恋愛攻防戦争 (雪苺)
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これが日常なのです

オリ主の属性等は診断メーカーで決めました。
「あなたの属性と魔術回路と起源調べったー」
https://shindanmaker.com/593091

追記:誤字修正しました。報告ありがとうございます。


婦長により強制的に取らされた仮眠からやっとこさ解放され、仕事場に戻ろうと廊下を歩いていると後ろからバタバタと走る音が聞こえる。

 

……ああ、そういえば今日はまだだったな。

 

足音の相手が誰で、誰に何の用事なのか分かっているので、僕は足を止め振り返る。

やっぱり思った通りの人がいた。

 

「こんにちは、スバルさん!」

「こんにちは、リツカちゃん」

 

元気よく満面の笑みで挨拶をするリツカちゃんは仕事で疲れている目には酷く眩しく感じる。

ここで世間話でもして普通に別れれば、ただのカルデアスタッフとマスターの会話で終わるのだが、いつからか自分達の間だけはそれで終わる関係ではなくなったのだ。

 

理由は簡単。

 

「スバルさん、好きです!結婚を前提に付き合ってください!」

 

────最後の希望である唯一のマスター、藤丸立香が何故か僕に惚れてしまったからである。

 

理由は全く分からない。何せリツカちゃんは惚れた理由を言わずにひたすら「好き」という感情を示すだけなのだ。1度だけ理由を聞いた事もあるけれど、彼女は照れ臭そうに「大した理由じゃないから」と話そうとしないから困る。

 

「お断りします」

 

それが理由という訳ではないが僕は彼女の告白を受け入れた事はないし、これからも受け入れない。彼女が早く僕の事を諦めるのを祈るばかりだ。

 

いつもの返事を聞いて、リツカちゃんは若干拗ねたような顔をする。

 

「また振られちゃった。もうスバルさんの頑固者~!」

「僕からしたらリツカちゃんが頑固に見えるんだけどね……」

 

地団駄踏むリツカちゃんに苦笑してしまう。

今日はもう無理だと判断したのかリツカちゃんは1つ溜め息を溢してから、また明るい笑顔を見せる。

 

「また明日リベンジしますね。お仕事頑張ってください」

「うん、ありがとう」

 

大きく手を振りながら立ち去るリツカちゃんに軽く手を振り、彼女が見えなくなるまで見送る。

完全に見えなくなったところで振り返らずにもう1人、この場にいる人物に声をかける。

 

「リツカちゃんを追いかけなくていいんですか、清姫さん」

「……またですか。一体何度わたくしの旦那様(ますたぁ)を振れば気が済むんですか」

 

恐らく近くの物影から怨めしそうに僕を見ながら出て来ている、と思う。リツカちゃんを振った直後の清姫さんの姿を確認しようものなら、メドゥーサさんのような魔眼持ちじゃないのに、まるで石化されたような気分を味わう事になる。前にやらかして酷い目にあったので、もうあんな思いはゴメンである。

 

「そういった好意を持っていないのに告白を受ける方が不誠実だと思いまして」

「……わかっています。でも、あなたが受け入れないといつまでもあなたに告白をしに行くのも事実。一夫多妻を認めているわたくしですが、好きな人が他の誰かに告白する姿を見て傷付かない訳ではないのです」

 

ショボくれたような言葉を聞きつつ、これならそろそろ振り向いても問題ないだろうと清姫さんの方に向く。案の定彼女は僕を睨む事を止め、少し俯きながらポツポツと僕への不満を呟いていた。

 

「清姫さん、それでも僕は告白は受けませんよ。貴女だって偽りの愛は嫌でしょう?」

「むぅ……。それを言われたら反論出来ません。偽りの愛を目の前で見る程の苦痛はありませんもの。今回は諦めます」

 

頬をぷくっと膨らませて、なんとか納得した清姫さんはリツカちゃんの後を追い掛けるべく、僕の横を通り抜くと同時に霊体化した。こうなるともう視認は出来ないので僕も自分の持ち場に戻る為に歩くのを再開した。

 

ここまでの一連をほぼ毎日繰り返している。今回は清姫さんだったが、毎回彼女が来る訳ではなく日によって違うサーヴァントが僕に声をかけるのだ。それでも圧倒的にリツカちゃんのマイルームの寝床に勝手に入り込んでくるトリオ、またの名を溶岩水泳部が小言を言いに来るのだけども。

 

リツカちゃんが告白してくるまで僕に積極的に話しかけるサーヴァントはいなかった。他のスタッフと同じ位の関わりしか持っていなかった為に、何だか急に注目を浴びる形になってしまったのだから何とも言えない。別に交流したくない訳ではないけれど、サーヴァントに注目されると自然と目立ってしまうから、それが嫌なのだ。

 

僕は何も変わらない日常を好んでただけに、このような変化にあまりいい気はしない。

リツカちゃんの僕への恋心が親愛からの勘違いであれば、それを諭すだけなので助かるのだけど、惚れた理由が分からないのだから諭す事すら出来ない。年齢差を理由にしようものなら「私が20歳の時スバルさんは○○歳だから世間的にセーフ!」と反論される。というかされた。

 

自分のデスクについて早々机に倒れ込む姿を見て、たまたま近くを通ったムニエルがニヤニヤしながら楽しそうに声をかける。

 

「よぉスバル、また例の愛の告白か~?」

「……お前なんて婦長に怒られてベッドで殴られてしまえ」

「生憎とオレは仕事中毒のお前と違ってしっかり休養は取ってるから、お前よりベッドで殴られる可能性は低いぜ」

「そうだった。お前結構そういう所しっかりしてるんだった」

 

公私混同が割と多い癖にそこはしっかりしてて偉いとは思う。アガルタの件は結果的に良かったから特に言う気はないけれど。マシュからのボーナスカットの件も止める気はないけれど。

 

「で、話は戻すけどスバルはリツカと付き合わねぇの?歳の差とかそんなにないだろ」

「……リツカちゃんが僕への親愛を恋心と勘違いしている可能性だってあるだろ」

「お前そんなナイーブな奴だっけ?」

「誰が鈍感だ」

 

「日本語的なナイーブで言ったんだよ」と言い訳していたが、フランス語での「鈍感」という意味合いも含めている筈だ。別に軽口だと分かっているし、わざわざ怒る内容でもないから気にしないが。

暫くしてムニエルはばつの悪そうな顔で頭を掻きながら話を変える。

 

「まあ、結局リツカと付き合うかは本人の判断だからそこまで押し通そうとは思わないけどさ。他のスタッフだってそれに口出す気もないし。けど、周りのサーヴァントはそうじゃないんだろ?」

「今日は清姫さんだった」

「……お前、よく生きてたな……」

 

顔を青くしながら恐ろしいものを見るような態度に、つい呆れた顔で見てしまう。いや、気持ちは分かるけども。

 

「別に嘘をつかなければ、ある程度話は出来るからさ」

「いや、でも、あれ結構判定シビアじゃないか?」

「ああ、まあ……、うん」

 

優しい嘘も容認する事が出来ないのだから彼女の嘘嫌いは筋金入りだろう。伝承が伝承だけに仕方がないが。

 

「でも対応出来ない訳ではないから」

「ふーん。そういうもんか」

 

対応出来ない訳ではない事に反論がない辺り彼も優秀なカルデアスタッフの1人だと思える。現にアガルタでマシュを含め、大半のスタッフの目を掻い潜り、サーヴァントの密航を実行した男なのだから実力は十分過ぎる程あるだろう。理由が非常に残念だけど。

 

「──随分と楽しそうだね」

 

コーヒーを片手にロマニが此方に近寄って来た。

 

