この〇〇のない世界で (ぱちぱち)
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このサブカルチャーのない世界で(5.31加筆修正)

こんな作品もあって良いかなと思って書いてみました。


誤字修正。五武蓮様、kuzuchi様、✮シェラ様ありがとうございます!


>FAQに曲名はOKとあったと教えてもらい確認。曲名を入れました。

あと女神様の思惑も自分で気付いた風になってたのでちょっと訂正。


【貴方に一つ。貴方の願いを叶える為の力を授けましょう】

「わかった! ならロボットに乗せてください! ATがいいな!」

【基本的な能力が上限マックスになるようにしておくので自分で作ってPR液にまみれては?】

「ファッキンゴッド!」

【貴方が絶対にロボットを作れないようにしておきますね(おこ)】

「ごめんなさい神様! 神様? 神様ああああぁ!」

 

 

 

 等という阿呆みたいなやり取りをして私は転生した。

 

 雑だって? これ以外に形容出来る事が無いんだよ。何せどんな場所だったかもどんな相手だったかも記憶が穴開きみたいになっていて覚えていないんだ。死んですぐ位の記憶はやたら鮮明なんだけどね。

 

 覚えている範囲の事柄を並べてみよう。前世でロボットアニメと書いて魂と呼ぶくらいに気持ち悪いやつだった私は、ふと気付いたらおっ死んでた。唐突だって? 自分でもそう思うが、これから命を失うなんて欠片も考えてなかったからさ。その辺りは大目に見て欲しい。

 

 多分塗装中の換気が上手くいってなかったんだろうな。ボンボン爆発が起き、火炎に包まれる我が家(元)を上空から眺めながら私はそう結論づけた。いきなり爆発したっぽいしやっぱり整頓って大事だよね(小並感)

 

 まぁ終わってしまった事はしょうがない。諦めて賽の河原で石でも……そういや両親とは喧嘩別れして二十年も会ってねぇや元気かねぇ等と考えながらふわふわと天に召されようとした所、いきなり空間に穴が開き中から現れた細っそい腕に首根っこを掴まれ。

 

 そこから先ほどのようなクソみたいなやり取りを経て私はベイビーとして再び生まれ変わったわけだ。

 

 ――生まれ変わった、んだが。

 

「ばぶー(あ、あかん眠い)」

 

 深く考えようとするとベイビーお脳が強制的に眠りに誘ってくるせいで、生まれてからこちら未だに自身の状況整理もままならない日々を過ごしている。考えも纏められんなんだこのクソ仕様。

 

 うつらうつらと船をこぎだした体と落ちる瞼を必死で開き――あ、無理。

 

 強制的にシャットダウンされ黒く塗りつぶされていく意識の中、次こそは現状把握位はやろうと心を新たに私はオフトゥンの魔力に身を委ねるのであった……あ、今世女なのは確認しました。一応前世も女でしたよ? 40超えて彼氏=プラモデルだったけどね。

 

 

 

「さてさておたちあい」

 

 私は自作の竹笛を持ってペコリと観衆に向かって礼をすると、ピーピロリーと笛を鳴らしながら足元にある壺に足で刺激を与え、中の蛇がゆらゆらと揺れる笛に気が付くように見せる。すると笛を攻撃しようと蛇が首を伸ばして来て観客がどよめきの声を上げる。

 

 あ、こらガキ共寄ってくるな。マムシだから噛まれたらあぶねーぞ?

 

 うん? 何をやってるのかって? 大道芸で日銭稼いどるに決まってるじゃないか。私が転生したのはどうやら昭和期の日本らしく街行く人が割と金持って歩いてるからこれが良い稼ぎになるんだ。

 

 何故大道芸をしてるのかって? 親に捨てられたからだよ言わせんな恥ずかしい。

 

 いや、捨てられた、というのは語弊があるな。売られそうになったから逃げ出したというのが正しいか。前者と後者の違いは利用価値があるかないか位の差だけど。

 

 どうもあの神?の力か、私はギフテッドと呼ばれる存在だったらしい。ギフテッドってのはまぁ、明らかに生まれた瞬間から何か出来が違う奴の総称みたいなものらしいが私は凄いぞ。現在5歳児なんだが、握力だけでトランプを指の形に千切ったり出来るし、6桁位の計算なら秒単位で計算出来る。

 

 一度見聞きした事を忘れないなんて特技もあるから前世の記憶までパッと思い出してこんな大道芸のネタを使って日銭を稼いだりも出来るのだ。

 

 そんな化物だから両親も怖がって研究機関に売り飛ばそうとしてたんだがな。気持ちは分かるよ。私が本気で握れば父さんの肩だって握り潰せるし母さんの細頸を捻り切る事だって出来るんだ。そりゃ怖いだろうさ。逆の立場なら私だって怖い。

 

 ――前世の両親は、元気に生きてくれたかねぇ。親不孝しちまったな。ちと、辛い。

 

「いやー、嬢ちゃん相変わらずすげぇなぁ」

「あ、ぎんさん!」

 

 背後からかけられた声に、私は努めて子供らしい声を上げる。彼は根無し草の私にとって現在の後ろ盾であり、近隣を縄張りとするヤクザ、しかもどちらかと言うと地元密着型の任侠等と言われるタイプの古いヤクザで、縁日の屋台をシノギとして生活している人物だ。

 

 当初は誰にも許可を得ずに駅前で芸を見せていた私を見咎め、親元へ帰れと説教してきたり何かと口煩い人なのだが、私が帰る場所がない、帰れない類の人間だと察してくれてからは寝る所まで世話してくれる面倒見の良い人だ。

 

「はい、これしょばだい!」

「おいおい、嬢ちゃんの評判で俺ら皆繁盛してるんだ。貰えねぇよ。なぁ、お前ら」

「そうだぞ、たくみちゃん。ほら、お礼だイカ焼き食ってけ」

 

 屋台のおっちゃんにイカ焼きを貰い、わーい、と喜んでパクつく。一食浮いたぜ! 割とこれが生命線だったりするからなぁ。大道芸のお金? 基本は出来るだけ貯金してるよ。親の庇護を失った以上は自力で生きなきゃいかんのだ。実弾はあればあるだけ助かるからな。あ、たこ焼きまでくれるの? あざっす!

 

 中学位までは卒業しときたいからな。その間の生活費は自前で稼がんといかん。節約できるところは節約しとこう。

 

 なんて気楽ながらも一人暮らし?を数年続けたある日、一つの転機が訪れた。

 

「すかうと?」

「おお、そうだ。俺のオヤジの知り合いがな、匠の話を聞いて是非会いたいんだと」

 

 嬉しそうな声でそう語る銀さんに私はよくいみがわからない、という表情を浮かべながら頭の中でソロバンをぱちぱちと弾いていた。銀さんが以前、私を引き取ろうとしてきた時にそれとなく私の事情を話している。親権の問題等があるので結局私は未だにただのたくみなのだが、この口ぶりだと解決策がある、という事だろうか。

 

 なら、会うか。駄目ならまた風来坊に戻れば良いのだ。ソロバンを弾き終えた私はじゃぁ銀さんと一緒なら、と条件を付けてその申し出を受け入れた。

 

 

 

「その程度、私には造作もない事だ」

「ほんとですか!」

 

 黒井と名乗る男の言葉に私は目を輝かせて答えた。声の張りがポイントだ。本当に私凄いと思ってます! と思いながら声に張りを持たせると大体の男は自尊心がビクンビクンするらしい。これが効かないのは今まで銀さん位だった。彼のようなタイプは逆に本音ベースで話した方が効果があったりする。

 

 黒井という男にはある程度の事情を話した。身体能力、頭脳。その二つが並外れた存在であり、それが原因で家族の元を離れたと。その話を聞き終えた彼は指を立てて左右に振り、「付け加えて容姿も、だ」と笑った。

 

 黒井は私の事情を確認した上で大したことがない、と答えた。何でも政財界に顔が利くらしく、腕っこきの弁護士を雇えば問題なく対処出来るレベルだと。それよりも親権を取った後の保護者はどうするのかというので銀さんにお願いしようとしたらその本人から叱り飛ばされた。ヤクザ者との関係を甘く見るな、と。

 

「芸能界でヤクザ者との関係はご法度だ。実態はともかく、な」

 

 黒井が同意するようにそう言って、保護者として自分が名乗り出ると語った。何なら養子にしてもいい、と。その申し出は、多分善意からの言葉なんだろう。でも。それでも私としては銀さんの子供になりたいという思いの方が強かった。この世界で私を本当の娘の様に育ててくれたのは銀さんなのだから。

 

 娘を名乗るなら銀さんの娘が良い。だが、この話が良い話であるのも間違いない。

 

 私の逡巡を見て取ったのか、銀さんは小さく笑って首を横に振った。その笑顔を見て、私は決意を固めた。

 

「くろいさん、もうしわけないけど」

「ノン、実態はともかくと言っただろう。君はもう少し虚実を知った方がいいな」

 

 私の言葉にかぶせる様にそう言って、黒井さんは苦笑を浮かべた。

 

「良いかい。養子縁組には人数の規定等という物はない。君が今そこの松崎さんと養子縁組をして松崎匠となって、その後に私と養子縁組をして黒井匠になったとするが。ここで君は傍から見ればヤクザとは縁のないただの子供になるわけだ。もちろん養子縁組をした以上君はそちらの松崎さんとの関係をもった事になる。私が間に入る以上は少し遠くなるかもしれないがな」

「えっと。そんなにかんたんなの?」

「単純にする。約1年くらいかな。君の場合はある種の美談になるだろうさ」

 

 彼は語った。親元から逃げ出した少女はヤクザ者に拾われた。彼女は大層美しく才能豊かな少女で拾い親の庇護を受けながら縁日などで芸をしていたが、それを見たとある人物が彼女を引き取ると口にした。自身の元では真っ当に育てられないと判断したヤクザ者はそれを承諾し、少女は普通の子供になる。これだけで小さな映画になるような話だ、と。

 

「カバーストーリーもいらない、非常に大衆向けの小話だ。後はこの普通の子供になった少女がスタアにのし上がるまでが重要だが、君ならば問題あるまい」

「ずいぶんと、かってくれるんですね」

 

 自信満々、と言った表情で黒井が言い切る。ここまでとんとん拍子に進むと逆に警戒心が芽生えて来るというか、いぶかしく思いながら私はそう尋ねた。彼は私の芸を見たわけでもなく今回が初対面だという。なぜ私をそう評価するのか、その根拠を知りたかった。

 

「君の芸を見たという人物は私の友人でね。これがまた甘っちょろい奴なんだが、芸事の感性に関しては私よりも上の奴だ。いつぞや、駅前で君の手を取った男を覚えていないかな?」

 

 手を取った、という所に覚えがあった。数か月ほど前、駅前で玉乗りをしながらジャグリングをして歌を歌っているときに声をかけてきた男性だ。30前後位の優し気な男性だったな。

 

 彼は私の歌を聞いて惚れ込んだと。是非歌手にならないかと言われたのだが、名前を聞かれた際に名字を持たないことを伝えると絶句していた。親もなしで一人で生きており、表の社会に出ることができないと伝えて別れたのだが、どうやら彼は本気だったらしい。

 

「奴は言っていた。『今の閉塞した音楽業界を突破するためには彼女が必要だ』とな。それほどにあの男が評価している人物に会ってみたいと思っていたが。予想以上だった」

 

 黒井という男は私の長所らしきものをどんどんと上げていく。容姿に始まり、声、仕草。その際にそういえば、と軽く童謡を歌わされたのだが、その声を聴いた黒井はあまり口にしたくないが、と前置きをして私の両親にこれほどの才能を潰そうとするなどと罵っていた。

 

 言いたくなるのはわかったが、そこはやんわりと否定しておいた。誰だって未知の物は恐怖するものだ。産んでもらった点に感謝こそすれ罵倒するつもりはない。少し悲しかっただけだ。

 

「君は随分と大人なんだな。いや、大人にならざるを得なかったのか」

 

 少し心苦しそうな表情を浮かべる黒井と銀さん。そういう意味で言葉にしたわけではないのだが。中身は君ら二人より年上なせいで色々ボロが出てるだけなんだよなぁ。

 

「だが、それだけ成熟した面を持つ君なら精神的な意味でも評価に値する。それで、どうだい。私のプレゼンは君のお眼鏡に適ったかな?」

「はい。はなまるです」

 

 私の満点回答、という返答に黒井はくつくつと笑った。大分猫被ってたのバレてるなこれ。いや、それだけ見る目の有る人物に見初められたと思おうか。元々話の流れ次第ではそのまま逃げだす予定だったのだ。銀さんと家族になれる上に表の世界に遠慮なく出ていける身分まで手に入るなら万々歳ってもんだろう。

 

 その後、渋る銀さんに泣き落としをかけて養子縁組をしてもらい、私は晴れて松崎匠となった。来年位にはこの名前が黒井匠になる予定である。縁日で商売をしている仲間たちに祝われながら私達はこれからの先行きが明るいものであると信じて笑顔を浮かべた。

 

 前世も今世も両親には報いてあげる事ができなかった。せめてその分、銀さんや黒井さんに恩を返していこう。そう心に決めて、私は彼らの手料理に舌鼓を打った。

 

 そして三日後、この世の神があのファッキンゴッドである事を思い出す。

 

 

 

「ない……ない!」

 

 今までに貯蓄してきたお金を趣味に回す余裕ができた私は荷物の運搬やら学校への手続き(ようやく戸籍を手に入れた為小学校に通える)等の事務手続きを終えた後、小遣いを持って町の本屋へとやってきた。どうも聞いた感じだと今は西暦1984年らしい。素晴らしい。ボトムズは終わってるがエルガイムが待ってるじゃないか。

 

 とりあえず基礎教養としてジャンプサンデーマガジンにチャンピオンは当然抑えるとして後はやはりガロだな。久しぶりにあのサブカルチャーの総本山が見たいわと書店をはしごしたが、置いているのはノラクロっぽい貸本位であとは偉い人の自伝であったり古典などの現代解釈ばかりだった。絵の有る古典と思えば面白いかもしれないが違うだろ。こういうのは学校の図書館に置いとくべきで子供向けの欄に置いとくものじゃないだろ。

 

 仕方ない、と別の店舗に移動し、そしてそちらの子供向けコーナーに移動して私はようやく事態の異常性に気づいた。マンガはある。貸本であるとかそういった形でだ。水木しげるが昔書いていた戦記物みたいなものがちょろちょろあって、それらの周りに子供たちが群がっている。戦後間もないころの貸本屋の風景を見ているような光景だった。急いで雑誌を確認すると、漫画少年のような投稿雑誌がある位でそれを専業にする漫画雑誌はないらしい。これは、1984年の話だ。決して1954年の話ではない。

 

 それでも諦めきれなかった私は、色々な店舗を数日掛けて回り、出版社等も回っていった。集英社も小学館も少年画報社もそれどころか講談社も存在しなかった。

 

 本屋の件で嫌な予感を覚えて私は急いで黒井に連絡を取った。最近のヒットチャートと彼おススメの音楽を訊ねたのだ。彼が持ってきたレコードを聴いて私は口を開けたまましばらくぼうっとしていた。シャンソンじゃねぇか。私が感動しているとでも思ったのかほほえまし気な笑顔を浮かべる黒井にロックとは知ってるか尋ねると慌てた様子で「何故アメリカの最新音楽を知っている」のか尋ねられた。これは1960年代の話じゃない。1984年の話だ。

 

 そして、一つの結論に達する。

 

「このせかいにはサブカルチャーがほとんどそんざいしない」

 

 漫画も、アニメも、音楽も娯楽映画すらも。それは、サブカルチャーに傾倒して死んだ前世の自身の全てが何もかも消え去った事と同意義だった。その事実に直面し、その事実に愕然とし、そして私は現実を認識することを放棄して意識を失った。

 

 

 

 目覚めた時には、2週間ほどの時間がたっていたらしい。心配そうな顔で私の顔を見る黒井さんと銀さんに何とか笑顔で応対しようとして、私は部屋の異変に気付く。どこだかわからない部屋の中に沢山の機材があふれている。マイクやらが所狭しと並べられていて少し怖い。

 私はこの2週間、ずっと歌を歌っていたそうだ。

 

「聞いたことのない歌が多かった。まるであふれ出してくるように君は次々と歌を口ずさんでいた。その歌が余りにも綺麗で、洗練されていて、そして……美しかった」

 

 この録音機材の持ち主、黒井さんはそう言って勝手な行動を詫びてきたが、2週間も意識がない中病院を貸し切って世話してくれたのは彼だ。私が怒る資格なんてない。

 

 それよりもどんな歌を歌っていたのかと尋ねると、彼は小さなカセットテープを持ってきた。最新式の音楽再生機材だ、と自信満々に語る彼にほほえましさを感じながら私はそのカセットテープから流れてくる音楽に耳を傾ける。

 

 たどたどしい私の声が流れてくる。その歌に、私は涙を流した。炎のさだめだ。私の何よりも深くに位置したオタク道の始まりの歌。意識のない中、私は必死に炎のさだめを歌っている。

 

「恐らくその曲が一番大切なものなのだろう。ほかの曲は一度きりだったのに対して君はその曲を繰返し歌い続けていた」

 

 急いで編集したよ、と笑う黒井さんに私は涙を流しながら何度も頷いた。ボトムズを見て、それまでロボットに興味がなかった前世の私の生活は一変した。ここから私のサブカルチャー人生は始まった。そんな始まりの歌を私は今世で初めて自分の口以外から耳にした。たとえそのボトムズがこの世に誕生していなかったとしてもそれはもう関係がない。

 

「ないならつくってやる……」

「ふむ。そうだね、これはそう。まったく新しいジャンルの歌だ。ロックとも違う。そうだね、ニューロックか」

「ちがう。アニソン」

「……アニソン? シャンソンの派生ということか?」

 

 黒井の言葉に少し吹き出しそうになりながら私はベッドから降りた。ふらつく私を銀さんがそっと支えてくれる。ありがとう、と銀さんに微笑み、私は呟くような声ではなく、大きな声で歌を紡いだ。

 過去を盗まれたのなら取り返しに行けばいい。今存在しないのなら作ってやればいい。私は再び、あの黄金の日々を必ず取り戻す。必ずだ。

 

 あのクソッタレの女神様に目に物を見せてやる。私がサブカルチャーを生み出すんだ!

 

 高らかに歌う私に見ほれるような黒井と銀さんの前で私は右手を握りしめる。女神のほくそ笑んだような顔を思い浮かべながら、私は心の中でそう宣言をした。

 

 

 

 これがサブカルチャーの祖と呼ばれる一人の女性がこの世に産声を上げた瞬間の話である。

 それがどのような結果を齎すのか、それはまた別のお話。




このサブカルチャーのない世界で。

ご覧いただきありがとうございました。
一からすべてを作る系の作品って偶に見ると面白いなと思い、それにちょっと来てるアイマス熱を足してみたらこうなった的な話です。とある料理人兼作曲家兼実業家の話も影響あると思いますが、流石にこんだけ内容違えばパクリ扱いはされませんよね?(震え声)

連載物っぽい引きですが、連載予定はありません。流石に今の連載が終わるまではちょっと余裕がないです。息抜きに書いたものなのでまた連載で詰まったりしたら続きがあるかも、位に考えてもらえればありがたいです。

あと、銀さんは適当なキャラが思い浮かばなかったための登場で特に理由はありません。寅さんになってたかもしれない。

あ、タクミさんの容姿候補貼っときます
ライブモード
【挿絵表示】

普段
【挿絵表示】



ちなくそ女神様の思惑

女神「やっべなんか世界の文明発達が歪になってるって怒られたし誰か送って修正しヨ」


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この音楽のない世界で(6.1修正)

流石に前話だけだとあれなので急いで書きました。
突っ込みどころが多いというのはほら。チートってことで(目そらし)

誤字修正。ハクオロ様、ひょっとこ斎様、みやとも様、竜人機様、kuzuchi様、ランダ・ギウ様ありがとうございます!


>FAQに曲名はOKとあったと教えてもらい確認。曲名を入れました。


「違う! アニソンだッ」

 

 電話口で捲し立てるように黒井が叫ぶ。

 

「そうッ! アニメーション・ソング! 音楽だけなんてもう古い。視覚的に、聴覚的に大衆をぶっ飛ばす、そんな新しい歌の在り方だ!」

 

 いや、私はアニメの歌が作りたいんだけど。

 

 テンションをダダ上げして精力的に動く黒井さんの邪魔をする気もなく私は黙ってウォークマン(最新の音楽機材らしい)を起動し、自分で録音したランナーを聴きながら作曲に戻る。爆風スランプのヒット曲? いやいや勿論初代マクロスのEDに決まってるじゃないか。これがまた良い歌なんだわ。

 

 爆風スランプも嫌いではないがあのバンドの歌だと大きなタマネギの下での方が好きだな。この世界じゃ純粋に武道館としてしか使われてないっぽいからあの歌も出てこないのか。悲しすぎる。

 

 え、何をしているのかって作曲ですよ。過去に経験した物事をフルに思い出せるこのチートボディを使って過去の名曲やら何やらを洗いざらい書き記してます。横文字すらそうそう見かけないこの世界、流行りの流行歌に軍歌っぽいのが含まれてたりして草生やしてたんだけど、徐々に笑えない事態が明るみになってきた。

 

 これ、流行歌が古いんじゃなくて土台が出来てないんだ。ギターもなければベースもない。ドラムっぽい(むしろ太鼓?)のと、後は精々電子ピアノが話題になった位で楽器という物が全然日本に渡ってきておらず、それらを使って曲を作るという概念自体が存在しない。

 

 勿論今の時点でロックどころかギターが浸透してないのでフォークソングなんかもない。唯一の救いと言えるのはサブちゃんっぽい人やひばりさんっぽい人は居る位か。ジャズは、ある。というか舶来物の音楽はジャズばっかだな。これアメリカも大分ヤバいぞ。

 

「クロちゃ〜ん」

「誰がクロちゃんだ。どうした、タクミ」

「うん。ロックバンドのうた、ある?」

 

 開き直って以降は出来るだけ彼と銀さんには素の自分を見せている。下手に取り繕って余計なストレスを抱えるのも嫌だし、銀さんはともかくこの男は私にとって共犯者。少なくとも音楽の面に関して、私はこの男に遠慮するつもりはない。

 

 黒井に用意して貰ったレコードを流して貰いながら、私はメモを取る。こりゃビートルズは居ないな。まさかリアルに「僕はビートルズ!」せなあかんのか? 一つの音楽ジャンルを作り上げるのがどれ程大変か。せめてロックがある程度形になっていれば色んな曲が使えたのに、まさかの縛りプレイである。

 

 えっ、前世の曲を勝手に使うのかって? 著作権? その著作権持ってる人連れてきてくれたら全部投げたいわ。むしろ一人で良いから連れてきてくれよ切実に。手塚治虫でも良いぞ。

 

「クロちゃん、クロちゃ~ん」

「誰が……もういい。どうした、何かインスピレーションが沸いたのか?」

「あのさ、いまいちばんおんがくがスゴイのって、どのくに?」

「アメリカか、イギリス。欧州とも言われているがどう考えてもこの二国が最も勢いがあるだろうな」

「でも、もうなんねんもおなじおんがくばっかだよね?」

 

 そう尋ねると、黒井は顔を歪めて悔しそうに言葉を紡いだ。頂点であるのが長すぎて、他のレベルが低すぎて。色々と理由はあるが、米国の音楽分野の発展はプレスリーで終わってしまったのだと。

 

「米国のロックの歌手が麻薬に手を付けてという事件があったり、マフィアとの癒着だったりとマイナスイメージも大きかった。だが、それらはあくまでも一側面に過ぎない。それを一緒くたに囲んで棒で殴って、結局わが国ではロックは定着しなかったのだ。ギター等の楽器が高級なのもあるが、新しい事に踏み出そうとして出来なかった、そんな臆病な選択の結果が今の世界だ」

「ほかのくにもにたようなものだね」

「欧州は少しは頑張っているがな。英語圏の一強を崩せないのでは意味がない」

 

 一時期、日本ではロックミュージックの禁制まで出されていたらしい。70年代になってそれは解かれたが、成程。そらこうなるわ。50年代から70年代の最もロックが発展した時代に鎖国してたのだから。

 

 そして、他の国も似たような状況……ロックンロールを不良の遊び道具だと決めつけ、徹底的に潰したのか。アメリカが30年も同じ状態で足踏みしてるわけだ。他に敵も刺激もいない状況はさぞ温かろう。

 

 ここまで考えて、私の中で一つの方針が決まった。日本国内であがくのは意味がない。いくつか弾はあるが明らかにコスパに合わないし何より時間がもったいない。

 

 良くも悪くも日本は旧来の考えを大事にする場所で、この国を一気に動かすには相当強い圧力か権威が必要だ。そんなものは7歳児の未だ無名の私が持つわけもなく、黒井だって用意するのは無理だろう。

 

 ではどうするのか? 答えは簡単だ。黒船を用意すればいい。

 

「クロちゃん、アメリカにともだちっている? もちろん、げいのうけいの」

「ああ。一時期留学していた頃に知り合った人物が居る。今はどこぞのTVで……なんだ、何をやらかすつもりだ?」

「んっふっふ」

 

 30年も進歩のない音楽業界。聞けば少しずつだが業界の売り上げも減ってきているらしい。そりゃそうだ。30年と言えば赤ん坊が大人になって子供を産んでいてもおかしくない年月だ。

 

 それだけ長い間同じような歌ばかり聞けば人はそれを追いかけるようなことはしない。多少の曲調の変化などは勿論あるだろうがそれらも微々たるものだろう。だが、業界の最先端にあるという事実と後追いする連中の惨状がその状態を維持するように仕向けている。

 

 起こしてやろうじゃないか、アメリカの退屈な歌に塗れた民衆と業界を。目覚めた彼らはこれまでの食べ飽きた餌には見向きもせずに新しい曲を求めるだろう。当然その波は日本にもなだれ込む。

 

 何せその波の発生源は日本人なのだからな。そしてそんな波に飲まれた日本人がどう動くか。まぁ、間違いなく蜂の巣をつついたような騒ぎが起きるだろう。そんな未来予想図にほくそ笑み、私は満面の笑みを浮かべて黒井にこう宣言をした。

 

「スキやきをたらふくたべさせてあげるだけだよ」

 

 

 

 ボビーはラジオから流れる最近のビルボードチャートを聞きながらため息をついた。午後の眠気をぶっ飛ばすサウンドはどうやら聞けそうにもない。アメリカの歌謡界のレベルの高さは知っているし歌手たちの実力も非常に高いのも分かっている。

 

 だが、どいつもこいつもプレスリーの後追いばかりで似たような歌しか歌わないのだ。これ位ならジャズでも聞いて気分を落ち着けた方がマシだろう。

 

 そんな陰鬱とした気分を抱えた彼のデスクに、ジリリリリ、とけたたましい電話の音が鳴り響く。受話器を取り「私だ」と答えると、耳に入ってきたのは懐かしい日本の友人の声だった。

 

 確か今は日本の音楽関連で仕事をしているはずだ。有能で、強い野心を抱えた男。彼が日本人で、別の業種へと進んでいったことをボビーは学生時代に感謝した事があるほどに強烈な人間だ。

 

 何でも彼は今アメリカに来ているらしい。歌手志望の義理の娘に本場アメリカの音楽を見せる為だ、と話す彼の声には以前と変わらぬ野心が感じられた。

 

 閉塞した音楽業界に苦言を呈していた彼の秘蔵っ子と頭に思い浮かび、興味がわいたボビーはすぐに自身のスケジュールを空けて彼と彼の義娘に会う時間を作った。どうせ碌な仕事もないのだ。同じことばかりを繰り返すこんな日常に飽き飽きしていたのもある。

 

『やぁ、ボビー』

『久しぶりじゃないかタカオ。ついに日本を捨てたのか?』

『ハハッ。まだ足掻いているよ』

 

 眼鏡をくいっと持ち上げて彼は笑う。その笑みに学生時代から変わっていないとボビーは少し嬉しく思った。旧友との再会は存外に彼の陰鬱な気分を癒してくれたらしい。そして、ボビーは黒井の隣に立つ、小さな人影に目を向ける。

 

『タカオ、この娘が?』

『ああ。ボビー、この娘が私の義娘だ。タクミ、挨拶を』

『はい、パパ』

 

 黒井の言葉に頷いて、その小さな娘はぺこりと頭を下げた。小さい。恐らくまだジュニアスクールの、しかも低学年だろう。だが、すっと通った目鼻立ちに立ち振る舞いは年齢以上の姿をボビーの目に映し出している。昔、黒井に見せてもらった事の有る日本人形のような美しさを感じる少女だった。

 

『タクミ・クロイです。よろしく、ボビーおじさん』

『…あ、ああ。よろしく。ボビー・ブラウニーだ』

 

 小さな手と握手を交わし、ボビーは自分が今、緊張していることを自覚した。透き通るような声だった。瞬きの一つまでもが完ぺきに計算されているような仕草だった。黒井を見ると、彼は含み笑いを浮かべてボビーの様子を眺めている。

 

 ただ数回、言葉を交わしただけでボビーはこの娘を自身に会わせたがった彼の思惑を察し、そしてそんな彼と友誼を結んでいた学生時代の自分に感謝をしていた。

 

『すぐに詳しい話をしたい。タカオ、どこのホテルに泊まっているんだい?』

『ああ、~の通りにある~ホテルだよ。そうか、君のお眼鏡に適ったか』

『お眼鏡だって!? この娘と対面して何も感じないならそいつはメディア業界の人間じゃないさ! ただ話をするだけで絵になる人間なんてこの世に何人いると思うんだい!』

「ねらってやったからそこまでいわれるとはずかしいわ……」

 

 ぼそりと呟いたタクミの言葉は日本語でよく聞き取れなかったが、どうやら恥ずかしがっているのがわかる。これがヤマトナデシコか。黒井から聞いていた奥ゆかしい日本の女性像を思い浮かべボビーはにんまりと笑顔を浮かべる。

 

 歌手志望と聞いているが、彼女ならば少し演技を身に着ければ本流である歌劇等にも移れるだろう。あるいはハリウッドスターも夢ではない。しかも、アッという間にだ。彼女のマネジメントに思いを馳せながらボビーは足早に町を歩こうとして、よそ見をして足を止めた彼女に気付いた。

 

 その視線の先には、公園の端に腰掛けてギターを鳴らす女性の姿があった。まだ20代だろうか。ギターの音を聞きなれたボビーでも上手いと感じる演奏だった。タクミは彼女の演奏を聴きながら、小声で黒井に何事かを語り掛ける。

 

 彼は胸元から一枚のドル紙幣を取り出すと彼女に渡した。なるほど、チップを渡すのか。確かにこの演奏力ならばそれだけの価値はあるだろう。タクミの感受性を感じてボビーは笑顔を浮かべた。

 

 そして数分後にその笑顔は驚愕へと変わり、更に数分後。伴奏が終わった後に彼は涙を流してこう呟いた。 『私は歴史の一ページに今、立っている』と。

 

 

 

【黒井タクミの伝説 その1 タクミストリート誕生秘話』

 本場アメリカの音楽を見に父親の黒井崇男と渡米。父親の友人(後の米国での代理人、ボビー・ブラウニー氏)と会った場所近くで演奏していた女性ギタリスト(その後米国におけるタクミのギター伴奏を担うジェニファー・ヤング氏)の演奏に感動し、彼女のギターを伴奏にボビー氏に曲をプレゼントしようと歌いだした所、その歌声を聞いた観衆により通り一つを占拠する事態になる。

 

 この時の歌は彼女が目標とするアニメーションソングとは違う旧来のロックンロールやジャズ、カントリーと言ったジャンルの歌であったが、彼女の透き通るような歌声とアレンジは旧来の音楽を聴きなれていた民衆の耳を揺り動かし、たった一回の披露の筈が鳴りやまないアンコールの為に2時間にわたる野外ライブを開催する事になった。

 

 この時の観衆には後にタクミチルドレンと呼ばれる彼女の影響を受けて育ったミュージシャンが多数存在し、~市のタクミストリートと言えば音楽の聖地として今なお若きミュージシャンたちが集う場所として著名である。




黒井タクミ:主人公 芸名は匠をタクミと記載する。ちなみにまだスキ焼きしてない。

黒井崇男:タクミの悪だくみに悪乗りし日本での仕事を高木順二朗に丸投げして渡米。

ボビー・ブラウニー:米国のとあるTV局に務めるプロデューサー。後に退社し、米国におけるタクミの代理人となる。


クソ女神さまのやらかし
「プレスリーの曲良いけど、ちょっと不真面目だね。少し締めようっと」

「あれ。なんか、30年くらい進歩がない……?」

タクミさんのコメント
「ロックが弾圧されてるのにノビノビ曲が作れるわけねーだろ」


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このアニメのない世界で(6.1修正)

連載の息抜きに書くといった。しかしいつ書くとは言っていない。つまり、10年後、20年後……もしくは今、という事も可能だろう。

つまり書きました。

追記:前回唆されたのは宗教関係者。唆された人物は深く考えずにロックは道徳的にどうかと懸念を弄したが、なんか魔女狩りになりそうになり慌てて止める事に。結果ロックに手を出す人は激減しました。


誤字修正。五武蓮様、sunny•place様、猫缶ささみ様、所長様、kuzuchi様、a092476601様ありがとうございました!

>FAQに曲名はOKとあったと教えてもらい確認。曲名を入れました。


 チャンスってのは急に訪れるものだってあの時分かったわ。

 タクミと仕事をするのは有給休暇みたいなものね。それまでの私は1週間に7日、毎晩音楽学校で人にギターを教えて過ごしていたの。それが急に10倍の給料で可愛い女の子と楽しく音楽をする仕事に早変わりして、1週間に2、3日働けば良いだけになったのよ。

 

~ジェニファー・ヤング ギターソロライブでのインタビュー~

 

 

 

 ぐつぐつと煮える鍋を前にしてタクミは首を傾げた。まだかな? まだかな? と鍋に尋ねる様に。

 そんな彼女の様子に苦笑を浮かべて、母親はそっと彼女の前で鍋の蓋を開ける。ふわり、と湯気が立ち上り、タクミはうわあ、と嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。そんな彼女の様子を笑顔で見つめ、そして父親が手を合わせる姿に彼女は慌てて両手を合わせる。

 

 どこからかギターの音が鳴り響く。そのメロディに合わせる様にタクミは立ち上がり、歌を歌い始めた。そのメロディは懐かしく、新しく、そしてどこか寂しい。

 

 スラムの外れに立つ一軒の掘立小屋から歌いながら出てくるタクミに、その家の前でギターケースを小銭入れ代わりにしながらジェニファーがギター伴奏を行い、そして、周囲の窓から人々が顔を出し、彼女の歌に耳を傾け、あるいは口ずさみ、あるいは涙する。そして、歌の終わりと共に周囲は暗くなっていき、ギターの音が途絶えて、完全に暗闇となる。

 

『……カット!』

 

 映像監督の声と共に室内に明かりがついた。カメラマンやスタッフ達、それに俳優たち。このムービー撮影に尽力した人々。だが、彼らは誰一人その場から動こうとしなかった。余韻のような物だろうか。確かに先程まで自分たちが居たあの空間。食うや食わずの日々を送る貧しい人々の、精いっぱいのごちそうを前にした少女の楽しげな様子。

 

 確かにあの時、この場にいた彼らは彼女の仲間だった。辛い日々を送る、けれども明日の活力に満ちた、そんな日々を過ごしていた。たったの数時間であるというのに、彼らは確かに、今、この小さなセットの中でだけ表現される世界の中に居たのだ。

 

 その様子を監督を任されたリブは叱るでもなく、ただただ頷いていた。長い事ショービジネスの世界で生きていた彼だが、こんな現象は初めてだった。

 

 ただ、凄い物を見た事だけは間違いなかった。この仕事を自身に持ってきたボビーの言葉を思い出す。『私は歴史の一ページに立った』と彼は見た事のない晴れやかな顔で語っていた。その言葉の意味が、分かった気がする。

 

「ねぇ、クロちゃん。このすき焼き、皆で食べようよ」

「……ああ、そうだな。そうしよう」

 

 屈託もなく笑って自身の義父に甘える少女の姿を見ながら、リブは小さく感嘆の吐息を漏らした。今日撮ったこのフィルムは間違いなく自身の生涯最高の仕事となるだろう。それがリブには堪らなく嬉しかった。

 

 

 

 仲間が増えるよ! やったねクロちゃん! という訳で黒井以外の旅の仲間が出来ました。パツキン美人のチャンネー(死語)、ジェニファー・ヤングさんです。

 

 いやー、黒井パッパと二人で歩いてると何故か結構な確率で警官に呼び止められてたからさ。スゲー助かります。誘拐犯じゃなくてパパ(意味浅)なんだけどね。

 

 あとパッパも男だから入りにくい場所があるからな。私としても大人の女性の手助けはそろそろ欲しかったんだよ。一人じゃ出歩けないからさ。一人で出歩いたら秒で周りを取り囲まれるんだよね。

 

 こっちが子供だと思って調子に乗って拉致ろうとされた事もここ数日でなんぼか経験してる。全員ジュウ・ジツ(腕力)でぶん投げたから私に被害はないけど、平和な日本で長らく生活してたパッパには刺激的だったらしい。その日の内にジェニファーさんに私の身の回りの世話も含めた雇用契約を結び、今は警備の確保で奔走している。

 

 そう。警備の確保。例のスキヤキ・ショートフィルム、公開したその日の内にTV局の電話が全てパンクする事態になった。パッパの様子だと多分まだパンクしてるんじゃないかな? 

 

 もう初放送から1週間たったんだけどね。一応3大ネットワークの放送局の一つって話だったから反響大きいかなって思ったけど早すぎるだろ。放送の次の日、様子を見に行ったら局全体が鬼気迫る状況でそのまま回れ右をして帰る羽目になったからな。興奮状態に陥ったピラニアを連想したぞわたしは。

 

『しょうがないわよ。あのムービー、私大好き。ずっと見ていたくなるわ。どこか懐かしくて、ちょっぴり切なくなるの』

 

 ホテルに缶詰めになった事に不貞腐れてるように見えたのか、ジェニファーさんがあのムービーがどれだけ凄いのかと切々と語ってくれた。彼女が生まれた時にはすでに今の音楽スタイルが確立されており、あんなプロモーション・ビデオは見たことも聞いたこともないと語った。まぁ無いだろうね。

 

 色々起源と思われるものはあるけど、ある種のきっかけだったビートルズが居なきゃ普通の歌を歌った映像を撮るプロモーション・ビデオで終わったんだろう。私もビートルズに肖って最初にMVを作って一々色んな番組で歌わされるのを回避したんだけど、まさかその結果影響が大きくなりすぎて身動きできなくなるなんて想像していなかった。

 

 そう。影響がデカすぎた。私としてはこの曲、『スキヤキ』で米国音楽業界に立場を築き、その実績を軸にして様々なジャンルのミュージックスタイルを発表していくつもりだった。まさか軽いジャブのつもりで作ったMVが綺麗に(大衆)に突き刺さり失神KO寸前になるなんて思わなかったのだ。

 

 TVをつけるとどのチャンネルも私のMVを流している。凄いのはニュース番組の最中にVTRのような形でMVを流して、それをキャスターが涙ながらに歌っているという物だ。こいつは新しい。21世紀でもこんな番組見たことなかったぞ。

 

 各局やマスコミはこぞってこのMVの出元、黒井タクミ(わたし)の身柄を追っている。ホテル側に大金を払って(ボビーおじさん経由で支払った)最上階を丸々貸し切り、外の情報をシャットアウトしているため今は平穏だが、初放送から2、3日経った辺りではパパラッチが列をなしてこの街をうろついていた。

 

 あいつら全然隠れてなくてちょっと笑ったわ。お陰様でここ数日、日本に電話をかけて銀さんの声を聴く事が出来なくてフラストレーションの貯まる日々を過ごしている。盗聴されるかららしい。ファッキンゴッドと何回か叫んだ。

 

『まぁ、今は大人しくしていましょうよ。ねぇ、そんな事よりちょっと聞いてくれない? 良いフレーズが思い浮かんだんだけど』

『うん、いいよー。聞かせて!』

 

 ベッドの上でバタバタと暇そうにもがく私にジェニファーさんが声をかける。本当にこの人ギターが好きで、暇さえあれば延々とメロディーを流しているんだ。私のロボアニメ好きに通じるところを感じて、数日の付き合いだが大分仲良くなった気がする。

 

 というかこの人、多分マイコーのリードギターのあの人だ。名字が若干違うけどまぁサブちゃん(?)も名前が違ったしそういうもんなんだろう。プレスリーはそのままだったのに変なところは拘ってるなあのクソ女神。あれ、女神だったっけ? まあいっか。

 

 さて、私の評価は辛いよジェニファーさん。さぁ聞かせてみなさいな。ふんすふんす。

 

 

 

 じぇにふぁーさんのギターソロにはかてなかったよ。

 

 何あれ指一本一本が別の生き物みたいに動くんだけどヤバくね? 津波みたいに押し寄せてくる音の奔流に翻弄されっぱなしだったんだけど。思わず無様なエヘ顔を晒してしまった。でも久しぶりに思いっきり音楽のエネルギーをぶつけられた気がして幸せすぎてエヘ顔から戻ってくる気持ちも起きない。

 

 こんなんFIRE BOMBER(強調)のライブ聴きに行った時以来だぞ。でも久々に良いもの聞いたわ。ちょっと今度おばちゃんと一緒にセッションやらね? いやいやロックだよロック。突撃ラブ〇ートって言う曲なんだけどね。

 

 さて、現在私はボビーおじさんからようやく態勢が整ったのでTV局に来てくれと言われて移動中だ。ここに来るまで2週間。警備やらなにやらの手配にかかった時間を含めてもすでに初放送から2週間かかってる。2週間の間に色々衝撃的な事が分かったりひたすらジェニファーさんとセッションしたりしてたんで特に退屈だとは思わなかったんだけど、この間のセッションを録音できなくてパッパが大分歯噛みしてた。

 

 ジェニファーさんマジで凄いのだ。びっくりする位丁寧にこちらが欲してる音楽をエレキギターで表現してくる。ライブで活躍するタイプよりどちらかというとスタジオミュージシャンよりかな? ライブでも十分以上に活躍できるだろうけどね。

 

 たまたま見かけてギターの上手いチャンネーだなぁと思って声を掛けたらURだったというこの幸運。逃すことなく契約に持って行ったパッパホントに有能。米国にいる間はこのジェニファーさんが私のギター伴奏を請け負ってくれるというし、後はドラムとベースがそろえば最低限の形は整う。次はロック業界を席捲しないといかんからな。

 

 えっ、坂本久スタイルは良いのかって? あれは黒井タクミ個人名義でこっちはバンドとして出すんだよ。2,3個バンドを掛け持ちする奴も居るんだし良いだろ。何よりロックにテコ入れしないとヤバすぎるんだ。というのも、ハードロック死滅してました。

 

 というかプレスリーがめっちゃ早くに死んでました。具体的に言うと兵役中に西ドイツで戦死したらしい。ビートルズなんかも出てこず、ハードロックも芽が出てすぐに枯れて。70年代を通して生き残ったと言えるバンドやらは皆受け身に回って旧来のスタイルから変える事はなさそう。

 

 この辺り全部ジェニファーさんからの受け売りなんだけど、彼女は言わばこの時代に最も花開くはずだったミュージシャンの一人だ。そんな本来ならばエネルギーバリバリで動いているはずの彼女が涙ながらに『私たちは70年代に力尽きてしまった』と語っていたのだから、事態は深刻だろう。彼女と同年代で現在も音楽の最前線に居る人物は殆どいないらしい。

 

 という訳で次のカンフル剤だ。私のMVがアメリカに与えた影響は私の想像以上に大きかった。それだけ現状の音楽業界に皆が皆辟易としていたという事だろう。今現在、アメリカ国民(大衆)は音楽に対する興味を再び持ち始めている。この機会を逃すわけにはいかない。何せ、私にとってはここはまだ出発点の前の前なんだからな。

 

 私が頭に思い描く一連の流れに上手い事乗ることが出来れば、私(とパッパ)の立場は日米双方でかなり強固な物となる。それこそ前世におけるプレスリーやビートルズの辺りに収まることになるだろう。そうなれば結構なレベルでの我がままは通せるようになるはずだ。プレスリーのように。

 

 興行結果を無視して連続で映画を作るくらいの金を稼ぎ出すなんて無茶だってやってやれないことは無い筈だ。プレスリーが出来たのだから。

 

『ふんふふーん』

『あら、またコミックを読んでるのタクミ。車の中で見ると目が悪くなるわよ?』

『大丈夫! 道の向こうを歩いてるおじさんの歯茎までちゃんと見えるよ』

『それは怖いわね』

 

 苦笑するジェニファーさんに本当なんだがなぁとボヤきながら私はコミックを読み進める。アメコミまで死んでなくてよかった。もしここまで死んでたらいっそニンジャ・タートルズでも連載始めてやろうかと思ってたところだ。コミックはともかくとして、アニメ業界は目を覆うばかりの光景だけどね。

 

 どうもアメリカのアニメ業界は50年代の黄金期からTVの台頭による衰退を迎え、そのまま緩やかに停滞してしまっているらしい。トムとジェリーはあったよ? でもそっから進歩がないせいで完全に子供向けで終わってしまっているのだ。夢の国系列ですらすでにアニメ映画から見切りをつけ始めているらしいから相当な物だろう。

 

「だからこそ狙い目なんだよね」

「……どうした?」

「なんでもないよ」

 

 需要が無いわけではない。ただTVとの付き合いを間違えたせいで業界自体が新しい波に乗り切れていないのだ。ならもう一回波を起こしてしまえば良い。その波の根元に自分が居ればなお良し。方向性を調整しやすいからな。そうなればこちらのものだろう。でかいロボットが嫌いな人間が居るはずがないし(偏見)、実際グレンダイザーなんか日本より外国で人気あったしな。

 

「まあ歴史にのっとり、まずはレオパルドンからだね」

 

 スパイダーマンのコミックを閉じて私はそうつぶやいた。TV局の建物が見える。ジェニファーさんが気合を入れているのを横目に見ながら、私はぼんやりとどうやって全米の度肝を抜くかを考えた。インパクトは大事だしゾンビで行くか。流行ったし。




起承転結って難しい(震え声)
次はいつ書くかは本当にわかりません。多分筆が乗ったら……?(汗)


リブ:撮影監督。

プレスリー:実は本名が微妙に違ったりする。西ドイツで暴漢? に襲われ死亡。

坂本スタイル:元ネタは世界一有名な日本歌手。アメリカだと日本人の歌手と言えばこの人ってレベルです。何故か曲名が美味しそうになってるけど

ジェニファーさん:元ネタはマイケル・ジャクソンのリードギターやってた人。恐らく女性ギタリストとしては5本の指に入る人。

レオパルドン:日本の戦隊物に巨大ロボが出てくる発端。レオパルドンの爆売れが全ての始まりだった……でも登場作品はスパイダーマン(東映)




クソ女神
「あ。微妙に名前間違えたや。まぁ役目も終わったし良いよね」

「何でロックが発展しないの???」

タクミさんのコメント
「どっかの誰かがロックを弾圧した上に旗印が消えたからでは?」


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このロックのない世界で

感想欄を見ながら思いついた前回のあらすじ


「さぁ、ニッポンからやってきた謎の少女が振りかぶって、投げたぁぁああああ゛あ゛あ゛!? 消えた! ボールが消えたぁ!」

ス、ス、ストライィィイク!

「審判からはストライクのコール! 何という事だ、消えました! 少女の投げたボールはまるで燃えるように光ったあとに姿を消し、忽然とミットの中に収まっていました! 信じられない! 魔球です、魔球が現れました!」
「ああ、バッターの全米音楽業界、戦意を喪失しています。これはいけません」
「しかし、スタンドの全米国民からは必死の声援が……何と全て少女に向かって贈られています!」
「たったの一球で全米を味方につけてしまったのですね。末恐ろしい怪物が誕生してしまいました」



タクミ「(今の見せ玉でなんでこの反応?)」


誤字修正。五武蓮様、彩守 露水様、キーチ様、nicom@n@様、スミネル様、kuzuchi様、久遠 篝様ありがとうございます!

追記
前回の被害者。プレスリー。軍役中に死亡。


事前に確認して大丈夫だと思ってたんですが曲名だけでも危ないかもしれないと指摘を受けました。確かにギリギリを責めすぎたかもしれませんし運営に逆らうつもりもありません。なのでちょっと修正しておきました!
>FAQに曲名はOKとあったと教えてもらい確認。曲名を入れました。


 タクミに初めて会った時、俺は神の実在を確信したよ。

 なんせ目の前に居るんだ

 

~ニール・カリウタ 世界ツアー中のインタビューにて~

 

 

 

 挫折。という二文字が頭を過ぎる。そう、これは挫折だ。先程まで幸せな気持ちで読み進めていた手紙がハラりと手から零れ落ちる。

 その手紙が同梱されていた封筒の中には私が自信を持って書き込んだ漫画の原稿が入っており、手紙の中身は、最初は絵の技量とキャラクターのデザインや設定の作り込みを称賛する、それこそべた褒めという位に褒め称えられた文字が並んでいた。

 

 流石は天下のマーブル(微妙に名前が違った)、よく分かってるじゃないかとニヤニヤしながら二枚目を捲り、そこで私はこの人生で初めての挫折を味わう事になる。そこから先はまず簡潔にこの話は売れないという事と、今現在書かれている作品に対する影響。そして何よりも。

 

「レオパルドンは駄目だったかー」

 

 スパイダーマッの着想はこの世界にはまだまだ早すぎたらしい。でもデザインは褒めてくれたから許す。

 

 

 

 さて、趣味はともかく仕事の時間だ。漫画? 勿論趣味に決まってるじゃないか。他人が描かないから自分で描いてニヤニヤしてるんだよ。多少の絵心が人類最高峰の器用さと発想力により気付けば一流の絵師並みに発展していたのでこのレオパルドンなんか3Dみたいだぜ。他人に自慢したくて投稿したが、戻って来た以上もう絶対手放さないからな(頬ずり)

 

 実を言うとマーブル(チョコの名前みたい)から専属絵師にならないかと誘われたのだがロボットが書けないんなら意味がないと断った。それに仕事の足場固めもまだまだ終わってないしね。

 そう。ここからはお仕事の時間。ホテルでのんべんだらりとする時間はもう終わり、本格的にロックを羽ばたかせる時がやってきたのだ。

 

『ようお嬢!』

『ニールさんおっすおっす』

 

 この人は私の作ったバンドの専属ドラマー、ニール・カリウタさん。ジェニファーさんに知り得る限りで一番巧いドラマーを教えて欲しいと頼んで紹介して貰った人だ。まぁ、ジェニファーさんも音楽学校時代の伝手で知り合っただけの相手なんで交渉は私とパッパが行ったんだが、現地であった瞬間にハグされてつい投げ飛ばしちった。変態かと思ってさ。

 まぁ、どうも感極まってただけみたいで投げ飛ばされた後もあっさり復活して『あんたに一生着いていく』とか宣言してたので大丈夫だろう。大丈夫だと思いたい。既婚者らしいし。

 

 気になるその腕前はというと、神。そうとしか表現出来ない人だった。幾つかのジャズバンドに所属したり、スタジオミュージシャンもやってたりとこの音楽不遇の時代でも第一線でバリバリ活躍してる超絶ドラマーだ。

 

 やたらとドラムを並べ始めた時は正直大丈夫かと思ったが、その懸念はすぐに晴れた。背後に設置されたヘッド(ドラムの膜の部分)まで叩いてた時はニュータイプなんじゃないかと疑ったけど。

 

『お嬢。ほら、寝癖。しっかりおし、今日は最初の一歩なんだろう?』

『ごめん、キャロルおばさん』

 

 そしてこちらはベーシストのキャロル・ウェイマスさん。キャロルおばさんという呼び名から分かる通り、なんとぶっちぎりの年上、御年50の大御所だ。初めて前世の私より年上の知り合いが出来たぜ。

 この人は私の専属ベーシストという訳ではなく、ボビーおじさんが私のバンドの為に契約をしてきたどちらかというと放送局側の人なんだが……うん。それでも良いわ、この人も神様級だ。

 

 プレスリー存命の、今よりも女性に厳しかった時代にジャズにロックにプレイし続けたというだけでも凄いのに、その中でも一握りの一線級で活躍していたという事実。これだけでもレジェンド扱いしていいのに、プレスリーが亡くなった後の停滞期も第一線に居続けた人だ。

 これがどれだけ難しいかは、アレだけの腕があるのに夢を諦めかけていたジェニファーさんを見ても分かるだろう。それだけ深い幅を持ったプレイヤーという事だ。

 

 ボビーおじさん的には多分、無名のジェニファーさんとニールさんが心配で、せめてベースにはと超一流を連れてきてくれたと思うんだけど、その考えナイスだね。彼女はジェニファーさんもニールさんも居住まいを正す大御所にしてプロフェッショナル。

 そんな人物が参加しているバンドだ。多少辛い目線で見てくる業界人も頭ごなしに否定してくる事はあるまい。

 

『さ。やろっか』

『オッケー。さぁ、何からやる? 渡された楽譜は全部体に叩き込んできたぜ!』

『こっちも』

『当然の事さ』

 

 お、おう。やる気満々だね。ていうか渡した楽譜って私が最初に覚えてきてってお願いしたビートルズ全集と明らかに違う奴が手元にあるんですがそれは。

 もしかして知ってる60~70年代の名曲を集めて無造作に書きまくったあれかな。確か100曲以上あった筈だし一部しかなかった筈なんだけど……コピーしてそれぞれの楽器に合わせて手直ししたんですか。なるほどっていやいや流石にそれで更に覚えて来るって普通に早すぎね? 夢でも練習してるってそれ完全に病……いえ、何でもありませんです、はい。UR枠の情熱甘く見てたわ……

 

 ま、まぁともかくとしてレコーディングの準備はバッチリって事だな。素晴らしい! ここまで状況が進んでいるなら心配していた第2、第3のアルバムの発売も順調に行きそうだ。このバンドでは基本的にロック系統の曲を中心に行っていく予定なのだが、音楽はただ作って流すだけでは駄目だ。

 まず大衆がその音楽を受け入れる土壌を作らなければいけない。土壌づくりの段階で根腐れしてしまった米国の音楽業界は、豊富な栄養(需要)を蓄えた土壌が何もされずに放置されている状態。まずはここを耕して、多彩な音楽という作物を育てられる環境にしないといけないのだ。

 

 私としてはこのバンドによって音楽の土壌になる部分を刺激し、芽を出す前に枯れかけている他の作物を刺激するのが目的だ。何せロックってのはWiki先生でも星の数ほどあるって表現しかできない位多様化するジャンルだからな。こいつが立ち枯れてたら私の知る音楽の8割位が消えちまうんだからこちらも必死にやるしかない。

 

『という訳で、ジェニファーさんから一番魅せるつもりでギターソロかましてください』

『えっ?』

『30秒くらいしたらニールさんが参加してガンガンに叩きまくったって。そこから30秒位で今度はキャロルおばさん。御免だけど上手い事二人を纏めてね』

『ジャムかい。あいよ』

『オーケー。お嬢が入る間もない位に叩きまくってやるよ』

『ふふん。この私の邪魔を出来るとでも思っているのかな?』

 

 何をするのかって? 勿論超簡単なメンバー紹介だよ。ライブでもよくある、メンバー紹介の際に名前を呼ばれたそれぞれが自分のアピールを行うあれだ。あれをアルバムの最初の曲に持ってくる。勿論半分くらい賭けだが、配当は決して悪くないと踏んでいる。このバンドに参加している3人は、私がアメリカに居ない時に代わりに米国音楽業界を盛り上げてくれるスーパースターになってもらうつもりだからな。

 

 私一人で全部作って後は丸投げ、では意味がない。私の後に続く誰かが新しく曲を作り、演奏し、スターになり、そしてまた次に続く流れが出来ないと意味がないのだ。年齢的にジェニファーさんはバンドを率いたりするのは難しいかもしれないが、一プレイヤーとして超一流の著名人が居れば、彼女を目指してベーシストが育つかもしれない。仮に失敗したとしても息を合わせるのには役に立つし。このジャムセッションが決して無駄にはならないと踏んでいる。

 本当に合わなかったら収録しなければいいしな。

 

 

 

 尚、この初めてのジャムセッションは無事に成功を収め、スタジオは良い雰囲気のまま収録に突入。第一曲目にジャムセッションを設けるという結構な賭けをしてしまったにしては纏まりのあるアルバムが完成した。個人的には半分くらいビートルズの曲だからそら纏まるだろ、という気分だったが。イーグルスとかも使ったよ? カリフォルニア行ったことないけどね。歌詞については「ご本を読んだの」で通してるから深く突っ込まれたら、その、困る。年齢的にね。

 

 前回の坂本九スタイルの時の反省を踏まえてまずはアルバムのMVを作成。今回は小芝居を少なくして音楽を聞かせるミュージシャンがかっこよく見える様に撮影をして、私の部分を減らしてある。これで私に集中してた注目も少しは減るだろうし、そろそろ近所の商店でアイスを買うくらいは一人で出来る様になるだろう。「ひとりでできるもん!」ってゴネてるんだが黒井パッパと電話で銀さんにまで怒られたので自重してるんだよ。金属バット位なら最近素手で曲げられるようになったんだけどね。

 

 ボビーおじさんも気合を入れてTVで特集を組もうと頑張ってるので宣伝に関しては私はノータッチだ。餅は餅屋。専門家が身内に居るのに頼らない手はない。後はギャラの事だが、こっちは実はもう話がついている。パッパ、所属会社の米国支社の支社長に就任しました。ちなみに社員は私含めて二人な。あ、ジェニファーさんとニールさんが一応所属する事になるから4名か。

 

 零細企業にも程がある陣容だがやたらと金とコネはある。事務なんかも会計処理なんかを専門に行ってる他社に外注して賄ってるから全然問題ないし、こないだの『上を向いて歩こう』のレコードが100万枚位売れて未だに品薄状態って言うから本社側もこっちがやる事には基本寛容だ。というかその後のTV出演やらのギャラとかCMソングへの起用とかで本社の年間業績並に稼いでるってパッパが震える声で言ってたし暫くしたら追加人員も来るんじゃないかな。ほら、こんな所で怖気づくんじゃないよ。これからまだまだレコードを売るんだから。

 

 最初の『上を向いて歩こう』は結構売れたし、今なら補正も効いて初週100万も行けるかもしれんな。よし、パッパ。200万だ。200万枚を目処に刷っていこう。どうせ次のアルバムが出るまで多少時間はあるんだ。今のうちにガンガン行こうぜしても十分捌けるって。数字が見た事もない物になってる? それがどうした。ようこそミリオンダラーの世界へって奴だろう。ビリオンダラーまでまだまだあるんだ、暫くすれば見慣れるよ。

 

 頭の中で皮算用を弾かせながら私は動きの鈍いパッパの首根っこを掴んで契約しているプレス工場に連絡を入れ、200万枚のレコードプレスを依頼した。余りの数に向こうも驚いていたが、この程度では驚くようじゃまだまだ甘い。君の所にはこれからもガンガン働いてもらうからよろしく頼むよ。サイン? ああ、もちろん良いとも。手形で良いかな?

 

「よぉし、じゃあ次はアルバムの表紙だね。超かっちょいいロボット描くから見てろよ見てろよー」

「万……200ま……こ、こらタクミ! 表紙は4人の顔写真だって決まっただろうが」

 

 最近は常に持ち歩いているサイン色紙に鉛筆でスラングルを書いていると、正気に戻ったパッパが待ったをかけてくる。そらねぇよ父っつぁん。見てくれよこれ、良く描けてるだろう? 一応スーパー枠なのに操縦席が露出してるマジンガーよりも思い切ったこの造形。しかも83年当時の流行りを反映させてガウォークっぽい形態まであって、更にOP曲の『亜空大作戦のテーマ』が意味不明で面白いんだ。曲は関係ないだろうって? 面白いは正義なんだよ。機体名じゃなく組織名をひたすら連呼するんだぜ。しかも連中の組織名は類人猿だ。

 

「Gorilla!」

「うむ。動物園に行きたいのか? 今度の撮影でどこか貸し切って使えないか確認してみよう」

「全然違うけどありがとう。久しぶりのお出かけは嬉しいよパッパ」

 

 お礼にぎゅっと抱きしめてやるとパッパが慌ててパタパタと暴れ出した。これで色んな所に恋人のいるプレイボーイなんだから分からんもんだな、男ってのは。

 

「ああ、表紙と言えば。バンドの名前をまだ伝えてなかったようだが、大丈夫なのか?」

「んー、まぁ。決まってるし皆にも聞いて許可はとったけどさぁ」

「何か引っかかるのか。言ってみなさい」

 

 私が渋い顔をしていると、パッパは真剣な表情を浮かべてこちらに視線を向けた。いやぁ、実を言うと私の内部の問題なんでね。そんなに大したことでもないし。

 この名前は、私にとって一つの根底だ。だから、世に出すのを少し躊躇っている。それだけなのだ。

 

「名前は決まってるよパッパ。これは、今のバンドのメンバーを見た時から決めてたの」

 

 夢を諦めて故郷に帰ろうとしていたジェニファーさん。夢を諦めきれず、掛け持ちで様々なバンドやスタジオで演奏をして糊口を凌いでいたニールさん。かつての華やかさを忘れられずに落ちぶれた業界を離れる事が出来なかったキャロルおばさん。そして、5歳で家族を失い、ただ一人で生きてきて。そして今、ここに居る私。

 そんな私たちを表す名前は、一つしかない。

 

「私達は『ボトムズ(最低野郎)』。かつての栄光を探して、見知らぬ街をさ迷い歩くボトムズ(最低野郎)だ」

 

 言葉にすると、すとん、と胸の中にその言葉が下りてくるように感じた。ボトムズ。私の原点。もう一度取り戻すのだ。あの栄光の日々を。プラモとアニメと漫画に溢れたあの家を。

 

「……頼もしいな」

「パッパ。油断してるとあっという間に置いて行っちゃうよ?」

 

 私の顔を見て苦笑いを浮かべる黒井パパを再び抱きしめる。愛娘のハグは発奮材料だろう? パッパは私の共犯者なんだ。途中下車なんて許さねーぞ。

 言外のメッセージが伝わったのか伝わらなかったのか。黒井パパは何も言わずに私の体に腕を回し、抱き寄せる。そのまま自宅代わりに使っているホテルまで、私たちは互いに言葉を交わさずに親子のふれ合いを楽しんだ。

 

 

 

 等という事を言っていた私ですが心折れそうです。初週どころか初日に100万枚売り切れは読めなかったわぁ。

 暴動起きてるの? プレス工場に頑張ってって伝えてください(震え声)




バンド名:ボトムズ ドン底からの再起を意味する。

ニール・カリウタ:ドラマー。既婚者。

キャロル・ウェイマス:ベーシスト。50歳。30年以上現役の生き字引。モデルの人もまだ存命でバリバリの一線でプレイしてる化物。

Gorilla!:一回OPを聞いてもらえば理解して貰えると思う。スラングルは凄い()



クソ女神
「プレスリーの時代のロックスターはまだ居るしビートルズが居れば大丈夫だよね!」

「プレスリーの入隊と同時期に殆ど居なくなるしビートルズも居ないじゃない!」

タクミ
「ロックスターの方は史実だけどビートルズ何があったし。というか何をしたし」


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このポップスのない世界で

感想欄で吹いて思いついた前回のあらすじ

「レオパルドンはダメか~』
(この辺りイラスト・杏仁豆腐風)

「ゴリラ!」
(この辺りイラスト・天野喜孝風)

「私達は『ボトムズ最低野郎』」
(この辺りから塩山紀生)

百の顔を持つ女。その名は黒井タクミ。

今回はロボロボしてません()

誤字修正。lukoa様、五武蓮様、山田治朗様、さーくるぷりんと様、kuzuchi様ありがとうございました!

追記
前回の被害者:なし。史実でもこの頃に大体消えてる。強いて言えばビートルズだけどビートルズは()


事前に確認して大丈夫だと思ってたんですが曲名だけでも危ないかもしれないと指摘を受けました。確かにギリギリを責めすぎたかもしれませんし運営に逆らうつもりもありません。なのでちょっと修正しておきました!
>FAQに曲名はOKとあったと教えてもらい確認。曲名を入れました。


 ここから第2、第3の黒井タクミが生まれる事を願っているわ

 ああ、といってもコミックやTVの企画までやれって事じゃないわよ?

 

~キャロル・ウェイマス ウェイマス音楽学校設立記念のスピーチにて~

 

 

 

『ニューヨークへ行きたいか!』

 

ウワアアアアアア!

 

『タクミと音楽をやりたいかぁ!』

 

ウワアアアアアアアアア!

 

 熱狂的な観衆の声に後押しされるように黒井パッパの演説もヒートアップしていく。何をしているのかって? そらあれですよ、TV番組を作ってるんです。前々からボビーおじさんに『タクミちゃんの魅力を活かした良い番組を作りたいんだ!』って度々言われてたからじゃあ丁度いいや、と提案してみたらこれが関係者に大ウケ。早速やってみようという事でご覧のありさまだよ。

 

 まぁ、あれだ。最初の一言でもわかると思うけど、ノリは大陸横断のアレと同じ感じだな。ただ、内容は別にアメリカ人を国内旅行させる訳ではない。最終目的地がニューヨークってだけだ。

 処でスター発掘って単語に聞き覚えはあるだろうか。そう、民間に居る一芸持ちの奴らを広く世に知らしめるために行われるアレである。中にはまぁあくまでも民間レベルの連中が多いんだが、あれでマジのスターになった奴も多いから侮れないんだ。日本ならスター誕生!出身の人の名前リスト一回見たらビビるぞ。

 

 何でこんな話してるかというと、今現在私がやっていることがこれだからだ。スター誕生パクって埋もれてる連中を発掘してるわけだね。下は一桁から上は50を超えた爺さんまで。この広い米国内で燻っている才能を掘り起こして世に知らしめるのだ。

 

 いやね。実はボトムズ(最低野郎)結成してから半年の間に3枚位アルバム出してるんだけどさ。最初のアルバムから半年の間プレスすればするだけ売れる状態が続いてて、これ以上曲を作らないでくれってプレス工場から泣きが入ったんだよね。

 多分もう3000万枚位売れてると思う。最初は200万枚で泡食ってたパッパも最近は「億までは遠いなぁ」とか言い始めたし慣れって怖いわ。個人名義の方もまだ出せば売れる状態続いてるし、ちょっと自身の音楽活動については自粛モードに入ってる。私に余裕があっても周りが潰れたら意味がないからね。

 

 マイコーの最高記録が6~7千万枚売れたって話だからもうちょいイケるんじゃないかな〜と思ってたんだが、よくよく考えたらここ数十年こんな規模でレコードが売れる事が無かったんだ。そもそも大量生産の用意が出来てないわけだな。

 

「うーん。働けど働けど仕事は楽にならず。じっと手を見る」

「『一握の砂』か。良く知っているな」

 

 最近定宿にしているホテル最上階でのんべんだらりとパッパの持ってくる審査結果の山を見ていると、ついつい言葉にしてしまったらしい。石川啄木は居たんだな。この歌しか知らんけど歌詞作ってる時に言い訳にしてる読書っ子って設定を補強するためにも読んどくべきだろうか。一回読んだら全部記憶できちゃうから、後で脳内再生できるしね。

 ちょっと前まで忙しそうに飛び回っていたパッパが何故私とのんびりしているのかというと、純粋に部下が出来て今は私のマネジメントに専念している状態だからだ。私の動きが鈍るとパッパにも暇が出来るんだよね。

 

 最近は黒井父として有名人枠にも入ってるらしく、そこらを歩くことも出来なくなったそうだし丁度いいとばかりに有給の消化がてら私とのんびり骨休めである。

 

 パッパの所属している会社の株式はガンガンストップ高を更新しまくってるらしいから会社自体はめちゃめちゃ忙しくなってるんだが、流石にこの半年の間に事務作業を行うための人員が本社から送られてきたので会社内部の仕事は部下に任せ、今はもう完全にアメリカにおける企業の顔。渉外専門って感じで色んな所に顔を出しているみたいだ。

 

「パッパ、そう言えば向こうの仕事は長らく戻ってないけど大丈夫なの?」

「ああ。そっちは高木が何とかしてくれてるし、小まめに連絡も取ってるからな。あっちは今も凄い騒ぎらしいぞ」

「あの人がねー」

 

 仕事に対してはかなり厳しい目線で見るパッパがそんだけ認めてるって事は本当に優秀なんだろうね。私の印象だと、初めて会った時の夢破れて草臥れたお兄さんって印象が強いんだけどね。

 優し気な印象なんだけど、投げ槍っていうかね。私のジャグリングを見ても死んだ目でボーッとしてるから思わず「負けないで」を歌ってあげたら急にお目々キラキラして手を握って口説いてきたんだ。

 

「口説かれたのか?」

「情熱的だったよ」

 

 その時の様子を話してあげるとパッパ大爆笑である。何でも、ちょっと前までこれは、と見込んでた歌手が駄目になって、二人揃って落ち込んでた時期らしい。特に高木さんは専属プロデューサーだったから余計に。

 

「音無琴美を失って、アイツは魂を失っていた。そんな奴がある日、目に力を滾らせて出社してきていきなり俺に頭を下げたんだ」

「……それが私を引き取った時の話?」

「ああ。金の卵どころか既に磨かれた巨大なダイヤモンドを見つけた。お前の力を貸してくれ、と泣きついてきたんだ。大の男に縋り付かれて大変だったよ」

 

 私を膝の上に乗せてそう語るパッパの声は、揶揄しているような口調ながらどこか得意げで、誇らしいようでもあった。男のツンデレねぇ。前世でも今世でも腐女子属性は無かったけど……成程、確かにコレはイジりたくなるわ。ぐへへへ。おばちゃんに馴れ初めを語っても、ええんやで?(にっこり)

 

 

 

 スター発掘番組がなんか参加者が多すぎて各州開催になりました。な、何を言ってるか分からないと思う、私も頭が可笑しくなりそうなんだ。仕事を減らす為の人材発掘ついでにホイッとTV局に投げた企画が何でこんな大規模な選考会みたいになってるんだ?

 

『そりゃあ各州でも優勝賞金1万ドル、仮に全米優勝となれば10万ドルにタクミの作った曲をプレゼントだからねぇ。私も審査員で無ければ参加したかったよ』

『いつの間に賞金なんかついてるんですかねぇ』

 

 主席審査員として今回の企画に関わるキャロルおばさんに詳細を訪ね、返ってきた回答がこれである。思わず声が震えたわ。アメリカなんか今50州あるんだぞ。まさか全部に回れって事じゃないよな?

 

「流石に全部にお前を回らせるつもりはない。お前の出番はニューヨークで行われる本戦。各50州の代表による戦いの審査と、優勝者への商品の授与だけだ」

「元々楽曲提供だけだったと思うんだけど、賞金はどったの?」

「儲け過ぎた」

 

 あっ、察し。黒井パッパの渋面を見るにこれどっかから突っ込まれたパターンだな。後は税金対策? まぁ、細かい所はともかく持ち過ぎて足引っ張られるのも嫌だししょうがないか。必要経費だと割り切ろう。

 

 それに、よくよく考えればこれはかなり良いかもしれない。この世界のミュージシャンは大体一部の例外を除いておしなべて金が無い。悲しいくらいに皆貧乏で、かつての栄光を夢に見ながら日々生きてるような状態だった。

 

 そこに、いきなり彗星の様に現れたボトムズ。現れてからは米国の音楽チャートを独占。アルバム売上は見た事もない数字になり、その姿は貧困に苦しむミュージシャン達に在りし日の記憶にあるスーパースターを彷彿とさせただろう。彼等は思った筈だ。羨ましいと。自分にもチャンスがあれば、と。心に燻る思いを抱いたろう。 

 

 そんな所に、この賞金付きのTV番組がぶん投げられる訳だ。燃えるだろうさ。これで燃えない程度の情熱しか持たない奴は最初からお呼びじゃない。私が求めてるのは私がこねくり回して整えた土壌に芽を出し、一気に花開く新しい伝説(レジェンド)だ。

 

 居るはずなんだ。この広いアメリカには。芽が出ずに消えていったレジェンド達がどこかで、それでもまだ夢を諦め切れずに藻掻いている筈なんだ。

 そして、そいつらの影に隠れて日の目を見る事が出来なかった隠れた天才達もまたどこかで自分の番が回ってくるのを待っている筈なのだ。舞台も整えた。理由も付けた。名声だって得られるかもしれない。なら後は演るだけだろう。

 

「うん。これが良いね。これでいこう」

「そうか……勝手に追加してしまってすまなかった」

「良いよ。会社勤めの悲しい現実だもんね」

「その通りだが、お前の年齢で言われると違和感しかないな」

 

 パッパの苦笑にへらへらと笑い返して、私は彼の手にある企画書をヒョイっと奪い取る。あっと声を上げてパッパが企画書を奪い返そうとするが、悪いねパッパ。

 やると決めたんなら私はトコトンまでやるのだ。トコトンまでな。

 

 

 

『各州のTV局に電話窓口を設置して電話投票?』

『うん。お金が足りないなら私のポケットマネーから出してもいいけど』

『いや、それは会社で用意する。しかし急にどうした?』

『あのままだとねぇ。審査員の好みに振り過ぎちゃうからさぁ』

 

 いや、まぁ確かに審査員の好みに寄ってても技術がしっかりしてれば良いんだがな。今回はちょっと違う方法を取らせてもらおうと思う。

 変更点は二つ。各州で行うスター発掘番組の審査方法と大会の数だ。あ、大会の数が変わるなら三つか。

 

 まず、審査の方法だ。最初の州大会への参加はデモテープによる振り分けだ。こいつは審査員とTV局の職員に行って貰い、明らかに技量に劣る連中はここで落とす。

 次の段階が本番のTV放送前の二次オーディション。ここで本格的により分けを行うのだが、ここからは観客を参加させて審査員5割、観客5割の得点を用いて上位16組まで絞り込む。

 

 方法としては単純で、それぞれの投票者は手元に参加者のグループ分(個人も居るが)の数の小さな玉を事前に渡されている。そして、自分が「このグループの音楽をもう一度聞きたい」と思ったグループが居たら、これを椅子に設置されたレールに流すのだ。

 

 流された玉は最下段に設置された箱の中に集められ、この数が一般参加者からの得点となる。ここでの最高は参加者100人からの100点。

 また、審査員も方式は同じだが彼等は5名。彼等からの点数はそれぞれ20点の配点になり、5名全員の得点を得られればこれも100点。つまり200点が最高点となる。

 仮に同点が多くて16組以上が残りそうな時は、審査員の手持ちの余った玉を好きなグループに投票したりする形で対応する。

 

 そして、ここからが本番。TV放送の始まる州大会の本戦だが、途中までは一つ前の二次オーディションと一緒だが、最後が違う。

 電話投票による、追加点数の加算だ。

 

「電話投票では16組の順位を聞いて貰うんだ。先着100名までね。そしてそれぞれの順位で得点を変える。一位は勿論100、最下位は0」

「それは……大きく順位が動くな。何故そんな制度を?」

「TV映えもアーティストに必要な才能だよ。特にこれからはね」

 

 後、大どんでん返しは盛り上がるのだ。これは流石に口にはしないがね。九分九厘勝ちが決まったと思った時の最後の一刺しが勝負の行方を決める。そりゃあ盛り上がるだろう。次の日には口々にその時の事を話す筈だ。

 

 そして口コミでこの番組の話は広まり、次の四大会、各州優勝者による東西南北大会へと視聴者の期待は移って行き、其処の上位四組による決勝大会は最も新しい伝説の舞台になるだろう。

 

『タクミ、君はTVの世界でも伝説のプロデューサーになれるよ』

『まだ始まる前だよ、ボビーおじさん』

『分かりきっている事だよタクミ。いつかはリンゴが木から落ちるようにね』

 

 私が渡した企画書を食い入る様に眺めた後、感極まった様にボビーおじさんは私の腕の下に手を回して抱き上げた。そのままハグに移ったんだけど、おじさんタバコ臭いわ。この体になってからやけに匂いに敏感なんだよね。でも嬉しそうだから我慢我慢。

 

 総合プロデューサーとかいう新しい役職に就いたボビーおじさんはその持てる全権を用いてオーディション大会の準備を整え、告知の内容を変更。東西南北の大会からは上位8組に賞金を用意し、決勝大会に参加したグループはその演奏を複数のネットワークのTV局により全国放送される事になる。

 賞金も大幅増額し、決勝に残ったグループは全てその時点で1万ドルの賞金を獲得し、上位になれば更に増額。優勝賞金も何と100万ドルである。マジモンのミリオンダラーだ。

 

 ここまで賞金が跳ね上がったのは、この100万ドルが契約金代わりになるからだ。こんなドル箱を野ざらしにする訳もなく、優勝者はウチの会社から私の楽曲によるレコードデビューが内定するからな。この金を受け取った瞬間から契約という枷がハメられる訳だ。

 

 まぁ、ウチの会社はアーティストの取り分がかなり多めなので独立以外に外に出る事はないだろうがな。この辺りは私が全力でパッパに交渉してある。アーティストに報酬を出し渋ってたら業界を育てるなんて無理だ。また、死の60年代に逆戻りしてしまう。

 スターダムに伸し上がった人間はな、派手に金を使う事を求められるんだ。その姿に夢を見て今日の少年少女達は明日のスターを目指して研鑽に励むんだからな。とはいえマイコーのネバーランドは流石にやり過ぎだと思うけどな。節度ある贅沢をしないと。

 

『という訳で、成功を期す為に最高級ホテルのホールを借り切って決起会を行うよ!』

『ハハハ。日本には面白い風習があるな。ドラムも持ち込んで良いのか?』

『おっと。ならあたしもギターを持ち込むわ。アンプは……ホテルマンにチップを弾まないとね』

『大きなホテルなら備え付けの機材もありそうだねぇ。お嬢、先にチェックしとくよ』

 

 日本の文化の押し付け? わたしにほんじんだもん!

 と子供らしい我儘を発揮して関係者各位を集めて決起会を行った。微妙に意味が違う? 

 良いんだよ。要は「これから大変だけどわたしたちともだちだよ! 協力しようね!」って念押しする為の会なんだ。間違いなくTV系の参加者はこっから半年位の間寝る間も惜しむレベルでクソ忙しくなるからな。ここの払いは私持ちだ。タンと食って英気を養って欲しい。

 その分、最高の感動は保証するからさ!

 

 

 

 そして、半年後。私の予感は最高の形で現実の物となった。

 

「やっぱりね。ふふっ、うふふふふ」

 

 呆然とした様子でステージに魅入られている他の審査員達の姿を横目に見ながら、私は笑いが止まらなかった。孤独な戦いが終わる。そんな予感を胸に感じながら、私は動きやすいように上着を外して審査員席から立ち上がり、ステージに向かう。

 

ポゥッ!

 

 ステージ上の『彼女』が曲の節に感極まったようにそう叫び、私の歌に合わせてダンスを踊っている。経験が足りないからだろう。本来ならば磨かれていた筈のその動きは粗削りで、だがその分だけ若々しさに溢れていた。

 ファッキンゴッドめ、性別が違うから見逃していたな。きっと。きっときっと何処かに居ると思っていた。奴の杜撰な弾圧を逃れた誰かが、きっと居ると思っていた。

 

「待ってたぜ、マイコー」

 

 ステージ上の彼女と目があった。その視線に呼ばれているような気がして、私はひょいっとステージの上に上がる。スポットライトの下で私と彼女は視線を交わす。

 

 今夜は熱い夜になりそうだ。




謎の黒人女性:とんでもないレベルで無茶ぶりされる事をまだ彼女は知らない。

タクミ:今回何もロボロボできてないわーと思ってたら音楽関係全部振れる相手見つかったった!次はコミックやな!






クソ女神様のやらかし日記

クソ女神
「うわ、このジョン・レノってジャン・レノのパクリみたい。凄い魂の輝きなのに勿体無い!素行も悪いし神学校にでも入れてしっかり躾しとこ!(使命感)」

「あれジョン・レノンだったわ。テヘペロ」

タクミ
「くぁwせdrftgyふじこlp」


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この音楽が無かった世界で

今回で最終回です。




嘘ですって昨日やりたかった。
今回で音楽関連に関する大きい流れがひと段落したのでちょっとサブタイトルが変わっています。



ぜんかいのあらすじ

(音楽関連を全振りできる)仲間がふえるよ! やったねタクミちゃん!


誤字修正。キーチ様、にゃるおじさん様、五武蓮様ありがとうございます!


追記
前回の被害者:ジョン・レノン。幼い頃に神学校に入り以後神の教えを説いている。当然ビートルズは結成していない。


事前に確認して大丈夫だと思ってたんですが曲名だけでも危ないかもしれないと指摘を受けました。確かにギリギリを責めすぎたかもしれませんし運営に逆らうつもりもありません。なのでちょっと修正しておきました!
歌詞ですらない曲名の和訳は流石に範囲外ですよね?(震え声)
>FAQに曲名はOKとあったと教えてもらい確認。曲名を入れました。やったぜ


「『貴女の歌を聞かせて、マイケル』って言われたの。女の人とは思えないパワフルな歌とダンスだって」

「ええ、普通なら失礼よね。でも私にとっては最高の誉め言葉だったわ。私は私らしくしているだけなのに、ずっと女らしくないだとか言われてうんざりしてたから」

「私は何かを間違えて生まれてしまったってずっと思ってた。タクミに会うあの時までずっと」

「だからあの日から、私の親しい人は皆私をマイケルって呼ぶの。彼女に貰った最高の名前よ。大好き」

 

~ミシェル・”マイケル”・ジャクソン 映画伝説の一夜(ワンナイト・カーニバル)完成披露宴にて~

 

 

 

 タクミの考案した全米を巻き込んだ大規模オーディション大会は、州大会の時点で各州の最高視聴者数を更新しながら推移していった。半年の間に各地で行われたこの大会は各地で新たなスター候補達を発掘した。勝ち進んだ者たちは自身が州の代表であるという自負の元に研鑽を行い、例え勝ち進む事が出来なくても自身の居る州の実力者たちの存在を認識した敗者達は、或いは闘志を燃やして、或いは新たな仲間を迎えて牙を磨ぎ、次の大会への準備を始めた。

 

 それらの戦いを終え、今度は3か月後に開かれた東西南北エリアでの4大会。州代表と呼ばれる者たちの誇りを掛けた戦いは見る物全てに熱い滾りを覚えさせ、新しい時代の幕開けを期待させるものだった。

 

 そして4大会が終わり、決勝の日がやってくる。季節はクリスマス。まるで誂えたかのように雪が降りしきる中、ニューヨークで行われたたった一夜限りの祭り。

 全ての頂点に立った一人の女性と、彼女の手を取った一人の少女によって、伝説の一夜(ワンナイト・カーニバル)と呼ばれる事になるその夜のフィナーレは、少女の足踏みから始まった。

 

『プリーズ』

 

 何事かを女性に語り掛けた後、タクミはマイクにただ一言そう言って、足踏みを始めた。ズン、ズン、と足を踏み鳴らし、そして、自身の手のひらを叩く。そして、再度同じ動作を繰り返す。ざわめきの声が会場内に広がっていく。

 

 そんな中、最初に反応したのはタクミの隣に立つ女性だった。タクミの足踏みに合わせて足踏みを行い、手のひらを叩く。彼女に遅れるように彼女の兄姉達がそれに続き、舞台の上に足踏みと手拍子の音が響き渡る。

 

ズンズン チャ ズンズン チャ ズンズン チャ ズンズン チャ

 

 演者たちの次に反応したのは審査員たちだった。ジェニファーは自身の背後に置いていたギターケースを掴んで立ち上がり、足踏みに参加する。遅れるようにニールが、キャロルが立ち上がると、黒井やボビー、その他の関係者達がそれに続くように立ち上がり足踏みに加わる。ざわめく声はもう聞こえなくなった。

 

ズンズン チャ ズンズン チャ ズンズン チャ ズンズン チャ

 

『もっと! もっとだ!』

 

 タクミの声に反応するように観客たちが立ち上がり始める。今日のこの日を見ようと各州から集まったその数は5000人。上質な服を着た紳士然とした人も居れば、自身に出来る精いっぱいのおめかしをしてこの会場に来た人もいる。そんな統一感のない観客達は、今この瞬間だけ同じ目的の為に席を立った。

 

ズンズン チャ ズンズン チャ ズンズン チャ ズンズン チャ

 

 足踏みの音が増えていく。見れば他の参加者たちも舞台に集まってきている。ニューヨーク代表の美女やニュージャージー州のロックバンド。人数も人種も様々な彼らは舞台の上に再び上がると、足踏みを行い手のひらを叩き始めた。TV放送の為にその様子を撮影し続けていたカメラマンは画面を固定すると、居てもたっても居られないといった様子で足踏みに参加した。彼を責める事は出来ないだろう。他のクルー達も同じ状況なのだから。

 

ズンズン チャ ズンズン チャ ズンズン チャ ズンズン チャ

 

 これから何が始まるのか、足踏みを続ける彼らは知らない。企画を行っているTV局の人間ですらも。ただ湧き上がる衝動に身を任せて、彼らは足を踏み鳴らす。

 

ズンズン チャ ズンズン チャ ズンズン チャ ズンズン チャ

 

 最高潮に達した。舞台中央に立つ二人はその瞬間に同時に互いを見た。示し合わせたかのように交差する視線に、片方は戸惑いを、もう片方は笑顔を顔に浮かべてマイクに魂を吹き込む。

 

『”We Will Rock You!(世界をアッと言わせてやるぜ!) ”』

 

 世界がハジケる音を聞きながら、タクミは叫んだ。

 夜はまだ終わらない。

 

 

 

「ちゃうんや(震え声)」

「意味の分からないことを言ってないでほら、行くぞ」

 

 パッパに手を引かれながら私はTV局の局内を歩いていく。何をするのかって? そら謝罪だよ。明らかに審査の妨害やらかしちまったからね。いやぁ。うん。テンション上がりすぎてついやっちまったんだ!

 まさかマイコーが居るなんて思わなかったんだよ。今までの経験から言うとあのレベルの影響力持ってる人は皆見つからなかったからね。勿論探してたんだよ? ただミシェルなんて名前になってるなんて思わなかったから見落としてたんだ。ジャクソンズとかで探せば良かったのか。こいつはうっかりだぜ。

 

 さて、例のオーディション大会だが無事マイケルが優勝! 以上!

 で終わる筈もなく。幸いなことにマイコー達がオオトリだったのもあり大まかな点数がすでに出揃っていたので審査は厳正に行われました。

 私が妨害してしまったのがここで、マイコー達がパフォーマンスを終わる前に私が乱入しちゃったものだからそれ以降の点数が計算に入らないって状況になってしまったんだよね。皆足踏みしてたし。

 

 で、結果。審査員や会場の得点では何とマイコー達ジャクソンブラザーズは4位に。あわや優勝を逃す所だったが、その後の電話投票がすごかった。他の人たちも超一流どころかレジェンド級なんだが、突出したポイントを稼ぎ出してギリギリで優勝となった訳だ。

 ちなみに何故か私に電話投票をしている人が半分くらい居たので、その方々には審査員なんです、と丁寧に電話番の人が謝罪してくれたらしい。このTV局のお偉いさん方に頭を下げた後は、これからこの人たちを含めた各州のTV関係者に謝りに行かないとあかんのです。

 

 50州かぁ、へへっ震えて来るぜ。

 まぁ、過ぎた事は仕方ないとして問題はこれからの事だ。幸いにもマイコーと契約を交わすことには成功。彼女と彼女の家族はウチの会社の所属になり、現在はパッパの部下の一人がマネージャーとして身の回りの世話を行っている。ボビーおじさんという心強い味方もいるし、パッパの会社の支社もあるからこっちに家族皆で引っ越してくるそうだ。生活が安定したら用意している楽曲を使ってレコーディングを開始。彼女の歌声は半年もしないうちに全米を沸かせてくれるだろう。

 

 さて、マイコーの事はそれで良いとして、問題は他の参加者達だ。何名か見知った顔というか声というか。流石に全米16傑。レジェンド級ばっかりでビビったぜ。すでにレコード会社に所属したり交渉中だったりするグループが多かったが、まだ無名というか、ハナっからウチに所属する事を狙ってたっぽい2グループがわが社に所属する事になった。

 

 ソロ歌手のパツ金美人、マドゥンナ・ルイさんと地元の悪ガキどもを束ねて参加した16傑最年長のロッカー、ブルース・スプリングスさんである。

 もう一度言おう。マドゥンナ・ルイさんとブルース・スプリングスさんである。微妙に名字が違うけどこの二人の名前が挙がって来た時に絶対この二人のどっちかが優勝すると思ってた。ジャクソンズがまさかのキング(こっちじゃクイーンになっちまったが)を擁して優勝をかっさらっちまったが、最後のアレが無くてもいい勝負になってたんじゃって位凄いパフォーマンスだったのは間違いない。

 

 で、この二人がうちに所属したという事はだ。音楽関連、もう私が手出ししなくても何とかなるんじゃね? という結論になるわけだ。

 いや、勿論曲の提供は行う。時代に埋もれて消えていった名曲たちをそのまま放置なんて死んでも出来ん。ついつい世界をあっと言わせてやるぜ! なんてやっちゃったけど出来ればそのバンドの歌はメンバーが居ないとか、そもそもバンドが存在しないとかいう問題が無ければそのバンドに歌ってほしいんだ。そしてそれを間近で聞きたい。偽らざる本音である。

 

 時代の進みとかが大分ズレ込んだせいで駆け足になったが、ロックとポップスという作物にこれ以上ないほどの銘柄(スーパースター)が登場したのだから補助輪はもう要らないだろう、というのが私の意見な訳だ。まぁ、黒井パッパが見込んでくれている以上全部放り投げなんて無責任なことはしないし、ボトムズの活動もあるからな。少しずつ自分で出すのを減らしていくのを目指そう。

 それに、この立場じゃないとできない事だって結構あるしな。

 

『ねぇ、タクミ。これ本当にシングル全部に入れるの?』

『うん。ファンに感謝を込めてと、私の趣味。両方満たせる良い案でしょ?』

 

 うーん、と判断に困るような表情でジェニファーさんがキャロルさんを見る。だがね、ふふん。キャロルさんはすでに篭絡済みよ。昨日の内に見せたら予想以上に楽しんでくれたしね。そしてもう一人の仲間であるニールさんはむしろこっち側。共犯者の立場だ。仕上げは手伝ってもらっちゃったからね。

 えっ、何をしているのかって? 私のシングルに入れるイラストの話だよ。

 

 以前、アルバムの表紙にロボを書こうとしてパッパに怒られた事があるんだが、その時に表紙以外なら趣味を混ぜても良いと言われてあるんだ。流石にアルバムは失敗する可能性があったから何もしなかったけど、すでに全米クラスの知名度を誇る今なら多少の無理だって通せるはず。

 

 全米中にマイフェイバリットロボであるスコープドッグを知らしめてやる。

 すでに各シングルに入れるイラストは作成済みだ。1枚のアルバムに3枚のイラストが書かれており、そのイラストの裏に歌詞が書かれているため歌詞カードとしても使える親切設計。今回発売予定の6枚のシングル全てを購入すれば18pに及ぶキリコ・キュービィーの戦いの歴史を見る事が出来るのだ。オマケにレコードまでついてくるんだ。こいつはお買い得すぎる。うふふふふふふ。すごいぞー! かっこいいぞー!

 

 マーブルにレオパルドンを突っ込む策が没になってしまった時は思わず膝が折れてしまったが、私には使命があるのだ。そう、他人が作った歌を聴きながらコーラを飲みつつ大好きなロボアニメを見るという使命が。ロボアニメに関しては自作でも良い。誰が作ろうがカッコいいロボットは愛でて良い。自由ってのはそういうもんだってロジャーさんも言ってた。

 

 あ、丁度これから移動中に暇が出来るんだし今のうちにこれからのシングルに入れるイラストを量産しておくか。動く棺桶だけじゃバリエーションも足らんしな。ベルゼルガとかも好きなんだよね。兵器っぽさは薄れちゃうけど。

 

「うへへへへ。発売が楽しみだなぁ」

『お嬢、こら。はしたない笑い方をするんじゃないよ』

『マム、こうなったら暫く戻ってこないよ』

『お嬢は変わらないなぁ』

 

 ボトムズのメンバーの小言を聞き流しながら、私は数か月後に訪れるだろう全米総ボトムズファン化計画の成就を夢見て一人ほくそ笑む。

 

 

 そして3か月後。

 私はボトムズファンと言えば緑色の服装に肩を赤く塗るという雑誌の特集記事にお茶を吹く事になった。




後のタクミ親衛隊・レッドショルダー誕生の瞬間である。

後マイコーの台詞がなかったのは、彼女とタクミの会話がしっくり来なかったからです

ジャクソンブラザーズ:多分ほぼ最初期のアイドルグループ。マイコー以外はパッとしない印象だがマイコーが凄すぎて比べられるのが原因だと思う。それでもそこそこ売れたジャネジャクは割と別格。

マドゥンナ・ルイ:元ネタはほぼ名前まんま。姓が変わったくらい? マイコーが男だったらクイーンオブポップスと呼ばれてた人。

ブルース・スプリングス:この人も姓が短くなった。元ネタは米国ロック界のボス。あと大会参加の際に連れてきた悪ガキ共は何気にボン・○ョビの連中だったりする。連中の本来のデビューがこの位なんですよね




クソ女神様のやらかし日記

クソ女神
「まぁ、お医者様を目指しているのに漫画なんかにうつつを抜かして! ご家族の為にもしっかり勉強しなさい!」

「あれ。漫画の神様が居ない……まいっか」

タクミ
「チェーンソーをくれ。一番刃が鈍い奴を」


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このコミックのある世界で

前回のあらすじ

198X年世界は緩やかな停滞の中にあった。華やかな文化は消え、人に活気はなく、少しづつ身を蝕む閉塞感に希望すら死滅したかのように見えた。

だが、ロックは死滅していなかった!(CV千葉)



音楽が一段落?したので新しい分野に手を突っ込む話。


追記
前回の被害者:手塚治虫。学生時代、医者になるか漫画を書くか悩む時に思考を誘導され医学に専念する事になった。


『タクミ・クロイ嬢が世間を騒がせた謝罪と称する全州ツアーから帰ってきた』

『事の発端はニューヨークのとあるイベント会場にて行われた一大オーディション番組だ。この番組に審査員として出演していたクロイ嬢は審査中、余りの感動に舞台に乱入。自らもパフォーマンスを行い会場どころか全米を沸かせてくれた』

『クロイ嬢はその次の日に行われた記者会見にて「むしゃくしゃしてやった。今は反省している」と会場での自分の行動に反省のコメントを残し、その場で全米50州全てを回って謝罪すると発表』

『全米各地のTV局による全面サポートにより実現したこの夢のようなツアーは一週間前。ハワイでのツアー最後のコンサートを終えて終わりを告げた』

『数日の休養を挟んで米本土に戻ってきたクロイ嬢は「まさか全州で歌う事になるとは思わなかった」と取材陣にジョークを飛ばし、歌の才能だけでなくユーモアのセンスも示してくれた』

『彼女が楽曲提供をした新しいスター達の活動も順調。活気に沸く米音楽界の火付け役となり、全州ツアーという偉業をも成功に収めたタクミ・クロイの次の動向に注目が集まる』

 

〜ニューヨーカー新報 1986年 夏の一面〜

 

 

 

 高級感溢れるホテルのとある一室。その中で二人の男女は張り詰めた空気の中、互いの瞳を真っ直ぐ見据えて見つめ合っていた。

 その光景は随分と奇妙だった。何せ二人の年齢差は祖父と孫娘程に開いている。実際に女の方はまだ年齢が二桁になっているかどうかも分からない少女だ。

 そんな少女に対して老人は一切の手心もなく圧力をかけ、それを少女は平然とした顔で受け止めていた。いや、額に汗を浮かべる老人の姿を見るに、むしろ圧力をかけているのは少女の方かもしれない。

 

スッ

 

 そんな緊迫感漂う空気の中。少女……今や全米に知らぬ者なき伝説を残した歌手、タクミ・クロイは持ち込んだアタッシュケースをテーブルの上に載せ、それを向かいに座る老人……スタン・M・リードは視線だけを下げて見詰める。

 タクミ・クロイは静かに語り出した。

 

『ここに50万ドルがある。全てが思い通りになる額よ』

 

 タクミはジュラルミン製のアタッシュケースのロックを外し、ケースを開けて中身を彼に見せる。内容を見た瞬間に、リード氏の喉がゴクリと唾を飲み込むのが見えた。顔色が変わったリード氏の様子に深い笑みを浮かべてタクミは言葉をつづけた。

 

『ただ一回。ここでイエスと言えばこのお金は貴社の物になる。決断は、貴方の右手に任せよう』

 

 そう言ってタクミはアタッシュケースを閉じ、ロックをかけて自身の手元に戻した。視線がアタッシュケースを見ている事を確信しながら、タクミは右手を差し出して最後の言葉を口にする。

 

『さぁ、この右手を取るか取らないか。はいかイエスで答えて欲しい物だね』

『じゃあノーだ』

『えええええええええぇぇぇ!?』

 

 パシーン、とタクミの右手をリード氏が引っ叩いた。

 

 

 

『硬った!』

『硬ったじゃねぇわ乙女の柔肌を! てめぇ爺どういう了見だコラァ!』

『どういう了見もあるか! 50万ドル払うからスパイダーマンにレオパルドンを出せって足元見てるんじゃねーぞ!』

『金がねーって泣きついてきたのはどこのどいつだオルルァ!』

 

 互いの胸倉を掴み(私は長さが足りないためスーツの腹辺りだが)どなり合う私と爺。その怒鳴り合いに席を外していたパッパとジェームズさんが室内に飛び込んできて呆れた様な表情で私と爺を羽交い絞めにして引きはがす。ちょっとパッパ。またかってなんだまたかって。

 

「言いたくもなる。会う度に子供みたいな喧嘩をして」

「わたしタクミちゃん9さい。あの爺さん60越えてるの」

「お前を実年齢で見てる奴なんて居ないよ」

 

 呆れた様な物言いのパッパに私は思わず黙り込む。それはそれでショックだぜパッパ。

 まあいっか、いつものお遊びは終わったしここからはパッパも交えたお仕事の話だ。うん、明らかに本気だったって? 遊びに決まってるじゃん。この爺さんとはいつも最初はこんな感じで旧交を温めてるんだ。まだ出会って1年経ってないけど。

 

 この爺さんはスタン・M・リード。この世界におけるスパイダーマンを初めとした数々のマーブル・エキサイトヒーロー(この世界だと社名が少し違った)達の生みの親だ。前世におけるスタン・リーに相当する人物だと思うんだが、見ての通りの強烈な爺さんだ。

 

 以前、私は彼等の会社に郵送で漫画持込をした事があるのだが、その際に返事をくれたのがどうもこの爺さんだったらしく、それ以来結構な頻度で是非アーティストにならないかと誘われているのだ。

 

 余りにも熱心に、情熱的に誘ってくるもんだからつい私も気を良くしてゲフンゲフン。元々繋ぎを作りたい相手でもある為一度会ってみようという気になり、世間がオーディション大会で忙しく動いている中、ニューヨークのとあるレストランで私達は初めて顔を合わせたのだ。

 

 勿論会って5分で大喧嘩だったがな。相性が悪い訳じゃ無いし嫌いでもないんだが、互いに折れて相手に合わせる性格じゃない上に、内容がガッツリ互いの譲れない部分にぶつかるからさ。

 

 私はレオパルドンを出したい。スタン爺さんは出したくない。というかデザインの秀逸さは認めるから別作品として仕上げ直して欲しい。勿論それを認められない私はそれを拒否し、スパイダーマン本編にロボットを、という構想を否定するスタン爺さんとモロに主張がぶつかり合う。そして私達は毎回出会うたびに取っ組み合いになるんだよね。毎回私が勝つけどさ。ふんすふんす。

 

「老人に腕力で勝って偉ぶるな。銀さんに報告しておくからな」

「ごめんなさい!」

 

 こんなんバレたら説教確定じゃねーか! 銀さんの説教は、こう。ヤバいんだよ本当に怖いから。次の瞬間に切り捨てられてそうな位凄い圧力があるんだ。初めてやらかした時に二度と怒らせないって心に誓ったからね。

 やっぱ本職の人は凄いわ。チートで身体能力が勝ってても全然勝てる気しない。あ、爺笑うんじゃない!

 

『いや、失礼。僕もつい年甲斐も無くムキになってしまった。何故かこの小娘相手だとあんまり年の差を感じないんだよなぁ』

 

 顔は笑っているが目はマジ。こんな事を会話に混ぜ込んで言ってくるからこの爺さん相手だと私もつい気を入れてしまうんだよね。ただ、本気で意見をぶつけ合って取っ組み合いになった相手ともまたこうして膝突き合わせて真剣に話し合える人でもあるから、その才能と相まってクリエイターとしては破格の人だと思う。

 ただノリで生きてる所のある人だから、マジで50万ドル用意したら勢いでうんって言わないかな、と思ってたのは内緒だ。

 

『では改めて。本日はお越しいただきありがとうございました。マーブルエキサイトコミック、発行責任者(社長)のジェームズ・ポンドと申します』

『ボンドじゃないんですね』

『ハハハ。同じイギリス生まれだからよく言われるけど、残念な事に彼ほど色男じゃないな』

 

 温和な顔立ちの紳士風な男性だ。この爺さんに無茶ぶりされていつも困ってるんだろうな、可愛そうに。よし、おばちゃんが一肌脱いでやるか。

 ねぇねぇ良い商品がありますよシャチョさん。レオパルドンって言うんですがどうですかね、このフォルム。男の子の夢と希望が詰まっていると思いませんか? そう。まさに貴社のコミックにふさわしい出立ですよね。わかりますよ、私にはわかります。貴方は今心が動いている。出してしまっても良いんじゃないかな、と思っているんでしょう?

 

『アタッシュケースをチラつかせるのを止めろ。むなしくないのか』

『私は、レオパルドンにスパイダーマンを乗せるためなら何だってやってみせる。そう、何でもだ!』

『その情熱は素直に尊敬するがね』

 

 苦笑するスタン爺さんに頬を膨らませて答える。遊び心もロマンも分かってくれるのにこの爺さんは本当にツレない。

 

 さて、今回私が何をしているのかというと平たく言えば趣味と実益を兼ねたビジネスだ。前回の持込失敗を機に私はコミック業界に対してある程度の調査を行い、この分野に対する考えを改めた。

 

 音楽の時は壊滅しているロックを軸に名曲とチート歌唱力を武器に戦った。これは音楽業界がある程度爆発する素養を既に秘めていた、未発展の部分を多く抱えていたから出来た事だと私は思っている。

 私という起爆剤が必要な湿り具合だったが、一度火が付けばたちどころに連鎖爆発だ。現に今がそうなのだから。

 

 さて、ではコミック業界についてだ。この業界で仮に同じ事を行ったとしてどうなるか。

 

『まぁ間違いなく一過性のトレンドで終わるだろうね』

『ですよねー』

『君のアイデアと作品は確かに目新しいし魅力的だ。そのままウチの会社で扱っても恐らく4、5年は食えるレベルで採算が取れるだろうが、そのまま流れをつかめ無ければ落ち込む事になるだろう。今のウチみたいにね』

 

 断言するようなスタン氏の言葉に私は頷いた。この世界においても全米の2大コミックス扱いされている彼らだが、その現状はもう1社であるDMComicsの圧倒的な勢いに押されている状況だ。いや、DMComicsというよりは同業他社に、と言った方が良いのか。

 勿論彼等だって黙って押されっぱなしというわけじゃない。この年代にも勿論名作は生まれている。それらを作って世に出してヒット作になれば当然収益が上がるし、その収益で会社は潤うだろう。だが、作品を作ったとしても必ずヒットするとは限らないのが世の常だ。仮にヒットしても流れを掴み損ねればあっという間に売り上げは鈍るし、流行している間は潤っていてもそれはずっと続くわけではない。

 

 これは音楽業界でもそうだが、音楽業界とコミックの制作陣では採算がとれる度合いがまた違ってくるのだ。どうしても販売での収益がメインになる出版社と違って、音楽業界は売れている間はTV等のメディアへの露出やライブ等での収益もあるからな。アーティストにも金が回ってくる機会が多いんだが、コミックの作家たちとなるとこれが難しい。一作作るのにも結構な時間がかかる上に、苦労して作品を作ってもそれで手元に入ってくる金が僅かばかりというアーティストも少なくはない。作った作品に対する報酬しか彼等は受け取ることが出来ないのだ。

 

 アーティストだって人間だ。ヒット作を生み出したのに自身に入ってくるお金が少ないと思えば当然会社にたいして不満を漏らす。だが会社側は少しでも利益を確保しなければいけないと報酬を渋る。マーブルエキサイトコミックスが現状のように困窮してしまっているのは、こんな状況を続けてしまった結果引き起こしてしまったDMComicsや独立他社への人材流入が原因であり、70年代後半から80年代にかけて有力ライター達を次々に失った彼等は、今更ながらに自分たちが大きな失敗をしてしまった事に気付いた。そしてそこから学ぼうとし、軌道修正を行おうとして……力尽きようとしている。

 

『で、にっちもさっちも行かない時に君と出会った。何とかならないかな?』

『真っ直ぐ聞いてくるねぇ』

 

 頬杖をついてため息をつくスタン爺さんにこちらも頬杖を突きながら答える。その率直さは嫌いじゃないが、うん。やっぱりこの状況じゃ私が単独で何とかするというのは不可能だな。予想通り一時的に金をぶち込んでも急場しのぎにしかならんし、ライターやアーティストとして参加しても焼け石に水にしかならん。何よりもそんな時間は私にはない。歌手としての本業もあるし、何より個人的な理由で私はコミックにだけ注力するわけにもいかないからだ。

 

 だが、それはそれとしてこの状況は私にとっても非常に大きなチャンスでもある。アメコミ界隈は確認する限り前世の年代通りに近い……勿論多少、他の分野に足を引っ張られて進んでいない物もあるが……発展を遂げている。これはつまり、大きなテコ入れをしてしまえば他の分野を牽引する事の出来る存在になるのではないか、という事だ。勿論、文化的な意味で。

 できうる限り影響力を残したまま、できうる限り手を入れずに発展を遂げさせる。これに成功すれば、時間的な意味で巻き返しを図れる可能性があるのだ。

 

 そして、その為の鬼札を私は今手元に持っている。

 

『ねぇ、ジェームズさん、スタン爺さん』

『うん? もしや本当に何ぞ手があるのか?』

『何でもいい、藁にもすがる思いなんだ』

『オッケー。なら巻き込んだげる。パパ、お願い』

『……少し待て』

 

 二人の返事に私は引きつらせるように口角を上げて笑顔を浮かべ、パッパに声をかける。私の言葉に苦い顔をしたパッパは自身が持つ鞄から書類の束を取り出し、パッと紙の内容を確認してから二人の前にそれを置いた。この計画についてパッパは反対の立場だからな。苦い顔をするのもしょうがない。

 『ダズミースタジオ買収計画』と銘打たれたその書類に驚愕の表情を浮かべる二人を見ながら、私は笑顔を浮かべたまま右手を差し出して声をかける。

 

『さぁ、ここから先はこの右手を取ってからのお話だ。はいかイエスで答えて欲しい物だね?』

 




ここに50円があるってやりたかったけど流石にアタッシュケースに50円入れて持ってきても殴り合いにしかならないので断念。元ネタは嘘喰いのマルコです。

ちょっとコメディ調を意識しましたがトムとジェリーっぽくならなかった。無念です。

ちなみにレオパルドンに拘ってる主な理由は戦隊ロボが出せないからです。レオパルドンで色々な失敗とノウハウの蓄積があったとタクミは覚えていたのですが、細かい部分を覚えて無かったので。作った後に色々検証しようと考えてたんですが、その前で詰まったのでどうするかって所ですね。
勿論カッコいいから好きって感情もあります()



クソ女神様のやらかしてなかった日記

クソ女神
「片腕を失うほどに頑張って戦ったのにその後も不幸続きなんてかわいそう! 生活を安定しさせてあげないと!」

「この人、安定したらわき目もふらずに紙芝居ばっかり書いてる……」

タクミ
「残当」


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このTVアニメのない世界で

前回の大まかなあらすじ

スタン爺さん
「ほ、本当にレオパルドンを出せばこの50万ドルを好きにして良いのか?」

タクミ
「ああ、約束するよ。レオパルドンを出してくれればのギブ アンド テイクだ。出せよ……早く出せ!」

スタン爺さん
「だが断る」


誤字修正。MAXIM様、シュルツ様、kuzuchi様、karakuri7531様、Mr.ランターン様、まつ楽様ありがとうございます!


追記
前回の被害者になる予定だった人:水木しげる。紙芝居が儲からないからアパート経営でもするか、という時にどのアパートが良いか入れ知恵を貰い、生活が安定。余暇を全て紙芝居作成に費やし始めた為女神の思惑にまるで乗らなかった。


「仲が悪いのかって? いいや? ただ、いつも会う度に喧嘩しているよ。勿論私の方が勝つがね」

「そう、喧嘩さ。作品を語る時は互いに前のめりになっていって、こんな風に途中から胸倉を掴み合うんだ。君のイメージと違うかい? でもこれが僕の持つタクミという小娘のイメージさ」

「あいつは溢れる才能を持っているのに、短気で馬鹿で自分を過大評価している節があるせいでそれらを全て溝に突っ込んでる。そしてそれをまるで気にも留めていない」

「まるで君から見た私のようだろう? だから嫌いになれないんだ」

 

スタン・M・リード 日本製スパイダーマン、米国逆上陸に対するインタビュー

 

 

 

「よっと」

 

 バーベルを頭の上で掲げながら私は前に設置したTVから流れる映像を見る。TVアニメ『Xメン』の記念すべき第一話である。制作は元ダズミー・スタジオ、現在はエキサイトアニメーションって単純な名前になっている。まぁこれについては分かりやすくイメージしやすいものならって事で話していたらマーブルエキサイトから名前をもってきたらしい。

 

 うん。まぁ、ダズミースタジオ、割とあっさり買収しました。過去作の権利系統は抜きで完全に制作設備やらだけをね。制作スタッフとは個別に契約を交わしてそのまま全員雇用の方向でいったんだけどさ。

 

 企業買収なんて前世でもやった事なかったから身構えてたんだけど、ビックリする位お金かからなかったよ。完全に整理対象になってたらしいし、スタッフも薄給当たり前でさ。

 私が提示したジャブ位のお給金でスタッフのまとめ役の人が泣いて喜んでて、思わずそこから2割増位にしちゃった。だって最初のお給金、パッパの会社の新卒の給料に色付けた位だったんだよ?

 

 完全にオワコンみたいな扱いで、ダズミーの初代が亡くなってからは会社内でも穀潰しとか税金対策みたいな扱いだったらしいから、初めて会社に訪問した時は上を下への大騒ぎで必死に私の心象を良くしようとしてきたんだよね。

 50近いおじさん達が私みたいなちんちくりんにへーコラして来るんだ。流石に居心地悪くなったけど、向こうの必死さが伝わってきて無下にするのも悪かったしさ。誠意が伝わったから、ってその場は普通にしてもらって後日契約の話を持っていったら、さっきの話になったんだ。精神的には同年代だからつい感情移入しちゃったよ。ぐすん。

 

 こんな状況の彼等、元ダズミーのアニメーター達だけど、実を言うと彼等はこれでもまだ大分マシな人たちだ。何せ給料があるんだから。60年代以降、TVの発展と共にこれまでアニメの主流だったアニメ映画は陰りを見せ、殆どの制作会社は窮地に陥った。TVで流すアニメーションを作る為の制作費が捻出できないからだ。

 

 TVで毎週1回、30分放送ってさ。鉄腕アトムから出来た流れなんだけど、あれ出来たの完全に手塚治虫大先生の才覚によるもの何だよね。普通は毎週あの値段と時間で作れないから。止め絵とかの手法を使って安く早く作れるように神様レベルの人が知恵を振り絞った結果があれだからさ。

 

 アメリカの場合は、トムとジェリー作ってた人達がリミテッドアニメーションの手法を使って行う筈だったんだけどね。彼等、50年代でアニメーターを引退してたんだよね。なんでかなぁ(震え声)

 

「ファッキンゴッド!」

「お、おい。急にどうした」

「ごめん、つい心の本音が漏れ出した」

 

 ぜってぇあいつの仕業だよなぁ、顔も覚えてないけどそんな気がする。あ、変な事を口走ってるのは割とストレス溜まってるからだヨ。裸になって体中にゴテゴテと検査器具を貼り付けてるせいで指定された動きしか出来ないからさ。つい体の変わりに口が動いちゃうんだ。

 

『タ、タクミ。次は、200kgだ。本当に大丈夫なのか?』

『あ、ごめんごめん。大丈夫だよ先生。じゃあ始めよっか』

 

 さて、話を戻すとマーブルエキサイトとエキサイトアニメーションの二社は現在、私が出資した会社の系列グループとして統合。大本の会社の名前は私の名前とこの世界だと誕生しそうにないとあるアニメ会社から持ってきて『タック・ミー』にしようと思ってたんだが、諸事情あって安直にエキサイトプロダクションって名前に決まった。というのも。

 

「なぁ、匠。やっぱり961プロダクショ」

「駄目です。名前以外でって言ったでしょ?」

 

 パッパの言葉を遮って答えるとパッパがガクリと項垂れた。そう、私が自分の会社を立ち上げると伝えたら、この男が何か急にアップし始めてきたのだ。この人も割と目立ちたがりだからな。スタン爺さんと気が合うみたいだし、私が映画作ったら出たがりそうな気がする。

 

 このエキサイトプロダクションは、平たく言えば私が出資した私の持つ権利一切を管理するための企業だ。プロダクションって名前だけどそれ以外の仕事は基本ない。従業員数は私を含めて4名。基本的な事務作業や権利関係については弁護士さんや外部の事務専門の企業に丸投げしているので、この3名は事務所の維持と電話番みたいなものだ。

 

 後は、一応私とパッパの緊急時の護衛さんでもある。警備会社は別口で雇っているよ? でももっと身近な部分で守ってくれる人が必要なんだよね。特にパッパはね。

 

『オッケーだ、タクミ。今日の分はこれで終了だよ』

『はーい』

『服を着たら私の部屋に来てくれ。君の意見も聞きたい』

『りょうかい』

 

 ハー、疲れた。パッパに手伝って貰いながら全身の器材を外し、両手をグルグルと回して固まった筋肉をほぐす。籠に入れた服を身に着ける。実はこれ、防刃効果がある洋服だ。

 

 正直、この世界のアメリカの治安の悪さはヤバいの一言だ。ちょっと口論してた奴らが3言目に銃を取り出した時は思わず手に持っていたコーラを投げつけて止めたからな。あいつら激高してたけど相手が私だと気づいた瞬間に服についたコーラを舐め始めて凄く気持ち悪かった。本当に気持ち悪かった(大事なことなのでry

 

 流石にこれを放置するのはヤバいと思ったので、TVとかに出る時に「お前らキレたからって銃持ち出し過ぎ。男なら拳で語れよ」って言ったんだけど。それが原因かいきなりボクシングの人気が一気に上がってちょっとビックリした。

 

 まぁその発言のボクシングの方でなんかマイキー・バイソンって「…いや、微妙に違う?」的な名前のスター選手が爆誕したのもあると思うけどね。タイトルマッチの時に曲を使わせてくれって言われたからOK出したら、なんか試合会場で歌う事になったらしくて今調整中だ。

 

 後、この銃を簡単に使うな発言が琴線に触れたのかスティービー・ワンダーかディラン? っぽい大御所さんにめっちゃ褒められて、「今度一緒に仕事しようぜ」って言われたので曖昧な返事を返してたらいきなりマイコー達に拉致られた。

 

 流石に身近な相手に手荒な真似をする事もできず大人しくニールさんに抱えられて行った先は大御所から全米16傑から大勢の歌手が集まったスタジオで、その場で歌詞を渡されてボトムズ+大御所演奏による『We Are The World』の合唱である。マイコーから引き継いでのオオトリだぜ、歌う直前まで震えてたわ。

 

 直前まで何も知らされて無かった旨を伝えると、全て計画的なものだった。このチャリティー企画は割と早い段階で出来てたんだが、スポンサーになったTV側が「これ黙っていきなり行えば面白いんじゃないか?」とか言い出して私はこの世界初のドッキリ番組の餌食になった訳だ。

 

 その番組の最後に「恵まれない子供達への募金の呼び掛け」を行ったら相当な額が貯まったらしいから怒るに怒れん。番組中に撮影の様子から通しの歌声まで映像付で流したら大反響だったらしく、このエピソードも含めての宣伝効果でこのチャリティーレコードは世界中でめちゃめちゃ売れたからね。

 

『さ、タクミ。これが君の協力で得られた数値だ』

『おお。改めて見ると凄いね。人間じゃないわ』

『いいや、人間の範疇だよ。全ての数値がその道のトップアスリート並みになっているがね。勿論君の年齢に限定すれば史上初の測定値だ』

 

 教授の言葉にそれ、つまり成長したら人類レベルを大きく超えるって事かなと思ったが何も言わずに口をつぐんだ。聞かない方が良い事も多いだろう。

 教授はその後も先程行われた身体検査の感想と体の動きについてを確認してきたので、実際に動いた際に何処の筋肉がどの位動いているのかを伝えるとビックリしたような表情を見せる。

 

 何せ生まれてすぐから意識があったからさ。何処の筋肉をどの位動かしたらどれ位動けるのかは把握しとるのよ。何も出来ない赤ん坊の頃は娯楽としてだったけど、ある程度大きくなってからはいつでも親元から逃げ出せるように準備してたらいつの間にか癖になってたんだ。

 

 みたいな事を言ったら教授が急に涙を流しながら抱き締めてきた。小声で神様への祈りとか色々言ってるけど間違ってもあのファッキンゴッドには祈らないようにしてくださいね? 流石にあれは四文字の方とは別だと思うけどね。一応念の為。

 

 

 

『取り乱してしまって済まない。つい、その。孫娘の姿が君に重なって』

『気にしてませんから大丈夫です』

 

 暫くしてから落ち着いたらしい教授に頭を下げられた。研究者の割に随分人情味のある人だなぁ。私としては助かるがね。

 後、黒井パッパは私を引き取ってくれた方なんでそんな睨まんで上げてください。はい、逃げ出したのは別の相手ですから。所で結果はどうでした?

