コードギアス 反逆のルルーシュ L2 (Hepta)
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【前日譚】コードギアス 反逆のルルーシュ L2
~ 紅と蒼の契り(前編)~


 神根島、そこでライは自身の記憶を断片的ではあったが思い出した。

 そしてそれをゼロに伝えたところ、ゼロもまた自らの秘密をライに明かした。

 その際、ライは自身にギアスを掛ける事を望むも、その言葉こそが何よりの信頼の証だとして拒否される。

 

 「ライ、いいな? この事は俺達だけの秘密だ」

 「あぁ、分かってる、ルルーシュ。同じ力を持つ者として、君と共に歩もう」

 

 そう言うと古の時代に狂王と呼ばれた青年と、現代において魔王と呼ばれる青年は固い握手を交わした。

 彼らはこの時、初めて本当の親友と呼べる存在になったのかも知れない。

 だが、感動的とも言える場面であるにも関わらず、その場に居合わせた魔女C.C.は人の悪い笑みを浮かべる。

 

 「ライ、お前はカレンとは共に歩まないのか? お前達は恋人同士なのだろう?」

 

 しかし、そんな茶化すC.C.を物ともせずにライは胸を張る。

 

 「勿論一緒だ。僕はカレンを愛してる。記憶の事も話したけど、それでも彼女は受け入れてくれた。共に歩むなんて、そんな事は今更言うまでもない事だ」

 「ほぅ、言ってくれるな……愛か。だが、ここ数日あの女は何処か様子がおかしいぞ? 何かあったのか?」

 「それは…」

 

 C.C.から珍しく心配するような口調で尋ねられ、ライがやや面食らっているとルルーシュが念を押す。

 

 「お前とカレンは今や黒の騎士団に無くてはならない存在だ。意思の疎通は十分にな」

 「分かってるさ。今から聞いてくる」

 

 即断即決。

 短く頷くと踵を返したライは部屋を後にする。が、そんなライの背中をルルーシュが呼び止めた。

 

 「あぁそうだ、ライ。言っておきたい事があるんだが」

 「何だい?」

 

 ライは振り向きざまに問うた。

 すると、返ってきた言葉は彼にとって何よりも嬉しい言葉だった。

 

 「お前に会えてよかった」

 

 ルルーシュは静かに微笑んだ。

 

 「僕も同じ気持ちだ、ルルーシュ」

 

 ライも同じく微笑み返すと二人の間に穏やかな空気が流れる。

 

 「やれやれ、全く甘い連中だな。だが、それも良いか」

 

 C.C.は慈愛を湛えた瞳で二人の若き王の姿を眺めていた。

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 コードギアス 反逆のルルーシュ L2  

 ~ 前日譚 紅と蒼の契り(前編)~

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 ライは格納庫に向かいながらC.C.の指摘を思い起していた。

 カレンの様子がおかしいという事は、ライも薄々ではあったが感じていた事だった。

 神根島から帰還した後、お互いの気持ちに気付き、互いに想いを伝え合い恋仲になって以降、カレンは時々思案顔を浮かべるようになっていたからだ。

 気になったライは幾度となく尋ねるのだが、その度にカレンにはぐらかされる、といった事が続いていた。

 大切な女性であるにも関わらず、今一歩踏み込んで聞く事が出来ない己の情けなさを悔やみつつ、ライは思考の海に沈む。

 しかし、格納庫に着くまでに答えが見つかる筈もなく。

 ライの視線の先には紅と蒼、2体の巨人が佇んでいた。

 その足元には今しがた愛機の整備を終えたのか。パイロットスーツのまま地面に胡坐をかき、首からタオルを下げるとドリンクを飲んでいる赤髪の女、ライにとって最愛の女性、カレンの姿があった。

 周囲に人影はない。

 遠巻きに見つめるライに気付いていない彼女の表情は例の如く思案顔。

 今日こそは、と意を決したライは声を掛ける。

 

 「カレン!」

 

 すると、ようやっと気づいたカレンは立ち上がると手を振りながら微笑んだ。そこに最早先程の雰囲気は一欠片も見られない。

 ライも手を振り返しながら歩み寄る。

 

 「ゼロとの話は終わったの?」

 「あぁ。終わった」

 「そう……ねぇ、何か良いことでもあった?」

 「何故そう思うんだ?」

 「だって、今のあなたの顔、もの凄く嬉しそうなんだもの。ゼロと良い話が出来たのかしら?」

 

 カレンは口元に手を当てて小さく笑うと、その仕草を見たライに悪戯心が生まれる。

 

 「何故ゼロなんだ? カレンに会えた事が嬉しいからかもしれないじゃないか」

 「違うわね」

 

 笑顔で否定するカレン。

 

 「私に会えた事が理由ならいつもの様な表情をしてくれるもの。けれど、今の顔は初めて見るわ」

 

 ライは面食らうと同時に、そこまで自分を見てくれているのか、と思わず頬を緩めた。

 

 「それよ」

 

 唐突にカレンに指摘されたライは慌てて我に返る。

 

 「今のが私の一番好きな表情よ」

 

 カレンが柔和な笑みでライを見つめると、ライも思わず笑顔になる。

 

 「カレンには敵わないな。それに、凄く嬉しい。そこまで僕の事を見てくれているなんて」

 

 飾らない言葉を紡いだライに対して今度はカレンが面食らったのか、瞳を瞬かせたかと思うと次の瞬間、頬を染め俯いた。

 

 「……バカ。そんな事口に出して言わないでよ。恥ずかしいじゃない」

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 格納庫に佇む互いの愛機に背中を預けながら、向かい合うライとカレン。

 二人はたわいもない話を続けていた。穏やかな空気が格納庫に漂う。それは、とても幸福な時間。

 しかし、ライは今日こそ尋ねなければならなかった。

 そのため、会話が一瞬途切れたのを好機と捉えたライが口を開く。

 

 「カレン。最近何か悩んでいないか?」

 

 「…何のこと?」

 

 言葉とは裏腹に、カレンの雰囲気が変わった事を察したライ。

 いつもであれば彼はここで引いていた。

 しかし、彼は決めていた。今日こそは引かない、と。

 

 「僕でよかったら話してくれないか? 君の力になりたいんだ」

 「言ったら、あなたを縛る事になりかねないもの。だから言えない」

 

 やんわりと拒絶されたライだったが、口元を強く結ぶと意を決して踏み込んだ。

 

 「それでも、僕は君の悩む姿を見たくない。お願いだから話してくれないか」

 

 ライの真摯な眼差しに、思わずといった様子で視線を逸らしたカレンは、次に思い悩むかのような横顔を見せるがそれも一瞬のこと。

 再びライに向き直ると探るかのような視線を向ける。

 

 「話しても、引いたりしない?」

 「約束する」

 「……じゃあ、結論から言うわ。ねぇ、ライ。私と……結婚して?」

 「なんだって?」

 

 寝耳に水とは正にこの事だろう。予想だにしなかったカレンの言葉に、ライは一瞬我を忘れた。

 

 「やっぱり、引いちゃった?」

 

 悲哀を湛えたカレンの瞳。ライは咄嗟に否定する。

 

 「そうじゃない!……けど、僕達はまだ未成年だ。結婚なんて……」

 「分かってるわ。だから先に婚約だけしておくの」

 

 何時になく真剣なカレンの眼差しに、ライは押されていた。

 

 「けれど、そういうのはちゃんと大人になって――」

 

 言い終わる前に一瞬で間を詰めたカレンはライの胸に飛び込んだ。しかし、咄嗟の事でライは支えきれず押し付けられる格好となる。

 驚いた様子でいるライを余所に顔を上げたカレン。その瞳は僅かに潤んでいた。

 

 「ライ……私達は、私達は普通に大人になれると思ってるの!?」

 

 カレンの頬を涙が伝うがライは何も答えられない。

 

 「普通じゃないわっ! 生徒会の皆みたいに、平穏な生活なんて望めない! 私達は未来を作る為に戦ってる。けど、その私達には"今"しか無いのよっ!!」

 

 遂に耐え切れなくなったのか。カレンは溢れ出る涙そのままに思いの丈をぶつける。

 

 「神根島で、貴方を置き去りにしないといけなかった時の私の気持ちが分かる? 本当に気が狂いそうだった。あなたとこのままの関係で終わるなんて絶対に嫌!! ライ、あなたとの絆が欲しいの!!」

 

 これまで耐えてきた心情を吐露したカレンは、再びライの胸に顔を埋めた。

 二人以外誰も居ない格納庫にカレンのくぐもった声が木霊する。

 その両肩は震えていた。ライはそっと手を添えると、思い定めた瞳を向ける。 

 

 「カレン、顔を上げてくれないか」

 

 望まれるがまま、カレンは静かに顔を上げた。

 視線を交わす二人。

 ライは涙で濡れたカレンの頬を指先でそっとなぞりながら言葉を紡ぐ。

 これは契りなのだと。心と体だけではない、カレンと魂まで深く結びつく為に必要な儀式なのだとの思いを胸に。

 

 「結婚しよう」

 

 瞬間、カレンは瞳を輝やかせた。

 

 「本当に、いいの?」

 

 驚きと嬉しさを抑え切れないような笑みを浮かべるカレンに、ライは穏やかな笑みで応じる。

 

 「勿論だ」

 「私、結構独占欲強いわよ?」

 「構わない」

 「嬉しいっ!!」

 

 カレンは再びライの胸に顔を埋めた。ライはその髪を優しく撫でる。しかし、彼は見逃していた。

 己の胸に顔を埋める瞬間、彼女が浮かべたまるで獲物を仕留めたかのようなその笑みを。

 

 「そうと決まれば次は結納ね。その前に、ゼロと扇さん、あと、他の皆にも報告しないと」

 

 顔を上げたカレンは微笑を湛えたまま立ち上がると、ライは慌てて押し留めようとする。

 

 「待ってくれ。いくら何でも早すぎる」

 「こういう事は早い方がいいのよ。さっ、行きましょ!」

 

 首根っこを掴まれたライはズルズルと引き摺られると、もと来た道を戻って行った。

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 『で、二人とも。これは一体何事だ?』

 

 怪訝な様子でゼロが問う一方で、隣に控える扇も困惑顔。

 そんな二人からの疑念を受けて、カレンに脇腹を肘でつつかれたライは言葉を発する。

 

 「急に集まってもらってすいません。実は……」

 

 しかし緊張のためか上手く言葉に出来ないようで。

 言葉に詰まるライなど見たことがなかったゼロは益々困惑した。

 

 『らしくないな、本当にどうしたんだ?』

 

 その言葉に、ライは双眸に決意の色を浮かべると口を開いた。

 

 「カレンと婚約する事にした。ついては結納を行いたいと思う。それについて認めて欲しい」

 『なっ!? お前は急に何を言い出すんだ!! 今、我々がどんな状況か分かって――』

 「ゼロ、ちょっといいか?」

 

 ゼロの詰問の最中に、突如として扇が割って入った事にライは目を見張る。

 それはゼロも一緒だったらしく、彼にしては珍しく一瞬言葉に詰まった。

 

 『……何だ?』

 「今回の件、認めてやってくれないか?」

 『扇、聞いていなかったのか? 今、我々にはそんな事をしている暇は無い』

 「分かっている。分かってはいるが、頼む。この通りだっ!!」

 

 頭を下げる扇。

 ライはそんな二人のやりとりを唖然とした面持ちで眺めていた。

 扇がゼロの意見に反する事など、今まで一度としてなかったからだ。

 そもそも、扇はカレンにとっては兄ナオトが行方不明になって以来、時には兄代わりとして、時には親代わりとして接してきた男でもある。

 今回の話にしても、二人にとって一番の難敵になると予想していたからこそ、その扇が真っ先に賛成してくれた事にライは感謝する一方で驚きを禁じ得ない。

 ライの隣に座るカレンに至っては、頬を紅潮させるとジッと二人の会話に耳を傾けている。

 そんな必死に食い下がる扇に対して、ゼロの疑問は尽きない。

 

 『…………何故だ?』

 「俺はずっと思ってたんだ。カレンには普通の女の子としての生活を送って欲しいと。ナオトもきっとそれを望んでいた筈だ。けど、当時の俺たちにとってカレンの力はどうしても必要だった。だから俺はその狭間で悩み続けた。そんな時だ、ライが入団したのは。それからカレンは変わった。ライと一緒に居る時のカレンは、よく笑うようになった。その笑顔を見ていて気付いたんだ。ライならカレンを支えてやれる。二人なら互いに支え合っていけると。だから頼む、ゼロ。認めてやってくれ!」

 

 呼吸するのも忘れてしまったのか。扇は捲し立てるかのように心情を吐露すると、再びゼロに頭を下げた。

 ゼロは何かを思慮しているのか、腕を組んだまま一言も発しない。

 対する扇も頭を下げたまま微動だにせず、ゼロの言葉をただただ愚直に待ち続ける。

 

 「扇さん……」

 

 カレンは泣いていた。ライも心を揺り動かされ言葉が出ない。

 そんな折、何処から入ってきたのか。さも愉快だと言わんばかりの口調でC.C.が割り込んだ。

 

 「ゼロ、お前の負けだな」

 『お前は黙っていろ』

 「何故だ? 婚約ぐらい良かろう? 子供が出来た訳でもあるまいし」

 

 その言葉に、それまで頭を下げていた扇は顔を上げると二人に視線を向ける。

 

 「二人とも。分かってるだろうがそれはまだ早いぞ」

 「「わ、分かってます!」」

 

 二人は顔を真っ赤にしながら全力で否定した。

 そんな三人を余所にC.C.はゼロの耳元で何事か囁くと、短く頷いたゼロは二人に向き直る。

 

 『お前達はそれを何よりも望むんだな?』

 

 力強く頷き返すライとカレン。

 暫しの間を置いてゼロは言った。

 

 『……いいだろう。黒の騎士団総帥として、二人の婚約を認める』

 「あ、ありがとございます!」

 「ありがとう、ゼロ」

 

 二人が立ち上がり頭を下げた瞬間、突如としてドアが空いたかと思うと幹部達が雪崩れ込んだ。

 皆は口々に二人に祝いの言葉を送る。

 ライは男連中に揉みくちゃにされながらも、ふとカレンを見やると、彼女は井上に抱きしめられ頭を撫でられていた。

 その姿は、ライにとってまるで本当の姉妹のように見えた。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 『丁度良い。今後の事について話し合う事にする』

 

 ゼロの宣言を受けて、皆徐に席に着く。

 全員が座ったのを確認したゼロは議題を口にした。

 

 『二人とも、先程結納をすると言ったな。そこで聞きたいが、結納とはどうするんだ?』

 

 ゼロはライに顔を向けるが、ライも詳しくは知らなかった。

 

 「カレンは知ってるか?」

 「ごめんなさい。作法となると詳しい事は私も知らないの」

 

 そんな二人を見てゼロは呆れたように言う。

 

 『全くお前達は……扇。お前はどうだ?』

 「い、いや、俺と千草はまだそこまでは……」

 「誰だよ、それ」

 

 突然ゼロに話を振られ慌てた様子の扇を玉城が茶化した。

 

 『藤堂、お前はどうだ?』

 「いや、私も詳しくは知らん」

 

 面目ないといった様子で答える藤堂。

 

 『では千葉、君は?』

 「わ、私か!? 私はそんな事は……いや、知っておくべきだったか……済まない、紅月」

 

 千葉は一瞬横目で藤堂を見やった後、申し訳なさそうに謝った。

 

 『それでは朝比奈は?』

 「それ以前に相手が居ないよ」

 

 朝比奈はそんな千葉を横目に苦笑する。

 

 『では、卜部と仙波』

 「右に同じだ」

 「存じませんな」

 

 我関せずと言った様子で簡潔に返す二人。

 その後もゼロは尋ねて回るが結局のところ、この場に集まった団員の中には正しい作法を知る者は誰も居なかった。

 その事で全員が頭を悩ませていると――。

 

 「知りたいか?」

 

 不意に声が響いた。

 皆が声がした方に視線を向けると、そこにはまたしても意地の悪そうな笑みを浮かべたC.C.の姿が。

 

 「結納なら知っているぞ」

 「「「「『本当か?』」」」」

 

 一斉に注目が集まる。それを心地よいとでも思ったのか、C.C.は勝ち誇ったかのように胸を反らす。

 

 「ああ、知っているぞ。例えばだ。結納の際には、相手に失礼のないよう正装で臨まないといけない、とかな」

 『正装? この姿では駄目なのか?』

 

 ゼロが己を指差すと、C.C.は見下したかのような視線を送った。

 

 「それなら間違いなく人格を疑われるな」

 

 固まるゼロ。そんな彼を無視して彼女は更に続ける。

 

 「正装といえば男は紋付き袴。女は振袖だな」

 『待て、やけに詳しいがお前は何故そんな事を知っている?』

 

 立ち直ったゼロがこの場に居る全員の思いを代弁して問い正したが、返ってきたのはお決まりの言葉。

 

 「私は魔女だからな」

 『答えになっていないぞ!』

 「ゼロ、落ち着いてくれ」

 

 ライは苛ついた様子を見せるゼロを宥めた。

 

 『くっ、止むを得ないか。続けろ』

 「ここから先は有料だ」

 「『何だと!?』」

 

 ライとゼロ、二人が呆れた口調で叫ぶと、それまで熱心に聞いていたカレンが急に怒気を孕んだ口調で問う。

 

 「ちょっと待って。お金を取る気?」

 

  対するC.C.は臆面もなく言い放つ。

 

 「金など要らん。結納後には食事会を行うものなのだ。その時にはピザを出せ」

 「何でそうなるのよっ!」

 「知りたいのだろう?」

 

 そう言うとC.C.はまた人の悪そうな笑みを浮かべた。

 観念したゼロは頭を振ると了承の言葉と共に疑問を口にする。

 

 『良いだろう。二人の為だ、続けろ。が、その前に一つ聞きたい。モンツキハカマとは何なんだ?」

 「この国では古来より各々の家には家紋という…まあ紋章のようなものを持っているのだ」

 「待ってくれ。僕は持って無い」

 「ふむ、それは困ったな」

 

 ライの指摘にC.C.は残念そうな表情を浮かべたが、その解決策は予想外の方向から齎された。

 

 「あら、良い時に来ましたわ」

 

 唐突な第三者の参入。

 その場にいた全員が慌てて声がした方向に視線を向けると、有り得ない人物がそこにいた。SPを二人引き連れて。

 

 「「「「か、神楽耶様っ!!??」」」」

 

 皆一様に驚くが無理も無い。

 キョウト六家を束ねる皇家の当主がこんなアジトまで来るとは思ってもみなかったのだから。

 しかし、当の本人はまるで気にした素振りも見せず、唖然とする団員達を余所に、まるでそこが自分の立ち位置なのだとも言いたげにゼロの座るソファーの肘掛に腰を下すと平然と告げた。

 

 「私の、皇家の家紋をお使いになれば良いのです」

 「それはちょっと……」

 

 ライは慌てて諫めようとするが、聞く耳持たずといった様子で神楽耶は話し続ける。

 

 「良いではありませんか。ライ様には皇家の血が半分入っているのですから。私は何れゼロ様に嫁ぐ身。その後はライ様が皇家を継がれたらよろしいのです。何も問題はございません。いえ、寧ろこれは丁度良い機会ですわ」

 

 自分の考えが余程素晴らしいと思ったのか、神楽耶は大層ご満悦だった。

 

 「いや、ですから……」

 

 ライは何とか再考を願い出るべく口を開きかけたが、続く玉城の一言で全てがぶち壊された。

 

 「そうなるとよぉ~。将来カレンは皇家のお姫様って事になるのか? おい、すげぇじゃんかよ!!」

 「私が……皇家の人間に……?」

 

 そう呟くとカレンは一瞬考える仕草を見せる。

 

 「カレン?」

 

 怪訝に思ったライが尋ねると、何を思ったのか。彼女はライの意思など関係無しに言い放った。

 

 「神楽耶様。その話お受けします」

 「待ってくれ!……僕の意思は?」

 「無いわよ?」

 

 ライの抗議を異に返さず、カレンは満面の笑みでもって一蹴した。しかし、ライは尚も抵抗する。

 

 「よりにもよって、突然皇家を背負えなんて無茶だ」

 「あら、ライ様なら大丈夫ですわ。何と言ってもゼロ様が信頼される殿方ですもの」

 

 同じく笑顔で判決文を読み上げる神楽耶

 現当主が了承した事によって、ここにライの命運は決した。

 

 「これでライの件はクリアか。他の者も同様に正装は用意出来るだろう。となると後は……」

 

 事の成り行きを静観していたC.C.の言葉によって、全員の視線が一点に集まる。

 

 『何だ?』

 

 ゼロは首を傾げるが、ライを以てしても今の彼をフォローするのは二の足を踏む。

 

 「困りましたわ。その服装はゼロ様にとっては正装でも、私達キョウトの人間からすれば正装とは程遠いものですもの」

 

 神楽耶の言葉を聞いて憮然とするゼロ。するとそこにC.C.が助け舟を出した。

 

 「まぁ、ゼロの件は任せておけ。紋付袴が無ければ作れば良いだけの事だからな」

 『出来るのか?』

 「安心しろ。誰もが知っている素晴らしい図がある。ここまで言えばお前達でも分かるだろう?」

 

 自信有り気な表情を浮かべるC.C.。

 ライは直感的に彼女の言わんとしていることを理解する。

 一方で、周囲のメンバーも一様に納得したのか頷きあう。勿論、ゼロも。

 

 『素晴らしい案だ! C.C.。あれはこの私にこそ相応しい! では、これより一週間後にライとカレン。二人の結納の儀を執り行う。神楽耶様。場所の選定をお願い出来ますか?』

 「キョウトの総力を上げて準備致しますわ」

 

 神楽耶が胸を張って応じると、ゼロは居並ぶ団員達に向けて高らかに宣言する。

 

 『皆も戦闘隊長兼作戦補佐のライと、零番隊隊長紅月カレン。二人の為に総力を上げて貰いたい!』

 「「「「「おぉー!!」」」」」

 

 すったもんだあった結果、無事にゼロと扇に婚約を認められ、仲間達からも祝福の言葉を送られた二人は、こうして一週間後に控える結納に臨む事となった。

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 解散後、ライとカレンはアジトの外に出ていた。

 二人で瓦礫の上に座る。夜の帳が落ちたゲットーは月明かりに照らされていた。

 

 「何だか凄い事になっちゃったわね」

 「大事にしたのは君のような」

 「何か言ったかしら?」

 

 笑顔で惚けるカレンを見て、ライは微苦笑を浮かべつつも覚悟を決めた。

 

 「本当に僕でいいのか?」

 「言ったでしょ。私はあなたじゃなきゃ駄目なんだって」

 

 柔和な笑みを浮かべるカレン。

 ライも小さく笑窪を作ると互いに見つめ合い、やがてどちらともなく顔を近づける。

 月明かりに照らされた二人の影は、やがて静かに重なった。



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~ 紅と蒼の契り(中編)~

 結納の準備が始まった。

 しかし、結納と言ってもそれほど大掛かりな事は行われない。

 黒の騎士団は目下、ブリタニアと戦争中なのだから。

 親族同士の顔合わせをした後、その後は全員で騒ぐだけ。これだけである。

 しかし、この親族が主役である二人にとって悩みの種でもある訳で。

 カレンの場合は少し複雑だった。

 その為、カレンは父親役兼兄代わりと言える扇と、自身が姉のように慕っている井上に同席を依頼した。

 頼まれた二人は喜色満面。二つ返事で引き受ける。

 そうすると残る問題はライとなる。

 ライは記憶の一部を思い出している。大切な母と妹の事を。

 その二人はもうこの世には居ない。どれだけライが望んでも会う事は叶わない。

 しかし、今の彼には騎士団のメンバーに親友のルルーシュ。そして彼にとって一番大切な女性、カレンがいる。

 ライは此処に一つの決意を胸に秘める。

 今度こそ、今度こそ大切な人達を守ってみせる。例えこの身に代えても、と。

 

    

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 コードギアス 反逆のルルーシュ L2  

 ~ 前日譚 紅と蒼の契り(中編)~

 

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 「どうしようか」

 

 ライはアジトのリビングにあるソファーに身を委ねると、天井を眺めながら知らずのうちにそう呟いていた。

 そもそもの原因は例の如く親族同士の顔合わせにある。

 流石にライ一人で臨むという訳にもいかず、おまけにカレン側は扇と井上という、父親代わりに姉代わりといった二人が出席するのだから。

 悩み抜いたライは、この時代で唯一の血縁者でもある神楽耶に出席を依頼。

 二つ返事で引き受けてくれた事に安堵しつつも最後の一人。父親役が勤まりそうな人物が決まらない。

 ライは頭の中で団員の顔を思い浮かべ、ようやっと適役と思える人物に思い至ると足早に向かう。

 目的の人物である藤堂を見つけた時、彼は千葉と当日の警備について話し合っているところだった。

 

 「藤堂さん、少し時間を貰えませんか」

 「ああ、構わないが、何か用かな?」

 「実は──」

 

 ライは事情を話し頭を垂れる。

 しかし、藤堂は少し困ったような顔をすると考え込んでしまった。

 すると、それまで傍でライの言葉を聞いていた千葉が怪訝な表情を浮かべる。

 

 「父親役だと? お前はそれを本気で言っているのか?」

 「はい、そうですけど?」

 

 ライが何かおかしな事を言ったのだろうか、と首を傾げる一方で、千葉の眉が危険な角度を描く。

 

 「お前という奴は──」

 「お、お邪魔しました! 藤堂さん、忘れて下さい!!」

 

 不意に身の危険を感じ取ったライは、踵を返すと足早にその場を後にした。

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 再びリビングに戻ったライは、先ほどの出来事を思い返しながら再び候補者を探す。

 最早、父親役に拘っている場合ではないと考えた時、一人の人物が脳裏に浮かんだ。

 彼なら引き受けてくれるかもしれないと思ったライは、一人ある場所に向かった。

 

 「ゼロ、僕だ。入ってもいいか?」

 『ああ、ライか。待っていろ、今開ける』

 

 ライが扉をノックすると、その声と共にドアが開いた。

 

 「相変わらずのチーズの匂いだな」

 『全部こいつのせいだ』

 

 ゼロはそう言って仮面を取ると、ベッドに寝そべって雑誌を読みながらピザを食べているC.C.に目をやる。

 

 「これはやらんぞ」

 「要らん」

 

 いつものやり取りが始まりそうになるが、ルルーシュはそれ以上の言葉を発する事無くライへ向き直る。

 

 「それで? 一体どうしたんだ。結納の準備なら順調なはずだが」

 

 ライはやや上ずった声で尋ねるルルーシュを不思議に思いつつも、頼み事を伝えるべく口を開いた。

 

 「実は、その事で一つ問題が発生した。結納の際に行う親族――」

 「成程、分かった。引き受けよう」

 

 言い終わる前の承諾。

 呆気にとられているライを余所に、口許に笑みを浮かべたルルーシュは得意げに話し始める。

 

 「親族顔合わせの件だろう? それについては、カレンがどう対処したかは既に聞いている。お前も神楽耶を確保したのは知っているが、カレン側は2人だ。対するお前はまだ一人だからな。これでは釣り合いが取れない。お前がその事で俺を頼ってくる可能性が有る事は分かっていた。あらゆる可能性を考慮した結果、2番目に高い数値だったからな」

 「凄いな。因みに僕が1番に頼ると思ったのは誰なんだ?」

 「藤堂だ。だがその時、傍に千葉が居る場合はその数値は限りなくゼロに落ちる」

 「ルルーシュ、君はやっぱり凄いな。改めてそう思う」

 「当たり前だ。俺はゼロだからな」

 

 そう言うとルルーシュはニヤリと笑った。その様子を見てライはふと思う。

 

 「ついでに一つ質問させて欲しい。何故婚約を認めてくれたんだ?」

 

 その疑問にルルーシュはあっけらかんとした口調で答える。

 

 「何だそんな事か。そうだな、理由は三つある。一つは神根島・キュウシュウと連戦が続いたからな。その事で若干ではあるが一部の隊員に士気の低下が見られるとC.C.に言われた。少し癪ではあるが。そんな訳だから、お前達の婚約はそういった連中の保養と士気を上げるのに丁度良いと思ったんだ」

 「あの時C.C.に耳打ちされてたのはその事だったのか。全く抜け目がないな。でも、そんな言葉をカレンが聞いたら、多分臍を曲げるぞ?」

 「分かってる。だから言うなよ?」

 

 そう言うと、ルルーシュはニヤリと笑った。

 

 「二つ目は、凡庸な男だと思っていた扇が俺に対してあれ程ハッキリと意見した事に対する褒美だよ」

 「そんな言葉を扇さんが聞いたら、多分落ち込むぞ?」

 「分かってる。だから言うなよ?」

 

 そう言うと、ルルーシュはまたニヤリと笑った。

 

 「三つ目は、まぁ、その……お前の願いだからな」

 

 やや照れ臭そうに頬を掻くルルーシュ。その言葉を聞いた瞬間、ライは目頭が熱くなるのを感じた。

 

 「そんな言葉を聞いたら……」

 「ああ、泣いても構わないぞ?」

 「……ルルーシュ」

 「何だ?」

 「ありがとう」

 「どういたしまして」

 

 そう言うとルルーシュは照れくさそうに笑った。釣られてライも笑顔になる。しかし――。

 

 「お前達は本当に面白いな」

 

 C.C.の台詞で我に返った二人。

 ルルーシュは話題を変えた。

 

 「そ、そう言えば、昨日あの場所に居なかった二人にはちゃんと伝えたのか?」

 

 ライはすぐにルルーシュの言う二人に思い至った。ディートハルトとラクシャータの事を。

 

 「あ、あぁ。それなら今日ここに来る途中にカレンと二人で格納庫に寄って、ラクシャータさんには伝えた」

 

 すると、突然C.C.が割って入った。

 

 「ほう、何と言っていた?」

 

 その事にライは疑問を抱きつつも短く答える。

 

 「何って……凄く喜んでくれたが」

 「それだけか?」

 

 ニヤニヤとした笑みを浮かべながら追求してくるC.C.。

 その様子に、何処かで見られていた事を察したライは観念したのか口を開いた。

 

 

 

 

    〇 〇 〇

 

 

 

 

 「へぇ~。あんた達、結婚するんだぁ~」

 「婚約ですっ!!」

 

 カレンが正すがラクシャータはそんな事はお構いなしに続ける。

 

 「いいじゃないの、どっちも似たようなもんなんだしぃ。それよりもあんた達にお願いがあるんだけど?」

 「お願いですか?」

 「何でしょう?」

 

 ライとカレンはお互い顔を見合わせると何事かと思う。

 そんな二人に向けてラクシャータは平然と爆弾を放り込んでみせた。

 

 「子供は産めるだけ産んでねぇ~」

 「なぁっ!! ななな何て事言うんですか!!!」

 「あら、良いじゃないの。カレンちゃんは安産型だし、最低でも3人は余裕でしょ? 坊やも頑張りなさいよ?」

 

 鳩が豆鉄砲を食らったかの様子でいるライとは対照的に、カレンはもうそれこそ顔から炎を吹き出さんばかりに咎めるが、ラクシャータは妖艶な笑みを浮かべるのみ。

 それでもカレンは負けじと食い下がる。

 

 「何で子供の話になるんですかっ!!」

 「だってさぁ、あんた達は私の作ったナイトメアを完璧に乗りこなせる数少ないパイロットなんだもの。言わば最高のサラブレットよぅ。その二人の間に出来た子供となったら、興味持って当然でしょ~?」

 「と、兎に角! その話は私達にはまだ早いですっ!! 結納の事は伝えましたから参加して下さいねっ!」

 

 一方的に告げたカレンは、ライの左手を引っ張って格納庫を後にしようとする。

 が、去り際にラクシャータは空いていたライの右手を掴んである物を手渡した。

 

 「ほら、行くわよライ」

 「あの、失礼します」

 

 カレンはその様子に気付いていないのか。

 ライは渡されたものを確認する間もなくカレンに引っ張ってられていく。

 

 「頑張んなさいよぉ~」

 

 格納庫から立ち去る二人の背中に、ラクシャータの声が響いた。

 格納庫を出た後、ライはカレンに気づかれないようにそっと右手を開く。そこにあったのは知識にあったが初めて見る物。

 思わず固まってしまうライを余所に、カレンが肩越しに覗き込む。

 

 「何見てるの?」

 「な、何でもない!」

 

 振り返ったライは慌てて右手を背中に回すと、カレンは口元に手を当てて笑った。

 

 「ライ、その様子は何でもないようには見ないわよ?」

 「い、いや。本当に何でもない」

 「まあ、いいわ。そういう事にしといてあげる」

 「あ、ありがとう。じゃあ、僕はこれから別の用事があるから」

 

 しどろもどろになりつつも、何とか言葉を紡いだライに向かって、カレンは「行ってらっしゃい」と手を振り見送った。

 

 

 

 

    〇 〇 〇

 

 

 

 

 「と言う事があったんだ」

 

 ライはラクシャータから貰った物が何かまでは敢えて伏せながら話した。話しても笑われるだけだと思ったからだ。

 しかし話が終わると、ルルーシュは明後日の方を向いて肩を震わせていた。

 

 「ルルーシュ、こっちは笑い事じゃ無かったんだが」

 「いや、済まない。しかしラクシャータにも困ったものだな。もし仮にそんな事になってカレンに抜けられでもしたら、大幅な戦力低下は必死だ」

 

 ライが何だか上手くはぐらかされた様な気分でいると、急に神妙な面持ちをしたC.C.が話しかける。

 

 「おい。ラクシャータから渡された物を見せてみろ」

 「い、いや、けれど………」

 

 突然の要求にライが慌てていると、彼女はその態度から察したようだった。

 

 「その様子だとやはりアレか。いいから渡せ、恥ずかしがっている場合では無いぞ?」

 「ライ、いいから渡してやれ」

 

 ルルーシュも同調した事で、二人とも気付いているようだ、と察したライは白旗を上げた。

 

 「………分かった」

 

 ライは渋々といった様子でポケットに入っていた物を手渡した。

 すると、C.C.は受け取るなりそれを包んでいる袋を破り、中の物を取り出すといきなり膨らまし始めた。

 

 「な、何をしてるんだC.C.!!」

 「おい、悪ふざけが過ぎるぞ!!」

 

 二人が慌てて止めようとするが、C.C.はお構いなしといった様子で膨らまし続ける。やがて――。

 

 「こんなものか」

 

 短く呟いたC.C.は、膨らますのを止めて口元を縛ったかと思うと、風船のように膨らんだそれをまるで二人に見ろとでも言わんばかりに突きつけた。

 

 「二人とも、特別価格だ。礼はピザ一枚ずつでいいぞ」

 「お前いい加減に……」

 

 頭を抱えたルルーシュは言葉を続けようとしたが、目の前のそれを見て言葉を失った。それはライも同じこと。

 何故なら先程まで風船のように膨らんでいたはずのそれが、段々と絞んでいったのだから。

 導き出される結論に同時に思い至ったルルーシュとライ。

 二人は互いに顔を見合わせるが言葉も出ない。

 先に復帰したのはルルーシュだった。

 

 「……まあいい。確かに最悪の事態は未然に防げたからな。しかし、ラクシャータには後で俺の方からも言っておこう。話を戻すぞ。ラクシャータに話したとなると後は……ディートハルトか」

 

 その指摘にライは短く首肯する。

 

 「あの人にはまだ会えてない。多分もう知っていると思うけど」

 「その通りだ。あいつはもう知っている。だが、こういった事はやはり直接本人に会って言うべき事柄だ。そういえば、そろそろ報告に来る時間だな」

 「なら丁度良い。僕から伝える。ここだけの話、カレンは彼に対してあまり良いイメージを持っていないから」

 「しかしだ、あいつはそもそも今回の話自体、あまり好意的に受け止めていないぞ?」

 「その点については僕に考えがある。後は君の許可さえ貰えれば」

 「どういう事だ?」

 

 首を傾げるルルーシュに対して、ライは己の計画を打ち明けた。

 

 「本気か?」

 「この方法は誰も傷付かないと思うけど」

 「………」

 

 暫し考え込むルルーシュ。ライは黙って答えを待つ。

 そうこうしているうちに、突然ドアをノックする音と共に声が響いた。

 

 「ゼロ。報告に参りました」

 

 ディートハルトだ。

 ルルーシュは素早く仮面を被り、ライに向かって小声で告げた。

 

 『仕方がない。今回に限り許す』

 

 そうして、扉に向かって一言「入れ」と言うとロックを解除した。

 

 「ゼロ、以前頼まれていた報告書が出来上がり――あぁ、あなた方も居られたのですか」

 

 ディートハルトは先客がいたことにやや驚いた様子でいたが、それがライとC.C.だと視認すると急に残念そうな声になった。

 

 ライは、本当に自分を偽らない人だなと思いながらも軽く会釈する。

 が、ディートハルトは一瞬ライに視線をやった後、何事も無かったかのようにゼロに向かって話し始めた。

 

 「以前頼まれていた調査報告をお持ちしました」

 『ご苦労だった、ディートハルト』

 

 そう言ってゼロは書類を受け取るとページを捲る。そうして一通り目を通した後に労いの言葉を掛けた。

 

 『やはり君は素晴らしいな。よく纏められている』

 「あ、ありがとうございます!」

 

 その言葉を聞いたディートハルトは、やや興奮した面持ちで答えた後、頭を垂れると用は終わりとばかりに踵を返す。

 

 「では、私はこれで」

 『待て、ディートハルト。君の事だ。もう知っているだろうが、ライから話がある』

 

 ゼロに引き留められた結果、ディートハルトは口元を固く結ぶと向き直る。

 それを確認したゼロは一瞬顔をライの方に向けると、後はお前の番だと言わんばかりに報告書へと視線を落とした。

 

 「ディートハルトさん、実は僕とカレンは――」

 「知っています。ですが、私は賛成出来ません」

 

 そう言って立ち去ろうとするが、それは再び止められる。

 

 『ライの話も最後まで聞いてやれ。とりあえずそこに座れ』

 

 ゼロにそこまで言われてしまえば、彼としては従うしかない。

 渋々といった様子でソファーに腰掛けた。それを見てゼロが疑問を口にする。

 

 『念の為に聞くが、何が不満だ?』

 

 ディートハルトは視線を一瞬だけライに向けると、それに気付いたライが短く頷く。

 

 「構いません。思われてる事を言って下さい」

 

 すると、ディートハルトはゆっくりとした口調で話し始めた。

 

 「最初に断っておきますが、私は別にお二人の関係を認めていない訳ではありません。いえ、寧ろ良いニュースだと思います。ゼロの為に時には剣となり盾となる、勇猛果敢な二人の若きエース、ゼロの双壁。その二人が将来を誓い合うのですから。これほど、他の隊員や支持者達にウケる絵はそうそう描けるものでは有りません。問題は別にあります」

 

 それっきり押し黙るディートハルトに対して、ゼロが続きを促す。

 その一方で、ライは彼が反対する理由について大方の予想をつけていたが、今は敢えて聞き役に徹した。

 

 『問題とは何だ? 言ってみろ』 

 「何でも聞くところによると、彼はキョウト六家の代表、皇神楽耶様から直々に家督を継いで欲しい、と言われたそうではないですか」

 

 それはライの予想通りの言葉だった。

 自身の血筋について分かった時も、ディートハルトだけは警戒の念を抱いていたのを覚えていたからだ。

 それはゼロも予想していた事であり、彼は先程まで手にしていた報告書を机に置くと、足を組み膝の上に手を置き押し黙る。

 そんな最中、それまで彼らの会話を雑誌を読みながらつまらなそうに聞いていたC.C.が動いた。

 

 「あの女は成りは小さいが、かなりのやり手だろうな。でなければキョウトの代表など務まらんだろう」

 「だから問題なのです。現在、結納に向かってキョウト六家は総力を上げて動いてます。今更無かった事にしてくれ等とは、口が裂けても言えません。彼等は、黒の騎士団にとって重要なスポンサーであり、今後の関係に亀裂が生じる事は何としても避けるべきですから」

 『私は君の腕を見込んで、当日は撮影班の指揮を執ってもらいたかったのだが』

 「幾らゼロの申し出でも、こればかりは受ける事は出来ません」

 

 ディートハルトから返ってきたのは、明確な否定の言葉だった。

 それを最後にゼロも押し黙ると、終了の合図と見做したディートハルトは席を立つ。

 

 「最後に一言だけ。皇家の事がなければ、私としてもこんな事は申し上げません。失礼だとは承知していますが、当日は欠席させて頂きます」

 

 言うべきこと言ったのか。

 踵を返したディートハルトは出口に向かう。

 ライはそんな彼の後ろ姿を見つめながら、何だかんだ言っても自分たちの事を少しは認めてくれていたという事実に感謝する。

 しかし、ライが計画を止める理由としては少し足らない。

 ライはゼロに目配せすると、気付いたゼロは仕方ないといった様子で頷いた。

 

 「ディートハルトさん」

 「何ですか? まだ何か――」

 「ライが命ずる! ディートハルト! お前は結納に対して全力で撮影に挑めっ!」

 

 ライは、ウンザリした様子で向き直るディートハルトに向けてそう命じた。

 紅い鳥が舞う。

 次の瞬間、ディートハルトはその場に崩れ落ちた。

 だが続く光景にライとゼロ。二人は唖然とする事となる。

 

 「嫌、嫌だ、私が……追い求めるのは……ゼロの姿だけ……ゼロ、ゼロォォォォ!!」

 

 頭を抱え蹲るディートハルト。驚くべきことに、彼はギアスに抗おうとしたのだ。

 焦燥に駆られたライは剣呑な表情を浮かべると声を荒げた。

 

 「私に従えっ!! ディートハルト!」

 

 ライの怒声にディートハルトは体を震わせたが、遂に屈したのか。ゆっくりと立ち上がった。

 

 「分かりました。当日は全力で撮影に挑みます。視聴者の求める最高の絵を撮って御覧にいれましょう!」

 

 命令を受け入れたディートハルトは、最後にそう言い残すと今度こそ部屋を後にした。

 

 

 ディートハルトを見送った後、振り向いたライ。

 視線の先にはゼロが立っていた。

 背後には彼が直前まで座っていた椅子が倒れており、勢い良く立ち上がった事が伺える。

 ライはそんなゼロの姿を見て、自分と同じ気持ちだったのかと思うと軽い罪悪感に苛まれた。

 

 「凄いものを見た。まさかギアスに対してあれほどまでに抵抗するなんて思わなかった。悪いことをしたかな……」

 

 そんなライに対して、平静さを取り戻したのか。ゼロは小さく息を吐いた。

 

 『あぁ…………しかし、お前も無茶をするな……』

 「モテモテだな、ゼロ」

 『黙れ魔女。だが……これで結納に向けて全ての問題がクリアされた訳だ』

 「申し訳ない気持ちが残ったけど」

 『当日を過ぎればギアスの効果は消える。問題は無いだろう』

 「それもそうか。じゃあ、僕もそろそろ行く事にする。ルルーシュ、C.C.。先に帰ってるよ」

 

 ライは二人にそう告げると部屋を後にした。 

 ライが去ったあと、部屋の中ではさも楽しそうに語るC.C.の姿があった。

 

 「良かったな、ルルーシュ。お前の計画通りにライが頼みに来てくれたぞ?」

 

 その言葉を聞いたルルーシュは、仮面を脱ぐと倒れた椅子を起こし再び背を預ける。

 

 「ライとは遠縁ではあるが親族だからな。俺が出るのは寧ろ当然の事だ」

 「しかし、ワザと千葉と藤堂を一緒の準備に割り振るなど、手が込んでるな。全くご苦労な事だ」

 「何とでも言え。ところで、俺の袴はどうなってる?」

 

 C.C.は呆れた口調で言うが、ルルーシュに付き合う気は無いようで、その事に若干の不満を覚えながらもC.C.は口を開く。

 

 「順調に仕上がっている。当日を楽しみにしておけ」

 

 その回答にルルーシュは、そうか、とだけ呟くと腕を組み思考を切り替える。

 急遽発生した目下の所、喫緊の課題となったある事柄を。

 

 「……たしに……か……」

 「どうした?」

 

 余程気になる事だったせいか。ルルーシュは知らずのうちに呟いていた。

 そんな彼の呟きが聞こえたC.C.が訝し気に問うたが、対するルルーシュは目線を合わせる事なく、先程から心に引っ掛かっている事を話し始めた。

 

 「一つ気になる事が出来た。ディートハルトにギアスをかけた時のライの様子だ」

 「何だ、袴の事では無いのか。あぁ、あの時のライの驚いた顔は中々面白かっ――」

 「そんな事を言ってるんじゃない!」

 

 苛立ちを隠そうともせずにルルーシュは言い放ったが、C.C.は平然と嘯く。

 

 「相変わらず冗談の通じない奴だな、お前は。気になっているのは、先程見せたライの言葉使いと雰囲気だろう?」

 

 それを聞いたルルーシュは、端正な顔に苦悩の色を滲ませる。

 

 「あの時ライは、私に従え、と言った。だが、俺はライのあんな言葉使いは初めて聞いた。それとあの時一瞬だけ見せた凍てつくような雰囲気。どれも俺の記憶にはない。一瞬だったが、ライが別人に見えたほどだ」

 

 そう言うとルルーシュはC.C.に視線を向ける。

 だがC.C.はルルーシュの言葉を傾聴するだけで一言も発しようとしない。

 その様子を妙だと感じたルルーシュが問い掛ける。

 

 「お前は何か知っているんじゃないか?」

 「断っておくが私は何も知らないぞ? あの日、アイツの話を聞いた後で、お前が色々と調べていたのは知っているがな。恐らく、ライに関する事はお前の方が詳しいだろうさ。だからまずお前が話せ。私も、聞いているうちに何か思い当たる節が出てくるやも知れん」

 

 およそ普段の彼女を知るルルーシュにしてみれば、信じられないような言葉だった。その為、不審感を瞳に浮かべると問う。

 

 「何を企んでいる?」

 「何も。強いて言うなら、私もお前と同じでライの事はそれなりに気に入っているからな。それに、あいつに何かあればカレンを悲しませる事になる」

 

 その言葉には、流石のルルーシュもやや面食らった面持ちになる。

 

 「意外だな。お前がライだけでは無くカレンまでも気にかけているとは」

 「当たり前だ、落ち込んでいるあの女を弄っても、何も面白くはないからな」

 

 愉快気に尋ねるルルーシュを余所に、C.C.は普段と変わらぬ素振りで返すと、それを見たルルーシュは半ば諦めたのか。

 

 「まあいい。だが、まだ確証に至ってはいない。まるで夢物語のような話だからな。もう少し調査が必要だ。しかし、お前も何か思い当たる事があれば話せ」

 

 そう前置きすると、ルルーシュは机の引き出しから数枚のレポートを取り出した。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 クラブハウスに帰る為にアジトの出口へ向かって歩いていたライ。

 視線の先には両手で鞄を持ち、出口前の壁にその背を委ねるカレンの姿があった。

 

 「ライ、今日はもう帰るの?」

 「今日やる事は全部済ませたから。ディートハルトさんにも伝えておいた。出席してくれるそうだ」

 「ありがとう。でもごめんなさい。私、アレ以来あの人の事がどうしても苦手で」

 

 そう言うと、カレンは申し訳なさそうに謝った。

 カレンが言うアレとは、スザクの事だ。

 彼女は以前、ディートハルトの話術に誘導されてスザクの命を狙った事がある。

 結果的には事なきを得たが、その後カレンはゼロから厳重注意を受けて以来、苦手意識を持ってしまっていた。

 ライもその事はゼロから聞かされていた。

 だからこそ、ライもギアスを使うのに多少の抵抗感はあったものの、ディートハルトへの貸しの方が大きかった事から結果的に今回の作戦に踏み切った訳だ。

 

 「気にしないでくれ」

  

 微笑を浮かべるライに、カレンはもう一度「ありがとう」と言うと、次に「一緒に帰ろう」と誘った。

 ライは笑顔で応じる。

 

 「じゃあ、まだ明るいし、もし良かったら部屋に寄って行かないか?」

 「だ、駄目よ! もうっ! 幾らラクシャータさんに貰ったからってその日に使おうとする!?」

 

  顔を真っ赤にしながら批難するカレンを見て、見られていた事を察したライは咄嗟に口にしてしまった。

 

 「あ、あれはもう無い! あれはC.C.に――」

 「C.C.ですって?」

 

 そう、この流れの中でライは絶対に言ってはいけない言葉を口にしてしまった。

 

 「ぬぁんでそこでC.C.が出て来るのかしらぁ?」

 

 空恐ろしい程の怒気を孕んだ口調でカレンが迫る。

 

 「落ち着いてくれ! 誤解だ!」

 

 ライは必死に宥めようとするが、その声はすでにカレンには届いていない。

 カレンは紅蓮よろしく右腕を突き出すと一瞬で距離を詰める。

 この右腕に掴まるのは拙いと思ったライは、咄嗟に後ろに下がろうとしたが左足が動かない。

 慌てて視線を移すと、その足はカレンの右足に縫い付けられていた。

 

 「こぉんの、浮気者ぉぉぉぉ!!」

 

 遂に捕まったライ。

 カレンはライの胸倉を掴むと、次の瞬間、力任せに投げ飛ばした。

 ライは背中に激しい痛みを感じると共に、壁に叩き付けられる。

 

 「ライのバカッ!!」

 

 カレンは床を踏み砕かんばかりの足音を響かせて去って行く。

 ライはそれを全身で感じつつ意識を失った。

 数分後、冷たいアジトの床でノビていたところを偶々通りかかった団員の一人が見つけるまで、ライは意識を失ったままだった。

 その後、ライは毎日必死に説明し続けたがカレンに中々聞き入れてもらえず、やっと誤解が解けたのは結納の日の二日前の事だった。

 



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~ 紅と蒼の契り(後編)~

 結納当日、某所にて。

 ライは今日に至るまでに起きた様々な出来事を思い浮かべながら、ふと鏡に写った自分の姿を眺めていた。

 扇達には、よく似合ってると笑顔で言われたが、不意に玉城に言われた言葉を思い出す。

 

「おぉっ! 似合ってんじゃねーか! そういや毎年の成人式にはお前みたいな奴を良く見たよなぁ」

 

 すると、近くで話を聞いていた振袖姿の井上が、コメカミに青筋を浮かべながら笑顔で玉城の耳を引っ張ると何処かに連れていってしまった。

 ライはそんな先程の出来事に小さく笑うと、改めて鏡に写った自分の姿を見つめる。

 袴というのを初めて着たというのに、何だか心が落ち着くような感じがしたのだ。

 己の体に流れるもう半分の血、日本人としての血がそうさせているのだろうか。そう考えると、記憶を思い出した事も辛いことばかりじゃないなと、ライが感慨深げに眺めていると背後の扉が開いた。

 

 「あぁ、こちらに居られたのですか」

 

 振り返ったライの視線の先には、ビデオカメラを担いだディートハルトの姿があった。

 今日はよろしくお願いします、と頭を下げるライ。

 対するディートハルトは手を振ると、興奮した面持ちで語る。

 

 「止してください。これは私の使命なのです。ゼロが歴史そのものならば、あなた方二人は言わば未来そのもの。そんなお二人の門出となる日を記録出来る。これほどの名誉は、ゼロの事を除けばまずありません」

 

 しかし、ライはそんな彼の様子を見て僅かばかりの後悔と罪悪感に苛まれて顔を伏せる。

 同時にちょっとした不安が胸中に湧く。

 ディートハルトは、ギアスに掛かりながらもゼロの事は片時たりとも忘れていない。陶酔していると言っても過言ではない。彼にとってはゼロが全てであり、そのためならば何であろうと行うだろう、と。

 だが、ライは既にギアスを掛けてしまった。

 今の彼には、それが悪い方向に向かう事が無いように祈る事しか出来ない。

 一方で顔を伏せたままのライを不思議に思ったのか、ディートハルトが問い掛ける。

 

 「どうかされましたか?」

 「いえ、何でもな――」

 

 ライが顔をあげると、目の前には既にカメラを回しているディートハルトの姿があった。

 

 「……何をしてるんですか?」

 「何と言われましても、全力で撮影しているのですが、何か?」

 

 心外だとでも言わんばかりのディートハルト。

 ライは改めて問い掛ける。

 

 「それは分かるんですが、まだ結納は始まっていないんじゃ」

 「甘いですね。これは一種のshowなのですよ。あなたはミュージックビデオなどご覧になった事は無いのですか? 楽屋裏とか撮られてるでしょ?」

 「いや、僕はミュージシャンでは無いんですが……って、まさか、ここに来てからずっと撮ってたんですか?」

 「はい。皆さんの自然な姿が欲しかったので隠し撮りさせて頂きました。後々編集しますがね。いやはや、腕がなりますよ」

 

 その言葉にライは思わず声を荒げた。

 

 「待って下さい!! 隠し撮りですって?」

 

 ライは何かの聞き間違いかと思い聞き直したが、返ってきたのは「はい」という実に簡潔な返事だった。

 

 「お二人が会場に到着される前に、至る所にカメラを設置させて頂きました」

 「至るところって、あの、もしかしてこの部屋にも?」

 「当然です。人間、着替えの時こそ一番無防備になりますからね」

 

 ディートハルトは特に悪びれる様子もなくそう告げると、似合わない笑顔を浮かべた。

 ライの頭の中で、次から次へと恐ろしい考えが浮かぶ。

 

 「待って下さい! もしかして、カレンの部屋にも?」

 「当然でしょう? 今日はお二人の門出の日なのですから。あなた一人では意味が無い」

 「なっ!?」

 

 ライは絶句した。

 それと同時に彼の脳裏には、右手を向けて憤怒の表情を浮かべながら歩み寄って来るカレンの姿が過ぎる。

 ライは思わず体を震わせた。

 しかし、ディートハルトはまるで意に返さず言葉続ける。

 

 「ですがご安心下さい。彼女の部屋の様子については、編集作業は井上君とラクシャータ以下、女性隊員のみで行いますので」

 「そういう問題ですか!? 隠し撮りなんて綺麗な言葉を使ってますけど、要は盗撮でしょう? 犯罪では!?」

 

 全くフォローになっていないディートハルトの言葉を聞いたライは、沸き上がる頭痛と必死に戦いつつも彼の行動を咎めるが、まるで効果が無い。

 それを証拠にディートハルトはやれやれといった様子で頭を振る。

 

 「やめて下さい。メディアにいた時も視聴者からそういった苦情は散々受けましたから。いい加減耳にタコが出来ますよ。兎に角、私は妥協する気はありません。私の中の何かが命じるのですよ。この結納を全力で撮れ!と。では、私はこれから出席者の方々へ一言頂きに回りますので」

 

 そう言い終わると、足取り軽くディートハルトは部屋を後にする。

 茫然と見送ったライは扉が閉まる音と共に我に返ると、この時になってギアスを掛けた事を心の底から後悔した。

 しかし、同時に止める手段を思いつけないでいた。

 己から言っても、まるで効果が無かったからだ。

 だが、彼が心酔するゼロであればどうか。

 そう考えたライは、ゼロに頼むべく彼の部屋に向かった。

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 コードギアス 反逆のルルーシュ L2  

 ~ 前日譚 紅と蒼の契り(中編)~

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 ゼロの控室の前に着いたライは扉を叩く。

 

 「ゼロ、僕だ。ちょっと頼みたい事が――」

 「何だこれは!?」

 

 扉の奥からはゼロの驚嘆するような声が響き、ライは何事かと思い再度扉を強く叩く。

 

 「どうしたんだ!? ゼロ!!」

 「ああ、ライか!? 良い所に来てくれた! 今は一人か?」

 「そうだ。何があったんだ?」

 「待ってくれ、今開ける」

 

 その声と共に扉が開く。

 ライが部屋に入ると、仮面を取り眉間に皺を寄せたルルーシュが迎えた。

 

 「これを見てくれ! C.C.に任せたらこのザマだ!」

 

 怒り心頭といった様子で、ルルーシュがライに詰め寄る。

 何事かと思ったライは、次の瞬間全てを理解した。

 ルルーシュも己と同じく紋付き袴を着ていたが、問題は袴に付いている家紋だった。いや、最早それは家紋などでは無かった。

 本来、家紋がある箇所にあったのは、愛くるしい寝顔を称えた黄色い顔だったからだ。

 思わず顔を背けるライ。

 

 「笑うなっ!」

 

 不愉快だと言わんばかりの口調でルルーシュが咎めると、ライは「済まない」と詫びた後、改めてそれを見る。

 

 「これは確かに酷いな」

 「何を言っているんだ? 羨ましいぞ。坊やには勿体無いぐらいだ」

 

 その言葉とともに、部屋の奥からは紺色に染め上げられて所々に桜の花柄が描かれている着物に、赤い帯を結んだ着物姿のC.C.が現れた。

 C.C.の着物姿を初めて見たライではあったが、中々どうして良く似合ってるとの感想を抱く。

 しかし、同時にライの脳裏には一つの疑問が浮かんだ。

 

 「振袖じゃないのか?」

 「振袖なぞ小娘の着るものだ」

 

 あっけらかんと語るC.C.を余所に、先程会った井上の姿を思い出したライは、咄嗟にこれ以上の問い掛けは控えるべきと判断した。

 一方で、ルルーシュにとってはC.C.の着物姿はこの問題の前ではどうでも良いらしく、問題の箇所を指差して咎めるような口調で迫る。

 

 「羨ましいと思うのはお前ぐらいだ! 大体何なんだこれはっ!?」

 「チーズ君だ」

 「そんな事は知っている! よりにもよって何故これにしたのかと聞いているんだ!」

 「何を今更。私はあの時言ったはずだぞ? 誰でも知ってる素晴らしい図だとな」

 

 C.C.は、一体何が不満なのか分からないとでも言いたげに首を傾げるが、その仕草がルルーシュには我慢ならなかったのか、彼は珍しく言ってはいけない言葉を口にした。

 

 「ふざけるなっ! こんな絵の何処が素晴らしいんだ!!」

 「チーズ君を馬鹿にしてるのか?」

 

 急に底冷えするような口調に変わったC.C.が問い掛けるが、今のルルーシュに効果は無い。

 

 「こんな物! ゼロに相応しいとでも思っているのか!?」

 

 二人の言い争いを眺めつつも、ライにはルルーシュがここまで怒る理由が良く分かっていた。

 C.C.はピザを買う為にルルーシュの目を盗んではカードを使っていた。

 目に見えて減っていく彼の預金残高。

 何事にも計画的に行動するルルーシュにとって、それは耐えられるものではなかったのだろう。

 ライは、ルルーシュがクラブハウスで通帳を見ながら、軽く溜め息をついているのを何度も目撃していた。

 一方で、そんなルルーシュの心情を知ってか知らずか、C.C.はピザに付いていた応募券でチーズ君を手に入れていた。

 ルルーシュにとってみれば、チーズ君はC.C.と同じく己の預金を減らした共犯者であり、忌むべき相手だったのだから。

 しかし、そんなことはC.C.には全く関係の無い話だった。

 余程気に入らなかったのか。一層の冷気を帯びた瞳を向けるC.C.。

 その時になって、初めてルルーシュはマズいと思ったのか。

 

 「ライ。お前からも何か言ってやれ」

 「はっ!?」

 

 突然話を振られたライ。

 そんな彼に射殺しかねないような瞳が向けられる。

 

 「ライ、お前もか?」

 「い、いや。そうじゃない。確かにチーズ君は誰でも知ってる。君が言う事も分かる。けど、僕はてっきり騎士団のマークを使うとばかり思っていた。ルルーシュもそう思ってた様だ。そこにチーズ君となると流石にルルーシュに同情する」

 「そうだ! これではゼロとして威厳の欠片も無いだろう!」

 

 ライが諫め、ルルーシュが抗議の声を上げる。

 すると、効果があったのか。C.C.は先程とは打って変わって呆れたような瞳を向けた。

 

 「全くワガママな連中だな。それでいいだろう?」

 「いい訳があるか!」

 「ここは従った方が良いんじゃないか? このままルルーシュがふて腐れていたら食事会でピザが出なくなるかもしれない」

 「む……仕方がない。ならこれを着ろ」

 

 ライの言葉が止めになったのか。

 C.C.は眉間に皺をよせながら残念そうに言うと、一旦、扉の奥に消えた。

 しかし、すぐに表れるとその手に持っていたのは騎士団のマークが入った袴だった。

 

 「あるなら最初から出せ」

 

 ルルーシュは一言文句を言うとそれを受け取り念入りにチェックした後、更衣室に消えた。

 暫くして着替え終わったルルーシュは、更衣室から出ると鏡の前に立ち自分の姿を確認する。

 そんな彼の姿を見たライは率直な思いを述べる。

 

 「良く似合ってる」

 「ああ、当然だ。ところで、何か用事があったんじゃないのか?」

 「それなんだけど……」

 

 ライは先程知ったディートハルトの奇行について説明した。

 

 「という訳で、止めさせて欲しい」

 「無理だな。ギアスをかけた事に対する結果は受け入れろ。そして、その上で最善の行動を取れ」

 「けど、下手したらこの部屋にもカメラがあるかもしれないんだ」

 「それは無い。アイツが撮りたいのはゼロであって、中身の人間には興味が無いからな」

 

  頼みの綱だったルルーシュにそう言われてしまい、ライが肩を落としていると不機嫌そうな口調でC.C.が呟いた。

 

 「私は呼ばれていないぞ?」

 「僕に聞かないでくれ」

 

 言った後でライは少し冷たくしてしまったと少し反省したが、それはするだけ無駄というもの。

 

 「しかし、面白そうだな。私も参加しよう」

 

 口元をほんの少し歪めて宣言するC.C.を見て、ライは何を言っても無駄だと悟った。

 

 「止めても無駄なのは分かっているが、くれぐれも変な編集はしないでくれ。カレンを必要以上に怒らせたくない」

 「あぁ、任せておけ。他の連中が無茶をしないように監視してやるさ」

 

 どちらかと言えばC.C.も無茶をする部類に振り分けられるのだが、ライは敢えて口を噤んだ。

 すると、二人のやりとりを見ていたルルーシュがふと時計を見ると言った。

 

 「頃合いだな。主賓が遅れる訳にはいかないからな。そろそろ行くぞ」

 

 ゼロの仮面を手に取るルルーシュ。

 

 「そうだね。行こうか」

 

 ライも応じると仮面を被ったルルーシュと共に部屋を出るべく扉に向かう。

 

 「私は先に会場に行っておくぞ」

 「先に始めないでくれ」

 「当たり前だ。そんな事はしない。お前達を見ながら食べるピザの方が美味しそうだからな」

 

 その返しにライは苦笑を浮かべるとゼロと二人で結納が行われる部屋に向かった。

 

 

    ◇ ◇ ◇ 

 

 

 廊下を歩いている途中、ライは横目でゼロを見る。

 仮面を被り、袴を着た彼の姿はかなり奇抜だった。

 ライが、皆が見たらどんな反応をするか、と思っていると、視線に気付いたゼロが尋ねる。

 

 『何だ? どこか可笑しな箇所でもあるのか?』

 「いや、何でもない」

 『妙な奴だな』

 

 ゼロの声は少し笑っていたが、全体的に可笑しいなどとは、ライは口が裂けても言えなかった。

 それから暫く他愛もない話をしなが歩いていると、部屋の前に到着した。

 

 『着いたぞ』

 

 ゼロはそう言って扉を開けると、部屋の中には今回の結納を取取り仕切る桐原と、ライの親族として出席する神楽耶。

 そして、盗撮男もといディートハルト麾下、バイザー姿の撮影班が居た。

 部屋に入ってきた二人を見た彼らは様々な表情を浮かべる。

 

 「おお、待って……」

 

 それだけ言うと絶句する桐原。

 

 「まあ、正装には違いないですわ」

 

 笑顔を浮かべてすかさずフォローを入れる神楽耶。

 

 「素晴らしい、ゼロは何を着ても似合います」

 

 カメラを回しながら賞賛するディートハルト。

 彼らの視線の先に居るのは紋付袴に仮面を被ったゼロの姿だけ。

 今、この部屋は完全にゼロに支配されていた。

 

 『あぁ、そうだろう』

 

 褒められて得意気な口調で答えるゼロ。

 ライはちょっとした疎外感を感じつつも言葉を紡ぐ。

 

 「すみません。遅くなってしまいましたか?」

 

 その言葉を聞いて我に返ったのか。桐原と神楽耶が笑みを浮かべる。

 

 「いや、丁度良い時間じゃ。しかし、よく似合っておる。なんとも凛々しい姿よの」

 「まぁ、ライ様。良く似合っておいでですわ」

 

 そんな二人とは対照的に、ディートハルトは無言でカメラを回してゼロを撮っている。

 ライが二人にお礼の言葉を言った後、暫しの間、談笑していると扉が開き陽気な声を響かせた井上が入ってきた。

 

 「お待たせ~」

 

 井上はライの肩に肘を当てて「ライ~。あんた幸せ者よ~」と小突く。

 

 「幸せなのは十分実感してます」

 

 ライが苦笑しながら答えると、続いて扇が入ってきた。

 

 「遅れて済まない」

 

 扇は謝罪の言葉を口にすると振り返る。

 

 「さあ、カレン。足元に気を付けてな」

 

 扇がそう言った後に入ってきたカレンの姿を目の当たりにしたライは、言葉を失った。

 カレンは普段の勝気な髪を下ろして後ろ髪の部分を結いでいた。

 着物は淡い肌色を基調として、そこには色とりどりの花が描かれており、着物は袖や裾に向かうに従って肌色からオレンジ色へ。

 お嬢様を演じていた時の学生服姿や、騎士団で戦士として戦っている時の姿とも全く違うカレンの姿に、ライは暫し見惚れた。

 

 「お、お待たせ。着慣れない物着たから時間掛かっちゃって」

 

 そう言うとカレンは照れくさそうに笑った。

 

 「カレン、凄く似合ってる」

 「ありがとう。ライも似合ってるわよ」

 

 二人はお互いに褒めあうと、気恥ずかしそうに笑った。

 

 「では、主賓の二人も揃った。略式ではあるが、これより始めるとしようかの」

 

 桐原の宣言により、結納が始まった。

 

 

 それからそれから。

 

 

 無事に結納を終えた一行は、仲間たちが待つ昼食会場へ赴くと団員達に割れんばかりの拍手で迎えられた。

 ライとカレンはお互い気恥ずかしそうに俯き加減で其処かしこから発せられる祝いの言葉に頭を下げつつ進む。

 二人が高砂の席に着くと、それを見計らってゼロが立ち上がる。

 

 『さて、先程ここにいる二人。ライとカレンの結納の儀は無事に執り行われたっ!!』

 

 ゼロは両手を広げて高らかに宣言すると、再び歓声が沸き起こる。

 その姿を見たライとカレンはお互いに苦笑する。

 

 『食事会を始める前に、主賓より一言挨拶がある。ライ、お前の番だ』

 

 ゼロに促されたライは席から立ち上がると軽く咳払いをした後、思いを語る。

 

 「皆さん、本日はトウキョウでの決戦の準備もある中、僕達二人の為に時間を割いて下さりありがとうございます。先程、無事に結納の儀を執り行う事が出来ました」

 

 そこまで言い切った後、ライは軽く息を吐く。所々から指笛や祝いの言葉が飛ぶ。

 その声を聞きながら、ライが隣に座るカレンに視線を向けると、カレンは微笑みながら頑張って、と口だけを動かして勇気づける。

 ライは笑顔で返すと言葉を続けた。

 

 「この場で皆さんに一言お話しておきたい事があります。知っている人も居るでしょうが、僕には記憶がありませんでした。自分が一体何者で、何処から来たのかさえも」

 

 会場に漣が起こる。

 それもその筈。

 知っているのは騎士団の中でもごく一部の者達に限られていたのだから。

 

 「ですが、先日の神根島の一件で、記憶を思い出しました。その事は既にゼロとカレン。二人には話しています。そして、二人ともそれを受け入れてくれました。でも、今はまだ二人以外には言えません。すいません。こんな事を言う僕を信じてくれとは言いません。でも、いつかきっと――」

 

 そう言いった所で、最前列に陣取り既に半分出来上がった玉城が割って入った。

 

 「関係ねぇよ。お前は何にも変わってねぇじゃねーか。少なくとも、そこの仮面被ってる奴よか、信用出来るって奴も多いんじゃねーの? まあ、俺はゼロの事も信じてるけどよぉ。ギャハハハハ!」

 

 その言葉を皮切りに、あちらこちらから賛同の声が飛ぶ。

 

 「ありがとう、玉城さん。皆さんも」

 

 ライはこの時初めて彼を敬語で呼んだ。

 すると、呼ばれた玉城は一瞬呆気にとられるが、すぐにいつもの調子に戻る。

 

 「今更敬語使われるのも、妙な感じだぜ」

 

 そう言うと玉城はまた笑った。

 ライは更に続ける。

 

 「僕はカレンを愛してます。そして彼女も僕を愛してくれています。僕は彼女を護りたい。けれど、同じように皆の事も護りたい。何故なら、僕とカレンにとって、ここに居る皆は大切な仲間だから」

 

 ライがカレンを見ると、彼女は顔を赤くして微笑みながら静かに頷いた。

 それを見て会場のそこかしこから黄色い悲鳴や指笛が鳴る。

 ライは少し言い過ぎたかなと思いつつ、少し恥ずかしさを抱きながら最後の言葉を紡いだ。

 

 「長々と話してすいませんでした。今日は楽しんで下さい。ありがとうございました」

 

 言い終わると、会場からは割れんばかりの歓声が沸き起こった。

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 ライの挨拶の後、団員達は日頃のストレスを解消するかのように騒ぎ出した。

 ライは仲間たちから祝いの言葉をかけられたり、お酒を勧められたりした結果、飲むことだけは何とか控える事が出来たが、匂いに当てられたのか。

 一時、会場の喧騒から離れて一人、青空の下に出ていた。すると――。

 

 「こんな所に居たの?」

 

 不意に後ろから声が響いた。

 ライは破顔すると振り向く。

 

 「やぁ、カレン。会場に居なくてもいいのか?」

 「あなたも居ないくせに。それに、あの分だと多分居なくても分からないわよ」

 

 そう言うと、カレンは静かに笑った。

 

 「それもそうだ」

 

 ライもつられて笑う。

 カレンはライの隣に並び、空を見上げる。

 そんな彼女を見て、今、渡しておこうかと思ったライは袖から小さな小箱を取り出した。

 

 「カレン。これを受け取ってくれないか?」

 

 カレンは、僅かに頬を染めながら受け取ると「開けてもいい?」と尋ねた。

 ライが軽く頷くとカレンは小箱を開けた。

 中に入っていたのは、紅い宝石が埋め込まれたシンプルな銀色の指輪。

 

 「婚約指輪となると、本当はダイヤモンドになるそうだけど、その……今の僕には手が出なくて。ごめん」

 「ううん、嬉しいわ。ありがとう」

 

 カレンは頬を上気させつつ、暫しの間それを見つめた後、左手を差し出す。

 

 「ねぇ、付けてくれる?」

 「勿論だ」

 

 ライはカレンの左手を取ると、その薬指に指輪を填めた。

 カレンは嬉しそうに見つめた後、徐に口を開く。

 

 「じゃあ、私からもお返しね」

 

 そう言うと、手に提げた巾着袋の中から同じような小箱を取り出した。

 

 「ほら、受け取って」

 

 驚くライを余所に、カレンはそう言ってライの右手を掴むと、掌に小箱を乗せる。

 

 「開けてくれる?」

 

 ライが言われるがまま小箱を開けると、中に入っていたのは先ほどライがカレンに贈ったものと同じシンプルな銀色の指輪。

 違っているのは埋め込まれた宝石の色。それは深い海の様な蒼い色をしていた。

 

 「これって……」

 「私はライから色んな物を貰ったわ。けど、貰ってばかりっていうのも、ちょっと悔しいじゃない? だから、ね?」

 

 そう語ると、カレンはライの左手に指輪を填め気恥ずかしそうに笑う。

 

 「でも、まさか色が違うだけで、同じような指輪貰えるな――」

 

 カレンの言葉は最後まで発せられる事はなかった。ライに抱きしめられたからだ。

 

 「ちょっ、ちょっと、ライ! どうしたの?」

 

 それは無意識下の行動だった。

 そのため、カレンの言葉も今のライには聞こえない。

 カレンを強く抱きしめながら、ライは深く深く想う。

 初めて出来た親友と呼べる友達、大切な仲間。

 そして、家族以外で初めて出来た大切な女性。

 皆の存在が無ければ、恐らく記憶を思い出した時、自分は壊れていただろう、と。

 耐える事が出来たのは、皆の存在があったからこそ。

 そして、カレンが学園で世話をしてくれたり騎士団に誘ってくれなければ、皆と出会う事もなく、ルルーシュとこれほどまでに分かり合える事も無かっただろう、と。

 

 ――僕の方こそ、カレンから色んな物を貰ったんだ。

 

 ライはカレンに向き直る。

 

 「カレン、愛してる」

 「私もよ、ライ」

 

 雲一つない澄み渡った青空の元、二人はキスを交わした。

 

    ◇

 

 だが、この時二人はまだ気付いていなかった。互いの思いが擦れ違っている事に。

 二人は一歩階段を上った。そこから見える景色は以前とは違うものだろう。その景色を見れば、人は違う思いを抱くもの。

 口と口で愛を交し合いながら、二人は思いを巡らせる。

 

 ――ライ、私はあなたと一緒に、いつか日本を……。

 

 女は、男と共に祖国の解放を望み。

 

 ――カレン。僕は、君とルルーシュ。そして君の大切な人達を守る。

 

 男は、女と親友。そしてその大切な仲間を守ると誓う。

 それが後に二人の間に悲劇を招く事になるとは、当人たちはまだ知る由も無かった。

 

    ◇

 

 結納より数日後。

 近くアッシュフォード学園祭が近いにも関わらず、生徒会メンバーでもあるルルーシュとライ。

 二人はゼロの部屋で来るべき決戦に向けての事前協議を進めていた。

 

 「情報局はディートハルト。軍の重要拠点は藤堂以下四聖剣。そのサポートに各部隊を付ける」

 「零番隊はどうする?」

 「俺と共に行動してもらう。紅蓮は白兜を押さえる為に必要だからな。スザクが狙って来るとしたら、間違いなく――」

 「なら、僕もカレンと共にスザクの前に立つ」

 「その時は頼む。さて、ここまでで何か質問は?」

 

 ライは首を横に振る。

 

 「では、続けるぞ。スザクも厄介だが、一番の問題はコーネリア率いる親衛隊だ。それに、相手との戦力差や政庁の防衛力の事もある。奴等に籠られた場合が厄介だ」

 「そうなれば、相手の援軍が来るまで……時間との勝負になる」

 「あぁ、だからこそ事前に敵戦力は削っておきたい。何か案は無いか?」

 

 問われたライは腕を組むと考え込む。

 自分ならではなく、コーネリアならばどうするか、と。

 ややあって、思考の海から上がったライは一つの結論とそれを逆手に取る作戦を思いついた。

 

 「コーネリアは最初から籠城するようなタイプの人間じゃない。僕達に対して正面から迎え撃つだろう。その場合、一番備え易いのは、僕達の進行方向に対して租界外縁に部隊を配置する事。そうすれば――」

 「点では無く面での攻撃が可能となる、か。益々厄介だな」

 「けれど、それが命取りになる」

 「何?」

 

 そう言うと、ライは一枚の見取り図を取り出すと机に広げた。

 

 「租界外縁の構造を見て欲しい」

 

 瞬間、ルルーシュはライの言わんとした事を理解した。

 

 「これは……そうか。ライ、読めたぞお前の考えが」

 

 しかし、薄く笑うルルーシュにライは釘をさす。

 

 「でも、これは余り薦めたくない。一般人の避難が間に合わない場合は、彼らに多大な犠牲が出る。それに、どうやって――」

 「ライ、忘れたか?」

 

 ルルーシュはライの言葉を遮り、自分の左目を指差すて、それを見たライは少しだけ顔を歪めた。

 

 「使う気か?」

 「勿論だ。それに、敵戦力を早めに潰せばこちらの被害は最小限で済む。準備は俺がやる。だが、これは最後まで伏せておく。情報漏洩の危険性は出来るだけ避けたい。が、これだけは全員に伝えてくれ。コーネリアを発見した場合は必ず生け捕りにする事」

 

 その言葉を聞いた時、ライに兼ねてより抱いていた疑問が再燃した。

 

 「ルルーシュ、前から聞きたかったんだが、何故そこまでコーネリアに拘るんだ?」

 「……今は言えない。だが、いつか話す」

 

 そう言うとルルーシュは軽く顔を伏せて机上の図面に目を落とす。まるで、この話は終わりだと言わんばかりに。

 

 「分かった。じゃあ次は――」

 

 それを見たライが、諦めて話題を変えようとした時、不意にルルーシュの携帯が鳴った。

 やれやれといった様子で、携帯の画面に目を落としたルルーシュは、一瞬だけ表情を曇らせる。

 どうやら重要な相手みたいだと察したライ。

 

 「ルルーシュ。今日はもう遅い。続きは明日にしよう」

 

 そう言うとルルーシュが頷いたのを合図にライは部屋を後にした。

 ライが部屋を去った後、ルルーシュは今だ鳴りやまぬ携帯。その画面に目をやる。

 そこには Euphemia と表示されていた。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 夜の帳が降りたエリア11。

 ライはカレンを送った後、学園の門をくぐるとクラブハウスの扉を開ける。

 その先、玄関ホールには一人のメイドの姿があった。

 

 「お帰りなさいませ、ライ様」

 「ただいま、咲世子さん」

 

 メイドの名前は篠崎咲世子。

 アッシュフォード家に仕えるメイドであり、ナナリーの身のまわりの世話を行うことからルルーシュからの信任も厚い。

 だか、その正体は黒の騎士団の準構成員でもあり、現在はディートハルト直属の諜報員としての顔も持っているのだが、その事をライは知らない。

 

 「先にお風呂になさいますか? それともお食事を?」

 「食事は外で済ましたので、お風呂でお願いします」

 「畏まりました。それと、ルルーシュ様より言付かっております。お帰りになられたらナナリー様のお部屋まで来て欲しい、と」

 「分かりました」

 

 短く頷いたライは彼女の脇を通って螺旋階段に向かう。

 通り過ぎる瞬間、咲世子は小さく囁いた。

 

 「ご婚約、おめでとうございます」

 

 驚いたライが顔を向けると、咲世子は微笑を浮かべていた。

 

 「ひょっとして」

 「お察しの通りです。楽しく編集させていただきました」

 

 そんな咲世子に対して、ライは苦笑で返す事しか出来なかった。

 そうして、何とも言えない気分を胸に、ライは階段を登りナナリーの部屋に向かう。

 

 「ルルーシュ、ナナリー。僕だ」

 「開いてるぞ」

 

 部屋の中からはルルーシュの声が返ってきた。

 扉を開けて部屋の中に入るライを、車椅子に乗った少女が出迎える。

 

 「ライさん、お帰りなさい」

 「ただいま、ナナリー。ルルーシュも」

 「ほら、お兄様。やっぱりライさんだったでしょ?」

 「何の事だ?」

 

 ナナリーのやや興奮した声色が気になったライは首を傾げると、そんな妹の様子に微笑を浮かべたルルーシュが答える。

 

 「なに、廊下を歩く音でナナリーがライが来たと言ったんだ」

 「足音で分かるのかい?」

 「何となくですけど」

 「それは凄いな」

 

 ライが感嘆の吐息を零すと、ナナリーは気恥ずかしそうに俯く。

 

 「学園祭まで時間が無い。飾り付けとしてナナリーがまた折り紙を教えて欲しいそうだ」

 「いいとも。それで? ナナリーは何が折りたいんだい?」

 「実は――」

 

 その後、三人はナナリーの就寝時間まで仲睦まじく折り紙に興じた。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 二日後。

 アッシュフォード学園祭をカレンと共に堪能していたライは、お忍びで訪れていたユーフェミアにも驚いたが、それ以上に彼が驚いたのは、そのユーフェミアから語られた行政特区日本の設立宣言だった。

 隣にいたカレンは、ライの手を握り締めると茫然自失の表情のまま問う。

 

 「ライ、これってどいう事? ブリタニアが日本を認めるの?」

 「表面上の意味で言えばそうなる。けれど、裏の意味で言えば、最も効果的な手法だ」

 「裏の意味? 効果的な手法って?」

 「限定的に認める事で、戦わずして日本を取り戻せるという幻想を持たせる事が出来るから。それは、僕達に対する支持を奪うにも繋がる。でも……」

 

 その時、ライが抱いたのは、作戦が無駄になるかもしれないという憤りでも無く、誰も失わずに済むかもしれないという安らぎにも似た安堵感だった。

 だが、それが叶う事は無い。

 王の力は彼を孤独にするのだから。




本作はライカレ至上主義です。


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~ 紅と蒼の別離(前編)~

ライの生まれた国のお話と、ライのフルネームが出ます。
オリ設定苦手な方はご注意下さい。


 ユーフェミアの特区宣言より数日後、黒の騎士団は決断を迫られていた。

 今日も今日とて会議は紛糾。

 しかし、式典の日まで残り少ないという事もあり、最終決定はゼロに委ねるという事で一応の決着を見た。

 結果、ゼロは式典会場に向かい真意を問うとの結論を出し、会議はお開き。

 ライはというと、案の定というべきか当然というべきか。

 会議の後、ゼロに呼ばれ彼の執務室を訪れていた。

 

 「ライ、お前は俺達と共にガウェインで同行してもらうぞ」

 

 ルルーシュはソファーに寝そべるC.C.を尻目に有無を言わさぬ口振りで同意を求めると、ライは短く首肯しつつも疑問を口にする。

 

 「分かった。でも、ガウェインは二人乗りだ。三人は厳しいんじゃないか?」

 「どちらかがお姫様だっこでもすれば良かろう?」

 「悪い冗談は止してくれ」

 「あぁ、全くだ」

 

 C.C.の提案を二人は阿吽の呼吸で断ると、続いてルルーシュが告げた。

 

 「当日はガウェインの肩に乗る」

 「大丈夫か? もし落ちたら……」

 「紐で括り付けておいてやろうか?」

 

 ライは少々不安げな面持ちで。対するC.C.はさも楽しそうに軽口を叩いた。が、ルルーシュは気に入らなかったようだ。

 

 「お前達は俺を何だと思ってるんだ? だが、念の為だ。当日の操縦はライ、お前に頼みたい」

 

 少し尖った口調で返したルルーシュにライは頷いて返す。

 そんな二人に対してC.C.は目を細めると抗議の色を滲ませる。

 

 「お前こそ私を何だと思ってるんだ?」

 「毎日寝転がってピザを食べてるだけの女だろう?」

 「二人とも相変わらずだな」

 

 ライは肩を竦めるが、嫌な気分ではなかった。

 それはライにとって最早日常の一コマのように感じられ、寧ろ心地よいやり取りだったのだから。

 

 「兎に角、当日は今言った通りで頼む。それと、これに目を通しておいてくれ」

 

 そう言うとルルーシュは数枚の紙をライに手渡す。

 

 「これは?」

 「当日は念の為に会場周辺にKMFを配置させる。それはその配置図だ。他の隊員にも周知を頼みたい」

 

 ルルーシュが慎重な性格だという事はよく分かっていたライだったが、この行動は少々行き過ぎでは無いかと怪訝に思う。

 

 「罠の可能性があると? ユーフェミアの性格からしてそれは無いと思うけど……」

 「分かっている。だが、相手はブリタニアだ。用心するのに越した事は無いだろう?」

 

 その指摘に自身の甘さを恥じたライは、分かった、と答えた後部屋を出ようとしたが、ふと先日学園で会ったスザクとの会話を思い出した。

 

 「この前、スザクに会った時に言われたよ。是非、特区日本に黒の騎士団も参加して欲しいって」

 「スザクらしいな。それで? お前はどう答えたんだ?」

 

 少しだけ哀愁を帯びた口調で問い掛けたルルーシュに、ライはその時のスザクの哀感に浸る表情を思い出したのか。胸に小さな鈍い痛みを感じた。

 同時に、ルルーシュの心情を考えれば言うべき事では無かったと悔やむ。

 そう、己だけではない。ルルーシュにとってもスザクは大切な友人。いや、付き合いの長さからすれば彼らの方が互いを親友と呼ぶに相応しいのかもしれない。

 しかし、実際のところはルルーシュにとってライは自分と同じギアスを持ち、騎士団の中でも自分の考えに真っ向から意見を言ってくれる存在。

 また唯一素顔を晒し、こうしてたわいもない話が出来るライをスザクと同じく大切な存在だと思っている訳で。

 

 「僕達はゼロの信じる道を往く、と」

 「そうか。だが、お前も本当の所はどうなんだ? 参加したいと思っているのか?」

 

 ライの表情の機微に気付いたルルーシュが問うと、ライは少し考える素振りを見せた後、思いを語る。

 

 「正直に言って、僕は特区の事よりも皆を護りたいという気持ちのほうが強い。そう考えると今回の話は悪いものじゃないとも思える。上手くいけば、皆を戦場に駆り出す必要が無くなるから。幾ら戦い続けて来たと言っても、一部の人達を除けば皆はまだ戦士としては少し心許ない」

 「それは王だった頃の経験から来る感想か? 例えばだが、昔のお前ならそういった連中をどう使った?」

 

 ルルーシュにとっては指揮官としての純粋な好奇心から出たものだったが、それを聞いたライは今度こそ苦しそうに顔を歪ませた。

 

 「済まない、忘れてくれ。失言だった。」

 

 ルルーシュは慌てて訂正した。

 彼が素直に謝罪の言葉を口にする。これだけでも、端から見れば十分過ぎる程にライを大切な存在だと思っている事が見て取れる。

 結局の所、二人もまた十分に親友()()るのだ。

 ライはそんなルルーシュからの謝罪を嬉しく思いながらも、頭を振るとゆっくりと話し始めた。

 

 「多分……いや、間違いなく囮に使った。生き残ればそれで良し、死ねばそれまでの存在。昔の僕は他人の命をその程度にしか考えていなかったんだ。あの頃の僕には、母と妹、二人以外はどうでも良かった。けれど、だからこそ今の僕は君やカレン、それに騎士団の皆を護りたいという思いが強いんだと思う。皆を失うと、また昔の僕に戻るみたいで怖い、そんな思いもあるかもしれないけど」

 「……そう、か」

 

 神妙な面持ちでライの言葉を聞いていたルルーシュは、ここまで聞いてしまったのなら、いっその事との思いを抱く。

 そうして、また苦しませるのではないかとは思いつつも、あの日以来ずっと聞けなかった事を尋ねた。

 それはルルーシュにとっての最終確認でもあり、何よりもライの事をもっと知りたかったが為の行為だった。

 

 「無理にとは言わないが、良ければ一つだけ教えて欲しい。お前が治めていた国の名だ。思い出しているか?」

 「大丈夫だ、思い出してる。僕が生まれた国の名はブリタニア。ブリタニア属州――」

 

 そう言うとライは何処か懐かしむかのように、もう一つの祖国の名を口にした。

 

 「ドゥムノニア、だ」

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 ライが部屋から去った後、二人残されたうちの一人。C.C.は探るかのような声色で問う。

 

  「決まりか?」

 

 問われたルルーシュは背もたれにその身を委ねると小さく溜息をついた。

 

 「あぁ、まさかとは思っていたがな。これで決まりだ。北の蛮族、そしてブリタニアの辺境、あのドゥムノニアの生まれ。それらを考慮すれば、この名前しか該当が無いからな。俄には信じられなかったが」

 

 それは肩の荷が下りた事によるものなのか、もうライを苦しませるような事を聞かずに済む事から来た安堵感なのか。

 いや寧ろ両方なのかもしれないが、深い溜息を一つ。

 次いでルルーシュは引き出しを開けると中から取り出した書類をC.C.に投げて寄越した。

 受け取ったC.C.は目を通す。

 それは、記憶の事を聞いた後にルルーシュが独自に調べ上げたライの出自、その検証結果を記したレポートだった。

 しかし、そこに記された名を見た瞬間、C.C.の柳眉が僅かに逆立った事にルルーシュは気づくことが出来なかった。

 そう、彼女はその名を知っていた。

 嘗ての同志が、共犯者が。憧れ続けた存在だったのだから。

 

 

 ――ライゼル・S・ブリタニア――

 

 

 ブリタニアが新大陸に遷都するよりも遙か昔。まだ、ブリタニアが島国に在った頃。

 当時のブリタニアは王族がそれぞれに領地を持ち、それらを統べる上位者としてその王族の中から皇帝となる者を選出していたが、国家規模としては同時代に島で興隆した七つの王国と比べると劣るものだった。

 そんな当時のブリタニアの辺境の一角、ドゥムノニア領を統治したとされる王。

 だが、その王が実在したかと問われれば、それは疑わしいと言わざるを得ない。

 何故ならば、その王に纏わる話。そのほとんどが子供が考えつくような、程度の低い嘘のような話ばかりだったのだから。

 

 曰く、王の声を聞いた者は誰も逆らう事さえ出来なかった。

 曰く、王の怒りを買った者は命じられるがまま、その場で笑みを浮かべながら自らの命を絶った。

 曰く、齢13で即位した王は、僅か半年でそれまで数十年に及んだ隣国との戦いに勝利した。

 曰く、時勢の勢いそのままに島の南部に在った三つの王国を支配下に置くと、時の皇帝に領地として献上した。

 曰く、北部の諸国が対抗して戦線を張ると、皇帝より権威を代行する独裁官に任命された王は、島を二分した都度12回にも及ぶ大会戦、その全てに勝利すると残党を最北の地に追いやった。

 

 未だ真偽が疑われる理由は、この王を詳細に記した書物で現存するものはブリタニア年代記とブリタニア列王記。たった2冊のみであり、それは歴史書にありがちな誇張や事実改変が他にも数多く見受けられ、凡そ文献としての体を成していない事に起因する。

 他国を征服して領土を広げる事で本国に貢献したにも関わらず、最後は再び攻め込んで来た蛮族を治めていた国と庇護すべき民もろとも族滅し、自らも炎の中に消えたとされる狂気の王。

 だが、嘗てブリタニアに住む者達の中で、この名を知らぬ者はいなかったとされる。

 自らの身を滅ぼしながらも本国を護った英雄とされ、王の死後、その偉業を称えられると戯曲や絵本のモデルにもなり民に広く愛された。

 だが、やがてその名は呪詛(じゅそ)の名と呼ばれ、次第に人々の間から忘れ去られていった。

 そこまで読み進んだC.C.は、顔を上げると疑問を口にした。

 

 「何故、忘れ去られたんだ?」

 「昔は王の偉業に(あやか)って、その名の一部を子供に名付ける親が多かったそうだが、その殆どは哀れな最後を迎えたそうだ」

 

 ルルーシュはそう前置きした後、手に持っていた残りの書類を捲り上げる。

 

 その王の名を冠した者は、幼少期から少年期にかけて突然の死を遂げる事があったと記されている。

 また、成人したとしても、多くは心を病み自ら命を絶った、とも。

 

 「今から考えればおかしな話だ。昔は今程医療技術も発達していなかったからな。免疫力の弱い子供が流行病である日あっけなく死ぬ事など珍しくなかった筈だ。だが、当時からすればやはり王の名は大きかったのかもしれない。無事に育つ事が出来た連中の後ろには常に王の影があり、何をするにしても比べられ、認められる事などなく、やがて精神を病み自死を選んだ者が出た。それを呪われた名前などと、誰が言い出したかも知れない風の噂を当時の人々は本気で信じ、いつしかその名を口にする事も恐れ、王の名はやがて歴史から消えた、といった所だろうな。だが……その名を復活させた者がいる」

 

 ルルーシュの独白にC.C.は静かに同意した。

 

 「リカルド……か」

 

 この王は誰よりも力を望んだ結果、悪魔と契約し絶大な力を手に入れたと伝えられていた。

 その半ば狂気じみた力への渇望こそが、今日のブリタニアの国是の元となり、やがて王の名は力を求める者にとってはある意味絶対的なものとして神格化されてゆく事となる。

 

 「年代記や列王記もリカルドが即位した年に編纂が開始されているが、誇張や事実改変が多すぎる。要は、今のブリタニア皇族の正当性を主張する為に都合良く作られた紛い物。歴史書というよりは作り話に近い。だから、俺はこの話も信じてはいなかったが、それがギアスの力による物なのだとしたら納得がいく」

 「だが、記憶を思い出した今のあいつの性格はどう説明する? とてもでは無いが狂気の王などには見えないぞ?」

 

 至極真っ当なC.C.の質問に対して、ルルーシュは曖昧な答えしか返せない自分にちょっとした苛立ちを覚える。

 

 「これは推測だが、それはカレンの功績が大きいと思っている。ライは記憶を失い真っ新(まっさら)な状態で学園に来た。今のあいつの人格を形成する土台は、学園や騎士団、そして何よりもカレンとの想い出だ」

 「つまり、王の記憶を思い出した今となっても、それがあいつの狂気を押さえ込んでいると? だとしたら、とんだ惚気話だな」

 

 愉快そうに笑うC.C.を見て、ルルーシュは気を吐く。

 

 「だからあくまでも推測だと言っている。しかし、仮にそうだとしても完全では無い。ディートハルトにギアスを掛けた時のライの纏った雰囲気を覚えているだろう?」

 

 その時の様子を思い出したC.C.は静かに頷いた。

 

 「もうこれ以上、ライにギアスを使わせる訳にはいかない」

 「だから自分がやる事にしたのか。友達思いだな」

 

 だが、ルルーシュはその言葉に対し、さも当然であるかのように鼻で笑うと釘を刺す。

 

 「分かっているだろうが、この事は――」

 「悪いが少し寝かせてもらうぞ?」

 

 C.C.はルルーシュの言葉を突如遮ると、返答を待たずにソファに横になると瞳を閉じた。

 良からぬ事にならなければいいが、との思いを胸に。

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 ライは先程ゼロから受け取った当日の配置図を片手にアジト内を歩ていると、不意に呼び止められた。

 声がした方を振り向くと彼女がいた。ライにとって誰よりも愛おしい彼女が。

 

 「ゼロは何て言ってたの?」

 

 真剣な彼女の眼差しに、ライは緩みかけた表情を引き締める。

 

 「式典会場への同行を命じられたよ」

 「そう……ねえ、特区の話、ライはどう思う?」

 

 伏し目がちに問うカレンに対して、ライは僅かに逡巡するも思いを口にした。

 

 「ゼロが言ったように真意を問う必要はあると思う。でも、あの時言っただろ? 僕は皆を護りたいって。そういう意味では、特区に参加すれば戦場に出ないで済む可能性が高くなるから賛成だ。でも…カレン。君はゼロの事を信じているんだろう?」

 

 柔らかな口調で問い掛けるライの言葉に、カレンは静かに頷いた。

 

 「僕も信じてる。彼ならしっかりとした判断をしてくれるって。例え決裂しても、そうなったらそうなったで今度は皆を護るだけだ。勿論、君の事も」

 「ライにそう言って貰えるのは嬉しいわ。けど、私ってそんなに弱く見られてるのかしら?」

 

 嬉しさとちょっとした不満が入り交じったような口調で問うカレンに対して、ライは宥めるつもりが、不要な事まで口にしてしまう。

 

 「そういう意味で言ったんじゃない。寧ろ並の男よりは遥かに強いと思う」

 「…何ですって?」

 

 それまで何となく良い雰囲気だった場が、突如として張り詰める。

 

 「落ち着こう、カレン」

 

 しまったと思ったライは、慌てて治めようとするがカレンは笑顔のままにじり寄る。

 

 「違うんだ! 君を護りたいと思ったのは……その……カレンが僕の一番大切な女性(ひと)だから」

 

 すると暫しの沈黙の後、それまでの空気が嘘のように柔らかいものに変わった。

 

 「まぁ、いいわ。それで許してあげる」

 

 悪戯が成功したかのような笑みを浮かべるカレンを見たライは、内心胸を撫で下ろしつつも引っ掛かった事を理解した。

 

 「まさか……遊んでいたのか?」

 「少しね。最近、忙しくてあまり話が出来なかったでしょ? だからよ。まあ、ちょっとは自覚あるし……」

 

 腕を組むと少しバツの悪そうな顔をした後、カレンは静かに微笑んだ。

 

 「やられた。君には敵わないな」

 

 ライは騙された者とは思えないような笑顔を向けた。

 見惚れたカレンは、自分の顔が熱くなるのを感じて、思わず顔を伏せた。

 

「どうしたんだ?」

 

 ライはその様子を見て不思議そうに問い掛けるも、彼女の理由は以下の通り。

 

 ――やっぱり、ライは天然ね。自分の笑顔の破壊力を全然理解してない。皆の前で結納しておいて良かったわ。

 

 皆とは当然の如く他の女性団員の事で、ライは入団当初から、本人にはその気は全く無いのだが、あちらこちらでフラグを建築していた。

 神根島の一件で互いに両思いであった事が確認出来た事はカレンにとっては幸いだったが、以降も相変わらず。

 当初はカレンも見つける度に鶴嘴(ツルハシ)片手にと言わんばかりの勢いで崩して回っていたが、いい加減にキリがないと漸く悟ると結納に踏み切った。これが事の顛末。

 しかし、生半可な台詞ではライは中々気付かない。

 だから、あの時カレンが言った言葉は紛うことなき本心でもあった。多少は打算的なところもあったが。

 

 「何でも無いわ。ねぇ、これからどうするの?」

 

 カレンは笑顔でそう返すと、ライはそれまでの雰囲気を一変させ戦う者の顔になる。

 

 「まずはゼロから渡されたこれを皆に見せながら打ち合わせだ。カレン、君にも入ってもらう」

 

 対するカレンもそれまでの惚けた様子を消し去ると戦士の顔になる。

 

 「当然よ。私はゼロの親衛隊長だからね」

 

 二人は顔を見合わせ軽く頷いた後、互いの手を握り皆が待つ格納庫に向けて歩き始めた。

 それは一見、端から見れば仲睦まじい恋人同士に見えるだろう。

 しかし、二人から溢れるのは戦士としての自信と気迫であり、通路で出くわした団員は思わず道を開けるとその後ろ姿を見送る。

 ライとカレン。二人の雄姿に目を奪われた団員は思わず呟いていた。あれが双璧か、と。

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 金色の夕日が注ぐ壮麗な神殿にも似た場所で、二人の人物が静かに佇んでいた。

 光を浴びて二人の後ろに影が出来る。一つは短く、一つは長く。

 不意に短い影が揺らぎ、その持ち主が言葉を紡ぐ。

 

 「ユーフェミアの件はどうするの?」

 

 すると今度は長い影が揺らぎ、その持ち主もまた言葉を発する。

 

 「放っておけば良いでしょう」

 「ゼロの事も?」

 「彼奴がこのまま何もせず、大人しく下るのならばそれも良し」

 

 

 ――ルルーシュがこのまま幸せに暮らす? それは駄目。呪われた皇子には、呪われた末路こそが相応しいよ。

 

 

 小さい影の主は嫉妬の言葉を胸に秘め、心の内で邪悪な笑みを浮かべながら口裏を引く。

 

 「けど、それだと"彼"が手に入らない。このままにしておくのは勿体ないよ」

 

 短い影の主の問い掛けに、長い影の主は揺らぎを止めて静かに佇むと、短い影の主は愉快そうに言葉を発する。

 

 「僕は欲しいな。彼は出来損ないと違って完璧に近いからね。きっと良い駒になると思うけど? それに、君も昔から憧れてたじゃない」

 

 

 ――そう、彼は僕達が憧れた存在。彼が居たから、今の僕達があるんだ。それに、血塗られた王に平穏なんて言葉は似合わない。彼の居場所はこちら側だよ。ルルーシュの側なんかじゃない。

 

 

 小さい影の主の思いを知ってか知らずか、問われた長い影の主は短い沈黙の後、重々しく頷いた。

 

 「……そうですな……兄さんに任せますよ」

 

 「分かったよ。楽しみにしててね」

 

 兄と呼ばれた短い影の持ち主は、それだけ告げると掻き消えた。

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 式典当日、コックピットの中でガウェインの起動準備を終えたライは、顔を上げてメインモニターを見やる。

 見慣れた紅い機体が無い事にちょっとした寂しさを抱きながら、ゆっくりとした手つきで左右の操縦桿を掴む。すると左手からカチリと音が鳴った。

 バイザー越しに視線を移すと音の正体に気付いたライは目元を少し緩ませた後、今度こそ強く握り締めると静かに瞳を閉じてゼロからの言葉を待った。

 

 「さて、そろそろ行くぞ」

 

 準備を終えてゼロの衣装に身を包んだルルーシュが、ガウェインの肩口に乗る。

 ライは瞳を開きオープンチャンネルで各部隊の状況確認を行う。

 そうして各々から通信が入った後、最後にカレンが告げた。

 

 『こちら零番隊隊長。紅月カレン。配置は無事に完了しました。機体状態、通信感度、共に良好です』

 「全部隊オールクリアを確認。これよりゼロが式典会場に向かう」

 

 ライはそう言い終えてガウェインを起動させようと両腕に力を込めると、不意に秘匿回線で通信が入った。

 

 『私よ。……ちょっとだけいいかしら?』

 「カレンか、どうしたんだ?」

 

 彼女は少し不安だった。背中にライの気配が無い事に。

 作戦の時は、自分の後ろにはいつもライが居た。それを当たり前のように感じていたのだから。

 しかし、これは二人にとって藤堂救出以来、久々に別々で行う任務。

 これからライが向かう先は敵地のど真ん中と言ってもいい場所。しかもたった一機で。

 ゼロやライに若しもの事があったとしても、すぐに助けに行く事は出来ない。だが、ゼロは大丈夫だとカレンは信じて疑わない。何故ならば、ゼロの側にはライが居るのだから。

 しかし、だからこそカレンはライが心配だった。

 神根島の時のように、自分を犠牲にしてまで助けようとしないかという不安があったから。

 

 『あの、その……気を付けてね。でも、無茶はしないで。何かあったら直に連絡して』

 

 カレンの気遣いにライは幸せそうに微笑むと温和な口調で答える。

 

 「ありがとう。カレンも気を付けて」

 『うんっ!』

 

 明るく元気な声が返って来た。

 その声に少々名残惜しさを感じつつも、ライは通信を切り軽く息を吐いた後、流れるような動作で起動を完了させた。

 すると、背後からそれまで蚊帳の外に置かれていたC.C.が冷やかすように語りかける。

 

 「相変わらず仲が良いな」

 「そうか? いつも通りだと思うけど……」

 

 C.C.はライの言葉にヤレヤレと首を振りながら思いを潜める。

 愛し愛される関係、そしてそれが当然のように感じられる事こそが、何にも勝る幸せなのだぞ、と。

 一方のライはそんなC.C.の様子に首を傾げるも、直ぐに正面を向くとゼロに出発を告げ軽くペダルを踏む。

 そうして、三人を乗せたガウェインはゆっくりと浮き上がると、式典会場に向けて飛び立った。

 やがて、会場付近にある山の上空をガウェインが通り過ぎると、その姿を林の中で見たカレンは無意識のうちに左手に触れていた。

 指先にあの日ライから貰った指輪の感触を感じながら、どうか無事で、と祈るのだった。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 ゼロ(あらわ)る。

 その報告を合図に、会場の警備に当たっていたブリタニア兵に緊張が走る。

 彼らはこの日の為にあらゆる事態を想定してきた。無論、ゼロが現れる事も前提にある。

 だが、それでも緊張するのだ。

 相手はあのゼロ。謀略の天才。

 彼らはその知力と策略に幾度となく煮え湯を飲まされてきたのだから無理も無い。

 だが、多くの兵士が動揺を隠しきれない中、彼女だけは違った。

 

 「ゼロ! 行政特区日本へようこそ!」

 

 全く恐れる事無く心からの思いを言葉に乗せる女性の名はユーフェミア・リ・ブリタニア。

 彼女は歓迎の意を示すように、両手を広げてゼロを迎え入れた。そんなユーフェミアの様子を見ながらライは呟く。

 

 「今のところは、不穏な動きは無いな」

 

 コックピットの中で、ライは周囲の状況を冷静に分析しながら呟いたが、それが聞こえたのか。

 C.C.は呆れたように言う。

 

 「心配性な奴だな。ゼロに任せておけばいいだろう?」

 「僕は僕のやれることをやるだけだ」

 

 ライは引き続き状況の把握に勤める為、周囲の様子を伺う。

 一方で、ユーフェミアがゼロの提案を受け入れた事を聞き届けたライは、ゼロの指示の元、会場の舞台裏にガウェインを着陸させる。

 ゼロはガウェインの肩口から降り、ユーフェミアと共にG1の艦橋の中に消えていった。

 二人の後ろ姿を見届けたライは、再度周囲の様子を果断なく伺う。

 すると、翡翠の瞳に不安の色を浮かべながら、二人が去った方向を見つめる一人の騎士の姿が目に入った。

 

 「C.C.、僕は少しここを離れる」

 

 そう告げると視線に疑問の言葉を乗せるC.C.に対して、ライは真剣な眼差しを向けた。

 

 「友達と話してくる」

 

 そう言ってコックピットを開けると、ライはもう一人の親友とも言える青年の元へ歩いて行く。

 

 「来てくれると信じてたよ」

 

 ライの姿を認めたスザクが高揚を押さえた声で話し掛けるが、ライはバイザー越しに咎めるかのような視線を向ける。

 

 「ゼロの護衛として来ただけだ。まだ気が早いんじゃないか? スザク」

 「でも、嬉しいんだ。ここから何かが始まるんじゃないかって予感がして」

 「……そう、だな。そうなればいいな」

 

 スザクはライの指摘に動じることなく、思いの丈をぶつけた。

 その言葉に、ライも思わず同意してしまう。

 そうして二人は互いの主が戻るまで暫しの間、お互いの思いを語り合った。

 そうこうしていると、不意にスザクが何かを見つけたように声を発し、ライの背後に視線を移した。

 釣られるようにライも振り返る。

 すると、丁度C.C.がコックピットから降りて来た所が見えた。

 何故急に出て来たのか。

 ライが訝しんでいると、突然、C.C.は額を押さえ地面に蹲った。

 何事かと思ったライとスザク。顔を見合わせた二人は急いで駆け寄る。

 スザクが抱き起こそうと肩に触れる。すると、彼は短い呻き声を上げて倒れ込んでしまう。

 慌てたライが二人を起こそうとC.C.に手をやると、今度はライの意識を強い衝撃が貫いた。

 瞬間、これまで思い出せていなかった記憶が湧き水のように溢れ出る。

 本当の名前、自らのギアスの暴走によりもたらされた悲劇。母と妹の死。

 あの日、二人の亡骸を両手に抱いた感覚までをも鮮明に。

 それら全てを思い出しながら、ライの意識は闇の中に沈んでいった。




ギアスの世界はアーサー王に関するものが多いので、ライの故国もそれに因んでみました。
ブリタニアと響きが似てて、個人的には気に入ってる設定です。
また、ゲームではC.C.はライを知らなかったようなので、C.C.よりも前の時代の生まれにしようとしたらこうなってしまいました。
ライの母親の設定は、本編に絡ませる余裕がないので、そのうち何処かに書こうかな。
あと、本作はライカレ至上主義です。


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~ 紅と蒼の別離(中編)~

 嗅ぎ慣れた匂いが鼻孔を擽り、聞き慣れた声が聴覚を刺激する。

 それらが頭の中で混ざり合い、闇に沈んだライの意識を呼び起こすと、彼は次第に覚醒へと向かう。

 

 ライはこれを知っていた。嘗て、幾度となく嗅いだ匂いだったのだから。

 ライはこれを知っていた。嘗て、幾度となく聞いた声だったのだから。

 

 それは、死の匂いと断末魔の叫び。

 

――――――――――――――――――――――

 

 コードギアス 反逆のルルーシュ L2  

 ~ 前日譚 紅と蒼の別離(中編)~

 

――――――――――――――――――――――

 

 ライは激しい頭痛で目覚めると共に、あの感覚を両腕に感じ言い知れぬ絶望感に襲われた。

 記憶が激流となって頭の中を駆け巡り、先程から会場中に響き渡る音と相まって、それがライの心を壊しに掛かる。

 咄嗟にライは固く目を閉じると、両耳を塞ぐ。

 すると、不意に左からカレンの声が聞こえた気がしたライは瞳を見開き慌てて顔を上げるが、その視界には誰も居ない。

 しかし左手のそれを見やったライは納得した様子でこの場に居ない彼女に心より感謝した後、ゆっくりと立ち上がる。

 頭痛は相変わらず。

 しかし、先程まで頭の中で暴れていた記憶は嘘のように治まっていた。

 ライはふらつきながらも会場へ向けて歩み始める。

 だが、辿り着いた先に広がる光景にライは我が目を疑った。

 それは、先程暴れていた記憶の中にあった光景。嘗て自分が引き起こしたソレに余りにも似ていた。

 違いがあるとすればたった一つ。

 

 「何だ……これ……」

 

 紫色の巨人が、人々を蹂躙していた。

 その光景を見るや否やライの頭痛は一層酷くなる。

 遂に立っていられなくなったライはその場に両膝を付き、目の前で繰り広げられる惨劇を呆然と眺める事しか出来ないでいた。

 すると、それまでライに背中を見せ、黒いマントを靡かせながら発砲を繰り返していた紫色の巨人、グロースターがゆっくりと振り向くとライに照準を合わせる。

 しかしライは、これから自分が撃たれるというのに、まるで他人事のようにその姿をバイザー越しに生気を失った瞳でただ眺めていた。

 すると次の瞬間、グロースターの姿が歪んだかと思うと人の姿になった。

 剣先を向けて、死笑を浮かべる……嘗ての自分の姿に。

 

 「危ない!!」

 

 唐突に発せられたその声と共にライに向けて発砲するグロースター。

 だが、間一髪。声の主に突き飛ばされたライは床を転がる。

 

 「ライ! 何をぼさっとしてるんだ!」

 

 声の主はスザクだった。だが、今のライには届かない。

 ただ、茫然自失といった様子で、床を眺めるのみ。

 スザクはそんなライを背負いこむと、再び照準を定めたグロースターが発砲するも、それから疾風の如く逃げると壁の裏に身を隠した。

 続いてスザクはライを壁に預けると、耳元にあるインカムで銃撃を繰り返す部隊に対して通信を試みるが、無駄だった。

 スザクは苦悶の表情を浮かべるとライに向き直る。

 

 「君はここに居て。僕はこの騒ぎを……ユフィを探さないと」

 

 スザクはそれだけ告げると駆け出して行った。

 

 ――何故、また僕にあの光景を見せる? 僕は、許されない存在なのか?

 

 床を見つめながら、己の運命を呪い続けるライ。そんな彼の元に走り寄る一つの影。

 その人物は、ライの側まで来ると彼の腕を掴んで力任せに引き起こした。

 

 「ライ、行くぞ……どうした? ライッ!?」

 

 だが、幾ら呼びかけようともライは反応を示さない。

 声の主は反応が無いライに心の中で詫びながら彼の右頬を叩く。

 その痛みにライの意識が戻り、恐る恐るといった様子で顔を上げると視線の先には仮面の男が居た。

 

 「……ゼロ?」

 「無事で良かった。歩けるか? 無理なら肩を貸そう」

 

 反応があった事に安堵したゼロは、今だ茫然自失といった状態から抜け出せていないライの左手を自分の肩に回した。

 

 「済まない……けれど、これは一体、何が……?」

 「……後で話す。今はここから脱出する事が先決だ」

 

 一瞬言葉に詰まったゼロだったが、そう答えただけでライに肩を貸し支えるようにして歩き出した。

 ゼロの足下はお世辞にも頼り甲斐があるとは言えなかった。しかし、それは無理もない事。

 これは彼にとってはジャンルでは無いのだから。

 ゼロはスザクのように出来ない自分にもどかしさを感じつつも、必死に友人を支えながら歩く。

 そう、こんな所で弱音を吐いている暇など彼には無い。

 彼は自分が引き起こした悲劇に終止符を打たなければならないのだから。

 全ては己と……そして何よりもユーフェミアの為にも。

    

    ◇ ◇ ◇

 

 何とかガウェインの所まで戻り、コックピットに滑り込むようにして入った所で、二人は自分達の格好に気付いた。

 今の二人は、ルルーシュがライを抱き抱えるような、皮肉にも出発前にC.C.が提案した状態だった。

 

 「ここまでするとはな。正直、私も驚いたぞ?」

 

 二人を出迎えたC.C.が、ガウェインを操縦しながら声を掛けたが、仮面を外したゼロ、ルルーシュは首を振ると事の顛末を話し始めた。

 

 「違う! 俺はギアスを掛けていない。掛けたつもりもなかった!」

 

 ルルーシュの腕の中でその言葉を聞いたライは思わず呟く。

 

 「暴走……か?」

 

 突然の言葉にルルーシュは驚いたような表情を浮かべるが、ライはそれを無視して問い続ける。

 

 「C.C.、どう……なんだ?」

 「あぁ、間違いない」

 

 ライは観念したような口調で自分の言葉を肯定したC.C.を見て、苦悶に顔を歪ませた。

 

 「僕と……同じ……か……」

 

 ライはルルーシュが自分と同じ道程を辿りかねない事に苦しむ。

 ギアスの暴走、それが齎す結末をライは身をもって知っているのだから。

 

 「お前と同じだと? おい、どういう事だ?」

 

 ルルーシュに真剣な眼差しで問われたライは、吐き気を押さえながらも何とか言葉を紡ぐ。

 

 「全部……思い出したんだ。僕のギアスも……かつて制御できなくなった事が……ある」

 

 そして話す。北の蛮族に再度攻め込まれた際に戦意高揚の為、全ての民が集まる場で演説を打った事。

 使った覚えなどまるで無かった事。だが、結果として全ての民にギアスは掛かってしまった、と。

 皆が皆、手に武器を取り叫ぶ。

 

 ――全ては我らが王の為、蛮族共を皆殺しにしろ!!――

 

 その時ライは見てしまった。他の者と同じように、武器を手に取りそれを掲げる純白の衣装に身を包んだ二人の姿を。

 一瞬、ライは見間違いでは無いかと自分を疑ったが、直にその考えを否定する。

 彼の国で、自身が白い衣装を着る事を許した人間は母と妹、たった二人だけだったのだから。

 ライは慌てて止めようと手を伸ばすも、二人は人の波に飲まれて消えてしまう。

 国が沸騰し、狂気が溢れ出る。

 民衆はまるで津波のように蛮族共に襲いかかった。

 そこには戦術や戦略など微塵も無かった。腕が切り落とされようと、脚が砕かれようと。

 ただ、民衆は命ぜられるがまま戦い続けた。

 やがて、どれだけの時が流れただろうか。その場には最早人の気配は感じられず、無数の屍がその姿を晒していた。

 そんな中を返り血を浴びて血塗れになったライは一人、手に持った剣を引き摺りながら永遠とも思える時を彷徨い続け……遂に見つけた。

 変わり果てた二人の姿を。

 純白の衣装は血と泥に塗れ、二人は折り重なるように息を引き取っていた。

 この身をどれだけ血で染め上げてでも、護りたい存在だった二人。自分のように醜い色に染まって欲しくなかった。

 その意味も込めて贈った純白の衣装。だが、結局それは叶う事無く、ライは二人の亡骸を抱くと久しく忘れていた涙を流しながら天を仰ぎ慟哭する。

 そんな折、突如として自らの契約者が現れ、ライは誘われるように眠りについた。

 そこまで話して頭痛が一層酷くなるのを感じたライは顔を顰める。

 

 「そう、か」

 

 短く言葉を発した後、ルルーシュは自嘲気味に笑った。俺とお前は一体どこまで似ているのだろうな、と。

 

 「C.C.、このまま……ラクシャータさんの所まで、飛んで……くれ」

 「何をするつもりだ?」

 

 ライはC.C.に話し掛けたつもりだったが、そこにルルーシュが眉間に皺を寄せて疑問の言葉を投げ掛けた。

 そんな彼を見ながら、ライは苦悶の表情そのままに答える。

 

 「あそこ……には、僕の……月下がある」

 「お前っ!!――」

 「こう……なったら、戦うしか……ない。皆を護る為に……も」

 「その状態でだと? 駄目だ! 今のお前を戦わせる訳にはいかない!!」

 「だが、僕は……皆を護ら……ないと――」

 

 ライの表情を見てルルーシュは考える。

 今のライは元々白かった肌が更に白く、唇の血色もまるで死人のよう。

 やっとの思いで言葉を発しているような状態であることは一目瞭然。

 しかし、ライの内なる意思の成せる技か、瞳だけは力強く光を放っていた。

 今のライなら例えどれだけ反対しようとも、全てを押し除けて出撃しかねない。

 そして、そんな彼を止める事など生半可な事ではない。

 ライにとって悪夢とも言える記憶、それと同じ光景を今度は自身が作り出してしまった。

 ライをここまで追い込んだのは自分の責任。その上、更に戦わせるなど愚の骨頂だと、そう結論付けたルルーシュ。

 

 「ライ、今は大人しくしていろ!」

 

 ルルーシュは、まだ何か言おうとしていたライの言葉を遮り、彼の瞳を真っ直ぐに見つめるとそう"命令"した。

 

 「……ああ、分かっ……た」

 

 好むと好まざるとに関わらず、その"命令"に従うしかなかったライは、今まで皆を護る為に戦うという意思によって何とか意識を保っていたが、ほんの一時とはいえそれを否定された結果、崩れるように意識を失った。

 

    ◇ ◇ ◇ 

 

「これは何なのよっ!?」

 

 カレンはモニターに映る会場内での惨状を悲痛な面持ちで見つめながら叫ぶ。

 が、他の団員も同じく事態の把握が出来ていない。

 

 『今調べてる!!』

 

 焦りが混じった声色が返って来るだけだった。

 

 ――これは一体、何? ライは? ゼロは? 何で応答が無いのっ!?

 

 カレンは自身の鼓動が早まり、息が荒くなるのを感じた。

 今すぐにでもライの元に飛んで行きたい。そんな衝動に駆られながらも、自分は隊長。命令無しに動く事など許されない。と、団員としての自分と一人の女としての狭間で揺れ動く心を必死に押さえながら、二人からの通信を待つ。

 最初の問い掛けから時間にして僅か数分。だが、それはカレンにとって永遠ともいえるような時間に思えた。

 静寂が紅蓮のコックピットを支配しかけたその時。

 

 『黒の騎士団総員に告ぐ!!』

 

 頼もしい声がコックピット内に木霊した。

 カレンは敬愛する指揮官の無事な声を聞きホッと胸を撫で下ろした後、最愛の男性(ひと)の声が無い事に動揺する。

 だが、そんなカレンの心境を余所にゼロは言葉を続ける。

 

 『ユーフェミアは矢張り敵だ!! この特区日本は、我々をおびき寄せる為の卑劣な罠だった!!』

 「ライは!? ライは無事ですか!?」

 

 カレンはゼロの言葉を遮るかのように問い掛けた。無礼とは分かっていても押さえきれなかったのだ。

 突然カレンから問われたゼロは一瞬言葉を詰まらせたが、直ぐにさも当然と言わんばかりの口調で伝えた。

 

 『あぁ、無事だ』

 

 その言葉を聞いたカレンは張り詰めた緊張感が切れたのか。一瞬虚脱すると心底安心した様子で、軽く息を吐く。同時に沸々と沸き上がる怒り。

 まだ多くの日本人が会場内に居るのだから。

 

 ――良かった。でも、ブリタニアめ! 騙し討ちをするなんてっ!!

 

 そう思い、次は皆を助ける事に集中しようとカレンは気持ちを切り替える。操縦桿を握る手にも力が籠もる。

 ゼロからの出撃命令を今か今かと待ち侘びるカレンだったが、続いたゼロの言葉に一瞬息を詰まらせる。

 

 『だが、今は意識を失っている』

 「えっ!?」

 『私はこれより一旦、ラクシャータのいる場所まで引き、そこでライを降ろした後に合流する。ラクシャータ、聞いていたな? 準備をしておけ!』

 

 通信機からは気怠気な女の声で了解した旨の言葉が発せられるが、今のカレンには聞こえていない。

 

 ――意識不明? どういう事?

 

 『全部隊は式典会場に突入せよ!!日本人を救出せよ!! そして――』

 

 先程とは比べものにならない怒りが沸き上がり、カレンは自分の心が真っ赤に燃え上がるのを感じた。

 

 『ユーフェミア・リ・ブリタニアを――』

 

 ――許さない。

 

 『殺せ!!』

 

 ――受けさせてやる。報いを!!

 

 紅蓮の炎にその身を委ね、脇目もふらずに彼女は飛び出して行く。ライや皆を傷つけた、ブリタニアを破壊する為に……。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 左手をそっと包み込むような暖かい感触と、鼻孔をくすぐる甘い香り。

 何とも言えない幸せな気持ちがライの頭の中を駆け巡り、彼は静かに瞳を開く。

 視界を占めるはカレンの姿。

 その事に安堵感を覚えつつ、ゆっくりと体を起こしたライ。

 すると、先程まで自分を虐げていた頭痛が殆ど無い事に軽い開放感を抱くと共に、気になっていた事を口にする。

 

 「カレン、皆は無事か?」

 「会場に居た大勢の日本人に犠牲が出たわ。けど、大丈夫、全部終わったから」

 

 涙ぐみながらそう告げると、ライに体を預けたカレンは胸元に顔を埋め、あなたが無事で、よかった、と震えるような声で言った。

 

 「終わった? ユーフェミアはどうなったんだ?」

 「ゼロが……撃ったわ」

 

 顔を上げずにそう答えた後、カレンはあの後起きた事を話し始める。

 富士の行政特区を落とした黒の騎士団。

 ゼロはその場で新たなる国家、合衆国日本の成立を内外に宣言した事。

 これから東京租界に向けて進軍を開始する事。

 各地のレジスタンスや名誉ブリタニア人達が自分達の行動に呼応し、今は作戦準備の真っ最中だという事。

 そこまで聞いて、ライは窓の外を見やる。

 意識を失う前よりも日は落ちて、窓から差し込んだ夕日が部屋の中を照らしていた。

 次に耳を澄ましてみると、外からはカレンの話した通り、引っ切りなしに各方面との連携状況を伝えるアナウンスが鳴り響いていた。

 カレンは一通り話し終わると――。

 

 「ちょっと待っててね」

 

 そう言って体を起こすとベットの脇に備え付けてあった電話機を取り、ライに背中を向けると電話を掛ける。

 

 「私です。はい……ええ……お待ちしてます」

 

 短い会話だけを行った後、受話器を置いたカレンはライに向き直る。

 

 「ゼロからあなたが目を覚ましたら連絡するように言われてたのよ。すぐに来るって」

 

 そう言い終わると、再びカレンはライに体を預けると、再び彼の胸に顔を埋めて押し黙る。

 まるで、ゼロが来るまでもう少し、とでも言わんばかりに。

 暫しの間、カレンは何も話さずじっとライの体温と鼓動を感じていた。

 そう、今のカレンには言葉など要らなかったのだ。

 ただ、ライは無事で、自分はこうしていられるという現実。それだけで十分だったのだから。

 ライもまた、カレンと同じ気持ちを抱きながら彼女の背中に両手を回す。

 しかし、言葉にこそ出さなかったが、一方ではルルーシュを護ると誓いながら、逆に護られた自分に対する情けなさも抱いていた。

 そんなライの心の内を感じ取ったのか、ゆっくりと顔を上げるとライの瞳を見つめるカレン。

 ライもまた見つめ返すと二人は互いにどちらとも無くキスを交わす。

 互いの無事を確認するかのように何度も何度も啄むように。

 やがてそれは熱を帯び情熱的なものへと変わる。

 今の二人には、外から絶え間なく響くアナウンスも聞こえない。

 暫くして、互いに唇を離すと惚けた表情を浮かべるカレンを見てライが静かに微笑むと、カレンは再びライの胸元に顔を埋めた。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 『無事で何よりだった』

 

 ゼロからの労いの言葉を掛けられたライだったが、自分は何も彼の役に立てていない不甲斐なさからか。

 頭を垂れて謝罪の言葉を口にした後、顔を上げるとゼロに対して目で合図する。

 それに気付いたゼロは顔を動かす事無く、扉の側で壁にもたれかかり、腕を組んでジッと自分達の会話を聞いていたカレンに告げた。

 

 『少し席を外してくれ。彼と二人きりで話がしたい』

 

 カレンは一瞬戸惑いの色を浮かべたが、ライも軽く頷いたのを認めると小さく頷き返す。

 

 「分かりました」

 

 最後にそう言うと名残惜しそうに部屋から出て行った。だが、すぐ外で話が終わるのを待つだろう。

 扉が閉まる音を聞いたゼロはライに問い掛ける。

 

 『さて、これでいいか?』

 「ありがとう。今の僕の言う事は、多分聞いてくれないだろうから」

 

 そう言うとライは困ったような笑顔を浮かべた。

 

 「で、話とは何だ?」

 

 ゼロは仮面を外して素顔を晒した。

 

 ライは知らないが、これはルルーシュのライに対する誓い。ライと二人の時、その時だけは決してゼロの仮面を被らない事。

 だが、そんなルルーシュの誓いを知らないライは彼の瞳を見て、嘗ての自分を思い出し心を痛めた。

 

 「あの時、僕にギアスを使ったのか?」

 「……ああ」

 

 返ってきたのは簡潔な肯定の言葉。

 だが、それでライが納得出来る筈もない。

 

 「何故?」

 「ああでもしなければ、あの時のお前は止められないと判断したからだ。お前は強情な所があるからな」

 

 ルルーシュは力なく笑った。

 

 「僕が強情だって?」

 「俺は後悔していない。ギアスを掛けた事に対しては謝る気はないぞ?」

 「君も強情だな」

 「では、お互い様という事になるな」

 

 ルルーシュからの指摘に妙に納得してしまったライは、不意に肩の力が抜けるのを感じながら静かに笑みを浮かべ、ルルーシュもそれにつられる様に小さく笑った。

 暫しの沈黙の後、一息吐いたルルーシュは真顔に戻る。

 

 「これからの事だが……」

 「カレンから聞いている、トウキョウ租界に攻め込むんだな?」

 「ああ、この機会を逃す手は無い」

 「じゃあ、僕も――」

 「駄目だ!」

 

 ライの言葉を強めの口調で遮ると、ルルーシュは懐より資料を取り出した。

 ライはそれを受け取ると、ルルーシュの言葉に耳を傾けながら静かに読み始める。

 

 「ラクシャータの検診結果だ。結論から言う。お前の脳波の乱れはまだ治まっていない。よって、今あの月下を乗りこなす事は不可能だそうだ」

 

 只でさえ通常の月下より遥かに繊細な設定が施されているライの蒼月下。

 瞬発力においては紅蓮さえも凌駕するが、それ故に体に掛かる負担も並大抵なものでは無く、乗りこなすには搭乗者の体調も重要な要素になる。

 と言っても、乗れる人間など騎士団の中ではライ以外に存在しないのだが。

 愛機の生みの親でもあるラクシャータの検診結果まで突き付けられてしまえば、流石のライもそれを無視する事は出来ない。

 もし仮に無視しようとしても、自分を止める為にギアスまで使ったルルーシュが、次にどんな手を打ってくるか想像に難くない。

 

 ――下手をすれば、縛り上げてでも止めようとするな。その役目を担うのは恐らく……。

 

 嬉々とした笑みを浮かべる魔女の姿と、鬼気迫る表情を浮かべるカレンの姿を思い描いたライは慌てて首を振るとその映像を消した。

 それに、正直なところライも自分の体調が万全で無いという事は理解していた。

 

 ――しかし、まさか月下に乗る事さえも許されないとは……。

 

 そう思うとライはガクリと肩を落とした。

 

 「分かったら、ここで安静にしていろ」

 

 その様子を見て諭すかのように告げるルルーシュだったが、その言葉がライに一つの決意を抱かせた。

 

 「せめて、僕も連れて行ってくれないか?」

 「お前っ!」

 

 突然のライの頼みに、今まで一体何を聞いていたんだとでも言いたげなルルーシュの視線。

 しかし、ライはそれを真っ向から受け止める。

 

 「僕はもう自分に誓ったんだ。君やカレン、それに皆を護ると。月下に乗れなくれも何か出来る事がある筈だ」

 

 ――縛り上げたとしても、這ってでも来る気だな。

 

 ライの決意を秘めた眼差しに、とうとう折れたルルーシュは、全く強情な奴だと軽く鼻で笑った後――。

 

 「……ありがとう」

 

 心よりの感謝の言葉を口にした。そして思う。

 

 ――結果として、俺は大勢の式典参加者も巻き添えにした。いや、俺が殺したと言ってもいい。だが、それを知った上で、お前はそれでも付いて来てくれるのか。……ならば、やるしかない。もうこれ以上、大切な存在を失う事など……。

 

 ルルーシュは一つの決意を秘めながら、ゆっくりと立ち上がる。

 

 「これから作戦会議を始める。無理にとは言わないが、出来る事なら出て欲しい」

 「ああ、勿論だ」

 

 その言葉を嬉しく思ったライは笑顔を浮かべた。

 ライの笑顔を見た時、ルルーシュの決意が僅かに揺らぐ。

 が、彼の中では既に一度決めた事、変更は無い。

 ルルーシュは、心の中でライに詫びると念押しする。

 

 「俺は先に行っている。ちゃんと身支度をしてから来いよ?」

 

 そう言うと仮面を被り部屋から出て行った。

 ゼロが部屋から出ると、案の定というべきか、すぐ外にはカレンが居た。

 部屋から出てきたゼロの姿を無言で見つめる彼女に対して、ゼロは懐から小袋に入った錠剤を取り出すと、彼女に向けて一言。

 

 『ライに飲ませてくれ』

 

 カレンはそれを無言で受け取ると小さく頷いた後、入れ替わるように部屋の中に入っていった。

 



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~ 紅と蒼の別離(後編)~

 目覚めたライの視界にあったのは、見慣れた天井だった。

 ライは、自室の天井に似ているなと思いつつ、首だけを動かして辺りを見渡す。

 すると、壁の色彩や机等の調度品、果てにはカレンとお揃いの色違いのマグカップが棚に在るのを見て本当に自室だと気付く。

 しかし、その事がライの思考を余計に混乱させた。全部夢だったのか、と。

 彼は体を起こして窓の外を見やる。

 外には夜の帳が落ちていた。

 しかし、その空は燃えるように赤く、遠く租界の建造物の間からは時折鋭い閃光が走る。

 そして、その光に呼応するかのように低く鈍い音が窓ガラスを揺らす。

 それは戦いの音だった。

 事態を察したライは慌ててベッドから飛び降る。

 そうして部屋を出たところで、すぐ近くを血相を変えて慌ただしく走り去ろうとしている女性団員の姿を認めると呼び止めた。

 

 「何があったんです!? 状況は!?」

 「あぁっ!! 戦闘隊長!!……実は……」

 

 両肩を掴み、喫緊の状況説明を求めるライに対して、団員は悲痛な面持ちで語る。

 副指令が撃たれた事。ゼロの突然の戦線離脱。仲間の相次ぐ戦死。

 次々と知らされる凶報に、ライはただただ唖然とするばかり。

 すると目の前の団員は耐え切れなくなったのか、遂には泣き崩れる。

 そんな彼女を見てそのままにしておくのは躊躇したが、事態は一刻を争うと判断したライは、彼女から扇の居場所を聞くと――。

 

 「貴方は、今の自分がやれる事をして下さい」

 

 そう言い残すと、全速力で扇の元に駆け出した。

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 コードギアス 反逆のルルーシュ L2  

 

 ~ 前日譚 紅と蒼の別離(後編)~

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 やがてライが扇の元に着いた時には、全ては終焉へ向けて走り出していた。

 彼は移動式のベッドに横になり、他の隊員からの治療を受けつつ誰かと連絡を取っていた。

 側まで走りよったライは、肩で息をしながら問う。

 

 「扇さん、一体誰に? 通信相手はゼロですか?」

 

 すると、扇は苦痛で顔を歪ませながら、目線で通信機を持っていた隊員を見やり、ライに手渡すように促した。

 

 『もしもし? 扇さん!?』

 

 受け取ったライの耳元に響いたのは彼女の声。

 

 「カレン?」

 『えっ!?』

 

 突如として相手が変わった事に驚いたカレンだったが、直ぐに声の主を理解すると申し訳なさそうに一言、ごめんなさい、と謝った。

 彼女の謝罪に対して、ライは、気にしていない、と宥める様に言った後、ゼロの居場所を問い質すも

 

 『分からない。急に戦線を離脱するって。でも探そうにも何処を探したら……』

 

 彼女は、悲しみを湛えたような声色で弱音を吐く。

 それを聞いて、確かにこの混戦の中見つけるのは至難の業だと思ったライも言葉に詰まる。

 その時、不意に扇が空を指さした。

 追うライの視線の先には、租界から離れる様に飛び去って行くランスロットの姿が。

 

 「あいつに……発信機を……な」

 

 扇の痛みに耐えながらなんとか発した言葉を拾ったライは、瞬時に理解すると通信機に向かって大声で叫んだ。

 

 「カレン!! 東の方角だ! そこからランスロットが見えるか!?」

 『っ!?……見えるけど……』

 

 突然のライの大声に驚きながらも、彼女もまた空を見つめ飛び去って行くランスロットを捉える。

 無線機からライの声が響く。

 

 『スザクを追え! 彼がこんな時に戦域を離れる理由なんて一つしか無い。僕の分までゼロを護ってくれ!』

 ライの言葉を聞いたカレンの瞳に力が宿る。

 

 「分かったわ!」

 

 そうして、補給部隊に対して接収済みの空輸機を回すよう命じたカレン。

 最後に、二人は互いに万感の思いを言葉に込め合う。

 

 『行ってくるわ』

 「あぁ、気を付けて」

 『あなたも、ね』

 

 ライは、唇を噛みしめると名残惜しそうに通信を切った。

 それは、カレンと共に行けない事への苛立ちか、それとも又してもゼロを護れない自分への不甲斐なさか、あるいはその両方か……。

 しかし、これが不幸にも最後の会話となるとは、この時の二人はまだ知る由もなかった。

 すぐ側で二人のやり取り、その一部始終を聞いていた扇は認めて良かった、と撃たれた事による痛みも忘れて瞳を閉じると、純粋にそう思った。

 しかし、そこである種の違和感に気付く。

 そして再び瞳を開いた時、自分の目に飛び込んできたライの表情を認めた瞬間、それが杞憂では無いと悟る。

 蒼い瞳は、ある種の思いを抱いている事を雄弁に物語っていたのだから。

 扇は止めようと手を伸ばすが、再び襲う痛みが今度こそ彼の言葉を遮ってしまう。

 

 「これ、お借りします。他の皆さんは、扇さんを……副司令をよろしくお願いします」

 

 ライは通信機を手に扇を治療している隊員にそう頼むと、踵を返しその場から立ち去って行く。

 その後ろ姿は頼もしくもあったが、どこか寂しそうで、それを見た隊員達は、妙な胸騒ぎを抱いたまま彼を見送った。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 戦況は悪化の一途を辿っていた。

 ライは直ぐさま部隊の状況把握に勤めようと、コンソールパネルに指を走らせる。

 だが、浮かび上がった状況は散々たるもの。

 先程聞いた隊員の話より遥かに悪い。

 今でも戦線を維持出来ているのは、指揮官が藤堂だからだろう。

 ライがこれから取るべき手段を必死に模索していると、突如短い電子音が鳴り仲間の悲報を告げた。

 そこに表示されたのは一人の女性の名前。

 

 ――井上さんまでっ!!