「楽しそうな所悪いけど、そろそろ仕事に取り掛からないと深夜まで終わらなくなってしまうよ?」

「げっ……!ホントだ、結構時間経ってた。じゃあスバルまたあとでな!」

「ああ、また」

 

軽く手を挙げて自分のデスクに戻るムニエルを見送る。ロマニはまだ僕の側に立ってじっと僕を見つめる。

 

「……ロマニどうかした?」

「え、ああ、いや……。スバル、今度お茶でもどうかな?」

「もちろん、僕がロマニの誘いを断るわけないだろ?大切なお茶友なんだから」

「……うん、ボクも大切なお茶友だと思っているよ」

 

ロマニの嬉しそうな顔に僕も嬉しくなる。ロマニとのお茶は久々なので、何か美味しいお茶菓子でも持って行こう。

 

明日も何も変わらない。幸せな日々が続けばいい。

 

 




常盤 昴(トキワ スバル)

属性:無
魔術回路:39本
起源:「知識」

20代半ばのカルデア技術スタッフの1人。気のいいお人好しタイプ。
年頃の女の子が1人で心細いだろうとお兄ちゃんぶってたら何か知らんうちに惚れられてた。妹の様に思っているので答える気はない。
ただどんなに断ってもぐだは「めげない、挫けない、前進あるのみ」なので最早ぐだの告白は日常の一部となっている。
ロマニは大切なお茶友。
よく徹夜するのでもれなく婦長のブラックリストいり。
ぐだからのアピール(物理)で最近腰が痛い。あとガチ勢鯖(溶岩水泳部)の視線が痛い。

基本的に世話焼きなので、手のかかる鯖との交流が多め。(例:オルタ系、讐クラス等)
知識として蓄えているものを任意で無効化する事が出来る。自分の知らないものは無効化出来ない。知識を増やす為に定期的に図書館に行ったり、その道に詳しい鯖に教えを請う事がある。
マスター適性はあるものの、自分の存在を秘匿するというマリスビリーとの取引の関係で決して表舞台に立とうとしない。


無属性とかどうしろと……。
知識は現在も学習中です。


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ジャンヌ・オルタの友達作り

出来るだけ気を付けてますが、キャラの口調間違えてたらすみません。





 

ベッドで寝ていて目が覚めると聖女が馬乗りになっていた。

──いや、訳が分からない。

 

混乱する頭を何とか落ち着かせて、今の状況を整理する。

 

僕は他のスタッフ達に「いい加減仮眠を取れ」と半強制的にデスクから追い出され、それなら部屋に書類を持ち込もうとしたら、マシュから「代わりにやりますので」と没収されたので、仕方がなく大人しく部屋で仮眠を取っていた……はずだ。ここまではいい、うん。

 

数日間まともに寝ていなかったせいもあって、かなりぐっすりと寝ていたが、急にお腹辺りに重みを感じて目を開けたら聖女──ジャンヌ・ダルクが僕に馬乗りの状態で僕の事を覗き込んでいたのだ。あ、ダメだ。訳が分からない。

 

「漸くお目覚め?随分とお寝坊さんですね」

「…………あれ、もしかしてジャンヌオルタさん?」

 

部屋が暗くて服の色を視認出来なかったが、よくよく見れば服が紫ではなく黒だった。あとこの皮肉めいた口調とくれば彼女しかいないだろう。

ジャンヌオルタさんは、僕が誰と勘違いしていたか分かったようで、暗い中でも十分視認出来る程、顔をしかめさせた。

 

「ちょっと、まさか私をあのお綺麗な聖女様と見間違えたワケ?不快。大変不快です」

「すみません。暗いと色の識別が難しくって……。ところで、あの、そろそろ降りてもらえませんかね?」

 

現在、上半身を少し浮かせて話している状態なのだが、これがなかなか腹部にくる。これ以上キツイというか体に優しくないので遠慮したい。

ジャンヌオルタさんはたっぷり間を空けてから、ぷいっ、とそっぽを向いて一言。

 

「イヤよ」

 

自分の顔が引きつるのを感じる。

なんとも困った。そもそも彼女がこんな行動に出るほどの接点があっただろうか。いまいち働かない頭を無理矢理使って思い出そうと試みる。

 

 

*************

 

 

それはいつからか、誰かがスタッフとサーヴァントの親睦もある程度深めておこうと、定期的に開かれる交流会という名の飲み会があった。もちろん僕達スタッフは毎回全員参加は出来ないし、サーヴァント側も最初の1回は顔合わせの意味を兼ねているので強制だが、それ以降は自由参加と緩やかなものだった。

 

その何度目かの交流会の時だったか、強制的に参加された1回目以降、顔を全く見せなかったジャンヌオルタさんが珍しく参加していた。

恐らく自分からこういう集まりに来るのが初めてなのだろう。各々好き勝手にグループで飲んだり、1人でのんびり飲んだりとしているので、どの席に座ればいいか分からず、壁の花になっていた。

 

つまらなさそうに、気まずそうにしている姿に何だか罪悪感を感じてしまったのと、これが原因でもっと心を閉ざしてしまうのでは、という心配で(あと少し酔ってた)僕はちょうど空いていた隣の椅子を引き、彼女を手招いた。

ジャンヌオルタさんは、まさか見ず知らずの男性スタッフに呼ばれるとは思わなかったのか、驚いた表情をしていたが、困っていたのは事実だったようで、おずおずと僕の隣の席に座った。

 

それからは、特にお互い何かを喋るわけでもなく、僕は時たまジャンヌオルタさんの様子を横目で見ながら飲み物や食べ物を彼女の方に渡し、ジャンヌオルタさんはそれらをちびちびと口に運んでいた。

 

そして無事にお開きの時間を迎え、自分の部屋へと帰るために、酔ってふらつく体を何とか動かした。

少し歩くと勢いよく腕を引かれ、驚きながら振り返るとジャンヌオルタさんが慌てた様子で僕の腕を掴んでいた。

 

「……────。──!──────!」

 

顔を赤くさせながら何やら言っていたが、生憎と酔いで頭が回らず、何を話しているのかさっぱり分からなかった。

恐らく今回の事へのお礼だろう。それにしては口数が多い気がしないでもないが、彼女はあまり素直な性格じゃないのは、カルデアにいる者なら誰でも知っている。多分お礼の言葉までの前置きが少し長くなったとかそんな感じだろう。

 

それでも律儀にお礼を言いにわざわざ引き留めてくれる辺りいい子だなと、まるで反抗期の子どもを見ている気分になった。まだボソボソと何かを喋っているジャンヌオルタさんに対し、酔っていた僕はへらへらとした顔で何度も頷きながら「全然いいよ~」と、彼女の頭を撫で回してからそのまま部屋に帰ったのだった。

 

 

**************

 

 

酔っていた。

 

もう一度言う。酔っていたのだ。

素面であんな行動出来るわけがない。色んな意味で死んでしまう。

 

後日、あの場面を目撃していた他のスタッフから、僕があの場から立ち去る時、ジャンヌオルタさんは赤い顔を更に赤くさせ、わなわなと暫く震えていたそうな。完璧に怒りの震えだ、間違いない。

 

幸いと言うべきか、僕はあの交流会以降、仕事の都合上参加出来ずにいた為、彼女に会う事なく命拾いした。あとは単純にカルデアは異常に広いので偶然会うという事もなかった。

 

ここまで思い出したらもう間違いない。

ジャンヌオルタさんが、僕の部屋に訪れ馬乗りまでするような用件は、十中八九この件の事だろう。

 

ひとまず謝ろう。

 

「すみませんでした」

「…………何よ。やっと私との約束思い出したの?」

「えっ、約束?」

「え?」

「ん?」

 

