幸せの後先~ハズされ者の幸せ3~ (鶉野千歳)
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新たな生命と共に
鳳翔の・・


鳳翔の体の異変とは・・



病院に救急搬送された鳳翔。

運ばれた当初は意識が無かったが、治療のお陰か、意識を取り戻し、集中治療室から一般病棟の個室へと移されていた。

ベッドに寝ている鳳翔を取り囲み、心配そうに見守っている秦とこども達が居た。

意識を取り戻した鳳翔を、安堵の表情で取り囲んでいた時、担当の女医が、今回の検査結果を持ってきたのだが・・

 

「では、症状について説明をしますね。」

 

と医師から鳳翔の身体について説明を始めた。

 

「まず、先にも言いましたが、外傷性の傷はありませんでした。 また、断層画像による診断でも異常は見当たりませんでした。 その点で言えば、健康体そのモノですね。 ただ・・」

 

「ただ?」

 

秦が聞き返す。

 

「血液等の検査結果、今回の体調不良の原因が分かりました。」

 

「そうですか! で、その原因とは?」

 

と秦が再び聞き返す。

医師の顔が・・ ニコリと微笑んだ。

そのことに、なんだ、と思った秦だが、続けて医師が話す内容に、驚いたのだった。

 

「鳳翔さん、奥様は・・ 妊娠されていますね。」

 

という。

 

「「え?」」

 

二人は固まった。

 

「す、すみません、もう一度・・」

 

と聞き返すのは秦だった。

何か聞きなれない言葉が並んだからだった。

 

「ですから、奥様は妊娠されてます。 検査結果の数値からすると、妊娠20週を過ぎたくらいでしょうかね。 お二人にはそう言う記憶はありますか?」

 

妊娠と聞いて、二人は驚いたような顔をする。

 

「え、あ、はい、そう言う記憶は・・  あります、が・・」

 

顔を赤めながら秦が応える。

鳳翔の目が秦に向かう。

秦の目も鳳翔に向かった。

互いの視線が重なって、頬を赤めるが・・ 次第に、目から涙がこぼれ落ちてきた。

 

「あ、あなた・・」「鳳翔・・」

 

秦が鳳翔の手を握り、鳳翔も握り返してきた。

秦は、何事もなく良かった、と思うと同時に、

 

「おめでとう、鳳翔。」

 

と。

鳳翔も、

 

「あなたとの、赤ちゃんが、出来たのですね・・ 嬉しい・・」

 

と。

二人の頬には途切れる事の無い涙があった。

それでも二人の顔は、微笑んでいた。

今ここに、一つの幸せがあることを思いながら。

 

「コホン! あー、続きを話してもいいかしら?」

 

と医師が、わざとらしく言ってきた。

 

「す、すみません、つい・・」

 

「いえ、まぁ、良くあることですから。」

 

と笑っていた。

 

「で、一応、今回の症状は、悪阻という事になろうかと思います。 定期的に検査に来ていただきますので、そのつもりで。」

 

「「はい。」」

 

「それから、もう退院していただいて結構ですから。」

 

そう言い残すと病室から出て行った。

残った二人は、涙を流しながら、抱き合っていた。

 

「鳳翔・・」「あなた・・」

 

と、お互いを呼びながら。

そこへ睦たちが戻ってきた。

 

「父さん、お母さん、って、またぁ?」

 

「え、なになに?」

 

睦の指摘にも係わらず、今この時ばかりは、二人はお構いなしだった。

睦たちがベッドサイドまで来たとき、二人は手を握り合っていた。

 

「そうそう、で、結局はどうだったの?」

 

と皐月が聞く。

 

「そうだな、ちゃんと話さないとな。」

 

「ええ。」

 

秦と鳳翔が五人に向かって、

 

「お前たちに話しておくよ。 実はな・・ そうだな・・うん。 あと半年もすれば、お前たちの妹か弟が産まれるぞ。」

 

【え?】

 

「それって・・」

 

「ああ。 鳳翔のお腹の中に、赤ちゃんがいるんだよ。」

 

【え?】

 

一瞬の沈黙ののち、

 

「「「おめでとう!」」」

 

と、みんなで叫んでいた。

 

「父さん、お母さん・・ よかったぁ。 ホントによかったよー。」

 

そう言うのは睦だった。

秦の母親からは、”まだまだ先やな”と言われていたので、この日が来るとは思ってもみなかった。

睦の目からも涙がこぼれ落ちていた。

 

「へへへっ、おめでとう。」

 

と言いながら、涙を流す。

皐月も朝霜も弥生も、うれし涙だった。

 

「そっかぁ、ボクもお姉ちゃんになるのかな。」

 

「そうだぞ。 皆、お姉ちゃんになるんだぞ。」

 

「そうかぁ。 あたいにも妹が出来るんだ。 へへへ。」

 

以前、妹が欲しいかもって言っていた朝霜だったが、こんなにも早く妹が出来るとは思ってもいなかったのだ。

その部屋で、七人家族全員が泣き笑っていた。

 

 

その日のうちに病院を退院してきた鳳翔たち。

その足で執務室にやってきていた。

 

「ただいま。」

 

と扉を開けて執務室に入ってきた秦たち。

 

「提督! お帰りなさい。 鳳翔さんも。 体の方は大丈夫なんですか?」

 

そう聞くのは大石大佐だった。

 

「ごめんなさい、心配を掛けてしまって。」

 

と鳳翔が言い、大石大佐と五十鈴に謝罪していた。

 

「すまなかったね。 急とは言え、君たちに任せてしまって。」

 

秦がそう言い終えると、自席に座った。

鳳翔は秦の傍に立っていた。

睦たちは、というと、食堂へ行ってしまっていた。

恐らく、おやつにありつくためだろうと思った秦だった。

そして、鳳翔の妊娠をしゃべるんだろうな、と思った秦だった。

 

「大佐、五十鈴。 鳳翔の体調不良の事なんだが、原因が分かったんだ。」

 

「そうなのですか。 原因が分かったのなら、良かったですね。 対処のしようも判るというもんです。」

 

「ははっ。 ま、そうなんだがね・・」

 

ちょっと歯切れの悪い言い方に、違和感を覚える大石大佐と五十鈴だった。

 

「どうしたの、提督?」

 

「実は・・ 鳳翔は・・ 妊娠しているんだ。 体調不良は、悪阻だそうだ。」

 

「「へ?」」

 

一瞬の間が空く・・

 

「そ、そうなんですか。 それはおめでとうございます。」

 

「へ、へぇ、艦娘が妊娠・・ って、マジですか?」

 

五十鈴が驚いた顔をしていた。

 

「ああ。 マジだそうだ。」

 

「じゃぁ、私も妊娠できる可能性があるのね・・」

 

そう言った五十鈴が、頬を赤めて大石大佐をみた。

大石大佐も同時に五十鈴を見たようで、視線が合った二人は、さらに顔を赤めてしまった。

 

「ま、まぁ、生まれるのは半年近く先だからね。」

 

なんか、室温が上がった気がする執務室だった。

 

「で、問題があるんだ。」

 

「問題とは?」

 

と大石大佐が聞き返す。

 

「鳳翔が妊娠したから、秘書艦の仕事を減らそうと思う。 そうすると、その代りを探さなきゃならん。 当面は、五十鈴にやってもらおうと思うんだけど。」

 

「私なら、大丈夫よ。 何なりと言って頂戴。」

 

「助かるよ。 ありがとう。 それと、艦隊の方も手を入れなきゃならんと思う。」

 

「そうですね。 一応、艦隊旗艦ですからね。」

 

「え? 私は大丈夫ですよ? 働けますから、普段通りでいいですよ?」

 

「だーめ。 お腹の子の事を最優先に考えておくれ。 とは言え、どうしようかねぇ。」

 

席で腕を組んで考え込んでしまった。

 

(秘書艦業務は、誰かに割り振れば済むだろうけど、艦隊の方はどうしようか、悩むなぁ。 鳳翔がいないと艦は動かないし・・ ちょっと、一晩考えてみよう。)

 

簡単に鳳翔の代わりに出来るヤツはいないのが現実だった。

 

 

その日の夕食時。

 

「「ごちそうさまでした!」」

 

夕食を終えた七人だったが、食後のお茶を飲んで落ち着いていた時だった。

 

「皆に相談なんだけど、いい?」

 

秦が切り出した。

 

「なぁに?」「なんだい?」

 

「鳳翔が、お母さんが妊娠したのは、話したよね。 それで、鳳翔にはあまり無理をして欲しくなくてね。 そこで、この家の事を皆でやろうと思うんだけど。」

 

「ん、いいよ、父さん。」

 

「昼間にみんなで話したんだよ。 お母さんを手伝おうって。」

 

「そうか。 ありがとう、みんな。」

 

「え? 私も、動きますから、除け者にしないでください。」

 

泣きそうに訴える鳳翔だが、

 

「大丈夫だよ。お母さん。 妊婦さんとは言え、動いた方がいいんでしょ。 だからみんなでサポートしようって決めたの。」

 

「そうだよ。 掃除、洗濯から始めようってね。 料理は、一緒にやって覚えようってことにしたの。」

 

「あ、もちろん、しれーかんも手伝うんだよ?」

 

「了解だ。」

 

「みんな・・ ありがとう。」

 

鳳翔の目に涙が浮かんでいた。

家事の分担を決めて、一息入れた時、徐に睦が言ってきた。

 

「ねぇ、父さん。」

 

「どうした、睦。」

 

「お母さんの艦はどうするの? 秘書艦のお仕事を制限するっていう事は、出撃とかも、無しってことだよね。」

 

「ああ。 そうなるな。」

 

「そこでね、お願いなんだけど・・」

 

「お願い?」

 

「うん・・ あのね、私、考えたんだ。 艦娘を辞めてからも妖精さんは見えるしって。」

 

「それが、どうしたの?」

 

鳳翔も秦も頭の上に”?”が浮かんでいた。

 

「もう一度、艦娘になれないかな?」

 

一瞬何か言われた気がしたが・・

 

【えぇぇぇぇ!!】

 

「睦、何言ってんだ! もう一度って、お前、何考えてるんだ!」

 

強く反応したのは秦だった。

 

「睦ちゃん・・」

 

鳳翔は、睦のいっている意味がわかったようだった。

 

「だって、お母さんが、艦を動かせないんなら、艦娘を探す必要があるんでしょ? 艦があっても動かす艦娘がいないんでしょ。 鎮守府の誰かが動かすにしても、みんなそれぞれ艦があるわけだし。 ここで艦をもってないのは、私しかいないじゃない。」

 

「だからって、お前が名乗り出る事はない。 第一、お前は、一度解体したんだぞ。 分かっているのか?」

 

「分かってるよ。 でも、解体してからも、妖精さんは見えてるし。 何を言ってるか分かるし。 ねぇ、だめ?」

 

「睦、お前・・」

 

秦は、怒ってはいたが、睦のいう事も理解できていた。

睦の言うとおり、鳳翔が動けないとなると、他の艦娘を探さなければならない。

そうなった時、見つかる保証もないし、見つかっても、空母・鳳翔が動くとも限らない。

ただ、睦は一度解体した身だ。

せっかく解体したのに、再び艦娘になる、なんて・・

親としての秦の気持ちは、やってほしくなかった。

だが、提督としての秦は、戦力の低下を招かない方法が他にないのなら、睦を復帰させるしかない。

 

「睦ちゃん、本気で言ってる?」

 

「また艦娘に戻るって、そんなに簡単じゃないよ?」

 

朝霜や皐月が睦に質問を投げかける。

 

「みんな、私は本気だよ。 解体しても、私は元・艦娘だもん。」

 

睦の目は、本気だった。

 

「父さん、だめ、かな?」

 

・・・・

 

「睦・・ 悪い、考えさせてくれ・・」

 

秦はそう言って席を立った。

無言のまま自室へと戻っていた。

 

「睦ちゃん。 本気なのね?」

 

「お母さん・・ うん。 本気だよ。」

 

「そう。 ごめんなさい。 私が妊娠なんかしなければ、あなたに・・」

 

鳳翔の目に涙が溢れて来ていた。

 

「違うよ! お母さん、違う。」

 

睦が鳳翔の前に来て、目を見つめて言う。

 

「私は、どこまで行っても、父さんとお母さんの娘だよ。 二人の愛情は分かってる。 私の事を思ってくれてることも。 だから、私は、艦娘に戻るの。 生まれてくる赤ちゃんの為にも、私は戻るの。」

 

「睦ちゃん・・」

 

鳳翔の涙は・・ 止めどなく流れ落ちている。

皐月も朝霜も、驚いていた。

 

「それに、どこかへ行くわけじゃないし。 ね、みんな?」

 

「そう・・ 分かったわ。 でも、あの人が、提督が判断するのを待つしかないわね。」

 

「分かったよ。 ボクは睦ちゃんの気持ちを尊重するよ。」

 

「そうだね。 あたいらがとやかく言っても、最後は睦ちゃんが判断することだし、ね。」

 

鳳翔が妊娠した事に沸いたが、今度は、重苦しい空気に包まれた楠木家だった。

ただ・・ 睦は本気だったし、他は、睦の意見に賛成したのだった。

 

 



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睦の復帰

秦と鳳翔との間に新しい命の芽生えが。
そのことで喜ぶものの、やはり不安はあるもので・・



自室の椅子に体を預けて、窓の外を見ている秦。

睦の”艦娘に戻る”その言葉を受けて悩んでいた。

いや。 答えは出ていた。

ただ・・、ただ、親としての立場を優先するか、提督としての立場を優先するか。

その2者択一なのは、頭では理解していた。

窓の外を、ただ見ていた。

まだ蒸し暑く残る初秋の夜の外を。

入口の扉が開き、鳳翔が入ってきた。

 

「あなた・・」

 

「あぁ、鳳翔か。」

 

「悩んでるんですか。」

 

「ああ。 悩んでる。 ・・いや。 もう決めているよ。 ただ、納得できないんだ。 自分自身の答えに。」

 

「そうですか・・ 私は、あなたの決めたことに従います。 例え、どんな結果になろうとも。 それが私の考えです。」

 

「ありがとう。」

 

時間は2200を過ぎていた。

 

「睦たちは、寝たのかい?」

 

「ええ。 お風呂に入って、もう部屋に戻りましたよ。」

 

秦の傍まで鳳翔が来た。

椅子越しに背中から秦を抱きしめた。

 

「結局、私が妊娠しなければ良かったんですね・・」

 

「違うよ、鳳翔。 それを、こどもを望んだのは俺だよ。 こどもができて嬉しかったんだから。 本音を言えば、戦争なんてなければ、あるいは、早く終わらせていれば、とは思うけどね。」

 

だから・・

 

「赤ちゃんは元気に産んで欲しい。 何があっても。」

 

「いいんですか?」

 

「ああ。 いいよ。 というか、そうしてくれ。」

 

秦のその言葉に、ようやく鳳翔の気持ちが固まった。

 

「分かりました。 きっと元気な赤ちゃんを産んで見せますね。」

 

「ああ。 お願いするよ。 俺の全力を掛けて、鳳翔を守る事を誓わせてくれ。」

 

「ふふ。 この子も、ですね。」

 

鳳翔は、自身の下腹部をさすって、そう言った。

 

「そうだな。 二人分だな。」

 

二人して微笑むのだが・・

 

「鳳翔・・ すまないが、少しこのままでいてくれないか。」

 

と秦が言う。

背中から抱きしめる鳳翔に、秦がこう言うお願いをするのは、なかなか無い。

 

「はい。 いいですよ。」

 

鳳翔が了解、と返答した。

すると、秦の身体が小刻みに震えだした。

頭がすこしづつ、前に傾いていく。

すると・・

くっ、うぅっ・・・・

と押し殺した声がしてきた。

秦の顔が見えないが、鳳翔には、分かった・・

秦が泣いている事に。

そんな秦を鳳翔が強く抱きしめた。

何の犠牲やリスクを犯すことなく、事が進めばいいのだろうが、残念ながらそうではなかったから。

しかも、その犠牲が身内からでることに。

秦は、自身がそのリスクを負えない事に、悔しさも加わって、涙していた。

 

 

翌日0830。

秦は、執務室に睦らを呼んで、秦、鳳翔、大石、五十鈴に睦、朝霜、皐月、卯月、弥生がいた。

さらに秦は、金剛と榛名も来るようにと指示を出した。

しばらくして、

 

「グッモーニン、テイトクー! 何か用ネ?」

 

と金剛が入ってきた。

後ろから

 

「おはようございます。 榛名もお呼びとか。」

 

と榛名も入ってきた。

 

「おはよう、二人とも。 二人はいつも元気だな。」

 

入ってきた二人にもソファーに座るよう言い、秦は全員を見渡しながら、

 

「さて、集まってもらったのは他でもない。 鳳翔が身籠ったことは皆、知ってるね。」

 

「はい。 昨日、睦ちゃんから聞きました。 提督、おめでとうございます。」

 

「はは。 ありがとう。 実は、鳳翔の身体の事を考えて、秘書艦の仕事を減らそうと思う。 その代り誰かを秘書艦に付けたいと思う。 当然、五十鈴にも業務を手伝ってもらうんだけどね。」

 

「あたしはいいわよ、提督。」

 

「で、まずは、鳳翔には俺の副官についてもらう。 ま、大石大佐もいるから、そんなに仕事があるわけでは無いけどね。 次に秘書艦だが、これは・・榛名、君にやってもらいたい。」

 

「え? 榛名ですか?」

 

目を開いて驚く榛名だった。

 

「ああ。 君に頼みたい。 鳳翔も了解済でね。 やってくれるかい?」

 

「はい。 この榛名、全力で頑張ります!」

 

ガッツポーズを採って、やる気満々の様だった。

 

「鳳翔には、艦を離れてもらう事になる。 その艦には、新たな艦娘を充てる。」

 

そう言って、全員の顔を一通り見廻して・・

 

「睦。 やってくれるな?」

 

「父さん・・ うん! 大丈夫!」

 

顔はにこやかだ。

秦は、睦を艦娘に復帰させることを選んだのだった。

 

「ホントにいいの、しれーかん?」

 

と言うのは朝霜だった。

 

「ああ。」

 

短く返事をする秦だった。

 

「睦ちゃん、良かったね。」

 

とは皐月だ。

皐月は睦の意見に最初から賛成だった。

 

「睦、お前の艦は、空母・鳳翔だ。 いいね?」

 

「うん、わかってる。 元からそのつもりだよ。」

 

「睦ちゃん、悪いわね。 私がこんな体になっちゃって。」

 

「うぅうん。 私は、元気な赤ちゃんを見たいんだ。 妹?弟?を抱っこしたいんだ。 だから、私がやるの。 気にしないで、お母さん。」

 

「そして、第一対潜駆逐艦隊に、秘書艦の榛名を配属させる。 そして、新編成の第二対潜駆逐艦隊に金剛を配属する。」

 

「Oh! 私達を対潜駆逐艦隊に、デスカ?」

 

「ああ。 現状の対潜駆逐艦隊だけでは、対艦はもとより対空に対しても火力不足だからね。 その火力を補うために、ね。」

 

金剛を見ながらそう言った。

 

「第二対潜駆逐艦隊は、大鷹と海防艦、駆逐艦で構成するからね。」

 

それに、と秦が続ける。

 

「二人には、対潜用と対空の改造を受けてもらう。 搭載の観測機も対潜哨戒機能を追加させるからね。 第一の旗艦は鳳翔のままで行くが、第二の旗艦は金剛、君にやってもらう。」

 

「了解ネ!」「かしこまりました。」

 

「良かったデスネ、榛名ァ。 これで提督の傍に居れますネ!」

 

「お姉さま!」

 

金剛にそう言われて顔を赤くする榛名だった。

 

「榛名は、鳳翔に付いて、秘書艦業務を覚えてもらうからね。」

 

「はい!」

 

そこまでで話が終わるころ、

 

「あの、提督、よろしいので?」

 

と大石大佐が秦に問いかけてきた。 これでいいのか、と。

 

「ああ。 大佐、悪いが、もう決めた事だ。 私の思うとおりにやらせてもらうよ。」

 

「いえ。 提督がお決めになったことなら、私としては異を唱える事は致しません。」

 

「ありがとう。 大佐。」

 

 

その日の午後。

ドックに祭壇が組まれていた。

睦の、艦娘の復帰の儀式だ。

秦が何かをするわけでは無かったが、ただ、復帰なんて初めてだった。

祭壇の前に妖精が座り、その後ろに睦が正座していた。

何か、ブツブツ言っているような気が。 良く聞こえない・・

一瞬、光った? かと思ったが、その後は何事もなかったかのように静かになったかと思うと、妖精さんが”終わった”と言った。

秦は、何が何だか分からないままに終わったらしい。

解体の時もそうだったが、いつの間に始まったんだか・・

そして、睦が秦の元にやってきて、

 

「父さん、うううん、司令官、終わりました。」

 

と言ってニシシ笑って敬礼した。

 

「ああ。 これからよろしくな、睦。」

 

そう言って睦を強く抱きしめた。

 

「ゴメンな。 睦・・ 小さな体なのに、大きな仕事をさせてしまって・・」

 

「違うよ、司令官。 選んだのは私なんだから。 ね?」

 

そう言って、また笑う。 栗色のショートヘアの、丸顔の大きな目が秦を見つめていた。

あぁ、としか言えなかった秦だが、その目は熱かった。

 

「あ、そうだ。 ねぇ、父さん。 ”睦”ちゃんでいいの? ”睦月”に改名しなくてもいいの?」

 

そうそう、と言う目で皆が秦をみた。

 

「睦が変えたいなら、睦月にするけど、艦も違うから”睦”で良くないかい?」

 

「私は、別に今のままでいいよ。 今変えると厄介そうだし。」

 

「分かった。」

 

こうして、睦が艦娘に復帰したのだった。

 



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艦娘・睦
睦の試験!


艦娘に戻った睦の、復帰後初の起動試験を行うことに。



秦には気がかりなことがあった。

それは・・

 

「朝霜、皐月、卯月、弥生。 お前たちは、今、俺を父親、鳳翔を母親としているが、今のままでいいか、それとも、睦みたいに養女になるか、と言う問題があるんだが?」

 

「「養女?」」

 

「うん、相生の時は、楠木姓を名乗ってもらったけど、ホントのところはどうしようかって思って。」

 

「養女ってことは、ボク等が司令官の戸籍上も娘ってことだよね?」

 

「そういうことだな。」

 

「・・私は、良い。 養女に、なる。」

 

そう言ったのは弥生だった。

 

「や、弥生ちゃん。 決めちゃっていいの?」

 

そう聞くのは睦だ。

 

「うん。 お父さんとお母さん、良いもん。」

 

「そうか。 弥生。」

 

と言って秦が弥生の頭をくしゃくしゃに撫でた。

 

「うーん・・ やっぱり、ボクも!」

 

「えー! うーちゃんも!」

 

「はいはい。」

 

と鳳翔が言いつつ、微笑みながら皐月と卯月の頭を優しく撫でた。

 

「朝霜はどうする?」

 

「あ、あたいは・・」

 

ちょっと考えていたようだが・・

はぁーっと溜息をついて、

 

「あたいも、なるよ。 養女に。」

 

「そうか。」

 

秦が朝霜の頭を撫でたのだった。

撫でられた四人はそれぞれに、へへへっと言って笑っていた。

だが、秦は笑っていなかった。

 

「養女になってくれるのは有り難いが、一つ言っておきたいことがあるんだ。」

 

「なんだい?」

 

「今後、将来の話なんだけどね。」

 

「提督を辞める話かい?」

 

そう言ったのは朝霜だった。

 

「え、なんで知ってる?」

 

思わず、驚いて声を上げた秦だった。

 

「そりゃ、娘になるんだもん。 それくらいは分かるさ。 へへへ。 実は横須賀で秋吉提督から聞いたんさ。 ”奴はいずれ辞めるぞ”ってね。」

 

「そ、そうなんだ。」

 

「だから、分かった上で、娘になるんじゃん。 気にしなくても良いよ。 ね、みんな。」

 

うんうんと首を縦に振る、卯月と皐月だった。

 

 

次の日の午後、秦は、大石、五十鈴、榛名、鳳翔と共に、対潜用に向けた改造を行っている高速戦艦・金剛と同・榛名を視察にやってきた。

35.6cmの主砲はそのままに、両舷側の副砲を換装し、追加で対潜兵器を搭載する予定だ。

対魚雷用爆雷投射機を片舷四基で計八基。

更に、両舷で八基の対空噴進砲を新設する。

その際、両舷の魚雷発射管は撤去する事となった。

 

「兵装の交換や増設だけだから、工事期間は短くて済むよね。」

 

「はい。 既に撤去する分は完了しています。 今は新たに増設する分も含めて、自動給弾装置を設置中です!」

 

と榛名が説明してくれる。

 

「「自動給弾装置?」」

 

そう聞くのは皐月、朝霜だった。

 

「うん、特に機銃のね。 25mm機銃だと、今までのは弾倉交換式で、1個の弾倉に15発しか装填出来なかったから、大型弾倉を備える方式に変更しようと思って、榛名と金剛で試行中なのさ。」

 

へぇーって言う声が聞こえたような気がした秦だった。

 

「これが上手くいけば、各艦も改造しようと思ってるんだ。」

 

各機銃や高角砲での給弾方法は、箱型の弾倉を交換する方式が主だった。

対空機銃の様に弾幕を形成する場合は、相当の弾数が必要となるが、15発ではあっという間に無くなってしまう。

なんとか、チェーンのようなベルト給弾式にしたいのだ。

そうなれば、1ベルトの長さだけが問題となる。

極端に言えば、無限に長いベルト給弾式にすれば、無限に撃ち続けることができる。

実際は、銃身の過熱やらを避けるために、連続射撃数が限られることになるのだが。

金剛と榛名は、同型艦ではあるが、微妙に違いがある。

大きな違いが無い二隻だが、改造するための入渠のタイミングによって改修が行われたり、行われなかったり、と差が出るのだった。

 

 

金剛と榛名の視察を終えた秦たちは、小用沖へとやってきた。

各自の艦にて保守作業を指示し停泊中の空母・鳳翔へとやってきた。

艦娘・睦の、空母・鳳翔での起動試験のためだ。

艦橋にまでやってきた、秦、鳳翔と睦の三人。

 

「それじゃぁ、始めようか。」

 

との秦の合図で、睦が艦娘席に座る。

傍に鳳翔が立ち、

 

「睦ちゃん、最初だから、焦らずにね。」

 

という。

 

「うん。 やってみるね。」

 

「では、睦、始めてくれ。」

 

睦は目を瞑って精神同調を始めた。

しばらくすると、睦の唸り声がしてきた。

うぅぅぅぅーーっと。

しかし、機関の始動音はしてこない。

睦が目を開いて、ぷはぁーーっと息を吐いた。

どうやら1回目は失敗の様だ。

 

「はぁはぁ、結構、キツイ。」

 

そう言いながら、息を整え、再び目を閉じた。

またも、うぅぅぅぅぅーーっと唸り声がする。

しばらくして、睦が、ぶはぁーーっとさっきよりも大きめの息を吐いた。

またもや失敗したようだった。

見ると、睦の額には玉のような汗があり、汗が流れ落ちるほどだった。

はぁ、はぁ、と肩で息をしていた。

 

「いきなりは、難しいか・・」

 

と秦が言うと、

 

「どうでしょう。 まったく動かない事はないと思いますが・・」

 

と鳳翔が応えた。

やはり、初回からの起動は無理で、しばらくやってみるしかないのか、それとも、睦は、この艦との相性が悪いのか、と、考える事はいっぱいあった。

その後、何度か繰り返してみたものの、艦はまったく起動しなかった。

何度か繰り返したため、睦が疲れてへたり込んでしまった。

 

「つ、疲れた・・・」

 

と。

そこで、休憩をとることにした。

鳳翔が紅茶を淹れて、三人で飲んでいた。

今日はジャムを入れたロシアンティーだった。

 

「はぁー、甘くておいしー。」

 

「良かったわ。 疲れたでしょ。 ゆっくり休んでちょうだい。」

 

「艦種が変わると、こうも難しいもんなんだなぁ。」

 

「艦種というより、久しぶりの方が、影響が大きいんじゃないですか?」

 

「やっぱりそうかな。 どうだ、睦?」

 

「うぅーん、かなりキツイ、かな。 今のところ、ウンともスンとも言わないからね。」

 

「駆逐艦と空母とでは、コツが違うんだろうか。」

 

「さあ、どうでしょう。 私も複数の種類を持った事が無いので、分からないですね。 ごめんね、睦ちゃん。 お役にたてなくて。」

 

「ううん、大丈夫だから。」

 

既に陽が傾き、夕暮れ時になっていた。

 

「もうこんな時間か。 それじゃ、あと一回やって、今日のところは終わろうか。」

 

「「はい。」」

 

休憩後に、今日最後の精神同調を行った。

が、また上手くいかなかった。

肩を落とす睦。

 

「どうして上手くいかないんだろう・・」

 

と嘆いていた。

 

「また、明日があるわ。 明日はきっとうまく行くわよ。」

 

と宥める鳳翔だが、確実に動くとは言い切れなかった。

秦も、

 

(こりゃぁ、時間が掛かるかな・・)

 

と考えていた。

夕食後、お風呂から上がった睦は、疲れからか、速攻でベッドに入って眠ってしまった。

 

「ありゃあ。 睦ちゃん、お疲れだね。」

 

「ボクでもやったことない事をやろうとしてるんだもん。 そりゃぁ、疲れるよねぇ。」

 

「なんか、かわいそうぴょん。」

 

「でも・・ 睦ちゃんしか居ないから・・ 頑張ってもらうしか、ない・・」

 

そこへ秦がこども達の部屋にやってきた。

 

「入るぞ。 睦はいるか?」

 

「あ、しれーかん。 睦ちゃんかい?」

 

秦に返事を返したのは朝霜だった。

 

「睦ちゃんなら、もう寝ちゃったよ。」

 

次に答えてくれたのは皐月だ。

 

「え、そうなのか。 かなり疲れてたからなあ。 無理もないか。」

 

秦は、ベッドのそばまでやってきて、眠る睦の頭をそーっと撫でてやった。

 

「お疲れさん、睦。 お休み。」

 

と。

そして、四人に向かって、

 

「すまないな。 睦から相談があったら、乗ってやってくれるかな。」

 

と。

 

「あたいらでいいなら、どんと来い!だよ。」

 

皐月、弥生が、そうそう、と言っていた。

 

「とは、言うものの、かなり難しい事をやっているからねぇ。」

 

「すまない。 迷惑を掛けるね。」

 

と言って秦は部屋を後にしたのだった。

部屋の外では鳳翔が心配そうな顔をして立っていた。

 

「あぁ、居たのか。」

 

「睦ちゃんは、どうですか?」

 

「もう、ぐっすりと寝てたよ。 だいぶ疲れているようだ。」

 

「そうですか。」

 

と溜息をつく鳳翔だった。

 

「今回ばかりは、睦に頑張ってもらうしかないよ。 鳳翔・・ 何かサポート出来る事があったら、してやってくれるかい。」

 

「はい。 それはもちろんです。」

 

秦はその言葉に、ありがとう、と返事をして、

 

「それじゃ・・ よっと。」

 

「きゃあ!」

 

秦は鳳翔を抱き上げた。

お姫様抱っこだ。

 

「あ、あなた、何を。」

 

顔が赤くなる鳳翔だ。

 

「何をって、これからベッドに行くんだけど?」

 

「もう!」

 

頬を膨らませてはいたが、その顔は微笑んでいた。

抱き上げられ、腕を秦の首に廻して。

秦は、抱き上げたまま、寝室へと入って行った。

 



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睦の初の起動!

