名でしょ、実は闇祓いでしょ、後、他に何があるかな…

 私は少し悩み、こう答えた。

 

「……私、家族がいないんです。親戚も一人もいなくて……色々あって、後見人がスネイプ先生なんです」

「へ?」

「へ? と、言われましても」

「ちょ、ちょっと、待った。それって、あのスネイプはルーシェの義父ってことだよね」

「まあ、そうなりますね」

「いや、平常心すぎでしょ。だって、あのスネイプだよ? まさか、知らないの? 噂ではあの人元死喰い人だよ? 分かってる?」

「はい。もちろん」

 

 セブルスの良い所を知っている私としては、元死喰い人だなんてどうでもいいことだった。

 いや、元なのかどうかは定かではないが。

 

「まあ、いいや……ルーシェのことだから、大丈夫だと思うし」

 

 なぜか、諦めたような顔をするフィナ。私が首を傾げると、フィナはクスリと笑った。

 

 ぐぅ――

 

 フィナのお腹がアラームの様に鳴った。その音に、フィナが吹き出し、私も釣られて笑う。

 

「ふふ、お腹空いたね」

「そうですね。そろそろ、戻りましょうか。双子が心配していそうですし」

 

 そう言って戻ろうとすると、フィナが思い出したように言った。

 

「あっ、そういえばこの鏡」

 

 振り返る、フィナ。私も振り返る。それと、同時に目を見開いた。

 そこには兄が映っていた。

 次々と人が現れ、私を囲む。父も、母も、お父様も、お兄様も、中には見覚えのない人もいたが、皆が私に笑いかけてくれていた。ふと、目尻が熱くなるのを感じる。

 ここにこの鏡を置いてくれた校長にお礼を言いつつも、私はフィナの方へ向き直り、説明をした。

 

「これはきっと、みぞの鏡ですね」

「みぞの鏡?」

「はい。上に書いてあるこの文字は逆に読むんですよ。そうすると『私は あなたの 顔 ではなく あなたの 心の のぞみ をうつす』となります。文字通り、自分の中の一番の望みを映してくれる鏡なんですよ」

「へぇ、一番の望みか。ルーシェは何が見えるの?」

「そうですね…私には家族が見えます。フィナは?」

「私も一緒だよ」

 

 ぐぅ――

 

 また、お腹が鳴った。今度は顔を見合わせて同時に吹き出す。

 

「行きましょうか」

「うん!」

 

 そう言って、私たちは大広間へ歩き出した。仲良く手を繋いで。

 フレッドとジョージが仲良くなった二人を見て、フィナに嫉妬したのはまた、別の話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 皆が寝静まった、深夜のホグワーツ。私はダンブルドアに呼ばれ、校長室に来ていた。合言葉を言い、階段を登る。ドアを開くと、不死鳥が出迎えてくれた。

 

「貴方がフォークスですね。初めましてでしょうか? ダンブルドアさまはいらっしゃいますか?」

 

 私がそう聞くと、フォークスは首を横に振った。

 

「そうですか。それでは少し待たせて頂いてもよろしいですか?」

 

 フォークスは、首を縦に振ると、近くのソファの肘掛に止まった。どうやら、そこに座るらしい。

 

「ありがとうございます」

 

 お礼を言うと、フォークスはうなづき、止まり木の方へと飛んで行った。

 

 私が視線を戻すと、目の前の机に古びた帽子が置かれていた。

 

「組み分け帽子、少しいいですか?」

 

 わたしが帽子に話しかけると、帽子のシワが口や鼻、目になった。途端に話し始める。

 

「シエルよ、よく来たな。私に何か用かな?」

「はい、人生相談といったところでしょうか?」

「うむ。私でよければ話してみろ。少しは役に立てるかもしれん」

「では、一つ。なぜ私が転生したのか、何か知っていることはありませんか?」

「初めから難しい質問をするでないぞ。まあ……私にも分からない。これまで大勢の子供達を見て来たが、君のような転生者はいた。しかし、君のようにこの世界の未来の記憶を持つものは見たことがない」

「そうですか……」

「そう気落ちするでないぞ。君のその力は誇っていい。君だけが持つ特別な力だ。おっと、そろそろダンブルドアが戻って来たようだ。何か聞きたいことがあるのだろう? それでは、また会おう」

 

 組み分け帽子は、そう言って、古びた帽子に戻った。それと同時に扉が開く。

 

「待たせたのう、シエル。遅れてしもうた」

「いえ、今来たばかりですので、気になさらず」

「それで、話があったのだったのう」

「はい」

「夜が明けるまで、まだ時間はある。答えられることは全て答えよう」

「それでは、まず……」

 

 こうして、長い夜が老けていった。



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23.飛行訓練

「ねえ、見てよこれ。またあいつらと授業だなんて……」

 

 掲示板の前の人だかりの中から、ふとそんな声が聞こえた。その声にフィナが足を止める。

 

「ルーシェ、少し見ていってもいい?」

「いや、その必要はないですよ」

 

 そう言って、私は掲示板の前を通り過ぎた。

 

「きっと、飛行訓練の授業がグリフィンドールとスリザリンの合同授業だ、という掲示に獅子と蛇が睨み合いをしていただけですね」

「えー、またスリザリンと合同授業? 私飛行訓練、楽しみにしてたんだけどな」

「それは残念でしたね。まあ、魔法薬学の様な贔屓はないですが、問題はあの二人、いや三人ですね」

「ポッター&ウィーズリーと、マルフォイでしょ?」

「ポッターとドラコは正解ですね。でも、ウィーズリーではなくロングボトムの方です」

「え? ネビル?」

「まあ、木曜日になれば分かりますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、迎えた木曜日。

 

「何をボーッと突っ立っているんですか! 皆、箒の側に立って!」

 

 マダム・フーチがハキハキとそう言うと、皆一斉に箒の側についた。もちろん私も適当な箒の側についた。隣のフィナが不安げな顔をしている。

 

「右手を箒に突き出して『上がれ!』と言いなさい」

「「「「上がれ!」」」」

 

 皆が一斉に叫んだ。

 

 私は上がれと言いながら、浮遊呪文を唱えた。箒がバシッと言いながら、私の手に収まる。ずるでは無い。正当なあれである。

 周りを見ると、フィナ、ハリー、マルフォイ、ロン、他にも数人が成功していた。ハーマイオニーとネビルは成功していない。しかし、ネビルは自分で持ち上げて、箒を跨いでいるようだった。嫌な予感がする。

 

「ルーシェ、あなたもできた?」

 

 フィナが私にそう聞いたその時、男子生徒の悲鳴が聞こえた。それと同時にネビルが空に舞い上がる。

 

「ロングボトム! 戻って来なさい!」

 

 先生が大声で呼ぶが、ネビルはもう意識がないようだった。急上昇したかと思えば、急降下していく。

 

「アレスト・モメンタム!!」

 

 塔の先端に刺さる直前で、私は呪文を唱えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネビルがぐんぐんと空に飛んでいく……かと思えば、ビューという音と共に落ちて来た。

 

「あのままじゃ、ネビルが!!」

 

 けれど、私には何もすることは出来ない。

 先生は杖を出そうと懐に手をいれているが、あれでは間に合わないだろう。

 その時、隣から呪文の叫ぶ声が聞こえた。

 

「アレスト・モメンタム!!」

 

 見ると、ルーシェがネビルに杖を向けていた。

 ネビルに視線を向けると、塔の先端に刺さるか、刺さらないかの位置で停止している。

 

「やって、しまった……」

 

 ルーシェが小声でそう言ったのが、聞こえた。しかし、周りの歓声でかき消される。

 

「シエルさん、すごい!」

「ネビルを助けた!」

 

 口々に言われる褒め言葉に、ルーシェは戸惑いを隠せずにいるようだった。

 

「どきなさい!」

 

 マダム・フーチの声で、ルーシェの周りの生徒が一斉にはけた。先生の腕にはネビルがいる。

 

「ミス・エバンズ。あなたのおかげで、怪我人が出ることなく収まりました。あなたの咄嗟の判断と行動力に、グリフィンドールに十点あげましょう」

「あ、ありがとうございます」

 

 褒められて居るのに、ルーシェはなぜか嫌そうな顔をしていた。先生は気づいていないのか、ルーシェに背を向けた。

 

「それでは、私はロングボトムを医務室に連れて行きます。くれぐれも、箒には触らないように。もし何かあれば、クィディッチの『ク』の字を言う前に、退学して貰いますからね!」

 

 先生がそう言い残して校庭からいなくなると、ルーシェの周りにはまた人が集まった。それをスリザリン寮生が憎たらしげに見ている。

 ふと、私の足元にガラス玉が落ちていることに気がついた。確かこれは、ネビルの思い出し玉とかいうものだった気がする。きっと、さっき落としてしまったのだろう。後からお見舞いに行くついでに渡そう。そう考えた私は、思い出し玉をポケットにしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先生がいなくなり、やっと1人になれるかと思えば、周りを人で囲まれた。

 

「シエルさん、あなたって本当はいい人なのね、見直したわ」

「シエルさん、マジかっけぇー」

「聞いたか? 『アレスタ・モメタムー』って、チョースゴイ!」

「あの、ルーシェでいいですよ……」

「じゃあ、ルーシェさん。さっきの魔法ってなに?」

「あれは、動きを止める……」

「ルーシェさんって、とっても綺麗よね!!」

「いえ、そんな……」

「ルーシェさんはグリフィンドールのプリンセスね! かわいいし」

「プリンセス?!」

「女王でもいいんじゃない?」

「いや、いっそ王妃とか?」

「王妃ですか……?」

 

 半ば飽きれながらも彼らの言葉に耳を貸していたが、私はあまり嬉しいとは思えなかった。

 

 この後原作ならば、ハリーとドラコが思い出し玉の取り合いを始めるはずだ。しかし、ハリーは私の隣にいて、ドラコはスリザリン生たちの輪にいる。このままでは喧嘩になるどころか、話しすらしないだろう。

 このままじゃ、ハリーはクィディッチの選手になれないかもしれない。もし、そうなったら、この先、どうなるんだ? ニンバスは? スニッチは? お父さんのことも知らないままかも……。

 

 「ルーシェ、どうしたの?」

 

 フィナの声に私は引き戻された。

 

「はっ、すみません。少し、ぼーっとしてしまいました。それで、何か?」

「何かじゃないよ、ルーシェ。顔色悪いし、ルーシェも医務室にいった方が……」

「大丈夫です!」

 

 フィナの言葉を遮るように私はそう言った。フィナは心配そうな顔をしながらも「それならいいけど」と言う。

 

「そこの二人、いつまで話しているのですか? さっさと箒の側に立ちなさい!」

 

 何時の間にか戻ってきていた先生が、私たちにそう言った。

 

「すみません、今行きます。ルーシェ、何かあるならいつでも言うんだよ? わかった?」

「分かりました。それでは、行きましょうか」

「うん」

 

 私たちは少し急いで箒の側についた。

 

 その後、二人の喧嘩もなく、飛行訓練の授業を受けた。

 

「それでは私の合図で地面を蹴ってください。強くですよ。二メートルくらい上がったら少し前のめりになって降りてきてください。では、いきますよ。一、二の」

 

 ピー――

 

 先生の笛の音で皆一斉に飛び上がった。

 しかし、

 

「うわぁ!!」

「きゃー、ハリーが!」

 

 私の隣にいたハリーがネビルとまでは言わないが、それなりに高く飛び上がった。近くにいたハーマイオニーが悲鳴を上げる。途端にその悲鳴は広がり、グリフィンドール寮のほとんど、いや、私以外の女子生徒全員が悲鳴を上げた。

 ハリーはそのまま上に飛び上がったかと思うと、急降下してくる。

 

「ポッター! あなたもですか!?」

 

 先生は半分飽きれながらも杖を出そうとしている。

 顔を手で覆い隠している子、放心状態の子、無意味に耳をふさいでいる子。

 しかし、皆が想像したようなことにはならなかった。

 

「やっほう!」

 

 なんと、ハリーは地面のギリギリで箒の角度を変え、そのまま綺麗に着地したのだ。

 

 まさか、ここで?

 私がそう思った時、マクゴナガル先生が校庭に飛び出してきた。今にも発狂しそうな顔で。

 

「ミスター・ポッター!! 今すぐ私について来なさい! マダム・フーチ、この子を少しお借りします」

「ど、どうぞ」

 

 マクゴナガル先生は早口でそう言うと、ハリーを連れて校舎へ戻って行った。ハリーはなんとも言えない顔をしている。マダム・フーチはというと、完全にマクゴナガル先生の圧に押されてしまっていた。生徒たちは呆気に取られている。

 

 なんか、凄いことになってしまった。

 

「さ、さあ、続きをしましょうか。今飛べていなかった生徒は手を挙げて」

 

 先生の声に私は堂々と手を挙げた。

 

「ふっ、ふふ。ルーシェしか、飛べない人いないよ?」

「へ?」

 

 他の生徒たちもクスクスと笑っている。私は恥ずかしくなって、手をゆっくりと降ろした。

 その姿がまた笑いを誘ったのか、フィナの笑い声が一段と大きくなった。

 

「ミス・エバンズ。誰にだって得手不得手はありますから、大丈夫ですよ」

 

 先生の言葉に、私は頬を赤らめてこう言った。最後の方は聞き取れない声量だったが。

 

「実は私……箒に乗れないんです」

 

 この日から私は不名誉ながら『グリフィンドールのちょっと抜けている姫』通称『プリンセス』という称号を得た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は箒に乗れない。これは紛れもない事実だった。

 

 スタージェントの当主となってから本家の庭で幾度か練習したのだが、全く乗れない。

 使っているのは世界に一本しかないような最高級の箒。しかも、週に一度、全ての箒を磨いている召使いがいるので、箒が悪いなんてことは絶対にないのだ。

 

 結論、私は箒に乗れない。

 

 というか、それ以前に上がれと言って私の手に箒が来たことは一度もない。

 それなのに乗るなんて絶対に無理だ。個人的には箒に乗るよりも飛行術を使った方がいいと思う。楽だし。バランス感覚とか運動神経とか必要ないし。

 そう言って箒の練習を諦めてしまったことを、今ものすごく悔いていた。

 なぜなら、

 

「「はははっ!」」

「シエル、本当に箒に乗れないの?」

「あのシエルが本当に?」

「ほ、本当です……」

「ふふっ。面白いでしょ?まさか完璧少女にそんな弱点があったなんて」

「三人とも、そんなに言わなくたっていいじゃないですか。私だって出来ないことの一つや二つくらいありますよ」

 

 まさか、飛行訓練の授業にこんなイベントがついてくるなんて思っても見なかった。

 それから私は三人に散々いじられた後、最後はお決まりのオパグノで一日が終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の早朝、ハリーがクィディッチの選手に選ばれたという知らせに、私は胸をなでおろした。ハリーはニンバス2000を大事そうに抱え、嬉しそうにしている。

 しかし、私は一つ大事なことを忘れてしまっていた。致命的なミスを犯していた。

 

 私がこの事に気づくのはもう少し後の話。正確にはハロウィーンの日だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ネビル、大丈夫? 怪我はなかった?」

 

 飛行訓練の授業が終わり、医務室にお見舞いに来た私は、ネビルの横に来るなりそう言った。見た感じ、怪我はなさそうだし顔色もいいのだが、念のため確認として私は聞いた。

 

「大丈夫、怪我はないよ。でも、気を失ってたから念のため夜まで入院だって言われちゃった」

「そっか、でも怪我がないならよかった」

「そういえば、フーチ先生から聞いたんだけど、ルーシェが僕を助けてくれたって本当?」

「本当よ。でも、ルーシェは褒められてもあんまり喜んでなかったけどね」

「そうなの? すごくいいことをしたのに……」

「うん……どっちかと言うと、後悔しているような感じだったんだよね」

「ふーん。ルーシェにも何か事情があるんじゃないかな? 秘密の一つや二つあったって不思議じゃないよ?」

「そうかな?」

「うん。それに、彼女が後悔していても、僕を助けてくれた事に変わりはないでしょ?」

「そうだね。あっ、そういえば、ネビルにこれを」

 

 そういって、私はポケットから思い出し玉を出した。そのまま手渡す。

 

「これって、思い出し玉? 僕、いつ落としたんだろう」

「飛行訓練の時だと思うよ。校庭に落ちてたからね」

「あの時か……ありがとう、フィナ。助かったよ」

「どういたしまして」

 

 私がそう言った時、ネビルの手の中の思い出し玉の中の煙が赤色になった。

 

「あれ? 僕、何か忘れてるみたいだ。一体なんだろう?」

「宿題とか? 提出する者とかはなかった?」

「うーん……違う気がする」

「じゃあ、寮の合言葉とか?」

「あ、きっとそれだよ! えっと……何だったっけ?」

「『豚の鼻(ピックスナウト)』よ」

 

 私がそう答えると、ネビルはぶつぶつと合言葉を唱え始めた。

 

「豚の鼻、ぶたのはな、ピッグスナウト…うーん多分覚えたと思う」

「忘れたらダメよ? じゃあそろそろ私は行くわね。外でルーシェが待ってるし」

「うん。明日になったらお礼を言いに行くよ」

「ルーシェは嫌がるかもだけどね。ネビル、お大事に」

「ありがとう」

 

 ネビルと別れ、医務室を出ると、ルーシェが壁にもたれかかって待っていた。

 

「お待たせ、ルーシェ。ネビル、怪我はないって」

「そうですか。それはよかったですね」

「でも夜まで入院みたいだから、また明日お礼を言いに来るって」

「そうですか」

 

 そうとだけ言うと、ルーシェはスタスタと歩き出した。自分が助けたというのになぜこんなに無関心なのだろう。

 その疑問は結局口には出せず、前にいる彼女の後を早足で追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『救えるものを救うのは罪ではないが、未来を変えることは時に罪となり得る。君がその力を生かすも殺すも自由だが、いつも以上に頭を働かせるのだ』

 

 ベッドに入った私は、脳内に次々と浮かび上がるその言葉に頭痛を覚えた。

 

『私にも分からない。これまで大勢の子供達を見て来たが、君のような転生者はいた。しかし、君のようにこの世界の未来の記憶を持つものは見たことがない』

『君のその力は誇っていい。君だけが持つ特別な力だ』

 

 何が良くて何が悪いのか、何が光で何が闇なのか、善か、悪か、味方か敵か……。

 私の心をコンパスに例えるなら、くるくると回ってばかりできっと正しい方角は教えてくれないだろう。

 

 原作を変えてはならない。

 

 これは絶対条件だったはずだ。しかし、私はもういくつも原作を変えてしまっている。

 マルフォイ家、飾り棚、魔法薬学の授業、飛行訓練の授業。他にも私がいた事によって知らないうちに変わってしまった事があるかもしれない。

 

 ホーホー――

 

 ふと、開けていた窓からルーが入って来た。そのまま私の横に止まり、もう一度鳴く。

 

 ホーホー――

 

 鳴き声が心配したような音に聞こえて、私は作り笑いをした。

 

「大丈夫ですよ。でも……何が大丈夫なのか、自分でもよく分からなくなってしまいました」

 

 ホー――

 

 そうひと鳴きすると、ルーは止まり木の方へ飛んで行ってしまった。

 私はそのまま眠りについた。



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24.ハロウィーン

 南瓜、かぼちゃ、カボチャ、パンプキン。

 かぼちゃジュース、かぼちゃパイ、かぼちゃスープ。

 

 私は日本がハロウィーンの文化は薄いためか、ホグワーツのハロウィーンに少し驚いていた。というか、朝食からかぼちゃは辛い。後でキッチンでリーサに何か他の食べ物を貰おうかなどと考えていると、右隣から爆弾発言が聞こえた。

 

「そういえば、この間、立ち入り禁止の場所に行って見たんだけどさ……」

「た、立ち入り禁止の場所……!」

「ん? シエルどした?」

 

 忘れていた。ケルベロスの存在をすっかり忘れていた。飛行訓練での対立がなかったということは、マルフォイはハリーに決闘の申し込みをしていないかもしれないのだ。

 ということは、四階の立ち入り禁止の部屋にも入っていなければ、ハーマイオニーが隠し扉の存在にも気づいていない。

 まずい。どうすれば。

 

「また考え事? なんかあるなら両隣の先輩にでも相談したら?」

「はっ、それです!」

「「「?」」」

 

 三人が同時に頭を傾げた。

 私は気にせず彼らに向けてこう話した。

 

「お2人に少しお願い……というか、強制なんですけれど。今の話、ハリーに教えてあげてもらってもいいですか?ケルベロスがいた事と、その下に隠し扉があった事を」

 

「な、何でシエルは知ってるの?」

「ま、まさか、僕らと同じように侵入した、とか?」

「あ、遠回しに行ってくださいね。いつもの自慢話的な感じで、お願いしますね。それじゃあ、今から行って来てください。行ってらっしゃーい」

「ちょっ、シエル?」

「今日のシエル、おかしくない?」

 

 二人の言葉を無視して、私は背中を押した。そのまま彼らはハリーの方へ歩いて行く。その後ろ姿はなんだかんだ言って乗り気にも見える。

 

「え、えっと……ルーシェ、この後予定は?」

「キッチンにまともな(かぼちゃ以外の)料理を取りにいきますが、それ以外はありませんよ」

「じゃあ、私も一緒に行こうかな」

 

 少しげっそりとしているソードと共に私はキッチンへと足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハリー」

「ロニー坊や」

「兄さん、どうかしたの?」

 

 僕らが呼ぶと、ロンが返事をした。

 

「ちょっとした、自慢話なんだけどさ」

「四階の立ち入り禁止の場所の話なんだけどさ」

 

 そう言うと、二人は目を輝かせて僕らを見た。どうやら興味があるらしい。

 僕らはシエルに言われたとおりの話をした。

 

「えっ! じゃあ、そこには、何かが隠されてるかもしれないの?」

「僕、心当たりがあるよ」

 

 二人はそう言って話し始めた。何とかの石とかいうワードが聞こえたが、僕らはもう用は済んだので大広間を出て次の授業へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日の妖精の呪文の授業では物を浮かばせる呪文に挑戦してもらいますよ」

 

 出席をとったフリットウィック先生はそう言うと、ネビルのカエルを実験台にして見本を見せた。皆の瞳がキラキラと輝く。そんな中、私は教科書とノートを開いて飛行術の新しい魔法を作っていた。

 浮遊呪文を使うか、それとも、全く別の呪文か……。

 

「それでは、ミス・エバンズは浮遊呪文について何か知っている事は?」

 

 フィナに肘でつつかれ、当てられた事に気がついた私は、立ち上がる前にフィナに耳打ちした。

 

「浮遊呪文の質問だよね?」

 

 フィナが飽きれながらも小さく頷くのを確認すると、私は立ち上がった。

 

ウィンガーディアム・レビオーサ(浮け)

 

 私が呪文を唱えると、机の上にあった教科書やノートなどが、一気に浮かび上がった。

 

「「「「おお……」」」」

「浮遊呪文は自分の中のイメージが大切です。例えば浮かばせる対象が本ならば、その本をどの様にどれだけ浮かばせるか、そういった点が大切になりますね。そして何より、この呪文は他の呪文よりも少し呪文が複雑です。そのため、ウィンガー、ディアム、レビオーサと分け、それぞれの単語の意味をイメージしながら唱えるといいと思います」

 

 私はぺこりと一礼すると、席についた。隣のフィナを見るとなぜか口をぽかんと開けている。周りを見るとほとんどの生徒が同じような顔をしていた。

 

「あの……何かおかしいでしょうか?」

 

 私が戸惑いながらもそう聞くと、フリーズしていた先生が戻ってきた。

 

「い、いえいえ。とっても素晴らしい答えですよ。ミス・エバンズに十点を差し上げましょう」

「ありがとうございます」

 

 私はもう一度頭を下げると、ノートに視線を落とした。

 

「それでは、皆さんもやって見ましょう。羽根を浮かばせてみて。びゅーんひょいですよ」

 

 先生の合図で皆が一斉に杖を持った。

 

「「「「ウィンガーディアム・レビオーサ」」」」

 

 結局、成功したのは私とハーマイオニーだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっきの聞いてたか? 俺がちょっと出来損ないだからって、あれやれこれやれって、お前がやれっての」

「そ、そうだね……」

 

 授業が終わった私はセブルスに飛行術についての質問をするためにフィナと別れていた。

 そんな時、ロンとハリーが話している声が耳に入ってきた。

 そういえば、これが原因でハーマイオニーはトイレにこもるんだったっけ……。

 私がそう思った時、ハーマイオニーがロンとハリーの横を逃げるように通って行った。目元には涙が浮かんでいる。

 

「待って、ハーマイオニー、待ってよ!」

 

 その後ろを先ほど別れたばかりのフィナが追いかけて行った。

 クィレル、か。

 私は地下室とは反対方向に足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待って、ハーマイオニー、待ってよ!」

 

 何度呼んでも足を止めないハーマイオニー。

 

「来ないで! あなたには関係の無いことよ!」

 

 ついにはそう言うと、もっと速度を上げて走って行ってしまった。すかさず追いかけようとするが、ちょうど目の前に現れたスリザリン寮生に道を阻まれる。

 

「ハーマイオニー! どこに行くの!」

 

 結局、私は彼女を止めることは出来なかった。しかも厄介なのに捕まった。

 

「また、あなたじゃないの! よくも私たちの道を塞いでくれたわね! 今日という今日は許さないわよ!」

「そうよ! しかも、今日はラッキーなことにあいつがいないじゃない。獅子寮のプリンセスは小鳥ちゃんを置いてどこに行ったのかしら? あっ、もしかして、捨てられたの? かわいそうに……ふふっ」

 

 パグとその護衛に捕まってしまったのである。

 なんで今日はこんなについてないのだろう。

 自分の不運を呪いながらも、私は彼女たちに背を向けて走り出した。その名も必殺技『逃走』。

 

「ちょっと! 待ちなさいよ!」

「あんた、逃げるなんて臆病者!」

 

 二人の言葉には耳を貸さず、私はひたすらグリフィンドール寮まで走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『クィレル』と書かれたドアの前。

 私はドアを叩くか叩かないかの位置で手を止めていた。

 もし、このままクィレル、いや、ヴォルデモートを止めたら、原作が変わってしまう。けれど、原作を変える事によってハーマイオニーがトロールに出くわす危険は無くなる。でも、ハーマイオニーは原作通りなら助かるんだし、私が変えたところで――

 