お互いにハテナが飛び交う。

いや、約束なんて覚えがない。だって、彼女と話したのはあの日だけで、約束を交わすような話はしなかったはずだ。

ジャンヌオルタさんは片手で頭を押さえて、もう片方の手で僕に向けて待ったのポーズをする。というかいい加減降りて欲しい。

 

「ちょっと待って。アンタ何に対して私に謝ったのよ?」

「何にって……、別れ間際に頭を撫で回した事ですけど。あと降りてください」

「それに対して別に怒ってないわよ!あと絶対降りない!」

 

「思い出すまで降りないから!」と、意地を張るその姿は、まるで子どもが駄々を捏ねるソレにしか見えない。

約束を思い出そうにも、自分には全く覚えがないので、変に誤魔化してもややこしい事にしかならないのは目に見えてるので、正直に話した。

 

「あ、アンタ私の話聞いてなかったの!?あの時頷いてたじゃない!」

「頷いてた……?あっ、もしかして僕を引き留めた時に何か言ってました?あの時、かなり酔っててあまり聞こえてなかったんですよね。てっきりお礼の言葉だけだとばかり……」

 

あの時の事情を語れば、ジャンヌオルタさんは最初は呆気にとられたような顔をしていたが、だんだんと頬を膨らませ、誰が見ても分かるぐらい拗ねた。

 

「……人がせっかく、珍しく……、珍しくよ!素直に礼と次も一緒に飲みたいって誘ったのに、覚えてない!?どういう事よ……」

「す、すみません」

「あれから何回交流会に行っても、アンタいないし。独り寂しく飲んで、もう次は行くもんかって思いながら、もしかしたら今度は来てるかもって期待して裏切られて……」

「……すみません」

 

ジャンヌオルタさんの怒鳴るような声がだんだんと、か細くなっていく。余程楽しみにしていたのだろう。

 

これは完全に僕が悪い。

記憶にないと言えど約束を破り、相手を待たせ続けるのはいただけない。現にジャンヌオルタさんがこうやって乗り込んでくれなかったら、僕はきっとこれからも彼女との約束を破り続けていただろう。

 

「ジャンヌオルタさん、本当にすみません」

「……本当よ、反省してんの?」

「はい、深く反省しています。だから、お詫びにジャンヌオルタさんのお願いを1つだけ何でも聞きます。あ、勿論僕の出来る範囲でですよ?」

「何でも?」

「ええ、何でも」

 

今僕が出来る最大の贖罪はそれしかない。例え理不尽な内容でも出来る限り叶えるつもりでいる。

ジャンヌオルタさんは暫く考え込むように黙る。それからゆっくりとお願いを口にした。

 

「じゃあ────」

 

 

 

 

**********

 

 

 

「あれ、珍しい。スバルさんとオルタちゃんが一緒に食べてる」

「そのオルタちゃんってのやめろって、言ったわよね?」

「ああ、リツカちゃん。うん、約束したからね」

 

ジャンヌオルタさんのお願いは『月1で手作りのご飯をご馳走する』というものだった。1人分だけだと面倒なので、ついでに自分の分も作って一緒に食べる事にしたのだ。

リツカちゃんは「え、何それずっこい」と、言いながらまじまじと料理を見つめ、首を傾げる。

 

「美味しそうだけど……、今日のメニューにそれ載ってたっけ?」

「これ、スバルの手作りよ」

 

ジャンヌオルタさんがしれっとした様子で答えると、リツカちゃんはとてつもない衝撃を受けたような顔をして、わなわなと震え出す。

 

「スバルさんの手作り……だと?それよりスバルさん料理出来たの!?毎日私にお味噌汁作ってください!」

「普段作らないからね。毎日は無理かな」

 

「私の『その胃袋貰い受ける!ゲイ・ボルク作戦』が……!」と、嘆き始めた。

そのネーミングはいかがなものか。

 

「じゃあ、私も一緒に食べるー!」

「残念でした。私とスバルの分しか作らせてないから、マスターちゃんの分はありませーん」

「酷い追い討ち!!」

 

地団駄を踏みながら悔しがるリツカちゃんに苦笑しながら、とりあえず隣の席をすすめる。リツカちゃんは素直に座った。

 

「また今度作ってあげるね」

 

その言葉にリツカちゃんはパッと明るい顔になった。

 

「約束ですよ!ところで、どうして2人でスバルさん手作りご飯食べる事態になったの?」

「えっと、言っても大丈夫?」

「…………好きにすれば」

 

ジャンヌオルタさんからお許しが出たので、これまでの事をかいつまんで話した。

 

「なるほどなー。スバルさんでもそういう失敗するんですね」

「ははは……、面目ない」

「それで、オルタちゃんは何で急に交流会に行こうと思ったの?」

 

リツカちゃんの疑問はもっともだ。僕もそれはずっと気になっていた。

僕とリツカちゃんがジャンヌオルタさんを見つめると、ジャンヌオルタさんは気まずそうな顔をしながら答える。

 

「それは……予行練習よ」

「予行練習?」

「あの時、私がカルデアを思いっきり満喫する事があの女への嫌がらせになるって気付いたから、アイツにはない友人関係とか作って自慢してやろうと……。それで、手始めに交流会に参加したのよ」

「なるほど……。でも自分から行くのは初めてだったから、どうやって輪に入るか考えてる所を僕が声を掛けたんですね」

 

なんとも彼女らしくて納得した。

 

「し、仕方ないでしょ!まだジルがいれば上手く動けたけど、当時まだ召喚されてなかったんだから!」

「そう考えたら、ジャンヌオルタさんはあの時本当に頑張ったんですね」

「慈愛が籠った目で見るんじゃないわよ。……そうよ。頑張ったのに、アンタときたらもう、もう!」

「だから、すみませんって……」

 

ジャンヌオルタさんは、むすっとした顔で料理を食べていたが、リツカちゃんの方に目を向けると、食べる手を止めて怪訝な顔で彼女を見る。

 

「何よマスターちゃん、だらしない顔して気持ち悪い」

「いやー、なんか今の会話って、まるで兄妹みたいだよねー」

「ちょっとやめてよ。何でか知らないけど、寒気がするじゃない!」

「そうだね。僕とジャンヌオルタさんは兄妹じゃなくて、友達だからね」

「…………ふんっ」

 

不機嫌そうな態度をしていても、頬を赤らめて、嬉しさと気恥ずかしさで口をもにょもにょさせる姿に、本人も満更でもないのだなと分かる。

 

この後、その分かりやすさに、リツカちゃんと一緒に笑ってしまい、それに気付いた彼女を怒らせるのであった。

 

 

 

 

 

 



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チェイテ城のおもてなしフルコース

カーミラさんのチョコ以外の調理内容がすっごく気になります。

追記
脱字とか変換ミス見つけたので修正しました。




 

「?何だ、これ」

 

着替えの為に部屋に一時的に戻り、ドアを開けようとしたら、ドアの隙間に何やら手紙のような物が挟まれていた。

手に取り封筒の裏表を確認するが、差出人の名前も書いておらず、とりあえず中身の確認をする事にした。

 

「……『チェイテ城ディナー招待状』?」

「しっかり読んだわね、豚」

 

声のした方に振り向けば、立派な角──リツカちゃん風に言うなら悪魔的にキュートな角をお持ちのエリザベート・バートリーさんが不敵な笑みを浮かべながら立っていた。

 

「……えっと、こんばんは?」

「ええ、こんばんは。そう、もうこんばんはの時間なのよ!今日はもう帰って来ないんじゃないかって不安になって迎えに来ちゃったじゃない!」

「す、すみません」

 

勢いに圧されて、つい謝ってしまった。

正直、今日はたまたま帰って来れたから良かったものの、普段なら部屋に帰る事なんて滅多にないから、こういった招待状の渡し方は、少なくとも僕に対しては悪手だろうに。

 