 

 ライは、あの日優しくカレンを抱きしめ頭を撫でていた井上の事を思い出すと、思わず拳を作りパネルを殴りつけた。

 鈍い音が辺りに響く。

 他の隊員も驚いた様子でライを見やるが、今の彼に声を掛ける事が出来るような勇気のある者は、この場所には誰一人として居なかった。

 もし居たのなら、未来は変わっていたのかもしれない。しかし、そうはならなかった。

 ライの胸中で青白い炎が音も無く燃え上がる。

 それは嘗て彼が持ち、記憶を失う事でずっと忘れていた感覚。

 思い出した今となっても、それまでの記憶が何とか封じてきたが、カレンにとって姉とも言える女性が死んだ瞬間を目の当たりにした事で、とうとうタガが外れた。

 ライは天を仰ぎ見ると自問自答する。

 

 ――何故、僕はこんなにも無力なんだ!?……そうか、そうなんだな? まだ……まだ足らないのか。なら……。

 

 それは願ってはいけない事。だが、ライは胸中で叫んでしまった。

 

 ――寄越せ! 力をっ!!

 

 ルルーシュのギアスは王の瞳。その瞳を見る者は(ことごと)く心奪われる。

 では、ライのギアスは?

 彼のギアスは王の声。その声を聞く者も又、悉く心奪われる。

 ライが願ったその瞬間、彼の右目にも紅い鳥が浮かび上がった。

 鈍い痛みを感じたライは、ふと契約者の言葉を喚び起こす。

 

 ――これ以上は望まない方がいい。望めば運命に飲み込まれるよ? 以前の僕にとって、それはとても喜ばしい事だったんだけどね。でも、いつの間にか僕はその時は来て欲しくないと思うようになっちゃったんだ。我侭を言ってごめんね。これは僕が出来る精一杯の償い。だから……おやすみ。

 

 忠告も聞かずに、また力を望んでしまった事に対してライは自嘲気味に笑った。

 

 ――結局、これが僕の本質なんだろうな。次は右目か。僕は左目で一度全てを失った。次はここに居る皆か? 大切な皆を傷つけ続ける事が僕の存在理由なのか? させない……もうさせない! 見ていろ!!

 

 今、ライの決意は固まった。

 彼は通信機を片手に矢継ぎ早に指示を出す。それが終わると周囲に向かって声を張り上げた。

 

 「全団員は速やかに撤収作業を開始しろ! 完了後、ポイントT3で残存部隊と合流。その後、ルート8を通り脱出。負傷者を見捨てるな!」

 

 周りに居た隊員に対してそう命じると、振り返る事無く歩き出し、次の瞬間には全力で駆け出してた。  

 自分の月下の場所を知っていそうな人物の元へ。

 背後から無数に発せられる、了解、との声を背に受けながら。

 

 ――だが、彼は知らない。契約者の忠告、その本当の意味を。そして、彼の右目にもギアスが発現したその時、世界のどこかで歯車が動き出す音が鳴った事を――

 

 学園内を駆け回るライは、程なくして目的の人物を見つけた。

 

 「ラクシャータさん!」

 「あらぁ。思った以上に早く起きたみたいね。成る程、参考になったわ」

 

 彼女は、口元を僅かにニヤつかせた後、手に持ったキセルを咥えた。

 

 ――ラクシャータさんが準備した薬だったのか。

 

 その事実に対して、以前のライなら実験台にしないで下さい、とでも言っただろうが、今の彼は寧ろ今までお世話になった事に対する感謝の念しか浮かばず、つい口元が緩んでしまった。

 それを見て、いつもの様子と違う事を不審に思ったラクシャータが訝しむ。

 

 「なぁに? ニヤニヤして。気持ち悪いわぁ」

 

 辛辣な言葉ではあったが、それは彼女の本心ではない。

 その事を理解していたライもさして気にした素振りを見せない。

 

 「僕の月下の事なんですが――」

 「何? 残念だけど、坊やは乗せるなってゼロからキツく言われててさぁ」

 「何処に置いてあるか答えろ」

 

 ライは迷うことなく命じた。

 これで近くになければ彼の計画は頓挫しかねないところだったが、ライには確信があった。

 ラクシャータはナイトメアを自分の子供のように大切に扱っていた。この非常時に遠くに置いて来るなど有り得ない。絶対に近くに持って来ている筈だ、と。

 そして、それは当たりだった。

 

 「いいわよぉ。場所は――」

 

 そう言うとラクシャータはライの愛機の待機場所を教えた。そこは幸い、今の場所からはそれほど離れていなかった。

 ここからなら走って5分もあれば着ける。彼女が元に戻るまでの間、ライは頭の中で学園の地図を広げると最短距離を導き出す。

 

 「あらぁ? 坊や?」

 

 意識が戻ったラクシャータは、ライが目の前に居る事に驚いたらしく、珍しい声を上げる。

 それを聞いたライは再び心の中で感謝する。

 

 「先程、ディートハルトさんに連絡しました。この地区はまだ騎士団の制圧下ですから、今のうちに彼と一緒に神楽耶様の所へ。その後は彼に従って下さい」

 「……………………」

 

 無言を貫くラクシャータ。

 何かがあった。

 しかしそれが何だったのかは未だに掴みきれていない様子で考え込んでいる彼女を余所に、ライは軽く頭を下げたあと、再び走り出す。自らの愛機の元へ。

 

 「ちょっとっ!」

 

 慌てて引き止めようとしたラクシャータだったが、ライは振り返る事無く走り去って行った。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 学園地区の外れにあるトレーラーまで辿り着くと、ライはそこで片膝を付きながら主の帰還を待ち続けている蒼い月下を見つけた。

 急いで乗り込むと、今もなお前線で戦っている部隊に通信を送る。

 

 『黒の騎士団総員に告ぐ!!』

 

 通信機から聞こえてきた声に、藤堂は一瞬ゼロが戻ってきたのかと思ったが、すぐに彼の声だと気付いた。

 

 「ライ君か!?」

 『これより撤退戦に入ります!』

 

 一瞬、何を言い出すのかと思った藤堂であったが、直に考え直す。彼でさえも勝てないと踏んだのか、と。

 政庁の想像以上の防衛力と、親衛隊を率いるギルフォードとグラストンナイツの火力に押され、前線を死守する事に忙殺されていた藤堂は、いつの間にか引くべき時を見失っていた。

 いや、それだけならまだどうにかなっただろう。ゼロの不在。それが今の彼らには何よりも大きかった。

 

 「卜部さん、ポイントT3に向かって下さい。今、そちらに数十名向かってます。合流したら、彼らを率いて撤退を!!」

 

 唯一激戦区から外れた場所に居る卜部に対してライが頼むと、卜部の返信は早かった。

 

 『今何処に居る? レーダーに映ってないが?』

 

 ライは先程扇から拝借した通信機を使っていた。加えて、月下はまだ起動準備も完了していない。

 レーダーに映らなくて当然の状態だったのだが。

 

 「……先程被弾した影響かもしれません。……早く撤退を!!」

 

 そう言って嘘を吐いた。が、不思議と彼の心は痛まなかった。

 

 『君も来い!!』

 

 それは甘い誘惑だった。恐らく、今までの彼ならそうしただろう。

 しかし、ライは再び嘘を吐く。

 

 「……既に囲まれてます。脱出は……難しいです」

 『紅月の事はどうするつもりだっ!?』

 

 だが、その名前を聞いた時、ライの心は張り裂けんばかりの痛みに襲われた。

 思わず、隠し続けた本音を吐露してしまいそうになる。

 しかし、ライのギアスは再び暴走した。血塗れの母と妹。そこにカレンや、多くの仲間の姿が重なる。

 だからこそ、彼は決して言う訳にはいかなかった。

 

 「お願いが……あります。彼女に、カレンに愛していると伝えて下さい。それとゼロに、共に歩めなくてすまない、と」

 『お前まさか――』

 「カレンは、きっとゼロを連れて来てくれます。彼女なら、やってくれます!!」

 

 卜部の言葉を遮ると、ライはそう力強く言い切った。

 沈黙。

 ライの独白は残存する全部隊に向けられている。

 しかし、誰も何も言う事が出来ない。ライの決意の固さ。その言葉から溢れ出た明確な意思に圧倒されていたのだから。

 そして、最後にライは自らその静寂を終わらせる。

 

 「以上、黒の騎士団戦闘隊長兼作戦補佐、皇ライ。通信終了!!」

 『待っ――』

 

 ライは慌てて止めようとした卜部の言葉を無視すると、通信機を叩き壊した。

 スピーカーからは何かをぶつける様な激しい音が聞こえ、その音に我に返った朝比奈が叫ぶ。

 

 『藤堂さん!! 救出を!!』

 

 すかさず千葉や仙波がそれに同調するも、藤堂は小さく首を横に振る。

 

 「卜部、聞いていたな?」

 『……はい』

 「お前は彼を信じてポイントへ向かえ」

 『しかしっ!!』

 

 抗議を口にしようとする卜部。しかし、上官でもあり彼自身も崇拝する藤堂の命令である。逆らう事など出来る筈が無かった。

 

 『承知しました。ですが、中佐は?』

 「ここが抜かれては後方部隊までやられる。それに、あんな言葉を聞かされるとな。こちらも最後までみっともなく足掻いてみるとしようか」

 

 藤堂は、嘗てゼロに言われた言葉を用いると不敵な笑みを浮かべた。

 

 『……ご武運を』

 その決意を聞いた卜部は、悔しそうな声を滲ませながら通信を切った。

 

 『お供しますよ、藤堂さんが居る所が俺の場所ですから』

 『私もです、中佐』

 『同じく』

 

 残りの四聖剣は、あくまでも藤堂に付いて行く事を宣言した。そもそも彼らは直ぐ側で付き従っているのだ。

 覚悟を決めた部下にまで撤退を命じるのは、寧ろ無粋以外の何物でもない事を藤堂は理解していた。

 

 「済まない。……では、行くぞ!!」

 『『『承知!!』』』

 

 そして藤堂は、一気に攻勢に出るブリタニア軍をその鋭い眼光で睨みつけると、真っ向から受けて立った。

 それは軍人としての最後の意地でもあり、ライの覚悟に対する敬意の現れでもあった。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 同時刻、神根島。

 ここでは、一足早く一つの戦いに決着が着こうとしていた。

 

 「近付くな!! こいつはルルーシュだ!! 君や日本人を、それにライまで利用した男だっ!」

 

 そう言いながらスザクは、ルルーシュを片手で地面に押さえつけたまま、助けようとしたカレンに対して振り向く事無くもう片方の手に残った銃を向けた。

 その事実に、カレンの身体が強張る。

 銃を向けられた事に、では無い。

 ルルーシュが自分とライを騙し続けていたという事実が、行動を阻害したのだ。が――。

 

 「利用? ライを?」

 

 ルルーシュはそう言うと、馬鹿め、と言わんばかりに軽く笑った。

 

 「何が可笑しい!?」

 「アイツを利用しただと? 違うな、間違ってるぞスザク! アイツは、ゼロである俺を唯一受け入れてくれた男だ!!」

 「なっ!?」

 「えっ!?」

 

 その言葉にスザクの両目が大きく見開かれる。それはカレンも同じ事。

 しかし、その言葉は彼女にとっては更に理解出来ないものだった。

 

 ――ライは知っていた? 何で? どうして?

 

 疑問がカレンの頭の中で渦を描く。

 その事により、ゼロを、ルルーシュを助けなければという思考は完全に停止した。

 無理もない。敬愛する上司が同じ学園のクラスメート。今はその事実を受け止めるだけでも精一杯だったのだから。

 

 「どういう事だ!? 彼にもギアスを使ったのか!!」

 「似てるんだよ、俺とあいつは」

 

 鬼のような形相で問い詰めるスザクに対して、しかし、ルルーシュはそんな彼の言葉をあざ笑う。

 

 「だが、残念だ。出来る事ならスザク。お前も一緒に来て欲しかった。俺とお前とライ。3人が力を合わせれば出来ない事なんて――」

 「ふざけるなっ!!」

 

 ルルーシュを押さえつけていたスザクの腕に、より一層力が籠る。

 思わず呻き声をあげたルルーシュだったが、すぐに憎々しげに声を発する。

 

 「こ、この分からず屋がぁ! カレン! 撃て! スザクを!!」

 「君はまだこんな男を信じる気か!」

 

 ゼロからの命令ならば、以前のカレンであったならば迷う事無く撃っただろう。

 しかし、彼女はすでに真実を知ってしまった。ゼロはルルーシュだった、と。

 そして、ライもゼロの正体を知っていたという更なる事実が、彼女から思考能力を完全に奪い去っていた。

 

 ――嫌、何が何だか分からないっ!

 

 そして、彼女はその場から…………逃げるように走り去った。震える体を必死に押さえて。もう限界だったのだ。

 カレンの小さくなってゆく気配を背に感じつつも、スザクは全ての意識を目の前にいる男、自分を睨みつけている嘗ての友に向けた。

 

 「終わりにしよう、ルルーシュ」

 

 冷めた表情で短く告げると、持っていた銃を床に落としルルーシュの鳩尾を穿った。

 

 「かはっ!!」

 

 短く苦悶の声を上げたルルーシュは、赤く光る左目をゆっくりと閉じながら、意識を失っていった。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 ライは顔を(ひそ)めながら必死に操縦し続けていた。

 そこかしこから響く警告音。

 その音でコックピット内は騒然としていた。

 だが、ライにとってそれは愛機の悲鳴のように聞こえ、彼は思わず耳を塞ぎたくなる衝動に駆られる。

 しかし、それは出来ない。今止める事は出来なかったのだ。

 

 「済まない、月下」

 

 短く詫びると、ライはレーダーに目線を落とす。

 飛び込んで来たのは藤堂達の状況。

 先程まで善戦していた彼らの機体は今は活動を止めていた。

 LOSTはしていない事から、エナジー切れと判断。

 そして、機体のすぐ両脇には彼らの機体を取り押さえるようにして立つ敵の反応。

 鹵獲されたと判断したライは、同時に藤堂達の無事を半ば確信すると一先ず安堵の息を零す。

 

 ――その場で処刑は先ず無い。藤堂さん達と対峙していたのがあのギルフォードなら。

 

 妙な話だが、ライは敵の指揮官に一定の信を置いていた。

 武力・胆勇・高潔・忠誠・慈悲・信義・礼節・崇高。

 およそ騎士道と言われるそれを身に宿す男。

 コーネリアの騎士、ギルバート・G・P・ギルフォード。

 彼ならば動かなくなった相手を殺すような事はしない、と。

 ライは微笑を浮かべると、後方より自らを破壊しようと追いすがる敵集団に意識を切り替える。

 

 ――少し離し過ぎたか。

 

 そう判断すると月下を減速させた。

 気付いた敵集団はここぞとばかりに迫るが、ライの月下はそれをあざ笑うかのように急加速して突き放す。

 まるで捕まえてみろとでも言わんばかりのその態度。彼らはライフルを乱射して追い縋る。

 

 「そうだ、もっと追って来い!」

 

 ライは倒壊した建物の間をまるで縫うように逃げ続けた。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 『卜部さん!!戦闘隊長が!!』

 

 率いていた団員の声に誘われた卜部がレーダーを見やると、敵の真っただ中に一機の味方信号が。

 そこには「Rai」と表示されていた。

 

 「クソッ!!」

 

 壊れてなどいなかった。全ては自分をそう仕向ける為。ライの意図に気付いた卜部は奥歯を噛み締めた。

 そうして再びレーダーを注視する。

 すると、ライは16機近いナイトメアに追われながらも逃げている事に愕然とする。

 同時に、事ここに至ってもまだ一人でも多くの仲間を救おうと、敵の意識を自分に向けさせている事が見てとれた卜部は驚嘆の声を上げる。

 

 「囮になっているのか!!」

 

 そのお陰か。

 後詰めの為に控えていた神楽耶達は既に戦域を離脱する事に成功しており、レーダーの端に僅かに映るのみ。

 

 『前方に味方部隊!!!』

 

 慌てて前を見た卜部の目に、仲間の姿が映った。

 ライが合流させると言ったその言葉通りに、彼らはそこに居た。

 

 「流石だ……」

 

 卜部は短く呟くと――。

 

 ――捕まっても良い。生き延びてくれ。彼らと紅月の為にも。

 

 そう願いながら、今なお戦い続けるライを救えない自らの無力さを憎みつつ、戦域を離脱した。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 ブリタニア軍で最初に異変に気付いたのはギルフォードだった。

 自分達が藤堂と対峙している間に、両翼から後方部隊を責めれば一気に落とせたものを。

 その両翼に布陣した部隊は、何故か後方では無く明後日の方向に進んでいたのだ。

 その事を不審に思った彼は、報告を求める為に回線を開く。

 

 「私はギルバート・G・P・ギルフォード。各部隊状況を知らせよ。何故包囲を解いた!?」

 

 暫しの沈黙の後、荒い息使いと共に部隊の一人が返答した。

 

 『奴です、あの蒼いナイトメアが! 双璧の一翼を追い詰めました。これより破壊します』

 

 その言葉を聞いて、ギルフォードは改めてレーダーを凝視する。

 そこには1機の敵ナイトメアが、まるで一軍を引き連れるかのように映っていた。

 その事から、直に敵パイロットの意図を見抜いた彼は思わず心の内で賞賛した。

 彼の目から見ても、また騎士道精神から見ても、仲間を、あるいは部下を護る為に自らを囮とする行為、それは紛れも無く騎士と呼べる行いだったからだ。

 だが、そこで一つの興味が湧いた。

 ゼロに忠誠を誓う双璧、その一翼。

 何故あのような者に使えるのか理解出来なかった彼は、命令を下した。

 

 「了解した。しかしそいつは並の相手では無い。無理に戦わずエナジー切れを誘え。その後は捕らえよ。我々もこれより援護に向かう」

 『Yes, My Lord』

 

 ギルフォードが命じたのは破壊では無く捕獲。

 そう、彼はほんの少し興味が湧いたのだ。

 その言葉は、直ぐ側で両腕を背中に回され憮然とした態度でいた藤堂達にも聞こえ、彼らは皆が皆信じられないと言った表情を浮かべていた。

 たった一機で、まだ粘り続けていたのか、と。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 「ライフル残弾なし。エナジーも少ない。輻射波動は……使えないな。もって後5分と言った所か……」

 

 ライはそう呟くと、なおも後方より追い縋る部隊に目をやった。

 が、先程とは打って変わって、彼らは寡黙にライを追うだけだった。

 その姿にライは瞬時に己に捕獲命令が下知されている事を理解した。

 

 「感謝するべきかな?」

 

 恐らくそう命じたであろう人物を思い浮かべたライは、小さく笑った。

 そう、全ては計算の上での事。

 今の自分の行動は、彼からは騎士の様に見えるだろう、と。

 それに自分の実力も知っている。破壊しようとすれば部下に要らぬ犠牲が出る事も彼なら控えようとするだろう。

 ならばこそ、ギルフォードならばそう命じるだろうと読んでいたのだ。

 

 「だけど、僕は清廉潔白な騎士なんかじゃ無い。血に塗れ狂気を纏い、仲間を騙した只の嘘吐きだ」

 

 その言葉と共に、ライは操縦桿から手を離す。

 ゆっくりとした動きで速度を落としていく月下。そうしてついには停止した。

 その動きを見た追跡者達は、ついにその時が来たと思った事だろう。

 ライはモニターにそっと手を触れながら愛おしげに呟く。

 叫び声はいつの間にか止んでいた。

 

 「すまない。無茶をさせた」

 

 その時脳裏を過ったのは、いつか聞いたラクシャータの声。

 

 ――敵に渡すのだけは駄目よぅ?――

 

 彼女にとっては、自分の子供が鹵獲されて、弄られる事など我慢ならない事なのだ。

 しかし、それはライにとっても同じ事。

 

 「大丈夫だ、僕も逝くから」

 

 ライのギアスは暴走している。皆の側にいれば傷つけるだけ。

 何よりも、今のライにとってカレンを傷つける事だけは絶対に、それだけは絶対に許されない事だった。

 再びフラッシュバックする記憶。二人の亡骸にカレンの姿が重なり苦悶の表情を浮かべるライ。

 最早、取りうる手段はただ一つ。

 そうしてライは、出撃前に機体に装着させた流体サクラダイト、その起爆スイッチに手をかける。

 包囲網を敷いた敵部隊がここぞとばかりに殺到する。

 完全にエナジー切れだと思ったのか。或は、自分がいの一番に捕獲する事で功績を上げようと思ったのか。

 

 「そうだ、来い。もっと近付いて来い」

 

 そう呟いて凡そ似合わない邪悪な笑みを浮かべると、ライは暴走し紅く輝くギアスの紋章を宿した両目をゆっくりと閉じる。

 

 ――連れて逝く。この呪われた力も一緒に。

 

 そう心の中で呟くと…………スイッチを押した。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 卜部が無事に戦域を離脱した時、後方から轟然たる爆発音が鳴り響いた。

 振り返った彼の視線の先にあったのは巨大な火柱。

 慌ててレーダーを見た卜部の目に飛び込んできたのは、先程まで反応のあったライの月下を中心に、円を描くように居た敵のナイトメアが次々とLOSTしてゆく映像。

 

 ―― 自爆 ――

 

 嫌な言葉が卜部の脳裏を(よぎ)る。

 

 「馬鹿、野郎がっ!!」

 

 思わず呻いた卜部は握り込んだ拳をモニターに映るLOSTの文字に叩き付けた。何度も何度も。

 やがて、卜部は胸中で炎の中に消えたライに敬礼を送ると移動を開始した。

 遥か前方の海岸線に佇む一機のナイトメアの元へ。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 神根島より戻ったカレンは、紅蓮から降りると膝を抱えて一人、海岸線に佇んでいた。

 目に映るのは漆黒の海。

 

 ――ライはゼロの正体がルルーシュだって知ってた。

 

 やがて東の空が明るんで、海が薄らと蒼い色を帯び始める。

 それを眺めていたカレンは誰に聞かせるでもなく、静かに想いを口にした。

 

 「会いたい……ライに。会って聞かないと……」

 「紅月! こっちだ!」

 

 突然後ろから声を掛けられるも、力無く振り向いたカレンが見たのは、手を振る卜部と彼に従う騎士団の面々。

 彼女は立ち上がると皆の居る場所に向けて歩み寄る。だが、その足取りは重い。

 卜部は近づいて来たカレンの姿を見て、思わず息を飲んだ。

 それはいつもの彼女の姿ではなかった。顔は生気を失ったかのように青白く、泣いていたのか瞼は薄らと腫れていた。

 

 「一体……何があった? ゼロはどうした?」

 

 しかし、カレンは何も答えない。

 ただ、誰かを必死に探すかのように周囲を見回すのみ。

 その様子を見た卜部はすぐに理解した。彼を捜しているのだと。

 だが、今はまだ言えなかった。

 言えば目の前の少女は壊れてしまいそうなほど、危うい存在に見えたから。

 

 「直に追手が来るぞ。一先ず脱出――」

 「卜部さん。これで全員?」

 

 カレンは卜部の言葉を遮ると、改めて後ろに佇む皆を見る。

 そして思う。なんと少ないんだろう。嘗て、あれほどの数の仲間が居たというのに、と。

 力なく頭を垂れる者。空を見上げ、遥か虚空を見つめる者。

 みな一様に疲れ果てている。

 しかしその時カレンは気付いてしまった。愛しい灰銀の色が無い事に。

 嫌な予感がし、鼓動が早まるのを感じたカレンは、それを必死で押し殺す。

 

 「彼は、ライは……何処?」

 「彼は……」

 

 そこで卜部は言い淀んだ。

 

 ――今の紅月に誰が言える?彼が死んだなどと。それに俺自身、彼の死を直接確認した訳じゃない。LOSTしただけで、無事に脱出している可能性も否定できん。

 

 卜部は必死に前向きな考えを抱こうとする。

 が、本当は薄々感じていたのだ。あの爆発の中、生きていられる人間など居る筈も無いと。

 

 ――あの時、あいつの言葉を押し切ってでも助けに行くべきだった。

 

 だが、それは出来なかった。何故ならば、彼はほんの一瞬躊躇したのだから。

 その結果、自分よりも遙かに若く日本を背負うべき男が死んだ。

 卜部は、自分は死ぬ覚悟も度量もある、と思っていた。その筈だったのに動けなかったのだ。

 悔しさと不甲斐なさが卜部の体を駆け巡り、彼はそれに耐えるかのように眉間に皺を寄せながら固く瞳を閉じる。

 だが、感傷に浸っている暇はない。

 問われた以上は何かしらの言葉を彼女に伝えなければならないのだから。

 卜部はゆっくり息を吐いた後、両目を開けると努めて冷静に言葉を紡ぐ。

 

 「彼は、撤退する部隊を守るために、自ら囮役を引き受けた。その際に、サクラダイトを搭載した月下で、敵もろとも……」

 

 卜部は、穏便に、出来る事なら希望を持たせるような言葉を伝えようとした。

 だが、彼は知らなかったのだ。それは彼女にとって死を告げる言葉と同義だという事を。

 

 「今は、生死不明だ」

 

 生死不明。兄の時と同じ言葉。

 カレンは自分の中の世界が音を立てて壊れていくのを、確かに聞いた。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 黒の騎士団とそれに呼応した人々による日本解放の為の武力蜂起。

 後にブラックリベリオンと呼ばれる戦いより三日後。

 神聖ブリタニア帝国、謁見の間。

 ここでもまた、一人の男の人生が終わろうとしていた。

 左目を塞がれたルルーシュは、その端正な顔に憎しみの表情を貼り付ける。

 そのルルーシュを見下ろすように立つ男の両目には、紅い鳥の紋章が浮かんでいた。

 その男の名は、神聖ブリタニア帝国第98代皇帝、シャルル・ジ・ブリタニア。ルルーシュの父親でもある男。

 

 「うわあぁぁぁっ!!」

 

 ガラスが砕け散るような音がルルーシュの脳裏に響くと同時に、壊れてゆく彼の世界。

 最後の記憶が頭の中で音を立てて崩れると、ルルーシュは意識を失った。

 

 「(クルルギ)よ。そ奴を連れて行くがよい」

 「Yes, Your Majesty」

 

 跪き、ルルーシュを押さえつけていたスザクは短く答えると、嘗ての友であった者の肩を担ごうと手を伸ばす。

 その時、突如として背後にある扉が開き、何者かが入ってきた。

 驚いたスザクは慌てて振り返るが、その姿は見えども顔は逆光で伺い知る事は出来なかった。

 その者はスザクからの警戒の念を一身に受けながらも、悠々とした足取りで歩む。

 その姿に、スザクの中で警鐘が鳴る。

 しかし、スザクはそんな自身の内なる警告と必死に戦いながら、何とか皇帝を護ろうと前に立ち塞がった。

 

 「陛下、お下がり下さい!!」

 

 だが、そんなスザクを余所に、皇帝は突然の来訪者であるにも関わらず、何ら動じる事無く言い放つ。

 

 「構わぬ……して、何用か?」

 

 その者は皇帝の問い掛けと共に纏っていた気配を消した。

 が、御前であるにも拘わらず一切の答礼をする事無く、意識を失い床に俯せになっているルルーシュの側まで歩み寄る。

 その時になって、スザクはようやっとその者の顔が見て取れた。

 が、その顔を見たスザクは思わず息を飲むと体を震わせ後退る。

 そんなスザクの動揺が愉快だったのか、皇帝はほんの僅かに口元を歪ませる。

 だが、一方でその者は二人の様子をまるで気付いていないかのように無視し、片膝を付き意識を失ったルルーシュの髪を無造作に掴み上げると、酷く高揚の無い声を発した。

 

 「この男がゼロか」

 

 そう言って暫しの間じっくりと観察するかの様に覗き込んだ後、さも愉快だとでも言わんばかりの口調で独り言のように呟いた。

 

 「若いな、しかしこの歳であれほどの事を仕出かすとはな」

 

 その者は一通り笑った後、ルルーシュの髪を静かに放しゆっくりと立ち上がると尊大な口調で告げた。

 

 「ゼロなる者が如何ほどの男か、少し興味が湧いたのだ」

 

 その時になって初めて、その者は皇帝の眼を見据えた。

 だが、そこには一片の敬愛の念も込められてはいなかった。寧ろ不敬意外の何物でも無いような鋭さを秘めた蒼い瞳。

 しかし、皇帝はそれを咎める事無く、寧ろ愉快そうな笑みを浮かべるのみ。

 その姿を見て、スザクは震える声で呟くようにその男の名を呼んだ。嘗ての友の名を。

 

 「ラ…イ…?」

 

 次の瞬間、スザクの言葉を聞いたその者は、蒼い双眸をほんの少し開かせたが、直ぐに細めると口を開く。

 しかし、それは最早スザクが幾度となく聞いた彼の声ではなかった。

 優しさも憂いも無い凍てついた声。明確な敵意を含んだ声で。

 

 「誰だ? 貴様は」

 

 世界の歯車は動き始めた。ゆっくりと、しかし……確実に。

 その先にあるのは幸せな世界か。それとも更なる絶望か。

 答えを知る者は、まだ誰も居ない。




場面転換が激しすぎますね。読み辛いかもしれません。
こんな本作ですが、ライカレ至上主義です。


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~ 古王の胎動(前編)~

 人間は死の間際、それまでの事を思い出すという。所謂(いわゆる)、走馬灯というものだ。

 では、今まさに死を迎えようとしている青年にも、それは見えたのだろうか?

 答えは否だ。何故ならば……。       

 

 ――――――――――――――――――――――

 

   コードギアス 反逆のルルーシュ L2  

 

   ~ 前日譚 古王の胎動(前編)~

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 ライは暴走し紅く輝くギアスの紋章を宿した双眸をゆっくりと閉じる。

 

 ――連れて逝く。この呪われた力も一緒に。

 

 そう心中で呟くと、スイッチを押す。

 そうする事で彼の全ては終わる筈だった。だったのだが――。

 突如としてコックピット内に警報音が鳴り響いた。

 驚いたライが瞼を上げ瞳を見開くと、飛び込んで来たのはメインモニターに表示された【脱出】の二文字。

 ライが疑問の声を上げる間も無く装置は作動すると、彼を乗せたコックピットは光に包まれ始めた月下から切り離され、彼を捕獲しようと近付いて来た敵の頭上を一瞬のうちに飛び越えた。

 エナジー切れだと思い完全に油断していた敵集団は、慌ててコックピットブロックが飛び去った方向に機首を向けるも、直後に至近距離で起きた爆発に巻き込まれ、一瞬のうちに炎の中に消える。

 ライも直撃こそ免れたものの、脱出ブロックは激しい爆風と熱風に錐揉みにされ、開いたパラシュートも一瞬で燃え尽きてしまう。

 パラシュートを失った脱出ブロックは、瓦礫が散乱している地面へと叩き付けられた。

 転がり続ける脱出ブロックの中で、ライは両手で操縦桿を掴み両足に力を込め瞳を閉じると、眉間に皺を寄せながら必死な形相で総身に受ける衝撃に耐える。

 どれだけ転がっただろうか。

 朦朧とした意識の中で彼の瞳に映ったのは、火花を散らしつつも【脱出】の文字を点滅させるモニター。

 そして、それに呼応するかのように発せられる警報音。

 やがて文字は薄れてゆき、音も途切れ途切れになってゆく。

 それを茫然自失といった様子で見続け、遂にそれが完全に消え去るまで見届けると、ライは顔を伏せると自分で自分の両肩を抱いた。

 火花が散る音に混じりながら、ライのくぐもった声が響く。

 ライにとって、音を響かせて点滅しながら消えていったモニター。それは愛機の鼓動のように思えたのだ。

 それが完全に止まった。

 今、彼の愛機は死んだ。

 一緒に逝く筈だった。その事に悲痛な思いを抱きながら。

 

 ――また、僕だけが生き残った……。

 

 悲しみの淵に佇むライ。

 だが、ふと何かに思い至ったのか。

 ライは徐に顔を上げると、次に震える手でハッチを開け最後にそこから這うようにして抜け出した。

 暫く這い続け、倒壊したビルの元に辿り着いた時、彼が聞いたのは背後より響く小規模な爆発音。

 その音に誘われるかのように、這い蹲ったまま振り向いたライが見たのは炎上する脱出ブロック。

 それを精気の無くした瞳で見つめるライは、同時に先程の事に想いを巡らす。

 何故、急に脱出装置が作動したのか。思索した後に思いついた理由は全くもって荒唐無稽なものだった。

 ライは自嘲気味に笑う。一体誰が信じるだろうか、と。

 いや、誰も信じない。

 例えラクシャータであったとしても、渋々ではあろうが誤作動だと切り捨てる事だろう。

 だが、ライにとってあれは月下が自らの意思で作動させたのでは無いのかと思えたのだ。

 それは、どれほど無茶な操縦をしようとも、従順であった月下が主に対して見せた最初で最後の反逆。

 ライがこれ以上仲間を死なせたくないと思ったように、月下も主を死なせてはならないと思ったのだろうか。

 だが、最早それを知る術は無い。真相は遠く音を立てて燃えているのだから。

 ライは痛む肢体に力を込める。

 そうして壁に手を置くと、体を支えて何とか立ち上がった。

 すると、軽く脳震盪を起こしていたのか。目眩を起こしたライは足下から崩れ落ちる。

 咄嗟に両手を付いて何とか耐えるも視界が歪み、ライは堪らずその場で吐いた。

 不快な味が口内に広がる。

 吐き終わったライは再び煌々と燃え上がる脱出ブロックを見つめると、漠然とした面持ちで問い掛けた。

 

 「僕に生きろというのか?」

 

 ライは暫しの間、返って来る筈の無い言葉を待ち続けた後、沈痛な面持ちでその光景から逃げるように視線を逸らすと周囲を見渡す。

 すると、直ぐ右手の地面に大口を開けた闇が広がっているのに気付いた。

 

 「地下道……か」

 

 ライはその闇に引き寄せられるように、覚束ない足取りで降っていった。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 地下道の内部は天井部分が所々崩落しており、その間から僅かに月明かりが差し込んでいた。

 その為、空間を支配する闇は歩く分にはさほど障害にはならず、ライは10分程、左肩を壁に預けるようにして歩き続けた。

 やがて、立ち止まった彼は思い出したように振り返る。背後にあるのは薄暗い闇。

 入り口付近で燃えている月下の明かりも届かぬ場所まで来た事を理解すると、ライは壁に背を預けるように腰を下ろし力なく項垂れた。

 今はもう、何も考える事が出来なかったのだ。

 何かを考えようとするだけでも、頭がどうにかなってしまいそうで。

 ライはパイロットスーツ越しに左手の指輪を弄る。今はただ、こうしていたかったから。

 どれだけの時が経っただろうか。

 不意に地下道の更に奥から足音が近付いて来たのを感じ取ったライ。

 だが、今は顔を向けるのも億劫だった。その為、顔を伏せると意識だけを集中させる。

 徐々に近づく足音。

 やがて、それが複数ある事に気付いたが、流石に人数までは分からなかった。

 

 ――地下に逃げ延びた団員か、一般人か? それともブリタニアからの捜索部隊か? もし後者なら、今の僕を見つけるなんて不幸な連中だ。

 

 そうこう考えながら近付いて来る複数の足音に耳を澄ましていると、やがて足音はライより5mほど近付いたところで急に留まったかと思うと一言。

 

 「見つけた」

 

 集団を代表したのは野太い声だった。

 その声に敵意は無かったが、安堵する声色でも無かった。

 ただ、見つけた、という短い言葉だけ。

 しかし、それ以降、詰め寄る素振りすら見せない事を訝しんだライは徐に顔を上げた。

 その時、瞳に飛び込んで来た自身を照らすライトの光にライは思わず目を背ける。

 その反応を見た集団は、やや慌てた様子で周囲の壁や床に光を反らす。

 その仕草にライは少し口元を緩めると、わざと聞こえるような声で呟く。

 

 「奇妙な連中だ」

 

 それはまるで己に不快な思いをさせるのを極端に恐れているように感じられたからだ。

 ライは再び顔を向けたが、一瞬、理解出来なかった。

 何故なら、集団は本当に奇妙だったのだ。

 集団は4人組であった。

 更に、その4人全てが儀式めいた黒い衣服を全身に纏い、ご丁寧に顔まで黒い布で覆うと、鼻と額の間のみを僅かに空けているだけ。

 そこから素顔を全く伺い知る事は出来ない。目元だけでは、辛うじて僅かに男か女かの判別がつく程度。

 ライは、半ば呆然とした表情で端から順にその連中に視線を合わせていく。

 その時、急に男達の後ろから幼子の声が響いた。

 

 「お前達は下がっていて良いよ」

 

 その言葉と共に集団が左右に分かたれると、真ん中より現れたのは紫色の瞳を持つ一人の少年。

 自身の身の丈よりも遥かに長い黒色の外套を纏うと、金色の髪も地面に垂れる程に長い。

 その姿を見た瞬間、ライの脳裏に言い知れぬ不安が去来すると共に、少年の顔立ちにどこか面影がある事に気付く。

 

 ――似ている。彼に……けれど違う。彼じゃない。

 

 ライは心に動揺が広がりそうになるのを押し込めると努めて平静に。しかして睨みつけながら問う。

 

 「誰だ?」

 

 それなりの威圧は含めた筈だった。

 その証拠に、両脇に控えていた集団は一斉に後ずさったのだから。

 しかし、少年はそんなライの言葉に一歩も動じること無く、寧ろ平然と受け止めたかと思うと嬉しそうに口元に三日月を浮かべるだけ。

 だが、その事がライの不安を更に煽る結果となる。

 

 「答えろ。君は誰だ?」

 

 ライは思わず命じた。

 だが、周囲の4人は各々の名前を告げるも、肝心の少年は口元に軽く手を添えるとせせら笑うだけ。

 そんな少年の態度に、まさかと思ったライは少年を見つめつつ思考を回す。

 そうして、期せずして出た結論から、ライは瞳を見開いた。

 そんなライの反応を見た少年は口元の三日月を崩す事無く、ようやっと応じた。 

 

 「そう、僕にギアスは効かないよ。でも、話は後。君はこれから僕と一緒に来てもらうよ。弟を待たせるのは、兄しても心苦しいんだ」

 

 まるでライの意思など関係ないかのように急に饒舌になった少年がそう告げると、両脇に控えていた4人がにじり寄る。

 次の瞬間、三人が力任せにライを地面に押さえつけ、残った一人が手慣れた手つきでライの口元にマスクを付けようと手を伸ばす。

 

 「止めろっ!!!」

 

 瞬間、ライは声を荒げるも効果は無かった。

 

 「終わりました」

 

 一人がそう告げると、少年は地面に押さえつけられて、マスクの間からくぐもった声を発しながら睨み付けるライを尻目に事も無げに言い放つ。

 

 「それじゃあ、行こうか」

 

 まるで遊びに行くかのように高揚のある声を発した少年。

 だが、次の瞬間、ライは我が目を疑った。

 少年の足下から地下道に広がる闇よりも更に濃い闇が湧き出たかと思うと、次第に辺りを包み込んでいったのだ。

 ライは抵抗を試みるも4人掛かりで押さえ付けられていればビクともしない。

 そうしている間に、闇は彼らを包み隠すかのように広がる。

 やがて、闇が霧散した後には少年とライ、そして彼を押さえつけていた4人の男達。その姿は何処にも無かった。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 黄金色の夕日が映える不可思議な空間で、一人の男が本を読んでいた。

 ページを捲る音が黄昏の間に響く。

 男が読んでいる本。それは黒く重厚な本だった。外装は黒皮で製本され、表には男の国の国旗が彫金されていた。

 長年に渡り代々受け継がれてきたその本は、古代から現代に至るまで、男の国に貢献した数多の英雄。その姿絵と偉業の数々が記されていた。

 すると、それまで流すように読んでいた男の手が不意に止まる。

 男はそのページに目をやると瞳を細める。

 そのページだけは他とは違っていた。

 余程多くの人間に読まれたのか、至る所が黒ずんでボロボロになっている。

 だが、他と最も違うのは、描かれるべき英雄の姿絵が存在していない事。

 それは、まるでその姿を意図的に隠すかのよう。

 その代わりと言わんばかりに、ページは夥しい文字で埋め尽くされ、そこには一人の若き王の残忍さや狂気を描いた嘘のような奇怪な逸話が数多く記されていた。

 

 そこに記されている一人の王の物語。

 それは、父親と異母兄二人が相次いで不可解な死を遂げた事から始まる。

 その事で王位継承権が当時、末の王子でしかなかったその王に継がれ、彼は齢13で玉座に座った。

 ここから、その王の狂気じみた嘘のような話が始まる。

 王は力ある者であれば、身分の貴賤なく如何なる者であろうと重用した。

 それは当時としては異例の改革であったが、その事に異論を唱えるような臣下は一人として居なかったという。

 何故ならば、どのような傍若無人な振る舞いを行う者であろうとも、王の御前でたった、たった一言だけ言葉を聞けば絶対の忠誠を誓ったからだそうだ。

 そうして武力を得ていった王は、狂気じみた謀略を駆使し、即位より僅か半年でそれまで数十年に及んだ隣国との戦いに勝利し城下の誓いを強いると、余勢を駆る勢いそのままに、瞬く間に南部の諸国を支配下に置く。

 そうして、次に島の覇権を巡り北の諸国を纏め上げた首魁、不死王と近隣諸国に恐れられた蛮族の王との都度、12回にも渡る大会戦の全てに勝利し、残党を北の地に追いやった。

 次に大陸を志向した王は、僅か三年の間にその大部分を支配下に置くも。やがて王は自らの狂気に囚われたのか。

 地領に戻った際に突如始まった蛮族の再侵攻に対して、治めていた国と護るべき母親や妹、果ては庇護すべき民。その全てを戦いに狩り出して族滅すると、最後は自らも炎の中に消えたとされる。

 読み終えたところで、男は不意に背後より声を掛けられた。

 

 「皇帝陛下、嚮主V.V.がお戻りになられました」

 

 皇帝と呼ばれた男は振り向く事無く、開いていた本を静かに閉じる。

 それを合図とするかのように、男の背後に控えていた黒衣の衣服に身を包んだ男が再び口を開く。

 

 「ですが、一つ問題が。ギアスの力が最終段階に入っているとの事」

 「そうか……」

 

 皇帝は好都合だとでも言わんばかりに小さな笑みを浮かべた。

 そして一拍置いた後、まるで無邪気な子供のように手にした本を放り投げる。

 本は弧を描くように落ちて行き、やがて雲海の中に消えていった。

 そう、男にとって最早それは必要無かったのだ。

 幼少の頃より憧れ、目指した存在。

 誰よりも憧れ続けた結果、徹底的に調べあげ、その存在理由を知った時、男は心の底から驚喜した。

 自身の目的。

 かの王はそれを叶えるために必要な、この世界に隠された最後の鍵だったのだから。

 が、一度は手中に収めかけたにも関わらず逃げられた。

 そして再び見つけた時、王のすぐ側には厄介な存在が居た。

 皇帝である男であっても手を出すのは容易ではなかったほどに。

 だからこそ、それとなく情報を漏らした。

 そして、兄が欲しいと言った時、内心ほくそ笑んだ。

 これでようやっと手に入ると思ったからだ。

 後はそれをより確実なものにする為に、兄に対して曖昧な態度を示し続けた。

 そうすれば、兄は更に食いつくだろうと思ったからだ。結果、今に至る。

 連れて来たのだ。しかも暴走のおまけ付きで。

 

 ――やっと手に入れた。ならばもう、あのような本など必要ない。

 

 口元を僅かにつり上げると、皇帝は踵を返し悠然とその場より立ち去る。

 向かう先は謁見の間。そこで待つ兄、いや……ライに会う為に。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 ライは闇が晴れると自分が先程とは違う場所で抑え付けられていた事に愕然とした。

 そこは先程のような月明かりが照らす薄暗い地下道ではなく、優美な内装が施された部屋であったからだ。

 前方には天井より注ぐ淡い光に照らされ輝く玉座めいた物が見え、そこから反射した光が部屋を薄く照らしている。

 それらを見たライは記憶の中に似たような場所を見つけた。

 

 ―― 謁見の間 ――

 

 思わず起き上がろうするライだったが、彼の肢体は相も変わらず黒衣の男達に押さえつけられており、それは叶わない。

 ライは振り返ると男達を睨みつける。

 するとその時、不意にライの直ぐ傍を布が擦れる音と共に、一つの影が通り過ぎた。

 目線を上にすると、そこには先程の少年が居た。

 ライが怒りを露に睨み付けると、気付いた少年は視線を落とす。

 暫しの沈黙。

 お互いに視線をぶつけ合っていると、ライは突然部屋に誰かが入ってきた気配を感じた。

 少年もまた、それに気付いたようでライから視線を外す。

 ライはつられるかのように視線を動かすと、入ってきた人物を見て顔を顰めた。

 その男の髪は白髪で、老いに片足を突っ込んだように顔には皺が目立ち始めてはいたが、その目は年相応とは呼べず、寧ろ若々しい精気に溢れていた。

 ライはその男を知っていた。

 友であるルルーシュの最終目標であり、最愛の女性、カレンやその仲間達から日本を奪った存在。

 世界の3分の1を支配する超大国の主。神聖ブリタニア帝国皇帝シャルル・ジ・ブリタニア。

 瞬間、ライの脳裏に二つの疑問が浮かんだ。

 一つ。

 ここに皇帝が居るという事は、ここは帝都と言う事になる。

 しかし、トウキョウ租界からどうしていきなりこんな場所に居たのかライには理解出来なかった。

 二つ。

 少年が先ほど語ったあの言葉。

 しかし、二つ目の疑問はすぐに溶解することとなる。

 

 「シャルル。彼を連れてきたよ」

 「感謝しますよ、兄さん」

 

 ライの背筋に悪寒が走った。嫌な予感がしたのだ。

 その予感の前では、本当に兄弟なのかという疑問など些事に過ぎなかった。

 少年にはギアスが効かなかった事。そして地下道で体験した不可思議な現象。

 その事から、少年は間違いなくギアスに関連する者であるという事。そして、皇帝がその少年と一緒に居るという事実に。

 

 「ライゼル・S・ブリタニアよ」

 「っっ!!??」

 

 必死に思考を巡らしている最中に突然皇帝から呼び掛けられただけではなく、ライは今まで誰にも話した事の無い嘗ての名を告げられた事に目を見張る。

 そんなライの驚きが余程愉快だったのか、皇帝の口元には少年と似通った三日月が浮かぶ。

 

 「息子が大層世話になったようだ」

 

 ライは自分を半ば無理矢理目覚めさせ、いいように身体を弄くり回した男。バトレーの嘗ての君主、クロヴィスの事を思い起こすが、すぐに思い直した。

 面識など全く無かったのだから。

 疑問を内に秘め、しかし、憶することなく睨み返すライ。

 すると、思惑が伝わっていないことを察した皇帝は爆弾を放り込んだ。

 

 「分からぬか? 息子とはゼロ、いや、我が不肖の息子、ルルーシュの事よ」

 

 平然と告げる皇帝を余所に、ライの脳髄にはまるで雷に撃たれたかのような衝撃が走っていた。

 

 ――ルルーシュが息子? じゃあ、ルルーシュは皇子という事に……なら、ナナリーも? だとするとクロヴィスやユーフェミアは……。

 

 そこまで考えて、ライはルルーシュが余りにも自分と、二人の異母兄を殺した自分と似過ぎている事に更なる衝撃を受ける。

 しかし、皇帝はそのライの表情に満足したのか、鷹揚に頷いた。

 

 「本題に入るとしよう」

 

 急に険のある表情に戻った皇帝。

 対するライはその一挙手一投足を見逃すまいと睨みつけるが、その答えは横から発せられた。

 

 「今から本来の君に戻ってもらうんだよ。彼のギアスを使ってね」

 

 少年の愉悦を帯びた瞳も今のライの視界には入ってこない。

 

 ――駄目だ、ルルーシュ! 皇帝と会っては!

 

 事ここに至っても、ライはルルーシュの身を案じた。信じていたのだ。カレンが必ず連れ戻してくれると。

 対する皇帝は苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべるライの様子に、さして気にした素振りも見せず淡々と語る。

 

 「今の御主の瞳に宿る微かな光。さしずめ希望といった所か。それは我らにとって不要なもの。さて、両目を開かせよ」

 

 ライは咄嗟に顔を伏せる。

 同時に皇帝のギアスも相手の目を見る必要があることを推察すると必死に思考を回す。

 一方で、両腕を押さえていた黒衣の男達は皇帝の命に無言で頷くと、ライの髪を無理矢理掴み引き起こす。

 二人の視線がぶつかる。

 苦悶の表情を浮かべつつも、睨み付けるライに向けて皇帝が告げた言葉は死刑宣告にも等しかった。

 

 「記憶を書き換える。学園での事。騎士団での事。その全てを忘れ、古の姿に――」

 

 一瞬の忘我。

 ライは皇帝が何を言っているのか理解できなかった。

 そんな彼の心の内を知ってか知らずか、皇帝は今までとは一変して穏やかな表情を浮かべたが、逆にそれはライにとっては何よりもおぞましいモノに見えた。

 

 ――いや、嫌だっ!!

 

 ライは血の気が引くのを感じた。

 先ほどまでの気丈な態度は四散し、半狂乱になったライは必死に首を振って視線から逃れようとするが、二人がかりで押さえつけられてしまえば灰銀色の髪を僅かに揺らすだけ。

 それは凡そ抵抗とは言えない貧相なものだった。

 対する少年も、ましてや皇帝でさえもその姿には思わず眉を顰める。

 つい先ほどまで、虜囚の身に落ちても決して折れようとしなかったその瞳が恐怖に染まっていたからだ。

 必死の抵抗。

 忘れたくなかった、諦めたく無かったのだ。

 目覚めた後にライが出会った多くの人々。彼らと過ごしたかけがえのない日々。

 それは、最早ライにとって無くてはならない物。

 最後はそれを護る為に嘘まで吐いたのだから。

 全てを失った時、自分は一体どうなるか。ライは想像したくもなかった。

 目の前に居る男、皇帝はきっと自分を利用する。

 そうでなければ記憶を書き換える必要など無い。殺せば良いだけの事なのだから。

 そうなった時、カレンが日本を取り戻すために戦い続ける限り、ルルーシュがゼロとして生き続ける限り、自分は間違いなく二人の前に立ち塞がる事になる。

 そうなればきっと互いに傷つけ合う事になる。自分が傷つくのは構わない。しかし、仲間を傷つけてまで生きるなど、今のライには耐えれなかった。

 そんな事になるくらいなら死んだ方がマシだったのだから。

 何とか言葉を発しようと躍起になるが、マスクの間からはくぐもった声が漏れるだけ。

 最早、言葉にさえならない。

 最後の抵抗空しく、ライのギアスは完全に封じられていた。

 

 「嘗ての御主に戻るがいい!!」

 

 皇帝は両手を広げると外套を靡かせ、三日月に吊り上げた口元から言葉を紡いだ。

 瞬間、紅い鳥が羽ばたいた。

 壊れてゆく、ライの世界が音を立てて。それはさながら走馬灯のよう。

 学園での事。

 記憶を失っていた自分を温かい心でもって接してくれた皆の姿が消えてゆく。

 

 ――会長チョーーーーップッ!!

 

 そう言ってライの頭を軽く叩いた後、楽しそうに、何か思い出した?と問い掛けるミレイのしたり顔。

 

 ――私はライの事を友達だと思ってるよ?

 

 会って間もないというのに、一番最初に自分の事を友達だと言ってくれたシャーリーの笑顔。

 

 ――あの、折り紙を教えてくれませんか?

 

 そうして初めて桜を折れた時、満面の笑顔を浮かべたナナリーの無垢なる姿。

 

 ――僕と君の道は、交わる事が出来るかもしれない。

 

 意思の強い眼差しで、思いの丈をぶつけてきたもう一人の親友、スザク。

 

 ――お前のそういうところ、マジで羨ましいよ。

 

 会長に想いを寄せていながら、中々振り向いて貰えず落ち込んでるリヴァルの横顔。

 

 ――あ……ありがとう。

 

 最初は警戒されていたが、次第に打ち解けてくれるようになったニーナ。

 

 一瞬のうちにそれら全てが音を立てて砕け散った。

 ギアスに冒され紅く染まったライの双眼。その瞳の奥に確かに宿る柔らかい光が薄れて行く。

 騎士団での事。

 出自不明であった自分を信頼してくれた皆の笑顔が消えて行く。

 

 ――何だ? これはやらんぞ。

 

 幸せそうにピザを食べるC.C.の横顔。

 

 ――どうだ? ライ、驚いたか?

 

 仮面を外して柔らかく微笑んだ後、自らに手を差し伸べてくれたルルーシュの姿。

 

 ――あなたが好きよ、ライ。

 

 頬を染めながら鍾愛(しょうあい)の笑みを浮かべる、ライにとって初めて恋い焦がれた大切な女性(ひと)

 カレンの姿がゆっくりと砕けていった。

 同時にライの瞳の中にあった光も四散する。

 最後に一筋の涙が頬を伝うと彼は意識を失った。

 

 この時、ライという青年は死んだ。

 肉体の死、ではない。それよりも遥かに残酷なものだ。

 ライをライたらしめていたその根源が殺されたのだから。

 黒衣の男達は青年の体から力が抜けるのを感じると、やっと終わったかと言った素振りで軽く息を吐く。

 そして徐に青年のギアスを封じていたマスクを外し、その身体から手を離そうとする。しかし――。

 

 「駄目だよ」

 

 それまで無言で一連の流れを面白そうに眺めていた少年は、一転すると緊迫した表情を張り付けていた。

 慌てて押さえ直す男達。

 

 「そう、何があっても離したら駄目。しっかり押さえててね。これからが本番なんだから」

 

 少年は緊張からか小さく喉を鳴らす。

 初めて見る余裕なさげな主の姿に、男たちは動揺を禁じ得ない。

 暫くして、真っ先に異変に気付いたのは青年を押さえ付けている男達だった。

 彼らは互いに顔を見合わせると、瞳に疑問の色を浮かばせる。

 何故なら、自分達が押さえ付けている青年の身体からは先程とは打って変わって一切の気配が消えていたのだ。

 鼓動はある。体温も感じる。だが、何かが違う。例えるならば人というよりも物に触れているような感覚に近い。

 そんな動揺する彼らの様子に気付いた少年は、努めて平静さを装い正面に陣取ると、次の瞬間、恐ろしく柔和な声で話し掛けた。

 

 「おはよう」

 

 押さえられている青年がわずかに身動ぐ。

 覚醒へと向かう青年。

 続いてゆっくりと顔を持ち上げると静かに双眼を開いたが、既にそこには先程の光は無い。

 あったのは紅く毒々しい瞳だけ。

 その瞳が少年を捉えると僅かに揺れた。

 

 「よく眠れた?」

 「お前か……V.V.……何故起こした?」

 「時が来たんだよ」

 

 さしたる驚きも無く平然と問う青年に、V.V.と呼ばれた少年は嬉しそうに答えるのみ。

 すると、青年は自分が見下ろされている。その事実を不愉快に感じ立ち上がろうとするが、そこで自分が男達に押さえ付けられている事に今更ながら気付いた。

 

 「私を押さえ付けているこの下郎共は何だ? お前の僕か?」

 

 不愉快さを隠す事無く再度問い掛ける青年。だが、V.V.は何も答えない。

 その態度に今度は止めさせろと言わんばかりに批難の視線を浴びせるが、その時、V.V.の横に現れた影に気づいた。

 青年が視線を移すとそこに居たのは皇帝の姿。

 当然、今の彼には誰だか分かっていない。

 

 「誰だ? 貴様は」

 

 皇帝は答える代わりに挑発するかの如く睨みつけた。

 その態度を見て青年の瞳が危険な色を孕む。

 

 「答えろ。貴様は誰だ?」

 「儂は神聖ブリタニア帝国皇帝、シャルル・ジ・ブリタニア」

 

 彼の"命令"に対して皇帝は簡潔に返した。

 

 「神聖ブリタニア帝国? 貴様が皇帝だと?」

 

 青年はほんの少し怪訝な表情を浮かべる。

 ブリタニアは知っていた。かつての宗主国であったのだから。しかしどこか違う名前。

 そして、青年の知っている皇帝とは全く異なる。

 斯様(かよう)な覇気に溢れる者では無かったのだから。

 

 「もういいよ。離してあげて」

 

 青年が思考の海に沈もうとしていると、第一段階をクリアした事を認めたV.V.が安堵のため息と共に命じた。

 それを受けて彼を押さえ付けていた手が一斉に離れると、次にV.V.は皇帝を指差し告げた。

 

 「彼も僕の協力者だよ。君も僕に協力する義務がある筈だけど?」

 「協力だと? それは契約の事を言っているのか? 何を今更……お前は何も話さなかったでは無いか。その皇帝とやらを使い願いを叶えればいいだろう?」

 

 青年は抑揚の無い言葉を浴びせながら、ゆっくりと起き上がるとV.V.を見下ろした。

 見上げたV.V.は更に語る。

 

 「神を殺す為には力ある者は多い方がいいのさ」

 「それがお前の願いだったのか?」

 

 突拍子もない言葉だったのか。青年は少々驚いた様子で瞳を見開く。神などという存在をV.V.が信じているなど思ってもいなかったからだ。

 しかし、青年が詳しく聞こうと口を開いたその時、突如として皇帝が割って入った。

 

 「それについては、儂から話そう」

 

 そして淡々と語り始めた。神を殺し、世界の嘘を破壊する事が自分たちの目的なのだ、と。

 青年はその話を最初は馬鹿馬鹿しいといった面持ちで興味無さげに聞いていたが、やがて母と妹の話になった時、初めてあからさまに表情を変えた。

 青年は静かに唇を噛み締め瞳を閉じる。

 涙こそ流さなかったが、その顔は泣いていると言ってもおかしくはないものだった。

 

 「御主の母と妹もまた、神の犠牲者だ。無論、御主もな」

 

 皇帝の哀れむような言の葉を受け、青年はゆっくりと顔を伏せた。

 その姿を背後から見ていた黒衣の男達は、青年が涙を必死に耐えているのかと思ったが、それは間違いであったと直に気付く事となる。

 突如として、冷えきった何かがその部屋を包み込んだ。

 次に彼らは青年を中心に燃え上がる青い炎を幻視するも黒衣の男達は声も出ない。

 今直ぐこの場から逃げ出したい衝動に駆られたが、地下道で感じた時よりも比べ物にならぬ程の殺気を感じ、今度は身動き一つ取る事が出来なかった。

 だが、皇帝とV.V.はそんな彼から発せられるそれを平然とした面持ちで受け止める。

 

 「いいだろう。母と妹の仇となるのなら、協力してやろう。ただし、私を謀れば容赦はしない」

 

 静かに顔を上げてそう答えた青年の瞳には光が宿っていた。

 だが、それは柔らかさの欠片も無く、触れるもの全てを切り裂き兼ねない程の鋭さを持った光だった。

 それを見た皇帝とV.V.は同じように邪な笑みを浮かべた。

 

 「では、まずその暴走を押さえねばな」

 「何だと?」

 

 皇帝に告げられて初めて彼は自分のギアスが未だ暴走状態である事を知らされた。

 実際には二度目の暴走なのだが、それは知るよしもない事。

 

 「嘗ての、全てに絶望した頃の御主ならまだしも、為すべき目的を得た今なら容易い筈。力に飲まれる程、弱き者ではあるまい?」

 

 先程と同じく、邪な笑みを浮かべたまま皇帝は諭すように前置きすると――。

 

 「捩じ伏せよ」

 

 威厳のある声で告げた。自分に出来て、御主に出来ない筈が無いとの思いを込めて。

 皇帝の挑発にも似た言葉に、言ってくれるなと愉快そうに笑った後、青年は静かに瞳を閉じる。

 その途端、青白い炎が先程よりも激しく燃え盛った。

 そして、時折噛み締めた唇が妖しく歪むと、その間から断続的な息使いが零れる。

 しかし、最初は荒々しかったそれが次第に治まっていくに連れて、彼を包んでいた炎も緩やかになり、最後には消え失せた。

 それを機に、彼の後ろで自由を取り戻した男達は、その場に力なく座り込んでしまう。

 そんな彼らの様子を遠目に見たV.V.は、情けないなぁと一人心の中で愚痴った後、目の前に佇む青年を見上げた。

 ゆっくりと見開かれていく瞳。

 それが開き切った時、そこに紅い色は無く、あったのは蒼い色。

 それを認めたV.V.は肩越しに振り向くと小さく頷く。

 

 「見事」

 

 それを認めた皇帝はさも愉快そうに笑った後、告げた。

 

 「これより御主はV.V.と行動を共にせよ」

 「私に子守りをしろと?」

 「僕は子供じゃないんだけど?」

 

 その命令が不服だったのか、青年は眉間に皺を寄せて問い返すと紫色の瞳を細めたV.V.が咎めるが、彼はそれを一蹴した。

 

 「黙れ。見た目の問題だ」

 「見た目など気にする必要は無い。良いな?」

 

 皇帝は、最後に目の前の青年が果たして自分と共に歩むに相応しいか試す意味も込めて、普段と同じく異論は許さぬという口調で咎めた。

 それを聞いた青年は瞳を閉じて思慮に耽る一方で、皇帝は彼からの答えを静かに待った。

 流れる沈黙。

 皇帝の問い掛けに対して黙るなど本来であれば不敬そのもの。しかし、皇帝は咎める事はしなかった。

 青年がどんな言葉を返してくるのか興味があったのだ。

 もし、彼が他の者と同じく聞き飽きた言葉を返すのならば、幼き日に抱いた想いを捨て去って駒として使うだけ。

 しかし、もし違った時は……。

 

 「やむを得ん。引き受けてやろう」

 

 沈黙を切り裂いたのは尊大な言葉。

 それは皇帝が聞き飽きたモノでは無かった。

 この時、皇帝は確信した。この者こそ幼き頃自分が憧れた男だと。

 皇帝である自分の前でも、何ら恐れる事なく自身の思いをこともなげに言い放つ存在。

 自分に対して、こうも威風堂々と接する者は、最早V.V.しか居なかった。力を得る者は同時に孤独も得る。

 そんな現状に身を置いていた皇帝にとって、彼の態度は実に新鮮に感じられ、自身でも気付かぬうちに自然と笑みを浮かべていた。

 一方でそんな青年の態度をV.V.も気に入ったのか、先程の不機嫌さもどこへやら。目元を緩ませると嬉しそうに笑う。

 

 「光栄に思え。私と並び立つ事が出来るのだ。この私、ライゼル・S・ブリタニアとな」

 

 最後に青年、ライゼルは高らかにそう宣言すると三日月を浮かべた。

 その蒼い瞳に狂気を宿して……。



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~ 古王の胎動(中編)~

 謁見の間での、傍目にはおどろおどろしく聞こえる会話が終わりを告げた後、衣服を着替えさせられた青年、ライゼル。

 彼は皇帝とV.V.、二人に誘われるがまま薄霧が立ち込める廊下を外套を揺らしながら歩む。

 しかし、彼の端正な顔立ちには、不機嫌此処に極まれりといった具合で眉間に深い縦皺が刻まれていた。

 

 ―― 神を殺し、世界の嘘を破壊する ――

 

 当初、それが母と妹の仇になると聞かされた彼は賛意を示した。

 にも拘らず、それ以降、眼前を歩む二人からは一体どうやって神を殺すのか。その具体的な説明が一切無かったからだ。

 いや、それだけであればここまで不機嫌にはなっていない。

 若干の不満を抱いてはいたが、最初は誘われるがまま二人の後ろを歩いていた。

 が、建物の中だというのに薄霧が立ち込めるような珍妙な場所を歩かされ、更にはその霧が進むにつれて濃さを増してゆくのに対しても、何の説明も無い。

 遂に我慢出来なくなった彼は、苛立ちを隠す事無く二人の背中に険のある声を浴びせる。

 

 「何処に連れて行こうと言うのだ?」

 「とても良い所だよ」

 「付いて来れば良い」

 

 彼が不機嫌だと言うのは声を聞いただけで容易に想像出来たであろうに、V.V.から返って来たのは何とも曖昧な返事だけ。

 皇帝に至っては、端から説明する気ゼロの返答しか返って来ない。

 彼は、振り向きもせずに返答した二人の答えとは言えない言葉に少々呆れたのか。

 

 「まさか、この廊下は黄泉の国にでも繋がっているのではないだろうな?」

 

 馬鹿にするかのように軽口を叩いた。

 当然、彼自身黄泉の国など信じてはいない。

 戯言のつもりでつい口走った台詞だったのだが、前を歩いていた二人は唐突にその歩みを止めると同時に振り向いた。

 

 「面白い事言うね」

 「其の問い掛け気に入った」

 

 V.V.は童でも見るかのような表情で返し、皇帝は口元を僅かに釣り上げて微笑を浮かべた後、少し鼻を鳴らすと不満顔を貼り付けている彼に対して言い放った。

 

 「それに、(あなが)ち間違いでも無い」

 

 彼はそんな皇帝の台詞に少々面食らった様子でいたが、直に戯言など言うものでは無いな、と思ったのか。

 眉間の縦皺そのままに、口を真一文字に閉じると今度こそ黙って2人の後に続いた。

 やがて暫く歩いた後、ぼんやりと霧が晴れ始めると、突然不思議な場所に出た。

 黄金色の夕日が注ぐ広大な空間。

 建物の中を歩いていた筈が、気がつくと雲海の中に静かに浮かぶ神殿のような場所に居た。

 その幻想的とも言える光景に、呆気に取られた様子でいる彼を尻目に皇帝は誇らしげに語る。

 

 「これこそが神を殺す為の武器、名をアーカーシャの剣という」

 

 それを聞いた彼は尚更理解出来なくなった。

 目の前に広がるのは神殿のような構造物のみであり、何処をどう見ても武器には見えなかったからだ。

 

 「この神殿が武器だと?」

 「左様」

 「どのようにして使う?」

 

 これは最早、自身の理解の範疇を越えていると判断した彼は、より詳しい説明を求めるも――。

 

 「気が早いよ。まだその時じゃ無いんだから」

 「では、それまで何をしていろと?」

 「ある男の監視を頼みたいんだよ」

 「監視だと?」

 

 クスクスと笑い声を洩らすV.V.に嗜められた彼が怪訝な様子で問い掛けると、何とも間の抜けた言葉が返って来た為、彼は一瞬V.V.が巫山戯ているのかと思った。

 眠りから叩き起こされて最初に言われた言葉が、神を殺すから協力しろ。

 いや、その事はさして気にしてはいなかった。

 問題は、壮大な話を聞かされた後にこのような非現実的な場所にまで案内されて、否が応にも気持ちが昂って来た所に言われた言葉が男の監視。

 この落差は一体何なのだと思った彼は眼で続きを促すと、察したV.V.は言葉を続ける。

 

 「あぁ、君が監視する必要は無いよ。部下を一人付けるから、その子から状況を聞いて僕に報告してくれるだけで良いんだよ」

 「小間使いのような事を私にやらせる気か?」

 

 その言葉は、彼自身が先程対等であると宣言したというのに、まるで自分を下に置こうとする発言だった。

 気に食わなかった彼は噛み付くように言うも、V.V.はそんな言葉をヒラリと躱す。

 

 「面白いと思うけど?」

 「本当に面白いならお前がするだろう?」

 「二人ともやめよ」

 

 突如として皇帝の制止が入った。

 その事には納得がいかなかったが、皇帝の有無を言わせぬ眼差しを見て、理由ぐらいは話してもらえるのだろうな?と臆する事無く念を押すと、遂に先程からの不満が解消されそうな言葉が返って来た。

 

 「我々の計画に一つ、欠けている物を持っている女がいる。彼奴(あやつ)はその女を誘き寄せる――」

 「餌、と言う訳か。その女の名は?」

 

 続きが気になった彼は平然と皇帝の言葉を遮ると、皇帝は少々苦笑しつつも告げた。

 

 「C.C.という」

 「人間の名では無いな」

 

 彼は率直な感想を口にした。

 しかし、そこであることに気付くと側に居るV.V.に視線を落とす。

 視線が合ったV.V.は破顔する。

 

 「当たり。彼は彼女を誘き寄せる為の餌。君は餌の監視」

 

 良く出来ました、とでも言いたげな笑みを浮かべるV.V.。

 対する彼は両腕を組んで押し黙ると、皇帝と同じ様に黄昏の空に視線を移した。

 望まれた役目は監視する事。

 それだけであれば彼の心を動かすには程遠い。

 ただ誘き出すだけであれば、その男を公開処刑にでも何でもすればいいというのが彼の意見だったからだ。

 だが、それをしないとなると何かしらの理由があるのだろうという事も同時に思う。

 その事に対して少々疑問は残ったが、彼は視線はそのままに、鋭さを増した瞳でどちらに言うでもなく命じるように告げた。

 

 「その男の事を話せ」

 「やる気になったの?」

 

 どうやら本当に引き受けるとは思っていなかったようで、V.V.は少々驚いた口調で彼を見上げるが、彼の視線は相変わらず。

 

 「お前と同類の女。ならばその男もギアスを授かってるのでは? ギアスの力は王の力だ。どのような男か知りたい。その上で決める」

 

 皇帝、お前もな、とまでは言わなかった。

 V.V.の協力者である皇帝であれば、恐らく持っている筈だと踏んでいた。

 だが、今は同じ目的を共有する者同士、この場は下手な詮索などせずに、何れ機会を見つけて聞き出せば良いだけだと判断したのだ。

 

 「よかろう。では、話すとしよう」

 

 相変わらず皇帝の視線もそのままだったが、そう前置きすると話し始めた。帝国に、己に弓引いた男の事を。

 だがその時、僅かに皇帝の表情が緩んだのを彼は見逃さなかった。

 それはどこか懐かしむような表情に見え、彼は自身の疑問が少し深まったのを感じながら、皇帝の言葉に聞き入った。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

   コードギアス 反逆のルルーシュ L2  

 

   ~ 前日譚 古王の胎動(中編)~

 

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 話しが終わった時、彼の心に残ったのはゼロという男に対する純粋な興味だった。

 皇帝の話の中に出てきたゼロという男に言い知れぬカリスマ性を感じたのだ。

 それはゼロが戦いに破れた敗者とはいえ、彼の興味を引くには十分なもの。

 しかも、今、まさにこの帝都に向かっているという。

 だが、到着するまでは、まだ若干の猶予があった。

 

 「ゼロという男の詳しい情報が見たい」

 「よかろう。後で届けさせる。だが、あくまでも監視に徹せよ。何があろうとも殺すな」

 

 その時の皇帝は今まで以上に真剣な様子で、彼はその言葉に益々疑問が深まると同時に少々不快に感じた。

 確かに彼自身、用済みとなった餌に用は無いとも思っていたが、そこまで非道な振る舞いをする気は現時点では無かった。

 何よりも、食い付くまでは生かす必要があり、皇帝の台詞は捕らえた後に言うべき言葉の筈。

 だが、それはまるで捕らえる前に自分が殺すかのように思われていると理解したからだ。

 

 「そのような愚行を私が行うとでも? 侮辱する気か?」

 「そうであったな」

 「それに、そういった事はV.V.に言え。私の部下となる者が無能であれば、そのような事態を招く可能性はあるからな」

 

 言うと同時に視線を左下に向けると、遅れ馳せながらも皇帝が後に続く。

 二人の視線を浴びる形となったV.V.は、ヤレヤレといった様子で首を振った。

 

 「分かったよ。でも、あの子はそれなりに優秀だから大丈夫だと思うよ。取りあえず今日の所はここまでにしとこうか」

 

 そう言うと無理矢理とも思えるように会話を打ち切ると、再び彼に視線を移し手招きするように告げた。

 

 「君は僕に付いて来て。その子を紹介するから」

 「良いだろう。だがどのような者でどう監視させるか、お前の考えをその者に会うまでに聞いておきたい」

 「それは歩きながら話すよ、ライ」

 

 V.V.がその名を口にした瞬間、辺りに冷気が生じた。

 その出所に対して、澄まし顔でどうしたの?と言ってのけるV.V.に、出所である彼は酷薄な剣幕で告げた。

 

 「私をその名で呼べるのはたった2人。母と妹だけだ」

 「これはもう決まっている事。その方が色々と都合が良いんだよ」

 

 そう言うとV.V.は軽い足取りで彼の側まで近付くと上目遣いになる。

 それは端から見れば何とも可愛らしい仕草に見えただろうが、今の彼には憎々しい姿でしかない。

 中腰になった彼は、顔を鼻先が触れそうな至近距離まで近づけると、怒気を孕んだ口調で凄む。

 

 「決まっているだと? どういう事だ?」

 

 だが、V.V.はそんな彼の態度を寧ろ楽しんでいるのか、陰惨な笑みで返すのみ。

 一触即発の空気が周囲を満たし始める。

 しかし、不意に後ろから、この疑問に対してだけは明確な返答が返って来た。

 

 「御主の名は帝国にとって神聖なもの。皇族と言えども語る事は許されぬ。他の者との顔合わせの際に、その名は邪魔になる」

 「顔合わせをするだと?」

 

 彼は思わぬ答えに先程の怒りも忘れて、驚きを隠し切れない表情を浮かべた。

 自らはV.V.と共に居て、男の監視をするだけで良いと思っていたからだ。

 

 「表に出す事はせぬが、御主の存在はごく近しい者達には知らせる。息子としてな」

 「止めろ。私に父親なぞ居らん」

 「御主は先程、我らと肩を並べると言った。ならば我らは対等である。対等の者の命令を聞く気はない。それとも、発言を取り消すというのか?」

 

 さっさと立ち去ろうと踵を返した所で、続けざまに放たれた皇帝の言葉に彼は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 一度言った事を取り消すなど、自身のプライドが許さず、そうまで言われてしまっては最早どうする事も出来ない。

 

 「……名については許そう。だが、顔合わせは断固拒否する。行くぞ、V.V.」

 

 しかし、彼の最後の抵抗か。

 不愉快極まりないと言った口調でそう吐き捨てると、一人元来た道に向かって歩き出していった。

 

 「彼には、ここのもう一つの使い方を教えないとね」

 

 V.V.はそんな彼の後ろ姿を見つめて愉快そうに皇帝に告げた後、小走りで彼を追いかけて行く。

 そんな二人を見ながら、皇帝は鋭さを帯びた瞳でその背を睨む。

 

 ――兄さん、もう嘘は吐かないで下さいよ?

 

    ◇ ◇ ◇

 

 V.V.と共に薄暗い地下施設を案内されている途中、彼、ライは様々な説明を受けた。

 この場所の事。男の監視をどのように行うのか等々。

 話終えたV.V.はふと思い出したかのように問い掛ける。

 

 「ライは無茶をするよね。彼に対してあれだけ尊大な態度を取るなんてさ」

 

 その名を呼ばれるのにはまだ不満があったが、最早どうにもならない事を理解していたライは、敢えて触れる事なく答えた。

 

 「殺されるとでも? それならそれで私は構わない」

 

 そう、ライは本当にそう思っていた。何故なら、元々彼は生きるつもりは無かったのだから。

 しかし、隣を歩いている少年、V.V.と結んだ契約のせいで自ら死ぬ事が出来ない。

 V.V.の願いが母と妹の仇を討つ事に繋がるのであれば、今直ぐにでも神を殺して今度こそ永遠の眠り、死を迎えたかったのだ。

 彼にとって大切な2人が居ない世界など、その後どうなろうと知った事では無いのだから。

 そんな思いもあり、仇を取れない事に未練はあったが、今のライは殺してくれるのなら寧ろ感謝してやろうとも思っていたのだ。

 しかし、皇帝はライの不敬を咎める事さえしなかった。その事に対しては、中々懐の深い男だと評価していた。

 そんなライの言葉を聞いたV.V.が笑みを浮かべていると、視線の先に一人の少年の姿を認めたV.V.はライの袖を引く。

 が、その時になって初めて、V.V.はライが指輪をしている事に気付き疑問符を浮かべた。

 ライの事はV.V.も本を読み皇帝程では無いが多少の事は知っていた。

 だが、その本の中で彼が結婚しているなど何処にも記されていなかったからだ。

 誰から貰ったのか分からない謎の指輪。

 ひょっとすると、彼が過ごした学園や騎士団の中でそういった相手が居たのかもしれない。不味い事になる前に、外させるべきだろうかとも迷ったが、指輪の事を下手に追求した結果、自分に要らぬ嫌疑を抱かせるくらいなら聞くべき事では無いと判断したV.V.は、結局見て見ぬ振りをするとライと共に少年の元まで歩み寄った。

 

 「ほら、彼に挨拶して」

 「よろしく…お願いします」

 

 その少年はV.V.に促されるがままライに挨拶したが、その仕草は何とも儀礼的。

 それだけでもライを不愉快にさせるのには十分だったが、何よりも彼を苛立たせたのは、栗色の髪の間から覗く薄紫の瞳から発せられていた、ある種の人間が持つ薄暗い光のせいだった。

 父親と異母兄二人を殺して即位した当時、王宮は権謀術数、卑しい貴族が未だ蔓延っており、ライはそれらを駆逐する為に徹底的な弾圧を行った。

 結果、殆どの者は一族郎党粛正したが、まだ若かったライは残党から報復を受ける事となる。

 だが、そこは相手も心得たもので、王には何も通じないと見るやその牙は王の母と妹に向けられる事となる。

 その計画を知ったライは、間一髪といったところで防ぐ事に成功したが、その怒りは治まる事を知らず、関与したものを3日3晩責め抜いた末、惨たらしく殺した。

 今、ライの目の前に所在無さげに佇む少年は、その時、母と妹を狙った者、暗殺者の目に瓜二つだったのだ。

 警戒の色も露わに、ライは少年に問い掛ける。

 

 「名は何と言う?」

 「……有りません」

 

 目の前に居る少年は、そうポツリと呟くと悲しそうに視線を彷徨わせた。

 

 「どういう事だ?」

 

 ライはその答えに少々驚くと共にV.V.を睨みつけるも、返って来たのは何とも残酷な言葉。

 

 「この子が名前を持つ必要なんて無いよ」

 「貴様……」

 「大体、名前なんて付けたところで、覚えるのが面倒なだけだよ」

 「では、お前はこの者を何と呼んでいる?」

 

 呆れ果てたライは冷めた口調で尋ねたが、V.V.は特に気にした様子も無く、しれっと答える。

 

 「別に? 普段は番号で呼んでるけど? あぁ、でも任務の時は味気ないからコードネームで呼んでるかな」

 

 仮にも嚮団のトップであるV.V.。

 その者に、少年は普段名前で呼ばれる事さえ無いという。

 名前はその人間の個を形作る大切な要素。

 名前で呼んで貰えるという事は、この世界に自分という存在が確かに居るという事を、自分だけでは無く他人が認めてくれるという事。自身の存在証明の一つでもあるというのに、少年はそれさえも認められていないという。

 そこまで考えたライだったが同時に、成る程な、とも思った。

 任務の時は、番号では無く仮初めの名ではあるが与えられる。

 それは自分が唯一認められている時間。また呼ばれたい。そう思うからこそ死に物狂いで遂行しようとする。

 

 ――結果、体のいい駒の出来上がりという訳か。しかし、それではこの任務には少々役不足だな。

 

 そう思い、目の前の少年に視線を落とすと先程見せた薄暗い光は消え、今度は捨てられた子犬のような瞳でV.V.を見つめていた。

 そんな少年の視線に気付いたV.V.は面倒だと言わんばかりに溜息を一つ。

 

 「兎に角、この子を君の部下に当てるから。嚮団から機情に派遣する駒としてね。君達二人で監視してもらうよ」

 

 そう言うと、V.V.はもう用は終わりと言わんばかりに踵を返すと振り返る事無く立ち去って行く。

 その後ろ姿を見た少年は、顔を伏せて肩を震わせていた。

 だが、その仕草は逆にライを喜ばせるものであった。

 

 ――悲しむ余裕があるか。まだ、完全に人形となった訳では無いようだな。ならば、私の好きなように作り替えてやろう。

 

 心の中で歪んだ笑みを浮かべると、未だに顔を伏せている少年に対して顔を上げろと命じたライ。

 その言葉にゆっくりと顔を上げる少年。

 ライは静かに語り掛ける。

 

 「任務の際、V.V.には何と呼ばれていた?」

 

 その問いに対して、少年は言いかけたが直に何かを思い出したようで口籠ってしまった。

 

 ――成る程、任務以外では口にする事も禁止しているのか。徹底しているな。

 

 少年の様子から、そう推察したライは少々感心した後、丸みを帯びた口調で促す。

 

 「ここに今V.V.は居ない。言え」

 

 少年はV.V.の去った方向をチラリと見た後、たどたどしい口調で答えた。

 

 「……ロロ」

 「ロロ、か。では、今日からお前の名前はロロだ。以降、そう名乗れ。私が許す」

 

 それは少年にとって予想外の言葉だったようで、思わずといった様子で瞳を見開くも、直ぐに先程と同じく悲しげな表情に戻る。

 

 「でも嚮主さまは……」

 「私に同じ言葉を二度言わせるな」

 

 ライは、有無を言わさぬ口調で断じると、薄暗い施設の中に木霊する。

 それが消えると、暫くして少年の口から言葉が溢れる。

 

 「ロロ……僕の、僕の名前……」

 

 それを聞いたライは必死に何度も名前を復唱する少年、ロロから視線を逸らすと、軽く溜息を吐いた後にV.V.が去った方向を見つめる。

 

 ――全く、困ったものだ。人形のような者を弟役に据えるなど。このような事は、繊細に事を運ばねばならないと言うのに。

 

 そう、ただ報告するだけなら人形でも構わない。

 だが、(つぶさ)に監察する為には、周囲の人間と一定の折り合いを付ける事が必要だった。学園に溶け込ませなければ意味がない。その為には、やはり人形では駄目なのだ。

 ライが欲したのは、目的の為ならばどのような手段も厭わない者。

 そういう意味では、目の前の少年は正に打って付けだった。命じれば戸惑う事無く人を殺せるだろう。

 だが、周囲の人間が取っ付き(にく)い存在では駄目だった。表と裏を使い分けれる人材でなければならない。

 その意味では、少年は不適格だった。

 後は、自分に忠誠を誓う存在。

 それはギアスを掛ければ早い話だったが、それでは言われた事を淡々と行うだけ。

 笑えと言えば笑うだろうが、そこに感情の発露は望めない。益々人形に近づくだけだ。

 だからこそライは少年に名前を与えた。

 それは少年が今一番欲しがっていながら、手に入れる事が出来なかったもの。

 与える事で、ライは最も効率良く少年の心の中に己の存在を植え付けてみせた。

 後は適当に優しさを与えてそれを深く刻んでやればいい。それだけで、忠誠を誓うようになるだろう。

 それに、V.V.から聞かされた少年の持つギアスは少々厄介な物だった。

 ライの双眸が怪しく光る。

 そうして未だ嬉しそうに自分の名前を何度も呟いているロロに対して、ライは静かに命じた。

 

 「ロロ、私にギアスは使うな」

 「分かりました」

 

 紅い鳥が羽ばたき、一瞬ロロの瞳に紅い縁取りが浮かんで消えた。

 これで、万一裏切られる事となっても自分にギアスを掛ける事は出来ない。

 それに、ライはギアスを使えない場合のロロには驚異を感じてはいなかった。

 ロロのギアスの特性か、殺し合いなどする必要が無かったのだろう。

 片やライは自ら剣を手に取り、幾度となく自らの手で敵を斬り殺して来たのだ。

 腕には覚えがある。負ける要素は微塵も無かった。

 

 ――これで準備は整った。

 

 ライが密かにほくそ笑んでいると――。

 

 「あの……お願いが」

 「何だ?」

 

 その言葉に我に返ったライが見たのは、建物の影からゾロゾロと出てくる子供達の姿。

 どうやら先程のライの声につられて集まって来たようだった。

 やがて子供達はロロの周りに集まると、一斉にじっと何かを頼むかのような瞳でライを見つめる。

 咄嗟に嫌な予感がしたライは立ち去ろうとしたが、それを引き留めるようにロロが願う。

 

 「僕の弟と妹達です。どうか、その……」

 

 最後まで聞かなくとも分かるその言葉の続きを予想したライは、他にも同じような存在が居る事を語らなかったV.V.を憎々しげに思いながら軽い目眩を覚えた。

 

 ――これが貴様が嫌がった本当の理由か、V.V.。



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~ 古王の胎動(後編)~

 ロロとの出会いより3日後。

 嚮団内に一室をあてがわれたライは、皇帝から送られて来たゼロに関する資料を熱心に読み耽っていた。

 机の上に積み上げられた膨大な書類。

 それはライの姿を隠してしまいそうな程だったが、彼は黒皮の豪奢な椅子に深く身を沈めると飽きる事無く読み進めていく。

 そこに記されたゼロの姿。それは皇帝の話以上に興味深い人物だった。

 ゼロ、黒の騎士団なるテロ組織を率いた謎の男。

 幅広い視野で戦場を見渡し、悪魔的とも言える戦略を駆使して帝国に幾度と無く煮え湯を飲ませた男。

 各地のテロ組織やイレブンを蜂起させたトウキョウ租界での決戦、ブラックリベリオンにおいても武勇の誉れ高いコーネリア皇女に重傷を負わせたという。

 しかし、ライに言わせてみればその後の行動が不可解だった。

 捕虜の話によれば、戦局は優性であったにも拘わらず部下に理由を告げずに突然戦線を離脱したと言う。

 数多の戦場を駆け巡ったライにとって、王を失った軍がどうなるかなど考えるまでも無い事だった。

 結果、彼らは当然の如く瓦解し無惨な敗北を喫した。

 そう言った意味では、重傷を負ったにも拘わらず、ライは戦闘終了まで自らの負傷を隠し続けたコーネリアを賞賛するべきだと思った。

 そんな事を考えながら、机上にあるカップを手に取ったライは中に注がれた紅茶を飲み干す。

 すると、側に従っていたロロが直ぐさま代わりの紅茶を注ぐ。

 終わるとロロは何事も無かったかのように元の位置に戻り、ライの様子を飽きる事なく見続けている。

 そんな甲斐甲斐しく仕えるロロの姿を横目で見たライは、どうやら名を与えたという事は想像以上に心を掴んだようだな、と内心ほくそ笑むとロロに向けて笑みをつくる。

 その口元は笑っていたが、瞳には一欠片の優しさも無い。

 普通の人間が見れば冷笑以外の何でも無いような笑みであったが、それはロロにとってみれば任務が成功した時に見せてくれたV.V.の笑みと同じ。

 そこに喜びを見出していたロロにとって、ライの笑みが気になる事などある筈も無く、寧ろこんな事で喜んでくれる事に喜びを見いだしていた程。

 どれほど渇望しても、V.V.が決して与えてくれなかった名を、ライはいとも間単に、寧ろ当然のように与えた。

 ライが微笑む度に、自分が役に立っている事が実感でき、ロロの心に嬉しさがこみ上げて来る。

 これ程の幸せは今のロロには考えられなかった。

 だが、やがて離れなければならなくなる。

 ライと会う前に既に自分が行う任務の事は聞かされており、機情への顔見せも済んでいる。長い任務になる可能性を推察していたからだ。

 ロロがライと離れる事に一抹の寂しさを抱きながら彼の横顔を見つめていると、不意に部屋の壁に取り付けられた巨大なスクリーンが僅かな起動音と共に点灯したかと思うと、幼さの残る顔立ちをした少年、V.V.の顔が映し出された。

 それを見たロロは頭を垂れて敬意を示す。V.V.の事も嫌ってはいなかったのだ。

 親も家族も居らず、他に行く宛てが無かった自分を拾ってくれたのは他ならぬV.V.だったのだから。

 片やV.V.はそんなロロの仕草を一瞥した後、我関せずといった様子で書類を読んでいるライに話し掛ける。

 

 『やぁ、捗ってる?』

 「お前が話し掛けるまではな」

 『相変わらず辛辣だね』

 

 手元の書類から視線を移す素振りも見せず、吐き捨てるかのように言ったライからの皮肉たっぷりの台詞に対して、V.V.は笑みを絶やす事無くまるで世辞を言われたかのように軽く受け流した。

 

 「暇潰しなら他の奴をあたれ。私は忙しい」

 『ゼロが着いたんだよ。一応、知らせておこうと思ってね』

 

 ライの書類を捲る手が止まった。

 そうしてライは書類から眼を離すとゆっくりとV.V.に視線を向ける。

 

 「感謝しよう」

 

 彼にしては珍しい言葉を発した後、少々拍子抜けした様子でいるV.V.を余所に、ライは無造作に書類を放り投げて席を立つと出口に向かって歩き出した。

 そんなライを見たロロは慌てた様子で問い掛ける。

 

 「あ、あの…どちらへ?」

 「ゼロに会いに行く。ロロ、何時でも任務を開始出来るよう準備を進めておけ」

 「……分かりました」

 

 ライは立ち止まると振り向く事無くそう告げた後、再び歩み始める。

 が、ロロは遂に来てしまったと思い視線を床に落とすと押し黙った。

 扉の開閉する音が聞こえ、ライが出ていったのを確認したV.V.はそんなロロの姿を一瞬見咎めたが、やがて何事も無かったかのようにモニターを切った。

 一人、部屋に残されたロロの心の中には、この幸せな時が終わりを告げてしまう。その事に対する寂しさが渦巻いていた。

 認めたく無かった。しかし、どうする事も出来ない事だとも分かっていた。

 今のロロには、静かに拳を握りながらじっとそれに耐える事しか出来なかった。

 いや、それしか術を知らなかったのだ。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

   コードギアス 反逆のルルーシュ L2  

 

   ~ 前日譚 古王の胎動(後編)~

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 ライは嚮団施設にある遺跡を使って帝都まで向かうと謁見の間の前で一旦立ち止まった。

 彼にしては珍しく足早にここまで来た。

 一息吐き僅かに乱れる呼吸を整えると、流行る気持ちを押さきれなかったのか、勢い良く扉を開く。

 そうして広間に進んだライの視界には三人の人物が映った。

 一人は言うまでもなく皇帝。

 あとの二人のうち一人は床に俯せになったまま、微動だにしない。

 最後の一人は茶色の癖毛の青年、スザクだったが、当然、ライはその事を知らない。

 突然の訪問者であるライに驚いたのだろうか。

 スザクは睨みつけるような瞳でライを見つめていた。

 実際は、睨んだ訳では無く逆光が眩しかったからそのような眼になってしまったのだが、その事を知らず純粋にその眼が気に食わなかったライは、威嚇の意味も込めて青い炎を身に纏わせると、その青年の足下に拘束服を着せられて俯せになっている黒髪の青年に向けて歩みを進める。

 大抵の人間ならば、今のライから発せられるその雰囲気に逃げ出すかその場から動けなくなるのだが、その青年は恐るべき勇気を持って立ちはだかろうとする。

 青年の勇気を認めたライは素直に感心したが、同時に少々嗜虐的な気分に囚われた。

 

 ――どこまで耐えられる? お前の胆力を見せてもらおうか。

 

 そうして何とも趣味の悪い考えを巡らせながら、悠然とした足取りで歩み寄る。

 

 「陛下、お下がり下さい!!」

 「構わぬ……して、何用か?」

 

 青年の心は未だ折れず。

 しかし、焦る声色で上奏するが、皇帝からの相も変わらぬ平然とした問い掛けに興を削がれた気分になったライは、纏っていた炎を消す。

 同時に青年に対しての興味も消え失せた。

 そうして、今は皇帝の問い掛けに答えるよりも目の前のゼロと呼ばれた男に興味が戻ったライ。

 彼は傍まで歩み寄り片膝を付くと、意識を失ったゼロの髪を無造作に掴み上げた。

 

 「この男がゼロか」

 

 その顔を覗き込みつつ、ライは努めて冷静な感想を口にした。

 そうして暫しの間じっくりと観察した後、次に率直な感想を口にした。

 

 「若いな、しかしこの歳であれ程の事を成すとはな」

 

 まさかこれ程まで若いとは思わなかったのだ。

 あれ程の戦略を練る男だとの前提に立っていたライは、もっと狡猾な面構えを想像していた。

 だが、現れたのは端正な顔立ちをした自分と同い歳程度にも見える黒髪の青年。

 自分が抱いたゼロへの幻想をあっさりと否定されたライであったが、不思議と不快には思わなかった。

 寧ろ自然と笑い声が漏れる。

 ライは凍り付くような声で一通り笑った後、ゼロの髪を静かに放しゆっくりと立ち上がると、問い掛けの答えを待っているであろう皇帝に向き直る。

 そして、まさか待ち望んでいたなどと言える筈も無かったライは、いつもと変わらぬ態度を示す。

 

 「ゼロなる者が如何ほどの男か、少し興味が湧いたのだ」

 

 しかし、皇帝は彼の心中を見透かしたのか、愉快そうに口元を歪める。

 それを見たライは片眉を僅かに動かすと、何が可笑しいのかと文句の一つでも言ってやろうと口を開くが、突然響いた声に耳を疑った。

 

 「ラ…イ…?」

 

 驚いて視線を僅かに下げると、皇帝を守るかのように立つ先程の青年が動揺を貼付けた表情で見つめていた。

 ライは、未だV.V.と皇帝以外では知る筈の無い自身のもう一つの呼び名を、何故目の前の青年は知っているのか理解出来なかった。

 二人からは既に幾度となくそう呼ばれ大分慣れてはいたものの、会った記憶も無い青年に突然その名を呼ばれて我慢出来る筈が無い。

 ライは射殺しかねない瞳を向けると、冷気を帯びた声で問い掛ける。

 

 「誰だ? 貴様は」

 

 ライの問いに、一瞬身体を強張らせた青年、スザクはそれ以降語る事無く押し黙ってしまった。

 だが、そんな態度をライが許す筈も無く、その双眸に紅い鳥が宿る。

 が、寸前で只ならぬ気配を感じ劣ったシャルルが動く。

 

 「その者にギアスを使うことは儂が許さぬ」

 

 背後に守る皇帝から告げられた言葉に、スザクは驚愕した表情を張り付けると唇を震わせながら呟いた。

 

 「そんな……君もギアスを持ってるなんて……」

 「何だと?」

 

 その台詞はライの限界を容易に越えさせた。

 痺れを切らしたライが、皇帝の言葉を無視して再びスザクにギアスを使おうとしたその時。

 

 「止めよ!!」

 

 察知した皇帝の言によって、ライはまたしても止められる事となった。

 

 「枢木よ、ルルーシュを連れ退出せよ」

 「Yes……Your Majesty」

 

 スザクは気を失っているゼロ、ルルーシュを担ぐと、覚束無い足取りで退出していった。

 扉が閉まると同時にライは口火を切る。

 

 「どういう事か説明して貰おうか。何故、あの男は私の名を知っていた? それに、お前はゼロの名前を知っていたのか? 資料には載っていなかったが!?」

 「ゼロの正体は我が息子。名をルルーシュという」

 「っ!? お、お前は私に自分の息子を監視させる気か!?」

 

 平然と語る皇帝にライは嫌悪感を覚えた。それは親のする事とは思えなかったからだ。

 その言葉を聞いた時、ライは母と妹を護ることを放棄した男、認めたくは無かったが、自身の半身を構成する男の後ろ姿を思い出し、怒髪、天を衝くかの如く睨み付ける。

 だが、答えが返って来る事は無かった。

 

 「悪趣味な奴め」

 

 ライは侮蔑の意味も込めて辛辣な言葉を口にした。

 だが、その発言にも皇帝は眉一つ動かす事無く、厳めしい表情を向けるとただ一言。

 

 「付いて来るがよい」

 

 そう言うと踵を返して歩き出した。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 「また、此処か……」

 

 黄昏の間でライは項垂れるように呟くと、次に怒りを抑えながら皇帝からの説明を待つ。

 

 「これから話す事は他言無用」

 

 皇帝はライにそう釘を刺すと話し始めた。

 一通り聞いた後、ライの怒りは治まっていた。

 

 「兄弟を殺し、親をも殺そうとするのは、ブリタニアの名を冠する者の宿命か?」

 

 ルルーシュの行いを嘗て自分と照らし合わせたライは呟く。

 しかし、その口調は恐ろしく軽い。

 まるで罪とさえも思っていないような口ぶり。いや、実際彼は何とも思っていないのだ。

 ライは以前の疑問を一度に聞く良い機会と考え、ゆっくりとした口調で問い掛けた。

 

 「ルルーシュにギアスを掛けたのか?」

 「如何にも」

 

 その答えをライは無表情で受け止めた。

 別段、驚く事ではなかったからだ。推察通り、やはり皇帝も持っていたかといった程度。

 しかし、同時に何かが妙だ、とも思った。

 その為、自分の問いにこうもあっさりと答える皇帝に対して、ライは更にもう一歩踏み込むべきか悩む。

 が、僅かに間をおいた後、意を決した彼は恐らく聞き流されるであろうと思いながらも、一番答え辛いであろう事柄を尋ねる。

 

 「お前のギアスはどのような力だ?」

 「…………記憶を書き換える」

 「なっ!?」

 

 僅かに逡巡するも、皇帝は次の瞬間には事も無げに言い放った。

 対して、聞き流されるであろうと踏んでいたライにとって、流石にその答えは予想外であり二の句が告げない。

 そんな無防備なライの懐に皇帝が乗り込む。

 

 「探り合いは好かぬ。知りたいのはその事だけではあるまい?」 

 「……私にも、か?」

 「如何にも。しかし、安心せよ。御主の母と妹に関してだけは一切触れておらぬ」

 

 皇帝はライを落ち着かせる為に念を押したのだが、言われた方にしてみれば何の確証も無い事。

 

 「……それを信じろと?」

 

 そう言うとライは無言で皇帝の瞳を覗き込む。

 皇帝もまたライの瞳を覗き返すかの如く、敢然とした態度で見返した。

 

 「嘘では無いだろうな?」

 

 王であった頃に否が応でも培った洞察力を駆使して、僅かな動揺も見逃すまいと睨み付けながら尋ねるも、皇帝の瞳には微塵の動揺も無く、濁り無き瞳で見返すのみ。

 ライにとって、その瞳は少なく見ても嘘を吐いている者の眼には見えなかった。

 確かに、それだけで確証を得れたと言うのは余りにも危険かもしれない。

 しかし、どれ程問い掛けようと、恐らくこれ以上は言う事は無いだろうと、更なる追求は無駄と悟ったライ。

 だが、やはり一度抱いた疑念をそう簡単に払拭出来る筈も無く、渋々ではあったが怪訝な口調を滲ませつつ話題を変えた。

 

 「いいだろう……一定の信は置いておく。その上で聞こう。どこを書き換えた?」

 「御主が目覚めたのは、今回が初めてでは無い」

 「以前一度目覚めており、その時の記憶を消したという事か。それだけか?」

 「気にならぬのか?」

 「前の記憶に未練はあるかという問いならば未練は無い。私にとって何よりも大切な記憶は母と妹。二人と過ごした日々。そして私の過ちのみだ。それに……二人以外で私に大切な者が出来る筈も無いからな」

 

 そう答えたライは、どこか憂いを秘めた瞳を黄昏の彼方に向ける。

 彼の灰銀色の髪が金色の夕日に照らされて眩く光る。

 そう、出来る筈が無い。二人こそが自分にとって何よりも大切な存在。そんな己の心に宿る二人を押し退ける事が出来るような存在が居たなど、今の彼には想像する事さえも不可能だったのだ。

 そんなライの横顔を見た皇帝は、満足げな笑みを浮かべた後、正面に向き直ると暫しの間、二人は一言も言葉を交わす事無く、ただ雲海の彼方を眺めていた。

 やがて、頃合いかと思ったのか、不意に皇帝が語り出した。

 

 「ルルーシュを決して殺させるな。御主の部下とやらにも徹底させよ」

 

 その言葉に意識を戻されたライは、一つの疑問が瓦解していくのを感じた。

 

 ――それなりに大切に思っているという所か?

 

 それを言葉にする事はしなかったが、ライは何となく皇帝の心の内が見えたように思えた。

 ライは無言で頷くと、それを見た皇帝は努めて冷静に今回の本題中の本題でもある事を告げた。

 それらを聞いたライは、ここに来てから初めて心の底から笑った。哄笑(こうしょう)と呼ぶのだろうか。

 暫しの間、黄昏の空間に透き通るような、しかして怖気立つ(おぞけだ)笑い声が響いた。

 やがてその声が消えると、目尻を僅かに潤ませながら呼吸を整え終えたライは感想を口にした。

 

 「……どうやら、本格的に退屈せずに済みそうだ」

 

 目尻に浮かぶ雫を拭き取る事も無くライは再び笑う。

 皇帝はそのライの妖艶とも言える笑みを無言で見届けた後、再び語り出す。

 

 「必要な物は後で届けさせる」

 「1つ目は戻り次第取り掛かろう。だが、二つ目はどうする?」

 「特務総督府より、エリア11は復興に今暫く時間が掛かると聞いておる。それに、ルルーシュの周囲を固める必要もあるのでな。行動を起こすにしても暫しの時が必要。時期が近付けば追って知らせる」

 「その間、ルルーシュはどうする?」

 「試したい事があるのでな。それを施した後に欧州へ送る」

 

 皇帝の言葉にライは腕を組むと小さく頷く。

 

 「膠着状態だったな。それで? 送ってどうする?」

 「彼奴には天秤を傾けさせる」

 「こちら側にか? 皮肉なものだ」

 

 ライはこれまでブリタニアに仇名してきたゼロ、ルルーシュの運命を嗤う。

 一方で皇帝は思いついたかのように呟いた。

 

 「御主も行くか?」

 「戯言を。あそこは一度征服した地だ。何故、二度も行かねばならないのか」

 

 提案を真顔で拒否したライは、心底嫌そうな表情を浮かべると続けて一言。

 

 「それに、傾けるだけなのは性に合わない」

 「ほぅ? では御主なら如何とする?」

 「知れたこと。破壊する。土台ごと全てを、な」

 

 気負う素振りなど一切見せずに、出来て当然であるかのような絶対の自信を覗かせるライの横顔に、皇帝は笑みを深くする。

 

 「懐かしき顔に会えるやも知れぬぞ?」

 

 そんな皇帝の言葉に疑問符を浮かべるライ。

 皇帝は語る。

 

 「ユーロ・ブリタニアの盟主はハイランドという」

 「私の軍の騎士団長にそのような名の者が居たな」

 

 ライは感慨深げに呟いた。

 ユーロ・ブリタニアの中核を成す大貴族会議。

 そこに輔弼(ほひつ)される者の名はオーガスタ・ヘンリ・ハイランド。通称ヴェランス大公。

 彼の一族は嘗て大陸侵攻時にライゼルに付き従った軍団の二団長、騎士団長と歩兵団長のうちの前者の末裔であった。

 その騎士団長は、ライゼルが本国召喚に応じようとした際、本国に謀議の兆しありとして歩兵団長と共に激烈に反対を表明した男であり、彼の原初の信奉者と言える。

 ライゼルが炎の向こうに消えた後は、本国からの帰国命令を撥ね退け続け、後に勃発した本国での皇位継承争いの際に離反。

 以後、大陸を拠点とし欧州貴族として生きる道を選び、ブリタニアが破れイングランドが島を平定した後も彼の子孫達は島の支配者としての正当性を認めず、たびたび両国間の戦争の原因を引き起こした。

 しかし、時代の流れには勝てず、市民革命の折に触れて体制維持が不可能である事を悟ると断腸の思いで新世聖ブリタニア帝国に臣従する道を選ぶ。

 その際、当代の当主は時の皇帝リカルドからハイランド家が秘蔵する門外不出の宝物(ほうもつ)、この世に唯一ライゼルの姿を描いた壁画を献上する事を条件に過去一切の行いを不問にすると下知されるも、焼き捨てた後に自死すると返答。

 リカルドにしてみれば、国是の象徴として祭り上げていたライゼルの唯一の姿絵を失うのは惜しく、臣従の条件から外さざるを得なかった。

 次にリカルドが妥協案として本国での展覧を条件とすると、その当主はこう言ったという。来たりて見よ、と。

 その心意気を買われ、然したる条件も無く臣従を赦され現在に至る。

 因みに、ブリタニア皇帝で実際に足を運び見たのはリカルドと現皇帝シャルルの二人のみ。

 そんなハイランド家の忠節を知らぬライは、僅かに懐かしんだ後、思考を切り替える。

 

 「何時でも開始出来るよう、監視の準備だけは進めておこう」

 

 そう言ってその場から去ろうとする自分を無言で見送る皇帝に対して、ライは先程の横顔が嘘のような陰惨な笑みを浮かべた。

 

「部下とは親密になっておく必要がある。今のままでは付け焼き刃にもならないからな」

 

    ◇ ◇ ◇

 

 時は巡り今日はロロの出発の日。

 この日が来るまで、ライはこれまで以上にロロを側に置いて自らの存在を植え付けていった。

 それに呼応するかのように、ロロにも感情の発露が見られるようになった。

 いや、以前のロロを知っている嚮団の人間からすれば別人のように見えただろう。

 しかし、ライにとっては満足出来るレベルには達していない。

 彼の中では、何とか付け焼き刃になった程度の認識でしかない。

 だが、それも無理からぬ事と言える。

 ライは二人以外の、ましてや赤の他人に愛情を注ぐ術を知らないのだから。

 だが、ライと行動していたからだろうか。

 彼に対しては絶対に無かったが、ロロは他者に対して単刀直入な発言や高圧的な態度を取るようになり、度々目撃したライはそれとなく自分の言動と似てきたようで、何となく妙な気持ちを抱いていた。

 

「それでは、行ってきます」

 

 施設内のメインホールとも言える場所で、背後に巨大なギアスの紋章が赤々と輝く扉を背に、子供達に囲まれて深紅の玉座めいた椅子に深々と腰掛けると、脚を組んで頬杖をついているライに対して、ロロは寂しそうな表情を浮かべると名残惜しそうにそう告げた。

 片やライは、落ち着かせるかのように頬を僅かに緩ませて笑みを作る。

 だが、相変わらず瞳は笑っておらず、冷笑めいた笑みを浮かると抑揚の無い声で命じた。

 

 「任務を復唱しろ」

 「はい……僕はルルーシュ・ランペルージの弟役。ルルーシュを監視し、あくまでも接触して来たC.C.を捕らえる事が任務です。その為、ルルーシュの殺害は厳禁とする事」

 

 ロロは先程見せた表情を消すと、ライに命じられるがまま淡々とした口調で返した。

 ワザとそうした表情を作っているのならば上出来だと言いたかったが、ライはそれが未だに直らぬ地の部分だと知っていた。

 だが、今更どうにもならない。

 

 「機情との連携については?」

 「取る必要は有りません。任務が優先されます」

 「定時連絡は?」

 「絶対厳守です。その他の連絡にも、何があっても応じる事」

 

 明確な意思を薄紫の瞳に宿しながら、ロロはライからの質問を流暢に返してゆく。

 ライとしても、それについては及第点をやっても良いと思えるものだった。

 

 「いいだろう。最後に一つ、言っておく事がある」

 「何でしょうか?」

 「ギアスの事は誰にも知られるな。機情でギアスを知っているのはヴィレッタ・ヌウという女だけだ」

 「その女以外に知られた場合はどうしますか?」

 

 その問いにライは何も答えなかった。

 ただ、壮絶な笑みでもって返すのみ。

 そう、それだけで十分だったのだ。

 

 「分かりました。その女以外に知られた場合は消します。可能性がある場合も同様に」

 

 ロロは先程とは打って変わって陰惨な笑みを浮かべると、さも嬉しそうに答えた。

 これについては、ライは満点に近い点数をやっても良いと思える程だった。

 

 「いい答えだ。では行け」

 

 ライが口元を僅かに釣り上げて冷笑を浮かべなが命じると、ロロは軽く頭を下げた後、出発しようと背中を向ける。

 

 「ロロお兄ちゃん! 気をつけてねー!」

 「行ってらっしゃーい!!」

 

 ライの側に居た子供達も、手を振りながら屈託の無い笑みを浮かべて自分達の兄に見送りの言葉を手向けた。

 

 「いい子にしてるんですよ」

 

 ロロは振り向いて微笑を浮かべながら、彼らに対して軽く手を振った後、出口に向けて歩いて行った。

 後ろ髪引かれる思いだったが、ロロは決して振り向く事はしなかった。

 何よりも、これはライから与えられた任務だったのだから。

 

 ――絶対に成功させるんだ。あの人の為にも。

 

 ロロの耳に聞こえる弟達の声が徐々に小さくなっていく。そうして、遂には聞こえなくなった。

 暫く歩いて施設の出口付近まで来た時、ロロの眼に小さな人影が映った。

 

 「何だか凄い気迫だね? ロロ」

 「……V.V.」

 

 影の正体は、嚮団の主でもありロロにとっては育ての親とも言える存在、V.V.の姿だった。

 

 「行ってきます」

 

 そう言って、ロロは頭を垂れた後V.V.の側を通り過ぎようとしたが、不意に呼び止められた。

 

 「僕の方からも一つ言っておく事があるんだ」

 

 まさかV.V.から労いの言葉を聞けるのかと内心喜んだロロだったが、その期待は直に裏切られる事となる。

 

 「ルルーシュの記憶が戻ったなら、ゼロが復活したなら、殺していいよ。でも、C.C.の捕縛は最優先だよ?」

 「っ!? で、でもあの人は……」

 

 先程の気迫は何処えやら。全く違う命令を告げられて狼狽するロロに対して、V.V.は品定めをするかのような瞳を向ける。

 

 「ロロ、君の本当の主は誰?」

 「それは……嚮主様です」

 「いい答えだね」

 

 ロロの瞳に動揺の色が広がる。

 それを認めたV.V.は、安心させるかのように穏やかな口調で告げた。

 

 「彼との未来が欲しいなら、それは忘れてはいけないよ?」

 「っ!!……分かり……ました」

 

 その言葉は楔となって実に的確にロロの心に突き刺さった。

 V.V.からの命令を受けると言う事は、ライの言葉に逆らう事になる事は分かっていた。

 しかし、V.V.の言葉もまた。ロロにとっては絶対だったのだ。

 それに、ロロは逆らえば下手をするとライにも危害が及ぶかもしれないとも思ったのだから無理もない。

 だが、ライは自分達の同士であり、更に言うなら弟である皇帝と何よりもV.V.自身がライを気に入ってるのだ。

 そこまでする気は更々無いのだが、そのような事をロロが知る筈も無い。

 

 ――やるしかないんだ。あの人との未来の為にも……。

 

 そう心に堅く誓ったロロは、再び頭を垂れた後、出口に向かって走り去って行く。

 そんなロロの後ろ姿を、V.V.は三日月を浮かべながら見送った。




亡国のアキトに繋げてみました。
捏造なので、御容赦を。


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~ 紅の目覚め ~

暗いお話です。
久々にカレンが出ます。
彼女の決意を書きたかったのですが、暗い話が苦手な方はご注意下さい。


 薄暗い部屋の中、一人の女がソファーの上で頭からシーツを被り、両膝を抱えて僅かに精気を感じさせる瞳でモニターに映る映像を見つめていた。

 女の名前は紅月カレン。黒の騎士団のエースにして双璧の一翼を担う者。

 以前の彼女は、湖のような色の瞳に強い光を宿した勝ち気な性格の持ち主だったが、今は見る影も無い。

 瞳に宿る光は弱々しく、湖から流れ出た川の後が痛々しい。

 その川は干上がる事無く、時折流れ落ちては彼女の両腕に小さな雫を作る。

 カレンはそれを拭う事もせず、両腕に力を込めると、ただ静かに肩を震わせながら画面を見つめ続けていた。

 それは、恐らく彼女の人生で最も幸せだった頃の映像。

 画面の中の彼女は、振袖を着て幸せそうに笑っていた。

 その隣に居る灰銀色の髪をした、カレンにとって最愛とも言える男、ライもまた、同じように屈託の無い笑顔を画面に居る自分に向けている。

 それが今の自分に向けられる事は二度と無い事をカレンは知っていた。

 何故なら、ライはもう居ないのだから。

 

 ――――――――――――――――――――

 

  コードギアス 反逆のルルーシュ L2  

 

    ~ 前日譚 紅の目覚め ~

 

 ――――――――――――――――――――

    

 敵からの逃亡を避ける為に潜伏生活を続けて数ヶ月。

 カレンは寝ても覚めてもライの事ばかりを考えていた。

 だが、優しく自分の名前を呼ぶ声も、大好きだったあの笑顔を見る事も、二度と出来ない。

 あの日、卜部から告げられた言葉に対して、カレンは一瞬何を言われたのか分からないといったような表情を浮かべた。

 そして、次の瞬間、その場に崩れ落ちるように倒れ込んでしまう。

 それは、本来の勝ち気で男勝りな彼女を知っている仲間達からすれば、信じられない光景だった。

 てっきり怒りを露にして、すぐにでも探しに向かうと思っていたからだ。

 だが、敬愛する上司が一度は疑ったクラスメートで、ずっと自分を騙していた事。

 そして、ライもゼロの正体を知っており、ずっとそれを黙っていた事。

 カレンはライが自分に隠し事をするなど信じられなかった。会いたかった、会って理由を聞きたかったのだ。

 あの日あの時、彼女を支えていたのはたったそれだけ。

 だが、卜部から伝えられた言葉が兄の件と重なった時、カレンは二度とライの声を聞く事も、ましてや会う事も出来ないと思ってしまった。

 それは防衛本能とでも言うべきなのだろうか。

 瞬間、突きつけられた事実に耐えられなくなったカレンの思考回路は、自我が崩壊する前に意識を断ち切ってしまった。

 意識を取り戻した時、カレンは夢であって欲しいと願ったが、所詮は無駄な願いだった。

 目覚めてもライは何処にも居なかったのだから。

 再び突き付けられた残酷な現実に、己の半身を失ったかのような喪失感に襲われたカレンは、それから暫くの間、何も口にせず誰とも口を聞かず、ただ塞ぎ込んでいた。

 しかし、今の彼女は当初と違いその事実から目を背けないでいた。

 少し前ならば、目の前の映像を見る事さえも出来なかったであろうに。

 そう、彼女は受け入れつつあったのだ。

 生死不明など単なる言葉遊び。

 実際は違うのかもしれないが、事実、兄は帰って来なかったのだから。

 その前例があったカレンにとって、それは死亡という言葉と同じ意味を持つ。

 では、兄の時はどうしたか。受け入れて前に進んだ。

 ならば、今度はライを背負おう、彼の分も戦おうと決意する。

 だがそれはとても辛い事で、カレンは幾度と無く挫折しそうになる。

 が、彼女は既に心に決めたのだ。

 どれ程涙を流そうと、心が悲鳴を上げようと。その度に思うのだ。彼はそんな弱い私を望むだろうか、と。

 だからこそ眼を背けない。

 そう誓った彼女は、まるでライを心に焼き付けるかのように、食い入るように画面を見つめ続ける。

 だが、想いは潰える事無く、画面の中でライが微笑むだけで、声を聞くだけで胸が張り裂けそうな痛みに襲われる。

 しかし、その痛みは徐々ではあったが、確実に和らいできていた。

 

 ――あと、もう少しかもしれない。

 

 カレンは自分に言い聞かせるように胸の痛みと必死に戦いながら、ただひたすら映像を見続ける。

 そんな彼女の背後にある扉が開いた音がしたかと思うと、食事を乗せたトレイを持った緑髪の女C.C.が入って来た。

 

 「おい、昼食だぞ」

 「……そこに置いといて」

 

 そう言うと、カレンは画面を見つめたまま腕だけを動かして、自身の座っているソファーの横にある机を指し示す。

 その仕草を見たC.C.は柳眉をしかめた。

 

 「相変わらずだな。私はお前の奴隷ではないのだが?」

 「…………」

 

しかし、C.C.の抗議も今のカレンには届いていない。

 

 「全く……」

 

 C.C.は呟くように言った後、机にトレイを置くと去り際にカレンの横顔を一瞥する。

 そこには以前に見た時とは違った彼女の姿があった。

 瞳に見えた絶望の色は消え、唇の血色も戻りつつある。

 それらはまだ弱々しかったが、確実に力が戻りつつあるように見えた。

 その事に、若干の満足感と安堵感を抱いたC.C.は、ちゃんと食べろよ、と、珍しく柔らかい口調でそう告げると、空になった朝食を乗せたトレイを手に部屋を後にした。

 

   ◇ ◇ ◇

 

 C.C.は部屋を出た所で、長身痩躯の男に声を掛けられた。

 

 「紅月の様子はどうだ?」

 「卜部か」

 

 C.C.は男の名前だけ口にすると、踵を返して歩き出す。部屋の前で話すのは控えるべきと判断したからだ。

 それを分かっている卜部も黙って後に続く。

 暫く歩き別の部屋に入ると、数名の隊員が所在無さげに佇んでいた。

 彼らは、部屋に入って来た二人に対して一斉に視線を注ぐが、C.C.はそんな彼らを無視して部屋の一番奥、上座にある椅子に座る。

 卜部や他の隊員達も彼女に続くかのように、無言で皆それぞれ思い思いの場所に腰掛けていく。

 彼らが全員座るのを確認した後、C.C.は開口一番カレンの状況を口にした。

 

 「以前よりは大分落ち着いているな。食事もちゃんと摂るようになった」

 

 その言葉に、それまで暗い雰囲気だった部屋の空気が明るくなる。

 

 「だが、復帰は未だ無理か」

 

 卜部の独り言のような呟きに、C.C.は不承不承ではあったが首を縦に振ると、つられるように部屋の空気も重く沈む。

 それは、最早幾度となく繰り返された事だったが、C.C.はこれが嫌いだった。まるで自分が空気を悪くしているように思えたからだ。

 これまでは、このように暗い雰囲気のまま時間だけが過ぎてゆき、誰も一言も発する事無く、皆重い足取りで部屋を後にするのだが、今回は若干ではあるが状況が違った。

 その事を、此処に居る者の中で自分だけが知っている事に、C.C.はちょっとした優越感を抱きながら続きを口にする。

 

 「しかし、決心しつつあるようだぞ?」

 

 皆が一斉に注目する。だが、誰も何も問い掛けない。

 ただ、無言で続きを促すかのような、期待の篭った眼差しを向けて来ると、C.C.はそれを心地よいと思いながら続ける。

 

 「結納、あの時の映像を見れるようになっているしな」

 

 それを聞いた何人かの隊員は、カレンの心中を察したようで、薄らと涙を浮かべていた。

 だが、やはり理解出来ない者も中には居るようで、そんな連中を代表するかのように、怪訝な顔を浮かべた卜部が問う。

 

 「それで決心がつくものなのか?」

 「心に刻もうとしているんだ。もう暫くは黙って待ってやろう。全く、この私を待たせるなど、後にも先にもこれっきりにして欲しいものだがな」

 

 C.C.は、そんな彼をまるで子供を見るかのような表情で見た後、小言を言うように語るがその言葉に棘は無い。

 部屋の雰囲気も僅かではあるが再び明るくなった。

 C.C.は、その事に満足感を覚えながらも更に続ける。

 

 「しかし、あれだけで決心が付くかどうか疑問だな。何か後一押しあればいいんだが……」

 「あと一押し、か……」

 

 その何気ない一言に反応した卜部は、顎に手をやり考え込む。

 片やその言動を見逃さなかったC.C.は薄く笑う。

 

 「何だそれは? まるで、あると言っているようなものだな?」

 「いや、まあ……あるにはあるが、刺激が強すぎる気がしてな」

 

 卜部は苦笑を浮かべながら、頭を少し掻くと視線を床に落とす。

 卜部は彼女のこの表情が少し苦手だった。

 それに、C.C.に隠し事をすると危険な気もしていた。

 特に、それがライやカレン絡みとなると命さえ危ういような気が。

 彼女を救助した時も、ライの事を伝えたのは卜部だった。

 最後にライと話したのは他ならぬ自分自身。

 それは、ライを救えなかった事に対する卜部なりの贖罪の意味もあったからだ。

 だが、ライの最後を伝えた時、彼女から返って来た言葉はたった一言、カレンには伝えるな、だった。

 しかし、時既に遅く話してしまった事を伝えると、胸ぐらを掴まれて凍り付くような瞳で凄まれたのだ。

 その時のC.C.の気迫は、四聖剣として数々の修羅場を潜って来た卜部にとっても心底肝を冷やすもので、それを思い出した彼の背中に冷たい何かが伝う。

 一方C.C.は、いつまで経っても続きを話そうとしない卜部を見咎めた。

 

 「あるのなら出せ。早く復帰出来る可能性があるのなら、今は多少の荒療治でも行うべきだろう?」

 

 ハッとなった卜部は慌てた様子でC.C.に顔を向けるが、凍り付いた瞳に再び肝を冷やす。

 すると、C.C.はそんな彼の心中を察したのだろうか。

 

 「で、それは何なんだ?」

 

 突如として、瞳を和らげると穏やかな口調で問い掛けた。所謂、飴と鞭と言うやつだろうか。

 冷気から解放された卜部は辿々しい口調で告げた。

 

 「彼の……最後の……通信記録だ」

 「代わり映えのしない映像より、余程刺激的だな」

 

 C.C.は僅かに口元をつり上げると右手を突き出す。

 

 「それを私に寄越せ。カレンに聞かせる」

 「だが……」

 「紅蓮を操縦出来るのはカレンだけだ。最大戦力の復帰は、早ければ早いに越した事は無い」

 

 卜部は、果たして聞かせても良いのだろうかと口籠ったが、C.C.の言う事が正論だと言う事も分かっていた。

 このままでは、藤堂を初めとした捕われの身となっている仲間達を救う前に、追跡部隊に全員やられてしまう危険性があった。

 そうなった場合、紅蓮が有ると無いとでは、立てられる作戦や戦況が全く変わってくるからだ。

 

 「分かった」

 

 意を決した様子で、卜部は懐から小型のレコーダーを取り出すと、机の上に置いた。

 C.C.はそれを眺めながら、暫しの間、何かを考え込むかのように無言でいたが、暫くすると再生ボタンを押そうと手を伸ばす。

 

 「ま、待ってくれ……今、聞くのか?」

 

 C.C.の動きを見た卜部が慌てて止めようとの彼女の手を掴むが、C.C.は素早くその手を振り払うと冷めた視線を向ける。

 

 「何か問題でもあるのか?」

 

 だが、卜部は何も答えず視線を逸らすと押し黙ってしまった。C.C.は不思議に思って他の隊員にも視線を移すが、彼らも同じく無言でいた。

 皆、ライが最後に何を言ったのか気にならない筈が無いというのに。

 その事を不審に思ったC.C.が確認するかの様に問い掛ける。

 

 「ここに居る者で聞いていない者は?」

 「あの日あの時、あの場所に居た団員は全員が聞いている。勿論、此処に居る全員は当然聞いた」

 「では、聞いていないのは私とカレンだけか」

 

 卜部から知らされた事実に対して、C.C.は不満げな表情を露わにする。

 彼女は、自分が秘密を持つ事は容認させようとするが、他者に秘密を持たれるのは嫌う傾向があった。

 

 「出来れば、俺達の居ない場所で聞いてもらいたいんだが」

 「断る」

 

 懇願にも似た卜部の言葉を、C.C.はお返しとばかりにバッサリと切り捨てると、再生ボタンを押した。

 

 ――我ながら卑怯な事だとは思うが……済まないな、ライ。お前を利用する事になる。

 

 C.C.はそう心の中で呟くと、静かに瞳を閉じて聞き入った。

 それは何故か。

 騎士団の団結はゼロが居ない事でボロボロだったのだ。

 既に数名の脱退者も出ており、ここに居る隊員達もいつ抜けるか分からない状況。更に、このままではカレンの復帰には今暫く時間が掛かる。

 彼女としても、これ以上の戦力低下は避けたかったのだ。

 だからこそ、結束を高める為と言うべきだろうか。

 再び聞かせる事で、全員に罪の意識を背負わせて繋ぎ止めようとしたのだ。

 レコーダーからは悲痛とも力強いとも言える言葉が流れる。

 それはC.C.をもってしても、思わず眉間に皺を寄せさせるに十分なものだった。

 そうして、何かをぶつける様な激しい音を最後に再生は終わった。

 C.C.が静かに瞳を開けると、隊員達は皆、沈痛な面持ちでいた。

 唇を噛み締めて悲しみに耐える者。女性隊員の中には、両手を覆って啜り泣く者も居る。卜部も拳を握りしめると肩を震わせていた。

彼らでさえもこうなのだ。今のカレンに聞かせたらどうなるのだろうか。

 C.C.は、刺激が強すぎるどころでは無いかもしれない、とも思ったが、同時にカレンなら耐えるかもしれない、とも思った。

 それは何の根拠も無い事だったが、咄嗟にそう思ってしまった。第六感とでも言うべきか。

 それに、聞かせるべきか悩むくらいなら、いっその事、自分の勘に賭けてみるのも悪くないと思うと、意を決したC.C.はレコーダーを手に取って無言で立ち上がると部屋を後にする。

 そんな彼女の後を追う者は誰も居らず、扉が閉まる音を聞いた卜部はただ祈る事しか出来なかった。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 「入るぞ」

 

 C.C.はドアを軽くノックした後、そう問い掛けたが返事は無い。

 だが、いつもの事だと割り切っていた彼女は、特に気にした様子も無く部屋の中に入る。

 

 「まだ何か様なの?」

 

 対するカレンはC.C.の方に振り向く事無く、映像を見ながら淡々とした口調で問い掛けるも、C.C.はお返しとばかりに無視すると部屋の電気を付けた。

 

 「消してよ」

 

 カレンは視線はそのままに若干の苛立ちを含んだ声色で言い放つが、応答は無い。

 次にC.C.は無言で真向かいのソファーに腰掛けると、今度はモニターを消した。

 

 「何すんのよっ!!」

 

 怒気を孕んだ口調で睨みつけるカレン。

 だが、C.C.は全く動じる事無く、超然とした態度でもって問い掛ける。

 

 「いつまでそうしているつもりだ?」

 「あんたには関係無い」

 「残念ながら大いに関係がある。あまり長い間待ってやれん。だから、特効薬を持って来た」

 「薬なんて要らないわ」

 

 食いつきそうな言葉を投げ掛けるが、カレンは相変わらず食指を動かそうとはしない。見向きもしない。

 まだ足りないかと思ったC.C.は更に続ける。

 

 「お前にとっては、そうなるかもしれん。だが、逆に毒になるかもしれないな」

 

 流石に、毒という言葉には若干の興味を示したのか、カレンは続きを促すかのようにじっと見つめる。

 それに気を良くしたC.C.は最後の餌をちらつかせた。

 

 「ライの最後の通信記録だ」

 

 カレンの瞳が大きく見開かれた。

 C.C.は釣れた事に満足したようで、口元を僅かに釣り上げて笑みを作りながら問い掛ける。

 

 「聞きたいか?」

 

 カレンは静かに、ゆっくりと首を縦に振った。

 C.C.は無言で懐からレコーダーを取り出す。

 それをカレンはひったくるようにして奪った。

 そうして、両手でそれを包み込んで静かに胸に抱くと顔を伏せる。

 C.C.は満足げな表情を浮かべるが、次にカレンは強い口調で命じるように告げた。

 

 「出てって!!」

 

 その言葉には承服しかねたC.C.だったが、今は無駄に言い争いをするべきでは無いと判断すると、無言で部屋を後にした。

 扉が閉まると、顔を上げたカレンはレコーダーを無言で眺め続けた後、スイッチを押そうとする。が、指が震えて動かす事が出来ない。

 映像は幾度と無く見続け、ライの姿や声にはある程度は慣れていた。

 しかし、この中にある声は今まで一度も聞いていない声が、ライの最後の声が入っている。

 彼が最後に何を言ったのか、気にならない訳が無い。

 しかし、恐ろしかったのだ。聞けば自分がどうにかなってしまいそうで。

 そこで、C.C.が言った毒の意味を彼女はやっと理解した。

 聞かないという手も確かにある。だが、それならば拒むべきだった。

 しかし、もう彼女は手に取ってしまった。今更、聞かないという選択肢を取る事が出来る筈もない。

 暫しの間、カレンは自分の中に巣食う恐怖と必死に戦い続ける。

 

 ――聞かないと駄目! 私には聞く義務がある!