空母・鳳翔を担当することとなった睦。
その睦の起動試験は、数度にわたって失敗した。
さて、次は・・



次の日。

秘書艦の仕事を榛名に任せ、鳳翔は睦を伴って、鎮守府内の弓道場にやってきた。

既に射場では、蒼龍と飛龍の二人が弓を射っていた。

静かな、物音ひとつしない道場で、二人の所作の音だけがしていた。

弦を引く音、射る音、矢が風を切る音、的に的中する音・・

それ以外は聞こえてこない。

その道場に鳳翔は睦を連れてきた。

 

「わぁ。 ここに入るのは初めてだよ。」

 

と目をらんらんと開いて道場内を見渡す睦。

 

「ここは、空母娘しか来ないから、睦ちゃんも来たことないわね。」

 

と、フフフッと笑っていた。

一通りの所作を終えた飛龍が二人に気付いた。

 

「あ、お母様! おはようございます。 あら、睦ちゃんじゃない。 珍しいわね。」

 

「飛龍ちゃんも精が出るわね。」

 

「はい。 毎日やらないと、感覚が鈍ってしまって。」

 

と、テヘッと舌を出していた。

 

「おはようございます。 お母様。」

 

「蒼龍ちゃんも、おはようございます。」

 

「今日は、どんな用事で?」

 

「フフフ。 私もたまには弓を引かないと、と思って。 睦ちゃんはここで座っててくれるかしら。」

 

そう言って、弓と矢を数本持って射場に立った。

左手に弓を、右手に矢を持ち、目を閉じて呼吸を整えていた。

一礼して弓を射る体制に入った。

矢を番え、上段から弓を引きながら下していく。

矢いっぱいに引かれる。

鳳翔の意識が的に向かう。

そして・・弓から矢が放たれる。

シャッっと空気を裂く音がしたと思うと、ターーンっと矢が的に当たる音が響いた。

しかも、真ん中に的中だった。

続けて二射目。

先ほどと同じように弓が引かれていく。

弓から矢が放たれる。

シャッっと空気を裂く音がしたと思うと、ターーンっと矢が的に当たる音がまた響いた。

しかも、寸分のずれもなく、一射目の隣に的中だった。

一礼をして体制を崩して、息を吐いた。

 

「フーー」

 

っと。

 

「さすが、お母様! 見事的中です!」

 

「やはり、お母様には敵いませんねぇ。」

 

「フフフッ。 ありがとう。」

 

「お母さん、すごい! 二本とも命中だよ!」

 

睦は、目の前で射られた矢が的中するところ見たのだ。

驚くのは無理もない。

見学の時は、もっと離れているから、迫力は満点だった。

鳳翔は、床に座っている睦の傍にやってきて座った。

 

「私たち、空母艦娘の中でも、弓を扱う者は、こうやって弓道を身につける事で精神を鍛えていくの。 矢を艦載機と見立ててね。弓道に於ける立居振舞、心構えなんかが、私たちには合っていたのよ。 ただ闇雲に弓を引いているんじゃない、心の眼で的を見るの。 そして全身全霊を込めて矢を放つの。

繰り返し鍛錬することで、どんな状況でも的に向けて矢を放てるように。」

 

「お母さん・・」

 

「睦ちゃんに同じことをして欲しいとは思わないわ。 でも、私たちがやっている事を知ってほしいの。 空母を扱う私たちの事を少しでも知ってほしいの。 睦ちゃんが苦しんでいるのは分かっているわ。 この弓道が、心得が役に立つのなら、睦ちゃんに役立ててほしいの。」

 

「お母さん・・ ありがとう。 うん、やってみるよ。 私なりに、私の方法で。」

 

「期待しているわ。」

 

鳳翔が微笑んで答える。

そこへ、飛龍と蒼龍も、

 

「私たちも期待しているわよ、睦ちゃん。」

 

「そうよ、期待しているわ。 お母様のためにも、赤ちゃんのためにもね。 頑張ってね。」

 

「ありがとう。 飛龍さん、蒼龍さん。 へへへっ。 私、頑張るよ!」

 

そう誓う睦の目には光るものがあった。

 

 

午後になって、睦は鳳翔と共に、空母・鳳翔の艦橋へとやってきた。

艦橋には、既に秦が来ていた。

 

「やぁ。 来たかい。」

 

「あ、あなた。 来てらしたんですか。」

 

「ああ。 ちょっと前にね。」

 

そう言って秦は鳳翔の手を取って微笑んだ。

鳳翔も微笑み返す。

その二人を見ていた睦が・・・ 呆れていた・・。

コホン! と咳払いをワザとらしくして、

 

「さぁ、始めよっかなぁ。」

 

と、これもワザとらしく言った睦だった。

秦と鳳翔は、そんなことでは驚かなくなっていた。

逆に、

 

「ん? どうしたの?」

 

と聞くくらいに、ごく普通の返事をしてくるのだった。

この点においては、二人は進歩したのだろう・・。

 

「そ、それじゃぁ、精神同調を始めようか。」

 

秦の掛け声で、艦娘席に睦が座った。

 

「それじゃぁ、始めるね。」

 

と言って、深呼吸を一つしてから目を閉じた。

 

(艦体、同調・・)

 

前回とは違って、睦の表情は落ち着いているようだった。

目を閉じてはいるが、その顔は微笑んでいるように見えた。

 

(睦ちゃん、落ち着いて。)

 

しばらく無言の時間が流れた。

そして・・

睦の目が開かれると・・

 

「ん! 艦体、異常認めず! 機関、始動!」

 

と声を出した。

すると、足元から微かな振動音がしてきた。

 

「! お、おおぉぉ!」

 

秦は、久しぶりに感じる、空母・鳳翔の機関音だ。

 

「よーし、始動確認!」

 

睦が鳳翔と秦を見た。

 

「お母さん、出来たよ!」

 

と笑っていた。

 

「よ、よし! 良くやったぞ、睦!」

 

「睦ちゃん、上出来よ!」

 

二人に褒められて、喜ぶ睦。

 

「へへへっ。 やったよ!」

 

そして、

 

「じゃぁ、試験航海と行こうか。」

 

と秦が指示を促す。

 

「了解! 空母・鳳翔、舫解け! 錨、上げぇ!」

 

舫が解かれ、錨が巻き上げられる。

巻き上げが完了すると、

 

「よし、空母・鳳翔、ただいまより、試験航海に出る! 江田島を廻って伊予灘へ向かう。 前進、微速。」

 

と秦が再び指示を出す。

 

「了解。 前進、微速。 進路は、江田島を廻って、伊予灘へ。」

 

睦が操る空母・鳳翔が海を裂いて動き出した。

徐々に速度が増していく。

 

「いいわよ。 睦ちゃん、その調子よ。」

 

8ノットまで増速して進む。

似島の南を抜け、大黒神島の脇を抜けて更に南下し、伊予灘へと抜けて行った。

その先では、朝霜、皐月、卯月、弥生が艦体運動の訓練をしていた。

そこへ、空母・鳳翔が合流する。

 

「皆、ご苦労様。 空母・鳳翔、只今到着だ。」

 

「お! 睦ちゃん、動いたんだね。」

 

「皆、お待たせ!」

 

第一対潜駆逐艦隊、久しぶりの揃い踏みとなった。

伊予灘で少しばかりの艦隊運動訓練を行った後、五艦は呉へと戻って行った。

帰りは、早瀬大橋をくぐって。

 

 

その日の夜、夕食は賑やかなものだった。

睦の精神同調もでき、新たな筋道が出来た事に、皆の眼がキラキラとしているようだった。

 

「しばらくは、鳳翔が立ち会って、睦の試験航海を、近海で行う事にするからね。」

 

【了解!】

 

と皆の返事は元気なものだった。

 

「あ、そうそう。 高速戦艦・榛名の改装も終わりそうだから、終わったら、新編成の艦隊として訓練に入るから、そのつもりで。」

 

「戦艦付きかぁ、どんな艦隊運用になるのかな?」

 

そう聞いてくるのは朝霜だったが、

 

「ボクは、そう大きくは変わらないと思うけどな。」

 

そう言うのは皐月だった。

 

「そうかい?」

 

とまだ疑問に思う朝霜らだった。

 

「ははは。 今から心配しなくてもいいよ。 ま、その時にはちゃんと教えるからさ。」

 

「頼むよ、父さん。」

 

しばらくして就寝の時間となり、秦と鳳翔は寝室にいた。

鳳翔が机に、お酒の瓶とグラスを置いた。

 

「今日は、少しくらいならいいでしょう。」

 

「そうだな。 でも、大丈夫なのか、お腹は?」

 

「ですから、一杯だけです。」

 

そう言って、グラスに注ぐ。

持って来たのは、広島三次産のブドウを使った、ほんのり赤い色したロゼワインだった。

 

「綺麗なピンク色なワインだね。」

 

「こういう時の為に、っていう訳ではないんですが、綺麗な色だったので、買ってみました。」

 

秦の前にグラスを置いて、

 

「今日は、睦ちゃんの初の精神同調が出来た事へのお祝いです。」

 

と。

 

「分かった。 それじゃ・・」

 

「「乾杯。」」

 

とグラスを合わせる。

一口飲んでみると、口の中に、ほのかに甘いブドウの香りが広がる。

 

「うん、いいワインだね。 美味しいね。 さすがは鳳翔、いいセンスしてるよ。」

 

「ふふふ。 ありがとうございます。」

 

鳳翔も一口飲んで、ニコリとする。

 

「うぅーん、いいですねぇ、このワイン。」

 

根っからの酒飲みな二人なのである。

 

「最近は体調はどう? 悪阻が酷いようには見えないんだけど。」

 

「ええ。 一時期は酷かったですが、最近は落ち着いてきた、と言いますか、そんなに以前のような酷さはありませんねぇ。」

 

「そうか。 それなら良かった。」

 

グラスのワインを飲み干すと、二人してベッドに入った。

上半身を起こした状態の秦に、鳳翔がもたれかかっていた。

 

「しばらくは、艦を操ることはないね。」

 

「はい。 睦ちゃんに任せるしかありません。」

 

「船に乗れなくて、寂しい?」

 

「・・そうですね。 ちょっと寂しいですね。 でも・・」

 

「でも?」

 

「こうやって、お腹の子と一緒に、あなたに抱かれているのも、悪くないです。」

 

「そうか。」

 

秦はそう言うと、鳳翔の身体を抱きしめた。

胸に顔を埋める鳳翔の頭に、軽く口づけをする。

それに気づいた鳳翔が顔を上げてきた。

目を閉じて・・。

今度は二人の唇が重なっていた。

唇が離れると、秦は二人の身体に掛け布団を掛けた。

そして・・抱き合ったまま、眠りに就く二人であった。

 

 



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何気ない日常
浜辺で息抜き


今日は息抜きにやってきました。



夏の日差しがまだ強い8月下旬。

この日の午後になって、秦は、楠木家全員で呉軍港のある、休山の反対側に来ていた。

車で来ても良かったのだが、小型の乗合船を借りて来たのだった。

その方が浜には近いから。

山が目的ではなく、砂浜だ。

砂浜が大きくないので、水際での水遊びがメインなのだが。

休山の南側に来ると、山の斜面には、広島レモンの栽培地が広がっていた。

レモンの白い花が所々に見受けられた。

年に何度か花が咲くらしい・・。

そんな栽培地を見ながらやってきたのだった。

 

「ねぇ父さん、今日は海水浴じゃないの?」

 

と睦。

 

「海水浴が目的じゃないよ。 どちらかってぇと、水遊びかな。」

 

水遊びぃ?

皆の首が傾く。

今回は楠木家の他に榛名が付いてきていた。

 

「すみません、榛名までお呼び頂いて。」

 

と恐縮しっぱなしの榛名だった。

 

「いいのよ、気にしないで。 こういう事は、人数が多い方が良いから。」

 

とにこやかに答える鳳翔だった。

 

「ここの砂浜って、案外小さいんだね。」

 

そう言うのは皐月だった。

 

「そう言われてみれば・・ 相生の時に行った砂浜は、広かったぴょん。」

 

と答えるのは卯月だ。

 

「そうだね。 良く気が付いたね。 相生の時に行った新舞子海岸はそこそこ広くて遠浅だったね。 ここの砂浜は狭く小さいし、遠浅では無いね。」

 

「なんでなの? 水深が深いと船は通り易いけどさぁ・・」

 

そう言うのは朝霜。

皆、疑問に思うよな。

西と東の違い輪有れど、同じ瀬戸内海なのにね。

 

「それこそ、大昔は、呉の港や広島の港は、遠浅だった、だね。 特に呉は、軍港となってからは海岸が埋め立てられて工場なんかが建てられたし。

 

人が住んで、人口が増えるにつれ、遠浅の海はどんどん干拓地になって、陸地になってしまったようだね。

そんな歴史からか、埋め立てられる浜辺は埋め立てられてしまった、と言った方がいいかもしれないね。

ここの浜辺の様に、すぐ後ろまで山が迫ってきていて、人があまり通らないところだけが、今の時代まで辛うじて残った、と言った方が良いかも知れんね。」

秦の言った通り、広島や呉近辺の遠浅の海は、ほとんど埋め立てられている。

呉の隣町の広もその一つと言ってもいいだろう。

 

【ふーーん】

 

「それと・・」

 

さらに秦が続ける。

 

「あとは、川かな。」

 

「川?」

 

「新舞子海岸は、東西に大きな川があったろ。 千種川と揖保川。 そこから運ばれる土砂によって、砂浜が大きくなった、とも言える。

ここ呉を見ると、大きな川が、ない、と言ってもいい。 もちろん、川が全くないわけでは無いんだが、呉近辺の島や浜は、山からすぐ海に落ち込むような地形だから、なかなか土砂が堆積する様な環境に無いんだよね。

広島や広の様に河口に出来上がった町はあるけど、その他の街は山にへばりついているイメージはないかい? それに、この辺の海の潮の流れは結構、複雑で、早いから砂が流されている、とも言えるね。」

 

「まぁ、確かにぃ。」

 

「小さな集落は多いように思うね。」

 

「で、今日の予定は?」

 

「今日は、この浜でひと遊びだよ。」

 

そう言って、いつぞやの大きめのパラソルを浜に立て、レジャーシートを広げた。

 

「さあ、鳳翔はここに座りな。」

 

そう言ってロッキングチェアを置いて、その上にクッションを敷き、そこに鳳翔を誘った。

既に妊娠五か月を過ぎ、所謂、安定期に入ったのだった。

目に見えて下腹部がぷっくりとしてきていた。

地面に直接座ると、冷える、と思ったので、持って来たのだった。

 

「あ、ありがとうございます。」

 

と、白い日傘を差しつつ、座った。

もう一つ用意して、

 

「榛名も。」

 

と榛名にも座るよう、促すが、

 

「いえ。 こういう機会は滅多にありませんから。」

 

と言って羽織っていたパーカーを脱いで海へと向かっていく。

ひゃっほう! と叫んで海に入って行く朝霜と皐月。

 

「あんまり沖へ行くと深いぞ!」

 

「分かってるって!」

 

榛名、朝霜、皐月、睦は水着だ。

わぁぁ--い!!

勢いよく海に飛び込んでいく。

卯月と弥生はハーフパンツを穿いて、上半身はTシャツ。

それでも膝まで海に入っている。

それを見ている秦と鳳翔。

 

「榛名まで呼んで、良かったのかい?」

 

「はい。 彼女もあなたの秘書艦ですから、楠木家と言うものを知ってもらうには、良い機会と思って。」

 

「鳳翔がいいなら、俺には異論はないさ。」

 

「でも・・ こうして見てると、ウチの子らと比べると、榛名は大人だよな。」

 

「ええ。 立派なレディですね。 あの子達からすると、年の離れたお姉ちゃん、でしょうか。」

 

「え? 榛名が娘なら、俺はいったい幾つになるんだよ? 二十歳で子供が生まれたとしても・・ 四十を超えるじゃないか! それは勘弁してくれ。」

 

と言って凹む秦だ。

 

「誰も実の娘としてとは言ってませんよ。」

 

と言って笑っていた。

 

「例え話でも、それは勘弁してくれよな。 せめて、妹くらいなら分からんではないかな?」

 

「あら、妹ですか。 それならいいかもしれませんね。 そうすると、私の妹にもなるんですね。」

 

「はは。 それならいいかもね。」

 

二人してこども達と榛名を見ていた。

榛名に皐月と睦がじゃれている様だった。

”キャー”とか”わぁー”とかが聞こえてくる。

そこへ卯月と弥生が戻ってきた。

 

「どうしたんだ?」

 

「喉が渇いちゃったあ。」

 

喉が渇いたらしく、飲み物を欲しがった。

 

「はい。」

 

と鳳翔が出したのは・・ 自家製はちみつレモン水だった。

水筒からはちみつレモン水を貰うと、ごくごくと喉を鳴らして飲んでいく。

 

「あーっ。 冷たくておいし。」

 

「うー、すっぱいけど、あまーい。」

 

はちみつレモン水を飲み干すと、パンツとシャツを脱いで、水着になって、また海へと向かっていった。

 

「行ってくるぴょん!」

 

弥生が秦の手を掴んでいた。

 

「父さん、行こう!」

 

「よし! 鳳翔、ちょっと行ってくる!」

 

と言って水着になって、弥生と一緒に海に向かった。

水を掛け合う秦とこども達を浜辺で鳳翔がにこやかに見ていた。

暫くして、榛名が海から上がってきた。

 

「ふぅ。 こども達って元気ですね。 こっちが疲れちゃいます。」

 

ニコニコしながらそう言ってきた。

 

「ふふふ。 お疲れ様。 はい、タオルよ。」

 

バスタオルを榛名に渡す鳳翔。

 

「あ、ありがとうございます。」

 

「喉が渇いたでしょ? はちみつレモン水があるわよ?」

 

「あ、頂きます。」

 

水筒からコップへとはちみつレモン水を移して榛名に渡す。

それをごくごくと飲み干す。

 

「ん~、おいしいですねぇ。 これ。」

 

甘さと同時に感じるレモンのすっぱさが心地よい。

飲み干すとシートに腰を下ろした。

目の前の波打ち際でじゃれ合う秦とこども達を見ている二人。

 

「鳳翔さんは・・」

 

「はい?」

 

「提督の事を、愛してらっしゃいますか?」

 

「え?」

 

ストレートに聞かれて、一瞬、戸惑ったが、

 

「ええ。 私は・・あの人を愛しています。」

 

「そう、ですか・・」

 

と答えて視線を逸らす榛名だった。

 

「榛名さん、あなたはあの人、提督のことを、どう思ってますか?」

 

「わ、私は・・ 提督のことをお慕いしています。 上官としてだけではなく、も含めてですが・・」

 

「それは、あの人も喜ぶでしょう。」

 

「鳳翔さんは、それでいいんですか?」

 

「なにが?」

 

「その、複数の艦娘に好かれている提督のお側に居て、気にならないのかなって・・」

 

「それは、気になりますけど。 ・・でも、気にしても何も始まりませんから。 それに、あの人のことを思うのは、各個人の自由ですから、私に、止めろ、なんていう権利はありません。」

 

「そ、そんな・・ 鳳翔さんは、寛容過ぎます。」

 

「そうかもしれませんね。 でも、今は、この子がいますから。 あの人の遺伝子を受け継いだ、この子が。」

 

そう言って膨らみ始めたお腹を擦っていた。

 

「それを言われると、太刀打ちできませんね。 鳳翔さんの懐妊は、私たち艦娘の夢の実現でもあるんですから、期待しています。」

 

「何を話しているんだい?」

 

と気が付くと秦が海から上がってきていた。

 

「アイツらときたら、元気なんだからさぁ。 こっちの息が切れちまって。」

 

そう言ってシートに倒れ込むように、寝っ転がった。

 

「ああ-! 疲れた!」

 

「フフフッ。 お疲れ様です、あなた。」

 

「二人して何を話してたんだ?」

 

そう秦が聞くと、

 

「ふふふ。 それは、ひ み つ です。 ね? 榛名さん。」

 

鳳翔が榛名をみて、微笑んでいた。

 

「そうですね、ひみつ、です。」

 

と榛名も微笑みを返す。

 

「あれ? 教えてくれもいいんじゃない?」

 

「「ひ み つ です。」」

 

と二人が声を揃えて言う。

 

「あ、いきなりシンクロして。 しょーがないねぇ、また今度にするか。」

 

そのうちにこども達全員が海から上がってきた。

 

「あー、疲れたぁ。」

 

と言いながら、レジャーシートに座り込むヤツ、いきなり寝っ転がるヤツ。

散々、遊んできたから。

でも、顔はにこやかだった。

皆笑っていた。

その顔を見た秦は、良かった、遊びに来て。 と思っていた。

そして、徐に立ち上がり、

 

「それじゃあ・・ ほい。」

 

と、鳳翔を抱き上げた。

 

「きゃ な、何を?」

 

「何をって、鳳翔も足だけでも海に浸かろうよ? 嫌?」

 

「もう! 自分で歩きますのに。」

 

「じゃぁ、歩いてもらおうかな。 ちょっとは運動もしないとね。」

 

そう言って鳳翔を降ろし、鳳翔はいつものタイツを脱いだ。

鳳翔の手を引き、秦と共に波打ち際へと降りていく。

袴をたくし上げ、鳳翔の膝あたりの深さまで海に入っていた。

 

「あぁ、冷たいですね。 でも、気持ちいいですね。」

 

と鳳翔は秦を見上げながら、微笑んでいた。

 

「鳳翔も水着を持って来れば良かったかな?」

 

「ふふふ。 でもこの子がいるうちは、遠慮しておきます。 次に来るときは・・ もう一人、増えていますね。」

 

頬を赤めながらそう言ったが、それを聞いた秦も頬が赤かった。

 

「そうだな。 来年になると、もう一人増えているな。 そうしたら、またみんなで遊びに来ような。」

 

「ええ。」

 

 

そんな二人を浜辺から見ているこども達と榛名。

 

「相変わらず、熱いねぇ。」

 

「もう見慣れちゃったけど、ホントにラブラブだよね。」

 

「あら、そんなに言ったら悪いわよ?」

 

とは榛名だった。

 

「榛名さんは、まだ知らないかぁ。」

 

と言ったのは皐月で、

 

「そうだよ。 一緒に住んでないから知らないんだよね。」

 

とは睦だ。

 

「ん?」

 

頭の上に?マークが浮かぶ榛名。

 

「家でも、ラブラブだよ。」

 

とは弥生だ。

 

「居間でみんなと一緒に寛いでいるときでも、手は恋人繋ぎしてるしぃ、父さんの膝の上にお母さんが座ってるしぃ。」

 

と言うのは皐月で、

 

「テレビを見てるより、お互いを見てる方が絶対多いよね、あの二人は。」

 

とは朝霜だった。

それを聞いて、顔を赤める榛名だが、

 

「そ、そこまでやってるの?」

 

「うん。 いつものことぴょん。」

 

「だから、見慣れちゃってさ。」

 

「そ、そうなんだ。」

 

ちょっと引く榛名だった。

 

 

空を見上げると、陽が山に掛かりそうな頃合いになった。

 

「そろそろ、帰るとするか。」

 

「ええ。」

 

秦が鳳翔を、またも抱き上げて、

 

「きゃ!」

 

声をあげるものの、秦に抱きついていたのだった。

パラソルのところまで帰って来た。

皆のところに戻ってくると・・

 

「ん? どうした?」

 

皆の視線が、冷たい感じがしていた。

 

「別に。 相も変わらず、良くやるなぁってね。」

 

「まったく、いつまでたっても、ラブラブだもんねぇ。」

 

赤くなる秦と鳳翔だった。

 

「そ、そろそろ帰るぞ! 皆、支度して!」

 

はいはい、と返事をされたような気がしていた秦だが、榛名を見ると、笑っていた。

支度を終えると、船に乗り込んで呉港まで帰って行った。

呉に着く頃には、夕方になりかけたころだった。

 

「皆、お疲れさん。」

 

「うん、楽しかったね。」

 

そう言って官舎へと入って行く。

榛名は港で別れて、艦娘寮へと戻って行った。

ちょっとした息抜きをした一日だった。

 



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鳳翔の一日(1)

今回は、鳳翔中心のお話です。


まだまだ朝から強い日差しがする9月。

少し寝坊した私は、まぶたの上から感じる強い日差しで目を覚ましました。

う~ん、とベッドの中で伸びをします。

そして、隣の、あの人を見る・・が、あの人はもう居ません。

あの人の、枕の匂いを十二分に堪能した後、もそもそと起き出します。

お腹は、誰が見てもふっくらしています。

既に妊娠6ヶ月になろうとしているんですから、当然なんでしょう。

だんだんと、このお腹が重たく感じます。

 

「よいしょ」

 

ベッドから起きて、身支度をします。

寝間着を脱ぎ、下着をつけて、いつもの着物を着ます。

ただ・・ 帯の結び目の位置は、段々とズレてきているのが分かります。

 

「あ・・ また大きくなってる・・」

 

日に日にその大きさが、実感できるほどに。

ベッドに腰かけ、両手でお腹を擦ると、ポコっと押し返すかのような反応をしてくるようにりました。 親バカでしょうか。

 

「あぁ・・ 今日も元気なのね。」

 

そう声を掛けてから食堂、キッチンへと向かいます。

キッチンに着くと、既にあの人が居ます。

私と同じように、割烹着を着ています。

 

「あ、起きたのかい。 おはよう。」

 

と声を掛けてきます。

 

「おはようございます。 今日も早いですね、あなた。」

 

と私も返します。

すると、手を止めて私の傍までやってきてくれます。

 

「今日の体調はどうだい? 気分は?」

 

最近は、必ずこれを聞いてきます。

 

「ええ。 問題ないです。 調子は良いですよ。」

 

「そう。 良かった。」

 

彼はそう言うと、私を抱きしめてくれます。

ぎゅって。

彼の胸に顔を埋めるだけでも、幸せを感じる事が出来るのに、次は・・

彼の唇が、私の唇を塞ぎます。

やさしく、啄ばむように。

唇が離れると、お互いの視線を合わせて、微笑みあいます。

 

(あぁ・・ いいですね、この時が。)

 

そう思います。

 

「朝ご飯、出来てるよ。」

 

「はい。 いただきます。」

 

朝ご飯は、いつの間にか、彼の役目になってしまいました。

元々、料理が好きで、かなりの腕前なので、任せてしまっても彼は文句言いません。

逆に、こっちが恐縮しちゃいます。

朝ご飯を食べ終えると、そろそろこども達が起き出してくる頃です。

五人部屋なので、だいたい同じタイミングでやってきます。

一番は、睦ちゃんです。

私の代わりに、航空母艦・鳳翔を操ってくれています。

栗色のショートヘアの可愛い女の子です。

二番は、皐月ちゃんです。

黄金色の髪をツインテールっていうんでしょうか、髪を2つに括っています。

ちょっと少年ポイ口調の女の子ですね。

三番は、弥生ちゃんです。

銀色の髪の、おっとりとした雰囲気の女の子です。

四番と五番がほぼ同時で、卯月ちゃんと朝霜ちゃんです。

元気印の朝霜ちゃんと、フリフリが大好きな卯月ちゃんです。

この二人は、いつも最後です。

あの人が起こさなかったら、いつまでも寝ているんですよね、まったく。

でも・・ 五人が揃って食べている光景は、嬉しくなってしまいます。

今日も、元気に食べてるって。

そうそう。

今日は病院へ定期健診に行く日です。

妊娠が分かってから、1か月おきに病院へ行くことになっています。

あ、それから、市役所で母子手帳、貰ってきました。

母体と赤ちゃん、胎児って言うんですね、の状態を書き込んでいく手帳になっています。

そこには、私の、た、体重も記載する欄があります。

既に、通常より1キロも重くなっています。

産まれるときは3キロを超える大きさだとか。

そうすると、最終的に私の体重は、いったいいくらになるんでしょう。

そう思うと、凹んでしまいます。

 

 

今月から鎮守府内に、学校が開設されることになりました。

小中高が。

先日、あの人と大石大佐が市長さんに、嘆願しに行きました。

最初は驚かれたようでしたけども、この戦争が終われば、艦娘が学校に通う事になります。

その時になって慌てても仕方がないので、今のうちから、やりましょう、という事になったようです。

一教室に教師が一人で、四人の教師が付くそうです。

児童・生徒は、鎮守府所属の艦娘です。

年少者組には、択捉ちゃん、松輪ちゃん、佐渡ちゃん、隠岐ちゃんたちが。

小学校組には、第六駆逐隊の暁ちゃん、雷ちゃん、響ちゃん、電ちゃんたちが。

中学校には、ウチの五人が通います。

他に駆逐艦の艦娘が数名。

高等学校には、軽巡組たち他が入ります。

まあ、訓練の一貫として、勉強をすることにしたのですが、どうなりますか。

そうそう。

学校気分を味わうんだとか言って、お昼を跨ぐときは、昼食はお弁当にするそうです。

食堂部のおばさま方にお願いをすると、大層、喜んだそうです。

なんでも、”この年で、キャラ弁作れるなんて!”とか”ウチの子には出来なかった事をしてあげようかしら。”なんていってらしたとか。

私も時々、お手伝いしますね、とはあの人に言ってはいるんですが、やらせてくれるんでしょうか。

ちょっと心配です。

 

 

0820になって、こども達が”登校”します。

 

「父さん、お母さん、いってきまぁす!」

 

元気ですね。

 

「頑張って勉強しておいで。」

 

「はい、行ってらっしゃい。」

 

と私達も返事をします。

こども達は、相生の時に来ていた、セーラー服を着ています。

各自の戦闘服?があるんですが、”学校へ行くんだから、制服でしょ? でも制服の指定が無いんだったら、こっちの方がいいよ。”と言って着ています。

半袖の、白セーラー。

デザイン的には、吹雪姉妹のセーラー服に似ているでしょうか。

でも、衿は紺地に白三本ラインですから。

ちょっと困ったことがありましたね。

フレアスカートの丈を、もっと短くして!っと言われた事です。

あの子たちはどう思ってるのでしょうか。

あまりに短くすると、歩くだけでも、スカートが翻ってパンツが見えてしまいます。

もう、こっちが恥ずかしくなります。

今の子たちは、何とも思わないのでしょうか。

私の学生のころは、今とは違って、もっと長かったんですもの。

こども達から遅れる事30分。

あの人が出勤します。

以前は、もう少し早かったのですが、五十鈴ちゃんから苦情が来たそうです。

 

「提督が早いと、あたし達も早く出てこないといけなくなるから、もっと遅くしてくれない?」って言われたそうです。

 

いま、玄関先で見送ります。

白の第2種軍装、格好いいですね。

いつみても惚れ惚れしちゃいます。

あ、その前に、あの人が私をギュッと抱きしめます。

私もあの人の胸に顔を埋めます。

そして、口づけをしてから行きます。

口づけは・・ どちらが、と言うわけでは無く、互いが求めます。

暫く口づけのまま動きません。

このまま時間が止まればいいのに、って思ってしまいます。

唇が離れると、ようやくお見送りです。

 

「行ってきます。」

 

「行ってらっしゃい。」

 

何気ないこの一言でも十分、幸せを感じます。

あの人が言った後は、掃除と洗濯です。

お腹がつかえてやり難くなってきました。

しゃがむ動作がつらいですね。

なので、あの人が、私の為に、お手伝いさんを雇ってくださいました。

長期ではなく、短期間で継続更新をする約束で、アルバイトの学生さんを雇いました。

お腹を気にしつつ、家事を進めます。

1000になってアルバイトさんがやってきます。

そして二人して掃除と洗濯をします。

官舎の1階、2階と全部で10部屋ほどでしょうか。

こども達の寝室のベッドメイクもお願いしています。

私たちの主寝室は、私が担当します。

やっぱり、他人さまにしていただくのは、は、恥ずかしいですしね。

だいたい3時間で掃除と洗濯が終わります。

バイトさんお昼も食べずに働き続け、終わってからお昼をするそうです。

お昼は、本館の食堂を使う事が許されています。

まぁ、その方が空いていていいとは思いますが。

 

 

お昼を済ませたあと、居間で一休みします。

あの人と共に病院に行くために、待っています。

 

「ただいま。 鳳翔、居る?」

 

あ、あの人が帰ってきました。

 

「はぁーい、居ますよー。」

 

と返事をして、玄関へと向かいます。

玄関で落ち合い、抱き合います。

うふっ。 朝抱き合ったばかりですが、もう一度です。

そして、一緒に病院へと向かいます。

病院では、艦娘担当の婦人科です。

艦娘用は、ほとんど待ち時間はありません。 すぐに診察です。

今日は、初めてのエコー検査をします。

実は、今までの検診でエコー検査はしてこなかったのです。

診察台の上で、お腹を出します。

あの人が傍にいるので、ちょっと恥ずかしいです。

女医さんがエコーをあてて、エコー画像を見せてくれます。

 

「あら! 赤ちゃんは双子ねぇ。」

 

「「え?」」

 

二人の裏返った声がしましたね。

 

「あのー、双子って言いました?」

 

確認のためにあの人が聞きます。

 