「今ならまだ間に合うわ。ほら、行くわよ!」

「ちょっ……!」

 

僕の制止の声を聞かずに、エリザベートさんは僕の手を掴み歩き出す。招待状に「チェイテ城」と書いていたからレイシフトする気なのだろう。

 

…………レイシフトかあ。

まあ、今なら少しぐらい問題ないか。

 

僕は半ば諦めてエリザベートさんに引き摺られたまま、中央菅制室に連れていかれるのであった。

 

 

***************

 

 

「あれ、スバルさん?」

「リツカちゃん?何で、ここに……」

 

エリザベートさんに連行されて入ったホールには、リツカちゃんとカーミラさんがいた。

リツカちゃんが僕と同じ手紙を握っていたので、どうやら彼女も招待されたみたいだ。

 

リツカちゃんの隣に座り、顔を見れば絶望に満ちた目をしていた。

 

「り、リツカちゃん?」

「スバルさん……、スバルさんも逃げられなかったんですね……」

「え?…………あっ!」

 

リツカちゃんに言われて気付いた。

招待状の内容は「ディナー」。それを作るのは恐らく、いや絶対あの2人だ。

残念ながら、お世辞でも決して料理が上手とは言えない2人の料理をこれから味わう事になるのかと思うと、身震いする。

 

食堂で何度かロビンさん達が犠牲になる姿を目撃した事はあったが、まさか自分が食べる日が来るなんて……。

 

「おまたせ!料理の準備は万端よ!」

「今回はそれぞれで料理を担当したわ。私がマスターを、そこのドラ娘はスバル、だったかしら?を担当したから」

 

「私の方があの娘よりかはマシだもの」と、カーミラさんが言った瞬間、リツカちゃんはソッと目を逸らした。

ああ、どっちもどっちなのか……。

 

「それじゃあ、始めるわよ」

 

エリザベートさんがおもむろにベルを鳴らすと、騎士の人がそれぞれ僕達の前に蓋がされた料理を置く。

フルコースだろうから、まずは前菜、オードブルか。

なんとなく騎士の人が此方に同情の視線を向けてるように感じながら、蓋が開くのを見る。

 

「────」

 

目の前のオードブルに絶句した。

え、待って。オードブルが赤い。ひたすら赤い。緑が一切見当たらないんだけど。

 

リツカちゃんの方はどうなのかと、横目でそっと見れば、死んだ目で「……あれ、目の前に永遠結氷がある」と呟いていた。アレはアレでヤバい。

 

「どう?今回はオードブルから丹精込めて調理したの。拘りの一品よ」

「ちょっと目を離した隙に、見た目が永遠結氷みたいになっただけで、味は赤1色のやつよりかはマシよ…………多分。」

 

最後の方は自信がなくなったのか、カーミラさんは顔を背ける姿に苦笑する。

 

「リツカちゃん、大丈夫?」

「……大丈夫、これは素材。これは素材」

 

どうやら自己暗示をかけて、やり過ごすつもりみたいだ。……でも、素材を食べるっていうのも、なかなか無い光景だと思うよ?

 

僕もいつまでも赤い物体(オードブル)から、目を背けてはいけない。

フォークを持ち、葉っぱみたいな物を刺す。シャキッと、野菜特有の音が出るあたり、コレは本当に野菜なのだなと、戦慄した。

 

葉っぱ──多分レタスを、口に入れる。

 

「ぐっ……!」

 

口に入れた瞬間、なんとも言い難い臭いが、口の中に充満する。噛めば噛むほど、形容しがたい味が舌を襲う。

コレは本当に、元はただの野菜なのか!?

 

「ねえ、美味しいでしょ?」

 

期待しているのか、目がとても輝いている。正直オブラートを何枚包んでも、美味しいなんて感想は抱けないが……。

 

「…………は、はい」

 

だからと言って、バカ正直に不味いと言える雰囲気でもなかった。

カーミラさんから「こいつ、正気か……!」というような顔で見られてるが、もう訂正する元気もない。

隣から石を削るような音が聞こえる辺り、もしかしたら僕はまだマシな方かもしれないと、信じる……。

 

前菜をなんとか終え、次の品が準備される。

もう、あのオードブルだけで胃がいっぱいなんだけどな……。リツカちゃんの目も、ホールで会った時より絶望の色が深まっている。

 

スープは一見ただ赤いだけのものに見える。また赤か。

赤いスープ……、大丈夫きっとミネストローネとかトマトスープとかそういう──

 

「どう?このコーンポタージュ、自信作なのよ!」

 

コーンポタージュが赤いとか聞いた事ない!

どうやったらここまで赤くなる!?

 

さて、どうする。実はオードブルを食べた時点で、完全とは言わないが、ある程度無効にする事は可能だ。……可能、なのだが。

 

チラッと、リツカちゃんの方を見る。青い顔で頑張って、見た目が黒獣脂のスープを一生懸命食べている。

年下の女の子があんなに頑張っているのに、自分だけ楽するわけにはいかない。良心が痛む。

 

僕はスプーンを掴み、出来るだけ音をたてずに、口にスープを流し込む。

 

 

「…………ぅぷっ!」

 

頑張れ僕、舌で味わうな流し込め。咀嚼しなくていい分、オードブルよりよっぽどマシだ。もう、無心で(マナーは守りながら)スープを掻き込んだ。

 

「あら、豚ってばそんなにポタージュが好きだったの?おかわりあるわよ?」

「い、いえ、おかわりしたら、途中で食べれなくなりそうなので……」

 

嬉しそうな顔をしているけど、2杯目は駄目だ気絶する。

リツカちゃんも、なんとか全部食べきったようで、水を煽るように飲んでいる。気持ちは分かる。今、口にするもので一番美味しいのは、あらかじめ用意された水だ。

 

「あら、また水がなくなったわね。そんなに味が濃かったかしら……」

「んー、やっぱり東洋人とは味覚の感じ方が違うのね。もっとリサーチしとけばよかったわ」

 

味が濃い以前の問題なのだが、一々指摘する元気も度胸も、今の僕とリツカちゃんにはない。

フルコースなら確か大体10品程あるが、省略したりする場合もあるから、もうそれに期待するしかない。

 

「あ、でも口休めのソルベとか、ちゃんと用意してるから大丈夫よ」

 

あ、これ省略ないやつだ。

 

 

 

*************

 

 

 

なんとか、なんとかデザートまで行きついた……。

何故、ああも食べ物全て赤く出来るのか。あと、あの形容しがたい味を毎回出すあの手腕には、最早尊敬の念すら感じてしまう。

リツカちゃんも素材フルコースで、もう最終再臨してしまうのではないかという域に達している。

 

デザートは、どうかマトモで……。

 

「今回は私、ちょっと冒険してみたの。アナタ、タコ好きだったわよね?」

 

…………赤いゼリーの中にタコの足が見える。あと少しお酢臭い。

あとタコは特に好きではないです。

 

「タコのマリネをゼリーにしてみたわ!」

「うぐぅ……!!」

「スバルさん、しっかり!」

 

どう発想したら、そうなる!