 

 何度も自分に言い聞かせるかのように、心の内で必死に叫びながら恐怖を押さえ込もうとする。

 その度に彼女の瞳に僅かではあるが光が戻り、以前に近い輝きを取り戻した時、彼女の決意は固まった。

 手の震えは僅かに残ってはいたものの遮られる程ではなかった。そうして、カレンは静かにスイッチを押した。

 そこから流れて来るライの声に、カレンの身体が強張る。

 その後、湖は決壊したかの如く、止め処なく涙が溢れて頬を伝う。

 だが、カレンはそれを拭う事無く、何度も何度も聞き返す。彼からの愛しているとの言葉。そして、自分ならゼロを連れ戻してくれるとの信頼の言葉を。

 カレンはレコーダーを両手で必死に握り締めながら、何時までも聞き続けていた。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 「入るぞ」

 

 夕食を乗せたトレイを手に、C.C.は再びドアを軽くノックした後、毎度の台詞を扉に向かって問い掛けたが、相変わらず返事は無い。

 先程までなら、特に気にする必要も無いのだが今回は勝手が違った。

 

 ――まさか、毒になってしまったか!?

 

 彼女にしては、珍しく慌てた様子で部屋に駆け込むと、彼女の瞳に飛び込んで来たのは胡坐をかいて昼食をがっつくように食べているカレンの姿だった。

 その女らしさの欠片も無い姿を見て、普段なら弄るには絶好の機会であったにも関わらず、この時彼女は何も言わなかった。

 代わりに、その口元には自然と笑みが溢れていた。

 

 「C.C.これじゃ全然足りないわ」

 

 部屋に入って来た自分に対して、空になったトレイを突き出すと、不満げな表情を浮かべたカレンが話し掛けてきた。

 C.C.はすぐにいつもの表情に戻して言い返す。

 

 「なら、これも食べろ」

 「……ありがと」

 

 お返しとばかりに夕食が乗ったトレイを目の前に突き出されたカレンは、少し気恥ずかしそうな表情で受け取ると食べ始める。

 そんな彼女の様子をC.C.は向かいのソファーに腰掛けると、笑みを浮かべたまま見続けていた。

 

 「どうやら、薬になったようだな?」

 

 暫くして、C.C.はカレンの食事が終わった後、確認するかのように問い掛けたが、カレンは逆に問い返した。

 

 「C.C.。あなたはゼロの正体を知っていたの?」

 

 ――そうか、バレたのか。

 

 そう思うと、C.C.はさしたる驚きも見せず、淡々とした口調で答える。

 

 「ああ、知っていた」

 「なら、ギアスの事も知ってるわよね?」

 

 カレンは探るかのような視線を向ける。

 C.C.は表情にこそ出さなかったが、内心驚いていた。そこまで知っているのか、と。

 そうして、シラを切るのは無駄と判断すると戯けた様子で告げた。

 

 「分かった。何が知りたい?」

 「ルルーシュが私やライ、それに他の皆にギアスを掛けたのかと言うこと」

 「他の連中の事は知らないが、ルルーシュはライにギアスを掛けた」

 「そんなっ!」

 

 思わず立ち上がるカレン。しかし、C.C.は諭すかのように告げる。

 

 「落ち着け。ギアスを掛けたのは已むに已まれぬ事情があったからだ」

 「何よそれ!」

 「式典会場で、あいつは無謀にも月下に乗ろうとした。止めるには使うしかなかっただろうよ」

 「ライをギアスで従わせていた訳じゃないのね?」

 

 未だ疑念の瞳を向けるカレンに対して、C.C.は疑問を口にする。

 

 「お前がライに拘る気持ちは分かるが--」

 「ライはゼロの正体がルルーシュだと知っていたわ」

 「……そう、か。そこまで知ったか」

 

 溜息一つ。C.C.は天井を見上げた。

 

 「そんなギアスは掛けていない。あいつがライの前で仮面を取った時、私も其処に居合わせたからな」

 

 そう言うとC.C.はその時の様子を思い出したのか、どこか懐かしむような表情を浮かべた。

 

 「あの時、ライは自分にギアスを掛けるように頼んだが、あいつはそれを拒否した。あの時は、随分と甘い連中だと思ったものだ」

 「ま、待って!! ライはギアスの事も知っていたの?」

 

 カレンは思わず身を乗り出して尋ねたが、C.C.は向き直ると普段のようにシレッとした様子で続けた。

 

 「知っていたも何も、あいつも持っていたからな。ライのギアスもルルーシュと同じ、絶対遵守のギアスだった」

 「絶対…遵守?」

 「どんな相手であろうと、いかなる命でも従わせる事が出来る力だ」

 「そんなっ!!」

 

 カレンの心に疑問が浮かぶと、その言葉を最後にカレンは押し黙ってしまった。

 それを見たC.C.は、カレンが何を思ったか直ぐに感じ取ったようで、悪戯っぽい笑みを浮かべると顔を青くしているカレンに問い掛ける。

 

 「今、何を思った?」

 「ライも……私に……ギアスを掛けたのかなって」

 

 その答えに、それだけじゃないだろう?と、内心突っ込みながら更に問う。

 

 「ほぅ、どんな?」

 「そ、それは……」

 

 C.C.の更なる追求に、これ以上を目を見て答える事が出来なくなったカレンは思わず顔を伏せた。

 その様子をC.C.は楽しそうに見つめる。

 最近、こういう事が出来る相手が居なかった彼女にとって、これはささやかな楽しみ。趣味はあまり良くないが。

 

 「当ててやろう。大方、好きになるように命じたのではと思ったのだろう? やれやれ、ライの事を疑ったか……」

 「ち、違っ!!」

 

 思わず顔を上げて否定しようとしたカレンだったが、直ぐにまた俯いてしまった。

 だが、C.C.は容赦が無かった。まるで、今までの鬱憤を晴らすかのように追求の手を緩めない。

 

 「疑ったのだな?」

 

 畳み掛けるC.C.。カレンは俯いたまま、僅かに頷いた。

 C.C.はやれやれといった様子で首を振ると、今度は一転して安心させるかのように静かに語る。

 

 「なら、断言してやろう。もし、そう命じられたのなら、今の様に疑う事など出来はしない。お前のライに対する想いは本物だと言う事だ」

 

 その指摘に弾かれるよう顔を上げたカレンの表情にあったのは喜び。しかし、カレンはすぐに思い直す。目の前に居る相手はあのC.C.なのだ、と。

 額面通りに受け取るのはどうかと思ったカレンは、直に怪しむような表情を浮かべた。

 

 「本当に?」

 「疑り深いな。それに、お前は他の連中に散々嫉妬していただろう? ギアスに掛かっていれば、ああいう事も出来ないからな。信じろ」

 

 C.C.は、過去の己の彼女に対する行いから自業自得だとは思いつつも、ジト目で抗議の声を上げた。

 カレンは、自分の想いが偽りでは無いと知らされた事に安堵感を覚えると、左手を胸に当て右手を静かに重ねた。

 そんなカレンの様子を他所に、C.C.は話を続ける。

 

 「ライについては……最早、聞く事は出来ないが、ルルーシュなら可能だ。世間的にゼロは死んだ事になっているが、ルルーシュは生きているからな」

 

 そう言うとC.C.は懐から数枚の写真を取り出して机に広げた。映っていたのは、学生服姿のルルーシュだった。

 隣には栗色の髪をした謎の少年が映っている。

 その写真をカレンは繁繁と見つめた後、疑問を口にした。

 

 「どういう事?」

 「今のあいつは全てを忘れているのさ。記憶を書き換えられてな」

 「記憶を書き換えるなんて、そんな事どうやって?」

 

 そこまで口にしてカレンは察した。そんな人知を越えたような事が出来る術に、一つだけ心当たりがあったからだ。

 C.C.は静かに首肯する。

 

 「想像した通りだ」

 「ブリタニアにも、ギアスを使う人間が?」

 「あぁ、一人心当たりがある」

 

 そう言うとC.C.は険しい表情を浮かべたまま、何かを思い出すかのように視線を虚空に向けた。

 

 「今のルルーシュは餌だ。私達を誘き寄せる為の、な」

 

 ――正確には、私を、だが。

 

 そう思いながら、再び視線をカレンに向けると、緊迫感のある面持ちで告げた。

 

 「今の学園は、完全にブリタニアの支配下にあるようだ。しかも、半ば要塞のような堅牢さで。ここに飛び込むのは一筋縄ではないな。正直、御免被るぐらいだ」

 

 それを受けてカレンも以前のような戦士の顔つきになる。

 

 「虎穴に入らずんば虎児を得ず、ってやつね。でも、虎穴というよりは獅子の口だけど」

 「ついでに言うと、虎児では無く魔王だ。まぁ、坊やである事に違いは無いな」

 

 緊張した面持ちではあったが、互いに軽口を飛ばした。

 

 「いつ取り戻すの?」

 

 カレンが何なら今すぐにでも構わないと言った風な口ぶりで尋ねると、C.C.は内心喜びながらもあくまで冷静な口調で制する。

 

 「まだ準備も何も整っていない。暫くは無理だ。これから色々と動いてもらうぞ?」

 「分かったわ」

 

 少々不満げな表情を浮かべながらも了解したカレンを見て、C.C.は立ち上がると出口に向かって振り向く事無く告げた。

 

 「連中にも早く顔を見せてやれ。心配していたからな」

 「えぇ。C.C.……ありがとう」

 

 C.C.は横顔だけ向けて小さく笑うと部屋を後にした。

 C.C.が去った後、一人部屋に残ったカレンは全身の血が滾るのを感じ静かに瞳を閉じる。そして想う。

 散って逝った兄や仲間達の為、そして何よりもライの分まで戦おうと。

 ライが最後に言った言葉。

 自分ならゼロを連れて来てくれるとの言葉を胸に、例え片翼になろうとも、悲しみを背負ってでも彼女は再び羽ばたく事を決意した。

 

 「一緒に助け出そうね、ライ」

 

 カレンは左手にある指輪に向って静かに呟くと、C.C.を追い駆けるように部屋を出ていった。

 今はまだ、彼女の決意が揺らぐ事は無いだろう。しかし、あの言葉。

 

 ―― 虎穴に入らずんば虎児を得ず ――

 

 確かにその通りであり、彼女達の比喩は正しいと言える。

 だが一つだけ、最も重要な事が一つだけ抜けていた。

 いや、正確には彼女達はまだ知らなかったのだ。

 その獅子が灰銀色の姿をしているなど。

 




あと2話で前日譚も終わりです。
それが終わったら本編介入ですが、いよいよストックが少なくなってきました。

お詫びというか何というか、本作はタグにもあります通りライカレものなんです。それは徹頭徹尾一貫してます。
でも、原作に沿うと明るい話が中々書けないですね、やっぱり。
まぁ、この皇帝・V.V.√で明るい話は難しいので、それを選んだ私に原因があるんですけどね。


そもそも、ここから大幅に世界観や設定が原作と乖離していくのですが、読んで下さってる方々は見続けて下さるかどうか・・・不安だ。

今後とも、よろしくお願いします。


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~ 狂気の片鱗(前編) ~

今回は少し短めです。
オリジナルの固有名称を持つキャラクターが出ますので、苦手な方はご注意下さい。
ゲームの黒騎士√プレイ前提の設定が入っています。
ネタバレになりますので、未プレイの方はご注意下さい。


 玉座から反射する光を受けて、三人の影が伸びる。二つは短く一つは長く。

 二人は皇帝の御前でもある為、片膝を付いたまま頭を垂れると臣下の礼を取る。

 が、中央に居座る長い影の持ち主、ライは自身の両脇に控えている二人のような態度を取る事無く、両腕を組んだまま皇帝に対して不機嫌此処に極まれりといった視線を向けていた。

 対する皇帝はというと、特に気にする素振りも見せず、玉座に腰を据えたまま事も無げに問い掛ける。

 

 「準備は良いか?」

 「良いも悪いも無い。そもそも私は反対なのだが?」

 

 ライが姿勢を崩す事無く抗議の声を上げるも、皇帝は半ば無視するかのように聞き流すと、ライの右隣に控えている男に命じた。

 

 「ビスマルク、後は任せる」

 「Yes, Your Majesty」

 

 皇帝の命に対して、帝国最強の騎士、ナイトオブワンとして君臨する男、ビスマルク・ヴァルトシュタインは重々しい口調とは裏腹に、流麗な動作で立ち上がると無言でライを見下ろす。

 それは傍目には有無を言わさぬ迫力があり、並の人間ならば萎縮してしまう程のものであったが、ライはそんな彼の視線を一瞥した後、最早無駄だと諦めたのだろうか。

 溜め息一つ。

 ライは感情が欠落したかのような無表情を作ると、自身の左隣で何時までも頭を垂れているもう一人の短い影の持ち主に命じた。

 

 「だそうだ。行くぞ、カリグラ」

 

 ライの命を以て、カリグラと呼ばれた者はフラリと立ち上がる。

 その者は銀色の外套に身を包んでいたが、服装は騎士の姿であるビスマルクとは対照的に、軍師めいた装いであった。

 だが、その素顔を伺い知る事は出来ない。

 何故ならば、その者はゼロの仮面に酷似した銀色の仮面を被り、その素顔を隠していたのだから。

 帝都では、最近真しやかに囁かれている一つの噂があった。

 皇帝直属である機密情報局に、長官のポストを与えられた男が居る、と。

 

―― 機密情報局長官、カリグラ ――

 

 それがこの者の名前だった。

 いや、正確には名前では無くコードネームなのだが、この場でそれを知る者は彼らのみ。

 今日は以前、ライが皇帝から予告されていた近しい者達へのお披露目の日。

 だが、それはこの男の顔見せも兼ねていた。

 

 「さっさと終わらせるか」

 

 ライは溜息混じりに呟くと、ビスマルクに案内されるがまま別室に向かって歩き出す。

 そんなライの斜め後ろを、カリグラは無言で付き従っていた。

 

 ――――――――――――――――――

 

 コードギアス 反逆のルルーシュ L2  

 

 ~ 前日譚 狂気の片鱗(前編) ~

 

 ――――――――――――――――――

 

 枢木スザクは悩んでいた。

 彼の悩みの理由、それは他ならぬライの事である。

 ルルーシュを皇帝に差し出したあの日、黒の騎士団に、エリア11に居る筈の彼が何故あの場所に居たのか。

 それも皇族のような出で立ちと、以前のライからは想像も出来ないような優しさの欠片も無い、身震いするかのような気配を纏っていたのか。

 スザクには分からなかった。

 会って理由を尋ねたかったが、あれ以来帝都の何処にもライの姿は無く、その機会を逸していた。

 それが、ある日突然皇帝陛下の勅命を以て、自分を含めたラウンズ全員に召集が掛かり、今日この場で再びライと出会う事となった。

 再び出会ったライの姿。

 そこからは、あの時感じた空恐ろしいまでの覇気は感じられなかった。

 いや、寧ろ初めて学園で会った時のような、人形のような表情を貼り付けて微動だにしないライの姿を見て、スザクは困惑を更に深めていく。

 だが、そんなスザクの悩みはライに付き従うかのように隣に佇む、ゼロに酷似した仮面を付けた謎の人物の姿を見た瞬間、消し飛んでしまった。

 謎の男がゼロでは無いという事ぐらい、スザクも頭では理解してはいたものの、感情がそれを許さなかった。

 スザクは自分の理性が引き千切られそうな感覚に陥ると、無意識に拳を堅く握り締める。

 が、彼の右隣に居た青年、ナイトオブスリーたるジノ・ヴァインベルグは、そんな友人の変化を敏感に感じ取ると、肩を肘で軽く小突いた。

 我に返るスザク。

 仮にジノの行動が後少し遅れていれば、殴りかかっていた事だろう。

 スザクは申し訳なさそうな表情をジノに向けた後、再び向き直る。

 ジノは友人が平静を取り戻した事を確認すると、やれやれと言った様子で肩を狭めた後、スザクの左隣に佇む同僚に軽くウィンクする。

 それを見た同僚、ナイトオブシックスたるアーニャ・アールストレイムは、無視するかのように受け流すと、彼女はチラリとスザクを見上げた後、次には何事も無かったかのように正面に向き直る。

 彼女もスザクの突然の変化には気付いていた。

 彼女はあまり感情を表に出す事は無く、表情の変化にも乏しいのだが、それは決して彼女に感情が無いという事を意味しない。

 その事が分かっているジノは、アーニャもアーニャなりにスザクを心配している事を理解していた。

 それ故に、アーニャを安心させるという意味を込めてのジノのウィンクだったのだが、半ば予想していたとはいえ、完璧に無視された事にガクリと肩を落とした。

 そんな彼らのやり取りを見ていたナイトオブナイン、ノネット・エニアグラムは、微笑ましいなと言った様子で僅かに口元を緩めるが、ナイトオブフォーであるドロテア・エルンストは厳しい視線を投げ掛ける。

 一方で、ナイトオブトゥエルブのモニカ・クルシェフスキーはというと、同僚全員に向けて半ば呆れたような表情を向けていた。

 唯一、無関心であったのはナイトオブテンのルキアーノ・ブラッドリーぐらいのもの。

 

 「では、殿下」

 「ライ・S・ブリタニアと言う。よろしく」

 

 ビスマルクに促されたライは軽く挨拶した。

 しかし、その場に居合わせたラウンズの面々は、突然告げられた自分達も知らなかった皇子の名乗りに一瞬呆気に取られる。

 が、直に片膝を付くと頭を垂れて敬意を示す。同僚達の仕草を見たスザクも、慌てた様子でそれに倣う。

 一方、皇族方はというと、オデュッセウスは温厚な表情を崩す事無くライを歓迎する旨の言葉を贈った後に、自ら紹介役を買って出た。

 自分の名前を呼ばれたギネヴィアは嬉しそうに紹介する兄を尻目に、一人訝しむ表情をライに向けながらも軽く挨拶し、カリーヌは自身を紹介されると頬を僅かに朱色に染めながら返事をする。

 皆、内に秘める思いは様々であったが、新しい兄弟として紹介されたライに注目していた。

 しかし、彼等とは対照的に、シュナイゼルだけは一人、顎に手を当てると何かを考える素振りを見せたまま、彼にしては珍しく兄から名前を呼ばれても押し黙ったままだった。

 副官として背後で控えていたカノン・マルディーニは、そんな主君の様子を不思議そうに見つめる。

 それは、シュナイゼルに長年使えている彼にしてみても初めて見る主君の態度であったからだ。

 しかしそれも当然と言える。

 何故ならシュナイゼルの視線の先にライは居らず、彼の目に映っているのは仮面の男だけだったのだから。

 オデュッセウスもまた、弟の珍しい態度に内心首を傾げながらも言葉を続ける。

 

 「それと、本来はもう二人居るのだけれど、一人は先のエリア11の戦闘で負傷していてね。もう一人は生憎と皇族に復帰したばかりで、今日この場には来ていないんだよ。コーネリアとナナリーと言うのだけれど、二人は又の機会に紹介しよう」

 

 彼は最後に今この場に居ない妹達の名を口にしたが、その名前が気に入らなかったカリーヌが抗議の声を上げた。

 

 「もうっ! ナナリーの事なんかほっといてもっと私の事を――」

 「カリーヌ、そんな事を言わずにもっとナナリーと仲良くしておくれよ」

 

 妹からの抗議の言葉に、オデュッセウスは少し困ったような表情を浮かべながらも温和な口調で諭すように宥める。

 が、ライはそんな目の前で繰り広げられる二人のやり取りにウンザリしていた。

 早々に切り上げたかったライは、律儀にも未だに頭を垂れているラウンズに向き直ると厳かに告げる。

 

 「面を挙げられよ」

 

 ライの許しをもって、居並ぶラウンズの面々は一糸乱れず立ち上がる。

 帝国最強の騎士で構成されたナイトオブラウンズは、立ち居振る舞いも一級品であった。

 しかし、そんな同僚達とは対照的に、就任してまだ日が浅かったためか、スザクは若干ではあったが遅れてしまう。

 だが、それは幸か不幸かライの目に止まる事となった。

 一人僅かに遅れたスザクを見咎めたライは、一瞬思慮に耽るが答えは直ぐに出た。

 

 ――ああ、ゼロを捕らえた男だったか。確か、枢木と言ったか? 中々に胆力の有る男だったな。

 

 思い出したと言う点においては、スザクにとって良い事と言える。

 しかし、続いてライは最も重要な事を思い起こす。

 

 ――そして、ギアスと私の呼び名を知る者か。……要注意だな。

 

 期せずしてライに危険人物と認定された事は、不幸以外の何物でもない。

 スザクとしては、一刻も早く理由を尋ねたかったのだが、恐らくそれは叶わない。

 このライにそう認識されると言う事は、自ずと距離を置かれるという事になるからだ。

 何よりも、ライにはギアスがある。

 彼のギアスの特性と、その条件をスザクは知らない。

 それに、今のライはスザクの事を完全に忘れている。

 もし、スザクが不用意にその距離を詰めようものなら、今のライは逃げると言った行動を取る弱々しい存在などでは無く、逆に食い殺しにかかる猛獣に近い。

 

 ――以前の様に親しい態度を取るのならば、殺しておくか。いや、そういえば……。

 

 ライは人形のような表情を崩す事無く、一度は心の内でそう決意するが――。

 

 ――御主が目覚めたのは、今回が初めてでは無い――

 

 不意に、皇帝より伝えられたその言葉を思い出し留まった。

 

 ――以前の私を知っているという可能性があるな。

 

 これまでのスザクの態度を思い起こしたライは、そう結論付けたが、次の瞬間鼻で笑っていた。

 

 ――それが何だと言うのだ? 全く、我ながら馬鹿馬鹿しい事を。どうでも良い事ではないか……まあ良い。ラウンズを殺せば、少々面倒な事に成りかねないな。止めておくとするか。

 

 最愛とも言える母と妹の記憶は揺るぎ無いものと信じている。そして、そんな二人を護れなかった己の罪もまた同じ。

 今のライにとって、それ以外の記憶など何の興味も無いものだった。

 いや、それは嘘だ。

 ほんの少しではあったが、知りたいと言う欲求があったのだ。

 だからこそ、ライは咄嗟に自分を納得させるように、如何にも真っ当な理由を付けて一度は決めかけた考えを撤回した。

 しかし、ライが己の心に小さく宿った内なる望みに気付く事は……まだ無い。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 時は少しだけ遡る。

 ライが思考を巡らしている間、ラウンズ全員が立ち上がるのを見届けたビスマルクは、続いてシュナイゼル達にライの傍に控えて居る仮面の男を紹介した。

 

 「この者の名は、カリグラ。噂は既にお聞きでしょうが、機密情報局長官の職責を背負っている者です」

 

 そう伝えた後、沈黙が辺りを支配した。

 肝心のカリグラからは、何の言葉も無かったからだ。

 その事には、先程とは違いその場に居合わせた全員が一様に眉を顰めた。

 が、自身の考えを結論付けたライが一言、挨拶を、と命じると、カリグラは一転して素直な反応を示した。

 

 『ヨロシク』

 

 その声は機械を通していたせいか酷く平坦であり、一切の感情を伺う事が出来なかった。

 そんな敬意を感じさせぬ言葉使いとゼロに酷似した風貌も相まって、侮辱されていると受け取ったギネヴィアが糾弾する。

 

 「あなた、ふざけているの?」

 

 しかし、返事は無い。

 業を煮やしたギネヴィアは、普段よりも更に鋭さを増した瞳を差し向けると、問い詰めようと再び口を開くも、それまで沈黙を続けていたシュナイゼルがそれを制した。

 

 「良いではないですか。彼にも事情があるのでしょう」

 

 ギネヴィアは、よもやシュナイゼルが庇うとは思ってもいなかったのか、少々面食らったようで一瞬言葉に詰まるが、直ぐに気を取り直すと同意を求めようとする。

 

 「そうは言うけれどねぇ。言葉使いはまだしも、素顔を晒す事もしないなんて不敬では無くて?」

 「仰る事も分かりますが、噂が出てから今まで一度たりとも姿を見せた事の無い彼が、初めてこうして公の場に姿を見せてくれたのです。それに、彼の地位から考えても、素顔を見せる事が出来ないという事は一定の説得力があります。今日の所は、それで良いではありませんか」

 

 シュナイゼルは、姉の言葉に一部同意しつつも穏やかな口調で告げると、ギネヴィアはその言葉に毒気を抜かれた。シュナイゼルの言葉も一理あったからだ。

 機密情報局。それは皇帝直属の機関であり、秘密警察に近い役割も秘めている。

その為、時には帝国に叛意を持つ者を秘密裏に処理する事もある。

 帝国臣民からの羨望を一身に集めるナイトオブラウンズとは対照的に、どこか血腥いイメージを抱かせる組織。

 しかし、ラウンズに叙される程の腕前は無いが、上を目指したがる野心家にとっては、同じく皇帝直属である機情に入るという事は出世する近道でもあるという事も周知の事実で、競争率はそれなりに高い。

 だが、そんなイメージを持つ組織を束ねる長ともなれば、疎まれこそすれ尊敬されるような事はまず無い。

 すると、素顔を晒せぬという事に得心が行ったギネヴィアは、普段の表情に戻すとそれっきり何も言う事が無かった。

 そんな皇族方のやりとりを物珍しそうに眺めているラウンズの面々の中で、スザクは一人、自分と戦っていた。

 カリグラを見ていると一度押さえたとはいえ、再び怒りに支配されそうになるのを感じていたからだ。

 その為、深く深呼吸をした後に、無理矢理カリグラを意識の外に追いやるとライを見つめる。

 

 ――君は一体誰なんだ? 本当にライなのか?

 

 目の前に居る灰銀色の皇子にそう尋ねようとしたが、出来なかった。

 皇帝の勅命と、ナイトオブワンであるビスマルク自らがライを引き連れてこの場に来たのだ。

公の場でそれに異論を問う者など、ラウンズの中では誰一人として居ない。

 更に言えば、皇族方はライを歓迎こそすれ異論を唱える事はしなかった。

 ギネヴィアでさえも若干不審がる様子を見せてはいたが、それを口にする事まではしていない。

 となると、如何にラウンズと言えども皇族方を差し置いて問い掛ける事など出来る筈も無い。

 しかし、このような不可思議な出来事に興味を示すであろう人間。シュナイゼルでさえも何も言わないのはどう言う事だろうとも思った。

 いや、スザクにとっては寧ろシュナイゼルの態度は無視と言っても良い程で、その事が余計にスザクの思考を混乱させていた。

 一方、ライは自身に興味や不審、または好奇といった視線を向けてくるラウンズの面々を全くの無表情で流すように見ていく。

 が、ある男を見て視線を止めた。

 その先には、他の者とは違い自分に対して何処か品定めするかのような視線を送る一人の男、ナイトオブテンでもあるルキアーノ・ブラッドリーの姿があった。

 相対するライの双眸に一瞬だけ光りが宿る。

 ルキアーノの視線を挑発と受け取ったライは、殺意の眼差しをもって迎えたのだ。

 すると、ルキアーノは一瞬驚きにも似た表情を浮かべた後、今度はお返しとばかりに嘲笑めいた笑みでもって答えた。

 それはほんの一瞬のやり取りであった事と、未だ熱心に言葉を交わしていた事も有り、皇族方が気付く事は無かったが他のラウンズは感じ取った。

 目の前に居る人形のような皇子が一瞬だけ見せた、戦場を知る者が持つ特有の気配を。

 そんな二人のやり取りを見咎めたビスマルクではあったが、敢えて苦言を呈する事無く問い掛ける。

 

 「ライ殿下。お目通りは済みましたか?」

 

 その言葉にルキアーノから視線を逸らしたライ。

 

 「あぁ。では、失礼を。行くぞ、カリグラ」

 

 ライは惚れ惚れするほど優雅に腰を折ると、用は終わりと言わんばかりに踵を返し足早に立ち去ろうとする。

 それを怪訝に思ったビスマルクが問い掛ける。

 

 「殿下、どちらへ?」

 「用は済んだ。陛下にご報告差し上げる」

 

 ライは肩越しに振り返ると、何とも素っ気ない返事を返した後、カリグラを引き連れてさっさとその場を後にしてしまった。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 その後、ラウンズもまた去った。

 故に、今この場に居るのは皇族4人にそれぞれの副官のみ。

 その中の一人で、先程の話しの中でどうしても腑に落ちなかった事があったギネヴィアが口を開く。

 

 「オデュッセウス兄様。陛下は何をお考えなのでしょうか? 帝国の敵とも言えるゼロに酷似した者などに、機情の長の地位をお与えになるなんて」

 「さあ? 父上にも考えがあるんじゃないかな?」

 

 妹からの問いに、オデュッセウスは全く分からないといった様子で首を振った。

 

 「ですが、ゼロはクロヴィスやユーフェミアの仇ですのよ? それを――」

 

 ギネヴィアは憎々しげに自身の思いを吐露しようとするが、そんな彼女とは対照的に楽しげな妹の声がそれを遮る。

 

 「私はライって方の方が気になるわ。あんな方が私のお兄様になるなんて嬉しいっ!」

 「そうだね。兄弟は多い方が良いからね」

 

 カリーヌの喜び。

 それは、当然の如く兄弟が増えるという理由から来るものでは無い。

 彼女は、端正な顔立ちに灰銀色の髪をして、深い海のような瞳を湛えたライの容姿を一目見た瞬間に惚れ込んでいたのだ。

 だが、オデュッセウスはそんな妹の想いなど露知らず、見当外れな同意を口にするとカリーヌはそんな兄にジト目でもって答えた。

 しかし、一方でライの事も不審に思っていたギネヴィアは、皮肉めいた言葉を呟く。

 

 「ですが、ライですよ? あの王の名前から取ったのかしら? 名前負けしなければいいのだけれどねぇ」

 「ギネヴィア!」

 

 オデュッセウスは、彼にしては珍しく語尾を強めた口調で妹の発言を咎めた。

 ギネヴィアは慌てて口を押さえた後、チラリと視線を移す。

 目が合ったシュナイゼルは、異母姉の発言をさして不快と思った様子も無く、薄く笑みを送ると軽く受け流してみせた。

 安堵したギネヴィアは悪くなった空気を変えようと、それまでと全く関係の無い雑談めいた話題を振り、オデュッセウスやカリーヌもそれに応じた。

 そんな彼らに対して、シュナイゼルは相槌を打ちつつも気取られぬよう傍に控えているカノンに目配せする。

 それだけで全てを悟ったカノンは、無言で歩み寄って耳を貸す。

 

 「済まないが、彼、カリグラの事について調べて貰えるかな?」

 

 シュナイゼルの囁きに、カノンはお任せを、といった様子で静かに微笑んだ後、次に命じられるであろう言葉を待ったが、以降、シュナイゼルはこの場で終ぞ口を開くことはなかった。




神根島でライはシュナイゼルに自分の事は放っておくようにというギアスを掛けてます。
確かそんな台詞で掛けてた筈。記憶があやふやだ(..)
なので、皇帝・V.V.√で一番の難敵になる可能性が高いシュナイゼルさんはしばらく蚊帳の外という事で。
その分、カノンが頑張る筈!


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~ 狂気の片鱗(後編)~

前日譚はこれで終わりになります。


 謁見の間に戻ったライは一人、皇帝に報告を行っていた。

 

 「ご苦労であった。して……あの者の姿が見えぬが?」

 

 皇帝が相変わらずの鋭い視線を浴びせながら問い掛けると、誰を指しているのか理解したライは、淡々とした口調で返す。

 

 「此処に来る途中で、本来の仕事に戻るよう命じておいた。予定通りだろう?」

 「そうであったな」

 「しかし、ゼロを模した者に嘗てゼロであった者を監視させようとは。愉快だが、今後の事を考えると少し頭が痛いな」

 「ほぅ、不服か?」

 

 珍しく愚痴とも聞き取れる発言に気を良くしたのか、皇帝は笑いを含んだ口調で問うがライは軽く首を振る。

 

 「趣味では無いだけだ」

 

 その様子が本当に気に入ったのか、皇帝は今度こそ愉快そうに笑みを浮かべた。

 一方で、ライはその表情が些か気にくわなかったが、咎めたところで皇帝は意にも返さないという事も、この数ヶ月で十分に理解していた。

 

 「ついでだ、例の報告をしておく」

 

 さっさと立ち去るべきと判断したライは、普段モニター越しに行っている報告を行う。

 

 「今のところ、C.C.の行方は何処(いずこ)とも知れないな」

 

 それを聞いた皇帝は、瞳を細めると感慨深げに述べる。

 

 「思いの外、慎重であるか」

 「あぁ。日本では残党狩りも行っていると聞く。その際に捕縛出来れば手っ取り早いが。このままの状態が続くとなると、何れこちらから誘い出す事も視野に入れる必要が出てくるが?」

 「その際には御主に一任する。それと、もう一つの件はどうなっておる?」

 

 未だC.C.の行方が分からない以上、皇帝にとって今は以前、黄昏の間でライに語ったもう一つの事柄の方が気掛りであった。

 

 「それについても同じだ。動きは無い。だが、杞憂ではないか?」

 「そうである事を願っておる」

 「……まあ、いい。今回はこんな所だ。しかし、いつもと変わらないな」

 「そう言うでない。ご苦労であった」

 

 皇帝からの労いの言葉に、ライは静かに頷くと外套を翻して部屋を後にした。

 

 ――――――――――――――――――

 

 コードギアス 反逆のルルーシュ L2  

 

 ~ 前日譚 狂気の片鱗(後編) ~

 

 ――――――――――――――――――

 

 帝都の一室には、ラウンズ専用の談話室がある。

 ライへの拝謁を終えた彼等は、その場所に戻ると思い思いに(くつろ)いでいた。

 が、そこでスザクは先程の件についてジノから追求を受ける事となった。

 

 「なぁ、スザク。だからさっきの態度はどういう事なのか説明してくれよ」

 「本当に済まないと思ってる。ジノには感謝してるよ」

 

 友人の豹変した理由を知りたかったジノは、スザクの背中に寄り掛かると同じ問いを繰り返していた。

 しかし、スザクは謝罪の言葉を繰り返すだけで、理由については口を噤むのみ。

 ただ、余程反省しているのか。

 ジノはこのような態度を取ると決まって、重いんだけど、とスザクから抗議を受けるのだが、その言葉はまだ発せられていない。

 その事に気を良くしたジノは、次第に当初の目的等どうでも良くなってきたのか。

 普段中々取る事の出来ないスザクとのスキンシップを暫く楽しむべきと考えたようで、一向に解放する様子を見せない。

 一方で、いい加減身体を支える事の限界に近付いていたスザクは、とうとう根負けした。

 

「分かったよ。話すからどいてくれないか?」

 

 話すと言われてしまっては仕方ない。

 ジノは、はいはい、と言うと背中から離れる。

 重荷から解放されたスザクは肩を二三度揉んだ後、辿々しい口調で理由を話したが、それを聞いたジノは拍子抜けした。

 

 「何だそれ? ゼロは死んだんだろ? あれがゼロの訳が無いって事くらい気付くべきだろ?」

 「頭では理解していたよ。けど、心がついて来なくてさ」

 

 ジノの感想は、一言で言えば呆れ。これに集約される。

 しかし、それは(まご)うことなき正論でもあった事から、スザクとしてはぐうの音も出ず肩を落とすしかない。

 すると、直ぐ傍で聞き耳を立てていたアーニャから、トドメとも言える言葉が飛んで来た。

 

 「でも、時と場所ぐらいは考えるべき」

 

 アーニャは、携帯をイジリながら画面より顔を上げる事無くそう言った。

 スザクは深く俯くと、ごめんと呟くように謝ったが、アーニャの言葉を聞いたジノが悪ノリした。

 

 「そうそう、アーニャでさえ写真を撮る事は控えてたし――」

 「ジノ、それは何かの侮辱?」

 

 その時になって、初めてアーニャは顔を上げるとジノに冷めた視線を向けた。

 

 「いやいや、滅相も無い」

 

 やり過ぎたと思ったジノは首を左右に振って否定するが、そんな彼をアーニャは無言で見つめ続ける。

 一方、少し離れた場所ではジノの弁明を曲代わりに、ソファーにゆったりと腰掛けていたノネットが同僚に絡んでいた。

 

「ビスマルク、あの殿下は一体何者だ?」

「さて? 私は陛下より、殿下をあの場にお連れするよう命を受けただけだからな」

 

 ビスマルクは冷静に嘯いてみせた。

 彼はライの事について皇帝より全て聞かされていた。

 それは、同じラウンズと言えども決して話す事など出来はしない代物。

 何よりも、あの青年が古の王、国是の元となった伝説の王なのだと言う事など、話したところで信じないだろうとも思っていた。

 ビスマルクは顔色一つ変える事は無かったが、やはりその程度の言葉ではこの女傑の疑念は払拭出来なかったようだ。

 

 「まぁ、今はそう言う事にしておこうか」

 

 まるで、直に聞き出してやるぞ?とでも言いたげにノネットは口元を僅かに歪ませると快活に笑う。

 そんな彼女の様子を横目に、ビスマルクは一人心の内で嘆く。

 

 ――いつまではぐらかせるか……。面倒な事にならなければ良いが。

 

 二人がそうこうしていると、その会話が聞こえたのか、未だにアーニャの冷たい視線を背負ったジノが割り込んで来た。

 

 「な、なぁノネット。あの殿下の事を話してたのか?」

 「何だジノ、もう逃げて来たのか? 情けないな」

 

 ノネットが先程の快活な表情そのままに指摘すると、ジノは軽く頭を掻きながら苦笑を浮かべた後、話しを逸らそうとする。

 

 「いや、まぁ……あれ? そういえば他の連中は?」

 

 白々しいまでの態度だったが、ノネットは、仕方が無いな、と言った表情を浮かべつつ、話しに乗った。

 

 「モニカは部隊の訓練。ドロテアは各エリアの視察に戻ったよ」

 「そっか。二人とも大変なんだな」

 「おいおい。言っておくが私も忙しい身だぞ?」

 

 ジノの感想には自分が入っていないと理解したノネット。

 彼女は、暇人扱いされては堪らないと思ったのか釘を刺すように付け加えたが、ジノは尚も白々しい態度を崩さない。

 

 「あれ? 何か任務でもあったっけ?」

 「あぁ、私はこれからコーネリア殿下の見舞いだ」

 

 あっけらかんと言い放つノネットを見て、ジノは思わず突っ込む。

 

 「それってさ……任務って言えるのか?」

 「言えないな。だが、これは私にとっては任務以上に重要な事だ」

 

 まるで、文句あるか?とでも言いたげなその態度に、ジノは思わずずっこけそうになる。

 そんな二人の漫才のようなやり取りを見つつも、同じく暇人扱いされるのは嫌だったのか、いつの間にかスザクと共にジノの背後に居たアーニャが割り込んだ。

 

 「私はこれからナナリー皇女殿下の警護」

 

 ノネットは、アーニャの発言を微笑ましく思いながらもこれは使えそうだと思うと、我関せずといった様子でいる男に再び狙いを定める。

 

 「なあ、ビスマルク。皆こうして忙しい合間を縫って集まったんだ」

 

 彼女が話しを振って来た時点で、ビスマルクは同僚の狙いに気付いていたが、敢えて遮る事はせずに目で続きを促すと、ノネットは悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

 「そこでだ、知ってる事を話してくれても良いんじゃないか?」

 

 予想通りの言葉に、ビスマルクは、私はこれから一体どれだけこの言葉を聞く羽目になるのだろうか、と思いつつも流暢に受け流す。

 

 「それは理由にはならないな。我々はラウンズだ。ラウンズとは、陛下の勅命があれば何があろうとも馳せ参じるもの。それに、陛下は皆に殿下を紹介せよと私に仰せになられただけだ」

 

 相変わらず堅苦しいビスマルクの返答に、ノネットはつまらなそうな視線を投げ掛ける。

 だが、それを受けても尚、ビスマルクの表情は変わらない。

 

 「私を疑いたければ疑えばいい。だが、陛下を疑う事はだけは許さん。例え黒であろうとも、陛下が白と仰れば白なのだ。それを忘れるな」

 「しかしな、黒を白と仰るのであれば、お身体を気遣うのも我々ラウンズの役目じゃないか?」

 

 ノネットの発言は、聞きようによっては不敬とも取れるものだったが、彼女の帝国に対する忠誠心は疑いようもない事をビスマルクは知っている。

 その為、本来なら追求する事は無いのだが、いい加減攻められ続けるのも飽きてきた彼は、これ幸いとばかりにここに来て初めて表情を崩すと似合わない笑顔を浮かべた。

 

 「そんな台詞を、ベアトリスが聞けば何と言うかな?」

 

 すると、その名前を出されたノネットは、彼女にしては珍しく苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべた。

 

 「分かった分かった。忘れてくれ」

 

 そう言うと、降参だとでも言いたげに諸手を上げる。

 そんな二人を尻目に、相方を取られたジノは再びスザクに寄り掛かると呟く。

 

 「暇だよな」

 

 しかし、スザクから返答が来る前に、未だ先程の件を許した気は無かったアーニャが口を開く。

 

 「スザクとジノを一緒にしないで」

 

 再び投げ掛けられた冷たい視線。

 ジノは、彼女を相手に二度と悪ノリはしまいと心に誓いながら、謝罪の言葉を口にする。

 

 「悪かったって。アーニャ、まだ怒ってるのか?」

 「別に」

 

 そう言うと、アーニャは顔をプイッと横に逸らした後、手にもった携帯に視線を落とし弄り始めつつ語る。

 

 「スザクは覚える事も色々ある。作法についてもそう。今日も私達に合わせられなかった」

 

 アーニャに最早その気は無いのだが、まさか再び矛先が己に向くとは思っていなかったスザクは、参ったなと言った具合に軽く頭を掻いた。

 

 「それに、直にEU戦線に向かう」

 

 すると、続いて語られた彼女の言葉に、この中でただ一人その事を知らなかったジノは驚きの声を上げた。

 

 「えっ!? そうなのか?」

 「うん。この度の件と一緒に命じられたんだ」

 「何処に行くんだ?」

 「白ロシア戦線だって聞いてる」

 「そうか! 良かったじゃないか!」

 

 そのスザクの言葉をジノはまるで自分の事のように喜んだ。

 戦場に向かうというのに、何をそんなに喜ぶのかと傍目には映るだろうが、ジノはこの中で誰よりもスザクの実力を買っていた。スザクの就任当初の御前試合の対戦相手として、思うところがあったのだろう。

 だが、軍内部には未だナンバーズに対しての偏見が根強く、ラウンズであるスザクに対してもそれは例外では無い。

 ただ、面と向かってそれを言う人間は皆無である。それ即ち、影口を叩く輩が多いという事だ。

 だからこそ、そんな連中にスザクの実力を知らしめる為にも、これは又と無い機会なのだ。

 そんなジノの気持ちを感じ取っているスザクは、友人からの言葉を嬉しく思い感謝の言葉を口にした。

 その場を穏やかな空気が流れかけるも、ビスマルクがそれをぶち壊した。

 

 「枢木。認められたければ戦功を挙げろ」

 

 彼の名誉の為に言っておくが、当の本人にその気は更々無い。

 ビスマルク自身、スザクの事はそれなりに評価しており発破をかけるつもりの言葉だったのだが、如何せんその口調は堅苦しい上に威厳が有り過ぎた。

 アーニャは相変わらずの無表情だっが、ジノは何とも言えない複雑な表情を浮かべ、ノネットは思わず額に手をやり嘆いた。

 

 ――全く、言い方ってもんがあるだろうに……。

 

 だが、スザクにとってそれは有り難い言葉に聞こえたようだ。

 

 「Yes, My Lord!」

 

 スザクは明確な意思を宿した強い瞳でそう答えると、ビスマルクは静かに頷いた。

 気を取り直したジノはスザクの背中を軽く叩いて再び激励の言葉を送り、アーニャはそんな二人を記録する。

 ノネットも、心配したのが馬鹿らしくなったのか軽く笑うと言祝(ことほ)ぐ。

 仲間からの一通りの祝辞が終わると、ふと当初の話しを思い出したジノが一人愚痴を漏らす

 

 「じゃあ、暇なのは私とブラッドリー卿だけか」

 

 が、再び指摘される。

 

 「違う。ナイトオブテンもスザクと一緒に行く」

 「あらら、それは……」

 

 先程とは一転して、哀れむかのような表情を浮かべたジノは続いて辺りを見渡した。

 スザクがそんなジノの様子に首を傾げると、代わりにノネットが答える。

 

 「枢木。同僚の事を余り悪く言いたく無いが、あいつの噂は色々と聞いているだろう? 気を付けろよ」

 

 憂いを帯びた表情でノネットはそう忠告すると、室内を見渡し終わったジノが疑問を口にした。

 

 「で、そのブラッドリー卿は?」

 「さっき、何か嬉しそうな顔をしながら出て行った」

 

 アーニャの発言に対して、不審に思ったビスマルクが問う。

 

 「それはいつ頃だ?」

 

 すると、アーニャは少し首を傾げて思い出すかの仕草を見せた後、こう言った。

 

 「ジノが逃げた頃?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、彼等は押し黙ってしまった。

 その頃と言えば、丁度、ノネットとビスマルクがライについて話していた頃だ。

 不意に一同の頭の中に、先程のライとルキアーノのやり取りが過ぎった。

 全くもって嫌な予感しかしない。そして、不幸にもこういう時の予感というのは、大抵当たる。

 沈黙を打ち破るかのようにノネットが問う。

 

 「なぁ、あいつまさかとは思うが――」

 

 すると、何時になく真剣な面持ちでジノが応じる。

 

 「ちょっとヤバいかもな」

 

 アーニャも携帯を弄るのを止めて呟く。

 

 「殿下、ピンチ?」

 

 最後に、悲鳴にも似た声でスザクが叫ぶ。

 

 「ヴァルトシュタイン卿!!」

 

 皆、一様にライの身を案じていた。

 それと同時にスザクを除いた彼等は、幾らルキアーノでも流石に皇族相手に無茶はしないだろうとも思っていたが、如何せん相手はブリタニアの吸血鬼との異名まで持つ男だ。

 仲間であってもハッキリと断言出来ない。

 しかし、ビスマルクだけは違っていた。

 

 ――あの男の前で、二度と挑発だけはしてくれるなっ!!

 

 彼は胸中で思わず叫んだ後、勢い良く立ち上がると出口に向かって一目散に走り出した。

 それはライの身を案じての行動では無い。

 ライの伝え聞く所業と、何よりもギアスの力を知っている彼にとって、危険なのは寧ろルキアーノの方だったのだから。

 そんなビスマルクの行動を見たスザクも透かさず後を追う。

 スザクの場合は、純粋にライの身を案じて居ても立っても居られなかったからだが。

 二人の突然の行動に呆気に取られていた3人は、勢い良く扉が開閉する音を聞いて我に返った。

 

 「……さて、それじゃあ後を追うとしようか」

 

 そう言ってノネットはソファーより立ち上がると軽く背伸びをした後、出口に向かって歩き出した。

 だが、そんな彼女の後姿にジノが声を掛ける。

 

 「おーい。お見舞いは?」

 

 ビスマルクが向かったのならば大事にはならないだろうと思っていたノネットは、振り向くと心底嬉しそうな笑みを見せた。

 

 「無論行くさ。だが、土産話の一つでも持って行って差し上げたいからな」

 

 そう言って歩き去るノネットから視線を移したジノは、未だに携帯を弄っているであろう同僚に声を掛ける。

 

 「なあ、アーニャ。私達も行こうぜ……ってあれ?」

 

 が、先程までそこに居た筈の姿はいつの間にか消え失せており、慌てたジノが出口を見た時、

 

 「記録する」

 「ハハッ! それは良いな」

 

 そこには、ノネットと会話しながら並んで歩くアーニャの姿があった。

 

「おいおい、ちょっと待ってくれよ!」

 

 そんな二人の姿を見たジノの悲痛な叫びが、室内に木霊した。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 皇帝への報告を終えた後、嚮団へ戻るべく謁見の間より退出したライはそこで待ち構えていた一人の男、ルキアーノ・ブラッドリーに声を掛けられた。

 

 「これはこれは、殿下。お待ちしておりました」

 

 ライの姿を認めたルキアーノは腰を折りながら愉悦を含んだ口調で語り掛けたが、ライは全くの無表情。

 

 「私は待たせた覚えは無い」

 「ご冗談を。あのような熱烈な視線を向けておいて、今更それは無いのでは?」

 

 その言葉に、ライはまともに付き合うのは馬鹿らしいと結論付けると、無視するかのようにルキアーノの脇を通り過ぎる。

 

 「おっと」

 

 ルキアーノはそんなライの行く手を阻むかのように立ち塞がると再び間近でライの姿を観察する。

 だが、そんな値踏みするかのような視線を受けつつも、ライが表情を変える事は無い。

 

 「何のつもりだ?」

 「殿下に興味があるんですよ。少しお付き合い頂けませんかねぇ?」

 

 ルキアーノの口元が妖しく歪む。ライが先程見せた殺気が、ルキアーノを刺激していたのだ。

 あれはどう考えても戦場を知る者が纏うものだったからだ。

 だが、それは皇族だからと言って特段珍しい事では無い。

 コーネリアのように自ら戦陣を駆けるような、武勇の誉れの高い皇族も居るのだから。

 しかし、ライと言う皇族の名前はルキアーノ自身初めて聞いた名前だった。分からない事だらけの謎の皇子。だが、それが余計に(そそ)るのだろうか。

 その為、逃がすまいと思い咄嗟に取った行動だったのだが、それはするべきでは無かった。

 瞬間、ルキアーノの視界からライの姿が消えた。

 完全に油断していた訳では無い。

 先程の件で、ライが只者で無い事ぐらいルキアーノも感じ取っていた。

 だが、改めて間近で見たライの体格は、どう考えても自分より劣るものだったのだから仕方ない。

 誤解の無いように言っておくが、相手を外見で判断する事の愚かしさはルキアーノも知っている。

 しかし、それを差し引いたとしても、ライの身体は華奢過ぎた。それ故か、ほんの少し心の片隅で舐めていた。

 反転する世界。

 その時になって初めて己の慢心に気付いたルキアーノだったが、時既に遅く彼の視界には天井が映っていた。

 同時に背面に強烈な衝撃と痛みを感じ、その時になって初めて彼は自分が投げ飛ばされたという事を理解した。

 それは一瞬の出来事で、受け身を取る暇さえ無かったルキアーノは呼吸さえままならない。

 そんな痛みで顔を苦痛に歪ませているルキアーノの視界に再びライの姿が映る。

 

 「無様だな」

 

 全く感情を感じさせない人形のような表情のままライが呟くと、その言葉を聞いたルキアーノは相手が皇族だという事も忘れ、怒りの赴くまま懐に忍ばせた短刀に手を掛ける。

 が、全て見透かしていたのか。ライはその腕を捻り上げた。

 

 「ぐあっ!?」

 

 華奢な身体のどこにこんな力があるのかとも思えるような腕力に、軋む骨の音が聞こえるかのよう。

 ルキアーノは堪らず短刀を落とす。

 地面に落ちる寸前でそれを素早く手にしたライは、続いてその剣先を彼の喉元に突き付ける。

 ルキアーノは身動きを取る事も出来ず、屈辱から来る憎悪に顔を歪ませながらライを睨みつけるが次の瞬間、思わず息を呑んだ。

 ライの一切の表情を消した白磁器の様に白い顔、その口元に亀裂が走ったのだ。

 それがゆっくりと広がってゆくのに比例して、蒼い瞳にも光が宿る。

 やがて亀裂が止まると、ルキアーノの視界に居たのは最早、人形などと形容する事など出来ない死笑を浮かべたライの姿があった。

 その余りの変貌ぶりに、声を失うルキアーノ。

 対するライはその壮絶な笑みを絶やす事無く問い掛けた。

 

 「さて、下郎。覚悟は良いか?」

 

 それは数多の戦場を渡り歩いて来たルキアーノをもってしても、思わず肌を粟立せずにはいられない。そんな底冷えするかのような響きを持っていた。

 

 「貴様の勇気は褒めよう。だが、私の行く手を阻んだ行為。それは許せるものではない。その事については、それ相応の対価を払ってもらおうか」

 「対価……だと……?」

 

 最早、敬語を使う余裕など今のルキアーノには無かった。

 だが、ライはそんな彼を咎める事無く言い放つ。

 

 「貴様の命だ」

 「お、脅しのつもりかっ!?」

 「脅し? まさか」

 

 ルキアーノの問いに対して、そんなつもりなど毛頭なかったライは心底驚いたようで瞳を見開いた。

 その態度に、本気で殺そうとしている事を感じ取ったルキアーノは悲鳴にも似た思いを抱く。

 この時、ルキアーノは本能的に感じ取った。こいつは断じて皇族では無い、と。

 そんなルキアーノの思いを余所に、ライは瞳を細めてゆく。

 それは、最早人間が浮かべて良い類のものでは無かった。

 数多の戦場で奪い続けて来たのは、何もルキアーノだけでは無い。

 ライ自身、その手で奪い続けて来たのだ。狂気をその身に纏いながら。

 そう考えると、この二人は似ていた。だが、二人を知るビスマルクに言わせれば似て異なるもの。

 己の快楽を求めるがあまり、自ら望んで狂っていったルキアーノ。その狂気は普段から消える事は無い。

 その為か、それは傍目にも分かりやすく近づく人間は限られる。

 対照的に、大切な二人を護る為に狂わざるをえなかったライ。その狂気は、普段は鳴りを潜めており傍目には分からない。

 しかし、分かった時にはもう遅いのだ。故に、最も恐ろしいと言える。

 ライがルキアーノの喉元に短刀を突き立てようとしたその時――。

 

「殿下っ!!」

 

 男の大喝が一帯に響き渡った。

 軽く舌打ちをしたライが横を向くと、そこにはビスマルクとスザク、二人の姿があった。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 スザクの目の前には、異様な光景が広がっていた。

 ライの横顔。

 嘗ての優しさを帯びた柔和なそれは狂気に歪み、まるで楽しむかの如く目の前の命を摘み取ろうとしていた。

 今直ぐ傍に行って止めようとしたスザク。が、心とは裏腹に身体は逃走を選択しようとする。

 ルルーシュに掛けられたギアス。

 スザクにとって忌むべき呪いが自身の行動を阻害したのだ。が、せめてもの抵抗か。

 逃げ出したい衝動を必死に押さえ込み、何とかその場に留まり続けると、同時にスザクの心に黒い感情が沸き上がる。

 それは、この呪いとそれを掛けた嘗ての友、ルルーシュに対して。

 そんなスザクの思いを余所に、ビスマルクの声に気付いたライがゆっくりとした動作で顔を向ける。

 目が合ったスザクは思わず言葉を失った。

 彼の目に映ったのは、一転して邪魔をするなと言わんばかりの憤怒の表情を浮かべると、あの時以上の覇気を纏ったライの姿だったのだから。

 今のスザクはライが豹変した理由を知る由も無い。

 だが、スザクは咄嗟にこう解釈した。ライもまた、皇帝が持つそれに支配されているのだと。

 それは正しいが間違いだ。

 最も、これがライの嘗ての顔だと言う事までを理解の範疇に入れよというのは酷というもの。

 スザクはギアスに対する憎しみを更に深めてく。

 彼がギアスの呪いと必死に戦っている時、他のラウンズも遅ればせながら到着したが同じくその光景を見て唖然とした。

 

 「おいおい、本当かよ」

 「……………」

 

 有り得ないと言った様子で呟くジノを余所に、ノネットは剣呑な表情を貼付けると無言のまま事の成り行きを見送っていた。

 一方、アーニャは相変わらずの無表情でカメラのシャッターを切ると、怒気を孕んだ口調でビスマルクが問い掛ける。

 

 「一体、何をなさるおつもりだったのか!」

 

 並みの胆力では竦み上がるほどの剣幕でビスマルクが詰め寄る。

 だが、ライは逆にその言葉に落ち着きを取り戻したのか、スッと先程の無表情に戻した後、今だ憎悪を露にしているルキアーノに対して事も無げに問い掛けた。

 

 「別に? 只の戯れだ。なあ、ブラッドリー卿?」

 その言葉は、ルキアーノにとって今まで浴びせられた事も無い程の屈辱だった。

 

 ――奪ってやる!! こいつの大切な者をっ!!

 

 心の内で誓いを立て、射殺さんばかりの視線を浴びせるが、ライは身動ぎもしない。

 

 「兎に角、止めて頂きたい。我々ラウンズの命は皇帝陛下の物。いかに殿下と言えども――」

 

 ライは諫言を最後まで聞くことなく、手に持った短刀を床に放り投げると硬質の音が周囲に響く。

 続いて無言で立ち上がったライは、未だ床に身体を預けているルキアーノに視線を移す事無く、踵を返すとその場を後にする。

 

 「ルキアーノ。無闇に殿下を刺激するな」

 

 ビスマルクは、憎悪に取り憑かれた表情を張り付けるルキアーノに釘を刺すと、ライの後を追う。

 そんな二人の背中を見送ったスザクは唇を噛み締める。そんな彼に背後から尋ねるのはノネット。

 

 「枢木。お前はあの殿下と知り合いなのか?」

 

 スザクがゆっくり振り向くと、そこには何時になく真剣な表情を浮かべた彼女の姿があった。

 

 「……何故、そう、思われるのですか?」

 「お前の態度を見ていて何となくな」

 「…………いえ、知りません。殿下とは、今日初めてお会いしました」

 

 一瞬言葉に詰まったスザクをノネットが見逃す筈もない。

 間違いなく何かを知っているな、と直感的に感じ取ったが、同時に問い詰めた所で無駄だという事も理解した。

 何よりも、他人のプライベートな話しに首を突っ込む事は褒められたものでは無い。

 しかし、彼女生来の面倒見の良さ故か、放っておく事も出来なかったノネットはせめてもの言葉を送る。

 

 「一つ忠告しておく。殿下には近付くな」

 「えっ!?」

 

 何故と言った表情を浮かべるスザクに対して、その背後で小さくなってゆく二人の後ろ姿を見送りつつ、ノネットは表情を崩す事無く告げた。

 

 「あれを見ても分かるだろう? ヤバい気配がプンプンするんだよ。こう見えても私の勘は確かだぞ」

 

 彼女は最後に、少なくとも私は関わり合いにはなりたくない、と付け加えると、一転して土産話が無くなったなと快活に笑ったかと思うと、足早にその場を後にしてしまった。

 何はともあれこれ以降、ノネットがビスマルクを追求するという事は無くなり、彼の肩の荷が降りた事は確かだ。

 一方でそんなノネットの背中を見送ったスザク。

 彼は向き直ると、ジノとアーニャに挟まれつつも小さくなってゆくライの後ろ姿を、悲しげな表情を浮かべたまま見送った。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 カノン・マルディー二は悩んでいた。他ならぬ主君の考えに。

 突然現れた異母弟に対して、シュナイゼルは何ら興味を示さなかったからだ。

 だが、機情の長という存在には興味を示したようで、それについてはカノンに指示を下した。

 その後、皇族達の話し合いはお開きとなり、執務室に向けて廊下を歩くシュナイゼルの後ろをカノンは静かに従っていたが、彼の主君が口を開く気配は一向に無い。

 やがて、執務室の前まで来た時、居ても経ってもいられなくなったカノンは行動に移した。

 

「殿下、先程の件の続きですが、念の為にライ殿下の事も調べておいては如何ですか?」

 

 頼まれたのは機情の長の事についてのみで、その事を少々不思議に思ったカノンは付け足す様に尋ねたのだが、返って来た主の言葉に耳を疑う。

 

「彼の事は放っておいていいよ」

「っ? ですが――」

「放っておくんだ。いいね?」

 

 有無も言わさぬ口調で告げられてしまえば、カノンはそれ以上何も言う事が出来ない。

 

「……畏まりましたわ」

 

 そう返す事しか出来なかった。

 だがカノンは知らない。その時のシュナイゼルの瞳が紅い縁取りに彩られている事など。

 カノンの言葉を聞いたシュナイゼルは、静かに微笑んだ後、満足したのかそれ以上何も言う事は無く再びカリグラの件を念押しすると扉の奥に消えていった。

 

 「殿下は一体どうされたのかしら……」

 

 カノンは自室に戻ると、その時の様子を思い出し一人ぼやいた後、再び考える。

 が、相変わらず分からない事ばかり。

 

 ――考えていても仕方ないわね。

 

 そう思い立つと、今は命じられた通りの事をするだけと気持ちを切り替えたカノンは、受話器を取ると何処かへ連絡を取り付けた。

 暫くして一人の男が現れると、カノンは開口一番、シュナイゼルからの頼みを実行に移す。

 

 「急に呼び出して済まないわね。機情の長について調べて欲しいの。手配はこちらの方からしておくわ」

 

 機情という言葉に男は一瞬片眉をピクリと動かしたが、次には何事も無かったかのよう無表情を作る。

 

 「どれ程潜る?」

 「最深度までお願い」

 「これはまた、随分なお願いだ」

 

 カノンからの要求に、男はポーカーフェイスを崩すと大層驚いた様子で目を丸くした。

 そんな表情をする男を初めて見たカノンは新しい発見に内心喜びながらも、それを決して表に出す事はせずに話しを続ける。

 

 「表層には恐らく何も無いわ。無理を言ってる事は分かるけれど……」

 

 申し訳なさそうに告げるカノンに対して、男からの返答は何とも歯切れの悪いものだった。

 

 「よりにもよって機情か……」

 「あなたのそんな自信の無い台詞を聞いたのは本当に久しぶりね」

 

 男とはもう長い付き合いになるが、カノンは彼から弱音とも取れる言葉を聞いたのは本当に久しぶりだった。

 だが、男は特に気にした様子もない。

 

 「最近、機情の動きが妙でな。以前とは比べ物にならない程ガードが厳しくなってるんだ」

 「それはいつ頃から?」

 「あの噂が流れた頃からだ」

 

 珍しく肩を落として自信無さげに語る彼を見て、カノンは、そう、とだけ答えると暫しの間押し黙った。

 嫌な予感がしたのだ。男の背後で死神が嘲笑っている。そんな錯覚さえ起こしかねないような予感が……。

 しかし、機情に潜り込むなどという危険な任務は、この男以外では不可能だろうと思っていたのも事実だった。

 何よりも、こういった任務は初めてでは無かった。

 だが、その度に男は帰還を果たし、有益な情報をもたらしてくれた。長年に渡って、カノンを影で支える重要な存在。

 

 ――彼の強運を信じるしか無いわね。

 

 意を決したカノンは、後にこの時の自分の決断を後悔する事となるのだが、彼に対して、お願いするわ、と告げた後、あくまでもこれは個人的な事だけど、と前置きをした後、もう一つの頼みを口にする。

 

 「潜った際にライという人物ついて何か分かれば、それも引き上げてくれないかしら?」

 

 これがカノンがシュナイゼルからの信頼を得た一面でもある。

 何よりも、シュナイゼル自身は天才と呼ばれる部類の人間であり、そんな彼に対して、ただ従うだけの人間では、信頼を得る事など不可能なのだ。

 主君の命には絶対忠実。ただし、必要に応じて独断で行動を起こす事もある。

 全てはシュナイゼルの為であり、その為ならば例え意に反した事だろうと行う。

 それが結果として主を、強いては帝国を助ける事となった事は多々ある。

 

 「ライ? それは誰だ?」

 「特一級の人物だとしか言えないわ。それと、その名前は口外無用よ?」

 

 自身の内に未だに拭えぬ不安感を払拭するかの如く、ワザと戯けた様子で口元に人差し指を当てて釘を刺すと、男はそんなカノンの仕草を見て苦笑しながらも静かに、しかし力強く答えた。

 

 「Yes, My Lord」

 

 信頼する男からの頼もしい言葉に、カノンは最後に妖艶な笑みでもって返答した。

 しかし、これがカノンが見た彼の最後の姿となった。

 三日後、カノンの執務室の電話が鳴ると、電話口より男の声が流れた。

 

 「国是には……触れるな」

 

 今にも消えてしまいそうな声で男はカノンにそう伝えた後、電話は途切れた。

 それがカノンが聞いた男の最後の言葉となった。

 

 全ての役者は出揃った。歯車はその速度を増して行く。

 

 コードギアス 反逆のルルーシュ L2 ~ 前日譚 ~   完




今後はR2介入ものになります。
活動報告でも書きましたが、これからは投下スピードが今と比べると大分落ちます。
ご了承下さい。


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【GAIDEN】コードギアス 反逆のルルーシュ L2
亡国のアキト ~ 彼方より来る者達 ~


お読みになる前の注意点。
本作は、時系列的には「古王の胎動(後編)」の最後、彼の出発前のお話という位置づけです。
書いている本人に、原作キャラを乏しめる意図はございません。
ただ、原作キャラが好きな方々には不快に映る場面があるかもしれませんので、お読みになられる際はご注意下さい。
亡国のアキトがお好きな方には申し訳ありませんが、アキト達主人公サイドは全く出てきませんので、ご容赦を。
キャラの口調や人格、思想等は詰め切れておらず、想像が入っていますのでご注意下さい。

※4/3追記 時系列に一部齟齬あり。
内容を若干修正しました。
※4/23追及 ご指摘をいただき、スザクの経歴から白ロシアの記述を削除しました。


 サンクトペテルブルグ中央駅。

 武装した兵士が一定の間隔で並び、周囲を果断無く伺っている。

 そんな厳戒態勢の構内に原因となる皇族専用車両が乗り付けると、緊張はピークを迎えた。

 最初に降り立ったのは、青い外套を身に纏う帝国最強の騎士。その一角を担うナイトオブセブン、枢木スザク。

 出迎えるはユーロ・ブリタニアの宗主、ヴェランス大公の名代、ミヒャエル・アウグストゥス。

 彼は長旅を労う言葉と共に右手を差し出すと、スザクは短い謝辞のあと形式的に握り返す。

 そんなスザクの背後より一人の青年が降り立つ。

 

 「我々が来てやったと言うのに、この出迎えの少なさは何だ」

 

 黒髪に左目を仰々しい眼帯で覆うも、晒された半面には整った顔立ちが伺える。

 眼帯と相まって一目でより一層の衆人を惹き付けるであろう、眉目秀麗たるその男の装いは軍師の出で立ち。名をジュリアス・キングスレイ。

 皇帝の勅命により、此処ユーロピア戦線における作戦計画を一手に任される事となった彼は、不遜な視線そのままに酷薄な笑みを浮かべ、両手を広げると大仰な仕草と共に尊大な態度を周囲に振り撒く。

 そんなジュリアスに、ミヒャエルは気取られぬよう憤怒を噛み殺しつつ目礼する。

 すると、そのジュリアスの背後に又しても一つの影が。

 その影の主もまた、青年であった。

 歳はスザクやジュリアスと同年代。

 豪奢な皇族の衣服を身に纏うその青年は、灰銀色の髪を揺らしながら、端正ではあるが人形のように感情の乏しい表情を張り付けたまま周囲を見渡す。

 が、その蒼い双眸の奥にあるのは眩くも凍えるような光。

 ジュリアスとは対象的に青年は言葉を発する事こそしなかったが、目が合ったミヒャエルは気圧されると同時に、内面はジュリアスに負けず劣らず尊大な男である事を察した。

 彼は心中で本国に向けて悪態を吐きつつも、ジュリアスに接したように憤りを見せる事は決して無く、その青年の名を呼ぶと腰を折る。

 

 「ようこそ、ユーロ・ブリタニアへ。ライ殿下」

 

 「あぁ、短い間になるだろうが、世話になる」

 

 悠久の時を経て、ライは再び踏み締める。過去、一度征服したこの地を。此度は嘗ての友、二人と共に。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

  コードギアス 反逆のルルーシュ L2  

 

    ~ GAIDEN 亡国のアキト ~

 

    ~ 彼方(かなた)より来る者達 ~

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 到着後、迎賓館に招かれた三人ではあったが、先方の歓待の一切を拒否すると談話室で寛いでいた。

 その談話室にて、ジュリアスとライ。

 二人はそれぞれ一人掛けのソファーに座り小ぶりの机を挟んで向かい合うとチェスに興じていた。

 スザクは両者が俯瞰出来る丁度中間の位置にある一人掛けのソファーに同じく腰掛けると、何をするでもなく、ただ無言で二人を眺めている。

 盤上に置かれる駒の硬質な音だけが部屋に響く。

 

 「チェックメイト」

 

 今宵、三度目になるそれを告げたのはジュリアスだった。

 ライはソファーに背を預けると天を仰ぎ感嘆の吐息を溢す。

 

 「強いな。これで一勝二敗。私の負け越しか」

 「いや、殿下も十分にお強い。何度かヒヤリとさせられる局面がありました。本当に初めて打つのか疑わしい」

 「負けは負けだ、世辞はいい。それと、敬語は止めろ。お前に言われると何となくむず痒い」

 

 予期せぬ提案だったのか、ジュリアスは一瞬驚きに満ちた瞳を浮かべるも、次には躊躇(ためら)い無く応じてみせる。

 

 「良いだろう」

 「あぁ、その方がお前らしい」

 

 互いに冷笑を浮かべあう二人。

 続いてライは白いナイトの駒を手に遊ばせてスザクを誘う。

 

 「枢木。次はお前もどうだ?」

 「いえ、自分は」

 

 スザクが短い言葉で断ると、興味を失った彼は再びジュリアスに向き直った。

 

 「明日、予定通りに事を運ぶのは理解した。だか、本当にそれをするつもりか?」

 「あぁ、大公の目の前で宣言してやる。ユーロピア連合風情に梃子摺(てこず)る惰弱なクズども。ブリタニアの名を冠する事すら烏滸(おこ)がましい。連中に陛下の御威光を知らしめてやる」

 

 ジュリアスは陰惨な笑みを浮かべると、スザクが座るソファーの横にある机。

 その上に置かれている白色のアタッシュケースを一瞥するも、同時にその視線を追っていたライは吐き捨てる。

 

 「あんな物を使う必要があるとは思えないな。お前なら実力で黙らせる事も容易だろうに」

 

 それは、ジュリアスの誇りを痛く傷付けるものだった。

 

 「あんな物、だと?」

 

 剣呑な瞳を向けるジュリアス。ライは受けて立つ。

 

 「物に頼らず己の力で屈服させろ。お前にはその力がある筈だ」

 「聞き捨てならない。あれは、この私が陛下より直々に賜ったもの。私のこれまでの功績に対する陛下からの信頼の証! 君は仮にも皇族。あれを振るう事が出来る事が如何ほどの名誉か知らん訳ではないだろう?」

 「お前が何時(いつ)、何処で、どの様な功績を上げたのか知りたいものだ」

 

 ブリタニアに仇なした功績なら(そらん)じてやれるがな、との想いを秘めて、ライはジュリアスを挑発した。

 耐えられなかったのだ。嘗て目の前の男が己の力で成し得た戦功の数々。それに一時とはいえ心踊らせた身としては。

 しかし、そんな想いをジュリアスが知る(よし)もない。

 

 「それは(ねた)みか? 陛下に満足いただけるだけの功績を一つとして積んだ事も無ければ、未だに皇位継承権すら得る事が出来ない君には、今しか触れる機会が無い代物だ。最も、触れさせてやる気は更々無いが」

 「……貴様」

 

 ライの眉が危険な角度を描くも、ジュリアスは鼻で笑うと尊大な態度を崩さない。

 

 「まぁ、大船に乗ったつもりで見ているといい。陛下の信頼厚きこの私が、君に初めての功績を与えてやろう。ユーロピア征服という偉業をな」

 「鏡を見てから物を言え。今のお前は些事であるにも関わらず、父親に誉められたという理由だけで無邪気に喜ぶ幼児(おさなご)のようなものだ。滑稽な見世物でしかない」

 「……父親? 喜んでいるだと? 私が…ぐっ!!!」

 

 突然、ジュリアスは眼帯を押さえると苦しげに背を丸めた。

 

 「違うっ! 私は…俺はっ! あ、あんな男にっ! 消えろっ!! ジュリアスッ……ジュリアス・キングスレイッ!!」

 

 必死に己の記憶と戦い続けるジュリアスを、ライは頬杖をつくと冷めた瞳で眺める。

 

 「枢木、これは本当に使い物になるのか?」

 「殿下。今宵は此処までとしていただけませんか」

 

 顎でジュリアスを指し示すライに対して、スザクは薄暗い瞳を向ける。

 しかし、それで止まるライではない。

 彼は立ち上がると(うずくま)り震えるジュリアスの傍まで歩み寄る。

 

 「これが嘗てのゼロ。その成れの果てか。今のコレには何を言われても敵愾心どころか対抗心すら湧かないな。この様な無様な姿の男と今回(くつわ)を並べなければならない事になるとは。残念だ」

 「ライ!」 

 「枢木。貴様にその名を呼ばれる謂れは――」

 「お願いだ」

 

 聞く耳を持たぬスザクの懇願に呆れたのか。

 溜息を吐くいたライは今だ蹲り呻き声を上げ続けるジュリアスの姿に興味を失ったのか。

 

 「興が醒めた。ソレの介護は貴様に任せる」

 

 そう言い残すと外套を翻し部屋を後にしてしまった。

 

    ◇

 

 一方その頃。

 カエサル宮殿の大公の居室には、ミヒャエルの姿があった。

 

 「閣下、明日、明朝9時より謁見の間にて本国からの特使が着任の挨拶を。あの者達の経歴はこちらに。お目通し願います」

 

 恭しく差し出したファイルを受け取ったこの宮殿の主にしてユーロ・ブリタニアの宗主、オーガスタ・ヘンリ・ハイランドは書類に視線を落とす。

 

 「苦労を掛けたな。それで、お前の目にはどう映った?」

 「癖のある連中である事だけは確かかと」

 

 視線を落としたまま書類を捲る大公は忠臣の直截な感想に口元を緩めるも、目に映る青年の経歴に小さな吐息を溢す。

 

 「あの枢木スザクが護衛として来るとはな」

 「はい。あのエリア11に於ける黒の騎士団なるテロ組織が引き起こした大規模戦闘(ブラックリベリオン)において、首魁たるゼロを捕縛した功績によりナイトオブラウンズに叙されましたが、その後に行われた御前試合ではナイトオブスリー相手に一歩も引かない闘いを繰り広げました。ナンバーズではありますが、実力は折り紙付きかと」

 「元ナンバーズだ。市井(しせい)の人の中にも、やはり一角(ひとかど)の人物は居るのだな」

 「引き抜きますか?」

 

 命じられれば直ぐにでも、といったミヒャエルの視線に対して、大公は(かぶり)を振る。

 

 「(なび)かないだろう。この者は未だに亡きユーフェミア皇女から与えられた選任騎士の証を肌身離さず持つと聞く。ゼロに与すれば祖国解放も叶った可能性があったにも関わらず、それを良しとせず志半ばで倒れた主の仇を見事に取ったばかりか、今も変わらず忠節を尽くす騎士に対して、それはするべきではない」

 「出過ぎた事を申しました」

 

 ミヒャエルは深々と答礼した。

 大公はそんな彼を視界の端に捉えつつ再び書類を捲る。が、次の書類に示された青年の経歴には思わず目を見張った。

 

 「この軍師、ジュリアス・キングスレイといったか。華々しいまでの功績の数々だな」

 「その者には特にお気をつけ下さい。こちらを値踏みするかのようなあの視線、心底を探られているかのように感じました」

 「危険人物か」

 「はい。恐らく今回の者達の中では最も注意すべき人物かと」

 

 ミヒャエルの注進に短く頷いた大公は三度(みたび)書類を捲るも、最後は怪訝な表情を浮かべた。

 

 「この、ライという皇子については? 先程の二人と違い、顔写真すら無いが」

 

 その書類には名前以外には、生年月日と血液型の他には大公が言ったように前述の二人と違い顔写真も添付されて無ければ、極々短い文章しか記載されていなかった。

 

 「本国への照会には、そこに書いている以上の事は何も。特務総督府に何度尋ねても梨の(つぶて)。顔写真については、その…」

 

 突如として、歯切れ悪く言い淀むミヒャエルを不思議に思った大公が問う。

 

「何があった?」

「はっ! 顔写真の件を問うとその…一言。見たりて問え、と」

「意趣返しのつもりか」

 

 苦々しげな表情を浮かべた大公ではあったが、拘っても仕方がない事と割り切ると思考を切り替える。

 

 「過去の経歴は全て白紙。それどころか母親の名前さえ無いのか」

 「これは邪推になるやもしれませんが、相当に身分が低い可能性がございます。后妃として取り立てれない程かと仮定すると、今は亡きかのマリアンヌ后妃よりも下の身分も考えられます」

 「それでは、市井の人以下という事になる。根拠は?」

 

 大公の問い掛けに、ミヒャエルは胸を張った。

 

 「書類に記載されておりますように、皇籍登録は未だ仮初めのものでしか無く、皇位継承権に至っては付与の予定は無いとの事。母親については、記す必要は無いと断言されました」

 「それは誰が言ったのか」

 「特務総督府のベアトリス・ファランクス主席秘書官からでございます。なお、宰相府では何も情報を把握出来ていない様子で、逆に問われた程でした」

 「それは、例の宰相の副官からか?」

 

 ミヒャエルは小さく首肯すると、続いて吐き捨てるかのように言った。

 

 「全く、女であれば見境がないとは、ブリタニアの種馬らしいかと」

 

 苦笑しつつも一連の発言を聞いた大公は顎に手を当て考える。

 個人の実力を高く評価する一方で、血統にもまた一定の重きを置く彼にしてみれば、どちらも不十分と言えるライを素直に受け入れる事は難しく、心中穏やかではない。

 

 「そのような出自の者を、何故今更此処に送りつけた?」

 「断言しておりましたが、実際は継承権付与に内々で動き始めているやもしれません。此処、ユーロピアで功績を上げさせるために軍師と共に送り付けた可能性も。ついでに、護衛と箔付けを兼ねてラウンズを一人付けたのかと。しかし、態度だけは既に一人前の皇族気取りでございました」

 

 駅で見せたライの瞳を思い出したミヒャエルは、再び沸き起こる怒りを噛み殺す。

 

 「ライ・S・ブリタニア。かの王と同じミドルネームだな」

 「腹立たしい限りでございましょう。心中お察し致します」

 

 ミヒャエルの少々過度な心遣いに、大公は苦笑すると同時に思う。

 たった17年の歳月。玉座を得てからの実働期間で言えば僅かに4年。

 であったにも関わらず、それまで数百年に及んだ島の戦乱を平定した後に、一度は此処、欧州すら手中に収めてみせた王、ライゼル・S・ブリタニア。

 列王記に記されるのはその偉業の原動力を裏付けするために書かれた文字の数々。

 その性情、傲慢にして苛烈。不遜にして尊大。力への渇望著しく、欲望は無限大。その飽きることのない大慾(たいよく)で、世界すら飲み干さんとした狂気の王。

 しかし、王に付き従った軍団の騎士団長であった開祖が残した手記と、その開祖自らが手掛けた壁画に描かれた王の姿を見知る者として、彼だけは別の結論に至っていた。

 それは王のほんの一側面を抜き出し、声高に強調したものに過ぎない、と。

 一方で、ミヒャエルはそこまでは知らぬものの、彼としては主が並び立つを良しとする唯一の存在である事を理解していたが為に出た言葉。

 

 「彼の王の名を継ぐ者を寄越してみせて、私が奉ずるとでも思っているのだろうか、皇帝は」

 

 大公の瞳が鋭く光る。

 

 「こちらの反発を誘うのが目的か?」

 「お気をつけ下さい。特に例の軍師に至っては、芝居めいた所作を取る事が多うございます。不用意な発言は言葉尻を取られかねません」

 

 大公は鷹揚に頷いた。

 彼としては、ユーロピア共和国連合を下した後、三極の一つに取って代わるという最終目的がある事から、その諫言を素直に受け入れるとともに、慎重な姿勢で臨む必要があるとして兜の緒を締め直す。

 しかし、それは後に意図も容易くジュリアスに踏み砕かれる事になるのだが。

 

 「明日、会えば如何なる人物か分かるだろうか」

 「御心の信じるままに」

 

 深々と頭を垂れるミヒャエルと、それっきり無言で考え込む大公。

 二人の夜は更けていった。

 

    ◇

 

 その翌日、それは彼等にとって運命の日と言えた。

 謁見の間にはユーロ・ブリタニアが誇る四大騎士団の総帥が揃い踏み。

 定刻になると、彼らの視線の奥にある扉が開き、歩み出す三人。

 大公から見て右には例のケースを手に持つ騎士の装い、枢木スザク。

 中央には傲岸不遜な視線を改めようともしない軍師の装い、ジュリアス・キングスレイ。

 そして、左には鉄面皮を張り付けた皇族の出で立ち、ライ・S・ブリタニア。

 拝謁もそこそこにミヒャエルの叱責が飛ぶ。

 

 「不敬であるぞ! 大公閣下の御前を何と心得るか!」

 

 片膝を付くと臣下の礼を取ったのはスザクのみで、ジュリアスとライはそれを良しとしなかったからだ。

 ジュリアスが動く。

 彼は薄紫色の瞳に嘲笑の色を乗せ腰に手を当て胸を反る。

 

 「私は皇帝陛下より全権を委任されている。今、その(あかし)を見せてやろう!」

 

 その言葉を合図として、立ち上がったスザクは手に持ったアタッシュケースのロックを外し蓋を開ける。

 ジュリアスはそこに納められていた物を手に取り、居並ぶユーロ・ブリタニアの面々に意気揚々と差し向けると彼らは思わず息を呑む。

 

 「インペリアルセプター(帝笏)、か」

 

 呻くミヒャエルを筆頭に、聖ガブリエル騎士団総帥ゴドフロア・ド・ヴィヨンが(いき)り立つと、普段であればその彼を窘める役目を負う聖ウリエル騎士団総帥レーモンド・ド・サン・ジルまでもがそれに追従し、最後に聖ラファエル騎士団総帥アンドレア・ファルネーゼがその美貌が歪むのも構わず歯嚙みする。

 唯一、無表情を貫いたのは聖ミカエル騎士団総帥たるシン・ヒュウガ・シャイングのみ。

 したり顔のジュリアスは高らかに吠える。

 

 「私は陛下の意思の代弁者! むしろ不敬なのは、この私を一段上から見下ろす貴卿らの方ではないか?」

 「で、では、その者はどうなのだ!」

 

 分が悪いと判断したミヒャエルは咄嗟に非難の矛先を変えた。

 それを向けられたライではあったが、彼はジュリアスが帝笏を誇らしげに大公達に差し向けた瞬間、見るに耐えないものとして顔を背けていた。

 その為、今の彼の視線は謁見の間の窓ガラスから降り注ぐ陽光に向けられている。

 

 「おい」

 

 気付いたジュリアスが棘のある声色で注意を促すと、向き直ったライは溜息混じりに語る。

 

 「私はこの者の付属品だ。物に敬意を求めるな」

 

 事も無げに述べるライ。

 これにはジュリアスでさえも絶句した。

 そんな中、シンだけは一人、冷徹に品定めを進めていた。

 スザクが持つ薄暗い瞳の奥にある光。己と同じく人間を憎み、世界に絶望する者が持つその光を見て嗤い。

 唯我独尊を貫くジュリアスの姿勢には、組み易さを見出だしてほくそ笑む。

 しかし、彼は最後に訝しむ。

 己やスザクと似た絶望の瞳を持つにも関わらず、その奥にある何故か眩く輝く光を持つライを見て。

 一方の大公は愕然としていた。幻覚ではないかと。

 その為か。知らず、彼は口にしていた。

 

 「其の方、ライと言ったか。その顔は生まれついてのものか?」

 

 突然の意図不明な発言に疑問符を浮かべる一同を無視して、大公はライを注視すると静かに答えを待つ。

 

 「御身の発言の意図が分からないが」

 

 僅かに首を傾げるライを見て、大公は我に返る。

 

 「いや、詮無き事を聞いた。許されよ」

 「貴公の謝罪を受け入れよう」

 

 気を取り直した大公が短く詫びると、ライもそれを受け入れた。

 続いて大公は指先で小さくミヒャエルを招くと、腰を屈めた彼の耳元で囁いた。

 

 「あの皇子とだけ、会談の機会を持ちたい。それも早急に」

 「畏まりました」

 

 その後、ユーロ・ブリタニアの面々は延々と不忠を(あげつら)うジュリアスに渋顔を浮かべるも、沈黙を貫きそれに耐え切った。

 

    ◇

 

 その夜。

 自室に訪ねて来たミヒャエルの言葉に応じたライは一人、大公の居室に招かれていた。

 

 「長旅の疲れも癒えていないだろうに、済まないな。今一度尋ねたい事があったものでな」

 「この身はただの付属品。如何様にでもされよ」

 

 ライの同意を取り付けた大公は、鷹揚に頷くと側に控える忠臣に命じた。

 

 「ミヒャエル、席を外せ」

 「しかし!……畏まりました」

 

 有無を言わさぬ主君の眼光に、ミヒャエルは優雅に答礼すると部屋を後にする。

 扉が閉まるのを確認すると、大公は口を開いた。

 

 「最近、皇族になられたばかりと聞き及んでいるが、君のその顔は生来のものか?」

 「また、意味の分からない事を言うのだな」

 「皇族に列せられる際、顔を変えさせられ――」

 「そこまでにされよ。私の身は母から与えられたもの。それに手を入れる事などあり得ない」

 「では、生まれついてのものか」

 

 そう呟くと暫しの間、大公はライを観察し続ける。

 しかし、ライとしてはそんな視線を向けられ続けていつまでも我慢出来る筈も無い。

 彼の眉が徐々に吊り上がる。そうして、危険な角度に至ろうとしたその時、大公が動いた。

 

 「着いて参られよ」

 

 そう告げると意を決した大公は席を立つ。

 理由も告げずに一方的に求めるその姿に、ライは皇帝の姿を重ねるとともに不承不承といった態度で後に続く。

 そうして、ミヒャエルが出た扉とは別の扉に向かった大公は、壁に据え付けてあるスイッチを押す。

 程なくして、短い電子音が鳴ると扉が開く。それはエレベーターだった。

 そこに二人が乗り込むと扉が閉まり降下を始めた。

 暫しの間を置いて、再び扉が開くと歩み出る二人。

 そのエレベーターは宝物庫に直結していた。

 部屋の中は絢爛豪華な美術品の数々が、見上げる程の天井の高さまで一つ一つ丁寧に区分けされた壁に埋め込まれた強化ガラスの向こうで輝いている。

 周囲を見渡すライを余所に、しかして大公はそれを自慢するでもなく、最奥にある小さな、それでいて明らかに堅牢であることが傍目にも分かる重厚な金属の扉に向かって歩みを進める。

 やがて、そこに至った彼は指紋、虹彩の認証を経て、最後に暗証番号を打ち込むと重い起動音とともに扉が開く。

 開かれた扉の奥は小さな部屋だった。

 通ってきた宝物庫の天井と比べるまでもない。四辺5m程度の正四角形の形をしたその部屋の壁面は、一切の汚れを嫌ったかのような白で統一されている。

 しかし、その最奥。

 分厚い強化ガラスに幾重にも護られて安置されているそれを見た瞬間、ライは息を飲んだ。

 

 「本国の人間が見るのは、君で三人目だ」

 

 大公の説明に何の反応も示すことが出来ない程、ライは動揺していた。

 彼の眼前にあるもの。それは壁画だった。

 大きさは縦横ともに2m程度。

 元々は別の場所で描かれたのだろうか。

 周囲の壁と見比べるまでもなく、明らかに経年を感じさせるそこに描かれていたのは、一人の女性と儚げな容姿をした少女に挟まれた呆気(あどけ)なさを残した一人の少年の姿。

 場所は新緑映える何処かの草原。

 純白の衣服を身に纏う女性は、黒髪を風に靡かせつつも、その黒い瞳に慈愛を湛え(おとがい)に手を当てると微笑みを浮かべていた。

 一方で波打つ黒髪と薄紫の瞳を持ち、同じく純白の衣服に包まれている儚げな容姿の少女は、満面の笑みで少年の腰元に抱きついている。

 抱きつかれている少年は、戦帰りなのか。

 厳めしい戦装束に身を包むと灰銀色の髪を風に靡かせて。

 その背後には地面に突き立てられている一振りの紅色の剣が。

 しかし、その髪の間から覗く蒼い瞳は、少し困ったような、それでいて慈しむかのような視線を少女に向けると静かに微笑んでいる。

 

 「我が家に伝わる家宝だ。道すがらに見た宝物等、これの前では霞んでしまう。良い絵だと思わないか?」

 

 大公の同意を求める声にも、ライは反応を返せない。

 彼は無言のまま、その壁画の下部にある黄金色(こがねいろ)の金属板に刻まれた文字に視線を落とす。

 作者は見知った名。しかし、表題となるものは何処にも無い。

 幾分か平静さを取り戻したライは努めて冷静に口を開いた。

 

 「それは過分な物を見せてもらった。同時に、大公が疑問に思うのも無理からぬ事だという事も理解出来た。成程、私に良く似ている」

 

 声の震えは無いか、声色は平静か。

 細心の注意を払いつつ嘯いてみせたライであったが、心は未だ搔き乱されるばかり。

 

 ――ハイランドめ。これは、島の平定後か。

 

 そういえばアイツもその場に居たな、とライは嘗て己の力を最後まで使う事の無かったごく一握りの人物の内の一人の事を思い出す。

 と同時に、臣下の礼を取りつつ気さくに笑う偉丈夫の姿がライの脳裏を過ると、彼は胸の内で文句を吐きつつ思考を切り替えた。

 

 「だが、他人の空似だ。王の時代からどれ程の月日が流れたと? あり得ない話だと分かるだろう?」

 

 しかし、ライは平静さを装う事に気を取られるあまり、不用意な発言をした事に最後まで気付く事が出来なかった。

 大公の瞳が僅かに見開かれる。

 しかし、彼は敢えてその言葉を呑み込んだ。

 

 「確かに、君の言う通りだ。私も歳かな」

 

 微苦笑を浮かべると何事もなかったかのように。

 二人は暫しの間、無言でその絵を眺め続けていた。




タイトル詐欺甚だしいです。
アキト達は次話も出ません。その次も多分出ません。
ある意味、ミヒャエル無双みたいな感じになってしまいました。
次の投稿も頑張ります!


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亡国のアキト ~ 追憶を胸に抱く者 ~

お読みになられる前の注意点。
本作に、原作キャラを乏しめる意図は全くございません。
ただし、お好きな方々には不快に思われる場合がございますので、読まれる際にはご注意を。

原作キャラや設定は弄りまくってます。
原作の世界設定がお好きな方はご注意下さい。

これまでの投稿作品の中で最長です。
お時間の許す限りお付き合いいただけると幸いです。


 此処はユーロ・ブリタニアにおける軍事作戦の要となるカエサル宮殿内に在する指揮指令室。

 ヴェランス大公を始め、四大騎士団の総帥と大貴族会議の要職に付く貴族達の眼前では、今し(がた)発動した作戦が(もたら)したユーロピア全土の争乱が映し出されていた。

 その自ら脚本を描き演出した混沌の舞台の出来に、満足げな笑みを浮かべたジュリアスは帝笏(インペリアルセプター)片手に高らかに告げる。

 

 「さぁ! 全軍に進撃命令を! ヴェランス大公閣下!」

 

 しかし、大公の顔に浮かぶのは苦悶のそれ。

 

 「今、ユーロピアに進軍すると言う事は、大勢の無辜の民を戦火に巻き込むという事になるではないか!」

 「これは妙な事を。無辜の民? 何を馬鹿な」

 

 侮蔑と嘲笑が()い交ぜになった視線を向けるジュリアスに対して、大公の苦悩は続く。

 

 「彼等は後に国を支える礎となる者達。私は、彼らに要らぬ犠牲を――」

 「貴公の祖先は彼の王に付き従い、一度は此処、欧州を灰燼に帰したというのに?」

 

 睨め付けるジュリアスの視線に大公の表情が強張る。

 同時に居並ぶ騎士団長達も堪らず席を蹴り立ち上がった。唯一、沈黙を守るシンを残して。

 しかし、ジュリアスは彼らの事が眼中に無いのか。一切を無視して続ける。

 

 「一体何を迷われる? 既に一度歩まれた道だ。此度は命じるのが大公閣下、あなたになるだけの事!」

 「キングスレイ卿! 列王記に語られるだけが王の全てではないと知れ!」

 

 遂に大公も立ち上がり反論するが、ジュリアスは酷薄な笑みを浮かべるのみ。

 

 「確かに。王の事ともなれば閣下には一日(いちじつ)(ちょう)がある。これは分が悪い」

 

 一ミリも本心に無い台詞を口にしてみせると、次にジュリアスは喜悦の笑みでもって追訴を始めた。

 

 「しかし、皇帝陛下は私に勝利の二文字のみをお求めになられた。それにその口振り……」

 

 ジュリアスの瞳が鋭く光る。

 

 「面従腹背とは正にこの事! 大公閣下は一体誰に臣従されている? 陛下の御心に背くおつもりか!?」

 

 言葉尻を捉えただけでなく、そこに含まれた響きから遂に大公の心底までも見透かしてみせたジュリアスに、追い詰められた大公は堪らず声を荒げた。

 

 「ライ殿下! これは本当に本国の、陛下の御意志かっ!?」

 「大公閣下。私はその陛下の――」

 「ジュリアス」

 

 然程(さほど)大きくない声が周囲に響いた。これまでの二人の舌戦に比べれば明らかに小さなそれ。

 であるというのに、その声色は驚くほどこの場に集う者達の耳朶を震わせた。

 ジュリアスが声の主に顔を向けると、喧騒から離れた場所に今回、特別に用意された椅子に座り右後ろにスザクを従え脚を組むと瞼を閉じ、頬杖を付きながらこれまでの遣り取りを聞き入っていたライが動く。

 

 「大公は私に意見を求められた」

 

 ライは瞼を開きゆったりとした動作で立ち上がると、不遜な視線そのままのジュリアスが迎え撃つ。

 

 「私は皇帝陛下の名代として此処に居る。君の意見など求めてはいない」

 「それを枕詞にしなければ、何も言えない貴様が私に意見するのか?」

 「なに?」

 「殿下!」

 

 最早スザクの制止も意味を為さない。

 口許を僅かに引き攣らせ、屈辱から来る怒りにその端正な顔貌を歪ませるジュリアスに向かって、蒼炎を身に纏ったライは歩みを進める。

 

 「限界だ。此処に来てからというもの、事ある毎に陛下、陛下と。雛鳥のようによく(さえず)る」

 

 唐突に始まった二人の対立に、ユーロ・ブリタニアの面々は毒気を抜かれたのか、呆気に取られるばかり。

 一方、スザクは嘗ての二人からは想像も出来ないその姿に一人、瞳に暗い影を落とす。

 

 「私のみならず陛下に対してまで。不埒千万な皇子も居たものだ。私は――」

 「陛下の名代である私に歯向かう事は許さぬ、とでも言いたいのか? 随分と矮小な存在に成り果てたものだな、下郎」

 「この後に及んでよくぞ言った! 継承権すら与えられん忌み子風情がっ!」

 「そんなモノに興味は無い!」

 

 罵倒を受けてもなお、嘲笑の笑みを崩さずに。

 ライは一喝すると遂に激発するジュリアスの眼前まで迫る。

 睨み合う両者。

 ライはジュリアスの瞳から目を逸らさず、ジュリアスもライの瞳を迎え撃つ。

 混沌の体現者と狂気の具現者の対峙。

 一触即発の空気が指令部を支配する。

 二人に共通するのは尊大な自尊心。故に、互いに引ける筈もなければ引く気もない。

 先に動いたのはライだった。

 薄紫色の瞳を見据えつつ、彼は口を開く。

 

 「質問に答えよう、大公。統治者であれば、誰に問うでもなく一人。孤独の中で決断を下さなければならない時がある事ぐらい理解されているだろう? 私が言えるのは、今がその時。それだけだ」

 「それは分かる。だが……」

 「未だ悩むか。そこにはやはりどうしても皇帝の意思が必要か? であるのなら業腹だが言ってやろう。この者の言葉は皇帝の意思、だそうだ」

 

 言葉の最後に侮蔑の響きを含ませて、嘲笑うライに怒りの沸点が越えたジュリアスもまた、笑った。

 だが、実際のところライの真意は別にある。

 ライは己の言葉を言い訳に使えるように、大層不快ではあったが壁画の一見(いっけん)の礼として、彼なりに救いの手を差し伸べたつもりでいた。

 しかし、大公は動揺を禁じ得ない。

 秘蔵する壁画に描かれた王と瓜二つの存在が、ブリタニア皇帝を是とするかのような言葉を紡いだが故に。

 だからこそ、彼は決断出来ない。

 

 「……残念だ。ヴェランス大公閣下(・・・・・・・・・)

 

 沈黙する大公を見限ったライは頭を振ると興味が失せたのか。

 薄紫の瞳から視線を逸らすと、愕然としている大公を筆頭としたユーロ・ブリタニアの面々に向き直った。

 

 「邪魔をしたな、ジュリアス。此処に居るのはお前の言うように惰弱な者共らしい。後は好きにしろ」

 「元よりそのつもりだ。だが、凱歌が奏でられた暁には、お前にも謳ってもらうぞ。苦痛と悲鳴でな」

 

 ライの横顔に辛辣な台詞を浴びせたジュリアスは、鼻を鳴らすと深謀遠慮の瞳で大公を射抜いた。

 

 「大公閣下。ここまでの言動から察するに、閣下は陛下の御意志を軽く見ておられるようだ。それは最早、反逆の意志ありとすら認められる程に」

 

 指摘すると同時に、大公の顔に浮かんだ動揺を見咎めたジュリアスは薄く笑った後、手にした帝笏を差し向け裁定を下した。

 

 「貴公を幽閉する。罪状は皇帝反逆罪である!」

 「くっ……」

 

 呻く大公。

 その時、怒りを圧し殺し主の側に控えていたミヒャエルはジュリアスとライ。二人の顔に浮かぶ嘲笑と侮蔑。それを見た瞬間、誤解した。

 

 「二人して我々を(たばか)ったか!」

 「貴様等ァッ!!」

 

 その言葉に激発した聖ガブリエル騎士団総帥、ゴドフロアが迫る。

 彼は肩を怒らせて大股で迫ると二人の胸ぐらを掴もうと腕を伸ばす。

 が、それは寸前の所で地を蹴ると一瞬で二人の元に至ったスザクに顎を強かに蹴りつけられた事で未遂に終わる。

 たたらを踏むも堪らず尻餅を着いたゴドフロアに対して、音もなく着地したスザクは路傍の石でも見るかのような瞳で見下ろした。

 

 「キングスレイ卿と殿下に手を出す事は許されない。それは陛下に対する逆心も同じと心得よ」

 「おのれぇぇっ!!」

 

 憤怒の表情でゴドフロアが睨み上げるも、逆に三者三様の視線に射竦められ、彼はそれ以上の言葉を発する事が出来なかった。それはこの場に集う他の者達も同じ。

 僅か三人。

 されどこの三人にユーロ・ブリタニアの面々は完全に呑まれていた。たった一人、シンを除いて。

 再び視線をジュリアスに向けたライは語る。

 

 「ヴェランス大公閣下におかれては、反逆罪を告げられてもなお、一切弁明せず。事ここに至っても進撃命令を下すことで無辜の民とやらが戦禍に曝される事を良しとしない。それはそれで譲れぬ信念を持っているようだ。その気概だけは評価出来るが?」

 「随分と前時代的な思想だがな」

 「言ってやるな。仮にもユーロ・ブリタニアの宗主だぞ?」

 「その思想が今日(こんにち)の欧州戦線の停滞を招いた。主が惰弱であれば国が腐る。成る程、納得だ」

 

 本人を目の前にして平然と査定を始めた二人。

 ライは憮然とする大公を一瞥すると視線を戻し、愉快げな声色で語る。

 

 「一つ、妥協案がある」

 「言ってみろ」

 「ユーロピア全土に進撃の先触れを出せ」

 

 一瞬呆気に取られるも、それが齎すであろう更なる混沌に思い至ったジュリアスは酷薄に嗤う。

 対象的に思い至れない騎士団長達は異議を唱えた。

 

 「攻める事を宣言すると!?」

 「バカな! わざわざ知らせる事に何の意味があるのか!」

 「我が軍の優位性が損なわれるだけじゃ」

 

 しかし、それをあっさりと聞き流したライは、大公達に背を向けると争乱を映し出している指令部の巨大モニターを指し示した。

 

 「混乱の坩堝(かんか)に陥っている無辜の民とやらも同時に知る事になる。大公閣下の御心にもある程度は沿うだろう。その後、戦火に焼かれるか否かはあの者達の行動次第だ」

 「思った程の愚物では無いようだな。良い提案だ。しかし、補足として一つ」

 

 ジュリアスの言葉に腕を下ろしたライは、向き直ると目で続きを促した。

 

 「敵軍が後退を始めた後に出す」

 「良い案だ」

 「では、そうしよう」

 「異論は無い」

 

 脚本の修正を余儀なくされた事と、既にシンを通じてユーロピア側に渡りを付けており、内通者との関係に配慮が必要ではあったものの、ジュリアスとしては災禍の拡大を図れるのであれば、そこに憤りはあれども不満は無い。

 一方のライはというと、嘗て騎士団長から上奏された策を踏襲したまでの事。

 ただし、今の時代に用いた際、その結末はジュリアスが推察したものと大差無い。

 いや、ライに言わせれば過去より遥かに酷い事になる予測もしてはいたが、そうなればそれまでと割り切っていた。

 互いに頷き合う二人。

 次にジュリアスは執行猶予を告げた。

 

 「大公閣下。最後に一仕事お願いする事としよう。幽閉はその後だ」

 

 苦し気に呻く大公の姿と、その判決に態勢が決した事を悟ったのか。唯一、着座の姿勢を変えなかったシンがここにきて席を立つ。

 

 「閣下。ここはキングスレイ卿とライ殿下。お二人の言葉に従われませ」

 「しかし…」

 「これは大公閣下の為でもあります。ご決断を」

 「……分かった」

 

 大公は力なく椅子に沈んだ。

 遂に陥落したその姿に、二人は再度視線を交錯させる。

 ジュリアスは酷笑を。ライは冷笑を。

 先程までのアレが嘘のように二人は嗤い合う。

 スザクは二人の後ろに控えると、そんな彼らの姿を拳を握り締めると無言で見つめていた。

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

  コードギアス 反逆のルルーシュ L2  

 

 

    ~ GAIDEN 亡国のアキト ~

 

    ~ 追憶を胸に抱く者 ~

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 その後、大公はジュリアスとライ、そして警護のスザクに連れられ幽閉前の一仕事、進撃命令時の演説を撮影させられる事となった。

 だが、ジュリアスは大公の演説に幾度となくリテイクを求め、数分で済むところを実に一時間近い時間を掛けて撮影。

 ようやっと解放された大公は手近な椅子に腰かけると、ミヒャエルの介抱を受けていた。

 その少し離れた場所では、スザクを右後ろに従えたジュリアスが、ライと向き合うと立ち話に興じていた。

 

 「お前の完璧主義は病的だな」

 「何を言う。この一戦が戦局を決定付ける事になる。その時に、あんな陳腐で覇気の欠片も無い演説をされてみろ。将兵の士気に関わる」

 「それには同意する。演技指導がアレでなければな」

 「どういう意味だ?」

 

 疑念の瞳を向けるジュリアスに対して、ライは呆れたように問うた。

 

 「皇帝のそれに良く似ていたのはどういう事だ?」

 「何だ、そんな事か。陛下の演説は力強く覇気に溢れておられる。お力をお借りしたまでの事」

 

 予想した答えとはいえ、ライは思わず右手で顔を覆うと天を仰いだ。

 

 「何だ、その態度は」

 

 ジュリアスは瞳を据えると色を損ずるもライからの返答は無い。

 舌打ち一つ、ジュリアスは帝笏を突き出すとライと奥に座る大公を指し示した。

 

 「私はもう行く。戦局を注視する必要があるからな。君には大公が居室に入るまでを見届けてもらう」

 

 最早、口を開くのも億劫になっていたライは早く行けと言わんばかりに横を向くと手を払う。

 ジュリアスは高笑いと共に部屋を後にした。

 扉が閉まると溜息一つ、ライは大公の元まで歩み寄る。

 

 「災難だったな」

 

 ライとしては珍しく哀れに思ったから出た心の底からの言葉であったが、憔悴した主の姿にミヒャエルにとってみれば片棒を担いだ相手でしかなく、我慢できる筈もない。

 片膝を付くと大公に水を差し出していた彼は思わずといった様子で立ち上がるもそれは制止させられる事となる。

 

 「控えよ」

 「しかし、閣下……」

 「良い」

 

 顔を上げた大公にライの視線が降り注ぐ。

 

 「これより大公閣下を幽閉する。居室まで歩かれるか? 無理なら何か手配させるが」

 「無論、歩くとも」

 「良い心懸けだ」

 

 大公はゆっくり立ち上がるとミヒャエルを引き連れて居室に向かう。

 ライは口元を僅かに歪ませながら二人の後に続いた。

 

    ◇

 

 「さて、私はもう行くが」

 

 居室の扉の前まで至ったライは衛兵に指示を出した後、場を辞するため声を発するも、大公より待ったが掛かる。

 

 「少し、話がしたい。時間を割いてはもらえないか」

 「……ご随意に」

 

 訝しむ視線を向けつつ、ライが小さく首肯すると、大公はミヒャエルに目配せする。

 察した彼はライの意識を逸らすため、大公が居室に入り扉が閉まると同時に話題を振った。

 

 「閣下をいつまでここに?」

 「少なくともジュリアスの機嫌が治まるまでは無理ではないか?」

 「期限不明ではないか!」

 

 ライが抗議の声を上げるミヒャエルを鬱陶し気に眺めていると、再び扉が開く。

 

 「ライ殿下。お待たせしたな。入られよ。ミヒャエル、下がって良い」

 「ですが、閣下……」

 「下がれ」

 

 強い口調で咎められたミヒャエルは悲し気に顔を伏せると同時に腰を折る。

 ライはそんな彼を一瞥すると、嘲笑の笑みのまま扉を潜った。

 

    ◇

 

 暫くの後、二人は例の部屋に居た。

 壁画を前にライが問う。

 

 「で? ここに連れてきてどうする? まさか、この前で死にたいのか?」

 「何を言っているのか分からないが」

 

 白々しくシラを切る大公だったが、蒼い瞳は全てを見透かしていた。

 

 「その懐に忍ばせているのは何だ? ナイフか? 拳銃か? それとも古式ゆかしく毒薬とでも洒落込むか?」

 「……何故、分かった?」

 「あの男の瞳に浮かんだ動揺と、その声色は僅かに緊張の響きを持っていた。そして最後に見せたあの表情。後は、敗残の王の辿る道など古今東西限られているからな」

 

 嘗て、自身の前に立ち塞がった者達の最後の矜持として示した末路を思い出し、ライは酷薄な笑みを浮かべた。

 

 「君は一体、どんな世界で生きてきたのか」

 

 ため息混じりに呟く大公に対して、ライは事も無げに言い放つ。

 

 「対峙する相手の些細な変化を見極めなければ、容易く命を刈り取られる世界に居たまでの事」

 「それは、壮絶だな」

 「貴族どもの世界と変わらないだろう?」

 

 三日月を浮かべるライに対して、無言で頭を振った大公は、素早く懐からソレを取り出すとライに向け言った。

 

 「今の時代(・・・・)は、それほどでもない」

 

 大公からそれ、銃口を向けられたライであったが、一転して冷めた瞳で見つめると忌々し気に悪態を吐く。

 

 「よりにもよってそれを選ぶか。最も事後処理が面倒なものを」

 「状況を理解されているのか?」

 「それで自決するのだろう? 後始末をさせるのはあの男で良いか?」

 

 一切の動揺を見せる事の無いライに対して、大公は今度はゆっくりと警戒を懐かせぬよう再び懐に手を伸ばすと、取り出したそれを彼に差し出した。

 すると、ここにきて初めてライの瞳に疑念の色が浮かぶ。

 

 「これは?」

 「開祖の手記。その写本だ。原典は遺言に基づき保存処理を行わなかった結果、劣化が著しく最早開く事も叶わない」

 

 しかし、眺めるだけで一向に受け取ろうとしないライに対して、大公は無理やり彼の胸に押し付けた。

 

 「読みたまえ。君にはその権利がある」

 「何に対する権利なのか皆目検討がつかないが、それが今生の願いであるのなら読ませてもらう。少し時間が掛かるが」

 「構わないとも。私に時間は有り余る程ある」

 「何とも羨ましい」

 

 皮肉めいた大公の言葉に薄く笑ったライは受けとると表紙を開くも、続く薄紙を捲るのに手袋が邪魔だったのか、口を使って右手袋を外し吐き捨てるとページを捲ったところで注文を付けた。

 

 「立ったままというのも何だ、椅子は無いか?」

 「暫し待たれよ」

 

 大公はそう告げると部屋を後にする。

 暫くして、粗末な木製の椅子を大事そうに両手で抱えて戻ると、ライは置かれたそれに腰掛けた。同時に、再び銃口を構える大公。

 しかし、ライはそれを無視して手記を捲りつつ、皮肉げに口元を歪める。

 

 「閉じ込める好機だったというのに、律儀な男だ」

 「聞くべき事が聞けていない。最も、君も私がそれをする気が無い事ぐらい察していたのでは? ところで、座り心地はどうかな?」

 「別に? 何処にでもある椅子だろう?」

 

 一旦手記から視線を外すと座ったまま椅子を見回し、どうという事も無い感想を述べるライを尻目に、大公は諦めたのか。銃口を下げると苦笑する。

 

 「それも家宝に属するものなのだがな。保存処理が間に合っていて良かった。今でも実用に耐えるようだな」

 「これが? 言っては何だが、随分とみすぼらしいが」

 「(めい)は、始まりの椅子。宝物目録は全て開示されており、調べれば誰でも分かる事だろうが、最上段に位置しているのはそれだけだ」

 

 意図が掴めず首を傾げるライに向かって、大公は瞳を僅かに細めた。

 

 「しかし、由来までは記載されていない。聞きたいかな?」

 「話したいのだろう?」

 

 呆れた視線を向けるライに対して、大公は口元を僅かに歪めた後、口を開いた。

 

 「大陸侵攻時、最初に橋頭堡とした砦で彼の王が座られたと伝え聞く。我が一族はそこから始まったと言っても過言ではない」

 

 その言葉にライは犬歯を剥いて笑うも、立ち上がる事無く直ぐに表情を戻すと、手記に視線を落としページを捲り始める。

 しかし、その動きは読んでいるとは思えない速さだった。

 

 「速読が出来るのか?」

 「ん? あぁ、出来るようだ」

 「ようだ、とは?」

 

 その大公の疑問に答える事は無く、ライは手を動かし続ける。

 その後、読み終えたライは手記をパタリと閉じると立ち上がった。

 

 「感想は?」

 「美辞麗句が多いな。ただ、書いた男が王に心酔し過ぎていた事は良く分かった。で? これを私に読ませて大公閣下は一体何を聞かれたいのか」

 「先日、この絵の前で君が語った言葉について。この壁画を見て何故…王を連想出来た?」

 「なに?」

 「王の時代からどれ程の月日が流れたのか。君は確かにそう言った」

 「私が言った?」

 「覚えていないのか?」

 

 問われて初めてライは思い出すとともに、己の失態に心中で舌打ちをする。

 だが、それは無理もない事。

 壁画とは言え、そこに描かれていたのは紛れもない在りし日の二人の姿。

 如何にライであっても、突然現れた二人の前で仮面を被り続ける事は不可能なのだから。

 しかし、今のライにそれは無い。

 彼は胸中で二人に深く詫びると仮面を被る。

 その間にも大公は疑念を深めてゆく。

 

 「この壁画は題名も無ければ、目録にも記載されていない。にも関わらず、君はこの絵を見て何の躊躇いも無く王であるとの結論を出した。その理由は?」

 「大公閣下が彼の王に使えた騎士団長。その男を開祖としている事など、周知の事実では? そんな貴家が厳重に保管している壁画だ。作者もその男の名前。繋がりがあると考え――」

 「この絵の何処に広く知られた書物に記されるような残虐性がある!? 母親と妹をどこまでも慈しむ、騎士見習いの少年の姿にしか見えないだろう! 事実、私の妻が最初にこの絵を見た感想もそれだった!」

 

 動じる素振りを一切見せないライに対して、痺れを切らした大公は思いの丈をぶつけるも、最後の一文は余計だった事に思い至れない。

 ライの胸中に青い炎の(ともしび)が宿る。二人が縁も所縁も無い者にまで晒されているという事実に。

 ライは、最早一刻の猶予も無いとの決意を胸に口を開く。

 

 「大公閣下、落ち着かれよ。まだ話の途中だ」

 

 じっと見据え、大公が落ち着きを取り戻したのを確認してライは語る。

 

 「言い方が悪かったな。大公閣下は最初にこう言ったではないか。本国の人間が見るのは私で三人目だと。一人目はリカルドだったか? それと先ほど述べた騎士団長の件、それらを併せて推察すれば――」

 「後の一人は?」

 

 その問いにライは一瞬言葉に詰まる。見当が付かなかったからだ。

 しかし、その時ライは出立前に愉快げに口元を緩めた皇帝の姿を思い出し、博打を打つ事にした。違っていれば、早々にこの場から立ち去った後、彼に然るべき処置を施すとの決意を秘めて。

 

 「現皇帝だ」

 「合っているが違う。確かにリカルドが此処に来た事は公式に記録されている。だが、シャルル・ジ・ブリタニアへの展覧はあの男が次期皇帝に内定した後、一切を秘されて行われた。よって、それは如何なる記録にも記されてはいない!」

 

 正解ではあったものの、告げられた事実にライは思わず目眩を覚えそうになった。

 その間にも大公は距離を詰める。

 

  「あの男が壁画を前にした時、何と言ったか知っているか? この姿は誠か、と我が父に尋ねたそうだ。あの皇帝が、国是の信奉者たるあの男でさえ疑ったのだ! リカルドの場合はもっと酷い。当時の当主の胸ぐらを掴み、こう言ったそうだ。私を謀る気か、と! しかし、君は二人とは違った。何の疑問も抱かずに(おのず)と答えを出した! 何故だ!」

 

 本人だからだ、等言える筈もない。

 ライはリカルドのみならず、状況説明を一切行わなかった皇帝に対しても胸の内で悪態を吐きつつ努めて平静を装う。

 

 「何にそれほど憤慨されるのか。皇帝から聞かされていたとは思わないのか?」

 「陛下!」

 

 焦燥に駆られた大公。

 そんな彼から飛び出した言葉を、しかしてライは一蹴する。

 

 「私を陛下などと。大公閣下。御身は酷くお疲れのご様子だ。ジュリアスには私から伝えておこう。幽閉の際には腹心を側に置けるように手心を加えよ、と」

 「はぐらかさないでもらいたい!」

 

 拉致が明かないとはこの事だった。

 内心辟易していたライは話題を反らす。

 

 「何故、彼の王にそこまで拘る? あり得ない話だと分かるだろうに」

 「確かにあり得ないとは思う。だが、同時にそれを強く否定出来ない私が居るのも事実」

 

 その言葉に、血の為せる技か、と心中で悪態を吐くライ。

 

 「ジュリアスも言っていただろう。この地を焼き尽くした男だと」

 「確かに王は焼いた。立ち塞がるもの全てを炎にくべて」

 「笑っていたとさえ手記にはあったが?」

 

 大公は小さく頷いた。

 その事に我が意を得たりとライは語る。

 

 「それが真実だ。殺し尽くし、奪い尽くす。冷酷非情な男であったろうな。無辜の民とやらを慈しむ大公閣下の思想とは相容れない男では?」

 「だが、立ち塞がる事無く逃げた者達、その背を追うことだけは、それだけは決してなされなかったともあっただろう!」

 

 大公の魂の叫びが部屋に木霊した。

 

 「それが無ければどうして我が先祖が後にこの地で繁栄出来ようか。住まう者達全てを滅ぼせば、誰も我々の庇護を求めなくなる。王は一線を引かれていたのだろう? 庇護すべき民、それあっての国だと!」

 「黙れ!!!」

 

 ライの大喝に強化ガラスが震える。

 同時に彼の被る仮面にも亀裂が走ると、隠した素顔が僅かに覗く。

 

 「貴様が後生大事に崇める王の最後は知っているだろう! その庇護すべき民どころか何よりも護りたかった二人までも巻き込んで、自領もろとも敵を焼き尽くした! そこに擁護すべき余地は一切無い! 書物にある通り、狂った王そのものだ!」

 

 猛り狂ったライの体から吹き出した蒼炎に気圧された大公は、僅かに後退るも逆に幾分かの冷静さを取り戻した。

 

 「では、妥協案として示されたあれは? あの時は気付かなかったが、今なら分かる。あれは手記に記された作戦そのままだった」

 

 手記の存在を知っていれば、誰が提案などするものか、と思いつつ、苛立ち混じりにライは嘯く。

 

 「偶然だ。あれは想定どおりに事が進めば地獄が現出する。あの策は民主主義とやらを信奉するユーロピア連合にとっては悪夢になるだろうな。ジュリアスもそれに思い至ったからこそ受け入れた。御身の配下は理解出来ていなかったようだが」

 

 この場で力を使い終わらせてしまいたかったが、ライは決心出来ずにいた。

 二人が見ている前で、二人の命を奪った力を使う事を激しく嫌悪したが故に。

 幸か不幸か、期せずして救われている事に気付ける筈も無い大公は、遂に秘した胸の内を晒した。

 

 「王は後悔されていないのだろうか」

 「一体何に対してなのか。大公閣下は要領を得ない発言が多く返答に困る」

 「憎んではいないだろうか。自らの運命を。同時に、強く引き留める事をしなかった我が祖の事を」

 「本当に聞きたかったのはそれか」

 

 事此処に至り、遂に大公の核心に思い至ったライは、彼を射殺さんばかりに睨み付ける。

 

 「手記には自らの意志で帰国した事が読み取れたが?」

 「その後の出来事を知った後、酷く悔やんでおられた事が書いてあっただろう? 本国における謀議の兆しを掴んでいながら、何故、首を跳ねられる覚悟でお諌めしなかったのか、と」

 

 言い終わると視線を剃らした大公は、壁画を見つめて問い掛ける。

 

 「君に聞きたい。王は何を思い炎の中に消えたのだろうか」

 

 ややあって、ライも同じく向き直ると腕を組み呟いた。

 

 「仮定の話にしかならないが?」

 「構わない」

 

 その時の情景を思い出し、ライは僅かに顔を歪めると言葉を紡いだ。

 

 「私が仮に王の立場であったとしたら、まず、二人を巻き込んだ自責の念に苛まれるとともに、己自身の思慮の浅さを憎み、同時に己の無力さに絶望した事だろうな。だが、他人を憎んだり世界に絶望する事だけは決して無い。全ては身から出た錆。他に理由を求めるのは、これまで積み上げた功罪全てから逃げる事と同義だ」

 

 ギアスを制御できなかった当時の己の力の無さ。そして二人を巻き込んでしまった事を思い出したライは、無力感に苛まれつつも再び仮面を被る。しかし、それは最早朽ちる寸前のものでしかない。

 

 「大公閣下は手記を深く読み過ぎている。書いた男の感情に引きずられた結果、この絵と相まって理想の王を心の中で描いてしまってはいないか? その王の姿は幻想だ。王にとっては二人だけが特別な存在であり、配下は全て手駒としか見ていない。それは年代記や列王記、そしてこの手記とも共通する事柄だ」

 

 ライはそう告げると、該当の箇所が書かれたページを開くと大公に手渡した。

 そこにはこう書かれていた。

 戦場で死んだものに哀悼の意を表する事も、ましてや落涙された事などは一度として無く、死者の亡骸を背にしても決して振り返られる事はなかった、と。

 

 「弱さを見せまいとされたのではないか?」

 「まだ言うか? 御身に当て嵌めて考えられよ。あの男、ミヒャエルが仮に死んだとして、大公閣下にそれと同じことが出来るか?」

 

 己の行いを過度に美化し続ける大公を見て、ライはどうしようもない胸の痛みを感じた。

 己は決して立派な王などでは無く、数多の命を数字として見ていたばかりか、駒として使い潰してきたことを理解していたが為に。

 

 「振り向かないという事は、興味が無かったか、その時に切り捨てていったかのどちらかだろうな」

 「仮に切り捨てられたとしたらその者達は幸せだ。少なくとも、その直前までは王の心の隅に居ることが許されたのだろうから」

 「前向き過ぎるにも程がある」

 

 項垂れるライを尻目に大公は尚も問う。

 

 「では、我が祖はどうか?」

 「なに?」

 「王の心に残る事が出来ていたのだろうか?」

 「私に聞くな」

 「お答えいただきたい」

 

 視線はそのままに、頑として譲らぬ大公の横顔を見たライの脳裏に過ったのは、最後まで力を使う事が無かった彼にとって唯一と言える、片手で足りる数の忠臣達の姿。

 仮面が朽ち果てる。

 ライは気取られぬように奥歯を噛み締めると、心の内で白旗を上げた。

 

 「王の方が先に逝ったからな。小指の先程度は残ったのではないか?」

 

 新たな決意を胸に秘め、ライは無意識に後ろ手に回した右手で左手を手袋越しに握り締めると、俯きがちに言った。

 

 「もういいだろう? この部屋は、少し、冷える」

 

 その言葉を最後通牒と捉えると、感慨深げに瞳を閉じた大公は静かに口を開いた。

 

 「これまでの無礼を赦されよ。私の思い違いであった。ただ、幾ばくかの想いは晴れた。感謝する」

 「なに、全て私の下らない戯れ言だ。私こそお耳汚しを謝罪する」

 

 そうして会談を切り上げた二人は部屋を去る準備を始める。

 ライが手袋を拾い上げる一方で、大公は椅子を持ち出そうと背凭れに手を掛けると、唐突にライはその手を掴み頭を振った。

 

 「この椅子はそのままに」

 

 何故?と問う大公に対して、ライは真摯な眼差しを向けた。

 

 「彼の王が座ったものであれば、今しばらくはこの部屋に置かれよ」

 「君がそう望むのなら」

 

 短く頷いた大公は椅子から手を離すと踵を返す。ライもそれに続く。

 扉を出た大公は閉錠作業のため、パネルを操作。

 そこにライの声が飛ぶ。

 

 「大公閣下はどれくらいの頻度でここに?」

 

 その問いに、目線をパネルに向けたままの大公が応じる。

 

 「週に一度、日曜の礼拝後に。それが何か?」

 「いや、毎度そのセキュリティを御自らが解除していると思うと、ご苦労な事だと思ったまで。パスコードの入力程度、配下の者に任せれば良いのでは?」

 

 それは出来ない、と大公は頭をふった。

 

 「認証を二度間違えると部屋の中は炎が吹き荒れる事になる。これは私に課せられた責務だと自負している」

 「あぁ、焼き捨てた後に自死する、だったか?」

 「君は本当に色々と詳しいな」

 

 大公は苦笑するも、その時、ライの口元に小さな三日月が浮かんだ事に、彼は気付く事が出来なかった。

 扉が閉まると重々しい施錠音が響く。

 責務から解放された事に軽く息を吐いた大公が手を下ろしたその時。

 

 「ヴェランス大公閣下?」

 「何かな?」

 

 顔を向けた大公に紅い鳥が襲い掛かった。

 

 「お前は次に来た際、二度認証を間違えろ」

 「分かった」

 

 短く返答すると暫しの間、呆然と立ち尽くす大公を余所に、ライは扉の前で片膝を着くと臣下の礼を取り瞳を閉じる。

 時間にして僅か10秒にも満たないそれを終わらせると素早く立ち上がったライは、着衣の乱れを正すと次に何事も無かったかのように声を掛けた。

 

 「大公閣下。そろそろ幽閉させてもらう」

 「あ、あぁ。失礼した」

 

 我に返った大公は頭を振ると出口に向かう。

 その道すがら、ライは再び二人に出会えた事に対する純粋な感謝を胸に忍ばせて口を開いた。

 

 「過分な物を二度も見せてもらった上に、由緒ある椅子にまで座らせてもらった。大公閣下の厚遇に何か報えることは出来ないだろうか」

 「厚遇などと思ってもらう必要は無いとも。全ては私の思い違いだったのだから」

 

 苦笑する大公を横目にライは首を降ると再度問う。

 

 「事は私の沽券に関わる。望まれる事は無いか?」

 

 すると、大公は不意に立ち止まり口を開く。

 

 「では――」

 「あぁ、幽閉を取り消せというのは無しだ」

 「私の問いにただ頷いていただけないだろうか、ライゼル陛下?」

 

 真摯な眼差しを受けたライは快活に笑った後、首を横に振った。

 

 「その望みが決して叶わない事ぐらい理解しているだろう? それも却下だ」

 「残念だ」

 

 大公は再び苦笑した。

 

 「なに、御身の時間は余る程あるのでは? ゆっくりと考えられよ」

 

 そうして再び歩み始める二人。

 最後にライはエレベーターの扉が開く前、一度だけ振り返った。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 ユーロピア連合本部は蜂の巣を突いたかのような争乱に見舞われていた。

 方舟の船団なるテロ組織が引き起こした大規模事変。

 それに伴う暴動と、自国で起きたそれに対処せんが為に一部の部隊が独断で戦線を後退させた瞬間。

 待っていたかのようにヴェランス大公より告げられたユーロ・ブリタニア全軍を上げての進撃命令。

 目標とする都市をワザワザ発表した上で行われたそれは、逃げ出そうとする民衆と過熱する暴動を押さえようとする軍部。三つ巴の様相を呈する事となる。

 結果、ユーロピア連合軍は全てにおいて後手に回った。

 標的とされた都市は暴動の鎮圧と市民の誘導に忙殺された結果、民主主義が仇となる。

 戦線の都市に近い部隊はそこを地盤とする議員達の介入を受け持ち場を放棄。

 避難が間に合わないと悟ると市民達を守る為、都市に籠城せざるを得ず包囲殲滅の憂き目に合う。一方、歯抜けとなった戦線ではユーロ・ブリタニア軍が浸透を開始。

 横との連携を失ったユーロピア連合軍は各個撃破の対象とされ、溶けるようにその戦力を磨耗させていった。

 近年無かったユーロ・ブリタニアによる大規模かつ悪魔的とも言える戦線の押し上げ。

 ジィーン・スマイラスは執務室で苦悶の表情を浮かべていた。

 ユーロ・ブリタニア側の内通相手であるシンから事前に聞かされていた作戦計画が変更された事を知らされると、然程の間を置かずにそれが発動された事に動揺し、刻一刻と戦況図に示された色が敵軍を示す赤に変わり、先程まで部下から決死の形相で決起の決断を迫られ板挟みとなっていたが為に。

 

 「どうしろと言うのだ」

 

