この〇〇のない世界で (ぱちぱち)
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このサブカルチャーのない世界で

こんな作品もあって良いかなと思って書いてみました。


誤字修正。五武蓮様、kuzuchi様ありがとうございます!


事前に確認して大丈夫だと思ってたんですが曲名だけでも危ないかもしれないと指摘を受けました。確かにギリギリを責めすぎたかもしれませんし運営に逆らうつもりもありません。なのでちょっと修正しておきました!
>FAQに曲名はOKとあったと教えてもらい確認。曲名を入れました。

あと女神様の思惑も自分で気付いた風になってたのでちょっと訂正。


【貴方に一つ。貴方の願いを叶える為の力を授けましょう】

「わかった! ならロボットに乗せてください! ATがいいな!」

【基本的な能力が上限マックスになるようにしておくので自分で作ってPR液にまみれては?】

「ファッキンゴッド!」

【貴方が絶対にロボットを作れないようにしておきますね(おこ)】

「ごめんなさい神様! 神様? 神様ああああぁ!」

 

 

 

 等という阿呆みたいなやり取りをして私は転生した。雑だって? これ以外に形容出来る事が無いんだよ。何せどんな場所だったかもどんな相手だったかも記憶が穴開きみたいになっていて覚えていないんだ。

 

 死んですぐ位の記憶はやたら鮮明なんだけどね。

 前世でロボットアニメと書いて魂と呼ぶくらいに気持ち悪いやつだった私は、ふと気付いたらおっ死んでた。多分塗装中の換気が上手くいってなかったのかもしれない。ボンボン爆発が起き、火炎に包まれる我が家(元)を上空から眺めながら私はそう結論づけた。いきなり爆発したしやっぱり整頓って大事だよね(小並感)

 

 まぁ終わってしまった事はしょうがない。諦めて賽の河原で石でも……そういや両親とは喧嘩別れして二十年も会ってねぇや元気かねぇ等と考えながらふわふわと天に召されようとした所、いきなり空間に穴が開き中から現れた細っそい腕に首根っこを掴まれたのだ。

 

「ばぶー(あ、あかん眠い)」

 

 深く考えようとするとこのベイビーお脳が強制的に眠りに誘ってくるクソ仕様に辟易としながら、私は赤ん坊としての生活を日々過ごしている。

 あ、今世女です。前世も女でしたよ? 40超えて彼氏=プラモデルだったけどね。

 

 

 

「さてさておたちあい」

 

 私は自作の竹笛を持ってペコリと観衆に向かって礼をすると、ピーピロリーと笛を鳴らしながら足元にある壺に足で刺激を与え、中の蛇がゆらゆらと揺れる笛に気が付くように見せる。すると笛を攻撃しようと蛇が首を伸ばして来て観客がどよめきの声を上げる。

 あ、こらガキ共寄ってくるな。マムシだから噛まれたらあぶねーぞ?

 

 うん? 何をやってるのかって? 大道芸で日銭稼いどるに決まってるじゃないか。私が転生したのはどうやら昭和期の日本らしく街行く人が割と金持って歩いてるからこれが良い稼ぎになるんだ。

 何故大道芸をしてるのかって? 親に捨てられたからだよ言わせんな恥ずかしい。

 

 いや、捨てられた、というのは語弊があるな。売られそうになったから逃げ出したというのが正しいか。前者と後者の違いは利用価値があるかないか位の差だけど。

 

 どうもあの女神の力か、私はギフテッドと呼ばれる存在だったらしい。ギフテッドってのはまぁ、明らかに生まれた瞬間から何か出来が違う奴の総称みたいなものらしいが私は凄いぞ。現在5歳児なんだが、握力だけでトランプを指の形に千切ったり出来るし、6桁位の計算なら秒単位で計算出来る。一度見聞きした事を忘れないなんて特技もあるから前世の記憶までパッと思い出してこんな大道芸のネタを使って日銭を稼いだりも出来るのだ。

 

 そんな化物だから両親も怖がって研究機関に売り飛ばそうとしてたんだがな。気持ちは分かるよ。私が本気で握れば父さんの肩だって握り潰せるし母さんの細頸を捻り切る事だって出来るんだ。そりゃ怖いだろうさ。逆の立場なら私だって怖い……前世の両親を恋しく思ったのは、感傷なんだろうか。

 

「いやー、嬢ちゃん相変わらずすげぇなぁ」

「あ、ぎんさん!」

 

 努めて子供らしい声を上げて私は現在の後ろ盾である縁日のまとめ役に抱きついた。彼は近隣を縄張りとするヤクザ、しかもどちらかと言うと地元密着型の任侠等と言われるタイプの古いヤクザで、縁日の屋台等をシノギとして生活している。

 

 当初は誰にも許可を得ずに駅前で芸を見せていた私を見咎め、親元へ帰れと説教してきたり何かと口煩い人なのだが、私が帰る場所がない、帰れない類の人間だと察してくれてからは寝る所まで世話してくれる面倒見の良い人だ。

 

「はい、これしょばだい!」

「おいおい、嬢ちゃんの評判で俺ら皆繁盛してるんだ。貰えねぇよ。なぁ、お前ら」

「そうだぞ、たくみちゃん。ほら、お礼だイカ焼き食ってけ」

 

 屋台のおっちゃんにイカ焼きを貰い、わーい、と喜んでパクつく。一食浮いたぜ! 割とこれが生命線だったりするからなぁ。大道芸のお金? 基本は出来るだけ貯金してるよ。親の庇護を失った以上は自力で生きなきゃいかんのだ。実弾はあればあるだけ助かるからな。あ、たこ焼きまでくれるの? あざっす!

 

 そんな生活を数年続けたある日、転機が訪れた。

 

「すかうと?」

「おお、そうだ。俺のオヤジの知り合いがな、匠の話を聞いて是非会いたいんだと」

 

 嬉しそうな声でそう語る銀さんに私はよくいみがわからない、という表情を浮かべながら頭の中でソロバンをぱちぱちと弾いていた。銀さんが以前、私を引き取ろうとしてきた時にそれとなく私の事情を話している。親権の問題等があるので結局私は未だにただのたくみなのだが、この口ぶりだと解決策がある、という事だろうか。

 

 なら、会うか。駄目ならまた風来坊に戻れば良いのだ。ソロバンを弾き終えた私はじゃぁ銀さんと一緒なら、と条件を付けてその申し出を受け入れた。

 

 

 

「その程度、私には造作もない事だ」

「ほんとですか!」

 

 黒井と名乗る男の言葉に私は目を輝かせて答えた。声の張りがポイントだ。本当に私凄いと思ってます! と思いながら声に張りを持たせると大体の男は自尊心がビクンビクンするらしい。これが効かないのは今まで銀さん位だった。彼のようなタイプは逆に本音ベースで話した方が効果があるのだ。

 

 黒井という男にはある程度の事情を話した。身体能力、頭脳。その二つが並外れた存在であり、それが原因で家族の元を離れたと。その話を聞き終えた彼は指を立てて左右に振り、「付け加えて容姿も、だ」と笑った。

 

 黒井は私の事情を確認した上で大したことがない、と答えた。何でも政財界に顔が利くらしく、腕っこきの弁護士を雇えば問題なく対処出来るレベルだと。それよりも親権を取った後の保護者はどうするのかというので銀さんにお願いしようとしたらその本人から叱り飛ばされた。ヤクザ者との関係を甘く見るな、と。

 

「芸能界でヤクザ者との関係はご法度だ。実態はともかく、な」

 

 黒井が同意するようにそう言って、保護者として自分が名乗り出ると語った。何なら養子にしてもいい、と。だが、それでも私としては銀さんの子供になりたいという欲が強かった。この世界で私を本当の娘の様に育ててくれたのは銀さんなのだから。

 

 私の逡巡を見て取ったのか、銀さんは小さく笑って首を横に振った。その笑顔を見て、私は決意を固めた。

 

「くろいさん、もうしわけないけど」

「ノン、実態はともかくと言っただろう。君はもう少し虚実を知った方がいいな」

 

 そう言って黒井さんは苦笑を浮かべた。

 

「良いかい。養子縁組には人数の規定等という物はない。君が今そこの松崎さんと養子縁組をして松崎匠となって、その後に私と養子縁組をして黒井匠になったとするが。ここで君は傍から見ればヤクザとは縁のないただの子供になるわけだ。もちろん養子縁組をした以上君はそちらの松崎さんとの関係をもった事になる。私が間に入る以上は少し遠くなるかもしれないがな」

「えっと。そんなにかんたんなの?」

「単純にする。約1年くらいかな。君の場合はある種の美談になるだろうさ」

 

 彼は語った。親元から逃げ出した少女はヤクザ者に拾われた。彼女は大層美しく才能豊かな少女で拾い親の庇護を受けながら縁日などで芸をしていたが、それを見たとある人物が彼女を引き取ると口にした。自身の元では真っ当に育てられないと判断したヤクザ者はそれを承諾し、少女は普通の子供になる。これだけで小さな映画になるような話だ、と。

 

「カバーストーリーもいらない、非常に大衆向けの小話だ。後はこの普通の子供になった少女がスタアにのし上がるまでが重要だが、君ならば問題あるまい」

「ずいぶんと、かってくれるんですね」

 

 自信満々、と言った表情で黒井が言い切る。ここまでとんとん拍子に進むと逆に警戒心が芽生えて来るというか、いぶかしく思いながら私はそう尋ねた。彼は私の芸を見たわけでもなく今回が初対面だという。なぜ私をそう評価するのか、その根拠を知りたかった。

 

「君の芸を見たという人物は私の友人でね。これがまた甘っちょろい奴なんだが、芸事の感性に関しては私よりも上の奴だ。いつぞや、駅前で君の手を取った男を覚えていないかな?」

 

 手を取った、という所に覚えがあった。数か月ほど前、駅前で玉乗りをしながらジャグリングをして歌を歌っているときに声をかけてきた男性だ。30前後位の優し気な男性だったな。彼は私の歌を聞いて惚れ込んだと。是非歌手にならないかと言われたのだが、名前を聞かれた際に名字を持たないことを伝えると絶句していた。親もなしで一人で生きており、表の社会に出ることができないと伝えて別れたのだが、どうやら彼は本気だったらしい。

 

「奴は言っていた。『今の閉塞した音楽業界を突破するためには彼女が必要だ』とな。それほどにあの男が評価している人物に会ってみたいと思っていたが。予想以上だった」

 

 黒井という男は私の長所らしきものをどんどんと上げていく。容姿に始まり、声、仕草。その際にそういえば、と軽く童謡を歌わされたのだが、その声を聴いた黒井はあまり口にしたくないが、と前置きをして私の両親にこれほどの才能を潰そうとするなどと罵っていた。

 

 言いたくなるのはわかったが、そこはやんわりと否定しておいた。誰だって未知の物は恐怖するものだ。産んでもらった点に感謝こそすれ罵倒するつもりはない。少し悲しかっただけだ。

 

「君は随分と大人なんだな。いや、大人にならざるを得なかったのか」

 

 少し心苦しそうな表情を浮かべる黒井と銀さん。そういう意味で言葉にしたわけではないのだが。中身は君ら二人より年上なせいで色々ボロが出てるだけなんだよなぁ。

 

「だが、それだけ成熟した面を持つ君なら精神的な意味でも評価に値する。それで、どうだい。私のプレゼンは君のお眼鏡に適ったかな?」

「はい。はなまるです」

 

 私の満点回答、という返答に黒井はくつくつと笑った。大分猫被ってたのバレてるなこれ。いや、それだけ見る目の有る人物に見初められたと思おうか。元々話の流れ次第ではそのまま逃げだす予定だったのだ。銀さんと家族になれる上に表の世界に遠慮なく出ていける身分まで手に入るなら万々歳ってもんだろう。

 

 その後、渋る銀さんに泣き落としをかけて養子縁組をしてもらい、私は晴れて松崎匠となった。来年位にはこの名前が黒井匠になる予定である。縁日で商売をしている仲間たちに祝われながら私達はこれからの先行きが明るいものであると信じて笑顔を浮かべた。前世も今世も両親には報いてあげる事ができなかった。せめてその分、銀さんや黒井さんに恩を返していこう。そう心に決めて、私は彼らの手料理に舌鼓を打った。

 

 そして三日後、この世の神があのファッキンゴッドである事を思い出す。

 

 

 

「ない……ない!」

 

 今までに貯蓄してきたお金を趣味に回す余裕ができた私は荷物の運搬やら学校への手続き(ようやく戸籍を手に入れた為小学校に通える)等の事務手続きを終えた後、小遣いを持って町の本屋へとやってきた。どうも聞いた感じだと今は西暦1984年らしい。素晴らしい。ボトムズは終わってるがエルガイムが待ってるじゃないか。

 

 とりあえず基礎教養としてジャンプサンデーマガジンにチャンピオンは当然抑えるとして後はやはりガロだな。久しぶりにあのサブカルチャーの総本山が見たいわと書店をはしごしたが、置いているのはノラクロっぽい貸本位であとは偉い人の自伝であったり古典などの現代解釈ばかりだった。絵の有る古典と思えば面白いかもしれないが違うだろ。こういうのは学校の図書館に置いとくべきで子供向けの欄に置いとくものじゃないだろ。

 

 仕方ない、と別の店舗に移動し、そしてそちらの子供向けコーナーに移動して私はようやく事態の異常性に気づいた。マンガはある。貸本であるとかそういった形でだ。水木しげるが昔書いていた戦記物みたいなものがちょろちょろあって、それらの周りに子供たちが群がっている。戦後間もないころの貸本屋の風景を見ているような光景だった。急いで雑誌を確認すると、漫画少年のような投稿雑誌がある位でそれを専業にする漫画雑誌はないらしい。これは、1984年の話だ。決して1954年の話ではない。

 

 それでも諦めきれなかった私は、色々な店舗を数日掛けて回り、出版社等も回っていった。集英社も小学館も少年画報社もそれどころか講談社も存在しなかった。

 

 本屋の件で嫌な予感を覚えて私は急いで黒井に連絡を取った。最近のヒットチャートと彼おススメの音楽を訊ねたのだ。彼が持ってきたレコードを聴いて私は口を開けたまましばらくぼうっとしていた。シャンソンじゃねぇか。私が感動しているとでも思ったのかほほえまし気な笑顔を浮かべる黒井にロックとは知ってるか尋ねると慌てた様子で「何故アメリカの最新音楽を知っている」のか尋ねられた。これは1960年代の話じゃない。1984年の話だ。

 

 そして、一つの結論に達する。

 

「このせかいにはサブカルチャーがほとんどそんざいしない」

 

 漫画も、アニメも、音楽も娯楽映画すらも。それは、サブカルチャーに傾倒して死んだ前世の自身の全てが何もかも消え去った事と同意義だった。その事実に直面し、その事実に愕然とし、そして私は現実を認識することを放棄して意識を失った。

 

 

 

 目覚めた時には、2週間ほどの時間がたっていたらしい。心配そうな顔で私の顔を見る黒井さんと銀さんに何とか笑顔で応対しようとして、私は部屋の異変に気付く。どこだかわからない部屋の中に沢山の機材があふれている。マイクやらが所狭しと並べられていて少し怖い。

 私はこの2週間、ずっと歌を歌っていたそうだ。

 

「聞いたことのない歌が多かった。まるであふれ出してくるように君は次々と歌を口ずさんでいた。その歌が余りにも綺麗で、洗練されていて、そして……美しかった」

 

 この録音機材の持ち主、黒井さんはそう言って勝手な行動を詫びてきたが、2週間も意識がない中病院を貸し切って世話してくれたのは彼だ。私が怒る資格なんてない。

 それよりもどんな歌を歌っていたのかと尋ねると、彼は小さなカセットテープを持ってきた。最新式の音楽再生機材だ、と自信満々に語る彼にほほえましさを感じながら私はそのカセットテープから流れてくる音楽に耳を傾ける。

 

 たどたどしい私の声が流れてくる。その歌に、私は涙を流した。炎のさだめだ。私の何よりも深くに位置したオタク道の始まりの歌。意識のない中、私は必死に炎のさだめを歌っている。

 

「恐らくその曲が一番大切なものなのだろう。ほかの曲は一度きりだったのに対して君はその曲を繰返し歌い続けていた」

 

 急いで編集したよ、と笑う黒井さんに私は涙を流しながら何度も頷いた。ボトムズを見て、それまでロボットに興味がなかった前世の私の生活は一変した。ここから私のサブカルチャー人生は始まった。そんな始まりの歌を私は今世で初めて自分の口以外から耳にした。たとえそのボトムズがこの世に誕生していなかったとしてもそれはもう関係がない。

 

「ないならつくってやる……」

「ふむ。そうだね、これはそう。まったく新しいジャンルの歌だ。ロックとも違う。そうだね、ニューロックか」

「ちがう。アニソン」

「……アニソン? シャンソンの派生ということか?」

 

 黒井の言葉に少し吹き出しそうになりながら私はベッドから降りた。ふらつく私を銀さんがそっと支えてくれる。ありがとう、と銀さんに微笑み、私は呟くような声ではなく、大きな声で歌を紡いだ。

 過去を盗まれたのなら取り返しに行けばいい。今存在しないのなら作ってやればいい。私は再び、あの黄金の日々を必ず取り戻す。必ずだ。

 

 あのクソッタレの女神様に目に物を見せてやる。私がサブカルチャーを生み出すんだ!

 

 高らかに歌う私に見ほれるような黒井と銀さんの前で私は右手を握りしめる。女神のほくそ笑んだような顔を思い浮かべながら、私は心の中でそう宣言をした。

 

 

 

 これがサブカルチャーの祖と呼ばれる一人の女性がこの世に産声を上げた瞬間の話である。

 それがどのような結果を齎すのか、それはまた別のお話。




このサブカルチャーのない世界で。

ご覧いただきありがとうございました。
一からすべてを作る系の作品って偶に見ると面白いなと思い、それにちょっと来てるアイマス熱を足してみたらこうなった的な話です。とある料理人兼作曲家兼実業家の話も影響あると思いますが、流石にこんだけ内容違えばパクリ扱いはされませんよね?(震え声)

連載物っぽい引きですが、連載予定はありません。流石に今の連載が終わるまではちょっと余裕がないです。息抜きに書いたものなのでまた連載で詰まったりしたら続きがあるかも、位に考えてもらえればありがたいです。

あと、銀さんは適当なキャラが思い浮かばなかったための登場で特に理由はありません。寅さんになってたかもしれない。

あ、タクミさんの容姿候補貼っときます
ライブモード
【挿絵表示】

普段
【挿絵表示】



ちなくそ女神様の思惑

女神「やっべなんか世界の文明発達が歪になってるって怒られたし誰か送って修正しヨ」


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この音楽のない世界で

流石に前話だけだとあれなので急いで書きました。
突っ込みどころが多いというのはほら。チートってことで(目そらし)

誤字修正。ハクオロ様、ひょっとこ斎様、みやとも様、竜人機様、kuzuchi様ありがとうございます!


事前に確認して大丈夫だと思ってたんですが曲名だけでも危ないかもしれないと指摘を受けました。確かにギリギリを責めすぎたかもしれませんし運営に逆らうつもりもありません。なのでちょっと修正しておきました!
>FAQに曲名はOKとあったと教えてもらい確認。曲名を入れました。


「違う! アニソンだッ」

 

 電話口で捲し立てるように黒井は叫ぶ。

 

「そうッ! アニメーション・ソング! 音楽だけなんてもう古い。視覚的に、聴覚的に大衆をぶっ飛ばす、そんな新しい歌の在り方だ!」

 

 いや、私はアニメの歌が作りたいんだけど。テンションをダダ上げして精力的に動く黒井さんの邪魔をする気もなく私は黙ってウォークマン(最新の音楽機材らしい)を起動し、自分で録音したランナーを聴きながら作曲に戻る。爆風スランプのヒット曲? いやいや勿論初代マクロスのEDに決まってるじゃないか。これがまた良い歌なんだわ。

 

 爆風スランプも嫌いではないがあのバンドの歌だと大きなタマネギの下での方が好きだな。この世界じゃ純粋に武道館としてしか使われてないっぽいからあの歌も出てこないのか。悲しすぎる。

 

 ええ、作曲ですよ。過去に経験した物事をフルに思い出せる能力を使って過去の名曲やら何やらを洗いざらい書き記してます。横文字すらそうそう見かけないこの世界、流行りの流行歌に軍歌っぽいのが含まれてたりして草生やしてたんだけど、徐々に笑えない事態が明るみになってきた。

 

 これ、流行歌が古いんじゃなくて土台が出来てないんだ。ギターもなければベースもない。ドラムっぽい(むしろ太鼓?)のと、後は精々電子ピアノが話題になった位で楽器という物が全然日本に渡ってきておらずそれらを使って曲を作るという概念自体が存在しない。

 

 勿論今の時点でロックどころかギターが浸透してないのでフォークソングなんかもない。唯一の救いと言えるのはサブちゃんっぽい人やひばりさんっぽい人は居る位か。ジャズは、ある。というか舶来物の音楽はジャズばっかだな。これアメリカも大分ヤバいぞ。

 

「クロちゃ〜ん」

「誰がクロちゃんだ。どうした、タクミ」

「うん。ロックバンドのうた、ある?」

 

 開き直って以降は出来るだけ彼と銀さんには素の自分を見せている。下手に取り繕って余計なストレスを抱えるのも嫌だし、銀さんはともかくこの男は私にとって共犯者。少なくとも音楽の面に関して、私はこの男に遠慮するつもりはない。

 

 黒井に用意して貰ったレコードを流して貰いながら、私はメモを取る。こりゃビートルズは居ないな。まさかリアルに「僕はビートルズ!」せないかんのか? 一つの音楽ジャンルを作り上げるのがどれ程大変か。せめてロックがある程度形になっていれば色んな曲が使えたのにまさかの縛りプレイである。

 

 えっ、前世の曲を勝手に使うのかって? 著作権? その著作権持ってる人連れてきてくれたら全部投げたいわ。むしろ一人で良いから連れてきてくれよ切実に。手塚治虫でも良いぞ。

 

「クロちゃん、クロちゃ~ん」

「誰が……もういい。どうした、何かインスピレーションが沸いたのか?」

「あのさ、いまいちばんおんがくがスゴイのって、どのくに?」

「アメリカか、イギリス。欧州とも言われているがどう考えてもこの二国が最も勢いがあるだろうな」

「でも、もうなんねんもおなじおんがくばっかだよね?」

 

 そう尋ねると、黒井は顔を歪めて悔しそうに言葉を紡いだ。頂点であるのが長すぎて、他のレベルが低すぎて。色々と理由はあるが、米国の音楽分野の発展はプレスリーで終わってしまったのだと。

 

「米国のロックの歌手が麻薬に手を付けてという事件があったり、マフィアとの癒着だったりとマイナスイメージも大きかった。だが、それらはあくまでも一側面に過ぎない。それを一緒くたに囲んで棒で殴って、結局わが国ではロックは定着しなかったのだ。ギター等の楽器が高級なのもあるが、新しい事に踏み出そうとして出来なかった、そんな臆病な選択の結果が今の世界だ」

「ほかのくにもにたようなものだね」

「欧州は少しは頑張っているがな。英語圏の一強を崩せないのでは意味がない」

 

 一時期、日本ではロックは禁制まで出されていたらしい。70年代になってそれは解かれたが、成程。そらこうなるわ。50年代から70年代の最もロックが発展した時代に鎖国してたのだから。そして、他の国も似たような状況……ロックンロールを不良の遊び道具だと決めつけ、徹底的に潰したのか。アメリカが30年も同じ状態で足踏みしてるわけだ。他に敵も刺激もいない状況はさぞ温かろう。

 

 ここまで考えて、私の中で一つの方針が決まった。日本国内であがくのは意味がない。いくつか弾はあるが明らかにコスパに合わないし何より時間がもったいないのだ。良くも悪くも日本は旧来の考えを大事にする場所でこの国を一気に動かすには相当強い圧力か権威が必要だ。そんなものは7歳児の未だ無名の私が持つわけもなく、黒井だって用意するのは無理だろう。

 

 ではどうするのか? 答えは簡単だ。黒船を用意すればいい。

 

「クロちゃん、アメリカにともだちっている? もちろん、げいのうけいの」

「ああ。一時期留学していた頃に知り合った人物が居る。今はどこぞのTVで……なんだ、何をやらかすつもりだ?」

「んっふっふ」

 

 30年も進歩のない音楽業界。聞けば少しずつだが業界の売り上げも減ってきているらしい。そりゃそうだ。30年と言えば赤ん坊が大人になって子供を産んでいてもおかしくない年月だ。それだけ長い間同じような歌ばかり聞けば人はそれを追いかけるようなことはしない。多少の曲調の変化などは勿論あるだろうがそれらも微々たるものだろう。だが、業界の最先端にあるという事実と後追いする連中の惨状がその状態を維持するように仕向けている。

 

 起こしてやろうじゃないか、アメリカの退屈な歌に塗れた民衆と業界を。目覚めた彼らはこれまでの食べ飽きた餌には見向きもせずに新しい曲を求めるだろう。当然その波は日本にもなだれ込む。何せその波の発生源は日本人なのだからな。そしてそんな波に飲まれた日本人がどう動くか。まぁ、間違いなく蜂の巣をつついたような騒ぎが起きるだろう。そんな未来予想図にほくそ笑み、私は満面の笑みを浮かべて黒井にこう宣言をした。

 

「スキやきをたらふくたべさせてあげるだけだよ」

 

 

 

 ボビーはラジオから流れる最近のビルボードチャートを聞きながらため息をついた。午後の眠気をぶっ飛ばすサウンドはどうやら聞けそうにもない。アメリカの歌謡界のレベルの高さは知っているし歌手たちの実力も非常に高いものは分かっている。だが、どいつもこいつもプレスリーの後追いばかりで似たような歌しか歌わないのだ。これ位ならジャズでも聞いて気分を落ち着けた方がマシだろう。

 

 そんな陰鬱とした気分を抱えた彼のデスクに、ジリリリリ、とけたたましい電話の音が鳴り響く。受話器を取り「私だ」と答えると、耳に入ってきたのは懐かしい日本の友人の声だった。確か今は日本の音楽関連で仕事をしているはずだ。有能で、強い野心を抱えた男。彼が日本人で、別の業種へと進んでいったことをボビーは学生時代に感謝した事があるほどに強烈な人間だ。

 

 何でも彼は今アメリカに来ているらしい。歌手志望の義理の娘に本場アメリカの音楽を見せる為だ、と話す彼の声には以前と変わらぬ野心が感じられた。閉塞した音楽業界に苦言を呈していた彼の秘蔵っ子と頭に思い浮かび、興味がわいたボビーはすぐに自身のスケジュールを空けて彼と彼の義娘に会う時間を作った。どうせ碌な仕事もないのだ。同じことばかりを繰り返すこんな日常に飽き飽きしていたのもある。

 

 

『やぁ、ボビー』

『久しぶりじゃないかタカオ。ついに日本を捨てたのか?』

『ハハッ。まだ足掻いているよ』

 

 眼鏡をくいっと持ち上げて彼は笑う。その笑みに学生時代から変わっていないとボビーは少し嬉しく思った。旧友との再会は存外に彼の陰鬱な気分を癒してくれたらしい。そして、ボビーは黒井の隣に立つ、小さな人影に目を向ける。

 

『タカオ、この娘が?』

『ああ。ボビー、この娘が私の義娘だ。タクミ、挨拶を』

『はい、パパ』

 

 黒井の言葉に頷いて、その小さな娘はぺこりと頭を下げた。小さい。恐らくまだジュニアスクールの、しかも低学年だろう。だが、すっと通った目鼻立ちに立ち振る舞いは年齢以上の姿をボビーの目に映し出している。昔、黒井に見せてもらった事の有る日本人形のような美しさを感じる少女だった。

 

『タクミ・クロイです。よろしく、ボビーおじさん』

『…あ、ああ。よろしく。ボビー・ブラウニーだ』

 

 小さな手と握手を交わし、ボビーは自分が今、緊張していることを自覚した。透き通るような声だった。瞬きの一つまでもが完ぺきに計算されているような仕草だった。黒井を見ると、彼は含み笑いを浮かべてボビーの様子を眺めている。ただ数回、言葉を交わしただけでボビーはこの娘を自身に会わせたがった彼の思惑を察し、そしてそんな彼と友誼を結んでいた学生時代の自分に感謝をしていた。

 

『すぐに詳しい話をしたい。タカオ、どこのホテルに泊まっているんだい?』

『ああ、~の通りにある~ホテルだよ。そうか、君のお眼鏡に適ったか』

『お眼鏡だって!? この娘と対面して何も感じないならそいつはメディア業界の人間じゃないさ! ただ話をするだけで絵になる人間なんてこの世に何人いると思うんだい!』

「ねらってやったからそこまでいわれるとはずかしいわ……」

 

 ぼそりと呟いたタクミの言葉は日本語でよく聞き取れなかったが、どうやら恥ずかしがっているのがわかる。これがヤマトナデシコか。黒井から聞いていた奥ゆかしい日本の女性像を思い浮かべボビーはにんまりと笑顔を浮かべる。歌手志望と聞いているが、彼女ならば少し演技を身に着ければ本流である歌劇等にも移れるだろう。あるいはハリウッドスターも夢ではない。しかも、アッという間にだ。彼女のマネジメントに思いを馳せながらボビーは足早に町を歩こうとして、よそ見をして足を止めた彼女に気付いた。

 

 その視線の先には、公園の端に腰掛けてギターを鳴らす女性の姿があった。まだ20代だろうか。ギターの音を聞きなれたボビーでも上手いと感じる演奏だった。タクミは彼女の演奏を聴きながら、小声で黒井に何事かを語り掛ける。彼は胸元から一枚のドル紙幣を取り出すと彼女に渡した。なるほど、チップを渡すのか。確かにこの演奏力ならばそれだけの価値はあるだろう。タクミの感受性を感じてボビーは笑顔を浮かべた。

 

 そして数分後にその笑顔は驚愕へと変わり、更に数分後。伴奏が終わった後に彼は涙を流してこう呟いた。 『私は歴史の一ページに今、立っている』と。

 

 

 

【黒井タクミの伝説 その1 タクミストリート誕生秘話』

 本場アメリカの音楽を見に父親の黒井崇男と渡米。父親の友人(後の米国での代理人、ボビー・ブラウニー氏)と会った場所近くで演奏していた女性ギタリスト(その後米国におけるタクミのギター伴奏を担うジェニファー・ヤング氏)の演奏に感動し、彼女のギターを伴奏にボビー氏に曲をプレゼントしようと歌いだした所、その歌声を聞いた観衆により通り一つを占拠する事態になる。

 

 この時の歌は彼女が目標とするアニメーションソングとは違う旧来のロックンロールやジャズ、カントリーと言ったジャンルの歌であったが、彼女の透き通るような歌声とアレンジは旧来の音楽を聴きなれていた民衆の耳を揺り動かし、たった一回の披露の筈が鳴りやまないアンコールの為に2時間にわたる野外ライブを開催する事になった。

 

 この時の観衆には後にタクミチルドレンと呼ばれる彼女の影響を受けて育ったミュージシャンが多数存在し、~市のタクミストリートと言えば音楽の聖地として今なお若きミュージシャンたちが集う場所として著名である。




黒井タクミ:主人公 芸名は匠をタクミと記載する。ちなみにまだスキ焼きしてない。

黒井崇男:タクミの悪だくみに悪乗りし日本での仕事を高木順二朗に丸投げして渡米。

ボビー・ブラウニー:米国のとあるTV局に務めるプロデューサー。後に退社し、米国におけるタクミの代理人となる。


クソ女神さまのやらかし
「プレスリーの曲良いけど、ちょっと不真面目だね。少し締めようっと」

「あれ。なんか、30年くらい進歩がない……?」

タクミさんのコメント
「ロックが弾圧されてるのにノビノビ曲が作れるわけねーだろ」


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このアニメのない世界で

連載の息抜きに書くといった。しかしいつ書くとは言っていない。つまり、10年後、20年後……もしくは今、という事も可能だろう。

つまり書きました。

追記:前回唆されたのは宗教関係者。唆された人物は深く考えずにロックは道徳的にどうかと懸念を弄したが、なんか魔女狩りになりそうになり慌てて止める事に。結果ロックに手を出す人は激減しました。


誤字修正。五武蓮様、sunny•place様、猫缶ささみ様、所長様、kuzuchi様、a092476601様ありがとうございました!


事前に確認して大丈夫だと思ってたんですが曲名だけでも危ないかもしれないと指摘を受けました。確かにギリギリを責めすぎたかもしれませんし運営に逆らうつもりもありません。なのでちょっと修正しておきました!
>FAQに曲名はOKとあったと教えてもらい確認。曲名を入れました。


 チャンスってのは急に訪れるものだってあの時分かったわ。

 タクミと仕事をするのは有給休暇みたいなものね。それまでの私は1週間に7日、毎晩音楽学校で人にギターを教えて過ごしていたの。それが急に10倍の給料で可愛い女の子と楽しく音楽をする仕事に早変わりして、1週間に2、3日働けば良いだけになったのよ。

 

~ジェニファー・ヤング ギターソロライブでのインタビュー~

 

 

 

 ぐつぐつと煮える鍋を前にしてタクミは首を傾げた。まだかな? まだかな? と鍋に尋ねる様に。

 そんな彼女の様子に苦笑を浮かべて、母親はそっと彼女の前で鍋の蓋を開ける。ふわり、と湯気が立ち上り、タクミはうわあ、と嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。そんな彼女の様子を笑顔で見つめ、そして父親が手を合わせる姿に彼女は慌てて両手を合わせる。

 

 どこからかギターの音が鳴り響く。そのメロディに合わせる様にタクミは立ち上がり、歌を歌い始めた。そのメロディは懐かしく、新しく、そしてどこか寂しい。スラムの外れに立つ一軒の掘立小屋から歌いながら出てくるタクミに、その家の前でギターケースを小銭入れ代わりにしながらジェニファーがギター伴奏を行い、そして、周囲の窓から人々が顔を出し、彼女の歌に耳を傾け、あるいは口ずさみ、あるいは涙する。そして、歌の終わりと共に周囲は暗くなっていき、ギターの音が途絶えて、完全に暗闇となる。

 

『……カット!』

 

 映像監督の声と共に室内に明かりがついた。カメラマンやスタッフ達、それに俳優たち。このムービー撮影に尽力した人々。だが、彼らは誰一人その場から動こうとしなかった。余韻のような物だろうか。確かに先程まで自分たちが居たあの空間。食うや食わずの日々を送る貧しい人々の、精いっぱいのごちそうを前にした少女の楽しげな様子。確かにあの時、この場にいた彼らは彼女の仲間だった。辛い日々を送る、けれども明日の活力に満ちた、そんな日々を過ごしていた。たったの数時間であるというのに、彼らは確かに、今、この小さなセットの中でだけ表現される世界の中に居たのだ。

 

 その様子を監督を任されたリブは叱るでもなく、ただただ頷いていた。長い事ショービジネスの世界で生きていた彼だが、こんな現象は初めてだった。ただ、凄い物を見た事だけは間違いなかった。この仕事を自身に持ってきたボビーの言葉を思い出す。『私は歴史の一ページに立った』と彼は見た事のない晴れやかな顔で語っていた。その言葉の意味が、分かった気がする。

 

「ねぇ、クロちゃん。このすき焼き、皆で食べようよ」

「……ああ、そうだな。そうしよう」

 

 屈託もなく笑って自身の義父に甘える少女の姿を見ながら、リブは小さく感嘆の吐息を漏らした。今日撮ったこのフィルムは間違いなく自身の生涯最高の仕事となるだろう。それがリブには堪らなく嬉しかった。

 

 

 

 仲間が増えるよ! やったねクロちゃん! という訳で黒井以外の旅の仲間が出来ました。パツキン美人のチャンネー(死語)、ジェニファー・ヤングさんです。いやー、黒井パッパと二人で歩いてると何故か結構な確率で警官に呼び止められてたからさ。スゲー助かります。誘拐犯じゃなくてパパ(意味浅)なんだけどね。

 

 あとパッパも男だから入りにくい場所があるからな。私としても大人の女性の手助けはそろそろ欲しかったんだよ。一人じゃ出歩けないからさ。一人で出歩いたら秒で周りを取り囲まれるんだよね。こっちが子供だと思って調子に乗って拉致ろうとされた事もここ数日でなんぼか経験してる。全員ジュウ・ジツ(腕力)でぶん投げたから私に被害はないけど、平和な日本で長らく生活してたパッパには刺激的だったらしい。その日の内にジェニファーさんに私の身の回りの世話も含めた雇用契約を結び、今は警備の確保で奔走している。

 

 そう。警備の確保。例のスキヤキ・ショートフィルム、公開したその日の内にTV局の電話が全てパンクする事態になった。パッパの様子だと多分まだパンクしてるんじゃないかな? もう初放送から1週間たったんだけどね。一応3大ネットワークの放送局の一つって話だったから反響大きいかなって思ったけど早すぎるだろ。放送の次の日、様子を見に行ったら局全体が鬼気迫る状況でそのまま回れ右をして帰る羽目になったからな。興奮状態に陥ったピラニアを連想したぞわたしは。

 

『しょうがないわよ。あのムービー、私大好き。ずっと見ていたくなるわ。どこか懐かしくて、ちょっぴり切なくなるの』

 

 ホテルに缶詰めになった事に不貞腐れてるように見えたのか、ジェニファーさんがあのムービーがどれだけ凄いのかと切々と語ってくれた。彼女が生まれた時にはすでに今の音楽スタイルが確立されており、あんなプロモーション・ビデオは見たことも聞いたこともないと語った。まぁ無いだろうね。

 色々起源と思われるものはあるけど、ある種のきっかけだったビートルズが居なきゃ普通の歌を歌った映像を撮るプロモーション・ビデオで終わったんだろう。私もビートルズに肖って最初にMVを作って一々色んな番組で歌わされるのを回避したんだけど、まさかその結果影響が大きくなりすぎて身動きできなくなるなんて想像していなかった。

 

 そう。影響がデカすぎた。私としてはこの曲、『スキヤキ』で米国音楽業界に立場を築き、その実績を軸にして様々なジャンルのミュージックスタイルを発表していくつもりだった。まさか軽いジャブのつもりで作ったMVが綺麗に(大衆)に突き刺さり失神KO寸前になるなんて思わなかったのだ。

 TVをつけるとどのチャンネルも私のMVを流している。凄いのはニュース番組の最中にVTRのような形でMVを流して、それをキャスターが涙ながらに歌っているという物だ。こいつは新しい。21世紀でもこんな番組見たことなかったぞ。

 

 各局やマスコミはこぞってこのMVの出元、黒井タクミ(わたし)の身柄を追っている。ホテル側に大金を払って(ボビーおじさん経由で支払った)最上階を丸々貸し切り、外の情報をシャットアウトしているため今は平穏だが、初放送から2、3日経った辺りではパパラッチが列をなしてこの街をうろついていた。

 あいつら全然隠れてなくてちょっと笑ったわ。お陰様でここ数日、日本に電話をかけて銀さんの声を聴く事が出来なくてフラストレーションの貯まる日々を過ごしている。盗聴されるかららしい。ファッキンゴッドと何回か叫んだ。

 

『まぁ、今は大人しくしていましょうよ。ねぇ、そんな事よりちょっと聞いてくれない? 良いフレーズが思い浮かんだんだけど』

『うん、いいよー。聞かせて!』

 

 ベッドの上でバタバタと暇そうにもがく私にジェニファーさんが声をかける。本当にこの人ギターが好きで、暇さえあれば延々とメロディーを流しているんだ。私のロボアニメ好きに通じるところを感じて、数日の付き合いだが大分仲良くなった気がする。

 というかこの人、多分マイコーのリードギターのあの人だ。名字が若干違うけどまぁサブちゃん(?)も名前が違ったしそういうもんなんだろう。プレスリーはそのままだったのに変なところは拘ってるなあのクソ女神。あれ、女神だったっけ? まあいっか。

 さて、私の評価は辛いよジェニファーさん。さぁ聞かせてみなさいな。ふんすふんす。

 

 

 

 じぇにふぁーさんのギターソロにはかてなかったよ。

 

 何あれ指一本一本が別の生き物みたいに動くんだけどヤバくね? 津波みたいに押し寄せてくる音の奔流に翻弄されっぱなしだったんだけど。思わず無様なエヘ顔を晒してしまった。でも久しぶりに思いっきり音楽のエネルギーをぶつけられた気がして幸せすぎてエヘ顔から戻ってくる気持ちも起きない。

 こんなんFIRE BOMBER(強調)のライブ聴きに行った時以来だぞ。でも久々に良いもの聞いたわ。ちょっと今度おばちゃんと一緒にセッションやらね? いやいやロックだよロック。突撃ラブ〇ートって言う曲なんだけどね。

 

 さて、現在私はボビーおじさんからようやく態勢が整ったのでTV局に来てくれと言われて移動中だ。ここに来るまで2週間。警備やらなにやらの手配にかかった時間を含めてもすでに初放送から2週間かかってる。2週間の間に色々衝撃的な事が分かったりひたすらジェニファーさんとセッションしたりしてたんで特に退屈だとは思わなかったんだけど、この間のセッションを録音できなくてパッパが大分歯噛みしてた。

 ジェニファーさんマジで凄いのだ。びっくりする位丁寧にこちらが欲してる音楽をエレキギターで表現してくる。ライブで活躍するタイプよりどちらかというとスタジオミュージシャンよりかな? ライブでも十分以上に活躍できるだろうけどね。

 

 たまたま見かけてギターの上手いチャンネーだなぁと思って声を掛けたらURだったというこの幸運。逃すことなく契約に持って行ったパッパホントに有能。米国にいる間はこのジェニファーさんが私のギター伴奏を請け負ってくれるというし、後はドラムとベースがそろえば最低限の形は整う。次はロック業界を席捲しないといかんからな。

 

 えっ、坂本久スタイルは良いのかって? あれは黒井タクミ個人名義でこっちはバンドとして出すんだよ。2,3個バンドを掛け持ちする奴も居るんだし良いだろ。何よりロックにテコ入れしないとヤバすぎるんだ。というのも、ハードロック死滅してました。

 というかプレスリーがめっちゃ早くに死んでました。具体的に言うと兵役中に西ドイツで戦死したらしい。ビートルズなんかも出てこず、ハードロックも芽が出てすぐに枯れて。70年代を通して生き残ったと言えるバンドやらは皆受け身に回って旧来のスタイルから変える事はなさそう。

 

 この辺り全部ジェニファーさんからの受け売りなんだけど、彼女は言わばこの時代に最も花開くはずだったミュージシャンの一人だ。そんな本来ならばエネルギーバリバリで動いているはずの彼女が涙ながらに『私たちは70年代に力尽きてしまった』と語っていたのだから、事態は深刻だろう。彼女と同年代で現在も音楽の最前線に居る人物は殆どいないらしい。

 

 という訳で次のカンフル剤だ。私のMVがアメリカに与えた影響は私の想像以上に大きかった。それだけ現状の音楽業界に皆が皆辟易としていたという事だろう。今現在、アメリカ国民(大衆)は音楽に対する興味を再び持ち始めている。この機会を逃すわけにはいかない。何せ、私にとってはここはまだ出発点の前の前なんだからな。

 

 私が頭に思い描く一連の流れに上手い事乗ることが出来れば、私(とパッパ)の立場は日米双方でかなり強固な物となる。それこそ前世におけるプレスリーやビートルズの辺りに収まることになるだろう。そうなれば結構なレベルでの我がままは通せるようになるはずだ。プレスリーのように。

 

 興行結果を無視して連続で映画を作るくらいの金を稼ぎ出すなんて無茶だってやってやれないことは無い筈だ。プレスリーが出来たのだから。

 

『ふんふふーん』

『あら、またコミックを読んでるのタクミ。車の中で見ると目が悪くなるわよ?』

『大丈夫! 道の向こうを歩いてるおじさんの歯茎までちゃんと見えるよ』

『それは怖いわね』

 

 苦笑するジェニファーさんに本当なんだがなぁとボヤきながら私はコミックを読み進める。アメコミまで死んでなくてよかった。もしここまで死んでたらいっそニンジャ・タートルズでも連載始めてやろうかと思ってたところだ。コミックはともかくとして、アニメ業界は目を覆うばかりの光景だけどね。

 どうもアメリカのアニメ業界は50年代の黄金期からTVの台頭による衰退を迎え、そのまま緩やかに停滞してしまっているらしい。トムとジェリーはあったよ? でもそっから進歩がないせいで完全に子供向けで終わってしまっているのだ。夢の国系列ですらすでにアニメ映画から見切りをつけ始めているらしいから相当な物だろう。

 

「だからこそ狙い目なんだよね」

「……どうした?」

「なんでもないよ」

 

 需要が無いわけではない。ただTVとの付き合いを間違えたせいで業界自体が新しい波に乗り切れていないのだ。ならもう一回波を起こしてしまえば良い。その波の根元に自分が居ればなお良し。方向性を調整しやすいからな。そうなればこちらのものだろう。でかいロボットが嫌いな人間が居るはずがないし(偏見)、実際グレンダイザーなんか日本より外国で人気あったしな。

 

「まあ歴史にのっとり、まずはレオパルドンからだね」

 

 スパイダーマンのコミックを閉じて私はそうつぶやいた。TV局の建物が見える。ジェニファーさんが気合を入れているのを横目に見ながら、私はぼんやりとどうやって全米の度肝を抜くかを考えた。インパクトは大事だしゾンビで行くか。流行ったし。




起承転結って難しい(震え声)
次はいつ書くかは本当にわかりません。多分筆が乗ったら……?(汗)


リブ:撮影監督。

プレスリー:実は本名が微妙に違ったりする。西ドイツで暴漢? に襲われ死亡。

坂本スタイル:元ネタは世界一有名な日本歌手。アメリカだと日本人の歌手と言えばこの人ってレベルです。何故か曲名が美味しそうになってるけど

ジェニファーさん:元ネタはマイケル・ジャクソンのリードギターやってた人。恐らく女性ギタリストとしては5本の指に入る人。

レオパルドン:日本の戦隊物に巨大ロボが出てくる発端。レオパルドンの爆売れが全ての始まりだった……でも登場作品はスパイダーマン(東映)




クソ女神
「あ。微妙に名前間違えたや。まぁ役目も終わったし良いよね」

「何でロックが発展しないの???」

タクミさんのコメント
「どっかの誰かがロックを弾圧した上に旗印が消えたからでは?」


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このロックのない世界で

感想欄を見ながら思いついた前回のあらすじ


「さぁ、ニッポンからやってきた謎の少女が振りかぶって、投げたぁぁああああ゛あ゛あ゛!? 消えた! ボールが消えたぁ!」

ス、ス、ストライィィイク!

「審判からはストライクのコール! 何という事だ、消えました! 少女の投げたボールはまるで燃えるように光ったあとに姿を消し、忽然とミットの中に収まっていました! 信じられない! 魔球です、魔球が現れました!」
「ああ、バッターの全米音楽業界、戦意を喪失しています。これはいけません」
「しかし、スタンドの全米国民からは必死の声援が……何と全て少女に向かって贈られています!」
「たったの一球で全米を味方につけてしまったのですね。末恐ろしい怪物が誕生してしまいました」



タクミ「(今の見せ玉でなんでこの反応?)」


誤字修正。五武蓮様、彩守 露水様、キーチ様、nicom@n@様、スミネル様、kuzuchi様ありがとうございます!