とんでもデザートを出したエリザベートさんに、カーミラさんはヤレヤレとでも言うように、首を振りながらリツカちゃんにデザートの蓋を開ける。

 

「まったく、私の方が大分マシね」

「ワァ……、私スキルも上げられちゃうんです?」

「リツカちゃん、女の子がそんな顔しちゃいけない」

 

かなり渋い顔をしていらっしゃる。

カーミラさんが作ったデザートは何というか、見た目は普通に綺麗だと思う。

グラスいっぱいに輝石や魔石(カーミラさん曰くゼリーらしい)が引き詰められており、炭酸が入っているのか、シュワシュワとした泡と一緒に光輝いている。グラスの縁には聖晶片のような物が散りばめられている。

正直インテリアとかカルデア・キッチンの人達が作った再現料理とかならアリではないだろうか。

 

──まあ、カーミラさんが作ったという事実で、味はお察し状態なのだが……。

 

見た目が綺麗なだけに複雑な心境であろうリツカちゃんに、小声で話しかける。

 

「……リツカちゃん、大丈夫?」

「……大丈夫、大丈夫。あとデザートで解放されると思えば頑張れるから……」

「(ダメだ、目が完全に死んでる)」

「スバルさん、これを食べ終えたら田舎に帰って結婚しましょう」

「リツカちゃんそれ完全にダメなやつ」

 

リツカちゃんはある意味遺言とも言える言葉を残し、ガリボリとゼリーらしからぬ音をたてながら、無心で食べ始めた。

 

残念だけどリツカちゃん、これが省略なしのフルコースなら、あと果物とコーヒーがあるんだよ……。

 

頑張るリツカちゃんに、そんな非情な事が言えるわけもなく、僕も目の前のゼリーを無心で食べ始めるのだった。

 

 

*************

 

 

なんとか残りの2品も終えました。

 

ちなみにデザートは、ゼリーはデザートらしく砂糖をきっちり入れたらしく、タコのマリネ以外にマグロの目玉と色付けの為にスッポンの生き血を使われていた事を明記する。とんだカオスだった。

 

もう全ての力を使いきった気分で、リツカちゃんと2人でぐったりと椅子に凭れ掛かった。マナー的にアウトだが、もう気にする元気がない。

 

エリザベートさんとカーミラさんは、僕達がフルコースを食べきってからこちらの方を、特に僕の方に何か期待するような目で見ていた。え、何、まだ何か食べさせられるの?

 

「どうかしらスバル、何かマスターに感じるものがないかしら?」

「具体的にはハートがキュンキュンしたり、子ジカの周りがキラキラ光って見えたりとか……」

「え、まあ、……感じるものはあると言えばありますけど」

 

ハートがキュンキュンというより、辛い戦いを生き抜いた戦友のような深い絆は感じる。

 

正直に答えたらエリザベートさんの目の輝きが増した。

 

「そうでしょ!?何たって私達が特別に企画をいっふぁーいっ!!!」

 

エリザベートさんが興奮して何かを喋っていたら、カーミラさんがビンタする勢いで口を押さえつけた。

 

「貴方達は何も聞かなかった。いいわね?」

 

無表情で淡々と言う姿に僕達は黙って頷くしかなかった。何か言おうものなら拷問されてしまう。そんな雰囲気が彼女にはあった。

 

……そろそろエリザベートさんが窒息しそうなので、解放してあげて欲しい。

 

 

 

*************

 

 

 

こうしてチェイテ城でのディナーは平和に終えたと言っていいか疑問だが、生きてカルデアに帰る事は出来た。

舌と胃に多大な被害を出しながら、気だるげにリツカちゃんと廊下を歩きながら、今回の事について話し合った。

「それにしてもエリちゃんは何を言いかけてたんだろ?」

「ああ、企画がどうとは言ってたね」

「あの2人がわざわざ協力するほどの内容って何だろう……」

 

最後の方でエリザベートさんが言いかけた言葉に頭を悩ませながら、先に廊下の角を曲がろうとしたリツカちゃんが急に立ち止まった。

 

「?リツカちゃん、どうか……」

「しっ!静かに」

 

声を抑えながら手招きするので、リツカちゃんの指示通りに音を出さないように、こっそり廊下の角を覗く。

少し離れた先にエリザベートさんとカーミラさんが何か話していた。

 

「ふふん、私の完璧な企画であの2人の距離も縮まったわね!」

「まさかあんな安易な作戦が上手くいくとは思わなかったわ……。『美味しい料理を食べさせて、2人の距離を縮めるわ!』とか言い出した時は、この恋愛脳(スイーツ)をどう黙らせるか真面目に考えたもの」

「失礼ね!……でも、まあ、アンタが協力してくれて正直助かったわ。おかげでスムーズに済んだし」

「……あの子の為だもの。その為なら嫌な自分とだって進んで向き合うわ」

「そこはお互い様よ」

 

軽い喧嘩をしながら2人はそのまま立ち去っていった。

 

なるほど、2人は僕達の仲を深める為、リツカちゃんの恋の応援の為に今回のような事をしたのか。

 

下を見下ろせばリツカちゃんが照れ臭さや嬉しさに、口をモゴモゴさせていた。

 

「マスター思いのサーヴァント達だね」

「──えへへ」

 

リツカちゃんは頬を緩ませ、幸せそうに笑っている。彼女達の絆は本当に眩く尊いものだと再確認した。

 

 

 




オリ主のエリちゃん料理への対抗するための術は、エリちゃんの料理の味を無効化するというより、自分の味覚を消すという手段でした。
英雄王の宝物庫ですら太刀打ち出来ない料理をオリ主がなんとか出来るワケがなかった。あと例え味覚消してもエリちゃんの料理の味は消えません。味覚を超えたナニカが舌を襲います。

エリちゃんの料理をどうにか出来るチート設定の小説が見たいです。絶対ハマる自信があります。



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エミヤは仲直りがしたい


格好いいエミヤはいません。
弊カルデアのエミヤはうっかり成分多めです。

追記:誤字修正しました




 

 

本日も食堂にて美味しい料理を注文する。

カルデア・キッチンのメンバーが召喚されてから、カルデアの食事事情は本当に潤ったと思う。それまでレーションで終わらせていた僕が言うのだから間違いない。

 

「こんにちは、エミヤさん。今日の日替わり定食は何ですか?」

「ああ、お疲れ様。今日は鯖の味噌煮だ」

「では、それで」

「了解した」

 

いつもならこれでお膳を貰って終わりなのだが、今回は少し違うらしく、エミヤさんがお膳を渡しながら話しかけてきた。

 

「時にスバル、この後時間はあるかね?」

「ありますけど、エミヤさんがそんな事聞くなんて珍しいですね。お悩み相談ですか?」

 

半分冗談で聞いてみたら、エミヤさんは苦痛の表情を浮かべた。え、本当にお悩み相談?

 

「……相談したい事がある。先に席について待っててくれ」

「わ、分かりました」

 

エプロンを外しながらキッチンの奥に行くエミヤさんを見送った後、お膳を持ち直して席を探す。何だか深刻そうだし、出来るだけ人気のない席を選ばなければ……。

 

 

***************

 

 

食堂の奥が比較的空いていたので、そこでエミヤさんを食べながら待つと数分後に何かを持ったエミヤさんが此方に来た。

 

「待たせてすまない。これは相談料だと思って貰ってくれ」

「ありがとうございます。ブラウニーですね」

「ああ、仕事の片手間にでも食べてくれ」

「わぁ、めちゃくちゃ有難いです」

 

ブラウニーの包みを両手で掲げて、頭を深々と下げる。僕のその姿にエミヤさんが苦笑しているが、過酷なデスクワークをしている身としては少しでも糖分摂取する手段が増えるのは有難いのだ。

 

「まったく君は大袈裟だな。──それでは早速本題に入っても?」

「……ええ、大丈夫ですよ」

 

優しげな顔が一瞬で真剣な顔へと変わった事で、今回の相談がどれだけ深刻なのか物語っているようだ。その雰囲気に呑まれて、僕は固唾を飲み、体に力が入る。

 

「────したんだ」

「ん?」

「マスターと、ケンカしたんだ」

 

 

え、ケンカ?

