私的鉄心END (たまごぼうろ)
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2月8日 第1夜
Prologue


ハーメルンの皆様、初めまして。
まずは閲覧していた頂き、ありがとうございます。
たまごぼうろ、と申します。
どうぞよろしくお願い致します。
さて、今回Fate/stay nightのバッドエンドの1つである「鉄心END」のその後を書かせていただきました。
鉄心ENDは原作の中でも異質なエンドです。
士郎が死ぬわけではなく「それもまた1つの結末だ」といって暗転します。
しかし、「いったいどうやって勝ったのか?」と思った方も多いと思います。自分もその1人です。
なのでそれを考え、文字に起こしてみました。
文章を書くこと自体が初めてなので、とても稚拙な文章だとは思いますが、最後まで読んでいただければ嬉しいです。
では、衛宮士郎の「その先」をご覧ください。



私的鉄心エンド

 

「俺が最後まで残るっていうのか、アンタは」

「無論だ。今のお前は衛宮切嗣だ。それが勝てないはずがない」

そう言って神父は去った。礼拝堂には、心が鉄になった衛宮士郎だけが残されている。

「………………………………………」

あいつの予言は真実だろう。俺はこのまま戦いを続ける。臓硯を殺し、イリヤを殺し、場合によっては、遠坂さえも殺して、聖杯を破壊する。

いや、破壊しなくてはならない。それが正義の味方になると誓った俺の責任。理想通りの自分になるための初めての代償だ。

やってやる。やってやるとも。

彼は心を剣(けん)にする。もう二度と失うことは恐れない。

静かに、けれど確かに決意をする。

もう、後戻りはできない。

 

2月8日 Prologue ×××Rain(---レイン)

  

丁度そこに事を終えた遠坂が戻ってきた。表情は何一つ変わっていない。部屋に入った時と全く同じまま。

いつも通りの遠坂凛の表情。

「…………」

「…………」

視線が交差する。しかし、俺から話しかけることなんてもう無い。

すると、

「衛宮くん、怒っていないの?」

意外にも、遠坂の方から声をかけてきた。

「怒る?どうしてだ?遠坂は何も間違ったことはしていない。桜は危険だった。処理をするのは当たり前だろ。」

「ッ、あんたにとって、桜は大切な人じゃなかったの。自分でそう言っていたじゃない。」

「…………あぁ、そうだったよ。」

そう、俺にとって桜は大切で、特別で、俺には居なくてはならない存在だった。それは事実だ。

しかし

「けど、それとこれとは話が別だ。いくら大切でも周りを傷つけるなら、俺はそれを容認できない。」

いくら大切だろうと、誰かを傷つけるなら、それは俺にとっての敵だ。

優先すべきは自己ではなく他の幸福。

桜1人の犠牲で何人もの命が救えるなら、そんなの、比べるまでもない。

それが俺の理想。目指すべき正しい正義の形。

だから、思ったままの言葉を口にした。

「でも!」

「でもも何もない。だって、それが正しいってことだろ。」

迷いは、なかった。

「………」

すると遠坂は悲しそうに

「そう…それがあなたの選んだ答えなのね….」

なんて、わかりきったことを口にした。

「わかった。あなたがいいなら、それに越したことはないわ。」

「あぁ、そうしてもらえると、助かる。」

一瞬だけ悲しそうな顔をした後、直ぐにいつもの顔に戻った遠坂。

「あともう一つ。私ね、もうなりふり構ってられないのよ。なにがなんでもこの戦いに勝たなくちゃならないの。」

最後通告、と言わんばかりの言葉を投げかけてくる。

「分かる?もう足手まといは必要ないの。だからね、衛宮くん。あなたとの契約はこの場限りで終わり。そもそもサーヴァントも令呪もないあなたは、とっくに敗退してるんだから。残りの期間は家でおとなしくしてなさい。」

言峰の言うとおりだった。遠坂は本気だ。言葉からもその覚悟が伝わってくる。

ここからは魔術師としての殺し合いになるだろう。なら半端な魔術使いなんて、いても弾除けか、囮か、どちらにしろ邪魔になるだけだろう。

「……分かった。ならこれっきりだな。世話になった、遠坂。」

「ええ、私も悪くなかったわ。縁が続けば、また会いましょう。」

お互いに別れを告げる。言い残す言葉も、恨み言も、俺たちの間にはもう何もなくなった。

最後に、ただぽつんと、

衛宮士郎は、完全に遠坂凛と決別した。そんな事実がたった一つ残っただけだった。

 

礼拝堂を背にする。これで腹は決まった。遠坂(あいつ)は敵だ。次に会うのはきっとこの聖杯戦争の終幕だろう。

悔しいが、神父の予言は絶対的な真実になる。

それまでに俺はこの実力差を埋めねばならない。正直なところ絶望的だ。魔術師としての遠坂凛に勝てるところなんて、俺には一つもない。

だけど

「それでも、やらなくちゃ。」

策がないわけではない。あっちがその気なら、こっちだってなりふり構わなきゃいいだけだ。

切嗣が、そうしたように。俺にだってできるはずだ。

「さて、とにかく今日は帰ろう。」

雨でも降っていたのだろうか。外には湿気のにおいが充満しており、地面にはいくつもの水たまりができていた。

「ふぅ…。」

冷たく湿気った空気を肺に満たす。火照っていた頭と体が冷えていく。存外緊張していたようだ。やはりあの礼拝堂は、俺と相性が悪いらしい。

明日から、また忙しくなる。だがひとまずはゆっくり休むとしよう。そう思い、帰路についた。

 

 

すっかり夜が深くなったころにようやく家についた。礼拝堂からうちまでは片道でも1時間近くかかる。

あたりに人の気配は全くない。すべてが寝静まっているのだから、当然だろう。怖いくらいの静寂がこの空間を支配している。

「すっかり遅くなっちまった。」

早く寝よう。そうやって門をくぐり、家の扉を開ける。

 

『おかえりなさい、先輩』

 

「…………………………………………………………………」

無論幻聴だ。こんな言葉聞こえるはずがない。桜はもういない。俺が見殺しにした。

「……疲れてるのかな。」

確かに今日はいろいろあった。人生で一番濃い1日といってもおかしくはないだろう。なんてったって自分自身の迷いと何時間も殴り合ってたんだ。疲れて当然だろう。

そう言って靴を脱ぎ廊下を歩こうとする。

ポタッ

「えっ?」

水滴が落ちる音がした。下を見ると数滴水が滴っており、しかも水滴はどんどん増えていく。

「なんだ、これ」

そうやって顔を触ってみると、頬っぺたが濡れていた。

「え、待て。なん、何だこれ。全然、全然止まらないぞ。」

簡単な話だ。

水滴だと思ったものは涙で、しかもそれは自分が流しているものだった。

「止まれ、止まれよ。くそっ、何だって、こんな。」

分かってしまえば止まるわけがない。栓を切ったように大粒の涙は勢いを増すばかりで、拭っても拭っても止まらず、ただ袖を濡らすばかりだ。

「うっ…くそ、なんで…」

泣いたところで、桜は帰っちゃ来ない。そんなの分かってる。

分かってる筈なのに

「くっ…ずっ…………うう…、はぁっ、はぁ。」

声を殺して静かに泣く。ここで思い切り泣けたら、どれだけ楽だろうか。

しかし、それは許されない。それは誰よりも自分を裏切ることになる。

正義の味方が、1個人の死を悼み、涙を流すなどあってはならない。

そもそも、命の価値を天秤にかけている時点で、俺に涙する権利などあってはならない。

だからきっと、これは最後の抵抗なのだろう。

衛宮士郎という人間の、最後に残った希薄な人間性が、悪あがきしてるのだ。

まったくしぶといものだ。そんなとこまで強情じゃなくたっていいだろう。

しかし、いくら泣き続けようと、その時間は長くは続かない。夜明けの時間は刻一刻と迫ってきている。

朝になったら泣き止まないと。藤ねえに心配されちまう。あのバカ虎のことだ。泣いてる俺を見たら、きっと今までで一番びっくりして、今までで一番慌てて、きっと俺以上にわんわん泣くだろう。

それだけは避けないと。だから早く泣き止まないと。早くしろ。早く。早く。早く。早く。早く。早く。早く。早く。早く。

でも、でもちょっとだけ。この時間だけは、この一瞬だけなら。

「泣いてもいいのかな…桜……。」

 

 

 

懺悔は終わらない。おそらくは一晩中続くだろう。赦しを与える神父も、罰を与える神もここにはいない。少年はただ嘆くだけだ。何故、何のために泣くのか、それすら理解しえぬまま。

 

 

 

ただ、ずっと一人のまま。

 

 

2月8日 Prologue Tears Rain(ティアーズ・レイン) 了

 

   

 

 

 



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2月9日 第2夜
追憶 正義のミカタ


第2話となります。
pixivの方にもうかなり投稿しているので、そちらに追いつくまでちゃんとした前書きはありません。申し訳ない。
pixivの方ではちょこっと書いているので、そちらも見ていただけたれば嬉しいです。
ではどうぞ。



2月9日 追憶~正義のミカタ~

 

それはなんてことない、いつもの朝の風景。きらきらと輝く、宝物のようなひと時。

――と、二人並んで朝ご飯を作る。食卓では、腹ペコで待っている二人。

できた料理をテーブルに運び、みんなでいただきますをする。そんな当たり前があることにふと安堵してしまう。

これが俺の日常。ささやかだけど何事にも代えられない時間。きっと、幸せってのはこんな時間を指すんだろう。

―――――――けど、どうしてかな。

「んんーーー、今日も美味しいわぁ。やっぱり士郎のご飯は格別ねぇ。」

「さすがです先輩!私も見習わないと。」

「シロウ、お代わりをお願いします。」

「あ、士郎―。私もおねがーい。」

「……………………」

「士郎?」

「…あぁ、わかったよ。」

どうして、なんだろう。

誰一人として、顔がわからないのは。

 

 

 

 

「んぅ……。」

気づいたら、俺は廊下に這いつくばっていた。

「っ、体痛ぇ。」

どうやら昨日はあのまま眠ってしまったらしい。

固い床で寝たもんだから、体のあちこちがギシギシだった。

時刻は朝6時。藤ねえが来る前に起きれてよかった。こんな姿、見られては大変だ。

「とりあえずシャワーでも入らないと。」

そう言って洗面所へ向かう。

そういえば、何か夢を見ていた気がする。幸せな夢……だったのかな。よく思い出せない。まぁ夢なんてそんなものだろう。特に気にすることじゃない。

「うわ、ひでぇ顔。」

洗面所で鏡を覗く。目は真っ赤に充血していて、鼻と口の周りはよだれと鼻水の後でガビガビだ。まったく、床で寝た挙句、こんなひどい顔とは、我ながら呆れてしまう。

「こりゃ、気合が足りない証拠だな。」

そう独り言ちて、シャワーに入った。

 

シャワーに入ったことで、幾分か気持ちも体もすっきりした。

さて、次は朝飯の支度だ、とりあえず冷蔵庫を見る。

「卵とーー、ほうれん草、わかめに豆腐か。ほうれん草はーーー、胡麻和えでいいか。」

頭の中で簡単にレシピと段取りを整える。

「じゃあ桜、お湯沸かしてーーーー」

と言いかけて気づく。そんな人間はもういないことに。

「あ………………………」

ぶんぶんと頭を振る。どうやらまだ寝ぼけてるみたいだ。しっかりしないと。

藤ねえの前でもこんな調子ではいられない。どうせ1人でも2人でも、やることは変わらないんだから。

「……よし。」

そう言って調理を始めた。

 

あらかた完成したころに藤ねえがやってきた。

今日のメニューは卵焼きに味噌汁、ほうれん草の胡麻和えとシンプルだ。

正直3品というのは物足りないが、少し寝坊もしたし仕方ないだろう。

「桜ちゃーん、士郎――、セイバーちゃーん、おっはよーー!って、あれ?」

藤ねえが入ってくる、が、違和感に気づかないはずがない。

昨日から2人も減ってるんだ。いくら藤ねえでも気が付くに決まってる。

「士郎、桜ちゃんとセイバーちゃんは?」

「お、おはよう藤ねえ。えっと、2人は…だな……」

どうする、まさか2人とももういない、なんて言えるはずもない。ここはとにかくごまかすしかない。

「?」

「あぁ!そうそう、セイバーはなんでも急に国に帰らなくちゃなんなくなったらしい。昨日の夜遅く出てったよ。きっともう、日本に来ることはないだろうって。藤ねえによろしくって言っていた。」

「えぇ!そんな急に!?まだ色々聞きたかったのにぃ。」

色々とはきっと切嗣のことだろう。そんなの、俺だって同じだった。

まだまだ話し足りない。まだ聞きたいことがたくさんあった。

セイバーとは、もっと、ずっと。一緒にいて。笑って。そして。

 

『シロウ!アサシンです!あなたはここに!!』

 

………そう、あの時俺がちゃんと止めていれば、きっと今頃……。

「寂しくなるなー。…まぁ、仕方ないわね。それで?桜ちゃんは?しばらく家に泊まるって話じゃなかった?」

「ッ。」

思考が中断される。危ない、考え込むところだった。

今更どうしようもならない。セイバーは居ないんだ。そう頭では理解してても、後悔は胸の奥底にこびりついたままだ。これは一生消えることはないだろう。これからはこの後悔も背負って生きていくんだ。

それよりも今は次だ。一難去ってまた一難。次は桜についての言い訳を考えなくちゃならない。

「桜…、桜は…」

言葉が詰まる。心臓が鼓動を早くする。手はびっしょり濡れていた。

自分はなんて愚か者だ。分かっていたはずなのに。

 

「桜は…その…」

まずい、落ち着け。動揺を悟られるな。ボロを出すわけにはいかない。俺は正しいことをした。後悔なんてない。後悔なんてない。後悔なんてない。

 

――――心を、鉄にする。

 

振り返るわけにはいかない。それは裏切りだ。それは裏切りだ。俺は自分の理想を貫き通す。だから振り返るな。俺は、俺は正義の味方になるんだから。

 

 

「士郎?」

「桜は、家が今ちょっとゴタゴタしてるらしい。セイバーを見送った後すぐ電話が来て、それで…、それで家まで送っていった。しばらく来れないって言っていたよ。」

「そうなの…、というか士郎、大丈夫?顔真っ青よ。」

「いや…。問題ないよ。ちょっと昨日寝つき悪くてさ。」

「珍しいわね、熱でもあるんじゃないの?」

「…………」

「でもまぁ、親御さんから電話が来たんなら断れないわよね。」

気づけばあれだけ激しかった動悸も手汗も、怖いくらいに鳴りを潜めていた。

どうやら、上手くごまかせたみたいだ。

「てことは士郎、これからしばらく一人じゃない。そっかぁ…、お姉ちゃん心配だなー。」

「そうだけど、なんでさ。」

「最近失踪事件とかあって、何かと物騒でしょ?私も学校の生徒とか、組の人とかが被害にあっててさ。だから今日以降は、しばらく来れないかもしれないのよ。」

「そう…なのか。」

藤ねえがしばらく家にいないのは好都合だ。これで余計な心配をさせる必要がなくなる。

しかしそうか、そうなると本当にしばらく一人になるのか。出かけるときは鍵を持って行かないと。

「大丈夫だよ。ちょっと前の生活に戻るだけだし。」

「そう?ならいいんだけど。やっぱりちょっと心配だわ。」

「それより早く食べよう。朝飯、冷めちまうぞ。」

「うぅぅ…大丈夫かなぁ…」

強引に話を切り上げる。藤ねえはしぶしぶ、といった表情だったが、とりあえず納得してくれたみたいだ。

良かった。藤ねえを巻き込むわけには絶対に行かない。今後の展開次第では俺の家だって危険になるかもしれない。戦うって決めた以上、減らせる犠牲は減らさないと。

そう安堵して、少し冷えてしまった朝飯を食べ始めた。

 

朝飯を食べ終わり洗い物をする。藤ねえはテーブルにほおづえを突きながらテレビを見ていた。しかも俺が淹れたお茶と煎餅も一緒というおまけつき。完全にだらだらモード、というやつだ。

しかし、藤ねえには悪いが今日は付き合ってもらうことがある。

「なあ、藤ねえ。今日ってなんか用事あったりするか?」

「ふー?ひょう?」

「………………頼むから煎餅を食べてから話してくれ。」

「あむあむ、んっ、と。今日なら特になんもないけど、それがどうかした?」

「ならちょっと、付き合ってくれないか。行きたいとこがあるんだ。」

「士郎が行きたいところ!?」

そんなに珍しかっただろうか。確かに普段は学校と商店街くらいしか行かないけど、あぁ、たまに新都にも行くか。にしたってそんなに驚くことはないだろう。

「ほんと今日は珍しいことづくめねぇ。いいよ、どこに行きたい?商店街?新都?それともたまには市外まで足を伸ばしてみる?」

藤ねえは嬉しそうだ。確かに、藤ねえと二人で出かけるってのはあんまりなかったかもしれない。

けど、そんな楽しいものではないかもしれない。

 

「親父の…切嗣の墓参りに行きたいんだ。」

「え…切嗣さんの…?」

そう、切嗣の墓参りに行く。これが昨日、家に帰るまでずっと考えていた、俺の「計画」の一つだ。

計画といっても、これはそんな物騒なことじゃない。これはただの自己満足だ。

自分の心に空いた穴をふさぐための代償行為。

正義の味方(切嗣の代わり)になると誓ったことを切嗣に報告したいだけだ。

そう、これはただそれだけで、それ以上の理由もそれ以下の策略もない。

「あぁ、親父が死んでから1回も行けてなかったろ。そろそろ俺も向き合わなくちゃって思ったんだ。」

「それはいいけど…ほんとに大丈夫?まだ無理することないのよ。」

「いいんだ。いつまでもこのままじゃ、切嗣も安心できないし。」

「………士郎。」

「ん?どうした、そんな顔して。」

「お姉ちゃんに隠してること、ない?」

「…………」

やっぱり藤ねえにはかなわない。必死になって隠したつもりでもこうだ。これが野生の感というやつだろうか。さすがタイガー。侮れん。

でも、ごめんな。嘘を突き通すことを、許してくれ。藤ねえ。

「いや、ないよ。そんなこと。」

「ほんと?神に誓える?」

「あぁ、神でも仏でも、何にでも誓えるさ。」

「…………、わかった。士郎を信じる。行こっか、お墓参り。私も最近ご無沙汰だったし。」

「オーケー、なら準備する。」

よし、うまく段取りできた。正直言って一人で行くことになったら、どうしようかと思ってたんだ。

しかしさっきから藤ねえには嘘をつきっぱなしだ。しかもついに神さまにも嘘をついちまった。

「はは。」

藤ねえに気づかれないように、自嘲気に嗤う。

もし本当に神とやらがいるならば、きっとそいつは俺のことを決して赦しはしないだろう。

ひょっとしたら地獄に落とされるかもしれない。

でも、そんなの構いやしない。

俺の始まりはどうせ地獄(そこ)なんだ。ただ、またそこに戻るだけの話。

でも、そこに手を取ってくれる正義の味方はいない。

正義の味方が助けられるのは他人だけ。自分で自分は救えやしない。

だったら俺は救い続けるだけだ。いつかこの身が燃え尽きるまで。

もうどうなったって止まりはしないだろう。

―――――賽は投げられた。もし神がこの道までも止めようとするならば。

きっと俺は、それも殺して救うだろう。

 

 

 

片づけをして家を出る。時刻は午前10時。昨日の雨から続いて空は暗く、

厚い雲が空をすっぽり覆っていた。あいにくの天気、というやつだ。

「こりゃ、また一雨来るかもな。」

そう呟いて1人で家を出る。さっきまで一緒だった藤ねえは、

 

『切嗣さんに会いに行くなら、家で準備しなきゃだから現地集合にしましょ。』

 

そう言って先に行ってしまった。おそらく藤村の家に一回帰ったのだろう。

切嗣の墓は柳洞寺の墓地にある。

藤村の爺さんや、一成の親父さんがずいぶん熱心に段取りをしてくれたらしく、葬式の後に墓地はこの山に決まった。

柳洞寺の裏山は雰囲気が気に入っていて、たびたび訪れることはあったが、墓参りに行くのは初めてだ。

切嗣が死んですぐのころは、墓参りになど、毛頭行く気になれなかった。

行くと認めてしまう気がしたのだ。切嗣が死んでしまったことを。

しかし、あれから5年。そろそろ俺も向き合わなくちゃいけない頃合いだ。

そう考えこんでいるうちに、柳洞寺の入り口についていた。

「士郎―。」

先についていた藤ねえと合流する。

手には花やらお線香やらなんやらいろいろ持っている。

「女の子を待たせるなんてぇ~、そんなんじゃだめだぞ士郎~。」

「藤ねえ女の子って年齢じゃな、」

「何か言ったかな~~~~~?」

素早く後ろに回り込んでのヘッドロックをきめてくる藤ねえ(タイガー)。こうかはばつぐんだ!

「いで、いでででででで!!ギブ!絞めるな絞めるな!!」

ギリギリと容赦なく絞めあげてくる。やばい、これはやばい。意識が遠のいていく

ごめん親父。今すぐそっちに逝くかもしれない。

「まったく、ほんっとデリカシーってもんがないんだから。早くいくよ!!」

ようやく解放される。危ない。今一瞬BAD END(変な道場)が見えかけた。こんなところで夢半ばに死ぬわけにはいかない。

すぐに勢いよく石段を駆け上がっていく藤ねえ。ふざけろ。今殺されかけたんだ。

「くっそ、あんのバカ虎、」

「なにか言ったぁ~~~!?!」

加えてこの地獄耳。ほんとはジャングルで育ったんじゃないのか。

「はぁ、まったく…」

息を整え登っていく。こんなんじゃ覚悟も揺らぐってもんだ。

 

石段を登って行く。

墓地は柳洞寺の裏手の雑木林を抜けた先にある。柳洞寺自体は先に事件で封鎖中だが、

そちらに行くのは問題ないようだ。

石段を登り、雑木林を抜ける。

するとその先、墓地の手前で藤ねえが待っていた。

「ん?どうした藤ねえ。行かないのか?」

「士郎を待ってたのよ。ほら。」

そう言って、水桶を手渡してくる。

「士郎、ここ来るの初めてでしょ。水汲み場とかお墓の場所とか案内するから。」

「あぁ、そっか。確かにそうだった。」

藤ねえに案内され水を汲み、墓の方に向かう。

墓地というのは特別な場所だ。

魔術においてなら死霊魔術(ネクロマンス)や降霊術。

死者から力を借り受け、自らのものとする。

霊体の力というのはそれだけ強大なものだ。

しかしそれは魔術的にと限ったわけではない。

生きていながら死者と対面する場所。

故人を想い、その死後の安寧を願い、話しかける。死んだ人間に届くはずなんてないと、知っているはずなのに、誰もが無意識にそうする。

生者(こちら)と死者(あちら)の境界があいまいになり、誰もが死後の世界に触れる。

現世において最も死に近く、最も霊的な場所(パワースポット)。

その点で魔術師にとっても普通の人間にとっても、神聖な場だろう。

切嗣の墓は墓地の丁度中央にあった。

かなり大きなスペースに対してぽつんと1つ。そこまで大きくない白い墓が立っていた。

藤村の爺さんたちがいろいろやってくれた、と聞いていたが、場所が大きすぎて、墓が不釣り合いに見えちまう。けどそのアンバランスさが、いつも一人で遠くを眺めていた切嗣を思い出させるようだった。

「切嗣さん、お久しぶりです。」

「…………!」

藤ねえと共に墓の前に立つ。

墓石には大きく「衛宮家之墓」と彫られていた。

「藤ねえ…これ…」

「うん。切嗣さん、他に親族が居なかったから、なんて彫るのか悩んだらしいけど、やっぱりこれからのことも考えたら、こっちの方が良かったんだって。」

「…………」

「あと、切嗣さん、時々白いものを懐かしい感じで見ていたじゃない?だから白が好きだったのかなーってこの色になったの。」

「…………」

「……それじゃお花入れ替えよっか、士郎は周りに水をかけて、綺麗にしてくれる?」

「あぁ、分かった。」

「うちの若い人にちょくちょく掃除を頼んでるからそんな汚れてないと思うけど、一応ね。」

墓に水をかける。藤ねえは花立ての水を入れ替えて、新しいのを挿していた。

墓参りでは基本的らしい3色の花。黄色の菊と白のカーネーション、それと…

「この紫のね。竜胆っていうんだって。花屋の人が珍しいからって入れてくれたのよ。確かにちょっと珍しいけど、案外いいかもね。」

「そう…だな。」

「それじゃ、お線香あげましょ。士郎、ライターとお線香取ってくれない?持ってきた袋に入ってるから。」

藤ねえにライターと線香を手渡すと、ライターの火に線香を翳して、火をつける。

線香特有の香りが辺りを満たす。何だか妙に気が落ち着くこの香り。

…嗅いだのは切嗣の葬式以来だ。

あの時は頭がぼーっとしてあんまり覚えて無いけど、部屋中がこの香りだった。

気づけば藤ねえは先に線香をやって、手を合わせていた。

祈るような、語り掛けるような優しい表情。こんな顔、家ではなかなかしない。

藤ねえにだって、話したいことはたくさんあるだろう。そう思って少し待っていた。

「…………」

しかし案外、藤ねえは早く目を開けて

「はい、じゃあ次は士郎ね。」

なんて言って線香の束とライターを渡してきた。

「なんだよ、もういいのか藤ねえ。」

「うーん、ちょっと物足りないけど、今日は士郎の方が話したいことあるんでしょ。なら私はそんなにいいかなって。たくさん聞いてたら切嗣さん疲れちゃうだろうし。」

どうやら気を使わせてしまったらしい。

「…そっか。悪いな藤ねえ。」

そう言って線香とライターを受け取る。

「いいのよ、たまには家族水入らずで話してきなさい。私先に出口の方行ってるから。」

そう言って藤ねえは行ってしまった。

「……よし。」

墓に向き直り線香をあげる。

そしてゆっくり息を吸って、話しかけた。

「……………久しぶり、切嗣。」

「ええと、元気だったか?なんて、死んでんだから元気も何もないか。」

「俺の方は、それなりに元気にやってるよ。料理だって、あの時に比べたらかなりうまくなったと思う。ああ後、魔術の修行もずっと続けてるんだ。まだまだこれからだけど、こっちのほうも上達したと思う。」

…返事はない。当たり前だ。死人に口なし。この声が届いているはずはない。

「…………」

しかし

「聞いたよ。切嗣の…昔の話。」

話さずにはいられなかった。

「魔術師殺しなんてことをやっていた事。セイバーと一緒に聖杯戦争に参加して、他の魔術師を殺して勝ち残ったこと。それと…イリヤのこと。」

これは誰でもないイリヤ本人に聞いた話だ。悲しそうに、寂しそうにそう語っていた。

「…………たくさんの人を、殺したんだな。」

衛宮切嗣は魔術師専門の殺し屋だ。そう言っていたのはあの神父だっただろうか。

きっと聖杯戦争に参加する前も、何百という魔術師を殺してきたのだろう。

聞いたときはそれなりにショックだった。自分の理想の存在が人殺しだと告げられれば、誰だってショックだろう。

けど、

「…でもな、俺が知っているのは、俺を救ってくれた切嗣だけだ。それより前のことなんて知らない。そんなの俺には関係ない。」

そうだ。過去がどうであれ、あの時、あの火の海の中で、衛宮士郎の手を取って、救ってくれたのは切嗣だ。

誰一人生存者のいない大火災。助かるはずのない子どもと、それを救い上げた正義の味方。

俺にはきっと、その事実だけがあればいい。

「それにさ…切嗣はきっとその裏で、何千という人を救ったんだろ?なら、それは正しい。だって切嗣は正義の味方なんだから。」

10を生かすために1を殺す。100を生かすために10を殺す。

それが切嗣の行ってきた正義だ。

「俺さ、分かったんだ。どうやったら正義の味方になれるかって。」

雨が降り始める。

暗く重い雲は、とうとう堰を切ったかのように啼き始めた。

「大を生かす為に小を切り捨てる。それが切嗣の選んだ道なら、俺がそれを引き継ぐ、

切嗣がこれまで積み上げた犠牲を、無かったことになんて、させない。」

きっぱりと言い切る。

「約束しただろ?俺が代わりになってやる、って。」

「俺は後悔なんてしない。もう後戻りはできない。聖杯戦争を終わらせる。その為ならどんな犠牲だって背負ってやる。」

それは誓い。今は亡き養父が、愚直なまでに追い続けた夢の続き。

その犠牲(バトン)は今、少年の手に渡された。

行先は不明瞭で、どれだけかかるかも分からない。

いつかどこかで擦り切れて、止まって、見失うかも知れない。

それでも進み続ける。

何かを得ようとして、すべてを取りこぼした。

そんな男の夢を終わらせないために。

 

―――――俺は、正義の味方になる。もう、誰にも邪魔はさせない。

 

理想の果て。誰も泣かずに済む世界に、いつかたどり着くために。

もはや返事のない故人にではなく、自分に向かってそう宣言した。

雨が上がっていく、どうやら、ただの通り雨だったようだ。

雲の隙間から差し込む光に、白い墓が照らされていた。

「また来るよ、切嗣。」

1人そう呟いて、墓を後にする。

次に訪れるときは、理想の自分になってからだ。

 

 

 

出口の前では藤ねえが待っていた。どうやら折りたたみ傘を持っていたらしく、あまり濡れてなかった。

「急に降ってきたねぇ。お線香濡れちゃってるかもなぁ。とにかく体冷えちゃうし急いで戻りましょ。」

そう言って一緒に山を下りていく。雑木林を通り、石段を下りきる。

すると、おり切った先の道の脇に黒い車が止まっていた。

「あれ?あの車って、うちのじゃない。」

うちの、というのは言うまでもなく藤村組のものだ。

「藤村組の?何でこんなところに居るんだ?」

するとこちらに気が付いたのか、中からだれか出てくる。

最初に出てくるのはスーツ姿のガタイのいい男が数人。その中の一人が後部座席のドアを開ける。

そこから出てきたのは

「…よう、久しぶりだな。小僧。」

「雷画さん!」

「お爺ちゃん!」

「なんでぇなんでぇ。二人してびっくりすることねぇだろう。」

このいかつい爺さんは藤村雷画。藤ねえの祖父にして、藤村組の組長だ。

もうかなりの歳のはずだか、いまだに趣味の相撲やイノシシ狩りに勤しむなど、現役ばりばりだ。

そして俺も子どものころからかなり世話になっている人でもある。

「どーしたのお爺ちゃん。こんなとこまで。」

「いやなぁ、ちょっと小僧に用があってな。」

「俺に?」

俺に用とは何だろう。思わず身構えてしまう。

というか、この顔で用がある、と言われると誰だって身構えてしまうのではないか。

「大河に聞いたんだが。お前、あいつの、切嗣の野郎の墓参りに行ってきたらしいなぁ。」

「ええ、今さっき言ってきたとこです。」

「てぇことは、あれだな?ある程度自分中で気持ちの整理できたってことだな?」

「はい。長いこと心配かけてすいませんでした。」

「いや、別にそりゃあいいんだけどよ。」

「?」

「んー、なんてぇか、そういうこと言いに来たわけじゃなくてだな。」

ガシガシと頭をかく雷画さん。何となく会話が要領を得ない。

「あー、もう!止めだ止め!こういうまどろっこしいのは性に合わねぇや。おい!あれもってこい。」

「へい。」

そう言っておつきの人は車に戻る。何を持ってくるのだろう?

「お前にな、渡さなきゃなんねぇものがある。」

雷画さんは至極まじめな顔でそう言った。

少し待ってから、おつきの人が持ってきたのは白いアタッシュケースと、中くらいの段ボールの箱だった。

何だこれ。この人が持ってると、それこそ危ない何かに見えるんだが

「雷画さん、これなんですか?」

「お爺ちゃん、なにこれなにこれ?」

思わず藤ねえと共に詰め寄ってしまう。

「待て待て焦んな。一服させろ。おい、火ぃ。」

「へい。」

気づけば別のおつきが雷画さんの煙草に火をつけていた。

口の中に煙を含み、吐き出す。白い煙が雨上がりの空に昇っていく。

その後雷画さんは、ゆっくり息を吸って言った。

「これはな、切嗣のやつの遺品(・・・・・・・・)だよ。」

「え………」

「ちょっと待ってお爺ちゃん!そんなの私も初めて聞いたんだけど!?」

「そりゃ言ってねぇからな。てか誰にも言ったことねぇし。」

「何それ!?」

切嗣の遺品。そんなのは初めて聞いた。というか、今までそんなこと考えたことがなかった。

切嗣は物に頓着があるタイプではなかったし、そんなものないと思っていた。

「もう5年も前か。あいつが死ぬ少し前な。自分の死期でも悟ってやがったのか、うちに訪ねてきてよぉ。もし自分が死んだら、これを預かっておいて欲しいと言ってきたんだ。」

「なにそれ、というかそれなら直ぐに士郎に渡すべきでしょ!」

「俺もそう言ったんだがな。今の小僧には見せたくないとかなんとか。でも、もし小僧が自分の死としっかり向き合う日が来たら渡してくれって言ってたんだよ。

「何でも、その時のお前ならできる、だそうだ。」

「俺が、切嗣に向き合うことになったら…」

「そんで、今日行くって大河に聞いたからよぉ。渡しに来たってわけだ。」

なるほど。何か神妙な顔をしていたのはそういうことだったのか。

確かに今までのままだったら受け止めきれなかっただろう。しかし今は違う。

「俺もまだ大丈夫か?と思ってたんだが…その様子じゃ大丈夫そうだな。」

「はい…心配してくれてありがとうございます。」

「構わん構わん。言っとくが、俺は一切中身を見てはいねぇ。でも、今までお前に見せてなかったってことは、それ相応の品が入ってるってことだ。しかもそのまま家に置けないものだときた。」

雷画さんがまた煙草を吸って、言う。

「あの野郎が昔何してたかなんて知らねぇが…まぁ、覚悟だけはしとけよ。」

この中では俺しか知らない切嗣の過去。つまりこれはそれについての品、ということだろうか?

「これはもうお前のもんだ。中身を見ようが、このまま燃やそうが、もう文句は言わん。好きにしな。」

「ありがとうございます。雷画さん。」

「話はこれだけだ。乗りな。家まで送ってやる。」

雷画さんに促され藤ねえと一緒に車に乗る。

「あぁそうだ。大河、お前一回家戻ってこい。」

「えぇ!何で!私も切嗣さんのもの見たーい。」

「馬鹿垂れ、空気読め。ここは1人にしてやんだよ。」

「悪い、藤ねえ。1人にしてもらえると助かる。」

「ほら、本人もこう言ってんだからよ。」

「うぅぅ、分かった。でも!晩御飯は食べに行っていいでしょ?」

「あぁ、もちろん。1人で食べるのも味気ないからな。」

そんな話をしながら送ってもらった。

いったい何が入っているのだろう?

 

 




竜胆の花言葉
「正義」
「悲しんでいるあなたを愛する」

2019年5月8日
誤字を修正いたしました。大変申し訳ありませんでした。
指摘をしていただいたN2様、大変助かりました、ありがとうございます。


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追憶 正義のミカタ②

3話です。
ハーメルンは後書きがあって面白いですね。
結構前書き後書きしっかり書きたいので、追いつくまでお待ちください。
では、どうぞ。


家につく。時刻は丁度12時になろうとしていた。

雷画さんたちのご厚意のおかげでとりあえずは1人だ。

夜には藤ねえと、それに雷画さんも来て食事をすることになったのでそれまでにはいろいろ見てしまおう。

だがその前に

「テキトーに昼飯でも作るかな。」

腹が減った。腹が減っては戦はできぬ。これはいと詮方なき異なり。

「まあ1人だし、なんでもいいよな。」

冷蔵庫を見る。今晩はかなりしっかりと作るつもりなので、昼飯はあり合わせにすると決めた。

ささーっとウインナーを一口大に切り、軽く炒めたら、卵と白飯を入れ塩胡椒。

フライパンのふちに醤油を垂らし、香り立たせて軽くフライパンを振る。

最後にネギを入れ、また少し炒めたら紅しょうがをのせて完成。

まさに男の一人飯。すぐにできる炒飯だ。

こんな感じで簡単に昼食を済ませた。

 

「さてと。」

一息をついて、居間の隅に置いたアタッシュケースと段ボールに目をやる。

切嗣の遺品。5年前の俺には見せられなかったもの。そうくればあの中に入っているのは、まず間違いなく魔術に関わるものだ。

何かの間違いで暴走して、大惨事になる可能性だってある。未熟な俺が、仮にも魔術師殺しなんて物をやっていた男の遺品の触れるのだ。つつがなく見て終わる、何て事になる方が考えにくい。

なので土蔵で見ることにした。あそこなら何があってもとりあえず自分の犠牲だけで済ませれる。

俺の魔術の修行場所、兼工房である土蔵に移動。いつものブルーシートの上に座り、前に段ボールとアタッシュケースを置く。

「とりあえず段ボールの方からいくか。」

何が入ってるんだ?とにかく慎重に箱を開ける。

最初にでてきたものは

「これは…切嗣が着てたコートか?」

1番上に入っていたのは真っ黒なロングコートだ。しかもかなり年季が入っている。

これは見たことがある。確か、切嗣が海外に出かける時に着ていたやつだ。

「これ…別に魔術礼装ってわけじゃないんだな。」

見た感じ何の変哲もないコートだ。きっと切嗣が気に入っていたものなんだろう。

「懐かしいな…」

あの時は切嗣が海外に行く度に一緒に行く!と言って切嗣を困らせるくせに、帰ってきた後の土産話に夢中になってたもんだ。

持ってみるとポケットに何か入っていた。

探ってみると煙草とライターだった。吸っているのを見たことはないが、昔吸っていたんだろうか。

これはまだ俺には早いだろう。

「さて…って、あれ?」

コートを置いて段ボールを覗く、しかしもうほとんど入ってない。

残っていたのは古ぼけた手帳だった。

「なんだ。これしか入ってなかったのか。」

サイズに対して案外軽かったのは、そうゆうことだったのか。

そう言って手帳をパラパラとめくる。

どうやら日記のようだ。死ぬ直前まで食べたものやったことなどが簡単にまとめられていた。

「ふーん。こんなの書いていたのか。」

しかし残念ながら、切嗣には文才がないのだろう。最後まで読むには稚拙すぎる文章だ。

「はははっ。何か切嗣らしいな。」

確かに文章は稚拙だが、これは確かに切嗣が生きた証だ。

今まで何も残ってなかったので、こんな物でも切嗣が感じられるのは嬉しい。

そうして最後のページを開くと、何かがパラリと落ちる。

「ん?」

落ちてきたのは1枚の紙。しかも白紙だ。

「何でこんなものが…?」

ぴらぴらと振ってみるが、何もない。本当にただの紙だ。

「ただの紙切れ…ってわけでもないだろうし…」

だって切嗣がこんなものを入れる理由がない。こんなことをするなら、わざわざ雷画さんに預ける必要はなかったはずだ。

これは、切嗣が俺に渡したかったもののはずだ。しかも俺が自らと向き合ったこのタイミングで。きっと何か意味がある。

「…………」

しかし考えてもさっぱり分からない。もしかしたら、ほんとに何でもないのかも。

「…次行くか。」

考えててもしょうがない。そう思い今度はアタッシュケースの方を向く。

「えーっとこれは?どう開けるんだ?」

見た感じ鍵穴などは見つからない。というかそもそも鍵なんて入っていなかった。

「これも開かないのかぁ?」

早くも手詰まり。はぁと息を吐いて後ろに倒れこむ。結局コートしか見れてない。

「何なんだよこれ…何を渡したかったんだ、切嗣…」

脱力してしまい、目をつむる。

 

『何でも、その時のお前ならできる、だそうだ。』

 

雷画さんの言葉を思い出す。今の俺ならできる…。昔の俺にできなくて、今の俺にできること。

「あの時から出来るようになったっていえば、料理と家事と…それと…魔術…!!」

そうだ。魔術だ。何で忘れていたんだ。魔術について何も知らなかったあの時と比べれば、構造解析や強化など、色々できるようになっている。

がばっと跳ね起きる。そうと分かればやってみるに限る。早速アタッシュケースに手を当て、意識を集中する。

遠坂との修行のおかげで物の強化と解析は完璧になっていた。

頭の中でスイッチをカチリ、といれる。

 

「――――同調(トレース)開始(オン)

 

ケースの構造が頭に入ってくる。

「これ…もしかして…」

ケースをよく見ると四隅にねじが付いていた。急いでドライバーを持ってきて外す。

するとケースの上の部分がパコっと外れた。

どうやら開閉式ではなく、上の部分が蓋となっていて、外れるようにできていたようだ。

こんなの俺じゃないと分かんないぞ…。

まるで秘密の箱を開けるような不思議な高揚感とともに、早速中を開ける。

そういえばそんな神話があった気がする。

確か…パンドラの箱だったか。

パンドラは主神ゼウスから賜った箱を好奇心で、開けてしまう。

しかしその中にはすべての悪と災いが入っており、それが人間界に解き放たれてしまった。

そしてその性で人間は悪性を手に入れてしまった、という話だ。

もしかするとこれは、誰かにとっての禍なのかもしれない、なんて

柄にもなく興奮しているようだ。そんなことを考えて箱を覗く。

「え………」

しかし、そんな俺の幻想もあながち間違いじゃなかった。

 

まず目に入ったのは大ぶりのナイフ。その隣には束になったワイヤー。

さらに怪しげな瓶に入った液体。これ絶対毒。100%毒。

「それにこれは…手榴弾か?」

これらは明らかに非合法。見つかったら一発アウトの品ばかり。

これが切嗣が俺に渡したかったもの?

はっきり言って殺意が高すぎる。これ、何も知らない一般人が使っていいものじゃないぞ。

「他には…ん?まだあるのか。」

ケースの端の方を探る。

あったのは銃とホルスター。しかもかなり大事そうにしまってあった。

かなり大きい。およそ実践では使えないサイズだと思う。

「これ…弾は入ってんのか…?」

びくびくしながら触ってみる。怖い。正直かなり怖い。一通り出してみたが物騒すぎる。手榴弾とか銃とか暴発したら洒落にならないぞ。

「こんなもの渡されてもなぁ…、そもそも使い方が分からないし。」

確かにこれを使えればかなりの武器となるだろう。しかし素人が一朝一夕で使えるものじゃない。

これじゃあ猫に小判、豚に真珠、馬の耳に念仏ってやつ。

つまり、俺には過ぎた品。切嗣、これでどうしろってんだ。

「せめて使い方でも書いてありゃな…、あ!」

そうだ紙!!あの手帳に入ってた紙!あれを調べるのを忘れていた!

急いで紙を手に取り魔力を通す。すると、紙に文字が浮かび上がる。

「切嗣…?」

紙にはこうあった。

 

これが、誰にも見られていないことを信じて記す。だから、これは保険だ。ここに書いてあることが分からないなら今すぐ破棄してくれ。

 

僕はもう長くない。恐らく僕が生きている間には聖杯は破壊できないだろう。だが、手は打った。聖杯の通じている霊脈の流れに、いくつかの瘤を作った。ここに聖杯戦争が始められるだけの魔力が通れば、瘤が破裂し、霊脈そのものから聖杯が崩壊する、というわけだ。

次の聖杯戦争までおよそ55年。丁度その時に破裂するだろう。

だが、万一それが機能しなかった場合に備えて、これを記す。

 

そのケースには僕が使っていた武装が入っている。使い方が分からないだろうが、ケースを開けた時と同じやり方をすれば分かるだろう。

それとコンテンダーも入れた。中に入っているのは起源弾。魔術師に対しては必殺となるものだ。うまく使ってくれ。

 

最後に、これは僕が信頼できる人に渡すつもりだ。だが、もし、もしこれが士郎に届いているなら。君はどうするのだろう。僕の過去を知ったら君はどう思うだろうか。

失望しても構わない。僕は決して、誇れる道を歩いては来なかった。

だけど、変わらないものが1つだけある、

僕の失ってばかりの人生において、君は希望そのものだった。どうか健やかに、君は君の生きたいように生きればいい。君は君だけの誇れる道を進んでくれ。

                               衛宮切嗣

                                           』

 

 

 

 

 

手記の内容はシンプルだった。分かったことは1つ。

切嗣は聖杯の破壊を計画しており、そのための準備はすでに終わっていることだ。

きっと一生、この手記が見られないことが1番の望みだったのだろう。

だが、もしこれが見られることになったら、それならば俺に。そう宛てたものだ。

「…………」

そうか、きっと何となく切嗣は分かってたんだろう。

もし仮に、切嗣が想像した事態に陥った時、つまり聖杯戦争が繰り返された場合。

俺がそれに選ばれて、戦わなくちゃならないということを。

だからこれを遺した。俺を救うために。俺を守るために。

―――――俺に意思を、継いでもらうために。

真意はもはや分からない。

だが、

間違っていようと、もう関係ない。

重要なのはここに武器があって、そして俺には戦うべき相手がいる、ということだ。

 

「―――――同調(トレース)開始(オン)

 

気づけば、入っていた武器を夢中で解析していた。

「これは、コンテンダー、入っているのは起源弾。対象者の魔術回路を切断し、でたらめに繋ぎなおす。」

「こっちの手榴弾は、ピンを抜いて5秒後に爆発する。」

「このナイフは、魔力の通しが良いな…」

あらかた解析が済む。切嗣ほどではないが、もうある程度は使えるだろう。

何故かは分からないが、切嗣の使っていた時の記憶が武器を通じて自分に中に入ってくるようだった。

この武器はもう俺のものだ。なら、どう使おうと俺の自由だろう。

ならば戦うために使うだけだ。きっと武器もそう望んでいる。

「ありがとう、切嗣。」

覚悟はとうにできている。加えて、頼もしい武装も手に入った。

―――――――なら、俺は。

 

 



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Interlude

投稿が遅れて申し訳ないです。
と言う訳で一気に投稿しようと思います。
ハーメルンはpixivと違って章分けが出来るので、結構分けようと思います。
ではどうぞ。


~Interlude~

 

深山町の丘を登った先。頂上近くにある西洋風の屋敷。そこには間桐臓硯や慎二が暮らす間桐邸がある。

そこの地下深く。間桐の修練場と呼ばれる場所で、件の魔術師、間桐臓硯が1人思想していた。

「ふむ、桜の死体を回収できなかったのは痛いがまぁ、良いだろう。チャンスはまだまだある。」

「もとより今回は様子見、桜の死体さえ手に入ればどうとでもなる。」

臓硯にとっての本命は今回ではなく次回。第6次だ。

そのためにもどうにかして桜の遺体を回収し、自分が桜の体を使ってでも子を為す必要がある。

「おそらく遠坂の娘が持ち帰っておるだろうな。ここはアサシンに任せるとするかの。」

最早、臓硯はこの聖杯戦争に興味はない。だが、アサシンという優秀な手駒をみすみす捨てることはしていなかった。

「此度の間桐の戦いはここで終わりじゃな。恐らく今回は遠坂の娘が勝つだろう。彼奴とアインツベルンの器では、もはや覚悟が違うだろう。」

「次までは後60年。気長に準備するとしよう。」

老魔術師は笑う。彼にとって60年など、今までの妄執の500年に比べれば瞬きの如き。

要は願いを為せさえすれば、彼にとっては過程などどうだって良いのだ。

「しかし、いいところまで行ったのだがのぉ。クク、残念至極…」

その時だった。修練場の上から一匹の虫が入ってくる。

臓硯が偵察のために町中に放っている虫達。そのうちの1匹だった。

「ぬぅ?ほう。なるほどなるほど。これはまた珍しい客人が来たものじゃ。どれ、出迎えてやらんとのぅ。」

そうして臓硯は修練場を出ていった。

 

 

間桐邸の前にその男は立っていた。

時刻は昼過ぎ、通り雨が過ぎた後の温かい日差しが照らしているにも関わらず、男にはおよそ表情というものがなかった。

すると家の奥、薄暗い屋敷の向こうから老人が出てくる。

この家の主、間桐臓硯だ。

「ほう、貴様が今更何用かね。貴様は既に敗れた。ならばもはやここに来る理由など無かろう。大人しくあの神父の元に下り、自らの保身に務めた方が身のためだと思うが?」

臓硯は目の前の男に言う。

しかし、男は答えない。代わりに冷え切った瞳で臓硯の事を見つめるだけだ。

「それとも何か。貴様が見殺しにしておきながら、今更あの愚娘の仇を取りに来た。とでも言うつもりか?」

男の表情は変わらない。それとは対照的に、臓硯の方は益々愉快そうに言葉を重ねる。

「呵々、年寄りに対していつまでもそう黙りを決め込むでない。流石の儂でも多少傷つくというものだ。」

相変わらず男は黙ったままだった。その異様な雰囲気。まるで臓硯の言葉がそもそも耳に届いてないようだった。

「何とか言ったらどうじゃ?恨み言の1つでも、貴様にはあるのだろう?のう、衛宮士郎。」

無表情を貫く男。衛宮士郎に向けて臓硯が言う。

相変わらず表情は変わらない。光のない瞳は数日前とは別人のようだ。

そうして、衛宮士郎はようやくその口を開く、

「あぁ、お前を殺しに来たんだよ(・・・・・・・・・・・)。間桐臓硯。」

明確な殺意を込めて、そう言った。

 

 

これが第1歩。正義の味方になる為の最初の試練。

万人の為に悪を討つ。衛宮切嗣の意志を継いだ男の最初の標的は、間桐の老獪。500年の妄執を抱く化け物。

聖杯戦争は終わらない。終わらせるのはただ1人。

彼が戦うべき相手はまだこの町にいる。

 

今宵、運命は逆行する。

 

~Interlude out~

 



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追憶 正義のミカタ③

ここからしばらく慎二視点となります。


ここで場面は少し入れ替わる。

深山町の丘の頂上。そこにある西洋風の屋敷。

近所の人々からはお化け屋敷、等と言われているその屋敷こそ、間桐臓硯の根城、間桐邸である。

そんな間桐邸の内部、今は亡き間桐桜の部屋の中で、一人の男が怒り狂っていた。

「うわぁぁぁぁーーーー!!!!お前の!お前のせいだぞ!!衛宮ぁぁぁぁ!!!」

男の名は間桐慎二。

士郎のクラスメイトであり、今回の聖杯戦争のマスターの1人、に成り切れなかった者。

彼は昨日、妹である桜を拉致し、それを餌にして士郎を学校に呼び出した。

そこで自らのライダーと彼を戦わせ、惨めな姿を晒させた挙句、彼を殺す。

サーヴァントが相手なら彼に勝ち目はない。故に、彼の作戦は絶対に成功する、はずだった。

様々なイレギュラーの乱入によって、彼の計画は瓦解した。

遠坂凛の乱入。偽臣の書の焼失。自分の人形のはずである妹の反逆。

何よりも衛宮士郎が、自分には使えない魔術を使えたこと。

様々な要素が、悉く彼の計画を妨害した。

その結果、彼は激昂をさらに加速させていた。

保険として用意していた薬によって、裏切り者の妹は痛めつけることができたが、まだ足りない。

元々プライドの高い彼が、自分の敗北を認め、ましてや逃げ帰ってきたなど、許せるはずがなかった。

「くそ!くそくそくそくそくそぉ!!あいつら、揃いも揃って僕をバカにしやがって!!」

「何が桜桜桜桜だ!!あんな奴、僕の人形に過ぎないゴミのくせに!」

「そうだ。あいつさえ居なければ、間桐の教えは全部僕のものだったんだ!それをあいつが全部奪いやがった!あいつさえ、あいつさえ居なければ!!」

しかし彼はそれが有り得る筈のない夢物語だと知っている。

間桐の血はもはや廃れ、今は見る影もない。

彼はおろか、父にすら魔術回路はほとんど存在しなかった。

最早、魔術師と呼べるレベルの使い手が間桐から誕生することはない。

だからこそ臓硯は、養子である桜を間桐の後継者とした。

よって、もし桜が居なかろうと、彼が間桐の魔術を教えられることはあり得ない。

間桐慎二に、いやこれからの間桐には、魔術師としての未来は無い。それはどうしようもない、決められてしまった運命だ。

そんなこと、ずっと前から分かっていた。分かりながらも、それを変えようと抗い続けた。

魔術回路が無かろうと、間桐にはそれまでに積み重ねてきた知識がある。

それを学べば、何もない自分にも何か成せるかもしれない。

それを、そんなことだけを信じて研鑽を続けてきた。

だから、彼にとって聖杯戦争は千載一遇のチャンスだった。

もし、自分が勝ち残り間桐に聖杯をもたらせば、臓硯は自分の評価を改めるかもしれない。

そうなれば、きっと自分も見てもらえるだろう。

あんな愚図の妹ではなく、自分こそが、間桐の後継者にふさわしい存在として。

しかし、そんな夢は根底から崩れ落ちた。

偽りのサーヴァントであるライダーはあっけなく消滅し、もはや自分に戦う力はない。

自らの傀儡である義妹も、衛宮士郎に奪われた。

自らの最後の希望と、僅かに残った自尊心が、ガラガラと崩れ落ちていく。

そんな覆せない現実と、自らで創りあげた虚構の誇り(プライド)に、容赦なく板挟みにされる。

そんな彼は、もはや正気とは言えなかった。

大声をあげながら机のものをまき散らし、本棚の本を乱暴に床に投げる。

カーテンを引きちぎり、クローゼットを蹴飛ばし、そして終いには壁紙さえも破きかねない勢いだ。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!!!」

だが、

「ここで何をしておる。慎二。」

そんな彼の狂乱も、鶴の一声で終わりを告げる。

「ひっ、お…お爺…様…。こ、これは、その…」

先ほどまでの怒号は霞のように消え、顔を出すのは怯え切ったか細い声。

間桐臓硯。慎二の祖父にして、この家の絶対的な権力者。

彼にとってこの男は、畏怖の象徴であり、抗えない存在だった。

「まったく、部屋を散らかしおってからに…ふん。まぁよい。貴様に客じゃ、慎二。」

「あ、え…僕に…客、ですか?」

「そうじゃ、早く行け。客人を待たせるでない。」

「いや…今はちょっと…」

「いいから早く行け、儂の手を煩わせるな。」

鋭く慎二を睨む臓硯。

「ひっ、わ、分かりました。」

彼にとって臓硯を怒らせるのは、それこそ死に等しい。

臓硯に逆らうな。それがずっと祖父の言いなりだった父から彼が教わった唯一の事だ。

しかし、それでも腹は立つ。

そう思いながら玄関へ行く。

こんな時に家に訪ねてくる、空気の読めない馬鹿に構えるほど、彼は寛容ではない

イライラを全く顔に隠さずに、勢い良くドアを開ける。

「おい!誰だか知らないが僕は今忙しいんだ!!用があるならまた今度……に…」

しかし、そんな彼の目の前にいたのは

 

「よっ、昨日ぶりだな。慎二。」

なんて、気さくに笑いかけてくる衛宮士郎(怒りの対象)だった。

 

 

「は……え、衛宮?」

「なんだよ慎二。鳩が豆鉄砲を食ったような顔して。」

当たり前だ。なんてったってさっきまで目の敵にしていたやつが、目の前に現れたのだから。

「お前…衛宮ぁ!今更どの面下げて!!」

「まぁまぁまぁまぁ、落ち着けよ、慎二。」

そう言って肩に手を置いてくる衛宮。

それを乱暴に振りほどく

「触るな!僕は落ち着いてるよ!!それよりも今はーーーー」

先ほどまでの怒りが息を吹き返す。

今は話しかけられること、何よりこんなに馴れ馴れしくされることに腹が立つ。

丁度いい、今ここで、こいつをーーーーーー

「それじゃ、しばらく慎二を借りるぞ。臓硯。」

「…………は?」

気づけば、後ろには臓硯が立っていた。

「あぁ、精々気を付けるんじゃな。」

「へ?…お爺様?」

お爺様が衛宮を気遣った?

「ほら、行こうぜ慎二。」

その声を聞きたくないと言わんばかりに肩を組んできて、先へ行こうする衛宮。

・・・・・・・・・・・・・・・・待て、待て待て待て待て。おかしい。これは明らかにおかしい。

何で衛宮がお爺様と普通に会話してるんだ?

こいつ、遠坂と一緒に組んで、お爺様を倒したいんじゃないのか?

それにお爺様も、お爺様だ。

こいつが今ここに来るってことは、間違いなく聖杯戦争絡みの筈だ。

なのに、なんで放置する?

こいつは、自ら火に飛び込んできた虫みたいなものだ。なら、望み通り燃やしてしまえばいい。

なのに、なんで見逃す?

何かの作戦なのか?

矢継ぎ早に、次々に驚くべきことが起きたので頭が混乱している。

何が何だか分からない。

一体、一体どうなってるんだ?

 



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Interlude

こっちは士郎視点です。


~Interlude~

 

武器の解析を済ませ、それを見つからない場所に隠した後、俺はすぐに家を出た。

行先は間桐邸。そこに用があったからだ。

自分は冷静なつもりだった。いや、実際に冷静だった。

間桐邸に行けば、そこには臓硯がいる。しかし彼と戦うのは今じゃない。

そもそも間桐邸では俺に勝ち目はない。

あそこは間桐の工房。

そこで戦うなど自殺行為だ。念のため武器は持ってきたが、生きて帰るのは不可能だろう。

故に、ここでは臓硯にどんな挑発をされようと乗らず、かといって彼の機嫌を損ねず、ただ自分の目的だけを達成して帰る。そのつもりだった。

けど、それは不可能だった。

奴を見た途端、頭が真っ白になった。理性なんてものは一瞬で燃え尽き、どす黒い感情に体が支配される。

気づけば、自分の目的も、ここに来た理由も何もかも忘れて、ただ、殺意だけをぶつけていた。

 

「あぁ、お前を殺しに来たんだよ。間桐臓硯。」

 

「ク、クク。」

しかし

「ククク、カカ、カカカカカカカ!!」

それとは対照的に、老魔術師は心底可笑しそうに嗤う。

「おぉ怖い怖い。儂を殺すときたか!いや全く全く、まこと貴様は裏切らんのぅ。衛宮士郎。」

一方的に殺害を告げられたというのに、何とも楽しげだった。

そうしてひとしきり笑ったあと、

「それで?どうするのかね。今ここで殺しあうか?儂は一向に構わんぞ。」

圧倒的な戦力差をもって、返答を告げた。

「ッ!!」

気づけば、周りは蟲たちに囲まれている。

空を飛ぶ奴、地を這う奴、何十匹もの蟲の群れ。

そいつら1匹1匹が今にも俺に喰らいつこうとしていた。

「あの影の性で、町に餌が少なくてのぅ。こやつらはたいそう腹を空かしておるぞ。」

臓硯の声に合わせ、虫たちがギチギチと蠢く。

今か今かと、目の前の獲物に食らいつこうとする。

…まずい。何をやってるんだ。間抜けか俺は!

自分の感情もコントロール出来ないんじゃ、これからの戦いを勝ち残るなんて無理だ。

ここでやられては計画が水の泡だ。どうにかうまく切り抜けないと。

落ち着け。ここでは勝ち目はない。こいつを殺すならそれなりの準備をしないと不可能だ。

そう思うと徐々に頭が冷めきて、自分のすべきことがはっきりしてきた。

「なんじゃ、今更怖気づいたのかね。」

様子がおかしいことに気づいたのか。臓硯が問う。

それに対し、動揺を悟られないように、声が震えるのを抑えて答える。

「そう焦るなよ。魔術師同士の争いは、夜にやるのがルール、だろ?」

「ふん。貴様1人誰にも見られずに葬るなど、儂には容易いが?それに、あれだけの啖呵を切っておいて、何も無し等と言う訳無かろう?」

「なんだ、随分と血気盛んなんだな。それとも、この程度の挑発で本気になっちまうくらい余裕がないのか?間桐のご老公よ。」

「…………」

「心配するなよ。そう焦んなくても、アンタは俺が殺してやる。でも、それは今じゃない。今日は別の用事でな。」

「別の用事、じゃと?」

「あぁ、魔術師ではなく、1人の人間としての用だ。」

「今日、俺はーーーーーー」

 

 

 

 

「なんじゃと、貴様。貴様今何と言った。」

問いを返す臓硯。それほどまでに士郎の言葉は不可解だった。

「何度も言わせるな。今日、俺は慎二に会いに来たんだ。」

「そんなことを聞いておるのでは無い。何故ゆえあやつに用がある。、と聞いておるのだ。やつも貴様と同じ負け犬じゃ。傷の舐めあいでもするのか。」

そう、もはや敗北しているこの2人が今更会う理由なんてない。

「何って、そんなの決まってるだろ。」

しかし、さも当然のように士郎は

「慎二は俺の友達だ。だから今日は遊びを誘いに来た。」

なんて、この場に不釣り合い過ぎる、要件を口にした。

「…………………………は?」

「何だよ、何か文句あるのか。」

「…………いや、貴様正気か?遊びに来た?今この状況でか?」

臓硯の困惑はもっともだった。

だが、目の前の男に先ほどのような殺意は殆ど無く、

「だから、」

「今、慎二は家にいるか?」

なんて、言うのだから。

いくら臓硯とはいえこれには困惑を隠しきれない。

何かの策略か?いや、もはや如何なる姦計をめぐらそうと、この男に勝ちの目など無い。

ならば一体…まさか本当に遊びに来ただけとでも言うのか?

その場で士郎を観察する。

そうやって、しばらく黙り込んでいると

「いや、居ないのならいい。自分で探す。さっさとこいつら引っ込めてくれ。」

そう言って、場を去ろうとしてしまう士郎。

「……………待て。」

士郎を制止し、再び考え込む臓硯

だが、ある程度の察しがついたのか。しばしの静寂の後、警戒しつつも口を開いた。

「…………つまり今貴様は、聖杯戦争の参加者ではなく、あくまで慎二の友人としてこの場に来た、と言いたいわけか。」

迷いながらも、臓硯が訝しむように聞く。

実際、彼の行動は意味不明だ。昨日殺しあった相手を遊びに誘うなど、正気の沙汰とは思えない。

しかし

「そうだ。だから今の俺に敵意はない。分かってもらえたか?」

彼の言葉は、嘘偽りもなく本当だった。

 

間桐臓硯。他人の体を奪って延命を繰り返し、あまつさえ自らの孫にあたる桜の体に刻印虫を埋め込み、鍛錬とは名ばかりの拷問を10年にわたり強要してきた、正真正銘の外道。

しかし、実のところ何だかんだ身内には甘い。というのが彼の本質だ。

魔術師は子を何よりも大事にする、と言うが彼はその典型的とも言える。

実際、孫たちに苦悩を与え、苦しむ姿を楽しむのも、愛情の裏返しとも言えなくはない。

愛しいから愛す、愛しいからこそ慈しむ、ではなく、愛しいから虐げ、その苦悩を肴とする。

愛と憎悪は紙一重。彼が孫を虐げるのは、ある意味1番の愛情表現ともとれるわけだ。

…もっとも彼の場合はいささか度合いが過ぎているわけだが。

とにかく、それは魔術刻印のない慎二も例外ではない。

加えて、彼の外面は穂村原のPTA会長だ。そんな男が客人を追い出したなどという噂が広まるのもよろしくない。

なので、相手が「孫の友人」と名乗るならば、それだけですぐに殺す理由が無くなってしまうのだ。

 

「…クク、なるほどのぅ。」

そう言って臓硯は蟲たちを撤退させる

「それならば、孫の友人を無下にするわけにはいかなくなるな。中々に考えたではないか、衛宮士郎。…少し待って居れ、今、呼んで来よう。」

「あぁ、助かる。」

そう言って家の方へ戻っていった。

家に戻りつつ臓硯は呟く

「カカ、良いだろう。何をしたいのかは知らんが、貴様の思惑に乗ってやるとしよう。」

余裕に満ちた表情でそう呟く。

彼にとって士郎はまさに虫同然。警戒することなど1つもない。

故に、その思惑に乗ってしまう。

 

 

 

それが、後に自らの破滅に繋がるなどとは露とも知らずに。

 

~Interlude out~

 



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追憶 正義のミカタ④

「いや~、2人で遊ぶのは久しぶりだな。中学以来か?」

歩きながら衛宮が言う

こいつは楽しげだが、僕はそれどころじゃない。

「おい、おい!どうゆうことか説明しろよ!」

「どうって、遊びに来ただけだぞ?」

当然のように言う衛宮。

「そんな訳無いだろ!昨日のこと忘れたのか!?」

昨日とは、無論僕が桜を人質にして、こいつを殺そうとした事だ。

「忘れたわけじゃないけどな。でも、もう俺もお前も聖杯戦争の参加者じゃないだろ?だったら、昨日までのことは水に流してさ、今日は気分転換でもどうかって。」

何を言ってるんだ。人が良すぎるのもここまで来れば異常だ。

「いい加減にしろよ。僕をバカにしてるのか?昨日殺しあった相手と遊べるほど、僕はお人好しじゃない。」

そう言って、肩にかかった衛宮の腕を振りほどく。

そしてそのまま、来た道を戻ろうした。

「あ、おい!どこ行くんだよ。せっかく来たのに。」

「…帰る。僕は忙しいんだ。それに、お前と一緒に居たら頭がどうにかなっちまいそうだ。」

「そう言うなって。いいじゃないか、たまには。」

けど、衛宮も引き下がらない。今度は僕の腕をつかんできた。

それで、今まで困惑で鳴りを潜めていた怒りが、また顔を出す。

「触るな!何でったってそんなに僕にかまおうとする!?」

無理矢理に腕を払う。

「何でって、それは」

「分かったぞ…」

怒りはヒートアップしていく

「お前も、僕が無能だって言いたいんだろ?間桐のくせに魔術回路も無くて、お前でもできる初歩の初歩の魔術も使えない、おまけに桜を人質にとることでしか、お前らの気を引くこともできない。そんな役立たずの僕を、笑いに来たんだろ!!」

それは、自分自身が1番分かっていたが、1番認められなかった事実。

僕自身の、どうしようもない本音だった。

「いや、俺はそんな…」

「うるさい!兎に角、僕はどこにも行かない。そんなにお人好しごっこがしたいなら、またどこかで大好きな人助けでもしてろよ。その方がよっぽど有意義だぜ。」

そして、とどめとばかりに

「助けを必要としない人間を助けようとする。傲慢すぎるよ、この偽善者。」

そう言い切った。今までの胸中を全てさらけ出しぶつけてやった。

昨日の事だけじゃない。今までのこいつの行い全てを否定する言葉。

こいつの夢は知っている。だから敢えて、それを壊すような言葉を選んだ。

これだけ言えば、あいつだって僕に構うのを止めるだろう。それでいい。それだけの事を僕はしたんだから。

今更…今更戻れるわけがない。

「そうか、それだけ言うならしょうがないな。」

「…………」

これで話は終わり、僕は再び後ろを向いて帰ろうとする。

ようやく、この頑固者も諦めた。

 

 

 

 

―――――――かのように思えた。

 

「だったら、無理やりにでも来てもらうぞ。」

 

「え?」

気づけば、首元に冷たいものが当たっていた。

視線を下す。それが大ぶりのナイフだと気づくのに、そう時間はかからなかった

血の気が引く。さっきまであんなに熱かった頭が、氷水でもかけられたみたいに冷えていく。

臓硯が出す、へばりつく様な、べっとりとした殺意(もの)ではない。

もっとシンプルではっきりしている。

刺すような、向けられるだけで体がこわばる、明確な殺意。

首元で光る、痛いくらいに綺麗な、銀色の凶器。

それらを、衛宮が僕に向けていた。

「え、衛宮?何のつもりだよ…」

背後の衛宮に震え切った声で問う。その顔は見えない。

「いいから、黙ってついて来い。俺だって、犠牲は少ないほうがいい。」

冷たい、感情のない声だった。

「犠牲…?何言ってんだよ、お前。」

「もう一度聞くぞ、慎二。」

 

「黙って、俺に、従え。」

 

「っ、嫌だね!僕はお前と話すことなんて無いんだから!」

精一杯の虚勢で叫ぶ。どうせハッタリだ。このお人好しがこんな事出来るわけ、

「そうか。」

ナイフが首元に押し当てられる、よほど切れ味がいいのだろう。首の皮が裂け、鮮血が飛び出す。

「痛って、はぁ!?ちょちょちょ、待て!嘘だろ!?やめろ!やめてくれ!」

衛宮がナイフの手を緩める。

「なんだ、まだ何かあるのか。」

「何ってお前!今本気だっただろ!?」

「当たり前だろ。お前が従わないのなら、殺すしかない。」

は?何言ってるこいつは。殺す?コロス?こいつが僕を?

こいつにそんな事出来るわけがない。

頭でそう考えても、首元の痛みに否定される。

こいつは本気だ。今本気で僕を殺そうとしてきた。

いや、違う。

こいつ、最初はナイフなんて持っていなかった。なのに、僕が誘いを断った瞬間に取り出してきた。

つまり、元々それを持って来ていたってことだ。

そして、こいつは僕に会いにここに来た。と言っていた。

お爺様じゃない。こいつの目的は、最初から僕1人。

それは、つまりーーーーーーーー

 

「おい、なんとか言え。今度は止めないぞ。」

そんな冷たい声で、はっと我に返る。

これではっきりした。ブラフやちゃちな脅しなんかじゃない。

そもそもこいつに、そんな駆け引き出来るわけない。

こいつは今日、僕が誘いを断ったなら、殺す気で来ている。

無駄な犠牲は出したくない。だけど、

出てしまうものは仕方が無い(・・・・・・・・・・・・・)と、こいつは本気で考えている。

分かった途端に、恐怖に全身を支配された。

怖い。嫌だ。死にたくない。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。

こんな所で、惨めに、何も出来ず死ぬなんて、そんなのあのくそ親父と同じだ。

気づけば、みっともなく声を上げていた。

「分かった!ついていく!言うことも聞く!だから、だから殺さないでぇぇ…」

必死の懇願。痛々しいほどの命乞い。

もうこれくらいしか、自分が生き残る道が見えなかった。

「本当だな?途中で逃げたりしないだろうな。」

「しない!本当だ!誓ってしない!!だから早くこれを下してくれ!」

その言葉が響いたのか。衛宮はようやく殺意の塊を下してくれた。

「はぁ、はぁ、はぁ、」

動悸が荒い。生まれて初めて受けた脅しに、虚勢なんて通じるわけがない。手をついた膝はガクガクで生まれたての小鹿のよう。立っているのが精一杯だった。

傷はじくじくと痛みを放っている。

それでも懸命に立ち、衛宮の方に向き直る。

「ひっ!!」

そこで見た衛宮の顔は、あまりにも冷たかった。

およそ感情なんてものが感じられない。ただ張り付けただけのような、

しかし、見るものすべてを射殺すような鋭い眼光。

先ほどまでの穏やかな表情と比べると、ほとんど別人に近い。

こいつ、こんな顔だったか?

人が人を傷つける際、被害者であれ加害者であれ、多少なりともの動揺が生じる。

人を傷つけるのは、少なからず自らの心も傷つける行為だ。

そして人によっては、罪悪感として一生消えないものとなる。

でも、こいつは、こいつはその傷を恐れていない。

いや、傷そのものがこいつにとっては気になっていないんだ。

こいつの心は傷つかない。こいつの心は鋼そのものだ。

きっと、こんなのを異常者というんだろう。

そんなモノが、自分をじっと見ていた。

思わず身じろいでしまう。

まだ、何かするのか。

そう思い、後ろに下がろうとする。

 

だけど、こいつは急に雰囲気が変わって、

 

「…悪かったな、慎二。言うこと聞いてもらうにはこうするしかなかったんだ。あっ、首の傷大丈夫か?生憎、俺は治療魔術なんて使えない。取り合えず、これ使えよ。」

 

なんて言って、ポケットから出した白いハンカチを手渡してくる。

「…………!」

その顔は紛れもない、自分がよく知っている衛宮士郎の顔。

その豹変っぷりに再び背筋が凍る。

こいつはイカれている。前々からその気はあったが、ついにタガが外れやがった。

他者を震え上がらせるほどの殺意と、それを本気で心配する人の良さ。

そんな矛盾する存在が同居してやがる。2重人格なんて言ってくれた方がまだいいだろう。

自分で負わせた傷を、自分で心配するなんて、異常すぎる。

かと言ってそれに言及なんてしてみろ、それこそ命が無いかもしれない。

自らの保身のためには、この異常性を指摘してはならない。

必死に気づいてないふりを重ねる。明らかな違和感なのに、何も知らないを装う。

こいつはもう手遅れだ。何を言ってもこの矛盾には気づかない。

「どうかしてるよ、お前。」

震えた声で小さく呟き、ハンカチを受け取り、傷口に当てる。

血が染み込んでいく。

真っ白なハンカチに、どくどくと染みていく赤。

鋭い痛みが、この状況が現実だと無情に告げる。

「じゃあ行こう。傷は痛いだろうけど、そこまで深く切ってないから安心しろ。

少し落ち着いたら、ちゃんと治療しよう。」

そう言って、僕に背を向け、向かおうとする衛宮。

無防備な背中。今なら逃げきれそう、なんて考えがよぎる。

…いや、それは最悪の悪手だ。

きっと今逃げ出したら、またアイツが出てくるんだろう。

そして今度は容赦しない。いや、最初からアイツに手心なんてない。

今度こそ、一切の躊躇無しに、僕を殺す。

それから、何事もなかったかのように過ごすんだ。

隙だらけの背中が、それでも雄弁に語っている。

「逃げてみろ、次なんてないぞ。」

 

ギリ、と歯を食いしばる。抵抗は死を意味する。

黙ってついていく以外何も出来やしない。

…所詮、僕は強者に食い物にされるしかない、弱者ってわけか。

そう分かっていても、それでも従うしかない自分が悔しかった。

先に行く背中を追う。

一体、どこに連れて行こうってんだ?