「ええ。 ほら。 胎児が二つあるでしょう。」

 

見ると、頭が二つ、手が四本、足が四本、胴体が二つ見えます。

間違いありません。

二つです。

私とあの人が目をあわせて、お目めパチクリ!状態です。

 

「性別は・・ ちょっと、見えないかしら。」

 

性別はまだ判明しないようです。

でも、分からなくてもいいです。

その他の検査もしておきます。

体重は1キロ弱の増加でした。

女医さんからは、まあまあかな、って言われました。

あまり太らないように、ですって。

ただ、「鳳翔さんは小柄で華奢だから、増加量は多いかも、ですよ。」と注意を受けちゃいました。

最近、食べちゃうんですよねぇ。

自分で料理して、自分で食べちゃうんです。

我ながらにして、ご飯が美味しいんですもの。

お箸が止まりません。

昨日も、あの人に「食べ過ぎじゃない?」って言われちゃいました。

気をつけましょうね。

それと、おっぱいが、張る様になってきましたので、そのことも女医さんに伝えました。

「良い事ですね。」と言われました。

一通りの検診が終わると、次は一か月後ね、ですって。

診察の予約を入れて帰途につきます。

帰りの車の中で、

 

「双子かぁ。」

 

「予想外でしたね。」

 

「予想外でも、いい方向に考えよう。」

 

「はい。 じゃぁ、喜び2倍、という事で。」

 

「ははは。 そうだね。」

 

と言いあいます。

にこやかに笑って帰ります。

官舎に帰ったら、それぞれの実家に連絡です。

私の母とお義母さんとに連絡です。

両家にとって、初孫になりますね。

あ、睦ちゃん達がいましたね。

でも、生まれるのは初めてですね。

どんな反応をするでしょうか。

ふふふ。 楽しみです。

 



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鳳翔の一日(2)

検査から帰ってきた鳳翔の一日の後編です。



帰り着いて、あの人がお義母さんに連絡します。

携帯電話で連絡します。

暫くして、

 

「あぁ、お袋? 俺、秦。」

 

『どうしたんや』

 

「お袋にちょっとした報告やねんけどな。」

 

『ん?』

 

「実は、な。 また養子をとったんや。」

 

『またかい。 お前も好きやなぁ。 で、また女の子か?』

 

「ああ。 四人。」

 

『は? ・・なんて言うた、今?』

 

「だから、四人、養女にしたからな。」

 

『四人も? それも女の子ばっかりかい?』

 

「まぁ、な。」

 

『あんた、大丈夫なんか? 鳳翔も居るやろ?』

 

「ああ。 ま、鳳翔も了解済みやし。」

 

『まぁ、あんたらが良かったら、ええねんけどな。』

 

「うん。 それと、もう一つなんやけど。」

 

『なんや、まだあるんかい?』

 

「ああ。 まだや。 ・・実は、鳳翔に子ができた。」

 

『ん? 身籠ったんか?』

 

「ああ。 今日、病院に行ってきた。 6か月を過ぎてるくらいだと。」

 

『そうか。 そりゃ、良かったやないか。』

 

「産まれたら、二人とも、お袋にも抱いてもらうし。」

 

『ああ、楽しみにって、・・・今、二人って言うたか?』

 

「ああ。 言うた。 双子らしいで。」

 

『あんた、家族を何人増やす気や?』

 

「まぁまぁ、そう言わんと。 ほな、鳳翔と替わるわ。」

 

そう言って、電話を替わりました。

 

「お義母さん? 鳳翔です。」

 

『おお。 おめでとう。 双子か?』

 

「はい。 そのようで、病院でそう言われました。」

 

『そうか。 まぁ、元気にしときよ? 無理せんとな?』

 

「はい。 ありがとうございます。」

 

『ほな、赤ん坊を抱くことを楽しみに待ってるわ。』

 

「はい。 元気な赤ちゃんをお見せできるよう、頑張ります。」

 

『ああ、期待してるわ。 鳳翔や。 良かったな。 それじゃあ、またな。』

 

「はい、お義母さん。 また。」

 

そう言って電話を終わります。

続けて、私の母にも連絡します。

 

「お母さん、私。 鳳翔。」

 

『鳳翔かい。 どしたの?』

 

「お母さんに報告があるの。 実は・・・・」

 

皐月ちゃん達四人の養女の事を話します。

 

『おやまぁ。 大変やねぇ・・。 秦さんは、それでいいの?』

 

「うん。 私と同じよ。」

 

『まあ、それならいいけど・・。』

 

「ごめんね、お母さん。 それと、もう一つあるの。」

 

『もう一つ?』

 

「うん。 あの・・ 赤ちゃんが・・できたの。」

 

『あら! 赤ちゃんが? おめでとう! ふふふ。 ホントのママになるのね。』

 

「二人が産まれるのは、まだまだ先よ?」

 

『そうなの? じゃぁ、妊娠6ヶ月くらい?』

 

「ええ。」

 

『あれ? 今、二人っていった?』

 

「ええ。 言ったわよ。 赤ちゃん、双子なの。」

 

『まぁ! ふふふ。 私も二人のおばあちゃんになるのね。 お父さんもじぃじね。』

 

「まぁ、そうなるわね。」

 

『あ、お父さんと尚子には、私から言っておくわ。』

 

「うん、よろしくね。」

 

『それじゃぁね。 秦さんにもよろしくって言っておいて。』

 

「うん。 じゃ。」

 

と電話を終わります。

母もお義母さんも喜んでくれたみたいで良かったですね。

ただ、四人も養女にしたのには、呆れられていましたね。

私もあの人も、そのことで、苦笑いです。

 

 

今日は食材の買い出しです。

”買い出し”と言っても、普段は商店さんからの宅配にして貰っています。

ネットや電話で注文して、夕方少し前に持ってきてもらいます。

便利ですね。

最初は、宅配なんて、と思っていましたが、聞くところによると、鎮守府の食堂の食材も、纏めて商店さんからの宅配なんだそうです。 それに便乗させてもらいました。

でも、時々、いいモノが入荷した時は、ウチ用に特別に取り置いてくれてたりします。

「今日は、昼網のいいアジが入ったよ!」とか。

漁港に近い呉では、昼網で摂れた魚が並ぶことがあります。

近海物は昼網の魚が良いですね。 脂が載っていて。

今日は、昼網のアジです。

最初の予定を変更して、今晩のメインはアジにしましょうか。

暑い夏ですから、南蛮漬けもいいですが、ちょっと趣を変えて、カレー味のフライにでもしましょうかね。

今日のアジは、大きめです。

頭を落として、内臓を取っても、私の手のサイズよりも大きいですね。

こうなっては、3枚におろしておきましょうか。

その方が食べやすいでしょう。

衣を纏わせる準備までして、揚げるのは直前でいいでしょう。 その方がアツアツですから。

ただ・・ ただ・・ 人数が多いのです。

楠木家で七人ですから。

それも、食べ盛りの中学生が五人も。

商店さんからの宅配にした理由の一つが、食材の量です。

結構な量になりますので、私一人で持てる量ではありません。

買い出しに行くときは、誰か二人のお手伝いをお願いしています。

皆いい子達です。

ふふふ。 出かけた時は、こっそり、甘味を頂いています。

これは、あの人には内緒です。

だから、こども達は、率先して買い出しに行きたがります。

最近は宅配ですから、残念がります。 ふふふ。 仕方がないですね。

たまには、散歩がてらにお買い物もいいかもしれません。 私の運動も兼ねて、です。

さて、もう日暮れです。

そろそろ、あの人も帰ってきますね。

さ、ご飯にしましょうか。

 

 

食事を終えて、居間でまったりとします。

後片付けもこども達が手伝ってくれます。

なので、あっという間に終わっちゃいます。

あ、明日の朝ご飯用に、炊飯器をセットしないと。

終わると、ホントに、まったりの時間です。

居間は、当初はフローリングでしたげど、上げ床にして、畳を敷いてもらいました。

なんだかんだ言っても、日本人ですね。

畳の、井草の匂いは、いいですね。

畳の上に、皆寝っ転がります。

 

「さあ、お前たち、お風呂に入っておいで。」

 

とあの人が言います。

はあーい、と返事をして、二つに別れて入ります。

今日は、睦ちゃんと皐月ちゃんがペアですね。

朝霜ちゃん、弥生ちゃんと卯月ちゃんが後ですか。

私はあの人にもたれています。

寄り添う、なんて軽すぎますね。

もう、ゴロニャーン状態ですね。 ふふふ。

 

「あ な た 。」

 

と言って、身も心も預けます。

あ、こんな態度でいいのでしょうか、と思います。 胎教って言うんですか、赤ちゃんまでゴロニャーンとなるのでしょうか。 ちょっと気になります。

ま、でも、今は、私の旦那様です。

こども達の視線が、ちょっと痛いですけど、もう、慣れましたね。

私たちの愛に、遮るものは、何もありませんから。 へへへ。 恥ずかしいですね。

こども達は、お風呂から上がると、あの人とと私の前に座ってきます。 ブラシを持って。

そうなんです。 湯上りのブラッシングをあの人と私の二人がしています。

何でも、私たちのブラッシングが気持ちいいんだとか。

そこまで気にしたことは無いんですがねぇ。

あの人は、コミュニケーションにはちょうどいい、なんて言っています。

終わると寝室に向かいます。

その後は部屋で何をしてるんでしょうか。

年頃の女の子ですから、おしゃれ話かな。 

ま、まさか、グルメ話、とか。

そして、私たち二人もお風呂に入ります。

あの人と一緒に。

いつもあの人は、お腹を擦ります。

その顔は・・ 優しい顔、目をしています。

私も心穏やかになっちゃいます。

擦りながら声を掛けます。

「今日も元気だね。」とか「早く大きくなあれ。」とか。

まだお腹の中で動いている感じはしませんが、雰囲気は分かるみたいです。 親バカでしょうか。

洗い場で、お互いの身体を洗いっこします。

あの人が私の背中を、私があの人の背中を洗います。

ああ・・ 恥ずかしいです。

でも、背中から抱きしめられると、愛されてるんだ、って思います。

私も、抱きしめます。 お互い様です。

そして・・ 口づけは忘れません。

何度だっていいです。 何回でもしちゃいます。

ふふ。 惚れたものの弱み?強み?でしょうか。

こども達の視線もあまり気にならなくなりました。

お風呂では充分に温まります。

身体から湯気が昇るくらい、温まっています。

二人で脱衣所まで戻って、身体を拭きます。

まだまだ、ほかほかしています。

この時期は、湯上りに頂くフルーツ牛乳が美味しいです。

あの人は一気に飲んでしまいますが、私は少しずつです。

ちゃんと味わってますか?って聞きたいくらいです。

お風呂場を出て、居間で涼み、寝室へと入ります。

そこで髪を鋤いてもらいます。

私、結構長い髪ですから、大変だと思います。

三面鏡の前に座ると、あの人が後ろに立って、ゆっくりと髪を鋤いてくれます。

いつの間にか、日課になりました。

髪を鋤きながら「綺麗な髪だ」って言ってくれます。

ふふふ。 嬉しいですね。

髪は女の命、とも言いますから。

鏡を通して目が合います。

分かります。 お互いの顔が赤い事が。

そして・・ 明日の為に、今日の疲れを取る為に、二人してベッドに入ります。

いえ、お腹の子も入れて四人ですか。

あの人の胸に顔を埋めて眠るのが、私のポジションです。

目を閉じる前に、おやすみの口づけをします。

しっかりと、強く、深く口づけます。

充分に堪能した後、目を閉じます。

おやすみなさい、あなた。

 

 



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”妹”と”ママ”

秦の第一対潜駆逐艦隊の訓練が続く中で、一つの決断をすることに。



響灘を中心に、第二対潜駆逐艦隊を始めとする各艦の訓練が続いていた。

第二対潜駆逐艦隊・・旗艦に戦艦・金剛を配し、護衛空母として大鷹、随伴する駆逐艦に、文月、長月と海防艦の択捉、松輪の計6隻から成っていた。

海防艦の航続距離は、長くない。

従って、遠く遠洋まで行くときには、補給艦が随伴するか、途中で補給を行う事になっていた。

戦艦・金剛は、榛名と同じく、35.6cmの主砲はそのままに、両舷側の副砲を換装し、対潜兵器を搭載した。

対魚雷用爆雷投射機を片舷四基で計八基。

両舷で八基の対空噴進砲を新設。

その際、両舷の魚雷発射管は撤去した。

駆逐艦・文月と長月も皐月らと同じく、12cm単装砲を、60口径12.7cm単装両用砲に交換した。

各艦とも、自動給弾装置を取り付けることに成功していた。

皐月や朝霜らの第一対潜駆逐艦隊の各艦も自動給弾装置の取り付けが終わっていた。

空母・大鷹は、全長が180m余りと小さいため、搭載機数は少なかったが、それでも、艦戦に烈風8機、対潜哨戒攻撃機12機の20機を積むことが出来た。

 

 

今日は、第一、第二の対潜駆逐艦隊の合同訓練だった。

呉港に帰って来た睦、皐月たち。

いつものように、小用沖に錨を下した。

最近は、戦艦・榛名も小用沖に停泊していた。

八人がそれぞれの内火艇で戻ってきた。

執務室に着くなり、榛名がソファーに倒れ込んだ。

肩で息をしている榛名だ。

 

「大丈夫?」

 

と聞くのは睦だった。

 

「はぁはぁ・・ 睦ちゃんや皐月ちゃん達は、どうして平気なの? 榛名は・・ ヘトヘトですよ。」

 

見るからに、疲労困憊の様子だ。

 

「え~、今日は、そんなにきつくは無かったよ?」

 

と平然と答える睦たち。

榛名は・・ 更にへこんでいた。

 

「あ、あなたたちは、一体、どんな訓練をしてきたのよ! 金剛お姉さまや択捉ちゃん、松輪ちゃんなんか、ヘトヘトだったのよ?っていうか、睦ちゃん、あなたは久しぶりなんでしょ? なんで元気なのよ。」

 

「そうは言われても~。 今までの訓練は、お母さんのを見てきたし、一緒に艦橋にはいたし・・ あれが普通って感じだしぃ。」

 

「あら、私はそんなに厳しくは無かったでしょ?」

 

その言葉に、目を開いて固まっている皐月や朝霜たち。

 

(その”厳しくなかった”ってぇのは、お母さんだけでしょ!!)

 

(あたい達は、みんな苦しんだんだよぉ。)

 

と心の中で叫んでいた。

 

「それはそうと、さっぱりしましょ。」

 

といって、鳳翔はレモネードを用意してきた。

 

「さぁ、皆、どうぞ。 美味しいわよ~。」

 

「「わぁーーい!」」

 

現金な奴らである。

 

「はい。 榛名さん、あなたも。」

 

「あ、ありがとうございます。 いただきます。」

 

一口飲んで、

 

「うーーん、甘酸っぱくて、おいし~。」

 

とは、みなの感想だ。

レモネードを飲み終えると、皆、ハァアーっと息を漏らして、更にソファーに身を預けるのだった。

 

「はははっ。 とにかく、榛名には、あの機動に慣れてもらわないといけないから、ヘバるのはまだ早いよ。 しんどいだろうけど、頑張ってくれ。」

 

「はい! 榛名、全力で頑張ります!」

 

頬を赤めて、カラ元気で答えていた。

とは言うものの、疲労しているのは明らかで、夕食後、自室で布団にダイブしてしまった榛名だった。

 

 

寝室で秦と鳳翔が話し込んでいた。

 

「今日の榛名達の訓練はどう思う?」

 

「そうですね。 始めたばかり、と思えば、よくやっていると思いますよ。 特に、金剛さんは積極的ですね。」

 

「ははは。 やっぱりそうかな?」

 

「ええ。 榛名さんも頑張ってはいますが、やはり大型艦は動きが遅いですからね。」

 

「第二の、対潜主力は択捉と松輪になるだろうな。」

 

「はい、あの二人が主力ですね。 文月ちゃんも長月ちゃんも頑張ってもらいませんと。」

 

「ああ。 彼女らが使い物になるには、まだ先かな?」

 

「そうですね。 まだまだやることはありますし。」

 

「鳳翔には面倒を掛けるね。 それはそうと、体調は問題ないかい? 無理はしないでよ?」

 

「はい。 大丈夫です、問題ありません。 お腹の子らは、少しづつ大きくなって行くのが判りますから。」

 

「そうか。 それならいいけど。」

 

「それはそうと、あなた。 榛名さんのこと、どうするつもりですか?」

 

「どうとは?」

 

「榛名さん、あなたのことを・・」

 

「ああ、そのことね・・ 正直、悩んでいるよ。 今は、普段通りに接しているつもりだけど、いつまでもこのままでいければいいんだけどなぁ。」

 

「私は、あなたと榛名さんがケッコンカッコカリしてもいいと思っています。」

 

「え? それは・・ 本音かい?」

 

「・・はい・・」

 

秦は、ため息をつくしかなかった。

 

「ったく・・ お前さんは、皆にやさしすぎるよ・・ 今は、自分の幸せを一番考えたらいいんじゃないか。」

 

「それは・・ 榛名さんに悪いですよ・・」

 

「その時は、榛名もわかってくれるさ。」

 

「そうでしょうか・・」

 

「そうだよ。 榛名も馬鹿じゃないんだ。」

 

「でも・・」

 

「鳳翔は心配性だな。 とにかく! 俺は鳳翔以外とケッコンするつもりはないよ。」

 

「それは・・ 嬉しいですけど・・」

 

「ったく、お前さんは・・ じゃあ、俺が思っている別の案を言うよ。」

 

「別の案、ですか?」

 

「ああ。 榛名を、俺の妹にする、という案なんだけど、どうかな?」

 

「妹、ですか?」

 

ちょっと驚いた顔をする鳳翔だった。

 

「ケッコンは出来ないけれど、妹なら、俺の近くに居ても何ら不思議は無いと思うんだけど。 これなら、皆の思いを最低限、満たすことができると思うんだが・・」

 

「た、確かに。」

 

「ま、結局のところは、榛名がどう受け止めてくれるか、になるんだけどね。」

 

「私としては、あなたがそれでいいのなら、構いませんよ。」

 

とようやく、ニコリとほほ笑んだ鳳翔だった。

 

「そうなると、ある意味、また家族が増えるなぁ。」

 

「フフフ。 そうなると、榛名さんは私の義理の妹になるんですね。 じゃぁ、”さん”じゃなくて”ちゃん”て呼びましょうか。」

 

「ああ。 そうしてくれるかい。」

 

そう言って二人して微笑みあって眠りに就くのだった。

 

 

翌日0800、いつもよりちょっと早めに執務室に楠木家の面々が集まった。

 

「え~、皆に報告というか、家族会議というか・・」

 

「父さん、はっきり言えば?」

 

「そうだよ、しれーかん?」

 

いつもははっきりと言う秦なのに、ごにょごにょしているから、痺れを切らせる睦、朝霜。

 

「ああ。 悪い。 実はな、結論から言うと、榛名を・・俺の妹にしようと思うんだ。」

 

【え?】

 

鳳翔を除く全員が、驚き、さらにどういうこと?と首をかしげていた。

最初に口を開いたのは睦だった。

 

「それって・・ お母さんはいいの?」

 

「榛名が最高練度に達した。 提督としては、ケッコンカッコカリをする権利が生まれたわけだけど、俺としては、鳳翔以外にジュウコンまでしてケッコン相手をさらに持とうと言う気は無いから。」

 

皆を見渡して、さらに、

 

「榛名の気持ちは、どうやらケッコンカッコカリを望んでいるんだ。 そして、それを俺は知ってしまった・・」

 

「父さんとしては、ケッコンは出来ないけど、榛名さんの気持ちも分かるってとこだね?」

 

「まぁ、平たく言えば、そうなんだけど。」

 

「あたいらは、しれーかん次第だけどさぁ。」

 

「ボクも、父さんの考えにとやかく言うことはないと思うけど、お母さん次第じゃないかなぁ。 卯月と弥生は、どう思う?」

 

「ん、うーちゃんは別にいいぴょん。 きれいなお姉さんができると思えば。」

 

「私も、別にいいよ。」

 

皐月らの視線が鳳翔に集まる。

 

「あら、私? え~っと・・・」

 

苦笑いを浮かべながら、

 

「私は・・ 提督の言う通りでいいですよ。 榛名ちゃんが提督の妹になることに、異存はありません。 もっとも・・」

 

「もっとも?」

 

「提督が、私を、十分に気にかけて下さる、あ・愛されている事が改めて分かりましたから。」

 

お腹を擦りつつ、頬を赤めながら答えていた。

 

「鳳翔・・ すまないな。 また、お前さんに世話をかけることになって。」

 

「まぁ、お母さんがそういうなら、いいんじゃない? ね、皆?」

 

皆が、うん、と言う。

こんな感じで、家族会議の結果、榛名が秦の妹になることが決まったのだった。

その後、0900になって執務室に榛名がやってきた。

秘書艦なので、来るのが当たり前なんだけれども・・。

 

「おはようございます、提督。 って・・ 何ですか? こんなに朝からたくさん集まって・・」

 

部屋に入って、楠木家の全員が揃っていたので、何かと驚く榛名だった。

 

「おはよう、榛名。」

 

「おはよう、榛名ちゃん。」

 

(あれ? ”ちゃん”呼び? ん?)

 

「おはよう、お姉さん。」

 

(ん? ”お姉さん”?)

 

「あの、”ちゃん”呼びに”お姉さん”呼びって何ですか?」

 

そう呼ばれて、疑問に思う榛名。

 

「あぁ、ごめんね。 君の対応を家族で話し合ったんだよ。 その、それでね、君を俺の妹として楠木家の一員にしようということになったんだ・・」

 

えっと言う驚いた顔をする榛名だったが、すぐに暗めの顔になった。

 

「そ、そうですか・・ 私が提督の妹ですか・・」

 

俯いて黙り込む榛名。

 

「だめ、かな?」

 

秦が榛名に聞く。

しばらく考えた後で、

 

「分かりました。」

 

と言って顔を上げた。

表情は努めてにっこりとしていた。

 

「では、よろしくお願いしますね、”兄さん”、”義姉さん”。」

 

皐月や睦たちに向かって

 

「よろしくね。 皆、私の姪になるのね。」

 

「やったあ! よろしくぴょん! 綺麗なお姉さんができたぴょん!」

 

「あー、でも続柄からすると、あたいたちの”叔母”さんになるんだね。」

 

と言ったのは朝霜だったが、それを聞いた榛名が反応する。

 

「”オバサン”って呼ばないでね。 ”お姉さん”で呼んでね、朝霜ちゃん。 いい? あなたたちもよ?」

 

と”お姉さん”呼びをにっこりと微笑んで強要する榛名であった。

でも、と続ける。

 

「でも、提督とのケッコンカッコカリを諦めたわけじゃありませんから。」

 

と高らかに宣伝したのだった。

 

「え?」

 

と驚く秦。

 

「いつか、必ず、提督から指輪を貰って見せます!」

 

とガッツポーズをしていた。

それを聞いて、

 

「フフフ。 あなたの負けですよ?」

 

と笑いながら鳳翔がいう。

ため息をつきながら、机に倒れ込む秦だった。

 

 

そんな話が賑やかになっていたころ、執務室の扉が、バァーンと勢いよく開けられた。

 

「ヘイ、テイトクー! 匿ってクダサーイ!」

 

榛名の姉、金剛だ。

 

「な、なんだ? どうしたんだ?」

 

「シー!」

 

人差し指を口元にあてて、静かに、という金剛。

すると・・、

 

「おはようございます。 司令官。 金剛ママを知りませんか?」

 

と言って入ってきたのは松輪だった。

 

「松輪か?  はぁ? ママぁ??」

 

驚いたのは秦だった。

 

「あっ いた!」

 

どうやら松輪は、金剛を探していたらしいが・・

 

「ママ、こんなとこに居た!」

 

【ママって・・】

 

秦をはじめとして、鳳翔も榛名も、睦たちも、”?”が頭の上に浮かんでいた。

金剛は、両手で頭を抱えて、

 

「あちゃー、見つかっちゃいましたネー」

 

と。

 

「もう、ママったら、急に居なくなるなんて、ヒドイよ?」

 

そういいながら、松輪は金剛の足許に纏わりついていた。

 

「・・あの、金剛サン。 どういうことかな?」

 

と秦が聞く。

ソファーに二人に座るよう促し、話を聞くことにした。

 

「実はデスネー・・ 艦隊演習の後、大鷹とこの子たちと、戦術の話をしてたデスネ。 そうしたら、大鷹が私のことを”金剛姉さん”と言いましたネ。 それを聞いた択捉と松輪が私のこと”ママ”って言いだしたんデース。

 

”姉さん”ならまだしも、”ママ”ですからネェ。 嫁入り前の私に”ママ”はないデース。」

 

「それで、金剛は逃げ回っていたと?」

 

「Oh、イエース・・」

 

半ばしょげている金剛であったが、ソファーに座っている膝の上には、松輪がいた。

しかも、金剛と向かい合わせに座っている。

身体を金剛に預けて、というよりも、抱き着いている方が正解のようだ。

しかも、顔はにやけて、金剛の胸に顔を摺り寄せていた。

 

「でもなぁ・・ その状況は・・ どう見ても、幼子を抱える若い母親にしか見えないんだが・・」

 

「Oh、テイトクまでそんなこと言いますカー!」

 

「でも、金剛、お前さんも、満更ではないんだろ? その恰好を見ると。」

 

ウッっと声が聞こえたような気がした。

 

「お前さんの気持ち次第だけど、諦めて呼ばれるだけでもいいんじゃないか。 いっそのこと割り切ったら? 少し考えてみたらどうだい? 実際、そう呼ばれている艦娘は居るんだし・・」

 

そう言って秦は鳳翔を見た。

 

「そうですね、お母さんって言われるのもいいものですよ? まぁ、最初は戸惑いましたけど。」

 

金剛は、ウーーっと唸っている。

 

「松輪たちに、”ママはだめ”っていうのもありだけどさ。」

 

「ハァ・・、なら、ちょっと考えるデース。」

 

そう言うと、金剛は、松輪の手を引いて執務室から出て行った。

肩を落としたままだったが・・。

その後ろ姿は、まったくもって、幼子の手を引く母そのもの、であった。

 

 

それから数日したある日・・

廊下をバタバタと走る音がしてきた。

 

「コラー! 松輪ァー! 択捉ゥー! 待つネー!! ママの言う事を聞かないとノーなのネー!」

 

「「きゃー!」」

 

という叫び声が廊下から執務室の中まで聞こえてきた。

その声で作業の手が止まる秦や鳳翔たち。

 

「な、なんだ? あの声は金剛か。 で? 逃げているのは松輪と択捉か。 金剛は自分で”ママ”って言ってるのか?」

 

「そうなんです。 金剛お姉さまは、どうやら諦めたようなんです。」

 

と溜息をつきながら榛名が説明してくれた。

 

「まぁ。 あの様子じゃ、金剛さんも大変そうね。 フフフ。」

 

「ったく・・ この鎮守府に、新しい家族の誕生するのは構わないが・・ ちったぁ、静かにできないもんかね?」

 

「仕方ありませんね、択捉ちゃんも松輪ちゃんもまだまだ幼子ですし、ママが出来て嬉しいんじゃありませんか? それに・・」

 

「それに?」

 

「金剛さんも、ママって呼ばれて嬉しんじゃないですか。 とても嫌がっている風には見えませんから。」

 

「「! 確かに。」」

 

と、笑う秦、鳳翔、榛名だった。

 



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不意の招集

急な呼び出しが秦たちにかかる。
その内容は・・・



今年は残暑厳しい秋になっていた。

そんな時期、軍令部から、新たな計画の発表を行う、との連絡が来た。

しかも、軍令部まで出向くように、とのことだった。

指示を受けたのは、各鎮守府の提督と秘書艦の2名ずつ。

呉からは、秦と大石の二組にも出席するように、とのことだった。

そのことで腕を組んで考え込んでいた秦が、

 

「うーーん・・」

 

と唸っていると、

 

「どうしました、提督?」

 

と声を掛けたのは秘書艦の榛名だった。

 

「秘書艦も含めて出席しろ、とは、どういうことだろうと思ってねぇ。」

 

「さぁ・・上の方の考えは、判りかねますから・・」

 

困り顔の苦笑いをする榛名。

そんな時、横須賀の秋吉から通信が入った。

 

「よう。 元気か?」

 

「これは、秋吉提督。 提督もお元気そうで何よりです。 今日は、何用でしょう?」

 

「ははは。 そう訝しがらなくてもいいぞ?」

 

「はぁ・・」

 

「実はな・・ お前さんのところにも呼び出しが来ていると思うが、その会合が終わったら、ワシのところまで来てくれんか、と思ってな。」

 

「横須賀に、ですか?」

 

「ああ。 久しぶりにつまらん話でも、と思ってな。 で、付きそう秘書艦は鳳翔か?」

 

「いえ、まだ決め兼ねています。」

 

「なら、鳳翔を連れてきてくれ。 久しぶりに会いたい連中が居るだろうからな。 頼んだぞ。 じゃあな。」

 

と言って通信が切れた。

 

「え? 私ですか?」

 

「秋吉提督のご推薦だ。 鳳翔、お願いできるかな?」

 

「私は、構いませんけど・・ 秘書艦は、今は榛名ちゃんにお願いしていますし・・」

 

「榛名は、いいですよ。 しっかりとお留守番しています。」

 

「すまないな。」

 

そんなこんなで、秦に付いて行く秘書艦は身重の鳳翔となった。

大石大佐は当然のこと、五十鈴だった。

 

 

軍令部に赴く日の朝、0830に桟橋にやってきた。

軍令部に赴くのに、飛行艇を使うことにした。

 

「すまないな、榛名。 秘書艦業務に加え、提督代理までお願いしちゃって。」

 

「いえ。 大丈夫です。 ご安心ください。」

 

と微笑んで榛名が応えてくれた。

 

「では、行ってくるよ。」

 

そう言って、大型の2式大艇を改造した輸送機に秦、鳳翔、大石大佐、五十鈴が乗り込んでいく。

二人ずつペアで座席につくと、間を置かずに離水体制に入っていった。

四機のエンジンが唸りを上げながら海上を進む。

飛行艇だけあって、揺れは船そのもの。

速度が上がって揺れが大きくなったかと思うと、離水し、振動が無くなった。

飛行艇の速度は時速450kmほど。

目的となる晴海ふ頭まで2時間ほどかかることになる。

その機内では、

 

「今回の召集は、何なんでしょう? 新たな計画と言ってましたけど?」

 

と鳳翔が秦に問うた。

 

「さぁな。 ある程度の予想はつくが・・ 大佐は・・どう思う? 何か知ってるんじゃないか?」

 

秦がそう言うと、鳳翔の視線が大石に向かった。

 

「あら、そうなんですか?」

 

「え、いやぁ、知ってる事なんてないですよ。 ハハハ・・」

 

笑い声が乾いていた。

 

「隠さなくてもいいだろ? 君は軍令部に伝手があるんじゃないのか?」

 

「・・ご存知でしたか。」

 

バレた、ような顔をする大石だった。

 

「薄々な。 で、どうなんだ?」

 

「今回は、南洋にある泊地の数か所に艦隊を増強し、敵に対する攻勢の体制を整える、というのが目的と聞いています。」

 

「ま、そんなとこだろうな。」

 

「正直、私もこれ以上のことは、判りかねます。」

 

そこで話が終わった。

2時間ほどの飛行時間、鳳翔は、秦の隣に座って寄り添っていた。

秦は鳳翔に、

 

「まだ時間があるから、足を崩して楽にしてていいよ。 機内は寒いだろ? 羽織をはおってればいいよ。」

 

と言うと、

 

「じゃぁ、お言葉に甘えて。」

 

と返してきた。

草履を脱いで、座席の上に足を載せた。

持って来ていた羽織を頭から被って秦にもたれてきた。

 

「これなら、あの二人にも見えませんから・・」

 

そう言って腕に絡んで来た。

秦も羽織を頭から被り、鳳翔の唇を捉えていた。

 

「んっ・・」

 

二人から漏れる音は、見事にエンジン音に掻き消されていた。

また、五十鈴も大石に寄り添っていたが・・ 

 

「五十鈴、重いよ・・」

 

「何よ。 いいじゃない。 減るもんじゃなし。 それに・・ 嬉しいくせに。」

 

「そ、それは、そうだけど・・」

 