 

 

「実はだな───」

 

 

 

 

 

そうあれは数日前の昼、昼食時のピークが過ぎた頃だった。

 

「エミヤ、ちょっといい?」

「ん?マスター、どうかしたのかね」

 

厨房の方にマスターが来るのは、珍しい事だった。おやつのリクエストなどはカウンターの方でいつも済ませていたからな。

 

マスターは周りの目を気にする素振りを見せながら、私の方へといそいそと近付いて来た。

 

「あのさ、エミヤ。空いてる時間の時でいいから私に料理教えてくれない?」

「君がか?確かに調理器具を渡したりして、催促をした覚えはあるが、また急じゃないか」

「その…………好きな人が思ったより料理が出来る人で、危機感を覚えたと言いますか……」

「……ほう?」

 

もちろん、彼女からの要望は了承したとも。迷惑なんかあるものか、むしろ何人か候補がいる中で私が選ばれた事は大変喜ばしく思うさ。

思えばここで、私の兄心というか一人の友としての気持ちが先走り始めてたのだろうな。

 

先に弁明が許されるなら、私とて別に他人に料理を教えるのは初めてではない。随分摩耗したとはいえ、そこは確かだ。だが、先述した通り私は気持ちが先走っていた。

 

そう、教えについつい熱が入ってしまい、通常よりもかなり厳しくなってしまったんだ。

 

今思えば、料理初心者のマスターは数日間よくあの修行に耐えた。並の初心者ならば初日の数時間で音を上げていただろう。

 

だがマスターも限界が来てしまった。

 

「まったくなっていない。ここは──が、─────こうで……?マスター、聞いているのかね?」

 

私がマスターの異変に気付いた時には、もう遅かった。

マスターは俯いて何かに堪えるように小刻みに震えていたかと思えば、勢いよく顔を上げて声を張り上げた。

 

「あれこれダメ出しばっか!確かに私、ダメダメだけど、少しぐらい良いところ褒めてくれたっていいじゃん!この教育ママ!!」

「誰がママだ!オレはマスターの事を思ってだな……!」

 

説得の言葉はマスターには届かず、彼女はエプロンを豪快に外しながら、去り際に捨て台詞を吐いた。

 

「エミヤのバーカ!服の色エリちゃんの料理カラー!」

「ふ、服の色を不吉な例えで言い表すのは止めないか!!」

 

 

 

 

 

「────という事がつい先日あってだな……。何故微妙そうな顔をしている?」

「いや、アレしなかったなって。『ホワンホワンホワン、エミエミ~』って」

「す、するわけないだろ!!」

 

「まったく、人をからかって……」と、小言を言っているけども表情を見るにやぶさかではない様子なので、これはいつかやるなと、確信した。

 

さて、冗談はこのぐらいにして、まず一つ言える事は「この弓兵、これを僕に話してよかったのか?」だ。話を聞く限り、リツカちゃんは他の人、特に僕に知られたくないような素振りの発言があった。これはバレたら更に拗れそうだ。

 

まあ、聞いてしまったものは仕方がないので、バレないように相談を終わらせるしか手はないのだが。

 

気遣い上手で、的確なアドバイスをよくする彼は、何故か時折こうやって変なミスをやらかしているように思う。このあたり彼もまた、「災難体質」とか「女難の相」とか言われる所以なのだろうな。

 

「?急に黙ってどうした?」

「エミヤさんって、基本タラシなのに変な所で女性の地雷踏み抜きますよね」

「……結構な言われようだな」

「いや、エミヤさんはドンファンだって聞いていたもんで」

「誰情報だ!?」

「メルトリリスさん」

「……君は彼女と仲がいいのか」

 

そう言ってエミヤさんは、とても意外そうな顔をして驚いた。

まあ、メルトリリスさんと接点があるように見えないとは自分でも思う。

 

「僕は主にプラモ作成とか手先の器用さがいる作業をして、メルトリリスさんが困った僕を見つけたら抱えて逃げてくれる。要はギブアンドテイクの仲ですね」

「マスターから逃げる時か……」

 

やはりマスターであるリツカちゃんは大事なのか、エミヤさんはあまりいい顔をしない。いや、マスターとしてでもあるが、一人の友人としていい気分にならないのは当然か。

 

だが、それは勘違いなので首を振って否定する。リツカちゃんはそこまでしつこく告白する事はないし、第一リツカちゃんから逃げるという条件をメルトリリスさんが承諾するワケがない。

 

「違いますよ。そのあとに来るメンバーからです」

「ああ……、それは、逃げたくなるな……」

 

ソッと2人で厨房の方を見る。丁度、厨房から顔を出していた頼光さんが此方に向かってにっこりと、微笑んだ。よもや聞こえていないよな……。

 

「……スバル、これに関しては私が言える事は1つだ。──生きろ」

「簡単に言ってくれるなぁ!」

 

直接的な攻撃はしてこないが、ほぼ毎日どこぞの姑よろしくネチネチと嫌味妬みを言われるのは精神的にかなり辛い。

是非とも僕の立場と代わって欲しい。

 

 

 

閑話休題。

危うく雑談だけで全てを終わらせるところだった。

 

僕が思うにだが、結局の所このケンカは相談してまでするような話ではないように思う。本人は深刻そうだが。

 

何故なら先程から食堂の出入口辺りでウロウロしているリツカちゃんが見えるからだ。リツカちゃんだってそこまで鈍感じゃないから、エミヤの言動は自分を想っての事だと十分理解しているだろう。今日中には仲直り出来ると思う。

 

まあ、彼女に背中を向ける形で尚且つ此方に集中しているエミヤさんは気付く素振りはないのだが……。

アーチャーって視野が広いイメージがあったのだけど……、というか鷹の目だか心眼とかそんなスキルお持ちじゃありませんでしたっけこの人?どんだけ悩んでいるんだ。

 

「それでスバル、君の意見を聞きたい」

「普通に菓子折持って謝ればいいのでは?」

「年頃の娘がそれで許してくれるだろうか?『もうエミヤのご飯なんて食べたくない!』と言われた日には、…………うっ!」

「なんか反抗期の娘との接し方に困っている父親みたいになってますよ」

 

正直この人は考えすぎなのだ。実際この話は菓子折一つで済むというのに。それだけ大事って事なんだろうけど

 

「もっと気楽でいいと思いますけどね」

「簡単に言うがな……」

「だって、リツカちゃんは悪意のない行為に対していつまでも根に持つ子ですか?」

「…………むう。確かに、そうだな……」

「でしょ。なので手早く終わらせましょう。おーい、リツカちゃーん!」

 

エミヤさんが渋々だが納得したので、手を大きく挙げて未だに出入口から此方の様子を伺ってたリツカちゃんを呼び寄せる。

 

エミヤさんも振り返って初めて気付いたようで、驚いた声を出していた。それだけこの悩みに真剣だったのだろうけど、エミヤさんしっかりしてくれ。

 

一方リツカちゃんは、僕に呼ばれたのに少し喜んだ様子で此方に駆け寄って来た。ただエミヤの側はやっぱりまだ気まずいのか僕の隣に座った。

 

「こんにちは、スバルさん!今日も好きです!」

「ありがとう。でも、今は僕の事より大事な用があるよね?」

「……スバルさん、全部聞いたの?」

 

リツカちゃんが少し顔を青ざめながら聞いてきた。やはり知られたくない話だったみたいだ。

ここで正直に答えようものなら事態はややこしくなる事必須なので、曖昧に答えるしかない。

 

「………………ケンカしたって事しか聞いてないヨ」

「そっか……」

 

おもむろに安堵した様子のリツカちゃんに罪悪感しか感じない。ごめんリツカちゃん、ホントごめん。

 