 当初の相手方の作戦計画に呼応して、自身が心血を注いで練り上げたそれが果たして有効に機能するものかと悩む。

 シンからは、向こう側も予期していなかったのか。

 珍しく動揺を含んだ声色で、どうにかする、との言質を取り付けてはいたものの、モニターに映るユーロ・ブリタニアの進撃速度は異常の一言。

 まるで伝え聞く古の侵略者に勝るとも劣らない速度で蚕食(さんしょく)されていく領土に、最早、何度目になるかも分からない程繰り返された言葉を呟いたスマイラス。

 しかし、そんな矢先。

 不意に彼の執務室の照明が一つの例外も無く消えると同時に訪れる静寂。

 不審に思ったスマイラスが顔を上げて周囲を見やると、先程まで戦況を示していたスクリーンには一人の女の姿が。

 光度を失った室内で、その女の全身から発せられている淡い輝きにスマイラスの顔が映える。

 

 「お、お前はっ!」

 

 思わず椅子ごと後退ると、瞳にありありと動揺の色を浮かべる彼を余所に、女は口を開く。

 

 「いつの時代も、死に急ぐのは若者だ」

 「私は彼らの死を望んではいない!」

 「そうだ、お前はそんな言葉は使わない。だが、己のために若者達を死地に導いているのは事実」

 「何が言いたい!?」

 

 心底を見透かされている事を察したスマイラスは、怒りの感情そのままに机を叩く。

 しかし、女は事も無げに言い放つ。

 

 「本題を告げる。お前は我々を一度、謀った。その事に対する償いを果たせ」

 「償い、だと?」

 

 スマイラスは過去の私情による行い。

 その結末を思い起し顔を顰めるも、スクリーンから抜け出した女は机を挟んで彼の眼前まで迫ると指差し告げた。

 

 「ギアスの名において要請する。我々はシン・ヒュウガ・シャイングの命を所望する」

 「シャイング卿? 何故、あの男の事をっ!! 奴か! 奴がギアスを持っているのか!」

 

 思わず立ち上がったスマイラスに対して、女は小さく首肯した。

 

 「奴だけで良い。奴の命を早く私達に。それをお前の償いに充てる」

 「待て、どういう意味だ? 他にもギアスを持つ者が居ると?」

 疑念が渦を巻き、スマイラスの口から零れ落ちた。

 女は再び頷くと、流麗に語りだす。

 

 「奴は澱みと契約した。それは非正規の契約。結果、手にした力も歪んだもの。回収する必要がある。他の者達は支流との契約。これは正規の契約であり、機会を見て回収するに留めている。故に、今は時では無い。だが、アレの契約は本流。そもそも、アレに手を出す事は今の私達では力不足」

 「一体何を言っているっ!!」

 「我々としては、この世界でお前を含めた誰が王を目指そうと興味が無い。しかし、同情はする」

 「憐れむのか? お前が?」

 

 憐憫の眼差しを差し向ける女。

 その初めて見る姿にスマイラスは動揺を深くするが、対する女に然したる変化はない。

 

 「王を目指すという事は、即ち、アレを打倒しなければならないのだから」

 「あれ? だからあれとは何の事だ!?」

 「挑む気ならば止めておけ。挑めるのは黒色(こくしょく)の闇か虚無なる無色。あるいは異端者(イレギュラー)のみ」

 「私では勝負にならないと?」

 「アレの心底に言の葉を響かせる事すら不可能だ。それが出来るのは鮮烈な(くれない)だけ。お前は何れにも該当しない。故に、私達がお前に求めるのはシン・ヒュウガ・シャイングの命のみ」

 「分かっている! 約束は守る!」

 

 臓腑から呻くように言葉を吐き出したスマイラスは、息苦しさを感じ首元を緩める。

 その言葉に満足したのか。女はゆっくりと後退(あとずさ)ると元来た場所、スクリーンに戻ってゆく。

 

 「私達の望みは世界のバランスが保たれる事。それは巫女達の願いでもあった。だが、アレはそのバランスを破壊する者。打倒出来るのであれば好ましいが」

 「世界の均衡を、壊す者、だと?」

 

 スマイラスは目の前の女がどのような存在か知っている。

 女は人間がギアスを使えるよう調整する役割を担う存在として、遥かな昔に創られた(・・・・)存在。

 肉体は無く思念体であるが故に、彼女自身は人間に対して直接的な力を持ってはいないが、人間ではどうする事も出来ない存在である事に変わりはない。

 スマイラスの一族はそんな女の目的、歪んだ力の回収を担っていた。

 その女をして、この台詞。スマイラスの受けた衝撃は計り知れない。

 

 「そうだ。アレのせいで澱みが生じた。巫女達の願いは儚くも踏み(にじ)られた。これ以上の破壊は避けたいが今の私達にはあの時以上(・・・・・)の術が無い。それでも王を目指すか?」

 

 スマイラスは初めて見る饒舌に語る女の姿に、この際聞けるだけ聞こうと黙して語らず。

 それを肯定と判断した女は忠告めいた言葉を発した。

 

 「ならば、孤独を捨てよ。孤独から得られる力だけで挑んだところで勝ち目は無い。アレの孤独はお前達の想像を絶する。アレに打ち勝てるのは真実だけ」

 

 言い終えた女とスマイラスの視線が交錯する。

 小さく頷いたスマイラスを認めた女は、その体をゆっくりとスクリーンに溶け込ましてゆく。

 

 「では、契約を履行した後に挑むがいい」

 

 そして最後に一言、意味深な言葉を置き土産にその姿は溶けて消えた。

 

 「神の剣(ライゼル)に」

 

 との言葉と共に。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 「苛烈な歓迎だな」

 

 カエサル宮殿にある客人の間。

 大公を幽閉して二日目にあたるこの日。

 作戦指令室にて、当初の速度よりも幾分か落ちてはいたものの、概ね順調に進撃を続ける自軍の姿に、作戦が順調に推移している事に満足げな笑みを浮かべた後、ジュリアスに今後の展望を確認するべく向かった先で、開け放たれた扉の奥に広がる光景を遠くに見たライの第一声がそれであった。 

 踏み潰され、砕かれた無数の死体と半壊したナイトメアが散らばる惨状。

 その中央まで歩みを進めたライが最初に見たのは、右手側に己に背を向けるシンとその足元に仰向けに寝そべるジュリアスの姿。

 一方、残る左手側の回廊の奥では、ランスロットと一体のナイトメアが剣劇の応酬を繰り広げている。

 ライは、眼下に広がる其れを前に、己に背を向けているシンに狙いを定めると泰然と歩み始める。

 

 「あぁ、殿下か」

 

 背後から迫る気配に気付いたシンは、振り向きそう呟くも次には思わず瞳を細めた。

 惨状を背に歩むライの姿を、違和感無く認識した事にこそ違和感を感じたが為に。

 しかし、それも一瞬の事。

 

 「こうして直に話すのは初めてになるかな?」

 「言われてみれば、確かにそうだな。で? これについての釈明を聞かせて貰えるのだろうな。 シャイング卿?」

 「釈明? それは殿下……いや、お前の口から聞きたいな」

 

 片眉を上げるライに対して、シンは口元を妖しく歪めた。

 

 「キングスレイ卿がゼロであっただけでなく、その正体が例の皇子だったとはね」

 「あぁ、その事か」

 「その口振り。知っていたな? まぁいい。軍師の身分を持つ者が実は皇子であったとは。では、皇子の身分を持つお前は一体何者なのかな?」

 

 シンはライの全身を上から下まで値踏みするかのように視線を動かすも、対する彼は黙して語らず。

 ライは状況判断を終わらせると対応策の検討に入る。

 その間にも、喜悦の笑みでシンは語る。

 

 「全く愉快な話だよ。事実は小説より奇なりとは良く言ったものだ。さて、残るお前は一体どんな事実を私に見せてくれるかな?」

 「死、という事実はどうだ?」

 「素晴らしいな。お前が私に与えてくれるのか?」

 

 その時、ライの背後より響いていた戦闘音が止まる。

 シンは視線の先に副官であるジャン・ロウを降し、ランスロットのコックピットから姿を現したスザクを見やる。

 

 「私にはアイツの闇がよく見えるよ。私と奴は同類だ。人を憎み、世界に絶望している。しかし――」

 

 そこまで語るとシンは再びライに向き直る。だが、その瞳は疑念の色に染まっていた。

 

 「お前だけは何度考えても理解出来ない。私達と良く似た瞳を持っているというのに、宿す光は全く違う」

 「貴様の仕分けの定義に興味は無い。私は全てを背負うと決め、己の足のみで立つ事を誓っただけだ」

 

 その答えに訝しむシンではあったが、やがて考えに至った彼は信じられないものを見たといった様子で瞳を見開いた。

 

 「そう、か。お前が憎み、絶望しているのは、人間にでもましてや世界に対してでも無い。お前自身に対してか」

 

 得心がいったのか、シンは珍しく感嘆の吐息を溢す。

 それで良く生きていられるな、との言葉とともに。

 

 「我々の処遇について聞きたい」

 「お前の(こころざし)は理解したよ、なおさら得体が知れないという事も併せてな。だが、お前は大公のお気に入りらしい。人質としての利用価値はある。だが、二人は私がこの国を支配するにあたっての障害でしかない」

 

 皆まで言わずとも分かるだろう?とでも言いたげに、シンは口元を怪しく歪めた。

 その爛々と輝く瞳には狂気の色が揺蕩う。

 

 「それがお前の素顔か、簒奪者。成る程な。ジュリアスの言葉は真理を得ていたという訳か。主が惰弱であれば国が腐るとは良く言ったものだ。貴様のような腐肉を漁る獅子心中の虫に入り込む余地を与えていたのだからな」

 

 今だシンの背後で倒れたままのジュリアスを一瞥したライは、視線を移すと彼の目を見据え、言った。

 

 「しかし、私としては今、二人に死なれるのは些か(いささか)困る」 

 「では、どうする? 奪い返すか?」

 

 そう問うや否や、シンはこれまでジュリアスに向けていた銃口をライに向ける。

 対するライが腕を組むと項垂れるかのように俯くと、その仕草にシンは嗜虐心が擽られるのを感じた。

 そして、彼が笑みを一層深めたまさにその時、ライは顔を上げる。その双眼には紅い鳥が宿っていた。

 

 「シン・ヒュウガ・シャイングに命じる。枢木スザクとジュリアス・キングスレイは決して殺すな」

 

 二羽の狂鳥が舞った。

 

 「分かった」

 

 先程までの狂相は跡形もない。

 ただ、短く返答した後に構えを解くと呆然と立ち尽くすシンを余所に、遠く背後に感じるスザクの気配に振り向く事無く声を張り上げる。

 

 「枢木! 話は付いた! 投降しろ!」

 「ヒュウガ様!」

 

 同時に、ライの傍を一人の女が通り過ぎる。

 その女に腕を捕まれた事で我に返ったシン。

 

 「ご無事ですか!?」

 「あぁ、ジャンか。彼らを拘束の後、幽閉しろ」

 「始末なされないのですか?」

 「枢木スザクとジュリアス・キングスレイを殺す事は許されない」

 「は? い、いえ、分かりました。では、こいつは?」

 「大公の元に送ってやれ」

 

 シンの命を受けたジャンは頭を垂れると、生き延びた兵士に召集を掛ける。

 

 「お前達はこの男を大公の元まで連行しろ!」

 

 その言葉に、柱の影で事の推移を窺っていた兵士達が、一人また一人と姿を現す。

 

 「シャイング卿。二人の身柄は一時、預ける。いずれ引き取りに行く。その際は五体満足で返却してもらうぞ?」

 「減らず口を!」

 

 ジャンが吠えるもライは意に返さない。

 

 「女、お前は忠犬か? それとも走狗か?」

 「なにを……」

 「後者であれば、それで良い。だが、結末は得てして悲惨なものだが?」

 「貴様っ!」

 「お前の主は私に対して死を望んだ。だからこそ今は生かしてやる。だが、その思想を改めない限り、近い内に破滅する典型例だ。前者であれば、無駄に吠えずに主の命に粛々と従え。そうすれば、最後の時ぐらいは伴に居る事が許されるだろう。さぁ、お前はどちらだ?」

 

 ライが冷笑を浮かべて詰め寄った矢先、部屋に銃声が響いた。

 放たれた銃弾はライの側頭部を掠めると、彼の髪を僅かに奪う。

 灰銀色の光が舞い、地に落ちる。

 

 「死んだらどうする?」

 

 全く気にした素振りも見せずに、ライは笑いながら発砲したシンをみやる。

 

 「ヒュウガ様! お止めください!」

 

 副官に窘められたシンは、射殺さんばかりの視線を向けつつ腕を下ろした。

 同時に、集まった兵士達に連行される形で背を向けたライは、嘲笑いながらその場を後にした。

 

 「ヒュウガ様。一体どうされたのですか?」

 「煩い!」

 

 直前にジュリアスに心底を見透かされた事と、ギアスによる記憶の混濁。そして、まるで己の最後を予言してみせたかのようなライの口振りが相まって、シンは腹立たしげに手に持った拳銃を床に叩き付けた。

 

    ◇

 

 兵士達に5人に取り囲まれ連行されるライ。

 暫く従っていた彼は唐突に足を止めた。

 

 「おい! さっさと歩け!」

 

 背後に居た兵士が、苛立ちから手に持った武器でライの背中を押すも、彼は足に根が生えたのか微動だにしない。

 だが、今一度背中を押そうとした瞬間、ライは唐突に口を開いた。

 

 「お前達にも言っておく事がある」

 

 何を言うつもりかと、同僚達と疑念の視線を交える彼らを余所に、ライは短く命じた。

 

 「私に従え」

 「「「「「Yes,Your Highness!」」」」」

 

   一瞬にして彼らを支配下に置いたライは、前を歩いていた二人の内の片方を指差し告げた。

 

 「お前は今から車を調達し、一足早く宮殿出口で待機しろ。可及的速やかに、だ」

 

 命じられた兵士は短く応答すると、一目散に走り去る。

 

 「では、行こうか。宮殿出口まで案内せよ」

 

 残った兵士達にそう告げると、ライは再び歩み始めた。

 その道すがら、最早遠慮は無用と枷を外したライは出会った人間を手当たり次第に支配下に置くと、悠々と歩む。

 彼が宮殿のメインホールに近づく頃には、30名近い人数にまで膨れ上がっていた。

 そこで再びライは全員に待機を命じると、身形から文官とおぼしき数名を身繕い手招きすると密命を与えた。

 

 「今後、この宮殿で起きる事態は本国のベアトリス・ファランクスに逐次報告せよ」

 

 恭しく頭を垂れる彼らに向けて、本来の職務に戻るようライは命じた。

 再び頭を垂れて立ち去ってゆく彼らを見届けたライは、踵を返すと出口に向かって足を進める。

 しかし、そこで彼はふと思い出したかのように立ち止まった。

 

 「帰る前に一つ、手土産でも置いていこうか」

 

 ライは弾丸が掠めた箇所を摩ると、手袋に薄く付いた紅い色を見て嗜虐的に嗤った。

 

 「残るお前達に命じる。シン・ヒュウガ・シャイングの命を狙え」

 

 そう命じたものの、ライはこの程度でシンを討てるなど思ってはいない。

 そもそも、己に立ち塞がったとはいえ、シンの末期がある程度見えていたライにとって、手を下すまでの価値を見出だしていなかった。

 故に、これはライにとっては血の返礼以上の意味は無い。ただの嫌がらせ程度のもの。

 最も、命じられた者にとっては悪夢以外の何物でもないのだが。

 我先にと元来た道へ走り去る一団。

 ライはこれから起きるちょっとした争乱を思い描くとともに、大公からの望みがまだ聞けていない事に対する僅かばかりの未練を胸に、最後に一度だけ振り返った後、出口で待つ車の元へ歩いていった。




ここまでお読み下さりありがとうございました。


何を書いてるのか。戦記ものか?これは……。
コードギアスの筈です、うん。

こんな本作ですが、次回も頑張ります。

※4/10追記
誤字まみれでした。ちょこちょこ修正中。


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亡国のアキト ~ 離別の挽歌を謳う者 ~

遅くなり申し訳ありません。

以下、本作をお読みになる前の注意点となります。

1.原作である亡国のアキトに関するネタバレと、ご覧になられた事が前提の描写がありますのでご注意下さい。

2.コードギアスの世界設定やら謎やらを独自解釈した結果、著しい原作乖離が生じています。どうか頭を空っぽにして、寛容な心で読んで下さると助かります。

3.書いている本人に原作キャラを貶める意図はございませんが、お好きな方にはそう読める描写があるかもしれません。苦手な方はご注意下さい。

4.当初に書いた、レイラやアキトが多分出ないという事については、撤回とさせて下さい。

以上、よろしくお願いします。





 (とき)はジュリアスとスザクとライ。三人が欧州へ出立する二日前まで遡る。

 

 「少し、お前達は悠長に過ぎるのではないか?」

 

 腕を組むと黄昏の間にある支柱にその背を委ねたライ。

 彼は視線を彼方に向けたまま、やや離れた場所に居並ぶ二人に向けてそう尋ねると、その内の一人、V.V.が抗議の声を上げる。

 

 「何が悠長なのさ?」

 「例の女、C.C.が持ちお前達が欲する物とは何だ?」

 「コードだよ。そういえば、言ってなかったね」

 

 悪びれる様子を微塵も見せないV.V.に、ライは眉間に皺を寄せて抗議の表明とする一方で、その聞き慣れない単語に疑問符を浮かべてもいた。

 彼は姿勢はそのままに顔だけを向けて目線で続きを促すと、口元を綻ばせたV.V.は語る。

 

 「資質を有する者にギアスを与える事が出来る力。それを僕達はそう呼んでいる。不老不死はそれから齎される副産物でしかないんだ」

 

 喜色満面の笑顔を見せるV.V.とは対象的に、ライは能面のような表情のまま、無言で続きを待つ。

 

 「最初は一つあれば十分だと思っていたんだけどね。研究を進めるうちに、扉を開けるには二つのコードが必要だって分かったんだよ」

 「扉?」

 「ライ、僕達の目的は覚えてるよね?」

 「神を殺す事。ギアスの暴走に二人を巻き込んだのは私の無力さ故だが、お前達が言うにはそれは最初から仕組まれていた。それを画策したのが、その神とやらだったか?」

 

 瞳の奥に蒼白い炎を滾らせるライに対して、V.V.は鷹揚に頷いた。

 

 「そう。コードは集合無意識の最深部に在る神の寝所(しんじょ)。そこを護る最初で最後の扉。Cの世界にある地獄門を開く鍵でもある」

 「その扉の奥にいるのは本当に神か? 悪魔の類いでは?」

 「便宜上、そう呼んでるだけだよ。本当の名前なんて誰も知らない」

 

 素っ気なく返すV.V.に対して、柱から背を離したライは彼の傍まで歩み寄ると見下ろしながら問う。

 

 「神の喉元に(アーカーシャの剣)を突き立てる為にも、コードとやらが二つ必要な事は分かった。では、C.C.以外に持つ者は居ないのか?」

 「それ、なんだけどね……」

 

 これまでの機嫌の良さは何処へやら。

 V.V.は突如として悩まし気な声色で呟くと、ライから視線を逸らす。

 そうして再び黄昏の彼方を眺めると、口惜し気に語り始めた。

 

 「世界に残るコードは三つ。一つはC.C.が、もう一つは僕が。でも、最後の一つは肉体という器が消滅したから、この世界に希釈されてしまったのかも。存在が希薄過ぎて居所が分からない」

 「肉体が消滅? どういう事だ? コード保持者は不老不死と言ったのはお前だが?」

 「確かに言ったよ。でも、ね……」

 

 歯切れ悪く言い淀んだV.V.が溜息を吐いたその時、それまで静かに聞き入っていた最後の一人、皇帝が動く。

 

 「嘗て、世界には今よりも多くのコード保持者が居たのだ」

 

 彼はそう前置きすると、重々しい口調と共にある書物に記された一節を口にした。

 

 

 ここに知恵が必要である。賢い者は、獣の数字にどのような意味があるかを考えるがよい。数字は人形を指している。そして、数字は六百六十六である。

 

 

 666。

 その途方もない数に瞳を見開くライを余所に、皇帝の独白は続く。

 

 それは神が創造した軍団(レギオン)の総数であり、その者達は皆一様に巫女の姿をしていた、と。

 神からコードを与えられ世界中に散った巫女達は、そこで神を祀り訪れた人間の中で資質有る者達にギアスを与えていった。仲には夫婦(めおと)になる者も居たという。今も世界中に点在する遺跡はその名残であり、現在の教団の原型とも言える、と。

 その巫女達はある時、ふと気付く事になる。自分達の行いが戦乱の種を蒔いているという事実に。

 その時点では特に疑問を抱く事も無かったが、それは巫女達の心に穿たれた蟻の一穴となった。人間達と交わりを深めてゆくにつれ広がる穴。

 それが遂に信仰をも決壊させるまでに至ると、巫女達はその時から考えるようになる。どうすれば平和な世界を築けるのか、と。

 その過程で知る。この力を与えた存在が、崇め奉っていた筈の神こそが全ての元凶である事を。

 悩み抜いた末、巫女達は神に反旗を翻す事を決意する。

 しかし、打倒するには個々の力では絶望的に及ばない事も併せて知った。

 故に封じる事とした。コードの力を使って。

 考え抜いた巫女達は、コードの統合を思い付く。だが、それだけではまだ足りなかった。

 検討に検討を重ね、苦渋の決断の末に数多あったコードを三つにまで集約させると遂に、神を集合無意識の奥深くへ封じ込める事に成功した、と。

 

 皇帝の長い独白が終わると、やや呆れた口調でライが呟く。

 

 「一人ぐらい反対者が出ても良いだろうに」

 「巫女達は全にして個、個にして全。意識を共有してたんだよ。特定の目的に邁進するのには有効だけど、諸刃の剣だよね。訪れた人間と夫婦になる巫女も居たって言ったじゃない。ソイツが伴侶の平和に対する想いを理解した結果、それが伝播していったんじゃないかな?」

 

 補足としてV.V.が得意気に自らの推察を披露するも、ライは疑問を深めてゆく。

 

 「だとしても、なぜ一つに纏めなかった? 巫女たちにとってはコードが唯一の武器だったのだろう? 戦力を分散させた理由は何だ?」

 

 その最もな疑問に答えたのは皇帝だった。

 

 「3は聖なる数。調和の象徴よ」

 

 そして語る。

 聖なる数の力に願いを乗せて、コードの力を増幅させる事に成功した巫女達は神を封じた。

 それが世界に平和をもたらす唯一の術だと信じたのだ、と。しかしーー。

 

 「平和は訪れなかったという訳か」

 

 ライの呟きにV.V.が追従する。

 

 「そう、彼女達は余りにも純粋過ぎた。思い至れなかったんだ。人間の欲深さを。同時に、封じる事が出来た事で神の力も侮ってしまったのかもしれない」

 

 その言葉に巫女たちの運命を悟ったライは顔貌を顰めた。

 

 「奪われたんだよ。コードを。一つは封じられる直前に人知れず神が送り込んだ人形に。そして、残りの二つはその人形の甘言(かんげん)に乗せられた契約者。その中でコードを継承出来るまでにギアスの力を増大させた達成者達の手によってね」

 

 ()くして世界は再び争乱に包まれる。

 しかし、ギアスを供給出来るコードの数が激減した事と、コードを手にした者達は自分達がしたように奪われる事を恐れた結果、ギアスを発現する人間の数は減った。

 とは言え永遠の時を生きる事に人間の精神が持つ筈も無い。それが可能なのは人形だけ。

 やがて、コードを奪った二人は魂の牢獄に耐え切れず他者に押し付けようと、資質有る者にギアスを与える道を選ぶ事となる。

 だが、結果的に巫女達が望んだ平和とは程遠いが、人類は争いつつもそれまでに比べれば安寧に近いとも言える平穏を手にした。

 しかし、後にそれに亀裂が生じる事態が発生したとV.V.は語る。

 

 「三つのコードのうち、その一角が崩された」

 「どういう事だ?」

 「コードを得た人形が居たって言ったでしょ? ソイツが殺されたのさ」

 「殺された?」

 

 ライは怪訝な表情を浮かべた。

 不老不死たるコード保持者を殺す術に皆目検討が付かなかったからだ。

 しかし、そんな困惑するライを尻目にV.V.は尚も語る。

 

 「その人形は、巫女からコードを奪った後に神の元へ戻す使命を帯びていた。でも、コードの力を得て神からの肉体の調整(メンテナンス)を不要としたソイツは、裏切った。この世界に君臨するという欲望を爆発させたんだ」

 

 国を興して、自らが王になったのさ、とV.V.は愉快気に口元を歪ませる。

 

 「でも、我が世の春を謳歌していた人形は同時に一つのミスを犯していたんだよ。全員が私利私欲の為にコードを有した結果、調和の力に綻びが生じた事に気付けなかった。身動ぎ出来る程度に力を取り戻した神は怒ったんだろうね。だから再び送り込んだ。失敗作を抹殺する事で、同時に己を縛る為に巫女達が世界に敷いた調和までをも破壊する。その為の究極の一体を。それに殺された結果、肉体という器を失ったコードは世界に溶け込んでしまったという訳さ」

 

 語り終えたV.V.は射殺さんばかりの視線で天を仰ぐも、ライの疑念は尽きない。

 

 「しかし、最後のコード自体は存在するのだな?」

 「それは間違い無いよ。僕やC.C.も知らない契約者が過去にも生まれた事があるもの。最近だと、欧州方面で気配を感知したかな。コードと資質ある者は引かれ合うから、(あらわ)れるかもしれないよ?」

 「よりにもよって其処か…」

 

 V.V.の誘惑にライが渋顔を浮かべたその時、トドメとばかりに皇帝が囁く。

 

 「改めて聞こう。御主も往くか?」

 「………………良いだろう」

 

 ライは腕を組むと憮然とした態度のまま珍しく長考した後、渋々といった様子で首肯した。

 

 「では、枢木とジュリアス・キングスレイ。二人と共に往け」

 「待て。誰だそれは? ルルーシュでは無いのか?」

 「ジュリアス・キングスレイなる者は、別の記憶を植え付けたルルーシュの偽りの名よ」

 

 事も無げに告げる皇帝を見て、ライは呆れた。

 

 「……親子共々お前達のセンスはどうなっている」

 「楽しんでくるが良い」

 「契約の為だ。何を楽しめというのか」

 

 彼は意味有りげな笑みを浮かべる皇帝を一睨みした後、背を向け歩き去るもその背中に再び皇帝の声が掛かる。

 

 「出立は2日後。準備が整えばベアトリスの元を訪ねよ。手配しておく」

 

 ライは立ち止まると力無く右手を上げて同意を示した後、肩越しに振り向いた。

 

 「V.V.。お前が私にギアスを与えたのは、押し付ける為の候補者としてか?」

 「まさか。僕が君にギアスを与えてから何れだけの歳月が流れたと思ってるのさ。でも、僕は未だに此処に居る」

 「では、お前がその押し付けられた(くち)か。永遠を生きるなど寒気がする。神を殺す為とは言え、その執念だけで良くも今日まで狂わずに生きて来れたものだ」

 

 少しばかりの感嘆の響きを含ませたライは、そう告げると今度こそ立ち去った。

 やがて、気配が完全に消えたのを認めたV.V.が呟く。

 

 「全く、最後まで油断ならないよね、彼。シャルル、あんな感じで良かったかな?」

 「上出来でした、兄さん。まだ、全てを話すのは時期尚早ですから」

 

 互いに口元を歪めると、再び黄昏の夕日に向き合う二人。

 

 「最後のコードだけど、彼の前に顕れるかな?」

 「顕れれば御の字ですが、難しいでしょう」

 「それもそうか」

 

 納得したV.V.が頷くと、シャルルが真意を吐露する。

 

 「今回、あの者にはそこまでを望んではおりません。精々、ルルーシュと共に天秤を傾けるか、或いは欧州介入の火種でも作ってくれば上出来かと」

 「それ、火種で済むかな? 下手したら焦土になるかもよ?」

 「それもまた一興です」

 

 そう呟くと、最後にライと対峙した大公が如何様な対応を採るのか夢想した皇帝は、愉しげに嗤った。

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

  コードギアス 反逆のルルーシュ L2  

 

 

    ~ GAIDEN 亡国のアキト ~

 

    ~ 離別の挽歌を謳う者 ~

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 「スマイラス将軍。例の方舟の船団を名乗るテロリストが流した映像はブラフです。北海の発電所は未だ健在。彼らが有するとされる大型船は存在しますが、破壊に使用したとされる爆弾は存在しません。彼等の背後にはブリタニアが居ます」

 

 自身の居城、ヴァイスボルフ城の執務室でパソコンモニターと向き合うと己の推察に気を吐く女、ユーロピア共和国連合軍所属特殊部隊【wZERO】司令官、レイラ・マルカル。

 その彼女とモニター越しに対峙するスマイラスは溜息を溢す。

 

 『だろうな。参謀本部でも同じ結論が出た。念の為に聞くが、君がその答えに行き着いた根拠は何かね?

 「進行のタイミングが良すぎます。一刻も早く市民達に知らせて、沈静化を図るべきです」

 『彼等が全て君のように聡明であれば何れ程良いか。本来、冷静な対応を求められるべき議員達でさえも恐怖に駆られてしまっている』

 

 沈痛な声色と共に力無く頭を振ってみせるスマイラスに対して、レイラは瞳に決意の色を滲ませる。

 

 「そんな彼等の目を醒まさせる為にも、私達で暴動の原因となった方舟の船団。その大型輸送船を落とします。ですが……」

 『何かね?』

 「これだけの事を起こした相手です。私達の襲撃に備えていない筈がありません。まずもって待ち構えていると考えます。同時に、ユーロ・ブリタニア内部で何かがあった可能性も。将軍にはその事を探っていただきたいのです」

 

 既に大公は幽閉され、混乱に乗じてシンが四大騎士団の内の二つ、聖ガブリエル騎士団長ゴドフロアと聖ウリエル騎士団長レーモンドの首を晒し、大公執政権と大貴族会議の全権を握る事でユーロ・ブリタニアを事実上掌握する事に成功していたが、面だった発表は一切成されてはいない。

 シンの内通者である自分のみがその事実を知っている事から、レイラの洞察力にスマイラスは少なくない警戒心を抱くも、あくまでも無表情を装う。

 

 『根拠は?』

 「彼等は、これまで市街地戦において非戦闘員を待避させるといった騎士道精神というのでしょうか。一定の配慮を採っていました。また、非武装都市への直接攻撃は調べた限りでは皆無です」

 

 宜しいでしょうか、と前提条件をレイラが口にすると、スマイラスは無言で頷き続きを待つ。

 

 「ですが、市民を有りもしないデマだけで恐慌状態に陥らせて暴動を誘因したのは悪辣以外の何物でもありませんし、続いて告げられた非武装都市をも標的とした進撃命令は非道の一言。敵は戦略目標を軍ではなく、民主主義そのものに切り替えました。これ迄のユーロ・ブリタニアの作戦方針から逸脱し過ぎています。まるで、ある日突然、頭が()げ替わったかのような印象を受けるんです」

 

 言い終わると口元を真一文字に結ぶレイラの視界の端では、旧友であると同時にこれまでのユーロ・ブリタニアの動向を片っ端から調べ上げたアンナ・クレマンが(しき)りに頷く。

 

 『しかし、結果は見ての通りだ』

 「同意します。人道的見地を一切無視して非情に徹する事が出来れば、との前提は必須ですが、効果的と言えます」

 『我々も相手の事は言えまい』

 「それは……」

 

 レイラは思わず言葉に詰まる。

 命令だったとはいえイレブンの青年兵士達を特攻隊として使った作戦に関わった過去を持つレイラにとって、その言葉は(したた)かに彼女の心を抉ったからだ。

 

 『現在、ユーロ・ブリタニアの進行速度は当初と比べると牛歩に近い。遅滞戦闘が功を奏しているとも言えるが、同時に行っている後方での戦線の再構築には人手が足りないのが現状だ。しかし、君なら打開出来るかもしれない。ブラドー・フォン・ブライスガウの遺志を次ぐ君なら』

 

 スマイラスの要請に応えたシンが、敢えて進撃速度を緩めた事など知る由も無いレイラは、意味深な言葉と共に真剣な眼差しを向ける彼に対して、改めて背筋を伸ばすと一時、モニターから視線を反らす。

 そんな彼女の瞳に映ったのは、アキトを筆頭とした仲間達が頼もしく頷く姿。

 

 「お命じ下さい。私に出来る事であれば」

 

 背中を押されたレイラは再びモニターに向き直ると決意を新たにする。

 対するスマイラスは自身の秘策を開帳した。

 これにより状況は好転の兆しを見せ始める。但し、それは彼女が全く意図しない方向に。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 レイラの決意から僅かに進み、ライが欧州より帰国したその日。

 

 「随分とお早いお帰りね?」

 

 時計の針が丑三つ時を告げる神聖ブリタニア帝国、帝都ペンドラゴン。

 その皇宮にある特務総督府。

 そこに在る防諜対策が完備された機密室にて、ライは一人の女と対峙していた。夜間照明が二人の顔に影を作る。

 

 「理由をお聞かせ願えるかしら?」

 「そう突っかかるな、ベアトリス」

 

 ベアトリス・ファランクス。

 特務総督府の主にして皇帝の主席秘書官でもある彼女は、僧衣のようなゆったりとした衣服に袖を通すと、艶のあるレッドブラウンの髪を腰元まで伸ばし、切り揃えられた前髪の下にあるシャープな縁無し眼鏡、その奥にある切れ長の瞳を鋭く光らせる。

 

 「早急に陛下へご報告差し上げる必要があるの。二人を放置して自分だけ帰国した理由を説明して貰いたいのだけど?」

 

 尋ねると同時に、彼女はソファーに座るライの元まで車椅子を操り迫る。

 そうして、手を伸ばせば届く位置まで来た彼女の瞳を認めたライは口角を釣り上げた。

 

 「出立前にも言ったが、良い目をしているな。今もラウンズとして最前線で戦えそうだ。ロストソード等と言う渾名は誰が付けたのか。見当違いも甚だしい」

 

 以前の彼女の肩書きはナイトオブツー。

 ある実験の影響により唯一の肉親である弟を失ったばかりか、彼女自身も最早ナイトメアを駆る事が出来ない体になってはいたが、瞳の奥に宿る鋭利な剣が醸し出すかのような鋭い光は未だ健在。

 生来、合理性の塊のような性分を持つ彼女は、ことナイトメア戦においては本能的に戦う傾向が強い者達にとって在る意味、天敵と言えた。

 逸話として、模擬戦において狩猟される獲物の気分を味わった結果、終了後に一言、死にたくなったとの感想を溢したのは、某ナイトオブナインだったとか。

 その映像を見た事があるライにとって、純粋に惜しむ思いから出た言葉。

 しかし、如何なる世辞を投げ掛けられたところで、ベアトリスにとってライは第一級の危険人物としか映っていない。

 

 「質問に答えなさい、ライゼル」

 

 そう、彼女は知っていたのだから。ライの正体を。

 

 「破滅主義者の児戯(じぎ)に付き合う気になれなかっただけだ」

 「二人の身の安全は確保しているのよね?」

 「簒奪者、シン・ヒュウガ・シャイングには二人を決して殺させないようギアスを掛けておいた。問題は無い」

 

 そして、ギアスの事についても。

 視線だけで相手を切り殺せそうなベアトリスを、ライは愉快げに眺めつつ言葉を続ける。

 

 「ユーロ・ブリタニアには人形を配置した。連絡は全てお前に行くように命じている」

 「確かに来ているわ。でも、それだとおかしいわね?」

 

 そう前置きすると膝の上に置いていた書類の束。その内の一束を手に取ると、ライが座るソファーの前にある机に投げて寄越したベアトリスは、読めと言わんばかりに顎で指し示すと追及を始める。

 

 「その簒奪者は大貴族会議の議場で、ジュリアス・キングスレイがゼロであった事を公言したばかりか処刑したとまで言ったそうよ。その事についての釈明は?」

 「まぁ、そうなるか。置き土産は残さず平らげたか」

 「どういう事?」

 

 顔を顰めると一層の警戒の念を露にする彼女を尻目に、書類を手に取ったライは興味無さげに捲りながらも自身の持つギアス、その力の絶対性を疑う素振りすら見せない。

 

 「ただのブラフだ。大方、貴族どもに覚悟を決めさせる為に言ったのだろうな」

 

 危険人物ではあるものの、詳細に調べれば直ぐに分かる事であり、ベアトリスとしてもライがこんな事で嘘を言う筈も無いことは容易に推察した。

 同時にギアスの力、その恐ろしさについても知見を有していた彼女はやや態度を軟化させる。

 

 「最低ラインが守れているのなら良いわ。それで? 目的は果たせたのかしら?」

 「いや、結局保持者は現れなかった。契約者らしき者も、私に影すら踏ませんとは。挑発はそれなりにしたつもりだったが、足りなかったかもしれないな。袖にされてしまったか」

 

 言葉とは裏腹に、愉しげに笑うライの横顔を認めたベアトリスの瞳から鋭さが消える。

 

 「骨折り損で終わったという割には、機嫌が良いのね」

 「二度と叶う事が無いと思っていた事。それが叶った。機嫌が悪くなる筈もない」

 「あら、そうなの」

 「お前はどうだ?」

 

 その問いに柳眉をしかめるベアトリス。

 対するライはお返しとばかりに手にした書類を机に放ると、彼女を見据えた。

 

 「納得したという事は、叶えたい願いがお前にも有るのでは?」

 「無いわね」

 「例えば、再びラウンズとして――」

 「ライゼル、私は無いと言ったのよ?」

 

 拒絶の意思を明確に示すも、ライはお構い無し。

 

 「叶えたくなれば言え。その足はどうにもならないが、高機動戦闘に耐え切れず全身に激痛が走るというのなら、私の力で痛覚を忘れさせてやる」

 

 それは悪魔の誘惑。

 ベアトリスは車椅子の肘掛けに肩肘を置くと頬杖を付き、寒々とした表情を向ける。

 が、対照的に夜間照明の淡い光に照らされたレッドブラウンの髪は妖艶に煌めく。

 

 「面白い提案ね。因みに対価は何かしら?」

 「ラウンズの内部情報を寄越せ」

 「そんな事だろうと思ったわ。お断りよ」

 「命の保証は無いが、闘争の果てに死ねる可能性は残される。皇帝の秘書等という下らない仕事より、魅力的では?」

 「御託は良い。話を戻すわよ?」

 

 未練を断ち切るかのように吐き捨てたベアトリスは居住まいを正す。

 

 「簒奪者シンが大貴族会議の議場で私達とも敵対する道を選んでくれたのは僥倖ね。これで介入する理由が出来たもの」

 「それは少し待て」

 

 その制止にベアトリスは瞳を細めた。

 

 「どうせなら、奴が破滅した後の方が事が運びやすい」

 「その際の火の粉が陛下の襟元に及ばない自信は?」

 「無い。だが、そうさせないのが忠臣たるお前達の役目だろう?」

 

 そうまで言われてしまえば、ベアトリスとしても反論に苦慮するしかない。

 溜息一つ、思考を切り替えた彼女は話題を変えた。

 

 「ユーロピア連合は戦線を大規模に後退させたけれど、持ち応えてる」

 「あの状況からか?」

 「レイラ・フォン・ブライスガウと言う名前に聞き覚えは?」

 

 ライが無言で首を横に振ると、ベアトリスは膝の上から新たな書類を一束手渡した。

 

 「元ブリタニア貴族にして、ユーロピア連合に亡命したブラドー・フォン・ブライスガウの一人娘。自由と平等を掲げ、志半ばでテロに倒れた父親の遺志を継いで、ユーロピア全土に響けとばかりに大演説を()ち上げたわ。多くの市民に支持された結果、正規軍が奮起。同時に予備役を筆頭に軍への入隊者が続出。数だけは元々向こうの方が多いから、攻めあぐねているみたいね」

 「数が増えた所で、その多くは素人の寄せ集め。出来る事など限られている。躊躇せずに鏖殺(おうさつ)すれば良いものを。パリを射程に捉える距離まで迫ってこれとは、あの男らしくないな」

 

 去り際にシンが見せた狂相を思い出したライは、手緩いとさえ言える消極的な軍事行動。その相反する対応に疑念を深めるも、そこに非難の声が飛ぶ。

 

 「貴方の時代の戦い方を現代に持ち込まないで貰えないかしら?」

 「向こうでユーロピア連合との戦闘詳報を見る機会があった。連中、日本人に自爆攻撃を命令していたが?」

 「軍人が軍人を狙ったのでしょう? 軍命であれば已む無しよ」

 「お前達も各エリアで似たような事をしている事については?」

 「各エリアに於いて人的資源を含めてどう扱うかは、統治を委任された総督に一任されているわ」

 

 議論の余地無しと言わんばかりに淡々と切り捨てて見せた彼女に対して、ライは益々惜しい、と苦笑した。

 

 「それと、彼女はユーロ・ブリタニアに幾度か苦渋を飲ませた部隊。コード名、ハンニバルの亡霊。その指揮官である事も判明した。此方が画策した方舟の船団に対して、手持ちのナイトメア部隊で強襲作戦を敢行。既に堕としたそうよ」

 「どうやってだ? ユーロピア連合にあの高度を飛ぶ船に肉薄出来るだけの性能を持った輸送システムがあったのか?」

 

 その疑問にベアトリスは一枚の紙を差し出しすと、一瞥したライは疑問の声を上げる。

 

 「アポロンの馬車? 何だこれは」

 「詳細は不明。ただし、過去に同じ符丁が使われた事がユーロピア連合に忍ばせた草からは報告されている。同時期の相手の作戦行動から推察して、ナイトメアの長距離輸送を可能とする何かだと軍令部では分析している」

 

 その説明に顎に手を当てると押し黙るライ。

 

 「それと、例の簒奪者が同じ時間帯にそのブライスガウが拠点とする城に強襲を仕掛けた事も報告として上がっているわ。これは防がれたそうで現在、睨み合いが続いているみたいね」

 「あの男が自ら出向いたのか?」

 

 ベアトリスが無言で頷くと、続いて書面に記されたヴァイスボルフ城の地理情報を見たライは珍しく困惑の声を上げた。

 

 「押し上げたとはいえ、未だ前線から500キロも離れた奥地だと? 何故だ? あの男、ユーロピア連合を滅ぼす意思が無いのか?」

 

 ライは一層深く思考の海に潜ると、やがて一つの結論を出す。

 

 「念の為、備えておいた方がいいな。帝都の防空体制をDEFCON2にまで引き上げろ」

 「簒奪者がそれの奪取と此処を標的にしている。そう考えている訳?」

 「用心の為だ。破滅型の人間の思考など分かるものか」

 

 ライが書類から視線を上げ目元を解す仕草を取る一方で、ベアトリスとしては万が一の事態に備える事は当然との観点から、その提案を受け入れた。

 

 「良いでしょう。陛下に上奏して、モニカのロイヤルガードに24時間の防空待機命令を発令してもらうわ」

 

 ベアトリスが自身を崇拝する嘗ての同僚兼後輩に一抹の同情を抱いていると、ライから念押しの言葉が飛ぶ。

 

 「帝国臣民には気取られるな。上が騒ぐと要らぬ混乱を招く」

 「貴方に言われなくても分かってるわよ」

 

 辛辣な突き返しであったものの、ライは特に反論する事無く徐に立ち上がると見下ろした。

 

 「私は少し休んだ後に嚮団に戻る。以後の報告は全て其処に送れ」

 「貴方の秘書になった覚えは無いのだけれど?」

 

 彼女の苦言にライは薄く笑うと何も答えずに立ち去った。

 

 ◇

 

 その嚮団の地下施設。

 僅かばかりの休息後に遺跡の力を使って戻ったライに対して、大型モニターに映るスマイラスの演説を玉座に座り眺めていたV.V.は、振り返る事無く告げた。

 

 「思ったよりも早かったね。で、成果は?」

 「当初の目的は果たせなかった」

 

 ライは端的に返すと同じくモニターに映る映像を見やる。

 

 『自由と平等を愛するユーロピアの市民達よ! レイラ・ブライスガウが掲げた理想を! 彼女の願いを! その遺志を継げ! 王候貴族共に血の報いを!』

 

 その発言にライは興味無さげに呟いた。

 

 「ブライスガウが死んだか」

 「そうみたいだね」

 「で、簒奪者の次は煽動者の登場か。混迷を極めているな」

 

 愉快げに嗤ったライは、己の定位置。V.V.が座る玉座に並ぶように配置された深紅の玉座に着座する。

 

 「収集がつかなくなってきたよね。見ている分には面白いけどさ。全く、君が行った途端にこれだもの」

 

 呆れた口調ではあったものの、V.V.の口元は弧を描いていた。

 

 「殆どはジュリアスの策だ。私は僅かに手伝っただけ。今のアイツは好きになれないが、ゼロであった時に出会えていればな」

 

 そのゼロと嘗て艱難辛苦(かんなんしんく)を供にしたなど、今のライには想像すら出来ない事。

 そんな口惜し気に呟くライを尻目に、V.V.は胸中でほくそ笑む。

 流石にそれに気付ける筈も無いライは溜息一つ、未練を脇に置くと思考を切り替える。

 

 「ブライスガウが死んだのであれば、手を下したのは簒奪者という事になるな。次は帝都に来るか?」

 

 ライはそう推察するも、後にベアトリスから上がった報告に首を傾げる事になる。

 レイラ・フォン・ブライスガウは未だ存命であり、簒奪者シンと防衛戦を継続中であるという事実に。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 そのレイラは混乱の極地に居た。

 自身の居城、ヴァイスボルフ城を守護する城壁の一部がユーロ・ブリタニアの特攻により破壊され侵入を許したばかりか、戦闘中にアキトとシンの反応が消失した事に動揺。

 続いて敵が場内に侵入を果たすと、対抗策を講じる前に指揮所へ雪崩れ込まれ、仲間達が凶弾に倒れた。

 その瞬間を見ていた筈が、気付けば何故か目の前にはその手前の光景が広がっていた。

 それどころか、誰も微動だにしないからだ。

 色を無くした世界で、まるで己を除いた全ての時が止まってしまったかのような現象。

 そんな矢先に突如として現れた謎の女。

 彼女から告げられた言葉に、レイラは戸惑うばかり。

 

 「貴女は森の魔女と同じ存在と言う事ですか?」

 

 問われた女は、いいえ、と頭を振った。

 

 「彼女は貴方達と同じ人間よ。ただ、異なる時を生きているだけ」

 

 そう語った女が椅子から降りると、触れた足元から景色が一変する。

 レイラは気付けば一面を空に覆われた不可思議な場所に居た。その足元には鏡面のような湖が広がっている。

 

 「私達は集合無意識と対を成す存在。意識の集合体と言えば分かるかしら」

 「意識の、集合体?」

 「そう、或いは宇宙の進化に介入するよう命じられた存在(・・・・・・)とでも言えば良いかしらね」

 「それは、誰に命じられたのですか?」

 

 レイラが注意深く覗うかのような視線を送ると、女は肩を竦めて戯けた仕草を見せた。

 

 「集合無意識を統べる者。貴女達人間にも分かりやすく言うなら、全なる()に、ね」

 

 そう告げると、はにかんだ女は言葉を続ける。

 

 「私達は父から人間がギアスを使えるように調整する役割を与えられた。人間には過ぎた力である事が分かっていたのに命令には抗えなかった。でも、従う事が全てでは無い事を、ある時彼女達が教えてくれた」

 「済みません。仰ってる意味が――」

 

 レイラが疑念の声を上げる只中に、突如としてその脳裏に年端もいかぬ無数の幼い少女たちの姿が(よぎ)った。

 その突然の出来事に、レイラはたたらを踏むと両手で頭を押さえる。

 

 「彼女達は巫女。父が持つ刻印の力。その一部を分け与えられて、この時空に送り込まれた」

 

 驚かしてごめんなさい、と女は短く謝辞を述べると、その説明を聞いたレイラは軽く頭を振った後に顔を上げる。

 

 「その父という存在の目的は、何なのですか?」

 「ギアスの拡散とそれが齎す悲劇の観賞」

 

 悪趣味でしょ、と女は自嘲の響きで告げた。

 

 「平和を望んだ彼女達は父に反旗を翻した。私達もそれに賛同したわ。一緒に考えて、やっと封じる事が出来たのに、最後の最後で侮ってしまった。父の力を」

 

 女は俯くと次に悲しげな声色で語った。

 

 「人形にコードを奪われたのは痛恨の極みだったわ。でも、口車に乗せられた人間達までもが彼女達からコードを奪うなんて。どんな想いで決断したのかも知らないで。彼女達は世界だけじゃない。同時に人間達も救おうとしたのに」

 

 続いて女はその場にしゃがみ込むと、眼下に広がる湖面を右手で掬う。

 そうして、そこから流れ落ちる水を眺めながら吐き捨てるかのように言った。

 

 「それを見て私達は思ったの。やはり人間は生命として優秀ではない。彼女達の想いを理解出来ず、ただ欲望のままに行動する存在なんてギアスを使う資格も能力も無い愚かな者。滅んでしまった方がいい、と」

 「そんな」

 「気に病む必要は無いわ。父も完全じゃない。不完全な存在から完全な存在(異端者)が産まれる事なんて稀だもの」

 

 レイラは口惜しげに唇を噛み締める。

 そんな彼女を憐れんだのか、立ち上がった女は一転して柔和な笑みを浮かべた。

 

 「でも、彼女達が世界と人間を救おうとした事も、それに一度とはいえ賛同した私達が居た事も事実。その時の気持ちを嘘にしたくないとも思っているわ。だから、私達は未だに迷いながらも世界を呪う(いびつ)なコードと契約した人間達から力を回収している。彼女達が愛した世界を呪う存在から得た力なんて、澱み切ってると言っても良いから」

 

 それは終わりに近づいているけど、と付け加えた女。その訴えかける視線を前に、レイラはふと気付く。

 

 「私に出来る事があるのですね?」

 

 正解よ、とでも言わんばかりに女は微笑むと口を開く。

 

 「貴女が持つそのギアスの欠片を使って、証明してくれないかしら」

 「ギアスの欠片、ですか?」

 

 その呟きに女は何も答えなかった。しかし、今一度微笑を湛えると背を向ける。

 その事に、立ち去ろうとしている事を察したレイラ。

 

 「待って下さい! 私は、私は一体何をすれば良いのですか!?」

 「歪んだギアスを持つあの人を止めてみせて。私達にこの迷いを絶ち切る切っ掛けを与えて頂戴。もう、あまり時間が無いから」

 

 未来は既に朧気なのよ、と呟いた女は振り向く。

 そこには鬼気迫る形相があった。

 

 「成功報酬の前払いとして、一つ忠告しておくわ。貴女達が開発し使っているBRS(ブレインレイドシステム)、直ちに封印しなさい」

 

 意図が理解出来ないレイラが小首を傾げると、女は眉間の皺を深めた。

 

 「貴女の仲間が得意気に語っていたでしょう? 深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているって。哲学的な意味で言ったのでしょうけれど、大きな間違いよ」

 「……まさか」

 

 思い至ったレイラが愕然とした面持ちで呟くと、女は小さく首肯した。

 

 「えぇ、父に覗かれたわよ? 貴女の大切な彼が消えたのはそのせい。これまでの積み重ねと兄弟の哀憎が決定打になったみたいね。それは父が最も好むモノだから。アレと一緒に眠りについていたのに再び目覚めてしまったわ。今は手元に置いて二人が争う様を興味深げに眺めているだけみたいだから、直に飽きて返してくれるだろうけど。忠告はしたわよ?」

 

 そう告げると、女は今度こそ雲の彼方に消えていった。

 最後に空恐ろしい事実を告げられたものの、結果としてレイラは女、時空の管理者に示して見せた。

 管理者が望んだシン・ヒュウガ・シャイングを止めるという事だけではなく、その魂までをも救済してみせるという望外の結末を。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 シン・ヒュウガ・シャイングの戦死は瞬く間にユーロ・ブリタニアに知れ渡った。

 大貴族会議は即日召集され、その場でシンに奪われていた権限の剥奪を全会一致で可決。

 同時に、ヴェランス大公の幽閉を解くと改めて輔弼。

 ユーロ・ブリタニア宗主に返り咲いた大公は即日停戦命令を発令。

 ここに、パリを目視する距離まで迫っていたユーロ・ブリタニア軍は行動を停止。

 しかし、レイラの演説とその死を偽装し、山車(だし)に使ったスマイラス。

 そして何よりもユーロ・ブリタニアの軍事圧力に晒されていた事により、狂奔(きょうほん)状態に陥っていたユーロピア共和国連合。

 市民の一人に至るまで深く浸透していた怨嗟は凄まじく、ここから逆撃に転じる。

 議会と40人委員会を完全掌握し、独裁者となっていたスマイラスはユーロ・ブリタニアから停戦交渉の為に送られた特使を突き返すと反撃命令を発令。

 突然の停止命令に混乱するユーロ・ブリタニア軍に襲い掛かった。

 何とか体制を整え応戦するユーロ・ブリタニア軍であったが、ユーロピア連合軍の中に多くの市民が含まれているとの報告に慌てた大公は軍に後退を指示。

 しかし、それが混乱に拍車を掛ける。

 そんな自軍を救わんと殿を務めたのは嘗てアシュレイ・アシュラが率いたアシュラ隊。

 彼等は怒濤の勢いで迫るユーロピア連合軍に遅滞戦闘を挑むも多勢に無勢。

 自らの命運を悟った彼等は、防御陣地より出て地平線を覆い尽くす敵軍に対して最後の突撃を敢行。

 彼らの命は風前の灯火。

 しかし、その時一つの奇跡が起こる。

 突如として天空に穿たれた大穴より一体の赤いナイトメアがスマイラスの指揮する旗艦、巨大陸上戦艦リヴァイアサンに降り立ったのだ。

 

 「何だこいつは! 何処から現れた!?」

 「分かりません!」

 

 突然の事態に慌てるスマイラスと喧騒に包まれる指令部。しかし、それは唐突に止む。

 静寂が辺りを支配すると、以前に遭遇した執務室での出来事と同様の光景が眼前に広がっている事にスマイラスの背筋が凍る。

 彼が慎重に周囲を伺っていると、その背に声が掛けられた。

 

 「彼等の仲間を思う気持ちだ」

 

 振り向いた彼の視線の先には例の女、時空の管理者の姿が。

 

 「我々はお前に忠告した。孤独を捨てよと」

 「なにを――」

 「お前は孤独を深めただけ。抗える要件を満たしていない」

 「これほどの力を得てもかっ!?」

 

 見せつけるかのように両手を広げ食って掛かるスマイラスに対して、管理者は剣呑な瞳を向けると爆弾を放り込む。

 

 「やはり、勘違いをしていたか。国を統べた所で何になる。アレは単体で世界を相手に戦える存在だ」

 「な、何だその化け物はっ!!」

 「アレはただ存在するだけでお前達を容易く傷付ける事が出来る。人間はアレの持つ力、そしてその誘惑の前では余りにも無力。何者にも負けない強い信念を持つ者か、如何なる事にも響かない空虚な心を持つ者。或いはそれら矛盾した二つを併せ持つ異端の者でなければ。だが、そんな者達を以てしても抗えるだけだ。本当の意味でアレを打倒出来るのは真実のみ」

 

 先程までの威勢は何処に行ったのか。愕然とした面持ちを張り付けたまま、スマイラスが広げた両腕を力無く下ろすと、管理者は路傍の石でも見るかのような視線で続ける。

 

 「奴の命は既に得た。同時に我々は人間の、ギアスの可能性をも目にする事が出来た。故に考えを改める。未来は既に我々の手を離れ観測する事は叶わない。しかし、未だ眠るアレを今刺激する事だけは避けなければならないと。よって、我々は一つの結論に達した」

 

 そう前置きした管理者は、次に能面のような表情を作ると宣告した。

 

 「お前は此処で死ね」

 

 途端に管理者の姿が掻き消えると同時に響く警報音。

 慌てたスマイラスが正面に向き直ると、眼前にある大型スクリーンが打ち壊される。

 

 「馬鹿な!」

 

 瞬間、飛び込んで来たアシュレイの駆る赤いナイトメアに一刀の元に切り捨てられ、スマイラスはその命を散らした。

 

 独裁者、ジィーン・スマイラス戦死。

 

 レイラの戦死発表と同様に、少なくない動揺をユーロピア連合に与えた結果、遂に彼等も停止した。

 それに呼応するかのように一度は破り捨てられた停戦論が隆起するも、交渉は始まらなかった。

 当初、それを持ち掛けた筈のユーロ・ブリタニアがその席に着かなかったからだ。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 「欧州での小競り合いは終わったとの知らせを受けた」

 「承知している。介入する事もな」

 

 謁見の間にある玉座に腰掛け、階段下にベアトリスを控えさせた皇帝から告げられた言葉に、従卒としてロロを引き連れて来たライは短く頷くと間髪入れずにベアトリスが口を開く。

 

 「あなたに行ってもらうわ」

 「もう一度、言う勇気はあるか?」

 「行きなさい、ライゼル」

 

 毅然と言い切って見せる彼女に、ライは片眉を上げた。

 同時に、薄暗い暗殺者の瞳を宿したロロが背後から一歩、その歩みを進めるも、察したライは振り向く事無く片手で制止させた。

 

 「理由は?」

 「ジュリアス・キングスレイの素性を欧州貴族共が知ったままという事は都合が悪いの。既に大公も知る事となったわ。側近のミヒャエル・アウグストスからは説明要求が引っ切り無しに飛んで来ている。業務に支障が出て困っているの」

 「その男の目論見の甘さが招いた結果だろう? 私に何の関係がある」

 「ライゼルッ!」

 「良い」

 

 嘲笑と共に顎で皇帝を指し示したライにベアトリスが噛み付くも、主君に窘められてしまえば彼女としても押し黙るしかない。

 その一方で、ライも激発仕掛かっているロロを再度窘めると、二人に剣呑な瞳を向ける。

 

 「お前達は私に尻拭いをしろと言っている事を理解しているのか?」

 「先方は貴方を指名しているわ」

 「私を?」

 「黙っている事があるわよね? 欧州で一体何をやらかしたの?」

 

 ロロの殺意を受けてもなお、眼中に無い彼女はライに疑念の瞳を差し向ける事を止めない。

 そんな彼女の視線に対して、溜め息一つ。

 ライは鷹揚に頷いた。

 

 「行ってやる」

 「どういった心境の変化かしら?」

 「あの男に宣言した。枢木とジュリアスを受け取りに行くと。後は、ヴェランス大公に望みを考えておけと伝えていたからな。いつかは行く必要があった。私を呼んだという事は、思い付いたのかもしれん。同時に尻拭いまでさせられるとは流石に思ってもみなかったが」

 

 忌々しげに口元を歪めると、ライは続いて背後に控えるロロを肩越しに指し示した。

 

 「正式な使者はこの者、ロロのみとしろ。私の名前は金輪際出すな」

 

 ライからの要求に対して、無言で皇帝を見上げるベアトリス。

 

 「良かろう。行くが良い」

 

 同意を取り付けたライは外套を翻し部屋を後にする。

 扉が閉まり足早に歩くライの背後をロロは無言で付き従う。

 そこに先程までの暗殺者のそれは無い。

 代わりにその顔には隠しきれない程の笑みが浮かんでいる。

 

 「ロロ、急ぎ戻り出立の準備をしろ」

 「はいっ!!」

 

 溌剌(はつらつ)と応じたロロは、足取り軽くライの背を追った。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 聖ラファエル騎士団総帥、アンドレア・ファルネーゼは頭を垂れる。

 

 「無念であります。本国からの介入を許してしまうとは」

 

 対する忠臣からの慚愧に堪えない言葉を受けるのは、酷く憔悴した様子で椅子に座る大公、オーガスタ・ヘンリ・ハイランド。その目元に浮かぶ隈が痛々しい。

 彼はシンと対峙しその若い命を散らしたと報告を受けたレイラに想いを馳せた後、思考を切り替えた。

 

 「それで、本国からの使者はいつ頃到着するのか」

 「明日の14時に特使が先見部隊と共に到着されるとの知らせを受けております」

 「そうか。これで我々の望みも潰えたか。それで? 参られる使者の名は?」

 「はい。ロロ・ランペルージと言う者であると」

 「そう、か」

 

 密かに抱いていた一抹の希望が叶わなかったと理解した大公が肩を落とすと、その身を案じたファルネーゼ。

 

 「如何なされました? 大公閣下」

 「いや、何でも無いとも」

 

 力無く笑った大公であったが、それは後に良い意味で裏切られる事になるのを彼はまだ知らない。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 清流煌めく小川の(ほとり)に、彼女、レイラ・マルカルは居た。

 既に戦死とされており軍籍からも抹消されていた彼女は、シンとの戦いの後、ヴァイスボルフ城に突如として訪れた、以前にワルシャワで出会った老婆達、旅の一座に誘われて行動を共にしていた。

 そんなレイラの傍には愛すべき男、アキトが。

 そして、視線の先には死線を潜り抜けた仲間達の姿と、新たに加わったアシュレイ以下アシュラ隊の面々の姿が在る。

 レイラは幸せを噛み締めるとアキトの手を取り歩みを進めるも、その時。

 

 「レイラ・マルカル」

 

 唐突に名を呼ばれたレイラは振り返ると、そこはいつか出会ったあの女、時空の管理者が佇んでいた。

 時が止まった色の無い世界で管理者とレイラだけが色を持つ。

 

 「あなたは今、幸せ?」

 「はい。とても」

 

 充足した笑みを向けるレイラとは対照的に、管理者の表情は芳しくない。

 

 「そう、でも心して。それは仮初めのものでしかないから」

 「どういう意味ですか?」

 「遂に未来が完全に見えなくなったの。(まばゆ)い光に阻まれて。以前にも一度あった事よ。これはその時と同じ」

 「あの、仰っている意味が分かりかねます。もう少し分かり易くお話いただけないでしょうか」

 

 困惑の色を濃くするレイラに向けて、管理者は彼女の傍に居るアキトを。

 続いて仲間達を指差すと彼女の意を酌んだのか、実に明快に告げた。

 

 「皆、死ぬ事になるわ」

 「そんなっ!」

 

 突然の死刑宣告にレイラは気が気ではない。

 アキトの手を離すと慌てて詰め寄るも、管理者は淡々と語る。

 

 「間もなくこの地に貴女達を傷付ける存在が再び足を踏み入れる」

 「それは、人なのですか?」

 「人の形をした、貴女達人間にとって天敵とも言える存在よ。万が一にも出会ってしまったら、やり過ごしなさい。アレに目をつけられたら皆、死ぬか人形にされるから。私達は貴女の持つギアスの欠片にギアスと人間。両方の可能性を見たわ。見続けたいとも思っている」

 「抗う事は、可能なのでしょうか?」

 「無理よ。抗える者は極僅か。直前まで見えていた未来に貴女は入っていなかった」

 「分かり合う事は出来ないのでしょうか? 話し合えばきっと!」

 

 最後の最後でアキトと理解し合える事が出来た彼の兄、シンの末期(まつご)を思い起こしたレイラは尚も縋る。

 しかし、管理者から告げられた言葉は無情の一言。

 

 「アレと? それは最も無理な話ね。言葉を届ける事が出来るのは鮮烈な紅ただ一人」

 

 抗う事も、ましてや自身では対話する事すら不可能と断じられたレイラの顔色は土気色に近い。

 そんな彼女に憐れみを感じたのか、管理者は諭すかのような声色で告げた。

 

 「貴女はあの人の魂までをも救ってみせた。あれは私達の予測を越えた結末よ。先に渡した報酬では足らないわ。だからもう一つ忠告してあげる。これから起きる戦いに関わっては駄目。光を、灰銀色の光を見れば、脇目も振らずに大切な者達を連れて逃げなさい」

 「そんな事、出来ません!」

 

 拒絶するレイラに対して、管理者は幼子に諭すかのような口調で語る。

 

 「言ったでしょう? 未来は既に見えないって。今はあの二人が巧くコントロールしているけれど、不確定要素が多過ぎるの。アレが最悪の結末を選択した時、人間は本当に滅ぶわ。貴女も最後の時ぐらい大切な人と共に居たいでしょう?」

 「どういう事ですか?」

 

 理解が及ばずとも、レイラは必死に管理者の言葉を咀嚼しようと努める。

 そんな彼女に管理者は真摯な眼差しを向けた。

 

 「全ては、神の剣の選択次第」

 「神の剣?」

 「正確には昔のようにまだ鎖に封じられたままね。アレはまだ本来の力を一度も発揮していないから。でも、アレはその状態でもあの人形を殺してみせた。以前はその状態に付け入る隙を見出だして仕掛けたけれど、滅ぼせる一歩手前で叶わなかった」

 

 当時を思い起こしたのか、管理者は力無く俯いた。

 目の前の超常の存在を以てしても届かなかったという事実に、レイラは瞳を見開くがその奥に宿る光に陰りは無い。

 やがて顔を上げた管理者は、それでも諦めない?と問うも、レイラは力強く頷いてみせた。

 

 「貴女もひょっとしたら抗う者なのかも。いいわ」

 

 その姿に未来が変わりつつある可能性を見出だした管理者。

 彼女もまた、決意を固めた。

 

 「世界に雷光背負う大狼の旗がはためく時、それは神の剣が完全に目覚めた時と心得て」

 「雷光背負う大狼の旗、ですか?」

 

 レイラは反芻すると同時に、その英俊な頭脳を使い必死に思考を巡らすも、博識である彼女の知識をもってしても思い至れなかった。

 その事に唇を固く結ぶレイラとは対照的に、管理者は初めて晴れ晴れとした面持ちを浮かべた。

 

 「未来は変える事が出来るのかも。そうね、貴女に教えられたわ。杞憂で終わる可能性もあるかもしれないわね。でも、万が一にもそうなってしまったら、その時は黒色(こくしょく)の闇の元を訪ねなさい。彼の傍には鮮烈な(くれない)が居る。間違っても、虚無なる無色や異端者(イレギュラー)の元に行っては駄目よ? 都合良く使い潰されて棄てられるだけだから」

 

 管理者の忠告にレイラは深く頷いた。

 

 「それじゃあね、レイラ・マルカル。私達に人間の可能性を、未来を見せて」

 

 最後に管理者はそう告げると虚空に消えた。

 同時に色を取り戻す世界。

 

 「その………レイ、ラ? どうしたんだ?」

 

 まだ名前を呼ぶことに慣れていないのか。

 アキトのぎこちない呼び掛けに我に返った彼女は振り向くと微笑みを浮かべる。

 

 「いいえ、何でもありません。さぁ、行きましょう、アキト」

 

 笑みを一層深くすると、レイラはアキトの手を取り仲間達の元に歩んでいく。

 

 彼女はまだ知らない。時空の管理者が告げた言葉の意味を。

 しかし、やがて知った時、彼女の困惑は一層深いものになる。

 

 雷光背負う大狼の旗。

 

 それは、遠い遠い遥かな昔。一度は此処、欧州全土にはためいたとされる、炎の向こうに消えた彼の王が有した紋章であったのだから。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 「本日、特使として参りましたロロ・ランペルージと申します。大公閣下におかれましては、ご機嫌麗しゅう」

 

 謁見の間にて、アタッシュケースを手に持ち、黒衣の外套を羽織ったロロは、全くの無表情でミヒャエルとファルネーゼを控えさせた大公に向けてそう言った。

 そんな彼の背後には、頭の先から爪先まで全身を同じく黒衣の衣服に身を包むと、その素顔を隠す一人の人物が控えている。

 

 「遠路はるばるご苦労な事だ」

 

 大公から嫌味返しとも取れる労いの言葉にも、ロロがその表情を崩す事は無い。

 

 「早速ですが、そちらが不当に幽閉しているナイトオブセブン、枢木卿と軍師、キングスレイ卿。二人の身柄の即時引き渡しを要求します」

 「ミヒャエル。案内の準備しておくように」

 「畏まりました」

 

 頭を垂れるとミヒャエルは一足先に謁見の間より辞していく。

 

 「そちらの要求は聞き届けた。次はこちらの番だ」

 

 大公が目配せすると、それを受けたファルネーゼが追及を始める。

 

 「使者殿。例の軍師ですが、ゼロであったとは誠ですか?」

 

 その問いにロロは何も答えなかった。ただ、背後に控える黒衣の人物に視線を向けるのみ。

 二人は一様に訝しむも、次にその人物が発した聞き覚えのある声に瞳を見開く事となる。

 

 「そこからは私が話す」

 

 そう宣言した人物は、顔を隠す布を手に取ると露になる灰銀色の髪。黒衣の衣装がそれを一層際立たせる。

 

 「久しいな、ヴェランス大公閣下?」

 「これは、驚いたな」

 

 大公の驚嘆を脇に置き、さて、と短く呟いたライは全く悪びれる様子無く彼を見据えると語り始めた。

 

 「この度は何でも由々しき事実誤認があったようだな」

 「彼の者はゼロであったと聞き及んでいますが、殿下は誤解であると仰ると? 皆が噂しています。今更それは無理があるのでは?」

 

 横合いからファルネーゼの詰問が飛ぶも、ライが彼に視線を向ける事は無い。

 

 「そんな訳がある筈もない。しかし、今後の戦争主導を円滑に行うとの観点から、要らぬ誤解は解いておく必要があると本国は判断した。ついては、大貴族会議の召集を要求する。その場で皆に説明する事としたいが如何か」

 「承知した。早速、我が名の元に招集しよう」

 「感謝する」

 

 即答した大公であったが、次に憔悴した顔に不釣り合いな程、剣呑な瞳を差し向けた。

 

 「ところで、殿下」

 「何かな? ヴェランス大公閣下」

 「私に何をされた?」

 

 眼光鋭く問われるも、ライは全く動じる事無く、逆に溜め息すら溢してみせる。

 

 「御身はいい加減、その要領を得ない発言を改められよ」

 「二度、誤ったのだ」

 「それは、御愁傷様としか言えないな。成程、憔悴した様子であったのはその為か」

 

 薄く嗤うライに対して、大公はそれ以上何も言えなかった。

 間違えたのは他ならぬ己自身であったのだから。

 

 「それで? いつ頃召集出来る?」

 「明日にでも」

 「即断即決だな。結構な事だ。幽閉されてみるものだろう?」

 

 片棒を担いだ張本人の言葉にファルネーゼが非難の視線を向けるも、ライは踵を返すとロロを引き連れ謁見の間を後にする。

 しかし、2歩進んだところでその歩みは唐突に止まった。

 

 「最後に一つ」

 

 そう前置きすると、ライは肩越しに大公を見詰め問う。

 

 「望みは決まったか?」

 

 その問い掛けに、微苦笑を浮かべつつ首を横に振る大公。

 ライは振り返ると頭を振った。

 

 「残念ながら時間切れだ」

 「時間切れ、とは?」

 「私は金輪際、この地を踏むつもりは無い」

 「どういう事か」

 「ヴェランス大公閣下とこうして話すのも、あと僅かという事だ」

 

 突然の宣言に思わず立ち上がった大公は、ファルネーゼの制止を振り切ると足早にライの元まで歩み寄る。

 一方、ライも間に入ろうと身を呈したロロの肩を掴み制止させた。

 二人の視線が交錯する。

 

 「決まっていないのなら丁度良い。こちらで勝手に用意させてもらう。モノは整い次第、御披露目しよう」

 「見せてもらうのがこれ程恐ろしいと思った事は無い」

 「何、気に入るとも。感謝する事だな」

 

 間近でライの瞳を目にした大公は、その奥に揺るがぬ信念の光を認めると、最早無駄と悟ったのか。力無く肩を落とした。

 

 「決意は固いのか。分かった。しかし、いつでも訪ねて参られよ。この宮殿の門は常に貴方の為に開けておく」

 「(くど)いぞ?」

 

 言葉とは裏腹に、微笑を浮かべたライはロロを引き連れその場を後にした。

 謁見の間の扉を潜ったライは待ち構えていた黒衣の男二人と合流した後、勝手知ったる場所であるとして悠々と回廊を歩む。

 

 「あの男の執務室は?」

 「総出で漁っております」

 「それが終われば養子で入ったという家にも押し入れ。目に付く物はネジの一本に至るまで全て奪え。分析は任せる」

 「承知してございます」

 

 恭しい同意の言葉にライは満足げに頷く。

 

 「それで? ハンニバルの亡霊どもが使ったとされるアポロンの馬車とやらについての情報は?」

 「ございました。物はこちらに」

 

 差し出された書類を受け取ると、歩きながら目を通したライは酷薄に笑う。

 

 「世界中の何処にでも素早く兵力を展開出来るのは魅力的だな。一部は教団に。もう一部はベアトリスに渡せ。有効活用するだろう」

 

 そう命じたライは、客室として用意させた自室に戻っていった。

 こうして、ライとロロのユーロ・ブリタニアでの一日目は終わりを迎えた。

 

    ◇

 

 そして、日が昇り翌日の正午。

 

 「この場に集った貴卿らに告げる! 此度の一件は不幸な出来事であった!」

 

 居並ぶ貴族達の突き刺すような視線をものともせず、大貴族会議の議場で黒衣の衣服に身を包んだライは、灰銀色の髪を揺らしながら朗々と語る。

 

 「すべては、シン・ヒュウガ・シャイングなる反逆者が行った事。それがユーロ・ブリタニアの総意では無い事は本国も承知している! しかし、結果は結果だ。以後、ユーロピア連合との戦争は本国が主導する事をこの場で宣言する!」

 

 ライが高らかに告げ終えると、堰を切ったかのような非難の声が上がる。

 

 「その本国が送り込んだあの軍師は何だったのか!」

 「そうだ! ゼロであったとも聞いているぞ!」

 「その様な者に帝笏すら与えるとは! 陛下は一体何をお考えか!」

 

 立ち上がる者、指弾する者、様々な罵倒の様態を示す貴族達。

 しかし、彼等からの非難と批判の視線を一身に受けてもなお、ライは取るに足らないものとして、嘲笑の笑みを張り付けたまま超然とした態度を崩さない。

 

 「その事についても伝えておく事がある! だが、その前に一つだけ確認したい! あの反逆者の言葉は、今日、この場に居る全員が聞いていた。相違ないか!? 無ければ沈黙で以て答えよ!!」

 

 眼光鋭く居並ぶ貴族達を威圧して回ると、反論が無い事を確認したライは最後に正面の大公を見上げた。

 すると、大公はそのライの顔に浮かんだ表情に驚き、腰をわずかに浮かせると食い入るように見つめ返す。

 

 「では、告げる」

 

 一拍置くと鉄面皮を張り付けたライは瞳を閉じるが、僅かな間を置いた後に瞼を開いた彼の双眼は真紅に染まっていた。

 

 「ジュリアス・キングスレイと私に関する記憶と記録、その一切を消去しろ!」

 

 (つがい)の鳥が舞う。

 この場に居る全ての者達に向けて。

 たった一人、大公を除いて。

 

 「「「「「「Yes,Your Highness!」」」」」

 

 貴族達が一斉に頭を垂れる。

 その異常な光景を前に大公は一人、一転して冷笑を浮かべるライの姿に釘付けになっていた。

 同時に彼の脳裏に去来するは広く知られた書物の一節。

 事ここに至り、大公は自身の直感が間違いで無かった事を確信するとともに、肌が粟立つのを感じた。伝説を目の当たりにしたが故に。

 

 「ハイランド! これが最後の命令だ!」

 

 うち震える大公にライの激が飛ぶ。それは望み叶いし時。

 

 「二度と私達を描くな! この姿! その目に焼き付けるに留めよ!」

 

 蹴飛ばす勢いで立ち上がった大公。

 彼もまた、貴族達に倣うかのように深々と臣下の礼を取る。

 しかし、ライがその姿を見ることは無かった。

 黒衣の衣服を翻すと己の心に最後まで残った忠臣達に別れを告げて、ライは決して振り返る事なく無言で議場を後にした。

 

    ◇

 

 「ロロ。あの二人は確保したか?」

 「はい。滞りなく。先程、車に押し込んできました」

 「そうか。全く、こんな事は二度と御免だ」

 

 辟易した様子で肩を落とすライとは対象的に、足取り軽く歩むロロ。

 やがて、宮殿出口に待たせていた車に乗り込むと、ドアが閉まるのを見計らったロロが口を開く。

 

 「あの、これは使われなかったのですか?」

 

 ロロは膝の上に置いたアタッシュケースに視線を落とすも、ライは鼻で笑った。

 

 「それは己の言葉に自信が無い者や威を借りたがる者が使えばいい。私に必要だと思うか?」

 「いいえ、全く」

 

 得心が行ったロロは破顔した。

 

 「では、戻るとしようか。出せ」

 

 ライの下知の元。彼等を乗せた車は宮殿から走り去る。

 その車内で、ライは感慨深げな視線を窓の外を流れる景色に向けていた。




ここまでお読み下さりありがとうございます。

本作には神様が居ます。原作の集合無意識=神といったものでは無く、明確な個人として。
ほとんど誰の事かバラしてるようなものですけどねw

巫女達はほら、あれです。アニメでも重要な場面で静止画で出てきてたのですが、原作ではコード保持者がC.C.とV.V.以外に出てこなかったので考えた設定です。
総数666は3で割り切れる数字で良いのが無いかと考えた末に行き着いたものでした。
亡国のアキトでコード保持者らしき者が出た時には小躍りしたものです。
まぁ、今後原作の中で4人目が出てきたりしたら破綻するんですけどね……。

亡国のアキトのメンバーもR2に引っ張り込める下地として、代表してレイラには本作の世界設定に触れて貰いました。書くとは言ってませんよ? ネタとして取っている段階ですのでw

大公への最後の言葉は、ちょっとキザっぽかったかなぁと思ったり。
ただ、これで完全無欠の冷血ライくん出来上がりです。このままR2に流れて往きます。

最後に、GW中の更新は無い予定です。あれば活動報告で書かせていただきます。
こんな本作ですが、今後もよろしくお願いします。



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【本編】コードギアス 反逆のルルーシュ L2
TURN 01 ~ 魔神が目覚める日(前編)~


今回からR2に入ります。
オズもアキトも絡めていきたいと思います。
時系列については、目を瞑ってやって下さい。


 ブラックリベリオンより1年。

 トウキョウ租界では相変わらず餌の監視が続いていたが、ライは苛立つと共に珍しく戸惑いに近い感情も抱いていた。

 苛立ちの理由。

 それは黒の騎士団は未だ健在であり、活動状況についてはベアトリスより詳細な報告が入っていた。

 だが、嘗てゼロを筆頭として猛威を振るっていた頃と比べれば、それは余りにもお粗末な活動でしかない。

 だからこそ、それがライを苛立たせるのだ。

 しかし、それは黒の騎士団に対してでは無い。

 矛先は、寧ろそのお粗末な連中を一年経っても捕らえる事が出来ない軍部、主にカラレス総督に向けられていた。

 ライはそれ程短気では無いが、かといって1年も悠長に待てる性格を持ち合わせてもいないのは、欧州まで手ずから出向いた一件からも明らか。

 因みに、カラレスの統治は本国においても高い評価に分類されるものであったが、ライからすれば手緩いの一言。

 次に戸惑いの理由として、前述の通り今も騎士団の活動は続いている。

 ルルーシュ1人に対して機密情報局が敷いた監視網。

 それは幾ら不老不死のコード保持者と言えども、ライは1人で乗り込んで奪還出来る様な、そんなぞんざいなものでは無いとの認識でいる。

 ならばこそ、彼はC.C.がルルーシュを奪還する気があるのならば、何れは騎士団を動かして来るだろうと踏んでいた。

 しかし、C.C.はこの1年一度としてルルーシュ奪還に動くといった気配を見せる事は無かったのである。

 

 「そう簡単に飛び込んでくる程愚かでは無いという事か。それとも、ルルーシュに見切りを付けたか?」

 

 嚮団のメインホールで、見飽きた報告書を片手にライが誰に聞かせるでも無く一人そう呟くも、それは直ぐ傍で聞き耳を立てていた存在に否定される。

 

 「彼女がルルーシュを見捨てる事なんて無いよ」

 

 その背丈に凡そ不釣り合いな椅子に腰掛けたまま、両足をプラプラと宙に浮かしながら得意げに笑うV.V. 。

 ライはその様子を横目で見ながら、分かりきった言葉を口にする。

 

 「理由は何だ? と言っても答えないか」

 「良く分かってるじゃない。理解してくれて嬉しいよ」

 「一年も行動を共にすれば、嫌でも理解する」

 

 ライが素知らぬ顔で受け流すと、V.V.はその笑みを更に深くする。

 それを見た彼は、あの日黄昏の間で皇帝より頼まれた案件を思い出すと、僅かに心が揺らいだのを感じた。

 あの時の会話。

 それは、V.V.を監視しルルーシュ殺害に動いた場合は知らせる様にとの皇帝たっての願い事。

 だが、今のところそれは(さざなみ)程度のものでライの心を掻き乱すには至らない。

 その証拠に、ライはその事実を冷静に受け止めた後、まるでお笑い種だとばかりに打ち消してしまったからだ。

 

 「何れにしても、機情の立案待ちか」

 

 気を取り直したライは、如何なる提案が上がるのか夢想するべく、その身を深紅の玉座に深々と沈めると静かに瞳を閉じるも、それはあっさりと見開かれる事となる。 

 

 「ライが立案すればいいんじゃないの?」

 

 V.V.は体を向けると片方の肘掛けに両肘をつき、何で?といった様子で首を傾げてみせる。

 その言葉に、ライは辟易した様子で軽く頭を振ると、瞼を開きその蒼い双眸をV.V.に向けた。

 

 「では、ルルーシュを処刑するか」

 

 口ではそう言ったものの、その方法は皇帝より禁忌とされており、それに対してはライやV.V.も誓っている。

 その気は毛頭無い。少なくともライ自身には。

 では、何故そう言ったかというと皇帝の懸念が現実味を帯びてるものかどうか探る為。

 V.V.が乗って来るかどうか鎌を掛けたのだ。

 しかし、ライは少々失念していた。彼の性格を。

 

 「いけない子だね」 

 

 V.V.はふと口元に悪戯っぽい笑みを浮かべると楽しそうに咎めた。

 少々面食らったライは瞼を瞬かせると同時に、格好の餌を与えてしまった事に気付くと眉間に皺を寄せる。

 次にその顔を張り付けたまま再び深々と玉座に身を沈めると、最後に自嘲するような薄笑いを浮かべた後、今度こそ固く瞼を閉じた。

 

 ――――――――――――――――――――

 

  コードギアス 反逆のルルーシュ L2

  

  TURN01 ~ 魔神が目覚める日(前編)~

 

 ――――――――――――――――――――

 

 エリア11には特別な施設がある。

 そこは元々重犯罪者専用の施設だったが、一年前のあの日以降、今では黒の騎士団専用の施設となっていた。

 だが、それだけでは無い。

 以前とは違い、そこに入るには特務総督府より特別に許可を得なければ、例え総督であっても一切の例外無く門前払いされる。

 当然の如く、取り調べに際しても総督権限は及ばない。

 それは皇帝直属のとある機関が行っていた。

 そんな厳重過ぎる施設の廊下に、一人の男の声と鉄格子を蹴り付ける音が響く。

 

 「ここから出しやがれっ!! ブリキ野郎ォッ!!」

 

 叫んだ男の名は玉城真一郎。

 彼は嘗て黒の騎士団で宴会を担当した幹部だ。

 玉城は力の限り叫んだがその声は空しく響くだけ。

 しかし、看守達が咎めに来る気配は微塵も無い。

 当初は少しでも叫ぼうものなら、決まって血相を変えた看守達が飛んで来ては手痛い仕打ちを彼に見舞ったものなのだが。

 

 「畜生ッ! ゼロが居ればブリタニアなんかに!」

 

 玉城は最近さっぱり注意されなくなっていた事に安堵していた。

 その為、これ幸いとばかりに続けるが意外にもそれは身内から発せられる事となる。

 

 「アイツは裏切り者だ」

 

 凛とした女の声が辺りに響く。

 女の名は千葉凪沙。四聖剣の紅一点。

 彼女は冷めた様子でそう吐き捨てたが、それはゼロの親友を自負する玉城にとって我慢ならない言葉だった。

 

 「だからゼロは裏切ってなんかいねぇって!」

 

 咄嗟に反論すると、それに同調するかのように人当たりの良さそうな男の声が後に続く。

 

 「何か、そう…だな。きっと理由があったんだ」

 

 男の名は扇要。

 黒の騎士団にあって副指令の地位に居た男であり、玉城とは旧知の間柄。

 だが、千葉はそんな二人の言葉を鼻で笑うと白けた様子で問い返す。

 

 「理由? 最終決戦で指揮官が離脱だぞ。これを裏切りと呼ばずして何と言うんだ?」

 

 すると、今度は千葉の言葉に二人の男が賛意を示す。

 

 「俺も千葉と同意見だね。元々ゼロは信用出来なかったし」

 「同じく」

 

 憎々し気な口調を隠す素振りすら見せない男の名は朝比奈省悟。

 そして、短くはあったが渋い響きで同意した男の名は仙波崚河。共に千葉と同じ四聖剣だ。

 だが、形勢が逆転したにも関わらず玉城は尚も食い下がる。

 

 「信じねぇぞ俺ぁ! 見てろ! ゼロはいつか必ず"あいつ等"を連れて俺達を助けに来てくれるんだっ!!」

 

 玉城は自身満々に言い放ったが、千葉はそこに彼が、ライが含まれている事を感じ取った。

 それは他の者も同様だったようで、朝比奈は剣呑な表情を浮かべ、仙波は口元に悔しさを滲ませる。

 ゼロとライ。

 二人の生死について、彼等は幾度となく議論し合ってきた。

 ゼロの死については取り調べの際に告げられた。

 当初は敵の言葉など信じなかった彼らも、ブラックリベリオン以降ゼロが表舞台から姿を消してしまっている事を鑑みた時、徐々にではあるが本当ではないかと信じるようになっていった。

 一方でライに関してはブリタニアからの発表は一切無い。

 それは、当初ライの生存を願っていた者達からすれば喜ばしい事だった。

 その為、ライの生死について話し合うと決まって紛糾した。

 だが、幹部である四聖剣はあの爆発を見ている。

 見ている者達と見ていない者達。

 前者から生きていられる筈が無いと告げられてしまえば、後者は何も言えない。

 既に、彼等の中で二人の生死については一定の答えが出ていたのだ。

 しかし、それでも信じたくないといった者が居るのも事実で、受け入れている者達はそういった者達に配慮したのか、極力その話題は避けようと努め、同時に信じたくない者達も同様に語る事は控えていた。

 そういった半ば不文律のような物が出来上がっていたにも関わらず、玉城は暗にそれを犯した。

 その事に遂に我慢ならなくなった千葉は、その時初めて怒りを露にする。

 

 「だから何度言えば分かるんだ! ゼロもあいつも死ん――」

 「黙れっ!!」

 

 空気が震えた。

 言い争いを続ける彼等に対して、それまで沈黙を続けていた男が一喝したのだ。 

 男の名は藤堂鏡志朗。

 奇跡の藤堂とも呼ばれ、四聖剣を従え黒の騎士団では軍事総責任者を勤めた彼は、ブラックリベリオンにおいてはゼロに指揮を任されると最後までブリタニアに抗った。 

 結果として敗北に至ったが、それは藤堂が愚かだったからという訳ではない。

 予期していない様々な要因が重なった結果であり、この場に居る者達は皆それを理解している。

 だが、当の本人は責任を感じていた。

 そして、ライの最後を見た藤堂はこうして囚われの身となった今、散っていった仲間達の喪に服すかのように余り言葉を発する事は無くなっていた。

 その藤堂が久々に力強い言葉を発したのだ。

 玉城を初めとして皆一様に驚きにも似た表情を浮かべる。

 特に彼を(あるじ)とする四聖剣の面々の表情はどこか嬉しさも含んでいるよう。

 だが、藤堂は突然大声を発した事を恥じたようだ。

 

 「済まん。だが、ゼロも彼も死んだんだ」

 

 藤堂は短く謝罪した後、一転して静かな口調でそう告げるとそれっきり押し黙ってしまう。

 その言葉を独房の壁に凭れ掛かりながら聞いていた扇は、天井を見上げると蚊の鳴くような声で自身の思いを吐露する。

 

 「本当にそうなのか? ライ……」

 

 その問い掛けは虚空に消えていった。

 彼等の元にその答えが返って来るのは、まだ先の話。

 

    ◇

 

 「またあのイレブンが暴れています!!」

 

 玉城が鉄格子を蹴り付けた時、それを別室でモニター越しに聞いていた新人看守は、すぐ傍で雑誌を読んでいる先任看守に対して鼻息荒く話しを振った。

 が、振られた彼は飽き飽きした様子でこの使命感に溢れた新人を窘める。

 

 「放っとけ、いつもの事だ。って事はもうすぐ昼か」

 

 そう言うと、雑誌を閉じた彼は昼飯のメニューを調べ始める。

 ここに配属された当初は、彼も新人と同じく使命感に溢れていた。

 だが、今となっては半ば諦めていたのだ。幾ら痛めつけようとも全く懲りない玉城に。

 最も、彼にも矜持は有る。

 目の前で喚こうものならそれなりの態度で臨む気はあるのだが、以前のように飛んで行く程の情熱はとうの昔に失せていた。

 

 「良いんですか?」

 

 訝しむ新人を余所に、彼は淡々とした口調で語る。

 

 「良いんだよ。注意しに行っても無駄だ。幾ら言っても聞きやしない。いちいち構ってたらそのうち私刑にしたくなるぞ」

 

 それは彼の経験から来る忠告であった。

 ついでに言えば、前述の通り総督でさえも許可無しには立ち入る事が許されない場で、一看守に団員達を私刑に出来る権限などある筈も無い。

 そう言った後、彼は愉快げに口元をつり上げると未だ怪訝な表情を崩そうとしない新人に問い掛ける。

 

 「それにだ。お前もここに配属されたって事は、アレを見たんだろ?」

 

 その言葉に、新人は思わず顔を顰める。

 ここに配属が決まった者は、団員を殺さぬようにと決まってある者から忠告を受けるからだ。

 銀色のゼロに酷似した仮面を被る男、機密情報局長官、カリグラに。

 新人も例に漏れず、その洗礼を受けていた。

 

 「ええ、まぁ……」

 「どうだったよ?」

 

 彼が楽しげな表情のまま更に問うと、モニター越しではあったがその男から感じた雰囲気を思い出した新人は、身体を僅かに震わせると素直な感想を口にする。

 

 「寒気がしました」

 

 その答えが気に入った彼は、そうだろうとでも言いたげに頷く。

 だが、その仕草が気になった新人は真剣な面持ちで問い掛けた。

 

 「あの男について何か知ってるんですか?」

 「知ってるって程じゃない。名前の通りヤバい存在って事ぐらいだ」

 「カリグラの名前がそれ程危険なのですか?」

 

 不思議に思った新人は首を傾げながらも更に問う。

 すると、それを聞いた彼は拍子抜けしたかのような表情を浮かべた。

 

 「お前、何も知らないのか? カリグラって言えば、帝国最初の暴君の名前だぞ?」

 

 その言葉を新人は心底怪しんだ。

 彼もブリタニア人である。当然自国の歴史については知っていた。

 だが、そんな名前の皇帝など聞いた事も無かったからだ。

 

 「聞き覚えが無いんですが」

 「あぁ、違う違う。我が麗しの帝国じゃない。古代ローマの皇帝の名前だ」

 

 新人の勘違いに気付いた彼は、そう前置きするとその皇帝の所業を話し始めた。

 やがて講義の時間が終わると、大人しく聞いていた新人に忠告する。

 

 「仮にだ。あのイレブンの学習能力の無さに耐えきれず、怒りに任せて私刑にでもしたとしようか。次は間違いなくお前だぞ? イレブン相手にそいつは釣り合いが取れないってもんだ」

 「その皇帝とあの男は違います。本当にそんな事をするとは思えません」

 

 未だに疑念を払拭出来ないのか、新人は頑なな態度を崩さない。

 すると、彼はその時になって初めて真剣な面持ちを作ると静かに語り始めた。

 

 「これは余り言いたくなかったんだが……お前の前任、優秀で使命感に溢れてたばっかりに、あの男に文句言った3時間後に異動になった。で、それ以来連絡が取れない」

 

 その言葉に新人は心底驚いた様子で瞳を瞬かせるが、彼は真剣な表情を崩す事無く尚も語る。ここで言い聞かせておかないと危険だと感じたからだ。

 

 「それに、お前も寒気を感じたと言っただろ?」

 「それは……そうですが」

 「俺もそうだった。だから俺は自分の直感を信じる事にしたんだよ」

 

 彼からの指摘が余程説得力的を持っていたのか、新人はもう何も言わなかった。

 彼は最後にこの血気盛んな新人に釘を刺すかのように告げる。

 

 「分かったろう? ここでも機情は目を光らせてるんだ。俺達はあいつらが逃げないように監視してるだけでいいんだよ」

 

 そう言った後普段通りの表情に戻った彼は、新人の肩を軽く叩くと再び昼食のメニューを調べる作業に戻っていった。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 この1年、監視を初めて以降、ルルーシュの周辺に何の波風も立たなかった事に対して、機情の長カリグラは昨日より一計を案じるように実働部隊であるカルタゴ隊に指示を下していた。

 そして今日、それを聞いたカリグラは呟くように部下からの案を反芻する。

 

 『租界外縁部ニ出ス、カ……』

 

 部屋の空気が緊張感を持つ。

 モニター越しではあるが変声機を通して語られるカリグラの声色は一切の抑揚が無く、それは不気味の一言に尽きる。

 だが、隊長を勤める男爵は静かに付け加えた。

 

 「はい。現時点で喰い付く可能性は最も高いかと」

 『確カニ、ナ』

 

 カリグラの肯定。

 それは月に一度お目にかかれるかどうかも分からない程珍しいもの。

 気を良くした男爵は、胡麻を擂るような雰囲気を醸し出す。

 

 「では、お任せ頂けますか?」

 『ダガ、コレハ"リスク"ヲ背負ウ事ニナル。貴様ハソレヲ理解シテイルカ?』

 

 カリグラの問い掛けは当然だった。

 機情の包囲網は学園周辺に限定されており、租界外縁まではカバー出来ていなかったからだ。

 だが、驚くべき事に男爵はカリグラの問いに対して敢えて沈黙をもって答えとした。

 その意味を理解したカリグラは暫しの間押し黙った後、突如として笑い出す。

 

 『クハハハハッ!! 良イダロウ、陛下ニハ私カラオ伝エスル』

 

 カリグラの笑い声を聞いた隊員達は一瞬後ずさったが、一人それを耐えた男爵はここぞとばかりに願う。

 

 「その際には是非!!」

 『分カッテイル。貴様ノ発案トイウ事ハ』

 「有難うございます」

 

 そう言うと男爵は下卑た笑みを浮かべた後、恭しく頭を垂れる。

 

 『ダガ忘レルナ。万ガ一仕留メ損ナッタ場合ハ、ソノ身ヲ以テ償ワセル。餌ヲ誤ッテ害シタ場合モ同様ダ』

 

 男爵の笑みをカリグラは咎める事はしなかったが、最後にそう釘を刺すと一方的に通信は切られた。

 同時に辺りに漂っていた緊張感も霧散すると、副官の男が男爵に詰め寄る。

 

 「よろしかったのですか? 万が一にも失敗すれば我々は……」

 「仕留め損なわなければ良いだけだ」

 「ですが……」

 

 男爵は特に気にした様子も無くあっさりと言い切るも、尚も不安げな表情でいる副官に対して、彼は胸の内を晒す。

 

 「お前の懸念は分かっているつもりだ。だが、そもそも陛下のご裁可が下るかどうかも分からん。それまではこの話に意味は無い」

 「それはまぁ、そうですが」

 

 副官が理解を示した事に対して、男爵は安心させるかのように語る。

 

 「陛下もお忙しい身だ。どうなるか分かるまでは今暫く時間が――」

 「通信です」

 

 突然言葉を遮られた事に対して、瞳を細める男爵に代わって副官がそれを代弁した。

 

 「誰からだ?」

 

 問われた通信担当の隊員は、コンソールに表示された発信者の名前に首を傾げた。

 

 「カリグラ卿からですが……」

 

 それを受けて思わず男爵も首を傾げる。

 

 「何か伝え忘れた事でもあったというのか? まあいい。出せ」

 

 隊員がその言葉に従ってパネルを操作すると、モニターに再び銀色の仮面が映った。

 何事かと口を開こうとする男爵よりも早くカリグラが動く。

 

 「陛下ヨリ裁可ガ下ッタ」

 

 それを聞いた一同は心底驚くと同時に疑念を持った。

 しかし、それは次に送られてきた皇帝印可が押された電子書面を目の当たりにするや氷解すると同時に、こうも容易く皇帝より許可を取り付けた上司の権力の大きさにただただ唖然とするばかり。

 だが、そんな部下達を余所に、この男に付いて行けば更に出世出来る、と皮算用に余念が無い男爵は静かに続きを待った。

 

 「作戦決行日ハ2週間後ノ正午トスル。準備ト平行シテ此レヨリ情報ヲ流セ。餌ノ誘導ハ"アノ者"ニ行ワセル」

 

 矢継ぎ早に指示を出すカリグラに対して、素早く日時を確認した副官は慌てた。

 

 「お、恐れながら申し上げます。その日はカラレス総督が中華連邦の大使と会食する日となっており、同日の作戦となると――」

 「ソレガドウシタ?」

 

 カリグラが言葉を遮った時、周囲に緊張が走った。

 モニター越しに伝わって来た雰囲気は明確な怒りを孕んでいたからだ。

 更には、抑揚の無い機会音声がそれを増幅させる。

 だが、理由を問われたからには答えなければならない。

 副官は背筋を流れる冷たい汗を感じつつも、何とか言葉を絞り出す。

 

 「で、ですから、その日時に作戦を行うとなると、万が一にも食いついて来た場合、無用の混乱を――」

 「アノ男ノ面子ナド無視シロ」

 「は?」

 

 一瞬、緊張を忘れた副官は惚けた表情を浮かべるが、カリグラは特に気にした様子も無い。

 

 「"カラレス"ナド、未ダニ残党ヲ捕ラエル事ガ出来ヌ無能者ダ。何故、私ガソノヨウナ者ノ体面ヲ気遣ワネバナラナイ?」

 

 仮にも総督という地位に居るばかりか、本国においてはそれなりの評価を得ているカラレスを無能者と断じたカリグラ。それを聞いた隊員達は皆言葉を失ったが――。

 

 「Yes, My Lord!」

 

 たった一人、口元にあの笑みを浮かべた男爵が明瞭に返答すると、我に返った隊員達は皆それに習う。 

 それを聞いたカリグラは、部下の前に餌を釣り下げた。

 

 「陛下ノオ言葉ヲ伝エル。成功スレバ地位モ名誉モ思ウガママダソウダ。命ヲ掛ケルニハ十分ダナ」

 

 そう言い終わると、また一方的に通信は切られた。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 私立アッシュフォード学園。

 そのクラブハウスの一室で、今宵もまた楽しげな兄弟の声が響く。

 

 「兄さん。そろそろ寝た方がいいんじゃない? 明日の授業に差し支えるよ?」

 

 淡い栗色の髪をした少年、ロロは気付かれぬよう机に置いてある携帯を一瞥するも、それを目敏くも見逃さなかった漆黒の髪を持つ青年、ルルーシュは悪戯っぽい笑みを向けながら優しく返す。

 

 「水臭いじゃないか、ロロ。恋人でも出来たのか?」

 「そ、そんな人居る訳無いじゃない!」

 「ムキになるなよ。冗談さ」

 

 からかわれているのは分かっていたが突然の問いであったが為、ロロが慌てて否定するとその様子が余程面白かったのか。

 悪戯っぽい含み笑いを浮かべたルルーシュ。

 彼は少し臍を曲げた様子でいるロロの頭を軽く撫でた。

 

 「分かってるさ。それじゃあ、俺もそろそろ寝るかな」

 

 撫でられた事で少し機嫌を良くしたロロではあったが、あくまでも確約を取り付けようと縋る。

 

 「明日はちゃんとヴィレッタ先生の授業に出てね」

 「やっぱりか。先生に言われたんだな? まぁ善処するよ」

 「サボる気だね?」

 

 ジト目で抗議するロロに分が悪いと悟ったのか、ルルーシュは慌てた様子で撤退を開始した。

 

 「あっ! 兄さん!」

 

 ロロからの静止にルルーシュはドアの前で立ち止まると静かに振り向き、最後に温和な口調で告げた。

 

 「また明日な。お休み、ロロ」

 「はい、お休み…なさい」

 

 その声が余りにも優しくて、ロロは思わずルルーシュから確約を取り付けるという事を忘れてしまった。

 やがてドアが閉まるとロロは軽く息を吐いた。

 傍目には先程の会話は実に他愛も無いものに映るかもしれない。

 だが、それはロロに暖かい気持ちを抱かせるには十分なもの。

 暫しの間、ロロは僅かに頬を緩ませるとそれに浸る。

 しかし、長くは続かない。

 携帯が震える音と共に、ロロの心からそれは消える。

 そうして、彼はそれまでの表情から一変して暗殺者のそれになる。

 

 『私だ。本日の報告を聞こう』

 

 携帯口から聞こえたのは自身に名を与えてくれたライの声。

 だが、それはルルーシュのものとは違い何の温かみも何も無い凍てついたものだった。

 昔のロロであれば特に気にもしなかっただろうが、今の彼はそれが酷く冷たいものだという事を感じ取れるまでに成長していた。

 だが、それでもロロにとってライが大切な存在である事に変わりは無い。

 ロロはたった今感じた思いを振り払うと、努めて平静に応じた後、最後に昼間、ヴィレッタより告げられた近々行われる作戦についての概要を説明した。

 

 『そうか、では何があってもお前はその日ルルーシュの傍を離れるな。C.C.が現れるとしたらその時をおいて他に無い』

 

 ロロからの報告を受けたライは、僅かに笑いを含んだ口調で告げた。

 それを少し不思議に思ったロロではあったが、敢えて尋ねる事はしなかった。

 

 「はい、兄さ…いえ、ルルーシュを盾にしてでもC.C.を仕留めます」

 『そうだ。殺す事は不可能だが一時的に活動を止める事は可能だ。その後は速やかに拘束しろ』

 

 再度、はい、とロロは力強く答える一方で、彼は一つの疑問を口にする。

 

 「ですが、カルタゴ隊が先に仕留めた場合は?」

 『連中はC.C.が不死だという事までは知らない。元々、学園に騎士団が乗り込んで来た時の事を考えての実働部隊だからな』

 

 余談だが、従来の想定ではナイトメア部隊までもを配置する予定は無かったのだが、監視が始まる前に学園で起きた一騒動。

 ルルーシュの妹役兼監視役として一足早く嚮団より学園に配置されていた【コードネーム】クララことクララ・ランペルージが紛れ込んだテロリスト(オルフェウス・ジヴォン)により殺された事件を切っ掛けに、当初、ルルーシュの同級生兼友人役として配置が予定されていたロロの配役と併せて、V.V.より修正案が提示されると、ライが余計な連中がこれ以上入り込まないように監視網に添削を行う事で、現在、学園は鳥籠と言うよりはその道の人間からすれば、思わず二の足を踏むような堅牢な要塞に様変わりしていたりする。

 ライはそう前置きをした後、今度は傍目にも明らかに笑っていると分かる口調で告げた。

 

 『殺害後は速やかに遺体を拘束する手筈になっているのは覚えているだろう? 引き取るのは欧州と同じくお前の役目だ、ロロ』

 「分かりました」

 

 ライが楽しんでいる。

 言葉の端々からそれを感じ取り嬉しく思ったロロは、願わくばライからもとの思いを胸に口を開くも、それは叶わない。

 

 「それでは――」

 『期待している。では』

 

 ライが通話を切ろうとしているのを感じ取ったロロは思わず声を荒げた。

 

 「あ、あのっ!」

 

 だが、ロロの静止を待たずしてライからの通信は切れてしまう。

 

 「お休みなさい、陛下……」

 

 ロロは哀愁の面持ちを浮かべると、携帯口に向かって届く事の無い言葉を溢した。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 「10日後にルルーシュを奪還する」

 

 C.C.の言葉を聞いたカレンは、逸る気持ちを抑えると努めて平静を装う。

 

 「やっと動く訳ね。待ちくたびれたわよ」

 

 しかし、魔女に隠し切れる筈も無い。

 何処となく上擦っていたその声色を見逃す筈も無いC.C.が、その口元に獲物を見つけたかのような笑みを浮かべると、カレンはばつの悪そうな顔をする。

 

 「で、でも10日後は急過ぎない? 準備は間に合うの?」

 「死ぬ気でやれば、どうとでもなる」

 

 あっさりと言い切ったC.C.にカレンは内心呆れながらも、それとは別に危惧している思いを口にした。

 

 「けど、学園に乗り込むんでしょ? それなりの準備は必要じゃないかしら?」

 

 そう、学園には生徒会で一緒だった仲間が居るのだ。

 カレンは一年前のあの日のように、また彼等を巻き込んでしまうという事を恐れていた。

 あの時はゼロの命であったから従ったのであって、C.C.相手なら遠慮する気はカレンには毛頭無い。

 何よりもライが大切にした仲間達でもある。出来る事ならそれだけは避けたかったのだ。

 だが、そんな彼女の心情を知ってか知らずか、C.C.は再び否定する。

 

 「残念ながら学園では無い。そもそも、あんな所には行きたいとも思わない。蟻一匹入り込む事が出来ないからな。全く、あの監視網を敷いた奴は相当な完璧主義者か、性根がひねくれてるのどちらかだな」

 

 彼女もどちらかと言えば後者に分類されるのだが、カレンは敢えてその言葉を飲み込んだ。

 そう、機情が学園に敷いている監視網は厳重過ぎたのだ。魔女と自負する彼女を以てしても思わず舌を巻く程の。

 悪態を吐き終えたC.C.は、眉間に皺を寄せながら一枚の写真をカレンに手渡す。

 無言でそれを受け取ったカレンは首を傾げた。

 

 「何処よ、ここ」

 「新しく出来たビルでバベルタワーという。カジノやその他娯楽施設が入ってるそうだ」

 

 それを聞いたカレンの目が細まる。それは明らかに全てを理解している瞳。

 

 「カジノってまさか――」

 「ご明察。賭けチェスにでも行くのだろうさ」

 

 C.C.は飄々とした口調で返すが、それは火に油を注ぐ結果にしかならない。

 

 「あんの男はっ!! 私達の今の境遇も知らずに優雅にチェス!? 何様のつもりよっ!!」

 

 カレンは机を叩くと勢いよく立ち上がった。

 が、C.C.はそんな彼女に対してあくまでも冷静に事実を告げる。

 

 「仕方がないだろう? 記憶を失ってるアイツに何を求めるんだ?」

 「分かってるわよ。でも……何か許せないのよ」

 

 その言葉に少し冷静さを取り戻したのか、カレンは己の短慮を渋々認めると再びソファーに腰掛けた。

 

 「なら、それは再会した時にでもぶつけてやれ」

 

 代わりとばかりに今度はC.C.が苦笑を浮かべて席を立つと、不思議に思ったカレンが問う。

 

 「何処に行くの?」

 「他の連中にもこの事を伝えに行く。特に、卜部には死に物狂いで準備してもらう」

 

 C.C.が嗜虐的な笑みを見せると、彼女の言わんとしている事に気付いたカレンも同じく笑う。

 

 「そうね。これまでの失態を取り返してもらわないとね」

 

 そして二人は最後にもう一度ニヤリと笑った。

 

    ◇

 

 C.C.が去り、一人部屋に残ったカレンは先ほどの会話を思い出していた。

 やがて、自分が自然と笑みを零している事に気付いた彼女は少しだけ悲哀の色をその瞳に滲ませる。

 

 「ねぇ、ライ。ルルーシュは変わって無いわよ。ほんと、相変わらずだわ」

 

 居なくなってしまったライに対して柔らかく、そして囁くように告げると祈るように両手を胸元に持っていく。

 そして瞳を閉じた彼女は眉間に皺を寄せると一転して真剣な面持ちでそっと指輪をなぞりながら、ライに届けと言わんばかりに願う。

 

 「お願い、ライ。私達に力を貸して」

 

 そう呟いたカレンは口元を真一文字に結ぶと、卜部達が迎えに来るまでの間、静かに祈り続けた。

 

 だが、彼女はまだ知らない。

 いや、仲間の誰もが知らないのだ。ライが生きているという事を。

 そして、ルルーシュとは違い記憶を失ったライが変わり果てた姿で自分達を待ち構えているという事を。




カリグラのセリフ、カタカナ表記で読み辛いでしょうが、そうしているのには理由があります。
どうかご容赦下さいませ。



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TURN 01 ~ 魔神が目覚める日(後編)~

難産でした。



 バベルの塔。

 その呼称は、ある書物では【混乱】を意味する【バラル】と関係付けられている。

 それが正しい解釈であるかどうかは定かでは無い。

 しかし、現代においてその名を冠したビル、バベルタワーは今まさに混乱の極みの只中に在った。

 至る箇所から黒煙を噴き上げているそれは人為的に起こされた災害によるものだ。

 そして、その中で敵対する者達がぶつかり合えば引き起こされるのは悲劇のみ。

 然らば、その先に待っているものは崩壊以外有り得ない。

 災害、悲劇、そして崩壊。

 運命の悪戯か、それらはタロットに描かれている塔そのままの意味だった。

 

――――――――――――――――――――

 

 コードギアス 反逆のルルーシュ L2  

 ~ TURN01 魔神が目覚める日(後編)~

 

――――――――――――――――――――

 

 

 深紅の玉座に腰掛けたライは、嚮団のメインホールでV.V.と共にモニターに映し出されている映像を眺めていた。階段下には子供達の姿も見受けられる。

 子供達はモニターに映る映像を見て、それが映画の世界ではなく現実に起きている出来事なのだと知らされると、やや興奮した面持ちで見入っていた。

 既に最初の変化が起きてから数十分経つが、ライは一向に飽きる事なくモニターを見続けていた。

 表情にこそ出さなかったが、ルルーシュの身辺に明確な動きが出た事に内心喜んでいたからだ。

 そんな彼等を余所に、一人眺め続けるのに少し飽きていたV.V.は暇つぶしにとでも思ったのだろうか、ライに問い掛けた。

 

 「そういえばさ、彼への報告は?」

 

 だが、ライは視線を移す事無く淡々とした口調で答える。

 

 「機情を通じてベアトリスから上がっているだろうな」

 「なんだ、君がしたんじゃなかったんだね」

 

 V.V.の言葉は少し呆れた色を含んでいた。

 その為、少し引っ掛かったライが問い掛ける。が、相変わらず視線はモニターに釘付けのままだ。

 

 「問題があるのか?」

 「うぅん、何でも。ただ、寂しがってるんじゃないかと思ってね」

 「寂しがる? あの男が? 馬鹿な」

 

 この時、ライはようやっとそれまでモニターに向けていた視線をV.V.に移すと、少し驚いた様子で問い掛けたが最後は鼻で笑っていた。

 すると、V.V.は得意げな表情を浮かべたまま話しを続ける。

 

 「ライは知らないだろうけど、彼は君の事を凄く気に入ってるんだよ? 話したがってると思うけどね」

 

 だが、その表情を見たライはV.V.がまた自分をからかっているのだと思った。

 

 「いつもこちらが一方的に話して終わりなのだが?」

 

 そう尋ねると訝しむ視線を投げ掛けるが、V.V.は意にも返さない。

 

 「決めた! 報告に行ってきてよ」

 「それは命令か? 下らない事を――」

 「これはお願いだよ。扉を潜るだけじゃない。でも、断るなら断るで構わないけどね」

 

 自身の中で勝手に結論を出したV.V.をライは咎めたが、その態度に何か引っ掛かるものを感じたようだ。

 

 「お前がそう簡単に引き下がるとはな、嫌な予感がする。続きを言え」

 「もし断るなら、これから毎日君とはアレで話そうと思っただけだよ」

 

 それを聞いたライは心底嫌そうに渋顔を浮かべた。

 V.V.が言ったアレとは念話の事だ。

 当初、V.V.はライの姿が見えない時は決まってそれを飛ばして来た。

 ライもライで、初めの頃はその物珍しさと便利さから特に気にしてはいなかった。

 その結果、それはエスカレートする事となる。

 やがてV.V.は、ライが食事をしていようと風呂に入っていようとも、姿が見えないというだけでお構い無しに飛ばして来たのだ。

 末期には就寝中にライはそれで叩き起こされた事もある。

 寝ている最中に頭の中で声がするのだ。それはどんな目覚ましよりも強力だった。ただし、目覚めは(すこぶ)る不快だったが。

 その為、ライはその事に文句を言うと共にV.V.の傍を離れる時は、必ず一言付け加えてから離れるようにしていた。

 そのお陰か使用頻度も最近では殆ど無くなっていたのだが、アレがまた始まる事を想像して酷く憂鬱な気分になったライは遂に折れた。

 

 「分かった。その代わり今まで通り緊急時以外は決して使わないと約束出来るか?」

 

 V.V.は笑顔で頷いたが、次にライから小指を差し向けられると首を傾げた。

 

 「それはなに?」

 「母から教わった。いいから同じ様にしろ」

 

 V.V.は相変わらず首を傾げたままだったが、ライに言われるがまま自身の小指を差し出す。

 すると、ライは素早くV.V.の小指に自身の小指を絡まると、早口で捲し立てた。

 そうして事が終わると素早くその指を解く。

 そんなライが独り言のように語った言葉を目を白黒させて聞いていたV.V.は納得した面持ちを作ると言った。

 

 「あぁ、針を千本も呑まされたくなかったら守れっていう事かぁ。面白いね」

 

 だが、ライはそれに答える事無く静かに席を立つと紅いギアスの紋章が彫られた扉に向けて歩き出す。

 が、その足が不意に止まる。

 

 「何か動きがあった場合は使う事を許す。それと約束は守れ。お前は先程冗談のように捉えていたが、私はそのつもりで使ってはいないからな」

 「ライ、君は意地悪だね」

 

 V.V.は口をへの字にして抗議の声を上げた。

 それもその筈。

 如何に不死だと言っても痛みぐらいは感じるのだ。

 そんな身体に針を千本も呑まされたら苦痛にのたうちまわる事請け合い。堪ったものでは無い。

 普通なら、そんな事は拷問以外の何物でもなく行う人間は限られる。

 だが、ライはやると言ったら本当にやる存在だと言う事をV.V.もまた、一年間彼と行動を共にした経験から十分に理解していた。

 一方で、V.V.の抗議の声を聞いたライは満足げな表情を浮かべると、振り返る事無く扉に向けて歩いていった。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 機密情報局が有する実働部隊、カルタゴ隊。

 その指揮官たる男爵は、ナイトメアのコックピットから乗り出したその身を歓喜の言葉とともに震わせる。

 

 「やった! やり遂げたぞ! これで私はっ!」

 

 胸に沸き起こる万感の想いに最後は思わず言葉に詰まる程、彼は得意の絶頂にいた。

 それは部下達も同じ。

 頷き合う者、肩を叩き合う者や硬い握手を交わす者。

 皆が皆、思い思いの所作でその喜びを共有し合う。

 無理もない。

 あの上司(カリグラ)の元、数多の脱落者(失踪者)を出しつつも一年近くの間耐え続けた日々。それが、遂に報われる時が来たのだから。

 そんな部下達の喜びを傍目に、機体の足元で同じく喜びに頬を緩める副官に向けて彼は問う。

 

 「一報は入れたか?」

 「申し訳ありません。地下階層である事と連中がチャフを使用した為に電波状態が悪く……」

 「やむを得んか」

 

 喜びに水を差す返答にやや気分を害されたものの、舌打ち一つ。

 彼は致し方無いと即座に割り切ると、次に呆然と座り込み、その腕に標的(C.C.)を抱える学生服姿の青年、ルルーシュに視線を向けると手招きした。

 

 「その死体を持って此方に来て貰おうか」

 「こ、断る!」

 

 狼狽するルルーシュに対して、男爵は柔和な笑みを浮かべた。

 

 「安心したまえ。我々は君にまで危害を加えるつもりは無いのだよ、ルルーシュ・ランペルージ君?」

 「俺を……知っている?」

 「勿論だとも。君はその魔女を誘き寄せるエサなのだから。さぁ、来たまえ。君の身の安全は私の名の元に保障するとも」

 「信じられるか!」

 「弱ったな。そうまで我儘を言われてしまうと……」

 

 言葉を区切ると、彼は怯えて身を竦めているルルーシュから視線を外すと部下達に目配せする。

 それだけで己の為すべき事を理解した彼らは迅速に動く。

 皆が皆、手に持った武器を構える。

 その中で火炎放射器を手にした一人が周囲に倒れ伏す人々に向けてその牙を向いた。

 

 「やめろっ! まだ――」

 

 ルルーシュのその言葉は、生きながらにしてその身を焼かれる断末魔に掻き消される。

 

 「……生きて……いたじゃないか」

 「こうはなりたくないだろう? さて、理解したなら此方に来たまえ」

 

 おぞましい光景を見せつけられ、ルルーシュは己の無力さに絶望した。

 何故、自分はこれ程までに無力なのか。力が欲しい。力さえあれば、と。

 その時、彼の頬にそっと触れるものがあった。

 それは彼女、C.C. の自血に濡れた掌。

 気付いた男爵は咄嗟に叫ぶ。

 

 「バカな! 生きているだと!? 心臓を撃ち抜いたんだぞ!?」

 

 動揺は部下達にも伝播し、慌てるカルタゴ隊。

 同じく驚きに瞳を見開くルルーシュ。

 その瞳をしかと見据えたC.C.は、彼の首にその細腕を巻き付けると唇を重ねた。

 魔女の接吻。

 その意味する事に思い至れる筈も無い彼等が混乱の色を濃くさせたまさにその時。

 周囲の炎が一際高く燃え上がった。

 それは目覚めの知らせか。はたまた生きながらにして焼かれた彼等の仇討ちを願う怨嗟の雄叫びだったのか。

 

 「……行く事は……出来ないな」

 

 顔を伏せたまま幽鬼のようにフラりと立ち上がったルルーシュと、同じく立ち上がるとその右後ろに控える魔女、C.C.。

 ルルーシュの持つ雰囲気が先程までのそれとは様変わりした事に、男爵は背筋に冷たいものを感じるも、努めて平静を装う。

 

 「そうかね、死にたいと言うのであれば仕方がない」

 

 上司からの命を忘れた訳では無かったが、男爵はこの時、事故死に見せかける事で乗り切ろうと画策した。

 

 「構えろ!」

 

 部下達に命じると、自らもその手に持つ拳銃。その銃口を二人に向ける。

 だが、それら殺意を前にしてもルルーシュには微塵の動揺も浮かばない。

 

 「何故なら、逝く(・・)のはお前達だからだ」

 

 顔を上げたルルーシュの左目。そこに宿るは真紅の鳥。

 

 「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる」

 

 そうして彼は言葉を紡いだ。男爵達に死を告げるそれを。

 

 「「「「Yes,Your Highness!!!」」」

 

 笑みすら浮かべ、手に持った武器で自らの命を断つ彼等を全くの無感動で見届けたルルーシュは、次に天を仰ぎ見ると徐にその瞼を閉じる。

 同時に固く結んだ口元が歪むと、そこから嗤い声が漏れ聞こえ始めた。

 

 「フ……フ……フフ……フフフ…………」

 

 最初は小さかったそれは、次第に声量を増してゆき。

 

 「フハハハハハッ!!!」

 

 遂には大きく開かれたその口から、聞く者全てを震え上がらせるかのような哄笑が轟いた。

 

 「やってくれたな! よくも……よくもこの俺をっ! スザァァァクッ!!」

 

 炎に彩られた廊下で魔神は再び目覚めた。

 激情に駆られたルルーシュは、怨嗟の響きで嘗ての友の名を口にする。

 そんな彼の背に、幼子をあやすかのような柔和な声が届く。

 

 「おはよう、ルルーシュ」

 「…………C.C.か」

 

 深く深呼吸をした後、ルルーシュはゆっくりと振り返る。

 

 「まだ、あまり無理はするな。お前の記憶は全て取り戻せてはいない。それに、今は記憶の混濁が――」

 「ナナリーは何処だ?」

 

 彼女の配慮を遮って、目覚めたゼロ、ルルーシュが最初に問い掛けたのは最愛の存在の行方。

 だが問われた魔女、C.C.は言葉を濁す。

 

 「探そうにも黒の騎士団は壊滅状態。今の戦力では無理だ」

 「どういう事だ?」

 

 ルルーシュは反射的に尋ねていた。それは彼にとっては聞き捨てならない台詞だったからだ。

 しかし、その反応はC.C.には折り込み済み。

 更には次に何と言うだろうかという事さえも。

 そしてその言葉に耐えるために、気付かれぬようそっと奥歯を噛んだ瞬間。

 

 「ライはどうした?」

 

 予想通りの言葉がC.C.の心を抉った。

 

 「アイツが居れば建て直しなど幾らでも……どういう事だ?」

 

 怪訝な表情でルルーシュが問う。それは何故か。

 C.C.が言ったように、彼は未だ全ての記憶を取り戻した訳では無いからだ。

 それはある理由により彼女でさえも復元する事が叶わなかった(・・・・・・)からであり、そこには最も重要と言える記憶。

 彼がジュリアス・キングスレイとしてライと共に出向いた欧州での出来事、その一切が含まれていた。

 もし、この時に彼がその事も含めて取り戻せていれば、その後の対応は変わったかもしれない。

 しかし、それ程に重要な記憶である事など、当の本人ばかりかC.C.でさえも預かり知らぬ事。話を戻そう。

 記憶を失っている間の出来事をルルーシュは覚えていた。

 当然、租界中に貼られた騎士団の手配写真と、ニュースで度々目にする事があった収監中の団員達が置かれた状況の事も。

 だが、何度思い返してもその中にライの姿が無かった事から、未だ素性を隠し(おお)せたまま、捕まる事無くC.C.達と逃避行を続けていると判断していたからだ。

 一方のC.C.は即答を控えた。

 彼女にとって、本来であればこれは誰か他人に押し付けたい事だった。

 もし、その誰かが引換にピザを奢れと言ってきたとしてもだ。

 だが、それは出来ない。いや、絶対にしてはならない事だった。

 それはC.C.がルルーシュの共犯者だからという理由だけでは無い。

 ルルーシュとライ。

 共に王の力を持つ二人を誰よりも近くで見続けてきたC.C.にとって、これを他人に任せてしまえば、もう彼女は魔女以下の存在にまで堕ちてしまうのだから。

 彼女は暫しの間押し黙ったが、遂に意を決した。

 

 「……あいつは、死んだ」

 

 だが、決死の想いを胸に秘めて告げたC.C.の言葉を、あろう事かルルーシュは鼻で笑った。

 

 「お前はいきなり何を言い出すんだ?」

 

 それは完全に小馬鹿にした口調だった。

 だが、C.C.は何も答えないばかりか顔色一つ変える事は無い。

 その頑なな態度にルルーシュの顔色が変わる。

 本来このような口の聞き方をされれば黙っていない筈のC.C.が何も言わないのだから。

 

 「……死んだ、だと……馬鹿な……」

 

 それが事実だと悟ったルルーシュだったが、それでも認めたくなかったのか。

 最後に笑うも悲しいかなそれに力は無い。

 ルルーシュの視線が虚空をさ迷う。

 そしてそれまで気にも止めなかった死体に目が行くと、思わず目を背けてしまう。ライの姿と重なったからだ。

 瞬間、ルルーシュは事切れたかのようにその場に膝をつくと俯いてしまった。

 そんな彼を無言で見つめていたC.C.が激を飛ばす。

 ルルーシュにはゼロとして一刻も早く指揮を取ってもらわなければならないのだから。

 

 「今すぐ受け止めろとは言わん。だが、これは――」

 「黙れっ!!」

 

 彼女の言葉は最後まで聞かれる事は無かった。

 

 「頼む……それ以上は、言わないでくれ……」

 

 臓腑から絞り出すかのような苦渋の声。彼女は表情を曇らせる。

 それは遮られたからでは無い。

 ユーフェミアの時と同じ悲痛な声だったからだ。

 だが、今はあの時のようにしている暇は無かった。

 先程から、少し離れた場所でナイトメアの駆動音が聞こえている。

 そして、それは確実に近付いて来ていたのだから。

 しかし、それはルルーシュにも届いていたのだろう。

 

 「今は感傷に浸る時間は無い」

 「分かって……いる」

 

 ルルーシュが先程よりは幾分かマシな口調でそう告げた時、暗闇の奥から一騎のナイトメアが現れると、C.C.は静かに柱の影に身を隠した。

 

 『此処で何をしているっ!?』

 

 スピーカーから響くのはルルーシュ後ろ姿と、その背後に倒れ伏せる無数の死体の中に、機情の部隊章を持つ者達の姿を視認した事に訝し気な声を上げる男の声。

 それに対して顔を上げ振り向いたルルーシュは、その涙に濡れた頬を見せつけた。

 

 「軍人さん……ですか? 良かった。助けて下さい!」

 

 それは男に何故学生がこのような所に居るのか。

 また、機情に籍を置く者達が何故此処に居たのかという疑念を吹き飛ばさせるには十分な威力を持っていた。

 男は安心させる為にハッチを開いて地面に降り立つと、その姿をルルーシュの眼前に晒した。いや、晒してしまった。

 しかし、それは無理からぬ事と言える。

 先程のルルーシュは、傍目に見ても突然テロに遭いどうして良いか分からずに泣いている無力な学生にしか見えなかったからだ。

 そんな存在に涙ながらに助命を乞われてしまえば、軍人である男が、いや、その前に一介の騎士を自負する一人の男でもある。

 自国民とおぼしき青年からの逼迫した嘆願を無視出来る筈も無い。

 だが、男は知らない。知る筈も無い。

 このテロがたった一人の存在を甦らせる為に引き起こされたという事実を。

 そして、目の前に居る学生服姿のひ弱な青年こそがそれであり、更には祖国にとって最悪の敵、漆黒の魔神であるなど。

 男が安心させるために声を掛けようとした時、紅い鳥が羽ばたいた。

 その様子を柱の影で見ていたC.C.は苦笑する。

 

 「全く、大した演技だな。使えるものなら自分でさえも使うか」

 

 それは全うな感想だ。

 だが、果たしてそれは本当に演技だったのだろうか。

 ひょっとしたら、先程の言葉はライを失った事の喪失感から来たルルーシュの魂の叫びだったのかもしれない。

 だが、それは誰にも分からない。当の本人でさえも……。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 黄昏の間に二つの影が伸びていた。

 その内の一つ。

 突如として目の前に現れた神殿。その摩訶不思議な光景に理解が及ばなかったスザクは最もな感想を口にする。

 

 「ここは、一体……」

 

 その問い掛けにもう一つの影の持ち主、皇帝は振り返る事無く厳かに答えた。

 これは神を殺す為の武器、アーカーシャの剣である、と。

 皇帝の答えはスザクを更に混乱させるものだった。

 だが、皇帝からそれ以上の説明が返って来る事は無く、代わりに聞こえたのはスザク以外の誰かに向けられた声。

 

 「ここに居て()いのか?」

 

 皇帝の背後でその言葉を聞いたスザクは、一瞬怪訝に思うもそれは直ぐに払拭される事となる。

 

 「V.V.に脅された」

 

 その声色が響いた瞬間、スザクは無礼とは知りつつも皇帝の背後から覗き見た。

 そこに居たのはスザクの予想通りの人物。

 腕を組むと神殿の柱に背を委ね、夕日に照らされ灰銀色の髪を目映く輝かせるライの姿だった。

 

 「戯れ言を申すな。御主に脅しが通じる筈もあるまい」

 

 皇帝はそう咎めるも、口元は愉快げな弧を描いていた。

 柱から背を離したライが歩み寄る。

 

 「私にとって切実な問題が一つあった。それを解決する為に来たのだ。ところで、お前の方こそ何故その男をここに招いた?」

 「この者はゼロの正体とギアスを知る者。知らせておいても問題はあるまい」

 

 皇帝はそうまで告げると、静かにその場を立ち退いた。

 久方ぶりに相対するライとスザク。二人の視線が交差すると、スザクは恭しく頭を垂れた。

 

 「お久し振りです」

 「壮健そうだな、枢木。何でも部下を持ったとか? 尻拭いに苦労している様だな?」

 

 愉快気に尋ねるライに対して、スザクは視線を下げ続けるが、特に気にせず彼は言葉を続ける。

 

 「お前の武勇は聞き及んでいる。それと……あぁ、あの男。ブラッドリー卿と言ったか? あれと共に白ロシア戦線では大層な活躍を見せているそうではないか。欧州戦線の面目躍如といったところか?」

 

 そう、白ロシア戦線でスザクはそれまでナンバーズを卑下して来た者達を一掃する程の目覚ましい活躍を見せていた。

 そして、同じくルキアーノもその異名を更に轟かせている。

 だが、それがあの日ライから受けた屈辱による怒りから来る憂さ晴らしの意味合いが強いという事は、あの場に居た者達しか知らない。

 当時を思い起こし、最後に苦笑して見せたライに対して、ようやっとスザクは頭を上げた。

 

 「ブラッドリー卿はあの時殿下から――」

 「この場でその呼び方は止せ。お前は私がこの男の息子などでは無い事など、当の昔に承知しているだろう?」

 

 ライはスザクの言葉をそう遮ると、突如として剣呑な表情を貼付けた。

 

 「最も、お前は以前の私とやらをも知っている節がある」

 

 そう告げるとスザクより視線を移したライが皇帝を見やる。すると、皇帝はうすら笑いを浮かべたまま静かに頷く。

 同意を得たと解したライは口元を僅かにつり上げた。

 

 「丁度良い。欧州では機会が無かったからな。話してみろ」

 

 その言葉に今度はスザクが驚いた様子で皇帝に振り向くと、彼はライの時と同じ様に頷くのみ。

 欧州へ出向く際に勅命として与えられた事項が解除されたと理解したスザクは、辿々しい口調で話し始めた。

 

 「あな、たは――」

 「待て。以前のように、だ」

 

 その口調に気付いたライが素早く咎めた瞬間、スザクは思わず叫んでいた。

 

 「君とは……友達だった!!」

 

 だが、その悲痛とも言える言葉は今のライには届かない。

 

 「友、か。生憎と全く覚えていないな。それに、そのような者は今の私には必要無いものだ」

 「君とはずっと友達でいたかったんだ!! 友達……で……」

 