「向こうみたいなことをしろ、とは言わないわ。 ただ、このまま居させてよ。 いいでしょ。」

 

お互い赤い顔をして、微妙な言い合いをしていたのだった。

 

 

2時間弱の飛行の後、飛行艇が晴海ふ頭に着水した。

手配されていた車で軍令部まで移動した。

到着した建物は、軍令部のものではあったが、複数の建物に囲まれている建物だった。

到着した時点で1130だったので、とりあえずは腹ごしらえ、と食堂で昼食を済ませることにした。

ここの食堂は、至って普通の定食屋であった。

秦も鳳翔も、初めて利用する食堂だったが、食べられるだけでも、と思っていたので、四人は同じメニューで済ませることにした。

頼んだのは、豚生姜焼き定食だった。

ただ・・ 量だけは多かった。 味はそこそこ行けたのだが。

昼食を終え、本来の目的の会議に臨んだ。

会議室は、窓はなく、電球の明かりだけが煌々と点いていた。

部屋には、横須賀の秋吉と赤城が既に座っていた。

秦たち四人も秋吉の隣に座ることにした。

見渡すと、大湊の立華も秘書艦の曙とともに座っていた。

互いに軽く会釈を交わすのだった。

時に1300になった。

他に数組の提督と秘書艦を認めたが、席に着くなり、お偉方が入室してきたため、言葉を交わすことなく、本題が始まった。

 

「今日、ここに、全国の鎮守府の提督達に集まってもらったのは他でもない。 探していた敵の所在地、根拠地が明らかになったのでな。」

 

各提督に、分厚い冊子が渡された。

”作戦計画書”・・

その後、時間を掛けて計画の説明がなされた。

ただ、”作戦計画書”には、詳細な艦隊編成の記載がなかった。

計画の説明が終わったころ、大湊の立華提督が口を開いた。

 

「計画については、理解しました。 ・・しかしながら、時期の記載があるものの、艦隊編成に関する部分がすっぽりと抜け落ちているのではありませんか?」

 

と。

 

「さすがに分かるかね。 艦隊編成はこっちを見てくれ。 なお、以後の質問は一切、受け付けない。 また、これ以外の実施細目は君たちに一任するので、よろしくやってくれたまえ。」

 

そう言われて別冊の冊子を渡された。

こちらも、そこそこの分厚さだった。

 

「こ、これは!」

 

立華はそこまで言って、黙ってしまった。

 

(この編成、この量・・ これはこれは・・)

 

秦も同じように声を出すくらいまでに驚くほどのモノであった。

しばらく沈黙のあと、

 

「以上で終わりだ。 皆、あとはよろしく。」

 

と会議が終わった。

各提督達は、反論も意見もすることもなく、終わったのだった。

 

 

お偉方が退室した後、

 

「何よ、何にも言わないなんて。 どういう事?」

 

と最初に口を開いたのは、大湊の秘書艦・曙だった。

 

「聞いただけでも、大層な計画だけどさ。 で、あんたはどうするのよ?」

 

と自身の提督の立華に詰め寄る。

 

「どうも、こうも、無いさ。 やるだけさ。 ただ・・」

 

「ただ、何よ?」

 

「ただ、自由度はそれなりにありそうだな。 そう思うだろ? 楠木提督。」

 

「ええ。 個々の自由度は高そうですが、それ以上のレベルではかなり、限定されていますね。」

 

計画書と別冊を繰りながらそう答える秦だった。

既に時間は1800を過ぎていたため、各提督は用意されたホテルで泊まることになった。

チェックインを済ませた秦と鳳翔、大石、五十鈴は、遅めの夕食を摂りにホテルのレストランへと向かった。

その途中で秋吉に捕まってしまった。

 

「よう。 これから飯か? なら、ちょうどよい。 ワシに付き合え。」

 

と。

連れてこられたのは、ホテルの地下にあるバルだった。

それも、個室に。

 

「ここなら、多少の音は漏れないだろう。」

 

そう言って皆が座った。

秋吉は赤城を伴っていた。

都合6人となった。

 

「まずは、乾杯といこうじゃないか。 あ、鳳翔はソフトドリンクだな。」

 

「ご丁寧にありがとうございます。」

 

と鳳翔が答えていた。

全員に飲み物が届くと、秋吉の音頭で乾杯をした。

早速、秋吉が口を開いた。

 

「まずは・・ 楠木、例の計画、どう思う?」

 

「そうですね。 前回から1年以上経つわけですけど、あの時以上の戦力を投入しようと言うのは、軍令部も本気だ、という事でしょう。」

 

「ですが・・」

 

そこで口をはさんできたのは赤城だった。

 

「ですが、前回から充分に回復したとは言い切れませんよ?」

 

「確かに、そういう一面もあるんだけど、なぁ・・」

 

「まぁ、泣き言も言っておられんぞ、赤城よ。」

 

「はい。 それは理解していますが、少しぐらいの愚痴を言いたいじゃないですか。 ね、お母様。」

 

「フフフ。 そうね、少しは言いたいわね。」

 

「鳳翔、あんまり、大きな声では言わないでおくれよ。 また憲兵にとっ捕まるのは御免だからな?」

 

「はい。 分かってます。 私もあんな思いはしたくありませんから。 それに、この子たちもいますから、なおのことです。」

 

鳳翔の手が膨らんだ下腹部を擦っていた。

 

「そうじゃったな。 で、今は何か月なのだ?」

 

「もうすぐ7か月になりますか。」

 

「では、生まれるのは年明けになるのか。」

 

「ええ。 予定で行けばそうなりますね。」

 

「そうすると、生まれてすぐ、と言うことになるか。」

 

「まぁ、そうなりますね。」

 

そう答えた秦だが、返事は生返事だし、表情も今一つ暗かった。

その理由も鳳翔は判っていた。

 

「あら、楠木提督、暗いわね。 どうしたのよ? 艦隊運用も判断力も申し分ない提督が黙ってるなんて。」

 

そう問うのは五十鈴だった。

 

「ん? うん・・」

 

そんな返事の秦を見て高笑いする秋吉だった。

 

「ワハハハ。 五十鈴はまだ知らんか。」

 

そう言われて、頭の上に”?”がいくつも浮かんでいた五十鈴だった。

 

「何を隠そう、楠木は、退役する気なんじゃよ。 ただな・・」

 

「え? 退役? このタイミングで?」

 

頭の上の”?”から一転、驚きの表情になる五十鈴。

 

「まぁ、最後まで聞いてくれんか。 退役する気があるんじゃが、今日の話を聞いてしまった。 聞いてしまったからには、今すぐに退役することができなくなってしまった、と思っておるんじゃよ。」

 

「提督、それ以上は勘弁してください。」

 

「ガハハハ。 正直なところ、聞いてしまったからには、退役しても監視は付くからな。 最低でも軟禁じゃろうな。」

 

「それって・・」

 

五十鈴が秦を見つめる。

当の秦は、俯いて、溜息をつくしかなかった。

その秦の手を、やさしく包み込む小さな手があった。

隣に座っている鳳翔の手だった。

 

「私は、あなたと共に居ますから。 どんな時でも一緒にいますから。」

 

そう、微笑んでいた。

 

「ん。 ありがと。 鳳翔。」

 

秦は鳳翔を見つめていた。 そして、

 

「提督の仰る通り、聞いちゃいましたからね・・ 辞めることも出来なくなりました・・」

 

と諦めの表情をしながら答える秦だった。

 

「辞めるのは・・ 終わってからになりますか・・」

 

「ああ。 生きておればな。」

 

「そ、それは困ります! 生きてもらわないと! この子たちの成長を一緒に見たいですから!」

 

と大声の鳳翔だ。

 

「そうじゃったな、すまん、すまん。」

 

鳳翔の声に、平謝りの秋吉だった。

 

「ん? お母様、今、”この子たち”っていいました?」

 

鳳翔の言葉に、ひっかかった赤城が聞いた。

 

「ええ。 言ったわよ。 だって、双子ですもの。」

 

「は? そうなんですか!」

 

「おぉ、なんじゃ。 艦娘初の懐妊だけではなく、双子とな。 楠木、貴様はやっぱり何か持っているのぉ。」

 

「はぁ、そう言われましても、できちゃったものは仕方がありません。」

 

「双子ですか。 でも、楠木提督は養女が・・、たしか五人ですよね? 睦ちゃんに皐月ちゃん、卯月ちゃん、弥生ちゃん、朝霜ちゃん。 そうすると、7人ですか。」

 

「ハハハ。 そうなるね。」

 

引きつり笑いの秦であったが・・

 

「あら、もっと言えば、私はもっと多いですよ? ね、赤城ちゃん?」

 

と鳳翔が言うと、赤城がバツの悪そうな表情をしていた。

 

「へ? あ、そうですね・・ へへへ。」

 

「ある意味、あなたも私の”こども”の一人なんですから。」

 

「まぁまぁ、その話はその辺にしておかんか。 話は戻すが、貴様はどう思う?」

 

「そうですね。 あまり大きな声では言えませんが・・」

 

と前置きして話始める秦。

 

「結局のところ、米国の大戦略に巻き込まれて、米国一強しか残らない、でしょうか。」

 

「楠木提督、そはどういう事でしょう?」

 

秦の意見に大石大佐が疑問を投げかけた。

酒を一口飲んでから秦が話す。

 

「ん、あの計画書と艦隊編成表・・ 詳細までは書かれていないけど、前回と大きく違うのは、米国の戦略空軍があることだよ。」

 

「戦略空軍、ですか?」

 

「うん。 開戦当初は、戦略空軍機による先制爆撃に始まり、艦隊攻撃。 次に第二次の爆撃だ。 で、艦隊突入を行い、最後も戦略空軍による焦土爆撃だ。

 

今回の戦闘を考えれば、戦略空軍に被害は全く想定されていない。 つまり、戦略空軍による爆撃は、間違いなく高高度からの絨毯爆撃による殲滅戦だろう。」

 

「え? 被害なし、ですか?」

 

「戦略空軍に関して言えばね。 海上から攻める我ら艦隊は、戦略空軍の露払いにしか考えていないんだろう。 軍令部がどこまでそのことを知っているか・・」

 

「やはり、貴様も気づいたか。」

 

「ええ。 気づきますとも。 これを気づかない奴が居るとしたら、そ奴は無能者ですよ?」

 

「でも、あなた、その、高高度っていくらからなんです?」

 

「計画書には高度五千メートルから、となっているが、実際は、高度一万から一万二千メートルじゃないかな。 いくら高射砲でも高度一万メートル以上の目標に当てることは、ほぼ不可能だからね。」

 

一万メートル以上・・ 五十鈴や大石が息を飲む。

 

「それに、投入される戦略空軍機は、都合、一千機に上るのではないかと・・」

 

「え、一千機ですか??」

 

驚く五十鈴。 食べていた箸が止まるくらい、驚いていた。

 

「米国の工業力は桁が違いますからね。 ま、我々艦隊側からすると・・ 下手をすると、その爆撃に巻き込まれて、艦隊全滅もあり得るかと。 おそらく、投下される爆弾は、50番や80番のような1個の爆弾ではなく、子爆弾を多数組み込んだ、親子爆弾でしょう。」

 

秦がそこまで言うと、沈黙の時間となった。

”ごほん!”と秋吉が咳払いをして、

 

「そこからは、明日、ワシの部屋で話そうか。 これ以上話すと料理が不味くなる。」

 

「はい。」

 

その後、6人が料理に舌鼓を打った。

普段から料理することの多い鳳翔も、今日は用意する必要がないと思うと、いつもより多めに食べているようだった。

 

「この生ハムはおいしいですね。 塩加減が強すぎずいい感じですぅ。」

 

赤城は、牛頬肉の煮込みが気に入ったらしく、お代りをしていた。 しかも数回・・

大石は、五十鈴と料理を分け合っていた。

その行為は、秦と鳳翔を見て、やってみたかった、だった。

 

「はい、五十鈴。」

 

「あ、ありがと。」

 

そうやっている二人の顔は・・ 酒に酔ったのか、赤かった。

秦と鳳翔は、一皿一皿の味を確かめるように、分け合って食べていた。

 

「このお肉は、柔らかいですね。」

 

「そうだね。 ソースは、ちょっとバターが強いかな?」

 

「ええ。 バターを減らして、ガーリックを利かせてもいいかもしれません。」

 

なんて言いあいながら。 まるで料理を審査しているようだった。

その後、料理を十分に堪能した六人は、明日に備えて休むことにした。

秦と鳳翔は当然のこと、同室だった。

 

「大勢とは言え、いつもとは違う感じだったね。」

 

「そうですね。 大人な食事会、でしたね。 これはこれで楽しかったですよ。」

 

期せずして六人の食事会となったことの感想を述べあっていた。

シャワーを二人で浴びるものの、バスタブの中で抱き合う。

お湯で上気しているのか、濡れた唇を、互いに求める。

朝の機内から半日ほどしか経っていないが、また互いに口付けをする。

んっ

今ここでは、なんの邪魔も入らない。

口付けは数度、それも1回が長い・・

充分に堪能した鳳翔が秦にもたれ掛かる。

 

「フフフ。 二人だけの世界、ですね・・」

 

「ああ、そうだね。」

 

そう秦が言うが、更に、

 

「鳳翔の、唇は・・ 柔らかい、よ。」

 

「や、だ・・」

 

また視線が重なり、目を閉じてまた口づけをする。

シャワーを終え、ベッドに入った二人。

大きくなった鳳翔のお腹を擦りながら、

 

「だいぶ大きくなったね。 ここに俺たちの、二つの命があるのか。」

 

「ええ。 まだ大きくなるそうですよ。」

 

「えっ、そうなの?」

 

「はい。」

 

「元気な子であれば、文句は言わないけどね。」

 

フフフ、ハハハ と笑っていた。

そして二人は眠りに就くのだった。

 



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荒天

秦たちが横須賀へ出かけた。
残された睦たちは・・



呉。

残された睦たちは、朝から鎮守府内学校に登校していた。

 

「今日は、父さんとお母さんたちは泊りなんだよね?」

 

「うん、そうだよ。 大石大佐さんも五十鈴さんも一緒だって、はるちゃんが言ってたよ。」

 

いつの間にか、”榛名お姉さん”が”はるちゃん”になっていた。

当の榛名本人も気にしていないようなので、皆”はるちゃん”と呼んでいた。

 

「じゃぁ、執務室には、はるちゃん一人だよね?」

 

と皐月が言えば、

 

「そうだぴょん。」

 

と卯月が答え、

 

「それじゃあ、放課後ははるちゃんとこ行く?」

 

と睦が誘えば、

 

「「お、いいねぇ。 行く行く。」」

 

と答える皆であった。

 

 

そして、放課後。

 

「はるちゃーーん! 遊びに来たよ!」

 

と執務室の扉をノックもせずに入ってきたのは朝霜だった。

そのあとを睦と皐月が続く。

 

「もう、朝霜ちゃんってば! ノックもしないで入っちゃダメでしょ!」

 

「いいじゃん、いいじゃん。 減るもんじゃなし。」

 

バカッ。

 

「いってぇ! あんだよ? 睦ちゃんかい? いってぇじゃん!」

 

「まったく。 そういう問題じゃないでしょ!」

 

言い合う朝霜たちを秘書艦席から見ていた榛名が、笑いながら声をかけてきた。

 

「フフフ。 皆元気ねぇ。 睦ちゃんも、目くじらを立てないで。 私なら大丈夫だから。 ね?」

 

そう言われた睦だったが、

 

「ダメだよ、はるちゃん! 叱るときには、ちゃんと叱らないと。 特に朝霜ちゃんはすぐ、ずるするんだから。」

 

と榛名に注意を促した。

 

「え、そうなの?」

 

ちょっと驚いた榛名だった。

 

「そうだよ、はるちゃん。 すぐにずるするし、横着して手を抜こうとするから、気をつけてね。」

 

「わ、わかったわ。」

 

「あ! 睦ちゃん、その言い方、酷くない? あたいがいけない子みたいじゃん!」

 

という朝霜の苦情に、皐月が即答する。

 

「そうだよ。」

 

その言葉に、ぶっ倒れる!朝霜だった。

 

「あ、あのねぇ・・ あたいは、一体何したってんだよぉ・・ 皆酷いよ?」

 

うふふふ。

榛名が、睦たちを見て笑っていた。

 

「皆、仲いいわねぇ。 それに元気があっていいわよぉ。 お姉さんとしては頼もしいかな。」

 

そういう榛名に、卯月が近づいて行った。

 

「ん? どうしたの?」

 

「あ、あのね・・」

 

卯月が榛名の耳元でささやいた。

 

「あら、いいわよ?」

 

と榛名が応えると、

 

「やった!」

 

と笑う卯月。

そして、榛名の膝の上に座った。

 

「へへへへ。 はるちゃんのお膝だぴょん!」

 

それを見た皐月が、

 

「あ! 卯月ちゃん、ずっこいよ!」

 

「へへへ、いいでしょ。」

 

と榛名の膝の上で得意気に笑っていた。

 

「ああぁぁあ。 まったくもう。 隙もあったもんじゃないね。」

 

と皆呆れていた。

 

 

1600になっていた。

くだらない話をしあっているところへ、気象予報が入ってきた。

”今晩の気象予報をお知らせします。 今晩は、晴天なれども、夕方から東寄りの風が強く、瀬戸内では・・・太平洋上では・・・、接近中の低気圧は明日午後に九州に・・・大雨、強風に警戒を・・”

と。 今日は天気がいいようだが、明日以降は低気圧の影響が出る予報だ。

 

「それだと、今日中に荒天対策をしておきましょうか。 皆もいい?」

 

「うん、了解だよ。」

 

榛名が館内放送で、荒天対策をとるよう、通知した。

 

「秘書艦榛名より全員に達します。 明日の低気圧接近に備え、各艦荒天対策をとるよう指示します。 遠征、出撃も今晩以降の天候を考慮しますので、各自注意のこと。」

 

と。

放送を聞いた艦娘たちが急ぎ各艦に向かっていった。

更に、各基地航空隊にも荒天対策を取っておくよう連絡をした。

朝霜たちも荒天対策は一緒だった。

 

「あたいたちも行くよ!」

 

榛名も自身の艦に向かっていった。

係留ロープやアンカーの調整をし、飛ばされるものが無いように甲板上を整理などをして戻ってきた。

 

「そういや、はるちゃんの引っ越しはまだなの?」

 

と朝霜が聞いた。

 

「ええ。 まだ荷物の整理ができてないのよ。 明日にはって思ってはいるんだけど、天気がねぇ・・」

 

と苦笑いをする榛名だった。

榛名が秦の”妹”になることになったので、寮から官舎へと引っ越しをすることにしたのだった。

官舎自体には、空き部屋もあったため、一人増えたくらいでは何ともなかったのだが・・

本当のところはちょっと違っていた。

問題は、択捉と松輪たちであった。

金剛と榛名が相部屋だったのだが、あの”ママ事件”以来、金剛に択捉と松輪が纏わりついて離れなかったのだ。

食堂でも、待機室でも、”金剛ママ”にすり寄る松輪たちだったのだ。

更には、隠岐と対馬がそれに輪をかけていた。

結果的に、金剛を”ママ”と呼ぶのは四人になっていた。

二人部屋に、さらに四人の幼子が入るとさすがに部屋が狭い・・

さすがの榛名も根を上げてしまい、官舎に入ることにしたのだった。

 

「はぁー。 金剛お姉さまと離れるのは、寂しいですねぇ。 でも、笑って、楽しそうなお姉さまを見てると、榛名が出た方が良さそうなので、出ることにしたけど、いざ、出るとなると、やっぱり、ねぇ・・」

 

「そうだよね。 急に離れるのもねぇ。」

 

同情してくれたのは睦だった。

 

「でも! 次に向かって行く、と思えば、悲しんでもいられないから。」

 

と笑って見せた榛名だった。

そうしているうちに、”グゥゥゥーー”って音が聞こえた。

 

【なに? 今の?】

 

小さく手が上がった。

 

「あ、あたい。 あたいのお腹の虫ぃ・・」

 

どうやら朝霜の腹の虫のようだった。

 

「朝霜ちゃん、そんなにお腹空いたの?」

 

「え、うん・・ お昼がちょっと少なかったんだよねぇ・・ へへへ」

 

お腹を擦りながら笑っている朝霜だった。

 

「そういや、もうこんな時間なんだね。 じゃあ、みんなで食堂に行こうか。」

 

「「うん、行こう行こう!」」

 

「今日は久しぶりに、食堂で晩御飯だね。」

 

皆で駄弁りながら食堂へと向かっていったのだった。

 

 

夕食を食堂で摂ることが少ない睦たちだが、今日は皆と一緒に食堂に居た。

 

「あら、睦ちゃんじゃん? なに、今日はこっちなの?」

 

と声をかけてきたのは青葉だった。

 

「うん。 父さんとお母さんが出張中だし。」

 

「あ、そっか。 司令官は鳳翔さんと一緒に出掛けてるんだったわね。」

 

当の青葉は既に食べ終えていたため、

 

「私は食べちゃったから、お先に。 ごゆっくり。」

 

と言って食堂を出ていった。

食事中、窓の外は、風が強くなってきていた。

それに気づいた榛名が、

 

「あら? 急に風が強くなってきたわね。」

 

と。

窓がカタカタと揺れていた。

 

「荒天対策しておいてよかったんじゃない?」

 

「そうね。 でも、夜間偵察に出ている川内さんたちは大丈夫かしら。」

 

窓の外を見ながら心配になる榛名であったが・・

低気圧が思いのほか、早く北上し、急速に勢力を強めていたのだった。

 

 

川内を旗艦とする水雷戦隊は波が高まる太平洋上にいた。

洋上の波は、思った以上に高かった。

波高は10メートルはあろうか、と思うほどだった。

 

「ひゃぁ! 段々波が高くなってきたわね。 ちょっとこれ以上は危険になるわね。」

 

そう思った。

そして、

 

「各艦に次ぐ! 荒天のため、これ以上の夜間偵察は中止し、帰投する!」

 

と中止を決断して、帰投することにした。

そうは言うものの、荒れている海では航行するだけでもかなり危険だ。

川内は呉鎮守府に打電して、呉を目指して進路を北に向けたのだった。

 

 

遅めの食事中の榛名に、川内からの電文が届けられた。

受け取った榛名が眉を顰めた。

 

「何かあったの?」

 

そう聞くのは皐月だった。

 

「ええ。 夜間哨戒中の川内さんからよ。 ”波が高くなってきたから、帰投する”って。」

 

「太平洋ってそんなに荒れてんだ。」

 

「そうみたいね。」

 

そう言って、川内の電文に返信することにした。

 

「では、川内さんに返電を。 内容は”帰投了解。 緊急時は佐伯湾に向かうことを許可する。”と。」

 

勤務時間外であっても、緊急電は提督に届けられる。

なにせ、急を要する事案の判断は、どうあっても急がれるから。

今、提督たる秦は出張中だ。

副提督の大石も一緒に行っている。

したがって、残っているのは留守居役の榛名しかいなかった。

ある意味、榛名の責任は重大であった。

榛名からの返電を受け取った川内は、

 

「さっすが、秘書艦様だね。 緊急時は佐伯湾ね。 助かるわぁ。」

 

そう言って、艦隊の進路を佐伯湾に向けるよう指示を出した。

そこで波が収まるのを待つ、と言うのであった。

 

「急ぐよ! みんな、付いてきて!」

 

 

夜間、寝入っていた秦に榛名から連絡が入っていた。

 

「どうしたんですか、あなた?」

 

「ああ。 榛名からだよ。 天候が悪く、今夜の哨戒は中断したと。」

 

「そうですか。 え? そんなに天候が悪いんですか?」

 

「らしいね。 確かに、下り坂だったけど、早まっているようだよ。」

 

「そうなんですね。 じゃあ、明日以降はもっと危険かも?」

 

「そうだね。 要注意だね。」

 

そこまで言って、またまた抱き合って眠りに就くのだった。

翌朝。

東京は朝から曇りだった。

やや風が強いようだ。

秦と鳳翔はいつもの時間で起きだしていた。

いつものごとく、朝の口付から。

身支度を終え、朝食も済ませて、0800にはチェックアウトした。

既に秋吉と赤城はチェックアウトしてロビーで待っていた。

 

「おはようございます、秋吉提督。」

 

「おう、おはようさん。 朝から熱いのお。」

 

手を繋いで現れたものだから、秋吉はそう呟いていた。

少し遅れて、大石と五十鈴が現れた。

 

「おはようございます。」と。

 

「お前さんたちは、よく眠れたかの?」

 

との秋吉の質問に、顔を赤めて大石が応える。

 

「はぁ、それなりに、休ませていただきました。」

 

「ガハハハ。 ”それなり”か。 まぁいい。 では、横須賀まで送ってくれるかの?」

 

「はい。 構いません。 では、行きましょうか。」

 

六人は、飛行艇で東京から横須賀鎮守府まで移動することにしたのだった。

飛行時間は20分となかった。

それこそ、”あっ”と言うまだ。

ただ、よく揺れた。

短いフライトにも関わらず、右、左、と。

横須賀の海に飛行艇が着水した。

秦にとっては久しぶりの横須賀鎮守府だった。

ただ、感傷に浸る間もなく、秋吉の執務室へと入っていった。

提督席に秋吉、秘書艦席に赤城が座り、ソファーに秦、鳳翔、大石、五十鈴と秘書艦代理だった加賀が座った。

秋吉は、計画書と編成表は加賀にも見せた。

その上で、口を開いた。

 

「さて、と。 昨日の今日で悪いが、続きだ。 計画書によれば、南洋に呉の出先となる泊地を整備する、とある。 既に、トラック、パラオに泊地が作られているが、トラックが妥当だろう。

 

あそこは横須賀の管轄下じゃが、今計画に基づいて呉と横須賀の合同管轄に移管する。 呉からの司令官も必要となる。 いいな?」

 

「日本から離れること、3000キロか・・ 遠いですね。」

 

「ああ。 環礁だから、大小で200程の島があったか。」

 

「で、だ。 誰かを司令官として送らねばならんが・・ 大石君、君に行ってもらう。」

 

「は? 私、ですか?」

 

「ああ。 楠木の手法は見てきたろ? その実践の場と思えばよい。」

 

「はぁ・・」

 

「なんじゃ、歯切れが悪いのぉ。」

 

「いえ、そう言う訳ではありませんが・・ その、秘書艦は、どうなりますか?」

 

「それは、今のままじゃよ。」

 

「え?」

 

「今のまま、五十鈴に秘書艦をやってもらう。 聞くところによれば、お前さんらはケッコン間近らしいじゃないか。 わしからの配慮だ。」

 

互いを見やって、顔を赤める大石と五十鈴だった。

 

「年内には、行ってもらうから、そのつもりでな。」

 

「「はい。」」

 

「まぁ、細かいことは、お前さんたちに任せるからな。 わしらも忙しくなるわい。 赤城、加賀、頼むぞ。」

 

「「はい。 心得ました。」」

 

その後、七人は計画書の内容について議論し、昼頃に終わった。

秦たちは帰ろうとしたのだが、”西日本方面は、天候が悪く、着水は難しい”との話を聞いた。

急ぎ帰ることにしたかった秦だが、鳳翔や大石たちも居るので、無理に帰ることを諦めた。

 

「秋吉提督、申し訳ありませんが、呉の天候が回復するまで、我々はこちらで待機させていただきたいのですが?」

 

「ん? 構わんよ。 部屋は例の家族寮も空いているぞ?」

 

「え? 空いているんですか? てっきり、提督と赤城さんが使っているものと思っていましたが。」

 

秦の言葉に、頬がちょっと赤くなった秋吉と赤城・・。

 

「いや、今まで通りじゃ。 ワシはあの官舎を使っておらん。」

 

「掃除も手入れも出来ていますから、今からでも、昔のように使えますよ、お母様。」

 

「あら、そうなの? じゃぁ、使わせてもらいましょうか、あなた?」

 

「ああ。」

 

秦たち四人は官舎までやってきて、とりあえず、呉に連絡することにした。

官舎の執務室からは、ネットワークは繋がっていた。

繋がると画面に榛名が現れた。

 

「やぁ、榛名。 そっちはどうだい?」

 

「あ、提督! いま、どちらですか?」

 

「まだ横須賀だよ。 すぐには呉に帰れそうにないんだろ?」

 

「はい、こちらは、雨風共に強くなっています。 雨は何とかなりますが、風が予想以上に強くて、結構大変です。 既に呉の街でも暴風警報が出てて、避難命令も出ています。」

 

「そうなんだ。」

 

まだ、低気圧が直接上陸ではないのに、影響が大きいようだった。

 

「天候が回復するまでこちらに居ることにするよ。 そっちは任せてもいいかな?」

 

「はい、榛名は大丈夫です! お任せを!」

 

とガッツポーズをして見せる榛名であったが、

 

「まあ、何かありましたら連絡いたします。」

 

と敬礼して応えてくれた。

 

「じゃぁ、よろしく。」

 

そこまで言って、秦も返礼して通信を終えた。

 

「さて、と。 昼飯はまだだったね。 何か食べようか?」

 

と言って席を立とうとした時、そこへ、鳳翔と五十鈴がお盆をもってやってきた。

 

「お腹空いたわよね? 鳳翔さんと焼きそばを作ったから、食べましょ。」

 

ソースのいい匂いが部屋に充満してきた。

そういや、すでに1330を過ぎている。

 

「あぁ、ありがと。 大佐も食べよう。」

 

四人がソファーに座って、焼きそばが盛られたお皿を受け取る。

 

「うぅぅーん、ソースの匂い、すきっ腹にこたえるねぇ。」

 

では、【いただきます。】と。

焼きそばは、具の種類はシンプルだったが、量は多かった。

キャベツ、豚肉、エビ。

そばには削り節らしき粉末がのっていた。

 

「これ、削り節? でも、香りは違うなぁ・・」

 

「やっぱ、わかんないかぁ。」

 

そう言ってケラケラと五十鈴が笑った。

 

「フフフ。 それは”だし粉”です。」

 

と鳳翔が付けたした。

 

「だし粉?」

 

「はい。 香りがいいですから。 それに、味に深みが出ますからね。」

 

へぇーっと秦と大石大佐。

それでは、と麺を口に運ぶ。

麺は中太麺だった。

 

「ソースがちょっと辛めだけれど、これは、美味い!」

 

「美味しいですねぇ。」

 

キャベツは歯ごたえが良かった。

エビは、茹でエビだったが、キャベツと違ってプリっとした食感だった。

 

「二人で作ったのかい?」

 

と秦が聞くと、鳳翔が笑いながら、

 

「いいえ。 五十鈴ちゃんが一人で作ったんですよ。 私は横から見てただけです。」

 

「そうなんだ。 やるじゃないか、五十鈴。 美味しいよ。」

 

と大石大佐が褒めた。

へへへっと笑って、五十鈴が頬を赤めていた。

秦が鳳翔を見ると、秦にしか見えないようにウインクして見せた。

 

(鳳翔め。 横から見てただけなんて言ってるけど、口も出したな。)

 

と秦は心の中で思った。

お茶を啜りながら食後のひと時をまったりと過ごすのだった。

 



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居残りと・・

秦たちが横須賀に行っている間の、居残り組たち。
天候が悪化するなか・・



日が暮れるにつれ、呉の街は暴風に見舞われていた。

 

「あらあら。 外はすごい風ね。」

 

執務室の窓が震えていた。

ガタガタと揺れる窓の外を見ながら榛名が呟いた。

当初の天気予報よりも早いペースで低気圧が接近してきたようだった。

もう、低気圧というレベルではない。 台風だ。 しかも大型。

 

「わぁぁ、すごい風だねぇ。」

 

「まだまだ酷くなるってよ?」

 

「そうなんだ? 父さんたち、帰ってこれるのかなぁ?」

 

「提督たちは、今日は横須賀に泊まるって言ってたわよ。」

 

「え、そうなの?」

 

「ええ。 だから今日も夕飯は食堂よ。」

 

なんだぁ、と思うこども達だった。

 

「じゃぁ、今日ははるちゃんと一緒にお風呂だぴょん!」

 

え?