 随分長くそこにいたような気がした。

 私はドアから一歩後ずさり、そのまま背を向けた。

 これで、いいんだり

 このままなら皆がハッピーエンド。だから、私が無理に変える必要はない。

 力強く踏み出した一歩。シエルの瞳には迷いはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トントン――

 

「ルーシェ・エバンズです。スネイプ先生、少しよろしいですか?」

「入りたまえ」

「失礼します」

 

 私は一礼しながらドアを開けた。中に入り扉を閉めると、セブルスの横にあった椅子に腰掛ける。

 

「今日は何の様だ?」

 

 どこか不機嫌そうなセブルス。顔を上げ私を見ると、セブルスは目を見開いた。

 

「何か、あったのか?」

「え?」

 

 そう言いながら、自分の頬に触れる。すると、

 

「なぜ……なぜ私は、泣いてるのでしょうか?」

 

 私の頬には何筋涙が流れていた。ハンカチを取り出し、何度も何度も拭く。しかし、一向に涙が止まる気配はなかった。

 

「泣きなさい」

 

 ふと、頭上からそんな声が聞こえた。いつもの冷たく刺すような声とは全く違う優しい声。

 

「セブルス、私は……どうして、てんせ」

 

ザザザガガガザザザズズズサササバババダダダア"ダダガガガジヂヂヂジジジジザジザザザジジジズゼゼダダダッ――

 

 その言葉を口にする直前。謎のノイズ音と共に私の意識は電源が切れるように落ちた。

 

 意識が途切れる前、一瞬だけ私の前で"ナニカ"が笑いかけたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日最後の授業は防衛術だった。

 隣には誰もいない。

 ルーシェはこの授業を受けないため、いつもはハーマイオニーが座っているのだが、彼女は何処かに行ってしまった。あのハーマイオニーが授業をサボったのだ。

 一体、どこに行ったのだろう。

 考えていたら全然集中できなかった。

 授業が終わり、グリフィンドール生はそろって大広間に向かった。

 しかし、私は彼らとは反対方向へと足を向け歩き出す。

 この時の私には、トロールが放たれるなんていう事を知る由も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐすっ、ぐすんっ、ひっく…」

 

 私は1人トイレで泣いていた。

 

 性格がきつい事は自分でもよく分かっている。ああ言われても仕方ない事だって。

 分かっていたのに直さなかった。嫌われるのを選んだ。ただそれだけなのに、溢れてくる涙を抑える事はできなかった。

 どれだけ泣いていたのだろう。

 私はノックの音で飛び上がった。

 

「な、何か?」

 

 なるべく泣いている事を悟られないように言ってみたが、あまり効果は無いようだった。

 

「ハーマイオニー? 泣いてるの?」

「な、泣いてなんかいないわよ。それで、何か用があるの?」

 

 フィナーラルの言葉に私は強い口調で答えた。しかし、彼女はそんな私にも優しく声をかけてくれた。

 

「うん。じゃあ取り敢えず、ドアを開けて。そしたら、話すから」

「いやよ。何で開けないとダメなの?」

「うーん……ハーマイオニーの顔が見たいからかな」

「なっ、フィナーラル」

「フィナでいいよ」

「……」

「ゆっくりでいいよ。ここで待ってるから。自分に整理がついたらでいいから」

「わ、分かったわ」

 

 私は涙を拭くと、ドアを開いた。目が合わない様に下を向く。

 

「私、ハーマイオニーの友達になりたいの。だから、顔を上げて?」

「わ、私は友達になんか……」

「ハーマイオニーは、頭がよくて、可愛くて、ちょっと意地っ張りなところもあるけど本当は優しくて、そんなハーマイオニーが私は大好きだよ。だから、何かあったら私に話して。それが友達だから」

「うっ……」

「ほら笑って、ハーマイオニー」

「う、うん」

 

 私は涙を流しながらニコリと笑った。フィナもにこりと笑う。

 

「じゃあ、そろそろ戻ろうか。デザートに間に合わなくなっちゃうよ」

「私的にはかぼちゃ以外の食べものが食べたいわね」

「ふふ。ハーマイオニーったら」

 

 私たちはそう言って歩き出した。いや、正確には歩き出そうとした。

 

「ブォロフー!」

「「え?」」

 

 目の前には大きな影が立ちはだかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 消毒の匂いと背中に感じるシーツの感覚からどこにいるのか大体は予想がついた。

 

「……」

 

 起き上がろうと力を入れた私は、強い頭痛に襲われ顔をしかめる。

 少しして痛みが引き、視線だけで周りを見渡すと、予想通り医務室だった。マダム・ポンフリーが入り口付近でセブルスと話し込んでいる。そこにはなんと、ダンブルドアもいた。

 

「セブルスよ。なぜ、シエルは倒れたのじゃ?」

「吾輩の部屋に来たかと思えばなぜか泣いていて、理由を聞いたら、いきなり倒れたのです。何か言いかけていたような気もします」

「そうか……何か体に異変はあったかね、ポピー?」

「いいえ。これと言った異常はありませんでしたよ。ただ、精神面からくる疲労によるストレスが原因のようです」

「ストレスか……ポピー邪魔したのう。セブルス、何かあればまた教えるのじゃぞ」

「分かりました」

 

 ダンブルドアとセブルスが医務室を出ていくと、マダム・ポンフリーが私に近づいて来た。

 

「あら、目が覚めたのですね。何処か痛いところはありますか?」

「いえ、大丈夫です」

「そうですか。でも明日までは入院してもらいますよ。折角のパーティーだというのに残念ですね」

 

 マダム・ポンフリーは私に気づかう様にそう言うと、かぼちゃジュースを取り出した。

 

「ちょっとした、見舞い品ですよ」

「あ、ありがとうございます」

 

 朝に飲んだばかりという事もあり、あまり飲みたいとは思わなかったが、礼儀として一口だけ飲んだ。

 甘い液体が喉を通る。

 

「私はなぜ倒れたのでしょうか?」

 

 ふと、思いついた疑問をつい口に出してしまった。マダム・ポンフリーはふわりと笑う。

 

「それは貴方にしか分からないと思いますよ?」

「うーん……」

 

 思い出そうとしても、出てくるのは白い光の様なものだけだった。結局諦めた私は仮眠をとるため、目を閉じる。

 瞼の裏には見覚えのある"ナニカ"が白く光っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブォロフー!」

「「え?」」

 

 巨大な壁に行き先を阻まれた私たちは思わず素っ頓狂な声を出してしまった。しかしそれも、すぐに悲鳴に変わる。

 

「ぎゃぁぁぁぁ!!!!」

「と、トロールぅぅぅ!!!!」

 

 空いている隙間から逃げようとすると、なぜか扉が勝手にしまった。

 

「えぇぇぇ!?」

「きゃぁぁ!!」

 

 私たちはもう一度叫ぶと、取り敢えずトイレの個室に駆け込んだ。

 

「ブルワァ!」

 

 バンッ――

 

 すごい衝撃音と共にトイレのドアが破壊された。

 

 死ぬ――

 

 私たちは本当に死期を悟った。

 降り上がる棍棒。声にならない二人の叫び声。私たちは目をつむり、耳を塞いだ。

 ふと二人は同じ人物を思い浮かべた。

 

「プロテゴ」

 

 トロールの咆哮の中、響き渡る呪文。同時に棍棒と私たちの前の間に見えない障壁がつくられた。

 

 パリンッ――

 

 まるでガラスが割れたかの様な音。しかし、棍棒は私たちに当たる事無く、跳ね返された。

 

「ボォロォウフゥ……」

 

 ドサッ――

 

 その反動でトロールは体制を崩し倒れた。すかさず、

 

「ウィーズリー、ポッター!」

 

「「ウィンガーディアム・レビオーサ!!!」」

 

 完璧とも言えるその呪文は棍棒に直撃し、棍棒は宙に浮いた。しかし、それだけではまだ終わらない。

 

「「行っけぇ!!」」

 

 二人は差し出した杖を下に降ろした。

 

 ボクッ――

 

 鈍い音が響いた。

 トロールの頭蓋骨が……いや、それは言わないでおこう。

 ただ、勝利の音だった。

 

「ルーシェ! 怖かったぁぁ」

 

「ハリー、ロン! 私、生きてるわ!!」

 

 トイレの個室……だったものから飛び出した二人はそれぞれの人物に飛びつくように抱きついた。

 ルーシェはフィナの頭を、ハリーとロンはハーマイオニーの背中を優しく撫でる。

 思わず安堵の涙が零れた。

 

「これは、一体どういう事ですか?」

 

 しかし、喜びを噛み締めたのもつかの間。入り口の方からマクゴナガル先生の鋭い声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まず、なぜミス・エバンズは医務室にいないのですか?」

「友達の危険を察知し、マダム・ポンフリーの監視の目を掻い潜り、ここ来ました」

 

 しれっと問題発言をするルーシェに教師陣は唖然とした。

 

「では次にミス・グレンジャー。貴女は?」

「私……倒せると思ったんです。本で何度も読みましたから。でも、私は何もできないばかりかフィナも巻き沿いにしました。ハリーとロンとシエルさんが来てくれなかったら私たちは死んでいるところでした」

「ちょっと、待てよ!」

「それは……」

 

 ロンとハリーが否定しようとするが、ルーシェがそれを手で制した。ハーマイオニーはまだ言葉を続ける。

 

「今回の事件は全て私の責任です。すみませんでした」

 

 ハーマイオニーはそう言うと、頭を下げた。

 

「事情はよく分かりました。ミス・グレンジャー、貴女には失望しましたよ。グリフィンドールは五点減点です。四人とももう寮に戻りなさい。パーティーの続きをやっているはずですよ。ミス・エバンズは行ってはなりません。貴女には個別に話がありますからね」

「……分かりました」

 

 ルーシェの肩を落とした様子に、他の四人はクスリと笑った。そのままトイレを出て行く。その背中を見届けた私はマクゴナガル先生の方へと体を向けた。

 

「ミス・エバンズ……」

 

 先生は私の名前を呼んだ。思わず目を逸らしたくなるほどマクゴナガル先生は怒りに震えている。

 

「フッ」

 

 先生の後ろで誰かが鼻で笑った。トロールを観察していたセブルスだ。

 

「コホン、貴女が彼女たちを助けた事はとても良い事です。ミスター・ポッターも、ミスター・ウィーズリーも同じくです。グリフィンドールにそれぞれ五点あげましょう。しかしですね、貴女は入院の身。あのマダム・ポンフリーを出し抜いて、ここまで来たとなれば話は別ですよ? わたくしの言っている意味は分かりますか?」

「……はい」

「セブルス。ミス・シエルを医務室まで連れて行きなさい。後はそこにいるクィレルにでも任せましょう。わたくしは校長へ報告して来ます。分かりましたね、ミス・エバンズ」

「は、はい……」

 

 今の会話を簡単に訳せば、『校長には()()()をきちんとお話しします。クィレルは()()()片付けくらいは自分でしてくださいね。それと、セブルス()医務室に行く様に』だそうだ。

 マクゴナガル先生、恐るべし。

 クィレルはすっかり縮こまってしまったし、私とセブルス冷や汗をかいている。

 マクゴナガル先生がトイレを出て行った瞬間、私たちは思わずため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

「スネイプ! 貴方はいつになったらその性格を治すのですか? もうあれから随分経ちましたよ? どれだけ犬と相性が悪いんですか、全く……」

「すまない、マダム・ポンフリー。吾輩も本望では無いのだ」

「当たり前です! それと、エバンズ! 貴女はよくも逃げ出しましたね? 騙された私も悪かったですが、体調を悪化せてどうするんですか? 入院の意味、分かっていますか? しかも、双子呪文を使って自分の分身を作って、加速魔法を使って猛ダッシュして、挙げ句の果てには障壁魔法? ふざけているんですか? 体力も魔力も空っぽですよ!」

「す、すみません」

「分かったならいいのです。二人とも今後この様な事がないように!」

「「はい……」」

 

 こんな感じでマダム・ポンフリーから説教を受けた私たちは、その夜二人で仲良く入院した。

 もちろん、マダム・ポンフリーの厳しい監視付きでだが。

 



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25.クィディッチ

 クィディッチの試合当日。グリフィンドール寮では選手たちの緊張感がピリピリと伝わり、それを和らげるためか、いつもよりも騒がしかった。

 ハロウィーンの日から仲良くなったハリー、ロン、ハーマイオニーは大きなソファの辺りでハリーを励ましているし、キャプテンのウッドは机の上に立って演説をしているし、フィナは『クィディッチ今昔』という本を読んでいた。どうやら、ハーマイオニーに借りたらしい。

 そう言う私はというと、双子にはさまれて身動きが取れなくなっていた。

 

「ねえ、シエル。試合、絶対見に来いよ」

「じゃないと僕ら泣いちゃうからね」

 

 双子が先程から同じ様な事をずっと言っている。しかし、その約束を私は果たせそうになかった。今日は11時半から魔法省に行かないといけないのだ。

 というのも、今日は急な任務が入ったのである。もちろん闇祓いのだ。いつもは土曜日と日曜日の午前のみで訓練をするのだが、何せ緊急任務だ。外せるわけが無い。

 

「すみませんが、試合を見る事はできません。今日は大切な用があって……」

「えっえぇぇぇ!」

「うっそぉぉぉ!」

 

 双子はそう言うと、MAXに機嫌を損ね、リーに泣きついた。

 

「どうしよぉぉ……」

「シエルがぁぁ……」

「何の用なの? 男? ねぇ、男なんでしょ?」

「彼氏? 彼氏なの?」

「お前ら、馬鹿か?」

 

 リーの正論にますます悲しくなったのか、結局私の元に戻ってくる。

 

「ねえ、なんかいい案無いの? シエル」

「そうだよ。頭がいいんだから一つくらいは思いつくでしょ?」

「うーん……」

 

 私は結構本気で考えた。リーが横で「こいつらの事は気にしないでいいよ、エバンズ。どうせ、甘えてるだけだから」と言っている。

 

「甘えている……」

 

 その部分を復唱した私はある案を思いついた。しかし、同時に顔が赤くなる。

 

「ど、どうしたの、シエル?」

「なんか、いきなり真っ赤になったぞ?」

 

 その言葉にもっと赤くなった私はリーの方へ視線で助けを求めた。しかしリーはそんな私を見て苦笑している。

 私の視線に気づき、リーの態度を見た双子は謎が深まるばかりの様で、頭をかしげた。

 

「もし、グリフィンドールがスリザリンに勝ったら……」

 

 私は次の言葉をついためらってしまう。もう一度リーを見ると伏せ目でグッドポーズをしていた。

 中々その先を言わない私に、双子はしびれを切らしたのか、私の顔を覗いた。そう言えば、出会った時もこんなことがあった気がする。あの時はいきなり()()()()二人に顔を覗かれて驚いたが、今はそんなことでは驚かない。

 

「ご褒美……」

 

 私はそうとだけ言うと、自分の部屋に転移した。

 

「「……え?」」

「ぷっ、はははっ! あははは!」

 

 私がいなくなると同時に上がった双子の疑問の声とリーの笑い声。少ししてやっと状況を把握した双子は喜びに飛び上がった。

 

「おまえらぁ、絶対勝つぞぉぉ!!」

「勝って、シエルのご褒美貰うぞぉぉ!!」

 

 違う方向で頑張ろうとしているのは気のせいであって欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 双子との事件からしっかりと後遺症(赤面)も治った私は、太ったレディの肖像画の前でフィナと話をしていた。

 

「さっきは災難だったね。でも、ルーシェがそんなこと言うとは私も思ってなかったよ。びっくりしちゃった」

「そ、その事にはあまり触れないでください」

 

 赤面を再発させそうになった私は慌ててフィナを止めた。

 

「ふふっ。ルーシェはそういうところ可愛いよね。

でも、あの調子ならグリフィンドールは絶対に勝つと思うよ。愛の力って感じ」

「あ、愛の力?! まあ……そ、それならいいですけどね。私の犠牲も無駄じゃなかったということで」

「そうだね」

「フィナは見に行くのでしょう?」

「もちろんだよ。双子もだけどハリーの応援にね。ハーマイオニーと約束したんだ」

「そうなんですか」

「うん」

 

 それから少しだけ他愛も無い話で盛り上がると、すぐに出発の時間になってしまった。

 

「フィナ、私はそろそろ行きますね」

「うん。ルーシェ、気をつけてね」

 

 転移カードを手に持ち、「転移、魔法省」と言った。

 次の瞬間、そこは闇祓い局の入り口だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分と早く来たな。スタージェント」

 

 訓練場に来た私はいきなり後ろから声をかけられた。いつもの事なのでそこまで驚く事なく、私は応える。

 

「絡まれる前に巻いてきただけです」

 

 そう言いながら後ろを向くと、どこからか呪文が飛んで来た。

 瞬時に状況を読み取った私は、呪文を体で避け、障壁魔法に魔力を叩き込んだ。

 

 バリンッ――

 

 ガラスが割れた様な音と共に障壁魔法が破壊された。

 同時に今度は反対側から三つの呪文が飛んでくる。

 今度は読み切れない!

 前二つの呪文を間一髪の所で避けた私は、最後の呪文を避けることができなかった。右脚に鋭い痛みが走る。

 見ると、右脚が浅く切り裂かれていた。私は治癒呪文をかけるが、その隙に他方向から大量の呪文が降ってくる。

 このままじゃ負けると判断した私は、自分の耳についている《枷》を片方だけ外した。久しぶりに感じる体の重たさ。半分だけだが戻って来た魔力で私は強力な障壁魔法を展開した。

 

 パリンッ、パリ、パリパリンッ――

 

 先程と同じ様な音がするが、呪文は一つも私の元へと届くことはない。

 その間に残った魔力で足の治療をする。呪文の雨が止んだ頃には、私は完全回復していた。

 

「ムーディ。今日は随分と手厚い歓迎ですね? トンクスも力を入れすぎじゃないですか?」

「任務前の訓練だ。これぐらいは当然」

「わたしとしては、腕が鈍っていたから丁度いいわ」

「そうですか。じゃあ、手加減はしませんよい」

「望む所だ」

「ええ。かかって来なさい」

 

 二人の返事に、私は二人に見えない様にもう片方の《枷》も外した。より一層重たくなった体に、少しだけ不快感を持つ。しかし数秒後には私の体に馴染んでいた。

 

「そういえば、援護を呼んでもいいですよ。二人だけじゃ勝ち目はないです。それに、私も訓練になりませんし」

「ふーん。勝ち目がないってのは気に食わないけど、まあ事実だし……みんな、いいわよ」

 

 トンクスの呼びかけに、観覧席からざっと十人くらいの闇祓いが降りて来た。いや、正確には闇祓い見習いだが。

 

「攻撃はそっちからでいい。私は杖を置こう」

 

 自分から一メートル先に杖を転がした。そのまま両手を上げて何も持っていないことを証明する。

 

「準備はいいな。3、2、1」

 

 ビー――

 

 ムーディーの合図と共にホイッスルの様な音が訓練場に鳴り響いた。

 その瞬間、敵から攻撃が繰り出される。

 前衛は攻撃魔法、後衛は障壁呪文。まず潰すのは……後衛か。

 前衛が繰り出した攻撃呪文が自分の鼻先まで来た瞬間。私は呪文の合間を縫ってダッシュした。途中で杖を拾おうとも考えたが、時間の無駄を省いた。

 

((ブースト(加速)クウェイク(揺れよ)))

 

 無言呪文で自分を加速。さらに、範囲を後衛に絞り規模こそ小さいが大地震を起こした。

 

「うわっ!」

「なんだ、これは!」

「うぅ……気持ち悪い」

 

 パタパタと後衛の体制が崩れ、障壁魔法のほとんどが破壊音と共に壊れた。

 

((ディフィンド(裂け)))

 

 すかさず、爆破呪文を前衛に当てる。しかし、ほとんどが無傷で終わった。

 

 グワァン――

 

 ふと、頭の横で不快な音がした。瞬間、体の力が抜ける。

 

((フィニート(終われ)))

 

 倒れる前に呪文を終わらせた私は杖をアクシオで呼び寄せる。

 瞬間。トンクスの杖が私の首を、私の杖がトンクスの首を、突くようにして呪文を唱えた。

 

「「エクスペリアームス(武器よ去れ)!!」」

 

 ――決着は着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「大丈夫ですか? 少し無理しすぎですよ、トンクス」

「そう、ね……はぁ、無理しすぎた、わ……」

 

 周りを見渡すとそれはそれは酷い有様だった。

 大量の鮮血、嘔吐物、ところどころ切り裂かれた人体、力無く倒れた人、腕や脚の単体……一言でいえばグロテスクだ。

 

「リナベイト、エネルベート、エピスキー」

 

 私は取り敢えず治癒呪文を唱えた。続けてテルジオやスコージファイを使い、少し掃除する。

 

「よしっ後始末は終了……ん?」

 

 最後が疑問系になったのは意図的では無い。後ろから殺気立った何かを感じたのだ。

 そう思った時にはもう遅かった。

 

「スタージェント! おまえは同僚を殺す気か?! 手加減と言うものを知らんのか?!」

「す、すみません……」

「この状況で、すまないだと? それだけですまされるかぁ! 大体、誰がイヤリングを外していいと言った!」

「ひいっ……」

 

 あまりの恐ろしさに後退りをしてしまった。それを見て、ますますムーディの機嫌が損なわれる。

 

「おまえはなぁ!」

「すみません、すみません、すみませんでした!!」

 

 このあと、ムーディの機嫌が直ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  グリフィンドールの談話室に戻った私は、勝利のお祭り騒ぎに目をくらませた。

 

「あっ、ルーシェ。帰ってたのね。見ればわかると思うけど、グリフィンドールが勝ったわよ!」

 

 フィナまでこんなに喜んでいるのだから、それだけ素晴らしい試合だったのだろう。ウッドなんて号泣している。

 私は赤毛を見つけた瞬間、思い出したくないことを思い出してしまった。しかも彼らと目が合ってしまう。

 

「「ルーシェ!!」」

 

 抱きついて、いや、飛びついてくる二人。私はソファに押し倒された。

 リーが意地悪く笑いながら「ご褒美」と口パクで言ってくる。

 

「勝った、勝ったよ!!」

「すごいだろ! なあ、シエル!!」

「はぁ……」

 

 ため息とも言える深呼吸を一つ。

 私は双子の頬に――

 

「「「「え?」」」」

 

 四人分の声が聞こえた。リー、フィナ、フレッド、ジョージの四人だ。

 前者二人は口を押さえ、後者二人はそれぞれの頬を押さえた。

 四人の視線が一気にルーシェの方へ向く。

 

「ま、まじで?」

「る、ルーシェが?」

「「俺に?」」

「「僕たちに?」」

 

「た、ただのチークキスです! そんなに反応しなくていい! そ、それに、ご褒美はご褒美です。その……文句は受け付けません!」

「「「「えー!!」」」」

 

 顔を出し真っ赤にして抗議するルーシェ。状況を把握した双子も見る見るうちに赤くなる。

 

「そ、それに、これはただのご褒美であって、貴方たちのことが好きなわけではありません! むしろ嫌い! 大っ嫌い!」

「あ…」

「だ…」

 

 ルーシェは高速早口。双子は放心状態。

 

 数分後。

 早口で喋りすぎて疲れたルーシェが口を止めるのと、双子の放心状態が治るのはほぼ同時だった。もう冷静になった傍観者の二人はこれから起こることを予想して、頬を緩ませている。

 

 チュッ――

 

 軽やかな音が二つ。ルーシェは両頬に手を当てた。

 

「……!」

「シエル、ありがとう!」

「俺はシエルのこと好きだぜ」

「ば、ば、ば、ば…」

「「ば?」」

「馬鹿ぁぁぁぁ!!!!!」

 

 ――双子はノックアウトされました。

 

「シエルは本当に躊躇ないよな」

「確かに」

 

 リーの言葉にフィナはうんうんと頷く。

 ルーシェは二人の行動には気づかず、まだ顔を赤くしていた。しかも、ぶつぶつと独り言までしている。

 

「変わらないですね、ジョーダン先輩」

「変わんないな、フィナーラル」

 

「リーでいいぞ」

「フィナで大丈夫ですよ」

 

「フィナ、お前も大変だな」

「リー先輩もですね」

 

 どこか通じ合うものがあったらしい。フィナとリーは仲良くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで何時の間にか夜になった。双子とルーシェはお互いに少しやり過ぎたと謝罪し合い、仲良く夕食も食べ、寮に戻って来ていた。

 

「ルーシェ。そういえばさ、クィディッチの試合中にハリーが……」

 

 私が今日の試合の話をしようとルーシェの方へ顔を向けると、彼女は寝息を立てて眠っていた。

 

「シエルー! あれ寝てるじゃん」

「本当だ。疲れたのかな……?」

「用事って言ってたけど本当はどうなんだろうね」

 

 私がそう言うと、双子は少し深刻そうな顔をした。

 

「「フィナ。今日、シエル何か変な匂いがしないかい?」」

 

 真顔でそう聞く双子。リーは後ろの方で聞かないフリをしてくれていた。

 

「変な匂いですか?」

 

 私は試しにルーシェの匂いを嗅いでみた。すると、いつものお花のようないい香りの中に、何か生臭い匂いを感じる。私は思わず顔をしかめてしまった。

 

「これってまさか……血?」

 

 私が恐る恐る聞くと、双子は頷いた。

 

「一体どこに行ってたのか分からないけど、少なくとも安全な場所ではなさそうだろう?」

「それに今日、シエルはこんなに早く寝ている。っていうことはそれ程疲れるようなことをしたんだ」

「……」

 

 いきなり突きつけられた事実に私は何も言えなくなってしまった。

 今日、ルーシェは危険なところに行って、しかもこんなに疲れていて、それなのに普通に振舞っていて。

 そう考えると私は腹立たしさを感じた。

 

「シエルには秘密があるってのは、前に言ったよな」

「でも、これは結構やばめの隠し事だと思う」

「もしかしたら、シエルはもう帰ってこないかもしれないな」

 

 さっきまで何も言わなかったリーが会話に入った。しかし、誰も何も言えない。リーはそのまま続けた。

 

「今日は運が良かっただけで、明日は分からない。だけど、シエルにもシエルなりの事情があって隠してる。お前らはこのままでいいのかよ」

 

 リーの言葉に三人とも押し黙ってしまった。そのまま沈黙が続く。

 

「まっ、今の俺たちじゃ何もできないからな。側にいて、いつも通りにしておけばいいんじゃないか?」

「いつも通り……」

 

 双子のどちらかが言ったその言葉は、まだ冬になりきれない寒い空気に飲まれどこかへ消えてしまった。



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26.クリスマス

 十一月はあっという間に過ぎ、もうすぐクリスマスが訪れようとしていた。

 

「あっ、雪」

 

 朝のグリフィンドール寮。窓辺にいた生徒がそう言った事で、寒さの理由がわかった。

 

「おはよ、ルーシェ。今日はすごく寒いね」

「おはよう、フィナ。そうですね」

 

 フィナの挨拶に応えると、後ろから双子の声が聞こえた。

 

「「おはよう、シエル」」

「あとフィナも」

「私はおまけですか? 先輩。ひどいですね」

 

「おはよう、フィナ。朝から災難だな」

「あっ、リー先輩もおはようございます!」

 

 リーの姿が見えるなりにこやかに応えるフィナ。

 何だかその瞳が乙女の色をしているような気がした。

 

 

 

 

 

 

 談話室を出ると、寒さが倍に感じる。大広間に向かいながら、私は作ってあった人数分の魔法カイロをみんなにプレゼントした。

 

 大広間に着くと、すぐにフクロウ郵便の時間になる。

 

 バサバサ――

 

 羽音と共に私の前にルーが来たかと思うと、三枚の手紙が届いた。一枚はルシウスからの招待状、一枚は魔法大臣からの手紙、一枚はダンブルドアからの手紙だった。どれもここで読めるような手紙ではない。ばれないようにポケットにしまった私は、そのまま朝食を続けた。

 

 

 

 

 

 

 部屋に戻ると、私は先ほどの手紙を開き、読み始めた。

 まずルシウスからの招待状は、クリスマスパーティーに来ないかという内容だった。これについてはダンブルドアと相談しなければならない。

 次の魔法大臣からの手紙には、スタージェント本家にお邪魔したいという内容だった。返事は書くまでもない。くるくるポイッとしてやった。

 最後のダンブルドアからの手紙はクリスマスの予定はどうするかというものだった。返事はパーティーへの出席の話も含めて後で直にしに行こう。

 

「クリスマス……プレゼントどうしようかな」

 

 私は羊皮紙を一枚取り出し、プレゼントリストを作り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 待ちに待ったクリスマス休暇。ほとんどの生徒が家に帰るためホグワーツ特急に乗った。もちろん、私もその中の一人だ。フィナもクリスマスは帰ってくるようにと言われていたらしく、今は一緒のコンパートメントに座っていた。

 

「ねえ、ルーシェは家でパーティーとかするの?」

「いえ。私は実質一人ですので。その代わり、ドラコのお家のパーティーに呼ばれたので行きますよ」

「へ、へぇ、そうなんだ……」

 

 なぜか、動揺したように言うフィナ。私は不審に思いながらも、問いただすことはしなかった。

 

 コンコン――

 

 少しすると、コパートメントの扉がノックされた。

 

「はい、どうぞ」

 

 フィナが応えると、扉が開く。

 

「シエル嬢、少しいいですか? 父上からの伝言がありまして」

「いいですよ」

「私は抜けた方がいいですか?」

「いや、お前にも伝言がある」

「?」

 

 私への伝言ならわかるが、フィナにもあるとはどういうことだろう?