 

『ああ。ミオスタチン関連筋肉肥大ではなかったよ。だが、信じられない程の密度と効率的な動きをする筋肉だ』

『あ、良かった。流石にムキムキマッチョになるのは嫌だったから』

『ハハハ。君が男ならきっと残念がるだろうな。是非これからも協力して欲しい』

 

 教授から握手を求められたのでそれに応じる。勿論力は大分セーブしてね。この人はとある大学で人体について研究してるって人だ。うん、何をしているのかって?

 

 いや、私の体ってさ。言わばあのクソ神様からの貰い物だからね。大学に用事があったからそのついでに検査して貰ったんだ。私の身長、130位なんだけど体重は50超えてるんだよね。明らかに重すぎるから何か変な病気かなと思ったら超密度が凄いねで終わったというさ。肩透かしというか何というか。

 

『入学したらまた顔を見せてくれ、君ならいつでも歓迎するよ。学科は何処になるんだい?』

『コンピューターについて学ぼうと思ってます』

『成程、目の付け所が良い。あの分野はこれから大きく発展するはずだ』

 

 まぁその前に一度日本に帰らなきゃいかんのだがな。ビザが切れそうだし。流石にこんだけ成果出してれば米国政府も芸術家用のビザで入国させてくれるだろう。

 あ、そうそう。

 

『ではまた来年。我が校始まって以来の最年少入学おめでとう、タクミ』

 

 私、大学生になります。




企業買収終わりました(ダイジェスト風)
史実でもこの時期は不振らしいので、それ以上にアニメ関連が不遇なこの世界では、という奴ですね。
この世界の夢の国はテーマパークとTVとの融合を柱に発展していきます(90年代の名作達はつまり)



クソ女神様のやらかし日記

クソ女神
「母国の為に沢山映画を作ったのに戦争犯罪者扱いなんて可愛そう。あ、発明家としても評価されてるんだ! 支援して豊かにしてあげないと!」

「ゴジラとキングコングの映画がない……?」


タクミ
「(声にならない悲鳴)」


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この倫理のない世界で

前回のおおまかなあらすじ

タクミは超人血清を打たれていたことが判明。


嘘です。

結構ディープな話になるんですが、昭和の話だったらこの辺りは触れとかんと不味いだろうなと思ったのでハッチャケました。


誤字修正。五武蓮様、kuzuchi様ありがとうございました。


追記
前回の被害者:円谷英二。戦争犯罪者として特撮の現場から遠ざけられた時に、本来なら売れなかった筈の発明品が大当たりしそれを元手に起業。特撮の現場から遠ざけられる。


「身長128cm、体重58kg。この数字だけを聞いた時、君はどう思う?」

「凄まじい肥満体だと思ったなら正常だ。とんでもない筋肉だと思ったならまだ常識の範囲だ」

「そのどちらでもない物を見た時に私が思ったことはただ一つ」

「この娘の体には神が宿っている、だったよ」

 

~とある大学教授の講義にて~

 

 

 

『なんと! これから世界戦を戦うマイキーが会場に……あれはタクミ、あれはタクミです! タクミ・クロイを肩車しながらマイキーがリングに向かって行きます!』

 

 試合前の世界ヘビー級王座挑戦者に肩車される10歳児が居るらしい。私です。

 いや、言いたい事は分かる。分かるよ。これからリングで戦う予定のマイキーからはすっごい雄臭い匂いがプンプンしててヤバげふんげふん。つい40女の頃のノリが出ちまったぜ。

 うん? 勿論こんな入場の仕方予定してるわけがないじゃないか。これから試合させる選手疲れさせてどうするんだよ。

 

 今回の世界戦では私はマイキーの依頼を受けて応援として前座を務める事になっていた。のだが、まぁ勿論王者側から(向こうから)待ったが掛った。私の影響力を考えるに明らかに会場のムードがマイキー応援に変わっちゃうしね。

 

 という訳で本来、私はマイキーに手を引かれて会場入りし、そしてリングの上で王者を迎えて彼に抱擁の一つでもやって健闘を祈り、一曲歌ってリングから降りるという「ボクシ……プロレス?」的な流れを行う予定だったのだ。勿論カメラは全周囲に設置し、世界中がこの一戦を見守っている。というか見守らせる。

 

 いくら銃社会とは言え引き金が軽すぎるこの世界のアメリカ社会に対して、私なりに考えた一つのアプローチなんだ。己の肉体を武器とする人間が絶大な人気を持てば、喧嘩に銃を持ちだすのはチキン野郎的なノリにならないかな、というさ。ノリが軽い? それ位のノリでやらないと絶対に浸透しないんだよ。肩がぶつかったからって銃で撃ち合いを始める国だぜここは。ロアナプラも真っ青だ。

 

 まぁその必死こいて考えた流れは全部この男がぶっ壊したけどね。当初の予定通りにこの男が待つ控室に行った私を、彼は「ようタクミ、今日は頼むぜ!」とにこやかに抱擁した後に何故か小脇に担いで、驚く周囲を他所にそのまま会場へと向かって歩き始めやがったのだ。

 流石に会場入りする際に「これで歌えるわけねぇだろ」と伝えたらスタッフの人も不味いと思ったんだろうね。マイクを渡されて肩車に切り替わった。この男は乙女の純情を何だと思っているのか。

 

 今日の衣装は観戦も含める予定だったからジーンズに革製のジャケットという完全ロックスタイルだったから良かったものの、これスカートだったらどうする気だったんだこいつは?

 ちょっとこのまま転蓮華してやろうか悩むわ。というか試合前の選手でなければした。一回位なら誤動作で済むかもしれんしね。

 

 まぁ、マイキーへの報復はまた今度にして、今は前座の仕事に切り替えだ。実は前座って初めてなんだよね。ライブでは基本トリだし、先に出てくる時は大体他のアーティストとのコラボ的な曲だし。というか普通のライブ以外で歌うってのが初めてなんだよね。ほら、レコードと全米横断ウルトラライブで忙しかったからさ。

 

『ハロー!』

『『『ハロータクミィ!』』』

 

 マイキーの肩の上でマイクを使って語り掛けるとぶわっと周囲から挨拶が飛んでくる。初めてきた場所では毎回これやるんだが、今回も反応は良好だ。お、何名か急いで肩に赤い布を巻きつけてやがる。でも惜しい、右肩なんだよねそれ。でも嬉しいぜ。ファンサービスは歌手の大事な務めだからな。

 ビシッと指さしてやると会場内がそちらに目線を向けて、ぶわっと盛り上がる。勿論その後に自分の右肩に指を戻して笑いを取るのは忘れない。こういう細かいパフォーマンスが場の空気を盛り上げるんだ。

 何せこの会場はこれから男と男が魂をぶつけ合う会場だ、きっちり場を盛り上げて試合の時に最高潮へと持っていく。これが前座の心意気ってもんだろう。

 

 リングの上に立つと、チャンピオンのトレバーさんが登場BGMを……流さずに走り込んできた。おお、めっちゃ怒ってる。けど周囲はこれもパフォーマンスと思ってるみたいですっごい歓声が上がる。それにチャンピオンが「えっ?」みたいな顔で周囲を見ながら勢いよくリングに飛び込んできたので、ひょいっとマイキーの肩から飛び降りてトレバーさんに向かって両手を広げて抱き着く。

 

『トレバーおじさん! 頑張ってね!』

『お、おお。も、もちろんだ!』

『悪いのは全部マイキーだから』

『そりゃねぇぜタクミ』

 

 面食らったチャンピオンの表情にとりあえず責任問題は回避したと判断し、ついでにマイキーへの責任擦り付けも行う。というかお前のせいだろうが! 段取り考えろやゴルアァ! とばかりに睨みを利かせるとマイキーが明後日の方向を向いた。あんたみたいな大男がしても可愛くないんだよ。

 

【会場の皆さま、お待たせしました。これよりタクミ・クロイ嬢による両選手への応援メッセージソングをお聞きください】

 

 そのアナウンスが流れた瞬間に、会場内に居た観客達が総立ちで拍手を始めた。事前通知無しだからブーイングの嵐が来る可能性もあったんだが、どうやら最初の段階は問題なく突破したらしい。さて、後は場を白けさせないように適度に盛り上げるだけだ……今日、虎の目を失わずに戦い抜くのはどちらになるかな?

 実に楽しみだ。

 

 

 

『日本に帰る?』

『うん。ビザが切れそうだし、それに向こうでのライブもあるからね』

『……その間の打ち合わせは?』

『……てへぺろ』

 

 スタン爺さんとX-MENのプロデュースについて語り合って居た時。互いの胸倉を掴み合いながら話し合っていると唐突にパッパが『所でスタン老には伝えているのか?』と尋ねて来たので、そう言えば言ってなかったなぁと20年ほど早くてへぺろを披露するも通じなかったようだ。

 いや、待って。話を聞いてくれ。正直1月しか戻らないんだからそれほど穴も開かないし調整も可能なんだよ。今話し合ってるこれもようはそっちの分の事前調整みたいなものだしさ。何かヒートアップして一番カッコいいヒーローについて語り合ってたけど!

 

 爺と一緒にめっさ怒られました。やっぱり駄目だったね、パッパも割と真面目な人だからさ。

 先日のマイキーの世界タイトル奪取戦以来何かと日本とのやり取りでストレス溜まってたのもあるみたいだし、もうちょい労ってやらないといかんかな。向こうも向こうで結構問題があるみたいだし、高木さんと二人で胃を痛めてるって言ってたし。

 しょうがない、ここはスーパースター・タクミさんの財布力(さいふちから)を見せてやる時が来たようだ。ザギンでシースーでも頼むべ。ボトムズメンバー皆で銀ブラでもやるか。日本食のレストランは結構あるんだけど、やっぱりさ。寿司は日本で食べたいんだよね。ふんすふんす!

 

 

 なんて言っていたのが悪かったのだろうか。

 

「黒井タクミ、脱税の容疑で逮捕する!」

「は?」

 

 思わず、といった様子で呆けた声を出したパッパの腕を取り、捜査令状らしき物を手に持った私服の警察官はパッパの腕に銀色に光る手錠をハメた。

 

「……はぁ?」

 

 今度の呆けた声の主は私だ。東京国際空港のターミナルには私の帰国を待っていたらしいファン達が詰め掛けきており、この周囲の人口密度だけが異常に上がっている。しかし、先程まで五月蠅いとわめきたい程に騒がしかったターミナルのフロアーはこの一連の流れを受けて一気に静まり返り、時折困惑したような声が漏れ聞こえてくる。

 

「〇時〇分黒井タクミ容疑者確保。直ちに移送を開始します」

『はああぁぁぁ!?』

 

 これは周囲に居たファンや報道陣に私とパッパ、そして私達と一緒についてきたスタッフの中でも日本語の出来る人達の声だ。ボトムズの他のメンバーはこのいきなり始まった三文芝居に困惑を隠せず、近くに居た通訳代わりにスタッフに事情を問いただそうとしているが彼も混乱している様子だった。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

 そのまま連れていかれそうになるパッパの裾を掴むと、警察官だろう私服の一人が気の毒そうな顔で私を見て、腰を落として私と目線を合わせた。

 

「ごめんな、お嬢さん。お嬢さんのお父さんはとっても悪い事をしてしまったんだ。これからおじさん達とお父さんで話し合いをしないといけないから、お家で家族の人と待っていてくれないか?」

「……パッパ悪い事したの?」

「してない! 私は会社からの給与以外は一切受け取ってないし税の支払いは全て会社経由で行っている!」

 

 うん、知ってるけど念の為って奴だよ。金のトラブルで身を持ち崩した奴なんて腐るほど居るんだからさ。実はどっかに愛人がいてそちらの生活費に幾らか抜いてる位はあるかもと思ってたけどこの様子なら本当にないのか。しかし黒井タクミぃ? 私はアメリカで自分の会社経由で税金を払ってる筈なんだがな。外国税額控除が上手くいっていなかったのか?

 一先ずこのままだと流石にパッパが哀れすぎるので両手首を合わせて親切そうな警官の前に突き出すと、怪訝そうな目で私を見る警官に向かってにっこりと私は微笑んだ。

 

「黒井タクミ10歳です。お縄をどうぞ」

「……はい?」

 

 目を丸くするその警官と私の様子を、近場で固唾を飲んで事のあらましを見ていた国外の派遣報道員らしきオジサンがパシャリとシャッターを切った。それを皮切りに周囲が瞬く間にフラッシュの嵐に包まれていく。固まってしまった警官から手錠を奪って自分の手に嵌めながら、明日は号外かねぇと私は暢気にカメラに目線を向けて笑顔を振りまいた。

 

 本当に日本の警察はかつ丼を出すのか。その謎が解き明かされる時がついにやってきたのだ。実費だったはずだけどちょっと楽しみである。

 

 

 

「いや~、日本の検察は強敵でしたね」

「強敵もクソもあるか! 高木の奴も一杯食わされやがって!」

 

 一杯と言えばかつ丼美味しかったです。検察の人(警官だと思ったら微妙に違ったみたい)の分もお大尽して頼んだんだけど流石は都心。高い分美味い。

 とはいえこれは高木さん悪くは無いんじゃないかな? 検察の車でタクシー代わりに送ってもらいながらパッパは散々っぱら会社と検察と高木さんに文句を言い続けている。運転手の若い職員さんも涙目である。

 あ、結果から言うと誤認逮捕でした。というか誤認っていうよりはもっとでっかい問題だったんだよね。すっごい簡単に言うと私は貰ってない報酬の分で追加徴税を食らって、その分の脱税としてパクられたみたい。意味が分からないよね?

 

 大まかに纏めると、私は基本的に音楽関係はパッパと契約して行っているんだ。私が作った音楽を契約元であるパッパのいる会社が制作・販売を委託するって方式だね。実は日本に居た当時から私は一個人事業主だったんだよ。

 で。当然パッパの会社は制作したレコードの利益分から私への報酬を用意して支払わなければならないんだけどさ。日本で販売している分が2割位払われてなかったんだよね。2割とは言え私の売り上げから考えれば普通に億の単位らしい。

 

 何か支払いの途中で中抜きが行われていたらしくて、私のレコード販売からこっち、予想される販売枚数とそこから上がってくる数字が少しずつ、確実に大きくずれてきていたらしいんだけど、その事に気付いた高木さん……日本でパッパの代理人として動いてくれていた人が、完全な部署外であるにも関わらず経理関係を内偵してくれていたのだ。

 そして、この1年の間の日本販売分が中抜きされているって事が発覚した。

 

 当然パッパはこの事に激怒。何せ私との契約はパッパが主導して、というか結構無理言ってパッパと契約していることになってるから、その報酬が貰えないって事はつまりパッパも責任を負わされる立場になるわけだ。

 

 ここまでが帰国1月前の段階ね。当然この間にもパッパと高木さんが動いて中抜きされた資金の行方と責任の所在について会社側とあーだこーだしていたんだけどさ。

 

「だからって10歳児に全責任をおっ被せようとするのは会社としてどうかと思うんだけどね」

「……一連の騒動の責任を取らせた後に俺は辞表を提出する。あの会社とはもう縁切りだ」

「良いの? 将来の社長候補って呼び声高かったんでしょ?」

 

 目をつぶった後に低い声でパッパがそう言った。確認するように尋ねると、パッパは苦笑を浮かべて首を横に振る。あの会社はもう御仕舞だろうと。

 

「考えが古すぎる。お前への対応もそうだが、企業コンプライアンスという物をまるで理解していない……いつまでも戦後の気分のままで居続けているんだ。あいつらは」

 

 私への対応というのは、まあ。大体ご想像がつくと思うだろうが脱税容疑の件だね。中抜きをした分を「我々はちゃんと支払った。黒井タクミがその分を脱税しているのだ」ってふんぞり返ったわけだ。無理筋すぎだろと思ったけど、官憲側も何か通しちゃってるから多分そういう事なんだろう。

 後で聞いたら高木さんの調査した資料もヤのつく自由業の方に強奪されそうになったらしい。そちらは何故か銀さんが高木さんを助けたらしいんだけど、高木さんの声が震えてたらしいから相当怖い目にあったみたいだ。これ、多分だけどほとんどがそっち方面に流れたんだろうね。

 

 向こうも無理して確保しようとしただけはあり、高木さんが体を張って守り通してくれた資料は会社側(と自由業さんと無理押しした役人さん)には結構致命的なものだったみたい。お陰で私とパッパは割かしあっさりと嫌疑が晴れて釈放される事になった。

 私の持つ口座の残高履歴と実際に振り込まれる予定だった金額が明らかに違うんだから当たり前だよね。そもそもこっちの口座は私振り込まれっぱなしにしてるから触ってないし。税金もアメリカ側で稼いだ分で支払ってるからね?

 

「所でこの騒動でツアーライブなんて大丈夫なの?」

「やらなかったら今度は騒動どころか暴動になるぞ。お前の要望があった武道館の特設ステージは準備が終わっているし、1万枚のチケットがあっさり売り切れたそうだからな」

「そっか……うん。なら良いや」

 

 こちらでも武道館はミュージシャンの聖地になってくれそうだ。よすよす、と頷いて私は窓の外を見る。離れる前は何とも思わなかったが、この東京の街並みは前世を知る物からすれば少し寂しい。前世のこの時期は、もう少し街並みに活気があったように感じたんだがな。これは、ニューヨークを見て来たから思う事だろうか。あちらは日本ほど壊滅的に何もなかったわけではなかった。ニューヨークの街並みからは前世の空気を少し感じる事が出来たから、日本の街並みを比べてしまって寂しく思うしまうのかもしれないな。

 

 ……黄昏るのは止めよう。私の日本での滞在期間は1月の予定だ。いきなり出鼻をくじかれる事になったがこれは変わることは無い。まずはライブだ。ビートルズの来日の代わりになる位ド派手に日本人に本場のロックをぶちかましてやる。

 次に、日本国内でのコミック……漫画の販売と流通を担う会社を作らなければならない。と言っても今回はあくまでも土台を作る程度で、本番はアメリカの方でメディアミックス商法が成功してからの話になる。出来れば今回の滞在のうちに幾つかの出版社に渡りをつけたいところだ。

 

 アニメに関しては恐らくまだ時期尚早……というかX-MEN次第だろう。初放送から数か月たったが米国では動くストーリー漫画としてかなり人気を博してきている。今までのアニメは一発単体の話ばかりだからな。毎週何時にアニメを見る為に子供がTVを、という今の状況にまだ戸惑いがあるようだがすぐに馴染むだろう。グッズとコミック本体の販売も順調なようだし。

 後、何気にこのX-MEN、歌と声優がクソ豪華なんだよな。というかパッパの会社の支社に所属するアーティスト達に全部やってもらってるんだ。予算節約の為に超一流のアーティストを惜し気もなくアニメ声優にするクソ会社があるらしい。これは縁切りもやむ無しだね。

 

 ……皆を私のプロダクションに移籍させよう。米支社のメンツには希望を取って、転職の斡旋かウチへの転職を聞いて回ってみるか。何だかんだ彼らのお陰でこの1年、慌ただしい状況を乗り越えてこれたんだから。

 

「まぁ、差し当たってはこの場を切り抜けてからだね」

 

 窓の外。背後から近づいてくる黒塗りのセダンを見ながら私はパパの肩口を掴む。

 

「運転手さん。ブレーキかけて伏せて」

「えっ」

「ブレーキ!」

 

 全力で圧をかけて叫ぶと、飛び上がるようにして運転手さんがブレーキを踏む。サイドブレーキに手を伸ばして力任せにブレーキをかけ、そのまま運転手の肩を掴んで引き倒す。

 その直後に乾いた音が響いたかと思うと車の窓ガラスが割れて散乱し、私たちの頭に降り注ぐ。すれ違いざまに行うつもりだったのだろう。数発撃ち込まれた後に黒塗りのセダンは一瞬迷うように止まった後、慌てたようにアクセルをふかしてその場を立ち去って行った。ナンバーは覚えたんだが、多分偽造だろうなぁ。

 

「……た、匠?」

「ん。もう顔上げて大丈夫よ……運転手さんも災難ね。巻き込んでごめんよ」

「い、いえ……」

 

 魂が抜けた様な表情を浮かべる二人を急かして車から降ろす。私は兎も角パッパも運転手さんもガラス片で傷がついてるな。消毒しないと不味いかもしれん。とりあえず無線機があるらしいから警察を応援に呼んでもらうとして……周りの家々からこちらを覗き見るように人が出てくるのを眺めながら、私はため息をついた。

 

 脱税と中抜きが発覚して次は口封じ、もしくは脅しか……どうやらまだ日本は戦後から抜け出てないみたいだ。ハードな1ヶ月になりそうだなぁおい。




マイキー・バイソン:元ネタはストリートファイターのバイソン(の元ネタ)。

虎の目:Eye of the Tiger ロッキー3のメインテーマ。この世界にはロッキーが無かったらしい。なかったらしい。

外国税額控除:二重で税金を支払わずにすむよう設けられている制度。出来ない国もあるらしいが日米間は問題ない。

かつ丼:自費になるらしいですね。

昭和の芸能界:所属タレントへの給料がすごく低いイメージがありますがその通りなので問題ない(違) タクミの契約は当時の芸能界の常識では考えられない物だったりします。


あ、Twitterで更新報告始めました。




クソ女神さまのやらかされた日記

クソ女神
「奥さんを出稼ぎで働かせて自分は変な小説や手紙を送ってばかり……ちゃんと仕事をして奥さんを幸せにしないと!」

「ああ、窓に! 窓に!」

???
「物理的な干渉を封じる事が出来たのは幸いだった。無垢なる邪悪……とでも名付けるとしよう」


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この仁義なき世界で

とりあえずどこまでしていいか考えてました。
遅れてごめんなさい。

4.27 細かく修正してます。最後の人分かりづらそうだったので答え入れました。
感想返しが間に合わないので先に外務省の欄直しときます。教えてくれてありがとうございます、完全に日本の省庁で考えてしまってたw

誤字修正。北の大地よさん、五武蓮さん、山田治朗さん、仔犬さん、kuzuchi様、所長様、アンヘル☆様ありがとうございます!


追記
前回の加害者:H.P.ラブクラフト。自身に迫りくる何かを探知し逆撃。現実への干渉手段を奪い去った。


「強い娘だと思う。俺は母から沢山の愛情を注いでもらったが、あの娘はそうじゃない」

「こんなに小さな頃からあの娘は一人で、しかも曲らずに生きてきたんだ。これは凄い事だよ」

「まぁ、今回は運悪くご同輩になっちまったが。日本の臭い飯は美味かったか、今度会ったら尋ねるんだ」

「ああ。勿論心配なんてしてないさ。きっとすぐに戻ってくるよ。『ハーイ、マイキー』ってね」

 

~クロイ・タクミ銃撃事件についてのインタビューにて マイキー・バイソン~

 

 

 

ボトムズ親衛隊(レッドショルダー)とある隊員の視点

 

 タクミが飛行機の中へ入っていく。最後の瞬間まであの子は俺達に手を振ってくれた。

 ガラス張りの空港ロビーからあの子が乗った飛行機を見送りながら、右肩を赤く塗った連中が歓声を上げる。ここに居る人間はタクミのファンクラブでも最も行動的なメンバーで、あの子の書いた挿絵から取って『ボトムズ親衛隊(レッドショルダー)』と呼ばれている者たちだ。

 

 最高に最低な連中で、この見送りの為だけに仕事をサボって3日かけてNYに来たという奴も居た。恐らく地元に戻れば首だろうと嘆いている奴に周りの人間が「しょうがないさ」と声をかける。もし首になっていたらウチに来いよと声をかける奴も居る。ボトムズ親衛隊(レッドショルダー)に差は存在しない。等しく皆最低だ。

 

 長旅をしてきた連中には宿を取れなかった奴も居る。そんな奴にはロサンゼルスに住んでいる赤肩の仲間が自宅を開放して、タクミの見送りに相応しい恰好に整えさせたらしい。俺はちゃんと休暇を取り、ホテルも予約してあったからそちらには合流しなかったが、合流した後に連中は夜中までボトムズの歌を流して盛り上がっていたらしい。それを聞いた時は正直に羨ましいと思った。

 

 勿論見送りに体調不良で顔色を悪くしてタクミに心配をさせるような馬鹿は居なかった。そんな奴はボトムズ親衛隊(レッドショルダー)には参加出来ないからな。ボトムズ親衛隊(レッドショルダー)には健康的な体力とタクミとボトムズメンバーに対する忠誠心がまず求められる。

 

 当然この場に居る500名は全員がボトムズ親衛隊(レッドショルダー)であり、各州支部から抽選で選ばれた見送り要員になる。全国数万人の中から選ばれた500名だ。生涯自慢できるだろう。

 

「よぉ、ジョン。見たか」

 

 ボトムズ親衛隊(レッドショルダー)同期入隊者のケヴィンが涙を流しながら声をかけてきた。何を見たか、なんて聞くまでもない。俺達のタクミをちゃんと見れたかの確認だ。勿論だと返すと彼は俺に抱き着いてきた。俺もまた彼を抱き返す。1年前なら男に抱きしめられればその瞬間銃を引き抜いただろう。だが、ボトムズ親衛隊(レッドショルダー)で銃を持っている奴は居ない。何故ならば銃を持っている奴は己の拳に自信を持てない臆病者だからだ。

 

 そして、涙する同胞に向ける物は拳ではない。抱擁と、友情だ。

 

 

 最高の気持ちで俺達は空港を後にし、近くの小さなステージが設置された公園に集まった。楽器を持ってきていた赤肩の仲間が下手くそな演奏でボトムズの名曲を流し始めると、俺達は酒も入っていないのに大きな声で歌った。隣に座る名前も知らないボトムズ親衛隊(レッドショルダー)の仲間は、今日この日から兄弟になった。ボトムズ親衛隊(レッドショルダー)は最高だ。ライブの度に俺達は兄弟が増えていく。そして、そんな俺達の可愛い妹で……娘でもあるタクミは、最高に最高だ。

 

 幸せな気分で俺達はそのまま夜を明かし……騒ぎを聞きつけた近隣の住民たちを巻き込んで一夜のバカ騒ぎを終えた俺達の元に、顔面を蒼白にしたボトムズ親衛隊(レッドショルダー)の仲間が駆け込んできた時、その幸せは終わりを告げた。

 

 『タクミ 重体』と書かれたその文面を見た時。俺達は天国が落ちて来たのを感じたんだ。

 

 

 

「いや撃たれちゃないけどさ」

「……どうしたい、お嬢」

 

 とある病院の最上階の一室。ロイヤルスイートもかくやと言わんばかりの豪奢な部屋の中で、もぐもぐと銀さんが剥いてくれたリンゴを食べながらいんやーと首を振る。多分どっかで噂されたんだろう。変な言葉呟いちまったぜい、

 

「あと、銀さん。私、元気。リンゴ、自分で剥ける」

「一応患者だ。大人しくしときな」

「そんなー」

 

 文句を言う為に口を開くと銀さんからひょい、とリンゴを口に放り込まれた。銀さん前から思ってたけどこう、小刀の使い方上手い……上手過ぎない?

 あっという間に剥き終わったし何より殆ど皮に実がついてない。これは使い慣れてますねぇ。

 

「まぁ、商売道具の延長線みたいなもんだからな」

「ふーん。極道さんも大変なのね」

「………ああ。そうだな……」

 

 銀さんが苦い表情を浮かべている。色々、思う所はあるんだろうな……まぁ手ぇ抜く気はないんだけど。幸いな事に銀さんの親は本当に昔堅気な親分さんらしく、そちらに被害が行くことは無さそうなんでこちらとしては安心している。銀さんに迷惑かける気はないんでね、私も。

 

 その上? それこそ知らんわ。銀さんと銀さんの上位までは気を使ってやっても良いがはっきり言って奴っこさんらはやりすぎた。私を的にして脱税の容疑をかけたくらいまでならこっちもね。矛をすっと収める位は出来たんだよ。

 

 でもね……銃撃してきたら戦争しかないでしょう。しかも私たちはあの時検察の車、つまり公用車に乗っていた。これに銃弾ぶち込んだって事は御上に面と向かって泥団子を投げつけたに等しいんだからな。しかも公衆の面前で。

 

 いくら上の方である程度の利益のやり取りがあるからって限度って物があるんだ。仮にこれなぁなぁで済ませたらもう警察も検察も面目丸つぶれ。全力で相手を潰さなければ上層部どころか中層位まで粛清の嵐だぜ!

 

「そういえばクロちゃんは?」

「弁護士をつれて元の会社に行った。検察の腕っこきが側についてる」

「包帯巻いてよくやるねぇ」

 

 一応庇ったとはいえガラス片をもろに被ったせいで結構切り傷が出来てたしね。病院に駆け込んだ時にきっちり処置をしてもらったから問題はないと思うけど、余り無理はしてほしくない。

 

 ん? 庇った私はどうなったかってそりゃ無傷だよ。服は結構破れて応援に来た警官たちにせくしーしょっとを拝ませちまったがな。失敗したな、カメラ用意しとけば写真集か何かを作る時に使えたのに。もう一回やるって言ったら流石に銀さんとパッパをマジオコさせちまいそうだから自重しとくか。

 

 世間では私が大怪我を負って入院したという形で報道されているがこいつはデマだ。入院しているのは本当だがどっちかというと追及というか、検察側の手勢に囲まれて病院の奥に保護されてるってのが正しい状況だな。

 

 今回の騒動、私は検察側……つまり国側と組むことが決まった。大恥をかいた上に手袋を投げつけられた検察は上層部内でのお掃除で忙しく、まだ動く事が出来ない。そうなるとこちら側も待機状態になってしまうので怪我をしたパッパの件もあるからそのまま検察と関係の深い病院に匿われる事になった訳だ。

 

 銀さんは保護者枠ね。本来の保護者も一緒に入院したことになってるからさ、その世話役として身近な人を一人って名目で銀さんには護衛代わりにこの病院に泊まり込んでもらっている。下手に外に置いていたら銀さんまで的にされかねない状況だしね。的にされても殆ど倒しちゃうだろうけど。

 

 実際に高木さんは証拠隠滅の為とはいえ一度襲撃をされて、銀さんは一度それを邪魔してる。あちらさんからすれば銀さんを襲う理由は十分にあるわけだし、一々豚の前に餌をぶら下げてやる義理もない。このまま検察の態勢が整えば養豚場行きになるのだから、このまま静かにまったりと休暇を楽しむとしよう。終わったらライブやら何やら大忙しだしね。

 

 

 

 そう思っていた時期が私にもありました。

 

『やぁ、タクミ。会えて本当に嬉しい……本当に。無事でよかった』

『あ、ども』

『私はダズウェル・マグダウェル中将……えぇと、そう。在日米軍の司令官だ。君の保護は我々米軍がしっかりと行うから安心してほしい』

 

 白目を向きながら返答する私にダズウェル中将さんは苦笑を浮かべて頭を撫でる。

 

『ええと……ダズウェル中将、その。後ろのご老人は……』

『ああ、気にしないでいいよ。もうすぐ仕事を失う人物だ……君が覚えて置く事は無いだろう』

 

 私は震える手で彼の背後で直立不動の体勢のまま立つ老人を指さすが、中将はそちらをチラリと見て「ああ……」と興味もなさそうに一つ頷いてそう答えた。その人、内閣総……アカン。見なかったことにしよう。

 

 中将はそっと目をそらした私を手でソファに座るように促してくる。その指示に従ってソファに腰を下ろすと、中将は笑顔を浮かべてテーブルの上のお茶を私の手近な所に持ってきてくれた。

 

 ソファには先に背広を着た一人の男性が座っていた。仕事が出来そうな……パッパを後10年位年を取らせて髪を金髪にしたらこんな感じかな? という印象を与えてくる男性。その隣に腰を下ろした中将にも余り気を使った様子はないし、多分相当偉い人かな。

 

『初めましてタクミ・クロイさん。私はリッキー・ロスアダルト。駐日米国大使……日本に住んでいる米国人の代表、と言った方が良いかな』

『あ、はい。初めまして、タクミ・クロイです』

『無事でよかった。今はこの神の采配に感謝をするだけです……本当によかった』

 

 キツめな印象とは裏腹に柔らかな対応の男性だ。最後の部分だけやけに低かったけどもしかしたら私のファンなのかしらん。モテる女は辛いぜ。

 しかしそうか、外部には私は銃撃事件後にそのまま病院に担ぎ込まれた事になってるから安否が分からない状態なんだな。デマが流れたきりだしね。あれから3日経ってるけどこれやべぇな、ボトムズ親衛隊(レッドショルダー)の連中が海渡ってきてるんじゃないか?

 

 あいつら現地の清掃活動とか言って現地のマフィアとか肉体のみで制圧して「ライブ会場の掃除をしたよ! タクミ!」って満面の笑みで報告入れてくる連中だからな。流石に日本でんな真似されたらボトムズ親衛隊(レッドショルダー)vs893の仁義なき戦いが始まっちまうので、来るなよ! 振りじゃねーぞって事前にボトムズ親衛隊(レッドショルダー)のトップのMs.Mって人には文章で連絡入れといたんだけど。

 

 来てるかなぁこれ。向こうの事務所には一応安全を確保したって連絡は入れたけど。ちょっと確認しといた方が良いかもしれないね。うん? 保護だけじゃなくて他に話がある? 何々……めいよしみん?

 

 

 【速報】黒井タクミ、米国名誉市民になりました

 

 予想外にもほどがある所から飛んできた話に今白目剥いてるよ。アメリカに戻ったら大統領の白い家で表彰式と永住権付きのグリーンカード貰えるらしい。パッパも勿論グリーンカード持ちだぜ!

 

 うん、あれだな。米国の方でそろそろ暴動が起きそうらしいんだな。私が撃たれた日、つまり来日した次の日の朝刊では私が緊急逮捕されてそのまま病院に搬送されたという記事が載ったらしい。間を端折りすぎてるけどそういえば同じ日にちだしな。そう見えるか、記者さん達には。しかも緊急搬送されてからは事情がアレ過ぎて国の恥なんてレベルじゃないので関係者に箝口令付きで連絡を取る位しかできず、外に対しては一切音沙汰無し。

 

 成程、暴動起きるわ。多分ボトムズ親衛隊(レッドショルダー)の連中だろうな……募集要項に忠誠心ってデカデカ書いてる連中だからな。急いでMs.Mに連絡を取って沈静化して貰わねぇと……ホワイトハウスの前に肩を赤くした集団が列をなしてやってくる事になるからな。ボトムズ親衛隊(レッドショルダー)のテーマが鉄と銃弾のララバイになっちまう。

 

 まぁ、そんな事は超絶優秀なホワイトハウス勤めの国家公務員の方々にもわかり切ってる事だったらしく、即日ホワイトハウスはこの件についての調査とタクミ・クロイの米国名誉市民への決定(内定すら飛び越したらしい)及び米国市民の保護を名目にした全力介入まで宣言。普通なら国務省が止めるべきだろそこは頑張れよって思ったけど国務省にもボトムズ親衛隊(レッドショルダー)所属の人間が居たらしい。あっという間に日本に対して最後通牒まで突き付けて在日米軍が臨戦態勢をとる事態になったそうだ。

 

 ここまで聞いてお前らアホじゃね? て思った人が居たら君は正常だ。こいつら頭おかしい。私はそこそこの人気があるとはいえあくまでも一般人の歌手でまかり間違っても第二次日米戦争の引き金なんかじゃない。あっさりボコれるから問題ない? 違うそういう話じゃない。

 

 どこの誰が戦争の引き金を引いた女なんて名前を喜ぶというのか。ラブ&ピースで行こうぜ?

 

 

 

「勿論、私に銃弾撃ち込んできた奴にゃ遠慮なんてしないけどね」

 

 ギィッ、と高そうな椅子に座って私はテーブルの上に組んだ足を乗せる。ボロボロの室内は至る所に銃痕のような小さな穴が開いており、住み心地を犠牲にしてどこまで芸術性を示せるのかに挑戦している。前衛芸術って奴だろ、私は詳しいんだ。

 

『ここが賠償代わりの建物? やたらとボロっちいんだけど大丈夫?』

『ご安心を。土地だけ取り上げて残りは建て直す予定です。ちゃんとお祓いはしておきますよ』

『全然大丈夫じゃありませんね』

 

 御付きとして付けてもらった大尉さんのアメリカンジョークが笑えない。いや、今のはこの人のセンスが悪いだけか? お祓いなんて言葉知ってるから教養はある人みたいなんだがね。

 

 893vs警察&検察&自衛隊&在日米軍という異種格闘技戦を最前列で見させてもらってるんで文句は言わんが、もう少し血の気の少ない人をお付きにしてもらいたかった……あ、あんたボトムズ親衛隊(レッドショルダー)なんだ。今度のライブ本当に心の底から楽しみにしていたから血祭りにするのが楽しみ……うん、わかった。最前列に呼んじゃるからそう気を立てるなって。中止になったわけじゃないからさ。

 

 在日米軍が発動させた『operation:SUKIYAKI』は現地治安維持組織である警察や検察、また自衛隊の支援を受けて滞りなく発動された。

 

 まず初日に発端となった都内の暴力団事務所に在日米軍の装甲車が突っ込み、パニック状態の暴力団員達を麻酔銃で鴨撃ちして拘束。関係者に対する情報を得ると日米合わせた数万人規模の作戦従事者が手分けして都内の清掃を開始した。

 

 暴力団側も無抵抗な訳ではない。警察等の上層部にも根を伸ばしていた連中は事前に準備を整え、何名かの暴力団幹部の自宅はもぬけの殻になっていたらしいが、各地の空港や港にはすでに検問を張ってあるらしく蟻も逃がさないレベルらしい。

 

 当然バンバン拘束されていき、また仮に抜け出している奴が居てもそいつらの口座もカードも全て使用不可。

 

 小狡い奴が別名義の口座でいくらか資金を持っているかもしれないが、各地の交番から交通機関には実名と写真付きで逃亡犯の情報がばらまかれており、しかも情報に応じて懸賞金までついている。

 

 また、こいつらを庇いそうな組織……地方の暴力団関係にも捜査の手は伸びており、協力的ではない連中は軒並み警察と自衛隊のコラボレーションアタックを食らう羽目になっている。余波で8割位暴力団関係消えるんじゃないだろうか。

 

「何でこんな流れになったのかを教えてくれないか」

「………ファッキンゴッドって叫べば気が楽になるよ」

「そうか。ファッキンゴッド! ファッキンゴッド! ファアアアアァァック!」

 

 ロックの魂に目覚めたパッパの叫びが廃墟となった暴力団の事務所に木霊する。この土地は今度設立予定のパッパの会社の建設予定地だ。都内の一等地にあるから丁度いい賠償金替わりとして国側から打診があり、渋るパッパを押し切る形で私が打診を受けておいた。撃たれ損になるのは嫌だったからね。

 

 今回の騒動でパッパは高木さんや一部先見の明のある、パッパも認める人材達によって会社を離れて新会社を設立するらしい。今までの会社は『無くなってしまった』ので権利関係が宙に浮いた為、アメリカの支社を仮という形で独立起業させてそちらにこれまでの権利を全て回収。整理を行い、最終的には新しく建て替えた本社ビルに本社を移す予定である。

 

 当然アメリカ支社は残務処理で大変なことになる為、現在アメリカで抱えているミュージシャンたちは私の会社で一時的に面倒を見て、準備が整ったらパッパの会社……961プロダクションに籍を移す。私の会社はあくまでも私の財産管理の為に作った会社だ。ちゃんとしたプロデュースを行う会社に居た方が皆の為にもなるしね。

 

 

「しかし……折角日本に戻って来たのに何も出来なかったのは残念かな」

「ははは。こっちはお嬢……タクミの姿がまた見れて嬉しいがねぇ」

 

 暴力団事務所を出て車の中に戻る。今日はこのまま銀さんの管理している屋台村に顔を出す事になっている。私が芸を見せて居た時、指定席になっていた一番奥の広場はまだ開いているそうだ。その話を聞くと、まだ2年もたっていない筈なのになんだか懐かしくなってくる。

 

 そう、当時一番奥だけが開いていたので、銀さんに頼んでここで演奏やら蛇使いやらやってたんだよ。後半になると私の芸を見たくて来る連中が増えて、途中の屋台で飲み物やら食べ物を買っていってくれたから全体の売り上げに貢献してたって事で残り物を貰ったりしてたんだ。

 

「ほんとはもっと早く来たかったんだけどね」

「仕方ないさ……大人が悪ぃんだ。タクミ、気にするなよ」

 

 ガシガシと銀さんは私の頭を撫でてそう言った。でもね銀さん。私としてはこの1月で日本での足場を作ろうと思っていたんだ。その目論見がまさかのまさか足場予定の会社を叩き潰して新しく作る羽目になり潰えるなんてさ……残念通り越して脱力したわ。本来の目的であるライブの方でも全国5カ所を回る以上これ以上時間を使うことも出来ないし……パッパの会社が出来たらそこを基準にゆっくり進めるしかないかね……

 

「まぁ、もう気にしないよ。切り替えていかないとね」

「おう、その意気だ」

 

 またガシガシと頭を撫でられる。ちょ、せっかくジェニファーさんがセットしてくれたんだからあんまり崩さないでくれよ。私の髪、反抗期なせいでちょっと刺激を与えるとすぐにポンポン跳ねちまうんだから。直毛と言えば聞こえは良いけど一部重力に負けない奴が居るせいでほっといたら孫悟空みたいになっちまうんだから。

 

「おい、後ろで騒ぐな。もう目的地だぞ」

「あ、クロちゃんありがと。クロちゃんも寄ってく?」

「車止めてたら10円で傷だらけにされちまうからな。松崎の家に戻っておく」

「ああ。車庫は開いてるから使ってくれ」

 

 10円パンチ懐かしいなおい私もよくやっげふんげふん。銀さんがパッパに家の鍵を渡すと、パッパはこちらに目を向けて「くれぐれも変な事をしないように」と念押しして車を発進させた。信用無いなぁ。私割と自分から何か変な事はしてない筈なんだけど。

 

「お嬢は危なっかしいからなぁ、心配にもなるさ」

「そうかな?」

「そうさ」

 

 懐かしの屋台村に入ると、周りのおっちゃん達がどよめきのような声を上げている。あ、こら危ねぇぞ鉄板で手を焼くなよ?

 

「はぁ、なっつかしい」

「おお、そうだな。何か食べていくか」

「じゃあ、イカ焼き!」

 

 おっちゃん達に片手をあげて挨拶を交わす。ここに来たら、日本に戻ったって印象がするなぁ。やっぱり今生の私の原風景は、生まれた家でもアメリカでもなく、ここなんだろう。

 

 銀さんに買ってもらったイカ焼きを頬張りながら奥の方へ行く。私がいつも芸をしていた広場は相変わらず奥まったところに会って、小さなお立ち台だけがポツン、と置かれていた。商売道具のマムシなんかも保健所に渡しちゃったしもうここには大道芸用の機材もない。

 

 懐かしい記憶にお立ち台の上に登ってみる。子供の足でも登れる程度の段差は大したものじゃないが、ここに登ると自分の意識が切り替わるのを感じる。すっかり忘れていた感覚だった。

 

「ねぇ」

「ん?」

 

 そんな私に声をかけるやたらと幼い声がする。なんぞと思ってみて見れば、私より何歳か年下位のやたらと目力のある女の子がこちらを見ていた。果て、知り合いにこんな子は居た覚えがないが。首をかしげていると、少女はテクテクと歩いてきて私を指さした。

 

「あんた、くろいたくみでしょう?」

「そだけどあんたは?」

 

 怪訝そうな顔を浮かべる私に、幼女は不敵な笑み浮かべて腕を組んだ。

 

「あたし、ひだかまい! あんたにしょうぶをいどみにきたわ!」

「……は?」

 

 馬鹿面をさらした私にマイと名乗った幼女はふふん、とやたらと自信に満ちた顔でこちらを見る。

 

 

 この出会いがまさか数十年にも及ぶ腐れ縁の始まりになるとは、私も、そして日高舞にも分かる筈もなく。

 

「さぁしょうぶよ!」

「え、やだ」

 

 屋台が照らす小さなステージで、一つの物語が誰にも知られることなく始まりを告げたのだった。




これアイマスじゃなくてブラクラじゃ……なんて言葉とも今回でおさらばですね。
あ、ツイッター始めました。@patipati321


ボトムズ親衛隊(レッドショルダー):又の名を非公式精鋭部隊。参加条件は二つ。屈強な肉体と忠誠心。両方を兼ね備えた精鋭のみが所属を許されている。現在規模拡大中。

鉄と銃弾のララバイ:『鉄のララバイ』は名曲。異論は認めない。

米軍:米軍の高級士官は殆ど政治家みたいなもんです。というか普通の軍隊の高級士官は大体名士扱いになります。自衛隊が例外すぎるんやで()

全権大使:滞在する国に対する国の代表。ようは殆どこいつが言った言葉はそいつの所属する国が言った言葉って事です。つまり今回のあれやこれやは全部白い家からゴーサイン出てます。

ひだかまい:一文字で鬼、二文字で悪魔、三文字で日高舞。アイマス公式で最強だった(今もという声もある)って設定があるラスボス。娘の年齢から逆算して現在8歳。




クソ女神さまの反省日記

クソ女神
「なんかこないだから体が上手く動かない……しょうがないから夢に現れる形で声を掛けよう。あ、丁度いい所に強い魂の持ち主が……フランス語が分からないのにフランス語の学科に? 
出来ないことをやるのはいけないわ! 自分が得意な分野を伸ばさないと!」

クソ女神
「自分が得意な分野でもあっという間に大学辞めて都会に出ちゃった……しかも女中と自殺未遂……自分だけ生き残って……」

タクミ
「人間失格さんの人格矯正出来たら凄いわ。勲章物じゃね?」


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この漫画のない世界で

前回のあらすじ

アメリカから凱旋帰国を果たした黒井タクミは卑劣なる陰謀により脱税の疑惑をかけられてしまう。
高木の助けにより辛くも検察の魔の手から逃れたタクミは、不幸にも黒塗りの高級車に銃撃されてしまう。検察と養父をかばいすべての喧嘩を買ったタクミが、暴力団に言い渡した示談の条件とは…。

血祭りである。



嘘です!

世間は令和になりますがこの話は平成どころか昭和が終わりません。いつ平成になるんですかね。


誤字修正。五武蓮様、トゥリポン様、燃えるタンポポ様ありがとうございます!

追記
前回の被害者???:太宰治。人間失格過ぎて何しても影響が無かった。


「私にとって今も昔も変わらない。あの屋台村の小さなステージからずっと同じ」

「目標はただ一つ。タクミに勝つ。それだけよ」

 

~日高舞 決戦の夜を前にしてのコメント~

 

 

 

『見とけ。いいもん見せてやる』

 

 小さなステージの上。突然行われた勝負は当然のように黒井タクミに軍配が上がった。

 当然の結果だろう。特にトレーニングも積んでいない一般人の少女が、既に世界でも有数の歌い手であると認識されている人物に太刀打ちできるわけがない……普通に考えれば。

 

『いいものって、なによ』

 

 ただ二人だけ。この勝負の結果に余人とはまた別の感想を持った者たちがいた。

 

『お前さんがやりたい事さ』

 

 勝負を行った黒井タクミと日高舞。この二名にとってこの勝負の結果は必然ではなかった。

 日高舞は自身が敗北を認めている事に驚いていた。これまで歌で自身と勝負になる同年代の相手は居なかったし、多少世間で騒がれている人物だろうと自分ならば勝てると踏んで……そして、勝負を仕掛けてまるで歯が立たなかった。認めざるを得ない完敗を喫したのだ。

 

『なにそれ。いみわかんない』

 

 悔しさを滲ませた彼女の声に、タクミは少しだけ笑顔を浮かべた。もう一人、違う感想を持った者……タクミはかつて、高木に誘われたプロポーズ紛いの言葉を思い出していた。高木が初めてタクミを見た時、彼はこんな感情を抱いていたのだろうか。ふと心に浮かんだ疑問につい笑ってしまったのだ。

 

 この娘は化ける。仮に彼女と自分のスタートラインが同じならば或いは負けていたかもしれない。そう思わせる何かが確かに感じられた。巨大な原石が自ら磨き上げられていく姿をタクミは正に目にしているのだ。

 

 居るじゃないかこんな所にも。マイコーを見た時と全く同じ感慨を覚えながら、タクミはん、と小さく頷いた。

 

『次のライブ、家族と見に来な……月までぶっ飛ばしてやるからよ』

 

 くしゃり、と舞の頭を撫でつけ、タクミは彼女の手を握った。取り合えずは彼女を親御さんに預けなければいけない。細かい話はそれからだ。

 

 

「ちょっと、とうさん。かあさんもすわってよ!」

 

 1週間後。日高舞は両親に連れられて武道館へとやってきた。大きなタマネギの形をした屋根の下。場内にひしめく人、人、人の群れ。舞達は関係者枠として取られていた席をあてがわれ、案内役だという右肩を赤く染めた青年に連れられて会場内へと入る。

 

 舞の両親は初めてのライブ会場にキョロキョロと落ち着きなく周囲を見渡し、屈強な体をした外人たちの中で目を白黒させている。不安そうな両親を、舞はため息をつきながら席に座らせた。

 

『素晴らしい。タクミの言った通りの娘だ』

 

 それを側で見ていた赤い布を肩につけた外人が、小さく拍手で彼女の行動を讃える。スタッフも兼任しているらしい彼は黒井タクミに日高家の面々を案内するように申し伝えられているらしい。タクミはどうしたのかと尋ねたらたどたどしい日本語で「ライブ前は忙しく時間が取れない」と返答された。

 

「なによ。じぶんでよんどいて」

 

 言っている言葉は分からないが、彼が舞を褒めているのはわかる。少し頬を赤くして、舞はそれを誤魔化すように口を膨らませて席に座る。

 ライブは間もなく始まろうとしている。

 

 

 

 騒がしかった会場の電気がいきなり全て落ちる。ざわり、とどよめきの声が響く。もしかしたら停電か? こんなタイミングで?

 会場中ざわめく声が広がる中、急にステージ上に光が集まる。奥のスクリーン、表示される文字……

 

装甲騎兵ボトムズ( Armored Trooper Votoms)

 

 その文字が日本語と英文で表示された時、会場の、とりわけ端の方に座っていた赤肩の人間たちが歓声を上げた。彼らにとってその文字は日常的な物だ。何せ毎日聞く大事なレコードが入った紙に記された物語。ボトムズ親衛隊(レッドショルダー)なら当然のように持っている全てのレコードに記された物語のタイトルなのだから。

 

 鳴り響くホーンサクションの音。ドラムとベースに彩られたメロディに合わせてスクリーンの中でアニメは進行する。緑色のロボット、スコープドッグが銃を撃ち放ち、戦場を駆け抜け、破壊し、破壊される。音楽の終わりと共に戦闘は終了し、一機のスコープドッグがクローズアップされ、コックピットが開かれ……

 

 

『ハロー?』

『『『ハロー、タックミー』』』

 

 開幕の声が会場に鳴り響いた。

 舞台の上には、気付けば4人の男女の姿があった。オレンジ色で統一されたパイロットスーツにも似た服を付けた4人組……髪をピンクに染めたジェニファー・ヤングがギターソロを挨拶の様に行い始めると、ニール・カリウタが全周囲にセッティングされた砦のようなドラムを縦横無尽に叩き、キャロル・ウェイマスがその二人の演奏をまとめ上げるようにベースでリズムを作り出す。

 

 そして、中央に立つ一人の小さな少女の姿。仲間たちの演奏を背後に聞きながら、マイクを右手に持ち、長いクセ毛をゴムでまとめたその少女は挨拶に対して良い声で返事をした一群……赤肩の一群を指で指してウィンクを一つすると、マイクを口元に寄せる。

 

『日本の皆さん、ただいま。声が小さいね、ハロー?』

『『『ハロー、タックミー』』』

 

 笑うようなタクミの声に、赤肩の人間だけでなく前列に座った客も反応を返した。だが、それに対して彼女はまだまだご機嫌斜めらしい。渋い顔で数回首を横に振り、クイクイっと2階席を指で挑発する。

 

『日本人1万人がたった200人に負けるの? ハロー!』

『『『ハロー、タックミー』』』

『エンジョイ&エキサイティング。忘れちゃだめだよ?』

 

 会場中の空気を無理やりボトムズの熱気に染め上げて、タクミはにやにやと笑みを浮かべる。

 

『そうそう。多分新聞を見てる人は知ってると思うけど、今日はTVとラジオの放送もやってるから。ライブに来れない人はこっちでよろしく』

『『『オーケー、タックミー』』』

『オッケー! まぁ、本当はライブにTV入れる予定じゃなかったんだけどさ。ちょっと色々あったでしょ? あれで私も思う所があったんだよね』

 

 困ったような口調で話すタクミの言葉に、少しの間会場が静かになった。日本中を巻き込んだ騒動からまだ2週間も経っていない。また、この場に居る者にとっても決して他人事とは言えない話だ。当初はライブ自体が取りやめになるとまで言われていたのだから。

 

『後から話を聞けばさ。日本中の他の歌手なんかも同じような目にこれまで合ってて、たまたま私が反抗したから事件が大きくなっただけで今までにも似た様な形で色々あったらしいんだ。慣例って扱いでさ。どれだけ売れても自分には喫茶店のアルバイト位の給料しか入らなくて、マネージャーやプロデューサーがお金を吸い上げてるってのもあった。慣例だからってさ。おかしいよね?』

 

 問いかけるようなタクミの言葉に、黙りこくっていた会場の中からもちらほらと賛同の声が上がる。今回の事件は報道関係が包み隠さずに内容を発表させられた為、予想以上に国民の混乱は無かったらしい。道徳的にも法律的にもどちらに非があるかが分かりやすい事もある。

 

『ありがとう。私もおかしいと思うから、二度と私の邪魔をしないように今回思いっきりやったし多少は風穴開けられたかなって思ってる。それでね。TVやラジオを入れたのは、ちょっと言いたい事があったからなんだ。多分、私と似た様な目にあった人って他にもいると思うから……慣習だとか古くからの習わしとかさ。大事なものかもしれないけど、おかしいと思ったら。苦しいと思ったら。声を上げる必要があるから。戦う必要があるから』

 

 TVのカメラに向かって視線を送り、タクミは小さく息を吸って、吐いた。

 

『この世界のどこかで今も戦っている貴方に捧げます。聞いてください……【ファイト!】

 

 

 

「めちゃんこ臭い事をした。おいは恥ずかしか! 生きておられんごっ!」

「いや、良いライブだったと思うぞ? TV局やラジオ局にあの最初の歌は何なのかって問い合わせが来ているみたいだ」

「うわ恥ず。恥ずか死しそう」

 

 介錯してほしかったんだがクロちゃんから素で返されてつい赤面しちまうというね。その後の歌は普通にアメリカでヒットした曲やSUKIYAKIしたりしたんだけど誰も彼もが最初の歌は何だったのかと聞くんだ。そう言えばニューミュージック的な歌ってこの世界無いんだったか。

 

 ライブ自体は大成功と言える出来だったろう。何か後半曲がかかり出した瞬間からウェーブが客席で起こったり(見たら赤肩の連中が指導してた)してたし。流石に武道館で客席ジャンプする気はなかったからやらなかったけどこっちもちょっとテンション上がってたから「お前らロックンロールは好きか?【I Love Rock 'n' Roll《私は大好きだぜ!》】」とか披露するつもりもない新曲まで出しちまった。合わせてくれた他のメンバーには後で怒られたけどね。

 

 いや、言い訳的に言うと一曲目には空気読まずに言いたい事詰め込んだ歌を用意しちゃったからさ、2曲目以降はいつも通りロックンロールに行ったとしても途中で新曲も織り交ぜておいた方が受けがいいと思ったのよ。実際盛り上がったし日本のセールスにも期待が出来るしな。

 

 ライブ自体は3時間くらいで終わったんだけど終始観客は立ちっぱなしだったし乗りまくってたし終わった後にアンコール叫んでる連中は皆ガラガラ声で「ア”ン”コ”ール”! ア”ン”コ”ール”!」って叫んでたし。アンコールにはちゃんと答えといたよ。一度武道館で【ジョニー・B・グッド】を歌ってみたかったからね……米国に戻ったらチャックさんっぽい人に曲借りたって言っとかないとな。

 

「そういえば何人か面白そうなアーティストが来てたな」

「楽屋の話? あの武田ってお兄ちゃんは良い感じだったね」

「ああ、彼は日本では珍しくロックの知識を持ったアーティストだ。どうだ、お眼鏡に適ったか?」

 

 前世では聞いたことない名前のアーティストだったが……いや、プロデューサーかな? ギターを背負っていきなりやってきて「是非、一曲聞いてください」と言ってきたのには驚いた。いや、パッパが招待した人らしいから良いけど初対面の10歳の女の子に土下座の勢いで突っ込んでくるのはちょっとびっくりしたわ。

 

「評価で言うなら今は7点かな? 10満点で」

「ふむ……内訳は?」

「あの人自体は歌う人じゃないね。作曲も作詞も良いしギターも良かったからそっちに特化した方が絶対いいと思うよ」

 

 下手な訳じゃないが少なくとも彼の歌では米国の16傑には残れない。が、そんなものを補って余りある位に作曲のセンスが良かった。本当に日本で活動しているアーティストなのかってくらいにね。

 

「そうか。なら彼とはこれからも懇意にしなければな」

「うん。日本での作曲はあの人に任せた方が良いかもね」

「それを歌うのはあの娘、だろ。驚いたぞ、タクミ」

 

 感嘆の声を上げるパッパにだろう? と笑みを返す。思い返されるのはライブが終わった後の楽屋裏の風景だ。私のライブはどうだった? と尋ねると舞は小さく「……たのしかった」と答え、そして私を睨みつけた。今思い返してもつい笑ってしまう。

 

「『5年で追いつく』か。私のライブをみてこのセリフが出るんだからヤバいね」

「しかも8歳の女の子が、な」

「私とクロちゃんが出会った時の年齢だね」

「……まだそれだけしか経ってないんだな」

 

 感慨深げに呟くパッパにそうだね、と返して外を見る。今回の日本帰国はビザの関係やらで行われたものだったが、蓋を開けてみればまぁ大概でかい騒動に巻き込まれることになっちまったし予定していた漫画関係の人材の確保も出来ないしで踏んだり蹴ったりの内容だった。

 けどまぁ、日高舞や武田蒼一と出会う事が出来たという事は結構なプラス要素だろう。

 

 スターのいない業界は育たないからな。20年ばかり遅れちまったが日本のポップスが花開くこの瞬間に才能に溢れた人材がいる。間違いなくこれは幸運と言えるだろう。私もポンポン日本に帰れる訳じゃないしね。

 

「ま。その辺りはとりあえず置いとくか。でもアメリカ帰りたくねぇ……せめてアニメか漫画の芽だけでも作らないと何しに来たかわからねぇ」

「それなんだが……コミックは確かに凄い人気だが、日本でも出来ると思うか? 子供の頃に貸本を読んでいた事はあるが、大人になればわかる。あれで生活できる作家何て稀だぞ?」

「出来ぬ出来ぬは努力が足りぬってね。アメリカで出来るって事はシステムがあるって事。それを日本の事情に合わせるのはこっちの腕の見せ所だし……何よりも私が見たいんだよパパ。日本にさ、コミック文化が芽吹くところを」

 

 実際に貸本という非常に限定された商売形態でも一時期はそこそこ流行る事が出来たのだ。最低限の需要はあるし、実際に印刷業界自体はまだまだ強い。ネットが普及する前に強固な体制を作らないと漫画文化が芽吹く前に終わりそうだし……何だかんだ私は日本の漫画が好きだ。アメコミも良いけど、日本の漫画は日本でしか作りえないし、私が見たいのは日本の漫画とアニメなんだ。

 

 そんな掛け値なしの本音を受け取ってくれたのか。パッパはそれ以上は追及せず、「コミック分野を会社の中に立ち上げる。後は声優だな」とだけ言って黙り込んだ。すまんねパッパ、暫く採算は取れないだろうけどその分私が頑張るし、後々デカくなるのは間違いない分野だからさ。

 

 しかし重ね重ね惜しい。せめてこの漫画分野でもどっかにレジェンド落ちてねぇかなぁ……わがまま言いたかないが正直手塚神位の人が居ないとキツイ。どっかに居ないかね、漫画を描くことに情熱を燃やし続けて未だにくすぶり続けてる超人。

 

 というか手塚神どこに居るんだ? 出版関係を高木さんに当たって貰って探してるけど全然情報ねぇぞ。貸本は書いてなかったのかな?

 

 一先ずは新しい会社関連で出版系の部門をこさえて、そこで細々と日本の漫画をスタートするしかないだろうか。しょうがないなー。これはもうしょうがないわ。ボトムズ連載しちゃおう。

 

 後は適当にそこらの生活に困ってる貸本作家を札束ビンタして頭数確保して漫画雑誌創刊を目指そう。それとスタンの爺様に許可貰って日本版スパイダーマンって事でのれん分けしてもらうか。

 

 これならあくまでも分家。無許可でやってる他所の国よりは100倍マシだし厳密には別系統の作品って事でレオパルドン使っても文句は無いだろう。冒険王版ガンダムみたいにコミカライズで作品の印象が宇宙にぶっ飛ぶ事なんて稀に良くあるんだしね。

 

 人気が出るかはわからないけど1年位したら特撮実写化して巨大ロボが巨大化した敵と戦う作品を作るんだ! 凄いぞーカッコいいぞー! 戦隊物のロボアクションの試作にもなるしね。

 

 というか特撮系も早めに手を付けないと手遅れになりそうだから焦ってるんだよ。戦隊物もライダーもメタル系も無いし……この世界だとスパイダーマンから戦隊物とライダーが派生するのか。改めて言葉にするとヤバいな。

 

 私の最推しのドギー・クルーガーの初出がパワーレンジャーになるなんて嫌だからこちらも人を探さないと。私が200人位いたら全部やれるけど流石にそこまで人間やめてる訳じゃないし……影分身できないかな?

 

「やりたい事が多すぎるよクロちゃん! どこかに忍者マスターは居ない? ブンシン・ジツが必要だよ!」

「素直に人に任せる事を覚えなさい。何でも一人でやれるのはそれこそ漫画か映画の主人公くらいだろう」

「そうも言いたくなるようなこんな世の中だよ……」

「その年齢で世を儚むなよ。最近俺は毎日が楽しくて仕方ないぞ。むかつく事もたくさんあるが……な。さ、着いたぞ」

 

 苦笑を浮かべてパッパは車を止める。東京での宿にしている実家……げふんげふん。銀さんの家にたどり着いた私たちは荷物を抱えて家の中に入っていく。いやぁ、実家のように安心できる空間だぜ。正直生まれた家よりもこっちの方が実家って感じがするんだよね。銀さんが居るし。

 

「ただいまー! 銀さん銀さん見た? 私のライブどうだった!」

「落ち着け、タクミ。失礼します」

「おお、お嬢お帰り。丁度良かった」

 

 ライブも疲れたしやっと癒しの空間だぜ、とばかりに実家に駆けこんだ私を、居間に居た銀さんが顔を笑顔にゆがめて見る。玄関をくぐった時には気づかなかったが来客中だったらしい。

 

 もう夜の9時なんだけど。この時代に珍しいな、と思いつつ抱えていた荷物を足元に置いて来客者らしい二人の男性に頭を下げる。随分とボリュームのあるクセッ毛の眼鏡を付けたお爺さんと、同じく眼鏡をかけた片腕のお爺さんだった、はて、こんな年配の知り合い、銀さんの交友関係にいただろうか。

 

 首をかしげていると、銀さんがちょいちょい、と手招きをするのでそちらに行く。来客が居なきゃハグるんだがな。しょうがない、隣にちょこんと座る事で我慢しよう。

 

「この子がタクミです。タクミ、こちら小野島さんと武藤さん。お前に用事があったんだと」

「うぇ? あ、ども。黒井タクミです……あの、どういったご用件でしょうか?」

 

 ますます状況が分からない私は、一先ずそう挨拶をして二人の様子を窺う。二人組は私の様子をまじまじと見た後……いや、というよりも私の顔を食い入るように眺めた後、互いに頷き合ってペコリと頭を下げた。

 

「……小野島 章太郎と申します。東京で小さな出版社を営んでおります」

「武藤 茂と申します。売れない紙芝居や絵本を書いている爺です」

「はぁ……小野島さんと武藤さん。えぇと、どこかでお会いした事がありましたでしょうか?」

 

 これでも記憶力は良い方の人間だから、一度会っていれば何となく顔立ちは覚えている。特にこれだけ外見に特徴のある人物ならば尚の事覚えている筈だ。それが一切記憶にないという事は、少なくとも今生ではこの二人と私は会話をした事が無い筈だ。前世までは分からないが前世で縁の有る相手ならこちらの事を向こうが知る筈がない。顔立ちから年齢まで全て変わっているのだから。

 

 私の質問にまた彼らは互いに顔を見合わせる。何かを悟ったかの様子に眉をひそめながらそれを見ていると、意を決したように小野島さんが口を開いた。

 

「30年ほど前の事ですが、私と武藤さんは貴方にお会いしたことがあります」

「……は? ええと、私はまだ10歳なんですが」

「ええ。恐らく貴方自身ではないのでしょうね。しかし、私と武藤さんは間違いなくその顔に見覚えがあるのです……」

 

 そう言いながら、小野島さんは震えるような手つきで鞄の中から茶色い封筒を取り出した。分厚い。恐らく数百枚は紙が入っているだろうそれから、小野島さんは震えながら中身を取り出す。

 

 それは、漫画の原稿だろう。私が知っている洗練されたものではない、随分と古臭い構成のものが見て取れる。同じように武藤さんも自分が持った鞄から封筒を取り出す。こちらは随分と大きい。どうやら紙芝居につかう物らしい。

 

「30年前。映画監督になりたいと上京をしようとした私に貴方の姿をした誰かが枕元に立ちこう言ったのです。お姉さんは体が弱い。彼女に可愛がられているのにそれを見捨てて上京してしまうのか、と。その言葉に私は姉の為に地元に残りました。姉の死に目を見る事が出来たのは貴方のお陰です」

「私は彼ほどの事ではないが、アパートを価値がある内に売り払って別の物件を買うべきだと言われてね。お陰で子供達にも不自由させずに済んだ。お礼という訳ではないが、こちらを言われた通りに持ってきました」

 

 二人の作品を手に取り、何も言えなくなった私に対して、彼らはそう言葉を続ける。違う。それは、私じゃない。だけど、でも。これは!

 手の中にある作品。『サイボーグ009』と『墓場鬼太郎』と彼ら二人を延々見比べながら、私は何を言えば良いのか分からずに体を震わせた。

 この世界における石ノ森章太郎と水木しげる。かつての世界の伝説が今、私の目の前に居る。




日高舞:5年後なら戦えると決意。高木さんの元でアイドル修行開始します。

ボトムズ親衛隊(レッドショルダー):タクミ負傷の方を聞いた瞬間に日本に旅立った200人。しょうがないので全員分の滞在場所を確保する運営(高木)。代わりにスタッフ代わりに1月こき使った。

ファイト!:中島みゆきの名曲。他人を応援するのではなく自分を奮い立たせてほしいという意味合いで歌われた歌。

I Love Rock 'n' Roll:女性ボーカルのロックならコレという人も多そうな名曲。

ジョニー・B・グッド:チャック・ペリーの名曲。この世界にも彼は居ます。因みにタクミの言葉の元ネタは『GS美神極楽大作戦』の横島の悲願「死ぬ前に一度、全裸美女で満員の日本武道館でもみくちゃにされながら「ジョニー・B・グッド」を歌ってみたかった」から

武田蒼一:原作アイマス世界の大物音楽プロデューサー。日高舞とは同じ作品出典。原作よりも大分早く接点が出来たので彼女の歌は全て彼が作る事になるかもしれない。

ドギー・クルーガー:特捜戦隊デカレンジャーの上司。『百鬼夜行をぶった斬る! 地獄の番犬 デカマスター!!!』

件の二人に関しては何も語りません。次の話でも出る為です。




クソ女神さまのやらかしてない日記
クソ女神
「ウィリアムテルごっこ? いやいや普通に奥さん死んじゃうわよ! お酒に飲まれちゃダメでしょ!」

「お酒は止めたのにドラッグを始めた。あれ、悪化してる……?」

タクミ
「ドラッグエリートさんは酒か薬か愛が無いと止まらないから。お前の言葉に愛が無かったんだろ?」


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この歯車の動き出した世界で

前回のあらすじ

神が姿を現した。



前回の被害者???:ウィリアム・バロウズ・奥さんをウィリアムテルごっこで射殺した作家。ありとあらゆるドラッグに手を出したドラッグエリート

誤字修正。蜂蜜梅様、五武蓮様、サトウカエデ様、仔犬様、kuzuchi様、sk005499様、アンヘル☆様ありがとうございます!


「作品を書く上で様々な場所を巡り色々と不思議な体験をしてきたけれども、初めて黒井タクミ嬢に会った時ほどの衝撃は終ぞ感じることは無かった」

「彼女との出会いは我が人生最大の転換点だった。恐らく、他の人にとっても同じ事だろう」

 

~武蔵しげる自伝 ゲゲゲ荘の管理人より抜粋~

 

 

 

「ハロー?」

「「「ハロー! タックミー!!!」」」

 

 オッスおらタクミなみに適当な挨拶だと思うんだけど、何故かファンからの受けがいいこの挨拶。でも欧州だとまた別の挨拶だよね。グーテンターク? それともボンジュールが良いのかな。

 良く分からないからとりあえず会場のフランス近郊5か国語くらいで言ってみたら全員返してきてちょっとビックリしたわ。欧州の人は近隣諸国の言語も扱えるって本当なんだね。

 

「冒頭からいきなり本場顔負けの発音で色々な国のこんにちわを連呼するライブってのも珍しいわね」

「これまでやった人が居なかっただけでしょ。これからは増えるんじゃないかな」

 

 黒井パッパの代わりにマネージャーになったパッパの元同僚、石川実女史の言葉にそう答えると彼女は「そういうものなのかしら」と首を傾げながらメモ帳に何かを書き込んでいる。何でも黒井タクミ語録というものを作っているらしい。

 そんなん作るよりちゃんとスケジュール管理は大丈夫なのか尋ねたところメモ帳は3冊使い分けているから大丈夫、とのお返事。もう1冊は何だよ。

 

 あ、パッパがマネージャーから外れたのは疎遠になったからとかじゃなく、単純にあの人が超激務になっちゃったから一番管理の難しい私関連の仕事を部下に任せる事になっただけだからね。

 

 何せ諸々の事情で新会社を立ち上げたらすっごい勢いで日本中のタレントが……事務所を失ったタレントが担当しているマネージャーやプロデューサーごと所属しちゃって。規模だけなら日本どころか世界有数って位にタレント数の多い事務所になっちゃったからね。

 

 まぁ、何でこんな状態なのかというと例の騒動の余波でさ。日本の芸能事務所って奴が大手から中小まで軒並みバッタバッタと倒産したんだよね。当然その関連の会社とかも軒並みバッタバッタと倒産して。

 

 バブルになりかけてた日本の好景気はいきなりマイナスレベルの冷や水ぶっかけられて沈黙。バブルなんてなかったんや! って位のお通夜状態になってるらしい。

 

 父さんの会社は倒産しちゃったんだってダジャレが一時期日本の流行語になりかけた、ってパッパから言われた時は紅茶を吹きかけた。二重の意味で笑えんぞ。

 

 で、何でそんな状況でパッパの所が一極集中みたいな形で忙しく働いているかというと単純に961プロダクション以上の好条件な芸能事務所が存在しないんだよね。

 

 現在残ってるというか新規立ち上げも含めた芸能関係の事務所でダメージが一切なく資金もあり、更に一連の騒動の被害者でありクリーンなイメージがある。しかも所属したアーティストへのピンハネなんかは一切やらないと社長が公言してる。こんな役満並の好条件がそろった会社があったら普通願書出すでしょ。

 

 事務所が潰れれば当然所属している芸能人やマネージャー、プロデューサーなんかの真面目に活動していた人たちも投げ出されるわけで。そこをガンガンパッパの会社で掬い上げていった結果、会社を立ち上げてから半年も経たずに母体となったパッパが元働いていた大手芸能事務所の数倍の規模に膨れ上がったらしい。

 

 そして実を言うと出版関係もパッパの会社の方で立ち上げてもらってるんだよね。こっちは母体になるのは小野島さんの経営している小さな出版社になるから、それほどパッパの会社がタッチする部分はないけどさ。資金系統でやっぱり手間はかかるからね。

 

 その分激務になっちゃってこっちまで手を出せなくなったのは痛いけどそこはそれ。手が足りないなら手を借りてくればいい、とかつての同僚でもかなり優秀な人物で、私のケアの助力も出来る女性のみのりんをつけてくれたのだ。

 

 くっそ忙しいのにみのりんレベルの人を日本から離して良いのか聞いたら、「本来はお前を最優先にしたいから気にするな。現状の会社の状況は俺と高木の我儘だからな」と男前な解答が来てやだ、うちの義父カッコいい、と電話で褒めまくっておいた。パッパ割と単純だからこれで元気になってくれるはずだ。

 

「分かるわ。切れ者なんだけど承認欲求が強くて褒められるとやる気になるタイプよね、黒井くん」

「そうそう。その癖人前では嬉しいのを隠そうとするんだよね。バレバレなのに」

『なに、タカオの話?』

『そうそう。彼って結構可愛い性格してるのよね』

 

 パッパの名前に反応したのかジェニファーさんがバスの後部から声をかけてくる。やっぱり共通の話題は盛り上がるわな、うん。英語も違和感ないしいいマネージャーさんだ。ただ、内容がちょっと女子女子しすぎてニールさんが苦笑してるのはそろそろ気付こうぜ!

 

『あの、タクミさん。そろそろ着きそうなんですが』

『あ、OK。ありがとうね。皆、降りる準備をして!』

 

 小型バスの運転手をしてくれていた案内人から声が掛かったのでバス内に声をかける。彼は英国で業務提携している芸能関連の会社から国内の案内人としてつけられたジョンさんだ。凄くお洒落な男の人で事務所では本来モデル関係の仕事についているらしい。というか自身もモデルをやったりしているそうだ。

 

 そんな人物がなんでこんな案内人なんてやっているのかというと純粋にこの人が事務所で一番国内の音楽に詳しいかららしい。モデルではあるんだけどそれ以前にこの人、物凄い音楽好きらしいんだ。

 

 なんでそれでモデルやってるのと聞いたら、何でも彼の母親はかつてかなりのドラッグジャンキーだったらしいのだが、とあるロックスターのドラッグ利用による規制の強化を受けて長期間離れ離れになってしまったことがあったらしい。

 

 その時の事が原因で大人になってからもロックとドラッグを憎んでいたのだが、ある時、街中でふと聞いた歌に強い感銘を受けたらしい。

 

『撮影中だったんですがね。置かれていたラジオから流れてくる音楽……”SUKIYAKI”(上を向いて歩こう)を聴いて時間が止まるのを感じました。優しくて……長閑で。心のどこかにある故郷を思い出すような何かがラジオ越しに俺を打ち付けたんです』

 

 まぁ、撮影中に聞きほれてたのは僕だけじゃなかったんですがね、とジョンさんは朗らかに笑う。180cm以上あるすらっとした体躯の美青年に微笑まれるとちょっと眩しすぎておばちゃん目の保養力キャパをオーバーしちゃうよ。有体に言えば目に毒って奴さ。

 

 彼はそこからまるで蒙を啓くかのように音楽関連に手を出していったらしい。すると、まるで水を得た魚の様にどんどん様々な知識が身についていき、たった2年で事務所内でも一番の音楽通と呼ばれるほどの知識を身に着けたそうだ。

 

『といってもここ最近の音楽の流れしか把握してないんですがね』

『それでも大したものだと思うけどねぇ』

 

 ちょっと目を伏せて顔を直視しないようにして世間話に興じる。荷物は一緒に同乗したスタッフが運んでくれるから私は結構暇になるんだけど、ジョンさんはそんな私を見かねてかよく声をかけてくれる。何でも7歳位の娘さんが居て、実際に会った私の余りの小ささに娘を見ているようでほっとけないらしい。

 

 私としては暇が潰れるから良いのだが、案内人として大丈夫なのか、と確認すると今回の会場の支配人とはもう話は通っていて後は実際にボトムズが会場に入り設営を始める段階まで持って行っているらしい。

 

 この人も中々有能キャラでしたか。もしかしたら前世でも聞いた事の有る名前だったのかもしれんな。ジョンって名前心当たりが多すぎるけど。

 

『ま、それは兎も角として。いやーまさか来ることになるとはね。サッカーの聖地』

『ええ。支配人も驚いていましたよ。まさかここでライブが行われる事になるなんて、とね』

『あー……そうだろうね。でも要望を聞いて貰えてよかったよ』

『普通なら音楽のコンサートは少し前にできたアリーナの方で行われますからね。しかし収容人数を考えれば確かにこちらでないとまるで足りないでしょうし』

 

 ロンドン・ロックンロール・ショーが無かったせいで今回のイベントがウェンブリースタジアム最初のライブになるのか。まぁこの世界だとしょうがないんだろうな。でも、今回のイベント的にはこの位の規模じゃないと対応できないんだよね。

 

 何せ全米を熱狂させた全米オーディションの欧州版、その決勝戦がこの会場で行われるんだから。

 

 

 

 会場は熱狂に包まれていた。10万人の観客達が普段はサッカーが行われるこのウェンブリースタジアムに詰めかけ、この半年の間各国で鎬を削っていた勇士たちのパフォーマンスを見届けている。

 

 勿論10万人もの人間全員がステージで行うパフォーマンスを肉眼で確認することは出来ない。その為、この会場ではタクミのアイデアを取り入れて会場の至る所にスピーカーと大型モニターが設置されている。

 

 これらは最前列のチケットを手に入れた幸運な観客には必要のない物だが、このモニターによって後方の席になってしまった観客達もアーティストのパフォーマンスを確認する事が出来るようになった。

 

 この欧州オーディションはそれこそ欧州各国からの参加者が集い、この会場にたどり着くまでの激戦は音楽の最先端を突っ走る全米にすら引けを取らないほどのものだったという。企画段階以降はタクミもタッチしていなかったが、各地の予選を勝ち抜いた彼らは自信に満ち満ちた表情で舞台に集まっている。

 

 これから開会式が行われる。この半年の間欧州を駆け巡った嵐の終着点。最後の祭りが始まろうとしているのだ。

 

『皆様、本日はお集まりいただきありがとうございました。これより開会式を始めます』

 

 司会進行を司るのは全米オーディションでも司会進行を務めた女性コメディアンのエイダ。小粋なトークとマシンガンのような早口は全米どころか欧州にまで人気を博しており、この半年は全欧オーディションで各地を巡って正にこのイベントの顔とも言える人物だ。

 

 彼女は厳かな表情を浮かべてスーツに身を包んで全てのアーティストが立つ舞台の脇、司会進行用に誂えられた演台に立ち、普段の姿からは考えられない程の静かな口調で粛々と言葉を進めていく。

 

『さて、それでは開演式の言葉をこの私、エイダ・デジェネが行いません!

 

 キリっとした表情を浮かべた彼女の突然の宣言に、観客とステージ上に立つアーティスト達も怪訝な顔で彼女を見る。すると、彼女はそそくさと演台から降りて晴れ晴れとした表情を浮かべて観客達に右手の二本指を立てて敬礼のような動作を行った。

 

 その瞬間。

 

「あらよっと」

 

 ポーン、とばかりに舞台に設置された昇降機から勢いよく飛び出してきた黒井タクミは、自分の身長もかくやとばかりに飛び上がって舞台に躍り出た。

 

 

 

 おっすおら黒井タクミ。今日は熱い一日になりそうだぜ。うん、会場中の人間の眼が点になる中、一人エイダが『Yeaaaaaaaaaah!!』と叫んでガッツポーズを決めている。本当に人を驚かすの好きなんだねあんた。あ、この世界にはガッツポーズって言葉が無いんだっけ、いっけねぇぜ。

 

 この仕込み、発案は私ではなくてこの司会のエイダである。というか基本的にこの番組(あくまでもオーディション番組である)での私はあくまでも審査員であって、今回みたいに会場の設営の手伝いとかまでやる事は通常殆どない。

 

 まぁ今回はこの世界で恐らく初めての10万人規模のコンサートになるから下手にこけられても困るって事で色々と手直しをさせてもらったけど、こんなのは特例。いざ始まる時は普通に審査員席で名前が呼ばれた時に手を振るつもりだったんだ。

 

 そこにエイダが待ったをかけた。彼女はこのイベントを伝説に残したいと。かつてのニューヨークの”伝説の一夜(ワンナイト・カーニバル)”に匹敵するイベントにしたいと言ってきた。欧州を駆け巡り、このイベントに愛着がわいたのもあると思うが彼女はそれが出来ると判断したそうだ。

 

 正直言って盛り上がる分には全然問題ないので何をすれば良いのかというと。

 

 まぁ、これだわな。

 

『ハロー?』

「「「ハロー! タックミー!!!」」」

 

 10万人の地鳴りのような歓声。会場中がビリビリと震えるようなそれに私は自然と笑みをこぼした。この地鳴りのような歓声。これを聞くとボトムズの黒井タクミになれるんだよ。具体的に言えば最高にハイって奴だ。

 

 後ろの連中もさぞ奮い立ってるだろうと振り返ると、40人近い本選出場者達は皆青を通り越して白い顔色で会場を眺めている。おいおいどうしたスターの卵共。ビビってんのか? 後ろを振り返り、両手をクイクイ、っと動かす。こっちを見ろ。お前らも叫ぶんだよほら、こうやって!

 

『声が小さいぞ! ハロー!』

「「「ハロー! タックミー!!!」」」

 

 再度。今度は先程よりも大きな声で観客達の怒声の様な挨拶が飛んでくる。お前さん達に言った訳じゃなかったんだけどまぁ、良いか。スターの卵共の血の気も戻ってきている。流石は未来の大スター達だ。この一発で気合を入れ直したらしい。

 

 なら、私の役割はここまでだろう。私の前座は高いぜ、諸君。

 

『今日の夜。ここに来た人は幸運だ……伝説を作るぜ。以上、開演!』

 

 私の開演宣言を受けて、会場中が割れるような歓声に包まれる。あ、おい今から歌う奴までそんな雄たけび上げてどうすんだよ。歌えなくなっても知らんぞ……ま、良いか。

 

 

『俺……俺、感動しました。こんな、こんなにも……』

『ああああ、もう大きな大人がそうやって泣くんじゃないよ。ほら、チーンして』

 

 オーディションの後。泣きじゃくるジョンさんをあやすように肩を叩いてあげる。ものすごく感受性の強い人なんだなぁこの人。審査員席の近くで付き人みたいな感じで立ってたんだけど、オーディションが始まった端からわんわん泣き出したりテンション高く頭振り始めたり凄かった。

 

 途中から彼のパフォーマンスを映すカメラも出てきたりしてたし、凄い個性の持ち主だな彼。本当に過去世の偉人だったのかもしれん。

 ジョンさんは私が渡したハンカチを受け取ると、涙をぬぐって鼻をかむ。そのままあげるよ、今回の記念って事で、と伝えるとまたワンワンと泣き出した。泣きたいのはこっちなんだけどなぁ。

 

『タクミ。シドはこっちで何とかするよ。ほら、お前を出演者の皆が待ってるぞ』

『あ、うん。あえ? ええええ? シド?』

『こいつの芸名だ。ほら、行った行った』

「ちょ、ちょまてって!」

 

 ニールさんの指示に従ったスタッフがグイグイと楽屋の方へと私を押していく。全力で押しのける事も出来ず、私は懸命に声をあげるもその言葉も無視され。哀れ黒井タクミは40名近い本選の出場者たちにもみくちゃにされるのであった。完。

 

 

「じゃないわ! うっそシド? シド・ヴィシャスなの!?」

「いえ、彼の芸名はシド・ビジョンだけれど」

 

 あ、何だそれなら良いわって良いわけないわ! あ、いや。でも良いのかな。シド・ヴィシャスって確か70年代にドラッグのやりすぎで亡くなったんだしそれよりは長生き出来てるのか。というかやけに見覚えのあるイケメンだとは思ったんだよ。そうか、この世界だとシドはロックとも出会わずにそのまま長生きしたんだな。

 

「タクミ、彼、貴方にお礼を言いたいって。またイギリスに来たら是非自分が案内するって言ってたわよ」

「うん、オッケオッケー! 今度は娘さんとも会ってみたいな」

 

 みのりんの言葉にそう返して、私は手元の書類をぺらぺらと眺める。

 

 今回の欧州ツアーはバンドとしても個人としても大成功と言えるだろう。個人としてはまず、アメリカで好調なアニメ『X-MEN』の欧州輸出が成功した。特にイギリスでは米国版の声そのままで放送してくれることになった。まぁ、声優豪華だからな。マイコーとか参加しとるし。

 

 この調子で少しずつアニメ文化を根付かせていけばゆくゆくは巨大ロボ旋風を欧州で巻き起こす事も可能だろう。早めにマジンガーシリーズ作らないと。

 

 あとは勿論、バンドとしても最高の結果だった。

 

『ああ、最高のライブだったなぁ、おい』

『本当だよ。私達、伝説になったんだ……勿論今までもそうだったけどさ』

 

 ニールさんはライブが終わってからはずっとこのテンションだし、ジェニファーさんもたまに思い出したようにテンションが上がり出す。日本での鬱憤が晴れたみたいで良かったけど、こまめに抱きしめてくるのはちょっと勘弁してほしい。唯一物静かなキャロルさんも時たま手が動き出してエアベースを弾き始めるしさ。

 

 オーディションの次の日、ウェンブリーの会場をそのまま使って行ったボトムズのライブはキャパシティ限界まで詰めかけた観客によって満員御礼の大成功に終わった。前座として前日のオーディションの優勝者たちを招いて演奏してもらい、途中で乱入して一緒に歌ったりと。今思えば若干迷惑をかけた気がしないでもないが大盛り上がりだったし彼らも喜んでたから良いだろう。

 

 優勝賞品に彼らに返した……そう。返した楽曲も喜んでくれたしね。

 

「彼らはスカウトしないで良かったんですか?」

「もうちゃんとした事務所がついてるんでしょ。なら邪魔しかねないし……それにイギリスのバンドはイギリスで活動するのが良いよ。彼らは女王の国のバンド(Queen)なんだから」

 

 長らく古着屋を営みながら、夢を諦め切れなかった彼等。あの全米オーディションをみて、さび付いた弦を取り換え、ギターを磨き上げて彼らは再び戻ってきた。その再出発が遅すぎるなんて事は無い。返した楽曲をどう使うかは彼ら次第だが、きっと何かしらで役立ててくれるだろう。

 

「今年のヒットチャートが楽しみだね、みのりん」

「ええ、本当に。やはり欧州は凄かった……そして、最先端のアメリカではどれほどなのか。今から楽しみだわ」

 

 今回のオーディションで日本と諸外国とのレベル差を思い知ったのだろう、みのりんは目を輝かせてメモ帳に何やら書き込みをしている。まぁ、今回のオーディションは明らかに特異点なんだけどね。出てきてる連中皆全米16傑とだってぶつかっても見劣りしない連中だったし。

 

 イギリスの方で後始末をしているエイダさんも同じ意見だったのか、結構な数のバンドと渡りをつけてた。あの人今度音楽番組を持つって言ってたから今のウチから人脈作ってるんだろう。バイタリティの塊みたいな人だな。

 

 さて、これで入学前に片づけるべき仕事は大まかに終わったかな。今年の夏には私も大学生だし大規模なツアーは組めない。ボトムズの活動も縮小することになるから、今後はそれぞれのメンバーがそれぞれの活動を行いながら、ボトムズのライブや楽曲を出すときに集まるって事になるだろう。

 

 ジェニファーさんには泣いて止められたけど、コンピューター技術は必須なんだよね。大学の方で見るとコンピューター技術自体はかなり発展しているんだけど、それを外に出す、つまり民間で使えるパーソナルコンピューター系列が軒並み育ってない。というかアップル社がないんだよね。

 

 ない以上は作るしかない。と言っても、自分が技術者になって一から作ってるんじゃ時間が足りなさすぎる。今回大学に通うのは自分自身がコンピューターの技術を身に着けるって意味合いもあるけど、それ以上に人を探す意味合いも強い。

 

 マイクロソフトとアップルの合いの子を世に送り出す。その為の人材を探すために私は大学に入るのだ。

 

「幸いなことに日本の方はそのまま置いといた方が早く進みそうだしね」

 

 ボソリと呟いて、私はパッパから送られてきた手紙の内容を思い出す。週刊少年飛翔と名付けられた漫画雑誌は順調に発行部数を伸ばしているそうだ。貸本漫画で口に糊していた漫画家たちもこぞってこの雑誌に参加し、隔週連載や月間連載を駆使して様々な執筆スタイルの漫画家にチャンスを与えているらしい。

 

 次に日本に渡った時は結構な数の単行本が出版されている事だろう。誰かロボット物を扱っていると良いのだが。

 にへへと笑いながら私はまだ見ぬ未来を夢見て、アメリカへの飛行機に乗り込んだ。

 

 

 

「せんせい、ありがとうございました!」

「はい、どういたしまして」

 

 その医院は大阪のとある町にあった。『手越医院』と書かれた看板に、小さな虫のマークがついたこの医院は長らく町の診療所としてこの町の住民に愛される、名物の様な診療所だ。

 

「そういえばせんせい、せんせいはこれにかかないの?」

「これ?」

 

 院内には院長自らが書き込んだ様々な絵柄のキャラクターが所狭しと並んでおり、まるでこの中だけが別の世界のようだと、長らく通っている町の住民は口にする。これらのキャラクターを好んで、子供たちは小児科医院でもないのにこの手越医院へと何かと通いたがるのが町の親たちの共通の悩みでもあった。

 

「うん。このしょーねんひしょーってご本。せんせいのこたちみたいなこが、いっぱいいるんだよ!」

「へぇ?」

 

 少女が自身のランドセルから取り出した一冊の本。フルカラーの表紙に連載されている漫画のキャラクターが書き込まれたその一冊の本を、院長は興味深げに受け取った。

 

「少年飛翔、か」

 

 院長、手越治はそう呟き、少女に許可を貰ってから1ページ目を開く。

 ここに歯車は動き出したのだ。




誤字修正は起きた時に行います。
今は只眠い……




クソ女神さまのやらかし日記

「この人、学生なのにLSDなんて使って……恥を知りなさい! 一度病院で頭を冷やさせないと!」

「あれ、何か余計に悪化して……」

???
「世界に根付く何か。確かに感じました、我が神グリュコーンよ……」


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このパソコンのない世界で

お久しぶりです。遅くなって申し訳ありません。
不勉強な部分が多いと全然話が進みませんね(血反吐)

結構飛び飛びだったり大事なことをぼかしたりしてると思いますがすみません深い描写まで書くとどこまで伸びるか分からないので、コンピュータ部分は知りえる限りで後はぼかしてます。
作者の力不足です……申し訳ない

誤字修正。佐藤東沙様、キーチ様、N2様、KJA様、GN-XX様、五武蓮様、鳥が使えない様、Paradisaea様、sk005499様ありがとうございます!


「代り映えのしない世界だったわ。私が生まれてから大きくなるまで」

「けど、あの娘が出てきて、たった1年ちょっとで全部ぶっ壊しちゃった」

「だから私、あの娘大好きなのよね。次に何が出るか分からないって、とっても素敵な人生だと思わない?」

 

~エイダ・デジェネ 『エイダの部屋』 第1回放送の際の挨拶より ~

 

 

 

 そこは随分とせまっ苦しい部屋だった。元々はそこそこ広めの部屋だったのだろうその部屋は、部屋中にコンピューターらしき機械が乱雑に置かれており、それらを数多のケーブルが繋ぎ合わせている。

 

 部屋の中では複数人の不健康そうな顔色をした白人の男性が画面をにらみつけるようにカタカタとキーボードを叩き、時折コーヒーを啜り何かの作業を行っている。

 

 彼らはこの大学でコンピューターを専門に研究を行っている学者の卵と研究員たちだ。普段は大学で使用しているコンピューターの計算能力を引き上げる為に様々な開発を行っているのだが、この日は少しばかり様子が違っていた。彼らが触っているそれは大学で使用しているコンピューターとはまた別の。それもかなり毛色の違うシステムの代物だったのだ。

 

『……クレイジー』

 

 ポツリと一人の研究員が言葉をこぼした。同意するように数名がうぅむ、と唸り声の様な声を上げている。今現在、世界のコンピューターはより早く、より正確な計算を行う事を前提に開発が進められている。

 

 だというのにこのコンピューターは、はっきり言って性能が悪い。それこそ、このコンピューターのCPUを数十台組み合わせても、現在大学で使っているコンピューターの性能には満たないだろうレベルだった。

 

 現在のコンピューター開発分野でははっきり言って見向きもされないような代物だ。それは、このコンピューターを触った事の有る者なら誰でも理解できることだった。

 

 だが、こいつの真価はそんな所にはない。

 

 このコンピューターの真の価値は、その値段と量産性にある。お値段たったの数百ドルで、曲がりなりにもコンピューターとしての機能を有している。桁の短い計算ならあっという間に出せるだろう程度の処理能力もあり、文章を打ち込み、修正し、端末さえあれば印刷すらできる機能もある。そしてなによりも打ちやすいキーボードがついている。

 

 みかんのような奇妙なマークのついたその劣化……いや、その言葉は正確ではないだろう。彼らの女神が在学1年目にして作り上げたその成果を劣化なんて言葉で言い表せば、そいつはすぐさま三角のフードで顔を隠した、肩を赤く塗った男たちに連れていかれてしまう。

 

 そう、性能を落とし込み、量産性と使いやすさを追求したそれは、例えるならば……パーソナル。個人用に既存のコンピューターの機能を維持したまま量産性を追求し、性能を個人用に落とし込まれて作成された……パーソナルコンピューターと名付けるべき代物だった。

 

 そして何よりも……

 

 カチリ、とキーボードを押し込む。すると、コンピューターの脇についているスピーカーから、澄んだ音が響き渡り……少し経つと、彼らの女神の歌が流れ始める。

 

『スピーカーは満点だな』

『おい、点数で表すなよ。完ぺきって言葉なら使っていい』

 

 同じ部屋に詰める男同士。彼らは互いにだけ分かる共感を持ってゲラゲラと笑い始める。今日も一日が始まった。

 

 

 

 おっすオラタクミ。12歳になったぞ。え、11歳はどこ行ったって? 大学通ってのんべんだらりとスカウトやって、たまの休みにボトムズやってる位だから特に言う事が無いんだよな。年に2回デカいライブやって……あ。いや。

 

 そういえばあったわ、結構重要なイベントが。ライブ会場は大学近くで行ったんだが、そこで一緒に即売会的なイベントをやったんだよね。自分らで作った歌や漫画とか物品あったら持ってこいって感じでさ。

 

 うん。私がやろうとしている事としては結構大きなイベントの筈なのに、なんで頭から抜けてたのかって言うとだな。割とスタートした瞬間に私の思わない方向に進化しちゃって、切っ掛けは兎も角私が行ったって感覚がないんだよね。

 

 というのも、まず前提としてここ1年の間に、アメリカ全土で結構な規模の創作ブームみたいなのが起きてるんだな。私が種を蒔いてあっという間に実った音楽関係もそうだが、ありがたい事に毎週放送しているX-MENのアニメが結構な高視聴率で続きも催促されてる位にヒットしてるのが大きい。

 そこに後追いみたいな感じで他のアニメスタジオもTV番組を作り始めて、現在は毎週3つか4つ、隔週でも同じくらいの頻度でTVアニメが放送されている。

 

 この流れのおかげで漫画やアニメってのに興味を持つ人が増えて、持ち込みがかなり多くなったとスタン爺さんから電話で言われてね。ピーンと来たのよ、これはチャンスだって。ついでにジャーマネ(超最新言語だゾ!)の石川女史……ミノルちゃんに「ライブやろ?」って三日に一回位言われるのに飽き飽きしてたってのもある。

 

 アメリカは無駄に土地が余ってるし、大学の近くにもだだっ広い荒野みたいな場所があったからさ。その辺りにステージとかをドーンって設置して、ラジオやTVで「ライブやるよ! あとクリエイター支援に作品発表会やっから持ってこい! 見るぞ!」って感じに宣伝をしたんだ。

 

 何事も初めが肝心だし、前世では同人即売会にライブイベントくっつけてやるのなんて結構ある話だったからな。こっちは流石にまだ即売会って感じじゃなくて趣味の発表位になりそうだけど。

 

 まぁ、流石にいきなりの話だしライブの方は兎も角、発表会の方は初回はそんなには来んやろうと。雨に濡れたら不味いもんも結構あるだろうし、即売会の方で使う為の雨除けにプレハブみたいなのも私が自費で建てといて、原っぱに車止める感じの緩い集まりを私は想定していたんだ。

 

 後は参加費に5ドル位貰っとくか。100人くらい来れば御の字やろうなぁその金で皆でバーベキューでもすっかとかさ。ライブ見終わった奴がそっちに行って、新しい趣味の開拓をとか考えてたんだけどね。あくまでも初回はライブのオマケで、予算に足が出ても問題ない位に私は想定していたんだけどね。

 

 まさか初回から、そっちの方も数千人規模で集まるとは見抜けなかった。この黒井タクミの眼をもってしても……!!

 

「こんなイベントの形があるなんて……世界は広いわ」

「うん、そだね」

 

 戦慄、と言わんばかりの表情を浮かべるミノルちゃん。そして全く別の意味で戦慄の表情を浮かべる私。ライブが終わった後、約束通り持ってきた作品を見ようと発表会の方に赴いた私を待ち受けていたのは、数千人もの人々の持ち込んだ作品と期待の視線だった。

 ライブで3時間歌いきった後だぞちょっと待てよってなった私を許してほしい。こんなん誰でも弱音吐くだろ。

 

 でも約束は約束だからな、仕方ないね、次は絶対にこんな約束はしねぇ、と何度も固く心に誓いながら、私は半日かけて全ての作品や物品、演奏を目にし、耳にし、そして途中から振り切れたテンションのまま近くの町で食材を買い付け、肉をむさぼりながらでっかい炎を囲み、ついでにマイムマイムを踊って一夜を明かした。

 

 正気に返ったミノルちゃんに「スケジュール!!」とめたくそ怒られたけど後悔はない。途中から取材に来た記者連中もマイムマイムしてたしいいやろ。実際次の月の音楽関連雑誌の記事では、何故かライブの事と同じくらいのページ割いてこの同人発表会を褒めちぎってくれてたし、結果オーライじゃないかな。何の雑誌か分からなくなるような内容だったけど。発表されてたトーテムポールを載せてどうする気だったんだあいつら。

 

「全然、全く、オーライじゃありません。結局冬も同じ規模でやる羽目になったんじゃありませんか」

「そ、そっち専門の管理組織つくったから」

 

 目を泳がせる私にミノルちゃんがはぁ、とため息をつく。この人、本当に大事な事は真っ直ぐ目を見てド直球で正論をぶつけてくるんだよな。

 

 パッパ辺りは正論をぶつけて来るけど若干歪曲した表現で来るから、ここまで真っ直ぐ来られるとちょっと目をそらしたりつい引いてしまったりする。この辺りパッパよりも私のコントロールが上手いのかもしれん。

 

 まぁ、危惧する事も尤もだし、この件は流石に私も反省した。この夏の陣――適当に名付けたら本当にこんな名前で周知された。正式名はサマーファンフィクションフェスタってついてるんだけど誰もそう呼ばない――での経験を元に半年の間にきちんとした建物とついでにこの辺りは冬に結構雪が積もったりするらしいから、ライブ会場周辺の整備と併せて屋根もつけたりと大規模な開発を行った。

 

 流石に一個人が資金を持つには無理無茶無謀過ぎたので、大学がある州の政府と交渉して資金を引き出したり工事を行ったり色々やって、それらの折衝をミノルちゃんに任せて私は大学生活を満喫したりと大変忙しい日々を送り、気付けば一年が過ぎていたのだ。

 

「私を犠牲にして満喫した大学生活は楽しかったでしょう?」

「うん、ありがとう助かった! その分ボーナス凄かったでしょ?」

「……年収の数倍が一気に振り込まれてた時は手が震えたわ」

 

 働いた分には正当な報酬がないとね。今回は私が大学の方で動けない分ミノルちゃんをこき使った迷惑料も兼ねているので結構な金額を支払ってる。2回のビッグイベントが大成功に終わってるし、そこでの物販やらの収入に比べれば微々たるものだから寧ろもっと渡しても良かったくらいだ。

 

 冬の陣も大盛況だったよ? ちゃんと管理組織が機能してくれてたから何とかなったけど、初回の4倍くらい人来てたしね。まぁ、初回の盛況っぷりを見てそうなるだろうなぁとは思ってたんだけどさ。

 

 何せ、オタクって分類の人間にとってあれは正に麻薬みたいなイベントだからな。これはどんな分野でもそうなんだが。

 基本的に、私も含めたオタクってのはある特定分野に関しての知識エリートみたいなもんだからな。自分の好きな物を知りたい、極めたいって人間はその分野に対してひたすら精通していく。そして、ある一定以上の知識をため込んだ時にふと思うんだよ。

 

 この知識を誰かに伝えたい。話したい。共感が欲しい。

 仲間が欲しい、ってな。

 

「次の夏は、更に倍くらい来るかもね?」

「建物の増設は行ってるわ。まさか、前回あれだけ大きくスペースを使えるようにしたのに手狭になるなんて……」

 

 ため息をつくミノルちゃんの言葉に苦笑を浮かべる。多分、この規模でも収まらなくなる気がする。場合によっては次位から、イベントの開催を数日に分けて、ジャンル分けする必要すらあるかもしれないな。まさかコミケ規模に数回で達するとは思わなかった。

 

 いや、それだけ何かを作るという創作の趣味に目覚めた人間が多いと、今は喜ぶべきだろうか。

 

「準備委員会の人員は出来る限り増やしてね。お給金は私のポケットマネーから出しても良いから奮発して。熱意のある人を集めて欲しい」

「ちゃんと利益の出ているイベントですから、そちらからお金を出します。変に財布を緩くするのは、貴女の悪い癖よ?」

 

 窘めるような声音にごめん、と返事を返す。意識していなかったお説教だ。確かにお金を動かす術が出来てから、ちょっと大雑把になっていたかもしれない。最近は自分の財布の中なんて眺める事が無いから、金銭感覚が麻痺してるのかもしれないな。

 

 お金は大事だ。特に、これから数年は大赤字になりうる分野に大金をぶち込まないといけないからな。余分な出費は押さえなければならない。家計簿でもつけるべきだろうか?

 

 頭の中で幾つかのプランを考えながら、私は椅子に深く座り込む。夏季休暇を利用して西海岸までやって来た私は、これから重要な相手のスカウトを行わなければいけないのだ。

 

 大学に入学し、1年余りコンピューターについての知識をこのチート脳に刻み込んだ私は途中である結論に達した。この分野、早めに誰かに任せるべきだ、と。仮にこちらに私が本気で尽力すれば恐らくは本来の歴史に近い発展をすることは出来るかもしれないが、その代わりに私は他の分野に手を出す機会を一気に失いかねないのだ。

 

 アイデアや発想こそが力となるこの黎明期のコンピューター業界。未来の知識を持ち、大体の事は解決できるスペックの私が居ればさぞ早く進歩するだろう。実際にすでに結構なオーパーツを作って、ほぼパソコンと呼べるような物を作成してある。後はこいつを発展させていけば90年代には対応できるだろうって代物がもう出来てるからな。

 

 何しろ開発者をスカウト出来た上に現物を知ってるからな。早かったぜ? 本来なら10年前にパーソナルコンピューターを生み出した人物だからな。

 電卓を作っていたその人にいきなりアポをとった時は詐欺か何かかと思われたらしいがそこはそれ。電話口で一曲歌ったら信じて貰えたから、それ以降はスムーズに話が進んだ。知名度ってのはやっぱり強いな。信頼性が段違いだ。

 

『それだけが理由じゃありませんがね、ボス。ボスの話を聞いて、未来を感じたんですよ』

『本当に? 初めて会った時にライブTシャツ着てサイン色紙出してきたのは誰だっけ?』

『……そんなお茶目なおじさんも居ましたな。はてどこに行ったのか』

 

 今まで黙って車のハンドルを握っていた男の少し言い訳がましい言葉に揶揄を込めて返すと、男は降参とばかりに片手を上げる。その様子にミノルちゃんが苦笑を浮かべる。

 

 彼の名はスティーブン・ウォズバーン。私が出資したコンピュータ関連の企業、【ミカン】の最高技術責任者だ。まぁ、彼含めてまだ4、5人しか居ない小さな会社だがな。

 

 この組織に所属する彼ら彼女らは私が所属する大学の関係者だったり、またはウォズバーンさんの知り合いだったりと色々な所からかき集めてきたコンピュータオタクどもだ。

 

 私がやりたい事を語ったら馬鹿にする事も無理だと諦めることも無く目を輝かせて「やりたい!」と叫ぶ愛すべき馬鹿どもだが、技術だけは一級品の腕っコキ達。こいつらなら安心して技術面を任せられる。

 

 ああ、例のヒッピーおじさんがアメリカに居ないこともウォズバーンさんから直接確認した。何でも高校生の時、いたずら電話を掛けまくってたらいきなり「仏の啓示を受けた」とか言い出して日本に渡って禅の修行を積み、現在は世界を巡って禅の教えを広めているらしい。

 

 私が言えた義理じゃないだろうが、ロックにすぎるだろ推定ジョブズ=サン。

 どんな世界でも、何か突き抜けちまう奴は突き抜けちまうんだろうな。シドも30超えてからロックの道を志して嫁さんにばちくそ怒られたって手紙に書いてたし。当たり前だって返しといたわ。

 

『さ、着いたよボス。ここが会合の場所だ』

『あんがと。ふへー』

 

 オアシスと描かれた看板の小さな飲食店の前に車をとめる。随分とこじんまりとした、如何にもどこにでもあるような飲食店だ。何でもここはウォズバーンさんが若い頃から参加している、近隣のコンピュータ好きが集まる会合の二次会が行われる場所らしい。

 

 私にスカウトされた後は暫く忙しくて会合に参加出来なかった為、久しぶりに顔を出したいといい休暇を申請してきたウォズバーンさんに「絶好のスカウト機会じゃないか連れてけ」と駄々を捏ねてくっついて来たのだが。

 

 ウォズバーンさんが太鼓判押してる人が何人も居るって話だけど、その割には随分と辺鄙な場所だなぁ、と思いながら私は促されるままに室内へと入る。

 

 店のドアをくぐり抜けた先。こちらに向く視線が最初にウォズバーンさんを見て、そして、こちらに向き……一気に熱を帯びる。うんうん、結構良く見る光景だ。こうなるから最近は買い食いとかも出来ないんだよなぁと席を立ちあがる面々に両手を上げて「ハロー」と声をかける。

 

 左から右へと視線を動かす。うん、最近健康志向に目覚めたのか老若男女問わず体を鍛える傾向にあるアメリカで、この店内は変わらずピザとコーラで出来た奴とヒョロっとしたむしろもっとピザ食えよって連中がひしめいていた。逆にこれは期待できそうだな、こいつらガチモンだわとうんうん頷きながら面々に笑顔で挨拶をして……

 

『ははは、初めましてタクミ。お、うん。まさか。ここで、そんな……君と会えるなんて。ハハッ』

『あ、…………うん、ありがとう。お名前は?』

 

 金髪の……恐らく30前半だろうその男性の姿に一瞬目をぱちくりとさせた後、ほとんど意識せずに私は相手の名前を尋ねていた。デジャブというか、面影がある。恐らく、私はこの人物を知っている。流石にもう10年以上前の前世の記憶……しかもこの感覚からすると、もしかしたらこの人物を見たのは前世でも死亡するよりかなり前かもしれない。

 

 だが、記憶の端からはそれ以上の情報が上がってこなかった。恐らく、私が彼を見たのはもっと若い頃か……もしくはもっと老いてから。だから、思わず私は彼の名前を尋ねたのかもしれない。この記憶の隙間を埋めたいと私の頭が動き始めている。

 彼は私の問いかけに慌てたように周囲を見回し、囃し立てるように羨ましがる周りの空気に押されるような形で、半笑いを浮かべながら自分の名前を告げた。

 

『え、ええぇっと、その。ゲイリー、僕はウィル・ゲイリーというんだが……』

「……そう。やっぱり!」

 

 彼が自分の名前を答えた瞬間。

 私の中で、途切れ途切れになっていた記憶が繋がり、線となる。眼鏡をかけていない。恐らく差異はそこだけ。でも、それが大きな差異になったのだろう。彼のイメージは笑顔と眼鏡だったのだから。思わず英語を使う事も忘れて私は喜びの声を上げた。

 

『ねぇ、ウィル。貴方、私と一緒にこない?』

『え? え、ええ? いや、その、僕は、仕事も』

『きっと世界を変えられるわ。私達なら!』

 

 これで揃った。ハードとソフトはすでに用意している。問題はそれらを売り出す才覚。この世界でもそうかは分からないが、彼は私が知る限り世界一商売が上手く、諦めの悪いソフトウェア開発者だ。

 

 彼とウォズバーンが組めば、5年でパソコンが世界中を駆け巡る事が出来る!

 

 私たちのやり取りを興味深そうに見ていた周囲の面々の視線に気づき、私は一つ息を吸い、一つのプレゼンを行った。今自分たちが開発している機械……パーソナルコンピューターの開発。誰もがコンピューターを一つ手にする時代の到来。そして……

 

『すべての家に、会社に、出先だっていい。それらの場所が数多のネットワークを介して繋がっている、グローバルな情報通信網。そこにパソコンから簡単に、誰だって、いつだってアクセスをして、世界中のどこにだってリアルタイムでつながる事が出来る』

 

 私の言葉に、その店の中の人間は……恐らく店長だろう人物すら……笑いもせずに、真剣な表情で聞いてくれている。現状では荒唐無稽にしか思えない言葉だろうそれらは、しかし、私の中で確かに存在する、ありえる未来予想図の一つだった。足りないイメージを情熱と言葉で埋めて、私は自身の理想を語る。

 

 きっと将来的にはパソコンももっと小さなものになる。使いやすさを追求すれば当然のことだ。いつかは手のひらサイズにまで落とし込まれ、道端でラジオを聞くようにネットワークにつながることも出来るようになる。私はそうなると知っている。けれど、そんな夢物語を信じてくれるような奴はそうそういやしない。

 

 でも私は欲しいんだ。あれが欲しいんだ。だから語り掛けているんだ。そしてこの世界に私の過去世への残滓を刻んで、刻み続けて、そうすれば……いつかは、私はあの穏やかな日々を……取り戻す事が出来る筈だから。

 

 プレゼンを終えた私の姿に彼らは暫く声もなく佇み、やがて……拍手となって返答が返ってくる。小さく礼を言い、もっとも聞かせたかった相手……ウィルを見ると、彼は必死に手をごしごしと服でこすり、そして右手を差し出してきた。

 

 苦笑を浮かべて彼の右手を握る。年の割には柔らかい指だった。そういえば仕事をしていると言っていたがこれは事務仕事だろうか。埒もない事を考えていると、彼は必死の表情で自分の考えを纏めているのだろう、呼吸を整えながら、顔を赤くして口を開く。

 

『よ、よろしく、お願いしますボス。せ、世界を変えましょう。僕たちで!』

『うん!』

 

 彼の言葉に笑みを浮かべて、私はぎゅっと彼を抱きしめる。途端にヒキガエルのようなうめき声を上げるウィルにあ、やべっと力を抜きながら、私は大声で笑い声をあげる。

 

 歯車の回る音が、またどこかで聞こえたような気がした。




夏の陣・冬の陣:現地の人からは『ナッノジーン』『ヒュノジーン』と呼ばれてる。

スティーブン・ウォズバーン:元ネタはジョブズに騙されてピンハネされても笑って「俺は25セントしか貰えなくても手伝ってたよ!」と言い切れる凄いカッコいい人。

ウィル・ゲイリー:元ネタは慈善事業化の人。




クソ女神さまのやらかし日記()

クソ女神
「まぁ、この子! いたずらで色んな所に迷惑をかけて。そんな事をしたら駄目でしょう、反省しなさい!」

クソ女神
「改心させたのは良いけど何で禅? あれ、なんでブッディストに?」



タクミ
「あんたより仏様だと思ってた方がありがたく感じたんじゃね?」


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このゲームのない世界で

お待たせして申し訳ありません。

前回のあらすじ

パソコンが1000ドルしないで買えるんだって。凄くね?(ダイマ中)

前回の犠牲者
某アップルの創業者の一人でヒッピーZENおじさん

誤字修正。山田治朗様、五武蓮様、KJA様、sk005499様、Mr.ランターン様、アンヘル☆様ありがとうございました!