追記
前回の被害者。プレスリー。軍役中に死亡。


事前に確認して大丈夫だと思ってたんですが曲名だけでも危ないかもしれないと指摘を受けました。確かにギリギリを責めすぎたかもしれませんし運営に逆らうつもりもありません。なのでちょっと修正しておきました!
>FAQに曲名はOKとあったと教えてもらい確認。曲名を入れました。


 タクミに初めて会った時、俺は神の実在を確信したよ。

 なんせ目の前に居るんだ

 

~ニール・カリウタ 世界ツアー中のインタビューにて~

 

 

 

 挫折。という二文字が頭を過ぎる。そう、これは挫折だ。先程まで幸せな気持ちで読み進めていた手紙がハラりと手から零れ落ちる。

 その手紙が同梱されていた封筒の中には私が自信を持って書き込んだ漫画の原稿が入っており、手紙の中身は、最初は絵の技量とキャラクターのデザインや設定の作り込みを称賛する、それこそべた褒めという位に褒め称えられた文字が並んでいた。

 

 流石は天下のマーブル(微妙に名前が違った)、よく分かってるじゃないかとニヤニヤしながら二枚目を捲り、そこで私はこの人生で初めての挫折を味わう事になる。そこから先はまず簡潔にこの話は売れないという事と、今現在書かれている作品に対する影響。そして何よりも。

 

「レオパルドンは駄目だったかー」

 

 スパイダーマッの着想はこの世界にはまだまだ早すぎたらしい。でもデザインは褒めてくれたから許す。

 

 

 

 さて、趣味はともかく仕事の時間だ。漫画? 勿論趣味に決まってるじゃないか。他人が描かないから自分で描いてニヤニヤしてるんだよ。多少の絵心が人類最高峰の器用さと発想力により気付けば一流の絵師並みに発展していたのでこのレオパルドンなんか3Dみたいだぜ。他人に自慢したくて投稿したが、戻って来た以上もう絶対手放さないからな(頬ずり)

 

 実を言うとマーブル(チョコの名前みたい)から専属絵師にならないかと誘われたのだがロボットが書けないんなら意味がないと断った。それに仕事の足場固めもまだまだ終わってないしね。

 そう。ここからはお仕事の時間。ホテルでのんべんだらりとする時間はもう終わり、本格的にロックを羽ばたかせる時がやってきたのだ。

 

『ようお嬢!』

『ニールさんおっすおっす』

 

 この人は私の作ったバンドの専属ドラマー、ニール・カリウタさん。ジェニファーさんに知り得る限りで一番巧いドラマーを教えて欲しいと頼んで紹介して貰った人だ。まぁ、ジェニファーさんも音楽学校時代の伝手で知り合っただけの相手なんで交渉は私とパッパが行ったんだが、現地であった瞬間にハグされてつい投げ飛ばしちった。変態かと思ってさ。

 まぁ、どうも感極まってただけみたいで投げ飛ばされた後もあっさり復活して『あんたに一生着いていく』とか宣言してたので大丈夫だろう。大丈夫だと思いたい。既婚者らしいし。

 

 気になるその腕前はというと、神。そうとしか表現出来ない人だった。幾つかのジャズバンドに所属したり、スタジオミュージシャンもやってたりとこの音楽不遇の時代でも第一線でバリバリ活躍してる超絶ドラマーだ。

 

 やたらとドラムを並べ始めた時は正直大丈夫かと思ったが、その懸念はすぐに晴れた。背後に設置されたヘッド(ドラムの膜の部分)まで叩いてた時はニュータイプなんじゃないかと疑ったけど。

 

『お嬢。ほら、寝癖。しっかりおし、今日は最初の一歩なんだろう?』

『ごめん、キャロルおばさん』

 

 そしてこちらはベーシストのキャロル・ウェイマスさん。キャロルおばさんという名前から分かる通り、なんとぶっちぎりの年上、御年50の大御所だ。初めて前世の私より年上の知り合いが出来たぜ。

 この人は私の専属ベーシストという訳ではなく、ボビーおじさんが私のバンドの為に契約をしてきたどちらかというと放送局側の人なんだが……うん。それでも良いわ、この人も神様級だ。

 

 プレスリー存命の、今よりも女性に厳しかった時代にジャズにロックにプレイし続けたというだけでも凄いのに、その中でも一握りの一線級で活躍していたという事実。これだけでもレジェンド扱いしていいのに、プレスリーが亡くなった後の停滞期も第一線に居続けた人だ。

 これがどれだけ難しいかは、アレだけの腕があるのに夢を諦めかけていたジェニファーさんを見ても分かるだろう。それだけ深い幅を持ったプレイヤーという事だ。

 

 ボビーおじさん的には多分、無名のジェニファーさんとニールさんが心配で、せめてベースにはと超一流を連れてきてくれたと思うんだけど、その考えナイスだね。彼女はジェニファーさんもニールさんも居住まいを正す大御所にしてプロフェッショナル。

 そんな人物が参加しているバンドだ。多少辛い目線で見てくる業界人も頭ごなしに否定してくる事はあるまい。

 

『さ。やろっか』

『オッケー。さぁ、何からやる? 渡された楽譜は全部体に叩き込んできたぜ!』

『こっちも』

『当然の事さ』

 

 お、おう。やる気満々だね。ていうか渡した楽譜って私が最初に覚えてきてってお願いしたビートルズ全集と明らかに違う奴が手元にあるんですがそれは。

 もしかして知ってる60~70年代の名曲を集めて無造作に書きまくったあれかな。確か100曲以上あった筈だし一部しかなかった筈なんだけど……コピーしてそれぞれの楽器に合わせて手直ししたんですか。なるほどっていやいや流石にそれで更に覚えて来るって普通に早すぎね? 夢でも練習してるってそれ完全に病……いえ、何でもありませんです、はい。UR枠の情熱甘く見てたわ……

 

 ま、まぁともかくとしてレコーディングの準備はバッチリって事だな。素晴らしい! ここまで状況が進んでいるなら心配していた第2、第3のアルバムの発売も順調に行きそうだ。このバンドでは基本的にロック系統の曲を中心に行っていく予定なのだが、音楽はただ作って流すだけでは駄目だ。

 まず大衆がその音楽を受け入れる土壌を作らなければいけない。土壌づくりの段階で根腐れしてしまった米国の音楽業界は、豊富な栄養(需要)を蓄えた土壌が何もされずに放置されている状態。まずはここを耕して、多彩な音楽という作物を育てられる環境にしないといけないのだ。

 

 私としてはこのバンドによって音楽の土壌になる部分を刺激し、芽を出す前に枯れかけている他の作物を刺激するのが目的だ。何せロックってのはWiki先生でも星の数ほどあるって表現しかできない位多様化するジャンルだからな。こいつが立ち枯れてたら私の知る音楽の8割位が消えちまうんだからこちらも必死にやるしかない。

 

『という訳で、ジェニファーさんから一番魅せるつもりでギターソロかましてください』

『えっ?』

『30秒くらいしたらニールさんが参加してガンガンに叩きまくったって。そこから30秒位で今度はキャロルおばさん。御免だけど上手い事二人を纏めてね』

『ジャムかい。あいよ』

『オーケー。お嬢が入る間もない位に叩きまくってやるよ』

『ふふん。この私の邪魔を出来るとでも思っているのかな?』

 

 何をするのかって? 勿論超簡単なメンバー紹介だよ。ライブでもよくある、メンバー紹介の際に名前を呼ばれたそれぞれが自分のアピールを行うあれだ。あれをアルバムの最初の曲に持ってくる。勿論半分くらい賭けだが、配当は決して悪くないと踏んでいる。このバンドに参加している3人は、私がアメリカに居ない時に代わりに米国音楽業界を盛り上げてくれるスーパースターになってもらうつもりだからな。

 

 私一人で全部作って後は丸投げ、では意味がない。私の後に続く誰かが新しく曲を作り、演奏し、スターになり、そしてまた次に続く流れが出来ないと意味がないのだ。年齢的にジェニファーさんはバンドを率いたりするのは難しいかもしれないが、一プレイヤーとして超一流の著名人が居れば、彼女を目指してベーシストが育つかもしれない。仮に失敗したとしても息を合わせるのには役に立つし。このジャムセッションが決して無駄にはならないと踏んでいる。

 本当に合わなかったら収録しなければいいしな。

 

 

 

 尚、この初めてのジャムセッションは無事に成功を収め、スタジオは良い雰囲気のまま収録に突入。第一曲目にジャムセッションを設けるという結構な賭けをしてしまったにしては纏まりのあるアルバムが完成した。個人的には半分くらいビートルズの曲だからそら纏まるだろ、という気分だったが。イーグルスとかも使ったよ? カリフォルニア行ったことないけどね。歌詞については「ご本を読んだの」で通してるから深く突っ込まれたら、その、困る。年齢的にね。

 

 前回の坂本九スタイルの時の反省を踏まえてまずはアルバムのMVを作成。今回は小芝居を少なくして音楽を聞かせるミュージシャンがかっこよく見える様に撮影をして、私の部分を減らしてある。これで私に集中してた注目も少しは減るだろうし、そろそろ近所の商店でアイスを買うくらいは一人で出来る様になるだろう。「ひとりでできるもん!」ってゴネてるんだが黒井パッパと電話で銀さんにまで怒られたので自重してるんだよ。金属バット位なら最近素手で曲げられるようになったんだけどね。

 

 ボビーおじさんも気合を入れてTVで特集を組もうと頑張ってるので宣伝に関しては私はノータッチだ。餅は餅屋。専門家が身内に居るのに頼らない手はない。後はギャラの事だが、こっちは実はもう話がついている。パッパ、所属会社の米国支社の支社長に就任しました。ちなみに社員は私含めて二人な。あ、ジェニファーさんとニールさんが一応所属する事になるから4名か。

 

 零細企業にも程がある陣容だがやたらと金とコネはある。事務なんかも会計処理なんかを専門に行ってる他社に外注して賄ってるから全然問題ないし、こないだの『上を向いて歩こう』のレコードが100万枚位売れて未だに品薄状態って言うから本社側もこっちがやる事には基本寛容だ。というかその後のTV出演やらのギャラとかCMソングへの起用とかで本社の年間業績並に稼いでるってパッパが震える声で言ってたし暫くしたら追加人員も来るんじゃないかな。ほら、こんな所で怖気づくんじゃないよ。これからまだまだレコードを売るんだから。

 

 最初の『上を向いて歩こう』は結構売れたし、今なら補正も効いて初週100万も行けるかもしれんな。よし、パッパ。200万だ。200万枚を目処に刷っていこう。どうせ次のアルバムが出るまで多少時間はあるんだ。今のうちにガンガン行こうぜしても十分捌けるって。数字が見た事もない物になってる? それがどうした。ようこそミリオンダラーの世界へって奴だろう。ビリオンダラーまでまだまだあるんだ、暫くすれば見慣れるよ。

 

 頭の中で皮算用を弾かせながら私は動きの鈍いパッパの首根っこを掴んで契約しているプレス工場に連絡を入れ、200万枚のレコードプレスを依頼した。余りの数に向こうも驚いていたが、この程度では驚くようじゃまだまだ甘い。君の所にはこれからもガンガン働いてもらうからよろしく頼むよ。サイン? ああ、もちろん良いとも。手形で良いかな?

 

「よぉし、じゃあ次はアルバムの表紙だね。超かっちょいいロボット描くから見てろよ見てろよー」

「万……200ま……こ、こらタクミ! 表紙は4人の顔写真だって決まっただろうが」

 

 最近は常に持ち歩いているサイン色紙に鉛筆でスラングルを書いていると、正気に戻ったパッパが待ったをかけてくる。そらねぇよ父っつぁん。見てくれよこれ、良く描けてるだろう? 一応スーパー枠なのに操縦席が露出してるマジンガーよりも思い切ったこの造形。しかも83年当時の流行りを反映させてガウォークっぽい形態まであって、更にOP曲の『亜空大作戦のテーマ』が意味不明で面白いんだ。曲は関係ないだろうって? 面白いは正義なんだよ。機体名じゃなく組織名をひたすら連呼するんだぜ。しかも連中の組織名は類人猿だ。

 

「Gorilla!」

「うむ。動物園に行きたいのか? 今度の撮影でどこか貸し切って使えないか確認してみよう」

「全然違うけどありがとう。久しぶりのお出かけは嬉しいよパッパ」

 

 お礼にぎゅっと抱きしめてやるとパッパが慌ててパタパタと暴れ出した。これで色んな所に恋人のいるプレイボーイなんだから分からんもんだな、男ってのは。

 

「ああ、表紙と言えば。バンドの名前をまだ伝えてなかったようだが、大丈夫なのか?」

「んー、まぁ。決まってるし皆にも聞いて許可はとったけどさぁ」

「何か引っかかるのか。言ってみなさい」

 

 私が渋い顔をしていると、パッパは真剣な表情を浮かべてこちらに視線を向けた。いやぁ、実を言うと私の内部の問題なんでね。そんなに大したことでもないし。

 この名前は、私にとって一つの根底だ。だから、世に出すのを少し躊躇っている。それだけなのだ。

 

「名前は決まってるよパッパ。これは、今のバンドのメンバーを見た時から決めてたの」

 

 夢を諦めて故郷に帰ろうとしていたジェニファーさん。夢を諦めきれず、掛け持ちで様々なバンドやスタジオで演奏をして糊口を凌いでいたニールさん。かつての華やかさを忘れられずに落ちぶれた業界を離れる事が出来なかったキャロルおばさん。そして、5歳で家族を失い、ただ一人で生きてきて。そして今、ここに居る私。

 そんな私たちを表す名前は、一つしかない。

 

「私達は『ボトムズ(最低野郎)』。かつての栄光を探して、見知らぬ街をさ迷い歩くボトムズ(最低野郎)だ」

 

 言葉にすると、すとん、と胸の中にその言葉が下りてくるように感じた。ボトムズ。私の原点。もう一度取り戻すのだ。あの栄光の日々を。プラモとアニメと漫画に溢れたあの家を。

 

「……頼もしいな」

「パッパ。油断してるとあっという間に置いて行っちゃうよ?」

 

 私の顔を見て苦笑いを浮かべる黒井パパを再び抱きしめる。愛娘のハグは発奮材料だろう? パッパは私の共犯者なんだ。途中下車なんて許さねーぞ。

 言外のメッセージが伝わったのか伝わらなかったのか。黒井パパは何も言わずに私の体に腕を回し、抱き寄せる。そのまま自宅代わりに使っているホテルまで、私たちは互いに言葉を交わさずに親子のふれ合いを楽しんだ。

 

 

 

 等という事を言っていた私ですが心折れそうです。初週どころか初日に100万枚売り切れは読めなかったわぁ。

 暴動起きてるの? プレス工場に頑張ってって伝えてください(震え声)




バンド名:ボトムズ ドン底からの再起を意味する。

ニール・カリウタ:ドラマー。既婚者。

キャロル・ウェイマス:ベーシスト。50歳。30年以上現役の生き字引。モデルの人もまだ存命でバリバリの一線でプレイしてる化物。

Gorilla!:一回OPを聞いてもらえば理解して貰えると思う。スラングルは凄い()



クソ女神
「プレスリーの時代のロックスターはまだ居るしビートルズが居れば大丈夫だよね!」

「プレスリーの入隊と同時期に殆ど居なくなるしビートルズも居ないじゃない!」

タクミ
「ロックスターの方は史実だけどビートルズ何があったし。というか何をしたし」


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このポップスのない世界で

感想欄で吹いて思いついた前回のあらすじ

「レオパルドンはダメか~』
(この辺りイラスト・杏仁豆腐風)

「ゴリラ!」
(この辺りイラスト・天野喜孝風)

「私達は『ボトムズ最低野郎』」
(この辺りから塩山紀生)

百の顔を持つ女。その名は黒井タクミ。

今回はロボロボしてません()

誤字修正。lukoa様、五武蓮様、山田治朗様、さーくるぷりんと様、kuzuchi様ありがとうございました!

追記
前回の被害者:なし。史実でもこの頃に大体消えてる。強いて言えばビートルズだけどビートルズは()


事前に確認して大丈夫だと思ってたんですが曲名だけでも危ないかもしれないと指摘を受けました。確かにギリギリを責めすぎたかもしれませんし運営に逆らうつもりもありません。なのでちょっと修正しておきました!
>FAQに曲名はOKとあったと教えてもらい確認。曲名を入れました。


 ここから第2、第3の黒井タクミが生まれる事を願っているわ

 ああ、といってもコミックやTVの企画までやれって事じゃないわよ?

 

~キャロル・ウェイマス ウェイマス音楽学校設立記念のスピーチにて~

 

 

 

『ニューヨークへ行きたいか!』

 

ウワアアアアアア!

 

『タクミと音楽をやりたいかぁ!』

 

ウワアアアアアアアアア!

 

 熱狂的な観衆の声に後押しされるように黒井パッパの演説もヒートアップしていく。何をしているのかって? そらあれですよ、TV番組を作ってるんです。前々からボビーおじさんに『タクミちゃんの魅力を活かした良い番組を作りたいんだ!』って度々言われてたからじゃあ丁度いいや、と提案してみたらこれが関係者に大ウケ。早速やってみようという事でご覧のありさまだよ。

 

 まぁ、あれだ。最初の一言でもわかると思うけど、ノリは大陸横断のアレと同じ感じだな。ただ、内容は別にアメリカ人を国内旅行させる訳ではない。最終目的地がニューヨークってだけだ。

 処でスター発掘って単語に聞き覚えはあるだろうか。そう、民間に居る一芸持ちの奴らを広く世に知らしめるために行われるアレである。中にはまぁあくまでも民間レベルの連中が多いんだが、あれでマジのスターになった奴も多いから侮れないんだ。日本ならスター誕生!出身の人の名前リスト一回見たらビビるぞ。

 

 何でこんな話してるかというと、今現在私がやっていることがこれだからだ。スター誕生パクって埋もれてる連中を発掘してるわけだね。下は一桁から上は50を超えた爺さんまで。この広い米国内で燻っている才能を掘り起こして世に知らしめるのだ。

 

 いやね。実はボトムズ(最低野郎)結成してから半年の間に3枚位アルバム出してるんだけどさ。最初のアルバムから半年の間プレスすればするだけ売れる状態が続いてて、これ以上曲を作らないでくれってプレス工場から泣きが入ったんだよね。

 多分もう3000万枚位売れてると思う。最初は200万枚で泡食ってたパッパも最近は「億までは遠いなぁ」とか言い始めたし慣れって怖いわ。個人名義の方もまだ出せば売れる状態続いてるし、ちょっと自身の音楽活動については自粛モードに入ってる。私に余裕があっても周りが潰れたら意味がないからね。

 

 マイコーの最高記録が6~7千万枚売れたって話だからもうちょいイケるんじゃないかな〜と思ってたんだが、よくよく考えたらここ数十年こんな規模でレコードが売れる事が無かったんだ。そもそも大量生産の用意が出来てないわけだな。

 

「うーん。働けど働けど仕事は楽にならず。じっと手を見る」

「『一握の砂』か。良く知っているな」

 

 最近定宿にしているホテル最上階でのんべんだらりとパッパの持ってくる審査結果の山を見ていると、ついつい言葉にしてしまったらしい。石川啄木は居たんだな。この歌しか知らんけど歌詞作ってる時に言い訳にしてる読書っ子って設定を補強するためにも読んどくべきだろうか。一回読んだら全部記憶できちゃうから、後で脳内再生できるしね。

 ちょっと前まで忙しそうに飛び回っていたパッパが何故私とのんびりしているのかというと、純粋に部下が出来て今は私のマネジメントに専念している状態だからだ。私の動きが鈍るとパッパにも暇が出来るんだよね。

 

 最近は黒井父として有名人枠にも入ってるらしく、そこらを歩くことも出来なくなったそうだし丁度いいとばかりに有給の消化がてら私とのんびり骨休めである。

 

 パッパの所属している会社の株式はガンガンストップ高を更新しまくってるらしいから会社自体はめちゃめちゃ忙しくなってるんだが、流石にこの半年の間に事務作業を行うための人員が本社から送られてきたので会社内部の仕事は部下に任せ、今はもう完全にアメリカにおける企業の顔。渉外専門って感じで色んな所に顔を出しているみたいだ。

 

「パッパ、そう言えば向こうの仕事は長らく戻ってないけど大丈夫なの?」

「ああ。そっちは高木が何とかしてくれてるし、小まめに連絡も取ってるからな。あっちは今も凄い騒ぎらしいぞ」

「あの人がねー」

 

 仕事に対してはかなり厳しい目線で見るパッパがそんだけ認めてるって事は本当に優秀なんだろうね。私の印象だと、初めて会った時の夢破れて草臥れたお兄さんって印象が強いんだけどね。

 優し気な印象なんだけど、投げ槍っていうかね。私のジャグリングを見ても死んだ目でボーッとしてるから思わず「負けないで」を歌ってあげたら急にお目々キラキラして手を握って口説いてきたんだ。

 

「口説かれたのか?」

「情熱的だったよ」

 

 その時の様子を話してあげるとパッパ大爆笑である。何でも、ちょっと前までこれは、と見込んでた歌手が駄目になって、二人揃って落ち込んでた時期らしい。特に高木さんは専属プロデューサーだったから余計に。

 

「音無琴美を失って、アイツは魂を失っていた。そんな奴がある日、目に力を滾らせて出社してきていきなり俺に頭を下げたんだ」

「……それが私を引き取った時の話?」

「ああ。金の卵どころか既に磨かれた巨大なダイヤモンドを見つけた。お前の力を貸してくれ、と泣きついてきたんだ。大の男に縋り付かれて大変だったよ」

 

 私を膝の上に乗せてそう語るパッパの声は、揶揄しているような口調ながらどこか得意げで、誇らしいようでもあった。男のツンデレねぇ。前世でも今世でも腐女子属性は無かったけど……成程、確かにコレはイジりたくなるわ。ぐへへへ。おばちゃんに馴れ初めを語っても、ええんやで?(にっこり)

 

 

 

 スター発掘番組がなんか参加者が多すぎて各州開催になりました。な、何を言ってるか分からないと思う、私も頭が可笑しくなりそうなんだ。仕事を減らす為の人材発掘ついでにホイッとTV局に投げた企画が何でこんな大規模な選考会みたいになってるんだ?

 

『そりゃあ各州でも優勝賞金1万ドル、仮に全米優勝となれば10万ドルにタクミの作った曲をプレゼントだからねぇ。私も審査員で無ければ参加したかったよ』

『いつの間に賞金なんかついてるんですかねぇ』

 

 主席審査員として今回の企画に関わるキャロルおばさんに詳細を訪ね、返ってきた回答がこれである。思わず声が震えたわ。アメリカなんか今50州あるんだぞ。まさか全部に回れって事じゃないよな?

 

「流石に全部にお前を回らせるつもりはない。お前の出番はニューヨークで行われる本戦。各50州の代表による戦いの審査と、優勝者への商品の授与だけだ」

「元々楽曲提供だけだったと思うんだけど、賞金はどったの?」

「儲け過ぎた」

 

 あっ、察し。黒井パッパの渋面を見るにこれどっかから突っ込まれたパターンだな。後は税金対策? まぁ、細かい所はともかく持ち過ぎて足引っ張られるのも嫌だししょうがないか。必要経費だと割り切ろう。

 

 それに、よくよく考えればこれはかなり良いかもしれない。この世界のミュージシャンは大体一部の例外を除いておしなべて金が無い。悲しいくらいに皆貧乏で、かつての栄光を夢に見ながら日々生きてるような状態だった。

 

 そこに、いきなり彗星の様に現れたボトムズ。現れてからは米国の音楽チャートを独占。アルバム売上は見た事もない数字になり、その姿は貧困に苦しむミュージシャン達に在りし日の記憶にあるスーパースターを彷彿とさせただろう。彼等は思った筈だ。羨ましいと。自分にもチャンスがあれば、と。心に燻る思いを抱いたろう。 

 

 そんな所に、この賞金付きのTV番組がぶん投げられる訳だ。燃えるだろうさ。これで燃えない程度の情熱しか持たない奴は最初からお呼びじゃない。私が求めてるのは私がこねくり回して整えた土壌に芽を出し、一気に花開く新しい伝説(レジェンド)だ。

 

 居るはずなんだ。この広いアメリカには。芽が出ずに消えていったレジェンド達がどこかで、それでもまだ夢を諦め切れずに藻掻いている筈なんだ。

 そして、そいつらの影に隠れて日の目を見る事が出来なかった隠れた天才達もまたどこかで自分の番が回ってくるのを待っている筈なのだ。舞台も整えた。理由も付けた。名声だって得られるかもしれない。なら後は演るだけだろう。

 

「うん。これが良いね。これでいこう」

「そうか……勝手に追加してしまってすまなかった」

「良いよ。会社勤めの悲しい現実だもんね」

「その通りだが、お前の年齢で言われると違和感しかないな」

 

 パッパの苦笑にへらへらと笑い返して、私は彼の手にある企画書をヒョイっと奪い取る。あっと声を上げてパッパが企画書を奪い返そうとするが、悪いねパッパ。

 やると決めたんなら私はトコトンまでやるのだ。トコトンまでな。

 

 

 

『各州のTV局に電話窓口を設置して電話投票?』

『うん。お金が足りないなら私のポケットマネーから出してもいいけど』

『いや、それは会社で用意する。しかし急にどうした?』

『あのままだとねぇ。審査員の好みに振り過ぎちゃうからさぁ』

 

 いや、まぁ確かに審査員の好みに寄ってても技術がしっかりしてれば良いんだがな。今回はちょっと違う方法を取らせてもらおうと思う。

 変更点は二つ。各州で行うスター発掘番組の審査方法と大会の数だ。あ、大会の数が変わるなら三つか。

 

 まず、審査の方法だ。最初の州大会への参加はデモテープによる振り分けだ。こいつは審査員とTV局の職員に行って貰い、明らかに技量に劣る連中はここで落とす。

 次の段階が本番のTV放送前の二次オーディション。ここで本格的により分けを行うのだが、ここからは観客を参加させて審査員5割、観客5割の得点を用いて上位16組まで絞り込む。

 

 方法としては単純で、それぞれの投票者は手元に参加者のグループ分(個人も居るが)の数の小さな玉を事前に渡されている。そして、自分が「このグループの音楽をもう一度聞きたい」と思ったグループが居たら、これを椅子に設置されたレールに流すのだ。

 

 流された玉は最下段に設置された箱の中に集められ、この数が一般参加者からの得点となる。ここでの最高は参加者100人からの100点。

 また、審査員も方式は同じだが彼等は5名。彼等からの点数はそれぞれ20点の配点になり、5名全員の得点を得られればこれも100点。つまり200点が最高点となる。

 仮に同点が多くて16組以上が残りそうな時は、審査員の手持ちの余った玉を好きなグループに投票したりする形で対応する。

 

 そして、ここからが本番。TV放送の始まる州大会の本戦だが、途中までは一つ前の二次オーディションと一緒だが、最後が違う。

 電話投票による、追加点数の加算だ。

 

「電話投票では16組の順位を聞いて貰うんだ。先着100名までね。そしてそれぞれの順位で得点を変える。一位は勿論100、最下位は0」

「それは……大きく順位が動くな。何故そんな制度を?」

「TV映えもアーティストに必要な才能だよ。特にこれからはね」

 

 後、大どんでん返しは盛り上がるのだ。これは流石に口にはしないがね。九分九厘勝ちが決まったと思った時の最後の一刺しが勝負の行方を決める。そりゃあ盛り上がるだろう。次の日には口々にその時の事を話す筈だ。

 

 そして口コミでこの番組の話は広まり、次の四大会、各州優勝者による東西南北大会へと視聴者の期待は移って行き、其処の上位四組による決勝大会は最も新しい伝説の舞台になるだろう。

 

『タクミ、君はTVの世界でも伝説のプロデューサーになれるよ』

『まだ始まる前だよ、ボビーおじさん』

『分かりきっている事だよタクミ。いつかはリンゴが木から落ちるようにね』

 

 私が渡した企画書を食い入る様に眺めた後、感極まった様にボビーおじさんは私の腕の下に手を回して抱き上げた。そのままハグに移ったんだけど、おじさんタバコ臭いわ。この体になってからやけに匂いに敏感なんだよね。でも嬉しそうだから我慢我慢。

 

 総合プロデューサーとかいう新しい役職に就いたボビーおじさんはその持てる全権を用いてオーディション大会の準備を整え、告知の内容を変更。東西南北の大会からは上位8組に賞金を用意し、決勝大会に参加したグループはその演奏を複数のネットワークのTV局により全国放送される事になる。

 賞金も大幅増額し、決勝に残ったグループは全てその時点で1万ドルの賞金を獲得し、上位になれば更に増額。優勝賞金も何と100万ドルである。マジモンのミリオンダラーだ。

 

 ここまで賞金が跳ね上がったのは、この100万ドルが契約金代わりになるからだ。こんなドル箱を野ざらしにする訳もなく、優勝者はウチの会社から私の楽曲によるレコードデビューが内定するからな。この金を受け取った瞬間から契約という枷がハメられる訳だ。

 

 まぁ、ウチの会社はアーティストの取り分がかなり多めなので独立以外に外に出る事はないだろうがな。この辺りは私が全力でパッパに交渉してある。アーティストに報酬を出し渋ってたら業界を育てるなんて無理だ。また、死の60年代に逆戻りしてしまう。

 スターダムに伸し上がった人間はな、派手に金を使う事を求められるんだ。その姿に夢を見て今日の少年少女達は明日のスターを目指して研鑽に励むんだからな。とはいえマイコーのネバーランドは流石にやり過ぎだと思うけどな。節度ある贅沢をしないと。

 

『という訳で、成功を期す為に最高級ホテルのホールを借り切って決起会を行うよ!』

『ハハハ。日本には面白い風習があるな。ドラムも持ち込んで良いのか?』

『おっと。ならあたしもギターを持ち込むわ。アンプは……ホテルマンにチップを弾まないとね』

『大きなホテルなら備え付けの機材もありそうだねぇ。お嬢、先にチェックしとくよ』

 

 日本の文化の押し付け? わたしにほんじんだもん!

 と子供らしい我儘を発揮して関係者各位を集めて決起会を行った。微妙に意味が違う? 

 良いんだよ。要は「これから大変だけどわたしたちともだちだよ! 協力しようね!」って念押しする為の会なんだ。間違いなくTV系の参加者はこっから半年位の間寝る間も惜しむレベルでクソ忙しくなるからな。ここの払いは私持ちだ。タンと食って英気を養って欲しい。

 その分、最高の感動は保証するからさ!

 

 

 

 そして、半年後。私の予感は最高の形で現実の物となった。

 

「やっぱりね。ふふっ、うふふふふ」

 

 呆然とした様子でステージに魅入られている他の審査員達の姿を横目に見ながら、私は笑いが止まらなかった。孤独な戦いが終わる。そんな予感を胸に感じながら、私は動きやすいように上着を外して審査員席から立ち上がり、ステージに向かう。

 

ポゥッ!

 

 ステージ上の『彼女』が曲の節に感極まったようにそう叫び、私の歌に合わせてダンスを踊っている。経験が足りないからだろう。本来ならば磨かれていた筈のその動きは粗削りで、だがその分だけ若々しさに溢れていた。

 ファッキンゴッドめ、性別が違うから見逃していたな。きっと。きっときっと何処かに居ると思っていた。奴の杜撰な弾圧を逃れた誰かが、きっと居ると思っていた。

 

「待ってたぜ、マイコー」

 

 ステージ上の彼女と目があった。その視線に呼ばれているような気がして、私はひょいっとステージの上に上がる。スポットライトの下で私と彼女は視線を交わす。

 

 今夜は熱い夜になりそうだ。




謎の黒人女性:とんでもないレベルで無茶ぶりされる事をまだ彼女は知らない。

タクミ:今回何もロボロボできてないわーと思ってたら音楽関係全部振れる相手見つかったった!次はコミックやな!






クソ女神様のやらかし日記

クソ女神
「うわ、このジョン・レノってジャン・レノのパクリみたい。凄い魂の輝きなのに勿体無い!素行も悪いし神学校にでも入れてしっかり躾しとこ!(使命感)」

「あれジョン・レノンだったわ。テヘペロ」

タクミ
「くぁwせdrftgyふじこlp」


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この音楽が無かった世界で

今回で最終回です。




嘘ですって昨日やりたかった。
今回で音楽関連に関する大きい流れがひと段落したのでちょっとサブタイトルが変わっています。



ぜんかいのあらすじ

(音楽関連を全振りできる)仲間がふえるよ! やったねタクミちゃん!


誤字修正。キーチ様、にゃるおじさん様、五武蓮様ありがとうございます!


追記
前回の被害者:ジョン・レノン。幼い頃に神学校に入り以後神の教えを説いている。当然ビートルズは結成していない。


事前に確認して大丈夫だと思ってたんですが曲名だけでも危ないかもしれないと指摘を受けました。確かにギリギリを責めすぎたかもしれませんし運営に逆らうつもりもありません。なのでちょっと修正しておきました!
歌詞ですらない曲名の和訳は流石に範囲外ですよね?(震え声)
>FAQに曲名はOKとあったと教えてもらい確認。曲名を入れました。やったぜ


「『貴女の歌を聞かせて、マイケル』って言われたの。女の人とは思えないパワフルな歌とダンスだって」

「ええ、普通なら失礼よね。でも私にとっては最高の誉め言葉だったわ。私は私らしくしているだけなのに、ずっと女らしくないだとか言われてうんざりしてたから」

「私は何かを間違えて生まれてしまったってずっと思ってた。タクミに会うあの時までずっと」

「だからあの日から、私の親しい人は皆私をマイケルって呼ぶの。彼女に貰った最高の名前よ。大好き」

 

~ミシェル・”マイケル”・ジャクソン 映画伝説の一夜(ワンナイト・カーニバル)完成披露宴にて~

 

 

 

 タクミの考案した全米を巻き込んだ大規模オーディション大会は、州大会の時点で各州の最高視聴者数を更新しながら推移していった。半年の間に各地で行われたこの大会は各地で新たなスター候補達を発掘した。勝ち進んだ者たちは自身が州の代表であるという自負の元に研鑽を行い、例え勝ち進む事が出来なくても自身の居る州の実力者たちの存在を認識した敗者達は、或いは闘志を燃やして、或いは新たな仲間を迎えて牙を磨ぎ、次の大会への準備を始めた。

 

 それらの戦いを終え、今度は3か月後に開かれた東西南北エリアでの4大会。州代表と呼ばれる者たちの誇りを掛けた戦いは見る物全てに熱い滾りを覚えさせ、新しい時代の幕開けを期待させるものだった。

 

 そして4大会が終わり、決勝の日がやってくる。季節はクリスマス。まるで誂えたかのように雪が降りしきる中、ニューヨークで行われたたった一夜限りの祭り。

 全ての頂点に立った一人の女性と、彼女の手を取った一人の少女によって、伝説の一夜(ワンナイト・カーニバル)と呼ばれる事になるその夜のフィナーレは、少女の足踏みから始まった。

 

『プリーズ』

 

 何事かを女性に語り掛けた後、タクミはマイクにただ一言そう言って、足踏みを始めた。ズン、ズン、と足を踏み鳴らし、そして、自身の手のひらを叩く。そして、再度同じ動作を繰り返す。ざわめきの声が会場内に広がっていく。

 

 そんな中、最初に反応したのはタクミの隣に立つ女性だった。タクミの足踏みに合わせて足踏みを行い、手のひらを叩く。彼女に遅れるように彼女の兄姉達がそれに続き、舞台の上に足踏みと手拍子の音が響き渡る。

 

ズンズン チャ ズンズン チャ ズンズン チャ ズンズン チャ

 

 演者たちの次に反応したのは審査員たちだった。ジェニファーは自身の背後に置いていたギターケースを掴んで立ち上がり、足踏みに参加する。遅れるようにニールが、キャロルが立ち上がると、黒井やボビー、その他の関係者達がそれに続くように立ち上がり足踏みに加わる。ざわめく声はもう聞こえなくなった。

 

ズンズン チャ ズンズン チャ ズンズン チャ ズンズン チャ

 

『もっと! もっとだ!』

 

 タクミの声に反応するように観客たちが立ち上がり始める。今日のこの日を見ようと各州から集まったその数は5000人。上質な服を着た紳士然とした人も居れば、自身に出来る精いっぱいのおめかしをしてこの会場に来た人もいる。そんな統一感のない観客達は、今この瞬間だけ同じ目的の為に席を立った。

 

ズンズン チャ ズンズン チャ ズンズン チャ ズンズン チャ

 

 足踏みの音が増えていく。見れば他の参加者たちも舞台に集まってきている。ニューヨーク代表の美女やニュージャージー州のロックバンド。人数も人種も様々な彼らは舞台の上に再び上がると、足踏みを行い手のひらを叩き始めた。TV放送の為にその様子を撮影し続けていたカメラマンは画面を固定すると、居てもたっても居られないといった様子で足踏みに参加した。彼を責める事は出来ないだろう。他のクルー達も同じ状況なのだから。

 

ズンズン チャ ズンズン チャ ズンズン チャ ズンズン チャ

 

 これから何が始まるのか、足踏みを続ける彼らは知らない。企画を行っているTV局の人間ですらも。ただ湧き上がる衝動に身を任せて、彼らは足を踏み鳴らす。

 

ズンズン チャ ズンズン チャ ズンズン チャ ズンズン チャ

 

 最高潮に達した。舞台中央に立つ二人はその瞬間に同時に互いを見た。示し合わせたかのように交差する視線に、片方は戸惑いを、もう片方は笑顔を顔に浮かべてマイクに魂を吹き込む。

 

『”We Will Rock You!(世界をアッと言わせてやるぜ!) ”』

 

 世界がハジケる音を聞きながら、タクミは叫んだ。

 夜はまだ終わらない。

 

 

 

「ちゃうんや(震え声)」

「意味の分からないことを言ってないでほら、行くぞ」

 

 パッパに手を引かれながら私はTV局の局内を歩いていく。何をするのかって? そら謝罪だよ。明らかに審査の妨害やらかしちまったからね。いやぁ。うん。テンション上がりすぎてついやっちまったんだ!

 まさかマイコーが居るなんて思わなかったんだよ。今までの経験から言うとあのレベルの影響力持ってる人は皆見つからなかったからね。勿論探してたんだよ? ただミシェルなんて名前になってるなんて思わなかったから見落としてたんだ。ジャクソンズとかで探せば良かったのか。こいつはうっかりだぜ。

 

 さて、例のオーディション大会だが無事マイケルが優勝! 以上!

 で終わる筈もなく。幸いなことにマイコー達がオオトリだったのもあり大まかな点数がすでに出揃っていたので審査は厳正に行われました。

 私が妨害してしまったのがここで、マイコー達がパフォーマンスを終わる前に私が乱入しちゃったものだからそれ以降の点数が計算に入らないって状況になってしまったんだよね。皆足踏みしてたし。

 

 で、結果。審査員や会場の得点では何とマイコー達ジャクソンブラザーズは4位に。あわや優勝を逃す所だったが、その後の電話投票がすごかった。他の人たちも超一流どころかレジェンド級なんだが、突出したポイントを稼ぎ出してギリギリで優勝となった訳だ。

 ちなみに何故か私に電話投票をしている人が半分くらい居たので、その方々には審査員なんです、と丁寧に電話番の人が謝罪してくれたらしい。このTV局のお偉いさん方に頭を下げた後は、これからこの人たちを含めた各州のTV関係者に謝りに行かないとあかんのです。

 

 50州かぁ、へへっ震えて来るぜ。

 まぁ、過ぎた事は仕方ないとして問題はこれからの事だ。幸いにもマイコーと契約を交わすことには成功。彼女と彼女の家族はウチの会社の所属になり、現在はパッパの部下の一人がマネージャーとして身の回りの世話を行っている。ボビーおじさんという心強い味方もいるし、パッパの会社の支社もあるからこっちに家族皆で引っ越してくるそうだ。生活が安定したら用意している楽曲を使ってレコーディングを開始。彼女の歌声は半年もしないうちに全米を沸かせてくれるだろう。

 

 さて、マイコーの事はそれで良いとして、問題は他の参加者達だ。何名か見知った顔というか声というか。流石に全米16傑。レジェンド級ばっかりでビビったぜ。すでにレコード会社に所属したり交渉中だったりするグループが多かったが、まだ無名というか、ハナっからウチに所属する事を狙ってたっぽい2グループがわが社に所属する事になった。

 

 ソロ歌手のパツ金美人、マドゥンナ・ルイさんと地元の悪ガキどもを束ねて参加した16傑最年長のロッカー、ブルース・スプリングスさんである。

 もう一度言おう。マドゥンナ・ルイさんとブルース・スプリングスさんである。微妙に名字が違うけどこの二人の名前が挙がって来た時に絶対この二人のどっちかが優勝すると思ってた。ジャクソンズがまさかのキング(こっちじゃクイーンになっちまったが)を擁して優勝をかっさらっちまったが、最後のアレが無くてもいい勝負になってたんじゃって位凄いパフォーマンスだったのは間違いない。

 

 で、この二人がうちに所属したという事はだ。音楽関連、もう私が手出ししなくても何とかなるんじゃね? という結論になるわけだ。

 いや、勿論曲の提供は行う。時代に埋もれて消えていった名曲たちをそのまま放置なんて死んでも出来ん。ついつい世界をあっと言わせてやるぜ! なんてやっちゃったけど出来ればそのバンドの歌はメンバーが居ないとか、そもそもバンドが存在しないとかいう問題が無ければそのバンドに歌ってほしいんだ。そしてそれを間近で聞きたい。偽らざる本音である。

 

 時代の進みとかが大分ズレ込んだせいで駆け足になったが、ロックとポップスという作物にこれ以上ないほどの銘柄(スーパースター)が登場したのだから補助輪はもう要らないだろう、というのが私の意見な訳だ。まぁ、黒井パッパが見込んでくれている以上全部放り投げなんて無責任なことはしないし、ボトムズの活動もあるからな。少しずつ自分で出すのを減らしていくのを目指そう。

 それに、この立場じゃないとできない事だって結構あるしな。

 

『ねぇ、タクミ。これ本当にシングル全部に入れるの?』

『うん。ファンに感謝を込めてと、私の趣味。両方満たせる良い案でしょ?』

 

 うーん、と判断に困るような表情でジェニファーさんがキャロルさんを見る。だがね、ふふん。キャロルさんはすでに篭絡済みよ。昨日の内に見せたら予想以上に楽しんでくれたしね。そしてもう一人の仲間であるニールさんはむしろこっち側。共犯者の立場だ。仕上げは手伝ってもらっちゃったからね。

 えっ、何をしているのかって? 私のシングルに入れるイラストの話だよ。

 

 以前、アルバムの表紙にロボを書こうとしてパッパに怒られた事があるんだが、その時に表紙以外なら趣味を混ぜても良いと言われてあるんだ。流石にアルバムは失敗する可能性があったから何もしなかったけど、すでに全米クラスの知名度を誇る今なら多少の無理だって通せるはず。

 

 全米中にマイフェイバリットロボであるスコープドッグを知らしめてやる。

 すでに各シングルに入れるイラストは作成済みだ。1枚のアルバムに3枚のイラストが書かれており、そのイラストの裏に歌詞が書かれているため歌詞カードとしても使える親切設計。今回発売予定の6枚のシングル全てを購入すれば18pに及ぶキリコ・キュービィーの戦いの歴史を見る事が出来るのだ。オマケにレコードまでついてくるんだ。こいつはお買い得すぎる。うふふふふふふ。すごいぞー! かっこいいぞー!

 

 マーブルにレオパルドンを突っ込む策が没になってしまった時は思わず膝が折れてしまったが、私には使命があるのだ。そう、他人が作った歌を聴きながらコーラを飲みつつ大好きなロボアニメを見るという使命が。ロボアニメに関しては自作でも良い。誰が作ろうがカッコいいロボットは愛でて良い。自由ってのはそういうもんだってロジャーさんも言ってた。

 

 あ、丁度これから移動中に暇が出来るんだし今のうちにこれからのシングルに入れるイラストを量産しておくか。動く棺桶だけじゃバリエーションも足らんしな。ベルゼルガとかも好きなんだよね。兵器っぽさは薄れちゃうけど。

 

「うへへへへ。発売が楽しみだなぁ」

『お嬢、こら。はしたない笑い方をするんじゃないよ』

『マム、こうなったら暫く戻ってこないよ』

『お嬢は変わらないなぁ』

 

 ボトムズのメンバーの小言を聞き流しながら、私は数か月後に訪れるだろう全米総ボトムズファン化計画の成就を夢見て一人ほくそ笑む。

 

 

 そして3か月後。

 私はボトムズファンと言えば緑色の服装に肩を赤く塗るという雑誌の特集記事にお茶を吹く事になった。




後のタクミ親衛隊・レッドショルダー誕生の瞬間である。

後マイコーの台詞がなかったのは、彼女とタクミの会話がしっくり来なかったからです

ジャクソンブラザーズ:多分ほぼ最初期のアイドルグループ。マイコー以外はパッとしない印象だがマイコーが凄すぎて比べられるのが原因だと思う。それでもそこそこ売れたジャネジャクは割と別格。

マドゥンナ・ルイ:元ネタはほぼ名前まんま。姓が変わったくらい? マイコーが男だったらクイーンオブポップスと呼ばれてた人。

ブルース・スプリングス:この人も姓が短くなった。元ネタは米国ロック界のボス。あと大会参加の際に連れてきた悪ガキ共は何気にボン・○ョビの連中だったりする。連中の本来のデビューがこの位なんですよね




クソ女神様のやらかし日記

クソ女神
「まぁ、お医者様を目指しているのに漫画なんかにうつつを抜かして! ご家族の為にもしっかり勉強しなさい!」

「あれ。漫画の神様が居ない……まいっか」

タクミ
「チェーンソーをくれ。一番刃が鈍い奴を」


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このコミックのある世界で

前回のあらすじ

198X年世界は緩やかな停滞の中にあった。華やかな文化は消え、人に活気はなく、少しづつ身を蝕む閉塞感に希望すら死滅したかのように見えた。

だが、ロックは死滅していなかった!(CV千葉)



音楽が一段落?したので新しい分野に手を突っ込む話。


追記
前回の被害者:手塚治虫。学生時代、医者になるか漫画を書くか悩む時に思考を誘導され医学に専念する事になった。


『タクミ・クロイ嬢が世間を騒がせた謝罪と称する全州ツアーから帰ってきた』

『事の発端はニューヨークのとあるイベント会場にて行われた一大オーディション番組だ。この番組に審査員として出演していたクロイ嬢は審査中、余りの感動に舞台に乱入。自らもパフォーマンスを行い会場どころか全米を沸かせてくれた』

『クロイ嬢はその次の日に行われた記者会見にて「むしゃくしゃしてやった。今は反省している」と会場での自分の行動に反省のコメントを残し、その場で全米50州全てを回って謝罪すると発表』

『全米各地のTV局による全面サポートにより実現したこの夢のようなツアーは一週間前。ハワイでのツアー最後のコンサートを終えて終わりを告げた』

『数日の休養を挟んで米本土に戻ってきたクロイ嬢は「まさか全州で歌う事になるとは思わなかった」と取材陣にジョークを飛ばし、歌の才能だけでなくユーモアのセンスも示してくれた』

『彼女が楽曲提供をした新しいスター達の活動も順調。活気に沸く米音楽界の火付け役となり、全州ツアーという偉業をも成功に収めたタクミ・クロイの次の動向に注目が集まる』

 

〜ニューヨーカー新報 1986年 夏の一面〜

 

 

 

 高級感溢れるホテルのとある一室。その中で二人の男女は張り詰めた空気の中、互いの瞳を真っ直ぐ見据えて見つめ合っていた。

 その光景は随分と奇妙だった。何せ二人の年齢差は祖父と孫娘程に開いている。実際に女の方はまだ年齢が二桁になっているかどうかも分からない少女だ。

 そんな少女に対して老人は一切の手心もなく圧力をかけ、それを少女は平然とした顔で受け止めていた。いや、額に汗を浮かべる老人の姿を見るに、むしろ圧力をかけているのは少女の方かもしれない。

 

スッ

 

 そんな緊迫感漂う空気の中。少女……今や全米に知らぬ者なき伝説を残した歌手、タクミ・クロイは持ち込んだアタッシュケースをテーブルの上に載せ、それを向かいに座る老人……スタン・M・リードは視線だけを下げて見詰める。

 タクミ・クロイは静かに語り出した。

 

『ここに50万ドルがある。全てが思い通りになる額よ』

 

 タクミはジュラルミン製のアタッシュケースのロックを外し、ケースを開けて中身を彼に見せる。内容を見た瞬間に、リード氏の喉がゴクリと唾を飲み込むのが見えた。顔色が変わったリード氏の様子に深い笑みを浮かべてタクミは言葉をつづけた。

 

『ただ一回。ここでイエスと言えばこのお金は貴社の物になる。決断は、貴方の右手に任せよう』

 

 そう言ってタクミはアタッシュケースを閉じ、ロックをかけて自身の手元に戻した。視線がアタッシュケースを見ている事を確信しながら、タクミは右手を差し出して最後の言葉を口にする。

 

『さぁ、この右手を取るか取らないか。はいかイエスで答えて欲しい物だね』

『じゃあノーだ』

『えええええええええぇぇぇ!?』

 

 パシーン、とタクミの右手をリード氏が引っ叩いた。

 

 

 

『硬った!』

『硬ったじゃねぇわ乙女の柔肌を! てめぇ爺どういう了見だコラァ!』

『どういう了見もあるか! 50万ドル払うからスパイダーマンにレオパルドンを出せって足元見てるんじゃねーぞ!』

『金がねーって泣きついてきたのはどこのどいつだオルルァ!』

 

 互いの胸倉を掴み(私は長さが足りないためスーツの腹辺りだが)どなり合う私と爺。その怒鳴り合いに席を外していたパッパとジェームズさんが室内に飛び込んできて呆れた様な表情で私と爺を羽交い絞めにして引きはがす。ちょっとパッパ。またかってなんだまたかって。

 

「言いたくもなる。会う度に子供みたいな喧嘩をして」

「わたしタクミちゃん9さい。あの爺さん60越えてるの」

「お前を実年齢で見てる奴なんて居ないよ」

 

 呆れた様な物言いのパッパに私は思わず黙り込む。それはそれでショックだぜパッパ。

 まあいっか、いつものお遊びは終わったしここからはパッパも交えたお仕事の話だ。うん、明らかに本気だったって? 遊びに決まってるじゃん。この爺さんとはいつも最初はこんな感じで旧交を温めてるんだ。まだ出会って1年経ってないけど。

 

 この爺さんはスタン・M・リード。この世界におけるスパイダーマンを初めとした数々のマーブル・エキサイトヒーロー(この世界だと社名が少し違った)達の生みの親だ。前世におけるスタン・リーに相当する人物だと思うんだが、見ての通りの強烈な爺さんだ。

 

 以前、私は彼等の会社に郵送で漫画持込をした事があるのだが、その際に返事をくれたのがどうもこの爺さんだったらしく、それ以来結構な頻度で是非アーティストにならないかと誘われているのだ。

 

 余りにも熱心に、情熱的に誘ってくるもんだからつい私も気を良くしてゲフンゲフン。元々繋ぎを作りたい相手でもある為一度会ってみようという気になり、世間がオーディション大会で忙しく動いている中、ニューヨークのとあるレストランで私達は初めて顔を合わせたのだ。

 

 勿論会って5分で大喧嘩だったがな。相性が悪い訳じゃ無いし嫌いでもないんだが、互いに折れて相手に合わせる性格じゃない上に、内容がガッツリ互いの譲れない部分にぶつかるからさ。

 

 私はレオパルドンを出したい。スタン爺さんは出したくない。というかデザインの秀逸さは認めるから別作品として仕上げ直して欲しい。勿論それを認められない私はそれを拒否し、スパイダーマン本編にロボットを、という構想を否定するスタン爺さんとモロに主張がぶつかり合う。そして私達は毎回出会うたびに取っ組み合いになるんだよね。毎回私が勝つけどさ。ふんすふんす。

 

「老人に腕力で勝って偉ぶるな。銀さんに報告しておくからな」

「ごめんなさい!」

 

 こんなんバレたら説教確定じゃねーか! 銀さんの説教は、こう。ヤバいんだよ本当に怖いから。次の瞬間に切り捨てられてそうな位凄い圧力があるんだ。初めてやらかした時に二度と怒らせないって心に誓ったからね。

 やっぱ本職の人は凄いわ。チートで身体能力が勝ってても全然勝てる気しない。あ、爺笑うんじゃない!

 

『いや、失礼。僕もつい年甲斐も無くムキになってしまった。何故かこの小娘相手だとあんまり年の差を感じないんだよなぁ』

 

 顔は笑っているが目はマジ。こんな事を会話に混ぜ込んで言ってくるからこの爺さん相手だと私もつい気を入れてしまうんだよね。ただ、本気で意見をぶつけ合って取っ組み合いになった相手ともまたこうして膝突き合わせて真剣に話し合える人でもあるから、その才能と相まってクリエイターとしては破格の人だと思う。

 ただノリで生きてる所のある人だから、マジで50万ドル用意したら勢いでうんって言わないかな、と思ってたのは内緒だ。

 

『では改めて。本日はお越しいただきありがとうございました。マーブルエキサイトコミック、発行責任者(社長)のジェームズ・ポンドと申します』

『ボンドじゃないんですね』

『ハハハ。同じイギリス生まれだからよく言われるけど、残念な事に彼ほど色男じゃないな』

 

 温和な顔立ちの紳士風な男性だ。この爺さんに無茶ぶりされていつも困ってるんだろうな、可愛そうに。よし、おばちゃんが一肌脱いでやるか。

 ねぇねぇ良い商品がありますよシャチョさん。レオパルドンって言うんですがどうですかね、このフォルム。男の子の夢と希望が詰まっていると思いませんか? そう。まさに貴社のコミックにふさわしい出立ですよね。わかりますよ、私にはわかります。貴方は今心が動いている。出してしまっても良いんじゃないかな、と思っているんでしょう?

 

『アタッシュケースをチラつかせるのを止めろ。むなしくないのか』

『私は、レオパルドンにスパイダーマンを乗せるためなら何だってやってみせる。そう、何でもだ!』

『その情熱は素直に尊敬するがね』

 

 苦笑するスタン爺さんに頬を膨らませて答える。遊び心もロマンも分かってくれるのにこの爺さんは本当にツレない。

 

 さて、今回私が何をしているのかというと平たく言えば趣味と実益を兼ねたビジネスだ。前回の持込失敗を機に私はコミック業界に対してある程度の調査を行い、この分野に対する考えを改めた。

 

 音楽の時は壊滅しているロックを軸に名曲とチート歌唱力を武器に戦った。これは音楽業界がある程度爆発する素養を既に秘めていた、未発展の部分を多く抱えていたから出来た事だと私は思っている。

 私という起爆剤が必要な湿り具合だったが、一度火が付けばたちどころに連鎖爆発だ。現に今がそうなのだから。

 

 さて、ではコミック業界についてだ。この業界で仮に同じ事を行ったとしてどうなるか。

 

『まぁ間違いなく一過性のトレンドで終わるだろうね』

『ですよねー』

『君のアイデアと作品は確かに目新しいし魅力的だ。そのままウチの会社で扱っても恐らく4、5年は食えるレベルで採算が取れるだろうが、そのまま流れをつかめ無ければ落ち込む事になるだろう。今のウチみたいにね』

 

 断言するようなスタン氏の言葉に私は頷いた。この世界においても全米の2大コミックス扱いされている彼らだが、その現状はもう1社であるDMComicsの圧倒的な勢いに押されている状況だ。いや、DMComicsというよりは同業他社に、と言った方が良いのか。

 勿論彼等だって黙って押されっぱなしというわけじゃない。この年代にも勿論名作は生まれている。それらを作って世に出してヒット作になれば当然収益が上がるし、その収益で会社は潤うだろう。だが、作品を作ったとしても必ずヒットするとは限らないのが世の常だ。仮にヒットしても流れを掴み損ねればあっという間に売り上げは鈍るし、流行している間は潤っていてもそれはずっと続くわけではない。

 

 これは音楽業界でもそうだが、音楽業界とコミックの制作陣では採算がとれる度合いがまた違ってくるのだ。どうしても販売での収益がメインになる出版社と違って、音楽業界は売れている間はTV等のメディアへの露出やライブ等での収益もあるからな。アーティストにも金が回ってくる機会が多いんだが、コミックの作家たちとなるとこれが難しい。一作作るのにも結構な時間がかかる上に、苦労して作品を作ってもそれで手元に入ってくる金が僅かばかりというアーティストも少なくはない。作った作品に対する報酬しか彼等は受け取ることが出来ないのだ。

 

 アーティストだって人間だ。ヒット作を生み出したのに自身に入ってくるお金が少ないと思えば当然会社にたいして不満を漏らす。だが会社側は少しでも利益を確保しなければいけないと報酬を渋る。マーブルエキサイトコミックスが現状のように困窮してしまっているのは、こんな状況を続けてしまった結果引き起こしてしまったDMComicsや独立他社への人材流入が原因であり、70年代後半から80年代にかけて有力ライター達を次々に失った彼等は、今更ながらに自分たちが大きな失敗をしてしまった事に気付いた。そしてそこから学ぼうとし、軌道修正を行おうとして……力尽きようとしている。

 

『で、にっちもさっちも行かない時に君と出会った。何とかならないかな?』

『真っ直ぐ聞いてくるねぇ』

 

 頬杖をついてため息をつくスタン爺さんにこちらも頬杖を突きながら答える。その率直さは嫌いじゃないが、うん。やっぱりこの状況じゃ私が単独で何とかするというのは不可能だな。予想通り一時的に金をぶち込んでも急場しのぎにしかならんし、ライターやアーティストとして参加しても焼け石に水にしかならん。何よりもそんな時間は私にはない。歌手としての本業もあるし、何より個人的な理由で私はコミックにだけ注力するわけにもいかないからだ。

 

 だが、それはそれとしてこの状況は私にとっても非常に大きなチャンスでもある。アメコミ界隈は確認する限り前世の年代通りに近い……勿論多少、他の分野に足を引っ張られて進んでいない物もあるが……発展を遂げている。これはつまり、大きなテコ入れをしてしまえば他の分野を牽引する事の出来る存在になるのではないか、という事だ。勿論、文化的な意味で。

 できうる限り影響力を残したまま、できうる限り手を入れずに発展を遂げさせる。これに成功すれば、時間的な意味で巻き返しを図れる可能性があるのだ。

 

 そして、その為の鬼札を私は今手元に持っている。

 

『ねぇ、ジェームズさん、スタン爺さん』

『うん? もしや本当に何ぞ手があるのか?』

『何でもいい、藁にもすがる思いなんだ』

『オッケー。なら巻き込んだげる。パパ、お願い』

『……少し待て』

 

 二人の返事に私は引きつらせるように口角を上げて笑顔を浮かべ、パッパに声をかける。私の言葉に苦い顔をしたパッパは自身が持つ鞄から書類の束を取り出し、パッと紙の内容を確認してから二人の前にそれを置いた。この計画についてパッパは反対の立場だからな。苦い顔をするのもしょうがない。

 『ダズミースタジオ買収計画』と銘打たれたその書類に驚愕の表情を浮かべる二人を見ながら、私は笑顔を浮かべたまま右手を差し出して声をかける。

 

『さぁ、ここから先はこの右手を取ってからのお話だ。はいかイエスで答えて欲しい物だね?』

 




ここに50円があるってやりたかったけど流石にアタッシュケースに50円入れて持ってきても殴り合いにしかならないので断念。元ネタは嘘喰いのマルコです。

ちょっとコメディ調を意識しましたがトムとジェリーっぽくならなかった。無念です。

ちなみにレオパルドンに拘ってる主な理由は戦隊ロボが出せないからです。レオパルドンで色々な失敗とノウハウの蓄積があったとタクミは覚えていたのですが、細かい部分を覚えて無かったので。作った後に色々検証しようと考えてたんですが、その前で詰まったのでどうするかって所ですね。
勿論カッコいいから好きって感情もあります()



クソ女神様のやらかしてなかった日記

クソ女神
「片腕を失うほどに頑張って戦ったのにその後も不幸続きなんてかわいそう! 生活を安定しさせてあげないと!」

「この人、安定したらわき目もふらずに紙芝居ばっかり書いてる……」

タクミ
「残当」


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このTVアニメのない世界で

前回の大まかなあらすじ

スタン爺さん
「ほ、本当にレオパルドンを出せばこの50万ドルを好きにして良いのか?」

タクミ
「ああ、約束するよ。レオパルドンを出してくれればのギブ アンド テイクだ。出せよ……早く出せ!」

スタン爺さん
「だが断る」


誤字修正。MAXIM様、シュルツ様、kuzuchi様、karakuri7531様ありがとうございます!