 そんな疑問を持ちながらも、私はドラコの言葉を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリスマスの一週間前。

 ルシウスさんからの手紙の内容に驚くべき事実が書かれていた。

 

 フィナーラルへ

 

 今日は少し大事な話があり、手紙を送った。驚くとは思うが、最後まで読んで欲しい。

 

 まず、フィナーラルをマルフォイ家の養子に迎えることとなった。

 妻は君と会えるのを楽しみにしている。

 息子のドラコはグリフィンドールのお前にあまりいい顔はしないと思うが、根は優しいためきっと仲良くできるだろう。

 これからマルフォイ家の一人として恥をかくことがないよう、私もナルシッサもドラコもお前を支えて行くつもりだ。

 最後に、今年のクリスマスパーティーにお前も出てもらうことになった。衣装などは気にしないでいいが、休暇には帰ってくるように。

 

 ルシウス・マルフォイより

 

 養子? パーティー? 

 その時はいきなり過ぎて内容がよく分からなかった。しかし、クリスマスが近づくつれその実感が湧いてくる。

 養子になるということは、ドラコの義理の兄弟になることだ。しかも、自分の母親でない人を母親に迎える。

 本当にこれでいいのだろうか。心配になりながらも、私はクリスマスを待った。

 

 

 

 

 

 

 

 静かになったコンパートメント。二人の間に流れた空気を読み取ったのか、ドラコは少し顔をしかめた。しかしそこで話を止めるわけにもいかず続ける。

 

「まず、シエル嬢。父上がマルフォイ家でクリスマスを過ごされないか、だそうです」

「そうですね……そちらがよければそのまま行きましょう。荷物は側付きに持って来てもらうことにします」

「では、父上には僕から報告を。それとフィナーラルも一緒に来るように、だそうだ」

「分かりました。ドラコ」

 

 フィナがそう応えると、二人の様子を見ていたルーシェが首をかしげた。

 

「えっと……フィナとドラコは知り合いだったのですか?」

 

 ルーシェの質問に、フィナは目を見開き、対照にドラコは目を閉じる。答えたのはドラコだった。

 

「実は……フィナーラルはマルフォイ家の養子になったのです」

「……それは、どういうことです?」

 

 ルーシェが混乱したように聞くと、ドラコはそのまんまの意味だ、と言った。

 

「フィナ、本当なのですか?」

 

 私がそう聞くと、力なくフィナはうなずく。

 気まずい沈黙はキングス・クロス駅に着くまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 駅に着くと、ルシウスが私たちを迎えてくれた。

 

「シエル殿、お久しぶりです。ドラコ、フィナーラル、おかえり」

「久しぶりですね」

「ただいま、父上」

「ルシウスさん、ただいま」

「それでは、姿くらましを使うとしよう。シエル殿はご自分でお願いできますか?」

「フィナは私が連れて行きましょう」

「分かりました……では、屋敷で」

 

 そう言うと、ルシウスはドラコを連れて付き添い姿くらましで姿を消した。

 

「フィナ。事情はついてからでもいいですか?」

「う、うん……」

「しっかり掴まっていてくださいね」

 

 私はフィナが腕に掴まったのを確認すると、姿くらましを使った。不思議な効果音と共に、体がクネクネとパイプのようなもので運ばれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 着くと久しぶりに姿くらましをしたせいか、胃がムカムカして気持ち悪くなった。でも、ルーシェの姿くらましはルシウスさんよりもまだいい方だ。というかそれ以前の問題で、まだ11のルーシェが姿くらましを使えるのはどういう事だろう?

 そんな事を考えていると、何時の間にか玄関にいた。ルーシェが扉を叩くと、女性が出てきた。

 

()()()()、ご命令通りお出迎えさせていただきました」

「ありがとう、フェッタ」

「え、ご当主?」

 

 衝撃的過ぎて、気持ち悪さなんて吹っ飛んでしまった。

 私の驚いた顔に、フェッタと呼ばれた女性は首をかしげている。

 

「失礼ですが、この方にはご当主様の事をお話しになっていないのですか?」

「ええ。今から二人で話そうと思っていたところですよ」

「そうですか。ではわたくしがご案内いたします」

 

 案内された先は随分豪華な客間だった。平凡庶民派の私は少し目が眩む。ルーシェはあたかもそれが普通かのような顔をしているように見えた。何となくだが。

 

「ルシウス殿はパーティーの始まる少し前にまたお会いになるようです。ドラコ様は少ししたらこちらに来るそうなので、それまではお二人でごゆっくりどうぞ」

「ありがとう、フェッタ」

 

 フェッタが客間から出ていくと、二人の間で今日何度目かの気まずい沈黙が流れた。

 しかし先ほどとは違い、その沈黙はすぐに破られた。

 

「……フィナ。私は貴女にまだ話していない事があります。今まで隠してきたのですがダンブルドアさまと話した結果、休暇明けにはもう、ほとんどの人が知る事になります」

 

 休暇前に来たダンブルドアからの手紙の返事をするために校長室へ向かったシエルは、ルーシェがスタージェント家当主である事実を話すべきかと話をしていたのだ。

 予定では4、5年生までは粘りたかった。

 しかしホグワーツにいる以上、マスコミの目はある程度妨げられるし、用事の場合に簡単に抜け出せるなどと利点も多いのだ。

 そんな事はもちろん知らないフィナは深刻そうな顔をしてシエルの言葉を待った。

 

「私は……」

 

 コンコン――

 

 ルーシェが言い出そうとした瞬間、ドアがノックされた。開かれたドアの先にはドラコがいる。

 

「シエル嬢、そろそろ準備を……まだお話中でしたか。失礼しました」

 

 気まずそうに扉を閉めるドラコ。その様子に二人は吹き出した。

 

「ごめんなさい、フィナ。少し緊張して堅くなっていました」

「ううん。こっちこそごめん」

 

 ドラコのおかげでいつもの雰囲気を取り戻した私たちは笑顔のまま話を続けた。

 

「それで、ですね。私は本名をシエル・スタージェントと言います。ルーシェ・エバンズは簡単に言えば偽名ですね」

「シエル・スタージェント……じゃあ、今日からはシエルって呼ばなきゃダメだね」

「そうですね。私としてもそちらの方が嬉しいです」

「じゃあ、シエル。フェッタさんがシエルのことご当主様って呼んでたのは何か意味があるの?」

「そのままの意味ですね。私はスタージェント家当主なんですよ」

「……へ?」

「ですから、スタージェント家の……」

「いや、何度も言えばいいって問題じゃなくて、スタージェントって()()スタージェントでしょ? シエルはその当主なの?」

「はい」

 

 スタージェント家。純血でありながら、聖28家からは除外され、それでいて他の純血名家に劣らぬ権力を持つ。そんなスタージェント家当主が今、私の前にいる。()()に私に接してくれて、話してくれて、そんな人が私の友達。

 

「私なんかが、いいの?」

 

 ふと浮かんだ疑問。

 ()()なら、私は彼女と話せる様な人ではない。タメ口なんてもっての他、友達になんてなれるような存在じゃ――

 そこまで考えた時、シエルが私を抱きしめた。ふわっとシエルの香りが一面に広がる。

 

「フィナの考えている事は大体分かります。でも、私は好きでフィナと友達になりました。スタージェント家当主という位は幾ら足掻いても外せない。でも、フィナは、他の人たちも、私を自由にしてくれているんです。これまでもこれからも、貴女と私は友達です」

「ふふっ。なんかくさいよシエル。でもありがと」

「どういたしまして」

「それじゃあ、そろそろドラコを呼んであげなきゃ」

「そうですね」

 

 扉を開けると、壁に寄りかかって腕を組んでいるドラコが目の前にいた。横にはフェッタがいる。

 

「ドラコ、待たせましたね」

「いえ、その様な事は。そろそろ準備をした方がいいと」

「分かったわ」

 

 ドラコが失礼しますと言って去ると、残された三人は部屋に入り、支度を始めた。

 

 

 

 

 

 

 コンコン――

 

 準備が終わり、二人で雑談をしていると、ドアのノック音が聞こえた。

 

「失礼します、ルシウスです」

「どうぞ」

 

 シエルが返事をすると、同じく支度を終えているルシウスとドラコが部屋に入った。

 

「今日の段取りをしましょう」

「頼みます」

「まずですね。フィナーラルの養子の発表とお披露目を行い、中盤にスタージェント家当主様のお披露目にいたします」

「それまで私は隅で食事を楽しむことにします」

「いえ、今日はドラコにエスコートを頼みましたので」

「あら、そうでしたか。それならよろしくお願いします、ドラコ」

「お任せを」

「では、スタージェント殿。また会場でお会いしましょう。フィナーラル、行くぞ」

 

 二人が部屋を出ると、ドラコとシエルも部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会場を見渡せば大きなクリスマスツリーにキラキラと輝く飾り。シャンデリアにまで飾りが付いていて、綺麗だった。

 

「スタージェント殿、どうかしましたか?」

 

 いきなりの足を止めた私にドラコが心配そうな顔をした。

 

「いや、会場の飾りが綺麗でつい見惚れてただけです」

「スタージェント殿の方がお綺麗ですよ」

 

 この家族は親子揃って口が上手いらしい。

 今日のドレスは桜色を基調としており、シエルの金髪に良く映えている。しかもいつもはおろしている髪を結い、サイドはやわらかく編み込んである。

 

「ありがとうございます。でも、ドラコもかっこいいですよ」

 

 仕返しに私がそう言うと、ドラコは顔を赤くした。どうやら褒め上手だが褒められ下手のようだ。

 

「そういえば、ドラコ。無理に敬語でなくてもいいのですよ? 何だか、貴方らしくありませんし」

「いえいえ、そんな……」

「では、命令にします?」

「冗談でも、そういうことは辞めてくれ……」

 

 げっそりとしながらも、彼は敬語を直す。やっぱりそっちの方が、マルフォイらしいな。

 

「そろそろ子供たちの輪に入るぞ」

 

 ドラコに連れられ、私は足を進めた。

 

「あっ、ドラコ様よ」

「本当だわ」

「でも見て、誰か女を連れてるわ!」

「あれって、グリフィンドールのプリンセスじゃないの!?」

「なんでスリザリンのプリンスと!?」

 

 近づくにつれて、女の子集団の歓声にも取れる声が聞こえた。ドラコは小さくため息をついている。

 

「いつもこんな感じなのですか?」

「まあ、特にパーキンソン辺りは小さい頃からずっとあんなだ」

「貴方も大変ですね」

「お気遣い感謝しよう」

 

 私たちがそんな話をしていると、何時の間にかドラコの周りには人が集まって来ていた。

 

「ドラコ様、お久しぶりですわ」

「元気でしたか?」

「この娘は一体誰ですの?」

「プリンスはふさわしいプリンセスと仲良くすべきですわ」

 

 戸惑っているドラコ。私は助ける事はせず、少し離れたところでぶどうジュースを飲んだ。ノンアルコールのはずで飲んだら、酒が入っていた。喉がヒリヒリした。むせそうになった私は急いでオレンジジュースを飲んだ。

 

「待って、みんな一度話すのをやめてくれ。僕には重大な役目があるんだ。担えなければ父上に顔向けできない」

 

 ドラコの説得でやっと離れてくれた女子たち。ドラコは私の方を見てこう話した。

 

「あそこにおられる方は、誰でもない、シエル・スタージェント殿。あのスタージェント家のご当主様だ」

「「「「え?」」」」

 

 集まっていなかった男子たちもその言葉に驚いた。

 

「スタージェント殿、こちらへ」

「紹介ありがとう、ドラコ。シエル・スタージェントです。以後お見知りおきを。後で説明がありますが、ホグワーツでは偽名を使い身分隠していました」

 

 ――やばい。

 

 そこにいたホグワーツの生徒全員がそう思った。そして、その全員が頭を下げる。

 

「ホグワーツでのご無礼誠に申し訳ありませんでした……」

「私も」

「わたくしも」

 

 次々に謝罪の言葉を述べ、中には土下座しているものまでいた。ドラコを見ると同じように頭を下げている。

 

「皆、頭をあげてください。今までの無礼は全て許しましょう」

 

 面倒くさくなった私はそうとだけ言うと、テーブルの方へ足を向けた。後ろでドラコが止めるような声が聞こえたが手で制す。

 

「私がいると楽しめないでしょう?」

 

 シエルの思いやりにドラコは素直に礼を言うと、シエルは振り返らずその場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

「ご来場のお客様にお話がございます。こちらをご覧ください」

 

 会場に響き渡るルシウスさんの声。緊張を誤魔化すために何となくでイギリスの正式名称を復唱していた。

 10回ほど言った頃、ルシウスさんから合図がかかった。

 

「マルフォイ家の新しい娘、フィナーラル・マルフォイです」

 

 慣れないヒールに緊張で震えた足。やっとの事でルシウスさんの横へたどり着くと、私はくるっと向きを変え前を向いた。

 キラキラと光る飾り、クリスマスツリー、そして何より観客からの視線が私を貫いた。その中で暖かい視線を感じそちらに目を向ける。すると、シエルがにこやかに手を振っていた。

 シエルを見て緊張が少し和らいだ私はルシウスさんの話に耳を貸した。

 話が終わった頃には一歳くらい老けた様な気がした。

 

 

 

 

 

 

「フィナ。緊張しましたか?」

「もう肩とかがっちがち……」

 

 近くに来ていたシエルがフィナを見つけるなり声をかけた。

 

「今から私も出番ですので。良ければここで見ていてください。終わったら一緒にパーティーを楽しみましょう」

「うん、そうだね」

「それでは、続いては三年ぶりのご来場である、スタージェント殿です。こちらへどうぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 コツコツ――

 

 彼女の靴音のみが聞こえる静寂。空気すらを支配するその力。見惚れるほど美しい立ち振る舞い。

 この場にいる全員が彼女に飲み込まれるようだった。

 

「ご紹介に預かりました。私はシエル・スタージェント。スタージェント家現当主です」

 

 あの時とは違う優しめの口調。しかし、それが変わったところで彼女の威厳が損なわれるなんていう事は無かった。

 これはシエルの策略の一つであり、シエルの様な子供でも逆らう事のできない空気を作るための土台。

 

「これまで私は身分を隠して来ましたが、ホグワーツへの入学を境に、完全なる社会復帰をご報告します。ホグワーツで使っていた偽名も取り消し、これからはシエル・スタージェントとして過ごします」

 

 少しざわめく会場。ルシウスが手を上げると静寂が取り戻された。

 

「しかし、私はまだ子供の身。皆様ほど沢山の知識も経験もありません。そのためホグワーツ卒業まではなるべく外部との接触を控え、卒業後に正式なスタージェント家当主の座に着きます。よろしくお願い致します」

 

 シエルはそう言うと一礼をし、舞台を下りた。

 張り詰めていた緊張感が消え、会場に音が戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数時間後。

 無事パーティーが終了し、私は客間へ戻った。

 

「ふぅ……」

 

 ため息をつきながらソファに座る。そのまま目を閉じ眠気に意識を手放そうとした時、ドアがノックされた。開いたドアから現れるのはルシウスだ。

 

「お疲れのところ、申し訳ございません。少しよろしいですか?」

「大丈夫ですよ」

 

 私はそう答えるとルシウスを向かいのソファへ座らせた。すぐにフェッタを呼び、お茶を用意してもらう。フェッタが部屋を出て行くと、ルシウスが口を開いた。

 

「話と言いますのは……契約の話です」

「そういえば、随分と強引に決めてしまったままでしたね」

 

 私は一度そこで区切ると紅茶を口に含んだ。少し苦い味が舌に残る。

 

「それで……本当に私と手を組みますか?」

 

 今度はルシウスがカップに手をつけた。静かで重い空気が部屋中を立ち込めていく。

 しばらくして、ルシウスがカップを置いた。

 

「少し前までは如何に契約を破棄できるか、考えていたのです」

「悪魔との契約は簡単ではないと?」

「そのような訳では……」

「冗談ですよ。それで?」

「スタージェント殿はナルシッサを守ってくださいますか? ドラコを守り続けると誓ってくださいますか? 私がいなくとも」

 

 ルシウスのグレーの瞳が揺れていた。私は瞳の奥を見つめていた。彼はどこまでも父親の顔をしていた。

 

「守ります。ナルシッサさんも、ドラコもそして――あなたも」

 

 ルシウスはふっと笑みを零した。私はそれを見ていた。

 

「これからも、よろしくお願い致します」

 

 そう言って部屋を出て行くルシウスの後ろ姿を見ながら、私は手足の震えを覚えていた。

 

 ――恐怖。

 

 変えない、変えたくない。そう言いながらも、私は一つ、また一つと、原作のレールから外れて行っている。これは矛盾だ。自分の考えとは反する方向に物事が進んで行く。

 まるで、誰かが私に命令し、私を動かし、未来を……

 

 ザザババガガジダダヅヅヂヂヂゴゴググデデデゾゾゼズジジ

 

 そこまで考えた時、また"ナニカ"が私の思考を邪魔した。眼がジリジリと熱くなり、何も考えられなくなる。

 

「――ッ」

 

 必死に意識を保とうと歯を食いしばるが、次第に目の前が真っ白になり、意識が飛ぶ。

 

《…目醒めはまだ早い…》

 

 "ナニカ"はそう言うと彼女を睡らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日。

 

「シエル、おはよう。それと髪飾りありがと」

 

 フィナがまだ眠気の冷めていないシエルを見ながらそう言った。

 

「ふわぁ……おはようございます、フィナ。気に入ってもらえて何よりです」

 

「ほら、シエルも沢山プレゼントが届いてるよ!」

「そうですか……って、なんでこんなに?、」

 

 シエルの眠気が一気に冷めた。というのも、ざっと見ただけ数十個はありそうなプレゼントが綺麗に積み重なっているのだ。試しに一つ手に取ると、『親愛なる、シエル・スタージェント殿』と書かれていた。私はなるほどと頷く。

 

「着替えをしますからフィナは部屋に戻っていてください。少し時間がかかるかもしれません」

「分かった。じゃあ、朝食の時にね」

 

 フィナが部屋から出て行くと、入れ替わりにフェッタが入ってくる。彼女にプレゼントの仕分けを頼むと、私は身支度をした。

 仕分けが終わると、次は一つ一つ開けて行く。面倒だったので少し魔法も使った。

 

 プレゼントの中身は、フィナからは『クィディッチ今昔』の本、双子からはそれぞれ手鏡とくし(もちろん悪戯グッズだが)、リーからはクリスマスカード。

 ドラコからは高級そうな手袋、ルシウスからは何故かワイン、他の当主からは何かと高級そうな何か。

 ダンブルドアからは哲学的な本、セブルスからは香水、リーサからは手作りのクッキー。

 他にも幾つかあったが、主なプレゼントはそんな感じだった。一番驚いたのは魔法大臣からのプレゼントで、何と二十枚にも及ぶ契約書だった。防火・防水の効果がかけてあったが、最大出力のインセンディオによって一瞬で灰になる。

 

「ご当主様、そろそろ朝食のお時間でございます」

 

 フェッタの声でプレゼントタイムに区切りをつけた私は、食堂に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 マルフォイ家で過ごすクリスマス。色々と問題はあったが、結果存分に楽しむ事ができた。



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27.事件

 クリスマス休暇が終わると、新学期が始まった。

 

 シエルは休暇中に色々と手続きを済ませ、スタージェントとして登校した。ダンブルドアの配慮もありホグワーツ特急は使わなかったのだが、キングズクロス駅の9と3/4番線とホグズミード駅はマスコミですごい事になっていたそうだ。

 マスコミの目は逃れたものの、次はフクロウ郵便。フクロウ郵便の時間外にも押し寄せる大量の手紙に一枚一枚焼くのも面倒になり、手紙禁止の通知を出した。

 マスコミ、手紙と来て次は何かと思えば生徒。放課の度にシエルの周りに集まりわいわいと騒ぎ、授業になると去って行く。これについては対人に使える魔法は少なく、対処できなかった。

 

 その状況がまるまる一週間は続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてついに問題が起きた。

 

「スタージェント様、今日もご機嫌麗しゅう……」

「今日は少し肌寒く……」

「スタージェント様、お元気で……」

「スタージェント様……」

「スタージェント様……」

 

 シエルの中で何が崩れ落ちた。

 異変を感じ取ったのは隣で道を開けようと声をかけるフィナと、周りでこれ以上人が集まらない様にと人を捌けさせている双子とリーのみ。そしてその三人は、最悪の未来を同時に想像した。

 

「  」

 

 声も音もなく発動された魔法。何時の間にか彼女の耳のイヤリングは外れており、それは彼女が本気である事を意味する。

 

 バァン――

 

 爆音とともに魔力が暴走した。周りの生徒はその音に耳を塞ぎ、一部の者は倒れた。

 いつもならここで、シエルは自分のやってしまったことに気がつき魔法を止められる。しかし、彼女の心にはもうそんな余裕は残されていなかった。

 何の力もないはずの魔力そのものが城の全てを呑み込む勢いで溢れ出す。その魔力が力を持とうとしたその時――

 

「そこまでじゃ」

 

 今世紀で一番偉大な魔法使いの声で彼女の魔法は止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダンブルドアの声で我を取り戻したシエルは、体の力が抜け崩れ落ちた。双子がシエルを支え、フィナがイヤリングをつける。シエルは意識が飛びそうになりながらもやっとのところで立ち上がった。

 

「シエル、今回ばかりは君のせいではないからのう……取り敢えず、医務室に行きなさい。ウィーズリーたちとミス・ソード、ミスター・ジョーダンは連れとしてついて行きなさい」

「分かりました。行くぞ」

 

 リーが答えると、五人は医務室へと足を向ける。彼らが見えなくなるのを確認すると、ダンブルドアは集まっていた生徒に向けて諭す様に言った。

 

「スタージェント家当主とはいえど君たちと同じ子供。同級生ならまだしも、上級生も一緒になってこのようなことを行うとは……以後、この様なことがない様に」

 

 ダンブルドアがいなくなると、生徒たちはこそこそと話しながらもその場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シエル、大丈夫かな……」

 

 シエルを医務室に預けるとすぐに追い出された四人。フィナの心配の声に他の三人も頷いた。

 

 新学期が始まった初日。日刊預言者新聞にて発表されたスタージェント家当主の真実にホグワーツは大騒ぎになった。

 初日は目くらまし呪文を使い、何とかごまかすことができたのだが、二日目からは呪文をかけても上級生にフィニートされてしまい、意味が無かった。

 三日目には時間割が完全に把握され、四日目は大広間で食事を取ることも難しくなった。

 

 そして一週間経った今日がこれだ。ああなっても仕方が無いと思えるほど、シエルはストレスを抱えていた。

 マダム・ポンフリーはシエルを見るなり、「なぜ、こんなことになるまで放置していたんですか!?」と言った。そのもっともな言葉に私たちは何も言えず追い出され、今ここにいる。

 

「早く戻ってくるといいけど……」

 

 フィナの願いが叶うことはついになかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 シエルが目を覚ましたのはそれから一週間が経った頃だった。体力、魔力、精神力の全てを使い果たしてしまったシエルは目が覚めてもすぐに眠ってしまうそんな状況。時々、ダンブルドアが様子を見に来て、近況を話したが、私が入院したことによってマスコミも少し収まった様だった。また、クィディッチが近づいて来たこともあって、生徒の意識もそちらの方へと流れて行っているらしい。