『全ての電子機器、いやそれだけではない。身の回りの物に全てマイコンが搭載され』

『手元にある端末だけでそれらを操作して我々は生活を送る事が出来る』

『20年で世界をそこまで持っていく。それがタクミの目標で、我々の理想だ』

『人生のたった20年を賭けるには上等すぎるリターンだろう? 歴史を作ろうぜ、諸君』

 

~ウィル・ゲイリー 電子ビジネスフォーラム1989会場での公演~

 

 

 

 ボッボッボッという特徴的な音が筐体から流れている。その前に座る一人の少女は硬貨を脇につけられたコイン入れに投入し、STARTのボタンを押す。四角い画面の中。上からドンドン落ちてくる敵をボタンを押して射撃を行い攻撃する。やる事は非常にわかりやすい。

 

 だが、簡易だからこそ燃えるというものだろう。1秒間に16連射もかくやと言わんばかりの連射によって瞬く間に迫りくる敵の隊列に穴をあける。相手は規則正しく横移動しながら壁にぶち当たれば前に進むシステム。ならばその間隔をこちらが弄れば簡単に対処できる。

 

 そして敵の攻撃を引き付け、射撃が当たらない場所まで前に進ませれば後は鴨撃ちと変わらない。これぞゲーマー秘伝が一つ名古屋撃ち。名古屋人が竹槍を持って宇宙人を撃退したという逸話から生み出されたこの秘儀は、ゲームの仕様という盲点を突いた最強の攻略法の一つである。周囲の驚愕の声を心地よく感じながら私はハイスコアを叩きだし、次のステージへ。トーチカが邪魔だな、穴を開けて固定砲台にしたろ。

 

『凄い……すでに歴代ハイスコアを更新している』

『流石はボス。あんな攻略法を見つけ出すなんて』

『だが、4面からは難易度が段違いだ。いくらボスでも』

 

 ふふふっ。4面以降は確かに名古屋撃ちが難しいステージ。ラストの速度が速いからな。だが、この超絶ボディの反射速度ならベイビーハンドを捻るがごとくよ。おりゃおりゃおりゃ!

 

 うん、何をしているかだって? 勿論ゲームをしているんだよ、自分とこで作ったゲームを。パソコン作成のための資金稼ぎにちょちょいとね。折角プログラミングの技術や当代最高峰って技術者集めて何やってるのかと思うだろうが、これもまぁ必要な事なんだわ。いつまでもボードゲームばかりって訳にもいかないしね。

 

 こういったゲームをガンガン作ってくれる会社が出てこないかなぁと思ってたんだけど京都の花札屋さんはまだその辺りまでは難しそうだからね。コピー機の借金抱えてても何とか企業を存続は出来ているみたいなのは良かったけどさ。うちの会社のミカン1も買ってくれたし近々何かしら来るかもしれないな。

 

 その為にもまずは指標を。電子ゲームは売れるんだ、面白いんだという物を一番技術力があって一番企業としての体力があるミカン(これ正式な会社名になりました)が示さないといけないなぁと考え、まずは前世でも散々コピー機が横行した例の超名作ゲームを再現してみた。

 

 年代的にはとっくに出てないとおかしいんだけどパソコン関連が10年遅れた影響か、それらしい会社が存在しなかったからね。これに合わせて最近のボクシング流行に乗った形でパンチ力測定マシーンなるものを開発している。インベげふんげふんだけだとやっぱりゲームセンターも寂しいしね。レースマシンや横スクロールシューティングゲームも欲を言えば欲しいけど、その辺りは新しいゲーム(玩具)にドハマりしたうちの開発陣が何とかしてくれるだろう。

 

『あ、ただしゲーム開発部とパソコン開発部は別の部署にすっからな』

『『『そりゃないよボス!』』』

『そりゃないよ、じゃねーよ! お前らこの3日ひたすらエイリアンフルボッコゲームやってるだけじゃねーか! 働け!』

 

 そう言ってブーブーと文句を垂れる大きなガキ共の尻を蹴り上げる。おいウィル、PC部門の統括やってるお前までゲーセン(ゲーム開発部)に籠ってるんじゃねーよあっちの部屋誰も居なかっただろうが。率先してお前がチームの仕事を放り投げてどうする。

 

『だけどボス、これは間違いなくとんでもなく儲かる代物だよ』

『わかってるよ。だけどこれだけ作るつもりはないんだ。こいつは会社の資金源、この資金を次のゲームとPCの開発に回すんだからそっちがしっかりしてくれないと困るんだ』

 

 恐らくその商売人としての嗅覚がこのゲームの途方もないポテンシャルを見抜いているんだろう。その感覚は得難いものだからそのまま保持しといて欲しいが、それよりも開発だ。どんどんPCの性能と使いやすいインターフェイスの開発を進めて行ってほしいんだから足踏みされても困る。

 

 ウィルには将来的にどこまで行くのか、ある程度の指標を話してある。恐らく20年も行かないうちにここまで行けるだろう、という程度のあやふやなもんだがな。彼の反応も現状の速度で発展するならあり得るとは言っていたが、だからこそ現状PC開発だけしか出来ないミカン単独では難しいんじゃないかとも懸念が出ていた。

 

 特にネットワークだ。あれは一企業が頑張ってどうこう出来る物ではないからな。そちらに関しては現状米国政府と各大学のお偉いさんを含めて話し合いを行っており、まずは国内で民間用のネットワーク網(まぁ、国の監視はある程度は入っちまうだろうが)を整備して見よう、という話に持って行っている。

 

 TVとかに何かで呼ばれた時にも『いまタクミこんなことしてます!』って元気よく専門用語をバリバリ話してるから、そこそこ世間でも話題にはなっているようだ。最近エイダが自分の番組を持ったとの事で初回ゲストとして呼ばれて行ったとき、『結局どうなるの?』『どこに居ても端末があれば連絡が取り合えるようになるんだよ』っていつものノリで話したのが一番わかりやすかったらしいのは、まぁ、あの人の聞き方が良かったんだろう。他の番組では完全に客寄せパンダみたいになってるからな。

 

『言ってる事の半分以上を理解できている人は稀でしょうがね』

『それで良いんだよ消費者は。分かる奴からの問い合わせはガンガン増えてるし十分十分』

 

 世間様に求めてるのは『正しい意味での』知名度だからな。現状、ミカンは私が趣味で始めた良く分からないコンピューターという分野の良く分からない企業ってイメージが強い。『黒井タクミ(わたし)』という看板があるからそこそこ知名度はあるがあくまでもそれはどういう企業であるか、ではなく『黒井タクミ(わたし)』の持つ会社の一つって意味合いが強い。

 

 前世の方でもコンピュータなんて2000年越えるまで良く分からない便利な物って印象だったんだから、まぁそこはしょうがない。とはいえそれを売りたいこちら側としては世間全般がその認識のままだと困るんだわな。

 

 何に使えるのか。どう役に立つのか。少なくともこの辺りをプッシュしていかないと物珍しさだけじゃぁあっという間に先は無くなってしまう。だからこその知名度アップだ。私はミカン1をただの最初のPCとして、要は実験作のような扱いで作ってはいないからな。そんな物は本当に好事家か同好の士か将来のライバルにしか売れないからだ。

 

 ああ、勿論それらに売れたくないという訳じゃない。ただ、世に広めるという目的がある以上一般的な層も取り込まなければ話にならないからな。という訳で私はまず自身の持つ最大の売りを惜し気もなく投入する事にした。

 

 このミカン1。初期の段階で私の歌が10曲ほど中に入っているのだ。勿論最初期のプレスで作った曲で、ボトムズ名義での物は一つも入ってない。まぁ、『SUKIYAKI』とかその辺りの歌だな。これらをレコードに比べれば圧倒的に少ないノイズで流す事が出来る。更に、ある物を購入すれば楽曲を入れ替える事も可能なのだ。

 

 そう……CDを入れ替えれば。

 

『1台売る度に500ドルの赤字ですか……』

『短期的に見ればね。長期的に見ればこれで十分以上採算が取れるさ』

 

 損して得取れって奴だ。オランダの某電子機器メーカーと日本の電子機器メーカーが最近なにやら動いていると知って接触してみれば案の定。レーザーディスクをすっ飛ばしてCDが開発されてるのには驚いたよ。

 

 勿論すぐさま両社に連絡を入れて一口噛ませてもらった。両社にとっても私は絶好の宣伝係だからな。何せCDの本領は音楽・映像媒体としての物だ。前世じゃ死ぬ間際まで新曲のCDなんて物も使われてた位だし、今世でどこまで生きるかは分からんが少なくとも2、30年は現役だろうことは間違いない。今現在レコード店では「ノイズなしでタクミの声が聴ける!」とかなんとかつけてCDを販売している筈だ。

 

 小型のコンピュータを開発しているって事も含めて伝えるとそちらにも興味津々だったし、そのコンピューターにCDの再生機能をつけると伝えると、目の色変えて組み込むためのプレイヤーは開発するって言ってくれた。しかもかなり値引きしてくれた金額でだ。普通に1000ドルはするだろうプレイヤーをお値段なんと500ドルでのご提供。ミカン本体が300ドルだったから総額合わせて800ドルという所だな。どっちも本来は倍の値段がするから互いに大赤字である。

 

 CDという分野にそれだけ賭けてるって事だろう。実際、後の歴史の流れを知る身としてはその着眼点が間違ってなかっただけに一流のビジネスマンの嗅覚って奴は侮れんわ。

 

『まぁ、その赤字分はこいつで稼げるだろうけどさ』

『間違いないだろうね。むしろそっちを中心に何故しないのかって思う位に売れると思うよ……』

 

 ポンポンと今月には販売予定のエイリアンフルボッコゲーム(仮題)を叩くと、ウィルは何度も頷いてゲームの筐体を触る。ウィルは技術者というよりもビジネスマンよりだからな。このゲームを作ると決めた最初の最初から賛成していたのはこいつとウォズくらいなもんだった。

 

 皆作ってる最中に「あれ……これヤバいんじゃね」的なノリになってたけどウィルとウォズは最初から最後まで「凄いものが出来る」って評価をしていたから、この二人をソフトとハードのツートップに据えたんだがね。技術に対する見方と嗅覚が凄いんだ。

 

 現在開発中のミカン2からは完全にCD-Rを使う事を前提に作成している。ミカン2からは値段を少し高めにしてギリギリ黒くらいにする予定だが、ミカン1と一部パーツで互換性もあるから1000ドル位では提供できるだろうし、その頃までにはネットワーク網の構築の話も進んでいるだろうしもう少し機能も増やせるだろうな。

 

 やっぱりパソコンはネットに繋がってなんぼだからなぁ。今のミカン1で出来る事は昔のワープロ位の事と、音楽を流すくらいしか出来ないし。色々追加したい機能はあるけど、そういった物はある程度PCが広まってから模索するべきだろう。

 

「とはいえこいつは早めに仕上げたいんだけどなぁ」

 

 パソコンを幾つかつなげて作業をしている3Dに見える『何か』の画面を見ながら、私はゲームの筐体を愛おしそうに撫でるウィルに視線を向ける。コンピュータ・グラフィクス(こいつ)を早い所実用レベルにまで引き上げれば、ゲームも映画も捗るんだがなぁ、おい。割とこっちはお前にかかってんだから頼むぜ、ホント。

 

 

 

「銀さああああん!」

「おお、お嬢。元気だったかい」

 

 東京国際空港に降り立った私は居並ぶマスコミをガン無視して迎えに来ていた銀さんの胸に飛び込む。銀さんの隣で両手を広げていたパッパが固まってるが無視だ無視。最近忙しいからって全然電話で話してくれない養父なんてぺぺぺのぺだぜ。時代はちょいワル短髪任侠系オヤジなんだよ。

 

「それ、その。本当に忙しかったんだ……すまない」

「良いんだけどさ。芸能事務所の社長なのにメディア王とかなんか言われて調子に乗ってるクロちゃんなんかさ。どっかの現地妻に愛を囁く時間はあるのにさ」

「待て、なぜお前がそれをおおおおお」

 

 ちょっとマジ力(ちから)でお尻を抓ると野太い悲鳴を上げてクロちゃんが倒れ込む。居る居るとは思ってたけどやっぱりか、高木さんの予想的中やな。妙にヨーロッパに足しげく通ってるみたいだってのは知ってたけどさ。吐けよ、さぁ。楽になるんだよさぁ!

 

「その、だな……一度、先方とも会ってもらいたいから……詳しい話は家で」

「あ、何マジモンで結婚考えてるの?」

 

 用意されていた車に乗り込むと、観念したのかパッパが軽い経緯を話してくれた。何でも以前ヨーロッパでの仕事の際に知り合った人と現在進行形でお付き合いを。しかもプレイボーイを気取っているパッパが割と真剣に清い交際を続けているらしい。思わず「嘘やん」とか言っちまったけどまぁ、肝心な所でパッパがヘタレなのはわかってたことだしね。そんだけ本気って事なんだろう。なら応援するしかないわな……娘としては。

 

 相手さんはオーストリアに住む結構良い所の女性らしく、先方にはすでに義理の娘が居る事を報告済。結婚も視野に入れて考えているが相手さんがまだ学生なので少し時間が欲しいと……うん。なんで10以上年下の人なのかな。かな。割と引いたんだけど。いや、恋や愛に年齢は関係ないけどさ。相手も身元がしっかりした人みたいだしおばちゃん五月蠅い事言いたくないんやけどさ。

 

「10歳位しか年違わない人をママって言わなきゃいけない側の気持ちを考えて欲しいんだけどそこんとこどうよ?」

「うぐっ……な、なあ銀二」

「いやこっちに振られてもな……流石に擁護できんぞ」

「銀さんは逆に早く相手を見つけなよ。もう30越えてるんだから」

「うぐっ」

 

 黙り込む大きな男二人にため息をついていると、車は懐かしの銀さんハウス……ではなく、パッパが最近購入したというマンションの地下駐車場へと入っていく。以前あんな事があった為、防犯対策の取れている建物を丸ごと購入。自社の社員なんかにも社宅として提供しているんだそうだ。最上階は丸々クロちゃんの自宅として使ってるんだがな。

 

 なんでここに来ているのかというと、現状の銀さんのお仕事がこのマンションの警備員兼住み込みの管理人という立場だからだ。これに関しては、正直私が悪いので銀さんにも黒ちゃんにも謝り倒すしか出来ないんだが。とある事情により、銀さんは長らく受け持っていたシノギである屋台村の管理を舎弟に譲る羽目になり、961プロダクションで職を得て糊口を凌いでいるのだ。

 

 事の発端は米国で出たとある記事だった。タイトルは『黒井タクミの知られざる素顔』。どこで調べて来たのか私の日本での生い立ちから黒井との出会い、米国に渡った後の活動などを書き綴った文面で、こんな生い立ちなのにここまで成功するなんて凄い、と言いたいのか普通の人間じゃない、と言いたいのか良く分からない内容だったのだが、この記事がとんでもない位の規模で全米を席捲した。

 

 特に両親に売り飛ばされそうになって逃げだしての下りが全米の奥様方のハートを鷲掴みにしてしまったらしい。今では黒井タクミは『アジアから来た凄いミュージシャン』から『アジアから身一つで出てきて成功を収めた悲しい過去を持つ凄いミュージシャン』扱いに変わったのだ。文面が伸びただけだろうって? それだけ世間が私に対してのイメージを固定化したって事だよ。これ割と馬鹿に出来ないんだよな。

 

 特に奥様方からのイメージアップはデカい。ロック系列のミュージシャンってのはどうしても反社会的というか、過去に起きた麻薬とのあれやこれやのせいで世間一般ではまだまだイメージが悪かったりするからさ。各家庭のご意見番である奥様方から同情的な物が目立つが、良いイメージを持ってもらえるってのはありがたいことなんだ。家族からの反対でミュージシャンを諦めるってのも多いからな。

 

 それに成り上がる為の一つの手段として認識してもらえるってのも大きかった。クロちゃんの力でTV局に渡りを付けられたのもあるが、傍から見れば身一つでアメリカに渡った小娘がたった半年でスターダムに駆け上がった訳だからな。私がスターダムに成り上がるまでの話を見聞きして、「だったら、俺も」となる奴は多いだろう。そして、そういうエネルギーがガンガン入ってくれば業界も更に盛り上がるってもんだろう。

 

 と、ここまでは良かったんだ。この話が何故、銀さんに飛び火するかというと。

 

 実は私がこの記事の少し後に出した自伝が原因だったりするんだな。うん。身体能力とか流石にそろそろ隠せない物が多くなりすぎたから一気に暴露しちゃおうと思ってさ。前々から準備してたんだけど良い機会だったから校閲をプロにお願いして、後ミノルちゃんの『タクミ語録』も幾つか使わせてもらって。

 

 ノリに乗ってかき上げたら100%事実しか書いてないけどめっちゃ派手な冒険小説みたいなのが出来上がっちまって、それを悪乗りテンションのままに発表したんだよね。身長は140cmだけど体重は60kg超えてるとか、バーベルを曲げられるとかも含めてね。

 

 結果、当初は「いやいやそんな馬鹿な」といった反応だったのが通っている大学の医学部チームが「身体データは間違いなく事実です」とか公表したもんだから凄い騒ぎになって、他に書かれていた本の内容も間違いのない事実なんだと認識される事に……なってしまったわけだ。

 

 銃弾を刀で切り落とす侍なんて書くんじゃなかったなぁ。いや、マジでやった時は本当に驚いたけどさ。お陰で銀さんの周囲を無闇矢鱈に騒がしくしちゃって、結局銀さんは長年の生業を手放す羽目になっちまった。信頼できる舎弟に任せられたから良いって言われたけどさ。こっちとしては責任しか感じない訳よ。

 

「本当にごめんね、銀さん。屋台……」

「ああ、気にするな、とは言わねぇが……子供の不始末を被るのも親の責任だしな。それにここは給料も良いし住んでる連中も良い奴らが多い」

 

 軽い口調でそう言ってくれているが、銀さんがあの屋台村に向けていた愛情は本物だった。それを笑って、受け止めてくれる。それがどれだけ凄い事なのか、かつて大人だった私は良く分かる。本当に凄い人ってのは、こういった人の事を言うんだ。

 

「それでお嬢。今回は骨休めに来たのか? お嬢ならいつでも歓迎だが」

「……うん、それもあるけど、今回はちょっと人に会う予定があるんだよね」

「人に?」

「うん。少年飛翔の編集長と、あと最近頑張ってる小娘への激励もあるし……それと」

 

 話をそらしてくれた銀さんに感謝をしながら、今回の来訪の目的を言葉にする。前々から探して貰っていた人物について、確度の高い情報が回ってきたのだ。

 

 以前からどうも、この世界では前世よりも知っている人が長生きだなぁと思っていたのだが。どうも血の気が多いせいか何なのか、早死にしている人が割と生き残っている事が最近分かってきたのだ。医療水準が劇的に上がっているとか、そんなわけでもない。寿命や病気で亡くなる人は極端に少ない……そんな印象を持った私は、もしかしたらと何名かの人間を探して貰っていたのだ。

 

 その中の一人。恐らく、現状詰んでいる日本のとある業界に息吹を吹き込める『可能性のある』人物の存命が確認された時、私は思わずこの世界には居なかったガッツさんの代名詞であるガッツポーズをとってしまった程喜んだ。何せ私の現状の小目標が一気に達成できる可能性もあるのだから。

 

「ちょっと福井までね」

 

 お土産は何が良いだろうか。もうすぐ90歳になるそうだし下手な物を持って行ってはいかんな。先程までの憂鬱な気分が吹き飛ぶその想像ににへら、と笑顔を浮かべながら私は日本での予定を脳内で組み立てる。

 

 特撮の父に会うんだ。しっかりとしたものを用意していかないと。

 

 

 

 とある一軒の家の中。敷かれた布団に寝かされた男性は、自分の手の中にある彼の宝物を愛おしそうに眺めていた。何故このようになってしまったのか。決して不幸ではなかった人生だった。生き抜いたという感情もある。

 

 だが、何故だろうか。もうすぐ90を越えるというのに、彼は、そう……燻っているのだ。

 戦後のあの混迷期から、ずぅっと。彼の心はいつもどこかで燃え足りないと悲鳴を上げ続けていた。

 

 それから40年。ついに来る時が来たのだと、彼は悟る。あの日の青年の言葉が蘇る。彼女とはもう一度きっと会えると。それが、今。やってきたのだ。

 

「……一郎、一郎か」

「どうしたい、父さん」

 

 ガラッと襖を開けて室内に入ってきた長男に顔を向け、彼は静かに言葉を紡ぐ。

 

「もうすぐ、東京から……お客さんが来る」

「東京から? そりゃあ、どうして」

「そのお客さんがきたら……必ず、私に通しとくれ……大事な。大事なお客さんなんだ」

 

 訝しそうに首を傾げる長男から目をそらし、彼は腕の中の宝物をそっと撫でる。その宝物……古い丸いフィルム缶に『ゴジラ計画』と盟友の手でタイトルが書き込まれたそれを、彼は愛おしそうに撫でつけた。友とは長らく会っていないが、きっと今も元気にしているだろうか。連絡を取るべきだろうか。そんな思案に暮れながら、彼……円城 英幸は来る邂逅を楽しみに待っていた。

 

 

 

 軋みながら鎖を引きちぎり、また一つ。歯車が回る音がする。その中心地で男は安堵の表情を浮かべ、女は歯がゆそうに唇を噛み締める。

 世界は正しい姿を取り戻しつつあった。




円城 英幸:元ネタは円谷英二。この世界では公職追放後、福井県で発明王として成功。その情熱は40年の歳月を経ても燻り続けている。






「私が神様なのに」
「なんであの子ばかりが」




「お前がそんなんだからだよ」


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この特撮のない世界で

大分難航しました。
今回の二人は本当に難しかった。


誤字修正。五武蓮様、じゃもの様ありがとうございます!


「私は確かに魔法使いと呼ばれてるが本当の所は少し違う」

「私に魔法を与えてくれた魔法使いは実は別に居るんだ」

「そう。皆が大好きなあの小さな大魔法使いさ」

 

〜スティーブン・ウォズバーン 自伝『魔法使いと呼ばれた男』より抜粋〜

 

 

 

 それは、酷い出来栄えのものだった。

 

 どこから持ってきたかも分からないようなカメラ一つで撮られた映像は所々ぼやけているし、ブレまくっている。恐らく途中で何度か素人が撮っているのだろう。明らかに場面によって精度が違うし、何よりも見づらい。

 

 音声もチャチいし場面場面で流れてくる音楽も恐らくプロではない。楽器を扱いなれている素人……恐らく近くの学校の音楽室かどこかで録音されたそれは幾らかの雑音混じりに簡略化されたBGMを垂れ流している。何よりも俳優が明らかにド素人で芋臭いのだ。唯一見れる演技をしているのが人手不足か博士役を兼任している監督だって所が、更に人材不足を匂わせてくる。

 

 尺も短い。テープかカメラの限界だったのだろう、1時間程度の中途半端な時間で映像は終わった。もしもこの場に映画関係のプロが居たとしたら、監督の熱意と工夫だけで誤魔化して作られた短い娯楽映画。それがこの映画を表する言葉になるだろう。

 

 

 でも、それはゴジラだった。

 

 

 近くの学校の体育館。カーテンを全て締め切った即席の映画館。ワイワイと子供や大人、中には老人までが集まってその映画の動きに言いたい放題に言葉を付ける。中には当時俳優をやっていたのだろう、40を超えただろうオバサンが昔の私は綺麗だったと画面を指さしながら嘯いている。

 

 そんな和気あいあいとした空気の中。最前列でその映画が映し出されるお手製のスクリーンを見ながら……私は……

 

「酷い出来でしょう」

 

 私の隣で車椅子に座りながら、この映画の作り手の老人は静かに語り出す。20年前。何かに取り付かれたかのようにこの映画を作成した時、手伝ってくれた友人と試行錯誤しながら何とか映画の形に整えた。自分の趣味の為だけに使えるお金を少しずつ工夫しながら、数年の月日をかけて。地元の住民も参加したり、高校の吹奏楽部に演奏を頼んだりと色々な人に助けられて完成したそれは、愛すべき地元の名物の一つとして受け入れられている。

 

 それらの苦労話を語る老人は、よぼよぼの顔をくしゃくしゃにして笑いながら楽しそうにこの映画について語ってくれた。嬉しそうに……少しだけ寂しそうに。

 

「この辺りの子供たちは、皆これを楽しい、楽しいと言ってくれます……こんな着ぐるみビデオの、延長線みたいな出来の映画を……」

「……とても、良い出来だと思います」

「ハハッ……そう言って、いただけますか」

 

 絞り出すように答えた私の言葉を、どう受け取ったのか。

 老人は、画面を見ながら静かに語り出した。

 

「今でも思います……あのまま、東京に居れば……私はどうなっていたんだろうと」

「…………」

「……この作品を見て……泣いてくれたのは貴方が初めてです……」

 

 ボロボロと涙をこぼす私に、老人は震える声でそう口にした。

 胸の中を駆け巡る感情が何なのか、私にも分からない。もしかしたら懐かしいとも、悲しいとも、嬉しいとも判別できない不自然な心の動きに、自分自身が困惑しながら私は目元を拭う。

 

 前世を少しだけ、思い出してしまった。父親に手を引かれながら、暗くなる映画館の中。古い映画ばかり流す寂れた映画館で、買ってもらったジュースをちびちびと飲みながら、私は暗くなっていく館内で父親の腕にしがみついていた。白黒の画面に怖いと思ったのは、多分あれが最初で最後だろう。

 

 そうか。私は、今。寂しがっているのか。

 

 孝行できなかったなぁ……親不孝者でごめん。父ちゃん、母ちゃん……また会いたいよ。

 

 

 

「お受けいたしましょう」

「父さん!?」

「良いんだ一郎。来るべき時が来た。それだけなんだ」

 

 これをこの地方に埋もれさせるわけにはいかない。是非ともリメイクし全国、全世界を相手に。出来れば監修をお願いしたいが、それが無理でも知恵だけでもお借りしたい。流石に一人では歩く事もままならない円城さんを第一線に連れていくのは対面した時に諦めた。だが、彼の脳内に収められた戦前に発展していた特撮技術の全てと、このゴジラ作成の際の苦難と工夫はいくら金を出しても惜しくない代物だ。

 

 その私の言葉に、ご子息の一郎さんは難色を示した。待遇についてではない。体力的に考えても90を超す老人に頼む仕事内容ではないと、父親の身を案じての発言だった。その正論に私は納得し、対案を出そうとした時。円城さんは一郎さんを手で制して、私の頼みを最大限聞き入れる形で承諾してくれた。

 

 だが、それはそれで私にとっても予想外だった。私としては設備を整えやすい東京付近で撮影を開始するのが望ましいが、福井に撮影所を新設してそちらに様子を見に来てもらうという予定で算盤を弾いていた。あくまでもオブザーバーとして、後進に知恵を貸してもらう。そのつもりだったのだ。

 

「円城さん、それは」

「皆まで仰いますな。言いたい事は、分かっております」

 

 いくら何でも、90を超えるご老体に東京まで出て貰って、しかも体力のいる撮影現場での指導を行わせるなんて無理だ。間違いなく命を削る事になる。私が口を開こうとした時、円城さんは一郎さんを止めた時と同じように手で私を制した。

 

「確かに、東京まで出向くのはこの老骨には辛いでしょうな……」

「それなら」

「しかし、それでも急がねばなりません。恐らく儂はあと1年生きれるかどうかでしょうからなぁ」

 

 のほほんとした表情を浮かべて自分の死期を語る円城さんに、流石にその冗談は笑えない、と口を開こうとして私は息を止めた。目の前の、90過ぎの老人は。歩く事も儘ならない筈の老体が、居住まいを正し、私にゆっくりと頭を下げたからだ。

 慌てたように父を助け起こそうと動いた一郎さんに、「触るなっ!」とそのやせ衰えた体のどこから出て来たのかという声を上げて、円城さんは顔を上げる。

 

「この老体にはもう時間がありません。もはや悠長に待つ時間は、ないのです……どうか。どうか……」

「……父さん」

 

 震えるように頭を下げる父の姿に、一郎さんは呆けたように眼を見開く。父のそんな姿を見た事もないのだろう……部外者である私よりも、親族である彼の方がショックは大きいのかもしれない。

 

 その姿を目にしながら、私は頭の中で算盤を弾く。この話は私としてはメリットしかない話だ。何せこちらの世界では発明家になっていたが、その前は東京映画でブイブイ言わせていた実績持ち。公職追放の際に当時の一線級の人材が軒並み他職に行き壊滅状態の日本特撮業界に直接打ち込むカンフル剤としてこれほど適任の人は居ない。

 

 だが、この話をそのまま受け入れればこの人は確実に持たない。

 

 あと、20年……いや、10年早く私が生まれて居れば。十全な状態のこの人が作品に関わっていればどうなったか夢想してやまない。この人は、そんな人なんだ。

 

 ……そんな人が、私の様な小娘に頭を下げている。その知識を、その経験を残らず、余さず使い切る為に。最後の一瞬まで、燃え尽きる為に。

 

 頷かなければ、この人は這ってでも東京にやってくる。罪悪感に蓋をして、私は彼の言葉に頷きを返した。

 

「専門でドクターと看護師を常駐させます。世話役には私どもの社員をお付けします。ただ映画を作るだけに集中できる環境を……必ず」

「ありがたい。この老骨を最後まで動かせそうです……一郎」

「……親父……わかった。わかったよ……俺も行こう」

 

 父の顔を見た一郎氏は、何かを諦めた様な表情を浮かべた後さばさばとした顔になり、家族に話してくる、と一言断ってから席を立った。頭を下げてその姿を見送り、私は円城さんに向き直る。

 

 彼にどうしても聞きたい事があったからだ。そして、恐らく彼も私にそれを話したがっている。一郎氏の足音が遠ざかっていくのを目をつぶって確かめ、完全に離れたと判断してから私は目を開く。

 

「改めてご紹介をさせて頂きます。黒井タクミです。初めましてで、よろしいですか?」

 

 尋ねるような私の言葉に、円城さんは眼鏡の奥の瞳を少しだけ細めた後にふるふると首を横に振る。

 

「……それならば、私はこう答えるべきなのでしょうね。お久しぶりです、と」

 

 そう答える彼の顔は、何かを懐かしむような。悔やむような、複雑な表情を皺だらけの顔に浮かべていた。

 

 

 

 昔の伝手がある、という円城さんの言葉に従い東京映画へと事前にアポを取り、長時間のドライブは体に響くからと数日掛けて東京へ移動した我々を待っていたのは、予想だにしない人物だった。

 

「……英ちゃん」

「御無沙汰しとります……黒川監督」

「……よく、よくぞまた……また会えるとは、思わなかった……」

 

 日本が世界に誇る映画監督、黒川明。前世において世界の、と呼ばれた名監督と恐らく同一人物だろうその人に、車椅子に乗った円城さんが軽く頭を下げる。そんな円城さんの姿に、少しだけ過去に思いを馳せたのか懐かしむような表情を浮かべた後、黒川監督は自身が乗ってきた車に私達を案内してくれた。おいおい世界のクロカワ直々のお迎えかよ。円城さんやっぱり半端ねぇわ。

 

 回された車の車中で、早速黒川監督と円城さんは今回の上京の目的について話し合っていた。すなわち、戦後初の特撮映画の撮影と、特撮映画という分野の復活についてである。日本では廃れた分野を復興させるというその話に、思いの外黒川監督は乗り気であった。

 

 というのも、ここ最近の日本映画界は酷い不況の真っ只中にあるのだそうだ。半分くらいが私が理由なのでそぉっと窓の外を眺める。いや、私のせいというよりは前回の私の帰国の際。暴走した芸能界が悪いんだがな。

 

 それまで大物と言われていた人物は、どうしたって上層部。黒い部分と密接に関わる辺りとの付き合いが多かった。そして、実際にただ付き合いがあっただけでも結構なイメージダウンを受けるのは仕様のない事であり、それが元々落ち気味だった業界に止めを刺しかねない痛手になったのだ。完全な自爆だが、業界で真面目に働いてた人間にとっては洒落にならない出来事だった。

 

 そんな状況の中、どこからか大口のスポンサーを連れてきた元腕っこきの特撮技術者からの連絡があり、その内容が特撮映画の復活だった、と。成程、確かにこれは大物が出張ってきても可笑しくないか。本当に後が無いんだ。黒川監督が乗り気というのもあるんだろうけど。

 

 まぁ、そういう状況なら話が早い。どうぞ自由にやってくださいな。ここから先の私の仕事は精々、スポンサーとして何かあったら財布の紐を緩める位に留めて後は現場に任せて良い物を作って貰おう。

 

 というかまさか黒川監督が総指揮撮るとかじゃないよな? この人止めなかったら一回の映画に数十億つぎ込もうとするタイプの監督だぞ? 私は止めないけど流石に採算ベースに乗せないと続きが出せないんだが。フリじゃねーからな。

 

 この作品は、間違いなく映画史に名を遺す名作になるんだ。何十年だって語り継がれて、次の話も作られるようなそんな名作の、その土台に対して私は幾らだって投資しても惜しくはない。けれど、ただの金満映画を作るんじゃ意味がない。

 

 町を一個作ってぶっ壊したらそりゃリアリティは出るだろうが、そんなもん8分の1サイズでも近いことは出来るんだ。職人の手でどうとでもなる所に金を使うんじゃなくて、役者と機材と技術者に金をぶっこもうぜ。それらは次への財産になるんだから。

 

「……お嬢さん、黒井タクミだったか」

「ども。黒井タクミです。はじめまして」

「英ちゃん。とんでもねぇの捕まえて来たな」

「捕まえたんじゃない。捕まったんだ」

 

 黒川の言葉に円城氏がそう答え、室内に二人の笑い声が響き渡る。笑われたこちらとしては口をへの字に曲げるしか出来ないが、それすらも爺さん二人には笑いの種になるようで。いや、良いんだけどさ。気分良く仕事してもらえるなら。だからそのメモ帳に書いた主演:黒井タクミって名前を消しなさい。こっちはそんなに長く日本に居られないんだよ。代わりは用意しとくから。

 

 

 

「随分大盤振る舞いじゃないか」

「その価値はあるからね……あ、それロン。九蓮宝燈」

「はぁ!?」

 

 驚愕の声を上げるクロちゃんの点棒を根こそぎ略奪し、この半荘『も』私の勝利が確定する。転生してからこっち、やたらとピーキーなこの体で一番凄いのはこの阿呆みたいな記憶力と集中力だよな。まさかリアルガン牌出来るとは思わんかった。相手が何持ってるか、何を引くかまで文字通り全部見えるから勝負にならんな、これ。

 

 とはいえ、一度勝負の舞台に立った以上結果がすべて。さぁ、大人しく俳優を出して貰おうか。

 

「クソっ……はぁ。わかった、ウチが全面的に協力しよう。だが、東京映画さんのお抱えの役者も居るだろうに」

「そっちだけだと東京映画の味しか出ないでしょ。今回はさ、もっと色々な味を混ぜ合わせたいんだって」

 

 それに寄せ集めで出来た961プロは各俳優の色がそれぞれに分かれてるからね。システム的にそうなりやすいってのはあるけど。

 

「まぁ、その点はな。ウチは各タレントを中心にしたチームでやっているから」

 

 色々な味、という言葉に納得がいったのか。軽く頷いてクロちゃんがマージャン牌を片付ける。わざわざ私に勝つために通しまで使ってたのにごめんね、勝っちゃって。ふんすふんす。

 

「いや……流石は我が愛娘だと喜びも一入さ」

「その割には笑顔が引きつってるけどね?」

 

 ニヤニヤ笑いながらそう尋ねると非常に複雑な表情を浮かべてパッパが黙り込んだ。負けず嫌いと親馬鹿を同時に発動させてるんだろう、相変わらず難儀な性格の人だ。

 

 とはいえ今回はその難儀な性格に付け込んだ所もある。普通いきなり俳優数十人貸してくれとか言われたら笑顔で「無理」の一言だからな。何とか約束まで取り付けた以上、この人の性格からして必ず守ってくれるだろう。特に私との約束は。身内に弱いからなパッパ。

 

 まぁ、出来ると思ったからこの話を961プロに振ったってのもあるが。というのも、現状の961プロのタレントの管理スタイルがアメリカにある私の会社とほぼ同じなんだよね。

 

 どういうスタイルかというと、ものすごく簡単だ。会社の中にほぼ独立採算部署として各タレントが居る。以上。本当にこれだけなのだ。

 

 これだけだと流石に説明不足に過ぎるからマイコーを例にしてみると、彼女は私の会社に所属しているが、自分でうちの会社に所属しているプロデューサーやらスタッフやらと契約を交わしてチームを編成し、自分で自分が行う仕事を選び行っている。

 

 そして彼女が受けた仕事のギャラは一度全て彼女に支払われ、そこから施設の維持費やら諸々の経費が引かれ、大体9割位が手元に残る。CDの販売の時は流石に経費もデカいからもっと取ってるけど、ライブやTVの出演なんかは大体9割以上は手元に残る。

 

 そんだけ貰えれば大儲けだろう、と考えるだろうがそこはそう上手くいかない。スタッフに払う給料はチームリーダー、この場合マイコーが持たなきゃいけないからだ。彼女が選んだスタッフは彼女と同じく当然超一流。そのギャランティはかなり嵩むだろう。私もボトムズの他のメンバーにはそれぞれ利益の一割は渡してたし。

 

 基本的に会社からの給料という物は最低限のものしかなく、各自の仕事に関してはそれぞれのチームリーダーが契約したプロデューサーを介して行われている。

 

 それなら独立した方が良いだろうと思うかもしれないが、超大御所ならともかくそこそこ人気くらいならこっちの方が良いんだな。まず施設もそうだが、同じ会社内部のアーティスト同士でイベントも出しやすい。それに他のアーティストに来た依頼に一緒に参加させて貰うなんてのもある。

 

 スタッフを自分で選べるというのも結構な利点がある。大体の奴はまず数ヶ月契約を交わして仕事をして、自分と合うか合わないかを確認する。音楽性の違いで解散とかあるだろ。方便に使われてる時もあるが、あれ本当にプレイが合わないって場合洒落にならないんだよ。

 

 相手も自分もクオリティが落ちる上にイライラするからさ。最近はマシになったがこの世界、本当に誰も彼も血の気が多いから、気の合わない奴らで組ませて血を見る事になったらって苦肉の策だったんだが、思いの外この社内契約制度は上手くいってる。

 

 因みにこの契約に溢れた駆け出し連中にはこちらで駆け出し向けの仕事を割り当ててある。後は大御所連中の設営スタッフなんかに駆り出して場馴れさせたりとかな。大御所連中はそうやって駆け出し連中に経験を積ませたり、目に付いた若いのを引き上げる。駆け出し連中は現場の経験と周囲に顔を売る事が出来る。

 

 マイコーやジェニファーさんはこのシステムを『とても重要な事だ』と言っていた。二人は長年燻り続けてた経験があるから、新人へチャンスを与えるという事に凄く積極的だ。キャロルさんは長年の夢だという音楽学校の設立に向けて動いているし、ニールさんは自分のバンドのボーカルに見込んだ新人を参加させて活動を開始している。

 

 新しい風が吹き込まない業界に未来はない。それはこの20年の音楽業界の停滞を見れば一目瞭然だろう。

 

「その新しい風の為に、一肌脱いで欲しいんだが」

「あいよ」

「馬鹿。それはジャケットだろうが」

 

 唐突に話を切り出したパッパに渾身のギャグを返すもウケが悪い。可笑しいな、円城さん親子はゲラゲラ笑ってくれたんだが。

 

「で。何をすれば良いの?」

 

 まぁお遊びは良いかと椅子に座り直した私に、パッパは一枚の紙を私に手渡してきた。ええと、何なに……

 

「アイドルアルティメイト? なんじゃこれ」

 

 その紙に書かれたイベントの草案らしきものに首を傾げる私に、パッパは静かに告げる。

 

「このイベントに参加して優勝して欲しい。参加者全てに、圧倒的な差をつけて」

 

 剣呑な言葉に思わずパッパの顔を見る。いつも通りのクールぶったその表情は変わらない。だが、その視線には、少しの冗談も含まれていなかった。

 

「出来るか?」

「誰にもの言ってんの?」

 

 その言葉と視線についつい口角が上がるのを感じながら、私は努めて冷静さを保つ。参加者一覧に見知った名前を見つけ、先程から胸が高鳴って仕方がないのだ。

 

 どうやら予想より早く再戦する事になりそうじゃないか、日高舞。顔でも見てやるかとは思ってたが、あの原石がもう同じ舞台に上がって来たか。

 

 背中のすぐ後ろにまで追い縋ってきた成長した舞の姿を幻視しながら、私はニヤニヤとイベントの草案を眺める。曲は……あ、さっきの打ち子の二人バンドマンなんだ。じゃああの二人のグループに頼むか。流石にボトムズ招集はやり過ぎだろうしな。







クソ女神さまと多分タクミの日記

クソ女神
「私だって、頑張ってるのに」

「頑張る前にまず世間を見よう。な?」

クソ女神
「世間……」

「ほら、あっち。あの独裁者の寿命を刈り取って世間に貢献するんだよ! プレスリー早死させたの忘れてねーぞやれよ!」

クソ女神
「それ死神の仕事なんだけど」

「そこで冷静になるなら自分のやらかし前に冷静になろうや。後に尾を引きすぎだぞ」


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このアイドルのない世界で

ご無沙汰して申し訳ありません。
ちょっと長くなったので切りの良い所で前後編にしてます。
後編は明日か明後日になると思います。

誤字修正。物理破壊設定様、にょんギツネ様、SERIO様、じゃもの様ありがとうございます!


アイドルという職業が誕生したのはごくごく最近の話だ。

その言葉の語源は英語の”偶像”、”熱狂的なファンを持つ者”、”崇拝される人や物”を指す言葉で、最初に”アイドル”と評された人物に対して、黒井タクミがそう口にした事に端を発する。

この歯切れの悪い、あやふやな表現。これを『あの』黒井タクミが行ったのだ。

彼女をして、ミシェル・“マイケル”・ジャクソンはそう評するしかなかった。それほどまでに彼女は際立ち、そして、輝いているという事の証左と言えるだろう。

 

~とある雑誌の特集 ”キングと呼ばれた女”より抜粋~

 

 

 

 ニューヨークのとある雑誌社が赤肩の連中に“平和的に”取り囲まれるという珍事が発生したらしい。何が起こったのかと連絡を取るとどうやらマイコーについての記事を記載していた雑誌で、私が過去に言った言葉が引き合いに出されていてそれについてMs.Mが激おこしてしまったらしい。

 

 割と赤肩でも温厚なM氏が激おことか何か変な事言ったかなぁと思い問題の記事の内容を確認すると、何の事は無い。私がマイコーをべた褒めした件が変に曲解を受けていただけだった。言った事は間違いないが、これはなぁ。ちょっと私のミスな気がする。

 

 いや、前世意識によるちょっとしたミスというかさ。前世の方なんだけど、日本だとアイドルって言えばアイドルとしか言いようがないじゃないか。そのノリでマイコーは歌手なのか、それとも踊り子なのかという変な疑問がどっかの番組で話し合われてて、馬鹿らしくて『いやいやあの娘はアイドルでしょ』とか言っちゃったんだよね。

 

 やたらとその言葉の響きが良かったのか、あれからマイコーの紹介を見る度に職業:アイドルって出てるし、本人も気に入ってくれてアイドルを名乗ってるからあんまり気にしてなかったんだけど。まさか数か月単位で遅れて火が付くとは見抜けなかったな。このタクミの目をもってしても。

 

『とりあえずMs.Mには私はマイコーの熱狂的なファンだから、そういう意味だよって言っといて』

『え、あの。タクミ、それは』

『んじゃよろしく!』

 

 アメリカに先に戻ったみのりんに電話口で一先ずの指示を伝えて電話を切る。本当はマネージャーであるみのりんにも来て欲しかったんだけど、あっちの業務も大概忙しくなってるし彼女は米国での私への窓口としての役割がある。今回の訪日はほぼ私の目的……一応対外的には趣味の為の帰国って事にしてる……の為なので、長々と彼女を付き合わせるのも難しいのだ。

 

 最初の数日はこっちでの仕事のあれやこれやがあるから961プロに二人して籠りっきりだったが、その後は1週間くらい休暇って事で実家に戻って貰い、休暇が終わった後はそのままアメリカの方に飛んでもらった。折角お給金も上がったんだし親孝行して来なさいと伝えたら泣かれて抱きしめられたのは少し困ったが、ウチは仕事より家族を優先させるをモットーにした健全な会社だからね。上がその辺りをきっちりしないと下で働く社員も困るんだ。

 

 と、少し話がずれてしまったが。まぁ、火消しの話である。火が付いた以上は誰かが鎮火しなければいけないし、正直めんどくさいんだが……燃やしてるのが私達のファンだからな。流石に無関係でござい、なんて顔はできない。

 

 Ms.Mは確かマイコーの事も詳しかったし恐らくファンだろう。共通の好きな者があって、その好きな者を褒めるつもりで言ったんだよ! って言っとけばそれ以上怒りはしない……しないよな? この世界の人間の沸点の低さは海のリハクじゃなくても読み違えそうだから正直怖い。

 

 最悪、急いでニューヨークに飛ぶかなぁとか思ってたら、この数時間後には円満解決という意味の分からない言葉が電話口から飛んできて別の意味で混乱する事になった。が、まぁこれは良い。ここは問題が起きなかったことを喜ぶべき所である。

 

 問題は、何故かマイコーがやたらめったら張り切って新しいアルバムの制作に色んなスタッフ巻き込んでどでかい事をやらかしそうって所なんだよな。電話口でみのりんが震えてたぞ。

 

 これショートフィルムじゃなくてマジのフィルム作るつもりなんじゃ? とばかりに豪華なスタッフとどこから用意したのか潤沢な予算を用いて、半年近くロケを行うとか報告が上がってきた時は食ってたそばを噴射しそうになった。マネージャー代わりに付いてくれてる銀さんが居なかったら多分吹いてたわ。銀さん、食べ物粗末にしたらマジで切れるんだ。

 

「ま、まぁマイコーがやるんだし……最悪ヤバそうなら誰かが止めるだろうしうん、向こうに任せよう」

「実際、予算のほとんどは彼女がかき集めてきたようだからな。大丈夫、だろう。多分……きっと」

 

 私と一緒に青い顔をして報告を受けていたパッパが、若干希望を込めてそう呟いた。否定はしないよ、私もそう信じたいからな。も、もしトチったらこっちから何とか助けてやろう。流石にありえないと思うが、今彼女がコケたら影響がデカすぎるなんてもんじゃねーからな。

 

 何せ、ボトムズの活動が抑えめになった所で代わりに台頭してきて、世論の流れを主導しているのは彼女……いや、彼女を筆頭にした新興のアーティスト達、“アイドル”なんだから。その旗印がこんなどうでもいい場面でミソつけられるなんてたまったもんじゃないぞ。

 

 

 

【〇月×日 日ノ本テレビジョン 大ホール】

 

 

 会場内の空気は、その華やかな外装とは裏腹に酷く重苦しい雰囲気を醸し出していた。

 原因は分かっている。メディア王とまで呼ばれている男、961プロダクションの黒井崇男が、961プロの要人を引き連れて会場内に現れたからだ。群がるように各雑誌社やラジオ局の人間が彼に挨拶をと近寄っていく中、近くを歩いていた一人の顔を見た黒井が「ふむ」と声を上げた。

 

 その場にいた人間たちの視線が集まると、その視線の先にいた人物もギョッとした表情を浮かべて彼らに気付く。そんな男に黒井は笑みを浮かべながら歩み寄った。

 

「やあ、日ノ本テレビジョンの……」

「こ、これは黒井さん……ご無沙汰して」

「ああ。確かに最近はどうもうちの会社からはあまりお世話になっていませんからね。顔を合わせる事も無くて当然だ」

 

 黒井崇男の言葉に日ノ本テレビジョンの専務はハハハと居心地悪そうに笑いながら額に伝う汗をハンカチで拭う。その拙い誤魔化しを詰まらなそうに眺め、黒井は取り巻くようについてくる人々を引き連れて自身の名札が置かれている席へと歩いて行った。

 

 彼の座る961プロ用のテーブルには、名プロデューサー兼アーティスト部門の部長として最近名を上げている高木順二朗などの961プロの重鎮や、関連会社であり発展著しい週刊少年飛翔を抱える小野島出版の小野島が座っており、これ幸いとファッション誌や週刊誌などの出版社の人間がひっきりなしに彼らに対して挨拶を行っている。

 

 彼等の反応も当然だろう。961プロはタレント保有数で言えば国内最大手。以前に起きた騒動の影響で実績と知名度が高いタレントも複数在籍しており、仕事の料金もタレントの格で変わるとはいえほぼ相場通り。大手事務所にありがちな圧力営業等も一切ない上に、何よりも所属するタレントの仕事へのハングリーさが他と段違いなのだ。

 

 961プロに所属するタレントは誰も彼もが非常に高いプロ意識をもっていると言われており、相場以上の仕事をタレントが『自主的に』行おうとする。特殊なマネジメント契約を行っている結果かは分からないが、その姿勢はここ最近失墜している芸能界の信用度を底上げし、共に仕事をする他の業種の人間にとっては非常に好ましく映る物だった。

 

 その結果、つい半年前まではTVやラジオ、雑誌等ありとあらゆるメディアで961プロのタレントを見ない日は無かった。いや、今現在も、ラジオと雑誌ではほぼ必ず961プロの誰かが仕事をしているだろう。

 一部の例外を除いて。

 

「……非常に不愉快だ」

「黒井……社長。余りそういう事は」

「気持ちは分かりますがね。トップの貴方が強く感情を見せてはいけない」

「……その通りだ、すまない。しかし……奴らのあの面を見たらつい、な」

 

 同じテーブルに座る高木と小野島が黒井を諭すように声をかける。二人の言葉に渋々とながらも頷いて、黒井は周囲を見やる。そんな彼の視線から、ついっと目をそらす人間たち。彼らはいずれも、TV業界の人間だった。

 

「無駄な事を。誰の得にもならない対立なんぞ起こして……」

 

 吐き捨てるようにそう呟いて、黒井は用意されていた温い水を口に含む。嫌がらせの一環か、カルキ臭のするそれに眉を顰めながら口を湿らせ、彼は舞台袖を睨みつける。彼の視線の先……そこには半ば巻き込まれるように対立の軸にされてしまった、哀れな大手プロダクションの社長の姿があった。

 

 美城秀則。決して無能な人物ではないが……時流を見誤ったか情に流されたか。歴史があるという事はしがらみが多いという事だからな。恐らくは古くからの付き合いのある人物に頼まれて断り切れず、と言った所だろうか。彼は酷く青い顔をしたまま、周囲を取り囲むTV局関連の人間と話をしている。

 

 事の起こりは、半年前。

 961包囲網と呼ばれるTV業界による961プロへの攻撃は、半年前のとある日曜日から始まった。

 

 

 

 アイドル、と言葉にするのはたやすいが、その言葉の内容はひどくあやふやなものだ。要するに他者から注目される人、尊敬されたり、一目置かれたりする人という意味合いで言われているが、決して確固とした形があるわけではない。その言葉の意味は見る人や感じる人によって変わるものだ。決して一個人を指す言葉ではない。本来は、そうだった。

 

 彼女がこの世に現れるまでは。

 

 

ミシェル・“マイケル”・ジャクソン

 

 

 凄いアーティストを発掘する。ただその趣旨だけで開催された途方もない全米オーディションという試みで、あの怪物は世に生み出された。

 

 彼女は、一言で言い表すならば完ぺきであった。

 

 いや、その完ぺきという言葉すらも彼女の前では霞むかもしれない。その歌唱力は数多の歌手達を圧倒し、その斬新な踊りの技術はこれまでの技法を全て過去の物とした。そして、何よりもあらゆる美姫が霞む美貌と、その美貌を活かす”魅せる”技術。

 

 全てにおいて彼女は頂点だった。フィルム越しに見る彼女のパフォーマンスは見る物を魅了し、世界中が彼女に夢中になった。

 

 そして、そんな彼女が頂点だとするならば……自分たちはその光に誘い込まれた小さな蝶か、それとも蛾か。自嘲気味に笑みを浮かべて、マイナスに陥っていた自身の考えを自覚し、美城幸姫は深く息を吸って、吐いた。

 

「ゆきちゃん、大丈夫?」

「……はい、いえ。少し、緊張しているみたいです」

 

 隣に座るマネージャーの言葉にそう微笑みを返して幸姫は周囲を見渡した。

 

 彼女の居る控室はこのテレビ局が用意できる個人用の控室としては最上級の場所であるらしい。広くて清潔で、空調も効いている。大きな鏡が壁際にあり、先ほどまで幸姫はそこの前に座らされ、彼女の専属のコーディネイターから何か一工夫出来ないかとあーでもないこーでもないと着せ替え人形にさせられていた。

 

 流石に本番直前に大きく変更を加える訳にもいかず、また私が明らかに疲れた表情を浮かべていたためにようやく解放されたが、あの様子では放っておけば本番直前まで引っ張られていたかもしれない。

 

 まぁ、それだけ私の魅力を出来る限り引き出してくれようと頑張ってくれたのだ。文句は言うまい……言う訳にもいかない。彼女も必死なのだ。何せ、あの化け物相手に何とか私を勝たせろと、私のスタッフ達は厳命されているのだから。

 

「ゆきちゃん、貴方は何も心配しなくていい。いつものパフォーマンスを維持すればいいの。それだけで……後は何とかなるから……」

「……三浦さん、それは」

「分かってる。だけど、961がねじ込んできた二人……片方はほぼ間違いなく日高舞でしょうけど……彼女とこの半年、TVの最前線で戦い続けていた貴方との実力差は、そこまで大きくはないはずよ。実際この半年の貴方の成長は目を見張るものがあった。多少の差なら、きっと……」

 

 何かを察したのか。マネージャーの三浦さんは私の手を握ると、座った私と目線を合わせてそう言った。その言葉の内容に言葉を失いかけた私に少しだけ表情を陰らせながら彼女は首を横に振り、私を奮い立たせるように何度も言葉をかけてくれる。

 

 ……その姿が、何よりも辛かった。

 

「……やめて、」

「ゆ、ゆきちゃん」

「もうやめて!」

 

 声を荒げて耳を塞ぐ。デビューしてから1年。その間、ずっと苦楽を共にしてきた彼女を、私は姉の様に想っていた。美城の娘だからとレッテルを張らず、ありのままの私を受け入れてくれようとして。小さな娘さんも居るというのに必死に私の為に時間を作ってくれて。そんな彼女が、彼女に……こんな。

 

 ここまでしないといけない、まともに戦えば決して勝てないと周囲に判断された事実が私を打ちのめした。八百長なんて真似を彼女に決断させた自分にも、会社にも、全てに対して、口惜しさと情けなさが湧き上がってくる。

 

 いっそ、この喉を裂いてしまえば楽になるのだろうか。黒い考えが頭を過った、まさにその時。

 

 

「お邪魔しま~す。ちょっとメイク道具貸しちくり~」

 

 

 ガチャリ、と無遠慮に開け放たれたドアから、良く分からない着ぐるみを着た少女が全ての空気をぶち壊して楽屋の中に入ってきた。

 呆気に取られた私と三浦さんをしり目に少女は着ぐるみを脱ごうとしてジッパーに手が届かない事に気付き、バタバタと藻掻く様に背中へと手を伸ばす。その様子に思わず背中に手を伸ばし、背後のジッパーを引き下ろす。

 

「あ、あんがと! いや~、映画の宣伝作れって言われたんだけど体にフィットしすぎるのも駄目だなぁ。あ、これタクミニラっていうキャラね。可愛いだろ? なんなら握手する?」

「あ、いえ……どういたしまして」

 

 着ぐるみをスポンッ、と脱いだ少女がふぃー、と額の汗をぬぐい、あ。と小さく声を上げて私を見る。

 

「ところであんた誰?」

「え、ええと……美城幸姫と、申します」

「ふーん」

 

 私の言葉に特に何事も感じなかったのか、彼女は私の目を見て、小さく微笑みながら右手を差し出した。

 

「私、黒井タクミ。よろしく!」

 




Ms.M:一体何マイコーなんだ……

マイコー:映画伝説の一夜(ワンナイト・カーニバル)の撮影に入る。

みのりん:帰省時に家族にハワイ旅行をプレゼントしたらしい。当時の庶民の夢だからね!

美城芸能事務所:まだ346ではない。

美城幸姫:誰かは分からないけどアニメであの人のデザイン見て絶対にアイドル志して日高舞に心折られたんだろうなって妄想してます。




クソ女神様とタクミっぽいのの小劇場


「つーか、結局お前さん何の神様なんだ? パンチとロンゲとは明らかに違うよな」

クソ女神様
「……私には全知とまで言える力はないの。ある程度の歴史の本流くらいは知ってるけど」

「んな事察しとる。もし全知持っててこれなら殴ってたゾ」

クソ女神様
「それでも、与えられた職責は全うする為に努力してきたわ」

「それが出来てないと……いや、もうそいつを判断する前に早く権能言えよ」

クソ女神様
「繁栄と闘争よ」

「うん………………うん?」


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このアイドルがいなかった世界で

次回は転職後になるので間が開く予定。
他の連載も1回は更新するよう頑張ります(白目)

誤字修正。にょんギツネ様、たまごん様、物数寄のほね様、nekotoka様、sk005499様、仔犬様ありがとうございます!


 今回のアイドルアルティメイトは、テレビ業界の威信をかけたイベントだった。

 

 次世代のスターを決定すると謳われたこのイベントに、テレビ業界はほぼ全力で取り組んでいた。協力してくれる媒体全てに大々的に広告を張り、ここ数か月で大分視聴率が落ちていたとはいえ、まだまだ発信力のあるテレビ放送で毎日のようにCMを行い、番組などでも息のかかったタレントに盛んに宣伝を口にさせた。

 

 また、このイベントは衰えたとはいえ未だに影響力の高い全国の大手テレビ局のチャンネル全てで中継されている。そもそも、アイドル自体が現在流行の中心に位置する存在である為、元から注目度が高かったこのイベントは今現在もカメラを通して日本中に注視されている筈だ。

 

 これほどまでの大博打。乾坤一擲とも言える勝負に出るのも、全ては芸能界の復権の為。そして、現在一強となりつつある961プロの影響力を少しでも落とす為でもある。961以外の芸能事務所ほぼ全てと、テレビ局による包囲網。

 

 これを受けてこの半年、961プロ所属のアーティストはラジオを除く放送業界から姿を消していた。日高舞ですらこの半年、テレビの前には出てきておらず、波の激しいテレビ界隈ではすでに過去の人物として扱われている。

 

 包囲網は確実に961プロを追い詰めている。

 

 筈だった。

 

 

『~~~』

 

 

 その歌声に、心が震わされるのを感じて、日ノ本テレビの毒島に低い声で隣に座る美城が語り掛ける。

 

「毒島さん。何故、何故この舞台に日高舞を参加させたんですか」

「……あの流れで961を省けばまた火種になる、それは美城さんもご理解されていたはずです」

 

 小声で責めるようにそう口にすると、隣に座る美城は毒島に青ざめた顔を向ける。いや。その表情は青ざめ、を通り越して白く変色すらしている。その共犯者の表情に、内心の焦燥感を必死に抑えながら毒島は再度口を開いた。

 

「ええ。ええ、勿論理解していましたとも。あれがどんな化け物であるかを。ですが、ですがね。貴方は、幾ら日高舞と言えども半年のブランクがあれば勝てると。“我々のアイドル”なら互角の勝負が出来ると仰っていましたね。あれのどこが、ブランクの、あ……る……」

 

 言葉を続けようとして舞台を見て、毒島は言葉を続ける事が出来なかった。

 

「…………馬鹿な」

 

 美城に向かってそう何とか振り絞った言葉を放ち、そして言葉を失った。舞台の上の彼女は、先ほどと変わらず曲に合わせて踊りながら、ミリオンセラーとなった自身のデビュー曲を歌っている。だが、違う。違うのだ。

 

『~~~~』

 

 例えるのならば、そう。彼女は今、ギアを一つ上げた。ローからトップギアへ。それを肌が、耳が、目が感じた。舞台の上でこの日の為に特別にドレスを誂えた他のアイドルとは違い、よくステージで使用する白いドレスに身を包んだ彼女が纏う空気が変わる。

 

 同年代の中でも小柄な部類に入る日高舞の姿が、やけに大きく見えるような錯覚を受けて、毒島は理解した。

 あれは、浅はかな考えで手を出していい相手では無いのだ、と。

 

「……まだ、底を見せてなかったのか……」

 

 絞り出すような美城の声に、浮かし掛けた腰をすとん、と落として、毒島は舞台を呆けたように見る。たかだか10の小娘である。言ってみれば毒島の4分の1しか生きていない、そんな相手だ。

 

 そんな相手の表情に今、長年芸能界を生きた毒島の心が震えている。歌声に耳が喜んでいる。胸に刻まれる、この熱い想いを自覚しながら、毒島は震える手でテーブルの上に置かれていたビールに手を伸ばした。

 

 ブランクは、もしかしたらあったのかもしれない。ただ、それは彼女の成長速度以上の物ではなかった。それだけの話だったのだろう。あの化け物にとっては。

 そして、もう、舞台上の彼女にブランクはない。

 

 たったの数分でブランクとやらを修正して見せた歌う怪物に、彼らが用意したアイドルが勝つことは出来ないと半ば確信しながら、毒島と美城は苦い酒を口に含んだ。

 

 彼らは少なくとも、この瞬間まではまだ幸せだったのかもしれない。

 

 961プロが用意したもう一人を。まだ、彼らは知らなかったのだから。

 

 

 

 黒井タクミ事変により、日本の芸能界は致命的なまでのダメージを受けていた。これまで暗黙の了解とされていた事が明るみに出され、少なくない人数の芸能関係者が引退や追放ではなく実刑判決を言い渡され、信用は失墜。大物といえる人間にまで逮捕者が出た事により、数多の芸能事務所がその幕を閉じる事になる。

 

 これまで芸能人に華やかなイメージを持っていた世間は、政府から発されたこの一連の事態の流れを見てそれ見た事かと手のひらを反す。元々華やかさの裏に濃い闇を持つ商売なのだ。社会的な信用が失墜すればボロクソに叩かれる事はよくあった。それが、今度は業界全体の番だったというだけだろう。

 

 黒井タクミが日本を去った後。一時の熱狂から我に返った日本の民衆は、芸能関係者を水商売よりも低俗な人種の者たちだと叩き始めた。華やかさの裏にあったどす黒い闇が白日の下に晒されたのだ。その腐臭に顔を顰めた者たちが過剰に反応したのは、むしろ当然の事だった。

 

 だが、これまで芸能界とは蜜月の関係にあった報道関係はこの流れを何とかしようと動いた。芸能界と報道関係は繋がりの強い業界だ。この二つが相互に助け合おうとするのは当たり前の事であり、そして、今回は致命的なまでに愚かな行いであった。その動きは、いくら何でも時期と内容が悪すぎたのだ。彼らの必死の擁護は民衆の感情に油を差してしまう結果となり、各新聞社やテレビ局は芸能関係者と同じように世間の批判を浴びて沈黙、醜態をさらす事になる。

 

 この一連の流れに、民衆達は『やはり自分達は騙されていたのだ』という考えに至ってしまう。熱しやすく冷めやすいと言われる日本人だが、この騒動における熱し方はある種異常ともいえるものだった。新聞、TVの不買運動から始まった騒動はいつしか暴動に発展し、テレビ局や新聞社に火炎瓶が投げ込まれたことにより騒乱へと発展した。

 

 そして、緊急出動した自衛隊や警察の機動隊が各地で暴徒と戦闘を繰り広げる中、とあるテレビ局の前。銃を構える機動隊と、学生運動のように角材やヘルメットを持った暴徒達がにらみ合うその広場に。

 

『うるさいのよあんた達! 私の歌を聞けぇえええ!!!』

 

 右手にメガホンを。左手にランドセルを持ったその10にも満たない小娘は、手に持ったメガホンを対峙する2勢力の間に投げ込み、全身を震わすほどの大声を張り上げた。

 当時、デビューして数か月の新人アーティスト、日高舞。

 彼女のデビューライブは、一つ間違えば多数の死人が出るような緊迫した空気の中。殺気立って睨み合う二つの陣営の正にその中間で、奇異の目に晒されながら行われたのだ。

 

 

 

「お前馬鹿だろ?」

「う、うるさいわね! つい、体が動いたのよ」

「いやー、キツイっすわぁ」

 

 同じ用具室に押し込められた961プロ枠のアイドル、日高舞の着替えを手伝いながら、彼女が話すこの2年ほどの芸能活動について正直な感想を述べる。阿呆の極みである。

 

 え、普通高々デビュー2か月のクソガキが警官隊とデモ隊の間に入ってバサラるか? それで何で生きてるんだこいつ。というかお前の両親や高木ちゃんに文句付けたくなってきたぞおい。こんな馬鹿の手綱なんで放してるんだよ。

 

「そんな物、黙って行ったに決まってあいだだだだだ」

「反省しろこのお馬鹿」

 

 頭蓋骨に握力200kgオーバーのアイアンクローをかまして制裁を加える。いや、流石に全力は出さんぞ、ザクロみたいになっちまうし。

 

 しっかし、まぁ……

 

 背後にあるドレスのジッパーを下ろしてやりながら、舞の体つきを見る。2年前とはまるで別人だなおい。筋肉と脂肪の付き方も、年齢の割に考えられている。このトレーナー、かなりできるな。舞の伸びしろをある程度把握してやがる……おいおいクロちゃんよぉ、予想以上の隠し玉持ってるじゃん。

 

「あ、ちょ……やん! もう、どこ触ってるのよ!」

「げっへっへっへ。まぁ、冗談はさておきちょいと揉んでやるよ。ったく、ガキの癖に無茶しやがって」

 

 嫌がる手の力の無さに消耗の度合いを見て、私は舞の値踏みから一パイセンのそれへと視線を変える。随分とまぁ無茶をしやがる。こいつ、舞台上でそれと分かるぐらいに進化しやがった。進歩じゃない、進化だ。この位の年代にとってたったの数日がどれだけデカいのかはよく知ってるつもりだったが、たったの数分の舞台での動きで今の自分の最大値を叩き出そうとしやがるとはな。

 

 まぁ、その分が体に負担として乗っちまってるみたいだが。あ、やっぱり駄目なところ張ってやがる。もみもみ。 

 

「わかってる、うん、わよ! もう、あん、たは大丈、ひゃん」

「やたらと艶っぽい声をだすない」

 

 足揉んどるだけだぞこちとら。いや、まぁこの位の年齢でマッサージなんかくすぐったいだけか。痛みもエンドルフィン的なあれで感じてないだろうし……まぁ後は湿布貼っとけばいいかね。医務室もここは使わせてくれそうに……あ。さっきの幸姫ちゃんに貰ってきてもらえばええか。

 

「ちょっと、あんたまた誰かにちょっかいかけたの?」

「またとは一体なんだねちみっ子。お前は自分から私に喧嘩を売ってきたんだぞ?」

 

 折角の古巣への凱旋がいきなりライブバトルに変わっちまったのは未だに根に持つ出来事だ。おっちゃん達から評判は良かったけど、結局ゆっくり話す事も出来なかったんだからな。

 

「それは……その。ちょっとだけ悪かったって、思ってるわよ。でも。今日のはあんたが!」

「やけに突っかかるなお前……ん、んん? 今日……さっきの舞台も……もしかしてお前」

 

 やたらと今日の事を押してくる小娘の言動に引っかかりを覚えた私は、海のリハクにも負けない眼と智謀()を持ってこの珍妙な小娘の珍妙な行動を分析してみる事にした。他者の名前を出した時の反応。やけに気合の入ったステージ。ちらちらとこちらへ向ける意味深な視線。

 

 成程。分かった完ぺきに理解したわ。

 

「飼い主大好きのチワワかお前は」

「違うわよ!」

 

 一から十まで尻尾ぱたぱたしながら飼い主にじゃれ付く子犬とほぼ同じ思考回路じゃねーか。なんだこの可愛い生物。萌え殺す気か私を。

 

「おぉ、よしよしよし! 全くもぉ、くぁわいぃ奴だなお前は。構って欲しいなら口に出せよこの」

「ちょ、こら! 抱き着くなって固っ!」

 

 おい、固いってのは止めろ私に効く。スタン爺さんに言われてから地味に脂肪を増やすように努力してるんだよこっちは。頑張って付けた脂肪まで固かったのは苦笑いしかでなかったがな。

 

「ま。良いステージだったぜ、舞」

「…………うん。ありがと」

 

 頭をなでくりしながらそう言うと、途端に大人しくされるがままになる舞。安心したのか、少しすると寝息が胸元から聞こえてきた。負けん気が強い性格だがまだ10の子供だ。こんな悪意まみれの演奏会じゃぁな。緊張もあったし、疲れたんだろう。

 

 しかし、このまま休ませてやりたいが、この用具室じゃ横にするのもなぁ。しょうがない、音楽スタッフ用の楽屋に無理言って寝かせてもらうか。私が連れてきたバンドマンどものスペースに寝かせれば良いだろ。

 

 さて、ちみっ子の寝顔を堪能するのはこの辺にして、だ。この控室の格差といいスタッフの対応と言い。随分と露骨に喧嘩売られたもんだなパッパも。いや、まぁこの流れも当然なのかね。明らかに一人勝ちだし、出る杭は打たれるのが日本って国だからな。打たれかけた私が言うんだから間違いない。

 

 と言ってもただ打たれるつもりは毛頭なさそうだがな、あの人。舞だけで明らかにオーバーキルなのに私まで用意したんだ。何となくあの人が持っていきたい落着点は読めて来たけど、その為に私を使うってまぁ随分と過激な考えに染まったなパッパも。しかも私の存在を周囲にギリギリまで知らせない用意周到さ。良いねぇ、面白くなってきた。

 

「汝右の頬をぶたれたらトミーガンをぶっ放せ、だったかな」

 

 舞を背負って、私は割り当てられていた用具室から出る。もう着ぐるみを付ける必要はない。あ、いやあれ毛布代わりにしてやるか。あったかいし。

 起きた時にはめんどくさい事は粗方片付けといてやるから、良く寝るんだぜ。ねんねんころりやおころりよってな。

 

 

 

 舞台の上でおざなりな拍手を受けながら、美城幸姫は一つの確信を浮かべていた。

 自分は決して、化け物にはなれないのだと。

 

『美城幸姫さん、ありがとうございましたー!』

 

 必死に盛り上げようとしてくれた司会の声に合わせて頭を下げる。視界の端では、顔を白く染めた父が隣に座るテレビ局の重役と何か激しく言い争っているのが見える。つい数十分前までなら、その光景を見て自分は悲しく思っただろうか。そんな事を冷静に考えている自分に驚きながら、幸姫は舞台袖へと下がっていく。

 

 その舞台袖には、今、最も会いたくて、会いたくなかった終わりを告げる使者が。黒いドレスに身を包んで、幸姫を待っていた。

 

「おっす、幸姫ちゃんナイスステージ! 良い感じだったよー」

 

 パンパンと笑顔を浮かべて手を叩く彼女の姿に、ああ、そうか。そういえば、そうだったと幸姫は一つ頷いた。

 テレビ局の嫌がらせの一環で、私のステージの後に961の新人と呼ばれていた人物がトリを飾らされるんだったと思い出し、ついクスリとほほ笑みを浮かべてしまう。

 

 成程、確かに彼女は“日本のアイドル”としては新人も良い所だろう……楽屋で思わず詐欺だと本人に面と向かって言ってしまったのは、つい先ほどの話だ。

 

「黒井さん」

「ん? 同い年なんだしタクミちゃんでも良いのよ?」

「お手柔らかに、お願いします」

 

 諦めの中に少しだけの願いを秘めたその言葉に、黒井タクミは小さく笑顔を浮かべて首を横に振った。

 

「全員に圧倒的に勝てって言われてるから、ちょっと無理かな。幸姫ちゃんは良いアーティストだよ。だから、全力で叩き潰すね」

「……貴方にそう言って貰えた事を。誇りに思います」

「……本心だよ?」

 

 頬を伝う涙を拭うつもりはない。そんな幸姫の姿をどう思ったのか。滲んだ視界の端を、ステージに向かって黒井タクミが歩いていく。横をすれ違う時。彼女が纏う空気が色濃く変わったのを感じて、幸姫は静かに悟る。彼女は言葉通り、全力を持って蹂躙しに来たのだ。このちっぽけな島国の、ちっぽけな争いを。

 

 幸姫は振り返らなかった。振り返れば、自分が折れてしまうのが分かっていたから。何故だかそんな姿をタクミにだけは見られたくないと。そう思って、幸姫はまっすぐ楽屋へと続く道を歩き出す。

 

 背後から流れ始める音。叫び合いのような何かが終わった後に漏れ出す熱を持った空気の様な何か。化け物がその牙を見せる、その気配を背に受けながら。

 

 ああ、歌が。始まった。

 

 全てを染め上げるタクミの歌が。

 

 

 

『ええ、明日のスーパースターを決めるアイドルアルティメイトもいよいよ大詰めとなりました。この記念すべき初回の最後を務めますは961プロから送り込まれた秘密兵器! 先程素晴らしいパフォーマンスを見せてくれた日高舞さんの後輩という事ですが、何とこちら匿名での登録となっております!』

『ええ、この舞台に匿名って……日ノ本テレビさんもチャレンジャーですねぇ』

『黒井社長の秘蔵っ子との噂もあります。オオトリを飾るに相応しい人物であると良いのですがね!』

 

 司会に抜擢された関西系の芸人の揶揄するような言葉に黒井の眉がひくひくと動く。会場内の冷え切った空気は、時間を追う毎に会場内にいる人々を責め苛んでいた。

 

 会場内に居る人間はすでに理解していた。誰が勝者であるのかを。今のこれは、言わば蛇足だ。この最悪の空気に息苦しさを感じていた人々は、早く解放してくれと願いながら次に出てくる最後の演者が現れるのを待っていた。

 

 前の演奏スタッフが舞台から降り、次のスタッフが舞台に現れた。さっさとしてくれ、と最前列で苦い酒を呷っていたとあるテレビのプロデューサーは、その準備しているスタッフの顔を見てある事に気が付いた。見覚えのある顔だ。

 

「……あれは、Xross(クロス)のYOSHIじゃないか?」

「あっちはTOSHIKIだ。あれ、このメンバー、まさか」

「いや、間違いない。全員Xross(クロス)のメンバーだ!」

 

 その演奏スタッフの姿に気付いた観衆達が騒めき始める。当然の話だった。かれらXross(クロス)は日本でも屈指と言われる人気を誇るロックバンドだ。折しも大ロックブームの真っ最中である現在、いかに締め出し中の961プロとは言え各所で多忙な日々を送っている筈のグループで、間違っても演奏用スタッフに使われていい者たちではない。

 

 彼等の存在は、これまでの演奏スタッフに比べて明かに場違いだった。だが、そんな場違いの場所で、準備を進めている彼らの表情には暗い物が一切ない……むしろ、今から行う演奏の為に嬉々として準備を進めているように見える。

 

 彼等と仕事をした事の有る人間は、そのプライドの高さを知っているが故に困惑を浮かべながらその様子を見つめていた。

 

 何だ、何がいま、起こっているんだ?

 

 静かに声は大きくなっていく。人気グループである以上注視すれば彼等だと当然すぐにバレるのだ。彼らが熱心に裏方の準備を行っている、その事実に気付いた会場内は先程までの冷え切った空気から一転し、困惑気味な騒めきへと姿を変え……

 

 

『ハロー?』

 

 

 世界で最も有名となった掛け声が、会場内を木霊するように駆け抜けた。

 

 

 

 

『ドーモ、日本の皆=サン。タクミです、声が聞こえねっとと、違った。今は新人アイドルの黒井タクミちゃんです。よろしく?』

 

 ロックモードは封印な? と悪戯っぽく笑うその姿に、会場中の大人たちが呆けたような表情を見せる。未だに齢12の黒井タクミは、ただにこりと笑うだけでその場にいた人々の心を掴んだ。彼女の一挙手一投足にその場にいる全ての人間の耳目が集中する。

 

『いやー、ほら私ロックスターは名乗ってるけどアイドルは初めてだからさ。アイドルってあれだよな、歌って踊ってらんらんるーって感じで。ちょろっと練習してきたよ、3日くらい』

 

 おどけた様なその言葉に、だが笑い声をあげる者はいない。たとえ多少技巧がおざなりであろうと、彼女の声が、姿が、存在感がその拙さを全て塗り潰してしまうだろうと、そんな根拠もない事を会場内の人間は半ば本気で考えた。

 

 黒井タクミの声は、そんな甘くて温い遅効性の毒を飲んだかのような痺れを彼らにもたらしている。彼女ならばという妄信に近い感情……レッドショルダーズと彼女の率いるグループのファン達は呼ばれているが、あれほどの狂信を生み出す何かを、確かにこの会場に居た人間は感じていた。

 

「ば、馬鹿な! お前は、お前はアイドルでは、ないはずだっ!」

 

 ガタリ、と大きな音を立てて、最前列に居た毒島が席を立つ。その毒島を表情も変えずに見つめるタクミは、ステージ上という事もあって見下ろすような形になるその中年の男の言葉に首を傾げた。

 

『まぁ、私は分類で言えばロックスターだけどさ。アイドルだってやれるよ? アイドルの定義に当てはめるなら、私だってアイドルさ。熱狂させることに関してはそこそこ自信があるしね』

「違う! お前は、お前の様な化け物が! アイドル等というきらびやかな存在である筈がないっ!」

「毒島さんっ! 貴方、何を言っているんですか!」

「えぇい、止めるな、美城ぉ! あの化け物がっ、我々に、何をしたか……!」

 

 その叫びに隣に座っていた美城が立ち上がって毒島を抑えようとする。言ってはいけない叫びであった。たとえ結果がどうであれ被害者である彼女を起点とした芸能界の凋落。その全ての場面に立ち会ってきた美城にも、彼の気持ちは分かる。

 

 だが、その叫びは決して言葉にしてはいけないものだった。少なくとも、この場においては。

 

「ッ……撮るな、私を、撮るなぁ!!」

 

 羽交い絞めにされる毒島と美城に向かって、中継用のカメラが向けられる。これが現場の判断かは分からない。だが、切り捨てられた。その事だけは毒島と美城にも理解できた。

 

 醜く足掻く様にカメラから自分の身を隠そうとする二人。その様子に取材班もシャッターを切り出し、敗者へと容赦なくフラッシュが叩きつけられる。悲鳴のような、言葉にもならない声を上げる毒島と美城。その様子を公開処刑のように映し出すレンズ。ステージ上の絶対者の機嫌に気付きもしない愚か者達の不愉快な喜劇は、鼻を鳴らした怪獣の一息で終わりを告げた。

 

 

『うっせーんだよ井戸の底のカエル共! ゲコゲコ鳴いてんじゃねーよ!』

 

 

 圧力を伴うようなその一喝に会場の空気が再び凍り付く。961プロの面々以外が目を見開いてタクミを見つめる中、タクミは深いため息をついて腰を下ろした。かかとを地面につけた状態のまま、脚を広げてしゃがむその姿はまさにヤンキー座り。これで手に煙草でも持っていれば明らかな非行少女の出来上がりだろう。

 

『マイコーとマドゥンナ抜きで究極のアイドル? こんなん精々日本アイドル賞とかだろ。そんで大人の都合で今頑張ってる娘達を使って、やりたい事の落着点が給金の談合? 961プロのやり方じゃ確かにあんまり儲からないからな。うん。お前ら馬っ鹿じゃねぇの?

 

 絶対零度とすら思えるその声音に、最前列でその圧力を受けた人物が思わず手に持ったグラスを落とした。そして、彼女の言葉を受けて静まり返る会場内に、突如笑い声が響く。最後尾の席でふんぞり返っていた黒井が、もう堪らないとばかりに笑い声をあげたのだ。彼からしてみれば面白い見世物なのだろう。

 

『パッパもパッパだよ。居心地よすぎて961プロに人が集まるからって包囲網なんか食らってさ。もうちょい味方を増やすよう努力したら?』

「すまないな。忙しさにかまけて動きが鈍っていたのは私の失態だ。あと、その格好ははしたないぞ!」

 

 少し声を張り上げるようにそう返した黒井の言葉におっと、とばかりにタクミは腰を上げた。ぽんぽん、と腰のあたりを手でたたく随分と婆臭い仕草をしながら、タクミは再びマイクを口元に持ってくる。

 

『じゃぁ、時間も押してるみたいだしそろそろ一曲行こうか』

 

 エイダだったらここらで茶々の一つも入れてくるんだがなぁ、と固まったまま司会進行の役割を果たさない置物に視線を向けて、タクミは背後にいるXross(クロス)のメンバーに視線で合図を送る。待ってましたと笑顔で楽器に手をかける彼らに、こいつらならもう世界のステージに立っても良い所行けそうだなぁ、と少し場違いな感想を思い浮かべてタクミはギアを切り替える。

 

 会場内は、衝撃的すぎるこの数分の間に意識を飛ばしかけていたらしい。呆けたような顔から、演奏の音楽にふと我に返ったかのように彼らは周囲を見回し、舞台上のタクミへと視線を向ける。そんな”観客達”に、タクミは静かなイントロに合わせて語り始める。

 

『今までのやり方とか、慣習とか。今日、黒井タクミが全部塗り潰してやる。だから、次に会う時は世界のステージを目指して。また会おうぜ……“”』

 

 爆発する音楽に合わせて、タクミは曲名をただ一言叫ぶ。

 

 腐臭に塗れた大人たちの思惑は全て紅色に染め上げられ。

 

 そして、タクミはまた一つ。日本の地に伝説を刻み付けた。

 

 

 

「紅色に……全てが…………」

「……ゆきちゃん……」

「あれが……本物なんですね。三浦さん……」

 

 そして、幾人かの心に。

 

「何で起こしてくれなかったのよ、順さん! 最初っから見れなかったじゃない」

「おいおい、急いで迎えに行っただろ」

「ふんだ……絶対に、次は勝負してみせるんだから」

 

 深く熱い何かを打ち込んで。

 黒井タクミのアイドルデビューは、幕を閉じた。

 




毒島:再登場の予定なし

美城社長:幸姫ちゃんのついでで登場するかも。

日高舞:一文字で鬼、二文字で悪魔、三文字で日高舞、と異名を誇るアイマス界隈のラスボス。今作だと寧ろ勇者枠。あとバサラ枠でもあったようなのでマクロス7が作られたらタクミが押してくる可能性あり。

美城幸姫:デレマスの美城常務の若かりし姿() 今作ではギリギリまでアイドルで居ると思います。天災と天才の背を追い続ける秀才ポジですかね。

Xross(クロス):元ネタはXジャパン。紅は、星輝子バージョンの「ヒィヤッハァアアアア!」が予想以上に出来が良かったのでいつか使おうと思っていました。ぱちぱちは星きの子大好きです。




クソ女神様とタクミっぽいのの小劇場


「いまのこの世界のどこが繁栄しているのかについて3行以内で」

クソ女神様
「人口はどこも爆発してるじゃない。死と生の循環は順調よ」

「違う、そうじゃない。求めてるのはそうじゃない」

クソ女神様
「……わ、私だって、良く分からないけど文化的な部分は、大事だって思ってるわ」

「うん。とっても大事なことだよ。よく理解してくれ。その結果がこれだから。銃撃戦の理由が肩がぶつかったからってソドムとゴモラでももうちょいマシだったはずだぞ?」


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幕間・そして世界は進みだす

遅くなって申し訳ありません(震え声)
今回は大きく話が進むわけではない為幕間となりました。
前回がむしろ大きく進みすぎげふんげふん。次回の布石等も敷いてみましたのでお楽しみ頂ければ幸いです(目そらし)

誤字修正、ゴールドアーム様、竜人機様、sk005499様ありがとうございます!


「”マイケル”は……姉はいつもあの娘の事を見ていたの。多分家族の私たちよりも彼女の事の方が詳しいんじゃないかしら」

「ある時私は言ったわ。『お姉ちゃんのほうがあんな娘よりももっと凄く歌えるし、かっこよく踊れるし、何よりヤバいわ!』って。大好きな姉がいつもあの娘の事ばっかり話すから、ちょっと妬ましかったの」

「するとね。姉は少しだけ目を丸くした後に笑ってこう言ったの。『タクミがヤバいのは、そんな所じゃないのよ可愛いアネット』」

「『あの娘が本当に凄いのは、歌えるからとか踊れるからとかそんな事じゃないの。もちろん、それらも全部あの娘の魅力だけど』ってね」

「姉は私との話でインスピレーションがわいたからと作曲に入ってしまって、暫く忙しくて結局それがなんなのか教えてくれなかったわ。でも、今なら姉が言いたかったことが私にもなんとなく分かる」

「【伝説の一夜(ワンナイト・カーニバル)】を作っていた時の話よ。そしてその時に”Bad”は生まれたの……誰が”Bad”(ヤバい)んでしょうね?」

 

~アネット・ジャクソン とある雑誌社からのインタビューにて~

 

 

 

 ニューヨークはタクミのホームタウンだ。これはボトムズのファンだけでなく一般の音楽ファンにとっても周知の事実である。彼女を世に出したボビー・ブラウニーと彼女が出会った場所でもあるし、タクミとジェニファー・ヤングが出会った場所でもあるし、タクミストリートというそのものずばりの新名所まで存在する。それに何より【伝説の一夜(ワンナイト・カーニバル)】の舞台となったのは未だに音楽ファンにとっては記憶に新しい事柄だろう。黒井タクミの軌跡を語る上で決して避けられない町。それがニューヨークだ。

 

 そして、そんな街だからこそその建物は存在する。

 

『よぅ、キング。例の映画は順調かい』

 

 マンハッタンの中心、セントラルパークを見下ろす形で存在するその超高層ビルディングの中ほど。とある会社のオフィスとして十階ほどが使用されている。その内の1階層は社主の意向により丸々が関係者用のフリースペースとなっている。

 

『ブルースさん! レコーディングは終わったんですか?』

 

 エレベーターを降りるとすぐに広がっている大きなフロアには各所にテーブルとイス、そして見やすい位置に置かれたTVとスピーカーがあり、世界中で新しく世に出たホットな音楽やMVを再生し続けている。

 

『勿論さ。何せ今回は我らがプリンセスからの楽曲提供があったからな。まぁ、今回はうちの悪ガキどもの分だったんだが』

 

 大きなフロアから更に奥へと進むと社員や関係者なら誰でも使用可能な食堂とシャワールーム、仮眠室、そしてレコーディングスタジオといった施設が存在する。ふっと頭に浮かんだ音は僅かな間に逃げて行ってしまう事がある。それを防ぐため、いつどんなタイミングでもレコーディングに入ることが出来るように設備が整えられている。

 

『ジョン達も遂にデビューかぁ。私も負けてられないわ』

 

 そんなフロアの一室。最も奥まった場所にあるそこは、特に定められているわけではないが『とあるアーティスト』が良く利用するため、ある種の聖域として扱われている。

 

『焦りは禁物よ、アネット。貴女もあと少し頑張ればきっとデビュー出来るわ』

 

 その”玉座”という名がつけられた部屋の中。お気に入りの椅子に座った部屋の主(キング)は、楽譜から目を離さずに談笑する妹と友人に声をかけた。

 

『ハイ、ブルース。順調と言えば順調ね。アネットのお陰で良いインスピレーションが沸いてきたわ。音が胸の奥から溢れて、頭に向かって雪崩れ込んでくるみたい』

『そいつは景気の良い話だ。ツアーに出た子猫ちゃんといい、同期連中はどいつもこいつも飛ばしてくるからおっさんも気が抜けねぇよ』

『本人に聞かれたらまた怒られるわよ』

 

 ブルースと呼ばれた男の物言いに苦笑気味に答えながら、彼女は彼に視線を向ける。スター揃いのこの会社の中でも、”キング”と並び称される”クイーン”(マドゥンナ)を子猫ちゃん扱いできるのは彼か……それこそボトムズの長老くらいだろう。

 

『その時はプリンセスに学んだジャパニーズDOGEZAの出番さ。所で、もっと景気が良くなるパンチの効いたカンフル剤を持ってきたんだが……入り用かな?』

『マイキー・バイソン並のパンチ力?』

『勿論。保証書もいるかい?』

 

 自身に視線が向いた事を確認したブルースは、おどける様にそう言うと手持ちのカバンから折りたたまれたニュースペーパーを取り出した。そんな彼の仕草に妹と共に笑顔を浮かべたキングは、受け取ったニュースペーパーに何気なく目を落とし、そして掲載されていたとある写真に大きく破顔する事になる。

 

 彼女が目を通したニュースペーパーの一面。そこにはでかでかと彼女たちが所属する会社の主……黒井タクミが舌を出し、両手中指を天に突き立てている姿が映し出されていた。

 

 

 

「抗議の電話が鳴り止まないんだが」

「ちゃうねん(震え声)」

 

 いや、こうさ。ついテンションが振り切れちまってね。高ぶる感情を表現しようとしたらドヤ顔ダブル○ァッキューが自然と形作られていたんだよね。まさかこんなドアップで撮られてるとは見抜けなかった。この黒井タクミの目をもってしても。

 まさか全世界にドヤ顔晒される事になるとはなぁ。正気に返った後は冷や汗出たわ。

 

「こっちは冷や汗どころじゃないぞ」

「ごめんて」

 

 苦虫を噛み潰しまくって薬にして飲んだのでは、という顔色のパッパにぺこりと頭を下げる。今回の件は流石に自身の過失だからな。場の空気に飲まれるなんて失態やらかしたらもう平謝りしかできん。

 

 いや、前回の仕事は、というかパッパの依頼自体は問題なく達成できたんだ。問題になってるのはその後というか、ちょっとやりすぎたというか。ついついいつものライブのノリでテンション上げまくってたせいでその後のインタビューとかも全部【アイドル:黒井タクミ】じゃなく【ロッカー:タクミ】で受けちゃってさ。めっちゃ煽りまくって日本TV界めたくそにこき下げちまったんだよ。

 

 Q:つまり?

 A:控えめに言って阿鼻叫喚だよね!

 

「まぁ……当初の予定は達成できた。ちょっと、いや。大分やりすぎた感じがするが」

「流石にあの惨状じゃ包囲網もくそもないかー」

「それどころか美城は存続の危機。日ノ本テレビも株価急落で焼けダルマだ。誰がここまでやれと」

「いや、流石にそこは不可抗力だから」

 

 おっとまたお小言モードに突入しそうだったから少し水を入れさせてもらうぜ! 実際あそこまで一気に崩れてるのは私のせいじゃなくて向こうの問題だからね。

 

 そもそも今回の包囲網ってのが色々無理があったんだよ。今現在961プロが一強みたいな状態になってるのは、どちらかというと他の芸能関係の自滅によるものだ。それ以降の活躍に関してだって単に企業努力の範疇だし、961プロ側は他の大手みたいに圧力なんてかけることもなく必要だとされる番組に必要とされた人材を送り込んでいただけだった。

 

 そんな至極真っ当な仕事のやり方しかしない961に対し、まず対抗できないから1強の足を引っ張ろうなんて理由で連中は結託していたわけだ。どんだけ自分とこのタレントへの報酬を渋りたいんだ連中は。こんな連中と関わる羽目になったんだから思わずダブルファッキュ○しても仕方ないだろう? 

 

 そしてそんな連中を叩き潰した結果、美城という柱がコケてあっと言う間に961プロ包囲網は瓦解し、互いが互いを食い合う戦国時代へと突入したわけだ。961以外はな。

 

 ……幸姫ちゃんのこれからの苦労を思うと少しだけ心が痛い。叩き潰した私が言うのも何だが彼女は良いアーティストだった。まだまだ発展途上だがゆくゆくは世代を代表できる人物になれるのでは、という可能性を感じる娘だ。

 

 同年代に舞が居なければ、世代最高のアイドルと言われてもおかしくはなかっただろう。これで折れていなければ、或いは舞のライバルに上り詰めるやもしれないな。

 

「お前は違うのか?」

「私はね。アイドルじゃないよ」

 

 今回の件で痛感したわ。私はやっぱりアイドルって向きじゃない。同じようにステージに立っても何かが違うという感じがするんだ。後ろに立っていたのがあの3人じゃなかったのも大きいんだろうけどさ。多分、私がアイドルとして立つとしたらあと一回だろうな。何となくそう予感を覚えながら、パッパの言葉に首を横に振る。

 

 私の答えにパッパは「そうか」とだけ言って頷き、そして少しの間黙り込んだ後。何かを思案するような表情のまま口を開いた。

 

「なら。アイドルではなくロックアーティストの黒井タクミに尋ねるが。お前から見て、日高舞は何点だった?」

「70点だね。歌ってる最中に進化しやがったのはびっくりしたけどそれでもまだまだ」

 

 本番で成長するなんて漫画の主人公みたいな事をしでかしやがったが、よく考えれば程度の差こそあれど他のアーティストも似たような事をやってたりする。例えばマイコーとかな。伸びしろのあるアーティストなら自分の限界以上を引き出すってのは不可能な事じゃない。あれが普段から出来てるんなら更に評価アップだがね。

 

 私の言葉にパッパは満足げに頷く。この点数は合格点を超えてるって意味でもある。今の状態でも舞は諸外国のトップアーティストの中に混ざって揉まれても埋没しないくらいの実力はあるだろう。本当の本当にトップであるマイコーとかと比べたら流石にまだまだだけどな!

 

「それは、現在のお前の基準で考えての点数で良いんだな」

「うん。10歳であれなら十分でしょ」

「そうか。なら、もう一つ尋ねたいんだが」

「なんじゃらほい」

「2年前の、10歳の黒井タクミと比べたなら、どうだ」

 

 覗き込むような視線で、含み笑いを浮かべながらそう尋ねる黒井の言葉に私は開きかけていた口を閉じて言葉を止める。

 そうか。ここでその問いが出てくる位には舞を買っているって事か。つい口角が吊り上がりそうになる中、私は胸を突き上げる渦巻く感情に答えを見出そうと努めた。友情、ではない。愛情、は私はノーマルだ。言葉にならない言葉を探そうとこんな肝心な時に役に立たない頭に手を当てて私は目を閉じ……満面の笑みと共にその感情を吐き出した。

 

「90点」

 

 2年前。あの時すでにプロとして一線を張っていた私と、ただの歌自慢の小娘との出会い。あの時に感じた直観と、心の中に響く何か。期待とよく似た感情は今、炎のように熱く私の胸の中で燃え上がっている。

 

 背中を追って走り続けたんだろう。たったの2年で、あいつは私の背中が見える位置まで駆け上がってきた。これから体が成長するごとにあれはどんどん輝きを増して背に近づいてくるだろう。

 

 上等じゃねぇか

 

 舞が背を追ってくるというなら突き放せばいい。成長するのはあいつだけじゃあない。声量こそすでに人類の限界点に達しているが私の体は未だに成長を続けている。アイドルという土俵での戦いであろうとこの身体能力の差はそのまま体捌きの差になるのだ。

 

 己の中にこれほどの闘争本能があるとは思わなかった。そう頭の中の冷静な部分が声を零すほどに今、黒井タクミ(わたし)は猛っている。

 

 今回のようなおままごとの舞台じゃない。あの屋台村の決着は。あの娘との約束を果たす場所は。

 3年後。きっと、彼女は私の前に立つ。その様子を思い浮かべるだけでじっとしていられず、私はパッパに一言声をかけて席を立った。一汗かいて落ち着かなければいけない。

 

 こういう時は思い切り歌うのが良いんだが私の声量だと周囲に爆音カマすことになるしなぁ。スタジオでも使うか……あ、そういえばこの世界ってカラオケどうなってるんだろ。ないなら作るべきだろうか。

 

 

 

『ゴジラ! ゴジラ! でも私はミニラ! タクミニラと映画館で握手!』

 

 説明しよう! タクミニラとは忙しすぎて撮影スケジュールにほとんど参加できない黒井タクミをプロジェクトに参加していたと強弁する為に生み出されたブサカワイイ系のマスコットである! 重量が20kgくらいあるから普通の子供では着れない上にサイズが子供用だから黒井タクミしか着て動けないぞ!

 

 なんでこんな事になってるんでしょうかねぇ(震え声)

 

「こっちに専念してくれればもっと良い配役もあったんだが」

「いやぁ、アメリカの仕事もありますし、これで大学生でもありますんで」

 

 テレビで流れるCMを見ながら嘆いていると、円城さんの息子さん、一郎さんの小言交じりの言葉が飛んでくる。いや、それはそうなんですが、ね。実際、めちゃめちゃ忙しいんだよね今って。ついに発売したインベげふんげふん。スペースウォーの宣伝に夏の陣冬の陣の参加、それに大学に提出するレポートなんかもあるしな。

 

 夏の陣冬の陣が何でそこに並んでるのかって? その時に一緒にボトムズのライブもやってるのと、あそこが世界で有数の宣伝効果を持つイベントだからだよ。なんせ来場者数が10万の大台に届いちまったからな。開催初めてまだ2、3年だぞどうなってんだおい。

 

 今年も大いにライブで盛り上げた後にあほみたいな規模の展示スペースに行ってずらっと並ぶ人人人の群れをかき分け展示会場を練り歩いて気に入った作品にはお墨付きあげて夜祭でマイムマイムを踊ったよ。10万人で食べるバーベキューはうまかった。全員の顔は流石に見れなかったがな。結局1日では展示スペースを回りきれなくて3日くらいかかったよ。疲労で死ぬんじゃないかと思ったのは前世ぶりだったわ。

 

 まぁ、疲労した甲斐はあったというか。主催者権限で一番目立つブースで自社で開発したゲームを展示しといたらあっという間に長蛇の列ができて、少ししてからは列の奪い合いで乱闘騒ぎが起きたりする位の盛況を博していたのでこのゲームは間違いなく売れるだろう。ウィルからの定時連絡も最近は嬉しい悲鳴ばかりだからな。正直帰った時に書類を見るのがちょっと怖いくらいだ。

 

 と、少し脱線してしまったがゴジラの話だ。現在、ゴジラの撮影は順調に進んでいる。東京映画と961プロ渾身の、というか961プロ包囲網の影響で暇をかこっていた俳優をやたらとつぎ込んだ結果、エキストラにまでそこそこ知名度のある人物が居るというもういっそ961プロオールスターと名付けたほうが良い有様だが、撮影スケジュール自体は順調に進んでいる。誰かが不意に出れなくなってもすぐに代役が埋まるくらい人的余裕のある状況だ。

 

 そんな状態だから私の出番ないよね? いらないよね? と安堵してたんだけれどもそうは問屋が卸さなかった。というのも円城さん本人と、体力に問題がある円城さんの代わりに現場の指揮をしている黒川監督たっての要望があったからだ。

 

「……ずっと居ろとは言わん。ただ、お前さんのお陰で見れた英ちゃんの夢なんだ。せめて足跡を残しちゃくれねぇか」

 

 最初に渋ってそう答えた私に、黒川監督はそう言って頭を下げた。世界のクロカワにそんな事されて嫌だなんて言えるわけないわな。うん。キツめのスケジュールを更にいじって私はなんとか無理くり撮影に参加する事になった。

 

 そしてタクミニラである。

 

 思ったね。詐欺だと。

 

「いやぁ、正直どうかと思ったが大人気だし良いんじゃないか? 親父も子供の笑顔が見れるって喜んでたしな」

「何故か大人気なんだよねぇ」

 

 適当にブサカワイイ着ぐるみ着てゴジラのテーマ曲に合わせて踊ってるだけのCMなんだがな。テレビ局側の全面降伏により堂々とテレビ業界に戻ってきた961プロの影響力をガンガン使ってバンバン宣伝してるんだが、何故か一番反響がでかいのがタクミニラのCMってなんだよ。本当になんだよ。みんなあれか。ブサカワイイが流行りなのか?

 

 CMが始まってからはひっきりなしに「あの不細工な着ぐるみはなんだ」とか「どこでグッズは買えるのか」といった問い合わせがテレビ局側に行ってるらしく、これを機と見たパッパと東京映画さんは急きょグッズ販売が決定。ぬいぐるみと適当にでっち上げた曲をカセットにして販売したところ右肩上がりで売り上げが伸びているそうだ。

 

 いや、そっちじゃなくて映画の方に質問をしろよと声を大にして言いたい。映画にタクミニラでないんだけどどうすんだよおい。

 

「そちらは、心配してもしょうがないでしょう。まずは注目を集めた。それでよしとしましょう」

「円城さん」

「親父、体の具合は良いのか?」

「ああ……ちょっと疲れただけだ」

「今回は点滴だけですみましたが、余り無理はなさらず」

 

 円城さんの車椅子を押しながら、この医院の主である(あいだ)先生は円城さんを嗜めるようにそう言った。ここは東京映画の撮影所からのすぐ近くにある診療所で、撮影中の怪我やら何やらにもすぐに対応してくれるから、と東京映画さんが懇意にしているらしい。

 

 医院の主である間 哲男(あいだ てつお)さんは40代に乗ったかどうか位の、かなり若い部類のお医者さんだ。しかし急患やらなにやらにも対応できるその腕は確かで、撮影所のすぐ近所という立地も相まってこの数か月、年齢的に無理が効かない円城さんの体調の管理を手伝ってもらっている。

 

「やれやれ。無理が効かない年齢なんだからもっと体を労われよ、親父」

「分かってる、分かってる。同じことを間先生からも言われたよ。耳タコだ耳タコ」

 

 一郎さんの言葉に円城さんが顔をしかめ、その姿に私たちは笑い声をあげる。撮影も順調で、思っていた以上に円城さんの体調も良い。これなら……もしかしたら。

 

 封切りを、一緒に見れるかもしれない。

 

「おや、もう日が落ちている……近いとはいえ夜道は物騒です。息子に送らせましょう」

「いやそこまでご迷惑は」

「いえいえ。あいつも今は受験が終わって暇をしていますしね。おおい、黒夫」

 

 ぼんやりと考え事をしている間に、一郎さんと間先生が帰り道について話し合っていた。どうやら息子さんが送ってくれる事になったらしい。この時代、前世程夜道も明るいわけじゃあないからな。都市の近くとはいえ確かに子供と老人だけだと物騒だと考えられるか。

 

 確か間先生の息子さんは中学3年だったか。ボクシングをしていてそこそこ成績も残してたらしいから短距離の送り迎えなら十分すぎるか。まぁ私が居れば本当は必要ないんだが、折角の好意だし受けておこうかね。

 

 

 

「すまないな、黒夫君」

「いえ。特に予定はありませんでしたので」

 

 間先生の息子さんは、何というか。見た目はどこにでも居る中坊だけどやたらと目力のある子だ。長袖のジャージを着ている為体格は掴みづらいが、動きは確かに何かのスポーツに打ち込んだように感じる。これならちょっと仕込めばすぐにダンスなんかも対応できるだろう。そこそこの有名人である私の顔を見て固まった後、一度深呼吸をして何事もなかったかのように動き出したそのメンタリティも中々のものだ。

 

 と、違う違う。最近オーディションやらお散歩何でも審査団(冬の陣)なんてやってたから、どうも頭が審査員状態で固まってるわ。

 

 軽く頭を振って思考をリセットし、黒夫君に話しかける。折角若い子(年上)と接点が持てたんだ。最近の流行り廃りをリサーチしとかないとな。なぁなぁおばちゃん少年飛翔って雑誌好きなんやけど兄ちゃん知っとるかい?

 

「ああ。毎週購読してるよ。筋肉マンは最高だ」

「分かる。たまご理論最高よね。えっと、他は?」

「あとは男高校に、こちら亀有公園前警察署とか。ああ、もちろんゾゾゾの鬼太郎も好きだよ。ただ、毎週連載してくれないのがもったいないかな」

「貴様、読み込んでいるな!?」

「ジジの奇妙な冒険も良いね。あの発想と独特な絵は見返すたびに新しい発見がある」

 

 軽く話を振ってみると予想以上に食いつきが良い上に選ぶ作品のセンスが良い。これぞ男の子って作品ばっかりで、そういう意見こそこちらは聞きたいんだ。年齢が変われば作品に対しての感じ方ってのはどうしても変わってしまうからね。今、まさに青春真っ盛りの彼の意見こそこちらとしては欲しいんだよ。実際。

 

「じゃあ、どれが一番好きな漫画かな。やっぱり筋肉マン?」

「……いや、あの雑誌には一番好きな漫画は連載していないな」

「パードゥン?」

 

 と、思わず英語で聞き返しちまったよいっけね。大分言語までアメリカナイズされてきたな――じゃない。連載してないってのは、短編で終わった漫画が好きだったのかな。他にはまだ漫画雑誌は、精々漫画投稿雑誌くらいしか存在しないはずだ。彼のあげた作品を聞くに見る目は確かな筈だし……

 

「どうかした?」

「あ、いや。さっき名前上がってた作品の中には無かったのかなって。私も好きな作品が多かったからさ」

「ああ、勿論みんな好きな漫画だけど、一番は別だよ。といってもプロの描いた漫画ってわけじゃないんだけどさ。中学入学の時に描いてもらった、思い出の漫画なんだ」

 

 若干混乱しながら思考を回していると、黙り込んだ事に訝しんだのか黒夫が覗き込むように私の顔を見る。そんな彼に私は少し慌ててそう答えると、その言葉に頷いた黒夫は問題の漫画についてを教えてくれた。

 

 プロの描いたものじゃない、という事は趣味か。友人か誰かが書いたのかな? 思い出の漫画って事なら確かに補正も入るししょうがないか。しかし結構な漫画好きっぽい彼が一番と推すなんて中々才能ある作者かもしれんな。

 

 少し興味を持った私は、その漫画がどういった物なのかを尋ねてみることにした。面白そうなら作者を紹介してもらおう。そんな軽いノリと気まぐれで。

 

「どんな、か。何というか、凄い腕前のお医者さんの話だよ」

 

 その気まぐれに、私は生涯感謝する事になる。

 

「金持ちからは徹底的に金を踏んだくって、でも手術の腕前は世界有数だから皆彼の元を訪れる。そんなお医者さんの話だ」

 

 ドクリと胸が跳ねた。まさか、そんな馬鹿な。スローモーションのように世界が動く中、私は目を見開きながら黒夫へと顔を向ける。

 ごくりと唾を飲み込む。それだけの動作なのに、やけに大きな音のように感じる。

 

「俺の名前、黒夫だろ。そこからもじって黒男」

 

 ああ。そうだ。そうだった。彼は、彼の本名は黒男だ。

 間 黒男(はざま くろお)

 それは、私にとって馴染み深い。前世で何度も目にした漫画の、主人公の本名。

 

「ブラック・ジャック。それが主人公の、そして、その漫画の名前だよ」

 

 漫画の神の足跡を、私はついに見つけ出した。




ブルースさん:元ネタはスプリングスティーン。現実でもマドンナと同じ日にアルバム出してたから張り合わせようと思ってた。でもマドゥンナ出せなかった(白目)

アネット:元ネタは一体何ジャネットなんだ……?

キング:彼女なのにキング。でもこの方をキング以外で呼びたくないという作者のわ(略)

闘争本能:体が誰のものかが良く分かりますね。

間 黒夫:ゲスト出演。ブラック・ジャックをよろしく!