 それはスザクの本心だったが、変わり果てたライを目にして最後はもう言葉になっていなかった。

 だが、ライは怪訝な表情を浮かべると疑念を口にする。

 

 「お前はその言葉に随分と拘るが、何故だ? ルルーシュはお前にとってその友とやらでは無かったのか?」

 「それは……」

 「それを売り飛ばした男が今更私に何を言うつもりだ?」

 「許せなかったんだ。彼はずっと俺に嘘を吐いてた。それにユフィにもギアスを――」

 「ユーフェミアの件は置いておくとして、嘘を吐いていたのはお前も同じでは?」

 

 突然の問いに何を指しているのか分からず、困惑の瞳を浮かべるスザクを余所に、ライは愉快げに笑う。

 

 「色々と調べさせてもらった。お前はランスロットのパイロットでありながら、戦場に出る事は無いと周囲に嘘を吐いていたな?」

 「それは……余計な心配を……」

 

 正鵠を射られた事にスザクが言葉を濁していると、ライはそれまでの剣呑とした表情から一転、笑いを堪えるように囁いた。

 

 「ルルーシュも同じだったかもな。いや、テロリストである以上、向こうのほうが切実か」

 

 スザクは最早何も言い返せない。だが、ライは今度は慰めるかのように柔らかい口調で語り出した。

 

 「何れにしても、大切な存在を殺されたというお前の憎しみだけは私にも理解出来る。その下手人が心許した友という存在であれば、尚更だろうな」

 

 その声を聞いたスザクの脳裏に嘗てのライの姿が過った。

 だが、それは間違いだ。目の前に居るのはスザクの知る心優しきライなどでは無いのだから。

 

 「やはり友など持つものでは無いな。煩わしい事この上ない」

 

 柔らかい口調そのままに残酷な言葉を平然と使ったライに、これ以上聞く事に耐え切れなくなったスザクが言葉を発しようとしたが、ライはそれを左手で制した。

 そして、瞳を閉じたが直に開いた彼は皇帝に視線を向ける。

 

 「所用が出来た。私は戻らせてもらう」

 「よかろう」

 

 ライは皇帝から許可を取り付けると、再びスザクを見据えた。

 

 「話せて良かった。お前の話を聞いても私の心は揺るがない。つまりはその程度の記憶だったという事だ」

 

 未だ呆然としているスザクを余所に、最後にライは晴れ晴れとした面持ちに微笑すら浮かべてみせると立ち去っていった。

 ライが立ち去ると、皇帝はスザクに対して告げた。

 

 「あれがあの者の本性よ。あの者にとって他人という存在は利用出来る者か敵か。その二つしか無い。いや、友という概念自体理解出来ねばする気も無いのであろうな」

 

 それを聞いたスザクは我に返る。

 だが、皇帝の言葉通り嘗ての、優しく何よりも仲間を大切に思ったライの姿は何処にも無かった。

 残酷な現実を噛み締めながらも、スザクはこれまで抱いていた懸念を問うべく口を開く。

 

 「皇帝陛下。無礼を承知でお尋ねしたい事がございます」

 

 その請願を皇帝が無言で以て良とすると、それを認めたスザクは不敬とは理解しつつも剣呑な視線を押さえる事が出来ない。

 

 「陛下はルルーシュを(ジュリアス)とされたように、ライにも(いつわ)りの記憶を与え、別の人格を形成させたのではありませんか?」

 

 その問いを皇帝は鼻で笑った。

 

 「有り得ぬ。仮にルルーシュと同じ様に、従順な存在としてあの者の有り様そのものを改変する事も可能ではあったがな」

 「では、何故?」

 

 それを為されなかったのかとの問いに、皇帝は珍しく安堵にも似た吐息を溢した。

 

 「ルルーシュでさえも、儂のギアスに精神を退行させてまで抗って見せたのは覚えておるであろう?」

 「お待ち下さい……何を、一体陛下は何を仰っているのですか?」

 

 そう尋ねつつも、皇帝が何を言わんとしているのか、朧気ながらも察したスザクが唇を震わせるが、お構い無しに皇帝は語る。

 

 「その結果がある以上、それをあやつに施すのは悪手に成りかねん」

 「陛下はルルーシュを実験台にされたのですか!?」

 「必要な事であった!」

 

 堪まらず声を荒げたスザクに対して、皇帝はそれ以上の大喝で以て抑え込んだ。

 最愛の存在を奪ったルルーシュに対する憎しみの(ほむら)は未だ消えず。

 しかし、嘗ての友が受けた仕打ちに一抹の憐れみを感じたスザクは項垂れた。

 

 「それが、実の親がなさる事ですか?」

 「ルルーシュの件に関しては重ねて告げる。必要な事であったのだ」 

 

 そう前置きした皇帝は一瞬、その薄紫の瞳を僅かばかりに細めたが、すぐに消し去ると視線をスザクに戻した。

 

 「あの者に対してそれを行った結果、精神退行だけで済めば(・・・・・・)御の字。今すぐにでも施そう。だが、出来ぬ。不確定要素は排除する必要があるのでな」

 「……陛下は恐れておられる?」

 

 無意識のうちに口から飛び出した自身の言葉に気付いたスザクは、瞬時に馬鹿な事だと内心で否定した。

 世界の三分の一を支配する超大国、神聖ブリタニア帝国。その頂点に君臨する男が、たった一人の青年(ライ)を恐れるなど、と。

 

 だが、皇帝はその問いにだけは答える事をしなかった。

 

 「あの者に関しては、昔の姿に戻っているものと理解せよ」

 「では、あれが彼の、ライの本来の姿だと……」

 

 その問い掛けに皇帝は厳かな口調で答える。

 

 「よかろう。話すとしよう」

 

 そして語り出した。

 ライ、いや、ライゼルの血と狂気にまみれたおぞましくも哀しい伝説を。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 モニターからは敵部隊の反応が次々と消えてゆく。

 ルルーシュはそれを満足げな表情で見つめながらも指示を飛ばしていた。

 そんな最中、突然背後に気配を感じた彼が振り返るとそこにはバニーガールの衣装に身を包んだ紅髪の女が居た。

 

 「カレン? どうした? 君には21階に向かえと――」

 「質問があるの、ルルーシュ」

 

 言葉を遮ると同時に、カレンは手にした銃口をルルーシュに向ける。

 向けられた瞬間、いや、彼女がこの部屋に来た時点で彼には分かっていた。

 ルルーシュにとって最愛の存在がナナリーであるように、カレンにとってのそれはライだ。

 あの後、卜部と目の前に居るカレンが迎えに来たため、結局、ルルーシュはC.C.からライの最後までは聞けていなかった。

 その為、ルルーシュはライの身に何があったのかまでは知らない。

 だが、間違いなく責任の一端は自分にあると理解していた。

 ナナリーを救う為とはいえ、大切な戦いの最中に戦線を離脱したのだから。

 しかし、そんなルルーシュの思いを余所に、カレンが最初に尋ねたのはライの事では無かった。

 

 「ルルーシュ、貴方は私にギアスを使ったのかしら? 都合の良い駒として従わせるために……」

 

 ルルーシュは迷った。

 確かにカレンにギアスを掛けたのは事実だったが、従わせるような事は言っていないのだ。

 どう答えれば良いか悩んだ結果、直接告げる事は避けた。

 

 「神根島でゼロを見捨てた君がそれを言うとはな」

 「確かにそうね。従わせていたのなら見捨てる事は出来ないでしょうから」

 

 ルルーシュは自分の伝えたい思いが伝わった事に安堵する。

 

 「カレン。他ならぬ君が自分の意志で決めたんだ。ゼロを、この俺を……」

 

 次に諭すかのようにそう告げると、ルルーシュはゆっくりとした足取りでカレンの元に歩み寄った。

 だが、カレンはそれを許さなかった。

 まるで拒絶するかのように、突然その額に銃口を突き付けたのだ。

 ルルーシュの表情が一気に強張る。

 その時、彼は悟った。まだ終わってはいないのだ、と。

 

 「これが最後の質問よ。貴方はライにギアスを使ったの?」

 

 その質問には、先程のような小細工は一切通用しない。

 カレンの瞳は雄弁に物語っていた。それを行えば、引金を引く、と。

 ルルーシュもそれには直に気付いたが、だからといって正直に告げて助かるかと言えば、彼女の瞳はそこまで教えていない。

 本来のルルーシュであれば、このような状況でも何か策を考え付くものなのだが、この時、彼は驚くべき事に考えるのを止めた。

 

 「あぁ、使った」

 

 平然と言い放ったルルーシュの言葉を聞いたカレンの瞳が動揺に見開かれる。

 

 「随分と……正直になったのね」

 「俺は、ライの事で嘘は吐きたくない」

 

 それはまごうこと無きルルーシュの本心。

 しかし、ずっと欺かれてきたカレンにしてみれば、納得出来る筈も無い言葉。

 

 「ライを無理矢理従わせたの?」

 「使わなければ、あの時のアイツは止められなかった」

 

 その言葉に彼女が強い意思を宿した瞳で続きを促すと、ルルーシュは小さく頷いた。

 

 「式典会場でライが意識を失ったと言っただろう? あの後直ぐにアイツは目覚めた。そして、フラフラの状態であろうことか月下に乗ると言い出した。止めるには……ギアスしかなかった」

 「騎士団に入隊したのは?」

 「あいつの意思だ。多少強引だった事は認めるがな」

 

 ルルーシュは最初から最後まで、徹頭徹尾カレンから目を背けなかった。

 

 「信じていいのね?」

 「あいつの事で嘘は吐かないと言っただろう?」

 「それはゼロとして? それともルルーシュとしての誓約かしら?」

 

 それは答え合わせを続けていたカレンにとって本当の意味での最後の問いだった。

 彼女はやはりどうしても最後の最後でルルーシュを信じ切れないでいたのだ。

 しかし、同時にこうも思っていた。

 ルルーシュとして言ったのなら殴り飛ばした後で考える。だが、ゼロとしてなら信じよう、と。

 だが、それは良い意味で裏切られる事となる。

 

 「どちらでもない。ライと二人で居る時は、仮面の男ゼロでもなければ優等生ぶったルルーシュ・ランペルージでも無い。本当の意味での自分になれた。だからこれは、あいつを想う一人の友達としての誓いだ」

 

 本当の自分。

 それを聞いた時、カレンにはルルーシュの気持ちが痛い程理解できた。

 彼女もまた、ライと二人で居る時は病弱なお嬢様、カレン・シュタットフェルトでは無く黒の騎士団のエース、紅月カレンでも無い、一人の女になれたのだから。

 

 「合格よ。ルルーシュ」

 

 拳銃を下ろしたカレンは、軽く息を吐くと微笑を浮べた。

 その事に、理解が及ばないルルーシュが問う。

 

 「どういう意味だ?」

 「先にC.C.から貴方がライにいつどこでギアスを使っていたのか、全部聞いていたのよ。一言一句、同じだったから信じてあげるわ」

 「アイツを信じて無かったのか?」

 

 瞳を見開くと完全にしてやられた事を理解したルルーシュが問うと、彼女はジト目で仕方がないじゃないとでも言いたげに、言い訳めいた言葉を口にする。

 

 「彼女、貴方の共犯者なんでしょう? この一年、散々煙に巻くような言葉も聞かされていたもの。完全に信じきれた訳じゃなかったわ」

 「それを知ったら怒るだろうな」

 「その時は、ピザでも奢って黙らせるわよ」

 

 悪びれる素振りも見せず、そう吐き捨てたカレンは踵を返す。

 

 「21階に向かうわ」

 

 そう告げると胸を張って出口に向かい歩き出す。

 この一年、彼女がルルーシュに対して抱いていた(わだかま)りはもう無いのだから。 

 だが、ルルーシュの言葉がそれを留めた。

 

 「カレン、教えてくれ。ライは……本当に……」

 

 ルルーシュはそれ以上言う事が出来なかった。

 どうしても言いたく無かったのだ。その最後の言葉を。

 だが、それはカレンも同じ事。

 同時に、そこまで問われてしまえば何を聞きたいのか容易に理解出来るというもの。

 静かに振り向いた彼女は哀愁の瞳を向けた。

 

 「この一年皆も、C.C.でさえ必死になって探してくれたわ。でも、何も見つからなかった。ライが最後に残してくれた物はこれだけよ」

 

 カレンはそう告げると左手にはめた指輪を見せる。

 

 「……そうか」

 

 明らかに落胆した様子でいるルルーシュ。

 だが、カレンはそんな彼に言葉を掛ける事なく、再び出口に向かって歩き出す。

 そしてそこまで来た時、彼女は足を止めると言うべきか言わざるべきか少し躊躇する。

 それはC.C.が嘗ての自分に使った手口であり、内心、卑怯だと思っていたからだ。

 一方でルルーシュを奮起させるにはこれしか無いとも思えたカレン。

 胸内でライに深く詫びると意を決した彼女は振り返る事無く告げた。

 

 「ここから無事に出れたら聞かせてあげるわ、ライの最後の声を。だから……皆を助けて」

 

 その言葉は十分にそれ足り得るものだった。

 ルルーシュは瞳に決意の光を宿すと力強く応じる。

 

 「ああ、約束しよう」

 

 カレンはその言葉を背に受けると感極まったのか。

 少し瞳を潤ませながらも扉が開いた次の瞬間、身に付けている衣装も相まって、まるで脱兎の勢いで駆け出した。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 その頃、そんな事があったなど露知らず。

 嚮団に戻ったライは、黄昏の間での出来事によってここ最近抱えていた悩みが払拭された事に内心喜びながらも、努めて冷静に問い掛ける。

 

 「変化があったそうだな」

 「うん。見てよ」

 

 V.V.に促されるまま、ライはモニターに視線を移した。

 そこに映っていたのはブリタニアの航空部隊と、そこから降下したサザーランドがビルの外壁にハーケンを食い込ませて銃撃を加えている映像だった。

 

 「カラレス、か……」

 

 ライが眉間に皺を寄せるとV.V.が同調する。

 

 「どうやら正規軍が出張ってきたみたいだね」

 「大人しく無意味な会食を楽しんでいればいいものを」

 「でも、どうするの? 彼等が出て来るのは想定に入って無いんじゃないの?」

 「いや、予想はしていた。まぁ、無能者のお手並み拝見といこうか」

 

 そう言うとライは玉座に腰を下ろす。

 すると、それを待っていたかのように、それまで辺りに散っていた子供達が再び階段下に集まると、その中の一人が紅茶を運んで来た。

 子供は覚束無い足取りで階段を上り、ライの傍まで来ると恭しくトレイを差し出した。

 彼はその上に乗っている紅茶を無言で受け取ると口元に運び静かに香りを確かめる。

 その紅茶は彼の好みに合わせてブレンドされており、一口飲むと僅かに口元を緩ませる。

 それを見た子供は笑顔と共に御辞儀をすると、階段下に座り込んでいる他の仲間の元に戻りヒソヒソと話し始めた。

 

 「次は私の番よね?」

 「違うよ、僕の番だよ」

 「さっき約束したのに。針呑ませるよ?」

 「……ごめん」

 

 どうやら先程の二人のやり取りを見ていたようで、早速使ったのだろう。子供達は言い争いを始めた。

 しかし、それはあくまでもライ達の邪魔にならないようにと囁き程度の声。 

 その様子を眺めていたV.V.は、不意に独り言のように呟いた。

 

 「ロロは大丈夫かな?」

 

 だが、ライはそれをバッサリと切り捨てる。

 

 「アイツのギアスは知ってるだろう? 問題は無い」

 「そうは言っても不安じゃないの?」

 「…………」

 

 その指摘に、ライは見透かされていると内心歯噛みした。

 彼はロロに全幅の信頼を寄せている訳では無い。

 いや、そもそも彼は二人(母親と妹)以外の他人を心の底から信じた事など無いのだ。

 過去、僅かに信じるに値すると評価した者達も居るには居たが、先の欧州での一件でそれらは全て切り捨ててしまっている。

 しかし、だからといって自ら手塩に掛けたロロを疑っていると告げてしまう事は、突然の計画修正があったとは言え及第点を与えて送り出した以上、彼の沽券に関わること。

 だが、続けざまに告げられた言葉はライにとって甘い響きを持っていた。

 

 「ならさ、連絡取ってみたら?」

 「作戦中だぞ?」

 「ロロのギアスは知ってるでしょ? はい」

 

 V.V.は鸚鵡返しに答えると通信機器を手渡す。

 それをライは渋々といった様子で受け取るも、未だ決めかねていた彼はそれから一時の間、通信機を握り締めたまま、モニターに映る映像を眺めていた。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 金色のヴィンセントが隔壁を破壊してバベルタワーの中階にあるエントランスに乗り込んだ時、操縦者であるロロの目には一騎のサザーランドとそれを護るように控える二騎のナイトメアが映った。

 そして、その中の一騎が禍々しいまでの異形の右腕を持つ紅いナイトメア、紅蓮二式である事を認めると思わず呟く。

 

 「見つけた。恐らくあれが……」

 

 あのサザーランドこそ指揮官が乗る機体だと判断した。同時に、このテロリスト達が黒の騎士団だという事も。

 ならばこそ、C.C.という可能性も捨てきれない。

 ロロにとって、ライから与えられた二つの至上命題。

 C.C.捕縛はその内の一つであったが為、ここで見逃す事は有り得ない。

 しかし、もう一つの命令。

 ルルーシュの身の安全の確保については、彼を見失ってから幾分時間が経ち過ぎていた事と、この混乱したビルの中で一人の人間を発見するのにはかなりの困難が予想されるのもまた事実。

 その為、未だ指揮官が誰であるか確証は持てなかったものの、ロロはC.C.捕縛というライとV.V.、二人の共通した命にこそ今は重きを置くべきと判断した。

 

 「直にそこから引き摺り出してやる」

 

 酷く陰惨な笑みを浮かべると、ロロはそのサザーランドに向けてペダルを踏み込む。

 だが、当然の如く目の前には二騎のナイトメアが立ち塞がった。

 ロロも事前の情報や機情に配置されて以降、シミュレーターによる訓練は積んでおり、その事からあの二騎、いや、紅蓮二式とまともにやりあえば勝つことはまず不可能だと理解していた。

 しかしロロにはギアスがある。

 凄まじい速度で突進してくる二騎に対してロロはギアスを発動させた。訪れる王の時間。

 如何に時を止める事が出来るとは言え、物体の動きまでも止められるものでは無いが、サザーランドまで対象範囲に含めたそれに体感時間を止められた卜部やカレン、そしてルルーシュ。

 ロロは迫る紅蓮二式と卜部の駈る月下をまるで嘲笑うかのように躱すと、サザーランドの傍まで迫ったところで彼等の時は再び刻まれる。

 

 「馬鹿なっ!」

 「嘘っ!! 消えた?」

 

 敵が突然目の前から消えた事に卜部とカレンは驚愕の声を発す。

 慌てて振り返ると、卜部の視線の先にはあったのはルルーシュの乗るサザーランドに切り掛からんとする先程まで目にしていた金色のナイトメアの姿。

 その光景を前に卜部は無意識下の行動か。あらんかぎりの力でペダルを踏んだ。

 床に黒い(わだち)を引いて全力で駆ける月下。

 そんな己の行動に遅ればせながら気付いた時、卜部は笑った。

 

 卜部巧雪

 

 彼はライと最後に会話した男だった。

 卜部のこの1年を一文字で現すなら【悔】これに全て集約される。

 彼はずっと悔やみ続けてきたのだ。何故あの時、ライを止める事が出来なかったのか、と。

 だが、その答えはあっけない程に簡単で、それは卜部も十分骨身に染みている事。

 何の事は無い。ほんの少し恐れたのだ。

 それに気付いてからというもの、彼はその事を後悔した日は一日として無かった。

 故に、彼はもう二度と恐れる訳にはいかなかった。

 だからこそ、身体では無く心が彼を突き動かしたと言える。

 卜部は咄嗟に二機の間に割って入ると、サザーランドを押し退けてヴィンセントのMVSを受け止める。

 

 「ゼロには指一本触れさせんっ!」

 「このっ! 邪魔をっ!」

 

 再び邪魔をされた事に苛立ちを露にするロロ。

 そんな二騎の攻防を目の当たりしたカレンが叫ぶ。

 

 「卜部さんっ!」

 

 咄嗟に割り込んだ事もあって卜部の体勢はカレンの目から見ても明らかに分が悪い。

 だが、卜部から返って来たのは予想だにしない言葉。

 

 『紅月すまん。彼を死なせたのは俺のせいだ』

 「えっ?」

 

 唐突に告げられた謝罪の言葉。

 カレンは慌てて問い返そうとしたが卜部は無視するかのように続ける。

 

 『俺は止めようと思えば出来た筈だった。だが、身体が動かなかった』

 「そんな事――」

 『俺は彼に救われた。本来なら俺はあの時に散っていてもおかしくなかった! いや、違う! そうするべきだったんだ!』

 

 その言葉から卜部の決意に気付いた二人が叫ぶ。

 

 「卜部、お前まさかっ!」

 「待って!」

 

 カレンは紅蓮のペダルを深く踏み込む。

 一方、ロロは卜部の月下を鬱陶しいと思いつつも、背後を晒している姿を見て陰惨な笑みを浮かべた。

 このままコックピットを狙えば脱出の間も与えずにその身ごと串刺しに出来るからだ。

 

 「さようなら」 

 

 そう告げてコックピットに狙いをつけたその時、ロロは凄まじい唸り声を響かせて突進してくる紅蓮を視界に捉えた。

 

 「本当にしつこい連中ですね」

 

 そう呟くと一気に片をつけようとギアスを発動させた。が、その瞬間ロロの携帯が鳴った。

 慌てたロロは、咄嗟に卜部や突進してくるカレンから距離を取る。

 発動中は負担が掛かるが、連絡には何があろうとも応じるようにとライから命じられている。ロロに拒否権は無かったのだ。

 

 『私だ。C.C.はルルーシュに接触して来たか?』

 

 携帯口から聞こえるライの声は明らかに怒気を孕んでいた。

 

 「その……」

 『作戦中だろう? 手短に話せ』

 「まだ…です」

 『分かった。引き続きルルーシュの傍を離れるな』

 

 それだけ告げると通信は切られた。それをもって王の時間も終わりを告げる。

 

 「またかっ!!」

 

 突然背後から敵が消えた事に対して、決意を挫かれた形となった卜部は思わず吐き捨てる。

 だが、それと時を同じくして卜部の傍に紅蓮が戻ると、二騎は再びゼロの前に陣取った。

 

 『……卜部さん、何を……しようとしたんですか?』

 

 低く、奈落の底から響いてくるような声でカレンが問い掛けると、卜部はやや言葉に詰まりながらも答える。

 

 「俺の命で……ゼロを救えるのなら」 

 

 だが、その言葉を聞いたカレンは遂に切れた。

 

 「ふざけんなっ!!ライが一体どんな気持ちで皆を助けようとしたか分かんないのっ!? 簡単に死のうとしないで!!」

 『カレン。少し落ち着け』

 「黙ってて!!」

 

 ゼロとして命じたルルーシュであったが、今のカレンには効果が無い。

 だが、それでも卜部は食い下がる。

 

 「しかし、そうでもしなければっ!!」

 

 悔しさを滲ませる卜部。

 が、そんな3人の会話に突如としてC.C.が割り込んだ。

 

 『お前たちの作る新しい主従関係には興味があるが、済まない。準備が完了してしまった』

 「そうか。卜部! お前はライに救われたと言ったな? ならば、あいつの分も生きて見せろ!」

 

 C.C.からの報告を待ち望んで意いたルルーシュは、力強く告げると起爆スイッチを押した。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 私立アッシュフォード学園。その地下に機情の監視施設はあった。

 そこでは褐色の肌をした女軍人が、先程行った上司への一報の返答を待つ傍ら、両肘を机につけて手を組むとモニター越しに今しがた倒壊したバベルタワーを注視している。

 その一室に通信を知らせる音が鳴ると、発信者を確認した彼女の部下が緊張した面持ちでその名を告げた。

 

 「ヴィレッタ卿!! カリグラ卿より通信です」

 「出せ」

 

 ヴィレッタと呼ばれた女軍人は、そう短く指示を飛ばすと椅子より立ち上がる。

 程なくして、モニターには銀色の仮面が映し出された。

 

 『ドウシタ? 現在ノ状況ハ此方デモ確認シテイルゾ?』

 

 銀色の仮面、カリグラは部下を労う事もせず単刀直入に用件を告げた。

 

 『マァ良イイダロウ。報告シロ』

 

 しかし、その態度に周囲の部下達は既に慣れていた為何も言う事は無い。

 それはヴィレッタも同じ事。

 彼女は特に気にした様子も見せる事無く答える。

 

 「はい、現在カルタゴ隊とは通信が途絶しています。ロロについても同様です」

 『"アノ者"ノ事ハ良イ。時ニ"カルタゴ隊"ガ通信途絶ト言ッタナ?』

 

 カリグラが問い掛けた時、冷え切った何かがモニターより伝わって来るのを感じたヴィレッタはやや萎縮した。

 

 「は、はい」

 『ソウカ』

 

 そう言って珍しく軽く息を吐くと、やや落胆したかのような雰囲気を見せたカリグラに対して、部隊の壊滅を嘆いているのかと解釈したヴィレッタは静かに否定する。

 

 「まだ、そうと決まった訳ではありません」

 

 事実だった。

 通信が途絶しているのもタワー崩壊の際に混線しているからだという可能性もあったからだ。

 だが、ヴィレッタは思い違いをしていた。

 カリグラは落胆などしていなければ、部隊の壊滅を嘆いてもいなかったのだから。

 

 『命ヲ掛ケテモ成果無シトハナ。随分ト軽イ命ダッタヨウダ』

 「それは余りにも!!」

 

 吐き捨てるかのように告げられたその言葉に耐え切れなくなったのか。

 隊員の一人があろうことかそう言ってカリグラの言葉を咎めようとした。

 だが、それさえも心に響かないのか。カリグラは平然とした態度で返す。

 

 『事実ヲ言ッタマデダ。賭ケ事ノ"チップ"ニモ為ラン命ナド、冥府ノ底ニクレテヤル』

 

 遂に我慢出来なくなった隊員は、身を乗り出すとカリグラに食って掛かろうとする。

 が、咄嗟にヴィレッタに肩を掴まれた事で何とか留まった。

 そして、ヴィレッタは部下が耐えた事に内心胸を撫で下ろしながらも努めて冷静に指示を請う。

 

 「この後は如何致しますか?」

 『ソウダナ。"アノ者"ガ付イテイレバ問題ハ無イダロウガ、念ノ為ダ。現場ニ出向キ"ルルーシュ"ノ生死モ含メテ状況ヲ確認シロ』

 

 カリグラがそこまで告げた時、銀色の仮面を映し出していたモニターの隣に突如として漆黒の仮面が映し出された。

 そして、その仮面を被った者は開口一番雄々しく告げた。帝国にとって忌むべきその名を。

 

 『私は……ゼロ!!』

 「「「「なっ!?」」」

 

 瞬間、その場に居た誰もが唖然とした。だが、ゼロを名乗った漆黒の仮面は尚も語り続ける。

 すると、たった一人動じる事無くその名乗りを聞いていたカリグラは、未だ唖然とした様子で聞き入っている部下に対して指示を飛ばす。

 

 『発信元ヲ探レ』

 「「「Yes, My Lord!」」」

 

 カリグラの指示の元、我に返った隊員達はコンソールパネルに指を走らせる。

 だが、その間にもゼロの演説は続く。

 そうして、合衆国日本の建国を再び宣言したまさにその時。

 世界中を駆け巡ったそれは、エリア11より遠く離れたユーロピアの大地。

 そこに居る二人の女(・・・・)の元にも運ばれていった。

 

 「テロリスト風情が、国を創るだと?」

 

 ヴィレッタが憎々し気に吐き捨てると、同時にトレースを終えた隊員が報告する。発信元は中華連邦大使館だと。

 

 「ふざけるな! どうやってそんな所から!?」

 

 有り得ない場所から発信されている事にヴィレッタは声を荒げるが、カリグラは瞬時に全てを理解していた。

 

 『……ソウイウ事カ』

 

 短く呟いた後、カリグラは尚も続くゼロの独舌(どくぜつ)に耳を傾ける。

 このゼロが本物かどうかまではカリグラも現時点では分かってはいない。

 しかし、カラレスの殺害とバベルタワーを道に見立てての脱出劇。それらを同時にやってのけたその手腕。

 その鮮やかとも言える手際の良さは、カリグラに報告書の中に記載されていた嘗てのゼロの姿を彷彿とさせた。

 ならばこそ、現時点でこのゼロはルルーシュ以外には有り得ないと結論付ける事も可能であったが、次の部下の一言でそれは保留となる。

 

 「ヴィレッタ隊長。学園内の監視員より対象が戻ったとの報告が」

 

 その報せにカリグラは耳を疑った。

 だが、敢えて言葉にする事はせずに部下の会話に耳を傾ける。

 すると、それはヴィレッタも同様であったようで慌てた様子で問い正した。

 

 「何だと!? ロロからの報告はどうした?」

 「いえ、あの……ロロは確認出来ていません」

 

 付いているべき筈のロロが居ないという報告にヴィレッタは思わず首を傾げたが、それはカリグラも同じ事。

 だが、彼はヴィレッタに深く考える猶予を与える事は無かった。

 

 『ヴィレッタ。直ニ"ルルーシュ"ノ元ヘ向カエ。詳細ハ次ノ定時報告ノ際二聞ク』

 

 彼は最後にそう告げると、彼女からの応答の言葉を待たずに一方的に通信を切った。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 通信を切ったカリグラは再びモニターを見やるが、既にそこに漆黒の仮面の姿は無い。

 だが、未だに見えているかのようにそこから視線を逸らそうとしなかった。

 ややあって、すぐ傍に居た者が声を掛ける。

 

 「ねぇ? 何だか君が嬉しそうに見えるのは僕の気のせいかな?」

 

 だが、カリグラが言葉を発する事は無かった。

 彼は無言のまま、徐に銀色の仮面に手を掛ける。

 短い圧縮空気の抜ける音と共にゆっくりとした動作で仮面を外してゆく。

 その下から現れたのは銀色の仮面よりもややくすんだ灰銀色の髪と、白磁器の様に白い肌に端正な顔立ち。

 しかし、そこにあったのは愉悦と狂気を綯交ぜにした光を宿した蒼い双眸。

 

 「面白くなりそうだ」

 

 カリグラ(暴君)の仮面を被る者、ライは陰惨な笑みを浮かべると静かにそう呟いた。




今回はこれで以上です。

卜部生存√入りましたが、もともと昔、某掲示板に投下していた時からどう使おうか悩みながら生存させたのですが、未だに悩んでいたりして・・・。

しかし、難産でした。
ルルーシュの記憶の設定をどうしようか。欧州での一件をなぜ思い出せなかったのかとのご指摘が来る前に強引に改変しています。理由はちゃんと考えたつもりです。
この後の話の何処かで入れる予定ですのでご容赦を。

次回はTURN 02 ~逆襲の処刑台(前編)~

と言いたいところですが、間幕としてピクチャードラマよろしくTURN 01.52 ~英雄と亡霊~ をお送りします。
亡国のアキトと双貌のオズ。両者が出ます。マリーベルの扱いはちょっとファンの方からすればよろしくないですが、乏しめる意図は全くございません。話の流れでそうしなければならなかったので、ご理解下さい。
相変わらず好き勝手やってますが、今後ともよろしくお願いします。


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TURN 01.52 ~ 英雄と亡霊達 ~

今話は、ゼロ復活に伴うお話です。

御読みになる前の注意点ですが、
マリーベルがお好きな方、扱いがあまりよろしくありません。
ご注意下さい。

アキト×レイラが苦手な方はご注意下さい。

5/30
以下、修正しています。
※危機感の下りの文章の見直し。
本国ブリタニアの位置を島の南東→南西
それに伴いドゥムノニアの位置を最西→最東
レイラとアキトの候補者考察の会話の修正


 エリア24(ツーフォー)の中心地たる政庁。

 その長大な廊下を肩で風を切りながら、我が物顔で闊歩するのは黒ずくめの集団。

 それを押さえようと、挟み込む形で並走するのは二人の青年騎士。 

 

 「お待ち下さい! 幾ら勅使の方々とはいえ、余りにも横暴ではありませんか!」 

 「我々がお呼び致します。ですから、どうか――」

 

 線の細い優男といった風貌を持つレオンハルト・シュタイナーが叫ぶもまるで眼中に無いのか、全くの無反応。

 次に大柄な体格に左顎からその頬にまで至る傷を持つも、その厳めしさとは対照的に普段は温和でマイペースな性格である筈のティンク・ロックハートまでもが両手を広げて押し止めようと試みる。

 しかし、集団は止まらない。

 左右に分かたれたかと思うとティンクの両脇をすり抜け、再び一個に纏まると歩み続ける。

 やがて、行き止まりにある扉。

 それに向かい合う形で背中を向けて仁王立ちしている青年の元まで至った集団は、ようやっとその足を止めると同時に、その中から一人の男が歩み出た。

 

 「マリーベル皇女殿下はその奥か?」 

 

 集団の頭目と(おぼ)しき男の問いに、この時初めて反応を示した青年は肩越しに振り向く。

 

 「騒々しいな」

 「済まない」

 「お引き留めようとしたんだけれど……」

 

 同僚二人からの謝罪と陳謝を受けた青年は、そこでやっと振り返る。

 その青年、金色の稲穂のような髪を持ち仮面で目元を隠すと、ごく最近になってその地位を拝命した筆頭騎士のライアーは、抜き身の刀身と見紛(みまが)わんばかりの気配を滾らせる。

 そうして彼は腕を組むと最後の砦よろしく一歩も引かぬ態度で臨んだ。

 

 「皇女殿下は礼拝の最中だ。要件なら後にしろ」

 

 肩を並べるように立つ同僚二人も、それが自分達に向けられたものでは無い事は十二分に理解していたものの、僅かに緊張の面持ちを浮かべると剣呑な瞳で集団を牽制する。

 しかし、対峙する男を筆頭とした彼等には微塵の動揺も表れない。

 傍目には驚嘆に値する胆力の持ち主達だと映るだろう。

 事実、皇帝の使いを名乗った男達のその宗教めいた出で立ちから、命の遣り取りに疎い者としてやや下に見ていた二人が己の認識不足を恥じる一方で、ライアーもその身に纏う警戒の色を濃くしたのだから。

 だが、実際は違う。

 何の事はない。事実を知る者がいれば、ただ御愁傷様と集団を憐れむだろう。

 男達は一年近くライアー以上の覇気を持つ存在から、平時に於いても幾度となくそれを浴びせられていたが為に、危機意識が麻痺してしまっていたのだから。

 

 「番犬が()えるな。其処を退け」

 

 己の警告を異に介さないどころか、その態度を改めようともせず。

 口を開くと一層の侮蔑の言葉を響かせる男。

 対するライアーも一切躊躇せず、その腰に下げたホルスターに手を掛けると、次の瞬間、速打ちよろしくその銃口を差し向けた。

 

 「(くど)い! 何人(なんびと)たりとも此処から先へは通さん! 大人しく待つか出直すか。さぁ、選べっ!」

 「貴様ァッ! 我々は勅使だぞ!」

 

 咎める口調とは裏腹に、流石にその対応には危機感を抱いたのか。

 男達は一斉にたじろぎ身構える。

 同時に張り詰めた空気が辺りに漂うが、そこまで。血の雨が降る事態には至らなかった。

 両者にとって幸運だった事が二つ有る。

 一つ。

 ライアーが仮面で素顔を隠していた事から、嘗て嚮団から脱走した子供達のうちの一人、オルフェウス・ジヴォンだという事が男達には分からず、また、彼等の主、V.V.も今後の計画のため敢えてそれを語らなかった事。

 一つ。

 ライアーは先の闘い(龍門石窟)に於いて死の間際に最後の力を振り絞ったトトから彼女の持つ忘却のギアス。

 それを幼少の頃に引き離された為にお互いの素性と立場を知る事無く、今や敵として対立していた妹、オルドリン・ジヴォン共々受けた結果、お互いに記憶を無くした所を彼はマリーベルに拾われ、以降の事しか覚えていなかった事だろうか。

 もし、両者の内のどちらか一方でもそれを知っていれば、この場で惨劇が幕を上げるのは必然であっただろうから。

 余談ではあるが、ライアーの前任としてそれまで筆頭騎士の地位に居た者こそ妹のオルドリンであり、今は兄と同じくそれまでの記憶を失い、一学生としてこのエリア24で暮らしていたりする。

 

 「分かった。銃口を下ろせ。礼拝が終わるまでこの場で待たせてもらう」

 

 自分達の主の命令は絶対であるが為、尻尾を撒いて引き下がるという事を選択出来る筈もない。

 不承不承といった様子で、やや態度を軟化させた男は一歩後退るとその時を待った。

 

――――――――――――――――――――

 

 コードギアス 反逆のルルーシュ L2  

 ~ TURN 01.52 英雄と亡霊達 ~

 

――――――――――――――――――――

 

 扉の向こうで繰り広げられる喧騒が僅かに漏れ聞こえてくるも、決して振り向く事無く。

 部屋の中では波打つ桃色の髪を持つ女性、マリーベル・メル・ブリタニアが片膝を付き頭を垂れ胸元で両掌を組むと、瞳を閉じて真摯な面持ちで祈りを捧げていた。

 そんな彼女の前方上部の壁には、正三角形に配置された三つの旗が掲げられている。

 頂点に君臨するのは、(エスカッシャン)の上に金獅子と蛇が絡み合う意匠(チャージ)を持つ彼女の祖国でもある神聖ブリタニア帝国の国章旗。

 その向かって左下には、マントをまるで翼のように華麗に広げ、鋼鉄の箒に乗った魔女が剣を構える姿(チャージ)をあしらった、彼女が心血を注いで結成し、昨今、エリア24総督に任じられると同時に構成メンバーを新たにした大グリンダ騎士団。その真紅の騎士団旗。

 だが、最後の旗は同列に並ぶそれと見比べると華やかさの欠片も無いどころか、些か古めかしい印象を見るものに抱かせるだろう。

 大海を彷彿とさせる蒼に染め上げられたフィールド(布地)に、天より降り注ぐ雷を模した無数の金地線が地を穿つ。

 その大地は鮮血の赤に染まり、そこには剣や槍、はたまた斧や矢といった具合に、今では使われる事が少なくなった多種多様な武器が、まるで草花のようにその刃を大地に食い込ませる形で乱立している。

 そんな意匠の中心にあるのは、王冠が除かれた国章と同形の盾。

 しかし、その上に描かれ、まるでそれら全てを従えるかのようにその存在を誇示するのは、獅子とは違う灰色の体躯。その左側面を晒しつつ、天に向かって高らかに吠える一頭の狼の姿。

 紋章に精通した者が見れば、一笑の元に紋章学から著しく逸脱しているとして紋章記述(ブレイゾン)を放棄するだろうが、それは無理も無い事。

 今日の紋章の構成要素。

 その基本原則が確立されたのは、これが猛威を振るった時代よりも遥か(のち)の事なのだから。

 

 年代記曰く、皇祖アルウィン一世の下知の元、当初は守勢の地として。

 島の南西に位置する本国ブリタニアを護るための絶対防衛地として、その最東の辺境地に定められると、それから数えて数百年。

 島が七王国時代と呼ばれる戦乱期に突入しても、近隣諸国の度重なる侵攻の矢面に立つとその殆どを跳ね返す。

 なお、前述の通り全てを跳ね除けられた訳では無く、その血みどろの歴史の中では幾度かの失地も経験している。

 だが、その都度奪い返すと高らかに存在を誇示し続けた。

 それだけでも賞賛に値するというのに、ある時を境に状況は一変する。

 これまで愚直に徹してきた守勢から狂ったような大攻勢に転じて以降、この旗が一度でも戦場に翻れば一切の敗北が無いとされた。

 しかし、それだけでは無い。

 遂には一度、島の全てを呑み欲したばかりか欧州大陸さえも貪り尽くしてみせた獅子の先駆け、大狼の旗。

 敵国には拭いきれぬ恐怖と深い怨嗟を植え付け、身内からは畏敬と畏怖。

 それら相反する情念を抱かれると同時に、本国を差し置いて栄華を極めた事から、他の領地の王達からは(ほぞ)を噛む程の激しき嫉妬を受け続けた結果、最後は彼の王と共に炎の中に消えたブリタニア属州ドゥムノニアの紋章旗であった。

 

 今や殆どの人々の記憶より忘れ去られ、この意匠を知る者は神聖ブリタニア帝国とユーロ・ブリタニア。その二ヶ国を足しても片手の内に収まるほど極僅か。

 それを何故、彼女が有しているかと言えば、これは彼女がこれまでの功績を認められエリア24の総督に任じられた就任式典の翌日。

 珍しくもそれを寿(ことほ)いだ彼女の父、皇帝シャルル・ジ・ブリタニアより彼の私室。その部屋の片隅に在りて、今日まで決して陽の目を見る事が無かった代物。

 ただ、その存在だけは小耳に挟んだ事があった彼女は、そこに招かれると皇帝より直接手渡されたが、恐れ多い事として一度は断った。

 しかし、皇帝からは新しきものが有るとの言葉と共に、半ば強引に下賜(かし)された代物でもある。

 因みに、皇帝はそう言いながらも代わりとして飾ったのは朽ちかけた状態の物であり、それを不思議に思った彼女が問うと薄く笑いこう告げたという。

 

 御主に与えたのは複製品。オリジナルが手に入った以上は不要である、と。

 

 それは、遺跡より発掘されたライが眠っていた石棺の上に敷かれていた物であり、クロヴィス暗殺という混乱の渦中に皇帝の要請を受けたV.V.が手駒(プルートーン)を使い密かにライに関する資料の一切合切をバトレーの元から収奪した際に含まれていた物なのだが、そんな事を彼女が知る筈も無い。

 祈りを終えたマリーベルが顔を上げると、血腥く猛々しい意匠のそれがその瞳に飛び込んだ。

 今日のブリタニアの国是、その源となったとも言える王が掲げたそれを無言で見上げ続けるマリーベル。

 彼女は近年、急速にその戦力を拡充しているが、未だ現状に満足しておらず更なる充実を図っている。

 その事は、些か性急過ぎるとして異母兄たるシュナイゼルを筆頭に、他の皇族達からも若干危険視されつつある程。

 しかし、そんな力の渇望者である筈の彼女の瞳には、如何なる感慨も認められない。

 それもその筈。

 彼女には王に対する傾倒は微塵も無いのだ。

 幼き過去、テロにより母親と妹を同時に失った哀しみと、その首謀者を捜索しようともしなかったばかりか、二人を弱者であると切って捨てた父親に対する憤りから抜剣するも、その咎を問われた彼女は一度、皇位継承権を失っている。

 しかし、それでも生来の意思の強さが陰る事は無く、友人として心通わせたオルドリンの支えもあって、再び返り咲いてみせたほど。

 そんな半生を背景(バックボーン)に持つ彼女からしてみれば、今日(こんにち)の己を至らしめているのは他ならぬ自身の努力と実力。

 そして、傍目には可憐な容姿であるものの、その内面に宿したおよそ似つかわしくないまでの鋼の矜持に裏打ちされたものである事に絶対の自負を有していたが為。

 では、何故に彼女は祈りを捧げていたかと言えば、昨今のエリア24(ベンタスゲットー)で抵抗を続けるテロリスト集団【マドリードの星】の掃討作戦中に、突如としてエリア11に現れたテロリズムの権化とも言えるゼロ。その復活。

 それを目の当たりにした彼女は、以前に視察として出向いた未だブラックリベリオンの爪痕が生々しく残るその地で、黒の騎士団の残党を名乗る勢力と、それに呼応した民衆により拉致・監禁されかけた時以来、久しく忘れていた弱き筈の者達をこうも容易く暴力へと(いざな)うテロリズムへの恐怖に再び心を蝕まれた。

 しかし、同時に(きた)るべき闘いが迫る事を予感したのか。

 狂気と炎に彩られたその短くも苛烈な生涯に於いて、只一度の敗北も無かったとされた逸話。

 それに対して張り合ってみせるという意味合いと、テロを撲滅する事を誓った自身の決意を再確認するという意味で久方振りに引っ張り出すと、こうして自身に祈り聞かせていたに過ぎない。

 しかし、それも終わりを告げる。

 扉向こうの喧騒が静まるのと時を同じくして、立ち上がった彼女はドレスの端を優雅に翻し部屋を辞する。

 彼女が扉を潜ったところで、周囲を黒衣の男達が取り囲むと、頭目の男が勅書を手に高らかに宣言した。

 

 「勅命である! マリーベル皇女殿下、御同行願う」

 

 その男達の出で立ちに、本当は誰が己を呼んでいるのか理解したマリーベルは、自身を中心に三方に布陣し周囲を牽制する忠臣達。

 彼等に労いの言葉を送ると同時に自制を促す。

 

 「貴方達の忠節、嬉しく思います。ですが、此度は不要です」

 

 凛とした声色に強い意思を感じた彼等は、流石に肩の力を抜かざるを得なかったが、レオンハルトとティンクは不安げな視線を送る。

 ライアーでさえも、本当に良いのか?とでも言いたげに振り向くとその首を僅かに傾かせる。

 マリーベルはそんな彼等の無言の問いに頷きで答えると、守護を解かせた彼女は次に燃えるような瞳で勅書を持つ男を見据え、たじろがせながらその前まで歩み出ると、それを奪い素早く目を通す。

 

 「分かりました。皇帝陛下の御言葉であると言うのであれば(・・・・・・・)(いなや)などあろう筈も無い事です。案内しなさい」

 

 読み終え顔を上げたマリーベルは、意志の強い瞳と共に有無を言わさぬ口調で命じた。

 その言葉に気付かれている事を察した頭目の男は、目出しの部分に覗く眉を僅かに(ひそ)めるも、次には何事も無かったかのように手を横に薙ぐ。

 それを合図に包囲を解いた集団は一斉に踵を返す。

 対する彼女は忠臣達へ微笑みを送ると胸を張る。

 そうして彼女は歩みを進める。己を待つV.V.の元へ。

 しかし、まだ彼女は知らない。

 この世界に隠された(ことわり)

 ギアスという超常の力の存在を知り、それを与えられた(・・・・)時以上の衝撃。

 彼女にとって更なる恐怖との遭遇が待ち構えているという事を。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 『日本人よ! 私は帰って来た!』

 

 それは最早何度目となるのか。

 旅の一座の所有する荷馬車の中。

 その天井より吊るされた大型スクリーンに映るのは、両腕を雄々しく広げた漆黒の仮面を被る存在、ゼロの姿。

 レイラは腕を組むと直立したまま、微動だにせずその演説を繰り返し見続けている。

 一方、彼女の背後では五人の男女が思い思いの心情を囁き合っていた。

 

 「飽きないよね、ほんと」

 「気になるんだろうね」

 

 椅子に逆向きに座ると背凭れに両腕を乗せ、その上に顎を置く少女、香坂アヤノ。

 それに追従したのは、床に胡座をかくとその周囲を電子機器に囲まれた少年、成瀬ユキヤ。

 

 「やっぱよ、戦場に戻りたいのか?」

 「だとすれば、俺も行く」

 「アキト、抜け駆けは無しだぜ?」

 

 立ったまま腕を組むと唸る青年、佐山リョウに直立不動の姿勢を崩さない日向アキトが決意を語ると、最後にそんな彼の左肩に右手を置いたアシュレイ・アシュラが獰猛な笑みを浮かべる。

 

 「そんなつもりはありません。ですが、少し気になるんです」

 

 映像を静止画にしたレイラは振り返る。

 その瞳には憂いの眼差しがあった。

 悩んでいたのだ。

 時空の管理者が語ったこれから起きると予言した闘いの事と、その先触れのように復活したゼロの容姿が抗える者として挙がった三人の内の一人、黒色の闇を連想させたがため。

 同時に、人類を絶滅させうる可能性を有しているとされる存在として、未だ彼女の中でも答えに行き着けていない例の旗の持ち主の事について。

 

 「ユキヤ。以前にお願いした件ですが」

 「なんだい? 司令」

 「司令は止めて下さい」

 「司令は司令さ。そんな顔で言われたらね」

 

 いつの間にか指揮官の顔に戻っていた事を暗に指摘されたレイラは、気恥ずかしそうに笑うと表情を崩す。

 

 「で? 何さ?」 

 「雷光背負う大狼の旗について。何か分かったでしょうか?」 

 「タイロウってなに?」

 「狼の事だろ?」

 

 二人のやり取りに疑問の声をあげたアヤノに対して、育てられた事があるアシュレイが反応すると、レイラは小さく頷いた。

 

 「それなら丁度、今朝終わったばかりだよ」

 

 そう前置きすると、ユキヤは足元に置いていたキーボードを素早く操作。

 モニターに映るゼロの姿が消えると、代わりとして現れたのは両手で数える程度の色とりどりの紋章旗。

 しかし、予想に反していたのかレイラは思わず呟いた。

 

 「これだけ、ですか?」

 「それでも多いぐらいさ。狼を旗や紋章のモチーフに使うのは珍しいから。現存している貴族で使ってるのはそれぐらい。国に至っては確認出来なかったね」

 「確かに狼ですが、どれも雷光のようなものは背負っていませんね」

 

 レイラは顎に手を当てると思考を回しながら続けて問う。

 

 「過去に存在した国や、既に途絶えてしまった貴族の系譜ではどうでしょうか?」

 「当然調査済みさ。でも、表の範囲で漁った限りじゃ無かったよ」

 「……そうですか」

 

 肩を落とすと落胆の声色を滲ませるレイラは、背後で楽しげに見つめるユキヤの視線に気付けない。

 見かねたアキトが助け船を出した。

 

 「なら、裏には有ったんだな?」

 

 それに対してユキヤは、流石だね、とでも言いたげな笑みを浮かべた。

 

 「まぁね、少し潜ったら有るには有った」

 「有ったのですか!?」 

 

 彼女は瞳を見開くと勢い良く振り返る。

 ニヤリと笑ったユキヤは無言のまま、再度キーボードを叩く。

 そうして映像が切り替わると、映し出されたそれにレイラは視線を奪われた。

 其処には、マリーベルが祈りを捧げていたものと同じ紋章旗が。

 暫しの沈黙の後、レイラは納得した面持ちを浮かべた。

 

 「確かに、雷光を模しているように見えます」

 

 そんな彼女を尻目に、アキトがやや棘の有る口調で見下ろしながら尋ねる。

 

 「ユキヤ、お前はこれを何処から手に入れた?」

 「ちょっとばかりユーロ・ブリタニアの紋章院。そこにある機密データベースに、こんにちは、って感じでね」

 「何処に潜ってるのよ! 滅茶苦茶危ないじゃん!」

 

 アヤノの抗議も何処吹く風。

 いたずらっ子の笑みを浮かべるユキヤ。

 

 「お、おいおい……」

 「なぁ、不味くねぇか?」

 「ごめんなさい。危険な真似をさせてしまって」

 

 リョウとアシュレイは揃って口許を引き攣らせ、レイラが深く謝辞を述べるのを尻目に、唯一この場で全く動じず超然とした態度を崩さないアキトが問う。

 

 「足跡は残していないな?」

 「大丈夫。そんなヘマはしてないよ。それに、貴族の紋章や旗なんかを最も有しているのなんて、今やあの国を除いたら帝国ぐらいなもんだろ? 危険なのは百も承知だよ。でも、お陰でこうして手に入れる事が出来た訳だし。必要経費さ、必要経費」

 

 レイラを不安にさせたのを彼なりに反省したのか。

 大事な事なので二度言いましたとでも言わんばかりに、おどけて見せるユキヤに対して、アヤノが疑問の声を上げる。

 

 「だったら、何で最初からコレを見せなかったの?」

 「古過ぎるんだよね」

 

 人を食ったような笑みのまま、ユキヤはモニターを指し示すと事も無げに告げた。

 

 「コレ、今から千年以上も昔のものだから」

 「千年ッ!?」

 

 一同の驚きを代表して、アヤノが素っ頓狂な声を上げると、それが殊更(ことさら)愉快だったのか。

 笑みを深くしたユキヤは更に語る。

 

 「ついでに言えば、今やコレに代わって獅子の旗が世界の三分の一を支配してるって事かな」

 

 その意味深な発言にはアシュレイが食い付いた。

 

 「やっぱ、帝国とも関係あんだな?」

 「正解。まだブリタニアが島国、今でいうところのイギリスにあった時代、その属州だった領地で使われてたみたいだね。データベースにはそう書かれてた」

 「アシュレイは知っていますか?」

 「こんなの今まで一度も見たこと無ェ」

 

 この中で唯一、ユーロ・ブリタニアに籍を置いていたアシュレイに対してレイラは咄嗟に尋ねるも、問われた彼は皆目見当がつかないといった様子で頭を振った。

 それを認めた彼女は矛先を戻すと、逸る気持ちを抑え切れないのか。矢継ぎ早に問う。

 

 「その領地の名は? 治めていた人物の名前は? 歴代の領主の中で名が知られた人物は居ましたか?」 

 「一人、他の連中が霞んじゃうくらいのビッグネームが居たよ」

 「誰だ?」

 

 ニマニマと笑うユキヤに対して、アキトも急かすように尋ねると、彼は簡潔に爆弾を寄越してみせた。

 

 「ライゼル」

 「おい、今、なんつった?」 

 

 驚きから口元に手を当てるレイラと、瞳を細めるアキトを余所に、唐突にそれまでの浮わついた雰囲気を一変させたアシュレイ。

 彼はアキトの肩に置いた右手を下ろすと剣呑な瞳を浮かべてみせた。

 

 「こいつはブリタニア属州ドゥムノニアの紋章旗さ」

 「あの王が掲げた旗かよっ!!」

 

 次に大声を発したかと思うと、まるで幼子のように瞳を輝かせたアシュレイは足早にスクリーンまで迫る。

 慌てたレイラがその場を譲ると、彼は端から端まで食い入るように見つめ始めた。

 一方、この中で唯一理解に至っていないリョウとアヤノがそんな彼の後ろ姿に怪訝な視線を送る。

 気付いた彼は振り向き様に頬を掻くと照れ臭そうに笑った。

 

 「いや、俺もユーロ・ブリタニア育ちだからよ」

 

 その要領を得ない発言にリョウが食い付く。

 

 「何だよ、分かるように説明しろって」

 「まぁその、何だ。俺は学が無いからよ。スゲェ王サマだったって事以外、詳しくは……」

 

 面目無いといった様子で肩を竦めるその態度に、業を煮やしたリョウが二人に問い掛ける。

 

 「その様子じゃあ、レイラやアキトも知ってるのか?」

 「え、えぇ。ですが、大学で少し習った程度ですし、入隊した後は、ユーロ・ブリタニアの成り立ちや思想を理解する上で何度か見る事があったぐらいで、そこまで重要視してはいませんでした」

 「俺も同じだ。覚えているのは名前と所業ぐらいだ」

 「有名人なの?」

 

 二人揃って思案顔を浮かべるのを不思議に思ったアヤノが小首を傾げると、潜った際にデータベースを流し見たユキヤが補足する。

 

 「嘘みたいな荒唐無稽な逸話が多過ぎるからね。でも、学校行ってれば一度は習うんじゃない?」

 「何それ? 覚えてないんだけど?」

 「真面目に行ってなくて悪かったな」

 

 頭上に疑問符を浮かべるアヤノと、不貞腐れたリョウがそっぽを向いた瞬間、それまで悩み顔でいたアシュレイが唐突に声を上げた。 

 

 「そうだ! シモンなら詳しいぜ!」

 「何でアイツなんだ?」

 「アイツの親父がマニアだったんだよ。ガキの頃から散々教え込まれたらしくてよ。俺も何度か聞いた事があった。ちょっと待ってろ!」

 

 リョウの疑問に堪えるや否や。

 壁際にある荷馬車の窓まで小走りで駆け寄ると、鍵を外して窓を開け顔を覗かせたアシュレイは、視線の先に老婆達に顎で使われ額に汗を流すシモン・メリクールの姿を認めた。

 

 「シモン! ちょっと来い!」 

 

 呼ばれた彼は老婆達に頭を下げて断りを入れると、安堵の吐息を溢し足早にアシュレイの元に向かう。

 荷馬車の扉を潜った彼は、額に浮かんだ汗を拭うと次に朗らかな面持ちを浮かべた。

 

 「お呼びですか? アシュレイ様」

 「ライゼルについて語ってやってくれ」

 「ア、アシュレイ様ッ! その名を口にしては――」

 「構うもんかよ。俺もお前も今やブリタニアの人間じゃねぇんだ」

 

 慌てふためくシモンに向けて、アシュレイは快活に笑った。

 彼は嘗ての(あるじ)、シンとの戦いの後、スマイラスの首級(しゅきゅう)を挙げた功績により、一度はヴェランス大公から直々に男爵位の叙勲を打診されるも、簒奪者とされたシンの元部下と言う事もあり、一部の貴族達がそれに対して声高に反対を表明。

 大公としては敵に合力したとはいえ、主に剣を向けてでも諌めようとしたばかりか、己の短慮から招いた自軍の危機をも救った彼を正当に評価したいと思う反面、本国介入に反発した貴族の中では既に水面下では少なく無い離反者も出ていた事から、これ以上の内部分裂は避けたいとの思いの中で対応に苦慮する事となる。

 そこに追い討ちを掛けるかのように発生した例の壁画と椅子の焼失事件。

 憔悴し切った大公の姿に、思うところがあったのか。

 結果、彼は自らそれを辞するとアキト達の後を追うべく、その軍籍はおろか国籍までをも消去する事を報酬に望みユーロ・ブリタニアを去った。

 部下であったシモン達もそれに続こうとするが、去り際にアシュレイから再三に渡り再考を促され、一度は立ち止まる。

 だが、彼等の意思は固く、結局のところ自らの主と共に生きる道を選択し今に至る。

 シモンにしてみれば、彼の指摘は全くの正論であり抗弁する術を持ち得ないものだった。

 

 「ねぇ? どういう事?」

 

 一方で、常日頃から物静かな雰囲気を崩さないシモンが珍しく取り乱した事を不思議に思ったアヤノが問うと、我に返ったのか。幾分か冷静さを取り戻した彼は姿勢を正す。

 

 「普段、本国の皇族方であってもその名を呼ぶ事は禁止されています。ユーロ・ブリタニアに於いては、ヴェランス大公であっても口にする事は許されていません。それが出来るのは皇帝ただ一人です」

 「へぇ~。偉いんだね、そのライゼルって人」

 「え、偉いとかそういう次元の御方では――」

 「どうでも良いから早く話してくれ。仲間外れにされてるみたいでいい気分じゃねぇんだ」

 「ど、どうでも良い?」

 

 国籍を返上してから一年近く経つとはいえ、長年に渡り教え込まれ染み付いた慣習というものは早々に忘れ去れるものでは無い。

 目を白黒させるシモンに対して、そうは言いつつも瞳に並々ならぬ興味の色を滲ませる二人。

 咳払いをした彼は、宜しいですか?と主に問い掛けた。

 

 「おう、やってくれ。俺も久々に聞きたいしな」

 「分かりました。では、搔い摘まんで王に纏わる逸話とその偉業をお話します」

 

 そう前置きすると滔々(とうとう)と語り始めた。

 ややあって、概ね語り終えたシモンの眼前には、視界の端で喜色満面の笑みを浮かべるアシュレイとは対照的に、先程までの興味の色は何処に行ったのか。

 白けた表情を浮かべるリョウとアヤノの姿があった。

 

 「嘘くさ~い!」

 「全くだ。何だぁ? その、声だけで臣従させるってのはよ」

 「私に言われても困ります。列王記にそう記されているとしか答えようがありません」

 「まぁ、そう言ってやるなって。俺も今じゃ有り得ない逸話だって事ぐらい理解してる」

 

 二人の抗議に幾許(いくばく)か気分を害したのか。

 憮然とした態度で答えるシモンに対してアシュレイがフォローに回るのを余所に、ユキヤは一人、裏付けを取らんとキーボードに指を走らせる。

 しかし、そんな彼等と一線を画すかのように佇むレイラとアキト。二人の表情は芳しくない。

 特に、レイラに至っては完全に血の気が引いていた。

 

 「ですが、アシュレイ様。有り得ないと言えば彼女の力も有り得ませんよ?」

 

 シモンがそう言ってレイラを指差すと、彼女の肩が僅かに震える。

 あの時、自分達の窮地を救ったアシュレイの摩訶不思議な現れ方に、後になって事の顛末を聞いたが未だに納得出来ない彼は、ここぞとばかりに問い正そうとしたのだが、それはリョウとアヤノに咎められる結果となった。

 

 「馬っ鹿野郎! その事はどうでもいいんだよ!」

 「不思議な力を持ってても、レイラはレイラだよっ! それで良いじゃん!」

 「そうそう、結果的にお前等は助かったんだしな」

 「それは、そうですが……」

 

 未だに納得出来てはいない様子ではあったが、己を守る為に二人を宥めたアシュレイの体面を(おもんばか)ったシモンが渋々受け入れると、話題を変えようとアヤノが動いた。

 

 「それにしてもさ。血腥い逸話ばっかりじゃん」

 

 よくそんな王に憧れたよね、と呆れる彼女に対して、弁解するかのようにアシュレイが語る。

 

 「でもよ、王は戦場では常に先陣を切ったんだぜ? 今みたいにナイトメアっつう堅牢な鎧と比べれば、身を守るのは馬鹿らしくなるぐらいに薄い鎧と自分の技量のみでよ。弓矢が降り注ぎ、槍衾(やりぶすま)で待ち構える敵軍に向かって、突撃命令下すと一番最初に突っ込んで行ったんだ。今みたいに司令室で偉そうにふんぞり返ってるだけの貴族サマとは訳が違うじゃねぇか」

 「流石に大陸侵攻の際には、今でいうところの分進合撃に近い戦術を繰り返されたらしく、生涯を通じて全ての戦場で先陣を切られた訳ではないそうですよ?」

 「だとしてもだ。男としちゃあ、憧れるだろ?」 

 「(いくさ)バカ」

 「勇ましいのは認めるけどな」

 「まるでアキトみたいだよね」

 

 アヤノが再度呆れた様子で呟くも、思うところがあったのか。

 不承不承といった様子でリョウが賛意を示すと、最後に調べた情報と齟齬が無い事を確認したユキヤが苦笑した。

 

 「何だよ、つれねぇなぁ」

 

 三者三様の反応にアシュレイが口を尖らす一方で、スクリーンに向き直っていたレイラ。その傍にはいつの間にかアキトの姿が。

 彼女はそれを頼もしく思いながらもある言葉を呟いた。

 

 「神の剣……」

 「失礼ですが、間違われていませんか?」

 

 それを拾ったのはシモンだった。

 振り返った二人に対して、彼は補足を口にする。 

 

 「普段、名を呼ぶ事が禁じられている代わりに、王を呼称する称号はその良し悪しは置いておくとして多岐に渡ります。有名なところでは【英雄】が最も多く使われていますが、貴女がいま間違われた言葉に近いもので私が思い当たるのは一つだけ。【英雄】と比肩する称号【ブリタニアの剣】ですね」

 「ブリタニアの…剣……」

 「はい。お隠れになられた後、その剣を失ったブリタニアはそれまでの権勢を急速に痩せ細らせると、遂には一度歴史から消えたほど。当時に於いても絶対的な力の象徴だったのでしょう。それは、今日の帝国が掲げる国是の礎として脈々と引き継がれています」

 

 それは純然たる事実であった。

 今でも血気盛んな騎士達の間では、我こそがブリタニアの剣と成らんとの合言葉と共に戦場を駆ける者が枚挙に(いとま)がない程であったが、帝国の長い戦史において、一番最初に正式な称号として島の平定を成したライゼルにそれは贈られた。

 

 「ところで、アシュレイ様?」

 「あん? 何だ?」

 「先程から気になっていたのですが、映っているアレは、まさか……」

 

 スクリーンを指し示し、興味の色を瞳から溢れさせる彼に対して、アシュレイは破顔した。

 

 「おぅ! ライゼルの紋章旗だとよ」

 「やはりそうでしたか。しかし、一体何処から? 現代まで伝わっている事なんて私も知りませんでしたが」

 

 首を傾げるシモンに向けて、呆れた面持ちのままアヤノが口を開く。

 

 「ユキヤがユーロ・ブリタニアの機密データから盗んできたの」

 「…………はい?」

 「いやぁ、それほどでもあるかな」

 

 鳩が豆鉄砲を食らったかのような面持ちを浮かべるシモンを余所に、ユキヤが照れ臭そうに笑うと、場は一転して蜂の巣をつついたかの様な様相を呈する。

 

 「誉めてな~い!」

 「ユキヤ、ちょっとは自重しろ!」

 「いや、良くやったと思うぜ? こんな事でも無いと一生拝む事なんて叶わなかっただろうからよ」

 「そこ、何拝んでんの! 狂人の旗よ、それ!」

 「き、狂人とは何ですかっ!」

 「狂人じゃん! 何もかも焼き尽くして最後は自分も焼いちゃったんでしょ!? 話に救いが無いよ! 独りぼっちの王子様みたいに、ちょっとでもそんなのが有れば良かったのに!」

 「あぁ、貴女はあれがお好きなのですか」

 「悪い?」

 

 暗に、子供が読む童話ですよ? と馬鹿にされたと誤解したアヤノが白眼視を向けるが、シモンはお返しとばかりに柔和な笑みでそれを正す。

 

 「いえ。であれば(なお)の事。悪し様に語られるのは如何なものかと思いますね」

 「何よそれ?」

 「あれのモデルがその王ですよ?」

 「…………私の子供の頃の涙を返せぇ~!」

 

 ギャアギャアと(かしがま)しく言い争いを続ける彼等。

 しかし、二人はそれが落ち着くまでその環の中に入る事は出来なかった。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 「その後、ギアスの調子はどうかな? マリーベル?」

 

 黄昏の間にある神殿。その階段の中階層。

 そこを我が物顔で独占するV.V. から告げられた言葉に、階段下では黒ずくめの集団に逃げ場を塞ぐかのような形で背後を押さえられたマリーベル。

 彼女はギアスの紋章を宿した左目と共に眼光鋭くV.V.を睨み上げる。

 

 「本題をお願いします。暇ではありませんので」

 「ゼロが復活したよね?」

 

 お返しとばかりに三日月を浮かべたV.V.は嗜虐的に笑う。

 マリーベルの表情が僅かに強張ると、彼はその笑みを深めてゆく。

 

 「怖いだろう? 恐ろしいだろう? 君は骨身に染みて知っているものね、テロリズムの恐怖を。武力を得た今でも落ち着かない筈さ。幼少期のトラウマというものは、そう簡単に克服出来るものじゃないからね」

 

 それを植え付けた張本人であると言うのに、V.V.はまるで他人事のように振る舞う。

 

 「だから考えたんだよ。そして思い付いたんだ。テロという恐怖から君を解放してあげるには、それ以上の恐怖で上書きしてあげればいいんじゃないかって」

 「それが、貴方という存在とギアスという訳ですか? 御生憎様ですね。ギアスについては有効に活用──」

 「君に紹介したい人が居るんだよ」

 「どういう事ですか?」

 

 穏当でないやり取りから、一転して人物紹介の話にシフトした事に肩透かしを受けた彼女は思わずそれまでの剣呑な表情を崩した。

 

 「まぁ、本音で言えば君に勝手に動かれて彼の機嫌を損ねないよう、釘を差すためなんだけどね」

 

 既に本国の親類縁者から危険視されつつある事を理解していたマリーベルは、V.V.の言葉の裏に己以外でギアスユーザーの可能性がある、と警戒していた皇帝やシュナイゼルが絡んでいるのかと、探るかのような視線を向ける。

 

 「貴方が配慮を怠れないような人物が居ると?」

 

 だが、その疑念を口にした瞬間、唐突に彼女の背後から光が差し込むと、V.V.の瞳が喜悦に染まる。その幼い顔立ちに浮かぶは邪悪な三日月。

 

 「さぁ、来たよ。最狂にして最恐な彼が」

 

 咄嗟に振り返ったマリーベルであったが、溢れ出る光の奔流。その余りの眩しさに思わず瞼を閉じる。

 そんな折、突如として声が響いた。

 

 「不必要な念話は止めろと言った筈だぞ? V.V.」

 

 それに導かれるかのようにマリーベルは瞼を開く。

 何時の間にか光は消え失せ、彼女の瞳に映ったのは道を譲ると左右に分かたれ頭を垂れる黒ずくめの集団と、そんな彼等を従えるかのように右腰に手を当てると顔を(しか)めるライの姿。

 が、本国で行われた皇族顔合わせの場に招かれていなかった彼女からしてみれば、当然の事ながら誰だか分かる筈も無い。

 しかし、この場に現れただけでは無く、己が最も警戒するギアスの導き手たるV.V.を前にしても泰然自若とした態度を崩さない事から、只者では無いとの認識の元、彼女は警戒ラインを一気に押し上げると果断なくライを睨み付ける。

 だが、対する彼はまるで興味が無いのか。

 マリーベルを一瞥したライは、彼女の脇を無視して通り過ぎる。

 そうして己を見下ろすV.V.の元まで階段を昇り、その袂まで至ると凍えるような瞳で彼を見下ろした。

 

 「あの女は何だ?」

 「新しいギアスユーザーさ。紹介しておくよ。皇位継承権第88位にして、昨年、若干17歳の若さでエリア24の総督に就任したマリーベル・メル・ブリタニア」

 「あぁ、例の英雄皇女か」

 

 少しばかり興味が沸いたのか。

 ライは思い出したかのように呟くと、ようやっと彼女を見定める。

 拮抗する二人の視線。

 

 「貴方は誰? 身形(みなり)からして、貴族のようですが……」

 

 マリーベルが疑念を口にするも、ライは口許を怪しく歪ませるのみ。

 代わりに答えたのはV.V.だった。

 

 「彼も皇族だよ」

 「記憶に在りません」

 「だろうね。皇籍を与えられて間もないから」

 「馬鹿を言うな。望んでもいないものをお前達が勝手に寄越しただけではないか」

 

 ライが抗議の声を上げるも、V.V.は颯爽と聞き流す。

 

 「因みに、継承権は無いから安心して」

 「継承権が無い?」

 

 彼女は思わず反芻した。

 皇族であれば産まれた瞬間から与えられて(しか)()きもの。

 一度は失うも再び附与された彼女にしてみれば、それは俄には信じられない話だった。

 

 「お名前は?」 

 「下女に名乗る名前は無いな」

 

 柳眉を逆立てるマリーベルに向けて、鼻を鳴らしたライは蔑むかのような視線に切り替える。

 

 「V.V.にこうして見下ろされるのを良しとしている時点で、貴様の気位など程度が知れる」 

 「気を付けた方が良いよ。彼も君と同じギアスユーザーだから」

 「やはり……」

 「どういうつもりだ? V.V.」

 

 ライの辛辣な言葉に苦笑するも、彼を睨み付ける彼女の瞳にギアスの紋章が浮かぶのを認めたV.V.。

 彼は若干の怒気を孕んだライからの言葉をまるで無視して語り続ける。

 

 「彼の名前は、ライ・S・ブリタニア」

 「その名でしたら聞き覚えがあります。そう、貴方がオデュッセウス兄様が仰っていた――」

 「でも、それは仮の名前」

 「……仮の名前?」

 

 一瞬、困惑の色を覗かせた彼女の瞳は次の瞬間、盛大に見開かれる事となる。

 

 「本当の名前はライゼル。ライゼル・S・ブリタニア。君の遠い遠いご先祖様さ」

 

 息を呑む彼女に、こっちの方が有名だよね、とV.V.は嗤う。

 

 「……有り……得ません」

 「マリーベル。君はギアスという超常の力を知ったばかりか、それを宿してさえいる。それでも有り得ないって?」

 

 そう前置きしたV.V.は、沈黙するマリーベルと顳顬(こめかみ)に青筋を浮かべるライに向けて、事も無げに両者の秘事を開帳し続ける。

 

 「君のギアス。絶対服従は強力だけど、発動に手順が必要だから難点が残るよね。でも、彼のギアスにはそんなもの無いから即効性では上だよ? 殺傷力に至っては比較するのも烏滸がましいぐらいさ。下手に仕掛けない方が身の為だよ?」

 「声、ですね」

 「優秀だね」

 

 破顔するV.V.と、己の秘密をこうも朗々と語る事にライの眉が遂に危険な角度に迫るのを余所に、マリーベルは語る。

 

 「逸話を元に考えれば容易に辿り着けます。種を明かせば簡単なものです。声さえ聞かなければ良いだけなのですから」

 「それがどれだけ難しい事か分かってるくせに。そうそう、まだ使われてはいないから安心していいよ」

 

 V.V.が嗤うと、遂に苛立ちが頂点に達したライが動く。

 

 「で? 私の素性を下女如きに語ったからには、何かしらの理由があるのだろうな?」

 「彼女はテロリズムを憎んでいるんだよ」

 

 ね? と首を傾げるV.V.と、侮蔑の様相を崩さないライ。

 二人に向けて再び射貫かんばかりの視線を向けるマリーベルに対して、その一言だけで全てを理解したライはそれまでの不機嫌さを消し去ると、この時、初めて眼光を光らせる。

 

 「成る程。私の獲物(ゼロ)に勝手気儘に噛み付く可能性があるという訳か」

 

 再び視線がぶつかるも、先程とは異なり拮抗する余地すら与えられず、彼女のそれは一瞬で押し切られる形となった。

 戦慄が体を突き抜ける。

 殺意を向けられたマリーベルは、同時に己の背骨が全て氷柱にすげ替えられたかのような錯覚を味わう。

 何処までも真っ直ぐな混じり気なしの殺意というものにこの時、産まれて始めて全身を貫かれた彼女は理解が追い付かない。

 それもその筈。

 そこには敵意や憎しみといった、(およ)そこれまで彼女が敵から受けてきた殺意に含まれた情念といったものが微塵も無かったからだ。

 何処までも純粋に。

 砂粒一つのそれも無く、ただ息をするかのように。

 平然とそれを向ける事が出来る存在、ライゼル・S・ブリタニア。

 その有り様を前に、絶対の自負を誇った筈の彼女の鋼の矜持までもが恐怖に錆び付いてゆく。

 それに抗う術を用意出来ない彼女は奥歯を鳴らしつつ、ただ耐え考える事しか出来ない。

 一体、どのような境遇に身を置けば、人間はここまで純粋な殺意を向ける事が出来るようになるのか、と。

 一方、彼女の瞳から先程までの苛烈な意思を宿した光が消えた事を認めたライは、薄く笑ったかと思うと次には床を蹴っていた。

 そして、階段を一足飛びに越えてマリーベルの眼前に着地した彼は、悠然と立ち上がると今度は嗤った。

 

 「そこを退くがいい」

 

 有無を言わさぬ口振りに、言の葉でも押し負けた彼女は視線を床に向けると道を譲った。

 しかし、その態度にライは瞳を僅かに細める。

 

 「恐らく、最早二度と会う事は無いだろうな。拝謁の栄に浴せた事を誇りにでも思え。マリーベル皇女殿下(・・・・・・・・・)

 

 この時、彼女はライの興味対象から外れた。

 だが、彼が通り過ぎた所で彼女は振り返ると顔を上げる。

 

 「……貴方が、本当に……」

 「口外無用だ。そして心に留めておけ。お前がそれを守るという事は、同時に私の誓いを守る事にも繋がると言う事を」

 「……貴方の誓い?」

 「二度と欧州の地を踏む事は無いと、私が自らに課した誓約だ。しかし、もしお前が破れば……その時はお前の持つ全てを奪いに行く事になる。良いか? 私に誓いを破らせるな」

 「珍しいね。ギアスを使わないの?」

 

 そのやり取りを階段に腰掛け、両膝の上に両肘を乗せ両手で顔を支えて眺めていたV.V.が疑問の言葉を口にすると、振り返ったライの顔は表情が抜け落ちていた。

 

 「コレは私に言われるがまま道を譲った。奴隷皇女(・・・・)如きに使う価値は無い」

 

 不名誉極まりない新たな呼び名を与えられても、恐怖に蝕まれた彼女は抗弁する事が出来ない。

 一方、立ちはだかればそれはそれで彼女にとって悲惨な事になっていただろう、と容易に推察したV.V.は思わず苦笑した。

 

 「エリア24のレジスタンスとでも遊んでいろ。アレは私の獲物だ」

 

 最後に、分かったな?との一言と共に、マリーベルは至近距離から再びあの殺意を向けられる。

 今度は全身に鋭利な刃を突き立てられたかのような錯覚に陥った彼女は微動だに出来ない。

 その態度と瞳に浮かぶ恐怖の色から手応えを得たライは今度こそ踵を返す。

 そうして、黒衣の男達が再び頭を垂れるのを他所にその場から立ち去っていった。

 ライが光の向こうに消えると、その場に足元から崩れ落ちた彼女に向けて声が降り注ぐ。

 

 「どうだった?」 

 

 愉快げに尋ねるV.V.に対して、未だに立ち上がる事が出来ない彼女は上半身のみを振り返らせると再び睨み上げる。

 

 「アレは……アレは何ですか! あんなものまで甦らせて、貴方は何をしようとしているのっ!?」

 「神を殺すためさ」

 

 壮絶な笑みの元、V.V.は顔面を蒼白にした彼女に向けて諭すかのように語る。

 

 「これで君は知った。この世界にはテロよりも恐ろしい存在が居るって事を。どう? 君の心に染み付いたテロリズムへの恐怖は薄れたかな?」

 

 薄れたどころの話では無いのだが、錆び付いたとは言え彼女の鋼の矜持は弱音を吐く事を拒絶した。

 しかし、反発の言葉を発する事までは出来ないようで。

 血色を失った唇を固く結ぶと、悔しげに顔を歪める事しか出来ない彼女に向けて、予想以上の効果があったと認めたV.V.は駄目押しとばかりに動く。

 

 「テロリストを殺したいなら幾らでも殺せばいい。でも、ゼロだけは駄目。マリーベル、これは優しい僕からの忠告さ。言い付けが守れなかったら、彼は本当に現れるよ? 君から今度こそ(・・・・)全てを奪う為に」

 

 その際の君の顔を見てみたいとも思うけどね、と微笑んでみせるV.V.に対して、彼女はただ見上げ続ける事しか出来なかった。

 

 だが、この出会いが彼女、マリーベル・メル・ブリタニアの在り様を変える一因になったのは事実。

 暫く後の事であるが、闇夜に紛れてマドリードの星が政庁を襲撃した際、数多のレジスタンスから怨嗟の言葉を浴びせられ、ナイトメアからは至近距離で大口径の銃口を向けられても、彼女の心には恐怖どころか一切の漣すら起きる事なく、むしろその逆。

 稚児が見せる怒り程度のものとしか感じられなかったマリーベルは平然とそれを受け止めたばかりか、まるで花に触れるかのように銃口にその手を添えて見せると、次には哀れみの言葉と共に自身のギアスの支配下に置いた部隊を使い、躊躇無く彼等を殲滅してみせたのだから。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 処変わって此処はユーロピア。

 満月の光が差し込む森の中で、倒木に腰を下ろした二人の男女が肩を寄せ合っている。

 

 「レイラ?」

 

 昼間の荷馬車での一件以来、夕食時にも口数が少なかった彼女の態度が気になったアキトが問うと、彼女は伏せた顔を上げ彼の青い瞳を見つめた。

 

 「アキトも信じられない? 私には彼女が嘘を言うとは思えないの」

 「いや、レイラが信じるなら、俺もその女の言葉を信じる」

 

 やや離れた森ので出口で、仲間達の宴に興じる賑やかな声が聞こえてくる。

 アキトのアルカイク・スマイルを目にしたレイラも静かに微笑む。

 初めて身体を重ねたその日の夜に、レイラはアキトに語っていた。

 幼き頃、森の魔女から与えられた自身に宿る(ギアスの欠片)の事と、悲しい定めを背負わされた巫女達と協力関係にあった自らを人間の意識の集合体と名乗った彼女(時空の管理者)の事。

 そして、その彼女の創造主であり対立関係にある神と、彼女をして滅ぼす事が叶わなかったと言わしめさせた神の剣と称される存在。

 それに抗う事が可能とされた人物達と、唯一、言葉を届ける事が出来るとされる存在の事を。

 それは、あの場では決して語る事など出来ない事柄。

 

 「彼女はこうも言っていたの。間もなくこの地に私達を傷付ける存在が再び足を踏み入れる、と。間も無くというのが何時(いつ)の事なのか分からない。彼女の時間軸は私達とは違うのかもしれないから。正にあの時の事だったのか、これからの事を指しているのか。ただ、収穫はあったわ。再びと言うからには、一度はこの地を踏んだ事になるから」

 「ユキヤに感謝だな」

 「本当に」

  

 微苦笑を見せるレイラであったが、彼女の想定は当然の事ながら僅かばかり外れている。

 あの時の彼は自身の宣言を守る為と、大公との約定を果たす為に出向いたに過ぎないのだから。

 

 「ライゼル・S・ブリタニア。遥か昔にこの地に攻め入ると、全てを灰塵に帰した狂気の王。彼女が言っていた神の剣は、きっとその王の事を指しているんだわ」

 

 最後は自領もろとも敵を滅ぼすと、炎の向こうに消えたとの逸話を口にしたアキト。

 

 「彼女が仕掛けたのよ、きっと。でも、それでも討てなかった。その王が、既にこの世界の何処かで動き始めている可能性があるという事。それに、あの逸話……」

 「レイラが言っていたギアス、だな?」

 「えぇ、余りにも危険な力。声だけで人々を意のままに操れるなんて。でも、それだけじゃ無い」

 

 頭を振るレイラをアキトは不思議そうに見つめる。

 

 「彼女は言っていた。まだ完全に目覚めていない。そして、今まで本来の力を一度も使っていないって」

 「そいつが持つ力はギアスだけじゃない?」 

 「分からない。でも、目覚めていない状態なら、まだ勝機はあるのかも。でも、目覚めてしまったとしたら世界は……あの帝国でさえ、世界の三分の一を支配するまでに10年以上、準備期間を含めれば遥かに長い時間を掛けて今に至ってる。いえ、もしかしたら新大陸で帝国として新生(しんせい)した時から。それを……」

 「即位から僅か4年足らずで欧州まで征服した、か」

 

 えぇ、とレイラは頷いた。

 

 「科学技術は日進月歩。戦術も同じ。当時と比べれば容易に制圧する事は叶わない筈。それでも、当時の技術とギアスだけで4年足らずの欧州征服。早過ぎるのよ」

 「それだけ強力なギアスという事なんだろうな」

 「戦場でその声を聞いた敵兵は、全て軍門に下ったと言う逸話が残るくらいは」

 

 警戒感を滲ませる硬質なアキトの声。

 それに努めて平静に返すレイラであったが、その事実は指揮官の立場であった彼女にしてみれば、怖気(おぞけ)を禁じ得ない逸話だった。

 ライゼルにしてみれば、向かってくる敵は敵などでは無く、むしろ徴兵対象程度にしか見えていなかったのではないかという考察から来るものだ。

 しかし、それよりも猶更(なおさら)気になるのは次の事項。

 

 「もし、完全に目覚めたライゼルがギアスと近代兵器。そしてこれまで人類が積み上げてきた戦術と、その秘した力を併せて使ったとしたら」

 

 止めようがないのかも、とレイラは俯いた。

 彼女の懸念は既に一部で現実のものとなっている。

 バトレーによる人体改造により、あらゆる知識を刷り込まれた彼は、その時点で既に彼女と比べても何ら遜色無いまでの軍事知識を有していたのだから。

 なお、あらゆる知識を刷り込まれたとはいえ、チェスに関してのみ、基本ルールを刷り込むに留められていた。

 それは、幼き頃に年下のルルーシュに完膚無きまでに叩きのめされた事でチェスにあまり良い思い出が無いクロヴィスに対して、ライをやがては専任騎士として仕えさせようと画策していたバトレーなりの主君への配慮であったのだが、その基本ルールしか知らないにも関わらず、ルルーシュとの勝負の中で成長し、互角に近い程の棋力を有するに至れるほど、元より怜悧な頭脳の持ち主でもある。

 そればかりか、今も尚、日々進歩を続ける帝国の軍事技術をベアトリスから提供され続けており、現時点において航空戦力を主眼に置いた戦術に関して言えば、彼女を凌駕していると言っても過言では無い。

 ただし、彼にも弱点はある。

 それは、突飛な発想や意表を突いた戦術というものに対しても、己の持つ絶対的な力による粉砕に主眼を置く傾向が強く、ある意味で慢心しているとも言える。

 また、一度決めた事は余程不可能と判断しない限りは、何がなんでも押し通そうとする彼のプライドの高さ。

 彼女が付け入る隙を見出だせるとすれば、目下のところ、そこしか無い。

 

 「黒色の闇。レイラはそれがゼロの事だと?」

 「えぇ。現時点で私が挙げられる候補者は三人。黒色の闇で一人。鮮烈な紅で二人」

 「二人? 理由は?」

 「ゼロの復活は偶然とは思えないの。何よりも、黒色の闇の側に居るとされる鮮烈な紅」

 「紅蓮二式、紅月カレン」

 

 その呟きに静かに頷くレイラ。

 同時にアキトは従軍時代に何度か見る機会があった黒の騎士団の手配写真。それに写っていた姿を脳裏に描く。

 

 「確かに鮮やかな紅髪の女だった……最後の一人は?」

 「……マリーベル・メル・ブリタニア」

 「真紅の戦姫、か……」

 

 昨今、同じ欧州にあってエリア24として帝国の統治下に置かれた旧国名、スペイン。

 アキトは、そこに同じ17歳でありながら総督として着任すると、その苛烈な意思の元、反抗の芽をしらみ潰しに鎮圧して回っている英雄皇女に代わり近年、定着の兆しを見せ始めているその呼び名を口にすると、レイラは同意の首肯を示すも次には否定した。

 

 「けれど、目下のところ彼女の傍には黒色の闇を連想させる人物の姿は見受けられません。あくまでも候補者として、です」

 「ゼロと紅月カレンが本命か」

 「それはまだ時期尚早ですよ? アキト」

 

 早くも目標を定めようとする彼に、レイラは微笑みつつも慎重な姿勢を崩さない。

 流石と言うべきか。

 戦いから離れ微睡みにも似た幸せを謳歌しているとはいえ、彼女の指揮官として培われたその俊英な頭脳は未だ健在である事が幸いしたとも言える。

 

 「彼女は鮮烈な紅だけが言葉を届ける事が出来ると言っていたもの。ある意味、黒色の闇よりも重要な存在よ」

 「マリーベルと紅月カレン。二人はライゼルと何か関係があるのか?」

 

 その問いに、この時、小さな不満が溢れたレイラは沈黙した。

 アキト本人からしてみれば、既に自身が胸に抱いた想いに突き動かされているためであり全く悪気が無いのだが、レイラからすれば、これまでの一連の流れは何処か質問攻めに遭っているかのように思えていたからだ。

 しかし、アキトはそれに気付けない。

 

 「レイラ? どうし――」

 「もうっ! さっきから聞いてばかりですよ。少しは一緒に考えて下さい!」

 「す、済まない」

 「駄目です。許しません」

 

 不貞腐れるとその背を向けたレイラに対して、アキトは困ったなと肩を竦めるも、次に意を決した彼は自身が胸に抱いた想いと共に、背後からその華奢な身体を抱き締めた。

 直前の不穏な空気は霧散し、幸せな時間が二人の間を満たしてゆく。

 最も、二人にとっては思いもしない事であると同時に預かり知らぬ事であろう。

 自分達と同じ恋人であるばかりか、カレンはその将来を誓い合う迄の関係性である事と、まさにこの時、マリーベルもまた関係を持った(存在を知った)という事など。

 彼女を決して苦しませないよう、優しくその両腕に力を込めてアキトは語る。

 

 「何であれ俺の気持ちは変わらない。BRS(ブレインレイドシステム)が無くてもアレクサンダは動かせる。レイラが行きたいと願うなら、俺は何処までも連れて行く。レイラが進むなら、その道を切り開くのは俺の役目だ。その先に何があったとしても、俺は最後まで共に居る」

 

 アキトの先ほどまでの態度、その原因を察したレイラは、その頼もしい言葉も相まって微笑みを浮かべる。

 

 なお、BRSはレイラが管理者から受けた忠告の元に、決戦後にソフィ・ランドル博士と、長い昏睡状態から目覚めた彼女の夫、タケルの二人に別れを告げる際、半ば命令に近い形で懇願した事により、現在は全て取り外されていた。

 最もソフィにしてみれば、自身が技術を提唱し、夫が実験台になりながらも完成に近付きつつあったもの。

 言うなれば、我が子同然の技術である。

 当然の如く、猛烈な反対を表明されたが、何故か(・・・)それをタケルが執り成すことで何とか和解に至っていた。

 

 「ありがとう、アキト」

 

 レイラは胸元にあるアキトの腕にそっと両手を添え、彼の体に撓垂れ掛かるとその青い瞳を仰ぎ見る。

 やがて、どちらとも無く顔を近づけると、二人は口づけを交わした。




亡国サイドは書いていて楽しいなぁ。
久々に甘い話が掛けた! と思う!

シモンのキャラや、アシュレイ達がアキト達と行動を共にしてるのも勝手に設定作ってます。大公閣下は便利キャラ。

レイラとアキトが二人だけで話す際の口調にちょっと自信が無いです。
でも、原作のレイラってアキトにも丁寧語が多かった印象で、それで最初は書いてましたが、原作最終話の砕けた感じと、恋人になっても丁寧語が多いのはそれはそれで違和感があったので……大丈夫ですかね?


という訳で、ゼロ復活に伴う残りの主要になりそうなメンバーの近況報告と、ライくんのフラグ建築話でした。

ただし、本作はタグにもあるとおり、徹頭徹尾ライカレものです。

お間違えの無いよう、ご注意下さい。

御読み下さりありがとございました。


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TURN 02 ~ 逆襲の処刑台(前編) ~

 皇帝とライ、二人の声が黄昏の間に響く。

 二人は互いに顔を会わせる事無く言葉を交わしていた。ただ遥か雲海の先より差し込む夕日をその身に受けながら。

 

 「そうか、ゼロが……」

 

 皇帝が独り言のように言葉を零すと、ライは、あぁ、と軽く相槌を打った。

 

 「御主はどう見る?」

 「まだ何とも言えないな。状況証拠がルルーシュを否定している。だが……」

 「申してみよ」

 

 珍しく言葉に詰まるライを尻目に皇帝が僅かに笑みを含んだ声色で告げると、ライは自身の想いを告げた。

 

 「ルルーシュは目覚めた。いや、これは違うな。私は望んでいるのだ。そうであって欲しい、と」

 

 ライはルルーシュが目覚める事を、ゼロの復活を心の片隅で望んでいた。端的に言えば、戦ってみたかったのだ。

 それは、C.C.を捕らえるにあたり最大の障害に成りうる、本来であれば絶対に避けるべき事項である。

 しかし、ライは報告書で知ったゼロの、ルルーシュのカリスマ性。それに惹かれていた。

 欧州では一度(くつわ)を共にするも、己の力のみで立つことを良しとせず、権威を笠に着て尊大に振る舞う姿など見るに耐えないものでしかないばかりか、唾棄すべき姿でしかなかったのだから。

 一方でそれを聞いた皇帝はただ一言、そうか、と告げるのみ。

 暫しの間、沈黙が辺りを支配する。

 やがて、ライは今後の方針を告げた。

 

 「騎士団の残党の件だが、今は総領事館に逃げ込んでいる。なに、直接占拠に乗り出せば炙り出す事は容易い」

 「中華連邦との対立は、現時点では避けよ」

 

 予想だにしていなかったのか、皇帝の言葉にライは僅かに片眉を上げた。

 が、そんなライを余所に皇帝は更に続ける。

 

 「あの国とは、シュナイゼルが話を進めておるのでな」

 「……シュナイゼルか、鼠の親玉だったな」

 

 ライの瞳に鋭さが宿る。

 この一年の間、シュナイゼルは再三に渡り機情に密偵を送り込んでいた。

 正確にはシュナイゼルの命を受けたカノンが送ったのだが、王の力の前ではどれ程優れた密偵であろうとも無力だった。

 

 「煩わしい連中だった。ギアスを使えば駆除は容易かったが……そういえば最近は無くなったな。咎めたのか?」

 「何も言ってはおらぬ。何れにせよ、再び挑んで来た時は好きにせよ」

 

 表向きは宰相という皇帝の右腕たりえる地位を以て、その辣腕振りを発揮しつつも裏では密かに暗躍する。

 シュナイゼルのその姿に、嘗ての王宮に蔓延っていた唾棄すべき存在を思い出したライは心底不愉快そうな顔になる。

 

 「ブリタニアらしいな。いや、王族らしいと言うべきか? 私の居た頃と何も変わらない」

 

 だが、それも一瞬の事。

 直に普段の冷めた表情に戻したライは話題を変える。

 

 「ゼロはどうする?」

 「未だ真偽が定かでないのであれば、今はC.C.捜索を優先せよ」

 「無茶を言ってくれるな。相変わらず何処に居るのか分からないのだが?」

 

 言葉に不快感を滲ませるライに対して、皇帝は助言を与えた。

 

 「C.C.は必ずやゼロの近くに居る」

 

 だが、それを聞いたライは今度こそ顔貌を顰めた。

 

 「そう仮定するなら確率が一番高いのは総領事館になるが、お前は対立を避けろという。無理難題を押し付けるな」

 「出来ぬと申すか?」

 

 皇帝の口元が弧を描く。

 その挑発ともいえる笑みを横目に捉えたライは暫しの間押し黙るも、やがて独り言のように呟いた。

 

 「C.C.はゼロの傍に居る、か。では、ゼロを引き摺り出す方法は任せてもらおうか」

 

 一転して笑いを含んだその口調に、怪訝な表情の皇帝が問い掛ける。

 

 「何を考えておる?」

 「簡単な事だ。今度はゼロが好みそうな餌を使う。だが、お前はどうせ私が指揮を取る事は許さないのだろう? そうなると実際に取る者次第だが、奪われる可能性がある」

 「C.C.が何処に居るか。今はそれだけでも分かれば良い」

 「では、良いのだな?」

 「委細任せる」

 

 最後にライが釘を刺すと、簡潔な答えが返って来た。

 

  「分かった」

 

 ライが満足げな笑みを浮かべてその場を後にしようと踵を返した時、不意に皇帝が呼び止めた。

 

 「これを渡しておく」

 

 そう言って皇帝は外套の下に隠していた二対の武器を取り出した。一方は刀。そしてもう一方は剣。

 ライの瞳が見開かれる。

 

 「お前が持っていたのか」 

 

 彼は些か驚いた様子で答えながらも受け取ると視線を落とす。

 刀は白鞘に収まっており鍔には見事なまでの装飾が施されている。

 もう一方の剣は紅鞘に包まれているが華美な装飾は一切無い。

 対照的なそれらを暫しの間無言で見続けたライは、やがて慣れた手つきで刀を鞘より抜き出した。

 夕日に照らされて目映く輝くその刀身には美しい刃文が浮かび、そこには一切の錆も見受けられない。

 それを認めた皇帝は珍しく感嘆の吐息を溢す。

 

 「見事なものよ」

 

 その言葉にライはまんざらでも無いといった様子で答えた。

 

 「あぁ、母が私に与えてくれたのだ。何でも、母の国で作られた剣…刀と言うらしい」

 「形見、か……」

 

 その問い掛けとも取れる呟きに、ライは僅かに眉を顰めた。

 しかし、それも一瞬の事。

 直ぐに表情を改めると、彼は暫しの間、感慨深げにその刀身を眺めていた。

 そこには普段の鋭さを秘めた瞳は無かった。

 嬉しそうでもあり、しかし何処か悲しみを湛えた横顔。

 それは、年相応とも言える一人の青年の姿だった。

 やがてライは刀を鞘へと収め腰に据えると、次に剣を鞘より引き抜いた。

 その剣の刀身は鞘と同じく血のように紅く、また先程の刀と同じく一切の錆も見受けられない。

 が、造形美は一目瞭然。明らかに刀より劣るものだった。

 

 「何の意匠も感じられぬな」

 

 そう言って笑う皇帝を余所に、ライは特に気分を害した様子無く淡々とした口調で答える。

 

 「剣は所詮人殺しの道具。装飾など無意味だ」

 「ほぅ、では先程の刀はどう説明する?」

 

 その問い掛けに、ライは臆面も無く言い放った。

 

 「あれは宝だ。そもそも、母より頂いた物を敵の血で汚せというのか?」

 「では、その剣は?」

 「これか。これはV.V.からだ」

 「V.V.……」

 

 その言葉を聞いたシャルルの瞳が光る。

 

 「ある日突然現れて、王位に就いた祝いだと言ってこれを寄越した。しかし、見た目とは裏腹に切れ味だけは見事なものだぞ? 他国を攻める際には大層世話になった。どれ程の敵を切り殺そうと刃毀れ一つしないのだからな」

 「そうか、それをV.V.が……」

 

 皇帝が何やら考え込む素振りを見せると、ライは悪戯っぽく笑った。

 

 「何なら試してみるか?」

 「いや、遠慮しておこう」

 

 一切動じる事の無い皇帝。

 ライはつまらなそうな表情を浮かべた。

 

 「(くだん)の件だが、取り急ぎ行動を起こすがよい」

 「言われずともそうさせてもらう」

 

 ライは剣を鞘に仕舞い込むと手にしたまま再び踵を返す。

 

 「これは有り難く貰って行く」

 

 最後に振り返る事なくそう告げると、今度こそ場を後にした。

 ライが立ち去るのを確認すると、一人残った皇帝は独り言のように呟いた。

 

 「聞いていましたか? 兄さん。……ええ、その様に……」

 

 短く言い終わると、皇帝は暫しの間、思慮に耽るかの様に瞳を閉じた。

 

 「……フフフッ」

 

 やがて、我慢出来なくなったのか愉悦を含んだ笑いが口元から溢れると、皇帝はゆっくりと双眸を開く。

 そして、誰に聞かせるでもなく呟いた。

 

 「やはり間違いない。あれこそが(まこと)(つるぎ)

 

 皇帝に言わせれば、この世に存在する剣は所詮、人間が作ったもの。偽りの剣でしかない。

 故に、ライの契約者が贈ったあの剣こそ、人が作りし物。本当の意味での剣と言えるからだ。

 真実(本当)の剣。

 それはあらゆるモノを打ち砕く剣。

 神を殺し、世界の嘘を破壊する。

 そのシャルルの望みを叶える上で、必要なモノ。

 ライと同じく無くてはならない鍵の一つ。

 

 「神よ! 待っているがいいっ!」

 

 皇帝は心底嬉しそうな、それでいて残忍な笑みを浮かべると、両手を広げ天に向かって高らかに吼えた。

 

―――――――――――――――――

 

 コードギアス 反逆のルルーシュ L2  

 ~ TURN02 逆襲の処刑台(前編)~

 

―――――――――――――――――

 

 エリア11、その中心地でもあるトウキョウ租界。 

 その政庁は過日に起きたゼロ復活という事態に、蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。

 

 「中華連邦は何と言ってる!?」

 「沈黙しています。領事の独断の可能性も……」

 「初めから話しがついていたと言うのか?」

 「クソッ!情報が少な過ぎるっ!」

 

 指揮所では兵士達が慌ただしく動き回っている。

 その場所でコーネリアの騎士、ギルバート・G・P・ギルフォードはモニターに映る総領事館を眺めながら呟いた。

 

 「ゼロが甦ったとは……」 

 

 その呟きを聞いたグラストンナイツの一人、クラウディオ・S・ダールトンは他の兄弟を代表するかのように問い掛ける。

 

 「ギルフォード卿、あれは本当にゼロでしょうか? 騙っているだけでは?」

 「あの手際の良さ。それが出来る存在が二人もいるとは思えない。間違いなくゼロだ。私には分かる」

 

 ギルフォードが断定するかのように言い切ると、背後に控えていた他のグラストンナイツの面々は思い思いの言葉を口にする。

 

 「だとしても……」

 「ああ、厄介な場所に逃げ込まれた」

 「袋の鼠だ。父上の仇を――」

 「馬鹿、どうやって誘き出すつもりだ?」

 

 そう、ゼロが逃げ込んだ先は中華連邦総領事館。そこは中華連邦の領地と同位なのだ。

 仮に武力を以て制圧しようものなら外交問題は必死。

 ユーロピア連合が押しに押され弱体化の一途を辿っているとはいえ、未だブリタニアとは砲火を交えている。

 ここで現場の独断で下手に中華連邦を刺激する事は避けねばならなかった。

 

 「頭が痛いな」

 

 思わず眉間に皺を寄せるギルフォード。

 彼自身、ゼロを総領事館から誘き出す手立てが全く思い付けないでいた。

 それ即ち、主であるコーネリアの仇が討てないという事。

 ギルフォードは何も出来ない自分に歯痒さを覚えていた。

 その頃、彼等の直ぐ近くで慌ただしく作業をしていた兵士の一人が、見慣れないチャンネルからの通信を拾った。

 気になった兵士は、報告する前にそれとなく発信元をトレースしてみるも、不明。

 気になりもう一度試すと、それは隣の端末から発信されていた。

 不思議に思った兵士が三度(みたび)試すと今度は帝都から。

 発信元が目粉(めまぐる)しく変わりどこが正しいのか皆目検討がつかない。

 

 「何だ、これ」

 

 その時、同僚の戸惑いに気付いたのか隣に座っていた兵士が問い掛ける。

 

 「どうしたんだ?」

 「いや、見たこと無い周波数から通信が入ってるんだが」

 「どれどれ?……何だ、帝都からじゃないか」

 「いや、さっきはお前の端末からだったんだが……」

 

 そんな兵士達のやり取りに気付いたギルフォードが咎める。

 

 「どうした? 私語は慎め!」

 「も、申し訳ありません! ですが、ギルフォード卿。見慣れない通信が入っております」

 「見慣れない通信? 出してみろ」

 

 ギルフォードが怪訝な表情のまま命じると、暫しの間を置いて彼等の眼前にその者は現れた。

 

 「「「なっ!!」」」

 

 巨大なモニターに映るその姿を見た彼等は、驚きのあまり言葉を失った。

 先程の喧騒さも何処へやら。指揮所が静寂に包まれた時、モニターに映る者が声を発した。

 

 『オ初ニオ目ニ掛カル、ギルバート・G・P・ギルフォード』

 「何だ……お前は……」

 

 それは無知の成せる技と言えた。

 だが、その者はギルフォードを咎める事無く答える。

 

 『私カ? 私ハ"カリグラ"』

 

 その名はその場に居た全員に聞き覚えがあった。

 

 ―― 機密情報局長官カリグラ。それはライのもう一つの顔 ――

 

 しかし、その姿はつい先日甦ったゼロを前にしては不謹慎以外の何物でもない。

 ギルフォードが思わず怒りを孕んだ口調で問う。

 

 「機情の長が、一体何の用ですか?」

 『"ゼロ"ガ現レテ喜ンデイルカト思エバ怒ッテイルノカ』

 

 察したカリグラは肩を揺する。

 だが、それはギルフォードにとってはまるでゼロに笑われているような錯覚を覚えさせるには十分なもの。

 

 「貴卿のその姿が不愉快なのです」

 『私ニ対シテ臆面無ク言ウカ。噂ニ違ワヌ正直者ダナ』

 「一体何の用でしょうか?」

 『ソウ突ッ掛カルナ。コノ姿ハ陛下ノ命ダ』

 

 予想だにしていなかったカリグラの答えに、ギルフォードは思わず眉を顰める。

 同時に彼の後ろに控えるグラストンナイツは訝しむような眼差しでカリグラを見やる。

 が、カリグラの仮面の下、ライはそんな彼等の様子を特に気にした様子も無い。

 

 『ソレヨリモ"ゼロ"ニ対シテ大層思慮シテイル様ダナ?』

 「お心遣い感謝します。ですが、これは我々の問題です」

 『ソレハ違ウナ。帝国ノ問題ダ。ソコデ一ツ、提案ガアルノダガ?』

 「提案、とは?」

 『"ゼロ"ヲ、アソコカラ引キ摺リ出シタクハ無イカ?』

 「方法がある、と?」

 

 ギルフォードの問い掛けにカリグラは無言で返すと、それを肯定と受け取ったギルフォードは更に問う。

 

 「お聞かせ願えますか?」

 『特収ニ居ル囚人共ヲ殺セ』

 

 特収。それは、特別収容施設の事だ。そして、そこに居る囚人達と言えば、彼に思い当たる節など一つしか無い。

 

 「……今、なんと?」

 

 ギルフォードは聞き間違いかと思い反芻した。だが、そうではなかった。

 

 『公衆ノ面前デ、アノ者達ヲ処刑シロ』

 

 返って来た言葉は、明確な使い道。

 俄にざわめき出す指揮所内。 

 しかし、ギルフォードは一人冷静さを失わないでいた。

 

 「ゼロが見捨てる可能性は?」

 『無イナ。"ゼロ"デ無クトモ、指揮官デアレバアノ者達ハ喉カラ手ガ出ル程欲シガルダロウ。ソレニ、仮ニ見捨テタ場合ハソノ地(エリア11)デノ"求心力"ヲ失イ、遠カラズ瓦解スル』

 「しかし、処刑とは……」

 

 ギルフォードは思わず口籠もるが、カリグラはお構いなしに語り続ける。

 

 『何レニシテモ"ゼロ"ガ復活シタ今、アノ者達ノ利用価値ハソノ程度ダ。仮ニ現レナケレバ良イ機会ダ。処分スレバイイ。ダガ……』

 

 そこでカリグラが敢えてひと呼吸置くと、続きが気になった者達は固唾を呑んで待つ。

 指揮所内が再び静寂に包まれる。

 それをモニター越しに認めると、仮面の下でライは内心で嘲笑いながらギルフォードに狙いを定め囁くように告げた。

 

 『"ゼロ"ガ出テクレバ決着ヲ着ケラレルゾ? 主ノ汚名ヲ濯グ又ト無イ機会デハ?』

 

 それは彼にとって甘い誘惑だった。

 ブラックリベリオンにおいて、コーネリアは黒の騎士団を退けた。

 その事に対して、当初、本国の貴族達はコーネリアを手放しで賞賛していた。

 が、彼女はゼロによって手痛い手傷を負う。

 そして、その傷が癒えると同時に雲隠れするや否や、貴族達は掌を返して陰口を叩くようになっていた。

 曰く、戦う事が恐ろしくなった臆病者だ、と。

 彼女の性格を誰よりも知っている彼がそれを聞いて我慢出来る筈も無い。

 しかし、コーネリアが行方を眩ませている事は紛れもない事実である。

 そして、ここに来てのゼロ復活。情報は瞬く間に世界中に広がった。

 今頃本国では一体どんな噂が流れているのか。ギルフォードにとっては想像する事さえも腹立たしい事。

 最も好ましいのは、コーネリア自身が今度こそゼロを討つという事だが、前述の通りそれは叶わない。しかし、騎士はその者の鏡とも言う。

 正に、今この場でゼロを討つ事が出来るのは己しかいないのだ。

 しかし、それでも彼は踏ん切りが着かないでいた。

 一方、ギルフォードの傍で事の成り行きを見守っていたグラストンナイツは違っていた。

 彼等にとっては、父と慕ったダールトンの仇を打てる又と無い機会なのだ。

 まだ若く、血気盛んな彼等にとってこれ以上の言葉は要らなかった。

 しかし、愚直なまでに騎士道に殉ずるギルフォードはあくまでも撥ね除けようとする。

 

 「ですが、やはり不可能です。陛下は今まであの者達の処刑だけはお認めにならなかった」

 

 そう言って撥ね除けようとしたのだが、続けざまに紡がれた言葉は更に甘美なものだった。

 

 『特務総督府ヲ通ジテ、既ニ御裁下ハ得テイル。ダカラコソ、コウシテ提案シテイルノダ。シカシ、決メルノハ貴卿ダ。サテ、ドウスル?』

 

 その言葉を聞いた時、ギルフォードは確かに見た。

 銀色の仮面が怪しく光るのを。

 それがまるで笑っているかのように感じ取れたギルフォードは念を押す。

 

 「誠、でしょうね?」

 『私ガ嘘ヲ言ッテイルト?』

 「その容姿で言われれば、誰でもそう思うと思いますが?」

 

 挑発にも似たその言葉に、仮面の下でライは密かに笑った。

 

 『書面ガ必要ナラ、一両日中ニハ届クダロウ。ソレスラモ疑ウノデアレバ、真偽ノ程ハ貴卿ニ任セル。ダガ、私ガ機情ノ長トシテ話シテイル事ダケハ、心ニ留メテオクガイイ』

 

 その言葉と共に通信が切られると、指揮所内は再びざわめき出す。

 ギルフォードは未だ半信半疑。

 だが、皇帝直属である機密情報局。

 その長が語った言葉ならば事実なのだろうという事は十二分に考えられた。

 機情の長が嘘を吐くという事は、それ即ち皇帝が嘘を吐くという事になる。皇帝の名を汚すような、そんな存在が付ける地位では無いという考えからだ。

 

 「ギルフォード卿!!」

 

 突然背後から呼び掛けられ、我に返ると振り向いたギルフォードが見たのは、決意の眼差しを宿したグラストンナイツの面々。

 その瞳を見ても分かるように、彼等はギルフォードとは打って変わって冷静さを失っていた。余りにも若過ぎたのだ。

 しかし、そんな彼等を見たギルフォードは若さに当てられたのか、自分の心が大きく揺れ動いた事に気付く。

 が、依然としてカリグラより告げられた策は軍人として到底認める事が出来ないもの。

 ギルフォードは、藤堂に対して優れた武人だと一定の評価を下していた。

 そんな彼を戦場では無く、よりにもよって道具として使うのだ。

 それは余りにも卑怯と言う他無い。

 自身が仮にそうされた場合は、一体どれ程の屈辱だろうかと。

 しかし、一方でゼロを誘い出せる可能性が有る事も否めないでいた。

 それでもなお、こんな方法が認められるのか?と、彼の軍人としての尊厳がその甘言を必死に阻もうとする。

 だが、そこで思い留まる。

 ギルフォードは確かに軍人である。しかし、それ以前に彼はコーネリアの騎士。

 そして主の汚名を濯ぐにこれは又と無い機会。

 そう思った瞬間、ギルフォードは生まれて初めて誘惑に負けた。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 今後の事をC.C.達に任せたルルーシュは学園に戻っていた。

 しかし、そんな彼を待ち受けていたのはイベント好きで有名な学園の首魁たるミレイ・アッシュフォードの企み。

 それは名目上テロ事件より無事に生還したルルーシュとロロを祝う記念パーティーだった。

 本来なら主賓である筈のルルーシュは、何故かその準備や片付けに追われゆっくりと今後の事を考える暇もなかった。

 そして、やっとの思いでそれらのイベントから解放されたルルーシュは、クラブハウス内の自室で一人ロロについての考察とナナリーの安否について思慮に耽っていた。

 結果として分かった事はそう多くない。

 ナナリーが偽りの弟にすり替わっている事。

 そして、生徒会のメンバーからナナリーの記憶が無くなっている事。

 それらを考慮した結果、導き出された答えはブリタニア皇帝がナナリーを握っている可能性が高いという事だった。

 しかし、そこでルルーシュの脳裏に一つの疑問が浮かんだ。

 

 「ナナリーだけではなく、何故ライの記憶までも?」

 

 そう、生徒会メンバーはナナリーの事だけでは無くライについての記憶までも奪われていたのだ。

 ナナリーに関する記憶を奪った理由について、ルルーシュは直に理解した。

 だが、ライの事まで何故消す必要があったのか。

 当初、ルルーシュにはそれが全く理解出来なかった。

 しかしある仮説を元に考えた時、それは実にあっけなく解消された。

 

 「まさかとは思うが……」

 

 その可能性に気付いた時、ルルーシュの足は自然とある場所へ向けて歩き出していた。

 やがて目的の部屋の前まで来ると、ルルーシュは軽く扉をノックする。しかし、反応は無い。

 分かっていた反応ではあったが、それはルルーシュの心を物悲しくさせるには十分なもの。

 暫しの沈黙。

 やがて、意を決したルルーシュは僅かに震える手でドアノブを掴むとゆっくりと扉を開けた。

 その部屋の中は薄暗く、閉め切られたカーテンからは夕日が僅かに差し込んでいた。

 ルルーシュは埃っぽい匂いを感じながらも足を進めて行く。

 そこは、嘗てライが間借りしていた部屋。

 今は、生徒会のイベントで使われた数々の小道具がその部屋の主となっており、生活感の全くない倉庫となっていた。

 部屋の真ん中まで歩みを進めたルルーシュは、ふと立ち止まると確かめるかのような言葉を発する。

 

 「ここに、ライが居た」

 

 そう、確かに居たのだ。一年前まで。

 その時の光景を思い出した時、ルルーシュの胸に去来したのは悲しみ。

 それに心が蹂躙されながらも、じっとそれに耐える。

 すると、突然背後から声を掛けられた。

 

 「あれ? ルル、倉庫に何か用でもあるの?」

 

 声をかけたのはシャーリー・フェネット。ルルーシュに恋心を抱く女性だ。

 しかし、声を掛けても想い人からの返事は無い。

 その事を少々不満に思ったシャーリーは、先程より幾許か大きめの声で問い掛ける。

 

 「おーい、ルルってばっ!」

 「あ、ああ。シャーリーか」

 

 その事が功を奏したのか、ようやっと振り向いたルルーシュ。しかし、その表情は芳しく無い。

 それが少し引っ掛かったシャーリーだったが、呼んでも直に振り向いてくれなかった事への不満から少し拗ねた様子で重ねて問い掛ける。

 

 「もう、ルル大丈夫?」

 「ん? 何がだい?」

 

 だが、返って来たのは先程とは打って変わってあっけらかんとした様子でいるルルーシュだった。

 その事に少し安堵したシャーリーだったが、続けざまに問われた言葉に不安になる。

 

 「それよりも、シャーリー。ここは倉庫だよな?」

 「何言ってるの? ここはずっとそうだったでしょ。ねえ、ルル。本当に大丈夫?」

 

 シャーリーが心配するのも当然だった。

 彼女の記憶の中でもこの部屋は倉庫以外の何物でも無く、それはルルーシュも承知している筈だったのだから。

 そして、更に言えばタイミングが悪かった。

 シャーリーはルルーシュがテロから無事に生還したとはいえ、何処かで頭でも打ったのかと不安になったのだ。

 それが想い人であれば尚更だろう。

 しかし、朴念仁であるルルーシュがそんなシャーリーの気持ちに気付く筈も無い。

 

 「ああ、済まない。少し疲れてるのかもな」

 

 そう言ってルルーシュはわざとらしく額に手をやる。

 

 「ちょ、ちょっとルル。大丈夫?」

 

 その仕草にシャーリーは心底驚いたようで、慌てて駆け寄ると心配そうにルルーシュの肩に手を置いた。

 

 「大丈夫だ。暫く部屋で横になるから」

 「それなら……いいけど」

 

 不承不承といった様子で承知したシャーリー。ルルーシュはそんな彼女に対して、静かに微笑みながら感謝の言葉を口にする。

 

 「ありがとう、シャーリー」

 「ど、どういたしまして!」

 

 それを間近で見てしまったシャーリーは、頬が紅潮するのが分かり思わず顔を背けた。

 しかし、果たしてその行為で誤魔化せるかといえば、答えは否だ。既に耳まで真っ赤なのだから。

 普通の男なら女性のこういった反応に何かしらの結論を出しても良いものなのだが、朴念仁たるルルーシュが気付く筈も無い。

 それどころか、ルルーシュは全く別の結論を導き出していた。

 ライは生きている、と。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 ルルーシュとシャーリーが端から見れば青春そのものであった時。

 学園地下に設置された機情の一室では、先日現れたゼロとルルーシュの関係性についての考察が行われていた。

 しかし、学園内に配置された監視員からの報告はルルーシュがゼロであるという可能性を明確に否定している。

 その為、他の隊員達はあのゼロはルルーシュでは無いだろうと結論を出していたが、隊長であるヴィレッタだけは未だに怪しんでいた。

 機情の中でロロを除いてたった一人、ギアスの恐ろしさを身を以て知っているヴィレッタが慎重になるのも無理は無い。

 片や、それを知らない隊員達はヴィレッタの慎重さを訝しみつつ、今後の方針について会議を続けていた。

 すると、そんな彼等を余所に突然それまでの話を聞き流していたロロが口を開く。

 

 「結局、C.C.は何処に居るんです?」

 

 辟易した口調で問われた事に対して、隊員達はロロを睨み付ける。

 ヴィレッタも思わず眉を顰めるが、ギアスユーザーである上に命令系統の違うロロとやり合う気は更々無い。

 

 「ルルーシュと接触していないのなら、総領事館に居る可能性は低いだろう」

 「つまり、事件前と一緒という事ですね。何処に居るか分からない」

 

 感想のように告げるロロ。

 ヴィレッタは暗に批判されている事を感じ取ったが、あくまでも眉を顰めるのみに停める。

 その時、短い着信音と共にパネルを操作していた隊員の一人が口を開いた。

 

 「ヴィレッタ隊長。定時報告の時間です」

 「出せ」

 

 ヴィレッタは表情を引き締めると立ち上がる。

 同じく他の隊員もそれに習うが、ロロだけは一人ソファーに腰掛けたまま。

 モニターに銀色の仮面が映ると、隊員達は一斉に頭を垂れた。

 それを受けてカリグラの仮面を被る男、ライは開口一番問い掛ける。

 

 『報告書ハ読ンダ。デ、"ルルーシュ"ノ状況ニ変化ハ?』

 「いえ、今の所は。何か不備でもございましたか?」

 

 バベルタワーの一件を報告書に纏めて提出したヴィレッタは内心気が気でない。

 だが、それは杞憂に終わる。

 

 『イヤ、ソウデハ無イ。聞キタイ事ガ出来タノダ』

 

 カリグラはそこまで言うと、我関せずといった様子でソファに座っているロロに視線を移す。

 

 『"ロロ"、何故"ルルーシュ"ノ傍ヲ離レタ?』

 

 皆の視線がロロに集まる。

 

 「不測の事態が起きたんです」

 

 ロロはそれを一身に受けながらも平然とした様子で答えるが、その言葉で納得するカリグラ、もといライではない。

 

 『ソノ一言デ片付ケルツモリカ? 貴様ノ役目ハ何ダ?』

 「僕はあなたの部下じゃありませんから」

 

 そう、ロロはモニターに映る銀色の仮面、その下に隠された素顔の持ち主が自分に名を与えてくれた存在、ライだという事を知らないのだ。

 

 「答える必要を認めません」

 

 そう言うと、ロロは冷めた視線を向ける。

 事の経過を直立不動で見守っていたヴィレッタ達は、それを見た瞬間まるでこの世の終わりだと言わんばかりに顔を青くする。

 一方でロロの口撃を予想だにしていなかったライは、仮面の下で思わず柳眉を逆立てた。

 しかし、ロロの反応は嘗てライが命じた言葉。

 

 ―― 機情と連携を取る必要は無い ――

 

 この通りである。従ってこの反応は自業自得といっても仕方無い。

 仕方無いのだが、こうも平然と言われて我慢出来るライでも無い。

 ライの心に青白い炎が灯ると、モニター越しにそれを感じ取った隊員達はそれ見た事かと思わず顔を強ばらせた。

 しかし、ここでライに仮面を取るという選択肢がある筈も無く。

 

 『……良イダロウ』

 

 僅かな沈黙の後、ライは憎々しく思いながらもそう告げると、胸を撫で下ろしている隊員達に命じた。

 

 『オ前達ハ引キ続キ餌ノ監視ヲ継続セヨ』

 「「「Yes, My Lord!」」」

 

 ヴィレッタを筆頭に隊員達が答えると通信は切られた。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 学園に夜の帳が落ちた。ここはロロの部屋。

 時計の秒針がその時刻を告げた時、ロロの携帯が震える。

 すると、ロロは待ち望んでいたかのように素早く携帯を手に取ると通話ボタンに手を掛ける。

 今日はゼロが現れた。

 一年前、ゼロ捕縛の一報を聞いたライは自ら帝都に出向いた程。

 そのライのゼロに対する関心の高さを知っていたロロは思う。

 どんな返答があるだろうか。少なくとも今までの事務的な会話などではないかもしれないと、頬を僅かに緩ませ淡い期待に胸踊らせながら電話に出る。

 しかし、そんなロロの表情はライの声を聞いた瞬間凍りついた。

 電話口から聞こえてきたのは、今まで聞いた事もないような憤怒の声だったからだ。

 

 『機情から報告を聞いた。ロロ、お前はあの時ルルーシュの傍を離れていたな?何故言わなかった!!』

 「そ、それは……」

 

 開口一番に告げられたのは叱責。

 ロロはそれ以上何も言えなかった。

 あの時、ライが問い掛けた際に正直に言っておけば良かったと後悔したが、もう後の祭。

 

 『ロロ、お前はルルーシュを見失っただけでは無く、私に嘘を吐いた事になる……お前には失望した』

 「っ!?ま、待って」

 

 慌てて携帯を両手で掴んだロロが懇願する。

 だが、全ては遅すぎた。怒りに身を任せてしまったライを止める事など誰にも出来ないのだから。

 聞く耳持たぬと言わんばかりに通話は切られてしまい、それ以降ロロの携帯が鳴る事は無かった。

 

 「僕は…僕はどうすれば…」

 

 ガクリと床に両膝をつき、瞳に涙を浮かべながら哀しみに打ち震えるロロは絞り出すかのような声でそう呟いたが、その答えが返ってくる筈も無かった。

 

 ◇

 

 ライが通信を切った時、それまで呆然と二人のやり取りを聞いていた子供達は我に返ると囁き出す。

 

 「ロロお兄ちゃん可哀想……」

 「だよね」

 「シッ。滅多な事言うんじゃないの」

 「でも……」

 

 そんな子供達の声が聞こえたライは苛立ちを隠すこと無く告げる。

 

 「子供は寝る時間だ」

 「「「は、は~い。お休みなさ~い」」」

 

 慌てた様子で立ち上がると、手を振って立ち去る子供達に対してライは軽あしらうように2、3度手を振り返す。

 やがて、その姿が施設の奥に消えて行くと、それを認めたライは側に居たV.V.に視線を移す。

 

 「僕は子供じゃないよ」

 「そうだったな」

 

 気勢を制される形となったが、ライは特に異に介した様子も見せず正面に向き直るとそれ以上口を開く素振りを見せ無かった。

 そんなライの様子に真意を計り兼ねたV.V.が問い掛ける。

 

 「ねぇ、あの子達が言ってる通り今回の処分は僕も厳し過ぎると思うけど?」

 

 しかし、ライは何も答えない。ただ思慮するかのような瞳で相変わらず真正面を見据えるのみ。

 だが、そんな態度にV.V.が納得出来る筈も無い。

 

 「ロロは君に依存してる。それが分からない程君は鈍感なの?」

 

 すると、遂に聞き流すのも億劫になったのかライが口を開く。

 

 「知っている。そう仕向けたのは私だからな」

 「なら、尚更ロロを切るのは早いと思うけど?一体何を――」

 「切った訳では無い」

 

 ライが言葉を遮ると、V.V.は目で続きを促した。

 それを尻目にライは玉座に深く身を委ねる。

 余談だが、V.V.は最近になって知ったライの癖がある。

 思い通りに事が運ばなかった場合や長考する際、ライは決まってある仕草を取るのだ。

 それは、俯きがちに視線を落とすと純白の手袋の上から何かを触る行為。

 初めてその仕草を見た時、V.V.はライが何に触れているのか分からなかった。

 尋ねてみるべきかと迷ったが、ライは自分のその行為を意識的にしているとも思えなかった。

 何に触れているのか。

 やがて、それを理解したV.V.は心の底から後悔した。

 今もまた、足を組み膝の上に両手を重ねてその仕草を取りながらライは静かに語り出す。

 

 「ああでも言っておけば、二度とルルーシュの傍を離れたりはしないだろう。次に控えている作戦の事もあるからな。……確かに、少し言い過ぎた感は否めないが、信賞必罰は任務に於いて必要不可欠。そこに下らん私情を挟む余地など無い」

 

 最後に珍しく後悔した様子を見せたライだったが、だからと言って撤回するという選択肢は端から無い。

 

 「ライ、君はロロの事をどう思ってるの?」

 

 突飛な質問だったが、ライは特に驚いた様子も見せずに向き直ると口元に三日月を浮かべた。

 

 「お前と同じだ、V.V.」

 

 何を言いたいのか分からないといった様子で不思議そうな表情を浮かべるV.V.に対して、ライの三日月が鋭さを増す。

 

 「只の駒だ」

 

 それを受けたV.V.は一瞬呆けたような表情を浮かべたが、次には同じように三日月を浮かべた。

 

 ――ライ、君も僕の駒に過ぎないんだよ?

 ――V.V.。私を利用するならすればいい。ただし、私もお前を利用させて貰うぞ?