 

 

 

衛宮に連れられてきたのは新都だった

というか、歩いて新都まで行くとかどうかしてるだろ。バス使えよバス。

そう言ってやったら

 

『そんな傷でバス乗ったら目立ってしょうがないぞ。』

 

だと。地味に正論なのに腹が立った。お前がつけたんだぞ。この傷。

そう言ったらさらに何かしてきそうなので、それ以上言及するのはやめた。

やはりこいつ何かずれてやがる。

しかし、黙って彼との日常を演じる他に、僕が生きる道はない。

1時間ほど徒歩で、新都を目指す。

だが、そろそろ疲れてきた。目的もわからず歩かされるのも限界に近い。

それに、首の傷だって痛い。血は止まる気配がなく、どくどくと流れ続けている。

街をゆく人に変な目で見られるし、それを隠す手段も持ち合わせてない。

恐る恐る、衛宮に訪ねてみる。

「なぁ、衛宮。そろそろ目的地がどこか言ってもいいんじゃないか?ただ遊びに来たってわけじゃないんだろ。」

だが、衛宮はいつもと同じ調子で言ってくる。

「そうだな。もうすぐで着く。そこで傷の治療もできるから、あと少し頑張ってくれ。」

やはり変わってない。自分が知る衛宮の顔。

しかし、今となっては違和感しかない。

先ほどの姿を学校で見せたら、こいつに頼みごとをする奴なんていなくなるだろう。

きっと誰もが僕と同じ反応をするはずだ。

遠坂だって、こいつを見限るだろう。

それに、心底どうでもいいが、あの、愚図な妹だってーーーーーーー

 

 

「着いたぞ。」

そう考えていると、衛宮に声をかけられた。

目の前の建物は、

「教会?ここで何の用だよ。」

着いたのは冬木教会。

ここは、聖杯戦争の監督役である、神父がいる場所だ。

基本的にここにマスターが来ることは無い。

有るとすればそれは、自らの敗北を認め、保護を依頼する時のみ。

まさか、保護されに来たのか?

「さぁ、行こうぜ慎二。大丈夫、俺だって気乗りしてるわけじゃない。」

そう言って教会の中に入っていく衛宮。

「…………」

何も言わずに、その背中を追った。

 

教会に入る。自分がここに訪れるのは初めてだ。

中は妙に息苦しいような、神聖ではあるが、ある種綺麗すぎるような、

兎に角、居心地の悪い場所だった。

その1番奥、祭壇のある場所に1人の男が立っている。

男はゆっくりと振り返る。

とってつけたような口元の笑みと、死んだような瞳。

身長は高く、ガタイもいい。

ただでさえ大柄なのに、ここの雰囲気と相まって、威圧的にすら見えた。

「邪魔するぞ、言峰。」

衛宮がぶっきらぼうに挨拶する。

言峰、と言ったか。こいつが神父か。

妙に胡散臭い奴だった。

殺人現場に居合わせれば、まず真っ先に疑われるような、そんな男だと感じた。

「ほう、誰かと思えば衛宮士郎。それに…」

神父が僕の方を向く。

光のない目が、品定めをするように見てくる。

「あんたが、今回の監督役か?神父さん。」

威圧的なのはかわらないが、それでもさっきの衛宮ほどではない。

少し気圧されるも、警戒しつつそう聞いた。

「あぁ、君のことは知っている。間桐慎二、元ライダーのマスターだな。」

僕のことを知っている?…なるほど、聖杯戦争に絡むことはすべてお見通しってわけか。

「お初にお目にかかる。私は言峰綺礼。今回の聖杯戦争で監督役を任されているものだ。最も、もはや敗退した君には、あまり関係のない話だがね。」

「ッ!う、うるさい!」

出会い頭に痛いところをついてくる。

ほんとに聖職者かこいつ。見た目と言い言動と言い、神父とは思えないぞ。

「アンタ、初対面の人に嫌味を言わなきゃ気が済まないのか?大概にしておけよ、エセ神父。」

「なんだ、まだ根に持っていたのかね。貴様も案外恨み深いんだな。」

という事は、衛宮も初対面で何か言われたのだろうか。

こいつも心無しかイラついてるように見える。

どうやら目の前の男とは、相性が悪いらしい。

「ふふ。して、今日は何用かね。聖杯戦争の敗北者が揃いも揃って、我が教会に保護されに来たのか?それならば慈悲の言葉の1つでもかけてやらん事もないぞ?何しろ今回の聖杯戦争で初めて我が教会を頼る者だ。心から歓迎しよう。」

神父は嬉しそうに言う。

「ふざけろ。誰がアンタなんかに保護されるか。」

それは僕も同意見。この男に保護されるなんて、いつ後ろから刺されるか分かったもんじゃない。

かといってこのまま衛宮と一緒ってのもごめんだ。さっさとここから居なくなりたい。

「なんだ、違うのか。それは残念。では何の用だ?私も暇ではないのだが。」

微塵も残念さを感じさせずに、言峰神父が尋ねる。

そうだ、一体こんな所に何の用がある?

道中その事を聞いても、衛宮は一向に答えなかった。

着いたら説明する。

それを繰り返すばかりで、ちっとも探ることはできなかった。

「聞かせろよ衛宮。ここまで引っ張ったんだ。いい加減説明してくれ。」

しかし、少し考え込む衛宮。まだ勿体ぶるのかこいつ。

「分かった。けど、その前に、言峰。アンタに頼みたい事がある。」

「?、何かね。」

「慎二が怪我してる。治してやってくれないか?」

自らがつけた傷のくせに、まるで他人事のように言いやがる。

いや、だがそれよりも

「は?治すって、この神父がか?」

こちらの方が意外だった。

間違っても傷を治すタイプじゃない。こいつは加害者。いつだって傷つける側。

お爺様と同じ、他者の不幸を悦とするタイプ。そう考えていた。

「意外かね?これでも魔術師の端くれだ。その中でも、とりわけ治療魔術は相性が良くてな。一日の長、というやつだ。」

どうやら、人は見かけによらないようだ。正直かなり不安だが。

「確かに、首元が出血しているな。どれ、見せてみろ。」

でも、確かにそれはありがたい。いつまでも血を流してるのは、みっともないからな。

しかし、僕が素直に治療を受ける気になれないのには、もう1つ理由があった。

「…神父さん、ここは神前だろ。魔術なんて異端の業、使ってもいいのかよ。」

 

聖杯戦争の監督役というのは、中立の立場を図るため、通常は聖堂教会から派遣される。

聖堂教会、というのは主の御名の元、異端とされるもの達を狩る、いわゆる「異端狩り」なんてものに熱狂的になってる奴らのことの指す。

ここで言う異端とは即ち魔術師の事。

彼らの目的は、人類の神秘を独占し、それを正しく管理する事だ。

故に、徒に神秘を使い、時には奇跡すら再現しようとする魔術師達は彼等にとっては天敵そのものだ。

一方の魔術師も、根源なんて有るか分からないものを目指す異常者。そこに一般的な倫理観等は無く、邪魔する者は神の使いであろうと殺すだろう。

つまり、魔術師と代行者は殺し、殺される関係にある。神を冒涜する者と、その教えを絶対とする者。まさに水と油。相いれるはずがない。

現在、表向きには協定を結んでいるが、水面下では今なお殺し合いが続いている。

 

なので、教会の人間は通常、魔術を使わない。使うものは異端とされ、粛清されるからだ。

そんなやつが、魔術なんて使っていいのか?

「ほう、知っていたか。」

意外そうに神父が言う。

「当たり前だろ。魔術を学ぶ者なら、知っていて当然の事柄さ。」

うちの書庫にはその手の本が山ほどある。昔読み漁ったときに、その手の内容の本があった。

「なるほど…君は衛宮士郎と違い、かなり魔術について詳しい様子だな。生憎、才に恵まれることは無かったようだが。」

こいつ……いちいち嫌味を吐いてくるな。

頭に来て、神父を睨む。

「おっと、気を悪くしたならすまない。衛宮と違い、君の反応は新鮮なのでね。失敬失敬。実に人間らしいとも。」

神父は楽しそうに答える。それが無性に腹が立った。

「いいから!質問に答えろよ!」

声を荒げる。

「ふふ、そう猛るな。そうだな…確かに教会の掟から見れば、私は異端そのものだろう。神意に反している、と捉えられても仕方が無いかもしれん。」

神父は静かに語る。

「…だがな、目の前に傷ついたものが居て、それを見て見ぬふりをすることもまた、神意に反しているだろう。私にとってはそのほうが異端、というだけの事だ。」

「なんだよ、それ。」

妙に説得力のある言葉に、返しが思いつかない。

どう考えても拡大解釈。あまりにも自分に寄り過ぎた考え方。

「それに、主は寛大だ。この程度の事で、見限りはしないだろう。」

しかし、反論はできない。納得してしまう自分が居た。

「随分と都合のいい神様なんだな。ここに居る神とやらは。」

代わりに衛宮が口を挟んでくる。

どうやらこの神父に関しては、一言言わずにはいられないようだ。

「まぁそう言うな。こちらに来い、間桐慎二。その傷を治してやろう。」

そんな衛宮の嫌味を気にも留めず、教会においてあるベンチに座るよう促してくる神父。

大丈夫なのか?相変わらず不安は晴れない。

「大丈夫だぞ慎二。こいつこの腕だけは確かだ。」

「だ、そうだ。特に何かするわけでもない。早く来い。」

渋々神父の言葉に従い、ベンチに座る。

血に濡れたハンカチを取り、傷を見せる。

「なんだ、大した傷ではないな。派手に血が出ているが、それだけだ。」

そう言って、治療を開始する神父。

腕は確かなようで、手際がいい。

どうやら、衛宮の言葉は真実のようだ。

「あんた、治療なんてするタイプじゃないだろ。どこで覚えたんだ。」

気まぐれに聞いてみる。

この男の事だ。大した理由もないだろう。

「…………」

しかし、意外に言いよどむ神父。

何かまずいことを聞いただろうか。

「あ、いや、答えたくないんだったら…」

「…昔の話だ。目の前で死病付きに死なれてな。それ以来、覚えた。今ではこの通りだ。」

その言葉に割り込むように、神父はどこか遠いところを見てるふうに言った。

こいつ、こんな顔できたのか…

先ほどまでの薄ら笑いとは一転。

それは明らかに、それは亡き者に安寧を願う聖職者の目だった。

「…………悪かったな。」

「何を謝る。気にすることは無い。」

それっきり黙り込む神父。

僕の方も何か気まずくて話しかけられなかった。

この神父と言い衛宮と言い、分からない奴らだらけだよ。まったく…

 

神父の腕は確かに本物だった。一瞬にして傷はふさがり、血も止まっている。

痛みもほとんどない。

「あ、ありがとな。神父さん。」

この男に礼を言うのは憚られたが、こうも綺麗にいったんじゃ仕方ない。

「礼など不要だ。では…用件を聞こうか、衛宮士郎。貴様は何用で我が教会を訪れた?」

治療が終わった途端、直ぐに衛宮に向き直る神父。

僕も衛宮の方を向く。

ようやくだ。ここまで連れてきた要件、聞かせてもらおうじゃないか。

「…分かった。…今日ここに来たのは、2人に協力してもらいたいことがあるからだ。」

協力?こいつ、今更何をする気だ?

僕らはとっくに敗北している。首を突っ込んでも死ぬだけだ。

「これは、慎二とアンタにしか頼めない。俺には2人の助けが必要だ。」

正直巻き込んでほしくなかった。

でも、衛宮がここまで言うなんて。

それに、こいつに頼まれ事をされるなんて初めてだった。

こいつはいつも引き受ける側で、誰かに頼る姿なんて見たことが無い。

「………」

神父は思案するように黙っていた。

代わりに僕が口を開く。

「いいから、早く言えよ。」

衛宮を急かす。

少し迷った顔になる。

だが、覚悟を決めたのか、

「あぁ、…分かった。」

そう、呟いた。

瞬間、顔が変わる。

背中にまた冷たいものを感じた。

さっきと同じ。感情のない顔。

最早おぞましくも見えるソレが、口を開く。

 

「間桐臓硯を殺す。協力してくれ。」

 



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追憶 正義のミカタ⑤

お久しぶりです。
きのこと同じく隻狼ずっとやってたら気が付いたら4月に・・・・
誠に申し訳ない。
でも神ゲーなので是非やってみて欲しいです(フロム脳)




「はぁ!?お爺様を!?」

驚いて声をあげてしまう。

「そうだ。だから、協力して欲しい。」

どうやら聞き間違いでは無いようだ。こいつは本気で言っている。

「待てよ衛宮。そいつは不可能だ。」

たまらず口を挟む。反論せずにはいられなかった。

「何でだ?アイツも所詮人だ。殺せないことは無いだろ。」

こいつは何もわかっちゃいない。そんなこと出来るなら、とっくにやっている。

「そもそも、その前提が間違ってるよ。あれはもう人なんかじゃない。正真正銘の化け物さ。

他者の命を喰らう無理やりな延命とはいえ、僕らから見ればそれは不死身だ。」

畳みかけるように続ける。

「それに、攻撃だって効かない。お前も戦ったなら見ただろ?首を切られたって、直ぐに肉体が再生している。殺すなんて、それこそサーヴァントでもいないと」

 

「いや、殺すこと自体は不可能とはいえんぞ。」

今までずっと黙っていた神父が口を挟んでくる。

「…どうゆうことだよ、神父さん。曲がりなりにも、僕は今まであの人を見てきたんだ。大した面識もないあんたに何が分かる。」

「……」

そう尋ねるも、神父はまた黙り込む。

腹が立つ。訳知り顔しやがって。

「おい!なんとか言ったらどうだ!!」

たまらず怒鳴る。静かな教会に僕の怒号が響き渡る。

少しして、ようやく神父は口を開いた。

「……なるほどな。いくら身内とはいえ、最も近しい者に自らの秘は明かさない、か。まったく、用心深いあの老人らしい。」

そう言って笑う神父。こいつ、何か知っているのか?

「どうゆうことだよ、僕が間違ってるといいたいのか?」

「いや、君は間違っていないとも。確かに間桐の者からすれば、あの老人は不死の怪物だ。殺すなんてこと間違っても考えはしない。」

そうだ、その通りだ。だから今まで僕らは従うしかなかった。人の身で怪物に逆らえるわけがない。いつだって死と隣り合わせの日常だった。

「だがな、それは真実では無い。あの老人は断じて、不死身などでは無いとも。」

「え…」

だから、その一言は驚きだった。今までの固定観念を崩されるような一言。それをさも当然のように、この神父は言った。

「どうゆうことだ、言峰。」

衛宮が尋ねる。

「なに、簡単な話だとも。あの老人が普段見せている姿は虫どもの集合体に過ぎない。どこか別の場所に、本体となる蟲がいて、それを潰さん限りは殺すことはできん。それがあの男の不死の正体だ。」

本体?本体だって?

「待てよ、そんなの聞いたことが無い。僕の父だってそれは知らなかった。」

「それは君が間桐だからだ。自らの最大の急所は、身内にさえも伏せていたのだろうよ。寝首をかかれては堪らないからな。」

「……………………」

驚きで言葉が出なかった。

間桐にとって絶対の存在だった男の弱点がこうもあっさりと明らかになるなんて。

怪物なんかじゃない。あの男は、ただの老人だったんだ。それを、ずっと僕らに隠していただけの事。

…待て、それよりも

「神父さん、なんであんたがそれを知っている?」

次に起こる疑問はこれだ。身内にさえ隠す秘中の秘。それを何故この男が知っている?

「僕も知らないそのことをあんたはなぜ知っていた。」

「なに、簡単なことさ。と言っても私も知ったのはつい先日だがな。」

神父はさらりと答える。

「昨晩、君のせいで暴走した間桐桜をここで治療した。刻印虫のことは知っているだろう?彼女の体に巣食っていた虫たちの切除を行ったのだ。」

そのことは知っている。

あいつは間桐に来た日から毎日ずっと、あの狂った虫蔵で拷問を受けていた。

それを知っていたからこそ、僕は保険としてあの薬を用意したんだ。

薬と言ってもただの媚薬。しかし、そんなものでもあいつは暴走する。

感覚が敏感になり、快楽中枢が高揚すれば、虫たちは活発化し宿主の魔力を喰らう。

それが分かっていたからこその手だった。

「だから何だよ。答えになってないぞ。」

「…だが、すべて取り除くのは不可能だった。彼女の心臓の奥深く、そこに根深く食い込んでいる虫がいた。」

「!、…………それって。」

「待て、言峰。…………それは。」

何かに気づいたのか。衛宮が驚いたように口を挟む。

恐らく、僕の考えていることと同じだろう。

お爺様の本体である虫。それを知る神父。桜の心臓に巣食う刻印虫。

それらが示しているのは

 

「……………桜の心臓。そこに本体がいる。そうゆうことか、神父さん。」

 

「そうだ。確かにあの老人の気配を感じた。間違いないだろうな。」

疑問半分で聞いたのだが、まさか事実だなんて。

自分で言っても信じられない。いくら何でも悪趣味が過ぎる。

孫の体に自らを埋め込むなんて。人のやることじゃない。

「……………」

衛宮は黙っている。ショックなのだろうか。

桜はこいつに良くなついている。そいつが黒幕の命を握ってるとすれば、胸中穏やかとは言えないだろう。

怒り狂って、今すぐここを飛び出したっておかしくない。

だけどこいつの言葉は僕の予想と真逆だった。

「…………じゃあ。」

「じゃあ何で、まだアイツは生きている(・・・・・・・・・・・)?桜が死んだなら、同時にアイツも死ぬはずだろ。」

…………は?

「目を離した隙に逃げられたのだろう。死体に反応はなかった。恐らく、この状況になることも予想済みだったのだろうな。」

待て、こいつら、何の話をしている?

「くそ、それなら話は早かったのに…。用心深い奴だ。」

悔しがる衛宮。

悔しがる?

おかしいだろ、それは。

「待てよ。お前ら、何の話をしている。」

震えた声で問う。

「あぁ、言ってなかったな。桜は死んだよ。遠坂が始末して、俺はそれを見過ごした。」

「……………!!」

衛宮は当然のように答える。

 

桜が、死んだ。

あの愚図な妹は、もういない。都合のいい人形ももういない。

僕から全てを奪っていった、あいつは、もう、

「……………………………………………………………………………そうか。」

悲しみは、無かった。かといって、喜びも無かった。

深い喪失感も、身を焦がすような怒りも、無かった。

いつも思っていた。あいつが居なければ、あいつさえ居なけば、と。

だから、傷つけた。あいつが僕から奪ったように、僕もあいつから奪ってやった。

殴った。蹴った。叩いた。首を絞めた。

そうして動かなくなったそいつをぐちゃぐちゃになるまで犯したこともあった。

そうやって、心も体も何もかもを奪ったって、あいつは何も言わなかった。

ただ一言

 

『ごめんなさい。兄さん。』

 

と、呟くだけ。

それを聞く度に自分の心も傷ついて、その傷を隠すように行為を重ねていった。

傷つけて、傷つけて、傷つけて傷つけて傷つけて。

その度に、虚無感だけが心を埋めた。

だから、死を悼む理由など無い。

代わりに、僕の胸にあったのはーーーーーーーーーーーーー

 

「慎二?大丈夫か?」

衛宮に声をかけられる。

「あぁ、取りあえずは。それで?どこまで話してたっけ。」

話を戻す。今は、考え込んでいる場合ではない。

「間桐臓硯を殺害についてだな。結論から言えば、可能ということだ。」

そうだ。お爺様を殺すことはできる。

けれど

「…だけど、どうするつもりだ?今どこに居るかは分からないんだろ。」

いくら殺せると分かっても、本体の場所が分からないなら意味がない。

改めて衛宮に聞く。

相変わらず曇った眼で、少し考えこむ衛宮。

何かぶつぶつ言っている

「…あぁ、ならもっとシンプルでいいな。やるべきことも1つしかない。」

「何だよ。はっきり言え。」

そうして、考えが纏まったのか。

決意したように口を開いた。

「じゃあ、これから「計画」を説明する。心して聞いてくれ。」

 

 

 

 

 

 

「………………」

「…………………………ほう。」

説明が終わる。説明を受けた両人は黙ったままだった。

「以上が俺の計画だ。どうだ?協力してくれるか?」

発案者の少年、衛宮士郎が彼らに問う。

「本気…なんだな。本気で言ってるんだよな。」

困惑しながらも少年に問う間桐慎二。

「勿論。最初から本気だ。」

しかし、士郎に迷いはなかった。

一方、大柄の神父、言峰綺礼は黙って考え込んでいる。

「言峰はどうなんだ?」

少年は神父に問う。

「…そうだな。」

もったいぶるように言峰が口を開いた。

「はっきり言って、悪くない。成功の目は無いとは言えんだろう。勿論簡単にはいかないがな。」

「!!だったら、」

士郎が表情を緩める。

「だが、」

しかし、そう上手くはいく筈はない。

「それを聞いたところで、私に協力する義理はない。そこの間桐慎二もそうだろう。それに関しては、どうするつもりなのかね?」

言峰の問いは至極全うだった。士郎は兎も角、慎二には最早戦う意思はなく、言峰に至っては監督役。おいそれと表舞台に行けるわけもない。

暗躍のために使役していたランサーも消えてしまった。

しかし、それを分からない士郎ではなかった。

「従ってくれないのなら、従わせるだけだ。懐柔策も強硬策もあるぞ。どっちがいい?」

士郎の雰囲気が変わる。それは先程、慎二を傷つけた時と同じ表情。

冷たい声と刺すような殺意。

「ほう、準備がいいじゃないか。では懐柔策を聞こうか。」

そんな殺意すら愉しむように、神父が返答する。

2つの狂気が視線を介して交わる。

「臓硯はあの影と繋がっている。あいつこそ、今回の聖杯戦争を乱す存在だ。ならお前は無視するわけにはいかないだろう?」

士郎が仕掛ける。

聖杯戦争の監督者の義務として、共闘を提案。

「……………強硬策は?」

「そんなの1つだ。」

そう言って、懐から大振りのナイフを取り出す。

銀色の殺意が、迷うことなく神父に向けられる。

 

「従わないなら、無理やりでも従わせるだけだ。」

 

はっきりと告げる。

一方的な暴力をもって、共闘を強制。

しかし、先ほどの慎二の時とは違う。

明らかな戦闘態勢に入っている。

それが士郎のこの神父に対する警戒を強く表していた。

言峰は動かない。表情は楽しげなまま。

刺すような殺意さえ、心地よいのか。

「ふっ、いい顔になったじゃないか。私の予想も捨てたものでは無いな。」

そう、嬉しそうに笑う。

「答えろ。返答次第では…」

ナイフに力を籠める士郎。

言峰までは数歩、といったところ。

一瞬で距離を詰めて心臓を一刺し。

それだけで片が付く。

なのに

「どうした、来ないのか?無理やり従わせるのでは?」

後ろに手を組み、立ち尽くす言峰。

戦闘態勢すらとっていない。先ほどと何ら変わりの無い姿。

けれどそこには、1分の隙すらも無かった

熟練の戦士のような重圧感が、士郎の足を止める。

大柄な体がさらに大きく見える。

ここで動けば、どちらかが死ぬ。しかも、高い確率で自分がやられる。

そんな絶対の予感が彼にはあった。

しかし止まるわけには行かない。

先手必勝。士郎が踏み出そうとした瞬間、

 

「冗談だ。無論、協力させてもらうとも。」

 

「……………は?」

一触即発を雰囲気から一転し、一気に空気が弛緩する。

「何を呆けた顔をしている。調和を乱す者を誅するのも監督役の勤めだ。」

さも当然のように、快く引き受ける言峰。

これには士郎も困惑を隠せない。

「…そ、そうか。それは…恩に着る。」

毒気を抜かれたのか、緊張が解けたように後退し、ナイフを下す士郎。

「気にするな。お前の言う通り、監督役として影を使役するものは放っておけん。それだけの話だ。間違っても、貴様を信頼したわけではない。」

言峰としても聖杯戦争の調和を乱す者は放っておくことは許されない。

「それはお互い様だ。誰がお前なんか信用するか。これはただの共闘関係。そうゆうことだろ。」

衛宮士郎と言峰綺礼。一見、正反対とも思えるこの2人の目的は、今回に限って一致していた。

「分かっているじゃないか。無論、そのつもりだとも。」

お互いに嫌悪感を一部も隠さない。この2人は陰と陽、真逆に位置する存在だ。

間違ってもそれが交わることなど無い。

しかし、今この時のみ、そんな両者が同じ方向を向く。

いつだって周りは地雷だらけ、敵地で気に掛けるのは目の前ではなく己の背中。

そんなちぐはぐな協力関係ができた瞬間だった。

 

 




エイプリルフールに型月のHPから隻狼のHP飛べるのマジで爆笑しました。


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追憶 正義のミカタ⑥

反省も込めてたくさん投稿します。



「じゃあ…慎二。お前はどうだ。」

言峰と話をつけた後、今度は慎二に向き直る士郎。

「………」

ためらいを見せる慎二。

「どうした。時間が無い。早く答えてくれ。」

再びナイフを慎二に向ける。

距離はそう離れていない。士郎の射程圏内だった。

「………僕は。」

慎二が言葉を出そうとする。

しかし、最初から彼の答えなど1つしかない。

より正確に言うならば彼に選択権など無い。

いくら教会についてからの彼が元の衛宮士郎に近かろうと、脅された事実は変わらない。

彼は自らの意志ではなく、士郎に強制されてここに来たのだから。

いつだって、彼は強者の食い物にされる役回りだ。

今回だってそう、士郎に脅され、ついてきてしまった時点で、彼の回答は決められている。

選択権があったとすれば、それは脅された瞬間のみ。

抵抗して惨めに死ぬか、命可愛さでみっともなく生き残るか。

どちらを選ぼうと、彼が望む選択など無かった。

故に、ここでも答えは決まっている。

 

『僕は勿論、お前に協力するよ。』

 

そう言わなければならない。

言わなければ殺される。生きるためには従うしかない。

それが、彼の選択。

哀れな道化の役目。茶番を演じることでしか、存在を示せない負け犬の証。

それはここでも変わらない。間桐慎二は変われない。

彼は、このまま、一生 ――――――――――――――――――

 

「…………………………いや、そうじゃないだろ。」

 

そう、呟いた。

「え?」

士郎が疑問を向ける。

「そうだ。違う、違うだろ。僕がすべきことはそんなんじゃない。」

「…慎二?」

その後、少し間をおいて、慎二ははっきりと答えた。

「悪いな衛宮。少し考えさせてくれ。今すぐは答えられない」

そう言って、教会を後にしようとする。

「待て、今ここで決めろ。そうじゃないと。」

しかし、そこで引く士郎ではない。一瞬で距離を詰める。

慎二を肩を掴み、強引にこちらを向かせ、その喉元にナイフを向ける。

「お前、自分の立場分かってるのか。さっき、なんでも言うことを聞くっていっただろ。」

顔を近づけて小声で言う士郎。

どうやら体裁上、言峰には気づかれたくないようだ。

「……………」

ナイフを向けられたことで、再び怯えた目になる慎二。

これで終わり。

少年の静かな反逆も圧倒的な暴力の前ではただの虚勢に過ぎない。

結局どこまで行っても、負け犬は負け犬だった。

しかし、

 

「い、いい…いいぜ。やれよ。殺すんだろ。」

 

それでも、負け犬にだって意地がある。

桜の死。それが何か変えたのだろうか。

目の前の負け犬は、それでも歯を食いしばって虚勢を張り続ける。

「ぼ、僕を殺したら、お前の計画ってのは全部台無しになる(・・・・・・・・)。いいのか、それで。」

自らの命を盾に、自らを守る。

矛盾しかない。一見、自暴自棄とも取れる行動。

相変わらずみっともない。かっこよさのかけらもない。

 

しかし、

 

「ッ!…それは…」

 

しかし、それこそ士郎が最も予想しえない行動だった。

慎二は基本、自分より強いものには弱い。

だからこそ、出合い頭に精神的にも状況的にも優位を取れば彼は絶対に従う。

最早友人に対する考えとは思えない、冷静に相手を分析した結果の合理的な行動。

そしてそれは成功した。慎二は士郎に従った。

だからこそ、この展開は彼にとって予想外だった。

慎二の存在は、彼の計画には必要不可欠(・・・・・・・・・・・)

だから暴力による屈服という、1番従う確率の高い方法を取った。

しかし彼は見落としていた。

自らが殺意を向けた対象は、自らが1番殺してはならない相手だということを。

「うるさい!いいからここで決めろ!」

士郎が叫ぶ。

分かっていても、それでも素直には手を離せない。

なぜなら

「…安心しろよ。お爺様に言ったりなんかはしない。」

「!!」

これが最大の理由。

慎二は少なからず臓硯とつながりがある。

加えて、先刻の宣戦布告により、臓硯は警戒を強めているかもしれない。

わざわざ士郎がここまで慎二を連れてから話したのはこの為だった。

ここならば臓硯の監視は無く、情報が洩れる心配も無い。

だから、ここで慎二の回答が曖昧なまま開放するのは、あまりにもリスキーだった。

もし慎二が臓硯にこのことを話せば、今度こそ間違いなく敵視される。

そうなっては、士郎に対抗できる手段はなかった。

信用できるわけがない。裏切るに決まっている。

「ふざけるな!そんなの信用できるか!!…こうなったら。」

怒り任せに慎二をぶん投げる士郎。

「がっ!」

近くのベンチに体を打つ慎二。

「衛宮…お前…」

すかさず馬乗りになり、ナイフを振りかぶる。

 

「これが最後だ。今ここで俺に従うか決めろ。従わないなら殺す。」

 

冷たい声で問う。

しかし、冷酷なのも外面だけ。

その声には先ほどまでの落ち着きは無く、迷いに満ちていた。

恐怖で泣きそうになりながらも、慎二は必死で答えた。

「答えは変わらない!少し時間をくれ!チクったりもしない!本当だ!!」

「…………分かった。」

変わらないなら仕方ない。別の手段を考えるのみ。

それ以上に、情報が漏れることの方が致命的だ。

そう思って、ナイフに力を込めた。

――――――――心を、鉄に

 

「待て、そう猛るな衛宮士郎。」

 

「…!」

いつの間に後ろに居たのか。振りかぶった士郎の腕を、がっちりと掴む言峰。

「ここは神の御前だ。間違っても、血を流すことなど許されない。」

そう言って、士郎を慎二から引き剥がす。

「ぐっ!」

反対側のベンチに転がされる士郎。

そんな士郎を歯牙にもかけず、慎二に向き合う。

夕暮れの近い外から、ステンドグラス越しに光が流れ込んでくる。

薄暗い教会が、ほのかな朱色の混じった光に照らされる。

それはある種、神秘的でもあった。

「神父さん…どうして…」

よろめきながらも立ち上がる慎二。

そんな慎二に、神父は言葉を紡ぐ。

 

「…行け、間桐慎二。煩悶は若き者の特権だ。大いに悩み、そして導き出すがいい。正しい答えではなく、自らが求める答えをな。」

 

「……………僕の…答え…」

それは、迷い子に調べを与える神父そのものだった。

「…………分かった。悪いな、神父さん。」

そう言って、外に向かう慎二。

教会の重い扉に手をかける。

そうして、外に出る直前、

「明日には答えを出す。それまで待っててくれ。あと、お爺様に言ったりはしない。それだけは、誓って言うよ。」

そう言い残して、外へ駆け出して行った。

 

「くっ…うぅ…」

少しして士郎が立ち上がる。

表情は怒り。目の前の男を殺さんとさえする強い怒気。

「言峰ぇ…お前…」

それが一気に吐き出される。

「ふざけるなよ!何故慎二を逃がした!あいつが臓硯に言えば、それだけで終わりなんだぞ!その為にわざわざ……」

これが本音。彼は最初から慎二を信頼しちゃいなかった。

「ふっ…」

しかし、そんな士郎の怒りを気にもせず、先ほどと変わらない楽しげな表情の言峰。

「何がおかしい!お前だって殺されるかもしれないんだぞ!」

そんな言峰の態度にますます腹が立ったのか。語気を強める士郎。

その姿は焦燥を孕んでいた。

「今すぐ追いかけて殺さないと…じゃないとすべてが無駄になる…」

そう言って、慎二を追いかけるため扉の方に向かう士郎。

そんな士郎の背中に、氷のように落ち着いた一言がかけられる。

「やはりあの傷をつけたのは貴様だったのだな、衛宮士郎。」

士郎の動きがぴたりと止まる。

「…………気づいていたのか。」

「確信に変わったのは今だがな。全く、自らで傷つけておいて、治療を乞うなど…」

「お前には関係ないだろ。それより、今は慎二をどうするかだ。」

しかし、彼にとってそれは些事にすぎない。

本命はその行為を通して慎二を服従させること。

最早傷つけたことに対する罪悪感など、彼の心に残ってはいなかった。

「なるほど…これは重傷だ。見込みがあると思ったが、ただの思い過ごしだったようだ。」

神父は心底残念そうに呟く。

 

ぶつん

 

そこで、何かが切れた。

「…何がだよ、言峰。言えよ、言ってみろよ!!」

我慢の限界が訪れたのか。ナイフを携えたまま言峰に突進する士郎。

「うおおおおおお!!!!!」

火の玉のように、瞬時に距離を詰める。

迷いはなかった。今までの苛立ち、憤りを全てぶつけようとする。

狙うは心臓。ここを穿たれて生きていられる人間などいない。

刃が言峰の体に突き立てられようとする。

だが、

「フッ!!」

それは一瞬だった

ナイフの軌道を手の甲で逸らす言峰。

「え?」

急に軌道をそらされれて、士郎が大きく体制を崩す。

そんな士郎の勢いを利用して、そのまま祭壇の方へ放り投げる。

「うわっ!!」

ごろごろと床を転がり、祭壇の下部に背中を打つ。

受け身も取れず、激しく体を打つ士郎。

「げほっげほっ、がっ!?」

激しく咳き込む暇もなく、胸ぐらを強く掴まれる。

「ぐぅぅ…は……なせ…くそっ…」

ジタバタともがく士郎。しかし抵抗は何の意味もなさなかった。

力の差は歴然。いくら不意打ちまがいの突撃とはいえこの男には通用しない。

言峰はそのまま士郎に語り掛ける。

「お前は1つ勘違いをしている。」

その表情には彼には珍しく怒りがあった。

「お前は、衛宮切嗣の理想を継いで、正義の味方になる覚悟を決めた。そう思っていたのだろう?」

「っ、そうだ!俺は正義の味方になる。その為に何を犠牲にしてでも…!」

そう。彼は切嗣が積み上げた犠牲を引き継ぐと決めている。

それが、正義の味方になることだと信じて

 

「それが間違いだ、たわけ。お前のその覚悟はただの人殺しの覚悟だ(・・・・・・・・・・)。断じて、衛宮切嗣(あの男)と同じものでは無い。」

 

しかし、その考えを神父は真っ向から否定する。

「!、それは…」

「お前は正義の味方になる、なんて考えて、その実何1つ為っちゃいない。意味ある犠牲と無駄な犠牲、その2つの区別もつかず、ただ積み重ねるだけの者は、断じて正義の味方などではない。」

 

その言葉、1つ1つは

 

「お前の計画に間桐慎二は必要だろう?なのになぜ切り捨てようとする。必要なものを犠牲だと言って殺そうとする。それはただの殺しにすぎん。」

 

まるで、それ自体が意志を持ったように

 

「今のお前は、正義という免罪符で殺しを正当化している。自らの目指す先が尊いものならば、その過程で何が起きようと、それは正しき事だという驕りきった考えで、屍を増やし続ける。」

 

ずぶずぶ、ずぶずぶと彼の体に染み込んでいった。

 

「そんなもの、悪と何ら変わりはない。今のお前に聖杯戦争を勝ち残るなど不可能だろう。」

そう言って士郎から手を放す。

「うわっ!」

バランスを崩し、しりもちをつく士郎。

しかし、その体制のまま、躊躇いながらも言峰に食って掛かる。

「だったら…」

自らにあった傲慢を晒され、その罪深さを理解してしまった。

彼の覚悟に迷いはない。

しかし、その覚悟自体が、自らの理想と矛盾していた。

その間違いを指摘され、それでも士郎は叫ぶ。

「だったら!どうしろっていうんだ!俺にはサーヴァントもいない。仲間だっていない。この身1つで戦い抜くには、非情になるしかなかった(・・・・・・・・・・・)!」

それは、ずっと抱えていた不安。

「だから、だから切嗣のようになろうとした!この絶望的な状況でもあいつのようにできれば、俺だって勝てるって、全部まとめて…救えるって…」

士郎は元より殺戮を是としてはいない。だが、自らの目標がそれを是とし、勝ち残ったのならば、きっとそれは正しいはずだとそう考えての今までの行動だった。

そう、結局

「それが、間違っているのなら……………俺は……………」

彼の意志はどこまで行っても偽りで、自ら見出したものでは無い。

衛宮切嗣がやってきた行いをただ踏襲しているだけ。

ただ、それだけだった。

「はぁ…はぁ…」

ため込んでいたものをすべて吐き出したのか、士郎の息は上がっていた。

「ふふ、まったく、このようなこと私の専門ではないのだがな。まぁいい、たまには神父らしいことの1つでもしてみるとするか。」

そんな士郎に、言峰は語り掛ける。

それが自らの信念とはかけ離れた、およそ理解しえないおぞましきものだと分かりながらも。

かつての仇敵、自らを殺した男。その息子だというのにも関わらず、

それでも、彼は士郎に託宣を告げる。

「いいか、お前にできていないのは線引きだ。確かに切嗣は夥しい数の屍を築いた。しかし、それは彼にとっては必要な犠牲(・・・・・)だった。その一線、救うものと切り捨てるものの境界。おまえはまだそれが曖昧なままだ。」

それは紛れもなく導きそのものだった。

線。救うものとそうでないものの違い。それを士郎はまだ分かっていなかった。

切嗣が積み上げた犠牲は、それでも確かに大勢を救っていたのだ。

ならば慎二は、そのどちらにあたるのか。

「それを見定めろ。犠牲にしたものの先にある、救い上げたものを理解するのだ。ここで間桐慎二を殺してしまえば、私たちは臓硯に始末され、聖杯はお前以外の誰かの手に渡る。そうなれば、またこの戦いは繰り返され、無辜の民たちが、関係のない一般人が消えていくぞ?ならば本当に、間桐慎二は切り捨てるべきものか?」

「それは……………」

「考えるのだ。すぐに答えを出せとは言わん。だが、お前は最初から道を得ている。衛宮切嗣という理想(みち)をな。ならば迷うことは無いだろう。あの男が成せなかった事を、お前が、お前の手段で成し遂げるのだ。」

曇った士郎の目にわずかだが信念の灯が蘇る。

自らの間違いに気づいたのか、それとも最初の願いを思い出したのか。

「慎二は…」

ぽつりと呟く。

「慎二は……………捨ててはいけない。あいつは俺が勝ち残るために必要だ。それに、あいつを殺したら、あいつを臓硯の手から助けられない。」

それは、間違いなく衛宮士郎(正義の味方)の眼だった。

「そうだ、あいつも助けなきゃ。悪いのは臓硯だけだ。あいつはただの被害者なんだ。何でそんな簡単なこと、俺は気づかなかったんだ。」

「ただ殺すだけなんて、そんなの正義の味方じゃない。俺は、切嗣の助けたい、救いたいという想いに憧れたんだ。そんな余分な犠牲に憧れたんじゃない。」

10を救うために1を捨てる。その1が誰なのか。

俺が倒すべきは、俺が戦うべき相手は、一体誰だったのか。

彼は、ようやく理解した。

「……………忌々しいことだが、どうやら思い出したようだな。」

自らの意思を、自らの理想を。自らの手で為すべきことを。

「俺は、聖杯戦争を終わらせるために戦うんだ。俺が切り捨てるべきはそれを阻むものだけ。それ以外の犠牲なんて、ただの1人だって出してはいけない。だって、それを救うために俺はこの身を捧げるんだから。」

線を引く。切るべきものを地に落とす。自分以外、誰にも見えないように。そっと。

 

「俺は、俺は正義の味方になる。余計な犠牲は出させない。この犠牲が、聖杯戦争最後の犠牲者だ。それ以外なんて、ただの1人も殺させやしない。」

 

戦いの直前、ようやく彼は為った。

救うものを理解し、切り捨てるものも理解した。

後はその通りに動くだけ。

戦いの火蓋は間もなく切られる。

その歪な正義は、果たして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………どうやら、答えを得たらしいな。

教会に1人残された言峰綺礼は、1人思量する。

衛宮士郎は先程とは違った表情で、あまつさえ私に礼など言って教会から出ていった。

間桐慎二からの返答次第ではあるが、おそらく明日の夜に奴の作戦は実行に移るだろう。

あの男は最後まで、間桐慎二から情報が漏れることを危惧していたが、それは杞憂に終わるだろうな。

最早、彼の中で返答など決まり切っているだろう。

足りないのは覚悟だ。いくら臓硯が外道だろうと、彼にとっては血のつながった親族。

血の繋がりというのは、不思議なものだ。

時に奈落に落ちた自らを助ける命綱にもなるが、時に自らの巣立ちを縛り付ける鎖ともなる。

間桐の場合は明らかに後者だ。あの老人の妄執に、家全体が縛られている。

間桐慎二にとって、臓硯は許せない存在であることは疑いようがない。

だがそれでも、殺すとなると話は変わってくる。

いざその瞬間に立ち会えば、今までの苦しみなど忘れ、躊躇ってしまうかもしれない。

ただの遺伝子による繋がりに過ぎなくても、それを断ち切るのは容易ではない。

血の繋がりは水よりも濃し、とはよく言ったものだ。

いくら憎んでいようとも、その瞬間に立ち会ってみなけばその真偽は分からない。

しかし、そんな半端な覚悟で衛宮士郎についていくことなど出来ない。

躊躇すれば、それこそ自分が危険にさらされるかもしれないからだ。

それに、彼は同時に妹の死も告げられた。

義妹とはいえ、彼女もまた家族だ。

血よりは薄い、水の轍。

それでも何か、思うところがあるのだろう。

だからこそ、彼には時間が必要だ。衛宮士郎に見合うだけの、強い覚悟が。

まぁもっとも、天涯孤独である衛宮士郎にこれが理解など出来るわけがないがな。

「ふふ、はははは。」

気づけば、彼は愉快そうに笑っていた。

「それにしても、あの男。何か決意をしていたようだが、肝心なところに目を向けないとは、何とも度し難い。」

神父は心底楽しそうに笑う。

それは士郎にだけではない。今は亡き自らの仇敵に対する嘲笑だった。

 

「親子共々哀れなものだ。正義の味方なるなどと、そもそも前提からして間違っているというのに。いくら志しても為れるはずないと、なぜ気が付かない。」

 

神父の嘲笑は続く。

 

「あいつはこれから、私の言葉に父の遺志を見出して、戦いに身を投じる。だが、それに気づくことは無く、父と同じ轍を踏むのだろうな。」

士郎は知らない。

「くくく、これが愉快でなくなんというのだ。」

たった今、自らに導きを与えた神父こそが。

「ふふふ、ははは!はっはっはっはっは!!!」

自らが最も忌むべき、混じりけのない悪であるということに。

誰もいない教会に神父の嗤いのみが響く。

言峰綺礼。生まれながらに煩悶を抱えた、先天性の異常者。

彼もまた、この聖杯戦争の動向を予期することはできない。

だが、その不確かな、予期しえない結末こそが、

「こんな所で倒れるなよ、衛宮士郎。お前にはまだまだ愉しませてもらわなくてはな。」

彼にとって、最高の愉悦となっていた。

 

 

 

 

 

家の近くにつく頃には、かなり日が傾いていた。

教会を後にした俺は、直ぐに家に戻った。

藤ねえたちと晩御飯を食べる約束をしていたからだ。

夕焼けが眩しい。周りを行き交う人々もこぞって帰路についている。

時刻は6時前。仕事帰りのサラリーマンなどが目に付く時間帯だった。

「…………」

周りを眺めながらふと思う。

平和だ。

皆が皆自分を日常の中を生きている。

そこに違和感なんてない。誰もが皆、明日の幸福を疑わずに今日を終えようとしている。

数時間後。夜が深まればここはどこもかしこも戦場になるというのに。

そんな圧倒的な死が近くにあるというのに、誰1人それに気づていない。

これも、あの神父の隠ぺいの賜物なんだろうか。

そんなことを考えながら、歩を進める。

「ふぅ……」

気分は悪くなかった。今日は何度も死の危険にあったが、それでも生きている。

それに、これではっきりした。自分のやるべきことが。

悔しいが、あの神父の言葉を聞いたとたんに、視界が明るくなった。

真っ暗で何も見えず、受け継いだ気になった理想にしがみついていた。

そこに、光が差し込んで、自分の道が見えるようになった。

「あいつ、実は結構面倒見がいいのかもな。」

なんだかんだ言って、あの男には助けられている。

感謝なんてしたくないし、仲良くする気も全くないが、それでも認めざるを得なかった。

自分は、正義の味方になるとずっと昔から決めていて、そうなるために走っていた。

それは聖杯戦争が有ろうと無かろうと変わらない。

ただ、違ったことが1つ。

要するに、見方が違ったのだ。

俺は今までどうすればなれるのか分からず、ただ前に進んでいた。

だが、切嗣の昔を聞いて、遺産に触れて、犠牲を恐れないことが正義なんだと思い込んでいたのだ。

だけど、それは違う。犠牲なんて少ないに越したことは無い。

それでも、それは出てしまう。切嗣だってそれを完全に消し去ることは出来なかった。

世界は犠牲の上で成り立っている。

ならば、それに報いるような結末にするのが、正義の味方の筋ってものだろう。

それ以外は決して殺させやしない。

最小の犠牲で、それでも最大の結果を出し、それに報いる。

それが俺がたどり着いた1つの結論だった。

だからこそ、あの影を許すことはできない。

あいつは無差別に人を食い荒らす。

そこにある営みも、喜びも悲しみだって何もかも喰らってしまう。

それは許せない。

だから、臓硯は生かしておけない。必ず、必ず殺さないと。

あいつを殺せば、きっと影だっていなくなる。

そうすれば、無駄に犠牲者を出すこともなくなるだろう。

…そういえば、慎二はどうしただろうか。

今考えると、悪いことをした。いくら何でも、ナイフで傷つけるのはやり過ぎだ。

もっと、別の方法が必要だった。

あいつの返答次第では、計画を変えざるを得ないが、それはまぁ、仕方が無いか。

俺の戦いをあいつに強制することはできない。

それに、言峰が言うには、あいつが情報を漏らすことは無いそうだ。

なら、それを信じよう。

だって、友達なんだから。きっと大丈夫な筈だ。

理想的な状況ではないにもかかわらず、俺の思考は前向きだった。

慎二は必ず協力してくれる。

何故か分からないけど、そんな気がしたからだ。

「あ……………」

気づけば、家の前についていた。

急いで食事の準備をしないと、藤ねえ達を待たせちまう。

今日は人数も多いし、鍋にしようか。

ここからは、今までと変わらない日常の再演(アンコール)

特に語るべきことは無い毎日の1ページ。

ちょっと継ぎ接ぎだらけだけど、そんなのはほら、上から隠してしまえば誰にも気づかれやしない。

優しい表情で顔を覆って、目の前の戦いからは焦点を外して、いつも通りを演じれば、誰も困らないだろ。

玄関で無理やりに笑顔を作って、家に入る。

まだ藤ねえ達は来てないが、練習ってやつだ。

これから、使う機会も増えるだろうしな。

そう思ってドアを開け、非日常と別れを告げる。

最後に

 

『お帰りなさい、先輩。』

 

そんな聞き慣れない声を、再び聞いた気がした。

 




これにて第2夜は終了。第3夜に続きます。
いよいよ鉄心士郎の戦いが始まっていきます。
彼は一体どうやって、魔術師たちを下すのでしょうか。


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2月10日 第3夜
鉄心 戦いの始まり①


隻狼のせいで全然更新できなくて、気づいたらpixivに追いついてしまいました。
なので次からは同時投稿にしていこうと思います。
やっと前書きしっかり書ける。嬉しいです。
今頑張ってストック作っているのでもうしばらくお待ちを・・・

本編の話をすると今回から第3夜となります。
ようやく鉄心士郎の戦いが始まりますね。
ストーリーもようやく中盤に差し掛かります。
是非、最後まで見ていただければと思います。
では、どうぞ。


「ん…うぅぅ……………」」

柔らかな光が目に入る。

それは自室の窓から差し込んでいた。

眠い。体が布団に縛り付けられるみたいだ。

もう少し、もう少しだけ、この楽園の中で微睡んでいたい。

そう思って時計をちらり

「……………って、え!?」

体を起こし、頭をぶんぶんと振る。

時刻は朝8時。

寝坊である。

世間の皆様が動き出す時間帯。

なんと、その時間に目覚めた怠け者がここに居た。

「あちゃぁ…目覚ましかけてなかったかぁ…」

寝坊なんていつぶりだろう。

気持ちが緩んでいるのか。今まででは考えられないことだった。

しかし言い訳をさせてくれ。こうなったのには理由がある。

昨日の事だ。家に帰った後、藤ねえ達とご飯を食べた。

昨日の夕飯は鍋。野菜にきのこに鱈に海老に、珍しくあさりなんかも入れて、しっかりおじやまで楽しんで、大変贅沢な食事だった。

心もお腹も満たされて、満足満足。偶にはこんなのも悪くない。

ここまでは良かった。

問題はその後、食事をして気が大きくなったのか、藤ねえと雷画さんが酒盛りし始めた。

別に、それ自体は予想していたので、さしたる問題じゃない。

問題はその量だった。

飲むのであれば何か肴が居るだろうと思って、台所に立ち、数十分して、振り返ってみたら

「し~~~~~ろ~~~~~、お酒足りなぁ~~~い」

何て言って、酒瓶抱えた虎がいて、

その隣には

「よし、坊主!……………相撲だ、相撲取るぞ。表出ろ。」

何て言う、強面の虎もいた

前門の虎、後門にも虎。

それらに挟まれた俺は、まさしく食べられるだけの兎。

 

そこからは、もはや地獄の再現にも等しかった。

騒ぐわ、暴れるわ、散らかすわで、奇行を止めるだけで精一杯。

最終的には2人して酒を飲ませようとしてくるし、もう大変だったのだ。

結局藤村組の若い方々が助けに来てくれて、それでようやく事なきを得た。

あれが帰宅しただけで収まるとは到底思えなかったが、それはそれ。

こうして、哀れなラビットは、肉食獣の魔の手から逃れ、平穏を得ることができましたとさ。めでたしめでたし。

なんて、そんな簡単に追われる筈はなかった。

彼らが汚しに汚し、散らかしつくした居間の片づけ。

俺にはそれが待ち構えていたのだ。

藤村組の方が手伝うと言ってくれたが、そのビースト2人を引き取ってくれるだけでもありがたいのに、さらに掃除まで手伝わせるわけにはいかなかった。

と言う訳で、1人で黙々と部屋の掃除をしていれば、気づけば日を跨いでいて、

その頃には、自らも疲れ切っていて、自室に戻るなりすぐに眠ってしまったのだ。

これが事の顛末、という名の言い訳だ。

とにかく起きて準備をしないと

さようなら、また今日の夜、待っていてくれ。

断腸の思いで布団に別れを告げ、自室を後にした。

 

 

 

簡単に朝食を済ませる。

時刻は10時前。

今日の天気は快晴の一言で、日が日なら新都なんかにでも出かけて、1日遊び倒したくなるような、

主婦の方々にとっては絶好の洗濯日和と言えるような、

とにかく、2月の頭には珍しい、ポカポカした陽気が差し込んでいた。

天気が良い、というのは、それだけで何だか嬉しくなる。

憂鬱な1日にも、たったそれだけで一気に色が付く。

だけど、そんな最高の天気とは裏腹に、俺の胸中には真っ黒な雲が埋め尽くしていた。

窓から差し込む光が眩しい。

遠くから聞こえる小鳥の囀りがひどくうるさく感じる。

そう思えるくらいに、心の中には暗雲が渦巻いていた。

今日の夜、間桐邸を襲撃し、間桐臓硯を殺す。

俺の頭はそれでいっぱいだった。

その為に、昼間の時間はすべてその準備に当てなければならない。

柔らかな日差しも、頬を撫でる心地よい風も今の俺には不要だ。

太陽に別れを告げて、薄暗い土蔵に入る。

切嗣が遺した武器は、すべてここに隠してある。

取りあえず、今はこれらの整備と、あとは使い方を覚えよう。

そう思い、死の塊たちに向き合った。

 

 

 

1時間ほど武器に触れたりして、大分使い方が分かってきた。

まず、これらはとても強力なものではあるが、どれも魔術師に対しての決定打とはならない。

彼らがもっているのは、これら最新の叡智を真っ向から否定する最古の異能だ。

魔術というのは人類の進歩とともに薄れていき、最終的には消えてしまうものだが、ならば科学の方が優秀かと言われれば、それは違う。

神代の魔術のような反則じみたものこそ無いものも、未だ魔術の方がそれを上回っている。

なので、基本的には牽制程度にしかならない。

ただ1つ。この大型の銃を除けば

起源弾。

対魔術師において、必殺となる魔の弾丸。

この弾丸に対して、魔術的干渉をすれば、その使用者の魔術回路はたちまちに切断、そして再び繋ぎ直される。

そのどれもがでたらめに、めちゃくちゃに、

人間で例えるなら、神経全てを一本一本断ち切られるようなもの。

これを使われて、生きていられる魔術師なんていないだろう。

しかしそんな絶対の必殺は、わずか1発のみ。

使いどころは考えなくちゃいけない。

「さてと、次はどうするかな。」

昼間のすべてを準備に当てる、と言ったはいいが、案外やることが無い。

正規の魔術師ならば、自らが使う魔術や使い魔の準備や、万が一に備えての魔術回路の保存など、やるべき事は多いはずだが。あいにく俺はただの魔術使い。たいそうな準備なんて必要じゃなかった。

ならば少しでも体を動かして、来るべき戦いに備えよう。

そう思って、今度は道場に向かおうとする。

その時だった。

 

ぴんぽーん

 

玄関で呼び鈴がする。どうやら来客が来たようだ。

「届けものか…?そんな予定あったかな。」

そう呟いて、急いで玄関に向かう。

 

ぴんぽーん、ぴんぽーん、ぴんぽーん

 

呼び鈴を嵐が聞こえる。どうやら、よほどせっかちな宅配便らしい。

 

ぴんぽーん、ぴんぽーん、ぴんぽーん、ぴんぽーん、ぴんぽーん、ぴんぽーん、

 

「はいはい!今出まーす!」

そう返して、がらりとドアを開ける。

しかし、そこに居たのは、宅配ではなかった。

待たされたことに腹が立ったのか、仏頂面で目つきの悪い男が1人。

明らかに不機嫌そうな顔で、こちらの歓迎を待っている。

 

「よう、衛宮。邪魔するぜ。」

 

件の計画のキーパーソン。間桐慎二が立っていた。

 

 

 

 

「慎二……………!」

「何だよ衛宮。鳩が豆鉄砲を食ったような顔して、僕がここに来るのがそんなに以外かよ。」

昨日、自分が間桐邸を訪ねた時に言った言葉と同じ言葉をかけてくる慎二。

「意外っていうか、ちょっと突然だったもんで、驚いた。……………えっとそれで…昨日は……………」

そう言って、目線をそらし、言葉を濁す

しかし、慎二の方といえば

「それは昨日の僕も同じだっつーの…まぁいいや。とにかく上がるよ。茶の1つでも出してくれ。」

そう言って、ずかずかと家に上がってくる。

「あ、ちょっと待てって!」

その背中に声をかけるも、止まっちゃあくれない。

「はぁ……………、何考えてんだ。あいつ。

正直、かなり気まずい。

昨日慎二を殺しかけたばかりなのに、今度は慎二の方から俺の家にやってきた。

しかも、いつもと同じ調子で。

まるで昨日とあべこべの構図。なるほど、確かにあれだけ困惑するよな。

「おい!お前の家無駄に広いんだよ。居間どこだよ!」

自分から先に行ったのに、勝手に迷っている慎二。

「あいつらしいな…」

勝手に1人で納得して、自分も居間に向かった。

 

 

 

「分かりにくいんだよ。お前の家。」

ぶつくさ言いながら、居間のテーブルの前にドカッと座る慎二。

結局先に言ったはいいが迷ってしまったので、案内しながら入ってきた。

「えっと…何か飲むか?と言っても日本茶くらいしかないけど…」

取りあえずお茶を勧めてみる。

腰を据えて話すならこいつは欠かせないだろう。

「日本茶はあまり趣味じゃないんだけどね。紅茶とかコーヒーとかないわけ?」

「うちはもう日本茶飲む人しかいないからな。そこまで言って買ってこようか?」

桜やセイバーが居ない今、うちで茶を飲むのは俺と藤ねえくらいだった。

それでも少し前までは買っていたが、それももう必要なくなったので今はもう無い。

「いや、そこまでしなくていいよ。もうそんなに来ることないしね。」

「そっか…」

それきりで会話は止まってしまう。

どうやら慎二の方も緊張しているようだった。

当然と言えば当然だ。昨日殺されかけた相手の家を訪ねるなんて、それこそ自殺に等しい。

「…………」

「…………」

俺達の間に気まずい沈黙が流れる。

ただお茶を淹れているだけなのに、それがひどく長く、そして不自然に感じられた。

 

 

お茶ができたので、それをテーブルに持って行き、簡単なお茶菓子を出す。

「出来たぞ、熱いうちに飲んでくれ。」

そう言って、自分も一口啜る。

うん、悪くない。

いつもより渋めにしたので、気が引き締まる。

慎二も黙って飲んでいる。どうやら機嫌を損ねるほど悪い出来ではなかったらしい。

「ふぅ・・・・・・・」

少し落ち着くことができた。張りつめていた神経がほぐれていく。

「さて、」

しかし、黙っているわけにもいかない。昨日と違って、慎二がうちに来た用件は分かっている。

まっすぐと慎二を見つめて言う。

「返答を聞こう、慎二。お前はどうするんだ?俺に協力するのか、それとも傍観に徹するのか。今日はそれを言いに来たんだろ。」

あくまで自然に、昨日のような殺意は出さず、かといって砕け過ぎず、

努めていつも通りで慎二に問う。

「……………」

慎二も、その問いで意志が固まったのか。こちらを見据えて言葉を返してくる。

「そうだな…お前の言う通り、今日は返答に来たんだ。でもその前にさ、1つ話していいかな。」

「話?なんだよ。今更学校の事とか聞くんじゃないだろうな。」

突拍子もないことを言ってきたので、思わず軽口で返してしまう。

「はは。お前じゃあるまいし、そんなことしないさ。」

それにまっとうな意見を入れられる。

ぐ、今この軽口はミスったか。

仕方なく、慎二の次の言葉を待つ。

今日の慎二はどこか真面目だ。

と言っても、学校で授業を受けているような雰囲気とは違う。

言うなればそう、顔が違う。

何かを決意したような、荘厳なオーラがある。

昨日の出来事が、こいつの何かを変えたのだろうか。

そうして、慎二が口を開いた。

「らしくないとは分かってるけどさ。お前には伝えなきゃなって。まぁ、つまり、ただの虚しい自分語りなんだけど。聞いてもらえるか?」

そう言って、慎二はぽつり、ぽつりと語り始めた。

 

 

「桜の事さ。昨日改めて確かめたんだ。」

最初に挙がったのは意外にも桜の名前だった。

「あいつ、本当に死んだんだってな。」

「…………あぁ、桜は死んだよ。俺が、見殺しにした。」

少し罪悪感がよぎる。

「いや、別に責めてるんじゃない。ただ、そのなんて言うかな…」

申し訳なさそうにしている俺に気づいたのか、フォローをしてくる慎二。

やはりなんだかんだ言っても、こいつはいい奴なのだ。

少し言葉を濁したが、語りを続けてくる。

「僕さ、桜の事ずっと嫌いだったんだ。養子のことは聞いてるだろ?あいつがうちに来てから、僕はいらないものになった。お爺様もお父様も、僕の事なんて見なくなった。あいつは、僕からすべてを奪ったんだ。」

初めて聞いた慎二の過去。

桜は間桐に養子に行ったせいで、まっとうな生活を失ったが、慎二もそれは同じだったのだ。

慎二はいつだって勝ち気で、それ故に空回る事もあるが、自分の弱い部分を口にするタイプじゃない。

基本的に、プライドがそれを許さないからだ。

そんな慎二が、今、自分の弱さについて話そうとしている。

彼もまた、変わろうとしているのだ。

慎二は上を向き、天井をぼう、と見つめながら続ける。

「そのくせあいつ、僕に悪いなんて思ってやがって、顔を合わせたらいつもしおらしくして、

『ごめんなさい。兄さん。』

なんて言うんだよ。笑えるだろ?僕からすべて取っておいて、それに罪悪感持ってるなんてさ。それに増々腹が立って……だから、だから僕も奪ってやった。」

まるで罪を自白する容疑者。

慎二は次第に自嘲気味になっていく。

「だって当然だろ。あいつが僕から奪ったように、僕もあいつからいろいろ奪ってやった。殴ったし、蹴った。叩いて、押し倒して、首を絞めて…そうして動かなくなったあいつをぐちゃぐちゃになるまで犯してやった。」

薄く笑って、狂気的なことを告げてくる慎二。

間桐の家は壊れていた。しかも、俺が想像していたよりずっと昔からばらばらになっていて、それを辛うじて繋いでいたのは、血の繋がりなんていう不確かで曖昧で、空気や水と何ら変わらないものだった。

それぞれが苦しんで、もがいて、でも助けなんて来なかったから、

歪んだ環境に適応するには、自らも歪むしかなかったんだ。

そうやって、自分たちを傷つけながら、自分以外も傷つけて、それでも必死に生きようとしていた。

「それでもあいつ、何も言わないんだ。何も言わないから、どんどんエスカレートしてさ、あいつを何度も傷つけて、傷つけて、傷つけて……………その度にどんどん虚しくなっていった。」

「いつも考えていたよ。もしあいつが居なければってさ。」

「……………慎二、…お前。」

これは自分語りなんて、そんな気持ちのいいものじゃない。

これはただの自傷行為だ。自らの心の傷を自らで開いている。

この傷はまだまだ治ってなくて、今でも生々しく慎二の心を痛めつけてて、

なのに、こいつはそれを開き続けて、あまつさえ俺に見せてくる。

「そう、そうだよ。あいつ、あいつがいなかったら僕はきっと!いや、でもそれすらももう遅くて…そんな自分に腹が立って、またあいつを犯してやって!いくら泣いても、やめてなんかやらなくて、文字通り人形みたいにしてやってそれでーーーーーーー」

見て、いられなかった。

「もういい!やめろ慎二!これ以上言わなくても大丈夫だ!お前の気持ちは分かった。お前は、お前はずっと……………」

壊れたようにしゃべり続ける慎二を身を乗り出して止める。

もういい、もう十分だった。

慎二が今までどれだけ悩んで、痛めつけられてきたか、それは傷を通して俺にも痛みのように伝わってきた。

だが、

 

「離せ!僕は正気だ!これは、僕が言わなくちゃならないことだ!!」

 

「ッ!!」

そう言って、俺の腕を振りほどく。

 

「止めるなよ衛宮。これは僕が言わなきゃならない僕の罪だ。同情して欲しいわけじゃないし、憐れんで欲しいわけでもない。ただ僕は、これをお前に言わなきゃいけない。そうしないとお前と対等になれないからだ!!」

 

そこまで聞いて、自分が愚かなことをしたとようやく自覚できた。

他でもない慎二自身がこれを望んでいる。

苦しむのなんて百も承知。自己嫌悪に押し潰されるのなんて分かっている。

「はぁ、はぁ。」

慎二の息は荒い。

しかし、その眼が決して止まらないと、そう言っていた。

言葉が、出なかった。

……………止められるはずない。

こいつは俺と同じだ。俺と同じく覚悟をもってここに来ている。

ならば止まらない。何度止めようと、こいつは語るのを止めないだろう。

ならば、黙るしかない。その罪を俺は聞いてやることしかできない。それが俺にできる最低限の礼儀だ。

慎二は再び語り始める。

「だからさ、昨日死んだのを聞いたとき、僕はきっと、自分は喜ぶと思ったんだ。これで解放される。もう、これ以上苦しまなくてもいい。……………でも、実際は違くてさ。」

ずっと自分に隠してた、本当の、心からの想いを

 

「……………僕さ、何だかほっとしたんだよ。桜が死んだこと自体にじゃない。あいつが、あいつがまっとうな死に場所で当たり前に死ねたことに。」

 

これがあの時、あいつが語れなかった本心。

もはや桜は居ない。この言葉が届くはずもない。

それでも、

「可笑しいよな。あんなに嫌いで、憎んでたのに、いざ目の当りにしたら、そんなの一瞬で忘れちまった。体中虫に侵されて、お爺様の道具にされて、人としての未来なんて残っちゃいなかったあいつが、それでも、なんでもないただの人間のように眠れたことが、何だか、その…すごく安心したんだよ。」

「慎二………、お前。」

気づけば慎二は泣いていた。

きっと、悲しかったからじゃない。

こいつは気が付いてほしかったんだ。自分の痛みと桜の痛み。その両方に。

いくら暴力を振るっていたとはいえ、いくら憎んでいたとはいえ、慎二と桜は兄妹で、家族で、切り捨てることなんて、出来なかったんだ。

「そして同時にまた不安になった。桜が居なくなったら今度はお爺様は何をするんだろうって、ひょっとしたら、またどこかから養子を取って、桜みたいに拷問して、そんなことを繰り返すかもしれない。」

そしてこいつは、その死を、桜という犠牲を乗り越えて前に進もうとしている。

「それはダメだ。あんな事、繰り返しちゃいけない。桜が命をもって止めたことを無駄にしちゃいけない。だって僕は、あいつの、たった1人の兄貴なんだから。」

決意に満ちた表情。

————あぁ、やっぱりだ。

その顔はどうしようもなく、妹を心配する兄の顔で、

眼をこすって、前を向いて、慎二は今度こそ返答を述べる。

 

「お爺様を止める。あの人は間桐の癌そのものだ。新しい間桐の当主として、僕の手で終わらせるんだ。だからさ衛宮。僕に協力してくれ。一緒に、あの人を殺そう。」

 

これが答え。

自らのために、亡き妹のために、慎二は剣を取る。

そう決めてくれた。

 

「ふふ。」

つい笑ってしまう。

「おい、何がおかしいんだよ。これでも恥を忍んで、」

「いや、悪い悪い。協力を頼んだのは俺の方なのに、結局お前から頼んでくるとか、ほんと、慎二らしいなって。」

そう言うと、顔を赤くする慎二。

「い、いやいやいやいやそれは、その…そう!言葉のあやというか……………、と、とにかく!どうするんだよ、やるのか?やらないのか?」

しどろもどろになりながらも、聞いてくる慎二。

答えなんて、俺の中では最初から決まっていた。

 

「もちろん、協力させてくれ。お前が居れば百人力だ。頼りにしてるぜ、慎二。」

そう言って、手を差し出す。

 

すると慎二は再び赤くなりながらも

 

「あ、あぁ!大船に乗った気でいるといい!なにしろこの僕が協力してやるんだからな!負けなんて、万に一つすらも有り得ないさ。」

 

そう言って、力強く手を握り返してくる慎二。

昨日の自分ならば余分に感じていたであろうその重みが、今は頼もしかった。

桜が死んだ日から、俺はずっと一人で考え行動していた。

迷いもなかったし、寂しくもなかった。

自分がこの理想(正義の味方)を持ってる限り、切嗣が傍に居る気がしたからだ。

……………でも、初めて

初めて、心から通じ合って、俺を助けてくれる奴が現れて

こんな状況だけど、仲間って呼べる奴がいたことが

それが、どうしようもなく嬉しくて。

「ありがとう、慎二。」

思わず礼を言っていた。

すると慎二は

「なんだよ、お前、やっぱり笑えんじゃん。」

そう言って、まるで自分の事のように嬉しそうに笑っていた。

それはとても穏やかで、輝いて見えた。

この時だけは中学の時と同じ

聖杯戦争も魔術も関係なかった、あの時のように

ただの友達として、笑いあった。

そう、思ったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

たとえ、その平穏が

 

臓硯を殺すという、歪な目的で出来上がったものだとしても。

 

 

 

 

握手を交わした後、1時間ほど作戦会議をした。

慎二はこれから言峰のところに行って、昨日の礼と、協力をすること、そしてその段取りを説明するらしい。

正直、作戦で動くのが苦手な俺にはありがたかった。

「いいか、お爺様は僕の事を何とも思っちゃいない。お前には監視をつけているかもしれないが、僕には何もしていない。僕はそれを逆手に取る。…やるからには派手に行こうぜ。僕たちはどうせ負けてるんだ。聖杯戦争のルールになんて、縛られなくていい。」

俺が昨日、概要だけ説明した作戦に、どんどん色を加えていく慎二。

現実味を帯びていく計画に心が震えた。

「でも、結局僕じゃお爺様を殺せない。僕にできるのはここまでだ。だから、最後はお前と神父さんにかかっている。」

「分かってる。そこまでしてくれるなら十分だ。……………必ず勝つ。」

慎二は俺たちのために最高の状況、臓硯にとっては最悪の展開にするために苦心してくれている。

なら、俺はそれに応えるだけだった。

「じゃあ、話はここまでだ。これから新都に行って、その後準備しないとな。」

そう言って、慎二は玄関に向かおうとする。

時刻はまだまだ昼過ぎだが、慎二にはあまり時間が無い。

「決行は今日の22時だ。それまでに神父さんと合流してくれ。」

「あぁ、気をつけろよ。」

 

扉の前でそう言って、家を出ようとする慎二。

しかし、扉を開けたところで、何かを思い出したのか。

くるりとこちらを向いて、拳を突き出してくる。

「……………ほら。」

「…………………………?」

「いやだから、お前も手を出せって!くそ、なんでこんなこと言わなくちゃいけないんだよ。」

「……………あ、」

そこまで言われてようやく理解する。

セイバーとはこんなのやらなかったからな…

何と言うか、勝つのは当たり前です!みたいな感じだったし

そう思って、自分も拳を突き出す。

「やっと気づいたか。相変わらずノリが悪いな。……………ま、そこがお前らしいけどな。」

拳と拳を合わせる。

これは契約だ。俺たちの最初の共同戦線の契約。

何が起きても裏切らないという友情の証。

「…勝とうぜ、衛宮。」

「…あぁ、もちろんだ。」

2人で決意を交わした。

「邪魔したな。」

そういって、家を出ていく慎二の背中を見送る。

次に会うのは戦闘が始まってからか、それとも終わった時か、

どちらにせよ、お互いが五体満足でいられる保証なんてない。

それでも、俺たちはやるって決めた。

恐怖なんてない。だって1人じゃないから。

きっと慎二も俺と同じ気持ちだろう。

 

さぁ、遅くなったけど、ようやく1歩を踏み出せる。

武器もある。仲間もいる。そして何より、決して揺らがない意志がある。

悪を討つ。

そこにどのような願いが、祈りが、想いがあろうともそれらすべてを踏みにじる。

臓硯を殺し、あの影を止める。

必ず、必ずだ。

じきに日も暮れる。戦いの夜がやってくる。

 

さぁ、聖杯戦争を続けよう。

 

夢を叶える、その日まで。

 

 




今回鉄心ENDのその後を書くにあたって、自分が最も書きたかったのがこの「慎二との共闘」です。
原作でも、有り得たかもしれない幻のルート、なんて呼ばれるくらいなので想像した事がある方も多いのではないでしょうか。
僕自身慎二はすごく好きなキャラで、どこかで報われて欲しいという気持ちも、同時に贖えないことを彼はしていたな、という気持ちもあります。
これでやっとお膳立ては終わりです。
彼らは、1度離れられたはずの聖杯戦争の渦中に再びその身を投じます。
その行く末を、見ていただければと思います。


どうか、彼らにとってこの戦いが、意味のあるものに、なりますように。


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鉄心 戦いの始まり②

皆様お久しぶりです。たまごぼうろです。
新年度の忙しさにやられてしまい、作業が進まず、気づけば中旬になっていました。
しかし大分ストックが溜まりましたので投稿となります。
加えてTwitterを始めてみました。
流石に次話投稿までの間黙っているのはあれなので、進捗や日常などを呟いてみようと思います。
なので良ければフォローの片隅に置いていただき、尚且つこの私的鉄心ENDを拡散などしていただければ、僕はすごい嬉しいです。
是非お願いします。
では皆様、新年度頑張りましょう!僕も投稿頻度を上げれるよう頑張ります!!