 しかし、問題が一つ。とにかく暇なのだ。起き上がるのも一苦労なのに勉強なんてもってのほか、面会も止められているため娯楽が本当に何もない。

 

 徒然なるままに日暮らし硯に向かいて……

 春はあけぼのやうやう白くなりゆくやまぎは……

 いろはにほへと、ちりぬるを……

 祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり……

 

 結果、私は古文を暗唱し始めた。以外とこういうものって覚えているものだ。

 

 そんなこんなでまた一週間が過ぎた。

 

 そろそろ面会も許可されると喜んでいたのだが空回りしてしまい――

 

「マダム・ポンフリー、お願いですから何か許可してください」

「ダメです。寝ていなさい」

「せめてセブルスを呼んでください」

「ダメです」

「じゃあ……」

「何度言ってもダメです。口を開くのを禁止しますよ!」

「はい」

 

 プンプンと怒り、足を鳴らしながら去って行くマダム・ポンフリー。私はため息を漏らしながら目を閉じ、この時間をどう有効に使うかと考え始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シエルが入院してから二週間が経った。今日こそは、と毎日のように医務室に通っているのだが、退院するどころか面会もさせてくれず、無駄足となっていた。

 今日もかすかな希望を持ちながら医務室へと向かった私たちは、変わらない状況にため息をついた。

 

「はぁ……」

「そう落ち込むなって、フィナ」

「元気だせって、フィナ」

 

 双子は私を慰めながらも、肩を落とし、医務室に背を向ける。私も寮へ戻ろうとし、ふと名案が浮かんだ。

 

「ルクスだわ!」

「は?」

「へ?」

 

 双子の気の抜けた声。私はそんな二人に気を向けず、ルクスを呼び出すために花型の首飾りを取り出した。

 

「出でよ花の精。ルクシーズ=フェアリーナ」

 

 フィナの唱えた術式によって、首飾りがキラリと光り、一人の妖精が現れる。

 

「(お呼びですか? フィナさま)」

 

「ふぃ、フィナって……」

「ま、まさか……」

「「妖精使い(フェアリー・チャーマー)なの?!」」

 

 妖精使いとは、妖精や精霊を従え、その力を借りて魔法を使う者のことだ。妖精や精霊の多い地域でも一握りしかいないと言われている。

 そんな非常に珍しい妖精使いが目の前にいる。双子が驚くのも無理はなかった。

 

「ルクス、頼みがあるの。この中にいるシエルにこれを渡して来てくれる?」

「(分かったわ)」

 

 ルクスはそう言うと、フィナから受け取ったものを持って、医務室の扉の隙間から入って行った。

 

「これで、あとは待つだけですね。ん? 先輩たちどうかしましたか?」

「いや、別に何も……」

「ただ、俺たちの周りには、すごい人が多いって気づいただけだ」

「すごい人? 確かに、シエルは凄いですけど」

「「フィナもね?!」」

「?」

 

 小首をかしげるフィナ。

 

「お前ら、そろそろチャイム鳴るぞ」

 

 どこからか現れたリーの言葉で三人は急いで次の教室へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(フィナさま、久しぶりに出してくれたかと思えば、これなんだから……全く)」

 

 目くらまし呪文をかけ、医務室に忍び込んだルクスはそんなことを考えていた。しかしそれは(あるじ)に対する反感ではなく、敬意。長い間一緒に居たからか、我が子を愛でる母親の様な感覚に近かった。

 

「(シエル……あっ、あの人)」

 

 目的の人物を見つけて近づこうとすると、ゴンッという音と共に、見えない壁に行く手を阻まれた。

 

「誰ですか?」

 

 静かに響くシエルの声。その声は警戒心からか、殺気立っている。ルクスはピタリと固まってしまった。

 

レベリオ(現れよ)

 

 目くらまし呪文が解け、ルクスが現れる。

 

「あなたは……ルクス?」

 

 緩んだ空気にルクスはフラフラとベッドの上に降り立った。

 

「(そうよ。フィナさまが、これを渡して欲しいって言うから来たんだけど……アナタ、ワタシを殺す気?)」

 

 預かったものを渡しながらそう言うルクス。シエルは自分の出していた殺気に気づいていないのか、首をかしげていた。

 

「(まあ、いいわ。それより、早く治してフィナさまのところへ戻って来て。魔力が戻ったら、回復なんてすぐでしょ?)」

「その魔力の回復? 少し待ってください……魔力が回復すれば体力が戻るんですよね。なら……」

「(?)」

 

 いきなり過ぎてついていけないルクス。シエルはそんなルクスに構わず、独り言の様に話している。

 

「……魔力が無いなら集めればいいんですよ。ここは魔法学校ですし、魔力なんて溢れていますし。ルクス、少し手伝ってください」

「(へ? あ、はい!)」

 

 よく分からないが取り敢えず、ルクスは返事をした。シエルはフィナが届けてくれたものの中から紙とペンを取り出し、何やら術式の様なものを書いている。いや、正確には、新しい魔法を作り出している。

 

「(この人、規格外……)」

 

 ルクスはため息をつきながら、彼女の隣に座った。

 

 ――数時間後。

 

「ルクス、できましたよ!」

「(へー、すごーい)」

 

 あきらかに棒読みだったが、シエルは気にしていない様子だった。

 

「ルクス、この呪文を私に向けて唱えてくれる?」

「(本当にできたのね、魔法)」

 

 そう言いながらもシエルから紙を受け取る。そこには、結構長めの呪文が書かれていた。

 

「あまり時間がなかったので少し長めですが、幼児に使わせても成功する確率は89%です。ミスはあり得ません」

「(いや、そういう問題じゃ無いと思うけど……取り敢えずやって見る)」

「お願いします」

 

 そう言うと、シエルは目を閉じた。ルクスは片手に紙を握り、もう片方の手をシエルの額に当てた。そのまま、呪文を唱える。

 

「(             )」

 

 呪文を唱えているはずなのに、その声は聞こえない。周りの音も消え、変わりに普段聞こえないはずの魔力の動く音が聞こえた。呪文が終わりに近づくに連れて、近くに魔力が押し寄せてくるような感覚がした。

 どれくらい経ったのだろう。とっくに呪文は唱え終わったはずなのに、なかなか音が戻らずルクスはぼーっとしていた。

 

「……ス……クス、ルクス!」

 

 遠くの方から聞こえたシエルの声に、意識がはっきりとしてくる。音が戻り、もう魔力の音は聞こえなくなった。

 

「(ん……魔法、魔法は成功した?)」

「ええ。でも、この呪文を使うと、どうやら術者が気を失うみたいです」

「(ミスはないんじゃなかったの?)」

「これは呪文の副作用ですから、ミスではなく改良点です」

 

 ミスを否定するシエルだが、ルクス的にはミスも改良点も大差ないと思った。それをあえて口に出すことはしないが。

 

「(そろそろ、ワタシは行くけど。他に何かある?)」

「では、一つだけ。フィナにはこのことは秘密にしておいてください。怒られそうですので」

「(うーん……分かった。じゃあまたね)」

 

 ルクスが医務室から出て行くと、変わりにマダム・ポンフリーが入ってきた。

 

「シエル。調子はどうですか?」

「完全に治りましたよ」

「そんなこと、ありえな……って、どうやってここまで魔力を回復させたんです? まるでどこかから集めた様に……」

 

 マダム・ポンフリーの感の鋭さに、シエルはギクリとした。

 

「まさか本当に……いや、どうやって?」

「でも、これで退院できますよね?」

「……はぁ、校長に報告してきます」

 

 マダム・ポンフリーは患者が退院することは嬉しいはずなのに、なぜか悲しい顔をして医務室を出て行く。シエルはその後ろで、小さくガッツポーズをした。

マダム・ポンフリーが居なくなって少しすると、ダンブルドアが入って来た。

 

「シエル、体調が()()良くなったようじゃのう」

「はい。私も()()()治癒能力にはびっくりです」

「そうか、そうか。それとは別の話じゃが、先ほど儂の魔力が少しなくなった気がするのだ。わしの気のせいかのう……」

「どうでしょう? 私は何も感じませんでしたが」

 

 医務室に来るなり、痛いところを突いて来るダンブルドア。全てお見通しと言わんばかりに眼鏡をキラリとさせた。

 

「それで、私はいつ退院できますか?」

 

 ダンブルドアはじとりと目を細めたが、すぐににこりと笑った。

 

「もう少し様子を見て、夕食までには寮に戻れるようにポピーには伝えておこう。じゃが、くれぐれも魔法を使ったりしないように。よいな?」

「わかりました」

「それでは、儂はポピーと話してこようかのう」

 

 そう言うと、ダンブルドアはマダム・ポンフリーの方へ歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 予定より早く退院できた私は、取り敢えず自分の部屋に戻り身支度をした後、談話室に向かった。

 見渡すと、ハリー達三人は暖炉の前、双子とリーは窓辺、フィナは1人で本を読んでいるようだった。無意識に主人公達の行動を確認してしまう自分に呆れながらも、私はフィナの元へ向かった。

 

「ただいま、フィナ」

「ん? どうしたの……って、シエル!? いつのまに帰ってきてたの!!」

「今ですよ」

 

 フィナの驚いた顔にサプライズ成功! と喜んだのもつかの間、フィナが私に抱きつき、泣き始めた。

 

「シエル。心配したんだからね! ぐす、本当に、よかったあぁ!」

「すみません。迷惑をかけてしまったようですね……」

「お、シエルが帰って来たぞ」

「「シエル!!!!!」」

 

 双子も飛びついて来て、私たちは四人で盛大に転んだ。もちろん、一番下が私だ。

 

「お、重いですよ。ぐっ、肋骨が……リー、助けてください……」

「馬鹿かお前ら」

 

 そう言いながら、リーは双子を引き離した。自由になった体に、一度深呼吸をする。

 

「あなた達、私を殺す気ですか!」

「ごめんごめん」

「嬉し過ぎてつい」

「「イタッ」」

 

 全然反省していない様なので、近くにあった本で頭を叩いておいた。

 その様子を見て苦笑いを浮かべているリー。フィナはまだ目に涙を溜めていた。

 

「ようやく、退院出来たんだな」

「はい。ただ、過剰な運動と授業以外での魔法の使用は禁止されました」

「それでも、退院出来てよかったね」

 

 フィナはそう言うと、花の様に笑った。

 

「そうですね……では、改めまして。ただいま帰りました」

「おかえり、シエル」

「お帰り」

 

 フィナとリーが挨拶を返す。しかし、双子はそんなのはお構いなしに、違う話を持ち出してきた。

 

「ねえ、退院祝いは何がいい?」

「これとかどう? その名も『ビリビリペン』!」

「気持ちだけ頂いておきます」

「えー、ひどーい」

「シエル、いじわるー」

 

 そんな言い合いをしていると、横でフィナとリーが楽しそうに笑っていた。

 

「ふふっ、やっぱり先輩達にはシエルがセットですね」

「そうだな。お似合いだぞ」

「「お前らが言うな!!」」

「フィナとリーの方がお似合いですよ?」

「へ?」

「は?」

「シエルのバカ!!」

「お前ら、調子に乗んな」

 

 フィナはシエルを、リーは双子を、それぞれ追いかける。

 他の寮生はいつもの騒がしさがもどってきたことに少し安堵を感じた。

 

 戻ってきた日常は、シエルが『ルーシェ』でも、『スタージェント』でも変わらず、それでいてシエルが『シエル』で居られる場所だった。

 

 



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28.賢者の石

『クィディッチ、グリフィンドールの完全勝利!!』

『最高のシーカー、ハリー!!』

 

 談話室に飾られた大きな垂れ幕。そこにはでかでかとその文字が書かれていた。

 今日の試合はグリフィンドール対ハッフルパフ。セブルスの審判に、好青年セドリック・ディゴリーがシーカーというハンデを持ちながら試合に挑んだのだが、そんな心配を余所に、ハリーが最速でスニッチを取ったらしい。らしいというのは私が観戦に行っていないからであって、その間に闇祓い局でひと汗かいてきたというのはフィナ達には内緒の話である。

 

 それはさておき。

 

「ハリー、凄かったぜ!」

「君は世界一のシーカーさ!」

 

 おかげでハリーの周りは人で溢れかえり、背があまり高くないハリーはうもれて見えなくなっていた。

 そういう私はと言うと、過度な運動を禁止されている、という口実で人混みから逃げ、一人隅の方のソファでその様子を見ていた。双子はもちろん、フィナもリーもハリーの周りにいるため、隣には誰も居ない。ふと、誰かが私に声をかけた。

 

「ちょっといいかな……」

 

 ネビルだった。私は緊張している彼に微笑みかける。

 

「何か、私に御用でしょうか?」

「そ、その……スネイプ先生から頼まれたんだ」

 

 そう言うとネビルは私に小包を渡してきた。

 

「これは?」

「中身は教えてくれなかったんだけど……スタージェントさんに渡しておいてって」

「そうですか。ありがとうございます。ロングボトム」

「僕のことはネビルでいいよ」

「では、ネビル。私のこともシエルで大丈夫ですよ」

「じゃあ、シエル!」

 

 ぱあっと顔を明るくしてネビルはまたねと言った。

 ネビルが去ると、私はセブルスからの小包みを開き、中身を確認した。すると、小瓶と紙が一つずつ入っている。

 

 『明日の放課後、私の自室に来る様に』

 

 紙にはそう書いてあり、瓶の中には銀色の液体が入っていた。

 蓋を開け、匂いを嗅ぐと、明らかに生臭い匂いがした。ついでに少量を手に取り指になじませてみる。

 ユニコーンの血だった。

 そっと瓶をポケットにしまった。手についた血は魔法で落とす。

 

 たしか、ハリー達が森に行くのはもう少し後のはずだ。その前にセブルスが気づいていたということなのだろうか。原作外の話だから、全く行動が読めないな。

 万能ではない自分の能力に不満を漏らしながらも、私は思考を巡らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の放課後。私はセブルスの自室の戸を叩いた。

 

「失礼します。シエル・スタージェントです」

「入りたまえ」

 

 扉を開けると、セブルスは宿題のチェックをしている様だった。

 

「取り敢えず、座りなさい」

 

 言われた通り目の前にあった椅子に座り、セブルスを見る。すると、コップが私の目の前に浮いて来た。

 

「紅茶だ。長くなるかもしれん。飲むといい」

「ありがとうございます」

 

 いつもより口数の少ないセブルスに少し違和感を持ちながらも、私は紅茶を飲んだ。ハーブティーの香りが鼻からふわりと抜ける。その余韻に浸っていると、セブルスがやっと本題に入った。

 

「ロングボトムから例の物は受け取ったか?」

「はい」

「では、瓶の中身が何か分かったか?」

「ユニコーンの血ですね?」

「ふむ。先週、禁じられた森でたまたま見つけたものだ。まだ死体は見つけていないが、森の奥でこの血を見つけた」

「厄介ですね……ユニコーンが襲われるなんて。永遠の命と引き換えに永遠の呪いだなんて、笑えませんよ?」

「その口振りだと犯人が誰か分かっている様にも聞こえるが?」

「そう言うセブルスこそ、目星はついているのでしょう?」

 

 数秒間の無言・無表情の戦いの後、折れたのは意外にもセブルスだった。

 

「吾輩が思うに犯人は『例のあの人』だ」

「……ヴォルデモートですか? 冗談はよして下さい。彼は死にました。殺した英雄がこの学校にはいるじゃないですか」

 

 心笑瑠(転生者)としてヴォルデモートが生きていることはもちろん知っている。しかし、それは私が転生者であることを知られるのはまずい。私は演技をしていた。

 

「吾輩は冗談は言わん」

「確かにそうですね……では、ヴォルデモートが生きているということを前提で話を進めましょう。彼が狙っているものはなんですか?」

「永遠の命だ」

「そうではなくて、ホグワーツの近くにいる理由はなんですか? 何か狙っているものがあるのでしょう?」

「…」

 

 セブルスは私の問いに黙り込んでしまった。しかし、少しするとその口が開く。

 

「『賢者の石』」

「何ですって? ヴォルデモートに『賢者の石』だなんて。これは絵本か何かですか? 戯言も大概にして下さい」

「そう思われても仕方がない……しかし、これは校長からの伝言なのだ」

「ダンブルドアさまから?」

「うむ……」

 

 セブルスは頷くと、何も言わずに私の目を見た。

 

「何が望みですか?」

「……一緒に()()()()を守って欲しいのだ」

「賢者の石じゃなくて、ポッターを?」

「そうだ」

「……セブルスはポッターが憎いのではなかったですか?」

「憎い……が、吾輩が亡き彼女のためにできるのはこれくらいしかないのだ」

「真っ白ですね。貴方は」

 

 独り言の様につぶやくセブルス。私はその純粋さについ言葉が出てしまった。

 

「それで、お願いできるか?」

「分かりました。では、具体的に何をすればいいのですか?」

「それがだな……」

 

 セブルスとの話し合いの結果、ハリーの監視をする、二日に一度森に偵察をする、週一で情報交換をする、などが決まった。

 

「取り敢えず、今日はもういい。また明日からだ」

「分かりました。では、失礼します」

 

 セブルスの自室から出ると、クィレルが目の前にいた。

 

「お、おや、君は、み、ミス・スタージェントじゃなないですか。こ、こんな時間に、と、特別授業ですか?」

「はい、そうです。先生はなぜここに?」

「い、いえ、少し、スネイプ先生と、お話が」

「そうですか。では、私はこれで」

 

 私は背中に敵意の視線を浴びながら、その場から立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日から、ハリーの監視兼護衛をしつつも、授業を難なくこなし、二日に一度森に偵察にも行き、なんの異常もなく一週間が過ぎた。

 強いて言えば、クィレルの後頭部の寄生虫がよく私に敵意を向けて来るが、別に無視をしておけばいいので、差ほど問題ではない。

 けれど私はヴォルデモートが現れることに少し期待を持ち始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、ハリー達はシエルの監視に気づくことなく、日常を過ごしていた。

 

 クィディッチの日にクィレルがスネイプに脅されているのを見てから、ニコラス・フラメルの『賢者の石』が学校に隠されていることを知った彼らは、スネイプがクィレルに少しでも抵抗し続けられる様に、クィレルに対する態度を変えた。

 しかし、それも長くは続かず、試験に向けての大量の宿題などに追われる日々。

 しかもそんな時にハグリッドがドラゴンなんかを飼い始めるのだから、忙しいどころではなかった。結局ドラゴンはロンのお兄さんが預かってくれることになり、土曜日の零時にドラゴンを運び出せばいい。

 しかし、そうも簡単にはいかなかった。

 

「信じられません! 貴方達は一体何をしていたんですか!」

 

 マクゴナガル先生は強い口調に僕たちはびくりとした。あの時、マントを持って来るのを忘れなければ――

 

「一晩で四人もベッドを抜け出したなんて、あきれかえったことです。どんな事情があっても、夜に抜け出していい理由にはなりませんよ! グリフィンドールから五十点減点です!」

「五十点?!」

「一人、五十点です!」

「そ、そんな……」

 

 合計一五○点の減点。

 折角クィディッチで得たリードをたった一晩で水の泡にしてしまった。その日からハリーは一番の人気者から一番の嫌われ者になってしまった。

 

 ――処罰は夜の11時からだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここ最近のハリーたちの様子を見ていると、喜怒哀楽が激しい様だった。全ては一五○点の減点が理由なのだが、寮杯などにあまり興味のない私は彼らに対する態度を変えることはなかった。というか、ここの学校の生徒たちは精神年齢が低すぎるだろう。好き嫌いがはっきりし過ぎだ。そんなことを心笑瑠目線で思いながらも、私は彼らの行動を監視続けた。

 

 その日の夜は、私が森へ偵察に行く日だったため、私はいつも通り森へ向かっていた。ハグリッドの家の前を通り過ぎようとして、彼がそわそわとドアの前に立っているところがみえた。

 しばらく見ていると、フィルチが生徒を四人連れてこちらへと向かってきた。あれは、ハリー、ハーマイオニー、ネビル、ドラコだ。

 

「もう時間だ。遅かったぞフィルチ。ここからは俺が引き取る」

「あんまり仲良くされても困るねぇ。夜明けにはこいつらの残ってるところを引き取りに戻って来るよ」

 

 フィルチが校舎の方へ歩いて行く。ドラコがまだブツブツと言っている様だったが、少しすると、ハグリッドを含めた五人とファングが森の方へ向かって行った。

 

「仕事と行きますか……」

 

 私も彼らに続いた。

 

 森に入ると、ハグリッドは今日やる、傷ついたユニコーン探しを説明し、グループ分けをした。ハグリッドとハリーとハーマイオニー、ファングとネビルとドラコという分け方だ。もちろん私はハリー達のグループについて行った。

 

 少し歩くといつもは聞こえない物音が聞こえ木陰に隠れた。

 また少し歩くとケンタウロスに出会い『火星が明るい』と予言をされた。彼らの言う意味は人間には計り知れないが、私が森に行くといつも『星が明るい』と言われる。今日はきっと『危険が訪れる』などの意味に近いだろう。

 そんなことを考えていると、ふと、赤い火花が空に打ち上げられた。ファンググループからの危険信号だ。

 

「お前さんたちはちょっと待っとれ。すぐに戻る」

 

 ハグリッドはそう言うとハリー達を置いて、火花が放たれた方向へと走って行く。ハリーたちの顔は恐怖で蒼白になっていた。

 少ししてハグリッドが二人とファングを連れ戻って来ると二人に怪我はなく、ドラコがネビルを脅かしたため誤って火花を打ち上げただけだった。

 そんなことが起こらないよう、ハグリッドとハーマイオニーとネビル、ファングとハリーとドラコに分け直し、ユニコーン探しを再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから2、30分歩き、さらに森の奥へと足を進めた。ユニコーンの血もどんどんと濃くなり、暗黒なる気配も少しずつ近づいているのを感じた。もう少し歩くと、開けたところが見え巨大な樫の木がそびえ立っていた。そしてその下には――

 

「ヴォルデモート……」

 

 ハリー達の視線はユニコーンに向いていたが、私はマントを着た影、ヴォルデモートを睨みつけていた。

 

「ぎゃあぁぁァァ!!!!!」

 

 叫び声とともにドラコが逃げ出した。ファングもすごい勢いで吠えながらその後をついて行く。

 ハリーとヴォルデモートの視線が交わり前者へ後者へと近づいた。ハリーは額を抑え、微動だにしない。

 私は杖を向け呪文を唱えた。

 

((エクスパルソ(爆破)!))

 

 私の呪文が当たると同時に頭上からケンタウロスが飛び出してきた。ケンタウロスはハリーを庇うように立ち、ヴォルデモートを睨みつける。

 

 ヴォルデモートは呪文が当たった右腕を押さえ、影のように立ち去った。しばらくすると、見えなくなる。

 

「怪我はないかい?」

「うん、ありがとう……あれは何だったの?」

「ポッター家の子だね? ハグリッドの元へ早く戻った方がいい。君は特にだが……森は危険だ。私に乗ってくれ。その方が速いだろう」

 

 フィレンツェと名乗ったケンタウロスは、そう言うとハリーを背中に乗せた。すると、私の方を見て、「君も今日は帰った方がいい」と口パクで言った。私は頷くと転移カードを使い部屋に戻る。精神的に疲れた私はシャワーを浴びるとすぐに眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日からクィレルは、ヴォルデモートは私に向ける敵意を殺意に変え、出会う度に減点をするようになった。しかし、その減点以上の加点をしていたため、あまり意味はない。

 それはそうと、試験が始まった。真夏のような暑さに耐えながら、試験を受ける。魔法カイロの理論を反対にして、魔法保冷剤を作りフィナ達にプレゼントしたらとても喜んでいた。

 テストの内容はシエル的には退屈なものだった。なにせ、習ったことがそのまま出るだけなのだ。

 筆記では時間が余り、空いているスペースに各問題に対する考察などを書いて暇を潰し、実技は言われた通りのことを行った。魔法薬学のテストでは忘れ薬を作っていたらたまたま思い出し薬になってしまったため、減点されたかもしれない。

 まあそんなこんなで、試験が終わり学校全体が解放感に包まれた。

 ふと、視界の隅でハリー達が寮から飛び出して行くのが見えた。

 

 決戦は今日か。

 

 私はフィナに適当な都合を言い寮を抜け出すと、四階の立ち入り禁止の場所へと足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あの老いぼれが帰って来る前にさっさと終らせるぞ、クィレル』

「はい。勿論でございます」

 

 皺がれた、人に恐怖を覚えさせるような声が四階の立ち入り禁止の場所で響いた。クィレルはそのドアを開き中へと入る。

 すると、すぐにケルベロスがクィレルに向かってきた。慌てるクィレルに"声"が冷静に指示を出す。

 

『計画通りだ。ハープを出せ』

「は、はい」

 

 クィレルが杖を一振りすると、ハープが現れる。勢いよく向かってこようとしていたケルベロスはぐうぐうと眠り始めた。

 

『次だ。その仕掛け扉の中に入れ』

 

 ケルベロスの手をどかし、仕掛け扉を開き、飛び込む。

 次は何かつるのようなものがクィレルにぐるぐると巻きついた。

 

『これは悪魔の罠だ! 火を出せ』

「い、インセンディオ(燃えろ)!」

 

 少し焦げた服をパタパタとしながら次の部屋に入る。今度は羽の生えた大量の鍵が飛び回っていた。真ん中に箒が置かれている。

 

「ご主人様、わ、私はその……箒に、の、乗れません」

『なんだと?! この役立たずめ。取り敢えずその扉と同じ色の大きな鍵を探せ!』

「は、はい! ありました。あれです!」

『では、それに向かってフリペンドしろ!』

フリペンド(撃て)!」

 

 鍵の右羽に呪文が当たると、フラフラと鍵が落ちてきた。それをキャッチすると鍵穴に差し込む。ガチャリという音と共に扉が開いた。

 次の部屋はチェスの部屋だった。

 

「どうやら、勝たなければいけないようですが……」

『相変わらず、マクゴナガルはゲーム好きのようだな……よし、破壊しろ』

「え? ですが、ご、ご主人様、これは勝たなければ……」

『時間がない。早くやれ』

「こ、コンフリンゴ(爆発)レダクト(粉々)!」

 

 駒達が爆発し、粉々になり、その間をクィレルは走り抜けた。次の部屋への扉を開く。その扉を閉じた時にはチェスの駒達は元通りになっていた。

 

「ヴォロブバァー!!」

 