 

 両者が互いの心の内を知る由も無い。しかし、考えている事は全く同じ。

 二人の視線が交差する。

 

 「フフフッ」

 「ハハハッ」

 

 やがてどちらとも無く笑い始めると、それは徐々に大きくなり施設内に木霊する。

 

 「「ハハハハハッ!!」」

 

 二匹の悪魔が其処に居た。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 隊員達が領事館に立て籠ってから早三日。

 当初以降、ルルーシュからの指示は完全に途絶えていた。

 脱出の際のゴタゴタで、ルルーシュの連絡先を聞く事が出来なかったカレンは連絡手段を持っていない。

 その事に一日経って気付いたカレンは慌ててC.C.に訪ねたのだが、彼女がそんな気の利いた事をしている筈も無い。

 逆にC.C.は、連絡先を聞くのは男の義務だ、とまで言い放つ始末。

 風呂場から上がったカレンは、これからどうするべきか一人考える。しかし、どれだけ考えてもこれといった手段が見つからない。

 活路が見出せない事に歯噛みしながらもカレンは自身の左手の薬指、そこに有る指輪に向かって問い掛ける。

 

 「ライ、ルルーシュは一体どうしたと思う? 彼は、ゼロなのに……」

 

 指輪が応える筈も無い。

 しかし、カレンにはこれで十分だった。

 

 ―― ライから貰った指輪 ――

 

 それを見るだけで、今でもライは一緒に居てくれていると思えるのだから。

 先程までの焦りが夢散していくのを感じたカレンは、着替えに手を伸ばす。

 すると、脱衣籠に入ったそれを見て思わず手を止めた。

 

 「あっ! そっか…」

 

 先程までの憂鬱な表情も何処へやら。

 何かを思い出したのか素っ頓狂な声を上げたカレンは、自身の今の身形の事も忘れてすっ飛んで行った。

 

 ◇

 

 所変わってここは総領事館の一室。

 そこでは中華連邦と黒の騎士団、現時点での互いの代表者が膝を付き合わせていた。

 中華側からはここの主、総領事たる高亥(ガオハイ)と彼に着き従うかのように佇む長髪の武官、黎星刻(リー・シンクー)

 対する黒の騎士団からはC.C.と卜部。

 

 「ブリタニアからの引渡し交渉は遅延させております。一週間程度は保つかと」

 「ゼロに伝えておく」

 

 高亥の言葉にさして興味無く答えるC.C.。それを認めた星刻が僅かに表情を曇らせる。

 

 「いや、大変助かる」

 

 C.Cに代わって律儀な卜部が礼を言った時、慌ただしい足音と共にカレンが飛び込んで来た。

 

 「ちょっとC.C.! 考えてみたらあんたがバニーやった方が話し早かったんじゃないの!?」

 「紅月…お前って奴は…」

 

 突然飛び込んで来たカレン。

 バスタオル一枚という乙女とは思えぬその身形に、卜部は思わず顔を背けた。

 

 「えっ? キャアッ!」

 

 卜部の指摘にここに来て漸く自分の身形を理解したカレンは、慌てて衝立の後ろに身を隠す。

 だが、衝立は透けておりその姿が余計に艶めかしく見える事に気付いていない。

 それを見てしまった卜部が、服を着て来いと口を開きかけた時、高亥の言葉がそれを遮った。

 

 「ゼロは…女…?」

 「そうだ」

 「お、おいC.C.」

 「違いますっ!!」

 

 間髪入れずに同意したC.C.に、二人は抗議の声を上げる。が、魔女に効果がある筈も無い。

 

 「バラすのが早過ぎる。全く、遊び心の無い奴等め」

 

 二人の抗議は至極まともだ。しかし、何故か批難怒られた。その理不尽さに卜部は呆れるのみであったが、対照的にカレンは食って掛かる。

 

 「ゼロで遊ばないで!」

 「はぁ……」

 

 二人の口論が始まった事に、卜部は溜め息しか出ない。

 

 「どうでもいいがカレン、見えるぞ?」

 「へっ? キャアッ!」

 

 C.C.に指摘され、再び身を隠すカレン。勝敗が決した時、それまで一言も言葉を発する事が無かった星刻が口を開く。

 

 「初めまして。紅月カレンさんですね?」

 「えっ? どうして?」

 

 突然自分の名を告げられた事に驚きを隠せないでいるカレンを余所に、星刻は柔和な表情のまま告げる。

 

 「お噂は予々(かねがね)お聞きしていました。黒の騎士団のエースにして紅蓮二式のパイロット。そして、双壁の一人」

 

 その呼び名を聞いた3人、卜部は表情を曇らせC.C.は僅かに眉を顰める。しかし、カレンだけは一人抗議の声を上げた。

 

 「その呼び名は止めて」

 

 何故?といった様子でいる星刻に対しカレンは俯きがちに答えた。

 

 「私がそう呼ばれたのは、彼が居たからよ」

 「ええ、知っています。ゼロの左腕。何でも、相当に頭の切れる方だとか。その方とも是非一度お会いして――」

 「星刻殿、だったか? 済まないがあいつの話はやめてもらえないだろうか」

 

 そう言って卜部は星刻の言葉を遮ると、カレンが後に続いた。

 

 「彼は、その……」

 「これは失礼した」

 

 カレンの悲痛な声から全てを理解した星刻が謝罪の言葉を述べた時、血相を変えた一人の隊員が飛び込んできた。

 

 「大変です!扇さん達がっ!!」

 

 ◇

 

 「聞こえるか、ゼロよ! 私はコーネリア・リ・ブリタニア皇女が騎士、ギルバート・G・P・ギルフォードである。明日15時より国家反逆罪を犯した特一級犯罪者、256名の処刑を行う。ゼロよ! 貴様が部下の命を惜しむなら、この私と正々堂々と勝負をせよ!」

 

 総領事館に向けて高らかに宣言するギルフォード。

 

 「みんな……」

 「中佐っ! クソッ!」

 

 対して、遠方より囚われの仲間達の姿を認めたカレンと卜部は悔しさを滲ませる。

 他の隊員達も同じように、何も出来ない事に歯痒さを抱いていた。

 一方、生徒会室でその映像を見ていたルルーシュは、苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべた。

 

 「その手で来たか! やってくれたな! ギルフォード!」

 

 だが、そんな彼等とは対照的にエリア11より遠く離れた地では、二人の人物がその映像を見ながら嗤っていた。

 

 「まさか本当にやるなんてね。これも君の謀った通り?」

 

 薄暗い嚮団の地下施設で、嚮主たるV.V.は嬉しそうに言った。

 片や問われたライは、例の仕草を取りながら悠々と答える。

 

 「愚問だな。あの男は愚直なまでに忠誠心が強い。故に、甘い言葉を囁けばあの通りだ。しかし、ゼロに勝負を挑むとは」

 「当てが外れた?」

 「いや、こうも思惑通りに進むとはな。ギルフォードでは、あのゼロがルルーシュだった場合は勝てないだろうに」

 「奪われる可能性があるって事?」

 「寧ろそうなった方が楽しみが増える」

 「遊びじゃないんだよ?」

 「ゼロが甦った今、私にとっては遊びとなった」

 

 不満げな様子でいるV.V.に対して、ライは事も無げに言い放ってみせた。

 これでゼロが嘗ての力を取り戻し、再びブリタニアに抗うだけの力を得れば、それはライにとっては願ったり叶ったり。

 嘗てのライにとって戦いは決して負けてはならないものだった。二人の為にも。

 だが最早護るべき存在は居ないのだ。

 

 「ゼロを甘く見ない方がいい。下手をすれば殺されるよ?」

 

 そう忠告しつつも、V.V.だけは知っていた。彼の持つコードが告げていたのだ。

 映像に映ったゼロの中身がC.C.である事を。

 当初は告げる事も考えたが、そうすれば彼のもう一つの目的、ルルーシュ殺害を果たす前にC.C.捕縛が成されてしまう事を危惧したため、弟にさえも告げずにこの事実をひた隠しにしていた。

 当然、知る事も無いライは狂気に染まった瞳でモニターを見続ける。

 

 「これはテストだ。囚人達を助け出して初めて、ゼロは私のいる場所に立つ力を得る」

 「で、そこから先は互いの命を賭けた戦いが始まるって訳? 負けたらどうするのさ」

 「勝ち負け等どうでも良い。純粋に戦ってみたいだけだ」

 

 ライは未だC.C.捕縛という使命を忘れた訳では無い。

 しかし、甦ったゼロを前にしてはその優先順位は同列に近いものになっていた。

 これからは熾烈な情報戦となる。

 ゼロはライの目をかいくぐり、ライはゼロの真贋を見極める。

 彼は思う。どれ程楽しいだろうか、と。

 

 「ゆっくりとあの仮面を剥いでやろう。その下にある素顔が誰のものか。考えただけで身震いするとは思わないか?」

 

 三日月を浮かべ、狂相に顔貌を歪めると心底楽しそうに語るライに対して、V.V.が心底不機嫌そうな表情を崩す事は無かった。

 それを横目に認めたライが感慨深げに問う。

 

 「成る程、お前は余程ゼロが嫌いなのだな」

 

 が、V.V.からの返答は無い。

 

 「それともルルーシュが?」

 「どうでもいいじゃない」

 

 やっと口を開いたV.V.だったが、これ以上話す気はないとの明らかな拒絶を示した。

 

 「そういう事にしておこうか」

 

 ライはこの辺りが限界だと悟ると、この事についてはこれ以上問い掛ける事は無かった。

 その後、二人はたわいもない会話を交わして暇を潰していたが、その日ゼロが現れる事は終ぞ無かった。




ストックが減ってきた・・・。


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TURN 02 ~ 逆襲の処刑台(後編) ~

 ショッピングモールにて。

 ヴィレッタの誕生日が近い事もあり、プレゼント選びに(かこ)つけて、シャーリーはルルーシュとのデートに興じていた。

 そんな二人をミレイ達と共に尾行していたロロは、突然起きたパニックにより又してもルルーシュを見失ってしまう。

 前回の二の舞だけは何としてでも避けたかったロロは、即座に機情と連絡を試みるも不通。

 何か良からぬ事が起きているのではと、胸の騒めきを抑え込みながら、彼は状況を確認するべく機情の地下施設に向けて全力で駆ける。

 だが、やっとの思いで辿り着いた彼が見たのは無人の施設。

 

 「……誰も……居ない?」

 

 困惑しながらロロが歩みを進めると、突然背後から声を掛けられた。

 

 「C.C.を探しに行ったんだよ」

 

 足を止めたロロは、ゆっくりと顔だけを動かし背後を見やると自身に銃を突き付けている存在、ルルーシュに対して告げた。

 

 「やっぱり記憶が……」

 「あぁ。尾行者を俺の支配下に置いた。あの男爵が言っていたとおり、お前達にとってC.C.の捕獲は最優先らしいな。例え間違った情報でも、確認しなければならないのだから」

 

 ルルーシュは嘲笑う。

 しかし、ロロも内心で冷笑を浮かべると、次の瞬間ギアスを発動させた。

 訪れる王の時間。ルルーシュの動きが止まる。

 ロロは慣れた手つきでルルーシュから銃を奪うと悠々とした足取りで背後に回る。

 そして、ルルーシュの頭部に狙いを定めた時、王の時間は終わりを告げた。

 

 「なっ!?」

 

 突如として眼前からロロが消えた事に一瞬ルルーシュは困惑したが、続いて後頭部に冷たい感触を感じた時、ギアスを使われたのだと瞬時に理解した。

 

 「…………時を止める能力、か」

 

 確認するかのように吐き捨てるルルーシュだったが、ロロに自身のギアスの効果を教える気など更々無い。

 代わりに、ロロは死に逝く者への最後の手向けとでも言わんばかりに語る。瞳を暗殺者のそれにして。

 

 「答える必要を認めません。僕に与えられた指令は2つ。一つはC.C.の捕縛。そしてもう一つは、ルルーシュ・ランペルージの記憶が戻ったなら、ゼロが復活したのなら、抹殺する」

 「16…17…18…19…」

 「何です? その数字は?」

 

 ルルーシュの生殺与奪はロロが握っている。にも関わらず、ルルーシュは当然意味不明な数字を読み上げ出した。

 それに対して怪訝な表情でロロが問うと、ルルーシュが語った言葉はロロのギアスの効果そのものであった。

 ロロは短時間で見抜かれた事に瞳を見開くも、絶対的な優位性を信じて疑わない。

 

 「今更分かったところで、何が出来ると言うんです?」

 

 皮肉めいたその言葉に仮説を確証へと昇華させたルルーシュは、ゆっくりと振り向くと行動を開始した。

 

 「ロロ、お前が直ぐに俺を殺さないのは分かっているからだろう? このままでは2つとも手に入らないと」

 「2つ?」

 

 一瞬、何を言っているのか分からなかったロロだったが、2つの内の一つについては直ぐに理解した。

 しかし、もう一つは皆目見当が付かなかった。

 ロロが視線で続きを促すと、それを認めたルルーシュが語る。

 

 「1つは、この俺を餌に探していたC.C.――」

 「それは分かります。もう一つは?」

 「お前の命」

 「僕の?」

 

 答えを聞いたロロは僅かに眉を顰めた。それに手応えを感じたルルーシュは、慎重に言葉を選ぶ。 

 

 「ロロ、未来が欲しくないか?」

 「未来……」

 

 その瞬間、それまで殆どと言っていい程、鉄面皮を貫いてきたロロの表情に明らかな変化が現れた。

 唇を噛みしめてジッと哀しみに耐えるかのような表情。

 それを動揺と捉えたルルーシュは内心ほくそ笑む。

 

 「そう、未来だ。希望と言い変えてもいい。お前の任務の先に希望はあるのか? C.C.を捕縛した後、お前にはどんな未来が開ける? 今のままだ。何も――」

 「フッ、フフフフ……」

 

 だが、ロロは突如として俯きがちに笑い出した。

 ロロの豹変。その予想だにしていなかった反応にルルーシュは少々面食らった。

 

 「何が可笑しい?」

 

 瞬間、ロロは勢い良く顔を上げたかと思うとあらん限りの声で叫んだ。

 

 「C.C.を捕らえれば、未来は繋がるんだっ!!」

 

 先程までとは打って変わって、ロロは平静さを失っていた。目尻にはうっすらと涙さえ浮かべて。

 それは紛れもないロロの本心。

 あの日以来、ロロはライに見限られたと思っていた。

 とはいえ、未だC.C.捕縛という使命まで失った訳では無い。だからこその慟哭。

 

 「今は、今は駄目でも捕らえたらきっと……また、あの人と……!! 褒めて貰うんだ!!」

 「あの人? 待て、誰だそれは?」

 

 感情的になった事で余計な事まで口走ってしまった事に、ルルーシュの問い掛けで我に返ったロロは一転して冷え切った瞳を向けた。

 

 「……僕とした事が……少し話し過ぎました。ルルーシュ、その悪魔の瞳と伴に……死ね」

 「C.C.を捕らえたいんじゃないのかっ!?」

 

 明瞭な殺意に当てられて、焦ったルルーシュが咄嗟に言葉を紡ぐ。しかし、それが彼の命を救う事となった。

 ロロの片眉が跳ね上がりトリガーを引く指が止まる。それを見逃すルルーシュでは無い。

 ロロの言うあの人が誰を指しているのか。今のルルーシュは知る由もない。

 しかし、ロロの心に深く入り込んでいる人物だということは容易に想像出来た。

 そして、先程の半泣きとも言えるロロの表情を見て、両者の間に何らかのトラブルがあったと想定したルルーシュは餌をちらつかせる。

 

 「見逃してくれたら、C.C.を引き摺り出してやる」

 「売るんですか?」

 

 努めて平静に言ってはみたものの、ロロの心は揺れ動いていた。

 C.C.を捕らえる事が出来れば、それがきっと再び自分とライの架け橋になるとロロは信じていた。

 それこそが先程ルルーシュが言ったロロの未来に他ならない。

 一方で、ルルーシュは穏和な口調で説得を試みる。

 

 「誰でも自分の命が一番大事だろう?」

 「本当、でしょうね?」

 

 未だ警戒の念を湛えた瞳でロロが問う。

 対して、ルルーシュは普段のように優しさを湛えた瞳を向けた。

 

 「あぁ、明日俺がC.C.を引き摺り出してやれば、お前は未来を掴める。約束するよ」

 「約……束……」

 「あぁ、大丈夫さ。お前に嘘は吐かないよ。お前にだけは……」

 

 その表情を認めたロロは、依然として警戒の念を解くこと無く暫しの間、思慮に耽る。

 しかし、どれ程考えても最良の答えは同じ。取るべき手段は一つしか無かった。

 今はもう、ルルーシュの言葉を信じるしか無かったのだ。

 それに、もし仮に嘘だったとしたならば、憂さ晴らしの意味も込めてV.V.から言われた使命を果たすだけ。

 その後で時間は掛かるがC.C.を探せばいい。

 その考えに到ったロロは、小さく頷くと銃口を降ろした。

 しかし、本来ならば魔人の言葉など聞くべきでは無いのだが、今のロロにそれが出来る筈も無い。

 知らず知らずの内に魔の手がその身に迫っている事に、ロロは気付けないでいた。

 

―――――――――――――――――

 

 コードギアス 反逆のルルーシュ L2  

 ~ TURN02 逆襲の処刑台(後編)~

 

―――――――――――――――――

 

 時計が夜中の24時を回った頃、機情の地下施設では定時連絡が行われていた。

 

 「最新の動きとして、総領事館で小規模な爆発がありました。公式発表は未だ為されてはおりません」

 『ソチラハ"ギルフォード"ニ任セテオケ。ソレデ、ソノC.C.ヲ見タトイウ隊員ノ証言ニツイテハ?』

 「はい。それに基づき探してはみましたが、その……申し訳ありません」

 

 ヴィレッタは頭を垂れた。

 

 『ソノ時ノ"ルルーシュ"ノ状況ハ?』

 「ロロが尾行していましたが、これといって不審な点は無かったと」

 『ソウカ。今度ハ見失ナワナカッタカ』

 

 面を上げたヴィレッタが見たのは、僅かに肩を揺らすカリグラの姿。

 彼女は驚きのあまり思わず瞳を見開いたが無理もない事。

 カリグラに仕えて一年近くになるが、彼が喜ぶ様子など初めて見たからだ。

 

 『"ロロ"モヤレバ出来ルトイウ事ダナ』

 

 すると、カリグラが珍しく誉めた事が影響したのか。

 彼女の隣に控えた男。とある理由でロロの存在が耐えきれなくなっていた一人の隊員が身を乗り出した。

 

 「カリグラ卿。上申のご許可を!」

 「控えないか」

 

 ヴィレッタは押し留めようと隊員の肩に手を伸ばす。

 理由は二つある。

 一つは、彼女なりの部下への気遣い。

 如何にカリグラの機嫌が良いとはいえ、万が一下手な事を言えば部下の身に危険が及ぶ可能性が十二分に考えられるからだ。

 二つ目は、普段カリグラはヴィレッタ以外の部下の上申を許す事は無いからだ。

 だが、前述の通り機嫌が良かった事が影響したのだろう。彼は珍しくそれを許した。

 

 『構ワナイ。何ダ?』

 

 許しを得た隊員は、悲しみを宿した瞳を向けると言った。

 

 「ブルーノが、殺されました」

 『ブルーノ?』

 

 しかし、その名を聞いたカリグラはあろうことか首を傾げてみせた。

 まるで、それは誰だ? とでも言わんばかりのその態度に、隊員達は思わず絶句した。

 一方、カリグラはそんな彼等の様子さえもお構い無しといった態度で、暫しの間考え込む素振りを見せる。

 やがて、漸く思い出したようで僅かに頷くと問い掛けた。

 

 『アノ男カ。誰ニ殺サレタ?』

 「あ、あのガキです! 彼奴がブルーノを……」

 

 我に返った隊員は憎々しげに答えるが、返って来たのは非情な言葉だった。

 

 『ソウカ。デハ、代ワリヲ送ル』

 「それだけ……ですか?」

 『他ニ何カアルノカ?』

 

 カリグラは再び首を傾げると、今度こそ皆目検討がつかないといった様子で一向に語ろうとしない。

 業を煮やした隊員は思わず声を荒げる。

 

 「これで5人目なんですよっ!?」

 

 が、既にその怒りがロロでは無くカリグラ向けられている事は誰が見ても明らかだった。

 咄嗟に限界だと悟ったヴィレッタが割って入る。

 

 「いい加減にしないか! その態度は上官反抗罪に当たるぞ!」

 

 その指摘にハッとなった隊員だったが、尚も諦めきれないようで悔しさを滲ませながら呟いた。

 

 「仲間を殺す死神と、チームは組めません」

 

 ―― 死神 ――

 

 正にロロに打ってつけの二つ名と言えた。

 前述の通り、ロロはこれで5人殺した。

 しかし、ロロとしてはギアスを知られた可能性がある場合は消せというライの命に従い、忠実に実行したに過ぎない。

 確かに、中にはロケットに触ったというだけで殺された不憫な者も居るにはいた。

 だが、そもそも彼等は訴えるべき相手を間違えていた。いや、正確には知らなかった。

 モニターに映る銀色の仮面。

 その下に在る素顔の持ち主こそ死神の主、ライなのだと言う事を。

 

 『何ヲ言イ出スカト思エバ、仲間ダト? 下ラナイ』

 

 当然の如くカリグラは吐き捨てる。

 すると、今度は余りにも非情なその言葉に堪り兼ねたのか、彼とブルーノの仲を知っていたヴィレッタが口を開く。

 

 「カリグラ卿、それは――」

 『黙レ』

 

 だが、一喝されてしまった。

 そしてモニター越しに滲み出る得も言われぬ覇気に気圧された彼女は、声を失ったかのように押し黙らされてしまう。

 

 『何レニセヨ、数ガ減ッタノデアレバ補充スル。以上ダ』

 

 話は終わりだと言わんばかりに告げると、彼は一方的に通信を切った。

 

 ◇

 

 通信を切ったライが仮面を外した時、嚮団のメインホールに幼い少年の声が響いた。

 

 「どうだったの?」

 

 ライが無言のまま声がした方向へ視線を向けると、不意に柱の影が揺らいで声の主が姿を現した。

 その姿を認めたライが問う。

 

 「V.V.、何処に行っていた?」

 「ちょっと良い所にね。君にも何れ見て貰おうと思ってるけど」

 

 V.V.は楽しそうにクスクスと笑いながら歩み寄ると、怪訝な表情を浮かべているライを他所に彼の右隣に据えられた玉座に腰掛けた。

 

 「それにしても、本当に相変わらずだね」

 

 先程の会話を聞いていたのか。

 陰惨な笑みを浮かべるV.V.に対して、ライは乱れた髪を手櫛で整えながら口を開く。

 

 「盤上の駒に仲間意識など必要無い」

 

 そう言って、まるで路傍の石でも見るかのような表情を浮かべてみせた。

 それが気に入ったのか、V.V.が笑みを一層深くしていると――。

 

 「王様! どうぞっ!」

 

 快活な声と共に一人の少女が紅茶を運んで来た。

 ライは僅かに口元を緩めながら受け取ると、普段の様に香りを楽しむとゆっくりとした仕草で飲み始める。

 一方で運んで来た少女は階段下に居る仲間の元に戻ると、共に惚けた表情を浮かべながらライの姿を見上げた。

やがて、ライが飲み終わったのを見計らったV.V.が問い掛ける。

 

 「結局のところ、C.C.は見つからなかったの?」

 「あぁ」

 「随分と落ち着いてるね。本当に居た可能性もあるかもしれないのにさ」

 「痕跡は何処にも無かった。そもそも、見たという証言だけでは信憑性に欠ける」

 「そっか……」

 

 V.V.は僅かに肩を落とすも、それは一瞬の事。

 

 「そういえば、総領事館で爆発があったって?」

 「公式発表は未だ無い。原因は目下調査中だ」

 「調査中? 盗聴中の間違いじゃないの?」

 

 笑いを湛えながら問うV.V.に対して、ライは僅かに口元を釣り上げるだけで何も答えない。

 だが、V.V.はそれを見逃さなかった。

 

 「ライ、まさか君がやったの?」

 

 V.V.が疑うかのような視線を投げ掛けると、突然被疑者扱いされたにも関わらずライは一笑してみせる。

 

 「ハッ! 馬鹿な事を。見ろ」

 

 ライは慣れた手つきでパネルを操作すると、モニターには爆発直後の総領事館の画像が映し出された。

 

 「私なら総領事館を消し飛ばす」

 「そんな事したら――」

 「C.C.はお前と同じく不死」

 

 その問いにV.V.の瞳が理解の色を覗かせると、ライは三日月を浮かべた。

 

 「瓦礫の中から捜せばいい」

 「犠牲が出れば、中華連邦本国も黙ってないんじゃない?」

 「名目上は災害救助とする」

 「それでも疑われたら?」

 「ゼロのせいにでもしておけばいい」

 「……君じゃない事は分かったよ」

 

 V.V.は矢次早やに問い掛けたが、返答は流暢なもの。

 その為、疑念が払拭されたV.V.はそう言ったのだが、逆にライは柳眉を顰めると、不思議に思ったV.V.が問い掛ける。

 

 「どうしたの?」

 「妙に素直だな」

 「妙に説得力があるからね」

 

 屈託無く笑うV.V.に対して、ライは鼻を鳴らすと話題を変えた。

 

「何はともあれ明日だ。さて、私は先に休ませてもらうか」

 

 そして、未だ階段下に居る子供達に対して、お前達も早く寝ろ、と告げると、ライは悠々とした足取りでその場を後にする。

 V.V.はそんな彼の後ろ姿を無言で見送った。

 やがて日は昇り……遂にその日はやって来た。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 「イレブン達よ、時間だ。お前達が信じたゼロは現れなかった。全てはまやかし。奴は、勝負から逃げた惰弱者だ。……構えっ!」

 

 ギルフォードの指示の元、銃口が藤堂達に照準を合わせる。彼等の命は今正に風前の灯火。しかし――。

 

 『違うな! 間違っているぞ、ギルフォード!』

 

 突如として一帯に響き渡った声。その主を認めたギルフォードが叫ぶ。

 

 「成る程な、そう来たか! ゼロッ!」

 

 ナイトメアごと振り向いたギルフォードの視線の先にあったのは、コックピットより悠然と身を乗り出しているゼロの姿。

 同じく、ヴィンセントに乗り込んだロロがゼロを睨み付けるのと同時に、機情の一室も(にわか)に熱気を帯びる。

 

 「ゼロが現れました!」

 

 だが、やや興奮した面持ちで告げるオペレーターとは対照的に、カリグラは何処までも冷静だった。

 

 『"ルルーシュ"ノ現在地ハ?』

 「30分前よりスパイラルシアターに。ロロが付いています」

 『ソウカ……』

 「動きます!」

 

 カリグラはブリタニア軍に対して単身乗り込むゼロの姿を注視し続ける。

 

 『惰弱者とは言ってくれる。そういえば、貴方の主君の口癖でしたね。お久し振りです、ギルフォード卿。出て来て昔話でも如何ですか?』

 「折角のお誘いだが、遠慮しておこう。過去の因縁には、ナイトメアでお答えしたいのだが?」

 『決闘をお望みですか……相変わらずで安心したよ』

 「なに?」

 『衆目の集まる場での捕虜の処刑。君らしくない手段だったからな』

 「くっ……」

 

 痛いところを突かれたギルフォードの顔貌が苦悶に歪む。

 しかし、ゼロは我関せず。コックピットにその身を滑り込ませると、仮面を外したルルーシュは朗々と語る。

 

 『良いだろう! では、差し当たってルールを決めようか』

 「……ルール?」

 『決闘のルールだよ。決着を付けるなら、一対一であるべきだ』

 「了解した。他の者には手を出させない事は確約する」

 『武器はお互いに一つだけ』

 「よかろう」

 

 ギルフォードは機体に装備された武装をパージしランスを構える。

 対するゼロは暴徒鎮圧用のシールドを武器として貸し与えるように要求。

 真意を推し量れずにいるギルフォードであったが、断る理由を思いつけず、不承不承ではあったが了承した。

 そうして、二人がお互いの獲物を手に構えた時、一連の流れを聞いていたカリグラは笑いを溢した。

 それに気付いたヴィレッタが首を傾げる。

 

 「どうされました?」

 『何、忠義ヲ貫キ過ギルノモ考エモノダト思ッタマデダ』

 「それは、どういう意味でしょうか?」

 『見テイレバ分カル』

 

 告げられた言葉は何とも曖昧な返答。

 ヴィレッタは不に落ちないといった表情を浮かべながらも、言われるがままモニターを注視した。

 

 『質問しよう、ギルフォード卿。正義で倒せない悪が居る時、君ならどうする? 悪に染まってでも悪を倒すか? それとも、己が正義を貫くか?』

 「我が正義は姫様と共にっ!」

 

 ゼロの問い掛けに対して、ギルフォードは誓いの言葉と共にランスを突き出し突進する。

 だが、ゼロは些かも動じなかった。

 

 「私の答えとは違うな。私ならば、悪を成して巨悪を討つ!!」

 

 ゼロがそう告げた次の瞬間、地響きのような音と共に一帯が競り上がると、それを見たカリグラは思わず呟いた。

 

 『ブラックリベリオン、カ』

 

 あの時と同じく租界の構造を利用したゼロの策。

 しかし、それが嘗て自身が立案した策だとは今のライは夢にも思わないだろう。

 

 ――見ているか? ライ。お前の策で俺は彼等を……。

 

 ライが考えた策で、今度は彼が大切にしていた仲間を救う。

 そんなルルーシュの誓いと共に、総領事館の敷地に滑り落ちて行くブリタニア軍。

 その様子を見ていたカリグラは簡潔に思いを述べた。

 

 『勝負アリ、ダナ……』

 

 ◇

 

 『カレン、突入指揮を取れ! 卜部、お前はカレンを援護しろ!』

 「はい!」

 「承知っ!」

 

 ゼロの指示を今か今かと待ち望んでいた二人は力強く応えた。

 更にカレンは左手を見つめると心の内で尚も強く叫ぶ。

 

 ――行くわよ、ライッ!!

 

 そうして、操縦悍を力強く握り締めたカレンはペダルを踏み込んだ。

 

 「二機、私に付いて来いっ! 扇さん達の救出が最優先だっ!」

 「残りは俺に続け。紅月を援護するぞ!」

 「「「「はい!」」」」

 

 二人からの指示の元、他の隊員達は瞬時に分かたれると後に続く。

 遂に、紅い鬼神が駆け出した。

 

 『黒の騎士団総員に告げる! ブリタニア軍を撃滅し、同胞達を救えっ!』

 

 ゼロの指令が一帯に響き渡る。

 

 「逃げられてしまう。中華連邦内に……」

 

 部下の呟きに、椅子に座り込むと思わず首元を緩めるヴィレッタ。

 だが、そんな彼女の仕草に対して仮面の下でライは瞳を細める。

 

 『ドウシタ? ヴィレッタ』

 「い、いえ。何でもありません」

 

 無意識下の行動だったとはいえ、目敏く指摘されたヴィレッタは慌てた様子でモニターに向き直ると、瞳に飛び込んできたのは騒然とした現場からの中継映像。

 G-1ベースからの映像は既に途絶え、中継ヘリからの映像も租界構造帯が激しく叩きつけられた影響で噴煙しか映っていない。

 

 「こ、このままでは本当に逃げられてしまいます!」

 

 焦りを隠し切れなかったのか、隊員の一人は思わず叫ぶも、カリグラは機械的に返すのみ。

 

 『目的ハアクマデモC.C.ダ。"ゼロ"ハ"ギルフォード"ニ任セテオケ』

 「Y、Yes, My Lord!」

 

 ――何の備えも無しにゼロの土俵に上がった時点で負けだがな。

 

 部下からの返答を聞き流しつつ、ライは心の内で嘲笑いながらモニターを見つめる。

 が、相も変わらず現状把握は困難を極めていた。

 しかし、そんな現場を眺めつつも依然として彼に焦りは無い。

 

 『良ク見エナイナ』

 「そ、そんな事を仰ってる場合では――」

 『ヴィレッタ。一体何ヲ焦ッテイル?』

 「あ、焦ってなど……ただ、これではC.C.を確認する事さえ不可能だと思ったので……」

 

 実際のところ、噴煙のせいで扇がどうなったのか分からずヴィレッタは内心気が気では無かった。しかし、そんな事を言える筈も無い。

 その為、咄嗟に嘘を吐いたのだが、彼女は続けざまに告げられた言葉に恐怖する事となる。

 

 『……ソウイウ事ニシテオコウカ』

 

 自分の気持ちを、あるいは嘘を。

 まるで見透かしているかのようなその言葉に、ヴィレッタは思わず粟立つ肌を押さえたい衝動に駆られながらも何とか耐える。

 そして、今度こそ気取られぬように奥歯を噛み締めると、モニターに映る噴煙立ち込める総領事館の映像に再び視線を向けた。

 

 ◇

 

 その中では死闘が繰り広げられていた。

 紅蓮が猛進する。立ち塞がる敵を粉砕して。

 卜部達もそんな紅蓮をサポートするべく必死だ。

 しかし、カレンは背後に、自身の背中に若干の不安を感じていた。

 それは卜部のサポートが不十分だからという理由では無い。

 実際、卜部のサポートは堂に入っていた。

 そう、彼女が安心して背中を任せられる存在は一人しか居ない。だが、その存在はもう居ない。

 それでも、いや、だからこそカレンは駆ける。

 ライが大切に想った仲間を、自分にとってもかけがえのない仲間、扇達を助けるべく。

 やがて、仲間達が続々と解放されてゆくのを確認すると、それまで険しい表情を浮かべていた彼女の表情が僅かに緩む。

 

 「後少し!」

 

 だが、そう言った矢先、カレンの視線を遮るように金色の大型ランスを手にしたグロースターが。

 グラストンナイツの一角を担うアルフレッドが立ち塞がった。

 それを認めたカレンは高らかに叫ぶ。

 

 「ブリタニアァッ! ここはもう日本の領土よ! パスポートは持ってるかしら!?」

 「紅いナイトメア……お前か! 馬鹿め、日本など存在しない!」

 「あっそ。これだからブリタニアはっ!」

 「ハッ! だから何だ? さぁ、次はお前の番だ!」

 「……何、ですって?」

 

 アルフレッドの言葉にカレンは表情を強ばらせると、同時に紅蓮の機動も僅かに鈍る。

 それを動揺と受け取ったアルフレッドは、ランスを繰り出しながらも意気揚々と語る。

 

 「双壁の一翼。その翼は一年前に焼け墜ちた。お前も最早恐るるに足らん!」

 

 だが、その台詞はカレンの神経を逆撫でるには十分過ぎるものだった。

 

 「さらばだ! イレブンのエース!」

 

 勝利宣言と共に、動きを鈍らせた紅蓮の左腕を弾き返すと懐に飛び込んだアルフレッドは至近距離より銃撃を浴びせた。しかし……。

 

 「なっ!」

 

 瞬時に突き出された紅蓮の異形の右腕。そこから発せられた紅い壁に阻まれた。

 

 「こ、この距離で防ぐのかっ!?」

 

 アルフレッドが驚嘆した瞬間、彼のコックピットに衝撃が走る。

 紅蓮の右腕が猛禽類さながらにグロースターの頭部を鷲掴みにしたのだ。

 

 「これが輻射波動。あなたが懐に飛び込んで来た時点で私の勝ちは決まっていたの」

 

 そう告げたカレンは、次に射殺さんばかりの瞳で睨み付けると必殺の一撃を見舞う。

 

 「じゃあねっ!」

 「うわあぁぁぁっ!」

 

 轟音をたてて爆散するグロースター。

 だが、カレンは爆散を見届ける事無く再び扇達の元へ駆け出した。

 

 「アルフレッドが!」

 「よせっ! ここは中華連邦の治外法権区だ」

 「見逃せと言うのかっ!!」

 「見ろ! 報道カメラも入ってるんだぞ!」

 

 レーダーから兄弟機の反応が消えた事に怒りを露にするエドガー。だが、クラウディオの正論に静止せざるを得ない。

 

 「くそぉっ!」

 

 目の前に仇が居るというのに手を出せない。

 エドガーがそんな己の歯痒さを噛み締めていると、突如として通信機よりヴィンセント突入の一方が響いた。

 

 『ヴィンセント、ダト……?』

 

 同じくその一報を傍受したカリグラは、思わず言葉を漏らした。

 そして瞬時に記憶を探った彼は、ある事実に気付くと確認の意味も込めてヴィレッタに問い質す。

 

 『アノ機体ハ、アノ日"ロロ"ガ使用シテイタ。ソウダッタナ?』

 「は、はい。間違いありません」

 『何故今頃突入ヲ……?』

 

 カリグラは再び呟くと、胸に引っ掛かる物を感じつつもモニターを見やる。

 モニターの向こうは、やっと視認出来る程度には晴れ始めていた。

 

 ◇

 

 その中では、ロロが目に映る光景に言葉を失っていた。

 突然の狙撃により避けられないと直感的に死を意識したその時、直撃コースに突如としてゼロが割って入り、結果としてゼロの機体は両腕を失い地面に倒れ伏す事となった。

 ロロはそれを未だ呆然と見つめながら、信じられないといった様子で呟いた。

 

 「どうして、どうして僕を……」

 

 それはごく当たり前な反応だろう。

 殺しに掛かった筈が、気付いた時には助けられていた。

 何よりも、奪い続けて来たロロにとって助けられるなど初めての経験だったのだから。

 その呟きを聞いたゼロ、ルルーシュは口元を妖しく歪ませた。

 

 『弟を助けるのに、理由が要るのか?』

 「なっ!!!」

 

 ゼロ(魔人)の魔の手がロロの心に巻かれた銀の鎖に迫る。そして――。

 

 『偽りの記憶だったとしても、お前と過ごしたあの時間に嘘は無かった』

 

 甘言と共にゼロは鎖を引き千切ると、続けざまに剥き出しになったロロの心。そこに刺さった(くさび)をへし折った。

 その時、ロロの脳裏に浮かんだのはこれまでルルーシュと過ごした穏やかな思い出。

 たどたどしく蚊の鳴くような声でロロは語る。

 

 「今までの事が、嘘じゃなかったって……自分の命が一番大事だって、そう言ったくせに。そんな下らない理由で……」

 

 それを聞いたゼロは、最後に新たな楔を手に取ると――。

 

 『約束しただろう? 未来を掴ませてやるって。お前の未来は……俺と共に』

 「っ!!」

 

 ロロの心に打ち込んだ。

 一方で、ゼロの機体が停止している事を好奇と捉えたギルフォードが叫ぶ。

 

 「ゼロ。ここで因縁を断とう。この一撃で! この私の鉄槌で!」

 

 手にしたランスの矛先をゼロに定めると、あらん限りの力で投げ付けた。

 が、それは後一歩という所でヴィンセントに阻止された。

 

 「なっ!? どういうつもりか、キンメル卿っ!! まさか……ゼロの仲間かっ!?」

 

 そのギルフォードの驚愕を通信機越しに聞いていたカリグラが指示を飛ばす。

 

 『ヴィレッタ、二人ニ連絡ヲ取レ』

 「その――」

 『ドチラデモイイ!』

 「は、はい!!」

 

 ヴィレッタは慌てて携帯を取り出すと電話を掛ける。

 

 ――あれに乗っているとしたら……ロロ、この私を裏切る気か?

 

 そんな彼女をモニター越しに眺めながら、仮面の下でライが憤怒にその身を焦がしていると、ヴィレッタが口を開く。

 

 「ル、ルルーシュか?」

 『どうされたんですか?』

 「いや……少し心配になってな。総領事館の件なんだが、聞いているか?」

 

 そう尋ねながらヴィレッタがモニターに視線を移すと、銀色の仮面より浴びせられた無言の圧力に思わず身震いした。

 

 『ええ、何でも――』

 「ま、待て。ロロはどうしたんだ?」

 

 ヴィレッタが慌ててルルーシュの言葉を妨げると、ルルーシュは努めて冷静に口を開く。

 

 『どうしたんですか、一体……ロロですね? ちょっと待って下さい』

 

 そう告げると、暫しの間を置いて通話口よりロロの声が響く。

 

 『…はい』

 

 それを聞いたヴィレッタは再びモニターに視線を移すと、カリグラは静かに頷いた。

 その様子に内心胸を撫で下ろしつつも彼女は再び問い掛ける。

 

 「ロロか? 何処に行っていた?」

 

 だが、そこにルルーシュが割って入った。

 

 『やだなぁ先生、トイレぐらい別々にさせて下さいよ。で、何でしたっけ? さっきの……』

 「総領事館の話だ」

 『あぁ、すごい騒ぎらしいですね』

 

 二人のやり取りを聞きつつも、ロロはコックピット内で狼狽していた。

 

 ――ダメだ。今までの事が知られたら機情から排除される。あの人だって……でも……。

 

 一方で流石と言うべきか、あっけらかんとした様子で語るルルーシュ。

 だが、そんな彼をヴィレッタは咎める。

 

 「ルルーシュ。一つ言っておくが――」

 『分かっていますよ。もう危ない事に弟を巻き込みません』

 

 ――っ!!

 

 再び弟と呼ばれた事にロロが心を震わせていると――。

 

 「ほぅ、この前の件で少しは改心したのか?」

 

 ヴィレッタが苦笑しつつ問い掛けると、ルルーシュはロロに対してとどめとばかりに言い放った。

 

 「当たり前じゃないですか。ロロには人殺しがある世界なんて似合わない」

 

 ――僕が……弟……。

 

 ルルーシュの言葉が幾度となくロロの心に染み渡る。

 と、その時。突如として総領事館より星刻の声が響いた。

 

 『そこまでだ、ブリタニアの諸君。これ以上は武力介入と見なす。引き上げたまえ!』

 

 同時にヴィレッタが再びモニターに視線を移すと、カリグラは小さく頷いた。

 

 「それじゃあな、ルルーシュ。あまり遅くなるなよ?」

 『やだなぁ。そんなに信用無いですか? 俺って』

 「知りたいのか?」

 『いいえ。遠慮しておきますよ。それじゃあ』

 「ああ」

 

 通信を切ったヴィレッタが携帯を仕舞いモニターに向き直ると、カリグラはオペレーターに問い掛けた。

 

 『発信場所ハ?』

 「スパイラルシアターです。間違いありません」

 『ソウカ……』

 

 そう呟くと顎に手を当てて何やら考え込む素振りを見せるカリグラ。

 そんな彼を余所に、ヴィレッタは指示を請うべく口を開く。

 

 「この後は如何が致しますか?」

 『……ヤムヲ得ナイ、カ。現時刻ヲ以テ作戦ハ終了トスル。但シ、引キ続キ"ルルーシュ"ノ行動ニハ注意シロ』

 「その事なのですが、卿は未だあのゼロがルルーシュであるとお疑いなのですか?」

 

 今回の一件はヴィレッタの疑念さえ払拭するに十分だった。

 その為、未だルルーシュを監視せよとの命は些か慎重過ぎると思った彼女は思わず尋ねたのだが、カリグラは何も答えない。

 気になったヴィレッタは自身の考えを告げる。

 

 「今回の事を鑑みても、同一人物と断定する事は些か無理があるのでは?」

 

 すると、その問いにようやっとカリグラは口を開いた。

 

 『証拠ハ何処ニ有ル?』

 「先程の通話が全てではないでしょうか?」

 『確カニナ。ダガ、発信場所ヲ偽ル事ナド容易イ。今回ノ一件モ前回ト同ジ。状況証拠ヲ積ミ上ゲタニ過ギナイ』

 「しかし、今回はロロが付いています。まさか、ロロが裏切ったというのですか?」

 『ソノ可能性モ含メテ、私ハ考エル』

 「それは些か――」

 

 ヴィレッタは、慎重過ぎるのでは? と続けようとしたが、続いて遮るように告げられたカリグラの言葉に思わず息を呑む事となる。

 

 『有リト有ラユル可能性ヲ考慮シロ。"ゼロ"ノ持ツ力。ソノ恐ロシサ。忘レタ訳デハ無イダロウ?』

 

 ―― ゼロの力 ――

 

 その言葉を聞いたヴィレッタは思わず声を荒げた。

 

 「卿はご存知なのですか!?」

 

 よもやカリグラもギアスについて知っているとは思っていなかったからだ。

 しかし、一方で機情の長ならばと納得もした。

 だが、ヴィレッタは続け様に告げられた言葉に少々拍子抜けする事となる。

 

 『何ヲ言ッテイル? "ゼロ"ノ力ハ天賦ノ才トデモ言ウベキ謀略ト、ソノ頭脳ヲ駆使シタ狡猾サダロウ? "ナリタ"デハ、"コーネリア皇女殿下"ヲ追イ詰メ、アノ"ナイトオブセブン"サエモ騙シ続ケタノダカラナ』

 「……はい?」

 『何ダ? ソノ態度ハ……』

 「い、いえ! 何でもありません」

 

 咎められた事に姿勢を正すヴィレッタ。

 だが、仮面の下でライはそんな彼女の様子を目を細めると愉快そうに眺めていた。

 

 ――馬鹿め。知っていると言うとでも思ったか?

 

 ギアスについて、ライはおいそれと告げる気は毛頭無かった。

 仮に知られれば、それはまず間違いなくロロにまで伝わる事となる。

 そうすれば、ロロが自身と機情の関係を勘繰るようになるのは自明の理。

 下手をすれば気付かれる可能性さえも。

 そうなった時、己に依存しきっているロロの事だ。

 週に一度の定時連絡は任務を遂行している事への褒美。

 それを心待ちにしていたロロにとって、毎日行われている機情の報告の際にいつでも話せるという事になってしまう。

 そうなれば、任務に支障が出る事は十分に考えられる。

 ただ、全ては仮定に過ぎない。

 だが、そういった芽は潰しておくに限ると彼は考えていた。

 

 『引キ続キ監視ノ目ヲ緩メルナ』

 

 最後にそれだけ告げると、カリグラは通信を切った。

 

 ◇

 

 総領事館の敷地内は喜びに溢れていた。

 ある者は手を、またある者は互いに抱き合うと解放された喜びを噛み締めていた。

 無理もない。

 彼等は一年もの長きに渡り拘束されていたのだから。

 そんな彼等の間をカレンが縫うように走る。

 

 「扇さん!!」

 

 カレンは瞳に涙を浮かべながら駆け寄ると、その勢いそのままに扇の胸に飛び込んだ。

 扇はそんな彼女を優しく抱き止める。

 

 「ありがとう、カレン」

 「うぅん、良いの。良かった、無事で……」

 

 夕日を背に再開を喜び合う二人の姿は傍目には親子や兄妹のように映り、それを見ていた隊員達の目には薄らと光が零れていた。

 一方、扇の背後では卜部が俯いたまま男泣きしていた。

 

 「中佐……よくぞ……よくぞ御無事で……」

 「済まない、迷惑をかけた」

 

 そう言って藤堂は卜部の肩に手を置く。

 

 「め、迷惑などっ!!」

 

 慌てて顔を上げると否定に走る卜部だったが、藤堂の笑みを見た瞬間、感極まったのか再び俯くと肩を震わせる。

 そんな彼の様子を、他の四聖剣の面々は微笑ましげに見守っていた。

 やがてその中の一人、朝比奈が口を開く。

 

 「苦労したんでしょ?」

 「あぁ……別の意味で苦労させられた」

 

 顔を上げた卜部は目尻に残る雫を拭い答えると、朝比奈は思わず苦笑した。

 

 「何ですか、それ」

 「女性の言い争いを仲裁するのは骨が折れるって意味だよ」

 

 そうだけ告げると未だ扇にあやされながら会話しているカレンと、その遥か向こうから我が物顔で歩いて来るC.C.に視線を向けた。

 察した朝比奈は、そういう事ですか、と納得したようで、今度は愉快そうに笑うと、残りの同僚二人も後に続いた。

 

 「全く、あの二人は……」

 「ハッハハハ。今日は目出度い日よな」

 

 千葉は呆れたように言葉を零すが、その表情に棘は無い。方や仙波もその表情を見て楽しげに語る。

 だがそんな彼等とは対照的に藤堂は目を伏せると一人呟いた。

 

 「そうか、では、やはり彼は……」

 「……はい」

 

 藤堂のどこか哀しみを湛えた言葉に卜部が相槌を打つと、残りの面々は一様に眉を顰めた。

 二人の口論を止めるのは、ゼロが居ない時は専らライの役目だった。

 それをこの一年は卜部が担っていたという。

 その事からも導き出せる結論は……やはり、一つしか無かった。

 藤堂達は一年かけてある程度気持ちに整理を付けていたとは言え、何処かで、といった思いを完全に払拭する事は出来ていなかったのだ。

 

 「中佐……」

 「いや、済まない。俺とした事がつい、な」

 

 再び告げられた残酷な現実。

 尋常ならざる藤堂の苦悶の表情を心配した千葉が問い掛けると、藤堂は力なく笑った。

 そんな彼等の会話が聞こえていたのだろう。

 扇もまた、カレンに問い掛ける。

 

 「カレン、よかったら教えてくれ。ライは、その……本当に……」

 

 カレンは一瞬哀しげな表情を浮かべると直ぐに顔を伏せた。

 だが、彼女にとって父親とも兄代わりとも言える他ならぬ扇からの問いだ。何とか答えようとしたのだろう。

 カレンはゆっくりと顔を上げて口を開く。

 だがその時、空気の読めない男、玉城の声が響いた。

 

 「なあなあ! あのパイロットは?」

 「っ!?……あれは……」

 

 カレンが言葉に詰まっていると、その様子を見た玉城が誤解した。

 

 「ひょっとしてよ! アイツなのか!?」

 「っ!!」

 

 カレンの表情が先程とは比べ物にならない程の哀しみに染まる。

 が、彼女は何とか言葉を絞り出す。

 

 「……ちがう……わ」

 

 すると、そんな悲痛なカレンの様子を見ていられなくなった扇は堪らず声を荒らげた。

 

 「おい! 玉城っ!!」

 「な、なんだよ……そんなに怒る事ねぇじゃねえかよ……」

 

 玉城のボヤキを余所に扇はカレンに向き直ると、なるべく彼女を傷付けないように尋ねる。

 

 「やっぱり、そう……なんだな?」

 

 その優しさが伝わったのだろう。カレンは静かに頷いた。

 

 「そうか……」

 

 それを見た扇は短く呟くと唇を噛み締める。

 だが、そんな扇に対して一転して精一杯の笑みを浮かべたカレンは左手を胸に抱くと言った。

 

 「でも、ライなら居るわ。ここに」

 

 カレンの言葉を聞いた扇は、彼女の前では涙は見せたく無かったのだろうか。思わず天を仰いだ。

 

 「ああ、そうだな……そうだよな……」

 

 二人の間を哀しくも暖かい何かが包み込む。

 そんな最中、背後で二人の会話を聞いていた千葉は一歩前へ出る。

 それを見咎めた朝比奈は、今は野暮だとでも思ったのだろうか。止めようと手を伸ばすも、仙波が肩に手を置き窘める。

 驚いた朝比奈が仙波を見やると、彼は答える代わりに首を横に振った。

 

 「では、あの機体のパイロットは誰だ?」

 

 突然の問いにカレンが視線を向けると、飛び込んで来た千葉の表情に思わず目を見張る。

 そこには既に先程の憂いは無かったのだ。

 有ったのは彼女が戦いの最中に見せるようなどこまでも冷静な瞳。

 しかし、それは千葉が非情だからでは無い。

 尋ねた側が悲痛な面持ちであれば、答える側は尚更苦しむ事になる。それは千葉なりの優しさだった。

 それがカレンにも伝わったのかどうかは定かでは無い。

 だが、その表情を認めたカレンは涙を拭うと、ここに来て初めて真剣な眼差しで告げた。

 

 「あの機体は敵だったの。でも、今のパイロットは私も……」

 「そうか」

 

 同じくカレンの表情を認めた千葉は短くそう答えた後、ほんの僅かではあったが目元を緩めると、カレンもまた釣られるように笑みを浮かべた。

 そんな時、辺りに彼女達とは別の女の声が響いた。

 

 「ゼロを救ったのだ。少なくとも敵では無いだろう?」

 

 驚いたカレン達が振り向くと、そこにはいつの間にかC.C.が居た。

 彼女の言葉を聞いた藤堂は、未だ総領事館の外で自分達に手を振る数多の同胞達に視線を移すと、日本の解放とライの仇という新たな決意を胸に抱く。

 

 「背負うものが、また増えたな」

 

 だが、その言葉に気負いは微塵も無い。

 藤堂の側でその言葉を聞いていた5人は静かに頷く。

 カレンは頷きこそはしなかったが、想いは扇達と同じだった。

 

 ――ライ、皆は取り戻したわよ。次は日本と、そしてあなたの仇を……見ててね。

 

 彼等が決意を新たにしていたその頃、C.C.の姿をコックピット内より認めたロロ。しかし、以前とは違いその心は……。

 

 「目の前にC.C.が居るのに……僕は、僕はっ!」

 

 既に漆黒の鎖にその心を絡め取られていたロロは、指一本動かす事さえ出来ないでいた。

 目の前に、ライとの未来が居るというのに。

 その呟きを聞いたルルーシュは再び動く。

 

 「ブリタニアにお前の安らぎは無かったんだ。お前の居場所は……俺の傍だ」

 

 宥めるかのような優しい口調。

 だが、その言葉はロロの心を締め上げるには十分過ぎる程のもので。

 それ以降、ロロが言葉を発する事は無かった。

 方や、その反応の無さこそ魔人が確信を抱くには十分なものであり、ルルーシュはその端正な顔を妖しく歪ませる。

 

 ――遂に堕ちたな。ナナリーの居場所を奪った偽物め。散々利用して、ボロ雑巾のように捨ててやる。

 

 ◇

 

 様々な思いを胸に彼等が再開を果たしていたその頃。

 遥か彼方。

 総領事館の敷地を一望出来るビルの屋上が僅かに光った事に、その場に居た誰も気付けなかった。

 光源の場所には一人の男が居た。

 男はうつ伏せになると身を隠すかのような姿勢を取り、紅い縁取りに彩られた両目で通信機片手に望遠レンズを覗き込んでいる。

 

 「C.C.を最大望遠で確認」

 

 嘗てカノンの右腕として暗躍したその男は、通信機の向こうに居る新しい主に向かって、まるで人形のような表情を貼り付けたまま抑揚の無い言葉を発すると、通話口からは若い男の声が響く。

 

 『こちらでも確認した。やはり、総領事館に居たか』

 

 新しい主、ライは満足げな声色で語った後、新たな指示を男に与える。

 

 『お前は別命あるまで身を隠せ』

 「Yes, Your Majesty」

 

 通話を切った男は、素早く機材を仕舞い込むと足早にその場を後にした。

 

 ◇

 

 通信機を置いたライがモニターに視線を向けると、そこに映っていたのはつい今しがた撮影されたC.C.の画像。

 それを眺めながら、ライは邪な笑みを浮かべると一人呟く。

 

 「魔女め、やっと姿を現したか」

 

 だが、それも一瞬の事。

 ライは次に自身の右隣。そこに有る空座の玉座に視線をやると、次に正面に向き直る。

 そして、彼は階段下に居る子供達を視界の端に捉えつつも、その先で一人縮こまっている黒衣の男に問い掛けた。

 

 「この大事な時に、V.V.は何処に行った?」

 

 ライが剣のある口調で問うと、男は声を震わせる。

 

 「V…V.V.様は、現在、その……研究棟に()られます。じ、直にお戻りになられる、かと……」

 

 男は完全に畏縮していた。恐らく、今の彼の心労はヴィレッタの比では無いだろう。

 だが、そんな事はライには関係無かった。

 

 「研究棟? そんな場所が有るのか?」

 「は、はいっ!」

 「では、案内しろ」

 「陛下、V.V.様は直にお戻りになりますので……その……」

 

 男は何とかライを引き留めようと言葉を搾り出すが、それはするべきでは無かった。

 瞬間、子供達が皆一様に哀れむかのような視線を送る。

 それに男が怪訝な表情を浮かべると――。

 

 「次は無い。案内を」

 

 ライは有無を言わさぬ口調で命じた。

 その彼の口元には三日月が浮かんでいる。

 それは、傍目には大層美しく映るだろうが、今の男にとっては悪魔の笑みと同じ。

 その時になって、男はようやっと先程子供達が浮かべた表情の意味を理解した。

 

 「わ、分かりました! ですから、どうか命だけはっ!」

 「ハッ! その様な事、する筈が無いだろう?」

 

 男の返事を聞いたライが玉座より立ち上がると、子供達も同じく立ち上がる。

 そして、ライが男の元へ歩み寄るべく階段を降り始めると、子供達も心得たもの。ライの邪魔にならないよう道を譲った。

 やがて、彼は片膝を付き肩を震わせながら臣下の礼を取っている男の元まで歩み寄る。

 

 「何をしている? さっさと案内しろ」

 「は、はい!」

 

 慌てて立ち上がった男がライを先導するべく歩き始めると、彼は無言で後に続く。

 一方、ライに道を譲ると再び階段に腰掛けた子供達は、徐々に小さくなっていく二人の後ろ姿を眺めながらヒソヒソと話始めた。

 

 「さっきの王様、本気だったよね?」

 「だね」

 「それでも気付かないなんて――」

 「大人は鈍いって事さ」

 「うん、鈍い鈍い」

 

 結論に達した子供達は、皆一様に口元を妖しく歪ませると、その場でライの帰りを待つ事とした。




ここまでお読みくださりありがとうございました。

次は間幕のお話にしたいけど、どうしよう・・・。
ネタが思いつかない。
白の騎士と紅の夜叉からの新キャラ、ベニオで一話考えてみようかな。


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TURN 03 ~ ナイトオブラウンズ(前編)~

新潟の地震、皆さま大丈夫でしょうか?


本来は日曜日の投稿を目指していたのですが、諸般の事情で遅れました。
それと、間幕が思い付かなかったので、今回は無しです。
ただ、思い付いたら何処かで書きたいとも思っています。


 薄暗い嚮団の地下施設。

 ライは黒衣の男を先導に悠々と歩みを進めていた。

 道すがら出会った研究者達は、ライを視認した瞬間、皆一様に驚愕の面持ちを浮かべると、次には触らぬ神に祟り無しとでも言わんばかりに身体を縮こまらせた。

 そうして道を譲り頭を垂れる一方で、ライはそれを当然のものとして無視する。

 やがて区画の端にまで至った時、その歩みが止まる。

 二人の正面には巨大な壁が立ちはだかっていた。

 ライが、行き止まりか? と首を傾げていると、男は壁に手を添えた。

 すると、そこに掌程の凹みが出来る。

 同時に、短いスイッチ音が鳴ると目の前の壁がゆっくりと観音開きの様相を呈する。

 その仕掛けを目の当たりした時、嚮団を隅々まで歩き回り全ての施設を把握したと自負していたライは、一年近くも気付けなかった事に、内心舌打ちしつつも歩みを進めた。

 部屋の中には、V.V.を筆頭に此所までライを案内して来た男とは別に4人の黒衣の男達が、ストレッチャーに横たわる大柄な男を取り囲むように居た。

 また、彼等の奥にはその部屋よりも遙かに大きなガラス張りの空間が有り、そこには今までライが見た事も無い重武装と重装甲が施された巨大なナイトメアらしき機体が、その部屋の主よろしく鎮座している。

 ライはまだ知る由も無いが、その機体の名はジークフリートと言う。一年前、C.C.の乗るガウェイン諸共海底に沈んだ筈の機体だ。

 二人が部屋に入ると男達は皆驚いたようで一斉に視線を向けるが、ライが目を細めるとこれまた一斉に視線を逸らした。

 そんな中、たった一人視線を逸らさなかったV.V.は残念そうに呟いた。

 

 「あ~あ。見つかっちゃた」

 

 しかし、ライが我関せずといった様子で周囲を観察していると、V.V.は彼を連れてきた男を見据え瞳に批難の色を滲ませた。

 

 「言いつけを守れないなんて悪い子だね」

 「も、申し訳ございません」

 

 咎められた男が畏縮しながら謝罪の言葉を口にする。

 V.V.は軽く溜息を吐いた。

 

 「まぁいいよ。どうせ脅されたんでしょ? それに、(いず)れ彼には見てもらおうと思ってたし」

 

 そう言ってV.V.は再びライに向き直る。

 

 「それで、ここに来た要件は? ひょっとして……」

 「推察通りだ。C.C.を確認した」

 「…やっぱり総領事館に居たんだね」

 

 目元を緩ませるV.V.を尻目に、ライは軽く相槌を打った。

 

 「あぁ」

 「それなら――」

 「残念だが、これ以上は無理だ」

 

 言葉の続きを予測したライが口を挟むと、V.V.は一転して怪訝な表情を浮かべた。

 

 「どうして?」

 「皇帝が禁じている」

 「…そう、だったね」 

 

 僅かな間をおいて、V.V.が心底残念そうに呟くとそれを認めたライが問う。

 

 「あの男は本当に目的を果たす気があるのか?」

 「彼を疑うの?」

 

 V.V.は再び瞳に批難の色を滲ませるが、相変わらずライは気にもしない。

 

 「私は当初、総領事館の直接占拠を提案したが、あの男はそれを拒否した。揉め事は避けろと言ってな」

 「でも、彼が契約を蔑ろにする事は無いよ」

 「何故そう言い切れる?」

 「彼とは長い付き合いだからね」

 「長い付き合い、か……だが、人の心は移ろい易い。心変わりをしたとしても不思議では無いのでは?」

 

 ―― 心変わり ――

 

 その言葉を聞いたV.V.の表情に僅かに曇る。それを見逃すライでは無い。

 

 「どうやら思い当たる節があるようだな?」

 

 ライの問いは当たっていた。

 だが、V.V.は答える事無くライから視線を逸らすと一人思慮に耽る。以前はどうしたか、と。

 そして、直ぐにその結論に至ると徐に口を開いた。

 

 「仮にそうだったとしても、それならそれで彼の心を変えた理由。それを消せばいいだけだよ。でも、やっぱり杞憂だよ」

 

 V.V.はそう前置きした後、今度はどこか懐かしむかのような瞳を虚空に向けた。

 

 「あの日、僕達は地獄で誓ったんだ。僕達だけは絶対に裏切らないって」

 

 本来、その言葉の後には続きがあるのだが、V.V.がそこまで語る事は無かった。既に一度破ってしまっているからだ。

 

 「随分と親密だな?」

 「まぁね。ここに至るまで色んな連中に裏切られてきたから。ライ、君も裏切らないと誓ってくれない?」 

 

 疑念の眼差しを受けつつも、流麗に返して見せるV.V.。

 同時に、これまで抱いていた不安を払拭する良い機会と考えた彼は誓いを立てさせようと画策した。しかし。

 

 「断る」

 

 ライは一考に値しないとでも言いたげに、明確な拒絶の意思を示した。

 その態度にV.V.は僅かに顔を顰める。

 しかし、後に続いた言葉は彼の不安を半ばまで氷解させるものだった。

 

 「そもそも、私には心変わりする理由やお前達を裏切るべき理由が無いだろう?」 

 

 この一年、ライを見続けて来たV.V.にとって、確かにその言葉は一定の説得力が有るには有ったからだ。

 今はゼロに並々ならぬ関心を懐いているとはいえ、それが元でライが裏切るという要素は垣間見えない。

 だが、それでも不安は半ば残った。唯一の気掛かりといっても良い事が払拭されていなかったからだ。

 それは、ライの左手の手袋の下。その薬指に填められている指輪。その贈り主。

 それが誰であったかと言う事。

 V.V.も当初は様々な仮説を立てた。

 まず、母親や妹が送ったものかと推察するも、指輪が填められた位置とそれが意味する事実からして直ぐ様否定した。

 次に、可能性があるものとして第三者、婚約者や伴侶といった人物を想定するも、過去のライを記した書物にはその手の記載は一切無い。

 そうして最後に残ったのは、目覚めて以降に出会った者とそのような間柄になった結果、その者から贈られたという、V.V.が想定する中でも最悪の答え。

 しかし、それを彼が確かめる術は既に無い。

 何故なら、学園メンバーはライとカレンの関係性はスザクを除いて薄々は察していたものの、結納まで至っている事など知る筈も無かった事。

 故に、その事実を知るのは騎士団メンバーとなるのだが、後に捕虜とした団員達はライがカリグラと成る前に、特務総督府管轄の元、一時、機情の長官を代行したベアトリスの手で初期に尋問を終わらせており、その報告には彼女の性分が色濃く反映されたのか、プライベートな記載は一切無く、だからと言って改めて尋問しようにも団員達は既にゼロが手中に収めていたからだ。

 であれば、素直に尋ねれば良いのだろうがV.V.は躊躇していた。

 問うた結果、万が一にも書物に記されていないだけで、過去にそういった存在が居たとなったら目も当てられない。

 皇帝のギアスによって自分を契約者だと信じているライに、何故知らない? と問われかねないと考えていたからだ。

 その時、言葉を濁す事は可能であっても問うたが最後、ライの鋭すぎる洞察力がV.V.にあらゆる嫌疑を掛けて来る事は想像に難く無い。

 さすれば、ライは契約を果たす事。それ即ち母親と妹の仇に繋がると言った自分達の言葉さえも疑い出すこと請け合い。既に弟との間でほぼ間違いないとの確証を得ていたとはいえ、持ち得る証拠だけでは今少しの説得力に欠けるとの結論から、未だに明確な証明提示を先送りにせざるを得ないが為に。

 そうなったが最後、今まで契約によって縛ってきたこの狂える王。その強大な牙を約束の時まで抑えきる事は自分であっても不可能だと、下手をすれば弟にまで危害が及ぶ可能性があるとV.V.は懸念してたのだ。

 ライが呆れた口調で答えた時、V.V.には見えた事だろう。

 今にも引き千切られそうな程に、か細い鎖がライの首に巻き付いているのが。

 だが、そこは年の功とでも言うべきなのだろうか。

 V.V.は直ぐに気を取り直すと、心情を気取られぬよう嬉しそうに笑みを浮かべてみせた。

 

 「それもそうだね」

 

 流石にその笑みの裏にそんな想いが隠されているとまでは露知らず、ライはV.V.の真横まで歩み寄る。

 因みにV.V.も一つ、夢にも思っていない事がある。

 自分がライに見張られているという事。

 そして、それを頼んだのが他ならぬ弟、皇帝シャルルだと言う事を。

 しかし、この場合それを裏切りと言えるかと言えば答えは否だ。

 V.V.が約束を違えなければ良いだけの話なのだから。

 ライは、ストレッチャーに横たわっている男。

 顔半分を仮面に覆われ固く両目を閉じている大柄な男に視線を落とす。

 

 「この者は死んでいるのか?」

 「眠ってるだけだよ」

 

 先程の笑みそのままに答えるV.V.を見て、ライは再び疑問を口にする。

 

 「新しい駒か?」

 「似たようなものかな。彼は僕の騎士にしようと思ってね」

 

 ライは再び視線を落とすと思考を巡らせる。

 男が身につけている装束は確かに騎士と呼ぶに相応しい物だった。

 が、一箇所だけどうにも解せない所があった事から、次に神妙な面持ちで呟いた。 

 

 「妙な男だな。これでは仮面の意味が無い」

 「其処に突っ込むの?」

 

 真剣な眼差しとは裏腹に、何とも間の抜けた事を言ってのけるライ。

 最も本人にその自覚は全く無く、ごく自然な感想を口にしたつもりだったのだが、それが余程可笑しかったのか。V.V.は愉快げに笑った。

 その態度が(しゃく)(さわ)ったライは凍える瞳で睨み付ける。

 

 「使えるのだろうな?」

 「さぁ? まだ何とも言えないよ」

 

 自身の眼光に全く臆する事無く、相も変わらずヒラリと受け流すV.V.を見てこれ以上は無駄だと悟ったライは、続いて奥にあるガラス張りの空間を指差しながら問うた。

 

 「あれはナイトメアか?」

 「正しくは、ナイトギガフォートレスって言うんだけどね」

 「何だ、それは……」

 

 怪訝な表情を浮かべるライに対して、V.V.はそれまで二人の会話の邪魔にならないよう無言で佇んでいた黒衣の男達に命じた。

 

 「説明してあげて」

 「畏まりました」

 

 男達は優雅に腰を折ると口々に説明を行った。

 やがて、彼等から一通り機体の設計思想を聞かされたライは、顎に手を当てると僅かばかりの思考の後、確認のため口を開いた。

 

 「その神経電位接続という技術。例えばだが、車椅子を余儀無くされている者に施せば、ナイトメアを自在に操れるようになるか?」

 「可能でございます。しかし、操縦する為でしたらサイバネティック技術で足を代用する事で十分ですが?」

 「あれは反応速度がやや劣る上に、精密操作には不向きだろう?」

 

 問題点を鋭く指摘する彼に向けて、今度はV.V.が怪訝な瞳を向ける。

 

 「施したい相手でも居るのかな?」

 「一人、優秀な騎士……いや、アレは狩人だな。燻り続けている者を知っている。しかし、スペックを最大限に発揮するためにはその施術が必要。私には無理と言う事か」

 「ねぇ、ひょっとしてナイトメアが欲しいの?」

 

 ライの呟きを聞いたV.V.が不思議そうな表情で問うと、彼は思わず心情を吐露した。

 

 「私は一日の大半をこの薄暗い地下施設で過ごしているのだぞ? それ以外は黄昏の間だが、彼処には何故か常にといって良い程あの男(皇帝)が居る。だからと言って外に出たところで、其処は一面既に見飽きた砂の海。お前の様に千年以上も生き続ければ退屈という感情さえ忘れてしまえるのだろうが、生憎と私はそうでは無い」

 

 珍しいライの愚痴を聞いたV.V.は顎に手を置くと暫しの間考え込む素振りを見せるが、やがて何かを思いついたらしく徐に口を開いた。

 

 「分かったよ。じゃあ、僕がプレゼントしてあげる」

 「何だと?」

 

 予想外の言葉だったのか、瞳を見開くと驚いた様子でいるライを余所にV.V.は更に語る。 

 

 「そうなると、君のデータを取らないといけないね。丁度此所にはシュミレーターもあるし、今から乗ってみる?」

 「それを早く言え」

 

 ニンマリと笑みを浮かべるV.V.に対して棘のある口調で言ったライだったが、目元は僅かに緩んでいた。

 そんなライを横目で捉えながらV.V.が男達に視線を送ると、主の意図を察した彼等は恭しく頭を垂れる。

 

 「では、陛下。こちらへ……」

 「じゃあ、僕は彼の調整を見てくるよ。終わったら言ってね」

 

 V.V.はそう言ってストレッチャーを押す2人の男を従えると、隣の部屋に消えて行く。

 ライもまた、残る男達に促されるままその部屋を後にした。

 

――――――――――――――――――――――

 

 コードギアス 反逆のルルーシュ L2  

 ~ TURN03 ナイトオブラウンズ(前編)~

 

――――――――――――――――――――――

 

 V.V.は、両腕を後ろに回すとベッドに横たわり無数の管に繋がれている半面の男を物思いに耽った表情で眺めていた。

 その背後にある扉が開くと、彼は振り返る事無く問い掛ける。

 

 「どうだった?」

 

 だが、返事は無い。

 不思議に思ったV.V.が向き直ると、そこには怪訝な表情を浮かべたライの姿があった。

 

 「妙な体験だった。ナイトメアなど乗った覚えが無い筈なのだが、不思議と操縦方法が分かるうえに自然と体が動いた」

 「ああ、それかぁ……」

 「V.V.。お前まさか――」

 

 納得した様子でいるV.V.を見たライの表情が強張る。

 

 「寝ている間に私の体に何かしたのか!?」

 「まぁ、それもあるかな」

 「貴様っ!!」

 「僕じゃ無いよ」

 

 激昂しかけたライを右手を突き出し制したV.V.は陰惨な笑みを浮かべる。

 

 「でも、そのお陰で君はいとも簡単にナイトメアを乗りこなしたんでしょ? 寧ろ感謝するべきなんじゃない?」

 「私の体は母が与えてくれたものだ! それを――」

 「そんな大事な体にギアスを宿したのは何処の誰?」

 「っ!!…それは……」

 

 ライは珍しく口籠もった。

 V.V.の問いは正に正鵠を得ていたからだ。

 

 ―― ギアスの力は王の力 ――

 

 聴覚を媒介にあらゆる者を従わせる事が出来るライのギアス。正に王の力と呼ぶに相応しく、それについては彼も異論は無い。

 だが、それが表向きの表現なのだと言う事を彼はあの日、嫌という程思い知った。

 ギアスは彼にとって全てとも言える二人の命をいとも簡単に奪い去ったのだから。

 誰かが言った。表があれば裏がある、と。

 V.V.が言った言葉は、正にその裏の意味を暗に示していたのだ。

 呪われた力を宿したクセに何を言っているの? と。

 契約の際にそれを知らせなかったとは言え、ライにV.V.を責める事は出来なかった。

 押し付けられた力では無く、自ら望んで手にした力。

 暴走が予定されていたものとはいえ、それを御する事が出来なかったのは他ならぬ自分自身なのだ。

 何よりも己の力不足を他者に擦り付ける等、彼のプライドが許さなかった。まぁ、そもそもV.V.はライの契約者でも何でもないのだが。

 

 「……二度と、するな……」

 

 ライは眉間に皺を寄せると、これまた彼にしては珍しく辿々しい口調で呟いた。

 その時、V.V.には見えた。

 か細い鎖とは別に、遙かに太く強靱な二本の鎖がライの体に巻き付いているのを。

 その瞬間、V.V.は理解した。ライは絶対に裏切れない、と。

 先程の憂いが消えていくのを感じたV.V.が今度こそ心よりの笑みを浮かべていると、再び扉が開き黒衣の男が入って来た。

 

 「陛下、こちらに記入を」

 

 男はそう言って手に持ったバインダーを差し出した。

 受け取ったライは、綴られた数枚の用紙を捲りながら首を傾げる。

 

 「これは何だ?」

 「はい。どういったタイプの機体をご所望されるか――」

 「タイプは指揮官機でいい。だが、個別戦闘にも遅れを取る事が無いようにしろ」

 

 ライはバインダーを突き返してサラリと言ってのけると、受け取った男は恭しく頭を垂れた。

 

 「畏まりました……後は、カラーリングですが――」

 「不要だ」

 「さ、左様で……」

 

 男が少々驚きを隠せない様子でいると、ライは持論を展開した。

 

 「どれだけ着飾ろうとナイトメアも所詮は戦いの道具。私は武器を下手に着飾るのはどうしても好きになれない」

 「では、機体保護の為の塗装は施すとして、それ以外は行わないとなりますと機体カラーは銀色になりますが?」

 「それでいい」

 「畏まりました。では」

 

 男は腰を折ると踵を返して部屋を後にした。

 やがて、二人の会話が終わったのを見計らったV.V.が再び問い掛ける。

 

 「彼への報告はもう済んだ?」

 「そう言えば、まだだったな」

 「なら、先に行っててよ。僕も直ぐに行くからさ」

 「全く――」

 「小間使いのような事をさせてごめんね」

 

 ライの言葉を予測したV.V.が三日月を浮かべて言葉だけの謝罪を口にすると、虚を突かれる形となったライは思わず目を見張る。

 だが、直ぐに剣呑な表情を貼り付けると事も無げに言い放った。

 

 「……今後の方針を決める必要がある。さっさと来る事だな」

 

 そう言って、ライは立ち去るべく扉に向けて歩き出す。

 すると、入れ違いに今度は二人の黒衣の男達が入って来た。見た目からは判断し辛いが、一人は先程部屋を後にした筈の男だ。

 鉢合わせになった事に驚いた男達は、慌てて道を譲ると頭を垂れる。

 が、ライは当然とも言いたげに彼等の脇をまるで無視するかのように通り過ぎて行った。

 やがて、扉が閉まるのを確認するした男達は、しどろもどろといった様子で口を開く。

 

 「嚮主V.V.。一つ申し上げにくい事が……」

 「どうしたの?」

 「はい、先程の陛下のシュミレーター結果なのですが。その、何と申し上げたら良いか………」

 「報告は簡潔にね」

 

 煮え切らない態度でいる男達を見て、V.V.は内心首を傾げながらも目敏く指摘すると、咎められた男達は簡潔に思いを述べる。

 

 「はっきり申し上げて異常です。我々の手では、陛下に満足して頂ける性能を持ったナイトメアは……」

 「造れない?」

 「お、畏れながら……」

 「それを聞いたら彼は怒るだろうね」

 

 V.V.の呟きにライの怒れる様をありありと脳裏に描いてしまったのか、二人の顔がみるみる蒼褪めていく。

 他の男達も、哀れむかのような瞳で同僚達の身に起こった不幸を嘆いていた。

 すると、V.V.は余りにも不憫に思ったのだろうか?いや、違う。プレゼントすると言ったのはV.V.自身だ。

 それが無理になるという事は怒りの矛先はまず自分に向くと考えた彼は、果たして誰に向けて言ったのか、助け船を出した。

 

 「仕方ないね。僕からシャルルに頼んでおくよ」

 「も、申し訳ありません」

 「有り難うございます」

 

 男達は頭を垂れて口々に感謝の意を述べた後、再び口を開く。

 

 「ですが、このような数値。果たして肉体改造だけで出せるものなのでしょうか?」

 「お前達にそこまで言わせるなんて、相当な数値なんだね。弱体化している(・・・・・・・)のに、彼の天賦の才も一因かな?」

 「お、お待ちを! 嚮主V.V.。陛下は弱体化しておられるのですか?」

 「これで、弱体化?」

 「肉体改造を施した結果、弱くなられたと?」

 

 男達は一斉に瞳を見開くと口々に疑問を呈する。

 一方、その見当外れな疑問を聞いたV.V.は僅かに鼻を鳴らした。

 

 「そうだよ? 言って無かったかな? バトレーが肉体改造なんてしたばっかりに、彼が眠りに付く以前まで持っていた肉体の性能は既に失われてる。見た目と身体検査の結果だけで、ナイトメアを駆るには筋肉の付き方が不十分とでも判断したんだろうけど。でも、彼がどういう存在なのか知らければ、研究者としてみたら無理も無いかな。試しに知識だけ与えて乗せてみたらよかったのにね。直ぐに適応して、その数値以上のものを叩き出しただろうさ……まぁ、そのお陰であの時は何とか取り押さえる事が出来たから、僕にとっては結果的に良かったんだけどね」

 

 V.V.の言葉を聞いた男達は、再び手に持ったシュミレーター結果に視線を落と背筋に薄ら寒いものを感じつつも囁きあう。

 そこに記された数値は本来であれば異常の一言に尽きるもの。

 比較対象に上げるとすれば、ラウンズのデータとなるだろうか。しかし、それと見比べても何ら遜色は無い。

 いや、知らない者ならラウンズの物だと勘違いを犯しても可笑しくない程のものだったからだ。

 対するV.V.は、そんな男達から視線を移すと、再びストレッチャーの主に向き直った。

 

 「で、こっちの彼の調整は?」

 「は、はい! 既に8割方終了しております」

 「ここまで来るのに1年近く掛かったけど、あと少しか。早く見たいよね」

 「全力を尽くす所存です」

 

 主の要請に対して、襟を正した男達が一斉に頭を垂れる。

 V.V.はそんな彼等を尻目に、ストレッチャーの上で未だ眠り続けている男に対して陰惨な笑みを向けた。

 

 「光栄に思うといいよ。君は今まで誰も持ち得なかった力を得るんだから。ねぇ? ジェレミア・ゴットバルト」

 

 嘗てゼロによって全てを失った男、ジェレミア・ゴットバルト。

 彼の存在はルルーシュのみならずライの運命さえも大きく揺さぶる事となる。正に分水嶺とも言える立ち位置に居るのだが、当の本人は未だ深い眠りの中。

 だが、目覚めの時は近い。

 そして、目覚めた後に取る彼の行動。

 それが運命の歯車(神の計略)に組み込まれているという事など、この時はまだV.V.でさえ知る由も無い。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 救出劇より数時間後。

 囚われの仲間達を奪い返したルルーシュは、総領事館の一室に居を構え、その素顔を晒していた。

 部屋の中には、彼の他にC.C.とカレン。そして新たに知る事となった卜部の姿が見受けられる。

 4人の中で最初に声を発したのはカレンだった。

 

 「例のゼロを助けたパイロットは? 一度、会っておきたいんだけど」

 「一歩遅かったな。既に星刻の持つルートで外に出した」

 

 端的に返すC.C.。

 すると、その聞き慣れない名前にルルーシュが反応する。

 

 「星刻?」

 「中華連邦の人。今の此処の責任者よ」

 「ブリタニアに見張られていないか?」

 「安心しろ。クリーニング済みだ」

 「そうか。では、俺も使わせて貰おう」

 

 カレンとC.C.が交互に答え、ルルーシュが納得した面持ちを浮かべたその時、これまで無言を貫いていた卜部が動いた。

 

 「少し良いか? ゼロ」

 「何だ?」

 

 ルルーシュはある決意を胸に懐きながら卜部に視線を向ける。

 自分の正体について納得が出来ないのなら、他の者達に打ち明ける気なら、残念だが使うしか無い、と。

 彼としては、これまで騎士団を存続させたばかりか、自身を目覚めさせる作戦を成功させた功績と、何よりもライが大切に想った仲間の一人でもある事から、卜部に対して出来る事なら使う事は極力避けたかったからだ。

 注意深く探るかのような瞳で見つめるルルーシュ。

 対して、卜部もまた普段よりも些か真剣な眼差しを差し向ける。

 

 「改めて見ると…本当に若いな。それに、まさか学生とはな」

 「不満かな?」

 

 ルルーシュが不敵に笑うと卜部は首を横に振った。

 

 「いや、驚いているだけだ」

 「卜部さん。この事は――」

 「分かっている。話す気はない」

 「藤堂達にもだぞ?」

 「っ!……あぁ。俺はゼロ、君に懸けたんだ」

 

 不安げな瞳のカレンには力強く答えたが、C.C.の舌鋒には少々口籠もった。

 だが、それでも卜部の決意は堅いようで、その瞳に宿る強い光を認めたルルーシュは、懸念が徒労に終わった事に安堵しつつ、又しても不敵に笑った。

 

 「フッ。では、今後とも宜しく頼む」

 「あぁ、こちらこそ」

 

 力強く首肯する卜部を見て、カレンは内心胸を撫で下ろすと話を振り出しに戻す。

 

 「それで、あのパイロットの事は? まさか秘密にする気?」

 「お前達とアイツの間には、バベルタワーでの一件があるからな」

 「やっぱり、同一人物なのね」

 「やはり、か」

 

 納得した様子でいるカレンと、寡黙な態度を崩さないでいる卜部。

 C.C.はそんな二人を交互に眺めた後、ルルーシュに視線を移すと僅かに口元を緩めた。

 

 「会わせても良いだろうに。知れば殴りに行くからか?」

 「ちょっと! 失礼な事言わないでよ!」

 「それ位は弁えている」

 

 二人は口々に非難の声を上げるも、案の定というべきか。魔女に効果は無い。

 逆に冷やかな視線を浴びせられる事となり、それを見透かされていると勘違いしたカレンはばつが悪そうな顔で言うのだが、その言葉は魔女にとっては恰好の餌だった。

 

 「その…少しとっちめるぐらいよ」

 「おい、紅月?」

 「そんな所だと思ったよ。しかし、それぐらいで済むのか?」

 

 得意気に語るC.C.。

 その時になって誘導された事に気付いたカレンは、お返しとばかりに冷やかな視線を送る。

 

 「騙したわね。それに、一体どういう意味かしら?」

 「加減を知らない女だろう?」

 「アンタねぇ……」

 

 一触即発の空気が辺りを漂い始めると、卜部は思わず肩を落とした。こうなってしまってはどうしようも無いからだ。

 律義な彼は当初何とか止めようと割って入ったが、その結果一度語るも恐ろしい程酷い目にあっており、経験から学んでいた。

 それに、彼女達は数日も立てば何事も無かったかのように普段通りの仲に戻るのだから。

 しかし、今回ばかりは少し勝手が違った。

 卜部が触らぬ神に祟りなしとでも言わんばかりに無関心を決め込んでいると、突如としてルルーシュが割って入ったのだ。

 

 「二人ともそれぐらいにしておけ」

 「でもっ!」

 「カレン。今は言い争いをしている場合では無い」

 「それは…そうだけど……」

 「C.C.お前もだ。あまりカレンで遊んでやるな」

 「……分かったよ、坊や」

 

 ルルーシュが窘めると、口論は一応の集結をみた。互いに不承不承といった様子ではあったが。

 一方で、卜部は先程の無関心さも何処へやら。一転して安堵したかのような表情を浮かべると、それを不思議に思ったルルーシュが問う。

 

 「どうした?」

 「……いや、君が戻って来てくれて本当に肩の荷が降りたと思っただけだ」

 「その様子だと苦労したようだな」

 

 同情するかのような視線を送られた卜部は、珍しく愚痴を溢そうとする。

 理由は簡単だ。

 一年もの逃亡生活の中で、これまで騎士団には彼の上に当たる人物や同僚は居なかった。

 かといって部下に愚痴を溢すなど彼の美学が許さない。そういった事を言える相手が居なかったのだ。

 

 「ああ、それはもう……」

 

 そこまで言って、卜部は自身に浴びせられる強烈な怒気と冷気に気付くと、はたりと言葉に詰まる。

 彼は恐る恐るといった様子でそれらが漂って来る方向に視線を向けると、そこには案の定、カレンとC.C.の姿があった。

 卜部は慌てて話題を変える。

 

 「と、兎に角。俺はこれからも君の事はゼロと呼ばせてもらう」

 「そうしてくれると助かる」

 「ああ、それじゃあ俺は中佐の所に行っている」

 

 卜部はそう言うと足早に部屋を後にする。

 そんな彼の後ろ姿に容赦無く視線を浴びせ続ける二人。

 

 「逃げたな」

 「逃げたわね」

 

 すると、互いの意見が一致した事に驚いたのか。視線を交わらせた彼女達は、今度は一転して微笑を浮かべあった。

 ルルーシュはそんな二人の様子を見ながら思う。仲が良いのか悪いのか良く分からないな、と。

 どうやら彼の明晰な頭脳を以てしても答えは出なかったらしい。いや、そもそもルルーシュに女心が分かるのか甚だ疑問だ。

 やがて、卜部が部屋から逃げ去ったのを確認したカレンは、徐にルルーシュの真向かいに歩み寄ると手に持った小型のレコーダーを机に置いた。

 

 「ルルーシュ。約束の物よ」

 

 告げた言葉はたったそれだけ。しかし、ルルーシュには十分だった。 

 レコーダーを手に取ったルルーシュが僅かに瞳を細めるのを余所に、二人はそんな彼の様子を無言で見守っている。

 が、次の瞬間、彼は二人にとって予想だにしない行動に出た。

 

 「必要無くなった」

 

 そう言うとあろう事かカレンに突き返してみせたのだ。

 突き返されたカレンは驚きに瞳を見開くと、怒りを孕んだ口調で問う。

 

「どういう意味?」

「言葉の通りだ」

 

 カレンが怒っている事など容易に理解出来る筈だったが、ルルーシュは敢えて短く返した。当然、それは火に油を注ぐ結果となる。

 

 「何よそれ! 死んだ人間に用は無いって言いたいのっ!?」

 

 激昂したカレンが机に身を乗り出すが、ルルーシュに動じた様子は見られない。それどころか、彼は彼女達にとって信じられない言葉を言ってのけた。

 

「生きている」

「えっ?」

「ライは生きている」

 

 自身に言い聞かせるかのように反芻するルルーシュを見て、カレンのみならずC.C.さえも呆気に取られる。

 依然としてC.C.が口を挟む事は無かったが、ライの事でカレンが黙っている筈も無い。

 カレンは、なまじ先程の怒りに染まっていた方がまだ優しい。そう思わせるに十分な冷え切った瞳を向けながら両拳を握り締める。

 

 「本気で…言ってるの?」

 「愚問だな」

 「気休めは止めてよっ! ルルーシュ、あなたはこの一年私達がどれだけ探したか分かってない!!」

 「気休めじゃない。俺には確信がある」

 「何よそれ!」

 「まだ言えない。だが、生きていると信じている」

 

 息をする事さえも忘れて矢継ぎ早に言葉を紡ぐカレンだったが、ルルーシュは真っ向から受けて立って見せた。

 そんな彼の態度に、本当に信じているのだと理解したカレンはゆっくりと落ち着きを取り戻して行った。

 やがて、完全に落ち着いたカレンは顔を伏せると肩を震わせる。

 

 「……本当、に?」

 「あぁ」

 

 短くも力強いルルーシュの言葉にカレンは思わず顔を上げると、彼女の瞳に飛び込んで来たのは何処までも真っ直ぐなルルーシュの瞳。

 それを見たカレンは、再び拳を固く握り締めると机の上にあるレコーダーとルルーシュ。双方に視線を行き来させる。

 やがて、意を決した彼女は左腕を高々と掲げると次の瞬間、あらん限りの力で降り下ろした。

 机が割れたかのような音とともに砕け散るレコーダー。

 ルルーシュのみならずC.C.までもが呆気に取られていると、カレンは再び顔を伏せて辿々しい口調で語り始めた。

 

 「これで、もうライの声は聞けない。私がこれをずっと持っていたのは、これがライの最後の声だったから。でも――」

 「聞かせてやる」

 

 遮るかのように告げられたルルーシュの言葉に、カレンが再び肩を震わせると彼は今一度告げた。

 

 「聞かせてやるさ」

 「……なら、お願い。ライを、探し…て……」

 

 普段の彼女を知る者達からすれば信じられないだろう。

 蚊の鳴くようなか細い声で願うカレンに向けて、ルルーシュは優しげな声で応じた。

 

 「その願い聞き届けた。だからカレン。君も二度とライが死んだ等と思うな。必ず、必ず見つけてやる」

 

 カレンは顔を伏せたままルルーシュに背を向けると、先程より幾何か明るい声で答えた。

 

 「ありがとう、ルルーシュ」

 

 突然の感謝の言葉にルルーシュは一瞬目を見張る。が、彼は直ぐに申し訳なさそうに唇を噛み締めると謝辞を述べた。

 

 「いや、礼を言うのはこっちの方だ。信じてくれて感謝する。だが、こうなってしまったのは元はと言えば俺のせいなんだからな。カレン、済まなかった」

 「あの時は貴方なりの理由があったんでしょ? それに、あなたがライの事で嘘を吐かないって事だけは信じてるから」

 「そうか…」 

 

 ルルーシュはバベルタワーで自身が言った言葉を思い出すと、少々気恥ずかしそうに呟いた。

 それが可笑しかったのか、カレンは天井を見上げると一転して明るい口調になる。

 

 「皆の所に行ってるわ」

 

 そう告げるとカレンは幾分か軽い足取りで部屋を後にした。

 

 ◇

 

 カレンも部屋を去り、一人残された形となったC.C.。

 

 「全く、あの女は」

 

 彼女は微苦笑を唇に湛えながらカレンを見送った後、ルルーシュに向き直ると今度は一転して少々棘のある口調で問い正す。

 

 「で? どういうつもりだ?」

 

 しかして、ルルーシュはあっけらかんとした口調で問い返す。

 

 「何がだ?」

 「ライが生きているということさ。一体、何を根拠に――」

 「無いんだ」

 「なに?」

 

 C.C.が疑問の声を上げると、ルルーシュは机に両肘を付き手を組む。そしてその手に額を押し当てると俯いた。

 

 「生徒会の皆から、ナナリーとライ。二人の記憶が……」

 

 その仕草から彼の表情を伺い知る事は出来ない。

 だが、C.C.は察していたのだろう。彼女は何も言わずにただ無言で続きを促すと、ルルーシュは自身の考えを告げた。

 

 「ナナリーに関する記憶を奪ったという事は理解出来る。だが、ライはどうだ? 本当に死んだのなら何故奪った? 必要無いだろう?」

 「ルルーシュ。あいつはギアスを、王の力を持っているんだぞ?」

 

 C.C.の指摘にルルーシュは面を上げる。彼女の予想通りだったのか定かでは無いが、彼の顔は憎しみに歪んでいた。

 

 「そう、ギアスだ。だからこそ皇帝がライを押さえている可能性は十分にある。相手は実の子供でさえも道具として使う男だ。ライの存在は……大層魅力的に映るだろうな!」

 

 そこまで言うと遂に耐えきれなくなったのかルルーシュは拳を机に叩き付けた。そんな彼を余所にC.C.は諭すかのように続ける。

 

 「なぁ、ルルーシュ。私はギアスと繋がりのある者の事なら分かる」

 

 その言葉にルルーシュはC.C.の瞳を無言で見据えた。

 

 「お前が生きていると分かったのもそのお陰だ。ギアスユーザーが持つ特有の波長…とでも言うか。それを感じ取れていたからなんだぞ? だが、この一年ライの波長は一度も感じていない」

 

 だが、相変わらずルルーシュは鰾膠(にべ)も無い。 

 

 「魔女のレーダーも錆びたな。それとも、何処からECMでも出ているんじゃないか?」

 

 ルルーシュの軽口にC.C.が眉を曇らせると、それを批難と受け取ったルルーシュは鼻を鳴らすとソッポを向いた。

 C.C.は内心、ガキめ、と小馬鹿にしながらも再び問う。

 

 「本気で信じているんだな?」

 「ああ」

 「まさか、信じたくないという想いからでは無いだろうな?」

 「くどいぞ」

 

 話は終わりだとでも言わんばかりに吐き捨てたルルーシュは、今一度決意を述べる。 

 

 「ナナリーもライも必ず見つけてやる」

 「分かったよ。私も、もう一度探りを入れておく」

 

 最早、何を言っても無駄だと悟ったC.C.は溜息混じりに答えるとルルーシュは驚いた様子で振り向いた。

 

 「まさか、心当たりがあるのか!?」

 「お前の妹については分からないが――」

 「ライについてならあるんだな?」

 

 ルルーシュが射抜かんばかりの視線を向けると、C.C.は観念したのか小さく頷いた。

 

 「手掛かりは、取り戻せなかったお前の欠落した記憶だ」

 「俺の記憶、だと?」

 

 予期していなかったのか、怪しむと同時に、即座にバベルタワーでの出来事を思い出したルルーシュが呟く。

 

 「そういえば、あの時確かにお前は言っていたな。まだ全てを取り戻せた訳では無いと。あの男(皇帝)の持つギアスの効果を打ち消したんじゃないのか?」

 「私にはギアスが効かないだけで、掛けられたギアスを解除出来るような力までは持っていないさ。一つ、面白モノを見せてやるよ」

 

 そう前置きしたC.C.は、パソコンを操作すると壁に据え付けられていたモニターの一つが起動した。

 

 「何をするつもりだ?」

 「まぁ、黙って見ていろ。船長(・・)さん」

 「船長? お前は一体何を――」

 『我々は、世界解放戦線、方舟の船団である!!』

 「……は?」

 

 突如としてモニターに映った謎の人物。それが発した第一声に、ルルーシュは耳を疑った。

 しかし、その間にもその人物は尊大な口調で語り続ける。

 

 『愚かしきユーロピア共和国の市民共よ! 我が――』

 「止めろ! C.C.!!」

 

 画面に映る素顔は逆光のため判然とはしないものの、その聞き慣れた声色と大仰な仕草に、思い当たる節があり過ぎるルルーシュは、椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がる。

 対してC.C.はその美貌を妖艶に染めると、平然と嘯いて見せた。

 

 「どうかしたのか? 船長さん? これからが良いところ――」

 「もう分かった! お前が言っている取り戻せない記憶とはこれか!」

 「無いだろう?」

 「あぁ、身に覚えが無い」

 

 忌々しげにその端正な顔貌を歪めるルルーシュ。

 C.C.は表情を改めると告げた。

 

 「お前の気配はこの一年、ずっと感じていた。一時、欧州方面に行った事も。だが、その時の記憶はCの世界の何処にも無かった」

 「詳しく話せ」

 

 ルルーシュは椅子に座り直すと、腕を組み背もたれにその身を委ねる。

 対するC.C.はパソコンを操作しモニターを消すと語り始めた。

 ブラックリベリオンの際、ジェレミアを引き付ける為、別れ際に行った例の接触(キス)により、ルルーシュのこれまでの記憶をコピーした事。

 Cの世界は人間の記憶が集まる場所でもあり、後に作戦前にその世界に出向き、自身が持つルルーシュの記憶の波長を頼りに、接触以降の彼の記憶を探り出し、繋ぎ会わせて再構築した事を。

 だが、そこまで聞いたルルーシュの口から出たのは当然の疑問。

 

 「では、この時の記憶は何処にいった?」

 「それが分かれば苦労はしない」

 「皇帝にとって、取り戻されると不味い記憶という事か?」

 「あの男のギアスは強力だが、流石にCの世界にある記憶にまで干渉出来るほどの力は無いさ。あの世界にあるものに手を加える事なんて、私でも不可能なんだからな(・・・・・・・・・・・・)

 「おい。その言い方だと、可能な者が居るようにも聞こえるぞ?」

 「……さぁな」

 

 まだその時では無いと判断したC.C.はそっぽを向いた。

 その態度に、ルルーシュはいつもの事だと割り切ると押し黙り思慮に耽る。

 そんな彼に向き直ったC.C.が釘を指す。

 

 「だから、当てにはするな。それと、ルルーシュ。これだけは頭に入れておけよ?」

 

 C.C.はそう前置きした後、紫色の瞳に疑問の色を浮かべているルルーシュに向けて何時になく真剣な眼差しで告げた。

 

 「生きているのなら、皇帝がライを従えているのなら、間違いなくライは敵になっているぞ。それも、最悪の敵にな」

 

 彼女が何を言わんとしているか瞬時に理解したルルーシュは、剣呑な瞳を浮かべながら口を開く。

 帝国成立時にリカルドが掲げ、現皇帝シャルルが体現せしめている不変の理。力こそ絶対との国是。

 その源となった存在。伝説に謳われた古の王の名を。

 

 「ライゼル、か……」

 

 C.C.は静かに頷く。だが、ルルーシュはその薄紫の瞳に一層の決意を露わにした。

 

 「良いだろう。俺はこれから世界を手にしようと言うんだ。親友一人取り戻せずして何が世界だ!! ナナリーもライも絶対に取り返してみせる!」

 

 何者にも負けぬ強い信念を宿したその言葉に、同時にルルーシュの決意が揺るぎないものであると再認識したC.C.ではあったが、彼女の不安は依然として拭えない。

 本当にライが生きているとして、ライゼルに戻ってしまっていた場合、ルルーシュは果たして勝てるのか?と。

 何よりも、仮に本当に生きていて取り返せたとしてもライに対してはルルーシュのように記憶を取り戻す術は無いのだ。

 何故なら、学園で初めて会った時からC.C.は知っていたからだ。

 ライの記憶は最初からCの世界の何処にも無かったという事を。

 試しにC.C.はルルーシュと同じ方法を取る事を考えてはみたが、直ぐに却下した。

 あれは前述の通り、彼女が持つルルーシュの記憶を流し込んだだけであり、ライにしようものならルルーシュの記憶を持ったライが誕生しかねない。

 いや、下手をするとこれまでの記憶と反発し合い、最悪、廃人になる可能性も捨て切れない。

 よって、そこまで考えた時、C.C.は考えるのを止めた。

 そして、これ以降、彼女は密かに自身の懸念が事実で無い事を祈るようになった。

 しかし、残念ながらその祈りは長くは続かない。

 ライを想う者達の中で、彼の生存とその変貌。それらを真っ先に知るのは彼女となるのだから。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 「おぉっ! 懐かしの団員服!」

 「やっぱりこれじゃないとなぁ。拘束服なんて二度とごめんだぜ」

 

 総領事館の中庭では、一年ぶりの団員服に袖を通すと肌触りを懐かしむ面々の姿があった。

 だが、そんな彼等とは一線を画すかのように相も変わらず剣呑な表情を浮かべる一団の姿も見受けられる。藤堂達だ。

 

 「そうか、桐原翁は……」

 「はい、キョウト六家の方々は神楽耶様を除き皆様……」

 

 藤堂の呟きに卜部が無念を噛み締めると、そこに仙波が割って入る。

 

 「その神楽耶様は?」

 「ラクシャータ達と共に中華連邦へ難を逃れられたと」

 「一先ずは安心という事か」

 

 日本を象徴する皇家の血脈は未だ健在と言う事実に、仙波は場違いとは承知しつつも、腕を組むと安堵の溜め息を溢す。

 一方で、今後の事を思案していた藤堂は思わず愚痴る。

 

 「何れにしても、これからの戦いは更に厳しいものになるな」

 

 それを聞いた二人は一様に口を噤んだ。

 それもその筈。嘗てのような、キョウト六家の支援はもう望めないのだ。

 周囲を敵に囲まれた、まさに陸の孤島とも言えるこの総領事館から再び全てを始めなければならないのだから。

 ナリタでの雌伏を思い出したのか。

 三人は皆一様に渋い顔を浮かべるとそれっきり押し黙ってしまった。

 所変わって少し離れた場所では、そんな壮年の男達の姿を心此処に有らずといった様子で見つめる千葉の姿が。

 すると、不意に彼女の側に居た朝比奈が悪戯っぽい笑みを浮かべながら背中を押す。

 

 「告白しちゃえばいいのに…」

 「な、何を告白しろとっ!」

 

 慌てて否定する千葉。そんな時、周囲に声が響いた。

 

 「ゼロだ!」

 

 団員の誰かが言った言葉に二人の目付きが鋭くなる。

 千葉は我先にとゼロの元へ集まる隊員達へ向けて、牽制の言葉を発した。

 

 「待て待て! ゼロ、助けてくれた事には感謝しよう。だが、お前の裏切りがなければ私達は捕まっていない」

 「一言あってもいいんじゃない?」

 

 遅れ馳せながら朝比奈も援護射撃を行う。

 だが、ゼロには彼等の口撃は予測済みだった。

 

 『全ては、ブリタニアに勝つ為だ』

 

 ゼロが切って返すと、言葉の続きが気になる団員達を代表して玉城が尋ねる。

 

 「だよな! それで?」

 『それだけだ』

 

 何の謝罪も無かったゼロの言葉に団員達の間でどよめきが起きると、千葉は更に食って掛かる。

 

 「そんな言葉で死んでいった者達が納得するとでも?」

 『その者達には心より哀悼の意を表する。だが、戦いに犠牲はつきものだ』

 「戦場から真っ先に逃げ出したお前が何を言う!」

 

 燐とした千葉の声が辺りに響くと団員達はただ無言でゼロの言葉を待つが、ゼロは何も答えない。彼女の怒りが増す。

 

 「見下げ果てた奴だ! お前より彼の方が余程リーダーに相応しかった!」

 『彼?』

 「惚ける気か!? ライの事だ! お前は知らないだろうから教えてやる! 彼は…彼は仲間を護ろうと、その身を犠牲にしてでも最後まで戦った!!!」

 

 その言葉に殆どの団員達は顔を伏せた。

 そんな彼等の仕草を見たカレンは、今でもライを想ってくれてる仲間がこんなにも居るのだ、と左手を胸に懐き想いを馳せる。

 一方で、そんなカレンの様子を苦しんでいると勘違いした扇が慌てて口を開こうとしたが、それはゼロに遮られる事となった。

 

 『生憎、ライについては詫びる気は無い』

 「……何だと?」

 

 俄にざわめき出す団員達。

 すると、呆れて物も言えないといった様子でいる千葉の代わりに朝比奈が噛み付いた。

 

 「どういう意味だい? 場合によってはゼロ。君はここに居る全員を敵に回す事になるよ?」

 

 だが、半ば脅しに近い台詞にも関わらずゼロは事も無げに言い放つ。

 

 『簡単だ。ライは生きているからな』

 「はぁっ!?」

 

 朝比奈が素っ頓狂な声を上げると隊員達は俄然騒ぎ出した。

 

 「マジかよ……」

 「でも、幹部の人達は生きてる筈が無いって……」

 「いや、ゼロが言ってるんだし……」

 「でもっ!……」

 

 各々、混乱しつつも思い思いの言葉を口にする。

 そんな中、いち早く立ち直った朝比奈はゼロを睨み付けた。 

 

 「君はあの爆発を見ていないからそんな事が言えるんだよ! 良いかい!? あの爆発の中で――」

 「やめろっっっっ!!」

 「っ!!…藤堂…さん?」

 「中佐?」

 

 突然声を荒げた藤堂に驚いた様子でいる二人を余所に、彼は一人壇上に上がる。

 

 「ゼロ、彼は生きているんだな?」

 『私はライの事で嘘は吐かないと誓っている』

 

 それを聞いた朝比奈の瞳が鋭さを増す。

 

 「何それ。俺達には吐くって言ってるような物だよね?」

 『敵を騙すには、まず味方からという言葉もある』

 「そんな言葉――」

 「朝比奈っ!」

 

 二度目の叱責。

 朝比奈は、怒りに染まっていたとはいえ藤堂が話している最中に割って入ってしまった事を恥じたようで押し黙った。

 

 「もう一つ聞きたい。あの時も勝つための策を練ろうとしたんだな?」

 『私は常に結果を目指す』

 「分かった」

 

 短く答えた後、振り向いた藤堂は眼下に居並ぶ隊員達に向けて言った。

 

 「作戦内容は伏せねばならない時もある。それに今は争いごとをしている場合では無い。我々には彼の力が必要だ。私は、彼以上の才覚を――」

 

 そこまで言った時、藤堂の脳裏にライの姿が過った。

 藤堂は、一瞬だけゼロに視線を移すと直ぐに向き直る。そして、軽く咳払いをした後、言った。

 

 「彼以上の才覚を持つ者はこの場には居ないだろう!」

 

 隊員達は互いに顔を見合わせる。そんな最中、後に続くように壇上に上った扇は一人気を吐く。

 

 「そうだ、みんな! ゼロを信じよう!」

 

 だが、以前のような盲信は危険だと思った南が苦言を呈する。

 

 「でも、ゼロはお前を駒扱いして……」

 

 それでも、めげなかった扇は一人の旧友に狙いを定めた。

 

 「彼の他に誰が出来る? ブリタニアと戦争するなんて中華連邦でも無理だ。ユーロピア連合もシュナイゼル皇子の前に負け続けてるらしいじゃないか。俺達は全ての植民エリアにとって希望なんだ。独立戦争に勝つ為にも、俺達のリーダーはゼロしか居ない!」

 「そうだぁ! ゼロッ! ゼロッ! ゼロッ!」

 

 狙い通りに玉城が音頭を取ると疎らながらも半数近くの隊員達が後に続いた。響き渡るゼロコール。

 そんな中、壇上より降りた藤堂は未だ納得出来ない様子でいる二人の元へ歩み寄る。

 

 「千葉…」

 「中佐の仰る事は分かります。ですが、ゼロは彼の事を山車に使っているように思えてなりません」

 

 申し訳なさそうに答える千葉。藤堂は視線を移す。

 

 「朝比奈」

 「俺の居場所は藤堂さんの側であって、ゼロの側じゃありませんから。その考えを変えるつもりはありません」

 

 朝比奈は強い決意を秘めた瞳を藤堂に向けた後、再びゼロに向けて言い放った。

 

 「ゼロ! 俺が従うのは藤堂さんだけだ。俺は君の事を信じた訳じゃない。特に彼の事についてはね。この中にも俺と同じ気持ちでいる人間は多いよ。皆を信じさせたいなら――」

 『ライを捜し出せばいいんだな?』

 

 千葉と朝比奈。二人のゼロに対する不信感は、さも簡単に言ってのけるゼロを見て更に深まって行く。

 が、そんな事はお構いなしとでも言いたげにゼロは言葉を続ける。

 

 『アイツを大切に想うのは私も同じだ。ライは私の大切な左腕だからな』

 「協力は出来ないよ?」

 『構わない』

 

 ゼロが言い切ると、朝比奈は、見つけれるなら見つけてみろ、とでも言いたげな視線を送った後、踵を返すとその場を後にした。

 そんな朝比奈の後ろ姿を見送りながら、渋い表情を浮かべていた仙波が藤堂に歩み寄る。

 

 「難しいですな」

 「あぁ、今は団結せねばならないというのに溝は深いようだ」

 「朝比奈は戦闘隊長殿の事を評価しておりましたからな。居なくなってしまった今、それが下がる事は無いでしょう」

 

 そう、生きている筈が無いと結論を出した朝比奈にとって、ライの評価が下がる事は無い。いや、むしろ上昇して行くだろう。思い出とは美化されるものなのだから。

 一方、朝比奈と同じスタンスでいたがその場を立ち去るまでには至らなかった千葉は思わず尋ねた。

 

 「中佐はゼロの言葉を信じるのですか?」

 「信じると言うよりは、信じたい、だな。卜部、お前もそうでは無いか?」

 「……はい」

 

 藤堂は、いつの間にか背後に控えていた卜部に向けて振り返る事無く問い掛けると、彼は短く頷いた。

 そして、藤堂は未だ熱心にゼロコールを送る隊員達とそうでない隊員達に交互に視線を向ける。

 

 「何れにしても、今の我々は彼の捜索にさえ人員を割けないのが現状だ。ライ君の事はゼロに任せて吉報を待つしかない」

 「「「はい」」」

 

 三人は力強く頷いた。

 一方、藤堂が彼等と会話していた頃、壇上では別の会話が行われていた。

 

 「ゼロ、信じていいんだな?」

 

 扇の縋るかのような視線をその身に浴びながらも、ゼロはハッキリと言い切る。

 

 『結構だ』

 

 頼もしい言葉を聞いた扇は、思わず呟いた。

 

 「変わった…よな…」

 『変わった? 私が?』

 

 意外な言葉にゼロが思わず反芻すると、扇は気恥ずかしそうに言った。

 

 「ライの事だけじゃ無い。救出の時もそうだ。俺達を……同胞と呼んでくれた」

 『覚えていないな』

 

 ゼロは夜空に浮かぶ月を眺めながら惚けてみせた。だが、ゼロが自身の言った事を忘れるような男では無い事を承知していた扇は、その仕草を見て微苦笑を浮かべると次に疑問を口にした。

 

 「分かった。けど、何故そこまでライの事を?」

 

 そう尋ねつつも、扇としては嬉しかった。自分にとっても仲間にとっても。

 何よりもカレンにとってライが生きているという言葉は他ならぬゼロが言った言葉だ。

 扇は彼が何の根拠も無しに言うとは思えず、それは希望が持てる言葉だった。

 だが、一方で千葉や朝比奈のような感情を抱く者も中には居るという事を、扇は囚われの身であった時に重々承知していた。 

 

 『アイツは……いや、止めておこう』

 

 一瞬、扇の前で「親友だ」と言いかけたゼロは、咄嗟に思い留まった。これ以上の特別扱いは出来なかったのだ。

 

 「お、おい。ゼロ?」

 

 扇の言葉を聞き流し、未だ鳴り止まぬゼロコールの中、必ず見つけるという決意を胸に一人その場を後にするゼロ。

 だが、彼にはそれ以前に対峙しなければならない存在が居る。

 嘗ての親友、スザク。

 ゼロを、ルルーシュを未だ憎む彼がこの地に舞い戻っている事を彼が知るのは3日後の事だった。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 その3日後の事。

 何の前触れも無く突然学園に復学して来たスザク。

 彼は素知らぬ顔でルルーシュに笑みを送りながら手を差し延べた。

 その時のルルーシュの怒りは如何程のものであっただろうか。今更推し量る必要も無いだろう。

 だが、それを顔に出す程ルルーシュは愚かでは無い。

 彼もまたスザクと同じように何食わぬ顔で再開の握手に応じた。

 丁度その頃、何処とも知れぬ場所ではルルーシュとは対照的に一人の青年が怒りを顕にしていた。

 

 「お前は一体何を考えているっ!?」

 

 黄昏の間にライの怒号が響く。

 

 「何故あの男、枢木を日本に送った!?」

 

 しかして、怒りの矢面に立たされている皇帝、シャルルは臆面無く言い放つ。

 

 「新しい総督の警護の為に一足早くエリア11入りさせたまで。枢木の件はその者たっての願いでもある」

 「願いだと? 実の息子を餌にするような輩が、何時からそれ程寛容になった?」

 「不服か?」

 「当たり前だ! 枢木は仮にもラウンズ。機情と対極の存在だ。あの男の事だ。必ず駒共に協力を命じるだろう。そうなれば、あの者達は立場上断る事が出来ない。このままでは、命令系統が二つ存在する事になるだろうが!」

 「ならば、互いに協力せよ」

 

 譲る気は無いとでも言いたげに不遜な態度を崩さぬ皇帝に、ライは軽い目眩を覚えた。

 

 「あの男がルルーシュを憎んでいるのは知っているだろう? 引っ掻き回されるのは目に見えている」

 

 ライは溜め息を一つ吐くと、声のトーンを幾分か落として懇切丁寧に説明したが、結果としてそれが仇となった。

 

 「引っ掻き回す? 既にしている(・・・・・・)御主が何を言う」

 「……何の事だ?」

 

 意味深な発言にライは風向きが変わったのを肌で感じ取ると思わず眉を曇らせる。が、皇帝は尚も語る。

 

 「御主はゼロに要らぬ力を与えたではないか」

 「奪われる可能性があるとは言った筈だが?」

 

 言わんとしている事を明瞭に理解したライは、せめてもの抵抗か。

 咄嗟に嘯いて見せたが、一方で無駄な足掻きである事も理解していた。

 

 「奪われる事が分かっておったであろう? いや、御主はあの者達の忠誠心を利用した。ゼロが奪い易いよう仕向けた。違うか?」

 「………………やれやれ、V.V.か」

 

 ライはたっぷりと間を置くと、やがて観念したかのように呟いたが、同時にその左手は左腰に据えた剣、その柄尻を弄り始めていた。

 それを見咎めた皇帝は咄嗟に話題を反らす。

 

 「そもそも、儂はこうも伝えた筈。ルルーシュを殺させるな、と。忘れたとは言わせぬぞ? 一歩間違えれば、ゼロは死んでおったであろう?」

 「委細任せると言っただろうに。しかし、お前こそ忘れているのか? あの時点でゼロがルルーシュである確証には至れていなかった事を。それと、少しはルルーシュの実力を評価してやれ。ゼロがルルーシュであれば、ギルフォード如きに敗れる筈が無い。敗れたとしたら興醒めだ。いや、私に興味を抱かせておいての体たらく。寧ろ死ね。万死に値する」

 

 そこまで語ったライは遂に抜剣した。

 同時に、背後から光が溢れるのを見た皇帝は押さえに掛かる。

 

 「あの者は不死である事を忘れたか?」

 

 だが、今のライに効く筈も無い。

 

 「分かっている。だが、首と胴が泣き別れになったら、どのように生き続けるのか。興味が湧かないか?」

 

 陰惨な笑みを浮かべるライに、これ以上は危ういと判断した皇帝が再び口を開こうとした時、二人の背後より疑問の声が浴びせられた。

 

 「何に興味があるって?」

 「来たな。告げ口魔め」

 

 ライは待ち侘びたかのような声色で呟き蒼い炎をその身に纏うと、白い外套を翻しながらゆっくりと振り向いた。

 背後より差し込む夕陽のせいでV.V.はライの表情を伺い知る事は出来ない。

 だが、一年近くも行動を共にしたのだ。ライがどのような表情をしているのか十分理解していたV.V.。その瞳に剣呑の色が揺蕩う。

 

 「同志に牙を向けるの?」

 

 V.V.は自分達の関係を再認識させるべく問うたが、同じく無駄だった。

 

 「必要とあらばな」

 

 ライは依然として陰惨な笑みを崩す事無く瞳を見開き凍えるような声で応じると、V.V.は不意に感慨深げに呟いた。

 

 「君は、壊れてるね」

 

 しかし、そんな皮肉めいた言葉も今のライには意味を成さない。

 

 「そうだろうな、私はあの日に壊れてしまった」

 

 ライは少し自嘲気味に笑った後、柄を握り締めると剣先を差し向ける。が、結果としてそれが振るわれる事は無かった。

 

 「止めよ!!! 奪われた事を責めてはおらぬ。結果としてC.C.の居場所を突き止めた。その功績に免じてな。だが、斬り伏せた所であの者に対する命を撤回する気は無い!」

 

 怒号にも似たシャルルの言葉。

 そこに含まれる並々ならぬ決意にライの纏う炎が陰ると、それは徐々に小さくなってゆき遂には消え失せた。

 そうして次に慣れた所作で剣を鞘に納めると、未練がましく柄より剥がすかのように手を離したライはシャルルに向き直る。

 

 「どうしても連携を取れというか……」

 「如何にも」

 「断る。私の邪魔をするのなら、例えラウンズであっても許しはしない」

 

 検討するに値しない、とライはシャルルの言葉を切り捨てた。

 だが、皇帝も簡単に引き下がるような男では無い。

 

 「あの者達の生殺与奪は儂が握っておる」

 「なら、精々肝に命じさせておけ」

 

 シャルルの再びの忠告に、ライは苛立ちを隠さず吐き捨てると会話は途切れた。

 身の安全を確認したV.V.がその小柄な体を利用して二人の間に割って入ると、シャルルのみが僅かに間を譲った。

 すると、その時なってやっとV.V.は柔和な笑みを浮かべた。

 シャルルもまた口元を僅かに緩めた後、再びライに視線を向ける。

 

 「希望は確信へと変わったか?」

 

 その問いにライはやや苦笑した。

 

 「当日は私の駒がルルーシュに付いていたからな。現状維持だ。ルルーシュの素晴らしい所は、私でも思い至れない発想力と、僅かな戦力で最大効率を図れる戦略構成の妙技にある。今回は、一度使われた手口を踏襲しただけだからな」

 「思い違いであるか」

 「その結論に至ってしまうのは簡単だ。しかし、それでは楽しみが減る」

 

 ―― 楽しみ ――

 

 先程の会話から、遂にシャルルにも自身の思惑を把握された事を知ったライが遂に心情を吐露すると、呆れた様子でV.V.が忠告する。

 

 「精々ゼロに足元を救われないようにね」

 「分かっている。ところで、先程言った新しい総督の件だが、その者は皇族か?」

 「何故そう思う?」

 

 予期せぬ言葉だったのかシャルルは眉間に皺を寄せ、V.V.もやや驚いた様子で瞳を見開くと二人の様子を見たライは鼻で笑った。

 

 「当たりだな」

 「何故分かったの? 僕もさっき聞いたばかりでまだ教えて無い筈だけど?」

 

 一人納得しているライを余所に未だ驚いたままのV.V.が問うと、ライは自身の考え。その根拠を告げた。

 

 「ラウンズの警護を上奏し、それを認めさせた。とてもでは無いが、矮小な貴族共に出来る事とは思えなかっただけだ。まぁ、ただの推測だったがな」

 「君には本当に畏れ入るね」

 

 たったそれだけの理由で見事に正解を言い当てたライをV.V.は賞賛した。

 しかし、ライが予測出来たのはそこまで。当然と言えば当然だが、新総督の名前までは言い当てる事が出来なかった。

 

 「一体誰を送る気だ?」

 

 今のエリア11、ライに言わせれば母親の祖国、日本だがそこは再び甦った魔人、ゼロが巣食う地。

 例え皇族であろうとも余程のやり手でなければ、ライはカラレスの末路を辿るだけだという認識でいた。

 問われたシャルルは端的に答える。

 

 「ナナリーを送る」

 「ナナリー?」

 

 シュナイゼル辺りを予想していたライにとって、その名は全くの想定外だったようで彼は思わず反芻した。

 だが、直ぐに誰であるかを思い出したライは驚愕の表情そのままに叫んだ。

 

 「ルルーシュの妹か!!」

 「如何にも」

 

 微笑を湛えるシャルルを見て、ライは冷静さを取り戻した。

 

 「成る程、お前はお前でルルーシュがゼロか見極めるつもりか。しかし……悪趣味だな」

 

 そう言って愉快げに唇を歪ませた瞬間、ライの脳裏に一つの疑問が浮かんだ。

 

 「そう言えば、何故ナナリーはこちら側に居る? 報告書には――」

 

 顔を上げたライはシャルルに向けて問うたが、意外にもその答えは下から聞こえた。

 

 「僕が連れて来たんだよ」

 

 ライが足下に視線を落とすと、そこにはV.V.の笑みがあった。

 

 「拐ったのか?」

 「人聞きの悪い事言わないでよ。まぁ、そうなんだけどね」

 

 ほんの少し口をへの字に曲げて抗議するV.V.。すると、シャルルが口を開く。

 

 「出立は一週間後。事前に会っておくか?」

 「良い子だよ、ナナリーは」

 「興味が湧かない」

 

 二人に断りを入れたライは踵を返してその場を後にしようと歩き始める。すると、V.V.は突然思い出したかのように尋ねた。

 

 「そう言えば、もうすぐ"あの日"だよね?」

 

 ライは脚を止めると些かゲンナリした様子で独り言のように呟いた。

 

 「"あの日"か……」

 「それでね、今回僕はちょっと行けないんだ」

 「何だと?」

 

 慌ててライが振り向くと、シャルルはV.V.に向かって心底残念そうに呟いた。

 

 「それは残念ですな」

 「ごめんね、シャルル。この埋め合わせはするからさ」

 

 緩やかな雰囲気で会話する二人。

 その様子をライが両腕を組んで憮然とした態度で眺めていると、V.V.は再びライに視線を向けた。

 

 「という訳で、よろしくね。ライ」

 「断るという選択肢は?」

 「無いよ」

 

 先程のお返しとばかりに満面の笑みで答えるV.V.。

 

 「だろうな」

 

 我ながら馬鹿げた事を聞いたと思ったライは、そう呟くと足早にその場を後にし、やがて光と共に消えた。

 僅な間を置いて、シャルルが視線を落とすとライの気配が空間より完全に消え去ったのを認識したV.V.は小さく頷いた。

 それを認めたシャルルは口を開く。

 

 「兄さん。余り挑発はなさらぬ様にして下さい」

 「心配性だね、シャルルは」

 

 V.V.は破顔したが、シャルルが険しい表情を崩す事は無かった。

 それを不思議に思ったV.V.が首を傾げると、彼は言葉を続ける。

 

 「あの者の持つ剣。あれで斬られれば例え兄さんであっても――」

 「あらゆるモノを打ち砕く剣、かぁ」

 

 V.V.は瞳を細める。

 

 「コードを持った人形を破壊したように、僕の定めも破壊出来る。C.C.が聞いたら喜ぶかな?」

 「どうでしょうな。しかし、そうなるとコードの回収が不可能になります」

 

 微笑を浮かべ軽口を叩くV.V.とは異なり、シャルルは眉間に皺を寄せると懸念を露わにした。

 そんな弟の態度にV.V.の瞳が鋭く光る。

 

 「シャルル、彼の気性は知ってるよね? 何故そんな危険な物を与えたの? 僕にはこっちの方が驚きだよ」

 「お忘れですか? 兄さん。あの剣は元々あの者の所有物です」

 「あぁ、そうだった。年は取るものじゃないね」

 

 瞳から鋭さを消したV.V.が気恥かしそうに頬を軽く掻くと、シャルルはその容姿と仕草。そして言葉のギャップに少々苦笑しながらも言葉を続けた。

 

 「与えたのでは無く返したのですよ。あの者を確実に取り込む為には刀のみを返せば良かったのでしょうが、それでは、剣はどうした? と言い出しかねないので。それに、確認の為と保険の意味合いも兼ねての事です」

 「保険? 確認の為って言うのは分かるよ。本当にライの契約者が与えた物かどうかを探る為だね?」

 「ええ。当初は剣と刀。果たしてどちらが…と悩みましたが、年代測定を行った結果、(おおよ)その答えは出ました」

 

 そこまで話してシャルルは一旦言葉を区切るも、V.V.は瞳に興味の色を揺蕩わせると続きを促す。 

 

 「それで?」

 「刀については作られた年代は特定出来ました。ですが、剣については――」

 「何も出なかった?」

 「それどころか、何で作られているのかと言う事さえも……」

 

 一般的に剣の構成物質ならば鉄である筈。

 だが、そうでは無いどころか、帝国の科学技術を以てしても解析不能という答えにV.V.は内心で驚嘆すると同時に、ある意味理解出来たのか。次には納得した面持ちで頷いた。

 

 「その時点で予想は出来たけど、最後に彼に見せる事で確実性を得ようとしたって訳だね?」 

 「えぇ」

 

 小さく頷くシャルル。

 だが、それを聞いたV.V.の胸中には、当初より燻り続けていた疑問の焔が燃え広がった。

 そのため、剣呑な表情を浮かべると黄昏の間を満たす夕陽を見つめながら暫しの間、無言となる。が、やがてゆっくりと口を開いた。

 

 「…シャルル。前から思ってたけど、君はライの事で僕に話していない事は無い? 幾ら昔憧れたとは言っても、彼の存在理由に最初に辿り着いたのは君だよ? 少し執着し過ぎてないかな? 確かに、魅力的である事は認めるけどさ」

 

 その追求にシャルルは僅かに頬を緩めると、同じく夕陽に視線を向けた彼は、次にあっさりと認めた。

 

 「何時からそう思われておられましたか?」

 「記憶を僅かな改竄だけで済ました時から、かな?」

 

 V.V.の答えは、殆ど最初からと言えた。

 が、シャルルは何も言わずにただ無言で兄の言葉を待つ。

 

 「あそこまで強烈な自我を残す必要があったの? もう少し扱い易くしてくれたら、僕としては助かったんだけれど」

 「当初は、全ての記憶を入れ替えて従順な存在にする事も考えましたが、あの者の身体に神が罠を仕掛けていないとは限りません。ですので、先にルルーシュで試した結果を見て判断しました。行うべきでは無い、と」

 「分からないなぁ。ジュリアスの人格を否定したルルーシュのように、精神退行してくれた方が扱い易いのに」

 

 視線はそのままに、非道な言葉を平然と使うV.V.。しかし、シャルルは慎重な姿勢を崩さない。

 

 「リスクが高過ぎます。書物の記録と、あの者と直接会話して知り得た情報から考えて、やはり二人の記憶だけは決して触れてはなりません」

 「二人? 母親と妹の記憶だね?」

 「えぇ、二人はあの者にとって唯一と言って良いほど大切な存在であると同時に(グレイプニル)でもあるかと。神が罠を張っているとすれば、恐らくは其処でしょうな」

 

 その言葉に、つい先日、まさにそれを幻視していたV.V.は小さく呟いた。

 

 「鎖……」

 「はい、あの者をライゼル・S・ブリタニアとしてこの世界に留める為の」

 「因みに、その鎖を取り払ったらどうなるのかな?」

 「大狼が目覚めるでしょうな。神の剣、ライゼルが」

 

 夕陽を睨み付けながら告げられたシャルルの一言に、V.V.は瞳を見開くと咄嗟に弟を見上げた。

 

 「待って、シャルル。彼はライゼルだよね?」

 「正確に申せば違います。今のあの者は、ライゼル・S・ブリタニア。神の剣とは似ても似つかぬ(まこと)の王。兄さん、そもそもライゼルなど、本来我らにとっては唾棄すべき存在ではないですか」

 

 同意を求めるかのようなその口振りに、V.V.は小さく首肯すると新たな疑問を口にする。

 

 「鎖を取り払ったら大狼が目覚める、か。でも、それだと妙じゃない?」

 

 その言葉を受けて、シャルルもまた向き直った。

 

 「何がですかな?」

 「ライは記憶を失っていたって、彼を最初に見つけたバトレーの記録にはあった筈だよ?」

 「それは表面上の問題です。深い部分では有していたのでしょう」

 「成る程ね。じゃあ、精々、オーディンにはならないように注意しなきゃ」

 

 軽口を叩くと同時に、V.V.は納得した面持ちを浮かべた。

 

 「今の説明で、保険の意味も分かったよ。もし、万が一の事態が発生しても、あの剣を持たせておけば――」

 「剣の性質上、ライゼルには成り得ません。真実の剣の前では、如何にライゼルと言えども勝てませんからな」

 「彼は思いも寄らないだろうね。敵を殺す為に使っていた武器が、実は封印装置だったなんて。でも、そこまでして封じておくなんて、神の意図するところは何なのかな?」

 「神の思惑は分かりませんが、我等にとっては好機です。あの者から剣を奪う事が出来る者など、そうは居りませんから」

 

 三日月を浮かべるシャルルに釣られたのか。V.V.の口元も怪しく歪む。

 

 「だからこそ、自らの意思で動いてもらう必要があったんだね?」

 「えぇ。一度目覚めて以降のあの者は今とは別人。優しさと仲間を思いやる気持ちが強い者であったとか。さすれば、今後は折を見て己の存在理由も知らせてやる事で、何かの切っ掛けで記憶が戻ったとしても、最早逃げられません」

 「優しいライなら、確かに自分の存在理由を聞けば耐えられないだろうね。でも、シャルル。一つ忘れてないかな?」

 

 それは予期せぬ問い掛けだったのか。シャルルは瞳に珍しく困惑の色を見せる。

 

 「何をでしょうか?」

 「機情の長として、彼がどれだけの血に染まっているかって事さ。彼は殺し過ぎた。そして、この前の作戦じゃ、間接的とは言え遂にその大切な嘗ての仲間達までも手に掛けようとしたんだもの。その事実だけでも、此方側に引き留める材料としては十分だと思わない?」

 

 そう告げると壮絶な笑みを張り付けるV.V.に対して、シャルルは鉄面皮で応じた。

 

 「保険は掛けておくに越した事はありませんよ」

 「それもそうか……でも、これ以上、彼についての隠し事は無しだよ? 僕達は、この世界でたった二人の兄弟なんだからさ」

 

 遂に完全に納得したのか。

 兄の屈託の無い笑顔に、弟は今度こそ微笑を浮かべた。

 

 「勿論ですとも、兄さん」 




【キャラクター補足】
ライ → 強い意思に優しい性格。大切に思う人の為なら身の危険をも顧みない。敵対者には強く当たるが命まで奪うのは極力避ける。ちょっと天然。

ライゼル・S・ブリタニア  → 強い意思に苛烈な性格。母親と妹の二人だけが己の世界の全て。敵対者は全て死ね。ちょっと天然。

ライゼル → ヤバい。


ここまでお読み下さり、ありがとうございました。
(……一話あたりの文字数が増え続けてるよう)


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TURN 03 ~ ナイトオブラウンズ(中編)~

遅くなり申し訳ありません。
構成見直しに手間取りました。
ロロの設定、昔考えた時と今では大きく違うので、何とか整合性を持たせようと躍起になってはみたものの、上手く出来てれば良いのですが。


本話ですが、スザクがお好きな方はご注意下さい。
扱いがあまりよろしくありません。


 ある所に、一人の少年が居た。

 その少年はある日親に捨てられると、とある存在に拾われる。親が少年を捨てた理由は今もって分からないが、それだけであれば少年は特に気にしなかった。

 その存在に連れて来られた場所。

 そこには己と似た境遇の少年少女ばかりだったのだから。

 しかし、そこに来た際、真っ先にそれまでの名前を名乗る事を禁じられると同時に、番号で呼ばれる事を義務付けられた事には言い知れぬ悲しみも有してもいた。

 それは周りも同じだったのだろう。

 多くの人間が集まれば、気の合う者やそうで無い者とも出会う事だろう。

 やがて、少年少女達はグループを形成するに至る。

 少年もその内の一つに収まると、仲間内でのみ禁じられた嘗ての名前を密かに呼び合うようになる。

 そんな彼等が集められた理由は一つ。適性者を育てる為。

 日々繰り返される過酷な訓練と、身体検査と称した非道な実験の数々。それに身も心も疲弊してゆく少年少女達。

 ある者は発現した力に蝕まれて。また、ある者は力を発現する事が出来ず、用済みとして処理され。

 そうして仲間が消えてゆく事に耐えられず、心を壊した者もその後を追った。

 しかし、少年はそれに耐え続けた。

 少年が唯一の心の拠り所とするグループに所属する4人の兄姉達もまた、誰一人として脱落する事は無かったからだ。

 だが、ある時それに変化が訪れる。

 少年が慕う4人の兄姉のうち、2人が脱走したのだ。

 それはまだ幼かった少年の心をこれ以上無い程に痛く傷付けた。何故、自分も連れて行ってくれなかったのか、と。

 沸き上がった哀しみは流転し、憎しみへと変貌するのに然程の時は要さなかった。

 やがて、姉が追跡者の手により処理された事を己を拾った主より知らされると、良いキミだと思うほど。

 鬱屈した精神のまま月日は流れ、残った2人の姉も任務により少年の元を離れると、遂にグループは彼一人となった。

 その時からだ。

 少年の空虚な心に小さな欲求が芽生えたのは。

 それは名前を呼ばれたいという渇望。

 しかし、嘗ての団欒の象徴でもあったそれを与えてくれる存在は何処にも居ない。

 今の少年に有ったのは名前と呼ぶには余りにも限定的なもの。任務の時にだけ与えられる仮初めの名、コードネーム。それだけしか無かった。

 一方で、普段、主がその名を呼ぶ事は決して無い。

 当然だ。主にとって、それは名では無いのだから。

 だからこそ、日に日に想いは募る。誰彼憚る事無く名乗れる名前が欲しい。また呼ばれたい、と。

 決して口には出せないその想い。

 少年は分かっていたのだ。

 己を拾った主にとって自分はただの駒なのだと。

 その主に命じられるがままに人を殺す。

 普通の人生を歩む者にとっては異質なそれも少年から見れば普通の日々。

 いや、普通の者が歩む人生こそが少年にとっては異質に()える事だろう。

 その日も、普段と変わらず少年は主より任務を授かった。

 しかし、それは今までとは少しだけ違っていた。

 命じられたのは殺害では無く監視。対象は嘗ての魔人、ゼロ。その抜け殻とはいえ期限は不明のオマケ付き。

 それでも命じられた当初、これまでの境遇に浸り切っていた少年の心に波風は立たなかった。だが、後にそれは揺らぐ事となる。

 翌日、少年は一人の若き王に出会う。それは少年にとって運命の出逢いと言えた。

 その王は少年がどれだけ渇望しようとも、決して許される事が無いと諦めていた名前をいとも簡単に、当然のように与えたばかりか、誰彼憚る事無く名乗る事さえも許したうえ、主にさえもそれに異を唱えさせなかったのだから。

 その時からだ。

 少年の空虚な心に自身を拾ってくれた主よりも、嘗ての兄姉達よりも大きな楔が打ち込まれたのは。

 それは、名前と言う名の楔。

 そんな王と過ごす日々は少年にとって何よりも鮮烈なものだった。

 王が微笑む度に、少年の心に失われた暖かみが広がる。

 やがて、少年は次第に任務に付く日が近づくのを疎ましく思うようになっていった。

 任務に就くという事。

 それ即ち王の袂を離れる事を意味するものであり、オマケにそれは何時終わるとも知れないものなのだから。

 少年は悩む。だが、拒む事は出来なかった。

 主だけでは無く、王もそれを望んでいたのだから。

 後ろ髪引かれる思いで王と別れ、任務に就いた少年。

 当初は苦痛でしか無かった。だが、そんな少年の心に次第に変化が訪れるようになる。

 初めて送る普通の人生。初めて出来た甘えられる存在。その存在より与えられる無償の愛情。

 自分でも気付かぬ内に、少年は任務を楽しむようになっていった。

 そして、運命のその日。

 少年は些細な事から王の怒りを買ってしまう。

 ただ、王はそれ程に怒った覚えは無い。自分を裏切れる筈がないとの絶対の自信があったからだ。

 そしてそれはその通りなのだが少年の心は再び痛く傷ついた。

 対する王はここで一つのミスを犯した。

 王は知らなかったのだ。魔人が目覚めてる事に。

 同じ頃、目覚めた魔人は少年を籠絡するべく情報を集めていた。

 その時、偶然にも見たのだ。画像に映る少年の笑みを。

 決して演技には見えなかったそれ。

 魔人は王も気付いていない少年の内なる想いにいち早く気付いた。

 仮に王もその画像を見ていれば危険な兆候だと察しただろう。だが、ここでも王はミスを犯した。

 少年個人の学園での生活態度等は至って普通との報告を受けていた王にとって、それ以上の情報は不要だった。

 元々、王はこう考えていたのだ。

 嘗て、母親と妹を狙った連中と同じく、少年は生来の暗殺者。そう簡単にその心に何度も変化が起きる訳が無い、と。

 