と驚くみんなであった。

卯月が一人、ニシシシシと笑っていた。

 

 

昨夜から出ていた川内率いる水雷戦隊は退避した佐伯湾で半日以上、足止めを食らっていた。

 

「ひゃー、波が高いって! こんなに荒れたんじゃ、何にもできないじゃない!」

 

強風によって波飛沫がすごかった。

各艦の電探が飛沫を被って、機能停止寸前だった。

いや、動いてはいるんだけど、海水の飛沫で、電波が正常に飛ばない、帰らない、感知できない、らしい。

 

「こりゃあ、電探はダメね。 ゴーストだらけで、何が何やらはっきりしないわね。」

 

と嘆く川内であった。

もっとも、一番気にしていたのは、”衝突”だった。

艦は、風を受けるだけでも流されてしまう。

尚且つ、波もあって、余計に流されるのだ。

そのため、流される方向とは逆向きに常に前進を掛けていた。

それでも流されそうだった。

今回は、艦と艦が衝突するような事態にはならなかった。

それでも各艦との間に緩衝材としてのゴムタイヤやクッションを配していたが、あんまり役には立っていないようだった。

緩衝材が潰されて艦同士が擦れあっていた。

ゴン!とぶつかる音や、ギギギ・・という擦れる音がずっとしていた。

 

「うぅぅ、不気味ねぇ・・」

 

それほど風は強く、波も高かったのだ。

 

 

横須賀の家族寮では、呉に帰れない秦たちが手持無沙汰でいた。

応接室のソファーに座って、お茶を飲んでいた。

 

「鎮守府は、榛名さんに任せているので、我々としては、やることが無いですね、提督?」

 

そう聞いてくるのは大石大佐だった。

 

「そうだね。 おまけにここ横須賀じゃ、秋吉提督が居るし、秘書艦もしっかりしてるし、なおのことだね。」

 

と答えるのは秦だ。

その言葉を聞いて鳳翔が・・

 

「まあ。 そんな暇そうにしなくてもいいんじゃありませんか。 あなたには、普段できないことをしてもらいたいなぁって思ってるんですけど?」

 

と言ってきた。

 

「え、普段できないこと?」

 

「はい、普段していらっしゃらないことです。」

 

そう言ってフフフと不敵に笑っていた。

秦は、思い当たることがなかったため、頭の上に”?”がいくつも浮かんでいたのだった。

 

「い、一体何かな?」

 

ちょっと狼狽気味に答える秦だ。

鳳翔が大きくなったお腹を抱えながら、秦の座るソファーに割り込んできた。

 

「えい!」

 

「え? ちょ、ちょいと・・」

 

急におしりを割り込ませてきたことに驚く秦だが、笑っている鳳翔は、お構いなしだった。

一人用とは言え、それなりに大きなソファーに、秦と鳳翔が座る格好になった。

鳳翔が秦にもたれ掛かる格好だ。

頬を秦の胸にこすり付けている。

スリスリしていた。

しばらくそのままでいたが、では、と言って、今度は秦の膝の上に座ったのだった。

 

「え、あ、あの、鳳翔さん?」

 

「フフフ。 この格好は・・ 最近してもらっていませんよ?」

 

両腕を秦の首に廻している。

秦も鳳翔も顔は赤い。

大石大佐と五十鈴も居た。 目を逸らしていたが、居たたまれなくなって、居間へと出ていった。

 

「最近、大胆だよ?」

 

「ふふふ。 私もそう思います。 でも、いいじゃないですか。 それとも・・」

 

「それとも?」

 

「お、重いですか?」

 

そう鳳翔が聞くが、

 

「ああ、重い。」

 

「もう、重いなんて、酷いですね。」

 

頬をぷっくりと膨らませる鳳翔・・ またその顔が可愛い、と思う秦だった。

 

「重いよ。 だって、3人分だからね。」

 

「あら、その言い方だと、”私が重い”んですか、それとも”この子たちが重い”んですか?」

 

といたずらっぽく聞いてきた。

 

「ん、三人とも重いよ。 鳳翔は軽いけど、俺への愛情は重いし、この子たちの命も重いからね。」

 

そう聞いた鳳翔が、もう、と言って、秦の唇を塞いだ。

 

「離しませんよ?」

 

「ああ。 鳳翔にされるなら、いいよ。」

 

そう言い合って、抱きしめあっていた。

 

 

しばらくして、夕食時となった。

 

「今日は食堂へ行こうか?」

 

「あら、食事の用意なら致しますのに。」

 

「たまには、こっちの食堂に行くのもいいだろう。 久しぶりに皆の顔も見たいし。」

 

そう言って、居間に逃げていた大石大佐と五十鈴にも声をかけて、四人は食堂で今日の夕食を摂ることにした。

 

「大石大佐と五十鈴は、ここの間宮食堂は初めてかな?」

 

「ええ。 初めてですね。」

 

そう答えていた。

ガラっと扉を掛けると、五十鈴が、

 

「あら、この食堂、呉よりも大きいわね。」

 

「そうだね。 ひと回りは大きいかな?」

 

確かに、呉よりも大きい部屋ではあった。

ただ・・ 現時点で横須賀に在籍している艦娘の数だけは、呉の方が多かったのだが。

 

「あら? 鳳翔さん? お久しぶりですねぇ。」

 

そう声をかけてきたのは、厨房にいた間宮だった。

 

「間宮さんも、お久しぶりです。 フフ。 お元気でした?」

 

「ええ。 元気ですよ。」

 

そう言って厨房から出てきた。

 

「あら、楠木提督も。 お久しぶりです。」

 

「ええ。 ご無沙汰していますね。 間宮さんもお元気そうで。」

 

そして、間宮が気が付いた。

 

「まあ。 鳳翔さん、お腹が。 何か月?」

 

「まだ7か月になるくらいよ。」

 

両手でお腹を抱えていた。

 

「そうなんですか。 おめでとうございます。 ウフフフ。 艦娘初の赤ちゃんになるのですね。 楽しみですね。」

 

ニコリと微笑んで間宮が話しているが・・

 

「あ、ごめんなさい。 夕ご飯ですよね? 四人分ですね? ちょっと待っててくださいね。 すぐ用意しますから。」

 

自分の役目に気が付いたようで、すぐ厨房の中に入っていった。

今晩のご飯は、塩サバ定食だった。

大きめのサバの半身を使った焼き魚だ。

 

「うん、塩加減がいいねぇ。」

 

「身もほくほくで、美味しいですね。」

 

付け合わせは、だし巻き卵とほうれん草のお浸しだった。

だし巻き卵は、塩サバと反対に、だしが効いたほんのり甘さのある卵焼きだった。

四人が間宮の食事に舌鼓を打った。

食べ終えた四人は満足な顔をしていた。

その時、食堂に何人かの艦娘が入ってきた。

 

「えっ?」

 

と声を上げたのは、霞だった。

 

「あら、霞ちゃん?」

 

霞が鳳翔の傍までやってきて、敬礼をした。

 

「お久しぶりです! 鳳翔さん!」

 

「ふふふ。 ”お母さん”でしょ? 霞ちゃんは元気だった?」

 

鳳翔が霞に向いて、微笑んだ。

頬を赤めながら、

 

「は、はい! 元気いっぱいです! お、お母さんもお、お元気そうで何よりです!」

 

「あらあら、そんなに固くならなくても大丈夫よ。」

 

「霞、久しぶりだな。」

 

と秦が言うと、

 

「あ、あんたに言われたくないわ!」

 

と返してきた。

 

「な、なんで俺には冷たいんだよ?」

 

「ふん! 自分の胸に聞きなさいな。」

 

と、冷たい・・

霞をはじめ、駆逐艦娘たちは鳳翔に寄り添っていく。

 

「司令官、邪魔よ!」

 

とまで言って、秦と鳳翔との間に割り込むヤツもいた。

 

「あーーん、会いたかったよー、お母さん!」

 

「えへへへ、お母さん・・」

 

だって。

隣に座って頬をすり寄せる者、座る鳳翔の後ろに立って抱きつく者、様々だった。

 

「あれ、お母さん、そ、そのお腹!」

 

気づいたのは五月雨だった。

 

「フフフ。 赤ちゃんが居るのよ。」

 

「「えぇぇ~!」」

 

両手で膨らんだお腹を擦っている鳳翔だが、鳳翔の手の上から、五月雨の手が重なる。

 

「わぁ、おっきいい。」

 

へぇー、赤ちゃんかぁっていう声が多かった。

秦はそんな鳳翔達を目を細めて見ていた。

そこへ・・

 

「提督さん、お久しぶりですね。」

 

と声をかけられた。

声の方に顔を向けると、そこには由良と阿武隈が立っていた。

 

「やぁ、由良に阿武隈。 久しぶりだね。」

 

「はい。 提督さんも。」

 

由良がそこまで言って、ジッと秦を睨みつけた。

 

「え? あ、あの、由良? ・・由良さん?」

 

ハァっと大きなため息のあと、

 

「もう。 急にいなくなるんですから。 心配したんですよ? みんなショックだったんですから。 一時期は、置いていかれた! なんて声もあったくらいですからね。」

 

「い、いや、悪かった。 ごめん。」

 

頭を掻きながら謝る秦だった。

 

「まぁ、秋吉提督から、ワシの指示だら怒るな、と言われて納得はしましたけど。 せめて私には言ってほしかったですよ?」

 

「ああ、ごめん。」

 

「でも、お元気そうで良かったです。」

 

「ありがとう。 今は大丈夫だし。 で、晩御飯かい?」

 

「はい。 提督さんはいつまでこちらに?」

 

「うん、呉の天候が回復次第、帰る予定だよ。 今日はもう遅いから泊まるんだけどね。」

 

「そうですか。 でも、こちらも低気圧の影響を受けそうですよ? 大丈夫ですか?」

 

「まぁ、低気圧の予想進路からは、ここは外れているから、明日のお昼頃までには、大丈夫、だと思うんだけどね。」

 

そんな話をしながら時間が過ぎていく。

しばらく食堂で皆と話していたが、時間も遅くなってきたので、家族寮に戻っていった。

夜、ベッドに腰かけている秦と鳳翔。

 

「ははは。 皆元気そうだったね。」

 

「ええ。」

 

鳳翔を抱き寄せている秦。

顔を秦の胸に埋めている鳳翔。

 

「鳳翔は、大変だったろ? いっぱい”こども達”がいて。」

 

「ええ。 それは大変でしたよ。 あんなに沢山に寄ってこられるとは思いませんでしたし。」

 

そう言って、ふふふ、と笑った。

 

「ははは。 傍から見てると、一人の保母さんに群がるこどもたち、とでしか見えなかったね。」

 

もうっと言って、秦にさらに抱き着く鳳翔だった。

二人はいつものごとく、抱き合って眠るのだった。

 

 

翌朝。

ここ横須賀では、やることのない二人は、0630に起きだしてきた。

 

「おはようございます、あなた。」

 

「ん、おはよう、鳳翔。」

 

いつものように口付から一日が始まる。

窓の外は、曇天だった。

低気圧の直接の影響は、無かった。

天気情報では、低気圧の中心は昼前には日本海側へと抜けるだろう、とのことだった。

支度を終え、秦たち四人は横須賀鎮守府提督・秋吉の執務室へとやってきた。

 

「おはようございます、秋吉提督。」

 

「おぅ。 おはようさん。 向こうの天候は回復に向かっているらしいな。」

 

「はい、そのようです。 現時刻をもって、我ら呉に戻ります。 いろいろとお世話になりました。」

 

「戻るか。 では、元気でな。 例の作戦もよろしくな。」

 

「はい。 では。」

 

お互い敬礼をして別れの挨拶を交わした。

低気圧の直撃は無かったものの、まだ波はあった。

秦たち四人は、帰るために飛行艇に乗り込んだ。

桟橋で、何人かの艦娘たちの見送りを受けていた。

 

【お母さん、お元気で!】

 

そう。 鳳翔を見送りに。

 

「皆も元気でね!」

 

とお互い手を振っていた。

由良と阿武隈は、姉である五十鈴の見送りに来ていた。

 

「五十鈴姉さんも元気でね。」

 

「ええ。 由良も、阿武隈もね。」

 

秦と大石は・・

 

(俺たちじゃないのかよ・・)

 

と、寂しく思っていた。

飛行艇は、横須賀港の海を滑走し、港を出たところで離水、西へと進路をとった。

 

 



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新たな家族

荒天によって1日余分に横須賀に滞在した秦たち。
急ぎ、呉に戻ることに。

そこで作戦の概要が話される。



遠州灘上空を西に向かう飛行艇。

その機内では・・

イチャイチャしている2組がいた。

一組は・・ 秦と鳳翔。

隣り合い、肩を抱き、互いの顔を寄せて微笑んでいる。

 

「あ な た  うふふふふ。」

 

「なぁに、ほうしょう」

 

夫婦なのにいつまでも恋人チックな二人である。

もう一組は・・ 大石大佐と五十鈴だった。

大石大佐にもたれ掛かり、身体を預けている五十鈴が、そこにいた。

この二人の顔は、朱に染まっていた。

大石大佐の手と五十鈴の手が、恋人繋ぎで結ばれていた。

どうやら、昨晩のうちに、二人の想いが繋がったようだ。

その二人を、目を細めながら秦が見ていた。

 

(これで、新たなカップルが誕生したな。 人が人を思うことは、良いことだしね。)

 

そう思っていた。

そんな機内の雰囲気とは違って、機体はよく揺れた。

それでも着実に呉へと向かっていた。

 

 

「ただいま!」

 

お昼前、呉鎮守府執務室に秦たち四人が帰ってきた。

 

「あ、お帰りなさい、提督。 ご苦労様でした。」

 

返事をしたのは居残りだった秘書艦の榛名だった。

 

「いやあ、低気圧のお陰で一泊、余分に時間が掛かったけど、こっちはどうだった?」

 

「はい。 こちらは、雨より風でしたね。 強風でかなりの被害が出ています。 停泊していた艦もだいぶ擦ったみたいですし。」

 

「そうか。 それは大変だったな。」

 

「急ぎ、元通りに復旧作業をさせています。 何隻かは修理が必要な状況です。」

 

「おぅ、そんな影響あったのか。 そういえば、あちこちの港に避難していた艦隊は?」

 

「はい。 全艦隊無事で、呉に帰投中です。 損害はありましたが、損失はありませんでした。 損害としては、かなり擦れた傷がありましたので、修理に廻しています。 その関係で遠征や訓練にやや支障が。 一応、こちらに・・報告書にまとめておきましたのでご確認をお願いします。」

 

報告書を受け取り、内容を見て、

 

「ま、仕方がないだろうな。 いや、よくやってくれて助かったよ、榛名。 ありがとう。」

 

「いえ、そんな・・」

 

頬が赤くなった、かと思えば、なぜかクネクネしてる榛名であった。

 

「そ、それはそうと、榛名、これを見てくれ。」

 

そう言って例の計画書を見せた。

 

「作戦計画書、ですか。」

 

「ああ。 今回の出張の目的だったものだ。」

 

一通り読んだ榛名が、溜息をついた。

 

「ハァ。 なんていうか・・ 大規模なんですね、こんどの作戦は・・」

 

「そういうことだ。」

 

部屋の雰囲気が暗くなるような、そんな感じがした。

 

「まぁ、しょげてもいられないからね。 で、悪いんだが、長門と金剛を呼んでくれるかい?」

 

「長門さんと金剛お姉さまですね。 了解です。」

 

可愛く敬礼した後、館内放送で長門と金剛を呼び出した。

 

「秘書艦榛名より達します。 長門さん、金剛お姉さま、至急、執務室まで。 繰り返します・・・・」

 

しばらくして執務室に長門、金剛がやってきた。

 

「失礼する。 提督、何用か?」

 

「ハァーーイ! 呼ばれて来たヨー!」

 

「すまないね。 まずは、座ってくれ。」

 

そう言ってソファーに着座を促した。

 

「長門と金剛に来てもらったのは、新たな作戦計画が発せられたことを伝える為なんだが・・」

 

「新たな作戦?」

 

「ああ。 と言っても半年は先になるんだがね。 だから、作戦計画なんだが、他のモノにはまだ秘密だからね。 いいね?」

 

「OH! そんなに先の話ですカー?」

 

秦が、概要を説明する。

 

「時期が来れば、ここ呉から一斉に全艦出撃、と言うのではなく、いくつかの泊地から分散してから出撃する予定なんだ。 詳しくはまだ話せないんだけど。」

 

「と言うことは・・」

 

「君が察した通り、ここの艦隊のいくつかを予め分散配備することになる。 まだ”どこか”は言えないけどね。」

 

「そうか。 趣旨了解だ。 では、今後は訓練も本格的に、だな?」

 

「ああ。 より実戦的になるな。 長門、金剛。 よろしく頼むよ。」

 

「了解だ。」「任せるネー!」

 

さすが戦艦の艦娘だ。

理解が早いので助かるのだった。

 

「了解だが・・」

 

長門が何か言いたそうだ・・

 

「ん? なにかな?」

 

「訓練は、実戦的なものにするが、弾薬類の補充は、十分なのか? 訓練をすれども弾薬類が無くては意味がないぞ?」

 

長門の意見はもっともだ。

だが・・

 

「心配要らないよ。 ちゃんと考えているよ。 榛名、工廠に弾薬類の大増産の依頼を掛けておいてくれ。 生産ラインいっぱいでね。」

 

「はい、それは構いませんが・・」

 

「なにか?」

 

「いえ、私はそこまでやったことが無いので・・ その・・」

 

モジモジしている榛名。

 

「大丈夫よ。 私がお教えしますから。 分からないことがあったら何でも聞いてね。」

 

横から手助舟を出してきたのは鳳翔だった。

 

「と言う事で、榛名、詳しくは鳳翔に聞いてくれ。」

 

「はい。 分かりました。」

 

パッと顔色が明るくなって、元気に返事をしていた。

 

「それと・・ 大石大佐には分艦隊の指揮をお願いするつもりだから、そのつもりで。」

 

「はい。」

 

緊張した顔つきになる大石大佐。

 

「分艦隊の旗艦は、長門、君にお願いすることになるから、そのつもりでね。」

 

「了解だ。」

 

長門が答えた。

 

「あら、あたしはどうなるのよ? 秘書艦は続けるの?」

 

そう聞くのは秘書艦・五十鈴だった。

 

「五十鈴には秘書艦のままだよ。 五十鈴には分艦隊の総旗艦をやってもらうつもりだよ。」

 

と秦が応えていた。

 

「え? そ、総旗艦?? あ、あたしが?」

 

目を見開いて驚く五十鈴だったが、

 

「そうだよ、五十鈴。 しっかりと頼むよ。」

 

大石大佐が、にっこりと微笑んで答えていた。

五十鈴は、その笑顔に、自身の頬を赤めていた。

 

「それと、もう一方の分艦隊は、私が指揮するが、総旗艦は榛名にやってもらうからね。」

 

「えっ? 榛名が、ですか?」

 

「ああ。 秘書艦でもあるし、代理もこなしてくれたし、ね。 よろしく頼むよ。」

 

「は、はい! この榛名、全力で頑張ります!!」

 

と榛名は握りこぶしに力を込めていた。

 

「以上だ。 退室していいよ。 あ! 金剛は残って。」

 

長門が”失礼する”、と言って執務室を出ていった。

 

「テイトクー、何の用ネ?」

 

残された金剛が先に話してきた。

 

「悪いね。 金剛、第二対潜駆逐艦隊はどうだい?」

 

「そのことでスカ! 訓練も十分ネ。 いつでも出撃OKネ!」

 

「そうか・・ 実はね、本作戦が始まったら、君と榛名は横須賀の秋吉提督の艦隊の配下に入ってもらうからね。」

 

「そ、それはどういう・・」

 

「それはどういう事ネ?」

 

二人が疑問に思うのは無理ないことだ。

榛名は第一対潜駆逐艦隊の、金剛は第二対潜駆逐艦隊の、主力として訓練してきたのに、である。

 

「すまないな。 秋吉提督の艦隊は、君たち姉妹艦の比叡、霧島が居るんだが、対潜駆逐艦隊より、向こうの戦艦隊に欲しいということで、配属替えすることになったんだ。 もちろん、反対はしたんだが、な。」

 

すまなそうな顔をする秦だ。

 

「ハァ。 まぁ、命令とあらば従わざるを得ませんネー。 でも・・」

 

「ん、択捉と松輪のことかい?」

 

「イエス! 何ていえば良いのか・・ 難しいデスネ・・」

 

・・・

 

しばらく沈黙の時間が流れた。

 

「まぁ、今すぐじゃないから、そのうち俺から話すさ。 それで今はいいだろ?」

 

「お願いしマース。 あの子たちと離れるのは、寂しいデスネ・・」

 

少し悲しそうな表情の金剛だ。

 

「もう、母親だな、金剛?」

 

「えぇ、あの子たちは、あれで十分にかわいいですからネ・・」

 

「あ、あの、榛名も、ですか?」

 

「ああ。 榛名も、だ。 すまないね。」

 

こちらも表情が曇る。

 

「ただ、実際の配属替えは、まだまだ先だから、ほかの皆には内密ね。 わかったかい?」

 

それを聞いて・・

 

「了解ネー!」「はい。 分かりました。」

 

二人の返事は、元気なものになっていた。

 

「さ! まだ始まったばかりだから、今から暗い顔をしても何にも始まらない。 しっかり頼むぞ。 みんな?」

 

秦がそう言って、この日の打ち合わせを終えた。

 

 

「そういや、榛名の引っ越しは終わったのかい?」

 

「あ、はい。 もう少しなんですが、今日のうちに済ましてしまおうと思っています。」

 

「部屋は見た?」

 

「はい。 私一人では十分すぎる大きさです。 ホントにいいんでしょうか。 何か、勿体ないような気がしますが・・」

 

榛名が戦艦寮から官舎へと移るのだが、今までは金剛と同室だったのが、今度は一人部屋となるのだった。

部屋自体の大きさは、さほど変わらないのだが、二人から一人になることで、一人当たりの面積は倍!となっていた。

 

「ま、建物の大きさは変えられないから、一人で広いかもしれないけど、我慢してくれるかい。 もっとも、普段は執務室に居るし、休日には、こども達が遊びに行くだろうからね。」

 

「それはいいのですが・・ それはそうと、食事は今まで通り、本館食堂でいいんですね?」

 

「あら、榛名ちゃんも官舎の食堂で摂らないの?」

 

「え? いいんですか?」

 

「榛名もうち等と同じく、官舎の食堂で摂るんだよ。」

 

「ふふふ。 これで一人増えますねぇ。 料理のし甲斐が増えます。」

 

そう言って笑う鳳翔だ。

 

「まぁ、本館食堂で食べてもいいけど、一応、家族なんだし、ここの食堂で食事しよ。」

 

と秦もニコリと笑った。

勤務時間も終わって、榛名の引っ越しだ。

運び込む荷物は、そんなに多くなかったので、こども達も手伝ったおかげで、二往復しただけで終わってしまった。

ベッドも、箪笥も、机も完備だから、ホントに身の回りの品だけだった。

そして時間は1900。

今日の夕食からは、新たに榛名がテーブルにつくのだった。

今までより、賑やかな食事風景となっていた。

用意する食事の量は・・ 今までより多くなっていた。

少し、ではなく、やや多めだ。

 

(やっぱり、戦艦組の榛名の食事量は、それなりに多いんだなぁ。)

 

と感心する秦だった。

 

 

その日の夜。

寝室のベッドに腰かけている二人。

秦と鳳翔だ。

 

「あなた。 榛名ちゃんのことですけど、いいんですか?」

 

「ん、ああ。 横須賀への配属替えのことかい?」

 

「ええ。 かなりショックを受けていたようですけど。」

 

「こればかりは、命令だからな。 下手な小細工は、今はしない方がいい。 もっとも、その時になってみないと、ね。」

 

「やっぱり気にしていたんですね。」

 

「ああ。 せっかくウチに来たんだからね。 家族として、一緒に居たいしね。」

 

「ふふふ。 それでしたら心配しすぎでしたか。」

 

「はは。 そうなるね。 昼間にも言ったけど、配属替えがあるとすれば、作戦開始直前になるだろうからね。 そうなれば、どさくさに紛れることもあるさ。」

 

秦はそう言って笑っていた。

 

「もう。 人が悪いですよ?」

 

そう言って秦にもたれる鳳翔。

肩を抱いて、頬を鳳翔の頭に寄せて、

 

「鳳翔に気付かれるくらいの人の悪さなら、そんなに悪くはないだろ?」

 

と。

それに応えるように、

 

「ええ。 まだ可愛いと思いますよ。」

 

と鳳翔がいう。

そのうちに、互いの顔が向き合い、さらに近づいていく。

そして・・

んっ

ちゅっ

むっ

二人の唇が重なり、漏れる空気の音がしていた。

そして、そのまま抱き合ったまま、眠りに就くのだった。

 



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安産祈願

急遽思いついた安産祈願。
少々遅くなったが、みんなで出かけることに。



9月のある日の官舎での出来事だった。

秦が鳳翔に、

 

「そう言えば、安産祈願ってしてなかったよな。 今日しておこうか?」

 

と提案したのがきっかけだった。

 

「安産祈願ですか?」

 

「うん。 ま、神頼みなんだけど、どう?」

 

「あ、いいですね。 最近はもう悪阻も酷くありませんし、体調もいいですしね。 フフフ。」

 

「ん?」

 

「いえ、ほんとに妊婦さんなんだなぁって、思ったんです。 フフフ。」

 

口に手をあてて、笑う鳳翔だ。

 

「ここの近くじゃ、亀山神社?が安産祈願の祈祷をやってるらしいんだって。 行ってみる?」

 

「はい。 行ってみたいですね。」

 

そう言う二人に割り込んできたヤツがいた。

 

「へぇ・・ 安産祈願って、なんなの?」

 

そう聞いてきたのは皐月だった。

 

「昔から妊娠5ヶ月の戌の日に、無事に赤ちゃんが生まれますようにって祈願をするんだよ。」

 

と簡単な説明をした秦だ。

 

「戌の日? ってなに?」

 

「戌の日ってね、大雑把に言うとだな・・ 干支の十二支は判るよね? あれは”年”だけど、”日”にもあってね。 それで、子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の順番で回ってくるんだけど、犬はお産が軽く、子だくさんになる処から戌が選ばれているって事になってるんだ。」

 

「へぇー。」

 

「だから、12日に1回、必ず戌の日が巡ってくるんだ。 その日にお参りして、妊婦さんに腹帯をして祈願するんだよ。 まあ、こういうのはよく大安が選ばれるんだけどね。」

 

「でも、お母さんってもう妊娠六か月すぎてるんじゃなかったっけ?」

 

「うん、そうなんだけど、なかなか忙しかったしね。 行きそびれちゃったんだよね。 まあ、誰かに代わりに行ってもらっても良かったんだどね。」

 

と頭を掻く秦だ。

 

「そう言えば、今月の戌の日って今日じゃありません? しかも大安ですよね?」

 

カレンダーを見てそう言ったのは、榛名だった。

 

「そうなの? じゃあ、今からみんなで行こうよ! ね!」

 

と急に乗り気になったのは朝霜だ。

 

「うーちゃんも行ってみたい、それ!」

 

「「行きたい、行きたい!!」」

 

と大合唱になってしまった。

 

「わ、分かったから。 じゃあ、みんなで行こう、ね?」

 

「わ、私も行っていいですか?」

 

とは榛名だった。

 

「OKだよ。 ね? 鳳翔?」

 

「私は何人でもいいですよ。 フフフ。 大所帯になっちゃいましたね。」

 

「それじゃあ、昼一で行くか。 いいね、みんな?」

 

 

 

その日の午後。

昼食後の休憩の後、楠木家8人全員で、鎮守府から車2台で出かけることにした。

仕事は大石大佐と五十鈴に頼み込んで変わってもらっていた。

何しろ、秘書艦の榛名までもが一緒に行くのだから。

鳳翔はいつもの薄紅色の着物に紺の袴姿だが、手には日傘を持ち、襷はしていなかった。

秦の手には、腹帯があった。

 

「父さん、それなに? サラシ?」

 

睦の目には、サラシに見えていた。

 

「これ? サラシだよ。 腹帯に使うんだけどね。」

 

「腹帯って何?」

 

「腹帯って、妊婦さんのお腹を支える帯のことよ。 大きくなるお腹を下から支えるの。 見ての通り、サラシなんだけど、お祓いを受けるから、ただのサラシ、ではないわね。」

 

「ふぅーん、そうなんだぁ。」

 

鎮守府からホンの10分ほどで神社に到着。

祈祷をしてもらうのに受付へ。

初穂料を払って、8人全員が拝殿に上って祈祷を受けるのだ。

 

「よいしょ」

 

とお腹を抱えながら拝殿へ上る鳳翔を、秦が手を差しだして支えていた。

 

「大丈夫?」

 

「ええ。 ありがとうございます。」

 

「ゆっくりでいいからね。」

 

「はい。」

 

ゆっくりとした動作で拝殿に上った。

そして、妊婦の鳳翔を真ん中にして、皆が正座していた。

睦も皐月も、神妙な面持ちをしていた。

みんな一緒に神主さんからお祓いを受けた。

その際、腹帯にもお祓いをしてもらったのだった。

祈祷が終わって、正座から足を崩した途端、

 

「ひぃ―っ」

 

と言う声が上がった。

後ろに倒れこむ朝霜と、前に転がる卯月がいた。

 

「あ、足が、足がぁあああ。」

 

「ありゃあ。 痺れたのかい? あんなにちょっとだけだったのに、まったくもう。」

 

弥生、皐月と睦は大丈夫なようだ。

榛名も痺れは無かった。

 

「朝霜ちゃん、卯月ちゃん、大丈夫?」

 

「だ、大丈夫ぴょん・・」

 

と言うものの、痺れはなかなか取れなかった。

鳳翔は秦に支えられて拝殿を降りて行っていた。

 

「はい、ゆっくり、ゆっくり。」

 

「はい。」

 

と言いながら。

その時、朝霜が聞いてきた。

 

「なんで、痺れてないのよぉ。」

 

そう言われてもなぁ、と思う二人であった。

そして、お参りが終わると、腹帯を撒くのであるが、儀式の一環なので、着物の上からお腹に巻くのだ。

鳳翔と秦の二人で、腹帯を巻いた。

 

「ん、と。 こんなもんかな。」

 

「はい、いい感じですね。」

 

着物の上からだと、ちょっとおかしな格好ではある。

 

「なんか、変だよ?」

 

とは朝霜だったが、みなが、そうだね、って言ってる。

 

「まぁ、儀式だからね。 ずっとしているわけではないし。」

 

「私も、この格好は・・ この格好でいるのは、恥ずかしいですよ、やっぱり。 腹帯を巻くのは着物の下になるんでしょうね・・」

 

と顔を赤める鳳翔だった。

 

「まあ、そうだね。 今の時代じゃ、マタニティーガードル?ってかいう商品もあるらしいじゃないか。 腹帯の方が珍しかったりするんじゃないの?」

 

「そうですね、そうかもしれませんね。」

 

一通り、お参りが終わったのだった。

 

 

一行が帰るために境内を歩いていた。

鳳翔はだんだんとお腹が大きくなってきてから、徐々に足の運びがガニ股になってきていた。

それにつれ徐々に体の重心が後ろになってきていた。

 

「やっぱり、妊婦さんだね。 少しづつだけど、歩き方が変わってきたみたいだね。」

 

と秦が言うと、

 

「私自身は、変わってない、と思っているんですけど、たまに鏡を見ると、ちょっと・・」

 

と恥ずかしそうに答える鳳翔だった。

 

「それに、走るっていう事も、ちょっと無理ですね。」

 

「まぁ、そうだろうねぇ。 そのお腹じゃ無理だよね。 ま、走ることはさせないからね。」

 

「ええ。 それはわかってます。」

 

とフフフと微笑んでいた。

そんな会話をしていたが、

 

「こんな行事もあるんだね。」

 

と睦が聞いてきた。

 

「睦は、知らなかったか?」

 

「うん。 初めてだよ。 でも、いい経験になったよ、父さん、お母さん。」

 

「そうね、睦ちゃんも、好きな人の赤ちゃんが出来たら、安産祈願しましょうね。」

 

「えぇ~、私の赤ちゃんかあ。」

 

頬を赤めて、微笑む睦だ。

 

「私にも出来たんだから、睦ちゃんも出来るわよ。 ね、あなた?」

 

「そうだな。 睦に限らず、皐月や弥生たちも、将来は、だな。」

 

そう言われて、顔を見合わせて、

 

「そうだと、いいねぇ。」

 

だって。

 

「じゃあ、私も希望はあるわけですね。」

 

と言うのは榛名だった。

 

「そうだよね。 次ははるちゃんなのかな?」

 

そう皐月が言った。

 

「うふふ。 私はやっぱり、提督との赤ちゃんが欲しいなぁ。 ダメですか?」

 

ウっ

秦が言葉に詰まっていた。

 

「あらあら、あなた、人気者ですねぇ。」

 

と鳳翔が笑っていた。

 

「鳳翔! お前さん、分かって言ってるだろう? ったく!」

 

「私はいつで・も・か・・」

 

ゴツン!