追記
前回の被害者になる予定だった人:水木しげる。紙芝居が儲からないからアパート経営でもするか、という時にどのアパートが良いか入れ知恵を貰い、生活が安定。余暇を全て紙芝居作成に費やし始めた為女神の思惑にまるで乗らなかった。


「仲が悪いのかって? いいや? ただ、いつも会う度に喧嘩しているよ。勿論私の方が勝つがね」

「そう、喧嘩さ。作品を語る時は互いに前のめりになっていって、こんな風に途中から胸倉を掴み合うんだ。君のイメージと違うかい? でもこれが僕の持つタクミという小娘のイメージさ」

「あいつは溢れる才能を持っているのに、短気で馬鹿で自分を過大評価している節があるせいでそれらを全て溝に突っ込んでる。そしてそれをまるで気にも留めていない」

「まるで君から見た私のようだろう? だから嫌いになれないんだ」

 

スタン・M・リード 日本製スパイダーマン、米国逆上陸に対するインタビュー

 

 

 

「よっと」

 

 バーベルを頭の上で掲げながら私は前に設置したTVから流れる映像を見る。TVアニメ『Xメン』の記念すべき第一話である。制作は元ダズミー・スタジオ、現在はエキサイトアニメーションって単純な名前になっている。まぁこれについては分かりやすくイメージしやすいものならって事で話していたらマーブルエキサイトから名前をもってきたらしい。

 

 うん。まぁ、ダズミースタジオ、割とあっさり買収しました。過去作の権利系統は抜きで完全に制作設備やらだけをね。制作スタッフとは個別に契約を交わしてそのまま全員雇用の方向でいったんだけどさ。

 

 企業買収なんて前世でもやった事なかったから身構えてたんだけど、ビックリする位お金かからなかったよ。完全に整理対象になってたらしいし、スタッフも薄給当たり前でさ。

 私が提示したジャブ位のお給金でスタッフのまとめ役の人が泣いて喜んでて、思わずそこから2割増位にしちゃった。だって最初のお給金、パッパの会社の新卒の給料に色付けた位だったんだよ?

 

 完全にオワコンみたいな扱いで、ダズミーの初代が亡くなってからは会社内でも穀潰しとか税金対策みたいな扱いだったらしいから、初めて会社に訪問した時は上へ下への大騒ぎで必死に私の心象を良くしようとしてきたんだよね。

 50近いおじさん達が私みたいなちんちくりんにへーコラして来るんだ。流石に居心地悪くなったけど、向こうの必死さが伝わってきて無碍にするのも悪かったしさ。誠意が伝わったから、ってその場は普通にしてもらって後日契約の話を持っていったら、さっきの話になったんだ。精神的には同年代だからつい感情移入しちゃったよ。ぐすん。

 

 こんな状況の彼等、元ダズミーのアニメーター達だけど、実を言うと彼等はこれでもまだ大分マシな人たちだ。何せ給料があるんだから。60年代以降、TVの発展と共にこれまでアニメの主流だったアニメ映画は陰りを見せ、殆どの制作会社は窮地に陥った。TVで流すアニメーションを作る為の制作費が捻出できないからだ。

 

 TVで毎週1回、30分放送ってさ。鉄腕アトムから出来た流れなんだけど、あれ出来たの完全に手塚治虫大先生の才覚によるもの何だよね。普通は毎週あの値段と時間で作れないから。止め絵とかの手法を使って安く早く作れるように神様レベルの人が知恵を振り絞った結果があれだからさ。

 

 アメリカの場合は、トムとジェリー作ってた人達がリミテッドアニメーションの手法を使って行う筈だったんだけどね。彼等、50年代でアニメーターを引退してたんだよね。なんでかなぁ(震え声)

 

「ファッキンゴッド!」

「お、おい。急にどうした」

「ごめん、つい心の本音が漏れ出した」

 

 ぜってぇあいつの仕業だよなぁ、顔も覚えてないけどそんな気がする。あ、変な事を口走ってるのは割とストレス溜まってるからだヨ。裸になって体中にゴテゴテと検査器具を貼り付けてるせいで指定された動きしか出来ないからさ。つい体の変わりに口が動いちゃうんだ。

 

『タ、タクミ。次は、200kgだ。本当に大丈夫なのか?』

『あ、ごめんごめん。大丈夫だよ先生。じゃあ始めよっか』

 

 さて、話を戻すとマーブルエキサイトとエキサイトアニメーションの二社は現在、私が出資した会社の系列グループとして統合。大本の会社の名前は私の名前とこの世界だと誕生しそうにないとあるアニメ会社から持ってきて『タック・ミー』にしようと思ってたんだが、諸事情あって安直にエキサイトプロダクションって名前に決まった。というのも。

 

「なぁ、匠。やっぱり961プロダクショ」

「駄目です。名前以外でって言ったでしょ?」

 

 パッパの言葉を遮って答えるとパッパがガクリと項垂れた。そう、私が自分の会社を立ち上げると伝えたら、この男が何か急にアップし始めてきたのだ。この人も割と目立ちたがりだからな。スタン爺さんと気が合うみたいだし、私が映画作ったら出たがりそうな気がする。

 

 このエキサイトプロダクションは、平たく言えば私が出資した私の持つ権利一切を管理するための企業だ。プロダクションって名前だけどそれ以外の仕事は基本ない。従業員数は私を含めて4名。基本的な事務作業や権利関係については弁護士さんや外部の事務専門の企業に丸投げしているので、この3名は事務所の維持と電話番みたいなものだ。

 

 後は、一応私とパッパの緊急時の護衛さんでもある。警備会社は別口で雇っているよ? でももっと身近な部分で守ってくれる人が必要なんだよね。特にパッパはね。

 

『オッケーだ、タクミ。今日の分はこれで終了だよ』

『はーい』

『服を着たら私の部屋に来てくれ。君の意見も聞きたい』

『りょうかい』

 

 ハー、疲れた。パッパに手伝って貰いながら全身の器材を外し、両手をグルグルと回して固まった筋肉をほぐす。籠に入れた服を身に着ける。実はこれ、防刃効果がある洋服だ。

 

 正直、この世界のアメリカの治安の悪さはヤバいの一言だ。ちょっと口論してた奴らが3言目に銃を取り出した時は思わず手に持っていたコーラを投げつけて止めたからな。あいつら激高してたけど相手が私だと気づいた瞬間に服についたコーラを舐め始めて凄く気持ち悪かった。本当に気持ち悪かった(大事なことなのでry

 

 流石にこれを放置するのはヤバいと思ったので、TVとかに出る時に「お前らキレたからって銃持ち出し過ぎ。男なら拳で語れよ」って言ったんだけど。それが原因かいきなりボクシングの人気が一気に上がってちょっとビックリした。

 

 まぁその発言のボクシングの方でなんかマイキー・バイソンって「…いや、微妙に違う?」的な名前のスター選手が爆誕したのもあると思うけどね。タイトルマッチの時に曲を使わせてくれって言われたからOK出したら、なんか試合会場で歌う事になったらしくて今調整中だ。

 

 後、この銃を簡単に使うな発言が琴線に触れたのかスティービー・ワンダーかディラン? っぽい大御所さんにめっちゃ褒められて、「今度一緒に仕事しようぜ」って言われたので曖昧な返事を返してたらいきなりマイコー達に拉致られた。

 

 流石に身近な相手に手荒な真似をする事もできず大人しくニールさんに抱えられて行った先は大御所から全米16傑から大勢の歌手が集まったスタジオで、その場で歌詞を渡されてボトムズ+大御所演奏による『We Are The World』の合唱である。マイコーから引き継いでのオオトリだぜ、歌う直前まで震えてたわ。

 

 直前まで何も知らされて無かった旨を伝えると、全て計画的なものだった。このチャリティー企画は割と早い段階で出来てたんだが、スポンサーになったTV側が「これ黙っていきなり行えば面白いんじゃないか?」とか言い出して私はこの世界初のドッキリ番組の餌食になった訳だ。

 

 その番組の最後に「恵まれない子供達への募金の呼び掛け」を行ったら相当な額が貯まったらしいから怒るに怒れん。番組中に撮影の様子から通しの歌声まで映像付で流したら大反響だったらしく、このエピソードも含めての宣伝効果でこのチャリティーレコードは世界中でめちゃめちゃ売れたからね。

 

『さ、タクミ。これが君の協力で得られた数値だ』

『おお。改めて見ると凄いね。人間じゃないわ』

『いいや、人間の範疇だよ。全ての数値がその道のトップアスリート並みになっているがね。勿論君の年齢に限定すれば史上初の測定値だ』

 

 教授の言葉にそれ、つまり成長したら人類レベルを大きく超えるって事かなと思ったが何も言わずに口をつぐんだ。聞かない方が良い事も多いだろう。

 教授はその後も先程行われた身体検査の感想と体の動きについてを確認してきたので、実際に動いた際に何処の筋肉がどの位動いているのかを伝えるとビックリしたような表情を見せる。

 

 何せ生まれてすぐから意識があったからさ。何処の筋肉をどの位動かしたらどれ位動けるのかは把握しとるのよ。何も出来ない赤ん坊の頃は娯楽としてだったけど、ある程度大きくなってからはいつでも親元から逃げ出せるように準備してたらいつの間にか癖になってたんだ。

 

 みたいな事を言ったら教授が急に涙を流しながら抱き締めてきた。小声で神様への祈りとか色々言ってるけど間違ってもあのファッキンゴッドには祈らないようにしてくださいね? 流石にあれは四文字の方とは別だと思うけどね。一応念の為。

 

 

 

『取り乱してしまって済まない。つい、その。孫娘の姿が君に重なって』

『気にしてませんから大丈夫です』

 

 暫くしてから落ち着いたらしい教授に頭を下げられた。研究者の割に随分人情味のある人だなぁ。私としては助かるがね。

 後、黒井パッパは私を引き取ってくれた方なんでそんな睨まんで上げてください。はい、逃げ出したのは別の相手ですから。所で結果はどうでした?

 

『ああ。ミオスタチン関連筋肉肥大ではなかったよ。だが、信じられない程の密度と効率的な動きをする筋肉だ』

『あ、良かった。流石にムキムキマッチョになるのは嫌だったから』

『ハハハ。君が男ならきっと残念がるだろうな。是非これからも協力して欲しい』

 

 教授から握手を求められたのでそれに応じる。勿論力は大分セーブしてね。この人はとある大学で人体について研究してるって人だ。うん、何をしているのかって?

 

 いや、私の体ってさ。言わばあのクソ神様からの貰い物だからね。大学に用事があったからそのついでに検査して貰ったんだ。私の身長、130位なんだけど体重は50超えてるんだよね。明らかに重すぎるから何か変な病気かなと思ったら超密度が凄いねで終わったというさ。肩透かしというか何というか。

 

『入学したらまた顔を見せてくれ、君ならいつでも歓迎するよ。学科は何処になるんだい?』

『コンピューターについて学ぼうと思ってます』

『成程、目の付け所が良い。あの分野はこれから大きく発展するはずだ』

 

 まぁその前に一度日本に帰らなきゃいかんのだがな。ビザが切れそうだし。流石にこんだけ成果出してれば米国政府も芸術家用のビザで入国させてくれるだろう。

 あ、そうそう。

 

『ではまた来年。我が校始まって以来の最年少入学おめでとう、タクミ』

 

 私、大学生になります。




企業買収終わりました(ダイジェスト風)
史実でもこの時期は不振らしいので、それ以上にアニメ関連が不遇なこの世界では、という奴ですね。
この世界の夢の国はテーマパークとTVとの融合を柱に発展していきます(90年代の名作達はつまり)



クソ女神様のやらかし日記

クソ女神
「母国の為に沢山映画を作ったのに戦争犯罪者扱いなんて可愛そう。あ、発明家としても評価されてるんだ! 支援して豊かにしてあげないと!」

「ゴジラとキングコングの映画がない……?」


タクミ
「(声にならない悲鳴)」


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この倫理のない世界で

前回のおおまかなあらすじ

タクミは超人血清を打たれていたことが判明。


嘘です。

結構ディープな話になるんですが、昭和の話だったらこの辺りは触れとかんと不味いだろうなと思ったのでハッチャケました。


誤字修正。五武蓮様、kuzuchi様ありがとうございました。


追記
前回の被害者:円谷英二。戦争犯罪者として特撮の現場から遠ざけられた時に、本来なら売れなかった筈の発明品が大当たりしそれを元手に起業。特撮の現場から遠ざけられる。


「身長128cm、体重58kg。この数字だけを聞いた時、君はどう思う?」

「凄まじい肥満体だと思ったなら正常だ。とんでもない筋肉だと思ったならまだ常識の範囲だ」

「そのどちらでもない物を見た時に私が思ったことはただ一つ」

「この娘の体には神が宿っている、だったよ」

 

~とある大学教授の講義にて~

 

 

 

『なんと! これから世界戦を戦うマイキーが会場に……あれはタクミ、あれはタクミです! タクミ・クロイを肩車しながらマイキーがリングに向かって行きます!』

 

 試合前の世界ヘビー級王座挑戦者に肩車される10歳児が居るらしい。私です。

 いや、言いたい事は分かる。分かるよ。これからリングで戦う予定のマイキーからはすっごい雄臭い匂いがプンプンしててヤバげふんげふん。つい40女の頃のノリが出ちまったぜ。

 うん? 勿論こんな入場の仕方予定してるわけがないじゃないか。これから試合させる選手疲れさせてどうするんだよ。

 

 今回の世界戦では私はマイキーの依頼を受けて応援として前座を務める事になっていた。のだが、まぁ勿論王者側から(向こうから)待ったが掛った。私の影響力を考えるに明らかに会場のムードがマイキー応援に変わっちゃうしね。

 

 という訳で本来、私はマイキーに手を引かれて会場入りし、そしてリングの上で王者を迎えて彼に抱擁の一つでもやって健闘を祈り、一曲歌ってリングから降りるという「ボクシ……プロレス?」的な流れを行う予定だったのだ。勿論カメラは全周囲に設置し、世界中がこの一戦を見守っている。というか見守らせる。

 

 いくら銃社会とは言え引き金が軽すぎるこの世界のアメリカ社会に対して、私なりに考えた一つのアプローチなんだ。己の肉体を武器とする人間が絶大な人気を持てば、喧嘩に銃を持ちだすのはチキン野郎的なノリにならないかな、というさ。ノリが軽い? それ位のノリでやらないと絶対に浸透しないんだよ。肩がぶつかったからって銃で撃ち合いを始める国だぜここは。ロアナプラも真っ青だ。

 

 まぁその必死こいて考えた流れは全部この男がぶっ壊したけどね。当初の予定通りにこの男が待つ控室に行った私を、彼は「ようタクミ、今日は頼むぜ!」とにこやかに抱擁した後に何故か小脇に担いで、驚く周囲を他所にそのまま会場へと向かって歩き始めやがったのだ。

 流石に会場入りする際に「これで歌えるわけねぇだろ」と伝えたらスタッフの人も不味いと思ったんだろうね。マイクを渡されて肩車に切り替わった。この男は乙女の純情を何だと思っているのか。

 

 今日の衣装は観戦も含める予定だったからジーンズに革製のジャケットという完全ロックスタイルだったから良かったものの、これスカートだったらどうする気だったんだこいつは?

 ちょっとこのまま転蓮華してやろうか悩むわ。というか試合前の選手でなければした。一回位なら誤動作で済むかもしれんしね。

 

 まぁ、マイキーへの報復はまた今度にして、今は前座の仕事に切り替えだ。実は前座って初めてなんだよね。ライブでは基本トリだし、先に出てくる時は大体他のアーティストとのコラボ的な曲だし。というか普通のライブ以外で歌うってのが初めてなんだよね。ほら、レコードと全米横断ウルトラライブで忙しかったからさ。

 

『ハロー!』

『『『ハロータクミィ!』』』

 

 マイキーの肩の上でマイクを使って語り掛けるとぶわっと周囲から挨拶が飛んでくる。初めてきた場所では毎回これやるんだが、今回も反応は良好だ。お、何名か急いで肩に赤い布を巻きつけてやがる。でも惜しい、右肩なんだよねそれ。でも嬉しいぜ。ファンサービスは歌手の大事な務めだからな。

 ビシッと指さしてやると会場内がそちらに目線を向けて、ぶわっと盛り上がる。勿論その後に自分の右肩に指を戻して笑いを取るのは忘れない。こういう細かいパフォーマンスが場の空気を盛り上げるんだ。

 何せこの会場はこれから男と男が魂をぶつけ合う会場だ、きっちり場を盛り上げて試合の時に最高潮へと持っていく。これが前座の心意気ってもんだろう。

 

 リングの上に立つと、チャンピオンのトレバーさんが登場BGMを……流さずに走り込んできた。おお、めっちゃ怒ってる。けど周囲はこれもパフォーマンスと思ってるみたいですっごい歓声が上がる。それにチャンピオンが「えっ?」みたいな顔で周囲を見ながら勢いよくリングに飛び込んできたので、ひょいっとマイキーの肩から飛び降りてトレバーさんに向かって両手を広げて抱き着く。

 

『トレバーおじさん! 頑張ってね!』

『お、おお。も、もちろんだ!』

『悪いのは全部マイキーだから』

『そりゃねぇぜタクミ』

 

 面食らったチャンピオンの表情にとりあえず責任問題は回避したと判断し、ついでにマイキーへの責任擦り付けも行う。というかお前のせいだろうが! 段取り考えろやゴルアァ! とばかりに睨みを利かせるとマイキーが明後日の方向を向いた。あんたみたいな大男がしても可愛くないんだよ。

 

【会場の皆さま、お待たせしました。これよりタクミ・クロイ嬢による両選手への応援メッセージソングをお聞きください】

 

 そのアナウンスが流れた瞬間に、会場内に居た観客達が総立ちで拍手を始めた。事前通知無しだからブーイングの嵐が来る可能性もあったんだが、どうやら最初の段階は問題なく突破したらしい。さて、後は場を白けさせないように適度に盛り上げるだけだ……今日、虎の目を失わずに戦い抜くのはどちらになるかな?

 実に楽しみだ。

 

 

 

『日本に帰る?』

『うん。ビザが切れそうだし、それに向こうでのライブもあるからね』

『……その間の打ち合わせは?』

『……てへぺろ』

 

 スタン爺さんとX-MENのプロデュースについて語り合って居た時。互いの胸倉を掴み合いながら話し合っていると唐突にパッパが『所でスタン老には伝えているのか?』と尋ねて来たので、そう言えば言ってなかったなぁと20年ほど早くてへぺろを披露するも通じなかったようだ。

 いや、待って。話を聞いてくれ。正直1月しか戻らないんだからそれほど穴も開かないし調整も可能なんだよ。今話し合ってるこれもようはそっちの分の事前調整みたいなものだしさ。何かヒートアップして一番カッコいいヒーローについて語り合ってたけど!

 

 爺と一緒にめっさ怒られました。やっぱり駄目だったね、パッパも割と真面目な人だからさ。

 先日のマイキーの世界タイトル奪取戦以来何かと日本とのやり取りでストレス溜まってたのもあるみたいだし、もうちょい労ってやらないといかんかな。向こうも向こうで結構問題があるみたいだし、高木さんと二人で胃を痛めてるって言ってたし。

 しょうがない、ここはスーパースター・タクミさんの財布力(さいふちから)を見せてやる時が来たようだ。ザギンでシースーでも頼むべ。ボトムズメンバー皆で銀ブラでもやるか。日本食のレストランは結構あるんだけど、やっぱりさ。寿司は日本で食べたいんだよね。ふんすふんす!

 

 

 なんて言っていたのが悪かったのだろうか。

 

「黒井タクミ、脱税の容疑で逮捕する!」

「は?」

 

 思わず、といった様子で呆けた声を出したパッパの腕を取り、捜査令状らしき物を手に持った私服の警察官はパッパの腕に銀色に光る手錠をハメた。

 

「……はぁ?」

 

 今度の呆けた声の主は私だ。東京国際空港のターミナルには私の帰国を待っていたらしいファン達が詰め掛けきており、この周囲の人口密度だけが異常に上がっている。しかし、先程まで五月蠅いとわめきたい程に騒がしかったターミナルのフロアーはこの一連の流れを受けて一気に静まり返り、時折困惑したような声が漏れ聞こえてくる。

 

「〇時〇分黒井タクミ容疑者確保。直ちに移送を開始します」

『はああぁぁぁ!?』

 

 これは周囲に居たファンや報道陣に私とパッパ、そして私達と一緒についてきたスタッフの中でも日本語の出来る人達の声だ。ボトムズの他のメンバーはこのいきなり始まった三文芝居に困惑を隠せず、近くに居た通訳代わりにスタッフに事情を問いただそうとしているが彼も混乱している様子だった。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

 そのまま連れていかれそうになるパッパの裾を掴むと、警察官だろう私服の一人が気の毒そうな顔で私を見て、腰を落として私と目線を合わせた。

 

「ごめんな、お嬢さん。お嬢さんのお父さんはとっても悪い事をしてしまったんだ。これからおじさん達とお父さんで話し合いをしないといけないから、お家で家族の人と待っていてくれないか?」

「……パッパ悪い事したの?」

「してない! 私は会社からの給与以外は一切受け取ってないし税の支払いは全て会社経由で行っている!」

 

 うん、知ってるけど念の為って奴だよ。金のトラブルで身を持ち崩した奴なんて腐るほど居るんだからさ。実はどっかに愛人がいてそちらの生活費に幾らか抜いてる位はあるかもと思ってたけどこの様子なら本当にないのか。しかし黒井タクミぃ? 私はアメリカで自分の会社経由で税金を払ってる筈なんだがな。外国税額控除が上手くいっていなかったのか?

 一先ずこのままだと流石にパッパが哀れすぎるので両手首を合わせて親切そうな警官の前に突き出すと、怪訝そうな目で私を見る警官に向かってにっこりと私は微笑んだ。

 

「黒井タクミ10歳です。お縄をどうぞ」

「……はい?」

 

 目を丸くするその警官と私の様子を、近場で固唾を飲んで事のあらましを見ていた国外の派遣報道員らしきオジサンがパシャリとシャッターを切った。それを皮切りに周囲が瞬く間にフラッシュの嵐に包まれていく。固まってしまった警官から手錠を奪って自分の手に嵌めながら、明日は号外かねぇと私は暢気にカメラに目線を向けて笑顔を振りまいた。

 

 本当に日本の警察はかつ丼を出すのか。その謎が解き明かされる時がついにやってきたのだ。実費だったはずだけどちょっと楽しみである。

 

 

 

「いや~、日本の検察は強敵でしたね」

「強敵もクソもあるか! 高木の奴も一杯食わされやがって!」

 

 一杯と言えばかつ丼美味しかったです。検察の人(警官だと思ったら微妙に違ったみたい)の分もお大尽して頼んだんだけど流石は都心。高い分美味い。

 とはいえこれは高木さん悪くは無いんじゃないかな? 検察の車でタクシー代わりに送ってもらいながらパッパは散々っぱら会社と検察と高木さんに文句を言い続けている。運転手の若い職員さんも涙目である。

 あ、結果から言うと誤認逮捕でした。というか誤認っていうよりはもっとでっかい問題だったんだよね。すっごい簡単に言うと私は貰ってない報酬の分で追加徴税を食らって、その分の脱税としてパクられたみたい。意味が分からないよね?

 

 大まかに纏めると、私は基本的に音楽関係はパッパと契約して行っているんだ。私が作った音楽を契約元であるパッパのいる会社が制作・販売を委託するって方式だね。実は日本に居た当時から私は一個人事業主だったんだよ。

 で。当然パッパの会社は制作したレコードの利益分から私への報酬を用意して支払わなければならないんだけどさ。日本で販売している分が2割位払われてなかったんだよね。2割とは言え私の売り上げから考えれば普通に億の単位らしい。

 

 何か支払いの途中で中抜きが行われていたらしくて、私のレコード販売からこっち、予想される販売枚数とそこから上がってくる数字が少しずつ、確実に大きくずれてきていたらしいんだけど、その事に気付いた高木さん……日本でパッパの代理人として動いてくれていた人が、完全な部署外であるにも関わらず経理関係を内偵してくれていたのだ。

 そして、この1年の間の日本販売分が中抜きされているって事が発覚した。

 

 当然パッパはこの事に激怒。何せ私との契約はパッパが主導して、というか結構無理言ってパッパと契約していることになってるから、その報酬が貰えないって事はつまりパッパも責任を負わされる立場になるわけだ。

 

 ここまでが帰国1月前の段階ね。当然この間にもパッパと高木さんが動いて中抜きされた資金の行方と責任の所在について会社側とあーだこーだしていたんだけどさ。

 

「だからって10歳児に全責任をおっ被せようとするのは会社としてどうかと思うんだけどね」

「……一連の騒動の責任を取らせた後に俺は辞表を提出する。あの会社とはもう縁切りだ」

「良いの? 将来の社長候補って呼び声高かったんでしょ?」

 

 目をつぶった後に低い声でパッパがそう言った。確認するように尋ねると、パッパは苦笑を浮かべて首を横に振る。あの会社はもう御仕舞だろうと。

 

「考えが古すぎる。お前への対応もそうだが、企業コンプライアンスという物をまるで理解していない……いつまでも戦後の気分のままで居続けているんだ。あいつらは」

 

 私への対応というのは、まあ。大体ご想像がつくと思うだろうが脱税容疑の件だね。中抜きをした分を「我々はちゃんと支払った。黒井タクミがその分を脱税しているのだ」ってふんぞり返ったわけだ。無理筋すぎだろと思ったけど、官憲側も何か通しちゃってるから多分そういう事なんだろう。

 後で聞いたら高木さんの調査した資料もヤのつく自由業の方に強奪されそうになったらしい。そちらは何故か銀さんが高木さんを助けたらしいんだけど、高木さんの声が震えてたらしいから相当怖い目にあったみたいだ。これ、多分だけどほとんどがそっち方面に流れたんだろうね。

 

 向こうも無理して確保しようとしただけはあり、高木さんが体を張って守り通してくれた資料は会社側(と自由業さんと無理押しした役人さん)には結構致命的なものだったみたい。お陰で私とパッパは割かしあっさりと嫌疑が晴れて釈放される事になった。

 私の持つ口座の残高履歴と実際に振り込まれる予定だった金額が明らかに違うんだから当たり前だよね。そもそもこっちの口座は私振り込まれっぱなしにしてるから触ってないし。税金もアメリカ側で稼いだ分で支払ってるからね?

 

「所でこの騒動でツアーライブなんて大丈夫なの?」

「やらなかったら今度は騒動どころか暴動になるぞ。お前の要望があった武道館の特設ステージは準備が終わっているし、1万枚のチケットがあっさり売り切れたそうだからな」

「そっか……うん。なら良いや」

 

 こちらでも武道館はミュージシャンの聖地になってくれそうだ。よすよす、と頷いて私は窓の外を見る。離れる前は何とも思わなかったが、この東京の街並みは前世を知る物からすれば少し寂しい。前世のこの時期は、もう少し街並みに活気があったように感じたんだがな。これは、ニューヨークを見て来たから思う事だろうか。あちらは日本ほど壊滅的に何もなかったわけではなかった。ニューヨークの街並みからは前世の空気を少し感じる事が出来たから、日本の街並みを比べてしまって寂しく思うしまうのかもしれないな。

 

 ……黄昏るのは止めよう。私の日本での滞在期間は1月の予定だ。いきなり出鼻をくじかれる事になったがこれは変わることは無い。まずはライブだ。ビートルズの来日の代わりになる位ド派手に日本人に本場のロックをぶちかましてやる。

 次に、日本国内でのコミック……漫画の販売と流通を担う会社を作らなければならない。と言っても今回はあくまでも土台を作る程度で、本番はアメリカの方でメディアミックス商法が成功してからの話になる。出来れば今回の滞在のうちに幾つかの出版社に渡りをつけたいところだ。

 

 アニメに関しては恐らくまだ時期尚早……というかX-MEN次第だろう。初放送から数か月たったが米国では動くストーリー漫画としてかなり人気を博してきている。今までのアニメは一発単体の話ばかりだからな。毎週何時にアニメを見る為に子供がTVを、という今の状況にまだ戸惑いがあるようだがすぐに馴染むだろう。グッズとコミック本体の販売も順調なようだし。

 後、何気にこのX-MEN、歌と声優がクソ豪華なんだよな。というかパッパの会社の支社に所属するアーティスト達に全部やってもらってるんだ。予算節約の為に超一流のアーティストを惜し気もなくアニメ声優にするクソ会社があるらしい。これは縁切りもやむ無しだね。

 

 ……皆を私のプロダクションに移籍させよう。米支社のメンツには希望を取って、転職の斡旋かウチへの転職を聞いて回ってみるか。何だかんだ彼らのお陰でこの1年、慌ただしい状況を乗り越えてこれたんだから。

 

「まぁ、差し当たってはこの場を切り抜けてからだね」

 

 窓の外。背後から近づいてくる黒塗りのセダンを見ながら私はパパの肩口を掴む。

 

「運転手さん。ブレーキかけて伏せて」

「えっ」

「ブレーキ!」

 

 全力で圧をかけて叫ぶと、飛び上がるようにして運転手さんがブレーキを踏む。サイドブレーキに手を伸ばして力任せにブレーキをかけ、そのまま運転手の肩を掴んで引き倒す。

 その直後に乾いた音が響いたかと思うと車の窓ガラスが割れて散乱し、私たちの頭に降り注ぐ。すれ違いざまに行うつもりだったのだろう。数発撃ち込まれた後に黒塗りのセダンは一瞬迷うように止まった後、慌てたようにアクセルをふかしてその場を立ち去って行った。ナンバーは覚えたんだが、多分偽造だろうなぁ。

 

「……た、匠?」

「ん。もう顔上げて大丈夫よ……運転手さんも災難ね。巻き込んでごめんよ」

「い、いえ……」

 

 魂が抜けた様な表情を浮かべる二人を急かして車から降ろす。私は兎も角パッパも運転手さんもガラス片で傷がついてるな。消毒しないと不味いかもしれん。とりあえず無線機があるらしいから警察を応援に呼んでもらうとして……周りの家々からこちらを覗き見るように人が出てくるのを眺めながら、私はため息をついた。

 

 脱税と中抜きが発覚して次は口封じ、もしくは脅しか……どうやらまだ日本は戦後から抜け出てないみたいだ。ハードな1ヶ月になりそうだなぁおい。




マイキー・バイソン:元ネタはストリートファイターのバイソン(の元ネタ)。

虎の目:Eye of the Tiger ロッキー3のメインテーマ。この世界にはロッキーが無かったらしい。なかったらしい。

外国税額控除:二重で税金を支払わずにすむよう設けられている制度。出来ない国もあるらしいが日米間は問題ない。

かつ丼:自費になるらしいですね。

昭和の芸能界:所属タレントへの給料がすごく低いイメージがありますがその通りなので問題ない(違) タクミの契約は当時の芸能界の常識では考えられない物だったりします。


あ、Twitterで更新報告始めました。




クソ女神さまのやらかされた日記

クソ女神
「奥さんを出稼ぎで働かせて自分は変な小説や手紙を送ってばかり……ちゃんと仕事をして奥さんを幸せにしないと!」

「ああ、窓に! 窓に!」

???
「物理的な干渉を封じる事が出来たのは幸いだった。無垢なる邪悪……とでも名付けるとしよう」


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この仁義なき世界で

とりあえずどこまでしていいか考えてました。
遅れてごめんなさい。

4.27 細かく修正してます。最後の人分かりづらそうだったので答え入れました。
感想返しが間に合わないので先に外務省の欄直しときます。教えてくれてありがとうございます、完全に日本の省庁で考えてしまってたw

誤字修正。北の大地よさん、五武蓮さん、山田治朗さん、仔犬さん、kuzuchi様ありがとうございます!


追記
前回の加害者:H.P.ラブクラフト。自身に迫りくる何かを探知し逆撃。現実への干渉手段を奪い去った。


「強い娘だと思う。俺は母から沢山の愛情を注いでもらったが、あの娘はそうじゃない」

「こんなに小さな頃からあの娘は一人で、しかも曲らずに生きてきたんだ。これは凄い事だよ」

「まぁ、今回は運悪くご同輩になっちまったが。日本の臭い飯は美味かったか、今度会ったら尋ねるんだ」

「ああ。勿論心配なんてしてないさ。きっとすぐに戻ってくるよ。『ハーイ、マイキー』ってね」

 

~クロイ・タクミ銃撃事件についてのインタビューにて マイキー・バイソン~

 

 

 

ボトムズ親衛隊(レッドショルダー)とある隊員の視点

 

 タクミが飛行機の中へ入っていく。最後の瞬間まであの子は俺達に手を振ってくれた。

 ガラス張りの空港ロビーからあの子が乗った飛行機を見送りながら、右肩を赤く塗った連中が歓声を上げる。ここに居る人間はタクミのファンクラブでも最も行動的なメンバーで、あの子の書いた挿絵から取って『ボトムズ親衛隊(レッドショルダー)』と呼ばれている者たちだ。

 

 最高に最低な連中で、この見送りの為だけに仕事をサボって3日かけてNYに来たという奴も居た。恐らく地元に戻れば首だろうと嘆いている奴に周りの人間が「しょうがないさ」と声をかける。もし首になっていたらウチに来いよと声をかける奴も居る。ボトムズ親衛隊(レッドショルダー)に差は存在しない。等しく皆最低だ。

 

 長旅をしてきた連中には宿を取れなかった奴も居る。そんな奴にはロサンゼルスに住んでいる赤肩の仲間が自宅を開放して、タクミの見送りに相応しい恰好に整えさせたらしい。俺はちゃんと休暇を取り、ホテルも予約してあったからそちらには合流しなかったが、合流した後に連中は夜中までボトムズの歌を流して盛り上がっていたらしい。それを聞いた時は正直に羨ましいと思った。

 

 勿論見送りに体調不良で顔色を悪くしてタクミに心配をさせるような馬鹿は居なかった。そんな奴はボトムズ親衛隊(レッドショルダー)には参加出来ないからな。ボトムズ親衛隊(レッドショルダー)には健康的な体力とタクミとボトムズメンバーに対する忠誠心がまず求められる。

 

 当然この場に居る500名は全員がボトムズ親衛隊(レッドショルダー)であり、各州支部から抽選で選ばれた見送り要員になる。全国数万人の中から選ばれた500名だ。生涯自慢できるだろう。

 

「よぉ、ジョン。見たか」

 

 ボトムズ親衛隊(レッドショルダー)同期入隊者のケヴィンが涙を流しながら声をかけてきた。何を見たか、なんて聞くまでもない。俺達のタクミをちゃんと見れたかの確認だ。勿論だと返すと彼は俺に抱き着いてきた。俺もまた彼を抱き返す。1年前なら男に抱きしめられればその瞬間銃を引き抜いただろう。だが、ボトムズ親衛隊(レッドショルダー)で銃を持っている奴は居ない。何故ならば銃を持っている奴は己の拳に自信を持てない臆病者だからだ。

 

 そして、涙する同胞に向ける物は拳ではない。抱擁と、友情だ。

 

 

 最高の気持ちで俺達は空港を後にし、近くの小さなステージが設置された公園に集まった。楽器を持ってきていた赤肩の仲間が下手くそな演奏でボトムズの名曲を流し始めると、俺達は酒も入っていないのに大きな声で歌った。隣に座る名前も知らないボトムズ親衛隊(レッドショルダー)の仲間は、今日この日から兄弟になった。ボトムズ親衛隊(レッドショルダー)は最高だ。ライブの度に俺達は兄弟が増えていく。そして、そんな俺達の可愛い妹で……娘でもあるタクミは、最高に最高だ。

 

 幸せな気分で俺達はそのまま夜を明かし……騒ぎを聞きつけた近隣の住民たちを巻き込んで一夜のバカ騒ぎを終えた俺達の元に、顔面を蒼白にしたボトムズ親衛隊(レッドショルダー)の仲間が駆け込んできた時、その幸せは終わりを告げた。

 

 『タクミ 重体』と書かれたその文面を見た時。俺達は天国が落ちて来たのを感じたんだ。

 

 

 

「いや撃たれちゃないけどさ」

「……どうしたい、お嬢」

 

 とある病院の最上階の一室。ロイヤルスイートもかくやと言わんばかりの豪奢な部屋の中で、もぐもぐと銀さんが剥いてくれたリンゴを食べながらいんやーと首を振る。多分どっかで噂されたんだろう。変な言葉呟いちまったぜい、

 

「あと、銀さん。私、元気。リンゴ、自分で剥ける」

「一応患者だ。大人しくしときな」

「そんなー」

 

 文句を言う為に口を開くと銀さんからひょい、とリンゴを口に放り込まれた。銀さん前から思ってたけどこう、小刀の使い方上手い……上手過ぎない?

 あっという間に剥き終わったし何より殆ど皮に実がついてない。これは使い慣れてますねぇ。

 

「まぁ、商売道具の延長線みたいなもんだからな」

「ふーん。極道さんも大変なのね」

「………ああ。そうだな……」

 

 銀さんが苦い表情を浮かべている。色々、思う所はあるんだろうな……まぁ手ぇ抜く気はないんだけど。幸いな事に銀さんの親は本当に昔堅気な親分さんらしく、そちらに被害が行くことは無さそうなんでこちらとしては安心している。銀さんに迷惑かける気はないんでね、私も。

 

 その上? それこそ知らんわ。銀さんと銀さんの上位までは気を使ってやっても良いがはっきり言って奴っこさんらはやりすぎた。私を的にして脱税の容疑をかけたくらいまでならこっちもね。矛をすっと収める位は出来たんだよ。

 

 でもね……銃撃してきたら戦争しかないでしょう。しかも私たちはあの時検察の車、つまり公用車に乗っていた。これに銃弾ぶち込んだって事は御上に面と向かって泥団子を投げつけたに等しいんだからな。しかも公衆の面前で。

 

 いくら上の方である程度の利益のやり取りがあるからって限度って物があるんだ。仮にこれなぁなぁで済ませたらもう警察も検察も面目丸つぶれ。全力で相手を潰さなければ上層部どころか中層位まで粛清の嵐だぜ!

 

「そういえばクロちゃんは?」

「弁護士をつれて元の会社に行った。検察の腕っこきが側についてる」

「包帯巻いてよくやるねぇ」

 

 一応庇ったとはいえガラス片をもろに被ったせいで結構切り傷が出来てたしね。病院に駆け込んだ時にきっちり処置をしてもらったから問題はないと思うけど、余り無理はしてほしくない。

 

 ん? 庇った私はどうなったかってそりゃ無傷だよ。服は結構破れて応援に来た警官たちにせくしーしょっとを拝ませちまったがな。失敗したな、カメラ用意しとけば写真集か何かを作る時に使えたのに。もう一回やるって言ったら流石に銀さんとパッパをマジオコさせちまいそうだから自重しとくか。

 

 世間では私が大怪我を負って入院したという形で報道されているがこいつはデマだ。入院しているのは本当だがどっちかというと追及というか、検察側の手勢に囲まれて病院の奥に保護されてるってのが正しい状況だな。

 

 今回の騒動、私は検察側……つまり国側と組むことが決まった。大恥をかいた上に手袋を投げつけられた検察は上層部内でのお掃除で忙しく、まだ動く事が出来ない。そうなるとこちら側も待機状態になってしまうので怪我をしたパッパの件もあるからそのまま検察と関係の深い病院に匿われる事になった訳だ。

 

 銀さんは保護者枠ね。本来の保護者も一緒に入院したことになってるからさ、その世話役として身近な人を一人って名目で銀さんには護衛代わりにこの病院に泊まり込んでもらっている。下手に外に置いていたら銀さんまで的にされかねない状況だしね。的にされても殆ど倒しちゃうだろうけど。

 

 実際に高木さんは証拠隠滅の為とはいえ一度襲撃をされて、銀さんは一度それを邪魔してる。あちらさんからすれば銀さんを襲う理由は十分にあるわけだし、一々豚の前に餌をぶら下げてやる義理もない。このまま検察の態勢が整えば養豚場行きになるのだから、このまま静かにまったりと休暇を楽しむとしよう。終わったらライブやら何やら大忙しだしね。

 

 

 

 そう思っていた時期が私にもありました。

 

『やぁ、タクミ。会えて本当に嬉しい……本当に。無事でよかった』

『あ、ども』

『私はダズウェル・マグダウェル中将……えぇと、そう。在日米軍の司令官だ。君の保護は我々米軍がしっかりと行うから安心してほしい』

 

 白目を向きながら返答する私にダズウェル中将さんは苦笑を浮かべて頭を撫でる。

 

『ええと……ダズウェル中将、その。後ろのご老人は……』

『ああ、気にしないでいいよ。もうすぐ仕事を失う人物だ……君が覚えて置く事は無いだろう』

 

 私は震える手で彼の背後で直立不動の体勢のまま立つ老人を指さすが、中将はそちらをチラリと見て「ああ……」と興味もなさそうに一つ頷いてそう答えた。その人、内閣総……アカン。見なかったことにしよう。

 

 中将はそっと目をそらした私を手でソファに座るように促してくる。その指示に従ってソファに腰を下ろすと、中将は笑顔を浮かべてテーブルの上のお茶を私の手近な所に持ってきてくれた。

 

 ソファには先に背広を着た一人の男性が座っていた。仕事が出来そうな……パッパを後10年位年を取らせて髪を金髪にしたらこんな感じかな? という印象を与えてくる男性。その隣に腰を下ろした中将にも余り気を使った様子はないし、多分相当偉い人かな。

 

『初めましてタクミ・クロイさん。私はリッキー・ロスアダルト。駐日米国大使……日本に住んでいる米国人の代表、と言った方が良いかな』

『あ、はい。初めまして、タクミ・クロイです』

『無事でよかった。今はこの神の采配に感謝をするだけです……本当によかった』

 

 キツめな印象とは裏腹に柔らかな対応の男性だ。最後の部分だけやけに低かったけどもしかしたら私のファンなのかしらん。モテる女は辛いぜ。

 しかしそうか、外部には私は銃撃事件後にそのまま病院に担ぎ込まれた事になってるから安否が分からない状態なんだな。デマが流れたきりだしね。あれから3日経ってるけどこれやべぇな、ボトムズ親衛隊(レッドショルダー)の連中が海渡ってきてるんじゃないか?

 

 あいつら現地の清掃活動とか言って現地のマフィアとか肉体のみで制圧して「ライブ会場の掃除をしたよ! タクミ!」って満面の笑みで報告入れてくる連中だからな。流石に日本でんな真似されたらボトムズ親衛隊(レッドショルダー)vs893の仁義なき戦いが始まっちまうので、来るなよ! 振りじゃねーぞって事前にボトムズ親衛隊(レッドショルダー)のトップのMs.Mって人には文章で連絡入れといたんだけど。

 

 来てるかなぁこれ。向こうの事務所には一応安全を確保したって連絡は入れたけど。ちょっと確認しといた方が良いかもしれないね。うん? 保護だけじゃなくて他に話がある? 何々……めいよしみん?

 

 

 【速報】黒井タクミ、米国名誉市民になりました

 

 予想外にもほどがある所から飛んできた話に今白目剥いてるよ。アメリカに戻ったら大統領の白い家で表彰式と永住権付きのグリーンカード貰えるらしい。パッパも勿論グリーンカード持ちだぜ!

 

 うん、あれだな。米国の方でそろそろ暴動が起きそうらしいんだな。私が撃たれた日、つまり来日した次の日の朝刊では私が緊急逮捕されてそのまま病院に搬送されたという記事が載ったらしい。間を端折りすぎてるけどそういえば同じ日にちだしな。そう見えるか、記者さん達には。しかも緊急搬送されてからは事情がアレ過ぎて国の恥なんてレベルじゃないので関係者に箝口令付きで連絡を取る位しかできず、外に対しては一切音沙汰無し。

 

 成程、暴動起きるわ。多分ボトムズ親衛隊(レッドショルダー)の連中だろうな……募集要項に忠誠心ってデカデカ書いてる連中だからな。急いでMs.Mに連絡を取って沈静化して貰わねぇと……ホワイトハウスの前に肩を赤くした集団が列をなしてやってくる事になるからな。ボトムズ親衛隊(レッドショルダー)のテーマが鉄と銃弾のララバイになっちまう。

 

 まぁ、そんな事は超絶優秀なホワイトハウス勤めの国家公務員の方々にもわかり切ってる事だったらしく、即日ホワイトハウスはこの件についての調査とタクミ・クロイの米国名誉市民への決定(内定すら飛び越したらしい)及び米国市民の保護を名目にした全力介入まで宣言。普通なら国務省が止めるべきだろそこは頑張れよって思ったけど国務省にもボトムズ親衛隊(レッドショルダー)所属の人間が居たらしい。あっという間に日本に対して最後通牒まで突き付けて在日米軍が臨戦態勢をとる事態になったそうだ。

 

 ここまで聞いてお前らアホじゃね? て思った人が居たら君は正常だ。こいつら頭おかしい。私はそこそこの人気があるとはいえあくまでも一般人の歌手でまかり間違っても第二次日米戦争の引き金なんかじゃない。あっさりボコれるから問題ない? 違うそういう話じゃない。

 

 どこの誰が戦争の引き金を引いた女なんて名前を喜ぶというのか。ラブ&ピースで行こうぜ?

 

 

 

「勿論、私に銃弾撃ち込んできた奴にゃ遠慮なんてしないけどね」

 

 ギィッ、と高そうな椅子に座って私はテーブルの上に組んだ足を乗せる。ボロボロの室内は至る所に銃痕のような小さな穴が開いており、住み心地を犠牲にしてどこまで芸術性を示せるのかに挑戦している。前衛芸術って奴だろ、私は詳しいんだ。

 

『ここが賠償代わりの建物? やたらとボロっちいんだけど大丈夫?』

『ご安心を。土地だけ取り上げて残りは建て直す予定です。ちゃんとお祓いはしておきますよ』

『全然大丈夫じゃありませんね』

 

 御付きとして付けてもらった大尉さんのアメリカンジョークが笑えない。いや、今のはこの人のセンスが悪いだけか? お祓いなんて言葉知ってるから教養はある人みたいなんだがね。

 

 893vs警察&検察&自衛隊&在日米軍という異種格闘技戦を最前列で見させてもらってるんで文句は言わんが、もう少し血の気の少ない人をお着きにしてもらいたかった……あ、あんたボトムズ親衛隊(レッドショルダー)なんだ。今度のライブ本当に心の底から楽しみにしていたから血祭りにするのが楽しみ……うん、わかった。最前列に呼んじゃるからそう気を立てるなって。中止になったわけじゃないからさ。

 

 在日米軍が発動させた『operation:SUKIYAKI』は現地治安維持組織である警察や検察、また自衛隊の支援を受けて滞りなく発動された。

 

 まず初日に発端となった都内の暴力団事務所に在日米軍の装甲車が突っ込み、パニック状態の暴力団員達を麻酔銃で鴨撃ちして拘束。関係者に対する情報を得ると日米合わせた数万人規模の作戦従事者が手分けして都内の清掃を開始した。

 

 暴力団側も無抵抗な訳ではない。警察等の上層部にも根を伸ばしていた連中は事前に準備を整え、何名かの暴力団幹部の自宅はもぬけの殻になっていたらしいが、各地の空港や港にはすでに検問を張ってあるらしく蟻も逃がさないレベルらしい。

 

 当然バンバン拘束されていき、また仮に抜け出している奴が居てもそいつらの口座もカードも全て使用不可。

 

 小狡い奴が別名義の口座でいくらか資金を持っているかもしれないが、各地の交番から交通機関には実名と写真付きで逃亡犯の情報がばらまかれており、しかも情報に応じて懸賞金までついている。

 

 また、こいつらを庇いそうな組織……地方の暴力団関係にも捜査の手は伸びており、協力的ではない連中は軒並み警察と自衛隊のコラボレーションアタックを食らう羽目になっている。余波で8割位暴力団関係消えるんじゃないだろうか。

 

「何でこんな流れになったのかを教えてくれないか」

「………ファッキンゴッドって叫べば気が楽になるよ」

「そうか。ファッキンゴッド! ファッキンゴッド! ファアアアアァァック!」

 

 ロックの魂に目覚めたパッパの叫びが廃墟となった暴力団の事務所に木霊する。この土地は今度設立予定のパッパの会社の建設予定地だ。都内の一等地にあるから丁度いい賠償金替わりとして国側から打診があり、渋るパッパを押し切る形で私が打診を受けておいた。撃たれ損になるのは嫌だったからね。

 

 今回の騒動でパッパは高木さんや一部先見の明のある、パッパも認める人材達によって会社を離れて新会社を設立するらしい。今までの会社は『無くなってしまった』ので権利関係が宙に浮いた為、アメリカの支社を仮という形で独立起業させてそちらにこれまでの権利を全て回収。整理を行い、最終的には新しく建て替えた本社ビルに本社を移す予定である。

 

 当然アメリカ支社は残務処理で大変なことになる為、現在アメリカで抱えているミュージシャンたちは私の会社で一時的に面倒を見て、準備が整ったらパッパの会社……961プロダクションに籍を移す。私の会社はあくまでも私の財産管理の為に作った会社だ。ちゃんとしたプロデュースを行う会社に居た方が皆の為にもなるしね。

 

 

「しかし……折角日本に戻って来たのに何も出来なかったのは残念かな」

「ははは。こっちはお嬢……タクミの姿がまた見れて嬉しいがねぇ」

 

 暴力団事務所を出て車の中に戻る。今日はこのまま銀さんの管理している屋台村に顔を出す事になっている。私が芸を見せて居た時、指定席になっていた一番奥の広場はまだ開いているそうだ。その話を聞くと、まだ2年もたっていない筈なのになんだか懐かしくなってくる。

 

 そう、当時一番奥だけが開いていたので、銀さんに頼んでここで演奏やら蛇使いやらやってたんだよ。後半になると私の芸を見たくて来る連中が増えて、途中の屋台で飲み物やら食べ物を買っていってくれたから全体の売り上げに貢献してたって事で残り物を貰ったりしてたんだ。

 

「ほんとはもっと早く来たかったんだけどね」

「仕方ないさ……大人が悪ぃんだ。タクミ、気にするなよ」

 

 ガシガシと銀さんは私の頭を撫でてそう言った。でもね銀さん。私としてはこの1月で日本での足場を作ろうと思っていたんだ。その目論見がまさかのまさか足場予定の会社を叩き潰して新しく作る羽目になり潰えるなんてさ……残念通り越して脱力したわ。本来の目的であるライブの方でも全国5カ所を回る以上これ以上時間を使うことも出来ないし……パッパの会社が出来たらそこを基準にゆっくり進めるしかないかね……

 

「まぁ、もう気にしないよ。切り替えていかないとね」

「おう、その意気だ」

 

 またガシガシと頭を撫でられる。ちょ、せっかくジェニファーさんがセットしてくれたんだからあんまり崩さないでくれよ。私の髪、反抗期なせいでちょっと刺激を与えるとすぐにポンポン跳ねちまうんだから。直毛と言えば聞こえは良いけど一部重力に負けない奴が居るせいでほっといたら孫悟空みたいになっちまうんだから。

 

「おい、後ろで騒ぐな。もう目的地だぞ」

「あ、クロちゃんありがと。クロちゃんも寄ってく?」

「車止めてたら10円で傷だらけにされちまうからな。松崎の家に戻っておく」

「ああ。車庫は開いてるから使ってくれ」

 

 10円パンチ懐かしいなおいよくやげふんげふん。銀さんがパッパに家の鍵を渡すと、パッパはこちらに目を向けて「くれぐれも変な事をしないように」と念押しして車を発進させた。信用無いなぁ。私割と自分から何か変な事はしてない筈なんだけど。

 

「お嬢は危なっかしいからなぁ、心配にもなるさ」

「そうかな?」

「そうさ」

 

 懐かしの屋台村に入ると、周りのおっちゃん達がどよめきのような声を上げている。あ、こら危ねぇぞ鉄板で手を焼くなよ?