陽が落ちた。

夜の帳が町全体に降りていく。

昼頃の晴天を引き継ぎ、空には雲一つなく、月明かりが闇を照らしていた。

現在は午後20時30分。

そんな月明かりに照らされた街へ、1人の少年が歩を進めている。

衛宮士郎。今夜起こりうる惨劇の主役である。

今宵の夜とは対照的に、彼の眼には光1つない。

背中には竹刀袋を背負い、腰にはポーチのようなものをつけている。

そんな彼が足を止める。

到着したのは言峰教会。

今夜の襲撃に備え、1度集まるために来ていた。

「ふぅ…」

彼は基本的にここが苦手だ。

重苦しいというか、息が詰まるような独特な雰囲気がある。

それは言峰と共闘をすることになっても変わってはいなかった。

全く、こんなことにならなきゃ一生ここには寄り付かないんだがな。

そう思って夜空を見上げる。

教会の丁度上方。

今夜は満月だ。

まるで自分が主役だと言わんばかりにそこにある光。

それがこちらを観ている。

いつもなら風情がある、と思うはずだが、今は目に痛かった。

今夜自分が行うのは、こんなに綺麗なことじゃない。

暗くて、澱んでいて、美しさの欠片もない所業だ。

なのに、お月様にこうも立派に輝かれちゃやりにくい。

そう、なんだか後ろめたく感じるほどに立派だった。

それを憎々しげに睨んで、教会に入る。

重いドアを開け、中を見渡す。

教会内も月明かりに照らされていた。

神の御座。そこを照らす月輪。

神を信ずるものから見れば、思わず祈りたくなるような神秘的な光景。

そこに、不釣り合いな影が1つ。

「来たか、時間通りだな。」

教会の中央、祭壇の目の前に言峰綺礼が佇んでいた。

昨日と違い、顔は真剣そのものだった。

彼は士郎の様子を少し眺めて言う。

「…ほう。流石に今回はナイフ1本と言う訳ではないのだな。」

「当たり前だろ。昨日とは状況が違う。」

今回の士郎を武装は、竹刀袋に入った木刀、袖の中に仕込んだナイフ、ポーチに居れた手榴弾やワイヤー、火炎瓶や爆薬など。

そして懐のホルスターには起源弾(切り札)

彼の現状を顧みても、万全としか言えない装備だ。

「そう言うアンタこそ丸腰か?まさか徒手空拳じゃないだろうな。」

一方の言峰は士郎と比べると些か身軽に見える。

「まさか、それほど楽観的ではないさ。」

そう言って、言峰は両手を軽く振るう。

するとそこには

「!」

片手に3本ずつ、合計6本の剣が握られていた。

しかしそれは、剣と呼ぶには弱弱しく、まるで投擲に使うような見た目だった。

「これは教会の代行者が使う概念武装。名を黒鍵と言ってな。簡単に言うならば、死霊に特化した浄化の剣だ。あの死に損ないのご老公にはたいそう効果があるだろうな。」

概念武装。

士郎の武装のように人間を傷つけることに特化したものでは無く、意味や概念などに守られた存在に傷をつける魔術兵器。

例えば、相手が死霊まがいの存在ならば、普通の武器では干渉できないが、黒鍵などならば、触れただけで強制的に成仏させてしまう、など強力な浄化の祈りが込められている。

これが聖堂教会、代行者の武装だった。

「まぁ、今は未熟者に教える時間もない。簡単に計画の確認を行おう。」

いつもならば、士郎の無知に対して皮肉を投げる言峰も、今日に限ってはおとなしかった。

「あぁ、じゃあ改めて説明するぞ。」

そう言って、士郎が説明を始めた。

 

 

 

士郎が考えた作戦はいたってシンプルなものだった。

間桐臓硯。疑似的ではあれ、不死を体現しかけている男。

しかし彼には、彼であるが故に致命的に弱点がある。

それは、良くも悪くも彼の使い魔が蟲である(・・・・)ということ。

彼は蟲を使い魔にすることによって自らが赴かずとも諜報や索敵などを行える。

これにより他の参加者よりも早くマスターとサーヴァントの正体を掴むことができる。

さらに言えば、戦闘面でも強みが多い。

視蟲や翅刃蟲など、単体では魔術師戦に向いている虫達。

それらが束になれば、並の魔術師でも苦戦するだろう。

しかし反面、どうしても拭えない弱点もある。

それは

 

「しかしまぁ、改めて聞いても大胆な作戦だ。お前もそうだが間桐慎二も正気では無いな。まさか自宅に火をつけるなど(・・・・・・・・・・)、いくら覚悟を決めていてもできることではあるまい。」

 

そう、それは炎。

今は昔、太古の時代。

人類が初めて手にした叡智であり武器。

それまで神の権能だったものが、初めて人の手に落とし込められた。

それにより人が知識を持つ時代になるのだが、それはまた別の話。

兎に角、臓硯が蟲を使い魔としている時点で、弱点は火となってしまう。

実際に第4次聖杯戦争において、間桐からの参加者が、火を扱う魔術師に大敗したという前例もある。

炎による火攻め。慎二が用意した必勝の策。

慎二は魔術師ではない。故に彼に魔術は使えない。

ならばこそ、魔術によってではなく、人が生み出す火炎によって間桐の歴史を焼却する。

当初の士郎の計画では、慎二に間桐邸侵入の手引きをしてもらう予定だったが、慎二がそれを拒みこちらを提案した。

魔術師ではなく、一部たりとも警戒のされていない。

しかし、警戒が無いからこそ、決行のその瞬間まで気づかれることが無い。

そんな慎二だからこそできる作戦だ。

「…正直、そこまでやるとは思ってなかった。」

士郎はかすかに苦笑して言う。

「それが彼なりの君への敬意なのだろうよ。ここにして彼も成ったと言う訳だ。」

一方の言峰はさもありなんとばかりに言う。

「彼は自らが犯した罪と、自らを縛り付ける呪縛。それら2つを文字通り灰に帰そうとしている。その覚悟を笑うことなど私にはできんよ。これは紛れもなくお前と彼の戦いだ。私などあくまで端役にすぎん。」

「……………」

友の覚悟に静かに感謝する士郎。

しかし感謝に浸る時間は無い。

確認を続ける士郎。

「今は20時40分。これが22時になった時、慎二が火をつける。それと同時にアンタは間桐邸に突入。」

しかし、その決死の特攻を試みるのは士郎ではなかった。

「そして、俺は俺を監視しているであろう(・・・・・・・・・・・・)アサシンの足止めをする。」

これが彼の役割。

間桐邸に突入が成功しても、そこにアサシンが居ては話にならない。

だからこそ、士郎は昨日わざわざ間桐邸に行き、計算外とはいえ宣戦布告までして、臓硯を警戒させた。

慎重なあの老人ならば、それで必ずアサシンを自分に向けるだろう。

あれは、そのための布石だった。

「いいのか?自らの手で臓硯を殺さなくて。」

神父の疑問は尤もだ。

臓硯を何よりも目の敵にしているのは紛れもなく士郎。

あの影と繋がり、善良な人々を次々と食い物にしている。

彼が誰よりも許せないはずの存在。

しかしそれを彼は拒んだ。

「そりゃあ、自分で決着はつけたいさ。けど、アンタの方が確実だ。ただでさえ綱渡りなんだ。私怨を気にしていたら真っ逆さま、っていうのはごめんだ。」

自らの怒りよりも計画の確実性を通す。

自分の感情をまっすぐにぶつける。

言葉であれ戦いであれ、不器用なまでのまっすぐさ。

それが彼の人柄の良い点でもあり、彼の今までの戦いの悪い点だった。

しかしここ数日で彼は変わってしまった。

感情ではなく、状況で自らを変化させる。

余計なものはいらない。自分の想いなど重しに過ぎない。

それは、今までの彼が消えてしまった何よりの証拠だった。

「…良かろう。ただ気を抜くなよ。生身でサーヴァントの相手をする方がはるかに綱渡りだ。それに、アサシンの有無によりこの計画の是非が決まる。お前が奴に殺されれば、その瞬間敗北は確定だ。私も間桐慎二も殺される。」

「分かってる。これでも1度あいつとは戦ってる。出来るだけ動き回って時間を稼ぐさ。」

口調は軽いも、目は真剣そのものだ。

士郎が1秒でも時間を稼げば、それで計画の成功率は上がる。

士郎が時間を稼ぐ間に、言峰が臓硯を殺す。

これが彼らの唯一の道だった。

「しかしまぁ、死に急ぐとしか思えん作戦だな。」

自嘲気味に笑う言峰。

それもそのはず。

1人は火の海を作り出し、もう1人はそこに自ら飛び込む。残った1人は正面から英霊と斬り合う。

1人1人が死にギリギリまで接近することで、初めて活路を見出す背水の陣。

「それでも、やらなくちゃ。」

しかし最早彼は死など恐れない。

彼が恐れるのはその先、自らの失敗で傷つく無辜の民の姿だ。

それの救うためなら、喜んでこの命を差し出そう。

元より自分の命など勘定外。天秤なんてとっくに壊れている。

時計の針はあと数刻で21時を刺そうとしている。

「そろそろ時間だ。行くぞ。」

そう言って、扉の方に振り返る士郎。

それに黙ってついていこうとする言峰。

開戦の火蓋が人知れず切られようとする。

外に出ればその時点で死地へと誘われる。

漆黒の夜空に嗤う月。

隠れる場所など無い。常にこれが目を光らせる。

この教会は最後の安置。死に急ぐ少年を繋ぎ止める楔。

しかし最早、それも断ち切られた。

士郎が扉に手をかけて外へ出ようとする。

 

その時だった。

 

「待て。」

 

「!?」

虚空からの声にとっさに振り返る士郎。

するとさっきまで何もなかった空間に、黄金の粒子が集まっている。

それは次第に束なり、人の姿を形作る。

薄暗かった教会に、まばゆいばかりの黄金が顕現する。

そしてその黄金の中から、1人の男が現れた。

「……………!!」

透き通るような金色の髪に、すべてを見下す紅色の瞳。

纏ったオーラが、他者を寄せ付けぬ風格を表している

服装こそ現代風だが、明らかに人間離れしている男。

間違いない。こいつは

「サーヴァント…!!」

すぐさま戦闘態勢に入る士郎。

しかし、それとは対照的に言峰の様子は落ち着いていた。

まるで旧友との再会のように眼前の英霊に話しかける。

「…驚いたな。来ていたのか。ギルガメッシュ。」

ギルガメッシュだって?

驚愕の表情の士郎。

ギルガメッシュ。

遥かな神代。人と神が共存していた最後の時代。

シュメルの都ウルクを治めていた、人類最古の英雄王。

紛れもなく超級のサーヴァントが目の前にいた。

「おい、どうゆうことだ言峰。アンタ、ランサー以外にも契約をしていたのか。」

不信感を募らせる士郎。

言峰がランサーを使役し、聖杯戦争を裏から監視していたのは知っていたが、まさか2人目が居たなど聞いていなかった。

しかし言峰は悪びれる様子もなく、いけしゃあしゃあと答えた。

「彼は私のサーヴァントでは無い。前回の聖杯戦争において聖杯を勝ち取り受肉を果たした英霊だ。その後、協力者という形で一緒にいるに過ぎん。」

「聖杯を勝ち取った?聖杯を取ったのは切嗣じゃないのか!?」

「確かにやつは聖杯を勝ち取ったとも。しかしそれは空の器にすぎん。中身はあいつ自身が破壊し、すべて零れ落ちたからな。その真下に居たのがこいつだ。」

そう言ってギルガメッシュの方に向き直る言峰。

「それで何の用だ。生憎と時間が無い。お前の道楽に付き合う時間は無いぞ。」

「ハッ、随分と辛らつではないか言峰。よほどそこの小僧に入れ込んでいると見える。」

言峰の冷たい言葉を易々と受けながすギルガメッシュ。

「…………否定はせん。互いの目的のために利用し合っているに過ぎんがな。」

その言葉に言峰の表情が微かに曇る。

「まぁ良い。そちらの状況はあらかた分かっている。あの老獪めを討つのであろう?」

老獪、とくれば指すのは間違いなく臓硯の事だ。

現時点では士郎と慎二、そして言峰しか知らないはずの事をこの男はさも当然のように言った。

「……………それがお前に何の関係がある。」

そのことに驚くも驚愕の色は出さない。

何を言われようと、あくまで頭は冷静に。

それがここ数日間に強敵たちと舌戦を繰り広げてきた士郎が学んだことだった。

ギルガメッシュを睨んだまま、警戒を続ける士郎。

「そう睨むな。あの老獪には以前一杯食わされてな。王としてその礼をせねばと思っていたのだ。だからな、貴様らに助力してやろうと思ってな。」

しかしそれでも、王は余裕を崩さない。

警戒なぞ彼にとっては小さき事。

「…本気か。どうゆう風の吹き回しだ。此度の争いには最早興味を失くしたのではないのか」

その言葉に士郎よりも驚く言峰。

実際にギルガメッシュはこれ以上聖杯戦争に関わることを避けていた。

理由は簡単にして、彼にとっては至極当然の事。

生前、この世の財全てを手に入れ、この世の悦のすべてを極めたこの男にとって、退屈とは何よりも耐えがたき苦痛。

受肉したことで多少の現代に触れ、多少の刺激は得たものの、それも10年続けば退屈へと変貌する。

故に、彼はこの聖杯戦争で退屈を紛らわそうとしてたのだ。

しかし、あの黒い影が出てきた時点で、彼にとってはこれは児戯にも等しい事柄になった。

勝者が出る前に中身が出るなど、あってはならない。

「確かにあの醜悪な影が表に出てきたときは白けたものだ。あいつが居ては最早儀式として成立せん。せめてもの慈悲として自害を勧めたのだがな。あやつには些か度胸というものが足りなかったらしい。いや、それとも喪うもの方が多かったのかもな。」

しかし、

「だが、捨てる神あればというが、なかなかに面白いものが残っておるではないか。」

そう言って士郎を眺めるギルガメッシュ。

その眼は、新しい玩具を見つけた幼子の様で、

確かな興味と、嗜虐に満ちていた。

しかし、士郎にとってはそれよりも、彼の放った言葉の方が気にかかっていた。

「待て、お前あの影について何か知っているのか。」

それを問うた瞬間、場の雰囲気が一変した。

死の気配。

眼前の男から色濃く発せられるそれが、この空間を満たす。

 

「己惚れるなよ。雑種の分際で(オレ)に問いを投げるのか。エミヤシロウ。」

 

「ッ!!」

目の前で突如沸き上がった怒りに、僅かに体をこわばらせる士郎。

だが、そこに助け船が出る。

「やめろ、ギルガメッシュ。こいつが死ねばそれこそ貴様の見たいものも見れなくなるぞ。」

「…ほう。貴様如きの忠言で我が立ち止まるとでも?大きく出たな、言峰。」

「……………」

言峰はそれだけ言うと黙り込んでしまう。

「………………………まぁ良い。ここまで貴様が入れ込むこやつに興味があるのは事実だからな。」

そう言って、殺意を収める英雄王。

「して、なんだ、説明をしてなかったのか。」

「私はあくまで監督役だ。その真実は彼自身が辿り着くべきだろう。」

「……………まぁ、お前がそう言うのならば良いか。」

納得したように士郎に向き直る。

「あぁ、知っているとも。語ってやってもよいが、それだけの時間が貴様にはないのであろう?それでどうする。おとなしく(オレ)の助力を乞うか?」

「…信用ができない。せめてお前の目的を教えろ。」

先ほどまでの震えを隠すように警戒して士郎が言う。

「戯けが。そもそも貴様と言峰の間にも信用などあるまい。ならばおとなしく助力を乞うのが道理であろう。それとも、王の顔に泥を塗ろうというのか?」

「……………」

彼にとって、士郎の死はおろか、聖杯戦争の動向など些事に過ぎない。

それは先刻の1連の行動ですでに痛いほど身に染みた。

ここで彼の逆鱗に触れては、この後の姦計など全てが無に帰す。

全細胞がこぞって赤信号でそう叫んでいる

故に、問う形ではあるものの、士郎に拒否権など無かった。

しかしそれでも、

「…分かった。それで、お前は具体的に何をしてくれるんだ?生憎、役者は揃っているんだが。」

殺意による脅しなど、衛宮士郎には意味を成さない。

彼はあくまで、効率の良い計画の遂行を望むのみ。

ならばそれが、悪魔の誘いだろうとそれすらも超えてみせる。

自己犠牲の化身、聖者のような寛大さに見せかけて、ただ周囲を信用していないだけ。

そのような男に口先の脅しなど通用はしない。

「……………ほう。これでも気圧せん気概は誉めてやろう。」

感心したように士郎を眺めるギルガメッシュ。

「しかしだな。役者は揃った、というのは些か驕り過ぎではないか小僧。いくらアサシンが羽虫に過ぎんとはいえ、貴様ら脆弱な人間にすれば、あれは最悪の相手だ。」

「そんなの、やってみなくちゃ分からないだろ。」

ギルガメッシュの言葉にカチンときたのか、士郎が勢いよく言葉を返す。

しかし、王は紛れもないこの計画の脆さを指摘する。

「阿呆が。勇気と蛮勇は全くの別物だ。自らの弱さを自覚せんものが、大局において果敢に戦えるわけが無かろう。」

この計画の脆さ。やはりそれは戦力不足。

そも、英霊相手に時間稼ぎなどおこがましい。

彼らは死そのもの。

人を超越し、人に使える過去の影。

たかが人間が、一朝一夕でかなう相手ではない。

士郎自身、それを理解していても、それでもそれしか無かったのだ。

「だったらどうしろって」

士郎が言葉を発するのを遮って

「だからな。業腹だが(オレ)があの羽虫を相手をしてやろう。それならば文句はあるまい?」

「なっ!」

驚いたのは言峰だった。

「本当にどうしたのだ。貴様らしくない。」

その驚愕に対し、熱を帯びた言葉を返す英雄王

「言峰よ。共に嗜虐の愉悦を最上とする者として1つ教えてやろう。」

「確かに人間が堕落し、破滅していく様を盤上から眺めるのも良い。何しろこちらが手を加えずとも勝手に踊り、堕ちていくのだからな。効率化を極める当世ではこれほど手軽で面白味のあるものはそうそうあるまい。」

まるで趣味を語るように、人の転落するさまを語る。

善も悪も等しく、人が積み上げて来たものを裁定する。

そんなギルガメッシュだからこそ辿り着いた真の悦。

「だがな、それはあくまで当世の話。そも人の営みとは確かな時間と手間に裏付けされている。こちらが苦労すれば、それに比例するようにその後の悦も確かなものとなる。まぁ、退屈だというのが本心ではあるのだがな。」

「覚えておけ言峰。ただ盤を見つめ、時折手を加えるだけでは推し量れんものもある。貴様には理解できんだろうが、それは善も悪も等しく同じことよ。ならば時には駒となり、大局を動かすのも一興よ。」

「……………」

珍しく言峰が言葉を失う。

退廃の英雄王。

彼にとって聖杯戦争は愚か、このような小競り合いなどただの戯れに過ぎない。

しかし、戯れだからこそ、そこに悦と浪漫を求める。

分かり切った結末を前に、自らという変数をもってその結果を覆し、その動向を肴とする。

さながら他人の脚本に、自分という異端をもって自らの望む結末に変えるかのように

どこまでも傍若無人。人類最高峰の我欲。

この王の前に、少年の運命もまた歪もうとしていた。

「……………いいのか。」

「応とも。精々遊んでやるとしよう。」

しかし、今はそのことに気づくはずもない。

「分かった。なら変更だ。言峰、俺も一緒に間桐の家に行く。正直、あの老害には1発喰らわせたかったんだ。」

「………………良いだろう。ギルガメッシュ、あまり遊びすぎるなよ。」

士郎の決定に渋々、といった雰囲気だが、言峰も了承する。

「それはあの虫けら次第だな。興が乗れば我が威光の一端を見せてやらんでもない。」

 

契約は為される。

英雄王ギルガメッシュ

暴虐の嵐そのものは、彼の戦いにどのような影響を与えるのか。

およそ余人では測れないこの道行き。

 

「では行くぞ。無駄な時間ではないが、それでもロスには変わりない。少々急ぐとしよう。

遅れずについて来いよ?」

「あぁ、体力なら有り余ってる。すぐにでも走りだせる。」

そう言って、今度こそ扉を開けて死地へと赴く2人の愚者。

そんな愚かなる勇者に王は告げる。

「存分に己を示せよエミヤシロウ。貴様の罪深きその在り方は俺が裁定するに値する。間違っても、このような下らん場で野垂れ死ぬなよ。」

激励とも挑発ともとれる言葉を背に少年は走りだす。

彼の戦い、その最初の夜がいよいよ始まろうとしていた。

 

 

 

 

……………尤も

「お前らの在り方は、一生理解できないよ。」

「?、何か言ったか。」

眼前を走る言峰に聞こえない声で呟く士郎。

先ほどのギルガメッシュの語りで、彼は理解した。

正確には、ギルガメッシュが唱えたものを、1つも理解できなかった自分を理解した。

人を貶めるものと、それを救い上げるもの。

ならば自らが本当に討つべきは。

真の悪とは、いったい誰なのかを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………さて」

人気が消えた薄暗い教会から月明かりが照らす外に移動する。

士郎と言峰が消えた後、王は静かに神の御前を後にした。

尤も、彼にとって神とは忌むべき存在。そこに尊敬の念など1つたりとも無いのだが。

外は閑寂としており、風の音さえ今にも掻き消えそうなほどの静謐に包まれていた

王の足音のみが静寂の中で木霊する。

こつ、こつ、こつ。

歩きながらも彼は周囲を観察する。

睨みつけるようにあたりを眺め、歩を進める。

こつ、こつ、こつ、こつ。

 

「そこか。」

 

突然、その足音が止まる。

教会の入口より数歩歩いたところ。

そこに鎮座する人工の明かり。

月明かりの雅さとは対照的に、容赦なく地面を照らす街頭。

その丁度てっぺん。人口の光も照らせぬ盲点。

そこを睨みつけたまま軽く腕を上げる。

すると、そこに現れる黄金の波紋。

そこより出でる、又もや黄金の三叉鎗。

弓を引き絞るかのように、正確に照準が合わせられ、

そして

それは容赦なく、何もない虚空へと発射される。

無論そこには何もない。

黄金の槍は、さらに深い闇へと吸い込まれてしまう。

 

――――――――――かと思えた。

 

「ギ、ガアアアアアアアア!!!??」

 

静けさを破る異形の叫び。

街頭の頂点より、黒い影が飛び出し、住んでのところで槍を躱す。

しかし体制を崩したのか、そのまま地面へと転げ落ちる黒い影。

「ギィィ…貴様…何故分かった……………」

その影の正体こそ、今宵の王の標的。

サーヴァント、アサシン。

間桐臓硯に仕えし、暗殺者のサーヴァント。

彼は臓硯に命じられ、昨日から士郎の監視をしていた。

そして今日、彼に動きがあったので、臓硯へ報告しようとしてたその矢先に、黄金に狙撃されたのだ。

アサシンのサーヴァントには、気配遮断という特殊なスキルが存在する。

これにより、攻撃のその瞬間まで気配を断ち、速やかに暗殺を実行できる。

そしてそれは暗殺以外、無論今回のような諜報にも役に立つ。

しかしそれを、かの英雄王はあっさりと見破った。

「はっ!虫を見つけるのなど造作もないこと、と言いたいところだがな。」

そう言って、ギルガメッシュは懐から1枚の鏡を取り出す。

掌に収まるほどのサイズでありながらも、纏う神秘がただの品ではないと告げている

「これはな、各地に伝わる真実を映し出す鏡。その原型でな。いくら貴様が巧妙に気配を断とうとも、その存在まで消すのは不可能であろう?それならば、見つけ出すのは容易いことよ。」

英雄王ギルガメッシュ

彼が扱う宝具。「王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)

古今東西のみならず、あらゆる時、あらゆる時代において英雄たちが振るったとされる数多の武具。

その原型。雛形すべてを納め、それを保管する宝物庫。

それこそが彼の宝具だ。

先ほどアサシンを射抜いた三叉鎗もその1つを発射したに過ぎない。

無数の宝具ではなく、無数の宝具を収納し、自在に操る事こそが英雄王たる証だった。

「グゥゥ……………」

低く唸り、退避に入ろうと後方に跳躍しようとするアサシン。

しかし

「おっと、」

ギルガメッシュが再び手を掲げる。

丁度アサシンが飛び退こうとした先。そこに再び現れる黄金の波紋。しかも今度はそれが3つある。

開かれる門。そこから現れ、発射される黄金の武具。

「ギッ!!」

済んでのところでそれに気づき回避するアサシン。

ギルガメッシュはそれを楽しそうに眺める。

「ふん。そうでなくてはな。多少の反撃が無くてはいくら遊びとはいえ興が逸れるというもの。精々楽しませろよ?」

そう言って、自らの後ろに門を展開する。

しかし今度は数が違う。

20は下らないだろう。数え切れんほどの黄金の波紋が闇夜を明るく照らす。

無数の武具の切っ先が、暗殺者へと向けられる。

影となり闇に潜むこの者を照らすかのように。

ここでついにアサシンは理解する。

自らに逃げ場など無い。ここはどん詰まりの終着点。

眼前の男を倒さない限り、ここから逃げ出すことなど不可能。

狩人と獣?いや、そんな明確に分かれた捕食関係など生ぬるい。

これは蹂躙だ。絶対的な強者の気まぐれで、自分はここに居ることができる。

「言峰らが戻るまで2時間と言ったところか、喜べよ暗殺者。それまでの間に(オレ)を飽きさせずいられれば貴様の勝ちだ。精々滑稽な姿で踊るがいい。」

金の引き金が絞られる。

一方的な虐殺が始まろうとする。

「前座にしては些か派手が過ぎるが、まぁ良い。そこは主役の腕の見せ所だろうよ。」

愉快気な高笑いこそ、彼の娯楽(戦い)の開始の合図。

奇しくも第4次(あの時)と同じ形で、新しい聖杯戦争がここに再開されようとしていた。

 



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鉄心 戦いの始まり③

割と早めに投稿できた気がします。
続きもかなりいいペースで書けているのでご期待ください。
最近、友人とapex legendsというFPSのゲームをよくやっています。
FPS自体がこれで初めてなので最初はかなり下手でしたが、最近はそこそこできるようになり今では数人キルできるようになりました。
PC版ではチートがひどかったようですが、PS4にはほとんどいないので是非やってみてください。
ではどうぞ。


静寂に包まれた夜。

深谷町の丘の頂上にある間桐邸の深部、修練場と呼ばれる場所にその怪物は居た。

間桐臓硯。500年の妄執に憑りつかれた、始まりの御三家の1人。

彼は思案する。内容はもちろん、今後の自分の身の振り方についてだ。

……………ふむ、やはり桜の死体を取り逃したのは惜しいな。

あやつはこの次、第6次においての本命だったのだがな。

しかし、あの者以上の素質を持つ者など、次までの間に誕生するかどうか…

いたとしても、儂が獲得できる確証もない。ここはやはり遠坂に保管されている桜の遺体を確保するしかないだろう。

それにはあのアーチャーが邪魔じゃ。襲撃は戦いが終わってからにするとしよう。

いくら遠坂の娘が優秀とは言えども、アインツベルンのバーサーカーに真っ向から勝てるわけはない。

此度の聖杯はあの器に譲るとするかの。アインツベルンの悲願もようやく形になるというわけじゃ。

遠坂の娘が倒れた後、ゆっくりと回収に向かうか。まだまだ貴様には役に立ってもらわんとな、桜。

死という彼女にとっての唯一の救いを得た後も、桜を使おうとする臓硯。

その魂は腐り果て、もはや体を保つのさえ困難となっている。

しかしそれでも、自らの悲願のために生き続けようとする臓硯。

まさに妄執。次が始まるまで50年という途方もない時間も、彼にとっては瞬きのよう。

「くっくっくっく。かかかかかかか!」

楽しそうに笑い、修練場を後にする。

扉を開け、慎二たちが暮らしている生活用のスペースに出る。

遥か昔。自分がまだマキリだった頃に築いたこの家。

それからかなりの時間が経っているはずだが、家政婦たちの掃除が行き届いているのか、不思議と汚くはない我が家(工房)

 

「むぅ?」

 

しかし、今日に限っては何か様子がおかしかった。

まず最初に違うのは匂い。

鼻の奥にこびりつく様な、重い刺激臭が家全体に充満している。

魔術師が人避けに焚く香の匂いとはまるで違う。

嗅ぐだけで頭がくらくらするような香りだった。

加えて、床がかなり濡れている。

水浸し、とまではいかないまでも、歩けば水音がするほどに濡れている。

湿っている、水が染み込んでいる、と言った方が正しいか。

しかもそれはここだけではない。

どこもかしこも、おそらく家家中の床がこのように湿ったように濡れていた。

—————なんじゃ?何が起こっておる?

あまりの唐突さに事態が呑み込めない臓硯。

外から何者かが侵入した気配はない。

ならば一体これは……………

そこでハッと気が付く臓硯。

月明かりも入らず、真っ暗な室内の階段を上った先。

数日前まで、間桐桜の部屋だった場所。そこに小さな明かりが灯っており、中からは人の気配がする。

すぐさま移動する臓硯。犯人など1人しかいない。

そこらに転がる赤いボトルを無視して部屋へ向かう。

そして、その中にソレは居た。

開け放しの扉の先。片手に小さな光源を構えている男。

逃げも隠れもしない。襲撃者にしては暢気が過ぎる。

そんな男に、臓硯は怒気をもって言葉を投げる。

 

「貴様…一体何のつもりじゃ。慎二。」

 

水浸しの犯人。間桐にて最も力無き者。

道化、面汚し、小物。

そう呼ばれ、虐げられ続けた哀れな人間。

間桐慎二が、そこに立っていた。

 

 

 

「あぁ、お爺様。案外遅かったですね。」

しかし、彼に焦る様子はない。

普段ならば臓硯を見かけただけで怯え、身を竦ませるはずなのに、今は虚ろな目で見つめるだけ。

「貴様何をしている。家中が水浸しじゃ。それに匂いもひどい。早く片付けろ。」

怒気を込めて、しかし声は荒げない。

首を絞めるかのように、ゆっくりと告げる。

いつもならこれでおしまいだ。彼は何も出来なくなる。

だが今日に限って、

いや、今日だからこそ、

「お断りですよ。せっかく仕掛けたんだ。最後まで使います。」

この男は誰よりも冷静だった。

その態度が、通常は狡猾な筈の臓硯の思考をブレさせる。

「貴様…、儂に逆らうというのか。」

警戒よりも先に、思わず怒りをあらわにする。

「というか、これが何だか分からないんですか?…まぁ、魔術師(あなた達)にはあまり縁のないものかもしれないですけどね。」

そう言って、手にしたボトルを振りかざす慎二。

中から残った液体が漏れ、床に新たなシミを生み出す。

「今はそんな事問うてはおらん。死にたいのか?貴様。」

我慢ならん、とばかりに周りに虫達を展開する臓硯。

弱者に対する驕りか、それとも身内の不出来に対する失望か。

どちらにせよ、明らかに冷静さを欠いていた。

周りの観察も、状況の確認も

近づいてくる襲撃者の気配(・・・・・・・・・・・・)にさえ、気が付かないまま。

 

「なら、教えてあげますよ。」

そんな臓硯の殺意に怯まず、無視をして言葉をつづける慎二。

「これはね、揮発油…まぁガソリンですよ。そして……………」

そこまで言って、手にしていたボトルを放り投げ、ポケットから何かを取り出す慎二。

取り出したのは、どこにでもある安物のライター。

人が生み出し、彼ら(魔術師)から奪い取った神秘。

「待て!貴様何のつもりじゃ!」

そこでついに、臓硯も事の重大さに気が付く。

それ自体には、魔術師が行えるような人1人を覆いつくすような炎を生み出すことはできない。

あくまで種火。生み出す火は僅かなもの。

しかし、今の状況においては

 

「ようやく気が付きましたか。どうやら今日は頭が冴えていない様だ。遂にボケましたか。ま、孫としてはそちらの方が安心ですけどね。」

 

この炎は、すべてを焼き尽くす劫火だった。

そこからの臓硯の行動は素早かった。

すぐさま使い魔の虫達に、彼の首元に喰らい付くよう命令する。

弾けそうな羽音と共に飛び掛かる虫達。

眼前に迫る死。いつも以上にリアルに感じる殺意

しかしそれらを受けても、慎二は落ち着いていた。

 

――――――――――こんなの、衛宮に比べたら軽いもんだ。

 

懐からスプレー缶の様なもの取り出し、ライターの火の後ろに構え、発射する。

小さな種火が、スプレーの力で大きな火炎に変わり、飛び掛かる虫達を焼き尽くした。

ぎちぎちと言いながら、丸子げになる使い魔たち。

「なっ!?…慎二…貴様!!」

自らの使い魔が燃やされたことに対し、殺意を表に出す臓硯。

それに対し、慎二はどこか嬉しげだった。

「はは、はははは!なんだよ、ほんとに燃えんじゃん!飛んで火に入るってのは、使い魔でも同じだったんですねぇ!」

そう言って、燃え尽きた虫だったものを踏みつける。

「ほら、見ましたかお爺様!あなたの虫たちはただの人間である僕に、消し炭にされたんですよ!」

「黙れ、面汚しが。今更貴様が間桐の魔術を語るでない。いいからその火を下せ。そうすれば、命だけは助けてやらんでもない。」

老人はようやく認める。目の前の男が自らの、ひいては間桐の敵であることに。

しかし、悲しいかな。老人はその強さ故に、敵を敵だと、認識するのが遅かった。

「嫌ですよ。そろそろ虐げられるのにも飽きたんだ。そっちこそそろそろ黙れよ。間桐には、そんな古臭いもの必要ない。」

きっぱりと、間桐への決別と臓硯への侮辱を告げる慎二。

 

「僕が新しい間桐の当主だ。はっきり言って、アンタ邪魔なんだよ。ここで燃え尽きて、そこの虫たちのように灰になれ、老害。」

 

火が付いたままのライターから手を放す。

死の篝火が、火元だらけの床へ降りていく。

「待て、辞めろぉぉぉぉぉ!!!」

それはスローモーションのようにゆっくりと落ちていく。

そしてそれが床についた時

世界が、赤に変わった。

 

 

 

 

燃える。燃えていく。

間桐の積み上げた歴史が、持たざる者が生み出した人工の炎によって、次々と燃えていく。

何も、それは魔術に限った話ではない。

その中で、僅かにも営まれた人の関わり。

消え入るようだった、なけなしの幸福。

それすらも、炎は容赦なく呑み込んでいく。

家中にまき散らされたガソリンは、火元である慎二が作りだした小さな炎を、効率よく家全体に伝えた。

「慎二ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」

切り裂く様な轟音。

怒りに満ちた獣のように叫ぶ臓硯。

「貴様、今更楽に死ねると思うなよ。全身を虫たちの苗床にしてやる。いくら喚こうが容赦はせん。惨めに無残に殺してやろう。」

そう言って、先ほどの倍以上の虫達を呼び出す。

その虫達は、炎に包まれてもなお、その姿を保っていた。

耐火性の虫。

多くの魔力を費やし作り上げた使い魔。

自らの弱点をそのままにしておく男ではなかった。

火を纏い、火球のようになってなお眼前の敵に喰らい付こうとする。

しかし、慎二はそれを向けられも身じろぎ1つしない。

自らも炎に包まれているというのに、表情は涼しげだ。

「なんじゃ、命乞いの1つでもしないのか。」

つまらなそうに臓硯が問う。

「えぇ、僕の役目はこれで終わりですので。あなたに気付かれず、屋敷に火を放てた時点で僕の勝ちです。」

勝ち誇ったかのように言う慎二。

「役目…役目じゃと。………!?まさか貴様ら!!」

 

その時だった。

 

下の階、それも玄関の方から、何かを蹴破ったかのような激しい音がする。

それと同時に、気配が2つ。

今度は紛れもない、魔術師の気配。

 

監視用に玄関の傍に置いておいた虫の瞳が、燃え盛る火炎の中に1人の少年を映し出す。

火の中でもなお、燃えるような赤い髪。

その琥珀色の眼は曇りきり、何も映してはいない。

その表情は無機質。ただ淡々と動くだけの機械のよう。

しかしその姿は紛れもなく

 

「衛宮の…子倅…!」

 

憎々しげに呟く臓硯。

ここでついに彼は理解した。

昨日の謎の訪問。アサシンから伝えられた、日常を演じるかの行動。

その裏で密かに動いていた慎二と、何の因果か、彼に協力した神父。

今この場にいないアサシン。火に焼かれていく己の虫達(肉体)と屋敷。

 

―――――嵌められた。

 

恐らく昨日の段階で、全て始まっていた。

それにしても、行動が早すぎる。

桜が死んでから、まだ3日しか経っていない。

僅か3日。思い人の死を乗り越えるのにはあまりにも短い時間。

故にこそ、何か企むことはあっても直ぐに動いてくることは無いだろうと思っていた。

しかし、その油断こそが最大の致命。

衛宮という男の精神性を、全く把握していなかった。

彼の心は、あの夜からずっと鉄になったまま。

鉄は折れず、傷つかず、故にこそ

 

誰にも、理解など出来ない

 

3日という、彼にとっては長すぎたほどの時間

その間に、自らを殺す算段を整え、協力者を用意し、今現在、彼らはここに居る。

思い付き?怒りによる衝動?桜の復讐?

そんなものでは無い。

ただ彼は、自分を殺すためにここに来た。

この見事なまでの手腕。計画から実行までの速さと、容赦のない作戦。

覚えがないといえば、嘘になる。

 

「それで、僕を殺すんでしたっけ。いいんですか、そんな悠長なことをしていて。」

嘲笑うかのように、両手を広げて言う慎二。

「ちぃ、命拾いしたな慎二。そこで自らが焚いた炎に焼かれて死ぬがいい。」

そんな彼を一瞥し、消える臓碩と虫達。

今はこんな小物よりも、侵入者を迎撃することの方が、臓硯にとっては重要だった。

所詮このような罠を仕掛けても慎二はただの人間。この場から素早く脱出する術を持ち合わせているわけではない。

それよりも、今はあの小僧共だ。

平時ならばあしらうなど造作もないことだが、今この状況では追い詰められているのは自分だろう。

しかし衛宮の子倅の表情。何とも哀れなものだ。

よぎるのは10年前。第4次において猛威を振るった魔術殺し。

まるで生き写しのようだ。

顔は違えども、変わらぬ理想(もの)がそう告げている。

 

「カカ、カカカカカ!儂を殺すために、そこまで堕ちたか。衛宮士郎!」

 

猛る臓硯。ここまでの窮地、いつ以来か。

しかし死ぬわけにはいかない。

この程度の苦境、自らが過ごした500年には及ばない。

そうだ、まだだ。

まだ何も為しちゃいない。まだ何1つ始まっていない。

500年前思い描いた、我が悲願を達成するために————

 

さぁ、刮目しろ老魔術師。

500年の妄執を断つために、此処を死地と知りながら、飛び込んできた愚者が2人。

陰と陽、正義と悪。本来交わらない2者の切っ先が、今はお前に向けられている。

英霊が出る幕など、此処にはない。

聖杯など、此処においては関係ない。

これは正真正銘、ただの魔術師同士の殺し合いだ。

 

 

 

 

 

屋敷から煙が見える。

どうやら慎二がついに始めたらしい。

開戦の狼煙のように、灰暗い煙が月夜に上がっていく。

「フッ!」

気合と共にドアを蹴破る言峰。

「行くぞ。」

「あぁ。」

迷いなく入っていく言峰。

その背中を追い、燃え盛る間桐邸に突入した。

まず目の前に飛び込んでくるのは、一面の炎。

「っ……!」

熱い。家の中は何処も彼処も燃えていた。

慎二はかなり派手にやったらしい。辛うじて先に進む通路が残されているのみで、他は火の海だった。

ごうごうと燃え盛る業火は、来る者達を焼き尽くさんと息巻いている。

最早屋敷に生活の後は無く、黒い灰がそこら中に立ち込めていた。

仮に慎二たち以外に人が居たら、それはもう息をしていないだろう。

「……………」

嫌でも、よぎってしまう。

10年前。すべてが終わり、そして俺が始まったあの火災。

傷跡は今でも生々しく残っている。

あの時の熱さを、苦しみを、何より置いてきてしまった物の痛みを。

俺は忘れたことなど無い。

忘れられるわけがない。

だからせめて、それに恥じないように、俺は———

 

「雑念など挟む暇はないぞ。ここも直ぐに燃えてしまうだろう。」

 

「!!」

言峰の言葉で我に返る。

今は感傷に浸れるときじゃない。

「悪い。少し思い出しちまって…」

「詮方なきことではある。だが、今この炎は私たちにとっては先を照らす灯火だ。間違っても敵ではない。」

「…なんだ。心配してるのか?」

思わず顔が緩む。

「ふっ…、どう取るかはお前次第だ。尤も、そんな減らず口を叩ける奴には余計なお世話だったかな。」

「はっ、アンタも相変わらずだな。」

憎まれ口をたたき合う。

だが、おかげで落ち着くことができた。

「行こう。慎二はきっと上に入る。そこに行けば、きっと臓硯も居るはずだ。」

辛うじて残る火の無い所に踏み出す。

辺りとは裏腹に、心は冷え切っている。

「了解した。背中は任せろ、衛宮士郎。」

「アンタ、楽しんでるだろ。」

「ふふ、さて、どうかな。」

ふざけたことを言う言峰を無視して、歩を進める。

兎に角、上に行かなくちゃ。

 

 

 

上階も例によって燃え盛っていた。

息が苦しい。

後ろの言峰も平静は装っているが、明らかに苦しそうだ。

慎二は大丈夫だろうか。

常人がこんな場所で10分も居たら、死んでしまう。

早く目的を果たして、助けないと。

そう考えながら、足を進める。

すると、少し広い空間、ホールのようなところにでた。

ここは比較的火が回っておらず、かなり動き回れそうだ。

そしてそこ奥、先に進む通路の方に、ソレは居た。

「お出ましか…」

距離にして10メートルほど手前に居る、紛れもなく異形と呼べる存在。

体長は俺や言峰を優に超えている。

見た目は蜘蛛に近い。全身に赤黒い体毛が生えており、体の中心。口のような部分はまるで蛭のように蠢いている。

真っ赤な瞳は何かに狂ったよう。

6本の手足は、それらすべてが命を刈り取るような鋭利さだった。

そのサイズと迫力から、熊程度の大きさになったタランチュラ、と言えば分かりやすいか。

そして驚くべき事に、ソレはこの炎の中でさえ、全く燃えていなかった。

ぎちぎちと蠢く異形。

見ただけで思わず吐き気がする。

「Giiiiiiii――――――!!!!!」

「耐火性の使い魔、それもかなりのものだな。流石に自らの弱点くらいは対策しているか。」

感心する言峰をよそに、直ぐに戦闘態勢に入る。

 

「耳と目を塞げ!言峰!」

 

腰のポーチから素早く手榴弾を取り出し、ピンを抜いて投げつける。

綺麗な放物線を描き、怪物へ向かっていく。

我ながら会心の一投。

爆弾は寸分の狂いもなく、その異形の中心へと向かっていき————

 

「Gi、Gaaaaaa!!!!!!!!」

 

派手な音を立てて、爆発した。

「ぐっ!」

爆音と共に来る風に押される。

だがこれだけの威力だ。あいつもただでは済んでいないだろう。

「くそっ、戯けかお前は!こんな場所で手榴弾だと!?」

「いいだろ、これが1番手っ取り早い!」

言峰も悪態をつけるくらいには元気だろう。

そう言って、怪物の方を見やる。

見ると、怪物が居た場所の天井が吹き飛んでいる。

火の粉と共に舞い上がる塵芥。

壁には何か魔術的な防御が貼ってあったのか、少し抉れ、焦げ付く程度だった。

「やったか…?」

そう思ったその瞬間

 

真っ黒な死が、眼前に飛び込んできた。

 

「ッ!同調(トレース)、開始(オン)!!」

とっさに背中の木刀を引き抜き、受け流すように防御する。

体に重い衝撃が走る。

「ぐっ!、ぅぅぅ…らぁ!!」

押し切られそうになったその瞬間、そのまま力任せに切り払い、後ろに飛ぶ。

「はぁ、はぁ、嘘だろ…」

煙の中から傷1つなく現れたそれは、敵対者に対して殺意を向ける。

前足を2本上げ、威嚇するようにこちらを睨む。

「あれ、虫ってレベル超えてないか…?」

「あの体毛が爆炎を防いでいるようだな。しかもかなりの強度があると見える。」

そう言って、俺の木刀の方を見る言峰。

見ると、強化されたはずの木刀が、丁度あいつの攻撃を受けた部分だけ薄く抉れていた。

「ちっ、こっちもきついのかよ。」

その出鱈目さに、悪態をつく。

「火器の類は、最早気休め程度にしかならんな。お前の武装では相性が悪い。私が前に出る、お前は援護を…、む。」

 

そこまで言って言葉を切り、後ろへ振り向く言峰。

「どうやら、そうも言っていられない様だ。」

後ろには、前に居るのとまったく同じ異形がもう1体、同じくこちらを威嚇するかのように睨んでいる。

——まずい、挟まれた。何とかどちらかを倒さないと、

そう思い、木刀を構え直した時だった。

 

「カカカカカ!どうじゃ?楽しんでおるか、小僧共。」

 

何処からか声がする。

粘り付く様な低い声、聞いただけで総毛だつ。

「間桐…臓硯!!」

思わず、そう叫んでいた。

「おぉおぉ、そう猛るな、衛宮の子倅。慎二を丸め込みここまで侵入してきたその手腕、見事なものじゃったぞ。亡き養父も優秀な後継ぎができて、さぞ満足であろう。」

馬鹿にするかのような態度に、ますます頭に血が上っていく。

「黙れ!いいから姿を見せろ!」

「猛るなと言っておろうが。儂を殺したいのなら、まずはそ奴らの相手をしてやれ。化生のはらわたに自ら飛び込んできたのじゃ。それくらいの覚悟できておろう?」

「ふっ、はらわたに、ときたか。飼い犬に手を噛まれたのに余裕だな。間桐のご老公?」

眼前の異形に警戒を続けたまま、言峰が口を挟む。

「ほほう、誰かと思えば…。10年ぶりかの、代行者。どうじゃ?その後、迷いは晴れたか?」

「お陰様でな。たった今、邪魔だった羽虫を潰せそうだ。」

いつもの調子で挑発をするが、その表情に余裕はない。

「カカ、大きく出たな。…まぁ良い。貴様らさえ殺せば後はどうとでもなる。重要なのは屋敷ではなく土地じゃ。この程度の損失、愚息の不祥事として受け入れるとも。ではな、精々足掻くがいい。」

「…!、待て!!」

そう叫ぶも、辺りから気配は消えていた。

「くそっ、あいつ…」

「今はあれに構っている暇など無い。眼前に集中しろ。気を抜けば、餌となるのは我々だぞ。」

こちらに背を向け、異形と対峙したまま言峰が言ってくる。

「分かってる。アンタこそ、口ばかり動かしていたらやられるんじゃないのか。」

熱くなっていたのを見抜かれた腹いせに、悪態をつく。

「それは貴様も同じだろう。言われっぱなしは性に合わん。…違うか?」

言峰も、お返しとばかりに返してくる。

「……………」

「……………」

短い沈黙。覚悟を決める。

コレを倒さない限り、お互い前へは進めない。

瞳を閉じ、軽く深呼吸する。

震える手を無理やり押さえつけ、木刀を強く握る。

がちがちと鳴る歯と、どくどくとうるさい心臓から、意識を離す。

冷え切った心に触れる。躊躇いなど、とっくに捨てた。

沸騰寸前だった頭が冴えていく。

 

———————心を、鉄にする

 

「背中は任せたぞ言峰。こんな所でくたばるなよ。」

「それはお互い様というやつだ。そちらこそ、雑念に囚われてやられるなよ。」

俺たちはいつも通りだ。

違うのは眼前に、見慣れない化け物が居るだけ。

「はっ!そうかよ!そういうのはな、倒してから言うんだよ!!」

その叫びを皮切りに、互いに眼前の怪物へ突進する。

此処こそ最大の正念場。

今こそ、己の理想をかけて、己が意志を示す時だ。



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Interlude

Interlude

 

燃え盛る部屋の中。

間桐慎二は、壁に背を預けて座り込み嘆息する。

臓硯が目の前から消えたことで、今まで隠していた緊張の糸がほつれたようだ。

「はぁ、はぁ、げほっ!」

ため息をつくも、深く息を吸い込めない。

当然だ。

あたりは最早火の海。脱出のための通路はあるが、それ以外は炎に包まれている。

それに、ここまで来て自分だけ逃げるなんて、そんなみっともないこと出来ない。

「はぁ、ほんと、馬鹿だねぇ。僕もあいつも。」

懐からハンカチを取り出し、口元を覆うように巻く。

魔術的な加護がかかっているわけでもないただのハンカチだが、気休め程度にはなるだろう。

加えて煙は火災時だと空気より軽くなり、上に昇る。

今座り込んでいれば、動き回るよりは長く息ができるだろう。

後は熱さだが、これはまぁ、我慢するしかない。

――ここが全焼するまで大体20分くらいか。

とは言えども、苦しいものは苦しい。

肺はとっくに音を上げて、新鮮な酸素を要求してくる。

そのくせ心臓はさっきからせわしなく動き回っている。

体がだるい。頭に酸素が回っていない。

部屋は熱いはずなのに、指先は何だか冷たく感じる。

目が霞む。思ったよりも煙が濃い。

身体状況も、今置かれている状況も今までの中で過去最悪で、

そのくせ見返りなんてなく、ただ燃え切った家が残るだけで、

なのに、

 

「はは、ははははは。」

 

気分な今までに無いくらい最高で、体とは裏腹に力に満ちていた。

ちっぽけな反逆が、心の底から誇らしかった。

しかし

「…って言っても、ほんとに気持ちだけなんだよなぁ。」

そう、いくら気持ちに鼓舞されようが、すぐそこで行われている戦いには参加できない。

………あれは自分にはたどり着けない場所だ。

これ以上ないくらい輝いていて、そのくせ、いくら手を伸ばしても近くになんて行けなくて。

でも、それでも。分かってなお、足掻き続けていた。

皮肉なことに、足掻けるだけの環境が此処にはあって、だから無駄に期待してしまった。

それも今日で終わりだ。この憧れは断ち切らなきゃいけない。

夢は現実の前に敗れ去る。そんな簡単なことを認められなかった己の弱さを噛み締める。

それでも、やっぱり悔しかった。

自らの手で暗幕を落とすにしちゃあ、その光は余りにも眩しすぎた。

それが無意味なものであろうと、

いくら不可能であろうと、夢を見続けるくらいは、していたかった。

———だってさ、ほら。

夢は追っている時が、1番楽しいって、言うだろう?

ま、ここまで来ちゃあ、それもできないけどな。

炎の中で、ちっぽけな少年は自嘲気に嗤う。

とっくに眩んでいた瞳が、煙のせいで曇っていく。

 

「そこは、僕じゃいけないところさ。だから、頼んだぜ衛宮。」

 

下の方から戦闘音がする。どうやら始まったらしい。

眩しいものを見るかのように目を細め、手を伸ばす。

遠く遠く、自分じゃわからない世界。

楽園のようで、地獄に近い。強いようで、本当は弱い。

自分が憧れた、現世の浮世。

そんなところに、何も知らないまま躊躇いもせず入っていった友人の背に、ほのかな羨望と憐憫を覚えながら。

 

「ほんと、馬鹿だよなぁ、僕って…」

 

持たざる者は、その手を静かに下に降ろした。

 

 

Interlude out

 




これで、夢を見るのは終わり。
見るも無情な現実が、両手を広げて待っていた。


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火中に入り、己を示す①

2話同時投稿です。頑張りました。
GW終わるのに間に合わなかった……………。悔しさしかありません。
皆様は10連休いかがお過ごしだったでしょうか。
僕は忙しくも楽しかったですね。中々に充実していたのではないかと思います。
これからお仕事や学校の方が多いと思いますが、頑張りましょう!
では、どうぞ。


屋敷から煙が見える。

どうやら慎二がついに始めたらしい。

開戦の狼煙のように、灰暗い煙が月夜に上がっていく。

「フッ!」

気合と共にドアを蹴破る言峰。

「行くぞ。」

「あぁ。」

迷いなく入っていく言峰。

その背中を追い、燃え盛る間桐邸に突入した。

まず目の前に飛び込んでくるのは、一面の炎。

「っ……!」

熱い。家の中は何処も彼処も燃えていた。

慎二はかなり派手にやったらしい。辛うじて先に進む通路が残されているのみで、他は火の海だった。

ごうごうと燃え盛る業火は、来る者達を焼き尽くさんと息巻いている。

最早屋敷に生活の後は無く、黒い灰がそこら中に立ち込めていた。

仮に慎二たち以外に人が居たら、それはもう息をしていないだろう。

「……………」

嫌でも、よぎってしまう。

10年前。すべてが終わり、そして俺が始まったあの火災。

傷跡は今でも生々しく残っている。

あの時の熱さを、苦しみを、何より置いてきてしまった物の痛みを。

俺は忘れたことなど無い。

忘れられるわけがない。

だからせめて、それに恥じないように、俺は———

 

「雑念など挟む暇はないぞ。ここも直ぐに燃えてしまうだろう。」

 

「!!」

言峰の言葉で我に返る。

今は感傷に浸れるときじゃない。

「悪い。少し思い出しちまって…」

「詮方なきことではある。だが、今この炎は私たちにとっては先を照らす灯火だ。間違っても敵ではない。」

「…なんだ。心配してるのか?」

思わず顔が緩む。

「ふっ…、どう取るかはお前次第だ。尤も、そんな減らず口を叩ける奴には余計なお世話だったかな。」

「はっ、アンタも相変わらずだな。」

憎まれ口をたたき合う。

だが、おかげで落ち着くことができた。

「行こう。慎二はきっと上に入る。そこに行けば、きっと臓硯も居るはずだ。」

辛うじて残る火の無い所に踏み出す。

辺りとは裏腹に、心は冷え切っている。

「了解した。背中は任せろ、衛宮士郎。」

「アンタ、楽しんでるだろ。」

「ふふ、さて、どうかな。」

ふざけたことを言う言峰を無視して、歩を進める。

兎に角、上に行かなくちゃ。

 

 

 

上階も例によって燃え盛っていた。

息が苦しい。

後ろの言峰も平静は装っているが、明らかに苦しそうだ。

慎二は大丈夫だろうか。

常人がこんな場所で10分も居たら、死んでしまう。

早く目的を果たして、助けないと。

そう考えながら、足を進める。

すると、少し広い空間、ホールのようなところにでた。

ここは比較的火が回っておらず、かなり動き回れそうだ。

そしてそこ奥、先に進む通路の方に、ソレは居た。

「お出ましか…」

距離にして10メートルほど手前に居る、紛れもなく異形と呼べる存在。

体長は俺や言峰を優に超えている。

見た目は蜘蛛に近い。全身に赤黒い体毛が生えており、体の中心。口のような部分はまるで蛭のように蠢いている。

真っ赤な瞳は何かに狂ったよう。

6本の手足は、それらすべてが命を刈り取るような鋭利さだった。

そのサイズと迫力から、熊程度の大きさになったタランチュラ、と言えば分かりやすいか。

そして驚くべき事に、ソレはこの炎の中でさえ、全く燃えていなかった。

ぎちぎちと蠢く異形。

見ただけで思わず吐き気がする。

「Giiiiiiii――――――!!!!!」

「耐火性の使い魔、それもかなりのものだな。流石に自らの弱点くらいは対策しているか。」

感心する言峰をよそに、直ぐに戦闘態勢に入る。

 

「耳と目を塞げ!言峰!」

 

腰のポーチから素早く手榴弾を取り出し、ピンを抜いて投げつける。

綺麗な放物線を描き、怪物へ向かっていく。

我ながら会心の一投。

爆弾は寸分の狂いもなく、その異形の中心へと向かっていき————

 

「Gi、Gaaaaaa!!!!!!!!」

 

派手な音を立てて、爆発した。

「ぐっ!」

爆音と共に来る風に押される。

だがこれだけの威力だ。あいつもただでは済んでいないだろう。

「くそっ、戯けかお前は!こんな場所で手榴弾だと!?」

「いいだろ、これが1番手っ取り早い!」

言峰も悪態をつけるくらいには元気だろう。

そう言って、怪物の方を見やる。

見ると、怪物が居た場所の天井が吹き飛んでいる。

火の粉と共に舞い上がる塵芥。

壁には何か魔術的な防御が貼ってあったのか、少し抉れ、焦げ付く程度だった。

「やったか…?」

そう思ったその瞬間

 

真っ黒な死が、眼前に飛び込んできた。

 

「ッ!同調(トレース)開始(オン)!!」

とっさに背中の木刀を引き抜き、受け流すように防御する。

体に重い衝撃が走る。

「ぐっ!、ぅぅぅ…らぁ!!」

押し切られそうになったその瞬間、そのまま力任せに切り払い、後ろに飛ぶ。

「はぁ、はぁ、嘘だろ…」

煙の中から傷1つなく現れたそれは、敵対者に対して殺意を向ける。

前足を2本上げ、威嚇するようにこちらを睨む。

「あれ、虫ってレベル超えてないか…?」

「あの体毛が爆炎を防いでいるようだな。しかもかなりの強度があると見える。」

そう言って、俺の木刀の方を見る言峰。

見ると、強化されたはずの木刀が、丁度あいつの攻撃を受けた部分だけ薄く抉れていた。

「ちっ、こっちもきついのかよ。」

その出鱈目さに、悪態をつく。

「火器の類は、最早気休め程度にしかならんな。お前の武装では相性が悪い。私が前に出る、お前は援護を…、む。」

 

そこまで言って言葉を切り、後ろへ振り向く言峰。

「どうやら、そうも言っていられない様だ。」

後ろには、前に居るのとまったく同じ異形がもう1体、同じくこちらを威嚇するかのように睨んでいる。

——まずい、挟まれた。何とかどちらかを倒さないと、

そう思い、木刀を構え直した時だった。

 

「カカカカカ!どうじゃ?楽しんでおるか、小僧共。」

 

何処からか声がする。

粘り付く様な低い声、聞いただけで総毛だつ。

「間桐…臓硯!!」

思わず、そう叫んでいた。

「おぉおぉ、そう猛るな、衛宮の子倅。慎二を丸め込みここまで侵入してきたその手腕、見事なものじゃったぞ。亡き養父も優秀な後継ぎができて、さぞ満足であろう。」

馬鹿にするかのような態度に、ますます頭に血が上っていく。

「黙れ!いいから姿を見せろ!」

「猛るなと言っておろうが。儂を殺したいのなら、まずはそ奴らの相手をしてやれ。化生のはらわたに自ら飛び込んできたのじゃ。それくらいの覚悟できておろう?」

「ふっ、はらわたに、ときたか。飼い犬に手を噛まれたのに余裕だな。間桐のご老公?」

眼前の異形に警戒を続けたまま、言峰が口を挟む。

「ほほう、誰かと思えば…。10年ぶりかの、代行者。どうじゃ?その後、迷いは晴れたか?」

「お陰様でな。たった今、邪魔だった羽虫を潰せそうだ。」

いつもの調子で挑発をするが、その表情に余裕はない。

「カカ、大きく出たな。…まぁ良い。貴様らさえ殺せば後はどうとでもなる。重要なのは屋敷ではなく土地じゃ。この程度の損失、愚息の不祥事として受け入れるとも。ではな、精々足掻くがいい。」

「…!、待て!!」

そう叫ぶも、辺りから気配は消えていた。

「くそっ、あいつ…」

「今はあれに構っている暇など無い。眼前に集中しろ。気を抜けば、餌となるのは我々だぞ。」

こちらに背を向け、異形と対峙したまま言峰が言ってくる。

「分かってる。アンタこそ、口ばかり動かしていたらやられるんじゃないのか。」

熱くなっていたのを見抜かれた腹いせに、悪態をつく。

「それは貴様も同じだろう。言われっぱなしは性に合わん。…違うか?」

言峰も、お返しとばかりに返してくる。

「……………」

「……………」

短い沈黙。覚悟を決める。

コレを倒さない限り、お互い前へは進めない。

瞳を閉じ、軽く深呼吸する。

震える手を無理やり押さえつけ、木刀を強く握る。

がちがちと鳴る歯と、どくどくとうるさい心臓から、意識を離す。

冷え切った心に触れる。躊躇いなど、とっくに捨てた。

沸騰寸前だった頭が冴えていく。

 

———————心を、鉄にする

 

「背中は任せたぞ言峰。こんな所でくたばるなよ。」

「それはお互い様というやつだ。そちらこそ、雑念に囚われてやられるなよ。」

俺たちはいつも通りだ。

違うのは眼前に、見慣れない化け物が居るだけ。

「はっ!そうかよ!そういうのはな、倒してから言うんだよ!!」

その叫びを皮切りに、互いに眼前の怪物へ突進する。

此処こそ最大の正念場。

今こそ、己の理想をかけて、己が力を示す時だ————————。

 

 

 

 

そう啖呵を切ったものの、こちらは防戦一方だった。

「ぐっ!!」

再び目の前に迫る黒い腕をぎりぎりで受け流し、後退する。

先ほどからもう数分、こちらにできることと言えば寸でのところで弾くのが精一杯で、何も突破口を見出せてはいない。

ーーくそ、これじゃジリ貧になる。

今はまだ切り返せられるからいいが、この状態が数十分続けば先にやられるのはこちらだ。

忍耐力なら自信があるが、それはあくまで人間相手の話。

人ならざる異形にはこちらの常識など通用しない。

ならば、こちらがリスクを犯すしか、突破口は有り得ない。

「一か八か!」

そう言って、化け物に対し1歩踏み込む。

「Giiiiiiiーーー!!」

目の前に迫った獲物に対し動じることも無く、ソレは真っ黒な脚を突き出してくる。

喰らえば間違いなく即死。

死がリアルに迫ってくる。

その脚に対して、

俺は剣で受けるわけでも、大きくかわす訳でもなく。

軽く身体をズラした。

最小限の行動で、突き出された脚を躱す。

「っ、」

しかし、完全に躱しきれはしなかった。

攻撃が腹を掠める。

鋭い痛み共に、鮮血が飛ぶが、それは許容範囲内。

ーー見切った!

「おらぁ!!」

気合いと共に、跳躍。

真横に迫った脚を思い切り踏み付ける!

「Gaa!」

バランスを崩す怪物。

上手くいった。ギリギリの見切りだったが、既の所で成功した。

体の中心、がら空きの胴体部分に、渾身の一刀を叩き込む!!

「はぁぁぁぁぁ!!」

強化された木刀の一撃が、化け物の体を捉える。

耳に響く鈍い音。

そして、

 

その木刀が、ぼきりとへし折れた。

 

「なっ!?」

驚愕に目を見開く。

「Gyaaaa!!!」

その隙を逃さんとばかりに、化け物が脚を振るってくる。

「がっ」

咄嗟に折れた木刀でガード、同時に後ろに跳躍し、直撃は免れた。

しかし、そのまま勢いと共に、壁に叩きつけられる。

背中に走る強い衝撃。

「ぐはっ、ぅ、ごほっごほっ!」

そのまま倒れ込んでしまう。

息が出来ない。

逆流した血が、咳とともに口から漏れる。

無理やりガードした為、手が痺れている。

「がっ、くそ、何で…」

霞む目で木刀を見やる。

どうやら先程までの攻防で、かなりすり減っていたらしい。

刃の部分の中央からポッキリと折れていた。

自分の会心の行動に、武器の方は着いてこれていなかった。

後悔出来るのも束の間。

 

「!!」

 

殺気を感じ、倒れた体勢のまま横に転がる。

その瞬間、耳に響く強烈な破壊音。

あの怪物が、隙だらけの俺に対して、攻撃を加えたのだと瞬時に理解ができた。

ーーくそ、まずい。体勢を

しかし、そこまでだった。

 

「———、あ」

 

一撃までなら何とか躱せた。

最初の夜、ランサーの攻撃を防いだ時のような、本能に任せた回避。

ギリギリで、無様ではあるが、それでも何とか無傷だった。

しかし、その状態のまま迫る2本目の脚(・・・・・)は、どう考えて躱せない。

仮に無理矢理に躱した所で、腕が足か、どちらかは確実に持っていかれる。

そうなれば、次の攻撃を躱せない。

どちらにせよ袋小路、これをどうにかしない限り未来は無い。

無い、筈なのに

それに対抗できる手段が、見当たらない。

死が迫る。真っ黒な死が。

目の前の映像が、スローモーションになって見える。

コマ送りのようにゆっくりと、数秒後無様に潰される自分の姿がくっきりと。

 

————これは、まずい。

やられる。

分かっていても、解決策なんてなく、体はすぐには動かない。

 

望みをかけるとすれば、それはこの使えなくなった木刀か。

この折れた木刀で、上空から振り下ろされる一撃を防ぐ。

しかしそれも、上手くいくかどうか。

正直言って、厳しいと思う。こいつが今振り下ろしてる一撃は、先ほどまでの攻防とは比べ物にならない迫力がある。

いや、迷ってる暇なんてない。生き残れる可能性があるなら、やるしか————!

決断するのが早いか、行動するのが早いか。

反射的に木刀を構えようとする。

迫る攻撃。

視界から色が消えて、ゆっくりと現実になろうとする。

攻撃が木刀を捉えて、叩き潰そうとする。

 

その瞬間

 

「いや違う。そうじゃない。」

 

何も考えず、疑問に持たず、おもむろに最後の希望(折れた木刀)最後の希望(折れた木刀)を投げ捨てた。

大した理由なんてない。

ただ、最早武器なんて呼べないこいつが、ひどく邪魔に感じたからだ。

 

ーーそんなもの、俺には必要ないだろ。

 

体が、そう叫んでいる。

 

ドクンと何かが脈を打った。

 

そうだ、俺には剣なんて、武器なんて必要ない。

こんなもの不要だ。

今更そんなものは、ただの枷になるだけだ。

だって、そんなもの、

俺は最初から持っている(・・・・・・・・・・・)!!

 

カっと目を見開いて、目の前の死を見やる。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

眼前に迫る一刀に対し、思い切り体をよじる。

振り下ろされる一撃。

耳元で、爆音が響いた。

余りの衝撃に床が砕け、破片が舞っている。

しかし、俺は無傷だ。

数ミリの差で、何とか回避した。

「う、らぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

安心する暇なんて、体に与えてはならない。

そのまま懐からナイフを取り出して、叩きつけられたその脚の、節を部分に力を込めて突き刺す!

「GYaaaaaaaa!!!」

不意の反撃は予想出来なかったのか、大きく体を仰け反らせ、後退する化け物。

ナイフは深々と脚に刺さったままだ。

これで手持ちの武装はほとんど失った。

 

これでいい。これが一番俺らしい。

余計なものが無くなった体は、びっくりするくらいに軽かった。

これが俺の標準だ。

やっと、戻れた。

これなら、ようやく

 

「お前を、殺してやれる。」

 

両手を掲げる。

瞬間、両腕に熱いものが走る。

「くっ!あぁぁ!!!」

痛い、熱い、脳が焼き切れそうだ。

身体中に血液の代わりに何か違うのものか巡って、そのくせ血流の音はガンガンと響いて。

でも、不思議と嫌な気分はしなかった。

 

 

周囲に漏れ出た魔力がバチバチと雷となって飛び散る。

眼前に稲妻が轟く。

いや、轟いているのは目の中かもしれない。

身体の熱さはどんどん強くなる。

それに加え、痛みも—————

関係ない。今考えるべきはただ1つ。

武器だ。木刀やナイフみたいな、あんなちゃちなものじゃない。

もっと戦える、もっと鋭く、そして強い。

戦う為の、殺す為の武器がいる。

 

瞳を閉じる。

自分の中の精神世界、イメージで形作られたその場所に身を投げる。

埋没していく意識の中、思い描くのはただ1つ。

遠坂のアーチャー。

あいつが使っていたあの双剣。

白と黒、陰と陽、対となりて二刀と化す。

あれをイメージして、再現する!

 

「————————投影(トレース)、」

 

言葉を紡ぐ、

それは1番初め、切嗣に魔術を教わった時に教えて貰った魔術。

余計な詠唱など俺には不要。発する言葉はシンプルで、短ければ一等いい。

衛宮士郎には、それが1番合っている。

 

「————————開始(オン)!!」

 

自らの幻想、自らの理想、それら全てを形作る!!!

 

 

瞬間、両腕が鳴動する。

「が、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!!!」

弾けるように振るわれる魔術回路。

痛みなど、熱さなど、とうに限界を超えて今じゃ何も感じない。

しかし、それだけの成果はあった。

生み出された魔力が、回路というアンプを通して、俺の両手にそのイメージを作り出す!!

 

その時、視界がホワイトアウトした

 

眩しくて、何も見えない

けど、その手には確かに、先ほどまでは無かった重みがある

そうして、その一瞬の刹那の後

 

 

 

 

 

視界が、世界が、文字通り切り変わった。

 

 

 

 

 

 

「———干将、莫邪」

 

 

不意に頭に浮かんだこの銘を口にする。

ここに有りしは贋作成れど、しかしその名は確かに真。

 

 

両手に宿る頼もしい重み。

数十センチ以上ある刃渡りからは、すさまじい量の魔力が流れ出ている。

自分が生み出したとは考えきれない業物。

 

「Gaaaaaaaaa!!!!!!」

危険を察知したのか、怪物が前脚2本を掲げて突進してくる。

そしてそのまま、掲げた前脚を交差するように振り下ろしてくる。

先ほどまでとは明らかに違う攻撃。

それを

 

「邪魔だ。」

 

手にした2刀で切り払う、いや

切り捨てる(・・・・・)

振るった刃は驚くほど簡単にこいつの脚に滑り込んで

まるで果物を切るときのように、簡単に切れた。

 

「Giiiiiiiiiiiii!!!!!!!!」

 

脚を落とされ、前のめりに体制を崩す眼前の異形。

今度こそ、隙だらけのその胴体めがけて強く踏み込む。

手にした2刀を上段に構えて、思い切り振り下ろす。

 

「消えろ!!」

 

そしてそのままそいつの胴体部分、目や脚が付いているソコを真っ二つにしてやった。

 

「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

声にならない怨嗟と共に、怪異が崩れ落ちる。

袈裟切りにされ、2つになった胴体から、緑色の液体が流れ出ている。

まだぴくぴくと蠢いているが、最早先ほどのようにいかない。

もう数分すればこいつは死ぬだろう。

「はぁ、はぁ、はぁ。」

はち切れそうな心臓に、僅かに残った酸素を回す。

————ギリギリだった。

なんとか、勝つことができた。

不意に想い出した投影が、この窮地を救ってくれた。

体はくたくたで、頭は割れるように痛いが、それでも、手も足もまだ動く。

——————勝った。勝ったんだ。

遅れてやってくる実感と達成感を噛み締める。

・・・・・待て、何か忘れているような。

「っ!言峰!」

そう叫んで、後ろを見やる。

アイツはどうなっただろう。まさか調子に乗って、やられてたりは———————

しかし、それは全くの杞憂だった。

 

「何だ、そちらも終わったのか。それに、ほう…やるではないか衛宮士郎。」

 

軽く手をはたきながら、普段と何ら変わらない表情で言峰は立っていた。

「あ、お、おぅ……………」

くそ、少しでも心配した自分が馬鹿だった。

こいつの底知れぬ強さは昨日で確認済みだ。

やられる、なんてそれこそ万に1つも有り得ないんだろう。

「……………それにしても、すごいな。それ。」

言峰の背後で息絶える異形に目を向ける。

俺のかなり悲惨な形になっていて、世の聖人君子の方々には見せられないくらいグロテスクだが、こいつのはもっとひどかった。

まず、6本の脚。こいつの強みともいえるそれが例外の1つもなく叩き潰されている。

ぐちゃぐちゃになった関節部分から漏れ出す液体が痛々しい。

加えて、こいつにはもう目が無かった。

赤く灯るはずの眼球は、緑の水たまりの中に浮かんでいる。

「あぁこれか。少々興が乗ってな。少し遊びが過ぎてしまった。」

涼しい顔でそう言うが、口にするのも憚られるほどの光景だった。

原型を残したまま、その機能だけ完全に失われ絶命したソレは、剥製か何かみたいだ。

「それを言うならお前のも中々だぞ。中心から真っ二つなど、私には真似できん。それにその武器…。いったいどこで覚えたのだ?」

手にした双剣を見据え言峰が言う。

「……………」

しかし、答えることはできない。

「俺たちはただの共闘の筈だ。手の内を明かすまで心を許した覚えはない。」

こいつはあくまで共闘関係だ。こちらの手札を簡単に見せることはできない。

だって、そこまで明かしてしまったら、今度こそ俺は————————

「まぁ良い。おのずと明らかになることだ。それよりも、」

変わらない俺の態度に興味をなくしたのか。

言峰は俺から目を逸らし、挑発するように上を見据えて言った。

 

「それよりも重要なのは、私たちの勝ち、ということだ。だろう?間桐のご老公。」

 

芝居がかった風に、高らかに勝利を謡う言峰と対照的に、心底驚く様な、そして同時に悔し気な声が虚空から響く。

「ぐ、ぐぅぅぅぅぅ……………。貴様らぁぁぁぁ!!!!」

そこに虫たちが群がり、人を形作る。

憎悪に満ちた顔面は蒼白で、明らかに焦りの色が見える。

 

「終わりだ。間桐臓硯。」

 

剣の切っ先を向けてそう言う。

燃え盛る業火の中、2体の異形を下した俺たちは、

遂にその親玉の喉元さえ、噛み千切ろうとしていた。

 




かなり前になってしまいまいたが本編の内容についての質問をいただいたので、ようやくそこを話せるまでにお話が進んだのでようやく回答しようと思います。

Q、これの士郎は起源弾を投影することはできますか?