秦が榛名の頭を小突いた音だった。

 

「いったぁ! 何するんですか!」

 

両手を小突かれた頭の上に置いて、秦を涙目で見る榛名だ。

 

「余計なことを言うんじゃない! ホレ! 見てみ! 睦たちの目を!」

 

睦や皐月たちの目が、ヤラシイ目つきの目が秦を見ていた。

 

「ったく。 榛名は俺の妹なんだから、妹らしくしなさい! いいかい?」

 

「えぇぇ~、残念だなぁ・・」

 

と思いっきりワザとらしく残念がる榛名。

その姿を見て鳳翔が笑っていた。

 

「フフフフ。 今回は榛名ちゃんの負けですよ? でも、あなたも暴力はいけませんよ? でも、”兄妹”らしくていいですね。」

 

「ああ! 鳳翔姉さん、そういう事言いますか! むぅ。」

 

ちょっとむくれる榛名だったが、

 

「じゃあ、こうします! えい!!」

 

そう言って鳳翔に抱き着いてきた。

 

「きゃっ」

 

「へへへ。 お姉さぁぁぁん! ムフフフ。 鳳翔姉さん・・いい匂いです・・」

 

「まぁ、甘えたさんね。」

 

抱き着いた榛名が、鳳翔にすり寄っていた。

 

「まったく、お前さんたち、なにやってんだよ?」

 

と呆れる秦だったが、

 

「女子二人の愛を確かめ合っているんです! 邪魔はさせませんよ?」

 

そう榛名に言われて呆気に取られていた。

それを見た皐月が

 

「あちゃー。 イチャイチャするのが一組増えちゃったよ・・」

 

と嘆いていた。

 

「あーん、はるちゃんとイチャイチャするのは、うーちゃんなの!!」

 

って卯月が怒っていた。

 

「お前らぁ・・ こんなとこで騒がないでくれよ・・ 騒ぐんなら帰ってからにしてくれ。」

 

【はあぁぁい!!】

 

秦の言葉に、みんなが返事をして、神社を後にするのだった。

 



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本物の指輪

秦と鳳翔には、指輪がある。
ケッコンカッコカリの指輪が。
今日はその指輪に代えて・・・


安産祈願を終えた数日後。

寝室のベッドに入って話し込む秦と鳳翔が居た。

 

「ねぇ、鳳翔?」

 

「なんですか、あなた?」

 

「明日なんだけど、第一対潜駆逐艦隊は修理と補給で休養日なんだけど、仕事を榛名と大石大佐、五十鈴に任せて、広島までちょっと付き合ってくれないかな?」

 

「え? 広島へ、ですか?」

 

「うん。 ダメ、かな?」

 

「いえ、構いませんけど。 何をするんですか?」

 

「ちょっとした買い物を、と思ってね。 じゃあ、よろしく。」

 

何を買いに行くんだろう? と思った鳳翔だったが、口には出さず、明日聞けばいいか、と思って眠ることにしたのだった。

次の日。

既に朝の支度を終え、睦らこども達は学校へと出かけていった。

 

「いってきまーす!!」

 

「ちゃんと勉強するんだよ。」

 

「大丈夫。 まっかせてよ!」

 

元気だけはいいこども達である。

0830少し前、榛名が出かける。

 

「それじゃ、先に行きます。 鳳翔姉さま、行ってきます。」

 

「行ってらっしゃい。」

 

0840を過ぎたころになって、秦が執務室に出かける。

 

「じゃあ、行ってくるよ。 一区切りついたら迎えに来るから。」

 

そう言って、”行ってらっしゃい”の口づけをする秦と鳳翔。

頬を赤めて、

 

「はい。 待ってますよ。 行ってらっしゃい。」

 

と返事をする鳳翔だった。

榛名は一足先に執務室に向かっていた。

秦は執務室に入ると、大石と五十鈴、そして秘書艦の榛名の姿を確認した。

 

「今日の訓練と出撃だが・・」

 

と今日の予定を確認し、仕事の割り振りを済ませた。

空母・鳳翔を旗艦とする第一対潜駆逐艦隊は、前日の訓練の修理と補給で今日は休養日であったことから、提督代理を大石に任せ、

 

「すまないね大佐。 今日一日、お願いするよ。 榛名も頼むね。」

 

そう言って執務室を後にした。

 

 

「鳳翔、居るかい?」

 

戻ってきて、玄関で声を掛けた。

 

「はーい。 居ますよー。」

 

少々、弾けた返事が返ってきた。

玄関付近で抱き合って、お互いを確かめていた。

鳳翔は、着替えるのも大変だったので、袴姿のままで羽織り物を持って出かける準備が出来上がっていた。

その後、秦が軍服から私服に着替えてきた。

車を手配して、港へ向かうよう、指示を出した。

 

「あら? 駅ではないのですか?」

 

「ああ。 たまには連絡船もいいかなと思ってね。」

 

やってきたのは呉中央桟橋だった。

ここからは四国・松山と広島・宇品へと向かう連絡船が出ていた。

切符を買って乗り込んだのは、松山発呉経由の宇品ゆきの高速船だった。

定刻よりやや早く入港して接岸して来ていた。

所要時間からすれば、呉から宇品までだと最短で20分ほど。

列車よりも速いが、中心市街地からはやや遠いのだ。

二人が乗船する時、一緒に乗り込む乗客は何人かいたが、すでに松山から乗ってきた乗客で8割ほど席が埋まっていた。

秦は二人掛けの席を見つけて、二人で座った。

座るとほぼ同時に高速船が動き出した。

 

「やぁ、もう動き出したか。」

 

「20分くらいですか? 案外、速いんですね。」

 

二人が座ったのは左舷の窓際だったので、出港後、すぐ左手に鎮守府前に停泊している艦船が間近に迫ってきた。

 

「窓の位置が低いから、駆逐艦でも大きく見えるな。 あれは陽炎か。」

 

「そうですね。 いつもは上から見ていますからね。 向こうは五十鈴ですね。 あっちには松輪たち海防艦ですか。」

 

徐々に速度を上げる高速船。

少しづつ右に舵を切っていく。

鎮守府の桟橋やドックから徐々に離れていく。

少し離れた沖合には大きな軍艦がいた。 長門と陸奥だ。

その横を抜けていくと、対岸に空母が見えてきた。

 

「あ! あれは”鳳翔”ですね。」

 

「どれ? ああ、そうだね。」

 

「みんな、ちゃんとやってるのかしら?」

 

「ははは。 心配には及ばないさ。 今日は補給と修繕をやってるだけだからね。」

 

「そうだといいんですけど。」

 

秦の腕に抱き着く鳳翔。

見合って、二人して微笑んで窓の外を見ていた。

高速船の速度が上がって、10分もしないうちに減速に入った。

 

「もう、到着のようだな。」

 

「やっぱり、速いですね。」

 

エンジン音がしなくなったと思ったら、もう桟橋は目の前だった。

ゆっくりと桟橋に接岸した。

渡し板が渡されると、乗客がぞろぞろと降りていく。

秦と鳳翔は一番最後に降りることにした。

船から降りると、いくつもの連絡船が留まっていた。

 

「これからどうするんですか?」

 

「これからは、路面電車で街までね。」

 

改札口を抜けると、すぐ目の前に路面電車の電停があった。

同じ船で来た乗客は、ほとんどが路面電車に乗り換えていく。

先発の電車は既に満員状態だったので、秦たちは次発の電車に乗ることにした。

鳳翔のお腹の事を考えれば、急ぐことはないのだから。

ここの路面電車は10分間隔で運行されているらしく、すぐに電車が来るようだった。

少し待つと次発の電車がホームに入ってきた。

1両だけのこじんまりした可愛らしい電車だ。

二人が乗り込むと、少しの時間で折り返していく。

乗客は2,3人ほど。

 

「これなら呑気でいいな。」

 

なんて話していると、何駅か過ぎると満席になった。

街に近づくほどに立ち客が増えてきた。

 

「こりゃあ、予想以上だな。」

 

「ええ。 こんなに混むなんて、思ってもみなかったですよ。」

 

電車に乗って30分ほどで広島の中心市街地へとやってきた。

 

「ふぅ。 やっと着いた。」

 

「これから、何処へ行くんですか?」

 

「ん、まずは、熊野筆のお店だよ。」

 

「熊野筆のお店?」

 

「ああ。 鳳翔が持ってる化粧筆を扱ってるお店だよ。 そろそろ買い替えや買い足しが必要だろうと思ってさ。」

 

「え、そんな。 悪いですよ。」

 

「いいじゃないか。 毎日は無理だけど、たまになら買ってもいいんだから。」

 

電停から5分ほど歩いて到着した。

お店は思ったより小ぢんまりしていた。

 

「いいんですか、ホントに?」

 

「ああ。 全ッ然構わないよ。 好きなのを選んで。」

 

「ありがとうございます。 それじゃぁ・・」

 

と言って、いくつもの筆を手に取って品定めをしていた。

 

「このサイズの筆が欲しいんですよねぇ・・ でも、こっちの方が・・ やっぱり、こっちかなぁ・・」

 

選ぶ鳳翔の後ろで、細く微笑んで見ている秦だった。

品定めする事30分あまり。

 

「決めました。」

 

鳳翔の手には4本の化粧筆が握られていた。

 

「それでいいのかい?」

 

「はい!」

 

ニッコリと微笑んでいた。

秦が支払いを終え、お店を後にする。

 

「さて、と。 次は・・」

 

「まだ、どこかへ?」

 

「うん。 次が本命、かな。」

 

鳳翔の頭の上に”?”が浮かんでいた。

 

 

熊野筆のお店からアーケード街を二人寄り添って歩いていた。

それもゆっくりと。

 

「さすがに、人が多いですね。」

 

「そうだね。 中国地方随一の繁華街だしね。」

 

通りの両サイドは大手の百貨店だったりする。

秦はそのうちの一つに入っていく。

そのあとに続く鳳翔だ。

 

「やぁ、着いたよ。 ここだよ。」

 

秦たちが着いたのは、ジュエリーショップだった。

 

「ここって・・ 何を・・」

 

まあまあ、と言いながらお店に入っていく。

 

「予約していた、楠木ですが。」

 

と入口付近に立っていた店員に声を掛けると、

 

『はい、楠木様ですね。 こちらへどうぞ。』

 

と案内されたのは、店の奥にある個室だった。

 

「あの、あなた? 何をするんです?」

 

お店の待遇に心配になる鳳翔だったが、

 

『ご依頼の商品は、こちらです。』

 

と店員が持ってきたのは、銀色に輝く指輪だった。

それも大小一つづつ。

 

「あの、これって?」

 

「うん。 マリッジリング。 俺と鳳翔のね。」

 

「あの、私、指輪してますけど・・」

 

「それは、ケッコンカッコカリの時の指輪でしょ。 カッコカリじゃなくて、本物のマリッジリングだよ。」

 

「本物・・ いいんですか?」

 

そう聞いてきた鳳翔だった。

表情は、最初は驚いていたが、秦の本気度を感じると、目に涙が浮かんできていた。

 

「ホントに、ホントに?」

 

「ああ。 ホントに本物の結婚指輪だよ。」

 

エヘヘヘっと泣き笑いの鳳翔だ。

 

「デザインとか、俺が選んでみたんだけど、どうかな? サイズは前に聞いていたままなんだけど?」

 

銀色の指輪には、唐様の花が彫り込んであった。

和彫り細工の指輪だった。

鳳翔が指輪を手に取って嵌めてみた。

カッコカリの指輪の上に。

 

「はい、ぴったりです。」

 

左手薬指に、カッコカリの指輪と本物の結婚指輪の2つがあった。

まるで2連リングのようだった。

 

「カッコカリの指輪は、外してもいいんだよ?」

 

「いえ。 これも大事なモノですから、外しません。」

 

左手を光にかざして反射具合を、デザインを眺める鳳翔。

それを微笑ましく見ている秦だった。

 

「じゃぁ、俺もそうしようかな。」

 

そう言って秦も指輪を嵌めた。

カッコカリの指輪と結婚指輪の2つだ。

 

「うん、俺もぴったりだな。 どう? お揃いだよ?」

 

と左手を、鳳翔の左手に重ねていた。

秦と鳳翔が、視線を重ねて見合って微笑んでいた。

 

「じゃあ、決まりだね。」

 

「はい!」

 

『お二人とも、よくお似合いです。』

 

と店員に言われて嬉しくなる二人だった。

指輪の支払いをして、寄り添って店を出た二人だった。

 

『ありがとうございました。』

 

と見送られる二人だが、互いの左手薬指には2つの指輪があった。

 

 

「へへへ。 綺麗ですね。」

 

指輪をかざしながら鳳翔が言う。

そんな鳳翔に向かって、

 

「鳳翔。 その指輪、返してもらうことはしないからな。 ずっと持っていてくれよ。 死が二人を割くまで、な。」

 

「何言ってるんですか! 死んだって離れませんからね。 あなたも覚悟してください?」

 

「そうだったな。 死んでも一緒だったな。」

 

「そうですよ。」

 

そう言い合って笑っていた。

 

「それで、これからどこへ行くんですか?」

 

「うん、腹ごしらえ。」

 

「あ、そう言えば私、お腹ペコペコです。」

 

「そうか。 じゃぁ、もう少し我慢しておくれ。 行ってみたいお店があるんだ。」

 

「何処ですか?」

 

「フフフ。 着いてからのお楽しみ、さ。」

 

「あら? 教えてくれないんですか? 意地悪ですね。」

 

「ははは。 ひみつだからいいんじゃないか。」

 

再び路面電車に乗って30分弱。

ある電停で降りた二人の前に、一軒のお店があった。

 

「さあ、着いたよ。 ここだよ。」

 

お店の看板には”あなご”と書いてあった。

 

「あなご、ですか?」

 

「うん。 あなご飯のお店なんだ。 ここのはなかなか美味いよ。 さあ、はいった、はいった。」

 

秦に促されてお店に入った。

 

「あなた、来たことあるんですか?」

 

「うん。 士官学校時代に初めてきてね。 その時食べたあなご飯が美味しくてね。 まあ、それからも何度かね。」

 

「そうなんですね。」

 

そう言いつつ、二人ともあなご飯を注文した。

 

『あなご飯、ふたつ!』『あいよ!』

 

と店員の威勢のいい声が響いていた。

10分ほど待って、二人の前にお目当てのあなご飯がやってきた。

お重に入った、一口サイズに切られたあなごの蒲焼。

やや薄めのタレが掛かっていた。

 

「いい匂いですね、これは。」

 

「鰻の蒲焼と違って、脂は少ないけど、その分、身がしっかりしてるからね。」

 

「じゃあ、いただきます。」

 

と言って食べ始める二人。

あなごを一切れ食べて・・

モグモグ、ムグムグ・・

 

「うん、このあなご、美味しいですね。」

 

「久しぶりに食べても、やっぱり、美味いなあ。」

 

そんなことを言いながら食べていた。

 

「あ! そうだ! すみませーん、このあなごの蒲焼、10人前を持ち帰りでお願いできますか?」

 

「持ち帰り?」

 

「はい。 今日の晩御飯です。 こども達の。」

 

「なるほど。 それはいい。」

 

『10人前ね。 タレも一緒でいいかい?』

 

「はい、お願いします。」

 

その後も二人で美味しく頂いたのだった。

 

『あなご飯が2つと、蒲焼10人前持ち帰りでーーー』

 

と支払いを済ませ、来た時と同じく路面電車に乗って帰ることにした。

 

「ふぅ。 美味しかったです。 いいお店を知ってたんですね。」

 

「ははは。 良かった。 鳳翔に褒めてもらえたようで。」

 

「ふふふ。 帰ったらこども達にも食べてもらいますからね。」

 

「ああ。」

 

お腹を満たした二人は、電車の振動が眠気を誘ってきて、うつらうつらとしていたが、乗り換えがあったために寝込むことは出来なかった。

そして再び宇品港へと戻ってきた。

帰りは高速船ではなく、通常の連絡船にした。

まあ、急いで帰ることもなかったのも一つだが、高速船の本数が少なかったから、なのだが。

連絡船にのること40分あまりで、呉中央桟橋に到着した。

その船は、そのまま松山まで行くのだ。

桟橋に降り立つと、夕暮れになっていた。

船着場の前から官舎へはタクシーを使ったのだった。

こうして二人の買い物は終わった。

 

 

「さあ! みんな、ご飯よ!」

 

官舎での夕ご飯の時間となった。

 

「今日は何かな?」

 

皐月や卯月が、ワクワクしながら食堂にやってきた。

そして、出てきたのは・・

鳳翔特性の、あなご丼だった。 しかも卵とじになって。

 

「鰻の蒲焼?」

 

「皐月ちゃん、ちょっと違うぴょん。 鰻より薄いぴょん。」

 

「さあて、なんの蒲焼でしょう?」

 

と微笑む鳳翔と秦。

 

「これって・・ 鳳翔姉さん、アレ、ですね? 鰻より小ぶりな。」

 

とは榛名だった。

どうやら榛名は知っているようだった。

 

「ふふふ。 そうね。 食べてみて。」

 

と鳳翔が言うと、

 

【いっただきまぁす!】

 

と言って皆食べ始めた。

 

「うん、これ美味しい!」

 

「鰻より身は薄いけど、身がしっかりしてるよ。」

 

「ムグムグ・・ お母さん、これって、あなご?」

 

と聞くのは皐月だった。

 

「正解! どう? あなご専門店の焼きあなごを丼にしてみたの。」

 

「卵の甘みとタレの塩加減がいいわぁ。」

 

「あなごかぁ。 うなぎよりあたいはこっちかな。」

 

そう言って丼を書き込む朝霜だった。

 

「朝霜ちゃんたら、そんなにかき込まなくても、まだまだあるわよ?」

 

「ムグ・・ おかわり!」

 

「もう・・ はいはい。」

 

呆れた表情の鳳翔だが、それでも微笑んで2杯目をよそった。

 

「はい、これでいい?」

 

「ありがと、お母さん! やっぱりお母さんのご飯は美味しいよ!」

 

「もう、朝霜ちゃんたら。 ありがと。」

 

「良かったな、鳳翔。」

 

「ええ。」

 

二人で見つめあっていた。

 

「あれ?」

 

「どうしたの、睦ちゃん?」

 

「父さん、お母さん。 その指輪・・ 増えてる・・」

 

「あら、見つかっちゃったかしら。 フフフ。」

 

頬を赤めて鳳翔が答えていた。

 

「フフフ。 今日、買ってもらったのよ。」

 

「「「えぇぇー、いいなぁ。」」」

 

「いいなぁ、じゃない。 これは、本物の結婚指輪だよ。」

 

「本物の?」

 

「ああ。 俺と鳳翔は、ちゃんとした夫婦だし。 カッコカリの指輪だけじゃぁなぁって思ってたからね。 思い切って買ったんだ。 だから、俺と鳳翔だけだよ。」

 

皆からへぇーっていう声がしてきた。

 

「それじゃあ、私は? お兄さん。」

 

とは榛名だったが、その言葉に、

 

「え? 榛名も? いや、これは俺と鳳翔のだからね。」

 

「えぇ? 私も欲しいです!」

 

「いや、榛名は妹だし、それに・・ これ一点ものなのね。 だから同じものはないの。 我慢しな?」

 

「ぶー! でもいつか、私用のも貰いたいんで! よろしく、お兄さん!!」

 

「あらあら。 あなたの負けですよ?」

 

「ケケケ、しれーかんの負けぇ! ケケケ」

 

「ったく、お前たちはぁ。 そう簡単に買わないからな!」

 

そうやって騒がしくも賑やかな夕食時となったのだった。

 

 

秦と鳳翔は、入浴を終え、自室のベッドに腰かけていた。

 

「まったく、榛名のやつ・・」

 

「まぁまぁ、そう言わなくてもいいじゃないんですか。」

 

「もう。 鳳翔もそう言うし。 俺は、俺の嫁さんは鳳翔だけだからね。 分かってるだろ?」

 

「はい。 分かってますから、言うんです。 フフフ。 そう言ってもらえるのが嬉しくて。」

 

ハァっと溜息をつく秦だった。

 

「鳳翔・・ 楽しんでるな・・」

 

「フフフ。 そんな事ありま・・す よ。」

 

と笑っている鳳翔だった。

それでも二人は抱き合って眠りに就くのだった。

 



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お月見

ちょっと遅いがお月見をする秦たち。
鎮守府みんなで、と・・



10月初旬、秦がこんなことを言い出していた。

 

「すでに中秋は過ぎているんだが、名月鑑賞をやろうと思うんだけど?」

 

【名月鑑賞ぉ?】

 

「あら、いいですねぇ。 やりましょう。 私はいいですよ?」

 

「ねぇ? 名月鑑賞って何があるの?」

 

そう聞いてくるのは睦だった。

 

「大体は、旧暦8月15日に見える満月を、お月様を皆で見る、っていうものなんだけど、この時の満月は、明るくて真ん丸に見えるんだ。まぁ、満月は毎月あるんだけど、この時期は大気が澄んでお月様がきれいに見えるんだ。

んで、この時にすすきを飾って、月見団子、栗、枝豆などを盛って、お酒をそなえて月を眺めて楽しむんだ。 どうだ? 風流だろ?」

 

「ふーーん、そうなんだ。」

 

「月見団子はおいしそう。 でも、栗と枝豆って食べられるの?」

 

そう聞いてきたのは朝霜だった。

 

「基本的には、お供え物だからね。 栗と枝豆は、生だから、食べられないことはないけど、調理をしないといけないだろ。 ただ、時期的にはどうだろう?」

 

「生なんだぁ。 ちょっと残念かも。」

 

と残念そうな顔をする朝霜だ。

 

「まぁ、そんなに残念に思わなくても。 栗は早生の栗が出回りますからそれを使って焼き栗にしましょうか。 枝豆は塩茹でにしましょう。 それなら食べられるわよ? いいですよね、あなた?」

 

「ははは。 鳳翔がそう言うなら、そうしようか。」

 

「え? いいのかい?」

 

「ええ。 いいわよ。」

 

「「やった!!」」

 

「じゃぁ、月見団子も食べられるの?」

 

「ええ。 食べられるわよ。 じゃあ、きな粉と黒蜜を用意しましょう。 あなたたちはその方がいいでしょ?」

 

「やりぃ!」

 

「ったく。 食べることばっかりじゃないか。 お月様を鑑賞するのが目的だぞ? ったくもう。」

 

呆れる秦だが、その顔は笑っていた。

 

 

涼しくなり始めた10月中旬、この日の夜に名月鑑賞をすることを秦が鎮守府内に伝えた。

 

「ほほう。 風流だねぇ。」

 

「へぇ、いいねぇ。」

 

と好意的に捕えてくれたようだった。

ただ、一部の輩は・・

 

「では、提督。 酒も備えるということは、酒は飲めるんだろうな?」

 

と。

当然、そう思っていたから、秦の返答は・・

 

「ああ。 酒保は開くよ。 存分に飲んでよし! だ。」

 

だった。

 

「ただし! 酒肴は、月見団子、焼き栗、枝豆以外は無いからな。 そのつもりでね。」

 

とにっこり微笑んで答えてやった。

 

「えぇ~~」

 

「何、酒肴が無い、だと!」

 

と批判が殺到したが、

 

「当たり前だ。 宴会ではないんだぞ? まったく。 何でもかんでも、宴会にしてしまいよってからに。 今回は”名月鑑賞”だから、しっぽりと飲んでくれ。 いいかい?」

 

と秦が言うと、

 

「まぁ、たまにはいいんじゃないかしら?」

 

と助け船を出してくれる者もいて、その場は何とか乗り切った秦だった。

 

「まったく。 すぐ大宴会にしてしまうんだから。 ちったぁ、”嗜む”ちゅうことをせんのかね。」

 

「まぁまぁ。 そう怒らずに。 ある程度の量は作っておきますから。」

 

「鳳翔は優しすぎるよ。 すぐ働こうとするんだから。」

 

「あら。 心配頂いて嬉しいですね。 でも、私も好きでやっていることですから、心配しないで下さい。」

 

「まぁ、そういうなら、止めはしないけど、さ・・。」

 

鳳翔を信用している秦だが、やっぱり、鳳翔にはゆっくりしてもらいたい、と思っていた。

 

 

鳳翔は、枝豆は元から塩茹でにするつもりだった。

出回っている枝豆を、八百屋に大量に確保してもらっていた。

八百屋のオヤジからは、

 

「いやあ、これだけの量を確保するのに、だいぶ手間取ったよ。 ウチとしては全部買い取ってくれるから文句は言わねぇけどね!」

 

と愚痴を言われたのだった。

枝から房を外すと、大きめのかごに4カゴにもなった。

 

(あらあら、大変な量ね。)

 

これをビニール袋に、塩少々とともに入れて、塩もみをする。

 

「じゃあ、皐月ちゃん、お願いね。」

 

「りょーかーい!」

 

全体が混ざるように、しっかりと揉みこむ。

これを何度も繰り返す。

さすがに量が多かったらしく、

 

「ふぅ。 手が、手が疲れた~。」

 

と嘆く皐月だった。

そして、房をたっぷりのお湯に塩を多めに入れて茹でると、深緑が鮮やかな緑色になっていた。

 

「よし。 綺麗に緑色になったわ。」

 

「わあ、綺麗な色になったね。」

 

ただ、塩加減は鳳翔しか知らない・・。

 

(ま、こんなもんでしょ。 フフフ、今回はちょっと塩きつめにしておきましょうかね。)

 

そのほとんどを食堂の分に割り振っていた。

次は焼き栗だ。

これも八百屋に早生の栗を大量に取り置きをしてもらっていた。

 

「お母さん、この量は・・ これは重たいよぉ。」

 

と嘆く睦。

栗の実を洗って、ダッチオーブンに入れていく。

まぁ、蒸し焼きにするつもりだ。

水は一切入れない、無水料理。

弱火でコトコトと蒸した。

 

「へぇ・・ これでいいんだ・・ 案外、簡単なんだね。」

 

この蒸している時間は結構、長い。

おおよそ30分は掛かる。

その間に月見団子に取り掛かった。

 

「蒸焼にしている間に、お団子ね。」

 

「「わぁーい。 お団子だ!」」

 

と言って睦と皐月が手伝っていた。

こちらは、白玉粉、水、砂糖が必要だった。

白玉粉に水を混ぜていく。

砂糖は少々だ。

良くこねて、耳たぶほどの硬さにさればOKだ。

一口大の団子に分けていく。

これを沸騰させたお湯に投入する。

団子が浮いてくれば茹で上がった印だ。

茹で上がった団子を氷水に入れて冷ます。

水を切って出来上がりとなる。

今回は砂糖が少々入っているので、やや甘めだが、それでもきな粉と黒蜜を用意した。

月見団子はこれで完成だ。

団子の数はかなり多めだけど・・

そして、焼き栗。

 

「どうかしら? ・・ ん、いい感じね。」

 

蓋を取ってかき混ぜて、また蓋をしてさらに10分ほど。

そうすれば、出来上がりだ。 焼き栗ならぬ、”焼蒸し栗”だ。

これらも、ほとんどを食堂用に割り振った。

 

「さあ、三品出来たわ。 じゃあ、私たち用にこっちを持って行ってね。」

 

「「はぁーい!」」

 

秦たち一家用は、そんなに多く無かった。

 

 

食後、官舎の前庭にテーブルと長椅子を持ち出して空を見ていた。

もちろん、名月をだ。

八人は浴衣姿だ。

 

「やぁ、榛名の浴衣姿、いいねぇ。 良く似合ってるじゃないか。」

 

「は、恥ずかしいです。」

 

と頬を赤める榛名が居た。

 

「父さんのスケベ! 鼻の下、伸びてるよ?」

 

そう茶化すのは睦だ。

ヒヒヒっと笑っていた。

明らかに、おちょくっていた。

 

「そんなことは無いからな!」

 

と否定する秦。

 

「ウフフ。 皆にかかれば、カタナシですね、あなた。」

 

「ああ。 まったく。 でも、鳳翔もいい感じじゃないか。 相変わらず、お淑やかだね。 さすがにお腹は分かるか?」

 

すでに七カ月を過ぎたお腹の膨らみは隠せなくなっていた。

 

「はい。 さすがにもうこのお腹では隠せませんねぇ。」

 

と笑いあっていた。

テーブルの上には、高坏に盛られた枝豆、焼き栗、月見団子があった。

 

「へぇ。 なんかいい感じだね。」

 

と言ったのは朝霜だった。

 

「おっ。 朝霜でもわかるのか? まぁ、ちょっとでも感じてくれればいいんだけど。」

 

「あたいだってわかるもん!」

 

へへん、と胸を張る朝霜だった。

 

「朝霜ちゃんは、アレでしょ。 食べ物でしょ。」

 

「あ、バレた?」

 

ハハハと笑いあうのであった。

笑いあうこども達をみて、微笑ましく思う秦と鳳翔だった。

 

「さあ。 みんな座って。 いいお月様に向かって乾杯だ。 あ、みんなはジュースね。」

 

【ほーーい】

 

お酒を飲むのは、秦と、榛名だけだったが、スッと3つ目のグラスが出てきた。

鳳翔だった。

 

「鳳翔は、ダメ。」

 

「だめ、ですか。 やっぱり・・」

 

「鳳翔姉さん、お酒は止めておいた方が・・・」

 

そう言うのは榛名だった。

 

「そうだよ、鳳翔。 お腹の子のことを考えてよね。 分かった?」

 

「・・はい・・」

 

と残念そうな顔をする鳳翔だ。

しぶしぶジュースを淹れてもらって、みんなが揃った。

 

「それじゃ、いいお月様に。」

 

乾杯! とみんなで唱和した。

こども達は一気にグラスを空にする。

 

「ふぅ。 お母さん、おかわり!」

 

「もう。 そんなに飲むとお腹、チャプチャプになるわよ? 大丈夫?」

 

「へへん、大丈夫だよ!」

 

そう言ってお代わりをする朝霜たちだった。

長椅子に皆が座って、天空の真ん丸のお月様を見ていた。

 

「こうやって見ると、お月様って綺麗だよね。」

 

「なかなかゆっくりと腰を据えて見ることなかったにゃぁ。」

 

そう言う皐月と睦だった。

同じ月を見ているものの、口が動いている奴が若干、一名いた。

食い意地の張る朝霜だった。

 

「お月様もいいけど、このお団子、もっちりして美味しいよ。 あたいはきな粉かな。」

 

「あ! もう食べてる!」

 

「独り占めずるいぃ! うーちゃんも食べる!」

 

高坏に盛られた団子を小皿に移して食べていく。

お酒を飲む秦と榛名は、塩茹での枝豆を食べていた。

 

「うん、いい塩加減ですね。 さすが鳳翔姉さん! 榛名はこの微妙な塩加減が出来ないんですよねぇ。」

 

「あら、そう? じゃ今度一緒に作りましょう。」

 

「じゃぁ、おれは二人の味見役って事で。」

 

「何言ってるんですか! あなたも作るんですよ? いいですか?」

 

「え? 俺も?」

 

「はい。 三人で作るんです。」

 

「わあ、いいですねぇ。 フフフ、榛名も頑張っちゃいます!」

 

しょーがねぇなぁ、と思う秦だが、

 

(みんな、楽しんでるようで、良かった良かった。)

 

と思っていた。

 

 

賑やかな名月鑑賞の時間だった。

団子を食べる朝霜や皐月たちに榛名を横目に長椅子に座る秦と鳳翔。

 

「こういうの、やって良かった、かな。」

 

「ええ。 良かったと思いますよ。」

 

そう言って微笑む鳳翔だ。

 

「なあ、鳳翔・・」

 

「なんですか?」

 

「その、なんだ・・」

 

「はい?」

 

頬が朱くなった秦が、ゆっくりと鳳翔に向かい、

 

「つ、月がきれいだな・・」

 