 

「はぁ、なっつかしい」

「おお、そうだな。何か食べていくか」

「じゃあ、イカ焼き!」

 

 おっちゃん達に片手をあげて挨拶を交わす。ここに来たら、日本に戻ったって印象がするなぁ。やっぱり今生の私の原風景は、生まれた家でもアメリカでもなく、ここなんだろう。

 

 銀さんに買ってもらったイカ焼きを頬張りながら奥の方へ行く。私がいつも芸をしていた広場は相変わらず奥まったところに会って、小さなお立ち台だけがポツン、と置かれていた。商売道具のマムシなんかも保健所に渡しちゃったしもうここには大道芸用の機材もない。

 

 懐かしい記憶にお立ち台の上に登ってみる。子供の足でも登れる程度の段差は大したものじゃないが、ここに登ると自分の意識が切り替わるのを感じる。すっかり忘れていた感覚だった。

 

「ねぇ」

「ん?」

 

 そんな私に声をかけるやたらと幼い声がする。なんぞと思ってみて見れば、私より何歳か年下位のやたらと目力のある女の子がこちらを見ていた。果て、知り合いにこんな子は居た覚えがないが。首をかしげていると、少女はテクテクと歩いてきて私を指さした。

 

「あんた、くろいたくみでしょう?」

「そだけどあんたは?」

 

 怪訝そうな顔を浮かべる私に、幼女は不敵な笑み浮かべて腕を組んだ。

 

「あたし、ひだかまい! あんたにしょうぶをいどみにきたわ!」

「……は?」

 

 馬鹿面をさらした私にマイと名乗った幼女はふふん、とやたらと自信に満ちた顔でこちらを見る。

 

 

 この出会いがまさか数十年にも及ぶ腐れ縁の始まりになるとは、私も、そして日高舞にも分かる筈もなく。

 

「さぁしょうぶよ!」

「え、やだ」

 

 屋台が照らす小さなステージで、一つの物語が誰にも知られることなく始まりを告げたのだった。




これアイマスじゃなくてブラクラじゃ……なんて言葉とも今回でおさらばですね。
あ、ツイッター始めました。@patipati321


ボトムズ親衛隊(レッドショルダー):又の名を非公式精鋭部隊。参加条件は二つ。屈強な肉体と忠誠心。両方を兼ね備えた精鋭のみが所属を許されている。現在規模拡大中。

鉄と銃弾のララバイ:『鉄のララバイ』は名曲。異論は認めない。

米軍:米軍の高級士官は殆ど政治家みたいなもんです。というか普通の軍隊の高級士官は大体名士扱いになります。自衛隊が例外すぎるんやで()

全権大使:滞在する国に対する国の代表。ようは殆どこいつが言った言葉はそいつの所属する国が言った言葉って事です。つまり今回のあれやこれやは全部白い家からゴーサイン出てます。

ひだかまい:一文字で鬼、二文字で悪魔、三文字で日高舞。アイマス公式で最強だった(今もという声もある)って設定があるラスボス。娘の年齢から逆算して現在8歳。




クソ女神さまの反省日記

クソ女神
「なんかこないだから体が上手く動かない……しょうがないから夢に現れる形で声を掛けよう。あ、丁度いい所に強い魂の持ち主が……フランス語が分からないのにフランス語の学科に? 
出来ないことをやるのはいけないわ! 自分が得意な分野を伸ばさないと!」

クソ女神
「自分が得意な分野でもあっという間に大学辞めて都会に出ちゃった……しかも女中と自殺未遂……自分だけ生き残って……」

タクミ
「人間失格さんの人格矯正出来たら凄いわ。勲章物じゃね?」


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この漫画のない世界で

前回のあらすじ

アメリカから凱旋帰国を果たした黒井タクミは卑劣なる陰謀により脱税の疑惑をかけられてしまう。
高木の助けにより辛くも検察の魔の手から逃れたタクミは、不幸にも黒塗りの高級車に銃撃されてしまう。検察と養父をかばいすべての喧嘩を買ったタクミが、暴力団に言い渡した示談の条件とは…。

血祭りである。



嘘です!

世間は令和になりますがこの話は平成どころか昭和が終わりません。いつ平成になるんですかね。


誤字修正。五武蓮様、トゥリポン様、燃えるタンポポ様ありがとうございます!

追記
前回の被害者???:太宰治。人間失格過ぎて何しても影響が無かった。


「私にとって今も昔も変わらない。あの屋台村の小さなステージからずっと同じ」

「目標はただ一つ。タクミに勝つ。それだけよ」

 

~日高舞 決戦の夜を前にしてのコメント~

 

 

 

『見とけ。いいもん見せてやる』

 

 小さなステージの上。突然行われた勝負は当然のように黒井タクミに軍配が上がった。

 当然の結果だろう。特にトレーニングも積んでいない一般人の少女が、既に世界でも有数の歌い手であると認識されている人物に太刀打ちできるわけがない……普通に考えれば。

 

『いいものって、なによ』

 

 ただ二人だけ。この勝負の結果に余人とはまた別の感想を持った者たちがいた。

 

『お前さんがやりたい事さ』

 

 勝負を行った黒井タクミと日高舞。この二名にとってこの勝負の結果は必然ではなかった。

 日高舞は自身が敗北を認めている事に驚いていた。これまで歌で自身と勝負になる同年代の相手は居なかったし、多少世間で騒がれている人物だろうと自分ならば勝てると踏んで……そして、勝負を仕掛けてまるで歯が立たなかった。認めざるを得ない完敗を喫したのだ。

 

『なにそれ。いみわかんない』

 

 悔しさを滲ませた彼女の声に、タクミは少しだけ笑顔を浮かべた。もう一人、違う感想を持った者……タクミはかつて、高木に誘われたプロポーズ紛いの言葉を思い出していた。高木が初めてタクミを見た時、彼はこんな感情を抱いていたのだろうか。ふと心に浮かんだ疑問につい笑ってしまったのだ。

 

 この娘は化ける。仮に彼女と自分のスタートラインが同じならば或いは負けていたかもしれない。そう思わせる何かが確かに感じられた。巨大な原石が自ら磨き上げられていく姿をタクミは正に目にしているのだ。

 

 居るじゃないかこんな所にも。マイコーを見た時と全く同じ感慨を覚えながら、タクミはん、と小さく頷いた。

 

『次のライブ、家族と見に来な……月までぶっ飛ばしてやるからよ』

 

 くしゃり、と舞の頭を撫でつけ、タクミは彼女の手を握った。取り合えずは彼女を親御さんに預けなければいけない。細かい話はそれからだ。

 

 

「ちょっと、とうさん。かあさんもすわってよ!」

 

 1週間後。日高舞は両親に連れられて武道館へとやってきた。大きなタマネギの形をした屋根の下。場内にひしめく人、人、人の群れ。舞達は関係者枠として取られていた席をあてがわれ、案内役だという右肩を赤く染めた青年に連れられて会場内へと入る。

 

 舞の両親は初めてのライブ会場にキョロキョロと落ち着きなく周囲を見渡し、屈強な体をした外人たちの中で目を白黒させている。不安そうな両親を、舞はため息をつきながら席に座らせた。

 

『素晴らしい。タクミの言った通りの娘だ』

 

 それを側で見ていた赤い布を肩につけた外人が、小さく拍手で彼女の行動を讃える。スタッフも兼任しているらしい彼は黒井タクミに日高家の面々を案内するように申し伝えられているらしい。タクミはどうしたのかと尋ねたらたどたどしい日本語で「ライブ前は忙しく時間が取れない」と返答された。

 

「なによ。じぶんでよんどいて」

 

 言っている言葉は分からないが、彼が舞を褒めているのはわかる。少し頬を赤くして、舞はそれを誤魔化すように口を膨らませて席に座る。

 ライブは間もなく始まろうとしている。

 

 

 

 騒がしかった会場の電気がいきなり全て落ちる。ざわり、とどよめきの声が響く。もしかしたら停電か? こんなタイミングで?

 会場中ざわめく声が広がる中、急にステージ上に光が集まる。奥のスクリーン、表示される文字……

 

装甲騎兵ボトムズ( Armored Trooper Votoms)

 

 その文字が日本語と英文で表示された時、会場の、とりわけ端の方に座っていた赤肩の人間たちが歓声を上げた。彼らにとってその文字は日常的な物だ。何せ毎日聞く大事なレコードが入った紙に記された物語。ボトムズ親衛隊(レッドショルダー)なら当然のように持っている全てのレコードに記された物語のタイトルなのだから。

 

 鳴り響くホーンサクションの音。ドラムとベースに彩られたメロディに合わせてスクリーンの中でアニメは進行する。緑色のロボット、スコープドッグが銃を撃ち放ち、戦場を駆け抜け、破壊し、破壊される。音楽の終わりと共に戦闘は終了し、一機のスコープドッグがクローズアップされ、コックピットが開かれ……

 

 

『ハロー?』

『『『ハロー、タックミー』』』

 

 開幕の声が会場に鳴り響いた。

 舞台の上には、気付けば4人の男女の姿があった。オレンジ色で統一されたパイロットスーツにも似た服を付けた4人組……髪をピンクに染めたジェニファー・ヤングがギターソロを挨拶の様に行い始めると、ニール・カリウタが全周囲にセッティングされた砦のようなドラムを縦横無尽に叩き、キャロル・ウェイマスがその二人の演奏をまとめ上げるようにベースでリズムを作り出す。

 

 そして、中央に立つ一人の小さな少女の姿。仲間たちの演奏を背後に聞きながら、マイクを右手に持ち、長いクセ毛をゴムでまとめたその少女は挨拶に対して良い声で返事をした一群……赤肩の一群を指で指してウィンクを一つすると、マイクを口元に寄せる。

 

『日本の皆さん、ただいま。声が小さいね、ハロー?』

『『『ハロー、タックミー』』』

 

 笑うようなタクミの声に、赤肩の人間だけでなく前列に座った客も反応を返した。だが、それに対して彼女はまだまだご機嫌斜めらしい。渋い顔で数回首を横に振り、クイクイっと2階席を指で挑発する。

 

『日本人1万人がたった200人に負けるの? ハロー!』

『『『ハロー、タックミー』』』

『エンジョイ&エキサイティング。忘れちゃだめだよ?』

 

 会場中の空気を無理やりボトムズの熱気に染め上げて、タクミはにやにやと笑みを浮かべる。

 

『そうそう。多分新聞を見てる人は知ってると思うけど、今日はTVとラジオの放送もやってるから。ライブに来れない人はこっちでよろしく』

『『『オーケー、タックミー』』』

『オッケー! まぁ、本当はライブにTV入れる予定じゃなかったんだけどさ。ちょっと色々あったでしょ? あれで私も思う所があったんだよね』

 

 困ったような口調で話すタクミの言葉に、少しの間会場が静かになった。日本中を巻き込んだ騒動からまだ2週間も経っていない。また、この場に居る者にとっても決して他人事とは言えない話だ。当初はライブ自体が取りやめになるとまで言われていたのだから。

 

『後から話を聞けばさ。日本中の他の歌手なんかも同じような目にこれまで合ってて、たまたま私が反抗したから事件が大きくなっただけで今までにも似た様な形で色々あったらしいんだ。慣例って扱いでさ。どれだけ売れても自分には喫茶店のアルバイト位の給料しか入らなくて、マネージャーやプロデューサーがお金を吸い上げてるってのもあった。慣例だからってさ。おかしいよね?』

 

 問いかけるようなタクミの言葉に、黙りこくっていた会場の中からもちらほらと賛同の声が上がる。今回の事件は報道関係が包み隠さずに内容を発表させられた為、予想以上に国民の混乱は無かったらしい。道徳的にも法律的にもどちらに非があるかが分かりやすい事もある。

 

『ありがとう。私もおかしいと思うから、二度と私の邪魔をしないように今回思いっきりやったし多少は風穴開けられたかなって思ってる。それでね。TVやラジオを入れたのは、ちょっと言いたい事があったからなんだ。多分、私と似た様な目にあった人って他にもいると思うから……慣習だとか古くからの習わしとかさ。大事なものかもしれないけど、おかしいと思ったら。苦しいと思ったら。声を上げる必要があるから。戦う必要があるから』

 

 TVのカメラに向かって視線を送り、タクミは小さく息を吸って、吐いた。

 

『この世界のどこかで今も戦っている貴方に捧げます。聞いてください……【ファイト!】

 

 

 

「めちゃんこ臭い事をした。おいは恥ずかしか! 生きておられんごっ!」

「いや、良いライブだったと思うぞ? TV局やラジオ局にあの最初の歌は何なのかって問い合わせが来ているみたいだ」

「うわ恥ず。恥ずか死しそう」

 

 介錯してほしかったんだがクロちゃんから素で返されてつい赤面しちまうというね。その後の歌は普通にアメリカでヒットした曲やSUKIYAKIしたりしたんだけど誰も彼もが最初の歌は何だったのかと聞くんだ。そう言えばニューミュージック的な歌ってこの世界無いんだったか。

 

 ライブ自体は大成功と言える出来だったろう。何か後半曲がかかり出した瞬間からウェーブが客席で起こったり(見たら赤肩の連中が指導してた)してたし。流石に武道館で客席ジャンプする気はなかったからやらなかったけどこっちもちょっとテンション上がってたから「お前らロックンロールは好きか?【I Love Rock 'n' Roll《私は大好きだぜ!》】」とか披露するつもりもない新曲まで出しちまった。合わせてくれた他のメンバーには後で怒られたけどね。

 

 いや、言い訳的に言うと一曲目には空気読まずに言いたい事詰め込んだ歌を用意しちゃったからさ、2曲目以降はいつも通りロックンロールに行ったとしても途中で新曲も織り交ぜておいた方が受けがいいと思ったのよ。実際盛り上がったし日本のセールスにも期待が出来るしな。

 

 ライブ自体は3時間くらいで終わったんだけど終始観客は立ちっぱなしだったし乗りまくってたし終わった後にアンコール叫んでる連中は皆ガラガラ声で「ア”ン”コ”ール”! ア”ン”コ”ール”!」って叫んでたし。アンコールにはちゃんと答えといたよ。一度武道館で【ジョニー・B・グッド】を歌ってみたかったからね……米国に戻ったらチャックさんっぽい人に曲借りたって言っとかないとな。

 

「そういえば何人か面白そうなアーティストが来てたな」

「楽屋の話? あの武田ってお兄ちゃんは良い感じだったね」

「ああ、彼は日本では珍しくロックの知識を持ったアーティストだ。どうだ、お眼鏡に適ったか?」

 

 前世では聞いたことない名前のアーティストだったが……いや、プロデューサーかな? ギターを背負っていきなりやってきて「是非、一曲聞いてください」と言ってきたのには驚いた。いや、パッパが招待した人らしいから良いけど初対面の10歳の女の子に土下座の勢いで突っ込んでくるのはちょっとびっくりしたわ。

 

「評価で言うなら今は7点かな? 10満点で」

「ふむ……内訳は?」

「あの人自体は歌う人じゃないね。作曲も作詞も良いしギターも良かったからそっちに特化した方が絶対いいと思うよ」

 

 下手な訳じゃないが少なくとも彼の歌では米国の16傑には残れない。が、そんなものを補って余りある位に作曲のセンスが良かった。本当に日本で活動しているアーティストなのかってくらいにね。

 

「そうか。なら彼とはこれからも懇意にしなければな」

「うん。日本での作曲はあの人に任せた方が良いかもね」

「それを歌うのはあの娘、だろ。驚いたぞ、タクミ」

 

 感嘆の声を上げるパッパにだろう? と笑みを返す。思い返されるのはライブが終わった後の楽屋裏の風景だ。私のライブはどうだった? と尋ねると舞は小さく「……たのしかった」と答え、そして私を睨みつけた。今思い返してもつい笑ってしまう。

 

「『5年で追いつく』か。私のライブをみてこのセリフが出るんだからヤバいね」

「しかも8歳の女の子が、な」

「私とクロちゃんが出会った時の年齢だね」

「……まだそれだけしか経ってないんだな」

 

 感慨深げに呟くパッパにそうだね、と返して外を見る。今回の日本帰国はビザの関係やらで行われたものだったが、蓋を開けてみればまぁ大概でかい騒動に巻き込まれることになっちまったし予定していた漫画関係の人材の確保も出来ないしで踏んだり蹴ったりの内容だった。

 けどまぁ、日高舞や武田蒼一と出会う事が出来たという事は結構なプラス要素だろう。

 

 スターのいない業界は育たないからな。20年ばかり遅れちまったが日本のポップスが花開くこの瞬間に才能に溢れた人材がいる。間違いなくこれは幸運と言えるだろう。私もポンポン日本に帰れる訳じゃないしね。

 

「ま。その辺りはとりあえず置いとくか。でもアメリカ帰りたくねぇ……せめてアニメか漫画の芽だけでも作らないと何しに来たかわからねぇ」

「それなんだが……コミックは確かに凄い人気だが、日本でも出来ると思うか? 子供の頃に貸本を読んでいた事はあるが、大人になればわかる。あれで生活できる作家何て稀だぞ?」

「出来ぬ出来ぬは努力が足りぬってね。アメリカで出来るって事はシステムがあるって事。それを日本の事情に合わせるのはこっちの腕の見せ所だし……何よりも私が見たいんだよパパ。日本にさ、コミック文化が芽吹くところを」

 

 実際に貸本という非常に限定された商売形態でも一時期はそこそこ流行る事が出来たのだ。最低限の需要はあるし、実際に印刷業界自体はまだまだ強い。ネットが普及する前に強固な体制を作らないと漫画文化が芽吹く前に終わりそうだし……何だかんだ私は日本の漫画が好きだ。アメコミも良いけど、日本の漫画は日本でしか作りえないし、私が見たいのは日本の漫画とアニメなんだ。

 

 そんな掛け値なしの本音を受け取ってくれたのか。パッパはそれ以上は追及せず、「コミック分野を会社の中に立ち上げる。後は声優だな」とだけ言って黙り込んだ。すまんねパッパ、暫く採算は取れないだろうけどその分私が頑張るし、後々デカくなるのは間違いない分野だからさ。

 

 しかし重ね重ね惜しい。せめてこの漫画分野でもどっかにレジェンド落ちてねぇかなぁ……わがまま言いたかないが正直手塚神位の人が居ないとキツイ。どっかに居ないかね、漫画を描くことに情熱を燃やし続けて未だにくすぶり続けてる超人。

 

 というか手塚神どこに居るんだ? 出版関係を高木さんに当たって貰って探してるけど全然情報ねぇぞ。貸本は書いてなかったのかな?

 

 一先ずは新しい会社関連で出版系の部門をこさえて、そこで細々と日本の漫画をスタートするしかないだろうか。しょうがないなー。これはもうしょうがないわ。ボトムズ連載しちゃおう。

 

 後は適当にそこらの生活に困ってる貸本作家を札束ビンタして頭数確保して漫画雑誌創刊を目指そう。それとスタンの爺様に許可貰って日本版スパイダーマンって事でのれん分けしてもらうか。

 

 これならあくまでも分家。無許可でやってる他所の国よりは100倍マシだし厳密には別系統の作品って事でレオパルドン使っても文句は無いだろう。冒険王版ガンダムみたいにコミカライズで作品の印象が宇宙にぶっ飛ぶ事なんて稀に良くあるんだしね。

 

 人気が出るかはわからないけど1年位したら特撮実写化して巨大ロボが巨大化した敵と戦う作品を作るんだ! 凄いぞーカッコいいぞー! 戦隊物のロボアクションの試作にもなるしね。

 

 というか特撮系も早めに手を付けないと手遅れになりそうだから焦ってるんだよ。戦隊物もライダーもメタル系も無いし……この世界だとスパイダーマンから戦隊物とライダーが派生するのか。改めて言葉にするとヤバいな。

 

 私の最推しのドギー・クルーガーの初出がパワーレンジャーになるなんて嫌だからこちらも人を探さないと。私が200人位いたら全部やれるけど流石にそこまで人間やめてる訳じゃないし……影分身できないかな?

 

「やりたい事が多すぎるよクロちゃん! どこかに忍者マスターは居ない? ブンシン・ジツが必要だよ!」

「素直に人に任せる事を覚えなさい。何でも一人でやれるのはそれこそ漫画か映画の主人公くらいだろう」

「そうも言いたくなるようなこんな世の中だよ……」

「その年齢で世を儚むなよ。最近俺は毎日が楽しくて仕方ないぞ。むかつく事もたくさんあるが……な。さ、着いたぞ」

 

 苦笑を浮かべてパッパは車を止める。東京での宿にしている実家……げふんげふん。銀さんの家にたどり着いた私たちは荷物を抱えて家の中に入っていく。いやぁ、実家のように安心できる空間だぜ。正直生まれた家よりもこっちの方が実家って感じがするんだよね。銀さんが居るし。

 

「ただいまー! 銀さん銀さん見た? 私のライブどうだった!」

「落ち着け、タクミ。失礼します」

「おお、お嬢お帰り。丁度良かった」

 

 ライブも疲れたしやっと癒しの空間だぜ、とばかりに実家に駆けこんだ私を、居間に居た銀さんが顔を笑顔にゆがめて見る。玄関をくぐった時には気づかなかったが来客中だったらしい。

 

 もう夜の9時なんだけど。この時代に珍しいな、と思いつつ抱えていた荷物を足元に置いて来客者らしい二人の男性に頭を下げる。随分とボリュームのあるクセッ毛の眼鏡を付けたお爺さんと、同じく眼鏡をかけた片腕のお爺さんだった、はて、こんな年配の知り合い、銀さんの交友関係にいただろうか。

 

 首をかしげていると、銀さんがちょいちょい、と手招きをするのでそちらに行く。来客が居なきゃハグるんだがな。しょうがない、隣にちょこんと座る事で我慢しよう。

 

「この子がタクミです。タクミ、こちら小野島さんと武藤さん。お前に用事があったんだと」

「うぇ? あ、ども。黒井タクミです……あの、どういったご用件でしょうか?」

 

 ますます状況が分からない私は、一先ずそう挨拶をして二人の様子を窺う。二人組は私の様子をまじまじと見た後……いや、というよりも私の顔を食い入るように眺めた後、互いに頷き合ってペコリと頭を下げた。

 

「……小野島 章太郎と申します。東京で小さな出版社を営んでおります」

「武藤 茂と申します。売れない紙芝居や絵本を書いている爺です」

「はぁ……小野島さんと武藤さん。えぇと、どこかでお会いした事がありましたでしょうか?」

 

 これでも記憶力は良い方の人間だから、一度会っていれば何となく顔立ちは覚えている。特にこれだけ外見に特徴のある人物ならば尚の事覚えている筈だ。それが一切記憶にないという事は、少なくとも今生ではこの二人と私は会話をした事が無い筈だ。前世までは分からないが前世で縁の有る相手ならこちらの事を向こうが知る筈がない。顔立ちから年齢まで全て変わっているのだから。

 

 私の質問にまた彼らは互いに顔を見合わせる。何かを悟ったかの様子に眉をひそめながらそれを見ていると、意を決したように小野島さんが口を開いた。

 

「30年ほど前の事ですが、私と武藤さんは貴方にお会いしたことがあります」

「……は? ええと、私はまだ10歳なんですが」

「ええ。恐らく貴方自身ではないのでしょうね。しかし、私と武藤さんは間違いなくその顔に見覚えがあるのです……」

 

 そう言いながら、小野島さんは震えるような手つきで鞄の中から茶色い封筒を取り出した。分厚い。恐らく数百枚は紙が入っているだろうそれから、小野島さんは震えながら中身を取り出す。

 

 それは、漫画の原稿だろう。私が知っている洗練されたものではない、随分と古臭い構成のものが見て取れる。同じように武藤さんも自分が持った鞄から封筒を取り出す。こちらは随分と大きい。どうやら紙芝居につかう物らしい。

 

「30年前。映画監督になりたいと上京をしようとした私に貴方の姿をした誰かが枕元に立ちこう言ったのです。お姉さんは体が弱い。彼女に可愛がられているのにそれを見捨てて上京してしまうのか、と。その言葉に私は姉の為に地元に残りました。姉の死に目を見る事が出来たのは貴方のお陰です」

「私は彼ほどの事ではないが、アパートを価値がある内に売り払って別の物件を買うべきだと言われてね。お陰で子供達にも不自由させずに済んだ。お礼という訳ではないが、こちらを言われた通りに持ってきました」

 

 二人の作品を手に取り、何も言えなくなった私に対して、彼らはそう言葉を続ける。違う。それは、私じゃない。だけど、でも。これは!

 手の中にある作品。『サイボーグ009』と『墓場鬼太郎』と彼ら二人を延々見比べながら、私は何を言えば良いのか分からずに体を震わせた。

 この世界における石ノ森章太郎と水木しげる。かつての世界の伝説が今、私の目の前に居る。




日高舞:5年後なら戦えると決意。高木さんの元でアイドル修行開始します。

ボトムズ親衛隊(レッドショルダー):タクミ負傷の方を聞いた瞬間に日本に旅立った200人。しょうがないので全員分の滞在場所を確保する運営(高木)。代わりにスタッフ代わりに1月こき使った。

ファイト!:中島みゆきの名曲。他人を応援するのではなく自分を奮い立たせてほしいという意味合いで歌われた歌。

I Love Rock 'n' Roll:女性ボーカルのロックならコレという人も多そうな名曲。

ジョニー・B・グッド:チャック・ペリーの名曲。この世界にも彼は居ます。因みにタクミの言葉の元ネタは『GS美神極楽大作戦』の横島の悲願「死ぬ前に一度、全裸美女で満員の日本武道館でもみくちゃにされながら「ジョニー・B・グッド」を歌ってみたかった」から

武田蒼一:原作アイマス世界の大物音楽プロデューサー。日高舞とは同じ作品出典。原作よりも大分早く接点が出来たので彼女の歌は全て彼が作る事になるかもしれない。

ドギー・クルーガー:特捜戦隊デカレンジャーの上司。『百鬼夜行をぶった斬る! 地獄の番犬 デカマスター!!!』

件の二人に関しては何も語りません。次の話でも出る為です。




クソ女神さまのやらかしてない日記
クソ女神
「ウィリアムテルごっこ? いやいや普通に奥さん死んじゃうわよ! お酒に飲まれちゃダメでしょ!」

「お酒は止めたのにドラッグを始めた。あれ、悪化してる……?」

タクミ
「ドラッグエリートさんは酒か薬か愛が無いと止まらないから。お前の言葉に愛が無かったんだろ?」


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この歯車の動き出した世界で

前回のあらすじ

神が姿を現した。



前回の被害者???:ウィリアム・バロウズ・奥さんをウィリアムテルごっこで射殺した作家。ありとあらゆるドラッグに手を出したドラッグエリート

誤字修正。蜂蜜梅様、五武蓮様、サトウカエデ様、仔犬様、kuzuchi様、sk005499様ありがとうございます!


「作品を書く上で様々な場所を巡り色々と不思議な体験をしてきたけれども、初めて黒井タクミ嬢に会った時ほどの衝撃は終ぞ感じることは無かった」

「彼女との出会いは我が人生最大の転換点だった。恐らく、他の人にとっても同じ事だろう」

 

~武蔵しげる自伝 ゲゲゲ荘の管理人より抜粋~

 

 

 

「ハロー?」

「「「ハロー! タックミー!!!」」」

 

 オッスおらタクミなりに適当な挨拶だと思うんだけど、何故かファンからの受けがいいこの挨拶。でも欧州だとまた別の挨拶だよね。グーテンターク? それともボンジュールが良いのかな。

 良く分からないからとりあえず会場のフランス近郊5か国語くらいで言ってみたら全員返してきてちょっとビックリしたわ。欧州の人は近隣諸国の言語も扱えるって本当なんだね。

 

「冒頭からいきなり本場顔負けの発音で色々な国のこんにちわを連呼するライブってのも珍しいわね」

「これまでやった人が居なかっただけでしょ。これからは増えるんじゃないかな」

 

 黒井パッパの代わりにマネージャーになったパッパの元同僚、石川実女史の言葉にそう答えると彼女は「そういうものなのかしら」と首を傾げながらメモ帳に何かを書き込んでいる。何でも黒井タクミ語録というものを作っているらしい。

 そんなん作るよりちゃんとスケジュール管理は大丈夫なのか尋ねたところメモ帳は3冊使い分けているから大丈夫、とのお返事。もう1冊は何だよ。

 

 あ、パッパがマネージャーから外れたのは疎遠になったからとかじゃなく、単純にあの人が超激務になっちゃったから一番管理の難しい私関連の仕事を部下に任せる事になっただけだからね。

 

 何せ諸々の事情で新会社を立ち上げたらすっごい勢いで日本中のタレントが……事務所を失ったタレントが担当しているマネージャーやプロデューサーごと所属しちゃって。規模だけなら日本どころか世界有数って位にタレント数の多い事務所になっちゃったからね。

 

 まぁ、何でこんな状態なのかというと例の騒動の余波でさ。日本の芸能事務所って奴が大手から中小まで軒並みバッタバッタと倒産したんだよね。当然その関連の会社とかも軒並みバッタバッタと倒産して。

 

 バブルになりかけてた日本の好景気はいきなりマイナスレベルの冷や水ぶっかけられて沈黙。バブルなんてなかったんや! って位のお通夜状態になってるらしい。

 

 父さんの会社は倒産しちゃったんだってダジャレが一時期日本の流行語になりかけた、ってパッパから言われた時は紅茶を吹きかけた。二重の意味で笑えんぞ。

 

 で、何でそんな状況でパッパの所が一極集中みたいな形で忙しく働いているかというと単純に961プロダクション以上の好条件な芸能事務所が存在しないんだよね。

 

 現在残ってるというか新規立ち上げも含めた芸能関係の事務所でダメージが一切なく資金もあり、更に一連の騒動の被害者でありクリーンなイメージがある。しかも所属したアーティストへのピンハネなんかは一切やらないと社長が公言してる。こんな役満並の好条件がそろった会社があったら普通願書出すでしょ。

 

 事務所が潰れれば当然所属している芸能人やマネージャー、プロデューサーなんかの真面目に活動していた人たちも投げ出されるわけで。そこをガンガンパッパの会社で掬い上げていった結果、会社を立ち上げてから半年も経たずに母体となったパッパが元働いていた大手芸能事務所の数倍の規模に膨れ上がったらしい。

 

 そして実を言うと出版関係もパッパの会社の方で立ち上げてもらってるんだよね。こっちは母体になるのは小野島さんの経営している小さな出版社になるから、それほどパッパの会社がタッチする部分はないけどさ。資金系統でやっぱり手間はかかるからね。

 

 その分激務になっちゃってこっちまで手を出せなくなったのは痛いけどそこはそれ。手が足りないなら手を借りてくればいい、とかつての同僚でもかなり優秀な人物で、私のケアの助力も出来る女性のみのりんをつけてくれたのだ。

 

 くっそ忙しいのにみのりんレベルの人を日本から離して良いのか聞いたら、「本来はお前を最優先にしたいから気にするな。現状の会社の状況は俺と高木の我儘だからな」と男前な解答が来てやだ、うちの義父カッコいい、と電話で褒めまくっておいた。パッパ割と単純だからこれで元気になってくれるはずだ。

 

「分かるわ。切れ者なんだけど承認欲求が強くて褒められるとやる気になるタイプよね、黒井くん」

「そうそう。その癖人前では嬉しいのを隠そうとするんだよね。バレバレなのに」

『なに、タカオの話?』

『そうそう。彼って結構可愛い性格してるのよね』

 

 パッパの名前に反応したのかジェニファーさんがバスの後部から声をかけてくる。やっぱり共通の話題は盛り上がるわな、うん。英語も違和感ないしいいマネージャーさんだ。ただ、内容がちょっと女子女子しすぎてニールさんが苦笑してるのはそろそろ気付こうぜ!

 

『あの、タクミさん。そろそろ着きそうなんですが』

『あ、OK。ありがとうね。皆、降りる準備をして!』

 

 小型バスの運転手をしてくれていた案内人から声が掛かったのでバス内に声をかける。彼は英国で業務提携している芸能関連の会社から国内の案内人としてつけられたジョンさんだ。凄くお洒落な男の人で事務所では本来モデル関係の仕事についているらしい。というか自身もモデルをやったりしているそうだ。

 

 そんな人物がなんでこんな案内人なんてやっているのかというと純粋にこの人が事務所で一番国内の音楽に詳しいかららしい。モデルではあるんだけどそれ以前にこの人、物凄い音楽好きらしいんだ。

 

 なんでそれでモデルやってるのと聞いたら、何でも彼の母親はかつてかなりのドラッグジャンキーだったらしいのだが、とあるロックスターのドラッグ利用による規制の強化を受けて長期間離れ離れになってしまったことがあったらしい。

 

 その時の事が原因で大人になってからもロックとドラッグを憎んでいたのだが、ある時、街中でふと聞いた歌に強い感銘を受けたらしい。

 

『撮影中だったんですがね。置かれていたラジオから流れてくる音楽……”SUKIYAKI”(上を向いて歩こう)を聴いて時間が止まるのを感じました。優しくて……長閑で。心のどこかにある故郷を思い出すような何かがラジオ越しに俺を打ち付けたんです』

 

 まぁ、撮影中に聞きほれてたのは僕だけじゃなかったんですがね、とジョンさんは朗らかに笑う。180cm以上あるすらっとした体躯の美青年に微笑まれるとちょっと眩しすぎておばちゃん目の保養力キャパをオーバーしちゃうよ。有体に言えば目に毒って奴さ。

 

 彼はそこからまるで蒙を啓くかのように音楽関連に手を出していったらしい。すると、まるで水を得た魚の様にどんどん様々な知識が身についていき、たった2年で事務所内でも一番の音楽通と呼ばれるほどの知識を身に着けたそうだ。

 

『といってもここ最近の音楽の流れしか把握してないんですがね』

『それでも大したものだと思うけどねぇ』

 

 ちょっと目を伏せて顔を直視しないようにして世間話に興じる。荷物は一緒に同乗したスタッフが運んでくれるから私は結構暇になるんだけど、ジョンさんはそんな私を見かねてかよく声をかけてくれる。何でも7歳位の娘さんが居て、実際に会った私の余りの小ささに娘を見ているようでほっとけないらしい。

 

 私としては暇が潰れるから良いのだが、案内人として大丈夫なのか、と確認すると今回の会場の支配人とはもう話は通っていて後は実際にボトムズが会場に入り設営を始める段階まで持って行っているらしい。

 

 この人も中々有能キャラでしたか。もしかしたら前世でも聞いた事の有る名前だったのかもしれんな。ジョンって名前心当たりが多すぎるけど。

 

『ま、それは兎も角として。いやーまさか来ることになるとはね。サッカーの聖地』

『ええ。支配人も驚いていましたよ。まさかここでライブが行われる事になるなんて、とね』

『あー……そうだろうね。でも要望を聞いて貰えてよかったよ』

『普通なら音楽のコンサートは少し前にできたアリーナの方で行われますからね。しかし収容人数を考えれば確かにこちらでないとまるで足りないでしょうし』

 

 ロンドン・ロックンロール・ショーが無かったせいで今回のイベントがウェンブリースタジアム最初のライブになるのか。まぁこの世界だとしょうがないんだろうな。でも、今回のイベント的にはこの位の規模じゃないと対応できないんだよね。

 

 何せ全米を熱狂させた全米オーディションの欧州版、その決勝戦がこの会場で行われるんだから。

 

 

 

 会場は熱狂に包まれていた。10万人の観客達が普段はサッカーが行われるこのウェンブリースタジアムに詰めかけ、この半年の間各国で鎬を削っていた勇士たちのパフォーマンスを見届けている。

 

 勿論10万人もの人間全員がステージで行うパフォーマンスを肉眼で確認することは出来ない。その為、この会場ではタクミのアイデアを取り入れて会場の至る所にスピーカーと大型モニターが設置されている。

 

 これらは最前列のチケットを手に入れた幸運な観客には必要のない物だが、このモニターによって後方の席になってしまった観客達もアーティストのパフォーマンスを確認する事が出来るようになった。

 

 この欧州オーディションはそれこそ欧州各国からの参加者が集い、この会場にたどり着くまでの激戦は音楽の最先端を突っ走る全米にすら引けを取らないほどのものだったという。企画段階以降はタクミもタッチしていなかったが、各地の予選を勝ち抜いた彼らは自信に満ち満ちた表情で舞台に集まっている。

 

 これから開会式が行われる。この半年の間欧州を駆け巡った嵐の終着点。最後の祭りが始まろうとしているのだ。

 

『皆様、本日はお集まりいただきありがとうございました。これより開会式を始めます』

 

 司会進行を司るのは全米オーディションでも司会進行を務めた女性コメディアンのエイダ。小粋なトークとマシンガンのような早口は全米どころか欧州にまで人気を博しており、この半年は全欧オーディションで各地を巡って正にこのイベントの顔とも言える人物だ。

 

 彼女は厳かな表情を浮かべてスーツに身を包んで全てのアーティストが立つ舞台の脇、司会進行用に誂えられた演台に立ち、普段の姿からは考えられない程の静かな口調で粛々と言葉を進めていく。

 

『さて、それでは開演式の言葉をこの私、エイダ・デジェネが行いません!

 

 キリっとした表情を浮かべた彼女の突然の宣言に、観客とステージ上に立つアーティスト達も怪訝な顔で彼女を見る。すると、彼女はそそくさと演台から降りて晴れ晴れとした表情を浮かべて観客達に右手の二本指を立てて敬礼のような動作を行った。

 

 その瞬間。

 

「あらよっと」

 

 ポーン、とばかりに舞台に設置された昇降機から勢いよく飛び出してきた黒井タクミは、自分の身長もかくやとばかりに飛び上がって舞台に躍り出た。

 

 

 

 おっすおら黒井タクミ。今日は熱い一日になりそうだぜ。うん、会場中の人間の眼が点になる中、一人エイダが『Yeaaaaaaaaaah!!』と叫んでガッツポーズを決めている。本当に人を驚かすの好きなんだねあんた。あ、この世界にはガッツポーズって言葉が無いんだっけ、いっけねぇぜ。

 

 この仕込み、発案は私ではなくてこの司会のエイダである。というか基本的にこの番組(あくまでもオーディション番組である)での私はあくまでも審査員であって、今回みたいに会場の設営の手伝いとかまでやる事は通常殆どない。

 

 まぁ今回はこの世界で恐らく初めての10万人規模のコンサートになるから下手にこけられても困るって事で色々と手直しをさせてもらったけど、こんなのは特例。いざ始まる時は普通に審査員席で名前が呼ばれた時に手を振るつもりだったんだ。

 

 そこにエイダが待ったをかけた。彼女はこのイベントを伝説に残したいと。かつてのニューヨークの”伝説の一夜(ワンナイト・カーニバル)”に匹敵するイベントにしたいと言ってきた。欧州を駆け巡り、このイベントに愛着がわいたのもあると思うが彼女はそれが出来ると判断したそうだ。

 

 正直言って盛り上がる分には全然問題ないので何をすれば良いのかというと。

 

 まぁ、これだわな。

 

『ハロー?』

「「「ハロー! タックミー!!!」」」

 

 10万人の地鳴りのような歓声。会場中がビリビリと震えるようなそれに私は自然と笑みをこぼした。この地鳴りのような歓声。これを聞くとボトムズの黒井タクミになれるんだよ。具体的に言えば最高にハイって奴だ。

 

 後ろの連中もさぞ奮い立ってるだろうと振り返ると、40人近い本選出場者達は皆青を通り越して白い顔色で会場を眺めている。おいおいどうしたスターの卵共。ビビってんのか? 後ろを振り返り、両手をクイクイ、っと動かす。こっちを見ろ。お前らも叫ぶんだよほら、こうやって!

 

『声が小さいぞ! ハロー!』

「「「ハロー! タックミー!!!」」」

 

 再度。今度は先程よりも大きな声で観客達の怒声の様な挨拶が飛んでくる。お前さん達に言った訳じゃなかったんだけどまぁ、良いか。スターの卵共の血の気も戻ってきている。流石は未来の大スター達だ。この一発で気合を入れ直したらしい。

 

 なら、私の役割はここまでだろう。私の前座は高いぜ、諸君。

 

『今日の夜。ここに来た人は幸運だ……伝説を作るぜ。以上、開演!』

 

 私の開演宣言を受けて、会場中が割れるような歓声に包まれる。あ、おい今から歌う奴までそんな雄たけび上げてどうすんだよ。歌えなくなっても知らんぞ……ま、良いか。

 

 

『俺……俺、感動しました。こんな、こんなにも……』

『ああああ、もう大きな大人がそうやって泣くんじゃないよ。ほら、チーンして』

 

 オーディションの後。泣きじゃくるジョンさんをあやすように肩を叩いてあげる。ものすごく感受性の強い人なんだなぁこの人。審査員席の近くで付き人みたいな感じで立ってたんだけど、オーディションが始まった端からわんわん泣き出したりテンション高く頭振り始めたり凄かった。

 

 途中から彼のパフォーマンスを映すカメラも出てきたりしてたし、凄い個性の持ち主だな彼。本当に過去世の偉人だったのかもしれん。

 ジョンさんは私が渡したハンカチを受け取ると、涙をぬぐって鼻をかむ。そのままあげるよ、今回の記念って事で、と伝えるとまたワンワンと泣き出した。泣きたいのはこっちなんだけどなぁ。

 

『タクミ。シドはこっちで何とかするよ。ほら、お前を出演者の皆が待ってるぞ』

『あ、うん。あえ? ええええ? シド?』

『こいつの芸名だ。ほら、行った行った』

「ちょ、ちょまてって!」

 

 ニールさんの指示に従ったスタッフがグイグイと楽屋の方へと私を押していく。全力で押しのける事も出来ず、私は懸命に声をあげるもその言葉も無視され。哀れ黒井タクミは40名近い本選の出場者たちにもみくちゃにされるのであった。完。

 

 

「じゃないわ! うっそシド? シド・ヴィシャスなの!?」

「いえ、彼の芸名はシド・ビジョンだけれど」

 

 あ、何だそれなら良いわって良いわけないわ! あ、いや。でも良いのかな。シド・ヴィシャスって確か70年代にドラッグのやりすぎで亡くなったんだしそれよりは長生き出来てるのか。というかやけに見覚えのあるイケメンだとは思ったんだよ。そうか、この世界だとシドはロックとも出会わずにそのまま長生きしたんだな。

 

「タクミ、彼、貴方にお礼を言いたいって。またイギリスに来たら是非自分が案内するって言ってたわよ」

「うん、オッケオッケー! 今度は娘さんとも会ってみたいな」

 

 みのりんの言葉にそう返して、私は手元の書類をぺらぺらと眺める。

 

 今回の欧州ツアーはバンドとしても個人としても大成功と言えるだろう。個人としてはまず、アメリカで好調なアニメ『X-MEN』の欧州輸出が成功した。特にイギリスでは米国版の声そのままで放送してくれることになった。まぁ、声優豪華だからな。マイコーとか参加しとるし。

 

 この調子で少しずつアニメ文化を根付かせていけばゆくゆくは巨大ロボ旋風を欧州で巻き起こす事も可能だろう。早めにマジンガーシリーズ作らないと。

 

 あとは勿論、バンドとしても最高の結果だった。

 

『ああ、最高のライブだったなぁ、おい』

『本当だよ。私達、伝説になったんだ……勿論今までもそうだったけどさ』

 

 ニールさんはライブが終わってからはずっとこのテンションだし、ジェニファーさんもたまに思い出したようにテンションが上がり出す。日本での鬱憤が晴れたみたいで良かったけど、こまめに抱きしめてくるのはちょっと勘弁してほしい。唯一物静かなキャロルさんも時たま手が動き出してエアベースを弾き始めるしさ。

 

 オーディションの次の日、ウェンブリーの会場をそのまま使って行ったボトムズのライブはキャパシティ限界まで詰めかけた観客によって満員御礼の大成功に終わった。前座として前日のオーディションの優勝者たちを招いて演奏してもらい、途中で乱入して一緒に歌ったりと。今思えば若干迷惑をかけた気がしないでもないが大盛り上がりだったし彼らも喜んでたから良いだろう。

 

 優勝賞品に彼らに返した……そう。返した楽曲も喜んでくれたしね。

 

「彼らはスカウトしないで良かったんですか?」

「もうちゃんとした事務所がついてるんでしょ。なら邪魔しかねないし……それにイギリスのバンドはイギリスで活動するのが良いよ。彼らは女王の国のバンド(Queen)なんだから」

 

 長らく古着屋を営みながら、夢を諦め切れなかった彼等。あの全米オーディションをみて、さび付いた弦を取り換え、ギターを磨き上げて彼らは再び戻ってきた。その再出発が遅すぎるなんて事は無い。返した楽曲をどう使うかは彼ら次第だが、きっと何かしらで役立ててくれるだろう。

 

「今年のヒットチャートが楽しみだね、みのりん」

「ええ、本当に。やはり欧州は凄かった……そして、最先端のアメリカではどれほどなのか。今から楽しみだわ」

 

 今回のオーディションで日本と諸外国とのレベル差を思い知ったのだろう、みのりんは目を輝かせてメモ帳に何やら書き込みをしている。まぁ、今回のオーディションは明らかに特異点なんだけどね。出てきてる連中皆全米16傑とだってぶつかっても見劣りしない連中だったし。

 

 イギリスの方で後始末をしているエイダさんも同じ意見だったのか、結構な数のバンドと渡りをつけてた。あの人今度音楽番組を持つって言ってたから今のウチから人脈作ってるんだろう。バイタリティの塊みたいな人だな。

 

 さて、これで入学前に片づけるべき仕事は大まかに終わったかな。今年の夏には私も大学生だし大規模なツアーは組めない。ボトムズの活動も縮小することになるから、今後はそれぞれのメンバーがそれぞれの活動を行いながら、ボトムズのライブや楽曲を出すときに集まるって事になるだろう。

 

 ジェニファーさんには泣いて止められたけど、コンピュータ技術は必須なんだよね。大学の方で見るとコンピューター技術自体はかなり発展しているんだけど、それを外に出す、つまり民間で使えるパーソナルコンピューター系列が軒並み育ってない。というかアップル社がないんだよね。

 

 ない以上は作るしかない。と言っても、自分が技術者になって一から作ってるんじゃ時間が足りなさすぎる。今回大学に通うのは自分自身がコンピューターの技術を身に着けるって意味合いもあるけど、それ以上に人を探す意味合いも強い。

 

 マイクロソフトとアップルの合いの子を世に送り出す。その為の人材を探すために私は大学に入るのだ。

 

「幸いなことに日本の方はそのまま置いといた方が早く進みそうだしね」

 

 ボソリと呟いて、私はパッパから送られてきた手紙の内容を思い出す。週刊少年飛翔と名付けられた漫画雑誌は順調に発行部数を伸ばしているそうだ。貸本漫画で口に糊していた漫画家たちもこぞってこの雑誌に参加し、隔週連載や月間連載を駆使して様々な執筆スタイルの漫画家にチャンスを与えているらしい。

 

 次に日本に渡った時は結構な数の単行本が出版されている事だろう。誰かロボット物を扱っていると良いのだが。

 にへへと笑いながら私はまだ見ぬ未来を夢見て、アメリカへの飛行機に乗り込んだ。

 

 

 

「せんせい、ありがとうございました!」

「はい、どういたしまして」

 

 その医院は大阪のとある町にあった。『手越医院』と書かれた看板に、小さな虫のマークがついたこの医院は長らく町の診療所としてこの町の住民に愛される、名物の様な診療所だ。

 

「そういえばせんせい、せんせいはこれにかかないの?」

「これ?」

 

 院内には院長自らが書き込んだ様々な絵柄のキャラクターが所狭しと並んでおり、まるでこの中だけが別の世界のようだと、長らく通っている町の住民は口にする。これらのキャラクターを好んで、子供たちは小児科医院でもないのにこの手越医院へと何かと通いたがるのが町の親たちの共通の悩みでもあった。

 

「うん。このしょーねんひしょーってご本。せんせいのこたちみたいなこが、いっぱいいるんだよ!」

「へぇ?」

 

 少女が自身のランドセルから取り出した一冊の本。フルカラーの表紙に連載されている漫画のキャラクターが書き込まれたその一冊の本を、院長は興味深げに受け取った。

 

「少年飛翔、か」

 

 院長、手越治はそう呟き、少女に許可を貰ってから1ページ目を開く。

 ここに歯車は動き出したのだ。




誤字修正は起きた時に行います。
今は只眠い……




クソ女神さまのやらかし日記

「この人、学生なのにLSDなんて使って……恥を知りなさい! 一度病院で頭を冷やさせないと!」

「あれ、何か余計に悪化して……」

???
「世界に根付く何か。確かに感じました、我が神グリュコーンよ……」


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このパソコンのない世界で

お久しぶりです。遅くなって申し訳ありません。
不勉強な部分が多いと全然話が進みませんね(血反吐)

結構飛び飛びだったり大事なことをぼかしたりしてると思いますがすみません深い描写まで書くとどこまで伸びるか分からないので、コンピュータ部分は知りえる限りで後はぼかしてます。
作者の力不足です……申し訳ない

誤字修正。佐藤東沙様、キーチ様、N2様、KJA様、GN-XX様、五武蓮様、鳥が使えない様、Paradisaea様ありがとうございます!