クソ女神様とタクミっぽいのの小劇場

くそ女神さま
「あ、あの時代はもっと酷かったって先輩の残した記録には書いてあるわ」

「神様社会に先輩後輩あるんかい。え、誰? パンチとロンゲ?」

くそ女神さま
「サっちゃん先輩」

「それ魔おげふんげふん」

くそ女神さま
「天と魔の共存は、少し前まで順調だったわ」

「あ、すみませんそれ聞きたくないんでオフにしてください巻き込むな(震え声)」


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このアトムのない世界で

遅くなって申し訳ありません。
言い訳になるか分かりませんが、この作品始まって以来ってぐらいエネルギーを使いました。
面白いかどうかは別なんですが、この一月ひたすら考えてこの形になりました。楽しんでいただければありがたいです。


「黒夫ちゃんがこんなに可愛い彼女を連れてくるなんて」

「……婆ちゃん、黒井はそんなんじゃないって」

 

 ギシッ、ギシッと床を軋ませながら前を歩く老婦人の言葉に、心底嫌そうな顔を浮かべて間黒夫が答える。んだコラ文句あっかと言いたいんだが、猫を数十枚被ってにっこにこの表情を崩すわけにもいかず黙って黒夫の隣を歩く。

 

――しかし、これは凄いな。

 

 家の様子をちらちらと眺めながら、内心そう一人ごちる。自宅と診療所が一緒になっていると事前に聞いていた為、普段お世話になっている間医院と同じような造りだと思っていたのだが。いや、内部の構造自体は、それほど違わないのかもしれないな。

 

 ただ、家の周囲から内装に至るまでを埋め尽くすように描かれた、まるで生きているかのようなキャラクター達の姿が、全くといって良いほど印象を変えてしまうんだ。

 

 そのキャラクター達の配置も良く考えられている。進行する方向に合わせて少しずつストーリーが進むように配置されているらしく……恐らくお気に入りだと思われる西洋の剣士のような姿の少女の話は、診療所の玄関から一番奥の民家部分まで続いていた。

 

「照れなくても良いのよ。お爺ちゃんも喜ぶわ。黒夫ちゃんは少し真面目すぎるって、心配してたもの」

 

 少しだけ後ろを振り返りながらそう語る老婦人の言葉に、確かに、と一つ頷き並んで歩く黒夫を見る。運動系の中学生らしく短く整えられた髪に年齢の割にやたらと強い視線。

 

「……な、なぁ。一度『俺は、クソ真面目な男だ』って言ってくれない?」

「嫌だ」

 

 つい口から垂れ流された願望を、黒夫はちらりと目線を送っただけでそう断った。

 

「ふふっ」

 

 そんな私と黒夫のやり取りをどう思ったのか。黒夫の祖母は小さく微笑んで、とある部屋の前で立ち止まった。そこまで続いていたキャラクター達の物語も、全てここで終焉を迎えている。文字通り、この家の一番奥まった場所に、その部屋はあった。

 

 トントン、と黒夫の祖母がドアを叩く。数秒待つも返事がない様子に老婦人は少しだけ苦笑を浮かべて、ガチャリとドアを開けた。

 

「お父さん。入りますよ」

 

 老婦人の言葉に返事はない。ただ、開けたドアの中からカリカリ、カリ、と何かをペンで書くような音が小さく聞こえてくる。老婦人の様子から、恐らくこれは日常的な事なんだと判断し、私はドアの中を覗き見る。

 

 僅かに見える背中は、思ったよりも小さかった。そのベレー帽を被った人物は少し前のめりになって机に向かい、何かしらをカリカリと書き続けている。恐らく先ほどの声かけも、ノックの音すらも聞こえていなかったのだろう。

 

「お父さんたら、また。黒夫ちゃんが来ましたよ!」

「……ん、ああ」

 

 声を張った老婦人の一言にようやく気付いたのか。緩やかな動作で、ベレー帽を被った男性が振り返る。メガネをかけた、柔和な顔立ちの初老の男性。

 

「おお、黒夫か。よく来たね……そちらは」

「うん。爺ちゃん、ただいま。こっちは友達」

「……は、初めまして。黒夫君の友達の、黒井タクミです」

 

 記憶の中にある顔と表情そのままで、手越治氏はにこやかな笑顔を浮かべた。

 

 

 

「タクミちゃん、か。こんなに可愛い子を連れてくるなんて、黒夫も隅に置けないなぁ」

「ただの友達だよ」

「あはははは……」

 

 作業部屋の中。近所の子供たちが良く遊びに来るという事で部屋の中に用意されたテーブルに腰かけ、手越氏は向かい合わせに座る孫を笑顔を浮かべて構っている。恥ずかしそうにする黒夫もそれほど嫌がっているようには見えず、家族仲は良好なようだ。

 

 羨ましい話だなぁ、と二人の様子から目をそらしてテーブルに視線を落とす。テーブルの上には数枚の紙が置かれており、近所の子供が書いたのだろう落書きと、何故か使い込まれた様子のペンが置かれていた。聞くところによると、漫画に興味を持った子に絵のかき方を教えたりしているそうだ。

 

「実は去年の内に医院は長男に譲ったんだ。今は悠々自適に、好きな漫画を描いて暮らしているよ。子供たちに教えるのは、良い気分転換って所かなぁ」

 

 テーブルの上の落書きに微笑みを浮かべながら、手越氏はそう語る。前世での彼を知る私からすればとんだ英才教育だ。それこそ大の大人が大枚叩いて受けたがってもおかしくはないレベルの。そんな益体もない事を私が考えていると、隣に座っている黒夫が何かに気づいたように声を上げた。

 

「え。もしかして新しい漫画、あるの?」

 

 その声は、これまでの落ち着いた声音を一切感じさせない少し甲高い年相応な声だった。心なしか目も輝いているような気がする。

 

「ああ。読むかい。診療所の待合室に置いてあるよ」

「うん!」

 

 手越氏の言葉に勢いよく黒夫が頷いた。凄まじい食い付きである。歳の割に落ち着いた奴だと思っていたのだがこういった所は年齢相応だなぁ。などとおばちゃん風にうんうん頷いていたら、黒夫は何を思ったのかテーブルの上に置かれているお茶をグイッと飲み干して席を立った。

 

 っておいおいお前が行ったら私一人になるだろうが。流石にあってすぐの人と二人きりは気まずいんだよ。若人の勢いは予測がつかねぇなぁと合わせて席を立とうと腰を浮かそうとした。

 

 そのたった一瞬。

 

「お前さんに祖父は任せる。頼んだぞ――タクミ」

 

 頭上から感じた圧力に私の動きは止まる。思わず彼の顔を見上げ、私は息をのんだ。顔に走る手術痕。一部だけ肌色の違う顔。半分だけ白く染まった髪……そして、静かな、けれど有無を言わせない声音と視線。

 

 見間違いかと目を瞬かせて再度しっかりと彼の顔を見ると、そこに居るのは私の知る間黒夫の姿だった。その顔には手術痕なんかどこにもない。ただ、じっとこちらを見るその視線に気圧され、私は無意識の内に首を縦に振った。

 

「じゃあ、爺ちゃん。また後で」

「ああ。ありがとうな、黒夫」

 

 私の返事に満足したのか。ふっと笑顔を浮かべて黒夫はにこやかな顔を浮かべて部屋から出る。その様子を見ていた手越氏は「ふふっ」と小さく笑い、私に語り掛けてくる。

 

「良い男でしょう。自慢の孫です」

 

 誇らしげにそう口にする手越氏に、咄嗟に顔に笑顔を張り付け直して頷きを返す。

 

「本当に……将来が楽しみですね」

「孫よりも年下の貴方にそう言って貰えるとは」

 

 私の返答に手越氏は愉快そうに笑い声をあげた。いや、割と本気だからね。たったの一瞬とはいえ、そこそこ修羅場をくぐってる私が気圧されたんだから。あんな感覚マンハッタンのギャングぶっ潰しまわった時でも感じた事ねーぞ。

 

「さて……黒夫が気を利かせてくれた事ですし。そろそろ本題に移りましょうか」

「ええ。そうですね」

 

 私の様子にくすくすと微笑みを浮かべた後。何かを懐かしむかのように私の顔を眺めながら、手越氏は口を開く。

 

 彼が語った内容は……一人の男の人生だった。

 

 

 

 その男は、子供の頃から漫画が好きだった。小学生の時初めて漫画を描いて以来、漫画を描くことは彼にとって食事や睡眠と同じように当たり前の行動の一つだった。漫画を描きすぎて勉強しておらず、高校に落ちた事もあった。運よく医学生になる事が出来たが、その後も彼は当然のように漫画を描き続けた。それは彼にとってごく自然な事だったからだ。

 

 やがて、彼は自身が描きためた物語を新聞等に投稿し始めた。勿論最初はそれほど有名ではなかったが、彼の漫画はどうやら面白かったらしい。次第に人気を持ち始め、やがて彼は知人と共に長編ストーリー漫画を赤本として出版し、それは大阪で大ベストセラーになる。彼は学生でありながら関西でも有数の漫画描きとして知られるようになった。

 

 勿論医学生である以上勉学にも励んでいたが、彼の漫画が人気になればなるほど彼は多忙になり、次第に勉学と原稿の両立が出来なくなっていった。最初の内は睡眠時間を削るなどして時間を捻出していたが、やがてそれでも間に合わなくなっていき――決定的な決断を、彼は迫られることになる。

 

「まぁ、単純な事です。このままでは単位が取れない。恩師にそう言われたんですね」

 

 ぼんやりとした目で手越氏はそう言った。その視線は私を見ているようで見ていない。何か、恐らくは遠い過去の情景を思い起こしているんだろう。

 

「彼は悩みました。当然でしょう、漫画は彼にとって生活の一部です。でも、医師になりたいという情熱もその時、彼の中ではとても大きなものになっていたんです。とても苦しかった。何度も何度も自問自答を繰り返して……そして」

 

 苦渋に満ちた表情で『彼』の事を語る手越氏の目が、私を見据える。

 

「そんな時です。貴女が現れた」

 

 手越氏の表情にはすでに苦悩はない。何かを振り切ったかのような清々しさだけを残しながら、彼は私の知らない『私』の話を始めた。

 

「まるで炎のように逆立ち揺らめく白い髪。透き通るような肌。そしてただ見るだけで相手の全てを射抜くような、見透かされるような視線。超越者と呼ぶべき存在……会話の内容は思い出せないが声も覚えている。同じだ。君と、同じ声だった」

「……手越さん。私は」

「ああ、分かっているとも。君ではない。君じゃないんだ、あれは」

 

 首を縦に振りながら、視線だけを私に固定して。手越氏は静かに言葉を放つ。

 

「君からはあの存在から感じられた、自分が圧倒的上位者であるという自負も傲慢も感じない。いや……違うな。君は人として私を見ている。それだけであれとは別の存在だと確信できるよ」

「あー……褒められ、てるんですよね?」

「勿論」

 

 微妙に生暖かい視線を受けながらぽりぽりと頬をかいていると、手越氏は少しだけ苦笑のような表情を浮かべ再び口を開く。

 

「君をテレビで見るまでは夢だと思っていた。まぁ、そういった存在と出会って、ね。会話の内容は覚えてないが、医師になると決意したんだ。多分、そう促されたんだろうね。一度決断した後は早かったよ。漫画の仕事を学業を理由に断って、医師一本に絞った。集中した後はトントン拍子に学業も上手くいってね。大きな病院での勤務も経験したし、30過ぎには小さいながらも医院を構えることが出来た。妻にも、子供にも恵まれて。そして自慢できるほど立派に育った孫もいる。幸せなんだ、間違いなく。一かけらの疑いもなく彼は……私は幸せなんだ」

「……はい」

 

 一言だけ相槌を打ち、続きを待つ。穏やかな表情のまま語り続ける彼の視界に今、自分が居るかは定かではない。ただ、先ほどまでの彼と黒夫の会話を目にしていたから相槌を打った。そうしなければいけないと思ったから、私は彼の言葉に頷いた。問いかける様に自らの幸せを語る彼を、否定してはいけないと感じたのだ。

 

「……だがね。ふと、思ってしまうんだよ」

 

 視線だけを交差させあう長い沈黙の後。手越氏はテーブルの上に視線を落としながら、ぽつりと呟いた。

 

「あの時、もし。このペンを取ることを選んでいれば……私はどうなっていたのかとね」

 

 テーブルの上に置かれていたペン。それを見ながら手越氏の顔は少しずつ感情を失っていく。

 

「君ならば知っているのだろう」

 

 そこにあるものは、もはや表情とは呼べない。

 虚無――それだけが、その顔に残ったものだった。

 

「私は――僕は、いったいなにを失ったんだ」

 

 その抑揚のない声音に込められた思いの重さ。それは、静かな叫びだった。この言葉に込められた絶望は、私が思っていた以上の深さと熱が込められていた。たったの数秒で理解してしまった。これは……私では、駄目だ。その確信に唇を噛み締める。

 

 彼の嘆きも絶望も、私では癒すことが出来ない。私の言葉では軽すぎて、彼の心の中までは入れないのだ。

 

 もしも可能性があるとすれば、それは家族からの言葉だろう。だが、この問題は家族すら踏み込めない位置にある。あの存在を知っている者同士でしかこの会話は成り立たないのだ。

 

 黙り込む私をただただ手越氏は静かに眺めている。彼は待っている。それがどんな答えであろうと……それを受け取らなければ、彼は前に進めないのだから。

 

 その沈黙の重さに心が折れそうになった。つい俯いてしまった私の視界に、子供たちの落書きと、黒夫が残した湯呑が映る。

 

 その湯呑を目にした時、私の頭に黒夫の言葉が過った。今、私は何をヘタレていたんだ? 

 あのクソ真面目な奴が、わざわざ祖父を頼むなんて言ったんだ。私は、頼まれちまったんだ。

 

 なら、気張るしかないだろうが! 

 

 思い切り右手で自分の顔を殴りつけ、心の中に居たへたれ女(黒井タクミ)をぶっ飛ばす。ごづん、と重い音と衝撃が頭蓋に響く。飛びかける視界の中、今度は気付けに左の頬を張り飛ばす。今は寝ている場合じゃないんだ。次は、行動の番だ。

 

「紙とペンをお借りします」

 

 口の中に広がる鉄の味を無視して、返事を待たずにテーブルの上に置かれたペンを握る。数十枚の紙束はちと少なく感じるが、何とかなるだろう。

 

「……その紙は、子供たちが」

「大丈夫です。使うのは、隅だけなので」

 

 少しだけ感情の色が灯った手越氏にそう言葉を返し、私はペンを走らせる。クソッタレの体は私の思い通りに指と手を動かし、過去最高の速度で私は小さな小さな絵を落書きが描かれた紙の隅に書き綴る。

 

――私の言葉では、駄目だ

 

 20枚に渡るそれらに次々と絵を描きながら、私は自身の頭の中にある情景と絵の流れをリンクさせる。

 

――いや……この世界の誰の言葉でも彼の心にはきっと届かない

 

 頭の中にメロディを浮かべながら、私は……

 

――それなら持ってくるものなんて

 

「一つしかない」

 

 書き終わった紙をまとめ上げて、私はそう呟いた。

 

 手越さん、貴方への返答を私は持ちえません。

 だからこれは私の答えではない。全く違う人生を歩んだ貴方の、一つの始まりを、『彼』からの答えとして貴方に贈らせて頂きます。

 

 貴方の物語は、ここから再び始まる。

 そんな時に”歌う”歌は、きっとたった一つ。

 この歌を――貴方だけに捧げます。

 

「空をこえて」

 

 絵を描いた紙束を手越氏に向け、私はゆっくりと隅だけをめくるように動かす。

 

「ラララ 星のかなた」

 

 歌に合わせる様に、ゆっくりと。少しずつ。

 

「ゆくぞ アトム」

 

 めくられたページは、まるでアニメのように動きだし。

 

「ジェットのかぎり」

 

 一人の少年ロボットを映し出す。

 

心やさし ラララ 科学の子

 

十万馬力だ 鉄腕

 

「……アトム」

 

 私が紙束をめくりきった時。手越氏は静かにそう呟いた。

 

 そっと紙束をテーブルの上に戻しながら、私は口を開く。

 

「私の知る全く別の1963年。日本で初めて作成された長編アニメーションシリーズがありました」

 

 静かに語る私の言葉を、手越氏はじっと聞き続けた。鉄腕アトム。当時、すでに漫画家としての名声を得ていた別の世界の手越治……手塚治虫により制作された、人と同等の感情を持った少年ロボット、アトムが活躍する物語。

 

 この世界では廃れて久しいアニメーションという存在が、世にどれだけの影響を与えたのか。手塚治虫という人物がどれほど偉大であったのか。自らが知りえる『彼』の軌跡を、私はすべて手越氏に語った。

 

 この世界に生まれ落ちて、前世の事をここまで語ったのは初めてかもしれない。長い時間の一人語りは、『彼』が亡くなった日……1989年の話まで続いた。

 

 病床の中。最後まで漫画を描きたいと言い続けて亡くなった、全く別世界の自分の話。それをすべて聞き終えた手越氏は、私が作成したパラパラ漫画の鉄腕アトムを手に取り、ゆっくりと自分の手でめくり始めた。

 

 何度も、何度も。自分の手で。涙で濡れたメガネを気にもせず、彼は鉄腕アトムを見続けていた。

 静かに席を立ち、私は部屋を後にする。

 彼と『彼』の語らいを、邪魔するわけにはいかないからな。

 手越氏の向かいに座るベレー帽を被った誰かの姿を思い浮かべながら、私は頬を撫でる。

 腫れてるなぁ、これどう誤魔化そうか。

 

 

 

「先ほどは、お恥ずかしい所をお見せしました」

「あ、いえ。こちらこそ、途中で席をはずして」

「気を使わせて申し訳ない……もう、十分話せました」

 

 雑に貼られたシップを撫でながら、私は頭を下げる手越氏に頭を下げ返す。理由をどう誤魔化すか思いつかなかったので素直に「気合を入れるために殴った」と伝えたらめちゃめちゃ怒られたんだよね、黒夫に。

 

 それでも一応応急処置してくれる点、こいつ本当にくそ真面目な奴だなぁと内心ニヤニヤしましたがね。いつかあの台詞を言わせてやると固く心に誓いながら、目の前で若干目を赤くしたままの手越氏を見る。

 

 どうやら、彼の中での心の折り合いは取れたのだろう。その晴れやかな表情を見る事が出来ただけで、今回の大阪行は正解だったと確信できる。

 

 ふぅ、と安堵のため息をつき、さて。と気合を入れなおす。本番はむしろここからだからな。一ファンとして、そして黒夫の友人としての行動はここまでだ。ここから先は欲望一直線で行かせてもらうぜ!

 

 何せこの方の助力を得られれば日本での長編アニメ作成に弾みがつくなんてもんじゃねーからな! 仮に漫画だけでも十分すぎる。ストーリー漫画の原点とまで言われたこの方の連載が来れば、ただでさえ上り調子の飛翔は文字通り飛んでっちまいかねない勢いを得られる筈だ。

 

「ああ、黒井さん。所で今後の漫画家としての活動なのですが」

「シャァ来た! 週間飛翔はいつでも貴方の漫画をお待ちしています!」

「新しい雑誌を起ち上げるという事は出来ませんかね」

「ええ、勿論です! 新しい雑……新しい雑誌?」

 

 予想外の単語に目をぱちくりとさせながら思わず聞き返すと、手越氏は「ええ」と一つ頷いて口を開く。

 

「週間飛翔は素晴らしい漫画雑誌だと思います。週刊漫画雑誌というだけでも革新的なのに、連載している漫画の質も高い」

「で、ですよね」

「それだけに、惜しい」

 

 眉を寄せながら、手越氏は小さくため息をついた。

 

「たった一つの週刊漫画雑誌。つまりそれは、競争も内部だけでしか行われないということです」

「……ああ、そういう事ですか」

「ええ。競争相手が外に居ない集団は劣化も早い。早晩質が落ちていくでしょうね」

 

 言われてみれば確かにそうだ。競合相手が居ない現状は、週間飛翔の一人勝ちという事になる。それはつまり、気を張って質を維持する理由がないという事でもある

 

 顔をしかめた私に、手越氏は「そこで」と笑顔を浮かべながら提案を話し出した。

 

「私の知り合いの元漫画書きが数名。赤本で鳴らした実力のある人物です。それに出来れば週間飛翔で連載枠が取れずに燻っている人物が居れば2、3名回していただきたい。出版社は小野島出版さんが良いかもしれませんが、大阪支部か何かがあればそこを拠点にしましょう。東西に分かれての漫画合戦。夢があるじゃないですか」

「あ、え、その。ちょ、ちょっと待ってください」

 

 捲し立てるように計画を話し続ける手越氏を慌てて押し留め、頭の中で今出てきた情報を整理する。

 

 新しい雑誌を起ち上げるのは、成程、理に適っている。このままでは折角良い形で発展してきた漫画業界が、競争力を失ってしまうかもしれないのだから。その雑誌を手越氏を中心に作成するのも良い。

 

 であるならば、問題は一つだ。

 

「その。言いにくいのですが、週間飛翔はすでに大人気雑誌です。手越さんやお知り合いの方は兎も角、飛翔内部での競争で劣勢な漫画家を集めても競争相手として成り立つか」

「問題ありませんよ」

 

 私が言いにくそうに疑問をあげると、彼はなんだそんな事かとばかりに笑みを浮かべる。

 

「なんせ私の漫画が一等面白いに決まってるんですから」

 

 なんの気負いもなく。さも当然であるかのように。

 かつての世界で漫画の神と呼ばれた男は、不敵な笑みを浮かべてそう言い放った。

 

「……あはは、さ、さいですか」

「大体ねぇ、週間飛翔のあれ。あのサイボーグなんたらですよ。あんなのは漫画じゃ」

「て、手越さん落ち着いて」

「私は落ち着いています! そういえば先ほどのアトム。あれは僕ならもっと上手く」

「嫉妬の神までそのまんまかよちくしょう! く、黒夫、助け逃げるなぁあああ!」

 

 そそくさと診療所の方へと去っていく黒夫の背中を追いかけ、背後からはヒートアップした手越さんに追いかけられ。

 私たちのドタバタ劇は、買い物から帰ってきたお祖母さんが雷を落とすまで続くのだった。結局数時間逃げ回る羽目になったよ、ちくしょうめ。

 

 

 

 

 

 

とある警官の証言 【黒井タクミの軌跡 名作ゲーム・マンハッタンファイト作成秘話』

 

セントラルパーク付近を巡回していたレイモンド巡査はこのときの様子をこう語っている

「今でも良く覚えてるよ。妙にもこもことした日本の服……たしかどてら、だったかな……を着た一人の少女が、夜な夜な騒いでいた若いストリートギャングの集団の前に現れてね」

「胸に、そう。ローマ字でタクミと書かれていた。もちろん気付いたよ、ここは彼女の街。ニューヨークだ……だからその時、自分も相棒も慌ててその場に駆け寄ったんだ。結局間に合わなかったがね」

「確か……そう。『テメーらがうるさくてレポートが進まねぇだろうが!』だったかな」

「カセットでガンガンに音楽を鳴らす若い黒人やスパニッシュの連中に向かって。凄い啖呵だった」

「……え? 『殺されると思ったか?』って……黒井タクミがですか?」

「…………ん~~~」

「やっぱり貴方たちはワカってない。黒井タクミという人物を――」




週間少年日曜、発刊決定

手越治:ペンネームは手越治虫に。タクミの口から聞いた別世界の自分に嫉妬し、全てのキャラデザだけ聞き出した後はオリジナルでストーリーを練っている。週間日曜の連載作品は3分の1くらい手越氏の漫画になる予定。

間黒夫:途中で一瞬だけ異世界にぶっ飛ばされた彼っぽくなった。多分今回で出番は終わり。




クソ女神さんとタクミっぽいのの小劇場


クソ女神さん
「何やかんやあって神魔の争いは大分前に小康状態になったの」

「聞きたくねぇっつってんだろうがぶん殴るぞ」

クソ女神さん
「……人に殴られたのは初めてだったわ。凄く痛かった」

「タクミさん思いっきりグーで行ったからな。久々にワロタ」


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この〇〇のない世界で番外編 タクミの初ラジオ

新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします!

※こちらは番外編で最新話は19時に予約投稿されてる次の話になります。一瞬だけこの話のネタを使いますが、読み飛ばしても大丈夫です※

ラジオっぽいのを目指して作ってみましたが中々難しかった。


 

『ハーイ皆さんこんばんは。全夜日本、パーソナリティの明日茂さんぽです』

 

 ウワー!(歓声と拍手の音)

 

『えー、当ラジオ始まって以来の大物ゲストになりますね。それではご紹介しましょう、黒井タクミさんです!』

『ハロー?』

『ハロー! タックミー! 初めまして、ようこそいらっしゃいました!』

『どーもどーも。初めまして。いや、お初どす?』

『それは京都やなぁ。大阪でもはじめましてでっせ!』

『あ、すんません』

『いえいえこちらこそつい突っ込んでしもてすんません』

 

 HAHAHAHA!(わざとらしい笑い声)

 

『おお、わざとらしい笑いボイス』

『言うたって言うたって。今時米国のホームドラマでもそうそう流れんやろ』

『いや、がっつり流れてるね』

『ほんまかいな』

『そーかいな』

 

 HAHAHAHA!(わざとらしい笑い声)

 

『引っ越し屋ちゃうでしかし!』

『お、キレあるねぇ。この道の天辺目指してみないかい』

『目指しとるわい!』

『どうも、ありがとうございましたー』

『オチじゃないから! 音声さんもエンディング流すな番組終わらす気か!』

 

 HAHAHAHA!(わざとらしい笑い声)

 

『はぁ、僕ボケなのにずっと突っ込んどるわ』

『ごめーんね?』

『満面の笑みで言われたら許すしかない! というわけでリスナーの皆さん、改めまして今回のゲスト黒井タクミさんです!』

『オイーッス。ラジオの向こうの皆、こんにちわ。あ、こんばんわかな。黒井タクミでっす夜露死苦』

 

 パチパチパチ(歓声付きの拍手音)

 

『はい、よろしくお願いします! いやー、しかしあれですよ。まさか生タックミーに会えるとは思いませんでした。僕前の日本ツアーの時会場に行ったんですよ。めっちゃ後ろの席でしたけどもう只管ノリまくってました!』

『お、嬉しい事言ってくれるじゃないの』

『初めて「ハロー?」聞けたときは嬉しすぎて死ぬかと思いました。まさか今日も言って貰えるとは思てなくて』

『どこの国でも通じるから挨拶こればっかなんだよね』

『そして聞きたくなかった裏事情!』

 

 HAHAHAHA!(わざとらしい笑い声)

 

『さて、今回は今や世界的なスタアである黒井さんの登場という事もあって続々と! 沢山質問の電話が入ってきてますねー。普段からこれ位鳴ってくれたら嬉しいのに』

『ありがたいですね。そして頑張って?』

『頑張らせていただきたい! そして、早速一つ目の電話をつなげようと思うのですがその前にちょーっとだけ聞きたい事がありまして』

『お。なにかな。スリーサイズは上から』

 

 ~ピンポンパンポーン しばらくおまちください~

 

『いきなりピー音かまされるとはおもってんかったわ』

『っかしいなー。これくらいなら公表してもいいと思うけど。ほら成長期だし』

『成長期関係ないよね? あ、話を戻すとですね。正直、いきなり来てくれるのが決まったんですけどうちの事務所どんな手を使ったのかなって。脅迫? 録音とかされてたのかなとか

『今回は逆なんだなぁ。スケジュールぶっちして大阪に』

 

 ~ピンポンパンポーン しばらくおまちください~

 

『この放送大丈夫? 生だけど放送していいん?』

『関係先にはちゃんとごめんなさいしたから大丈夫大丈夫』

『こっちは当初の予定と大分話す内容変わってて内心ドギマギしてますよ』

『予定通りにいかないのが人生じゃないかな?』

『それ君の経歴で言うと重いわぁ』

 

 HAHAHAHA!(わざとらしい笑い声)

 

『さて。まだ放送できてるうちにお電話繋いじゃいましょうか!』

『出来なくなるかもしれないんかい? 了解です』

『あんたのせいなんだよなぁ。では最初のお電話お繋ぎしますね』

 

 ~コール音……ガチャリと受話器を上げる音~

 

『ハロー?』

《……ハ、ハロー! うわタックミーだ》

『よっすおらタクミ13歳。お名前は?』

《た、、たけうちりきまるです。10さいです》

『ん。良い名前じゃん。りきまるはどうして電話くれたの?』

《ぼ、ぼく。こないだのテレビみました。そのときの、黒井タクミさんの歌を聞いて、すごいっておもって》

『タックミーでいいよ? うん、ありがとう。とっても嬉しい』

《タックミー、さんの、歌をきいて。えがおをみてると、すごく元気になれました。おとうさんやおかあさんはあんな子ふりょうだって言ってたけどぜんぜんちがうっておもって》

『不良かぁ。まぁロッカーなんてどんだけ社会に中指突き立てられるかって仕事だからね』

『よーいうわ』

 

 HAHAHAHA!(わざとらしい笑い声)

 

 

《あの。それで、聞いてみたいことがあるんです》

『うん、言ってみて!』

『質問はどんどん受け付けてますよー! リスナーさん、この機会にぜひあんなことやこんなことを聞いちゃいましょう!』

《タックミーさんはアイドルなんでしょうか。ぼくはあのテレビでタックミーさんをはじめて見たんですが本当はちがうんですか?》

『ああ……』

『結構良い質問ですね。いえ、僕らみたいな業界の人間もそう思いますんよ。タックミーは結局アイドルなのか、それともロックアーティストとして扱うのか』

『う~ん』

 

 ざわ……ざわざわ……(困惑するような群衆の声)

 

『細かな分類だと歌手でもあり経営者でもあるとかになるんだけどね』

『そういえばアメリカで会社作ってますよね。なんですゲームですっけ』

『そうそう、近々発売予定。日本でも3か所に専門店を置くから皆来てくれよ!』

『ここで宣伝!?』

 

 HAHAHAHA!(わざとらしい笑い声)

 

『っと、ごめんねりきまる。じゃあ、答えるけど』

《え、あ。はい》

『一社会人としての意見は君のお父さんやお母さんは間違いなく正しい。とても良識ある大人だと思うよ。私みたいな生き方をしてる奴は、不良とかかごの中に入り込んだ腐ったミカンとか言われる類の人間だからね』

『え、ちょっ』

 

 ざわ……ざわざわ……(困惑するような群衆の声)

 

『まあ、これはあくまでも社会人としての答えね。私個人としてはそんな事はどうでも良いんだけど。大切な事はね、りきまる。自分が自分の人生にどんだけ胸張って生きれるかって事なんだよ』

《じぶんの……ですか?》

『うん、そう。今、不良って言われてる連中。ロックやってる皆。これ聞いてる奴全員に言っとくけど、私たちは社会様の枠組みから外れてるんだ。屑扱いされたって仕方ないし甘んじて受け入れちまえ。ンな事はどうでも良いって思ってるからロックなんてやってるんだしツッパッてるんだろ? 良いじゃんもっとハジケちまえ。横並びで歩くのが我慢できなくて、テメーの我がまま通したくて意地張ってるんだからさ。最後までやり通しな』

《タックミーさんは、ふりょう、なんですか?》

『不良も不良、大不良だよ。でもさ、りきまる。不良だから、不良じゃないからってさ。それ何の意味があるか考えたことある? なんで不良だと駄目なのかって』

《ありません。わからないです》

『わからないよね。何が良いか悪いかなんて皆自分の心の中にしかないんだから。分かるわけないんだよ、本当は。良識ある世界の大人たちって連中もさ。本当はよく分かっていないけど、自分たちで良も不良も勝手に頭の中で考えて勝手にレッテル張ってるだけなんだから』

《じゃあ、おとうさんやおかあさんがまちがってるかもしれないんですか?》

『音声さん、止めんといて! このまま続けてや!』

 

 (ガチャリとドアを開ける音)

 

『サンキュー、さんぽさん。お父さんやお母さんは決して間違ったことを言っていないよ? ちゃんと周囲に合わせて勉強して、良い学校に入って良い職につく。これは決して間違ってないんだ。その人に合ってるんならそれが一番だろうね』

《……じゃあ、タックミーさんはまちがってる?》

『お父さんやお母さんの価値観からしたら私は大間違いだろうね。でも、さっきも言ったけど何が良いか悪いか皆の心の中で判別してるんだ。お父さん達にとってはダメな人生でも、ほかの人によってはまた違うように見えたりもする』

《……わかりません》

『だろうね。だから、難しく考えないでいいんだ。自分が正しいと思った未来が、自分にとって一等正しい未来なんだよ。ほかの連中の意見はあくまでも参考で良い。お前が信じるお前を信じればいいんだ。だから私は、自分が全力で願う未来を掴む為に歌ってるんだよ』

《……はい》

『これはりきまる以外のリスナーにも言っとくけどさ。自分の価値観を他人に委ねるな。お前がなりたいお前の姿はお前しか分からないんだ。だから勉強を頑張って良い子でありたいならそうしな。ロックやりたいならロックしろよ。ツッパりたいんなら堂々とツッパッて社会に中指立てちまえ!』

《……》

『お前の好きなように、めいっぱい生きてみようぜ。なぁにここにもう一人、めいっぱい好き勝手生きてる奴が居るんだ。世界中の良識ある大人の天敵みたいな私が平然と生きてるんだから、お前らが多少跳ね返ったって社会はびくともしねーし、だから人生ってのは面白いんだろうぜ』

《ぼく、タックミーみたいに……人を笑がおにできる人に、なりたいです》

『なれるさ、りきまる。お前が自分を信じてまっすぐ歩ければ、きっとな。っと、少し脱線しちゃったな。えーと、質問は何の人なのかわからないだったな。じゃあ、うん。全世界の良識ある大人の天敵って事でおkだろおっとなんで銀さんがスタジオに入ってきたんだヤバイヤバイヤバ』

 

 ~ピンポンパンポーン しばらくおまちください~

 

 




ぶつ切りで申し訳ない。会話文だけで話を纏めるってのも大変ですね。
あ、この後終了時間までピー音でした。


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このライブのない世界で

新年あけましておめでとうございますその2。
正式な最新話はこちらになります
タクミがなんで怒られてるのかは前の番外編をご覧ください(見なくても大丈夫です)

誤字修正:佐藤東沙様、たまごん様、a092476601様、yelm01様ありがとうございます!


「彼女について、というのは何とも答えづらい言葉です」

「孫の友人であり、私にとっての恩人であり。何と言いますか言葉にし辛い相手でしてね」

「絵について? ああ、それなら簡単ですよ」

「彼女は漫画家ではありませんね。あのレコードのあれ。あんなものは漫画とは言わない」

「まぁ、一枚の絵として見るなら上手じゃないですか?」

「私がもし彼女の絵を漫画にするなら――」

 

~手越治虫 週間日曜日 発刊記念でのインタビュー~

 

 

 

 

 

「自分がなんで正座しているかわかるか?」

「はい……」

「はいじゃないが」

 

 ガンッ、と机に拳を叩きつける黒っちを隣に立つ銀さんがまぁまぁと宥める。というか銀さん居なかったら普通に正座なんてしな嘘ですごめんなさいごめんなさいごめんなさい。

 

 まぁ、今回はちょっとやりすぎたと思ってるし反省はしてる。前回大阪に行ったのあれ他の予定色々とぶっちして行ったんだよね。本来の予定だったら一週間くらいの間、私は富士山の近くに滞在する予定だったんだ。

 

 一週間も山に居て何をするのかっていうと、961プロ主導で今大きな合同ライブというか、ロック主体の音楽の祭典を企画してたんだよね。ちょっと前にテレビでアイドル全般が酷い事になってたのもちょっと関係あったりする。

 

 あれで盛り上がってきてたアイドルって業種がさ、引退続出でしぼみかけてるんだよね。これも全部舞って奴が悪いんだけど。

 

 美城の幸姫ちゃんという癒し枠が居なかったら、アイドル業界は舞とその他死屍累々って感じの焼け野原みたいな状況だったかもしれない。あんだけ逆境の中に居るのに折れずにメディアへの露出やらを精力的に行えるメンタリティは正直凄いの一言だ。

 

 そんな幸姫ちゃんに触発されるようにこれまで目立たなかった芽もチラホラと芽吹いてきてるらしいんだけど、業界自体はどうしても規模が縮小してしまっている感が否めない。

 

 で、話を戻すと。伸び始めていた音楽業界が萎んでしまった分、てこ入れを入れなきゃいけないのは当然のことで。そこで白羽の矢というか大きなイベントをぶち上げないか、と企画されたのがこの合同ライブなわけだ。

 

 企画からゴーサインまでの時間が結構早かったから、もしかしたら元々そういうイベントを企画してたのかもしれないね。日本の音楽イベントってまだまだ数も少ないし。

 

 って事で富士山近くのスキー場を貸し切って野外ライブステージを立てまくって、961中心ではあるけど全国のアーティストを集めて行われたのが『フジヤマ・ロックンロールフェスタ』略してヤマロックである。

 

 前に世話になったXross(クロス)や、最近売り出し中の野素虎陀無四(のすとらだむす)とか結構伸びてる連中ばっかり集めたこの一大フェス、結構な規模になりそうだから初回にはぜひ参加してくれって黒ちゃんからも言われてたんだよね。

 

 野素虎陀無四(のすとらだむす)とか歌に合わせて蝋人形に私を詰めて登場。いきなり出現した私が歌い始めるって最高にバカな演出考えてきてて、これはやるっきゃないと思ってたんだけどさ。マンガゴッドが出現したんじゃそっちを優先するっきゃないからね。うん。

 

 一応本番には間に合ったんだけど打ち合わせも何も出来なくて予定してたイベントも殆どできなくなったし。

 

「百歩譲ってそこは良い。イベントには顔を出していたからな」

「え。間に合わせるために上空からパラシュート降下してステージに突っ込んだ件も!?」

「お嬢……」

「ごえんあさい」

 

 もしかしてゆ、許された? と期待を声に込めてみるもその後に頭上から降ってきた絶対零度の銀さんボイスにんな事はなかったと再び額を地面にこすりつける。猛虎落地勢! はまだ連載されてなかったか。でもだっちゃの方が週間日曜日で連載されそうだからいつか見れそうだね。

 

 しかしパラシュートでステージ乱入以上に許せない……え、なんだろう。もしかして京都についでに寄って熱いゲーム議論交わして来たのがバレたのか? あの人達うちの会社がミカン1出した時からファンみたいなもんだからついつい御呼ばれに応じちゃったんだよね。

 

 いや、京都の方は一応黒ちゃんにも伝えてあったしあっちは仕事の関係上外せないというか、ついに完成したエイリアンフルボッコゲーム(以降スペースウォー)の販売計画をどっからかぎつけたのか流通に一枚かみたいって言われたんだよね。

 

 いや、実際ありがたいんだよね。なんだかんだ老舗の玩具メーカーだからその方面の流通網もあるし、ミカン1を結構な頻度で買ってくれてるからコンピューターへの理解もある。

 

 というかあれだ。多分ゲーム機開発始めてるんだろうね、すでに。その上で今後売れるゲームとはってのを間近で見ておきたいのかな。まぁ、そちらがその気ならこちらもやぶさかではない。ミカン本社はPCとアーケードゲームでキャパが一杯だし、ゲームハードの開発は行う予定はなかったから棲み分けもできる。

 

 おし、組もうかとその場のノリで即決し、後日担当の人が来るので、と細かい話をすべてミノルちゃんに丸投げしてライブ会場にヘリで乗り付けたんだったか。ミノルちゃんからの怨嗟の声が今も耳に残ってる気がするぜ!

 

「……そちらも頭が痛いが、違う」

「えぇっと、じゃあ、なに?」

 

 本格的に訳がわからないよ……という表情を浮かべた私に黒ちゃんはため息を一つつくと、手元にあったカセットレコーダーのボタンをかちり、と押した。ラジオの録音もできる最新式、さすがに社長は良い物持ってるじゃねーかと感心していると、ざらざらとした音の後に録音された音声が室内に流れ始めた。

 

『自分の価値観を他人に委ねるな! お前がなりたいお前の姿はお前しか分からないんだ。だから勉強を頑張って良い子でありたいならそうしな。ロックやりたいならロックしろよ。ツッパりたいんなら堂々とツッパッて社会に中指立てちまえ!』

「初ラジオで放送事故とは凄いな。PTAからの抗議の電話が鳴りやまないんだがお前はうちの会社の電話回線をパンクさせるのが趣味なのか?」

「本当に申し訳ありませんでした」

 

 ここ数時間行っていた土下座の数倍気持ちを込めて頭を床にこすりつける。これは完璧に私が悪いパターンですね、はい。

 

 

 

『ボス! やっと戻ってきたかすごいぞ、これは、すごいぞ!』

『ボスゥ! こっちにボスに見てほしい書類が山と!』

『ボスッ! 増産の依頼が大量に来てますよ! 生産が全然追いつかないし、国外からも!』

 

 日本での悲しい事故から数日。映画作成の方が佳境に入り本当は離れる気はなかったんだが、米国側の呼び出しがそろそろ洒落にならない強さになってきたので急遽アメリカに戻ることになった。

 

 矢みたいに『戻ってきてくれ』コールや手紙の催促が飛んできてたからな。スペースウォーが発売されるから仕方ないのもあるんだが、帰ってきて早々に私を待ち受けていたのは全方位を良い年のおっさんどもに包囲されモミクチャにされるという可哀そうな図であった。

 

 おい、これ普通の女の子ならトラウマものだぞ貴様ら――あ、違った、私は普通の13歳の女の子だった。いかんいかん。たまにメッキが剥がれそうになるから注意しないとな。

 

『普通の女の子はマンハッタンを拳で制圧しないと思うんだ』

『なんでや! 途中からマイキーとかも参戦してたやん!』

『お陰で彼は一試合棒に振っちゃったけどね。感謝状やら貰って喜んでたみたいだけど』

 

 それを言われると若干心が痛い。いや、私の会社……PC関係のミカンや芸能関係のエキサイトプロダクション……が入ってるビルはニューヨーク州はマンハッタンにあるんだけどさ。昼間はともかく、夜になると治安がヤバいのなんのって。

 

 ここに来た当初は道端をギャングやマフィアが我が物顔で普通に歩く無法地帯というか、地下鉄に至っては年中無休で何か事件が起きるような有様だったんだよね。

 

 で、うちに所属してる連中は基本的にもやしっ子か歌手やらアイドルやらで、一部のやんちゃボーイズ&ガールズを除けば喧嘩なんかできるわけもない連中なのだ。放っとけばその内に悪い連中に捕まって最近年2回やってる祭典でも出回り始めた薄い本みたいな事をされかねない。

 

 勿論そこは社主として対策を。腕っこきで暇してる連中(無職のレッドショルダー)を集めて警備として雇い、仕事に出る際の送迎も任せて社員の安全を確保したんだが、それはあくまでも対処でしかなく根本的な解決にはならない。

 

 そこでしょうがなく私自らが出向いて連中とお話(腕力)した結果マンハッタン島全域の治安のアップに成功。その際にニューヨークで防衛戦があったマイキーが善意で手伝ってくれて……てのは良かったんだが、結果として彼は予定されていた試合を一戦延期する羽目になったのだ。

 

 当然関係各所には謝罪行脚する羽目になり、1年くらいタイトルマッチがあるたびにロハでリングの上で歌ったりとかする羽目になった。まぁお陰で周辺の治安は劇的に改善したし何なら夜の盛り場は粗方うちが抑えたから、新人が気軽に演奏できる職場も手に入ったしで結果良ければすべて良しというね。

 

「嘘を言わないでください。レポート作成の疲れでストレスが溜まっていた所にズンチャカ騒いでいた連中が目障りで叩き潰しただけでしょうに」

「真実は何も解決しないよミノルちゃん!!?」

 

 あと正しくは一発ギャグが滑ったからむしゃくしゃしてやったんだけどこれは誰にも言ってない、私と警官さん(たまたま居合わせた)との間の秘密だから割愛しておく。ウケると思ったんだけどな、マイコーのポゥッ!の物まね。

 

『まぁ、新作ゲームの発想にも繋がったし確かに悪い事ばかりじゃなかったけどね』

『ん、新作ゲーム?』

『ああ。開発陣はデバッグ位しか仕事がなかったからね。丁度いいから新しい物、今度はもうちょっと凝ったゲームに挑戦してもらってたんだ。まだまだ1面しかできていないけど、素晴らしい出来だよ!』

 

 スペースウォーの発売でやたらと忙しいって話だったのにどこにそんな余裕が……と疑問符を上げると、何故か最も忙しいはずのウィルが目を輝かせてそう語りかけてきた。おい、目の下のクマがスポーツ選手のアイブラックみたいになってるぞ?

 

『眠気も吹き飛ぶくらいに面白いんだ! 是非見てくれよ! スペースウォーと同じ筐体で出来るようにしているから切り替えて利用可能、どちらのゲームを遊ぶのか最初にプレイヤーに選ばせる事もできる! そしてなんと、今回はスペースウォーと違って射撃ではなく格闘! 横に歩いていくように動かしてどんどんステージを進めて、途中出てくる敵をパンチでキックでなぎ倒しながら進んでいくんだ!』

『それなんてファイナル〇ァイト?』

『むむっ、流石はボス、良いネーミングセンスだ。でもこれが最後になっても困るから、うん。このゲームはマンハッタンファイトと名付けよう!』

『名付けないでください』

 

 テンションの振り切れたウィルさんはその後もギラギラと目を輝かせたまま新作ゲームの素晴らしさとこのゲームを作成した製作陣を称え、廊下に飛び出すとスペースウォーとマンハッタンファイトで我が社は一気に米国トップ企業に上り詰めると叫び始めながら走り去っていった。

 

 無言でぽかーんと佇む開発部の中。おほん、と咳払いをしてウォズバーンさんが口を開く。

 

『ここ数日、缶詰状態で生産と流通の対応をしていたんだ。そっとしておきましょう』

『あ、はい』

 

 なお、ウィルさんは階段の手前で電池が切れたように倒れこんでいたため手近なソファーに叩き込んで寝かせた模様。次の日には元気に動いてたからこの人の体力も大概だと思う。

 

 

 

 高級感溢れるホテルのとある一室。その中で二人の男女は張り詰めた空気の中、互いの瞳を真っ直ぐ見据えて見つめ合っていた。

 片方は10代半ばにも至らない少女。そしてもう片方はそろそろ還暦を超えるだろうという老人。孫と祖父ほどに年齢が離れたその二人は、しかし微笑ましさなど微塵も感じさせないヒリつくような空気の中、まずは少女が口を開いた。

 

『ここに、500万ドルの小切手があります。全てが思い通りになる額です』

 

 手元の小さなショーケースを机の上に乗せて開く。その中に、まるで宝物のように入れられた一枚の小切手に向かい合う老人がごくりと唾を飲み込んだ。

 

『ただ一回。ここでイエスと言えばこのお金は貴社の物になる。決断は、貴方の右手に任せよう』

『このやり取りまたやるのかいタクミ』

『天丼は大事だって日本の漫才で言ってるから』

 

 プシューッ、と音を立てるように空気が萎むのを感じ、隣に座るミノルちゃんは小さくため息をついた。

 うん、「また」なんだ。済まない。仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。でもこのやり取りを見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない「ときめき」みたいなものを感じてくれたと思う。

 

「なに言ってるんですか?」

「早く青年向けの漫画雑誌が欲しいなって」

 

 2、30年くらいその辺りの動きが遅れてるせいで結構な漫画が世に出ず消えちまったからな。週間日曜日がある程度形になったらその辺りも随時作っていかないといけんだろうし、漫画業界もどんどん規模を大きくしていかないといけん。

 

 手越の爺さんに投げたら大体なんとかなりそうだけど流石にあの年齢の人を馬車馬みたいに働かせるのもアレだし、どうすっぺかねぇ。

 

『日本のコミックも大分盛り上がってきたじゃないか。海外流通部門が予想外の反響で喜びの声を上げてたよ』

『なんだかんだアメコミも人気あるんだよね。日本の漫画はまだまだ発展途上だし。けど凄い勢いで伸びてるから油断してるとあっという間に抜かれちまうぞ?』

『君っていう前例もあるしね。レオパルドンに拘るそのセンスは良く分からんが』

 

 やかましい。30年後くらいにスパイダーマン大集合したときやっぱりレオパルドン使いたいって言っても使わせねーぞ畜生。

 

『まぁ冗談は兎も角、現況の報告に移ろうか』

『こっちはちっとも冗談じゃないんだが』

『ウォッホン。最近はそちらからの梃入れで資金面でも余裕ができたし海外の流通でも活路を見いだせた。アニメの放映も順調だ』

『アニメ、予想以上に人気出てるみたいね。再放送権の販売が順調って聞いたけど』

『ああ。良い出来だと思っていたがここまで人気が出るとは思わなかった。お陰でそれに追随するようにコミックの売り上げも伸びている。下手すると倍以上にね』

 

 そっちに関しては予想通りって所かな。前の世界でのDr.スランプ アラレちゃんの流れは知ってるからな。ちゃんと計画を立てて力のあるコンテンツを使えば、アニメ化ってのはでっかい金の流れを生むもんだ。

 

 集英社なんてあのアニメで業績そのものが劇的に変わっちまったから、それ以降何十年もフジテレビと組んでドラゴンボールやらワンピースやら放映しつづけてたからな。それだけ大きな収益源になるって事だ。

 

『グッズ販売も好調だ。正直ここ十数年の利益をたった2年で超えてしまいそうでやるせない思いだよ』

『上手い事ハマればメディアミックスってのはこんだけデカい金になるんだよね』

 

 グッズ販売に関しては長年マーブルエキサイトと付き合いがあるって言う老舗の玩具メーカーに任せてある。うちはアニメも原作も歌まで全部自前で賄えちゃうから多少は外にお金を出さないとね。妬まれちまう。

 

 妬みってのは怖いんだ。全くこっちが悪くなくてもそんなの関係なくまっすぐ憎しみを向けられちまうからな。関連企業にも気を配っておかないと何されるかわかったもんじゃない。ただでさえ血の気の多い世界だしな。

 

『……その、関連企業の事で少し相談があるんだが』

『ぱーどぅん?』

『やたらと発音のいいスラングはやめろ』

『ごめんて。どうしたの?』

 

 歯切れの悪いスタン爺さんの言葉に思わず聞き返すとやんわりと注意されてしまった。爺さんたまに礼儀作法に厳しかったりするからな。素直に頭を下げて尋ね返すと、眉を寄せた表情のまま、スタン爺さんは口を開く。

 

『DCCコミックを買収したい』

『…………………は?』

 

 全く予想もしていなかった思わぬその一言に目をぱちくりとさせると、スタン爺さんは再度同じ言葉を繰り返して、ゆっくりとした動作で頭を下げた。

 

 え。どゆこと?

 




三が日に更新したかったけど昨日まで毎日飲んでた(白目)
番外編も一緒にアップしたので許してくださいなんでも(ry




クソ女神様とタクミっぽいのの小劇場



クソ女神様
「彼女の肉体は私の下界での肉体」

「ああ、うん。だろうね」

クソ女神様
「あの忌まわしい魔術師に切り離された私の肉体を依り代にあの娘はこの世に降り立った」

「……あー、うん。まぁ、不可抗力とはいえ申し訳ない事をした気がしないでも」

クソ女神様
「私と同じ肉体を持つあの娘が私を拒んだ事で、私は下界に干渉する術を完全に失って貴女とここに居る」

「拒んだっつか殴り飛ばされたじゃなかったっけ? あと私も巻き込むな私は元からここに居るわ」


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この魔術のない世界で

今回少し短めです。
あ、タクミのイメージ画を知り合いに書いてもらったので載せます!

【挿絵表示】

やったぜ可愛い!

誤字修正。佐藤東沙様ありがとうございます!


「彼女と初めて言葉を交わしたのは、あのラジオでした」

「当時の私にとって、彼女はいきなり自分の世界に飛び込んできた物語のヒーローのような人でした」

「そんな人が私と会話して、そして自分の思いをぶつけてくれた」

「今の私を形作っているのは、あの時の会話だと断言できます」

「まぁ、そのせいで中高と少しやんちゃをしてしまいましたが。顔が怖いと言われるのもそのせいでしょうか」

「……え、恐らく違う?」

 

~武内力丸~ 【346特集・名プロデューサー”武内P”の素顔に迫る】にて

 

 

 

 唐突だが、私は普段ビジネスの場では私用に誂えたスーツを着用している。

 

 理由は単純。長時間ひらっひらしたスカートやら何やらを身に着けるのが苦痛なのだ。

 

 これは前世から変わらない性分で、私にとってはスカートよりはズボンが良いのだ。身に着けるならば着飾った服装よりもジーパンのような気軽な物か動きやすい物、と本気で考えてる根っから飾り気のない生き物である。

 

 ただ、流石に最近ではみのりんから毎回のように「もっと身代に合った格好に。というかファッションリーダーとは言わないからもう少し何とかしてください」と泣きつかれたので、今回は専門のデザイナーさんに頼んでちょっとお高めなドレスで身を整えて商談の場に立った。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 効果は覿面。普段は私に憎まれ口しか叩かないクソジジイ(スタン老)が一瞬言葉を無くして「……日本の諺の意味が良く分かった。馬子にも衣装、か」と言ったり、相手方の社長さんが「美しい……まるで女神のようだ」とか素で言ってくる位に場の空気を掴むことに成功したのである。

 

 結構コーディネート代掛かったけど、これからもこのデザイナーさんはひいきにさせてもらおう。あ、いや待てスタンのジジイ結局憎まれ口叩いてるじゃねーか。

 

 ……コホン。とまれ商談の場でのファーストインパクトには成功。商談は終始和やかに進み、後は調印を済ませるだけ、という段階まで進んだ時。

 

『社長! 社長はどこだーっ!』

 

 蹴破るように会議室のドアを開き、男は現れた。

 

 ギョロっとした目。ぼさぼさの長い髪に髭。

 

 そして何より異様なのはその服装だろうか。どこぞの魔術師が攻めて来たのかと一瞬本気で考えたくなる黒いローブを着た男は、そのギョロ目で会議室を睨め付ける様に見渡すと、大口を開けたまま呆けるDCC社の社長に視線を向け、ドスドスとした足取りで部屋の中に入ってくる。

 

『吾輩達のロイヤリティを払うと言っておきながら身売りとはどういうつもりだ!』

『や、止めろアームストロング! 来客中だぞ』

『喧しい! 大体こいつらが……スタン・リードが何故ここに?』

 

 DCC社の社長に食って掛かるようにわめき散らしていた男は、こちら側の席に座るスタン爺さんの顔を見て初めて怒り以外の感情を浮かべた。

 

 身売りの相手がライバル社という事を理解したのか。小さなため息をついた後、手近な椅子にドサリと男は座り込んだ。

 

『そうか……DCCは負けたのか』

『ストーリーの勝ち負けやライターの問題ではないけどね。発信力でマーブルエキサイトはDCCを上回った。その結果がこの会談での立ち位置の差かな? 見た所ギャラの払いも厳しくなっていたみたいだね』

 

 男がポツリと呟いた言葉にスタンさんが返答し、それに対してDCC社側は苦々しい表情を浮かべる。

 

 マーブルエキサイトは昨年度から比べてもコミック売り上げが倍増。更にアニメの放映やグッズ等のロイヤリティはコミック売上の数倍に上る利益をマーブルエキサイトにもたらしている。

 

 対して、DCC社はマーブルエキサイト側にパイを奪われる形で売上が減少。大人向けのコミックは堅調な売上だがそれもテレビ効果を持つマーブルエキサイトの勢いを止める事は出来ず、DCC社は完全に手詰まりの状態へと陥った。

 

 もしもこの段階でダズニースタジオ以外に大手のアニメーションスタジオが生き残っていればDCC社も二匹目のドジョウを狙ったかもしれないが、まだまだアニメ業界が育っていない現状だと難しいだろう。

 

 ……ちらほらとアニメーション会社自体は出てきているようだが、それらの小規模なスタジオがダズニースタジオ並みのクオリティが出せるかと言われると厳しいだろうしな。

 

『まぁ、DCCコミック自体はそのまま手を付けないから安心してくれ。一社独占はうちの会社のオーナーとしては避けたい事態らしいからね』

『オーナーの意向だと? 上層部からの口出しを嫌う貴様の言葉とは思えん』

『勿論内容がおかしければ何を言われようが従う気はないさ』

『おい、ジジイ』

 

 面と向かって「納得できれば従ってやる」と言われ頬を引きつらせるも、苦言を言われた爺さんはどこ吹く風とばかりにそっぽを向いてこちらと目を合わせようとしない。

 

 この爺さんがそういう奴だというのは理解していたが、よりにもよって他社との買収話の最中にやらかすかこいつ。あっちの社長さんとか明らかに呆気に取られてるじゃねーか。

 

『……その小娘がオーナーか』

 

 向こうサイドとみのりんが呆気に取られている中。ただ一人冷静に私とスタン爺さんの掛け合いを見ていた謎の男は静かにそう言い私を見る。

 

『邪神の眷属……いや、端末か? しかし、自我を持っているように思える。ならば――』

『ふぇっ?』

 

 何だか良く分からない言葉と共にスッと右手を宙に上げた男は、驚く私の顔の前で何やら指で幾何学模様のような物を象ると、そのまま私の額に人差し指を付けた。

 

『がっ』

 

 その瞬間、私の頭の中で激しい火花が走り始める。右へ、左へ。火花が飛び散るたびにマネキン人形のように私の頭が揺れ動く。

 

『タクミちゃん!?』

『アームストロング、何を!』

『静まれ。危害を加えているわけではない』

 

 みのりんとDCC社の社長が慌てたように男を止めようとするが、彼の有無を言わさぬ言葉に気圧されたように黙り込む。

 

 飛び散る火花に脳の中心をガンガンに殴りつけられながら、私は頭の片隅で冷静に周囲を分析する。痛み自体は全くないが、平衡感覚を保てないというかなんというか。

 

 不思議な感覚に少し楽しさすら湧いてきた時、唐突に頭の中身が切り替わるかのような感覚が広がった。

 

『アラン。一体……』

『害はない。ただ、少し影響を受けすぎていたからな。接続を遮断した。直に終わるだろう』

 

 ある種の全能感だろうか。透き通った視界。冴えわたる頭脳。細胞の一つ一つまでを理解できるかのような。恐らく今なら奇跡だって難なく起こせるだろうという、ある種確信めいた感覚。

 

 それらはアランと呼ばれた男の言葉通り、唐突に終わりを告げる。透き通った視界に色が戻ってきた時、アランは満足げに頷きながら私の額から指を離した。

 

『その体に封印を施した存在は相当な御仁だろうな。吾輩ではその御仁の穴埋め程度しか手が出せんが、これで貴様の精神に干渉する影響からは逃れる事が出来よう』

『……なんかめっちゃ視界や思考がクリーンになってたんだけど』

『それがその体の本来の性能だろう。中身が無ければ我が神グリュコーンの依り代にしたいほどだ』

 

 生贄になるのは勘弁して欲しいなぁ、と素直な感想を告げると、アランは至極真面目な顔で「残念だ」と頷き、席を立つ。嵐のように現れた男は、その登場からは想像できない程に静かに部屋を去っていった。

 

 いや。

 

『タクミちゃん、だ、大丈夫!? どこも痛くない!?』

『あ、ああああ本当にとんだ失礼を!』

『うーん、このコーヒーは美味しいね。どこの産地かな』

 

 嵐の様に周囲が騒ぎ始めたから、やっぱり嵐の様に去っていったで良いか。あと爺さん、一人だけのんびりしてないでせめて相手の社長は押さえろやおい。

 

 

 

 数多の戦いがあった。

 

 ブルース・スプリングス。ニュージャージー州の代表。ロックに憧れた少年は青年になり、大人になってそしてステージに立った。20年以上もの間くすぶり続けた魂の錆を落とし、自らの後に続く若者たちを引き連れて。誰よりも熱く燃え上がる為に。

 

 マドゥンナ・ルイ。開催地ニューヨーク州の代表。彼女には野心があった。誰よりも美しく、誰よりも高い位置にまで上り詰める。彼女には夢があった。己の才覚を認められたい。誰よりも幸福になりたい。「神様より有名にならなければ私は幸福じゃない」自身の信念を胸に、彼女はステージに上がる。

 

 綺羅星の様に輝く面々だった。この場に集う16組のアーティストは誰も彼もが輝いていて、最高で、イカれていた。

 

 だが、何事にも始まりがあるように終わりがある。

 

『レディース&ジェントルメン! お待たせいたしました! 本日最後のグループ、『ジャクソンブラザーズ』の登場です』

 

 最高潮に達した舞台の上で、司会者が大きな声を張り上げる。その言葉と共に、舞台袖から5名の男女がステージの上に立つ。

 

 彼らの姿に、一部の白人の紳士や淑女が眉を顰めた。ジャクソンブラザーズは黒人グループだ。人種差別という世紀を跨った問題は、未だに根深くその爪痕を残している。

 

 会場内のそんな空気を感じ取ったのだろう。ステージ上に立つ彼らの表情は暗い。また、それまでの熱気あるパフォーマンスに場が”温められすぎている”のもある。緊張と不快感が彼らの体を固くした。

 

 そして、そんな状況の中。ふいに彼女は笑顔を浮かべて、すっと彼らの前に出る。

 

 ざわめく観衆の声。兄弟たちの視線。くるりと兄弟たちに振り返ると、彼女はただ一言。静かな声でこう言った。

 

『お願い、信じて』

 

 それが一夜限りの伝説(ワンナイトカーニバル)の、終幕の始まりであった。

 

 

 

「いや、映画じゃん」

「……はい、そうですが?」

「はいじゃないが」

 

 撮影の進む様子を眺めながら思わず内心を吐露すると、隣に立つみのりんが不思議そうな表情を浮かべる。いや、確かにちょっと派手なのは撮るって聞いてたけどまんま映画撮るとか思わなかったんだってばよ?

 

 ステージ上ではジャクソンブラザーズが必死にあの日の再現をしようとパフォーマンスを行っている。うわー豪華だなーあれ全員本人じゃん。本人による再現映画とは恐れ入ったわ。

 

 まぁ、この映画も結構助かる点はあるっちゃあるから文句は言いづらい。前半はジャクソンブラザーズというよりはオーディション参加者の過去というか、どういった経歴でこのオーディションに参加したのかってのが主になるんだがね。

 

 こういうのが好きなゴシップ記者とかがうようよいるのがアメリカだからね。先出である程度オブラートに包んだ経歴を周知させるってのは、そこそこ効果あるんじゃなかろうか。

 

 あと、ついでに他のアーティストの活躍の場やエキストラとしての仕事まで設けてくれてるのはありがたい。大所帯だと仕事を用意するのも大変になってくるしね。もっとマネージャー増やさないと……

 

 いっその事もっと色々な権限を持たせて、複数のタレントを管理する人物……そうだな、プロデューサー的な役職を作っちまおうかね。

 

 それぞれの得意分野によって担当するタレントを決めて、仕事の割り振りを行う。また、自身の管轄するタレントでは対応できない仕事なんかも専門のプロデューサーが居るとなれば話はしやすいし。一遍考えてみるか。

 

 この辺りは元々本職であるみのりんが一番詳しいだろうし一度相談してみるかね。

 

 しかし、あれだな。うん。今回の楽曲、完全に”BAD”だわ。聞いた瞬間に背筋が一気に電流走ったよ。一番ヤバいのはマイコーだってはっきりわかんだね。

 

 「本当のバッド(ヤバい奴)は誰か?」ってお前しかいねーよ。聞かされた時に曲に合わせてマイコー指差したわ。

 

 まぁ、その指差しがまたマイコーの琴線に触れたみたいで映像の中に取り入れられてるらしいんだけど。”BAD”の宣伝MVの筈なのに全く別物になってるんだけどこれは良いんだろうか。面白いけどさ。

 

 というかあのバックバンド女王の国のバンド(QUEEN)じゃん今めっちゃ忙しい筈なのにあいつら何やってんだ?

 

 うだうだと心の中で管を巻きながら、私は新しく新調したスーツに身を包む。

 

 まぁ今は兎も角だ。

 

『社長、出番ですよー!』

「ほら。呼んでますよ?」

「ボスケテ」

 

 自分的に黒歴史認定している瞬間を再現してくれってそれなんて罰ゲーム?

 

 タスケテ、誰か……たす……あ”ー!!!

 

 

 

 アメリカでの順調といえば順調な日々の中。この調子で進んでいけばと私は思っていた。いや。この状況になる事は分かり切っていたけれど。体調管理にも気を配っていた。だが、それにだって限界はある。

 

 先生たちは手を尽くしてくれていた。家族たちの協力もあった。それでも、時計の針は無情に過ぎ去っていくのだ。

 

「間先生! 一郎さん!」

 

 医院に駆け込んだ私を迎えてくれた間先生達は静かに私を見ると一つ頷いて、促すように医院の中を歩き始める。私が何も言わずに彼らの後をついていくと。一つの病室の前で彼らは立ち止まった。

 

「設備の整った大きな病院を、紹介もしたんだ」

 

 唐突にぽつりと間先生はそう口にした。

 

「でも、撮影現場が見える場所が良い。この間医院が良いと……」

「先生。貴方は出来る限りの事をしてくれました。俺達家族は、先生に感謝しかしていません」

 

 二人の会話を聞きながら、私は大きく息を吸って、吐く。

 

「黒井さん。親父が二人きりで、話がしたいと。先ほど目覚めて……次に目を覚ますのがいつになるか……わかりません」

「はい」

「早く……早く行ってあげてください」

 

 噛み締めるようにそう言い切って、一郎さんは何も言わずに私の脇を抜けて外へと歩き出す。ペコリ、と間先生が頭を下げて一郎さんの後へと続き――私は、ドアノブに手をかける。

 

 ガチャリ、と音を立ててドアが開く。木目調の床。脇の方に山の様に置かれたお見舞いの品々。白くて清潔なベッド。

 

 そして――

 

「やぁ、タクミくん」

 

 その声は。つい先ほどまで昏睡していたとは思えないほど生き生きとした声だった。

 

 窓脇に、二本の足で立つ円城さんの姿。その窓の向こう……撮影現場のあるスタジオを見ていたのだろう。車椅子が無ければ動けない筈の彼の姿に驚きと共に、悲しみが襲ってくる。

 

「残念だが、私はここまでのようだ」

 

 ロウソクは、燃え尽きる前に最後の輝きを放つ。

 

 それが……彼の中のロウソクがもう尽きようとしている事が何故か理解できて。

 

 私は、ぽつりと一筋の涙を流した。

 




アラン・アームストロング:ちょっとキャラの印象がつかみきれてないのでご容赦ください(無理)





クソ女神様とタクミっぽいのの小劇場



クソ女神様
「理解できない。人はなぜ自ら不幸に陥ると分かっていて苦難へと落ちるのか」

「うん、多分その苦難ってのはお前とその他で認識違うんだろうな

クソ女神様
「私はただ、幸せに、健康に生きられるように声をかけていたのに」

「死ぬほどひどい目に合っても、いやな目に合ってもやりたい事ってのがあるもんさ。それが人って奴だろ」

クソ女神様
「……私が人だった頃は、ただ安寧に生きられればそれこそが最上の幸福だった」

「どういう地獄のご出身で?」


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このゴジラが生まれた世界で

遅くなって申し訳ありません。
今回、前半部分に大分エネルギー取られた為少し短くなりました(土下座)

誤字修正。KJA様ありがとうございます!


 ギィ、と音を立てて車輪が回る。

 

 太陽は天高く上り、小春日和といった暖かな陽気の中。老人と、彼の乗った車椅子を押す少女はゆっくりとした足取りで道を行く。

 

「小学生の頃」

 

 片道数分ほどのその道を。

 

「近所にあった古い映画館……私が大人になる頃には老朽化して取り壊されちゃった位に古い設備の場所でした」

 

 普段の何倍も時間をかけて、ゆっくりと。

 

「父ちゃんに手を引かれて。買ってもらったジュース……コーラだったかなぁ」

 

 ぽつりぽつりとした口調で少女は語る。

 

「ちびちびと舐めながら見たんです。白黒画面で」

 

 かつての世。そして、今に繋がる世界での話。

 

「ゴジラを、見ました」

「……うん」

 

 少女の言葉に、時折頷く様に老人は言葉を返す。

 

「怖かった、ですね。初めて見た時は。真っ暗な映画館の中だってのもありましたけど、怪獣が、沢山の人たちをどんどん薙ぎ払っていくのがとても怖かった」

「うん……ゴジラは、自然の怒りの象徴だ。それは、人にとって畏怖するものであるべきなんだ」

「ええ」

「人は、畏れを忘れてはいけないんだ。忘れてしまえば、どこまでも傲慢になってしまう」

 

 少女と老人はぽつり、ぽつりと会話を交わす。

 

 少女の話す言葉は、まるで空想の中のような信じられない内容のものであったが、老人にはそれが本当にあった事なのだと理解できた。

 

 何故かはわからない。けれど、それは間違いなくどこか別の世界の、そして自分自身の行った事であるのだ、と。

 

 だから。

 

「それを、覚えていて欲しい。君は恐らく……いや。君は――タクミ君自身が人である事を、忘れないでくれ」

 

 だから、つい。言葉に出してしまったのだろうか。

 

 自分の口から出た言葉に少しだけ老人は驚いたような表情を浮かべて、恥ずかしそうに「すまない」と続けて口にする。

 

「何を言っているのかなぁ、私は」

 

 ぽりぽりと頬を掻きながら、老人はそう言葉にしながらふと空を見上げる。

 

 どこまでも広がる青空。

 

 こんなにも穏やかな気持ちで空を眺めたのは、いつ以来だろうか。

 

「綺麗だ……」

 

 呟くようなその言葉は風に乗り、少女の耳にだけ届いて消えていく。

 

 ――撮影所の入り口が、近づいてきた。

 

 

 

 

「……英ちゃん」

「明くん。すまんなぁ、迷惑をかけた」

「いいさ……良い仕事をしたと思ってる。本当に……最後に一緒に出来て、良かった」

 

 目の下に濃い隈を作った黒川監督はそう言って、大事そうに抱えていたフィルム缶を円城さんに手渡した。

 

 円城さんが倒れた時点でほぼ完成していたとは聞いていた。そして、それから3日。

 

 今の今まで寝る間も惜しんで必死に編集をしてくれていたのだろう。

 

 色濃く感じる疲労の痕。彼に付き従ったスタッフたちもそうだ。誰も彼もが目に隈を作り、自身の仕事を全うしたという自負と達成感を織り交ぜたギラギラとした視線をフィルム缶に向けている。

 

「映写室は」

「準備できている。いつでも流せる状態だ」

「ありがとう。そうだな……見れる人は映写室に来てくれ。映画は、沢山の人で見る物だろう」

 

 円城さんがそう言ってうっすらと笑みを浮かべると、周囲に居たスタッフたちが歓声を上げて駆けだした。恐らく撮影所内に居る他の人間に声をかけに行くのだろう。

 

 何せ、この撮影所で1年近くも試行錯誤した上で生み出された作品のお披露目だ。関係した人物にとっては多少眠くても見たいに決まってる。

 

「円城さん」

「ああ。先生、分かっていますよ……もう少しだけ、勘弁してください」

 

 苦言を弄するように間先生が円城さんにそう声をかけるが、円城さんは眉を寄せてぺこり、と申し訳なさそうに頭を下げる。

 

 次はない。恐らく目を閉じればそのまま意識が戻ることはないだろう。

 

 そう円城さんは間先生と一郎さんを説得し、ここに居る。

 

 自分の人生の集大成が、ここにあると言って。

 

 

 

 それは、かつて見た二度の”ゴジラ”とは似ても似つかない出来栄えだった。

 

 東京映画が誇る名優や961プロダクションの力をフルに使ってかき集めた俳優達は小さなワンシーンですらも力を抜かずに熱演し、有り余る資金力を使って用意した撮影器具は厳しい監督達の要望に応えてそれらを余さず高い精度で映し続けた。

 

 現場を離れて久しい円城さんの技術は、今なお通じる物だった。吹き飛ばされる電車やビル街に車。襲い来る災害に歯が立たない自衛隊。緊急出動する米軍の姿を、彼はミニチュアキットや小道具、特殊メイクで再現しきった。

 

 そして。采配を振る黒川監督はそれら全てを生かし切り、映画という形を作り上げていく。

 

 人、物、金。これら全てを結集して作り出したその作品は、戦争を経験した世代の演じる前世”ゴジラ”とも、円城さんが個人で作成した”ゴジラ”とも全く違う出来栄えとなっていった。

 

 

 だが、それは確かにゴジラだった。

 

 

 映写室の中に寿司詰めのようになりながら、私達は無言で画面を見続けていた。話を聞きつけた今日は来ていなかった俳優たちも集まってきて、どんどんと部屋の密度が上がる中。それでも私達は、じっと映画を見ていた。

 

 主演の芹沢博士役を務めた青年俳優は、静かに涙を流していた。時代劇などでも主演を演じた事のある彼は当初、特撮映画等という物に出る事に乗り気では無かったそうだ。だが、実際に撮影が始まり、現場の熱度を知り。そして今、自分が演じた青年の死に涙を流している。

 

 元婚約者役の女優はただ静かに画面の中の自分を見ていた。元は歌手からの転向組で961プロから出向してきた彼女は、初めの内は現場の空気、本気度に面食らい、そしてこれが俳優の世界なんだと学んだという。彼女にとって、この映画はある種の転換点となったそうだ。

 

 この場に居る誰も彼もが、自分なりの思いを抱えてゴジラを見ている。

 

 ゴジラが、彼等の中で確かに息吹いている。

 

「タクミ君」

 

 エンドロールが流れる中。隣に座る円城さんのポツリと呟くような声に、私は顔を見上げる様にして彼を見る。

 

「これが、私の――私達の、バトンです」

 

 画面から目をそらさず。意識だけをこちらに向けて、円城さんは囁くような声で私に話しかけた。

 

「円城さ」

「私を……見つけてくれて、ありがとう」

「……円城さん」

 

 消えていく。

 

 急速に萎んでいく円城さんの命の灯を感じ、声を上げようとした私を征するように円城さんは言葉を重ねた。

 

 しょうのない子だなぁ、と言うように彼は眉を寄せながら微笑みを浮かべて、言葉を口にする。

 

「私は、幸せだ。最後の最後で、バトンを渡せたのだから」

 

 エンドロールが終わり、室内が暗闇に包まれる中。

 

「だから、後悔だけはしないで欲しい」

 

 そう言いながら、円城さんは満面の笑みを浮かべて、私を見る。

 

「私の人生は、決して間違っていなかったんだ」

 

 ――そして。

 

 それが、私が聞いた円城さんの最後の言葉だった。

 

 

 

 

 たまにふと、考える事がある。

 

 何故、私はここに居るのかと。この世界に存在しているのかと、考える事がある。

 

 前世での私はしがない一般人だった。多少ロボ物が好きで、何なら死ぬ間際までフィギュアの作成を行ってそれが理由で死ぬ位しか特徴的な所のない女だった。ああ、喪女って意味なら一般とは言い辛かったか。

 

 20代の頃はそれなりにあった人付き合いも30を超え、40に差し掛かると途絶えていき。職場と家を往復する毎日を送る、そんな毎日を送るだけ。それも良いかと思って、多分死ぬまでこうなるだろうなと思っていたら予想より早く事故ってくたばった。

 

 そんな、大したもんじゃない、どこにでもいるような女だった。

 

『タクミさん、今の心境を』

『亡くなられた円城さんとの関係について』

『映画についてコメントを』

 

 黒い喪服を着た私を取り囲む取材陣。それらを無視するように俯き、車の中に乗り込む画面の中の私。

 

 まるで異次元の存在のような姿。前世での私とはかけ離れた”私”の姿。年々増していく違和感はあのへんちくりんな魔術師もどきのお陰か無くなっていたが、それでも感じてしまう誤差のような感覚。

 

 私をこの世界に落とした奴は、何故私を選んだのか。何故、私だったのか。

 

「――――ミ」

 

 円城さんの葬式は、本人の希望もあってか家族と一部関係者のみの小規模な物にとどまった。だが、私と黒川監督、その他著名人が参加した事で取材陣に囲まれてしまい、ご覧のあり様だ。

 

「―――クミ」

 

 これで良かったのか。もっと別の方法があったんじゃないのか。何度も何度も考えて、でも。私は――

 

「おい、タクミ!」

「ふぇ? ででででっ!?」

 

 グイっと耳を引っ張られる感覚。最初に驚きを、次に軽い痛みを感じて悲鳴を上げながら引っ張られている方向を見上げると、黒井とその後ろに居る銀さんの姿。

 

「なにすんだい、乙女の柔肌を」

「随分と頑丈な柔肌だな」

「カッターくらいなら肌通らないんだよねぇ」

 

 つんつんと自分の肌を指で差しながらそう言うと、黒井はあぁ、と小さく。若干引いたような視線を私に向けてくる。おっとマジで失礼だな?

 

 いや、例の魔術師もどきがやらかした件の副産物というか、ますます頑丈に、強力になる体という凡そ現代人が必要としない物を手に入れてしまったんだよね。これ、大人になったらもっと固くなるのかな。そろそろ乙女の尊厳なんてレベルの体重じゃないんだけど。

 

「まぁ、そんな事はどうでもいい」

「おい」

「実際それがお前にとっての適正体重ならしょうがないだろう?」

 

 まぁ、そうなんだけどさ。私だって女の子なわけで、やっぱり抱き着いた相手の第一声が「固っ、重っ!?」なのは結構心に来るんだよ。実際。

 

「お前も、そういう言葉が出る年齢になったんだなぁ」

「もう13だしねぇ」

 

 しみじみとした黒井の言葉に昔を思い返し、笑みが浮かんでくる。初めて会った時はそう、まだ蛇を笛で操って日銭を稼いでいたんだったか。

 

 懐かしい日々。屋台村での出来事を思い出すと、沈んでいた心が少しだけ上向いたような気がする。あの頃は毎日大変だったが、それはそれで充実した日々を送っていたのだと今更ながらに思ってしまう。

 

「お前が何を気にしているのかは分からんが」

「うん」

「辛いなら、休んだっていい。なんなら遊園地にでも行くか?」

「ぷっ。似合わないよ?」

「……偶には父親らしいことをしないとな」

 

 私の苦笑に少しだけ目を泳がせながら、黒井はそう口にする。

 

 惜しいなぁ。これで面と向かって目を見ながら言ってくれればヘタレのクロちゃんなんて古参のアーティストに呼ばれないのに。

 

「やかましい。というか、え。そんな風に呼ばれてるの、か?」

「ジェニファーさんとか」

「…………oh」

「……お疲れ」

 

 真っ白になって崩れ落ちる黒井の姿に可哀そうになったのか。銀さんが一言、そう言ってぽんと肩を叩く。本当に仲がいいな、この親父ーズ。

 

 いや、まぁうん。何だかんだ女性を口説き落とせるって事は知ってるし。というかオーストリアの例の方はいつ紹介してくれるんだよ。おばちゃんずっと待機してるんだがな。

 

 え、ソ連崩壊の影響で暫く会えないかも? ソ連崩壊してたのとか全然知らないんだけど。

 

 民衆が盛大に中指を突き出してクレムリンに行進してた……あ、どうやらここマジで私の知らない世界線ですね。ははっ。

 

「……舞浜、行こうか」

「……そだな」

「お前らなぁ……」

 

 親子そろって遠い目をしながら宙を見上げ、体育座りになって黄昏る私達二人に銀さんがため息を吐く。

 

 まぁ、何だかんだで働き詰めだったし、ダズニー社とはダズニースタジオ買収以降もそこそこ付き合いあるし、円城さんの死からもう数週間。気落ちしたままだと円城さんにも怒られてしまうだろうし、ね。

 

 偶には家族と一緒に、年齢相応の遊びって奴もするか。あ、そだ。舞でも誘ったろうかな、後は幸姫ちゃんとか。捕まると良いんだけど。

 

 あー、でもよく考えたらこの世界の遊園地初めてか。どんな乗り物があるのかねぇ。こいつは楽しくなってきたぜ!

 

 

 

 なーんて浮かれてたからだろうか。

 

「ねぇねぇタクミちゃん! あのぬいぐるみさん、かわいいね!」

「おー、まぁぬいぐるみっつか着ぐるみだけどな」

 

 歩くドナル〇ダックを指さしながら笑う幼女にうんうんと頷きつつ若干の訂正を入れておく。間違った知識は後の恥っていうからな。なんかこいつ自爆多そうな顔してるし。

 

 うん、何をしてるのかって? 迷子になったパッパ達を探してたら同じく迷子だった幼女を保護したんだよ。いや、背丈がないって本当に混雑してる所だとヤバいのな。前世だとこのくらいの年齢の頃は160超えてたから全然意識してなかったわ。

 

 え、お前がハグレたんだろって? そうとも言うかもなぁ。いやぁ、迷子センターとか流石に恥ずかしくて行けないから探してるんだけどちょっと心折れそうだわ。携帯、早く世に出て来ねーかな……いや、いっそ作るか?

 

「タクミちゃん、どうしたの? おなかいたい?」

「いや、その言葉が心に痛かったわ。どうするか考えてたんだよ。お前の両親もこの近くに居たんだよな?」

「うん!」

「あー。ならやっぱ迷子センター行った方が良いかな。覚悟決めるかねぇ」

「タクミちゃん、迷子なの?」

「断じて違う」

 

 キリッとした顔でそう返し、はたと気づく。覚悟を決めたとはいえそういやこの娘の名前を聞いていなかったのだ。やたらとテンションが高い上にウサギの耳みたいな面白い帽子つけてっから服装で分かるかもしれんが、流石に効率が悪すぎる。

 

「取り合えず迷子センターいってお前の両親に呼びかけんとなぁ。お前、名前は?」

 

 少しだけ腰を落として彼女に語り掛ける様に尋ねると、幼女は満面の笑顔を浮かべながら、大きな声で名乗りを上げた。

 

「ななはなな! あべなな、ななさいです!」

「ななが多いわ!」

「ふぇー!?」

 

 つい叫んで返した私は悪くない、はず。




「英ちゃんは本当に幸せ者だと思うよ」
「誰かに志を繋げられる。これほどうれしい事が、世の中にあるかい?」

~黒川 明~ 【書籍 盟友、円城 英幸】にて




クソ女神様とタクミっぽいのの小劇場


クソ女神様
「人が求める幸せとはなに?」

「哲学かな? 私の言葉で言うなら、長時間ゆったり座れる椅子に座って楽な姿勢でポップコーン喰いながらコーラをガバガバのんでアニメ見るのが幸せだね」

クソ女神様
「流石に不健康に過ぎるのでは」

「おっとマジレス来ちゃったかぁ」

クソ女神様
「私の現代知識は貴女と変わらない筈なのに、それでも理解できない事が多すぎる」

「知識とさ。実際に味わうってのはまた違うもんさ。現物見ないで本読んだって空の青さはわからないし、美味しい料理の味だってわからない。そんなものだろ、どこの世界も」

クソ女神様
「まぁ、貴方には確かに母の気持ちはわからないかもしれないわね」

「お前今全世界の喪女を敵に回したからな?」


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人物紹介(28話分まで更新)

そろそろ長くなってきたので纏め作ってみました。
最新話は次の話になります。

誤字修正。KAKE様ありがとうございます!


黒井タクミ

 

【挿絵表示】

カイン氏提供画像。ありがとうございます!

主人公。神様っぽい何かの力で転生した。前世は40年位彼氏=プラモデルという筋金入りの〇〇

サブカルチャー滅亡状態の世界に気落ちしたと思ったら「じゃあ私が作ればええやん」と切り替え、やたらとハイスペックな身体を使って面白きこともなき世を面白くする為に日夜奮闘している。ロボアニメを愛している。最推しはキリコ・キュービィー

 

 

 

松崎銀次(登場:このサブカルチャーのない世界で)

タクミの幼少時の保護者兼元養父。元々は縁日の屋台をシノギにする極道だった。愛称は銀さん。刀で銃弾を切れたりする達人。

現在は961プロの社宅代わりになる高層マンションの管理と警備を仕事としている。タクミが頭が上がらない人物その1

どっかのマフィアがバンバン出る漫画に出てる人かもしれない。

 

 

 

黒井崇男(登場:このサブカルチャーのない世界で)

主人公の義父。原作アイマスの黒井社長の若かりし姿。

作中登場時は日本の大手プロダクションで頭角を現すエリート。タクミに現在の音楽業界を一新する可能性を見出して全賭けし、見事に30台の若さで超巨大プロダクション961プロの社長に収まる。が、余りの忙しさに最近少し後悔している。愛称はクロちゃん、パッパ、タカオ

 

 

 

高木順二朗(登場:このサブカルチャーのない世界で)

最初は名前だけ登場。原作アイマスの高木社長の若かりし姿。タクミを見出した男。

米国での活動が多い黒井に代わって初期は日本側からタクミを支援していた。後に日高舞のプロデューサーとなる。

 

 

 

ボビー・ブラウニー(登場:この音楽のない世界で)

米国のとあるTV局に務めるプロデューサー。後に退社し、米国音楽界におけるタクミの代理人となる。

 

 

 

ジェニファー・ヤング(登場:このアニメのない世界で)

タクミのバンド・ボトムズのギタリスト。

元ネタはマイケル・ジャクソンのリードギターやってた人。恐らく女性ギタリストとしては5本の指に入る人。

米国でのタクミの姉貴分。タクミが頭の上がらない人物その2

 

 

 

ニール・カリウタ(登場:このロックのない世界で)

タクミのバンド・ボトムズのドラマー。既婚者。

バンド内唯一の男性。米国ナンバーワンドラマーの呼び声も高い技巧派

 

 

 

キャロル・ウェイマス

タクミのバンド・ボトムズのベーシスト。50歳。

30年以上現役の生き字引。モデルの人もまだ存命でバリバリの一線でプレイしてる化物。

タクミが頭の上がらない人物その3

 

 

 

ミシェル・”マイケル”・ジャクソン(登場:この音楽が無かった世界で)

モデルは”キング・オブ・ポップ”。この世界では女性。

生まれた瞬間から自分が何かを間違えたと思って成長し、大人になり、そしてとあるステージの上でそれが何なのかを知った。

作中最強の存在だが、主人公と彼女が争うことはない。

 

 

 

マドゥンナ・ルイ(登場:この音楽が無かった世界で)

全米16傑と呼ばれる初代オーディション決勝進出者の一人。

元ネタはほぼ名前まんま。姓が変わったくらい? 

マイコーが男だったらクイーンオブポップと呼ばれてた人。

 

 

 

ブルース・スプリングス(登場:この音楽が無かった世界で)

全米16傑と呼ばれる初代オーディション決勝進出者の一人。

この人も姓が短くなった。元ネタは米国ロック界のボス。

あと大会参加の際に連れてきた悪ガキ共は何気にボン・○ョビの連中だったりする。連中の本来のデビューがこの位なんですよね

 

 

 

スタン・M・リード(登場:このコミックのある世界で)

マーブル・エキサイトヒーローコミックの編集長。スパイダーマン等の名作を数多く世に送り出した爺さん。

タクミとの関係は悪友としか言いようのないものだが、互いにそれを気に入っている。

因みに作者の他作品に出てる人とは同じ人物だが世界線が違ったりしてる。

 

 

 

ジェームズ・ポンド(登場:このコミックのある世界で)

マーブル・エキサイトヒーローコミックの社長兼胃痛担当

 

 

 

マイキー・バイソン(登場:この倫理のない世界で)

元ネタはストリートファイターのバイソン(の元ネタ)。

タクミに付き合ってマンハッタンを拳で制圧した人の一人。後にその一連の騒動がゲーム化されそちらのキャラ名がタイソンとなる。

 

 

 

ダズウェル・マグダウェル(登場:この仁義なき世界で)

在日米軍の司令官。中将。

 

 

 

リッキー・ロスアダルト(登場:この仁義なき世界で)

駐日米国大使。

 

 

 

日高舞(登場:この仁義なき世界で)

一文字で鬼、二文字で悪魔、三文字で日高舞。アイマス公式で最強だった(今もという声もある)設定があるラスボス。

娘の年齢から逆算して初登場時は8歳。

12歳段階ではすでに日本国内で敵は居ない状況になっている。

美城幸姫率いるアイドルユニットに人生初と呼べるほどの辛い敗北を経験。自らの視野の狭さと驕りを自覚し、世界に旅立つ。

 

 

 

武田蒼一(登場:この漫画のない世界で)

原作アイマス世界の大物音楽プロデューサー。日高舞とは同じ作品出典。

原作よりも大分早く接点が出来たので彼女の歌は全て彼が作る事になるかもしれない。

 

 

 

武蔵しげる(登場:この漫画のない世界で)

武藤 茂。モデルは水木しげる。

女神被害者の一人

 

 

 

小野島 章太郎(登場:この漫画のない世界で)

モデルは石ノ森章太郎。少年飛翔の出版元である小野島出版の社長。

女神被害者の一人

 

 

 

 

石川実(登場:この歯車の動き出した世界で)

パッパの元同僚。原作アイマスの石川社長の若かりし姿。

米国におけるタクミの補佐全般を行っている苦労人。

 

 

 

シド・ビジョン(登場:この歯車の動き出した世界で)

モデルはシド・ヴィシャス。この世界ではロックと出会わず幸せな家庭を築き30前にロックと遭遇することになったイケメン。

 

 

 

エイダ・デジェネ(登場:この歯車の動き出した世界で)

米国のコメディアン。モデルはエレン・デジェネレス

人の意表を突くことが大好きで全世界の意表を突き続けるタクミのファンを公言している。

 

 

 

手越治(登場:この歯車の動き出した世界で)

モデルは手塚治虫。女神被害者の一人。

自身の選択に疑問を持ったまま40年の時を過ごし、タクミとの遭遇により答えを得る。

現在は己の為の雑誌を立ち上げに奔走中。

 

 

 

スティーブン・ウォズバーン(登場:このパソコンのない世界で)

米国ミカン社の技術責任者。元ネタはジョブズに騙されてピンハネされても笑って「俺は25セントしか貰えなくても手伝ってたよ!」と言い切れる凄いカッコいい人。

 

 

 

ウィル・ゲイリー(登場:このパソコンのない世界で)

米国ミカン社開発部門の総責任者。元ネタはマイクロソフト作ったりした慈善事業化の人。

 

 

 

円城 英幸(登場:このパソコンのない世界で)

元ネタは円谷英二。この世界では公職追放後、福井県で発明王として成功。その情熱は40年の歳月を経ても燻り続ける。

ゴジラを完成させた後に逝去。後へのバトンを渡したその顔は安らかだった。

 

 

 

 

円城 一郎(登場:このパソコンのない世界で)

円城英幸の息子。彼からのバトンを受け取った一人。

 

 

 

黒川 明(登場:この特撮のない世界で)

世界に誇る日本映画の名匠。円城の盟友として彼の最後の作品完成に尽力する。

 

 

 

美城秀則(登場:このアイドルのない世界で)

タクミの被害者その1.時流を見誤り失脚。現在は父親の先代が社長職に復帰し、彼は海外事業部へと出ているらしい。

 

 

 

美城幸姫(登場:このアイドルのない世界で)

タクミの被害者その2.これ以降、暴走する舞の前座扱いを受け続けるも挫けずに抗い続けている。

高校進学を機に引退。引退直前、当時すでに全盛期と言われていた日高舞と後に伝説と呼ばれるアイドルユニット【シンデレラガールズ】のリーダーとして対戦。審査の結果は引き分けによる敗北だったが、実質勝利に等しい判定をもぎ取る。

彼女が引退した時に歌われた【お願い! シンデレラ】は美城プロダクション所属のアイドルが一度は歌う歌として知られている。

 

 

 

三浦さん(登場:このアイドルのない世界で)

幸姫の元マネージャー。現在は育児に専念する為退職。

 

 

 

毒島(登場:このアイドルのいなかった世界で)

日ノ本テレビの元重役。

 

 

 

Xross(クロス)(登場:このアイドルのいなかった世界で)

961プロ所属のロックバンド。元ネタはXジャパン。紅は、星輝子バージョンの「ヒィヤッハァアアアア!」が予想以上に出来が良かったのでいつか使おうと思っていました。ぱちぱちは星きの子大好きです。

 

 

 

 

アネット・ジャクソン(登場:幕間・そして世界は進みだす)

マイコーの妹。モデルはジャネット・ジャクソン

姉とタクミからの依頼を受け、後の通称【シンデレラガールズ】の一員として舞と対戦。恐らく終生のライバルとなるだろう存在として彼女の存在を強く心に刻む。

アメリカ帰国後はユニットで得た経験を元に更に自己研鑽を重ね、また日本から渡米してきた舞に対抗する形でメジャーデビュー。スターへの道を歩む。

幸姫や小鳥とはその後も手紙や電話で連絡を取り合っている。ユニットが解散した後も幸姫の事を「リーダー」と呼び続けるなど、彼女にとっても3人での日々は大切な時間だったらしい。

 

 

 

 

間 哲男(登場:幕間・そして世界は進みだす)

間医院の院長。ゴジラ撮影中、円城さんの体調を支え切った名医。

手越氏の娘婿でもある。

 

 

 

間 黒男(登場:幕間・そして世界は進みだす)

手越治の孫でタクミに彼の存在を教えたある種のキーマン。どっかの世界で「ブラック・ジャックをよろしく!」と毎回叫んでる奴の若き姿(ただし別世界)

 

 

 

明日茂さんぽ(登場:この〇〇のない世界で番外編 タクミの初ラジオ)

タクミの初ラジオの相手を務めてくれたコメディアン。「これは伝説になる」と放送事故を流し切った。

 

 

 

武内力丸(登場:この〇〇のない世界で番外編 タクミの初ラジオ)

原作アイマスの346プロのプロデューサー。この世界では悪いお姉さんに影響されて中高と荒れてしまい顔つきが険しくなるらしい(言い訳)

 

 

 

野素虎陀無四(のすとらだむす)(登場:このライブのない世界で)

961プロ所属のロックバンド。タクミを蝋人形に詰めようとした。

 

 

 

アラン・アームストロング(登場:この魔術のない世界で)

ちょっとキャラの特徴が多すぎて印象がつかみきれてないのでご容赦ください(無理)

 

 

 

安部 菜々(登場:このゴジラが生まれた世界で)

原作アイマスのウサミン星人。ミンミンミン! ミンミンミン! ウーサミン!(発作)

28話時点でははあべななさん7歳。超人気番組ナウい!音楽広場の名物司会助手として名を馳せ、舞と幸姫が居なくなった日本アイドル界のトップバラドル?として君臨している。

 

 

 

音無 小鳥(登場:このシンデレラなき世界で)

ピヨちゃん。原作アイマスでは事務員なのに下手なアイドルより歌もうまいし楽曲も多い通称【最強の事務員】

ピヨちゃん主人公のスピンオフ、朝焼けは黄金色は最高の前日譚ですぞ!(ステマ)

美城幸姫率いるアイドルユニット。通称【シンデレラガールズ】の一人として日高舞と対戦。アイドル史に名を刻む。

舞と幸姫というツートップが消えたアイドル業界で無双――するにはまだまだ本人の経験も足りず。【な音】で縁の出来た菜々とわちゃわちゃしながら日本アイドル界を盛り上げている。

 

 

 

音無 琴美:(登場?:このシンデレラなき世界で)

ピヨちゃんの母。原作アイマスだと高木と黒井、二人の男の道が違えた大きな要因。



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このライバルなき世界で

お待たせして申し訳ありません。

半月ほど働き詰めでようやく休みがもらえた……


誤字修正。竜人機様、キーチ様、名無しの通りすがり様、春鳥様ありがとうございます!


「超一流の俳優と超一流の制作陣が超一流の技術を持って映画を撮る。その作品が超一流の名作になるのは子供でも分かる理屈だが、その3つを用意したのが日本である事に私は驚きを感じている」

 

米国映画評論家 チャック・キース

 

「日本はタクミと安い商品だけの国ではなかった。この映画は一つの芸術です」

 

エイダの部屋 エイダ・デジェネ

 

「この才能が40年も日の目を見れなくなった原因を作ったのは、GHQ最大の罪と呼べるだろう」

 

NY新報記者 デヴィッド・スパロー

 

 

 

「帰してきなさい」

「迷子を保護しただけだから(震え声)」

 

 ちみっ子と共に合流した私に対する義父の心温まる一言に、思わず中指をおっ立てちまいそうになる。

 

 が。我慢だ。流石にちみっ子の前でFu〇kYouとかやらかす訳にはいかん。あ、でも右手が勝手にうご、ああっ!

 

「タクミ……さん。黒井社長もさっきまでは心配なされていたんですよ」

「どっかで絶対何かやらかしてるってね」

「信頼の方向ぅう!」

 

 少しだけ困ったように眉を寄せる幸姫の言葉に、舞がにやにやと笑いながら一言付け足す。それ絶対に必要な情報じゃないよね? おい、ないよな?

 

「うわぁ、ほんものの幸姫ちゃんと舞ちゃんだぁ!」

 

 私が四方八方からの口撃に歯ぎしりする中、ちみっ子は目を輝かせて幸姫ちゃんや舞の周りをちょろちょろと飛び回っている。あ、こら。舞に近づきすぎるなよ。こいつテンション上がると誰彼構わず噛みついてくる猛犬みたいな奴だからな。

 

「誰が猛犬よ誰が」

「おめぇこないだテレビの音楽番組で別事務所のベテランに噛みついてたじゃねーか」

「……記憶にないわね」

 

 思わず悟空さっぽい口調で問いかける私の言葉に、舞はついっと視線を逸らしてそう答える。

 

 覚えてませんじゃねーぞ。生放送で舞が生まれる前から活躍してるミュージシャンに「もうちょっと声量上がりません?」とか素で言いやがって。

 

 向こうが爆笑して「タクミちゃん基準にされたら流石に無理だわ!」とか流してくれたから大事にはならなかったけど、高木さんの顔が青を通り越して白くなったんだからな。少しは反省しとけよほんと。

 

「お前の放送事故の方が迷惑度は大きかったがな?」

「学校でも流行ってたしね」

「記憶にございませんなぁ」

 

 本日二度目の震え声で返事をしながらすっと目をそらす。あん時はあれだあれ。ほら、テンションが……さ。上がりすぎたんだよ……!

 

「でもでも、ななはタクミちゃんかっこいいっておもう! なりたいものは自分しかわからないって! ななもそうおもうもん」

「七歳児にフォローを入れられるとは」

 

 不覚にも涙が出そうな心情である。というかうすうす感じてたけどこの娘、随分と受け答えがしっかりしてるな。舌足らずな口調で密かに自分の存在をアピールしてくるある種のアザとさ……少しの興味を覚えて、私はちみっ子に視線を向ける。

 

 私から視線を向けられたちみっ子――安部菜々は少し首を傾げてこちらに視線を合わせてくる。物怖じしない態度といいこの細かく自分を良く魅せる動作といい、これ全部天然物ならかなりの逸材なんじゃないだろうか?

 

「なぁ、菜々(・・)。そういうって事は、お前さんも何かなりたいものってのがあるのか?」

 

 軽い興味を言葉に乗せて私は菜々にそう尋ねる。

 

 舞を初めて見た時ほどの胸騒ぎはない。だが、確かに感じる何か。その何かの答えが、あるいはこの返答ではっきりするかもしれない。

 

 私の言葉にきょとん、とした表情を浮かべた後、菜々は「うーん」と両手を組んで考え込む動作を見せる。

 

 暫く考え込んだ後、菜々は小さく頷いて口を開く。

 

「ななは、幸姫ちゃんみたいなアイドルになりたいです!」

 

 満面の笑みを浮かべて答えた菜々の言葉。

 

 その言葉に周囲で微笑まし気に会話を聞いていた大人組が驚きの表情を浮かべる中、私は「へぇ」と小さく頷いて視線を巡らせる。

 

 彼女の言葉を受けた幸姫ちゃんは驚愕のあまり呆然とした表情を浮かべ――舞は片眉を上げて面白くなさそうにそんな幸姫ちゃんを眺めていた。

 

 この娘、良い趣味してるわ。ちょっと唾つけとくかねぇ?

 

 

 

 

 カタカタとキーボードを打ち込みながらテーブル脇に置かれていたカップを手に取る。熱々のココア。この甘さが疲れた脳を癒してくれるのだ。

 

 というか私まだ14歳なんだけどさ。会社の執務室に缶詰状態で事務処理やらされるってなんかおかしくないかなみのりん。そろそろ日付が変わる頃合いなんだが?

 

「……管理職には残業代が出ないんですよね、うち」

「ボ、ボーナスに反映するから(震え声)」

 

 目の下に隈を作ったみのりんのぼそり、とした呟きに思わず目をそらす。スペースウォーの発売からこちら、地獄のようなデスマーチを潜り抜けたみのりんのオーラは直視しがたい圧力を伴っている。

 

 下手に触れたらヤバい。本能でそう悟り、私は話題を変えようと努めて明るい声で問いかける。

 

「そ、そういえば国外の方の販売もかなり凄いみたいだね!」

「京都の花札屋からスペースウォーの需要が満たせないと悲鳴のような報告が来ているんですが。それこそ矢のように」

「まぁ、日本はねぇ。そろそろマンハッタンファイトも来るからって言っといて」

「向こうの担当倒れそうですね」

 

 あ、まだ向こう倒れてなかったのか。アメリカの方だと既にウィルが倒れて点滴打ち込まれてまた復帰とかやってるんだけどね。事前に500万台も用意してかつ日産10万台作れる工場施設を準備してたのにひと月持たずにパンクしちまった。

 

 今は工場増設の真っ最中で、丁度良いので現在増設中の工場の造りをある程度機械の入れ替えがやりやすいようにして、そこの工場で今後のゲーム機やPC部品なんかのパーツも生産する予定だ。

 

 まぁそこまでやっても、まだまだ米国内の需要すら満たせてないんだから洒落にならん。ミカン直営のゲーム喫茶なんか連日超満員。一人の連続プレイは5回までって制限かけてるのに終わった奴がまた数キロの列に並び直すからいつまでたっても待機列が切れないらしい。

 

 というかこのゲーム機ーー筐体の名前は無難にミカンボックスにした――の売上だけでこれまでミカン社にかけてた投資分どころかエキサイトグループ(私がオーナーしてる企業群)全体の年間売上を軽く越えていったらしいから嬉しい悲鳴にも程がある。

 

 あんまり儲けすぎても妬みやら恨みやら買っちまうし。程々に社会に還元しないといかんなぁ、これは。

 

「まぁこれだけ売れたのも事前に貴方がアメリカ中に『うちで作るゲームすげーから!』と声高に宣伝してくれていたお陰でもありますがね」

「みのりんの言葉の刃が痛いよ。心に痛い」

「副音声を聞き取らないでください」

 

 いやそれって内心そう思ってるって意……いや予想私の勝手な判断でみのりんを敵に回すのは(ry

 

「冗談は兎も角」

「あ、はい」

「現状、人、物、時間全てが足りてない状況です。エキサイトグループや961プロからの人員を回しても仕事が回りませんし、他の業種にまで悪影響が出てきています」

「あー、うん。そこは分かってる」

 

 ポリポリと頬をかきながら手に持つ各部署からの嘆願――『いい加減人を増やせ』という悲鳴のような文章を眺め、小さくため息を吐く。

 

「事務経理やらは良いんだよ。ある程度の人材がすぐに集められるから。問題はコンピューターに関する知識を持った人間の少なさだ」

 

 分野の発展が遅れているからってのもあるんだろうが、予想以上に人材の枯渇が早かった。恐らくコンピューター分野で最も進んでる米国でこれだと諸外国はお察し状態だろうな。

 

 ミカン1の発売でかなり世間にアピールした筈だが、流石にそっから数年レベルじゃまだまだ人は育たない。人の成長の前に業界が発展しすぎてしまった。

 

 民間で細々とコンピューターを作っている同業他社も存在する為、それらの買収を行ったり人員の出向をお願いしたりと色々手を打ってあるんだが。全体的に業種全体の人口が少なすぎて補充が利かないのだ。

 

 このままでは今いるメンバーへの負担がデカすぎる。ウィルなんて近場の病院に担ぎ込まれまくったせいで向こうの看護師さんと懇ろになったとか自慢してたからな。笑えねぇわ。

 

 こうなってくるともう、打てる手は少なくなってくる。腕を組み、何度目かのため息を吐きながら私は思い付きを口に出す。

 

「青田買い……しかないか」

「何か手が?」

 

 みのりんの言葉に頷きだけ返して、手元のミカン2のキーボードを打ち始める。出来ればやりたくはないんだが、仕方ない。

 

「全米、いや、伝手のある国全部だな。ミカン1を用いてゲームを制作、それの出来で優劣を競うグランプリみたいなのをやろう。出場資格はミカン1でプログラムを組めることのみ。年齢・人種・出身は問わず。最優秀作品には賞金10万ドルとその作品のミカンボックスへの移植およびロイヤリティの授与」

「……全米オーディション」

「うん。やり方は違うけど人を発掘って意味じゃ同じかな。これは、という人はどんどんスカウトしちゃおう。後はそれに付属する形でミカン社社員絶賛大募集って広告も打っとこうか。認知度も上がるだろうし多少は集まりやすくなるかもね」

「すぐに手はずを」

 

 私の話を聞き終えたみのりんはいてもたってもいられない、とばかりに立ち上がって部屋から去っていく。やっぱりあの人、根っからのイベンターなんだろうね。話が進むにつれ、ギラギラした視線を私に向けてきた。

 

 でもまぁ、うん。あんまり突っ込んだ話までされなくて少しだけほっとした気分だ。

 

「未成年は出来れば雇いたくないんだけどなぁ」

 

 年齢条項を含めず。それはつまり、未成年であろうと能力があれば参加しても良いという事だ。条件さえ合えば、私は彼らをスカウトする事になる、だろう。

 

 使えるものはどんどん使わないといけない。企業の主としての私はそう判断している。

 

 ただ――個人の……黒井タクミとしての私は、子供は子供で居られるうちは子供で居た方が良いと思ってしまうのだ。たとえ、いつかは大人にならなければいけないとしても。

 

 キーボードを打つ手を止めて、テーブルに置かれていたカップを手に取る。

 

「大人になるのが早すぎても。良い事なんかないからなぁ」

 

 温くなったココアを湿っぽい感情と一緒に飲み下し、「よし!」と気合を入れなおす。この事務処理が終わったらそのまま仮眠をとって日本にとんぼ返りだ。ついでに花札屋さんへの報告は私が行くか。人気商品の新作が出るんだ、泣いて喜んでくれるだろう。

 

 

 

 

「花札屋さんの担当さんが目の前で倒れた件について」

「当たり前だろうが」

 

 解せぬ、とパッパの執務室で愚痴っているとさも当然の様にパッパに返された。解せぬ。

 

「門外漢の俺ですら今の熱狂ぶりを察してるんだ。現場で実際に流通を任されてる人間にそんな爆弾投げたらそうなるだろ」

 

 カタカタと執務机に設置されたミカンを使いながら、パッパは視線を画面から移さずにそう口にする。いや、勿論分かってるんだよ? 向こうも余裕がないって。

 

 だけどこれまでの付き合い……PCの方でもゲームの方でも花札屋さんは大事なお客だし、事前に話は通しとかないといけないしね。

 

 それに米国の方で企画してる自作ゲームグランプリのね。日本側での開催の窓口になって欲しかったからそのお話もしないといけなかったのもあるし。

 

「ああ、石川が妙に興奮しながら言ってたあれか。コンピューター版の全米オーディション」

「まぁ大分やり方は違うけどね」

「人材発掘って意味なら確かにあれは素晴らしいイベントだったな。コンピューター版のジャクソンやクイーンズを探すのか」

 

 まぁ今回はあの時と違って燻ってる連中というよりも今正に発展してる連中、若い世代を見つけるって意味合いの方が強い気がするけど……結果はそんなに変わらない、か?

 

 音楽業界と違ってコンピューター分野はまだまだ新しい分野だからね。

 

「成程……そうだ。それで思い出したが、お前にテレビ局から嘆願が出てるぞ」

「嘆願て」

「お前への頼み事なら嘆願にもなるだろう。自分がテレビ業界からどういう目で見られてると思ってるんだ」

 

 そう言ってパッパはキーボードから手を放し、机の引き出しから一枚の書類を取り出して机の上に置く。

 

 そうなったの全部パッパからの依頼の結果なんだけどその辺はどうお考えなんでしょうかねぇ。いや、まぁいいけどさ。

 

 で、ええと何々。

 

「『新しいスターを発掘したいので何か良い企画をお恵み下さい』?」

「もうちょっと違った文章だったと記憶しているが」

「要約するとそういう意味でしょ。え、何これ。なんで私にこんな依頼が来るわけ?」

「全米・全欧オーディションのヒットとそれによって見いだされたスター達の活躍」

 

 ぼそり、と呟いたパッパの言葉に一瞬納得しそうになりいやいやと首を横に振る。あいつら私のこと黒光りするG並みに嫌ってる筈だぞ?

 

 あ、いや待てよ。え、それってもしかして。

 

「それってさ」

「……ああ」

「大嫌いな私に縋りたくなる位に、なにかヤバイ状況って事? そして、パッパから話を降ってくるって事は961も無関係じゃない」

 

 私の問いに、黒井は何も言わずに視線だけを私に向ける。何か言いたげな、だけど口にすることが出来ない。そんな雰囲気を感じて、何となくピンときた私は頭の中に浮かんできた単語を口に出した。

 

「――舞」

「……」

 

 その言葉にため息を吐きながら黒井は瞳を閉じる。反応で正解だって言っちゃってるよパッパ。

 

 しかし、そうか。あいつが出てる番組とかはチェックしたりとかしてたんだが。そうなってたか。

 

 もう……日本じゃ舞には狭すぎる状況になっちまったかぁ。

 

「お前と直接ステージで競ったあの日」

 

 黒井は眼を開き、私に向き直って口を開く。

 

「舞はあの日、一つ上の階段に上がった。日本のレベルをあそこで完全に逸脱したんだ」

「だろうね。舞台上で進化した。そうそう見るもんじゃないから驚いたよ」

「俺達プロデュース側の思惑を数段飛ばしであの娘は超えた。今のあの娘が何かの音楽番組に出れば、それは他のアーティストに対する蹂躙にしかならない。お前の影響で世界を見据えて活動している連中ならばまだいい。だが、他の数いるアーティストからすれば……」

 

 黒井の言葉に頷き、そして私も小さくため息を吐く。無理だろう、な。比べるレベルにすら達していない奴らが殆どだ。

 

 道理で最近、舞が出演する番組の出演者が幸姫ちゃんかベテランの歌手ばかりな訳だ。どこの事務所も潰される、と自分の所の新人を出そうとしないのだろう。

 

「いっそ、舞をテレビから遠ざけるしかないんじゃない?」

「勿論それも考えているが……彼女は961プロの若手トップだ。本人が凄すぎるから仕事に出せません、なんて事はやりたくないしさせたくない」

 

 そりゃそうだ。本人はただ自分の全力を出しているだけ。それが単に他者を圧倒してしまっているだけなんだから舞には何の落ち度もない。

 

 落ち度はないのだが……だからと言ってそのままにしていては他の新人が何も出来ずに腐っていってしまう、と。

 

「そっからなんで私の方に話が来るかなぁ」

「今の状況は舞一強だから引き起こされている問題だ。あの娘と並ぶ、もしくは迫るだけの才覚の者が複数いれば持ち直す……と、テレビ業界の連中は考えているらしい」

「全米オーディションの16傑みたいな人らが出てくればいいって? あの人たち全員、タイミングが違えば誰もがキングって呼ばれててもおかしくない連中だよ?」

 

 彼ら彼女らは間違いなく頂点を取れる才能を持っている者達だ。ああいう機会がそれまでに無かったから一度に出てきただけで、本来であれば年に一組出てくれば御の字というレベルの人々なのだ。

 

 それを簡単に複数人出せ、と。そんなん無理に決まってるだろ、としか言いようがない。

 

「まぁ……そうだろうな。すまん、この件は俺の方から断りを入れておく」

「ん、お願い。なんなら、舞の海外進出についてこっちのプロダクションでも動こうか?」

「そうだな……少し時期が早いが、もうそういう段階になったと思うしかないか」

 

 私の言葉に黒井が頷きを返す。下手に受けて失敗しても責任取れないしね。幾つか時期的に思いつくネタはあるけど、正直舞と並べられる人間が出るかは期待できないし。

 

 難しい話は終わりとどちらからともなく判断を下し、互いに空気を弛緩させながら椅子に座りこむ。しかしそうか、舞の奴もうそこまで来たか。

 

 これはそろそろ下剋上仕掛けてくるかねぇ。

 

 

――prrrrr――

 

 

 顔をニヤつかせながらやたらと突っかかってくる妹分の成長を喜んでいると、黒井の執務机の上の電話が鳴り響く。

 

 お仕事大変だねぇとテーブルの上に置いたチーズケーキをパクついていると、電話中の黒井から見られている事に気付きそちらに視線を向ける。

 

「なに? このチーズケーキは渡さないよ?」

「違うわ。お前に来客だとよ」

「来客? 誰よ」

「……行けば分かる」

 

 食べかけのチーズケーキを死守しようと体で庇う私に、黒井は呆れたような目で要件を告げてくる。はて、今日は来客の予定なんてあったか……? このままマンションに戻る予定だった筈だが、

 

 チーズケーキを急いでかき込み、首を傾げながら黒井に言われた来客用の応接室に足を向ける。行けば分かると言われた以上知り合いなのは間違いないだろう。

 

 軽い気持ちで応接室のドアを開け、部屋の中に目を向けて。

 

 頭を地面にこすりつける様に下げる彼女の姿を見て、顔が真顔になっていくのを感じながら私は彼女に声をかけた。

 

「……幸姫ちゃん」

「恥を忍んで、貴女にお願いしたい事があります」

 

 予想外の人物の、予想外の行動。混乱し黙り込む私に向かって、彼女――美城 幸姫は、少しだけ顔を上げ……

 

「日高舞に……彼女に勝てる歌を、私にください」

 

 決意の籠った眼差しで私を見上げながら、幸姫はそう口にした。




クソ女神様とタクミっぽいのの小劇場

「というか折角こっちに意識向けてくれててなんだがもうちょっとフランクに行こうぜ。互いに先は長いだろう?」

クソ女神様
「仮にも管理者としての職務を持つものが」

「出来てないじゃん。てかお前さんも無理しないで素の口調で話そうず」

クソ女神様
「……管理してるもん」

「お、その調子その調子」

クソ女神様
「貴方、本当になんなのよ。いつの間にかこの空間に居て、訳知り顔でちょっかい出してきて!」

「訳知り顔にもなるわ。ずっと見てたからな」


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このシンデレラなき世界で

ちょっと短めですが昨日のだけだとちょっと不完全燃焼だったので

誤字修正。竜人機様、たまごん様、さーくるぷりんと様、yelm01様ありがとうございます!


「パッパ。さっきのテレビの企画なんだけど、あれどうなった?」

「うん? いや、まだ先方には返事を返していないが」

「そ。実はね、ちょっと一つ思いついたんだけどさ……」

 

 黒井の執務室に戻り、何かを尋ねたそうにしている部屋の主の視線を無視し続けて数十分。頭の中で一連の流れを組み立てながら新しいチーズケーキをパクつき、ある程度の道筋がついた段階でパッパに質問を投げる。

 

 まぁそれほど時間が経っていない事と、パッパもそれほど重要視している案件じゃなかったからか予想通り何の変化もない、という回答を受け、私は決断を下す。

 

「アマチュア、プロを問わずミュージシャンを募集して、毎回数組のバンドや歌手を歌わせるんだ。それを選ばれた審査員達……毎回ランダムで交代したりした方が良いかな……が一組ずつ点数を付けて、その週一番を競わせるんだ」

「……ふむ?」

 

 ギシリ、と椅子を揺らして黒井が興味深そうに私を見る。全米オーディションでも似たようなシステムを使ったから、パッパの頭の中でも何となく形が見えているのだろう。

 

 だが、これだけでは全米オーディションの二番煎じで終わってしまう。視線の中に続きを促す意思を感じ、私は再び口を開いた。

 

「で、週一番になった歌手かグループはチャンピオンとなり、次の週もチャンピオンの立場のままその週に参加した他のグループの一位と争い、どちらが真のチャンピオンかを決める。ここで新チャンピオンが登場するかもしれないし、チャンピオンが防衛に成功するかもしれない」

「続けてくれ」

 

 執務机に肘をつき、鋭い視線で私をパッパが見る。どうやら食いついたらしい。流石というか、この辺りの嗅覚の鋭さが彼の最大の武器なんだろうな。このシステムがどれだけの可能性を持っているのか、何となくだが理解しているんだろう。

 

 私の前世で第二次バンドブームの火付け役となったあの番組のシステム。イカ天の対バン審査方式をそのまま流用し、更に枠組みをプロにまで広げていく。

 

 アメリカに遅れてバンドブームが起こった日本では今が正に音楽の過渡期。だが、テレビの音楽番組なんて開いても大概はヒットチャート方式でお行儀よくひな壇に座った歌手やミュージシャンが司会とお喋りして自分の出番に持ち歌を披露するばかり。

 

 多分、結構な数の人間が思ってると思うんだ。もっと多く、もっと新しい音楽を。それじゃぁ物足りないってね。

 

「だから、対バン方式か」

「そそ。ガンガン新しいミュージシャンがガンガン新しい歌を出し、その中でも優れたミュージシャンが上に行く。そしてチャンピオンになれば彼らはまた翌週も自分達のアピールが出来る」

「無差別に募集する以上、事前にある程度の足切りは必要だろうが……」

「そこらへんはラジオと連動しても良いんじゃないかな。予選って形でさ。あ、明らかに演奏の形を取れてない連中はその前に弾かないといけないか」

「その審査は――」

 

 私の案にパッパもかなり心動かされたらしい。あーだこーだと互いに意見を述べあいながら、私たちは執務机の上にメモを置き、互いに懸念と改善策をかき込んでいく。

 

 こうして考えると、前のアイドルアルティメイト(笑)は惜しかったんだなぁ。アイドル達の優劣を競い合うってのは確かに目の付け所は良かった。こっちに火の粉飛ばさなきゃもっと成功してもおかしくなかったろうね。

 

「確かに、目的がどうあれ企画としては見るべきものがあった。分かりやすく優劣を見ている側に示し、判断を委ねる。より上位のミュージシャンには当然の様に注目が集まり、下位のミュージシャンは上へ行こうと更に試行錯誤を繰り返す形になれば……」

「ランキング制度とかも良いかもね。Dランクから一律スタートである一定の条件……例えばファンクラブ会員だとか売上だとかを満たし、数か月に一回条件を満たした者同士での昇格戦を行って、とかさ」

「――面白いな。目に見える目標があれば新人たちも奮起しやすいだろう」

「でしょ? その為の試金石にこの番組、使えるんじゃないかなって」

「少し時間をくれ。考えを纏めてみる」

 

 私の言わんとしている事を理解したのか。黒井はにやり、と口角を釣り上げてキーボードを叩き始めた。恐らく何かしらのアイディアが生まれたのだろう。集中し始めた彼の邪魔にならないように私はそっと机を離れ、部屋を後にする。

 

 思い付き程度の考えを付け足したんだが、随分と琴線に触れたようだ。あれは暫く部屋から出てこないだろうな。

 

 パッパ付きの秘書さんにこまめに水分を取らせるように伝えて廊下を歩きながら、さて。と一息つく。

 

 これで舞台のお膳立ては整った。後は人次第なんだが……もしかしたらもしかするかもしれない、かな?