A、能力的には可能、しかし技術的には現状不可能、と言ったところでしょうか。
原作3ルートと違い、凛との繋がりが薄いので自らの魔術について理解しきっていません。
なので士郎があの剣の丘にたどり着くのは原作よりもかなり遠回りになります。
加えて、魔力も足りません。鞘も無ければそれ以外の供給源があるわけでも無いので。
今の士郎だと干将・莫邪を4,5対作るのが限界だと思っています。
なので今後の成長次第で投影できる可能性ありますが、いまは絶対にできません。

感想を送って下さった無銘さん、ありがとうございました!
すごく励みになります、嬉しいです。
これからもぜひ見続けてもらえればと思います。


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火中に入り、己を示す②

お久しぶりです。たまごぼうろです。
まさかgw以降一切投稿しないとは…本当にごめんなさい。
加えて、自分本当に誤字がひどいですね。指摘してくれる方は大変ありがたいです。
さて、今回投稿が遅れた理由など、詳しいことは活動報告にまとめました。告知もあるので是非ご覧ください。
では、どうぞ。


 

 

「終わりだ。間桐臓硯。」

剣の切っ先を向け宣言する。

一方的な言葉ではあったが、状況を見ればそれは明白だった。

2頭の怪物。

それらを下した今、最早俺たちを止める手段はこいつには存在していないはずだ。

火に包まれたまま、実体を顕にする臓硯。

「何故じゃ……?」

しかし臓硯は恨みの篭もった目を向けるでも無く、諦めるでも無く、ただ虚ろな瞳で語りかけてくる。

それは恨み言と言うよりも、独白のようだった。

「何故、儂を狙う。何故、儂を殺す。儂の可愛い虫達共々、間桐の500年の歴史諸共。何故、何故、何故何故何故何故何故何故何故何故ぇ!!!」

最初は静かだった言葉が、次第に怒気を孕んでいき、しまいには裂帛の叫びに変わる。

「何故って、そんなの決まってる。」

しかし、その叫びは俺の心にはちっとも響かない。

五月蝿いくらいの音なのに、俺の頭を通り抜けるだけ。

まるで動物の雄叫びのようだ。

きっと、それには彼等にとっての意味があり、感情がある。

怒り、悲しみ、喜び、様々な感情を音に乗せて周りに振りまく。

だけど、俺達人間には、それを理解する事は決して出来ない。

わんわんと、きゃんきゃんと、声は聞こえるもののそれが何なのかは感じる事は出来ない。

出来ないならば、如何にそれに意味や感情があったとしても、こちらに何も届かない。

こいつの叫びはまさにそれだ。

俺にとって、何も意味が無い。何も変えれない。

きっとこれが、負け犬の遠吠えってやつなんだろう。

もしそれが間桐という存在の否定となろうとも、

もしそれが、誰かを傷つける事になろうとも。

もしそれが、愛せたはずの後輩と、背中を預けた友人の全てを、壊してしまう事になっても

「お前は悪だ。あの影と繋がっている時点で、それは変わらない。」

それが、世界に仇なす行為なら、俺は許容できない。

それが、始めから何一つ変わらない、俺の回答だった。

「はっ、影…影ときたか…。」

しかし、臓硯はその言葉を対し笑うように言葉を返した。

 

「ならば、その影がもういないとすれば、貴様は一体どうするのじゃ?」

 

その言葉は、負け惜しみと言うには些か無視できないものだった。

「なんだと?」

影がいない?

そんなはずはない。

あの災害のような奴が、こんな数日で消えるとは考えられない。

確かにここに襲撃するまでの期間出現はしなかったが、そんなの一時しのぎに過ぎないはずだ。

明日すぐに動き出してもおかしくない。

だからこそ、出来るだけ早く準備をし、こうしてこいつを殺しに来たんだ。

こいつを止めれば、影も止まる。

そう信じていたのに。

「門が消えたのだ。貴様も扉のない部屋からは出る事は出来んだろう?それと同じく、あの影も再び器の中に閉じ込められた。あのように動き出すことは2度とあるまい。」

「門……?器…………?この後に及んで何を言っている?」

剣を向けたまま問う。

こいつが何を言っているのか分からない。

けど、本能が告げる。

聞いてはならないと、残酷なものがその先に待っていると。

冷たい汗が背中に流れるのを感じる。

必死に手の震えを抑える。

「………ほう?なんだ、知らなかったのか。そこの神父から聞いていたと思っていたがな。」

先程の叫びより、はるかに小さな声なのに、やたらと五月蝿く感じる。

その一言一言が意思を持ってこちらに語りかけてくる。

「どうゆう……事だよ。……言峰。」

耐えきれず、横に立つ言峰に静かに声をかける。

「………………」

しかし、言峰は何も答えない。

「何だよ………何なんだよ………」

俺だけか取り残されたような不安感に襲われる。

今まで追ってきたものを見失ってしまったような感覚。

真っ暗闇に取り残されて、見えるのは自分のみ。

けど、予想なら出来る。

ずっと前から考えていて、きっと心の奥底では辿り着いてた。

でも、それはしてはならなかった。

気付いたら、そこで何もかも終わる気がしてた。

自分が変わってしまう気がしてた。

「なら、儂が代わりに教えてやろう。」

臓硯が徐々に調子づく、普段の陰鬱でべったりと張り付くような悪意を纏っていく。

やめろ。聞きたくない。

やめてくれ。それはダメだ。

だってほんとうは

 

「我が愛しの孫にして、儂が10余年かけて作り上げたマキリの聖杯。貴様が自らの理想の為に見殺しにした大切なもの。間桐桜こそが、影を生み出す門だった。」

 

「10年前、第四次聖杯戦争にて手に入れた聖杯の欠片を桜に埋め込み、あそこまで育て上げた。その覚醒の予兆こそあの影よ。」

 

「あの影は聖杯の中身じゃ。生まれでる為に魔力を欲し、人を喰らい、英雄を喰らった。桜という門の無意識を借りてな。尤も、門無き今それも徒労に終わったがな。」

 

声が遠い

 

「どこかでは理解していたのであろう?桜が死んだ日からあの影が形も何も見せない事を。貴様の所業はまさに聖人の御業と言っても良い。この事実を知らぬままに、多くの人々を救っていたのだから。いや全く、正義の味方というものは何処までも度し難い。」

 

「しかしこれが現実じゃ。どうじゃ?それでも尚儂を殺すのか?そうなれば貴様は私怨で動く者となる。自らの怒りで人を殺める者のどこが正義の味方だと言うのだ。」

 

ひどく、ひどく頭に響く。

 

「私怨で動く?どうにも結構!まさに人と呼ぶに相応しい醜さよ。最早貴様は何にもなれんよ。どっちつかずの半端者。いくら心と体を偽ろうとも、それが正義だとは到底思えんな。」

 

「何で、言わなかった。」

顔を伏せたまま、言峰に問い掛ける。

知っていれば、苦しまなくても済んだのに。

「……これを知れば、お前は揺れると思った。鋼の意思にヒビが走ると感じた。私は私の目的の為に臓硯を殺す必要がある。その為にお前には迷いなく戦いに臨んでもらう必要があった。………ただそれだけだ。」

そうだった。こいつはそうゆうやつだった。

こうやって俺が苦しむのを愉しむようなやつだった。

桜の治療をしたんだ、知らないわけがない。

知らなかったのは俺だけだ。

違う、知らなかったんじゃない。気付こうとしなかっただけだ。

 

「さて、ではどうする?このまま聖杯戦争が進めば杯は英霊の魂で満たされる。満たされればあの中身は再び現れるぞ。10年前、いやそれ以上の災害としてな。ならば今お主が殺すべきは一体誰なんじゃろうな。」

 

「!!!」

捲し立てるように矢継ぎ早に語る臓硯。

音が遠い。

その言葉など耳に入ってこない。

俺の頭は1つのことでいっぱいだった。

 

『10年前、いやそれ以上の災害としてな。』

 

このまま聖杯戦争が進めば、あの災害が再び起こる。

そしてその時限爆弾のスイッチは、もう既に押されている。

残る英霊は3騎、

遠坂のアーチャー、イリヤのバーサーカー、臓硯のアサシン

こいつらが倒れれば、災害が顕現する。

残る時間は、やるべき事は、

 

 

 

 

 

————————どうすればいい!どうすれば止められる!!

頭が爆発しそうだ。

必死になって頭を回すも、どれもこれもが空回りで、まともな答えなど得ることが出来ない。

こいつを殺す事は出来ても、この先の結末を止めることは俺にはできない。

変えられない破滅。終わらない連鎖。

堂々巡りのいたちごっこ。また繰り返され、再び開く煉獄の釜の蓋。

「………っ」

目の前にノイズが走る。

気づけば、あの炎の中でいつかの声が聞こえてくる。

炎の中にいるからか、いつもより強く地獄が過ぎる。

頭痛と共に蘇っていく死者たち。

 

炎の中を縋るように歩く。

今にも倒れそうにふらふらと、その瞳に希望など灯るはずが無い。

まさに地獄の具現。息つかぬ灼熱の世界。

あぁ熱い、火にくべられた薪のようだ。

体が燃えて、黒ずんでいく。

自分だけではない。周りの人も例外なく、徐々にその命を燃やされている。

あぁ痛い。針の筵に巻かれるとは、まさにこの事なんだろう。

痛みで涙が流れても、それを炎が攫っていく。

あぁ五月蝿い。ここは酷く淀みに満ちている。

怨嗟の声が聴こえる、助けを求める声が聴こえる。

聴こえない振りをしてるはずなのに、頭に響いて鳴り止まない。

 

『タスケテ』

『ココカラダシテ』

『ドウシテ』

『ナンデコンナコトニ』

 

その言葉全てを無視をして、ただ生きたいが為に、余りにも醜い自我のために、宛もなく火の中を歩き続けた。

1歩を踏み出すことに、心が欠けた。

2歩目には体だって言うことを聞かなくなっていた。

3歩目には、ついに倒れ込んでしまった。

それでも進む。這ってでも、何をしてでも前を向く。

顔を上げると、遠くの丘。

屍の積み重なった上に誰かが立っている。

不釣り合いな白いワンピースを着て、遠慮そうに笑う女の子。

それで、何かが壊れた。

 

「………………………………………あぁ」

 

ずっと、そこにいたのか。

 

あそこが俺の終着点。

繰り返し、繰り返し、何度もよぎる現世の地獄。

――――――――――あんなものが、―――――――――もう一度

 

 

 

 

 

 

「衛宮士郎!!!」

「え……………………………」

声と共にはっと気付いて振り返る。

しかし、もう遅かった。

先程自分が袈裟斬りにしたはずの怪物、その半身が動き出し、鋭い腕を振り下ろしている。

この身を穿つ杭のように振り下ろされる黒い棘。

先程逃れ、打ち破ったはずの死が再び甦りこちらを殺そうとする。

ただぼうと、死の間際で想像する。

これはきっと、断罪なんだ。

あの時全てを捨てた自分。あれを変えようと、必死になって、それでも今こうして揺れる半端な自分。

もういい、もういいよ。

もう分かった。俺の罪深さは身に染みた。

だから早く、

この身体を突き刺してくれ。

それできっと、楽になれる、赦される。

だから、もう。

 

後ろで死神が嗤っていた

 

「残念だ。儂の勝ちじゃよ、正義の味方。」

 

 

その声と共に目の前に死が迫る。

そして俺は、その意識を深い闇へと、手放して————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」

 

その直前、余りに凡庸でちっぽけで惨めな光が、その最期を否定した。

間桐慎二という、小さな光。

その光は、他の光の前では見劣りしてしまうほど消え入りそうだったけど。

でも、暗闇の中に溺れた俺にとっては、眩しすぎるほどの光だった。

そんな彼の、弱々しい、ただの人間の、ただの捨て身の体当たり。

だが、魔術によって死に体を無理くり動かされただけの怪物は、その程度でも大きくバランスを崩し、その一撃は大きく空を切った。

そのまま怪物と共に倒れ込む慎二。

 

「し、慎二…どうして……?」

 

こいつがここに来るの計画に含まれていない。

何より危険すぎるからだ。

俺らですら命の保証がないのに、こいつまで守れとなってはどうしようもない。

しかし真っ白になった頭では、真っ当な文句の1つも紡げなかった。

すると、何を言おうか考えるよりも早く、慎二が俺に向かって叫んでいた。

 

 

「揺れるな!!」

 

「!!」

 

「お前の、お前の道は間違ってなんかいない!私怨だって?一体それの何が悪いんだ!!」

再び意識は地獄の内へ。

炎の中、倒れ込んで動かなくなった体に力が漲る。

立つんだ。動け。前に進め。

理由はない。ただ、ここで立たなきゃならないと(からだ)が叫んでいるだけだ。

懸命に体に鞭を打つ。

膝に手を付き、歯を食いしばって何とか地面に足をつける。

 

 

「だって…だって!お前は、僕と桜を助ける為にここまで来たんだろ!それの何処が正義じゃないって言うんだ!!」

 

 

立ち上がり、前を向く。

体も動く、これでなんとか進むことが出来る。

すると横から、2人の男がこちらを見もせずに通り過ぎる。

向かう先は俺と同じ。あの丘の向こう。少女が立つ屍の上。

黒いコートの男と、赤い外套の男が、躊躇いもせずに進んでいく。

きっとあいつらも考えている事は俺と同じだろう。

でも、それはダメだ。

これは俺の役目だ。俺だけの役目なんだ。

 

 

「忘れるな!お前は、衛宮士郎は、腹が立つくらいに不器用で、吐き気がするくらいお人好しな、正義の味方なんだろ!!」

 

 

足を踏み出す。

熱さも痛みももう感じない。

走る。走る。走る。

瓦礫の中を、よろけながらも懸命に走る。

眼前の2人を追い越して、懸命に丘の向こうを目指す。

そして、漸くここに至った。

黒い孔を見つめる少女の隣に、遂に辿り着く。

少女はこちらを見ない。

悲しそうに孔を見つめている。

その儚さに、思わず抱きしめたくなるが、それはきっと俺の役目ではない。

気づけば俺の手には剣が握られていた。

覚悟する必要は無い。

逆方向からやめろと聞こえるも、心には届かない。

俺はゆっくりと振りかぶり、それで

 

「ごめんな。辛かったよな」

 

その首を一刀のもとに切り落とした。

 

 

 

 

 

「…………っ!」

意識が現実に戻る。

慎二の言葉によって、ブレた心に芯が入った。

そうだ。そうだろ。

黒い影とか、聖杯戦争とかそんなの関係ない。

俺はただ、友人を助けたいから、こいつを殺すんだ。

 

「間桐、臓硯―――――!!!!!!」

剣を構えて突進する。

「何だと!?」

一気に距離をつめ、驚愕の表情の臓硯のその首を、撥ねる。

だが、

 

「カカカ!甘い甘い!その程度じゃ殺せんぞぉ?」

 

首が離れた肉体が、虫共に霧散する。

やはり本体を傷つけなくては、こいつを殺せないか。

少し離れた所で、虫が集まり、再び体を形作ろうとする。

なら、それが間に合わないくらいぶった斬って————————

 

「いや、十分だ。よくやった衛宮士郎。」

 

踏み込もうとした瞬間に、顔の横から十字の剣が通り過ぎた。

 

「グッ!」

形になったばかりの肉体に突き刺さる刃。

「ハッ、こんなものが一体なんだと」

そう言い切る前に、言峰の口から言葉が紡がれる。

 

「私が殺す。私が生かす。私が傷つけ私が癒す。

我が手を逃れられる者は1人もいない。我が目の届かぬ者は1人もいない。」

 

それは憐れみの聖句。

現世への憐憫をもって、救われぬ魂に浄化をもたらす聖なる御言葉。

 

「打ち砕かれよ。

敗れた者、老いた者を私が招く。私に委ね、私に学び、私に従え。」

 

臓硯の肉体が、燃え上がる。

周りに広がる赤い炎ではない。

包み込むような蒼い炎が、こいつの体を蝕んでいく。

「グ、ガァァァァァァァ!!!貴様、貴様ァァァァ!!!」

何処からか虫が湧き出て、言峰を襲う。

「やらせるか!」

そいつらを片っ端から切り捨てる。

言峰の切り札、その邪魔はさせない。

再び剣を投擲する言峰。

刺さる。

炎がまた大きくなる。

 

「休息を。

唄を忘れず、祈りを忘れず、私を忘れず、私は軽く、あらゆる重みを忘れさせる。

装うなかれ。

許しには報復を、信頼には裏切りを、希望には絶望を、光あるものには闇を、生あるものには暗い死を。」

 

唄いながら、次々と剣を投げる言峰。

刺さる度に大きくなる炎。

最早臓硯の体を飲み込むほど大きくなっている。

虫達の勢いも弱くなる。

指示を出せるほどの余裕も無いのだろう。

「ガァァァァァァ!やめろ、やめてくれぇぇぇぇぇぇ。」

断末魔は悲痛に響き渡る。

救いの炎は、こいつには些か眩しすぎるらしい。

妄執によって作られた体には、この救いは毒となるようだ。

 

「休息は私の手に。貴方の罪に油を注ぎ印を記そう。

永遠の命は、死の中でこそ与えられる。

――――許しはここに。受肉した私が誓う。」

 

終末は近い。聖なる賛歌は、最後の文言を言祝ぐ。

この呪いに、終焉を。

この拘束からの、解放を。

蒼い炎に包まれて、声も絶え絶えに叫ぶ臓硯に、言峰は最後の言葉を告げた。

 

 

 

 

 

「―――――――この魂に憐れみを(キリエ・エレイソン)

 

 

 

 

 

「グワァァァァァァァァァァァーーーーー!!」

 

そして一際大きな炎が上がったかと思うと、

間桐臓硯の身体は、完全に灰となり、消滅した。

残る灰の中、ぎいぎいと蠢く1匹の虫が見える。

あれが本体。

桜を喪った後、臓硯は一時の繋ぎとして、自らの体に本体を埋めていた。

それが剥がされた今、今度こそこいつは万策尽きた。

 

「我々の勝ちだな。間桐臓硯。」

 

言峰が静かに呟く。

漸く、長きに渡った呪縛が、ここに無と帰した。

 

こうして

再開された聖杯戦争、その初戦となる戦いは、

ギリギリながらも、俺たち勝利によって、幕を閉じた。

しかし俺には勝利の余韻に浸る間も無い。

目の前に現れた新たな脅威。

確定した破滅を回避しなければならない。

時間も無い、手段も無い。

俺1人ではどうしようもならない。

俺の戦いは、ここで行き詰った。

この先は、もう————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風が吹いた。

暗闇を照らす月明かり。

教会入口の手前で退屈そうに待っていた英雄王は、その表情を少し緩めた。

事の終わりを察したのか。

遠くの間桐邸を見据えて、愉快気に口角を釣り上げる。

邪悪と言うよりも、無邪気という言葉が似合うその笑みは、戦いの渦中にいる者達には分からない。

月光を飲むかのように我有りと佇む英雄王は、ここには居ない男に語るように口を開いた。

 

「…………おっと、終幕にしては些か早いであろう。エミヤシロウ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

運命の歯車は終局を迎えようとする。

1度始まったものを、止めることなど出来ない。

狂った馬車馬の如く、終わりに向けて一直線に

余計な日常など、ここからは不要。

戦いは終わりへと、日常がその姿を変貌させる。

それを回避するにはもう1つ。

彼だけでは得られない、ラストピースが残っている。

 

少年よ、抗え。

自らを捉える螺旋を破壊し、誰も傷つかない終幕へと。

例えそれで、自らが壊れようとも。

最後の駒は、影の内に。

 

その運命を、打ち破れ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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Goodbye my beloved fackin`days ①

皆様、お久しぶりです。たまごぼうろです。
大変お待たせいたしました。
私的鉄心エンド、最新話投稿でございます。
いや本当に日常生活と執筆の両立は大変ですね。
高頻度で投稿しているほかの作者様はどのように進めていられるのでしょうか。
良ければ教えてくださるとうれしいです。
さて、本編ですが、今までお待たせした分かなり大盤振る舞い、なんと3話同時投稿です。
といっても普段自分は1話あたり15000から20000文字くらいで書いていて、投稿する際はそれを何話かに区切っているので正確には投稿するのは1話なんですが今回ばかりは一気に見てほしかったのでそれを全て載せております。なので3話同時になってしまいました。
まぁ細かいところは気にせずに、とりあえず投稿される分を楽しんでいただければと思います。
では、どうぞ。





「終わった………のか………?」

慎二の声が後ろから響く。

言峰の洗礼詠唱にて、間桐臓硯の肉体は消滅した。

「いや、まだだ。あれを見てみろ。」

そう言って塵となった臓硯がいた場所を指差す。

けれどその言葉に焦りは無い。寧ろ愉快気な雰囲気すらあった。

そこには、1匹の小さな虫がいた。

ぎいぎいと火のない場所を探すように蠢いている。

「これが間桐臓硯、その本体だ。間桐桜という隠れ蓑を喪ったので、一時的に自らを体に埋め込んでいたのだろうな。そのままここに引きこもり、聖杯戦争が終わった頃に間桐桜の遺体を回収し、自らの肉体とする計画だったのだろう。今回はそれが仇となったな。早々に次の寄生先に移れば良かったものを。」

言峰はつらつらと話しながら、その虫を拾い上げる。

「さて、気分はどうかな?自らが最も侮っていた者達に打ち破られた感想はどうだ。」

口角を僅かに上げてその虫に話しかける言峰。

「ギィ…がァ………き、貴様ラ………」

最早声になっていない、壊れたラジオから聞こえる雑音の様な音でガサガサと話す臓硯。

「おい!そんな事してる場合じゃないぞ!あと数分でここも火に飲まれる。早いとこ脱出するぞ!」

それを酷く時間のかかるものだと見たのか、慎二が声を上げて脱出を促してくる。

それを聞き、言峰はいつもの無表情に戻り、つまみ上げた虫を懐から取り出した小瓶に詰める。

「まぁ、これは後の肴に取っておこう。お前の言う通り、今は脱出が先決だ。」

いつの間にか、突入した時よりも強く燃え盛る炎を見据えて言う。

小瓶はその手に握ったままだ、

「よし、こっちだ。火災用の防災梯子がある。そこの近くにはガソリンを撒いていないからまだ大丈夫な筈だ。」

慎二が促している。

 

よし、はやくにげよう。

ここでもえつきるわけにはいかない。

まだやることがある。やることが、…………やること?

あぁ、えっと………それって………

 

 

 

 

「衛宮!!」

 

「っ!」

 

我に返る。

さっきのやり取りの声は聞こえていたはずなのに、どうにも現実味が無い。

まるで、物語の中の人物の会話を聞いているように、さっぱり実感が湧いていなかった。

「お前も来い!早くしろ!」

こうゆう時の慎二の冷静さには舌を巻く。

普段小物だのなんだの言われているが、こいつはすごく優秀なやつだ。

きっとこの戦いが慎二を歪めてしまった。

魔術という超常への依存と、間桐という名前への偏執。

それらに歪まされ、更に本来の性格も相俟って、かなり攻撃的になっていたんだ。

でも、それも終わった。

俺たちで終わらせたんだ。

そう考えて、漸く実感が湧いてきた。

……勝ったのか、俺は。

無謀とも思えたこの計画は、見事大円団で勝利を迎えることが出来た。

誰のおかげ、何てのは全くない。一人一人が、見事その役目を果たすことが出来た。

ある意味、この勝利は必然とも呼べるだろう。

だからこの勝ちは俺だけのものでは無い。

でも、それでも

 

「あぁ、今行くよ。」

 

それでも、心から枷が外れたような気分はある。

仄かな達成感が、返って現実味を与えてきていた。

そう自分に言い聞かせて、安堵をしたような振りをして、急いで慎二を追う。

 

――――――新たに生まれた不安から、無理やりに目を逸らすように

 

 

 

「っはぁ!」

新鮮な空気が肺に染み込んでくる。

この時間の冷たい外気が、先程まで火に晒されていた身に心地良い。

突入していたのは僅か1時間にも満たないが、長い間あそこにいたような感じだった。

慎二の予想よりも火を周りが早く、脱出はかなり大変だった。

お陰で全員が煤まみれになってしまっていた。

慎二も言峰も真っ黒だ。

きっと俺もこんな感じなんだろう。………気にしたら負けだ。

「………………」

後ろを振り向く。

先程戦場だった間桐邸は、もう原型を留めてはいなかった。

かつて家だったものは、今はただの薪となり、火を更に大きくしようとしている。

そこにはもう生命の気配は無い。

そこにあった営み全てを攫っていく炎は、ある種神秘的にすら思える。

 

曰く、人の歴史とは炎との邂逅が起源だと言う。

これにより、人は冷え込む夜を越える術を身につけ、鋭い牙や爪を持つ獣達を退ける手段を得た。

そしてそれは、辺りを照らし、肉を焼き、鉄を打ち、いつしか人に必要不可欠なものへと変わっていった。

人間は炎をみると、郷愁の様な念に駆られると言うが、これはこんなものでも変わらないのだろうか。

目の前の業火を見て、ふと思う。

俺にはそんなセンチメンタルにこれを見ることは出来ない。

郷愁なんてない。有ろうはずが無い。

これは死だ。死の塊だ。

何も生み出さず、奪う事しかしない。

生み出せたとしてもそれは遺りもの大差なく、どこかに欠陥を孕んでいる。

心中の炎は絶え間無く、永きに渡りこの身を焼き続けた。

あの日から人並みの幸福なんて祈れなくなった。

―――――そんなもの、俺には勿体ない気がして

 

横を見やる。

俺と同じように、慎二が火に包まれた家を見ていた。

慎二はこの炎に何を見ているのだろうか。

かつて幸せだった頃の日常か、それとも今まで自分を苦しめ続けた過去への追悼か。

無表情のその顔からは何も読み取れない。

苦しいのか、嬉しいのか、悲しいのか、楽しいのか。

ただ、1つだけ分かる事がある。

きっと、こいつには後悔がある。

この結末を選ぶしかなかった事に、こうすることしか出来なかった事に。

人は迷いながらも前に進んでいく生き物だ。

数多の取捨選択。選んだものと捨てたもの。

今回慎二は「家族」と「誇り」という過去を捨て、その代わりに「平穏」を甘受する未来を選んだ。

けれど、その選択には大いなる苦痛が伴っただろう。

遠坂の様に魔術師らしく割り切る事なんて出来てないだろう。

それが普通だ、人として当然の在り方だ。

その在り方は、とても尊いと思う。少なくとも、俺にとっては。

過去は捨てる物ではなく、顧みるべきものだと思う。

無駄じゃない、無意味じゃない。そこにはきっと何かがあったはずだ。

だって、そうじゃないととてもじゃないが釣り合わない。

選んだものより捨てたものの方が大きいなんて、あってはならない。

だから慎二には、後悔をしてもそれを無駄にはして欲しくなかった。

……………俺だって、そう、思いたかった。

忘れたくなんか無かった、忘れた事にしたくなんか無かった。

けれど、そうしないと進めなかったから、そうするしか無かったんだ。

「………同じだな、僕もお前も。」

「え?」

気づくと、慎二が何か呟いていた。

「ほら、僕もお前と同じになったんだなって。」

「同じって、どうゆう事だよ。」

率直に感じた疑問を告げる。

「いや、だからさ」

少しもったいぶって、慎二はその答えを口にした。

「確か衛宮も、10年前の火災で両親を亡くして…えっと、切嗣さん?に引き取られたんだろ?」

「あ、あぁ。そうだよ。」

「きっとこれ、表向きには火災ってことで処理されて、僕はその火災で唯一の肉親を失った青年って事になるからさ。ほら、うちも両親いないし。………同じだろ?」

火を見つめながら言う慎二。

これはあれか。

俺は今慰められてるのか。

どうやらこいつはこいつなりに俺の事を気にかけてこんな柄でも無いことを言ってきたみたいだった。

その気遣いが、なんだか無性に恥ずかしくて

「……お前、ほんとう分かりにくいよな。」

聞こえないように呟いた。

「ん?なんか言ったか?」

「いや、なんでもない。」

そう言って、炎から目を逸らす。

「感傷に浸るのは終わったのかね。」

少し先でこちらを眺めていた言峰がこちらに向けて言ってくる。

「あぁ、悪かったな。」

「別に、構いはしないさ。それよりも移動するぞ。この火の量なら野次馬の1人や2人集まって来てもおかしくない。」

「そりゃまずい、早く行こう。」

そう言って先を急ぐ言峰について行こうとして、再び後ろを振り返る。

「慎二。」

未だ火の前から動けない慎二に声をかけた。

「…………………」

「行こう、慎二。」

「………………………………あぁ。」

静かな返事と共に、慎二もこちらに振り返り、教会へと向かおうとする。

やっぱりその表情からなにかを読み取ることは出来なくて。

けれど、さっきの慎二の言葉だけが頭に残っていた。

 

『同じだな、僕もお前も。』

 

その言葉が、頭の中で反芻される。

実を言えばあの時、俺は聞こえないふりをしていた。

最低な自分を隠してしまった。

だからせめて、ここでは。

自分にだけは、嘘をつけないように。

あの時言えなかった返答(ことば)を、声にならないように、そっと返した。

 

 

――――――違うよ。俺とお前じゃ。

 

これは、聞かせられない独り言。

独りよがりな俺の、誰も顧みない身勝手な言葉。

初めて同じだと、仲間だと言ってくれた友への裏切り。

結局、俺はまた裏切ってばかりだ。

辛うじて残っていた繋がりが、解けるように離れていく。

星は陰り、日常は枯れ、

繋がりと仲間は、自分で絶った。

様々なものを絶ったけど、それでも、俺には道がある。

先を告げる灯火なんてものは無い、茨だらけの畦道だけど。

それでも、俺にはこれだけが。

 

 

 

 

 

あれは、いつの事だっただろう。

炎を見てふと、昔の記憶が蘇った。

そうだ、あれはまだ残酷な真実を知る前の、奇跡のような時の一端。

あの頃は、毎日が楽しくて、輝いていて。

僕は優秀だったから、大して努力せずともなんだって出来た。

だから褒められた。

それが嬉しくて、今度は努力した。

そうするとまた褒められて、それが堪らなく快感だった。

僕はなんて幸せなんだ、僕は世界に祝福されて生まれてきた存在なんだって、本気で信じていた。

だから、魔術の事を知った時は、運命だと思った。

間桐の現実を知った時は、変えてやろうと思った。

必死に勉強した。

そうすれば、周りは褒めてくれると思っていたから。

それはきっと、魔術だろうと同じなんだって思っていたから。

でも僕は優秀だから、魔術の勉強以外だって手を抜いたりはしなかった。

一流の魔術師とは、日常に溶け込まなければいけない。

神秘の秘匿の為、自らが魔術の徒だと知られてはならないからだ。

だから、勉強もスポーツも一切手を抜かなかった。

他者から見れば自らをすり減らすような日々だったかもしれないが、それでも僕は楽しかったんだ。

それが報われぬ徒労だと、周りは知っていたはずなのに。

 

ある日、可愛らしい女の子がうちにやって来た。

その子は今日から自分の妹になるらしく、魔術の事も一切知らない素人だと聞かされた。

率直に思った、可愛そうだと。

彼女は元の親と離れうちに来た。

彼女はきっと僕と違って、祝福されてこなかったんだろうと思うと、何だか少し悲しくなったのを覚えている。

でも僕は優秀で、尚且つ優しいから、そんな妹にもよくしてやった。

とっておきのおやつを分けてやったし、勉強を見てやった事もあった。

にこりともしないあいつを連れ出して、遊んでやった事もあった。

可愛そうな女の子の為に、いいお兄ちゃんになろうと思って、ここでも僕は頑張った。

やる事は増えたけど、こんなの僕にとっては何でもなくて、だから楽しい時間はいつまでも続くと思っていた。

続くと、思っていたんだ。

 

 

そこで、楽しい記憶は終わった。

後は知っての通り、惨たらしい青春時代の始まりだ。

絶望と嫉妬に塗れた、実に下らない最悪の毎日の積み重ねしか無かった。

その怒りも、その罪も何もかも僕のものだ。

僕が背負っていくものだ。

だから、それを終わらせた今。

僅かに残ったこの楽しげな記憶など、僕は持つべきでは無いだろう。

過去に囚われる今では無く、未来をむ今を歩む。

それが僕が決めた新しい生き方だ。

魔術師としての間桐は、ここで終わり。

必死になって読み漁った書物も、憧れが詰まっていたあの修練場も。

何もかも、みんな燃えた。

僕が燃やした。

だから、その過去はもう要らない。

天涯孤独?そいつは上等。

ならば僕が証明してやる。それでも幸せになれるって。

だって、僕は優秀だから、努力すれば何だって出来るから。

あの悪夢はもう覚めたんだ。

前を向いて、現実を見て、僕はこれから生きていく。

望むものなんて無いと知りながら。必死に藻掻く振りをして。

吐き出すように、日常を謳歌しよう。

後ろなんて、二度と振り向けないように。

 

 

 

さようなら、この愛しき最低の日々よ。

嗚呼どうか、叶うなら。

出来るだけ早く色褪せて、無くなりますように。

 



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Goodbye my beloved fackin` days ②

夜の闇が深くなる。

その闇をかき消すかのように、月の光は鮮やかに世界を包む。

燃え尽きた屋敷を後にして、煤まみれの3人は冬木教会の前まで戻って来ていた。

傷ついた者の治療は勿論の事、士郎には聞きたいことが数え切れないほど存在したからだ。

冬木の聖杯。

勝者に全てを与えるとされた万能の杯。

そして、それをめぐる聖杯戦争。

その全て、その真実を知る権利が彼にはあった。

道中に会話は無かった。

言峰はいつも通り、士郎は何か思い詰めたように、

慎二も勝利の余韻に浸る、という雰囲気でも無かった。

勝利はした。

これ以上無いほどに、士郎の計画は上手くいった。

しかし事態は、彼の想像以上に重いものだったのだ。

このままでは、10年前以上の大災害が世界を包む。

故に、彼は真を問う必要がある。

煌びやかな英雄譚の暗々裏に潜む奸計を覗くように、

この戦いの裏の顔に挑む必要があった。

空には、相も変わらず輝く月光。

しかしそれは、自らを引き立てる影を隠すかのように痛いほどに綺麗だった。

 

道中運良く通行人などにはすれ違わず、1時間ほどかけて教会に辿り着いた3人。

重い鉄柵で作られた門を開け、敷地内に入る。

その先にある建物、そこへ続く道の中央に彼らの帰還を迎える人影があった。

「ようやく戻ったか。待ちくたびれたぞ。」

そこに佇むは英雄王ギルガメッシュ。

彼もアサシンと戦闘をしていたはずだが、煤まみれの士郎達は対照的に傷ひとつ無かった。

「………アサシンは?」

士郎が尋ねる。

「貴様の望み通りにしてやった。……そちらも姿格好こそみすぼらしいが、上手くいったようだな。」

皮肉にも聞こえる賛辞を述べる。

しかし、彼を知る者に取っては、彼が他者を賞賛するなど信じられないことにだった。

賞賛されるべきは常に己。故に、他者への賛辞は自らを貶める事と等しい。

そんな彼が皮肉混じりとは言え士郎を褒めたのだ。

「………」

些か友好的が過ぎる態度に、なりを潜めた警戒心が僅かに顔を出す。

「待てよ、誰だあんた。」

そこに、慎二が口を挟んだ。

先に間桐邸で計画を実行していた彼はギルガメッシュの存在を未だ知らなかったからだ。

「というか、衛宮お前!何勝手にこっちに来てるんだよ!運良くアサシンが来なかったから良いものを来てたら終わってたんだぞ!」

更に、極限状態から解放され気が付いたのか、士郎があの場にいた事に対して食って掛かる。

先程まで黙り切っていた彼だったが、ここまで戻ってきた事で漸くいつもの調子を取り戻していた。

「うわっ!待て慎二!これにはちゃんと理由があるんだ!」

「あぁそうだろうな!理由も無しにあんな事されちゃたまったもんじゃない!その辺も含めて説明してもらうぞ!」

いよいよ剣幕を変えて士郎に迫る慎二。

しかし

「彼は私の協力者だ。とは言っても協力を申し出たのはつい先程でな。衛宮単体でアサシンとやり合うのは不可能に近いと、代わりに相手をしていた。だから衛宮はこちらに来ることになった、という訳だ。」

言峰が全てを説明してしまう。

無論、突っ込みどころはかなり多いが、一応説明としては事実しかなかった。

「協力者?こいつサーヴァントだろ。ただの人間がアサシンを相手出来るわけがない。……神父さん、アンタ一体何者だよ。」

その説明で士郎へと向いていた疑問の矛先は言峰へと変わる。

その不審を糾弾するような慎二を瞳を見た言峰は、愉快気に口元を歪ませる。

「それも含めて、お前達には語らねばならんな。あの修羅場を乗り越え、あまつさえ間桐臓硯を降した者には知る権利がある。」

「あぁ、教えてくれ言峰。あの聖杯とかいう得体がしれないものの正体について。」

慎二から解放された士郎も同じく言峰に問い掛ける。

それに対し言峰は芝居がかったように手を広げた。

「いいだろう。監督役として、この戦いの全てを語ろう。それを知れば、お前達の今後の身の振り方も変わることになる。………覚悟はいいな。」

ごくりと生唾を飲み込む2人。

そんな様子を楽しげに眺めるギルガメッシュと言峰。

語られるは、届かぬと知りながら、それでも星へと挑んだ者たちの物語。

そしてその願いを飲み込んだ、我ら獣の悪意の話。

そうして、言いようのない不安を孕んだまま、

この聖杯戦争のどうしようもない現実と、残酷な真実が高らかに語られ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――――と、これが第四次聖杯戦争の顛末と、間桐桜の容態から推測できるあの老人が企んでいた計画、そして、それら全てに紐付けられたこの世全ての悪という存在の話だ。」

「…………………本当なんだな?」

驚きは無かった。

言峰が語ったのはあくまで臓硯の語った、起こりうる悲劇の補足に過ぎない。

何故そうなったのか、どうしてそんなことをしたのか。

それを語ったところで、現状は変化しない。

士郎もそれを分かっていたからこそ、彼には驚きは無かった。

「あぁ、間違いないだろう。どちらにしろ今のままでは破滅しかないという訳だ。」

しかし、それは士郎だけの話だ。

「…………何だよ、何だよそれ!!聞いてないぞそんなの!?これで僕らは安全なんじゃなかったのか!?」

士郎以上にその事実について詳しくなかった慎二にとって、破滅が迫ると言われても到底呑み込めるわけがなかった。

「無論、君たち敗退したもの達の安全は私が保証しよう。しかしそれは聖杯戦争の期間だけものだ。その後の事は自らで対処するしかあるまい。」

「そんな…………」

膝から崩れ落ちる慎二。

だが、彼はまだ幸せと言えるだろう。

最も悲劇的なのは何も関係の無い無辜の民達だ。

彼らは何も知らぬまま、意味不明の災害により命を落とす。

圧倒的理不尽、不条理の塊に対して、思考すらする間もなくその魂は闇に埋もれる。

それならまだ、思考出来るだけマシだと言えるだろう。

結局のところ、この冬木という都市は最早巨大な実験場と同じなのだ。

この聖杯戦争が続く限り、死者の山と怨みの念は際限なく降り積もる。

「だがな、そう悲観するものでもないぞ。大聖杯は小聖杯が無ければ機能しない。テレビのスイッチのようなものだ。今回の器であるイリヤスフィールが大聖杯に取り込まれなければ大聖杯から泥が溢れる事は無い。」

「…………?」

「つまりだな、お前達の明日の命運は凛に託されたという訳だ。彼女に聖杯に託す望みは無い。彼女の目的は勝つことだ。故に、彼女が勝てば災害が起こることは無い。これが現状では最も善い結末と言えるだろう。」

それはまさにハッピーエンド。

魔術師間で始まり、魔術師間で終わる。

関係のない一般人は愚か、巻き込まれただけの士郎や、一般人の慎二がこれ以上傷つく事もない。

余計なものは一切ない、遠坂凛らしい終幕とも言える。

これまでの過程で消えてしまったものはあれど、それ以上何かが失われる事もない。

その結末は、確かに終わりと呼ぶには相応しいものだった。

「なら、もう僕達に出来ることは無い、そういうことだな。後は信じて待つしかないと。」

先程と違い、希望を帯びた瞳で慎二が言峰を見つめる。

遠坂凛という、最後の希望に縋る姿は、まさしく救いを求めていた。

きっと、彼はうんざりしていたのであろう。

魔術というものに、それから離れられない自分に。

だからこそ、終わりが見えた今、唾棄すべき日常が垣間見えた今、

それに期待してしまっていた、甘えようとしていた。

そんな慎二に、優しく手を差し伸べる言峰。

その人の性を、彼は祝福する。

月の光に照らされていた顔に影が落ちる。

その表情は見えない。

しかし、その言葉は慈愛に満ちているように感じられた。

差し伸べる手は慈悲、守り抜くという言葉は博愛。

しかし、その男の本質は、混沌と悪を孕んだ破壊者。

「その通りだ。君たちはよくやった。今から私がお前達を保護する。さぁ、中に入るがいい。まずはその傷の治療からーーーーー」

 

 

「それじゃあ、ダメだ。」

 

 

しかし、その悪魔の誘いを断るように、衛宮士郎は声を上げた。

 

「それはただの逃避だ。根本的解決にはなっていない。大体、第四次聖杯戦争で聖杯が破壊されて蓄積された魔力が完全に放出されきらなかったから、第五次はこんなに早く起こったんだろ?だったら今回災害が起きなくても直ぐに次が始まってしまう。」

そう。誰も傷つかぬハッピーエンドは、その実誰も救おうとしないのと同じだった。

彼が目指すのはそれでは無い。

誰一人生存者のいるはずのない大火災、その中でそれでも救いとなろうとし、救いを求めた男の、安堵しきったあの表情を。

彼は尊いと感じた、羨ましいと思った。

そして、それは次第に願いに変わる。いつしかそうなりたいと、自分がそうあれたなら、それはとても善いことだと。

その願いと、此処で語られた終わりとではあまりにかけ離れていた。

ならば今までと同じく、彼はそれを許容できない。

故に、彼がすべきは、一時であれ皆が助かるハッピーエンドではなく、

これからずっと自分一人を残して総てを救う、バッドエンドであるはずだ。

そこに自分の幸福はいらない。

あの雨の日に、初めて涙したあの夜に、そう誓ったのだ。

 

「……口でそう言うのは簡単だが、実際問題お前に何が出来るというのだ。サーヴァントもいない。碌に魔術も扱えない。ただの志だけで救えるほどこの世界は甘くはない。…だからお前は、私たちに頼ったのであろう。」

 

しかし、その願いを現実は否定する。

今の彼には何もできない。正義の味方は自分の手の届く範囲しか救えない。

戦場において力無き者は、傍観、或いは逃走に徹するほかにない。

「そんなの分かってる。分かってるけど!でも何もしないわけには!!」

それが分かっていても尚、認められないのが衛宮士郎という人間だった。

けれど、

 

「いい加減にしろよ!!」

 

そんな男の自らを殺すような在り方を同じく認められない男がいた。

他者の不幸を、その当人のように憤る。

自らに益など無いと知りながら、それでもなおその不義に怒る。

無意味で無意識な、お門違いの憤り。

その在り方、そんな人々の関係を、人は尊び、それを「友」と呼んだ。

 

「お前がいくら本気になろうと、その力が無いんじゃ意味が無いだろ!」

彼は願ったのだ。当たり前の日常を。


そしてそこには、士郎が居なければならない。


友として、共に戦った者として、彼は士郎に人並みの生き方をして欲しかったのだ。


そして同時に、慎二は悟ってしまう。

士郎を日常へと立ち返らせるには、これが最後のチャンスだという事に。

ここで彼を止められなければ、彼はもう戻ってこないであろう事に。

だから、魂を込める。

その一言、息遣い、溜息さえにも、その1つ1つに色を付ける。

余計な言葉は不要、余計な感情は無用。

この言葉に、己が想い全てを乗せる。

彼の冷え切った鉄の心を、深く、深く抉れるように。

 

「もうやめよう、な?これ以上は本当に死ぬぞ。俺達の出番はもう終わった、終わったんだ。後は遠坂に任せよう。俺達みたいな平凡な奴らには、平凡な日常が似合っているよ。」


 

「お前が僕を救ってくれたようにさ、僕もお前の力になりたいんだ。大したことは出来ないけどさ。……………ただ、僕はお前に今までと同じ日常を送ってほしいんだ。何もない僕のささやかな、分相応の願いだよ。」

 

希望を乗せる。祈りを込める。

この言葉全ては、ただ1人。戦いを共にし、これからの日常を共にする友の為に。

 

「なぁ、衛宮。戻ってこいよ。僕にはお前が必要なんだ。お前が居なきゃつまらない。だからさ、……………ほら。」

 

そう言って、万感の思いを込めて、手を差し出す慎二。

その思いが、届いたのか。

「違う、違うんだ慎二。…………俺は、俺…………は…………」


士郎の曇った琥珀色の瞳に、僅かながらに火が灯った。


ここに来て、彼は慎二の言葉に揺れていた。

彼の本気の説得に、心を動かされていた。


士郎の目的は戦いを止めることであり、自らが戦うことを是としている訳では無い。


故に、彼は考えてしまう。


自らが手を汚すこと無く多くの人々が助かるならば、それは善いことではないのかと。


しかも、それを託すのは遠坂凛。託す側としてこれ以上の適任もいない。


力も無く、平凡な自分には、平凡な日常が似合っている。

驚くべき事に、慎二の言葉は彼の理想を穿つ杭として、彼の心に刺さったのだ。

在りし日の温もりが蘇る
。

凍りついた心で、それでも、暖かな幻想をする。


いつか冬が過ぎて、新しい春になったら


慎二と遠坂と、3人で、桜を見に行こう。


その未来を想うと、嬉しくて、


それを捨てようとする自分は、愚かしくて。

 

「俺…………………………は……………………」


 

そうして、どのくらい時間が経っただろうか。


長い葛藤の後、士郎はその夢に手を伸ばして


不動セヨ(だまれ)」


その直前に、短く、しかし強烈な一言によって、その意識は破壊された。


それは嵐。

人が積み上げしものを巻き上げる無慈悲の災害。

英雄王ギルガメッシュという英霊に付与されたカリスマというスキルの力が最大限まで込められたその言葉に、士郎の意識はそちらに向いた。


友の心からの祈りの言葉は、この瞬間彼の心から消え去った。

そんな事よりもギルガメッシュの一言の方が、苛烈に、鮮烈に彼の脳裏に焼き付いたのだ。

これが、王と人との埋まらない差である。

 

「お前………」


ギルガメッシュの方を向く士郎。


彼にとっては不覚であろうが、たった今ギルガメッシュの言葉により彼の心は揺らがず、その場にて停止した。


慎二の願いは、王の戯れによって無に帰したのだ。

「お前!邪魔するな!今衛宮と話しているのは僕だ!!」


当然、慎二は反論をする。

しかし、

 

物ト為レ(しずまれ)

「ッ!!」


 

再び発される言葉の嵐。


沈黙せよ、という命令を込めたその一言によって、彼は文字通り、物となったように黙り切ってしまった。


怯え後ずさる事もなく、慎二の意識はそこに固定され、静まり返ってしまった。


「よしよし、これで邪魔はいなくなったな。そも、我が言の葉を紡ごうというのにそれを遮るなど万死に値する。が、今我は機嫌が良い。故にそこで物のように静かにしておるがいい。」


怯えた目でその場に立ち尽くしてしまう慎二。


「何のつもりだ、ギルガメッシュ。」


ギルガメッシュを睨む士郎。


「ん?(オレ)と貴様が言葉を交える為に、邪魔な輩を黙らせただけだが?安心せよ、あのような小物は殺すにも値せん。用が済めば元に戻るとも。」


「用?確かに協力してくれた事に感謝はしてるけど、それ以外に何かあるって言うのか。」


士郎がそう言ったところで、ギルガメッシュはその眼を輝かせた。


その双眸に映るのは興味。


彼という人間に対する関心と、その在り方を味わおうという王のみに許された至高の愉悦。


先の戦闘は、ギルガメッシュにとって士郎に課した試練であった。


そして見事、彼は大勝利をおさめ、ここに戻ってきた。


「単純な話よ。貴様は(オレ)が課した試練を見事成し遂げ、この教会に戻った。ならば、それに対する報酬を与えなければならん。」


なら、それに報酬を与えるのは、王として当然の事だろうと彼は語る。


「試練?報酬?何の話だ。あれは俺が勝手にやった事だし、あんたに指図されたわけじゃ無い。」


それを至極当然と言った顔で否定する士郎を、かの王は笑い飛ばす。

「ここに置いてそのような些事など構うものでは無いぞ?王からの至高の報酬だ。有難く賜るがいい。その身を有り余る恐悦に浸らせる事を、の名において許そう。」


 

そう言って、ギルガメッシュは


 

「これは力だ。人の罪である暴力の化身だ。しかしこのような下賎なものが、今の貴様には必要なのであろう?」

 

その紅き瞳に邪悪を込め

 

「それにな、使ってみなければ分からぬだろう。案外コレは今の貴様には最も適しているやもしれぬぞ?」


 

黄金の波紋を、士郎に向けて展開した。


 

これより訪れる終末を、心の底から待ちわびるかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギシ、ギシ


錆び付いた歯車が歪む音がした。


目的も無く廻るだけの歯車にヒビが入る。


ギシ、ギシ、ギシ


しかし、それは止まらない。


自らの歪みになど気付かぬように廻り続ける。


コレはそれしか知らないのだ。コレはそれしか出来ないのだ。


如何に自らが壊れようとも、如何に自らが歪んでいても。


ギシ、ギシ、ギ、ギギギギ


しかし、機構はそうでも鉄は違う。


歪み、壊れたまま廻り続ければ、いつかガタがきて、バラバラに壊れてしまう。


コレも例外ではない。


そして遂に、そして不意に、その時は訪れた。


ギギ、ギギギギギギギギギギギギギギギギ         

 

バキン


これで最後とばかりに、歯車は大きな音を立てて、運命の歯車は崩壊した。


歯車は真っ二つに、周り支えた支柱は粉々に


二度と動けないように、二度と動かないように。


後には何も残らない。


何も無い、もう何も無い。


それでも、からっぽの機構でコレは廻り続ける。


もう誰も見えぬだろう。もう誰も知りえぬだろう。


それでもコレは廻り続ける。


意味など無くとも、意思など無くとも。


それでもコレは動き続ける。


いつか、其の存在そのものが摩耗して、消え去るまで。


ずっと、ずっと、永遠に。





本日2話目でした。
ギルガメッシュが士郎に渡した報酬とは、いったい何なのでしょう。
それがわかるのは、まだ先のお話。
この戦いの終わりにて、綴らせていただきます。


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Goodbye my beloved fackin` days ③

断片 ラストピース


「な、これは………………」


 

 

「貴様の理想はこのような外法の業であっても不変のモノであろう?」


 

 

「お前はそれでもいいのかよ!それで、お前は幸せなのかよ!」


 

 

「ヒトの幸福とは他者が定めるもので無く自らで見つけ出すものだ。それが善であれ悪であれ、他者に指図される言われは存在しない。」


 

 

「私には理想がある、私には誇りがある。」


 

 

「ごめん、慎二。俺はもう、戻れない。そっち側はもう、俺の居場所じゃない。」

 

 

 

「晒しちまえよ。吐き出してしまえ。お前の醜い我欲をさ。俺はそれを賛美する。俺はそれを肯定する。他の誰でも無い、俺の為にな。」


 

 

「我らが契は仮初なれど。貴様が約束を守る限り、私も貴様の剣となろう。」


 

 

「この聖杯戦争も、いよいよ次で終幕だ。勝者が全てを得るが、敗者は全てを失う。正に原初の戦いと呼べるだろう。」


 

 

「誰が相手でも、俺は負けない。コレは、その為の力だ。」


 

 

「漸く成ったな。魔術師殺し。」


 

 

「僕はもう降りる。後は好きにしろ。」


 

 

「監督役として、私はお前に改めて、この言葉を送ろう。」


 

 

「戦う。俺は、聖杯戦争を終わらせる。」


 

 

 

 

 

逆しまの運命は高らかに唄う。


この戦いの終焉を、少年の夢の始まりを。


刮目せよ、この悲劇に喝采を送れ。


全てを捨て、全てを消し去る少年の道行きに、どうか報いのあらんことを。


さぁ、聖杯戦争を終わらせよう。


断片 ラストピース

 

中断

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰路に着いたのはとっくに日付が変わってからだった。


あの後、言峰によって俺と慎二の治療がされ、ボロボロだった俺も何とか普通に歩ける程度には回復した。


先ほどから痺れてしまい、感覚の無かった半身も、アイツの治療のおかげで良くなった。

この前からずっとアイツに頼りっぱなしなのは癪だが、それもこれで最後だろう。


言峰との共闘は終わり、俺はこれから1人で戦う事になった。


はっきり言って状況は最悪のままだった。


相手はイリヤと遠坂だ。仮に俺にセイバーが居たままでも勝てるとは言いきれない。


しかし、勝機はある。


ギルガメッシュから貰った報酬。こいつがあれば俺は1人でも戦うことが出来る。


そう思って、右手を固く握りしめる。


あいつは言った。


自分の日常を捨てても尚、勝つために行動する覚悟は有るかと。


愚問だった。そんなもの1番最初から出来ている。


最初から迷ってばかりの俺だったけど、それにだけは迷いは無い。


この道を、俺は行く。その為に日常は捨て去った。


……………藤ねぇには謝らないとな。


ふと空を見上げると、さっきまで爛々と輝いていた月に雲が陰り、辺りを照らしていた光は薄く微かなものとなっていた。


その雲も真っ黒で今にも泣きだしそうに震えていた。


それに気温もかなり下がってきている。思わず首を竦めてしまう程には冷え切った外気は容赦なく俺に襲い掛かる。


「明日は、雨が降るかもな。」


ふと、自分がそれを嫌に思っていると気付いた。


確かに洗濯物の事とかもあるので、世間一般的に好かれてるものでは無い。


でも、ここまで嫌になったことは今まで無かった。


そこまで考えて、思い出してしまった。


 

「――――――あぁ、そうか。」


 

雨の夜、立ち尽くす少女。


何もしなかった自分と、遠坂の悲しい瞳。


生まれて初めて流した涙。冷え切ってもう戻らない心。


雨は無意識に、その時のことを回視してしまう。


でもきっと、この後悔は一生続くだろう。


彼女の死を無駄にしない為に、彼女の死に意味を持たせる為に。


 

————————きっと彼女は俺を恨んでいるだろう。


 

ずっと助けを求めていたのに、俺はそれに気付いてやれなかった。


彼女の優しさにずっと甘えていた。


その笑顔に何度救われたことか。


彼女の笑顔が好きだった。心底幸せそうに笑うその姿に、自分まで嬉しくなった。


あの笑顔の裏には、言い表せないほどの苦悶があったというのに。

許してくれ、とは言わない。

俺の成すことを見守ってくれ、なんて烏滸がましいこと言えやしない。


 

 

 

 

ただ、彼女は死後に安寧を。


死者の世界なんて信じちゃいないが、どうか安らかに。


生きている時の痛みを、ずっと忘れていられるように。


 

 

そう考えていると例の如く家に着いた。


最近は帰りに色々考えるのが習慣になっている。


それまでに色々有りすぎて、落ち着いて考えられるのはこんな時しか無いからだ。


門をくぐり、玄関の前に立つ。

ドアを開ける。

 

 

 

 

『お帰りなさい、先輩。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで…………………………」

 

何故、何故なんだ。

消えない、離れない。

彼女の言葉が、頭から離れない。

俺にそんな資格は無いというのに、

俺はもう、彼女の先輩じゃないっていうのに

それなのに、何で、

お前はずっと、そこに居るんだよ。

見えない。見えない。見えない。

思い出のような何かがよぎるけど、その全てが他人事の用だった。

 

 

真っ暗な玄関の前で、1人歯を噛み締める。

拳を固く握り、体中が強くこわばる。

 

腹が立つ。

誰でもない自分自身に。

この期に及んで尚、日常を求めようとする罪深い己自身に。

 

だからきっと、これは気の迷いで

そして、何かの引き金なんだろう

 

 

 

「あぁ、ただいま、×××。」

 

 

 

ふと、そんなことを言ってしまった。

自分に対する怒りで焦げそうな喉からかき集めた、消えかけの言葉。

肩を震わせて、ようやく絞り出した言葉は、他でもない自分の行いに対する皮肉だった。

だけどなぜかその時、

居るはずのない誰かが、見えた気がして。

心から、安心できるような。

あの、花のような笑顔で

 

 

 

「————————————————————————」

 

 

 

答えは無い。

静寂が体を切り裂く。

その痛みでようやく、自分が帰ってくる

「はっ。」

思わず、自分の行動を鼻で笑ってしまう。

どうかしていた。

疲れた、もう寝よう。

色々あった。あり過ぎた。

急に重くなった体を、引きずるように動かして、真っ暗な家に入っていく。

離れていく日常に、馳せる思いもなく、

遠くなっていくかつての記憶を懐かしむ事もない。

あの日常は、もう終わったんだ。

前を向いて、理想を持って、俺はこれからを生きていく。

いつか望むものを手にするために、必死に足掻くことを続ける。

全部断ち切って、俺は先に進む。

後ろなんて、二度と振り向けないように

 

 

 

 

さようなら、あの愛しき最低の日々よ。

鳴呼、どうか、叶うなら。

出来るだけ早く、いや、今すぐにでも

俺の事なんか忘れて、華やかなままでありますように。

 

 

 

 

 

 

 




というわけで3話目でした。
不思議な始まりで申し訳ないです。
本来ならあの部分を別の1話にする予定だったのですが、短すぎて出来ないと言われこのような形になりました。
分かりにくいかもしれませんが、あの会話のみの部分は②の最後からつながる場所、つまりギルガメッシュが士郎に与えた報酬の話の断片となっています。
あの部分の真相はこの物語の最後にて綴る、と前回のあとがきで言ったように、真相編はまだまだ先ですので、今はこのヒントのみで何があったかはご想像にお任せします。
まぁ、碌なことではないでしょうがね(愉悦)

さて、今回でこの私的鉄心エンドは丁度折り返し地点です。
ここから先は物語自体の終わりへと向けて進んでいきます。
未だ残る参加者凜やイリヤとはどうなるのか。
そして、正義の味方、衛宮士郎の結末は。
鋭意執筆中ですのでどうかお楽しみに。
では、ここまで長らく読んでいただきありがとうございます。
次回、なるべく早く頑張ります!!


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2月11日 第4夜
後悔、先には立たず


Q.ここ三か月、一体何をしていた?

A.ダクソ3、神ゲーでした。


お久しぶりです。たまごぼうろです。
まずは謝罪を。三か月間失踪して申し訳ありませんでした。
理由としてはシンプルなモチベの低下です。
後ゲームしてました。楽しかったです。
今回から凛視点です。
では、どうぞ。

※ここから先作者の言い訳となります、興味の無い方は飛ばしてください。



そもそも自分、自己承認欲求があまり高くない人間なので、定期的に投稿していないと書けない、というタイプでは無いんですよ。
寧ろ投稿する手間の方をめんどくさがってしまう人間で、三か月の間、合間を縫っては書いてはいたんですよ。投稿していなかっただけで。
完成した後、ルビ振って、誤字脱字確認して、前書きとタイトル考えて、こうやって打って…っていうのをめんどくさがったんですね。
実は今、ストックとしては六話ほどありまして、コンスタントに投稿しているのとペースは大差ないのではないかと思います。
ですが、そろそろ完結も視野に入ってきていて、流石に投稿したい!と思い今回に至ります。
久しぶりにハーメルン開いて、UAもお気に入りもじわじわ上がっていて、まだ読んで下さる人が居て大変嬉しく思います。
このように継続力の無い、飽きっぽい人間ではありますが、また失踪したら
「あ、めんどくさがってんな」
程度に思っていただければと思います。大丈夫です。多分書くこと自体はずっと続けていると思うので。
では、また少しずつ投稿していければと思います。
楽しんでいただければ、幸いです。



朝七時。

半分微睡みながらも、僅かに覚醒した意識に体を移す。

やはり朝は苦手だ。とりわけ本日の目覚めは最悪と言える。

体を起こし伸びを一つ。ついでにカーテンを開けて、外の光を入れようとする。

しかし、昨日の晴天は影も形も残っておらず、どんよりとした雲が空を覆っていた。

風は強く、雨も降っているようだ。この部屋は暖房が効いているが、きっと外は冷え切っているだろう。

「はぁ…………」

大して気分も晴れず、溜息をつく。

すると、薄暗い部屋のガラスに写った自分と目が合った。

「うわ………。ひっどい顔。」

一昨日と昨日、何かするをする気にもなれず、二日間ろくに食事もしないで部屋に篭もって眠っていた。

別に体調が悪かった訳でも、魔力が足りなかった訳でもない。

ただ、これは私の心の問題だった。

 

三日前の二月八日。

いや、もしかしたらあの時既に日付が変わっていたかもしれないから、二日前かもしれない。

私は桜を殺した。

自らの暴走を抑えれない彼女に、魔術師として処罰を下した。

彼女は特に抵抗もせず、すっぱりと自分の運命を受け入れていて、だから私も魔術師のままでいられた。

私の生まれて初めての殺人は、皮肉な事に実の妹だった人になった訳だ。

その時は良かった。その時はまだ私のままでいられた。

常に余裕を持って、優雅たれ。

父さんがいつも言っていた我が家の家訓。

その言葉通り、私はこんなのなんて事ない、なんて顔で教会を後にして、雨に濡れながら家に帰って、シャワーを浴びて、アーチャーの淹れてくれた紅茶を飲んで部屋に戻った。

私はほっと一息ついて、柄にもなく心配そうなアーチャーにお礼を言って、ゆっくりと部屋に戻った。

けれど、そこで限界だった。

ベッドに倒れ込んだ瞬間に、色々な感情が押し寄せてきて耐えきれなくなり、必死に声を殺して泣いた。

 

初めにやってきたのは、悔しさだった。

絶望の淵で必死に足掻いていた彼女を救えなかった自分が不甲斐なくて、奥歯が砕ける程に噛み締めた。

きっと私のほんの少しの勇気で彼女を救えたのだろうに、それをやらなかった己を心底呪った。

魔術師が過去を呪う、なんてゾッとしない言葉だが、それでも悔しいものは悔しかった。

ここまでの悔恨は、生まれて初めてだった。

次にやってきたのは、罪悪感だった。

何故、私ではなく彼女があんな目にあったのだろう。

たかが1年ほど生まれるのが早かっただけ。

たったそれだけの話なのに。

勿論、私だってそれなりに苦労はした。

父さんが死んで、母さんが死んで、一人で遠坂の家を継いでから、駆け抜けるように日々を送った。

止まったら孤独に押し潰されそうだから、だから必死に努力して、その孤独を打ち消すために走り続けた。

凡そ成人前の少女が背負わない責務に対して、挫ける事無く挑み続けた毎日だった。

それは紛れもなく苦難の日々だったと思う。

けれど、

桜に比べたら、それはなんて楽な事か。

彼女は文字通り拷問を受けていた、それも一日とて休むこと無く。

私のこれまでは苦しかったが、それでも私はその毎日を楽しめた。

自分がそんな性分である、というのもあるが、私は私の人生が苦しみに満ちていたとは思わない。

けれど、桜は違う。

苦しみだけが彼女の全てだった。苦しみだけが、彼女の人生の意味だった。

あの修練所を見れば、彼女が今までどんな事をされてきたか想像するのは容易だった。

さぞ叫んだことだろう。さぞ泣いた事だろう。

けれど、救いなど無かった。あろうはずが無かった。

蝕まれるような地獄。自分を作り替えられて行く苦痛。

それに比べたら、私の人生など寧ろ幸せな方だと思えるくらいだ。

そう思っては泣いた。泣き続けた。

涙はとめどなく溢れ、痛いほど食いしばった唇からは血が流れた。

そうなればもう、声を殺すなど出来なかった。

喉よ裂けろ、涙よ枯れろ。

この五体など、ぐちゃぐちゃになって消えてしまえ。

後悔と罪悪感、そしてそれらに対してもう何も出来ないという絶望を抱えて、私は泣き続けた。

加えて、私はこの時ほど自分を殺したいと思った時は無い。

あろうことか、私は、私という愚か者は。

その絶望を、心地よいとさえ思ってしまっていた。

この苦しみを、自分への罰だと思い込んだのだ。

罪人へ与えられる罰とは、即ち贖罪への道だ。

だから私は、無意識でこの絶望を罰だと思い、赦しを乞うていたのだ。

最低だ。最低にも程がある。

そんなもの、今更受けられるとでも思っているのか。

そうして、その絶望を桜が抱いていたものと同視している自分が憎らしくて。

この絶望を通して、桜のことを分かった気になっている自分に心底吐き気がして。

自分が嫌で、他人が嫌で。

世界が嫌で、魔術師が嫌で。

何もかも嫌になって、ただ涙が止まらなかった。

私はその夜一晩中泣き続け、いつしか疲れて眠っていた。

それが、一昨日の話。

そして昨日、時間は覚えていないが目を覚ました。

体を起こす気力も無く、ベッドの上で蹲っていると、ふと枕元にあるテーブルに置いてある写真が目に入った。

それは、幼い頃の自分の写真だった。

父さんと母さんが撮ってくれた写真。

小さな私が一人、頬を薄紅で染めながら笑顔で写っている。

きっと目の前には父さんと母さんが居て、きっと私は少し恥ずかしくも、誇らしく思っているのだろう。

まだ走り出す前の、何も知らない私。

これからの運命も知らず、無邪気に微笑む私。

そんな私の髪には、ピンクのリボンが着いていた。

あぁ、そうか。

確かこれは、桜がいなくなる前の写真だっけ。

最後に姉妹の写真が欲しい、なんて言って、けれど二人の写真は思い出になってしまうから、一人ずつ撮ったんだ。

そしてこのリボンは、その後桜にあげたんだっけ。

私たちが姉妹だった証として、彼女にプレゼントしたんだ。

あの時の彼女の心底嬉しそうな笑顔は、今も脳裏に焼き付いている。

そんな家族の最後の団欒の直前の写真。

幸福の予兆を噛み締めて、静々と笑う私。

そんな写真を見て、ぽつりと言葉が出た。

 

「寂しい………………。」

 

その言葉が、私の最後の引き金を優しく引いた。

言葉にした途端に、急に孤独感に包まれた。

誰かに近くにいて欲しい。大丈夫だと言って欲しい。

誰かに、優しく抱きとめて欲しい。

そんな想いでいっぱいになって、昨夜散々泣いたはずなのに、また涙が流れた。

やっぱり、私は人でなしだ。

そこまでずっと泣き続けて漸く、そんな、ふとした言葉がきっかけとなって。

最後に、思い出したかのように深い、深い悲しみがやって来た。

それは、私の消し去るべき良心が顔を出した瞬間だった。

魔術師としては有り得ざるべき涙だった。

それでも、それでも私は涙した。

桜が死んだ。

私が殺した。

私の大好きな妹。私の唯一の愛すべき肉親。

努力だけの毎日を照らす希望であった存在が、いなくなった。

彼女も何処かで頑張っているだろう、などという楽観的な推測で、自分も頑張ろう等と思っていた。

そんな私の妹は、もう居ない。

私は遂に天涯孤独となった。

もう頼れる人間はいなくなった。

私は正真正銘の一人になった。

その事実が、どうしようもなく、悲しかった。

寂しかった。

辛かった。

目の前が真っ暗になって、底の無い奈落に突き落とされたようだった。

無論、それだけでは無い。

ここまで誤魔化してきた悲しみ。

走り続ける事で無かった事にしてきた悲しみも押し寄せる。

 

「父さん……………母さん………………」

 

父を亡くし、母を亡くし、それでも強がっていたツケが回ってきた。

 

 

「桜……………さくらぁ………………」

 

そして何より、桜が亡くなったのが、一番辛かった。

そうして、そんな悲しみと孤独感に包まれたまま私はまたもや泣き続けてた。

家族の為に涙したのは十年ぶりだ。

父さんの出棺の日、綺礼に父さんの遺品を貰ったあの時以来だった。

そうして、この二日間の間泣き続けて、今ようやく目が覚めたというのに。

 

「……………………」

 

私はまた、それらに包まれそうになっている。

ガラスに映る自分を見て、再び悲しみが蘇る。

また、このまま倒れ込みたい思ってしまう。

そして、悲しみという逃避を甘受しようとしている。

あの闇は辛く、苦しいけど。

息の詰まるような閉塞感に溺れている間だけ。

その間だけ、桜に触れていられる気がするのだ。

苦しみこそが全てだったあの子に、近づける気がするのだ。

でも

 

「そうじゃない。そうじゃないでしょ、私は。」

 

だけど、それは幻想だ。

それは逃げだ。それは甘えだ。

彼女の苦しみは彼女だけのもので。

だからこそ私は前を向くんだ。

彼女の分も背負って、走り続けるんだ。

他でも無い私が、それを1番分かっている。

死者は甦らず、又、語る口は存在しない。

こちらが幾ら嘆こうと、それに赦しは存在しない。

そして、存在しないもの、有り得ないものに縋ったところで、人は何処にも進めない。

心地よい暗闇の中で停滞し、いつか朽ちていくのみだ。

停滞とは、行き止まること。

行き止まりの地点で、何も成せずに漂うのは、存在しない事と一体何が違うのだろう。

 

「……………みっともないな。私。」

 

そう言って、ガラスに映る泣きっ面の自分を打ち消す様に、両頬を自らで強く叩く。

ばちんと乾いた音が響く。

 

「……………………よし。」

 

両頬から流れるひりひりとした痛みで意識が完全に覚醒する。

同時に、今まで抱えてた悲しみも引っ込んだ。

もう十分だろう。

もう十分休んだ。もう十分止まった。

悲しみは深く、傷もまた深い。

けれど、けれど、

それでも、私はまだ動ける。前に進める。

なら、止まってはならない。

だって私は私だから。

私が私でいるために、私は前に進むんだ。

決意を込めて、部屋を出る。

もう二度と、その中で溺れないように、大きく深呼吸をして。

戦う。勝つ。その為に。

私はまた、全速力で走り出すんだ。

 