 扉を開くと、咆哮と共にトロールが襲いかかる。

 

『これはお前の仕掛けだろう。とっとと殺れ』

「もちろんです。プロデュス(造れ)! オパグノ(襲え)!」

 

 クィレルの呪文で棍棒が現れ、それがトロールの頭を鈍い音を立てながら襲う。数秒後には頭のこぶは血だらけになり、気絶したようだった。

 

『最後はスネイプの仕掛けか?』

「そ、その様です」

 

 扉を開くと、七つの瓶と巻き紙が置かれたテーブルが一つ。

 

『どうやら論理のようだ。あいつらしいな……』

「一体、どう解けばいいでしょうか?」

『安心しろ、こういうのは俺の得意分野だ』

 

 "声"はそう言うとたった数秒でその論理を問いた。

 

『どうやら、一番小さな瓶が次の部屋へ行ける薬が入っているようだ。あいつが来られる様に一人分は残しておけ、いいな?』

「はい……」

 

 クィレルは体の芯からひんやりとするのを感じた。しかし、逆らえる筈もなく炎の中に飛び込む。目を開くと、そこには大きな鏡、そして…

 

「遅かったですね、ヴォルデモート」

 

 銀髪碧眼の少女が微笑みながらそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なぜ、こんなところにいるのですか? み、ミス・スタージェント。今は、べ、ベッドにはいる時間ですよ。グリフィンドールは……」

「すみませんが、少し黙っていただけますか? 私が話したいのは貴方ではなく、ヴォルデモートです」

 

 少女、シエルは減点と言われる前にクィレルの言葉を遮った。

 

「な、何のことかね……『例のあの()()』がこ、こんなところにいる筈が」

シレンシオ(黙れ)

 

 鬱陶しくなったシエルは、彼の声が出ない様にする。

 

「これで、やっと話ができますね、ヴォルデモート」

『小癪な娘だ……お前の母親にそっくりだな』

「すみませんが、私は母のことをよく知らないのです」

『そうか。お前は……まあいい、世間話は終わりだ。俺が欲しいのは『賢者の石』だ。それ以下でも以上でもない』

 

 有無を言わせない様子でヴォルデモートはそう言う。しかし、シエルはそこで引く気はなかった。

 

「では、取引をしましょう。貴方が欲しいのは『賢者の石』。私の任務はポッターを守ること。それならは、ポッターに賢者の石を取らせた後、貴方はポッターに一切手は出さず、『賢者の石』をポッターから貰った私は貴方に渡す。双方にいい話でしょう?」

『ふざけるな! 貴様の話になど乗るか!』

「それでこそ闇の帝王。もし、ポッターの身に何かあれば……おっと、そろそろ彼が来る様ですね。それでは、私はこれで。フィニート(終われ)

 

 最後に私はクィレルにかけていた呪文を解くと、自分に目くらまし呪文をかけ、その場を去った。

 

 チェスの部屋まで戻ってくると、丁度ダンブルドアがロンに治癒呪文をかけているところだった。私は目くらまし呪文を解き、彼らの前に現れる。

 

「ダンブルドアさまは早くポッターの元へ。ここは私が引き受けます」

 

 いきなりの登場にハーマイオニーは驚いていたが、ダンブルドアは気づいていたのかあまり驚いてはいなかった。

 

「それでは、頼むぞシエル。手当てを済ませたらポピーの元へ行く様に」

「はい」

 

 ダンブルドアがいなくなると、私はロンを魔法で持ち上げ、ハーマイオニーに声をかけた。

 

「ハーマイオニー、怪我はありませんか?」

「え、ええ。大丈夫よ。それより、ハリーは? 彼が心配だわ!!」

「安心して下さい。ダンブルドアさまは生徒を傷つける様なことは絶対にさせません。私たちは医務室で彼の帰りを待ちましょう」

「……分かったわ」

 

 渋々といった感じだったが、私たちは医務室へと向かった。

 何故がシエルがここにいるのだろうと考える前に、疲労に押しつぶされたのか、ハーマイオニーは医務室に着くなり眠ってしまった。

 それから数時間後。目覚めた時には彼女の疑問はさっぱりと消えてなくなっていた。



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29.学年末と夏休み

「学校に『賢者の石』があったらしいよ」

「え?! あのニコラス・フラメルの?」

「そうそう。しかもそれを『例のあの人』が狙ってて、あのハリー・ポッターが守ったんだって!」

「じゃあ、ハリー・ポッターは『例のあの人』を倒したの?!」

「そうなのよ」

 

 ハリーがヴォルデモートを倒したのは三日前。次の日には色々な噂が流され今に至るのだが、これだけ明確な噂話が流れているのはあのダンブルドアが流した噂だからだろう。もっとも、ダンブルドアは否定していたが。

 

 私があの場にいたことを知っているのはダンブルドアとヴォルデモート、そして亡きクィレル先生のみだ。他の生徒の記憶は綺麗さっぱり消しておいた。理由は……まあ言うまでもないだろう。マスコミがこれ以上騒ぎ立てたらこの間のようになりかねない。ちなみにあの事件は、『スタージェント殿の逆鱗事件』と名付けられているらしい。これについては日刊預言者新聞の大見出しになっていたので、嫌でも目に付いた。

 

 それはさておき。

 

 明日は学年末パーティーが行われる。それが終われば夏休みだ。計画でも立てるかと思っていると、隣から名前を呼ばれた。

 

「シエル」

「何かありましたか? フィナ」

「……」

 

 名前を読んだきり黙ってしまうフィナ。少しすると、何かを決心したように口を開いた。

 

「夏休みに、一緒に遊びませんか!」

「え?」

 

 思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

 

「だめ、かな?」

 

 何この可愛い子は。女の子なのに射抜かれた気分ですよ。マジで。何かのアニメですか、これは。

 高速で頭が回った結果、アニメが好きだった頃の心笑瑠が出てしまった。

 一瞬の間にそれだけのことを考えて、答えた言葉はたったの一言だった。

 

「もちろんです」

「本当? やったぁ!」

 

 嬉しそうに小さく飛び上がるフィナ。私も頬を緩ませた。

 

「夏休みに遊ぶって?」

「俺らのこと、忘れてないか?」

 

 その様子を見ていた双子が羨ましそうにフィナを見、シエルを睨む。

 

「俺たちも遊びに行っていいだろう?」

「フィナだけずるいぞ!」

「ずるいも何も……」

 

 私は半分呆れながらも、結局折れることにした。

 

「わかりました。でしたら、私の別荘に来ますか?」

「「よっしゃぁ!」」

「シエルの別荘かー。あっ、リー先輩は?」

「シエルがいいなら俺も行こうかな……」

「人数は多い方がいいですし、ぜひ」

「やった!!」

 

 フィナは目をキラキラさせ始めた。

 

「何かしたいことはありますか? 大抵のことならできますよ?」

「BBQ!」

「花火!」

「ダイビング!」

 

 私は次々と出て来る双子の案を紙に書きまとめていく。フィナとリーはその横で

 

「えっ? そんなのできるの?」

「あのスタージェント殿、だもんな」

「す、すごっ」

「金持ち……」

 

 などと会話をしていた。

 

 数分後。

 

「今年の旅行先が決まりました」

「りょ、旅行?」

 

 フィナの疑問に答える人はいなかった。

 

「わーい、どこどこ?」

「海かな? 山かな?」

 

「場所は!」

「ドゥルドゥルドゥル、ダンッ!!」

「……浜辺のコテージです!」

「BBQも花火もできる!」

「海遊びもダイビングもできる!」

「では、夏休みが始まって一週間後、ホグズミート駅で集合です。また、手紙を渡しますね」

 

 そういう形で、夏休みの予定が決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また一年が過ぎた。ご馳走の前に老いぼれの話をちいとお聞き願おう。詰め込んだ知識が空になる夏休みがやってくる」

 

 ダンブルドアは朗らかにそう言うと、大広間をぐるりと見渡した。

 

「ここで、寮対抗杯の表彰を行おう。4位、グリフィンドール312点。3位、ハッフルパフ352点。2位、レイブンクロー426点。1位、スリザリン472点じゃ」

 

 スリザリンのテーブルで大歓声が、大拍手が、嵐のように上がった。シエルは気にするそぶりをせず、紅茶を一口。

 

「よし、スリザリン。よくやったのう。しかし、最近の出来事を勘定に入れねばのう」

 

 ダンブルドアの言葉で、スリザリン寮生は口元を引きつらせた。

 

「こほん。まず始めにロナルド・ウィーズリー。君は最高のチェスを見せてくれた。それを称え、グリフィンドールに五十点じゃ」

 

 たちまち、グリフィンドールのテーブルは大歓声に包まれた。

 

「次にハーマイオニー・グレンジャー。君の冷静な判断と論理を用い、困難を切り抜けたことを称え、グリフィンドールに五十点を与えよう」

 

 誰かの奇声が聞こえた。ハーマイオニーは嬉しさに顔を伏せてしまっている。しかし、ダンブルドアの次の言葉で、大広間はしんとなった。

 

「続いてはハリー・ポッター。完璧なる精神力、並外れた勇気、それらを称え、グリフィンドールには……六十点を与える」

 

 あと一点でスリザリンに勝てる。それに気づいた者は少なかったが、計算する余裕のあったシエルは大騒音に耳をふさいだ。ダンブルドアが手を上げると徐々に静かになっていく。

 

「勇気にもいろいろある。敵に立ち向かう勇気と同じ味方の友人に立ち向かう勇気じゃ。ネビル・ロングボトム、君にわしから十点を与えよう」

 

 シエルが聴力を遮断しようかと本気で考えるほどの騒音、いや、大爆発が起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パーティーが終わると、試験結果の発表が行われた。

 一年生のトップは不動のハーマイオニー。私は二位で、三位との差を大きく引き離していた。フィナはまあまあの成績だったらしい。

 

 今年は『変化の年』だった。自分の居場所も、立ち位置も、いろんなものがガラッと変わった。

 

 来年は蛇だ。

 私は列車に揺られながらそんなことを考える。

 叶わぬ普通の生活を願いを心の奥にしまうと、私は窓から空を眺めた。

 茹だるような暑さ。真っ青な空。時々見える雲ももくもくと空を泳いでいた。それなのに、シエルの心はまだ梅雨入りしたばかりの様に、どんよりと黒い雲が晴れる気配はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 窓の外は暗く、虫の音しか聞こえない。時計を見ると4時半を回ったところだった。まだ早いと目を閉じて見るが、一行に眠れる気配はない。二度寝を諦めた私はベッドから降り、シャワールームへ向かった。

 シャワーを浴びて着替えた私は庭に出た。深呼吸をして外の空気を存分に吸う。

 ふと私は視線を感じ、振り向いた。すると、フェッタが私の元へ近づいてくるのが見える。

 

「おはよう、フェッタ。起こしてしまいましたか?」

「ご当主様、おはようございます。わたくしは少し前から起きていましたので、その様なことはございません」

「そうですか。今日は何をする日でしたか?」

「お忘れですか? 今日からご当主様のご友人と別荘に行かれる予定です」

 

 何となく、早く目が覚めた理由がわかった様な気がした。

 

「そうでしたね。では、まだ早いので私は図書館で読書をします」

「紅茶は何がよろしいですか?」

「ストレートで」

「かしこまりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルシウスさん、ナルシッサさん、ドラコ、行って来ます」

 

「スタージェント殿に失礼のない様にな」

「フィナーラル、気をつけるのよ」

「フンッ」

 

 ルシウスさんとナルシッサさんはどこか緊張した面持ちで、ドラコは不満そうに私を送り返した。

 今日から一週間、シエルの別荘に行く。ルシウスさんにその事を話した時は行くなと止められていた。しかし、数日前に来たシエルからの手紙にルシウスさん宛ての手紙があり、それを読み心変わりをしたのか、すんなりと受け入れてくれた。ちなみに私宛ての手紙には当日は一人でくることや持ち物、集合時間について書かれていた。

 

 集合場所であるホグズミート駅。到着した私は、一番乗りと思いきや、先客に後ろから声をかけられた。

 

「フィナ、おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」

「おはよう、シエル。よく寝れたよ」

 

 私はそう答えながら後ろを向くと、シエルが視界に入る。

 

「ほへ?!」

 

 あまりの驚きに変な声を出してしまった。

 

「どうかしましたか?」

「シエル、何でそんな格好してるの!?」

「?」

 

 首を傾げるシエル。その姿を一言で言えば… 

 

「お、お人形さん!?」

「それが、シエルの私服!?」

 

 突然現れた双子が言うように、シエルはまるでフランス人形のような格好をしていた。それはまるで、どこかのお姫様のようだ。

 

「お前ら、何を驚いてるんだよ。シエルは魔法界ではプリンセス。この格好が当たり前だろ?」

 

 リーの言葉にシエル以外の三人は納得したように頷いた。

 

「私の格好は横に置いて、そろそろ出発しますよ」

「どうやって行くの?」

移動(ポート)キーを使います。皆さん、しっかり掴まっていて下さいね。では、3、2、1……」

 

 鍵の形をした移動キーにみんなで掴まった。シエルのカウントダウンが0になろうとすると、鍵に吸い込まれる。

 

 五人が同時に目を開くと、そこは砂浜の上だった。

 

「うわぁ、綺麗……」

 

 まだ昇り切っていない太陽に照らされ、海と砂浜がキラキラと輝いている。また、空の青と海の青とが互いに交わり一つになろうと押し合っているように見えた。

 

「「綺麗だな」」

 

 フィナに続き双子も感想を漏らす。しばらく五人は海風に身を委ねていた。

 

「中に行きましょうか。案内をしますね」

「おう」

「頼むぜ」

「シエル」

「お願いしまーす」

「では、こちらです」

 

 シエルに連れられてやって来たのは大きなコテージだった。細かく言うと三階建てで、五人家族でもまだ余裕のありそうな豪邸。これが別荘ならシエルの家はこれの何倍だろうか。そんな疑問を持ちながらも、フィナたちは別荘の中へと足を踏み入れた。

 

 全ての部屋の案内が終わる頃にはもうお昼時になっていた。昼食はパスタとピザ。取り敢えず美味しい。学校の料理なんてへでもないぐらい美味しい。下手したら高級料理店より美味しい。

 

 昼食を食べ終わると、一度部屋に戻り水着に着替えた。

 

「って、シエルもフィナも水着着てないじゃん!」

「ちっ」

「私たちは服に防水加工しましたので。それより誰か、今舌打ちしましたよね?」

「よしっ、泳ぐぞ!」

「リーも行くぞ!」

「仕方ねえな」

 

 シエルに怒られる前に逃げた双子(舌打ちしたのはフレッド)はリーも連れて海に飛び込んで行った。

 

 バシャンッ――

 

 綺麗な水しぶきが上がり、シエルとフィナに降りかかる。

 

「私たちも楽しみましょうか」

「うんっ」

 

 その後日が暮れるまで遊んだ後、夕食を食べそれぞれ布団についた。

 こうして一日目が終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 杖をこめかみに当て、何かを引き出すように腕を動かす。すると、白い糸状の靄のようなものが現れた。それを水盆の中にいれる。ダンブルドアは水盆を篩いながら隣にいたセブルスに話しかけた。

 

「セブルス。決して驚くでないぞ。事実を受け止めるのじゃ」

「はい、校長」

 

 セブルスはそう言うと水盆を覗いた。身体が吸い込まれるような感覚とともに自分が落ちて行く。下に、下に、下に――

 地に足が付いた時。セブルスはプリベット通りの誰かの家の前にいた。

 

 

 

 

 

 

『マクゴナガル先生、奇遇じゃのう』

『やはり、お気づきでしたか』

 

 記憶の中のダンブルドアとマクゴナガルが話している。少しすると、ハグリッドが乗ったオートバイが現れた。毛布にくるまった何か、幼いハリーを抱えている。

 

「これは、ポッターがここに預けられた日?」

「そうじゃ」

 

 現実のダンブルドアがそう答えた。それと同時に視界がぐるぐると回る。次の場所はその家の中、物置の中だった。記憶の中のハリーがそこで寝ている。またまた視界が回った。次は動物園。ハリーが蛇語(パーセルタング)を話しヘビが抜け出して行く。次は荒れた海の上。その次はダイアゴン横丁。次は……次は……その次は――

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 セブルスは精神的な疲れに膝をついた。額は汗に濡れ、無意識に拳を握りしめている。ダンブルドアが彼の肩を叩いた。

 

「恐ろしいことじゃ」

 

 遠くを見ながらダンブルドアはそう言った。いつのまにか校長室に戻って来ている。

 セブルスは息を整えると、疑問を口に出した。

 

「所々変わっている部分もありましたが、それは?」

「きっと、彼女が変えたのだろう。無意識か意識してのことかは定かではないがのう」

「もし変化があるとしても、何か策は練った方がいいと私は思います」

「うむ。わしも少し前まではそう考えておった。しかし、もしそうしてしまえば、彼女の努力は水の泡じゃ」

「彼女の努力?」

「さよう。これまで彼女は未来を変えないことを前提として行動して来たのじゃ。そうであろう?組み分け帽子よ」

 

 ダンブルドアが帽子の方に呼びかけると、しわが動きだした。

 

「そうだ。私は彼女に助言をしたのだよ、アルバス。『救うのはいいが未来を変えるのは罪だ。能力を生かすも殺すも君次第だ』とな。彼女はそれに対して困ったような顔をしておった。きっと私の言葉に矛盾を感じたのだろう。このことは君たちの判断に委ねる。しかし、もしその能力を使うのならば彼女にも一度話をすべきだ」

「ありがとう、組み分け帽子」

 

 ダンブルドアの礼を聞くと、組み分け帽子は元の帽子に戻った。

 

「彼女に話せば、その代償は大きいと見ました」

「そうじゃな……この話は一旦棚上げとしよう。何も手を出さず、ことの成り行きを見る。よいな?」

「分かりました」

 

 セブルスはそう言うと校長室を去る。扉が閉まると同時にダンブルドアはため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一週間とは早いもので、もう帰るまであと一日となっていた。この一週間で夏の遊びは全てこなした気がする。でも、きちんと宿題も終わらせたし、シエルの計画は素晴らしいものだった。また、ご飯もとにかく美味しかった。一日目のパスタから始まり今日の朝食に食べたフレンチトーストも。中には日本と言う国にある『焼きそば』や『たこ焼き』、『冷やし中華』なども食べた。シエルが言うに、「夏と言えばこれ!」らしい。

 そして最終日となった今日はやりたいことを全てやってしまったためやることがなく、みんなでゴロゴロとしている。だが特別暇なわけではなく、昨日までの6日間の疲れを落すのには最適だった。

 

「くっそ、シエルに勝てねえ」

「チェスマスターと呼んでください」

「何だよそれ」

 

 チェスをやっている双子とシエル。リーは読書、フィナはその様子を眺めている。

 

「次はクィディッチをやりに行こうぜ。シエル、箒ある?」

「本家にはたくさんありますよ。フェッタ、持って来てくれますか?」

「かしこまりました」

「フィナもやる?」

「じゃあ、ご一緒します。リー先輩は?」

「んー、俺はいいや。この本を読みたい」

「ご当主様、お持ちいたしました」

「ありがとう、フェッタ。三人とも好きなのを使って下さいね」

 

 三人が庭に出て行くと、リビングはシエルとリー、フェッタの三人になった。

 

「シエル、少しいいか?」

 

 本を読んでいたリーは少し顔を上げ、シエルを見る。その目はどこか真剣に見えた。

 

「もちろんいいですよ。フェッタ、庭の様子を見て来てくれますか?」

 

 フェッタが下がるとシエルは杖を一振りし、机と椅子を出した。

 

「アイスティーでいいですか?」

「ああ」

 

 再度杖を振るとアイスティーが現れる。シエルとリーは同時にそれを口にふくみ喉を潤した。

 

「聞きたいことが幾つかある」

「答えられることなら」

 

 二人の間に流れる空気は緊張感が漂っている。しかし、二人はポーカーフェイスを貫き、お互いの弱みを見せないようにしている。これではまるで、敵同士ではないか。はたから見ればそれぐらいの空気が流れていた。

 

「まず、なぜあいつらと仲良くする?」

「そこから疑われているのですね私は。理由は友達だからです。それ以外にありません」

「疑っている訳じゃない。ただ、俺の親友があそこまで心を開くのはどうもおかしいと思っているだけだ」

「それは双子に聞いてください。私には分かりませんので」

「わかった。じゃあ、次だ。なぜ、スタージェント当主になった?」

「結構深いところ聞きますね……それは、私以外のスタージェント家の者達が全員死んだからです」

「!」

「正確には殺されたのですがね」

「すまない。聞いてはいけないことを聞いた」

「気にしていませんよ」

「最後にいいか? 土日の午前。一体どこにいる?」

「ばれていましたか」

「ああ。あいつらやフィナに聞いても濁されて終わったからな。一体、なにをしているんだ?」

「仕事ですよ」

「は?」

「当主としての仕事をするために魔法省へ」

「内容は?」

「……」

 

 流石にシエルもそれ以上は言えなかった。しかし、リーは聞く前からそれが分かっていた。

 

「これを見ろ」

「はっ」

 

 シエルは息を飲んだ。そこに書かれていたのは――

 

 シエル・スタージェント

 所属 魔法省 闇祓い局

 年齢 入省時 8歳

    現在 12歳

 経歴 …

 

「これはどこで手に入れたんですか?」

「闇祓いに知り合いがいてな。これが本当に最後の質問だ。なぜ、お前はここに入った? まだ子供のお前が、入局率が限りなく低いここにどうやって滑り込んだ?」

「人聞きが悪いですね。ちゃんと試験で合格しましたよ。今はまだ訓練生ですが」

「俺が聞きたいのはその事じゃない! なぜ、そんな危ないところに入ったか聞いてんだ!」

 

 ついにリーが声を荒げた。拳は強く握り締められ、まっすぐに曲がることなくシエルを見つめている。

 

「言われなくても分かってますよ。これがどれだけ危ない仕事で、あなた達がどれだけ心配するか。分かっているんですよ。でも、私はスタージェントとして、当主としての役目があります。いくら子供でも、大人の仮面を被るのをやめても、友達ができても…何があっても私がスタージェント当主という事実は変えられないんです! だから、だから、もう……」

 

 シエルはそれに続く言葉を言うことはできなかった。

 

「お前の気持ちは分かった。俺も聞き方も悪かった。ごめん」

「私の方こそすみません。取り乱してしまいました。あなたはいつも心配してくれていたのですね。ありがとう」

「礼はいい。それが、友達だろう?」

 

「フィナ、今年から選手になるんじゃないか?」

「キーパーめちゃくちゃうまいじゃないか」

「そうですか?」

 

 ふと、庭から三人が帰って来る声が聞こえた。シエルとリーは先ほどの位置に戻り、シエルは机など魔法で消す。

 

「自分の命が優先だからな」

 

 視線を本に落としたまま、リーがそう言う。シエルはこくりと頷いた。

 

「ただいま」

「おかえりなさい」

「なあ、シエル、フィナがな……」

「あっ、先輩、言わないでいいですよ!」

「えー、何で?」

「なんでってそりゃあ!!」

 

 色々あったが別荘での一週間はあっという間だった。つかの間の日常。そんな感じだ。

 別れ際、手を振る時はいつも悲しくなるものだ。しかし、今日は少しだけ嬉しかった。なぜなら…

 

「またね!」

 

 このたった一言が嬉しかったから。また会えることを約束しているようだったから。学年が上がれば何かが変わってしまうかもしれない。それでも、五人のこの関係だけは変わって欲しくないと全員が思っていた。



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秘密の部屋編
30.ロックハート


 夏休みは明け、9と3/4番線にはたくさんの人々が押し寄せていた。その中には生徒やその保護者以外の大人たちも紛れている。

 しかし、彼らが目当てのシエルはここにはいない。

 私はそれを知らない彼らを横目で見ながら、ドラコと共に列車に向かった。

 

「遅いぞ、ドビー早くこい!」

「は、はい、お坊っちゃま」

 

 彼は私が別荘に行ってからやけに機嫌が悪い。ドビーへの態度もこの有様だ。

 

「フィナーラル、お前も遅いぞ!」

「すぐに行くね」

 

 列車に乗るとすぐ、ドラコはずんぐり体の護衛の二人を見つけるために何処かへ行った。私は適当なコパートメントを探し中に入る。少しすると列車が動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 列車を降り馬車に揺られる。同席したのは双子とリーとレイブンクローの制服を着た黒髪紺眼の生徒だった。彼が先に乗っていて、私たちが相乗りをお願いした形だ。彼は本を読み、誰とも話す気はない。

 しかし、双子には話さないという選択肢はなかった。

 

「君、三年生だよね、名前は?」

 

 私は彼が答えるとは思えなかったが、驚いたことに彼は読んでいた本を閉じた。

 

「三年生のノア・アルフィー・レオナルドです。アルフィーと呼んで下さい」

「アルフィーね。俺は四年でフレッド・ウィーズリー。でもってこっちが同じくジョージ・ウィーズリー」

「見ての通り双子。フレッド、ジョージでいいぞ。よろしく」

 

 アルフィーに続けて双子が自己紹介をした。

 

「フレッドさんと、ジョージさんですね。そちらのお二方は?」

「リーだ。リー・ジョーダン。同じく四年」

「二年のフィナーラル・ソードです。アルフィー先輩とお呼びしますね」

「リーさんにフィナーラルさんですね。みなさんは友達なのですか?」

「ああ。あともう一人いるけどな」

「それもとびっきり大物が」

「あんまり言うと、シエルに怒られるよ、先輩」

「シエルさんって、あのシエルさんですか? スタージェント当主の?」

「そうだ」

「へぇ、彼女にも友達が……って、勿論いい意味でですよ!」

 

 双子が睨らまれ、アルフィーは慌てながらも取り繕った。

 

「まあ、確かにあいつは人を近づけないようにしてるけどな」

「リー先輩まで、本当に怒られますよ! 後ろからぐさっとやられますよ!」

「フィナこそ。シエルが殺人者みたいに聞こえるぞ」

「なにが後ろからぐさっとだよ。やられるのやの字が違うぞ、それ」

「ぷっ、はははっ」

 

 いきなりアルフィーが吹き出した。

 

「な、なんだよ」

「今の会話に面白い要素あったか?」

「い、いえ、すみません。ただ、本当に仲がいいんだなって」

「あったり前だろ」

「生まれた時から決まってる」

 