 

「ま、細工は流々仕上げを御覧じろ……てか。準備は整えちゃるから、後はそっち次第だぜ? 幸姫ちゃん」

 

 つい1時間ほど前応接室の中で交わした会話。決意を秘めた力強い瞳に思いを馳せながら、独り言ちるようにそう呟き私は口元を緩める。

 

 そう。

 

 一時間前、私はこのビルの応接室で彼女と会話を交わし。

 

 美城 幸姫の引退報告を聞いたのだ。

 

 

 

 応接室のソファに座った美城 幸姫は、顔を俯かせたまま黙り込むように口を閉じていた。

 

「それで」

 

 私が切り出す様に言葉を投げると、彼女はビクリ、と肩を揺らして私を見る。

 

「何がどうなって舞に勝てる歌、なんて言葉が出たのか。教えてくれる?」

「……はい」

 

 努めて平坦になるように言葉を発しながら彼女の表情を窺う。

 

 そんな私の言葉に従うように幸姫は俯いていた顔を僅かに持ち上げ、ぽつり、ぽつりと言った様子で静かに語り始めた。

 

「現在の、業界内部の状態をご存じでしょうか」

「うん。パッパからね。舞の一強が続いてて新人が出てこなくなってる、でしょ?」

「厳密にいえば、ロックバンドやソロミュージシャンなどのアーティストはチラホラと出てきています。テレビ等に出てこないだけで」

 

 幸姫の補足になるほどと頷きを返す。その辺りはまあチラホラ出てきたライブハウスや地方のイベントなんかで活路もあるし当然っちゃ当然か。一時期の961はそっちに全振りして成果を出してたし。

 

 勿論、発信力的にテレビがメインストリームなのは間違いないがな。

 

 それに舞はあくまでもアイドルとして活動してるし、多少は棲み分けも出来てるんだろ。それでもやっぱり苦しいかもしれんが同じ枠組みではないだけマシなはずだ。

 

「まぁ同じアイドルって括りの連中からすりゃ堪ったもんじゃないだろうね」

「……」

 

 私の言葉に幸姫は何も言わずに、ただ小さく首を縦に振った。

 

 恐らく、目の前の彼女こそがその最大の被害者だろう。

 

 誤解を招かないように言っておくが、美城幸姫というアイドルは非常にレベルの高いアイドルだ。歌唱力、ルックス、ダンス。演技力も含めて全てが高水準で纏まっていて、そして何よりも努力家だ。

 

 弛まぬ努力という言葉があるが彼女はステージの度に何かしら新しい試みを行ったりと常に創意工夫を怠らず、また他者が自分より優れていると見ればそれを自分の中に取り込もうとする貪欲さも持っている。

 

 そのひた向きさに惹かれてファンになった者も多い。私も実を言うとその口だったりするしなんならファンクラブの会員だ。

 

 恐らく時代が時代ならその世代ナンバーワンと言われてもおかしくない。彼女はそんなレベルのアイドルなのだ。

 

「――でも、貴女じゃ決して舞に勝てない」

「……っ」

 

 だが、そんなレベルのアイドルですら前座扱いにしかならないのが、今の日高舞という存在だった。

 

 ごくごく単純な話なのだ。例えば幸姫ちゃんが全教科で100点満点中の90点を取るとする。大した数字だ。大概の分野では間違いなくナンバーワンと呼ばれるだろう。

 

 だが、舞はそれらに対して全教科で満点をたたき出してくるのだ。

 

 先ほど挙げた歌唱力、ルックス、ダンス、演技力。ルックスは兎も角として、他の3つに関して全てが10点も差を付けられれば結果は30点分も差が出てくることになる。

 

 ああ、あと一つ。持ち歌という項目を追加すれば5教科で計算がしやすくなるか。だが持ち歌という点からみても舞を担当している作曲家の武田蒼一は天才の部類だ。

 

 仮に私が100点満点の歌を提供できたとしても、彼が出してくる歌も同じように100点、悪くても90点以上のものになるだろう。結果、殆ど差を縮めることが出来ない。場合によっては更に広がる可能性もある。

 

 ――総合力に、明らかに差があるのだ。

 

「仮に、貴女が一歩。血のにじむような努力をして進んだとしても……舞はその半分の労力で3歩先に進むわ」

 

 感情を表に出さないように。淡々と言葉を口にしながら、私は語り続ける。

 

「私から楽曲を提供するのは構わない。けれど、舞の作曲を担当する武田君も天才よ。必ず今の舞に合った素晴らしい歌を作って対抗してくる。結局歌手自身の力が及ばなければ、そこで優劣がつけられてしまう」

 

 私の言葉に何の反応も返さない幸姫に視線を向けながら、私は少し呼吸を入れて。

 

「Vocal(歌唱力)、Dance(踊り)、Visual(風貌)。全てで差を付けられている貴方は、舞に決して勝てない」

 

 最後の言葉を、彼女に向けて放つ。

 

 この言葉が、アイドル美城幸姫にとって死刑宣告にも等しい言葉であるのは理解しながら。

 

「……そう、ですか」

「うん」

「そう……なんですね」

「うん」

 

 私の言葉を受けた幸姫は、大きく目を見開き。そして、震えるような声で何度も確認するように私にそう尋ね。頷きを返す私に感情が追い付いてきたのか。彼女の瞳から大粒の涙があふれる様に零れていき……やがて、決壊するように彼女は泣き声を上げた。

 

 

 

「菜々ちゃんに」

 

 すすり泣くような声だった。

 

「幸姫ちゃんのようなアイドルになりたいって言われて。嬉しかったんです。タクミちゃんや舞ちゃんと違って、幸姫ちゃんは誰かの為に歌ってる。歌える凄いアイドルなんだって」

「うん」

「私、頑張ろうって思ったんです。例え太陽のように輝けなくてもいいって。私の歌を好きだと言ってくれる、そんな人が居るんだって」

「うん」

 

 アイドルでも美城プロダクションの社長令嬢でもなく、ただの美城幸姫に戻った幸姫の頭を撫でながら、私は彼女の話に相槌を打ち続ける。

 

「でも、美城プロはもうアイドル部門を廃止する事にしてしまったんです」

「……幸姫ちゃんが居るのに?」

「日高舞に一度も勝てないから。存続しても意味が無いと、重役会で」

「……そっか」

「おじい様はせめて私が高校へ上がるまでは、アイドルで居させてくれると。だからそれまでに、舞ちゃんに……舞ちゃんに一度でも勝てれば、きっと」

 

 胸に抱く幸姫の声が、震える。処理しきれない激情を必死に抑え込むように、彼女はくぐもった声をあげる。

 

 泣いても良いんだとぽんぽんと背中を軽く叩きながら、私は嘆息するように天井を見上げる。

 

 現状、トップと大差があるとはいえ二番手だった幸姫ちゃんの引退。業界全体としてもこれはデカい。デカすぎる。舞が世界に打って出る前に、下手すれば日本のアイドルって分野は消えている可能性があるぞ。

 

 今から思えば、防波堤のような役割だったんだ幸姫ちゃんは。幸姫ちゃんが居るから、他のアイドルへの余波が少なかった。舞と組み合わせて潰れない、ただそれだけでも彼女の存在は非常に貴重なものだった。

 

 その幸姫ちゃんが居なくなればどうなるか。考えなくても分かり切った答えが返ってくる。

 

「アイドル業界、終わんじゃねぇかこれ」

「――終わらせません」

 

 ぽつりと呟く様に口に出した言葉に、胸元から否定の言葉が響く。

 

 強い言葉だった。先ほどまでのすすり泣くような声とは違う。涙や鼻水のせいで少しぐずっているが、意志の籠った声。

 

 私の腕を振りほどき、幸姫ちゃんが起き上がる。

 

「決して終わらせません。絶対に」

「いや、うん。そりゃ私もそうならないほうがいいと」

「絶対に、ですっ」

 

 私の言葉を遮るように、幸姫は言葉を放つ。

 

「初めて貴女の歌を聞いた時、胸が焦がれました。初めてミシェル・ジャクソンのダンスを見た時、心が躍りました。初めてマドゥンナの映像を見た時、胸がトキメキました! 音楽のすばらしさ、アイドルへの憧れ。そんな思いを胸に、私は、私たちはアイドルを目指したんです!」

「幸姫ちゃ」

「私は結局シンデレラにはなれなかったけれど……でも、シンデレラを目指す女の子達の夢を、閉ざしては……閉ざしてはいけないんです。絶対に」

 

 噛み締める様に言葉を発しながら、幸姫は私の肩を両手でつかみ、私に向かい合うように座る。

 

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった酷い顔だ。軽くしてきた化粧も落ちてしまってるし、髪だってぐちゃぐちゃになっている。凡そ人前に出てはいけない姿。普段の彼女を知る人間なら思わず目を見開いてしまうようなひっでぇ姿だろう。

 

 だが。

 

「お願いします、タクミさん! 私は灰被りのままだって良い。でも、後に続く子達の為に……私に、魔法をかけてください! 夢を、夢で終わらせないために!」

 

 決意と信念に燃える彼女の瞳は、これまでに見たどんな化粧や衣装よりも美城幸姫を美しく飾り立てていた。

 

「――オッケー」

 

 思わず、魔法をかけてしまいたくなるほどに。

 

 その日見た美城幸姫の姿は美しく――最高にかっこよかった。

 

 

 

 

『ふふっ』

 

 カチャリ、と受話器を電話に置き、数秒。堪らず、と言った様子で”キング”は微笑みを溢す。

 

 珍しい事だった。本当に珍しい……タクミが、自分に対して全力で甘えてきた事に上機嫌になりながら、彼女は怪訝そうに自分を見る可愛い妹に視線を向ける。

 

『ねぇ、アネット。タクミが近々、お客さんを連れてこっちに来るらしいわ』

『そうなんだ。お土産が楽しみね、姉さん』

『ええ。本当に……それとね、アネット』

 

 屈託なく笑う妹の姿に笑みを深めて――”マイケル”の愛称を持つ女性は、妹に一つの提案を出した。

 

『少しの間、日本でアイドルをしてみない?』

 

 

 

 

 チャイムを、震える指で押し込む。ピンポーンと鳴り響く機械音。どくどくと鼓動の音がうるさい。

 

 休暇だと言って東京から出てきて3日。ようやく決心がつき、家の前に立ち。そして、それでも動かなかった足を無理に動かして、彼はそこに立っていた。

 

 自分が無理を言って、ここに来たのだ。何も出来ずに帰ることは出来ない。

 

 託された時のタクミの瞳を思い出す。彼女は、何か言いたそうに。けれど、何も言わずに自分を送り出してくれた。

 

 【音無】と書かれた表札を見る。早くなる呼吸を落ちつけながら、彼――高木は再度チャイムに指をかける。

 

「はーい」

 

 少し甲高い声が家の中から響く。トン、トン、トン。床板を踏む軽い足音。

 

 ガラッと玄関が開き、そして――

 

「どちらさまですか?」

 

 柔和な顔立ちをした、緑色の髪をした少女だった。整った顔立ちの美少女と言えるが、芸能界に身を置く高木としては特段優れたと評価するほどではない。

 

 だが、その笑顔が。

 

「あ、ああ。失礼、私は高木というものだが……音無、琴美さんを訪ねてきました」

「……お母さんを、ですか?」

「お母、さん……?」

 

 何故か目を離せない、ずっと見ていたくなる彼女とそっくりなその笑顔が。

 

「はい! 音無琴美は私の母です。私は小鳥。音無 小鳥っていいます!」

 

 高木の目を奪って、離さない。




イカ天:いかすバンド天国の事。第二次バンドブームの火付け役ともいえる。たまとかはいか天出身のバンドですね。2年も放送してないって事に驚きを禁じ得ない。

音無 小鳥:ピヨちゃん。事務員なのに下手なアイドルより歌もうまいし楽曲も多い通称【最強の事務員】
ピヨちゃん主人公のスピンオフ、朝焼けは黄金色は最高の前日譚ですぞ!(ステマ)

音無 琴美:ピヨちゃんの母。原作アイマスだと高木と黒井、二人の男の道が違えた大きな要因。



クソ女神様とタクミっぽいのの小劇場



「お前さんが引き継いでからこっち。頑張ってるのは見えてたけどな。下界に手出しすぎだって」

クソ女神さま
「貴女だって独裁者をぶっ殺せとか言ってたじゃない」

「いや、あの辺はノリで。ラブ&ピースがモットーだからさ私」

クソ女神さま
「悪魔のくせに?」

「純正じゃないからなぁ」

クソ女神さま
「ああ、現地雇用組だったのね」

「地方公務員とか派遣みたいな括り止めて欲しいんだけど」

クソ女神さま
「似たようなものじゃない、私も昔はそうだったわ。味方に背後から刺されて死んだと思ったら神の末席に叙されてたのは笑ったけど」

「おたくの世界本当にひでぇな。なんか色々納得できるわ」

クソ女神さま
「どういう意味よ」

「そういう意味だよ」


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このシンデレラなき世界で2

連続更新頑張ってみる等

誤字修正。sk005499様、竜人機様ありがとうございます!


「次のミュージシャンは、こいつらだい!」

 

 マイクを握った少女……いや、幼女とすら呼べる年齢の小さな女の子の声に合わせ、ステージ上の演出装置が動き出す。シルエットのみで次に出てくるバンドの姿が現され、そして噴出される煙。奪われる視界。

 

「エントリーNo.3番。ドラムロールなら任せろ! ゴリゴリゴリラーズの登場です!」

「うわぁ、ゴリラさんだぁ!」

「うほうほ!」

「いやそこは日本語でええやろ!」

 

 司会者を務めるコメディアン、明日茂さんぽの軽快な突っ込みにゴリラの着ぐるみを着たミュージシャン達が頭をかくようなコミカルな仕草で答える。

 

 司会助手を務める少女……安部 菜々はそんなさんぽやゴリラーズ面々の仕草などお構いなし。着ぐるみを引っ張ったり、抱き着いたり、飽きたら審査員席に向かって話しかけたりと自由気ままに行動している。

 

「いやいや菜々ちゃん菜々ちゃん、ほらこっち来てこっち」

「あ、はーい!」

「お、言う事聞けたなよしよし良い子……ちゃうわい!」

「きゃ~~!」

 

 さんぽの鋭い突っ込みに菜々が半泣きになりながら頭を抱えてしゃがみ込み、そんな菜々を元気づける様にゴリラ達が自慢のゴリラ芸で菜々を慰めに掛かる。

 

「さんぽさん、そろそろ時間押してるよ!」

「これ僕が悪いんですか? ああ、はい。ほらゴリラメンズはさっさとステージに移動してください」

「あの、ゴリラーズです……」

「日本語喋れるんかい!」

 

 審査員から巻きの申請を受け、司会がそれに答えて出演者をぐいぐいとステージに押しやっていく。仮にもゴールデンタイムと言われる時間に放送されているとは思えない緩さ。まとまりのなさ。

 

 まるで文化祭の催し物のような、気安いムード。図ったように出てくる強烈なキャラクター達。

 

 そして。

 

「お、予想よりもかなり良いバンド感」

「ゴリラさんって、えんそーできるんですね!」

「なんでも彼等全員プロらしいで」

「ゴリラがです?」

「ゴリラが」

 

 ある程度の審査を潜り抜けた実力あるミュージシャンだけがテレビ画面に映る事が出来、更にその中からしのぎを削ってチャンピオンを生み出す対バン審査システム。

 

 それがこの番組。ナウい!音楽広場――通称【な音】の特徴であり、人気の秘訣でもあった。

 

 

 

 思った以上に早く人気が爆発してしまったぞ。どうも、黒井タクミです。

 

 テレビ画面内できゃっきゃうふふと暴れるミュージシャンと何故か助手の菜々、それを必死にコントロールしようとするさんぽさん、もっとやれと囃し立てる審査員。

 

 とんでもないカオスっぷりなのに2週目放送の時にはすでに視聴率30%、半年経った今では平均視聴率40%の怪物番組へと成長しちまった。

 

 いやだってマジで面白いんだもん。娯楽の無いこの世界、バラエティーとかもなんか似たり寄ったりなんだがこの【な音】は違う。

 

 本来はボケと本人が公言している通りメイン司会のさんぽさんは素晴らしいギャグセンスを持っており随所の言葉で笑いをさらってくれるんだが、そんなさんぽさんすら度々突っ込みに回らざるを得ないくらい出てくるバンドがぶっ飛んでる。

 

 最初の週に妖怪ロックやらねずみ男やらとんでもない個性派が出たせいか。真面目なバンド7割、色物バンド3割の比率で毎週物議を醸しだす連中が出演しており、突っ込みすぎたさんぽさんの為に突っ込み専用ドリンクが番組内で用意される始末。

 

 そして何よりもそれらを良い味に仕上げてくるのが司会助手という名目で画面に居るちみっ子、又の名を破壊屋(クラッシャー)菜々である。

 

「成程、高校の同級生で結成したんですね」

「はい、タックミーのSUKIYAKIを聞いて――」

「すき焼きたべたいですね~!」

「うん、お腹減る時間やね菜々ちゃんでも今は」

「あ、本当の曲名は『上を向いて歩こう』で」

「まだそれ行くん!?」

 

 狙っているのか狙ってないのか。重そうだったり難しそうな話になると飛んでくる彼女の言葉に一気に話の流れがぶっ壊れていく姿についたあだ名が破壊屋(クラッシャー)

 

 視聴者や出演者は彼女の口がいつ開かれるのか、今か今かと身構えて待っているそうだ。

 

 勿論世界観や事前の入りに拘るバンドだとそれをやられたら堪らないので、たまに『菜々お喋り禁止マスク』という喋ってはいけない時用のマスクを着けて画面に出てきたりもする。

 

 大体の出演者はむしろ菜々にしっちゃかめっちゃかかき回されて喜んでるらしいから、めったに見る事はないがな。

 

「菜々をスカウトしたのは、大正解だったな」

 

 小さな子でありながら大人相手にも物怖じせず、独特ながら自分なりの世界観を持ち、周囲の様子を見て自分が望まれる振る舞いを行える察しの良さも持っている。

 

 純粋なアイドルとしてはまだまだ未知数だが、バラエティー番組などを主戦場とするバラドルとしてなら、もしかしたら既に業界トップなのではないだろうか。少なくとも舞や幸姫ちゃんよりは向いてるだろうな。

 

 まぁ、本人は961よりも美城プロ……幸姫ちゃんの後輩になりたかったようなんだが、美城はアイドル部門の縮小を既に宣言。現存のアイドルももう幸姫ちゃんしか残っておらず、新規の採用も募集していない。

 

 そして、幸姫ちゃんが高校進学と共に引退すれば、アイドル部門は消えてなくなる。そんな状況だから、菜々には申し訳ないが状況が変わるまで、という条件で961に来てもらった。

 

 というか菜々の奴、妙に常識的な所があるからな。早めにスカウトしとかないとどっかで普通のOLとか目指して20前くらいでやっぱりアイドルになりたいとか一念発起、バイトをしながらアイドル目指して幾年数、とかになりそうなんだよ。

 

 テレビ画面の中では演奏が終わったゴリラ達に引っ付く様に菜々がゴリラの真似をしながら審査員達の前にやってきている。おい、ゴリラ達困惑してるぞもっとやれ。

 

 ―prrrrr―

 

「っと」

 

 ガチャリ、机の上で鳴り続ける受話器を取る。プラスチックを自ら加工して作り上げたスコタコをそっと左手で机の上に戻し、受話器を耳に当てる。

 

「ハロー?」

 

 電話機越しに聞こえる苦笑の声。ライブではほぼ間違いなく受ける掛け声は、どうやら電話対応でも問題なく機能するらしい。

 

『ああ、うん。連絡ありがとう、そっちはどう? ああ、良い感じなんだ。うん、そうだね。そろそろ頃合いだから、後はそちら待ちだったよ。うん、ありがとう。じゃあ、1月後にはこちらに帰ってきてもらうね』

 

 開いた左手でメモを取りながら英語で会話を行い、報告と相談。そして頼みごとの結果を聞いた私は礼を返して電話を切る。

 

 準備は整った、か。

 

 受話器を取りダイヤルを回す。発信先は黒井。

 

 何度かのコール音の後、ガチャリという音と共に「私だ」と低い声で黒井が電話に出る。

 

「ああ、パッパ。幸姫ちゃん達の準備が整ったよ」

『――わかった。なら、来週から予定通りに』

「うん――舞を【な音】に出演させて」

 

 これだけ準備をしても、恐らく2割って所だろうか。だが、0から2割までは引き上げる事は出来たのだ。

 

 曲も用意した。ステージも、衣装だって準備した。

 

 後必要なものは、舞台に上がり――やり遂げるという強い意思。

 

「ああ……だけど」

 

 ギシッ、と座る椅子に体重を預け、天井を見上げる。

 

「やっぱり寂しいなぁ」

 

 ファンになった人が引退するというのは、やっぱり辛いよ幸姫ちゃん。

 

 

 

 

「さぁ、結果を見てみましょう!」

「ましょ~!」

 

 ドロドロドロドロ、とドラムの音と共に会場内の照明が暗くなり、審査員席にスポットが集まる。チャンピオンと挑戦者、彼等の戦いの為にだけ行われる演出。

 

「結果は! 10対0でチャンピオン、日高舞の防衛成功です!」

「うわー、舞ちゃんすごーい!」

 

 ワアアアア! と歓声を上げる観客たち。舞は右手をひらひらと上げてその歓声にこたえながら、挑戦者達に目を向ける。

 

 確か新進気鋭のロックバンドだったか。演奏もボーカルもそこそこだったが、上を目指そうという気概を感じる見どころのある連中だった。

 

 自分の視線にも真っ向から視線を返し、いつかは喉笛を噛み千切ろうと狙っている。肌にビリビリとくるその気迫に居心地の良さを感じながら、舞は視線を移し――それ以外の連中を見る。

 

 視線を向けた先。他事務所に所属するアイドルだったか。彼女は明らかに安堵した様子で自分達の対バンを眺めていた。その隣に立つ着ぐるみを着たバンド連中はのほほんとした様子で帰り支度をしていた。その隣も、その隣も、その隣も。

 

 イラつく。

 

 魂かけて、音楽をしにこいつらはここに来ているのではないのか?

 

 テレビという大きな舞台で、自分を、自らの歌を、演奏を世の中に知らしめようとやってきたのではないのか?

 

 少なくともこの番組が始まった当初の参加者たちは、その全てが己の音楽こそが最高だと。俺の歌を聞け、という気迫を持ってこの番組に臨んでいた筈だ。

 

 テレビ画面越しにそれを感じ、黒井や高木にこの番組に出たいと直談判した事を今も彼女は覚えている。

 

 だが、実際に許可を取り、ようやく出演できたと思ったら他の出演者たちはこの体たらくである。毎週見るべき連中は居るには居るが、それらもまだまだ発展途上の者ばかり。

 

 舞を痺れさせる様な参加者は、4週目を迎えた今でも姿を見せなかった。

 

「4週連続防衛、おめでとうございます!」

「あ、どうも」

「来週も舞ちゃんとあえる~! やったー!」

「あんた幸姫のファンでしょーが」

「え、舞ちゃんのうたもななは好きですよ?」

「歌だけってオチ?」

 

 すっかり顔なじみになったさんぽや菜々とのバカ話がてらの優勝インタビュー。これが来週で終わるというのも少し寂しくもあるが、舞は内心でこの番組に見切りをつけていた。

 

「所で、5週連続で防衛に成功したら」

「ああ、そうか次で。ええ、勿論5週連続防衛に成功したらスポンサーが叶えられるお願いをなんでも一つ、叶えますよ!」

 

 寂しくなるわぁ、と嘆き仕草を見せるさんぽに菜々が「あ、目薬」「ちゃうわい!」と茶々を入れる。それらを尻目に、舞の頭の中はすでに5週防衛を成功した、その後に思いを馳せていた。

 

「……タクミ」

 

 961がメインスポンサーであるこの番組でのお願いなら、それは叶うだろう。なんならすでに黒井には話を通してあるし、高木も消極的にだが賛成してくれた。

 

 あの日。屋台村で初めてステージに上がった、あの日。

 

 あれから……もう5年が経つ。

 

 8歳だった私は、今年13歳になり。そして、恐らくだが。

 

 遥か遠くだった彼女の背中に今、自分は触れられる所までやってきた。

 

「やくそく、だからね」

 

 ぎゅっと右拳を握りしめ、舞は自分の控室へと向かう。

 

 5年で超えるという宣言を、彼女の前で誓った約束を果たす時が来た。

 

 

 

 

「次のミュージシャンは、こいつらだい!」

 

 菜々の言葉に合わせて鳴り響く音楽。登場口を照らすスポットライトに煙。

 

 実際に生で見る【な音】の会場は、テレビ画面越しよりもよりリアルに……文化祭っぽく感じる。

 

 これ狙ってやってるんならスゲーな、マジで。前世で高校生だったころとか思い出すわ。こっちじゃまだ15だけどさ。

 

「……うそ」

「あれ、タックミー?」

「それに、両隣のあの人たち」

 

 観客席の最前列に陣取る私に後方からの呟くような声が聞こえる。ちっ、うるせーな。マスクにサングラスまで掛けてるのになんでバレ……あ、レッドショルダーロゴシャツ着たままだったわいっけねぇ!

 

『隠す気、なかったでしょ』

『まーね?』

『ふふっ。茶目っ気はいつまで経っても抜けないわね?』

 

 ブロンド美人と黒人の美人に挟まれる。やだ、私ってばハーレム……女だけど! とばかりに3人並んでいちゃつきながら演奏を眺める。んー、勢いはよし、だけどまだまだ結成から日が経ってないな? 互いの息がつかめてないね。

 

『新人アーティストやアマチュアアーティストの発掘には、良いシステムかもね』

『アメリカでも検討する?』

『いや、アメリカだとオーディションがあるでしょ。もうあれ、完全に権威みたいな扱いになってるし』

 

 あそこでの優勝はスターダムへの登竜門、とまで言われるレベルだからね。実際に毎年優勝者は大金とプロデビューを果たし、かなりの確率でヒット作を飛ばしてる。

 

 まぁ中には明らかに一般受けしないせいで優勝を逃して、何故かプロデビュー後にハジケたって奴もいるがね。あれ多分マリリンげふんげふんなんだろうなって。

 

『さて……来た、か』

 

 等とバカ話をしていたらお目当てのグループの番がやってきた。

 

 全身をローブで身を包んだ3人の歌手と、5人の楽器奏者達。

 

 その姿を見た菜々が「ヒェッ」とかガチビビりして周囲に笑いを振りまいているが、うん。まぁあれは怖いわな。どこの邪教の使徒だよ。衣装考えた奴だれだ……あ、私だ。

 

 まぁ、演奏はすげぇから見た目の異質さを補って余りあるだろう。歌う曲目は『Hail Holy Queen』。聖歌をアレンジした名曲だ。

 

 本来ならば合唱でこそ栄えるこの歌をあえて3名の歌姫とフルバンドで賄いきった、一流のプロだけに許された遊び。分かる奴はすぐにわかるようで、審査員の目はマジになってる。

 

 私も思わずノッて手拍子を入れてしまい、カメラがこっち向いた時は「あ、やべ」と思った。まぁよく考えたら今日この場に居るのは番組サイドにも知らせてたし、舞がうるさそうって事以外は特に問題はないか。

 

『あの素人の子、面白く仕上がったじゃない』

『でしょう? 付け焼刃だけど、一晩の魔法には十分だわ』

『いや、二人にはマジで感謝だわ。無茶言ってごめんね?』

 

 私の頭の上でやりとりされる言葉の応酬に思わずペコリ、と頭を下げる。

 

 今回のこれ、本当に二人には関係のない話だったからね。忙しい二人を私の我がままに付き合わせてしまったのだ。何べん頭を下げても足りない位だろう。

 

『良いわよ。報酬は貰ってるし……それに、面白い子を教えてもらったしね』

『それにあの3名にここまでお膳立てが必要な相手……マイ、ね。前から興味はあったもの』

『……今回の結果がどうあれ、舞は多分そっちに移る事になるかな。日本じゃもう、あの娘には狭すぎる』

 

 二人との会話をしている内に、演奏は終わり。最後の組だった事もありそのまま王者への挑戦者が決定し、無事にローブを着た謎の8名は舞への挑戦権を得ることが出来た。

 

 まぁ、ここまでは分かり切っていた事だった。

 

 問題はここから。ここまで準備しても、舞にねじ伏せられる可能性はある。

 

 頑張れよ、幸姫ちゃん。

 

 

 

 

 【な音】の防衛戦ではまず先攻と後攻を決める必要がある。この決定権は王者側にあり、基本的にこれまでの王者は後攻で迎え撃つスタイルを好むものが多かった。

 

 これは、番組側としてもありがたい事で、やはりオオトリを飾るのは王者というのが盛り上がるのだが、舞の場合はまた違う考えだった。

 

「いつも通り先攻で」

 

 相手の音を自分の音が塗りつぶしてしまう。それはフェアじゃない。傲慢に過ぎる自負心だが、彼女は本気でそう考えていたし、彼女の演奏を聴いて心折れずに演奏が出来る相手じゃなければ競う価値もない。

 

 そしてその考えの元、彼女は5週目まで防衛を重ねてきたのだ。

 

 出演者の音はチェックしている。今回の相手は奇抜な格好だが音は本物。競う価値はある。だから、彼女は普段通り、いや。少なくとも先週以上に気を入れてステージに立ち……観客席の最前列を睨みつける。

 

 目が合い、そして視線を交わす。たった数瞬のやり取り。それが、その為だけに自分は今日、ここに立っているのだと再確認して。

 

「『あなただけ見つめてる』」

 

 日高舞は、たった一人の為にマイクを握る。

 

あなただけ見つめてる

 

 忘れた事は無かった。

 

出会った日から 今でもずっと

 

 5年前のあの日。

 

あなたさえそばにいれば

 

 あのステージの上で交わした約束を。

 

他に何もいらない

 

 約束を果たしたと。

 

夢の High Tension

 

 果たしに来たよと、言いたくて。その想いを歌に込めて。

 

 日高舞は、歌を歌った。

 

 誰の為でもなく。自分の為に。自分と、タクミの為だけの歌を。

 

 

 

「……小娘」

 

 賭けに勝った。そう確信を抱きながら、彼女はじっとステージの上で一人歌う舞を見る。

 

 悲しそうな瞳で歌う少女を見つめながら……タクミは深く、椅子に座りこんだ。




「彼女との出会いで始まり、彼女の歌で終わった。それが私の、アイドルとしての人生だ」
「結局、私達がシンデレラになれたのか。それとも灰被りの少女のまま終わったのか」
「その答えはきっと、君の中にある」
「あのステージを見てくれたという、君の中に」

~美城 幸姫~ 346プロ社屋。とある新人プロデューサーとの会話より



今回の小劇場は延期になりました。
後編急いでかきます(白目)


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このシンデレラが生まれた世界で

連続更新最終。幸姫編終了です
お願い!シンデレラで少し修正入れました
ラストは、やっぱりこれが入れたくて……!()

誤字修正。物理破壊設定様、たまごん様、竜人機様、燃えるタンポポ様、KAKE様、さーくるぷりんと様ありがとうございます!


 演奏が終わり、舞がステージの上から降りていく。

 

 静まり返った場内。いっそ清々しい程に音が消えたその中、唐突に観客席の最前列から拍手が鳴り響く。

 

「っ、あ。チャンピオン、素晴らしい熱唱ありがとございましたー!」

「舞ちゃんすごーい!」

 

 その拍手に正気を取り戻し、司会の明日茂さんぽはマイクを手に舞への賛辞を贈る。

 

 飲まれていた。高々13歳の小娘の歌に。その事実に愕然としながら、さんぽは舞台を降り、ただ観客席を見つめる少女に目を向ける。

 

 時代の節目に現れる存在。それまでの全てを古臭いと叩き潰し、地均しするように潰していく才能の塊のような怪物。その存在をさんぽは知っていた。

 

 黒井タクミ。彗星の様に現れ、日本芸能界の全てを破壊し新生させてしまった本物の怪物。お笑いという別分野に居た自分すらもその激動に飲まれたのは記憶に新しい。

 

 そこから、まだ数年しかたっていない、今。

 

 ここでまた来るかと、さんぽは唾を飲み込んだ。これまでも漠然とした予感を持っていたが直接見てさんぽはそれを確信した。

 

 タクミを初めて見た時と同じ感覚。彼女はタクミから数年遅れで生まれた怪物なのだ、と。

 

 自分が時代の節目に居るのだと改めて思い知り、そしてそんな激流の中でどれだけ有望なアーティスト達が潰えていくのか。

 

 さんぽが悲観的な考えを思い浮かべた時、助手である菜々は常と変わらぬ笑顔のまま拍手を打ち、そして次に演奏をするローブ達に向き直る。

 

「では次はローブさんたちのえんそうです! がんばってくださいね!」

「あ、ちょ。菜々ちゃんまってぇな」

 

 菜々の言葉に表情を営業用の物に切り替え、さんぽが司会進行を始める。

 

 今は仕事中。切り替えはしっかり行わなければいけない……だが。

 

 彼らの演奏を聴いて、その実力が本物であることも確信して。それでも、ぬぐい切れない不安。

 

 今の日高舞に、ぶつけても良いのか。これだけ有望なアーティスト達を。力づくでも止めるべきではないのか?

 

「だいじょうぶですよ、さんぽさん」

「……菜々ちゃん?」

「だいじょうぶです」

 

 さんぽの疑問の声に繰り返す様に答え、笑顔のまま菜々は歩いていくローブ姿の彼等彼女らを見送る。

 

 彼女は知っていた。黒井タクミや日高舞。彼女たちがどれだけとんでもない存在なのか。

 

 彼女は分かっていた。まだ幼い彼女には言葉で詳しく説明するなど出来ないが、彼女たちの前に立つという事がどういう事なのかを。

 

 彼女は理解していた。一度倒れてしまった者が再度立ち上がる事がどれだけ困難なのか。折れてしまった者がまた前を向くことが、どれだけ難しいのかを。

 

 だから彼女の存在を知った時、その在り方に惹かれたのだ。何度倒れても、何度折れても立ち上がり。前よりももっと前へと進もうとするその姿に。

 

 だから彼女に注目し、だから彼女をもっと好きになり。そして、気づけば憧れていた。夢を見ていた。

 

 黒井タクミのように時代を壊すことも、日高舞のように時代の先駆けになることもできない美城幸姫に。

 

 彼女の背中に見える誰か。自分以上の何かに怯え、それでも前へ進もうとする灰被りの少女たちの姿を見てしまった時。彼女たちの足跡に気付いてしまった時。

 

 自分の為ではなく、誰かの為に歌える。そんな、そんなアイドルの姿を知ってしまった時。

 

 そうなりたいと。強く願ってしまった時。

 

 彼女は自分にとって憧れの、シンデレラとなったのだ。

 

 だから……だから!

 

「がんばって! 幸姫ちゃん!」

 

 灰被りのローブを脱ぎ捨てたシンデレラの背中に、菜々は大きな声でエールを送る。

 

 魔法の鐘が鳴り響く中。

 

 シンデレラの舞踏会(ステージ)は、始まった。

 

 

 

 ステージの上に立ち、自分の周囲がやけに静かな事に美城 幸姫は気付いた。

 

 いや、違う。聞こえているが、気にならない、そういう状況なのだろう。

 

 緊張しているのか……勿論している。だが、今までにステージで味わったことのない感覚に戸惑いを覚えながら彼女は周囲を見る。

 

 自分の左手に立つアネット・ジャクソン。”マイケル”先生の妹。抜群の身体能力とプロポーション、そして甘い歌声。私などよりも余程高い才能を誇る……それこそいつかは一人で舞とだって張り合えるだろう少女。

 

 この為だけに日本語を覚えた努力家の彼女。彼女の自らに対する自信と自負、そして何よりも仲間を……家族を思う熱いハートには何度も励まされた。

 

 自分の右手に立つ音無 小鳥。彼女には最初から最後まで驚かされ続けた。最初は彼女を高木さんが連れて来た時。例え素質はあろうと完全な素人。一年に満たない期間で舞と張り合う舞台に立てるとは思えなかった。

 

 それが数か月で意識が変わり。半年が経つ頃には背中を預ける大切な仲間へと成長してくれた。

 

『ごめんね、幸姫ちゃん。一人で舞と張り合える。そんな魔法は私でもかけることは出来ない』

 

 小狡い手段だと眉を落として自分に語り掛ける魔法使いの言葉を思い出す。

 

 Vocal(歌唱力)、Dance(踊り)、Visual(風貌)。その3つで差をつけられているから勝てないのなら……それぞれで舞に匹敵する何かをもつ3名ならば勝てるかもしれない。

 

 ユニットを組み、たった一人の強敵とぶつかる。彼女が私たちに施した最初の魔法。

 

 そして、そんな最初の魔法の効力を発揮させるために用意された第二の魔法。

 

『タクミから聞いているわ。時間はない……まずはNYのクラブで歌ってもらいましょうか。勿論今から』

『hai.マドゥンナよ。よろしくね、子猫ちゃん』

『おし、じゃあ声量鍛える為に走ろう。最初は軽くフルマラソンから』

 

 間違いなく世界最高と言える実力者たちの傍での厳しい……厳しすぎる訓練。約一名少し違った気もするが、体力だけは有り余るほどについた……気がする。

 

 それでもなお。これだけやってなお、たった一晩。誤魔化せるのはこのステージだけとまで言われた付け焼刃の魔法。

 

 それで十分だった。

 

 シャーンッ!

 

 背後に控えるドラムからの自己主張。そちらに目を向ければ、今日の為だけに時間を割いてくれたドン・ジョヴィのメンバーの姿がある。

 

 いつでもイケるぜ、と笑顔で楽器を持つ彼等の姿に笑みを浮かべ、ピースサインを送り前を向く。

 

 自分たちのデビューの準備もある中、彼等には沢山助けられてきた。いつか日本にライブに来た時は必ず恩を返さなければいけない。

 

 だが、その前に。

 

「アネット、小鳥」

「OK」

「はい!」

 

 共に戦う二人に声をかける。遠くなっていた音の中。二人の声だけがやけに鮮明に聞こえてくる。

 

 視線をずらし、先に舞台を降りた舞を見る。

 

 観客席からこちらに視線を向け、少しだけ驚いたような表情を浮かべる彼女に笑顔を向ける。

 

 そんな顔で見られたのは、初めてだよ。舞ちゃん。

 

 唇だけを動かし、幸姫はマイクを握る。

 

 この日に歌う為だけに作られた曲。私が、私たちがシンデレラになる為だけの曲。

 

 夢を夢で終わらせない為に。明日を夢見るアイドルたちの道しるべとなる為の。

 

「聞いてください。『お願い!シンデレラ』」

 

 歌を歌おう。

 

 全てのアイドルの為に。

 

 アイドルを夢見る、灰被りの少女達の為の歌を。

 

 

 

お願い! シンデレラ 夢は夢で終われない

動き始めてる 輝く日のために

 

 幸姫のソロから始まり、アネットが加わり、そして小鳥が加わる。始まりは一人だった、そして一人、また一人と連なり、今の三人がある。

 

エヴリデイ どんなときも キュートハート 持ってたい

 

 歌いながら手で小さなハートマークを作り、小鳥は天真爛漫と言われた笑顔を振りまく。

 

 決して他の二人ほど際立った美貌という訳ではない。けれど、何故か目が離せない魅力を持った不思議な少女は自分のパートを歌い終えるとともにひょいっとステップをして幸姫に抱き着いた。

 

ピンチもサバイバルも クールに越えたい

 

 そんな小鳥の悪戯に困ったような笑顔を見せながら、しかし決して焦らず。幸姫は落ち着いた声音の歌声で彼女から受け渡されたバトンを引き継ぎ、そしてアネットにウィンクを送る。

 

アップデイト 無敵なパッション くじけ心 更新

 

 そんな二人のやり取りを面白そうに眺めていたアネットが燃えない筈がない。ダンスに、歌声に情熱を込めて、彼女は自分のパートを締めくくる。

 

私に出来ることだけを 重ねて

 

 そして、三人の歌声が束なり

 

魔法が解けない様に リアルなスキル

巡るミラクル 信じてる

 

 一つの旋律となってシンデレラの舞踏会(ステージ)を駆け巡る

 

お願い! シンデレラ 夢は夢で終われない

 

 そこに込められた願いを

 

叶えるよ 星に願いをかけたなら

 

 そこに込められた思いを歌に込めて

 

みつけよう! My Only Star まだまだ小さいけど

 

 光り輝く明日を夢見て右手を天に伸ばし

 

光り始めてる 輝く日のために

 

 明日を生きる灰被り達にこの歌を届ける為に

 

また笑って

 

 灰色のローブを脱ぎ捨てたシンデレラ達の

 

スマートにね

 

 たった一夜限りの舞踏会は

 

でも可愛く――進もう

 

 終焉の鐘の音と共に……静かに、終わりの時を迎える。

 

 舞台の上に立つ――一人の少女(シンデレラ)の夢と共に。

 

 

 

 

 彼女たちのステージが終わった時。会場内は、再び静けさに包まれていた。

 

 つい先ほど、チャンピオン……日高舞が歌い終わった時と同じように。

 

 いや、それは正確ではないだろう。

 

 ただただ言葉を失うしかなかった舞と違い、今の静けさは、そう。

 

 余韻に、浸っているのだ。

 

 会場内、ほぼすべてが。

 

 思わず口角が上がる。予想以上、だった。正直、ここまで仕上がるなんて思っても居なかった。

 

 口火を切るように手をぱんぱんと叩き拍手を送る。我に返ったかのようにさんぽさんがマイクを……あ、マイク落としてるじゃん。拾い直して慌てて進行を始めている。

 

 商売道具を落とすなんてまだまだだね、さんぽさんも。

 

『ね? マイケル。マドゥンナ』

『……悔しいわ。今、あそこに自分が居ない事が』

『アネットを押しのけて私が入れば良かった』

『おいおいお二人さーん?』

 

 若干本気でステージに行こうとする二人を押しとどめながら、私はステージに視線を向ける。

 

 いや、うん。色々冷静さを保とうとしてるけどさ。実際私もあっこに突撃したい心境なんだよね。

 

 それやったら色々ご破算だから我慢してる。我慢できてる。この半年の苦労を思い出して……必死に自分を押し殺して軽口叩いてるんだよ。

 

 まぁ、うん。

 

「幸姫ちゃん、今までありがとう……良いステージだったよ」

 

 惜しみなく。気持ちを込めて拍手を送る。

 

 例え結果がどうあれ。きっと、きっと今日の貴女のステージを見た誰かが。

 

 貴女の後に続いてくれる。

 

 

 

「いやぁ、これは素晴らしい勝負になってきましたね!」

「はい! けっかがたのしみです! しんさいんさん、がんばって!」

「これどんな点数つけても納得貰えない奴だよね!?」

 

 テンション高く審査員を煽る菜々に悲鳴のような声を上げる審査員達。いつもの【な音】の光景。彼らのやり取りに観客たちが苦笑を漏らす中、ただ一人。

 

 舞だけは一切笑顔を見せずに幸姫の顔を凝視していた。

 

 その感情は何なのだろうか。今まで、彼女の中に無かったモノであるのは確かだ。

 

 舞にとって幸姫は、ほどよく張り合ってくる手ごたえの無い相手、という印象しかなかった。他の有象無象とは比べ物にならないし良く一緒に仕事をするから遊び相手の一人として認識する程度の。

 

 何故かやたらとタクミに気に入られているだけの、いつかはどこかで消えていく。そんな奴の一人だと、思っていた。

 

 思っていたのだ。

 

「さぁ、結果発表です!」

「じゃじゃじゃん!」

 

 結果発表。優劣を決める瞬間。幸姫から意識を戻し、審査員達の付ける点数を舞は凝視する。

 

 ――そんな事をするのも、初めての経験だった。

 

 【な音】の防衛戦は5人の審査員がそれぞれ2点ずつを持ち、計10点を互いに奪い合う形式になっている。

 

 仮に接戦となり5点5点となった場合は防衛側のチャンピオン有利となりチャンピオンの勝利となるのだが、基本的に辛口の審査員達はきっちりと決着をつける事を好み、半年以上の放送期間中同点となった事は一度もなかった。

 

 今日。この日までは。

 

「審査結果は! な、なんと! 5対5! 同点での決着となります! よってチャンピオン、日高舞の勝利です!」

「しんさいんさんたちのくろうがしのばれますね~!」

「君、それどこで覚えてきたん?」

「がっこうです!」

「あ、うん」

 

 赤い点数が5.青い点数が5.

 

 その数字を見た時、舞は自身の鼓動が跳ね上がるのを感じた。

 

 恐怖ではない。勿論喜びでもない。これは、そう。

 

 怒り――

 

「―――っ!」

 

 叫びだしたくなるのを抑えて、舞は必死になって心を抑え込む。自分はプロだ。プロのアイドルが怒りに我を忘れ、仕事場でわめき散らすなんてあってはならない。

 

「いやぁ、最後の防衛線にして最強の刺客が現れましたねぇ」

「ええ。もっと前に来て欲しかったですね」

「せやね!」

「せやせや!」

「あ、こら。関西弁は移るから真似せんとき?」

「はーい」

 

 表面上をなんとか取り繕い、大きく深呼吸をして勝利者インタビューを受ける。落ち着け。これでタクミと同じステージに立つことが出来る。

 

 それに、自分は負けなかった。それだけは間違いないのだ。舞はそう思いなおし、心を落ち着けようともがく。

 

 勝利者インタビューを終えたさんぽ達がすっと隣に立つグループへマイクを向ける。

 

敗北者にもインタビューをするのか。これまで気にも留めていなかったその事実に今気づき、舞は荒れ狂う心を押さえつけながら彼女たちの言葉を耳にする。

 

「まさかローブの中に幸姫ちゃんが居るとは思わへんかったわぁ。惜しかったねぇ?」

「ええ。まぁ、健闘した方だと自分では思っています」

「ななは幸姫ちゃんのがすきですよ?」

「君、幸姫ちゃんファンやからやろがい! しかし今回は残念やったけど、次回は」

「あ、いえ……それが」

「うん?」

 

 耳にして、しまった。

 

「実は……高校進学を機に、引退する事になりまして……これが最後のステージになるんです」

「……ぇ」

 

 隣に立つ幸姫の言葉に思わず声をあげ、呆然と目を見開きながら。

 

 舞は、幸姫へと視線を向ける。

 

「――うそでしょ」

「……いえ、本当です。私にとって、これが引退のステージになります」

「うそ」

「いえ、ほん」

「嘘!」

 

 食い入るように叫びながら、舞は幸姫の肩を掴み、自分に向き直らせる。

 

「ちょ、舞ちゃん」

「何よ引退って! こんなステージして、私に見せつけておいてさよならって事!?」

「……舞ちゃん」

「どっからどう見ても今回のステージはあんたの勝ちじゃない! 勝ち逃げする気!? あんた、こんなのを見せつけといて、私から逃げるの!?」

 

 止めようとするさんぽの手を振り払い。舞を見つめる幸姫に視線をぶつけて、彼女は叫んだ。

 

 自分の中で荒れ狂う感情が何なのかも分からず。ただ、激情の赴くまま。

 

「ちょっと、あんた!」

「うるさい、私に触れ」

「舞!」

 

 周りに居たスタッフや演者達に囲まれ、それでもなお言いつのろうとする舞に向けて。

 

 観客席の最前列から、叫び声が響き渡る。

 

 その余りの声量に。響き渡る声が誰のものなのかを理解するがゆえに静まり返る会場内に、溜息をつきながら叫び声の主がろくに偽装できてない変装を解いて舞台へと上がる。

 

 変装を解いた少女……タクミは彼女の為に空間を空けてくれた演者達に軽く謝罪を入れながら舞台の中央……舞と幸姫の元へと歩いていく。

 

 二人の前に立った彼女は、小さくため息を吐き……そしてぐいっと舞の頭を掴み、自分の胸元に押し付ける。

 

「お前が今日、負けたのはな」

「……」

「自分の前に立つ相手を、見なかったからだ」

 

 抵抗する余力もなく頭を抱えられた舞は、その言葉に小さく、頷きだけで返事を返した。

 

「もう二度と演れない。そんな相手と出会う事ってさ。世の中にはいっぱい、いっぱいあるんだよ」

「……」

「だから、さ。一緒に音楽をやる時は、もっと相手の事を見てやれよ。これが最後かもしれないって思いながらさ」

「………ん」

「一人で演るより二人で、三人で演るのが楽しんだ。相手に自分の気持ちをさ、音に乗せてぶつけるんだ……そうだろ?」

 

 尋ねるようなタクミの声に、周囲に居た演者達が一斉に声を上げる。

 

 中には「ハロー!」と大きな声を上げて「馬鹿、それはタックミーが呼びかけてからだ!」と叫び返される奴もいれば、「思ったよりも、小さい」「でも重いんだってね」等と失礼極まりない事を言っている奴もいる。

 

「幸姫ちゃん。引退……ごめん、おめでとうとはファンとして言えないわ。お疲れ様」

「ええ、ありがとうございます……本当に、お世話になりました」

「うん。ごめんね、中途半端な魔法で」

「いえ。勝負の土俵に立たせてくれた。それだけで、十分すぎるほどです」

 

 頭越しに行われる会話。幸姫がこの場に立っているのはタクミの仕業だと判明した。だが、不思議と怒りの気持ちは湧き上がってこなかった。

 

 たとえ誰かが何かをした所で、ステージの上に上がれば条件は同じ。その上で、自分は敗北したと思い込まされた。

 

 それが、全てだった。

 

「なぁ、舞」

「……ん」

「私とステージ、一緒にしたいんだって?」

「……ん」

「おっけー。なら、お前が好きな時に言いな。いつだって相手してやるよ……全力で」

 

 その言葉に返事を返さず。舞は、ぐしゃぐしゃになった顔をタクミの胸元にこすりつける。

 

 気を利かせたカメラがあっちを向いている間に会場から抜け出し、控室に戻るまでずっと。

 

 舞はタクミの胸に顔を埋めて、タクミはそんな彼女の頭を撫でながら。

 

 二人の怪物は寄り添うように歩き、人々に背を向けて去っていった。

 

 そして――

 

 

 

【美城幸姫 引退!】

【有終の美を飾るフィナーレ!】

【美城プロ、アイドル部門廃止を撤回!】

 

 世の中に幸姫の引退とそれに付属する諸々の情報が錯綜する中。

 

「ほんとにいいのか、おい?」

「ええ。ちょっと考える事も出来たしね。あんたとのステージはお預けだわ」

 

 一人のアイドル(怪物)が、世界に向けて飛び出そうとしていた。

 

「まずはアメリカ。”キング”と”クイーン”には良くもやってくれたと挨拶しとかないと、ね?」

「アネットにもよろしく言っとけ。あの娘はもう少し育てばお前とタメ張るぞ」

「んーん、面白そうな娘ばっかりね、世界って」

「ま、小鳥はお前とはなんか持ってるものが違うからな。張り合っても面白くねーだろ」

「そう? あの娘可愛いじゃない。ピヨピヨ」

「弄ると面白いね」

 

 旅行鞄を片手に、軽快な仕草で。

 

 今、世界に日本の誇る最強のアイドル――日高舞が飛び出していく。

 

「戻ってきたら、その時は」

「あいよ。ま、そっちには度々行くから」

 

 口約束に過ぎない。だが、決して破られないそれを互いに交わして。

 

「じゃ、ね」

「ああ。また」

 

 怪物は、怪物に見送られて日本を去る。

 

 そして、また二匹がこの地で見えた時。

 

 その時は――約束を果たす時となるだろう。




「お願い!シンデレラについて、ですか?」
「ごめんなさい。あれについてはあんまり言葉にしないようにしてて」
「だって、あれは幸姫さんの」
「美城幸姫が、後に続くアイドルの為に歌った歌ですから」

~音無 小鳥特集 ”事務アイドルの業務日誌”より抜粋~




クソ女神様とタクミっぽいのの小劇場



クソ女神さま
「色々言いたいことはあるけど……私も下界に手を出す手段が潰えてしまったわ」

「それでも夢とかお告げとかはまだ出来んだろ? 頼むから大人しくしとけよ?」

クソ女神さま
「わかってるわよ。私だって人間が死ぬ覚悟決めて殴り飛ばしてきたら少しは考えるわ」

「あー、うん。相手の気持ちに応えるのは立派だと思うよ?」

クソ女神さま
「あの娘のお陰で多少は文化ってものも芽生えているし、功績は理解してるわ」

「だからって神にするとか斜め上の回答するなよ? フリじゃねーぞ?」

クソ女神さま
「え?」

「え?」


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番外編  20 years later

デレマス年代のお話とかも見たいと言われたのでやっちゃったZE

ちょっと短いのと彼女が戻ってきただけで終わってるのは申し訳ない
またどっかで続き書くと思います

あ、この話は前話のシンデレラが生まれた世界でを読むと面白かもしれません()

誤字修正。sugarmaple様、たまごん様、竜人機様ありがとうございます!


 そこは執務室と呼ぶにはかなり異質な部屋だった。

 

 部屋の主を中心にするよう作られた間取り、と言えば良いのか。中央に据えられた上品な執務机を囲むように置かれるスピーカーとディスプレイ達。

 

 全方位から画面を中央に向けて作られたそこは、部屋に主がいる間常に世界中で発売されている最新のMVが流されている。

 

 聖徳太子もかくや、と言わんその環境の中。

 

 カタカタと机の上に据えられたPC、最新のミカンを操作していた部屋の主は、ピクリ、と眉を上げて斜め後ろにあるディスプレイに目を向ける。

 

『――良い出来でしょ?』

『ああ。聞き覚えのある声だと思って意識を向けていたが。やはり君だったか』

 

 ソファに座っていた来客の言葉に、机に向かっていた主はふっと表情を緩めてPCから視線を彼女に向ける。

 

 そこに座っている女性は、褐色の肌を持つ非常に美しい女性だった。ジーンズにボトムズとロゴが入ったシャツという随分とラフな格好だったが、何故かこういった衣装が彼女にはよく似合う。

 

『あら。自分の会社のスターの楽曲なのに知らなかったって? 随分と怠慢な支社長さんね』

『私はもう支社長ではないよ。それに、実を言うと事前に聞かせて貰おうと君のプロデューサーにお願いをしてみたらけんもほろろに断られてね』

『それはしょうがないわ。だって、私が秘密にしてッてお願いしてたもの。昨日発売よ、餞別に持って行って』

 

 その言い草に苦笑を漏らしながら、部屋の主……いや、今日からは元・主になるのだが……は彼女から手渡されたCDを手に礼の言葉を述べる。

 

「ありがとうアネット。最高のプレゼントよ」

「日本でも元気でね、リーダー。ピヨによろしく」

 

 遠く母国(日本)へと旅立つ親友と母国(アメリカ)に残る親友。

 

 穏やかで、和やかで。少しだけ寂しさを感じながら。二人の別れはそうやって交わされ、そうして彼女は旅立った。

 

 懐かしき故郷。日本へと。

 

 

 

 日本 某日 346プロ本社

 

「あーんもう! プロデューサーさんのバカァ!」

「はい、申し訳ない限りで……」

 

 とある日の昼下がり、346本社ビルの一階で甲高い叫び声が響き渡る。

 

 いきなりの事に何事かと視線を向ける周囲の人々。そちらに視線を向ければ、彼等にとってはよく見知った顔の人物が、よく話題になる人物にキャンキャンと抗議している場面が目に入る。

 

 ああ、いつもの漫才か、と8割方の興味がそこで喪失され、残った2割。どちらとも親しい間柄の人々はまた何があったのかとひそやかに聞き耳を立てる。

 

「もう飛行機が着く時間ですよ!」

「ええ。急いで車の手配を」

「それに、今回は小鳥ちゃんも一緒に行くって約束――小鳥ちゃん、来てますっけ?」

「……いえ。申し上げにくいのですが」

「…………急ぎましょ」

「はい」

 

 何かを察したような空白の時間。

 

 諸々頭に思い描いていた出来事を隅に追いやり、キャンキャンと吠えていた――346プロが誇るトップアイドルにして日本アイドルとしてはトップの芸歴を誇る、生きたアイドル史とまで呼ばれる女性。

 

 安部菜々(17歳120か月オーバー)は自身のプロデューサーを従え、どんよりとした空気を纏ったままビルの車寄せへと足を向ける。

 

「はぁ……幸姫ちゃんに怒られるぅ……」

 

 気落ちした様子でそう口にしながら外に出る菜々の言葉に、偶々ビルに入ろうとしていた一人の少女が「えっ?」と彼女を振り返るが菜々は気付かない。

 

 タイミングよく――恐らくはかなり急いで――回ってきた車両に慌てて乗り込みながら、彼女は空港……ではなく。765プロ本社へと向かうよう運転手へ伝える。

 

 急発進するように出ていく車両を、振り返ったまま見続けていた少女――島村卯月は、自身の大先輩にあたる菜々の言葉を頭の中で何度も思い返しながら咀嚼し、理解し。

 

「ふ、ふえええぇぇぇ!?」

 

 キャパシティーが足りず、ビル前で盛大に崩壊する事になった。

 

 

 

 

「ピヨッピヨッピヨ~」

「お、ピヨちゃんご機嫌だねぇ」

「え、そう見えちゃうかなぁ? うふふ」

「うわ、本気でご機嫌じゃん。どしたの?」

 

 鼻歌交じりにミカンのキーボードをカタカタと叩く事務服を着た女性に、ソファに座った少女達が声をかける。

 

 ここは765プロ本社ビル。

 

 新興ながら複数人の超人気アイドルを抱える、今やアイドル部門だけならば961や346と並んで業界トップと呼ばれる企業である。

 

「ちょっと貴方達。先輩の小鳥さんに」

「ああ、良いんですよ律子ちゃん。ふふっ、実は長い事外国に行ってた友達が帰ってくるんです」

 

 声をかけてきた双子――双海亜美と双海真美の言葉に上機嫌に返答する事務服の女性、音無小鳥は彼女たちに小言を言おうとソファから立ち上がった後輩の秋月律子にそう言って、自身が上機嫌な理由を話し始める。

 

「5年も前に米国に行って、それから帰ってきてなくて。長い事会えなかったから、嬉しくってつい」

「ふーん。ピヨちゃんの友達って事は、その人も芸能人なの?」

「5年前に……誰だろ。私達も知ってる人ですか?」

「あー。業界人だけど、今はもう芸能人じゃない、かなぁ。多分二人も知ってる人だと思うよ。リーダーの事は」

 

 傍で聞き耳を立てていた星井美希と天海春香の言葉に、少し考えて今の彼女の立ち位置を思い浮かべて小鳥はそう返答を返す。

 

 少し考える必要があったのは、何だかんだで彼女は引退した後もテレビに呼ばれたりしていたからだ。もしかしたらタレントとかその枠に入るのではないかと頭の中を過った為でもある。

 

「……リーダー?」

「うん。まだ、私や社長が961プロに居た頃に、ね」

 

 耳慣れない言葉に律子がそう問い返す。この765プロでも……いや。アイドル業界全体を見渡しても最も古い時代から現役最前線に居続けた彼女、音無小鳥がリーダー等と呼ぶ相手に心当たりが無かったからだ。

 

 いるとすればそれこそ346の永遠の17歳か、引退時期もあるがアイドル黎明期をかけた天才・日高舞クラスの人物でなければ。いや、小鳥が961プロに居た時代なら自分が知らないグループが存在したかもしれない。

 

 大穴としては近代サブカルチャーの祖も思い浮かんだが、彼女は後にも先にも自身のバンド以外と組む事がなかった事で有名で候補からは外れるだろう。そもそも彼女はアイドルではないと律子は思っている。

 

 答えが気になった律子が口を開こうとした。

 

 まさにその時。

 

「小鳥ちゃああああん!!!」

「ピヨッ!?」

 

 ビリビリとビルすらも揺らす大音声。カタカタと小気味よくキーボードを叩いていた小鳥は思わず硬直してマウスを取り落とし、ガチャリ、と音を立てて床に落下する。

 

 ドタドタと階段を駆け上がる音。慌てたような女性と男性の声。それらが換気の為に開けていた扉から漏れ聞こえてくる度に、何故か加速度的に悪くなっていく小鳥の顔色。

 

 やがて事務所のある階に到達したのか。近くなってくる音に合わせて小鳥は立ち上がり――

 

「ちょっと小鳥ちゃん!幸姫ちゃんのお迎え今日ですよ!!?」

「ごめん、日付、日付間違って覚えてましたぁぁ!」

 

 扉の向こうから現れた女性――安部菜々の言葉に、倒れ込むように小鳥は頭を下げた。

 

 

 

 久しぶりに踏む日本の土に感慨を覚えながら、女性はウォークマンのイヤホンを耳から外した。

 

 迎えに来る友人たちからの謝罪と遅れる旨の連絡に苦笑を浮かべながら、周囲に目をやる。人間観察は彼女にとって一つの趣味だった。誰かを常に見るとかそう言った類のものではない。周辺の人々の身なりや格好、嗜好品。

 

 その時代、その場所の流れを見るのに、歩いている人間の観察程便利な物はないと彼女は思っている。最初は仕事に備えての事だったが、今ではすっかり趣味となってしまった。

 

 ふむ、あの携帯は見たことが無い。日本独自の物だろうか。おっと、あれは随分と古い格好だな。古典バンドのファンだろうか。イヤホンをしている人間が多い。未だに音楽の分野は盛況なのか。ああ、アイドルTシャツ。懐かしい、アメリカでは見ない顔のグループだ。そして――

 

「久しぶりね」

「ええ。お元気そうでなにより」

 

 遠目から見てもすぐにわかってしまう。陳腐な言い方になるがオーラが違う。そう言った単語でしか表すことが出来ない存在感を持つ人物が、世の中には居る。

 

 芸能界という人材の坩堝に居ながらそうそう見る事の出来ない、そんな人物。彼女が知る限りでも恐らく10本の指で数えられるかどうかというその存在感を、目の前の人物は微塵も隠さずに自身の前に立った。

 

 交わした言葉は2、3言。彼女達にとっても偶然にすぎる邂逅は唐突に始まり、唐突に終わる。

 

「じゃぁ、飛行機の時間だから」

「ええ……次はどちらに?」

「アメリカよ。久しぶりにアネットと遊びたくなったからね」

「入れ違いでしたか。お気をつけて」

「……なんなら、またあんたとも遊びたいんだけど、ね?」

 

 一拍置いて語られる本音か冗談かの区分けが着かない言葉に、彼女は苦笑を浮かべて首を横に振る。

 

 もう彼女が引退してから20年にもなる。昔取った杵柄で目の前の存在と勝負が出来るとは思えなかったからだ。

 

 20年前でさえ、二人の仲間に助けられてようやく互角の判定をもぎ取ったのだから。

 

「そ。ま、気が変わったらいつでも教えて。どこに居ても飛んでいくわ」

「ええ。覚えておきましょう」

「そっちに隠れてる二人にもよろしくね。また遊びましょうって言っといて」

「――ええ。薄情者の二人にもそう伝えておきます」

 

 苦笑を続けながらそう口にすると、少し先の柱の陰から「ピヨッ!?」「ちょ、小鳥さんバレ、バレちゃう!?」と騒がしい声が響く。思わず笑いだす彼女――日高舞に申し訳なさを含んだ苦笑いを向け、軽く頭を下げておく。

 

 彼女が昔行った所業のせいか。同年代のアイドル達にはそれこそ人食い鬼(オーガ)のように思われている舞だが、これで面倒見のいい性格でもあるのだ。

 

 まぁ、彼女にとっての魔法使い曰く。彼女との戦いを通してそういった視点も芽生えた、との事だったから、その前からの彼女を知るあの二人を安心させる事は難しいかもしれないが。

 

 テクテクと歩き去っていく日高舞の背中から視線を外し、彼女は未だに騒ぐ二人組――よく見れば傍に随分と体格の大きな男。あれは、確か武内だったか、の姿もある。

 

 やれやれ、と座っていた椅子から立ち上がり、二人の方へ向かう。久方ぶりに会う友人たちの変わらぬ姿につい微笑みを浮かべながら、彼女――美城幸姫は二人に声をかけた。

 

「ただいま、二人とも」

「「おかえりなさい! 幸姫ちゃん(リーダー)!」」

 

 



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番外編  20 years later 掲示板

こちらは掲示板のみとなります。


【サブカルチャー】タックミー総合スレ10741【の祖】

 

1名無しのレッドショルダー  20××/○○/△△

 

 このスレは我らが”タックミー”こと黒井タクミ氏について纏めて取り扱っています。

 音楽から始まり漫画、アニメ、PCに至るまで。今の生活の基盤と言っても過言ではない物を作り上げた現人神タックミーを信じよ!!!()

 

 ========== 注意事項 ==========

 

 

 

 ●次スレは>>900が宣言後立てる。無理なら代理人を指名すること。 次スレが出来るまでは自重願います

 

 ●sage推奨。

 

 ●荒らしは通報。自治るな!!!

 

 前スレ http://黒井タクミ/***/~

 

 

 

2名無しのレッドショルダー  20××/○○/△△

 

 >>1乙

 

3名無しのレッドショルダー  20××/○○/△△

 

 >>1乙。昨日からずっと初期のボトムズアルバムをメドレーしてる。全然古くねぇ……今でも泣けるぜ

 

4名無しのレッドショルダー  20××/○○/△△

 

 大概の音楽ジャンルの楽曲作ってしかもどれもセンスがあるタックミーマジ神

 

5名無しのレッドショルダー  20××/○○/△△

 

 提供する楽曲も正にそのバンドのもの!って感じだしな。

 

6名無しのレッドショルダー  20××/○○/△△

 

 本人曰く提供じゃなくて「返す」って表現らしい。この歌はこのバンドが歌うからこそ、って言って

 

7名無しのレッドショルダー  20××/○○/△△

 

 紅とかな。しっくり来すぎてビビったってYOSHIが言ってたな。対談で

 

8名無しのレッドショルダー  20××/○○/△△

 

 対談とか嫌いなタックミーの珍しいトークが面白かった。麻雀で出演をもぎ取るって何だよ

 

9名無しのレッドショルダー  20××/○○/△△

 

 タックミーに常識を求めてはいけない。何故なら彼女が常識を作る側だからだ!(キリッ)

 

10名無しのレッドショルダー  20××/○○/△△

 

 携帯もPCも20年前はこんなんなるとか思ってなかったからな。それどころかタックミー前と後の歌謡界も。

 タックミー前の歌とかもう軍歌かってレベル。

 

11名無しのレッドショルダー  20××/○○/△△

 

 サブカルチャーの祖って名前。マジでそのまんま過ぎるからな。業績が。

 

12名無しのレッドショルダー  20××/○○/△△

 

 少なくとも音楽関連でタックミーの影響受けてないって奴は一人もおらんやろ。居てもタックミーに影響を受けたミュージシャンに影響受け取るんやろうし。

 

13名無しのレッドショルダー  20××/○○/△△

 

 和楽器とか民俗的な音楽は影響受けてないんじゃないか?

 

14名無しのレッドショルダー  20××/○○/△△

 

 その辺りじゃないとってだけでもう、ね?

 

15名無しのレッドショルダー  20××/○○/△△

 

 今じゃ当たり前に読んでる飛翔漫画も20数年前は存在しなかったんだよな。

 

 

 

以下だらだらとスレが続く

 

 

 

 

【346アイドル応援スレ 2012】

 

 

 

1名無しの346民  20××/○○/△△

 

 このスレでは346プロダクション(旧:美城プロダクション)のアイドル部門の情報を纏めて取り扱っています。

 

 アイドル部門も良い娘の大量加入で盛り返してきたし、この調子で業界最大手の961の牙城を崩そう!

 

 ウサミンパワーでレッツゴー!

 

 

 

========== 注意事項 ==========

 

 

 

 ●次スレは>>950が宣言後立てる。無理なら代理人を指名すること。

 

 

 

 ●sage推奨。

 

 

 

 ●荒らしは通報。自治も荒らしと同じですよ?

 

 

 

 前スレ http://346/&&&/~

 

 

 

2名無しの346民  20××/○○/△△

 

 >>1乙

 

3名無しの346民  20××/○○/△△

 

 >>1スレ立て乙

 

4名無しの346民  20××/○○/△△

 

 >>1の推しは安部パイセンか。良い酒が飲めそうだ

 

5名無しの346民  20××/○○/△△

 

 永遠の17歳尊い……尊いよね?

 

6名無しの346民  20××/○○/△△

 

 20年も346のアイドル部門引っ張ってた正に346アイドルの顔だしね

 

7名無しの346民  20××/○○/△△

 

 20年……17歳……う、頭が!

 

8名無しの346民  20××/○○/△△

 

 な音のサブ司会だったんだよなぁ。7歳のウサミンテラカワユス

 

9名無しの346民  20××/○○/△△

 

 その頃はウサミン星人って設定生えてなかったんだよなぁ。

 

10名無しの346民  20××/○○/△△

 

 >>8今でもくっそ可愛いだろうが〇すぞ

 

11名無しの346民  20××/○○/△△

 

 >>9設定じゃなくてウサミン星人ですからね???

 

12名無しの346民  20××/○○/△△

 

 >>11あ、ハイ

 

 

 

以下だらだらとスレが進む

 

 

 

314名無しの346民  20××/○○/△△

 

 そういえばな音の話がちらっと出てたけど、あれ出身のバンドとかアイドルって今も居るのか?

 

315名無しの346民  20××/○○/△△

 

 いるぞ。バンドならネズミ男とかねことかがあれ出身だし。まぁアイドルの方に比べたら小粒感するかもしれん。

 

 何せ我らがピヨちゃん、765の音無小鳥のTVデビューはな音だからな。

 

316名無しの346民  20××/○○/△△

 

 それマ?

 

317名無しの346民  20××/○○/△△

 

 マジ。当時10か11歳。美城幸姫とアメリカのアネット・ジャクソンと組んで日高舞とバトってる。

 

318名無しの346民  20××/○○/△△

 

 嘘乙。アネットとか超々大物じゃねーか

 

319名無しの346民  20××/○○/△△

 

 本当なんだよなぁ

 つhttp://よう!つべ!/&&&/~

 

320名無しの346民  20××/○○/△△

 

 このバトル知らないとかにわか民にも程があるだろ。テレビで何回再放送されてるかわからんぞ

 

321名無しの346民  20××/○○/△△

 

 放送当時からアイドルの歴史振り返る時は必ず使われる番組だもんな。

 あっこからアイドル業界は黎明期から成長期になったって言われてる。

 そして何故かしれっと会場に居る世界三大歌姫にスポットが当たるんや

 

322名無しの346民  20××/○○/△△

 

 黒井タクミが黒幕だってそれじっちゃがいってた

 

323名無しの346民  20××/○○/△△

 

 実際当時の日高舞はひどすぎたからな。凄いんだけど、なんというか独りよがりっていうか。

 あれ以降険が取れて凄い魅力的になったけど。

 

324名無しの346民  20××/○○/△△

 

 その辺知ってる我らがウサミンも日高舞は尊敬してないけど好きって言ってるしな。

 

325名無しの346民  20××/○○/△△

 

 ウサミンはあの黒井タクミすらもアイドルとしては尊敬してないって公言しとるからな。そんなウサミンに誰はばかることなく尊敬してるアイドル、大好きって言われてる幸姫ちゃん……うっ”(涙)

 

326名無しの346民  20××/○○/△△

 

 名誉シンデレラ幸姫ちゃん。美城プロダクションのアイドルって聞くと今でも年配の人は幸姫ちゃんって答えるんだよね。

 

327名無しの346民  20××/○○/△△

 

 あのな音の放送見て幸姫ちゃんのファンにならん奴とか居らんやろ。

 

 

 



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このTVアニメがなかった世界で

本編の更新になります。少し短めです。

誤字修正。たまごん様、薊(tbistle)様ありがとうございます!


「タクミちゃんはアイドルとしては尊敬できないです」

「一人の友達としては大好きだし、ミュージシャン黒井タクミは尊敬してますけど」

「でも、アイドルを名乗ってた黒井タクミは尊敬できません」

「だって、彼女は誰かのアイドル(あこがれ)になるには……強すぎるから」

 

~安部菜々 デビュー20周年記念のインタビューにて~

 

 

 

 人には幸せだと感じる場面が幾つかある。

 

 例えば友人と居る時。例えば恋をした時。家族と居る時。遊んでいる時もあればただぼんやりと景色を見ている時なんてものもあるだろう。

 

 何故こんな話になるのかって?

 

 ――それは勿論。

 

「落ち着け。素数だ、素数を数えるんだ。1、2、3,4」

「本当に落ち着け。ただ数数えてるだけになってるぞ」

「時間だな。そろそろ始まるぞ」

 

 ヒッヒッフーと息を吐く私に苦笑を浮かべるパッパと銀さん。二人に挟まれてソファーに座る私は、目の前のテーブルに置かれたポップコーンとよく冷えたコーラを忙しなく口にする。

 

 刻一刻と刻まれる時計の音に早く早くと急かされる心。胸のドキドキが止まらない。こんな気持ちでテレビの前に座ったのは何年ぶりだろうか。

 

 ニュースが終わる。次の番組への切り替えの瞬間。思わず身を乗り出した私の頭を撫でるパッパの手。

 

 今、間違いなく。

 

空をこえて ラララ 星のかなた

 

 私が幸せだからだ!

 

 

 

 

【日本初! テレビアニメ「鉄腕アトム」放映開始!】

 

 

 次の日。新聞の一面にデカデカと乗ったその文章に思わずにやけ顔を浮かべながら、すれ違う961プロの社員に新聞をバラ撒く事しばし。

 

 騒ぎを聞きつけた高木さんに最近「タクミ部屋」と名付けられた元遊戯室へと引きずられ、30分程OHANASHIしてわたしはしょうきにかえった!

 

「PC用ゲームのエンドファンタジーだったかな?」

「そそ」

 

 数か月前に開催した世界規模のPCゲームグランプリで優秀賞を勝ち取った作品。高木さんも会場に居たから覚えてたんだろう。

 

 グラフィックや音楽やらは個人規模である以上限界があるが、それを差し引いても素晴らしい出来栄えだった。勿論即座にスカウトしたよ。

 

 後は足りない部分、グラフィックや音楽に関しての梃入れを行い、そして再度製品用に作り直せば傑作が出来上がるだろう。今から完成が楽しみだ。こういった稀有な人材が見つかるんだからグランプリ様様である。

 

 そう、PCゲームグランプリだ。最初はゲーム作れる位プログラミングに対応できてる奴なら開発の方にも早めに対応できるだろって安易な考えで行ったゲームグランプリなんだが、びっくりする位の盛況さになった。

 

 ミカンシリーズっていう大衆向けのPCが世に出た以上、それを元に何かをしようとする奴はそこそこ増えるだろう位に思ってたんだけどさ。

 

 まさかせめてハコがスカスカにならなきゃ良いなぁくらいに考えてたイベントが、応募数が多すぎて3回もハコをアップグレードする羽目になるとは思わなかった。

 

 いや、土台は確かにあったんだ。ミカンボックスのゲームって結局は殆どミカン1か2で作成してるからね。ハマって、自力でゲーム作ろうって頑張ってる奴らが居るだろうとは私も思ってたんだが。

 

「まさか自分でミカンボックス買って中身に自前のゲームぶち込むような猛者が複数いるとは。見抜けなかった、この黒井タクミの目をもってしても……っ!」

「お陰で変にプライドを刺激されたアメリカのゲイリー氏が2日目に発売前の『マンハッタンファイト』を持ってきて大騒ぎになったね」

「万人収容できる会場をぐるぐる回る長蛇の列とか。今生で初めて見たわ」

 

 前世だったら何度か見たことあるんだけどね。東京ビッグサイトとかそれ位の長さはあったろ。

 

 というか人が多すぎて複数日開催になったり祭りだと勘違いされて屋台が出たり。今から思えばこれどこのコミケ?ってレベルのイベントになっちまった。

 

 アメリカの方の夏の陣と冬の陣を経験してなかったらヤバかったかもしれない。途中でヤバイと気づいてスタッフをかき集められたからな。

 

 最終的には10倍くらいのスタッフで会場内外を対応したんだが、それでもごみ問題や熱中症で倒れた人なんかの対応がキッツキツだった。当初の予定のスタッフ数だと間違いなく捌き切れなかっただろう。

 

「下手しなくても東京ゲームショーみたいなもんだよなぁこれ。いや、ノリはコミケっぽかったけど」

「コミケ……コミック?」

「あ、いや。なんでもないよ」

 

 ボソリと呟く言葉に高木がピクリと反応を返すが、なんでもないと首を横に振る。あぶねぇ、夏の陣と冬の陣の二の舞が起きる所だったぜ。

 

 あのイベント今だと10万人規模の、モーターショーとかその辺りと比較される規模のイベントになっちまってるからな。今でもイベントの度に一巡とかしてんだが流石にあれを日本でもやるのはキツすぎる。

 

 まぁ、当初の目的であるプログラミングに”強い”興味を持った人材の確保は順調に進んでるらしいし、今回出てきた作品でも優秀な物は作者とライセンス契約を結び、順次ミカンボックスに対応させていく予定だ。

 

 これでゲームの頭数もガッツリ増えたし、アーケードゲームという分野の開拓が一気に進むだろ。後はミカンボックスをガンガン量産させるだけなんだが、発売から一年超えたのにまだ製造即出荷の流れが止まらないんだよな。

 

 2,3000万は世界中に流れてる筈なんですがねぇ(震え声)

 

「マンハッタンファイトでダメ押ししたからでしょう。声までつけちゃって」

「ウィルがどうしてもって言うから……」

 

 どストレートに原因を投げ込んでくる高木さんのスタイルに、思わず目をそらして声を震わせながら答える。

 

 そう、声付き、だ。

 

 私が全く知らない内に【ミカン】内部の幹部どもが結託して、何故かエキサイトプロダクションまで巻き込んで開発が始まったこのゲーム。

 

 無駄に技術のあるロマン屋ばかり集まってるせいで、いつの間にかBGMどころか音声データまで突っ込める余地を作って「声充ててください」とか報告書上げて来た時には仰天を通り越して顔が虚無猫になったよ。

 

 勿論主犯のウィルは筋肉バスターの刑に処した。少年飛翔好評連載中の筋肉マン、独特の理論と格闘技の融合という斬新な切り口が人気の作品だ。アニメ化の予定も組まれてるし素晴らしい漫画なんだ。

 

「あ、そうだアニメだ。アニメ化だよ高木さん!!! ついに日本初のアニメが、日本のスタジオで完成して、日本で放映されたんだ!!!」

「……まぁ、誤魔化されましょう。でも起きた事はなくなったりしませんよ?」

「かみはしんだ」

 

 マンハッタンファイト、キャラセレクトでは3キャラ選べてそれぞれモデルが私、マイキー・バイソン、あとジャパニーズ・ニンジャモチーフのキャラと特色のあるキャラクターを選べるんだけどね。

 

 どっかのバカ共が音声入りなんて事をやらかしたせいでキャラ選択率の偏りが驚異の9割超えなんだそうな。数台並んだミカンボックスの筐体から私の声で「オラァ」とか「タァ」とか「ウグッ」とかいう声が連呼されるわけだな。

 

 2,3個ならまだいい。これが10台くらい並んでる店だともう店内中に響くわけだ。中途半端な演技の私の声が。

 

 恥ずかしすぎてそのまま死にそうだった。映画とかに出る気はないけど、もうちょっと演技の練習しとこうと思ったよ。

 

 死因:恥ずか死とか末代まで指差されるレベルの汚名だぞ。いや、まぁ今んとこ結婚願望はないけどさ。

 

 ……ま、まぁ良いんだ。これも過ぎた事。人気出すぎて2が、とか言い出したらその時はウィルに筋肉ドライバーを仕掛ければ良いとして、本題はアニメだ。アニメこそが私にとっての本題なんだ。

 

 ついに……ついに手越の爺様がやらかしてくれました。

 

「ふへへへへ」

「タクミ君。顔、顔」

 

 高木さんの苦笑交じりの指摘にごめんなさいを返しながら、私は手に持つ新聞を広げる。

 

 その一面にはデカデカと鉄腕アトムと書かれたOPの画像と、日本初テレビアニメの文字。そして、瞬間最大視聴率36%という文字が紙面を飾っていた。

 

 

 

 

「そりゃあ、慣れない作業が多かったから苦労もあったさ。今だってストックがある内にどんどん続きを作らなければいけないしね。大変だよ、とても」

「……苦労をお掛けしました」

「いやー―大変だと思うけどね。苦労だとは欠片も感じないよ。アトムが動く姿をこの目で見れたからね」

 

 そう淡々と語る手越氏の声は、落ち着いているようでしかし言葉の節々に強い情熱を感じる物だった。

 

 少年漫画は今や飛翔と日曜日の二大勢力が鎬を削る状況。

 

 そんな少年漫画成長期と言っても過言ではない状況で、日曜日最大のヒットメーカーである手越氏が自作のアニメーション化を打診してきたのは、おおよそ1年前。私が幸姫ちゃんの引退ライブの準備に奔走する少し前の事だった。

 

「アメリカのコミック誌の状況を見てもね。このままずるずる漫画だけでってのはどっかで頭打ちになるでしょう。恐らく貴方の知る私も、そう思ったんじゃないかな」

 

 予てから私と手越さんは日本でのアニメ制作を話し合っていた。だが、ここまで具体的に話を持ち込まれたのはこの時が初めてだった。

 

 恐らく、彼は時が来たのだと判断したのだろう。

 

 日本の漫画文化が発展し、一枚の紙の中から飛び出す時。それが、今なのだと。

 

 勿論、私に否はない。何せ日本にアニメ文化を根付かせるのは私にとっての最終目標にも等しいのだから。二つ返事で協力を約束し、ある程度の打ち合わせを行った後に私は国際電話でダズニースタジオへと連絡を入れる。

 

 アニメーションを知るものが今の日本には居ない。だから、すでにテレビアニメを作っている人間を連れてくる。いや、むしろこれを事業拡大の機と捉えるのも良いかもしれない。

 

 ダズニースタジオジャパン。素晴らしい響きである。DSJとでもロゴを書かせよう。

 

 パッパやミノルちゃんには以前から日本にもアニメーション市場を広げたいという意図は伝えていた。アメリカのマーブルエキサイト社の成功もある。

 

 そして肝心のアニメ化からのグッズ販売についても宛てはある。なんせ京都の老舗の花札屋さんとはゲーム関連ですでにガッツリスクラム組んでる間柄だ。

 

 そちらの持つ玩具販売網も頼れるし、なんなら日本におけるグッズ生産を行う相手先を『紹介』して貰っても良い。花札屋さんが大きくなればなるほど私にとっても都合が良い。

 

 ――恐らく、すでに開発は始まってるだろう。世界のゲーム史に燦然と輝く名機。ファミリーコンピューターに類する何かが世に出るのが早まれば御の字だ。

 

「いくつか考えられるが……まずはアニメ制作に関わる人間の拡大、だな。流石に今のスタッフだけで全てを賄いきるのは無理だろう」

「そちらは、勿論。アニメーション制作に興味がある人材を色々な伝手から探していこう。漫画家のアシスタントとかさ」

「後はアメリカからアニメを輸入して放映するのも良い。どういったものなのかを知らなければ手出しもしづらいだろうしな」

 

 私の展望を伝えた所、パッパはそう言って一つの懸念を述べた。現在日本ではその手の知識を持つ人間がほぼ居ない状況だからな。前世の手塚治虫以上の苦労があるのは間違いない。

 

 だが、それ以上にこれは大きなビジネスチャンスであるのも間違いない。なにせアメリカのマーブルエキサイトというモデルケースがあり、そこで培ったノウハウを使えるんだから。

 

 日本の内情に合わせる必要はあるが、かなり成功率の高い投資なのは間違いないだろう。

 

 そして日本にアニメを根付かせるという意味でも、ダズニースタジオ制作の物なら比較的簡単にもってこれるだろうからアニメの頭数も増やすことは出来る。

 

 問題は放映してくれる局があるかだが、こちらに関してはパッパが自信がありそうだから任せる事にするとして、だ。

 

 後は、気持ちの問題だろうな。

 

「日本で初めて週間放送されるのは日本のアニメが良い」

 

 小さな拘りかもしれない。だが、これは私と手越氏共通の願いでもある。同時に放送開始されるのは良い。だが、最初に放送されるのは日本製のアニメでありたい。そんななわがままだ。

 

 そのわがままを叶える為に、私と手越氏は他の仕事がある中時間が空けば互いに連絡を取り合い、人を集め、会社を立ち上げ――そして一年。

 

 日本でダズニースタジオ製アニメの放送認可を貰った直後に間に合わせて、鉄腕アトムは日本の茶の間に姿を現した。

 

 ――日本のテレビに鉄腕アトムの姿がある。

 

 感無量とは、この事なのだろう。

 

 

 

「タクミちゃんタクミちゃん!」

「んだちみっ……子?」

 

 わたしはしょうきにかえった! したとはいえこの胸を溢れる喜びまでは抑えきれない。

 

 部屋にいても床の上でゴロゴロするだけだし、誰か絡める奴いねーかなーと961本社ビルの1階に来た私を、聞き覚えのある声が呼び止める。

 

 346に移籍予定のちみっ子がなんじゃいとそちらに目をやると、そこに居たのは形容しがたい冒涜的な何かだった。

 

 ありていに言えば銀色に光るちび宇宙人みたいな仮装に身を包んだ菜々である。宇宙的脅威か何かを再現しようとしたのか?

 

 いや、菜々自体がそんなに大きな方ではないから余計にグレイっぽく見えるんだが。この衣装考えた奴何考えてるんだろうか。

 

「どうしたんお前。キャトルミューテーションでも喰らったんか?」

「きゃっとみゅーてしょん?」

「あ、いやいい。その恰好どうしたん?」

 

 たまに忘れそうになるがそういえば7歳……たしかもう8歳だったか、の子供だ。横文字なんて知るわけもないか。

 

 話を変えるついでに水を向けてやると、菜々は眼をキラキラとさせながら振り返り、「小鳥ちゃーん!」と声を張り上げる。お、良い声出すなこいつ。鍛えたら歌の方も結構いい線いけるかもしれんな。

 

 等と考えていると、ビルの奥の方からやたらと周囲を気にしながら歩いてくる銀色に光る宇宙人が現れた。おいおいペアルックか。ペアルックなのかおいおい。

 

 呆気にとられた私を尻目に菜々は自信満々に、小鳥は周囲をおどおどと気にしながら二人並んで立ち、ビシッと劣化ギニュー特戦隊のようなポーズを取り始める。

 

「じつはじつは!」

「ぴよぉ……わ、私たち!」

「「うさみん星人だったのです!(ですぅ)」」

「……お、おう」

 

 二人の言葉に、一先ず私は首を縦に振り、必死になって相槌の言葉を絞り出した。

 

 え。最近追いかけられてなかったけどさ。

 

 この時代の流行って……これなの?





クソ女神さまとタクミっぽいのの小劇場


クソ女神さま
「神へと至るのは人にとって最大の幸福では?」

「んなわけねーだろ。こんなろくでもない職業に好んでつきたがる奴はよっぽどのいかれポンチか聖者笑 だけだよ」

クソ女神さま
「……言いたいことは多々あるが貴女も似たようなものではないか」

「やりたくてやってんじゃないからね。死んだと思ったら首根っこ掴まれて身代わりにされただけだゾ」

クソ女神さま
「ああ、今流行の雇用形式ね」

「なにそれ怖い」


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このファッションのない世界で

誤字修正。たまごん様、日向@様、サンダーミアン様ありがとうございました!


「黒井には感謝しかありません」

「彼女を表舞台に立たせるには、彼が居なければどれだけ時間がかかったか」

「……え、彼女を見出した時どう思ったか、ですか?」

「月並みですがね……世界が変わる。そう、確信しましたよ」

「まさかあんなにあっという間とは思いませんでしたがね」

 

~765プロ密着取材 高木社長へのインタビューにて~

 

 

 

 

 

 話をしよう。あれは数週間前……いや、数か月前だったかもしれない。

 

 すでにバラエティーにはこの娘、と言われる程にバラエティーアイドルとしての才能を開花させている彼女、安部菜々さんは小さいがとある番組に出演した。

 

「ななはーじつは宇宙人さんだったのですぅ!」

 

 番組の企画か何かで宇宙人っぽい衣装に身を包んだ菜々。その姿の滑稽さと彼女が着けているから滲み出る可愛らしさとでスタジオが微笑ましさで平和になった時。

 

 司会者が振った話題が、全ての始まりだった。

 

「へぇ、宇宙人さんなんですね! どこの星から来たんですか?」

「ななはウサミン星からやってきたんです!」

 

 ――全ての始まりだった。

 

 

 

「つまりあれか。ピヨは巻き込まれたわけな」

「ピヨォ……」

「まきこんだんじゃないです! ぴよちゃんはめーよウサミン星人なんですよ!」

「名誉(笑)」

 

 ちょっとそのまま1階ロビーで立たせとくのは流石に不味いと判断し、事情聴取の為に元遊戯室へと二人を誘いお話を聞いてみれば。

 

 成程、大分迷走してるってのは良く分かったぞ。

 

「その恰好はなんだ。テレビの時の奴そのまま使ってるのか?」

「はい! あ、でもちょっと違うかも。二人になるからって、デザイナーさんが」

 

 勿論迷走してるのはこいつらじゃない。テレビ業界と……あと、恐らくだがファッション業界もこれ大混乱してるんじゃなかろうか。しかもそれぞれ全く別の理由で全く別の方向に。

 

 業界側の方は簡単だな。ここ数か月でやたらと目につくようになったグループやらユニットやらを組んだアイドルが増えてるから、こいつらのタッグもその延長だろう。

 

 まぁ、連中の気持ちはわかる。

 

 ――舞に対抗できた。その一事でユニットアイドルを神聖視してもおかしくはないだろう。

 

 実際にアイドルにユニットを組ませるのは決して悪い手じゃない。長所を多く魅せ、短所を数で覆い隠す事が出来る。前の世界の90年代以降、ピンアイドルが消えてアイドルと言えばユニット、という流れになったのもその辺りが大きかったんだろう。

 

 とはいえ、だ。安易に考えて適当に組ませても長続きするわけはないんだが。

 

 そこまで考えて、菜々と小鳥に目を向ける。

 

「……それ、本当に961所属のデザイナーが考えたのか?」

「はい!」

「そうです……うぅ、恥ずかしい」

「あー。ピヨ、お前の恥ずかしがりとかテンパり癖は知ってっけど。今回はその通りだ、それは恥ずかしい」

「ええ!?」

「ええ、じゃないが」

 

 抗議するように立ち上がる菜々にぺチン、とデコピンを食らわせ二人の格好を再度見る。

 

 全身タイツの進化版のような恰好。流石に綿か何かでボディラインは隠してるっぽいが傍からみりゃガキが銀色の全身タイツを着てるようにしか見えん。これ前の世界なら事案とかうるさく言われかねんぞ?

 

 しかし、この格好を見る限り。あれだな、ファッション業界とかその辺りは全然興味なかったけど混乱しまくってるのかね。舞台衣装とかドレスはそんなに古く感じなかったから全然気づかなかったわ。

 

 そろそろ騎士鎧みたいな肩パットつけたアナウンサーが出てきそうなノリだな。

 

「取り合えず着替えてきな。そのまんまじゃ流石に恥ずかしいだろ」

「あ、はい……あの」

「ん?」

「菜々ちゃん……さっきから動かなくて……」

「……菜々ーっ!?」

 

 結果はただの脳震盪で済んだが、勿論私はパッパと銀さんにしこたま怒られた。め、めちゃめちゃ手加減してた筈なんだが……ぐすん。

 

 

 

『それはタクミが悪いわね』

『うるさいやい』

 

 電話越しに話すマドゥンナの軽い笑い声。このアマ、私の苦境を楽しんでいる。いや、まぁ私が10割悪い案件なんだが。壊れ物を扱うように優しくタッチしたつもりだったんだよ、私は。

 

『そっちじゃないわよ。ファッションの方』

『ええ……(困惑)』

『だって、日本(そっち)にはファッションリーダーが居ないんでしょ? 出来る人がやってないならその人が悪いに決まってるじゃない』

『そっちかい』

 

 日本のファッションが別次元すぎると愚痴っては居たけど、どうやらそちらが彼女的には気に食わなか……いや、それ私悪くないよね?

 

 私、ライブとかで使う衣装は全部デザイナーさんにお願いしてるし、自分で服を買った事なんて一切ないんだが。

 

『……本当に年頃の女の子、なのよね?』

『待って。悲しくなるからその声音待って』

 

 からかうような口調が鳴りを潜め、マドゥンナから心配するような気配を感じ通話だというのに私は視線を宙にそらした。

 

 いや、しょうがないじゃないか。これでも前世ではそこそこ身なりは気にしてたんだけどさ。この世界では私、一桁の年齢から外歩いたら人だかりができるような状況になってまともに外出なんかできなくなったんだ。

 

 たまに買い物に行くって言ったら必ず数人のSPさんと恐らくそれ以上の警備の方々が隠れて付いて来てるのが分かるんだから、仕事以外で外に出るってのがどれだけ億劫か。

 

 それこそ円城さんや手越さんのスカウトくらいの事じゃなきゃ独り歩きなんかしたくはない。

 

『……OK、今度NYに戻ってきたら、一緒にショッピングに行きましょう。後輩たちも連れて派手にね』

『……お願いします』

 

 大名行列みたいな買い物になりそうだなぁ、と想像しながら電話越しに頭を下げる。日本人特有の動作である。

 

『まぁ、事情は分かったけど。ファッションリーダーってのはね、タクミ。その人のセンスがあるのは勿論大事だけど、それ以上に求められるものがあるのよ』

『……なにそれ』

『とっても簡単よ。貴方なら着せられた衣装でも同じようになるから……ふふっ』

 

 問い返す私にマドゥンナは面白がるように笑いながら、その言葉を口にした。

 

『この人のようになりたい。そう思わせる魅力――カリスマ。貴方以上に影響力のあるアーティストは日本に居ないじゃない。なら、貴方が口火を切るべきよ……そうでしょ?』

 

 

 

 

 黒井タクミのメディア嫌いは有名な話だ。いや、メディアというよりも日本のマスコミが、だろうか。

 

 彼女が故国のメディアに受けた被害を考えればそれは妥当とも言えるものだった。

 

 日本に存在する、もしくは日本にも窓口のあるメディアにとっては、彼女が日本に居る間は公の場に、それこそテレビ画面等に映る事は本当に特殊な事例でしか起こりえないと考えられていた。

 

 それこそ義父の要請や日高舞と美城幸姫の戦いの時のような事が無ければ、彼女は日本の表舞台には立たない。

 

 そう思われていた。

 

 少なくとも、昨日までは。

 

【黒井タクミプロデュースの新規アイドルユニット、始動!】

【伝説再び】

【テーマは宇宙!?】

 

 その日の朝。朝刊の一面を彩るのはどれもこれもタクミ、タクミ、タクミの文字。

 

 それも当然だろう。出不精な彼女の情報は本当に少なく、また仮に彼女が取材を受けるとしたらそれは海外のメディアばかり。日本に居るのに日本のメディアが彼女の情報を得るのは、幾重にもかかったフィルターを通り過ぎた後になるのだから。

 

 彼女が何かをしているのは、彼女が何かを終えてそれを世に公表するときのみ。最も美味しい時期には一欠けらもご馳走を得ることが出来ない。それが今までの黒井タクミと日本メディアの関係だった。

 

 だからこそ、彼等の動きは速かった。彼女が行う新しい何かに、今度こそ乗り遅れないように。関心が無いわけではない。ただただガードが固すぎて近づけなかった彼女の情報を少しでも多く得ようと彼らはエサに飛びついた。

 

 そして……今回に限り、それは正しかったと言える。新規プロジェクトに関する記者会見。その進行を行うのは、プロジェクトリーダーの……黒井タクミ。

 

 メディア各社はこぞってその記者会見へ記者を送り込んだ。彼女が動くとき、それは世界が動くときと言っても過言ではないから。

 

「なんだ、あれは」

 

 それは、今回も正しかった。

 

 ぽつりと誰かが呟いた言葉に周囲の記者が内心で頷きながら、彼等は目を凝らした。自分が見た者がなんであるのかを理解できなかったからだ。ある者は眼をこすり、ある者は眼鏡がおかしいのかとしきりにレンズを拭き始める。

 

「えー、お集まりいただき感謝します。ども、黒井タクミです」

 

 会見用にセットされたマイクを手に、彼女が喋りだした。この声、この態度。間違いなく黒井タクミだ。

 

 ――だが。

 

「本日は961プロから新しく発足される新時代のユニットについて発表と――皆さん、静粛にお願いします」

「あ、あの! 失礼ですがお聞きしたいことが!」

「……まだ会見始まってすぐなんだけど。なんですか?」

 

 眉を顰めるタクミに、最前列に座る一人の記者が手を上げる。本来ならばマナー違反どころかすぐに退室させられてもおかしくない行動。

 

 だが、室内のざわめきが収まらないのをどう思ったのか。タクミは気だるそうな表情を浮かべたまま質問を促した。

 

「そ、それでは……タック……く、黒井さんのその、格好は……?」

「――ああ。ただのおしゃれですよ」

 

 記者会見という場にはふさわしい格好を。日本と言う国ではテレビが発達した後もそういったマナーであるとかが残っていた。公の場であればスーツや着物と言うある種の一般常識的なものを選ぶのが必然だった。

 

 だからこそ、彼女のその姿は際立ったとも言える。

 

 皮のジャケットに黒いシャツ。ジャケットに合う色合いのレザースカート。それこそアメリカから渡ってくる映画でしか見ないような服装をした、自国出身のスーパースターの姿。

 

 何よりも、その頭上。ミュージシャン・タクミを知る民衆が一般的にイメージするポニーテールはそこになく。

 

「それに…そ、その髪型は……?」

「普通の髪型でしょ」

 

 前髪を高く上げて横の髪を後ろで纏める、俗にいうポンパドゥール・リーゼント。

 

 普段のエネルギッシュな魅力をそのままに、更にワイルドな印象を与えるその姿。CDジャケットやライブでは見る事の出来ない黒井タクミの姿に、その美しさに集った記者たちはそれ以上の言葉を発する事が出来なかった。

 

 少なくとも、日本国内でこのような格好をする人間はほぼ居ない。それこそファッション誌のモデルを含めても、だ。そして、仮に同じ格好をする人間がいたとしてもこれ以上の素材はまず存在しないと断言できる。

 

 騒然とする会場内。まだ殆ど話しても居ないのに場が勝手に盛り上がっている事実に怪訝そうな顔を浮かべるタクミ。

 

 実のところ、タクミとしても別に奇をてらってこの格好をしたわけではないのだ。彼女の脳内では90年代の日本だとこういう格好が流行ってたな、位の感覚。会見とはいえアーティストならこんなもんだろ、という考えで彼女はこの場に立っている。

 

 だが、彼女は失念していた。

 

「……凄い。これが、世界レベル」

 

 この世界の文化が、やたらと歪な発展をしていた、という事を。

 

 これがNYの街中であればここまで際立つことも無かったかもしれない。だが、ここは日本。まともなサブカルチャーが発展しなかった日本の90年代である。当然ファッションレベルもお察しの状態だ。

 

「NYのモデルだってここまで……」

「おい、写真を、1枚でも多く写真を撮るんだ!」

「は?」

 

 そこに洗練されたファッションを着こなすスーパースタァが現れればどうなるのか。

 

 今までは殆ど表に出てこず、出てきても手錠をはめられていたりライブだったりしたために起こらなかった。そしてタクミも別に自分の格好に頓着しない性質だったために気付かなかった。

 

 だが、マドゥンナから指摘され。多少は時代に合わせた格好をするかと彼女が身なりを整えたためにそれは一気に表面化してしまったのだ。

 

 つまり――

 

「明日の朝刊はこれだ! ニューウェーブ現る! 時代を先取るファッションスタァ!」

「はぁぁぁぁ!?」

 

 60~70年代で止まっていた日本のファッションセンスに20年ほど先取りした着こなしをぶん投げてしまったわけである。

 

 一瞬で記者会見会場が撮影会場へ切り替わった事に唖然とするタクミを尻目に、各社のカメラマンたちは続々とシャッターを切り、呆然とするタクミの姿を撮り続けた。

 

 彼女が正気に返るまでの3分間は『空白の3分』と呼ばれ、後にこの時に撮影された生写真は一部の好事家達の間で非常に高値で取引される事になるのだがそれはまた別の話。

 

 

 

 

「いやいやパンクロックファッションは70年代からある由緒正しい」

「パンクロックって最近アメリカで流行ってる最新の音楽だよな」

「ガッデムそうだった!?」

 

 記者会見ならぬ撮影会が終わり。結局碌な発表も出来ずに終わってしまった記者会見だったが、最低限これから売り出す二人組ユニットについての情報を流すことは出来た。

 

 いや、本当になんでこんな事になったんかね。あれか、あの前列の記者はヤンキースタイルになんぞ恨みでもあったんか。圧力でもかけてアメリカ(本場)にでも飛ばしたろかクソァ。やらねーけど!

 

「まぁ、ある意味注目度は増したんだ。それに幸か不幸かお前のお陰で日本のファッション誌も刺激を受けたのかガンガン最新モデルの服を出してるし、お陰でモデルの仕事も増えた。それと、あの銀色のあれは没になった」

「……パッパもダサいって思ってたんだね」

「……デザイナーに、私が直接言うのも気が引けてな」

 

 私の言葉にそっと目をそらしてパッパはそう呟いた。まぁ、うん。立場上パッパが言うのはヤバいわな。そのデザイナー首くくりかねんぞ。

 

 パッパもなんだかんだ数年前までアメリカに居たんだし、やっぱり違和感デカかったんだろうね。そういえば家の中以外だといつもスーツだったし。スーツしか外で違和感なく歩ける服が無かったのかな、これ。

 

 それはともかくとして、だ。一先ず最低限の情報は流したし、あの二人ならこのままデビューさせてもそこらの有象無象じゃ相手にならないだろうが……それだけじゃちともったいない。

 

 幸姫ちゃんが去り、舞が旅立った日本アイドル業界。間違いなく暫くの間はあの二人がこの業界を引っ張る事になるからだ。

 

 それにあの二人は私がこの業界に引っ張り込んだようなもんだからな。菜々には幸姫ちゃんの後を継ぐって是非応援したい目標もあるし事務所が変わる前にある程度餞別を渡してやりたい所だったのだ。

 

 これからの時代に必要な二人のアイドル。そんな二人に渡すべき物。私が用意できるもの。

 

 ――20年先でだって歌える、誰かの記憶に残る、そんな歌。

 

「宇宙人がテーマ、というのは変わらないんだな」

「ああ。そこは菜々のたっての願いでね。ウサミン星人だっけ。あいつ、予想以上にそれに拘りがあるみたいだ」

「そうか。うん、良いんじゃないか。これまでに居なかった、全く新しいキャラ付け。バラエティー向きの性格の彼女にはぴったりだろう。しかし、そうなると小鳥くんも?」

「いや。小鳥はまた別だな。あいつはピヨコ星人とでも名乗らせようかなって」

「……その心は?」

「ウサミン星は電車で東に一時間らしい。小鳥は事務所から徒歩5分だろ?」

「成程。それは別の場所にしておいた方がいい」

 

 くつくつとパッパと私の笑い声が執務室の中に響く。設定をもっと練ればいいだろうって? 良いんだよ。このエセっぽい感じ。軽いノリがむしろあの二人には合ってるんだ。

 

「それじゃあユニット名はどうするんだ? 私はてっきりウサミン星人ズにでもするのかと」

「……ネーミングセンスは、これパッパの素かなぁ……」

「……?」

「ああ、いや。そうだね。一つ、考えてる物があるんだ」

 

 怪訝そうな表情を浮かべるパッパに頬を引きつらせながら、私はここ数日考えていた名前を思い浮かべる。

 

 あの二人は、それこそ全く違う性格をしている。積極的で、幼くて、けれど自分を魅せる事に長けた菜々。明るくて、どこかおっちょこちょいで、けれど何故か目が離せない小鳥。

 

 だが、そんな二人に共通していえる事が一つある。

 

「あの二人は、タイプにするんなら同じだからね」

 

 菜々は幸姫ちゃんを。小鳥は母親を。目指すものがあって、そしてそこへと足を止めずに進む事の出来る芯の強さ。

 

 全く違うようで、よく似た二人。だから、一緒くたにするなんて勿体なさすぎるだろう。

 

 そう。同じ宇宙人同士でも……

 

「二人のユニット名はね」

 

 全く違う二つを掛け合わせる。そんな意味を込めて。

 

「エイリアン×エイリアン。良い名前でしょ?」

 

 その名を口にして、私はパッパに向けて微笑んだ。




クソ女神様とタクミっぽいのの小劇場



「まぁ、死んだの事態は私のミスだったがね。まさか死んだ後にここまでクソつまんねぇ仕事やらされるとは思ってなかったが」

クソ女神さま
「つまるつまらないの問題ではないと思うけど」

「おっと優等生発言ありがとよ。だがよ、世の中必要だからってだけでやれる奴しかいないわけじゃない。それは、お前さんも理解したろう?」

クソ女神さま
「……そうね」

「何を求めるのかは人次第。それをはき違えてお前さんは現世用の肉体を失った。もっと別の方法を取っていれば、そんな事は起こらなかったかもしれない。向こうさんも穏便に済ませてくれたかもしれない」

クソ女神さま
「……次は負けないわ」

「取り合えずもっと穏便な手段最初に持ってくるようにしとこうな? 次があるかわからんけどさ」


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この宇宙人なき世界で

大変遅くなって申し訳ありません(白目)

誤字修正。nessralle様、KAKE様、Mr.ランターン様、たまごん様、竜人機様ありがとうございます


「私達の仕事は、ただ求められた印象に沿った服を選ぶ」

「それだけだったの。彼女が、あの時カメラの前に現れるまで」

「悔しかったわ。もちろん自分自身に対してね」

「今は毎日が勉強の日々」

「楽しくて楽しくて仕方がないわ。大変だけどね」

 

~961プロ所属デザイナー 密着・961プロダクションでの一言~

 

 

 

 

 

 ごくり、と誰かがつばを飲み込む音が聞こえる。つい先程まで華やかな雰囲気だったパーティー会場はたった一人の男の乱入により、つばを飲み込む音すら聞こえるような静けさに包まれていた。

 

 のそり、と男が動き出す。

 

 法衣に身を包んだ――おそらく外人だろう3,40代の男性はつるりと剃り上げた頭を一撫でし、ぐるりと周囲を見回す。一つ一つの動作に華があるというか、目を離せないような不思議な人物だ。

 

 その服装から察するに雲水だろう彼はやがて目的の人物、私を見つけ、顔を綻ばせながらこちらへと歩み寄ってくる。

 

「――ミノリン?」

「いえ、あんな招待客は居ないはずです」

 

 日本支部の立ち上げパーティーである以上社員か関係先の人間しかこの場に居ないはず。人事について任せてある石川女史に顔を向けるも、彼女も眉を寄せてふるふると首を横に降った。

 

 そんなやり取りをしている間にも推定不審者はにこにこと笑顔を浮かべて私の前へとやってくる。これは、しょうがない。一先ず話をして、害がありそうなら畳んじまえば良いだろ。

 

「あー、うん。外人? ミスター、ここはミカン社のパーティー会場でして、部外者の立ち入りは」

「oh! お会い出来て光栄デース、ミス・エロティシズム!」

「じゃかあしい」

 

 一瞬の躊躇もなく飛び上がり、ドレスをはためかせながら放たれた胴廻し回転蹴りは、不届き者の禿げ上がった脳天を貫いた。

 

 初対面のうら若き乙女にエロティシズムなんて呼ぶやつには相応しい最後だろう。まる。

 

 

 

「で、悪は滅びためでたしめでたし。じゃすまんの?」

「すみません」

「そんなー」

「アイテテ」

 

 私の言葉にわざとらしく頭を押さえて痛がる素振りを見せる外人の坊さん。いや、不法侵入に勝手な飲み食いやらかしといてその程度で済ませただけありがたいと思ってほしいんだがね?

 

「ゴマの風味をイカした素晴らしいスイーツでシタ。熟練の職人によるものデショウ」

「お、わかってるじゃん。京都の会社に頼み込んでさ! 付き合いのある」

「んんっ!」

「おっと」

 

 坊さんの言葉につい脱線しそうになったが、石川女史の咳払いで我に返る。

 

 うん、なんだこいつ。こっちは全然その気がないのにふんわりといつの間にか会話が懐に入り込んできやがった。

 

 不思議そうな顔でこっちを見る表情に偽りは見えないし、多分無意識にやってるんだろうが。随分と面白い不審者だ。

 

「ああ、そうだ。なぁ不審者の坊さん」

「ワタシ、不審者違います。曹洞宗は永平寺で修行しました、ジョブ・素底部デス。」

「ああ、ジョブ……うん?」

「……タクミさん?」

「私、貴女に会いに来まシタ。初めて貴女を見たあの日から、ずっとずっとこの日を待ってマシタ」

 

 どっかで聞き覚えの有りすぎる名前に思わずフリーズする私に、ミノリンが怪訝そうな表情で声をかけてくる。

 

 だが、その声に返事を返す余裕は今の私にはなかった。そうだよ、よくよく顔を見れば確かに分かるんだよ。頭は完全に剃り上げてるし格好も完全に坊さんのそれだが、その顔を私は前世で何度も見たじゃないか。テレビでも雑誌でも、インターネットでも。

 

 私をまじまじと見る坊さんに視線を向ける。技術者としてではなく、ただただ商売人としての視点でもってアップル社を立ち上げ、ビル・ゲイツと鎬を削った男。

 

 情熱と失敗と、栄光と挫折に彩られた人生を駆け抜けた伝説の男の姿を幻視しながら、私は小さくつぶやいた。

 

「スティーブ・ジョブズ……」

「いえ、私はジョブ・素底部デス」

 

 ポツリ、とつぶやいた私の言葉に、ジョブは真面目くさった表情でそう答えを返す。いや、それは分かってるから。ちょっと真剣になりかけた私の感情を返してほしい。

 

 

 

「なぁ、ちみっ子」

「なんですか、うっかり()クミちゃん」

「おっ? なんだなんだちみっ子の分際で時代劇にハマってんのかおい」

「ノリとイキオイで動いてるのがタクミちゃんっぽいとおもうんです!」

「思うんですじゃないが?」

 

 10にも満たない女の子が真顔でそういう事いうんじゃないよ。泣くぞ? 大卒女が恥も外聞もなくギャン泣きするぞ?

 

「あ、そういえばご卒業おめでとうございます!」

「ありがと。いや、まぁ一応研究室には名前残ってるんだけどね」

「……りゅーねんですか?」

「言われるかなって身構えてたけど違うからね???」

 

 肩書的には学生って項目は外れ、どちらかというと共同研究とかそういった扱いに近いんだが。これは流石に菜々に伝えてもわかりにくいだろうし言うつもりはない。

 

 元々私が大学に入った理由は手っ取り早く学歴を手に入れることと、コンピューター関連に興味を持つ学生を青田買いすることにあった。この両者についてはもう十分すぎる結果を出している、と言えるだろう。

 

 後者の方はミカンシリーズやスペースウォーに始まるアーケードゲームの存在によりわざわざ大学内で青田買いなんぞしなくても勝手に集まってくる嬉しい状況で、前者の結果もまぁそもそも結構早い段階で卒業認定は貰える状況だったんだ。ま、幾らか理由があって大学に籍だけはおいてたんだけどね。

 

 理由の一つは私が経営しているミカン社の存在がある。ミカン社とうちの大学はもう切っても切れない、というかむしろ切ったら人材・資金共に色々不味いってレベルのずぶずぶな関係なわけだ。

 

 まずミカン社の扱う大衆向けコンピューターってのは大学側からしても結構な研究対象になるらしい。基本的に大学みたいな研究機関はコンピューターの処理速度向上を至上命題に、そこからどんな技術を発展させるかってのが多いんだが、最初から性能はもう割り切ってしまって個人レベルで扱えるコンピューターってのは彼らにとって目からうろこの考え方だったらしい。

 

 私経由で入ってくるミカン社のパーソナルコンピューターの技術発展は、彼らにとっても非常に重要な研究対象となっていたのだ。

 

 それに資金面や学生の進路という面もある。研究って基本的に金食い虫だからな。大学に対して結構ミカン経由で資金融通なんかしてたんだが、これもなんの遠慮もなく「ミカン社は身内」って内外にアピールできる存在である、学生:黒井タクミの存在が大きかったんだ。学生の進路についても、内情まで知ってくれている教授や講師陣からの紹介ならうちも安心して採用できるしね。

 

 もちろん最新の研究結果を研究機関から直接フィードバックできるってのはミカン社にとっても大変美味しい状況なわけで、特にコンピューターの処理速度向上みたいな基礎分野の研究を自社で行わずに済むのは大変ありがたいものだ。

 

 それこそ前世におけるアップル社レベルの会社なら自社だけでもなんとかなるかもしれんが、今のミカン社には基礎研究にまで手を回す人員は居ない。資金源になるゲーム部門もおろそかに出来ないし、なんなら社員達はゲーム部門の方がミカン社の本体だと思ってるまであるしな。基礎分野の研究をしてくれ、と言ってもノリ気にさせるのはちと難しだろう。

 

 いや確かにゲーム部門の成長率はやばいしミカン社全体の売上の9割以上を占めてるけどさ。ミカンシリーズの将来性についてもぜひ社員一同には考えてほしいものである。

 

 まぁ、ミカンシリーズについては超強力な助っ人も見つけたしな……誰がエロティシズムやねん。いや、違うそうじゃない。

 

「それで、どーしたんですか? あ、もしかしてタクミちゃんもうちゅーじんに」

「なりたくないわい」

 

 ついつい脳内が最近トップレベルの衝撃で一杯になってしまったが、菜々の言葉でわたしはしょうきにもどった!