 

 

 

私室から出ると、外の外気を取り込んだかのように冷え込んでいる廊下に身震いしてしまう。

「さっむ……。先ずはシャワー浴びないと。」

とりあえずはこの酷い顔を何とかするのが急務だ。

それに、日々のルーティンをこなせば、それだけ早く元に戻れる。

そうと決まれば善は急げ。

すぐさまお風呂に入り込んで、熱いシャワーを頭から被る。

この二日間自分を縛っていたものが剥がれていくような感覚になりながら、頭、体の順番で丁寧に洗う。

そうして、お風呂から出て、体を拭き、服を着て、髪を乾かして簡単に化粧をする。

そんな一連の朝の動作が終わって、改めて鏡を覗き込むと、そこにはいつも通りの私がいた。

 

「うん。これなら何とかなりそうかな。」

 

誰に言うでもなくそう呟いて、洗面所を後にする。

さて、次は食事だ。

丸二日何も食べていないせいで、先程からお腹は頻りに空腹を訴えてくる。

確か何か食材はあっただろう。

簡単に済ませようと、台所に向かおうとした時だった。

 

「あぁ、目覚めていたか、凛。」

 

「……………………アーチャー。」

 

私のサーヴァントであるアーチャーが霊体化を解除して出てきた。

それに対して私は微妙な顔をしてしまう。

何しろ二日間彼を放置していたのだ。

ろくに命令も与えず、説明もせず、ただ引き篭っていただけの私に、きっと彼は小言を投げてくるだろう。

やれ、『二日間も放置するとは、まさか最初に私が言った事を本気にするとは思わなかったよ。お嬢さん』だの。

もしかしたら。『そんな未熟者に仕えていたとは甚だ信じられん。今からでも教会に赴いた方がいいのではないのかね。』とか言われるかもしれない。

いや、それも仕方が無い。これは全て私が不甲斐ないから招いたことだ。

ここは甘んじて、彼の説教を受け入れよう。

そうやって少し身構える。

しかし、彼の言葉はそんな私の予想とは外れて、寧ろ深刻味を帯びていた。

 

「起きがけで悪いが、早急に報告しなければならない事がある。何しろ私も先程確認したのだ。」

 

「あ、え、うん!な、何かしらアーチャー。」

 

いつになく真剣な彼に少し面食らってしまう。

いや、それだけじゃない。

彼には焦りや困惑、或いは怒りがあるように見えた。

故に、その次の言葉によって、そんな私の腑抜け切った考えは一瞬にして吹き飛ぶ事になる。

 

 

嗚呼、やっぱり

 

 

「間桐邸で大規模な火災があった。家は工房含め全焼で、生存者はいない。」

 

「…………なん、ですって。」

 

この世界は私が止まることなんて、許しちゃくれないようだ。

 

 

 



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たった一人でエンドロール①

ストックはいっぱいあるので、もうちょっと投稿します。
実は失踪中に「天気の子」を見に行きまして。
や、良かったです。僕、特に映画が好きと言う訳でも評論家ぶっているわけでも無いのですが、凄く面白かったです。
主人公がヒロインを求めて全てを捨てて走り、そして周りもその実直さに影響されていく。
「君の名は」に比べてると展開のインパクトに欠ける分、大分分かりやすく面白い作品だったと思います。
それで、見終わったあと何か既視感があったんですよ。この感動の具合、何かに似ているなーと。
それで考えてみたら、天気の子の感想、僕がセイバールートを見た時の感想と近かったんです。
ヒロインが今までの人生よりも、刹那の間の逢瀬を求めた感じとか。
主人公が自分のすべてを投げ出してヒロインに会いに行こうとした感じとか。
向かう先は破滅しかないボーイミーツガールって、あんなに綺麗で、そして眩しいんですね。
お時間があれば見に行ってみたらよいと思います。刺さる人には刺さる作品です。
では、どうぞ。


「どうゆうことよ。間桐邸が火災って。」

 

「言葉通りだ。タイミング的に昨日の深夜だろう。私も俄には信じられん。」

 

「あの地はこの冬木で、うちに継ぐ強力な霊地よ!?そんなに簡単に落とされるはずが無い!」

 

「分かっている。しかし、これは事実だ。」

 

信じられない。

あそこを簡単に落とす事など出来ない。

間桐は使い魔を使役することに優れている。

それ即ち、こと自陣営の守りにおいては、本人が無くともある程度は出来るという事だ。

加えて臓硯本人が居ればそれはもっと強固なものになる。

魔術師の工房の守りとは、そうゆうものだ。

侵入は容易いが、脱出は困難。

自らで作り出した蜘蛛の糸にかかった獲物を容赦無く殺す。

そこに慈悲は無く、ただ無断で踏み入った者を始末するだけ。

それはうちだって同じだ。

だから、私たちも侵入までしか行けなかった。

臓硯が居なく、守りが手薄な時にこっそりと。

そうしなければ、いくらサーヴァントがいても無傷では済まないからだ。

そんな魔術の要塞を一晩で落とすなんて。

そんな事出来るなら、とっくに私たちがやっている。

こんな事出来るのはーーーー

 

「…………行くわよ。」

 

「何?」

 

「現場に行くって言ってんの!アーチャー!着いてきなさい!!」

 

「待て待て待て!考え無しか君は?これがこのタイミングで起こったということは間違い無く魔術師の仕業だぞ!君まで危険に晒されてどうする!?」

 

「だったらあなたが守ればいいじゃない!とにかく行くわよ!ほら早く!!」

 

そう言って、急ぎ足で外へ向かう。

 

「…………」

 

後ろで言葉を失い絶句している音が聞こえたが、今はそれどころではない。

何かが起こっている、それも良くない事が。

聖杯戦争関連ならばまだ良い。それは自業自得であるし、魔術師間で完結する話だ。

けれど、これは違う。

これをこのまま放っておいたら、きっと最悪を迎えるしかなくなる。

そんな絶対の予感が私を突き動かしていた。

そう考えて私は家を出る。

この予感が、杞憂で終わることを願って。

 

 

 

「着いたぞ」

 

アーチャーに担がれて間桐邸から少し離れた建物の屋上に降り立つ。

雨は先程より弱くなっていた。

とはいえアーチャーに担がれ移動したので、レインコートはびしょ濡れだった。

しかし、今はそんな些事はどうでも良い。

 

「これは……………」

 

目の当たりにした悲惨な光景が、それをかき消していたからだ。

少し先に間桐邸が見える。

けれど、そこに以前の面影は一切見られなかった。

ただの焼け跡だった。

真っ黒な何かでしかなかった。

もし、この火災の事を知らずにここを見れば、ここに豪邸があったなんて事、信じはしないだろう。

家の骨組みから庭や離れに至るまで、敷地内全てが消し炭と化していた。

 

「この襲撃者っての相当な派手好きね。又は相当の無鉄砲か。」

 

見れば見るほど酷い有様だ。

幸い、雨のお陰で火は消えており、周りに火が移った様子も見られない。

閑静な朝の住宅街のはずの場所で、一際浮いている黒い焼け跡。

こうなれば、最早工房が、等とは言っていられない。

それに、貯め込んでいた資産や知識も全焼してしまっているだろう。

 

「間桐はこれで完全に敗退だな。最早魔術師としての復興も不可能だろう。」

 

アーチャーもそう言う程に、何もかもが燃え尽きていた。

嘗て此処で積み上げられてきたであろう研鑽も、歪ながらも細々と続いていた平穏も。

 

「………!凛、あそこにいるのは君の学友では?確か………………マトウシンジとか言ったか。」

 

アーチャーが家から少し離れたところを見ながら私に尋ねる。

見ると、人だかりが出来ていた。

 

しかし、私には人だかりがあると分かるのが限界で、そこにいる人間の事は見ることが出来ない。

 

「ちょっと待って。今遠見の魔術をかけるわ。」

 

なのでそう言って、自身の眼球を強化する。

より遠くを、より正確に見れるようになる遠見の魔術。

レインコートのフードを上げて、人だかりの方向を覗く。

強化魔術の初歩の初歩なので、詠唱無しでも成立する。

それを使って見ると、確かに人だかりの中央に見知った顔がいた。

雑踏に揉まれながら、不機嫌そうな顔で立っている。

 

「そっか…。まぁ居るわよね。自分ちだし。」

 

桜の兄にして間桐の長男、間桐慎二がいた。

どうやら警察官に簡単な事情聴取を受けているらしい。

彼の少し怪訝で、それでいて冷静な顔を見て直ぐにピンと来る。

 

「アーチャー、あそこで何話してるか聞こえる?」

 

「いや、悪いが私は視えるだけだ。聞くことは出来ない。君が聴力を強化した方がまだマシだろう。」

 

「そ、ならそうするわ。」

 

そう言って、今度は聴力を強化する。

それも、単純に遠くの音を拾えるようにだけでなく、聞き分けも出来るようにした。

すると、野次馬たちの様々な憶測が飛び交う中に、聞き慣れた声が聞こえてくる。

 

『はい、そうです。僕が家に帰った時にはこうなっていました。近隣の方々には迷惑をかけてしまったと思います。』

 

紛れもなく慎二の声だ。

彼は驚く程落ち着いた声で、近くにいる警察官からの質問に答えていた。

 

『犯人の心当たり?さぁ?この家には僕と祖父と妹の3人でしたから、特にこれと言ったものは思いつきませんね。』

 

『ところで祖父は、……………そうですか。いえ、かかりつけの医師からももう長くないと言われてたので。唯一、苦しみながら死んでしまったのが悲しいです。』

 

(何よあいつ。随分と冷たいわね。仮にも親族でしょ。)

 

何か違和感がある。

彼はこのような非常事態においてあそこまで冷静でいられる男では無い。

常時の彼ならば、この有り様を見た途端に騒ぎ出し、不審者として通報されても何ら可笑しくはないだろう。

にも関わらず、彼は表情一つ変えない。

ならば、何かを知っているか、それよりも強い何かに屈服させられているか。そのどちらかだろう。

 

「…………決まりね。」

 

短く呟いて、アーチャーに指示を出す。

 

「アーチャー、貴方はあの家を調べて。霊体化すれば侵入は簡単でしょう?」

 

「それは構わないが、君はどうするのかね。」

 

「慎二を追うわ。あいつ、絶対何か知っているわよ。」

 

「了解した。何か痕跡が見つかれば報告する。」

 

そう言って霊体化し消えるアーチャー。

それと同時に、私も慎二に話を聞く算段を整える。

丁度、彼は警察官に連れられて別の場所に移動するところだった。

 

「さて、こっちも始めますか。」

 

そう言って、私も動きだした。

 

 



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Interlude

慎二視点の幕間です。


全く、無知のふりをするのも楽じゃないな。

心中で悪態を着きつつ、傘をさされ警官に連れられていく。

家の前で簡単に事情を説明した後、僕は署に移動する事になった。

警察も大した事が無い。

この程度、見破ることを出来ないなんて。

どうやら放火というのは分かっているようだが、その犯人がまさか近くにいるなんて思ってもいないだろう。

きっとこの後事情聴取を受けるのだろうが、そこで僕がボロを出さない限りはきっとアイツには疑いは向かないだろう。

結局は僕任せなんだよな、あいつ。

恐らくこれも神父さんが事故で処理するんだろう。

…………良い身分だな、全く。

そう考えつつ、警官の後を追う。

すると急に、前の男が進路を変えだし、人気のない路地裏の方へ進んでいく。

 

(………?)

 

妙だ。こいつら急にどうしたんだ。

ここから数分歩いた先に屯所があるのは知っている。

だから黙ってついていっていたのだが、こちらには本当に何も無い。

 

「あの、すいません。こっちは何も無いですよね。」

 

あくまで優しい顔で、前にいる男に話しかける。

しかし、

 

「……………………」

 

警察官は何の反応も示さず、こちらに振り向くこともせず、ただ歩くだけだった。

 

「あの、あの!」

 

大きな声で話しかけるも、反応は無い。

傘を打つ雨音だけが響いていた。

何だこれ、どうしたって言うんだ。

前のこいつはさっきまで僕を怯えさせないように気を使って話していた。少なくとも僕にはそう見えた。

悲劇の渦中にいる未成年を、本気で心配する大人の瞳だった。

なのに今は反応すらしない。

仕方なく、今度は後ろの警官の方に振り向いて尋ねる。

 

「すいません、前の方どうかしたん………!!」

 

しかし、そこで僕の言葉は止まってしまった。

後ろの警官も前のやつと同じく反応が無かった。

僕に傘をさしたまま、歩き続けるのみ。

それもそのはずだ。だってこいつらは。

 

「気絶…?いや、眠っているのか……」

 

2人とも目を瞑っていたのだ。しかも気持ち良さそうな表情で。

周りを見渡す。

気付けば、誰もいないガード下の前に辿り着いていた。

そしてこの警官達はそこに入っていく。

ここならば、滅多に人は来ないだろう。

雨音が遠ざかる。

ぴたりと、前の警官が止まった。

そして同時に、少し離れた所に人影が見える。

 

「あぁ、なるほどね。」

 

それを見て漸く気が付いた。

人気の無い場所。意識の無い警官。

何をしても、ここでは誰も来やしないだろう。

 

「君らしくないね。流石に強引過ぎやしないかい。」

 

しかし、驚きはあれど焦りは無い。

予想は出来ていた。真っ先に何かしてくるならきっとこいつだろうと思っていたからだ。

相も変わらず真っ赤な服に、全く似合わない黄色のレインコートを羽織った少女が立っている。

 

「名家のお嬢様が、関係の無い一般人を巻き込んでもいいのかい?勿論、僕も含めてね。」

 

ズボンのポケットに手を突っ込み、余裕の表情を浮かべて挑発する。

僅かに相手から困惑の色が見て取れる。

あぁ、そうだろう。そのはずだ。

僕だって、僕自身に驚いている。

こんな状況、数日前の僕なら怯えて何も出来なくなっただろう。

事実、今も怖くないと言えば嘘になる。

けれど、

 

「久しぶり、って言うべきかな。遠坂。」

 

朝の挨拶をするみたいに、目の前の遠坂凛に話しかけた。

こんなの、あいつに比べればなんて事ないものだ。

首元に貼られた絆創膏を摩る。

あの瞬間、この傷を付けられたあの時は、今も簡単に脳裏に過ぎる。

あれこそが殺意だ。

人を殺す意思と意味が同居した、紛れもない狂気だった。

僕はあの時、本当に殺されかけた。

なのに、今はそれが僕を救っている。

あの傷のおかげで、ひどく落ち着いていられた。

昨日向けられたナイフの冷たさに、安堵を覚える自分が可笑しくて。

 

「僕を、殺すのかい?」

 

だから僕はにっこりと微笑んで、彼女と相対する。

これは命乞いだ。

あの時と同じ、みっともない僕が生き残る為の腐り切った手段だ。

ただ一つ、違いがあるとするならば。

 

この身はもう、ただの弱者では無い。

自らの鎖を断ち切った、最低の愚者だという事だ。

 

さて、ここからは僕の時間、僕の役目。

あいつには出来ない、僕の仕事さ。

 

哀れだと思うかい?そいつは結構。

他でも無い僕自身が、一番そう思っているさ。

 



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たった一人でエンドロール②

 

今まで遠坂の後継者として、それなりに陰謀と戦ってきた

父さんの訃報を聞いて、私を利用しようとするものは沢山いた。

悲しみを装う者、笑顔を浮かべる者、無を示す者。

けれど、その全てが私を侮っていたと思う。

全員がこぞって私を言いくるめようと手練手管を駆使してきたけれど、その全てを私は跳ね返し、又、己の力としてきた。

駆け引きに置いても私は優秀であると自負していた。

だから、初めてだった。

今までのやつの様な泥のように重たいものでも無く、

イリヤのバーサーカーのような暴力による恐怖では無い。

ただの、何も持たない一般人。

私達から見れば、ただのカモで、殺すのなんてそれこそあいつらに暗示をかけるよりも簡単。

なのに、なのに。

あいつの、慎二のその笑顔に気圧された。

殺されるかもしれないこの状況で、あいつは笑った。

嫌味な笑顔では無い、きっと彼は本心から可笑しくて笑ったんだろう。

自分の命が、消えるかもしれないのにも関わらず。

それが堪らなく不気味で、そして不快だった。

なぜ不快なのか、なぜ腹が立つのか。

それは自分でも、分からなかった。

 

「ええ、久しぶり間桐君。その様子なら聞きたいことは分かっているって事でいいのよね。」

 

腕の組み、顎を上げ、高圧的な態度を取る。

ここで主導権を取っているのは私だ。

彼は黙って聞かれた事のみに答えれば良い。

そのはずなのに

 

「悪いけど、後にしてくれないかな。僕は今傷心中でね。だって家に帰ったら家が燃えてたんだぜ。混乱してるんだ。君に構っている暇は無い。」

 

彼は動じない。

その舐め切った態度を隠しもしない。

寧ろ、私の方が、その態度に焦らされていると思うくらいだ。

ギリ、と歯噛みする。

 

「いいから黙って答えなさい。あの事件について知っている事を教えて頂戴。」

 

いつもなら軽く流せるはずの軽口を聞く余裕もなく、急かすように質問をする。

もし外来の魔術師の介入ならば、早く潰さなければ。

だから前置きは無し。核心のみを聞く。

冷静に、冷静に、冷静ーーーーーー

 

「……………知らないね。」

 

「ッ!」

 

それを聞いた瞬間、私は反射的に彼に魔弾を打っていた。

彼の頬を掠めるガンド。

それは真っ直ぐに飛び、後ろのコンクリの壁に当たって、派手な破壊音を響かせる。

コンクリの破片と、大きな砂埃が、雨音交じりの空に響く。

もし彼に当たれば、死んでいたかもしれないだろう。

 

「いいから、答えなさい。次は当てるわよ。」

 

一気に火照った頭を冷やすように、感情を殺しながら聞く。

どうやら私は思ったよりも彼に苛立っているようだ。

ここまですれば彼は腰を抜かして私に従うだろう。

自分より強いものには従う。

これが弱者の理であり、間桐慎二という人間の欠点だ。

欠点、だった。

 

「本当、らしくないね。遠坂。」

 

「……………!」

 

彼は動いていなかった。

それどころか動じてすらいなかった。

相変わらずポケットに片手を突っ込んで、もう片方の手をキザったらしく広げて話しかけてくる。

そして、また彼は笑っていた。

その顔を見て、また腹が立つ。

 

「いいから!答えなさい!」

 

我慢出来なくなり、今度はしっかりと照準をして構える。

けれど、彼は止まらない。

 

「どうしたんだい。調子が悪いのか?外してしまえば脅しにならないよ。」

 

そう言って、彼は一歩踏み出した。

 

「しょうがない、僕が手伝ってあげよう。」

 

二歩、三歩、四歩、五歩、六歩。

歩み寄ってくる。

自ら間合いへ、死の傍へ。

突きつけられたナイフを、自分の首元に押し当てるように。

 

「なに………してるの……………」

 

来るな、来るな来るな。

不気味なものが迫ってくる。

自らの命を守るという、当たり前の本能を失くした者が近づいてくる。

張り付いた笑顔が不快だ。優しげなその言葉は不要だ。

やめろ。やめろやめろやめろ。

 

そして最後の1歩。

私が構えた銃口(人差し指)に、彼は自分の胸をつけ、その銃身(手の平)を自らの手で包み込む。

何が可笑しいのか。

相変わらず、笑ったままで。

けれど、その眼は一切の余裕を許していなかった。

 

 

 

 

「ほら、これで外さない。」

 

 

 

 

「……………………!」

 

それは、紛れもなく狂気だった。

少なくとも数日前まで彼は普通の人間だった。

それが今はどうだ。

自分の命の危機に対して、自らの命を盾にする。

自ら死地に飛び込んで、その命を繋ぐ愚者。

それは紛れもなく異常であり、

自らの命を、根源への到達という使命を優先する魔術師には、到底至れない領域だった。

 

 

恐怖で言葉が無くなった私の耳元で彼が囁く。

眼前の死に対し、道化は高らかに嗤う。

 

「君は、人を殺す事を恐れている。君が今怯えているのは僕じゃなく、僕の不可解な行動だ。僕がこんな事しなければ、君はきっと冷静でいられただろうね。」

 

「全く傲慢だ。そこのところは彼に似ているけど、それ(殺人)を恐れるようじゃあ勝てないよ。」

 

「………それ、どうゆう事。」

 

そこまで言って、彼は私から離れる。

先程まで纏っていた狂気は消えており、目の前にいるのはただの人間だった。

 

「珍しいものが見られたお礼だ。ヒントくらい教えてあげるよ、確かに僕はこの事件の真相を知っている。けれど、君には余り関係ない話だ。」

 

「やっぱり関わっていたのね。」

 

「当然だろ。事故でうちが全焼なんて有り得ない。」

 

「……まぁ、それはそうね。それで、誰がやったのよ。」

 

「言うわけないだろ、僕が与えるのはあくまでヒントだ。」

 

……乗らないか。

彼が調子づいた所でボロを出させようとしたが、それも失敗に終わった。

認識を改めよう。

彼は何かのきっかけで成長した。

それもこの短期間で、私と渡り合える程に。

きっとそれが、彼の協力者が彼に施したものなんだろう。

人を根幹から変える力。

人間の生存本能を歪めるほどの力。

それが何なのかは分からないが、油断ならない相手なのは間違い無い。

 

 

「というか予言だね。僕はもう降りたから関係ないけど、君はまだ戦うんだろう?」

 

「当然よ。私は必ず聖杯を取るわ。」

 

きっぱりと、力強く言い切る。

相手に、自分に言い聞かせるように。

けれど、彼はそれを否定した。

 

「悪いけど、それは無理だ。君は負けるよ。たった今確信した。」

 

「それは、どうしてかしら?」

 

「さっき言った通りさ。君は無意識に人を殺すのを恐れている。そんなんじゃあ勝てないよ。」

 

「逆に言えば、それを克服すれば君は勝てるだろう。僕から出来るアドバイスと言えばそれくらいかな。………躊躇えば、或いは迷ったら死ぬよ。」

 

彼の言葉に嘘はないように見える。

つまり、その言は真であり、彼は本当に私が死ぬと考えているのだ。

 

「随分とその人の事を買っているのね。弱みでも握られたの?」

 

しかし、それでも今は情報が欲しい。

少しでもいい、その人物に届く何かが欲しかった。

 

「……どうだろうね。僕が言えるのはここ迄だよ。後は自分で確かめると良い。」

 

しかし、彼がそれ以上の事を言うことは無く、そのまま私から距離を置き、動かない警官の一人の肩に手を置く。

 

「じゃあ、もういいかな。そろそろ悲劇の少年に戻らなきゃいけないんでね。」

 

そうして、具体的な情報は何一つ引き出せないまま、彼は戻ろうとする。

 

「……………そうね。そろそろ怪しまれるだろうし。」

 

しかし、止めることは出来なかった。

不機嫌を隠さず、心底嫌そうな顔で言う。

それを見て慎二は、嘲笑うようにこちらを見てきた。

 

「おいおい、これでも僕はお前を応援してるんだぜ。お前が一番、この戦いを治めるに相応しい。」

 

そして、心底真面目な風に先程と真逆の事を言ってきた。

 

「けれど、あなたの予言では私は勝てないのよね。」

 

「ああ、そうさ。相応しいからと言って、その人間が勝者になれるかと言えばそうではないだろう?勝者に相応しい品格ってのは何時だって後付けなんだ。今まで勝ち続けてきた君は確かに相応しいかもしれないけれど、けれど君は君だからこそあいつに負けるんだよ。」

 

「………ありがたいご高説どうも。大して益は無いだろうけど頭の片隅にでも置いておくとするわ。」

 

「そいつは結構。それじゃあこいつらの暗示を解いてくれ。」

 

慎二のその言葉に合わせるように、警官二人に掛けていた暗示を解く。

そう長い時間話していた訳では無いから、怪しまれもしていないだろう。

再び雨の中、警官たちに連れられる慎二の背中を見送る。

最後に、緩やかな雨音と、それを弾くビニール傘を音に混じって悔しげな声が聞こえた。

 

「頼むぜ。もうお前しかあいつを止められないんだ。」

 

しかし、そんな悲痛な戯れ言は雨音に攫われてしまい、私の耳に届くこと無く消えてしまった。

だから、私は知ることが出来ない。

彼の予言が真ならば、彼の祈りも又、真であるという事を。

 

「なんなのよ……。あいつ……。」

 

だから私の負け惜しみだって彼に届くはずは無い。

こうして、私達は別れた。

遠くで雨音が強くなるのが聞こえた。

情報収集は終わりだ。早くアーチャーと合流して、今夜に備えよう。

冷静になろうとする頭とは対照的に、雨音よりも強く響いて止まない動悸が、私の不安を一層に煽っていた。

 

 



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冷たい現実、温かな涙①

自分で言ったことは、自分で守ろうね。
                                  ぼうろ

皆さんこんばんは、たまごぼうろです。
遅れて申し訳ありませんでした。
今週忙しくてですね。なかなか時間が取れず気づけば‥という感じでした。
だけど失踪はしなかったから!偉い!ちゃんと覚えてたから!!
予告通り、今回は三話更新、本編二話に加えinterludeです。
凛編もいよいよ佳境、最終決戦までは遂に秒読み。
では、どうぞ。



アーチャーと合流し、家に帰った私は早速彼と情報を共有する事にした。

 

「では、私からいこうか。」

 

しかし、そんな言葉とは裏腹に、アーチャーは紅茶を淹れながらこちらに話しかけてくる。

 

「ちょっと、今はそんなのいいから早く説明して頂戴。あまり時間が無いの。」

 

ソファに座り、足を組みながら私は彼に催促を促す。

けれど、そんな私の注意を無視し、ポットにお湯を注ぐアーチャー。

きっと彼もそんな事分かっているはずなのに、それでも準備をやめなかった。

 

「なに、外は冷え込んでいただろう?ならばまず体を温めるのが先決だ。」

 

すると、何とも華やかな香りが台所から漂ってきた。

 

「…………まぁ、ならいいけど。それなら早くして。」

 

その香りに毒気を抜かれてしまい、小声になりながら情報を求める。

確かに体は冷え切っているので、温かい紅茶は恋しかった。

雨は依然止まず、帰り道も私を容赦なく濡らした。

かれど、ゆっくりと帰ることはしなかった。

時間が惜しい、一秒でも早く対策を講じなければ冷たい体を抑え込み、必死に頭を回す。

丁度そこで、彼が紅茶を完成させて台所から帰ってきた。

手にしたお盆の上には白いポットとカップが2つ。

どうやら珍しく彼も飲むらしい。

ポットから紅茶を注ぎ、私の前に置く。

先程よりも強く、華やかで馨しい香りが鼻腔をくすぐる。

その後彼はもう一つのカップにも紅茶を注ぎ、そのまま私の前に座った。

そしてそのままカップに入った紅茶を優しく啜る。

 

「うん、我ながら良い出来だ。待たせたね。では、始めよう。」

 

そうして漸く彼は語り始めた。

 

「まず、君に謝罪を。申し訳無いが、あの焼け跡からはめぼしい魔術痕を発見出来なかった。」

 

「ちょっと!そんな余裕綽々で紅茶を淹れてた癖に何よそれ!」

 

先程の彼の態度から、核心に迫る情報を期待していた私は思わずそれに突っ込んでしまう。

しかし、そんな私とは対照的に彼は落ち着いていた。

 

「まぁ待て。話は最後まで聞くものだ。確かに魔術痕は発見出来なかったが、代わりにこんなものを見つけてな。」

 

そう言って、アーチャーは懐から何かを取り出す。

それは周りが赤黒い何かの破片だった。

 

「なにこれ、…………………いやホントに何よこれ。」

 

それはご丁寧に刑事ドラマで使われるような透明に袋に入っており、その上から触るとそこそこ固い何かだった。

なんだろう、見覚えがなくも無いというか。

見た事があるような、無いような。

 

「これが屋敷の至る所に大量に見られた。君はこれが何だと思う?」

 

「うーん、何かのプラスチック片かしら。というかゴミの燃え滓にしか見えないわね。」

 

「それは私も同感だがね。私はこれが何なのか分かる。この部屋にも存在する有り触れたものさ。」

 

「…………?」

 

何かのなぞなぞだろうか。

何時になく勿体ぶる彼に少しイライラしながらも辺りを見渡す。

でもここにあるもので、それにプラスチックなんてあるのだろうか。

そうして見渡すとあるものが目に入った。

それは、何処にでもあるような暖房機器だ。

機械音痴の私でも、スイッチ一つ押すだけで使える簡単な機械。

けれど、それを使うには燃料が必須である。

そして、その燃料といえばーーー

 

「あ、もしかしてあれ?」

 

そして私が指さしたのは、暖房を動かす燃料である灯油が入ったボトルだった。

この時期は冷え込むので、暖房機器の近くに常に補充を置いてあるのだ。

 

ーーーーーー待て。

 

「やっぱり、君も同じ結論か。」

 

「まさか………嘘でしょ。」

 

ここで漸く、彼が勿体ぶった理由が分かった。

彼も困惑していたのだ。

だから、私自身に気付かせて、その結論が同じ物なのか確かめたかったんだ。

 

「加えてもう一つ。あの焼け跡の内部は酷く臭ってな。それも強い揮発臭に満ちていた。」

 

「………………」

 

そのダメ押しの情報で、私たちが出した結論は更に補強されてしまった。

俄には信じ難い、けれど、それが真実だとしか考えられない。

 

「あの火災は魔術を使ったものじゃなく、人為的に引き起こした火災だって言うの!?」

 

「………そうとしか考えられん。恐らく誰かがこのボトルの中のものを家中に撒き、そして一気に火をつけたのだろう。確かにこれならばあそこまでの火災を引き起こせる。………しかし。」

 

そう、驚くべきはそこでは無い。

確かに火災を引き起こすだけならばこれでも可能だろう。

だってそれは、現代を生きる人間なら誰だって出来ることだ。

 

「うん、本当にそれが真実なら、間桐は魔術師でもなんでも無い、ただの人間に殺されたって事よ。そんな事って………。」

 

私の言葉にアーチャーは無言で同意する。

それは私達が当初立てていた仮説、「外来の魔術師が聖杯戦争に介入するために間桐を襲撃した」というものを根底から否定するものだった。

 

(そうか、そうゆう事ね。)

 

慎二がやけに訳知り顔だったのは、そんな裏があったのか。

 

「つまり、あの火災は高級住宅地の奥にある大きな屋敷で起きた、ただの火災、という訳だ。魔術師による工作等では全く無い、………としか考えられん。」

 

確かに妙と言えば妙だった。

そもそもの話、魔術で起きた事件ならばあそこまで野次馬が集まっているはずが無い。

人払いの魔術や、隠匿のための結界くらいは用意するのが秘匿を第一とする魔術師の性だ。

なのにあそこまで堂々とやっているという事は。

 

「私達に対する挑戦か、或いは私達以外を牽制しようとしたのか、ってところかしら。いや、混乱を狙ったって線もあるか……」

 

1人の世界に入り、考え込みそうになった私を見かねてか、アーチャーが咳払いと共に声をかけてくる。

 

「うん、兎に角私の報告はここ迄だ。さて、君の方はどうだったのかね。私一人に任せて遊んでいた訳ではあるまい?」

 

「あぁ、そうね。ごめんなさい。じゃあこっちも報告するわ。というか、今の貴方の情報でほぼ実行犯は絞り込めたんだけど。」

 

「ほう?それは楽しみだ。一体どんなたわけがあれを仕掛けたのか興味があるからな。」

 

そうして私もアーチャーに自分が得た情報を伝えた。

無論、スマートじゃない部分は隠してだが。

 

「では、直接マトウシンジと接触したと?相変わらず大胆だな君は。」

 

「確かにリスクもあったけど、得た物も大きかったわ。とりあえずこれで確定ね。今回間桐を殺したのは慎二よ。けど、彼一人じゃ無い。誰か強力なパトロン、或いは協力者が居たのは間違い無いわ。それもかなり厄介なね。」

 

「……………………心当たりは?」

 

「それがさっぱり。まぁまともな奴では無いわね。親族を利用して殺させて、自分は高みの見物なんて、魔術師どころか人間として下の下でしょ。」

 

「……………………」

 

すると、アーチャーは黙り込んでしまった。

何かを思案するように顎に手を当てて、険しい顔のまま固まるアーチャー。

 

「何よ、あんた心当たりがあるの?」

 

堪らず尋ねると、彼はその考えを振り払うように軽く首を振り、薄く笑いながら答えた。

 

「いや、まさかな。」

 

「?」

 

「気にしないでくれ。ただの思い過ごしだ。」

「そう…………」

 

「さて、情報交換はここ迄だな。ではどうする?私は、君の判断に従おう。」

 

「…………………」

 

そう。これはただの情報交換で、まだ何一つ始まっちゃいないのだ。

今回の私達は常に後手後手になってしまってる。

こんなんじゃ勝てない。慎二の言う通りだ。

兎に角情報が足りないし、かと言って落ち着いて考える時間も無い。

こうしてる間にも襲撃者は虎視眈々とこちらの首元を狙っているだろう。

正直真っ向勝負なら負ける気がしないが、戦闘中ならそうもいかない。

何しろ最後の相手は今回の聖杯戦争に置いて最強の一角。

ギリシャの大英雄。人の身でありながら神の座に至った不撓不屈の戦士。

バーサーカー、その真名をヘラクレス。

曰く、ヘラクレスは十二の難行を乗り越え、その末に神の末座に加えられたという。

彼の宝具はその象徴。それ即ち十二の試練。

つまり、文字通り十二回殺さなければ止まらない正真正銘怪物。

狂化されていてもその実力は劣ること無く、全てを屠り、潰し、薙ぎ倒す。

暴虐の風。破壊の嵐。

主人の命により、その命果てるまで戦い続ける。

正に狂戦士。

彼に言葉要らず、意思は在らず、有るのは純粋な狂気のみ。

紛れも無く格上の相手。

いや、彼より格が高い英雄なんて人類史においても数える程しかいないだろう。

そんな相手と私達は戦わなくちゃならない。

僅かな油断が致命傷となり、僅かな甘えは決定的になる。

そんな相手と戦いながら、他の事など考えてはいられない。

だから、私は焦る。

先程から上手く考えがまとまらない。

強敵への不安。まだ見ぬ敵への不安。

そして、背中にへばりついて離れない慎二の言葉。

 

『悪いけど、それは無理だ。君は負けるよ。たった今確信した。』

 

徐々に現実味を帯びていく彼の予言に腹が立ち、そしてまた焦る。

そして何より、不安に包まれた事で再び蘇ってくる私の弱さ。

後ろから這い寄ってくる不安。

正面から襲ってくる弱さ。

板挟みになった私の心には、焦りと憤りが募るばかり。

気付けば、私は自分の肩を抱いたまま震えていた。

喉が酷く乾く。思考が上手く纏まらない。

声が、聞こえる。

様々な人が私に言ってきた事が、崩れそうな頭の中の谺響する。

 

『君は、人を殺す事を恐れている。』

 

『魔術師による工作等では全く無い、という訳だ。』

 

『でもも何も無い。だって、それが正しいって事だろ。』

 

 

 

 

 

どうしよう。どうしよう。どうすれば。

 

 

「ーーーーー!」

 

 

バーサーカーへの対策は?

まだ見ぬ敵への対応は?

しっかりしなきゃ、しっかりしなきゃ。

もう私しかいないんだ。

私しか背負えないんだから。

 

 

「ーーーーー!、ーーーーー!」

 

大丈夫。こんなの慣れっこだ。

大丈夫。大丈夫。大丈夫。

落ち着いて、一つずつ。

やるべき事を整理して、成すべきことを成していく。

私は聖杯を獲る。必ず、絶対に。

その為には参加者を殺さなきゃいけない。

うん、出来る。私なら出来る。

だって、あの時も簡単に。

 

 

 

 

『…………………姉さん。』

 

 

 

 

 

 

あぁ

何でこの世界は

 

私が立ち止まることすら、許してくれないのか

 

 

 

 




同時更新に続きます。


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冷たい現実、温かな涙②

二話目です。
皆さんはsnシリーズのヒロインの中で誰が一番好きですか?
いや、選べない事くらいは分かってます。どれも最高です。
でも敢えて、一番を選ぶとするならばどうでしょうか。
僕は凛が好きです。
僕がFateにハマったのが、2014年のアニメUBWからなのでやっぱり思い入れが強いんですかね。
セイバーも桜も、士郎にとっては幸せな結末なんでしょうが、共に理想を追いかけてくれる凛を選ぶのが、僕は一番綺麗だと感じました。
夢とは誰しもが抱き、そして誰しもが敗れるもの。
結局のところ、叶わなけば絵空事でしかないのだから。
けど、その夢を一緒に追ってくれる恋人、って最高だと思いませんかね。
結局、士郎が自分を変える事無く、かつアーチャーのように摩耗もしない。
衛宮士郎という存在(アーチャーも含む)にとって、一番幸せなのがUBWではないのか、と思います。
良ければ皆さんの好きなルート、そしてその理由を教えてください。
まぁ、何が言いたいかというと




呼符でイシュタル・アシュタレト来ました。




やっぱ推しは推しとくものですね!!(満面の笑み)
では、どうぞ。


 

 

 

 

「マスター!!おい、凛!凛!」

 

「え?」

 

「大丈夫か?急に泣き出すから驚いたぞ。」

酷く焦った様なアーチャーの声に我に返る。

 

「ッ!!アーチャー!今何時!?私、どのくらい倒れてたの!?」

 

「落ち着け。先ほどからそう時間は経っていない。まだ日は暮れてはいないさ。安心するといい。」

 

「…え、あ、は、そう。な、なら良かった。」

 

一瞬で熱くなった頭が急速に冷えていく。

つまりあれか。私は目の前の問題を処理しきれなくなって頭がパンクして、作戦会議中だったのも関わらず気絶したのか。

連日の疲れもあったとはいえ、何たる不覚だろう。

益々自分が嫌になってしまう。

自己管理もできないとは、いくら何でも弱り過ぎだと思う。

そう再び惨めな気持ちになっていると、アーチャーが座り込んだ私に歩み寄ってきた。

その顔は厳格で、唇は固く引き絞っている。

そして、何かに耐えるように肩は小さく震えていた。

 

「凛。この際だ。君に言いたいことがある。いや、私はこれを君に言わねばならない。」

 

あ、そっか。

遂に来てしまったか。

ここまでは許していてくれていたかもしれないが、ここに来て彼の逆鱗に触れてしまったのだろう。

彼の厳しい顔つきと震える肩を見て、何故か他人事のように思う自分がいた。

ま、それも当然といえば当然か。

丸々二日何も言わずに引きこもって、いざ出てきたと思えば急に調査に行くと言い出して。

挙句の果てに帰って来たら勝手にキャパオーバーで倒れて。

こんなのが主をやっていたのかと呆れられてしまったのだろう。

そして彼の性格だ。

きっと私に耐えられないから、契約の破棄を申し出ようとしているのだろう。

それはなにも令呪の破棄というではない。

初めて召喚に応じてくれた時の言っていたように私は工房に引きこもり、彼だけが外に出て戦う、というものだ。

今思い出しても腹が立つ、こちらをバカにしてるとしか思えない言動だが、今の私には丁度良いのかもしれない。

覚悟も気持ちも何もかも足りない私には、惨めに蹲って待っているのが相応しいってものだ。

 

「分かった。アーチャー。あなたの言いたいことは分かったわ。でもごめん。今の私、あなたの言葉に耐えられるだけの心の余裕が残ってないの。今直ぐここから出て行くから、お願い、何も言わないで。」

 

ぎこちなく体を起こして出て行こうとするが体に上手く力が入らずに起き上がれない。

するとアーチャーはずんずんとこちらに近づいてきた。

広間の電灯が私のへたり込んでいる位置とは逆光になって彼の表情は見えないが、きっと怒っているのだろう。

そして彼はこちらに手を伸ばしてくる。

大きな腕が迫ってくる恐怖に、思わずぎゅっと目を瞑ってしまう。

何か、ひどいことをされるのだろうか。

痛いのは、嫌だなぁ。

でも、それで許してもらえるなら、仕方ないか。

そうやって、結局罰に甘えている自分にまた嫌気がさして。

そして、何をされても文句は言えないと歯を食いしばった。

 

けれど、そこで私が受けたのは。

 

「済まなかった。……不甲斐ない従者である私を、許してほしい。」

 

冷たい言葉でも暴力でもなく、心から、自分を責めるような言葉と、温かな抱擁だった。

 

「……………は、え!?ちょ、あんた!な、な、何してんのよ!!」

 

反射的に彼の体から離れようと彼の体を跳ね除けようとする。

しかし、彼は私の体をさらに強く抱き留め、放そうとはしない。

どのくらいの間、そうしていたのだろう。

心臓の鼓動がどくどくと響く中、しばらくして彼は、ゆっくりと言葉を発した。

 

「君が、妹のことで悩んでいたのは知っていた。苦しんでいたのも分かっていた。けれど私はそれは君の手で、君自身が乗り越えるべき試練だと思い、何もしなかった。」

 

飽くまで冷静に、しかしその一音一音には噛み締めるような、自分の行いを悔いる感情が込められていた。

だから、私にその理由は分からない。

 

「………それ、正解よ。あなたの言う通りこれは私の問題。ありがたいけど、あなたがそこまで思い詰める必要は無いわ。」

 

回された腕から優しく離れるように、わざと冷たく言い放つ。

これが事実だ。

アーチャーは関係がない。これは遠坂()の問題。

だから彼が何を思い詰めているのか、私には分からなかった。

思い詰めた彼の姿も、気持ちのこもった謝罪の訳も。

そして、その言葉をきっかけに、彼の腕から離れようとする。

彼のこの抱擁は、詰まるところ彼の考え過ぎで、結局は私が自分で折り合いを付けて行くしかないのだから。

それが、正解なんだから。

 

 

「それは違う!!断じて、断じてだ!!」

 

 

だけど、アーチャーはそれを認めなかった。

 

「……………済まない。大きな声を出して。けれど、それは違う。それだけは違うんだ。凛。」

 

「分かっているさ。こんなのはただのお節介に過ぎない。これは私のエゴだ。私は私の身勝手な感情で君の問題に入り込もうとしている。だが、それでも、それでもだ。」

 

そうして彼は、私の肩を優しく掴んで、私の眼をじっと見据える。

その彼の顔は、何だかいつもより優しく見えた。

いつもの眉間の皴は消え、穏やかな表情の彼は

そして、何だか見覚えがあるような気がした。

 

 

「オレが、オレ自身が、君にもうこれ以上苦しんで欲しくないんだ。ただ、それだけなんだ。それだけなんだよ。遠坂。」

 

 

泣きそうにそう言い切った彼の顔は、多分、きっと誰かに似てて。

 

「お門違いなのは分かっている。きっと君には迷惑だろう。けれど、私は君が苦しんでいる時に何も出来なかった自分が堪らなく悔しいんだ。泣きそうな君に、折れそうな君に、何もしなかった自分に腹が立ってしまったんだ。」

 

そして、私は結構。

 

「だから、私は謝罪と共に君にこう言うんだ。」

 

気に入っていたり、してたんだ。

 

「君は、後悔なんてするようなタイプじゃない。君はいつだって正しいさ。他でも無い君自身が正しいと信じているから。その過程には迷い無く、いつだって自分で選んだ道に胸を張って進んでいく君が、私にはとても眩しかった。」

 

「だから、君が今後悔してるなら、それはきっと失敗しただけなんだ。間違ったわけじゃ無い。君の道は、間違ってなんかいない。…………けど今回は、少しばかり背負いすぎたな。」

 

そう言って、彼はもう一度、私を優しく抱き留めた。

 

「人は弱く、そして傲慢なものだ。特に、君はそれが顕著だよ。けれどそれは当然なんだ。魔術師なんて生業をしていても、それは変わらない。変えてはならないんだ。命を尊ぶのはとても善いことだ。私たち英雄には無い感情だ。もし君が妹を殺したことに罪悪感が無いのなら、それこそ私は君と袂を別っていただろう。」

 

魔術師として不要な感情を、彼は変えてはならないと言った。

ヒトという生き物であるが故に変わらない感情、それを彼は綺麗だと、そう言った。

 

「だから、もし君がその罪悪感に押し潰されそうならば、私が共に支えよう。君は胸を張れ。そのままで構わない。けれど、それでも、少しくらい止まったって構わないんだ。悲しいなら泣いてもいい。その間、私が君を守る。」

 

「共に背負い、共に苦しみ、共に泣いて、共に笑う。それを仲間というんだ。君は一人じゃない。私が居る。君がどんなに失敗しようとも、君が笑って、胸を張って生きている限り、私が、君の仲間だ。君の味方だ。だって私は君の、最強のサーヴァント、だからな。」

 

私の弱み、魔術師としてあるまじき欠陥。

だけど同時にそれは人には無くてはならないものだと、捨ててはいけないものだと、戒めのように彼は言った。

 

 

「家族を愛して何が悪いものか。世界にたった一人の、君の、君だけの大切な存在だったのだから。」

 

 

そして、その弱さと共に生きる道を、正しいと、言ってくれた。

この気持ちは間違っちゃいないと、そう言ってくれた。

 

自然と、涙が溢れた。

自分を心に空いた大きな穴が、埋まったような気がした。

罪悪感、後悔、憤り、焦り。

それらの負の感情が、温かいもので溶けていった。

自分の内から生まれたものでは無い。他者から、言葉を介して流れ込んできた感情の波。

多分これが、ずっと私が欲しかったものなんだろう。

気付けば、私もアーチャーの背に手を回していた。

ごつごつとした男の体。

引き締まっていて、それでいて柔軟さのある筋肉。

その内にある心臓からは、規則正しい心音が聞こえる。

こうやって男の人に抱き留められたのは、きっと父さん以来だろう。

 

あぁ、そうか。

きっと私はこうやって、自分と共に歩んでくれる誰かを必要としていたんだな。

 

 

 

「……………信じられない。男の人に泣かされちゃった。」

 

 

 

そうして、私はここに来てようやく、真の意味で悲しみに浸った。

時間は無い、こうしていられるのは刹那の時しか無いだろう。

時は平等で優しく、そして残酷だ。

誰に対しても等しく進み、恐怖にも、救いにも、何にだって変わるだろう。

夜の帳が、音もなく街を包む。

戦いの時は近い。もう一刻の猶予もない。

だけどそれでもこの時間は、

きっと私には、必要だったのだろう。

 

そうして温かい涙と共に、私は再び目を閉じた。

これで本当に最後。目が覚めれば私は今度こそ私に戻る。

もう迷ってはいられない。今度は残酷に、時が私を責め立てる。

けれど、私はもう一人じゃない。

一緒に背負って、戦ってくれる仲間がいる。

なら、怖いけれど。不安に包まれて、再び落ちてしまいそうだけれど。

その手を握ってくれる誰かが居る、ただそれだけで。

その恐怖にだって、立ち向かえるはずだ。

 




interludeへ続きます。


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Interlude

実はこのinterlude、ついさっき書いたものなんです。
なんでここだけ?って思うかもしれませんが、このシーン書くの二回目なんですよ。
まぁ色々あってここの文だけ完成後消えてしまいまして。
僕のモチベが低下したのは、これが一番の理由だったりします。
まぁ無くても話的には繋がるように書いたんで、大丈夫だとは思いますが、やっぱりここは必要かなーと思いまして、急遽仕上げました。
なので少し短いかもしれません、申し訳ない。
けど内容自体には手を加えてないので、何が書きたかったかは伝わるかと思います。
では、どうぞ。


夕景が徐々に沈み、辺りは薄暗闇に包まれていく。

消えゆく最後の光に向かい、鳥たちは我先にと飛び立つ。

その甲高い声に混じり、えらく人工的な綺麗な鳴き声が響いた。

 

「ぴーーーーーひょろろろろろ。」

 

 

声の主はホムンクルス。

白無垢のような姿に、透き通った白い肌の女性が二人。

 

「リーゼリット!!」

 

その似合わないふざけた声を咎めるようにもう一つ。

声だけで真面目な態度が見える、

彼女はセラ。

アインツベルンの当主に仕える従者の一人である。

そして先程、鳶の真似をしたのはリーゼリット。

こちらも同じ当主を持つ者だ。

 

彼女たちは今、アインツベルン城の屋上のバルコニーにて、夕景を眺める当主にとある報告をするため参っていた。

 

「騒がしいわね。一体何の用なの。セラ、リズ。」

 

二人よりも幼い声。

しかし、その芯は誰より太く、また覚悟に満ちている。

イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

このアインツベルン城の当主にして、錬金術師たちの生み出した最高傑作。

聖杯を取るために作られた、ただそれだけのホムンクルス。

赤い瞳に紫のコートがよく似合う、紛う事無き可憐な少女だった。

 

「は、はい。実はですね。早急にお伝えしなければならない事がありまして。」

 

非難されたことに対して若干の後ろめたさを持ちながらも、淡々と事実のみを伝えようとするセラ。

報告内容はもちろん一つ、昨夜起こった未曾有の事件の事。

 

「間桐、いえマキリが、何者かに襲撃され壊滅しました。生存者は魔術回路を持た無い役立たずのみ、最早復興の余地はありません。」

 

「…………………………」

 

「これは間違いなく、外来から我らの聖杯を奪おうと訪れた別の魔術師の仕業、それもマキリに近しかった者の襲撃でしょう。工房は全焼、五百年の歴史は今や燃え尽きる灰以下のものとなりました。」

 

「そ、それで?それがどうしたのよ?」

 

しかしイリヤは反応を示さない。

相変わらず興味はそのまばゆい夕景に向けられている。

 

「は、なのでお嬢様、早急に犯人を見つけるべきかと。このままでは我らの誇りある戦いに疵が…」

 

「……………はぁ、そんな事だろうと思ったわ。安心して、犯人は外来の魔術師では無いし、これ以上何も出来やしないわ。」

 

溜息を一つ、そしてその後に続く小言のように、目下の報告への回答をあっさりと返す。

 

「え、、、心当たりがおありなのですか!?」

 

「イリヤ、すごい。」

 

それに驚くセラ。

リーゼリットも表情こそ変わらないものの確かに驚嘆の色がある。

けど、その驚きはイリヤにとっては意味が分からないものだ。

だって、その理由は一つ。

 

「少し考えれば分かる事よ。遠坂と私が居るのに、そう簡単に気配無くこの地には入れないし、マキリの工房だって安いものじゃないわ。こと防衛戦ならばうちよりも優れているわよ。」

 

「では、一体誰が…?」

 

イリヤにとって、その方法はとても馴染み深いものだから。

十年間、片時だって忘れたことは無い。

私たちを捨てた、愛する者。

それについて調べる度に、何度も出てきたそのやり方。

何度も聞いた、その名前。

 

溜息をもう一つ。

じきに夜だ。ひどく冷える。

ゆっくりと吐く息は白く、かじかむ指先はほのかに赤く。

告げる言葉は、何より重く。

 

「そっくりなのよ、やり方が。魔術師殺し(キリツグ)にね。」

 

「!!?、お嬢様、それは。」

 

「イリヤ、それ、かなりまずい。」

 

「だから犯人は一人しかいない。…………………シロウがやったのよ。全く、そんなとこまで似なくたっていいのに。」

 

彼女は全て、気付いていた。

雨の中、彼の決断をその目で見たあの日から、この結果を予期していた。

 

「で、ですがどうやって。あの者は魔術師ではありません。そんな者が御三家の一角を工房ごと消滅させるなど。」

 

「マキリの生存者、元ライダーのマスターね。彼だけ生き残っているのは不自然でしょ。魔術師は何だかんだ親族に甘いし、そこを突いたんじゃない?正面からの破壊じゃなくて、内部からの崩壊。常套手段じゃない。ほぼ不意打ちみたいなものよ。」

 

「そんな事が……………、有り得るの、ですね。」

 

「重要なのは手段じゃ無く結果よ、シロウがマキリを潰した。ただそれだけ。」

 

だからこそ、イリヤは焦りもしないし、別段驚きもしない。

分かっていることが、当然に起きただけ。

少なくともこの段階では、たったそれだけの話なのだから。

 

「では、あの者は我らも殺そうとするのでは…」

 

「それは無いわ。だって、絶望的に戦力が足りないもの。シロウにはもう仲間は居ない。同じ目的の為の協力者は居たかもしれないけれど、それが果たされた今、何も出来やしない。」

 

「では、」

 

「そう、だから。」

 

夕日から目を離し、従者を見やるイリヤ。

同時に、勇ましき風が吹き渡る。

 

「あとは、私とリンの勝負なの。ね?バーサーカー。」

 

「…………………………」

 

大英雄、ヘラクレス。

ひっそりと表れたソレは、一瞬で場の存在感全てを奪う。

岩肌のような巨躯、大樹の如き剛腕。

そして何より、全てを射抜く鋭い眼光。

ただそこにいるだけで、誰もがたじろぐ威圧感。

ただ一人、イリヤを除いて。

 

夕日は彼女を咎めるように照らす。

この後始まる殺戮を、非難するように眩しく映す。

けれど、そんな彼女を守るように。

バーサーカーは壁のように、彼女を照らす光を遮る。

 

影の中赤く光る瞳は、夕焼けを喰らうように。

彼女もまた、決意と共に準備に入る。

その背を静かに追う従者二人。

主の決定に異論はない。

どうあれ、結果は目に見えているのだから。

 

「勝つのは私。聖杯はアインツベルンのものよ。待ってなさい、リン。」

 

足取りは軽く、言葉は重く。

完成された人形たちは、そうして静かに城に戻った。

 

 

 

 

 

 

夕焼けが落ちていく。

もうじき夜が始まる、最後の夜が。

全てが決まる、最終決戦が。

聖杯戦争は、遂に終結へと。

勝つのは一体、どちらなのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だけど、それでも彼女は見落としていた。

その歪な理想の在り方を。

彼が手にした、新たな力を。

けれど、それは闇の中へ。

結局、夜が全てを語るだろう。

戦いの終幕を、衝撃の結末を。

そして、最低の悲劇への始まりを。

 




次回
決戦 アーチャーVSバーサーカー。

早ければ木曜日、遅くても今週中、お楽しみに!!


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決戦 アーチャーvsバーサーカー

い、一日遅れだからまだセーフ…
どうも皆さんこんばんは、たまごぼうろです。
さて、今回から終盤へと突入します。
この物語で最も熱い戦いをご覧ください。




暗夜に曇天、月明かりは無い。

今にも鳴きだしそうな空模様に、唸り声のように響く風。

今夜の冷え込みはいっそう厳しく、寒波は容赦無く牙を向く。

まるで、世界そのものが怪物になったようだ。

木々は鋭く光る鉤爪。雲は月を呑み込み、生命の気配は消えた。

世界が、街が、人々を喰らおうと待っている。

正に、そんな不気味な雰囲気の夜。

その中、街灯のみがちらちらと瞬いている。

僅かに地面を照らす人工の白い光の中、静かに駆けるものが一人。

その背後を影が追いかける。

辺りに人はいない。

誰もが知っている。無意識にでも分かっている。

今夜、何かが起こると。それも、ただ事では無い何かが。

けれど、そんなものを一蹴するように、それに迷いはなかった。

進む。進む。進む。

足早に闇夜を駆ける人一人と影一つ。

黒い外套ははためかせ、足音すら置いていく。その姿は、それ自身も怪物じみていた。

目指す場所も向かう先も、それにはとうに決まっているようだった。

今宵の天王山、全ての決着が待つ森を目指して

ただ進み続ける。

古今東西の魑魅魍魎。どのような悪鬼羅刹も踏み込むのを躊躇うその場所に、それは何を思って向かうのか。

一瞬、黒を照らす光源とすれ違う。

そこに映ったのは、鉛のような冷たさを秘めた感情の無い貌だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遂に、その時間がやって来た。

時刻は夜の二十二時。

外はとっくに暗くなり、街灯の光のみが細々と灯るのみ。

辺りに人影は感じられず、静寂のみが支配していた。

なんて、こんな夜にももう慣れたものだ。

 

「………………さて、と。そろそろ行きましょうか。」

 

アーチャーに声をかける。

あの後、アーチャーの腕の中で一頻り泣いた事で、私は何か吹っ切れる事が出来た。

自分を戒めていた何かから解き放たれ、酷く肩が軽くなった。

なので、彼に料理を作らせ、お腹いっぱいに食べた後お風呂に入った。

そして、今に至る。

いつも通りのルーティンをこなし、いつも通りの格好で。

最早そこに、先程迄の焦りと不安は存在していなかった。

 

「調子は大丈夫なのか?凛。気持ちは定まったとは言え、身体は本調子とは言えんだろう。もう一日様子を見ても良いと思うが。」

 

やはり彼は良い人だ。

英霊だろうと関係ない。私は率直に、彼のそんな人柄が好ましかった。

彼は本気で私を気にかけてくれた。マスターとしてでは無く一人の少女として、私の身を気遣ってくれた。

けど、その人柄に甘える時間はとっくに終わっている。

いや、もっと早くそうして甘えていればこんな事にはならなかったかもしれない。

父さんが死んだあの時に、アーチャーを召喚したあの時に。

桜を殺した、あの時に。

しかし、後悔は先立たない。それに私はまだ失敗しちゃいない。

まだ何も成していない。成せていない。

なら、結末はまだ変えられる。バッドエンドなんてもうおしまいだ。

私は、私の為に幸せになる未来を掴む為に、戦うって決めたんだから。

 

「ありがとう。けどもう大丈夫。それに、今日決着をつけないと。これ以上先延ばしには出来ないわ。」

 

「………………そうか。」

 

彼はまだ少しだけ心配そうに私を見つめて、もう一つ聞いてくる。

 

「では、作戦はどうする?敵はあの狂戦士だ。一筋縄には行かんぞ?」

 

「あぁ、それね。それなんだけど、ノープランで行くわ。」

 

酷く真剣にそう聞いてきた彼に、私はサラッと言葉を返した。

結局、私はこれが一番あっている。

情報も無い、時間も無い。

明らかに何もかも足りない状況で、それでも最善を望むなら、余計な画策など私には不要だった。

 

「色々考えたんだけどね?結局分からないものは対策しようが無いじゃない。外来の魔術師とか何処の誰だか知らないし。ならもう諦めた方がいいかなって。行き当たりばったりになっちゃうけど、ごちゃごちゃ考えてそれに縛られるよりは良いでしょ。」

 

だから、私は諦めたのだ。

思考を放棄した訳じゃなく、後回しにしたと言っても良い。

考えるべき時は今じゃない。今考えたって堂々巡りになるだけだ。

 

「それに、警戒してるのはイリヤも同じのはず。ならそれに乗っかった方が楽じゃない。戦闘の最中に介入して来たら、臨機応変に対応して、って聞いてるの?」

 

そう説明する私を、彼は優しく見ていた。

まるで、何か眩しすぎるものを見て、目を細めるように。

 

「何よ、その表情。」

 

少しむくれてそう返すと、彼は安心したように笑みを浮かべた。

 

「いや、聞いていたとも。実に君らしい、割り切ったいい作戦だと思う。正直心配だったのだが、もう大丈夫だな。それでこそ凛だ。」

 

そう言って、彼は私の前まで歩み寄り、その膝をついた。

まるで、中世の騎士様が主に忠誠を誓うような雰囲気で、真面目な顔で私を見ている。

その鷹の瞳には敬意と、そして静かな闘志が灯っていた。

 

「あら、セイバーの真似事かしら?」

 

「まぁな。君、本当はセイバーを喚びたかったのだろう?」

 

「えぇ、でももう良いわ。貴方に会えたんだもの。私、貴方と戦えて楽しかったわ。それでチャラにしてあげる。」

 

「ははっ、手厳しいな。……私も、君に出会えて光栄だよ。親愛なる我がマスター。」

 

 

 

その言葉を最後に、彼は頭を垂れた。

瞳に灯った忠義の炎を、包み込む様に瞼を閉じる。

そうして、誓いの言葉を口にした。

 

「この身は魔力によって造られた過去の写し身。人ならざる影法師に過ぎず、また私はその中でも異端中の異端。真名も名乗れぬ歪な英霊崩れに過ぎん。けれど、今宵この戦い。この一戦のみは、君が君であり続ける限り、私のなけなしの誇りを賭け、全霊を持って戦うと誓おう。」

 

らしくなくそう述べた後、いつものニヒルな顔に戻った彼は、悪戯っぽく笑ってこう言った。

 

「そして、証明してやるとも。私は、君の最強のサーヴァントだとね。」

 

これが、彼の忠義の言葉。

彼は戦うのだ。

他でも無い、私の為に。

誰でも無い、自分の為に。

彼は先程の私の言葉を、私らしいと微笑んだ。

けれど、それはこちらも同じ。

何とも彼らしい、悲観と親愛の混じった反応に困る決意。

けど、今はそれが何よりも頼もしかった。

 

「えぇ、貴方の本気、見せて頂戴。私のアーチャー。」

 

そうして、私たちの最後の戦いは、互いの笑顔と共に開始を告げたのだった。

 

 

 

 




短い?だが問題は無い。
今回も安定の二話投稿ですよ。


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決戦 アーチャーvsバーサーカー②

二話目です。



「………さて、到着だ。」

 

アーチャーの体から手を離し地面に降り立つ。

冬木氏の郊外にある深い森。

此処こそがアインツベルンの本拠地であり、最後の戦いの場だった。

その先に光は無く、ただただ闇が広がるのみ。

まるで、私達を深淵へと誘う門のようだった。

 

「じゃあ行くわよ。」

 

けれど、そこに躊躇い無く足を踏み入れる。

こんなもので怯んでいては話にならない。

この先には正真正銘の化け物が、他でも無い私達を待っているのだから。

 

「暗いな。月明かりでもあれば幾分かマシだったろうに。」

 

アーチャーですらそう言う程に、森の中は真っ暗だった。

そこは一種の異界と言っても良いだろう。

木々は畝り、侵入者の視界に不気味な手足を覗かせる。

根は地面を這い、侵入者の足を絡めとる。

そして、地面は大小様々な勾配を生み出し、これらの妨害全てを纏めあげる。

森全体が、その先へ行くものの行く手を阻んでいた。

 

「さて、どう動こうか。さしあたってはまずアインツベルンの城を目指して……。ん?」

 

顎に手を当て少し考え込んだアーチャーはふと何かに気づいたように顔を上げた。

 

「凛。あちらを見ろ。」

 

「………そう。探す手間が省けたわ。」

 

アーチャーが指さした先にいたのは一体の白銀に光り輝く小さな鳥だった。

それに生気は無く、例えるならそう、玩具の動物のように規則的に辺りを回りながら飛んでいる。

その身は銀色の糸のようなもので編まれていた。

それ自体に敵意は感じられず、まるで私達を待っているように飛び続ける銀色の小鳥。

まず間違いなくイリヤの魔術だろう。

そして、それがここにあり、襲ってこないという事はつまり、

 

『着いて来なさい。私はここよ。逃げも隠れもしない。正々堂々、決着を付けましょう。』

 

そんな可憐な音色で奏でられる挑戦状が、あの小鳥から囀られているようだった。

 

「行くわよ、後を追う。」

 

「承知した。」

 

そうして私達は小鳥の後を追う。

それは時折此方を確認するように小さく旋回しながらも、正確に目的地を目指していた。

木々の間を駆け抜けて、小鳥を見失わないように慎重に進む。

すると、次第に木の数が少なくなり、足元も平らに近くなってきた。

明らかに戦いやすい場所に誘導されている。

ここはアインツベルンの結界。

この森の中ならば何処にいようと私達の居場所は分かるはずなのに、その地の利をイリヤは敢えて捨てようとしている。

バーサーカーに全面の信頼を置く彼女らしい、堂々とした戦い方。

彼女は本気で思っているのだ。

かかってこい、此方は余計な事などしない。

どのような小細工、どのような策略を巡らせようと構わない。

なぜなら、圧倒的な力の前には、そのような物は無力に等しい。

故に、バーサーカーにそんなものは通じない、と。

 

「舐めてくれるじゃない………」

 

しかし、それは好都合。

油断、慢心、それら全てが欠片でもある限り、どんな達人であろうとも動きに遅れが生ずる。

命の取り合いに置いて、その一瞬のしょうじゅん逡巡は命取りだ。

反乱、革命、下剋上、クーデター。

遥か昔より、名を変え地を変え時を変え、何百何千、大小関係なく行われてきた大物喰らい。

それはいつだって、そんな小さな綻びが原因だった。

ならば今回も同じ、必ず付け入る隙はある。

相手の手札は既にフルオープン。

能力、真名、宝具ともに把握済み。

対して此方はアンノウン。

能力、宝具、真名。

それら全てが未だ不明、なんなら宝具と真名は私も知らない。

そこがチャンスだ。

未知に対する驚きと、慢心で生まれる油断。

この二つがあるならば、勝てない相手では無いはずだ。

それに、私だって戦える。

アーチャーに任せっぱなしにはいかない。

今日は大盤振る舞い。家にあった宝石を片っ端から持ってきた。

勝つ。必ず勝つ。

私達を二人で、必ずーーーーー。

 

 

そして終着。

銀で編まれた小鳥が解ける。

それは、主の元に戻った証。

役割を終えて、静かに消える道標。

そこには、小さな少女が一人いた。

透き通るような銀髪に、同じく白い肌。

その中で、赤い瞳がよく映える。

それは雪の精のような。儚げで、それでいて美しい。

人間離れしたその風貌も、彼女が纏う雰囲気で返って真実味を持たせている。

月のない夜。

真暗な森の最深部。少し開けたその戦場。

 

「ようこそ、そして久しぶりね。リン。」

 

「ええ、ご招待ありがとう。イリヤ。」

 

イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

今宵のもう一人の主役が、紫色のスカートを傾げて、こちらの登場を待っていた。

 

「わざわざ案内してくれるなんて親切じゃない。最初の時とは大違いね。」

 

「だって、これが最後だもの。それに相応しい舞台を整えてあげただけよ。」

 

ゆったりと笑ってそう言うイリヤ。

 

「ふぅん。自分の陣地じゃないと相応しく思えないのね、貴方。随分と消極的じゃない。もっと世界を見てみたら?戦う場所なんていくらでもあると思うわよ。」

 

「ふふ、だって商品を受け取ったら直ぐに使いたくなるのが貴方達でしょう?だから、ここが相応しいのよ。」

 

「相変わらず自信家ね。一つ教えてあげる。勝者にとって相応しい場所なんて無いのよ。ううん、元より戦いに置いて場所なんて小さなものなの。ホームだろうとアウェーだろうと、何処だろうと勝つのが、真の勝者ってもんなのよ。自分の陣地で戦って勝った気になっているなら、それはただの二流に過ぎない。」

 

「私、貴方のそうゆう所が好きよ。勝てないと分かっているのに、それでも戦わなきゃいけない。遠吠えだと分かっているのに、吠えずにはいられない負け犬なの。知ってる?二流ほど御託を並べて可愛く吠えるのよ。」

 

「あら、ならいいじゃない。二流同士、泥仕合と洒落込みましょう。でしょ?アーチャー。」

 

そうして、隣に立つアーチャーに声をかける。

 

「ふっ、出会い頭に舌戦とは、やはり女というのものは恐ろしいな。」

 

「ちょっと!そこはあんたも挑発する所でしょ!!いつもの皮肉はどこにいったのよ!!」

 

 

「はは、ならば一言、加えさせてもらおうか。私はマスターとは違い、二流以下、良くて三流のサーヴァント崩れなのでね。悪いが、誇りなどという重いもの、一人分しか持っていない。故に泥仕合なら専売特許だ。主が望むなら何処まででも付き合ってもらおう。構わないだろうな?狂戦士よ。」

 

そんな自虐とも取れる言葉と共に、彼もまた、ここにいないはずの無い異形に声をかけた。

言葉自体は飄々としていたが、そこには確かな闘志が篭っている。

その声は届いてはいないだろう。届いていたとしても、彼の耳には可笑しな吃音にしか聞こえてない。

けれど、ソレは狂戦士であるまえに、一人の武人だ。戦い誇りを見出す戦士だ。

そして戦士ならば、その言葉に込められた闘気を無視出来るはずは無い。

 

「▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️………」

 

鼓膜がビリビリと鳴る。

あたりの大気は震え、木々は再びざわめきを取り戻す。

ただ現れただけなのに、圧倒的な存在感に気圧されてしまう。

バーサーカー、ヘラクレス。

イリヤを守る戦士が、彼女の背後に現れた。

 

「あは、やる気じゃない。負け犬にも矜持はあるって訳ね。」

 

「そんな大層なものでは無いさ。ただ、たった一つ譲れないものかある。君達を押し退けてでもな。」

 

「そう。なら、それ事ぐちゃぐちゃにしてあげる。行くわよ、バーサーカー。」

 

「▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️ーーーーー!!!!!!!」

 

彼女の声と呼応して、暴力的に響き轟く狂戦士の咆哮。

同時に、彼の全身も燃えるような赤に変わる。

巨大な戦斧を片手に取り、今にも弾けだしそうに構える。

闘気も狂気も、最大限まで高まっていた。

 

「……投影、開始(トレース、オン)。」

 

同時にアーチャーも双剣を手にする。

彼にはバーサーカーなような迫力は無い。

戦意も覇気も、武勲も栄光も無い。

人を震えさせ、また突き動かすような勇気も、そしてそれを促す誇りも無い。

英雄として、男として、人として、アーチャーはバーサーカーに大きく劣っている。

誰よりも彼が、そんな当たり前の事を強く実感しているだろう。

けれど、

世界でたった一人、私だけは知っている。

彼には人を慈しむ優しさがある、死後の身になっても、人を救おうとする正義の心がある。

バーサーカーには無い者を、確かに彼は持っている。

事命のやり取り置いて、英雄としての格など意味を成さない。

必要なのは覚悟と、そして勝利を描く力だ。

何百何千と敗北しようと、何か一つでも相手に優るものが存在するならば、必ず、必ず勝つ事は出来る。

バーサーカーとの距離は十数メートル。

既に互いの間合いとなっている。

 

「行くわよ、アーチャー。」

 

心を込めて、気迫を込めて、万感の思いを込めて、最後に彼に声をかけた。

いよいよ始まるのだ。

聖杯戦争、その終幕を飾る一戦が。

 

「……承知した、全霊で臨むとしよう。」

 

その一言を皮切りに、ガラスが弾けたような音がした。

 

「………え?」

 

一瞬の強い光。

驚くような声はイリヤから。

理由は分かっている。

私が放った宝石の閃光弾が炸裂したからだ。

 

「▪️▪️▪️▪️!!!」

 

バーサーカーは瞬時にその原因たる私を排除しようと動くも、既に遅い。

彼は基本的にイリヤの指令が無くては動けない。

だから、そのイリヤにほんの少しでも隙を作れたのならば

 

I am the bone of my sword(我が骨子は捻じれ狂う)……」

 

後方から低い声で詠唱が聞こえる。

それと同時に、私は大きく横に飛び退いた。

ここまでは事前の打ち合わせ通り。

作戦は無くとも、何もかもが無策で来たわけでは無い。

飛び退いたのは、巻き込まれない為だ。

私が生み出したこの一瞬の隙に、彼の渾身の一射を叩き込むための。

 

「ッ!バーサーカー!!」

 

黒い洋弓が軋む。

極限まで引き絞られた剣に、紅色を纏いを練られた魔力。

偽りの虹蜺は裂帛の叫びと共に、空間を裂き、一部の狂いもなく標的へと向けられる。

 

偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)ーー!!!」

 

「!!!!」

 

剣を放った衝撃は大地を震わせ、大気は鳴くように唸る。

音速を超えるその剣は、寸分の狂いも無くバーサーカーの胸に突き刺さった。

肉を削ぎ、骨を断つアーチャーの強弓。

大きく後方に飛ばされるバーサーカー。

しかし、それだけでは終わらない。

 

「弾けろ。」

 

その瞬間、熱と轟音が静寂に浸った森を満たす。

アーチャーの剣は、それが突き刺さったバーサーカーの体ごと大きく爆ぜた。

その爆発は木々や地面を巻き込み、その一帯を抉る。

神秘の破壊による爆裂は、森の中の生命の息吹を一瞬にして刈り取った。

地響きは暫く続いた。

煙のように舞う土埃。

飛び退いた瞬間に貼った防御結界越しにでも、その破壊力は体感できた。

 

「ほんと、何だかんだ派手好きよね。あいつ。」

 

漸く土煙が晴れてきて、周りが見渡せるようになる。

ここより数メートル先。

先程私が居た場所とほぼ変わらないその場所で、上半身を無くした大男が立ち尽くしていた。

そこに命の色は無く、最早肉塊と化していた。

これ以上無い、見事なまでの不意討ち。

そんな大爆撃は、確かに怪物の命を一つ、奪っていった。

 

「くっ、なんて事!折角お誂え向きの場所を整えてあげたって言うのに、いきなり不意討ちなんて!品が無いことこの上ないわ!」」

 

イリヤの声が聞こえる。

どうやら彼女もこの不意の爆撃を回避していたようだ。

その声には怒りがある。

当然だろう。あんなの、いきなり戦場にミサイルを落とされたようなものだ。

正直、私でさえ少しどうかと思った。

 

「はっ!これで一つ!奪わせてもらったぞ大英雄!!…しかしそうか。こんなに簡単に行くとはな、十二回、案外簡単やもしれん!」

 

「ッ〜〜〜〜〜〜!!」

 

対するアーチャーは、弓を持ったまま私の隣に降り立ち、至極楽しそうに叫ぶ。

いつもの悪態が数倍酷く聞こえてくる。

 

「信じられない!何なのあいつ!最低よ、リン。貴方のサーヴァント、マナーってものが無いわけ!?」

 

彼女の怒りは当然だろう。

逆の立場だったら私も怒る。そりゃもう盛大に怒るだろう。

けど、それは飽くまで仮定の話。

自分がやった側ならば、こんなに愉快な事無いだろう。

 

「何言ってるのよ。力も技量も、気迫だってそっちが上。ならこっちは狡さしか無いじゃない?ね、アーチャー。」

 

悪びれる事無くそう言い張る。

戦場にはルールなんて無いのだ。卑怯だ何だと言われても、戦果で全て洗い流せる。

 

「まぁ、そんなところだ。無作法なのは百も承知だとも。しかし、なりふり構っていられないのでね。そこは目を瞑ってもらおう。」

 

この主にして、この従者有り。

だってこの初動だけはほぼ打ち合わせ無しでも完璧に決まったのだから。

笑ってしまう。

結局の所、私は吹っ切れたら手段なんて選ばない冷血な人間だった訳だ。

 

「……同じ穴のムジナって事。いいわ、起きなさい!バーサーカー!」

 

「■■■■■■■………!」

 

彼女の額には軽く青筋が立っている、……ような気がする。

兎に角、彼女の叫びにより、狂戦士は再び息を吹き返した。

失われた上半身は瞬く間に再生し、先程と変わらぬ姿に戻る。

十二の試練。

話には聞いていたが、やはりとんでもない宝具だ。

私たちはこれから、こんな化け物と正面からやり合って、十一回殺さなきゃいけないなんて。

けれど、私の胸に不安は無かった。

寧ろ何か吹っ切れたような清々しささえある。

汗をかいているのは爆撃で起きた熱のせいで、小刻みに震える手はきっと武者震い。

罪悪感も後悔も、今は全て置いてきた。

普段と同じだ。いつも通りの私だ。

そっと心の内で、意味の無くなった倫理観を手放す。

この身を戦いの為のものに作り替える。

もう不意討ちは効かない。正々堂々、正面から、この怪物を打ち砕く。

迷いは無い、恐れも無い。今更、あっていい訳が無い。

私が今、ここに居られる理由は一つ。

 

「さて、狼煙は上げたぞ。今更怖気付いちゃいないだろうな。」

 

「誰にもの言ってんのよ。そっちこそ大丈夫?不意打ちだけでもうお終いなんて、拍子抜けにも程があるわよ。」

 

「ん、……まぁ無いとも言い切れんな。正直な所、一人なら難しかったかもしれん。………けど」

 

「けど?」

 

「君がいる。君が隣で、私を見ている。共に戦ってくれている。これだけで私は、幾らでも強くなれる。」

 

 

この頼もしさが、今の私を繋ぎ止める。

彼の言葉が嬉しい。彼の言葉が心強い。

欲しい。勝利が欲しい。

どうしても、何がなんでも。

彼と共に戦った証が欲しい。桜の犠牲が無駄では無かった理由が欲しい。

どうしても勝たないと、私も桜も、そして、アーチャーも報われない。

 

眼前、唸りを上げ猛る狂戦士。

一挙手一投足、その全てが致命傷。

岩肌のような体躯、大樹のような腕から振るわれる剛腕は、心の臓破裂させる。

力の差など、見るまでも無く圧倒的。

しかし、これは元より負け戦。

零に等しい勝利の道を、何千という中から選び取る行為。

故に、必要なのは力では無く、どこが相手に勝っているかという事。

そこから勝ちを奪い取り、十一ある相手の命をすり潰す様に削る消耗戦。

 

ああ、やってやる。やってやるとも。

無様だろうと、惨めだろうと、泥に塗れようと、みっともなく命を乞う事になろうと。

必ず、必ず勝ってみせる。

 

「いつになく調子良いじゃない。なら見せてよね、貴方の勇姿を。死んだら承知しないわよ。」

 

「任せたまえ。はは、全く光栄だね。まさか現代において、英雄殺しを再現出来るとは。歪なこの身には、相応しい愚行だ。」

 

そして、最後には高らかに笑ってやるんだ。

誰よりも笑顔で、世界で一番幸せって顔で。

きっとそれが、後悔が無いって事だろうから。

それに、そうなればせめて。

私が引き裂いた、叶うはずだったあの恋だって幾らか顔向け出来るだろう。

そうして、大きな決意と小さな悲願を胸にして、私は戦いに臨んだ。

これが最後だろうと、そう考えて。

 

 

 




今回は前書きを頑張れる元気がなかった…
次回は恐らく一週間空いてしまうと思います。
上手くいけば今週かも?
次回もよろしくお願いします。


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Interlude

皆さんお久しぶりです。たまごぼうろです。
長く空いてしまって申し訳ない。
繁忙期前はやはり忙しいですね、中々まとまった時間が取れずに苦労しています。
ですが年末には時間は取れるので、執筆と投稿共に進めたいと思っています。

さて、今回は少し先の話をしようと思います。
この私的鉄心エンドは来年の春、HF三章公開までに終了する予定です。
物語はまだ続きますが、その辺りで終了できるように調整していこうと思っています。
なので今、中々書く時間が取れない分、新作の構想を練っておりまして。
fateの二次創作か、オリジナルかはまだ決めていませんが、たまごぼうろとしてこの小説投稿の趣味は続けていこうと考えています。

とまぁ、そういう報告でした。新作書くよー!って話です。
多分まだまだ先なのであんまり気にしなくても、って感じなんですけどね。
年末が近くなって、まとめ的な気分になったのかもしれません(笑)
では本編です。今回はInterludeと、短い話一つになります。

これから寒くなりますが、どうか体調を崩さぬようにお気を付けください。
では、どうぞ。


時は平等で、だからこそ残酷だ。

どんな悲劇も悪逆も、またどんな善行も奇跡でさえもその全てを色褪せさせる。

罪は前科として洗われ、過去は思い出として風化する。

そこに我ら人間の介入する余地は無く、だからこそ、記録というものは貴重であったのだ。

だが、その想いはどうなる?