 その後も四人とアルフィーの五人で盛り上がり、城に着いた頃には双子とアルフィーは肩を組んで話すまでになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前日からホグワーツ城に泊まっていた私は、余裕を持って大広間へと迎えるはずだった。制服に着替え準備をし、大広間に向かおうとしたその時、ダンブルドアから呼び出されたのである。

 校長室に入ると、ダンブルドアとセブルスがいた。

 

「何の御用でしょうか?」

「少し話しておかねばならない、注意事項があってのう」

「なぜ、今日?」

「校長は昨日まで魔法省で仕事があったのだ」

「手短にお願いしますね」

「心掛けよう」

 

 ダンブルドアはそう言うと、くるくると巻かれた紙を出してきた。長くなりそうな予感。

 

「まず、初めにシエルの学校生活の話じゃが……学力は申し分ないのう。しかし、闇の魔術に対する防衛術の授業に出ていないと聞いた。なぜじゃ?」

「不必要と判断しました」

 

 私は素直に答えた。しかし、ダンブルドアは顔をしかめる。

 

「シエルよ。自主的に勉強を行う意欲は良いが、授業に出る出ないはまた別の話じゃよ」

「要するに、授業に出ないことを禁じると?」

「まあ、そういうことじゃ」

「……撤回して下さい」

「無理じゃ」

「お願いします」

「無駄じゃ」

「テストで一位になりますから」

「既にじゃ」

「なんでもしますから」

「では授業に出なさい」

「……」

 

 ダンブルドアの即答に私は少しめげた。しかし、それも一瞬だ。

 

「セブルス、お願いします」

 

 ふいっと横を向いて無視された。

 

「フォークスは?」

 

 首を横に振った。

 

「組み分け帽子は?」

 

 ただのボロ帽子がそこにはあった。

 

「歴代の校長様方は?」

 

 全員が目を逸らし、中にはどこかへ去っていく絵もあった。

 

 最後の手段だ。私はダンブルドアの方を向いた。

 腰を90度に曲げて、綺麗に頭を下げる。

 

「お願いですから、撤回して下さい!」

「……無理じゃ」

 

 二年は生きられる気がしなくなってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダンブルドアに完敗した私はその他の注意事項を軽く聞き流し、力なく大広間に向かった。いつもの場所にいる四人を見つけ声をかける。

 

「こんばんは。少し遅くなってしまいました」

「こんばんは、シエル。何かあったの?」

「いえ。少しお話ししていただけです。それより、新入生は誰が入ってくるか楽しみですね」

「うちの可愛い末っ子ちゃんが入ってくるぜ」

「その名もジネブラ・ウィーズリー」

「妹ですか? それならグリフィンドールですね」

「だといいけどな」

 

 そんな話をしていると、すぐに歓迎会が始まった。

 組み分けでは原作通り、ジニーはグリフィンドールに入った。双子が嬉し涙を堪えていたことは見なかったことにしよう。今年は有名人や組み分け困難者もおらず、スムーズに終わった。

 しかし、ここで問題が起きた。

 

「次は新しい先生の紹介じゃ。闇の魔術に対する防衛術の先生をしておったクィリナス・クィレル先生の代わりに今年からギルデロイ・ロックハート先生が教えることになった。先生、挨拶をお願いできるかね?」

 

 ダンブルドアの最後の言葉を聞く前に、それは立ち上がった。白い歯を見せつけるようにして笑い、ウィンクを一つ。

 食事の前なのに、胃から何かが出そうだった。なぜなら、心笑瑠がハリポタ一苦手な男だったからだ。

 

「ダンブルドア校長、ご紹介ありがとうございます! 私はギルデロイ・ロックハート! 今年から闇の魔術に対する防衛術の授業を教えることになりました!私は……」

 

 長々と話し始めたので、私は上を向いて、空飛ぶロウソクの数を数えていた。

 

 ロックハートは最後に「よろしくお願いします!」と言って、ウィンクをした。一部から黄色い歓声が上がった。私はまだロウソクを数えていた。

 

「ロックハート先生、ありがとう。儂からも少し話が」

 

 ダンブルドアは去年と同じような挨拶と注意事項を言う。それが終わると食事だ。

 全く食べる気にならない。

 

「シエル、顔色悪いけど大丈夫?」

 

 フィナに心配をさせてしまった。私は大丈夫と答えながらサラダを自分の皿に盛り付ける。

 少し遠い場所で、ハーマイオニーの声が聞こえた。

 

「ハリーとロンは一体どこをほっつき歩いているの? 空飛ぶ車だとかそんなものに乗ってる訳ないでしょうね!」

「落ち着けって、ハーマイオニー」

「すぐに来ると思うぜ」

 

 私の横から移動した双子が彼女をなだめている。

 ふと、セブルスがマントを翻しながら大広間から出て行く。続いてダンブルドアとマクゴナガル先生も足早に出て行ったのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなた達、どこに行ってたの? 噂も全て馬鹿馬鹿しいものばかりなのよ!」

 

 歓迎会の終わったグリフィンドール寮。そこにある二人が入って来たことによって、拍手が湧いた。ハーマイオニーの説教ももう聞こえない。

 

「子供ですね……」

「シエルもでしょ?」

 

 隅の方で私とフィナはポツリと呟いた。

 なぜこんなに騒いでいるのか。それは、ハリーとロンが空飛ぶ車で学校に登校したからだ。それには9と3/4番線への入り口が閉されてしまったという理由があるのだが、そんなことを知らない寮生達は大盛り上がりした。その様子はまるで――

 

「まるで英雄気取りだな、ハリーとロンは」

 

 リーに先を越された。たしか、原作ならば一緒に盛り上がっているはずなのだが、冷静に遠目で見ている。

 そういえば、リーはなんで性格が変わってるのかな?

 やっと私は原作キャラの性格改変が行われているのに気づいた。

 

「その……僕たち疲れたからベッドにいくね」

「おやすみ」

 

 ハリー達の声でその騒ぎはお開きとなった。隣を見ると、リーも一緒に男子寮へと入って行く。

 

「私たちもそろそろ寝ましょう」

「そうだね。おやすみ」

 

 私はフィナにおやすみを返すと、自分の部屋に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日。

 

「あなたはミス・スタージェントですね。お会いできて本当に光栄です! サインとかいただけますか? よければ私の本にでも。いつもストックがありますからいくらでも……」

「結構です」

 

 朝からロックハートにベタベタされた私は不機嫌なまま大広間へと向かった。

 

「おはよ、シエル」

「おはよう、フィナ」

 

 なんとか笑顔を取り繕って誤魔化したのだが、多分笑えていないだろう。フィナは教員席へ向ける視線を読み取り、状況を把握したようだ。

 席に着くと机にポンっと突然、パイが現れた。見るとカードがついている。

 

 お嬢様へ

 

 リラックス効果のある食材で作りました。よろしければお食べ下さい。

 

 リーサより

 

 なんと、リーサが私の気持ちを察して作ってくれたようだ。後でお礼を言っておかなくては。

 フォークを持ち一口。一気に私の中の黒い部分が浄化された様だった。

 と、その時。

 

『車を盗み出すなんて、退校処分になって当たり前ですよ! わたしとお父さんが車がなくなっているのを見てどんな思いだったか!』

 

 爆発音のような騒音を出す吼えメール。シエルは食事をする気が一気に失われた。

 

 せっかくリーサのおかげで浄化されたというのに、これでは台無しだ。それに私は今、余裕がない。

 この出来事はシエルの癇に障ることだった。

 

「ちょっと、シエル? どうした?」

「……」

 

 フィナの問いにも答えず、私はそちらの方へ歩き出す。何をするかを悟ったのか双子達が止めようとした。しかし止まらない。

 

『昨夜、ダンブルドアからの手紙が来て、お父さんは恥ずかしさのあまり死んでしまうかと思いましたよ! こんな子に育てた覚えは……』

 

 バンッ――

 

 その爆発音と同じくらいの破裂音が大広間には鳴り響いた。

 次の瞬間、吼えメールは粉々になり、その騒音が消えてなくなる。

 

 静寂。

 耳を押さえていた人も、何もできずその騒音に耐えていた人も、全員がその騒音を止めた者の方を見た。それと同時に固まる。

 

「ウィーズリー。朝食くらい、静かに食べませんか?」

 

 口調はとても優しく、微笑みながら言う。しかし、肝心の目が笑っていない。ロンはというと口をぽかんと開き、状況が読み込めていないようだった。

 大広間に流れるなんとも言えない空気。そこにいる人たちはは皆、早く終わることを願った。

 

 ――そこに勇者が現れた。

 

「ミス・スタージェント、少しよろしいですか?」

 

 その男子生徒は勇敢にもシエルとロンの間に割って入った。

 勇者の中の勇者。教師陣達も驚きを隠せないようだ。

 

「何か私に?」

「外でお話ししてもよろしいでしょうか?」

「いいですよ」

 

 二人が大広間から出て行くと、もとの喧騒が戻ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここら辺でいいですかね」

 

 男子生徒。青色の制服からして、レイブンクロー。イギリスでは珍しい黒髪。吸い込まれそうなほど深い紺の瞳。角ばった眼鏡を付けており、いかにもレイブンクロー(真面目)と言う感じだった。

 

 一体、彼は誰だろう。原作には登場していないのは確実で、レイブンクローとの合同授業でも見たことがない。ましてや同級生なのかも定かではない。

 空き部屋に到着してもなお、その答えは出せずにいた。

 

「いきなり呼び出してしまい、すみません。あのままあそこにいるのは、あまり効率的ではないと思ったので」

「……そうですか」

「おっと、まだ名乗っていませんでしたね。僕はレイブンクローの三年生でノア・アルフィー・レオナルドと言います。アルフィーと呼んで下さい」

 

 うん、誰だろう。

 名前を聞いても全くピンと来なかった。

 

「アルフィーですね。私はシエル・スタージェントです。グリフィンドールの二年生。私のことはシエルでいいですよ」

 

 一応、私も名乗っておく。

 

「では僕はこれで。きっとまた、お会いするでしょう」

 

 そういうと、アルフィーは足早にその場を去って行った。

 一体、何だったんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルフィー先輩は、シエルに用があったわけじゃないんだね」

「はい。ただ単にあの場を収めたかっただけみたいですよ」

「ふぅん……」

 

 まだ誰も居ない温室の外。次の授業が薬草学の為ここにいるのだが、草の匂いと土の匂いとあまりいい気分では無かった。

 そんな中、フィナに事情を説明した私は何か引っかかる物を感じていた。

 

「ですが、何か特別なものを感じた気がします。紺色の瞳……何か特別な……」

「瞳? 私はなにも感じなかったけどな」

 

 二人で考えても、結局答えを出すことはできなかった。少しすると、生徒達が集まってきて、先生も現れる。

 

「みなさん、こんにちは!」

 

 私は心の中でげっ、と言ってしまった。あいつは、言うまでもない。ギルデロイ・ロックハートだ。

 

「フィナ、私は一度消えます。次の授業でお会いしましょう」

「え? りょ、了解」

 

 逃げるが戦法。私は目くらまし呪文をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はっきり言って、最悪。控えめに言って、最低。ここまで拒絶するのも酷いかもしれないが、とにかく苦手なのだ。

 それは、授業をしていても廊下ですれ違う時も変わらない。

 

「私だ!」

 

 ウィンクが飛んで落ちた。

 

「ギルデロイ・ロックハート。勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員、『週間魔女』五回連続『チャーミング・スマイル賞』受賞。もっとも、私は泣き妖怪バンシーをスマイルで追い払った訳ではありませんけどね!」

「はあ」

「シエル、声に出てるよ……」

「全員が私の本を全巻揃えたようで、たいへんよろしい。まず今日はミニテストをやります。心配無用。どのくらい私の本を読んでいるか、覚えているかチェックするだけですからね。

三十分間です。よーい、始め!」

 

 テスト用紙は見るまでもない。

 

 1 ギルデロイ・ロックハートの好きな色は?

 2 ギルデロイ・ロックハートの密かな大望は?

 3 現時点までのギルデロイ・ロックハートの業績の中で、あなたは何が一番偉大だと思うか?

 (省略)

 54.ギルデロイ・ロックハートの誕生日はいつで、理想的な贈物は何?

 

 ナルシスト、自惚れ、自己中心的。そこらへんの言葉を全て組み合わせた物ががこの目の前にいるギルデロイ・ロックハートだ。

 こんな授業を受けるなんて問題外。しかしダンブルドアから授業のサボりを禁止されてしまったため、仕方なくこうして受けている。

 

「眠い……」

「だから、声に出てるってば」

 

 フィナの声は聞き流してしまっている。無意識だから許して欲しい。

 テストが終わると、ロックハートは満点だったハーマイオニーを褒め、十点を上げた。彼女は嬉しさに震えている。

 テストの話が終わるとやっと授業に入った。しかし、予想通り。

 

「捕まえたばかりのコーンウォール地方のピクシー小妖精だ。これを君たちがどう扱うかやって見ましょう!」

 

「ピクシーより前にあなたを檻に入れたいですね」

「シエル、声っ」

 

 暴れ出す妖精たち。教室をめちゃくちゃにするだけでなく、生徒たちにも手を出し始めた。そろそろ終わりにしようと思ったのか、ロックハートが呪文を唱えた。

 

ペスキピクシペステルノミ(ピクシー虫よ去れ)!」

 

 予想通り無効。彼は杖を取られ、机の下に潜る。

 呆れ返った私は、それを一瞥しピクシーが寄ってくる前に障壁呪文を唱えた。

 

「フィナは私のそばにいて下さいね」

「う、うん」

 

 しばらくすると、終業のベルが鳴った。教室から雪崩のように生徒が出て行く。私もフィナを連れて教室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミス・スタージェント! またお会いしましたね! 写真はいかがですか?サインは?」

「いえ、結構です」

「そうですか、それは残念。気が変わったらいつでも言って下さいね」

 

 ロックハート先生はそう言うとシエルに向けてウィンクをした。そのまま鼻歌交じりに何処かに行く。それと対照にシエルはため息をついた。

 

「シエル、大丈夫?」

「ええ。まあ」

 

 微笑みながらそう答えるシエル。明らかに疲れが溜まっていた。

 ギルデロイ・ロックハート。

 彼女の疲れの原因は他の誰でもなくその人だった。

 今のように廊下ですれ違う度に声をかけられ、付きまとわれ、疲れるのも無理はない。

 まだ二年生になって3日なのにシエルの顔は休みなく働く会社員のようにも見える。

 

「医務室行く?」

「いえ。大丈夫です」

 

 シエルはフラフラとした足取りで歩き出した。その肩を軽く支えながら私も続く。正直、シエルをこんな風にする先生は許せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します。スタージェントです。セブルス教授はいらっしゃいますか?」

「入りたまえ」

 

 セブルスの声に私はドアを開き中へと入った。彼はいつも通り宿題のチェックをしている。

 

「ロックハートか?」

 

 私が椅子に座ってすぐ、セブルスは私にそう聞いた。

 

「それ以外に何かあると?」

「気持ちは分かる」

 

 なだめる様にセブルスは言った。

 

「何が分かるんですか。授業だけならまだしも、四六時中付きまとわれるんですよ。なぜあんな詐欺者を先生になんかしたんですか? ダンブルドアさまも今回だけは誤った判断をしたと思います」

「仕方ない。あいつしか居なかったのだ。出来れば私が教えたいものだが、ダンブルドアはそれをお許しにならない」

「手はないと?」

「今のところはな。今年は諦めろ」

「分かりました。邪魔をしてしまいましたね。すみません」

「別にいい。生徒の悩みを聞くのも教授の仕事であろう?」

「ありがとうございます、セブルス」

 

 私はそう言うと、セブルスの自室を出た。すると、通りがかったロックハートに声をかけられる。丁度いいタイミングだ。

 

「ミス・スタージェント! やっと見つけましたよ。まさかここにいるとはね」

「ロックハート先生。私は決めましたよ」

「ん? いいですね! 若い時の決断とは思い切りが大事ですよ!」

「あなたのことを呆れるのをやめます。その代わりに……諦めます」

 

 彼に向けて宣言した私はそのままその横を通り、その場から去る。幸い、ロックハートにはその意味を理解できなかった様だった。



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31.第一の犠牲者

 ロックハートを諦めてから、シエルは心の余裕ができた。具体的にはロックハートが何を言っていても「おとぎ話」を聞かされているのと同じ感覚で聞いていたのだ。

 彼に付きまとわれても笑顔一つ崩さない。こんなに簡単に切り捨てられるならもっと早くしておけばよかったと思ったのは一度ではない。

 授業もいつも通り、休日は午前は訓練、午後はフィナ達と過ごし、たまにセブルスとお茶を飲んだりもした。なんと言うかこの一ヶ月は平和に終わった。

 そのせいか、私は忘れてしまっていた。ハロウィーンの出来事を。手を出さないと決めていながらも何となく気にはしているのだ。ついこの間はロンがナメクジを吐いていたし。

 

 現在、ハロウィーンパーティーの帰り道。

 お腹も一杯だし、疲れたし、みんなよりも早く帰った私。今思えば馬鹿だった。

 

 聞こえてきたのだ、誰かの声が。聞きたく無かった、何かの声が。

 

『……引き裂いてやる……八つ裂きにしてやる……殺してやる……』

 

 何かの這うような音とともに、その声は聞こえた。

 

 チャポン――

 

 私の足元で水が跳ねた音がした。見ると、床に大きな水溜りが出来ている。

 

 ポチャン、チャポン……

 

「嘘……」

 

 私は顔を上げた。

 

『秘密の部屋は開かれたり

 継承者の敵よ、気をつけよ』

 

 血のような赤い字でそれは書かれていた。下にぶら下がっている猫はミセス・ノリス。

 

「ハリー、一体これはどう言うことだい? 僕には何も……」

 

 廊下の角からロンの声が聞こえた。彼らはどんどん近づいて来る。

 逃げなくてはと思った時にはもう遅かった。

 

「文字……下にぶら下がってるのは?」

 

 ロンとハリーの目には壁とミセス・ノリスしか入っていない。しかし、ハーマイオニーの目は視線は私を貫いていた。

 

「シエル……? 何でここに」

 

 彼女の声を聞いた二人が私に目を向ける。その顔は恐怖に塗られていた。

 

「私じゃ、ない……私は何も……」

 

 既に遅かった。

 パーティーが終わり生徒達がその廊下に現れたのだ。話し声、ざわめき、その全てが突如消え去った。文字。猫。ハリー・ポッター。そして――

 

「こ、こいつだ!こいつがやったんだ!」

 

 前の方にいたグリフィンドールの上級生が私を指差しそう言った。声も指差す腕もその唇も震えて。恐怖を隠そうとせず。

 

「ぎゃぁぁああアア」

 

 その生徒は甲高い悲鳴を上げ走り去って行った。それを境に他の生徒達も悲鳴を上げ、逃げて行く。

 

「シエル、嘘でしょ?」

「そんな訳ないよな?」

「ありえねえ……シエル」

「……」

 

 フィナは崩れ落ち、双子は私に問いかけた。リーはフィナを支えながら私を見るだけで、何も言わない。

 

「なあ、シエル。何か言えよ。お前がやったんじゃないって!」

「……ッ」

 

 声が出なかった。体の感覚が全て消えたようだった。

 なぜなら、彼らの目が、瞳に映るその色が『恐怖』に塗られていたから。他の生徒と変わらず私を加害者の目で見たから。

 

 ――信じてくれないんだ。

 

 双子の怒鳴り声。フィナの泣き声。遠くから聞こえる先生達の足音。

 

「お前は、シエルは、俺たちの友達じゃ無かったのかよ!!」

「……」

「行くぞ、フィナ立てるか?」

「うぐっ、うんっ、ぐすん」

「ぁ……」

 

 私は友達を、親友を、全てを失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 壁に書かれた文字。

 血の気のなくなった猫。

 叫ぶアーガス。

 恐怖に顔を歪めたハリー達三人。

 顔を俯き立ち尽くすシエル。

 

 

 ダンブルドアはその状況に目を疑った。すぐに彼らに声をかける。

 

「アーガス。一緒に来なさい。そこにいる三人と……シエルもじゃ」

「良ければ私の部屋を使って下さい。すぐ上です。どうぞご自由に」

 

 ロックハートに礼を述べるとダンブルドアたちは歩き出した。しかし、後ろに続いたのは三人のみ。彼女はその場からぴくりとも動かなかった。

 

「シエル?」

「我輩が支えましょう。どうやら歩けないようだ」

 

 セブルスはそう言うと、彼女の肩を支えた。

 

 

 

 

 

 

 

「猫を殺したのはきっと呪いに違いない。多分、『異形変身拷問』の呪いでしょう。私は何度も……」

「ひっくっ、ひっくっ」

 

 ギルデロイの熱弁に返事をするようにフィルチのしゃくりあげる声が響いた。

 

「アーガス、猫は死んでおらんよ」

 

 ダンブルドアは体を起こしながらそう言った。

 

「死んでない? それじゃ、なんで。こんなに冷たく、固まって……」

「石になっただけじゃ。

 ただし、どうしてそうなったのか…儂には答えられん……」

「あいつに聞け! あいつが、あいつが石にしたんだ!!」

 

 アーガスはそう言うと、彼女を指差した。目の焦点が合わず、瞳に光はない、銀髪碧眼の少女シエルを。

 

「あいつ以外に誰がいるんだ! じゃなきゃ、あいつか? あいつはわたしが出来損ないの『スクイブ』だと知っている!」

「僕じゃありません! スクイブが何かも知りません。僕たちが来た時に彼女がいたんだ! きっと彼女が!」

「そうだ! ハリーじゃない。それは僕らが証言する。彼女が、彼女が!」

 

「私が、一体……何をしたと、言うのです……」

 

 やっと彼女が口を開いた。顔を俯き、震えている。

 

「何か、悪いことを……したって、言うんですか? 私がスタージェントだから? 私が魔法に優れているから? 私の性格が悪いから? 何だったらいいんですか? 私が普通の家庭だったら? 私が何も出来なかったら? 私の性格が良かったら? 私が魔法使いじゃ無かったら?」

 

 彼女は顔を上げた。怒りに、恐怖に、絶望に、彼女は震えている。その胸元がキラリと光った。

 

「はっ」

 

 この場でダンブルドアとセブルスだけが状況を把握した。彼女は『壊れかけている』のだ。体が、心が、精神が。

 

 バンッ――

 

 何かの爆発音と同時に、いきなり扉が開いた。聞いたことのない言葉で誰かが話す。目の前が真っ白になった。

 

 シュルルル――

 

 魔力が流れ出す様な音が聞こえ、だんだん視界が鮮明になる。

 

「君は?」

 

 そこにはレイブンクローの男子生徒がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いきなり押しかけてしまいすみません。だいぶ非常事態のようでしたので、助けに参りました」

 

 彼はシエルを椅子に座らせながらそう言った。

 

「君は、何者じゃ?」

「申し遅れました。ノア・アルフィー・レオナルドと申します」

 

 ダンブルドアは記憶を遡った。確か去年、外国の魔法学校から転入して来た。三年生の生徒だ。

 

「シエルに何をしたのじゃ?」

「彼女の魔力を少し吸い取っただけです。これに」

 

 そういうと、アルフィーは長方形の紙を取り出した。

 

「僕の国ではこれを使うのですよ。呪符と言います。それより、今はこちらの処理をした方が良いと思いますよ」

 

「ふむ。そうじゃな。まず、アーガス。君の猫は治してあげられる。スプラウト先生がマンドレイクを手に入れられてのう。成長したら蘇生させる薬を作らせましょうぞ。三人は帰りなさい。レオナルド君は、悪いがシエルを医務室に連れて行ってくれぬか?」

「分かりました」

 

 

 

 

 

 

 目を開くと、見慣れた天井が見えた。

 

「ここは……」

「目が覚めましたか?」

 

 視線を横にやると、黒髪眼鏡の男子生徒がいた。

 

「アルフィー?」

「はい、そうですよ。シエルさん」

「……どうなりましたか?」

「犯人はまだ分かりません。ですが、学校中であなたが継承者と言われていますね」

「そう、罰則は?」

「『疑わしきは罰せず』だそうです。校長は貴女がこんなことをするとは……と言っていましたよ」

「完全に疑っていますね」

「まあ、仕方がないでしょう」

「アルフィーは? 貴方は疑わないのですか?」

「もちろんです。僕があなたを疑うなんてあり得ませんよ。僕は貴女のためにここに来たのですから」

「私のため? それはどう言うことですか?」

「うーん……今はまだ言えませんね。ただ、これだけは言えます。僕はあなたを裏切ることはありません。僕の役目が終わるまで」

「役目?」

「ええ。いつか分かりますよ。あなたと僕がここにいる意味。僕とあなたが出会った理由が」

 

 彼はそう言うと私の手を握った。そっと、壊れてしまわないように。そして、小さな声で呟いた。

 

()()()

 



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32.損失と後悔

「アルフィー、話とはなんですか?」

 

 部屋に漂う暗めの空気を切り替えるように、私は明るめの声でそう聞いた。

 

「フィナーラルさんたちと何かありましたか? 周りのことがあるにせよ、おかしいですよ?」

「……」

 

 私は口をきゅっと結び、視線を落とした。なんとなくは気づいていたが、いざ言われると居心地の悪いものだ。

 

「やはり何かあったんですね。良ければ僕に話して頂けますか? 何か役に立てると思いますよ」

「それは……」

 

 私は少し躊躇った。もし彼に話せば今の自分を保てなくなる気がしたのだ。

 けれど私は少しして、私は口を開いた。

 

「あの事件の次の日のことです――」

 

 

 

 

 

 

 退院した私は次の日、グリフィンドール寮に戻った。

 太ったレディに合言葉を言い中に入る。私が談話室に現れた瞬間、生徒の視線が全て集まった。そして、私と判断した瞬間に目を逸らしヒソヒソと何かを話し出した。

 

「来たよ、継承者」

「純血だからって偉そうによ」

「あれはスリザリンがお似合いさ」

 

 耳に入ってくる悪口に軽くため息をつく。しかしそこまで重要視はしない。悪口を続ける生徒たちを一瞥し、私はいつも通り彼らの方へ歩き出した。彼らの誤解を一刻も早く解いて、以前と同じ様に仲良くしたい。

 

『ただいま帰り……』

『行くぞ、フィナ』

『は、はい』

『リーも行くぞ』

『……』

 

 四人は私の横を通り抜け、寮の出口へと歩き出した。私はなす術なく棒立ちになる。

 

『なぜ……?』

 

 私の疑問は周りの生徒の嘲笑に呑まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――始終を彼に話した私は泣き出しそうになるのを堪え、ただただスカートを握りしめた。

 ここは私の部屋の中。アルフィーに話があると言われここに誘ったのだが、それが間違いだった。いつも過ごしているせいか意識せず心が緩くなっている。

 

「そんなことが……辛かったですね……」

 

 アルフィーはそう言って私の頭を撫でようと手を延ばした。

 しかし――

 

 パシンッ――

 

「あ……」

 

 私はその手を払ってしまった。アルフィーが私に困ったような顔をしている。

 

 まただ。また私はそうやって、みんなを傷つけるのだ。フィナもフレッドもジョージもリーも、今度はアルフィーだって……!