「代り映えのしない世界だったわ。私が生まれてから大きくなるまで」

「けど、あの娘が出てきて、たった1年ちょっとで全部ぶっ壊しちゃった」

「だから私、あの娘大好きなのよね。次に何が出るか分からないって、とっても素敵な人生だと思わない?」

 

~エイダ・デジェネ 『エイダの部屋』 第1回放送の際の挨拶より ~

 

 

 

 そこは随分とせまっ苦しい部屋だった。元々はそこそこ広めの部屋だったのだろうその部屋は、部屋中にコンピューターらしき機械が乱雑に置かれており、それらを数多のケーブルが繋ぎ合わせている。

 

 部屋の中では複数人の不健康そうな顔色をした白人の男性が画面をにらみつけるようにカタカタとキーボードを叩き、時折コーヒーを啜り何かの作業を行っている。

 

 彼らはこの大学でコンピューターを専門に研究を行っている学者の卵と研究員たちだ。普段は大学で使用しているコンピューターの計算能力を引き上げる為に様々な開発を行っているのだが、この日は少しばかり様子が違っていた。彼らが触っているそれは大学で使用しているコンピューターとはまた別の。それもかなり毛色の違うシステムの代物だったのだ。

 

『……クレイジー』

 

 ポツリと一人の研究員が言葉をこぼした。同意するように数名がうぅむ、と唸り声の様な声を上げている。今現在、世界のコンピューターはより早く、より正確な計算を行う事を前提に開発が進められている。

 

 だというのにこのコンピューターは、はっきり言って性能が悪い。それこそ、このコンピューターのCPUを数十台組み合わせても、現在大学で使っているコンピューターの性能には満たないだろうレベルだった。

 

 現在のコンピューター開発分野でははっきり言って見向きもされないような代物だ。それは、このコンピューターを触った事の有る物なら誰でも理解できることだった。

 

 だが、こいつの真価はそんな所にはない。

 

 このコンピューターの真の価値は、その値段と量産性にある。お値段たったの数百ドルで、曲がりなりにもコンピューターとしての機能を有している。桁の短い計算ならあっという間に出せるだろう程度の処理能力もあり、文章を打ち込み、修正し、端末さえあれば印刷すらできる機能もある。そしてなによりも打ちやすいキーボードがついている。

 

 みかんのような奇妙なマークのついたその劣化……いや、その言葉は正確ではないだろう。彼らの女神が在学1年目にして作り上げたその成果を劣化なんて言葉で言い表せば、そいつはすぐさま三角のフードで顔を隠した、肩を赤く塗った男たちに連れていかれてしまう。

 

 そう、性能を落とし込み、量産性と使いやすさを追求したそれは、例えるならば……パーソナル。個人用に既存のコンピューターの機能を維持したまま量産性を追求し、性能を個人用に落とし込まれて作成された……パーソナルコンピューターと名付けるべき代物だった。

 

 そして何よりも……

 

 カチリ、とキーボードを押し込む。すると、コンピューターの脇についているスピーカーから、澄んだ音が響き渡り……少し経つと、彼らの女神の歌が流れ始める。

 

『スピーカーは満点だな』

『おい、点数で表すなよ。完ぺきって言葉なら使っていい』

 

 同じ部屋に詰める男同士。彼らは互いにだけ分かる共感を持ってゲラゲラと笑い始める。今日も一日が始まった。

 

 

 

 おっすオラタクミ。12歳になったぞ。え、11歳はどこ行ったって? 大学通ってのんべんだらりとスカウトやって、たまの休みにボトムズやってる位だから特に言う事が無いんだよな。年に2回デカいライブやって……あ。いや。

 

 そういえばあったわ、結構重要なイベントが。ライブ会場は大学近くで行ったんだが、そこで一緒に即売会的なイベントをやったんだよね。自分らで作った歌や漫画とか物品あったら持ってこいって感じでさ。

 

 うん。私がやろうとしている事としては結構大きなイベントの筈なのに、なんで頭から抜けてたのかって言うとだな。割とスタートした瞬間に私の思わない方向に進化しちゃって、切っ掛けは兎も角私が行ったって感覚がないんだよね。

 

 というのも、まず前提としてここ1年の間に、アメリカ全土で結構な規模の創作ブームみたいなのが起きてるんだな。私が種を蒔いてあっという間に実った音楽関係もそうだが、ありがたい事に毎週放送しているX-MENのアニメが結構な高視聴率で続きも催促されてる位にヒットしてるのが大きい。

 そこに後追いみたいな感じで他のアニメスタジオもTV番組を作り始めて、現在は毎週3つか4つ、隔週でも同じくらいの頻度でTVアニメが放送されている。

 

 この流れのおかげで漫画やアニメってのに興味を持つ人が増えて、持ち込みがかなり多くなったとスタン爺さんから電話で言われてね。ピーンと来たのよ、これはチャンスだって。ついでにジャーマネ(超最新言語だゾ!)の石川女史……ミノルちゃんに「ライブやろ?」って三日に一回位言われるのに飽き飽きしてたってのもある。

 

 アメリカは無駄に土地が余ってるし、大学の近くにもだだっ広い荒野みたいな場所があったからさ。その辺りにステージとかをドーンって設置して、ラジオやTVで「ライブやるよ! あとクリエイター支援に作品発表会やっから持ってこい! 見るぞ!」って感じに宣伝をしたんだ。

 

 何事も初めが肝心だし、前世では同人即売会にライブイベントくっつけてやるのなんて結構ある話だったからな。こっちは流石にまだ即売会って感じじゃなくて趣味の発表位になりそうだけど。

 

 まぁ、流石にいきなりの話だしライブの方は兎も角、発表会の方は初回はそんなには来んやろうと。雨に濡れたら不味いもんも結構あるだろうし、即売会の方で使う為の雨除けにプレハブみたいなのも私が自費で建てといて、原っぱに車止める感じの緩い集まりを私は想定していたんだ。

 

 後は参加費に5ドル位貰っとくか。100人くらい来れば御の字やろうなぁその金で皆でバーベキューでもすっかとかさ。ライブ見終わった奴がそっちに行って、新しい趣味の開拓をとか考えてたんだけどね。あくまでも初回はライブのオマケで、予算に足が出ても問題ない位に私は想定していたんだけどね。

 

 まさか初回から、そっちの方も数千人規模で集まるとは見抜けなかった。この黒井タクミの眼をもってしても……!!

 

「こんなイベントの形があるなんて……世界は広いわ」

「うん、そだね」

 

 戦慄、と言わんばかりの表情を浮かべるミノルちゃん。そして全く別の意味で戦慄の表情を浮かべる私。ライブが終わった後、約束通り持ってきた作品を見ようと発表会の方に赴いた私を待ち受けていたのは、数千人もの人々の持ち込んだ作品と期待の視線だった。

 ライブで3時間歌いきった後だぞちょっと待てよってなった私を許してほしい。こんなん誰でも弱音吐くだろ。

 

 でも約束は約束だからな、仕方ないね、次は絶対にこんな約束はしねぇ、と何度も固く心に誓いながら、私は半日かけて全ての作品や物品、演奏を目にし、耳にし、そして途中から振り切れたテンションのまま近くの町で食材を買い付け、肉をむさぼりながらでっかい炎を囲み、ついでにマイムマイムを踊って一夜を明かした。

 

 正気に返ったミノルちゃんに「スケジュール!!」とめたくそ怒られたけど後悔はない。途中から取材に来た記者連中もマイムマイムしてたしいいやろ。実際次の月の音楽関連雑誌の記事では、何故かライブの事と同じくらいのページ割いてこの同人発表会を褒めちぎってくれてたし、結果オーライじゃないかな。何の雑誌か分からなくなるような内容だったけど。発表されてたトーテムポールを載せてどうする気だったんだあいつら。

 

「全然、全く、オーライじゃありません。結局冬も同じ規模でやる羽目になったんじゃありませんか」

「そ、そっち専門の管理組織つくったから」

 

 目を泳がせる私にミノルちゃんがはぁ、とため息をつく。この人、本当に大事な事は真っ直ぐ目を見てド直球で正論をぶつけてくるんだよな。

 

 パッパ辺りは正論をぶつけて来るけど若干歪曲した表現で来るから、ここまで真っ直ぐ来られるとちょっと目をそらしたりつい引いてしまったりする。この辺りパッパよりも私のコントロールが上手いのかもしれん。

 

 まぁ、危惧する事も尤もだし、この件は流石に私も反省した。この夏の陣――適当に名付けたら本当にこんな名前で周知された。正式名はサマーファンフィクションフェスタってついてるんだけど誰もそう呼ばない――での経験を元に半年の間にきちんとした建物とついでにこの辺りは冬に結構雪が積もったりするらしいから、ライブ会場周辺の整備と併せて屋根もつけたりと大規模な開発を行った。

 

 流石に一個人が資金を持つには無理無茶無謀過ぎたので、大学がある州の政府と交渉して資金を引き出したり工事を行ったり色々やって、それらの折衝をミノルちゃんに任せて私は大学生活を満喫したりと大変忙しい日々を送り、気付けば一年が過ぎていたのだ。

 

「私を犠牲にして満喫した大学生活は楽しかったでしょう?」

「うん、ありがとう助かった! その分ボーナス凄かったでしょ?」

「……年収の数倍が一気に振り込まれてた時は手が震えたわ」

 

 働いた分には正当な報酬がないとね。今回は私が大学の方で動けない分ミノルちゃんをこき使った迷惑料も兼ねているので結構な金額を支払ってる。2回のビッグイベントが大成功に終わってるし、そこでの物販やらの収入に比べれば微々たるものだから寧ろもっと渡しても良かったくらいだ。

 

 冬の陣も大盛況だったよ? ちゃんと管理組織が機能してくれてたから何とかなったけど、初回の4倍くらい人来てたしね。まぁ、初回の盛況っぷりを見てそうなるだろうなぁとは思ってたんだけどさ。

 

 何せ、オタクって分類の人間にとってあれは正に麻薬みたいなイベントだからな。これはどんな分野でもそうなんだが。

 基本的に、私も含めたオタクってのはある特定分野に関しての知識エリートみたいなもんだからな。自分の好きな物を知りたい、極めたいって人間はその分野に対してひたすら精通していく。そして、ある一定以上の知識をため込んだ時にふと思うんだよ。

 

 この知識を誰かに伝えたい。話したい。共感が欲しい。

 仲間が欲しい、ってな。

 

「次の夏は、更に倍くらい来るかもね?」

「建物の増設は行ってるわ。まさか、前回あれだけ大きくスペースを使えるようにしたのに手狭になるなんて……」

 

 ため息をつくミノルちゃんの言葉に苦笑を浮かべる。多分、この規模でも収まらなくなる気がする。場合によっては次位から、イベントの開催を数日に分けて、ジャンル分けする必要すらあるかもしれないな。まさかコミケ規模に数回で達するとは思わなかった。

 

 いや、それだけ何かを作るという創作の趣味に目覚めた人間が多いと、今は喜ぶべきだろうか。

 

「準備委員会の人員は出来る限り増やしてね。お給金は私のポケットマネーから出しても良いから奮発して。熱意のある人を集めて欲しい」

「ちゃんと利益の出ているイベントですから、そちらからお金を出します。変に財布を緩くするのは、貴女の悪い癖よ?」

 

 窘めるような声音にごめん、と返事を返す。意識していなかったお説教だ。確かにお金を動かす術が出来てから、ちょっと大雑把になっていたかもしれない。最近は自分の財布の中なんて眺める事が無いから、金銭感覚が麻痺してるのかもしれないな。

 

 お金は大事だ。特に、これから数年は大赤字になりうる分野に大金をぶち込まないといけないからな。余分な出費は押さえなければならない。家計簿でもつけるべきだろうか?

 

 頭の中で幾つかのプランを考えながら、私は椅子に深く座り込む。夏季休暇を利用して西海岸までやって来た私は、これから重要な相手のスカウトを行わなければいけないのだ。

 

 大学に入学し、1年余りコンピューターについての知識をこのチート脳に刻み込んだ私は途中である結論に達した。この分野、早めに誰かに任せるべきだ、と。仮にこちらに私が本気で尽力すれば恐らくは本来の歴史に近い発展をすることは出来るかもしれないが、その代わりに私は他の分野に手を出す機会を一気に失いかねないのだ。

 

 アイデアや発想こそが力となるこの黎明期のコンピューター業界。未来の知識を持ち、大体の事は解決できるスペックの私が居ればさぞ早く進歩するだろう。実際にすでに結構なオーパーツを作って、ほぼパソコンと呼べるような物を作成してある。後はこいつを発展させていけば90年代には対応できるだろうって代物がもう出来てるからな。

 

 何しろ開発者をスカウト出来た上に現物を知ってるからな。早かったぜ? 本来なら10年前にパーソナルコンピューターを生み出した人物だからな。

 電卓を作っていたその人にいきなりアポをとった時は詐欺か何かかと思われたらしいがそこはそれ。電話口で一曲歌ったら信じて貰えたから、それ以降はスムーズに話が進んだ。知名度ってのはやっぱり強いな。信頼性が段違いだ。

 

『それだけが理由じゃありませんがね、ボス。ボスの話を聞いて、未来を感じたんですよ』

『本当に? 初めて会った時にライブTシャツ着てサイン色紙出してきたのは誰だっけ?』

『……そんなお茶目なおじさんも居ましたな。はてどこに行ったのか』

 

 今まで黙って車のハンドルを握っていた男の少し言い訳がましい言葉に揶揄を込めて返すと、男は降参とばかりに片手を上げる。その様子にミノルちゃんが苦笑を浮かべる。

 

 彼の名はスティーブン・ウォズバーン。私が出資したコンピュータ関連の企業、【ミカン】の最高技術責任者だ。まぁ、彼含めてまだ4、5人しか居ない小さな会社だがな。

 

 この組織に所属する彼ら彼女らは私が所属する大学の関係者だったり、またはウォズバーンさんの知り合いだったりと色々な所からかき集めてきたコンピュータオタクどもだ。

 

 私がやりたい事を語ったら馬鹿にする事も無理だと諦めることも無く目を輝かせて「やりたい!」と叫ぶ愛すべき馬鹿どもだが、技術だけは一級品の腕っコキ達。こいつらなら安心して技術面を任せられる。

 

 ああ、例のヒッピーおじさんがアメリカに居ないこともウォズバーンさんから直接確認した。何でも高校生の時、いたずら電話を掛けまくってたらいきなり「仏の啓示を受けた」とか言い出して日本に渡って禅の修行を積み、現在は世界を巡って禅の教えを広めているらしい。

 

 私が言えた義理じゃないだろうが、ロックにすぎるだろ推定ジョブズ=サン。

 どんな世界でも、何か突き抜けちまう奴は突き抜けちまうんだろうな。シドも30超えてからロックの道を志して嫁さんにばちくそ怒られたって手紙に書いてたし。当たり前だって返しといたわ。

 

『さ、着いたよボス。ここが会合の場所だ』

『あんがと。ふへー』

 

 オアシスと描かれた看板の小さな飲食店の前に車をとめる。随分とこじんまりとした、如何にもどこにでもあるような飲食店だ。何でもここはウォズバーンさんが若い頃から参加している、近隣のコンピュータ好きが集まる会合の二次会が行われる場所らしい。

 

 私にスカウトされた後は暫く忙しくて会合に参加出来なかった為、久しぶりに顔を出したいといい休暇を申請してきたウォズバーンさんに「絶好のスカウト機会じゃないか連れてけ」と駄々を捏ねてくっついて来たのだが。

 

 ウォズバーンさんが太鼓判押してる人が何人も居るって話だけど、その割には随分と辺鄙な場所だなぁ、と思いながら私は促されるままに室内へと入る。

 

 店のドアをくぐり抜けた先。こちらに向く視線が最初にウォズバーンさんを見て、そして、こちらに向き……一気に熱を帯びる。うんうん、結構良く見る光景だ。こうなるから最近は買い食いとかも出来ないんだよなぁと席を立ちあがる面々に両手を上げて「ハロー」と声をかける。

 

 左から右へと視線を動かす。うん、最近健康志向に目覚めたのか老若男女問わず体を鍛える傾向にあるアメリカで、この店内は変わらずピザとコーラで出来た奴とヒョロっとしたむしろもっとピザ食えよって連中がひしめいていた。逆にこれは期待できそうだな、こいつらガチモンだわとうんうん頷きながら面々に笑顔で挨拶をして……

 

『ははは、初めましてタクミ。お、うん。まさか。ここで、そんな……君と会えるなんて。ハハッ』

『あ、…………うん、ありがとう。お名前は?』

 

 金髪の……恐らく30前半だろうその男性の姿に一瞬目をぱちくりとさせた後、ほとんど意識せずに私は相手の名前を尋ねていた。デジャブというか、面影がある。恐らく、私はこの人物を知っている。流石にもう10年以上前の前世の記憶……しかもこの感覚からすると、もしかしたらこの人物を見たのは前世でも死亡するよりかなり前かもしれない。

 

 だが、記憶の端からはそれ以上の情報が上がってこなかった。恐らく、私が彼を見たのはもっと若い頃か……もしくはもっと老いてから。だから、思わず私は彼の名前を尋ねたのかもしれない。この記憶の隙間を埋めたいと私の頭が動き始めている。

 彼は私の問いかけに慌てたように周囲を見回し、囃し立てるように羨ましがる周りの空気に押されるような形で、半笑いを浮かべながら自分の名前を告げた。

 

『え、ええぇっと、その。ゲイリー、僕はウィル・ゲイリーというんだが……』

「……そう。やっぱり!」

 

 彼が自分の名前を答えた瞬間。

 私の中で、途切れ途切れになっていた記憶が繋がり、線となる。眼鏡をかけていない。恐らく差異はそこだけ。でも、それが大きな差異になったのだろう。彼のイメージは笑顔と眼鏡だったのだから。思わず英語を使う事も忘れて私は喜びの声を上げた。

 

『ねぇ、ウィル。貴方、私と一緒にこない?』

『え? え、ええ? いや、その、僕は、仕事も』

『きっと世界を変えられるわ。私達なら!』

 

 これで揃った。ハードとソフトはすでに用意している。問題はそれらを売り出す才覚。この世界でもそうかは分からないが、彼は私が知る限り世界一商売が上手く、諦めの悪いソフトウェア開発者だ。

 

 彼とウォズバーンが組めば、5年でパソコンが世界中を駆け巡る事が出来る!

 

 私たちのやり取りを興味深そうに見ていた周囲の面々の視線に気づき、私は一つ息を吸い、一つのプレゼンを行った。今自分たちが開発している機械……パーソナルコンピューターの開発。誰もがコンピューターを一つ手にする時代の到来。そして……

 

『すべての家に、会社に、出先だっていい。それらの場所が数多のネットワークを介して繋がっている、グローバルな情報通信網。そこにパソコンから簡単に、誰だって、いつだってアクセスをして、世界中のどこにだってリアルタイムでつながる事が出来る』

 

 私の言葉に、その店の中の人間は……恐らく店長だろう人物すら……笑いもせずに、真剣な表情で聞いてくれている。現状では荒唐無稽にしか思えない言葉だろうそれらは、しかし、私の中で確かに存在する、ありえる未来予想図の一つだった。足りないイメージを情熱と言葉で埋めて、私は自身の理想を語る。

 

 きっと将来的にはパソコンももっと小さなものになる。使いやすさを追求すれば当然のことだ。いつかは手のひらサイズにまで落とし込まれ、道端でラジオを聞くようにネットワークにつながることも出来るようになる。私はそうなると知っている。けれど、そんな夢物語を信じてくれるような奴はそうそういやしない。

 

 でも私は欲しいんだ。あれが欲しいんだ。だから語り掛けているんだ。そしてこの世界に私の過去世への残滓を刻んで、刻み続けて、そうすれば……いつかは、私はあの穏やかな日々を……取り戻す事が出来る筈だから。

 

 プレゼンを終えた私の姿に彼らは暫く声もなく佇み、やがて……拍手となって返答が返ってくる。小さく礼を言い、もっとも聞かせたかった相手……ウィルを見ると、彼は必死に手をごしごしと服でこすり、そして右手を差し出してきた。

 

 苦笑を浮かべて彼の右手を握る。年の割には柔らかい指だった。そういえば仕事をしていると言っていたがこれは事務仕事だろうか。埒もない事を考えていると、彼は必死の表情で自分の考えを纏めているのだろう、呼吸を整えながら、顔を赤くして口を開く。

 

『よ、よろしく、お願いしますボス。せ、世界を変えましょう。僕たちで!』

『うん!』

 

 彼の言葉に笑みを浮かべて、私はぎゅっと彼を抱きしめる。途端にヒキガエルのようなうめき声を上げるウィルにあ、やべっと力を抜きながら、私は大声で笑い声をあげる。

 

 歯車の回る音が、またどこかで聞こえたような気がした。




夏の陣・冬の陣:現地の人からは『ナッノジーン』『ヒュノジーン』と呼ばれてる。

スティーブン・ウォズバーン:元ネタはジョブズに騙されてピンハネされても笑って「俺は25セントしか貰えなくても手伝ってたよ!」と言い切れる凄いカッコいい人。

ウィル・ゲイリー:元ネタは慈善事業化の人。




クソ女神さまのやらかし日記()

クソ女神
「まぁ、この子! いたずらで色んな所に迷惑をかけて。そんな事をしたら駄目でしょう、反省しなさい!」

クソ女神
「改心させたのは良いけど何で禅? あれ、なんでブッディストに?」



タクミ
「あんたより仏様だと思ってた方がありがたく感じたんじゃね?」


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このゲームのない世界で

お待たせして申し訳ありません。

前回のあらすじ

パソコンが1000ドルしないで買えるんだって。凄くね?(ダイマ中)

前回の犠牲者
某アップルの創業者の一人でヒッピーZENおじさん

誤字修正。山田治朗様、五武蓮様、KJA様、sk005499様ありがとうございました!


『全ての電子機器、いやそれだけではない。身の回りの物に全てマイコンが搭載され』

『手元にある端末だけでそれらを操作して我々は生活を送る事が出来る』

『20年で世界をそこまで持っていく。それがタクミの目標で、我々の理想だ』

『人生のたった20年を賭けるには上等すぎるリターンだろう? 歴史を作ろうぜ、諸君』

 

~ウィル・ゲイリー 電子ビジネスフォーラム1989会場での公演~

 

 

 

 ボッボッボッという特徴的な音が筐体から流れている。その前に座る一人の少女は硬貨を脇につけられたコイン入れに投入し、STARTのボタンを押す。四角い画面の中。上からドンドン落ちてくる敵をボタンを押して射撃を行い攻撃する。やる事は非常にわかりやすい。

 

 だが、簡易だからこそ燃えるというものだろう。1秒間に16連射もかくやと言わんばかりの連射によって瞬く間に迫りくる敵の隊列に穴をあける。相手は規則正しく横移動しながら壁にぶち当たれば前に進むシステム。ならばその間隔をこちらが弄れば簡単に対処できる。

 

 そして敵の攻撃を引き付け、射撃が当たらない場所まで前に進ませれば後は鴨撃ちと変わらない。これぞゲーマー秘伝が一つ名古屋撃ち。名古屋人が竹槍を持って宇宙人を撃退したという逸話から生み出されたこの秘儀は、ゲームの仕様という盲点を突いた最強の攻略法の一つである。周囲の驚愕の声を心地よく感じながら私はハイスコアを叩きだし、次のステージへ。トーチカが邪魔だな、穴を開けて固定砲台にしたろ。

 

『凄い……すでに歴代ハイスコアを更新している』

『流石はボス。あんな攻略法を見つけ出すなんて』

『だが、4面からは難易度が段違いだ。いくらボスでも』

 

 ふふふっ。4面以降は確かに名古屋撃ちが難しいステージ。ラストの速度が速いからな。だが、この超絶ボディの反射速度ならベイビーハンドを捻るがごとくよ。おりゃおりゃおりゃ!

 

 うん、何をしているかだって? 勿論ゲームをしているんだよ、自分とこで作ったゲームを。パソコン作成のための資金稼ぎにちょちょいとね。折角プログラミングの技術や当代最高峰って技術者集めて何やってるのかと思うだろうが、これもまぁ必要な事なんだわ。いつまでもボードゲームばかりって訳にもいかないしね。

 

 こういったゲームをガンガン作ってくれる会社が出てこないかなぁと思ってたんだけど京都の花札屋さんはまだその辺りまでは難しそうだからね。コピー機の借金抱えてても何とか企業を存続は出来ているみたいなのは良かったけどさ。うちの会社のミカン1も買ってくれたし近々何かしら来るかもしれないな。

 

 その為にもまずは指標を。電子ゲームは売れるんだ、面白いんだという物を一番技術力があって一番企業としての体力があるミカン(これ正式な会社名になりました)が示さないといけないなぁと考え、まずは前世でも散々コピー機が横行した例の超名作ゲームを再現してみた。

 

 年代的にはとっくに出てないとおかしいんだけどパソコン関連が10年遅れた影響か、それらしい会社が存在しなかったからね。これに合わせて最近のボクシング流行に乗った形でパンチ力測定マシーンなるものを開発している。インベげふんげふんだけだとやっぱりゲームセンターも寂しいしね。レースマシンや横スクロールシューティングゲームも欲を言えば欲しいけど、その辺りは新しいゲーム(玩具)にドハマりしたうちの開発陣が何とかしてくれるだろう。

 

『あ、ただしゲーム開発部とパソコン開発部は別の部署にすっからな』

『『『そりゃないよボス!』』』

『そりゃないよ、じゃねーよ! お前らこの3日ひたすらエイリアンフルボッコゲームやってるだけじゃねーか! 働け!』

 

 そう言ってブーブーと文句を垂れる大きなガキ共の尻を蹴り上げる。おいウィル、PC部門の統括やってるお前までゲーセン(ゲーム開発部)に籠ってるんじゃねーよあっちの部屋誰も居なかっただろうが。率先してお前がチームの仕事を放り投げてどうする。

 

『だけどボス、これは間違いなくとんでもなく儲かる代物だよ』

『わかってるよ。だけどこれだけ作るつもりはないんだ。こいつは会社の資金源、この資金を次のゲームとPCの開発に回すんだからそっちがしっかりしてくれないと困るんだ』

 

 恐らくその商売人としての嗅覚がこのゲームの途方もないポテンシャルを見抜いているんだろう。その感覚は得難いものだからそのまま保持しといて欲しいが、それよりも開発だ。どんどんPCの性能と使いやすいインターフェイスの開発を進めて行ってほしいんだから足踏みされても困る。

 

 ウィルには将来的にどこまで行くのか、ある程度の指標を話してある。恐らく20年も行かないうちにここまで行けるだろう、という程度のあやふやなもんだがな。彼の反応も現状の速度で発展するならあり得るとは言っていたが、だからこそ現状PC開発だけしか出来ないミカン単独では難しいんじゃないかとも懸念が出ていた。

 

 特にネットワークだ。あれは一企業が頑張ってどうこう出来る物ではないからな。そちらに関しては現状米国政府と各大学のお偉いさんを含めて話し合いを行っており、まずは国内で民間用のネットワーク網(まぁ、国の監視はある程度は入っちまうだろうが)を整備して見よう、という話しに持って行っている。

 

 TVとかに何かで呼ばれた時にも『いまタクミこんなことしてます!』って元気よく専門用語をバリバリ話してるから、そこそこ世間でも話題にはなっているようだ。最近エイダが自分の番組を持ったとの事で初回ゲストとして呼ばれて行ったとき、『結局どうなるの?』『どこに居ても端末があれば連絡が取り合えるようになるんだよ』っていつものノリで話したのが一番わかりやすかったらしいのは、まぁ、あの人の聞き方が良かったんだろう。他の番組では完全に客寄せパンダみたいになってるからな。

 

『言ってる事の半分以上を理解できている人は稀でしょうがね』

『それで良いんだよ消費者は。分かる奴からの問い合わせはガンガン増えてるし十分十分』

 

 世間様に求めてるのは『正しい意味での』知名度だからな。現状、ミカンは私が趣味で始めた良く分からないコンピューターという分野の良く分からない企業ってイメージが強い。『黒井タクミ(わたし)』という看板があるからそこそこ知名度はあるがあくまでもそれはどういう企業であるか、ではなく『黒井タクミ(わたし)』の持つ会社の一つって意味合いが強い。

 

 前世の方でもコンピュータなんて2000年越えるまで良く分からない便利な物って印象だったんだから、まぁそこはしょうがない。とはいえそれを売りたいこちら側としては世間全般がその認識のままだと困るんだわな。

 

 何に使えるのか。どう役に立つのか。少なくともこの辺りをプッシュしていかないと物珍しさだけじゃぁあっという間に先は無くなってしまう。だからこその知名度アップだ。私はミカン1をただの最初のPCとして、要は実験作のような扱いで作ってはいないからな。そんな物は本当に好事家か同好の士か将来のライバルにしか売れないからだ。

 

 ああ、勿論それらに売れたくないという訳じゃない。ただ、世に広めるという目的がある以上一般的な層も取り込まなければ話にならないからな。という訳で私はまず自身の持つ最大の売りを惜し気もなく投入する事にした。

 

 このミカン1。初期の段階で私の歌が10曲ほど中に入っているのだ。勿論最初期のプレスで作った曲で、ボトムズ名義での物は一つも入ってない。まぁ、『SUKIYAKI』とかその辺りの歌だな。これらをレコードに比べれば圧倒的に少ないノイズで流す事が出来る。更に、ある物を購入すれば楽曲を入れ替える事も可能なのだ。

 

 そう……CDを入れ替えれば。

 

『1台売る度に500ドルの赤字ですか……』

『短期的に見ればね。長期的に見ればこれで十分以上採算が取れるさ』

 

 損して得取れって奴だ。オランダの某電子機器メーカーと日本の電子機器メーカーが最近なにやら動いていると知って接触してみれば案の定。レーザーディスクをすっ飛ばしてCDが開発されてるのには驚いたよ。

 

 勿論すぐさま両社に連絡を入れて一口噛ませてもらった。両社にとっても私は絶好の宣伝係だからな。何せCDの本領は音楽・映像媒体としての物だ。前世じゃ死ぬ間際まで新曲のCDなんて物も使われてた位だし、今世でどこまで生きるかは分からんが少なくとも2、30年は現役だろうことは間違いない。今現在レコード店では「ノイズなしでタクミの声が聴ける!」とかなんとかつけてCDを販売している筈だ。

 

 小型のコンピュータを開発しているって事も含めて伝えるとそちらにも興味津々だったし、そのコンピューターにCDの再生機能をつけると伝えると、目の色変えて組み込むためのプレイヤーは開発するって言ってくれた。しかもかなり値引きしてくれた金額でだ。普通に1000ドルはするだろうプレイヤーをお値段なんと500ドルでのご提供。ミカン本体が300ドルだったから総額合わせて800ドルという所だな。どっちも本来は倍の値段がするから互いに大赤字である。

 

 CDという分野にそれだけ賭けてるって事だろう。実際、後の歴史の流れを知る身としてはその着眼点が間違ってなかっただけに一流のビジネスマンの嗅覚って奴は侮れんわ。

 

『まぁ、その赤字分はこいつで稼げるだろうけどさ』

『間違いないだろうね。むしろそっちを中心に何故しないのかって思う位に売れると思うよ……』

 

 ポンポンと今月には販売予定のエイリアンフルボッコゲーム(仮題)を叩くと、ウィルは何度も頷いてゲームの筐体を触る。ウィルは技術者というよりもビジネスマンよりだからな。このゲームを作ると決めた最初の最初から賛成していたのはこいつとウォズくらいなもんだった。

 

 皆作ってる最中に「あれ……これヤバいんじゃね」的なノリになってたけどウィルとウォズは最初から最後まで「凄いものが出来る」って評価をしていたから、この二人をソフトとハードのツートップに据えたんだがね。技術に対する見方と嗅覚が凄いんだ。

 

 現在開発中のミカン2からは完全にCD-Rを使う事を前提に作成している。ミカン2からは値段を少し高めにしてギリギリ黒くらいにする予定だが、ミカン1と一部パーツで互換性もあるから1000ドル位では提供できるだろうし、その頃までにはネットワーク網の構築の話も進んでいるだろうしもう少し機能も増やせるだろうな。

 

 やっぱりパソコンはネットに繋がってなんぼだからなぁ。今のミカン1で出来る事は昔のワープロ位の事と、音楽を流すくらいしか出来ないし。色々追加したい機能はあるけど、そういった物はある程度PCが広まってから模索するべきだろう。

 

「とはいえこいつは早めに仕上げたいんだけどなぁ」

 

 パソコンを幾つかつなげて作業をしている3Dに見える『何か』の画面を見ながら、私はゲームの筐体を愛おしそうに撫でるウィルに視線を向ける。コンピュータ・グラフィクス(こいつ)を早い所実用レベルにまで引き上げれば、ゲームも映画も捗るんだがなぁ、おい。割とこっちはお前にかかってんだから頼むぜ、ホント。

 

 

 

「銀さああああん!」

「おお、お嬢。元気だったかい」

 

 東京国際空港に降り立った私は居並ぶマスコミをガン無視して迎えに来ていた銀さんの胸に飛び込む。銀さんの隣で両手を広げていたパッパが固まってるが無視だ無視。最近忙しいからって全然電話で話してくれない養父なんてぺぺぺのぺだぜ。時代はちょいワル短髪任侠系オヤジなんだよ。

 

「それ、その。本当に忙しかったんだ……すまない」

「良いんだけどさ。芸能事務所の社長なのにメディア王とかなんか言われて調子に乗ってるクロちゃんなんかさ。どっかの現地妻に愛を囁く時間はあるのにさ」

「待て、なぜお前がそれをおおおおお」

 

 ちょっとマジ力(ちから)でお尻を抓ると野太い悲鳴を上げてクロちゃんが倒れ込む。居る居るとは思ってたけどやっぱりか、高木さんの予想的中やな。妙にヨーロッパに足しげく通ってるみたいだってのは知ってたけどさ。吐けよ、さぁ。楽になるんだよさぁ!

 

「その、だな……一度、先方とも会ってもらいたいから……詳しい話は家で」

「あ、何マジモンで結婚考えてるの?」

 

 用意されていた車に乗り込むと、観念したのかパッパが軽い経緯を話してくれた。何でも以前ヨーロッパでの仕事の際に知り合った人と現在進行形でお付き合いを。しかもプレイボーイを気取っているパッパが割と真剣に清い交際を続けているらしい。思わず「嘘やん」とか言っちまったけどまぁ、肝心な所でパッパがヘタレなのはわかってたことだしね。そんだけ本気って事なんだろう。なら応援するしかないわな……娘としては。

 

 相手さんはオーストリアに住む結構良い所の女性らしく、先方にはすでに義理の娘が居る事を報告済。結婚も視野に入れて考えているが相手さんがまだ学生なので少し時間が欲しいと……うん。なんで10以上年下の人なのかな。かな。割と引いたんだけど。いや、恋や愛に年齢は関係ないけどさ。相手も身元がしっかりした人みたいだしおばちゃん五月蠅い事言いたくないんやけどさ。

 

「10歳位しか年違わない人をママって言わなきゃいけない側の気持ちを考えて欲しいんだけどそこんとこどうよ?」

「うぐっ……な、なあ銀二」

「いやこっちに振られてもな……流石に擁護できんぞ」

「銀さんは逆に早く相手を見つけなよ。もう30越えてるんだから」

「うぐっ」

 

 黙り込む大きな男二人にため息をついていると、車は懐かしの銀さんハウス……ではなく、パッパが最近購入したというマンションの地下駐車場へと入っていく。以前あんな事があった為、防犯対策の取れている建物を丸ごと購入。自社の社員なんかにも社宅として提供しているんだそうだ。最上階は丸々クロちゃんの自宅として使ってるんだがな。

 

 なんでここに来ているのかというと、現状の銀さんのお仕事がこのマンションの警備員兼住み込みの管理人という立場だからだ。これに関しては、正直私が悪いので銀さんにも黒ちゃんにも謝り倒すしか出来ないんだが。とある事情により、銀さんは長らく受け持っていたシノギである屋台村の管理を舎弟に譲る羽目になり、961プロダクションで職を得て糊口を凌いでいるのだ。

 

 事の発端は米国で出たとある記事だった。タイトルは『黒井タクミの知られざる素顔』。どこで調べて来たのか私の日本での生い立ちから黒井との出会い、米国に渡った後の活動などを書き綴った文面で、こんな生い立ちなのにここまで成功するなんて凄い、と言いたいのか普通の人間じゃない、と言いたいのか良く分からない内容だったのだが、この記事がとんでもない位の規模で全米を席捲した。

 

 特に両親に売り飛ばされそうになって逃げだしての下りが全米の奥様方のハートを鷲掴みにしてしまったらしい。今では黒井タクミは『アジアから来た凄いミュージシャン』から『アジアから身一つで出てきて成功を収めた悲しい過去を持つ凄いミュージシャン』扱いに変わったのだ。文面が伸びただけだろうって? それだけ世間が私に対してのイメージを固定化したって事だよ。これ割と馬鹿に出来ないんだよな。

 

 特に奥様方からのイメージアップはデカい。ロック系列のミュージシャンってのはどうしても反社会的というか、過去に起きた麻薬とのあれやこれやのせいで世間一般ではまだまだイメージが悪かったりするからさ。各家庭のご意見番である奥様方から同情的な物が目立つが、良いイメージを持ってもらえるってのはありがたいことなんだ。家族からの反対でミュージシャンを諦めるってのも多いからな。

 

 それに成り上がる為の一つの手段として認識してもらえるってのも大きかった。クロちゃんの力でTV局に渡りを付けられたのもあるが、傍から見れば身一つでアメリカに渡った小娘がたった半年でスターダムに駆け上がった訳だからな。私がスターダムに成り上がるまでの話を見聞きして、「だったら、俺も」となる奴は多いだろう。そして、そういうエネルギーがガンガン入ってくれば業界も更に盛り上がるってもんだろう。

 

 と、ここまでは良かったんだ。この話が何故、銀さんに飛び火するかというと。

 

 実は私がこの記事の少し後に出した自伝が原因だったりするんだな。うん。身体能力とか流石にそろそろ隠せない物が多くなりすぎたから一気に暴露しちゃおうと思ってさ。前々から準備してたんだけど良い機会だったから校閲をプロにお願いして、後ミノルちゃんの『タクミ語録』も幾つか使わせてもらって。

 

 ノリに乗ってかき上げたら100%事実しか書いてないけどめっちゃ派手な冒険小説みたいなのが出来上がっちまって、それを悪乗りテンションのままに発表したんだよね。身長は140cmだけど体重は60kg超えてるとか、バーベルを曲げられるとかも含めてね。

 

 結果、当初は「いやいやそんな馬鹿な」といった反応だったのが通っている大学の医学部チームが「身体データは間違いなく事実です」とか公表したもんだから凄い騒ぎになって、他に書かれていた本の内容も間違いのない事実なんだと認識される事に……なってしまったわけだ。

 

 銃弾を刀で切り落とす侍なんて書くんじゃなかったなぁ。いや、マジでやった時は本当に驚いたけどさ。お陰で銀さんの周囲を無闇矢鱈に騒がしくしちゃって、結局銀さんは長年の生業を手放す羽目になっちまった。信頼できる舎弟に任せられたから良いって言われたけどさ。こっちとしては責任しか感じない訳よ。

 

「本当にごめんね、銀さん。屋台……」

「ああ、気にするな、とは言わねぇが……子供の不始末を被るのも親の責任だしな。それにここは給料も良いし住んでる連中も良い奴らが多い」

 

 軽い口調でそう言ってくれているが、銀さんがあの屋台村に向けていた愛情は本物だった。それを笑って、受け止めてくれる。それがどれだけ凄い事なのか、かつて大人だった私は良く分かる。本当に凄い人ってのは、こういった人の事を言うんだ。

 

「それでお嬢。今回は骨休めに来たのか? お嬢ならいつでも歓迎だが」

「……うん、それもあるけど、今回はちょっと人に会う予定があるんだよね」

「人に?」

「うん。少年飛翔の編集長と、あと最近頑張ってる小娘への激励もあるし……それと」

 

 話をそらしてくれた銀さんに感謝をしながら、今回の来訪の目的を言葉にする。前々から探して貰っていた人物について、確度の高い情報が回ってきたのだ。

 

 以前からどうも、この世界では前世よりも知っている人が長生きだなぁと思っていたのだが。どうも血の気が多いせいか何なのか、早死にしている人が割と生き残っている事が最近分かってきたのだ。医療水準が劇的に上がっているとか、そんなわけでもない。寿命や病気で亡くなる人は極端に少ない……そんな印象を持った私は、もしかしたらと何名かの人間を探して貰っていたのだ。

 

 その中の一人。恐らく、現状詰んでいる日本のとある業界に息吹を吹き込める『可能性のある』人物の存命が確認された時、私は思わずこの世界には居なかったガッツさんの代名詞であるガッツポーズをとってしまった程喜んだ。何せ私の現状の小目標が一気に達成できる可能性もあるのだから。

 

「ちょっと福井までね」

 

 お土産は何が良いだろうか。もうすぐ90歳になるそうだし下手な物を持って行ってはいかんな。先程までの憂鬱な気分が吹き飛ぶその想像ににへら、と笑顔を浮かべながら私は日本での予定を脳内で組み立てる。

 

 特撮の父に会うんだ。しっかりとしたものを用意していかないと。

 

 

 

 とある一軒の家の中。如かれた布団に寝かされた男性は、自分の手の中にある彼の宝物を愛おしそうに眺めていた。何故このようになってしまったのか。決して不幸ではなかった人生だった。生き抜いたという感情もある。

 

 だが、何故だろうか。もうすぐ90を越えるというのに、彼は、そう……燻っているのだ。

 戦後のあの混迷期から、ずぅっと。彼の心はいつもどこかで燃え足りないと悲鳴を上げ続けていた。

 

 それから40年。ついに来る時が来たのだと、彼は悟る。あの日の青年の言葉が蘇る。彼女とはもう一度きっと会えると。それが、今。やってきたのだ。

 

「……一郎、一郎か」

「どうしたい、父さん」

 

 ガラッと襖を開けて室内に入ってきた長男に顔を向け、彼は静かに言葉を紡ぐ。

 

「もうすぐ、東京から……お客さんが来る」

「東京から? そりゃあ、どうして」

「そのお客さんがきたら……必ず、私に通しとくれ……大事な。大事なお客さんなんだ」

 

 訝しそうに首を傾げる長男から目をそらし、彼は腕の中の宝物をそっと撫でる。その宝物……古い丸いフィルム缶に『ゴジラ計画』と盟友の手でタイトルが書き込まれたそれを、彼は愛おしそうに撫でつけた。友とは長らく会っていないが、きっと今も元気にしているだろうか。連絡を取るべきだろうか。そんな思案に暮れながら、彼……円城 英幸は来る邂逅を楽しみに待っていた。

 

 

 

 軋みながら鎖を引きちぎり、また一つ。歯車が回る音がする。その中心地で男は安堵の表情を浮かべ、女は歯がゆそうに唇を噛み締める。

 世界は正しい姿を取り戻しつつあった。




円城 英幸:元ネタは円谷英二。この世界では公職追放後、福井県で発明王として成功。その情熱は40年の歳月を経ても燻り続けている。






「私が神様なのに」
「なんであの子ばかりが」




「お前がそんなんだからだよ」


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この特撮のない世界で

大分難航しました。
今回の二人は本当に難しかった。


誤字修正。五武蓮様、じゃもの様ありがとうございます!


「私は確かに魔法使いと呼ばれてるが本当の所は少し違う」

「私に魔法を与えてくれた魔法使いは実は別に居るんだ」

「そう。皆が大好きなあの小さな大魔法使いさ」

 

〜スティーブン・ウォズバーン 自伝『魔法使いと呼ばれた男』より抜粋〜

 

 

 

 それは、酷い出来栄えのものだった。

 

 どこから持ってきたかも分からないようなカメラ一つで撮られた映像は所々ぼやけているし、ブレまくっている。恐らく途中で何度か素人が撮っているのだろう。明らかに場面によって精度が違うし、何よりも見づらい。

 

 音声もチャチいし場面場面で流れてくる音楽も恐らくプロではない。楽器を扱いなれている素人……恐らく近くの学校の音楽室かどこかで録音されたそれは幾らかの雑音混じりに簡略化されたBGMを垂れ流している。何よりも俳優が明らかにド素人で芋臭いのだ。唯一見れる演技をしているのが人手不足か博士役を兼任している監督だって所が、更に人材不足を匂わせてくる。

 

 尺も短い。テープかカメラの限界だったのだろう、1時間程度の中途半端な時間で映像は終わった。もしもこの場に映画関係のプロが居たとしたら、監督の熱意と工夫だけで誤魔化して作られた短い娯楽映画。それがこの映画を表する言葉になるだろう。

 

 

 でも、それはゴジラだった。

 

 

 近くの学校の体育館。カーテンを全て締め切った即席の映画館。ワイワイと子供や大人、中には老人までが集まってその映画の動きに言いたい放題に言葉を付ける。中には当時俳優をやっていたのだろう、40を超えただろうオバサンが昔の私は綺麗だったと画面を指さしながら嘯いている。

 

 そんな和気あいあいとした空気の中。最前列でその映画が映し出されるお手製のスクリーンを見ながら……私は……

 

「酷い出来でしょう」

 

 私の隣で車椅子に座りながら、この映画の作り手の老人は静かに語り出す。20年前。何かに取り付かれたかのようにこの映画を作成した時、手伝ってくれた友人と試行錯誤しながら何とか映画の形に整えた。自分の趣味の為だけに使えるお金を少しずつ工夫しながら、数年の月日をかけて。地元の住民も参加したり、高校の吹奏楽部に演奏を頼んだりと色々な人に助けられて完成したそれは、愛すべき地元の名物の一つとして受け入れられている。

 

 それらの苦労話を語る老人は、よぼよぼの顔をくしゃくしゃにして笑いながら楽しそうにこの映画について語ってくれた。嬉しそうに……少しだけ寂しそうに。

 

「この辺りの子供たちは、皆これを楽しい、楽しいと言ってくれます……こんな着ぐるみビデオの、延長線みたいな出来の映画を……」

「……とても、良い出来だと思います」

「ハハッ……そう言って、いただけますか」

 

 絞り出すように答えた私の言葉を、どう受け取ったのか。

 老人は、画面を見ながら静かに語り出した。

 

「今でも思います……あのまま、東京に居れば……私はどうなっていたんだろうと」

「…………」

「……この作品を見て……泣いてくれたのは貴方が初めてです……」

 

 ボロボロと涙をこぼす私に、老人は震える声でそう口にした。

 胸の中を駆け巡る感情が何なのか、私にも分からない。もしかしたら懐かしいとも、悲しいとも、嬉しいとも判別できない不自然な心の動きに、自分自身が困惑しながら私は目元を拭う。

 

 前世を少しだけ、思い出してしまった。父親に手を引かれながら、暗くなる映画館の中。古い映画ばかり流す寂れた映画館で、買ってもらったジュースをちびちびと飲みながら、私は暗くなっていく館内で父親の腕にしがみついていた。白黒の画面に怖いと思ったのは、多分あれが最初で最後だろう。

 

 そうか。私は、今。寂しがっているのか。

 

 孝行できなかったなぁ……親不孝者でごめん。父ちゃん、母ちゃん……また会いたいよ。

 

 

 

「お受けいたしましょう」

「父さん!?」

「良いんだ一郎。来るべき時が来た。それだけなんだ」

 

 これをこの地方に埋もれさせるわけにはいかない。是非ともリメイクし全国、全世界を相手に。出来れば監修をお願いしたいが、それが無理でも知恵だけでもお借りしたい。流石に一人では歩く事もままならない円城さんを第一線に連れていくのは対面した時に諦めた。だが、彼の脳内に収められた戦前に発展していた特撮技術の全てと、このゴジラ作成の際の苦難と工夫はいくら金を出しても惜しくない代物だ。

 

 その私の言葉に、ご子息の一郎さんは難色を示した。待遇についてではない。体力的に考えても90を超す老人に頼む仕事内容ではないと、父親の身を案じての発言だった。その正論に私は納得し、対案を出そうとした時。円城さんは一郎さんを手で制して、私の頼みを最大限聞き入れる形で承諾してくれた。

 

 だが、それはそれで私にとっても予想外だった。私としては設備を整えやすい東京付近で撮影を開始するのが望ましいが、福井に撮影所を新設してそちらに様子を見に来てもらうという予定で算盤を弾いていた。あくまでもオブザーバーとして、後進に知恵を貸してもらう。そのつもりだったのだ。

 

「円城さん、それは」

「皆まで仰いますな。言いたい事は、分かっております」

 

 いくら何でも、90を超えるご老体に東京まで出て貰って、しかも体力のいる撮影現場での指導を行わせるなんて無理だ。間違いなく命を削る事になる。私が口を開こうとした時、円城さんは一郎さんを止めた時と同じように手で私を制した。

 

「確かに、東京まで出向くのはこの老骨には辛いでしょうな……」

「それなら」

「しかし、それでも急がねばなりません。恐らく儂はあと1年生きれるかどうかでしょうからなぁ」

 

 のほほんとした表情を浮かべて自分の死期を語る円城さんに、流石にその冗談は笑えない、と口を開こうとして私は息を止めた。目の前の、90過ぎの老人は。歩く事も儘ならない筈の老体が、居住まいを正し、私にゆっくりと頭を下げたからだ。

 慌てたように父を助け起こそうと動いた一郎さんに、「触るなっ!」とそのやせ衰えた体のどこから出て来たのかという声を上げて、円城さんは顔を上げる。

 

「この老体にはもう時間がありません。もはや悠長に待つ時間は、ないのです……どうか。どうか……」

「……父さん」

 

 震えるように頭を下げる父の姿に、一郎さんは呆けたように眼を見開く。父のそんな姿を見た事もないのだろう……部外者である私よりも、親族である彼の方がショックは大きいのかもしれない。

 

 その姿を目にしながら、私は頭の中で算盤を弾く。この話は私としてはメリットしかない話だ。何せこちらの世界では発明家になっていたが、その前は東京映画でブイブイ言わせていた実績持ち。公職追放の際に当時の一線級の人材が軒並み他職に行き壊滅状態の日本特撮業界に直接打ち込むカンフル剤としてこれほど適任の人は居ない。

 

 だが、この話をそのまま受け入れればこの人は確実に持たない。

 

 あと、20年……いや、10年早く私が生まれて居れば。十全な状態のこの人が作品に関わっていればどうなったか夢想してやまない。この人は、そんな人なんだ。

 

 ……そんな人が、私の様な小娘に頭を下げている。その知識を、その経験を残らず、余さず使い切る為に。最後の一瞬まで、燃え尽きる為に。

 

 頷かなければ、この人は這ってでも東京にやってくる。罪悪感に蓋をして、私は彼の言葉に頷きを返した。

 

「専門でドクターと看護師を常駐させます。世話役には私どもの社員をお付けします。ただ映画を作るだけに集中できる環境を……必ず」

「ありがたい。この老骨を最後まで動かせそうです……一郎」

「……親父……わかった。わかったよ……俺も行こう」

 

 父の顔を見た一郎氏は、何かを諦めた様な表情を浮かべた後さばさばとした顔になり、家族に話してくる、と一言断ってから席を立った。頭を下げてその姿を見送り、私は円城さんに向き直る。

 

 彼にどうしても聞きたい事があったからだ。そして、恐らく彼も私にそれを話したがっている。一郎氏の足音が遠ざかっていくのを目をつぶって確かめ、完全に離れたと判断してから私は目を開く。

 

「改めてご紹介をさせて頂きます。黒井タクミです。初めましてで、よろしいですか?」

 

 尋ねるような私の言葉に、円城さんは眼鏡の奥の瞳を少しだけ細めた後にふるふると首を横に振る。

 

「……それならば、私はこう答えるべきなのでしょうね。お久しぶりです、と」

 

 そう答える彼の顔は、何かを懐かしむような。悔やむような、複雑な表情を皺だらけの顔に浮かべていた。

 

 

 

 昔の伝手がある、という円城さんの言葉に従い東京映画へと事前にアポを取り、長時間のドライブは体に響くからと数日掛けて東京へ移動した我々を待っていたのは、予想だにしない人物だった。

 

「……英ちゃん」

「御無沙汰しとります……黒川監督」

「……よく、よくぞまた……また会えるとは、思わなかった……」

 

 日本が世界に誇る映画監督、黒川明。前世において世界の、と呼ばれた名監督と恐らく同一人物だろうその人に、車椅子に乗った円城さんが軽く頭を下げる。そんな円城さんの姿に、少しだけ過去に思いを馳せたのか懐かしむような表情を浮かべた後、黒川監督は自身が乗ってきた車に私達を案内してくれた。おいおい世界のクロカワ直々のお迎えかよ。円城さんやっぱり半端ねぇわ。

 

 回された車の車中で、早速黒川監督と円城さんは今回の上京の目的について話し合っていた。すなわち、戦後初の特撮映画の撮影と、特撮映画という分野の復活についてである。日本では廃れた分野を復興させるというその話に、思いの外黒川監督は乗り気であった。

 

 というのも、ここ最近の日本映画界は酷い不況の真っ只中にあるのだそうだ。半分くらいが私が理由なのでそぉっと窓の外を眺める。いや、私のせいというよりは前回の私の帰国の際。暴走した芸能界が悪いんだがな。

 

 それまで大物と言われていた人物は、どうしたって上層部。黒い部分と密接に関わる辺りとの付き合いが多かった。そして、実際にただ付き合いがあっただけでも結構なイメージダウンを受けるのは仕様のない事であり、それが元々落ち気味だった業界に止めを刺しかねない痛手になったのだ。完全な自爆だが、業界で真面目に働いてた人間にとっては洒落にならない出来事だった。

 

 そんな状況の中、どこからか大口のスポンサーを連れてきた元腕っこきの特撮技術者からの連絡があり、その内容が特撮映画の復活だった、と。成程、確かにこれは大物が出張ってきても可笑しくないか。本当に後が無いんだ。黒川監督が乗り気というのもあるんだろうけど。

 

 まぁ、そういう状況なら話が早い。どうぞ自由にやってくださいな。ここから先の私の仕事は精々、スポンサーとして何かあったら財布の紐を緩める位に留めて後は現場に任せて良い物を作って貰おう。

 