 ── 慢心 ──

 

 それはこの王の唯一の弱点と言えた。

 一方で、見限られたと思い絶望し疲弊していた少年。その心の隙を魔人が見逃す筈もない。

 魔人は言葉巧みに王が打ち込んだ楔をへし折ると、新たな楔を少年の心に打ち込んだ。

 誕生日と家族という二つの楔を。

 その王、ライに名乗りを許され、魔人、ルルーシュには誕生日と家族を与えられた少年、ロロは遂にライの意に反する事を決意する。

 だが、ロロの心の奥底には未だライに打ち込まれた楔。その切っ先が残っていた。

 それが彼の心を引き留めた。

 優先順位はルルーシュとなったものの、ロロにとってはライもまた大切な存在だという事は変わらなかった。

 それは当然だろう。

 ロロにとって絶対者である主、V.V.が定めた不文律を呆気なく破壊してみせたのだから。受けた衝撃は計り知れない。

 一方、ロロがライに嘘を吐いている事に変わりは無い。

 ロロの心を引き留めたその切っ先は、同時に鈍い痛みも覚えさせた。

 その痛みに必死に耐えながらも彼は考える。ライの為に。

 結果、裏切った事がV.V.に知られればライにも危険が及ぶとの結論に至る。ロロはV.V.の非情さをよく知っていたのだから。

 しかし、そこでふと思う。

 このままシラを切り続ければ、少なくともV.V.がライに危害を加える事は無いのではないか、と。

 痛みに後押しされながらも悩み抜いた結果、ロロはライを護りつつ自分の居場所(ルルーシュ)も護る。そんな端から見れば出来る筈も無い道を選択した。

 だが、ロロは知らない。

 ライの存在理由を知っているV.V.が、約束の時まで彼に危害を加える事など有り得ないという事を。

 

 ──────────────────────

 

 コードギアス 反逆のルルーシュ L2  

 ~ TURN03 ナイトオブラウンズ(中編)~

 

 ──────────────────────

 

 「先生。俺とロロに関する全てのイレギュラーを見逃してもらえますか?」

 

 微笑を浮かべたルルーシュが命じると、紅い鳥に心を蝕まれた監視員は頷いた。

 

 「分かった。そうしよう。二人とも、余り外を出歩くなよ?」

 「「はい」」

 

 心此処に在らずといった面持ちのまま、監視員は立ち去っていった。

 

 「残るメンバーは、ヴィレッタ先生だけだな?」

 

 最後の監視員にギアスを掛け終えたルルーシュが問うと、ロロは小さく頷いた。

 

 「いえ、まだ枢木スザクが居ます。殺しますか?」

 「そういう事はもうやめろ。あぁ、それと……」

 「何でしょうか?」

 「変な言葉使いは無しにしないか? 俺達……兄弟だろう?」

 

 ロロの心の内に暖かい何かが染み渡ると、同時にそれが後押しする。

 押し黙ると物言いたげな瞳で見つめるロロに気付いたルルーシュが問う。

 

 「どうした?」

 「実は……もう一人居るんだ」

 「もう一人? 二人以外にか?」

 

 驚いた様子で尋ねたルルーシュにとって、続くロロから告げられたのは、彼にとって衝撃的な内容だった。

 

 「うん……でも、アイツにギアスは効かない」

 「なっ!? ギアスが効かないだと!? どういう事だ?」

 「学園……というか、エリア11には居ないんだ」

 

 その答えに胸を撫で下ろすと、平静さを取り戻したルルーシュは再び尋ねる。

 

 「そいつの名前は?」

 

 しかし、返事は無い。

 

 「ロロ。教えてくれないか?」

 

 怒る事無く柔和な笑みを向けるルルーシュ。

 躊躇したロロは一瞬言葉に詰まったが、遂には告げた。

 ルルーシュが機情を掌握するに当たって最大の障害に成りうる男の名を。

 

 「機密情報局長官、カリグラ。機情のトップに居る男だよ」

 「カリグラ……暴君の名前だな。どんな男だ?」

 「……」

 「ロロ?」

 

 再び黙り込んだロロに対して、ルルーシュは少々訝しみながら問うた。

 すると、ロロはそんな視線から逃れるかのように俯くと言った。

 

 「そっくりなんだ。兄さ……ゼロに……」

 「何だと?」

 

 それはルルーシュでさえも全く予期していない答えだった。

 彼が詳しく尋ねるべく歩み寄ると、突然顔を上げたロロは必死な形相で懇願した。

 

 「で、でも、心配しないで。アイツは僕が抑えるからっ!!」

 

 そうは口にしつつも、ロロ自身、カリグラをどうにか出来るという明確な自信は現時点では持ち合わせていない。

 そもそも、ロロは嚮団から派遣されて機情に席を置いているに過ぎない。

 その上、これまでのカリグラとの関係はお世辞にも円満とは言い難く、早急な関係の改善を図る必要があった。

 当然、それを知っていた訳では無いが、ロロの必死な形相を見たルルーシュは、果たして任せられるのか、と疑問を懐いた。

 そしてルルーシュが懸念を口にしようとした時、不意に明るい女性の声が周囲に響いた。

 

 「あーっ!! 二人ともこんな所に居た! 会長、こんな所に居ましたよーっ!」

 「やぁ。シャーリー」

 

 声の主、シャーリー・フェネットの姿を認めたルルーシュは咄嗟に普段の笑みを貼り付けるが、彼女は膨れっ面をしたまま詰め寄った。

 だが、その頬が少し紅潮してるのはお約束。

 

 「もうっ! 最近は授業にも真面目に出るようになったと思ってたのに、こんな所で油売って! スザク君の歓迎会が近いんだよ?」

 「済まない。ちょっと用事があってさ。なぁ、ロロ?」

 

 突然話を振られた事にロロが少々驚いた表情を浮かべると、それを見たシャーリーは口を尖らせる。

 

 「ロロのせいにしないの! ロロも無理に付き合う必要無いんだよ?」

 「そ、それは誤解──」

 

 ロロは慌てて否定しようとするが、生来、思い込んだら一直線な彼女に通じる筈もない。

 

 「いいから、いいから。駄目でしょ? ルル」

 

 最早、ルルーシュは苦笑するしかなかった。

 既にこの場は彼女が支配しており、撤退は容易では無い。

 それを理解していたルルーシュは、何とか上手く逃れられないかと話題を逸らす。

 

 「それにしても、良く俺達が此所に居るって分かったな」

 

 だが、ルルーシュには見えていなかった。絶対支配者が近づいている事に。

 

 「そりゃあ、ねぇ? シャーリーはルルーシュの事になったらぁ……」

 

 突然響いたシャーリーとは別の女性の声。

 その声を聞いたルルーシュは、内心天を仰ぎたい気分になった。

 声の主は言わずもがな。この学園の首魁にしてルルーシュがコントロール出来ない唯一の存在、ミレイ・アッシュフォード。

 ニンマリと笑みを浮かべながら、その豊かな胸を強調するかのように腕を組んで仁王立ちしている彼女の姿を見たルルーシュは、瞬間、心の内で諸手を挙げて降参した。

 

 「な、何言ってるんですか! 会長っ!!」

 

 慌ててミレイの元に走り寄ると顔を真っ赤にして抗議の声を上げるシャーリー。対するミレイは悪戯っぽい笑みを浮かべてみせる。

 

 「照れない、照れない」

 「べ、別に照れてなんか……」 

 

 (かしがま)しく騒ぐ二人を余所に、最早全てを諦めていたルルーシュはロロにだけ聞こえる声で呟いた。

 

 「ロロ。後でその男の事を詳しく話してくれないか?」

 「う、うん。でも、目と耳は至る所にあるから……僕の部屋でなら……」

 「それじゃあ、夕方にでも──」

 「なに話してるの? 行くよー?」

 

 遮るかのように告げられた声。

 先程までの照れていた姿は何処へ行ったのか。

 ルルーシュ並の切り替えの早さを見せるシャーリーに、彼は軽く相槌を打つ。

 

 「あぁ、今行く」

 

 そう言って二人は彼女達の元まで歩み寄ると、不意に思い出したかのようにミレイが口を開いた。

 

 「そうそう、ロロ。さっきヴィレッタ先生が探してたわよ?」

 「先生が……ですか?」

 「ええ、何でも相談したい事があるって言ってたわね」

 

 その言伝にロロは一瞬だけ眉を顰めると、瞬時に意味を察したルルーシュが背中を押す。

 

 「行って来い。こっちは俺達でやっておく」

 「ありがとう。兄さん」

 

 ロロは一言礼を言うと彼女達に会釈した後、走り去って行った。

 そんなロロを見送ったミレイは残る二人に号令を掛ける。

 

 「それじゃあ、私達は準備に戻るわよっ!」

 「はーいっ!」

 「はいはい」

 

 元気一杯なシャーリーと、苦笑しながら返すルルーシュ。

 最後にルルーシュは、ロロが立ち去った方向に一瞬だけ視線を移した後、次には何事も無かったかのように彼女達の後を追った。

 

 ◇

 

 図書室の隠し扉から機情の地下施設に入ったロロは、そこでヴィレッタと会話している人物を見て少々驚いた。

 

 ──枢木……スザク……。

 

 「ロロ、遅いぞ」

 

 ヴィレッタが非難するも、普段通り無言で聞き流したロロは椅子に腰掛けると、彼女は再びスザクに向き直る。

 

 「それで、ここ数日に渡り接触されてみて何か気付かれた点は?」

 「いえ、特に……」

 「ではやはり、対象の記憶は戻っていないと──」

 「待って下さい。もう暫く調査が必要です」

 

 慎重な姿勢を崩さないスザクに、ロロは僅かに身を乗り出すと抗議の声を上げる。

 

 「僕達の監視が信用出来ないと?」

 「君達はC.C.の件が最優先事項なんだろう? 君は今まで通り弟役を頼む」

 「……Yes, My Lord」

 

 ロロは面倒な相手だと思いつつも下手に勘繰られるのを避けるべく短く返すと、ヴィレッタが今後の予定を告げた。

 

 「では明日、生徒会主催で行われる枢木卿の歓迎会。そこで再度確認を」

 「分かりました。もう少し踏み込んでみます」

 

 この時、スザクは自身が持つルルーシュの反応を探るに最適とも言える手札。

 それを使う事を決意すると同時に、考え込むかのように瞳を閉じる。

 が、次の瞬間、意を決した彼は瞳を見開いた。

 

 「一つ、お願いしたい事があります」

 「何でしょうか?」

 

 不思議そうに尋ねるヴィレッタと、無言で続きを待つロロ。

 そんな二人に交互に視線を向けたスザクは、一拍間を空けた後、彼女を見据えると重々しい口調で告げた。

 

 「今後、自分にも報告を上げて頂きたいんです」

 「それは……」

 

 その予期せぬ依頼にロロは内心舌打ちし、ヴィレッタは露骨に眉を寄せる。

 しかし、彼女の仕草を不思議に思ったスザク。

 

 「何か、問題でも?」

 

 問われたヴィレッタは背筋を正すと自身の考えを告げた。

 

 「貴卿は私共よりもルルーシュと接触出来る機会は多いかと思います。その上更に報告せよ、とは……失礼ですが、そこまでの必要性は無いのでは?」 

 「自分には軍務もあります。毎日のように学園に出席する事は出来ないんです。ヴィレッタ卿、お願い出来ますか?」

 「……どれ程の精度をお求めなのでしょうか?」

 「委細洩らさずにお願いします」

 

 スザクの注文にヴィレッタは少々困ったような表情を浮かべた。理由は簡単だ。

 機情の監視対象者には、確かにルルーシュも含まれているのだが第一目標はあくまでもC.C.なのだ。

 そのC.C.は、彼女の上司から直々に総領事館に居る旨の一報が画像と共に送られて来ていた。これはどうやって撮られたのか、ヴィレッタ自身未だに謎の部分なのだが。

 故に、今重きを置くのはC.C.の動向である。

 その為、現在、機情はその戦力の大半を総領事館周辺に配置している。バベルタワーで喪失した実働部隊であるカルタゴ隊の穴埋めとして、正規軍と連携して監視に努めなければならなくなってはいたが。

 なお、それについてヴィレッタは上司より近い内に新たな実働部隊を手配する旨の一報を既に受けている。

 よって、今のような多少緩めの監視報告ならば問題は無い。緩めと言っても、C.C.接触に対処するだけの人員は揃っているのだから。しかし、スザクは精密な報告を希望した。

 それを行うには今の人数では足らなかった。かといって、C.C.に充てている人員を順位の低いルルーシュに割り振る事は、余り好ましいとは言えなかったからだ。

 一方で、二人の会話を無言で聞いていたロロは内心苛立っていた。

 ロロも機情の実情は把握していた。

 スザクの願いを聞く事になれば手が足りなくなる。そして、その希望を叶える為には増員は必要不可欠だという事も重々承知していた。

 だからこそ苛立っているのだ。折角、ルルーシュが監視員にギアスを掛けて回ったばかりなのだから。

 要求を受け入れさせるのは避けさせたかったロロは行動を起こした。

 

 「それは僕達だけで判断出来る事じゃないですね」

 

 それだけ告げて、ロロは絶対に断るであろう男に連絡を取らせるべくヴィレッタを見やる。

 彼女もロロの言わんとしている事には直ぐに気付いた。

 そもそも、彼女も当初よりそのつもりだった。そういった裁量権は与えられて無かったのだから。

 

 「……少々、お待ち頂けますか」

 

 ヴィレッタは一言断りを入れてスザクに背を向けると、コンソールパネルに指を走らせ始めた。

 すると、それを再び不思議に思ったスザクが尋ねる。

 

 「何を?」

 

 だが、その頃には彼女の指は止まっていた。ヴィレッタは再びスザクに向き直る。

 

 「ロロも言ったように私共には決めかねますので、上の許可を──」

 「必要無い!!」

 

 突然の怒号。

 ヴィレッタは思わず後退り、ロロでさえも思わず目を見張る。

 先程までの平静さも何処へやら。「上の許可」という言葉に過剰反応したスザクは声を荒げた。

 

 「どうしてもと言うのなら、ナイトオブセブンとして命じる! ヴィレッタ・ヌウ!」

 「Y、Yes, My Lord!!」

 

 直立不動の姿勢で反射的に答礼するヴィレッタを見て、落ち着きを取り戻したのかスザクは軽く頭を垂れた。

 

 「すいません。声を荒げてしまって……」

 「く、枢木卿。どうか面を上げて下さい」

 

 よもやラウンズから謝罪されるとは思ってもいなかったヴィレッタは心底慌てた。

 だが、彼女がどれだけ頼み込んでもスザクが顔を上げる事は無い。

 

 「お願いします」

 

 ただひたすらに頼み込む姿勢を崩さないスザクに、どうするべきか悩み続けるヴィレッタ。

 そんな二人の姿をロロが忌々しげに見つめていると、彼女はとうとう根負けした。

 

 「分かりました。ラウンズである貴卿のご命令となると、私個人は拒否出来る立場には御座いません。ですが、私にも立場があります。ですので、あくまでも個人的にお受けするという事をご理解下さい」

 

 ロロは思わず目を見張るが、その言葉にスザクは面を上げると謝辞を述べる。

 

 「有り難うございます」

 「い、いえ」

 

 そんな二人のやり取りを聞いていたロロは、文句の一つでも言ってやろうとヴィレッタを睨む。が、その時、部屋の中に聞き慣れた着信音が響いた。

 ヴィレッタは反射的に身体を震わせてスイッチに視線を落とすと、彼女の態度に相手を悟ったスザク。その瞳が薄暗い色を帯びる。

 

 「どうぞ、出て下さい。彼には俺から話を付けます」

 「た、助かります」

 

 ヴィレッタは安堵した表情を浮かべてスイッチを押すと、程なくしてその男は現れた。

 

 『何ガアッタ?』

 

 モニターに映る銀色の仮面。スザクは怨敵に瓜二つの仮面を被る男、カリグラをジッと睨み付ける。

 同時にカリグラもスザクの存在に気付いた。

 

 『"ヴィレッタ"、何故コノ男ガ其処ニ居ル?』

 「枢木卿は学園に復学されたとご報告──」

 『知ッテイル。私ガ言イタイノハ、何故コノ男ヲソノ部屋ニ入レタカトイウ事ダ』

 

 頬杖を付いて不機嫌極まりないといった様子でいるカリグラを尻目に、ロロは内心ほくそ笑む。

 その時、スザクが動いた。

 

 「入ってはいけなかったのか?」

 『無論ダ、私ハ貴様ノ入室ヲ許可シタ覚エハ無イカラナ』

 「君の許可が必要とは知らなかった」

 『デハ、二度ト其処ニハ入ルナ』

 「それは出来ない相談だ。それに、俺は君に命令される謂われは無い」

 『……ダロウナ。私モ"ラウンズ"ニ命令サレル謂ワレハ無イノダカラ』

 

 機情の長とナイトオブラウンズ。互いに皇帝直属である彼等に命を下せるのは文字通り皇帝以外存在しない。

 静寂が部屋を支配する。

 このまま牽制し合うだけの時間が流れるかと思われたが、それを無駄な時間だと理解していたカリグラは相手を変えた。

 

 『"ヴィレッタ"、用件ヲ』

 「はい。実は枢木卿よりルルーシュの監視報告を要望されました。ついては卿にご判断を、と思い通信致したのですが……」

 

 彼女は懇切丁寧に説明するが、そこまで言って言葉に詰まる。すると、続きを請け負うかのようにスザクが告げた。

 

 「けれど、それはもう必要無くなった。そうですね?」

 「は、はい」

 

 短く同意するヴィレッタを見て、カリグラはスザクが言わんとしている事を理解した。それは、ある程度は予想していた事でもあったからだ。

 

 『…………"ラウンズ"トシテ個人的ニ命ジタナ?』

 「そうだ」

 

 簡潔な肯定の言葉に仮面の下でライはスザクを睨み付ける。

 同時に、自身の懸案事項が現実の物となろうとしている事に歯噛みした。

 

 『勝手ナ真似ヲ……』

 「断るなら断るで構わない。だがその場合、俺は勝手にやらせてもらう」

 

 頑として譲る意思を見せないスザクの瞳。

 相も変わらず、その大切な何かを失ったかのように暗く光る瞳を仮面越しに認めたライは思慮に耽る。

 勝手に動かれる事はライにとって好ましい状況では無かった。しかし、認めなければ面倒な事になることは請け合い。

 それを十分理解してはいたものの、簡単に認めてしまうのもまた不愉快。

 ライは咄嗟にどうするべきか模索する。

 最も簡単な方法は直ぐに思い付いたのだが、生憎と手も肉声も届く距離では無い。

 結果として、スザクの行動をある程度コントロール出来る方法など一つしか無いのは自明の理。

 だが、答えが出ているにも関わらず高過ぎるプライドが邪魔をするのか。

 彼にしては珍しく長考していると、この殺伐とした空気に耐えれなくなったのかヴィレッタが動いた。

 

 「あ、あの……カリグラ卿?」

 

 それが切っ掛けとなった。

 ライはカリグラの仮面を力無く左右に振って見せると結論を出した。

 

 『要望ハ"ルルーシュ"ノ監視報告ノ提供。ソレダケダナ?』

 「それと自分が軍務で居ない時、ルルーシュに何か変化があれば直ぐに知らせて欲しい」

 『……"ヴィレッタ"。要望通リニシテヤレ』

 「よ、よろしいのですか?」

 

 ヴィレッタは驚いた。よもやカリグラが許可するとは思ってもいなかったからだ。だが、それ以上に驚いたのはロロだった。

 

 ──不味いことになった。

 

 ロロが何と言うべきか言葉に悩んでいると、彼女の驚きを目の当たりにしたカリグラは軽口を叩く。

 

 『断ッテモイイゾ?』

 

 が、彼女にそのような事が出来る筈も無い。

 

 「い、いえ! その通りに」

 

 ヴィレッタが慌てて断りを入れると、スザクが謝辞を述べた。

 

 「協力感謝する」

 『貴様ガ私ニ礼ヲ言ウトハナ』

 「それぐらいは辨えてる」

 

 少々意外だったといった様子で語るカリグラにスザクは釘を刺すが、蒼い瞳は全てを見透かしていた。

 

 『本音ハ?』

 「……君の存在は不愉快だ」

 

 一瞬、間が空いたが、さして悪びれた様子も無く吐き捨てるスザク。対して、今度はカリグラが釘を刺しに掛かる。

 

 『ダロウナ。ダガ、コノ私ガ譲歩シタノダ。呉々モ言ッテオクガ、私ノ邪魔ダケハスルナ。邪魔ヲスレバ"ラウンズ"デアッテモ許シハシナイ』

 

 それは脅し以外の何物でも無い言葉。だが、スザクが怯む筈も無い。

 

 「その言葉、そっくりそのまま返す」

 

 再び睨み付けるスザクに対して、仮面の下ではライが妖艶な笑みを浮かべていた。

 

 『……貴様ヲ殺シテヤリタクナッタ』

 「でも、それは出来ない。違うか?」

 『本当ニソウ思ッテイルナラ、愚カノ極ミダナ……』

 「君命に逆らう気か?」

 

 スザクが目敏く問い詰めるが、カリグラは無視すると話題を変えた。

 

 『一ツ答エロ。貴様ノ目ニ"ルルーシュ"ハドウ映ッタ?』

 「どう、とは?」

 『何カ気付イタ点ハ無カッタカ?』

 「いや、今の所は何も。だが、2日後の歓迎会で全てを明らかにするつもりだ」

 

 薄暗い瞳に決意の光を宿すスザク。

 それを仮面越しに探るかのような瞳で見つめていたライの心にふと、嗜虐心が湧いた。

 

 『歓迎会ノ中心メンバーハ、"ミレイ・アッシュフォード"、"シャーリー・フェネット"、"リヴァル・カルデモンド"、ダッタカ? "ロロ"』

 「えぇ」

 「君は何が言いたいんだ?」

 

 突然、話を振られた事に、ロロは僅かに眉を顰めると端的に返す。

 一方で、カリグラの意図を理解しかねたスザクが問うと、仮面の下でライは今度こそ壮絶な笑みを浮かべながら口を開いた。

 スザクにとって、決して聞き流す事が出来ない言葉を。

 

 『純粋ニ貴様ノ復学ヲ祝ウ仲間達ヲ欺キナガラ、嘗テノ友ヲ監視スル。今ノ気分ハドウダ?』

 「っっっ!!!」

 

 刹那、スザクは両手を勢いよく机に叩き付けて立ち上がると、鬼のような形相で睨み付けた。

 その表情に背筋が凍るヴィレッタと、一貫して無表情のままのロロ。

 一方、今のライにとってスザクのそれは愉快な見せ物でしか無かった。

 

 『精々、偽リノ友情トヤラヲ楽シムガ良イ』

 「カリグラァァッ!!」

 

 刃のように辛辣なその一言は、スザクの緒を容易く断ち切った。

 スザクは床に固定されている筈の椅子を力任せに引き抜くと、次の瞬間、モニター目掛けて投げ付けた。

 

 「く、枢木卿っっっ!?」

 

 ヴィレッタは慌てふためきながら、ロロは相変わらずの無表情でそれぞれ咄嗟に机の下に身を隠す。ロロはギアスは使わなかった。ヴィレッタと二人だけの極秘事項と思っていたからだ。

 硝子が砕け散る音と共にモニターは破壊された。

 火花を散らすモニター画面。だが、通信機器は健在なようでスピーカーからはカリグラの哄笑が響く。

 

 『クハハハハッ!! ソレガ貴様ノ選ンダ道ダロウ。耐エラレナイノナラバ早々二其処(学園)カラ去ルガイイ……ソレト"ヴィレッタ"。早々ニ復旧サセロ』

 「Y、Yes, My Lord!!」

 

 ヴィレッタが机の下から這い出ながら応じるのを余所に、スザクは何も言い返さなかった。いや、言い返せなかったのだ。彼は、拳を固く握りしめると怒りに肩を震わせる事しか出来なかった。

 

 『当日、私ハ所用デ席ヲ外ス。タダ、何カアレバ一報ハ入レルヨウニシロ。報告ヲ楽シミニシテイル。ソレト、"ナイトオブセブン"。貴様モ何カ気付ケバ"ヴィレッタ"二知ラセロ。デハ──』

 

 そう告げるとスザクの返答を待たずして、カリグラは通話を切ろうとする。

 だが、その時ヴィレッタよりも早く机の下から這い出したロロが呼び止めた。

 

 「待って下さい!」

 

 それは、普段であれば聞き届けられる筈もない。

 だが、強い口調に懇願するかのような響きを怪訝に思ったカリグラは手を止めた。

 

 『……何ダ?』

 「監視員はどうするつもりですか? ルルーシュの監視を強化するつもりなら、今のままでは人数が足りません」

 

 制服に付いた埃を叩きながらロロは問うた。

 増員を決定する気なら、直ぐにでもルルーシュに伝えなければと思っていたからだ。

 しかし、カリグラにその気は無かった。 

 

 『ソレニツイテハ現状維持デ良イ』

 

 ロロは内心拍子抜けしつつも、増員しないに越したことは無いと思うとそれ以上の追及を控える。

 だが、それは彼にとっては又しても聞き流す事が出来ない言葉だった。

 

 「どういうつもりだ?」

 

 批難の色を隠すこと無く問うスザク。

 カリグラは語る。

 

 『C.C.捕縛ハ陛下ヨリ賜ッタ至上命題。居場所ガ明ラカトナッタ今、餌ニ対シテ増員スル理由ハ見受ケラレナイ』

 「だが──」

 『ソレニ言ッタ筈ダゾ? 私ハ"ラウンズ"ニ命令サレル謂ワレハ無イ、ト。ソレトモ何カ? 貴様ハ私ノ裁量権ニマデ踏ミ込ンデ来ル気カ?』

 「君はルルーシュを……ゼロを甘く見ていないか」

 『甘ク見テイレバ、貴様カラモ見解ヲ求メヨウトハシナイ』

 

 スザクは思わず押し黙った。再び沈黙が辺りを漂う。対するカリグラはそれを終了の合図と判断した。

 

 『話ハ終ワリノヨウダナ。デハ──』

 

 カリグラはそう告げると今度こそ通信を切った。

 だが、言い返せなかったとはいえ納得出来なかったスザクは、その矛先をヴィレッタに向ける。

 

 「出来るんですか? 今の人数で……」

 「それは……何とも……」

 

 出来ない等と言える筈も無い。

 ヴィレッタが言葉に詰まっていると、代わりにロロが口を開く。

 

 「出来ますよ」

 

 驚いた様子で振り向いたスザクに対して、ロロは少し言葉を変えて重ねるかのように言う。

 

 「やります」

 

 すると、ロロの瞳から滲み出る力強い光。それを決意と受け取ったスザクは小さく頷いた。

 

 「……分かった。君の言葉を信じる。それとヴィレッタ卿──」

 「何でしょうか?」

 「モニターの件、申し訳ありません。修理に掛かった費用は自分に回して下さい」

 

 最後にそれだけ告げたスザクは踵を返すと部屋を後にする。

 そんなスザクの後ろ姿をヴィレッタと同じく無言で見送るロロ。その瞳が怪しく光る。

 

 ──残念ですけど、僕はあなたの期待に応える気は無いですよ? 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 その日の夕方。

 歓迎会の準備からやっとの思いで解放されたルルーシュは、ロロから情報を聞きだすべく彼の部屋に来ていた。

 だが、生憎とロロは別件でミレイに捕まっており、まだ部屋には戻っていない。

 無為な時間の浪費を嫌ったルルーシュは、その待ち時間を利用して携帯片手にC.C.と連絡を取っているところだった。

 

 『そうか、学園は支配下に置いたか。流石だな、坊や』

 「詰めの部分が残ってはいるがな。ところで、そこに卜部は居るか?」

 『生憎、今は席を外している。カレン達とトレーニング中だ』

 「……では、詳細は後で伝えるとして、卜部にはニイガタまでの安全な脱出ルートの検証と、新たな拠点構築のため、先発部隊として一足早くそこから抜け出てもらう。何時でも出発出来るように準備を進めておけと伝えておいてくれ。こちらの手筈が整い次第、指示を出す」

 『分かった。だが、手筈なら整っているんじゃないか?』

 「何を言っている。準備は必要だろう?」

 

 1年近く拘束されていた他の団員達は今のニイガタ、いや、エリア11の現状を詳しくは知らない。

 方や卜部は1年間ブリタ二アの追跡から逃げ続けた実績がある。

 ルルーシュは若干、会話がすれ違っている事に疑問を抱きながらも、この任務に彼以上の適役は居ないとの考えからそう言った。

 彼がそこまで考えている事を理解していたのか、さして興味が無かったのか。

 C.C.は、分かった、とだけ返した。 

 話が一段落したところで彼は問う。自分にとって、目下最重要課題となっている二人の行方を。 

 

 「何か分かったか?」

 

 だが、返って来たのは落胆する結果だった。

 

 『いいや、何も。相変わらずお前の妹に関しても、ライの事に関しても。何も分からず仕舞いだ』

 「そう……か……」

 

 C.C.が一拍の間も置かずに返した事にルルーシュは、本当に探しているのか? と若干訝しむも、それを口に出す事無く少し暗めの口調で返した。

 すると、それを受けたC.C.は何故か自分が悪いかのように思えたのか。

 

 『そういうお前はどうなんだ?』

 

 やや棘のある声色で問い返すと、ルルーシュは慎重に言葉を選びながら言った。

 

 「一人、気になる男が居る……らしい」

 『らしい?』

 

 彼女は、煮え切らない発言をするルルーシュを珍しく思いながら続きを待つ。

 

 「ゼロと同じ仮面を被った男。機情のトップに居る男だそうだ」

 『ギアスを使えば早かろう?』

 

 何を手を(こまね)いているのか、と思ったC.C.は、一番手っ取り早い方法を提示したが、ルルーシュはあっさりと否定した。

 

 「このエリアには居ない。まだ俺も見た事は無いが、普段はモニター越しに報告を行うそうだ。ギアスは使えない」

 『……その男が学園に監視網を敷いたんだな?』

 

 言葉尻に不快な色を滲ませる彼女にルルーシュの表情が曇る。

 

 「恐らくそうだろうな。だが、それがどうかしたか?」

 『いや、アレには随分と苦々しい思いをさせられたからな』

 「愚痴か? 魔女らしくないな」

 『それ程に付け入る隙が無かったんだよ。だが、その監視網も最早ザルに近いな』

 

 冒頭にルルーシュより今の学園の状況を聞いていたC.C.は素直な感想を口にしたが、彼は慎重な姿勢を崩さなかった。

 

 「表向きはな。だが、油断は出来ない」

 『まだ疑われているのか?』

 

 まるで他人事のような声色を響かせる彼女に、彼は僅かに眉を顰めた。

 

 「その可能性は否定出来ないが、忘れたのか?」

 『何をだ?』

 「機情の標的はお前だぞ!? 今もお前が喰い付くのを待ってるという可能性もある!!」

 

 思わず声を荒げたルルーシュだったが、C.C.はあくまでもC.Cだった。

 

 『やれやれ、モテる女は辛いな』

 

 彼女の軽口を聞いたルルーシュは、先程まで歓迎会の準備に追われていた事も相まって、一気に虚脱感に襲われる。

 最早、文句を言う気力も失せてしまった彼は力無く肩を落とした。

 

 「兎に角、今が好機なのは間違いない。奴らに隙を見せたのが仇になった事を教えてやろう。この学園は、もうすぐ俺の自由の城になる」

 

 ルルーシュが自分を奮い立たせるかのように、口角を吊り上げて陰惨な笑みを浮かべると、不意にC.C.が呟いた。

 

 『そうか。それは…………頼もしいな』

 「……おい、今の間は何だ? 何を考えている?」

 

 気になったルルーシュが追及するが、C.C.は何事も無かったかのように惚けて見せる。

 

 「ん? 何も。そうそう、準備の件だったな。卜部に伝えておく。それと、私からもう一つ知らせておく事がある」

 

 露骨に話題を逸らそうとするC.C.に、ルルーシュは眉間に僅かな不快感を刻む。

 しかし、続いて彼女から語られた内容には、露骨に表情を曇らせた。

 

 「新規の入団者だと? どこから其処(総領事館)に入った?」

 『妙な事を聞くな? 地下階層からに決まっているだろう?』

 

 予想だにしていなかったのだろう。

 彼女が疑問符を浮かべながらも提示した答え。

 それはルルーシュの予想した通りのものであり、また、卜部に指示する予定で検討していた複数のルート。その内の一つでもあった。

 だが、同時に一つの疑問を懐いた彼は思考を回す。何故、C.C.は新人達がそのルートを使った事が、さも当然であるかのように言ったのか、と。

 瞬間、最悪の答えが朧げではあったが彼の脳裏を過った。

 ルルーシュは、眉間に出来た皺を更に深く刻むと状況把握の為に更問いを行う。

 

 「……使える者は?」

 『先日行われたナイトメアを用いての模擬戦では、30名の新規入団者に対して僅か1名だったと聞いている。居合わせたカレンが言うには、その者もギリギリ及第点に届くかどうかだそうだが、熱意と将来性を買ったらしい』

 「銃火器を扱った者は?」

 『残念ながら皆無に近い。有り体に言えば、素人同然だな』

 

 その回答を以て、ルルーシュは己の懸念が事実であるとの結論に達した。

 

 「クソッ! やられた!」

 『……あぁ、そういう事か』

 

 彼が吐き捨てると同じ結論に至った彼女は共犯者を窘める言葉を紡ぐ。

 

 『おい、ルルーシュ。藤堂を誉めてやるんだな』

 「藤堂がどうした?」

 『ブリタニア側のスパイを疑った為、こちら側の入り口を今朝になって塞いでしまった。その事で、扇と一悶着あったようだ』

 

 事態の悪化に歯止めが掛けられている事に、ルルーシュは安堵すると思考を切り替えた。

 

 「流石は藤堂といったところか。それで……スパイは居たのか?」

 『確認したが白だ。ブリタニアの影響下にある者は居ない』

 「何故、そう言い切れる?」

 『私が直に見触れた結果だからな』

 「お前が自発的に動くとは、珍しい事もあるんだな」

 『ルルーシュ、茶化すな。お前が懸念するところは、私も理解していたつもりだ。だからこそ態々(わざわざ)動いてやった訳だが』

 

 そう、彼女は今回の出来事はルルーシュに()るものだと判断していた。

 だからこそ、彼がある程度選別した上で送ったであろう新人達に対する最終選別(スクリーニング)

 それを己に課しているのだろうと誤解していた。

 

 「安心しろ、ギアスに侵された連中(・・・・・・・・・・)は一人も居ない』

 

 誰の、とは言わなかった。それは二人の間では、暗黙の了解であったのだから。

 

 「複雑な気分だ」

 

 顔貌を歪めるルルーシュに対して、彼女は更なる根拠を提示する。

 

 『その際、ついでに全員の深層心理まで覗いてみたが、皆がブリタニア憎しの想いを持っていた。あの負の感情を持ったままスパイ活動は無理だろうな。もし仮に出来る者が居るのなら、ソイツは人間として終わっている』

 「分かった。信じよう……では、残る課題は一つだな」

 『なんだ、まだ有るのか?』

 

 相方の懸念はそれだけだと推察していた彼女にとって、最後の一言は青天の霹靂。

 そのため不思議に思い尋ねるも、返された言葉は彼女にとって見当外れなものだった。

 

 「C.C.。お前は1日に何食摂っている?」

 『可笑しな事を聞くな。ちゃんと三食摂っているに決まっているだろう?』

 「では、二食に削れ。併せて他の者達にも食料の消費を控えるように指示を出せ」

 『イヤだ。断る』

 「おいっ!」

 『ルルーシュ、今回は私の早とちりだったとはいえ、そもそもは連絡を寄越さなかったお前が一番悪い。私は健気にも自主的に労働した訳だが、お前はそんな私から報酬とは逆にピザを一枚奪おうとしているんだ。せめて納得出来るだけの理由を聞かせろ』

 

 頑として譲らぬ硬質な言葉の響きを受けて彼は動く。まずは決定的なすれ違いを言葉にせんが為に。

 

 「新規入団者の件だが、俺は何もしていない」

 『だろうな。それはお前の先程の悪態で察したよ。それで?』

 「俺は地下階層が通れる状態だという事は、まだ把握出来ていなかった。卜部を通す為の候補ルートではあったがな。しかし、これ以上は扇と藤堂をそこに呼んでからだ。二人にも危機意識は共有してもらう」

 『……少し待て』

 

 C.C.は携帯のスピーカーをONにすると、机に置いて席を立つ。

 次に、座っていたソファーから立ち上がると部屋を見渡し、電話の置かれた脇卓の傍まで歩み受話器を取る。

 そうして二人を呼び出すよう指示を出すと、受話器を置いた彼女は元の場所に戻ると両膝を抱えて沈黙に身を委ねた。

 待つ事3分。

 ルルーシュの耳元に部屋の扉が開く音と複数の足音が響いたかと思えば、間を置かずに呼び出された二人、扇と藤堂が口々に語る声が耳朶を打つ。

 

 『連絡してくれて良かった、ゼロ。お願いがあるんだ』

 『私も丁度確認したい事があった』

 

 二人からの上申を受けたゼロは端的に尋ねた。

 

 「新規の入団者の件だろう?」

 『あぁ。皆、俺達の力になりたいって危険を顧みずに――』

 「だが、新人達は目下のところ素人ばかり。そうだな?」

 『そ、そんな言い方は無いんじゃないか? 確かにそうだが、俺達も最初はそうだった。これから経験を積んでいけばいいじゃないか。確かに時間は掛かるかもしれない。でも、何か適性を見出だしてやれば……既にオペレーターとしての適性を持つ者も見つかった。お願いだ、ゼロ。君からも藤堂さんを説得してくれないか。藤堂さんは入り口を塞いでしまったんだ。彼等の中にブリタニアの内通者が潜り込んでいる可能性があるって』

 

 今回の一件をゼロの策だと判断していた扇は、新人達の気概に心打たれていた事も相まって、何とか撤回させようと必死に思いの丈をぶつけた。

 しかし、やはり扇も誤認していると察したルルーシュは、次に彼の純朴な心情に一定の理解を示しつつも、穏当に窘める。 

 

 「人間には得手不得手がある。適性については、扇。お前の言う通りだが、藤堂が懸念するのも当然の事だ。しかし、私が最も危惧するのはそんな些細な事では無い」

 

 その含みを持たせる物言いに、疑心を確信へと昇華させた藤堂が無言で居住まいを正す一方で、疑問に思った扇が問う。

 

 「聞かせてくれないか?」

 『総領事館の周囲は、ブリタニア軍が24時間体制で監視している』

 『あぁ、それが――』

 『その中を、そんな素人同然の実力しか無い彼等が、どうやってそこに辿り着いた?』

 

 それは入り込んで来る彼等を受け入れていたある時、ふと藤堂が内通者の可能性を疑う事となった理由と同じだった。

 事態を完全に把握した藤堂は口元を固く結ぶが、携帯口から(もたら)されたその言葉を、素直に受け止め切れない扇は瞠目する。

 

 「ま、待ってくれ! その言い方だとまるで――」

 『そうだ。私は地下階層が通行出来る事は把握していない! だからこそ可笑しいと言っている! 何故、地上で厳戒体制を敷いているにも関わらず、地下は無防備なんだ?』

 

 ゼロの言葉を受けて藤堂が動く。

 

 「それはこちらが最初に気にした事でもある。だからこそ塞いだ訳だが。ゼロ、やはりこれは君の指示では無かったか……」

 「で、でも、それだと妙ですよ、藤堂さん。皆は俺達からルートを聞いたと言っているのに」

 『なんだと?』

 「一人だけ、全く違うルートから来た者も居たようだがな」

 

 ゼロの驚きを余所に、C.C.が茶化すかのように割って入ると、その物言いに引っ掛かるものを感じたルルーシュであったが、先ずは決定的な誤解を解かんと否定の言葉を口にする。

 

 「C.C.には先に告げたが、今回、私は誰にもそんな指示は出していない」

 『それだけ聞ければ十分だ。扇、これではっきりしただろう。(みな)の気概を全く無視している訳では無いが、彼が指示したのでは無い事が明らかとなった以上、今の状況は逆に不自然だ』

 

 押し黙る扇から視線を外した藤堂は、机に置かれた携帯に向き直ると率直に己の不明を恥じる。

 

 「済まない、ゼロ。最初から受け入れるべきでは無かった。完全にこちらの落ち度だ。先に君に確認を取るべきだった」

 『連絡は此方から行う事を当初に厳命した筈だ。お前に落ち度は無い。しかし、懸念しているスパイの可能性については、既にC.C.が確認している。今の所はクリーンだ』

 

 断定してみせたゼロを不思議に思った藤堂はC.C.に視線を向けた。

 

 「根拠を聞かせて貰っても?」

 「女の勘だ」

 

 ソファーに寝そべると明後日の方向を向いたまま、不確実極まりない答弁を口にする彼女に藤堂の表情が曇る。

 

 「ゼロ、当てにしても良いのだろうか?」

 『そう思うのも無理は無いが、今は私を信じて欲しい』

 

 そこまで言い切られてしまえば、彼としても受け入れざるを得ない。

 藤堂は腕を組むと、やや不承不承ではあったが小さく頷いた。

 

 「分かった」

 『続けるぞ。新人達にそのルートを教えた者について、何処まで把握している?』

 「それについては、黒の騎士団の制服を着た誰かだったという事までしか分かっていない」

 「だから、俺はてっきりゼロの特命を受けた誰かが、と思っていたんだ」

 

 藤堂が説明に被せるかのように、扇は弁解混じりに己の判断根拠を口にした。

 ルルーシュは、盲信も考え物だと顔眸を歪めると、やや落胆の声色で問う。

 

 「顔は見ていないんだな?」

 『あぁ。流暢な日本語で接触して来たそうだが、何れも日が落ちてからだったらしい。その際、バイザーを着用していたそうで、素顔までは分からなかった、と』

 「クソッ!」 

 『悪辣だな』

 

 C.C.が相変わらずの姿勢のまま他人事であるかのように呟く。

 ルルーシュは歯噛みした。

 

 「あぁ、全くもって(たち)が悪い」

 『なぁ、ゼロ。まさかとは思うが――』

 「お前の推察する通りだ、扇。黒の騎士団を騙る何者かが手引きしている。最悪な事に、今の我々には新たな団員を受け入れるだけの余力が無い。特に、物資については中華連邦からの配給に頼らざるを得ない状況だからな」

 『で、でもスパイは居ないんだろう!? なら、例え誘導されていたとしても彼等の想いは本物だ! 今更――』

 「既に受け入れた者達を追い返すような真似はしない。それをすれば噂は直ぐに広まり、求心力の低下は免れないからな」

 

 その言葉に、扇はようやっと溜飲を下げると安堵の吐息を溢した。

 

 「しかし、スパイが居ないにしても、これでブリタニアの意図は明瞭となった。籠城する敵に対して、捕虜を敢えて送り付ける事で受け入れざるを得ない状況を創出する。そうして食料の消費を加速させる事で、不平不満を募らせ、内部から徐々に崩壊させる腹積もりだろう。古典的な手法だが、今の我々には効果的だ!」

 

 携帯を握るルルーシュの左手に力が籠る。

 日本においても戦国時代を紐解けば、似たような事例も見つかるだろう。

 有名処で言えば、羽柴秀吉が使った戦法により、多くの餓死者を出した鳥取城の悲劇だろうか。

 それを思い描いたのか定かでは無いが、藤堂は苦悶の声を上げる。

 

 「考え無しに受け入れ続けていれば、餓え殺しにあうところだったな」

 

 沈黙が彼等の間を満たすと、団員達の心意気に胸を打たれ、やや視野狭窄に陥りかけていた扇の頬に一筋の冷や汗が伝う。

 それもその筈。

 事実、周囲を取り囲むブリタニア軍は、運び込まれる物資についても一昨日から検閲体制を強化し始めていたのだから。

 だが、これについて中華連邦側は強く抗議の声を上げる事が出来ない立場にいた。

 何故なら、ブリタニアは電気や水道といったおよそインフラと呼ばれる物には一切手を付けていない。

 また、物流についても完全に止めた訳では無く、これまで通り駐在する中華連邦関係者の人数から逆算して、導き出された必要量については通過を認めていたからだ。

 しかし、元より総領事館に潤沢な蓄えなどある筈も無い。

 当初、ブリタニアが兵糧攻めを取った場合をも想定していたルルーシュにしてみれば、バベルタワー脱出時の現有戦力であれば、一月程度は十分に持ちこたえられると見積もっていたが、続く虜囚解放と今のペースでの増員を考慮に入れれば、二週間と持たずに瓦解の兆しが顕れると踏んでいた。

 しかし、独断専行ではあったものの、結果的には藤堂の判断が最悪の事態を押し留めている。

 だが、それでも彼等には時間が無い。

 ルルーシュにとって、最も憂慮するべき事態への対処が成されていなかったからだ。

 

 「餓え殺しになるのは、何も我々に限った話では無い。このままでは、何れ中華連邦との間で物資の奪い合いが発生する。私が最も危惧するところは、それを嫌った連中が想定よりも早く我々を見限る可能性だ。ブリタニアも流石に中華連邦の領地と同義である其処には手出しを控えているからな。仮に安全な退去を連中が望めば、両手(もろて)を上げて確約するだろう。新たな総領事館の場所さえ提供して、な」

 

 なお、これは未だ中華連邦本国にも伏せられている事ではあるが、ルルーシュがギアスの支配下に置いていた高亥は、過日、星刻の手により排除されている。

 その事をC.C.から聞かされていたルルーシュとしては、現在、実質的な中華連邦側の責任者と目される星刻との関係性は薄氷を踏むようなもの。

 よって、仮に星刻がそのような決定を下したとすれば、それはつまるところ、現在の総領事館が中華連邦の領土では無くなる事を意味するだけでは無く、置き土産とばかりに高亥殺害の責まで押し付けられる可能性を孕んでいた。

 当然の事ながら、それはルルーシュにも織り込み済み。

 

 「連中がそこを放棄した場合、我々は唯一の盾を失う。かといって、無理やり押し留めるのは今後の関係を視野に入れれば愚策でしかない。しかし、そうなれば待っているのは完全な孤立。場合によっては、総領事殺害の濡れ衣すら被る事になる。早急に脱出の手筈を整える必要が有る。最も、それこそがブリタニア側の本命だろうがな」

 『でも、脱出といっても一体どうやって?』

 

 扇が疑問を挟むと、ルルーシュは矛先を変えた。

 

 「C.C.。先程気になる事を言ったな? 一人だけ全く違うルートから来た、と」

 『あぁ、どうやらソイツも他の者達と同じルートを知らされたらしいが、途中で道に迷ったようだな。さ迷い歩いた結果、地下階層よりも更に下のルートから辿り着いている』

 「更に下だと?」

 『地下鉄跡だ』

 

 瞬間、ルルーシュの脳裏に閃きが走る。

 

 「藤堂! お前にはその新人が通ったという地下鉄跡を今日中に走査し、脱出ルートを確立しておいて欲しい!」

 『それは構わないが、危険ではないか?』

 

 疑念を表明する彼に対して、ルルーシュは自身の推察を口にする。

 

 「危険度であれば、地下階層の方が遥かに上だ。一見、素人が通れるほど無防備に見せかけてはいるが、実際はブリタニアが用意したルートだ。間違い無く見張られているだろうからな」

 『こちらを死兵にしない為に、完全包囲するのでは無く敢えて逃げ道を残す、か。攻城戦で用いられるものだな』

 「あぁ。だが、その新人は偶然そこ(地下鉄跡)に迷い混んだと仮定すれば、そのルートは連中も把握出来ていないイレギュラーの可能性が高い」

 『問題は、その地下鉄跡こそが最も安全な逃げ道だと、そう思い飛び込んだ後の事だが……』

 「そこで藤堂、扇! お前達にもう一つ頼みたい事が有る」

 『何だろうか?』

 

 依然として慎重な姿勢を崩さない藤堂と、無言で聞き入っている扇に向けて、ゼロは事も無げに言い放った。

 

 『塞いだ入り口を開けろ』

 

 携帯口から告げられたその要請に愕然とする三人。

 いち早く立ち直った藤堂が動く。

 

 「正気か!? それをすれば――」

 『来るもの拒まず、だ。入団希望者はこのまま受け入れ続ける』

 

 これまで、その知略を如何なく発揮させていたというのに、一転して自らの首を絞めるかのような、そんな真逆の対応を要求するゼロ。

 傍目に聞いていたC.C.は愉快気に笑った。道化を演じるつもりか、と。

 しかし、残る二人にはそんな軽口を叩ける程の余裕は無かった。

 酸欠に陥ったかのように口を忙しなく開閉する扇と、二の句が告げない藤堂。

 特に、ゼロの真意が推し量れなかった藤堂は焦燥に駆られたのか、再起動すると思わず噛み付いた。

 

 「馬鹿な! 今の我々には受けれるだけの余力が無いと言ったのは、ゼロ! 君だろう!? それに君の事だ。(いず)れ物資供給すら完全に断ってくる事態も予想しているのではないか? そうなれば、足腰が立たなくなった頃合いを見計らったブリタニアに雪崩れ込まれて、我々は一貫の終わりだ!」

 『だからこそ、全員を退去させる為の露払いとして、卜部には敢えて地下階層を通ってニイガタまで向かってもらう』

 「ニイガタ? 何故だ?」

 『中華連邦本国に身を寄せているラクシャータ達とニイガタ沖で合流してもらう為だ。人数は一個小隊とする。聞いているか、扇! お前はその方面の地理に明るい者達を集めろ。その上で人選は藤堂、お前に任せる』

 

 その指示に、救出後に行われた会合の場で、南に言われた言葉を思い起こした扇は唇を噛み締める。危険と目される地下階層の通過を命じるなんて。やっぱり、ゼロは俺達を駒として使うつもりなのか、と。

 すると、そんな彼の思いを代弁するかのように棘の有る口調で藤堂が詰問した。

 

 「……それは卜部達に決死隊となれ、と言っているようにも聞こえるが?」

 

 対するルルーシュは瞳を閉じると首を横に振った。

 

 「こちらに安全性を誤認させる為に、一度だけなら通す公算も有る。確かに危険な掛けである事は認めるが、ブリタニアの意識を地下階層だけに留めておく方法はこれしか無い。その上で、実際の脱出時には地下鉄跡を使う。だが、危険を察知すればどちらも即座に撤退するよう厳命しろ。特に、卜部はバベルタワーで死に急ごうとした前科が有るからな」

 『卜部が?……分かった。厳守させる』

 

 疑念が払拭された藤堂が端的に返すと、駒扱いされている訳では無いと理解した扇はそう詫びると同時に己を恥じた。

 

 『済まない、ゼロ。君を疑ってしまった』

 「気にするな。私にも卜部と同じく前科(ブラックリベリオン)が有る」

 『……君は、本当に変わったと思う』

 

 扇は改めて心情を吐露するが、ルルーシュとしてはライが命懸けで守ろうとした者達だ。

 何れ取り戻した際、彼を悲観させる事を嫌っただけの事。しかし、一方でするべき時はするとの決意を持っていたのもまた事実。

 

 『誤解の無いように言っておくが、我々が行っているのは戦争だ。ブリタニア相手に何の犠牲も出さずに勝利を得る事など不可能だという事だけは、肝に銘じておいて欲しい』

 「私は軍人だ。それが必要な時が有る事は承知している」

 「お、俺もだ! でも、出来る事なら……」

 

 藤堂は明瞭な覚悟を口にするが、しかし、扇はまだそこまでの境地には至れていない。

 ゼロは重ねて告げる。

 

 『今回はまだそこまでの事態には至っていないというだけだ。卜部達や地下鉄ルートの結果如何によっては決死の脱出を試みてもらう事になる。覚悟はしておいてくれ』

 「承知した」

 「あ、あぁ……分かった」

 

 彼らはこの時、ある意味初めて危機意識を共有するに至ったと言っても良い。

 特に扇が受けた衝撃は大きい。

 幾つもの危機を乗り越えて見せたあのゼロをして、危険な綱渡りを余儀なくされる程、自分達は追い込まれているのだと。今、置かれている状況は決して楽観視出来るものでは無いのだという事実に、今更ながらに気付かされたからだ。

 逸る気持ちを抑えて藤堂が問う。

 

 「ゼロ、その時期はいつ頃を想定している? プランがあれば聞かせて貰いたいが」

 『4日以内だ』

 「早いな」

 

 思わぬ答えに藤堂と扇が目を見張ると、ルルーシュは理由を開示するべく口を開いた。

 

 「昼間、政庁から発表があった。新総督着任の件だ。聞いているか?」

 『あぁ。こちらも中華連邦本国から通知があったと、今朝方ここの責任者(星刻)から聞かされた。それまでには出ていけ、とも』

 「言われずとも出て行ってやろう。それと、その際、新総督の名前は聞いているか? 大衆向けには発表が無かったが」

 『いや、彼もそこまでは聞いていないそうだ』

 「……妙だな」

 

 困惑するゼロに釣られた扇は不安げな声色を上げた。

 

 『な、何か問題でもあるのか?』

 「一応は友好関係にある筈の中華連邦本国に対してまで名前を伏せるという事が、だ。これまでブリタニアがそういった事を執った記憶は無い。しかし、それならそれで好都合だ。4日後に着任する新総督は余程の大物が来るのかもしれない。そうであれば、周囲に展開しているブリタニア軍も万が一の事態を考えてそちらに人員を割り振る必要が出て来るだろう。結果がどうであれ、お前達をそこから脱出させるのはその時が最適解だろうな。それまでに新人達も付いて来れる程度には鍛えてくれ」

 『分かった! 有難う、ゼロ!』

 

 扇が朗らかに礼を述べる。

 しかし、そのスケジュールは後にスザクから新総督の名を聞かされる事で、大幅な修正を余儀なくされる事となるのだが。

 

 「では、早速行動に移してくれ」

 『承知した』

 

 そうして二人は足早に退出して行った。

 それを見届けた後、起き上がったC.C.は扉をロック。

 再びソファーに戻った彼女は、携帯を手に取りスピーカーをOFFにすると耳元に当てる。

 

 『怪しいな』

 「お前もそう思ったか」

 『バカにするな』

 

 C.C.は非難するが、ルルーシュは颯爽と聞き流す。

 

 「新総督の件は何れ分かる事だ。この際、問題では無い。問題は今の総督代行のギルフォードだ。正規軍が動いている以上、今回の件にも絡んでいる筈だ。しかし、藤堂達の処刑の件といい疑問が残る。こんな搦め手を使う男だったか? 似つかわしく無い手段だ」

 

 ギルフォードの背後に何者かの跳梁跋扈を感じたルルーシュは、真っ先にシュナイゼル辺りを想定する。

 そんな最中、C.C.が問い掛けた。

 

 『主の件でタガが外れたんじゃないか?』

 「コーネリアがどうしたというんだ?」

 『半年ほど前にブリタニアを出奔したらしく、現在に至るまで行方知れずらしいぞ』

 「そういった事は早く教えろ。しかし、そんな報道は一度も無かったと記憶しているが?」

 『私独自の情報さ』

 「情報源は?」

 『乙女の秘密だ』

 

 先ほど危機意識を共有した筈が、お返しとばかりにそれをおくびにも出さないC.C.。

 その態度に、咎めるのを諦めたルルーシュは口論を避けた。

 

 「まぁ、いい。しかし、それならそれでコーネリアの動きも気になるな。俺を恨んでいる筈だ。それについても、引き続き探ってくれ」

 『報酬は?』

 「……そこから脱出した後なら、好きなだけピザをくれてやる」

 『魅力的だが、足らないな。お前は今後も送り込まれる連中の真贋を私に判断させる腹積もりだろう? 知らなかったか? あれは大変な労力を伴うんだ』

 

 実際はそこまで大袈裟な事では無い。

 彼女の言葉の節々から滲む楽し気なイントネーションを拾ったルルーシュとしても、それは薄々感じ取っていたところではあった。

 しかし、珍しく奮起しかけている彼女を下手に刺激した結果、臍を曲げられては元も子もない。

 彼は、敢えて追及の言葉を呑み込むと同時に、彼女が望む報酬を提示する。

 

 「お前はこれまで通り三食摂っていい」

 『男に二言は無いな?』

 「無い! この強欲な魔女め!」

 『何だ、知らなかったのか?』

 「知っている。再認識しただけだ」

 

 吐き捨てるかのように皮肉を口にした彼だったが、案の定、彼女に効果などあろう筈も無い。

 

 『それは良かった。それじゃあな。おやすみ、ルルーシュ』

 「おい! まだ話は──」

 

 ルルーシュの引き留めも空しく、言質(げんち)を取ったC.C.はこれ幸いとばかりに通話を切ってしまった。

 

 「何なんだ? あの魔女は……」

 

 ルルーシュは携帯から視線を移すと部屋の窓を見やる。外は茜色に染まっていた。

 

 「あいつはこんな時間から寝る気なのか?」

 

 そう呟いた後、ルルーシュはロロが戻るまでの間、ただ無言で夕陽を眺めていた。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 その翌日の事。

 政庁ではちょっとした騒ぎがあった。

 その騒ぎの元凶たるナイトオブスリー、ジノ・ヴァインベルグは、止めに入った同僚の姿を認めると笑みを浮かべる。

 

 「おぉ! スザク」

 

 彼は自身の駆るナイトメア、トリスタンのコックピットから身を乗り出すと嬉しそうな声で名を呼んだ。

 そして、コックピットから降りたジノは破顔しながらスザクの元に駆け寄ると、出迎える形となった彼は少々呆れたように言う。

 

 「ジノ。ランスロットを持って来て欲しいと頼んだのに……」

 「あぁ、週明けにロイド伯爵と一緒に来るよ。それより何だい? その服──」

 「これは制服だよ。学校帰りだからね」

 「へぇ、これが……」

 

 興味津々といった様相を見せるジノ。

 スザクは苦言を呈する。

 

 「ジノ。幾ら名門貴族とは言え少しは普通の──」

 

 だが、ジノはそれを聞き流しながら背後に回るとスザクを抱き締めるかのように体を預けた。

 それは彼なりのスキンシップ。

 理解していたスザクはその行為を拒否する事は無かった。いや、何度言っても聞かない事から半ば諦めに近い感情を持っていたと言う方が正しいかもしれない。

 しかし、自分よりも大きな相手に凭れ掛かられては堪らない。

 

 「あの……重いんだけど──」

 「しっかしさぁ。このエリアは随分と物騒だと聞いてたのに、蓋を開けてみれば肩透かしも良いところだよな。例のイレブンの王様(ゼロ)が復活したにしては、警備体制が緩々じゃないか」

 

 スザクの抗議を華麗に聞き流したジノは、振り返ると己の機体、トリスタンの両脇に佇む首を失った二機のグロースターにやや蔑みの視線を送る。

 そのコックピット内では、ギルフォードの留守を預かるクラウディオとエドガーが奥歯を噛み締めていた。

 

 「聞いていたって、誰にだい?」

 

  スザクに問われた彼は向き直る。

 

 「出立前にさ、鉄の淑女(・・・・)に挨拶に行ったんだよ」

 「ファランクス卿の元に?」

 「そうしたら何て言ったと思う? あの人を切り殺しそうな瞳で、ジノ、要らぬ好奇心は猫をも殺すわよ、だってさ。その後で陛下にも呼ばれて機情がここで作戦行動中だって釘を刺されるし、期待していたんだけどなぁ」

 「君は行く先々で色々と無茶をするからじゃないか?」

 「酷いな、スザク。私は──」

 「ジノ、本当に重いんだけど」

 

 スザクが彼の抗議の声を遮った時、一帯に一人の女の声が響いた。

 

 『お仕舞い?』

 

 同時に一機のナイトメアが二人の前に降り立つと、その姿を認めたスザクは思わず呟いた。

 

 「モルドレッド……アーニャまで来ていたのか」

 『お仕舞い?』

 

 声の主はナイトオブシックス、アーニャ・アールストレイム。

 彼女が今一度問うと、身体を離したジノが代わりに答える。

 

 「終わりだってさ、スザクが」

 『ふーん………………つまんない』

 

 心底残念そうに呟いたアーニャはコックピット内で携帯を弄り始めた。

 ジノとアーニャ。

 二人の実力を良く知っているスザクにとって、軍事面でこれ程頼りになる援軍は無いだろう。更には、自分の部下達も到着する予定である。

 スザクはモルドレッドを見上げながら一人思う。

 

 ──これで、戦力は十分過ぎる程揃う事になる。ルルーシュ、明日の歓迎会で全てを明らかにしよう。

 

 ◇

 

 スザクが一人決意を懐いていた頃、通路の天上に巧妙に隠匿されていたカメラが彼等の姿を捉えていた。

 それから送られて来る映像をモニター越しに眺めながら、彼等の会話に聞き耳を立てている人物が二人。

 その内の一人が言う。

 

 「盗撮と盗聴。共に感度は良好みたいだね」

 

 すると、もう一人はその言葉を少々不快に思ったようだ。

 

 「何となく嫌な響きだな……諜報活動と言え。V.V」

 

 だが、指摘されたV.V.は愉快そうに笑みを溢すだけで反省の色を見せない。

 

 「ライ、君は妙な所に拘るよね。でも、政庁の至る所に取り付けるなんてさ……よく気付かれなかったね」

 「設置した者達は皆、元は優秀な鼠だったからな」

 

 関心した様子でいるV.V.を尻目に、ライはさも当然のように返した後、手に持ったティーカップに視線を落とす。

 彼は満たされた紅茶に映る己の顔を見つめつつ、感慨深げに言った。

 

 「しかし、便利な時代になったものだ」

 「それ、何だか古くさい台詞だよ?」

 

 クスクスと笑うV.V.を無視してライは語る。

 

 「今も昔も、情報というのは鮮度が命だ。あの頃は早馬を出しても手元に届くにはそれなりの時間が掛かったからな」

 「人の歴史は戦いの歴史。戦争が通信技術を進歩させたんだよ」

 

 その指摘にライは成る程な、と思うと同時にその元凶の名を口にしようとするが、V.V.が機先を制した。

 

 「それをさせているのが神。でも、僕は思うんだ。人々を争わせる神なんて必要無い。そんな神様なら……殺してしまおうって」

 「それがお前の願いだったな」

 

 陰惨な響きを受けたライは思い出したかのように呟くと、言葉の続きをV.V.が担う。

 

 「それだけじゃないよ。それは君の母親と妹の仇にもなるんだから」

 「あぁ、だからこそ私はお前達と共に歩んでいる。その為ならば、どれ程汚れた事であろうとも行うまで。これもその一環だ」

 

 顔をあげたライは、再びモニターに映るスザク達の姿を眺め見る。

 今の彼の行為は、所属やその目的も違うとはいえ、単純に考えれば仲間を監視している事に他ならない。

 最も、今の彼はそういった手合いを心の贅肉として、欧州で既に削ぎ落してしまっている。

 だが、それを差し引いたとしても盗み見ているという事実に代わりは無い。

 端から見れば良心の欠片も無いと思われるに足る行為。

 だが、V.V.はそう思ってはいなかった。

 

 「諜報機材を設置したのは公の場所だけだよね?」

 「それがどうした?」

 「つまり、プライベートな場所だけは避けたという事……僕はそこに君の最後の良心を感じるよ」

 

 良く分かってるでしょ? とでも言いたげに、V.V.の口元が弧を描く。

 その時になって、ようやく彼に視線を向けたライではあったが、表情を崩す事は無かった。

 

 「私は必要と認めれば、何処であろうとも設置させるが?」

 「折角褒めてあげたのに……」

 

 呆れ顔のV.V.を見て、ライはこの時初めてそれまでの表情を崩した。

 

 「それは気付かなかった」

 「……嘘吐き」

 

 口元をつり上げるライ。

 V.V.が軽く溜息を吐いてモニターに視線を向けると、彼も同じように視線を戻す。

 

 「しかし、枢木一人でも億劫なのだが……よもやラウンズを増員するとは。皇帝め、ナナリーの件といい情報共有を何だと思っている」

 「君ならどうとでも出来るでしょ? 頑張ってね。ライ」

 

 先程の事を引き摺っているのか、V.V.は他人事のように突き放した。

 ライは、少々やり過ぎたと思いながら、微苦笑を浮かべたその口元にゆっくりと紅茶を運ぶ。

 その時、短い着信音が辺りに響いた。

 紅茶を一息に飲み干したライは、次いでパネルを操作し発信者を確認するとスピーカーに繋げる。

 

 「私だ」

 『定時報告。昨晩、新たに荷物を八つ、発送致しました』

 「受け取り手側の反応は?」

 『これまでと変わらず、呑み込んでいます』

 「返品の兆候は?」

 『皆無』

 「根拠を述べよ」

 『本作戦当初、総領事館内に建設された簡易宿舎らしき建造物。その増築が今朝方より始まっているのを確認しています』

 

 告げられた根拠に納得しつつも、同時に僅かばかり疑念を深めたライは腕を組むと押し黙る。

 『如何なさいますか?』

 「作戦は継続せよ。同時に、新総督の着任が既に中華連邦側にも周知された以上、近々、連中(黒の騎士団)が動く可能性が有る。気取られぬよう地下階層の監視を強化し、そこを連中が使った場合、その中にC.C.が居れば捕らえろ。ただし、判断に悩めば手を出さずに追跡せよ。その後の監視は正規軍に引き継げ」

 『Yes,your majesty』

 

 返答と共に通信が切れる。

 深い溜息を一つ吐いたライは、玉座の背凭れに深く身を委ねると、脚を組み例の仕草(指輪に触れる行為)を取るが、それを見咎めたV.V.が問い掛けた。

 

 「どうしたの? 作戦は順調なんでしょ?」

 「妙だ。此方の意図に気付いていない筈が無いのだが」

 「敢えて乗ってるって事? 人員確保を優先させたのかな?」

 「そうであれば、直ぐにでも食料に困窮する事に思い至る筈だ。そもそも物資の流入量を絞り、こちらが選別した人員(役立たず)を敢えて送ったのは、連中を早くあの場から動かす為のハラスメント目的でしかない」

 「だからと言って、僕にも断食を強要しなくても良いんじゃない?」

 

 V.V.は苦言を呈した。

 理由は本作戦立案時に起因する。

 ライが考えた当初、彼はコード保持者(C.C.)の身体が断食に何処まで耐えられるか検証が必要として、身近に居るV.V.にそれ(被検体)を要求していたからだ。

 なお、当然のことながら激しく拒絶したV.V.と、彼に助け舟を出した皇帝に窘められた結果、未遂に終わったが。

 しかし、非難の眼差しを差し向けるV.V.に対して、ライは臆面もなく言い放つ。

 

 「死にはしないだろう?」

 

 良心の呵責を一切感じさせないその物言いに、呆れ果てた様相でいるV.V.を無視して彼は続ける。

 

 「しかし、本当に気付かず受け入れ続けているなら度し難い。中華連邦本国を通じて退去を促した後に押し入るまで」

 「そうなれば、ゼロは要人を盾にするかもよ?」

 「有り得ない。それをすれば万が一脱出出来たとしても、その後の関係悪化は必死だ。しかし、出来れば是非やって貰いたいものだな。その時は救出の大義名分が得られるからな」

 

 嘲笑うライ。

 そう、それこそが彼の本命。

 契約や取り決めを何よりも重んじるよう宿命付けられている(・・・・・・・・・)ライにとって、全ては皇帝が取り決めた方針に矛盾する事無く、大手を振って武力行使に乗り出せる大義名分を得んがため。

 仮に黒の騎士団がお人好しに徹した結果、飢え殺しを選ぶならそれも良し。

 一方で本格的な脱出を試みるならば、手薄に見せかけた地下階層を使った瞬間に包囲殲滅と正に二段構えの殺し技。

 元来、ライとしてはゼロが立て籠もりを選択した時点で、運否天賦によるか余程のかイレギュラーでも無い限りとの条件は付くものの、勝敗は決したとの見立てでいる。

 だが、それは既にルルーシュの深謀遠慮によって(おおよ)そ見破られてしまっているばかりか、最も懸念する内の一つ、イレギュラー(地下鉄跡)が発生している事までは把握出来ていなかった。

 しかし、それは詮無き事。

 エリア11がまだ日本と呼ばれていた頃。

 その首都の地下に蟻の巣のように広がっていたそれは、彼が持っているトウキョウ租界の見取り図の何処にも記されてはいなかったのだから。

 

 「そんな事言って。実際は中華連邦の関係者(もろ)とも殲滅するんでしょ?」

 「するものか。不幸な事故が此処彼処(そこかしこ)で起きるぐらいだ」

 「あぁ、やっぱり君は最高だよ」

 

 回答に満足したのか。破顔するV.V.にライは白眼視を向けた。

 

 「まさか、誉めているのか?」

 「そのつもりだけど?」

 「全く嬉しいとは思えない。一体誰のせいで私がここまで苦労していると思っている」

 

 能面顔で吐き捨てたライ。

 V.V.は苦笑した。

 

 「素直じゃ無いなぁ。それとも、まだ、(ナナリー)の事を根に持ってるの?」

 「それもあるが、V.V.。皇帝の手綱はしかと握っておけ。名を伏せているとはいえ、新総督の着任を中華連邦側に通知するなど、何を考えている」

 「不味かったかな?」

 

 ライは小首を傾げるV.V.を射殺さんばかりに睨み付けた。

 

 「秘密裏に事を進ませたにも関わらず、黒の騎士団がそれに食い付けば、そこから漏洩元を辿れる。場合によっては、それだけで仮面(ゼロ)の内側にまで迫る事が出来る可能性もあった!」

 「シャルルには、軽率な行動を控えるようにお願いしておくよ」

 

 悪びれる素振りを見せないV.V.の態度に、ライは小さく溜め息を溢した。




ここまでお読み下さりありがとうございました。

ルルーシュとライの謀略戦が書きたかったんですが、しかし、これはある意味で戦闘描写よりも難しいですね・・・。
遅筆なのはご容赦下さい。

今後とも、よろしくお願いします。


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TURN 03 ~ ナイトオブラウンズ(後編)~

お、遅れて申し訳ありません。
ストーリー忘れられてるかもしれない後編になります。



 小気味良い足音を響かせながら、一体の着ぐるみが学園中を闊歩していた。

 その中で、額に汗を垂らしながら紅月カレンは一人愚痴る。

 

 「もうちょっとマシな変装するんだった……暑苦しいったらありゃしないわ」

 

 そうして額から流れる汗の感触に、カレンは不愉快そうに顔をしかめた。

 事の発端は、今朝の事。

 

 「C.C.。あんた何時まで寝てるのよ」

 

 領事館内にあるC.C.の部屋にノックせずに入ったカレン。が、部屋の中は(もぬけ)の殻だった。

 

 「……何処に行ったのかしら?」

 

 カレンは辺りを見渡すと、机の上に一枚の紙が目に留まる。

 どうやら書き置きらしいと判断したカレンは手に取り読み始めるも、直ぐにその顔から血の気が引いていった。

 

 ―― アレを取りに学園に行って来る ――

 

 「……何よ…これ……」

 

 カレンは何かの間違いだろうと目を擦る

 先日、藤堂と扇から地下階層が獅子の口である事を知らされると、居ても立っても居られず自ら地下鉄跡の探索班に志願したカレンからしてみれば、その安全性が確認されたとはいえ、使うには慎重を期する必要があると仲間達の間で認識を共有した筈で、その場にC.C.も居たからなのだが、文字が形を変える事は無かった。

 

 「何考えてんのよ!!」

 

 思わず紙に向かって怒鳴りつけると部屋を飛び出したカレンは頼りになりそうな存在、藤堂達の元に一目散に駆け出した。

 その藤堂はというと、自ら規範となるべく部屋で四聖剣と非常に慎ましやかな朝食をとっていた。因みに卜部は不在だ。

 部屋に駆け込んだカレンは手に持った紙を渡すと開口一番問う。

 

 「どうしましょう?」

 「どう、と言われてもな。連れ戻す以外に方法は無いだろう」

 

 やや困惑した面持ちのまま、藤堂は朝比奈が入れたコーヒーを一口含むと、口元を真一文字に結んで渋い顔をする。

 それを思慮してくれている思うカレン。

 だが、藤堂の右隣に腰掛けた朝比奈は「どうです?」とでも言いたげな笑みを浮かべている。

 藤堂が手に持つカップから漂うコーヒーとは別の香り(醤油の香り)に、同僚の真向かいに座る千葉が抗議の視線を送ると、朝比奈の左隣に腰掛けていた仙波が独り言のように言う。

 

 「ですが、大勢で押し掛ける訳にもいきませんな」

 

 その言葉に反応した千葉と朝比奈は、無言でカレンに視線を移した。

 

 「わ、私ですか?」

 

 二人の視線に気付いたカレンが素っ頓狂な声を上げるが、千葉は燐とした声で諭すかのように言う。

 

 「学園の地理に詳しいのはお前しか居ないだろう?」

 

 至極最もな言。

 だが、それでも彼女の動揺は治まらなかった。

 

 「どうやって潜入すれば……」

 「変装するしか無いんじゃない?」

 

 朝比奈が苦笑と共に提案すると、カレンは思わず眉を顰めた。

 

 「変装…ですか?」

 「そう、変装」

 「で、でも学園には知り合いが居るし、ちょっとやそっとの変装じゃ……」

 「今日は学園祭なんでしょ? 部外者も多いだろうし潜り込むには丁度いいんじゃない?」

 「な、何で知ってるんですか!?」

 

 カレンは昨晩C.C.から聞いたばかりの話がもう知れ渡っている事に驚く。

 朝比奈は再び苦笑した。 

 

 「昨日の晩、ニイガタに向かう前に卜部さんが言ってたんだよ。ついでに、C.C.は何か良からぬ事を考えている。気を付けろ、ともね。まさか昨日の今日で行動に起こすなんて思ってもいなかったから、気を付ける時間なんて無かったけどさ」

 「はぁ……」

 

 朝比奈の説明を聞いたカレンが短く呟いた時、カップを置いた藤堂が唐突に口を開いた。

 

 「ところで、紅月君。彼女は一体何を取りに行ったんだ?」

 「えっ!?」

 

 思わぬ問いにカレンは瞳を見開いた。

 彼女からしてみれば、C.C.が学園に縁があるのは当然と言える。以前より、何度か姿を見掛けた事があったからだ。

 最も、ゼロの正体を知った今となっては言わずもがな。

 しかし、藤堂達からしてみれば理解出来ない事。

 良い言い訳が思いつけなかったカレンが言葉に詰まっていると、不意に仙波が指口を挟む。

 

 「いえ、中佐。この場合、彼女が学園と接点を持っていた事の方が重要ではないですかな?」

 

 それを聞いた千葉と朝比奈。二人は思いついたように席を立った。

 

 「そういえば……」

 「ねぇ、ひょっとしてゼロの正体って………………学生?」

 

 朝比奈の問い掛けにカレンは心臓が飛び跳ねるのを感じた。

 一時期、C.C.はゼロの愛人では無いかと騎士団内で話題になった事がある。そして、今現在ゼロは此処には居ない。

 朝比奈の問いはそれらを念頭に推理した結果、導き出されたものであったのだが、それは見事に当たっていた。

 一方、事実とはいえカレンが肯定出来る筈も無い。

 

 「そ、そそそんな訳無いじゃないですかっ!!!」

 「紅月、声が上擦っているぞ?」

 「う~ん。違うとしたら、何故彼女は学園なんかに行ったのかなぁ?」

 

 ジリジリと詰め寄る二人から逃れるように後退りながら、カレンはチラリと藤堂達に視線を移す。

 しかし、こういった時窘めてくれる筈の二人は興味深げな視線を向けるのみ。

 次いでに言えば、自分達以外で唯一ゼロの素顔を知る卜部は今は遠くニイガタの地。救いの手は望めるべくも無い。

 言葉に窮するカレン。

 

 「そ、それは……」

 「「それは?」」

 

 逃がすまいと見事にハモって見せる千葉と朝比奈。

 遂に壁際にまで追い詰められたカレンは、一人でどうにかするべきだったと悔やんだが後の祭り。

 だが、今は後悔している場合では無かった。

 何とかこの場を乗り切るべく冷や汗をかきながら模索した結果、カレンは心の底より詫びながら言葉を紡いだ。

 

 「その……C.C.はライの部屋に……」

 「「ライの部屋!?」」

 

 驚愕に瞳を見開くと再びハモる二人。

 それを好機と捉えたカレンは捲し立てるかのように言う。

 

 「そ、そうです! C.C.ったら騎士団のアジトだけじゃ飽きるからって、ライの部屋に何度か遊びに……」

 

 当の本人からすれば、苦し紛れの一言だと認識していたが、彼等には効果覿面だった。

 

 「成る程、戦闘隊長殿は彼女とも仲がよろしかったですな」

 「そういう事か。それならば彼女が学園に縁があるのも頷けるな」

 

 仙波と藤堂は互いに顔を見合わせて納得していた。

 

 「済まなかったな、変に勘繰ってしまって……」

 「ごめんね……」

 

 千葉と朝比奈もライ絡みとなればカレンに対してこれ以上の追求等出来る筈も無い。

 しかし、それはそれで良いのか?と思いつつも、当の本人が許しているのなら何も言うまい、と大人の対応を見せた二人はバツの悪そうな顔で謝罪した。

 

 「い、いえ! 誤解が解けたみたいで良かったです」

 

 そんな彼等に向けてカレンはぎこちない笑みを浮かべるが。

 

 ――C.C.。怨むわよ。

 

 こんな事でライを引き合いに出したく無かった事もあり、内心穏やかでは無い。

 その後、擦った揉んだあった結果、朝比奈が何処からか見つけて来た巨大なラッコ、タバタッチの中に入ると開拓したばかりの地下鉄跡を通って学園に潜入を果たしたカレン。

 彼女は今、クラブハウス内を彷徨っている最中だった。

 何故クラブハウスなのかと言うと彼女には確信があったからだ。

 

 ――やはりあれでないと駄目だな。坊やの部屋に置きっぱなしにしたのは不味かった――

 

 それは過去、逃亡の最中に寝床で膝を抱えたC.C.が幾度となく言っていた言葉だった。

 

 「全く、覚えときなさいよね。あの女……」

 

 ぶつくさと文句を言いながらもカレンはルルーシュの部屋に向かう。だがその途中で不意に彼女の足が止まった。

 カレンの左手には見慣れた扉があったのだ。そう、彼女は知っていた。それが誰の部屋だったかという事を。

 カレンは物を掴むようには出来ていないタバタッチの手を必死に操って、何とかドアノブを回すと部屋の中に足を進める。

 途中、入口で着ぐるみが詰まったりしたが無理矢理押し入った。

 

 「すっかり…変わっちゃったわね……」

 

 部屋の中を見たカレンの第一声がそれだった。

 今日の学園祭に使う為に運び出したのだろう。倉庫となっていたその部屋の中は散乱していた。

 カーテンは開いており、そこから差し込む日光が部屋の中を明るく照らしている。

 そこは嘗てライが居た部屋であり、彼女にとって思い出が詰まった部屋だった。

 この部屋でカレンはライとたわいもない会話をし、時には愛を語ったのだから。

 だが、今は当時の面影は微塵も無い。

 戸棚も無ければそこに在った紅と蒼のお揃いのカップも、一緒に写っている写真立ても無い。

 ライが居たという物証は全てが幻であったかのように消え失せていた。

 だが、例えこの部屋に無くともライが居たという証拠は確かに有るのだ。彼女の心と左手に。

 しかし、分かっているとは言えそれでも一時、彼女は目に映った現実に悲しんだ。

 

 「生きてるなら……何で……」

 

 自分の元に戻って来てくれないのか。

 カレンは今すぐにでも着ぐるみを脱ぎ捨てて叫びたかった。

 だが、それが出来ない事を知っていた彼女は覚束無い足取りでフラフラと歩む。

 そして、窓際に至ると徐に窓の外へと視線を向けた。

 そこから見える景色は多少変わってしまってはいたものの、彼女にとっては一年ぶりに見る景色だった。

 不意に、カレンの脳裏に結納前日この部屋でライと交わした言葉が過ぎる。

 

 ――カレン、外なんて眺めて…何を黄昏てるんだ?

 ――そんなんじゃないわ。

 ――じゃあ、どうしたんだ?

 ――えっとね……明日、ライと一緒になれるんだって考えるとね……。

 ――考えると?

 ――し、幸せだなって思ってただけ!

 ――なら、僕も窓の外を見ないといけないな。僕も……幸せだと思ってるから。

 

 「ライ…今の私は幸せじゃないわ……」

 

 彼女は沈痛な面持ちで項垂れ視線を落とす。

 すると、その瞳に飛び込んで来たのはクラブハウス裏に駐車されたトマトマークがペイントされた巨大なコンテナ車と、その上で何やら会話をしている二人(お尋ね者)の姿。

 

 「見付けた!! しかもルルーシュまで!」

 

 言うや否や、カレンは着ぐるみを勢い良く反転させると扉に向かって一目散に駆け出した。

 途中、再び詰まるが同じく力任せに通り抜けると、最後に名残惜しそうに一瞬だけ、閉まりかけの扉から覗く部屋の景色に視線を送る。

 が、それを打ち消すかのように勢い良く首を左右に振った彼女は、C.C.を捕まえるべく再び駆け出していった。

 

――――――――――――――――――――――

 コードギアス 反逆のルルーシュ L2  

 

 ~ TURN03 ナイトオブラウンズ(後編)~

――――――――――――――――――――――

 

 学園でスザクの復学祝いが始まっていた頃。

 世界の三分の一を支配する超大国、新生ブリタニア帝国本国には夜の帳が落ちていた。

 その帝都、ペンドラゴン。

 そこは各地のエリアより吸い上げられた富が集まる場所でもあり、帝都では常日頃より至る所で貴族達の晩餐会が開かれている。

 ブリタニアを憎む者が訪れれば、さながら貴族達の見本市だと皮肉めいた言葉の一つでも吐き捨てる事だろう。

 そんな帝都の中に在って訪れる来賓の品位が別格とも言える場所がある。

 各地の領主や貴族達が皇帝に謁見を求める為に訪れる皇宮だ。

 来賓もさることながらその警備も並々ならぬものがあり、皇宮は普段から人の往来が途絶える事はまず無い。

 だが、一年程前のある日の事。

 皇帝シャルルの命により月に一度だけ、皇宮はごく限られた者以外一切の人の往来を拒むようになった。

 当初、その勅命に貴族達は大層訝しんだが、それを皇帝に問う事が出来るような勇気ある輩は一人として居なかった。

 皇帝もまた明確にその理由を説明する事無く、やがて貴族達はその日を【月の日】と密かに揶揄するようになる。

 今日が正にその日だった。

 静まり返った皇宮の一室では、長大な机を挟んで二人の人物が食事をしていた。

 一人は老いに片足を突っ込んだかのような白髪。

 だが、その容姿と相反して男の持つ薄紫色の瞳は一切の老齢を感じさせぬ程の若々しさに満ち溢れている。

 男の名はシャルル・ジ・ブリタニア。

 この皇宮の主であり、世界の3分の1を支配する帝国の主である。

 そんな男と相対するのは灰銀色の髪に蒼い瞳をして、端正な顔立ちをしたうら若き青年、ライの姿だった。

 二人の間に会話は無い。

 各々、全くの無言で食事を口元に運ぶ作業を繰り返していた。

 部屋の中には二人以外にも数名の人影が映える。だが、人間かと問われれば怪しいものだ。

 ライが座る椅子の右斜め後ろに控える銀色の仮面、カリグラは直立不動のまま一切の言葉を語る素振りを見せない。

 また、壁伝いに控えている女中達もまた、人形のように一切の言葉を発する事無く、各自の役割を果たす為、ただそれだけの為に控えていた。

 これは実質シャルルとライ、二人だけの晩餐会と言えた。

 だが、皇帝が催したにしては日頃帝都の各所で催されている貴族達のそれと比べると余りにも質素と言える。

 しかし、この光景を目の当たりにすれば貴族達は大層驚くとともに羨望の眼差しをライに送る事だろう。

 かの皇帝と晩餐を共にする事を許されているのだから。

 やがて、食事も一通り終わったライは口元を軽く拭いた後、口を開く。

 

 「ナナリーの出立は明後日だったか?」

 

 問われた皇帝は杯の中身に口を付けた後、応じた。

 

 「それがどうした?」

 「……いや、何でもない……」

 

 この異様に静まりかえった状況を打開すべくライは口を開いたのだが、続く言葉を思い付けなかった。

 普段は決まってV.V.が二人に話を振るのだが、生憎今日は参加していない。

 ライはたわいもない世間話は苦手だった。特に目の前に居る男、シャルルに対しては。

 黄昏の間で饒舌に話しているのは、話題があるからなのだ。

 

 ――これ程、彼奴に居て欲しいと思った事も無いな……。

 

 ライが心中でV.V.の有用性を実感していると、今度は皇帝が口を開いた。

 

 「時に、御主はナイトメアを所望したと聞いたが?」

 

 向こうから話を振って来た事にライは内心安堵しつつ、杯を手に取る。

 

 「あぁ、それがどうかしたか?」

 「丁度、その頃には完成するとの報せを受けておる」

 「何故お前がそれを言う? 嚮団の技術者どもが造っているのでは?」

 

 ライが眉を寄せると、皇帝は口元を僅かに綻ばせた。

 

 「手に余るそうでな。今はキャメロットに作製させておる」

 「…確か、枢木の機体を造ったところだったか……」

 

 キャメロット。旧称を特別派遣嚮導技術部という。

 嘗て、そこが造り上げた一機のナイトメア。

 現在、敵国よりブリタニアの白い死神と恐れられている機体、ランスロット。

 カエサル宮殿で見せた戦闘機動と、そのカタログスペックを思い起こしたライは、楽しみだ、と続けた後、杯の中身を飲み干した。

 すると、壁伝いに控えていた女中の一人が歩み出て注ぐ。

 注ぎ終わった女中は、一礼するとまた元の位置に下がっていった。

 ライは満たされたばかりの杯を遊ばせて、その中で揺れる紅い液体を眺めながら話題が出来た事に口元を緩める。

 因みに、杯の中身は酒精ゼロの葡萄酒だ。

 

 「確か、その者達もナナリーと共に日本に向かう予定だったな?」

 

 皇帝はライの意図に気付いたのか、眉を顰めると続きを待った。

 

 「受け取るついでに私も同行する事としよう」

 「御主がエリア11に降り立つ事を認めた覚えは無い」

 

 予想通りだったのか。皇帝は、委細認めぬ、といった口振りで断じたが、ライは愉快そうに返す。

 

 「分かっている。途中で引き返せば問題は無いだろう?」

 

 彼は再び杯を口元に運ぶ。

 その様子を皇帝が鋭い瞳で見つめていると、杯を置いた彼は続けざまに机に置いた書類の束を軽く叩くと理由を告げた。

 

 「詳細は此処に記載しているが、今より五時間程前、黒の騎士団の一部隊が地下階層を通った。C.C.の姿は確認出来なかった故、見逃して追跡させたが、二時間後、見失ったとの報告を受けている。駒の追跡を振り切れる事からして、連中の練度は相当な物だ。本隊脱出の為の先見部隊である可能性が高い。新総督着任に合わせて脱出を図る算段か、あるいは着任前に奇襲を仕掛けるか……」

 「新総督の名、露見したと申すか?」

 「いや、目下のところ情報漏洩は確認されていない。しかし、お前が危惧するようにゼロがルルーシュであったなら、ナナリーを警備が厳重な政庁に入られる前に奪いに動くだろうな」

 「現れれば確定となる、か……」

 

 どこか感慨深げな表情を浮かべる皇帝。だが、ライは同意しなかった。

 

 「どうかな? ゼロの力を再び内外に誇示する為に先手を打つ為とも考えられる。若しくは、再び活発化しつつある他のテロ組織に対する鼓舞か……」

 

 そこまで語ると、ライは一息入れるかのように背もたれにその身を委ねた。

 

 「何れにしても、私は二度もゼロに祝儀(総督殺害)をくれてやるつもりは無い。しかし、悩ましい事に今はあの仮面を剥ぐ以外にゼロがルルーシュであるかどうかを確認する手立ては無いのが現状だ。最も、私が確信出来うるだけの状況証拠でもあれば別だがな」

 「今は疑惑を積み重ねておる最中という訳か……その為に、増員も控えたのだな?」

 「お前が下らん取り決めを撤回すれば、簡単に終わるのだが?」

 

 非難の視線を差し向けつつ、ライは更に語る。

 

 「だが、そもそもルルーシュにはギアスが有る。既に目覚めていると仮定すればの話だが、増員は相手の手駒を増やす事に成り兼ねない……いや、ロロのギアスの前では杞憂か」

 

 愉快そうに口元を歪めるライを見て、皇帝は咎めるかのように問う。が、その口元も同じく歪んでいた。

 

 「楽しんでおるな?」

 「駄目か?」

 「いや、良い」

 

 愉悦を含んだ口調で告げた皇帝は一拍置くと再び口を開く。

 

 「良かろう。乗艦許可の件、ナイトメアと併せて手配しておこう」

 

 ライの望みが聞き届けられた時、扉をノックする音の後に扉越しに渋い男の声が響いた。

 

 「皇帝陛下。御迎えに上がりました」

 「入れ」

 

 声の主を認めた皇帝が許すと重厚な響きと共に扉が開く。

 扉の向こうには、騎士の出で立ちをして白い外套を身に纏った一人の男と、車椅子に僧衣の装いをした一人の女の姿があった。

 静かな足取りで入って来た男の姿を振り向き認めたライ。

 やがて、己が座る椅子の傍まで来た男を見上げたライは、微笑を浮かべると彼なりの労いの言葉を掛ける。

 しかし、その瞳は笑ってはいなかった。

 

 「毎度の事ながらご苦労な事だな、ビスマルク」

 「ライゼル……」

 

 ナイトオブワン、ビスマルク・ヴァルトシュタイン。

 名実共に帝国最強の騎士として君臨する彼は、その挑発めいた響きを含んだ言葉に剣呑な表情を貼り付ける。

 だが、ライは愉快そうに目元を緩ませた。

 

 「そうだ、時と場所を(わきま)えて使え」

 

 ―― ライゼル・S・ブリタニア ――

 

 その名は帝国にとって神聖なものであり、普段は皇族であっても口にする事は許されない。

 では、何故ビスマルクは敢えてその名を呼んだのかと言えば答えは簡単だ。

 ライという呼び名は嘗て彼が心許した者にのみ呼ぶ事を許した名。最も、嘗てその名を呼べたのはたった2人だけだったが。

 だが、普段その名で呼んでいる皇帝とV.V.に対しても、ライは完全に心を許した訳では無い。

 なし崩し的に認めざる負えない状況になった結果、大層不満ではあったが許可したに過ぎない。

 一方で、ビスマルクに関しては公の場で呼ぶ事を除けばライは二人のように許可してはいなかった。

 ライとビスマルク。

 あの日以来、二人の仲はお世辞にも芳しいとは言えなかった。

 ライがルキアーノを危うく殺しかけ、ビスマルクがそれを間一髪といった所で止めたあの日だ。

 あの後、ビスマルクは厳重に注意したのだが、この尊大な王が聞く筈もなかった。

 二人は暫しの間互いに無言で視線をぶつけ合う。

 すると、不意にビスマルクの表情が曇った。

 ライの座る椅子に立て掛けてある白鞘に収まった刀と、カリグラの仮面を被る者が腰に据えている深紅の剣を見たからだ。

 ビスマルクの瞳が鋭さを増す。

 自身が崇拝して止まない皇帝の前で帯刀する事が許せなかったからなのだ。

 が、ここに持ち込んでいるという事は皇帝もそれを許可しているという証左でもある。

 咎める事等出来る筈も無かったビスマルクは、瞳に批難の色を浮かべるに留めた。

 しかし、ビスマルクはライを批難する為に入室した訳では無い。

 何時までも睨み合っている訳にもいかなかった彼は、視線を逸らすと皇帝へ向けて頭を垂れる。

 

 「直に定例報告が始まります」

 「相分かった」

 

 皇帝は短く答えて席を立つ。

 すると、ライも机に置かれた書類の束を手に取り、次に椅子に立て掛けてあった批難の元を腰に据えると後に続いた。

 

 「では、私も準備をするとしよう。行くぞ、カリグラ」

 『Yes, Your Highness』

 

 己の命に機械的に返すカリグラを従えたライは、ビスマルクの脇を通り過ぎる。

 しかし、車椅子に座る女、ベアトリスの脇まで歩んだ所で脚を止めると手にしていた書類の束を手渡した。

 

 「本日の状況報告だ」

 「ご苦労様」

 

 冷めた瞳で受け取ると流し読むベアトリス。

 しかし、その手がある項目(神経電位接続)に差し掛かったところで唐突に止まる。

 

 「これは、一体何のつもりかしら?」

 

 睨み上げると剣呑な口調で問う彼女に対して、ライは晴れ晴れとした笑みを浮かべた。

 

 「望みを叶えたくなれば何時でも言え」

 

 それだけ告げるとライは歩みを再開した。

 しかし、扉を開いたところでその歩みを止めた。

 

 「宵のうちに空港へ向かう。(くだん)の件、忘れるな」

 

 無言を貫く皇帝と、睨み付けるビスマルク。

 そして、じっと書類を読み耽るベアトリスを余所に振り向く事無く念を押した彼は、今度こそ扉の向こうに消えていった。 

 

 ◇

 

 人気の無い皇宮の廊下を騎士の装いをした三人の人物が歩いていた。各々の色に染め上げられた外套を翻しながら。

 その中央を歩む者が口を開く。

 

 「全く、こうも静かだと不気味だな」

 「聞き飽きたぞ、ノネット」

 

 ナイトオブナイン、ノネット・エニアグラム。

 ラウンズの女性メンバーの中では最古参に当たる彼女は、普段、猫のように自由奔放な振る舞いが目立つも、その反面、面倒見の良い性格も持ち合わせており、軍内部や他のラウンズからも慕われている。

 だが、今はその普段の性格が面に出ていた。

 彼女は同僚の苦言をあっけらかんとした口調で右から左に聞き流したのだ。

 

 「そりゃ済まなかったなぁ、ドロテア」

 

 ナイトオブフォー、ドロテア・エルンスト。

 ノネットとは士官学校の同期に当たるが、ラウンズへの就任は遅かった。

 その為、拝命当初は同期であるノネットにも敬語で接していたが、ある日、同じラウンズとして肩を並べているんだ。昔のように気楽にいこう! と提案される事となる。

 その際、規律を重んじる性格の彼女はその提案に大層悩むも、止めないなら、あの事バラそうか? ん? と満面の笑みで問われて以降、使う事は無くなった。

 相も変わらず自身の忠告などまるで意に返さないノネットを見て軽く溜息を吐くドロテアの横で、最後の一人が憂鬱な表情のまま呆れたように呟いた。

 

 「貴女は気楽でいいわよね」

 「どうしたんだモニカ? 随分とご機嫌斜めなようだが……あの日か?」

 

 ナイトオブトゥエルブ、モニカ・クルシェフスキー。

 3人の中では一番年下に当たる彼女だが、今就いている要職の影響か。精神年齢は案外一番上かもしれない。

 彼女も拝命当初ノネットに同じ事を言われたのだが、ドロテアと違い明瞭闊達な性格故か、二つ返事で承諾し今に至る。

 

 「オヤジみたいな事言わないでくれない?」

 

 モニカは大層気分を害したようで、ムッとした表情で一蹴したが、直ぐに表情を改めると手に持った分厚い書類に視線を落とした。

 一方、ドロテアは自身の手にある数枚の書類と彼女のソレを見比べると苦笑する。

 

 「モニカはロイヤルガードの責任者だからな。報告する事も一番多い。良くやっていると思う」

 「毎回してるじゃないか」

 

 感服するドロテアとは対照的に、砕けた調子で語るノネット。

 モニカは深い溜息を吐いた。

 

 「何度やっても緊張はするのよ」

 「そういうものか?」

 「そういうものなのっ!」

 

 断言されたノネットは、肩を竦めて戯けた仕草を見せると相手を変えた。

 

 「ドロテアは?」

 「今回は衛星エリアの視察だったからな。特に問題も無かった事だし、30分もあれば報告は終われるさ」

 

 短くて30分。モニカは一体何時間話す羽目になるのだろうか。

 終わったとしても、その後はビスマルクとベアトリスを相手とした二対一の協議が待っているのだ。

 モニカの憂鬱さも納得出来るというものだろう。

 彼女の髪型からも分かるように、尊崇の念を抱くベアトリス相手であれば兎も角、厳つい上司の表情を思い起こしたモニカが本日何度目かの溜息を吐くと、ドロテアは一瞬だけ羨ましがるかのような視線を送った後、隣で悠々と歩む同僚に視線を向けた。

 

 「ノネット、そういうお前こそどうなんだ?」

 「ん? あぁ、私か? そうだな……今回はユーロピア戦線に少し顔を出したが、張り合いの無い連中ばかりだ。報告する事は何も無いなぁ。ルキアーノは楽しんでいた様だが」

 「そんな事を言って。またコーネリア殿下を探しに行ったのだろう?」

 「ハハッ! バレたか。あぁ、そのついでだ。殿下は何処に行かれたのだろうな……」

 「足取りは依然として掴めないか」

 「一人、何か知ってそうな奴なら居るんだがなぁ。何度聞いても梨の礫だ」

 「それは誰だ?」

 

 ドロテアの問いにノネットは、ベアトリス、と呟いた。

 

 「ファランクス卿が?」

 「あの方を疑ってるの?」

 

 驚くドロテアを余所に、髪型を真似る程に敬愛する相手を疑うのかと、モニカはノネットに厳しい視線を向ける。

 しかし、ノネットは意に介さない。

 

 「疑うというか、入院中の殿下が行方を眩まされる前、最後に面会していたのがアイツだからな」

 

 ノネットが物思いに耽るかのような瞳で虚空を見やる。

 ドロテアが、ヤレヤレといった様子で頭を振ると、話は終わりとばかりにモニカが話題を変えた。

 

 「そういえば、ルキアーノはまだユーロピアに?」

 「あぁ、彼奴は報告書を作成するような柄じゃ無いしな。私もだが」

 

 所在無さげに両手を軽く振って見せるノネットを見て、ドロテアは思わず苦言を呈する。

 

 「ノネット。そういった所を直しさえすれば、お前の実力ならもっと上の――」

 「私はナインの称号が気に入ってるんだ」

 

 遮るかのように言うノネットに向けて、ドロテアは心底呆れた様子で言った。

 

 「名前と同じだからだろう?」

 「当たりだ」

 「全く……モニカからも何か言ってやれ」

 

 破顔するノネットに対して、ドロテアはほとほと困り果てた様子で助けを求めたが返答は無かった。

 

 「どうした?」

 

 気になったドロテアが彼女を見ると、モニカは少し緊張した面持ちで正面を見据えていた。

 続いてドロテアは、直ぐ傍を歩くノネットにも視線を向ける。すると、そこには先程までとは打って変わって剣呑な表情を貼り付けたノネットの横顔が。

 そんな二人に釣られるかのようにドロテアも正面を向くと、遥か前方より向かって来る二人の人物の姿が見えた。

 彼女達とその者達は、互いに歩みを止める事無く歩み寄る。

 やがて、互いに相手の姿が視認出来る距離まで近づいた時、彼女達は歩みを止めた。

 向かって来る人物の正体は、豪奢な皇族の衣服に身を包み純白の外套を翻しながら歩むライと、銀色の外套を翻して彼の背後を付き従うかのように歩む仮面の男、カリグラだった。

 誰からという訳でも無く、彼女達は廊下の端に寄ると軽く頭を垂れる。

 期せずして道を譲られた格好となったライ達ではあったが、見向きもせずに傍を通り過ぎると廊下の奥に消えて行った。

 姿が見えなくなったのを確認した彼女達は再び歩き始める。

 すると、不意にノネットが言った。

 

 「いつ見ても思うが、珍しい組み合わせだな」

 「あぁ……」

 「どうしたの?」

 

 ドロテアの生返事が気になったモニカが問うと、問われた彼女は渋い顔を作る。

 

 「少し……やり過ぎだとは思わないか?」

 「カリグラの事?」

 

 ドロテアが首肯すると、ノネットは仕方ないなぁといった様子で彼女の頑固さを微笑ましく思いつつも口を挟む。

 

 「まだ気にしているのか? 随分と悪どい事をしてたんだから仕方ないさ。情状酌量の余地は無いだろ」

 「そうよ。よりにもよって麻薬を密売するなんて、貴族の風上にも置けない連中よ」

 「だが、裁判を受けさせる事もしないとは……」

 

 彼女達が話しているのは、カリグラの所業についてだった。

 機情の長として噂が流れ始めた当初、カリグラはモニカが言ったように裏でその取引を仕切っていた貴族を粛清したのだ。

 粛清と言うだけあって、それはアッシュフォード家が今現在味わっているような没落では無く、家そのものの消滅だった。

 これは内容が内容だけに今もなお箝口令が敷かれており、一部の者達を除いて一般市民には知らされていない。

 当然、ラウンズとして帝国中枢に席を置く彼女達は知っていた。

 序でに言うと、摘発から刑の執行、その後の情報操作までの一切を取り仕切ったのが機情だという事も。

 しかも、ドロテアが言ったように裁判等の法的手続きを一切取らず、主犯格とされた当主は逮捕された3日後に処刑台の露と消えた。

 ドロテアとしても、儲ける為に麻薬を蔓延させようとした貴族の罪は赦されるものでは無いとの考えでいる。

 だが、彼女はラウンズの中でも堅物な性格で有名だった。それは、ノネットから女ビスマルクとまで揶揄される程に。

 尤も、当の本人は表向きは畏れ多い事だと言いつつも、裏では密かにそれを気に入っていたりするのだが。

 彼女の心中には、せめて公正な裁きの場で然るべき処罰を下すべきでは無かったのか、との思いが未だに燻っていた。

 それを察したのか。ノネットはドロテアの肩に軽く手を添えると宥めるかのように問う。

 

 「しかしだ、裁判をすっ飛ばした結果、同じように手を染めていた連中は手を引いたぞ? その証拠に各エリアの治安状態も向上してるだろ?」

 「それは、そうだが……」

 

 一部、未だにその甘い汁が忘れられずに続けている連中も居るには居たが、以前と比べると出回る量は格段に落ちていた。

 奇しくもノネットに指摘される形となってしまったドロテアは、不承不承といった様子で頷く。

 彼女も良く分かっていたのだ。

 モニカにラウンズ以外にロイヤルガードの責任者という職務があるように、ドロテアにもそれがあった。

 彼女の職務は、各エリアの治安状況並びに軍事拠点を視察する査察官。

 他にも各地のエリアを治める総督達に軍事的観点からの助言や指導を行ったり、軍部の規律が乱れていないか。乱れていた場合は律するといった職責も背負っている。

 当然、エリアを訪れる回数もラウンズの中では突出していたし、件の件以降、各エリアの規律が正されつつある事は彼女自身その目で見て十分に理解していた。

 視線を落としたドロテアが心の内で葛藤していると再びノネットが口を開く。

 

 「私はお前の行動は正しかったと思う」

 「私もよ」

 「えっ!?」

 

 慌てて顔を上げたドロテアの目に飛び込んで来たのは、微笑を浮かべる二人の姿。

 ドロテアは機情が動く前から幾度か現場を摘発しており、最初に尻尾を掴んだのは彼女だった。

 ある時、摘発した者の中に軍関係者が数名含まれていた事を知ったドロテアは憤慨した。

 だが、取り調べを行った結果もたらされた情報には、流石の彼女も怒りを忘れてただただ唖然とするばかり。

 関係者の一人がとある公爵家の関与を示唆する供述を始めたからだ。

 当初、背後に居るのはマフィア辺りだろうと推察していた彼女にとって、これは予想の範囲外。

 判断しかねた彼女が皇帝に報告すると、皇帝は機情に調査を命じた。

 その後の事は、ドロテア達も詳しくは知らない。

 知っている事と言えば、機情が名前の挙がった公爵に参考人と称して事情聴取を行った結果、相手が全面的に罪を認めた事と、異例のスピードで刑が執行されたといった事ぐらいだ。

 それを思い出しのかノネットが呟く。

 

 「しかし、あれだな。よくもまぁ簡単に罪を認めたな」

 「罪の意識に苛まれてたんじゃないの?」

 

 モニカは自身の考えを告げたが、対するノネットは、あの公爵に限ってそれは無い、と断言してみせる。

 すると、ドロテアは不意に一時囁かれた噂話を思い出した。

 

 「確か、機情は自白剤でも使ったのでは無いかと噂になったな」

 「それは私も聞いたわ。でも、特務総督府が薬物検査を実施しても反応は出なかったらしいじゃない」

 「そうだったな」

 

 否定されたドロテアは、噂話を気に掛けるなど自分らしく無いと思ったのか、小さく苦笑すると同意した。

 当初、公爵側は当主に掛けられた嫌疑を全くの濡れ衣であるとして強く抗議した。

 対する機情はというと、取り調べの様子を映したテープを証拠として開示したが、公爵側はそこに映っていた淡々と罪を語る当主の姿に今度は自白剤の使用を疑い出す始末。 

 帝国法においても、自国民に対して薬物等を用いた自白の強要は重罪であった事から、公爵側は宰相府を筆頭に、方々へ手を回すと皇帝に刑の執行を取り止めるよう嘆願させた。

 これを受けて皇帝は立場上公正を期す為か、特務総督府に薬物検査の実施を指示。だが、2日後に出た結果は全くの白。

 それは当然の帰結と言える。機情が使った自白剤は薬物などでは無いのだから。

 同日、報告を聞いた皇帝の、如何に力有る貴族、公爵であろうとも帝国に汚れた力は不要、との言葉の元、刑は執行された。

 ここまでならドロテアも納得しろと言われれば出来ない事では無かった。

 だが、その後の展開だけは例え上司であるビスマルクに言われても、そう簡単に譲るつもりは無かった。

 

 「その後の機情の一連の行動。あれだけはどうしても腑に落ちない」

 

 ドロテアが瞳を細めて断言すると、二人は渋々ではあったが同意した。

 

 「まぁ、あれはな……」

 「確かに、あなたの言うようにやり過ぎかもね」

 

 ドロテアの言う機情の行動は、結果として公爵家の取り潰しと取り巻きであった数人の貴族の失踪という事件にまで発展した。

 が、彼女達はその原因がカリグラたるライの私情によるものだったとは知らない。

 最終的に公爵の刑の執行は執り行われたが、途中、検査結果が出るまでの間ストップしたのは事実でこれがライの怒りを買っていた。

 元々、ライは興味が無い事や契約に関する事以外で動く気はなかったのだが、麻薬密売という台詞を聞いた瞬間、何故かやらなければとの半ば使命感めいた感情に突き動かされていた。

 言うなれば、公爵家の行動はライの行動を阻害したに他ならない。

 邪魔をした相手にライがどのような行為に出るかは、ルキアーノの一件で証明済みである。

 怒り狂ったライは公爵家を焼き払おうとしたが、理由無しには認めぬ、との皇帝の言葉に止められた。

 その為、ライは機情を使って20年以上前に起きたシャルルに対するクーデター。俗に言う血の紋章事件の関与をでっち上げたのだ。

 無論、そんな事実は無い。

 だが、シャルルはそれを認めた。V.V.の、認めないとライの怒りは静まりそうにも無いよね、との言葉も影響したのだろう。

 しかし、抜け目は無かった。

 皇帝は認めるにあたって、ライに対して他の皇族に紹介する場に出席する事を条件とした。

 これも紆余曲折あったが、最終的にライがこれに同意した事で公爵家は取り潰された。

 と、本来ならここまでで済む話だったのだが、その後の公爵家の取り巻きたる貴族達の行動も拙かった。

 全く躊躇する事無く公爵を死刑台に送っただけでは無く、皇帝に公爵家そのものを取り潰させた機情の長。その発言力に並々ならぬ興味を懐いた貴族達。

 彼等の中の数家がその長を引き込むべく動いた。あろう事か機情の長、カリグラの素性を探ろうとしたのだ。

 だが、それは直ぐに中止となった。

 彼等が手配した密偵は2日と経たないうちに消息を絶ち、更にその3日後には当主達が相次いで失踪したからだ。

 時を同じくして、静観者を気取っていた者達の手元には差出人不明の分厚いファイルが数冊届けらた。

 その中身を見た貴族達は震え上がったという。

 そこには、それまで彼等が失踪した当主達と共に荷担した犯罪行為が、数多の証拠と共に示されていたからだ。

 誰が送って来たのか考えるまでも無かった。

 そしてその意図が明確に伝わった事により、貴族達は機密情報局。その長たるカリグラに畏怖の念と怨嗟を向けた。

 最も当の本人、ライは全く気にしていなかった。

 貴族からの恨み辛みなど彼は当の昔に経験済みであり、来るなら来いとでも言わんばかりに悠然と受けて立つ程の心構えで事に当たっていたのだから。

 

 「オデュッセウス殿下も東奔西走されたそうだが、これに関しては陛下も一切取り合われなかったな」

 「帝国の影の暴君、か」

 

 彼女達が押し黙ると、重苦しい雰囲気が周囲を覆った。彼女達は暫しの間、無言で歩みを進める。

 だが次の瞬間、ノネットは一人、カリグラ以上に気になっている存在の名前を呟いた。

 

 「ライ殿下、か……」

 「殿下がどうかしたか?」

 

 突然の呟きを不思議に思ったドロテアが問うと、ノネットは先程まで決して見せる事の無かった剣呑な表情を浮かべながら口を開いた。

 

 「いや、あの方は普段は一体何処に居られるのかと思ってな」

 

 その台詞に首を傾げるドロテア。

 一方で、ノネットの言わんとしている事に気付いたモニカは思い出したかのように語る。

 

 「そういえば、お姿を拝見するのは決まってこの日だけよね」

 「普段は御住まいの離宮に籠って居られるんだろ?」

 

 相変わらず首を傾げたままのドロテアを見たノネット。その表情が僅かに緩む。

 

 「引き籠もりの皇族に仕えたくは無いなぁ。それに忘れたか? ドロテア。殿下はルキアーノを組伏せる程の膂力をお持ちの方だぞ?」

 「その事だが、未だに私達を騙してるんじゃないか?」

 

 ドロテアは露骨に訝しんでみせた。

 ナイトオブテン、ルキアーノ・ブラッドリー。

 ブリタニアの吸血鬼とまで言われる程の異名を持つ彼は、性格はさておきラウンズの一角を担うだけあって確かな実力を持っている。それはドロテアも十分知っていた。

 しかし、そんな異名を持つ程の戦闘狂が、皇族とは言え何の武勲も持ち得ず、突然現れた華奢な青年に組み伏せられた等、ドロテアは普段ノネットに遊ばれている事も相まって俄に信じられないでいた。

 モニカも同じく追従するかのように小さく頷くが、ノネットは特に気にした素振りは見せなかった。

 

 「一体何者なのかな……」

 「そんなに気になるの?」

 

 普段とは打って変わって、慎重な態度を崩さないノネットを不思議に思ったモニカが問うが、ノネットは逆に問い返す。

 

 「……私達が殿下の歳の頃は何をしていた?」

 

 その問いに二人は少し思慮する為に間を置いた後、徐に口を開いた。

 

 「丁度、士官学校を卒業した辺り…そういえば、教官連中にはこっぴどく扱かれたな。だが、今ではその教官達も部下だが」

 「士官学校の話は止めてよ。あまり良い思い出は無いんだから」

 

 ドロテアはここまで上り詰めた自分が誇らしいのか胸を張る。が、余程嫌な事を思い出してしまったのか、モニカは首を振って忘れようとする。

 そんな二人の様子に、ノネットは自身の意図している事が伝わっていないと理解した。

 

 「以前一度見せられたあの雰囲気を思い出せ。私達があれを纏えるようになったのはいつからだ? 戦場に出るようになってからだ。しかし、殿下はあの歳で既にそれをお持ちになっている。それも、一度も戦場に出る事無く、だ。不思議じゃないか?」

 

 ノネットの指摘を聞いて、ハッとなった二人は重々しい口調で呟く。

 

 「……確かに」

 「それも…そうね」

 

 そんな声を聞きながら、ノネットは徐に腕を組むと思いを語る。

 

 「シュナイゼル殿下とは違ったタイプの御方だが、何れにしても初めてだよ。私が関わり合いになりたく無いと思うなんてな……」

 「待て待て、何故ここで宰相閣下の名が出て来るんだ?」

 

 ドロテアは突然シュナイゼルの名が出てきた事に驚いた。すると、彼女の表情を見たノネットは悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

 「分からないのか?」

 「あ、あぁ……」

 「本当に?」

 

 焦らすかのように問うノネットに、痺れを切らしたドロテアは抗議の声を上げた。

 

 「勿体振るのはよせ。一体何なんだ?」

 

 ノネットは口をへの字に曲げる同僚に満足げな視線を送った後、告げた。

 

 「ライ殿下にシュナイゼル殿下。奇しくもお二人は共に同じ王の名をその身に刻んでおられる」

 「それって……」

 

 ノネットの指摘に、傍で二人のやり取りを無言で聞いてたモニカは瞳を見開いた。一方でドロテアは声も出ない。

 そんな二人の驚きが余程愉快だったのか、ノネットは先程の笑みを更に深くした。

 

 「あぁ、ライゼル王だ」

 「お、おい! 口には出すな。王の御名が汚れる」

 

 普段、皇族であっても口にする事は許されないその名を簡単に言ってのけるノネットに、ドロテアは周囲を見回すと狼狽した様子で咎めるかのように言った。

 が、ノネットはそんなドロテアの態度が愉快だったようだ。

 

 「失礼な奴だな。私は汚くは無いぞ?」

 「そういう意味じゃない!!」

 「分かってるさ。迷信だよ」

 

 ドロテアの反応が予想通りだったのか、ノネットはそう言うと快活に笑った。

 そんな漫才のようなやり取りをしている二人の横で、モニカは一人懐かしむかのように語る。

 

 「子供の頃、枕元で幾度となく母から聞いたわ」

 「独りぼっちの王子様、か……」

 「偉大な御方だ」

 

 彼女の呟きが聞こえたのかノネットはポツリと呟く。

 方やドロテアの口調は何処か憧れにも似た響きを持っていたが、それを聞いたノネットは釘を刺す。

 

 「ブリタニアに住む者にとってはな」

 

 その言葉を聞いた二人は、英雄以外に何と呼ぶのかとでも言いたげに再び首を傾げると、ノネットはゆっくりと語り始めた。

 

 ※

 

 ライゼル・S・ブリタニア

 

 かの王はブリタニア皇位継承権第2位を有する父王を筆頭に、異母兄二人と同母妹の間に生まれた。

 当初、ライゼルとその妹は皇位継承権を有してはいなかったという。

 理由は今もって不明だが、王妃の名が現代まで伝わっていない事を根拠に、母方の血筋に何某かの事情があったのではないか、との仮説が過去、多くの歴史学者から支持を受けている。

 そんなライゼルの運命が激変したのは、彼が齢13を数えた頃。父と異母兄二人が相次いで急死した事に端を発する。

 ライゼルの父王は守勢に長けていた事も相まって、当時の皇帝より国境争いを繰り返す地、ドゥムノニアに封地されていた。

 その王が急死した事により、ブリタニア本国は混乱。

 それを奇貨として、それまで小競り合いを続けていた隣国が攻め寄せた。

 仰ぐべき王を失った中で、侵攻を食い止める事となったドゥムノニア軍。

 しかし、この時が全ての始まりであった。

 時に皇歴502年。

 唯一人残った王の遺児、ライゼルが立ったのだ。

 彼は、これは一時的なものに過ぎない事。決して皇位継承権を得んが為の行動では無いと宣言すると防衛線の指揮を執り、見事な采配で本国からの救援を待たずに撃退に成功する。

 その功績を認められ、新たな王が決まるまでの間という条件付きで正式に防衛の任を拝命。

 しかし、再侵攻の際にはこれまでの守勢を捨ててあろう事か単身、敵軍に対して突撃を敢行。

 その戦いで指揮官の首を取る武勲を挙げた彼は、敗走する敵を情け容赦なく追撃すると、何とそれまで数十年に及び戦火を交えていた隣国にまで攻め入り、城下の盟を強いるに至る。

 そんなライゼルの功績に報いるべく、時の皇帝は正式にブリタニア王の一人としてドゥムノニアを封地とすると彼を皇位継承、その末席に加えた。

 正式な王となったライゼル。

 彼は勢いそのままに、比較的友好関係にあった近隣諸国に対して進軍を開始した。

 何故そんな国々があったかと言うと、時のローマ皇帝アウグストゥスが後にブリタニアの始祖となるアルウィンⅠ世に領土として認めたその島は、当初、様々な民族が住まう島であり、領地と言うよりはやっかみ払いの為に与えた封土のような位置付けだった。

 そして、ライゼルが即位した当時ローマは既に力無く、島は多様な民族が各々建国し覇を競い合う時代だった。

 当初、何年も掛かると思われた進軍であったが、驚くべき事にライゼルは1年もしないうちに島の大部分を平定し時の皇帝に領地として献上したという。

 当時としてもそれは異常な速度だったとある。どのような策を駆使したのか。年代記の中にはこう示されていた。

 

 王は先の蛮族との戦勝祝いにおいて、当時対立関係にあった諸国の王達を招いた。

 その席で王の高説に心打たれた諸国の王達は、次々と頭を垂れると忠誠を誓った、と。

 

 何カ国かは出席を拒んだが、彼等が宴での出来事を知った時には既に島のパワーバランスは崩壊していた。

 圧倒的な軍事力を支配下に置いたライゼルは、時の皇帝に対して島の平定に乗り出すべきと上奏したという。

 流石にそこからは残った諸国も連合を組むとこれに対抗。

 その首魁として君臨し、最後まで残ったのは不死の象徴を持つ黄金色の蛇の紋章を掲げた当時、不死王と近隣諸国に恐れられた男だった。

 が、ライゼルの勢い凄まじく、12回にも及ぶ大会戦の全てに敗北した不死王は、最後、小高い丘の上でその首をライゼルに撥ね飛ばされ事切れた。

 やがて、あらかた島を平定し終えたライゼルは、次にその牙を大陸に向けた。

 これについては、何故かと言う事までは伝わってはいない。

 ある歴史学者が言うには、本国への更なる忠誠の証だったとか、当時の皇帝が味を占めて大陸を強く望んだからだとか憶測は様々だった。

 一方で、ある軍事評論家はこう語る。

 

 当時のブリタニアは島国であったとは言え、大陸との間にあるのは海と呼ぶには余りに狭い海峡であり、当時の帆船技術を用いても攻め入る事は十分に出来た。

 引くも攻めるも容易であった事から、防衛面では島国特有のアドバンテージは無いに等しい。

 更には、僅か1年足らずで島の大部分を手中に収めた当時のブリタニアの姿は、大陸の者達には異常な存在に映った事だろう。

 当時、大陸側でも同じように国家が乱立し小競り合いをしていたが、そんな最中に海峡を挟んで直ぐの位置に突如として強大な軍事力を誇る国が現れたとしたらどうだろうか?

 畏怖の念を抱くには十分。何よりも、恐怖とは伝染するものだ。

 恐れを懐いた国々が対抗する為に仮に共同戦線を張った場合、先手必勝とばかりに攻め入って来る事は十分想像出来る。いや、指導者であれば想定しておかなければならない。

 当然、この王がその可能性を考えていなかったとは思えない。

 だからこそ、そう簡単に攻め入られないよう大陸沿岸を支配下に置く為に先手を打とうとしたのでは無いか、と。

 

 ――その評論家の仮定は限りなく事実に近かった。当時のライは、既に自身の領土内で不穏な動きをする者は粛清し終わっていたが、それでも母親と妹を護るという強い決意を背負った彼の不安は消えなかったのだ――

 

 結果、時の皇帝に文を送りながら水面下で沿岸部を統治していた貴族。

 彼等を表向きは貿易と称して幾度か自領に招いていたライゼルは、皇帝の許可を得ると直ぐさま海峡を越えた。

 その侵攻の矢面に立ったのが、当時、海峡を挟んで島の南側に位置していた国、後のフランスだった。

 当初、ライゼルと共に海峡を渡った兵士達や本国で知らせを待つ皇帝でさえも、それなりの抵抗を受けるだろうと予想していた。

 が、実際は何の抵抗も起きなかった事に驚いたばかりか、その場に居合わせた兵士達は目に映る光景に唖然とした。

 沿岸を警備する敵国の貴族は、予め話が付いていたかの如く一切の抵抗を見せなかったからだ。

 こうして、苦せずして大陸沿岸部を支配下に置いたライゼルは、次に内地への進軍を決めた。

 最も、そこからは流石に相手も抵抗したが長くは続かなかった。何故か?