と、鳳翔にしか聞こえないように言った。

それを聞いた鳳翔は、少し考えたが、すぐに顔が朱くなった。

そして・・

 

「私、死んでもいいわ・・」

 

と、こちらも秦にしか聞こえないような声で答えたのだった。

 

「ありがとう、鳳翔。 いつまでも傍にいておくれ。」

 

「はい。 いつでも傍にいますから。 それに、あなたもいつも傍に居てください。」

 

「ああ。」

 

そう言って小さな鳳翔の手をとり、恋人繋ぎで握った。

鳳翔も握り返してきた。

秦にもたれ、身をゆだねている鳳翔だった。

 

「あ-! 父さん、お母さん、ラブラブぅ!」

 

と皐月に見つかり、弄られるのであった。

 

 

暫くすると、秦たちに3つの影が近寄ってきた。

 

「オー、やってますネ!」

 

そう言うのは金剛だった。

 

「金剛か? いらっしゃい。」

 

と言ったのは秦で、

 

「あら、こんばんわ。 金剛お姉さま。 どうしたんですか?」

 

と聞くのは榛名だった。

そして、

 

「択捉ちゃん、松輪ちゃんもこんばんは。」

 

とは鳳翔だ。

 

「「司令、鳳翔さん、こんばんは。」」

 

二人が声を揃えて答えていた。

 

「榛名の引っ越し祝いに来ましたヨー。 と言っても手土産は無いですケド。」

 

「もう。 ママったらちゃんと用意しようって言ったのに、あたしの言う事きかないからぁ。」

 

一緒にいた松輪と択捉が嘆息する。

両手が二人に繋がっていては何も持てんだろ、と思った秦だった。

 

「で、金剛、どうしたんだ?」

 

と秦が聞いた。

 

「実は・・ 本館食堂でのお月見は、賑やかすぎて、落ち着かないデスネー。 それに・・」

 

「それに?」

 

「松輪と択捉が静かな方が良いって言って、五月蠅くて敵いませんネー。 だからここに来ましたネ。」

 

溜息を付きながら長椅子に座ってきた。

その択捉と松輪は、揃いの浴衣を着ていた。 金剛も浴衣だった。

 

「択捉ちゃん、松輪ちゃんの浴衣、カワイイね!」

 

そう言うのは皐月だった。

 

「へへへっ。 いいでしょ?」

 

と両手を広げて笑う松輪と択捉。

そこに、

 

「可愛いもんね、ねぇ? 松輪。」

 

と択捉もいう。

 

「金剛もその浴衣、良く似合ってるじゃないか。 榛名とは違う柄だけど、大人な感じだな。」

 

そう秦が言うと、モーと、金剛の頬が朱くなった。

そこへ、

 

「はい。 あなたたちもジュースよ。 金剛さんはこっちね。」

 

とグラスを持ってきた鳳翔。

わーいと飛びつく松輪と択捉だった。

 

「オー、サンキューデース。」

 

鳳翔が金剛に用意したのは・・お酒だ。

グラスを受け取り、一口飲む。

 

「クゥーッ。 これは効くネー。」

 

「ん? 金剛、ひょっとして、久しぶりに呑むとか?」

 

「ハイ! 久しぶりデース。 普段は”あの二人”が居るので、なかなか呑めないデスネー。 だから、今日は一段と美味しいデース!」

 

「ははは。 それは良かった、と言っていいのかな。」

 

睦、皐月らと択捉、松輪が、月見団子と焼き栗を食べ食べ、おしゃべりをしながら月を見ていた。

 

「へぇ、こういうのもいいね。」

 

「そうだねぇ。」

 

みんな月にうっとりとしていた。

 

「ヘイ! 鳳翔サン、お代わりネ!!」

 

「はいはい、ちょっと待ってください。」

 

「もう。 金剛お姉さまったら、呑みすぎないでくださいよぉ。」

 

「あ、鳳翔さん、そのくらいで。 ママが酔うと後が大変なんで。」

 

「そうですそうです。」

 

「オウ、択捉に松輪ぁ、二人ともそんなこと言いますかァ? もっとママを信用してくださいネ!」

 

「ええ? だって、このま・え フガフガ・・」

 

しゃべっている松輪の口を、全力で塞ぐ金剛がいた。

 

「ノー! それ以上喋ったら、お尻ペンペンネ!!」

 

「フガフガー!!!」

 

「あらまぁ。 そんなにしなくても・・」

 

鳳翔に言われて手を放す金剛。

 

「はぁ、ハァ、ママったら、ひどぉぉい!」

 

とプンスカしている松輪だ。

 

「金剛? お前さんの酒癖の良さはみんな知ってることだから、そんなにムキにならなくても・・」

 

「ノー!! みんな酷いネー。 もう注意してるですネー。」

 

秦も鳳翔も榛名も、みんな呆れて笑っていた。

秦、榛名、金剛の三人は、数杯のお酒を飲んで、顔が少々赤くなってきていた。

 

「フフフ、やっぱり鳳翔姉さんの選ぶお酒は美味しいですね。 ね、金剛お姉さま?」

 

「そうねぇ。 それに、この雰囲気で飲むお酒も乙なもんネ。」

 

「そう言ってもらえると、嬉しいですね。 お月見をやって良かったですね、あなた?」

 

「ああ。 みんな楽しんでもらえたようで、良かったよ。」

 

こういう機会をいくつも作ってやろう、と思う秦だった。

 

 



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母来る!

鳳翔の母親が呉にやってくると・・



鳳翔が妊娠8か月になろうかと言う10月の下旬だった。

食後の居間で一家がくつろいでいる時だった。

 

「あなた、ちょっといいですか?」

 

ん? と思った秦だったが、

 

「実は、今日、母から連絡があったんです。」

 

「お義母さんから?」

 

「はい。」

 

「なんて?」

 

「実は・・」

 

何か言いにくいそうにするが・・

 

「母が、こっちに来るそうなんです。」

 

「え? 来るって、ここに?」

 

「ええ。 そうなんです。」

 

「な、何しに来るんだい?」

 

「詳しいことを言わないんです。 ただ、”一度妊娠した娘を見たいし、秦さんにも挨拶したいわ”って言うんです。」

 

「いやぁ、俺にとってもお義母さんだから、来てもらうのは構わないけど、いつなんだい?」

 

「そ、それが・・ 来月初旬の連休、なんだそうです。」

 

「え? すぐじゃないか。 ありゃまぁ、急なこった・・」

 

と頭を掻く秦だったが、その姿を見た榛名が、

 

「どうしたんですか、何か悪いことでも?」

 

と聞いてくるが、

 

「そうじゃないんだが・・」

 

何か言いにくそうに答える秦だった。

その秦を見て、

 

「歯切れ悪いよ、しれーかん?」

 

と聞くのは朝霜なのだが・・

 

「そうは言ってもなぁ・・」

 

煮え切らない秦に皐月が声を掛ける。

 

「何がなんだい、父さん?」

 

「まぁ、はっきり言うとだなぁ・・ 鳳翔のお義母さんには、皐月たちのことは話してあるけど、合うのは初めてだろ。 その反応がなぁ。」

 

秦の一言に睦が気づいた。

 

「あ! そうか。 そうだね。 私は前に合ってるけど、皐月ちゃん、卯月ちゃん、弥生ちゃんに朝霜ちゃんは、初めてなんだよね。」

 

「そうなんだよ。 それに・・」

 

「榛名ちゃんも居ますからね。 母が何と言うか・・」

 

とは鳳翔だった。

 

「まあ、考えても仕方がないんだが・・」

 

「そうですね。 ありのままを見てもらうしかなんじゃないでしょうか。」

 

「そうなるよ、ね。」

 

「へぇ。 じゃ、お母さんのお母さんだから、おばあちゃんになるのかな。 ボクたちのおばあちゃんになるんだね。」

 

「そうね。 みんな母に合ってもらいたいと思ってるから。」

 

「うぅぅーー、今からでも緊張するぅ。」

 

「今から緊張してどうするんだよ。 大丈夫だよ。 お義母さん、優しいから。」

 

「なら、いいけどさぁ・・」

 

「で、鳳翔? お義母さんは一人で来るのかい? それに来るにしても泊るところも必要じゃない?」

 

「えっと、母だけだと思うんですけど。 そうですね、泊るところはどうしましょう?」

 

「じゃぁ、この官舎にまだ一部屋空いてるよね? そこに泊まってもらったら?」

 

「いいんですか?」

 

「どっちかってぇと、お義母さん次第だけどさ・・」

 

鳳翔の母親が来た時には空き部屋に泊まってもらうことになった。

 

 

11月の初旬の連休のお昼過ぎ。

呉駅に降り立つ二人の姿があった。

 

「やっと着いたぁー! 結構、遠いんだね。」

 

とは娘のようだ。

 

「何言ってるの。 ずっと寝てたくせに。」

 

と言ったのは母親のようだった。

娘が舌を出して、へへへと笑っていた。

二人の手には荷物が・・。

駅前のタクシー乗り場からタクシーに乗るつもりのようだった。

1台のタクシーに乗り込み、

 

「すみません、呉鎮守府官舎までお願い。」

 

そう母親が言うと、運転手が、あいよ、と返事して車が走り出した。

 

「お客さん、官舎までってことは、提督のお知り合いかい?」

 

「ええ。 そんなとこです。」

 

「そうかい。 あそこの家族は仲が良くていいよね。 時々見るけど、微笑ましいよ。」

 

なんて運転手が話してくる。

母親も娘も、顔を見合わせて、ふふふっと笑っていた。

車は数分で鎮守府の入り口へとやってきた。

 

「あれ? あれは・・」

 

 

呉鎮守府の入り口には、門番が居て、小さいながらも詰所がある。

1300過ぎになって、睦が門までやってきていた。

 

「門番さん、こんにちは。」

 

「やあ、こんにちは。 今日は誰か来るのかい?」

 

「うん、お客さん。 私のおばあちゃんなの。」

 

「そうなの。 ん、あれじゃないかい?」

 

門に向かって1台の車がやってきた。

そして門番の前に止まった。

門番が後部座席に座る二人を確認する。 と、睦が声を掛けた。

 

「こんにちは、おばあちゃん! あれ? 尚子お姉ちゃん?」

 

「やっぱり、睦ちゃんじゃない! 久しぶりぃ!!」

 

と後部ドアを開けて出てきたのは尚子だった。

ムギュ!

尚子がいきなり睦の頬を掴んだ。

 

「ふにゅー!」

 

「これ! 何してるの? 睦ちゃんがしゃべれないでしょ?」

 

「あ、ごめんごめん。」

 

「もう! いきなり何するかなぁ。 せっかく案内に来たのにぃ。」

 

「ごめんね。 つい。」

 

手を合わせて謝る尚子だが、見るからに心からの謝罪とは見えなかった、が。

 

「もう、いいよ。 それより、案内するから乗って。 あ、おばあちゃん、こんにちは。 お久しぶりです。」

 

「こんにちは。 睦ちゃん、元気そうね。」

 

短い挨拶を交わす睦だった。

助手席に睦が乗り込んで再び車が動き出した。

 

「もうちょっとで着くから。」

 

と言って、ものの数分で玄関前に到着した。

 

「へぇー、ここなんだあ。」

 

「なんとまぁ、大きいわね。」

 

と官舎をみて驚いた母親と尚子。

 

(うん、最初見たときは、驚くよね・・)

 

睦は声に出さなかったが、心の中で、大きく同意するのだった。

 

 

「ただいまー! 戻ったよ!」

 

睦が先頭になって、大声を上げながら入ってきた。

 

「おかえりー。」

 

玄関で待っていたのは皐月だった。

 

「皐月ちゃん、おばあちゃんと尚子お姉ちゃんだよ。」

 

「あ、皐月です。 父さんとお母さんの娘です。 よろしくお願いします。」

 

「あら、こんにちは。 初めまして、かしらね。」

 

「こんちは。 尚子です。 鳳翔お姉の妹になります! よろしくね!」

 

玄関でのあいさつはそこそこに、皆が揃う居間へとやってきた。

 

「到着で~す!」

 

と言いながら睦が扉を開けて入ってきた。

後ろにお義母さん、尚子と続き、荷物を持つ皐月が入ってきた。

 

「お母さん、尚子ちゃん、いらっしゃい。 ようこそ呉へ。」

 

「鳳翔や、久しぶりね。」

 

「鳳翔お姉、おひさ!」

 

立ち上がろうとする鳳翔を母が止めた。

 

「あらあら。 いいわよ。 座ったままで。」

 

「ごめんなさい。 そうそう。 私たちの娘を紹介するわね。 皐月ちゃん、弥生ちゃん、卯月ちゃん、朝霜ちゃんよ。」

 

「「「こんにちは。」」」

 

「あら。 こんにちは。 フフフ、初めまして。 鳳翔の母です。 みんなのおばあちゃんになるわね。 私からすると、みんな孫になるのね。」

 

「あたしは鳳翔お姉の妹の尚子。 よろしくね。 あ、”お姉ちゃん”って呼んでね。」

 

「関係性は”おばち・・” ふぐぅ・・」

 

「”お ね え ちゃ ん”って言ったでしょ?」

 

そう言って朝霜の口を塞ぐ尚子だ。

 

「あはははっ 尚子お姉ちゃんに掛かれば、朝霜ちゃんも形無しだね!」

 

そう言ったのは皐月だったが、皆笑っていた。

 

「ふぐぅ・・ ヒドイよ! いきなり口を塞ぐことないじゃん!!」

 

「一応、みんなあたしの”妹”なんだからね!」

 

とあくまでも”お姉ちゃん”呼びをさせようとする尚子だった。

そこへ・・

 

「賑やかだなぁ。 何をやってんだ?」

 

と本日の勤務を終えて秦がやってきた。

 

「あ、あなた。 お帰りなさい。」

 

「「お帰り。 父さん。」」

 

鳳翔とこども達からお帰りなさいと言われた秦だが、来客に気が付いた。

 

「あ、お義母さん、いらっしゃい。 尚子ちゃんも。」

 

ニッコリ微笑んで挨拶する。

 

「あら。 秦さん、お帰りなさい。 ふふふ。 お邪魔してますね。」

 

「義兄さん、お帰りなさい。 お邪魔してまーす!」

 

ああ、と言いながら尚子の頭を撫でる秦だった。

尚子が驚いたが、すぐに顔が朱くなった。

 

「榛名ちゃんもお帰りなさい。」

 

「鳳翔姉さん、只今帰りました!」

 

「榛名ちゃん、紹介するわね。 私の母と妹よ。 よろしくね。」

 

「「こんにちは。」」

 

「お母さん、尚子ちゃん、提督の妹で、私の義理の妹になる榛名ちゃんよ。」

 

「榛名です。 初めまして。」

 

互いに会釈しあっていたが、榛名をマジマジとみていた母親が一言。

 

「まぁ。 美人さんねぇ。 榛名ちゃん、だったわね。 何ていうのかしら、綺麗な美人さんね。 そう言えばあなた達”孫”たちもそれぞれに可愛いわね。 ふふふ。 お父さんにも見せたいわ。 何ていうかしらね。」

 

「綺麗な美人さんだなんて、榛名、は、恥ずかしいです。」

 

そういって身体をくねらせていた。

 

「義兄さんも隅に置けないね。 ハーレム状態じゃん!」

 

「はは。 そうかもしれないけど、これはこれで大変なんだぞ?」

 

そう言って見せた秦だ。

 

「鳳翔、体調はどう? お腹は?」

 

「体調は問題ないですよ。 ふふふ。」

 

秦と鳳翔はそう言って、互いに目を細めて見つめあっていた。

その二人を見ていた母親が、

 

「あらあ・・ あんた達、いつもそうなの?」

 

と言う。

 

「ん? 父さんとお母さん?」

 

と聞き返したのは卯月だった。

 

「そう。」

 

「いつもの事ぴょん。 いつまでもラブラブ~だぴょん。」

 

「ありゃあ・・ 以前はそんなことなかったんじゃないの?」

 

と言うのは尚子だ。

確かに、鳳翔の実家に赴いたときは、ここまでのことはなかった。

だから睦が、

 

「うん、ここ1年くらいの事だよね。 もう、私たちの忠告は利かないからねぇ。」

 

と言い、ウンウン、と黙って頷くこども達であった。

 

 

「そうそう。 大事なことを忘れてたわ。 本来の目的!」

 

そう言って母親が荷物を開けだした。

 

「「本来の目的ぃ?」」

 

「確か、こっちに・・・ あった、あった。」

 

と取り出したのは、白い小さな服?だった。

 

「えぇ! 何それ。 可愛いぃ!」

 

「ちっちゃ!」

 

「これは産着よ。 これを鳳翔に、と思って持ってきたのよ。」

 

「うぶぎ?」

 

「そうよ。 産まれたての赤ちゃんに着せるのよ。」

 

母親が持ってきたのは、秦と鳳翔の赤ちゃんに着せる産着だ。

それも双子なので2着。

タオル地の、肌触りが物凄く気持ちいい、可愛らしい産着だ。

 

「みんな、生まれたときは産着を着せられたはずよ。 忘れちゃってるかなぁ。 みんな、最初はこーんなに小さいのに、あっという間に大きくなって・・」

 

今、この居間にいるメンツの中で”親”になったことのあるのは、鳳翔の母親だけだったから、睦たちも興味深々で聞き入っていた。

 

「産着を着せられた赤ちゃんは、世の中の事なんかまったく分からないのに、数年も経つと、ほら、あんた達みたいにわがまま言い放題なんだから。」

 

微笑みながら話す母親であった。

 

「え? あたしはそんなことないし! ね、鳳翔お姉?」

 

「フフフ。 それはどうかしら。 私は結構、わがまま娘だったわね。」

 

「そうね。 鳳翔もわがままだったかしらね。」

 

「ええ。 わがままですね。 勝手に艦娘になって、勝手にケッコンして。 でも、今はそれで良かったと思ってますよ、お母さん。 そのおかげでこの人に出合えたんですから。 それに・・」

 

両手で膨らんだ下腹部を擦って、

 

「ここに、二人の、希望がいるんですから。」

 

と微笑みながら話していた。

 

「そうね。 そのおかげで私も孫の顔が見れるんだから、大目に見ないといけないわね。」

 

と母親も微笑んでいた。

 

「でも、産着って、病院に持っていくの?」

 

そう問うのは皐月だ。

 

「そうよ。 お産の時に一緒に持って行って、看護師さんに預けておくのよ。 生まれたら産湯で洗って、産着を着せて、母親に抱かせるのよ。」

 

ふーん、て聞き入る皐月たち。

 

「その時の感動は、涙が溢れるくらいに嬉しいものよ。 それを、鳳翔、あなたももうすぐ体験するのよ?」

 

「ええ。 分かってるわよ。」

 

「ホントかしらね。 フフフ。 鳳翔が生まれる時のお父さんと言えば、分娩室の前で落ち着かなくてウロウロしてたらしいし、生まれたら、涙いっぱい流して大泣きしていたわね。 秦さんはどうかしらね。」

 

ギクっとする秦。

 

「私は・・ 多分、泣きますね。 いや、多分じゃないな・・ 絶対泣いちゃうと思いますよ。 嬉し泣きでしょうけど。」

 

「え~、そうなの、父さん?」

 

「睦ちゃん、見ておきなさい。 お父さん、きっとわんわん泣いてるから。」

 

「うん、そうする。 へへへ。 楽しみぃ。」

 

「あのなぁ、楽しいことじゃないんだぞ? 嬉しいことなんだぞ。 分かってる?」

 

「分かってるって。 大丈夫だからさ。 ね?」

 

「なにが大丈夫だよ、ったく。 でも涙の前に、鳳翔のお産があるからね。 その方が心配なんだけど。」

 

「そうね。 皆はまだ立ち会ったこともないでしょうけど、お産は大変よー、って詳細は今、言わない方がいいかしらね。 鳳翔や、そこは覚悟してなさい。 それがあるから、”母”になれるのよ。」

 

「お母さん、今から脅かさないで。 ホラ。 皆の目が怖がってるじゃない。」

 

「あらあら。 ごめんなさい。 でも、秦さんは、立ち会うんでしょ?」

 

「え~、出来れば、そうしようと思ってますけど。」

 

「そうね。 旦那さんは立ち会うくらいしか出来ないからね。 出産は女の役目だしね。 鳳翔? 見ておきなさい。 その時の秦さんの行動を。 後で虐める材料になるから。」

 

「え、そんなぁ。」

 

最後には秦が揶揄われてしまうのだった。

 

「じゃぁ、そうします。 フフフ、あなたを見ていますからね。」

 

お腹を抱えたままでニコリと秦を見ていた。

 

「ああ。 ちゃーんと鳳翔の傍にいるから。」

 

と答える秦だった。

 

 

わいわいと駄弁っていたが、時間的に既に1700を過ぎているのだった。

 

「そろそろ晩御飯の用意をしましょうか。 いい? 卯月ちゃん。」

 

今日の当番は、榛名と卯月だった。

 

「榛名ちゃん、卯月ちゃん、よろしくね。」

 

「あら、鳳翔。 あんたじゃないの?」

 

「ええ。 お腹が大きくなってからは皆が交代で料理をしてくれるんです。」

 

そう言ってふふふっと笑っていた。

 

「そうなの?」

 

ちょっと驚く母親だった。

 

「卯月ちゃん、行くわよ?」

 

「はあーーい。」

 

そう言って調理場に向かっていった二人だった。

 

「鳳翔の妊娠が分かってから、みんなで手伝おうってことになって、鳳翔に教えてもらいながら、交代でやってるんです。」

 

と説明する秦だった。

 

「そうなの。 鳳翔、あんた、いい身分じゃないの。」

 

「そんなんじゃないわ。 でも、みんなが出来るようになったから、今はホントに助かってるの。」

 

と鳳翔が、調理場の榛名と卯月を見ながら言っていた。

 

「結局、みんな、ある程度の料理が出来るようになったから、それはそれで良かったんじゃないの? ね、しれーかん?」

 

「ああ、そうだな。 料理が出来なかった朝霜も、一人前にできるようになったしな。」

 

へへへっと笑う朝霜だ。

 

「じゃぁ、料理が出来ないのは、あんただけね。 ね、尚子?」

 

と母親が言うと尚子の顔が”ヤバい!”っていう表情になった。

 

「あら、まだ出来ないの?」

 

と追い打ちを掛ける鳳翔だった。

 

「ウッ、鳳翔お姉、それ言わないで! お母さんも!」

 

「へぇ~、尚子お姉ちゃん、お姉ちゃんのくせに料理できないんだぁー。 あたい達はみんな出来るよ。 ねー!」

 

と上から目線で、いや、めっちゃ見下げる目線で朝霜が尚子をからかった。

 

「う、うわあああああーーーーん、”妹”にバカにされたぁ! うわあああああーーーーん!」

 

と泣き出してしまった。

 

「尚子ちゃん、大丈夫かい? 朝霜も悪気があるわけじゃないんだよきっと。 ね?」

 

と秦が言って尚子の頭を撫でていた。

グスン・・

 

「コラ! 朝霜! 泣かすんじゃない! 仲良くしてくれないと困るよ?」

 

「ちょっと、からかっただけじゃん・・ うん、そうだね、ごめんなさい。」

 

と謝る朝霜だった。

そこんところは素直な朝霜だ。

そんな朝霜の頭を微笑みながら撫でる秦だった。

 

「もう。 みんな仲良くしてくれよ。」

 

「でも、料理が出来ないのは、尚子、あんたが悪いのよ。 帰ったら練習よ。 いいわね?」

 

「うぇえええ・・・」

 

と意気消沈の尚子だった。

そして1時間ほどして、

 

「さあ! 出来たわよ! 食堂へどうぞ!」

 

と榛名が声を掛けてきた。

わああーーい、と言って皆が食堂へと入っていった。

食堂へ入ると、テーブル上に2つのカセットコンロが置かれていた。

 

「はいはい、みんな座って! 今日は、楽しくなるようにって、野菜たっぷりしゃぶしゃぶよ!」

 

そう言って榛名と卯月がお鍋をコンロにセットした。

座った各人の前には、つけダレ用のお皿が置かれた。

さぁさぁと言って、お肉と千切り野菜の大皿がドン!と置かれた。

お鍋の蓋を取ると、中は・・

千切りのキャベツと人参がお鍋いっぱいに入っていた。

おおーー! と歓声が上がる。

 

「じゃあ、頂こう。」

 

【いっただきまぁあーす!!】

 

と言ってから箸を伸ばすのだった。

既にグツグツいってるお鍋に、お肉をしゃぶしゃぶとやって、千切り野菜を巻いて取り皿に移すのだ。

お肉は、豚のロース肉の薄切りを用意していた。

取り皿にはつけダレが入っていて、ワンバウンドさせて口へと運ぶ。

 

「うぅーーん、つけダレがちょっとすっぱくて、いい感じ。 野菜が甘くていいよ。」

 

お鍋の出汁は、昆布だしに少々の醤油が入った出汁。

つけダレは、出汁醤油に檸檬果汁を加え、ひと煮たちさせ、煎り胡麻、芽ネギを入れたものだった。

 

「どう? つけダレは榛名と卯月ちゃんとで考えたんだけど。」

 

「うん、すっぱいけど、美味しいタレだよね。」

 

と言われて、喜ぶ二人であった。

 

「そうね、確かに、レモンの香りがするわ。 でも・・ 甘みが強いのかしら。 ひょっとして完熟レモンを使ってる?」

 

とつけダレの分析をする鳳翔だった。

 

「さすが鳳翔姉さん。 気付いちゃいましたか。 結構考えたんだよね、卯月ちゃん。」

 

「うん。 相当考えたんだけど、もう分かっちゃったの?」

 

「ふふふ。 当たっちゃたわ。」

 

とにっこりと笑った鳳翔だった。

 

「このつけダレのレモンは、完熟レモンを使ってるの。 枝に着いたまま完熟させた、本物の完熟レモンなんですよ。 たまたまお店に入ってきたのを見つけたので。」

 

「うん。 これを使うと、すっぱいけど、どこか甘く感じるぴょん。 美味しいでしょ?」

 

「ええ。 美味しいわ。 二人とも、良くできてるわよ。」

 

と鳳翔が褒めると、榛名と卯月は見合って”良かったね”って笑っていた。

暫くするとお鍋の中の千切り野菜が無くなってきた。

 

「じゃあ、第二弾ね。」

 

と榛名が言って、追加の野菜を投入する。

 

「今度はエノキ茸入りよ。」

 

そう言ってしばし蓋をして煮込むことに。

その間に、

 

「ご飯は、キノコと銀杏の炊き込みご飯だぴょん!」

 

だと。

今度は尚子がよそって貰って、一口。

 

「ん! この炊き込みご飯、具がいっぱいだね。 油揚げも味が染みてて美味しー!」

 

「ホント。 榛名ちゃん、卯月ちゃん、上出来よ。」

 

美味しく出来たようで、皆に褒められ、榛名も卯月もニッコリと笑っていた。

じゃあ、と言って朝霜も皐月も炊き込みご飯を食べ始めた。

 

「あ、おいし! これおいしいよ!」

 

「うん、ウマ! 卯月ちゃん、上出来じゃない!」

 

そんな賑やかな食事風景を見ながら秦と鳳翔は隣り合って食べていた。

お鍋の方は、第二弾に続いて、第三弾、四弾と続くほど、皆よく食べたのだった。

 

 

夕食を終えて、別れて入浴する秦たち。

今日は全員で10人もいるから順番待ちはいつもより長かった。

 

「じゃあ、最初は睦と尚子ちゃんね。」

 

「うん、じゃ、行こう、尚子お姉ちゃん!」

 

「うん、行く行く。」

 

最初に睦と尚子が入浴した。

 

「次は、あたいと皐月ちゃんだね。」

 

と順番に入っていく。

 

「おばあちゃんと入るのは・・、弥生ちゃんね。」

 

「うーちゃんははるちゃんと!」

 

最後に残ったのは秦と鳳翔だった。

 

「じゃあ、私は、あなたとですね。」

 

そう言って頬を赤めていた。

こうして、賑やかなまま夜が更けていった。

 

 

翌日の朝。

割烹着を着て朝食の準備をする秦。

その食堂へやってきたのは、母親だった。

 

「あら、秦さん、おはよう。 早いのね。」

 

「お義母さん、おはようございます。 朝ごはんはもうちょっと待ってくださいね。」

 

「朝ごはんは、秦さんが?」

 

「えぇ。 妊娠が分かってからずっとですね。 ははは。 もう、慣れちゃいましたけど。」

 

「そうなのね。 じゃあ、あの子はいい待遇ね。 私とはえらい違いねぇ・・」

 

と言っているうちに、鳳翔が起きてきた。

 

「あ、お母さん、おはようございます。」

 

「あら、おはよう。」

 

「あなた、おはようございます。」

 

「ああ。 おはよう。 朝ごはん、もうちょっと待っててね。」

 

母親と鳳翔がテーブルに付いた。

 

「あなた、いい身分じゃない?」

 

「え、なんのこと?」

 

「なにって、お父さんなんて、家事は何一つ手伝ってくれたこと無いんだから。 羨ましいわぁ。 いい旦那さんで。」

 

テーブルに肩肘をついて溜息を漏らす母親。

 

「ふふふ。 そうでしょ。 いいでしょ。 でも、あげないわよ、お母さん。」

 

その母親に対抗するかの如く、満面の笑みの鳳翔だった。

 

「あら、残念ね。 まぁ、義理とは言え私の息子でもあるんだけどねぇ。」

 

そう話しているうちに朝食の用意が出来たようだった。

 

「はい。 準備できたよ。 二人で何話してたんだい?」

 

朝食の準備をしながら耳は二人の話声を拾っていたので、聞いてみたのだった。

 

「たいしたことないわよ。 いい旦那さんねって言ってたのよ。」

 

「ええ。 ホントですよ。」

 

「それなら、いいんだけどさ・・ ま、朝ごはんにしよう。」

 

二人に言われて、ちょっと恥ずかしい、と思ってしまった秦だった。

 

【いただきます。】

 

と三人揃って食べ始めた。

 

「あら? ほかの子たちは?」

 

そう聞くのは母親だったが、秦が時計を見て、

 

「もう少しでやってきますよ。 みんな順番で。」

 

と答えていた。

 

「え? 順番?」

 

頭に”?”が浮かんだ母親だったが、すぐに分かったのだった。

三人が食べ終えようか、という頃、

 

「おっはよー、父さん、お母さん。 おばあちゃんもおはようございます。」

 

とやってきたのは睦、皐月、弥生と榛名。

テーブルについて朝食を食べ始めると、遅れて・・

 

「おはようごじゃいますぅぅぅ。」

 

と卯月と朝霜がやってきた。

”ホワァァァ・・”とまだ大欠伸をしていた。

最後は尚子だった。

 

「お・はよう・・」

 

まだ眠そうだ。

目を擦りながらやってきた。

 

「まだ眠いかい、尚子ちゃん?」

 

「あ、義兄さん、おはようございまぁすぅ・・」

 

「悪いけど、これがウチのスタイルなんだ。 朝飯、食べて。」

 

「はい・・」

 

言われるままに箸をつける尚子だった。

 

「ん! このお味噌汁、美味しぃー。 お味噌が濃くもなく、薄くもなく、いい感じ!。」

 

「キシシ、父さんの朝食は薄味のようで、しっかり味がするでしょ。」

 

そう言うのは皐月だった。

 

「うん、おいしー。 こんなの毎日食べれるの、いいなぁ。」

 

「あら? そんなこと言うなら、尚子、自分で作りなさいな。」

 

ウッ

と言葉に詰まる尚子であった。

 

「ところで、お義母さん、何時ころ帰るんです? 予定は1泊2日でしたけど・・」

 

「そうね、お昼過ぎにはここを出ようかと思ってるけど。 あんまり遅いとお父さんが寂しがるし、ね。」

 

「え~、私はもっとここに居たいんだけど!」

 

と嘆くのは尚子だが、

 

「あんた、ここに居ても何の役にも立たないでしょ? 料理は出来ないわ、掃除もしないわ、そんなんじゃここに居ることは出来ないわよ?」

 

「ウッ、そうだった・・」

 

母親の一言で、完全に黙ってしまった尚子だった。

 

「ははは。 尚子ちゃん、またおいでよ。 今度も皆で歓迎するからさ。」

 

「そうだよ。 今度来るときには、赤ちゃんが居るかもね。」

 