 というかまさか黒川監督が総指揮撮るとかじゃないよな? この人止めなかったら一回の映画に数十億つぎ込もうとするタイプの監督だぞ? 私は止めないけど流石に採算ベースに乗せないと続きが出せないんだが。フリじゃねーからな。

 

 この作品は、間違いなく映画史に名を遺す名作になるんだ。何十年だって語り継がれて、次の話も作られるようなそんな名作の、その土台に対して私は幾らだって投資しても惜しくはない。けれど、ただの金満映画を作るんじゃ意味がない。

 

 町を一個作ってぶっ壊したらそりゃリアリティは出るだろうが、そんなもん8分の1サイズでも近いことは出来るんだ。職人の手でどうとでもなる所に金を使うんじゃなくて、役者と機材と技術者に金をぶっこもうぜ。それらは次への財産になるんだから。

 

「……お嬢さん、黒井タクミだったか」

「ども。黒井タクミです。はじめまして」

「英ちゃん。とんでもねぇの捕まえて来たな」

「捕まえたんじゃない。捕まったんだ」

 

 黒川の言葉に円城氏がそう答え、室内に二人の笑い声が響き渡る。笑われたこちらとしては口をへの字に曲げるしか出来ないが、それすらも爺さん二人には笑いの種になるようで。いや、良いんだけどさ。気分良く仕事してもらえるなら。だからそのメモ帳に書いた主演:黒井タクミって名前を消しなさい。こっちはそんなに長く日本に居られないんだよ。代わりは用意しとくから。

 

 

 

「随分大盤振る舞いじゃないか」

「その価値はあるからね……あ、それロン。九蓮宝燈」

「はぁ!?」

 

 驚愕の声を上げるクロちゃんの点棒を根こそぎ略奪し、この半荘『も』私の勝利が確定する。転生してからこっち、やたらとピーキーなこの体で一番凄いのはこの阿呆みたいな記憶力と集中力だよな。まさかリアルガン牌出来るとは思わんかった。相手が何持ってるか、何を引くかまで文字通り全部見えるから勝負にならんな、これ。

 

 とはいえ、一度勝負の舞台に立った以上結果がすべて。さぁ、大人しく俳優を出して貰おうか。

 

「クソっ……はぁ。わかった、ウチが全面的に協力しよう。だが、東京映画さんのお抱えの役者も居るだろうに」

「そっちだけだと東京映画の味しか出ないでしょ。今回はさ、もっと色々な味を混ぜ合わせたいんだって」

 

 それに寄せ集めで出来た961プロは各俳優の色がそれぞれに分かれてるからね。システム的にそうなりやすいってのはあるけど。

 

「まぁ、その点はな。ウチは各タレントを中心にしたチームでやっているから」

 

 色々な味、という言葉に納得がいったのか。軽く頷いてクロちゃんがマージャン牌を片付ける。わざわざ私に勝つために通しまで使ってたのにごめんね、勝っちゃって。ふんすふんす。

 

「いや……流石は我が愛娘だと喜びも一入さ」

「その割には笑顔が引きつってるけどね?」

 

 ニヤニヤ笑いながらそう尋ねると非常に複雑な表情を浮かべてパッパが黙り込んだ。負けず嫌いと親馬鹿を同時に発動させてるんだろう、相変わらず難儀な性格の人だ。

 

 とはいえ今回はその難儀な性格に付け込んだ所もある。普通いきなり俳優数十人貸してくれとか言われたら笑顔で「無理」の一言だからな。何とか約束まで取り付けた以上、この人の性格からして必ず守ってくれるだろう。特に私との約束は。身内に弱いからなパッパ。

 

 まぁ、出来ると思ったからこの話を961プロに振ったってのもあるが。というのも、現状の961プロのタレントの管理スタイルがアメリカにある私の会社とほぼ同じなんだよね。

 

 どういうスタイルかというと、ものすごく簡単だ。会社の中にほぼ独立採算部署として各タレントが居る。以上。本当にこれだけなのだ。

 

 これだけだと流石に説明不足に過ぎるからマイコーを例にしてみると、彼女は私の会社に所属しているが、自分でうちの会社に所属しているプロデューサーやらスタッフやらと契約を交わしてチームを編成し、自分で自分が行う仕事を選び行っている。

 

 そして彼女が受けた仕事のギャラは一度全て彼女に支払われ、そこから施設の維持費やら諸々の経費が引かれ、大体9割位が手元に残る。CDの販売の時は流石に経費もデカいからもっと取ってるけど、ライブやTVの出演なんかは大体9割以上は手元に残る。

 

 そんだけ貰えれば大儲けだろう、と考えるだろうがそこはそう上手くいかない。スタッフに払う給料はチームリーダー、この場合マイコーが持たなきゃいけないからだ。彼女が選んだスタッフは彼女と同じく当然超一流。そのギャランティはかなり嵩むだろう。私もボトムズの他のメンバーにはそれぞれ利益の一割は渡してたし。

 

 基本的に会社からの給料という物は最低限のものしかなく、各自の仕事に関してはそれぞれのチームリーダーが契約したプロデューサーを介して行われている。

 

 それなら独立した方が良いだろうと思うかもしれないが、超大御所ならともかくそこそこ人気くらいならこっちの方が良いんだな。まず施設もそうだが、同じ会社内部のアーティスト同士でイベントも出しやすい。それに他のアーティストに来た依頼に一緒に参加させて貰うなんてのもある。

 

 スタッフを自分で選べるというのも結構な利点がある。大体の奴はまず数ヶ月契約を交わして仕事をして、自分と合うか合わないかを確認する。音楽性の違いで解散とかあるだろ。方便に使われてる時もあるが、あれ本当にプレイが合わないって場合洒落にならないんだよ。

 

 相手も自分もクオリティが落ちる上にイライラするからさ。最近はマシになったがこの世界、本当に誰も彼も血の気が多いから、気の合わない奴らで組ませて血を見る事になったらって苦肉の策だったんだが、思いの外この社内契約制度は上手くいってる。

 

 因みにこの契約に溢れた駆け出し連中にはこちらで駆け出し向けの仕事を割り当ててある。後は大御所連中の設営スタッフなんかに駆り出して場馴れさせたりとかな。大御所連中はそうやって駆け出し連中に経験を積ませたり、目に付いた若いのを引き上げる。駆け出し連中は現場の経験と周囲に顔を売る事が出来る。

 

 マイコーやジェニファーさんはこのシステムを『とても重要な事だ』と言っていた。二人は長年燻り続けてた経験があるから、新人へチャンスを与えるという事に凄く積極的だ。キャロルさんは長年の夢だという音楽学校の設立に向けて動いているし、ニールさんは自分のバンドのボーカルに見込んだ新人を参加させて活動を開始している。

 

 新しい風が吹き込まない業界に未来はない。それはこの20年の音楽業界の停滞を見れば一目瞭然だろう。

 

「その新しい風の為に、一肌脱いで欲しいんだが」

「あいよ」

「馬鹿。それはジャケットだろうが」

 

 唐突に話を切り出したパッパに渾身のギャグを返すもウケが悪い。可笑しいな、円城さん親子はゲラゲラ笑ってくれたんだが。

 

「で。何をすれば良いの?」

 

 まぁお遊びは良いかと椅子に座り直した私に、パッパは一枚の紙を私に手渡してきた。ええと、何なに……

 

「アイドルアルティメイト? なんじゃこれ」

 

 その紙に書かれたイベントの草案らしきものに首を傾げる私に、パッパは静かに告げる。

 

「このイベントに参加して優勝して欲しい。参加者全てに、圧倒的な差をつけて」

 

 剣呑な言葉に思わずパッパの顔を見る。いつも通りのクールぶったその表情は変わらない。だが、その視線には、少しの冗談も含まれていなかった。

 

「出来るか?」

「誰にもの言ってんの?」

 

 その言葉と視線についつい口角が上がるのを感じながら、私は努めて冷静さを保つ。参加者一覧に見知った名前を見つけ、先程から胸が高鳴って仕方がないのだ。

 

 どうやら予想より早く再戦する事になりそうじゃないか、日高舞。顔でも見てやるかとは思ってたが、あの原石がもう同じ舞台に上がって来たか。

 

 背中のすぐ後ろにまで追い縋ってきた成長した舞の姿を幻視しながら、私はニヤニヤとイベントの草案を眺める。曲は……あ、さっきの打ち子の二人バンドマンなんだ。じゃああの二人のグループに頼むか。流石にボトムズ招集はやり過ぎだろうしな。







クソ女神さまと多分タクミの日記

クソ女神
「私だって、頑張ってるのに」

「頑張る前にまず世間を見よう。な?」

クソ女神
「世間……」

「ほら、あっち。あの独裁者の寿命を刈り取って世間に貢献するんだよ! プレスリー早死させたの忘れてねーぞやれよ!」

クソ女神
「それ死神の仕事なんだけど」

「そこで冷静になるなら自分のやらかし前に冷静になろうや。後に尾を引きすぎだぞ」


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このアイドルのない世界で

ご無沙汰して申し訳ありません。
ちょっと長くなったので切りの良い所で前後編にしてます。
後編は明日か明後日になると思います。

誤字修正。物理破壊設定様、にょんギツネ様、SERIO様、じゃもの様ありがとうございます!


アイドルという職業が誕生したのはごくごく最近の話だ。

その言葉の語源は英語の”偶像”、”熱狂的なファンを持つ者”、”崇拝される人や物”を指す言葉で、最初に”アイドル”と評された人物に対して、黒井タクミがそう口にした事に端を発する。

この歯切れの悪い、あやふやな表現。これを『あの』黒井タクミが行ったのだ。

彼女をして、ミシェル・“マイケル”・ジャクソンはそう評するしかなかった。それほどまでに彼女は際立ち、そして、輝いているという事の証左と言えるだろう。

 

~とある雑誌の特集 ”キングと呼ばれた女”より抜粋~

 

 

 

 ニューヨークのとある雑誌社が赤肩の連中に“平和的に”取り囲まれるという珍事が発生したらしい。何が起こったのかと連絡を取るとどうやらマイコーについての記事を記載していた雑誌で、私が過去に言った言葉が引き合いに出されていてそれについてMs.Mが激おこしてしまったらしい。

 

 割と赤肩でも温厚なM氏が激おことか何か変な事言ったかなぁと思い問題の記事の内容を確認すると、何の事は無い。私がマイコーをべた褒めした件が変に曲解を受けていただけだった。言った事は間違いないが、これはなぁ。ちょっと私のミスな気がする。

 

 いや、前世意識によるちょっとしたミスというかさ。前世の方なんだけど、日本だとアイドルって言えばアイドルとしか言いようがないじゃないか。そのノリでマイコーは歌手なのか、それとも踊り子なのかという変な疑問がどっかの番組で話し合われてて、馬鹿らしくて『いやいやあの娘はアイドルでしょ』とか言っちゃったんだよね。

 

 やたらとその言葉の響きが良かったのか、あれからマイコーの紹介を見る度に職業:アイドルって出てるし、本人も気に入ってくれてアイドルを名乗ってるからあんまり気にしてなかったんだけど。まさか数か月単位で遅れて火が付くとは見抜けなかったな。このタクミの目をもってしても。

 

『とりあえずMs.Mには私はマイコーの熱狂的なファンだから、そういう意味だよって言っといて』

『え、あの。タクミ、それは』

『んじゃよろしく!』

 

 アメリカに先に戻ったみのりんに電話口で一先ずの指示を伝えて電話を切る。本当はマネージャーであるみのりんにも来て欲しかったんだけど、あっちの業務も大概忙しくなってるし彼女は米国での私への窓口としての役割がある。今回の訪日はほぼ私の目的……一応対外的には趣味の為の帰国って事にしてる……の為なので、長々と彼女を付き合わせるのも難しいのだ。

 

 最初の数日はこっちでの仕事のあれやこれやがあるから961プロに二人して籠りっきりだったが、その後は1週間くらい休暇って事で実家に戻って貰い、休暇が終わった後はそのままアメリカの方に飛んでもらった。折角お給金も上がったんだし親孝行して来なさいと伝えたら泣かれて抱きしめられたのは少し困ったが、ウチは仕事より家族を優先させるをモットーにした健全な会社だからね。上がその辺りをきっちりしないと下で働く社員も困るんだ。

 

 と、少し話がずれてしまったが。まぁ、火消しの話である。火が付いた以上は誰かが鎮火しなければいけないし、正直めんどくさいんだが……燃やしてるのが私達のファンだからな。流石に無関係でござい、なんて顔はできない。

 

 Ms.Mは確かマイコーの事も詳しかったし恐らくファンだろう。共通の好きな者があって、その好きな者を褒めるつもりで言ったんだよ! って言っとけばそれ以上怒りはしない……しないよな? この世界の人間の沸点の低さは海のリハクじゃなくても読み違えそうだから正直怖い。

 

 最悪、急いでニューヨークに飛ぶかなぁとか思ってたら、この数時間後には円満解決という意味の分からない言葉が電話口から飛んできて別の意味で混乱する事になった。が、まぁこれは良い。ここは問題が起きなかったことを喜ぶべき所である。

 

 問題は、何故かマイコーがやたらめったら張り切って新しいアルバムの制作に色んなスタッフ巻き込んでどでかい事をやらかしそうって所なんだよな。電話口でみのりんが震えてたぞ。

 

 これショートフィルムじゃなくてマジのフィルム作るつもりなんじゃ? とばかりに豪華なスタッフとどこから用意したのか潤沢な予算を用いて、半年近くロケを行うとか報告が上がってきた時は食ってたそばを噴射しそうになった。マネージャー代わりに付いてくれてる銀さんが居なかったら多分吹いてたわ。銀さん、食べ物粗末にしたらマジで切れるんだ。

 

「ま、まぁマイコーがやるんだし……最悪ヤバそうなら誰かが止めるだろうしうん、向こうに任せよう」

「実際、予算のほとんどは彼女がかき集めてきたようだからな。大丈夫、だろう。多分……きっと」

 

 私と一緒に青い顔をして報告を受けていたパッパが、若干希望を込めてそう呟いた。否定はしないよ、私もそう信じたいからな。も、もしトチったらこっちから何とか助けてやろう。流石にありえないと思うが、今彼女がコケたら影響がデカすぎるなんてもんじゃねーからな。

 

 何せ、ボトムズの活動が抑えめになった所で代わりに台頭してきて、世論の流れを主導しているのは彼女……いや、彼女を筆頭にした新興のアーティスト達、“アイドル”なんだから。その旗印がこんなどうでもいい場面でミソつけられるなんてたまったもんじゃないぞ。

 

 

 

【〇月×日 日ノ本テレビジョン 大ホール】

 

 

 会場内の空気は、その華やかな外装とは裏腹に酷く重苦しい雰囲気を醸し出していた。

 原因は分かっている。メディア王とまで呼ばれている男、961プロダクションの黒井崇男が、961プロの要人を引き連れて会場内に現れたからだ。群がるように各雑誌社やラジオ局の人間が彼に挨拶をと近寄っていく中、近くを歩いていた一人の顔を見た黒井が「ふむ」と声を上げた。

 

 その場にいた人間たちの視線が集まると、その視線の先にいた人物もギョッとした表情を浮かべて彼らに気付く。そんな男に黒井は笑みを浮かべながら歩み寄った。

 

「やあ、日ノ本テレビジョンの……」

「こ、これは黒井さん……ご無沙汰して」

「ああ。確かに最近はどうもうちの会社からはあまりお世話になっていませんからね。顔を合わせる事も無くて当然だ」

 

 黒井崇男の言葉に日ノ本テレビジョンの専務はハハハと居心地悪そうに笑いながら額に伝う汗をハンカチで拭う。その拙い誤魔化しを詰まらなそうに眺め、黒井は取り巻くようについてくる人々を引き連れて自身の名札が置かれている席へと歩いて行った。

 

 彼の座る961プロ用のテーブルには、名プロデューサー兼アーティスト部門の部長として最近名を上げている高木順二朗などの961プロの重鎮や、関連会社であり発展著しい週刊少年飛翔を抱える小野島出版の小野島が座っており、これ幸いとファッション誌や週刊誌などの出版社の人間がひっきりなしに彼らに対して挨拶を行っている。

 

 彼等の反応も当然だろう。961プロはタレント保有数で言えば国内最大手。以前に起きた騒動の影響で実績と知名度が高いタレントも複数在籍しており、仕事の料金もタレントの格で変わるとはいえほぼ相場通り。大手事務所にありがちな圧力営業等も一切ない上に、何よりも所属するタレントの仕事へのハングリーさが他と段違いなのだ。

 

 961プロに所属するタレントは誰も彼もが非常に高いプロ意識をもっていると言われており、相場以上の仕事をタレントが『自主的に』行おうとする。特殊なマネジメント契約を行っている結果かは分からないが、その姿勢はここ最近失墜している芸能界の信用度を底上げし、共に仕事をする他の業種の人間にとっては非常に好ましく映る物だった。

 

 その結果、つい半年前まではTVやラジオ、雑誌等ありとあらゆるメディアで961プロのタレントを見ない日は無かった。いや、今現在も、ラジオと雑誌ではほぼ必ず961プロの誰かが仕事をしているだろう。

 一部の例外を除いて。

 

「……非常に不愉快だ」

「黒井……社長。余りそういう事は」

「気持ちは分かりますがね。トップの貴方が強く感情を見せてはいけない」

「……その通りだ、すまない。しかし……奴らのあの面を見たらつい、な」

 

 同じテーブルに座る高木と小野島が黒井を諭すように声をかける。二人の言葉に渋々とながらも頷いて、黒井は周囲を見やる。そんな彼の視線から、ついっと目をそらす人間たち。彼らはいずれも、TV業界の人間だった。

 

「無駄な事を。誰の得にもならない対立なんぞ起こして……」

 

 吐き捨てるようにそう呟いて、黒井は用意されていた温い水を口に含む。嫌がらせの一環か、カルキ臭のするそれに眉を顰めながら口を湿らせ、彼は舞台袖を睨みつける。彼の視線の先……そこには半ば巻き込まれるように対立の軸にされてしまった、哀れな大手プロダクションの社長の姿があった。

 

 美城秀則。決して無能な人物ではないが……時流を見誤ったか情に流されたか。歴史があるという事はしがらみが多いという事だからな。恐らくは古くからの付き合いのある人物に頼まれて断り切れず、と言った所だろうか。彼は酷く青い顔をしたまま、周囲を取り囲むTV局関連の人間と話をしている。

 

 事の起こりは、半年前。

 961包囲網と呼ばれるTV業界による961プロへの攻撃は、半年前のとある日曜日から始まった。

 

 

 

 アイドル、と言葉にするのはたやすいが、その言葉の内容はひどくあやふやなものだ。要するに他者から注目される人、尊敬されたり、一目置かれたりする人という意味合いで言われているが、決して確固とした形があるわけではない。その言葉の意味は見る人や感じる人によって変わるものだ。決して一個人を指す言葉ではない。本来は、そうだった。

 

 彼女がこの世に現れるまでは。

 

 

ミシェル・“マイケル”・ジャクソン

 

 

 凄いアーティストを発掘する。ただその趣旨だけで開催された途方もない全米オーディションという試みで、あの怪物は世に生み出された。

 

 彼女は、一言で言い表すならば完ぺきであった。

 

 いや、その完ぺきという言葉すらも彼女の前では霞むかもしれない。その歌唱力は数多の歌手達を圧倒し、その斬新な踊りの技術はこれまでの技法を全て過去の物とした。そして、何よりもあらゆる美姫が霞む美貌と、その美貌を活かす”魅せる”技術。

 

 全てにおいて彼女は頂点だった。フィルム越しに見る彼女のパフォーマンスは見る物を魅了し、世界中が彼女に夢中になった。

 

 そして、そんな彼女が頂点だとするならば……自分たちはその光に誘い込まれた小さな蝶か、それとも蛾か。自嘲気味に笑みを浮かべて、マイナスに陥っていた自身の考えを自覚し、美城幸姫は深く息を吸って、吐いた。

 

「ゆきちゃん、大丈夫?」

「……はい、いえ。少し、緊張しているみたいです」

 

 隣に座るマネージャーの言葉にそう微笑みを返して幸姫は周囲を見渡した。

 

 彼女の居る控室はこのテレビ局が用意できる個人用の控室としては最上級の場所であるらしい。広くて清潔で、空調も効いている。大きな鏡が壁際にあり、先ほどまで幸姫はそこの前に座らされ、彼女の専属のコーディネイターから何か一工夫出来ないかとあーでもないこーでもないと着せ替え人形にさせられていた。

 

 流石に本番直前に大きく変更を加える訳にもいかず、また私が明らかに疲れた表情を浮かべていたためにようやく解放されたが、あの様子では放っておけば本番直前まで引っ張られていたかもしれない。

 

 まぁ、それだけ私の魅力を出来る限り引き出してくれようと頑張ってくれたのだ。文句は言うまい……言う訳にもいかない。彼女も必死なのだ。何せ、あの化け物相手に何とか私を勝たせろと、私のスタッフ達は厳命されているのだから。

 

「ゆきちゃん、貴方は何も心配しなくていい。いつものパフォーマンスを維持すればいいの。それだけで……後は何とかなるから……」

「……三浦さん、それは」

「分かってる。だけど、961がねじ込んできた二人……片方はほぼ間違いなく日高舞でしょうけど……彼女とこの半年、TVの最前線で戦い続けていた貴方との実力差は、そこまで大きくはないはずよ。実際この半年の貴方の成長は目を見張るものがあった。多少の差なら、きっと……」

 

 何かを察したのか。マネージャーの三浦さんは私の手を握ると、座った私と目線を合わせてそう言った。その言葉の内容に言葉を失いかけた私に少しだけ表情を陰らせながら彼女は首を横に振り、私を奮い立たせるように何度も言葉をかけてくれる。

 

 ……その姿が、何よりも辛かった。

 

「……やめて、」

「ゆ、ゆきちゃん」

「もうやめて!」

 

 声を荒げて耳を塞ぐ。デビューしてから1年。その間、ずっと苦楽を共にしてきた彼女を、私は姉の様に想っていた。美城の娘だからとレッテルを張らず、ありのままの私を受け入れてくれようとして。小さな娘さんも居るというのに必死に私の為に時間を作ってくれて。そんな彼女が、彼女に……こんな。

 

 ここまでしないといけない、まともに戦えば決して勝てないと周囲に判断された事実が私を打ちのめした。八百長なんて真似を彼女に決断させた自分にも、会社にも、全てに対して、口惜しさと情けなさが湧き上がってくる。

 

 いっそ、この喉を裂いてしまえば楽になるのだろうか。黒い考えが頭を過った、まさにその時。

 

 

「お邪魔しま~す。ちょっとメイク道具貸しちくり~」

 

 

 ガチャリ、と無遠慮に開け放たれたドアから、良く分からない着ぐるみを着た少女が全ての空気をぶち壊して楽屋の中に入ってきた。

 呆気に取られた私と三浦さんをしり目に少女は着ぐるみを脱ごうとしてジッパーに手が届かない事に気付き、バタバタと藻掻く様に背中へと手を伸ばす。その様子に思わず背中に手を伸ばし、背後のジッパーを引き下ろす。

 

「あ、あんがと! いや~、映画の宣伝作れって言われたんだけど体にフィットしすぎるのも駄目だなぁ。あ、これタクミニラっていうキャラね。可愛いだろ? なんなら握手する?」

「あ、いえ……どういたしまして」

 

 着ぐるみをスポンッ、と脱いだ少女がふぃー、と額の汗をぬぐい、あ。と小さく声を上げて私を見る。

 

「ところであんた誰?」

「え、ええと……美城幸姫と、申します」

「ふーん」

 

 私の言葉に特に何事も感じなかったのか、彼女は私の目を見て、小さく微笑みながら右手を差し出した。

 

「私、黒井タクミ。よろしく!」

 




Ms.M:一体何マイコーなんだ……

マイコー:映画伝説の一夜(ワンナイト・カーニバル)の撮影に入る。

みのりん:帰省時に家族にハワイ旅行をプレゼントしたらしい。当時の庶民の夢だからね!

美城芸能事務所:まだ346ではない。

美城幸姫:誰かは分からないけどアニメであの人のデザイン見て絶対にアイドル志して日高舞に心折られたんだろうなって妄想してます。




クソ女神様とタクミっぽいのの小劇場


「つーか、結局お前さん何の神様なんだ? パンチとロンゲとは明らかに違うよな」

クソ女神様
「……私には全知とまで言える力はないの。ある程度の歴史の本流くらいは知ってるけど」

「んな事察しとる。もし全知持っててこれなら殴ってたゾ」

クソ女神様
「それでも、与えられた職責は全うする為に努力してきたわ」

「それが出来てないと……いや、もうそいつを判断する前に早く権能言えよ」

クソ女神様
「繁栄と闘争よ」

「うん………………うん?」


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このアイドルがいなかった世界で

次回は転職後になるので間が開く予定。
他の連載も1回は更新するよう頑張ります(白目)

誤字修正。にょんギツネ様、たまごん様、物数寄のほね様、nekotoka様、sk005499様ありがとうございます!


 今回のアイドルアルティメイトは、テレビ業界の威信をかけたイベントだった。

 

 次世代のスターを決定すると謳われたこのイベントに、テレビ業界はほぼ全力で取り組んでいた。協力してくれる媒体全てに大々的に広告を張り、ここ数か月で大分視聴率が落ちていたとはいえ、まだまだ発信力のあるテレビ放送で毎日のようにCMを行い、番組などでも息のかかったタレントに盛んに宣伝を口にさせた。

 

 また、このイベントは衰えたとはいえ未だに影響力の高い全国の大手テレビ局のチャンネル全てで中継されている。そもそも、アイドル自体が現在流行の中心に位置する存在である為、元から注目度が高かったこのイベントは今現在もカメラを通して日本中に注視されている筈だ。

 

 これほどまでの大博打。乾坤一擲とも言える勝負に出るのも、全ては芸能界の復権の為。そして、現在一強となりつつある961プロの影響力を少しでも落とす為でもある。961以外の芸能事務所ほぼ全てと、テレビ局による包囲網。

 

 これを受けてこの半年、961プロ所属のアーティストはラジオを除く放送業界から姿を消していた。日高舞ですらこの半年、テレビの前には出てきておらず、波の激しいテレビ界隈ではすでに過去の人物として扱われている。

 

 包囲網は確実に961プロを追い詰めている。

 

 筈だった。

 

 

『~~~』

 

 

 その歌声に、心が震わされるのを感じて、日ノ本テレビの毒島に低い声で隣に座る美城が語り掛ける。

 

「毒島さん。何故、何故この舞台に日高舞を参加させたんですか」

「……あの流れで961を省けばまた火種になる、それは美城さんもご理解されていたはずです」

 

 小声で責めるようにそう口にすると、隣に座る美城は毒島に青ざめた顔を向ける。いや。その表情は青ざめ、を通り越して白く変色すらしている。その共犯者の表情に、内心の焦燥感を必死に抑えながら毒島は再度口を開いた。

 

「ええ。ええ、勿論理解していましたとも。あれがどんな化け物であるかを。ですが、ですがね。貴方は、幾ら日高舞と言えども半年のブランクがあれば勝てると。“我々のアイドル”なら互角の勝負が出来ると仰っていましたね。あれのどこが、ブランクの、あ……る……」

 

 言葉を続けようとして舞台を見て、毒島は言葉を続ける事が出来なかった。

 

「…………馬鹿な」

 

 美城に向かってそう何とか振り絞った言葉を放ち、そして言葉を失った。舞台の上の彼女は、先ほどと変わらず曲に合わせて踊りながら、ミリオンセラーとなった自身のデビュー曲を歌っている。だが、違う。違うのだ。

 

『~~~~』

 

 例えるのならば、そう。彼女は今、ギアを一つ上げた。ローからトップギアへ。それを肌が、耳が、目が感じた。舞台の上でこの日の為に特別にドレスを誂えた他のアイドルとは違い、よくステージで使用する白いドレスに身を包んだ彼女が纏う空気が変わる。

 

 同年代の中でも小柄な部類に入る日高舞の姿が、やけに大きく見えるような錯覚を受けて、毒島は理解した。

 あれは、浅はかな考えで手を出していい相手では無いのだ、と。

 

「……まだ、底を見せてなかったのか……」

 

 絞り出すような美城の声に、浮かし掛けた腰をすとん、と落として、毒島は舞台を呆けたように見る。たかだか10の小娘である。言ってみれば毒島の4分の1しか生きていない、そんな相手だ。

 

 そんな相手の表情に今、長年芸能界を生きた毒島の心が震えている。歌声に耳が喜んでいる。胸に刻まれる、この熱い想いを自覚しながら、毒島は震える手でテーブルの上に置かれていたビールに手を伸ばした。

 

 ブランクは、もしかしたらあったのかもしれない。ただ、それは彼女の成長速度以上の物ではなかった。それだけの話だったのだろう。あの化け物にとっては。

 そして、もう、舞台上の彼女にブランクはない。

 

 たったの数分でブランクとやらを修正して見せた歌う怪物に、彼らが用意したアイドルが勝つことは出来ないと半ば確信しながら、毒島と美城は苦い酒を口に含んだ。

 

 彼らは少なくとも、この瞬間まではまだ幸せだったのかもしれない。

 

 961プロが用意したもう一人を。まだ、彼らは知らなかったのだから。

 

 

 

 黒井タクミ事変により、日本の芸能界は致命的なまでのダメージを受けていた。これまで暗黙の了解とされていた事が明るみに出され、少なくない人数の芸能関係者が引退や追放ではなく実刑判決を言い渡され、信用は失墜。大物といえる人間にまで逮捕者が出た事により、数多の芸能事務所がその幕を閉じる事になる。

 

 これまで芸能人に華やかなイメージを持っていた世間は、政府から発されたこの一連の事態の流れを見てそれ見た事かと手のひらを反す。元々華やかさの裏に濃い闇を持つ商売なのだ。社会的な信用が失墜すればボロクソに叩かれる事はよくあった。それが、今度は業界全体の番だったというだけだろう。

 

 黒井タクミが日本を去った後。一時の熱狂から我に返った日本の民衆は、芸能関係者を水商売よりも低俗な人種の者たちだと叩き始めた。華やかさの裏にあったどす黒い闇が白日の下に晒されたのだ。その腐臭に顔を顰めた者たちが過剰に反応したのは、むしろ当然の事だった。

 

 だが、これまで芸能界とは蜜月の関係にあった報道関係はこの流れを何とかしようと動いた。芸能界と報道関係は繋がりの強い業界だ。この二つが相互に助け合おうとするのは当たり前の事であり、そして、今回は致命的なまでに愚かな行いであった。その動きは、いくら何でも時期と内容が悪すぎたのだ。彼らの必死の擁護は民衆の感情に油を差してしまう結果となり、各新聞社やテレビ局は芸能関係者と同じように世間の批判を浴びて沈黙、醜態をさらす事になる。

 

 この一連の流れに、民衆達は『やはり自分達は騙されていたのだ』という考えに至ってしまう。熱しやすく冷めやすいと言われる日本人だが、この騒動における熱し方はある種異常ともいえるものだった。新聞、TVの不買運動から始まった騒動はいつしか暴動に発展し、テレビ局や新聞社に火炎瓶が投げ込まれたことにより騒乱へと発展した。

 

 そして、緊急出動した自衛隊や警察の機動隊が各地で暴徒と戦闘を繰り広げる中、とあるテレビ局の前。銃を構える機動隊と、学生運動のように角材やヘルメットを持った暴徒達がにらみ合うその広場に。

 

『うるさいのよあんた達! 私の歌を聞けぇえええ!!!』

 

 右手にメガホンを。左手にランドセルを持ったその10にも満たない小娘は、手に持ったメガホンを対峙する2勢力の間に投げ込み、全身を震わすほどの大声を張り上げた。

 当時、デビューして数か月の新人アーティスト、日高舞。

 彼女のデビューライブは、一つ間違えば多数の死人が出るような緊迫した空気の中。殺気立って睨み合う二つの陣営の正にその中間で、奇異の目に晒されながら行われたのだ。

 

 

 

「お前馬鹿だろ?」

「う、うるさいわね! つい、体が動いたのよ」

「いやー、キツイっすわぁ」

 

 同じ用具室に押し込められた961プロ枠のアイドル、日高舞の着替えを手伝いながら、彼女が話すこの2年ほどの芸能活動について正直な感想を述べる。阿呆の極みである。

 

 え、普通高々デビュー2か月のクソガキが警官隊とデモ隊の間に入ってバサラるか? それで何で生きてるんだこいつ。というかお前の両親や高木ちゃんに文句付けたくなってきたぞおい。こんな馬鹿の手綱なんで放してるんだよ。

 

「そんな物、黙って行ったに決まってあいだだだだだ」

「反省しろこのお馬鹿」

 

 頭蓋骨に握力200kgオーバーのアイアンクローをかまして制裁を加える。いや、流石に全力は出さんぞ、ザクロみたいになっちまうし。

 

 しっかし、まぁ……

 

 背後にあるドレスのジッパーを下ろしてやりながら、舞の体つきを見る。2年前とはまるで別人だなおい。筋肉と脂肪の付き方も、年齢の割に考えられている。このトレーナー、かなりできるな。舞の伸びしろをある程度把握してやがる……おいおいクロちゃんよぉ、予想以上の隠し玉持ってるじゃん。

 

「あ、ちょ……やん! もう、どこ触ってるのよ!」

「げっへっへっへ。まぁ、冗談はさておきちょいと揉んでやるよ。ったく、ガキの癖に無茶しやがって」

 

 嫌がる手の力の無さに消耗の度合いを見て、私は舞の値踏みから一パイセンのそれへと視線を変える。随分とまぁ無茶をしやがる。こいつ、舞台上でそれと分かるぐらいに進化しやがった。進歩じゃない、進化だ。この位の年代にとってたったの数日がどれだけデカいのかはよく知ってるつもりだったが、たったの数分の舞台での動きで今の自分の最大値を叩き出そうとしやがるとはな。

 

 まぁ、その分が体に負担として乗っちまってるみたいだが。あ、やっぱり駄目なところ張ってやがる。もみもみ。 

 

「わかってる、うん、わよ! もう、あん、たは大丈、ひゃん」

「やたらと艶っぽい声をだすない」

 

 足揉んどるだけだぞこちとら。いや、まぁこの位の年齢でマッサージなんかくすぐったいだけか。痛みもエンドルフィン的なあれで感じてないだろうし……まぁ後は湿布貼っとけばいいかね。医務室もここは使わせてくれそうに……あ。さっきの幸姫ちゃんに貰ってきてもらえばええか。

 

「ちょっと、あんたまた誰かにちょっかいかけたの?」

「またとは一体なんだねちみっ子。お前は自分から私に喧嘩を売ってきたんだぞ?」

 

 折角の古巣への凱旋がいきなりライブバトルに変わっちまったのは未だに根に持つ出来事だ。おっちゃん達から評判は良かったけど、結局ゆっくり話す事も出来なかったんだからな。

 

「それは……その。ちょっとだけ悪かったって、思ってるわよ。でも。今日のはあんたが!」

「やけに突っかかるなお前……ん、んん? 今日……さっきの舞台も……もしかしてお前」

 

 やたらと今日の事を押してくる小娘の言動に引っかかりを覚えた私は、海のリハクにも負けない眼と智謀()を持ってこの珍妙な小娘の珍妙な行動を分析してみる事にした。他者の名前を出した時の反応。やけに気合の入ったステージ。ちらちらとこちらへ向ける意味深な視線。

 

 成程。分かった完ぺきに理解したわ。

 

「飼い主大好きのチワワかお前は」

「違うわよ!」

 

 一から十まで尻尾ぱたぱたしながら飼い主にじゃれ付く子犬とほぼ同じ思考回路じゃねーか。なんだこの可愛い生物。萌え殺す気か私を。

 

「おぉ、よしよしよし! 全くもぉ、くぁわいぃ奴だなお前は。構って欲しいなら口に出せよこの」

「ちょ、こら! 抱き着くなって固っ!」

 

 おい、固いってのは止めろ私に効く。スタン爺さんに言われてから地味に脂肪を増やすように努力してるんだよこっちは。頑張って付けた脂肪まで固かったのは苦笑いしかでなかったがな。

 

「ま。良いステージだったぜ、舞」

「…………うん。ありがと」

 

 頭をなでくりしながらそう言うと、途端に大人しくされるがままになる舞。安心したのか、少しすると寝息が胸元から聞こえてきた。負けん気が強い性格だがまだ10の子供だ。こんな悪意まみれの演奏会じゃぁな。緊張もあったし、疲れたんだろう。

 

 しかし、このまま休ませてやりたいが、この用具室じゃ横にするのもなぁ。しょうがない、音楽スタッフ用の楽屋に無理言って寝かせてもらうか。私が連れてきたバンドマンどものスペースに寝かせれば良いだろ。

 

 さて、ちみっ子の寝顔を堪能するのはこの辺にして、だ。この控室の格差といいスタッフの対応と言い。随分と露骨に喧嘩売られたもんだなパッパも。いや、まぁこの流れも当然なのかね。明らかに一人勝ちだし、出る杭は打たれるのが日本って国だからな。打たれかけた私が言うんだから間違いない。

 

 と言ってもただ打たれるつもりは毛頭なさそうだがな、あの人。舞だけで明らかにオーバーキルなのに私まで用意したんだ。何となくあの人が持っていきたい落着点は読めて来たけど、その為に私を使うってまぁ随分と過激な考えに染まったなパッパも。しかも私の存在を周囲にギリギリまで知らせない用意周到さ。良いねぇ、面白くなってきた。

 

「汝右の頬をぶたれたらトミーガンをぶっ放せ、だったかな」

 

 舞を背負って、私は割り当てられていた用具室から出る。もう着ぐるみを付ける必要はない。あ、いやあれ毛布代わりにしてやるか。あったかいし。

 起きた時にはめんどくさい事は粗方片付けといてやるから、良く寝るんだぜ。ねんねんころりやおころりよってな。

 

 

 

 舞台の上でおざなりな拍手を受けながら、美城幸姫は一つの確信を浮かべていた。

 自分は決して、化け物にはなれないのだと。

 

『美城幸姫さん、ありがとうございましたー!』

 

 必死に盛り上げようとしてくれた司会の声に合わせて頭を下げる。視界の端では、顔を白く染めた父が隣に座るテレビ局の重役と何か激しく言い争っているのが見える。つい数十分前までなら、その光景を見て自分は悲しく思っただろうか。そんな事を冷静に考えている自分に驚きながら、幸姫は舞台袖へと下がっていく。

 

 その舞台袖には、今、最も会いたくて、会いたくなかった終わりを告げる使者が。黒いドレスに身を包んで、幸姫を待っていた。

 

「おっす、幸姫ちゃんナイスステージ! 良い感じだったよー」

 

 パンパンと笑顔を浮かべて手を叩く彼女の姿に、ああ、そうか。そういえば、そうだったと幸姫は一つ頷いた。

 テレビ局の嫌がらせの一環で、私のステージの後に961の新人と呼ばれていた人物がトリを飾らされるんだったと思い出し、ついクスリとほほ笑みを浮かべてしまう。

 

 成程、確かに彼女は“日本のアイドル”としては新人も良い所だろう……楽屋で思わず詐欺だと本人に面と向かって言ってしまったのは、つい先ほどの話だ。

 

「黒井さん」

「ん? 同い年なんだしタクミちゃんでも良いのよ?」

「お手柔らかに、お願いします」

 

 諦めの中に少しだけの願いを秘めたその言葉に、黒井タクミは小さく笑顔を浮かべて首を横に振った。

 

「全員に圧倒的に勝てって言われてるから、ちょっと無理かな。幸姫ちゃんは良いアーティストだよ。だから、全力で叩き潰すね」

「……貴方にそう言って貰えた事を。誇りに思います」

「……本心だよ?」

 

 頬を伝う涙を拭うつもりはない。そんな幸姫の姿をどう思ったのか。滲んだ視界の端を、ステージに向かって黒井タクミが歩いていく。横をすれ違う時。彼女が纏う空気が色濃く変わったのを感じて、幸姫は静かに悟る。彼女は言葉通り、全力を持って蹂躙しに来たのだ。このちっぽけな島国の、ちっぽけな争いを。

 

 幸姫は振り返らなかった。振り返れば、自分が折れてしまうのが分かっていたから。何故だかそんな姿をタクミにだけは見られたくないと。そう思って、幸姫はまっすぐ楽屋へと続く道を歩き出す。

 

 背後から流れ始める音。叫び合いのような何かが終わった後に漏れ出す熱を持った空気の様な何か。化け物がその牙を見せる、その気配を背に受けながら。

 

 ああ、歌が。始まった。

 

 全てを染め上げるタクミの歌が。

 

 

 

『ええ、明日のスーパースターを決めるアイドルアルティメイトもいよいよ大詰めとなりました。この記念すべき初回の最後を務めますは961プロから送り込まれた秘密兵器! 先程素晴らしいパフォーマンスを見せてくれた日高舞さんの後輩という事ですが、何とこちら匿名での登録となっております!』

『ええ、この舞台に匿名って……日ノ本テレビさんもチャレンジャーですねぇ』

『黒井社長の秘蔵っ子との噂もあります。オオトリを飾るに相応しい人物であると良いのですがね!』

 

 司会に抜擢された関西系の芸人の揶揄するような言葉に黒井の眉がひくひくと動く。会場内の冷え切った空気は、時間を追う毎に会場内にいる人々を責め苛んでいた。

 

 会場内に居る人間はすでに理解していた。誰が勝者であるのかを。今のこれは、言わば蛇足だ。この最悪の空気に息苦しさを感じていた人々は、早く解放してくれと願いながら次に出てくる最後の演者が現れるのを待っていた。

 

 前の演奏スタッフが舞台から降り、次のスタッフが舞台に現れた。さっさとしてくれ、と最前列で苦い酒を呷っていたとあるテレビのプロデューサーは、その準備しているスタッフの顔を見てある事に気が付いた。見覚えのある顔だ。

 

「……あれは、Xross(クロス)のYOSHIじゃないか?」

「あっちはTOSHIKIだ。あれ、このメンバー、まさか」

「いや、間違いない。全員Xross(クロス)のメンバーだ!」

 

 その演奏スタッフの姿に気付いた観衆達が騒めき始める。当然の話だった。かれらXross(クロス)は日本でも屈指と言われる人気を誇るロックバンドだ。折しも大ロックブームの真っ最中である現在、いかに締め出し中の961プロとは言え各所で多忙な日々を送っている筈のグループで、間違っても演奏用スタッフに使われていい者たちではない。

 

 彼等の存在は、これまでの演奏スタッフに比べて明かに場違いだった。だが、そんな場違いの場所で、準備を進めている彼らの表情には暗い物が一切ない……むしろ、今から行う演奏の為に嬉々として準備を進めているように見える。

 

 彼等と仕事をした事の有る人間は、そのプライドの高さを知っているが故に困惑を浮かべながらその様子を見つめていた。

 

 何だ、何がいま、起こっているんだ?

 

 静かに声は大きくなっていく。人気グループである以上注視すれば彼等だと当然すぐにバレるのだ。彼らが熱心に裏方の準備を行っている、その事実に気付いた会場内は先程までの冷え切った空気から一転し、困惑気味な騒めきへと姿を変え……

 

 

『ハロー?』

 

 

 世界で最も有名となった掛け声が、会場内を木霊するように駆け抜けた。

 

 

 

 

『ドーモ、日本の皆=サン。タクミです、声が聞こえねっとと、違った。今は新人アイドルの黒井タクミちゃんです。よろしく?』

 

 ロックモードは封印な? と悪戯っぽく笑うその姿に、会場中の大人たちが呆けたような表情を見せる。未だに齢12の黒井タクミは、ただにこりと笑うだけでその場にいた人々の心を掴んだ。彼女の一挙手一投足にその場にいる全ての人間の耳目が集中する。

 

『いやー、ほら私ロックスターは名乗ってるけどアイドルは初めてだからさ。アイドルってあれだよな、歌って踊ってらんらんるーって感じで。ちょろっと練習してきたよ、3日くらい』

 

 おどけた様なその言葉に、だが笑い声をあげる者はいない。例え多少技巧がおざなりであろうと、彼女の声が、姿が、存在感がその拙さを全て塗り潰してしまうだろうと、そんな根拠もない事を会場内の人間は半ば本気で考えた。

 

 黒井タクミの声は、そんな甘くて温い遅効性の毒を飲んだかのような痺れを彼らにもたらしている。彼女ならばという妄信に近い感情……レッドショルダーズと彼女の率いるグループのファン達は呼ばれているが、あれほどの狂信を生み出す何かを、確かにこの会場に居た人間は感じていた。

 

「ば、馬鹿な! お前は、お前はアイドルでは、ないはずだっ!」

 

 ガタリ、と大きな音を立てて、最前列に居た毒島が席を立つ。その毒島を表情も変えずに見つめるタクミは、ステージ上という事もあって見下ろすような形になるその中年の男の言葉に首を傾げた。

 

『まぁ、私は分類で言えばロックスターだけどさ。アイドルだってやれるよ? アイドルの定義に当てはめるなら、私だってアイドルさ。熱狂させることに関してはそこそこ自信があるしね』

「違う! お前は、お前の様な化け物が! アイドル等というきらびやかな存在である筈がないっ!」

「毒島さんっ! 貴方、何を言っているんですか!」

「えぇい、止めるな、美城ぉ! あの化け物がっ、我々に、何をしたか……!」

 

 その叫びに隣に座っていた美城が立ち上がって毒島を抑えようとする。言ってはいけない叫びであった。例え結果がどうであれ被害者である彼女を起点とした芸能界の凋落。その全ての場面に立ち会ってきた美城にも、彼の気持ちは分かる。

 

 だが、その叫びは決して言葉にしてはいけないものだった。少なくとも、この場においては。

 

「ッ……撮るな、私を、撮るなぁ!!」

 

 羽交い絞めにされる毒島と美城に向かって、中継用のカメラが向けられる。これが現場の判断かは分からない。だが、切り捨てられた。その事だけは毒島と美城にも理解できた。

 

 醜く足掻く様にカメラから自分の身を隠そうとする二人。その様子に取材班もシャッターを切り出し、敗者へと容赦なくフラッシュが叩きつけられる。悲鳴のような、言葉にもならない声を上げる毒島と美城。その様子を公開処刑のように映し出すレンズ。ステージ上の絶対者の機嫌に気付きもしない愚か者達の不愉快な喜劇は、鼻を鳴らした怪獣の一息で終わりを告げた。

 

 

『うっせーんだよ井戸の底のカエル共! ゲコゲコ鳴いてんじゃねーよ!』

 

 

 圧力を伴うようなその一喝に会場の空気が再び凍り付く。961プロの面々以外が目を見開いてタクミを見つめる中、タクミは深いため息をついて腰を下ろした。かかとを地面につけた状態のまま、脚を広げてしゃがむその姿はまさにヤンキー座り。これで手に煙草でも持っていれば明らかな非行少女の出来上がりだろう。

 

『マイコーとマドゥンナ抜きで究極のアイドル? こんなん精々日本アイドル賞とかだろ。そんで大人の都合で今頑張ってる娘達を使って、やりたい事の落着点が給金の談合? 961プロのやり方じゃ確かにあんまり儲からないからな。うん。お前ら馬っ鹿じゃねぇの?

 

 絶対零度とすら思えるその声音に、最前列でその圧力を受けた人物が思わず手に持ったグラスを落とした。そして、彼女の言葉を受けて静まり返る会場内に、突如笑い声が響く。最後尾の席でふんぞり返っていた黒井が、もう堪らないとばかりに笑い声をあげたのだ。彼からしてみれば面白い見世物なのだろう。

 

『パッパもパッパだよ。居心地よすぎて961プロに人が集まるからって包囲網なんか食らってさ。もうちょい味方を増やすよう努力したら?』

「すまないな。忙しさにかまけて動きが鈍っていたのは私の失態だ。あと、その格好ははしたないぞ!」

 

 少し声を張り上げるようにそう返した黒井の言葉におっと、とばかりにタクミは腰を上げた。ぽんぽん、と腰のあたりを手でたたく随分と婆臭い仕草をしながら、タクミは再びマイクを口元に持ってくる。

 

『じゃぁ、時間も押してるみたいだしそろそろ一曲行こうか』

 

 エイダだったらここらで茶々の一つも入れてくるんだがなぁ、と固まったまま司会進行の役割を果たさない置物に視線を向けて、タクミは背後にいるXross(クロス)のメンバーに視線で合図を送る。待ってましたと笑顔で楽器に手をかける彼らに、こいつらならもう世界のステージに立っても良い所行けそうだなぁ、と少し場違いな感想を思い浮かべてタクミはギアを切り替える。

 

 会場内は、衝撃的すぎるこの数分の間に意識を飛ばしかけていたらしい。呆けたような顔から、演奏の音楽にふと我に返ったかのように彼らは周囲を見回し、舞台上のタクミへと視線を向ける。そんな”観客達”に、タクミは静かなイントロに合わせて語り始める。

 

『今までのやり方とか、慣習とか。今日、黒井タクミが全部塗り潰してやる。だから、次に会う時は世界のステージを目指して。また会おうぜ……“”』

 

 爆発する音楽に合わせて、タクミは曲名をただ一言叫ぶ。

 

 腐臭に塗れた大人たちの思惑は全て紅色に染め上げられ。

 

 そして、タクミはまた一つ。日本の地に伝説を刻み付けた。

 

 

 

「紅色に……全てが…………」

「……ゆきちゃん……」

「あれが……本物なんですね。三浦さん……」

 

 そして、幾人かの心に。

 

「何で起こしてくれなかったのよ、順さん! 最初っから見れなかったじゃない」

「おいおい、急いで迎えに行っただろ」

「ふんだ……絶対に、次は勝負してみせるんだから」

 

 深く熱い何かを打ち込んで。

 黒井タクミのアイドルデビューは、幕を閉じた。

 




毒島:再登場の予定なし

美城社長:幸姫ちゃんのついでで登場するかも。

日高舞:一文字で鬼、二文字で悪魔、三文字で日高舞、と異名を誇るアイマス界隈のラスボス。今作だと寧ろ勇者枠。あとバサラ枠でもあったようなのでマクロス7が作られたらタクミが押してくる可能性あり。

美城幸姫:デレマスの美城常務の若かりし姿() 今作ではギリギリまでアイドルで居ると思います。天災と天才の背を追い続ける秀才ポジですかね。

Xross(クロス):元ネタはXジャパン。紅は、星輝子バージョンの「ヒィヤッハァアアアア!」が予想以上に出来が良かったのでいつか使おうと思っていました。ぱちぱちは星きの子大好きです。




クソ女神様とタクミっぽいのの小劇場


「いまのこの世界のどこが繁栄しているのかについて3行以内で」

クソ女神様
「人口はどこも爆発してるじゃない。死と生の循環は順調よ」

「違う、そうじゃない。求めてるのはそうじゃない」

クソ女神様
「……わ、私だって、良く分からないけど文化的な部分は、大事だって思ってるわ」

「うん。とっても大事なことだよ。よく理解してくれ。その結果がこれだから。銃撃戦の理由が肩がぶつかったからってソドムとゴモラでももうちょいマシだったはずだぞ?」


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幕間・そして世界は進みだす

遅くなって申し訳ありません(震え声)
今回は大きく話が進むわけではない為幕間となりました。
前回がむしろ大きく進みすぎげふんげふん。次回の布石等も敷いてみましたのでお楽しみ頂ければ幸いです(目そらし)

誤字修正、ゴールドアーム様、竜人機様ありがとうございます!