 

「ごめんなさい、アルフィー。もう大丈夫です。今日はありが……」

「シエル・スタージェント!」

 

 私の言葉を遮るようにして彼が私を呼んだ。

 

「貴女はそうやってまた我慢する。嘘をついても、苦しいだけですよ。だから、"あの人"も放っておけないんです。この間も言いましたが、僕は貴女のためにここに来たんです! そんな僕にまで我慢されたら僕は"あの人"にどう顔向けしたらいいんですか!」

「"あの人"?」

 

 私はアルフィーが一体誰のことを言っているのか分からなかった。私のことを放っておけない人? アルフィーが顔向け出来ない?

 

「"あの人"とは誰なのですか?」

 

 私はもう一度聞いた。しかし、アルフィーは一向に話す気配はない。

 

「それも、話せないのですね?」

 

 私の問いかけにアルフィーは頷き、ポツポツと話し始めた。

 

「僕は……去年、日本の魔法学校(マホウトコロ)から転校してきました。貴女のために、僕の役目を果たすために。そして"あの人"は僕の恩人であり、その役目をくれた人でもあります」

「アルフィーは日本人なのですか?」

「はい。僕の本名は星崎 歩譜(ほしざき あるふ)と言います」

「ほしざき……?」

 

 私は彼の名に聞き覚えがあった。それもそのはず。わたしの名前は『()() 心笑瑠』なのだ。聞き覚えがあるどころか、自分の名前ではないか。そして、『歩譜』という名にも聞き覚えがあった。しかしそれをどこで聞いたのか、思い出せない。

 

 歩譜、歩譜、あるふ……

 

「――ッ」

 

 なぜかいきなり激しい頭痛に襲われた。私は思わず顔をしかめる。

 

「どこか痛いところでも?」

「いえ、大丈……」

 

 そこまで言って、私は先ほどの彼の言葉を思い出した。

 嘘をついても、苦しいだけ、か。

 

「少し頭痛がしただけです」

「本当ですか?」

「ええ。本当です」

 

 私の言葉を信じてくれたようで、彼は安心したように胸を撫で下ろした。

 

「話を戻しますが、シエルさんはどうするつもりですか? フィナーラルさんたちと仲直りするのか、このままの状況を続けるのか」

「そう、ですね……もし仲直りしたとして、私は今までのように接することは難しいです。見えない壁が心の距離が出来てしまう気がします。今は様子を見ることにします」

 

 私が辿り着いた答えに満足したのかアルフィーはうんうんと頷いた。そして立ち上がる。

 

「そろそろ僕は行きますね。また何かあれば声をかけて下さい。くれぐれも無理はしないで下さいね」

「分かりました……今日はありがとう、アルフィー」

「こちらこそです。では」

 

 そう言うと、彼はドアから出て行った。

 ――今日からどうしようかな。

 

「ごめん、シエルさん。出口って何処ですか?」

「うわぁ!」

 

 さっき出て行った扉から彼が戻ってきた。考え事を始めようとしていたこともあり、驚いてしまう。そういえば、この部屋に出口はないんだったけ。

 

「ごめんなさい。実はこの部屋出口が無いんです」

「え? じゃあ、どうやって出入りするんですか?」

「それは、これを使って……」

 

 結局、レイブンクロー寮までアルフィーを送り届けることとなった。 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後。私は授業以外のほとんどを自室で過ごし、食事もリーサに運んで貰うなど、極力生徒や先生に関わらないようにした。もちろん、フィナたちにも。

 そして、今日はクィディッチの日。原作では第二の犠牲者が出るはずだ。アリバイを作るためにはどうすればいいか。

 

 パサパサ――

 

 ふと、窓からルーが入って来た。私の手に手紙を落とす。

 

「ん? ムーディから?」

 

『本日の午後8時より緊急任務を行う。闇祓い局入り口に集合しろ。今回、トンクスと2人で任務を行う。くれぐれも気をつける様に』

 

「またですか……もう」

 

 私は愚痴を言いつつも、準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、最近、あいつはどうなんだ?」

「……」

「なんか答えろよ。俺たち友達だろ?」

「……」

 

 大広間にて。

 レイブンクローのテーブルに現れたジョージとフレッド。僕は彼らに何を聞かれても無言を貫き通していた。

 

「お前はシエルの味方って訳か。あいつが継承者でも変わらない態度をするんだな」

「だから、なんですか?」

 

 思わず、言葉が出てしまった。

 

「だからって、友達を辞めるんですか? 継承者だから、当主だから、変な噂が流れているから? たったそれだけで友達を辞めるんですか?」

「お、俺たちはただ……」

「彼女の気持ちを分かっているんですか? どれだけ苦しんでいるのか。一夜にして友達も親友も先生方の信頼までも無くしたその気持ちが分かるって言うんですか? もし僕なら耐えられません。冤罪で地獄に突き落とされたその気持ちを抑えることは出来ません」

「冤罪?」

 

 ジョージが僕にそう聞き返した。

 

「ええ、そうです。大体、彼女は、彼女の家は、純血主義ではありません。昔は子供が多かったためでしょうか。兄弟の誰か1人でも純血と結婚すればいいのですから、そこまで難しくは無いでしょう。しかも、彼女は純血では無く半純血です」

「じゃあシエルはなんで当主をやってるんだよ?」

 

 今度はフレッドがそう聞いた。

 

「シエルさんはいわば仮の当主。本当の当主が存在するのです。それに、『例のあの人』が勢力を上げた時、真っ先に狙われたのはスタージェント家。結局『例のあの人』はスタージェント本家の守りを破ることが出来ず、諦めた様ですがね」

「じゃあ、継承者である確率は限りなく低いんじゃ……」

「やっと、気づきましたね」

「今すぐ謝りに行こうぜ!」

「まだ、間に合……」

 

「ダメです!」

 

 そこで始めて僕は大声を出してしまった。周りの生徒の視線が一度集まるが、すぐに離れる。

 

「シエルさんに謝りに行ったとして、あなた達は何と言うつもりですかもう、謝るだけじゃ済まされないことになっているのが、分からないのですか?」

「「……」」

 

 僕の言葉に2人は黙ってしまう。

 

「シエルさんと元通りになることはもう不可能です。一度の過ちがこれほど大きな損失に繋がったんです。後悔してももう遅いですよ。では、僕はこれで。そういえば、今日はクィディッチの試合がありますね。お二人ともご健闘をお祈りします」

 

 そう言って僕は立ち上がった。

 

 ――もうこの人たちに用は無い。シエルさんをあんな風にした奴らは二度と許すつもりはないですから。

 

 僕は怒りを覚えながらも大広間を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

「また、ため息してるわよ、フィナ」

「い、今のは深呼吸ですよ! ほら、ハリーも先輩たちも頑張ってるなー」

 

 私は心配した顔のハーマイオニーにどうにか取り繕うと、試合に目を向けた。

 

 今日はクィディッチの試合。ハリーはマルフォイとの勝負に負ける訳にはいかない、といつも以上に気合いが入っていた。いつもは大人しいリーくん先輩も今日は面白いアナウンスで会場を盛り上げている。

 

「はぁ……」

 

 私はここ最近、ため息が多くなった気がする。あの事件のせいで、私は私たちは割れてしまったのだ。

 

 あの時。

 

 血文字の書かれた壁、吊るされた猫、そして棒立ちになった彼女を見て、私は状況を把握してしまった。彼女がこんなことを……そう思った瞬間、なぜか涙が溢れてきた。

 

 なんで、こんなことをしたの……?

 

 寮に帰ってからも考えるのはその事ばかり。恐怖、怒り、そして嫌悪、私の胸ではそんな感情が渦を巻いていた。

 

 そして次の日。どうやら入院をしていた彼女のお見舞いにでもいこうと寮を出ようとした時、噂好きの集団からこんな声が聞こえた。

 

「継承者のあいつは()()()らしいわよ」

 

 ちょうどその子以外に誰も話していなかったためか、その声は談話室中に広がった。私は足を止め、その話に耳を傾ける。

 

「四年前、魔法省で虐殺事件があったじゃない? その犯人はあいつらしいわ」

「え? それって、周りにいた闇祓いも死喰い人も全員死亡したあの事件?」

「それなら私も知ってる。確か生存者が1人いて、犯人としてアズカバンに入れられたとか……」

「この学校もすごいわね。まさか、殺人犯を入学させるなんて」

 

 私は驚きのあまり足に力が入らず、へなへなと座り込んだ。途中で誰かが私を支える。

 

「フィナ、大丈夫か?」

「リー先輩……シエルは……」

 

 私の問いかけに先輩は俯き、こくりと頷いた。

 

「俺も知り合いからその話は聞いた。バカみたいな話だが、実話だ」

「殺人犯、なの? あのシエルが?」

「アズカバンにいたことも本当だ。だが、彼女は覚えてないだろう」

「え?」

「アズカバンで8歳の子供が4ヶ月も耐えられると思うか? 答えはノーだ。あいつは一度廃人になった」

 

 アズカバンの看守をする吸魂鬼(ディメンター)は幸福な記憶を吸い、それを糧として生きている。また、吸魂鬼の接吻(ディメンターのキス)を受けた者は口から魂を吸われ廃人となり、後にはディメンターになってしまう。

 ということは、シエルは吸魂鬼の接吻を受け、一度廃人となったもののディメンターにならず、記憶を消し、今のように普通に暮らしていると?

 

「そんなの、そんなの! ひどい………」

 

 私が感じたものがシエルに対する同情からくるものなのか、はたまたシエルに対する怒りからなのか、私自身も判断出来なかった。

 ただ言えるのは、今の自分がシエルと今まで通りに接することは難しい、と言うことだ。

 

「リー先輩、私決めました」

 

 袖口で目元を拭った私は自分の決断を口にした。

 

 

 

 

 

 

 なのに、私は……!

 

 いつのまにか、物思いにふけっていた私は現実に引き戻された瞬間、自分が泣いていることに気がついた。ハーマイオニーに気づかれないように涙を拭う。一つ深呼吸をして、気持ちを整えると、私は彼女に声をかけた。

 

「ごめん、ハーマイオニー。私ちょっと帰るね」

「……分かったわ。寮に帰ってゆっくり寝るのよ?」

「うん」

 

 寮に戻ると、私は部屋に行く気力も無く、適当なソファに座り込んだ。

 無意識に座った場所は彼女の指定席で、なんとなくシエルの温かさを感じた。

 

『シエルとは、一度距離をおこうと思います。私のためにも、シエルのためにも……』

 

 あの時私はそう決断した。しかし、後悔先に立たず。いつも隣にいるはずの彼女がいないという生活に寂しさを感じた。

 

 シエルは今、何してるかな? 大広間でも見かけないし、ご飯ちゃんと食べてるのかな? 授業でも手を上げないから存在感無いし、まだロックハート先生に追いかけられてるのかな?

 

 ――シエルは今、どんな気持ちなのかな?

 

「私。なに言ってんだろ。これじゃあ、まるでシエルがいないとダメになったみた、い……」

 

 私は最後まで言葉に出来なかった。とめどなく溢れてくる涙。それは私の孤独を意味していた。

 

 ううん、違う。私にはリー先輩も双子の先輩もハーマイオニーも先生たちだっている。だけどシエルは、シエルには誰も味方がいない。シエルは私以上に孤独なんだ。

 

「ごめんね、シエル……」

 

 私は最後にそう言うと、ソファにもたれかかるようにして眠った。

 

 

 

 

 

 

「遅いよ、シエル」

「すみません、ニンフ。それでは、行きましょう」

 

 周りにいた闇祓い達にも声をかけると、どこか反応が鈍かった。

 

「なにか、問題でも?」

「い、いや、その……ホグワーツの事って本当なんですか?」 

 

 ビクンッ――

 

 私は心臓が跳ねるのを感じた。

 

「どこでその情報を?」

「こ、これです……」

 

 そう言うと闇祓いの男は新聞を取り出した。そして、私には恐る恐る渡してくる。もどかしくなった私は途中で彼の手から引き抜いた。

 

「なっ」

 

『【スタージェント家当主、ホグワーツでまた事件?!】

 スタージェント家当主の情報がまたもや事件として入手された。その名も『石化事件』。ホグワーツの管理人の飼い猫が××日未明、石化するという事件が起きた。この事件現場には壁に血のような赤い字で――』

 

インセンディオ(燃えろ)

 

 途中まで読んで、バカバカしくなった私は新聞を燃やしてしまった。しかし、記者の名前はしっかりと覚えてやった。

 あのコガネムシ、いつか殺す。

 私が殺意のこもった目をしていると、ニンフが私の肩を叩いた。

 

「シエル、嘘書かれたくらいで怒り過ぎよ。だいたい、その記者はデタラメ流すのが好きでしょ?」

「ありがとう、ニンフ。聞いたでしょう? これはデタラメです。それに、そんな事で心が揺らいでいる、いや、この際はっきりと言いますが、私如きに怖がっているようでは、この先もう長くはありませんよ?」

「す、すみません!」

 

 新聞を焼かれた挙句、訓練生に説教まで食らうというプロ闇祓い。

 

「他になにか言いたい事は?」

「だ、大丈夫です」

「そう。では、行きましょう」

 

 シエルの合図で闇祓いは任務へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また犠牲者が出たんですか?」

「はい。グリフィンドールの一年生、コリン・クリービー君が襲われました」

「あのカメラの子ですね?」

 

 任務を終わらせてホグワーツに戻ってきた頃にはもう空が明るくなっていた。昼過ぎになって図書室前で出会ったアルフィーをお昼ご飯がてら部屋に誘い、今は近況報告をし合っている。

 

「ハリーのお見舞いに行く時に襲われたようで……」

「ハリーのお見舞い? 彼は怪我でもしたんですか?」

「話せば長くなるんですが……簡単に言えば『骨抜き』にされたようです」

「もしかして、またロックハートですか?」

「はい……」

 

 そう言えば、そんなイベントがあったな……確か、ドビーのブラッジャーに腕を折られて、治そうとしたロックハートが彼を骨抜きにするんだったっけ……つくづく可哀想な主人公君だ。

 それはさておき。

 

「周りの生徒の反応は?」

「次は人を襲った! 的な感じですね」

「なんですか、それ? 私は危険動物かなにかですか? まあ取り敢えず、ダンブルドア様の誤解は解けたようなので、大丈夫ですよ。一歩ずつです」

 

 昨晩はあらかじめ任務がある事をダンブルドアに伝えておいた。わざわざタイムターナーまで預け、私が犯人では無いときちんと理解して貰った。今朝の手紙には謝罪文が書かれていたし、もう先生の疑いは晴れたと言っていいだろう。

 

「まだ、様子見ですね」

「ええ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 十二月になった。相変わらずフィナ達とは避け合っているし、生徒達の噂話も止まらない。二週目になると、マクゴナガル先生がクリスマス休暇に残る生徒達の名簿を取りに来た。私は一番上に堂々と書き、ルシウスからのパーティーの誘いも断った。

 授業では先生達の誤解が解けたことで、発言権を得た。なにかあったかと言えば、魔法薬学で「膨れ薬」を作った時にハリーたちがスネイプを激怒させていたくらいだろうか。とっさの判断で周りにいた生徒たちにも障壁呪文をかけてしまい、気まずい雰囲気が流れたが。

 それからまた一週間すると、「決闘クラブ」というものも開かれた。もちろん私は参加していない。後でアルフィーに聞いたところ、ハリーが蛇語使いということが発覚したらしい。このおかげで少し、ハリーへの疑いの目がかかったが、私から外れることは無かった。

 

 しかし、ここで問題が起きた。

 

「シエル、また犠牲者だ……」

 

 いつも通り近況報告をするために部屋に集まったのだが、彼は今日はやけに深刻そうな顔をしていた。

 

「今度は誰ですか?」

「ジャスティン・フレッチリー、ハッフルパフの二年生とほとんど首なしニックです」

「二人もですか?」

「はい。それと、ピーブズが騒ぎ立てたせいで……」

「もしかして、ポッターが?」

「はい。彼が第二の継承者として完全に疑われてしまいました」

 

 バサバサ――

 

 丁度、シェルが窓から入ってきた。私に手紙を渡すと去って行く。

 

「ダンブルドアさまからの呼び出しです」

 

 アルフィーに差出人の欄を見せながら私はそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

「ハリーじゃねえです! ダンブルドア先生。俺はハリーと話してたんです! ほんの数秒前まで!」

 

 校長室に着くと、ハグリッドが入り口付近で喚いていた。ダンブルドアが大きな声で彼を止めるとやっと静かになる。

 

「ハグリッド、少し通してくれますか」

「おっと、すまねえ。俺は外で待ってますだ」

 

 ハグリッドがいなくなると、校長室は私とハリーとダンブルドアの三人になった。

 

「先生は、僕じゃ無いとお考えですか?」

「そうじゃよ、ハリー。もちろんシエルもじゃ」

「なんだって? シエルさんは犯人じゃないんですか?」

「ああ、そうじゃ。ちいと、校内での噂が厄介じゃがのう」

「でも、シエルさんはあの時、ミセス・ノリスが石になった時、僕らよりも先にあそこにいました! だから、彼女が!」

「煩いですよ、ポッター。貴方は話すよりも聞くことを覚えた方が良いでしょう」

「シエルのいう通りじゃ。ハリー、儂は君に聞いておかねばならぬ」

 

 私とダンブルドアの言葉で静かになったハリーは次の言葉を待った。

 

「儂に何か言いたいことはないかの?」

「いいえ。先生、何もありません」

 

 ハリーが去ると、ダンブルドアはため息を漏らした。

 

「シエルよ。この度は本当に済まなかったのう。ずいぶんと遅れてしまったが、今ここで謝罪をしよう」

「いえ。それより、ダンブルドアさま。本物の継承者を捕まえる気はないのですか?」

 

 私はダンブルドアの謝罪を軽く受け流し、真髄を突いた。ダンブルドアは苦い顔をして私を見る。

 

「校長、何の用で……お取り込み中でしたか?」

「いや大丈夫じゃよ、セブルス。シエル、済まないが、今日はもう遅いからのう。帰りなさい」

「分かりました……」

 

 結局何も進展のないまま、私は自室へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリスマスはとても有意義なものだった。ほとんどの生徒が家に帰ったため、久しぶりに普通に廊下を歩くことができるし、フィナたちもいないため、気を遣うことも無かった。

 ふと、気になった私はアルフィーを連れて事件の起きた廊下を訪れた。

 

「まだ、消されていなかったのですね……」

 

 赤い文字はあの時のまま、変わっていない。そのためか、見ただけで何か発作が起こりそうだった。

 

「大丈夫ですよ。僕がついてますから」

 

 そう言うと、アルフィーは私の手を握った。冷たくなった体が手を中心に温まっていく。しばらくそうしていると、遠くの方から声が聞こえた。

 

「そろそろ、行きましょうか」

「そうですね」

 

 朝になると、プレゼントが六つ、机の上におかれていた。それぞれ、アルフィー、リーサ、ダンブルドア、セブルス、ルシウス、ニンフからだ。

 

 私はお礼を言うために寮を出た。すると、もうすでにそこにはアルフィーがいた。

 

「おはよう、アルフィー」

「おはよう、シエル」

「プレゼント、さっそく使ってくれているのですね」

 

 みると、私の手作りのマフラーをつけていた。鷲の刺繍は大変だったな…。

 

「シエルこそ」

 

 私の首元にはアルフィーからのプレゼントであるマフラーが巻きつけられていた。



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33.日記とルーナ

 クリスマス休暇が終わり、また元の生活に戻った。

 一つ変わったことと言えば、毎日アルフィーと一緒にお昼ご飯を食べたり、宿題をやったりするようになったくらいだ。

 

 新学期が始まり数週間したある日。アルフィーと一緒にグリフィンドール寮への道を歩いていた。すると、フィルチがすごい形相で喚きながら去るのが見えた。

 

「余計な仕事がまた出来た! もう、堪忍袋の緒が切れたぞ! ダンブルドアの所へ……」

 

 私はアルフィーと顔を見合わせた。

 

「ぐすっ、ひっく」

 

 耳を澄ましていると、誰かの泣き声も聞こえる。

 

「行ってみましょう」

「うん」

 

 私たちは少し歩くと、あの事件の廊下に出た。半分くらいが水浸しになり、トイレの方から水が溢れている。

 

「待って、シエル。ここは女子トイレですよ。僕は入れな……」

「シーッ」

 

 私は人差し指を口に当て、静かに扉を開き中を覗いた。

 

「どうして僕が君に何かを投げつけるの?」

「わたしに聞かないでよ」

 

 見るとハリーとロン、そして「嘆きのマートル」がいた。私は自分とアルフィーに目くらまし呪文をかけて中に入る。アルフィーは少し抵抗したが中にいるハリーたちを見て渋々私に続いた。

 

「ここで誰にも迷惑をかけずに過ごしているのに、わたしに本を投げて面白がる人がいるの」

「でも、君は痛くないだろう? 体を通り抜けて行くだけじゃないの?」

 

 ハリーの問いかけにマートルは膨れ上がった。

 

「マートルに本をぶっつけろ! 大丈夫、あいつは何も感じやしない! お腹は十点! 頭は五十点! なんて愉快なゲームなんだ! これのどこが愉快よ!」

「一体、誰が投げつけたの?」

「分からないわ。そこに座って、死について考えてたの。そしたら、頭を通って……そこにあるわ」

 

 マートルは手洗い台の下を指差した。ハリーとロンはそこを探す。少しすると、びしょ濡れになったボロボロの黒い表紙の本を見つけた。ハリーがそれを見つけるなり、手を伸ばす。

 

「ダメだよ、ハリー! 気は確かか? 危険なものかもしれないんだぞ」

「危険だって? よしてくれ。なんでこんなのが危険なんだよ」

「見かけにはよらないんだ。パパが言ってたんだけど、魔法省の没収した本には……」

 

 ハリーとロンが言い合っているうちに、私は呪文を解いて、その本を拾った。隣のアルフィーは警戒し、本に杖を向けている。背表紙には擦れた文字が書かれていた。

 

「"T・M・リドル"」

 

「だ、誰だ!」

「し、シエル?!」

 

 私の声でやっと気がついた2人は3歩ほど後ずさった。しかし、私の手にある本を見て、元の位置に戻る。

 

「それは、僕たちが見つけたんだ! 返せ!」

 

 ロンが勇気を振り絞り、私にそう言った。しかし私はそれを無視し、アルフィーに話しかけた。

 

「これは、闇の魔術がかけられていますね……「」」

「ダンブルドアに渡しに行った方がいいのでは?」

「いえ。彼らに返します」

「え?」

「いきなりお邪魔してすみませんでした。ポッターとウィーズリーでしたね。これはあなた方にお返しします」

 

 ハリーにそれを渡すと、私は扉の方へ歩き出した。ワンテンポ遅れてアルフィーも続いてくる。扉から出る直前。私は振り返ると、彼らにこう言った。

 

「くれぐれも気をつけて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんなもの、生徒に渡して良かったのですか?」

 

 部屋に着くと、アルフィーは私にそう聞いた。

 

「あれは、彼らが乗り越えなくてはならない試練の一つ。私たちが手を出すべきことではありません」

 

 これは、私が原作改変しないための言い訳の1つに過ぎない。しかし、アルフィーは真に受けてくれたようだ。

 

「ではシエルはもう継承者が誰か、石化の犯人が誰か、分かっているのですね?」

「どうでしょうね……」

 

 私のはぐらかすような言葉にアルフィーは不満げだったが、それ以上異を唱えることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 2月14日。

 リア充たちがチョコレートなどを渡したりして楽しんでいる、あの日がやって来た。

 

「バレンタイン、か……」

 

 正直私は無関係どころか興味もない。しかし、今年は無関係では終わらなかった。なぜなら――

 

「シエル・スタージェント嬢に、ギルデロイ・ロックハート様からの歌を歌わせていただきます」

 

 校内のお気に入りの生徒に彼は歌を届けていた。小人にキューピッドの衣装を着せて。

 私は状況を把握した。どうやら、ロックハートは空気を読み間違えるのが得意らしい。

 

クワエタス(静まれ)

 

 私はキューピッドの声を止めると、次の教室へ歩き出した。

 

 次の放課。

 

「シエル・スタージェント嬢にギルデロイ・ロックハート様……」

シレンシオ(黙れ)

 

 その次の放課。

 

「シエル・スタージェント嬢にギル……」

ペトリフィカス・トタルス(石になれ)

 

 その次の放課も……

 

「シエル・スタ……」

オパグ(おそ)……」

「ストップ、ストップ!」

 

 どんどん呪文がエスカレートして行った私は、ついに持っていた教科書を武器にキューピッドを襲おうとした。すると、アルフィーが止めに入る。

 

「なぜ止めるのですか! 小人の一つや二つ、いいじゃないですか!」

「いや、駄目ですよ! というか、もう数え方が生き物じゃない!」

 

 そんなことを話している内に、キューピッドが歌い始めてしまった。

 

「翡翠の瞳のー綺麗な人ー金色の髪がー風になびくー……」

 

((インペディメンタ(妨害せよ)))

 

 私の呪文でキューピッドが五十メートル先に吹っ飛んだ。

 

「ぐはっ!!」

「む、無言呪文!?」

「ふんっ」

 

 それからというもの、キューピッドは私を恐れて近づいて来なくなった。

 

 

 

 

 

 

 地獄のバレンタインが終わり、10日間が経った。

 その日はよく晴れていて、外の風も心地よさそうだ。

 アルフィーとお昼ご飯を済ませ、部屋でゆっくりしていた私は、久しぶりに私は森に行くことにした。

 

「少し森に行って来ますね。次の授業までには帰ります」

「はい分かり……って、ダメですよ! 1人で行くには危なすぎます!」

「それでは、アルフィーも行きますか?」

「いやそういう問題じゃ……まあ、1人よりは2人の方が安全でしょう」

 

 

 

 

 

 

 

 森に着くと早速沢山の動物達がシエルを迎えた。

 ボウトラックル、二フラー、ニーズル、サラマンダーにピクシー妖精……

 

「あのー、シエル? あなたは森の主か何かですか?」

 

 あまりにも集まって来た動物達が多過ぎて、思わずアルフィーはそう聞いた。しかし、シエルは意味が分からなかったのか首をかしげる。

 

「この森に主はいませんよ? それに、管理しているのはハグリッドです」

「いや、そうじゃなくて……」

「?」

 

 再度首をかしげるシエルにアルフィーは理解してもらうのを諦め、違う質問をした。

 

「……それより、今日はなぜ森に来たのですか?」

「ああそれは、今日が()()()()()だからですよ」

「へ?」

 

 アルフィーは自分の耳を疑った。再度聞く。

 

「い、今、何と?」

「ですから、今日は()()()()()と言ったのですよ」

「………え?」

 

 たっぷり三拍開けたあと、アルフィーは驚いて大声を出した。またその声に驚いた動物達が逃げて行く。

 

「煩いですよ、アルフィー。何を驚く事があるんですか?」

「い、いや、だって、プレゼントとか、本当になんにも……」

「そんなもの必要ありませんよ。大体、ついこの間のクリスマスにマフラーをくれましたし」

「それとこれとは、違います!! 今すぐ行って来ます! 次の放課に会いましょう」

 

 アルフィーは早口でそう言うとこれまた早足で城の方へ去って行った。

 

「?」

 

 1人になったシエルは状況が読み込めず、首をかしげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルフィーがいなくなって数分が経った。私は1人、森の中を散策している。アルフィーの大声のせいで動物達は皆、巣に帰ったりしてしまったので、近くにいるのはフクロウのルーくらいだ。

 少し歩くと、大きな木の下の開けた場所に出た。

 

「こんなところに?」

 

 見ると、セストラルが六匹見えた。声に反応して私と視線を合わせる。

 

「あれ? どうしたの?」

 

 そのセストラル達の後ろから少女の声が聞こえた。

 

「あなたは?」

 

 銀髪に大きめのイヤリング、Tシャツ・ジーパンに大きめのカバンを下げた少女。彼女は私を見るなり名前を聞いた。

 

「シエル・スタージェントです。グリフィンドールの二年生。シエルと読んで下さい」

「あっ、もしかしてスタージェントって、()()?」

「ええ、多分ですがあなたが思っているスタージェントに違いありません」

 

 キラキラと目を輝かせて聞く少女に私は冷たく返事をした。しかし、それにあまり効果はない。

 

「あっ、わたしはルーナだよ。ルーナ・ラブグッド。レイブンクローの一年生。ルーナでいいよ」

 

 ルーナは自己紹介をすると、すぐにセストラルに体を向けた。

 

「ねえ、シエルはさ、この子達が見えるんだよね?」

「……はい。そう言うあなたは?」

「わたしの名前はルーナだよ!」

「えっと、ルーナは?」

 

 名前を呼んでもらえず頬を膨らますルーナ。私が名前を呼ぶと上機嫌になった。

 

「もちろん。わたしはね、ママが目の前で死んだの。今でもくっきり覚えてるよ……でもね、わたしにはパパがいるから大丈夫なんだ。シエルは?」

 

 ルーナは少しさびしそうな声でそう言った。

 

「私は……」

 

 待てよ、と思った。一体私はいつ死を見たのだろう?