 

 ちなみにエロティシズムってのは禁じられた行為に対する性的興奮の事で私がなんかエロいってわけじゃないぞ。あの坊さんが私が声をあててるマンハッタンファイトの女性PC、甲賀クナイちゃん(17)を見て勝手にそう呼んできただけだから。

 

 なんでもうら若き少女が苦悶の声を上げながらも巨漢の男たちに立ち向かう姿にリビドーを感じたらしい。おい坊さんお前はそれでいいのかと思わず顔を赤らめて叫んだのは記憶に新しい。

 

 前世だとそこそこ経験があったから、うぶなねんねって訳じゃない……筈、なんだが。どうにも最近、下ネタなんかに対する耐性が下がってきてるような気がする。

 

「いや、それはいいんだ重要なことじゃない。ええと、だな。こないだの記者会見でだな」

「スゴかったけど、ほんまつてんとーって言うんですよね!」

「……あんなんなるとか普通考えないから(震え声)」

 

 菜々の言葉に含まれる刃がガシッ!ボカッ!スイーツ♪と私の心を抉る。震える呼吸を整えて、菜々に視線を向ける。聞きたいことの前に言うべき言葉が出来てしまったのだ。

 

 声を震わせながら指を指し、私は奈々にゆっくりと言葉を放つ。

 

「良いか、菜々。大人にはな、なんでこんな状況になってるのかよくわからないって時があるんだ。ノリとイキオイで誤魔化すっきゃない時が……正直すまんかった」

「もーちょっと考えて生きたほーがいいとおもいますよ?」

「10年20年後のお前なら分かるから覚えとけ(震え声)」

 

 膝から崩れ落ちながら、ありったけの怨嗟を込めてそう言葉を振り絞る。この眼の前の小娘が。いつか、この日の自身の言葉を思い返し吐血するほど恥ずかしくなる目に合うことを願って。

 

 

~ 20 years later~

 

「げふっ」

「え、ちょ。菜々ちゃん!?」

「な、菜々は! 菜々はなんで……17歳……っっっ!なんで、10年前の菜々は……っっ!!」

 

 346本社一階のカフェで、もはや趣味として店員をしている安部菜々は年に一度やってくる謎の焦燥感と幼い自分の言葉に胸を焦がしながら蹲る。

 

 17歳(~ヶ月)等と揶揄されながら生きたこの10年。たった一度の冗談であったはずなのになぜか普通に認知され、気づけば止められる段階を超えてしまい、そして10年の月日が経過し。

 

 もはや勢いで年齢設定を貫く彼女の姿は、奇しくも20年前。己の前で膝から崩れ落ちた黒井タクミの姿に酷似していたのであった。まる。

 

 

~ 20 years ago~

 

 

 

「せ、せなかがぶるぶるします」

「菜々ちゃん大丈夫!?」

「んだちみっ子。風邪か?」

「……なんだかタクミちゃんのせいなきがします」

「なんだそりゃ」

 

 パシャパシャとカメラの前でポーズを取っていると、急に体を震わせて菜々が蹲り、共に宣材を撮っていた小鳥が慌てたように駆け寄り、声をかける。冷房はそんなに効いているようには感じなかったが、少し肌寒かったのだろうか。二人用の衣装はそれほど露出のあるデザインじゃないんだが。

 

「寒かったらロングソックスにでも変更するか?」

「いえ、そうじゃ……いいです。このお洋服、かわいいからすきですし」

 

 私の言葉になんとも言いづらい顔で返事を返し、菜々が立ち上がる。うん、よく似合ってるじゃん。

 

 今日の二人の衣装は私の意思が大きく反映されたデザインだ。二人の年齢を考えて少し丈が長いブリーツスカートに銀ラメが随所に入ったセーラー服、そして頭に2本の触覚付きのカチューシャ。区別としては小鳥が黄色、菜々がピンクのスカーフを巻いているくらいだろう。

 

 うん、どこからどう見てもちょっと背伸びしたお子様にしか見えんな。

 

 い、いや。少しだけ言い訳をさせてほしい。私の中で女の子の宇宙人ってラムちゃんで、ラムちゃんの格好と行ったら虎柄ビキニかセーラー服なんだよ。流石にこの二人に虎柄ビキニなんか着せるわけにはいかんからセーラー服にしたんだよ。

 

 あと銀ラメ入ってるからそこそこ宇宙人っぽさも醸し出してる。

 

「宇宙人っぽさってなんですか?」

「……ワレワレハ宇宙人ダ」

「わー、扇風機の前で声出したみたいですね! タクミさん凄い!」

「せやろ(どやぁ)」

「小鳥ちゃん、タクミちゃんはほめられるとちょーしにのるからきをつけて!」

「へいちみっ子???」

 

 聞き捨てならない言葉を放つちびをアイアンクローで締め上げつつ、悲鳴を上げる菜々と何故か菜々よりも痛そうにピヨピヨとさえずる小鳥を見て、ふっと頬を緩める。

 

 今は年相応の姿を見せる二人だが、先程までカメラに向かって向けていた二人の表情はもう一端のプロの顔だった。

 

 TVに慣れている菜々の方は兎も角、小鳥がこの短期間で順応してくれたのは嬉しい誤算だな。ニューヨークのクラブで場馴れさせたって話を聞いたときは”キング”が狂ったのかと思ったが、その荒行を乗り切った小鳥の舞台度胸は本物だ。あっちの観客は日本と違って面白くなければ本気でこき下ろしてくるからな。

 

「ま、それでも。いきなり崩れたのはいただけねーがな」

「ぜったいにタクミちゃんがなにかしたんです……」

「してないわ! 私は別に呪術師でもねーぞ、ったく」

 

 ぺしっと鼻先を指で弾き、菜々の乱れた服を軽く整える。宣材の撮影は961本社の一室で行われている。で、この961ビルには、建てる際に私が要望して最新設備を整えた音楽スタジオがある。

 

 つまり、だ。

 

「準備はどうだ?」

「いつでも」

「オッケーです!」

 

 長い言葉で尋ねることはしない。目の前にいる二人は一人前のプロだ。そう思いを込めて尋ねた私の言葉に、菜々と小鳥はまっすぐに私の目を見据えてそう応えた。

 

 にぃ、と頬を釣り上げ、私は手振りでついてくるよう二人に伝える。

 

 舞の渡米からこっち、日本のアイドルを取り巻く一つの空気。舞と渡り合った。その一事でもってユニットアイドルならば売れる、等という思考停止の状況を変える、鮮烈な一撃。

 

 自分や舞のような荒々しさはない。だが、この次の世代に必要なのは荒々しさではない。第三の黒船としてこの二人を選んだのは。この二人が時代に選ばれたのは、才能だけが理由ではない。

 

 アイドルという存在に対する、想いの強さ。アイドルという概念を育てていくのに必要なそれを、私と黒井はこの二人から感じたのだ。

 

「ま、船は船でも宇宙船だがな」

 

 手に持ったCDケースを、さながらUFOのように右の人差し指でくるくると回す。おぉ~、と後ろに続く二人が歓声をあげるのを聞きながら、私たちは撮影スタジオを後にする。

 

 そして1月前後。両A面として発売された二人のデビューシングル、『エイリアン・エイリアン/UFO』は発売1週間でミリオンヒットとなり、日本は空前の宇宙人?ブームを迎えることになる。

 

 なおインタビューで「タクミちゃんいろいろだらしないからそんけーできません」とカメラの前で断言する菜々を各マスコミが英雄のごとく扱うようになるのは、また別のお話である。




両A面シングル:日本のシングルはメイン曲をA面、B面はおまけという印象が強いが、プロモーションの仕方やB面の方が人気が出る、等という諸々の事情で両方をA面とする場合があった。今回は最初から両方をメイン曲として扱っている(くどい説明)

ジョブ・素底部:一体何ジョブズなんでしょうね。



クソ女神様とタクミっぽいのの小劇場


クソ女神さま
「闘争を司る以上負けっぱなしというのは出来ないのよ」

「あ、ああ。そういう意味合いね。てっきり単なる負けず嫌いかとばっかり」

クソ女神さま
「…………」

「そこで黙るのは逆に雄弁にすぎるんだが」

クソ女神さま
「神になっても悔しいものは悔しい」

「それ色々台無しなんだけど大丈夫?」

クソ女神さま
「別に私は解脱して神に至ったわけじゃないから」

「だからブッダ様に信徒取られたんだな? 信徒にすらなるかわからんかったが」


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このユニットなき世界で

何回書いてもライブのシーンが難しかった。楽曲上手く使いこなしてる人すげぇ

誤字修正。MUI to YUI様、路徳様、サンダーミアン様、たまごん様、げんまいちゃーはん様、ARR様、kuro様、sk005499様、赤い羊様、科駄芽様ありがとうございます!


「好きなキャラクター? マンハッタンファイトの甲賀クナイ一択だよ」

「体力ゲージ残30%の、衣服のほつれ具合と声がキュートだよね」

 

~NYゲームショーレポ 法衣を着た男性へのインタビューにて~

 

 

 

 

 うだるような夏のある日。武内 力丸と彼の父親は、とあるライブ会場までの通路を歩いていた。外は生憎の雨模様。外に居るうちは夏の暑さを洗い流してくれたありがたい雨は、屋内に入った途端クーラーの冷気で衣服を冷やし、体を震わすほどの寒さとなって襲いかかってくる。

 

「力丸」

「なに?」

「寒いか」

 

 ブルリ、と体を震わせる力丸を見て、父親は立ち止まり彼にそう声をかける。その言葉に素直にうなずいた彼を、父親は黙って抱き抱えた。

 

 父親は彼を抱えたまま足早に通路を歩く。力丸が大事に持つパンフレット型の入場券――彼にとっての宝物――に書かれた会場までの道筋は、ほぼ問題なく覚えこんでいる。それに、自分たち以外の観客は止まること無く一方に向かっており、間違えた道に入ることもなさそうだ。

 

 ある程度歩くとスタッフらしき影が見えてくる。どうやら入り口にたどり着いたらしい。何故か全員がセーラー服を身に着けたスタッフ達は、よほど入念に打ち合わせをしてあるのか。父親の目から見ても多すぎると思う観客たちを迷いなく、淀みなく裁き会場内へと案内していく。

 

 その動きを見て、こういったイベントごとには疎くあまり良い感情を持っていなかった父親も少しだけ、見直すように一つうなずいた。

 

 スタッフの指示に従い、整然とした動作で中へと入る列へ加わり扉を潜り抜けた、その時。

 

 力丸と父親は、確かに空気の質が変わるのを感じた。先程まで感じていた肌寒さは一瞬の内に消えて失せ、中に入って数分もしないうちにじんわりと汗ばむ程に体温が上昇している。

 

 暑いのではない。むしろ会場内はこれまでの通路以上に冷房が効かされている。人数が居るからその分温度が上がっている、というのも間違っていないが正しくもない。これはそんな単純な温度の話ではない。

 

 活火山の真上とでもいうべきだろうか。巨大な熱源の側に立っている。そんな有り得るわけもない幻想が、力丸の父の脳裏を過ぎる。

 

 指定された座席の位置にたどり着く。見ると1区画を括るように張り紙と番号が書かれている。どうやらこの一塊のエリアのどこに座っても良いという方式らしい。前側の席はすでに埋まっていたので、奥側の通路に近い席を選び、座る。

 

「お父さん」

「なんだい」

「たのしみだね、ライブ!」

「……ああ」

 

 キラキラとした目で自分を見上げる力丸の声にそう曖昧な返事を返し、父親はステージを見る。

 

 あのラジオを聞いてから、息子は変わった。以前は自分や妻の言葉なら疑うこと無く頷いていた。だが、今は違う。自分で考え、自分で決める。納得できなければ頷かないし、自分が納得できたなら貫き通す。

 

 よく言えば一本気のある、悪く言えば頑固。二次性徴も迎えていない、まだ10にも満たない子供が、である。

 

 たった一日、それも数時間にも満たない応答で、自分たちの息子は大人への階段を駆け上がったのだ。

 

 年相応の顔でステージを眺める力丸を見ながら、父親は小さく嘆息をつく。この変化が正しいものなのか、間違っているのか。それを確かめるためにこの場に来たというのに、自分はもう飲まれかけている。会場の空気、感じる熱量。その全てが彼の冷静さを奪っていこうとささやきをかけてくる。

 

 ――開演までは、もうまもなく。

 

 ステージを見つめる観衆のボルテージは限界に近づいていた。

 

 

 

 会場を覆う熱気が熱波となってステージを通り、舞台脇を吹き抜ける。

 

 この空気を何度浴びても慣れることはない。そう思いながら、衣装に乱れがないかを軽く確認する。

 

 うん、バッチリ!

 

 チラリと隣に立つ相棒へと目を向けると、彼女は自分たちの持ち歌を口ずさみながらダンスの振付を復習しているようだった。気負い過ぎにも見えるが、彼女は完全に本番型のタイプだ。事前に想定したパフォーマンスを本番の調子次第であっさり上回ってしまう。見る限り調子は悪くなさそうなので、実際にステージに立ってしまえば問題はないだろう。

 

 自分もよし。相棒も、よし。なら、後はもうやるしかない。やるっきゃない。

 

 くるりと振り返る。そこにはパタパタと暑そうにうちわをあおぎながらこちらを見る彼女に目を向ける。光沢のある黒い長髪を後ろで束ね、Tシャツにデニムのショートパンツというラフすぎる格好の彼女。これから自分がプロデュースするアイドルが初ライブを迎えるというのに、まるで気負わないその姿に思わず苦笑いが出そうになった。

 

 これが、この娘がわたし達の仕掛け人。

 

 リーダーとアネットと私を引き合わせてくれた恩人で……リーダーの夢の幕を引いた、魔法使いの女の子。

 

 わたしの視線に気づいた黒井タクミは、ポリポリと頬をかいた後にいたずらっ子のような表情を浮かべて、両手の指で自らの口角を釣りあげた。笑顔のジェスチャー。遠慮せず笑え、とでも言いたいのだろうか。

 

 なら、遠慮はしない。彼女の作った笑顔のポーズに応えるように、わたしも両手の指で口角を上げる。

 

「タクミさん」

「ん」

「みんなを、笑顔にしてきますね!」

 

 このポーズのように、と指で両方の頬を軽く叩くと、タクミは少しだけ目元を緩ませ、そして頷いた。

 

「菜々ちゃん!」

「あー、うー。いつもとキンチョーが……はい?」

 

 呼び声にこちらを見上げる相棒の視線に、更にテンションを上げる。上目遣いにこちらを見る彼女は反則的に可愛い。こんな娘が相棒で、これから一緒にステージに立ち、タクミの作った歌を歌う。

 

 それがどれだけ楽しいか、想像しただけで心のワクワクが止められない。テンションに任せて思わず彼女を抱きしめると、胸元から「うきゃー」という悲鳴が聞こえる。

 

「ね、菜々ちゃん!」

「もー、なんですか小鳥ちゃん!」

 

 腕の中から開放した菜々が眉を寄せてこちらを見る。少し失敗、と反省しながらわたしは彼女に向き直る。

 

「『貴女は、貴女の音楽を感じている?』」

「ほえっ?」

「うふふっ」

 

 音楽の基礎を叩き込んでくれた師の言葉。歌を歌う時やステージに立つ時、いつも心の中に思い浮かぶ言葉。

 

 自分の中の音楽がなんなのか、それはまだわたしには分からないけど。

 

「頑張ろうね、菜々ちゃん」

「も、もちろんですよー! ふんす!」

「力まない。笑顔、笑顔だよ!」

 

 そう言って、わたしは両手の指で口角を上げて笑顔のポーズを見せる。笑顔は素敵だ。臆病なわたしに勇気を与えてくれる。誰かの前に立つ力をわたしに与えてくれる。

 

「小鳥ちゃん、菜々ちゃん! 時間です!」

「はいっ!」

「はーい!」

 

 相棒の右手を左手で握る。ちらりと振り返ると、こちらに親指を立てるタクミの姿。ぐっと菜々と一緒に親指を立てて彼女に向け――わたし達は、ステージへと駆け出した。

 

 

 

 フッと消える照明に、ざわめきの声が会場内に広がる。

 

 停電か? しかしクーラーは動いている。最低限の照明、それこそ常夜灯にも劣るような光源はあるが、スポットライトやステージ上の照明などは軒並み明かりが消えた。

 

 隣に立つ人物の顔も判別できない薄暗さ。そんな中、十秒、二十秒。時間の経過と共に少しずつ暗闇に目がなれてきた観客たちは、とある事に気がついた。

 

 ステージの上。先程までは何もなかったそこにある、時折キラリと光るなにか。最前列に居た者の声で周囲が気づき、そこから伝染するように『正体不明のなにか』は彼らの口から口へ、やがて最後列まで伝わっていった。

 

 そして。

 

 パっと光る光線群。それまで沈黙していたスポットライトが光を放ち、光線をステージに向けて解き放つ。暗闇の中を貫くように走る光の束。その眩しさに観客たちが目を伏せる。

 

 ――最初に気づいたのは、やはり最前列の者だった。眩む視界の中、『正体不明のなにか』に視線を向け続けていた彼の努力は、最も早くそれを目にするという名誉で持って報われる。

 

 それを日本の言葉にするのなら、円盤だろう。ふわふわとした様子で揺れながらステージ上に漂う円形のなにか。先程までは姿が見えず、今は見えているのにも関わらず正体不明の円盤。そして、その円盤から放たれた二本の光に包まれ、まるで円盤から降り立ったかのように佇み、目を閉じ顔を伏せる二人の子供の姿。

 

 先ほどとは別種の歓声に近いざわめきが起こり、そしてすぐに止む。

 

 耳障りな不協和音が流れ始めたからだ。甲高く、不安になるようなその音の波に観客たちのざわめく声はかき消されていき、やがて不協和音だけが会場内に響き渡る。

 

 これは危険だ。何かが迫っている。少しずつ早くなるテンポ、迫りくるなにか。音による危機感に観客たちは固唾を飲んでステージに目を向けそして。

 

【U・F・O】

 

 顔を上げた二人の子供が、全てを塗りつぶして掻っ攫う。

 

 高められたボルテージが、掻き立てられた危機感を。諸々全てを薪にして、二人の子供はテンポに合わせて踊り出す。

 

 単調なリズムのベースに合わせて上下する二人の腕。沸き立つ感情を持っていかれた観客たちの目は全て二人に釘付けられ、上下のリズムが彼らの脳に染み渡る。

 

【手をあわせて見つめるだけで】

 

 くるくると回る指。踊る足。

 

【愛し合える話もできる】

 

 一つ一つの動作が彼らの視線を捉えて離さない。

 

【口づけするより甘く ささやき聞くより強く】

 

 10歳前後の少女たちの歌が、仕草が。ほのかに揺れるその瞳が。

 

【私の心を揺さぶるあなた】

 

 観客たちの心を掴んで、離さない。

 

【信じられないことばかりあるの もしかしたらもしかしたらそうなのかしら?】

 

 マイクを持つ音無小鳥の。安部菜々の視線が交差する。

 

【……それでもいいわ。近頃すこし】

 

 笑顔の深さを変えて互いに向かい合い、微笑みを交わしながら観客席を指差して。

 

【地球の! 男に! 飽きたところよ!】

 

 蠱惑的とすら言える笑みを浮かべて、二人の初ステージは幕を開く。

 

 

 

 

「エイリアンって異星人ってより侵略者とかって意味らしいんだよね」

「かわいくないのでチェンジしたいです」

「お、ダメだぞ?」

 

 すでに諸番組で可愛くないことやらかしてる癖にこのちみっ子は何を言っているのか。おめーの相棒なんかほれ、エイリアンモードの小悪魔スタイルと普段のギャップ萌えでキャラ立ちしまくってるじゃねーか。ギャップ萌え、いい言葉だ。どっかにそれまでツンケンしてたのに嫁さんがハタかれた瞬間に『よくもオレのブルマをー!』とかキレ芸してくれそうなイケメンいねぇかな。あ、嫁持ちじゃつばつけられんか。

 

「小鳥ちゃんといっしょにしないでください。オンオフすごすぎてたまにポカーンてします」

「ピヨもかい!キング塾の塾生だからなぁ」

 

 なんせあいつ、初ステージが1ステージうン百万のギャラが出るクラブだったからな。普段ぽやぽやしてっから忘れがちになるが、あいつは現在この世に3名しかいないキングオブポップとクイーンオブポップの薫陶を受けたアイドルだ。

 

 カメラの前に立つ経験なら菜々のが圧倒してるだろうが、ことステージの上じゃまだまだ小鳥が引っ張る形になるだろう。

 

 その小鳥相手に相棒として成り立ってる菜々も大概なんだがなぁ。こいつはこいつで理想が高いから若干気にしてるというか、相棒に引っ張られる形になってる現状は思う所もあるようだが。

 

 そこら辺の勤勉さは好ましいもんだし私も買ってるんだが、その辺は適材適所だと思うんだけどね。ピヨの方は逆に菜々のバラドルとしての能力を羨ましがってるし。

 

「あいつピンだと本当にアドリブド下手くそだからな」

「さ、さんぽさんとかが司会の時はもうちょっとちがうと思いますよ?(震え声)」

「上手く料理してくれる人じゃないと扱いきれないんだな、わかります」

 

 逆にそこがコンビの時とまるで違ってウケるかもしれんが、しばらく一人でお仕事に出すのは難しいだろう。ステージだけならなんも心配しないで見れるんだがな。

 

 その点、菜々の方はピンでの仕事を元々やってたから安定感がある。というか娯楽方面の番組だと菜々以上のアイドルってのが正直思いつかないくらいだ。

 

 世間では天然入った面白いちみっ子のイメージが強いんだろうが、菜々の一番の武器はそこじゃない。こいつの一番の武器はむしろ状況や人物を見てその時最善の行動を感じ取る地頭の良さと、それをあえて崩せる思い切りの良さだ。

 

 面白さってのはセンスも勿論だが、それ以上に求められるものはタイミングだ。芸人というその道のプロですら一部の上澄みしか感じ取れない好機を感じ取る抜群の嗅覚と、それを踏まえた上でその状況を使いこなす柔軟性。

 

 自分が最も輝く瞬間(笑いが取れる)を躊躇なく他者に投げられるのは、自身が輝くよりも尚難しい行為だ。少なくともそこらの芸人、それこそ大御所と呼ばれる人間ですら難しいかもしれない。

 

 芸人出身の司会者に菜々が人気なのもその辺が大きいだろう。将棋で言えば飛車角の働きも出来る金。いや、むしろ桂馬も出来る竜馬って所か。指し手としてはこんなに便利な奴はそうそういない。

 

「ま、今は居ない奴の事を延々話しても仕方あんめぇ。ほれ、手を動かせ、手を」

「タクミちゃんがはなしかけてきたじゃないですかぁ!」

「お、そうだな(めそらしー)」

 

 がおー、と吠える菜々をなだめすかし、あやしながらペンを握らせる。雑談にかこつけて多少は休憩させたしあと100枚はイケるやろ。

 

 何をしているのかというとあれだ、直筆サインである。私もボトムズのレコードにやってたアレだな。私の場合はイラストまでつけてたけど。

 

 初回特典に直筆サイン。元手が全くかからない上にサインの練習にもなる圧倒的鉄板の販促方法である。私はイラストまでつけたけど(重要なことなのでry)

 

「菜々のおえかきでよければいれますけど」

「そういうのは次回でいいかな。お前のおえかきだと微笑ましすぎるわ」

 

 それもギャップ萌えかもしれんが、もう少しエイリアン×エイリアン(お前ら)には小悪魔チックな路線でいってもらいたいからな。

 

 そう、小悪魔チックというか、エイリアンモードというか。この二人にはしばらくの間、そういったキャラ付けでユニット活動をしてもらい、黒井タクミ・日高舞に続く第三の黒船、侵略者になってもらいたいのだ。

 

 日本歌謡界を新しい時代へと誘う、侵略者に。

 

「おフネの絵をかけばいいんです?」

「集中力切れたな??? ま、いいや、次のシングルに入れちまおう。私んときは意外とバレなかったから大丈夫っしょ」

「わーい! 『エーリアン わたし エーリアン~あなたのここーろを』」

 

 早熟とは言え所詮はちみっ子。サイン書きに早々飽きたらしく、許可を出すとすぐさま持ち歌を口ずさみながらお絵かきに興じ始める。このシーンカメラで収めたら全国のちみっ子ファンが尊死するかもしれんな、用意しとけばよかった。

 

 と、どうもプロデューサーとしての意識が前に出過ぎちまうな。いかんいかん。ちみっ子の髪をぐしゃぐしゃとかき回して冷静さを保つ。

 

「あ、なにするんですかー」

「おっと手をぐしゃるのに最適だからつい」

「もー! タクミちゃん! モー!」

 

 私怒ってます、と全身で表現する菜々にへらへらと笑って謝りながら、ついでに軽く頭を撫でる。あくまでもついでだ。

 

「ピヨが握手会から戻ってくるまでに、サイン書ききるぞ。なんなら代筆したろうか?」

「わかりましたけど、それはなんだかダメな気がします」

 

 ぐしゃぐしゃと頭を撫でながらそう尋ねると、菜々は神妙な表情でそう返事を返した。

 

 そっくりに書けるんだがな?




エイリアン×エイリアンは持ち越されました(しろめ)
いや、UFOのイメージがものすごい強くて情景描写が(言い訳)


クソ女神様とタクミっぽいのの小劇場

クソ女神様
「でもあの男はブッちゃん先輩の忍耐ガードも越えてきそうだけど」

「三回くらいは平然と越えてきそうだな」

クソ女神様
「私の方で引き取るのが先輩の為になる気がしてきたわ」

「気のせいだぞ。そもそも信仰対象は人に選ばせてやろうぜ?」

クソ女神様
「信仰は奪い合うものでしょうに。むしろ有情な理由じゃない?」

「リクルートどこ? この業界怖すぎ」

クソ女神様
「貴女だと徳が足りないわ。信仰でも良いけど」

「悪魔にどうしろと?」


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このエイリアンなき世界で

おまたせしましあ(燃え尽き並感)


誤字修正。路徳様、日向@様、たまごん様、N2様、牛散歩様、3104imas様、豚々様ありがとうございます!


 流行。

 

 言葉にするとただそれだけの文字だ。ある様式や風俗が世間一般に広まりもてはやされるというたったそれだけの事。それにどれだけの人間が心血を注ぎ、そして惑わされてきた事か。

 

 パサリ、と本日付の新聞を机の上に広げる。

 

【巻き起こるエイリアン旋風!】

【貴方はピヨちゃん派? それともナナちゃん派?】

【改造セーラー服大流行! 乱れる学生たち】

【エイリアンダンス特集!】

【タクミちゃんカットの全て】

 

「成程ね」

 

 紙面を彩る文字。その不可思議な魔力――この状況を作り上げたのは自分だ、という昏い自負心と功名心がふつふつと湧き上がるのを感じ、それを言葉にすることで胸の内から外に吐き出し。

 

 瓶コーラをグビリと一口飲んで、泡と共に残滓を胃袋に流し込む。

 

「カーッ、うまい!」

 

 マスコミ関係の人間がよく態度に出す全能感。”世間を握っている”という傲慢に過ぎる感覚の正体はこれかあ。と内心で納得しながら新聞を片付ける。こんだけ自尊心を露骨にくすぐられると、普通の感覚なら天狗になるわな。

 

 仮に私に前世というブースターがなく、全く真っ白な状態からこの状態を作り上げたとしたらヤバいかもしれんな、平静で居られる自信がないわ。

 

 そう考えると理性的な対応をとれていた一部のマスコミの人たちは本当に凄い連中なのかもしれん。『な音』でメインカメラやってたあの兄ちゃんとか、後はパッパや高木さんの友達の善澤さんとか。

 

 私が日本のマスコミ嫌いだって噂があったせいで(なんとパッパですらそう思っていたらしい)あんまり接点はないけど、私が米国から日本に戻る際の騒動では高木さんと共にパッパたちが『勤めていた』会社をキレイキレイしてくれたらしいし。

 

 あれ、結構世話になってるな。私があんまり知らんだけやん。

 

 ……と、兎に角、だ。

 

「エイリアン×エイリアンの活動は順調。というか頭に超とか絶を入れてもいいくらいに好調だね。タクミちゃんカットはなんだこれ聖子ちゃんカットの亜種か?」

 

 例の記者会見以降、町中の女子連中が大体ボンパドゥールリーゼントかポニーテールになってるのは笑えるを通り越してホラーにしか思えんぞ。空前の賑わいに全国の理容組合からは何故か感謝状が送られてきたけど。

 

 経緯が経緯だから正直私としては失敗の色合いのが強いんだが、本命である小鳥と菜々のユニットは順調だし……まぁ問題はないだろう。

 

 このまま二人が活躍していけば、一時の流行に乗った粗製ユニットアイドルはほぼ消える。別にユニット活動が悪いって訳じゃないが、ただ単に流行に乗っかるだけの連中がのさばっちまうと、折角育ってきているアイドル業界がまたしぼんじまったかもしれない。

 

 幸姫ちゃんが残したガラスの靴(アイドルの火)を、次の時代の灰被り(シンデレラ)に渡る前に壊すわけには行かない。それは、それだけは駄目だ。

 

「まぁ」

 

 そこまで考えて、ふぅ、と一つ息を吐く。

 

「あの二人なら、私が手を回さなくても大丈夫だった気がするけどね」

 

 テレビ画面に視線を移す。丁度開いていたニュース番組でも、チャンネルを変えたバラエティでも。どれを見ても世間はエイリアン×エイリアンの二人にお熱な状態にある。

 

 そもそもが魅力的な二人で、才能はピカイチな上に話題性も有る。更にダメ押しに魔法(ドレス)もかかっている。

 

 本来の二人のキャラクターに、更に宇宙人としてのキャラ属性の付加。そして単調で覚えやすく、かつ踊りやすいダンス。一度聞いたら忘れられない特徴的なメロディ。徹頭徹尾大衆受けを狙い、そしてその結果がこのバズり具合である。

 

 萌えって概念自体は割と古く、それこそ竹取物語とかあの辺くらいから日本人はキャラ萠え好きだったりする。日本人にとっては割とポピュラーな感情だったりするのだ、萌えるってのは。

 

 まぁアイドルに物語性を付加してキャラ属性を足すってのはこの世界じゃ初の試みかもしれんが、現状は予想以上にうまく行っている、と言えるだろう。

 

 当初は確かに私のプロデュース、という要素が耳目を集めていた。だが、たった数度のライブで瞬く間に広がったファンを虜にしたのは、これらの魔法(ドレス)を身に着けた二人の力だ。この調子で小鳥と菜々には日本人の心の奥底に眠る萠え属性(性癖)を揺り起こしてほしいものである。

 

「――案外」

 

 舞は海外に行くの、早まったのかもしれんな?

 

 その言葉を口の中に飲み込んで、テレビのリモコンを手に取る。今日は日曜日で連載されていたロボット漫画【アイアン二十八号】が待望のアニメ化を果たした記念すべき日である。

 

 このまま邁進して、いずれは……右手を握りしめ、バキリと音がしたリモコンを慌ててテーブルの上に置く。最近、力加減がうまく出来ない時がある。あの魔術師かぶれの漫画原作者曰く、どうも未だに私の肉体は成長し続けているらしい。

 

 ……一度、体をしっかりとコントロール出来るように訓練でもした方が良いんだろうか。このままじゃマイク握った瞬間粉砕しかねんぞ、これ。

 

 

 

 

 富・名声・歌。この世の全てを手に入れた女、ロック王ブラック・タクミ!

 

 彼女が戯れに放った一言は、人々をステージへと駆り立てた!

 

『私の歌ァ? 欲しけりゃくれてやる。歌え! この世の全てはそこにある!』

 

 人々はニューヨークを目指し、夢を追い続ける。

 

 世は正に、大ロック時代ッッッ!!!

 

 

 

「なぁにこれぇ」

「全米オーディションのCMだろ」

「全米オーディションのCM」

 

 CMとは一体、と呟きながらソファに寝そべる私を避けるようにしてパッパがソファに座る。すでに数回開催されているこの催しの優勝者には毎回私が作曲した歌がプレゼントされており、嘘は言ってないのだがなんだか釈然としない内容のCMである。

 

 こんな言葉いつ言ったっけかなぁと不思議に思いながら、黒井パッパの邪魔にならないようにソファから起き上がり、その隣に座る。寄りかかると重いだの鋼鉄製だのと心外な言葉を吐かれるからな。隣に座るだけだ。

 

「チャンネル、変えてもいいか」

「いいよ。アニメ終わったし」

 

 毎日18時のアニメタイムはすでに終わっている。最近は漫画ゴッドだけでなく少年飛翔系列のアニメ化も進んでいて、おばちゃんとしては嬉しい限りである。

 

 特に今日の番組は『星闘士せいやっ!』ってどっかの女神直属拳闘士達がこまめに半裸になる番組で良い目の保養になった。勿論もっとも嬉しいのはロボがロボロボしく戦う作品なんだがまぁそれは週末のアトムと最近始まったアイアン二十八号を楽しみにしよう。

 

 アニメ化したこの2作の影響か、ここ最近の日本漫画ではロボットをメインに扱う漫画も増えているんだ。どっかで見たことの有る虚無感バリバリな作風の人とかさ。

 

 鉄の城がそろそろロールアウトされるのではないか気が気でないぞ。毎週の購読にも熱が入ろうというものである。

 

「本業に障りがない程度にしてくれよ」

「失礼な。デッカいマネーを生み出してる以上これもれっきとした本業だよ! 日米で盛り上がるコミックブームに乗ってコミック>アニメ化の流れも順調! アメリカで放映されたアニメの輸入と逆にこちらから輸出したアトムを始めとする日本アニメの放映も順調! 欧州やアジア圏での放映権売買の話も上がってきてるしこの流れに乗ってグッズ販売も絶好調の倍率ドン!」

「お、おう。お前の流行に関するセンスは信用してたが、正直ここまで一気に形になったのは予想外だったよ」

「へへへ。それ褒めてる?」

「……勿論だ」

 

 若干引き気味になりながらそう言われると微妙な反応しか返せんのだが。元々前世で流行ってた産業をタイミング見計らって出してるだけでほぼインチキみたいなもんだからな、あんまり偉そうにするのは気が引けるんだ。

 

 個人的には種だけ巻いて、後は誰かが育てて大輪の花が咲いたあたりで一消費者としてそれを享受したいんだがね。完成形を知っている人間が私しか居ない以上、私が馬車馬のように働かないと望んだものは手に入らないのだ。

 

 まぁ、その甲斐あってか。私としてもほぼ人生の目標とも言えたアニメ産業を興す事に成功したし、最近では何やらハリウッドの方で私が自分たちのレコードに(勝手に)封入していた「装甲騎兵ボトムズ」の映像化を、という話も出てきた。

 

 勿論間違ってもハリウッドで映像化なんて特大の地雷を踏む気はない。ないが……そういう話が出てくるということはだ。世間がその手の作品――ロボット物やSFといったジャンルに興味を持ってきたという事でも有る。

 

 風・・・なんだろう吹いてきてる確実に、着実に、私のほうに。 中途半端はやめよう、とにかく最後までやってやろうじゃん。

 

「お前は……いつだって前に向かっているんだな」

「当たり前じゃん」

 

 少しだけ、顔をこちらに向けた黒井の言葉にふっと笑みを浮かべながら視線を返す。

 

「人生あっというまなんだ。立ち止まってる暇なんて一欠片もありゃしないよ? 私は()()()()()()()を我慢できないししたくもない」

「……お前の夢は、全力でだらける……だった筈だが」

 

 心底呆れたような、羨むようなその声。視線の先の黒井は笑おうとして失敗したかのような、覇気のかけらもない有様だった。

 

「音楽も、漫画も、アニメも。コンピューターだって」

 

 だからだろうか。

 

「私は、自分がそれを欲しかったから。欲しい物がなかったから、一から作りあげたんだ。その為に私はあの日、貴方の手を取った。そして、貴方は私の手を引いた」

 

 柄にもない義父の不甲斐ない姿に、年甲斐もなく熱くなってしまったのは。

 

「そうだろ、黒井崇男さん」

 

 向き直るようにして真っ直ぐ自分を見つめる私の視線を。

 

「――ああ、そうだな」

 

 黒井はそう口にして、ただ見つめ返した。

 

 

 

 画面から流れる聞き覚えのある音楽。釣られるように私と黒井は視線を移し互いに無言のまま画面に移った二人のアイドルの姿を見る。

 

 そういえば今日は連中、音楽番組の生放送だったか。成程これが見たかったのかと下がりかけたパッパへの評価を上方修正しておく。そういや朝方「見てくださいね♪」って小鳥に言われてたんだ。パッパグッジョブ、愛してるぜ。

 

 そんな事を画面越しに思われているなど知る由もないだろう音無小鳥と安部菜々は、普段通りに二人用に改修された改造セーラー服を身にまとい、スポットライトに照らされながらステージに現れた。

 

 音楽に合わせて揺れる照明。カラフルな照明によって演出されたステージは、明るすぎず、暗すぎず。夕暮れ時のような印象を視聴者に与えながら、二人の演技を引き立てる。

 

 音楽に合わせて揺れる二人の髪。少し小さめのスカートがはためく姿に日本中の男どもの反応を思い浮かべてうんうん頷いていると、黒井がぎゅっと両手を組み、握りしめる姿が目の端に映る。

 

 TV画面に固定された視線にふぅ、と一つため息を吐き。

 

「ぐえぇっ!?」

 

 脇腹を”軽く”摘んでやると、潰れたカエルのような声を上げて黒井が飛び跳ねる。加減しておいたんだが随分と大げさな。せいぜい内出血するかも、くらいだろうに。

 

「お、お前なに……!」

「大方、音無琴美がうんたらかんたらとかつまんねー事思い返してるんだろうけどさ?」

 

 声を荒げる黒井の言葉を遮って、TV画面から黒井に視線を向け直す。彼の視線に混ざる濁った感情の正体がようやく理解できた。

 

 私の視線を受けて開きかけた口を閉じる黒井にため息を一つもらす。高木といいどうしてこううちの会社の男どもは過去の女を引きずってんだ。マリッジブルーか? 男のマリッジブルーなんぞ女々しいにも程があるだろうに。

 

「あの画面に映ってるのは音無小鳥で、パッパは私の手を取った。パッパや高木さんがぶち壊したかった世界をぶち壊したのは音無琴美ではなく黒井タクミで、ここに居る貴方はかつての閉塞感に苛まれながら燻っていた黒井崇男じゃない」

「……」

「メディア王、日米芸能界最大の大物、昭和最後にして最大の革命者。ちょいと変わった所じゃ義娘のヒモ。それが今の黒井崇男でしょ?」

「……ヒモは、流石に遠慮したい評判だが」

「頑張れ」

 

 言いたい事をぶつけてTV画面に視線を戻す。これだけ喝入れて効果がないならもう知らん。新婚の嫁さんの尻にでも敷かれて矯正されると良いだろう。

 

 そんな事よりも今は。

 

「余分な事考えないでさ。うちのアイドルのライブを楽しもうぜ?」

 

 そう言葉にして、座り心地の良いソファーに深く座り込みながら、より掛かるように黒井へともたれかかる。重い? 知るか罰だ。

 

 

 

 

 ライトアップされたステージを眺めながら、小さく息を吐く。ここ数ヶ月何度も立ち、そして未だに慣れた気がしない場所。嫌いというわけではない。ただ、現実味がまだ湧いてこないだけだ。

 

 少し前までは、自分がこんな場所に立ってるなんて思ってもいなかった。

 

 あの日の。幸姫のステージを見た時の自分が今の自分を見れば、どう思うだろう。

 

 うらやましがるだろうか。それとも、恥ずかしがる?

 

 自分の事こそよくわからないなぁ、と思いながら、菜々は隣に立つリーダーの右手を握る。

 

「小鳥ちゃん」

「……あ、ごめん。なに?」

「いえ。今日はおゆうはんはなにが良いですかね?」

 

 物思いにふけっていた小鳥に声をかけると、彼女はハッと気がついたようにこちらに視線を向ける。これからステージに立つという緊張は少しも感じられないその姿に、慣れというものの恐ろしさを感じる。

 

 ――すごい子だ。何度目かもわからない感想を思い浮かべて、ちらりと小鳥の横顔を見る。

 

 1年前まで、彼女はただの少女だった。かつて黒井社長と高木部長が手掛けたアーティストの娘。ただそういう名前を持った、芸能界とは少しの関わりもない少女だった。

 

 そんな彼女は、1年にも満たない期間でアイドルとしての道を駆け上がり。仲間たちと奇跡とも言える偉業を達成し。そして――そして、

 

「私は、小鳥ちゃんがうらやましいです」

「え、いきなりどうしたの?」

 

 本来なら、自分とユニットなんて組まなくても彼女は一人でやっていけただろう。舞台度胸といい、アイドルとしての才能といい、彼女は菜々が持たないものをいくつも持っている。

 

 自分が持たないものをもつ少女に……幸姫が大切な仲間と称した者の一人に、目いっぱいのジェラシーを込めてそう口にして、菜々はクスクスと笑い声をあげる。

 

 ――舞台の準備が整ったのだろう。こちらを向くADの姿に頷きを返し、菜々は小鳥に目を向ける。

 

 菜々の視線に気づいた小鳥は苦笑を浮かべた後、菜々と向き合うように立ち、口を開いた。

 

「『貴女は、貴女の音楽を感じている?』」

「……『もちろん(Of course)』!」

 

 そのやり取りにどちらからともなく笑顔を浮かべて、二人は手を握りあったままステージへと向かう。

 

 流れる音楽。ライトアップされたステージ。いまだに現実感のないその場所は、けっして楽しい場所ではない。

 

 けれど。

 

『本日のメインゲスト、エイリアン×エイリアンのお二人です! 曲目は勿論――【エイリアンエイリアン】!!』

 

 彼女と一緒ならば、けっして嫌いな場所でもない。

 

 

 

【ゆれる街灯 篠突(しのつ)く雨 振れる感情 感覚のテレパス】

 

 エイリアンエイリアン。ユニット名を関するこの曲は、菜々のソロから始まる。

 

【迷子のふたりはコンタクト ココロは恋を知りました】

 

 顔の横くらいまで持ち上げた両手をわきわきと動かし、リズムに合わせて上下させるエイリアンダンス。菜々の歌声に合わせるように観客たち、そして他のゲスト達の両手が上下する中、一仕事終えた! と言わんばかりに笑顔を浮かべた菜々がその手に持ったマイクを隣で踊る小鳥に手渡した。

 

【タ!タ!タ!タイトロープ ツギハギの制服 重度のディスコミュニケーション】

 

 唐突に放り込まれたアドリブにどもるようにアドリブを繋ぎ変えし、小鳥は2本のマイクを手に持ったまま菜々にジト目を送る。

 

【眼光 赤色(せきしょく)にキラキラ ナニカが起こる胸騒ぎ】

 

 ギミックにより赤色に光る視線に貫かれた菜々。急き立てるような音楽に合わせて体を縮こませる菜々と、彼女を追い立てる小鳥。

 

 緊張感を増していく音楽、滑稽な二人のアイドルの様子。会場内のボルテージが音楽に合わせて上昇していき、やがて臨界点へと上り詰め。

 

【エイリアン わたしエイリアン】

【あなたの心を惑わせる】

 

 息のあった二人の歌声。何事もないかのようにステージに立ちマイクを握る彼女たちの姿。

 

【交ざりあう宇宙の引力で 感じてる気持ちはトキメキ】

 

 先程までの寸劇に詩の通り惑わされていた事を悟り、観客たちの表情に苦笑いが浮かぶ。

 

【エイリアン あなたのエイリアン】

【引きあう心は逃れられない】

 

 そして、そんな彼らの様子に蠱惑的な笑みを浮かべて二人のアイドルは歌を続ける。

 

【あなたに未体験あげる】

 

 惑わせて、引き寄せて。そして、心を逃さない。

 

【異世界の果てまで トキメキ】

 

 それが彼女たち。

 

【シュキー♪】

 

 エイリアン×エイリアン(音無小鳥と安部菜々)なのだ。

 

 

 

 

「くっ……ふ、くっくっく」

 

 押し殺したような笑い声。くつくつとしたそれはやがてはっきりとした声となり、最終的に爆笑と言える声量にまで跳ね上がる。

 

 随分とまあ楽しそうな事で。いや、まぁ確かにあれは楽しかったけどさ。あいつらバカだろどんなアドリブかましてるんだよ。

 

「ふぅ……お前の仕込みじゃないのか?」

「んなわけあるかい」

「ああ、お前はマイクパフォーマンスはともかくマイクをぶん投げるなんてのはやらんからな。天然か」

「菜々……恐ろしい子っ!!」

 

 最近少女向け漫画ってのも出始めてるから、このセリフの元も出てくるかもしれんね。

 

 まぁ、それはともかく、だ。

 

「で、結果はどうだいおじさん」

「ああ。なんというか、すっきり……おじさん?」

「マリッジブルーおじさん略しておじさん」

「前半まるで入ってないよな?」

「……マリおっさん?」

「何故か京都方面に謝らないといけない気がしてきたからそれはやめよう」

 

 神妙な表情を浮かべる黒井パッパの勢いに思わず頷きを返す。今生だとあのヒゲの配管工誕生するんだろうか。久しぶりに緑甲羅無限UPがやりたいぜ。

 

 ――まぁ、この様子なら大丈夫だとは思うが。パッパも高木さんも変な所で後ろ向きだからなぁ。そんだけ小鳥の母ちゃんに思い入れがあるって事なんだろうが。

 

「高木さんとか大丈夫? パッパでこの調子だとあの人発狂してないよね?」

「あー……ま、まぁこないだ飲みに行った時盛大に泣きまくってたからちょっと怪しいかもしれんが」

「あの人マジで独立できんの? 小鳥任せて大丈夫???」

「だ、大丈夫だよあいつはやるときはやるから……たぶんきっとメイビー

 

 あまりにも不安になるパッパの物言いにぐいっと肩を掴んで視線を合わせるも、避けるようにパッパはそっぽを向いた。

 

「……」

「わかってる。酒で吐き出せるようになったって事は、あいつももう折り合いは付けてるはずだ」

 

 視線をそらしたままそう口にする黒井に、一つため息をついて彼の肩から手を離す。まぁ、高木の話はすでに私の手を離れている事柄だ。これ以上、私が口を挟むのも筋が違うだろう。

 

「信じるよ?」

「ああ。任せてくれ」

 

 それでも最後に一言尋ねてしまった私の言葉に、力強く黒井は頷いた。先程までの覇気のない姿とは雲泥の違いに頷きを返して、頭を下げる。

 

「菜々と小鳥の事。よろしくおねがいします」

「……わかってる」

 

 そう口にした私に、黒井はそうとだけ返してソファから立ち上がった。

 

 そして、数日後。

 

 今後半年を目処とした安倍菜々と音無小鳥の他事務所への移籍、そしてそれに伴うエイリアン×エイリアンの活動休止が、世間を騒がせることになる。

 

 

 

『黒井タクミの伝説 その34 タクミちゃんカット』

 

 【タクミちゃんカット】

 

 現在では【タクミちゃんポニー】と【タクミちゃんリーゼント】と呼ばれているこの髪型は、発端となった伝説の記者会見から数ヶ月の間全国の美容室を発狂させ、何故か理髪店にまで特需を生み出した。

 

 この原因としては、当時の日本では【タクミちゃんリーゼント】の正式名称であるボンパドゥール・リーゼントの知名度がなく、客層が口を揃えて【タクミちゃんカット】という単語でしかその髪型を伝えられず客と店舗側で齟齬が生まれたこと。また利用客の大幅な増加で美容室のキャパシティを完全にオーバーしてしまった事があげられる。

 

 このキャパオーバーの結果、何故か理髪店にまで女性が詰めかけるというなんだかそれでいいのかよくわからない事態が起き、また理髪店側も分からないものはわからない、と出来るのは【タクミちゃんポニー】だけという対処を行った結果、全国の理髪店の売上が倍増する結果となった。

 

 ちなみにこれと全く逆の現象が後のリーゼント旋風の際に起きており、美容組合はその際に黒井タクミに感謝状を送っている。

 




クソ女神様とタクミっぽいのの小劇場

クソ女神様
「そもそも、貴女はなぜここに?」

「さっきも言ったぁ。自業自得でクタバって丁度いいから雑用スタートで悪魔してんだよいわせんな恥ずかしい」

クソ女神様
「悪魔の場合は徳、もしくは業を積めばいいわよ」

「唐突に助言ありがとうございます」

クソ女神様
「どうせあの娘の業も貴方が肩代わりしたんでしょ」

「……」

クソ女神様
「いえ、違うか。むしろ貴女の分を――」

「ま、他人じゃないんで多少ね?」


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このドラマのない世界で

あけましておめでとうございます。
今年もどうか拙作をよろしくおねがいします!

誤字修正。路徳様、nekotoka様、たまごん様ありがとうございます!


 何度も経験した。

 

 役者、音楽家、歌手、芸人。スポーツ選手やモデル、芸術家、アナウンサーに政治家。大凡有名人と呼ばれる存在が一般大衆へと姿を変える儀式を”引退”と呼び、それはマスメディアと共に発展してきた現在の芸能界ではごくありふれた出来事の一つだ。

 

 この道で飯を食って十余年。そんなありふれた出来事を何度も何度も目にしてきた――時には自らが動いてそれを引き起こした事もある――自分にとって、この記者会見はいつもと変わらない一幕である。これだけの注目度だ。暫く記事には困らないだろう。

 

「……々ちゃん」

「……信じられない……嘘だ」

 

 耳に入る声。ちらりと声の方を見れば、見知った顔の記者がポロポロと涙を落としている。その男は普段はパパラッチと呼ばれ、同業の人間からすらも蛇蝎のように嫌われている人物だ。つい最近、とある俳優の爛れた私生活を暴露し破滅へと追い込んだ男。

 

 出遅れたと話を聞きに行った自分に、良い金になったと得意げに話していた顔は歪められ、ポロポロと涙をながしながら男は嗚咽を繰り返す。とても同一人物とは思えない醜態で、しかし何故か見苦しいとは感じない。

 

 彼のような人物が、会場内の至る所に居るからだろうか。

 

 会場内の至るところから聞こえるすすり泣くような、鼻をすするような音。どいつもこいつもヘドロのようなマスメディアの沼にどっぷり使った人間ばかりが、素人のように目を潤ませ、唇を噛み締めている。

 

 彼らを何故か見苦しいと感じない。感じられない。

 

 そんな思いを抱くことすらできない程に、彼女たちは眩しかった。黒井タクミのように苛烈でも日高舞のように鮮烈でもない彼女たちは、だからこそ彼女たちよりも眩しく光り輝いていた。愛されていた。

 

 二人のアイドルが演じるエイリアン×エイリアン(二人のアイドル)は誰かのアイドルで、誰かの妹で、誰かの娘で、同級生で、憧れだった。ある識者はエイリアン×エイリアン(彼女たち)を指して「彼女たちこそがアイドル(偶像)」だと語ったという。向けられた視線それぞれによって姿を変える偶像。それがエイリアン×エイリアン(彼女たち)の本質なのだ、と。

 

 ――ああ、だからこそ。

 

 会場内のボルテージが目に見えて変わる。会見用の部屋に姿を現した3名の少女の姿に、否応なしにどよめきの声が挙げられる。

 

 ――だから。そんな彼女たちを。

 

 無数のカメラが長い黒髪をたなびかせる黒井タクミの背後を歩く、二人の少女に向けられる。パシャパシャと無遠慮に焚かれるフラッシュに眩しそうにしながら歩く小鳥と菜々の姿に、じんわりと涙が滲むのを感じながら、手に持つカメラを彼女たちに向ける。

 

 たった一度の邂逅。彼女は覚えていないだろう。日高舞との雌雄を決したあのステージの後。いつものように961ビルを張り込み、寒さに手を震わせたあの夜。温かい缶コーヒーの味。降って湧いた僥倖に慌てる自分に向けられた笑顔。差し出された小さな手の温もり。

 

 ――一枚でも多く。

 

 他者の秘密を暴き出し、金を受け取り、誰かに恨まれる。ろくでもない人間だろう。自覚もしているし、そんな生き方に今更思うところなどはない。蔑まれて然るべき人間なのだ、俺は。

 

 けれど……今だけは。

 

 涙を袖で拭き払い、ファインダー越しに彼女たちを見る。パシャリ、とシャッターを切る。何度も、何度もそれを繰り返す。

 

 ――一枚でも多く、この瞬間を。

 

 ただ一人の記者として、彼女たちを追いかけた一人のファンとして。悪徳又一は会見が始まるまで彼女たちの姿をカメラで追い続けた。

 

 

 

「皆様、本日はお集まり頂きありがとうございます」

「ありがとうございます!」

 

 3名が着席し、会見は始まった。そして始まってすぐにどよめきが会場を覆う。通常、こういった会見の場では司会進行役が存在する。特に彼女たちはいまだに年端も行かない少女たちであり、この会場にいる誰もが専門の司会進行が付くと当然のように思っていた。

 

 しかし、今。始まりの言葉を口にしたのは音無小鳥であり、相槌を打つように立ち上がったのは安部菜々であった。

 

 もうひとり、壇上に登った彼女たちのプロデューサー、黒井タクミは腕を組んだまま目の前にあるマイクに触れもせずに椅子に座っている。或いは彼女が司会進行を務めるのか、という記者たちの憶測は立ち消え、ざわめきが会場を覆っていく。

 

「本当は、ちゃんとした大人の人の口から言うのが正しいって思います。社長さん達からも、タクミちゃんからもそう言われました」

「ました」

「でも、今回。色々な報道機関で私達の解散や、引退のお話とか。中には菜々ちゃんと私が不仲だからなんて憶測まで飛び交っていて」

「菜々は小鳥ちゃん好きですよ?」

「ありがとう、私もだよ! でも少しだけお口にチャックしてね」

「んー!」

 

 お口にチャック、の言葉に従い、菜々は手振りで口にチャックをかけ、なぜか用意していた『ナ音』で使われている菜々お喋り禁止マスクをわざわざつけて、喋らないという意思表示をしている。

 

 そんな二人の姿に会場内の空気が変わる。張り詰めた風船のような空気は穏やかに。居並ぶ記者たちの表情に微かな赤みがさしていく。

 

 たった数度のやり取り。それだけの事で、彼女たちは会場内の空気を自分たちの方へと引き寄せた。

 

「だから、この会見……いえ。この言葉は、私達が直接言わないといけないと思いました。大人たちの影に隠れて代わりに行ってもらうのではなく、自分の口で、自分たちの言葉で言わなければいけないと思ったんです」

 

 一言一言確かめるように。自分の言葉が目の前にいる記者たちに。そのカメラの先にいる誰か達に届くように。

 

エイリアン×エイリアン(私達)は、今年いっぱいで活動を休止します」

 

 静かな宣言。小さく起きる悲鳴のようなどよめきに、彼女は動じずに言葉を続ける。

 

「でも、それは解散だとか、引退だとかそういう事じゃありません。私も菜々ちゃんも別の事務所に移ったり、それによってソロでの活動が増えていく予定で、ペアで動くのが難しくなるから。一度少しお休みしようって、そう皆で話して決めたんです」

 

 別事務所への移籍、ソロ活動。言葉のたびにざわめく会場を尻目に、小鳥は淡々と言葉を続ける。そして言うべき事を言い終えた後、小鳥は菜々の肩をちょんちょんとつつき、菜々はその合図に答えてマスクを外す。

 

「だから、ファンの皆さん。応援してくれた皆さん。エイリアン×エイリアン(私達)は、少し長いおやすみだけどもうお別れってわけじゃありません」

「夏休みみたいですね!」

「フフッ。そうだね。二学期になったら、また会えるからね」

「宿題はないですよね?」

「いっぱいあるんじゃないかなー?」

 

 菜々の言葉に、それまで淡々とした表情で会見に臨んでいた小鳥の表情が緩む。そして二人は椅子から立ち上がり、フラッシュの光に包まれながら互いに視線を合わせ、小さく笑みを浮かべる。

 

「みんな、また会おうね!」

「ふつーの宇宙人(アイドル)になった菜々たちもよろしくおねがいします!」

「えっ、そこは普通のアイドルじゃないの?」

宇宙人(アイドル)ですよ?」

 

――えっ?

 

 互いに何いってるのこの子、と言わんばかりの視線で見つめ合う二人。その様子に盛大なため息を吐いて、黒井タクミは目の前にあるマイクを手に取る。

 

「はーい質疑応答はこっちで受付ま」

「え。もしかして菜々ちゃんそれでずっと通すの!?」

「通すってなんですか! 菜々はウサミン星人で、あ。夏休みの間はどこ星人なんでしょうか」

「ーす。質問の際は挙手してくださーい」

「落花星人とか?」

「なんか階段から落ちそうでヤです!」

「はいそっちの胡散臭そうな帽子かぶったお兄さん。あ、このチビどもは気にしないでね。で、何? 移籍について? ああそれねー――」

 

 やれやれと苦笑を浮かべながら質問に答える黒井タクミ。真面目にメモを取りながら、しかしチラチラとタクミの隣を見る記者たち。キャイキャイとカメラそっちのけな二人のアイドル。質問すらどうでもよくそんな二人にカメラを向けるカメラマン達。

 

 混沌とした記者会見の姿は、しかし何よりも彼女たちらしい(・・・)もので、騒がしいままやがて終わりを告げる。

 

 生中継された記者会見により解散報道からこちら世間を漂っていたお通夜のような雰囲気はその日のうちに霧散し、安堵と笑顔、そして少しの寂しさを視聴者達に感じさせながら、エイリアン×エイリアン(彼女達)の解散に関わる一連の出来事は、一応の収束を見せることとなった。

 

 

 

 

「で、申し開きは有るのか」

「あのグダっぷりは私悪くないよね? 遺憾の意を表さざるを」

「そっちじゃない。そっちもまぁ言いたいことはあるが、あれはもうあの子らの好きにさせるって決めた段階で覚悟してた」

「記者会見を開くだけで社長に覚悟を強いるアイドルグループがあるらしい」

 

 落花星人は隣で聞いてて思わず笑っちまいそうになったからな。あいつらのフリートークってもしかしたら金取れるかもしれん。ダラダラ宇宙人とかいう名前で深夜枠でひたすら駄弁らせる番組とかもいいかもしれんな。

 

 まぁ、パッパが言いたいのはそういう事じゃないか。執務机から腰を下ろし、椅子に座るパッパと相対するように立ちあがる。

 

「あの場でお前が立つ理由は無かっただろう」

「ケジメだよ。私なりのね」

 

 私の言葉にパッパはまだ何かを言おうとして、言葉を飲み込むように口を閉じる。エイリアン×エイリアン(あの二人)をステージに上げたのは私だ。少なくともこの会社にあの二人が居る間は、その自負と責任は私のものであるべきだろう。

 

 後世にはエイリアン×エイリアン(伝説のアイドルグループ)を作り上げた敏腕プロデューサーとして名を残しちまうかもしれんな。カーッ! ツレーわー! 名前が売れすぎてツレーわー!

 

「その敏腕プロデューサー名指しで依頼がきてるぞ」

「えっ、アニメ見る時間が無くなるからやだ。私これでも多忙ぞ?」

「そうか。これが無理ならお前が前から推していたボトムズの実写版の話を進めたいと」

「待て待て待て待って」

 

 トントン、と手元に用意した資料を纏めながらそう口にするパッパの手を抑え、首を横に振りながら資料らしい紙の束を机に戻す。机? 飛び越えたよ。最近軽くステップするだけで2mとか飛べるんだよ。

 

「……予想通りの反応なんだが、お前あの作品をメディア展開したいんだよな?」

「展開したいのはアニメーションであって実写化じゃないんだよ???」

 

 注目度の高い手垢の付いてない作品だからって何でも良いってわけじゃないんだ。言ったらボトムズは、そう。もうちっとマイナーな感じで、主流の影に寄り添って『あー。○○も良いけどやっぱ通はボトムズだなぁ』って感じ出してないとボトムズっぽくないっていうかさ。

 

 あと、なんだかんだアニメーターが見つかってないんだよ。ボトムズを作りたいって声は前から上がってるんだけど、作画とかその辺りがね。ちょっとね。求めてるものとちょっと違うっていうか。

 

 マンガゴッドのアニメ制作陣からは『あれはタクミくんの作品だから』って拒否られてるし、他の所だとまだまだ荒削りで任せられないし、

 

「アメリカのダズニースタジオに頼めばいいじゃないか。ヒーロー物以外で看板になる作品、探してるんだろう?」

「あっこはもう少しCG技術が蓄積してからだね。あと、できれば一発目の作品は日本でやってほしい」

「……お前が、日本を優先するのは珍しいな」

 

 驚いたような表情でパッパが横に立つ私の顔を見る。まぁ仮にも日本人ですしおすし? と適当に言葉を繋げて、心の中で『炎のさだめ日本じゃないとOPに出来ないかもしれんしなぁ』と呟く。最初のOPはアレでしょ。アレしか無い。織田のてっつぁんに該当するだろう音楽関係者が見つかってないけど最悪私が歌う。

 

 その前にスーパーロボットももっと流行らせなければ。一ジャンルとして確立させるためにも、スーパー・リアル両方を育てなければいけない。両方揃ってこそのロボット物だとわたし思うんだ(確信)

 

 まぁ、最近鉄の城がロールアウトされそうな雰囲気あるから、こっちはもう少し時間が進めばいい感じになりそうなんだが。

 

「正直、ボトムズを打ち込むのは反対なんだよね……もっと長い目で見てタイミング図りたいんだ」

「本当にそこには拘るんだな、お前……ほら。ならこれ読んでくれ」

「あい……パッパが断れないって、これボビーおじさん経由?」

「ああ。よく分かったな」

 

 そら今のパッパに無理な頼み事なんてできる業界関係者は限られるからなぁ。日本国内だと苦楽を共にした高木さんくらいしか思い浮かばないし、米国だと流石にもう少し数が増えるが真っ先に思いつくとしたら向こうの仕事の契機に、そしてその後も窓口となってくれたボビーおじさんになる。彼の協力がなければ今の現状は無かったからね。

 

 もちろん貸し借りという話なら私のプロデュースの仮定や全米オーディションのアイディア譲渡、それに例年の商品授与(楽曲提供)と現在進行系で返してるけど、それはそれとして彼からの依頼はパッパも私も断りづらいんだ。心情的な面もそうだし、現在は米国TV業界の重鎮として君臨し、961プロの米国窓口も担っているボビーおじさんとの関係は拗らせたくないというのもある。

 

「よく言う。理由がなければ断るだろう、お前は」

「まぁね?」

 

 ペラペラと渡された書類を捲りながらパッパと軽口を叩き、全ての書類内容を頭に叩き込んだ後、トントン、と書類を纏めてふぅ。と息を一つ。

 

「ボビーおじさん、私を振れば何でも出てくる打ち出の小槌か何かと勘違いしてない???」

「ちょっと叩けばアイディアが出てくる、とは思ってるかもしれんな」

「いやー、キツいっすわー」

 

 書類に書かれた内容、『新規ドラマシリーズ原案』という今までと全く関係のない依頼の内容に、久方ぶりに口から魂が出そうな程のため息を吐いてソファに寝転がる。断ればボトムズ実写でこれを進めるということだろう。それだけは避けなければいけない以上、やるしかないわけだ。

 

 

 

 

『『スキヤキ・ショートフィルム』を撮った際の監督を覚えているかい』

 

 久方ぶりにあったボビーおじさんは、かつてとはかけ離れた印象の人物になっていた。初めて会った時のうらぶれた会社員という風体は今はない。上品なスーツ、鍛え直したのだろう引き締まった身体。決して下品にならないように気をつけられた室内の調度品。そして、誰もが羨む肩書。

 

 たった10年に満たない時間でアメリカンドリームを掴み、階段を駆け上がった男。それが今のボビー・ブラウニーだった。

 

 問われて、頭に壮年の男性の姿が思い浮かぶ。監督一筋でTV業界を泳いできた、そしてあと一歩栄光に手が届かなかった男。地元向けの番組を細々と作る生活に飽き飽きし、チャンスと栄光を待ち望んでいた男。

 

 握手の際のギラついた野心に満ちた目を、そしてショート・フィルムを撮り終わった後、『ありがとう。最高の仕事を与えてくれた天使に、感謝を』と、厳つい顔をほころばせた表情が頭に思い浮かぶ。

 

『リブはあの一本で幸運の女神の前髪を掴んだ。元々運に恵まれれば上に行ける実力も有ったからね。今じゃ毎シーズン彼がメガホンを握るドラマシリーズがTVを賑わせているよ』

『それは良かった。私もあの人との仕事、楽しかったから。あのスキヤキが彼の転機になったなら嬉しいよ』

 

 これは紛れもなく本音である。職人としか言えないほどの拘りを持つ人物だが、彼がメガホンを握っていたからこそあのショートフィルムはあれほどの完成度になった。

 

 そして、そんな人物からの依頼だと私も手を抜くという選択肢はなくなってしまうわけで。時間調整に発狂しかけて黒井への呪詛を喚き散らす石川女史をなんとか宥めて、私はリブ監督のスタジオを訪ねる。

 

『久しぶりだね、小さな天使』

『いやぁ、その呼び方は気恥ずかしいわ』

 

 感極まったという表情の彼にそっと視線をそらす。ここまでまっすぐ褒められるのは気恥ずかしすぎる。

 

 そのままオフィスに案内され、紅茶で喉を潤しながら歓談することしばし。「さて」と呟いた後、彼は居住まいを正して私に向き直る。

 

『全く新しい試みをしたい』

 

 彼が私に依頼したいことは、一言で言えばこれだ。

 

 昨今の米国は文化の発展が著しい。”新時代”とまで言われる音楽関連の発展にアニメーション作品の勃興。それに端を発したコミック雑誌の流行。極めつけはコンピュータゲームと言う全く新しい概念の誕生。

 

 それまでメインカルチャーと呼ばれていた諸々を吹き飛ばす程の勢いが、今の米国サブカルチャーには存在する。

 

『仕掛け人としては鼻高々ですね』

『ああ。あの時、ショートフィルムを撮った時に時代が変わると感じたが。その直感は正しかった』

 

 にっこりと笑ってそう口にすると、苦笑するようにリブ監督は言った。

 

『我々は――私は、あのショートフィルムで新時代の到来を確信した。だが、それを掴み取るための何かが分からない。迷子のような状態でこの数年を過ごしてきた。もう、時間はない。だが、道がどこにも見つからない』

『……それが、新しい試みと? お話は新規ドラマシリーズの原案を担当してほしい、と伺っていましたが』

『私は結局映像を取る事しか能がない男だったんだろう。名監督だなんだと持て囃された。言われた以上の結果も出したつもりだ。だが、ソレ以上ではなかった。あと数年もすればなんとか保っていた視聴率も落ち込み、やがて私達のTVは愚にもつかない様なバラエティやアニメ、音楽番組とニュースを垂れ流す、退屈なコンテンツに成り果てるだろう』

 

 噛みしめるようにそう口にしながら、リブ監督は言葉を切り、テーブルに叩きつけるように頭を下げる。

 

『君の力を貸してほしい。少しのアイディアでも、何でも良い』

『ちょ、頭を上げてください』

『何もせず、このまま終わりたくないんだ。時代遅れのレッテルを貼られたまま、消えたくないんだ!』

 

 かつて見た時よりも深く皺が刻まれた顔を紅潮させ、目尻に涙すら浮かべながら監督は懇願する。自分の孫ほどの年齢の少女に縋り付くように、彼は私の手を握り、頭を垂れた。

 

 その姿が――

 

「私に、魔法をかけてください! 夢を、夢で終わらせないために!」

 

 彼女と重なって。

 

『……OK』

 

 だから私は。彼の握る手を強く――強く握り返した。




悪徳又一:善澤記者とは対をなすアイマスの悪徳記者。顔立ちは某動画のモデルイメージ

リブ監督:「このアニメのない世界で」以来の登場




クソ女神様とタクミっぽいののグダグダ小劇場


クソ女神様
「その焼け爛れた身体。直さないの?」

タクミっぽいの
「ちょっと前まではもう少しマシだったんですがね」

クソ女神様
「ああ、ごめんなさいね?」

タクミっぽいの
「雷属性とは思わなんだ。言動的に水だろ」

クソ女神様
「水属性は相性悪いのよね。癒やすってなんだか女々しくない?」

タクミっぽいの
「あんた女神だよな???」


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このオタクなき世界で

すみません修正しました。

冷静になって読み返して「これ大分冗長になっとる」となってしまい(白目)
修正前の前後編は小ネタ集にぶちこんでますので、前のほうが読みたかった、という方はそちらを御覧ください。大まかな流れは変わっていませんので。。。

後編に誤字修正をしてくれたさばっぺ様、たまごん様、ふぃあ~様、尾張のらねこ様、KAKE様、せっかく修正していただいていたのに申し訳ありません。


誤字修正。津烏ヨハネ様、たまごん様ありがとうございます!


表記の修正を行いました。夏の陣前から冬の陣前の秋頃に表現を変更します。
時期間違えた(白目)


 握手するだけで相手の右手を破壊してしまうロックミュージシャンが居るらしい。いったいどんな美少女シンガーなんだろうか。

 

『だからあれほど感情と身体のコントロールを手放すなと』

『ひ、罅が入っただけだから(震え声)』

 

 黒いローブにドクロが下がったペンダントをぶら下げた怪しい男はピザをもちゃもちゃと食べ、片手に持ったコーラでそれを流し込む。隣に座る私も同じようにポップコーンを鷲掴み、パリポリと噛み締めた後コーラを煽る。

 

 部屋の中央に据え付けられたTVでは最近始まったTVアニメ『ウォッチメン』が流れており、その内容をあーでもないこーでもないと駄弁り混じりな感想を述べ合う。米国に来る度に必ず行う厳しい訓練の1シーンである。

 

 え? ただダラダラしながらTV見てるだけだって? 

 

 それが難しいんだよ。なんせ今、ポップコーンとか意識せずに摘むとそのまま粉にしちまうからな。潰すとかそんなちゃちなレベルじゃない。

 

「あ”!? コ、コーラのグラスに罅が入った!?」

『なに? ああ、グラスに罅が入ったのか。雑念を思い浮かべたな? それと日本語だと私はわからん。英語を使うことも意識から外すんじゃない』

『お、おうけい』

 

 余計な事を考えてしまったのが原因か。左手に力を入れすぎ、気づけば指の形にグラスを変形させてしまう。こんな事を今日の朝から繰り返している。

 

 この訓練の原因、というか発案者は隣に座る怪しいおっさん。アラン・アームストロングだ。

 

 数年前、日常生活にすら支障を来し始めていた身体能力についてこのおっさんに相談した所、ならば。と始めたこの訓練。普通に生活しているだけに見えるだろうが、実は結構色々やってるんだよね。

 

 例えば思考を分裂させて体のコントロールに回す。力のかけ方、体重移動、呼吸の強さ、言葉の選択に映像や音の取り捨て選択。それら全ての、本来なら身体に刻まれた動作を全て意識し、新しい基準に作り直す。

 

 普通の人は全て自動で行っているそれらを、私はオートではなくマニュアルで行っているのだ。そして身体の使い方が再度調整できたら一先ずは完了とし、また粗が目立つようになったら調整に来る、と。

 

 言ってみれば成長を続ける身体能力への行動の最適化だね。最低でも年1くらいの頻度で必要なこの作業の為にオッサンの所に来るようになって早……何回目だろ。暇が出来たら来たりしてるからわっかんねーな。

 

『私も暇ではないんだがな、入り浸られても困る』

『まぁまぁ。あ、お土産冷蔵庫に入れとくね』

『……和牛か?』

「イエース」

 

 ぶつくさと愚痴をたれるオッサンを宥めすかし、お土産に持ってきた和牛肉を冷蔵庫にシューッ!超!エキサイティンッ!

 

 くっくっく。日本人の美味いものを作るための執念は今生でも同じ。いや、気性が荒い分むしろ強化されたと言ってもいいだろう!

 

 仏頂面を浮かべてるつもりだろうが口元がにやけてるぜ、アランのオッサンよぉ。というわけでまた遊びに来っから!

 

 ……いや、このオッサンの家面白いんだよね。変な骨とかおどろおどろしい本とか置いてるしコミックだって最新のが揃ってる。なによりこの人、基本誰に対してもこんなざっくばらんな対応だから気が楽なんだ。

 

『有名人なんてなるもんじゃないねぇ』

『世界一影響力の有る個人、だったか。つまらない記事だった』

『お。知ってるとは意外だわ』

 

 つい先週、ニューヨークのどこぞの雑誌が新しく行った企画について彼が知っているとは思わなかった。前世でもニュースで流れたりした有名な企画だし、こちらの世界でも話題になってるのだろうか。

 

 まぁ前世の奴と違ってこちらだとトップ10までしか発表してないから、100位まで発表してた前世の奴を見たことのある身としてはちょっと物足りなさもあるんだがね。その分各人の項目は結構な厚みとなっていて、一人3,4ページ分は経歴を書いた文章が有るという。

 

 私? 私は何故か以前書いた半自伝的な奴の感想文が乗ってたよ。面白かったらしい。

 

『ふん。お前の語録で言うならアンテナを立てる、だったか。知識とは力だ。特に創作活動を行う上では、な』

『いちいちごもっとも』

 

 そう言ってアランのオッサンはグビリとコーラを喉に流し込んだ。そのローブ姿でコーラ飲んでんのか、と最初は違和感しか覚えなかったが、よく考えれば米の国だとピザとコーラは国民食だからな。格好がどうあれ日本人がおにぎり食ってるようなもんなんだろ。

 

 おにぎりといえば、最近は握りつぶしちゃって食べれてねぇんだよなぁ。ほんと年々力の加減が難しくなってきてやがる。

 

『……おそらくは、身体が完成に向かっているのだろう』

『完成?』

『人間の身体と同じだよ。成長し、最もバランスが取れた形になることを完成と表現するなら。成長の加速度からみて、恐らくは18前後くらいだろうな』

『私は立派な人間だよバッキャロー』

 

 聞き捨てならない発言に文句をつけつつ、新しく入れ直したコーラをグビリと呷る。素で「え?」みたいな表情するのやめてくれ。割と自分でも本当に人間なのか怪しく感じてるんだから。

 

 ……ま、まぁそれはそれとして、だ。

 

『アンテナを立てるって言うならさ』

『うむ?』

『今回の顛末。見といたほうが良いよ?』

 

 それだけ情報を重視してるんなら、世話になってる好でこれは伝えておいたほうが良いだろう。このオッサン、なんだかんだでメディアミックスの重要性を知ってるからな。自作のアニメ化にもノリノリだったし。

 

『誰にとっても活かせればチャンス。でも活かせるかはわからない。機会は平等であるべきだ。そうだろ?』

『ほぉ』

 

 興味が湧いた、という顔をするアランに口元を引き上げ、不敵な笑みを浮かべて応える。今回の件は有る意味いい機会だったかもしれない。私も10年そこら、なんとか前世並に娯楽文化が花開くのを夢見て頑張ってみた。が、流石にこれ以上は手を広げるのにも限界がある。

 

 今回の件だって私自身にも幾つか案はあるが、とはいえ仮に私主導で何かを起こすとなるといくらなんでもパンクする。今オッサン家で遊んでるだろって? 定期的に調整してないと本当に人殺しかねないしストレス解消にもなるからこの時間だけは死守しないといけないんだよ。ストレス怖いんだぞ、ストレス。

 

 という訳で、まぁ。例にもよるんだが。

 

『人が居ないわけじゃない。アメリカで、そして日本でそれは証明された。後は、チャンスを作るだけ。私はその場を整えるだけでいい』

『成程。全米オーディションを作り上げたお前が言うのならば、そうなんだろうな』

『ま、あれとはちょっと形式が違うけどね。似たようなものさ』

 

 最も、ただ才能のある若者を見出すという点に特化したオーディションと違って、今回のソレは見出す側にも行動が求められる。その行動如何によっては――

 

『幸運の女神様の前髪、掴みそこねちゃうかもねぇ』

 

 誰にとってもチャンスで、誰にとっても試される場所。クリエイターってのは本来、それくらいシビアな方がいい。

 

 

 

 

『クナイちゃあああああああっ!』

『ほあっ!ほあっ!ほあああああああっ!』

『目線お願いします!』

 

 米国のとある地方のイベントホール。そこはその日、ある種の熱気に包まれていた。

 

 コミックのヒーローやヒロイン、歴史上の人物、著名な怪物……そして最近流行のゲームキャラクター。それらの衣装に身を包み、キャラクターになりきった彼ら彼女ら。それらを写真で撮影する人々。あるいは机などを設置し、そこに自身の作成した物品を起き販売する人々。

 

 そこは、この州のマニアたちが数ヶ月に一度集まるイベント会場だった。

 

 以前から、彼らのような同好の士による集いというものは開かれていた。基本的にオタクという人種、この世界ではマニアと呼ばれる彼らは知識欲が旺盛で、同じ仲間と群れることを好む。自身の知識を語り合い、ひけらかすことが出来るからだ。

 

 そういった彼らは何かしらの方法で仲間を見つけると、群れて固まり、小さなコミュニティーを形成していた。彼らの趣味は千差万別であったが、千差万別であったからこそ細分化され、排他的になっていった。マイノリティは排除される。それが彼らの共通認識で、そして事実であった。

 

 だからこそ彼らは身を隠し、社会の中に紛れて目立たないように生きていた。

 

 黒井タクミの登場により、全てが変わるまでは。

 

『全部見てやる、もってこい』

 

 今では伝説となった、第一回ナッノジーン開催時の言葉。全てのマニアと呼ばれる人々が心の支えとするその一言が、彼らの”これまで”(生き様)を強烈に肯定した。

 

 人は認められたいという意識を誰しもが持っている。隠れ潜み、ほろ暗い場所でひっそりと生きていた彼ら彼女らの、長年蓋をしていた感情は結果として――

 

『諸君! 私はイベントが好きだ。諸君!! 私はイベントが好きだ! しょぉくん!! 私はイベントがだぁいすきだぁ!!!』

『誰かあのデブを壇上から引きずり下ろせーっ!』

『蜘蛛×蝙蝠本、新刊だよー!!!』

『迷子のお知らせをします! こんなイベントに幼児を連れてきたクソバカはすぐに運営ブースに出頭してください』

 

 ハジケた

 

 ハジケすぎてブレーキがないまま彼らは突っ走った。その様は一度ニューヨーク州のとあるイベントを見学に来たタクミをして「うる星やつらの文化祭思い出すなぁ」と最大限の賛辞で評されたほどであった。

 

 彼らは情熱のままただひたすらにひた走った。この会場を見ても分かるが、彼らの試みは決して洗練されているとはいえない。ジャンル分けどころかジャンルという概念すら未発達な状況。一種混沌としすぎていて逆に調和が取れているという不思議な風景。

 

 しかし、情熱のみを原動力に動く彼らの行動力だけは本物であった。故に、年に二度ある”本祭”以外にもこういったイベントは米国中で行われており、マニア文化とでも呼ぶべき彼らの文化は大きなうねりとなって米国を、更には世界中に波及していこうとしている。

 

『キャアアアアァァ!』

 

 だが。

 

『へっへっへ! 色っぺぇ格好じゃねぇか!』

 

 光あるところに影は有るという。

 

『よぉ姉ちゃん、俺らと遊んでいかないか?』

 

 コスチュームプレイを楽しんでいた少女を複数人の男たちが囲んでいる。モヒカンに棘のついた肩パット、肌面積の多い革ジャケットに身を包んだ見るからに荒くれ者という輩たちだ!

 

 おお、何ということだ。哀れにもいたいけな少女は狼どもの毒牙にかかってしまうのか。余りの事態に周辺が固まったように彼らと彼女の動向を見ている。助けは……来ない。

 

『「待てぇい!」』

 

 ――その瞬間までは。

 

 男たちの注意を引くように声を張り上げながら、人垣をかき分けるように彼らは現れる。

 

 黄色いトラックスーツを来た男だった。細身ながら、鍛え上げられた身体をしたその男は、少女を囲む荒くれ者達に鋭い視線を向けた後、親指で鼻頭を弾く。

 

 黒い道服を着た男だった。彼は男たちに品定めするような視線を向け、鼻で笑うように息を吐くと手に持ったヌンチャクをもう一人に投げ渡す。

 

 ざわつく衆目を尻目に二人の男たちは荒くれ者たちに向き合い、荒くれ者達も彼らに視線を向ける。互いの視線が交わりヒリつくように周辺の温度が上がっていき――唐突に戦いは始まった。

 

 まず先制したのは黄色いタイツスーツを着た男だった。瞬く間に荒くれ者の一人に駆け寄った男は肘打ちをボディに入れ、たまらずくの字に身体を折り曲げた荒くれ者の顎を下から掌底で打ち上げる。

 

『てめぇ!』

『俺は春龍って立派な名前があるウー』

 

 あっという間に仲間を一人倒された荒くれ者の一人が激昂し、黄色いタイツスーツを来た男、春龍へ襲いかかった。攻撃を放ち、隙きを見せた春龍への絶妙なタイミングの一撃。彼がもし一人であれば、ここで手痛い一撃を受けていただろう。

 

 だが、彼は一人ではなく。攻撃の隙きを狙うのは、荒くれ者達だけではない。

 

『俺を忘れたなっ!』

『あべしっ!』

 

 目の前で横顔を見せた荒くれ者の右頬を、大福星矢と名乗る男の同じく掌底が貫いた。速度の乗った一撃を頬に受けた荒くれ者は、悲鳴を上げながら吹き飛び、錐揉み回転しつつ他の荒くれ者を巻き込んで地面に落ちる。

 

『礼は言わないチェン、内原』

『今の俺はウッチー・チャンだ二度と間違えるなフゥッ! ハァッ!』

 

 二人を与し難しと見たのか。荒くれ者達は彼らを円を描いて彼らを囲むように動く。それらを油断なく見据え、互いに背中を預けた二人は一言、二言声を掛け合うと不敵な笑みを見せ、襲い来る荒くれ者達を打ち払っていく。

 

 木の棒を持った荒くれ者達はその手に持つ木の棒を素手で叩き折り。木の板を持った荒くれ者達は肘打ちで木の板ごとくの字にへし曲げ。ヌンチャクを振り回し当たるを幸いに群がる荒くれ者達をなぎ倒し。

 

 気づけば荒くれ者達は全て地に伏せ、苦しそうなうめき声を上げている。

 

『強い……強すぎる』

 

 荒くれ者達の中でもひときわ体格の大きな男のうめき声。十数名の屈強な男たちを物の数ともせずに叩き伏せた男二人は周囲から湧き上がる歓声に手を上げて答えながら懐から一枚のCDを取り出した。

 

『そうだ、我々は強い。そんな我々に憧れたそこの君。カンフーについての全てを収録したこのCD、今ならな、なんと! 本体価格100ドルの所を半額の50ドルにしてお渡しするぞ!』

『安い、実際安いウー!』

 

 ビシッとCDを手にポージングする二人に観衆達はまばらな拍手を送った後。興味がなくなったのか波が引くように人々は背を向け、各々のイベント活動へと戻っていく。

 

『…………』

『………………』

 

 無言でポーズを取り続ける二人の間を、冷たい風が吹き抜けていく。パシャリ、と観客の一人がそんな二人をカメラで撮影し、ペコリと頭を下げて周囲の人混みに消えていった。

 

『あ、自分たちはもう上がりますんで』

『おう、お疲れ様だホイ。またやる時は連絡いれるチョー』

『春龍くんッッ!』

『あーうるせー』

 

 寝転がっていた荒くれ者達が立ち上がり、ペコリと頭を下げて去っていくのを見送る中。仁王立ちのまま叫び声を上げるウッチーにガリガリと頭をかきながら春龍は向き直る。

 

 そんな彼に向かって、ウッチーはビシッと掌底を腹部に向けて放ち。当たる直前に止め、口を開いた。

 

『さっきの俺の掌底の受け方だが、彼らには指導が足りていなかったのではないか。俺は彼らにこう、抉るような凄まじいパワーをかけたのだが。彼らはこういう受け方ではなくこういう』

『見栄えのする受け方なんて素人に求めるのが間違ってるチェン』

『……春龍くんッ!』

『真面目な話ホイ。最初のナッノジーンじゃ大受けだったけど、最近じゃこれだウー』

 

 そう言って春龍は周囲を見渡すように視線を巡らせる。釣られるように周囲を見渡したウッチーも、彼の言いたいことを理解したのか口をへの字に曲げて黙り込んだ。

 

 散っていった観客たちの中、残ったのは数名の女性のカメラマンたちだ。彼らが自分を見る目はウッチーが求めていたものではない。近年流行っているアイドルを追いかけるようなそんな視線。

 

『――不純だ』

『アクションスターも人気商売だウー。これはこれで大事なものだが、俺たちの目的とは程遠い。CDも売れねーチェン』

『それは……わかっている』

『やっぱり故郷で売れないソロコメディアンやってた方が良かったんじゃねーかウー』

『俺はソロじゃない! 相方が、その。落語に行ってしまっただけで』

『それはソロっていうんじゃないか?』

『ソロじゃない。目的も……忘れてはいない』

 

 思わず真顔で尋ねてくる春龍の視線から目を逸しながら、ウッチー……内原光隆は呟くようにそう口にする。

 

 自身なりの拘りを持つウッチーだが目的を見失っているわけではない。第一回ナッノジーンで見せたパフォーマンス。あの黒井タクミにも絶賛されたソレに自身の渡米は間違っていなかったと確信を持ち、春龍という同じ目的に向かって走る同士を得て幾数年。

 

 エキストラとしての映画出演やアルバイトなどで糊口をしのぎ、演技や体術の研鑽を行い。後は資金を貯めれば、彼らの夢へ向かっての一歩を踏み出せる。

 

 そんな中での、この結果。各地のイベントに顔を出し、資金源であるCDの販売なども行っているがゲームなどに比べればその売れ行きは芳しくない。

 

『その目的ってのはなに?』

『我々の目的は……英雄になる事だ』

『英雄? そらまた壮大な』

『といっても流石に本物じゃねーウー。言ってみればアクション映画の主演って思ってもらえれば大体合ってるホイ』

 

 そう。一言で言い表すならば英雄だろう。故にウッチーはアメコミ文化でヒーローという概念が浸透している米国に渡ってきた。彼なりのアクション、傾倒したカンフー技術を磨き、演技の技術を身に着けて。それらを磨き、表現したい夢があったのだ。

 

 彼は、彼らはそうなりたかった。だから渡米した。アメリカンドリームを掴むため。己の表現したい正義をこの世に知らしめるため。

 

 銀幕の中で踊る英雄になり、世界中に己の力を、正義を見せつける。そんな夢を持って。

 

『なるほどね。うん、まさかのヒーローショーだったから覚えてたけどこりゃ当たりだったかな』

『ヒーローショー? うむ、良い名だ。次からはそ、う名乗っ……』

『……驚いたホイ』

 

 うむうむと唸りながら話しかけてくる女性に顔を向け、ウッチーが凍りついたように立ちすくむ。彼ほど露骨ではないが、春龍もまた顔を引きつらせながら彼女を見、そう絞り出すように口にした。

 

 そこに立っていた人物。帽子とサングラスで簡易的な変装を施していた彼女は、彼らにとって一つの切っ掛けだった。彼女と初めて合ったあの第一回ナッノジーンの事を彼らは一瞬たりとも忘れたことがない。

 

『前にあった時に送った言葉。それ続けてけばいつか花開くっての。信じてくれてたんだ?』

『あ、あの。俺、いや僕。私は、ウッチー・チャン……じゃなく、内原光隆という日本人で』

『お、日本人? こっちでオタ活してるとは珍しいね。そっちのあんたも?』

『俺は香港生まれだウー』

『あ、こりゃ失礼。というか日本人と中国人のコンビとは珍しいね。ま、それはいいんだ』

 

 そう言って彼女――黒井タクミは不敵に笑いながら彼らに右の手を差し出した。

 

『君たちの夢を叶えるチャンス。欲しくないかい?』

 

 そう口にする彼女とその右手を交互に眺めて、二人の男は奇しくも同じタイミングで口を開いた。

 

『『――チェン?』』

 

 

 

 囀る鳥の歌。サラサラと流れる小川の調べ。それらに耳を傾けながら、微睡むような心地で紅茶を楽しむ。ギシリと軋むロッキングチェアに体重を預けながら、彼女は静かに目を閉じる。

 

『秋の宴を耳にし、午睡を楽しむ。なんと雅なことか』

 

 ぽつぽつと呟きながら、女性はテーブルに手を伸ばしティーカップを手にする。白いゴシックドレスに身を包んだ彼女は一口、二口。暖かな紅茶を楽しみながらふぅ、と一息を吐き――突如投げつけられたぬいぐるみで顔面を強かに打たれた。

 

『ミャッ!?』

 

 手に持ったカップが地面に落ち、大きな音を立てて砕け散る。周囲の床を紅茶が濡らす中、そんな惨状を作り上げた人物。額に青筋を浮かべたこれまた女性は、ひくひくと口元を引くつかせながらゴシックドレスを着た女性の部屋に足を踏み入れる。

 

『グロスタシャー訛り全開で気分に浸ってる所悪いんですがねジョーンせんせー。次ヒュノジーンに配布するゲームの原稿、どうなってるんですかねぇ?』

『あ、ナターシャ。あの、これはっあっつ痛っ!!?』

 

 言葉尻を震わせる友人兼共同作業者の言葉に慌てたように立ち上がろうとし、濡れた床が思ったよりも熱く飛び跳ねてジョーンと呼ばれた彼女、ジョーン・リングストンはそのままバランスを崩してドレス姿で床にダイブする事となる。七転八倒もかくやという暴れっぷりである。

 

 そんな友人の姿に共同作業者の彼女、ナターシャは深い溜息を吐き、彼女が座っていたテーブルに置かれた白い紙。真っ白な原稿にそのため息の度合を変えた。

 

『ナ、ナターシャ? 違うの、今頭の中でストーリーの流れを』

『キャラデザもシステム周りも終わったんだけど』

『ミュゥ』

 

 声音から色が消えた友人に、これは完全に怒っていると判断。逆らってはいけないと瞬時に尊敬するアーティストの教えに従い、ドレス姿のまま地面に正座をし即座に頭を下げる。ニンジャにすら通用するジャパニーズDOGEZA。ファイナルファイトで一躍有名になったそれは、現在では万国共通の最上位謝罪である。

 

『……はぁ。まぁ、良くはないけど。気分はよくないけど……大丈夫か』

『え? え? ナターシャ、どうしたの?』

 

 思っていた反応とは違う友人に付した頭を上げ、ジョーンはちらりと友人を仰ぎ見る。

 

『という訳なんですが。ほんとうにこの娘で良いんですか? 才能はピカイチですが、こういう娘なんで』

『あー。うん、いや。前に読ませてもらった作品がすごく良かった。あれだけ幻想的な世界観も中々ないし、君と組んでからのPCゲームも面白かったし……』

『まぁ尻を叩かれた後は筆も早いんで、お伺いした話なら問題ないと思います』

 

 視界に入った友人はジョーンから視線を外し、ドアの向こうに居る誰かと話をしていた。知らない声。生来臆病な性質のジョーンは無意識に身を震わせながら顔を上げる。

 

『……ま、まぁそれぞれグループでの参加だし君も一緒で』

『お守りですかそうですか』

『PC関連に強い人員はいくらでも募集してるから(震え声)』

『えと、その。どちらさま、ですかぁ?』

 

 ナターシャと話していたのは小柄な人物だった。サングラスをしているため詳しくは分からないが、年の頃は自分よりも数年年下だろうか。女性というよりも少女と呼ぶべき人物だ。なにやら不穏な内容を匂わせる彼女の言葉に、ジョーンは視線を泳がせながら精一杯の勇気を振り絞り声に出す。

 

 そんな彼女の様子に何を見出したのか。少女はニヤリ、と口元を歪ませて。サングラスを外して、彼女はジョーンの問に応えた。

 

『第一回ナッノジーンの時も震えながら私にコピー本渡してきたっけな』

『……ふぇ? ふえええええぇぇぇ!?』

 

 驚きの声を上げるジョーン。そんな彼女の視線に合わせるように膝を付き、サングラスを外した彼女――黒井タクミは口を開く。

 

『君の夢を叶える機会がある。チャンスが欲しくないかい?』

 

 

 

「一先ず6組は決まった、か」

 

 ジョーンの家からの帰り道。車の中でそう呟きながら、手に持つメモにジョーンの名を書き込む。そのメモにはウッチー達をはじめタクミが声をかけた6組の、職業も性別も、なんなら人種まで違う彼ら彼女らの名が記載されていた。

 

 ある者はアクションに。ある者はファンタジー。ヒューマンドラマにSF、コメディ。演出にコダワリを持つ者も入れば、自らが画面に映る事を望むものもいる。そんなてんでバラバラな彼らだが、共通する事がただ一つ存在する。

 

 最も最初のナッノジーンに彼らは全員参加し、タクミに作品を見せ、声をかけられ、共に焚き火を囲んでマイムマイムを踊り。そして、その思い出を糧に研鑽を積み続けてきたという事だ。

 

 だからこそタクミは彼らを覚えていた。リブからの話を聞いた時、最初に思い浮かんだのは彼らの姿だった。自身が広げたい、新たな世界を担う人材だと判断を下し、そして改めて彼らと語り合い、自身が思い描く計画にふさわしいメンバーだと確信した。

 

 並べられた6組の名前にうん、と一つ頷いて、黒井タクミは車を降りた。

 

 そこはニューヨーク州、マンハッタン。超高層ビルが立ち並ぶそこは、かつては危険地帯として。今ではニューヨークでも類を見ないほどの安全な街として今日も賑わいを見せていた。

 

『よ』

 

 その一角。

 

『珍しいじゃねぇか』

『そうかな、そうかもね』

 

 一定の規律が出来たとはいえごみごみとした町並みは変わらない。低所得者層が中心に暮らす界隈はあいも変わらず雑然とした印象を歩行者に与える――そんな町並みの、一軒の古びたアパートの一室。

 

 破けたジーンズにTシャツ姿のラフな格好でタクミの来訪を受けた女は、ドアを開けた彼女にちらりと視線を向けた後、手に持ったタバコを壁に押し当てて火を消す。

 

『おいおい』

『構うこたねぇさ。どうせ安普請だ』

 

 吐き捨てるように言いながら女は立ち上がり、こつこつと足音を鳴らしてタクミの方へと歩いてくる。

 

『で』

 

 病的なまでに色白の肌に、複数のタトゥーを入れた女は、私の前に立ち視線を合わせるように私の顔を覗き込む。

 

『俺のオーディション参加は、許可されたのか?』

 

 そう問いかけるように言いながら、病的なまでに白い女――マーシャ・ムーアは、タバコの匂いを漂わせながら皮肉げに口を歪めた。




内原光隆:モデルはウッチャンナンチャン。名前は混ざってある

春龍:モデルはブルース・リー……とある漫画の春巻龍を混ぜた形。オタクなき世界で出てくるキャラは大体混ざってたりちょっと違う人です。

ジョーン・リングストン:モデルは世界一売れた魔法学校の話の作者かもしれない

マーシャ・ムーア:モデルは90年代、黒人一色だったHIP-HOPに白人として実力だけで認められたアーティスト。。。かもしれない。性別は女に変わってる。


クソ女神様とタクミっぽいののグダグダ小劇場


クソ女神様
「私は女神よ。この鍛え上げられた身体。どこから見ても戦神でしょう」

タクミっぽいの
「世間一般が女神って業種に求めてるものとは違う気がするんですが」

クソ女神様
「下半身が蛇だったりするよりマシでしょ」

タクミっぽいの
「あんた先輩先輩言うのに結構歯に衣着せないね???」

クソ女神様
「大体、人が神に何かを求めたりするのが間違っているのよ。私は、誰よりも人間たちのためを思って行動してたわ」

タクミっぽいの
「あんたなりの思いはあったかもしれないがね。人は人で、神様の思惑なんて考えないで生きてんだ。あんただって、人だった頃はそうだったはずだ」

クソ女神様
「…………………………そうかもね」


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このオーディションなき世界で

説明会+久々のキャラ登場

誤字修正。げんまいちゃーはん様、たまごん様、kuro様、黒山羊ヤマト様、sk005499様、Kimko様、雷小龍様ありがとうございます!


 ある年の夏の陣の最中。音楽関係のサークルが纏められていたエリアを回っていた時だった。

 

 パイプ椅子とテーブルの上にレコードを積んだ、簡素な作りのブースの奥に彼女は居た。自費で作成したという手作り感あるレコードの表紙に興味を持ったのを覚えている。

 

 フードを被った彼女は私に気がつくと、ガサゴソとテーブルの下から何かを探し――サイン色紙を私に差し出した。

 

 私は特に警戒する事もなく彼女に近づいた。夏冬共に良くある事だ。当然周囲の人間もその行動に疑問を挟むことはない。彼女の持つサイン色紙を掴み、常備しているサインペンを胸ポケットから取り出そうとして。

 

【動くな】(フリーズ)

 

 色紙の裏に隠し持った拳銃を突きつけて、彼女は私の目を見ながらそう口にした。

 

 いつもと違う夏の陣は、こうして幕を開け。

 

 

 

 

『何度思い返しても信じられねぇ。普通、拳銃の先を握りつぶすか?』

 

 そしてすぐに幕を閉じることとなったのだった。いや懐かしい。出来るかなーと思ったらやっちまえたんだよね。

 

『世の中にはくすくす笑いながら日本刀をペキペキ握力だけで刃先からへし折ってく奴も居るからねぇ』

『お前みたいなびっくり人間がこの世にはまだ居るのか。確かに銃なんか必要ないだろうな』

 

 漫画の中だけどね、とは口にせずにとある事例(範馬勇次郎)の事を口にすると、呆れたのか驚愕したのかよく分からん表情を浮かべてマーシャ・ムーアはドスン、とソファに腰を下ろす。

 

 例のリブ監督から頼まれた件、【セブン】と銘打ったプロジェクトの本部は、ニューヨーク州の郊外。市中心部から1時間ほど車を飛ばした場所に設置されている。プロジェクトの始動は1週間後の日曜日。その日が最初の放送日であり、7ヶ月に及ぶ長い戦いの始まりの日になる。

 

 私が声をかけた7組の行動力あるクリエイター達にはそれぞれ本部棟に隣接された宿舎に入ってもらっている。早入りしたグループは今後の予定と顔合わせを兼ねてすでに交流を重ねているらしい。

 

 まぁ連中、毎年夏冬と例のアレに参加してる連中だからな。元から顔見知りな奴も多かったりするから、初見で躓くってのは早々ないとは思ってた。

 

『お、食堂でパーティーやってんじゃん。肉だけ盗んでこようかねぇ』

『やめい。参加するならしっかり声かけてこいよ。こっから7ヶ月一緒に暮らすんだぜ、お前さんは』

『へいへい。ま、用事が済んだらな』

 

 一週間前になるまで参加表明を引き伸ばしてたこいつ以外はな!

 

『おいおい。急な話にスケジュール合わせるために頑張ったんだぜ、これでもよ?』

『そこはまぁ分かってる。というかあんたのスケジュールを私が知らないわけないだろーが』

『そりゃそうか。ま、お前の顔は潰さねーさ。しゃ・ちょ・う』

 

 憎まれ口を叩きながらマーシャは、どっかりと座ったソファーの上から手を伸ばし、テレビのリモコンを手に取る。そう、こいつ一応ウチの会社(エキサイトプロ)所属のアーティストなのだ。CDデビューだって行っている。

 

 滅多に会社には顔ださないけどな!

 

『これでも気を使ってるんだぜ? 俺ァ前科者だしな』

『そっちは不起訴で終わったろうが。ったく……やべ、もうこんな時間か』

 

 壁にかけられた時計に目を向ければ、時刻は18時を刻もうとしている所だった。そしてハタと気づく。

 

 ああ、なるほど。だから一番デカイテレビがあって、音響が整っている私の部屋に居座ってんだな、こいつは。彼女の話す”用事”に見当がついた私は、自身の予定も同時に思い出し、出かける用意を始める。

 

 本当はコーラにポテトチップス、テーブルの上に熱々のピッツァを用意してソファに陣取るんだが、流石に今夜はそういうわけにもいかんからな。

 

『ま、お偉いしゃちょうさんじゃしゃーねーだろ。テレビ越しに応援しとくぜ』

『あー。私ものんびりテレビで見てたいんだがなぁ』

『いーじゃねぇか。羨ましいぜ、生で見れるんだからよ』

 

 ソファに座るマーシャの言葉に相槌を返す。贅沢な悩みなのは分かってるが、それはそれとして毎回大トリに壇上に上がるのも結構疲れるんだ。視線が。

 

 ああ、ついでに本部棟の全域のスピーカーで今から流れる番組の音声も流してやろうか。今年は注目度も大きいし、持ち場を離れられない仕事の人間も喜んでくれるはずだ。

 

 なにせ今夜は。

 

『待ちに待った本番だからな』

 

 今年度の全米オーディション、その決勝戦。

 

 一年に一度の祭りが、開幕しようとしている。

 

 

 

【U Can't Touch This】(お前じゃ触れない)

 

 今年の全米オーディションは荒れに荒れていた。

 

 有力視されていたグループのまさかの敗退。外国勢の増加による全体的なレベルアップと、第三勢力と呼ばれる面々の参戦により引き起こされたそれらは全米に嵐を巻き起こしていく。それは本戦の場であっても例外ではない。

 

 今、目の前でパフォーマンスを行う彼女はその最たる例と言っても良いだろう。第三勢力――HIP-HOPに始まる新世代のブラックミュージックと呼ばれる音楽の担い手達。かつてロックの復興までの期間に、古臭いものと切り捨てられた彼らは永い年月をかけて独自の進化を遂げ、そしてついに表舞台に立った。

 

『モノが違うねぇ』

 

 ステージに立つ黒人女性の、そして彼女が引き連れた一団のパフォーマンスについ言葉が漏れる。紡がれる歌、乗せられそうなリズム、そして何よりもその激しいダンスに感嘆の息を吐きながら、隣に座る人物に目を向ける。

 

『私はそこまで詳しいわけじゃないんだけどすげーのはよく分かった。というわけで解説してくれね?』

『お前なぁ』

『来たがってたじゃん。特等席まで用意したスポンサーの言うことは聞くべきだろ?』

 

 凄いことはわかる。だが、深くまでその凄さが理解できないのは、私が彼女を。彼女たちを知らないからだろう。

 

 だから、知っている人物を連れてきた私は悪くない。

 

 隣に座る女性、マーシャ・ムーアは忌々しそうにこちらを見ながら、ふぅ、と一つため息を吐き。左手の指を4本立てた。

 

『……HIP-HOPには4つの要素がある。ラップ、DJプレイ、ブレイクダンス、グラフィティ』

『ほむほむ』

『私はラップだ。韻を踏み、自分のリリック(歌詞)に音を乗せる。そういう歌唱法で歌うHIP-HOPアーティストをラッパーと呼ぶ』

 

 そこまで口にした後。そして、と前置きを置いて、彼女――マーシャはピッとステージで踊る彼女を指差した。

 

『あいつは……mcハマーンはラッパーだ。その上で、経営者でありエンターティナーで――現在のHIP-HOP界隈じゃ最強のダンサーでもある』

 

 淡々とした口調と、しかしどこか誇らしげな声の響き。舞台上で踊る彼女のパフォーマンスから視線を逸らさずに、マーシャはそう言って口元を歪めた。

 

『本来別の要素だったラップとダンスの融合。それをド真面目にやってのけて、大衆向けにアレンジしてみせ。それだけでもすげぇのに周りの人間をあいつは引き上げてここまで連れてきた。すげぇ奴だよ。実際に話すと世界レベル世界レベルうるせーけどな。自分にも他人にも厳しい奴だ』

『なるほどね。確かに、まぁ』

 

 マーシャの言葉に頷きを返し、舞台上で花開く彼女と彼女のチームに視線を向ける。世界レベルか、そう呼称するだけの領域に、彼女たちは居る。

 

 見ていて気づいたことは、一人ひとりのダンスのレベルがまず高い。ハイテンポな音楽に合わせた動きをピッタリシンクロさせ、しかもそれを一曲の間中ずっと続けていく。言葉にすれば簡単だが、実際にやるとなるとまぁ難しいんだ、これが。

 

 人間のリズムってのは人によって違うもんだ。一歩足を踏み出す、二歩目を、三歩目を。これらを図ってピッタリ同じなんて奴はそうそう居るもんじゃない。

 

 このリズムを一定に合わせるだけでも難しいのに、彼女たちはそれをあの激しい音楽に合わせてシンクロさせている。まずこれだけでそこらの歌って踊れるアイドルのレッスンなんか目じゃないくらいの練習が必要になるだろう。

 

『あんたやミス“キング”の比較対象になってるくらいだからな』

『私とマイコー? マイコーはまだ分かるけど』

『経営者として、だよ。音楽やってて経営者として頭角を表して、となりゃまずあんたの名前が出てくるだろ』

 

 歌のほうであんたと並べる奴なんか人類に居るか、と独り言ちるマーシャに「声がでかくて悪かったな」と返す。本気出したらマイク粉砕する人類なんて私くらいだろうからな。あれ、私人類?

 

 ごほん。ま、まぁ歌って踊れるの最たる例であるマイコーなら兎も角、私、正直経営者としてはアイデアだけぶん投げて後はミノリン辺りに任せちゃうお飾り系社長なんだがね。ハタから見ると敏腕経営者に見えるのだろうか。

 

 ……詳しく知らなければそのへんは分からない、か。私だって彼女たちの事をよく知らなかった。そのせいで隣に座るマーシャと私は奇妙な縁を結んだんだが、それは全てが終わった結果の話。一歩間違えば大惨事が起きていた可能性もある。

 

『知らなかった、というのは簡単なんだが』

『あん?』

『なんでもない』

 

 マーシャや眼の前でパフォーマンスを繰り広げている彼女――MC.ハマーンのような実力のある人物が、今までこの全米オーディションに参加できなかった。参加自体を拒まれていたのを、知らなかったではすませてはいけないだろう。

 

【Stop, Haman time!】

 

 

 

『全米オーディションができた時は、お祭りみたいな騒ぎだった。ロッカー連中と私らはまぁ、言ってみれば日陰仲間みたいなものだったからな』

『まぁ、私が渡米してきた頃はな』

 

 そろそろSUKIYAKIから10年近く経っているのか。気づけばでかくなったものである。

 

 あの当時はロックなんて完全な衰退ジャンルで、いつ消えるのかも分からない状況だった。そこから数年でここまで一大ジャンルになる辺り凄まじいポテンシャルと言えるんだが、それはHIP-HOPにしても言える事だ。

 

 決して力のないジャンルではない。ロックほど多様ではなかったものの、私の前世でもHIP-HOPは一大ジャンルといえる存在であった。機会さえあればロックのようにこの世界のHIP-HOPも発展する可能性を秘めている。

 

 そして、それは目の前でパフォーマンスを終えた彼女。MC.ハマーンがすでに証明している。

 

 彼女はこの場に立ってこそ居るものの、自分でレーベルを立ち上げ、自分で楽曲を作り、自分でそれを販売・流通させている。実を言うと各地にあるミカンを使った楽曲ダウンロードにも彼女の楽曲は入っており、そちらの売上も上々。

 

 はっきり言えばすでに成功しているミュージシャンで、彼女がこの場に出る意味はあまりない。

 

 では、そんな彼女が何故。すでに成功者である以上、成績によってはその人気に傷がつくかもしれない、他者と比較される場である全米オーディションに参加したのか。

 

『待ち続けたんだ。私達は、仲間の誰かがこの舞台に立つのをな』

 

 その答えを、マーシャは退場していく彼女たちに視線を送りながら口にする。

 

 利益を求めていないわけではない。だが、それが一番ではない。彼女たちにとって、この全米オーディションというイベントはそういうモノなんだろう。そういうモノになってしまったのだろう。

 

 HIP-HOPってのは本来黒人やヒスパニック系移民なんかが誕生させたって経緯があり、とてもお行儀良いと言えるようなジャンルじゃあない。少なくとも一般的な米国市民にとっては眉をしかめるような存在であるのは間違いない。

 

 その上、メインになるアーティストはその殆どが有色人種。マーシャは本当に稀有な例で、HIP-HOPのアーティストってのは9割9分が有色人種で構成されている。ブラックミュージック(黒人の音楽)なんて呼ばれるのも伊達じゃないってわけだ。

 

 そして、全米オーディションの審査を行う人物の9割は白人で、良き米国市民である。

 

 つまりは、まぁ。そういう事だった、というわけだ。

 

 電話投票の捏造操作。州オーディションすら突破できない状況。会場の反響と結果の落差に、彼らは何を思ったのか想像に難くないだろう。

 

 舞台を去った彼女。MC.ハマーン……ヘレン・バレルは、そんな彼らの意思を背負ってこの会場に姿を現した、という訳だ。

 

 ……そんで、ここからは私のやらかしの話になるんだが。正直、私は今回銃を突きつけられても文句が言えない立場なんだな。HIP-HOP発祥の地はブギ・タウンという名称で呼ばれているスラムなんだが、これニューヨーク州にあるんだ。

 

 そして、ハーレムに代表するスラム街を私やマイキーなんかが素手で制圧したの、大体2,3回めのオーディション後なんだよね。へへ、完全に宣戦布告だよなこれ。

 

『まぁクッソ舐められたって感覚はあったしやられた時は死ぬほどムカついてぶっ殺しに行っちまったけど、あんた側は素手だしな。今更文句も言えねぇよ、誰も死んでない奇跡みてーな抗争だったし』

『抗争の度に死者が出てる前提なのがね。というか抗争言うな』

『普通舐められたら殺すだろ? あと流石にそれは無理あるだろ。あっこの住民みんなアンタのファミリーだって胸張ってんぞ』

 

 なに言ってんだこいつ、みたいな顔をしてマーシャが私の顔を見る。こっちが言いてぇよ、と返したいがこの世界的にはそれが普通なんだろう、か。多分、きっと。

 

 やっぱりこんな頭鎌倉武士みたいな連中に銃器なんて渡しちゃ駄目だな。全米ライフル協会やらから「そろそろ許してクレメンス」とかしょっちゅう言われてるけどこいつら銃渡したら撃つよ。間違いなく(確信)

 

 ――話を戻そう!

 

 とまぁ、こういう経緯で起こったマーシャの襲撃なんだが、勿論大問題になった。というか私が大問題にした。当然だよなぁ?

 

 私は発案以降直接運営に関わっていないが、全米オーディションってのは私の名前で走り始めた。つまり、そこで起きた問題はどこかしらで私に降り掛かってくるわけで。しかも私としてはまっっっったく期待していない方面のやらかしだったわけで。

 

 温厚な私も激おこプンプン丸である(クソうまギャグ)

 

 そしてその結果が今回に繋がり。こんな内容でこいつに実刑求刑とか死んでもしたくなかったので全力で弁護して、空いた身柄をこちらの会社で囲って、と色々動いた結果が、今隣に座っているというわけだ。

 

 この囲い込みについては正直マーシャの意思を無視した形になっちまったが、外に放り出すとどんなことがあるか(レッドショルダー)わかったもんじゃないからな。結果がどうあれマーシャが私を襲ったのは事実だし、それは多数の目撃者も居る事件だ。外に出したらどうなるかなんて簡単に想像がつく。

 

 だが、うちに所属しているアーティストであるならば私の庇護下にいるというただそれだけで守ることができる。そういった意味で赤肩の連中は信用できる。

 

 まぁ、流石にマーシャ自体をオーディションに参加させることは出来なかったが……今回の試みも上手く行けば全米オーディション並の注目度を集めることはできる。マーシャの実力ならそれだけのチャンスがあれば活かしきってくれるだろう。

 

 ただ、そうなると、だ。

 

『ちぃと、悪いことをした気分になってくるなぁ』

『ん?』

 

 全米オーディションも半ばが終わり。綺羅星の如く現れた新星たちのパフォーマンスを眺めながら、ふと零した言葉にマーシャがこちらに目を向ける。

 

『彼女の実力なら”去年”の全米オーディションなら優勝確実だったろうから、な』

『……へぇ?』

 

 ぽりぽりと頬をかきながら言った私の一言に、マーシャの視線が熱を帯びる。興味を惹かれたのだろう、視線だけで続きを促してくる彼女に、用意された参加者名簿の、見覚えのある名前に苦笑を零す。

 

 アネットから今年の参加は見送るって連絡が来たときは何事かと思ったが、どうも社内でどちらがニューヨーク州代表として出場するかを賭けて一勝負し、”アイツ”が今年の参加をもぎ取ったらしい。そんな事をしなくても時間をかけりゃあっさり上り詰められるだろうに。

 

 どんだけ早くマイコーやマドゥンナと戦いたいんだ、お前は。

 

【それでは次のアーティストをご紹介します! 東部地区一位通過、タクミの後を追い、東洋から渡ってきた少女の登場です!】

 

 司会を務めるエイダの声に合わせて、舞台袖に寄せられるスポットライト。

 

 そこから現れた少女の姿ににんまりと笑顔を浮かべて、こちらに視線を向けるマーシャへ顔を向ける。

 

【ジャパニーズ・アイドル!】

 

『あの暴れん坊は、ちぃっと手強いからな』

 

【日高 舞!!!】

 

 エイダの声に合わせて舞台袖から姿を表した少女。小さな体なのにやたらと大きく見えるその姿に会場が息を飲むのを感じながら、私はそう口にして視線を舞台に向ける。日本を経ってから数ヶ月。どう成長したか、見せてもらおうか。




MC.ハマーン:元ネタはハマ男の語源の人とげふんげふん。襲名制らしいし何代目かも書かれてないから!本人でもないから!!!(必死)



クソ女神様とタクミっぽいののグダグダ小劇場

クソ女神様
「良かれと思ってやったことが、裏目に出る。知ってたはずだったんだけどね、そのせいで死んだんだから」

タクミっぽいの
「あんたの世界の話はノーセンキューだが、あんた自身の話は興味あるぜ?」

クソ女神様
「なに、同情?」

タクミっぽいの
「どんだけ一緒にいるか分からんからなぁ。多少ムカつこうがいい関係を築いとかねーとやりたいこともできなくなるだろ?」

クソ女神様
「その辺、あのクソムカつく娘と似てるのね」

タクミっぽいの
「まぁね。なんせ……いや。良いか。詮無い事だ」

クソ女神様
「自分のことは語りたがらないのも、同じ」


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このオーディションなき世界で 2

本日1更新目。前後篇です

誤字修正。エンラ様、マグマ大佐様、牛散歩様、たまごん様ありがとうございます!


「くにに かえりなさい あなたにもかぞくが いるでしょう?」

 

MC・ハマーン(ヘレン・バレル) 全米オーディション会場 唯一の日本人参加者への一言

 

 

 

 

 

 

『ああああああん! 悔しいくやしいクヤシイィィィィィィ!!!