「”マイケル”は……姉はいつもあの娘の事を見ていたの。多分家族の私たちよりも彼女の事の方が詳しいんじゃないかしら」

「ある時私は言ったわ。『お姉ちゃんのほうがあんな娘よりももっと凄く歌えるし、かっこよく踊れるし、何よりヤバいわ!』って。大好きな姉がいつもあの娘の事ばっかり話すから、ちょっと妬ましかったの」

「するとね。姉は少しだけ目を丸くした後に笑ってこう言ったの。『タクミがヤバいのは、そんな所じゃないのよ可愛いアネット』」

「『あの娘が本当に凄いのは、歌えるからとか踊れるからとかそんな事じゃないの。もちろん、それらも全部あの娘の魅力だけど』ってね」

「姉は私との話でインスピレーションがわいたからと作曲に入ってしまって、暫く忙しくて結局それがなんなのか教えてくれなかったわ。でも、今なら姉が言いたかったことが私にもなんとなく分かる」

「【伝説の一夜(ワンナイト・カーニバル)】を作っていた時の話よ。そしてその時に”Bad”は生まれたの……誰が”Bad”(ヤバい)んでしょうね?」

 

~アネット・ジャクソン とある雑誌社からのインタビューにて~

 

 

 

 ニューヨークはタクミのホームタウンだ。これはボトムズのファンだけでなく一般の音楽ファンにとっても周知の事実である。彼女を世に出したボビー・ブラウニーと彼女が出会った場所でもあるし、タクミとジェニファー・ヤングが出会った場所でもあるし、タクミストリートというそのものずばりの新名所まで存在する。それに何より【伝説の一夜(ワンナイト・カーニバル)】の舞台となったのは未だに音楽ファンにとっては記憶に新しい事柄だろう。黒井タクミの軌跡を語る上で決して避けられない町。それがニューヨークだ。

 

 そして、そんな街だからこそその建物は存在する。

 

『よぅ、キング。例の映画は順調かい』

 

 マンハッタンの中心、セントラルパークを見下ろす形で存在するその超高層ビルディングの中ほど。とある会社のオフィスとして十階ほどが使用されている。その内の1階層は社主の意向により丸々が関係者用のフリースペースとなっている。

 

『ブルースさん! レコーディングは終わったんですか?』

 

 エレベーターを降りるとすぐに広がっている大きなフロアには各所にテーブルとイス、そして見やすい位置に置かれたTVとスピーカーがあり、世界中で新しく世に出たホットな音楽やMVを再生し続けている。

 

『勿論さ。何せ今回は我らがプリンセスからの楽曲提供があったからな。まぁ、今回はうちの悪ガキどもの分だったんだが』

 

 大きなフロアから更に奥へと進むと社員や関係者なら誰でも使用可能な食堂とシャワールーム、仮眠室、そしてレコーディングスタジオといった施設が存在する。ふっと頭に浮かんだ音は僅かな間に逃げて行ってしまう事がある。それを防ぐため、いつどんなタイミングでもレコーディングに入ることが出来るように設備が整えられている。

 

『ジョン達も遂にデビューかぁ。私も負けてられないわ』

 

 そんなフロアの一室。最も奥まった場所にあるそこは、特に定められているわけではないが『とあるアーティスト』が良く利用するため、ある種の聖域として扱われている。

 

『焦りは禁物よ、アネット。貴女もあと少し頑張ればきっとデビュー出来るわ』

 

 その”玉座”という名がつけられた部屋の中。お気に入りの椅子に座った部屋の主(キング)は、楽譜から目を離さずに談笑する妹と友人に声をかけた。

 

『ハイ、ブルース。順調と言えば順調ね。アネットのお陰で良いインスピレーションが沸いてきたわ。音が胸の奥から溢れて、頭に向かって雪崩れ込んでくるみたい』

『そいつは景気の良い話だ。ツアーに出た子猫ちゃんといい、同期連中はどいつもこいつも飛ばしてくるからおっさんも気が抜けねぇよ』

『本人に聞かれたらまた怒られるわよ』

 

 ブルースと呼ばれた男の物言いに苦笑気味に答えながら、彼女は彼に視線を向ける。スター揃いのこの会社の中でも、”キング”と並び称される”クイーン”(マドゥンナ)を子猫ちゃん扱いできるのは彼か……それこそボトムズの長老くらいだろう。

 

『その時はプリンセスに学んだジャパニーズDOGEZAの出番さ。所で、もっと景気が良くなるパンチの効いたカンフル剤を持ってきたんだが……入り用かな?』

『マイキー・バイソン並のパンチ力?』

『勿論。保証書もいるかい?』

 

 自身に視線が向いた事を確認したブルースは、おどける様にそう言うと手持ちのカバンから折りたたまれたニュースペーパーを取り出した。そんな彼の仕草に妹と共に笑顔を浮かべたキングは、受け取ったニュースペーパーに何気なく目を落とし、そして掲載されていたとある写真に大きく破顔する事になる。

 

 彼女が目を通したニュースペーパーの一面。そこにはでかでかと彼女たちが所属する会社の主……黒井タクミが舌を出し、両手中指を天に突き立てている姿が映し出されていた。

 

 

 

「抗議の電話が鳴り止まないんだが」

「ちゃうねん(震え声)」

 

 いや、こうさ。ついテンションが振り切れちまってね。高ぶる感情を表現しようとしたらドヤ顔ダブル○ァッキューが自然と形作られていたんだよね。まさかこんなドアップで取られてるとは見抜けなかった。この黒井タクミの目をもってしても。

 まさか全世界にドヤ顔晒される事になるとはなぁ。正気に返った後は冷や汗出たわ。

 

「こっちは冷や汗どころじゃないぞ」

「ごめんて」

 

 苦虫を噛み潰しまくって薬にして飲んだのでは、という顔色のパッパにぺこりと頭を下げる。今回の件は流石に自身の過失だからな。場の空気に飲まれるなんて失態やらかしたらもう平謝りしかできん。

 

 いや、前回の仕事は、というかパッパの依頼自体は問題なく達成できたんだ。問題になってるのはその後というか、ちょっとやりすぎたというか。ついついいつものライブのノリでテンション上げまくってたせいでその後のインタビューとかも全部【アイドル:黒井タクミ】じゃなく【ロッカー:タクミ】で受けちゃってさ。めっちゃ煽りまくって日本TV界めたくそにこき下げちまったんだよ。

 

 Q:つまり?

 A:控えめに言って阿鼻叫喚だよね!

 

「まぁ……当初の予定は達成できた。ちょっと、いや。大分やりすぎた感じがするが」

「流石にあの惨状じゃ包囲網もくそもないかー」

「それどころか美城は存続の危機。日ノ本テレビも株価急落で焼けダルマだ。誰がここまでやれと」

「いや、流石にそこは不可抗力だから」

 

 おっとまたお小言モードに突入しそうだったから少し水を入れさせてもらうぜ! 実際あそこまで一気に崩れてるのは私のせいじゃなくて向こうの問題だからね。

 

 そもそも今回の包囲網ってのが色々無理があったんだよ。今現在961プロが一強みたいな状態になってるのは、どちらかというと他の芸能関係の自滅によるものだ。それ以降の活躍に関してだって単に企業努力の範疇だし、961プロ側は他の大手みたいに圧力なんてかけることもなく必要だとされる番組に必要とされた人材を送り込んでいただけだった。

 

 そんな至極真っ当な仕事のやり方しかしない961に対し、まず対抗できないから1強の足を引っ張ろうなんて理由で連中は結託していたわけだ。どんだけ自分とこのタレントへの報酬を渋りたいんだ連中は。こんな連中と関わる羽目になったんだから思わずダブルファッキュ○しても仕方ないだろう? 

 

 そしてそんな連中を叩き潰した結果、美城という柱がコケてあっと言う間に961プロ包囲網は瓦解し、互いが互いを食い合う戦国時代へと突入したわけだ。961以外はな。

 

 ……幸姫ちゃんのこれからの苦労を思うと少しだけ心が痛い。叩き潰した私が言うのも何だが彼女は良いアーティストだった。まだまだ発展途上だがゆくゆくは世代を代表できる人物になれるのでは、という可能性を感じる娘だ。

 

 同年代に舞が居なければ、世代最高のアイドルと言われてもおかしくはなかっただろう。これで折れていなければ、或いは舞のライバルに上り詰めるやもしれないな。

 

「お前は違うのか?」

「私はね。アイドルじゃないよ」

 

 今回の件で痛感したわ。私はやっぱりアイドルって向きじゃない。同じようにステージに立っても何かが違うという感じがするんだ。後ろに立っていたのがあの3人じゃなかったのも大きいんだろうけどさ。多分、私がアイドルとして立つとしたらあと一回だろうな。何となくそう予感を覚えながら、パッパの言葉に首を横に振る。

 

 私の答えにパッパは「そうか」とだけ言って頷き、そして少しの間黙り込んだ後。何かを思案するような表情のまま口を開いた。

 

「なら。アイドルではなくロックアーティストの黒井タクミに尋ねるが。お前から見て、日高舞は何点だった?」

「70点だね。歌ってる最中に進化しやがったのはびっくりしたけどそれでもまだまだ」

 

 本番で成長するなんて漫画の主人公みたいな事をしでかしやがったが、よく考えれば程度の差こそあれど他のアーティストも似たような事をやってたりする。例えばマイコーとかな。伸びしろのあるアーティストなら自分の限界以上を引き出すってのは不可能な事じゃない。あれが普段から出来てるんなら更に評価アップだがね。

 

 私の言葉にパッパは満足げに頷く。この点数は合格点を超えてるって意味でもある。今の状態でも舞は諸外国のトップアーティストの中に混ざって揉まれても埋没しないくらいの実力はあるだろう。本当の本当にトップであるマイコーとかと比べたら流石にまだまだだけどな!

 

「それは、現在のお前の基準で考えての点数で良いんだな」

「うん。10歳であれなら十分でしょ」

「そうか。なら、もう一つ尋ねたいんだが」

「なんじゃらほい」

「2年前の、10歳の黒井タクミと比べたなら、どうだ」

 

 覗き込むような視線で、含み笑いを浮かべながらそう尋ねる黒井の言葉に私は開きかけていた口を閉じて言葉を止める。

 そうか。ここでその問いが出てくる位には舞を買っているって事か。つい口角が吊り上がりそうになる中、私は胸を突き上げる渦巻く感情に答えを見出そうと努めた。友情、ではない。愛情、は私はノーマルだ。言葉にならない言葉を探そうとこんな肝心な時に役に立たない頭に手を当てて私は目を閉じ……満面の笑みと共にその感情を吐き出した。

 

「90点」

 

 2年前。あの時すでにプロとして一線を張っていた私と、ただの歌自慢の小娘との出会い。あの時に感じた直観と、心の中に響く何か。期待とよく似た感情は今、炎のように熱く私の胸の中で燃え上がっている。

 

 背中を追って走り続けたんだろう。たったの2年で、あいつは私の背中が見える位置まで駆け上がってきた。これから体が成長するごとにあれはどんどん輝きを増して背に近づいてくるだろう。

 

 上等じゃねぇか

 

 舞が背を追ってくるというなら突き放せばいい。成長するのはあいつだけじゃあない。声量こそすでに人類の限界点に達しているが私の体は未だに成長を続けている。アイドルという土俵での戦いであろうとこの身体能力の差はそのまま体捌きの差になるのだ。

 

 己の中にこれほどの闘争本能があるとは思わなかった。そう頭の中の冷静な部分が声を零すほどに今、黒井タクミ(わたし)は猛っている。

 

 今回のようなおままごとの舞台じゃない。あの屋台村の決着は。あの娘との約束を果たす場所は。

 3年後。きっと、彼女は私の前に立つ。その様子を思い浮かべるだけでじっとしていられず、私はパッパに一言声をかけて席を立った。一汗かいて落ち着かなければいけない。

 

 こういう時は思い切り歌うのが良いんだが私の声量だと周囲に爆音カマすことになるしなぁ。スタジオでも使うか……あ、そういえばこの世界ってカラオケどうなってるんだろ。ないなら作るべきだろうか。

 

 

 

『ゴジラ! ゴジラ! でも私はミニラ! タクミニラと映画館で握手!』

 

 説明しよう! タクミニラとは忙しすぎて撮影スケジュールにほとんど参加できない黒井タクミをプロジェクトに参加していたと強弁する為に生み出されたブサカワイイ系のマスコットである! 重量が20kgくらいあるから普通の子供では着れない上にサイズが子供用だから黒井タクミしか着て動けないぞ!

 

 なんでこんな事になってるんでしょうかねぇ(震え声)

 

「こっちに専念してくれればもっと良い配役もあったんだが」

「いやぁ、アメリカの仕事もありますし、これで大学生でもありますんで」

 

 テレビで流れるCMを見ながら嘆いていると、円城さんの息子さん、一郎さんの小言交じりの言葉が飛んでくる。いや、それはそうなんですが、ね。実際、めちゃめちゃ忙しいんだよね今って。ついに発売したインベげふんげふん。スペースウォーの宣伝に夏の陣冬の陣の参加、それに大学に提出するレポートなんかもあるしな。

 

 夏の陣冬の陣が何でそこに並んでるのかって? その時に一緒にボトムズのライブもやってるのと、あそこが世界で有数の宣伝効果を持つイベントだからだよ。なんせ来場者数が10万の大台に届いちまったからな。開催初めてまだ2、3年だぞどうなってんだおい。

 

 今年も大いにライブで盛り上げた後にあほみたいな規模の展示スペースに行ってずらっと並ぶ人人人の群れをかき分け展示会場を練り歩いて気に入った作品にはお墨付きあげて夜祭でマイムマイムを踊ったよ。10万人で食べるバーベキューはうまかった。全員の顔は流石に見れなかったがな。結局1日では展示スペースを回りきれなくて3日くらいかかったよ。疲労で死ぬんじゃないかと思ったのは前世ぶりだったわ。

 

 まぁ、疲労した甲斐はあったというか。主催者権限で一番目立つブースで自社で開発したゲームを展示しといたらあっという間に長蛇の列ができて、少ししてからは列の奪い合いで乱闘騒ぎが起きたりする位の盛況を博していたのでこのゲームは間違いなく売れるだろう。ウィルからの定時連絡も最近は嬉しい悲鳴ばかりだからな。正直帰った時に書類を見るのがちょっと怖いくらいだ。

 

 と、少し脱線してしまったがゴジラの話だ。現在、ゴジラの撮影は順調に進んでいる。東京映画と961プロ渾身の、というか961プロ包囲網の影響で暇をかこっていた俳優をやたらとつぎ込んだ結果、エキストラにまでそこそこ知名度のある人物が居るというもういっそ961プロオールスターと名付けたほうが良い有様だが、撮影スケジュール自体は順調に進んでいる。誰かが不意に出れなくなってもすぐに代役が埋まるくらい人的余裕のある状況だ。

 

 そんな状態だから私の出番ないよね? いらないよね? と安堵してたんだけれどもそうは問屋が卸さなかった。というのも円城さん本人と、体力に問題がある円城さんの代わりに現場の指揮をしている黒川監督たっての要望があったからだ。

 

「……ずっと居ろとは言わん。ただ、お前さんのお陰で見れた英ちゃんの夢なんだ。せめて足跡を残しちゃくれねぇか」

 

 最初に渋ってそう答えた私に、黒川監督はそう言って頭を下げた。世界のクロカワにそんな事されて嫌だなんて言えるわけないわな。うん。キツめのスケジュールを更にいじって私はなんとか無理くり撮影に参加する事になった。

 

 そしてタクミニラである。

 

 思ったね。詐欺だと。

 

「いやぁ、正直どうかと思ったが大人気だし良いんじゃないか? 親父も子供の笑顔が見れるって喜んでたしな」

「何故か大人気なんだよねぇ」

 

 適当にブサカワイイ着ぐるみ着てゴジラのテーマ曲に合わせて踊ってるだけのCMなんだがな。テレビ局側の全面降伏により堂々とテレビ業界に戻ってきた961プロの影響力をガンガン使ってバンバン宣伝してるんだが、何故か一番反響がでかいのがタクミニラのCMってなんだよ。本当になんだよ。みんなあれか。ブサカワイイが流行りなのか?

 

 CMが始まってからはひっきりなしに「あの不細工な着ぐるみはなんだ」とか「どこでグッズは買えるのか」といった問い合わせがテレビ局側に行ってるらしく、これを機と見たパッパと東京映画さんは急きょグッズ販売が決定。ぬいぐるみと適当にでっち上げた曲をカセットにして販売したところ右肩上がりで売り上げが伸びているそうだ。

 

 いや、そっちじゃなくて映画の方に質問をしろよと声を大にして言いたい。映画にタクミニラでないんだけどどうすんだよおい。

 

「そちらは、心配してもしょうがないでしょう。まずは注目を集めた。それでよしとしましょう」

「円城さん」

「親父、体の具合は良いのか?」

「ああ……ちょっと疲れただけだ」

「今回は点滴だけですみましたが、余り無理はなさらず」

 

 円城さんの車椅子を押しながら、この医院の主である(あいだ)先生は円城さんを嗜めるようにそう言った。ここは東京映画の撮影所からのすぐ近くにある診療所で、撮影中の怪我やら何やらにもすぐに対応してくれるから、と東京映画さんが懇意にしているらしい。

 

 医院の主である間 哲男(あいだ てつお)さんは40代に乗ったかどうか位の、かなり若い部類のお医者さんだ。しかし急患やらなにやらにも対応できるその腕は確かで、撮影所のすぐ近所という立地も相まってこの数か月、年齢的に無理が効かない円城さんの体調の管理を手伝ってもらっている。

 

「やれやれ。無理が効かない年齢なんだからもっと体を労われよ、親父」

「分かってる、分かってる。同じことを間先生からも言われたよ。耳タコだ耳タコ」

 

 一郎さんの言葉に円城さんが顔をしかめ、その姿に私たちは笑い声をあげる。撮影も順調で、思っていた以上に円城さんの体調も良い。これなら……もしかしたら。

 

 封切りを、一緒に見れるかもしれない。

 

「おや、もう日が落ちている……近いとはいえ夜道は物騒です。息子に送らせましょう」

「いやそこまでご迷惑は」

「いえいえ。あいつも今は受験が終わって暇をしていますしね。おおい、黒夫」

 

 ぼんやりと考え事をしている間に、一郎さんと間先生が帰り道について話し合っていた。どうやら息子さんが送ってくれる事になったらしい。この時代、前世程夜道も明るいわけじゃあないからな。都市の近くとはいえ確かに子供と老人だけだと物騒だと考えられるか。

 

 確か間先生の息子さんは中学3年だったか。ボクシングをしていてそこそこ成績も残してたらしいから短距離の送り迎えなら十分すぎるか。まぁ私が居れば本当は必要ないんだが、折角の好意だし受けておこうかね。

 

 

 

「すまないな、黒夫君」

「いえ。特に予定はありませんでしたので」

 

 間先生の息子さんは、何というか。見た目はどこにでも居る中坊だけどやたらと目力のある子だ。長袖のジャージを着ている為体格は掴みづらいが、動きは確かに何かのスポーツに打ち込んだように感じる。これならちょっと仕込めばすぐにダンスなんかも対応できるだろう。そこそこの有名人である私の顔を見て固まった後、一度深呼吸をして何事もなかったかのように動き出したそのメンタリティも中々のものだ。

 

 と、違う違う。最近オーディションやらお散歩何でも審査団(冬の陣)なんてやってたから、どうも頭が審査員状態で固まってるわ。

 

 軽く頭を振って思考をリセットし、黒夫君に話しかける。折角若い子(年上)と接点が持てたんだ。最近の流行り廃りをリサーチしとかないとな。なぁなぁおばちゃん少年飛翔って雑誌好きなんやけど兄ちゃん知っとるかい?

 

「ああ。毎週購読してるよ。筋肉マンは最高だ」

「分かる。たまご理論最高よね。えっと、他は?」

「あとは男高校に、こちら亀有公園前警察署とか。ああ、もちろんゾゾゾの鬼太郎も好きだよ。ただ、毎週連載してくれないのがもったいないかな」

「貴様、読み込んでいるな!?」

「ジジの奇妙な冒険も良いね。あの発想と独特な絵は見返すたびに新しい発見がある」

 

 軽く話を振ってみると予想以上に食いつきが良い上に選ぶ作品のセンスが良い。これぞ男の子って作品ばっかりで、そういう意見こそこちらは聞きたいんだ。年齢が変われば作品に対しての感じ方ってのはどうしても変わってしまうからね。今、まさに青春真っ盛りの彼の意見こそこちらとしては欲しいんだよ。実際。

 

「じゃあ、どれが一番好きな漫画かな。やっぱり筋肉マン?」

「……いや、あの雑誌には一番好きな漫画は連載していないな」

「パードゥン?」

 

 と、思わず英語で聞き返しちまったよいっけね。大分言語までアメリカナイズされてきたな――じゃない。連載してないってのは、短編で終わった漫画が好きだったのかな。他にはまだ漫画雑誌は、精々漫画投稿雑誌くらいしか存在しないはずだ。彼のあげた作品を聞くに見る目は確かな筈だし……

 

「どうかした?」

「あ、いや。さっき名前上がってた作品の中には無かったのかなって。私も好きな作品が多かったからさ」

「ああ、勿論みんな好きな漫画だけど、一番は別だよ。といってもプロの描いた漫画ってわけじゃないんだけどさ。中学入学の時に描いてもらった、思い出の漫画なんだ」

 

 若干混乱しながら思考を回していると、黙り込んだ事に訝しんだのか黒夫が覗き込むように私の顔を見る。そんな彼に私は少し慌ててそう答えると、その言葉に頷いた黒夫は問題の漫画についてを教えてくれた。

 

 プロの描いたものじゃない、という事は趣味か。友人か誰かが書いたのかな? 思い出の漫画って事なら確かに補正も入るししょうがないか。しかし結構な漫画好きっぽい彼が一番と推すなんて中々才能ある作者かもしれんな。

 

 少し興味を持った私は、その漫画がどういった物なのかを尋ねてみることにした。面白そうなら作者を紹介してもらおう。そんな軽いノリと気まぐれで。

 

「どんな、か。何というか、凄い腕前のお医者さんの話だよ」

 

 その気まぐれに、私は生涯感謝する事になる。

 

「金持ちからは徹底的に金を踏んだくって、でも手術の腕前は世界有数だから皆彼の元を訪れる。そんなお医者さんの話だ」

 

 ドクリと胸が跳ねた。まさか、そんな馬鹿な。スローモーションのように世界が動く中、私は目を見開きながら黒夫へと顔を向ける。

 ごくりと唾を飲み込む。それだけの動作なのに、やけに大きな音のように感じる。

 

「俺の名前、黒夫だろ。そこからもじって黒男」

 

 ああ。そうだ。そうだった。彼は、彼の本名は黒男だ。

 間 黒男(はざま くろお)

 それは、私にとって馴染み深い。前世で何度も目にした漫画の、主人公の本名。

 

「ブラック・ジャック。それが主人公の、そして、その漫画の名前だよ」

 

 漫画の神の足跡を、私はついに見つけ出した。




ブルースさん:元ネタはスプリングスティーン。現実でもマドンナと同じ日にアルバム出してたから張り合わせようと思ってた。でもマドゥンナ出せなかった(白目)

アネット:元ネタは一体何ジャネットなんだ……?

キング:彼女なのにキング。でもこの方をキング以外で呼びたくないという作者のわ(略)

闘争本能:体が誰のものかが良く分かりますね。

間 黒夫:ゲスト出演。ブラック・ジャックをよろしく!




クソ女神様とタクミっぽいのの小劇場

くそ女神さま
「あ、あの時代はもっと酷かったって先輩の残した記録には書いてあるわ」

「神様社会に先輩後輩あるんかい。え、誰? パンチとロンゲ?」

くそ女神さま
「サっちゃん先輩」

「それ魔おげふんげふん」

くそ女神さま
「天と魔の共存は、少し前まで順調だったわ」

「あ、すみませんそれ聞きたくないんでオフにしてください巻き込むな(震え声)」


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このアトムのない世界で

遅くなって申し訳ありません。
言い訳になるか分かりませんが、この作品始まって以来ってぐらいエネルギーを使いました。
面白いかどうかは別なんですが、この一月ひたすら考えてこの形になりました。楽しんでいただければありがたいです。


「黒夫ちゃんがこんなに可愛い彼女を連れてくるなんて」

「……婆ちゃん、黒井はそんなんじゃないって」

 

 ギシッ、ギシッと床を軋ませながら前を歩く老婦人の言葉に、心底嫌そうな顔を浮かべて間黒夫が答える。んだコラ文句あっかと言いたいんだが、猫を数十枚被ってにっこにこの表情を崩すわけにもいかず黙って黒夫の隣を歩く。

 

――しかし、これは凄いな。

 

 家の様子をちらちらと眺めながら、内心そう一人ごちる。自宅と診療所が一緒になっていると事前に聞いていた為、普段お世話になっている間医院と同じような造りだと思っていたのだが。いや、内部の構造自体は、それほど違わないのかもしれないな。

 

 ただ、家の周囲から内装に至るまでを埋め尽くすように描かれた、まるで生きているかのようなキャラクター達の姿が、全くといって良いほど印象を変えてしまうんだ。

 

 そのキャラクター達の配置も良く考えられている。進行する方向に合わせて少しずつストーリーが進むように配置されているらしく……恐らくお気に入りだと思われる西洋の剣士のような姿の少女の話は、診療所の玄関から一番奥の民家部分まで続いていた。

 

「照れなくても良いのよ。お爺ちゃんも喜ぶわ。黒夫ちゃんは少し真面目すぎるって、心配してたもの」

 

 少しだけ後ろを振り返りながらそう語る老婦人の言葉に、確かに、と一つ頷き並んで歩く黒夫を見る。運動系の中学生らしく短く整えられた髪に年齢の割にやたらと強い視線。

 

「……な、なぁ。一度『俺は、クソ真面目な男だ』って言ってくれない?」

「嫌だ」

 

 つい口から垂れ流された願望を、黒夫はちらりと目線を送っただけでそう断った。

 

「ふふっ」

 

 そんな私と黒夫のやり取りをどう思ったのか。黒夫の祖母は小さく微笑んで、とある部屋の前で立ち止まった。そこまで続いていたキャラクター達の物語も、全てここで終焉を迎えている。文字通り、この家の一番奥まった場所に、その部屋はあった。

 

 トントン、と黒夫の祖母がドアを叩く。数秒待つも返事がない様子に老婦人は少しだけ苦笑を浮かべて、ガチャリとドアを開けた。

 

「お父さん。入りますよ」

 

 老婦人の言葉に返事はない。ただ、開けたドアの中からカリカリ、カリ、と何かをペンで書くような音が小さく聞こえてくる。老婦人の様子から、恐らくこれは日常的な事なんだと判断し、私はドアの中を覗き見る。

 

 僅かに見える背中は、思ったよりも小さかった。そのベレー帽を被った人物は少し前のめりになって机に向かい、何かしらをカリカリと書き続けている。恐らく先ほどの声かけも、ノックの音すらも聞こえていなかったのだろう。

 

「お父さんたら、また。黒夫ちゃんが来ましたよ!」

「……ん、ああ」

 

 声を張った老婦人の一言にようやく気付いたのか。緩やかな動作で、ベレー帽を被った男性が振り返る。メガネをかけた、柔和な顔立ちの初老の男性。

 

「おお、黒夫か。よく来たね……そちらは」

「うん。爺ちゃん、ただいま。こっちは友達」

「……は、初めまして。黒夫君の友達の、黒井タクミです」

 

 記憶の中にある顔と表情そのままで、手越治氏はにこやかな笑顔を浮かべた。

 

 

 

「タクミちゃん、か。こんなに可愛い子を連れてくるなんて、黒夫も隅に置けないなぁ」

「ただの友達だよ」

「あはははは……」

 

 作業部屋の中。近所の子供たちが良く遊びに来るという事で部屋の中に用意されたテーブルに腰かけ、手越氏は向かい合わせに座る孫を笑顔を浮かべて構っている。恥ずかしそうにする黒夫もそれほど嫌がっているようには見えず、家族仲は良好なようだ。

 

 羨ましい話だなぁ、と二人の様子から目をそらしてテーブルに視線を落とす。テーブルの上には数枚の紙が置かれており、近所の子供が書いたのだろう落書きと、何故か使い込まれた様子のペンが置かれていた。聞くところによると、漫画に興味を持った子に絵のかき方を教えたりしているそうだ。

 

「実は去年の内に医院は長男に譲ったんだ。今は悠々自適に、好きな漫画を描いて暮らしているよ。子供たちに教えるのは、良い気分転換って所かなぁ」

 

 テーブルの上の落書きに微笑みを浮かべながら、手越氏はそう語る。前世での彼を知る私からすればとんだ英才教育だ。それこそ大の大人が大枚叩いて受けたがってもおかしくはないレベルの。そんな益体もない事を私が考えていると、隣に座っている黒夫が何かに気づいたように声を上げた。

 

「え。もしかして新しい漫画、あるの?」

 

 その声は、これまでの落ち着いた声音を一切感じさせない少し甲高い年相応な声だった。心なしか目も輝いているような気がする。

 

「ああ。読むかい。診療所の待合室に置いてあるよ」

「うん!」

 

 手越氏の言葉に勢いよく黒夫が頷いた。凄まじい食い付きである。歳の割に落ち着いた奴だと思っていたのだがこういった所は年齢相応だなぁ。などとおばちゃん風にうんうん頷いていたら、黒夫は何を思ったのかテーブルの上に置かれているお茶をグイッと飲み干して席を立った。

 

 っておいおいお前が行ったら私一人になるだろうが。流石にあってすぐの人と二人きりは気まずいんだよ。若人の勢いは予測がつかねぇなぁと合わせて席を立とうと腰を浮かそうとした。

 

 そのたった一瞬。

 

「お前さんに祖父は任せる。頼んだぞ――タクミ」

 

 頭上から感じた圧力に私の動きは止まる。思わず彼の顔を見上げ、私は息をのんだ。顔に走る手術痕。一部だけ肌色の違う顔。半分だけ白く染まった髪……そして、静かな、けれど有無を言わせない声音と視線。

 

 見間違いかと目を瞬かせて再度しっかりと彼の顔を見ると、そこに居るのは私の知る間黒夫の姿だった。その顔には手術痕なんかどこにもない。ただ、じっとこちらを見るその視線に気圧され、私は無意識の内に首を縦に振った。

 

「じゃあ、爺ちゃん。また後で」

「ああ。ありがとうな、黒夫」

 

 私の返事に満足したのか。ふっと笑顔を浮かべて黒夫はにこやかな顔を浮かべて部屋から出る。その様子を見ていた手越氏は「ふふっ」と小さく笑い、私に語り掛けてくる。

 

「良い男でしょう。自慢の孫です」

 

 誇らしげにそう口にする手越氏に、咄嗟に顔に笑顔を張り付け直して頷きを返す。

 

「本当に……将来が楽しみですね」

「孫よりも年下の貴方にそう言って貰えるとは」

 

 私の返答に手越氏は愉快そうに笑い声をあげた。いや、割と本気だからね。たったの一瞬とはいえ、そこそこ修羅場をくぐってる私が気圧されたんだから。あんな感覚マンハッタンのギャングぶっ潰しまわった時でも感じた事ねーぞ。

 

「さて……黒夫が気を利かせてくれた事ですし。そろそろ本題に移りましょうか」

「ええ。そうですね」

 

 私の様子にくすくすと微笑みを浮かべた後。何かを懐かしむかのように私の顔を眺めながら、手越氏は口を開く。

 

 彼が語った内容は……一人の男の人生だった。

 

 

 

 その男は、子供の頃から漫画が好きだった。小学生の時初めて漫画を描いて以来、漫画を描くことは彼にとって食事や睡眠と同じように当たり前の行動の一つだった。漫画を描きすぎて勉強しておらず、高校に落ちた事もあった。運よく医学生になる事が出来たが、その後も彼は当然のように漫画を描き続けた。それは彼にとってごく自然な事だったからだ。

 

 やがて、彼は自身が描きためた物語を新聞等に投稿し始めた。勿論最初はそれほど有名ではなかったが、彼の漫画はどうやら面白かったらしい。次第に人気を持ち始め、やがて彼は知人と共に長編ストーリー漫画を赤本として出版し、それは大阪で大ベストセラーになる。彼は学生でありながら関西でも有数の漫画描きとして知られるようになった。

 

 勿論医学生である以上勉学にも励んでいたが、彼の漫画が人気になればなるほど彼は多忙になり、次第に勉学と原稿の両立が出来なくなっていった。最初の内は睡眠時間を削るなどして時間を捻出していたが、やがてそれでも間に合わなくなっていき――決定的な決断を、彼は迫られることになる。

 

「まぁ、単純な事です。このままでは単位が取れない。恩師にそう言われたんですね」

 

 ぼんやりとした目で手越氏はそう言った。その視線は私を見ているようで見ていない。何か、恐らくは遠い過去の情景を思い起こしているんだろう。

 

「彼は悩みました。当然でしょう、漫画は彼にとって生活の一部です。でも、医師になりたいという情熱もその時、彼の中ではとても大きなものになっていたんです。とても苦しかった。何度も何度も自問自答を繰り返して……そして」

 

 苦渋に満ちた表情で『彼』の事を語る手越氏の目が、私を見据える。

 

「そんな時です。貴女が現れた」

 

 手越氏の表情にはすでに苦悩はない。何かを振り切ったかのような清々しさだけを残しながら、彼は私の知らない『私』の話を始めた。

 

「まるで炎のように逆立ち揺らめく白い髪。透き通るような肌。そしてただ見るだけで相手の全てを射抜くような、見透かされるような視線。超越者と呼ぶべき存在……会話の内容は思い出せないが声も覚えている。同じだ。君と、同じ声だった」

「……手越さん。私は」

「ああ、分かっているとも。君ではない。君じゃないんだ、あれは」

 

 首を縦に振りながら、視線だけを私に固定して。手越氏は静かに言葉を放つ。

 

「君からはあの存在から感じられた、自分が圧倒的上位者であるという自負も傲慢も感じない。いや……違うな。君は人として私を見ている。それだけであれとは別の存在だと確信できるよ」

「あー……褒められ、てるんですよね?」

「勿論」

 

 微妙に生暖かい視線を受けながらぽりぽりと頬をかいていると、手越氏は少しだけ苦笑のような表情を浮かべ再び口を開く。

 

「君をテレビで見るまでは夢だと思っていた。まぁ、そういった存在と出会って、ね。会話の内容は覚えてないが、医師になると決意したんだ。多分、そう促されたんだろうね。一度決断した後は早かったよ。漫画の仕事を学業を理由に断って、医師一本に絞った。集中した後はトントン拍子に学業も上手くいってね。大きな病院での勤務も経験したし、30過ぎには小さいながらも医院を構えることが出来た。妻にも、子供にも恵まれて。そして自慢できるほど立派に育った孫もいる。幸せなんだ、間違いなく。一かけらの疑いもなく彼は……私は幸せなんだ」

「……はい」

 

 一言だけ相槌を打ち、続きを待つ。穏やかな表情のまま語り続ける彼の視界に今、自分が居るかは定かではない。ただ、先ほどまでの彼と黒夫の会話を目にしていたから相槌を打った。そうしなければいけないと思ったから、私は彼の言葉に頷いた。問いかける様に自らの幸せを語る彼を、否定してはいけないと感じたのだ。

 

「……だがね。ふと、思ってしまうんだよ」

 

 視線だけを交差させあう長い沈黙の後。手越氏はテーブルの上に視線を落としながら、ぽつりと呟いた。

 

「あの時、もし。このペンを取ることを選んでいれば……私はどうなっていたのかとね」

 

 テーブルの上に置かれていたペン。それを見ながら手越氏の顔は少しずつ感情を失っていく。

 

「君ならば知っているのだろう」

 

 そこにあるものは、もはや表情とは呼べない。

 虚無――それだけが、その顔に残ったものだった。

 

「私は――僕は、いったいなにを失ったんだ」

 

 その抑揚のない声音に込められた思いの重さ。それは、静かな叫びだった。この言葉に込められた絶望は、私が思っていた以上の深さと熱が込められていた。たったの数秒で理解してしまった。これは……私では、駄目だ。その確信に唇を噛み締める。

 

 彼の嘆きも絶望も、私では癒すことが出来ない。私の言葉では軽すぎて、彼の心の中までは入れないのだ。

 

 もしも可能性があるとすれば、それは家族からの言葉だろう。だが、この問題は家族すら踏み込めない位置にある。あの存在を知っている者同士でしかこの会話は成り立たないのだ。

 

 黙り込む私をただただ手越氏は静かに眺めている。彼は待っている。それがどんな答えであろうと……それを受け取らなければ、彼は前に進めないのだから。

 

 その沈黙の重さに心が折れそうになった。つい俯いてしまった私の視界に、子供たちの落書きと、黒夫が残した湯呑が映る。

 

 その湯呑を目にした時、私の頭に黒夫の言葉が過った。今、私は何をヘタレていたんだ? 

 あのクソ真面目な奴が、わざわざ祖父を頼むなんて言ったんだ。私は、頼まれちまったんだ。

 

 なら、気張るしかないだろうが! 

 

 思い切り右手で自分の顔を殴りつけ、心の中に居たへたれ女(黒井タクミ)をぶっ飛ばす。ごづん、と重い音と衝撃が頭蓋に響く。飛びかける視界の中、今度は気付けに左の頬を張り飛ばす。今は寝ている場合じゃないんだ。次は、行動の番だ。

 

「紙とペンをお借りします」

 

 口の中に広がる鉄の味を無視して、返事を待たずにテーブルの上に置かれたペンを握る。数十枚の紙束はちと少なく感じるが、何とかなるだろう。

 

「……その紙は、子供たちが」

「大丈夫です。使うのは、隅だけなので」

 

 少しだけ感情の色が灯った手越氏にそう言葉を返し、私はペンを走らせる。クソッタレの体は私の思い通りに指と手を動かし、過去最高の速度で私は小さな小さな絵を落書きが描かれた紙の隅に書き綴る。

 

――私の言葉では、駄目だ

 

 20枚に渡るそれらに次々と絵を描きながら、私は自身の頭の中にある情景と絵の流れをリンクさせる。

 

――いや……この世界の誰の言葉でも彼の心にはきっと届かない

 

 頭の中にメロディを浮かべながら、私は……

 

――それなら持ってくるものなんて

 

「一つしかない」

 

 書き終わった紙をまとめ上げて、私はそう呟いた。

 

 手越さん、貴方への返答を私は持ちえません。

 だからこれは私の答えではない。全く違う人生を歩んだ貴方の、一つの始まりを、『彼』からの答えとして貴方に贈らせて頂きます。

 

 貴方の物語は、ここから再び始まる。

 そんな時に”歌う”歌は、きっとたった一つ。

 この歌を――貴方だけに捧げます。

 

「空をこえて」

 

 絵を描いた紙束を手越氏に向け、私はゆっくりと隅だけをめくるように動かす。

 

「ラララ 星のかなた」

 

 歌に合わせる様に、ゆっくりと。少しずつ。

 

「ゆくぞ アトム」

 

 めくられたページは、まるでアニメのように動きだし。

 

「ジェットのかぎり」

 

 一人の少年ロボットを映し出す。

 

心やさし ラララ 科学の子

 

十万馬力だ 鉄腕

 

「……アトム」

 

 私が紙束をめくりきった時。手越氏は静かにそう呟いた。

 

 そっと紙束をテーブルの上に戻しながら、私は口を開く。

 

「私の知る全く別の1963年。日本で初めて作成された長編アニメーションシリーズがありました」

 

 静かに語る私の言葉を、手越氏はじっと聞き続けた。鉄腕アトム。当時、すでに漫画家としての名声を得ていた別の世界の手越治……手塚治虫により制作された、人と同等の感情を持った少年ロボット、アトムが活躍する物語。

 

 この世界では廃れて久しいアニメーションという存在が、世にどれだけの影響を与えたのか。手塚治虫という人物がどれほど偉大であったのか。自らが知りえる『彼』の軌跡を、私はすべて手越氏に語った。

 

 この世界に生まれ落ちて、前世の事をここまで語ったのは初めてかもしれない。長い時間の一人語りは、『彼』が亡くなった日……1989年の話まで続いた。

 

 病床の中。最後まで漫画を描きたいと言い続けて亡くなった、全く別世界の自分の話。それをすべて聞き終えた手越氏は、私が作成したパラパラ漫画の鉄腕アトムを手に取り、ゆっくりと自分の手でめくり始めた。

 

 何度も、何度も。自分の手で。涙で濡れたメガネを気にもせず、彼は鉄腕アトムを見続けていた。

 静かに席を立ち、私は部屋を後にする。

 彼と『彼』の語らいを、邪魔するわけにはいかないからな。

 手越氏の向かいに座るベレー帽を被った誰かの姿を思い浮かべながら、私は頬を撫でる。

 腫れてるなぁ、これどう誤魔化そうか。

 

 

 

「先ほどは、お恥ずかしい所をお見せしました」

「あ、いえ。こちらこそ、途中で席をはずして」

「気を使わせて申し訳ない……もう、十分話せました」

 

 雑に貼られたシップを撫でながら、私は頭を下げる手越氏に頭を下げ返す。理由をどう誤魔化すか思いつかなかったので素直に「気合を入れるために殴った」と伝えたらめちゃめちゃ怒られたんだよね、黒夫に。

 

 それでも一応応急処置してくれる点、こいつ本当にくそ真面目な奴だなぁと内心ニヤニヤしましたがね。いつかあの台詞を言わせてやると固く心に誓いながら、目の前で若干目を赤くしたままの手越氏を見る。

 

 どうやら、彼の中での心の折り合いは取れたのだろう。その晴れやかな表情を見る事が出来ただけで、今回の大阪行は正解だったと確信できる。

 

 ふぅ、と安堵のため息をつき、さて。と気合を入れなおす。本番はむしろここからだからな。一ファンとして、そして黒夫の友人としての行動はここまでだ。ここから先は欲望一直線で行かせてもらうぜ!

 

 何せこの方の助力を得られれば日本での長編アニメ作成に弾みがつくなんてもんじゃねーからな! 仮に漫画だけでも十分すぎる。ストーリー漫画の原点とまで言われたこの方の連載が来れば、ただでさえ上り調子の飛翔は文字通り飛んでっちまいかねない勢いを得られる筈だ。

 

「ああ、黒井さん。所で今後の漫画家としての活動なのですが」

「シャァ来た! 週間飛翔はいつでも貴方の漫画をお待ちしています!」

「新しい雑誌を起ち上げるという事は出来ませんかね」

「ええ、勿論です! 新しい雑……新しい雑誌?」

 

 予想外の単語に目をぱちくりとさせながら思わず聞き返すと、手越氏は「ええ」と一つ頷いて口を開く。

 

「週間飛翔は素晴らしい漫画雑誌だと思います。週刊漫画雑誌というだけでも革新的なのに、連載している漫画の質も高い」

「で、ですよね」

「それだけに、惜しい」

 

 眉を寄せながら、手越氏は小さくため息をついた。

 

「たった一つの週刊漫画雑誌。つまりそれは、競争も内部だけでしか行われないということです」

「……ああ、そういう事ですか」

「ええ。競争相手が外に居ない集団は劣化も早い。早晩質が落ちていくでしょうね」

 

 言われてみれば確かにそうだ。競合相手が居ない現状は、週間飛翔の一人勝ちという事になる。それはつまり、気を張って質を維持する理由がないという事でもある

 

 顔をしかめた私に、手越氏は「そこで」と笑顔を浮かべながら提案を話し出した。

 

「私の知り合いの元漫画書きが数名。赤本で鳴らした実力のある人物です。それに出来れば週間飛翔で連載枠が取れずに燻っている人物が居れば2、3名回していただきたい。出版社は小野島出版さんが良いかもしれませんが、大阪支部か何かがあればそこを拠点にしましょう。東西に分かれての漫画合戦。夢があるじゃないですか」

「あ、え、その。ちょ、ちょっと待ってください」

 

 捲し立てるように計画を話し続ける手越氏を慌てて押し留め、頭の中で今出てきた情報を整理する。

 

 新しい雑誌を起ち上げるのは、成程、理に適っている。このままでは折角良い形で発展してきた漫画業界が、競争力を失ってしまうかもしれないのだから。その雑誌を手越氏を中心に作成するのも良い。

 

 であるならば、問題は一つだ。

 

「その。言いにくいのですが、週間飛翔はすでに大人気雑誌です。手越さんやお知り合いの方は兎も角、飛翔内部での競争で劣勢な漫画家を集めても競争相手として成り立つか」

「問題ありませんよ」

 

 私が言いにくそうに疑問をあげると、彼はなんだそんな事かとばかりに笑みを浮かべる。

 

「なんせ私の漫画が一等面白いに決まってるんですから」

 

 なんの気負いもなく。さも当然であるかのように。

 かつての世界で漫画の神と呼ばれた男は、不敵な笑みを浮かべてそう言い放った。

 

「……あはは、さ、さいですか」

「大体ねぇ、週間飛翔のあれ。あのサイボーグなんたらですよ。あんなのは漫画じゃ」

「て、手越さん落ち着いて」

「私は落ち着いています! そういえば先ほどのアトム。あれは僕ならもっと上手く」

「嫉妬の神までそのまんまかよちくしょう! く、黒夫、助け逃げるなぁあああ!」

 

 そそくさと診療所の方へと去っていく黒夫の背中を追いかけ、背後からはヒートアップした手越さんに追いかけられ。

 私たちのドタバタ劇は、買い物から帰ってきたお祖母さんが雷を落とすまで続くのだった。結局数時間逃げ回る羽目になったよ、ちくしょうめ。

 

 

 

 

 

 

とある警官の証言 【黒井タクミの軌跡 名作ゲーム・マンハッタンファイト作成秘話』

 

セントラルパーク付近を巡回していたレイモンド巡査はこのときの様子をこう語っている

「今でも良く覚えてるよ。妙にもこもことした日本の服……たしかどてら、だったかな……を着た一人の少女が、夜な夜な騒いでいた若いストリートギャングの集団の前に現れてね」

「胸に、そう。ローマ字でタクミと書かれていた。もちろん気付いたよ、ここは彼女の街。ニューヨークだ……だからその時、自分も相棒も慌ててその場に駆け寄ったんだ。結局間に合わなかったがね」

「確か……そう。『テメーらがうるさくてレポートが進まねぇだろうが!』だったかな」

「カセットでガンガンに音楽を鳴らす若い黒人やスパニッシュの連中に向かって。凄い啖呵だった」

「……え? 『殺されると思ったか?』って……黒井タクミがですか?」

「…………ん~~~」

「やっぱり貴方たちはワカってない。黒井タクミという人物を――」




週間少年日曜、発刊決定

手越治:ペンネームは手越治虫に。タクミの口から聞いた別世界の自分に嫉妬し、全てのキャラデザだけ聞き出した後はオリジナルでストーリーを練っている。週間日曜の連載作品は3分の1くらい手越氏の漫画になる予定。

間黒夫:途中で一瞬だけ異世界にぶっ飛ばされた彼っぽくなった。多分今回で出番は終わり。




クソ女神さんとタクミっぽいのの小劇場


クソ女神さん
「何やかんやあって神魔の争いは大分前に小康状態になったの」

「聞きたくねぇっつってんだろうがぶん殴るぞ」

クソ女神さん
「……人に殴られたのは初めてだったわ。凄く痛かった」

「タクミさん思いっきりグーで行ったからな。久々にワロタ」


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この〇〇のない世界で番外編 タクミの初ラジオ

新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします!

※こちらは番外編で最新話は19時に予約投稿されてる次の話になります。一瞬だけこの話のネタを使いますが、読み飛ばしても大丈夫です※

ラジオっぽいのを目指して作ってみましたが中々難しかった。


 

『ハーイ皆さんこんばんは。全夜日本、パーソナリティの明日茂さんぽです』

 

 ウワー!(歓声と拍手の音)

 

『えー、当ラジオ始まって以来の大物ゲストになりますね。それではご紹介しましょう、黒井タクミさんです!』

『ハロー?』

『ハロー! タックミー! 初めまして、ようこそいらっしゃいました!』

『どーもどーも。初めまして。いや、お初どす?』

『それは京都やなぁ。大阪でもはじめましてでっせ!』

『あ、すんません』

『いえいえこちらこそつい突っ込んでしもてすんません』

 

 HAHAHAHA!(わざとらしい笑い声)

 

『おお、わざとらしい笑いボイス』

『言うたって言うたって。今時米国のホームドラマでもそうそう流れんやろ』

『いや、がっつり流れてるね』

『ほんまかいな』

『そーかいな』

 

 HAHAHAHA!(わざとらしい笑い声)

 

『引っ越し屋ちゃうでしかし!』

『お、キレあるねぇ。この道の天辺目指してみないかい』

『目指しとるわい!』

『どうも、ありがとうございましたー』

『オチじゃないから! 音声さんもエンディング流すな番組終わらす気か!』

 

 HAHAHAHA!(わざとらしい笑い声)

 

『はぁ、僕ボケなのにずっと突っ込んどるわ』

『ごめーんね?』

『満面の笑みで言われたら許すしかない! というわけでリスナーの皆さん、改めまして今回のゲスト黒井タクミさんです!』

『オイーッス。ラジオの向こうの皆、こんにちわ。あ、こんばんわかな。黒井タクミでっす夜露死苦』

 

 パチパチパチ(歓声付きの拍手音)

 

『はい、よろしくお願いします! いやー、しかしあれですよ。まさか生タックミーに会えるとは思いませんでした。僕前の日本ツアーの時会場に行ったんですよ。めっちゃ後ろの席でしたけどもう只管ノリまくってました!』

『お、嬉しい事言ってくれるじゃないの』

『初めて「ハロー?」聞けたときは嬉しすぎて死ぬかと思いました。まさか今日も言って貰えるとは思てなくて』

『どこの国でも通じるから挨拶こればっかなんだよね』

『そして聞きたくなかった裏事情!』

 

 HAHAHAHA!(わざとらしい笑い声)

 

『さて、今回は今や世界的なスタアである黒井さんの登場という事もあって続々と! 沢山質問の電話が入ってきてますねー。普段からこれ位鳴ってくれたら嬉しいのに』

『ありがたいですね。そして頑張って?』

『頑張らせていただきたい! そして、早速一つ目の電話をつなげようと思うのですがその前にちょーっとだけ聞きたい事がありまして』

『お。なにかな。スリーサイズは上から』

 

 ~ピンポンパンポーン しばらくおまちください~

 

『いきなりピー音かまされるとはおもってんかったわ』

『っかしいなー。これくらいなら公表してもいいと思うけど。ほら成長期だし』

『成長期関係ないよね? あ、話を戻すとですね。正直、いきなり来てくれるのが決まったんですけどうちの事務所どんな手を使ったのかなって。脅迫? 録音とかされてたのかなとか

『今回は逆なんだなぁ。スケジュールぶっちして大阪に』

 

 ~ピンポンパンポーン しばらくおまちください~

 

『この放送大丈夫? 生だけど放送していいん?』

『関係先にはちゃんとごめんなさいしたから大丈夫大丈夫』

『こっちは当初の予定と大分話す内容変わってて内心ドギマギしてますよ』

『予定通りにいかないのが人生じゃないかな?』

『それ君の経歴で言うと重いわぁ』

 

 HAHAHAHA!(わざとらしい笑い声)

 

『さて。まだ放送できてるうちにお電話繋いじゃいましょうか!』

『出来なくなるかもしれないんかい? 了解です』

『あんたのせいなんだよなぁ。では最初のお電話お繋ぎしますね』

 

 ~コール音……ガチャリと受話器を上げる音~

 

『ハロー?』

《……ハ、ハロー! うわタックミーだ》

『よっすおらタクミ13歳。お名前は?』

《た、、たけうちりきまるです。10さいです》

『ん。良い名前じゃん。りきまるはどうして電話くれたの?』

《ぼ、ぼく。こないだのテレビみました。そのときの、黒井タクミさんの歌を聞いて、すごいっておもって》

『タックミーでいいよ? うん、ありがとう。とっても嬉しい』

《タックミー、さんの、歌をきいて。えがおをみてると、すごく元気になれました。おとうさんやおかあさんはあんな子ふりょうだって言ってたけどぜんぜんちがうっておもって》

『不良かぁ。まぁロッカーなんてどんだけ社会に中指突き立てられるかって仕事だからね』

『よーいうわ』

 

 HAHAHAHA!(わざとらしい笑い声)

 

 

《あの。それで、聞いてみたいことがあるんです》

『うん、言ってみて!』

『質問はどんどん受け付けてますよー! リスナーさん、この機会にぜひあんなことやこんなことを聞いちゃいましょう!』

《タックミーさんはアイドルなんでしょうか。ぼくはあのテレビでタックミーさんをはじめて見たんですが本当はちがうんですか?》

『ああ……』

『結構良い質問ですね。いえ、僕らみたいな業界の人間もそう思いますんよ。タックミーは結局アイドルなのか、それともロックアーティストとして扱うのか』

『う~ん』

 

 ざわ……ざわざわ……(困惑するような群衆の声)

 

『細かな分類だと歌手でもあり経営者でもあるとかになるんだけどね』

『そういえばアメリカで会社作ってますよね。なんですゲームですっけ』

『そうそう、近々発売予定。日本でも3か所に専門店を置くから皆来てくれよ!』

『ここで宣伝!?』

 

 HAHAHAHA!(わざとらしい笑い声)

 

『っと、ごめんねりきまる。じゃあ、答えるけど』

《え、あ。はい》

『一社会人としての意見は君のお父さんやお母さんは間違いなく正しい。とても良識ある大人だと思うよ。私みたいな生き方をしてる奴は、不良とかかごの中に入り込んだ腐ったミカンとか言われる類の人間だからね』

『え、ちょっ』

 

 ざわ……ざわざわ……(困惑するような群衆の声)

 

『まあ、これはあくまでも社会人としての答えね。私個人としてはそんな事はどうでも良いんだけど。大切な事はね、りきまる。自分が自分の人生にどんだけ胸張って生きれるかって事なんだよ』

《じぶんの……ですか?》

『うん、そう。今、不良って言われてる連中。ロックやってる皆。これ聞いてる奴全員に言っとくけど、私たちは社会様の枠組みから外れてるんだ。屑扱いされたって仕方ないし甘んじて受け入れちまえ。ンな事はどうでも良いって思ってるからロックなんてやってるんだしツッパッてるんだろ? 良いじゃんもっとハジケちまえ。横並びで歩くのが我慢できなくて、テメーの我がまま通したくて意地張ってるんだからさ。最後までやり通しな』

《タックミーさんは、ふりょう、なんですか?》

『不良も不良、大不良だよ。でもさ、りきまる。不良だから、不良じゃないからってさ。それ何の意味があるか考えたことある? なんで不良だと駄目なのかって』

《ありません。わからないです》

『わからないよね。何が良いか悪いかなんて皆自分の心の中にしかないんだから。分かるわけないんだよ、本当は。良識ある世界の大人たちって連中もさ。本当はよく分かっていないけど、自分たちで良も不良も勝手に頭の中で考えて勝手にレッテル張ってるだけなんだから』

《じゃあ、おとうさんやおかあさんがまちがってるかもしれないんですか?》

『音声さん、止めんといて! このまま続けてや!』

 

 (ガチャリとドアを開ける音)

 

『サンキュー、さんぽさん。お父さんやお母さんは決して間違ったことを言っていないよ? ちゃんと周囲に合わせて勉強して、良い学校に入って良い職につく。これは決して間違ってないんだ。その人に合ってるんならそれが一番だろうね』

《……じゃあ、タックミーさんはまちがってる?》

『お父さんやお母さんの価値観からしたら私は大間違いだろうね。でも、さっきも言ったけど何が良いか悪いか皆の心の中で判別してるんだ。お父さん達にとってはダメな人生でも、ほかの人によってはまた違うように見えたりもする』

《……わかりません》

『だろうね。だから、難しく考えないでいいんだ。自分が正しいと思った未来が、自分にとって一等正しい未来なんだよ。ほかの連中の意見はあくまでも参考で良い。お前が信じるお前を信じればいいんだ。だから私は、自分が全力で願う未来を掴む為に歌ってるんだよ』

《……はい》

『これはりきまる以外のリスナーにも言っとくけどさ。自分の価値観を他人に委ねるな。お前がなりたいお前の姿はお前しか分からないんだ。だから勉強を頑張って良い子でありたいならそうしな。ロックやりたいならロックしろよ。ツッパりたいんなら堂々とツッパッて社会に中指立てちまえ!』

《……》

『お前の好きなように、めいっぱい生きてみようぜ。なぁにここにもう一人、めいっぱい好き勝手生きてる奴が居るんだ。世界中の良識ある大人の天敵みたいな私が平然と生きてるんだから、お前らが多少跳ね返ったって社会はびくともしねーし、だから人生ってのは面白いんだろうぜ』

《ぼく、タックミーみたいに……人を笑がおにできる人に、なりたいです》

『なれるさ、りきまる。お前が自分を信じてまっすぐ歩ければ、きっとな。っと、少し脱線しちゃったな。えーと、質問は何の人なのかわからないだったな。じゃあ、うん。全世界の良識ある大人の天敵って事でおkだろおっとなんで銀さんがスタジオに入ってきたんだヤバイヤバイヤバ』

 

 ~ピンポンパンポーン しばらくおまちください~

 

 




ぶつ切りで申し訳ない。会話文だけで話を纏めるってのも大変ですね。
あ、この後終了時間までピー音でした。


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このライブのない世界で

新年あけましておめでとうございますその2。
正式な最新話はこちらになります
タクミがなんで怒られてるのかは前の番外編をご覧ください(見なくても大丈夫です)

誤字修正:佐藤東沙様、たまごん様、a092476601様ありがとうございます!