形に残せぬそれは、消えるしかないのか。

愛しい人と結ばれた時の、胸の詰まるような愛しさはどうなる?

大切な家族を失った時の、笑いたくなるような悲しみは何処へ行く?

愛すべき人間から、生命の光が消えていく時の、奪われたような苦しみは何になる?

どのような感情でさえ、何れ消えていくのが運命ならば、幸せとは一体何なのか。

人により異なるその想いは、一体何が定めるというのか。

時は平等で、そして残酷だ。

善を志す者でも、悪を尊ぶ者でも、それは変わらない。

違うとすれば、それは天秤が逆さであるというところだけ。

綺麗なものを嫌い、醜いものを食む者が確かにあるという事だ。

そして、そこに善悪という名前を付けたのは我ら人間である。

よって、どちらも共に色褪せるのならば、きっとそこに善しも悪しも存在はしないのであろう。

きっと、そうなのだろう。

 

 

 

 

その答えは未だ人の手には余り、

故にこそ人間は探し求める。

真なる叡智を、真の答えを。

そして、ある者は求める。

答えでは無く、その答えを孕んだ、何者かの誕生を。

 

 

 

けれどーーーーーー

 

 

 

 

 

時は、ほんの少しだけ。

この悲劇に比べると、刹那のような時間だけ巻き戻る。

最後の戦いが始まる直前。

鮮やかに映るはずの夕景は雲に隠れ、これから訪れる暗さは一層深いものになるだろう。

神秘的なステンドグラスは、しかしそれを彩る光を持たず、淡い色味で教会を満たす。

薄暗く、そして冷たい教会の中には二人の男がいた。

一人は、その暗さにその身を浸すように。

一人は、それよりもいっそう眩しい光を秘めていた。

 

「時は近い、そうは思わんか?綺礼。」

 

「何がだ?ギルガメッシュ。」

 

現代風の衣装を纏った男、ギルガメッシュは教会内に存在するベンチに深く腰掛けたまま、カソック姿の神父言峰綺礼に声をかける。

 

「無論、あのエミヤとかいう小僧の事よ。上手く仕上がって来ている。はっ、これも因果というやつか。神々の気紛れも珠には役に立つでは無いか。」

 

「ほう…。珍しいな。お前が他人にそこまで興味を持つとは。それで?どんな未来が見えているというのだ?」

 

綺礼は意外そうにギルガメッシュに尋ねた。

昨夜、ギルガメッシュは士郎に力を与えた。

それは紛れも無く、あの時彼が一番に求めていたものであり、そして、聖杯戦争を終結へと導くものでもあった。

 

「何だ、気づいていなかったのか?いや、目を逸らしていたと言うべきなのか。」

 

しかし、その問いこそ意外と言わんばかりにギルガメッシュは問いを投げ返す。

 

「何だと?」

 

「なるほど、お前程の男でも認めたくないものはあるのだな。はっ、真面白い。つくづく飽きさせん男よな、綺礼。」

 

「一体私が何に気づいていないのと言うのだ。答えろ。」

 

愉快そうに口を歪ませるギルガメッシュと、硬い表情の綺礼。

だが、その鉄面皮はギルガメッシュの一言で剥がれ落ちる事になる。

 

「ならば教えてやろう。……似ているのだ、お前たち二人はな。」

 

「!、似ているだと。……私と、あの男がか。」

 

「如何にも。十年前、未だ己が内の欲望に苦しみ、また迷っていた時の貴様にあの小僧はとても良く似ている。」

 

「…………有り得ない。あいつと私は正反対だ。奴が尊ぶものを私は憎み、奴が憎むものをこそ私は愛する。私達は、互いに互いを認められぬ相反した存在なのだ。」

 

綺礼の言は間違っていはいない。

衛宮士郎が志すのは正義の味方。

自己犠牲の頂点にして、最も傲慢な人の性。

目に見えるもの全てを救おうとし、また手が届かぬと分かっていても手を差し伸べる。

善悪の区別も、苦しみも幸せも、全て自己の思考のみで裁量する。

故に傲慢。

全てを救うという事は、逆に全てを救わない事でもあるからだ。

一方、言峰綺礼の在り方はその真逆。

悪徳を愛し、慈愛を憎む。

美しいものを、綺麗なものを、彼は認めることが出来ない。

生まれながらの人格破綻者。他者を貶める事でしか、幸せを実感する事は出来ない。

故に平等。

彼にとって生きとし生けるもの全て自らの玩具であり、そして壊す事でしかそれと関わる事は出来ない。

彼にとっては、他人の不幸こそ天上の蜜であるのだ。

よってこの二人は永遠に理解し合うことは出来ない。

 

「いいや、お前たちは似ている。在り方では無く、人間としての形がな。嘗てお前が自らの欲と世界の有り様に悩んだように、奴もまた、自らの理想と人としての欲望に悩んでいるのだ。」

 

「……………」

 

そうして、ギルガメッシュは金色の波紋を展開し、中から煌びやかな黄金のコインを取り出した。

 

「この硬貨と同じよ。貴様らは裏と表なのだ。互いに同じ方向を向く事は永遠に無いが、全く同じように扱う事が出来る。今回貴様とあの男が共闘出来たのもそれだ。対極のようで、その実同じ存在なのだ。」

 

「私が…あいつと、同じ………」

 

「全く気が付いていなかった訳ではあるまい?憎悪とは即ち愛の反対だ。愛するからこそ憎み、憎むからこそ愛す。……お前は奴を人として、好ましく思っているのではないか?自らの人生で初めて出会った、同じ苦しみを持つ人間としてな。」

 

愛と憎は表裏一体。

思考は真逆とも、人としての歪さという点で、衛宮士郎と言峰綺礼は非常に酷似していた。

そして、士郎も言峰と同じく、理想に殉ずる事の出来ない自分に悩んでいた。

心の内に解決出来ない憤悶を抱え、けれど何も出来ずに日々を過ごす。

 

「まぁ、(オレ)としてはどちらでも良い話だがな。肝心なのは彼奴がどのように成るか、そしてお前はどうするのか、それだけに過ぎん。」

 

そう言って、ギルガメッシュは手にしたコインを指で弾く。

くるくると回りながら大きく宙を舞う黄金。

彼にとって、士郎も綺礼も見定めるべき対象に過ぎない。

行き先を決めるのは本人であり、彼はただきっかけを与えるに過ぎない。

 

「お前は結果として悪の一面を覚醒させるに至ったが、彼奴がどうなるかは我の眼を持っても見通せん。何しろ分岐点が多すぎる。」

 

ぱし、と落ちていたコインを受け止めるギルガメッシュ。

 

「私がコインの裏だと言うのなら、奴は表、では無いのか?」

 

「さてな、言ったであろう。彼奴の行く末は見通せんと。決めるのはあの男よ。」

 

そう言って受け止めたコインを見る。

 

「ほう………」

 

その手に握られたコインは表を向いていた。

しかし、中央から綺麗に、真っ二つに割れていた。

それはまるで、彼の凶兆を示唆するようだった。

 

「少し力を与えすぎたか。まぁ、破滅に向かうならばそれもまた一興よ。」

 

そうして愉快そうに笑った後、綺礼の方に向き合う。

 

「さて、お前はどうするのだ。お前は一体、この戦いの先に何を見出す。言っておくが、我はもう聖杯に興味は無い。よってお前の邪魔もせんが加担もせん。高みの見物、というやつよ。だが、お前の望み、暦年の迷い。ここで払拭出来るやもしれん。」

 

「……………」

 

沈黙を続ける綺礼に対し、重い腰を上げるようにゆっくりと立ち上がり、歩み寄る。

そしてその肩に手を置いた。

 

「人の生において、窮地とは時に最大の好機でもある。楽しめよ、綺礼。お前の人生はお前のものだ。そして、お前の在り方で(オレ)を楽しませろ。十年前からずっと、(オレ)はお前を裁定しているのだからな。」

 

そうして一頻り笑って、英雄王は黄金の粒子となり消えていった。

恐らく、向かう先は決着の地。

数時間後にアインツベルンの郊外で、バーサーカーとアーチャーが戦いが行われる。

そしてきっと、もう一人の参加者もそこに赴く。

そして全ての決着が着く。

正に終幕。神父の言は真実に変わるだろう。

残されたのは綺礼は一人、誰に言うでも無く、誓いのように呟いた。

 

「決まっている。私はただ、答えを求めるのだ。我が生涯に意味を意味出すとすれば、最早そうするしかない。故に、私はあの男に問わねばならならないのだ。」

 

そう言い残して、彼もまた教会の闇に消えた。

教会には、誰もいない。

もう誰も、残らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

森の入口に着く。

タイミングはドンピシャだった。

奥からとんでもない魔力がぶつかり合う気配を感じる。

一合、また一合。

彼らか刃を交える度に、森全体が大きく震える。

どうやら戦いが始まってからかなり時間が経っているようだ。

上空を見ると、硝煙のように煙が上がっている。

英霊同士の戦いは、山一つの地形を容易く変えるような規格外のものだったと、今更ながら思い出した。

きっと当の本人達は、戦いしか見えていない。

当然だ。命のやり取りにおいて、眼前以外を注視すれば、それこそ命が無い。

だから、彼らが自分に気が付けないのは必然なんだ。

 

風の音が強い。

外は一層に冷え込み、今にも雨が降りそうだった。

俺が何かを決める時は、決まって雨が降る。

世界が、その選択を嘆いているのか、それとも俺の罪を洗い流そうとしているのか。

ーーーどちらでもいい。

重要なのは、結果だ。

その過程で俺がどれだけ手を汚そうとも、後から皆が笑えるなら、それでいい。

最後に、黒に塗られた空を仰ぎ、今は雲に隠れて見えない月を睨む。

昨日、煌々と輝いていたそれは、今は欠片ほどの光もこちらに零さない。

まるで、恐いものを見たくないと言い張る、子どものように。

 

「……………………行くぞ。」

 

地面に映った影にそう言って、俺もまた森に踏み入った。

そうして、俺の聖杯戦争の、最後の夜は始まったのだ。

 

 




主人公、お前久しぶりに出てきたな。
今回短めなので今週の日曜にでも次を投稿します。
しばしお待ちを!!


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スパークスフロントランナーズ①

皆さんお久しぶりです。たまごぼうろです。
日が空いてしまって申し訳ない。忙しくて中々時間が取れずに…という感じでした。
最近寒くなってきましたね。皆さん、冬支度は万全でしょうか?
僕の地元では雪が降るので、今はとっても寒いです。
かくいう今も風邪をひいており、若干だるい中これを書いています。
という事で投稿したらお薬を飲んですぐ寝ます。感想等の返信は後日行います。
皆さんも気を付けて残り一か月頑張りましょうね。


あ、今回も二話更新です。
ではどうぞ。


「■■■■■■■■!!!」

咆哮と共に、もう何度目かの地鳴りが響きわたる。

バーサーカーの一撃は大地を割り、森の地形を徐々に歪めていた。

辺りには倒れた樹木が折り重なるように積み上がる。

かと思えば、また別の一撃で、それらも粉々に砕け散る。

そうして、木片と瓦礫、土埃と地鳴り。

それら大災害の合間を縫うようにアーチャーはあちこちを飛び回りながら弓を放ち、剣を突き立て、絶えず動き回っていた。

バーサーカーが力なら、彼のそれは技と呼ぶに相応しいだろう。

もうダメだ、これで終わりだ、何度そう思った事か。

アーチャーはその度に、ギリギリのところでそれをいなし、又、それをチャンスに変えていた。

その緊迫具合を証明するように、彼は既にボロボロだった。

バーサーカーの攻撃を、何度も受け流してきたのだ。

人間ならば防御をしても腕が飛ぶような一撃は、以下に英霊と言えども徐々にダメージを蓄積していく。

直撃こそ免れているが、明らかに苦しそうなアーチャー。

加えて、バーサーカーは俊敏だった。

正面から、上から横から、或いは真後ろから。

四方八方から、一呼吸も、瞬きすらも追い越して、襲いくる暴威。

それらを紙一重で躱す緊張感は、その神経を段々とすり減らしていく。

私も黙って見ていた訳では無い。

手持ちの宝石ありったけをもってきたのだ。

アーチャーが作り出した隙に、私も攻撃する。

アーチャーが体勢を崩せば、私が防御する。

そうやって、文字通り二人がかりで戦ってきたのだ。

既に奪った命は五つ。

弓を使い、剣を使い、槍を穿ち、鎌を振るう。

ギリギリの中でもぎ取ったものだった。

無論、リスクはある。

バーサーカーの矛先がこちらに向けば、それこそ一瞬で勝負は着くだろう。

けれど、私は前に出る事を止められなかった。

こんな大一番、黙って見ているだけなんて出来なかったのだ。

何より、私には確信があった。

アーチャーならば必ず、私の事を守ってくれると。

そしてそれは事実となり、私たちはこの怪物相手に戦うことが出来ていた。

そして

 

 

鶴翼、欠落ヲ不ラズ(しんぎ むけつにしてばんじゃく)

 

 

両腕を大きく振るわせ、投擲される夫婦剣。

寸分の狂い無く、バーサーカーの喉元へと向かう。

けれど、届かない。

「■■■■■!!」

簡単にあっさりと、その二刀は弾き飛ばされ、勢いを失い、後方へと消えていく。

 

心技、泰山ニ至リ(ちから やまをぬき)

 

その瞬間、空かさずもう一対、夫婦剣を投影し、突進するアーチャー。

 

心技、黄河ヲ渡ル(つるぎ みずをわかつ)

 

そしてそのままの勢いで、バーサーカーへと斬り掛かる。

ーー届かない。

力任せの突進では、バーサーカーを崩す事は出来ない。

この攻撃は防がれ、手痛いカウンターが待っている。

だが、それは

 

唯名、別天ニ納メ(せいめい りりゅうにとどき)

 

先程弾いたはずの二刀が弧を描き、再びその首を狙っていなければ、の話だ。

アーチャーの剣は陰陽剣。

黒と白、その二対は互いに惹かれ合う。

言わば、磁力のようなものだ。

先程弾かれた二刀は、今現在、アーチャーの手に在る二刀に引き寄せられ、戻って来ていた。

回避不能の絶技。

四方向、同時に襲い来る必殺。

常人ならば、それだけで決着が着くだろう。

しかし、悲しいかな

「無駄よ。」

「◼◼◼◼◼◼ーーー!!!」

ーーーそれでも尚、届かない。

その四つの刃を、バーサーカーは体を大きく回す事で全て防ぎきった。

アーチャーの技は、正に技の極みとも言えるものだった。

剣を投擲する弾かれるタイミングと、突撃のタイミング。

それらを合わせ、又、背後から迫り来る一投目に気づかれないように。

彼の持つ目と、そこに辿り着く迄の努力。

英雄となる者に相応しい、最高の攻撃だった。

けれど、目の前に在るそれは、世界中に数多あるそれの中でも指折りの、最強の英雄。

この程度の絶技、等に見慣れているのだろう。

人外の技では、その理の外にいる者は殺せない。

「◼◼◼◼◼◼◼!!!」

そして、その回転の勢いのまま大きく踏み込んで、眼前のアーチャーを叩き潰そうとする。

繰り出す技が必殺ならば、それを返す刀も又必殺。

あれを喰らえば人堪りも無い。

これまで森を砕き、大地を抉ってきた破壊槌。

それが肉体に直撃すれば、どうなるかなど誰だって分かるだろう。

バーサーカーの攻撃を受けるという事はそうゆう事だ。

良くて四肢欠損、悪ければ一撃で戦闘不能。

分かっている。私もアーチャーも。

頭では無く感覚で、そんな事理解している。

右手を構え、身を屈める。

視力を強化。

暗闇の中、狙うはただ一点。

この身はこの一瞬人間では無く、ただ銃弾を撃つだけの銃身に。

アーチャーの技は、まだ終わっていない。

必殺は必殺のままでいなければならない。

回避不能の一撃が、それでも尚防がれてしまったのならば。

その刃を届かせるのは、マスターの仕事であろう。

「そ…………こっ!!」

魔弾を放つ。

右斜め下、僅かに弧を描き、吸い込まれるようにその場所へ。

バーサーカーがその一撃を放つ為、踏み込もうとした地面へ向けて。

「!?」

着弾。

足場が崩れ、体勢は大きく崩れる。

そうして放たれた一撃は、しかし何にも当たる事は無く、大きく空を切り、また地面にクレーターを生み出した。

アーチャーは無事だ。

既に三対目は投影されている。

 

両雄、共ニ命ヲ別ツ(われら ともにてんをいだかず)………!」

 

必殺は必殺のまま、その命を断つ。

今度こそ回避は不能。

隙だらけのその胸に、漸く刻まれる刃の軌跡。

投擲の一、突進のニ、生まれた隙に渾身の三。

三つを束ね、一翼を紡ぐ。

 

 

「鶴翼三連!!!」

 

 

「ーーーーー!!」

そのままバーサーカーの体を、大きく十字に斬り裂いた。

声にならない叫びと共に口から大量の血を流し、そのまま前のめりに倒れ込むバーサーカー。

鮮血が地面に斑を作り出す。

致命傷なのは明らか。

これで六度目。

一度喰らった宝具に耐性を持つ、という特性を持つバーサーカーから六度。

それは最早白星と言っても差し支えない所業だろう。

「っ、はぁ…、はぁ、」

バーサーカーの再生にはいくらか時間がかかる。

その間にいったん距離を取り、体勢を整えようとするアーチャー。

無理も無い、彼だって傷は浅くないはずだ。

今の攻防も、一拍の気の緩みで大きく覆っていただろう。

そこでアーチャーは息を整えようとして

だが、その瞬間。

「令呪をもって命ずるわ。起きなさい、バーサーカー。」

朝露のように流麗な声色が瑞々しく響いた。

発した言葉は一滴、されどその効果は大地を揺らす。

令呪の行使により、イリヤの体に魔術回路の流れが駆け巡る。

体中を真紅に染め上げて、白き妖精は薄く笑った。

(令呪による急速回復…!まずい!)

「アーチャー!!」

けれど、現実は残酷に。

形上の白星など、星に届かず燃え尽き消える、憐れな彗星と何ら変わりなく。

真っ黒になった消し炭すら辿り着けない、命の残滓が残るのみ。

「◼◼◼◼◼………!!!」

低い唸り声と共に、英雄は七度目の生を受ける。

火が上がるようにその体は燃え上がり、瞬時に新たな体が作られる。

令呪によるバックアップで、数秒前に切り裂いたはずの体は、すでに傷一つなく再生していた。

逆再生のように奇怪な動きで起き上がるバーサーカー。

そしてそのまま、背後に立つアーチャーへ、出来たばかりの剛腕を鞭のように振るう。

「!?、ぐ、、うぅぅ……があぁ!!」

力任せの裏拳、それですら受けきれない。

辛うじてガードするも、剣ごと砕かれて吹き飛ばされるアーチャー。

身体はそのまま木々の中へ、巨樹がへし折れる音に重なり、吐き出すような苦悶の声が聞こえた。

「が、は………」

「っ、、!!」

すぐさま駆け寄る、

ーーーー事など、この狂戦士が許すはずは無い。

「◼◼◼◼◼◼◼!!!」

バーサーカーは私の方を向いていた。

その剛腕は、天高く振り上げられている。

「あ、やば、」

回避は間に合わない。

私が立っているのは死線。

一瞬の息遣いすら、遥か遠くに感じてしまう。

スローモーション世界の中で、自分の心臓の音のみが早く聞こえる。

その鼓動一つの度に、死が迫ってくる。

きっとこのまま、潰れたトマトのようにひしゃげて、この森の養分になり消えるのだろう。

そう何となく漠然に思い、それでも最後に命乞いとばかりに、振り下ろされる戦斧から無様に身を躱そうとして、

 

 

熾天覆う、七つの円環(ロー・アイアス)………!」

 

 

直撃の間際に、ピンク色の花弁の一葉によって免れた。

「◼◼◼!?」

そのまま攻撃を弾かれ、後ろに飛び退くバーサーカー。

瞬間、その顔に大ぶりの矢が直撃した。

 

「ーーーー!!!!」

「その手を退けろ、狂戦士。」

重い声が響く。

気付けば、アーチャーは私の前に庇うように立っていた。

間一髪のところで、彼は私を守ってくれたのだ。

しかし、その姿は全く無事とは言えなかった。

「大丈夫?」

「問題ない、と言いたいところだが、かなりまずいな。ごほっ……はっ、良いのを貰ってしまった。」

「……ごめん、私のミス。あそこでのフォローは私がすべきだった。」

分かっている、いや、分かっていた。

今のは意味のない会話だ。

バーサーカーの一撃を受けた片腕はだらりと力なく下がり、口からは血が垂れている。

内臓辺りがやられたのだろう。そのダメージは想像に難くない。

手足は小刻みに震え、その声にも覇気は無い。

加えて、アーチャーから感じる私との繋がりが小さくなっていっている。

消えゆく鼓動の様に、微かなものしか感じられなくなってきている。

それは彼自身が、私からの魔力供給があっても現界が難しくなってきているという事。

決定的な敗北が、足音響かせ近づいて来ているという事。

ここは断頭台だ。

処刑人は目の前の怪物。

悪足掻きがお得意な死刑囚も、そろそろ八方塞がり。

常にチラついていた最悪への意識が、いよいよ持って現実味を帯びてくる。

「やるじゃない、リン。それにアーチャー。」

こちらを見据え構えるバーサーカー。

その背後から、一切の焦りを感じさせない愉し気な声と、心無い拍手が聞こえる。

最早勝利を確信したその声は、私に一層の焦燥を募らせた。

「私、驚いているの。まさかバーサーカーを六回も殺せる英雄が残っていたなんて。セイバー以外でこんな事が出来るの、貴方くらいよ、アーチャー。」

 

「イリヤ……………」

「でも、それもここで終わり。貴方、立っているのもやっとでしょう?手足もボロボロ、霊基もズタズタ。そろそろ楽になっても良いのじゃない?」

「……………」

アーチャーは何も答えない。

その沈黙は、それを否定できる気概が残されていないからだ。

イリヤの言葉は紛れもない事実。

片腕を失ったアーチャーは、ここから何を出来るでも無い。

私が知る限り、彼の能力ではこの状況は覆せない。

言われるまでもなく、万策尽きていた。

「っ、まだ!まだここからよ!一旦引きましょう、アーチャー。一度立て直して、それで、」

それでも、私は叫んだ。

私が諦めてはならない。どんな状況でも、私だけは諦めてはいけない。

先があるとか無いとか、そんな話ではない。

これは私が始めた戦い。

ならせめて最後まで、私だけはーーー

「見苦しいわよ、リン。主より従者の方がよっぽど弁えているのでは無くて?」

 

「彼の傷の深さなんて、火を見るよりも明らかでしょう。…不甲斐無いことこの上ないわ。遠坂の品格も、そこまで落ちてしまったの?裏切り者のマキリと大差無いじゃない。」

「そ、それ、で…………」

きっと、今の私の顔を見れば、十人中十人が、絶望、というタイトルをつけるだろう。

ぬるりと首元に冷たいものが這い寄ってくるような感覚。

もう何度も味わった、吐き出したくなるような不快感。

体から温かさが消えていく。

そう言えば今夜は冷えるんだっけ、なんて、頭は必死に現実から逃れようと無駄な勢いでフル回転する。

アクセル全開のべた踏み状態、ならば待つのは破滅のみ。

絶望からは逃れられない。現実はいつだって残酷だ。

分かっていた。分かっていた。分かっていた。

でも結局、最後にはここに辿り着いた。

「貴方たちの負けよ。さようなら、せめて散り際くらいは華やかに彩ってあげる。」

 

その言葉で、私の中の大事な何かが音も無く壊れた。

冷たい体。震える手足。

脱力感に満ち、世界が真っ暗に覆われる。

あぁ、もう楽になりたい。

絶望の淵では、寧ろそれこそが救いとなる。

それは、あの時に痛いくらい味わった。

もう終われ、終わってくれ。

このままどうなっても構いやしない。

ここから逃れられるなら、何だって、

 

絶望が、再び私を包み込む。

有り得ないくらい優しく、これ以上無いくらいにゆっくりと。

もう楽になれと、耳元で囁く。

だから私は、その声を聞き入れて、

それで、

 

 

 

 

 

「それで、どうしたって言うのよ。」

 

そんな最悪の状況で、それでも私はニヤリと笑った。

 

「敗着濃厚がどうしたって言うの?だってまだ負けてないし、あなたもまだ勝ってない。決まってもいないのに勝った気になっているわけ?」

 

これは訣別だ。

今私の中で、イリヤの一言か切っ掛けで、弱い私が壊れたんだ。

アーチャーは言ってくれた。

その弱さこそ私の強さだって、人の死を悲しむ当たり前が、何よりも眩しいものだって。

 

「まだ終わってないわよ、アーチャーは消えていないし、私はほぼ無傷、魔力こそ足りないけとれどまだ動ける。仮にアーチャーがやられたとしても私が戦うわ。」

 

「凛………それは……」

 

無茶だ、と言いかけるアーチャーを無視して、私は勢いよく捲し立てる。

こんな状況に屈したくなかった。

もう二度と、絶望なんかに飲まれたくは無かった。

 

 

「それが状況が見えていないって事だって分からないの?そもそも、貴方一人でバーサーカーに勝てるわけ」

 

ごめん、アーチャー。

私、残念な事に。

あなたの言葉の通りに、弱くはなれないらしい。

 

 

「うっさいわね!そんな事戦う前から分かってるわよ!けど、それでも戦わない訳にはいかないでしょ!その方がよっぽどみっともないわ!!」

 

うわ、頭きた。

どうにも叫ばずにいられない。

ヒートアップした私はそのまま矢継ぎ早に続ける。

 

「幾ら勝ちの目が薄かろうと、戦いを放棄してはただの敗者よ。私は心まで敗者にはなりたくなかった。」

 

「アンタみたいな作りものには分からないでしょうから教えてあげる。人は、生きる為に生きてるの。人の心は前に進む事で生き続ける。不可能だと分かっていても、挑まなきゃならない時があるのよ。」

 

「私はそれこそが人の誇りだと思う。嵐を越えた航海者、雷を堕とした科学者、雪原を打ち破った開拓者。どんな時も、不可能を越えるのは諦めなかった人間なの。不可能に挑み続ける事、諦めずに進む事、それが生きるという事なのよ。」

 

「だから私は戦うわ。生きる為に戦うの。生きて、この不条理を壊す為に戦うのよ。それで、もし死んでしまったら、」

 

私の最悪は、あの暗闇で蹲っていた時が一番。

それに比べればこんなもの、自分の命で済む分幾らか楽だ。

心も身体も落ちるとこまで落ちた。

なら、後は這い上がるだけだ。

 

「その時は、あぁ悔しい!!って思い切り叫んでやるわ!!」

 

言った、言い切ってやった。

傍から見たら負け惜しみでしか無いだろうけど、それでも全力で、思いの丈を叫んでやった。

 

「ほら!やるわよアーチャー!しんどいでしょうけど頑張って!!倒れそうならひっぱたいてあげるから!」

 

あぁ、もうどうにでもなれ、

熱くなった頭で、半ばヤケになりながらアーチャーに発破をかける。

傷だらけの体も構わずに、彼の背中を強く叩いた。

ここまで言ったんだ、幾ら惨めになろうと何としてでも戦って貰わなくては。

 

 

 

 

 

 

「っ、はは」

 

けれど、彼は急に顔を押さえたかと思うと。

 

 

 

 

「はっ、ははははははははは!!!!!」

 

 

 

 

驚くほど大きな声で、幸せそうに笑いだした。

血濡れの体で、狂ったように笑うアーチャー。

感じるのは狂気では無い。

寧ろ、有り得ないくらいの喜びが、その声越しに感じられた。

驚いて彼の顔を覗き込む。

その顔は、死の間際にいるとは思えないくらいに、優しい顔をしていた。

 

「は?え、え、なによ!!あ、あんた急にどうしたの!?さっきの一撃で頭打った!?それとも遂におかしくなったの!?あぁ、もう!とにかく何してんのよ!!」

 

余りにも意外過ぎる行動に熱くなっていた私は何だか恥ずかしくなってしまい、さっきの熱弁のまま叫ぶ。

さすがにはっと気が付いたのか、一頻り笑った後にアーチャーはやっと返事をした。

 

「っ、ははは。いや失敬、折角のマスターの熱弁を台無しにして申し訳無い。」

 

彼はこちらを向かない。

私の方からは、その傷だらけの背中しか見えない。

 

「やっぱり、君は君だな。窮地にあろうと変わらない。美しく、眩しい。人の威厳に満ちている。」

 

けど、その背中は、何よりも雄弁に誇りを謳っていた。

彼は今、どんな顔をしているのだろう。

この絶望の中で、彼は一体どんな顔でいるのだろう。

 

「凛、聞いてくれ。」

 

「な、なによ。」

 

彼は前を向いたまま、顔のみをこちらに向けて呟いた。

その顔は先程の笑顔のまま。

けれど初めて見るような、自信に満ちた顔だった。

 

 

「君も大概だが、どうやらオレもかなり弱っていたらしい。もう一度、言ってくれないか。君の願いを。」

 

 

「!!」

 

 

「この通りボロボロだからな。小さな声じゃ聞き取れない。さっきの様に強く、強く叫んでくれ。」

 

 

「…………それって。」

 

 

「……頼む。今度は必ず、何があっても、忘れないから。」

 

 

優しい目。

私を抱きとめてくれた時と同じ、優しい目だ。

私の好きな、安心する目だ。

 

 

ーーーーーそうか。

彼はとっくに届いていたんだ。

彼の意思は、とっくに私の望むものと同じだった。

きっと出会った時から、彼は私の願いの為に戦うって決めていたんだ。

足りなかったのは、私だ。

私の覚悟が足りなくて、足を引っ張ってしまったんだ。

共に歩むと言ってくれたのに、私だけ少し足りなくて、だから今、こうして追い込まれてしまった。

不甲斐ない。

やはり私は詰めが甘い。

いつもそうだ、二番や三番は上手くいく、何もしなくたって出来る。

けれど、一番大事なものだけは、いつだってしくじってきた。

でも、でも。

人は前に進む。行き先も無いけど進む。

その過程で傷つき、立ち止まる。

誰かの死で、体の傷で、心の傷で。

ちょっとしたきっかけで、人は確かに傷を負う。

けれどそれを経て、人は確かに成長する。

だから人は止まらない。

止まれないんじゃない、止まらないんだ。

その進化の快感に、私たちは酔いしれる。

だから止めない、不可能と分かっていても尚、挑む事を止められない。

そんな大馬鹿者が、今までの歴史を作ってきたんだ。

自らを高め、その弱さを克服する。

時には誰かの手を借りて、自分の弱点を補っていく。

そうして、人は前に進む。

どんな逆境にも、挫けない心を持って。

 

 

向かい風が吹く。

赤い外套をはためかせ、僅かにこちらを向いて、

その背中は、私に声をかける。

強い気持ちで、ただ一言。

私は漸く、追いついた。

 

 

 

 

 

『ーーーーーーーーーーーーーー 共に、往こう。』

 

 

 

 

暗闇の中で、その赤は鮮やかに。

絶望を切り裂いて屹然と。

誇りと願いをその背に込めて。

最後の一歩は、遂に届く。

 

 

「令呪を持って命ずる!」

 

 

右手が紅く光る。

自分の魔術回路とは別の、外付けの魔力が燃え上がる。

私の心と同じように、熱く、熱く燃え上がる。

 

 

 

「私に完璧な勝利を頂戴。負けは許さない、必ず勝って!!!」

 

 

 

そして、私が抱いた最初の願いを、今再び高々と叫び上げた。

 

「…………なるほど。これはまた難儀な命令だ。」

 

「なによ、不満なの?」

 

「いいや、まさかだろう。」

 

そうして、彼は静かに、安心したように目を閉じる。

 

「他でも無い君からの頼みだ、断る訳にはいくまい。」

 

そして、こちらを向いてにっこりと笑った。

 

うん、大丈夫。

それと、心配かけてゴメン。

貴方の覚悟、十分に伝わったわよ。

 

不意に、温かいものが頬を伝った。

悲しかった訳じゃない。

漠然としている中、大好きな物語の終わりを見せられたような。

寂しさと懐かしさに満ちた、感情の雫だった。

 

けど、これじゃあダメだ。

だって、あいつは笑っている。

強すぎる向かい風の中、苦しさなんて見せずに笑っている。

私よりもよっぽど大変な筈なのに、それでも前を向こうとしてる。

 

ありがとう。

貴方が、私のサーヴァントで良かった。

 

心からの言葉を飲み込む。

今はまだ、言うべきでは無い。

この言葉は報酬だ。

完膚無きまでに私の命令を遂行した彼に、敬意と感謝をもって捧げる言葉だ。

だから、今はまだ胸に秘めて。

 

 

「………了解した、任せたまえマスター。」

 

一言一言を噛み締めるように。

 

「感謝するよ、身が引き締まる。」

 

一言一句を咀嚼するように。

 

「ーーーーーーあぁ、そうか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰かの為に戦うのは、こんなにも心地良いものなのか。」

 

この記憶を、忘れないように。

 

 

 

 

満足そうに微笑むアーチャー。

彼にとってはきっと、その言葉だけで十分だったのだろう。

だから私は何も言わず、代わりに全てを託す事にした。

三画目の令呪が消えていく。

彼との最後の繋がりが、徐々に薄れ、離れていく。

けど、私たちの心の内には、

それよりも強固な、確かな絆がある。

 

彼も私もそれでいい。

そんな不確かなものが、今の私たちには丁度いい。

 

だって、私たち人間は、

同じように不確かな未来の為に、最前線で走り続けるのだから。

 



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スパークスフロントランナーズ②

二話目です。
先ほどまでは凛視点でしたが、ここからはアーチャー視点で物語は進みます。
それをご理解の上、お読みください。

恐らくここからは、過去最高に熱い展開の連続かと。

ではどうぞ。


嘗て、俺は星を見た。

突き付けられる最低の不条理、

理不尽に向けられた現実、

そんな暗闇の中で、それでも気丈に貴く輝く、眩いばかりの星だった。

記憶は薄れ、摩耗し、過去の事など忘れてしまう。

辿り着いたのは、そんな果てなき荒野。

自分の届かない理想を見せつけるように、無限に続く錆色の丘。

けれど、そんな中でも、それだけは薄れること無く鮮やかなままだった。

結局俺は、そんな光に目が眩み、そこに辿り着くために、全てを賭けて進んできたんだ。

 

 

星は人の理の外のもの。

その輝きは、人である以上決して届くことは無い。

けれど、光は一つでは無い。

輝けるものは、確かに、人の世にも存在する。

 

 

 

そして今、オレは再び、輝きを見た。

それは、人の誇り。

努力と研鑽の果て、磨き上げられたその光。

至高の形、宝石の光。

溢れんばかりの眩しさで、自らを鼓舞する深紅の紅玉。

人の可能性を見た、その心に魅せられた。

美しい、人の営みに、その目を奪われた。

 

その輝きが、今度は自分を照らそうと、こちらを見てる。

オレにとっては、それで十分だ。

 

今にも倒れそうだった身体に、力が漲っていく。

彼女の願いが、私の霊基(からだ)に満ちていく。

心中は今までに無いくらいに晴れやか。

青空が、自らで空を描くように、

どこまでも自由、今ならなんだって出来そうだ。

消えさせない。

途絶えさせない。

こんな所で、終わらせない。

今度はオレが、暗闇を破る。

 

この宝石の気高き赤が、何処までも、何処までも映えるように。

 

 

 

 

I am the bone of my sword(ーーー体は剣で出来ている).」

 

 

 

世界を変える言葉を紡ぐ。

内と外、世界と理想。

現実世界を心の在り方で塗り替える。

 

「バーサーカー!!」

 

「◼◼◼◼◼◼◼!!!!」

 

こちらの変化を察知したのか、

イリヤスフィールの合図と共にこちらに突進してくるバーサーカー。

 

あぁ、ちょっと待て。

今、いいとこなんだ。

初めて、英霊として戦い続けてから、初めてなんだよ。

誰かの為に、戦うっていうのは。

 

 

 

Steel is my body , and fire is my blood(血潮は鉄で、心は硝子).」

 

 

 

右手を挙げる。

先程投影した盾。

残るは五枚、薄桃に光るその花弁。

それら全てを目の前の英雄に向けて、

囲むように、展開する。

 

「ーーー!!!?」

 

突如現れた花弁に行く手を阻まれるバーサーカー。

四方を囲むは、嘗て大英雄の投擲を防いだ堅牢なる防壁。

 

 

 

I have created over a thousand blades(幾たびの戦場を超えて不敗).」

 

 

 

咄嗟に上に跳躍し、脱出を試みようとするバーサーカー。

 

だが、それは無駄だ。

最後の一枚は、そこに使わせてもらった。

 

「◼◼◼!!」

 

その跳躍も、同じく花弁に阻まれる。

これで五方、完全に行き場を無くす。

 

 

 

Unknown to Death(ただの一度も敗走はなく). 」

 

 

 

猛るバーサーカー。

無理やりにでも花弁を破壊しようと、手にした斧で殴りつけるが、傷一つつかない。

当然だ。

これはオレが持つ最上の盾、そして、オレがお前に勝っている、数少ない点なのだから。

 

 

 

Nor known to Life(ただの一度も理解されない).」

 

 

 

「バーサーカー!下よ!地面を砕きなさい!」

 

 

イリヤが叫ぶ。

………気付かれたか。

花弁で囲めているのは、前後左右に上のみ。

当然、下は何もしちゃいない。

 

「◼◼◼◼◼!!!」

 

咆哮と共に大地を砕こうとするバーサーカー。

一撃毎に地面が揺れる。

そう、唯一の抜け道である下、つまり地面を砕き、そこを抜けて来ようとしているのだ。

なんという力技、狂戦士の名に相応しい。

けれど、

 

 

「うそ、なんで?さっきまで簡単に壊せたのに!」

 

音こそ派手に響くものの、地面は壊れない。

有り余る巨躯による暴威に晒されてなお、崩れること無く、

連綿と続いた歴史を示すように、その形を保ち続ける。

 

 

 

Have withstood pain to create many weapons(彼の者は常に独り剣の丘で勝利に酔う).」

 

 

 

これも、当然と言えば当然なんだ。

バーサーカーの攻撃は、確かに大地を割る程の威力を持つ。

事実、今この一帯で彼が手を加えていない場所は無く、何処も彼処もが崩れている。

だから、砕けないんだ。

地中奥深く、この星の創成から存在する、地球上で最も硬い地面。

内部に存在するマグマ、それら全てを押し留める星の殻。

そう、岩盤まで、バーサーカーは辿り着いてしまったのだ。

だから壊せない。

幾らひび割れようと、バーサーカー程巨大な体が通れる程の亀裂は生まれない。

数億年の地球の歴史を、たかが英雄が壊せはしない。

英雄は築いたのは飽くまで一時代、全ての時代を見てきたこの大地には、届けども、破壊するのは不可能だ。

 

………まぁ、狙っていた訳では無いがな。

ギリギリになりながらも、躱し続けたかいがあったというものだ。

 

 

 

Yet , those hands will never hold anything(故に、その生涯に意味は無く).」

 

 

 

「◼◼◼◼◼!!!」

 

 

身動きが取れないながらも、それでも花弁を砕こうと、正面を殴りつけるバーサーカー。

花弁も無敵では無い、次第に亀裂は波紋のように広がっていく。

 

本当に、どこまでも出鱈目な奴だ。

オレが持つ最上の守りを、こうも簡単に破ろうとするか。

 

こんな英雄崩れには過ぎた相手だと、改めて実感させられる。

結局、オレにもお前にも、足りなかったのは時間の差だ。

 

 

「◼◼◼◼◼◼◼◼!!!!」

 

 

花弁が破壊される。

勢いよく突っ込んでくるバーサーカー。

今までの鬱憤を打ち砕き、渾身の踏み込みで間合いを詰めてくる。

振り上げられる斧。

迫り来るは射殺す百頭。

 

ーーーーけど、もう遅い。

 

 

 

So, as I pray(その体は)……」

 

 

 

詠唱は始まりの一言へ。

世界を塗り替える大魔術。

思考はクリア、とうに世界はオレの中にある。

いや、違う。

元よりそれ以外など、この身は持っちゃいない。

 

全てを捨てた。

あの時描いたユメの形も、誇りも、想いも、何もかも。

助ける為に殺し続けた。救う為に奪い続けた。

殺して、殺して、殺して、殺して。

そこに悪があるのならばと、そう聞けば聞くほどに、自分から何かが零れ落ちていった。

そうやって、徐々に徐々に擦り切れて、最後には何も無くなった。

そうしてまっさらになった自分は、余りにも、余りにも愚かだった。

届くはずのない理想を追う、奴隷のような旅路。

一体そこに、なんの意味があったのだろう。

 

 

それでも

最後に一つだけ、どうしても捨てきれなかったものがある。

何も無い自分に遺った、最初の願いがここにある。

 

 

人の願い、健やかな想い、その全て。

礎を築く、その忌名は

 

 

 

 

 

UNLIMITED BLADE WORKS(きっと剣で出来ていた)……!!!」

 

 

 

 

 

そうして、オレの視界は白に包まれた。

この世界を巻き添えにして。

たった一人の、少女の為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また、此処へ。

理想を追う旅路の終わりにして、敗れた現実の始まりの地。

どこまでも続く赤銅色の荒野。

空に移るは錆びた歯車。

そして、地に刺さる無限の剣柄。

大小様々。

されどその中に、血を知らぬものは一つも無し。

綺麗なものなど存在しない。

余分な物など背負う隙の無い。

余りに醜い、オレの世界。

捨てきれなかった無惨な正義。

その、残滓。

 

 

「固有結界………、これが、あなたの宝具………、じゃあ、あなたは。」

 

唖然としたような凛の声が聞こえる。

それに、顔を向けること無く背中のみで答える。

だって、なぁ。

余り、見てもらいたいものでも無いんだから。

ただ、哀れな男が一人いた、そんな無意味な意味証明に過ぎないんだから。

 

「あぁ。オレは生前、魔術師だった。生憎、武勇や偉業とは縁が無くてね。そんなものとは程遠い生涯だった。そんな中、オレが持ち得るのはこの世界だけだ。」

 

「こんな世界がどうしたって言うのよ。」

 

前方から違う声が聞こえる。

イリヤの声だ。

 

「何をするかと思えば、こんな寂れた場所に連れてかれるなんてね。ここが貴方のホームグラウンドな訳?随分と贅沢じゃない。」

 

皮肉交じりのその声は、然して、先程までの余裕を感じられないものになっていた。

彼女は焦っている。

いや、驚いているのか。

けれどまだ足りない、この焦燥よりも、彼女がバーサーカーに置く信頼の方が厚い。

だからまず、その場違いな余裕を剥がしてやる。

 

「いや、耳に痛い。無礼は謝ろう、レディ。お子様には少々刺激が強すぎたかな?」

 

「……馬鹿にして。いいわ、どこであろうとバーサーカーは負けない。行きなさい、バーサーカー!!」

 

 

「◼◼◼◼◼◼!!!」

 

 

バーサーカーがこの身を潰そうと動き出す。

無限に及ぶ剣の柄を跳ね除けて、飛び出すその姿は真に破壊者。

ならばやってみろ、これまでと同じく、全て壊しきってみろ。

 

 

 

投影、開始(トレース、オン)。」

 

 

 

言葉に呼応するように、魔術回路が唸りを上げる。

血が逆流し、血管は限界までに腫れ上がる。

脳が沸騰して、気を抜けば意識が飛びそうになる。

けれど、想像/創造をやめない。

ただ一つをイメージし続ける。

たったそれだけを今まで愚直に続けてきたんだ。

 

「!?」

 

創り出すは朱槍。

アイルランドの御子、太陽の化身。

彼が影の国にて、その師から貰い受けた魔槍。

因果逆転の呪いを秘めた、必中必殺の死の投擲。

 

 

向かってくるならば、丁度いい。

ご丁寧に狙う必要も無くなる訳だ。

 

 

 

 

I am the bone of my sword(その心臓もらい受ける)…!」

 

 

 

 

 

魔力を纏い、生み出される神造の兵器。

通常ならばこのレベルの投影は不可能。

けれど、今はこの世界がオレの背中を押す。

 

体勢は低く。

例えるならそう、獣の構え。

 

突っ込んでくるバーサーカーに対し、こちらも槍を構えたまま突進する。

勢いがいる。

彼がこれを使う時は決まってこうしていた。

風と共に走る、走る、走る。

全力で地を蹴って、前へ前へ、疾く疾く。

そして、その疾走の勢いを殺さず、そのまま跳躍、

 

同時に、右腕を構える。

弾け飛びそうな右腕を、それでも限界まで引き絞る。

 

魔術回路は臨界点。

既に骨子は造られて、オレの手には剣がある。

生まれるは贋作、されどその効力は、本物と違わず。

その偽りの真名と共に、それを全力でそ投擲する。

今、神代の紅き魔力は収束し、一刺一殺の呪力を放つ。

 

 

 

 

偽・突き穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)!!!!」

 

 

 

 

轟音を引き裂いて、朱槍は一直線に向かっていく。

大して狙いはつけていない、されど、因果は既に繋がった。

回避は不能、迎撃は不毛。

寸分の狂い無く、バーサーカーの心臓へと突き刺さる。

 

 

「◼◼◼◼◼◼◼!」

 

 

荒野にある小高い丘に着地し、既に決められた結果を見やる。

バーサーカーの体に呪いが盈ちる。

割れるように広がる死の呪い。

それは忽ちに、その体から命を奪い去った。

 

立ち尽くしたまま止まるバーサーカー。

零れ落ちる血は黒く染まり、体から溢れる度に塵となって消えていく。

七つ目の命は、突き穿たれ消滅した。

息の無い眼は言うに及ばす、

胸に槍を刺したまま、完全に停止した。

 

「!!!、アーチャー、貴方………。」

 

イリヤの顔から余裕が消える。

見開かれた赤い瞳は、真っ直ぐとこちらを睨みつける。

そうだ、その顔だ。

我が世界を前に、最早一片の予断など許すものか。

 

 

 

「君が自らのサーヴァントに全幅の信頼を置いているのは分かる。だが、それでもオレを舐め過ぎだ、イリヤスフィール。此処はオレの世界。どんな強大な相手だろうと、全力で牙を向くぞ。」

 

 

 

手近にあった剣を引き抜く。

軽い、何も詰まっていない凡庸な剣。

これがオレだ。このちっぽけな剣こそ、オレの象徴だ。

だが、それで何が悪い。

眼前の敵を倒せさえすれば、何を使おうとも構いやしない。

 

風が、オレを追い越した。

命を張る主の為に、オレも同じく全てを賭ける。

何も無いこの場所で、それでも気高く佇んで、こちらを見つめる宝石の輝き。

何としてでも守ってみせる。

 

「◼◼◼◼………」

 

バーサーカーが復活した。

彼も先程とは違う、オレの事を完全に殺すべき相手として認識したようだ。

これで漸く、同じステージに立てた。

 

真っ直ぐと、狂戦士の射殺すような目を睨む。

その唸り声は感嘆のようにも聞こえる。

 

手にした剣の切っ先を、バーサーカーに向けた。

待たせてすまないな。

さぁ、決着をつけようか。

 

 

 

 

 

「往くぞ、大英雄。貴様の試練、オレが全て超えてみせよう。」

 

 

 

 

「…………………!!」

 

 

そんな宣戦布告を聞いたバーサーカーの口角が僅かにつり上がった。

狂化されている彼が、通常こんな事をするなど有り得ない。

彼が身を置くの狂乱の中。

そこでは理性などただの枷でしかない。

だが、彼が築いた歴史は戦いの歴史。

人々が理性を手にする前に、既に生存競争という戦いは始まっている。

故に、彼もまたこの戦いを望んでいる。

狂って尚、求めるもの。

相対した強敵と鎬を削るのを歓び。

その歓喜に打ち震えているのだ。

 

そしてオレは、最後の戦いに臨んだ。

勝つ為に。

勝って、彼女に報いる為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

挑むは無銘の無限の剣。

世界そのものを味方につけ、自ら賭して英雄へ臨む。

世界が、時代が、どのように移り変わろうとも変えられないただ一つの理想。

人の強欲、その頂点。

そのエゴは、人の性さえ喰い潰す善。

 

戦士も又、その挑戦に構える。

 

一部の隙も感じられない不動の構え。

世界が、時代が、どのように移り変わろうとも変わらない不変の強さ。

人の忍耐、その極み。

十二の試練は、今再び勇者を待ち受ける。

 

 

 

聖杯戦争。

万能の願望器を巡り、数多の命が散ったこの戦い。

その天王山は誰も知らない世界にて、

二人の勇士の譲れないものがぶつかり合う。

 

いざ、終幕へ。

 

 

 

 






体は、剣で出来ている。
血潮は鉄で、心は硝子。
幾たびの戦場を越えて不敗。
ただの一度も敗走はなく、
ただの一度も理解されない。
彼の者は常に独り、剣の丘で勝利に酔う。
故に、その生涯に意味は無い。
されど、
剣で出来たその体は、
ただ、一人のために。




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幾度となく伏して尚

皆さんお久しぶりです。たまごぼうろです。
気付けば年の瀬ですね。
本当に12月は忙しく、新作を投稿するのが遅くなり申し訳ありません。

皆さん年の瀬ってどう過ごしてますか?
家族と、友人と、恋人と、様々な過ごし方があると思います。
僕は毎年、何すればいいんだろう、って思いながら家族と一緒に過ごしています。
というのも、自分は親の実家で年越しをするのが習慣なのですが、その為に今住んでるところから一度離れなければいけないので、家族以外に知り合いがいないんですよね。
その為大変暇なのです。ps4とか持って行けないしね。
まぁ今年は鉄心エンドを書き進めるというやることがあるので退屈はしないでしょうが、これもすごく頭使うのでずっとはやれません。
良かったら脳死で出来る暇つぶしを教えてくれると嬉しいです。

さて本編の内容ですが、恐らく今回が年内最後の投稿です。
この年末で一気に書き進めるので投稿ペース自体は上がると思いますが、流石に明日は厳しいかなと。
今年一年、ありがとうございました。
来年以降、どのくらいまで長く続くかは不明ですがよろしくお願いします。
では、どうぞ。


 

 

剣が砕ける。

剣を創る。

(この身)が砕ける。

(この身)で創る。

さっきからずっと、この繰り返し。

終わらない破壊と創造の連鎖。

死線など等に越えた。

オレは今世界を背負って戦っている。

負ければ、それは自己否定を意味する。

負ければ、それは主への裏切りを意味する。

負けられない、負けるわけにはいかない、負けるはずがない。

思考もう、それ以外考えられないくらいに限り限りだった。

 

 

無限の剣製による、大量の剣の掃射。

そして数多の武具の投影と、それらの攻撃。

加えて、それらを凌駕する程の意志の力。

気迫、裂帛。

魔術回路は先程からずっとオーバーヒートしている。

体中が燃えるように熱い。

血液は沸騰寸前、ジリジリと眼が焦げ付く。

それはきっと心が燃えているからだと、そう自分に言い聞かせ、この無謀を勇気へ変える。

傷だらけの体は、それでも尚戦いを望んでいた。

だが、

 

「◼◼◼◼◼◼◼!!!!!」

 

 

倒れない、倒せない。

体中に剣が刺さっているのにも関わらず、この狂戦士は止まらない。

それら全てを悉く粉砕して、オレを殺そうと向かってくる。

ここに来て、この戦士はオレのもう一段先を行く。

けれど、折れるわけにはいかない。

何百何千折られようとも、最後の一振のみは必ず届かせる。

 

 

 

I am the bone of my sword(是、最強成ル証明デアル)

 

 

 

左上を真上に構える。

体を巡る濃厚な魔力。

筋肉が弾ける、神経が爆ぜる。

脳が融ける、鼓膜が焼ける。

肉体が血を吹き出しながら崩れていく。

それを、身体()で無理やりに繋ぎ止める。

 

投影するのは眼前の敵。

今まで散々に見せつけられた暴虐。

巨大な石斧と、それを振るう膂力。

この身を幾度なく襲った射殺す百頭。

 

 

投影、開始(トレース、オン)。」

 

 

イメージを形にする。

崩壊する体に満ちる魔力で生み出すは、絶殺絶壊の破壊斧。

 

 

投影、装填(トリガー、オフ)。」

 

 

そうして、痛みも熱さも何もかもが頂点になったところで、吹き出すように形作る。

はち切れそうな左腕(引き金)に魔力を込める。

剛腕を装填。

鮮やかに神秘を纏い、今か今かと狙いを定める。

 

 

 

全工程、投影完了(セット)。」

 

 

手に在るは頼もしい重み。

猛々しくも静かな、遥か高みにある勇姿。

大英雄の持つ証、凡百の武具を修める無双の技術。

その一端を、偽を持って綴る。

 

 

 

 

「行け!!」

 

先ずはそこらに刺さる剣を掃射。

その数凡そ三十、無銘也とも力の証。

けれど、そのような凡夫では彼を貫けない。

 

「▪️◼◼◼!」

 

咆哮一つで半分が消えた。

残る半分も、バーサーカーの体に当たって砕けた。

構わない。

元より攻撃用では無い。

 

予想通り、こちらに突っ込んでくるバーサーカー。

今の剣たちは彼の動きを制限する為のものだ。

左右に振らずに、こちらに一直線に来てもらう為の。

 

 

「!?」

 

不意に、バーサーカーの足元が震えた。

いや、そこだけでは無い、世界全体が震えている。

それもこちらの作戦通り。

心の内でほくそ笑む。

地響きは次第に大きくなり、大地に大きな亀裂を産んだ。

地面が大きく割れる。

地中から出る巨大な切っ先。

それが勢い良く飛び出してくる。

 

「下がっていろ、凛!」

 

後ろに居る凛に注意を促す。

これこそ、古代メソポタミアの神の名を冠した巨躯の剣。

予め投影し、トラップとして仕掛けておいた、山を拓く神造兵器。

 

 

 

 

虚・千山切り拓く翠の地平(イガリマ)!!。」

 

 

 

 

その刀身に秘める神秘は模倣出来ずとも、その巨大さは健在。

地を拓く巨なる剣は、然してこの瞬間天を貫いた。

不意の大規模攻撃を受け流せず、そのまま宙に放り出されるバーサーカー。

しかし、依然として体勢は崩れていない。

体を捻り空気抵抗を操って、眼下にて構えるオレを踏み砕こうとしている。

 

けれど、オレの攻撃もまだ終わっちゃいない。

いや、始まってすらいないのだ。

この巨剣には、対となる一振が存在する。

 

炎を纏う龍の翼。

燃えるように赤く灯る刀身。

今度は地に向けて、造りものの神の武器が振り落とされる。

 

 

 

絶・万海灼き祓う暁の水平(シュルシャガナ)!!」

 

 

 

「▪️▪️▪️▪️▪️ーー!!?」

 

 

天を舞うバーサーカーに直撃する。

奴の注目はオレに向いていた。

故に、それよりも上からの攻撃への対処は出来ない。

海を割る炎剣は、然して焔を抱かず、その質量のみで地を粉砕した。

神代の宝剣が、剣の大地に突き刺さる。

その付近にて膝をつくバーサーカー。

彼は剣に押し潰される直前に体をずらし、それに押し潰されるのを避けていた。

 

そこに、待っていたと言わんばかりに飛び込む。

狙うは一つ、穿つは九つ。

人体に存在する急所に、一息を持って叩き込む為。

今、引き金を引く。

 

 

 

 

 

「ーーーー是・射殺す百頭(ナインライブス・ブレイドワークス)。」

 

 

 

 

 

音を飛ばして置き去りに、投影した筋力で石斧を振るう。

この身体の縛りから解かれ、自由自在に剣は動く。

自分でも信じられないくらいのスピードで、石斧はバーサーカーの身体を粉砕し、剣の丘にて血を吹き倒れる。

 

 

────はずだった。

 

 

「な…………に………!?」

 

 

「………………!」

 

会心の手応えだった九連撃は、完全では無いものの防がれていた。

片腕と片足、脇腹と顔の半分。

大ダメージではあるが、バーサーカーにとっては大した損失ではない。

片方になった眼球がぎろりと語る。

 

何度殺されようと構いはしない。

人の研鑽の証に果たされるのならば、それは誉れである。

だが、射殺す百頭だけは別だ。

他の何に殺されようと、自分の技に殺されるわけにはいかない。

 

残った腕がこちらに伸びてくる。

掴まれればそれで終わり、全身が砕かれる。

 

 

(連続投影……やるしかない!)

 

 

最早気にしてはいられない。

好機から一転、一瞬にして窮地。

ならば、身体など気にしてはいられない。

 

 

投影、開始(トレース、オン)!!」

 

 

ずち、と鼓膜を舐めるような音がした。

激痛が体に走る。

最早どこが痛いのかすら分からない。

思考が痛みに支配される。

火の中に飛び込んだようだ。

熱さと痛みに狂う頭。

視界も何もかも、燃え尽きたような白に変わる。

思わず、構えた腕から力が抜けた。

前のめりに倒れ込みそうになる。

 

「っ!ぐっ、あぁぁぁ!!!」

 

それを、意志の力で押さえ込んだ。

狂っている?

それは当然だ。

オレは最初から狂っている。

あの時、抑止力(アラヤ)の前で誓った時から、オレの頭はとっくに可笑しくなっている。

それが今更、どうしたという。

その程度じゃあ、命を賭けない理由にはならない。

 

 

 

力が抜けかけていた身体に、再び魔力を込める。

熱く、ドロリとした液体が目から零れ落ちた。

躍起する魔術回路。

構えた右腕がばくん、と跳ねた。

呼吸は停止、心音は最小限。

人の機能の殆どを排斥し、ただの剣に身を落とす。

 

狙うのは首だ。

隙だらけは奴も同じ。

今度はその頭ごと切り離す。

低い姿勢のまま、切り上げるように構えて武器を投影する。

これこそ最古の不死殺し。

嘗て、ゴルゴーンの女怪を討伐せしめた英雄の持つ鎌。

 

 

 

蛇蝎切り払う絶殺の鎌(ハルペー)!!」

 

 

 

「◼」

 

声を上げる暇すら与えず、こちらに伸ばした腕ごとにその首を刈り取った。

 

 

「ーーーっ、はぁっ!!!」

 

 

すぐさま距離を取る。

縺れそうな足で後ろに飛び退き、体中に酸素を回す。

投影した鎌は既にボロボロと崩れ落ちていた。

止まりかけた呼吸が再開する。

再び機能する体の器官達。

 

 

 

「っう、ぐ、」

 

同時に、消えた感覚が体に襲う。

痛み、吐き気、倦怠感。

思わず膝を着き、口を抑える。

ごふ、と咳き込むと、赤黒い水滴が地面に垂れ落ちる。

左目がほとんど見えない。

手の甲で擦ると同じく赤黒い血が頬を伝っていた。

武器を振るった右手の指先の感覚が無い。

残った右目で注視すると、爪の先から第一関節にかけて黒く焦げたように壊死していた。

 

 

当然だ。

あの一瞬、死の彩さえも色鮮やかに感じた。

世界が灰色になり、何もかも遠く、けれど冷たさだけが隣にいる。

あと数刻この状態か続いていれば、心の臓すらも停止してそのまま冷たくなっていただろう。

壊死した指先、見えない左目、今も血を流し続ける身体。

かなり無謀な賭けだったが、それでも何とか生きている。

けれど、それで終わりだ。

 

 

「▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️!!!!」

 

 

雄叫びと共にバーサーカーが復活する。

再び五体満足でこちらに向き直る。

対してこちらは限界寸前。

今までのようにあちこちを飛び回ることは出来ない。

身体に力を込める度に、口からは血が溢れ出す。

 

「ごはっ…、あぁくそ、何だってこんな。」

 

 

痛みで飛びそうな意識を、同じく痛みが繋ぎ止める。

そして次第に、それすらも薄く感じてくる。

酷く冷たい、酷く寒い。

その気は無いのに、その場に倒れ込みたくなる。

 

 

分かっていた。

この程度で倒せるような相手じゃない。

それは誰より分かっていた。

でも、こうして切り札を出して、本当の意味で全力で戦って、だからこそ強く感じる。

自分には到底届かない相手だと、心の底から実感した。

 

 

では何故?

何故無謀だと知りながら、オレはこいつに挑んだんだ?

 

 

霞む目で前方を見る。

バーサーカーは構えたまま動かない。

静かに息をして、睨むように伺っている。

こちらが起き上がるのを待っているのだ。

狂乱の中、それでも戦士は誇りを求めて戦おうとしている。

対してオレは、今にも消えそうなボロボロの体でその姿を見る事しか出来ない。

 

 

 

何となしに、

消え入りそうな意識の端で、小さな思いが芽吹いた。

隙なく構えるバーサーカー。

その巨躯を見て、

きっと頼もしいんだろうな、と。

浮き上がる水泡のように、ぽつりと思う。

それで、今までの疑念がさっぱり晴れた。

 

 

 

 

ずっと疑問に思っていた。

何故、バーサーカーは立ち上がれるのか。

幾ら死を超越した宝具を持とうと痛みが無くなる訳じゃない。

死は冷たい、酷く寒い。

そうして、今までずっと痛かった熱がすっと消えて行くのだから、まるで優しいもののように思ってしまう。

もう戻らなくて良い、二度とあんな火の中に飛び込む必要は無い。

身体も心も何もかも、しっとりと氷漬けにされてそのままゆっくりと沈んでいく。

それなのに何故、あの男はそんな身体に再び火を灯せるのか。

覚醒してまず訪れるのは、自らが死んでいたという事実だろう。

想像を絶する痛みと、世界から自分が消えていたという喪失感。

仮に目覚められても、きっとそれを後悔する。

けれど、あの男はあろう事か、その苦しみを受け続ける。

掻き消えた生命の炎を、目覚めさせる事が出来るのだ。

ずっとそれが、疑問だった。

でも、今なら分かる。

不意に気付いた。気付いてしまった。

 

 

バーサーカーの後方。

醜い剣の合間に立つ、小さな白百合。

不安そうな顔を隠し、じっと自らの従者の背中を見つめるその姿。

イリヤスフィールが、バーサーカーを見つめている。

 

 

「強い………訳だ………」

 

 

彼は守っているのだ。

他でも無い、自らの主を。

ただそれだけで、彼は何度でも蘇られる。

その生を、本人よりも強く求める者がいるから。

だから彼は何度でも、死の淵から還ってくるのだ。

 

今なら、その気持ちが分かる。

きっとあいつも見えている。

オレの後ろで、同じようにオレを見つめる者の姿が。

あいつとオレは、今や鏡合わせなのだ。

互いに守る者があり、譲れない物がある。

 

 

静寂の中で音も無く問われる。

お前はその程度なのか、と。

守るべき者の前で地を舐め這いつくばり、その誇りを抱いたままに消えゆくのか、と。

 

 

 

 

「っ、そんなの、許されない……」

 

 

 

ぎり、と歯を食いしばる。

腹が立つ。

冗談じゃない。

そんな事許されない。

自分が自分を許せない。

こちらだけ勝手に諦めて、全部捨てて楽になる?