 お父さまは? いや、この目で見た事はないから違う。お兄さまも同じく違う。お母さまは私が生まれて間もない頃になくなったはずだから違う。一体、私は誰の死を目の当たりにしたのだろうか?

 

「そ、そんなに深刻そうな顔しないでいいんだよ?言いたく無かったら全然言わなくてもいいから」

 

 ルーナの声で思考から呼び戻された私は、ルーナの瞳を見てこう呟いた。

 

「もしかしたら、私はわたしの死を見たのかもしれません……」

 

 私=シエル、わたし=心笑瑠。これは私にしか分からない。しかし、ルーナは特別驚いた表情も見せず、にこりと笑った。

 

 それから2人で話していると、いつのまにか放課は終わり、授業が始まっていた。

 

「ルーナ、次の授業は?」

「えっと……あっ! スネイプ先生の授業だ!」

「それは、急がないと行けないですね」

「うん、じゃあ私は先に行くね。シエルも遅れないようにね、ばいばい」

 

 ルーナはそう言うとダッシュで城へ走って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルーナと別れてから教室に向かうと、授業はもう始まっていた。静かに後ろの扉から入ろうと扉に手をかける。

 その時、後ろから殺気立った何かを感じた。

 

エクスパルソ(爆破せよ)

「――ッ」

 

 いきなり飛んで来た爆破呪文に身を躱しながら袖口から杖を出した。

 

レベリオ(現れよ)

 

 何もない空間に私は呪文を当てる。それは空を切ることなく見えない何かに当たった。

 現れたのは――

 

「バジリスク!」

 

 バジリスクの眼を見れば即死は免れない。私は顔を反らし殺気を辿って杖を向けた。

 

『血が欲しい……血が……お前の血が……』

 

 シャーシャーと蛇語を話しながら近づくバジリスク。私は杖は向けたまま背中を見せぬように反対側へ走り出した。

 

『逃げるのか! スタージェント!』

 

 そう叫んだのはバジリスクの横にいるもう一つの殺気立った誰かだった。私は足を止める。

 

「貴方は……継承者ですね?」

 

 私がそう聞くと、バジリスクの動きも止まった。

 

『ご名答だ、スタージェント。よくも僕の計画を邪魔してくれたね。だが、これでもう終わりだ』

「私は貴方の邪魔などしていませんが」

『惚けないでくれ。まあお前が継承者と疑われてくれたお陰で行動はしやすかったがな』

「お役に立てて光栄です」

『ちっ、もう話は終わりだ。お前にはもう消えてもらう』

「出来るものなら、ご自由に」

 

 私は煽るようにそう言った。すると、怒りを覚えた男がバジリスクを動かす。

 

『『死ね!!』』

 

 バジリスクと男の声が廊下に響いた。私は顔を伏せながら彼らに杖を向ける。

 

 パリンッ――

 バンッ――

 グサッ――

 

 3つの音が重なり合い、少し強めの風が吹いた。



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34.プレゼント

 パリンッ――

 バンッ――

 グサッ――

 

 3つの音が廊下に響き、その場にいた者達が飛ばされた。

 

『ぐっ……』

『シャー!!』

 

 "彼"は片膝をつき腕を押さえ、バジリスクは痛みに唸る。

 私はというと、彼らに攻撃を仕掛けつつ障壁呪文で攻撃を防いだため呪文による傷害はないが、飛ばされた衝撃によって骨にヒビをいれてしまった。

 

『……バジリスク、立て。あいつをその眼で射殺してやれ!』

『シャー!』

 

 私が治癒呪文で応急手当をしている間に、怯んでいたバジリスクが"彼"の声で立ちあがろうとする。すかさず私は呪文を唱えた。

 

フリペンド(撃て)!」

 

 バジリスクの殺意が一番強い場所である眼をピンポイントに狙い撃つ。外すことも考えて大量に魔法の弾丸を撃ち込んだ。

 予想通りほとんどの弾丸が硬い鱗に弾かれる。その中で奇跡的に眼をかする弾丸があった。

 

『ぐばっ! 眼が、眼が!』

『まさか、その距離で射抜いたと言うのか?!』

 

 直接射抜いた訳ではないために一時的に怯ませる程度だが、あのバジリスクと言えど眼が無くなればただの毒蛇。これで当分顔を伏せる必要は無くなった。私は軋む身体を無理やり起こし、伏せていた顔を上げてまっすぐと"彼"を見た。

 

「やはり、貴女でしたね。ジネブラ・ウィーズリー」

 

 私の視界には焦りを隠す様に作り笑いを貼り付けた少女、ジネブラ・ウィーズリーが映っていた。

 

『やはり、ときたか……いつ気がついた』

「説明する必要性を感じませんが?」

『小癪な……まあ、お前とはもう二度と会う事はない。最後くらいは我慢してやろう』

 

 ジネブラは顔がばれても男の声で話している。いや、正体がばれても男がジネブラの身体で話していると言った方が正確か。

 

 先ほどの騒音で誰も来ていないと言う事は、ここ一帯に人避けの呪文がかかっている。自分の怪我は肋骨一本にビビが入っている以外は無傷。相手は利き腕と眼を負傷……勝機は半々といったところか。

 

 状況を整理した私は再度"彼"を見る。"彼"は苛立ちを隠す気がないのか、私に杖を向け睨んでいた。

 

『スタージェント。僕はまず、お前の様な純血でない者が純血を偽り、スタージェント家当主の座に落ち着いている事が気に食わない』

「純血の方々が気に食わないのは百も承知です。それに、私は純血主義ではないので、自分が半純血であろうとなんの関係もないのです」

 

 私の答えに"彼"は少し驚いた。

 

『ではなぜお前は、継承者のふりをするのだ?』

「私はふりをした覚えはありません。生徒達が勝手に噂を作り、私を継承者に仕立てあげただけであって、私は何も手出しはしていません」

『お前は本当に何もしていないのだな?』

「ええ、断じて何も」

 

 開心術を使いながら私が嘘をついていない事を確認した"彼"は、少し考えると杖を下ろした。牙を剥くバジリスクも下がらせて私に近づく。私もそれに習い杖を袖口にしまった。

 

『どうやら僕は勘違いをしていた様だ、スタージェント。だがしかし、ここでそのまま君を行かせる訳にはいかない』

「……」

『ここは君に選んでもらおう。記憶を消すか、石化するか、それとも……死ぬか』

 

 "彼"は私に杖を向けにやりと笑った。私も微笑み返す。

 

「その前に一つだけいいですか?」

『なんだい? 僕は寛大だからね。話くらいは聞こう』

「ありがとうございます。

では…今流れている私の本物の噂を全て教えて下さい」

 

 少し前のある日ことだった。セブルスの自室へ向かおうと廊下を歩いていると、噂をしている生徒たちを見かけた。なんと無く気になった私は何気ない感じで彼らの話に耳を傾けようと近づいた。すると、彼らの中の誰かが私に気づき逃げてしまったのだ。それからまたある日はアルフィーと一緒に歩いていた。またもや群がって噂をする生徒たちを見かけどんなことを話しているのかと近づく。すると、今度はアルフィーが私を止め、違う方向へと歩き出したのだった。それが一回だけならまだ良かった。何度も何度も繰り返されてさすがの私も気になってしまったのだ。

 

 自分がどんな事を噂されているのか知らないままは怖い。ましてやそれを隠さなければならないほどの内容ならばなおさらだ。フィナ達が私を避ける理由もきっと噂の中にある。

 随分前から温めていた疑問が、今やっと明かされた。

 

『いいだろう。まず、君は殺人犯と言う話からだが……四年前、君はアズカバンに入れられていた』

「…四年前?」

 

 四年前と言えば、私が闇祓いを始めた年だ。確か、初任務の日に死喰い人に襲撃されて私は半年ほど眠っていた。その場にいた全員が死亡し私は奇跡的に生き残ったとか――

 不意に私の頭の中に一つの疑問が浮かび上がった。

 

 ――私は本当に半年も眠っていたの?

 

 考えてみれば確かにおかしな話だ。いくら重傷だったとはいえ、半年間も気を失うほどの傷を負う事があるのだろうか?

 もし、ここが普通の世界ならばそれくらいかかるのも無理はない。しかしここは魔法界なのだ。強力な魔法による呪いを受けるか、吸魂鬼の接吻によって廃人になる以外ならば約一ヶ月で治せるだろう。

 それにあの時、ダンブルドアは私の記憶を消したと言った。その記憶がアズカバンにいる時の記憶だとしたら?私が本当に殺人犯だとすれば?

 それなら私だけが生き残った理由も全て辻褄が合う。一つの結論が導き出された。

 

「私は忘却術で記憶を操作されている……?」

『覚えていないならば、恐らくそうだな。それに、そこまで完璧に忘れているならそれ相応の魔力を持った者が術式を行ったことになる。例えば……ダンブルドア、とか』

「嘘、でしょう?」

 

 信じたくない、信じられない。一番信頼していた、一番頼りにしていた、そんな人に嘘をつかれていた。私は思わずその場に座り込んだ。

 タイミングも悪すぎた。積もりに積もってしまったストレス。無意識の内に行っている膨大な魔力の制御による疲れ。先ほどの戦闘による身体の負傷。精神面、魔力面、体力面、その全てが低下し過ぎている今、シエルが正しい判断をできるはずがない。

 頭によぎるのはダンブルドアの優しく微笑んだ顔。その全てが今は偽りのものにしか見えない。

 

「――ッ」

 

 歯を食いしばり感情を抑える。しかし、溢れ出す負の感情は止まることを知らなかった。

 

『スタージェント、お前はどうやらダンブルドアに裏切られている様だな。まあ、僕には関係ないからね。君がどうこうしたところで僕に害はない……他の噂も聞きたいかい?』

 

 これ以上、何も知りたくない。そう思った私は首を横に振った。

 

『そうかじゃあ、そろそろお開きにしよう。記憶を消すか、石化するか、死ぬかだ。全てを失ったお前に生きる価値があるのかは分からないがな』

 

 "彼"の言葉に私ははっと我に返った。

 私は『全てを失った』訳ではない。アルフィーも、ルーナも、リーサも、フェッタも、森の動物たちも…。私の周りにはたくさんの人がいる。『少し失った』くらいで何をくじけているのだろう。

 私は思わず笑みをこぼした。

 

『何が面白い?』

「いえ、自分の馬鹿馬鹿しさに呆れただけですよ」

 

 私は馬鹿だ。本当に馬鹿だ。この話の主人公を気取って、独りよがりをして。馬鹿だ。本当に大馬鹿だ。

 

「私の中に貴方が選んだ答えはありません」

 

 私は立ち上がった。まっすぐと"彼"を見つめる。

 

 私は決めた。この先、いろいろな事が起こるだろう。危険かもしれない。死ぬかもしれない。でも、それは当たり前なのだ。いくら平和な国に暮らしていても死はいつも隣り合わせなのだから。

 私が転生した理由は分からない。だとしても、未来を変えたらいけないなんていうルールは元々存在しないのだ。

 私はまた笑った。もしかしたら今日は人生で一番楽しい誕生日になるかもしれない。"彼"は意図せず私に最高のプレゼントを与えてくれた。

 

「もし……もし、ダンブルドアさまが私を裏切っていたとしても、それとこれとは別の話。私が貴方に従う理由にはなりません。()()()()()()()、私は挫ける事はあっても、倒れる事はありません。それに貴方の敵にも味方にもなりません。それを心に止めておいてください」

 

 私は杖を出す事もせず、まっすぐに立つとポケットに手を入れた。

 

『フッ、くだらない。スタージェント家はつまらないことしか言えないのか? すまない気が変わったよ。君は今殺す。さらばだ、スタージェント。アバダ・ケダブラ(死ね)!』

 

 緑の閃光が私を貫こうと迫ってきた。私はそれに照らされた口をぐにゃりと曲げる。

 ああ、こんなにも簡単に、こんなにも容易く、こんなにもあっさりと吹っ切れるならば。『自由』を手に入れられるのならば。最初から悩む必要なんてなかった。

 

 閃光が消えるとともにシエルも跡形もなく消え去っていた。



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35.アルフィー

『フッ、すまない気が変わったよ。君は今殺す。さらばだ、スタージェント。アバダ・ケ・ダブラ(死ね)!』

 

 少女の身体を借りた何かが彼女に向けた杖を大きく振る。許されざる呪文を唱えるその顔は、まるでそれが当たり前かのように見えた。

 

「――ッ」

 

 僕は少女に杖を向ける。しかしそれは、少女の杖先から出た閃光が彼女を貫くのと同じだった。閃光の眩しさに僕は思わず目を閉じた。

 次に目を開いた時には――そこには何もなかった。

 

「シエル? うそ、だろ……そんな……だって、君は……はっ、そうだ! 校長に報告を!!」

 

 なんとか思い起こした僕は立ち上がり、校長室に急いだ。

 

「ダンブルドア校長! シエルが!!」

 

 校長室に着いた僕は断りもいれずドアを開いた。すると、中にはダンブルドア以外にもう一人の女子生徒がいた。

 

「し、える……?」

 

 驚いたことに僕の目の前には先ほどの死の呪文を受けたはずのシエルが僕に笑いかけていた。

 

 

 

 

 

 

 緑色をした死の閃光が私を貫こうと向かってくる。ジニーの顔をしたヴォルデモートがにやりと勝利の笑みを浮かべている。閃光が当たるまであと一秒もない。

 今逃げればまだ軽症程度ですむかもしれない。しかし逆を言えば、今逃げたところで助からないかもしれない。

 私は目を閉じた。そして手にある感触を確かめ、その言葉を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 自分の勝利を確信した僕は何もできず立ち尽くす彼女の哀れさに笑いがこぼれた。

 

 何て無様。何て哀れ!!

 

 しかし、シエルの顔を緑の閃光が照らすと同時に顔をひきつらせた。

 

 彼女は――笑っていた。にやりと、冷たく、歪んだ笑みを顔に張り付かせていた。

 僕は思わず身震いした。どこにそんな余裕があるにだろうか。自分はもう死んでしまうと言うのに。いいや、と僕は首を振った。彼女は自分の勝利を確信しているのだ。

 死の呪文が貫く寸前、微かな音が鳴った。

 

「まさか。そんなばかな……」

 

 そこに彼女は居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「転移、校長室」

 

 閃光が貫くのと私が転移したのはほぼ同じタイミングだった。

 目を開くと、校長室の扉の前に立っていた。ノックをしようと右腕に力を入れる。すると身体に激痛が走った。

 

「……殺られたか」

 

 みると右肩が少し抉れているようで、焦げた制服には赤い鮮血が染みて手のひらの方まで流れてきていた。もし、転移があと0.1秒でも遅れていたら心臓に呪文が当たっていただろう。命拾いをした。

 今度は反対の腕を上げてノックすると、ダンブルドアがドアを開いた。

 

「シエルよ、なにか儂に用……」

 

 私の顔から肩に視線を向けた瞬間、ダンブルドアの顔が強張った。

 

「一体、なにがあったのじゃ! すぐにポピーの元へ……」

「その前に話があります」

 

 私はダンブルドアの言葉を遮った。

 

「じゃが、その傷ではどうにもならんじゃろう……」

「いえ、私が眠っている内に()()記憶を操作されると困りますので」

 

 私がにこやかに断ると、ダンブルドアは苦そうな顔をした。

 

「気づいてしまったのか……」

 

 校長室に入ると、私は先ほどのことを余すことなく話した。最後まで話し終わると、ダンブルドアは一つ頷くと黙り込んでしまった。

 

「……」

「……」

 

 しばらく沈黙が続いた。痺れを切らした私が口を開こうとすると、ちょうど扉が開いた。

 

「ダンブルドア校長! シエルが!!」

 

 現れたのはアルフィーだった。ここまで走ってきたのか彼は汗だくで息も荒い。ダンブルドアを見て、その次に私を見る。彼は大きく目を見開くと、私の名を呼んだ。

 

「し、える……?」

 

 まるで死者を見るような目で私の存在に驚いている。完全に取り乱してしまっているようだ。

 

「とりあえず、()()。先ほど申し上げたとおり、裏で手を引いているのはヴォルデモートのホークラックスです。まあ、貴方は全てをお知りでしょうが」

 

 ダンブルドアは顔を顰めた。

 

「……」

 

 何も答えないダンブルドアに私は苛立ちを感じた。

 

「どうして……何も言ってくれなかったのです。なぜ、苦しい記憶と同時に償うべき罪までを消したのです? 私はそうとは知らずに、こんな――」

 

 私は自分の手のひらを開いて見た。ベッタリと血の着いたその手は、自分の血のはずなのに、誰かの血に見えた。

 私の知らない記憶(消された罪)

 

「私はもうとっくに、普通の女の子ではなかったのですね」

 

 まるで独り言のように、私はそう吐いた。もう、ダンブルドアの顔は見なかった。

 

「アルフィー、医務室に行きます。着いてきてくれますか?」

「あ、う、うん……」

 

 まだぼーっと立ったままのアルフィーを連れて、私は歩き出した。

 後ろで聞こえる制止の声に私は耳を塞いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 医務室に着くと、キーキーと叱られながらも治療を受けた。酷い怪我だが、明日には退院出来るそうだ。

 

 夜。面会が可能になると、すぐにアルフィーが駆けつけてくれた。

 

「それで……一体何があったんですか?」

 

 怪我の様子を聞くよりも前に、アルフィーが聞いた。私は先程の継承者からの奇襲の全てを話した。

 

「では、継承者はウィーズリーの末妹だったということですね! よかった、これでシエルの冤罪が……」

「いや、これは公表しません」

「え?」

「ジネブラ・ウィーズリーは継承者に秘密の部屋へ連れ去られる。助けに来たハリーたちの前に立ちはだかるのは、継承者。そして、ハリーたちは見事に継承者を打ち負かし、英雄になる――素晴らしいシナリオでしょう?」

 

 アルフィーはぎょっとした顔をした。何故かは分かる。私は今酷い顔をしていた。

 

「貴方は何を」

「何も」

 

 私は言葉を重ねた。

 

「私が何もしなくても、全て上手くいくのですよ。だから、何もしない。私はもう、これ以上罪を犯したくはない。これ以上、何もしたくないんです」

 

 ぽろぽろと手の甲に涙が落ちた。

 はっとして、手を返すと、洗い流された筈の赤黒いものがまだそこにはあった。ベッタリと先程と変わらず血が着いていた。

 私は擦った。擦って、擦って、擦って、擦って、擦って、擦って、擦って、擦って、擦って、擦って、擦って、擦って、擦って、擦って、擦って、擦って、擦って、擦って――擦っても、擦っても、それは私の手から取れなかった。

 ふと、その上に白い手が重ねられた。

 真っ白な手だ。私とは違う。何も犯していない手。私はそれがあまりにも眩しく見えた。汚い私を責めているようで見ていられなかった。けれど、弾こうとしても、弾けない。アルフィーは強く強く私の手を握っていた。

 

「もう、何も着いていませんよ。先程の血も、貴女のものです。大丈夫……大丈夫です」

「でも、私は人を、この手で――」

「大丈夫」

 

 私はその言葉に顔を上げた。彼は真っ直ぐと私を見ていた。

 

「もう、いいんですよ。貴方が過去に何をしていようと、どれだけの罪を犯そうと、もういいんです」

「でも、私はそれを知らずに今までずっと――」

「それで良かったんです。それが、良かったんです。貴方は知らない。知らないんです。何もしていない。記憶が無いのだから。知らないことまで罪を背負う必要なんてこれっぽっちもないんですよ」

「駄目よ! それじゃあ、私が殺した人は? その家族は? 友達は? きっと、私を恨んで……」

「貴女はどうです?」

 

 アルフィーは問いかけた。シエルはまたはっとした。

 

「貴女は父親を殺され、兄を殺され、殺した人を恨みましたか? 罪を償えと、犯した罪を背負い生きろと、そう言ったことが1度でもあったのですか?」

 

 マッド・アイ・ムーディー。シエルの家族の敵。しかしシエルは彼を恨んだことはない。時代が悪いと、悪いのは彼ではないと、彼を許したのだ。

 

「シエル、貴女が犯した罪を償おうとするのは正しいことでしょう。それ程までに貴女の犯した罪は重い」

「それなら!」

「それでも!」

 

 アルフィーは重ねて叫んだ。シエルの身体がビクリと跳ねた。それほどの剣幕だった。

 

「それでも貴女は自分を責めてはいけない! 自分を責めても、何も償ったことにはならない! 責められるのは貴女の殺した人だけです。貴女は自分を責める権利などないのです!!」

 

 私は何も言えず、ただ、彼の言葉を聞いていた。

 

「だから……もう、やめてください。もう、そんな風に自分で自分を殺さないでください……僕は、見ていられない……」

 

 コツンと、アルフィーは私の肩に頭を当てた。彼の顔は見えなかったけれど、彼がどんな顔をしているか何となく分かった気がした。

 

「シエル」

 

 耳元で声が聞こえた。冷たい身体が私を包み込んだ。私は――抱きしめられていた。

 

「アルフィー、わたし、は――」

「何も言わないで」

 

 アルフィーは優しく諭した。ぎゅっと力を入れられて、胸が苦しくなった。けれど、それが心地よく感じた。

 ふと、同じ感触を思い出した。

 

『愛しているよ、シエル』

 父の最期の言葉。抱きしめた父の身体は温かかったのを覚えている。震えていたかもしれない。私は――泣いていたのかもしれない。

 

「いいんですよ。泣いても」

 

 アルフィーの声が耳をくすぐった。

 

「叫んでもいいんです。逃げたっていいんです。貴方は――とっても綺麗な、普通の女の子なんですから」

 

 私ははっとした。嗚咽と涙でぐちゃぐちゃになった私を、血塗れで汚い私を、罪を犯した私を、何も知らないわたしを、アルフィーは綺麗だと、普通だと――

 

「アルフィー」

「何ですか、シエル」

「アルフィー、アルフィー」

「ええ、僕ですよ」

「アルフィー、アルフィー、アルフィー」

「僕はずっとシエルの傍にいますよ」

 

 アルフィーはぎゅっと、もう一度強く抱きしめた。

 私は彼の背に手を伸ばした。その背中は大きくて、父よりかは小さくて、でも、今の私にはそれがとても大きく感じた。

 

「大丈夫、大丈夫ですよ」

 

 何度も何度も彼はそう言い、声を出して泣く私の背を撫で続けてくれた。

 私は泣いた。子供のように、あの日泣けなかった私の代わりに、消された記憶を辿るように、私は泣きじゃくった。

 

 月光が2人を照らす。

 いつの間にか眠ったシエルを、アルフィーはゆっくりと横にした。

 彼はシエルの綺麗な真っ白な手を握りながら、シエルの髪を静かに見ていた。

 銀髪が金髪に変わりゆくのを見て、彼の目は紅く輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、目を真っ赤に腫らしていたために、もう一日退院が伸びることとなった。

 故に、その報せを聞いたのはアルフィーが病室に見舞いに来た時だった。

 

「継承者が動き出したようです。()()()()()()と共に」

 

 素晴らしいシナリオに亀裂が生まれ始めていた。



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