「知ってた」

『ムキィィィィィィ!!』

 

 自身の控室に置かれたソファーの上でごろりと寝っ転がり、ジタバタと両手足をバタつかせるヘレンの姿に日本語でそう答えると、歯噛みしながらヘレンは更に暴れまわる。特大のフラグ立ててたもんなぁ。あんだけでかいと逆に折れるかと思ったがそうもならんかったらしい。

 

『20も半ば過ぎてムキィは無いだろムキィは』

『うっさいわね!』

 

 そんなヘレンの姿に指を指して、マーシャはゲラゲラと笑いながら向かいの椅子に腰掛けた。お前ら仲良いな。

 

『ちょっとタクミ! なんであんなの日本から持ち出したのよ! ジャパンは鎖国してるんでしょ!?』

『そっちの国が要請してうん百年前に鎖国は解けたぞ?』

 

 よいしょ、と椅子の一つに座り、ブーブーと駄々をこねるヘレンにそう返事を返す。日本語を勉強してるというから少しは日本の事を知ってるみたいだが、どういう学び方をすれば日本が鎖国したままだと勘違いするんだ。

 

 その点を優しく指摘すると、ヘレンはつうっと斜め上に視線を向ける。

 

『……ふぅ。歴史に関しては私も不勉強だったみたいね。でも舐めないで頂戴。サムライ、ニンジャ、スキヤキ。私のジャパン知識は世界レベルなんだから!』

『お、おう』

 

 叫びまくって落ち着いてきたのか。一つため息を付いた後にヘレンは指折り数えるように日本についての知識を語り始める。

 

 並べただけでこいつは期待できんと分かる名称の数々に、少し引きながら頷きを返す。確かに世界レベルの偏った日本知識の数々だ。逆にこいつ日本について詳しいんじゃないだろうか。

 

『だいたい、まだ電話投票の集計は終わってないだろ。お前さんが勝ってる可能性だってあるんだぜ?』

『面白い冗談ね。私は自身の敗北を認めているの、次に繋げるためにね』

『……一応、冗談じゃないんだがね』

 

 実際、ヘレンのパフォーマンスも決して悪くなかった。今回の参加者の中でも3本の指に入る出来だったのは間違いない。後は全国でこのオーディションを見ていた視聴者達からの電話投票次第で彼女にも優勝の目はある。

 

 今回のオーディションの投票ルールは審査員票の割合が30、観客が20、そして視聴者票が50%を埋める。仮に審査員が10名でそれぞれが1位は舞だと言い、5000人の観客全てが1位は舞だと言っても、視聴者全てが1位はヘレンだ、といえば同数になるわけだ。

 

 この視聴者の数は審査の締め切り時間までに電話をかけてきた人数によって決まるため、一概に何名から1位評価を受けたか、では計算がしづらいんだが……少なくとも可能性は0じゃない。仮に締め切りまでに電話をかけてきた人数が1人だけだったらその人の一位評価が50%になるんだから。

 

『というわけで本当に可能性はあるよ。審査員にもヘレンを推す人はいるかもしれんし』

『面倒なルールねぇ』

『票の格差の是正とかなんとか言ってたっけか。視聴者も参加してる感を出したいんでしょ?』

 

 まぁ全部が全部一人に固まるなんて確率、万……いや億に一つくらいだろうけどな。普通に考えて趣味趣向によってバラけるだろうし、少なくとも電話回線の中継基地が全部ぶっ壊れるくらいの事が起きなければ起こり得ない話だろう。仮に投票者が百人居るとして、その全員が一人に投票するなんてほぼほぼありえない話だ。答えも100通りになるに決まっている。

 

 ましてや今回の規模は全米規模。オーディションの運営もわざわざスパコン借りてきて集計するって息巻いてたからね。数百万くらいの参加は見ても良いかもしれん。

 

 ……改めて考えると本当にこのイベント、規模がおかしくなってる……なってない? 企画を作った時は米国版『スター誕生!』くらいの気持ちだったんだが動いてる人と物と金の規模が洒落にならん。

 

 後追いで作られた欧州のオーディション番組も結構な勢いらしいしね。埋もれた才能がドンドン出てくるのは良いんだが……まぁ、うん。

 

 新しい才能や複数視点からの投票。それらを引っくるめても多分今回の優勝は舞だろうなぁ。アイツの出来がヤバすぎる。

 

『「ALIVE」……ね』

 

 作曲家、武田蒼一。間違いなく日本が世界に誇るべき才能が、日高舞のためだけに全霊を込めて作り上げた一曲。日本語の識字率が高くなっているこの世界の米国とはいえ、それをこの大舞台で選び、そしてぐうの音も出ないほどのパフォーマンスで歌いきった日高舞。

 

 世界の舞台に、日本の若き天才達が殴り込みをかけてくる。その瞬間を見ることが出来たのは嬉しい限りだ。米国暮らしも長いけど、私も日本人だからね。

 

 まぁ、歌いきった後に私とマイコー、マドゥンナを指差して「1,2,3。BANG!」なんてパフォーマンスやらかした時はこいつマジかと思ったけど。マドゥンナ爆笑してるしマイコーはなんか目がギラギラして怖くなるし。あいつには怖いものってのが存在しないんだろうか。

 

『あんなんやらかした後の演者は本当に可愛そうだったわ』

『次のグループもいい感じのアイドルユニットだったんだがな。なんか男のグループってのが珍しかった』

『男性アイドルグループってのは確かに新しい着想だったわね。調子が崩れてない時の演奏が見たかったわね』

 

 マーシャの言葉にヘレンが眉をひそめながらそう答える。あれ多分裏路地の男の子たちだったんだろうが、演奏の順番が悪すぎたな。会場内の空気が変に高まっててそれにアテられてたように感じた。

 

 決して悪くはなかったんだが、前評判や予選の演奏に比べたら劣るように感じたからね。舞の空気クラッシャーっぷりがよく分かる一幕だった。

 

『まぁそれでもなんとかなっちまう奴はなんとかしちまうんだがね。正直、仮にあのジャパンっ娘が居なくても一位になれたかは分からないでしょ』

『上位5組は初回でもいい線イケてる感あるわな。特にお前が今話題にした奴。アシッド・ジャズとかいうイギリスからの逆輸入品だろ』

 

 マーシャの言葉にうん、と一つ頷きを返す。イギリスからの参加者という形でジー・ケーというアーティストが居るんだが、ステージ上を縦横無尽に踊りながらジャズを歌うパフォーマンスは圧巻の一言。舞の登場で変な空気になった後半のステージでは、ただ一組輝いていたと言っても良いかもしれない。

 

『イギリスの方で出れば楽に優勝できたんじゃないかしら。私とあの娘、二人に負けるなんて可愛そうに』

『いやぁ、あっちも魔境っぷりは変わらんからなぁ』

 

 このアーティストがまたどっかで聞いたことある歌声してるんだ。多分私が知らないか別の名前で前世だとプレイしてた偉人じゃないかと睨んでる。

 

『思い出したら何故かラーメン食べたくなってきた』

『ああ。もう良い時間だからなぁ。結局来賓席の料理、ほとんど手つかずだったし』

『それならとっとと自分の席に帰ってご飯を食べてくれば良いじゃない……待って。タクミはなんでこんな場所に居るの? アナタはそっちのと違って私と接点はないでしょう』

『……あー、うん』

『く……くっくっ』

 

 自分の控室をこんな場所呼ばわりしながら、ヘレンが聞いてはいけない質問をこちらに投げかけてくる。視線をそらして答えを濁す私を見て、そっちの呼ばわりされたマーシャは耐えきれないといった具合に含み笑いを漏らす。

 

 笑うなよ。自分で言うのもなんだが情けなくてたまらんのだ。

 

『……え、なにこの空気』

『聞いてくれよヘレン。こいつなぁ、ハリウッドスターに熱烈に言い寄られて逃げ出したんだぜ』

『てめっ! マーシャ』

『なにそれ詳しく!』

 

 雇い主をあっさり裏切るマーシャの言葉に、ヘレンが目を輝かせて椅子から立ち上がる。おいバカやめろ、色恋沙汰の空気で目の色輝かせるって女子かよ女子だったわこいつら。

 

 いや、別に色恋の欠片もない話だから聞かれたってどうこうないんだけどね。かといって人に進んで聞かせたい話でもないというか我が身の不明を恥じると言うか。

 

 まぁ、結局何の話かというと。

 

 ――ボトムズである。

 

 

 

 

 

『俺に、()らせてくれ』

『ふぁっ?』

 

 招待客等が通されるVIP用の席には一流ホテル並の料理が用意されている。普段は舌鼓を打ちながらステージを見るのだが、今年は各参加者の熱演にアテられて食事が進まなかった為全ての演奏が終わるまでほぼ手を付けずに居た……のだが。

 

 タキシードを着込んだその男は、決死の覚悟とでも呼ぶべき形相を浮かべて私の前に立った。そして第一声がこれである。各審査員や観客たちが表の集計を始め会場内がざわめきに包まれる中、私達の居る来賓席は彼の行動に別の意味でざわめきに包まれる事になる。

 

『分かっている。あの作品が世に出て何年も経っている。それなのに未だに映像化がされていないのは、演じるに値する奴が居なかったというのは理解しているんだ』

『わっつはぷん?』

『お、おいタクミ。すげぇ訛りになってる。落ち着け、そっちのあんたも』

『俺は落ち着いている!』

 

 落ち着いてね―よ。思わず口から出掛けた一言を飲み込み、オレンジジュースの入っているグラスに手を伸ばす。落ち着け、素数を数えるんだ、1,2,3,4違うコレ整数だ。動揺しすぎ? いや動揺するだろ。なにせ目の前に立つ不審な人物、明らかに見覚えのある人だぞ。

 

 具体的に言うと前世辺りで賭けボクシングで生計が立てられない落ちぶれたボクサーしたりベトナム帰りでワンマンアーミーしてた人だ。名前は若干違うし例の映画はこっちで見かけなかったけど、こちらの世界でも有力なアクション俳優に数えられている人物。

 

 どう考えても一流のハリウッドスターさんなんだが、その彼は今わざわざ床に膝を突き、目線を私よりも下げて懇願するようにこちらを見てくる。どこにカメラがあるんだ、こんなくだらないドッキリ仕掛けたやつなで斬りにしてくれる。

 

 私が混乱のるつぼにある中。何を思ったのか男、スタローンっぽい人はうんうん、と頷きながら口を開き。

 

『ボトムズだ』

 

 と一言。

 

 何が? とか言葉が出てくる前にスタローンらしき人は更に言葉を続けてくる。

 

『ボトムズを映画にするという話を耳にした』

『そういう話は一切無いんですが???』

『それも分かってる。君が世に出そうとするならきっとそれは万難を排したものとなるはずだ。機体の描写、特殊撮影技術、俳優、全てが揃わなければきっと君は動かない』

 

 あまりにも自信満々な断定に思わず頷きそうになってしまうが違う、そうじゃないんだ。万難排して世に出す意思はあるけどそれはハリウッドじゃなくてアニメの話なんだ。なんなら現在進行系でスタッフ捜索してるし見つかったら日本でアニメ化しようと企んでいるんだ。

 

 私が小さく首を横にふると、スタロー某は小さく笑みを浮かべて――自分を親指で指した。

 

『まず一つ。俳優なら、俺がいる』

『なにが???』

『俺以外に不死身の男、キリコを()れる奴はいない。俺なら、()れる。二つ。君が所有している会社の新技術、CGというものを見せてもらった。凄い、素晴らしい技術だ……アレがあればATを、スコープドッグを再現できる』

『お、おう』

 

 私の言葉に耳を傾けながらも、懇切丁寧に持論を展開するスタさん。いや、確かにあの技術はそういう非現実的な映像を実写化するのに大活躍だけど。大活躍させるために作ったんだが色々違うんだ。使いたいのはそこじゃないんだ。

 

『そして三つ。ゴジラは、素晴らしかった。あれこそが最後のピース。あの撮影技術を用いれば、イケる。あの作品を君が完成させたと聞いた時、俺は君の真意を理解できた』

『全然そういう意図は無かったんですが』

『頼む、タクミ! 俺に()らせてくれ』

 

 ギュッと俺の手を取り、熱意を込めた眼差しでこちらを見てくるスタさんにそう告げるも、彼は分かっている、とばかりに微笑んで数回頷きを返してくる。絶対に分かっていないのがよく分かるリアクションである。

 

 というかさっきから他の来賓の視線が痛い。扇とかで口元隠しながらヒソヒソマダムが話してるのが見えるんだよ。

 

『いや、あの、そろそろ』

『頼む!』

『ええっと』

『俺なら、キリコになれる!』

『そ』

『俺が、キリコだ!』

 

 なんとか穏便にお帰りいただこうと努力するも、全力で押し込んでくるスタっぽいさんの勢いと間近に迫る男前にこちらの勢いはドンドン殺されていく。というか近い近い、もうちょっと離れてくれ、目の保よげふんげふん。

 

 結局その後10分近く頼み込むスタ某さんの勢いに負け、もし仮に映画化する際は必ず声をかけると口約束を結び、私はマーシャに付き合うという名目でヘレンの楽屋に逃げ込んだ。

 

 

 

 

 

『という状況でな』

『ウwケwルwww』

『なにワロてんねん』

 

 こっちは笑うどころじゃねぇんだよクソぁ! あのス某さんの勢いに負けちまって口約束しちゃったけどあれ、多分何も動きが無ければ自分で勝手に計画立てて動きかねないよなぁ、やるよなぁ……

 

 私だって仮に! 仮にあの某さんと同じ立場だったら同じように考えたかもしれんからな。なんとなくどういう風になるかの想像が出来て辛い。この状況を回避する為にここ最近知恵を絞ってきたのに一気に前提がぶっ壊された気分だ。

 

『良いじゃねぇか、そのままハリウッドでやっちまえば。世の中にはハリウッドで自分の書いた作品を映画にしたいって奴、5万と居るだろ』

『その5万の中に黒井タクミは居ねぇんだよ』

 

 マーシャの軽口にため息で返して、どうすっぺかねぇと天井を仰ぐ。

 

 あの様子を見るに、なぁなぁで済ませることは出来ないだろうな。そんな事すれば本当に自分で出資金から何から用意してプロジェクトを立ち上げかねん。たまーにそういうノリで作った映画が出てくるのが映画業界の怖い所だ。というかそこまでされたら一ボトムズファンとしてオーケーを出さない選択肢はない。

 

 ……やる、しかないか。本当は時の流れに任せたかった。まだ鉄人も魔神も誕生していない世界で、あの作品を先に作ったらどう影響があるのかも分からない。だが。

 

『忙しいんだがなぁ』

『あん?』

 

 次に日本に帰る時。捜索をお願いしてるボトムズスタッフの内見つかった人物を全員スカウトして、足りないアニメーターは手越さんなんかにも依頼して用意して……それでも。それでも足りない部分は、私がやるしかない。第一作はハリウッドだなんて言わせないためには……私が手を入れるしかない。

 

 ――作るか。ボトムズ。

 

『い、いや。しかしこっちにはこっちでやらなきゃ』

『ほー。お忙しい事で』

『ああ、忙しいよ。やりたいことが多すぎて身一つじゃ到底足りないわ。セブンだってこれから始まるタイミングで……頭痛い』

 

 揶揄するようなマーシャの言葉に苦笑をこぼす。日本と米国にそれぞれ一人ずつ体が欲しいくらいだ。あっちにもこっちにもやりたいことがある。やらなきゃいけないことがある。

 

 あんまり時間も無さそうだしな。やれることは、やれる内にやるべきだ。

 

『お前はもうちょい人を使うのを覚えたほうが良いな』

『そうとういろんな人に投げてるんだけどなぁ。誰かに任せた端からどんどんやるべきことが増えていく。働けど働けど暮らしは楽にならざりってか』

『なにかの格言?』

『そそ』

『さすがは大卒』

『大学しか行ってないけどね』

 

 揶揄するようなマーシャの口調にそう返すと、マーシャはゲラゲラと笑った。小中高全部飛ばして大学に入った私の経歴は、まぁ有名だからね。違いない、と笑いながら頷いた後、ふぅ、と一つ息を吐いてマーシャはこちらに視線を向ける。

 

『ま、その忙しい要因、一つは潰してやるよ』

『あん?』

『元々アンタは音頭を取って後は出演者が自発的に。それがセブンの根幹だろ?』

 

 マーシャの言葉に頷きを返す。そもそもこのセブンという番組は、基本的に参加者であるクリエイターの試行錯誤と、一つのドラマが作られる裏側を視聴者が覗き見るという、舞台裏を見るような楽しさがコンセプトになっている。

 

 そうした面白さで視聴者を引きつけ、更に出演しているクリエイター達にも名前を売るというチャンスを、というのが私の考えだったわけだが。

 

『でも、あの連中全部が全部超オタク気質の凝り性共だぞ。どっかで手綱引かないとものすごい暴走しでかすんじゃないかと気が気じゃないんだが』

『なんでそんな連中集めたんだ?』

『お前も含めて才能溢れて燻ってる奴がそんなんばっかだったんだよ。暴走したらどうなるかって前科も目の前にいるしな』

『も、もうやらないから』

 

 そうジト目で睨みつけると、マーシャはつぅっと視線を斜め上にそらした。声震えてるぞ、本当に大丈夫か?

 

『ま、まぁ話を戻すと、だ。要約すると、お前の心配は連中が暴走せず番組がちゃんと進行できるかって事だろ?』

『……あー、うん。まぁ、そうなる、か? 暴走してとんでもない事が起きるんじゃないかとしか考えてなかったけど』

『なんでそんな連中を集めたんだよ、本当に』

 

 苦笑しながらマーシャはそう言って、ピッと右手の親指で自分を指差した。

 

『なぁタクミ。ここにお前の考えを知っていて、連中と気質が異なり、仕事だけはちゃんとこなすセブン参加者が居るんだが』

『仕事だけはってお前なぁ』

『私の目的は連中とは違うからな、スタンスの違いだよ……だから丁度いい。私とあの可愛らしい脚本家、あと面白いジャパニーズが居れば番組の進行とドラマ性(・・・・)は何とか出来る。その絵は頭の中にある』

 

 言いながらコンコンと自分の頭を人差し指で軽く叩き、不敵な笑みを浮かべながらマーシャは言葉を続けた。

 

『使えよ。全部が全部お前だけで出来るわけじゃない。お前はむしろ、もっと人に頼るべきだ』

 

 そう言って、笑顔を真顔に切り替えて。視線を向けてくるマーシャに、私は逡巡しながらも小さく頷きを返す。

 

 言われなくても、頼っているつもりだった。特にパッパやみのりんと言った仕事の調整をしてくれる相手には全部を任せてると言っても過言じゃない。日米のアニメや漫画・コミックについてもその道の専門家に初動以外は全て頼っている。

 

 だが、それでもまだ足りないと目の前の彼女は口にする。

 

『お前のやらかす事の規模を考えろよ。企画して後は投げるくらいで丁度いいんだよ、お前の場合は』

『いや、それは……』

『ボス』

 

 迷う私に、少しだけ口調を強めて。マーシャは真剣な表情のまま、私の目を見て口を開いた。

 

『アンタは私の才能を惜しいと言ってくれた。仕出かした私をアンタは庇って懐に入れてくれた』

『……』

『アンタが心配するのも分かる。だけど……使ってくれ、頼むよ。私に、アンタに借りを返す機会をくれ』

 

 普段のどこか茶化したような空気も、悪ぶった様子もなく。真っ直ぐに私を見るマーシャの視線を受け止めながら、私は開きかけた口を閉じる。

 

 この言葉に、下手な言葉は返せない。

 

『……出来るんだな?』

 

 少しの沈黙の後。私は確認の意思を込めてそう口を開き。

 

『――任せとけ』

 

 その言葉にくっと口元を歪めて、マーシャはそう返事を返した。

 

 

 

 

 もう少しヘレンと話すことがある、というマーシャを置いて一人、誰も居ない廊下を歩く。心なしか気持ちが軽くなった気がする。

 

「まさかマーシャにあんな事を言われるとはなぁ」

 

 やりたいこと、やらなければいけないことばかりが先行して無意識の内に焦りが出ていたのか。雇用主としては少し情けないが、一個人としては嬉しい言葉だった。

 

 この世界に前世の記憶を持ち込んで、色々とやってきた。音楽や漫画、アニメ、特撮映画。自分の趣味を楽しみたいがために動き続けた結果、たしかにこの世界には私が望んだ文化が、サブカルチャーが芽生えてきたと思う。

 

 だからどこか、自分が動かなければ始まらないという有る種の優越感みたいな意識が、私の中にあったのだろうか。

 

 セブンの件だって最初は確かに持ち込まれた話だったが、マーシャの言う通り企画と人員選定まで終えた後はそのまま投げてもいい話だったんだ。それをいつまでも私が主導して、米国から離れられない状況になっていた。

 

 これは叱られてもしょうがないわな。漫画やアニメ文化を立ち上げた時みたいに早々の段階で責任者を決めてぶん投げるべきだったんだ、私は。

 

『あ……タ、タクミさん!』

「うん?」

『タクミさん、確保ー!!』

 

 反省しないとなぁ、とうんうん頷きながら会場内に戻ると、私の席の辺りでうろちょろしていたスタッフらしき青年がパァっと顔を輝かせてこちらに声をかけてきた。なんじゃらほい、目を丸くしていると、青年は声を上げて周辺から仲間を呼び集め始める。

 

「え……え?」

 

 気づけば十人近いスタッフに取り囲まれ、混乱している私を尻目にスタッフの中で責任者らしい人物が無線機に呼びかけながら指示を出し、私は女性スタッフに両腕を掴まれながらずるずると連行される宇宙人のように連れて行かれることとなった。重いとか言うな……いやあの、歩けるよ?

 

 

 




ヘレン・バレル 痛恨のフラグ管理ミス


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このオーディションなき世界で 3

本日2更新目

後編です。前編よりだいぶ短いですが話の区切りが(目逸らし)

7.13微修正入れました

誤字修正。路徳様、ランダ・ギウ様ありがとうございます!


「あいつの側に居ると、自分が時代を動かしているって錯覚しちまう」

「怖いやつさ、強くて、眩しくて……離れるのが怖くなっちまうんだ」

 

スリル・レディ(マーシャ・ムーア) セブン放映終了時のインタビューから抜粋

 

 

 

 

 

 いくらなんでも長すぎる。

 

 ザワザワとざわめく会場内の、あちらこちらでそう呟く声がする。

 

 腕時計を見れば時刻はすでに8時を超え9時に差し掛かろうとしている頃合い。全ての演奏は30分近く前に終わって、今の時間は用意された食事を楽しみながらゆっくりと投票の集計を待つ時間、の筈だった。

 

 だが、殆どの招待客が夕食を食べ終え――特別食べることが遅い人物などを除けば――供された飲み物を飲み終えても、未だに今回のオーディションの結果発表が始まらない。

 

 用意されていたプログラムの時間割ではとっくに閉会している時間になっているのに、だ。

 

 このまま発表もなくただただ時間を浪費するハメになるのでは。

 

 なにかトラブルが起きているのでは。周辺を見渡すと同じ結論に達したのか、自分と同じように時計とプログラムを眺めて険しい顔を浮かべる人間の姿が見える。

 

『貴方……』

『ああ。まったく、折角の余韻が台無しだ』

 

 不安そうな顔を見せる妻に仕方ない、と皮肉げな口調で首を横に振り、グラスに残っていたアルコールをグイッとあおる。お替りを要求しようとボーイの姿を探すも、近くに居るボーイは全て他の客に捕まっているようだ。

 

 やれやれ、と深い溜め息をつきグラスをテーブルに戻す――

 

 その瞬間。会場内に警笛のような音が流れ、ついで全ての電灯から明かりが消えた。

 

 どよめきの声。ガタリ、とテーブルが揺れる音。

 

『貴方、電気が!』

『ああ、あ、お前、動くな! そのままじっとしているんだ』

 

 妻が驚いて立ち上がったのだろう。動かないように口頭で伝え、つい浮かせてしまった腰を椅子に下ろす。先程、暗くなる前に警笛のような音がなった。アレがなんなのかは分からないが、よく見れば常夜灯のような物が幾つか、消えないまま暗く光っている。単に停電した、という訳ではなさそうだ。

 

 ならば、すぐに明かりがつくだろう。時間が長引いている事だしこれもトラブル絡みだろうか。募るイラつきを噛み殺していると、頭上に有る一本のスポットライトから光がステージに向かって伸びていく。

 

 どうやら何かしらの余興か。妙なトラブルでなくてよかった、と小さな安心感を覚えながらステージに目を向け。

 

ボンチッボン ボボボンチッボン

 

 誰も居ないステージ上。スピーカーから流れ始める音。

 

ボボボンチッボン ボボボンチッボン

 

 観客席からは、先ほどとは違ったどよめきの声が響く。聞き覚えのあるフレーズ。

 

ボボボンチッボン ボボボンチッボン

 

 やがて舞台袖から現れる男女の姿。おそろいの白いスーツとシルクハットに身を包み、マイクを持つ彼らの姿にどよめきの声が強くなる。誰も彼もが知っている、偉大なアーティスト達。そんな彼らは楽器も持たず、打楽器を叩くような音を声で表現しながら舞台袖からステージ中央に向かって歩いていく。

 

ボボボンチッボン ボボボンチッボン ボボボンチッボン

 

 彼らの先頭。ただ一人マイクを持ったまま歩き続けた一際小柄な少女はステージ中央に立つと深々とかぶっていた帽子を脱ぎ捨てる。

 

 タックミー!

 

 会場内から沸き起こるコールの声。いや、おそらくは自分も叫んでいたかもしれない。

 

 先程までの陰鬱な気分は過ぎ去り、オーディションが始まった瞬間のような興奮が胸を駆け巡る。 衝動のまま、歌の名前のように立ち上がり、私は会場を覆う熱気の一部となって声を張り上げた。

 

 

 

夜が訪れて

 

 会場内で自分に向けてコールを放つ人々に笑顔を向けながら、語るように、問いかけるように世界一豪華なバックバンドのボイスパーカッションに合わせてメロディを紡ぐ。

 

 赤いナプキンをわざわざ肩に巻く奴、そっちは逆だと右肩を指で示す。湧き上がる歓声。

 

闇に支配され

 

 ――本気で歌ってくれ。この曲を歌った本人の言葉が胸に木霊する。孫と祖父ほどの年齢差の、偉大なアーティストからの頼み。急な話。時間稼ぎというだけの頼まれ事。そんな気分で挑むには重すぎる頼み。

 

月明かりしか見えなくなっても

 

 私の横に立ち、楽器の代わりに声で演奏する彼の視線。そんなものかと値踏みされているような錯覚。この業界を。いや、私の人生よりも長くプロの最前線に居続けた彼らからすれば私もまだまだ小娘だが、向けられた視線には侮るような気配は感じられない。

 

いや 僕は怖くない

 

 ヒリつくようなライブの空気と彼の視線。自然と釣り上がる頬。バクバクと鳴る心臓。胸の中をマグマのように荒れ狂う熱情と興奮。

 

そう 怖くないんだ

 

 良いね――良いぜ、爺さん。私を見たいんだな? 

 

ただ君が居てくれたらね

 

 そんなに聞きたいなら。そんなに見たいんなら。マイクを下ろし、ニィっと笑顔を作る。両隣に立つおっさん達の驚いたような視線を感じながら。

 

僕の側に(Stand by Me)

 

 私の全力を――!

 

だから ダーリン! ダーリン!(So darling, darling )

 

僕の側にいてくれよ(Stand by Me)僕の側にさ(oh,Stand by Me)

 

いてほしいんだ(oh,Stand)僕の側に(Stand by Me)

 

 

 

僕の側に……(Stand by Me)

 

 

 

 

「はー、気持ちえがった」

『いやはや』

『すげぇもん見たなぁ』

 

 30分ほどの時間稼ぎが終わり、楽屋へと戻るとブワッと吹き出してきた汗をタオルで拭う。全力とはいえたんにでかい声出すだけだとただのジャイアンになっちまうからな。結構神経使うんだコレ。

 

 でも、ひっさしぶりにでかい声で歌ったから非常に心地いい気分だ。急に拉致られて大御所どもに取り囲まれた時はどうすっべかと思ったがたまにはこういうのも良いね。

 

『こんだけ豪勢なバックバンドで歌ったんだ、もうちょっと感想あるだろ?』

『違いない。あ、そういやおめー俺の歌勝手にライブで使ったって聞いたぞ』

『あ、ごめんして。いっぺん満員のドーム会場のど真ん中でファンにもみくちゃにされながら「ジョニー・ビー・グッド」が歌いたくて』

『なんだそりゃ』

 

 ゲラゲラと笑う大御所にこちらもゲラゲラと笑い返す。実際楽しかった。今後もああいうのやりたいなぁ。でも前世で言うところのJA○RACみたいなのが怒ってきそうだからあんまり他の人の歌って歌わないんだよね。私が歌ってるのが大体他人の歌だって? その通りだけどそこ突っ込まれるとその、困る。

 

 そういえば歌の権利関係ってこの世界だとどうなるんだろうね。一度調べてみても……い、いやいかん。やりたいことを増やしすぎてついさっき怒られたばかりじゃないか。流石に今そんな話を出したらマーシャがマジギレしかねんぞ。

 

『と、とりあえずこんだけ会場の空気温めといたら良いよね?』

『は、はい! ご協力いただきありがとうございますMs黒井、この御礼は必ず……』

『ああ、うん。まぁそっちは事務所とお話して貰うということで』

 

 揉み手して頭を下げてくるボビーおじさんの部下に「いいのいいの」と手を振って答える。どっちかというと今回はこのおっさんたちに巻き込まれたって感覚だし、ボビーおじさんから何かお礼してもらうって気分でもないんだけどね。

 

 まぁスパコンがいきなりエラー起こして集計が大幅に遅れたってのは、まぁ緊急事態だろうからね。このオーディションの発起人としては多少手を貸す程度ならやぶさかでも……あ。こういう所が忙しさの原因になるのか。反省しよ。

 

『で、どうだった? 本気で歌ってみたけどさ』

 

 平身低頭するボビーおじさんの部下に仕事にいけ、と促して楽屋から退室させた後。私は奥の方で座り込み、何かを考え込んでいたおじいさんに声をかける。

 

 大御所だらけの臨時グループに私を呼び込み、あまつさえシンガー役まで割り振ったのは彼の発案だという。別にそういう仕事を振られる事には問題ないのだが、それが何故かという点には大いに興味がある。この人とは接点があるわけでもなかったしね。

 

『うん……うん』

 

 私の言葉に爺さんは頷いて、少しの間目を伏せるとふぅっと小さなため息をついた。

 

『ありがとう、私の我儘を聞いてくれて』

『んにゃ、驚いたけど気持ちよく歌えたからいいよ』

 

 憑き物が落ちたかのように朗らかに笑う爺さんに笑顔を向けると、爺さんは小さく頷きながら私の頭に手を伸ばす。

 

『なぁ、爺さん。理由を聞いてもいいかい?』

 

 ぐしぐしと私の頭を撫でる爺さんにそう尋ねると、爺さんは「ああ」と答えた後。少し間を置いて、何かを懐かしむように、悔やむように笑顔を浮かべて話し始めた。

 

 それはかつて彼が見た、天上のものとしか思えないような歌い手のお話。

 

 真っ白な髪に燃えるような赤い瞳を持ち。

 

 私によく似た誰かと彼は、何十年も前に出会い、そして――




クソ女神様とタクミっぽいののグダグダ小劇場

クソ女神様
「彼の歌は好きだったわ」

タクミっぽいの
「唐突にどうした」

クソ女神様
「私のことが知りたいんでしょ?」

タクミっぽいの
「いきなり男の話が出るとは見抜けなかった、このry」

クソ女神様
「……そういうんじゃないけどね。私だって、この世界に対して……」

タクミっぽいの
「……えぇ」

クソ女神様
「もうちょっと反応あるでしょ?」


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このアニメーターのない世界で

遅くなって申し訳有りません!

誤字修正。路徳様、T2ina様、ギアスター様、nobu様、たまごん様ありがとうございました!


天使のような歌声とは彼女の歌を指すのだろう。

自身の歌声を稚拙と称して恥ずかしがっていた彼女に私は惜しみない賞賛を送った。それを聞いて彼女が浮かべたはにかむような笑顔を私は今も鮮明に思い馳せる事が出来る。

恥ずかしがるべきはむしろ私の方だった。彼女の前で得意げに歌手志望である等と嘯いた少し前の自分を殴りつけてしまいたかった。

いつか彼女に聞かれても恥ずかしくない歌を。

たった一時間にも満たない彼女との逢瀬で、私は己の人生全てを賭けてでも挑戦するべき目標を見つけたのだ。

 

 

 

~スティーブ・E・キング~ 自伝【スタンド・バイ・ミー】より抜粋

 

 

 

 テレビ画面の向こう側には別の世界が有る。

 

 幼少の頃。それこそ5つか6つという頃の私は本気でそれを信じていた。

 

『音響担当マーシャのやらかし(・・・・)に始まり独壇場で先週のセブンは終わりを告げた。佳境を迎える第一作『反逆』の完成を前に制作班のセブン・メンバー達は競争を加熱化させていく。一方遅れている戦闘技法ガン=カタの完成の為、脚本を脱稿したジョーンの元を尋ねたウッチー・春龍コンビは――』

 

 ナレーションを担当する女性コメディアンの声を流し聞きながら、画面を見る。画面の中では幾つかのグループに別れた若者達が、互いに切磋琢磨しながら一つの映像作品を作り上げる姿が映し出されてた。

 

 映像作品を作ろうとする、その一連の流れ自体を一本の映像作品として扱う。初めて見る手法だが、これの仕掛け人があの娘であると聞いた時は「ああ、なるほど」と納得を覚えてしまった。あの娘ならこれくらいはやる。そういう不思議な信頼感が、あの娘の名前には有る。

 

 ――人は自分が知らないことを見るのが好きだ。特に隠されている、普通なら見ることも出来ないような世界の話が。この舞台裏を眺める感覚は、なる程確かに心くすぐられるような、不可思議な高揚感を見るものに覚えさせるのだろう。

 

「面白いわね」

「嬉しいね。お前さんからそう言われると」

 

 ガチャリ、とドアを開けた人物にそう言葉を投げかける。不意をつかれた筈なのに彼女は特に動じる事もなく部屋の中に入ってくると、空いている椅子に腰掛けてテレビ画面を一瞥する。いま映っているのは何かと話題のマーシャ・ムーアだ。

 

 共演者と喧々囂々とやり取りを交わすマーシャの姿にふっと彼女は口元を歪める。

 

「この娘が今のお気に入り? 自分の会社の新人が大きな舞台に立つのに、激励もしなかった社長さん」

「面白い奴だろ?」

「そこは同感」

 

 私の言葉にケラケラと笑顔を浮かべて、彼女は――タクミは私に視線を向ける。

 

「雰囲気変わったね。すごく落ち着いて……見違えたよ。行方不明の間になにかあった? 例えば彼氏が出来た、とか」

「おばさん臭いわね。それアネットにも言われたんだけど分かるもんなの?」

「…………え、嘘マジ?」

 

 きょとん、とした顔を浮かべるタクミについ出てくる笑いを噛み殺し、ふぅ、とため息を吐いて目を閉じる。

 

 初めて会った時。なんて綺麗な眼をしている人なんだと思った。

 

 どこまでも続くような一面の荒野。風を切る感触。香る草と土の香り。彼の背にしがみつき、馬に揺られて走った感触。振り返った彼の、キラキラと光る瞳。私に向ける優しい眼差し。

 

 瞼の裏に鮮明に浮かぶ彼の姿を眺めながら、タクミの言葉に返事を返す。

 

「こいつの子供なら産んでも良いかなって。そういう奴には、会ったわ」

「予想よりも重いんだが」

「誰かを愛するって重たいものでしょ。今は……私にもこんな感情があるんだって、毎日が新鮮よ」

 

 言葉にする。そう、愛、というものなんだろう。この感情はきっと、そういう名前をした、何よりも尊く輝かしいモノのはずだ。

 

 なにせ。

 

「ステージに立つアンタを見た時と、同じかな」

「あん?」

「ふふっ」

 

 何を言ってるんだ、と言わんばかりに眉を顰めるタクミに苦笑を返し、テレビのリモコンを手に取る。面白い番組だが、今は眺める気分になれない。

 

 テレビの向こう側に広がる世界。それを私に認識させた本人は今、テレビの向こう側から目の前にやってきて、目を白黒させながらこちらを見ている。

 

 幼少期の私にとって、テレビの向こう側の、キラキラとした世界には彼女が映っていた。彼女が居たから私はそこに興味を持った。興味を持ち、きっと……憧れを抱いて。

 

 だから私はあの神社で、タクミに声をかけることが出来たのだろう。だから私は今、この国にいるのだ。沢山の嬉しいことも、沢山の悔しいことも。勝利も敗北も、出会いも別れも。情熱や怒り、寂しさ――愛だって。

 

 全部アンタが居たから、知ることが出来た。

 

「日本に帰るのね?」

「ああ。ちょっと、やりたいことがあってね」

「そう」

 

 だから、多少の浮気は許してあげるのが良い女の度量という奴だろう。

 

「でも――」

 

 とはいえ、だ。

 

「アンタが居ない内に、この国の天辺もらっとくわよ?」

「はっ。すげーぞ、あの二人は」

「上等。その次は――」

 

 私の笑顔に嬉しそうに口元を歪めて笑うタクミに、そう言って笑顔を返す。

 

 日高舞(わたし)はただ置いてけぼりにされるような女じゃない。

 

 アンタの不在の間にそれをきっちり、証明してあげる。

 

「――遅くなったけど。優勝おめでとう、舞」

「ありがとう。あっちでも頑張って。タクミ」

 

 

 

 

 

 カリ、カリカリカリ

 

「遠近法……遠近法……」

 

 その部屋は少し異質な作業部屋と呼ぶべき場所だった。一つの壁を埋め尽くすように置かれた画面、画面、画面の山。映っている映像はまちまちだが、全ての画像が誰かしらが歌を歌っている姿を写している。

 

「デッサン……デッサン……」

 

 その中心、少し斜めに作られた天板のテーブルに紙を載せ、カリカリと私はペンを走らせる。ブツブツとうわ言のように言葉を放ちながら白紙に向かう姿は傍から見れば異常者にしか見えんだろうが、やってるこっちは真剣だ。

 

 一枚の紙の上に一つの風景を封じ込める。思い通りに右腕を動かすことが出来るチート臭いボディという、他者に比べれば圧倒的に恵まれている条件で、なお苦戦を強いられる作業。これが単なる一枚絵ならここまで苦戦しなかったのだが、僅かに変わっていく風景の演出となると話が変わってくる。

 

 ただ風景を描写するのではなく、風景の変化を意識し絵の中に風情を加える。

 

「…………だめだ!!!」

 

 これがまた、中々に難しい。本日何度目かのお手上げポーズを浮かべて、背もたれにもたれかかる。

 

「描写は上手い。背景だけなら及第点かな」

「うおっと。手越先生、いつの間に」

「ノックしたけど返事がないからね。根を詰めすぎて倒れてないか心配したよ?」

 

 背後から覗き込むように私の描いた背景画を眺めて、手越さんはそう口にする。彼が入ってきた事にまるで気づかなかった。少し集中しすぎていたか。

 

 手越さんは私の作業内容に満足気に頷くとチラとテレビデオの群れに視線を向け、手に持ったコーヒーマグを私に差し出してくる。

 

「君はどうにも正確に物事を捉えすぎている。漫画家には向いてないが、風景画なんかは一度コツを捉えればすぐに上達するだろうさ。漫画には使えないだろうがアニメなら活躍の場もある」

「漫画の部分が大事なんで二回言ったんですね」

「当然だろう? 僕は漫画家だからね」

「ここはアニメ製作所で貴方は所長の筈なんですが」

 

 ニコリ、と本当にいい笑顔を浮かべる手越先生にそう返すと、彼はピューピュピューと口笛を吹いてそっぽを向いた。それで誤魔化すつもりがあるのだろうか。あるんだろうなこの御大。

 

 受け取ったマグに口をつけてずず、と啜る。カフェオレか。ミルクと砂糖多めが好きだと奥様に伝えていたんだがありがたい。足りなくなった糖分が補給されていくのが分かる。

 

「脚本の方はもう完成したんだって?」

「ええ。元々大まかな話はCD作成の時に書き出してたので、後はアニメの尺に合わせて仕上げました」

「まぁ、ウチもアトムの一期制作が終了したし手は空いてたけどね。まさかあれをアニメ化したい、と君が言い出すとは思わなかったよ。アメリカじゃなくこっちで」

「……ええと」

 

 手越さんの言葉にポリポリと頬を掻いて視線をそらす。現在放映中の鉄腕アトム第一期の制作が終了し、手が空いた手越さんのアニメ製作所昆虫プロダクションにボトムズ制作の依頼をしたのが先月。

 

 それから一月の間にボトムズの一期分の脚本を纏め、キャラクターや機体のデザインをアニメ化に合わせて練り直し。テレビアニメの流行に伴い、という名目でアニメ制作スタッフの募集を大々的に行い、アニメ制作に興味がある人材を集めてその中からこれはと思う人物に声をかけ。

 

「で、依頼人は足りない穴は自分で埋めらぁ、とアニメーターの修行を始めたと。控えめに言っておかしいよね?」

「私の脳内映像をアウトプットできる技術があれば解決するんですがね」

「君、拘るところは本当に意固地になるよね」

 

 手越さんの言葉にぴゅーぴゅぴゅーと口笛を吹いて誤魔化しておく。自分でも理解しているんだ。この世界は前の世界とは違う。どうしたってズレが出てきてしまうし、完全に同じ作品なんてそうそう出てくることはないのだと。

 

 だが、それを理解していても納得できるかは話が別。しかもなまじっか優れた記憶力があるせいでコマ割りまできっちり覚えてるから諦めるに諦めきれない。

 

 かつてと同じ作品を、かつてと同じ姿で。長年押し込めてきた欲求が、タガが外れたように体を突き動かしている。

 

「それが自覚できてるなら、まぁ良い。好きにやりなさい」

「……良いんですか?」

「ただの暴走なら全力で止めるがね。自覚できている暴走はね、暴走とは言わないんだよ」

 

 そう口にしながら手越先生はトレードマークのベレー帽に手をかける。

 

必死(・・)になっている若き創作者の背を押すのも、年長者の努めさ。頑張りたまえ、タクミくん」

「ワプ」

 

 パサっと音を立てて視界を覆うベレー帽に驚きの声を上げると、手越先生は笑い声を上げる。

 

「ああ、そうだ。黒井社長から結婚式について相談が有るから、一段落したら来てほしいと連絡があったよ。おめでとうと言うべきかな」

「ああ、了解しました。ありがとうございます」

「なに。しかし、彼もようやく結婚か。お相手さんは外国のお嬢さんなんだって?」

「オーストリアの名家だとか。そちらの事情はよく知らないんですがね。お相手さんとは今度初めて会うんですよ、私も」

「それで、君とそう年齢も変わらないと」

「大学を卒業したばかりらしいですね。恋愛結婚だそうです」

「凄いね」

「はい」

 

 色々な感情が籠もった称賛とも驚愕とも取れる手越の言葉に、つうっと視線を横に滑らせる。30後半で当時大学生の女の子を口説き落とすメディア王がいるらしい。パッパの人柄を知ってる人間が一斉に「あのヘタレが!?」と声を張り上げた珍事だ。

 

 私の反応に何かを察したらしい手越さんはコホンと咳払いをすると、わざとらしく部屋の中に視線を巡らせ始めた。

 

「しかしすごい部屋だねぇ。私なら気が散ってしょうがない。全部の歌を聞き分けてるのかい?」

「まぁ大体は。意識を薄く伸ばして聞いてると言うかなんというか」

 

 テレビデオで埋め尽くされた壁に視線を向ける手越先生に、手元のリモコン群を手に取る。そういえば帰国してすぐ挨拶に来た幸姫ちゃんが、この画面の群れを見てなんか感動してたっけな。いつか自分も同じことをとかなんとか。

 

 さてさて現状流れてる中では……うん。5番のリモコンに手を伸ばし音量を上げると、見知った声が室内に広がっていく。

 

空になりたい自由な空へ 翼なくて翔べるから、素敵ね

 

「で、特に注目する歌があったらこうやって音量を上げてチェックしてます。ピヨの奴、声量が出るようになったなぁ」

「おお、音無小鳥くんか! うちの孫もファンなんだ。明るくて可愛らしいいい娘だねぇ」

 

 『空』。高木順二朗が親族と共に立ち上げた新設芸能プロダクション、765プロに移籍後初めてリリースした小鳥の、有る種デビューシングルとも呼ぶべき楽曲だ。

 

 961プロ時代のように万全とは言えない環境の中で作成されたこの一曲は、宣伝こそそれほどされなかったが、元から知名度の高い小鳥の歌という事もあり少しずつ人気が出始めている。

 

「日本に居るアイドルじゃピヨか菜々かってくらいですから……え、あの仏頂面がピヨのファン? マジで?」

「うむ。私も漫画の中でアイドルを描く際は彼女を参考にしているんだ。見ていると元気が出てくるというかね」

 

 聞き捨てならない単語が耳に入った気がしたが手越先生は私の質問に気付かずにウンウンと何度も頷いていつの間にか手に持っていたメモ帳になにかしらの羅列を書き出し始める。ネタ帳とかいう奴だろうか。

 

 こんな些細な瞬間にも常にネタを考えてるとは、やはりこのレベルの漫画家は凄いな。色々と。

 

「そういえば彼女は元々961プロダクションに居たんだったか。同時に安部菜々くんも美城プロダクションに移籍してしまったしやはり芸能界という華やかな舞台の裏側には魑魅魍魎が! 強い光の裏側にはまた深い闇も存在する!」

「あの二人は元々移籍を前提に961プロに居ただけなんで。聞いてないな?」

 

 手越さんはブツブツとつぶやきながら狂ったようにネタ帳にペンを走らせ続けている。こちらの声も届いていないし、これは落ち着くまで時間がかかりそうだ。

 

 温くなり始めたカフェオレを啜りながら、小鳥の映るテレビ画面に視線を向ける。画面の中の小鳥は歌い終わった後、司会の芸人に弄られながら自身に用意されたひな壇の席に戻っていく。

 

「一人でも問題なし、か。成長したねぇ」

 

 決して自分から前に行くタイプではない。だが、時折振られる話題にも大過なく応答できているようだ。小鳥はアイドルを始めた状況が特殊だった上に、バラエティ特化とも呼ぶべき相方(菜々)が居たせいで961プロでは歌やパフォーマンスへ特化する形での指導を受けていた。

 

 ソロになった後、その辺が悪影響にならないか少し心配だったんだが……どうやら小鳥なりにソロ活動への適応は出来ているらしい。

 

 画面の中、輝くような笑顔を見せる小鳥の姿を少しだけ眺めた後、ギシッと音を立てて作業机の椅子に座り直す。

 

「――頑張るか」

 

 煮詰まっていた感情が和らいでいくのを感じながら、口元に苦笑を浮かべてペンを手に取る。成長を続ける後輩の姿に触発された、なんてのは柄じゃないが、私にだって意地くらいはある。

 

 取り敢えず一枚書き上げたら、パッパに連絡を取るか。色々複雑な所もあるけど、家族が増えるのは素直に嬉しいしね。

 

 

 

 

 そして迎えた結婚式。

 

 身なりの良い紳士淑女達で埋まった厳かな空気が漂う教会の中、最も近しい親族としてバージンロードを歩き、最も祭壇から近い席で黒井と義母となる女性の誓いの言葉を聞き、二人の口づけに拍手を向けながら、思う。

 

 ゆったりとしたお腹にさわらない作りのドレス。予定より前倒しで執り行われた挙式。何かと気遣うように新婦を支える黒井パッパの姿。

 

 ――大学卒業のお祝いのためってちょっと前に渡欧してたな。そういえば。

 

「弟か妹かなぁ! 家族が増えるよ、やったね崇男ちゃん!」

「バカ、やめろ」

 

 退場する際、すれ違いざまにそう声をかけるとパッパはビクリ、と肩を揺らした後、震える声を残して式場を後にしていった。

 

 家族が増えるのは嬉しい。本当に嬉しいんだ。色々複雑な所はあるけどな。

 

 日本に帰ったらOHANASHIだな。うん。




クソ女神様とタクミっぽいののグダグダ小劇場



タクミっぽいの
「もうちょっとこう、だな。相手の立場にたつというか。手助けしたいとか、そういう気持ちに嘘がないのは分かるんだがね」

クソ女神様
「相手の……たとえば?」

タクミっぽいの
「いちいち手出ししないってのが大前提だけどね。迷った時に誘導するんじゃなくやりたいことを軽く後押ししてやるくらいが良いんじゃないかな。ケースバイケースだが」

クソ女神様
「あの娘の義父みたいにやりたいことをやるのが正しいのね。確かに私の目線から見ても彼は優秀な男だったわ」

タクミっぽいの
「そこ例に出しちゃう?」

クソ女神様
「子孫を残す能力が有るのは貴種として重要な才能よ?」

タクミっぽいの
「重要かもしれないけど言いたいのはそこじゃないんだよなぁ」


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番外編 密着取材・黒井タクミの一日

大変遅れた上に番外編で申し訳ありません()

誤字修正。佐藤東沙様、広畝様、路徳様、KAKE様、sugarmaple様ありがとうございます!


 AM5:30

 

 室内を満たすコーヒーの芳しい香りが、眠気を飲み込んでいく。

 

 部屋の主はコーヒーメーカーから生み出された黒い雫を、お気に入りだというコーヒーカップで受け止めて口元に運ぶ。

 

 部屋の主――黒井タクミの一日は、一杯のコーヒーから始まった。

 

「本当に朝から密着するのね」

 

 ――それが今回のコンセプトなので

 

 苦笑を浮かべた黒井タクミ……許可を頂いたため以後タクミさんと表記する……はコーヒーを啜りながらこちらに話しかけてくる。おそらく今現在世界で1,2を争うくらいに有名な日本人である彼女は、その知名度の割に私生活の部分は深い謎に覆われている。きらびやかな彼女の業績は強い光を放ち、その他の彼女に関する事柄を影のように覆い隠しているからだ。

 

 彼女が数年前に出版した自伝――というよりはむしろ娯楽小説として見られている彼女の著書『黒井タクミという女』では彼女の生い立ちから渡米し成功を掴むまでが描かれていた。しかしそれはあくまでも表面的な業績を書き記していただけであり、実際に彼女がどのような生活を送っているかまではわからなかった。

 

「だから密着取材?」

 

 コロコロと愉快そうに笑うたびにタクミさんの艷やかな黒髪が揺れる。彼女の特徴とも言うべき黒く美しい長髪は、ライブ時のポニーテールや記者会見の際に見せてくれたタクミちゃんカット、正式名称ポンパドゥールリーゼントの印象が強い。だが、腰まで届くきめ細やかな長髪は特に弄らなくても十分以上に魅力的に彼女を彩っている。健康的な肌色のコントラストからは、普段の活動的なイメージとはまた一味違う黒井タクミを演出している。

 

 許可を取り、寝間着姿の彼女の映像をカメラに収める。雑誌掲載時にはカラー写真で載せられるよう編集部と交渉しなくては。

 

 

 

 AM6:00

 

「習慣って大事なんだよね」

 

 身支度を整えた後、動きやすい服装に着替えてマンションの一部を改装して作ったというレッスン場に向かう。レッスン場にはすでに複数名の人影が思い思いにストレッチや談笑をしながら待機していた。よくよく見ればどの人影も雑誌やテレビで見かける人ばかりである。

 

 彼女が住まう黒井プロ所有のマンションは、黒井プロに所属するタレントやアーティストが住まう寮としての役割があり、こういった設備が充実しているそうだ。福利厚生に手厚い会社であるとは耳にしていたが、ここまで施設への投資をしているとは寡聞にして知らなかった。

 

「イッチニーサンシー」

 

 時間になるとスピーカーから流れ始めた音楽に合わせて、各自で体操が始まる。ラジオ体操というと整列して行うイメージが強いが、ここではそれぞれいくつかのグループを作り互いに指摘し合ったり談笑しながら体操を行っている。

 

「ほっとくと運動不足になる奴ばかりだからさ、このマンションを寮に改装した時から、せめて体操くらいはって寮住まいの人間にやってもらってんの。でも町内会とかでやってる整列してみんなでってのは、『それ会社員みたいな組織人なら兎も角アーティストにとって必要なのか?』と思ってね。だから体操だけは真面目にしろ。ソレ以外は自由って言ったらこうなってた。後は、所属タレント同士の簡単な交流の場にもなってる、かな?」

 

 タクミさんの言葉になるほど、と頷きを返す。談笑しながら体を動かす彼ら彼女らを見るに、交流の場としての役割は大きいように感じられる。私も学生時代を思い返しながら軽く体を動かす。

 

 ――ところで、あの隅っこの方で青い顔をしながら管理人さんと一緒に体操をしているお坊さんは一体?

 

「ああ、朝帰りしたのを銀さんに怒られたんだろうね。ジョブさんっていって、ええと。あの人は日本ミカンの――ううん、難しいけど食客みたいなもんだから気にしないで」

 

 食客とはまた古風な言い回しである。日本ミカンといえばいまもっとも成長著しいと言われるコンピュータ産業のトップ、ミカン社の日本支社である。あれほどの大企業に勤めているというなら一廉の人物なのだろう。ジョブさん、一応メモしておこう。

 

 

 

 AM6:20

 

 朝食をとるとの事でタクミさんの自室に戻る。このマンションには先程のレッスン場のように内部を改造して作られた食堂もあるらしいが、混乱を避けるためタクミさんはいつも自分の部屋で食事を摂るらしい。

 

 今日の彼女の朝食はご飯に味噌汁に卵焼き、それに昨夜の残りだという肉じゃがというごくごく一般的な家庭料理だ。

 

「日本に帰ってきたらご飯を食べるようにしてるんだよね。あと味噌汁」

 

 ――海外だとやはりお米が恋しくなるんですね。

 

「恋しくなるね。2,3日はともかく1週間も経つと特に。一緒に向こうに渡ってる日本人スタッフは、炊飯器を持ち込んでたっけ」

 

 手際よく盛り付けを行いながら、けらけらと笑うタクミさんに相槌を返す。割烹着姿のタクミさんという貴重な一枚も撮れ、更に朝食をご相伴に預かる事も出来た。今回の企画では、彼女にはこのような家庭的な一面もあるという事を世に知らしめねばならないだろう。朝食、大変美味でした。

 

 

 

 AM7:00

 朝食を食べ終えた後、すぐにタクミさんは私室に戻り外出の準備を始めた。彼女ほどのスタァであるならば分刻みのスケジュールになるのだろう。忙しい一日になりそうだ、と気合を入れ直していると、着替え終えたタクミさんが居間に戻ってきた。

 

 今日の服装はレザーショーツに革のジャケットと、変装用だという丸メガネのサングラスと黒いハンチング帽。格好だけを見れば、そのままツーリングにでも行きそうなスタイルだ。タクミさんならば大概の服装は映えるが、若干あどけなさが残る彼女の容貌にこのスタイルは少しアンバランスに感じる。いや、そのアンバランスさも魅力と言えるかもしれない。

 

「あー、まぁ。途中で時間見つけて、教習所に行きたいからさ」

 

 ――教習所、という事はバイクの免許を?

 

 彼女の年齢的に車の免許はない。そう考えるとバイクでほぼ間違いないだろう。しかし念の為に確認すると、タクミさんも「そそ」と肯定の頷きを返してくれる。バイクに跨る黒井タクミ……タイミングが合うならば、是非写真に収めさせていただきたいものだ。

 

 

 

 AM7:30

 

 マンション前に寄せられた車に乗り込み、移動を開始する。まずは黒井プロの本社ビルに――ではなく日本ミカン社に顔を出すらしい。なんでも新作のミカン3開発が佳境を迎えており、それに合わせて日米双方での販売計画を詰めなければならないそうだ。

 

 ――それは、部外者の私が聞いても大丈夫なのでしょうか

 

「大丈夫大丈夫。この取材が記事になる前に発売してるから。むしろ良い宣伝になるよ」

 

 私の質問に対して、タクミさんはそう商売人としての表情で返事を返した。その笑顔に、彼女がここ5年で数多の事業を成功させた、世界でも有数の成功者である事を思い出す。

 

 車での移動時間は約30分。その間に煮詰め直す、と資料に視線を向けるタクミさんの横顔を、許可をもらった後に一枚レンズに収める。

 

 

 

 AM8:10

 

 日本ミカン社ビルに到着する。元々は大手芸能プロダクションが所有していた建物を改装したこの建物は、元の形とは大きく姿を変えたらしく全面ガラス張りの前衛的な姿をしている。地震があった時に大丈夫なのか訪ねた所、むしろそこらにある高層ビルなどより耐震や台風対策を取っているそうだ。

 

「お金で買えるんなら安全は買うべきだよ。建物は替えが利くけど、人と其の人が持つ経験は替えられないもんね」

 

 ビルに入る際、屈強なガードマンに身分証を提示しながら――このビルのオーナーであるタクミさんですら身分証を提示しているのだ――タクミさんはそう口にして、足早にビル内へと歩いていった。

 

 その後ろ姿を写真に収め、ふぅ、とため息を一つ。人と経験は替えられない。3日はほぼ寝られない強行取材なぞを持ってきた、うちの上司にも是非聞いてほしい一言だ。

 

 

 

 AM8:30

 

 会議は踊る、されど進まずとは誰の言葉だったか。

 

「官公庁が使用しているマシンの更新は既定路線です。現在の生産能力では」

「だから! この計画では供給のバランスが取れないと言ってるんだ! せっかくミカン2で広がった民間の間口を閉ざすつもりか!」

 

 主に発言をしているのは販売部門の代表と営業部門の代表だそうで、会議が始まった当初から彼ら二人は生産されるミカン3をどう扱っていくかで言い争いを続けている。民間への販売を重点的な位置づけにしている販売部門と、官公庁や大企業などを重点的に見ている営業部門の主張はどちらも正しいように思えて、それ故に平行線となってしまっているのだ。

 

 ――どちらの主張も汲み取る、というのは出来ないのですね

 

「リソースは限られてるからね。10あるなら5ずつにして、なんてのが理想なんだろうけど……」

 

 そう言って首をすくめた後、タクミさんはお茶の入った湯呑に口をつける。最終決定権を持っては居るが、基本的に彼女はこういった会議の場で発言することはないのだという。トップは目標を定め、決断することが仕事。それがビジネスマンとしての黒井タクミの哲学だ。

 

「ま、現場のことなんて私にゃわからないからね。もちろん私の目標にそぐわないって思ったらガンガン口出す時もあるけど、普段はこんなもんだよ」

 

 その結果が現在、ホームコンピュータの部門で日本シェアを独占している日本ミカン社の現状なのだから、彼女のビジネスに対する嗅覚は優れたものなんだろう。

 

 ――所で先程も見かけたお坊さんが隅っこの方でお茶を啜っているようなのですが

 

「開発部門の顧問なんだよねぇ。ミカン3の日本向けシステムに手を入れてくれて。いや、良いもん作ってくれたのはいいけどあの人の拘りを再現すると納期がががが」

 

 なるほど。やはり只者ではなかったらしい。

 

 

 

 AM9:30

 

 黒井プロダクション。メディア王とも呼称される黒井崇男社長が率いる、現在では芸能界最大手と言える会社に成長した大企業だ。数年前に起きた芸能界再編の流れを生み出し、長年問題視されていた所謂【芸能界の闇】を一掃した事件は、当時学生だった私でも知っている、それこそ日本史に残る出来事だった。

 

未来だけ信じてる 誰かが嘲ってもかまわない 走ってる情熱が あなたをキラめかせる

 

 その黒井プロの本社ビルの一角、レッスン場に椅子を並べて、タクミさんは真剣な表情で歌う新人に視線を向けている。

 

 彼女たちは黒井プロが運営しているアイドル養成校の候補生だ。日本においてアイドルというものは、もはや芸能界を牽引すると言っても過言ではない存在に成長している。”キング”ジャクソン、”クイーン”マドゥンナの登場によって世界中に芽吹いたアイドルという種子は、日高舞という不世出の怪物によって日本でも花開き、彼女と入れ替わるように現れた音無小鳥と安部菜々によって完全に一音楽ジャンルとしての立場を確立させた。

 

 今や日本は大アイドル時代と言っても過言ではなく、各地にはアイドルを養成するための養成校が乱立している状態だ。黒井プロの養成スクールはそんな玉石混交のアイドル養成校の中でもトップレベルの規模と人材、施設を持ち、ここに所属した事があるというだけでも一つのステータスになる。

 

 彼女たちはそんな中でも、特に将来を見込まれている人材で、つまり次代のスターアイドル候補と言うべき存在なのだろう。

 

「うん、うん。良いんじゃない?」

「そうか! 彼女たちはおメガネに叶ったか。なら、お前の楽曲を預けても問題は無さそうだな」

「パッパに渡した奴はもう、ほんと気にしないで使って良いんだよ? てか私よりもパッパのほうがそういうのは見抜けるんじゃないかなぁ」

 

 だからこそなのか。

 

 黒井社長と黒井タクミが目の前に並んでパイプ椅子に座った、この”特別”ステージでも彼女たちは見事に歌い切る。正直な話、それだけでもとてもすごいと思う。私があそこに立っていたら間違いなく数秒でへたり込んでいただろう。

 

「実力、容姿共に現在の訓練生では群を抜いている。ブラックニードル、この二人は黒井の新たな柱になる可能性を秘めている」

「うん。今のままでもいい線いくだろうね。欲を言えば……ピヨや菜々に対抗するなら、もうひと押しほしいんだけど」

 

 カリカリと小さなメモ帳に鉛筆を走らせながら、タクミさんは黒井社長の言葉にそう答える。素人目には彼女たちのパフォーマンスは素晴らしい、文字通りプロ級の出来栄えだと思えたのだが、タクミさんの目には幾らかの問題点が見つかったのだろう。

 

 書き込んだメモ帳を黒井社長に渡し、踊り終わったブラックニードルの二人に一言、二言声をかけた後にタクミさんは部屋を後にした。メモ帳を渡された黒井社長の顔が魂消たといわんばかりの表情で固まっているのだが、あれは放置しても良いのだろうか。

 

 

 

 AM11:00

 

「難しいかなぁ」

「難しいねぇ」

 

 黒井プロ本社ビルには、福利厚生として幾つかの店舗が入っている。其の中の一つ、随分と趣味の良い、メイドと呼ばれる欧州の家政婦が店員を務める喫茶店の一角で、タクミさんはコーヒーを口にしながら相談を受けていた。

 

 相手はタクミさんの年齢の倍以上を芸能界で生きる歌謡界の大御所。黒井プロでも上から数えたほうが早いほどの経歴を持った人物が、タクミさんに頭を下げている。流石にこの光景を写真に収める度胸はない。木、わたしは木……と最近連載を追いかけている少女漫画のモノマネで周囲と同化しながら、このなんとも反応に困る光景を極力記憶しないように目をそらす。

 

「新しいことに挑戦してってのは良いと思うんですがね。だからアニメの主題歌を、ってのは一度しっかり考えたほうが良いと思いますよ?」

「そうかねぇ。孫との話のネタにならないかと思ったんだが」

 

 外ではまず見せられないようなその光景にもタクミさんは臆することなく、近所の困ったおじいちゃんを相手にするようなノリで彼との会話に応じている。実際、大御所さんの方も親戚の子供に接するような話し方でタクミさんと会話をしているので、会話を聞かずにこの場面を見た人物には祖父と孫がじゃれ合ってるような印象を受けるのではないだろうか。

 

 何度か同じようなやり取りをした後、大御所さんは仕方ないか、と小さくため息を付いてタクミさんに礼を言い、席を立った。

 

 ――こういう頼まれごともあるんですね

 

「最近はしょっちゅうよ? 漫画もアニメも最初のうちはなんだか良く分からないって扱いだったけど、一年二年も経つとね」

 

 温くなってしまったのだろう、コーヒーを一息に飲み干して、タクミさんは小さくため息をついた。鉄腕アトムを皮切りに続々とお茶の間に届けられるまったく新しいテレビ番組の形、アニメーション。

 

 少年飛翔や日曜日といった少年誌が原作となる場合が多く、子供向け番組というレッテルを貼られる事もあるが、その影響力は高まり続けている。目端の利く人間なら、なにかしらの関わりを持ちたいと思うのだろう。現存するアニメーションの主題歌は全てなにかしらの形で黒井タクミが関わっているし、そちらを目当てにしている人もいるかもしれない。

 

「まぁ、あの人はぜんっぜんマシな頼みだったけどさ。あれ本当にお孫さんとの話の種にしたいだけだろうね。演歌が合う原作があれば打診すっかなぁ」

 

 ――演歌が合うアニメーションなんて出てくるんですかね

 

「……時代物とかならワンチャン?」

 

 

 

 PM12:10

 

「~~~~~♪」

 

 街ゆく人々を眺めながら、タクミさんの鼻歌が風にのって運ばれていく。五線譜が入った音楽帳にカリカリと鉛筆を走らせながら、タクミさんは時折顔を上げて街ゆく人々に視線を向けていた。

 

「~~♪ よし、と」

 

 ――作曲なされていたんですか?

 

 私の質問に「そそ」と小さく頷いて、タクミさんはサンドイッチに手を伸ばす。鉛筆を走らせはじめて5分ほど、それこそ歌謡曲一曲分の時間で作曲など出来るものなのだろうか。いや、流石にまだ完成というわけではないだろう。

 

「ごめんね、付き合わせて」

 

 ――いえ、こちらが付き合わせて頂いているのでお気になさらず。こういった所でも食事をされるんですね

 

 もそもそとサンドイッチを食べ終えた後、申し訳なさそうな表情を浮かべるタクミさんに気にしないでほしいと伝え、質問を口にする。

 

「まぁね。お硬いお店も良いけど、こういった騒がしい所も悪くないじゃん? 子供の頃は縁日で芸とか見せてたから、人が多い所って好きなんだよね。後は、歩いてる人を眺めるのも面白いからさ」

 

 人を、眺める? 人間観察という事だろうか。首をかしげると、タクミさんは気恥ずかしそうに苦笑を浮かべて手をパタパタと振る。あまり深くは聞いてほしくないようだ。人間観察が趣味だという人はそれなりに居るし、恥ずかしがる事でも無いと思うのだが。

 

 私がそう伝えると、タクミさんはなんとも言えないような表情を浮かべた後にそそくさとテーブルの上に広がるゴミを纏め始めた。照れている。あの、黒井タクミが。芸能関係者の中では嵐の擬人化とまで呼ばれた少女が。

 

 思わずカメラを構えてシャッターを切ってしまったのも仕方のないことだろう。

 

 

 

 PM12:15

 

 起きるべくして起きたと言うべきだろうか。

 

「あ、あの! 私達、黒井さんの大ファンで!」

「ボ、ボトムズも黒井タクミ名義のアルバムも、全部持ってます! じ、『実験場シリーズ』の『THE・IDOL』がホントに凄くて、何回も聴いてて!」

 

 小洒落たカフェから出て次の目的地へと向かおうとした時。店舗に入ろうとすれ違った楽器を背負った中学生くらいの少女たちが、タクミさんの存在に気づいたのだ。丸縁のサングラス一つという凡そ変装とは呼べないような格好で出歩いていたため、注意深く見ればすぐに分かってしまうだろう。

 

 アマチュアのガールズバンド……いや、真新しいギターケースやベースケース、それに彼女たちの指先を見るに学生同士の趣味の集まりだろうか。見る限り、彼女たちには音楽に打ち込んだ空気を感じることが出来ない。良くも悪くも普通の学生という印象を受ける。

 

 いや、一人だけ。一歩引いた場所に立つ黒髪の少女は少し雰囲気が違う。いや、雰囲気というよりは視線、だろうか。彼女だけ、タクミさんに向ける視線が少し……

 

「お、おう。ありがとう。私名義の奴はあんまり売れてないのによく持ってたね、嬉しいよ」

 

 

 

「え、黒井タクミ?」「うそ、本物?」「わ、かわいい」「顔ちっちゃい!」「タクミちゃんだ!」「写真! 写ってルンですどこ!」

 

 ざわざわと騒ぎになり始める周囲に「あー、っかしーな?」と気の抜けた声をあげてタクミさんが頬を掻く。面倒事が起きてしまった、と考えているのだろう。

 

 私としてはこんな町中に貴女がいれば当然の結果だと思うし、それに、あまり売れていないというのは流石に謙遜が過ぎる。

 

 タクミさんがボトムズではなく自身の名義で発売しているアルバムは現在6作。1作目の【THE・ROCK】から始まりポップス・ジャズ・ダンス・フォーク、そしてアイドル。全ての楽曲が日本語で構成された、日本向けに発売された、別名【黒井タクミの実験場】と呼ばれるアルバムシリーズだ。

 

 別名がついている理由は、収録された楽曲にある。最初に発表されたROCKでは昨今の流行りであるパンク・ロックやハードロックなど多種多様なロックの曲が綴られている。私がタクミさんのファンになった切っ掛けはもこのアルバムであり、収録曲『雨あがりの夜空に』は今でも毎日のように聞いている。

 

 その後に続くポップスなどのアルバムも、同じような曲調の作品は全く入っておらず、ジャンル以外の統一性は全く無い。欧米のとある評論家が「黒井タクミが新しい音楽ジャンルの開拓をするための実験場」と評した経緯から、彼女のファンからは彼女のアルバムシリーズは『実験場』と呼ばれるようになったのだ。

 

 そういう経緯の作品群であるが中身はさすがは黒井タクミと言うべき名作ばかりであり、1,2年に1作が発表される彼女の個人アルバムはそれぞれが数百万枚、全体の売上で言えば1千万を超えている。世界有数の一流アーティストが生涯に渡って達成する売上にも等しい数字になる。

 

 ボトムズがメインの戦場としている欧米ではなく日本での売上なので、彼女の普段の感覚では売れていないと感じるかもしれないが――流石にその感覚は、間違いなく狂っていると言えるだろう。

 

 ここまで比較的常識的な姿を見せてくれていたタクミさんだったが、こと創作の分野ではやはり常人とは一線を画しているようだ。後でこの件はメモしておこうと心に決めながら、私は一歩前に出る。

 

 ――ごめんなさい、予定がおしているので

 

 彼女たちとタクミさんの間に体を割り込み、はっきりとした口調で彼女たちにそう告げる。周囲の視線が私に向けられるが、今日一日私は取材記者兼タクミさんの付き人だ。キリッと眉を吊り上げ、非難するような彼女たちの視線を跳ね返してタクミさんのための道をあける。

 

 そのままサインでも強請り出しそうだった少女たちも、自分たちの周囲がどうなっているのか気づいたのだろう。キョロキョロと周りを伺い「あ、ご、ごめんな!」「ちょ、ヤバいって!」と口にしつつ慌てたように道を開ける。思った以上に素直に道を開けてくれた。マナーの悪いファンではなかったようで一安心、という所……

 

「あの」

 

 だと、思っていたのだが。

 

「少し、タクミさんにお伺いしたい事があります」

 

 ――あの、ですから予定が

 

「いや、良いよ。なにが聞きたいんだい?」

 

 やはりそう上手く事は進まないというか。一人、他の少女たちと少し離れた立ち位置でこちらを見ていた黒髪の少女が、立ち去ろうとするタクミさんに声をかけてきた。遮ろうとする私を言葉で制して、タクミさんが少女の問に首を傾げて答える。

 

 タクミさんの言葉に少女は数瞬、戸惑うように瞬きをした後、一つ息を吸って瞳に熱を込める。

 

「人を感動させるには、どうすれば良いんですか」

「…………」

 

 少女の言葉が予想外だったのか。先程まで気だるげな様子だったタクミさんが目を見開いて固まった。

 

「貴女を超えれば。頂点に立てば、それが出来るんですか?」

「……へぇ?」

 

 重ねるようにそう問う少女の言葉に、タクミさんの声音が変化する。それまでの――私との応対を含めた――穏やかな声音が、突き刺すような。それこそ鋭く尖った針の上に立たされたかのような空気を纏って、タクミさんが愉快そうに口元を歪めた。

 

「貴女の歌を初めて聴いた時、背筋から脳天までを電流が貫いて行きました。これまで、ただ親に言われるまま、なんとなく学校に通って勉強して、なんとなく友達を作って、そんな漠然とした感覚で生きていた自分を、貴女の歌は吹き飛ばしていきました。感動した、と言えば陳腐に聞こえてしまうかもしれませんが、私は確かにあの時、ラジオから流れてきた貴女の歌声に意識の全てを奪われました。感動、したんです」

「お、おぅ」

 

 少女の口から堰を切ったかのように出てくる言葉の数々。一言一言、まるで自分自身確認するかのように並べられたそれらに、タクミさんの放つ空気が和らいだ。面食らったのか、照れているのか。カメラを取りたい欲求をこらえて、少女の次の言葉を待つ。

 

 今、この場は彼女とタクミさんの場だ。私の中の勘のようなものが、この場面に茶々を入れてはいけないと感じている。

 

「貴女の歌を聴いて。全てを聴いて、こんなにも素晴らしいものがこの世にあるなんて、と思いました。貴女のアルバム、ボトムズのアルバムも全部手に入れて、貴女が作曲したというアーティストの歌も聴いて、他のアーティストにも目を向けて」

 

 それをこの場に居る群衆も感じたのか。先程までざわざわと騒がしく感じていた群衆の声はシンと静まり返り、視界に入る誰しもが固唾を飲んで事の推移を見守っている。

 

「そして。貴女のように、私も誰かを感動させるようになりたいと、思ったんです」

「――だから、私を超えたい?」

 

 和らいだ雰囲気のままそう尋ねるタクミさんの言葉に、少女は一も二もなく頷いた。其の様子に、くつくつと愉快そうに笑い声を上げた後。

 

「おけ。じゃあ、歌ってみてよ。それとも演奏の方?」

 

 ドカリ、と店舗の玄関近くにあった椅子に腰をおろして、タクミさんはそう口にした。

 

 ――た、タクミさん?

 

 思わず口を挟んだ私に、タクミさんの視線が向く。

 

 黙っていろ。

 

 明確なまでにそう込められた視線の意思に言葉を失っていると、少女はこれまた迷うことなく首を縦に振り、背後に控えていた仲間たちに目を向ける。

 

「【THE IDOL】の13番。一番練習した、あの曲」

「む、無理無理無理! 一沙なに言ってるの!? こんな、こんな人が!」

「私ら、まだ結成して2ヶ月だよ!? 練習だって、全然っ」

「……怖いよぉ」

 

 一沙と呼ばれた少女の言葉に、彼女の仲間たちは猛反発を見せる。いや、一人に至っては其の場にうずくまり、涙を流し始めた。自分の状況が理解できて周辺の視線に気圧されたのだろう。

 

 そんな彼女たちをどう見たのか。一沙さんは大きく一度呼吸をした後に、タクミさんに向き直った。

 

「伴奏なしでも、良いでしょうか」

「構わんけど――そっちのギターのお嬢さん。そいつを貸してくれないか?」

「ふ、ふぇ?」

 

 混乱しながら、言われたとおりにギターの少女がタクミさんにギターケースを渡す。タクミさんは傷をつけないようにそれを受け取った後、ケースを開けて収められていたギターに手を伸ばす。

 

 収められていたギターは、思った以上に状態のいいものであった。タクミさんはギターを眺めて小さくうなずくと、軽く音を確かめるように弦に指を走らせる。

 

「うん、ちゃんと手入れも調整もされてる。いいギターだね、お嬢さん」

 

 ニカっと笑みを浮かべてギターの少女にそう言い、タクミさんは一沙さんに視線を向けた。

 