それで一体、何が変わると言うんだ。

 

 

そっと、後ろを見やる。

相変わらず目は霞む。

けど、その紅色だけは見逃さない。

やっぱり、凛も同じようにこちらを見ていた。

今にも泣きそうに、眦に大きく涙を溜めて。

それでも折れまいと、唇と固く結び、痛いほどに手を握りしめ、堂々たる姿で立っていた。

 

そうだ。

無理だと分かっていて、無謀だと知っていて。

それでも尚挑んだのは

彼女を守るため、ではないか。

 

 

目線を戻すと、バーサーカーと目が合った。

本当、あの男は世界最大の強がりだ。

無様な姿を見せられない。

そんな想いで、立ち続けているのだから。

 

 

 

 

 

 

――あぁ、全くだ。

 

 

 

―――あんな瞳で見つめられてみろ。

 

 

 

―――———倒れて良い、訳が無い。

 

 

 

 

 

「……負けられないよな。オレも、お前も………!!」

 

 

 

 

 

火を灯す。

冷たい優しさの中で眠ろうとしていた霊基(身体)の中に、熱いものを焚べる。

 

「っ、がはっ!げほっ!げほっ!」

 

取り込んだ空気をそのままに、苦悶とともに吐き出した。

苦しい。

痛い。

全身が悲鳴を上げる。

また、血が零れた。

ガンガンと痛む頭、今にも焦げ落ちそうな指先。

ずるりと体が解け落ちそうだ。

燃えるように脈打つからだ。

一拍一拍が地鳴りのように耳に響く。

それは、何よりの証明。

 

 

 

 

――――あぁ、オレは生きている。

 

――――生きて、今ここに立っている。

 

 

 

地に膝を立てる。

がくがくと震える足を押さえ付け、下半身へと力を込める。

目の前に剣が刺さっていた。

それを杖にして、しっかりと立ち上がる。

動きはゆっくりで、吹けば消えそうな程。

けれど、これこそが生の証明。

人の足は、立ち上がる為に有るのだと。

挫折と後悔に満ちて尚、進み続けて来た我らの意志を高く謳う。

 

 

 

 

「ぐ、う、おおおおおお!!!!」

 

 

 

 

頭を上げる。

そうすれば自ずと身体も起き上がる。

眼前の倒すべき相手から目を逸らさぬために。

 

まだ終わっていない。

オレはまだ、生きている。

目だって見える、手も動く。

何より、死に臥して尚立ち上がったのだ。

それならもう、どんな事だって出来るはずだ。

 

 

荒野の中、瀕死の体で立ち上がる。

大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

相変わらず体は痛い。

でも、心の内は不思議と穏やかだった。

 

 

ニヤリと不敵に笑ってやる。

視線は下げない。

上へと上げる。

そうすれば、自ずと顔も前を向く。

きっと全部強がりだと見透かされているけど、それでもそれをやめない。

彼奴に勝つと、自分で決めたんだ。

それを貫き通す為なら、オレは幾らでも意地を張ろう。

 

 

 

体は先程のようには動かない。

投影はあと一度が限界だろう。

バーサーカーに残る四つの命。

それをあと一度で削りきらなければ、こちらの敗北だ。

 

馬鹿げている。

そんな事出来るわけがない。

そも、ここまで彼奴を追い込む為に、一体何度死にかけたというのだ。

そんな偉業、オレには過ぎたものだ。

運命は覆らない。

完全に詰んでいる。

これ以上は何をしても無駄だ。

 

 

 

 

けど、

 

オレは知っている。

その偉業の成し方を。

敗北の運命を覆すもの。

人の歩みを無駄にせんと輝く、取っておきの一等星。

 

 

 

 

 

オレが最初に見た、遥か遠き、星の光を。

 

 

 

 

 

「……頼む。もう一度だけ、力を貸してくれ。」

 

 

 

 

荒野に風が吹く。

静かで、穏やかな風だ。

通常、この世界に風など吹くはずが無い。

それでもそう感じたのなら、きっとオレの中で何かが変わったのだろう。

 

これが最後の一合となる。

悔いは無い、憂いも無い。

この戦いの幕引きに、何の不満も有りやしない。

 

 

あぁ、でも。

 

 

これで最後だと、分かっていても。

 

 

 

今更お前に頼るのは、少し、後ろめたい。

 

 

 

 

 

 

 

投影(トレース、)…………開始(オン)。」

 

 

 

 

 

 



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Supernova①

皆さん、あけましておめでとうございます。たまごぼうろです。
新年開けましたね。今年はどんな年にしたいですか?
なんて決まり文句が効かなくなるくらい今更ですね。
今時期になって新年の挨拶している阿呆なんて、世界にどれくらいいるんでしょう。
ですがまぁ、中国には旧正月なんてものもありますし、僕の投稿スタイルとで考えると寧ろこの挨拶は当然だったかもしれません。
投稿遅いのは今に始まった事じゃありませんし、牛歩ながらも着実に前に進んで行けたらなと思います。
本年も私的鉄心エンド、そして僕自身もよろしくお願いいたします。

さて、では本編の話を少しだけ。
去年の暮れに終始アーチャー視点で行われたこの戦いですが、今回のみ一時凛視点へと戻ります。理由は読んでいただければ分かるかと。
それ以外語れることはございません。
戦いの終わりは、どうか万感の想いで。

では、どうぞ。


その傷だらけの背中から最後の言葉が聞こえた時に、これで最後なんだと思った。

だから私も拳を強く握り、魔力を貯めて準備をする。

一度地に伏しても立ち上がったアーチャー。

そして、尋常ではない魔力を編むその姿。

次の一撃に彼の全てが込められている。

ここにいる誰もがそう思ったはずだ。

 

 

「▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️!!!!」

 

 

それは理性の無い戦士も同じ。

彼の闘気を感じ取り、弾けるように地を蹴って、最後の投影を止めようと駆ける。

距離にして凡そ五十メートル。

投影が完全に終わりきる前にアーチャーの元に辿り着けば、バーサーカーの勝利。

バーサーカーがこちらに到達する前に投影を完成させれば、アーチャーの勝利。

詰まるところ、これはどちらが先に届くかの勝負だ。

そしてそれはどうしても最後の詰めを誤ってしまう私に課せられた、最後の試練とも言える。

十二の試練の十三個目(アウトナンバー)

 

上等だ。

ここで私も自らを証明してやる。

 

このままではアーチャーは負ける。

彼が投影しようとしているのは、間違い無くあの聖剣だ。

幾ら彼が自らの世界の中に居ようともすぐに作れる物では無し、満身創痍の今では作り切れるかどうかすら怪しいだろう。

一方バーサーカーは、復活したばかりでほぼ無傷。

このくらいの距離ならば、十秒と経たずに到達出来る。

アーチャーもそれは理解している筈だ。

それでも、彼がそれに賭けると決めたのなら、私はそれを信じるしか無い。

 

 

「つまり、私の出番って訳ね。」

 

 

そう決めて爪先に力を込め、勢い良く地を蹴った。

未だ自らの幻想の中で剣を編むアーチャーの隣に並び立ち、対象を狙い撃つ為に構える。

既に仕込みは終わっている。

今も尚向かってくるバーサーカーを少しでも止めるために、ありったけを使って足止めをする。

 

 

「止まりなさい!デカブツ!!」

 

 

赤橙黄緑青藍紫。

両の手で虹を描き、それらを向かい来る黒い怪物に全力で投擲する。

爆撃に貫通、炸裂と拡散、それと目眩しの呪い。

一秒でもいい、あいつの動きを止める!

 

 

「やらせない!!」

 

 

しかし、その考えは相手も同じ。

イリヤも走りだしていた。

その足取りは縺れたようにふらふらとしていたが、転ばぬ様にしっかりと踏み締めている。

そして自らの髪を数本抜き取り、それに魔力を加えた。

私が放った七つの宝石を撃ち落とそうと、白銀の小鳥を模した使い魔を放つ。

それらは飛びながらテーブルナイフのように姿を変え、私の宝石を撃墜し霧散する。

白と虹。

鮮やかな粒子が宙を舞う。

その隙間を縫って、バーサーカーは突進してくる。

 

 

「っ、なら!」

 

 

相手の対応を見て、次の宝石を構える。

今度は吸い込まれるような黒曜石。

それをバーサーカーの上に放り投げた。

 

 

Gewicht, um zu Verdopp elung———!(重圧、束縛、両極硝)

 

 

「◼◼◼◼!?」

 

 

砕けた黒曜石から赤黒い鎖が広がる。

それはバーサーカーを身体を絡め取り、その動きを拘束した。

込められた呪は束縛。

英霊すら縛り付ける超級の呪い。

その暴力的な体躯を無理やりに繋ぎ止める。

アーチャーまで二十メートルを切ったところで、バーサーカーを完全に停止させた。

 

 

「くっ!バーサーカー!そんなもの引き千切りなさい!」

 

「◼◼◼◼◼◼!!」

 

 

今度は自らで攻撃せずバーサーカーに命令するイリヤ。

やはり彼女も、この緊迫した状況に意識を擦り減らしているのだろうか。

対応が少しずつ遅れている。

やはり気付いていない。

これを逃してはならない。

常に先手を打ち続けて、こちらを先に届かせる。

 

 

「まだ……まだぁ!!」

 

 

今度は黄金に輝くトパーズ。

放った瞬間に、眩い閃光となりながら掻き消える。

これでバーサーカーの目は一瞬でも潰せる筈だ。

その隙は見逃さない。

 

直ぐに次の宝石を構える。

今度は真紅に染るルビー、バーサーカーごと、この一帯を焼き払う。

 

 

 

 

「◼◼◼◼◼◼◼◼◼◼◼!!!」

 

 

 

 

と、宝石を放り投げる直前に、一迅の風と白煙を纏って真っ黒な巨躯が躍り出た。

 

 

「嘘!?こんなに早く……!」

 

 

驚愕と共に見ると、バーサーカーには片腕が無かった。

断面はジクジクと熟れた無花果のように腫れ上がり、煙はそこから上がっている。

それだけじゃない、胸も足も身体中から蒸気が立ち上っていた。

その姿は宛ら、箍が外れた暴走機関車のよう。

最早進むことしか出来ず、後ろには下がれない。

 

 

(……自分の体ごと引き千切った!まずい!)

 

 

 

捕らえていた黒曜の呪縛ごと自らの身体を引き千切って、バーサーカーは突進する。

先程の目眩しも効いていないのか。

一直線にアーチャーへと突き進み、残った腕を大きく掲げる。

アーチャーは未だ投影を完了していない。

偽りの聖剣は未だ光を持たず、枠組みのような骨子とそこから稲妻のように迸る魔力しか見えなかった。

 

 

 

 

「だめ!アーチャーーー!!!」

 

 

 

勝負は着いた。

先に届いたのは、バーサーカーだ。

 

 

 

 

 

「お願い……、やっちゃえ!バーサーカーーー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「◼◼◼◼◼◼◼◼◼◼◼◼◼◼◼!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

イリヤの甲高い叫びと、バーサーカーの猛々しい咆哮。

対照的な二つと同時に、大きな地響きが剣の丘に響き渡る。

狂戦士が持つ膂力を全て秘めた全力の一撃は、アーチャーという存在を一瞬で粉砕した。

 

何かが砕けるような音。

舞い上がる土煙。

不思議と、赤いものは少ない。

アーチャーには最早飛び散るほどの魔力も残っていなかったのか。

悲鳴も上げず、何も零さず、さっきまでそこに居たアーチャーは、破片となって消え去った。

 

すぐ横で、ずっと戦ってきた相棒が潰された。

その現実を目の当たりにして、どこか俯瞰したような自分は、ポツリと言葉を落とす。

 

 

 

 

 

「はぁ………、そっか…………」

 

 

 

 

 

それは答えとなり、体中に染み渡る。

絶え絶えになった息。

急速に魔力を使った為に、体からは力が抜けそうだった。

 

 

最早令呪の繋がりは無いので、彼の安否は分からない。

今は見えない煙の向こうで、もしかしたらアーチャーは辛うじてでも躱しているのかもしれない。

 

けれどそんなことは無く、煙が晴れてもその姿は捉えられない。

見えるのは、出鱈目に散らばった彼の破片のみ。

答えは、すぐ目の前にも転がっていた。

 

 

 

 

そして私は膝を付いた。

 

 

涙でぼやける視界を誤魔化す。

 

 

赤銅色に広がる中天を仰ぎ、目いっぱい吸った息を吐きだして、

 

 

 

もう一度、バーサーカーが立つ丘を見た。

 

 

 

そして、生まれて初めて。

 

 

 

 

「やっと、届いた。」

 

 

 

自分の弱さに感謝した。

 

 

 

 

負けると分かっていたからこそ、

その弱さを自覚し、変えようと足掻いたからこそ、作り出せる結果もある。

 

 

アーチャーは間に合わない。

知っていた。

私はまた失敗する、最後の詰めを見誤る。

知っていた。

 

 

自分の弱さを知っていた。

出来ないことを理解していた。

だから、持ちえぬものは望まない。

自らが持つ全てを使って、その弱さに抗って。

 

 

 

 

だからこそ、この結果を生み出せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………?」

 

 

 

 

 

 

 

 

どうやらバーサーカーも気が付いたようだ。

彼がたった今殺したのが誰なのか。

辺りに散らばる彼の破片は、一体誰が作り出したものなのか。

 

 

 

 

 

 

「ッ!!違う、バーサーカー!!そいつはアーチャーじゃ無い!!!」

 

 

 

 

 

 

「もう……遅いわよ。」

 

 

 

 

 

バーサーカーの足元に散らばるのは断じてアーチャーの肉片などでは無い。

散らばっているのは宝石の欠片。

それも、彩を失い無色となった用済みの欠片。

ただのガラス片と何ら変わらぬものだ。

恐らく壊し切るその瞬間まで、それは肉片と同じ感触、同じ色だっただろう。

当然だ。そうなる様に作ったのだから。

 

 

人の身で、英霊(お前たち)に抗う為に作ったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

I am the bone of my sword(この光は、永久に届かぬ王の剣)………」

 

 

 

 

 

 

 

少し離れた所から、全てを終えた声が聞こえた。

赤い外套をはためかせ、黄金の剣を携えて。

その輝きに負けずとも劣らず、力強く立つ男がいた。

 

 

 

 

 

「感謝する。完璧だな、マスター。」

 

 

 

 

 

剣の丘にて黄金の粒子が飛び跳ねた。

趨る流星、舞う星屑。

その神秘に、遍く全ては目を奪われる。

 

 

 

「何で………?今ここで、叩き潰したはずじゃ、」

 

 

 

「その前提からして違うのよ。……宝石人形、何とか間に合ったみたいね。」

 

 

 

 

 

 

宝石人形。

私が使った大仕掛けの正体。

これは対象の魔力を吸う事で、その対象の姿形を模倣する事が出来る。

それは英霊も例外では無い。

こちらがそれに足る宝石を費やせば、例え超級の神秘だろうと模倣する。

今回私が持って来た宝石の、七割弱をこれに使った。

この隙を生むためだけの大博打に使ったのだ。

 

加えて、これの効果はそれだけじゃない。

この人形は、破壊された時に中に入っている魔力をオリジナルに還元する能力を持つ。

つまり、私が持って来た宝石の七割弱は全て、アーチャーの手に渡ったのだ。

それは令呪の魔力にすら匹敵する膨大な量だろう。

形の無い令呪、と言っても過言では無い。

私とアーチャーの信頼が生んだ、仮物の令呪だ。

 

 

 

 

 

星の欠片は世界を覆う。

光は一つに収束し、巨大な光帯を作り出す。

人の願いで作られた、かの騎士王の黄金の剣。

投影で生み出した偽りの光でも分かる。

彼にとって、あの剣がどんな存在なのか。

きっと文字通りあれが彼の始まりで、そして彼の全てなんだろう。

 

 

 

 

 

束ねるは星の息吹、輝ける生命の奔流。

 

 

 

 

 

永久に遥か(エクス)———」

 

 

 

 

 

 

「行け!!、アーチャーーーーー!!!!!」

 

 

 

 

 

 

「———黄金の剣(カリバー)!!!」

 

 

 

いざ仰げ、星に鍛たれし最強の幻想。

 

 



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Supernova②

1話で終わると思いましたか?残念、今日はもう一つあるんですね!!
短くはありますが、僕がどうしても書きたかったシーンでもあります。
この話はアーチャー視点です。ほんの僅かな一瞬のみ、彼の視界を覗きます。
黄金に包まれる中、彼は一体何を見たのか。
では、どうぞ。


瞬間、彼女との思い出が走馬灯のように蘇る。

短く、儚い、駆け抜けるように過ぎ去って、溶けるように消え去った。

余りに遠く、余りに尊い。

決して忘れてはならない、奇跡の日々を。

 

鮮やかに過ぎる景色、息遣い。

その一瞬一瞬。

何もかもが新鮮で、そして輝かしい。

 

遥か遠き、忘れじの旅路。

モノクロに彩がつくのを眺めながら

光の断層にその身を委ねた。

 

 

 

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

 

 

 

「◼◼◼◼◼◼◼◼◼◼!!!!!」

 

 

咆哮が重なる。

バーサーカーの体が聖剣の光によって焼かれていく。

聖剣の投影。

この固有結界内だからこそ成し得た、底無しの奇跡。

その光は冠する名の通り、使用者に勝利を齎す。

光帯は眼前を覆い尽くし、この世界を黄金に染める。

決して果てぬ夜明けのようだ。

何故か目を逸らしたくなる。

体にはもう感覚が無い。

痛みも苦しみも何もかもが、この光に溶けていった。

 

 

しかし、狂戦士は倒れない。

それが彼の意地(宝具)なのだろう。

容赦なく抗い、光を打ち砕き、一歩、また一歩と足を進める。

 

 

僅かに目を細め、そして静かに確信した。

結局、オレでは届かない。

この仮初の聖剣では、こいつの残る四つの命全てを燃やし尽くす事は出来ない。

あと一つが足りない。

威力も射程も何もかも、本物に比べるにも劣るからだ。

オレが偽物だから、偽りだから、最後の最後が届かない。

凛が決死の覚悟で仕掛けてくれた大博打も全て無駄になる。

負ける、負ける、負ける。

オレはもう、オレの力じゃこいつを倒せない。

 

 

 

「◼◼◼◼◼◼◼◼◼!!!!」

 

 

 

再び力強い咆哮。

黒い影は、今や目視できるほど近くに。

その歩みが、遂にオレを捉えようとする。

意地の張り合いなら誰にも負けない自身はあったが、こいつはオレの上を行く。

 

 

 

「あ……………、あぁ…………………………」

 

 

 

その時間は短いようで、けれど途方も無く長く感じられた。

ずっと悩んでたのか、最初から決めていたのか、それすらも分からない。

でも最終的に、オレはこれを選ぶしかなかったのだろう。

後悔はあったものの、躊躇いは無かった。

寂しくはあったけれど、悲しくは無かった。

 

 

振り下ろした剣の柄を優しく撫でる。

あの日の愛しさと憧れが、光を通して脳を焼く。

その全てを懐かしみ、

その行為を裏切りと知りながら、

 

オレは剣を放り投げた。

 

 

 

 

 

「◼◼◼◼◼!?」

 

 

 

 

驚愕を浮かべるバーサーカーも目に入らない。

彼女に伝えるべき言葉を伝えなければ、

まだこの霊基()が動くうちに。

 

 

 

 

「ごめん、セイバー。」

 

 

光の帯が消える。

空を貫く光柱。

巻き上がる燐光。

オレの手から離れた聖剣は緩やかに弧を描き、剣の大地に一振りとして突き刺さる。

それは一番初め、裁定を待つ時と同じように。

使うべきものを、辿るべき運命を、淡々と待っていた。

けれど、それに準ずる王は此処には居らず、

その意志を聞き届けたのか

 

 

最期に、音も無くひび割れた。

 

 

 

 

それは、一つの終焉。

訣別と言っても差支えの無い独り善がり。

 

 

 

 

 

 

「今まで、本当にありがとう。」

 

 

 

 

この勝利の代償に、この思い出を犠牲とする。

 

 

 

 

「……………さよなら。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

罅の隙間から細い光が伸びる。

崩壊する刀身。

モノクロになった思い出。

剣は次第にその姿を唯の神秘へと変貌させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——————壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)。」

 

 

 

 

溢れ出る奔流。

視界が、世界が、白に包まれた。

その爆発は鮮やかで。

輝きは黄金から、虹色を含んだ白銀へと。

 

次に感じたのは世界が解ける感触。

自らの世界が消えていく。

夢の様に淡く溶け、内にいた者達も現実へと戻っていく。

 

前は見えない。

けれど、遠く遠く遥かな場所で。

星が砕ける音とともに、猛々しい断末魔が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

次に世界を見るときは、一体どう見えるのだろうか。

(セイバー)を失くした今、オレは正しく進めるのだろうか。

消えゆく世界を俯瞰して、そう考える。

 

 

 

————大丈夫、貴方には、リンが居ますから。

 

 

 

「―――――――――!」

 

 

 

その瞬間、有り得ない空耳を聞いた。

気の性じゃない、妄想でもない。

確かに、あの硝子のように澄んだ声が、オレにそう囁いた。

 

 

涙が溢れた。

止めどなく溢れた。

 

漸く全て思い出した。

顔、声、仕草に口調。

 

俺の鮮やかで、残酷な青い春。

消えゆく中でどうしても捨て切れなかった大切なもの。

 

 

しかし、それは還らない。

自らの手で全部壊したのだから。

形は有れど変わらないもの。

不変なる悠久のものに終わりを与えたのは、紛れもない自分だ。

 

 

———でも、いいんだ。

 

———だって、オレには

 

 

 

 

——————もう星の光は、必要ないのだから。

 

 

 

 

 

見事なり、宝石の晃郎。

それは確かに、星を打ち破る輝きへと化したのだ。

 




曰く、星が壊れる瞬間には大規模な爆発があるという。
大き過ぎる一つの生命がその命を終える時、宙に自分がいた証を残す。
そしてそこには、新たな星が生まれる。
崩星は、同時に誕生を導くのだ。
そんな生命の連鎖は、遥か宇宙であっても変わらない。
死する者が後の者に願いを託す。
それは、どんな世界であっても不変の営み。

消え行く星の、最後の光。
散らす流星雨、重力を呑む暗黒点。
始まりと終わりが同地点に生まれる奇跡。

我ら人はその全てに敬意を込めて、
それを、超新星と呼んだ。


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blow up in your face①

どうも皆さん、たまごぼうろです。
また久しぶりになってしまいましたね。コンスタントに投稿するのはなかなか難しいです。
さて、季節は3月の中旬、体調の方は大丈夫でしょうか?
昨今コロナで騒がしい世間、出掛けるのもままならない状態が続いております。
2週間ほど前、fate展に行ってきたのですが、僕が行った次の日に休館、という何とも奇跡的なタイミングでした。
現在休館中ですが、機会があればぜひ行ってみてください。因みに僕は楽しすぎてその時間の事をほぼ覚えていません笑


では本編の方へと。
と言っても僕が語れることは多くは有りません。
ここから先は、どうか覚悟を持って。
目を瞑りたくなるような、顔を覆いたくなるような、そんな悲劇からどうか目を逸らさないで。
私的鉄心エンド、遂に最終局面です。
どうか、お楽しみください。


急に迫って来た暗闇の中溺れそうに藻掻く。

それがアーチャーの固有結界から弾かれたと認識するのには、少し時間がかかった。

酷く体が重い。

宝石人形によって一気に魔力が消費されたからだ。

手先の感覚は鈍いのに、心臓は早鐘をうっている。

それでも脱力した体に鞭を打ち、現状を把握しようと努める。

そうして無理やりに頭を冷やせば、途端に何があったかを思い出した。

アーチャーの決死の大技がバーサーカーに炸裂した。

眼が眩むほどの黄金の光が、真っ白な白光に変わった瞬間を確かに覚えている。

その後を思い出そうとすると、思考は直ぐに結論に辿り着く。

ここは森だ。

冬木市郊外、アインツベルンの管理する深い森。

私たちはそこで戦っていたのだ。

 

(……アーチャーの固有結界からはじき出された。)

 

そう思ってすぐに暗視の魔術を自らにかける。

すると、直ぐに全ての結末が目に入った。

 

 

一人の男が、立っている。

両の腕はだらりと力が抜け切り、動きそうにない。

膝はがくがくと震え、こうして立っているのすら難しいのだろう。

少し上を向いて動かない。

泣いているのだろうか。

 

その後ろ姿を前にして、顔も見えていないのに何故かそう思う。

精も根も尽き果てたその男の背は、深い深い喪失に満ちていた気がした。

 

 

 

 

対して、遥か後方。

巨木折り重なる荒地に、巨躯が倒れ込んでいた。

その体は黄金の粒子となり、徐々に天へと消えている。

バーサーカーが、ギリシャ神話の大英雄が消えようとしている。

既に瞳に光は無く、ぶすぶすと所々から黒煙が上がっていた。

あの光は恐らく暴発。

アーチャーはきっと、自らが投影した聖剣を自らで破壊したのだろう。

バーサーカーきっとそれを間近で喰らい、そうして漸く膝をついた。

あらゆる試練、あらゆる難業にすら耐えきった男は、光星の最後の輝きを以て二度目の生の終幕を迎えたのだ。

 

 

 

 

それを唖然として眺めていると、いつしかそれは徐々に人の形を歪めていき、まるで破裂したかのように、されど音も無く舞い散った。

 

 

 

ぽたり、と静寂の中に乾いた水温が響く。

それはイリヤが流した涙に違いなかった。

彼女はそんな音の消えた世界に準ずるように、静かに、静かに。

ただ淡々と涙のみを、声も上げずに落としていた。

だが、私の目に留まるのはそんなもの悲しい光景では無く、消えてしまったサーヴァントの方だった。

 

 

それは今まで何度も見た、サーヴァントの消滅の瞬間に間違い無い。

 

 

かくして十二の試練は燃え尽きた。

聖剣の最期とともに、その体は消滅する。

破裂する神秘の奔流は、見事その命を奪い切った。

誰が見ても見まごう事は無い。

 

 

アーチャーの、勝ちだった。

 

 

 

 

「……………勝っ…………た?」

 

 

目の前に映る光景が、余りに自分の理想に過ぎたものだったので、思わずそう声に出してしまう。

思い描いていた一番が目の前にある。

そんな自然と発せられた声を聞いたのか、背を向けて立つアーチャーは、こちらに振り返る。

先ほどの喪失感は既に消え失せ、その瞳、いや全身からは溢れんばかりの充足が感じられた。

 

 

 

 

 

「勝った、勝ったぞ、凛。オレたちの勝利だ。」

 

 

 

心底から、自分と己を讃えるように、

隠しきれない万感の思いを込めて、彼は力強く言った。

その頬からは、やはり涙が滴っている。

彼も感極まったのか。

少し寂しそうで、それでいて誇らしげな顔だった。

 

 

 

「っ、ほんと?本当に?」

 

 

こちらも涙目になりながら聞き直す。

普段見ない彼の涙につられたからだと、心の中で言い訳した。

 

 

「あぁ、本当だとも。君のサーヴァントは確かに勝った。君のおかげだ。」

 

 

僅かに上擦った声が返ってくる。

返答は変わらない。

例え信じられなくても、事実は覆らない。

私たちは、バーサーカーを下したのだ。

聖杯戦争の勝者は、紛れもなく私たちだ。

 

 

 

「そっ………か、そう………なんだ。」

 

 

 

理解しようとした途端、様々な感情が溢れ出る。

温かいようで冷たいような、苦しいようで楽しいような。

不思議な感覚に陥りながらも、目の前の事実を見れば自然と込み上げるものがあった。

視界が歪む。

思わず、両手で顔を抑える。

 

 

 

ーーーあぁ、遂に終わったのか。

 

 

 

目尻に溜まる涙が零れないよう、ゆっくりと顔を上げる。

月も見えぬ暗天に少しだけ安堵する。

この暗さなら、きっと誰にも見えてはいないだろう。

これで終わりだっていうのに、泣いていては締まらない。

これで漸く報われる。

全て、全て、無駄にはならなかった。

私の人生は、無駄ではなかった。

 

 

お父様、お母様、

それに、桜。

 

 

勝ったよ、私。

大切な相棒が、私を助けてくれたよ。

 

耐えきれず流れた涙は、夜風に乗って消えていく。

一層冷たくなる風は、火照り切った体には丁度良い。

 

 

 

 

 

「アーチャー、ねぇ、聞いて。私、勝ったのよ。」

 

 

笑いながら同じように涙を流すアーチャーに、縋るように声をかける。

 

 

 

「あぁ、そうだな。」

 

 

 

「これで、大丈夫よね?桜もきっと、笑えるわよね?」

 

 

 

問い掛けに意味は無い。

強いて言うなら、地を足を付けたかったのだ。

 

 

 

 

「大丈夫、きっと見ていたさ。君の姿をな。」

 

 

 

在りもしない過程に、それでも正解が欲しかったのだ。

 

 

 

「私、頑張ったよね?辛かったけど立ち上がったし、絶対諦めなかった。ね、そうよね。」

 

 

 

追認に他意は無い。

理由を加えるのなら、ただ褒賞が必要なのだ。

 

 

 

「うん、君は頑張ったとも。ずっと一緒にいた私が言うのだから間違いない。」

 

 

 

当たり前の回答を、それでも尚聞きたかったのだ。

 

 

 

「アーチャー、アーチャー、ねぇ、アーチャー。」

 

 

 

呼号に意思は無い。

想いがあるとすれば、それは強迫にも等しい。

ただ名前を呼ばなければと、それだけだったのだ。

 

 

 

「……………お疲れ様、頑張ったな。偉いぞ、凛。」

 

 

 

 

 

その言葉が全てだった。

その言葉がずっと欲しかった。

走り続け走り続け、得たものはたったそれだけ。

それだけの為に、私は無我夢中で走ったのだ。

息が上がる。

ここでこうして立ち尽くすのが酷く不自然に感じる。

そうして気づけば息の呑むのすら億劫になり、涙で歪んだ視界のままに走りだしていた。

 

 

 

 

 

 

一歩。

足がもつれそうになる。

 

 

ーーー何を言おう、何て今更馬鹿らしいわね。

 

 

二歩、三歩、四歩。

それでも不格好ながら歩み寄る。

 

 

ーーーだってもう、すぐ近くだし、今更ごちゃごちゃなんて考えられないし。

 

 

五歩、六歩、七八九歩。

次第に近くなるその姿に強い安堵を覚える。

この時だけは、羞恥も何もかもが消え失せていた。

 

 

 

ーーーあぁ、でもとりあえずこれだけは言わなくちゃ。

 

 

そして、十歩。

 

 

ーーー本当に、本当に、ありがとう。アーチャー。

 

 

 

 

この感情に愛は無い。

ただ、名前を付けるなら。

 

きっとこれが、淡い、焦がれるような何某、と言うやつなのだろう。

 

 

 

先程、彼に抱き締められたのを思い出す。

今度は逆に、自分が抱き締める番だ。

 

 

あぁ、なんて素晴らしき世界。

 

 

私達は今、この地に立って生きている。

 

 

 

 

 

 

 

 

秘めたるは十七年に及ぶ悲願。

歓喜に震える身体、堰を切ったように止まらない涙。

世界が自分を祝福しているような、幸せに満ちた一瞬。

幸せの音はもう目の前だった。

 

 

 

 

 

 

だが、そんな幸福は音も無く

 

 

 

 

 

 

最も忘れてはならなかった、最悪によって奪われる。

 

 

 

 

 

音も無く這い寄る悪意。

我らの勝利を掠めとらんとする杯の簒奪者。

 

彼らは狙っていた。

淡々と息を潜めて、その時を待っていた。

どんな人間でも生まれる、その一瞬の快楽を。

幸福という脳内麻薬。

一度溢れ出せば止められない、健やかなる正の感情。

その瞬間、その絶頂を彼らは穿つ。

 

 

 

 

 

それは、森の木々の隙間を縫って、

 

 

 

 

 

 

我らの尊き一瞬を踏み躙って、

 

 

 

 

 

 

白面の髑髏(しゃれこうべ)は静かに、高らかに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

確も、人とは愚かしいと。

 



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blow up in your face②

本日2話目です。

気付けばHF最終章まで2週間切ってるんですよ。
なんて言うんでしょうね。
ファンだからとか、HFだからとか、そんなんじゃ無くシンプルに寂しいっていうのが今の心境です。
優劣が付いちゃいそうなので普段余りこんな事は言わないのですが、僕もまだファン歴はかなり浅い方です。2014年UBWのアニメから入ったクチなので。
なのでもっと前、それこそ15周年の歩みをリアルタイムで見てきた人は本当に感慨深いのではないでしょうか。
少し具体的なことを言うと、言峰綺礼は100%演じ収めなんですよ。
凛、桜、イリヤ、などは他作品にもかなり出ていますよね。
バビロニア然り、exシリーズ然り、プリヤ然り。
でも言峰は違うんですよ。
hollowには出てこない、他作品にも大きな出番は存在しない。
士郎も実はそうですよね、hollowの士郎は士郎ですけど、って感じなので。
お話的な意味以外でも、こうして終わりが近づいて来ているのは中々に繰くるものがあります。


では本編です。
毎度思うんですけど、前書きと本編、温度差凄いですね笑




 

「避けろ!!凛!!!」

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

最初、私は全く気が付けなかった。

当然だ。私の目にはもうそれ(幸福)しか映っていなく、これからの事なんてすっぽ抜けていたのだから。

大きく腕を広げて満面の笑みを浮かべていた私は、それに全くそぐわない緊迫した顔のアーチャーに突き飛ばされる。

体が大きく横に倒れ、脇へと飛ばされる。

その寸前、倒れゆく体の耳元で、蜘蛛のように低く囁く声を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー妄想幻像(ザバーニーヤ)。」

 

 

 

 

 

 

 

 

頬を何かが掠める感触。

背筋を走る悪寒。

思わず目を瞑り、突き飛ばされたままに尻もちを着く。

受身も取れず、背中を打ち付ける。

 

 

「いっ、たぁ………」

 

 

そうして、目を開けた時に目の前に広がっていたのは。

 

 

 

 

「ぐ…………はっ…………」

 

 

 

 

 

異形の腕に大きく胸を貫かれた、アーチャーの姿だった。

 

 

 

 

幸せが無くなる時は、いつだって一瞬で。

そしていつだって、私は間に合わない。

 

 

 

 

 

「油断を取ったな、アーチャー。」

 

 

 

 

「貴様………、アサシン………?」

 

 

アーチャーの体を貫いたのは紛れも無くアサシンだった。

影のように黒い体に、不釣り合いな程白い髑髏の面。

今は亡き間桐臓硯のサーヴァントのアサシンが、何故ここにいる?

疑問が頭を塗りつぶす。

 

 

 

 

「……?、何だ貴様。殻だけではないか。どうやら狂戦士相手に酷く苦戦したと見える。」

 

 

 

 

ずる、とアーチャーの胸から何かを引き出す。

その赤い手に握られていたのは、色を無くした心臓だった。

赤味が引いたそれには凡そ生気というものを感じられない。

彼の瀕死を示すかのようなその光景を見て、私は強く目を見開いた。

そして思考が戻るよりも先に、眼前に起こる惨劇を止めようと声を出そうとして

 

 

「やめっ、」

 

 

 

 

「この程度の心の臓、喰らって足しにするまでもないな。」

 

 

 

 

その全てが無駄だったのだと、

耳に響くぐちゃり、という不快な音で、現実の無常を悟った。

 

 

 

 

「ッーーーー!!!」

 

 

 

 

声にならない苦悶は吐いて、アーチャーがその場に倒れ込む。

血の気が引く。

何だか急に寒い。

体の震えが止まらない。

さっきまで温かく頬を伝う涙は、凍りついたかのように冷たい。

 

 

取り返しのつかない有様を見て、辛うじて戻った思考が身体を動かす。

驚愕による強張りか、恐怖による脱力か

けどそれよりも、私の体を動かしたのは焼け付くような怒りだった。

 

 

 

 

「ッ、お前!!私のアーチャーに何してんのよ!!!」

 

 

 

心が怖いと感じるよりも、体が寒さで強ばるよりも。

何よりも早く、目の前の影を撃ち抜こうと腕を構えていた。

 

魔弾を打つ。

サーヴァントでさえ当たればただでは済まないだろう威力。

 

許せない。

許せない、許せない、許せない。

頭はそれのみでいっぱいで、他の感情(もの)が入って来る余地なんて無かった。

 

後の事など今は考えていられない。

ただ、その胸に秘めた憤怒のままに、

 

 

 

ーーーあの面を貫いてやる!!!

 

 

 

 

 

 

今まで感じた事のない怒りと共に、濃厚な魔力を放った。

すぐさま飛び退くアサシン。

だが、そんな事許さない

避けなどさせない、絶対に当てる。

いや、射たる。

 

「!!」

 

アサシンを追う追尾性(ホーミング)の魔弾。

それは私の狙い通り、その白い髑髏の面を弾け飛ばす。

大丈夫、まだ間に合う。

今すぐ駆け寄れば、きっとまだアーチャーは助かる。

絶対死なせない、死なせてはいけない。

この幸福を、終わらせてはいけない。

 

 

 

けれどそれは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

投影、開始(トレース、オン)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の闇を切り裂いて

黒い外套をたなびかせ

 

 

覚えのある声を共にして

突如として現れた男に、真っ二つに両断された。

 

 

 

 

 

「え………………」

 

 

 

舞い散る稲妻。

バチバチと音を立てて、黒い魔弾は霧散する。

渾身の魔弾。

間違いなく今までで最高の威力。

それを、いとも簡単に斬られた。

 

そんな当たり前の疑問を抱くことすら、私には出来ない。

目の前の男に、全ての思考を奪われていた。

信じられない、何故、何故、何故。

 

 

 

 

 

 

 

「何で……………アンタがここに居るのよ。」

 

 

 

 

 

 

「…………相変わらず、容赦ないな。」

 

 

 

 

 

 

聞き慣れた声。

苦笑するその表情。

燃えるような赤い髪、幼さ残るあどけない顔。

琥珀色の瞳はまっすぐにこちらを見つめて、

 

 

 

ーーーーーいや、違う。

 

 

 

知らない、こんな顔知らない。

幼さなど最早欠片も無い。

アレは何だ?

アレは誰だ?

今アイツは、一体どんな顔している?

 

 

 

「派手にやったな。お陰で分かりやすかったよ。」

 

 

 

周りを見渡し、そう気さくに笑う声の感情は読み取れない。

その表情が、喜怒哀楽どれを孕んでいるのかすら分からない。

 

ただ、酷く冷たい。

人の温かみを、微塵も感じられない。

出来の悪い物真似を眺めているようだ。

 

そう、まるで

 

必死に人のフリをする機械(ロボット)に話しかけられたみたいな。

 

 

 

 

 

 

「貴様……貴様貴様貴様貴様ァ!!!」

 

 

 

 

 

アーチャーの激昴が耳を劈く。

まだ意識があったのか。

もう動かない体を必死に起こしながら、目の前に立つ男に叫ぶ。

怒りと憎しみを、目一杯に込めて。

消えゆく体を気にもせず、潰れた喉で必死に吠える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よもや……よもや、そこまで堕ちたか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーーーー衛宮…士郎ォ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

知らない声、知らない顔。

よく見知った筈の彼は、全く知らないナニカへと変貌していた。

 

 

衛宮士郎。

この聖杯戦争に巻き込まれて、偶然にセイバーを召喚できただけの一般人。

魔術の素養はあるものの、魔術師としてはへっぽこの魔術使い。

ただ少しばかり、人より正義感が強いだけの男の子。

 

 

 

 

 

「久しぶり、遠坂。」

 

 

 

 

いるはずの無い男。

敗北した筈の参加者。

消えたはずのサーヴァントを従えて。

 

 

不気味な程の笑顔で、この男は現れた。

 

 

 

 

 

「黙れ!貴様…凛に少しでも手出ししてみろ!地獄に落ちようと、どうなろうと!必ず貴様を殺してやる!!」

 

 

「ハァ………煩いよ、お前。」

 

 

軽く頭を抱えた後、目を細めアサシンに合図する。

 

 

「御意。」

 

 

そう言い切るやいなや、アサシンは懐から黒い短刀を取り出して

 

 

「!?、だめ!!」

 

 

そう叫ぶ私の声を無視し、アサシンはそれを投げた。

短刀は狙い目掛けて真っ直ぐと飛ぶ。

走り出そうとするも、間に合わない。

 

 

とす、と軽い音。

それは寸分の狂いも無く、アーチャーの頭に突き刺さった。

瞬間、命の気配が途絶えた。

射るような瞳から光が消えていく。

 

 

 

「り………ん…………」

 

 

 

今にも絶えそうな声でこちらに手を伸ばすアーチャー。

私はその手を追いかける。

伸ばして伸ばして、その手を掴む。

言わなきゃ、言わなきゃ、

 

 

 

 

ーー私は、貴方に

 

 

 

「待って!私、まだ貴方に言わなきゃいけないことが!!」

 

 

 

 

そしてその手を握り返す。

冷たくなった手でも感じられるよう、強く、強く。

けど、

 

 

 

 

「すま………な…………」

 

 

 

 

その手は掴んだ瞬間、砂ように消えていって

最後の言葉を言い切るよりも先に、色を無くし崩れるように消えていった。

 

 

 

 






blow up in your face

意味:あーあ、もう台無しだよ


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blow up in your face③

主人公、遂に爆誕。
ちゃんと喋ったのは16話ぶり。時間にするなら8ヶ月ぶりです。待たせてごめんね・・・。
と言う訳でまさかまさかの3話目です。久しぶりなので大盤振る舞い。
と、言うよりは、ここの話は皆さんに一息で読んで欲しかった、というのが大きいですね。

今回は前書きは少なめにします。どうぞ。


 

 

光一つない暗天を仰ぐ。

バーサーカーの時とは違う。

彼は正真正銘に全て出し切って、その結果灰色となり消えたのだ。

 

 

「あぁ……ああぁぁぁ………」

 

 

空に登っていく灰色の粒子を、一粒でも捉えようと必死に引き寄せる。

しかし無情にもそれらは天高く舞い、一瞬のうちに風に攫われて塵となった。

これが、こんなものが、彼の最期なのか。

もっと違う形で終わると思っていた。

きっと笑顔で見送れると思っていた。

 

なのに、なのに、なのに

 

 

 

 

「うそ………シロ………ウ……?」

 

 

泣きそうな声と、崩れるように何かが倒れる音。

何も映せない瞳で、機能的にそちらを見る。

先程までバーサーカーの方いたイリヤがこちらに来たと思えば、その直後に倒れ込んでいた。

 

 

「お嬢様!!」

 

 

森陰から切迫した声と共に誰かが現れる。

その透き通る白い肌を見れば、イリヤと同じアインツベルンが作り出したホムンクルスだと容易に想像出来た。

一人は焦る顔でイリヤに近寄り、もう一人は武器を構えてこちらを見る。

無論、対象は私では無い。

 

 

「退きますよ、リーゼリット!殿は任せました。何としても、あの男にお嬢様を渡してはなりません!」

 

 

「……分かってる。あいつは、イリヤの敵だ。」

 

 

それらの目は明らかに士郎に敵意を向けていた。

何故だろう。

状況こそそう見えないが、彼女らと敵対していたのは私の方だ。

だから、これからイリヤをどうにかする可能性があったのは私のはずだ。

少なくとも、こいつが現れる迄は。

 

 

「………………」

 

 

鋭い目で彼女らを射抜く士郎。

その曇りきった眼に見覚えがあった。

今、背筋を走る恐怖に似たものを感じた。

 

 

ーーーそうだ、あれは確か。

 

 

 

 

『君は、人を殺す事を恐れている。君が今怯えているのは僕じゃなく、僕の不可解な行動だ。僕がこんな事しなければ、君はきっと冷静でいられただろうね。』

 

 

 

 

 

 

 

「………まさか」

 

 

そうしてそのまま、後ろの闇へと飛び退いていくホムンクルス達。

 

 

 

「アサシン、あいつらを追え。絶対に小聖杯(イリヤ)を逃がすな。」

 

 

「だが」

 

 

「いいから行け。あれがお前の望みだろ?」

 

 

「…………承知。」

 

 

 

 

その後直ぐにアサシンも闇に溶けていった。

再び静寂が森を支配する。

いや、支配しているのは彼の方か。

ざわざわと騒ぐ木々の音も、生き物の息遣いも何も聞こえない。

ただ、ここに二人。

余りに対照的な姿で存在する。

 

 

「さて………やっと、邪魔がいなくなったな。」

 

 

その静けさを、冷たい声は容赦なく引き裂く。

やっぱり似てる。

あの時慎二に感じたものに酷く似ている。

不可解な不気味さ、武器を向けられているような怖さ。

頭の中を掻き回されるような、清濁入り混じるカオスな感情。

いや、多分きっと逆だ。

あいつが、彼に似てしまったのだ。

 

 

「あんたが、殺ったのね。」

 

 

「何の事だ?」

 

 

「昨日の間桐を潰したの、あんたでしょ。」

 

 

悲しむ暇など無かった。

先ほどと変わらない、怒りのみがこの体に満ちていた。

だが、感情を殺しそう問う。

冷静にならなくては。

相手は狡猾で、それでいて虎視眈々と、この瞬間を狙っていたんだ。

少し考えれば分かる。

外来の魔術師が今更来るわけが無い。

恐らく綺礼がそんな事許すはずが無い。

借りに来たとしても、英霊を相手どれる強者なんてそういるとは思えない。

なら、それ以外。

あの男を殺す動機を持つ者がやったと考えられる。

それなら犯人は絞られる。

 

間桐という家自体を嫌っていた者。

聖杯戦争の秩序を乱した者を仇する者。

明確な悪に、敵意を示す者。

 

そしてその結果、自らを家を自らで終わらせた愚息はその結末に大きく歪み、成長した。

 

つい先程辿り着いた結論を突きつける。

けど、彼にとってそれは些事に過ぎなかったのか。

 

 

「あぁ、気付いてなかったのか。遠坂はとっくに分かってると思ってたけど。」

 

軽く、受け流すように。

まるで昨日の天気を聞かれたかのように答える。

 

 

「それ、肯定したと受け取っていいのね。」

 

 

「そうだよ、俺が臓硯を殺した。慎二と、言峰と一緒にな。」

 

 

「そう……」

 

 

驚きは無い。

分かってしまえばどうと言う事は無い。

問題はその先だ。

 

 

「じゃあもう一つ。貴方、何でアサシンと一緒にいるの?」

 

 

目下一番の疑問点。

衛宮士郎は敗北した。

他でも無いアサシンと臓硯にセイバーを殺され、命からがら逃げ帰ったのだ。

なのに今、彼はアサシンと行動を共にしている。

自らのサーヴァントの仇である存在と協力しているのだ。

それは、紛れもなく裏切りだろう。

亡きセイバーへの侮辱と捉えられても仕方無い。

 

 

「臓硯は本当に死んだの?それとも慎二のように、今度は貴方が間桐の代理として動いているのかしら?」

 

 

気付けば私は立ち上がり、彼をしっかりと見据えていた。

今はただ、問わねばならない。

怒りも憎しみも追い越して、問うことは一つ。

 

一体今までに何があり、そして今、彼はどう思っているのか。

そして、その結果次第では恐らく、

 

 

 

「答えなさい、返答次第では見逃してあげる。」

 

 

 

「………相変わらず、遠坂は優しいな。」

 

 

 

「…………は?」

 

 

きっぱりと言い切ったつもりだったが、再び軽く返される。

さっきからそうだ。

何か緊張感が無いというか、こんな状況になっても今までと態度が変わっていない。

本当に、久しぶりあった友人に話しかけているのと変わらないのだ。

 

 

 

 

「それよりも、さ。体の方は大丈夫か?見たところかなり魔力が少ないけど。」

 

 

 

 

「ふざけないで、今更善人ぶって何様のつもりなのよ。」

 

 

 

 

「いや、元気ならいいんだ。正直心配だったんだけどさ。流石、遠坂だな。信じて良かったよ。」

 

 

 

ーーー何だ、コレは。

おかしい、おかしすぎる。

話していて気持ちが悪い。

妙に楽観的とか緊張感が無いとか、そんなレベルじゃない。

会話が噛み合っていない。

私と彼とでは、見えている世界に大きな隔たりがある。

そんな齟齬が、遂に私の逆鱗に触れた。

 

 

「信じる?信じるって何よ。」

 

 

対話にならないと分かっても、声を上げずにいられない。

 

 

 

「決まってる。遠坂が勝つ事だ。俺はお前なら必ずバーサーカーを倒すと思っていたからな。事実、その通りになった。」

 

 

「!!……………何よ、それ。」

 

 

堰を切ったように、冷静を装う頭に抑えきれない怒りが込み上げた。

何を簡単そうに言っている。

あんたの勝手な信頼の裏で、私たちがどんなに苦労したかも知らないくせに。

信じる?一体その信頼はなんだ。根拠はどこだ。

信じてたって言うなら、何で、何で、

 

 

 

 

「なら!何であんたはアーチャーを殺したのよ!?」

 

 

 

止められなかった。

最高の皮肉を満面の笑みで食らったのだから。

冷静に努めようとしていた頭を、ガツンと横から殴られた。

 

 

「一部始終を見ていたなら分かるでしょう!アイツはもう戦えなかった。なのに何で、あんな貶めるように殺したの!?」

 

 

「どうしちゃったのよ、士郎。あんたは向こう見ずでおバカでポンコツで、でもだれかを裏切る事だけは絶対にしない、一本スジの通ったやつだったでしょ!?」

 

 

怒りは次第に憐れみに変わった。

彼を知るからこそ、彼のことが理解できなかった。

今までの彼に考えられない行動、言葉の数々。

それらは改めて、アーチャーの喪失に現実味を与える。

 

 

「それなのに、どうして……どうしてよ……」

 

 

 

「アーチャーを………返してよ………」

 

 

歪みかけた視界で、消えたものを求める。

遅いと分かっていても、それでももし、願いが叶うなら。

もう一度でいい。

アーチャーに会って、ありがとうと伝えたい。

ただ、それだけでいいのに。

 

 

 

 

 

けれど

そんな心からの言葉は、同じく心からの言葉の前に無に帰した。

 

 

 

冷えきった、鉄の心で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それが、どうしたって言うんだ?」

 

 

 

 

「………………………は?」

 

 

 

「あいつ、もう消えかけだっただろ。それに邪魔だったからな。だから殺した。貶めるつもりなんて無い。俺の目的の為に殺した。……まぁ、やったのはアサシンだけどな。」

 

 

 

「何を…………言っているの………」

 

 

 

愕然に狂う私を無視して、彼は言葉を続ける。

 

 

「そもそも、人なんて互いに喰い合う生き物だ。利益の為に簡単に人を殺す生き物だ。倫理も道徳も何もかも脱ぎ捨てて、ただ自らのうちにある黒い欲望に従う愚かな獣だ。」

 

 

「だからって!」

 

 

「だから、桜は死んだ。」

 

 

「!!」

 

 

言い放つそれに悲しみなどは感じられなかった。

彼は事実としてそれを受け入れていた。

終わったことだと、消えてしまった命だと。

 

 

「臓硯という悪に殺された。だから、俺も臓硯を殺したんだ。」

 

 

「当然だろ?自らを欲望で誰かを手にかけた者がそのままのさばっていい訳が無い。」

 

 

 

そうして、次第に熱を帯びていく言。

語るはこの世の理想像。

一つの形の終着点。

 

 

 

「だから、俺が断罪する。他でも無い皆の為にな。それで俺がどうなろうと構わない。」

 

 

 

だが、それは歪な夢物語。

出鱈目な子どもの夢と変わらない。

 

 

 

「俺は決めたんだ。今度こそ本当に意味で、道を違えること無く、例え大切な人を殺す事になろうとも。」

 

 

ゆっくりと手を広げる。

表情は無い。

濁りきった目には一つしか映っていない。

けど、その口角は

僅かに吊り上がっているように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は、正義の味方になるんだよ。遠坂。」

 

 

 

 

 

 

 

それは理想を語る少年の姿で。

だけど、正義を説くには余りにも罪深かった。

 

 

 

「っ………………」

 

 

 

言葉を失う。

これが、狂気か。

これが一人の人間の末路なのか。

士郎の言っている事は世界の理想と言える。

完膚無きまでの勧善懲悪だ。

きっと世界がこう在れたら、という清い未来を示している。

けど、それはたった一人での話だ。

独善的な世界の中で一人、自らを秩序として存在しようとしている。

だが、それには矛盾しか無い。

 

善悪の基準はどう付ける?

殺された人の想いはどうなる?

何より、自分自身がどうなるか分かっているのか?

 

疑問は尽きない。

欠点は飽くほどに有る。

でも、それを言い出すことは出来ない。

 

何を言っても無駄だろう。

衛宮士郎という人間には最早意味が無い。

彼は心の底からこんな継ぎ接ぎだらけの夢物語を実現する為にここに居るのだ。

 

 

 

 

 

「でもまぁ、質問には答えないとな。」

 

 

「質問?」

 

 

「言っただろ?何で俺がアサシンと一緒に居るのかって。」

 

 

そう言って彼は自らの右手の手の甲のこちらに向けた。

そこに輝くのはもう私の手には無い、赤い令呪。

 

 

「令呪………!?」

 

 

 

だが、セイバーと契約していた時とは違う。

形が、違う。

信頼の証では無く、契約の証としての令呪。

今まで彼の右手に輝いていたものとは決定的に何かが違った。

 

 

 

 

「これが答えだ。アサシンは俺のサーヴァントだよ。」

 

 

もう何度目か。

先ほどから絶え間なく驚きの嵐は濁流となって私を飲み込もうとする。

それでも私が冷静になれたのは、恐らく怒りと憎しみによるものなのだろう。

 

 

 

 

「教えなさい。………何があったの。貴方に。」

 

 

 

 

 

「勿論、ハナからそのつもりで来たんだ。」

 

 

 

 

こうして士郎の口から語られる真実は、私の想像を遥かに越えるもので

 

 

 

だから、

 

 

 

私たちは、最後に殺し合うんだ。

 

 

 




と言う訳で、全三話。いかがでしたか。
予想通り、と言う方。まさか、と言う方。いると思います。
是非その辺り、自分がどうなると思っていたかなど、コメントで教えてくれると嬉しいです。僕が1人でニヤニヤします。


さて、珍しく後書きを綴っているのは理由があります。
と言うのも、まだ一つ謎が残っていますよね?
2月10日、士郎が臓碩を下した後、あの部分のみ未だ語っていません。
そこに今回登場した彼の、彼のみが知りうる真相全てがあります。
次回はその部分、空白となった時間をしばし語らせていただきます。

私的鉄心エンドは、まだ終わらない。


次回お楽しみに!


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2月10日 真説 第3夜
Backlog


どうもお久しぶりです。たまごぼうろです。


この場でこんな事を言うべきでは無いかもしれませんが、それでも一言だけ言わせてください。
体調は大丈夫でしょうか?
作品自体がニッチなため、これが目に入る人は少ないと思います。
しかし、僕の作品を、面白い、と呼んでくれる方々がと考えると、やはり心配です。
同じ趣味を持つ人として、心配です。

3月28日公開予定だったHF最終章も延期となり、奇しくも今日で一か月です。
僕も物凄く悲しみました。
テンションの最高潮をその日に持って行くべく、日程も調節していたのでダメージも大きかったです。
型月展なども現在公開中止と、オタクだけでなく様々な人がストレスを抱えていると思います。
ですが、不要不急の外出は控え、出来るだけ家でおとなしくしましょう。
僕の作品は気が重くなるやつばかりなので、見返すには適していないかもしれませんが、一助になれば幸いです。
そして、全てが収束した後、皆で最終章を見ましょう。
その為に健康でいましょう。いてください。

生きよう、オタク。

以上です。
因みに僕は医療従事者でないため、対策などは全然わかりません。
取りあえず毎日手は洗ってます。
ほんと気をつけようね・・・

と言う訳で!
今回からBacklogと題しまして、2月10日の夜に起こった真実を語っていきます。
何故、士郎はアサシンと共に行動しているのか。
何故、2人は戦うのか。
僕がイメージする鉄心エンドの全てがこの夜に詰まっています。
クライマックスに向けて、いよいよ佳境です。

では、どうぞ!



2月10日 夜

 

 

 

 

「それにな、使ってみなければ分からぬだろう。案外コレは今の貴様には最も適しているやもしれぬぞ?」


 

 

そう言ってギルガメッシュは黄金の波紋の展開した。

中から取り出したのは手のひら大の水晶玉。

そしてそれを躊躇うことなく地面に投げ捨てた。

 

派手な音を立てて水晶玉は割れ、そのうち塵となって消えていく。

それとほぼ同時に、ギルガメッシュが佇む場所の隣がぐにゃりと歪んだ。

 

 

「な.......これは.......」

 

 

思わず身構える。

だがそこから現れたのは思いもしない者だった。

街頭に照らされた明るい地面に這いつくばるような黒い影。

四肢は金色の鎖で繋がれ、仮面の隙間から苦悶が漏れ出ている。

 

 

 

「アサシン………!?」

 

 

 

「………………」

 

 

 

臓硯のサーヴァント、アサシンがその場に拘束されていた。

 

 

「倒したのではなかったのか?」

 

 

言峰が低い声で尋ねる。

ギルガメッシュはそれを鼻で笑った。

 

 

「お前達の当初の計画では、言峰とそこな小僧が屋敷に突入、そしてエミヤシロウ、お前の役割はアサシンの足止めであったな?」

 

 

「そう……だけど。」

 

 

「故に、我もそれに従ってまでよ。倒せ、とまでは言われてなかったものでな。」

 

 

「………………」

 

 

思わず口を噤んでしまう。

これがこの男の普通なのだと理解しようとしても、どうしても納得出来ない。

きっとこの男と自分では感じるものが違うのだろうと、無理やりに飲み込む他無かった。

 

 

 

「分かった。なら俺が殺す。こいつはセイバーの仇だ。」

 

 

 

そう言って剣を投影し、アサシンの方に歩み寄る。

弱っているのは一目瞭然で、これなら自分でも簡単に殺せそうだ。

躊躇うことは無かった。当初の予定通りになるだけだ。

だが、その歩みを遮る者がいた。

 

 

 

「まぁ待て。言ったであろう。褒美、だとな。」

 

 

 

そう不敵に笑いながら、ギルガメッシュは眼下に這いつくばるアサシンを一瞥する。

 

 

 

「だから褒美って何だ。力をくれると言っておきながら何も無いじゃない…………か………」

 

 

 

 

 

そんな彼の行動に反駁しようとした瞬間に、その行為が何を意味するのか理解してしまった。

 

 

 

 

 

何か、流れ込んでくる。

考えたこともなかった、意識すらしたことが無かった。

でも、きっと

俺はこうなる運命だったのだろうと直感していた。

言葉にすれば全てが台無しになる予感がした。

幼いころ、苦労して作った朝食を全てひっくり返してしまったのを思い出す。

あの時俺は喪失感で泣きそうになったけれど、それでも取り返しがつくことだった。

でも、これは違う。

先に進めば全てが変わる。

俺の生きた全てが、今までとは決定的に変わってしまう。

そしてきっと後には戻れないのだろうと、過去(後ろ)に立つ自分自身がそう告げていた。

けど、俺はその先を問わずにはいられなかった。

 

 

 

「まさか……お前。」

 

 

 

 

「如何にも。これが貴様に与える最上の褒美。もう一度、この戦いに参加したいのであろう?」

 

 

 

それが意味する事は一つ。

 

 

 

「俺に、アサシンと契約しろって言うのか。」

 

 

サーヴァントととの再契約。

サーヴァントを失ったマスターと、マスターを失ったはぐれサーヴァント。

この両者の承諾があれば再契約をし、聖杯戦争に復帰する事が出来る。

特例中の特例であり、飽くまでルールとして存在するのみ番外戦術に近い。

何故ならサーヴァントにも感情があり、使い魔として自らの在り方を規定している者など数少ない。

まともな感性、まともな感情を持つ者が、先程まで殺しあっていた相手に背を向けるなど、正気では出来はしない。

 

 

「そうだ。今更躊躇する事などあるまい?貴様の理想はこのような外法の業であっても不変のモノであろう?」

 

 

 

だがそれは、

 

正気ならば、の話だ。

 

元よりこの場に正気の人間など存在しない。

 

 

 

「力が、欲しいのであろう?」

 

 

 

心の奥が震える。

冷えきった体に容赦無く言葉は突き刺さる。

それは俺の身体へ黒い靄のような色を与える。

いや、違う。

消えているのだ。

俺の身体から、人の温かさというものが。

 

 

 

 

 

「どうしようも無く力を望む、そんな自らが否定できないのであろう?」

 

 

ブリキの体、割れかけの心。

最早この身は人とは呼べない。

 

 

「………………」

 

 

心の内を暴かれる。

どんなに取り繕っても、自分にだけは嘘をつけない。

力が欲しい。

戦うための力が欲しい。

勝ちたい。

どんなに卑怯と言われても、それで皆が救われるなら勝利が欲しい。

ましてや、それが目の前にあるのなら。

俺はどこまでもあさましく下賤な者に身を落としてしまう。

それは他でも無い、の欲望だった。

 

 

「何、憂慮することなど一つもない。貴様らは互いに餓えた瘦犬だ。表面上を取り繕うともそこにある欲望は同一のものだ。.......そうさな、後はどちらがそれを曝け出せるか、そこに尽きる。」

 

 

「であろう?言峰。」

 

 

そう言って言峰の方を見やるギルガメッシュ。

すると彼もそんな俺の葛藤を見抜いたのか。

心底愉しそうな顔で、懐から何かを取り出した。

 

 

「なるほど。その為に私にこれを取りに行かせたのか」

 

 

取り出したのは小さな小瓶。

中にあるのは蠢く異形。

小指の第一関節程しかない身体で、ぎいぎいと力無く動き回る。

先ほど殺した臓硯の本体。

言峰が回収していたソレだった。

 

 

「手札は多ければ多いほど良い。ソレを盾に自らを暴け。それが貴様の理想への第一歩となろう。」

 

 

「そら、くれてやる。上手くやれ。」

 

 

言峰が放り投げた小瓶を受け取る。

それは少しだけ温かい。

辛うじて感じられる生命の温度。

覗き込むとこちらを睨み返してくるような、無為で無駄な視線を感じた。

 

 

 

———哀れだ。

 

 

自分を苦しめた者の末路が、こんなにも哀れで、惨めなものとは。

人ならざる者に果てて尚、この男は一体聖杯に何を求めたのか。

肉体を無くし、精神を侵し、その魂さえ腐り果てて。

そうまでして求めたものは、一体何だったのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………」

 

 

 

 

 

長い長い躊躇いの後、俺はゆっくりと動き出した。

動かない影に向かって歩を進める。

もう遮る者はいなかった。

決意は最初から決まっていた。

 

ただ、やるべき事を為すだけだ。

 

 

 




本日、複数話投稿予定です


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Backlog②

本日二話目です。

そう言えば最近、新作小説を投稿しました。
というもの、先日公開されたFGO新章「星間都市山脈オリュンポス」
あれ本当に最高でしたね。
キリシュタリアがもう、彼に泣かされっぱなしでした。
そんな感じでキリシュタリア主人公のお話が現在投稿中です。
興味ある方は是非、僕のマイページから飛んでいただければ、と思います。

いや、少々ぶっちゃけますと、旬のジャンルは凄く伸びますね。
改めてこの鉄心エンドのマイナーさに気付かされました(笑)
投稿一週間でもう一年以上投稿し続けているこれに並ぶんですから、今のFGOの勢いたるやすさまじいですね。
でも、こっちの投稿も続けていきますよ。

と言う訳で本編です。どうぞ。


 

 

「待て、待ってくれ。」

 

 

肩になにかが触れた。

振り向くと、慎二が立っていた。

口の端から血が零れている。

ギルガメッシュの威圧から立ち直るために、自らの舌を噛み切ったのだろう。

苦悶歪む表情で、それでも俺を掴んで離さない。

 

 

「放してくれ。俺……やらなきゃ。」

 

 

その手を振り払い進む。

アサシンの元へ、もう取り返しがつかないと分かっていても。

でも、それをさらに強く掴まれる。

 

 

「待てって言ってんだろ!!」

 

 

口から血を吐いて慎二が叫ぶ。

どうやら彼も彼で放す気は無いようだ。

 

 

「邪魔だ、放してくれ。」

 

 

心ここに在らず。

最低限の意味を含め、最低の事を言ってしまう。

あぁ、酷く鬱陶しい。

こんなにも俺を気にかけてくれる。

そんな想いすら、今の俺には酷く邪魔だ。

そんな事、今更望んで良い訳ないのに。

これ以上、誰も巻き込みたく無いのに。

 

僅かに目を細め慎二に向き直る。

そうして、彼をつき飛ばそうとその肩に手を置いて。

 

 

「…………」

 

 

「やっと、こっちを見たな。」

 

 

気が付いた。

彼の目には涙が浮かんでいる。

今にも垂れ落ちそうなそれを零すまいと、必死にこちらを睨み付ける。

慎二は明らかに苦しそうだった。

息はゼイゼイと荒く、胸の辺りを手で押えている。

顔色も悪く、汗もひどい。

だが、俺を掴む手だけは一層に強くなっていた。

 

 

 

「慎二……………」

 

 

 

目を落としてしまう。

涙を堪え、必死に俺を引き止めようとする姿に後ろめたさを感じてしまう。

だから俺は突き飛ばそうとした手を下ろし、彼から目を切って再び振り返ろうとして

 

 

 

「ーーー僕を見ろ!衛宮ァ!!」

 

 

 

そんな激昴に意識を奪われた。

 

 

「俺たち、勝っただろ!?終わった、終わったんだ!!なのに何でその先へ進む?なんでそんなに自分を苦しめるんだ!?」

 

 

きっとそれは、慎二が彼としてある最後の言葉だろう。

慎二も分かっている。

互いに明日からは互いに今までの自分でいられない。

俺を引き止めるなら、これが最後のチャンスだと。

 

 

 

「それで………お前はそれでいいのかよ!お前はそれで幸せなのかよ!!」

 

 

 

 

俺に向けてそう叫ぶ慎二。

幸せ。

その言葉が酷く引っかかった。

これで俺は幸せなのか?

これが、俺本当の望みなのか?

俺の結末は、これで

 

 

 

 

 

こんな結末で、いいのか?

 

 

 

 

 

 

 

『もし、私が悪い人になったら ーーー』

 

 

 

 

 

 

そうだ。

俺には、俺以上に俺の幸せを望む人がいた。

 

 

 

 

 

『また、そんな怪我して ーーー』

 

 

 

 

俺が傷付くことを、何よりも悲しむ人がいた。

 

 

 

 

『ーーーーー先輩。』

 

 

 

 

そう呼んでくれる人が、俺にはいたんだ。

もしこの戦いが、彼女の為の弔いだと言うのなら。

俺はその意志に殉ずるべきではないのか?

彼女の願いを汲んで、幸せに生きるべきではないのか?

 

 

再び訪れる葛藤。

蘇る記憶、呼び起される幸福な日々。

昨日を笑い、今に触れて、明日へと望む。

日々の何気無い出来事に憂い、何でもない日々に喜びを見出す。

当たり前の幸せ、当たり前日々。

何時までも続くと思っていた、忘れられない大切な記憶。

 

それを幸せと言うのなら、俺は

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは違うぞ、間桐慎二。」

 

 

 

 

 

 

ぴしゃり、と。

零度を下回る冷水の中に、唸るような感情が込められている。

鈍重な声で、誰かが俺の思考を遮った。

 

 

「………神父………さん……?」

 

 

 

「君が衛宮士郎を引き止めようとするのは自由だ。だが、その言葉だけは看過できん。」

 

 

声の主には珍しく苛立ちがあった。

まるで、そう。

 

 

同じ事を、何度も何度も言われ続けて来たような。

繰り返される問答に嫌気が差した人間の言葉だった。

 

 

「君は今幸せと言ったな。こいつが進む道が幸せなのかと、そう問うたな?」

 

 

 

「………そうだよ。それの何が悪いって言うんだ。」

 

 

 

「あぁ、悪いとも。幸福を説くものが描く幸福はいつだって自らの理想の未来だ。君は衛宮に幸せを問うているのでは無い。自分の幸せを、この男に押し付けようとしている。」

 

 

 

「冗談では無い。幸福、幸福だと?幾千幾万その問いを投げ掛けられ、何度も何度もそれを望もうとして、そしてその度に、その度し難さに打ちひしがれた。」

 

 

それは恨み言のようだった。

世界に満ちる幸福全てに、心の底から失望していた。

そして、失望するしか無い自分をそれ以上に呪っていた。

 

 

「だから、私は至った。人の幸福とは他者が定めるものでは無く、自らで見つけ出すものだ。それが善であれ悪であれ他者に指図をされる言われは存在しない。」

 

 

その言葉は一つの諦観だった。

世界に溢れる幸福に対する回答とも言える。

 

 

幸せを定めるのは自分である。

道を決めるのもまた、自分である。

善も悪も、その過程で自分がどうなるかも、それが真に幸福なのかも、何もかも関係が無い。

 

 

「道を創るのは何時だって我々で、最後にそれを振り返るのも我々だ。どう進むかでは無く、どこに辿り着くか。進む道は己で決める。それが人間という、愚かで無謀な生き物の在り方だ。」

 

 

 

それが自分で決めた道なら、きっとそれが一番正しいし、一番幸せだ。

 

 

果ての無い荒野。

一寸先すら見通せない闇。

その中にその身一つで挑んで行く。

灯りを一つ、その身に秘めたもののみを標として。

 

 

 

何て幸福で、残酷な自由。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ごめん、慎二。俺はもう戻れない。そっちはもう、俺の居場所じゃ無い。」

 

 

 

 

抜け殻のような言葉だった。

嘗ての幸福を否定する言葉だった。

 

 

先へ進む。

闇の中へ躍り出る。

恐怖は無い。

心の内はこれ以上無く澄み渡っている。

後悔も、何もかも無くなって

軽くなった自分を見て、今なら何だって出来そうだと薄く笑う。

 

 

 

 

「嘘、嘘だろ?なぁ!衛宮………衛宮!!」

 

 

 

吃音に絡め取られそうになり、

ふと、後ろを振り返る。

後ろに立っていたのは、もう誰でもない、なんでもない、男の悲痛に満ちた姿。

 

 

 

 

「共闘はここまでだ。じゃあな、世話になった。」

 

 

 

 

これまでの全てが、積み上げた全てが

 

 

 

 

「待て、待ってくれ………」

 

 

 

 

音も無く、残す物も無く

 

 

 

 

 

「行かないで…………くれよ…………」

 

 

 

 

 

儚く、消えていった。

その事実にすら、何の感慨も持たずに。

 



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Backlog③

どうも皆さん、たまごぼうろです。
早めに投稿できた気がする、えへん。

さて、GWも終わり迎えた今日この頃、皆さんはどうしていますか?
僕はがっつり引きこもっていました。
友人と小旅行に行きたいな、なんて思っていたらこれですよ。本当に残念です。
まぁそのおかげで執筆する時間が出来たので、こうして比較的早く投稿できたわけなんですが。
いやしかし、あれですね。
今日とか外、物凄い天気よくて小鳥とか囀っていて。
こんな日はお日様を浴びながら、散歩でも・・・みたいな事考えながらこれの原稿書いているとダウナーになりますね。
我ながらメンタルに来るもん書いていて辛かったです。
めっちゃ楽しかったですけどね!