「彼女について、というのは何とも答えづらい言葉です」

「孫の友人であり、私にとっての恩人であり。何と言いますか言葉にし辛い相手でしてね」

「絵について? ああ、それなら簡単ですよ」

「彼女は漫画家ではありませんね。あのレコードのあれ。あんなものは漫画とは言わない」

「まぁ、一枚の絵として見るなら上手じゃないですか?」

「私がもし彼女の絵を漫画にするなら――」

 

~手越治虫 週間日曜日 発刊記念でのインタビュー~

 

 

 

 

 

「自分がなんで正座しているかわかるか?」

「はい……」

「はいじゃないが」

 

 ガンッ、と机に拳を叩きつける黒っちを隣に立つ銀さんがまぁまぁと宥める。というか銀さん居なかったら普通に正座なんてしな嘘ですごめんなさいごめんなさいごめんなさい。

 

 まぁ、今回はちょっとやりすぎたと思ってるし反省はしてる。前回大阪に行ったのあれ他の予定色々とぶっちして行ったんだよね。本来の予定だったら一週間くらいの間、私は富士山の近くに滞在する予定だったんだ。

 

 一週間も山に居て何をするのかっていうと、961プロ主導で今大きな合同ライブというか、ロック主体の音楽の祭典を企画してたんだよね。ちょっと前にテレビでアイドル全般が酷い事になってたのもちょっと関係あったりする。

 

 あれで盛り上がってきてたアイドルって業種がさ、引退続出でしぼみかけてるんだよね。これも全部舞って奴が悪いんだけど。

 

 美城の幸姫ちゃんという癒し枠が居なかったら、アイドル業界は舞とその他死屍累々って感じの焼け野原みたいな状況だったかもしれない。あんだけ逆境の中に居るのに折れずにメディアへの露出やらを精力的に行えるメンタリティは正直凄いの一言だ。

 

 そんな幸姫ちゃんに触発されるようにこれまで目立たなかった芽もチラホラと芽吹いてきてるらしいんだけど、業界自体はどうしても規模が縮小してしまっている感が否めない。

 

 で、話を戻すと。伸び始めていた音楽業界が萎んでしまった分、てこ入れを入れなきゃいけないのは当然のことで。そこで白羽の矢というか大きなイベントをぶち上げないか、と企画されたのがこの合同ライブなわけだ。

 

 企画からゴーサインまでの時間が結構早かったから、もしかしたら元々そういうイベントを企画してたのかもしれないね。日本の音楽イベントってまだまだ数も少ないし。

 

 って事で富士山近くのスキー場を貸し切って野外ライブステージを立てまくって、961中心ではあるけど全国のアーティストを集めて行われたのが『フジヤマ・ロックンロールフェスタ』略してヤマロックである。

 

 前に世話になったXross(クロス)や、最近売り出し中の野素虎陀無四(のすとらだむす)とか結構伸びてる連中ばっかり集めたこの一大フェス、結構な規模になりそうだから初回にはぜひ参加してくれって黒ちゃんからも言われてたんだよね。

 

 野素虎陀無四(のすとらだむす)とか歌に合わせて蝋人形に私を詰めて登場。いきなり出現した私が歌い始めるって最高にバカな演出考えてきてて、これはやるっきゃないと思ってたんだけどさ。マンガゴッドが出現したんじゃそっちを優先するっきゃないからね。うん。

 

 一応本番には間に合ったんだけど打ち合わせも何も出来なくて予定してたイベントも殆どできなくなったし。

 

「百歩譲ってそこは良い。イベントには顔を出していたからな」

「え。間に合わせるために上空からパラシュート降下してステージに突っ込んだ件も!?」

「お嬢……」

「ごえんあさい」

 

 もしかしてゆ、許された? と期待を声に込めてみるもその後に頭上から降ってきた絶対零度の銀さんボイスにんな事はなかったと再び額を地面にこすりつける。猛虎落地勢! はまだ連載されてなかったか。でもだっちゃの方が週間日曜日で連載されそうだからいつか見れそうだね。

 

 しかしパラシュートでステージ乱入以上に許せない……え、なんだろう。もしかして京都についでに寄って熱いゲーム議論交わして来たのがバレたのか? あの人達うちの会社がミカン1出した時からファンみたいなもんだからついつい御呼ばれに応じちゃったんだよね。

 

 いや、京都の方は一応黒ちゃんにも伝えてあったしあっちは仕事の関係上外せないというか、ついに完成したエイリアンフルボッコゲーム(以降スペースウォー)の販売計画をどっからかぎつけたのか流通に一枚かみたいって言われたんだよね。

 

 いや、実際ありがたいんだよね。なんだかんだ老舗の玩具メーカーだからその方面の流通網もあるし、ミカン1を結構な頻度で買ってくれてるからコンピューターへの理解もある。

 

 というかあれだ。多分ゲーム機開発始めてるんだろうね、すでに。その上で今後売れるゲームとはってのを間近で見ておきたいのかな。まぁ、そちらがその気ならこちらもやぶさかではない。ミカン本社はPCとアーケードゲームでキャパが一杯だし、ゲームハードの開発は行う予定はなかったから棲み分けもできる。

 

 おし、組もうかとその場のノリで即決し、後日担当の人が来るので、と細かい話をすべてミノルちゃんに丸投げしてライブ会場にヘリで乗り付けたんだったか。ミノルちゃんからの怨嗟の声が今も耳に残ってる気がするぜ!

 

「……そちらも頭が痛いが、違う」

「えぇっと、じゃあ、なに?」

 

 本格的に訳がわからないよ……という表情を浮かべた私に黒ちゃんはため息を一つつくと、手元にあったカセットレコーダーのボタンをかちり、と押した。ラジオの録音もできる最新式、さすがに社長は良い物持ってるじゃねーかと感心していると、ざらざらとした音の後に録音された音声が室内に流れ始めた。

 

『自分の価値観を他人に委ねるな! お前がなりたいお前の姿はお前しか分からないんだ。だから勉強を頑張って良い子でありたいならそうしな。ロックやりたいならロックしろよ。ツッパりたいんなら堂々とツッパッて社会に中指立てちまえ!』

「初ラジオで放送事故とは凄いな。PTAからの抗議の電話が鳴りやまないんだがお前はうちの会社の電話回線をパンクさせるのが趣味なのか?」

「本当に申し訳ありませんでした」

 

 ここ数時間行っていた土下座の数倍気持ちを込めて頭を床にこすりつける。これは完璧に私が悪いパターンですね、はい。

 

 

 

『ボス! やっと戻ってきたかすごいぞ、これは、すごいぞ!』

『ボスゥ! こっちにボスに見てほしい書類が山と!』

『ボスッ! 増産の依頼が大量に来てますよ! 生産が全然追いつかないし、国外からも!』

 

 日本での悲しい事故から数日。映画作成の方が佳境に入り本当は離れる気はなかったんだが、米国側の呼び出しがそろそろ洒落にならない強さになってきたので急遽アメリカに戻ることになった。

 

 矢みたいに『戻ってきてくれ』コールや手紙の催促が飛んできてたからな。スペースウォーが発売されるから仕方ないのもあるんだが、帰ってきて早々に私を待ち受けていたのは全方位を良い年のおっさんどもに包囲されモミクチャにされるという可哀そうな図であった。

 

 おい、これ普通の女の子ならトラウマものだぞ貴様ら――あ、違った、私は普通の13歳の女の子だった。いかんいかん。たまにメッキが剥がれそうになるから注意しないとな。

 

『普通の女の子はマンハッタンを拳で制圧しないと思うんだ』

『なんでや! 途中からマイキーとかも参戦してたやん!』

『お陰で彼は一試合棒に振っちゃったけどね。感謝状やら貰って喜んでたみたいだけど』

 

 それを言われると若干心が痛い。いや、私の会社……PC関係のミカンや芸能関係のエキサイトプロダクション……が入ってるビルはニューヨーク州はマンハッタンにあるんだけどさ。昼間はともかく、夜になると治安がヤバいのなんのって。

 

 ここに来た当初は道端をギャングやマフィアが我が物顔で普通に歩く無法地帯というか、地下鉄に至っては年中無休で何か事件が起きるような有様だったんだよね。

 

 で、うちに所属してる連中は基本的にもやしっ子か歌手やらアイドルやらで、一部のやんちゃボーイズ&ガールズを除けば喧嘩なんかできるわけもない連中なのだ。放っとけばその内に悪い連中に捕まって最近年2回やってる祭典でも出回り始めた薄い本みたいな事をされかねない。

 

 勿論そこは社主として対策を。腕っこきで暇してる連中(無職のレッドショルダー)を集めて警備として雇い、仕事に出る際の送迎も任せて社員の安全を確保したんだが、それはあくまでも対処でしかなく根本的な解決にはならない。

 

 そこでしょうがなく私自らが出向いて連中とお話(腕力)した結果マンハッタン島全域の治安のアップに成功。その際にニューヨークで防衛戦があったマイキーが善意で手伝ってくれて……てのは良かったんだが、結果として彼は予定されていた試合を一戦延期する羽目になったのだ。

 

 当然関係各所には謝罪行脚する羽目になり、1年くらいタイトルマッチがあるたびにロハでリングの上で歌ったりとかする羽目になった。まぁお陰で周辺の治安は劇的に改善したし何なら夜の盛り場は粗方うちが抑えたから、新人が気軽に演奏できる職場も手に入ったしで結果良ければすべて良しというね。

 

「嘘を言わないでください。レポート作成の疲れでストレスが溜まっていた所にズンチャカ騒いでいた連中が目障りで叩き潰しただけでしょうに」

「真実は何も解決しないよミノルちゃん!!?」

 

 あと正しくは一発ギャグが滑ったからむしゃくしゃしてやったんだけどこれは誰にも言ってない、私と警官さん(たまたま居合わせた)との間の秘密だから割愛しておく。ウケると思ったんだけどな、マイコーのポゥッ!の物まね。

 

『まぁ、新作ゲームの発想にも繋がったし確かに悪い事ばかりじゃなかったけどね』

『ん、新作ゲーム?』

『ああ。開発陣はデバッグ位しか仕事がなかったからね。丁度いいから新しい物、今度はもうちょっと凝ったゲームに挑戦してもらってたんだ。まだまだ1面しかできていないけど、素晴らしい出来だよ!』

 

 スペースウォーの発売でやたらと忙しいって話だったのにどこにそんな余裕が……と疑問符を上げると、何故か最も忙しいはずのウィルが目を輝かせてそう語りかけてきた。おい、目の下のクマがスポーツ選手のアイブラックみたいになってるぞ?

 

『眠気も吹き飛ぶくらいに面白いんだ! 是非見てくれよ! スペースウォーと同じ筐体で出来るようにしているから切り替えて利用可能、どちらのゲームを遊ぶのか最初にプレイヤーに選ばせる事もできる! そしてなんと、今回はスペースウォーと違って射撃ではなく格闘! 横に歩いていくように動かしてどんどんステージを進めて、途中出てくる敵をパンチでキックでなぎ倒しながら進んでいくんだ!』

『それなんてファイナル〇ァイト?』

『むむっ、流石はボス、良いネーミングセンスだ。でもこれが最後になっても困るから、うん。このゲームはマンハッタンファイトと名付けよう!』

『名付けないでください』

 

 テンションの振り切れたウィルさんはその後もギラギラと目を輝かせたまま新作ゲームの素晴らしさとこのゲームを作成した製作陣を称え、廊下に飛び出すとスペースウォーとマンハッタンファイトで我が社は一気に米国トップ企業に上り詰めると叫び始めながら走り去っていった。

 

 無言でぽかーんと佇む開発部の中。おほん、と咳払いをしてウォズバーンさんが口を開く。

 

『ここ数日、缶詰状態で生産と流通の対応をしていたんだ。そっとしておきましょう』

『あ、はい』

 

 なお、ウィルさんは階段の手前で電池が切れたように倒れこんでいたため手近なソファーに叩き込んで寝かせた模様。次の日には元気に動いてたからこの人の体力も大概だと思う。

 

 

 

 高級感溢れるホテルのとある一室。その中で二人の男女は張り詰めた空気の中、互いの瞳を真っ直ぐ見据えて見つめ合っていた。

 片方は10台半ばにも至らない少女。そしてもう片方はそろそろ還暦を超えるだろうという老人。孫と祖父ほどに年齢が離れたその二人は、しかし微笑ましさなど微塵も感じさせないヒリつくような空気の中、まずは少女が口を開いた。

 

『ここに、500万ドルの小切手があります。全てが思い通りになる額です』

 

 手元の小さなショーケースを机の上に乗せて開く。その中に、まるで宝物のように入れられた一枚の小切手に向かい合う老人がごくりと唾を飲み込んだ。

 

『ただ一回。ここでイエスと言えばこのお金は貴社の物になる。決断は、貴方の右手に任せよう』

『このやり取りまたやるのかいタクミ』

『天丼は大事だって日本の漫才で言ってるから』

 

 プシューッ、と音を立てるように空気が萎むのを感じ、隣に座るミノルちゃんは小さくため息をついた。

 うん、「また」なんだ。済まない。仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。でもこのやり取りを見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない「ときめき」みたいなものを感じてくれたと思う。

 

「なに言ってるんですか?」

「早く青年向けの漫画雑誌が欲しいなって」

 

 2、30年くらいその辺りの動きが遅れてるせいで結構な漫画が世に出ず消えちまったからな。週間日曜日がある程度形になったらその辺りも随時作っていかないといけんだろうし、漫画業界もどんどん規模を大きくしていかないといけん。

 

 手越の爺さんに投げたら大体なんとかなりそうだけど流石にあの年齢の人を馬車馬みたいに働かせるのもアレだし、どうすっぺかねぇ。

 

『日本のコミックも大分盛り上がってきたじゃないか。海外流通部門が予想外の反響で喜びの声を上げてたよ』

『なんだかんだアメコミも人気あるんだよね。日本の漫画はまだまだ発展途上だし。けど凄い勢いで伸びてるから油断してるとあっという間に抜かれちまうぞ?』

『君っていう前例もあるしね。レオパルドンに拘るそのセンスは良く分からんが』

 

 やかましい。30年後くらいにスパイダーマン大集合したときやっぱりレオパルドン使いたいって言っても使わせねーぞ畜生。

 

『まぁ冗談は兎も角、現況の報告に移ろうか』

『こっちはちっとも冗談じゃないんだが』

『ウォッホン。最近はそちらからの梃入れで資金面でも余裕ができたし海外の流通でも活路を見いだせた。アニメの放映も順調だ』

『アニメ、予想以上に人気出てるみたいね。再放送権の販売が順調って聞いたけど』

『ああ。良い出来だと思っていたがここまで人気が出るとは思わなかった。お陰でそれに追随するようにコミックの売り上げも伸びている。下手すると倍以上にね』

 

 そっちに関しては予想通りって所かな。前の世界でのDr.スランプ アラレちゃんの流れは知ってるからな。ちゃんと計画を立てて力のあるコンテンツを使えば、アニメ化ってのはでっかい金の流れを生むもんだ。

 

 集英社なんてあのアニメで業績そのものが劇的に変わっちまったから、それ以降何十年もフジテレビと組んでドラゴンボールやらワンピースやら放映しつづけてたからな。それだけ大きな収益源になるって事だ。

 

『グッズ販売も好調だ。正直ここ十数年の利益をたった2年で超えてしまいそうでやるせない思いだよ』

『上手い事ハマればメディアミックスってのはこんだけデカい金になるんだよね』

 

 グッズ販売に関しては長年マーブルエキサイトと付き合いがあるって言う老舗の玩具メーカーに任せてある。うちはアニメも原作も歌まで全部自前で賄えちゃうから多少は外にお金を出さないとね。妬まれちまう。

 

 妬みってのは怖いんだ。全くこっちが悪くなくてもそんなの関係なくまっすぐ憎しみを向けられちまうからな。関連企業にも気を配っておかないと何されるかわかったもんじゃない。ただでさえ血の気の多い世界だしな。

 

『……その、関連企業の事で少し相談があるんだが』

『ぱーどぅん?』

『やたらと発音のいいスラングはやめろ』

『ごめんて。どうしたの?』

 

 歯切れの悪いスタン爺さんの言葉に思わず聞き返すとやんわりと注意されてしまった。爺さんたまに礼儀作法に厳しかったりするからな。素直に頭を下げて尋ね返すと、眉を寄せた表情のまま、スタン爺さんは口を開く。

 

『DCCコミックを買収したい』

『…………………は?』

 

 全く予想もしていなかった思わぬその一言に目をぱちくりとさせると、スタン爺さんは再度同じ言葉を繰り返して、ゆっくりとした動作で頭を下げた。

 

 え。どゆこと?

 




三が日に更新したかったけど昨日まで毎日飲んでた(白目)
番外編も一緒にアップしたので許してくださいなんでも(ry




クソ女神様とタクミっぽいのの小劇場



クソ女神様
「彼女の肉体は私の下界での肉体」

「ああ、うん。だろうね」

クソ女神様
「あの忌まわしい魔術師に切り離された私の肉体を依り代にあの娘はこの世に降り立った」

「……あー、うん。まぁ、不可抗力とはいえ申し訳ない事をした気がしないでも」

クソ女神様
「私と同じ肉体を持つあの娘が私を拒んだ事で、私は下界に干渉する術を完全に失って貴女とここに居る」

「拒んだっつか殴り飛ばされたじゃなかったっけ? あと私も巻き込むな私は元からここに居るわ」


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この魔術のない世界で

今回少し短めです。
あ、タクミのイメージ画を知り合いに書いてもらったので載せます!

【挿絵表示】

やったぜ可愛い!

誤字修正。佐藤東沙様ありがとうございます!


「彼女と初めて言葉を交わしたのは、あのラジオでした」

「当時の私にとって、彼女はいきなり自分の世界に飛び込んできた物語のヒーローのような人でした」

「そんな人が私と会話して、そして自分の思いをぶつけてくれた」

「今の私を形作っているのは、あの時の会話だと断言できます」

「まぁ、そのせいで中高と少しやんちゃをしてしまいましたが。顔が怖いと言われるのもそのせいでしょうか」

「……え、恐らく違う?」

 

~武内力丸~ 【346特集・名プロデューサー”武内P”の素顔に迫る】にて

 

 

 

 唐突だが、私は普段ビジネスの場では私用に誂えたスーツを着用している。

 

 理由は単純。長時間ひらっひらしたスカートやら何やらを身に着けるのが苦痛なのだ。

 

 これは前世から変わらない性分で、私にとってはスカートよりはズボンが良いのだ。身に着けるならば着飾った服装よりもジーパンのような気軽な物か動きやすい物、と本気で考えてる根っから飾り気のない生き物である。

 

 ただ、流石に最近ではみのりんから毎回のように「もっと身代に合った格好に。というかファッションリーダーとは言わないからもう少し何とかしてください」と泣きつかれたので、今回は専門のデザイナーさんに頼んでちょっとお高めなドレスで身を整えて商談の場に立った。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 効果は覿面。普段は私に憎まれ口しか叩かないクソジジイ(スタン老)が一瞬言葉を無くして「……日本の諺の意味が良く分かった。馬子にも衣装、か」と言ったり、相手方の社長さんが「美しい……まるで女神のようだ」とか素で言ってくる位に場の空気を掴むことに成功したのである。

 

 結構コーディネート代掛かったけど、これからもこのデザイナーさんはひいきにさせてもらおう。あ、いや待てスタンのジジイ結局憎まれ口叩いてるじゃねーか。

 

 ……コホン。とまれ商談の場でのファーストインパクトには成功。商談は終始和やかに進み、後は調印を済ませるだけ、という段階まで進んだ時。

 

『社長! 社長はどこだーっ!』

 

 蹴破るように会議室のドアを開き、男は現れた。

 

 ギョロっとした目。ぼさぼさの長い髪に髭。

 

 そして何より異様なのはその服装だろうか。どこぞの魔術師が攻めて来たのかと一瞬本気で考えたくなる黒いローブを着た男は、そのギョロ目で会議室を睨め付ける様に見渡すと、大口を開けたまま呆けるDCC社の社長に視線を向け、ドスドスとした足取りで部屋の中に入ってくる。

 

『吾輩達のロイヤリティを払うと言っておきながら身売りとはどういうつもりだ!』

『や、止めろアームストロング! 来客中だぞ』

『喧しい! 大体こいつらが……スタン・リードが何故ここに?』

 

 DCC社の社長に食って掛かるようにわめき散らしていた男は、こちら側の席に座るスタン爺さんの顔を見て初めて怒り以外の感情を浮かべた。

 

 身売りの相手がライバル社という事を理解したのか。小さなため息をついた後、手近な椅子にドサリと男は座り込んだ。

 

『そうか……DCCは負けたのか』

『ストーリーの勝ち負けやライターの問題ではないけどね。発信力でマーブルエキサイトはDCCを上回った。その結果がこの会談での立ち位置の差かな? 見た所ギャラの払いも厳しくなっていたみたいだね』

 

 男がポツリと呟いた言葉にスタンさんが返答し、それに対してDCC社側は苦々しい表情を浮かべる。

 

 マーブルエキサイトは昨年度から比べてもコミック売り上げが倍増。更にアニメの放映やグッズ等のロイヤリティはコミック売上の数倍に上る利益をマーブルエキサイトにもたらしている。

 

 対して、DCC社はマーブルエキサイト側にパイを奪われる形で売上が減少。大人向けのコミックは堅調な売上だがそれもテレビ効果を持つマーブルエキサイトの勢いを止める事は出来ず、DCC社は完全に手詰まりの状態へと陥った。

 

 もしもこの段階でダズニースタジオ以外に大手のアニメーションスタジオが生き残っていればDCC社も二匹目のドジョウを狙ったかもしれないが、まだまだアニメ業界が育っていない現状だと難しいだろう。

 

 ……ちらほらとアニメーション会社自体は出てきているようだが、それらの小規模なスタジオがダズニースタジオ並みのクオリティが出せるかと言われると厳しいだろうしな。

 

『まぁ、DCCコミック自体はそのまま手を付けないから安心してくれ。一社独占はうちの会社のオーナーとしては避けたい事態らしいからね』

『オーナーの意向だと? 上層部からの口出しを嫌う貴様の言葉とは思えん』

『勿論内容がおかしければ何を言われようが従う気はないさ』

『おい、ジジイ』

 

 面と向かって「納得できれば従ってやる」と言われ頬を引きつらせるも、苦言を言われた爺さんはどこ吹く風とばかりにそっぽを向いてこちらと目を合わせようとしない。

 

 この爺さんがそういう奴だというのは理解していたが、よりにもよって他社との買収話の最中にやらかすかこいつ。あっちの社長さんとか明らかに呆気に取られてるじゃねーか。

 

『……その小娘がオーナーか』

 

 向こうサイドとみのりんが呆気に取られている中。ただ一人冷静に私とスタン爺さんの掛け合いを見ていた謎の男は静かにそう言い私を見る。

 

『邪神の眷属……いや、端末か? しかし、自我を持っているように思える。ならば――』

『ふぇっ?』

 

 何だか良く分からない言葉と共にスッと右手を宙に上げた男は、驚く私の顔の前で何やら指で幾何学模様のような物を象ると、そのまま私の額に人差し指を付けた。

 

『がっ』

 

 その瞬間、私の頭の中で激しい火花が走り始める。右へ、左へ。火花が飛び散るたびにマネキン人形のように私の頭が揺れ動く。

 

『タクミちゃん!?』

『アームストロング、何を!』

『静まれ。危害を加えているわけではない』

 

 みのりんとDCC社の社長が慌てたように男を止めようとするが、彼の有無を言わさぬ言葉に気圧されたように黙り込む。

 

 飛び散る火花に脳の中心をガンガンに殴りつけられながら、私は頭の片隅で冷静に周囲を分析する。痛み自体は全くないが、平衡感覚を保てないというかなんというか。

 

 不思議な感覚に少し楽しさすら湧いてきた時、唐突に頭の中身が切り替わるかのような感覚が広がった。

 

『アラン。一体……』

『害はない。ただ、少し影響を受けすぎていたからな。接続を遮断した。直に終わるだろう』

 

 ある種の全能感だろうか。透き通った視界。冴えわたる頭脳。細胞の一つ一つまでを理解できるかのような。恐らく今なら奇跡だって難なく起こせるだろうという、ある種確信めいた感覚。

 

 それらはアランと呼ばれた男の言葉通り、唐突に終わりを告げる。透き通った視界に色が戻ってきた時、アランは満足げに頷きながら私の額から指を離した。

 

『その体に封印を施した存在は相当な御仁だろうな。吾輩ではその御仁の穴埋め程度しか手が出せんが、これで貴様の精神に干渉する影響からは逃れる事が出来よう』

『……なんかめっちゃ視界や思考がクリーンになってたんだけど』

『それがその体の本来の性能だろう。中身が無ければ我が神グリュコーンの依り代にしたいほどだ』

 

 生贄になるのは勘弁して欲しいなぁ、と素直な感想を告げると、アランは至極真面目な顔で「残念だ」と頷き、席を立つ。嵐のように現れた男は、その登場からは想像できない程に静かに部屋を去っていった。

 

 いや。

 

『タクミちゃん、だ、大丈夫!? どこも痛くない!?』

『あ、ああああ本当にとんだ失礼を!』

『うーん、このコーヒーは美味しいね。どこの産地かな』

 

 嵐の様に周囲が騒ぎ始めたから、やっぱり嵐の様に去っていったで良いか。あと爺さん、一人だけのんびりしてないでせめて相手の社長は押さえろやおい。

 

 

 

 数多の戦いがあった。

 

 ブルース・スプリングス。ニュージャージー州の代表。ロックに憧れた少年は青年になり、大人になってそしてステージに立った。20年以上もの間くすぶり続けた魂の錆を落とし、自らの後に続く若者たちを引き連れて。誰よりも熱く燃え上がる為に。

 

 マドゥンナ・ルイ。開催地ニューヨーク州の代表。彼女には野心があった。誰よりも美しく、誰よりも高い位置にまで上り詰める。彼女には夢があった。己の才覚を認められたい。誰よりも幸福になりたい。「神様より有名にならなければ私は幸福じゃない」自身の信念を胸に、彼女はステージに上がる。

 

 綺羅星の様に輝く面々だった。この場に集う16組のアーティストは誰も彼もが輝いていて、最高で、イカれていた。

 

 だが、何事にも始まりがあるように終わりがある。

 

『レディース&ジェントルメン! お待たせいたしました! 本日最後のグループ、『ジャクソンブラザーズ』の登場です』

 

 最高潮に達した舞台の上で、司会者が大きな声を張り上げる。その言葉と共に、舞台袖から5名の男女がステージの上に立つ。

 

 彼らの姿に、一部の白人の紳士や淑女が眉を顰めた。ジャクソンブラザーズは黒人グループだ。人種差別という世紀を跨った問題は、未だに根深くその爪痕を残している。

 

 会場内のそんな空気を感じ取ったのだろう。ステージ上に立つ彼らの表情は暗い。また、それまでの熱気あるパフォーマンスに場が”温められすぎている”のもある。緊張と不快感が彼らの体を固くした。

 

 そして、そんな状況の中。ふいに彼女は笑顔を浮かべて、すっと彼らの前に出る。

 

 ざわめく観衆の声。兄弟たちの視線。くるりと兄弟たちに振り返ると、彼女はただ一言。静かな声でこう言った。

 

『お願い、信じて』

 

 それが一夜限りの伝説(ワンナイトカーニバル)の、終幕の始まりであった。

 

 

 

「いや、映画じゃん」

「……はい、そうですが?」

「はいじゃないが」

 

 撮影の進む様子を眺めながら思わず内心を吐露すると、隣に立つみのりんが不思議そうな表情を浮かべる。いや、確かにちょっと派手なのは撮るって聞いてたけどまんま映画撮るとか思わなかったんだってばよ?

 

 ステージ上ではジャクソンブラザーズが必死にあの日の再現をしようとパフォーマンスを行っている。うわー豪華だなーあれ全員本人じゃん。本人による再現映画とは恐れ入ったわ。

 

 まぁ、この映画も結構助かる点はあるっちゃあるから文句は言いづらい。前半はジャクソンブラザーズというよりはオーディション参加者の過去というか、どういった経歴でこのオーディションに参加したのかってのが主になるんだがね。

 

 こういうのが好きなゴシップ記者とかがうようよいるのがアメリカだからね。先出である程度オブラートに包んだ経歴を周知させるってのは、そこそこ効果あるんじゃなかろうか。

 

 あと、ついでに他のアーティストの活躍の場やエキストラとしての仕事まで設けてくれてるのはありがたい。大所帯だと仕事を用意するのも大変になってくるしね。もっとマネージャー増やさないと……

 

 いっその事もっと色々な権限を持たせて、複数のタレントを管理する人物……そうだな、プロデューサー的な役職を作っちまおうかね。

 

 それぞれの得意分野によって担当するタレントを決めて、仕事の割り振りを行う。また、自身の管轄するタレントでは対応できない仕事なんかも専門のプロデューサーが居るとなれば話はしやすいし。一遍考えてみるか。

 

 この辺りは元々本職であるみのりんが一番詳しいだろうし一度相談してみるかね。

 

 しかし、あれだな。うん。今回の楽曲、完全に”BAD”だわ。聞いた瞬間に背筋が一気に電流走ったよ。一番ヤバいのはマイコーだってはっきりわかんだね。

 

 「本当のバッド(ヤバい奴)は誰か?」ってお前しかいねーよ。聞かされた時に曲に合わせてマイコー指差したわ。

 

 まぁ、その指差しがまたマイコーの琴線に触れたみたいで映像の中に取り入れられてるらしいんだけど。”BAD”の宣伝MVの筈なのに全く別物になってるんだけどこれは良いんだろうか。面白いけどさ。

 

 というかあのバックバンド女王の国のバンド(QUEEN)じゃん今めっちゃ忙しい筈なのにあいつら何やってんだ?

 

 うだうだと心の中で管を巻きながら、私は新しく新調したスーツに身を包む。

 

 まぁ今は兎も角だ。

 

『社長、出番ですよー!』

「ほら。呼んでますよ?」

「ボスケテ」

 

 自分的に黒歴史認定している瞬間を再現してくれってそれなんて罰ゲーム?

 

 タスケテ、誰か……たす……あ”ー!!!

 

 

 

 アメリカでの順調といえば順調な日々の中。この調子で進んでいけばと私は思っていた。いや。この状況になる事は分かり切っていたけれど。体調管理にも気を配っていた。だが、それにだって限界はある。

 

 先生たちは手を尽くしてくれていた。家族たちの協力もあった。それでも、時計の針は無情に過ぎ去っていくのだ。

 

「間先生! 一郎さん!」

 

 医院に駆け込んだ私を迎えてくれた間先生達は静かに私を見ると一つ頷いて、促すように医院の中を歩き始める。私が何も言わずに彼らの後をついていくと。一つの病室の前で彼らは立ち止まった。

 

「設備の整った大きな病院を、紹介もしたんだ」

 

 唐突にぽつりと間先生はそう口にした。

 

「でも、撮影現場が見える場所が良い。この間医院が良いと……」

「先生。貴方は出来る限りの事をしてくれました。俺達家族は、先生に感謝しかしていません」

 

 二人の会話を聞きながら、私は大きく息を吸って、吐く。

 

「黒井さん。親父が二人きりで、話がしたいと。先ほど目覚めて……次に目を覚ますのがいつになるか……わかりません」

「はい」

「早く……早く行ってあげてください」

 

 噛み締めるようにそう言い切って、一郎さんは何も言わずに私の脇を抜けて外へと歩き出す。ペコリ、と間先生が頭を下げて一郎さんの後へと続き――私は、ドアノブに手をかける。

 

 ガチャリ、と音を立ててドアが開く。木目調の床。脇の方に山の様に置かれたお見舞いの品々。白くて清潔なベッド。

 

 そして――

 

「やぁ、タクミくん」

 

 その声は。つい先ほどまで昏睡していたとは思えないほど生き生きとした声だった。

 

 窓脇に、二本の足で立つ円城さんの姿。その窓の向こう……撮影現場のあるスタジオを見ていたのだろう。車椅子が無ければ動けない筈の彼の姿に驚きと共に、悲しみが襲ってくる。

 

「残念だが、私はここまでのようだ」

 

 ロウソクは、燃え尽きる前に最後の輝きを放つ。

 

 それが……彼の中のロウソクがもう尽きようとしている事が何故か理解できて。

 

 私は、ぽつりと一筋の涙を流した。

 




アラン・アームストロング:ちょっとキャラの印象がつかみきれてないのでご容赦ください(無理)





クソ女神様とタクミっぽいのの小劇場



クソ女神様
「理解できない。人はなぜ自ら不幸に陥ると分かっていて苦難へと落ちるのか」

「うん、多分その苦難ってのはお前とその他で認識違うんだろうな

クソ女神様
「私はただ、幸せに、健康に生きられるように声をかけていたのに」

「死ぬほどひどい目に合っても、いやな目に合ってもやりたい事ってのがあるもんさ。それが人って奴だろ」

クソ女神様
「……私が人だった頃は、ただ安寧に生きられればそれこそが最上の幸福だった」

「どういう地獄のご出身で?」


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このゴジラが生まれた世界で

遅くなって申し訳ありません。
今回、前半部分に大分エネルギー取られた為少し短くなりました(土下座)

誤字修正。KJA様ありがとうございます!


 ギィ、と音を立てて車輪が回る。

 

 太陽は天高く上り、小春日和といった暖かな陽気の中。老人と、彼の乗った車椅子を押す少女はゆっくりとした足取りで道を行く。

 

「小学生の頃」

 

 片道数分ほどのその道を。

 

「近所にあった古い映画館……私が大人になる頃には老朽化して取り壊されちゃった位に古い設備の場所でした」

 

 普段の何倍も時間をかけて、ゆっくりと。

 

「父ちゃんに手を引かれて。買ってもらったジュース……コーラだったかなぁ」

 

 ぽつりぽつりとした口調で少女は語る。

 

「ちびちびと舐めながら見たんです。白黒画面で」

 

 かつての世。そして、今に繋がる世界での話。

 

「ゴジラを、見ました」

「……うん」

 

 少女の言葉に、時折頷く様に老人は言葉を返す。

 

「怖かった、ですね。初めて見た時は。真っ暗な映画館の中だってのもありましたけど、怪獣が、沢山の人たちをどんどん薙ぎ払っていくのがとても怖かった」

「うん……ゴジラは、自然の怒りの象徴だ。それは、人にとって畏怖するものであるべきなんだ」

「ええ」

「人は、畏れを忘れてはいけないんだ。忘れてしまえば、どこまでも傲慢になってしまう」

 

 少女と老人はぽつり、ぽつりと会話を交わす。

 

 少女の話す言葉は、まるで空想の中のような信じられない内容のものであったが、老人にはそれが本当にあった事なのだと理解できた。

 

 何故かはわからない。けれど、それは間違いなくどこか別の世界の、そして自分自身の行った事であるのだ、と。

 

 だから。

 

「それを、覚えていて欲しい。君は恐らく……いや。君は――タクミ君自身が人である事を、忘れないでくれ」

 

 だから、つい。言葉に出してしまったのだろうか。

 

 自分の口から出た言葉に少しだけ老人は驚いたような表情を浮かべて、恥ずかしそうに「すまない」と続けて口にする。

 

「何を言っているのかなぁ、私は」

 

 ぽりぽりと頬を掻きながら、老人はそう言葉にしながらふと空を見上げる。

 

 どこまでも広がる青空。

 

 こんなにも穏やかな気持ちで空を眺めたのは、いつ以来だろうか。

 

「綺麗だ……」

 

 呟くようなその言葉は風に乗り、少女の耳にだけ届いて消えていく。

 

 ――撮影所の入り口が、近づいてきた。

 

 

 

 

「……英ちゃん」

「明くん。すまんなぁ、迷惑をかけた」

「いいさ……良い仕事をしたと思ってる。本当に……最後に一緒に出来て、良かった」

 

 目の下に濃い隈を作った黒川監督はそう言って、大事そうに抱えていたフィルム缶を円城さんに手渡した。

 

 円城さんが倒れた時点でほぼ完成していたとは聞いていた。そして、それから3日。

 

 今の今まで寝る間も惜しんで必死に編集をしてくれていたのだろう。

 

 色濃く感じる疲労の痕。彼に付き従ったスタッフたちもそうだ。誰も彼もが目に隈を作り、自身の仕事を全うしたという自負と達成感を織り交ぜたギラギラとした視線をフィルム缶に向けている。

 

「映写室は」

「準備できている。いつでも流せる状態だ」

「ありがとう。そうだな……見れる人は映写室に来てくれ。映画は、沢山の人で見る物だろう」

 

 円城さんがそう言ってうっすらと笑みを浮かべると、周囲に居たスタッフたちが歓声を上げて駆けだした。恐らく撮影所内に居る他の人間に声をかけに行くのだろう。

 

 何せ、この撮影所で1年近くも試行錯誤した上で生み出された作品のお披露目だ。関係した人物にとっては多少眠くても見たいに決まってる。

 

「円城さん」

「ああ。先生、分かっていますよ……もう少しだけ、勘弁してください」

 

 苦言を弄するように間先生が円城さんにそう声をかけるが、円城さんは眉を寄せてぺこり、と申し訳なさそうに頭を下げる。

 

 次はない。恐らく目を閉じればそのまま意識が戻ることはないだろう。

 

 そう円城さんは間先生と一郎さんを説得し、ここに居る。

 

 自分の人生の集大成が、ここにあると言って。

 

 

 

 それは、かつて見た二度の”ゴジラ”とは似ても似つかない出来栄えだった。

 

 東京映画が誇る名優や961プロダクションの力をフルに使ってかき集めた俳優達は小さなワンシーンですらも力を抜かずに熱演し、有り余る資金力を使って用意した撮影器具は厳しい監督達の要望に応えてそれらを余さず高い精度で映し続けた。

 

 現場を離れて久しい円城さんの技術は、今なお通じる物だった。吹き飛ばされる電車やビル街に車。襲い来る災害に歯が立たない自衛隊。緊急出動する米軍の姿を、彼はミニチュアキットや小道具、特殊メイクで再現しきった。

 

 そして。采配を振る黒川監督はそれら全てを生かし切り、映画という形を作り上げていく。

 

 人、物、金。これら全てを結集して作り出したその作品は、戦争を経験した世代の演じる前世”ゴジラ”とも、円城さんが個人で作成した”ゴジラ”とも全く違う出来栄えとなっていった。

 

 

 だが、それは確かにゴジラだった。

 

 

 映写室の中に寿司詰めのようになりながら、私達は無言で画面を見続けていた。話を聞きつけた今日は来ていなかった俳優たちも集まってきて、どんどんと部屋の密度が上がる中。それでも私達は、じっと映画を見ていた。

 

 主演の芹沢博士役を務めた青年俳優は、静かに涙を流していた。時代劇などでも主演を演じた事のある彼は当初、特撮映画等という物に出る事に乗り気では無かったそうだ。だが、実際に撮影が始まり、現場の熱度を知り。そして今、自分が演じた青年の死に涙を流している。

 

 元婚約者役の女優はただ静かに画面の中の自分を見ていた。元は歌手からの転向組で961プロから出向してきた彼女は、初めの内は現場の空気、本気度に面食らい、そしてこれが俳優の世界なんだと学んだという。彼女にとって、この映画はある種の転換点となったそうだ。

 

 この場に居る誰も彼もが、自分なりの思いを抱えてゴジラを見ている。

 

 ゴジラが、彼等の中で確かに息吹いている。

 

「タクミ君」

 

 エンドロールが流れる中。隣に座る円城さんのポツリと呟くような声に、私は顔を見上げる様にして彼を見る。

 

「これが、私の――私達の、バトンです」

 

 画面から目をそらさず。意識だけをこちらに向けて、円城さんは囁くような声で私に話しかけた。

 

「円城さ」

「私を……見つけてくれて、ありがとう」

「……円城さん」

 

 消えていく。

 

 急速に萎んでいく円城さんの命の灯を感じ、声を上げようとした私を征するように円城さんは言葉を重ねた。

 

 しょうのない子だなぁ、と言うように彼は眉を寄せながら微笑みを浮かべて、言葉を口にする。

 

「私は、幸せだ。最後の最後で、バトンを渡せたのだから」

 

 エンドロールが終わり、室内が暗闇に包まれる中。

 

「だから、後悔だけはしないで欲しい」

 

 そう言いながら、円城さんは満面の笑みを浮かべて、私を見る。

 

「私の人生は、決して間違っていなかったんだ」

 

 ――そして。

 

 それが、私が聞いた円城さんの最後の言葉だった。

 

 

 

 

 たまにふと、考える事がある。

 

 何故、私はここに居るのかと。この世界に存在しているのかと、考える事がある。

 

 前世での私はしがない一般人だった。多少ロボ物が好きで、何なら死ぬ間際までフィギュアの作成を行ってそれが理由で死ぬ位しか特徴的な所のない女だった。ああ、喪女って意味なら一般とは言い辛かったか。

 

 20代の頃はそれなりにあった人付き合いも30を超え、40に差し掛かると途絶えていき。職場と家を往復する毎日を送る、そんな毎日を送るだけ。それも良いかと思って、多分死ぬまでこうなるだろうなと思っていたら予想より早く事故ってくたばった。

 

 そんな、大したもんじゃない、どこにでもいるような女だった。

 

『タクミさん、今の心境を』

『亡くなられた円城さんとの関係について』

『映画についてコメントを』

 

 黒い喪服を着た私を取り囲む取材陣。それらを無視するように俯き、車の中に乗り込む画面の中の私。

 

 まるで異次元の存在のような姿。前世での私とはかけ離れた”私”の姿。年々増していく違和感はあのへんちくりんな魔術師もどきのお陰か無くなっていたが、それでも感じてしまう誤差のような感覚。

 

 私をこの世界に落とした奴は、何故私を選んだのか。何故、私だったのか。

 

「――――ミ」

 

 円城さんの葬式は、本人の希望もあってか家族と一部関係者のみの小規模な物にとどまった。だが、私と黒川監督、その他著名人が参加した事で取材陣に囲まれてしまい、ご覧のあり様だ。

 

「―――クミ」

 

 これで良かったのか。もっと別の方法があったんじゃないのか。何度も何度も考えて、でも。私は――

 

「おい、タクミ!」

「ふぇ? ででででっ!?」

 

 グイっと耳を引っ張られる感覚。最初に驚きを、次に軽い痛みを感じて悲鳴を上げながら引っ張られている方向を見上げると、黒井とその後ろに居る銀さんの姿。

 

「なにすんだい、乙女の柔肌を」

「随分と頑丈な柔肌だな」

「カッターくらいなら肌通らないんだよねぇ」

 

 つんつんと自分の肌を指で差しながらそう言うと、黒井はあぁ、と小さく。若干引いたような視線を私に向けてくる。おっとマジで失礼だな?

 

 いや、例の魔術師もどきがやらかした件の副産物というか、ますます頑丈に、強力になる体という凡そ現代人が必要としない物を手に入れてしまったんだよね。これ、大人になったらもっと固くなるのかな。そろそろ乙女の尊厳なんてレベルの体重じゃないんだけど。

 

「まぁ、そんな事はどうでもいい」

「おい」

「実際それがお前にとっての適正体重ならしょうがないだろう?」

 

 まぁ、そうなんだけどさ。私だって女の子なわけで、やっぱり抱き着いた相手の第一声が「固っ、重っ!?」なのは結構心に来るんだよ。実際。

 

「お前も、そういう言葉が出る年齢になったんだなぁ」

「もう13だしねぇ」

 

 しみじみとした黒井の言葉に昔を思い返し、笑みが浮かんでくる。初めて会った時はそう、まだ蛇を笛で操って日銭を稼いでいたんだったか。

 

 懐かしい日々。屋台村での出来事を思い出すと、沈んでいた心が少しだけ上向いたような気がする。あの頃は毎日大変だったが、それはそれで充実した日々を送っていたのだと今更ながらに思ってしまう。

 

「お前が何を気にしているのかは分からんが」

「うん」

「辛いなら、休んだっていい。なんなら遊園地にでも行くか?」

「ぷっ。似合わないよ?」

「……偶には父親らしいことをしないとな」

 

 私の苦笑に少しだけ目を泳がせながら、黒井はそう口にする。

 

 惜しいなぁ。これで面と向かって目を見ながら言ってくれればヘタレのクロちゃんなんて古参のアーティストに呼ばれないのに。

 

「やかましい。というか、え。そんな風に呼ばれてるの、か?」

「ジェニファーさんとか」

「…………oh」

「……お疲れ」

 

 真っ白になって崩れ落ちる黒井の姿に可哀そうになったのか。銀さんが一言、そう言ってぽんと肩を叩く。本当に仲がいいな、この親父ーズ。

 

 いや、まぁうん。何だかんだ女性を口説き落とせるって事は知ってるし。というかオーストリアの例の方はいつ紹介してくれるんだよ。おばちゃんずっと待機してるんだがな。

 

 え、ソ連崩壊の影響で暫く会えないかも? ソ連崩壊してたのとか全然知らないんだけど。

 

 民衆が盛大に中指を突き出してクレムリンに行進してた……あ、どうやらここマジで私の知らない世界線ですね。ははっ。

 

「……舞浜、行こうか」

「……そだな」

「お前らなぁ……」

 

 親子そろって遠い目をしながら宙を見上げ、体育座りになって黄昏る私達二人に銀さんがため息を吐く。

 

 まぁ、何だかんだで働き詰めだったし、ダズニー社とはダズニースタジオ買収以降もそこそこ付き合いあるし、円城さんの死からもう数週間。気落ちしたままだと円城さんにも怒られてしまうだろうし、ね。

 

 偶には家族と一緒に、年齢相応の遊びって奴もするか。あ、そだ。舞でも誘ったろうかな、後は幸姫ちゃんとか。捕まると良いんだけど。

 

 あー、でもよく考えたらこの世界の遊園地初めてか。どんな乗り物があるのかねぇ。こいつは楽しくなってきたぜ!

 

 

 

 なーんて浮かれてたからだろうか。

 

「ねぇねぇタクミちゃん! あのぬいぐるみさん、かわいいね!」

「おー、まぁぬいぐるみっつか着ぐるみだけどな」

 

 歩くドナル〇ダックを指さしながら笑う幼女にうんうんと頷きつつ若干の訂正を入れておく。間違った知識は後の恥っていうからな。なんかこいつ自爆多そうな顔してるし。

 

 うん、何をしてるのかって? 迷子になったパッパ達を探してたら同じく迷子だった幼女を保護したんだよ。いや、背丈がないって本当に混雑してる所だとヤバいのな。前世だとこのくらいの年齢の頃は160超えてたから全然意識してなかったわ。

 

 え、お前がハグレたんだろって? そうとも言うかもなぁ。いやぁ、迷子センターとか流石に恥ずかしくて行けないから探してるんだけどちょっと心折れそうだわ。携帯、早く世に出て来ねーかな……いや、いっそ作るか?

 

「タクミちゃん、どうしたの? おなかいたい?」

「いや、その言葉が心に痛かったわ。どうするか考えてたんだよ。お前の両親もこの近くに居たんだよな?」

「うん!」

「あー。ならやっぱ迷子センター行った方が良いかな。覚悟決めるかねぇ」

「タクミちゃん、迷子なの?」

「断じて違う」

 

 キリッとした顔でそう返し、はたと気づく。覚悟を決めたとはいえそういやこの娘の名前を聞いていなかったのだ。やたらとテンションが高い上にウサギの耳みたいな面白い帽子つけてっから服装で分かるかもしれんが、流石に効率が悪すぎる。

 

「取り合えず迷子センターいってお前の両親に呼びかけんとなぁ。お前、名前は?」

 

 少しだけ腰を落として彼女に語り掛ける様に尋ねると、幼女は満面の笑顔を浮かべながら、大きな声で名乗りを上げた。

 

「ななはなな! あべなな、ななさいです!」

「ななが多いわ!」

「ふぇー!?」

 

 つい叫んで返した私は悪くない、はず。




「英ちゃんは本当に幸せ者だと思うよ」
「誰かに志を繋げられる。これほどうれしい事が、世の中にあるかい?」

~黒川 明~ 【書籍 盟友、円城 英幸】にて




クソ女神様とタクミっぽいのの小劇場


クソ女神様
「人が求める幸せとはなに?」

「哲学かな? 私の言葉で言うなら、長時間ゆったり座れる椅子に座って楽な姿勢でポップコーン喰いながらコーラをガバガバのんでアニメ見るのが幸せだね」

クソ女神様
「流石に不健康に過ぎるのでは」

「おっとマジレス来ちゃったかぁ」

クソ女神様
「私の現代知識は貴女と変わらない筈なのに、それでも理解できない事が多すぎる」

「知識とさ。実際に味わうってのはまた違うもんさ。現物見ないで本読んだって空の青さはわからないし、美味しい料理の味だってわからない。そんなものだろ、どこの世界も」

クソ女神様
「まぁ、貴方には確かに母の気持ちはわからないかもしれないわね」

「お前今全世界の喪女を敵に回したからな?」


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