リツカちゃんはしばらく黙っていたが、あの出入口でウロウロしている時に決意を固めてたのか、思ったよりも早く口を開いた。

 

「エミヤ、昨日はごめんなさい。エミヤは私のために厳しくしてくれてるってわかってたのに……」

「……いや、私の方こそすまなかった。マスターの言うとおり少しでも褒めるべき所は、その場で褒めれば良かったんだ」

 

そこからの展開は早く、二人でポツポツとそれまでの反省点を言いながら謝り、仲直りした。

今リツカちゃんはニコニコしながら、エミヤが一応用意していたらしいブラウニーを美味しそうに食べている。

 

「仲直りしてよかったですね」

「ふ。キミのおかげさ。()()()()()話した甲斐があったよ」

「────……包み隠さず?」

 

エミヤの言葉に、リツカちゃんの動きがピタリと止まる。なんだか嫌な予感が……。

 

「ああ。スバルには昨日までの出来事を全て伝えて、相談に乗ってもらっていたんだ」

「それって私が料理の練習する理由も?」

 

これはまずいとエミヤさんに目配りしたが、この人散々悩んだ問題が解決した喜びが大きいのか、まったく此方に気付いていない。

この際、僕の目配りに気付かないのはいいから、リツカちゃんの表情をよく見てくれ。怖いぐらい無表情!

 

「エミヤさん、それ以上──」

「勿論だとも。相談する立場で、変に隠すのはよくないからな」

「…………」

 

──ああ。もう、僕に出来るのは今から起きる事の顛末を見ないように、彼らから目を背ける事しか出来ない。

正直、可能なら今すぐこの場から離れたい。

背けた瞬間、リツカちゃんの怒号が食堂全体に響き渡る。

 

「エ、エミヤのバカ!なんでよりにもよってスバルさんに言うの!バカ!鈍感!うっかり朴念仁!!」

「な、なんでさ──!」

 

リツカちゃんはエミヤさんを罵倒しながら、食堂から走り去ってしまった。エミヤさんは、せっかく仲直りした矢先にまたリツカちゃんを怒らせてしまった事に項垂れている。何で変な所で詰めが甘いんだろ、この人。

 

……とりあえず、エミヤさんは後ろに刀を構えた状態で佇む頼光さんから逃げた方がいいと思う。微笑みが怖い。

 

伝えるか迷って、結局自分の保身を選んだ僕はお膳を持ち、静かに席から離れるのだった。

 

 

 

 

 





お久しぶりです。
ちょこちょこ書きためてはいたのですが、更新出来るレベルではなかったので今になりました、すみません。
今月はもうちょい更新出来る予定です(予定)。


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パラケルススからの素敵な贈り物

!注意!

・今回は性転換ネタが入るので、苦手な人はこの話を飛ばすか、前半部分を読まない事を推奨します。

・前半と後半で書く時期が、大分空いたので、場合によっては加筆修正する可能性が高いです。

・今回キャラの口調にかなり自信ないです。間違ってたらすいません。



 

 

 

何度目かの強制送還にて数日ぶりに自分の部屋で眠った次の日に事件が起こった。

それは、早朝からリツカちゃんが重々しい雰囲気を漂わせて僕の部屋に訪ねて来たところから始まる。

 

この日のリツカちゃんは、いつものような元気よさは見せず、思い詰めたような又は何かに気付いてしまったかのような様子だった。

 

「スバルさん、私気付きました」

「……何に?」

 

恐らく録でもない内容だとは思うけど、一応聞く。

リツカちゃんは真剣な顔で部屋の外にまで響きそうな程大きな声で叫んだ。

 

「私が男になってスバルさんを押し倒せばいい!!」

 

どうしてそうなった。

いや、案の定録でもない内容だったが、そこに至った経緯が気にな──ダメだ、聞いたら僕の精神が確実に殺られる。

頭を押さえながら、リツカちゃんの話を聞く。面倒だけど、ある程度話を聞かなければ、それはそれで解放されない。

 

「それで、どうやって男になる気なのかな?」

「ふっふっふー。スバルさん、私にはここの誰もが知らない特技があるんですよ」

「……特技?」

 

自慢気に胸を張りながら答えるリツカちゃんに、首を傾げる。

男になる特技とは?まさか男性制服早着替えとかだろうか。今、トレーニング用のジャージを着ているのと関係があるのだろうか。ちょっと期待してしまう。

 

「見ててくださいね!ビックリしますよ~」

 

リツカちゃんがそう言った瞬間、ポンッと間抜けな音と煙が部屋に広がった。一瞬リツカちゃんの仕業かと思ったけど、「え、え、何これ?」と混乱しているようなので彼女はどうやら関係ないみたいだ。……というか、何か声変わってないか?

 

煙が晴れてきてリツカちゃんと思わしき人物の人影がしっかりと見え……?

 

???

 

…………なんとリツカちゃんが男になっていた。いや、本当にリツカちゃんか?

 

「えっと、リツカちゃ……。──っ!」

 

目の前の男がリツカちゃんなのか確認しようと声を出し、思わず口を手で覆う。明らかに普段の自分の声ではなく、もっと高い、まるで女性のような声が自分の口から出てきたのだ。

 

目線を下げれば豊かな胸が邪魔で足元が見えない状態に……。……???(混乱中)

 

これは、つまり……所謂、

 

「……女体化かな?」

「あばばばばばばばば!スバルさんがおっとり巨乳美女になっちゃったーーー!!」

 

慌てたリツカちゃん(仮)は、部屋を飛び出したが、そこにたまたま通りかかったらしいマシュが見知らぬ相手に出くわした事で、廊下に響き渡るレベルの悲鳴を上げたのだった。

 

 

****************

 

 

「はい。軽い検査だけど、身体に異常はないよ」

「ありがとう、ロマニ」

「本当だよ。マシュから急にSOS連絡が来た時は、腰を抜かすところだったからね!」

 

あれから混乱から回復したマシュの機転により、忙しい中ロマニが駆けつけてくれた。申し訳ない。

余談だが、マシュが僕の部屋の近くにいたのは僕がきちんと休んでるか確認の為だったそうだ。

 

検査結果だけで見れば、女性の身体に変化した以外は全くの正常と出た。だが、肝心の女性になった原因は不明のままだった。

 

ロマニとマシュは僕と同じく性別の変わったリツカちゃんに目を向ける。

 

「……あの、本当に先輩ですか?」

「うん、可愛い後輩であるマシュの先輩だよ」

「大変です、ドクター。急に激しい動悸、息切れを感じます。これは心不全の兆候かもしれないので、今すぐ医務室でナイチンゲールさんの検診を受けて来ます」

「ストップ、ストップ!一度落ち着こうか!ね!」

 

今のリツカちゃんに慣れないせいか、マシュがかなり楽しい事になっている。

婦長の検診なんて今のマシュだと心臓を抜かれるとかの処置じゃなかろうか。そりゃ、ロマニも慌てる。

 

話は戻して、目の前の黒髪の少年はリツカちゃん(この場合はリツカくんかな?)本人だった。今回の検査結果と今までの検査結果を照らし合わせた事により証明された。

 

「いやぁ、まさかここまで驚かれるなんてな~」

「いやいやいや、驚くから!……えっと、リツカちゃん?くん?性別が変わるのはもしかして、カルデア(ここ)に来る前から出来てた感じかな?」

「うん、昔からの特技だよ。あとオレの時はリツカくんでいいよ」

「と、特技で解決する内容かなぁ?」

 

ロマニがめちゃくちゃ狼狽えてる。確かに特技だとは、最初に言っていたな……。特技って言うぐらいには慣れているのか、一人称も「私」ではなく、「オレ」になっている。

 

「ねぇ、リツカちゃ……くん」

「何ですか?スバルさん!」

「その特技って、自分一人にだけ作用するんだよね?あの時驚いてたし」

「そう、なんですよね。家族に何回か披露した事があるんですけど、その時は周りの誰かも性別が変わる……なんて事はなかったです」

「そうなのかい?じゃあ、スバルの原因は分からずじまいか……」

「いや、ロマニ。一つ心当たりがある」

「へ?あるの?」

 

というか、もうこれしかないと言える。

 

「実は、先日パラケルススさんから貰った飴を糖分補給で仕事中食べた」

「「………………」」

原因それじゃないか!!!?