 進軍を進めるライゼルに対して幾度と無く戦端を開いたが、戦場でライゼルの声を聞いた兵士達は皆が皆、掌を返したかのように忠誠を誓ったのだ。

 軍を送ればその全てが相手の力となり自らに跳ね返って来るのだ。

 得体の知れない異様な力、悪魔が乗り移ったかのような力を見せつけたライゼルに、敵兵達が恐怖した事も一因だった。

 結果、指揮系統は乱れに乱れた。

 そうなってしまえば最早勝敗は決したも同然。

 ライゼルに蹂躙され尽くした国は縋る思いで近隣諸国に援軍を求めたが、それも大した成果を上げられる事無く僅か二ヶ月足らずで陥落した。

 その後は凄惨の一言に尽きる。

 ライゼルは敵国に与したという理由で、近隣諸国にまで戦火を拡大した。

 一切の使者からの弁明も、助命の懇願さえも嘲笑うと、ライゼルは大陸を灰燼に帰した。

 全てが終わったある時、皇帝が彼を呼び戻した。

 呼び戻されたライゼルは本国に向かう前に一時自分の領地に帰還したのだが、その時、突然蛮族の再侵攻が始まったのだ。

 これ程までに軍略に長けた王が何故、蛮族全てを討ち滅ぼさなかったのか。これは歴史家達の間でも度々議論になっている事だった。

 情けを掛けたと言う者もいれば、当時の皇帝に窘められたのだと言う者も居る。が、明確な答えは年代記の何処にも記述は無い。

 だが、結末だけは明確に記されていた。

 攻め入って来た蛮族に対して、僅かに引き連れた供回りの兵士達のみならず、領民までも戦いに駆り出して迎え撃ったライゼルは、全てを焼き尽くすと自らも炎の中に消えた、と。

 以後、ライゼルという絶対の剣(ブリタニアの剣)を失った本国の国力には陰りが見え始める。

 だが、それだけでは済まなかった。

 次期皇帝の最右翼と目されたライゼルの死去。

 これが本国での皇位継承争いに拍車を掛けたため、それに乗じて各地で再び民族が蜂起した結果、島は再び数多の国々が覇を競い合う時代に逆戻りしてしまった。

 焦った皇帝は、これを鎮圧するべく大陸に残ったライゼルが率いた軍団のブリタニア本国への帰還命令を発するも、その大多数が離反してしまう。

 武力を失った本国はこの後、その戦いにも敗れ、ブリタニアという国は一度歴史から消える事になるのだが、年代記は語る。

 ライゼルの残した爪痕は深かった、と。

 後にブリタニアに代わって島を平定した国が国号をイングランドと変えた後、離反した軍団の子孫達が島の支配者としての正当性に異を唱えた結果、100年戦争や薔薇戦争といった戦火をまみえる火種として燻り続ける事になるのだから。

 しかし、それはまた別の話。

 年代記は更に語る。

 唯一残った嘗ての国の名を冠した小さな領地を護り続けた先祖達は、皇歴1807年。

 エディンバラにおいて当時のブリタニア領主、リカルドがエリザベスⅢ世の窮地を救う事で再び歴史の表舞台に舞い戻った、と。

 

 ※

 

 ノネットはそこまで一気に語ると少々疲れたのか一呼吸置いた後、言った。

 

 「当時の…侵略された側にとっては忌むべき名だ。行ってみて思ったが、ユーロピアでは未だにそれが根強い。フランス辺りじゃ、北の海から来た悪魔とまで言うそうだぞ?」

 

 長々としたノネットの語りを無言で聞いていたドロテアは顎に手を当ててポツリと呟いた。

 

 「英雄にして狂気の王、か……」

 「明けの明星にして狂える暴狂星とも言うな。だが、さっき言った話はお伽噺みたいなもんだ。年代記自体には他にも色々と齟齬する箇所があるからな。何よりも、声だけで他人を従わせられる力なんて有る訳ない。まぁ、王が実在したって事だけは事実みたいだが……」

 「王の力については同意するが、それは当時の皇族の神秘性を表したかったのかもしれないだろう?」

 「それにしては、歴代の皇帝に関してそういった記述が一切無いのは何故だ? まるで、かの王だけが別格のような扱いだ」

 

 これにはドロテアも反論出来なかった。

 その言葉を最後に、二人が互いに思慮するかのような表情を浮かべていると、不意にモニカがこれ以上聞いていられないといった様子で口を開いた。

 

 「ねぇ二人とも……さっきから不敬とも取れる発言を連発してるって分かってるの? 同じラウンズとしても見過ごせないんだけど?」

 「冗談に決まってるじゃないか。なぁ? ドロテア?」

 「えぇっ!?冗談だったのか!?」

 

 ジト目で追求するモニカに対して、ノネットはしれっと言い放つ。だが、ドロテアが彼女のような態度を取れる筈もない。

 相変わらずの反応に苦笑するノネットに対して、ドロテアは額に汗を浮かた。

 

 「残念ね、報告する事が増えちゃったわ。あぁ、可哀想なドロテア。でも、私は帝国の為にも敢えて心を鬼にするわ」

 

 モニカは天を仰ぐと仰々しいまで台詞を浴びせたが、その口元には微笑が浮かんでいた。

 ノネットは直ぐに悪ノリしていると気付いたのだが、真に受けてしまったドロテアは真っ青な表情を浮かべていた。

 すると、これ以上は流石に可哀想だと思ったのかノネットが割って入った。

 

 「まぁ、待て待て。なぁ、モニカ。最近帝都に出来た人気の店。知ってるか?」

 「……奢りかしら?」

 

 その会話を聞いたドロテアは、買収する気か?とも思ったが、ノネットが救いの手を差し伸べてくれた事に内心で感謝した。

 が、残念ながらノネットにその気は更々無かった。

 

 「勿論! ドロテアの奢りで」

 「んなっ!? ま、待て、ノネット!私だけ――」

 「無理ならモニカはお前を告発するぞ?」

 

 そう言ってノネットが再びモニカに視線を移すと、モニカもモニカで再び天を仰ぐ仕草を見せる。

 すると、ドロテアは半泣きに近い表情で縋るかのように指摘した。

 

 「うっ!……モニカ!大体お前も名家の出じゃないか! 奢って貰う必要なんて無いだろう?」

 「あら、知らないの? 経験上、人に奢ってもらうのって美味しさ3割増しなのよねぇ」

 

 開いた口が塞がらないとは正にこの事なのだろう。

 モニカの経験談を聞いたドロテアが呆然としていると、ノネットが更に詰め寄った。

 

 「で、どうするのかな?ド・ロ・テ・ア?」

 

 ハッと我に返ったドロテアは困ったような、それでいて何処か気恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 

 「いや……今月はちょっと色々と出費が嵩んで……厳しいというか何と言うか……」

 「だから?」

 「割り勘にしてくれ……」

 

 諸手を挙げて降伏したドロテア。すると、そんな彼女背中を楽しそうに叩きながらノネットは告げた。

 

 「まぁまぁ。安心しろ。元からお前一人に奢らす気は無いさ。アーニャなら甘やかすのは駄目とでも言うだろうがな」

 

 すると、ドロテアは若干咳き込んだ後、今この場には居ない同僚に思いを馳せる。

 

 「あいつは、こういう事には容赦無いからな……そういえば、今はエリア11か」

 「今一番厄介なエリアだな」

 

 そう言ってノネットは急に真顔になると、モニカも後に続いた。

 

 「そうね、もしエリア11が墜ちるような事にでもなれば今後の展開如何では――」

 「全エリアで蜂起が起きる可能性も有る、か……」

 

 再び呟くノネット。すると、彼女の憂いを帯びた瞳が気になったドロテアが問う。

 

 「その為に陛下もラウンズを三人も遣わしたのだろう?」 

 「それは分かるんだけどなぁ……あの3人だぞ?」

 「ノネットが行くよりは遙かに真っ当な人選だ」

 

 思わぬドロテアの反撃に、一転して瞳を丸くしたノネットがモニカを見やると――。

 

 「異議無し」

 「ハハハッ!酷い言われようだ」

 

 モニカにあっさりと肯定されたノネットだったが、彼女は実に楽しそうに笑った。

 その後、彼女達は雑談をしながら廊下の奥に消えていった。

 

 ◇

 

 皇宮の外に待たせてあった車に乗り込んだライは、カリグラと共に一路離宮を目指していた。

 ライは窓の外で煌びやかに光る帝都の町並みを全くの無感動といった表情で眺めていた。

 そんな彼等の後を一定の距離を空けて一台の車が追う。

 すると、直ぐさま尾行されている事に気付いたライだったが珍しく何もしなかった。

 

 「シュナイゼルも余程人員不足と見える。優秀であれば貰ってやってもいいが……不要だな」

 

 追跡者の力量を推し計ったライは冷笑を浮かべた。

 一方、期せずして難を逃れた追跡者達。その車内では助手席に座っていた男が指揮所と連絡を取っていた。

 

 「対象は想定ルートを通って北上中。目的地はやはり離宮かと」

 『例の皇子も一緒か?』

 「はい」

 『分かった。尾行を継続せよ』

 「Yes, My Lord」

 

 追跡者達は気取られている事も知らずに、一定の距離を取りながら追跡し続ける。

 やがて、ライとカリグラ。二人を乗せた車がある通りに差し掛かると彼等は追跡を止めた。

 

 「対象はセントダーウィン通りに入りました。これ以上の追跡は不可能」

 

 セントダーウィン通り。

 そこはつい100年程前までは皇族専用の私道だった。今でも許可を得た車両しか走る事は許されていない。

 知らせを聞いた揮官は苛立ちを隠す事無く告げた。

 

 「これまでと全く同じか……分かった。お前達はその場で待機しろ」

 『Yes, My Lord』

 

 了承の言葉を聞いた指揮官は、背もたれに身を委ねると腕を組み瞳を閉じた。

 一方、離宮に到着したライはカリグラを従えたまま脇目も振らずに自室に向かう。

 途中、宮仕えしている従者達とすれ違ったが、彼等はライ達の姿を見ても無言で道を譲ると恭しく頭を垂れるのみ。

 やがて、自室に辿り着いたライは扉を開けると部屋の中へ歩みを進めた。

 その部屋は皇族が住まう離宮にしては少々殺風景と言えた。入って右手には巨大な黒塗りの机と座り心地の良さそうな黒皮の椅子と、正面の壁には巨大なモニターが埋め込まれており、部屋の隅に小さなクローゼットがあるだけ。

 ライは扉をロックすると、ここまで全くの無言で付き従っていたカリグラに向き直る。

 

 「お前は着替えて本来の仕事に戻れ」

 『Yes, Your Highness』

 

 ライの命に短く答えるとカリグラは仮面を外す。

 その下から現れたのはライに近い歳をして背格好も同じ程の青年。

 この離宮に従者見習いとして使えていた彼は、人形のような表情そのままに着替え始める。

 やがて、普段の服装に戻った青年はライに一礼した後、部屋を後にした。

 

 「全く、面倒な事だな」

 

 青年が去った後、ライは溜息を一つ吐くと同じように着替え始めた。

 最後に仮面を被り終えると、机に埋め込んであるコンソールパネルに視線を落とす。

 そこでは、紅く光るボタンが規則的なリズムを刻んでいた。

 気付いたライは、椅子に腰掛けると頬杖をつく。

 続いて、もう片方の手でパネルを操作するとモニターは低い起動音を室内に響かせるながら光を宿らせる。

 対照的に、部屋の照明はその光度をゆっくりと落としていった。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 時は少しだけ遡る。

 ライが離宮の門を潜った丁度その頃。

 

 「ナイトオブスリーも無茶をなさる……」

 

 学園内の機情の地下施設では一人ボヤきながら、コンソールパネルを操作するヴィレッタの姿があった。

 彼女は、学園で何かあった場合は直ぐに一報を入れるようにとの上司の命令通りに行動していた。

 今、彼女が報告している事項は、先程の消火装置の誤作動の件だった。

 ボヤくぐらいならば他の者に任せれば良いのだろうが、これは彼女のみに許された…もとい、彼女に課せられた義務のようなもの。

 やがて、入力し終わったヴィレッタは椅子に座り上司からのコールを待っていると、突然横に人の気配を感じた。

 驚いて立ち上がったヴィレッタが視線を向けると、そこには一人の少年、ロロの姿があった。

 扉を開いた音も聞こえなかった事から、彼女は咄嗟にロロはギアスを使ったのだろうと理解したが、何故使う必要があったのかまでは理解出来なかった。

 

 「ど、どうした?」

 

 不思議に思ったヴィレッタが問うが、ロロは何も答えない。

 代わりに、彼の手に持った銃が全てを告げていた。

 自身に照準を合わせているその銃口を見た時、ヴィレッタは全てを理解した。

 

 「まさか……お前……」

 

 だが、ロロは相変わらず何も答えない。薄暗い光を秘めた瞳で見つめるのみ。

 

 「ロロが……裏切った……」

 

 信じられないといった様子で呟くヴィレッタに対して、ロロが冷え切った表情を崩す事は無かった。

 だが、続け様に呟いたヴィレッタの言葉には少々眉を曇らせる。

 

 「予測が現実になるとは……」

 「何ですって?」

 

 ロロの口から疑問が零れた時、不意に扉が開き片手に手提げ袋を持ったルルーシュが入って来た。

 入って来るや否や、ルルーシュは雄弁に語る。

 

 「ヴィレッタ・ヌウ。ゼロの正体を突き止めた功績を認められ、男爵位を得た女。だが、裏では黒の騎士団と通じていた」

 「そのような背信を――」

 「扇要」

 

 咄嗟に否定しようと口を開くが、ルルーシュが告げたその名前にヴィレッタの表情が強ばる。

 

 「彼との関係を知られれば、折角得た爵位を失う事になる。新しいあなたに生まれ変わりませんか?これシャーリーから預かってたんですが丁度良かった」

 そう言うとルルーシュは手提げ袋を机の上に置いた。

 が、ヴィレッタは尚も抵抗して見せる。

 

 「私はあんな男の事など知らんっ!!」

 「あんな男?」

 

 白々しい様子でルルーシュが反芻する。その時になってヴィレッタは、しまった、といった表情を浮かべるが、もう後の祭り。口元に三日月を浮かべたルルーシュが問う。

 

 「どうやら詳しくご存知のようですね。どんな男なのか教えて貰えますか?」

 

 ヴィレッタは苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべると、最後の抵抗か。黙りを決め込んだ。

 だが、彼女が陥落寸前である事は目に見えていたルルーシュは、C.C.のアドバイスだという事に若干納得出来ない点はあったものの、笑みを浮かべた。

 そんな時。それまで黙っていたロロが口を開く。 

 

 「ヴィレッタ。さっきの言葉はどういう意味です?」

 

 薄々は感じ取ってはいたものの、ロロは尋ねずにはいられなかったのだ。そして、その勘は正解だった。

 

 「あの方は、お前が裏切っている可能性も考慮しておられた」

 「まさか……」

 

 感じ取ってはいたものの、ロロの心に動揺が走る。

 ロロは機情の情報は自分に名を与えてくれた王にも知らされている事は理解していた。バベルタワーの一件で、その日のうちに叱責されたのだから。

 当然、今回の考えも王に伝えられている可能性は十分にある、と思った。よもや機情の長が当の本人だという事は夢にも思ってはいなかったが……。

 ロロの額にうっすらと汗が滲むが、それを拭う事も忘れてただ呆然と立ち尽くすロロ。

 一方で、一人置いてけぼりを食らっていたルルーシュが不愉快そうに問う。

 

 「一体何の話だ?」

 

 そんな彼の問い答えたのはヴィレッタだった。

 

 「先程の学園での騒ぎは既に報告済みだ。直に連絡が――」

 

 言うや否や、突如として部屋に短い着信音が鳴り響くと、ヴィレッタは瞳に絶望の色を浮かべながら呟いた。

 

 「もう……終わりだよ……お前達も私も……」

 

 ヴィレタがスイッチに手を伸ばした時、不意に銃声が響いた。

 その事に、ルルーシュもヴィレッタも思わず動きを止めると音がした方向に視線を移す。

 そんな二人が見たのは、銃口を天井に向けたロロの姿だった。驚いたルルーシュが問う。

 

 「ロロッ!?お前いきなり――」

 「兄さんは隠れてて!!」

 「何を言って――」

 「大丈夫だよ。上手くやるから!」

 

 ルルーシュを説得するロロを尻目に、ヴィレッタは再びスイッチを押そうと手を動かすが、それを見咎めたロロは咄嗟にギアスを発動させた。

 訪れる王の時間。

 ロロは動きの止まったヴィレッタに歩み寄るとその背中に銃口を押し付けた。時は再び動き出す。

 

 「ヴィレッタ……少しでも妙な真似をすれば……」

 

 恫喝されたヴィレッタは背中に感じる冷たい感触も相まって、スイッチを押す一歩手前といった所で動きを止めた。

 

 「騙し通せる事が…………出来ると思っているのか?」

 「やらなければ、死ぬだけです。あなたは死にたいんですか?」

 「うっ………」

 「助かりたかったら、僕の言う通りにシラを切るしか方法は無いんですよ」

 

 ヴィレッタは躊躇したが依然として背中に感じる冷たい感触に押し黙らされてしまう。

 対して、深く深呼吸して意を決したロロ。

 彼は不承不承といった様子でいながらも、ルルーシュが願い通りにカメラの死角に身を潜めたのを確認すると、冥界へと続くスイッチを押した。

 

 『ドウシタ?』

 

 モニターには、スザクの時と同じように頬杖を付くと心底苛ついた様子でいる銀色の仮面が現れた。

 その姿を部屋の隅より見たルルーシュは、驚愕に瞳を見開いた。

 その瞳に映るのは、ゼロである時の自分に瓜二つの存在。同時に思い出す。

 

 ――こいつかっ!!

 

 この男こそ以前ロロが言った男、カリグラ。機情のトップに君臨する男なのだという事を。

 だが、不意に部屋の温度下がったような錯覚に陥ったルルーシュは僅かに身震いした。 

 それはヴィレッタ達も感じていた。だが、二人の場合はそれがカリグラからもたらされているものだという事を良く知っていた。

 

 「さ、先程報告致しました通り、学園で騒ぎがありました」

 『内容ハ?』

 

 相変わらずな態度でカリグラが問う。

 すると、モニターから漂って来る覇気に気圧されたヴィレッタ。その口から真実が零れ落ちそうになる。

 

 「そ、それが……」

 

 だが、それを察知したのか。ロロが即座に銃口を彼女の背中に強く押し当てた結果、ヴィレッタは言葉を呑み込んだ。

 

 「っ!……消火装置の……誤作動だったようです」

 『ソレニ至ッタ原因ハ?』

 「目下調査中ですが、本来、枢木卿が乗る予定だったナイトメアに……ヴァインベルグ卿が乗った事も一因かと……」

 

 ヴィレッタは、部下から知らされたばかりの報告を頭をフル回転させて繋ぎ合わせるともっともらしい言葉を紡いだ。

 一見すると見事な芸当だが、彼女は元来優秀だ。

 そうでなければ、一年近くカリグラに仕える事など不可能。

 カリグラは使えぬ者は早々に切り捨てる。そんな性格の持ち主だったのだから。話を戻そう。

 兎に角、それが甲を奏した。ヴィレッタ達の失態では無い事を知ったカリグラは、やや態度を軟化させた。

 

 『"ヴァインベルグ"……"ナイトオブスリー"カ』

 「は、はい」

 先程までの覇気が消えた事にヴィレッタが内心胸を撫で下ろしつつ短くもハッキリとした口調で返すと、姿勢を正したカリグラは愚痴めいた言葉を発した。

 

 『不快ナ連中ダナ。イッソ居ナイ方ガ清々スル。ソウ思ワナイカ?』

 「私は、何も申し上げる事は……」

 

 これにはヴィレッタは何と答えるべきか分からず、困惑した様子で返す事しか出来なかった。

 だが、それは正解だった。カリグラは元から彼女に同意を求める為に問うたのでは無いのだから。

 

 『下ラナイ事ヲ聞イタ。デ、"ルルーシュ"ニ変化ハアッタカ?』

 「いえ」

 『依然トシテ変化無シカ。……ソノ"ルルーシュ"ハ今何処ニ居ル?』

 「そ、それは……」

 

 予期していた質問とはいえ、問われた瞬間ヴィレッタは戦慄した。

 この問いに困惑で返せば待っているのはカリグラからの叱責だからだ。

 だが、この部屋に居るなど言える筈もなかった。

 言うたが最後。暴君より報奨を賜る前に、背後に取りついた死神から死をもたらされるのだから。

 この場合、ヴィレッタは先程のように何とか上手い理由を告げなければならないのだが、これについては部下からの報告も無く、ましてや暴君と死神に板挟みにされたような状況でまともな思考が出来る筈もない。

 一方、死角で息を殺して事の成り行きを伺っているルルーシュも気が気では無かった。

 だが、遂にヴィレッタは何も言えなくなってしまった。

 その事を仮面の奥で目敏く認めたライが瞳を細めて追及するべく口を開く。

 が、その前に流石に限界が来たと悟ったロロがフォローに入った。

 

 「今は生徒会室で先程の騒動の事後処理に追われてますよ」

 『……事後処理ダト?』

 「ええ、消化装置の誤作動だと言ったでしょう?そこらじゅう泡だらけだったんで」

 『……成ル程ナ』

 

 出鼻を挫かれた形となり、ライとしては面白く無い。だが、淡々として一切の感情を面に出さずに告げたロロ。

 普段と全く変わらないその態度は、ライのヴィレッタに対して懐いた疑念を払拭させるには十分なものであった。

 一方、納得している様子でいるカリグラを見たロロはこれ幸いとばかりに問う。

 

 「貴方は未だに疑ってるんですか?」

 『藪カラ棒ニドウシタ?』

 

 突然のロロの問いに、カリグラは少々拍子抜けしたかのように首を傾げるが、ロロは、尋ねるには今しか無いとの思いを胸に再び口を開いた。

 

 「枢木卿も疑ってました。でも、あの人は今までの僕達の活動を知らないから――」

 『知ッテイル筈ノ私ガ何故疑ウノカ。ソレヲ聞キタイトイウ事カ?』

 「えぇ」

 

 これ程までに疑うからには何かしらの理由がある筈。それが分かればルルーシュに注意するように言う事が出来る。

 即ちルルーシュの役に立つ事が出来る。

 少々危険な行動ではあったものの、ロロはリスクを背負わなければカリグラからは何も聞き出せないとの結論に至っていた。

 一方、仮面の下で瞳を細めたライはロロの意図を探ろうとする。が、珍しく予測出来なかった。

 結果、これぐらい告げても問題は無いだろうとの結論に至ったライは、要望に応えてやる事にした。

 

 『良イダロウ……"ヴィレッタ"』

 「は、はい!」

 『"ルルーシュ"ノコレマデノ"スケジュール"ハ手元ニアルカ?』

 「御座いますが……」

 『デハ、"ナイトオブセブン"復学ノ日付デイイ。読ミ上ゲロ』

 

 その言葉を死角で聞いていたルルーシュは、何か気取られる態度など見せただろうか?と自身の行動を振り返るが、彼の頭脳を以てしても皆目見当がつかなかった。

 同じく、カリグラの意図不明の発言にロロは眉をしかめると抗議の声を上げる。

 

 「どういう事です?」

 

 が、こういった場合のカリグラは鰾膠(にべ)も無い。

 

 『黙ッテ聞クガイイ』

 

 ロロの抗議があっさりと切り捨てられると、それを合図とするかのようにヴィレッタが読み上げ始める。

 起床時間から朝食に至り、やがて学園での授業態度に差し掛かった時、カリグラは再び口を開いた。

 

 『ソコダ』

 「は?」

 

 ヴィレッタは思わず素っ頓狂な声を上げ、ロロも首を傾げる。だが、部屋の隅ではルルーシュが一人戦慄していた。

 

 『随分ト真面目ニ授業ニ出ルヨウニナッタナ?』

 「それが何か?」

 

 理解出来ないといった様子でヴィレッタが問うと、カリグラは静かに語り始めた。

 

 『ソノ日ダケデハ無イガ、普段授業ヲ"サボリ"ガチダッタ"ルルーシュ"ガ急ニ真面目ニナッタ。遡ッテ行クトソレハ"バベルタワー"ノ一件以来、顕著ニナッテイル。私ハソレガ少シ引ッ掛カル』

 

 ――こいつっ!!

 

 想像通りの言葉にルルーシュが冷や汗をかきながら柳眉を逆立てていると、ロロが再びフォローに動く。

 

 「それは、危険を感じたからでは?」

 『何ダト?』

 

 これには、カリグラはロロの言わんとしている事が理解出来ず疑問の声を上げた。それを受けてロロは尚も語る。

 

 「つまり、バベルタワーでの一件はルルーシュにとって今までの生活を改めさせる、それ程の大事件だったのでは無いかという事です」

 

 ロロの言葉を聞いた瞬間、カリグラは似たような事例を思い出した。

 

 『死刑囚ノ心理ニ近イナ。ダガ、一理アル……』

 

 カリグラが肯定するとロロはここぞとばかりに畳み掛ける。

 

 「何よりも、あの日以来ルルーシュにはずっと僕が付いてます。領事館の時も一緒でした」

 『オ前ハ目覚メテイナイト自信ヲ持ッテイル。ソウ言イタイノダナ?』

 「何なら、命も賭けましょうか?」

 

 冷えきった瞳で告げるロロを見て、ルルーシュに対する疑念が氷解していくのを感じたライ。しかし、彼の心中には新たな疑念が沸き始めていた。

 だが、それはライにとっては有り得ない事であり、彼は心中でそれを一蹴しながらも口にした。ロロに対する皮肉を込めて。

 

 『デハ、最後ニヒトツ』

 「何ですか?」

 『今日ハ随分ト饒舌ダナ、"ロロ"?』

 「は?」

 『何ガアッタ? 学園祭トヤラガ余程新鮮ダッタカ?』

 

 カリグラの問いに一瞬度肝を抜かれたロロ。

 だが、続いて問われた言葉に遊ばれているのだと受け取った彼は、カリグラを睨み付けると吐き捨てるかのように言った。

 

 「あなたには関係の無い事です」

 

 その行為もまた、正解だった。

 

 ――フッ。やはり思い過ごしか。

 

 普段と何ら変わらぬロロの態度を見て、心中で結論を出したライは再び告げる。

 

 『良イダロウ。ダガ、忘レルナ。学園ハアクマデモC.C.ヲ招ク為ノ狩場ダ』

 

 すると、堪らずヴィレッタが問う。

 

 「その事ですが、C.C.が現れなければ学園はこのままなのでしょうか? その……私の任務も……」

 『現レナケレバナ。シカシ、目覚メタ場合、ソノ前提ハ覆ル。ソノ場合、最早ソノ学園ニ用ハ無イ。"ルルーシュ"ヲ捕ラエタ後ニ消去スル』

 「消す? この学園を?」

 

 カリグラが平然と告げた言葉に、ここに来て初めてロロは瞳を見開いた。

 一方で、ヴィレッタは剣呑な表情を張り付ける。

 

 「生徒達は如何なさるおつもりですか?」

 『サァ?』

 

 カリグラがおどけた様子で首を傾げると、ロロが食い付いた。

 

 「殺す気ですね……」

 「なっ!?幾ら何でもそれは!!」

 

 ロロの言葉を聞いても否定しなかったカリグラの態度にヴィレッタは慌てた。

 すると、カリグラは再び首を傾げると問うた。

 

 『ドウシタ"ヴィレッタ"、情デモ移ッタノカ?』

 「そ、そういう訳では……」

 

 ヴィレッタが言葉を濁すと、カリグラは呆れたように溜息を一つ吐いた後、言った。

 

 『アレハコノ世デ一番無駄ナ感情ダ。覚エテオケ』

 「それは……経験から来るものでしょうか?」

 『……私ノ過去ガ知リタイノカ?』

 

 値踏みするかのようなカリグラの問いに、ヴィレッタは一瞬聞いてみた衝動に駆られた。誰も知らない仮面の奥底に一体どんな過去があるのか、と。だが、直に思い直した。

 触れてはいけない。聞いてはいけない。人には分相応な生き方がある。とてもでは無いがカリグラの過去に踏み込める程の器は自分には無い、と彼女は直感的に悟ったのだ。

 

 「い、いえ。ですが、一般の生徒達には何卒寛大な処置をお願いします」

 『クハハッ! ソウダナ。オ前ノソノ謙虚サニ免ジテ考エテオコウ』

 

 ヴィレッタの申し出を聞いたカリグラはそう言って肩を揺らした後、話題を変えた。

 

 『トコロデ、近々新総督ガ着任スル。当日ニ至ッテハ、"ルルーシュ"ノ監視ニ機情ノ戦力、ソノ全テヲ傾注シロ』

 「どういう事です?」

 

 スザクに対しては、増員はしないと宣言していたカリグラが急に方針転換した事を不思議に思ったロロが問うたが、カリグラは言葉を濁した。

 

 『何レ分カル。目覚メテイレバ、コノ総督着任ヲ見過ゴス事ハ決シテ出来ナイ』

 「まだそんな事を――」

 『疑念ハ払拭サレテイル。コレガ最後ノ"テスト"ダ』

 

 カリグラは普段と同じようにロロの言葉を遮ると通信を切った。

 ロロが銃口を下ろすと緊張が一気に解けたのか。ヴィレッタは肩で息をしていた。

 そんな彼女を尻目にロロは振り返ると部屋の角に居たルルーシュに声を掛ける。

 

 「もう大丈夫だよ、兄さん」

 

 すると、ロロに促されるかのように現れたルルーシュが現れた。だが、その額にはうっすらと汗が浮かんでいた。

 

 「何なんだ…彼奴は……」

 「あれがカリグラ。枢木スザクよりも厄介な……僕達の敵」

 

 手提げ袋の紐を力強く握り締めたルルーシュは、先程のカリグラの発言を思い起こして再び震えた。

 極力目立つ行動は控えるようにしていたルルーシュは、授業にも真面目に出るようになっていた。まともに受けてはいなかったが。

 実際、ヴィレッタはルルーシュが真面目に授業に出るようになった事について、特に疑問には思わなかった。

 だが、カリグラはそんな些細な変化さえも逆に不自然だと思ったのだ。

 

 「危険過ぎる……」

 

 その異様な洞察力に危機感を抱いたルルーシュが呟くと、励ますかのようにロロが言う。

 

 「でも、やるしか無いんだよ」

 

 ロロの言葉を聞いたルルーシュは、一度大きく息を吸い込むと次には意を決したかのように言った。

 

 「そう……だな。ロロ、お前の言う通りだ。やるしかない。それに、頼もしい仲間も増えた事だしな」

 

 ルルーシュは手に持った袋を再び机の上に置くと、ヴィレッタに視線を向けた。

 気付いたヴィレッタは思わず声を荒げた。

 

 「ま、待て!私は――」

 「ヴィレッタ、今更何を言うつもりです?あなたはあの男に嘘を吐いたんですよ?」 

 

 が、ロロの指摘にカリグラの性格を良く知っていた彼女はもう何も言えなかった。

 仲間という言葉を嘲り笑い、部下を駒のように使い捨て、情さえも不要と吐き捨てる。冷徹非情な存在、カリグラ。

 そんな男に向けて脅されていたとはいえヴィレッタは嘘を吐いた。一時的なものだったとしてもルルーシュ達の片棒を担いでしまったのだ。

 ヴィレッタは、後で正直に告げて庇護を求めるべきか? と悩んだが、直ぐに諦めた。

 正直に話したところで、許しを得られるというイメージが一切浮かばなかったのだ。

 

 「ヴィレッタ先生」

 「な、何だ……?」

 

 ルルーシュの言葉にヴィレッタは我に返る。

 その時、彼女の瞳に映ったのは包装されたリボンを引きながら、薄紫の瞳に冷たい色を浮かべる魔人の姿。

 

 「Happy birth day」

 

 この日より、魔人と暴君に板挟みにされる事となるヴィレッタ。彼女の苦悩の日々が始まった。




毎日暑いですね。
皆様、お体にはお気をつけ下さい。


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TURN 03.34 ~ 交渉の裏に(うごめ)くモノ ~

活動報告でもお知らせしました間幕回となります。何とか今週中の投稿は守れた……かな?

以下、注意点となります。

1.劇場版、復活のルルーシュのネタバレを含みます。苦手な方はご注意下さい。

2.亡国のアキトのネタバレも含みます。苦手な方はご注意下さい。

3.相変わらずの捏造と自己解釈に塗れてます。苦手な方は(以下同文。

4.場面転換が上手くいっておらず、読み辛いかもしれません。苦手(以下同文。

5.キャラの口調がイメージと違うかもしれません。

以上を念頭のうえ、お読み下さい。


 シャルルとライが晩餐を共にしていた丁度その頃。

 嚮団の地下都市。

 その中心部でもあるギアスの紋章が刻まれた身の丈20mを越さんとする扉を背にして、据え付けられた一対の玉座。

 そこに深々と身を委ねるのは嚮主V.V.。

 彼が帝都でのそれをキャンセルした理由は唯一つ。これから始まる交渉の為。

 彼は手にした書類に目を通しながらその時を待っていた。

 そんな(あるじ)とやや距離を置いた階段下では、(しもべ)たる黒衣の男達が静かに控えている。

 やがて、時計の針がその時刻を間近に捉えたところで一人、集団の中から歩み出た男は階段を登る。

 そうして玉座の傍まで歩み寄った彼は、腰を曲げると主の耳元で短く報じた。

 

 「嚮主V.V.、間も無く繋がります」

 

 顔を上げたV.V.は、手に持つそれを投げて寄越すと相手も心得たもの。

 両手で受け取ると何事も無かったかのように頭を垂れた男は、静々と元居た場所へと下がってゆく。

 それを視界の端に捉えつつ、V.V.は男達の頭上に設置されている巨大モニターへと視線を注ぐ。

 長針が定刻を告げると、淡い光を発する液晶画面。

 そこに砂嵐が生じた後、映し出されたのは白くゆったりとした衣服を身に纏うと、波打つ艶やかな金髪に強い意志を感じさせる瞳を持つ一人の女の上半身。

 V.V.は、久し振りだね、とフランクに問い掛けたが、女は自国の流儀に倣い最大限の敬意を示すべく、顔の半面を左手で覆い隠す。

 

 『直々にお声掛け下さるなんて光栄ですわ。嚮主V.V.』

 「その所作(しょさ)は不要だよ。それとも、やっと僕の配下に加わってくれる決心でも付いたのかな?」

 『誤解無きように。只の社交辞令ですので』

 「紛らわしいね」

 

 V.V.が唇を尖らせると、女は微苦笑と共に手を下ろす。

 溜め息一つ、気を取り直したV.V.は問い掛ける。

 

 「そっちの情勢は常々聞いているよ。商いは順調らしいね」

 『えぇ、お陰様で。最後にお会いしたのは、正式に嚮主をお継ぎになられて以来でしたか? そちらはお変わりの無いご様子(・・・・・・・・・・・・・・)。羨ましい限りですこと』

 「知っている癖に良く言うよ。それとも、皮肉のつもりかな?」

 『いいえ。滅相も無い』

 

 白眼視を向けられた女は、困ったような笑みを浮かべると話題を変えた。

 

 『この度は如何様(いかよう)なご用向きかしら』

 「ちょっとお願いしたい事があってね」

 『あら、珍しい』

 

 口元に手を当て瞳を見開く女。そんな驚きを露わにする彼女を余所に、V.V.は口火を切る。

 

 「君の処の兵士を貸して欲しい。頼めるかな?」

 『構いませんとも。派遣先はそちらかしら?』

 

 唐突な要請だったであろうに、僅かな戸惑いも垣間見せず、また、深くその理由を尋ねる事無く二つ返事で承諾する女の従順さ。

 それを心地良く思ったのか。

 屈託無く笑うV.V.であったが、同時に訂正の言葉を忘れない。

 

 「違うよ。エリア11に送って欲しいんだ」

 

 すると、どうした事か。発送先を聞いた女は僅かに顔を顰めた。

 

 『約定はご存知の筈では?』

 「敵対する事は有り得ないから安心して」

 『何を為さるおつもりかお聞きしても?』

 「ちょっとした作戦を展開中なんだけど、彼処(あそこ)の現状は知ってるだろう? イザという時の為の実働部隊が欲しくてね」

 『ブリタニアと共同歩調を採るご予定はお有りかしら?』

 「その時になってみないと分からないけれど、可能性としては」

 

 矢継ぎ早に問う女と、流麗に返すV.V.。

 両者の瞳が細まる。

 先程までの従順な女の態度に陰りが見え始めるが、その原因を薄々ながら察していたV.V.は、敢えて咎める事をしなかった。

 すると、遂にその仮面を脱ぎ去った女は瞳に有り有りと嫌悪感を滲ませた。

 

 『でしたら、何も我が国の兵士を使う必要は無いのではないかしら? 嚮主様であれば、駐留している帝国軍から引き抜く事など容易いのでは?』

 「込み入った事情があってね。今回に限って言えば、彼の手を借りる事は出来ない案件なんだ。でも、どうしたの?」

 『何がでしょう?』

 「僕には君が嫌がっているように見えるけど?」

 

 女の言葉尻から確信を得ていたV.V.は口元を僅かに歪ませた。

 対する女は観念したのか。短く溜息を一つ吐くと心情を吐露する。

 

 『敢えてお尋ねします。過去、我々とあの男…いえ、失礼。今では嚮主様の同盟者でしたか。彼と我が国との間で生じた確執。お忘れではございませんよね?』

 「勿論さ」

 『その上でのご用命なのね…』

 

 女の声色は柔和なまま。

 が、嫌悪の光は今にも瞳から溢れんばかり。

 しかし、V.V.の態度は変わらない。

 いや、寧ろお構い無しとばかりに彼は頬杖をついてみせた。

 

 「執念深い女は嫌われるよ? それに、あの件は僕が間に入って執り成したじゃないか」

 

 そっちこそ忘れて無いよね? と言外に匂わせつつ、恩着せがましく(のたま)うV.V.。

 対する女は眉間に皺を刻む。今となっては忘れる事など出来る筈が無かったからだ。

 

 

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 コードギアス 反逆のルルーシュ L2  

 

 ~ TURN 03.34 交渉の裏に(うごめ)くモノ ~

――――――――――――――――――――――

 

 

 事の発端は20年近くまで遡る。

 嘗て、ブリタニアはシャルル登極後に間を置かず発生したクーデター(血の紋章事件)の鎮圧後、例え同じ皇族であろうとも、僅かでも計画を聞き齧った者や、勧誘されたが態度を最後まで保留したような日和見(ひよりみ)主義に走った者達に対してまでも、主犯格に連座するとして粛清の対象とした。その数、実に2500人。

 后妃すら巻き込んだそれは、一時的に政治・軍事併せて機能不全に陥りかけても構わないとでも言わんばかりの苛烈さだった。

 だが、流石は神聖ブリタニア帝国とでも呼ぶべきか。

 屋台骨が揺らぐも元より有する国力は強大。

 併せて旧態依然としていた人間達の多くが刑場の露と消えた事により、それまで彼等から不遇の扱いを受けていた新進気鋭な者達が陽の目を見る結果となる。

 その様相は、さながら焼け野原に芽吹く新芽の如く。

 5年という歳月を経て、彼等を新体制に組み込む事で新生した帝国。

 一方、見出(みい)だされた者達は、捲土重来を期するべく血気に逸っていた。

 その只中に、シャルルは勅令を投げ込む。

 これまでとは一線を画すそれ。全世界に向けての大規模な侵攻命令を。

 リカルド以来、脈々と受け継がれてきた国是。

 シャルルのその姿勢に体現者たり得んとする気概を垣間見た帝国の世論は沸騰する。

 いや、誰も彼もが知らないのだ。

 幼き日の誓いを胸に、名実共に帝国の光と闇を背負った兄弟が秘かに掲げる最終目標(神殺し)

 それを達成する為に必要と見込まれる、世界各地に点在する巫女達が残した遺跡群の掌握こそが、勅令の裏に隠された真の目的であった事など。

 恙無(つつがな)く戦時体制に移行すると、皆が皆、嬉々としてその身を戦火に投じてゆく。

 ある者は更なる栄達を求めて。また、ある者は大いなる野心のために。

 一部の戦線では稀に敗北を喫する事もあったが、所詮は局所的なものであり帝国優勢の大局は変わらず。

 最も、難敵と目されていた欧州方面には、過去の約定通りユーロ・ブリタニアに引き続き担わせた事から、帝国本体が初期に策定した侵攻ルート上に在った国々の多くは、どちらかと言えば第三世界のヒエラルキーに属する国家群ばかり。

 国力差は元より純軍事的な観点から見ても、端から勝負にならなかった。

 そんな帝国の破竹の勢いを目の当たりにした臣民達は、屈服させた国々から吸い上げられた富により、日を追う毎に向上してゆく生活環境の変化も相まって、それを(もたら)したシャルルに対する尊崇の念を深めてゆく。

 また、臣民達以上にその恩恵に(あやか)っていた貴族階級に於けるそれは、神格化の域に至らんとするほど。

 結果として、皇帝の権威たるや何人たりとも侵さざるべからずといった具合に、至上の頂へと昇華されるまでに然程の時間は掛からなかった。

 そう、全ては(シャルル)の権力基盤を二度と揺るがす事態が起こり得ない為にも、と策謀を巡らせた(V.V.)の計略通りに。

 その兄はというと、彼は彼で征服した国に在る遺跡へ随時、嚮団の研究者を送り込むと事に当たらせていた。

 やがて、初期に策定した侵攻ルートの踏破が間近に迫ると、V.V.は新たな目標を絞り込むべく議論を開始する。

 

 これはそんなある日の事。

 

 嚮団内の一室では、10人が掛けても尚余りあるテーブルを、端から端まで目一杯使って広げた世界地図。その上には、目算で10枚以上であろうか。

 どれも年季を感じさせるA4用紙程の羊皮紙に、手書きで描かれた遺跡の位置図が点在している。

 そんな即席の分布図を己の近習である黒衣の男達と、白衣を纏った研究員達と共に彼は議論を交わす。次はどの国を滅ぼそうか、と。

 そんな矢先、彼等は耳を疑う知らせを受ける事となる。

 告げたのはその日、たまたま嚮団を訪れていた嚮主C.C.だった。

 彼女はその時点で兄弟の共犯者でもあったが、普段は一切干渉する事無く、また、嚮主ではあったものの実質的にはV.V.に嚮団運営を一任(丸投げ)していた事から、日頃はアリエス宮に居る自身の契約者と怠惰な暮らしを送っていた。因みに、当時の彼女の主な日課は、契約者が産んだ兄妹達の観賞だったとか。

 故に、その日は本当に偶然だった。

 侃々諤々(かんかんがくがく)の議論を続ける彼等の輪の中に興味本意で首を突っ込んだ彼女は、分布図を一瞥するなりこう言ったのだ。

 

 なんだ、あの国の門は調査しないのか、と。  

 

 それは予期せぬ問い掛け。

 居合わせた者達は皆が皆、怪訝な視線を彼女に送る。

 だが、当の本人は何処吹く風。

 そんな彼女にV.V.が場所を示すよう頼むと、煩わしげな瞳と共に指し示されたのは空白地帯。

 一同は今度こそ懐疑的な視線を向ける。

 其処は歴史的に考えてもギアスとは縁も所縁も無いと思われていた、とある王国。

 何故、嚮団がその長きに渡って調べ上げた遺跡群の中に記録されていないのか。

 皆を代表してそう問うた彼に彼女はこう返す。

 

 他の遺跡と違って、あれは遺跡と呼ぶ程には古くない。あの国にある門は、三百年程前に造られたものだからな、と。

 

 彼女にしてみれば、それは極々当たり前な根拠の提示のつもり。

 しかし、居合わせた者達にとっては寝耳に水も良いところ。

 現代科学の元、遺跡の運用に生涯を捧げていた彼等は、その過程で大凡(おおよそ)の建築年次は把握していた。

 しかし、一番新しい遺跡であっても、その年代は今を遡ること数千年前を下らない代物であると分析していたからだ。

 呆気にとられるV.V.を筆頭とした黒衣の男達。

 一方で研究員達は互いに顔を見合わせる。製作が可能なものなのか? と。

 それもその筈。

 彼等は、運用は出来てもCの世界にアクセス出来る構造物を一から造る事は不可能である事を、この時、既に規定のものとしていたからだ。

 だからこそ、後の反応は激烈だった。

 事の詳細を! と、半ば懇願に近い形で問う研究員達。

 しかし、眉を顰めたC.C.は面倒だと言わんばかりに無言で踵を返すと、さっさとその場を後にしようとする。

 が、一歩目を踏み出したところで衣服の端をV.V.に掴まれ、全て話すまで帰さないと宣言されると同時に周囲を取り囲む黒衣の男達。

 彼等とすったもんだあった結果、遂に根負けしたC.C.はV.V.に向き直ると、渋顔のまま語り始める。

 

 「門は、私が前任者から(嚮主)の地位を継いで暫くした後に(わか)たれた一派が造ったものだ」

 「その連中は何故、離反したの?」

 「離反じゃないぞ? 確かに円満に(たもと)を別ったとは言い難いが。最後は全員で見送ったからな」

 「お涙頂戴の話を聞きたいんじゃないよ。僕が知りたいのは、君が知っている事実だけさ」

 「相変わらずつまらん奴だな」

 

 呆れた口調で呟くと、C.C.は再び空白地帯を見つめる。

 

 「そもそもの原因は、私が来る前から嚮団内部で燻っていた意見の相違が根底に有った」

 「意見の相違?」

 「自前でCの世界に通じる事が出来る構造物。それが造れるか造れないかといった……まぁ、割りとどうでも良い対立だ」

 「それってかなり重要な議題だと思うけど……いいや。続けて?」

 「私が来た頃にはそれが表面化していた。失敗続きの肯定派に対して、否定派は事ある(ごと)(なじ)ったものさ。やれ、資金の無駄だとか資材の浪費だとか言ってな。それでも諦めきれなかったのだろうよ。ある日、連中は私に対して離別の赦しを願い出て来た」

 「君がそれを認めた理由は?」

 「おい、一応は私も翻意(ほんい)を促したぞ? それに、私より付き合いの長かった前任者も必死になって止めようとしたが、連中の決意は固かったらしい。これ以上、無駄に(ろく)()むのは申し訳無いとか何とか言ってな」

 「台所事情は厳しかったの?」

 「前任者の手腕はお前も知っているだろう?」

 

 あの伯爵だぞ? と彼女が念押しすると、V.V.は無言で頷く。己の前任者でもあった男の詐欺師めいた商才を熟知していたからだ。

 C.C.は続ける。

 

 「今ほどじゃないが、当時もアイツのお陰で全員を満足に養うだけの蓄えは十分に有ったさ」

 「なら、事は彼等の矜持の問題かな? 周囲の目に耐えられなくなったとか?」

 

 推察を披露するV.V.に対して、いいや、とC.C.は(かぶり)を振った。

 

 「最初は誰もがそう思っていた。だが、どうやら遺跡に対する造詣(ぞうけい)は肯定派の方が深かったようだ」

 「根拠は?」

 「連中は去り際に、それまで蓄積していた知識を全て置いていったのさ。そこには、否定派がまだ解明に至れていない物も幾つかあったらしい。因みに、お前達が完成に近づけている思考エレベーター(アーカーシャの剣)にも、その知識が使われている」

 

 その言葉に、二人の会話を邪魔立てしないよう沈黙を守っていた研究者達は、先人達から受け継いできた知識の裏に隠されていた事実に驚く。

 一方、得難い者達であった事を知ったV.V.は苦言を呈した。

 

 「その時に手を取り合ってれば、今の僕達の苦労も少なくて済んだかもしれないのに」

 「連中は遠い昔、前任者に誘われて嚮団に移り住んだ錬金術師達の末裔だ」

 

 恨みがましい視線を向けるV.V.を一瞥したC.C.は、次にテーブルの向こうに居る研究者達に視線を移した。

 

 「近代科学を信奉する否定派とは、相容れない思想が多かったんだろう。遅かれ早かれ、同じ結末を辿っただろうさ」

 「だとしても、どうしてあの国に行ったの? 新しいパトロンでも見つけたのかな?」

 「そう言えば、妙な事を言っていたな」

 「妙な事?」

 「あぁ、ヘルメス様の御導きに従うとか何とか」

 

 錬金術師の末裔にヘルメス。

 一瞬、頭に疑問符を浮かべたV.V.であったが、直ぐ様とある伝説上の人物の名を思い起こした。

 

 「ひょっとして、ヘルメス・トリスメギストスの事?」

 「誰だそれは?」

 「……知らないなら良いんだ」

 

 C.C.が呆けた表情を浮かべると、肩を落としたV.V.は続きを促す。

 

 「何者なのかは置いておくとして、仮にソイツが連中を(かどわ)かしたとしたら、何故、あの地に導いたのかな?」

 「いや、実際にそんな存在が居たのかどうかも怪しいぞ。連中があの場所に居着くようになったのは偶然だからな」

 「どうしてそう言い切れるのさ」

 

 ジト目で尋ねるV.V.に向けて、彼女は新たな根拠を提示する。

 嚮団を離れた後の肯定派の行動には計画性が見えなかった事。流浪の民となり、行く先々で苦労している事は風の噂で聞いていた等々。

 

 「ひょっとして、君が手助けしてあげたりした?」

 「頼まれたのさ。前任者に」

 「君ってそんなに慈愛深かったっけ?」

 

 C.C.の性格を良く知っていた彼は意外そうに呟いた。

 対する彼女は、心外だと言わんばかりに睨み付ける。一抹の心残りがあったからだ。

 それは、前任者が何とか穏便に収めてきた対立が、己が嚮主を継ぐと瞬く間に先鋭化してしまった事に起因する。

 しかし、そんな事を口にする彼女では無い。

 

 「タイミングが合っただけだ。当時、連中は一帯を支配していた遊牧民のテリトリーに無断で入ったと言う理由で虜囚の身となっていたからな」

 「そのピンチを君が助けてあげたの?」

 「私が過去にギアスを与えた男が、その遊牧民の長となっていた。その(つて)で連中の持つ技術を対価に庇護を頼んだのさ。あの国は、彼等が後に協力して興したものだ。その際、連中からは一度、完成したばかりの門の起動を頼まれた事があった」

 

 長い前口上だったと胸中で感想を述べると思考を切り替えたV.V.は、逸る気持ちを抑えながら核心へと迫らんとす。

 

 「それで? 接続出来たの? Cの世界に」

 「普通にな。あれには私も驚いた」

 「ぶっつけ本番で? 妙だと思わなかった?」

 「特には」

 

 C.C.はあっけらかんと言い切った。

 実は彼女も疑問に思わなかった訳ではないのだが、思うよりも先に事前に起動を手伝う見返りとして約束されていた饗応の方に意識が向いてしまっていた。

 故に、彼女がそれを抱いたのは帰路の途中。送迎のために用意された荷馬車に揺られ微睡(まどろ)んでいた時の事。

 当然の事ながら、これも言えたものでは無い。

 一方、彼女が何かを隠している事は薄々察していたV.V.であったが、今は続きを優先する事とした。

 

 「何故それが今日まで共有されてなかったのさ? 否定派の連中には話さなかったのかい?」

 「自分達が散々馬鹿にしていた連中が、先に本懐を遂げた事を知ったら、お前ならどんな感情を抱く?」

 

 問い返されたV.V.は、客観的に考えた。

 己であれば、嫉妬に狂うか、業績を引っ提げて舞い戻られれでもすれば、今度は自分が追い出されかねない事を危惧する。であれば、そうならないように先手を打とうとするだろう、と。

 

 「興味深い話をどうも。でも、もっと早くに聞きたかったよ」

 「聞かれなかったからな」

 

 いけしゃあしゃあと述べる彼女を無視して、再び空白地帯を見やると瞳に暗い光を宿したV.V.は最終確認を行う。

 

 「因みに、君は連中の子孫に対しても、何か特別な感情を持っていたりする?」

 

 V.V.が何を言わんとしているか察した彼女は、哀愁の瞳を虚空に向ける。

 

 「……責務は既に果たした。それに、連中は私と別れた後に程無くして全員死んだ」

 「殺されたの?」

 「分からん。(おさ)からは、風土病だったとの報告は受けたがな」

 「……良く分かったよ」

 

 ここに方針は決定した。

 次の標的を見定めたV.V.は、事の経緯をシャルルに告げる。

 対するシャルルは侵攻か融和か。

 何れの指針を方策とするか検討するも、真の目的が露見しかねない事態は僅かでも避けるべきだ、とのV.V.の諫言により、従来通りの方策(武力侵攻)を前提とした検討を行うよう関係各所に指示。

 しかし、それは後に宰相府が主体となり設けられた御前会議の場に於いて、看過出来ない問題が有ると身内(財務部局)より提起された事から紛糾する。

 代表者の男(局長)の言い分はこうだ。

 あの国の国土の9割は、剥き出しの砂漠と荒野である事。

 これまでの国々とは違い、資源にも乏しい事が資源調査庁の内偵結果からも判明しており、征服した後に獲られるモノなど皆無に等しいという事。

 それでもメリットを上げろと言われれば、あの国が掲げる皆兵(かいへい)制度の元、鍛え上げる事で輸出品目として唯一誇れる人的資源(屈強な戦士達)程度である事。

 その資源にしても、これまで植民地化する際に各地で問題となっていた敗残兵を主体とした反帝国集団によるテロ行為。

 それを押さえる為の確固たる占領政策が未だ打ち出せていない以上、それがあの国でも起こり()る危険性は火を見るより明らかである事。

 いや、何せ国民全てが兵士の国だ。その場合の損失は損益分岐点を容易に飛び越えるであろうという事。

 以上を総合的に考慮検討した結果、リターンは一切見込めないばかりか、将来に渡って天文学的な損失を被るとの結論を、皇帝を筆頭として居並ぶ軍部の高級将校達の前で言い放ってみせた。

 正にグウの音も出ない程の正論である。

 しかし、これに軍部を代表して異を唱えたのは、血の紋章事件における功績により、新たに帝国最強の騎士(ナイトオブワン)に叙されたビスマルク・ヴァルトシュタインだった。

 彼は努めて平静に。しかし、片瞳にありありと激怒の光を宿すと、恰幅の良い体格に能面顔を張り付けた局長を詰問する。

 

 「事は陛下が望まれた事。貴卿はそれに異を唱えるのか?」

 「私は身命を賭してこの場に臨んでおります」

 「なに?」

 

 文官風情が、と蔑む軍部の面々。

 しかし、その視線を一身に受けても尚、局長の考えは揺るがない。

 

 「閉職に追いやられていた我々を見出して下さったのは他ならぬ陛下御自身。これが御心に反する行いである以上、覚悟は出来ております」

 

 全て承知した上での諫言である、と言外に言い切ってみせた局長が宿す決意の瞳に、思わず片瞳を大きく見開くビスマルク。

 そんな彼を余所に、局長は玉座に腰掛ける皇帝に向けて深々と臣下の礼を取った。

 

 「我々と致しましては、熟考の末に導き出した結論を申し上げたまでの事です。それでもなお、あの国を攻める事を望まれるのであれば、陛下。あの地に住まう者達全ての殲滅を」

 

 彼の王に倣い、と進言する局長に堪り兼ねたビスマルクは声を荒らげる。

 

 「いつの時代の事を言っている! 出来ない事を言うな!」

 

 彼にしてみれば、皇帝の御前で自制心を制御出来ぬ等、愚の骨頂である。

 しかし、如何に帝国と言えども、戦時国際法を完全に無視する事は難しく、破った場合の非難の矛先は自らの主に向けられる事が、第一の忠臣を自負する彼には耐えられなかった。

 だからこその怒りの発露であり、言葉だけを捉まえれば、それもまた正論であった。

 

 最も、官僚の中の官僚を自負する文官たる局長にとっては釈迦に説法も良いところ。

 

 「承知しておりますが、法律解釈や国際世論など、どうとでも致しましょう。ですが、攻めた揚げ句が借金まみれでは、帝国内部から陛下のご威光に要らぬ陰りを生じさせる動きが出ないとも限りません。その様な事だけは(もっ)ての他ではありませんか? 先程の言葉は陛下御自身が何処までご認識いただいているのかをお尋ねしたかったのです。帝国の財布を預かる者以前に一人の臣下として、あの国に侵攻するという事は、どちらを採っても一定の覚悟を要する事である、と」

 「貴卿は……そうか……」

 

 二度目の諫言を言ってのける局長に、軍部の面々も遂には言葉を失う。

 そんな中、目の前の男を文官と認識していたビスマルクは、この時、知らず知らずの内に見た目で判断していた己の愚かさを恥じた。

 主に向き直ったビスマルクは言う。

 

 「陛下、軍部と致しましては、侵攻をお望みとあれば粉骨砕身、必ずや落としてみせます。しかし、その暁には僭越ながら私が持つ特権の行使。それを使う事のお赦しを頂戴したく」

 

 彼が頭を垂れると、それまで無言で配下の舌戦に耳を傾けていたシャルルの瞳にこの時初めて興味の色が揺蕩う。

 

 「ほぅ? ビスマルク。あれを使うと申すか」

 「はい。この者は文官の身形(みなり)なれど、一角(ひとかど)の騎士でありました。それを見抜けなかったのは私の不明の致すところ」

 

 剣を持つ者だけが騎士では無い。

 それを教えられた思いでいたビスマルクは、全てを背負う覚悟で勅裁を望むが皇帝は態度を保留した。

 

 「暫し待つがいい。この場は一時、儂が預かる」

 

 良いな? と眼光鋭く配下の者達を卑下するも、問われた彼等に元より否やはない。

 

 「「「「「Yes,Your Majesty!」」」」」

 

 一斉に席を立ち臣下の礼を取ると、その一言でもって御前会議は散会となる。

 その後、シャルルから事の顛末を聞いたV.V.は頭を抱えた。

 これまで通り武力による征服を為そうにも、表だった利益が示せないばかりか損失だけが膨らむともなれば、財務側が述べた通りに弟の支持基盤である貴族達から、何故攻めるのか? といった疑念と難色を示されるのは、彼が最も嫌う事。

 しかし、門は是が非でも調査したい。

 苦悩と葛藤の果てにV.V.は一計を案じる。あの国の唯一の産業に目を付けたのだ。

 そうして手駒を使うと可及的速やかに調査を開始した彼は、程無くして望み通りの事案が各エリアで散見されている事を知ると、それをシャルルに提示した。

 再び開かれる御前会議。その場でシャルルは聖断(侵攻)を下す。

 誰も疑問を懐かずに、唯唯諾諾(いいだくだく)と周囲を従わせる為だけにV.V.が創出した大義名分。

 あの国はテロリストに対しても傭兵を派遣している、との理由を元に。

 所謂(いわゆる)、テロ支援国家としての烙印を彼の国に押したのだ。

 しかし、それでも財務側は難色を示すが、以前のように声高に反論する事は出来なかった。

 損得勘定以前に純然たる事実を突き付けられた事もあったが、対抗するために、あの国は各エリアに派遣している兵士を引き揚げざるを得なくなるであろうという事。

 そうする事で一時的とはいえ、各エリアでのテロ活動を小康状態にした上で、その中核の兵士達を彼等の祖国に集めて国(もろ)とも踏み潰す算段であるとの皇帝の決意に思い至ったからだ。

 加えて、トドメとばかりにビスマルクがナイトオブワンとしての特権を行使する事を、征服後にその国を己の領地とする事を改めて願い出た事も大きかった。

 赤字を(こと)(ほか)嫌う職務柄、借金まみれになる事も辞さない彼の決意にとうとう財務側も折れる。

 そうしてシャルルがビスマルクの望みを聞き届けた事により御前会議は閉幕。

 僅かな準備期間の後、侵攻を開始するブリタニア軍。

 しかし、シャルルとV.V.はここで一つの挫折を味わう事となる。

 戦力差7倍以上であったにも関わらず、彼らはその国を征服する事が出来なかったのだ。

 数多の兵士の命と国王の死という多大な犠牲を払いながらも、ビスマルクを筆頭としたブリタニアの度重なる猛攻を凌いだ彼の国は、(つい)にはその矛を納めさせるまでに至る。

 国の名はジルクスタン王国(戦士の国)

 そこに君臨する者こそ、今回のV.V.との交渉相手でもある女王にして国教を統べる神官長としての要職も兼ねている女、シャムナだった。

 最も、当時はまだ正式に王位を継いでおらず、王女兼次期神官長としての立場でしか無かったが、ブリタニア侵攻を迎え撃った最初の会戦で国王が戦場に倒れて以降、最高責任者として己に宿った(ギアス)を使い、寡兵でもってブリタニアの大軍を退ける事に成功する。

 一方、敵側に使い手が居る事など予期していなかった二人は、旗印(国王)を切り捨てるも、最終的には逆擊に会い攻勢が頓挫したとの報告をビスマルクより受けた時点では、まだ眉をしかめる程度だった。

 が、遂に五度にも及ぶ波状攻勢の全てが徒労に終わった段階で、ようやっとその仮説に思い至るようになる。

 改めて協議の場を設けた二人は、この時、方針を転換させる。

 融和策に舵を切ったのだ。

 だが、仕掛けた側から手打ちを持ち掛ける。それ即ち皇帝の権威の失墜を意味する。

 当然、表だって交渉を行う事は憚られた。

 必然、それを担う者として嚮団に白羽の矢が立つ。

 嚮団は、帝国と全く関係が無い呈を装うと、嘗ての仲間が建国に関わった国が滅びるのは耐えられないとの最もらしい理由を引っ提げて、両者の場を執り成すとの名目で事に当たる。

 その特使として乗り込んだのはV.V.だった。

 理由は三つ。

 一つはギアスユーザーが関わっている可能性を探るため。

 もう一つは、嚮団でも製作不可能と結審されていた門を、自身の目で見てみたいとの純粋な好奇心から。

 最後は、当初に己が否定した弟からの提案を、今になって採用する事になった兄としての不明を詫びるとの意味合いも兼ねて。

 対するジルクスタン側で交渉に当たったのはシャムナだった。

 秘かに招かれた王宮区画にある離宮の一室。

 初顔合わせのその席で、彼女を一目見たV.V.は察した。

 やはり、ギアスユーザーが居たか、と。

 同時に、それを与えたであろうホウレンソウのホの字も知らぬ怠け者に対して、あれだけ問い質したのに、と心の内で悪態を吐く。

 最も、それはこの交渉の中で、後に全くの誤解である事が判明するのだが。

 気を取り直した彼は、優雅に会釈すると己が何者であるのかということ。

 そして、今となっては怪しいが、事前にマリアンヌにも助力を願うと、逆さに振る勢いで怠け者から得た情報片手に、ジルクスタンの成り立ちに関わった一派が嘗て嚮団に属していた事実を(つまび)らかに語る。

 シャムナは終始無言でそれに耳を傾けた。

 

 「という訳さ。こちらとしては、嘗て志を共にした同士が残した国が、このままブリタニアに飲み込まれて消えてしまうのは忍びないんだ。幸い、僕達は彼等とも縁がある。どうかな? 帝国に矛を納めるように耳打ちしてあげてもいいけど」

 

 V.V.からの提案を時間をかけて咀嚼すると、少女から女へと変貌する只中に居る彼女は、あどけなさの残る顔立ちに宿る意思の強い瞳で問う。

 

 「先程述べられたように、貴方の肩書きはその嚮団とやら(・・・・・・・)の嚮主代行で宜しかったかしら?」

 

 王族という一応の格は有れども、手練れの外交官でもなければ年端もいかぬ少女でしか無いシャムナからの歯に衣着せぬ物言いを受けたV.V.としては、内心面白くない。

 だが、それはジルクスタン側から見れば同じ事。

 その為、お互い様だと無理矢理己を納得させたV.V.は、無言のまま鷹揚に頷いてみせる。

 

 「貴方の言葉は嚮主()のご意志でもある。そう理解して良いのね?」

 

 しかし、相手が敬称()を付けた事。

 そこに、不知に徹しきれていない彼女生来の生真面目な性格を見出だしたV.V.。

 彼は、気丈に振る舞っていても、己とは違ってやはり年相応の少女である事を悟ると同時に微笑ましく思うも、年の功とでも呼ぶべきか。

 それを(おくび)にも出さない彼は再び頷いた。

 

 「では、一つだけ確認させてもらうわ」

 「いいよ、何かな?」

 「今の嚮主様のお姿を語って下さらない?」

 

 だが、その言葉の意図するところまでは計り兼ねた彼は、思慮の瞳を向けつつ要請に応える。

 嚮主の名はC.C.。緑髪に金色の瞳を持つ女である、と。

 

 それを聞いたシャムナが静かに席を立つと、決裂か? と片眉を上げるV.V.。

 しかし、それは杞憂に終わる。

 左手で顔の半面を隠した彼女は、彼に対して僅かに頭を垂れるとこう言ったのだ。

 

 「これまでの非礼の数々。平に御容赦願います」

 「どういう事?」

 

 態度が急変した事に驚くV.V.を余所に、姿勢を正したシャムナは淡々と語る。

 

 「我が王家には代々、口伝により子孫達に伝えるよう取り決められた(ことわり)がございます」

 「取り決め?」

 「はい。王国を興した初代が有したとされる超常の力と、それを与えた嚮団の主。緑髪の女性との逸話を」

 

 シャムナの言葉は、既に彼女の演技を見抜いていたV.V.にしてみれば新鮮さの欠片も無い。

 だが、同時にC.C.を知らないような口振りであった事だけは看過出来ない。

 胸中に新たな仮説が鎌首を(もた)げると、V.V.は努めて平静に問い掛ける。

 

 「成程ね。他に君は何を知ってるのかな?」

 「後は嚮主様の御身体の秘密(不老不死)くらいでしょうか。最も、これらは国の中枢でも極限られた者達だけが知る事ですが」

 「嘗ての同士の血脈は、途絶えて久しいって聞いていたけど?」

 「仰る通り。ですが、全ての記録が失われた訳ではございません」

 

 左手はそのままに、直立不動で答えるシャムナにV.V.が座るように手配せすると、今度こそ深々と頭を垂れた彼女は、椅子に浅く腰掛けると背筋を正した。

 

 「ブリタニアとの仲介は我が国としても望むところ。是非ともお願いします」

 

 シャムナはそう言って胸襟を開くが、逆にV.V.は順風満帆に過ぎると訝しむ。

 道中で目にした兵士達のブリタニアに対する戦意の高さに比べて、王族であるシャムナの声色に焦りの色を見ていた彼は、両者のその意識の隔たりに疑問を持ったからだ。

 故に問う。何をそれほど焦っているのか、との意味を込めて。

 

 「イヤにあっさりと受け入れるんだね。来る途中で見た兵士達の剣幕とは対照的だけど?」

 

 するとシャムナは観念したのか。肩を落とすと語り始めた。

 

 「仰るように、我が国の兵士は意気軒昂。命じれば最後の一人まで戦い抜く事でしょう。ですが、元より彼我の物量差は隔絶しています。それに、既に十分過ぎるほど我が国の力は世界に示せましたわ。この辺りが落とし処かと」

 

 シャムナは、如何に己の力を以てしても、何れは破綻を迎える事を事前に知らされていた。

 また、それ以外にものっぴきならない事情を抱えていた彼女は、嚮団からの橋渡しの提案を聞いた瞬間、藁にも縋る思いで飛び付いたのだ。

 しかし、決してそれを顔貌に表す事無く嘯く彼女に対して、微笑を浮かべたV.V.が詰問する。

 

 「配下は納得するのかな?」

 「させますわ」

 

 積極果断な回答であった。

 その姿勢にV.V.は満足げな笑みを浮かべると、対戦相手(交渉相手)としての及第点を彼女に与えた。

 

 「了解。じゃあ、早速始めようか。そっちの望みは?

 

 開戦の火蓋が切って落とされると、彼女が述べたのは定石の一手。

 

 「戦闘の停止と開戦前まで有していた我が国の領土からの速やかな撤退を」

 「無難だね。でも、それだけかな?」

 「後は、発端となった我が国の国家事業について、二度と侵攻の口実に使われない事の確約と、以後、敵対する勢力の元に派遣した結果、生じた出来事の一切についても、その場限りのものとしてお互い不問にする事への同意を求めます」

 

 恐れを知らぬは子供の特権とばかりに、堂々と要求を述べるシャムナであったが、そこに大人(V.V.)からの鋭い追及が飛ぶ。

 

 「それ、敵対を続けるって意味にも取れるけど?」

 「我が国としては、死活問題ですので。ただ、ご懸念はごもっともな事ですわ。では、こうしましょう。帝国統治下への派遣は控える」

 

 愉快げな面持ちで指摘するV.V.と、真剣な眼差しで答えるシャムナ。

 それは端から見れば異常な光景だ。

 年端もいかぬ少年少女が国家の行く末を決めようとしているのだから。

 

 「如何かしら?」

 

 返答を迫るシャムナを、V.V.は微笑ましげに見つめる。

 彼にしてみても、悪い申し出では無かった。

 しかし、最大の争点になるであろう議題が示されなかった事から、老婆心だろうか。珍しく助け船を出す。

 

 「賠償は求めないのかい? そっちは王様が戦死してるのに」

 

 だが、対する彼女の返答は彼の上を行った。

 

 「民は王のために、王は民のために」

 「それは?」

 「国を統べる者としての心構えであり、同時に我が国が敷く憲法の序文でもあります。父が自ら前線に赴いたのもそのため」

 

 V.V.は、思わず立ち上がると喝采を送りたくなる衝動を抑え込むのに躍起になるが、その間にも彼女は語る。

 

 「これ以上は虫が良すぎるというもの。確かに賠償金を得れば国は()むでしょう。ですが、それはあくまでも一時的なものに過ぎません。結局のところ、国を存続させる為には唯一の産業(傭兵派遣)を継続する事しか……この国は、余りにも貧しいので」

 「確かに、それは建国以来続くこの国の生命線だものね。でも、これを機会に帝国の庇護を受ける道もあるんじゃないかな?」

 「その場合、王家に連なる者達は皆、過去から流されてきた血に対して、その命でもって詫びなければなりません」

 

 悲壮な覚悟を示すも、その気高き瞳は揺るがない。

 この時、V.V.は相手にとって不足無しとの合格点をシャムナに与えた。

 コイツは既に女王なのだ、と。

 

 「君の矜持を汚すつもりは無かったんだ……分かったよ、それで進めよう」

 「帝国が呑むと?」

 「呑ませるよ。その為に僕は来たんだから」

 

 お返しとばかりに力強く請け負うV.V.だったが、シャムナは怪訝な視線を向けた。

 それを拾った彼が問う。

 

 「どうしたの?」

 「いえ、此度の一件で、そちらには一体何の益があるのかと思ったので」

 「最初に言ったじゃないか。嘗ての同士が――」

 「失礼ですが、嚮主代行は嘘がお上手では無いご様子。いえ、わざとですね?」

 

 V.V.は嗤った。それに気付くか、と。

 

 「あるのでしょう? 仲介する事で得ようとされている何かが。我が国に」

 「どうしてそう思うのかな?」

 「属国への道を提示されたからです。勿体ぶらずに仰って下さいな。確約は出来かねますが、出来うる限りの事は致しますわ」

 「まだ若いのに対したものだね。君が聡明な人物で助かるよ」

 「あら? それを言うなら、私とそれほど変わらない貴方も同じではなくて? その若さで嚮主代行を任されてるんですもの」

 

 その言葉に、彼女が決定的な思い違いをしている事を察したV.V.であったが、後の材料として使うべく敢えて聞き流すと本題を告げた。

 

 「この国に在る遺跡の調査をさせて欲しい」

 「遺跡、ですか?」

 「在る筈だよ。嚮主様(・・・)から聞いているから」

 

 シャムナは見当が付かないと言った様子で、顎に手を当てると視線を落として押し黙る。

 ややあって、思い至った彼女は独り言のように呟いた。

 

 「それは、ひょっとしてアラムの門の事かしら?」

 「アラムの門?」

 

 期待を込めた眼差しで問い返したV.V.に、顔を上げたシャムナは小さく頷いた。

 

 「えぇ。王国建国時と同時期に作られたとされる遺構。当時は何かしらの用途があったのでしょうけれど、今となっては……」

 「記録は失われていないんじゃなかった?」

 「全ての、と申した筈ですよ?」

 「場所は?」

 「確か……」

 

 そうして彼女は語る。

 遺跡は迷路のように地下深くまで達しており、現在、その大部分は犯罪者を収容するための施設として供されているという事を。

 

 「門は最新部の区画に手付かずのまま放置されていた筈ですわ」

 「聞いた限りじゃ要塞に使えそうだよね、そこ。下手したら問答無用で砲撃の対象にされたかも。埋まってしまったら堪ったものじゃないから助かったよ」

 「ブリタニアとの繋がりはお強いのでしょう? 控えるように頼めば宜しかったのでは?」

 「末端まで行き渡るとは思えないよ。それに、門がある場所まではこっちも特定出来て無かったからね」

 「嚮主様は覚えておいででなかったと?」

 「あの性格だもの。全く、その後の饗宴の献立は詳しく覚えている癖に、困ったものさ」

 

 V.V.が肩を竦めてみせると、シャムナの素朴な疑問が口元から溢れる。

 

 「今もお元気でおらるのでしょうか……」

 「元気は元気だよ。相変わらず怠惰に暮らしてるけど」

 「まぁ、伝え聞く通りのご様子なのね。お会いしてみたいものだわ」

 

 シャムナはこれまでの張り詰めた雰囲気を脱ぎ払うと、年頃の少女の笑みを見せた。

 それは、この交渉が始まってから初めて見せる彼女の隙。

 そう、彼女はV.V.の持つもう一つの狙いに気付けていない。

 必然、彼がそれを見逃す筈も無い。

 

 「少し、奇妙じゃないかな?」

 「何がでしょうか」

 「君はギアスを持ってるよね?」

 

 予期せぬ一撃を受けたシャムナの表情が露骨に強張ると、胸中で怠け者(C.C.)に詫びを入れたV.V.は問いを重ねる。

 

 「誰と(・・)契約したんだい?」

 「……何を……仰っておられるのか……」

 

 未だ衝撃から立ち直れないのか。

 震える声で白を切ろうとする彼女に対して、V.V.は追及の手を緩めない。

 

 「隠しても無駄さ。僕も彼女と同類だもの」

 「……同類ですって?」

 「見せた方が早いかな」

 

 困惑と焦燥が混じった瞳を浮かべるシャムナを余所に、立ち上がったV.V.は身に纏う衣服に手を掛ける。

 そうして外套と上着を脱いで上半身を晒した彼は背を向けると、次に長い髪を首元から掻き分けた。

 露になる小さな背中。

 そこに浮かぶ紋章を目にしたシャムナは小さく喉を鳴らした。

 その動揺を背に感じたV.V.は、三日月を浮かべる。

 やがて、じっくりと見せ付けた後に服を着直すと身形を正した彼は彼女に向き直った。

 

 「名乗りから、僕を彼女の後継者候補だとでも思ってた? 残念、ハズレさ。ギアスは僕達コードを持つ者と契約しない限り、発現する事は無い。なのに、君は彼女と一度も会った事が無いみたいだ」

 

 笑みを浮かべるV.V.の顔貌に、(おの)が凶相を見出(みい)だしたシャムナの頬に汗が伝う。

 

 「(だんま)りかい? 先程までの弁舌は何処にいったのさ」

 

 幼子の顔立ちに似つかわしくない狂笑を張り付けると、向かい合う机を迂回して己に迫らんとするV.V.に対して、意を決したシャムナは右手を上げた。

 刹那、部屋の四方にある扉からは、一斉に槍を手にした女官達が飛び出した。

 瞬く間に取り囲まれるV.V.に、席を立ったシャムナの剣呑な視線が注がれる。

 だが、それ以上の決断は無駄である事を悟っていた為か。口惜しげに唇を歪めるのみ。

 そんな彼女に向けて、不老不死の怪物からの問いは続く。

 

 「もう一度聞くよ? 君にギアスを与えたのは何処の誰?」

 

 槍袋に囲まれているというのに、彼は超然とした態度を崩さない。

 シャムナは、血が滲むのもお構い無しに唇を噛み締めた。

 

 「……貴方の行動が視えなかったのは……その為?」

 「あぁ、そういった力か。さしずめ、未来観測の類いかな? ブリタニアが攻め(あぐ)ねる訳だ」

 「ッ!! 答えなさいっ!」

 

 不注意とはいえ、たったそれだけで己の持つ力を看破された事に苛立ったシャムナは声を荒げる。

 が、愉快な見世物としてしか認識していないV.V.は、当たりか、と呟くと三日月を浮かべた。

 

 「推察の通りさ。僕にギアスは通じないよ」

 

 これは失われた記録だったのかな? と彼は嘲笑う。

 

 「…………抜かったわ」

 

 口惜しげに呟くと、女官達に武器を下ろすように指示した彼女は白旗を上げた。

 

 「それを語るのは……御容赦願います」

 「この場をご破算にした上で、無理矢理聞き出すという手もあるんだけど?」

 「であれば、私達は最後の一人まで戦い抜く所存……」

 「勇ましいね。全滅も辞さないなんて。でも、為政者としては失格だよ?」

 「……置き土産に例の門でも壊して差し上げましょうか?」

 

 それは劣勢に立たされた彼女の最後の悪足掻き。

 しかし、同時にV.V.の逆鱗を強かに撫でるには十分なものでもあった。

 三日月を消すと射殺さんばかりの視線を向けるV.V.に、手応えを感じたシャムナは真っ向から受けて立つ。

 子供の喧嘩と侮るなかれ。

 二人の醸し出す空気に、女官達は踏鞴(たたら)を踏むとその場より後退る。

 睨み合う両者。

 先に折れたのはV.V.だった。

 

 「僕の負けだよ。でも、君に力を授けた存在についてだけは、どうしても知っておきたい」

 「何故、とお聞きしても?」

 「その力は危険なんだ。過去、嚮団が管理・隠匿に努める事で、世界は地獄の淵の一歩手前で踏み留まってる。想像してご覧よ。誰彼構わず撒き散らされたその果てにあるものを」

 

  立て板に水の如く、V.V.が嘘と真実を()い交ぜにして語ると、肩を落としたシャムナは重々しく口を開いた。

 

 「……ブリタニアが、最後通牒を突き付けてきたその日の夜……唐突に夢枕に立たれました。ギアスは……その時に……」

 「どんな奴だった?」

 「それは……」

 

 彼女はやや口籠りながら告げた。

 すると、その風貌にV.V.の眉が危険な角度を描く。

 

 「そんな身形になってもまだ生きているなんて、驚異的だね。でも、助かったよ。アレの正確な姿を知れた事と、まだこの世界に存在している確証を得られた事は僥倖さ」

 

 思わぬ収穫に喜びを隠し切れないのか。

 V.V.は軽やかな足取りでシャムナの元まで歩み寄ると、褒美を与えるべく口を開く。

 

 「タダというのも悪いよね。やっぱり、賠償金は受け取っておきなよ」

 「施しは――」

 「開戦前まで(とき)を戻すだけさ。失われた命までは流石に無理だけど、せめて使った戦費くらいは取り戻しておいたら?」

 「ですが……」

 

 尚も逡巡する彼女に向けて、呆れ顔で彼が問う。

 

 「頑固だね。なら、賠償金は不可侵条約のオマケというのはどう?」

 「不可侵条約ですって!?」

 

 驚きの声を上げるシャムナに対して、V.V.は滔々(とうとう)と語る。

 

 「僕達でも、ソイツを今直ぐどうにか出来るだけの手段を持ち合わせてはいないんだ。それに、この国に顕れたという事は、何か目的があるのかもしれない。気を付けてね? 相手は蛇だから」

 「……蛇、ですか?」

 「そう、人間を拐かした蛇さ。最も、ソイツが後に興した国ではためいたのは、世界を喰らわんとする黄金色の蛇の紋章旗だったそうだよ。だから、僕はソイツの事をこう呼んでる……ヨルムンガンド(世界蛇)ってね」

 

 呆気に取られたのか二の句が告げないシャムナに、V.V.は喜悦の笑みを向ける。

 

 「君達には、万が一の事態に備えておいて欲しいのさ。国内の動きに目を光らせてもらう為にも、煩わしい不安材料(外圧)は取り除いておいてあげるよ。最も、ブリタニアも表立って結ぶのは難色を示すだろうから、秘密裏になるけど」

 

 どう? と問われるも、破格の待遇を持ち出されてしまった以上、既に勝敗は決したも同然。

 

 「……よろしくお願いします」

 

 抗弁する術を持ち得なかったシャムナは、恭しく頭を垂れた。

 こうして、ブリタニアとジルクスタンの和議は成った。

 それから4日後。

 ジルクスタン側が正式に外交ルートを通じて申し入れを行うと、事前に元々旨味の無い土地であるとの調査結果が幸いした。

 財務局や貴族達は諸手を上げて賛意を示すと、受けるべきとの上奏を連名で提出。

 それを受けたシャルルが聖断を下すと、V.V.が手を回した新聞各社の紙面には英断である旨の文字が踊る。

 それが深く民草に染み渡った事により、柔軟な思考を持つ皇帝陛下との誤解のもと、当初にV.V.が懸念していた事態(権威の失墜)は起こり得なかった。

 だが、その一方で割りを喰ったのは、堕とすと豪語した軍部だ。

 しかし、シャルルは彼等の、主にビスマルクからの請願を一蹴する。

 その際、借金まみれのナイトオブワンなど不要だと言ったとか言わなかったとか。

 

 ◇

 

 時は戻って現在。

 

 「手打ちは済んでいる筈だけど?」

 『国としては』

 

 小さく首肯しつつも、女王の仮面を外したシャムナはこの時、姉としての心情を垣間見せる。

 

 『ですが、あの戦いに(国王)と共に出向いた弟は痛く傷付きました。私個人としては、そう易々と水に流す事は出来ませんので』

 「その弟君は元気にしてる?」

 『その事については、改めて感謝申し上げます。神経電位接続、でしたか? あの子がナイトメアに乗る事が出来るようになるなんて』

 「それは良かった。弟は、家族は大切にしないとね」

 

 心の底から同意すると、屈託無い笑みを浮かべるV.V.に毒気を抜かれたシャムナは、脱線しかけた話題に立ち返る。

 

 『我が国の兵士をお求めでしたわね』

 「頼めるかな? 相応の対価は用意するよ?」

 『まぁ! 驚きました。てっきりお立場を用いてのご用命だとばかり』

 

 再び口元に手を当てて瞳を見開いたシャムナは、仰々しく驚いて見せる。

 そんな予想通りの反応が現れた事に気を良くしたV.V.は、いたずらっ子の笑みを浮かべた。そこに隠れた本当の意味に気付く事無く。

 それもその筈。

 (わだかま)りがあるとは言え、過去、祖国の設立に一役買ったC.C.や、窮地を救った自分に対して、彼女の性格上、恩義を感じざるを得ないだろうV.V.は判断していた。

 そんな彼女であれば、タダ働きになると半ば諦めにも似た胸中のもと、この場に臨んでいるとの前提条件があったからだ。

 だからこその見逃しであり、そもそも彼女が冒頭に使った言葉の真意にも気付けない。

 彼女は言っていた。そちら()相変わらずお変わりの無いご様子だと。

 変わっていないのは己だけで、今の彼女に当時の経緯(侵攻の真意)を全て把握されているとも知らずにV.V.は嘯いてみせる

 

 「僕としては、そうしても良かったんだけどね」

 

 シャムナがいつの間にか道化の仮面を被っている事に気付けないV.V.は、此度の交渉、その発端となった人物から語られた言葉を口にする。

 

 「釘を刺されたのさ。傭兵派遣を生業にしている以上、連中は商人だ。一抹のプライド程度は持ち合わせているだろう。そんな連中に曲がりなりにも要請するのなら誠意(対価)程度は示してやれ。タダ程高いものは無い。役立たずを送り込まれるのは我慢ならないって」

 

 そう、本件はライからの要請でもあった。

 バベルタワーにおけるカルタゴ隊の壊滅に伴い、機情は現在、独自の実働舞台を有しておらず早急な人員の補充が必要であった。

 通常であれば、正規軍から引き抜くなり何なりすれば良いのだろうが、ライはそれを嫌った。

 軍からの補充ともなれば、派閥や内通者を疑わなければならない。

 これ以上、何処の誰とも知れぬ手垢の付いた兵士よりも、金で動く者達の方が扱い易い。

 端的に言えば、面倒だったのだ。

 

 『どなたか存じませんが、商いを良く分かっていらっしゃるわ』

 「ホント、妙なところで律儀なんだよね、彼」

 『是非、一度お会いしたいものです。きっと良いお得意様になって貰えるでしょうから』

 「あぁ、それは止めておいた方がいいかな」

 『あら? 何故でしょう?』

 

 仮面はそのままに、小首を傾げるシャムナだったが続く言葉は予期せぬ反撃。

 

 「どうしてもと言うなら機会は設けてあげてもいいけど、その時は国も民も、弟さえも。文字通り全てを奪われる覚悟で会う事だね」

 『……こちらは何か怒りを買ったのでしょうか?』

 

 衝撃によりひび割れを起こしたところにV.V.の鋭利な笑みが突き刺さると砕け散る仮面。

 一方で、当の本人にそのつもりは微塵も無い。

 先程と同じく唖然とする彼女が余程愉快だったのか。まさか、とV.V.は嗤った。

 

 「出会えば彼は君の有能さを直ぐに理解するからさ」

 『仰る意味が良く分かりませんが……そういう事でしたらお会いしない方が懸命なのでしょうね』

 

 再び仮面を被り直したシャムナは、不承不承といった様子で頷くと議題に戻る。

 

 『お望みの兵士はすぐにでもリストアップさせましょう。ただ、多くは派遣先との契約期間が満了しておりませんの。少しお時間を頂戴しても?』

 「出来るだけ急がせて欲しいんだけど」

 「善処致しますわ。では、先に人数だけでもお聞きかせ下さる?』

 「一先(ひとま)ずは30名程度を希望するよ」

 『一個小隊規模、ですわね』

 「うん。それと、内10名程度はナイトメアの操縦に優れてる人間を入れてくれると有難いかな」

 『では、価格帯としては……』

 

 そう前置きした彼女はV.V.から視線を外す。

 ややあって、手ずから見積書を作成し終えると、データを転送した彼女は一言。ご確認下さいな、と言った。

 その言葉と同時に、モニター下で交渉を見守っていた黒衣の男達の傍にある機器が小さな駆動音を響かせる。

 そうしてプリントアウトされた一枚の紙を手にした男は、階段を昇ると玉座に座るV.V.に差し出したが、受け取った彼は顔を顰めた。

 

 「ちょっと高くない?」

 『あら、他ならぬ嚮主様からのご依頼ですもの。これでも安く見積もっておりますが? ただし、個々が持つ技量によってはそれ以上となりますので、今お示ししているのは最低価格として留め置き下さいな』

 「う~ん」

 

 腕を組み悩ましげな声を上げるV.V.の仕草は一見、子供のそれ。

 しかし、実態は己よりも遥かに老成した化け物である事を理解しているシャムナは、姿勢を正すと静かに返答を待つ。

 

 「分かったよ。これで進めて」

 『承知しました』

 「でも、正式提示の際には勉強してくれると助かるんだけど」

 

 商いには価格交渉が付き纏うのは世の常だ。

 V.V.が当然のように値下げを要求すると、それを奇貨としたシャムナが動く。

 

 『それでしたら、一つご提案が』

 「何だい?」

 『ナイトメア開発に長けた者を我が国に招聘(しょうへい)したいのです。嚮主様のお力添えをお願い出来ませんこと?』

 「へぇ? 遂に君たちも独自のナイトメアを持つのかな?」

 『えぇ。ですが、付き合いのある方々にお頼みしても色好い返事がいただけなくて』

 

 困っておりましたの、と彼女は妖艶に笑った。

 戦士の国が独自にナイトメア生産のノウハウを持つという事は、目下のところブリタニアの軍事圧力が世界を席巻しているとはいえ、兵士の質を知っている取引先の国々にとって潜在的な脅威度は同じである。

 しかし、逆にそれを面白いと思ったV.V.は膝を叩いた。

 それを承諾と捉えたシャムナは、駄目元で一歩踏み込むと要求の確度を上げる。

 

 『出来れば、弟の体に最も合ったナイトメアを贈りたいのですが……』

 「神経電位接続を用いたナイトメア。それに知見を有する者を、だね? 良いよ。それならこちらの研究者を送ろうか」

 「まぁ、嚮団から派遣いただけるなんて、国賓待遇でお出迎えしなければなりませんね」

 

 気を良くしたシャムナは、微笑とともに冗談混じりの軽口を叩く。

 それを苦笑しつつも受け流したV.V.は、この話は次回に持ち越しと言わんばかりに別方向へと舵を切った。

 

 「話は変わるんだけど、君にギアスを与えた例の存在。最近そっちに顕れたりしていない?」

 『いいえ。あの時(最後通牒)以来、姿を顕した事はございません。ですが、何故?』

 

 道化の仮面に能面顔を張り付けたシャムナは首を傾げるも、V.V.がそれに気付く事は(つい)ぞ無かった。

 

 「いや、顕れて無いんだったらいいんだ。それじゃ、宜しく」

 『ラム・ジャラ・ラタック』

 

 シャムナは再び反面を左手で覆うと同意の言葉を紡ぐ。

 そんな彼女を見たV.V.は、苦笑しながら通信を切った。

 

 ◇

 

 交渉終了後、肩の力を抜いたシャムナは椅子の背凭れにその身を委ねる。

 同時に、肺の空気を全て絞り出すかのような深い深い溜息を吐くと瞳を閉じた。

 ここは王宮にある神官長が祈りを捧げる神殿区画。

 普段、彼女の身の回りの世話をする侍従達は、交渉に際して退去させている。

 故に、今、此処は彼女以外で一切の人間の気配を感じさせない空間と相成っている。

 だというのに、彼女は言葉を発した。

 

 「これでよかったかしら?」

 

 独り言にしては過剰とも取れる声量が静謐を乱すと、壮年を感じさせる男の声が返ってきた。

 

 「上々だ、女」

 

 彼女は瞳を閉じたまま、苛立ち交じりに問いを重ねる。

 

 「言われた通りにナイトメア開発の見通しは立てたわよ? でも、いい加減決別する時期を見定めておくべきでは無いかしら? この国に厄災を持ち込んだV.V.。未だに良いように使われるのは業腹(ごうはら)だわ」

 「今の小僧(・・)を見るのは愉快では無かったか?」

 

 声の主からの指摘にシャムナは腕を組むと押し黙った。

 道化を嗤う者は、その実、嗤わされている事に気付く事は無い。

 自らそれを演じる事で、過去、受けた屈辱に一矢報いた彼女は渋々ながらも同意する。

 

 「確かに、憂さ晴らしにはなったわね。でも、完全に拭える程では無いわ。それで……どうなの?」

 「以前であれば、それも選択肢の一つではあった。しかし、状況は変わった。決別すれば、次の戦争は避けられん」

 「あの時のように私達を助けてはくれないの?」

 

 そう呟くと、シャムナは嘗ての窮地に思いを馳せる。

 侵攻するブリタニア軍の取る戦術や作戦目標。

 それら全てを自身のギアスにより看破していたものの、それまで次代の神官長としての研鑽しか積んでいなかった為、軍事とは無縁といって良い程の立場に居た彼女が対処の知見を有している筈も無い。

 将軍としてボルボナ・フォーグナーという一角の人物や、比較的指揮能力に秀でた者達も居るには居たが、多くは自己の持ち場で才覚を発揮する類の、所謂、現場主義者が大半を占めており、広大な戦域全てを見渡せる指揮官といった存在は、当時、父親(国王)を除けば彼女の国には居なかった。

 だが、その父親は初戦でビスマルクに切り殺された。

 その報せを受けて動揺するシャムナに対して、最短で軍を建て直す方策や運用方法。果ては以降に執り得るべき最適かつ効果的な戦術や戦略を明示し続けて見せた者こそ、この声の持ち主だった。

 故に、出来うるならば今回も、と目論んでいたシャムナであったが、続く言葉にそれは早くも瓦解する。

 

 「物事には限度というものがある」

 「自信が無いのかしら?」

 「試すな。その手の挑発には乗らん。それに、あの小僧とその弟(・・・)の目的が果たされる事。それはお前にとっても別段悪い話では無いのでは?」

 

 その指摘に、同意するよりも先に屈辱を思い起した彼女は怒りによるものだろうか。脳髄が焼けるかのような錯覚に陥る。

 嚮団からの使いとして出向いて来たV.V.と交渉に臨む間際、声の主は彼女に一切の事前情報を持たせなかった。

 唯一告げた事といえば、己の事を問われた際には出会いの時だけを語れ。それ以外は(しら)を切り通せ。ただそれだけ。

 そんな彼女が全てを知らされたのは、交渉が妥結し、帰路に着いたV.V.が地平線の彼方に消えた後の事。

 再び顕れた声の主から、今次のブリタニアの侵攻の裏に隠された真意と、伝手(つて)どころの話では無いV.V.(教団)シャルル(帝国)の関係性を知らされた彼女は愕然の面持ちで問うた。

 何故、最初に話しておいてくれなかったのか、と。

 対する返答は至って明瞭。

 曰く、知らなければ、無理に仮面を被る必要も無い。お前はまだそれ(仮面)を完全に使いこなすには余りにも幼い。

 聞いた瞬間、彼女の脳裏に過ったのは、己よりも幼い身形であるにも関わらず、姉を護るとの決意のもと、無理を通して父親に従軍したがため、その父親を目の前で切り伏せられる光景を見せつけられると、後退の最中にブリタニア側から放たれた砲撃による至近弾の破片を全身に浴びた結果、床に伏せると予断を許さない状況に置かれていたこの世で唯一残った肉親でもあり彼女が親愛を注ぐ弟、シャリオ。

 破片による視力の著しい低下と、二度と自力で歩く事が出来ないと診断されたその無残な姿に、初めて臨む交渉事に一抹の望みを繋ぐと、震える身体を必死に押さえて藁にも縋る思いで飛び付いた。

 にも関わらず、蓋を開けてみれば徹頭徹尾、主導権をV.V.に握られ続けたばかりか、何とか勝ち得たと思っていた成果でさえも、実際は相手が敷いたレール(既定路線)の範囲内を歩かされると、用意された椅子に収まっただけであったという事実も相まって。

 シャムナはその日、産まれて初めて我を忘れる程に激発した。

 その怒りの炎は凄まじく、翌日に予定していた正式な和議の申し入れが4日後にズレ込むほど。

 

 「貴方が最初から全てを話してくれてさえいれば……あの時、この手でV.V.を引き裂いてやれたのに」

 

 不老不死のコード保持者にそれを行う事に何の意味があるのかと問われれば、それは彼女も承知のうえ。

 同時に、声の主の判断が正しかった事も今となっては理解出来るまでに成長している。

 だが、理解と納得は別物だ。

 奥歯を噛み締めると、恨み節を口にしたシャムナ。

 一方で声の主は嗤う。執念深い女だな、と。

 舌打ち一つ、遊ばれている事を察したシャムナは深呼吸とともに怒りを深く抑え込むと話題を変える。

 

 「嘘、では無いわよね? 本当に出来るものなの? 神殺しが……」

 

 その問いに返す声は無い。

 だが、特に気にした素振りを見せずにシャムナは更問いを続ける。

 

 「貴方の見立てでは、成算は如何ほど?」

 「……五分五分といったところか」

 「あの二人が力を合わせても?」

 

 五割がやっとなの? と、シャムナは今更ながらに二人が挑まんとする相手の強大さ。

 それを認識したところに根拠が告げられる。

 

 「既に神は目覚めているが、それをあの二人はまだ知らぬ」

 「あら、それは大変」

 

 言葉とは裏腹に、シャムナはいい気味だわ、とでも言いたげに口元を歪めた。

 

 「今のところ、神が妨害に乗り出す気は無いようだ。最も、兄弟の思惑すら神の掌の上である可能性は否定出来ん……同時に、我々が傍観する事さえ見越している(おそれ)もな」   

 

 声の主が僅かに剣呑な響きを醸し出す一方でシャムナは思考する。

 二人の計画が上手く運ぶのであればそれも良し。

 だが、どちらかと言えば、あわよくば共倒れにでもなればいいとの思いの方が強かった彼女は、胸中で呪いの言葉をV.V.に手向けると議題を変える。

 

 「兎に角、顧客(V.V.)からの要望には応えてあげないといけないわ……クジャパットでも送ろうかしら」

 

 彼女は戯れに一番の腕利きである暗殺部隊を率いる男の名前を口にした。

 しかし――。

 

 「死にたいのであれば、止めはせん」

 「何ですって!?」

 

 突然の死刑宣告にシャムナが思わず瞳を見開くと、視線の先には中空に浮かぶ一首(ひとくび)の髑髏の姿が在った。その額に煌々と紅く輝くはギアスの紋章。

 男の声で髑髏は語る。

 

 「アレはそういった素性を持つ者には過敏に反応する。まず、間違いなく露見するな。その場合、最早如何なる弁解もアレには届かん。敵対の意志有りと断じるだろう」

 「分からないわね。貴方程の存在が何を恐れているのか……その口振りからしてV.V.では無いのよね?」

 

 初めて聞く保持者の焦りにも似た声色に当てられたのか。

 シャムナの瞳にも焦りの色が滲むが、問われた髑髏はこれまた初めて言葉を濁した。

 

 「知らぬが仏だ、女。だが、これだけは確定している。アレが活動を再開した今、小僧と敵対すれば待っているのは滅びのみ」

 「だから何を――」

 「小僧も言っていただろう? 会いたければ全てを奪われる覚悟で会え、と……」

 

 その言葉に、今回あのV.V.が直々に動いている事を思い返した彼女は思考を回す。

 自らが戯れ程度に述べた言葉を真剣に受け止めると、珍しく慮るかのように窘めたV.V.と、目の前の髑髏が恐れるほどの存在とは何者なのか、と。 

 

 「……V.V.はとんでもない化け物でも飼っているのかしら?」

 

 探るかのような瞳で問うシャムナに嘲笑の声が浴びせられる。

 

 「飼うだと? アレを? 愚かな。人間風情が囲える存在では無い。あの兄弟であっても、現状はアレを縛る鎖に頼るしか術が無いからな」

 「鎖? その化け物は縛られているの?」

 「目には見えぬ鎖にな。それは兄弟の生命線だ」

 「絶ち切れないかしら?」

 「一考に(あたい)せん」

 

 きっと愉快な事になると考えた彼女であったが、告げられた言葉は肩透かしも良いところ。

 しかし、続いた言葉は不穏な響きを持っていた。

 

 「切ればそれこそ飛び出すぞ? 世界を喰らう大狼(フェンリル)が」

 「まぁ、怖い」

 

 V.V.の影に潜む存在の大きさを再認識したシャムナは、敵対しなければ良いのだろうと無理矢理己を納得させると思考を停止する。

 しかし、知った風な口を、と言わんばかりに髑髏は再び嘲笑の声色を滲ませた。

 

 「アレの真の恐ろしさは、(じか)に対峙した者でなければ分からん。それでも会いたい(死にたい)のであれば止めはせん。但し、会いたい(生きたい)のであれば、助言する」

 「一応、聞いておくわ」

 

 髑髏の言葉は金科玉条である事は骨身に染みていた彼女が居住まいを正すと、それを認めた髑髏は謳う。

 

 「(ひざまず)き、全てを曝け出して慈悲を乞え」

 「……聞く耳を持っているとは思えないのだけれど?」

 

 予想外の言葉に、髑髏が持つ落ち込んだ窪みをシャムナは冷めた瞳で見つめるが、其処にあるは奈落の闇。

 当然の事ながら、何も窺い知る事は出来ない。

 

 「過去に実証済みだ。しかし、今も有しているかは不明だな……いや、望み薄か……」

 

 髑髏は愉快気に嗤う。

 聞き届けた(情けを掛けた)結果、引き起こされた戦いと、それが齎した結末を見知る者だけの特権として。

 

 「やめておくわ。そういう事は苦手だもの」

 

 シャムナは面倒臭そうに呟くとそっぽを向く。

 その態度に、髑髏は再び顎を鳴らすと、最後に空間に溶け込ませるかのようにして、その姿を霧散させていった。




ここまでお読み下さりありがとうございました。

今回のメインは髑髏くん。その登場回でした。
設定考えるのは楽しいですが、原作の細部まで詰めるのはやっぱり難しい。
辻褄合わせの説明文みたいになってしまったような気もするし、自分の頭の中では設定整理出来てるのですが、お読みいただいた方々にどこまで伝わったやら……。
多少、敢えてボカシてもいますので。


次回も頑張ります。(また、間幕になるかも……)


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TURN 03.65 ~ 暗闘 ~

お久しぶりです。
前回から大分間隔が空いてしまいましたが、投稿します。
本編進まず間幕となりますが、それでも宜しければ……。


 時刻が朝の10時を迎える頃。

 エリア24は政庁にある謁見の間。

 そこには左右に分かたれると直立不動の姿勢を維持する大グリンダ騎士団。その主だった面々の姿が見受けられる。

 彼等が一様に見つめるのは玉座に腰掛ける(あるじ)、マリーベル・メル・ブリタニア。

 その彼女の瞳は己の正面。今回の会談の為に特設された一台のモニターに向けられており、二分割されたその画面には二人の異母兄が映っていた。

 

 『どうだろう、マリーベル。君の騎士団をエリア11に派遣するというのは』

 「それは見送らせていただけないかと。シュナイゼル兄さま」

 

 彼女が毅然とした態度で辞退を申し出ると、残る一人が再考を促そうと口を開く。

 

 『何とかならないかい?』

 「……申し訳ありません。オデュッセウス兄さま」

 

 先程とは異なり、僅かばかり視線を落としたマリーベルが謝罪の言葉を述べると、その耳にシュナイゼルの独白めいた呟きが響く。

 

 『残念だね。君達も乗り込んでくれたら、彼女としても心強いだろうに』

 「彼女?」

 

 意味深な言葉にマリーベルが思わず小首を傾げると、その疑問に答えたのはオデュッセウスだった。

 

 『あぁ、まだ触れは出されていないけど、次に総督としてエリア11に赴任するのはナナリーなんだよ』

 『兄上……』

  

 生来の優しさから来るものか。緘口令が敷かれているにも関わらず、全く悪気なく機密情報を口にする長兄に、シュナイゼルは苦笑しつつもすかさずフォローに回る。

 

 『マリーベル。オフレコで頼むよ?』

 『あ、いや、済まない……』

 

 頭を掻き微苦笑を湛えたオデゥッセウスの口元から謝罪の言葉が零れたが、マリーベルは疑念を更に深めた。

 

 「父上は何をお考えなのですか? ゼロの元にあの子を送り込むなんて……」

 『やっぱり、マリーもそう思うかい?』

 『兄上。ナナリーが望んだ事ですよ?』

 『そうは言っても心配だよ。いや、彼等を信頼していない訳じゃないけれど……』

 「彼等、とは?」

 

 会話に疎外感を感じた彼女が三度問うと、シュナイゼルは事の顛末を口にする。

 

 『陛下は護衛としてナイトオブセブン、枢木卿を派遣された。しかし、兄上は更にヴァインベルグ卿、アールストレイム卿の二人までも増派されるお力の入れようでね』

 『それは……申し訳ないと思っているよ』

 

 ユーロピア戦線の指揮を執るシュナイゼルの手元から、オデュッセウスは異母妹(ナナリー)可愛さに半ば駄目元で二人のラウンズのエリア11派遣を皇帝に願い出た結果、了承を取り付ける事に成功していた。

 しかし、彼は喜ぶ反面、同時に後ろめたさをも感じていた事から肩を竦めると、そこに弟から気遣いの声が送られる。

 

 『兄上から事前にご相談を持ち掛けられた際にお止めしなかったのは私ですから、どうかお気になさらぬように。しかし、まさか陛下がお認めになられるとは思いもしませんでした。一体、どのような手管を使われたのか。後学の為にも是非お聞きしたいものですが……』

 『買い被り過ぎだよ。私はただ、父上にお願いしただけさ』

 

 オデュッセウスがそう述べるのも無理は無い。

 ナナリーの身を案じた彼は、ただ純粋に願っただけだったのだから。

 いや、だからこそシュナイゼルは思い至れないのだ。

 兄のその嘘偽り無い(・・・・・)言葉こそがシャルルを動かしたという事実に。

 弟からの称賛入り交じった言葉が面映(おもは)ゆいのか。頬をかいたオデュッセウスは笑い返す。

 しかし、そんな二人とは対象的に、マリーベルの顔貌に浮かんでいたのは呆れの色。

 

 「オデゥッセウス兄さま。それは流石に贔屓が過ぎるのではありませんか? シュナイゼル兄さまも、余裕があるのでしたら一人ぐらい此方に寄越して下さっても宜しかったのに」

 『それは済まない事をしたね』  

 『か、代わりにヴァルトシュタイン卿に出向いてもらう手筈は整えたんだよ……そう多くは望めないだろうけど……』

 

 詰問(きつもん)めいた妹の声色を、さらりと受け流すシュナイゼルとは異なり慌てたのか。取り繕うかのように語るオデュッセウスであったが、それは彼女の興味を引く言葉でもあった。

 

 「ナイトオブワンが欧州(ユーロピア)に?」

 

 そう呟いた彼女は口元に手を当て思考を回し始める。

 対する二人は黙して語らず。思案顔を浮かべる妹からの言葉を待つ。

 流れる沈黙。

 ややあって、考えを纏めた彼女は口を開いた。

 

 「欧州であれば、此方からも派遣出来ますが?」

 『それは願ってもない事だね! ……どうだろう?』

 

 両手(もろて)を上げて賛意を示しつつも、オデュッセウスは弟への配慮を忘れない。

 一任されたシュナイゼルは微笑と共に彼女の瞳を見据えると念押しした。

 

 『良いのかい?』

 「えぇ、ユーロ・ブリタニアであれば目と鼻の先ですもの。それに、帝国最強の騎士の戦いぶりを間近で見られるのは、私の騎士達にとって決して悪い事ではありませんから」

 

 寧ろ良い機会です、と彼女が締め括る一方で、この辺りが落とし処か、と判断したシュナイゼルは小さく頷いた。

 

 『では、君の好意に甘えるとしよう』

 

 提案が受け入れられると、玉座から立ち上がった彼女は優雅に腰を折った。

 

 「拝命いたしました。確か、シュナイゼル兄さまは……」

 『あぁ、今ユーロ・ブリタニアに向かっているところだよ。行程通りなら、明日の夕方には着けるかな』

 「では、ご到着に合わせて合流するように手配を進めておきます」

 『助かるよ』

 『いやぁ、良かった良かった』

 

 笑みを崩さぬシュナイゼルと朗らかに笑うオデュッセウス。

 彼女もまた、そんな二人に微笑み返すと着座する。

 互いの利益が一致した事から、会談が小休止の雰囲気を醸し出し始めると、暫しの間、取るに足らない世間話を始める二人の兄弟(マリーベルとシュナイゼル)

 それに相槌を入れつつ気を良くしたオデュッセウスが動く。

 

 『そうだ! マリー、君は復帰したナナリーとまだ言葉を交わしていないだろう? 先に総督となった先達として、気構えを伝えてあげる事は出来ないかい?』

 

 気配りの人、オデゥッセウス・ウ・ブリタニアらしいその言葉に、人が良過ぎる、と彼女は内心で溜息を吐くが。

 

 「えぇ、喜んで」

 

 それを(おくび)にも出さず、了承の言葉を返す妹の姿にようやっと肩の荷が降りたのか。オデュッセウスは満足げに何度も頷く。

 そんな兄に向けて、休息を切り上げたマリーベルは行動を開始する。

 

 「本来のご希望に沿えず申し訳ありません。ですが、今は此処の統治を磐石なものとする事に専念したいので」

 『いやいや、謝るのはこっちの方だよ。そんな最中にこんな事をお願いしてしまって済まないね』

 『くどいようだが、本当に構わないのかな?』

 

 心配顔を浮かべるオデュッセウスと、温和な面持ちのままのシュナイゼル。

 対象的な二人に向けて彼女は胸を張る。

 

 「ご心配無く。流石に全員を送る事はご容赦願いますが、対応は可能ですので」

 『確か【マドリードの星】と言ったかな? そこで蠢動(しゅんどう)するテロリスト集団は』

 「はい。この地に蔓延る反ブリタニア勢力は、残すところ連中のみです。近い内に終わらせますわ」

 『先程、君はラウンズを欲しがっていなかったかな? 聞きようによっては梃子摺(てこず)っているようにも受け取れる発言だったけれど?』

 

 シュナイゼルから挑発にも似た言葉が浴びせられる。残る兵力で対処可能なのかな? と。

 が、それにあからさまな反発を示す程彼女は幼くは無い。

 顎を引いたマリーベルは淡々と事実を口にする。

 

 「無理にとは申しておりません。確かに、連中は装備だけを見れば軍のそれと比較しても遜色が無いのは事実です。過日に行った掃討作戦では、サザーランド以外で新型のKMF(ナイトメアフレーム)の姿も確認されましたから。ですが、特筆すべき抵抗を見せたのはそのパイロット程度。全員の練度は決して高くありませんわ」

 『その報告書は読んだよ。例のテロ支援組織(ピースマーク)がバックアップしている可能性があるね』

 「まず、間違い無いかと。ですが、一介のテロリストにあれほどの装備を整えられるだけの資金力があるとも思えません。恐らく裏には――」

 『ユーロピア共和国連合が居る、だろうね』

 

 シュナイゼルが推察を披露すると、オデュッセウスは瞳を見開き呆気に取られた。

 一方のマリーベルはというと、彼女はまだ何処にも上げていない情報を既に次兄が把握しているという事実に警戒感を深める。

 が、そんな内心とは裏腹に、表面上は朗らかに微笑んでさえ見せた。

 

 「えぇ、此処エリア24の統治が完了すれば、連中は東はユーロ・ブリタニア。西は私達(わたくしたち)から挟撃を受ける事になるばかりか、昨今、シュナイゼル兄さまがドーバー海峡沿岸部に橋頭保を築かれましたから」

 

 彼女は昨今の欧州戦線の戦況図を脳裏に描きながら滔々(とうとう)と語った。

 ユーロピア共和国連合が頼みの綱とした加盟国イギリスの海上戦力を潰走させると、同時に北海の発電所を抑えたシュナイゼル。

 最も、共和国側も過去の戦訓からインフラの重要性を再認識しており、新たな発電施設を内陸に分散建設させていた事からその影響は限定的。しかし、続けざまに橋頭保を造られたのは痛恨の極みだった。

 今はユーロ・ブリタニアの侵攻を防衛線手前で押し留め、沿岸部に陣取る帝国本隊に対しては後背地のイギリスがブリタニアが進撃の動きを見せると、その背を狙う素振りを見せる事で何とか釘付け出来てはいるものの、肝心要の共和国軍本隊に押し返すための戦力の捻出は現時点では叶っていない。

 そこに、エリア24の統治を完了させたマリーベルが参戦してくれば、破局が現実味を帯びてくる。

 だからこそ、ユーロピア共和国連合は撹乱を主目的にエリア24の各地でレジスタンスを組織すると、仲介者(ピースマーク)を通じて陰ながら支援していた。

 最も、数多あったその組織も着任した彼女が徹底的に潰して回っている。

 その際に獲た捕虜に対する尋問(拷問)の結果、共和国側の動きを正確に把握していた彼女であったが。

 

 「形振(なりふ)り構ってはいられないのでしょう」

 

 あくまでも自身の推察であるという体を装うと、マリーベルは改めてシュナイゼルを注視する。

 

 「しかし、マジノ線()は今の運用では抜けないでしょうね」

 

 シュナイゼルは苦笑した。 

 方舟の船団の一件に端を発した大規模な戦線の押し上げ。

 それを阻止するべく、ユーロピア共和国連合が遅滞戦術により稼いだ時間を使い軍人のみならず民間人すら惜し気もなく投入して構築した絶対防衛線。通称、マジノ線。

 現在、戦争指導をヴェランス大公より帝権を使い強権的に譲渡させた皇帝シャルルは、総責任者にシュナイゼルを指名。

 勅命に添えられた封書の通りに、彼はその攻略を改めてユーロ・ブリタニアへ命じていたが結果は散々たるもの。

 それはそうだろう。

 何せ後方支援を碌に行わせていなかったのだから。

 故に、今やマジノ線は欧州貴族の屠殺場と化していた。

 

 「何故、未だに無為な攻略を命じられているのですか? シュナイゼル兄さまであれば如何様にでも料理出来るでしょうに」

 『それが陛下のご意志だからさ』

 

 シュナイゼルが微笑みと共に語ると、首を傾げるオデュッセウスとは違い、彼女はその言葉の裏に隠された本当の意味を正確に理解した。

 即ち、皇帝はユーロ・ブリタニア(反乱未遂)を赦してはいないという事。

 そればかりか、二度と身の丈に合わぬ野望を抱く事がないようにとの意思の元、その戦力の削減をユーロピア共和国連合にぶつける事で行わせている。いや、あわよくば共倒れすら狙っているのだろう、と。

 また、それが分からぬシュナイゼルでは無いというのに、唯々諾々と従っていることから、彼もそれに同意したという事を見て取ったマリーベル。

 しかし、言葉尻からシャルルとシュナイゼルの冷徹な一面を垣間見た筈の彼女は、逆に先程の意趣(挑発)返しとばかりに微笑んで見せると言った。

 

 「怖いお方」

 

 すると、思わぬ反撃だったのか。シュナイゼルは困ったように笑った。

 

 『君が早めに其処(エリア24)の統治を完了させてくれると、打てる手札が増えるのだけどね』

 「それは宰相閣下としてのご用命でしょうか?」

 『君の兄として、だよ』

 

 シュナイゼルがやんわりと訂正の言葉を口にすると、それまで兄妹の舌戦を不安な面持ちで聞き入っていたオデゥッセウスが割って入った。

 

 『本音で言えば、こんな事はもう()めにして欲しいよ……』

 「私では力不足と仰るのですか?」

 

 思わぬ伏兵の登場に、マリーベルは形の良い柳眉を僅かに歪ませる。

 しかし、それは早とちり。オデュッセウスは何処までもオデュッセウス(お人好し)だったのだから。

 

 『誤解だよ。ユフィの一件もあるじゃないか。私としては、何時までも妹を血腥い戦場に立たせておきたくは無いんだよ』

 「お心遣い痛み入ります。ですがオデュッセウス兄さま。テロリストの撲滅こそが(わたくし)の幸せです」

 『年頃の女の子がそんな事を言うものじゃないよ』

 

 どうしてこうも妹達は血の気が多いのか、とオデュッセウスが肩を落とすと、心外だとでも言わんばかりにマリーベルが指摘を飛ばす。

 

 『あら、コゥ姉さまという先例がございますが?』

 『それだよ。彼女も良い歳なんだから、この際、伴侶を――』

 『そのコーネリアの事だけれど……』

 

 話が脱線仕掛かったため軌道修正に乗り出したシュナイゼル。その意図を察したマリーベルが応じる。

 

 「こちらでも捜索はしていますが、依然として」

 

 彼女が(かぶり)を振ると、オデュッセウスは再び肩を落とした。

 

 『彼女は一体どうしたんだろう。皇籍を返還してまで何を探しているのかな……』

 

 そんな長兄を一瞥した彼女は、口元に手を当て考え込む素振りを見せる次兄に対して更問いを続ける。

 

 「姉上は本当に欧州(ユーロピア)に?」

 『宰相府で足取りを追った結果、エリア24行きの輸送船に偽名で乗り込んでいた事までは掴んでいるよ。それを手引きしたのが特務総督府だという事もね』

 「ファランクス卿が?」

 『本当かい!?』

 

 突飛な名前だったのだろう。驚く二人を余所にシュナイゼルは続ける。

 

 『つい先日、宰相府を通じて送った質問状の返答がありましたが、知らぬ存ぜぬの一点張り。鉄の淑女らしく、頑として口を開いてはくれないようです。最も、彼女は元々コゥの乳母の娘ですから、何かしらの口止めをされているのかもしれませんね』

 『それにしてもだよ……』

 「宰相閣下の追及にも口を割らないとは珍しいですね」

 『一年程前から、かな。頑なな態度に磨きが掛かっていてね』

 

 シュナイゼルが告げた言葉を最後に押し黙る面々。

 三人の間を再び沈黙が支配すると、それを会談終了の合図と見做したのか。シュナイゼルが動く。

 

 『兄上、そろそろ……』

 『あぁ、もうそんな時間かい? そうだね。名残惜しいけれど、この辺りでお開きとしようか』

 

 弟の意図を汲み取ったオデュッセウスは腕時計の針を一瞥すると妹に向き直る。

 

 『マリー、くれぐれも無理をしてはいけないよ?』

 「ありがとうございます。オデュッセウス兄さま。それと少し早いですが、ご婚約おめでとうございます」

 

 予期していなかったのか。

 オデュッセウスは瞳を見開くと気恥ずかしそうに笑った。

 

 『本当に気が早いよ』

 「シュナイゼル兄さまが直々に動かれている以上、決まったようなものですから」

 『これは、手を抜けないね』

 

 シュナイゼルは妖艶に、オデュッセウスは照れ臭そうに笑うと、最後に別れの言葉を口にした兄妹(きょうだい)達は通信を切った。

 

 

――――――――――――――――――――――

 コードギアス 反逆のルルーシュ L2  

 

 ~ TURN 03.65 暗闘 ~

――――――――――――――――――――――

 

 

 「お疲れ様でした。シュナイゼル殿下」

 「ありがとう、カノン」

 

 それまでやや離れた位置で会談を見守っていたカノンが、両手に持ったトレイに置かれた飲み物(紅茶)と共に歩み寄る。

 受け取ったシュナイゼルは僅かに口を付けた後、カップに写る己と視線を合わせた。

 そこに、策謀の眼差しで今は誰も映す事が無くなったモニター画面を見つめたままのカノンが口を開く。

 

 「思いの外、あっさりと事が進みましたわね」

 「彼女が派遣を受け入れた事がそれ程意外かな?」

 「はい。此方の思惑に気付かれると思っていましたから」

 「いいや、彼女は気付いているよ」

 「えっ!?」

 

 驚きと共に振り向くが視線はそのままに。

 シュナイゼルは淡々と語る。

 

 「気付いた上で乗ったのさ。何時でも呼び戻せる範囲に派遣するだけに留めたのが良い証拠だ。全く、我が妹ながら抜け目が無いね」

 

 探り合いが余程愉しかったのか。

 シュナイゼルは僅かに口角を釣り上げたが、カノンは逆に疑念を深めた。

 

 「であれば尚更分かりませんわ。危険に身を晒す可能性が高まる事ぐらい――」

 「彼女が所有する戦力を正確に把握しておく必要がある、と最初に言ったのは誰だったかな?」

 「それは……私ですが……」

 

 指摘を受けたカノンは言葉に詰まる。

 そう、派遣要請は只の建前。

 此度の会談におけるシュナイゼル側の真なる目的は、マリーベルが有する武力を測る事にこそあった。

 その理由として、彼女が率いる大グリンダ騎士団は、中核を成す騎士達については概ね公表されていたが、逆に彼等を除けば他は全て分厚い機密の壁に阻まれていたからだ。

 そのため、流入する資金額や資材量から逆算した結果、一皇族が有するにはしては少々過度なものではないか。何れは殿下を脅かす存在になるのでは? と危惧したカノンが提案し、シュナイゼルも興味を持ったが事の発端。

 なお、その際に彼はもう一つの懸案事項も併せて告げたのだが、それにシュナイゼルが興味を示す事は無かった(・・・・)

 因みに、会談にオデュッセウスを同席させたのはシュナイゼルの案だ。

 自分と一対一の会談ともなれば、妹は露骨に警戒するだろうと踏んでいた彼は、先の一件で負い目を感じていた兄を緩衝材にするべく言葉巧みに誘い出していた。

 主が手ずから動いているというのに、と己を恥じたカノンは顔を伏せた。

 そこにシュナイゼルが注釈を付記する。

 

 「そもそも、危険だと思っていないとしたら?」

 

 その言葉に、前提条件が誤っているという事に気付かされたカノンは顔を上げると思わず問う。

 

 「皇女殿下の持つ武力は、此方の想定を越えていると?」

 

 だとしたら、とやや焦りの色を見せるカノンであったが、シュナイゼルは落ち着かせるかのように、やんわりと(たしな)める。

 

 「全兵力を派遣するのは見送ると言っていたけれど、可能性は高まったと見ていい。最も、それは派遣されて来る人員構成を見た上でないと最終的な判断は出来ないけれどね」

 

 カップを置いたシュナイゼルはカノンに視線を合わせた。

 

 「後は君のやりたいようにやればいい。但し、それを受けて彼女がどう動いたか。それだけは詳細に報告してくれるかな?」

 

 実のところ、カノンはこの後の作戦計画をまだシュナイゼルに伝えてはいない。

 かといって、それが独断専行に当たるかと言えば答えはNOだ。

 昨今のエリア24の状況を鑑みれば、己の行動は既に主も予測済みである事を理解していたがため。

 ただし、その作戦計画自体は余り誉められたものでは無い事も立案者として重々承知していたからだろうか。

 

 「ご心配にはなりませんか?」

 

 今ならまだ止められるとでも言いたげに、カノンは同意を乞うかのような眼差しを向けた。

 しかし、シュナイゼルは兄とは違い全く後ろめたさを見せる事無く言い放つ。

 

 「彼女なら何とかしてみせるだろうさ」

 「……結果は宜しいのですか?」

 「分かり切った結末を詳細に聞かされる事ほど(つま)らないものは無いよ」

 

 シュナイゼル(虚無の申し子)は小さく嗤う。

 彼にとって、テロリスト(マドリードの星)が殲滅されるのは既に規定事項。

 目下のところ、彼の興味はそれに際してマリーベルがどのような手札を晒すのか。其処にしか無かったのだから。

 

 「……承知しましたわ」

 

 そう言って腰を折るカノンに対して、小さく頷いたシュナイゼルは自室に戻るべく立ち上がる。

 

 「君の悩みの種(例の筆頭騎士)が派遣されて来るといいね」

 

 妖艶に笑ったシュナイゼルは、最後にそれだけ告げると返答を聞く事なくその場を後にした。

 扉が締まり主の姿が消えると、一人残ったカノンはカップを片付けながらこの度の己の策謀、その遠因となった四人の人物を思い起こす。

 一人目は他の騎士達と違って容姿やそれまでの経歴が一切不明な謎の男、ライアーだ。

 カノンが彼に着目するようになった原因は一年程前まで遡る。

 それまでの筆頭騎士であったオルドリンを理由も告げずに突如解任したマリーベル。

 そんな彼女の動きを不審に思うも、間を置かずに後釜に座ったライアーが、時を同じくして彼が目下のところ要注意人物と定める事となった二人の内の一人と似通った名前を持っていたからだ。

 そう、二人目はライ・S・ブリタニア。

 ライアーとライ。

 現れた時期が近く、また前歴不明という共通事項があった事から、悩んだカノンはライアーがライの仮の姿では無いかとの仮説を立てるようになる。

 最も、それが無理筋に近いものであるという事は当の本人が誰よりも承知している。

 しかし、荒唐無稽であるとして即座に切って捨てる事は出来なかった。

 考えれば考えるだけ。時が経てば経つ程に。腑に落ちない理由が幾つも浮かび上がってきたからだ。

 一つ。

 ライの御披露目の場にマリーベルは現れなかった事。

 一つ。

 ユーロ・ブリタニアにあのナイトオブセブン、枢木スザクとジュリアス・キングスレイなる謎の軍師を引き連れて乗り込んだという事。

 一つ。

 それをヴェランス大公の側近であるミヒャエル・アウグストスからの事前照会により把握するに至ると、ユーロ・ブリタニアに忍ばせていた諜報員を使って密かに動向を報告させていたが、それがある時を境に途絶えたかと思えば、いつの間にかライ一人だけが本国に帰国していたという事実と、その際に使用したであろう帰還ルートが未だ判然としない事。

 そして最後はユーロ・ブリタニアとエリア24が地理的に近かった事が挙げられる。

 併せて、これは後に知った事だが、ライが帰国した時期は、丁度反逆者シン・ヒュウガ・シャイングがカエサル大宮殿の掌握に動いていた頃だった。

 また、理由は今以て不明だが、定期的に報告を上げていた諜報員が何故か徒党を組んでその反逆者の命を狙った結果、返り討ちの目に遭って(蜂の巣にされて)いたという真実が彼の推察に拍車を掛ける。

 果たしてなんの備えもなく、完全武装した兵士達が敷いた厳戒体制下から単身で脱出出来るものなのかしら? と。

 その結果、仮に殿下(ライ)筆頭騎士(ライアー)が同一人物であれば、脱出に際して密かに皇女殿下(マリーベル)の助力を得る事は可能ではなかったか、との考えを導き出したカノンは、冒頭に述べた仮説に傾倒してゆく。

 全くもって大外れと言わざるを得ない。

 最も、カノンの名誉の為に付け加えると、彼はその仮説をシュナイゼルに駄目元で報告していた。

 しかし、ライアーには興味を示す一方で、ライに対しては彼の予想通り。

 これまでの例に漏れずシュナイゼルはライに関してだけは食指を動かそうとはしなかった。

 マリーベル相手であれば、シュナイゼルが後塵を拝する事は無い。しかし、マリーベルとライが繋がっていればどうなるか。

 ライを認識した瞬間、あからさまに思考を放棄してしまう今のシュナイゼルが二人に勝てる保証は何処にも無い。

 そのため、いよいよ焦ったカノンは裏付けを取るべく自らが秘密裏に動くことを決意する。

 何故、自らが動かざるを得なかったのかと言えば、その時点の彼は情報収集に於いて深刻な問題を抱えていたからだ。

 そう、居なかったのだ。マリーベルの防諜網を掻い潜り、ライアーの人となりを探れるだけの人材が。

 最も、その原因は彼自身の失策によるもの。

 優秀な小飼の人員達。その多くを機密情報局の内偵に使った結果、唯の一人も戻る事が無かったがため。

 僅かばかりの自責の念に苛まれるが、同時にゆっくりと、しかし着実に追い込まれている事を再認識したカノンは歯痒い想いを抱く。

 やがて懐へ手をやると一枚の写真を取り出した彼はそこに写る人物を見つめる。

 黒髪に仰々しい眼帯で半面を隠す青年。謎の軍師、ジュリアス・キングスレイを。

 彼は前述の二人とは異なり、出生からその華々しい経歴の細部に至るまで完璧に追跡出来たのだが、カノンはその名をこれまで一度も聞いた事が無かった。

 そのため、(あらた)めて経歴を追うも結果は変わらず(齟齬無し)

 また、その際に関係者達からヒアリングを実施したが、どれも一様に彼を褒め称えるものばかり。

 しかし、カノンはそれを不気味に思う。

 兵士を駒のように使い捨てる作戦が多々見受けられたというのに、彼等からは恨み言の一つも聞かれなかったからだ。最も、それは単衣(ひとえ)に皇帝の努力(ギアス)の賜物なのだが。

 また、死亡した諜報員からは生前、ライと一度だけ舌戦を繰り広げたとの報告を受けてはいたが、それ以外は概ね友好的とのレポートも挙げられていた。

 しかし、そんなジュリアスの行方は二人とは真逆。(よう)として知れない。

 ふと、カノンの脳裏に最後の一人の姿が過る。

 苛立ちから眉間に皺を寄せたカノンは写真を見詰めつつ、自らを苦境に追い込んだ怨敵の姿をジュリアスに重ねた。

 

 「貴方が、カリグラ……なのかしら?」

 

 理由があった。

 カリグラの纏う服装がジュリアスのそれと似通っていた事と、ライとカリグラは行動を共にするのが多かった事が所以だ。

 いや、普段は離宮に籠りっぱなしのライと、所在が掴めない事が多いカリグラ。二人が確実に目撃されるのは皇帝との晩餐会(月の日)に限られていた事から、カノンは二人は相当に近い間柄であると踏んでいた。

 そのため、欧州に渡ったライを補佐するとの名目で敢えて素顔を晒して同行したのでは無いか、と。

 これまた大外れである。

 しかし、現状の情報だけで真実に気付ける方がこの場合はどうかしている。

 また、短慮は危険である事などカノンに対しては釈迦に説法。

 暫しの間、無言で写真を見つめ続けるが、今はやれるだけの事をやろう、と心機一転、気を取り直した彼はそれまでの推察を白紙に戻すと写真をしまう。

 そうしてシュナイゼルの後を追うように部屋を後にした。

 

 ◇

 

 モニターがブラックアウトしたのを確認したマリーベルは、静かに立ち上がると眼下に居並ぶ配下の者達に告げた。

 

 「天空騎士団並びに重装騎士団(大グリンダ騎士団の両翼)は速やかに第一級兵装を整えなさい。出立は明日の正午。場所はユーロ・ブリタニアはカエサル大宮殿。以後は着任された宰相閣下の指揮下に入る事。以上、大グリンダ騎士団総帥にして帝国皇女、マリーベル・メル・ブリタニアの名に於いて命じます」

 「「「Yes, Your Highness!!!」」」

 

 一糸乱れぬ答礼が謁見の間に響き渡ると一人の騎士が歩み出た。レオンハルトだ。

 

 「意見具申!」

 「直答を許します」

 

 了承を得たレオンハルトは、己を止めようと慌てて肩に手を伸ばしたティンクの手を払い除けた。

 そうして片膝を着き頭を垂れ臣下の礼を取った彼は自身の思いを口にする。

 

 「両翼を派遣されるのはご再考いただけませんか? この時期に皇女殿下の身辺警護を疎かにする事には一抹の不安が残ります」

 「リードルナイツとシュバルツァー将軍は残します。それとライアー。貴方も」

 

 名を呼ばれた老将と筆頭騎士が小さく頷き了承の意を示す一方で、不安を払拭出来ないのか。顔を上げたレオンハルトは尚も食い下がる。

 

 「では、せめて情報セクションにも監視を強化するよう通達を出す許可をいただけませんでしょうか?」

 「情報漏洩を懸念しているのなら無駄です。どうせ流されますから」

 「な、内通者が居るんですかっ!?」

 

 ライアーを除いた配下の騎士達が、レオンハルトを筆頭にざわめき始めると、そこに更なる驚愕の言葉が告げられる。

 

 「いいえ。流されるのは宰相閣下です」

 「まさか!」

 

 臣下の礼を解くと勢い良く立ち上がったレオンハルト。

 マリーベルは冷めた視線で迎えた。

 

 「シュタイナー卿。貴方は何故この時期に宰相閣下が派遣要請をしてきたと思っているのですか? ご丁寧にオデュッセウス兄さまなんて根っからの善人まで連れ出して」

 「……その……分かりません。何故でしょうか」

 「私達は本国から危険視されています。今回は暗に釘を刺しに来られたといったところかしら」

 「釘を刺す?」

 「いい加減、戦力情報を開示しろと言って来ているのです……秘匿し過ぎたのかもしれません」

 

 マリーベルが溜め息を吐くと、レオンハルトの斜め後ろに控えていた騎士が歩み出る。ティンクだ。

 

 「では、天空騎士団と重装騎士団を派遣される理由は……」

 「えぇ。お教えして差し上げる為です」

 

 マリーベルは泰然とした面持ちで語った。

 彼女の推察はシュナイゼルの考えを正確に射抜いていたが、副官であるカノンの思惑までは思い至れていない。最も、そこまで察するのは流石に無理があろうし、結果的には挫く事に成功している。

 一方で、二の句が告げないのはレオンハルト達だ。

 何と言えばいいのか悩んむ彼等は互いに目配せしあうだけ。

 そんな彼等に対して、彼女は今一度命令を口にした後、話は終わりとばかりに踵を返す。

 

 「将軍。後は任せます」

 「Yes, Your Highness」

 

 自身のお目付け役(忠実な僕)である男に事後を託した彼女は、未だ物言いたげなレオンハルト達の視線を振り切るかのように足早に場を後にする。

 その背をライアーが追うと閉まる扉。

 長い廊下を進み私室へと戻る道すがら、付き従うライアーが不意に疑念を口にした。

 

 「情報が流されるのを承知の上で、敢えてそれを食い止めようとしないのは何故だ? 奴ら(マドリードの星)を誘い込むつもりか?」

 「えぇ、どうせ流されるのであれば無駄に動く必要は無いから。食い付いてくれると有難いわ。リードルナイツの実践投入(テスト)が出来るし、彼等を呼び戻す口実が出来るもの。最も、シュナイゼル兄さまにしてみれば織り込み済みの事でしょうが」

 

 彼女は本国での自身の評価を表裏併せて正確に把握していた。

 だからこそ、この度のシュナイゼルの提案の裏に隠された真意にいち早く気付くと、敢えてそれに乗ったのだ。シュナイゼルの推察通り、何時でも呼び戻せる範囲に派遣する事を保険として。

 兄妹と言えども帝位を争うライバル。

 そんな皇族間の暗闘を察したライアーは、それ以上の詮索を控えると話題を変える。

 

 「……リードルナイツ。あの奇妙な連中か」

 「不満?」

 「いや、そうじゃない、ただ……」

 

 普段と異なり、やや歯切れが悪いライアーを不思議に思ったマリーベルが足を止めて振り返ると、彼はシリアスな口調で問う。

 

 「マリー、大丈夫か?」

 「あら? 何がかしら?」

 「顔色が優れない」

 

 指摘を受けたマリーベルは微笑みから一転して真顔になる。

 彼女がこうも警戒心を露にするのは珍しいとは思いつつも、しかして彼は尋ねずにはいられなかった。

 

 「君が懸念する本当のところは何だ? テロリズムを何よりも憎む君が、その権化とも言えるゼロを討伐する機会をみすみす逃した。その理由は?」

 「……何故、私がエリア11に彼等を派遣しなかったのか。それを不思議に思っている、という訳ね」

 

 己の行動原理を彼は正確に理解してくれている。

 その事実に僅かながらも充足感を感じたものの、それは彼女の心底に呪いのようにこびりついたモノを払拭するまでには至らない。

 

 「……危険、なのよ」

 「君から見てもゼロは危険か。しかし、本当にそれだけか?」

 「何が言いたいの?」

 

 全く引く素振りを見せない態度に柳眉を僅かに逆立てると不快感を露にするマリーベル。

 しかし、ライアーは臆する事なく踏み込んだ。

 

 「例の勅使との一件以来、俺は君が何かに怯えているんじゃないかと思っている。他の連中もそうだ。口には出さないだけで、皆、君の様子が何処かおかしいと感じている」

 

 先程のレオンハルトの行動はそこから来ていたのか、と彼女が理解を示す一方で、一旦言葉を区切ったライアーは次に硬質の声色で問う。

 

 「何があった?」

 「何がって……」

 

 虚を突かれる形となったマリーベルは思わず言い澱んだ。

 その時、彼女の脳裏に(よぎ)ったのは灰銀色した暴虐の王。その姿。

 

 「……何でも……無いわ……」

 

 骨の髄まで食い込んだ恐怖が沸々と滲み出る。

 マリーベルはその形の良い桜色の唇を静かに噛むと踵を返す。

 明確な拒絶の意思の表れに、流石のライアーもそれ以上の詮索を避けたのか。

 互いに口を噤むと無言で歩みを再開する二人。

 付き従うライアーの物言いたげな視線をその背に受けつつ、マリーベルは一人思う。

 ゼロを自らの獲物と公言してみせたあの(いにしえ)の王、ライゼルの事を。

 伝え聞く伝説と、あの時に垣間見せた苛烈な性情から察するに余りある絶対の決意。

 それらを見知った今となっては、万が一にも派遣した先でぶつかったとなれば。いや、派遣するだけでも約定を違えたと断じられてしまえば、最後。

 その時はエリア24に地獄が現出する事になる。

 ライゼルの持つギアスの前では、今の己が唯一心の拠り所としているライアーにも疑念の目を向けなければならなくなる。

 それ即ち、全てを奪われるという事なのだから。

 恐怖から逃れるかのようにやや速足で歩む彼女は、同時にこれまで幾度も検討してきた打開策を講じようと再び思考を回す。

 が、自分の(ギアス)を以てしてもライゼルには決して届かない事はあの場で嫌というほど理解してしまっていた。

 マリーベルの持つギアス、絶対服従にはあの時V.V.が語ったように発動条件が。いや、彼女にしてみれば唯一とも言っていい欠点が存在した。

 それは、己を敬っている相手でなければ通じないという事だ。

 彼女のギアスは、対象が持つ己に対する敬愛の念を増幅させる事によって支配下に置く事が出来るのだが、その強度は土台によって左右される。

 よって、ゼロに二乗関数を幾ら掛けてもゼロにしかならないのは自明の理。

 しかし、対するライゼルのギアスは違う。

 如何なる相手であろうとも、声を聞かせるだけで従わせる事が出来る。

 遥かな過去、敵対する兵士達を意図も容易く支配下に置くと、平然と同士討ちをさせてみせたという逸話からも明らかだ。

 己のギアスの支配下にある者達にまで通じるかは未知数ではあるが、それはギアスの根源とも言えるV.V.が太鼓判を押した事からも望み薄である、と彼女は推察していた。

 最も、当のV.V.にしてみれば確証あっての事。

 ギアスは使い続ける事でその強度を増してゆく。

 二度の暴走の果てに最後はシャルルと同じく己の意思だけでそれを押さえ込むと、到達者の位階にまで登り詰めて見せたのだ。その力はマリーベルの上を()く。

 故にあの時V.V.は言ったのだ。誓いを破れば彼は全てを奪いに現れるよ、と。

 当然の事ながら、それはマリーベルが与り知る事ではない。

 しかし、彼女にしてみれば、失敗(イコール)全てを失う危険な博打。

 やはり、検討にすら値しない分の悪い掛けでしかないと結論を出した彼女が顔を上げると、目の前には目的地(私室)の扉が見えた。

 無言のまま、そこを開け放った彼女は部屋に入りベッドまで歩み寄ると、ライアーがその後に続いた。

 扉が閉じるのを待って彼女はようやっと口を開く。

 

 「貴方が居てくれれば、それでいいの……」

 

 呟きと共に振り向いた彼女は、彼の胸元に撓垂れ掛かる。

 感じる鼓動と暖かさに落ち着きを取り戻したのか。

 体を入れ替えた彼女はゆっくりと彼をベッドに押し倒す。

 されるがままに、抵抗する事なく全てを受け入れる彼に、華憐な笑みを送りながら、彼女は彼の目元を隠す仮面に触れると丁寧に外し始める。

 そうして現れた素顔に、嘗ての大切な友人(オルドリン)を幻視した彼女はそっと唇を重ねた。




ここまでお読み下さりありがとございました。
マリーベルのギアスの発動条件はよく分からなかったので、完全な創作です。
それと、もともと1話で収めようとしていたのですが、長くなり過ぎたので区切りの良いところで切らせていただきました。
なので、次話も間幕になります。
のんびりお付き合いいただければ幸いです。


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