さて、ではそんなダウナーな気分を皆様にもお届けします。



 

 

残響のような慟哭に震える鼓膜。

それを無視して先へ進む。

やる事も、やるべき事も決まっている。

影の元へ辿り着く。

片手には例の小瓶。

這い回る異形は、相も変わらず忙しない。

眼前には頭を垂れる髑髏。

 

 

「何の、用だ。」

 

 

がさついた声。

たった今息を吹き返したような、生気を感じられない音。

契約者のいないサーヴァントは、今にも消えそうに呟いた。

 

 

「殺すなら、殺せ。」

 

 

抑揚の無い独り言。

 

 

「一つ聞きたいことがある。」

 

 

 

それに対し、問いを吐き出した。

 

 

「……………」

 

 

返答は沈黙。

構いやしない、元より対話を望んでいる訳では無い。

喋らないならその方が都合が良い。

 

 

「お前は、聖杯に何を願う?」

 

 

「…………………」

 

 

「お前の望みは何だ?何ももって聖杯に呼ばれた?」

 

 

「侮るなよ、小僧。」

 

 

 

そこから感じられるのは怒り。

それは彼にとって侮辱だったのだろう。

見えない顔からも、静かに怒りの色が感じられた。

 

 

 

「私は理想がある、私には誇りがある。」

 

 

「それで?」

 

 

「暗殺者として、一度忠誠を誓った主を裏切る事は決して無い。分かったなら失せろ。」

 

 

「…………………」

 

 

 

少し驚く。

どうやらこいつは、似合わずに義理深いようだ。

こんな悪党でも主と呼び、それに付き従うほどには。

 

 

「………そうか。」

 

 

俺はそう呟いて、手にした小瓶を静かに手放す。

からん、と軽い音が周囲に響く。

ころころと転がり、それはアサシンの目の前に。

ちょうど彼がそれを見下ろすような形で止まる。

中の蟲はぎいと鳴く。

出せ、と吠えるのか。

消えろ、と罵るのか。

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーじゃあ」

 

 

 

 

 

 

 

「これで、その理由は無くなったな?」

 

 

 

 

 

そんな声無き恨み言を消し去るように、

一息をもって、それを踏み潰した。

 

 

 

 

 

 

 

 

ばきゃり、と砕ける音。

続いて、ぐちゅ、と潰れる音。

断末魔をあげる暇すら与えず、小さきものを亡きものにした。

 

足を離す。

粘ついた液体が靴の裏に舐めとったように纏わりついていた。

その下、潰れた虫と散らばったガラス片。

それらは広がるように、最早元の形を留めていない。

その姿は、割れた卵に良く似ていた。

 

 

 

 

「貴様、何をっ!?」

 

 

 

焦るアサシンの頭を掴み、無理矢理にこちらに向き直らせる。

 

 

 

「これでお前を縛る誇りとやらはいなくなった。これでいいんだろう?」

 

 

そんな理不尽を当然の様に説く。

 

 

「巫山戯るな!!主を殺した相手に付き従えと!?そんな事出来るわけがない!!」

 

 

似ている。

ギルガメッシュの言う通りだ。

俺たちは同じ穴のムジナだった。

面の皮一枚剥がせば、ありありと自分の欲望が顔を出す。

全く、本当に意地汚い。

だからこそ、そんなこいつはこれからの俺に相応しい。

 

 

 

「それで、いいのか?」

 

 

 

 

 

「………どういう意味だ。」

 

 

 

 

 

「お前、願いがあるから召喚に応じたんだろ?死後を売り払ってでも叶えたいものがあるんだろ?なら、つまらない事に拘るなよ。」

 

 

 

「つまらない、だと。」

 

 

ぴきり、と。

今まで無関心を貫いていたアサシンの感情にヒビが入る。

その発言に、アサシンは明らかに苛立ちを覚えていた。

 

 

「あぁそうだ。誇りだの何だのくだらない。自分の欲望があるならさ、それに従っちまえよ。その方が楽で、何より楽しいぜ?」

 

 

僅かに開いた感情の亀裂。

そこに、鉛のように熱った意志を流し込む。

冷えきっていた欲望を無理矢理に焚き付ける。

 

 

 

「晒しちまえよ。吐き出してしまえ。お前の醜い我欲をさ。俺はそれを賛美する。俺はそれを肯定する。他の誰でもない、俺の為にな。」

 

 

 

 

 

「私の…………願い…………」

 

 

 

一度熱くなった欲望を鎮める事は出来ない。

思考は絡め取られ、一本道へと誘い込まれる。

 

 

 

「枷ならもう無いぞ。たった今俺が殺したからな。たった今からお前は自由だ。その欲望に従うも、この妄執に付き合うも良し。だが、お前が望むのなら俺はお前に手を貸そう。」

 

 

 

 

「そんな事は、出来ない。」

 

 

笑ってしまう。

同じだ、何もかも。

その迷いも躊躇いも、手に取るように分かる。

ついさっき自分が体験した事だ。

だから、その晴らし方だって分かる。

 

 

「…………そうだな。ならお前に理由をやるよ。主を裏切れないって言うのなら、主の願いを叶える為に戦えばいい。その為に俺を利用するんだよ。」

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

「ギブアンドテイク、ってやつ。魔力さえあれば俺を殺すのなんて簡単だろ?それこそ令呪を使う間さえ無く可能なはずだ。」

 

 

見ると、アサシンの体は徐々に透けている。

完全に主を失った事で、辛うじて残っていた魔力のパスが無くなったのだ。

消え行く体で、それでもまだ返答は無い。

 

 

「時間が無い、お前はもう消える。真に主に忠を誓うのなら俺と共に来い。お前の願いを、臓硯の願いを、俺が代わりに叶えてやるよ。」

 

 

我ながら酷い詭弁だ。

臓硯の願いも、こいつの願いも、そんなのどちらもどうだっていい。

臓硯の願いなんて碌でもないものを聞く気は無いし、それに付き従う馬鹿に与えるものなんてありはしない。

 

 

何もかも、理想の為に。

願う意思を偽り奪い、この道の為に糧とする。

 

 

 

『誰かの味方になるというのはね、誰かの味方をしない、ということでもあるんだよ。』

 

 

 

過ぎるのは嘗ての思い出。

目指す先、憧れの原点。

切嗣が俺にくれた、夢に向かう最初の言葉。

 

 

 

ーーー分かる、今なら分かるよ。切嗣。

 

 

 

ーーーこれが、お前の目指した正義だったんだな。

 

 

 

 

 

 




同時投稿に続きます。


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Backlog④

本日2話目です。
話すネタが無い・・・・


 

 

沈黙はそう長くなかった。

顔を出した欲望を理性で抑え込む事は出来ない。

 

 

「………………条件がある。」

 

 

 

「聞こう。」

 

 

 

「もし、貴様が失敗した場合の保険が欲しい。貴様と共に我が命運が潰えるのは許されない。」

 

 

 

「失敗はしない、と言ったら?」

 

 

 

「その自信に足るものを示せ。」

 

 

そこで、自分は試されているのだと気が付いた。

どうやら同じステージに立つことは出来たようだ。

だが、俺と違ってこいつには確証が無い。

確証が無い者に着いては行けないと、アサシンはそう言っていた。

つまりここだ。

この契約が成るかどうかはここにかかっている、

だから

 

 

 

「自信、と言っていいかは分からないけど。」

 

 

 

 

現状、俺は最も弱い。

残るサーヴァント、アーチャーとバーサーカーは言うに及ばず、マスターである凛やイリヤにも叶わない。

勝っているとしてもそれは魔術無しの話で、聖杯戦争に勝てる可能性は殆ど存在しない。

それでも、

 

その分かりきった結末を覆せる物を、俺は持っている。

 

 

 

そう言って胸元から取り出すのは、一丁の大振りの銃。

人の合理性が生み出した凶器。

銘知らぬ、されど確かな頼もしさを秘めた魔術礼装。

 

 

 

「っ.......」

 

 

 

それを見せた時、意外な場所から引き攣るような声が聞こえた。

微かに振り返る。

小さな声の主はそれを憎々しげに、けれどどこか懐かしそうに眺めていた。

 

 

「知ってるのか、言峰。」

 

 

「無論だとも、忘れるものか。我が仇敵の忘れ形見。どこに消えたかと思っていたが、まさかお前が持っていたとはな。」

 

 

「これはなんだ?」

 

 

アサシンが急かすように視線を送る。

その視線を返すように言峰は俺に聞いてきた。

 

 

「衛宮、お前はどこまで知っている?」

 

 

「どこまでと言っても使ったことは無い。弾は一発しか入ってないからな。ただ、これが起源弾って名前なのと、魔術師に対して必殺だ、って事しか聞いていない。」

 

 

ここで切嗣からこの間引き継いだ事は伏せた。

きっとそれを知れば、言峰はその痕跡を探すだろう。

そうなれば藤ねぇたちにも迷惑をかけてしまう。

 

 

「そうか、ならば教えてやろう。これは起源弾。お前の養父、衛宮切嗣を魔術師殺し足らんとしていた魔術礼装。効果はシンプルにして強力だ。」

 

 

言峰は懐から黒い革の手袋を取り出して手にはめる。

そうして、慎重に銃から弾を取り出した。

長く年月が過ぎているはずだが錆の一つも無い銀色の弾丸が、雲の間から僅かに漏れる光に照らされる。

それは鮮やかと言うより、怖いくらいにギラついていた。

 

 

「この弾丸を喰らった者は魔術回路が文字通り切断され、そして出鱈目に嗣ぎなおされる。」

 

 

「!!」

 

 

はっ、と息を呑むアサシン。

しかし俺にはその意味が分からなかった。

 

 

「それでどうなるんだ?」

 

 

「魔術回路とは言わば毛細血管のようなものだ。そして強力な魔術師ほど、それは全身に張り巡らされている。想像してみろ、それら血管が全て切り離され、同時にぐちゃぐちゃに繋ぎ直されるのを。」

 

 

言われて考え、そして俺も息を呑む。

魔術回路が血管と言うなら、そこにはきっと血液が流れ続けているはずだ。

それらが断ち切られ、同時に繋がれる。

そうなれば血管はその変化に耐えきれず破裂してしまうだろう。

全身の血が沸騰したかのように身体中から溢れ出す。

その痛みは想像を絶する。

ましてそれが全身となれば即死は免れない。

 

 

「これの恐ろしさはそれだけでは無い。起源弾が作用するのは相手の魔術に触れた時だ。魔力が生成されるのは魔術回路である故だな。よってーーー」

 

 

 

「相手に当てる必要は無い。相手がこれを防御しようとして使った魔術に当たったとしても効果は変わらない、だろ?」

 

 

そう言うと言峰は口の端を吊り上げた。

 

 

「如何にも。よく分かっているじゃないか。」

 

 

自分でそう言って背筋が凍る。

何なら、俺はこれを見つけた時に死んでいてもおかしくなかった。

あの時は銃身のみを解析した為免れたが、銃弾まで届いていればその瞬間起源弾は発動していたはずだ。

そうなれば、凶弾は我が身を喰らっていただろう。

迎撃も防御も、射撃の腕があるのなら回避だって無意味。

切嗣が言っていた意味が漸く分かった。

これは魔術師に対しては紛れも無く必殺だ。

それ迄の研鑽、魔術師として構成された生涯。

それら全てを否定し破壊する。

魔術師殺しの名は伊達では無い。

 

 

「これを何時、誰に使うかはお前次第だ。だが使えば最後、後には引けん。お前にその名を背負う覚悟はあるか?」

 

 

再び弾の込められた銃を受け取る。

大振りの銃身が先程よりも重く感じた。

これはきっと覚悟の重さだ。

これを使った時の責任を改めて認識した。

けれどそれこそ、俺が一番に求めていたもの。

 

言峰から視線を切り、言葉を待つアサシンを目で捉える。

銃を胸元のホルスターにしまい、代わりに左手を突き出す。

 

 

「これが俺の自信であり覚悟だ。退く気は無い。諦める気も無い。俺は必ず聖杯を手にする。」

 

 

最初から覚悟はあった。

俺の運命は、切嗣が死んだあの時から決まっていた。

正義の味方という途方も無い夢を、それでも愚直に追い続け、その遠さに打ちのめされてきた人生だった。

 

 

「最後にもう一度だけ聞くぞ。俺と共に来い、アサシン。」

 

 

 

けれど漸く、

 

 

 

「……………いいだろう。貴様の持つその凶器を以て、勝利を掴む証明とする。影に過ぎない我が身を使いこなしてみろ。」

 

 

 

夢に向かって、歩を進めた。

 

 

 

 




三話目に続きます


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Backlog⑤

なんとまさかの三話目です。
さて、今回でBacklogも終了となります。
遂に次話からは皆さんお待ちかねの決戦ですね。
いやぁ、感慨深い。
ここまで本当に長かったと、ひしひし感じております。
ここから物語も最終局面へ向かっていきます。
士郎はどうするのか、凛はどうなるのか。
聖杯戦争は、如何にして終結するのか。
全霊で書ききりつもりです。お付き合いください。

では、どうぞ。


 

 

「―――告げる。

汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に、聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら

 

 

ーーー俺に従え。ならばこの命運、お前に預けよう。」

 

 

左手に紅い光が灯る。

自分の中に、自分では無いものが流れ込んでくる。

それは誓いの灯。

世界を裂く神秘との邂逅。

 

 

「誓おう。我らが契りは仮初なれど、貴様が約定を守る限り、私も貴様の影となる。」

 

 

流れはより強くより固く、確かなものへと変わっていった。

激流のように流れ込む別の意志。

それにはセイバーのような強さが無い代わりに、這い上がっていくと言わんばかりの執念がある。

瞬間、手の甲に焼け付くような痛みと熱さを覚えた。

数日前と同じく、刺青のようにじわりと令呪が広がっていく。

 

 

だが、それは数日前と違う姿になっていた。

手の甲に刻まれるのは十字の痣。

セイバーと契約していた時とはまた違う令呪。

 

 

 

 

 

 

熱さと痛みが引いていく。

アサシンも先程と違い薄れていた体はしっかりと存在しており、俺の中にも確かにアサシンとの繋がりが存在した。

 

 

「………終わったか。」

 

 

ギルガメッシュがぱちん、と手を鳴らすと、彼を縛り付けていた鎖が解ける。

白い髑髏の面越しにギルガメッシュを睨みつけるアサシン。

 

 

「なんだ、籠から出されたのがそんなにも不満か?望むのならば何時でも捕らえてやるが?」

 

 

「やめろ、邪魔をしないと言ったのは嘘だったのか?」

 

 

そう怒気を孕んで言うと、ギルガメッシュは両手を上げて首を横に振った。

それを言われては困る、と言わんばかりだ。

 

 

「とにかく、俺はまたマスターになった。なら正式に聖杯戦争に参加できるだろ?」

 

 

右手に灯った令呪を言峰に見せながら問う。

それを見て言峰は驚いたように目を見開いた。

 

 

「これは…………」

 

 

「なんだよ。何か文句あるのか?」

 

 

初めて見る言峰のそんな表情にこちらも驚き聞き返す。

それは驚愕と光悦入り交じった、何とも言い難い表情だった。

 

 

「はっ」

 

 

だがそう独りごちた後に、今度は大きく口を歪ませる。

素晴らしい、と言うように。

最上の賛美を与えるかのように大きく笑い、そうして言葉を吐き出した。

 

 

 

 

「くっ、はははははは!何たる因果、何たる運命!意思は消えん、とでも言うつもりなのか!衛宮士郎。お前はつくづく運命というものに縁の深い者だ!」

 

 

 

「いや、すまない。無論だ。あぁ、無論だとも。君の参戦を心から歓迎しよう、新たなるマスターよ。」

 

 

 

その後も狂ったように笑い続ける言峰。

天を仰ぎ、宙を見つめ、今ここには無い何かに向けて一心不乱に語りかける。

 

 

 

「このような歪な意思が受け継がれ、人の悪性を否定しようとする!そんな奇跡、そんな非道が再びこの世に現れる!」

 

 

 

そうして、答えを見つけたかのように

その邂逅を、忌々しくも求めていたように

俺が辿る未来に向けて予言を向けた。

 

 

「待った、待ったぞ、十年だ。漸く成ったな、魔術師殺し。」

 

 

 

 

そうして俺を真っ直ぐ見据えて、魔術師殺し、と俺を呼んだ。

嘗ての切嗣と、同じ名で。

 

 

 

「その名を背負うからには敗北は許されない。お前はたった今から、聖杯戦争に勝たなければならなくなった。その覚悟はあるか?」

 

 

そうして一頻り笑い好きなように語り、改めて俺に問うてくる。

聖杯戦争に勝つ気はあるかと。

正義の味方に足るだけの覚悟はあるのかと。

 

 

 

「当たり前だ。」

 

 

愚問だった。

答えは初めから決まっていた。

力も術も無かった俺が、それでも一番最初から決めていた事。

この戦いを止めたい。その為に、この聖杯を使いたい。

願いは何一つ変わっちゃいない。

 

 

 

「戦う。俺は、正義の味方(マスター)として戦う。」

 

 

力強く、迫り来る運命を睨み付けるように。

数日前と同じ言葉で、しかし意味も意思も別のものに。

再び殺し合いへの参戦を宣言した。

それによってどんな結末(エンド)を迎えるかなんて、自分が最も理解している。

 

 

「はっ、良い意気込みだ。主役がこうならば少しは映えるであろう。やはり我の目に狂いは無かったな。」

 

 

両手を挙げてギルガメッシュが歩み寄って来る。

賞賛のようなその言葉には他者を称えるような心地は無く、寧ろ自らの翠眼に対する賛美だった。

 

 

 

「この聖杯戦争も次で終幕だ。勝者は全てを得るが、敗者は全てを失う。正に原初の戦いと言えるだろう。」

 

 

 

そして明確に終幕を告げる。

けれど、俺にとっては開幕を告げるものだった。

これは始まりだ。

ここから漸くスタートなんだ。

正義の味方という遠く永い夢が、今ここから始まるんだ。

胸元のホルスターをぎゅっと握り、他の誰でも無く、自分自身に言い聞かせるように答える。

 

 

 

「誰が相手でも俺は負けない。これは、その為の力だ。」

月が隠れた空の元、地獄で待つ先代に向けて、

 

 

 

 

『うん、しょうがないから、俺が代わりになってやるよ。』

 

 

 

 

あの言葉を現実にすべく、俺はそう口にしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の話はこれで終わり。

伏せられていた2月10日の真相はこれで全て。

運命は流転し逆行し、ここに一つ新たな結末が紡がれた。

 

 

曰く、それは鉄心。

己を含むすべてを殺し、冷え固まった心を持つ者だけが得る結末。

正史では語られる事の無い、台無しの終焉。

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、最後に一つだけ。

誰の心にも残らない、けど確かに彼の戦いが始まった時。

その瞬間を切り取った、全く同じの違う出来事を、彼はきっと忘れない。

 

 

 

 

 

 

「……今のお前に、監督役として改めてこの言葉を送ろう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

あぁ、始まる(終わる)のだ。

あぁ、終わる(消える)のだ。

言葉は意味を成し、意志を形作る。

あの時は皮肉だった。

叶わぬ夢に縋る者に対する軽蔑にも等しい謗りとして、彼の中にへばりついた。

でも今は、

何もかも変わってしまった今なら、一体何と聞こえるのだろう。

彼はその言葉を、一体どう捉えるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「喜べ少年、君の願いは漸く叶う。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは皮肉だったのか、

それとも本当に、彼の悲願の成就を言祝いだのか。

真相は過去の残痕と消え、その意図は当事者のみぞ知る。

 

 

ただ一つ、

この先の、次の夜を知る者として言える事は。

 

 

その言葉は今度こそ現実になった。

成ってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

嗚呼、聖杯戦争が終わるのだ。

 

 

 

 

 

 

 




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最終夜
開幕 






最後の夜、終わりの始まり。
残るのは一人だけ。
杯は勝者のみを求むる。






彼の口から語られた真相は、目の前の光景を如実に示すものばかりだった。

臓硯の殺害、アサシンとの契約、そして再び、彼の手に灯った令呪。

一節、また一節と事に至った経緯を彼は語る。

そしてそれを聞く度に、私の中では不信が募った。

私が知る彼と今の彼、その両者の行動が余りにも乖離していたからだ。

私の知る衛宮士郎ならばアサシンと契約はしないはずだし、今ここに居るはずは無い。

私の見立てでは、彼は無鉄砲な癖に責任感だけは異様に強い。

きっと自分から聖杯戦争から降りる事はしない。

しかし、その責任感はある一人のサーヴァントと、ある一つの事情によって保たれていたものだ。

 

サーヴァントの名はセイバー。

彼が最初に契約したサーヴァント。

そして事象とは、あの黒い影が行っていた人喰いである。

その黒い影の正体は間桐桜こと、マキリの杯。

間桐臓硯が生み出した紛い物の聖杯。

だがセイバーは敗れ、黒い影も桜の死亡と共に消え去った。

故に、彼にはもう理由が無いのだ。

彼も馬鹿では無い。

丸腰で英霊に挑むなんて蛮勇は存在しないと分かっている。

 

願いを持つ訳でも無く、願うものが近くにいる訳でも無い。

そして聖杯戦争(これ)はもう他者を傷付けるものでは無く、我ら魔術師間に置ける争いへと変化している。

 

けれど当の本人は、さも当然のように参戦を語る。

それが私にはおぞましかった。

簡単に命を賭けるこの男に、頭が理解を拒んでいた。

 

 

「だから俺はここにいる。前とは違う。前は戦いを止める為に戦っていた。けど、今は」

 

 

「今は、戦う為に戻って来た。これが俺の選んだ道だ。譲る気なんて毛頭ない。……分かってくれたか?」

 

 

 

「意味……分からない……」

 

 

分かるはずが無い。

飲み込めるわけが無い。

悪い冗談だと笑い飛ばすのを、目の前で起こった惨劇が否定する。

彼はアーチャーを殺したし、アサシンにイリヤ(小聖杯)を追わせた。

敵だと判断するには十分過ぎるくらいだ。

でも、そうだと分かっていても。

どうしても信じる事が出来なかった。

 

 

 

「あんた…何でこんな事してんのよ……」

 

 

張り裂けそうな胸中を抱きとめるように、自らの胸を強く抑え掠れた声で呟く。

そう言った時、不意に頭に過ぎったのは昼間の出来事だった。

 

 

『君は無意識に人を殺すのを恐れている。そんなんじゃあ勝てないよ。』

 

 

あの時の慎二の言葉。

それは数時間越しの、自分が最も警戒していなかった男からの置き土産だった。

今この状況こそ、慎二の言う通りになっていた。

 

私は怖いのだ。

自分の手で親しい人間を殺めるのが。

そうして血に濡れた手で、何でもない顔をして進むのが。

続ければいつかそれにすら慣れてしまいそうで、そんな自分を恐れているのだ。

 

 

 

「話すべき事はこれで終わりだ。じゃあ、………やろうか。」

 

 

 

「!?、やるって、何をよ。」

 

 

 

「何って、決まってる。殺し合うんだろ、俺たち。」

 

 

 

彼は淡々と手にした剣を構える。

そこに疑問を挟んだような素振りは無い。

寧ろ状況に追いついていないのは私だった。

 

 

 

「士郎、少し冷静になって、お願いだから。自分が何してるか分かってる?あなた今自分がどんな状況なのか分かってるの?」

 

 

 

頭も定まらず、状況も理解出来ない。

こんな状態で戦うなんて不可能だ。

 

 

 

「一度、そう!一度話し合いましょう。私も少し突き放し過ぎたわ。また一から教えてあげるから今は一度落ち着いて、ね?」

 

 

 

 

「…………………」

 

 

 

無言が突き刺さる。

士郎も少しは考えてくれているのか。

そう思った瞬間に、私はそれを後悔した。

慎二の言葉の意味が、その時ようやく理解出来た。

退路なんてもう、どこにだって無い事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ………遠坂。」

 

 

 

 

慎二の言う通りだ。

私は甘い。

一度知り合い、そして分かり合ってしまったこいつと戦いたくないから、こんな提案をしてしまう。

アーチャーはそれを善いと言った。

だが慎二はそれを、戦いに置いては悪しと言ったのだ。

いつから士郎がこうなったのかは知らない。

けど、この状態になった士郎と間違い無く共闘した慎二が、そう言ったのだ。

 

士郎の顔が険しく歪む。

細められた琥珀色の目に宿るのは、嫌悪。

彼がここまで感情を表したのを、私は見たことが無い。

 

 

 

 

 

 

 

「いつまでも、さ。一般人扱いするのはやめてくれないか。」

 

 

 

 

「え………」

 

 

 

「お前には恩があるし、感謝してる。けどそれでも俺はお前と戦うって決めたんだ。」

 

 

 

 

「状況を見ろよ。俺はアーチャーを殺して、お前に刃を向けている。話し合うなんて余地あると思うか?」

 

 

 

今回ばかりは彼が正論だった。

でも私が知る彼は、そんな正論を綺麗事で蹴飛ばすような男だった。

そんなどこまでも真っ直ぐで愚直な青年は、もうそこにはいなかった。

 

 

 

 

 

 

「いや、実を言うとな。話し合うならそれでもいいんだ。お前が負けてくれるならそれでいい。でもさ、遠坂。」

 

 

 

 

思考が凍りついて上手く動かない私の頭を気にもせず、彼は矢継ぎ早に畳みかける。

それは彼の最後の優しさだったのか。

それとも、ただ私を焚き付ける為だけの挑発だったのか。

どちらであろうと結果は変わらず、

最後の戦いの火蓋は、そんな彼の最後の言葉によって切られる事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「桜を殺してまで、戦う事を選んだんだろ?自分の実の妹を自分の手で消し去ってまでも、ここに立つ事をお前は決めたんだ。でもそれ、こんな程度で折れる程の覚悟だったんだな。」

 

 

 

 

「ーーーーーーーーーっ」

 

 

 

 

 

「簡単に事が済みそうで良かった。いつの間にか腑抜けになっていてくれて助かったよ。」

 

 

 

 

それが何を意味するのか。

それが私にとってどんなに重いものなのか。

こいつは知ってる、知っていてそう言っている。

分かっている、安い挑発だと。

私を戦わせるだけの詭弁だと。

きっと頭の固い士郎の事だ。

戦わないと納得出来ないから、私を無理やりにでも戦わせたいのだ。

そうして互いに折り合いをつけて、憂うこと無く事を終わらせたいのだ。

 

 

あぁ、分かってる。

あぁ、分かってる。

 

 

 

ーーーあぁ、分かってる。

 

 

勿論、そんな事、当たり前に分かっていて。

 

 

 

 

 

 

 

「お前、私の前でその名前を出す事が、どういう事か知っていて言ってるんでしょうね?」

 

 

 

 

 

 

 

分かってなお、私は自分の激情を抑える事は出来なかった。

眼から血が出そうな程に、強く、強く彼を睨み付ける。

いい加減頭に来た。

怒りを通り越して、これは憎しみだ。

許せない。

アーチャーを殺したこいつが許せない、私の勝利を奪ったこいつが許せない。

例え、本心じゃないとしても。

私の覚悟を鼻で笑ったこいつが、許せない。

そんな憎しみが私の体を動かす。

立ち上がり、彼の方を真っ直ぐと向いて、銃口()を構える。

 

 

 

「やってやるわよ。あんたみたいなへっぽこどうって事ない。今更後には引けないもの。一人背負おうが二人背負おうが変わらないわ。」

 

 

 

 

目的は一つ。

眼前のものを、跡形もなく消し飛ばす。

その骸をもって、本当の終わりとする。

 

 

 

 

 

「そうだ、それでいい。お前の前にいる男は、お前の今までの努力を、想いを、積み重ねを、その全てを否定する者だ。」

 

 

 

 

 

「黙りなさい。」

 

 

 

 

「恨んでいい。許さなくていい。その代わり、聖杯は俺が貰う。」

 

 

 

 

「黙れって言ってんでしょ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「……………さぁ、終幕(オーラス)だ。遠坂凛。」

 

 

 

 

 

言葉は消えた。

理性は踏み潰した。

今の私は、憎しみ力に変えて撒き散らす獣だ。

奴が人が獣だと語るのなら、私が教えてあげよう。

我こそは純然たる人という獣。

どこまでも人間らしく、

前に進む事でただの獣から抜け出した、誇りある生物だということを。

衝動で、本能で、戦いを求めての戦いは終わり。

ここからはアレ(獣ども)にはまだ早い、人間らしさ(怒りと憎しみ)で動く戦い。

 

 

 

 

 

 

「殺してやる。正義の味方(英雄気取り)が。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「さよならだ、一人きり(トップランナー)。せめて悔いの無いようにな。」

 

 

 

 

 

鼻先に冷たいものが触れた。

泣き出した空から溢れ出す涙は、耳に届くほどになっていく。

それは次第に地面に黒い斑を描いていく。

葉に水がはね返る音。

地面が水を吸い、辺りには湿った香りが充満していく。

みるみるうちに雨足は強くなり、私たちは一瞬にしてびしょ濡れになる。

一瞬、視界が白に染った。

数秒後、遠くで雷鳴が雨音を切り裂いた。

警笛、或いは警鐘か。

眼前に立つ男を殺せと、身体全てが吠えている。

そんな私の思いと呼応して、空もまた雷と共に怒りを轟かす。

そんな遅れて来た轟音を歯切りにして、士郎はゆっくりと口を開き、静かに双剣を構えた。

 

 

 

 

 

 

「あぁ、漸く………、終わらせるよ、桜。」

 

 

 

 

 

そうして、泣き出した空を慈しむように見上げる彼の姿を捉える事もせず。

私は怒りに身を任せ、湿り切った大地を蹴り上げた。

 



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VS 魔術師殺し

※一応HF最終章のネタバレ注意です※


どうも皆さん、たまごぼうろです。
二度目の失踪申し訳ありませんでした。
と、言い訳がましいので謝罪は簡潔にしておいて、また投稿頑張っていこうと思います。

HF最終章、ご覧になりましたか(圧)
見てないよ、と言う方は今すぐブラウザバックして明日の上映のチケットを予約してきてください。公開数もう多くは無いですが是非。
いや、ほんと、感無量。
兎に角たくさん泣きました。ハンカチ3枚持って行って全部びちょびちょになるとは思いませんでした。
感想書きたいけど、簡潔にまとめられないし、全部書こうとしたら時間が無い。

士郎と桜の話、言峰の話、イリヤの話、凛の話。
ライダーもかっこよかったし、セイバーオルタとの戦闘は、ていうかあの顔…………
まさか言峰の掘り下げあんながっつりやってくれると思わなかったし、あとアンリマユの目が、目が…………………………
衛宮士郎………好きな人の為に頑張るお前が世界一かっこいいぞ…………


ちょっと思い返しただけでこれですよ、止まらん止まらん。
要望があれば少し頑張ろうと思いますけど、きっと怪文書出来上がるんだろうな、と怖くもありますね。
と言う訳で一言だけ、それも一ファンと言うよりはこの二次作品を書かせてもらっている側として、感想を述べたいと思います。


あんなに清濁混じり言った素敵なエンドを見せつけられたら、それら全て台無しにしてるエンド書く気なくなりますわ。ほんと。


と言う訳で完結目指して頑張ります。
ではどうぞ。


互いに大見得を切って始まった戦いだったが、戦況は私にとって芳しくなかった。

一つは、単純に体調(コンディション)の問題。

先のバーサーカーとの戦いで投影人形を用いたお陰で、私の魔力は残り二割強ほどになっている。

魔力、即ち生命力(オド)

それが少ないということは、それだけ命の危機が近いという事に繋がる。

頭は回らないし、足も縺れる。

視界は霞み、感覚野は次第に麻痺していく。

だけどそんなのは昔から嫌というほど味わって来たし、今更大きな問題になりはしない。

弱いなら、辛いなら、それを補う戦い方が存在する。

加えて相手が魔術使い程度の者なら、こんなのは良いハンデだ。

 

 

では、問題は何なのか。

その答えは、目の前の男が私の予想よりも遥かに壊れていた事、ただそれだけだった。

 

 

 

「ッーーーーー!!」

 

 

 

必死に身を捩る。

喉元に空を切った感触がした。

前を向いたまま仰向けの状態になり、逆立ちのような体勢でぬかるんだ地面を手で捉える。

そうして身体を縦に百八十度回転させ、着地の間際にガンドを放つ。

破裂音と共に心臓めがけて飛んでいく魔弾。

しかし相手はそれを気にも止めず、いとも簡単にそれを切り払いながら再びこちらに向かってくる。

近付かれればこちらに勝ち目は無い。

脚に魔力を乗せ、先程の回転にかかった後方への力のまま勢いよく飛び退き、今度は魔弾を機関銃のように乱射した。

 

 

「………………!」

 

 

流石にこれには近付けないか。

魔弾の着弾地点ギリギリで踏み止まり、同じように後方へ跳躍する。

 

 

時間にして凡そ五分ほど。

再び戦い始めた時と同じように、少し距離を取って睨み合った。

 

 

 

「っ、はぁ…………」

 

 

 

大きく息を吸い、吐き出す。

急激に動かした身体隅々に酸素を回らせて、思考をクリアにして行く。

状況は劣勢、それも私の側が。

息の荒い私に対して、士郎は溜息の一つも零さず、ただ光の無い瞳でじっとこちらを見ている。

その立ち姿、振る舞いに、一部の隙も感じられ無かった。

 

隙が無い、というのは何も身体面や見た目だけの話では無い。

一見して不動に見える達人も、気の持ちよう一つで素人に破れる事もあれば、未熟な者が気概のみで強者を喰らう場合もある。

寧ろこの場合、私が指すのはそんな精神面の方だ。

彼は精神面に置いて隙が無い。

迷いが無い、憂いが無い。

その一挙一動全てが意思と連動し、心·技·体全てで行動を作り出している。

 

まるで鋭く研がれたナイフ、或いは重厚な鈍器のようだ。

それらはどちらも使用者の意思によって、その姿を様々に変える。

ナイフであれば包丁として、鈍器であれば金槌として。

そして一度殺意を持てば、それは凶器として。

彼はそれが負の側面、凶器の側に振り切れてしまっている。

 

 

ぶるりと体が震えた。

それを雨のせいだと自分の中で誤魔化す事も出来ない。

私は今、こいつに恐怖した。

曲がりなりも士郎は知り合い以上の存在だし、同じ境遇であるという親近感も私は感じていた。

加えて、恩着せがましいので余り言いたくは無いが、私は一度こいつの命を救っている。

彼がまだマスターになる前、アーチャーとランサーの戦いを偶然目撃してしまったが為に、一度ランサーに殺された。

それを父さんから託された宝石(切り札)で蘇生させたのは私だ。

つまり命の恩人であり、それはこいつも痛いくらい分かっていたはず。

なのにこうもあっさりと、それこそ誰かに操られていると考えるのが正しいと思うくらいに。

彼は私を敵として見ていて、そして私に自分を敵として見られようとしていた。

私はあの行いを悔いたことは無い。

何度生まれ変わって、幾度運命が変わろうと、私は必ずああしてた。

でもこうもその選択が間違いだと言われれば、私も後悔したくなる。

 

 

 

 

 

(なんで、なんで、なん、でーーーー)

 

 

 

 

 



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VS 魔術師殺し②

2話目です。
出来れば一気に読んでいただきたいので、今回の戦闘編は纏めて更新します。コンスタントに投稿できない作者でごめんなさい………

さて、少し前回の話題を引き継いで映画の話をしましょう。
というもの今作、色々な方にお褒めの感想を頂いております。ありがとうございます。
こうして僕が投稿再開する気になったのも、そうした温かい言葉のお陰です。
そんな感想の中で特に多かったのが、慎二に対する解釈のものです。
僕は勝手にですが慎二にシンパシーと言うか、近しいものを感じていて、だからこそ彼の言動行動は書いていてかなり楽しい部分でした。

で!!!

映画見た人なら分かりますよね。冒頭の!慎二!!
HF最終章、感動するポイントは数多くあれど、まず僕はあのシーンで涙腺が緩みました。
なんて綺麗な死に顔なんでしょうね。彼の生前の苦悩とか殆ど感じさせない。はっきり言って顔が良い。
それを死に顔で改めて痛感するんだから、ほんとひどい。
そしてそれに対する士郎の顔ですよね、憐れみというのも違くて、ただ単に可哀そうと感じているわけでも無くて。
感情に対する言葉がすごく多い日本語でも表せない、表情のみで作られる想い、そういったものを感じました。

と言う訳で間桐慎二強火オタクによる、HF最終章、間桐慎二のココがいい!!
次話の前書きに続きます(尚、本人は劇中に登場はしない)
ではどうぞ。


 

 

意識が闇に埋没しそうなった瞬間、士郎が動いた。

 

 

「ッ!!!」

 

 

コートの胸元に手を入れて取り出したのは歪な形をした球体。

それはラグビーボールの様な形をしていて、それでいて大きさは野球ボールくらい。

深緑色に染ったそれは、上部にピンのような金具を付けていた。

彼は素早くそのピンを抜くと、躊躇うことなくこちらにそれを投げた。

 

 

 

「なに、を」

 

 

 

と、思考が切り替わる直前に、体が勝手に動いていた。

大きく距離をとる。

それが何なのか理解していた訳では無い。

ただ、本能とか言うやつで体が勝手に動いたのだ。

あれに近づけば死ぬ、と。

 

 

そしてそれは直ぐに正解だったと分かる。

その球体は丁度先程まで私が立っていた地点にぽとんと落ちた。

湿った土の音、一瞬の静寂。

コンマ数秒、意識すら移す暇無く。

それは当たりを巻き込んで、私の視界を赤に染めた。

 

 

 

 

「かっ、はっ、ぁ!!!」

 

 

 

 

そして遅れて、耳を割く轟音と爆風がやってくる。

飛ばされまいと身を屈める。

だが、咄嗟に対応出来たのはそこまでだった。

堰を切ったように溢れ出るのは火薬の香り。

雨に濡れて冷たい体、だけど露出した肌だけ酷く熱い。

 

 

 

 

 

「爆弾…って!あんた………!!」

 

 

 

 

そう言って違和感に気付き、首元を触ると血が垂れている。

左耳が聞こえない。

正確には、耳鳴りが止まない。

さっきの爆発で鼓膜が破れたのだろう。

耳からは血が垂れ落ちて、鋭い痛みが走っている。

だが今は、それを気にする余裕すら無かった。

 

 

 

 

投影、開始(トレース、オン)

 

 

 

未だ残る爆煙を隠れ蓑に士郎が突進してくる。

手には双剣、その片方をこちらに投擲。

くるくると回りながら弧を描いて寸分違わずこちらの首を狙ってくる。

それが頬を掠る風を感じながらも躱し、逆にこちらも距離を詰める。

 

 

 

「!?」

 

 

 

丁度手にしたもう片方の剣を振り下ろそうとしていた士郎は驚いたように目を開く。

きっと彼も想定してはいなかったのだろう。

私が遠距離ばかりだと思って、油断していたのだろう。

これこそ私が狙っていたものだ。

私が付け込まれたように、今度はその隙をを狙い打つ。

 

 

 

「はぁぁぁ!!」

 

 

剣を握る手の手首を裏拳のように殴り飛ばす。

 

 

「う、ぐっ!」

 

 

振り下ろされようとしていた剣が滑り落ちる。

綺礼に仕込まれた八極拳。

近接戦を得意とする相手に接近された時の奥の手が、これ以上無い形で突き刺さった。

裏拳の衝撃で、士郎の左腕は弾け飛ぶ。

骨を砕いた感触。

鈍い痛みに歪む顔を見て、もう戻れないと覚悟を決める。

がら空きの胴体、彼の両腕に獲物は無い。

今ならいけると確信し、もう一歩鋭く踏み込む。

この間合いならと掌底を構えた時、視界の隅に黒い影が見えた。

 

 

 

「!?」

 

 

 

 

「おっと、バレたかな。」

 

 

 

 

咄嗟に身を翻す。

すると、左腕の肩口に切り裂かれたような痛みが走った。

鮮血が溢れ出るのを間近に眺める。

見ると、先程投擲されたもう片方の剣が戻って来ていた。

 

 

「あ、ぐぅっ!!」

 

 

強い痛みが走る。

それが今までのような軽い傷では無いのは、流れる血の量から容易に想像出来た。

もう一瞬気付くのが遅ければ、それは恐らく首に突き刺さっていただろう。

だが、今はそんな事を気にしてはいられない。

折角のチャンスがふいになっただけて無く、逆に大きな隙を生んでしまった。

 

だが、士郎も左腕が死んでいる。

これなら直ぐに攻撃は出来まい。

投影しようにも時間がかかるし、殴りかかって来たのなら寧ろ好都合だ。

そこまで考えを巡らせて、視界の端に置き去りにしていた敵を見据える。

だが、そんな彼の未だ動く右手に握られていたのは、その予測を全て覆す武器(もの)だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ーー弾丸、顕在刺突(トリガー、コネクトアウト)

 

 

 

 

 

「ーーーーー!?」

 

 

 

 

その右手に握られていたのは、一丁の黒い銃。

それが魔術回路の淡い水色の繋がりを帯びて、遊覧灯のようにぼやけている。

だが、それは本来有り得ない。

 

 

銃とは技術の具現、即ち神秘の否定。

人が、人の歴史が、

「如何に効率的に(ケモノ)を殺すか」

それを突き詰めた結果生まれた産物。

そうやって生まれた(それ)は、酷く魔術と相性が悪い。

何しろどんな信仰形態にも無い、正真正銘に神秘の手から離れたモノ。

更に言うならここは日本だ。

この国で銃の所持は重罪として扱われる。

魔術に置いても人の社会に置いても腫れ物として扱われるそれを、彼はさも当然のように持っていた。

 

当たる訳が無いと、私の理性は強く叫ぶ。

そもそもそんなもので私に傷は付けられない。

神秘に対抗出来るのは同じく神秘のみ。

魔力で強化されている私の体ならば、きっと銃弾は貫通すらしないだろう。

 

だけど同時に、培われた経験が物語っている。

あれが纏う神秘は、私のものに匹敵すると

 

 

 

 

 

「ーーーーーーーぐっ!!」

 

 

 

 

 

鋭い発砲音と共に、左足の太ももに激痛が走った。

迷いを、穿つ。

私の一瞬の逡巡を彼は見逃さなかった。

同時に、全身に違和感。

体から力が抜けていく。

 

僅かに顔に余裕が浮かぶ士郎。

だが同時に、それを見逃す私でもない。

強張る体を無視して魔力を回す。

 

 

「初見殺しもいい加減にしろっての!!」

 

 

片膝をつきつつ、腕を構えて魔弾を放つ。

数うちゃ当たると言わんばかりの乱れ撃ち。

同時に撃たれた箇所に激痛が走るが、我慢する。

 

 

「ッ!!」

 

 

不意を撃たれ、咄嗟に身を捩るが間に合わず、魔弾は彼を捉える。

 

 

「が、っ、」

 

 

そのまま仰向けに倒れ込む。

対魔力の無い彼にとっては致命傷にも近いだろう。

 

 

「痛ッ!」

 

 

同時に私も激痛にしゃがみ込み体勢を崩す。

先ほど撃たれた場所が燃えるように痛い。

弾丸は私の脚を貫通せず、弾は体内に残っている。

まるでそれが内部から食い破ろうとしているかの如き痛み。

 

 

 

 

「はーっ、はーっ、ふっ!!」

 

 

 

手に魔力を集めて、傷口の後ろ側を強く押す。

その力は振動となって体内の弾を押し出した。

 

 

 

 

「はっ、あぁ、ぎっーーーーーー!!!」

 

 

涙が出るほどの痛みと共に、弾が傷口から飛び出してくる。

 

 

(やっぱりか……)

 

 

出てきた弾丸は銃の口径とサイズがあっておらず、また剣のように鋭くとがったものが弾自体から何本も飛び出ていた。

 

恐らくこれが私の魔術回路に接触し、魔力の流れを阻害していたのだろう。

膨張した弾丸からは僅かに私の魔力を感じる。

この弾丸は魔力を吸って鋭く膨張する構造なのだ。

相手の魔術回路に撃ち込めば魔術を行使する度に肥大し、その部位を内部から破壊する。

今の攻防で私の魔術回路の場所を把握し、そしてそこに寸分違わず撃ち込んだ。

物体の解析と射撃のセンスが無ければ、全く意味を為さない。

さしずめ、衛宮士郎流の魔弾という訳だ。

 

 

ふらつく体に恐る恐る魔力を回すと、今度は正常に循環していく。

魔術刻印による再生こそほぼ停止しているが、これでいくらかマシにはなった。

泥濘の中で倒れたまま動かない士郎。

 

 

見れば頭部から出血している。

地面に薄く広がる紅色。

一見して戦闘不能になったようにも見える。

 

 

 




毎回前書きにクソ力入れてしまう。でもあれ書いてる時が一番楽しい。


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VS 魔術師殺し③

3話目です。
はい、前回の話の続きします。
前書き興味ない方はそのまま本編へお進みください。

間桐慎二強火オタクによる、HF最終章、間桐慎二のココがいい!!
冒頭の後に慎二が登場する(しない)のは、ラストシーンです。
桜が1人でお墓参りに行っているんですね。
ここは直接描写が無いので願望に近いんですけど、慎二っぽいなーと。
あの段階で、目の色から桜がかない遠坂に近づいているので、両親の墓参り、とも推察できますが、恐らく慎二のもので間違いないのかな、と思います。
そしてそこから花の唄が流れ、桜のシーン。
当然っちゃ当然なんですが、慎二はいないんですよ。桜が殺したので。
HF最終章、キービジュアルからも伺えますが、桜の罪がかなり強調されていて、恐らく映像で明確に彼女の罪を感じさせるのがあそこかな、と。
変わらなかったもの(士郎、凛など日常のキャラ)、変わってしまったもの(桜の心情と自分が奪ってしまったもの)。
前者を色濃く見せることで、後者の喪失が深く印象づくのは、見事としか言えません。
桜の中で慎二は傷なんだろうな、憎しみよりも憐れみが強かった分………

因みに今回紹介したシーン以外で慎二が活躍した(していない)シーンは

・桜による衛宮邸襲撃後、言峰による1,2章を影と共に振り返っていくシーン
・ゼルレッチ投影の為に記憶にダイブした際、士郎がゾォルケンを見たシーン
・大空洞での姉妹喧嘩の時に、桜が嫌いだったものを挙げていくシーン

僕が覚えている限りだと以上です。ここもだよ!って方はコメントで教えてください。
以上です。長々とありがとうございました。では本編へどうぞ。



 

 

「やった、の?」

 

 

 

ゆっくりと立ち上がる。

痛みを訴える左脚を引き摺って、右腕を構えたまま倒れ込んだ士郎に近づく。

油断は出来ない。

今までの彼なら致命傷の筈だが、目の前の男は最早以前の衛宮士郎とは別人だ。

何らかの対策を施していても不思議では無い。

念の為、と思いもう一度魔弾を放とうとした。

その時、不意にその上体が持ち上がった。

 

 

 

「!!」

 

 

 

右目を覆うように流れる血。

あれではもう見えはしないだろう。

口からも血が溢れている。

 

 

 

「ごほっ」

 

 

彼が小さく咳き込むと、そこから血が零れた。

あれでは恐らく、体の内部にまでダメージを受けている。

満身創痍にも見える五体は、されど力に充ちていた。

片目であろうと手負いであろうと。

手が動き、足が動き、まだ前を向けるのならば。

この男は、止まらない。

 

 

 

「まだ、終わってないぞ。」

 

 

 

火薬が爆ぜる音が耳を突く。

回避は間に合わなかった。

だが、弾丸もまた私を捉えることがなかった。

片目の士郎では、私を正確に狙う事が出来なかったのだ。

 

 

 

 

「これでっ!終わりよ!!」

 

 

 

特大の魔弾を食らわせようと手を構える。

だがその時、士郎は焦る素振りすら見せずに呟いた。

 

 

 

 

弾丸、弧描曲剣(トリガー、コールカーブ)

 

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

反射的に身を翻した瞬間、後方から飛来した弾丸が私の髪を数本攫っていった。

避けなければそれはきっと後頭部に突き刺さっていただろう。

 

 

 

「弾が、曲がった?」

 

 

 

無理な体勢で回避した為に縺れそうになる足腰。

それを強化を使って無理やりに持ち堪える。

 

 

 

 

「があぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

「きゃっ!!」

 

 

 

だがそれを崩すように、怒号を纏って士郎が肩から突進して来た。

躱せずにもろに食らい、また後方へと吹っ飛んでいく。

無論、魔術による攻撃ではない。

しかし、疲れきった私の身体は、その程度のものでいとも簡単に飛ばされるのだ。

 

 

泥濘した大地を滑る。

お気に入りの一張羅が土色に染まっていく。

土と赤。

泥と私たちの流した血。

暗雲の中、雨はそれらを流し切ろうとますます勢いを強くする。

 

 

「っ、は、ごほっ」

 

 

再び口から血を吐き出して、士郎は立ち上がった。

だらりと垂れた左腕。

血に濡れて、もはや見えない右目。

傷はとめどなく、その体から体温を奪っていく。

しかしこの程度、彼にとって致命傷には程遠い。

 

 

 

 

 

「あ、ア、」

 

 

 

止まらない。

使えない左腕を杖にして、不格好にも起き上がる。

 

 

霞む視界。

立ち上がる仇敵。

その姿に、もういない相棒の面影が重なる。

あいつも今の士郎のように、ボロボロになっても立ち上がっていた。

限界の身体を無理矢理に焚き付けて、自分を殺しながら動いていた。

手足が無くなろうが、感覚が奪われようが、この心が折れない限りこいつらは止まらない。

止まれば、自分が自分で無くなるからだ。

敵でも味方でも無い。

自らを賭けて、その命を投げ出して、戦う為の一歩を望んでいた。

 

 

じゃあ、私は?

 

 

私はどうだ、立ち上がるのか?

身体はとうに限界。

激しく打ち付ける雨ですら心地よく感じる程。

力は入らない。

我が全てが、私を生かすために敗北を訴える。

 

 

 

 

 

では、心はどうだ?

 

 

私にはあるのか。

今まで数多に散っていった参加者たちのように、燻り続けた欲望はあるのか?

士郎のように、アーチャーのように、どうしても譲れない誓いはあるのか?

桜のように、イリヤのように、悲願全てを背負う覚悟はあるのか?

慎二のように、全てを諦める勇気はあるのか?

 

 

 

 

無い。

 

 

 

そんなもの存在しない。

私は勝ちたい、どうしても勝ちたい。

理由と言われれば、今は桜の為に勝ちたい。

でも、始まりは違う。

私は、負けたくないから勝ちたいんだ。

理由はそれだけだった。

何かを成すために戦うのでは無く、戦いこそが私の理由だった。

 

 

ここが終点だ。

敗着濃厚な際にみっともなく足掻けるほどの志が、私には無い。

戦いの為に戦う者と、大義の為に戦う者では、最後の最後で決定的な差が存在した。

故に、私には言うことを聞かない身体を動かす術が無い。

 

 

 

 

だが、

 

 

 

 

「常に……余裕を持って、優雅、たれ。」

 

 

 

「?」

 

 

 

 

身体が自然と上がっていく。

魔術刻印による修復は最早追いついておらず、身体のあちこちから悲鳴が上がる。

動けない、戦えるはずがない。

そのはず、なのに。

心はとっくに諦めようとしているのに。

 

 

 

 

「うちの家訓よ。……ごほっ、これを掲げるからには、どんな窮地だって、楽しまなきゃ……!」

 

 

 

 

口元の血を拭い、泥濘だらけの大地に足を立てる。

動かない身体、消えた心。

それでも、私の身に刻まれた歴史が、私の全てを焚き付けた。

大義が無くとも、願いが無くとも、我らには誇りがある。

万全の形で万全に勝利するという、始まりから続いた在り方がある。

父も母も、私の知らない先祖たちもきっとそうした。

その積み重ねこそが、この言葉に集約されている。

だから、こんなところで諦めてはいられないのだ。

 

 

 

 

「私は負けない。あんたが幾ら綺麗事を語ろうと、私は負けたくないの。」

 

 

 

「だって、胸を張れないもの。このまま諦めたら、今の私を生み出した全てを裏切る事になる。」

 

 

 

口に出せば、心も身体もついてきた。

終われない、終わらせない。

私達の歴史を、こんな場所で消えさせはしない。

 

 

 

立ち上がる。

土砂降りの雨を打ち消して、決まりかけの運命に逆らうように。

前を見据える。

私と同じように血濡れで立つ男を、強く強く睨み付ける。

 

 

 

「終わらせるわ、この一撃で。」

 

 

 

決めるならここしかない。

持久戦になれば負ける。

故に、ここで必中必殺の一撃を繰り出す他、私が生きる道は無い。

 

 

 

手元に残る最後の宝石が宙に浮かぶ。

黄金の石が四つ。

鮮やかな軌跡が後を追い、しだいに一つに集束していく。

同時に、体を巡る魔力の流れを遮断。

その全てを、宝石の流れへと乗せる。

 

 

 

 

刻印、簡易接続(ルート、セット)魔力炉への道程確保。接続開始、……………魔力量、一定値を確認。接続変更」

 

 

 

 

 

 

接続解除(チェンジ)ーーー領域拡大(チェンジ)再接続(チェンジ)!」

 

 

 

生命力(オド)が抜けていく。

命が吸われていく。

辛うじて繋いでいた生命の循環が解けていく。

ーーー構わない。

その後など気にしない、今は今のみに集中する。

あいつを、士郎を殺す事。

それだけに今は命を込める。

 

 

 

「…………ここか。」

 

 

 

同時に士郎も動いた。

私は忙しなく魔力を回し、辺りには漏れ出た魔力が弾けて出てプラズマを作っている。

それとは対照的に、彼の動きはシンプルなものだった。

魔術を使い何か行う訳でもない。

いつもの投影も、何もしようとはしなかった。

右目を血を拭い、足を肩幅に開く。

眼前で唸りを上げている私の音など気にもとめず、一挙一動を丁寧に、静かに。

ルーティンのように落ち着いた所作は、形は違えど彼の射型を思わせる。

いつの日だっただろう。

気まぐれに朝早く登校した時に、綾子に連れられて弓道場で士郎の射を眺めたことがある。

あの時の彼は、彼の射はとても綺麗だった。

無駄な動きも雑念もなく、動作すべてが淡々としていた。

きっと、何度も何度も練習したのだろう。

弓を置いた今でも、体に染みついているのだろう。

それ故に命を賭けたやり取りの中でも、そんな没入状態に入れているのだ。

 

そうして、彼は手にした銃をその場に落とし、

 

 

 

魔弾形式(ツアープラン)(ツアープラン)、黄金貴竜(インペリアル・オーバーライト)

 

 

 

そこで思考を行う余裕は消え去った。

視界が弾け、白に染る。

生命維持に必要な人としての最低限の機能だけを残し、この身は身に余る黄金の輝きを放つだけの銃身と化した。

狙いを付ける必要は無い。

この距離ならばどこに打とうと、攻撃範囲から逃れる事は出来ない。

この一撃を以て、今までの戦い全てに終止符を打つ。

 

 

一点に集まった宝石はそれぞれがぶつかり合い、更に魔力量を増していく。

次第に、それら内包できる魔力量の限界を迎え、一つ、また一つと弾けて、ただのエネルギーの塊と化していった。

それが臨界点になった時、我が肉体(銃身)を破壊せんばかりの奔流が辺りを覆う。

私は、その瞬間を今か今かと待っている。

感覚はそこだけに置いている。

それ以外、何も見ることは出来ない。

 

 

 

「これで、終わりだな。」

 

 

 

だから、この声を聞くことも出来ず

 

 

 

 

 

 

 

 

四重螺旋光砲(セクタ・リミテッドフロー)!!いっけぇぇぇぇぇぇぇーーー!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

遂にその瞬間は訪れ、私は轟音と共に最後の銃声を鳴らした。

それは、先程見た黄金の輝きを真似た地上にて光る一筋の流星のように地面をなぞり一直線に飛んでいく。

地面をえぐる光は目の前の影を一撃で吹き飛ばし、跡形もなく消し去った。

 

 

 

 

 

 

私はその光景を、何故か他人事のように俯瞰していた。

バラバラに砕けても可笑しくない肉体に不思議と負荷はなく、消えていたはずの五感も全て戻っているように感じる。

今までの苦しみ全てから解き放たれ、まるで自室のベッドに入り込んだかのような。

幻覚にしてはお粗末な、夢としか思えないような心地に襲われた。

 

しかし、夢では無い。

それを放ったと感じた途端に、体は嘘のように軽くなった。

軽い、と感じる知覚はある。

つまり、私は文字通りはなった瞬間に死んだ訳では無い。

きっと生きて、この謎の感覚に身を委ねてしまっている。

では、何故こんなにも身体は軽いと感じるのか。

 

 

 

 

 

 

(こんなの、まるで走馬灯だ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな後付けの感覚の前。

私が消えゆく視界で最後に掠めたのは

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーーーーーーうそ」

 

 

 

 

 

 

 





同時にmaterialを更新します。活動報告をご覧ください。士郎の用いた銃についてです。



本編補足
今回凛が発動した魔術ですが、見覚えのある方がいるかもしれません。
というのも、今回、「魔法使いの夜」のヒロイン、蒼崎青子が、同本編で使用する魔砲の詠唱を参考にしました。見覚えのある方はそれです。
黄金貴竜、という名称は、一応セイバーから取りました。エクスカリバーを放つアーチャーとほぼ同じものを使った、という感じにしたかったので。


追記
来週中に最新話を投稿します。今回の決着とその後について、漸く長かった夜が終わります。
その時今回の様に複数話投稿できるかは不明ですが、ストックと相談して僕が満足いくくらいにする予定です。
そしてその後、多分また次話が遅くなると思います。頑張って書いていこうと思います。


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終幕












 

 

 

雨が上がっていく。

ずっとずっと、戦うもの達へと無慈悲に降り注いでいた雨が。

月が光を地面へと落とす。

まるで、この悲劇を見たくはない、とばかり雲の中に隠れていた月が。

 

森が、静けさを取り戻す。

狂戦士の嘶き、弓兵の誓い、暗殺者の乾いた声。

様々なものに包まれていた森から、音が消えた。

 

 

辺りには木々が連なっている。

地面には水溜まりと血溜まりが奇妙なコントラストを生み出している。

その場所には、炎が散りばめられていた。

残り技達が燻り、僅かな火を上げる。

それがあちらこちらに散らばっていた。

そして、そんな残り火に囲まれるように、大地を抉ったかのような痕跡が残っている。

しかし、それは何処か奇妙な形だった。

恐らく、それは長く長く続く筈だったのだろう。

クレーターは円状では無く、丸い立方形の半分を切り出したかのようだった。

そして、それは不自然に途中で途切れているように見える。

まるで、それ自体が更に強大な質量に打ち消されたかのようだった。

 

 

そんな不可解な痕跡の中、二つの人影がそこには見えた。

双方共に血塗れで真っ赤に染まっている。

一人は、ただ立ち尽くし、

一人は、ただ倒れていた。

きっとこの光景を見た者は、それ以外何を思い浮かべる事は出来ないだろう。

 

 

影の一つはゆっくりと歩き出す。

倒れた者に向かい足を引き釣る。

その者は紛れも無く勝者のはずだが、それでも身体はボロボロで、まるで敗走のように足取りは重かった。

だが、そう感じた者は漏れなく全員口を噤むだろう。

それは何故か。

それは、臥している影が何より物語っていた。

 

 

 

 

 

そうして、辿り着いた者はソレを見下ろす。

もう動かない、否。

最早死に体と化した、動く肉塊の姿を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!!」

 

 

 

 

それは異常な光景だった。

彼女はきっと、瞑目麗しき少女だったのだろう。

才色兼備と讃えられ、それに見合う努力をしてきた筈だ。

それが今は、喉を絞るような声を上げ、甲板に打ち上げられた魚のように、自らの体から流れ出た血の海を跳ね回る。

最早血を色を失い土気色に近くなっている肉体は、しかしながら信じられないほどにのたうち回る。

四肢を千切らんばかりに掻きむしり、狂い足掻いて血を零す。

信じられない苦しみの中に囚われているのは、誰の目にも明らかだった。

それを、人と呼べるのか。

その姿を、生者と呼べるのか。

 

 

 

そして、その光景を眺める人物も又、異常であった。

その燦々足る光景を見て尚、彼は空虚だった。

勝利の余韻に浸るでも、自らで生み出した地獄を見て嬉々としている訳でもない。

強いて言うなら、彼は結果を見ていた。

自分で殺したという過程では無く、目の前で人が死んでいこうとしている、という事実を、ただただ眺めていた。

感慨も罪の意識も、何も無い。

彼の胸中からは、既に様々なものが消え失せていた。

 

 

 

 

 

 

 

「俺の勝ちだ、遠坂。」

 

 

 

 

 

 

 

「い゛いたい、いたいいたいいたいいたいいた、あ、ああああああああああああ!!!!!!!!」

 

 

血だまりに藻掻く敗者は、遠坂凛。

それを眺めるのは、衛宮士郎。

 

 

この惨劇を目の当たりにすれば、きっと誰もが目を覆う。

悍ましく、惨たらしい。

誰よりも直向きだった彼女の最後が、こんなにも惨めなのかと。

誰よりも優しかった彼の結末が、こんなにも残酷なのかと。

 

 

 

こんなものが、全ての決着なのかと。

 










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彼岸と此岸の硲、憐れに泳ぐ赤い魚







 

 

痛い。

痛い、痛い。

痛い、痛い、痛い。

頭が痛い。

目が痛い、鼻が痛い、口が痛い、耳が痛い。

首が痛い。

胸が痛い、手が痛い、指が痛い、足が痛い。

吸い込んだ息が痛い、引き裂くような声が痛い。

心臓の脈打つ音が痛い、湿った地面の感触が痛い。

何もかもが、自分を構成する総てが痛い。

 

痛い、痛い、痛い、痛いイタイ、イタイイタイイタイイタイイタイ

痛、痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛イタイイタイイタイイタイ痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛

痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛

痛痛痛痛痛痛痛痛イタイイタイイタイイタイイタイ痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛

痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛

痛痛痛痛痛痛イタイイタイイタイイタイ痛痛痛

痛痛痛痛

イタイ痛痛痛痛痛痛痛痛

痛痛

痛痛痛痛痛痛痛痛

痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛

あは、

あはははははは、

あはははははははははははははははははははははははははははははははははは

ははははははイタイイタイイタイ

イタイ?イタイ?

イタイノハキモチイイ?

ハハ母はハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハは

イイイイイイいいいいい

いきたまイタイまさばかれるさイタイかなのきもちまないたのうイタイイタイえはまっかなぷーるみたいでそのなかでおぼれるこいをわたしイタイはながめてイタイイタイいるえさはみずからのにくたいイタイイタイイタイてもあしもないぞうもなにもかもぴちぴちでイタイイタイしんせんですらりとなイタイイタイイタイイタイいふがささるさんまいにおろしてきれいにしょりされてそのままばりばりとくだかれイタイイタイイタイイタイてみんイタイちになるイタイイタイイタイイタイ

とまらないとまらないいたみがひかないいたみがとれないしにたいころしてなんでなんでなんでんなんでなんでなんでなんでんなんでなんでなんでなんでんなんでなんでなんでなんでんなんでなんでなんでなんでんなんでなんでなんでんなんでなんでなんでんなんでなんでなんでんなんでなんでなんでんなんでなんでなんでんなんでなんでなんでんなんでなんでなんでんなんでなんでなんでんなんでなんでなんでんなんで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ゛あ゛あああああ、痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

遠くで誰かの声がする。

痛いと叫ぶ音がする。

でも、今は、

そんな声すら、痛くて痛くて堪らない。

 

 

 

 

「ん゛っ、お゛え、がはっ、あ゛あ゛あ」

 

 

 

 

息ができない。

溺れてしまったかのように、藻掻くことしか出来ない。

見れば、本当に溺れていた。

哀れにも打ち上げられた魚のように、真っ赤な地面をのたうち回る。

そして、その全てが自分の血だと気付いてしまう。

 

 

止まらない止まらない。

身体中から、それこそ決壊したかのようにとめどなく溢れ出る。血、血、血。

信じられないほどに、自分から溢れて止まらない。

 

 

 

 

「…………………………な。……………………、起源…………………………。」

 

 

 

また別の誰かの声がする。

黙れ、黙って欲しい。

だって痛いんだ、全部全部痛いんだ。

もう楽になりたい、こんなに苦しいのはいやなんだ。

 

 

 

「……………………………………………………」

 

 

 

 

声はひどく優しく、のっぺりと、痛みを与える。

そして、頭に固く冷たいものが触れた。

あぁ、これで終われるのだ、と痛みの中に感じた。

痛みが消えるのだ、痛みが終わるのだ。

楽になれる、楽になれる。

やっと、やっと、やっと

この地獄から解き放たれる、針の筵から抜け出せる。

理解した途端、それはずるりと這い寄って来て痛みの上に覆い被さる。

これで、終わりなんだ。

 

 

 

「ぁーーーーーー、ぁ、あぁ…………………………」

 

 

 

そして遂に声を上げる事すら出来なくなる。

体を掻き毟ることも、じたばたと動き回ることも出来なくなり、視界が暗くなっていく。

これで死ぬんだと、最後に残った意識の中で安堵した。

胸中、何も感じ得ず。

私はただ、この苦しみから解放されるという安堵の一心で、引き金が引かれるのを待った。

 

 

 

 

 

 

そして、銃声は響いた。

私の意識もまた、そこで途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ、

     でも、

 

    な

   に

        か

 

 

 

 

          わ

  す 

           れ

     て

 い

           う

                      ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

落ちていくような、昇っていくような不思議な感覚の中で

私は最後の力を振り絞り、彼に呪いを残した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………ごめんね、さ………………くら」

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

どうかそれが、傷になればと。

 

 

 

 

 










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Intelude

 

 

ドアノブに手をかけて、いっそ開かないで欲しいと思いながら、力を籠める。

するりと開く軽い扉。

分かっていても尚、苛立ちを隠せない。

 

部屋は暗かった。

窓の外から僅かに入る光しか見えない部屋だった。

幾つかの薬品が入った戸棚と、分厚い本が並べられた本棚。

そして、簡素なベッドが一つだけ。

ゆっくりと扉を閉じて、ベッドの方へ歩き出す。

ひたり、と。

靴越しに感じる床の感触が、酷く痛かった。

一歩を踏みしめるのがこんなにも怖いと感じるのは初めてだった。

でも、進む。進み続ける。

何故なら、最も苦しいのは私では無いから。

 

そんな苦しみは不意に終わった。

ゆっくりと、足を止めた。

足の裏をなめとる不快感が、咽喉にまで込み上げる。

ベッドの前に辿り着く。

最後の猶予が、終わりを告げた。

視線のすぐ下。

ベッドの上に居る彼女を見つめる。

穂村原の制服を身にまとう彼女は、服越しにも分かる豊満な胸を軽く上下させていた。

その姿に、

あぁ、生きているのだ、と安心して。

 

 

 

「こんばんは、間桐さん。体調は如何かしら?」

 

 

 

 

「こんばんは。お待ちしていました、遠坂先輩。」

 

 

 

 

今から彼女を殺すのだと、

その運命を心から呪った。

 

 

 

 

 

 

 

「思ったより顔色がいいのね、どう?辛くない?何か必要なものがあれば持ってくるけど。」

 

 

 

「お気遣いいただきありがとうございます。でも、大丈夫です。」

 

 

 

「そう。」

 

 

 

会話はそこで途切れる。

元より話すことなど無いからだ。

私は遠坂の当主として彼女を殺すためにここに来て、彼女はそれを受け入れるためにここで待っていた。

それだけの話だ。

だから、躊躇ってはいけない。

憐れんではいけない、怒ってもいけない。

淡々と、粛々としていなければならない。

今から、その尊厳を踏みにじるのだ。

せめて彼女の誇りだけは傷つけまいと、気丈にしていなければならない。

こんな気持ち、欠片でも見せてはいけない。

やるべき事を、やらなければ。

しかし、

 

 

「綺礼に、何もされなかった?」

 

 

 

「はい。神父さん、とても優しかった、と、思います。ずっと眠っていたから、分からないけど。」

 

 

 

「何かされたらすぐ言いなさいよ、ぼっこぼこにして磔にしてやるから。」

 

 

 

「……………はい、ありがとうございます。」

 

 

 

 

無意味な問いは続く。

そこから先に踏み込むのを、少しでも遅らせたいとしてしまう。

綺礼が何かするわけ無いし、されたから何だというのだ。

もう消える命に、何を心配することがある。

 

 

 

 

「…………………………」

 

 

 

大きく息を吸って、吐き出した。

心を、感情を、意識の底から切り離す。

言葉には何も乗せず、行動に意志を込めず、

一日の身支度を始めるように、一日の終わりを迎えるように。

当たり前を、始めるように。

 

 

 

 

「………………………それじゃ、覚悟はいいわね。」

 

 

そっと、彼女の心臓に手を置いた。

跳ね返る柔らかな感触。

しかし、その奥に確かな鼓動を感じる。

私が魔力を込めればこれは動きを止め、彼女の生命活動は停止する。

 

 

 

 

「覚悟なんて、出来てません。今でも死ぬのは怖いです。でも、」

 

 

 

「でも?」

 

 

 

「漸くあなたが助けてくれる、そう、思えるから。」

 

 

 

「………………っ」

 

 

 

「だから、先輩になら、いいです。」

 

 

 

 

「……………」

 

 

 

彼女に見えないように、体の後ろで握った拳を痛いくらいに握り締める。

私はなんて独りよがりなのだろう。

簡単に死ぬ覚悟を決められる人間など多くは無い。

生きとし生けるものは死を恐れる。誰であれ、何であれ。

それは万人に決まった運命であると誰もが知っているのに、それでもそれを恐れる。

自分が消えるのが怖いのだ、何も無い場所に行くのが怖いのだ。

誰かに、忘れられるのが怖いのだ。

 

だから彼女は、覚悟を決めたのでは無い。

覚悟を捨てたのだ。

恐怖を飲み込んで、生きたいという想いを隠して。

明日を願いながら、その光を見る事をやめた。

これが救いであると、諦めたのだ。

これが最善だからと、割り切ったのだ。

 

 

 

「でも、最後に一つだけ、いいですか?」

 

 

 

「何かしら?」

 

 

 

「私の一番大事な、大好きな人、衛宮士郎先輩の事、どうか、よろしくお願いします。」

 

 

 

「先輩は、優しいんです。とてもとても、優しいんです。だからきっと、無茶をしてしまう。自分で自分を傷つけることを厭わない。そんな人なんです。」

 

 

 

「えぇ、知っているわ。」

 

 

 

「守って、とは言いません。遠坂先輩にも事情があるのは、分かってます。でも、せめて、」

 

 

 

「せめて、気に掛けておいて下さい。遠くに行かないよう、私たちの事忘れないでって、言ってあげて下さい。それが、私の最後の願いです。」

 

 

ここまでずっと穏やかだった彼女の声が上擦る。

涙は、出ていない。

けれど、心が泣いていた。

 

 

「約束は出来ないわ。貴方の願いは彼の意志によって変わる。貴方はそう望んでいても、彼はそうじゃ無いかもしれない。」

 

 

「……………………それでも、お願いします。」

 

 

真っ直ぐとした瞳で、後ろめたさを隠すこちらの瞳を覗き込んでくる。

彼女のこんな強い目と、強い意志を見たのは初めてだった。

きっと彼女は、本当に、心の底から

全身全霊で、彼を、衛宮士郎を愛していたのだろう。

 

 

「分かった。出来る限り、心を尽くすわ。」

 

 

 

「ありがとう、ございます。」

 

 

 

 

彼女にそれ以上の言葉は無かった。

彼女はもう、これから先を見ることは出来ない。

祈る事しか出来ない。

でも、それでいい、と。

安心しきった声で、そう言った。

 

 

 

「じゃあ、やるわね。大丈夫。痛みも苦しみも一切与えない。貴方は、微睡みの中で死ぬように眠るだけ。」

 

 

 

そんな彼女の言葉を皮切りに、私は手に魔力を込める。

細心の注意を払い、丁寧に、丁寧に。

苦しい思いなんて、もう一欠片でも与えないように。

 

 

 

 

 

 

「私、本当は分かってたんです。これ以上私が生きてちゃいけないって、私が生きているだけで、周りに迷惑をかけちゃうって。」

 

 

 

そんな中、彼女はひっそりと、独白のように口を開いた。

徐々に朧げになっているであろう意識の底で、藻掻くように。

 

 

 

 

「でも怖くて、死ぬのが恐ろしくて、先輩と、藤村先生と、弓道部の皆と、」

 

 

 

「だから、悪いと分かっていても生きてしまった。怖くて怖くて怖くて、温かいところに逃げ込んで、あまつさえそこが私の居場所だ、なんて思い込んでしまった。」

 

 

 

「笑っちゃいますよね。こんな私が、まともな日常を望むなんて。」

 

 

 

「ずっと、ずっと怖かった。いっそ、朝起きたら死んでないかな、とか、通り魔でも通って、私を殺してくれないかな、とか、簡単に死ぬ事を考えてつつも、いつもそれに対して怯えてた。」

 

 

 

「でも私、今、全然怖くないんです。こんな気持ち、今までで初めて。……何でか分かりますか?」

 

 

 

「……………………」

 

 

 

言わないで欲しい、と考えるのは、きっと私のエゴなのだろう。

本来の彼女なら、これが私にとって呪いになると理解して、遠慮して、言いたい事を飲み込む筈だ。

でも、最期に、今際の際に。

 

 

 

 

 

「最後に、助けに来てくれた。私がこれ以上、罪を重ねるのを止めに来てくれた。私の声を、聞いてくれた。」

 

 

 

 

「これ以上無いくらい、幸せです。ずっとずっと考えていた。貴方が私を、救ってくれるのを。」


 

 

 

 

「そうしたら、最後に助けに来てくれた。私がこれ以上罪を重ねるのを止めに来てくれた。私の声を聞いてくれた。」

 

 

 

 

「だから、泣かないで、姉さん。貴方は、私の、ヒーロー、なんだから。」

 

 

 

そう言って彼女は、私の眼から今にも溢れ出ようとしていた涙をそっと拭った。

懸命に手を伸ばして、その温もりを噛み締めて。

そして、優しく笑った。

 

 

 

「……………姉さんは、私の分まで、幸せに、どうか、幸せに、生きて…………」

 

 

 

「生きて…………くだ………さい」

 

 

 

そう言って、彼女は瞼を落とした。

同時に、私の頬に触れていた腕も、力無く崩れ落ちた。

だらりと垂れた腕、色を失くした肌。

もう動かない、その体。

私は、初めて人を殺した。

実の妹を、たった一人の肉親を。

この世から永遠に、葬り去った。

 

 

彼女は、幸せだ、と言った。

最も恐れていたものが目の前に迫っていたのに。

彼女にとって、私は死神だった筈なのに、それが私だというだけで、彼女は報われたような顔をしていた。

 

私は、馬鹿だ。

もっと早く手を伸ばしていれば、取り零すことは無かったかもしれない。

知らなかった事を言い訳には出来ない。

無知こそは最大の罪だ。

彼女の幸せを願っていたくせに、それを知ろうとしなかった。

私の怠慢が彼女を殺したのだ。


 

 

 

悲しみに、浸りそうになる。

目の前が暗くなりそうになる。

それを堪えて、遺体に向けて詠唱を行う。

簡単な詠唱だ。

遺体の腐敗を抑え、今のままに保てるように保存する。

桜をこのままにすれば、確実に臓碩はこの死体を狙ってくる。

自分の新たな肉体とするために。

それは、それだけは防がなければならない。

そして魔術をかけ終わった後、ベッドに敷かれていたシーツで彼女を包む。

このまま家に持ち帰り、誰の目にも付かないよう保存する。

これなら臓碩も簡単には手を出せない。

 

これで冬木から危機は消えた。

これ以上関係の無い人間が犠牲になることは無く、聖杯戦争は滞り無く行われる。

管理者(セカンドオーナー)として、正しいことをしたのだ。

これは正しい行いなのだ。桜も望んでいたのだ。

だから、後悔なんて、そんなものは無いはずなのだ。

 

 

 

「やっと、一緒に帰れるわね、桜。」

 

 

 

返事が無いのを知りながらそう言って、私は部屋を後にした。

遺体はアーチャーが持って帰る。

予め、そう打ち合わせしてあるからだ。

今は帰って、桜と共に帰って眠りたかった。

この現実から、逃れたかった。

 

 

出来るだけ何も考えないようにしながら、再びドアノブに手をかける。

先ほどとは対照的に、早くこの部屋から出たがっている自分に吐き気がしながら、私は部屋を後にした。

 

 

 

 




本編開始前の会話です。


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