 その視線に小さく頷きを返した彼女に、浮かべていた笑みの質を変えながら。

 

 ~~~~~♪

 

 止めるまもなく、メロディが流れ始める。当然私も聴いたことがある、何度も聴いたことがある曲。ボーカリストとしてではなくギタリストとしての黒井タクミの指先から紡ぎ出された音楽は、昼下がりの町中を即席のライブハウスに仕立て上げてみせた。

 

 どこにでもあるようなファストフード店の前で。唐突に、初めて出会った二人が音を響かせて。

 

 本当に唐突に。

 

 ライブが始まった。

 

 

 

午前0時の交差点 微熱まじりの憂鬱 なんだかすれ違う恋心

 

 黒井タクミの伴奏にざわめく周囲の喧騒を、少女の歌声が塗りつぶしていく、

 

夜の(ドア)すり抜けて 明日にたどりつきたい 約束なんか欲しい訳じゃない

 

 透明感のある歌声が、タクミさんの伴奏に合わせて町中を響き渡る。先程の言葉を信じるならば、バンドを結成して2ヶ月の。ほとんどボイストレーニングも受けていない素人とはとても思えない。 

 

車走らせる貴方の横顔 嫌いじゃない 少し黙ってよ

 

 【THE IDOL】。黒井タクミ名義のアルバムの中でも最も新しく、最も日本の若者を魅了するアルバムだ。このアルバムに収められた20と1曲を歌えない10代は居ないとまで言われている。そんなこのアルバムの中でも、13番は特別な一曲だ。

 

ハートがどこか灼けるように痛いよ ウィンドウあけて 街中に

 

 かつて、彼女が大ファンだと公言して憚らなかった一人のアイドルに、捧げたい。自身の作品に関して特にコメントを残すことがない彼女が珍しく、そう言及した一曲。己の引退ライブで、あとに続く少女たちへの夢のための歌を歌った彼女に。

 

BANG! BANG! BANG! BANG!

 

 夢見る少女ではいられなくなった――美城幸姫を想って世に出された、一曲。

 

もっと激しい夜に抱かれたい! NoNo それじゃとどかない

 

素敵な嘘に溺れたい! NoNo それじゃものたりない

 

鏡の中いまも 震えてる

 

あの日の私が言う

 

夢見る少女じゃいられない

 

 

 

 二人の声が重なり、歌は終わる。余韻のような伴奏に耳を傾けながら、ほぅ、と一つ息を吐く。歌い終わった一沙さんは、空を見上げて、大きく息を吸って、吐いた。

 

 周辺を見やると、其の場に佇んでいた誰しもがぼぅっとした表情を浮かべている。私と同じように余韻に浸っているのだろう。カメラを構えて、この衝撃を生み出した二人にファインダーを合わせる。

 

「うん、楽しかったよ。最後、混ざってごめんね」

「……あ、はい」

 

 ギターを抱えたまま右手を差し出すタクミさんに、一沙さんが応える。二人が握手する瞬間をカメラに収める。凄いものを見た。見てしまった。その感情が、私の胸の中で荒れ狂い。

 

「プロの基準で言うと35点くらいかな」

「…………えっ」

 

 荒れ狂った感情は、また別の感情で塗り替えられる事になる。

 

「発音が安定してないし、声量も小さい。声の質に依存しすぎてるかな。あと全体的に細すぎ。もっと肉食え肉。ボーカリストは体力勝負だぞ?」

「あ…………え、はい……」

 

 彼女に感じた欠点を指折り数えるように口にするタクミさんに、一沙さんが面食らったような表情で首を縦に振る。

 

 私にとっては素晴らしい歌声だと感じた彼女の歌も、タクミさんの目で見ればそういう評価なのだろうか。しかし、少し厳しすぎる評価ではないか。

 

「でも」

 

 彼女の歌声に感動した一人の人間として口を挟もう。そう私が決断する前にタクミさんはトン、と一沙さんの胸をノックするように叩き。

 

度胸(ハート)は満点だよ。あんたの歌、ロックだったぜ?」

 

 そう言って、ニカッと笑顔を浮かべた。

 

「あんた、名前は?」

「か、一沙……若宮一沙です」

「そっか。一沙、ね。ボーカリストとして大成したいんなら、ちゃんとしたレッスンは受けたほうが良い」

 

 タクミさんはそう言うと名刺のようなカードを取り出し、彼女の手に握らせた。

 

「もし興味があるなら、私の名前でそこに連絡を入れてみて。黒井プロのアーティスト養成校。少なくとも環境は一流だよ」

「えっ、えっと、私」

「行こっか、記者……、マネージャーさん」

 

 一沙さんの返事を待たずに、タクミさんは歩き始めた。その背中を追いかけつつ、背後を振り返る。夢見心地、という表情を浮かべる一沙さんと、彼女を囲んではしゃぐ少女たち。

 

「ごめんね、ついつい熱くなる言葉貰っちゃったからさ」

 

 そんな私の様子に気づいたのか。タクシーに手を上げながら、タクミさんが申し訳無さそうな声で話しかけてくる。気にしないでほしいと伝えると、表情をそのままに、不承不承、という様子でタクミさんは頷いた。

 

「あの娘、パッパ気に入るだろうな。ブラックニードルの、あとひと押し。それにあの娘はなれるかもしれない」

 

 ――確かに、彼女からは光るものを感じました

 

 私の言葉にうんうん、とタクミさんは頷いて。ちょうどよく止まったタクシーに乗り込み、次へと向かう。

 

 上機嫌に鼻歌を歌うタクミさんは、それ以降彼女たちの事を話すことは無かった。私も、彼女たち。若宮一沙と、その仲間についてそれ以上言葉にすることはなかった。

 

 あの時、あのタイミングで一も二もなく歌い始めた若宮一沙は本物だろう。才能が云々ではない。精神性が、すでに一般人を超えている。

 

 そして――共に居た彼女の仲間たちがそうではない事も、分かった。彼女とは違って、彼女たちは、どこまでも一般人であった。群衆の前(あそこ)演奏()れないのなら、彼女たちはいまだ演奏者ではないのだ。すでに精神性がプロの領域に居る若宮一沙と彼女たちの温度差は、ひどいものとなるだろう。

 

 なんとなく。彼女は一人で黒井プロに来るだろうと感じながら、今歩いてきた道を振り返る。

 

 ざわざわとした人混みにまぎれて、先程の店も、彼女たちの姿も見えなかった。

 

 

 

 

 PM13:15

 

 次に予定していた仕事が急遽延期となり、少し空いた時間を使って教習所へとやってきたタクミさんと私は、所員の土下座で出迎えられ途方にくれることになる。

 

 意味がわからない、とこの文章を見た人には言われるかもしれない。しかし、教習所に入った瞬間、受付や事務員さん総出で駆け寄ってきて総土下座となったこの現状を、正確に言い表す言葉を私は知らない。

 

「……あの。筆記は終わったし次は実技」

「無理です」

「いや、だから」

「無理です」

「壊れたバイクは新品に替えたよね?」

「無理です」

「分かった。足りない機材、全部私が買い換えたる!」

「そんな問題でもないんです!!!」

 

 恐らくかなりの御偉い方と思われる男性が、頭を地面に擦り付けながらタクミさんと言い争う。

 

 曰く。タクミさんは超特殊な体質らしく、乗ったバイク全てがショートしたかのように焼け焦げて使えなくなるのだとか。普通に車に乗る分には問題が無いのだが、機械式の乗り物、特にハンドルを握るたぐいの乗り物は絶対に触ってはいけないのだという。

 

 ――あの。絶縁体を間にかませてみては

 

「それで大丈夫なら苦労しないんだよね……焼け焦げちゃうんだよ。絶縁体が」

 

 そう口にした後、ファッキンゴッド!ファッキンゴッド!とタクミさんは何度も叫んだ。生い立ちといい体質といい、彼女は、本当に特異な星の下に生まれてきたのだろう。一人の人間に課すにはいささか荷が重すぎるのではないか。神に恨みたくなるのも、無理がないと言える。

 

 

 

 PM15:30

 

 かの名作、ゴジラが撮影された現場に足を踏み入れる。誰も居ない、ガランとした撮影現場の乾いた空気を大きく吸い込み、故・円城監督へ黙祷を捧げる。

 

「次に考えている特撮作品ですが、実は小野島社長の作品を実写化させていただきたく。黒井さんに仲介をお願いしたいんですが」

「あー、いいっすねぇ!」

 

 少しの沈黙の後、この撮影所の主である円城さんはそう言ってタクミさんと会話を始めた。明らかに気落ちしていたタクミさんに、気を使ってくれたのだろう。

 

 タクミさんは時間があれば、この撮影所に足を運ぶそうだ。

 

 彼女にとっても円城監督とゴジラは、特別な存在なのだろう。

 

 許可を取り、撮影現場に立つ彼女の姿を写真に残す。もし次回作があるなら、彼女がゴジラに出演することもあるのだろうか。

 

 

 

 PM16:20

 

「少しだけ待ってて。世話になった診療所に挨拶してくる」

 

 ――あ、はい

 

 にこやかな、けれど有無を言わさぬ口調のタクミさんに気圧され、私は首を縦に振った。

 

 間医院と銘打たれたその小さな診療所は、円城スタジオからほど近い場所にある。なんなら歩いて5分ほどの、本当に近所と呼ぶべき場所だ。円城スタジオのかかりつけ医といった側面もあるらしく、その縁から彼女もお世話になったのだろう。

 

 十分程して中から出てきたタクミさんは「一言くらい良いじゃねーか! ちくせう!」と子供のように肩を怒らせて歩いてきた。あまりにも面白かったのでつい無断で撮影してしまったが、幸いなことに怒られることはなかった。これは流石に雑誌には載せられないが、後で現像しておこう。

 

 

 

 PM17:00

 

 勝手知ったる小野島出版。私の所属する週刊スパット!も小野島出版発行の雑誌で、いわばマイホームに戻ってきたとも言える。だが、意気揚々とビルの出入り口をくぐった私を待っていたのは。

 

「やぁタクミさん、いらっしゃい」

「お、小野島さんチッスチッス」

 

 うちの大ボスによる出入り口でのお出迎えという、一平社員が一生目にできないだろうシーンであった。

 

 あまりの事に固まった私を尻目に、タクミさんは小野島社長と談笑しながらビルの中へと入っていく。慌てて追いかけ、無の境地で二人の会話を聞き流し。面接の時にしか入ったことがない社長室へ足を踏み入れ、そして私の意識は飛んだ。比喩ではなく、気づいたら週刊飛翔の編集部前に立っていたのだ。

 

 時計を見たら1時間ほどタクミさんと小野島社長は話していたようだが、なぜか内容が思い出せない。気づいたときには週刊飛翔の編集部前に立っており、狐につままれた気分を味わいながらタクミさんと共に週刊飛翔編集部のドアをくぐる。

 

「……アレの話を聞いたら、関係ない人はこうなるのか」

 

 ――アレ、ですか?

 

「ん、なんでもない……うぉ、新刊じゃん! のりこめー!」

 

 一瞬、険しい顔をしたタクミさんに首をかしげて返す。そんな私の仕草になんでもない、と首を振り、タクミさんは上機嫌な様子で刷り上がったばかりの週刊飛翔に手を伸ばす。今週は――幽霊白書も載っている! あたりだ!!

 

 その後1時間ほどタクミさんと新刊を読み、感想を言い合うという穏やかな時間を過ごして週刊飛翔編集部を後にする。今日一日で一番穏やかな時間だったかもしれない。

 

 

 

 AM19:20

 

「次の挑戦者はこいつらだい!」

 

 安部菜々の元気な声に観客が湧き、ステージ登場前に湧き上がる観客に出演者が困惑するカオスな空気。いまや押しも押されぬ人気番組、【ナ音】の収録現場は、どこか懐かしいような、真新しいような雰囲気で進行していた。

 

「人が演奏()ってると歌いたくなるんだよなぁ」

「むっ! 駄目ですよタクミちゃん! とびいりは”菜々のやってはいけないおやくそく”第5条なんですから」

「お前がやって怒られた第5条な。聞いた時腹抱えて笑ったぞ」

 

 数々の伝説をこの番組で生み出した安部菜々の所業の一つ。【出演者が演奏中、知ってる曲だから参加した】事件は安部菜々という個性がどういった存在なのかを全国放送で知らしめた事件だ。あれ以降、【ナ音】を見ている視聴者の半分は彼女がまた何かやらかすのではないか、という期待を懐いているらしい。

 

「さんぽさん、ちゃんとこの暴れん坊制御してよ」

「無茶言わんといて!」

「菜々はお坊さんじゃありませんよ?」

 

 審査員として司会の明日茂さんぽと安部菜々にちょっかいをかけ、たまにちょっかいをかけられて、タクミさんは終始笑顔を浮かべたまま収録を終えた。テレビとは相性が悪いと世間では言われているタクミさんだが、この取材の中で触れた彼女の人となりは非常に温厚なものだ。過去にあった問題も、恐らくは彼女に非があるわけではなかったのだろう。

 

 とはいえ、飛び入りは起きたのでなんの問題も無かったとは言いづらいが。出演者が喜んでいればセーフ、という理論はありませんよ。反省してください。

 

 

 

 PM21:30

 

 もう良い時間になるが、黒井タクミの一日はまだ終わらない。部屋に戻り、お風呂や店屋物での夕食を済ませた後。タクミさんは、自宅の中にある作業部屋へと入っていった。

 

「遠近法、遠近法……」

 

 タクミさんはぶつぶつと何事かを呟きながら、大きな用紙にペンを走らせている。用紙の中には、彼女が作り上げた物語、ボトムズのキャラクターが描かれている。今描かれているのは確かブールーズ・ゴウト。ボトムズ全編における主人公、キリコを助ける老人だ。

 

 毎日の日課として、彼女はボトムズのキャラクターを描いているのだという。彼女が描いた絵は現在アニメ制作の最大手、昆虫プロダクションで製作中の【装甲騎兵ボトムズ】にてキャラクターデザイン画として使用されているそうだ。

 

「本当は今日もチュープロに行きたかったんだけどね。あそこ行くと半日は缶詰になりそうだし、取材にならないかと思ってさ」

 

 ――それは、ありがとうございます。でも、それだと昆虫プロでのお仕事は大丈夫なんですか?

 

「ん。まぁ、実を言うと私が手を出せる部分がもうあんまりないからさ。一通りの設定はもう現場の人間みんなで共有してるし、作画もまだ私じゃ戦力にならないから。まぁ、現場に行けば色々雑用やらなんやらはあるんだけど」

 

 唯一出来てた背景も終わっちゃったしね、と自嘲気味につぶやいて、タクミさんは再びペンを走らせる。

 

 朝から今の今まで、大体のことはそつなくこなすように見えていたタクミさんの、完璧ではない部分。ひたむきに画用紙に向かう彼女の姿を写真で収め、私は何も言わずに彼女の隣に座りその作業を眺め続けた。

 

 

 

 AM4:00

 

 ――寝ましょう

 

「え、いやまだ」

 

 ――寝ましょう

 

 私の有無を言わさぬ物言いに、タクミさんは口をパクパクとさせながら目をそらし、小さく頷いた。

 

 まさか、である。まさか、あのままぶっ続けで絵を描き続けるとは思いもしなかった。ちなみに今日は休みなどではなく、昨日と同じ程度のスケジュールが組まれている。つまり、寝る時間はあと1時間と少ししか無い。

 

「あ、いや。私はほら、あれ。ショートスリーパー?ってやつで寝なくても全然」

 

 ――健康に悪いに決まってるじゃないですか

 

「せやね」

 

 私の言葉に違いない、とうなずく姿にじゃあなんで寝ないんだ、と言いたくなったが素直に言うことを聞いてくれるようなのでぐっと言葉を飲み込む。

 

 今日一日、彼女と行動をともにして確信した事がある。彼女は私達が思っている以上に善良で、才能に溢れた、純朴な子供だ。

 

 無理を通してしまえる才能があるせいで、生き急いでしまっているのだろう。いまだに子供と言える年齢で、世界のトップに居たせいだろうか。それとも、そうならなければ生きていけなかったせいだろうか。

 

 眠るのを渋る彼女をベッドまで連れていく。ベッド脇に座り、ベッドに横になって目を閉じる彼女の姿を見ながら小さく、彼女に気取られないように小さくため息を吐く。

 

 これも、彼女の真実。黒井タクミという巨大過ぎる名前に隠れた、一人の少女の姿。眠ることを嫌がり、私の手を離さない彼女の小さな左手を優しく握り返し、私はベッドに寄りかかるように腰を下ろす。

 

 記事の文面を、考えなければ。誠実に。彼女のありのままを、許される限り。こんな状況でもそんな言葉が最初に思い浮かぶあたり、自分も出版業界に染まってきたと言えるのだろうか。

 

 苦笑を浮かべながら、私は心のメモ帳を取り出し今日の出来事を反芻し始める。

 

 彼女が目覚めるまで、まぁ少しは時間がある。自分の書きたいことをまとめるには、丁度いいだろう。

 

 

 

 

 

 

「あー」

 

 ふぅ、とため息をつく。記者さんの言葉に従い、瞳を閉じた瞬間待ってましたとばかりに切り替わる風景。

 

 これだから寝たくなかったんだ、と心のなかで独りごちて、黒井タクミは、自身に向けられた鋭い視線の主に向き直る。

 

 前回よりも大分近くなっている。日を追うごとに、一歩一歩確実に。

 

 互いの言葉は届かない。だが、恐らく、もう間もなく。

 

 夢の中だけで起こる逢瀬にため息を吐いて。

 

「そう睨みつけるなよ。殴りたいのはこっちもなんだよ――ファッキンゴッド」

 

 自身にそっくりな、真っ白な髪をしたナニカ。射殺さんばかりの彼女の視線に辟易としながら、タクミは彼女に向けて中指を立てた。

 

 




NG集



 AM5:30

 室内を満たすコーヒーの芳しい香りが眠気を飲み込んでいく。

 据え置きのコーヒーマシンから生み出された黒い雫を、お気に入りだというコーヒーカップで受け止めて口元に運ぶ。

 黒井タクミの一日は一杯のコーヒーから始まる。

「………………」

 一口含み、こちらをチラと見た後。黒井タクミ氏――以後タクミさんと表記する――は備え付けられていた冷蔵庫からミルクを取り出し、ドバドバとコーヒーカップの中にミルクを注ぎ込む。

 真っ白になったコーヒーカップに私が眼をパチクリとしていると、続けざまにタクミさんはドバドバとガムシロップを投入。4個ほどシロップを突っ込んだコーヒーカップの中身を備え付けられていたマドラーでかき回し、彼女は再びカップに口をつける。

「……うん、美味い」

 ――甘い、の間違いでは?





「整列して型にはめてってのが間違ってるとは言わないけど、それってアーティストにとって必要なのか、と思ってね。でも引きこもって音楽ばかりやってるのも不健康だし、なら体操だけは真面目にって言ってたらこうなってた。後は、所属タレント同士の簡単な交流の場にもなってる、かな?」

 タクミさんの言葉になるほど、と頷きを返す。談笑しながら体を動かす彼ら彼女らを見るに、交流の場としての役割は大きいように感じられる。私も学生時代を思い返しながら軽く体を動か――――

 ――タクミさん、あの。体操をしていたお坊さんがいきなり虹色のナニかを口から

「はいストップ! 音楽再生ストップね!! バケツと雑巾もってこい!!」

 ウボロロロロと大きな音と吐瀉物が(手記はそこで途切れている)





 会議は踊る、されど進まずとは誰の言葉だったか。

「ウォズの奴はいい仕事をしてくれた……ミカン3。これは画期的なマシンだ。現存のミカン2なんか目じゃない、新時代のインターフェース! インターネットを扱い、インターネットを使いこなすためのマシンだ」

 誰に許可を取るでもなく彼は立ち上がった。誰にどのように売るのか、喧々諤々と議論された主題などには一切目もくれず、彼は語り始めた。

「ソレに比べて日本版の。これ、ダサくて、使いづらく、なによりも古臭いデザインは。どういうことだ? 仮にもこの場にいる人間はニホンという国家で最も先端部分に達した人間達ではないのか?」

 彼は、貪欲な男だった。一つの結末を迎えたとしても、もっともっとと先を望む男だった。そんな彼にとって、この、クソッタレな、友人が手掛けたマシンに泥を塗りたくるような行為が我慢できなかった。

「センスの欠片もない、努力も見えない、ただ漫然とした性能の向上だけを追求したこれを市場に流す? よくも恥ずかしげもなくそんな言葉が言えたものだ。我々が目指すべきヴィジョンを共有できないなら、君達は――首だ!」
「勝手に人の社員首にしてんじゃねーぞくそ坊主」

 会議の主題そっちのけでビキビキと青筋を立てて口論するタクミさんとお坊さんを置いて、社員の方々が慣れたような足取りで隅の方に移動していく。

 よくある光景なのだろう。よくあって良いのかは、分からないが。





 黒井プロダクション。メディア王とも呼称される黒井崇男社長が率いる、現在では芸能界最大手と言える会社に成長した大企業だ。数年前に起きた芸能界再編の流れを生み出し、長年問題視されていた所謂【芸能界の闇】を一掃した事件は、当時学生だった私でも知っている、それこそ日本史に残る出来事だった。

 その黒井プロの本社ビルの一角、レッスン場に椅子を並べて、タクミさんは真剣な表情で歌う新人に視線を向けている。

北京 ベルリン ダブリン リベリア束になって 輪になって イラン アフガン 聴かせて バラライカ

「北米でアニメ化しよう」
「おお、お前のめがn……Why?」

 真剣な表情でそう口にするタクミさんに、何を言っているのか良く分からないという黒井社長の視線が向けられる。私も何をおっしゃっているのかがよくわからないが、まだデビュー前の二人にアニメ化を提案するとは相当見込んでいる、という事なんだろう。多分。





「演歌が合う原作があれば打診すっかなぁ」

 ――演歌が合うアニメーションなんて出てくるんですかね

「平安時代ののほほん貴族っ子が現代にやってきてのんびりするアニメが出てくればワンチャン?」

 そこまで案が出るならそのアニメを作っても良いのではないだろうか。





「おけ。じゃあ、歌ってみてよ。それとも演奏の方?」

 ドカリ、と店舗の玄関近くにあった椅子に腰をおろして、タクミさんはそう口にした。

 ――た、タクミさん?

 思わず口を挟んだ私に、タクミさんの視線が向く。

 黙っていろ。

 明確なまでにそう込められた視線の意思に言葉を失っていると、少女はこれまた迷うことなく首を縦に振り、背後に控えていた仲間たちに目を向ける。

「【ダンス】の隠しトラック、37番」

 ズルッという音がする。椅子に座ったはずのタクミさんが、ずっこけたのだ。

 ダンスの37番、素晴らしいチョイスだ。タクミさんが各アルバムに必ず1曲は挿入しているお遊び、隠しトラック。その中でもダンスの37番は特別な曲だった。

 なにせこの隠しトラックが発売された当日に、961プロ所属のポップスバンド【お米クラブ】がカバーCDを出すという前代未聞の一曲である。

 当然話題性は抜群、ユーモアな歌詞の影響もあり、それまでタクミさんの曲を聞いていなかった層もこの曲は知っていたりする。

「ちょ。ちょっとまって。それなの? この流れでその曲になるの?」
「え……あ、はい。あの、タクミさんの曲で、多分一番この曲が遊んでいるじゃないですか。私、この人は音楽を本当に楽しんでいるんだなって感じて。だから、この曲が好きなんです」
「お、おぅ……」

 なんだか納得がいかない、と言わんばかりに首を傾げるタクミさんに不思議そうな視線を向けながら、少女がふぅ、と小さく息を吸って、吐き出す。

 いつでもイケます、と視線で語る少女に、タクミさんはポリポリと頬をかきながら彼女の仲間に視線を向ける。

「すみません、この娘ちょっとおバカなんで」
「一曲歌えば収まると思います」
「ドラムの代わりにテーブル叩いて良いかな?」
「テーブルを叩くのは止めなさい」

 ドラムスティックを取り出した少女にそう声をかけて、止められないと悟ったのか。タクミさんは深い溜め息をついて、椅子に座り直した。

「朝方の坊主。あの人が渡日した時に、なんか色々はっちゃけたって話しを聞いてね。そういやこういう曲があるやって遊びで演奏したらパッパが気に入ってね。私はアルバムに入れる気なんてなかったのにあれよあれよという間にね?」

 ――狙わずブームを巻き起こす。流石です、タクミさん

「ありがとう! クソァ!」

 少女たちの演奏を尻目に、涙を目元に浮かべながらタクミさんがそう叫ぶ。

ワタシハ NIHON ハジメテデス GINZAトッテモさんデスGOOD!

「エセ外国人声真似うまいね畜生!」

 ――素晴らしいですね。彼女は、本物かもしれない

 今年のモノマネ紅白歌合戦は、波乱の予感がする。胸に沸き起こる感情を押し込み、私は歌う彼女にカメラを向けた。





「……冗談はなしだ、俺はクソまじめな男だ」
「んんん! 良いね! 良いよぉ! ほら記者さんカメラ! その上物をここで使わないでいつ使うんだい!」

 ――ええと、貴女を写す時に使うんですが。

 間医院と銘打たれたその小さな診療所は、円城スタジオからほど近い場所にある。なんなら歩いて5分ほどの、本当に近所と呼ぶべき場所だ。円城スタジオのかかりつけ医といった側面もあるらしく、その縁から彼女もお世話になったのだろう。

 その医院の中。息子さんだろうか、高校生くらいの男の子に、タクミさんはきゃあきゃあとはしゃぎながらボトムズの台詞を言わせている。

 なんでも彼女の中にあるキリコと眼の前の少年には共通点があるらしい。少し目つきが鋭いところのある、どこにでも居る普通の少年に見えるのだが。

 一応、写真は撮っておこう。後々なにかに使えれば良いのだが。



「次の挑戦者はこいつらだい!」

安部菜々の元気な声に観客が湧き、ステージ登場前に湧き上がる観客に出演者が困惑するカオスな空気。いまや押しも押されぬ人気番組、【ナ音】の収録現場は、どこか懐かしいような、真新しいような雰囲気で進行していた。

 そして、瞬く間にそれまでの空気が消え去った。

「ども、はじめまして新人アイドルのTAKUMIです。ナ音に出られてハッピーうれピーよろピクねー」
「……は?」

 ピンクをメインにド派手な化粧でと真っ白なゴシックドレスに身を包んだ年齢不詳の推定黒井タクミの登場に、あまりの事態にさしもの明日茂さんぽも声を失い絶句する中。

「…………」

 トコトコと彼女の周りに歩み寄り、ぐるりと周囲を一周して、安部菜々は口を開いた。

「メイクきつくないです?」
「素で返すんじゃない、素で」

 もちろんこの乱入が許可されることはなく、タクミさんは当初の予定通りに審査員に収まったのをここに記しておく。





「あー」

 ふぅ、とため息をつく。記者さんの言葉に従い、瞳を閉じた瞬間待ってましたとばかりに切り替わる風景。

 これだから寝たくなかったんだ、と独りごちて。

 黒井タクミは、自身に向けられた鋭い視線の主に向き直り。

「あ、ヤベ」
「……………………」

 そこに居るとは思わなかった人物の登場に、目をパチクリと瞬かせた。

「いやー悪い悪い。ちょっと出てくるチャンネル? 周波数間違えたわ」
「おい」
「クソ女神の方につなぐからちょい待ってな」

 有無を言わさぬその物言いに何かを返す間もなく切り替わる風景。

「ま、またどこかで会おうや。タクミ」

 そう耳元に残して、そいつは。

 かつての世界の、自分と同じ姿をしたナニカは消えていった。


使用楽曲
Folder5・Believe
相川七瀬・夢見る少女じゃいられない
PUFFY・アジアの純真
米米CLUB・FUNK FUJIYAMA


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この欲深き世界で

お久しぶりです遅れて申し訳ありません新しい仕事が忙しすぎて(ry
暇を見ては、暇を見ては!()更新していくので今後ともよろしくお願いします(震え声)

誤字修正、佐藤東沙様ありがとうございます!


「一昨日きやがれバーロー!!」

 

 ガチャンと叩きつけるように受話器を置き、それでも胸の猛りを殺しきれず天を仰ぐ。ああっだの、うぅっだのと意味のない唸り声を上げ続けること数分。

 

 深く息を吸って、体の中に溜まった激情を息とともに吐き出す。

 

「落ち着いたかい」

「落ち着いてない」

 

 ギシリ、と部屋の片隅に備え付けられていたソファがきしむ。そこに座っている銀さんの言葉にそう返事を返して地面を蹴り、自身の座った社長椅子をぐるぐると回す。即席メリーゴーランドだ。回るぜ。

 

「みのりーん」

「石川さんはアメリカだろ。早く帰ってこいって嘆いてるみたいだぞ」

「そういやそうだった……パッパー」

「崇男の奴ぁはいま上海だ。安定期の内に行けってハネムーンに蹴り出したのはお嬢だろうが」

「oh...」

 

 銀さんの言葉に上海でハニーと社交ダンスってか!幸せになれよ! と言って飛行機に放り込んだ事を思い出す。あの男、長年待たせたくせに忙しいからってハネムーンの計画を一切立てていなかったのだ。流石にその体たらくでは新しいマッマにもマッマの実家にも無作法というもの。

 

 という事でエキサイトプロが所有しているボトムズのライブツアーの時に使用するプライベートジェットを貸し切っての世界一周旅行を進呈するぜ! 側面にメンバー4名の写真がプリントされたこの世に一機しかない逸品だ! と気合を入れて関係各所に連絡を取り、パッパの予定を無理くり調整してなんとか1月を確保したのが先月のお話。

 

 もちろん愛娘(笑)からの心づくしの贈り物を断るなんてねぇよな? おぉん? と凄んだりしながらパッパをふん縛り、縛った縄を苦笑するマッマにプレゼントしたのはいい思い出だ。いまの状況で仕事の連絡とか死んでもしたくないしやらない。

 

 みのりんは……結構長いことアメリカにいるからな。こっちの相談なんてされても困るだけだろ。こういう実務で困った時につい甘える癖はなんとかせんとなぁ。

 

「あー。高木さん……はもう新事務所だし。こっちのマネージャーさんは純粋にマネージャーさんだからなぁ。愚痴っても仕方ないか」

「純粋なマネージャーってのもおかしな話だがな」

「そだね。会社の規模が大きくなったんだし、一人に仕事を任せすぎるのも問題だよねぇ」

 

 みのりんなんか私のマネージメントにプラスしてエキサイトプロダクションの実質的な経営も担ってるからブラックなんてレベルじゃないくらい忙しい筈なんだけど、ちゃんとお休みは取れてるんだろうか。名前が黒井だからって会社までブラック経営にするわけにはいかん。

 

「……エキサイトプロから白井プロダクションに社名変更」

「そういう話でもないだろう」

「せ、せやね」

 

 私の呟きに銀さんが冷静な一言を返す。大事なのは中身だよな。うん。

 

「で。聞くだけなら俺に言ってくれても良いんだぜ。力になれるかは分からんが」

「あー、うん……」

 

 メリーゴーランドをしながらガリガリと頭をかいていると、銀さんがそう問いかけてくる。少し明るい声音な辺りかなり気を使われてるんだろう。

 

 馬鹿話で気が紛れたとは言え、実際問題いまも頭がカッカしてるから、愚痴の体で考えを整理はしたかったんだ。ここはお言葉に甘えるべきかと少し悩んでいると、ふとなんで銀さんがこの部屋に居るのかという当たり前の疑問が頭に浮かび上がってくる。

 

「そういえば銀さん、どしてここに居んの?」

「お嬢の部屋から叫び声がするって」

「あ、はいすんませんっした」

 

 ピピッと腕につけたビル管理の腕章を指差した銀さんの言葉に、メリーゴーランドを止めて頭を下げる。マスターキーを持ってる銀さんが呼ばれるような奇声上げてたのか。上げてたんだろうな。迷惑かけた子には後でお詫びしとかんと。

 

「で。結局どうしたんだ。俺も途中から聞いてたが、随分と熱くなってたろ」

「あー……うん。ちょっと、仕事というかなんというか。ね……」

 

 そこで言葉を切り、深く息を吐く。後々法務や営業にも話をしなければいけないだろうし、今のうちに――銀さんという心理的なストッパーが居る今のうちに、考えをまとめておくべきだろう。

 

 そう自分を無理やり納得させて、もう一度深く呼吸を行ったあとに私は口を開いた。

 

「つい先日、うちの訓練所に若宮一沙って子が入って来たんだよね」

「おお。聞いてるな。うららちゃんのグループに入るんだっけか」

「あ、もうそこまで話進んでるんだ。さっすがパッパ……と、話がずれたね。まぁ、その子が入ってきたのは良いんだ。なんなら私がスカウトした相手だし」

 

 そう口にしながら、本社で再び顔を合わせた時の若宮一沙の顔を思い浮かべる。どこまでも真っ直ぐに、お前に追いつくと語ってきたあの視線。ついつい口元がニヤけるのを感じながら、私は言葉を続ける。

 

「で、さっきの電話はその若宮一沙のスカウトの際……あの子と私が演った路上ライブが原因というかなんというか、ね……」

「ああ」

 

 口を濁らせる私に、銀さんはただ一言そう呟いて続きを促すようにこちらを見る。その視線に答えるためにもう一度息を吐き出し。

 

 あ、いやこれ端的に口にしたら目の前に居る人が白鞘抱えて突撃するわ、と口から出そうとした言葉にオブラートをかぶせて口に出す。

 

「さっきの電話はその時の演奏を。楽曲使用料を払えって電話だったんだよ」

「ほぉ、なる……ん?」

 

 私の言葉に頷こうとして、銀さんが途中でなにかに気づいたようにふと動きと言葉を止める。

 

 そうして少し考え込むような仕草をしたあと、銀さんは眉を寄せて私に視線を向けた。

 

「すまん、お嬢。俺ぁ法律の事はちんぷんかんぷんなんだがよ。路上で演るのには一々使用料ってぇのを払わねぇといけないのか?」

「場合によるかな。料金を取っているか、報酬を受け取っているか、営利企業が行っているか。大雑把な括りだけど、このどれかに該当してるなら楽曲使用料は発生するよ」

「なるほど……んん?」

 

 首を傾げる銀さんの様子に10分前の自分もああいう表情をしていたんだろうなぁ、と他人事のように感じながら言葉を続ける。

 

「今回の件に関しては三番目の営利企業の所だね。営利企業というかプロのアーティストである私が人前で演奏していたからって理論で料金が発生してる、らしいよ?」

「その言い分は大分苦しいように感じるんだが」

「苦しいねぇ」

 

 率直な銀さんの物言いに苦笑を浮かべて同意を返しておく。実際こんな理由で一々使用料取られてたら人のいる所で演奏する事自体が難しくなるしな。これ続いたらそのうち音楽教室辺りから使用料取るんじゃないだろうか。

 

「一曲一曲の使用料自体は大した金額じゃないから払っても痛くも痒くもないんだけどね。流石にこの理論をそのまま通しちゃうと後々困るから、法務部と相談して対処する予定」

「あぁ……そう、だな。前例ってなぁ厄介だからな」

 

 歯切れの悪い口調でそう返して、銀さんは考え込むように口を閉ざした。前例ってのはたしかに厄介なんだよね。たとえそれが間違っていると分かっても、過去はそれで解決したから、と押し通されちゃう事もある。逆に過去の件まで洗い出して清算する場合もあるけど、その時対処するよりは手間も時間もかかってしまう。こういう時、放置するってのは一番やってはいけないことだ。

 

 とはいえ、実を言うとここまでは正直まだ理解できる理論だ。若干……いや、大分苦しい無理筋な気はするが、まだ理解できる範疇の理論なんだよな。

 

 そもそも私の意識としては、私が歌っている曲の本来の持ち主は別にいるものばかりだ。だから、もし先程の連絡が私宛のものであったならば、特に考えもせずに支払っていた可能性が高い。一回の楽曲使用料なんて、最近都内にも増えてきたカラオケボックスで一曲歌うのとそれほど値段も変わらないしね。

 

 とはいえ、今回は話が別だ。大人しく払うなんて選択肢は、もうなくなっている。

 

 なんせ、今回の請求は私にではなく……私と一緒に演奏をしていた一沙あてに行われたものなのだから。

 

「……あ~。法務部に連絡しないと。これなんて言えば良いんだ」

「社長ってのも大変だなぁ」

「私ここの社長じゃないんだけどね?」

 

 私の愚痴めいた言葉に苦笑を浮かべる銀さんに軽口を返す。少なくとも銀さんにだけは細かい事情を伝えてはいけないだろう。あっちの事務所に突撃しかねん。

 

 とはいえ、腹の中で押さえられているとはいえ、私もまだ内心腹は立っている。私が居るから料金が発生する、は分かる。じゃあ私が人前で歌う時には毎回使用料が出てるのかとか色々言いたいことはあるがまだ分かる。納得は難しいが理解は出来る。著作権ってなんなんだろうな、とか頭に浮かぶけど理解は、出来る。

 

 だが、それで一沙に対して請求を、となるのは理解できるできないとかいうレベルじゃない。私に請求できないのは私が著作者になってるからしょうがないのだろうが、だからといって、ただ私の伴奏に付き合っただけの一沙に請求をかけるのは流石に駄目だろ。

 

 この判断を下して電話をかけてきた奴には著作権を守ろうとか、そういった意思はない。ただただ流れ作業のように集金できそうな所から金銭を回収する、それだけだ。それだけしか考えていないのが、透けて見えた。

 

 私も、たいがい俗な人間だ。欲に駆られるなんて日常茶飯事だし、それで手痛い目にもあったしいい思いをしたこともある。だから、こういった事が世の中には往々にしてあるというのも知っているし、人の欲求を否定するなんて事も出来やしない。

 

 出来やしないが――許せない事や、認められない事はある。彼らの存在が悪だなんて微塵も思っていないし、アーティストにとって彼らの存在は必要不可欠だとも思うがね。それでも、限度というものはどこにでも存在するもんだ。

 

 パッパが戻るまでの間は一沙についての連絡は私にくれ、と受付に頼んでおいて正解だったな。ボトムズの制作にも目処がたち、黒井ビルに詰めることが多くなったから目ぼしい奴に目をかける位の気持ちだったんだが。

 

 これ素通しだったらまかり間違って本人にまで連絡いくとか無いよな? 流石にマネージャーあたりがとめるよね? 

 

 ……不安すぎるから後で確認しよ。

 

 

 

『という事があったんだよ』

『どこの国も権利関係は大変ね。私も英欧の音楽関係者と話す機会が増えたからよくそういった話は聞くわ。お金が絡むから仕方ないのだろうけど。あ、そういえば英国のシドが連絡欲しいって言ってたわ。それで、確認した所はどうだったの?』

『流石に各自のマネージャーさんで止まるみたい。まぁ、担当にいちいちストレス与える理由もないしね……ってシドからの伝言をついでにするなよ』

 

 国際電話の雑音まじりの音声。ピーギャーという雑音が紛れるそれも一つのアクセントとして、私は彼女との会話を楽しむ。

 

 エイダ・デジェネ。人の意表を突くことが大好きだと公言する、米国有数のコメディアンにして世界屈指の名司会者。彼女とは時折時間の合う時にこうやって電話で会話をしている。これが結構良いストレス解消と情報収集になるのだ。

 

 なにせふと気づけば10数分エイダの話を聞き続けるなんて事もあるくらいに彼女の話はユーモアが溢れており、またこと欧米の芸能事情に関して、彼女以上に手広いアンテナを持つ人物は数少ないだろう。

 

 私が米国を離れている間の流行り廃りに関して、彼女の口から出てきた情報で間違っていたことは一度もなかったからな。

 

『米国だとどうなのかしら。今度エイダの部屋で話題にしてみるのも面白そうね。ねぇタクミ、事の次第が分かったら情報をくれないかしら。できればその電話を受けたシーンも再現したいんだけど。ああ、そうねこれは面白いわ。役者を使ってタクミが受けた電話のやり取りを再現するの。それをショートフィルムのように番組放送中に流して。そう、再現番組ってのはどうかしらこれならエイダの部屋だけじゃなくああ! そうだわ米国の著作権管理団体にも話を伺ってみましょう日本と米国の立ち位置の違いが』

『長い長い長い』

 

 エンジン全開とばかりに話し始めたエイダを苦笑いとともに押し留め、苦笑とともにそろそろ時間だと口にする。どっかでせき止めないと本当に一日中話続けるからなこの人。

 

 今日もなんだかんだ国際電話で1時間は話してるんだが、一向に疲れた様子が見えない。全米英欧のオーディションにも噛んでてしかも毎週放送の冠番組まで持ってるから相当忙しいはずなんだが。

 

『寝てるわよ? 移動中に』

『か、体に気をつけてね?』

『私よりタクミの方が酷いでしょ。いつ連絡しても貴女起きてるじゃない』

 

 その件に関しては最近怒られたんで今は横になるようにしてるんだけどね。眠ったら面倒だから眠らないけど。

 

 お互い体には気をつけましょうね、などという半分冗談みたいな言葉を交わしあい、そして話題は最後の。そして本題へと切り替える。

 

『で、エイダから見てどうだった?』

『そうね。端的に言うと』

『端的に言うと?』

 

 心底楽しそうなエイダの声に耳を傾けながら、米国から空輸されてきた新聞に目を通す。普段はお上品な論調のニューヨークのある新聞社のそれが、普段の姿をかなぐり捨てて購買欲を煽るような文句とともに体裁された一枚の写真。あるステージの上で、二人のアーティストが並ぶその写真に目を引きつけられながら、私はエイダの言葉を待つ。

 

『大金星』

『……ハッ』

 

 その言葉に。込められた意味に思わず笑い声をもらし、バサリと手に持った新聞紙を執務机の上に広げる。【クイーンVSマイ・ヒダカ】と銘打たれたそのライブバトル。決着がつかず引き分け(イーブン)であると下された審査に異議を物申すそれを眺めながら、私は一言、エイダに礼を言った。

 

 そうか。舞のやつは、そこまで行っちまったか。

 

 届いちまったか。世界の頂に。

 

『良いものを見たわ。“I will always love you”(私はあなたのことをいつまでも愛します)。あれ15の小娘が歌える歌じゃないわよ』

『なんか1月くらいアメリカ放浪してた時に惚れた男の事歌ったんだと』

『貴女の所のアーティストは生き方までロックなのね』

『あいつは割と特殊な部類だよ?』

『……アーハン?』

 

 電話越しになにいってだこいつ、と言いたげなエイダの言葉に視線を泳がせながら、あーだのうーだのと二の句が告げずにいると、電話先から苦笑が漏れ聞こえてくる。笑わないでくれ、反論が思いつかないだけなんだ。

 

 その言葉を口の中で押し留め、互いに体に気をつけるよう言葉にしてから電話を切る。少し心配そうな声音の「おやすみなさい」に少し口元が緩むのを感じながら、ギシリと椅子に体重を預ける。

 

 体重を預けて、ぼんやりとした視界の中。

 

「……そうか。届いたか」

 

 ふつふつと、体の奥の奥。おそらくは心という所から湧き上がってくる感情に揺られながら、私は独りごちるようにつぶやいた。

 

 日高舞は、届いたのだ。

 

 クイーンに。あのマドゥンナ・ルイに。

 

 口元が――口角が自然とつり上がっていくのを感じながら、そしてその心地よさを感じながら私は天井を仰ぐ。

 

 この胸を満たす感覚はなんだろうか。いつか来ると思っていた日が来た、それだけのことなのに。

 

 この胸を焦がす感覚はなんだろうか。いつか見たあの日。小さな縁日のステージで交わした会話が果たされる日が来た。それだけのことなのに。

 

 あいつの性格であるならば、次は決まっている。そう遠くない内に“マイケル”と舞のステージが決まるだろう。彼女は断らないだろうし、私も許可をする。

 

 そして、その結果がどうであれ。 

 

 今度こそ。日高舞(あいつ)と私は、同じステージに立つことになる。

 

「そうか……」

 

 ただ一言。胸の中の感情を、一言に込めて吐き出し。私は小さく右手を握りしめ。

 

「燃えるぜ」

 

 万感の思いを込めて、そう小さく呟いた。

 




クソ女神様とタクミっぽ(ry

クソ女神様
「欲は決して悪いばかりじゃないわ。生きようとする意思は欲から生まれるもの。それは、人間の最も強い感情よ」

タクミっぽいの
「どうした、急に」

クソ女神様
「まぁ、強い感情だからこそそれを制御できないといけないんだけどね。あの娘も人にしては上手く付き合えてたようだけどまだまだね」

タクミっぽいの
「きみ制御失敗してるの自覚してる?」


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番外編  20 years later 2

また番外編で申し訳ありません(白目)
ちょっと駆け足気味に書いたので後ほど修正するかも

特に本編とは関係ないので飛ばしても大丈夫です

誤字修正、佐藤東沙様、竜人機様、雷小龍様ありがとうございます!


 346プロダクションは古くは戦前から活動し、俳優や歌手、モデル。そしてアイドルといったタレントが多数所属している老舗の芸能プロダクションだ。

 

 TVや映画などの映像コンテンツ制作企画も自前で行うことの出来るその規模は業界内でも最大手であり、特にアイドル黎明期に設立されたアイドル部門は961プロ、765プロに匹敵する3強の一角と称されている。

 

 そんな346プロダクションアイドル部門の会議室では、アイドル部門の現状報告と今後の展望について会議が行われていた。

 

「つまり我が1課としましては、346プロの特色である多様な個性を生かして業界内部でのシェアを確保。第2,第3の安部菜々を生み出す事を目標としております」

「ふむ」

 

 大きなプロジェクターを背景に1課の課長はそう発言し、その言葉に手元にある資料を眺めながら美城常務が小さく頷きを返した。

 

 その反応を肯定と見たのか。1課の課長はここぞとばかりに現在企画されている計画を並び立てていく。

 

 放課後ティータイム、SOS団など勢いのあるガールズバンドの台頭によって到来した第三次ガールズバンドブーム。そんな時代の流れに乗る形で、楽器を使える、もしくは素養のある所属アイドルで構成されたアイドルバンド計画。ひな壇バラエティの増加に伴うバラドル需要への対応。動画サイトの発展に着目し、イマイチ地上波での波に乗り切れないアイドルたちの新規分野への挑戦、ネット需要の開拓。

 

 手堅さの中に新規分野開拓を混ぜ込んだバランス。最も人材を抱えている1課だからこそ出来る芸当だ。

 

 その企画の数々に他の課からの驚きの声が上がる中。

 

 プレゼンを受けている美城常務はうん、うんと頷きながら手元にある資料を眺め、やがて全てを見終わったのかトン、トンとその紙を整えた。1課の課長はその姿に手応えを感じたのか。口元を歪めて、小さく拳を握る。

 

 ――辣腕で知られるニューヨークの女傑。そう噂で聞いていたが、蓋を開けてみればなんてことのない物分りの良い女ではないか。この調子であれば今後も1課がアイドル部門の主導権を握ることはそう難しくは無さそうだ。いや、主導権だけではない。ゆくゆくは部門長の地位を、いいや。更に、その上を――

 

 若さと野心、そしてそれを支える才覚に恵まれた彼が輝かしい未来予想図を思い浮かべていると、資料をまとめ終えたのか美城常務がそれを机の上に置く。

 

 その姿に1課の課長は雑念を振り払うように頭を軽く振り、着席――

 

「それで」

 

 しようとした所で、怪訝そうな声に動きを押し留められる。

 

「肝心の柱となるプロジェクトが見当たらないのだが、1課としてのプレゼンはこれで終わりなのか?」

 

 動きを止めた1課長を不思議そうなに眺めながら、声の主――美城常務は、そう1課の長に尋ねた。

 

「……は?」

「うん? すまない、聞こえなかっただろうか。ここまでのプレゼンは理解したが、本命。柱となるプロジェクトが見当たらなかったのでな。判断を下すためにも、それを見せて欲しい」

「あ、いえ。ですから、1課のメインプロジェクトとしては」

「まさか」

 

 予想外の一撃を脳天に打ち付けられたかのような表情となり、慌てたように言葉を重ねる1課の長を。

 

「346プロアイドル部門の。最大の規模を誇る1課のメインプロジェクトが、2番煎じ狙いとは言わんだろうな?」

 

 一対の鋭い眼差しが、捉える。

 

「…………に」

「2番煎じが悪いとは言わん。ムーヴメントを起こした誰かの後を行くのは目ざといものであれば当然のことだ。私もこのプロジェクト自体を否定するつもりはないし良く練られたものであるとは感じている」

 

 視線を捉えたまま。引きつったような表情を浮かべる1課の長にそう告げて。

 

「だが、どこまで行っても2番煎じは2番煎じ」

 

 トン、と用意された資料を、指で弾く。

 

「後追いで漁夫の利を狙う。そんな心積もりで、1番(頂点)を担う誰かが現れるとは思えない。少なくとも……」

 

 そこで一度言葉を切り。何かを懐かしむように宙を眺めて。

 

「少なくとも、私が知る彼女達(頂点)は、舗装された道(後追い)しか走れない、なんて温さは持っていなかったがね」

 

 美城幸姫は固まったままの1課の長を見据えて、そう嗤った。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 ガシャン、と音を立てて落ちた缶コーヒーを取り出す。冷たい肌触りが、少し心地良い。

 

「どうぞ、常務」

「ああ、ありがとう」

 

 購入したばかりのコーヒーを上司に手渡すと、彼女はそう礼を言ってコーヒー缶のプルタブを開き、口をつける。

 

 少しの沈黙。タバコの匂いが染み付いた休憩室にゴクゴクと一定のリズムで嚥下音が響き、やがてそれも消え。

 

「――武内くん」

「はい」

「いつから346は、ああいうお行儀の良い人材ばかりになったんだろうね」

「……ははっ」

 

 コーヒーを飲み終えた美城常務からの皮肉交じりの一言に、苦笑を浮かべて言葉を濁す。彼女が言いたいこと、皮肉の裏に混じった本音も察することは出来るが、一介のプロデューサーである自分にはこれが精一杯の相槌である。

 

 そんな自分の心中を察してくれたのか。美城常務は「……いや、すまないな。歳を取るとつい愚痴くさくなる」と苦笑いを返し、空き缶をゴミ箱へ捨てるために席を立つ。

 

 その後ろ姿に。往年のそれと一切変わらぬ立ち姿のこの人に歳を語られてもなぁ、と感想を懐きながら手に持ったコーヒーに口をつける。ほろ苦い冷たさが、今は心地よい。

 

「実際の所」

 

 そんな益体もない事を考えていると、ポスリ、と音を立てて美城常務が休憩室の椅子に腰を下ろす。ここからが、彼女にとっては本題なのだろう。

 

「上がってきた意見。各課のプロジェクトについては決して悪くはなかった」

「ええ。私も拝見させていただきましたが、どれも良く出来たプロジェクトだと想います。1課は豊富な人材をベースに、2課は尖った個性を武器に。それぞれがそれぞれの強みを生かしている」

「うん」

 

 彼女の言葉に自身の考えを織り交ぜてそう答えると、美城常務は満足そうな表情で頷いた。どうやら彼女にとって満足のいく回答が出来たらしい。

 

 そして、自身の答えが彼女にとって満足のいく答えだったというなら。ここから先、彼女が求めているだろう言葉もまぁ、予想が出来る。出来てしまう。

 

「そして、つまりは」

 

 深い溜め息を吐きそうになる気持ちを堪えて、美城常務に視線を向ける。

 

「どう努力しても、どう足掻いてもあのプロジェクトでは961プロの牙城を崩すことは出来ない」

「――うん。その通りだ。その通りに、なるだろうな」

 

 その言葉に満足したのか。美城常務は一度、二度と頷いて小さなため息を吐いた。

 

「目の付け所は悪くない。特にガールズバンドブームに対するアプローチは、積極的に行ったほうが良いものだろう。あの流れは十数年前のアイドル勃興に匹敵するメインストリームとなりえる。直感だが、少なくとも私はそう感じているよ。十数年前の流れの、ほぼ真ん中に居た人間としてね」

「そうでしょうね」

 

 美城常務の言葉に相槌を返す。黒井タクミと日高舞。未だに語り継がれる2つの伝説を、当事者以外で最も間近で見ていた彼女の、経験則に導かれた直感だ。これほど信用できるものは他にないだろう。私の相槌に、美城常務の視線がこちらを向く。

 

「もっとも……それが通用するかは――また別の問題だがね」

 

 自嘲気味にそう口にして、美城常務は口元を歪め。

 

「時代を彩る才能は、必ず居る。タクミさんが、日高さんがそうだったように。小鳥が、菜々が、若宮一沙がそうだったように。恐らくガールズバンドブームの火付け役となった二組が、そうであるように」

「……」

「そんな才能を。金メダリスト(・・・・・・)になるべくして生まれてきた才能を相手に、銀メダリスト狙いで太刀打ちできるわけがない」

 

 吐き捨てるようにそう口にして。自嘲するように苦笑いを浮かべると、美城常務は深く息を吐いた。

 

「346は一度だって王者だった事はないんだ。菜々という唯一無二の才能を偶々獲得できて、それに甘えて十数年。十数年の間、未だに菜々が346の代表をしている。961も765も世代交代が進んでいるというのに、だ」

 

 玲音(レオン)、日高愛、星井美希。美城常務の言葉に、つらつらと頭に並んでいく名前を思い浮かべる。超級の才能を腐らせることなく磨き上げた、新しい時代のアイドルを担う――金メダリスト(頂点)となるべく世に出た少女たち。

 

 ガールズバンドブーム、だけの話ではない。音無小鳥に続く形で世に出た竜宮小町、彼女らから始まった765プロ新世代の躍進。伝説の(日高舞)復帰とその伝説の後継者(日高愛)の誕生。日高舞を超えたとも言われるオーバーランク(玲音)アイドルの登場。

 

 そこまで考えを巡らせて、視線を美城常務に向ける。

 

「誰を考えたか当ててみようか。961なら玲音、は確実だろうな。それに舞さん……いや。この場合は愛ちゃん、かな」

「正解です。舞さんも含めて」

 

 顎に手を当てて自身の考えを述べた彼女に小さく拍手を送る。5年も日本を離れていたとは思えない。

 

 私の拍手に少し気が楽になったのか。先程までの渋面を和らげた美城常務は、「となると次は」と呟いて考え込むように口を閉ざした。

 

「765は竜宮小町、と言いたいが星井美希かな」

「竜宮小町もトップアイドルではありますが――ああ、確か三浦あずささんは」

「ああ。彼女のお母さんは私のマネージャーだったんだ。子供だった彼女をおぶった事もある」

 

 懐かしそうに目を細める美城常務に「なるほど」と相づちを返す。

 

「星井美希は、まぁ間違いないとは思っていたが。その様子を見るに正解、かな」

「はい。765プロは粒ぞろいですが、その中でも。彼女は紛れもない天才でしょう」

 

 それこそ、時代を動かすほどの。そう続けようとして口を閉ざす。

 

 視界の先にいる女傑が私の言葉にうなずきを返し。そして、小さく首を横に振ったからだ。

 

「『彼女はアイドルだ。そうとしか評せない』」

「――有名な言葉ですね」

「ああ。タクミさんが“マイケル”先生について尋ねられた時、とっさに出た言葉だ」

 

 そう口にして目を閉じ、少しの間をおいて美城常務は言葉を続けた。

 

「これと同じ言葉を、つい先日私は本人の口から聞かされたよ。765プロのあるアイドルについて、楽しそうにね」

 

 961やエキサイトプロダクション(自身の会社)ではなく他社のアイドルについて楽しげに語る。その場面が容易に想像でき、つい自身の口元が緩むのを感じながら、私は美城常務の言葉を待つ。

 

「日本ミカン社での仕事で日本に戻った時、だったかな。近隣を散策していたときに出会ったらしい。車いすで動いていたタクミさんを見かねて声をかけてきたそうだ。そのまま車いすを押してもらって、数時間ほど散策がてら話をしたそうだ」

「それは」

「その後の予定も大狂いだ。タクミさんも、相手の方もね。ついつい時間を忘れて楽しんだ、と悪びれもなく言っていたよ。もちろんその後、石川さんにこってりと絞られた、と愚痴ってもいたがね」

 

 言葉にしながらその情景を思い出したのだろう。美城常務は、くつくつと小さく笑い声をあげながらその場面を語る。

 

「『すっごい一生懸命な娘だった。歌うことが好きで、そして人に聞いてもらうことも大好きで。でも、好きなだけじゃ出来ないことも知ってて。だから、ずっと走り続けてる。走り続けないと願いは叶わないって、それだけで走り続けちゃう娘』」

「……」

 

 美城常務の口から“黒井タクミ”の言葉が紡がれる。まるで目の前にあの笑顔があるかのような錯覚に息を呑む私に、美城常務は苦笑を浮かべながら言葉を続けた。

 

「彼女について私も調べてみた。ライブや音源も聞いた。彼女が出演しているドラマやラジオも視聴できるものは確認したよ。彼女は“マイケル”先生とはタイプも違う、お世辞にも才覚に恵まれたという娘ではない。何でも出来た“マイケル”先生と違って彼女以上の歌を歌える人間も、ダンスを踊れる人間も、演技が出来る人間だっていくらでもいる」

「……」

「だけど…だけどだよ、武内くん。私は――私も思ってしまったんだ」

 

 そして、一つ呼吸を挟んだ後。

 

「彼女は。天海春香は、アイドルだ。それ以外の言葉が思い浮かばないほどに等身大の女の子の姿をした、アイドルだ。理想のアイドルだった」

 

 感嘆とも、悲嘆ともつかない息を吐いて。

 

時代を作る天才(黒井タクミ)にも時代を変えた天才(日高舞)にもなれなかった私は……私がなりたかったのは、あんなアイドル(偶像)だったんだって、ね」

 

 噛みしめるようにその言葉を口にして、美城常務は天を仰いだ。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「少し、脱線が過ぎたな」

 

 感情的な部分を見せてしまったのが恥ずかしいのだろう、照れくさそうに笑って、美城常務は自身の頬を伝う雫を指で払い席を立つ。時計を見ればすでに休憩時間も終わりに近づいている。

 

「ああ、そうだ」

 

 またあの会議室に戻るのか、と声には出さず憂鬱な気持ちでいると、休憩室のドアに手をかけた美城常務がふと気づいたかのように振り返り、こちらに声をかけてくる。

 

 はい、と一言返答を返す私に常務は少し考えるような素振りを見せると、にやりと不敵な笑みを浮かべた。

 

「私がニューヨークへ赴任する前。まだプロデューサーとして君がアイドル部門に来てすぐの会話を覚えているかな」

「……ええ。もちろん」

 

 忘れるわけがない、あの会話。中高とやんちゃ(・・・・)していた自分が己の夢のために道を変えた時、それを笑わずに、愚かと嘆くこともなく話を聞いてくれた。

 

 あの時の会話が。あの時、私の心を叩いてくれたあの一言がなければ、私はどこかで道を踏み外していたかもしれない。どこかで、大事なものを忘れてしまっていたかもしれない。

 

「3課が計画している“シンデレラ・プロジェクト”、だったか。まだまだ粗はあるが悪くないと私は思っている。あの時、君が心の中に浮かべていた答え――楽しみにしてるよ、『武丸くん』」

 

 私の肯定に美城常務は口元を緩め、そう口にしてドアを開ける。バタン、と扉が閉まる音。コツコツと彼女が歩き去る音を耳で聞きながら、すっかり温くなってしまったコーヒー缶を口元にもっていく。

 

 やんちゃ(役者)時代の芸名にはいい思い出がない。タクミさんのようになりたくて芸の道を選び、自分の演技ではそれが掴めない事を悟った5年余りの時間。それが無駄だったとは思わないが、苦い思いがあるのも事実だ。

 

 なにせ、私の演技では誰かを笑顔にすることは出来なかった。誰かを笑顔に出来るような演技が出来なかった。暴力的で、破滅的な演技しか自分には出来なかったのだ。

 

 それが良い、と未だに評価され、古巣である役者部門に今も帰ってこいと言われているのはありがたい。ありがたいが――

 

 くいっと両の頬を人差し指で押し上げる。

 

 初対面の折。厳つい顔立ちのせいで上手く笑えないと語った自分に、黒井タクミが施したおまじない。「なんだ、笑えてんじゃん」とけらけらと笑う彼女の姿を思い浮かべてくくっと息を漏らす。

 

 笑顔の力。見るもの全てに笑顔を浮かべさせる、幸せを生み出す奇跡のような力。確かにあると、幼い日。タクミのライブを見て、美城幸姫と日高舞のステージを見て確信した私の理想(アイドル)の姿。

 

 立ち上がり、飲み干したコーヒー缶をゴミ箱に捨てる。実りの少ない憂鬱な会議だが、得るものはある。実現するべき目標を思い返し、気合を入れ直しながら私は休憩室のドアに手をかけた。

 

 

 





――――――――――――――――――――――――――



「あのっ! 美城、幸姫さんですよ……ね?」
「……うん?」

 休憩室から会議室へと抜ける廊下の途中。気分と表情を切り替えた美城幸姫に、一人の少女が声をかける。

 振り返った美城幸姫の視線に、茶色いブレザー姿の少女は一瞬だけ身をすくませて視線を伏せた後。

「私、わたし……美城さんのステージに! “な音”を見て、わたし!」

 意を決したように顔をあげ。辿々しく勢いのままに。

「アイドルに! 貴女のような――誰かを笑顔にできるようなアイドルになりたくて、ずっと……!」

 島村卯月は、その思いの丈の全てをぶつけるように言葉を紡ぎ続けた。


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このビートルズのない世界で

大分更新遅れて申し訳ありません

誤字修正、げんまいちゃーはん様、佐藤東沙様、牛散歩様ありがとうございます!


「前職に対しての思い……ですか」

「色々な学びがありました。その事に関して後悔はありません」

「ただ、前職の衣装を着て『笑ってはいけない346プロ』シリーズに出すのはもう勘弁してほしいですね」

「担当のアイドル、特にジュニアアイドルがその後しばらく、私の顔を見るだけで泣いてしまったので」

 

~武内力丸 『笑ってはいけない346プロ』出演に際してのインタビューにて~

 

 

 

 感情が、制御できない。

 

 暗くなったスクリーンを見上げる両の眼から溢れるように流れる涙。

 

 不味いことになってるだろうなぁ、とどこか他人事のように今の自分の顔を思い浮かべながら、隣に座っていた漫画神に促されるままに立ち上がり、会場内に一礼。

 

 壇上に上がり、木槌を渡される。涙でぼやけた視界でもはっきりと分かる輪郭。探しに探してようやく見つけた監督の姿。ごしごしと服の袖で涙を拭いさり、木槌を強く握りしめる。

 

 振り上げた木槌を振り下ろす。ただこれだけの行為に。たったの2つの行動の中で、走馬灯のように思い出される数々の思い出たち。

 

 前世で初めてキリコを見た時。スコタコが動くシーンを見た時。フィアナって実はヅラなんじゃね、と口にしてボトムズ過激派と取っ組み合いをした時。頭の中を流れていく映像を、感情を両腕に込めて、私は酒樽の蓋を木槌で打ち砕く。

 

「クランクアップおめでとぉぉぉぉぉぉおおおおありがとおおぉおぉぉぉおおおっっっ!!!」

 

 そのまま勢い余って酒樽まで打ち抜いてしまったがまぁこんなものは誤差だ誤差。今世紀最後にして最大の偉業達成の前には些末な出来事と言えるだろう。

 

 煩そうに耳を押さえた手越さん、同じく耳を押さえながら苦笑を浮かべる小野島さん。日本中を草の根分けて探し出した監督と作画担当。この祝賀会に参加した誰も彼もが耳を押さえながらも、顔に笑みを浮かべてこちらに視線を向けてくる。

 

 ボトムズが、完成した。

 

 ただその出来事が。その一事が胸を埋め尽くす。

 

 酒樽が砕けた拍子に飛び散った飛沫を浴びながら、涙とかその他おんなのこが垂れ流しては不味い物を顔中から垂れ流しながら自身を突き動かす感情のままに飛び跳ね、物を壊し、そして正座させられて説教を受ける。

 

 それすらも全てが喜びへと変換され、胸いっぱいの嬉しさと、達成感。そして少しばかりの、なにかが終わってしまったという寂しさを感じながら、私は今生における最大の目標が達成できた事をようやく認識した。

 

 

 

 

 

 装甲騎兵ボトムズのアニメーションが完成したという一報は瞬く間に世界中を駆け巡った。ボトムズのレコードを持っている人間ならばほぼ全てが知るその作品を、ボトムズのファンたちは待ち望んでいたらしい。

 

 連日のように制作元である昆虫プロダクションには、文字通り世界各国からの放映権交渉が舞い込んできている。

 

「今の所日本での放映は確定。というかまだ声当ててるのが日本しかないからね」

 

 ドゴン、ドゴン、と音をたててサンドバッグが軋む。下手に力を入れると穴が空いてしまうため、できる限り優しく撫でて(・・・)いるつもりなんだが。こんなにサンドバッグがポンポン弾き飛ばされるようでは、前世からの夢のひとつである左右のフックを連打しながら「まっくのうち! まっくのうち!」のコールを叫ぶのは難しそうだ。

 

「アメリカにもお前のアニメ会社があるんだろう? そちらではどうするんだ」

「んー、そっちは微妙に失敗したんだよね。まずは日本で反応を見てから、と思ったんだけどね。この感じならあっちでも同時に声あてくらいは進めるべきだったかなぁ」

 

 なにせ放映権は昆虫プロが、というよりは私が握っている。それにアメリカならダズニー・スタジオでアメリカナイズに調整してボビーおじさん経由で各放送局に流すルートもある。更にグッズ販売網も日本とアメリカではとっくに整備されている。

 

 あとは商品を放映するだけのところまで場面は整っているのだ。いっそ日本語で字幕付き放映とかやっちまおうかな。今のアメリカ、何故か日本語見聞き出来る人増えてるし。

 

「パンチの形はそれでいい。カウンターで一番必要なのは見極めだ。相手の攻撃をギリギリまで引き付けて、打ち込む。ここの見極めでトチればリングに沈むのは自分になる」

「うんうん、わかりやすいね。ビジネスと同じだ」

「ビジネス?」

「当たるか当たらないかを見極められなきゃ落ちるだけなんだよ、ビジネスってのは」

「……俺にはその辺、よく分からんが。爺さんの手綱をお前が握ってて良かったとは、感じる」

 

 装甲騎兵ボトムズで利益を出すつもりはあんまりなかったけど、出ると分かっている利益を捨てるのは最も恥ずべきことだ。会社の金で好き勝手するならそれ以上の利益を会社に出さなければいけない。従業員を扱う以上はどんな企業も、どんな経営者もそうだと私は思っている。

 

 勿論世の中にはそういうの全無視で自身の作品を世に送り出したいがためだけにアニメーション会社なんて作っちゃったクリエーターも居たりするんだが、そういう人は経営手腕のある人を右腕にして自身が満足行く環境で作品を作ることに没頭するほうが間違いなく会社は上手く回る。私と手越さんの関係は言ってしまえばそんな感じだ。

 

 手綱を握ってると周りは見てるんだろうけど、あの人は全部分かってて私に面倒を押し付けてるだけなんだがな。

 

「すまんね、休みのたびに付き合わせて。医学部って忙しいんだろ?」

「構わない。俺もたまには体を動かしたいしな……逆に聞くが、なんでお前さんは俺にボクシングを教わりたいんだ? お前さんの立場ならプロのちゃんとした指導員に教えを受けることも出来るだろうに」

「一度アメリカでそれやって『タクミ、すぐにデビュー戦を!』とか興奮したハゲのマッチョ爺に詰め寄られてからはプロ関係のトレーナーとかと関わりたくないんだよね。プロボクサーの友達も居るけど、逆に気が引けるし」

「プロボクサーの友達というと、誰だ?」

「マイキー・バイソン」

「ヘヴィー級の世界王者じゃないか。そっちに教えを請えよ」

「マイキーにカウンターだけ教えろ、とは言いづらいんだよなぁ」

 

 憮然とした表情を浮かべる青年にそう返して、手につけたグローブを外す。私がボクシングに興味があります! なんていったらマイキーは喜んでくれるだろうが、それと一緒にいきなりプロモーターを大量に連れてくるくらいはやりかねない破天荒さが彼にはある。初対面で抱きかかえられてリングに連れて行かれたのを私はまだ忘れていない。

 

「まぁ、お陰様でやり方は分かったから、後は形が崩れてないかの調整だけ手伝ってくれたらありがたいかな」

「それは問題ないんだが、仮にも芸能人のお前がこんなに頻繁に男にあってて良いのか?」

「……なんで?」

「…………なんでもない。お前が5年前と変わってないようで、少し安心した」

 

 そう言って、間黒夫は苦笑を漏らした後、少し考えるように口を開く。

 

「なぁ黒井。付き合わせて申し訳ないと思ってくれるなら、今度。そうだな、お前が落ち着いた辺りでいいから、そちらの会社の若手を紹介してもらえないか? うちの学部はどうにも出会いが少なくて、同級の奴らに頼みこまれてるんだ」

「おっ黒夫くんも男のコだねぇ。良いよ良いよ、おばちゃんが世話しちゃるよ。どんな娘が良いの?」

「そうだな。年下は………………やめておこう。同級か少し年上くらいの、大人な女性が良いかな」

 

 妙に晴れやかな表情でそう口にする黒夫に通だねぇと小腹をつついてやると、予想以上に痛かったのか脇腹を押さえて黒夫は蹲った。目尻に涙を浮かべる黒夫に謝り倒し、念のために見てみると真っ赤になっていた脇腹に顔を無にした間先生にもコメツキバッタのように謝り倒して、私は逃げるように診療所を去った。

 

 またパワー調整しないといかんかもしれん。近いうちに魔道士ルックのオッサンに会いに行かないといかんかなぁ。

 

 

 

 

 

 ボトムズの米国版吹き替えは、トントン拍子に進んでいった。大物ハリウッドスターが主演のキリコをどうしても、どぉぉぉしても担当したいというのでじゃあ、と頼んだのをきっかけにあれよあれよという間にキャストが埋まり、吹き替え作業を行うスタジオもダズニー・スタジオが担当してくれたからだ。

 

 脚本に関しては日本版の脚本を私が翻訳して、後はアメリカ側の脚本家と表現の微調整を行うだけで完了。元々大まかなストーリー自体は皆が知っていたし、集められたキャストもほとんどがダズニースタジオの作品に参加したことがある実績のある声優や俳優で固められていたため、吹き替え作業自体も滞りなく進んでいく。

 

 なんなら放送枠の関係で日本よりも早く放映することが出来るかもしれないって位には順調な状況だ。

 

 顔をだすたびに忙しい隙間を縫ってティアナ役を務めてくれたマイコーに『ティアナ役はタクミが良いんじゃない?』とか意味深に言われたり、大物ハリウッドスターに『アニメーションも実写も俺が担当する。そうすれば、俺はキリコになるし、キリコは俺になる』と謎の論法を清々しい顔で言われたりしたが順調だ。

 

 そして英語の吹き替えが順調と言うことは、次に放映権を欲しがる所もまぁわかりきっている。

 

「というわけで英国のエキサイトプロ支社からは文字通り矢のような催促が来てます」

 

 どさっと私の机の上に決済待ちの書類の山を乗せながら、みのりんは一息にそう言い切った。二の句もつかせない勢いに「お、おう」とだけ返事を返し、机の上に乗せられた山に手をかける。

 

「うんうん、今年の売上も好調だね。ダウンロード音楽販売がいい感じに伸びてるじゃん。ミカン3の予約も好調だし、注力してる部門が期待どおりに伸びてる感じかな」

「ネットワーク網が広がると共に、各地のレコード店にダウンロード用ミカン2を置けています。再生機器の普及に伴い、さらなる売上の増加も見込める計算です」

「うん。ネットワーク敷設に関しては出来るだけお金を出してね。関連技術もどんどん押さえちゃって。ネットワークが広がれば広がるほどミカンシリーズは真価を発揮するんだから」

 

 私の言葉に「はい」と小さく返事を返すと、みのりんはいそいそと胸元から取り出した手帳にペンを走らせる。多分『黒井タクミ語録』に書き足すとかなんかだろう。

 

 しかし、英国か。あそこもロックがガンガン世の中を動かしてるし、ボトムズのファンが米国に次いで多い国なんだよね。そら催促も来るか。

 

 そういえば英国のシドさんから「ぜひ紹介したい人がいる」って言われるんだよな。エイダからの伝言で連絡したら「俺、俺、感動して! だから!」と開口一番に泣かれて電話口を娘さんと代わったのは記憶に新しい。娘さんとも英国に行ったら遊びに行くって約束してる。今年の大きな行事はあとは大晦日にライブをやるくらいだし、ボトムズの制作も一段落した今はいいタイミングではあるのか。

 

「というわけでみのりん、年末に向けた調整はよろしくね。私はちょっとイギリスに行ってくるから――」

「それは良いからとっととその書類を決済してください」

「はい」

 

 手帳から顔を上げたみのりんの無の表情に素直に頭を下げ、私は立ち上がろうとした椅子に再び腰を落ち着ける。今、完全にいける雰囲気だったんだが何が悪かったのか。慢心、環境の違いか……?

 

 

 

 

「まぁでも思い立ったが吉日って言うからね。3日もかかったけど」

『キチ、ジツ? すみません。俺、まだ日本語はきっちり話せなくて。ニンジャの一種ですか?』

『英国まで広まってるのか忍者凄いな?』

 

 久しぶりに会った英国のイケメン、ジョンさんはパンク全開といった派手派手な格好をするようになっていたが、前回会った時と変わらない気遣いに長けた紳士だった。というか空港から降りてすぐにロック系ファッションだらけの街並みになっていたから、これが今の英国の標準スタイルなのかもしれない。

 

 英国は変わったんです! と電話口でよく聞いていたが、ちょっと想像してた方向の変化じゃなくてびっくりである。

 

『ごめんね、わざわざ迎えに来てもらっちゃって』

『いえ、構いません! 事務所からはくれぐれも大ボスに失礼な真似はするなって言われてますし』

『私がパワハラ上司みたいな感じになるからやめてね???』

 

 愛車であるというランドローバーに乗り込みハンドルを握ったシドにそう苦言を呈する。

 

 シドさんは現在、エキサイトプロの英国支社に所属しているバンドの一員だ。30手前でロックに出会った彼はそこから数年をロック好きの青年として過ごし、やがてその個性を抑えきれずにロックアーティストへの道を歩み始めた。

 

 全英オーディションでは惜しくも決勝で敗退しているのだが、ステージ上のこれぞパンクという振る舞いとステージから降りた後の落ち着いた大人の男性像というギャップ(とイケメンっぷり)にやられた女性ファンはかなり多いらしく、今では押しも押されぬエキサイトプロ英国支社のトップアーティストだ。

 

『それで今日はどういう予定? 一度英国支社に寄った後は特に決めないようにしといたから、時間はあるけど』

『お忙しい所、ありがとうございます。俺、タクミさんにこんなに考えてもらって、俺……!』

『わぁぁ! わかった! わかったから! 前見て前!』

 

 号泣しだしたシドをなんとか宥めすかし、蛇行しながらもランドローバーは英国の閑静な道を走り始める。

 

 流れていく光景を眺めながら、カーラジオから流れてくる音楽に耳を傾けながら、あるいは聞き覚えのある楽曲に二人してハミングしながらの車の旅は2時間ほどで終わり、到着したのは海沿いの街の、郊外にぽつりとある高台の教会だった。

 

 随分と雰囲気のある風景だなぁ、と思いながら教会を眺める。孤児院が併設されているのだろう、無邪気に丘を駆ける年少の子どもたちと、それを眺める年嵩の少年の姿がまず目に入る。彼らを横目に石畳の上を車で走らせ、シドは教会の入口前に停めた。

 

 ここに、彼が私に会わせたい人物が居るのだという。

 

『きっとわかります。俺、あの人と会って、なんというか。タクミさんと初めて会った時を思い出したんです。ビビッと来たんです。うちのバンドのジニーやクイーンズのブライアンに会った時も、ツェッペリンのジンに会った時も感じたのが、もっと深くて、根っこの部分から、背骨を通って頭をぶん殴る勢いで感じたんです。わかります、絶対にタクミさんなら、会えば分かるんです』

 

 車を停めたシドは、そう口にして私に視線を向ける。強い視線だ。ロックとそのアーティストに対する信仰にも似た強い感情を彼は持っている。彼は感受性の塊だ。初めて会ってから長らくの間彼と連絡を取り合っているが、ことロックという分野に関して、彼の目利きが外れていたことはない。

 

 その彼が、ここまで豪語する相手。ここに向かう途中、教会を見た段階でドクンと跳ねた胸の鼓動が、少しずつ強く、大きくなり始める。

 

 車のドアを開ける。海風が頬をなで、そして共に教会の中で演奏されていたのだろうピアノの音と子どもたちの歌声を耳に届けてくれる。聞き覚えのある音だ。ボトムズの最初のアルバムに入れた曲。『オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ』と子どもたちの声が響く。

 

 シドが教会のドアを叩く。心臓の鼓動はいよいよ強さを増していく。ここにきて、ここまで来て分かる。これは、過去に経験のある感覚だ。

 

 マイコーが舞台に上がった時。小野島さんと武藤さんが自作の漫画を持ち込んできた時。円城さんを迎えに行った時。手越さんと向かい合った時。アランのおっさんに出くわした時。

 

 私とこの体を通して紐付けられたナニカと出会った人たち。彼らと出会った時に感じた何かを今、私は、この教会に感じている。

 

 そして、おそらく、この先に居る誰かを私は知っている。

 

 やがてピアノの音と歌声がとまると、子どもたちと誰かの話し声が耳に入る。足音、そして、ドアに手をかける音。

 

 深く息を吸って、吐く。ギギィっと音を立ててドアが開く。

 

『やぁ、シド。待っていたよ』

『ジョンさん! 今日は凄い、本当に、凄いゲストを連れてきました! きっと貴方も驚いてくれる、絶対に、これは運命なんだ!』

 

 少し遠くでシドの声がする。心臓の音だけがやけに煩い。

 

 彼は温和そうな見た目の白人男性だった。年齢は40から50といったところだろうか。牧師さんがよく着ているイメージのある黒いカソックではなく白いシャツにズボンを履いた姿だった。

 

 彼の視線が私に向く。私は、彼の目を見る。

 

 ただ視線を交じわらせただけ。おそらく数秒にも満たないその時間で、私と彼はある程度の理解をおぼえた。

 

 深く息を吐く。おそらくは彼も。

 

『40歳の頃、心臓を患った。その時から、悪夢を見るんだ。見覚えのない男に、銃で撃たれる夢を』

 

 ポツリと、彼は言葉を漏らした。

 

『ずっと心のなかで思っていた。どこかで自分の人生が曲がってしまったような感覚があった。だからかもしれないと、最初は思っていた。けれど』

 

 そう言って彼は小さく息を吐き、少しの間目を閉じる。

 

『初めまして、というべきかな』

 

 少し戸惑うような彼の言葉に私は小さく首を振る。

 

 その姿に安心してくれたのか、小さな笑顔を浮かべて彼は口を開いた。

 

『……また会えて良かった。私の知らない私を知っている、君と話したいことは本当に、沢山有るんだ』

 

 その言葉に、頭の中がグラグラと揺らされるような錯覚を覚えながら、私は口を開いて、閉じる。

 

 彼の言葉に首を縦に振る。上手く言葉が出てこない。戸惑うようなシドの表情が横目に映る。けれど、言葉が出ないんだ。

 

 彼に伝えたい言葉。もし出会えたならば言いたかった言葉。それがいつも、何度も考えていたというのに言葉にならないんだ。

 

 ボロボロと瞳からこぼれ落ちる涙。彼はそれをポケットから取り出したハンカチで拭ってくれた。

 

 優しい瞳を浮かべたまま彼は、小さい子供にするかのように腰を曲げて目の高さを合わせてくれる。

 

『きっと君は、私に色々なものを伝えるために来たんだろう。それがとても残酷なことだという事も知っていて』

 

 そう言って彼は、私の頭に手をおいて宥めるようにポンポンとなで、そして優しく抱きしめた。

 

 彼のシャツが涙でグシャグシャになるのも構わず、彼は私を抱きしめた。

 

『ありがとう……君は優しい子だ。私のために泣いてくれたんだね』

『わ……わたし……』

『教えてくれ、女神さま。もう一人の私の話を』

『ずっと、会いたくてっ! でも、本当は! あの歌も、全部、全部!』

『大丈夫だ』

『私……私っ!』

 

 嗚咽混じりの鳴き声。とんとんと背中を優しく叩く彼の手。胸に溜まっていたものが溢れ出していく。

 

 罪悪感と羞恥心に染まりきった私の、泥のような感情の本流を。

 

『41歳の……貴方に会いたくて……!』

『うん――全部聞かせてくれ、タクミ。君の後悔も、苦悩も、全て』

 

 そんな私の懺悔を、彼は。

 

 この世界のジョン・レノンは、受け止めてくれた。




「あそこに居た人たちは、誰も彼もがすっごい人ばかりでした。見上げるような、煌めくようなスターばかりでした」

「でも――そんなすっごい人たちの中で」

「アネット・ジャクソンでも音無小鳥でも、そして日高舞でもなく」

「私がああなりたいって思ったのは、美城幸姫さんなんです」
 

~島村卯月 デビュー1周年コンサートのインタビューにて~





間黒夫くん:手越さんの孫。まったくこの話とは関係ないけれどどんな世界線でも間黒夫くんは医者になるし年下の幼なじみっぽいのが居てその娘に振り回されて年上好きになる。まったくこの話とは関係ない話。





クソ女神様とタクミっぽ(ry

クソ女神様
「あの子を泣かしてやったってあの日は気分良かったわ」

タクミっぽいの
「何考えてればジョン・レノンとジャン・レノを間違えるんだ???馬鹿なの???死ぬの???」

クソ女神様
「誰にだって失敗はあると思うの。大事なのはそれを許すことと、次に活かすことよ」

タクミっぽいの
「自分が諸々失敗してるって自覚はあるんだ?」

クソ女神様
「…………………………………………」


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この足りないものばかりだった世界で

遅れて申し訳ありませんでした!
そして今回あんまり進んでない!次の話は早めに上げます(白目)

誤字修正、佐藤東沙様、かがむあおい様ありがとうございます!


「今までに何回も聞かれた質問だよ」

「彼女について僕が知ってることは、このカメラの向こうの皆とそう大した違いはないさ」

「あれ以降彼女は僕を訪ねてこなかったし、僕も彼女に会おうとは思わなかった」

「けれど、そうだね。ただ一つあるとしたら」

「確かにあの時。あの場所で、僕とタクミは語り合った。多くのことは話さなかった。たった数時間の会話だけれど」

「不思議な感覚だった。彼女は僕が語らなかったことも理解してくれたし、僕も彼女が語らなかったことを理解できた」

「心でつながるというのかな。あの感覚だけは、何度聞かれても言葉にして伝えられないんだ」

 

ジョン・ウィリアム・レノ ~英国チャリティーコンサート会場でのインタビューにて~

 

 

 

 

 壁に並べられた写真に手を触れる。

 

「その写真は、僕がグラマー・スクールに入るときのものだよ」

 

 若かりし彼の姿を眺めていると、少しだけ恥ずかしそうな声でジョンさんはそう説明してくれた。微笑で礼を返し、その次の写真に視線を向ける。

 

 先ほどの写真より少しだけ成長したジョンさんの姿。手にはギターを持ち、数名の仲間と気恥ずかしそうに笑顔を浮かべていた。その次の写真では、一転して暗い表情を浮かべた彼の姿。その次の写真では神学校を卒業したのか、少しだけ明るい表情で学友らしき人たちと写真に写っていた。

 

「グラマー・スクールに居たとき、育ての母が亡くなって。いろいろ考えた時、神学校に入ろうと思ったんだ……決して君のせいではないさ」

 

 それほど信心深いほうではなかったけれど、とはにかみながら言って、ジョンは私の頭に手を添えた。私の表情に思うところがあったのだろう。

 

 私は彼の言葉に答えず、次の写真に視線を向ける。

 

 大きな教会で経験を積んでいるのか、今よりもびしっとしたスーツ姿で写真に写る彼。結婚したのだろう、女性と二人で写真に写る彼。建てられたばかりなのか、真新しいこの教会の前で奥さんと二人写真に写る彼。赤ん坊を抱きあげた奥さんを、幸せそうに抱きしめる彼。

 

 孤児院を開いたのか、子供たちに囲まれる彼と奥さん。余所行きの服を着た少年と礼服を身にまとった奥さんと写真に写る彼。どこかの学校の制服を身にまとう子供と写真に写る、少し年を取った彼と奥さん。学士帽をかぶった息子さんの肩を抱く彼。

 

 指でなぞる様に写真を触っていく。写真に写されたジョン・レノという人物の半生に触れていく。

 

 私の知らない彼の人生を、私はいま、みている。

 

 私が触れた写真について彼なりの言葉で説明してくれるジョンさんに相槌をうちながら私たちは歩みを進め。

 

「……これ」

 

 最後の写真の前で足を止める。

 

 ごく最近撮られたのだろう。ジョンさんは古びたギターを手にもって、どこかのパブのカウンターに座って笑顔を浮かべていた。彼の隣には少し童顔気味なベースを担いだ紳士が彼に何かを語りかけていて、その様子を大きな鼻をした紳士と細長い顔の紳士が楽しそうに眺めている写真だった。

 

 写真に触れる手が震える。

 

「ああ。それか」

 

 気恥ずかしさを言葉ににじませながら、けれど同じくらいに嬉しそうな感情を滲ませて、彼は口を開いた。

 

「君の演奏に影響を受けてね。昔、グラマー・スクール時代の友人に連絡を取って、バンドを組んだんだ。みんな僕と同じように君の楽曲のファンで……この時はポールが『イエスタディ』は最高の楽曲だと主張してたのを僕がやんわりと宥めたんだ。『抱きしめたい』は最高だろってね」

「あは……どっちも良い曲じゃん」

「そうかもしれないけど、譲れないものがあるんだ。年寄りには」

「全然若いよ。みんな」

「よく言われるよ。君に言われたなら、少し自信につながるかも……年寄りの冷や水だと笑うかい?」

 

 尋ねるような彼の言葉に、ぶんぶんと首を横に振って応える。

 

 言いたいことが。伝えたいことが沢山あるのに、言葉にできない。この光景を、年老いた彼らが一つの写真に写る光景を見ることが出来たというのに、私の役立たずな口は動きを止めて、零れそうな涙を堪えるために歯を食いしばることしか出来なくなっている。

 

 こんなにも伝えたい言葉があるのに。思いを言葉にすることが、これほど難しいことなんて思ったこともなかった。

 

「そんなこと、ない」

 

 絞りだした声。我慢しきれなくて零れ落ちた涙を拭って、私は言葉を続ける。

 

「とても……とてもすてきだとおもうよ」

 

 言葉を飾ることもできず、ただ浮かんだ言葉を口にする。誰にでもできるような事を言葉をつっかえさせながらようやっと、私の口はその一言を告げた。

 

 言葉に返答はなかった。ただ、頭の上に乗せられた彼の掌の熱は。

 

 生涯、忘れることはないだろう。

 

 

 

 

 

 義父の執務室のソファに寝ころんでテレビをつける。流れていく番組を眺めながら、頭の中ではぐるぐると思考を回しながら、時間だけが過ぎていく。

 

 カタカタと発売されたばかりのミカン3のキーボードを叩く音がする。義父である黒井には長年啓もう活動をしていたため、彼は日本でも有数のPC通な経営者だ。当然彼の影響下にある961プロ系列の企業は全社で業務用のミカンシリーズを使用しており、米国と共同で行っているネットワーク化の波にも乗って業務効率化を推し進めている。

 

 ちらりと彼の執務机に視線を向けると、画面に向かって真剣な表情を向ける義父の姿が目に映る。少し老けたか。出会ってからそろそろ10年。互いに年を取ったもんだ。

 

「…………」

 

 こみ上げてきた感情が口から漏れ出そうになる。一つ息を吐き、それを口の中で噛み殺す。衝動のままに喋ってしまえば後悔する。それだけは分かっている。

 

 もう一度息を吐いて視線をテレビに向ける。自分の中での決着はついている。後は、言葉で伝えるだけ。それだけが、それだけの事が今の私には難しい。

 

 歩んできた10年の思い。それが今は、とても重い。

 

「タクミ」

 

 テレビとキーボードを叩く音だけが流れる部屋の中で、だからその言葉は強く響いた。言葉に促されるように視線を黒井に向けると、彼はミカン3のディスプレイに視線を向けたままの姿勢だった。

 

 ちらりとも私を見ずに、彼はそのまま言葉を続ける。

 

「引退するのか?」

 

 私の想いを代弁するように。

 

 その言葉とともに、キーボードを叩く音が止まる。視線はディスプレイに向けたまま、黒井は手を止めて、そして私の言葉を待っている。

 

「引退は……」

 

 引き出されるように言葉を口にし、一緒くたに胸の内から突き上げてくるような感情に翻弄される。唾をのみ、息を吸って、吐き出す。たった一言を言うべきなのに、言葉にすることが出来ない。

 

 自分の口が自分の思うとおりに動かないなんて初めての経験だった。

 

「引退、する」

「……そうか」

 

 絞りだすように答えた私の言葉に、黒井は今日初めてこちらに視線を向けた。テレビの音をBGMに私と黒井の視線が混ざり合う。

 

「…………そうか」

 

 少し困ったような顔をして、くしゃりと顔をゆがめて、黒井は再度そう口にした。悲しいけれど、仕方がない。そんな感情を自分に無理やり納得させようとしている、そんな顔だ。

 

 10年の付き合い。生父母よりも長い付き合いだからこそわかる彼の表情の機微に、私の口は再び動き始めた。

 

「黒井タクミがやるべき事はこの10年で終わったと私は思ってるんだ。停滞した流れをぶち壊す起爆剤になったと自負してるし新しい流れの源流を作った。この流れはよっぽどのことがない限り止まることはないし」

「タクミ」

「――もし止まるとしたらそれは新しい流れが出来て、今の流れが陳腐化したときだと思う。それなら歓迎するべきだと」

「タクミ」

 

 流れるように動く私の口を、いつもより少しだけ低い声で黒井がせき止める。勢い良くしゃべり続けていた口は数回パクパクと動いた後、言葉を発することが出来なくなって閉じた。

 

 勢いが途切れたら、しゃべれなくなる。そう思って、しゃべり続けていたんだが。口をもごもごとさせていると、黒井は大きくため息をついて椅子から立ち上がる。

 

「お前の気持ちは分かった。いつかはどんなアーティストでも身を引くのは、避けて通れないことだ。会社としてはお前という柱が急になくなるのは痛いが、お前のこれまでの貢献を考えれば無理に引き留めるなんて事は出来ないし、したくはない」

 

 会社としては、という部分を強調しながら黒井はそう口にする。

 

「だが」

 

 少しの間のあと。目を閉じて、深く呼吸を繰り返した後。黒井はそう前置きを置いて、言葉をつづけた。

 

「一個人として。黒井タクミのファンである黒井崇男としては文句をつけたい」

「……あー」

 

 私の視線にまっすぐ答えてそう口にする義父の姿に、気恥ずかしさを覚えて視線を逸らす。私の人生で銀さんの次に長い付き合いの相手で、仕事の関係上銀さん以上に共にいる時間が多かった相手だ。一緒に二人三脚でどうしようもなかった何もない世界に風穴を開けた仲間で、義父で、運命共同体と言ってもいい間柄だった。

 

 本人には口が裂けても言えないけれど。義父という関係じゃなかったとしても、親友だと胸を張って言える相手だ。

 

 そんな相手が、まっすぐにこちらを見つめて、君のファンだと口にする。デビュー前、口説き文句と共に口にされた時とは違う。年月の重みを伴ったその言葉には、この百戦錬磨の黒井タクミと言えどもムネキュンを感じずにはいられない。

 

 そう心の中で冗談を吐いて平静さを取り戻し、義父に視線を向けなおす。私が落ち着くのを見計らっていたのか、黒井は私が彼を見ると一つ頷いて、また口を開いた。

 

「お前が思っているよりもお前は大したものなんだよ、タクミ。ボトムズのライブを待っている人間がどれだけ居ると思う? レッドショルダーだけじゃないぞ。ボトムズのファンは全世界中に居て、お前達が自分の国に来るのを待っている。待ちきれなくて米国に渡った人間がどれだけ居ると思う? この5年、米国への一時渡航や旅行者の数が10年前の10倍になったんだ。10倍だぞ? もともと数千万人規模だったのが10倍の、数億人規模になったんだ。地球上の1割以上の人間が、お前達のために米国を訪れているんだ」

「お、おう」

「ボトムズファンだけじゃない。一アーティストの黒井タクミだってそうだ。お前が個人で出したアルバムやシングルはどれもミリオンヒットを達成しているし、個人の売り上げとしては“キング・マイケル”に次ぐ第二位。ボトムズの楽曲を除いた数字でこれだ。お前が世に出した楽曲まで含めれば昨年度のレコード・カセットテープ・CDの年間売り上げの7割は埋まると言われている」

「あ、あの……」

「それだけじゃない。どんな音でも音程でも口から発することが出来る、そんな化け物じみたアーティストがほかに居るか? 過去の名曲をお前にカバーしてほしい、という依頼がどれだけあると思ってるんだ。お前と一緒に演奏をしたいという陳情が俺に来るんだよ、お前じゃなくて俺に! それを俺がどれだけ苦心して断っているかわかるか? どうしようもない案件だけお前に振ってるだけで、お前に向けての依頼は! なぜかエキサイトプロじゃなくて俺に来るんだよ! これは愚痴だがっっ!」

「マジすんません」

「そしてなによりっ!」

 

 ダンッと黒井が机を叩く。トレードマークとも言える黒いサングラスが机の上から落ちて、カラン、と乾いた音を立てた。

 

 フルフルと全身を震わせながら、一息に言葉を並べ立てたからか荒い息を吐きながら握りしめて叩きつけた拳を持ち上げて。彼はゆっくりと握り拳をほどいて、自分の顔を手で覆った。力が抜けたように、トスンと小さな音を立てて彼は椅子に身を預けた。

 

「なにより…………お前が。お前の口から、お前の役割が終わっただなんて。そんな事を、言わないでくれ」

「…………」

「お前が、黒井タクミが考えていた理想なんて私だって分かってる。何度も聞いたからな。お前が言いたいことは、恐らく正しいんだろう。誰か一人が全てをやるなんて本当は間違ってる。切っ掛けを起こして、そして切っ掛けから物事が始まって、進んで、そして発展していくのが自然なんだ。お前という切っ掛けを元に、世界は進んだ。この10年で、驚くほどに。10年前、俺たちが想像したものよりも遥かに濃密に、急速に世界は進んでいった。もうこの世界は、俺の想像なんかじゃ思いも及ばないんだろう。そして、その世界を見出して10年かけてこの世界の源流となったお前が、いつまでも自分が頂点に居続けたらその流れがいびつになるんじゃないかと。そう感じたとしたら……そうなのかもしれない」

 

 だけど違うと。そうじゃないんだと。

 

 そんなものが大事じゃないんだと。両の掌で顔を覆い隠したまま、彼は震える声でそう口にする。

 

「世界だとか、役割だとかなんてどうでもいい。俺は、俺たちはお前の歌に惚れ込んでファンになったんだ。お前の歌に魅せられてお前の手を取ったんだ。私も高木もボビーもお前の歌に夢を見せられたんだ。お前となら新しい世界が作れると思ったんだ。ジェニファーもニールもキャロルさんも、お前と一緒だから世界をアッと言わせるバンドになったんだ。“キング”も“クイーン”も皆お前が。いいや違う、彼らが世に出る機会をお前が作り出したんだ。だから――」

 

 涙声になりながら。たどたどしい言葉遣いになりながら。せめてもの意地か泣き顔を掌で覆い隠しながら。

 

「だから――自分の役割が終わったからなんて、寂しい理由でやめないでくれっ」

 

 それでも黒井タクミの義父は。黒井崇男は、その言葉を言い切った。

 

 決して格好よくはない。大の男が涙を流すなんて、と口うるさい人間が見れば言ってしまうような光景かもしれない。

 

「……うん、わかった」

 

 けれど、私にとっては。

 

「ありがとう、お義父さん」

 

 黒井タクミにとっては。

 

「私、引退するね」

 

 何よりも欲しかった。背中を押してくれる、支えてくれる言葉だった。

 

「私がプレイヤー(歌手)としてやりたいことはあらかたやったから、引退する。ボトムズも解散はしないけど、無期限休止かな。ジェニファーさん達がなにかやりたいって時に一時復活くらいは良いけどね」

「……ああ」

「見込みのある子に楽曲提供はこれからも続けるから音楽から離れるつもりはないかな。というか今の所私が見出した子ほとんど成功してるしこっちのが向いてるんじゃない? 新世代の才能にちょいちょいちょっかいかけてその子らの武道館ライブの外野席で腕組んでこいつらはワイが育てたムーヴとか面白いよね。後方腕組み師匠枠ってやつ?」

「なんだそれは」

 

 鼻声のまま、義父が噴出したような声をあげる。おっと、少しは調子上がってきたか? まだまだこっからだぜ黒井さん。

 

 なんせあんたは私をこの世界に引っ張り込んだんだ。このなにもかもが足りない世界をぶち壊すために、相棒として私の隣に立って一緒に進んできたんだ。

 

 たとえ私が引退するからってその関係は解消されるわけじゃない。むしろこれからは私も同じフィールドに立つ場面が増えるんだから、以前よりも濃厚な関係になると言っていいだろう。

 

「音楽関係は、あとは権利とかかな。あの著作権問題クソむかついたから私の楽曲は発表日から5年たった楽曲は著作権フリーとかにしちゃダメかな。それか楽曲カバーはOKとかさ」

「良い訳あるか。楽曲の著作管理なんて専門団体が必要なレベルの難事なんだぞ」

「じゃあそれ作っちゃおうか。私の名前で作詞作曲されてる奴は新しく管理団体立ち上げよう。エキサイトプロに所属してるアーティストも一緒に管理すればまぁ分かりやすいでしょ。運営費は私のポケットマネーから出そう、どうせほっといても税金で持ってかれるだけだし。米国税金高いのね」

「米国は州にもよるがな。まぁ、金持ちほど高く取られるのは基本だろう、じゃない。おい、タクミ」

「アニメも漫画もひとまずは片が付いたから、後は現場に無理をさせない体制を整えないとね。どちらも体を壊すクリエイターが多いから。まずはクリエーターがまともに生活できる収入を得られるようにしねーとな。金がないから無茶をして体を壊す負のループに落ちるんだ。どっちも人員が足りないんだから今いる人材とこれから入ってくる人材は大事にしないとね!漫画家の方は出版社側が契約してる漫画家の住居とか食事を支援する形とか取れないかな。収入に関してはどうしても才能にかかわる部分があるから、芽が出ない漫画家はほかの漫画家のアシスタントとか食べていける仕事を紹介して。アニメーターはやっぱ会社に入る金を増やさないと日本だけの放映だと放映までに予算が中抜きされるってなんだ馬鹿じゃねーのやっぱ海外に販路を見出すっきゃねぇわ幸い米国アニメの海外輸出は堅調だしこの販路に相乗りするのが楽だわな日本のアニメを世界の主流にしちゃるぜガハハ勝ったなガハハ」

「落ち着けバカ娘」

 

 呆れたような声で黒井がそう口にする。少し目元が赤いな。が、デキる義娘であるタクミちゃんは義父の恥ずかしい情報をスルーするデキた義娘である。大事なことなので二度言った。

 

 晴れやかな気分だ。とても、とても晴れやかな気分だ。ジョンさんと会話して、うじうじしていた自分がバカみたいだ。そうだよな、やりたいことがあったから私はやり通したし、見たい光景があったからパッパは私の手を取ったんだ。私たちは自分たちの利益のために手を結び、そしてその結果が今なんだ。その結果の一つが私の引退であろうと、それはなにか御大層な理由をつけないと出来ないことじゃない。私がそうしたかった。それ以上の理由はいらない。

 

 あの日のことを思い出す。何もかもがないと知り、あまりのショックに寝込んで、目覚めたあの日。やってやると思ったじゃないか。全部、自分の手で取り戻すと誓ったじゃないか。

 

 だから私はここまで来れた。音楽もアニメも漫画もそのすべてに手を出した。人材発掘にコンピューターやゲームにだって手を伸ばした。そしてたった10年で、私が見たかった景色の大部分はもうこの手の中にある。

 

 自分の掌を見つめる。小さな手だ。前世の同年代だったころより少しだけ小さいだろうか。

 

「ねぇ、義父さん」

 

 目の前に座る義父の机に歩み寄り、彼の机の上にその手を差し出した。

 

 怪訝そうにそれを見る義父にクスリと笑いがこみ上げてくる。唐突すぎたかな、でも。まぁ、いいか。彼に奇妙な目で見られるのは、この10年ほどでもう随分と慣れてしまった。

 

「私はあの時と違って随分と大人になってしまったけど」

 

 そう前置きを置いて、少しコホンと咳ばらいを一つ。喉の調子を整えて、あの日、あの時の私を喉に宿す。

 

「ねぇ、とうさん。わたしとあなたの10ねんは、あなたのおめがねにかなった?」

 

 初めて会った日。自分は君のお眼鏡にかなったかと尋ねた義父を思い出す。今よりもずっと若く、ギラギラとした視線をサングラス越しに向けてきた彼の姿を思い出す。

 

 あの時は見上げるほど大きな相手だった。今は、椅子に座っているとはいえ彼を見下ろして、こうして手を差し伸べている。

 

 私の意図をくみ取ってくれたのか。義父はプッと小さく噴き出した後、私の右手を取りこう答えた。

 

「ああ。勿論…………はなまるだよ、タクミ」

 

 ぎゅっと握りしめられた手が、熱い。

 

「夢のような――10年だった」

 

 そう夢見るような表情を浮かべて義父は。黒井崇男は、朗らかな笑顔を浮かべた。




「義娘と出会った時が、私の人生のターニングポイントだった」
「あの娘はきっとそんな事はないと。自分なんかいなくても変わらなかったというかもしれない」
「だが誰が見たってあの娘は世界の歌姫だし、私は彼女をたまたま見つけた幸運な男だった」
「その評価に思うところがないかだって? ナンセンスな質問だ」
「もちろんあるさ。私は世界一幸運で、そして幸せな男だよ」

黒井崇男 ~961プロ創立20周年式典のインタビューにて~




クソ女神様とタクミっぽ(ry


クソ女神さま
「……………」

タクミっぽいの
「だんまりは詰まらんぜ。どうせここは誰も来ないし、誰も見ていない。出ていくわけにもいかないんだ。仲良くしないとな?」

クソ女神さま
「……………………意地が悪いのね」

タクミっぽいの
「悪魔だからな」

クソ女神さま
「クソ悪魔。この身が万全であれば討滅してあげたのに」

タクミっぽいの
「負け犬の遠吠え気持ちいいね^^」

クソ女神さま
「そうね。負けたわ。無様に負けて、ここにいる。失敗したわ……失敗したのね、私」

タクミっぽいの
「そうだな。なにもかもに失敗して、無様にぶっ飛ばされて。それが今のお前だよ。ようやく認められたな?」

クソ女神さま
「クソ悪魔」

タクミっぽいの
「^^」


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この電話ばかりの世界で

全然話が進まない申し訳ない(白目)
新年度頑張っていきましょう(白目)
今年度もよろしくお願いします(白目)

誤字修正、日向@様ありがとうございます!


 つい最近導入されたばかりの新型ファクシミリからガーガーと音を立てて紙が吐き出されていく。その光景を見ながら、今年入社したばかりの青年ははぁ、と小さくため息をつく。

 

 学生時代は勉学に励み一流の大学に入学・卒業。大学教授の勧めで大手出版社に就職。絵にかいたようなレールの人生を歩んできて、今している事は電話番だ。

 

 自分のようないい若い者が電話とファクシミリの前で日がな一日座りっぱなし。仕事を覚えるため、部署を覚えるため。様々な言葉をかけられて早半年。取材に駆け回る同期の姿をうらやましく思いながら吐き出されたファクシミリ用紙に目を通す。誰よりも早く情報を見ることが出来る、というのはこの仕事唯一の長所だ。

 

 さて、今回はどの部署の管轄だ。内容をよく吟味して提出しないとえらくドヤされることになる。何々、黒井タクミが引退する、なるほど。黒井タクミと言うとあの黒井タクミか。日本人でありながら日本を飛び越えて米国でデビューし、たった数年でロックという一大ムーブメントを巻き起こしたアーティスト。アーティストの枠に留まらず大スターの登竜門と呼ばれるオーディション番組という枠組みを作り出したプロデューサーであり、また世界一売れたコンピューターの会社を保有する実業家であり、アニメ・漫画といったサブカルチャーを勃興させた人物としても知られている。

 

 これはラッキーだ、どこの部署に持ち込んでも関係があると言い張れる。

 

 そこまで考えを回して席を立った時、あれ、ともう一度手に持ったファクシミリ用紙に書かれた文字を読み直す。

 

「黒井タクミ、アーティスト引退の報告」

 

 送信者は961プロダクションとなっている。番号を確かめて、961プロからの発信であることは間違いない、という事を確認する。

 

 次にもう一度文章を読み直す。黒井タクミ、アーティスト引退の報告。一言一句間違いはない。

 

 そこまで確認をして、ようやく、彼の頭の中にその単語が染み込んでいった。

 

「……………………!!!!!!?」

 

 ドカリ、と大きな音が響く。彼が椅子から転げ落ちた音だ。何事か、と集中する視線にも気づかず、彼は震える手でもったファックス用紙の文字をもう一度読み直し、声にならない叫びをあげた。

 

 新入社員は走った。廊下に飛び出て、なんだなんだと部屋から顔を出す諸先輩方にパクパクと口を動かしながら言葉を発することもできず彼はビル内を駆け回った。それは騒ぎを聞きつけた警備員に取り押さえられるまで続き、彼が取り押さえられた後になぜそれが起きたのかが周知されると規模を拡大してまた叫び声が上がった。

 

 この光景は日本だけではなかった。日をまたがずに連絡がいった米国、英国、欧州、アジア各国。

 

 黒井タクミの、ボトムズのCDが販売されているすべての国で似たような事柄が起き、多くの国ではその日に発行されるはずだった新聞や週刊誌が発行をストップする事態に陥る。記者が記事を書けなかったからだ。

 

1996年。×月×日。後に黒い月曜日とも、早すぎたノストラダムスの大予言とも呼ばれる出来事はこうして起きた。

 

 

 

『ああ、うん。引退する、詐欺じゃねーって、うん。うん。一緒にライブしたい? ああ、うん。そこら辺はみのりんと調整して。いや違うって。マイコーと一緒に舞台に上がるのは私も楽しみだから。うん、うん。それじゃあ、うん。世界ツアーのアメリカの奴で、うん。みのりんには伝えるよ――は? エキプロ所属のアーティスト全員? キャ、会場のキャパ足りるかな、あ。いや、うんわかった。その予定で、うん。みのりんにはそう伝えとくよ。みのりんなら大丈夫だろ。多分きっと。そんな先の事より舞とのライブバトルの準備はどう? 順調、か。まぁ当然だよね、うん。あいつは良いアイドルだよ。分かってる? ごめん、ちょっと自慢したくて。ああ、うん。うん。じゃあまたね、私も大好きだよマイコー』

 

 ガチャン、Trrrrrr

 

 カチャ

 

「はいこちら黒井タうぉおうっせええええ! こらチビ、電話で叫ぶなってああ!? 引退!? するよ!? 次の世界ツアーで! ええ!? だから叫ぶなって! ああ、もう。ほら落ち着けよ。いやお前さんが落ち着いたらそれは別人か……うん。うん。いや、あくまでもアーティストとして舞台に立つのは引退するだけだって。【な音】に呼んでもらうのは別に構わないから……おう。スケジュール次第だけどよ、うん。ああ、また今度会った時に詳しく話すわ。おう、収録頑張れよ、ナナ」

 

 ガチャン、Trrrrrr

 

 カチャ

 

「はいこちら黒井タクミ。ああ、幸姫ちゃんおっつおっつ……うん、そう。引退するよ、今度のツアーで。まぁ、完全に終わるってつもりはなくて、また気が向いたらどっかでライブはやりたいって思ってるけどさ。うん。うん、そうだね……私も幸姫ちゃんが引退したときはさ。多分似たような感じだったと思うよ? あ、ごめん。今のは意地が悪かったわ。うん、うん。アーティストとしては引退するけど、そっちはまだまだ続けるよ。プロデュースって面白いしね。手広くやりすぎて仕事が多いのもまぁ、自業自得だけどさ。うん。もしかしたら、幸姫ちゃんとは別の形で一緒に仕事するかもね。うん、楽しみにしとく……またね」

 

 ガチャン、Trrrrrr

 

「…………」

 

 カチャ

 

「はいこちらタックミー……あ、はい。はい。黒井タクミです。はい、ええと、〇月の、はい。式典に参加、ですか。はい、そちらは秘書の石川に一任しておりますので、はい。引退前にぜひ、あ、はい。ええと、すみませんスケジュールは石川と――大統領からの熱烈な? いや私に言われても困るので、え、引退しないでくれ? あの、『担当官さん? 落ち着いて話を。あ、こら泣くなって、なぁ。え、レッドショルダーなの? あ…………そっかぁ……うん。辛い事も苦しい事もボトムズで乗り切れたってそれは嬉しいけど違うよ。お前が乗り切ったんだ。私たちはそのちょっとした助けになっただけさ。ほら、泣くなって。な? 今度結婚する? そりゃめでたいな! え、相手の子もボトムズファンなの? 結婚式にアンド・アイ・ラブ・ハーを流す? ありがとう! 式はいつなんだ? 電報送るよ! だから元気出せって、湿っぽい顔で嫁さんに心配かけんなよ!』」

 

 ガチャン、Trrrrrr

 

「……………………」

 

 カチャ

 

「こちら黒井タクミです。この番号は現在使われておりません。御用のある方は――『最後まで言わせろよ。ああ、うん。引退するのはアーティストの方だけだよ。会社ほっぽりだす気はないって。うん。ミカン4については順調みたいだね。うん、だからゲームは一日1時間な。え、日本から送られてきた横スクロールアクションゲームが最高? ああ、なんだっけ空想郷縁起譚だっけ。日本支社でもやたらとBGMが評価されてるんだよね、巫女さんが胸バルンバルン震わせながら侵略してきた吸血鬼の軍勢を殴り倒すのは最高だよなぁ! あれならマンハッタンファイトで性癖拗らせた北米のゲーマーどもでも満足すんだろ。でもゲームは一日一時間な』」

 

 ガチャン、Trrrrrr

 

「…………………………………………………」

 

 Trrrrrr

 

 Trrrrrr

 

「ああぁぁぁ」

 

 カチャ

 

「はい、こちら黒井タクミ……『は? ジェニファーさんちょ、泣かないでうん。いや、相談しなかったのは、ごめへ? 今から日本に来る? いやいやいやいや今ジェニファーさん全米ツアーちゅはぁ!? ちょ、ま、待ってよ!』…………………」

 

 ツー、ツー、ツー、、、

 

「あぁぁぁぁぁぁ………」

 

 

 やることがおおいのになにもできない!

 

 

 引退を発表した次の日。優雅に朝コーヒーをしばいていた私を襲ったのは延々となり続ける電話の嵐でした。まる。

 

 いやほんと嵐としか言いようがない。私の部屋には直通の電話が一本しかないからそれが延々なり続けるだけだが、黒井プロも米国のエキサイトプロも今日は朝の始業時間からほぼ全回線が使えなくなっていると報告が来てる。

 

 なんだこの事態。こちとら引退に向けたラストツアーの調整をしたり引退会見開いたり取材受けたり新しく立ち上げる著作管理団体の話し合いしたりテレビの企画について相談受けたりゲストで呼ばれてるライブの調整したり【な音】の収録で管まいたり日本ミカン社内部で開発したゲームのテスターやったりミカン3の販売計画会議に出たり【セブン】で作られた映像作品の講評やったりしなきゃいけないんだぞ? なんでこんなクソ忙しい時期に引退騒動なんて起きてんだよ。誰だ引退なんて言い出した奴は! 私だよ!

 

 受話器を電話に戻す気力も起きずに机の上に突っ伏して息を吐く。出なきゃいけないのは分かってるがかれこれ半日も電話対応を続けていたらな、さすがに辛い。しかも私の方に架かってくるって事は私の直通番号を知ってる相手か私じゃなきゃ対応できないからこちらに回されてくる相手だけだ。なんで引退しただけで米国大使館から連絡が来るんだよ。そして受話器越しに泣かれるんだよ。結婚おめでとうって電報準備しとかないとな。

 

「とりあえず飯……腹にモノを入れないと…………」

 

 なけなしの気力を振り絞って受話器を持ち上げる。秘書課に連絡すれば何かしら持ってきてくれるだろう……と、受話器を戻し内線ボタンを押そうとしてハッと気づいたときには時すでに遅く。

 

 ガチャン、Trrrrrr

 

「ほりぃしっと」

 

 結局この日は一日中電話が鳴りやまず、心配して銀さんが様子を見に来てくれるまで私は飲まず食わずで電話対応をする羽目になった。この塩おにぎり、塩っ気が効いてて美味いなぁ。

 

 

 

 

『自業自得ではありませんか』

「みのりんが厳しい」

『私の状況はもっと厳しいんですが???』

「すんませんっした!」

 

 電話越しににじみ出る怒気にその場で深く頭を下げて謝罪の言葉を口にする。日本人特有の電話越しなのに頭下げるあれだ。本当に悪い事したと思ってるときはついつい頭下げちゃうんだよね。相手に伝わらないけど。

 

 まぁ相手に伝わらないとはいえ謝罪だ。本当にすまないという気持ちで胸いっぱいな謝罪とはどんな所でも頭を下げられる事なので、たとえこれが電話越しだろうと肉焦がし骨焼く鉄板の上だろうと謝罪する気持ちが重要なんだよ。

 

『いえ、それは意味が分かりませんが』

「はい」

『…………はぁ…………いえ。これもいつかは訪れていた事ですから。それが、少し早かっただけですよね』

 

 ため息と少しの沈黙。そして口を開いた石川女史の言葉には、呆れたような、諦めたような感情が乗せられていた。

 

『黒井タクミが表舞台から降りるその瞬間に、当事者の一人として立ち会うことが出来た。その事はきっと、私の今後の人生でも曇ることのない、一等輝く星のような出来事なんですよね……』

「みのりん、さすがに大げさだっ……」

『分かりました。スケジュールの調整は万事。会場についても手配しておきますので、タクミさんは万事心配なく日本での用事を済ませてください。米国は私が差配しきってみせます』

「あ、うん。はい」

『貴女は私にとって、私たち日本の音楽関係者にとって眩いほどの輝きを放つ一等星でした。最後の最後まで貴女が貴女(黒井タクミ)らしく輝けるよう、最善の努力を尽くします……タクミさん。貴女と仕事が出来て、楽しかった――また米国で会いましょう』

 

 しょんぼりとした雰囲気から一転。返ってきた情熱あふれる言葉の勢いに押されて頷くと、石川女史はそう口にして。最後に少しだけ恥ずかしそうに言葉をつけ足して電話を切った。

 

 電話が切れた後。ツー、ツーという音を耳にしながら、受話器を元に戻そうとして、直前で電話機本体の横に置く。受話器を戻したら次の対応が始まってしまう。それが少し、今は勿体ないような気がしたからだ。

 

「楽しかった、か。私もだよ」

 

 ギシリと椅子を揺らして天井を仰ぐ。石川女史との会話は、疲れた心身に染みるような気持ちよさだった。

 

 数十秒ほど目を閉じて余韻に浸った後、目を開ける。

 

 さぁ、やることは一杯だ。著作権管理団体の作成は、必ずやらなければいけない。ジョンと出会ったあの日、決意したのだから。

 

 自身が持っている著作権は、どれもこれもが過去生で自分が慣れ親しんだ曲だった。自身がやりたいことをやる力を得るために今までこれらの楽曲を使用していたが、本来これらの名声や富を受けるべき人物は全く別の人々だ。彼ら彼女らが世に出ていないからと、いつまでも自分がその恩恵に預かり続けるのはどうにも気持ちが悪かった。

 

 そう、私の気持ちが悪かったのだ。他人に向けられるべき賞賛をどれだけ浴びても、それは重いヘドロのような重圧しか与えてくれない。

 

 だから、これらの楽曲をあるべきところに返す――のは無理だとしても。それに近い何かしらの手立てがないかとずっと考えていた。考えに考えて、特に思いつかなかったからボカシてパッパやみのりんなどにも相談して、ある程度考えが煮詰まったところで日本の著作管理団体との一件が起きた。

 

 あんまりな対応にムカムカしながら、心の中でパズルのピースがハマったような感覚だった。私がやるべきことはこれなのでは。私が持っている事になっている(・・・・・・)楽曲を、この手法でならという思いが芽生えたのだ。

 

 私が著作権を所有している楽曲を自由化する。誰しもがカバーを行ったり、自由に演奏することが出来るように。

 

 そうすればジョンさん達だって自由に演奏することだってできる。せっかく楽曲を返したのに中々演奏してくれない英国の女王様のバンド(QUEEN)だってWe Will Rock You(ロックをかまして)くれるかもしれないしあるいはカバーバンドという形になっても世に出ていなかった彼ら彼女らが姿を現してくれるかもしれない。

 

 そりゃあ著作権は大事だ。音楽家ってのは基本的に金がないから、彼らの大事な飯のタネを私の一存で潰すなんて気は毛頭ない。だからこれはあくまでも私が著作権を持つ楽曲だけの話になるだろう。もちろん私の著作権を管理する団体は基本的に私がこれまでに稼いだお金で運営する。税金対策って事ならパッパもみのりんも文句はつけないだろう。

 

 とりあえずは法律関係、特に音楽関連の法律に強い弁護士や専門家を集めなければいけないな。今現在私の著作権を管理してる団体に三行半を叩きつける必要もあるし、本当にやることがいっぱいだ。やることが、やることがおおいっっ!

 

 ウシッと小さく気合の言葉を吐いて、受話器を電話機に戻す。秘書課に連絡を入れよう、あそこの美人さん方なら961プロご用達の弁護士さんの連絡先も――

 

 ガチャン、Trrrrrr

 

「oh...」

 

 天丼かよ、と天井を仰いだ後、私は小さく息を吐いて、受話器をあげる。

 

 二日連続で電話で潰れそうだな、と口の中でこぼしながら、私は「ハロー」と受話器の向こうの相手へ声をかけた。




クソ女神様とタクミっぽ(ry

クソ女神様
「自分が間違ってたなんてわかってた。あの魔術師に行動を封じられた時、自分が致命的なミスを犯したとも理解した。でも分かってるから、だからなに? 間違ってるから、何も行動をせずにただ時を無駄に過ごせというの? そんな事は出来ない。私は、そんな事が出来る人生を歩んでこなかった。神という存在になったのだって脇目も降らずにただ人生を駆け抜けた結果だった。私は、過ちを認めて振り返るなんてできる存在じゃない。そういう存在じゃないの」

タクミっぽいの
「語るやん」

クソ女神
「クソ悪魔」

タクミっぽいの
「どう考えてもお前さん一人でこの世界を、なんてさ。誰も考えてなかったと思うけどねぇ。世界が滅亡する手前であの娘が間に合ったのか、それとも元々ここで世界が滅ぶことはなかったのか。私がここに居る理由……まぁ。いま振り返った上ではどうとでも言えることだな。お前さんは自分の尻拭いをしたあの娘にもうちょっと感謝した方がいいぞ」

クソ女神様
「語るじゃない」

タクミっぽいの
「語るよぉ。おばさんなもんでね、おしゃべりは好きなんだ」


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この告知のない世界で

遅くなって申し訳ありません。
ようやく終わりが見えてきました。

誤字修正、佐藤東沙様ありがとうございます!


 10万人は優に超えているだろう。

 

 始まる前は寒い程に冷気を吐き出していた冷房も、彼らの熱気の前に完全敗北を喫してしまい、火照った体を更に熱く刺激する。

 

 体を冷やすために用意していた飲み水を頭から被ると、程よく冷えた飲料水のシャワーが頭から全身を伝って零れ落ちていく。

 

 水気が心地いい。冷たい水が全身から噴き出す汗を、何もかもを流してくれる。

 

 天井付近に誂えられた電光掲示板の数字を見上げる。先ほどまで自分と対面の彼女に視線を向けていた観衆の目は、全てそこに向けられている。

 

 98と、100。

 

 たった二つ数えれば届く数字が、そこにはあった。

 

 たった二つ。それが私と彼女の差だと、そこに表されていた。

 

 ペタリ、とステージの上に座る。少し水浸しになっていてお尻が濡れてしまったが、構う事はない。

 

 なにせ疲れている。

 

 恐らく生まれてきてこれほど全力を出したことはないという位に全力を振り絞った。全力の出し方すら知らなかった幼少時や、少し調子に乗っていた日本時代とは違う。

 

 全力だった。この日のために研鑽を積み、この日のためにコンディションを整え、この日に挑んだ。

 

 そして、その結果――私は完膚なきまでに敗北を喫した。

 

 少しずつ観客席がざわめきを取り戻す。幕切れが奪い去った観客たちの声が戻って来る。

 

 ペタリ、と背中をステージにつける。寝っ転がったまま、天井付近に誂えられた電光掲示板を再度見上げる。

 

 98と、100。

 

 近いようで果てしなく遠い、敗者と勝者(私と彼女)の距離。

 

『お行儀が悪いじゃない』

 

 そんな私を覗き込むように、勝者の顔が私を見下ろしてくる。

 

『あんたのステージは反対側(あっち)でしょ。アンコールはどうしたのよ』

『私のライブバトルはね。最後は勝者も敗者も一緒にアンコールをするの。わざわざ呼びに来たのよ?』

 

 水に濡れたせいで歪む視界の中。意地悪く笑顔を浮かべる彼女に、精一杯の強がりを口にする私に彼女は首をすくめてそう言い放つ。

 

 アンコールなんて演る余力は残っていないと文句を言いそうになり、けれどそれを口にするのはなんだか更に負けたような気がしてくる。

 

 悔し紛れに手を伸ばし、立たせろとアピールすると“王様”は苦笑を浮かべて私の手を掴み、引き上げた。

 

『私に負けるようなら、タクミには勝てないわよ?』

 

 そして引き上げた際。耳元で囁くようにそう口にする“王様”に、立ち上がろうとしていた私の動きが止まる。

 

 そんな私に“王様”は、再度。

 

 繰り返す様に、呟くようにその言葉を口にした。

 

『私一人に負けるなら、貴女はボトムズ(タクミ)に勝てない』

 

 そう言って、彼女はウインクを一つ。私に背を向け、自分のステージに向かって真っすぐ(・・・・)歩き始めた。彼女の動きに合わせて左右に割れた10万人(・・・・)の観客の中を、ゆっくりとした足取りで。“王様”の名にふさわしい威厳に満ちた足取りで。

 

「……堪んないわね」

 

 このステージの主役は彼女だった。最初から最後まで、私は掌の上だった。

 

 そうこちらに言外に突き付けてくるパフォーマンスに、悔しさを通り超えて可笑しさすら感じながら彼女に向かって歩き始める。

 

 ここで引けば、恐らく自分は挑む資格すらも失ってしまう。

 

 モーゼの十戒のように割れた観客の海の中を歩みながら、ステージ(玉座)の上に戻った“王様”へと視線を向ける。

 

 あの“王様”の向こうに、タクミは居る。

 

 98と、100。

 

 たった二つにしては随分と遠い数字を思い浮かべながら。唇をかみしめ。

 

 勝者の待つステージへと、私は足を踏み入れた。

 

 次へ、挑むために。

 

 

 

 

 私は今、拉致されている。

 

 始まりは日本の自室だった。1週間なりっぱなしだった電話攻勢もようやく落ち着き、ラストツアーの調整もみのりんに丸投げし引退会見にオールバックで登場して場を騒然とさせ新しく立ち上げる著作権管理団体の設営をパッパに投げ数多の鬼畜アトラクションをクリアした人に賞金を出す企画『疾風!タクミ砦』の企画書を最近パッパが株主になったテレビ局に速達で送りゲストに行ったライブで蝋人形にされかけ『な音』の収録で管を巻いて送り付けられた『セブン』の作品に出来るだけ真剣な論評をビデオメール式で返してミカン3の日本国内での販売計画を立てた。

 

 一般人なら死んじゃうんじゃ? と途中で感じる過密スケジュールも終わり、日本ミカン社が開発した横スクロール式格闘アクションゲームで脇を露出させた巫女がブルンブルンとお山を揺らして西洋モンスターをどつきまわすのを堪能していたら、許可も出していないのにドアがバンッと大きな音を立てて開いたのだ。

 

 ファッ!?と口にくわえていた棒付キャンディをぽろりと零しながらドアの方へ視線を向けると、そこにはなにかオーラを放ちながら仁王立ちするジェニファーさんの姿があった。

 

『行くわよ、タクミ』

「え。なんでジェニファーさんが。全米ツアー中じゃ――え、マジで来たの?』

『行くわよ、タクミ』

『や、来たのは良いけど行くって』

『行くわよ、タクミ』

『はい』

 

 有無を言わさぬジェニファーさんの勢いに、私は服従の意志を込めて頭を垂れる。

 

 そうして、私の拉致生活が始まったのでした。

 

 え、拉致じゃないって? 逃げないように全身をロープでぐるぐる巻きにされて屈強な男のスタッフ3人がかりで運搬される姿を見てくれ。どこからどう見ても拉致被害者だろう。

 

 この姿で出国出来たの奇跡としか思えんぞ。新しいテレビの企画か何かだと思われたのかな?

 

『プライベートジェットって凄いわね』

『プライベートジェットでも許される範囲ってあるよね???』

 

 最近は音楽学校の業務で忙しいと言っていたキャロルおばさんの感想に、世間一般で言うところの常識的な言葉で苦言を呈しておく。

 

 が、ダメッッッ!

 

 キャロルおばさんは私の言葉に曖昧な笑顔を浮かべて肩をすくめると隣に座るニールさんに機内食のキャビアについて語り始めた。まるで取り合ってもらえない。なんてことだ、リーダーである私の言葉はもう皆には届かないということか。権威の失墜。関白失脚。

 

 ショックを隠し切れずミノムシのような恰好のまま関白失脚を口ずさんでいると、ジェニファーさんがやたらとポップな曲調で歌をつけ始めた。やめてくれ、これそういう歌ちゃうんです。

 

『まずは上海、台北、そして香港の順ね』

「お、良いねアジア旅行――なわけないか。もしかしてこれライブツアーなの?』

『もちろん。なんだと思ってたの?』

『バンドメンバーによる誘拐かなって』

『香港の次はマニラに行ってそのままシドニーまで空の旅よ』

『うん、ルート決めが意味わからないぞ???』

 

 多忙なみのりんの代わりに付いてきた来たマネジメント専属の社員が恐らくライブ会場のある地点にマーキングを施した世界地図を手渡してくる。ユーラシア大陸を本当の意味で横断するどころかオーストラリアまで摘まんでいくのは無理を通り越して無謀では???

 

 いや、アジア、東南アジアからオーストラリアというのは分かる。非常に良く分かるルート取りではあるんだが、そこからインド側に究極Vモンキー決めるのはどういう事なんだ。そこは素直に香港から大陸沿いに渡るべきじゃないか?

 

『時間がないわ。年末に引退すると言っちゃった以上、ライブスケジュールは詰めていかないと』

『いや。まあそこには罪悪感があるから何とも言わないけどさ』

『だから中4日で各国をめぐるライブツアーを計画したわ』

『バカかな??????』

『短期間で準備出来るって国に話を持って行ったら明日でもOKって返事が来たわよ』

 

 これなら年末までに20か国は回れるわね!と自信満々に口にするジェニファーさんと、なにか覚悟を決めているかのように頷きを返すキャロルおばさんとニールさん。

 

 開いた口が塞がらないとは、こういう感覚なのだろうか。そんな急な準備で、ライブなんて出来るわけがない。巷のライブが、どれだけ入念に事前準備を行っているというのか。

 

 まず告知。いきなり明日ライブ始めます、で人なんて集まるわけがない、彼らだってそれぞれ仕事があるし、生活がある。当然、いきなり明日ライブがあるからなんて事で動けるわけがない。

 

 よしんば人が集まったとして、今度は彼らを収容する会場が問題だ。会場の設営はよっぽど簡素な造りでもなければ一日二日で終わるようなものじゃないし設営した後の音響設備の合わせなどにも時間がかかる。

 

 それに息の合ったスタッフの助けも必要だ。一つのステージはただボトムズが出ればいいってわけではない。私たちが最高のパフォーマンスを発揮するために、縁の下でそれを助けてくれる人々がどれだけ多くいるか。

 

 ライブに来てくれた観客を満足させるために、どれだけの努力が必要か。

 

 そこまで考えて、口に出そうとして――口をつぐむ。

 

 そんなことは、みんな分かっているんだ。私が言うまでもなく、彼ら彼女らはそれを理解している。その上での、今だ。

 

 これは恐らくみのりんの企画だ。ライブツアーの全権を彼女に振った以上、彼女がこの事態を知らないわけがない。ジェニファーさんたちは演者であり当事者であるが、彼女たちがどれだけ要望したとしてもそれが実現できないと思ったらみのりんは蹴る。間違いなく、一片の容赦もなく蹴り飛ばすだろう。

 

 それが、今。私に一言の連絡もなかったとはいえ…………多分連絡忘れてたんだよねみのりんハブってるとかじゃないよね? ごほん。とはいえ、ゴーサインが出てジェニファーさんたちは私を迎えに来て。そうして私は今、機上の人となっている。

 

 恐らく後数時間もせずに私は上海に到着する。そして歌うのだろう。私の引退を告げるために。世界中のファンに、黒井タクミが引退するんだと告げるために。

 

 それだけのために、沢山の人間が。この場にいるメンバーも。この場に居ない人間も。たくさんの人が身を削り、動いている。ほぼ無茶と言えるようなスケジュールで、これが最低でも数か月は続くのだ。

 

 辛いだろう。苦しいだろう。通常の工程でもライブツアーってのは大変なんだ。それを更に限界まで突き詰めればどうなるかなんてわかり切っている。

 

 だが彼ら彼女らはそれを始めた。成功させるために、というのはある。ファンのため、という感情も勿論、あるだろう。

 

 けれど、彼らは。

 

 彼らはみんな、私が引退するから。私の最後の我が儘を、最高の結果で終わらせたいから。

 

 黒井タクミの最後を彩るためだけに、無理で無茶で無謀な計画に自らを投じたのだ。

 

 その覚悟に口を挟むわけにはいかない。口を挟めば、彼らの願いが陳腐化してしまうかもしれない。

 

 この思いを、感情を。全てを舞台にもっていって、初めて彼らは報われる。

 

 それを理解しているから、理解できたから私は口をつぐんだ。同時に、胸の底から熱く湧き上がってくる感情を覚えた。世界ツアーを初めてやった時も、アメリカではじめてSUKIYAKIを歌った時も、日本でパッパに引き上げられた時すら感じなかったものが、私のうちから生まれたのを感じる。

 

 誰かの想いを背負い込む。これは、そういう熱だ。

 

 アトムを歌った時。ゴジラを託された時。私の胸にこみ上げてきた、託される熱だ。

 

 今まで私は、自分のために好き勝手に歌って、好き勝手に生きてきた。自分が聞きたい音楽を誰も歌わないから歌っていた。そうして誰かが後に続いてくれることを期待して、そして誰かが自分好みの歌を歌い始めてくれることを願う。そんなどこか他人事のような気持ちが確かにあった。

 

 そんな私が、今。最後の最後で誰かの想いを背負って、舞台に立とうとしている事を、自覚している。期待にこたえたいと思っている。

 

 最高のライブがしたいと、願っている。

 

『最高のライブにしようね、ジェニファーさん』

 

 特に意識したわけではない。ただ、内心がこぼれる様にそう呟くように口にすると。

 

 隣に座ったジェニファーさんは嬉しそうに笑って頷いた。

 

 

 

 

「で、ハニトラを喰らってるってわけ」

『アッハッハッハッ!』

「ジェニファーさん慣れてるなぁおい。上海ハニーと社交ダンスってか」

 

 ぶどうジュースを飲み干して本革張りのソファに深々と腰を下ろし、イケメン高身長で気遣い上手な男集団を侍らせる。高級ホストクラブを貸し切ったような光景だが別に豪遊しているわけではない。入国した瞬間にまず超長いリムジンが送迎に現れ、そのまま最高級ホテルに招待された私たちは打ち合わせもそこそこに歓迎の宴と称したパーティーに案内されてやたらと偉そうな肩書のおじさま達と挨拶を交えた後に内々の宴だとか言われてここに放り込まれたのだ。

 

 居並ぶイケメン方は誰しもが立派な肩書や経歴を持った御曹司や若社長達であり、彼らは徹頭徹尾こちらを立てて出しゃばりすぎず、けれどもアピールするべきタイミングで前に出てくる。互いがライバルであるハズなのに決してその事をこちらに悟らせず、和気あいあいとした空気でこちらを楽しませてくる。この歓迎にジェニファーさんやキャロルおばさんもご満悦で、ちやほやしてくる若い男の子と遊んでいるようだ。

 

 もちろんニールさんの所にはチャイナなドレスを着た中華美人の姿があったが、彼は妻帯者だって言って断ってた。良かった、奥さんに告げ口する必要がなくなって。

 

『ああ、タクミさん。グラスが空いていますね』

 

 ぶどうジュースを飲み干した瞬間、隣に座るさわやかイケメン風御曹司(〇〇党幹部の跡取り息子)が自然な動作でワイングラスにジュースのお替りを注ぐ。御曹司というよりそれ専門のスタッフだって言われた方が違和感がないが、そんだけあちらさんも本気でこちらを取り込もうとしてるってことなのかな。

 

 まぁ私を口説き落とせばそのままミカン社とエキサイトプロが付いてくるし、高度経済成長期に入ったと言われる中華だと最先端のハイテク技術を持ってるミカン社は喉から手が出るほど欲しいのかな。イケメンの顔を眺めるのは心の栄養になるから良いんだけど、決意を新たに最高のライブをやりに来た瞬間ハニトラなんて喰らっても嬉しくはないんだが。それに私の好みは『俺はクソ真面目な男だ』とか真顔で言ってのけるタフガイよりなイケメンだ。

 

「……まぁ、もういいか」

 

 十分に美男と美食を堪能した。気合も入れなおした。であればだらだらだべるのではなく、やることはただ一つ。

 

『どうされました?』

『うん、ちょっとライブの宣伝してくるね』

『はい?』

 

 隣に座って来た恐らく一番序列が高いだろうさわやかイケメン風御曹司が笑顔を浮かべながら尋ねてくるのでそう答えを返すと、彼は笑顔のままこてん、と首を傾ける。

 

 こちらが言っている言葉の意味が分からなかったのかもしれないが、一々動作が絵になるなぁ。イケメンはやっぱり得だ。

 

『ジェニファーさん、ギターは』

『いつでもOKよ!』

『キャロルおばさーん』

『あいよ』

『ニールさんは……どないしょ』

『ホテルにカホンを持ち込んでる。即席のドラム替わりにはなるさ』

『なんでそんなん持ってきてるの?』

『こういうことがあると思っていたからね』

『お、おう……』

 

 私の声掛けに応じるように、それまで場を楽しんで飲めや歌えや大騒ぎといった有様だったジェニファーさんはいきなり素面に戻ったかのようにギターを担ぎ、待っていましたとキャロルおばさんと一緒に立ち上がった。

 

 ニールさんは、なんというか申し訳ないとしか。

 

 みのりんの代わりについてきたマネジメント専属の社員に目配せすると、彼は眼鏡をキラリと輝かせてふてぶてしい笑顔を浮かべる。うん、流石はみのりんが代役としてつける将来有望枠なだけある。この状況で笑えるならどんなアーティストとも上手くやっていけるだろう。

 

『あ、あの。タクミさん』

『ああ、お兄ちゃん。悪いんだけど警察に連絡しといてね。路上で一発ライブやっちゃうから』

『はい…………………はいっ!?』

 

 時刻は夜の20時。眠らない街と謡われることもある上海ならまだまだ浅い時間帯だし、交通整理は必要だろう。巻き込まれる通行車両が可哀そうだしね。共産党と強い繋がりのあるイケメンニイサンならその辺融通利かせてくれるだろ。

 

 本当なら大人しく舞台が整うのを待つのが筋ってもんだろうが、折角やる気を出していたのに欲張って来た君らが悪いという事で。まぁ、ライブを大成功させるつもりでやらせてもらうから、それで納得してもらいたい。

 

 路上ライブとかどれくらいぶ……あれ。一人だったら割と最近やった記憶があるな。いや、あれは昼間の都内だし私は演奏だったしノーカン。ノーカン。

 

 と、流石にこれだけだと彼らにも悪い。ここで結果を出せなくて立場が悪くなったとかだと寝覚めも悪くなっちまうしな。

 

 あくまでも上海での本番は明日のコンサート。今夜は前夜祭だということでボトムズが上海ジャックしちまうって感じで無理やり話を通してしまえば彼らも賓客の要望を最優先にした、と不手際を責められる際の逃げ道が出来るだろうし、私もあんまり趣味じゃないイケメンからのちやほや攻勢から逃れられる。それに明日のライブの宣伝になると正に一石三鳥の計略だ。

 

 自分のひらめきが怖くなる。これは軍師になれそうだな。ロッカー孔明とでも名乗るか。

 

『ほら、行こうよお兄さんたち。それにそっちのお姉さんたちも。楽しいライブの始まりだ』

『あ、いや。タクミさん。我々はその、それに。ライブは、明日では』

『なにいってんの。今日がライブの初日だよ。年末まで続くライブのさ!』

 

 困った顔でその場に立ち尽くす中華系イケメン&美女軍団にそう声をかけ、よっしゃ勢いで誤魔化せた! とほくそ笑みながら店の外に出る。

 

 店の外ではすでに人だかりが出来始めていた。漏れ伝わる音を聞くにジェニファーさんがギターソロをかましているらしい。キャロルおばさんはアンプのチェック中。ニールさんは箱のような楽器、カホンにのって確認するようにリズミカルに箱を手で叩いているようだ。

 

 あんなんいつ用意したんだと一言こぼすと、臨時マネージャー君が眼鏡をくいッと持ち上げた。ちょっと面白かったからこいつには明日以降もガンガン無茶ぶりしてやろう。

 

 着々と増えていく観衆に一言声をかけると、ワァッと歓声が広がりステージ(・・・・)への道が開かれる。気持ちいいね、以心伝心みたいでさ。こちらがやりたいことを観客側が理解してくれる。即席ライブをやるうえでこんなに嬉しいことはない。

 

 私は出来るだけゆっくりとした足取りで路上のステージ(・・・・)へと歩いていく。一歩、また一歩と進むたびに周りを囲む観客のボルテージが熱を持って上がっていく。

 

 どんどん増えていく観客の海。その中で一か所、ぽっかりと丸く空いた場所が今夜のステージだ。ちらほらと姿が見える赤く肩を染めた連中に指差しで声掛けすると、彼らは嬉しそうな笑顔を浮かべて赤く染められた右肩を叩いた。

 

 ステージ(・・・・)の上に立つ。期待感が空気に乗って、肌を焦がすようだ。

 

 眼鏡をかけた臨時マネージャーがいつの間にか用意したらしいマイクを手渡してくる。それに笑顔で首を振って応え、私はジェニファーさんを指さした。

 

 ギターソロ。つんざくような音色が町の夜景を彩る。

 

 キャロルおばさんを指さした。

 

 ジェニファーさんの迸るギターソロにキャロルおばさんのベースが絡みつく。

 

 ニールさん。

 

 普段とはまるで違う叩き方だというのに普段と全く変わらない正確無比な重低音が二人の音楽を支えた。

 

 嬉しいね。突発的な。しかもかなり久しぶりの合わせだというのに、まるで違和感がない。このバンドは最高だと、改めて思い知らされた。

 

「そして――」

 

 夜空をかけるメロディーに。

 

「私」

 

 私の声が乗せられる。

 

 意味のない音だ。音を合わせるためだけの、簡単な演奏だ。それが夜風に乗って群衆の耳を擽り眠らない町を通り抜けていく。

 

 ただそれだけの作業が、楽しくて楽しくて仕方がない。

 

 一曲目は何にする? 言葉にせず、目配せだけでそう尋ねてくるジェニファーさんに私は笑顔で答えて、右手を掲げる。

 

 ピタリと止まる音。演奏も、群衆のざわめきも。もしかしたら吐息の音さえも忘れ去った上海の夜に。

 

「上を向いて歩こう」

 

 私の言葉だけが木霊した。




クソ女神様とタクミっぽ(ry

クソ女神様
「感謝もしてる。凄いとも思ってる。けど、それ以上に気に食わない」

タクミっぽいの
「捻くれてるね」

クソ女神様
「本当なら自分が受け取れていたかもしれないものを。心の底から欲しいものを一身に浴びてる自分の姿をした誰かがいたら。貴女どうする? それが自分に出来ないことだと思っても。思うからこそ私は殺したくなったわ」

タクミっぽいの
「君殺意凄かったもんね。返り討ちにされたけど」

クソ女神様
「当然よ。少なくとも人間だったころその世界で一番殺しをしたのは私だもの」

タクミっぽいの
「褒めてねぇし偉ぶれる内容ちがうよね」

クソ女神様
「一人を殺せば犯罪でも100人殺せば歴史に残るし1000人殺せば一騎当千。1国殺せば英雄でしょ」

タクミっぽいの
「価値観を現代にアップグレードしようか?????」


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この輝きのない世界で

誤字修正、佐藤東沙様、路徳様ありがとうございます!


 こんなものは無理だと、誰かが叫んだ。

 

 たった一週間で国中に告知を行い、スケジュールを整え、会場を誂える。言葉にすればそれだけの事だが、実際にそれを行う場合数か月、あるいは年単位の計画で動いている事は意外に知られていない。

 

 コンサートとはただそれだけで巨額の金が動くイベントだ。人気のあるアーティストならちょっとした祭りにも匹敵する経済効果があるそれを、たった一週間で行えと言われて出来るわけがないのだ。

 

 現実を見ろと、誰かが叫んだ。

 

 できもしない夢を語るなと、誰かが言った。

 

 それらの言葉を、米国でも最大手と呼ばれるエンタテイメント企業――エキサイトプロからやって来た眼鏡をかけた男は、全て受け止めた。

 

 受け止めて、納得したように何度も何度も頷いて。

 

「わかりました。では、それを実現するには何が足りないのですか?」

 

 激昂もせず。決して言葉も荒げず。彼はただ淡々と何が必要なのかを尋ねてくる。

 

 出来ないと叫んだ男たちがその言葉に口を閉ざした後。男は再度、ゆっくりと。確認するように同じ言葉を尋ねた。

 

 日数が足りない。3倍は要ると誰かが声を上げると、男は分かりました。では人数を3倍用意し、朝昼夜の3交代で夜通し作業をしましょうと答えた。

 

 機械が足りない。用意できる機械ではたとえ人数を用意できても工程を省略できないと誰かが声を上げると、男はどこからともなく米国式の最新鋭重機とオペレーターを用意してきた。

 

 予算が足りない。予定される問題全てをクリアーできたとしても、予想される収益では赤字が出てしまうと誰かが声を上げると、男は眼鏡をくいッとずり上げてこう答えた。

 

「構いません。たとえ赤字になったとしても、その分はわが社が請け負います」

 

 冗談めかしている風でもなければ、気狂いじみているわけでもない。彼は正気の正気で、たとえ赤字になったとしても。会社に莫大な損害を出しても構わないという覚悟で、この場に立っているのだと。

 

 そこまでを理解して、誰かが叫んだ。

 

 なぜこんな事をするのかと叫んだ。

 

 利益も期待できない無謀な計画をなぜ行うのかと、彼に問いかけた。

 

「それがエキサイトプロの存在意義だからです」

 

 その問いかけに男は、眼鏡をくいッとずり上げてこう答えた。

 

「どれだけ利益を上げようと、損を出そうと構いません。会社として間違っているなんてのは分かっている。我々は」

 

 少しだけ誇らしそうに胸を張って、彼はこう答えた。

 

「黒井タクミの輝きを最後まで見たいだけなんですよ。間近で、最後まで」

 

 

 

 舞が負けた、か。

 

 ライブ明けの休養日。眼鏡をかけたマネージャーが手渡してくれた数日前の米国の新聞には、ステージ上で大の字になって倒れこむ舞とそれを覗き込むマイコーの写真が一面に写されていた。

 

 どういう過程があったか知らんがどうなったらこんな写真になるんだろう。あっち(米国)のライブバトルってステージを分けてやるよな? なんでマイコーが舞にウザがらみしにいってるんだ。

 

 新聞記事によると判定は会場内の観客投票の合計点100と審査員による得票100によって行われる、エキサイトプロがライブバトルで良く扱うシステムだ。

 

 得票の最高獲得点は100で、たとえ100以上投票されてもそれ以上の数字にはならないし明確に優劣が決められなければ同票でも良いとされている。今回の場合マイコーが100に対して舞は98点。つまり実際の所は102対98なわけだ。

 

 このシステム、優劣が決まるより同点のが多くなるんじゃねーかと思われるかもしれないが、意外と上手くいっている。基本的に万人受けする音楽ってのがそもそも存在しないんだよな。

 

 人間には好みってものがある。ロックが好きな奴、ポップスが好きな奴、中にはシャンソンが好きな奴だっていたりする。前世ではビートルズだって熱烈なアンチが存在したんだ。全員を満足させるような万能曲なんてそうそう存在するわけがない。

 

 だから必ず得票には好みが現れる。たとえ互いのファンばかりの会場であっても、ライブなんてのは水ものだ。特に同ジャンルの場合その場のパフォーマンス次第で流動する票ってのは必ず存在する。

 

 きれいに100対100で別れるなんてのは、実をいうとそうそう起こりえないのだ。

 

「まぁ、それが起きたからこそ舞とマドゥンナのライブバトルは話題になったんだけどねぇ。下馬評を覆したってのも大きいけどさ」

「あれは素晴らしいライブでした。若い力が王者へと挑む、挑戦というべき一戦でしたね」

「お。マネージャーくんアレ見てたんだ」

「はい。私、普段はマドゥンナさんのエージェントをしておりまして」

「……なんでここに居るの?」

「石川女史たってのご要望でして……」

 

 恐縮です、と青年は曖昧な笑顔を浮かべて眼鏡をくいッとあげる。こいつ引き抜かれたってマドゥンナ荒れてるんじゃねぇかな。あとでフォローの電話入れとかないと。

 

 読み終わった新聞を畳むと彼は丁寧な手つきでそれを受け取った。

 

「舞は日本に戻ったんだ」

「ええ。今回の敗北を踏まえて日本で対策を打つのだとか」

「滝にでも打たれんのかね」

「滝行ですか。アイドルに必要ですかね?」

 

 私の言葉に首を傾げるマネージャーくんと駄弁っていると、死んだ眼をしたスタッフがぞろぞろとロビーに現れ始める。コンサートに合わせてムンバイ有数のホテルを丸々借り上げているため、このホテルで宿泊しているのはエキサイトプロの人間と会場設営のための現地スタッフのみだ。

 

 今降りてきたスタッフはエキサイトプロが用意したツアー全般で動くスタッフたちで、彼らは次の目的地に飛ぶため今から空港へ向かうのだ。

 

 香港から始まり台北・上海と南下していき、東南アジアの右側をかすめてオーストラリアへ。そして再び東南アジアを北上しながらタイを経由してインドへ入る。あらためて見てもたった一月で回れるツアーじゃない。

 

 私らや舞台班のスタッフはライブ翌日は完全休養になり、次の日は移動日、その次が本番前リハで最後に本番という4日1休スタイルで回れるからまだなんとかなるがその下準備に走り回る彼らはろくに休みも取れずに一月を走り抜けたわけだ。流石はエキサイトプロの精鋭、面構えが違う。

 

 ――これは、流石に大幅ボーナスで報いてやらなきゃいかんだろう。みのりんならその辺抜かりはないと思うが。

 

 今から発つスタッフのリーダーがこちらに会釈をしてきたので、お礼を込めてぺこりと頭を下げる。この場では頭を下げるくらいしか報いる方法がない私を許してくれ。全部終わったら1月くらい有給出したるからな……!

 

「不味いですね」

「あん?」

 

 働きには報いなければ。ビバホワイト企業! と心に誓っていると、その誓いに水を差す様に眼鏡マネが呟いた。何が起きた、と問い返すために頭を上げると、バタバタと何かが倒れるような音が断続的に続き、先ほどまでこちらに死んだ眼を向けていた数十人の一団の姿が見えなくなっている。

 

 ふぁ? 神隠しか? と慌てて立ち上がりよく見ると、ロビーの中央付近で彼らは前のめりに。こちらに向かってほぼ全員が顔を向け、幸せそうな表情を浮かべて倒れ伏していた。

 

 幸せそうな表情で倒れ伏したまま微動だにどころか瞬き一つもせずにこちらに視線を向けている彼らの姿は、控えめに言ってホラーだ。

 

「疲労がたまっていたのでしょうね」

「え。それで終わらすの怖っ……」

「大丈夫です。ボトムズ(うち)のコンサートでは稀によくあることなので」

「あれがよくあるのエキサイトプロ(うちの会社)!?」

「10分ほどで起き上がりますので。さて、スケジュールの調整をしないと」

 

 集団転倒事件に騒めき始めたロビーの中。仕方ないな、と言わんばかりの態度で席を立つ眼鏡マネに戦慄を覚えながら、私もつられるように席を立つ。ま、まぁこのマネがこういうんなら彼らは大丈夫なんだろう。ちょっと自分の会社に対して知りたくなかった事実を知ってしまった気もするが、問題ないなら問題ないんだろう。うん。

 

 流石にこの空気の中ロビーにいるのは嫌すぎる。一度部屋に戻ってジェニファーさんが起きてたら一緒にインドカレー屋でも食べに行くか。それまでにはこの何とも言えないロビーの状況も解決してるだろう。この調子で後2か月で世界横断ツアーなんて出来るのか物凄く不安だが。ミノリンがゴーサイン出したんだしまぁ、なんとかなるんだろう。多分。おそらく。きっとメイビー。

 

 

 

 

「割となんとかなったな」

 

 歓声が響き渡るイギリスはネブワースパークのステージで、フィナーレと共に抱き着いてきた胸毛の凄いタンクトッパー(共演者)に『硬っ! てか重いなタックミー!?』と失礼なことを言われながら駆け付けた観客に向かって手を振る。

 

 このツアーの話を最初に聞いたときは、3か月で大陸縦覧舞踏?とかいう近年稀にみる殺人スケジュールのライブツアーに不安しかなかったが、半分を超えた辺りからは急速に安定していった。

 

 安定したというか、アジア地域の場合は時間がなさ過ぎて突貫だったのが負担が大きい原因だったんだ。その点ヨーロッパ方面は1月を準備にあてることが出来たから、到着する前にはある程度に整えられていて私たちと一緒に動いているスタッフは最後の詰めだけで良くなった。

 

 流石にもうあの集団転倒事件のようなものが起こることはないだろう。あ、いや。でもあれたまに起こるとか言ってたっけ。

 

 ま、まぁああいう特殊な事例の事は良い。とにかく余裕が出来たツアー後半は色々とサプライズなども盛り込んでいけた。例えば今回、イギリスでは各楽曲ごとにゲストを組み込んで一緒に歌ったり演奏を行ったりしたし、数日前のパリ公演では半分くらいの演奏で現地のバンドがボトムズの楽曲を演奏し、逆にボトムズが現地のバンドの楽曲を演奏するという事も行っている。

 

 3か月も出ずっぱりなボトムズメンバーの負担軽減を考えて提案した企画なんだが、なぜか毎回ボーカルは私がやらされている以外はいい結果につながっていると言っていいだろう。あとフランスの曲だと『オー・シャンゼリゼ』のイメージだったんだがあれって原曲はイギリスなんだな。こっちの世界ではフランス語の歌詞がないってのを知らなくてアンコールの際にアカペラで歌ったら会場が爆発するくらい盛り上がって後半はライブ会場全体で『オー・シャンゼリーゼ』の大合唱になってビビった。落ち着いたらCD化を、と言われたがこのツアー終わったら引退するからと断った。ライブ音源でやる? いや、それは構わんけどね。

 

 モスクワやベルリンでの公演は逆の意味でビビらされたがね。つい数年前に国体が崩壊した国と再合併した国のど真ん中でロックコンサートなんて普通やらないだろ。流石に世界ツアー公演観客0人とかいう伝説は勘弁してほしいと思ってたんだが、私の危惧は幸いなことに外れて満員のステージが私たちを迎えてくれた。ただ、なんでほぼ全員が両手の中指を天井に向けて突き立ててるのかは良く分からなかったが。革命のときにも赤の広間であのポーズで行進とかしてたけど何かの儀式なんだろうか。

 

『タックミー。アンコールはどうする?』

『あー、うーん』

 

 軽くこれまでを振り返っていると、隣に立つ胸毛の凄いタンクトッパー(共演者)に現実に引き戻される。さっき盛大にズンズンチャッ!したばかりなのに会場内の観衆は未だに元気いっぱいだ。いや、余計に油を注いだ感じかもしれんな。

 

 このままこいつらを解き放つと興奮冷めやらぬまま公園内の池にダイブして水難事故が発生したり夜通し騒いで近隣の住民に迷惑をかけてしまうかもしれない。

 

 一曲。心を落ち着ける曲を。

 

 そう思って、思考を重ねるためにステージから会場を見渡して。

 

 目と目が合ったのは、偶然だったかもしれない。

 

『私が――』

 

 けれど奥さんと隣り合い。

 

『私が最も尊敬している、英国のアーティストが居ます』

 

 3名の中年男性と仲良く並んでこちらに声を送ってくれているジョンさんと視線が合った時に理解した。

 

『この地での最後を飾る歌として、彼の歌を歌わせてください』

 

 この世界に生まれなおした私が、本当に求められていたこと。私をこの世界に送り出した名前も知らない誰かが求めていたもの。本来あるべきものを取り戻すためにやらなければいけなかったこと。

 

『作詞作曲、ジョン・レノン。曲名は』

 

 私はこの歌を歌うために、今日。この場に立っているのだ。

 

『“Imagine(イマジン)”』

 

 

 

 

「王様と演って分かったわ。今の私じゃ。私ひとりじゃ、あの娘(タクミ)とボトムズには届かないって」

 

 大きな旅行鞄を抱えたまま、彼女は言った。

 

「一曲だけなら、世界トップのクオリティだったな。けれど、2曲目、3曲目は息切れしていた。君の自己評価は間違ってない」

 

 彼女の言葉に彼はそう返した。自らの義娘を倒す。そう宣言した少女に、彼はそれが当然だとばかりに頷いて、そして尋ねた。

 

「それで、私に何を求めている?」

「手を貸して」

「手を? 義娘を倒すために手を貸せ、と?」

あの娘(タクミ)をこのまま引退させたら、あの娘(タクミ)は神様になっちゃう」

 

 否定的な彼の言葉を無視するようにそう言って、彼女は言葉をつづける。

 

 彼女も理屈は分かっていない。ただ、ここが最後の分水嶺だと感じていた。

 

 だから言葉を選ばず、真っすぐに彼の視線に応えながら、彼女は。

 

 虚を突かれたような彼の表情を眺めながら、言葉をつづけた。

 

「私がここで勝ってあげなきゃ、あの娘(タクミ)はなりたくもない神様になってしまうのよ」

 

「だから、私は勝つの」

 

「勝って、あの娘(タクミ)をただの黒井タクミに引きずり降ろして引退させてやるわ」

 

「だから手を貸して、黒井さん。勝ち逃げなんて許さないんだから」




クソ女神様とタクミっぽ(ry

タクミっぽいの
「もうちょっと平和的に物事解決するって考え方できないのかな。ほら、文化的に話し合いとかで」

クソ女神様
「私はかなり平和的な考え方だと思うんだけど。歌は好きだし」

タクミっぽいの
「歌は好きなら平和好きって思考ちょっとおかしいと感じませんか?」

クソ女神様
「人間の娯楽って食事と暴力と性交くらいだし歌に価値を見出してるなら十分文化的じゃないかしら」

タクミっぽいの
「頭が10世紀くらいで止まってるのかな。もう20世紀も終わりだぞ、そろそろ起きてくれ」

クソ女神様
「この世界もだいたいそうだったじゃない。つまりこれが世界の平均って事じゃないかしら」

タクミっぽいの
「それを10年余りでカバーした文化功労者に右ストレート喰らった奴は誰だっけ」

クソ女神様
「……知らない」

タクミっぽいの
「おう、こっちむけよ」


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