 

──ロマニの心からの叫びが部屋中に響き渡った。

 

 

そこからはロマニとマシュによるお説教が始まった。正座なんて久々にしたなぁ……。途中リツカくんが「あー、わかるわかる。うっかりあるある」等と言い、隣で正座させられていた。

 

「二人とも反省してるのかな!?」

「反省してます(多分)」

「海より深く反省してます(多分)」

「……何故でしょうか。反省の色が見えません」

 

マシュからジト目で見られる。

いや、気を付けるのに嘘はないのだけど、疲れてる時のうっかりまでは保証出来ないというか……。

等と言い訳を並べていれば、後ろから裾を軽く引っ張られた。

 

振り向けば、そこには静謐のハサンさんがいた。

 

静謐のハサンさん。リツカちゃんと会話をした後に声をかけてくるメンバーの一人ではあるのだが、彼女の性格上、積極的に声をかけてくる事はなく、少し離れた位置で何かを訴えるように見つめてくる事が多い。あと何かと腕を触ってくる。

 

それでも最初は敵意というか、嫉妬の視線をいただいていたのだけども、僕が彼女の毒が効かないのに気付いてからは態度が軟化したように思う。

 

彼女からしたら、例え恋敵と言える相手でも触れれる人間が増えるのは嬉しい事のようだ。

 

彼女をよく見れば僕にだけではなく、リツカくんの裾も引っ張っていた。

 

「あれ?静謐ちゃんどしたの?」

「あの、マスター達に預り物が……」

「預り物?」

 

静謐さんが差し出してきたのは手紙だった。リツカくんがそれを受け取ると表裏を確認する。

 

「差出人の名前書いてないよ」

「静謐さん、これ誰から預かったんですか?」

「錬金術師です」

「リツカちゃ……じゃない、リツカくん!すぐその手紙から離れるんだ!」

「へ?」

 

ロマニが手を伸ばし勢いよく止めたが、時既に遅し、リツカくんは普通に封を開けていた。

頭を抱えて項垂れるロマニに同情する。この子ったら説教された内容、もう忘れてしまったのかな?

マシュも同じ事を思ったのか、ゆらりとリツカくんの方に向かう。眼鏡が反射して目が見えないのがさりげなく怖い。

 

「……先輩、まだお説教が足りないようですね」

「ご、ごめんって!でも、ほら、中身は普通の手紙みたいだよ!」

 

マシュの怒っている様子に、リツカくんは慌てて弁明する。今回は確かに何も仕掛けられてないみたいだけど、手紙に魔術を施す輩は少なくないのだから注意して欲しい。

こういう所が元から魔術を知るものとそうじゃないものの違いなのだろうか。

 

……まあ、元から魔術を知っていて無用心に怪しい飴を食べた僕が言えた義理ではないのだが。

 

ロマニは呆れかそれとも安堵からか、大きなため息を吐きながらリツカくんに問いかける。

 

「それで、手紙にはなんて書いてあるんだい?」

「……えっとね、今回の解決策についてだね」

「え、あの人どっかから見てるの?」

 

顔を青くさせながらロマニが辺りを見回す。恐らく、僕の顔も青くなっているだろう。……あとで部屋に何か仕掛けられてないか確認しなければ。

 

「でも、よかったです。これでスバルさんは、元の姿に戻れるのですね」

「うん。流石に女性のままは色々キツいからね……」

 

マシュと二人で問題解決に喜んでいれば、リツカくんから不満の声が上がる。

 

「えー!せっかくなら、オレと子作り生活して欲しかったのにぃ!」

「絶対、嫌だ」

「……それ、男として精神的苦痛過ぎない?」

「先輩は後で私と話し合いをしましょう」

 

そんな薄い本(ソリッドブック)案件はお断りである。

 

 

 

*******************

 

 

 

 

今回の解決策はなんて事もない。ただもう一度、リツカくんがリツカちゃんに戻れば、僕も戻れるというものだった。

 

「では先輩、さっそく……」

「えー、でもなぁ……。今ならスバルさんに、オレの子生んでもらえるチャンスが……」

「断固阻止するので、今すぐ諦めてください!」

「はぁーい……」

 

渋々した様子で了承した後、また最初の時のようにポンッと音がして、煙に包まれる。

煙が晴れてきたのを見計らって、自分の身体を触って確かめる。

うん、あったものがなくなって、なかったものがある。ちゃんと男性の身体にちゃんと戻れたようだ。

 

リツカく……、もうリツカちゃんか、ややこしいな。

まあ、あちらも当然だが、元に戻れたようだ。

 

いくら僕でも、どんな化け物になるのを許しても、流石に女性になるのはもう勘弁願いたいものだ。と、一つため息を吐く。

 

 

 

──この時には、静謐のハサンさんが部屋の何処にもいない事に気付いた人間はいなかった。

 

 

 

 

***************

 

 

 

 

薄暗い研究室に二つの人影があった。

 

「────以上で報告を終えます」

「ふむ。期待していた結果ではありませんでしたが、概ね成功でしょう。ただ、もう使えない手になってしまいましたが……」

「…………錬金術師。貴方は一体何をしようとしているのですか」

 

錬金術師──パラケルススは、次の手段を考えるように顎に添えていた手を、ゆったりとした動きで机の上の物を掴み上げる。

 

「この飴──薬の効用は、飲み込んでから最初に最も近くで使用された魔術に連動して、自身に作用させるものです。そして、効果は半永久的に続きます。代わりに一回しか連動しないのですが……。だからこそ、もうこの方法が使えないのは残念ですね」

 

パラケルススが、おもむろにため息を吐く姿に、少女──静謐のハサンは、少し苛立ちを見せながら目を細める。

 

「今回は性別転換だけで済みました。でも……もし、危険な魔術が彼に作用したらどうするつもりだったんですか」

「そういったものは、彼はあらかじめ無効にするでしょう。……それにしても、いやに肩を持ちますね。──あぁ、多少なりとも、彼も貴女のお気に入りでしたか」

 

パラケルススのその言葉に静謐のハサンは、ビクリと肩を揺らす。

 

静謐のハサンにとって、スバルという男は、恋敵であり、自身が触れても死なない数少ない人間だ。

 

始めこそ、彼に良い感情を持っていなかった。

だが、スバルの耐毒性を知り、試しに何度か触れてみるようになった。結果としては、彼は驚きつつも嫌がる事はせず、ただ幼子がじゃれつくのを見守るかのような眼差しを向けるだけだった。

 

それが、なんだか居心地良く感じる自分がいるのだ。

だから、私は彼を嫌いになりきれない。

 

常盤昴は、自身の恋敵だ。でも……もし、マスターが望むのなら私は──……。

 

「……私は、あの二人には幸せになって欲しい。…………そう、思います」

「無理ですよ。──()()()()()()、ね」

 

パラケルススの言葉に、静謐のハサンは特に否定する事もなく。

ただ、二人の未来を憂いて目を閉じるのだった。

 

 

 

 





色々事情が重なり投稿が遅れて申し訳ないです。
前書きにも書きましたが、この話は前半と後半で書く時期が、大分空いたので、矛盾点が多いかもしれないです。



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