「そうしなさい、尚子。 あんたには家事全般をみっちり叩き込む必要があるから。 帰ったら早速練習よ。 まったく、同じ私の娘なのに、鳳翔は出来るのに、なんであんたは出来ないんだろうねぇ。」

 

「うへぇー・・」

 

しょげた表情の尚子を見て、皆で笑ったのだった。

 

 

その日は朝から秦、鳳翔、榛名とこども達、母親と尚子らでおしゃべりしながら過ごした。

 

「そう言えば、タクシーの運転手さんも、秦さんのこと知ってるのね。 車の中で”いい人ですよ”って言ってたわね。」

 

「お恥ずかしい・・ 結構使うんですよ、タクシーを。 軍差し回しの車を使えばいいんでしょうが、個人的に何か気が引けましてね。 まぁ、費用もそうたいしたこと無いですから、業者さんを使ってますね。」

 

「そうなんだ。」

 

そう言ったのは尚子だった。

 

「なんだかんだと言って、病院に行くのとかでも使いますから、ウチの家族のことは知られていますね。 まぁ、堅苦しい提督って言われるよりかは、いいと思ってるんですけどね。」

 

そう言って、はははっと笑っていた。

 

「いいじゃないの。 堅苦しいとか、いけ好かないとか、言われるより。 私としても、良く言われる義理の息子の方がいいわ。」

 

「でも、いいなぁ、鳳翔お姉。 義兄さん優しいし、料理も完璧だし。 私も彼氏、欲しいかも・・」

 

「あら。 そんな事言って大丈夫なの?」

 

「出来たら、料理も出来て、家事もやってくれて、私をお姫様のように思ってくれる彼氏って、居ないかなぁ・・」

 

そう言う尚子を見て、皆閉口した。

 

((そんな彼氏、居ないって・・))

 

そう思ったのだった。

 

「そんな事言ってるうちは、無理ね。」

 

「そうだなぁ、”やってもらう”より”一緒にやろう”っていう彼氏を探さないと。 いい、尚子ちゃん?」

 

「えぇ~、義兄さんもそういう事言うし・・ うぅぅ・・分かったわよ。 ちゃんとやるから・・」

 

皆に弄られる尚子だった。

しょげる尚子をみて、皆で笑っていた。

 

 

昼過ぎになって、母親と尚子が帰ることになった。

玄関までタクシーを呼び、乗り込む二人。

 

「お邪魔したわね。 秦さん、鳳翔をよろしくお願いいたしますね。 鳳翔や。 元気な赤ちゃんを産むのよ。」

 

「ええ。 分かっているわ。 産まれたら連絡するわ。」

 

「それでは、お元気で。」

 

「じゃぁ、皆、バイバイ! またね!」

 

「バイバイ、尚子お姉ちゃん! おばあちゃんも。」

 

お互いを、元気でね、と言いあって別れを惜しんだ。

車が去った後、

 

「なんか、台風みたいだったね。」

 

と言うのは朝霜だった。

 

「ホント。 慌ただしいったら。 ま、でも、いい人で良かったよ。 やっぱり、お母さんの家族だよね。」

 

「そう? その家族に、あなたも入るのよ? 分かってる、皐月ちゃん。」

 

「うん、分かってる。 ボクたちもいい印象だったかな?」

 

「それは大丈夫じゃない? 変なこともなかったし、皆笑顔だったし。」

 

結局、母親と尚子が居た2日間は、笑い声?が絶えなかった。

 

「確かに、賑やかだったよな。 でも、あんだけ賑やかなのが毎日続くと思うと、疲れるけどさ・・」

 

フフフやハハハという笑い声が響くのであった。

 



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半纏

冬へと向かう中で、裁縫する鳳翔。
何を作っているかというと・・



10月の頃に、居間で鳳翔が一人裁縫をしていた。

それも青い生地と赤い生地。 そして、いっぱいの綿を用意していた。

 

「何を縫ってるんだい?」

 

と秦が聞いてみた。

 

「これですか? これは半纏です。」

 

それを聞いた朝霜が、

 

「はんてん?」

 

と聞き返す。

 

「そうよ。 綿入りの半纏よ。」

 

と答える鳳翔。

 

「綿入り?」

 

更に聞く朝霜だ。

 

「ええ。 夜とか、冬の寒い時に、羽織るのよ。 綿入りだから暖かいわよ。」

 

それを聞いて、ふぅーん、という顔をする。

 

「でも、どてらじゃないの、それ?」

 

「そうね、地方によっては、半纏をどてらとも言うところもあるわね。」

 

「そうだなぁ、地域によっては丈が長かったりするらしいけど、ウチのは、どっちかって言うと、法被の綿入り版みたいな感じだけど。」

 

「フフフ。 そう言う見方もありますか。 私としては、あなたのお義母さんが着ていて、温かそうだったので、いつかは作ろうと思ってたんですけどね。」

 

「なんだ、そうなのか。」

 

「そうだね。 確かに父さんのおばあちゃんが着てたよね。」

 

そう言うのは睦だった。

鳳翔と睦は秦の母親を見知っているので、秦の母親が半纏を着ていたことを思い出していた。

 

「そういや、父さんのおばあちゃんは、赤色の生地に白い花柄がたくさんあるヤツじゃなかったっけ? もこもこになってたよね?」

 

「もこもこって・・ そんなに酷くは無かったろ。」

 

「でも、もこもこでも、寒い時期は温かいわよ。 睦ちゃんは、寒いの嫌でしょ。」

 

「うーん、確かに寒いのは遠慮したい、かな。」

 

「だったら、睦ちゃんも、もこもこになりましょうね。」

 

とニッコリと鳳翔スマイルで睦が撃沈したのだった。

 

「ねぇねぇ、お母さん。 それって、あたい達のも?」

 

「ええ。 あなた達の分もちゃーんと作るから、心配しないで。」

 

「じゃあ、待ってるね。」

 

「うーちゃんは、フリフリ付けて欲しいぴょん!」

 

「はいはい。 フリフリね。」

 

「やったー!」

 

一人喜ぶ卯月だ。

 

「じゃぁ、あたいは、綿をたっぷり!」

 

「あらあら。 じゃあ、残ったら全部入れてあげるわ。」

 

「ケケケ、やりぃ!」

 

「おいおい、お前たち。 鳳翔に負担を掛けるんじゃないよ? 分かってる?」

 

「あなた、大丈夫ですから。」

 

「鳳翔がそう言うなら・・」

 

秦としては、鳳翔にあまり負担は掛けたくなかった。

お腹が大きいのに、もっとゆっくりして欲しかったのだった。

ただ、鳳翔はそうは思っていなかった。

秘書艦の仕事は榛名に任せてあるし、普段の家事はこども達が分担していたから、自身には余裕があった。

もちろん、裁縫は大好きな鳳翔である。

生地から型をとって、表地、裏地を作り、ミシンで縫い合わせ、綿を入れていく・・

生地は呉市街の呉服屋さんに頼んでいたもので、秦用の青系の生地と、皆用の赤系の生地の2種類を用意していた。

赤系の生地は・・ 人数が多かったので、それなりの量になっていた。

また、綿も人数が多い為に、結構な量になっていたのだった。

ミシンは、呉に来てから新たに購入したものだ。

さすがに、足踏みミシンは相生から持ってきていないので、プログラム内蔵型の最新型を購入していた。

 

「さすがに新型ねぇ。 縫い目も布送りも勝手にやってくれるなんて、良く出来てるわ。」

 

なんて感心していたくらいだ。

当然、手縫いよりも作業が早い。

 

「なにか、手作り感が・・ 薄いわねぇ・・ 機械的な感じがするわねぇ・・」

 

と思っていたが、

 

「でも・・ これなら、いろいろと作れるわ。」

 

と前向きに考えていたのだった。

 

 

11月に入ると、はやり朝晩は寒くなってきた。

 

「さあ。 半纏を出しましょうね。」

 

という鳳翔の一言で、半纏を着ることになった。

 

「はい、あなたの分ですよ。」

 

と秦に手渡すのは、青地に白い錨の絵柄がたくさん入った半纏だった。

 

「ありがとう。 早速着てみるよ。」

 

そう言って半纏を着る秦。

 

「うん、ちょっと大きめだけど、これってこれくらいの大きさの方がいいかもね。 うん、温かい。 温かいよ、鳳翔。 ありがとう。」

 

「はい、あなた達のもあるから、着てみてくれる?」

 

わーい、と寄って来ては自分のを手に取って着ていく。

卯月のはフリル付きだから一番よくわかる。

 

「うーちゃんの、フリフリ付きぃ!」

 

卯月のは、ピンク色のフリルが襟に付いていた。

生地は、一応、各人の希望を聞いていたのだが、みんな同じ生地になってしまった。

朱色の生地に絣の模様が入った柄ものだ。

ただ、どれも襟に名前が縫われていた。

だから、卯月以外は同じ柄でも名前を見れば、誰のか直ぐに分かった。

 

「これは・・ 皐月ちゃんので、これは・・睦ちゃんだね。 こっちは弥生ちゃんで、残ったのはあたいか。」

 

「このおっきいのは・・」

 

「私と榛名ちゃんのよ。 はい、榛名ちゃん。」

 

「あ、ありがとうございます、鳳翔姉さん。 わあ、温かいですねぇ。 いい感じでもこもこです。」

 

半纏を着るとどうしても体がおっきく見えてしまう。 太っているわけではなく、綿のせいなのだが。

 

「フフフ。 ありがとう。 作ったかいがあったわ。」

 

「ほら。 鳳翔も着ないと。 自分だけ着ないわけないよな?」

 

「はい。 ・・これでどうです?」

 

鳳翔も自分で縫った半纏を着て、両手を広げて見せた。

 

「やぁ、可愛らしいじゃない。 ちゃんとお腹まで隠せるくらいだね。」

 

「ええ。 ちょっと大きめにしてみたんです。 ・・変じゃないですか?」

 

「そんなことないよ。 いい感じじゃない。 な、みんな?」

 

「うん。 見た目は、あんまり変わらないね。」

 

「そ、そう?」

 

皆で笑いあっていた。

 

「帰ってきたら半纏を着て、ベッドに入るまで着てればいいよね?」

 

「ええ。」

 

「寝るときは布団の上に載せておけば大丈夫だけどな。」

 

「じゃあ、そうしよっかな。」

 

「ただし! 寝相が悪いとベッドの外に落ちちゃうから気をつけてな。 いい? 卯月に朝霜?」

 

「な、なんであたいと卯月ちゃん名指しなんだよ、しれーかん?」

 

「なんでって、お前たち二人が一番、寝相が・・酷いからだよ。」

 

「ひっど!」

 

「そう言うけど、掛け布団は体の上に無くて右か左に寄ってるし、下手すりゃ、蹴飛ばしてベッドの下に落ちてるしなぁ。 それで良く風邪をひかないもんだと、関心はするけどな。」

 

「う・・ そこまで言わなくても、いいじゃん・・」

 

地味にショックを受ける朝霜だった。

 

 

やはり11月ともなれば寒くなってくるものだった。

 

「うぅ~、朝晩は寒くなったよねぇ。」

 

執務室には大きめのストーブが置かれていた。

そのストーブに冷えた手をかざして暖を取る秦が居た。

 

「提督さん、そんなに近寄って熱くないの?」

 

ストーブにあたる秦を見ながら五十鈴が呆れるように言った。

 

「五十鈴ぅ、俺の手は皆より冷えるのが早いんだよ。 まぁ、すぐに暖かくなるんだけどね。」

 

その五十鈴に反論する秦だった。

 

「提督は寒がり、ですか?」

 

そう聞いてきたのは大石大佐だった。

 

「いや、そう言う訳ではないんだが・・ 急に寒くなっただろ? でも、榛名や五十鈴は、その恰好・・ 寒くないのかい?」

 

「ええ。 まだ大丈夫ですよ?」

 

「そうよ。 まだまだ平気よ。 提督さんが寒がりなのよ、きっと。」

 

なにか虐められている感じがする秦だった。

 

「フフフ、提督、ダメですね。 虐められっぱなしですよ?」

 

「あ? 榛名もそう言うか?」

 

官舎では、鳳翔お手製の半纏を着ている秦だが、どうしても着ない執務室では寒がった。

 

「寒いものは寒いんだよ!」

 

と強がってみせるのだった。

 

 

夕方、執務を終えると秦はまっすぐに官舎へと帰る。

隣の建物だけに時間は掛からない。

たまにこどもらに”遊んで!”と捕まることもあるが、そうでなければものの1分で玄関に着く。

 

「ただいま。 うぅ~、さむ!」

 

段々と冷えてくる感じがするのだ。

 

「あら、お帰りなさい、あなた。」

 

ニコリと出迎える鳳翔。

 

「ああ。 今日は一段と寒いような気がするよ。」

 

「じゃぁ・・」

 

鳳翔は、そう言って秦の手を握った。

秦の、冷えた冷たい手を両手で挟み込むように・・。

 

「まぁ、冷たいですね。 フフフ。 どうですか。 暖かいですか?」

 

「ああ。 暖かいよ、鳳翔。 ありがたいけど、身体に良くないことはしないでね。 特に冷えることは・・」

 

玄関で二人手を握り合ったまま、しばらく動こうとはしない・・

そこへ・・

 

「あぁあ、もう! 玄関でラブラブしないでください! 鳳翔姉さん、兄さん!」

 

怒り声で榛名が言ってきたのだ。 しかも痺れを切らせて。

 

「さっさと入ってくれないと、邪魔です! でも・・ 羨ましいったらありゃしないんですから!」

 

プンプンと怒りながら榛名が入ってきた。

 

「どうしたの?」

 

中から睦がやってきた。

玄関で声がしたのに、誰も入ってこない事が気になって見に来たのだった。

 

「睦ちゃん、聞いて。 この二人ったら、玄関で手を握り合ったまま動かないのよ! 邪魔ったらありゃしないの!」

 

そう言われて恐縮しまくる秦と鳳翔だった。

 

「いくら安定期を過ぎたとはいえ、妊婦さんを寒い玄関に居させないでください! 分かりましたか?」

 

「はい・・」

 

怒られて小さくなる秦。

 

「わ、私は大丈夫だから。」

 

と鳳翔が言うが、

 

「鳳翔姉さんも、です! 安易に大丈夫って思わないでください! 何があるかわからないんですからね。 いいですか?」

 

「は、はい・・」

 

鳳翔も小さくなっていた。

 

「ま、まぁ、そんな事より、早く居間に行こうよぉ。 ここは寒いぃ。」

 

皆を暖かい居間へと誘う睦。

 

(まったく、苦労するわ・・)

 

そう思ったのだった。

 



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新たな命

いつもの生活の秦たち。
お腹が大きくなってきた鳳翔にさらなる変化が・・
ついに・・



「ところで、提督? 例の計画ですが、そろそろ最終段階として取り掛からないと・・」

 

「そうだな。 そろそろ、最終確認をしておくか・・」

 

「はい。 資料はこちらに。 訓練は継続しています。 弾薬類の製造も備蓄も継続しています。」

 

既に纏められていた報告書を、大石大佐が秦に見せた。

その報告書を捲っていく。

 

「そうだね。 各艦の練度は高練度になってきているね。」

 

必要とする艦数は確保しなければならないが、その辺は問題ないようだった。

 

「予定艦数は・・ 一応、クリアしている、か・・」

 

「はい。 今現在では、ですね。 このままいけば問題ないと思います。」

 

「出撃までに、事故らなければいいんだがね・・」

 

「大丈夫じゃない? 今から心配しても始まらないわよ?」

 

と言ったのは五十鈴だった。

確かに、そうなんだが、と思う秦だった。

戦艦、空母、巡洋艦、駆逐艦、海防艦らの戦闘艦の整備はほぼ終わっている。

艦載機も、艦上戦闘機、同攻撃機、同爆撃機、同偵察機と同対潜哨戒機の確保は出来ていた。

完熟訓練もばっちりだ。

何しろ、空母・鳳翔の搭乗員によるきっつーい訓練をうけてきたのだから。

水上戦闘機、同偵察・観測機、同攻撃機とこちらも確保は完了していた。

機体としては、艦上機は艦載分だけではなく、陸上基地に配備する分も手配は出来ていた。

岩国や松山、広島を始め、高知、宿毛、鹿屋、指宿といった国内各陸上基地と国外の南方の陸上基地にも配備するのだ。

輸送船、補給船、工作艦らの必要数は確保できていた。

残るは・・ 弾薬類、燃料だった。

艦が動かなくても、機関は動いているから燃料を消費する。

呉に備蓄されている分では、全量を賄えないので製油所からタンカーで直接、輸送してもらったりしていた。

弾薬は、口径ごとに必要数は異なるので、生産は大変だった。

通常弾、水中弾、徹甲弾、三式弾、対地攻撃弾、対潜攻撃弾を始め、対空機銃・機関砲弾に至るまでだから、弾数だけは多かった。

また、出撃する艦だけではなかった。

呉を守る艦も必要だった。

全艦が出撃して、母港がガラアキでは不味いのだ。

秦は、留守居役に鳳翔を提督代理とし、残存して呉を警護する艦を、神風型駆逐艦たちにやってもらう事を考えていた。

もちろん、神風型とは言え、練度もばっちり上げておいたのだ。

 

 

秦は計画に沿うように、また計画以上の対応を取ることに心を砕いていた。

 

「ふぅ。 まぁ、こんなもんだろう。」

 

「はい。 計画以上ですね。」

 

と大石大佐が言う。

 

「まぁ、鳳翔の準備もしなけりゃいけないから、かなり大変だったけど、良く出来たと思うよ。」

 

「提督、出産準備で買い忘れは無いですよね?」

 

「ああ。 多分ね、だけど。 産着はあるし、赤ちゃんの服に、紙おむつ、ベビーベッド、ベビーカーに乳母車。 抱っこ紐に、鳳翔用の授乳服・・、いろいろ買ったし。」

 

榛名に聞かれて、指折りながら買ったものを思い返す秦。

 

「後は、母子手帳、役所への届出書、色紙・・・・ いろいろあるよな。」

 

「ん? ねえ、色紙って何するの?」

 

と聞いてきたのは五十鈴だ。

 

「はは。 色紙は、赤ちゃんの命名用だよ。 二人分のね。」

 

とニコリと微笑む秦。

 

「何、もう名前は決まってるの?」

 

「うん。 鳳翔と相談して、決めてあるよ。」

 

「へぇー、何て名前なの?」

 

「それは、 ひ み つ 。 帰ってくるまでのおっ楽しみだね。」

 

「女の子でしたね、双子ちゃん。」

 

「ああ。 ウチはホントに女の子ばっかりになるよな。 睦に朝霜、卯月、弥生、皐月、そして榛名っと。 いまでも男1に女7なんだもんな。」

 

そう。以前の検診時のエコー診察で、双子の性別が判明していた。

双子は、女の子だったのだ。

診断結果が出たときは、秦は驚いていたが、鳳翔は、そんな予感があったらしく、「やっぱり・・」と言っていた。

 

「俺としては、男だろうが、女だろうが、元気に産まれてくれればいいんだけどさ。」

 

「でも、提督。 産まれるまでは、油断禁物ですよ。」

 

「ああ。 十分に注意するよ。」

 

 

師走に入って、執務室の仕事は慌ただしくなってきていた。

そろそろ所属全員に計画の詳細な説明を、と考えている時だった。

その日、鳳翔は秦、榛名、こども達を送り出した後、一人居間で手編み物をしていた。

各部屋の掃除をお手伝いさんに任せていた。

朝からお腹の中の赤ちゃんが、ポコッポコッと動くのを確認していた。

 

(ふふふ。 だいぶ大きくなったわね。 あと1カ月くらいかしらね・・)

 

そう思っていたところ、なんだかお腹がチクチクしてきたのだった。

実は以前からお腹に違和感があったのだった。

今日は入院前の最後の検診予定日だった。

だから、お昼ご飯を一緒に食べてから病院へ行こう、と秦に言われていたのだが・・

 

(あたた・・ 何かしら。 ちょっとお腹が痛いような・・)

 

そこでハッと気付いた。

 

(これって・・ まさか、陣痛の始まり、かしら・・ でも、予定日までひと月あるし・・)

 

ちょっと気にしながら編み物を続けていたが、徐々に下腹部が痛くなってきた。

 

(あたたた・・ また来たわね。 周期的になって来た感じがするわ・・)

 

それでもまだ十分に耐えられるほどの痛みだった。

しかし・・

 

「! ん!! ぐゥウ!!」

 

と唸るほどに痛みがきつくなってきた。

下腹部を押さえて、しばらく痛みに耐えていると、弱くなってきた。

 

「く、ふぅぅ・・」

 

だが、

 

「! んん! ぐっ!!」

 

また痛みが強くなる。 しばらく耐えていると、

 

「く、ふぅぅ・・」

 

と息がはけるくらいまで痛みが治まる。

 

(やっぱり、これは・・ あの人に連絡した方が良さそうね。)

 

そう思った瞬間、

 

「グッ!! あ、アツッ!!!」

 

今までにない下腹部の痛みが襲ってきたのだった。

 

「あっ! いったぁああああ!!!」

 

叫び声をあげて膝まづく鳳翔だったが、それでも痛みに耐えられず、倒れ込んでしまった。

 

 

今日の仕事を、榛名や大石大佐に割り振ってしまい、かなり早めに官舎へと帰ってきた秦。

 

「ただいま。 うーさぶ。 鳳翔、いる?」

 

と声を掛けるが、返事が無い。

あれ? 聞こえなかったのかな? と思いつつ、食堂へと入るが、誰もいない。

次に居間へとやってきた時に、上床に倒れている人影を見つけた。

明かりが無く、やや暗い室内だが、よく見ると、桜色の着物に袴姿・・

そう。 鳳翔だった。

 

「鳳翔! どした! 大丈夫か?」

 

と駆け寄る秦。

下腹部を押さえ、唸り声を上げている。

 

「うっ、うっっ・・」

 

肩を揺らすが、一向に返事が無い。 唸ったままだ。

額に手をあてると、既に大汗をかいていた。

 

「うぅっ・・」

 

と苦しそうに唸っていた。

そのうち、秦に気付いた鳳翔が、

 

「うぅっ・・ あ、あなた・・ お腹が・・ お腹が・・」

 

と苦しい中で秦に訴えかけてきた。

 

「分かった! お腹だな? ・・産まれそうか?」

 

その問いに、無言で頷く。

 

「よし、すぐ救急車を呼ぶから、頑張るんだ!」

 

秦は、鳳翔に、他の傷がないか、確認した。

すると、鳳翔の袴が濡れていることに気が付いた。

出産について勉強もしていた秦は、

 

「こ、これって・・ 破水・・」

 

と気付いた。

急いで救急車を呼んだ。

 

「鳳翔が、妻が産気づいた! 既に破水している!」

 

と。

それが終わると今度は榛名に連絡した。

 

「榛名、鳳翔が産気づいたんだ。 今から病院へ行く。 後を頼む。 それと、睦たちに連絡を。」

 

「は、はい。」

 

急な連絡に、大声で言われて驚く榛名だった。

下腹部を押さえ、苦しむ鳳翔を抱きかかえ、励ます秦だったが、今、それ以上の事が思い至らなかった。

救急車が来るまでの時間は・・およそ数分のハズ、だが・・

秦の感覚は、”遅い! まだか! 遅い!”としか思わなかった。

救急隊がやってきたのは、数分どころか、ものの3,4分だった。

救急隊員がやってきて、状況を確認すると、手際よくストレッチャーに鳳翔を乗せる。

すぐさま救急車に運び入れた。

車内で脈拍、心拍を測って、病院へ連絡しようとしたとき、

 

「掛かりつけは、呉赤十字の婦人科です!」

 

と秦が声を掛けた。

その声を聞いて、呉赤十字病院に連絡をした。

受け入れ可、との返事だった。

救急車は、すぐに出発した。

秦も同乗した。

車内でも鳳翔は、苦しそうだった。

 

「鳳翔、すぐ病院に着くからな!」

 

秦はそう言って、鳳翔の手を握っていた、と言うより、力強く握る鳳翔に、手が潰されるか、と思うくらい、鳳翔に強く握られていた。

だから、秦も力いっぱい、握り返していた。

そうしないと、本当に握りつぶされそうだった。

救急車が病院に着くと、待ち構えていた担当医と看護師たちによって分娩室へと直行した。

車内から連絡していた状況が伝わっていたようだった。

分娩室に着くと、分娩台に移される鳳翔。

その際、破水で濡れた袴や着物は脱がされ、病衣に着替えさせられていた。

下腹部の痛みはいよいよ強くなってきたようで、うめき声が大きくなってきていた。

 

「ウッ、グゥゥゥっ・・  ハァハァハァ・・」

 

時々痛みが和らぐタイミングがあるようで、その時だけはうめき声が小さくなって、荒い呼吸の音だけが聞こえていた。

その時を狙って、秦が鳳翔に声を掛けるのだが・・

 

「鳳翔! 大丈夫か? 気をしっかり! 頑張るんだぞ!」

 

そう言って手を握っていた。

妊娠、出産は女性にしかわからないことだ。

秦は、鳳翔に声を掛けるしか出来なかった。

 

 

榛名から連絡を貰った睦たち。

 

「お母さんが産気づいたって!」

 

「ど、どうするの?」

 

はた、と考える睦だ。

 

「え~、病院には行きたいし。 でもすぐには産まれないって言うし・・ どうしよう?」

 

「しれーかんも病院だよね?」

 

「病院に行くにしても、手ぶらでいいのかい?」

 

「そうだよね。 父さん、いろんなものを用意してたよね?」

 

そうだよねって思い出して、秦と鳳翔の寝室を覗いてみることにした。

 

「う~んっと・・ 意外に整理されてるよね・・」

 

「何言ってんのさ。 お母さんがいるんだよ? 散らかってるわけないじゃん!」

 

「あ、そっか。」

 

じゃぁっと言って、皐月が指さしたのは・・大きめのバッグだった。

 

「これ、かな?」

 

「どれどれ? 中身はっと・・」

 

中は、どうやら鳳翔の着替えらしき下着やら浴衣?が入っていた。

産着やらも入っていたので、

 

「これだね! じゃあ、持って行こう!」

 

となった。

玄関まで来た時に、榛名に出合った。

 

「あら、持っていくものはあったの?」

 

「うん。 たぶん、これでいいと思うよ。」

 

「そう。 じゃあ、急ぎましょう。」

 

荷物は榛名が持つことに。

いつぞや見たいに、五人と榛名は車を手配して病院へと向かうのだった。

その車中、

 

「ねぇ、はるちゃん? 仕事は片付いたの?」

 

と聞いたのは卯月だったが・・

 

「片付くわけないじゃない。 大佐さんと五十鈴ちゃんに任せてきたわ。」

 

と平然と答える榛名。

それを聞いて、そうだよね、と皆思うのだった。

病院に着くと、六人は分娩室へと急いだ。

そこに居るはずの秦の元に。

 

 

分娩室の前に来ると、誰もいなかった。

看護師が出入りしているだけだった。

 

「あ、あの。 お母さん、楠木 鳳翔は?」

 

と出入りする看護師に声を掛けた。

 

「あ。 鳳翔さんね。 ご主人が中にいるわ。 ちょっと待っててね。」

 

と言って部屋へ入っていった。

暫くすると、白衣を着た秦が出てきた。

 

「や。 皆来たのかい? 悪いね。」

 

「それより、兄さん。 鳳翔姉さんは、どうなの?」

 

榛名の質問に、秦は無言で、首を振る。 そして・・

 

「まだまだ、だよ。 見てると、可哀想になってくるよ。 あの状態が、まだまだ続くと思うと・・・」

 

と、苦しそうに言うのだった。

 

「あ、そうそう。 父さん、これ。」

 

そう言って持ってきた荷物を秦に渡すと、

 

「ありがとう。 急いできたから、どうしようって思ってたんだ。 助かるよ。」

 

そう言って、バッグの中から白い布?を取り出して、

 

「悪いけど、まだ掛かると思う。」

 

「うん。」

 

「じゃぁ、また後でな。」

 

そう言って秦はまた分娩室に入って行った。

 

「あたいたちは、待つだけだね。」

 

「そうだね。」

 

「早く生れないぴょん?」

 

「そう言っても、待つしかないよ。」

 

分娩室の前で待つことにした六人だった。

それから数十分後、再び秦が廊下に出てきた。

 

「父さん、どう?」

 

と睦の声で、皆の視線が秦に向かった。

 

「あぁ。 まだまだだよ。 今日は遅くなると思うから、みんな、帰っててくれるかい?」

 

「「え?」」

 

「うぅぅん、待ってるよ。」

 

「いや、まだ掛かると思うし、今は、鳳翔についててやりたいから、家のことは何も出来ないよ。 だから・・」

 

そこまで行ったときに、

 

「分かりました。 兄さん、戻って吉報を待ってますね。」

 

と榛名が言った。

 

「え? はるちゃん?」

 

こども達が驚いたが、

 

「皆、戻ってましょう。 ここは兄さんに任せましょう。 ね?」

 

と言う榛名に説得され、しぶしぶ帰路に着くのだった。

その途中、

 

「父さん、一人で大丈夫かな?」

 

心配そうに言うのは弥生だったが、

 

「大丈夫よ、きっと。 信じましょう。 兄さんを。 ね?」

 

と榛名が言うので、無理やり納得しながら帰るのだった。

ただ、榛名としては、

 

(ごめんね、皆。 私も不安なのよね・・)

 

と思っていた。

 

 

分娩台の上で、苦しそうにしている鳳翔だが、医師や看護師の指示に従い、呼吸を合わせたりしていた。

 

「息を吐いて~・・・ はい、吸って!」

 

と言う動きを繰り返していた。

その声に、秦も一緒になって息を吐いたり、止めたり。

鳳翔の口には、布があてがわれ、力を入れたときに、噛み締めれるようにしていた。

だから、しゃべることは出来ず、うぅぅ・・という声がするだけだった。

苦しいのか、頭を左右に振りながら、痛みに耐えている鳳翔。

顔と言わず、もう全身が、汗で濡れていた。

秦は、鳳翔の顔の汗を拭いたり、

 

「鳳翔、頑張れ。 頑張ってくれ。」

 

と言って手を握るしかできなかった。

 

 

鳳翔が運び込まれてから既に4時間あまりが過ぎた。

外は日も暮れ、寒い夜になろうとしていた。

しかし、分娩室では、鳳翔が下腹部の痛みに耐えていた。

華奢な体の鳳翔は、もう耐えれるような体力はなくなりかけていたその時だった。

 

「うっ、むうううぅぅぅ!」

 

と鳳翔が一段と大きな声を上げた。

 

「あ、見えた! 頭が見えたよ! あともう少し! 踏ん張って!」

 

赤ちゃんの頭が見えたらしく、その声で、周りの雰囲気が一気に変わるを秦は感じた。

 

「もう少し、もう少し。 そうそう、踏ん張って!」

 

「んんんっっ!!!・・」

 

鳳翔が目を閉じて、思い切り力んだその時!

 

「はい!! 出た!!」

 

医師の手が、ほんの小さな体を受け止めていた。

すぐにへその緒を縛ってから切断。

血に濡れた小さな体をお湯で洗う。

その体は、少し色素が抜けたような白さだった。

 

「さ、上の子ね!」

 

そう言っていったん、保育器に寝かせた。

一人だけならそれで終わるのだろうが、今回は双子だ。

 

「んんんっっ!!!」

 

と更に力をこめる鳳翔。

まだまだ油断がならない状況だった。

一人目が産まれて10分としないうちに、

 

「頭が出てきた! もう少し! もう少し! 頑張って!!」

 

二人目が出てきたようだ。

 

「鳳翔、頑張れ! あと一人だ!」

 

「んんんっっ!!!・・」

 

鳳翔が目を閉じて、思い切り力んだその時!

 

「はい!! 出た!!」

 

医師の手が、二人目の、ほんの小さな体を受け止めていた。

すぐにへその緒を縛ってから切断した。

血に濡れた小さな体をお湯で洗う。

その体は、一人目と同じく、少し色素が抜けたような白さだった。

二人とも保育器に寝かせられた。

鳳翔の方は、と言うと・・

二人分のへその緒を切断したあと、子宮から胎盤を出した。

会陰切開はしなかったので、外科的対処は必要なかった。

 

「はぁ、はぁ、ハァ・・・」

 

と体全体で息をしていた。

ようやく、呼吸が落ち着いてきたころ、

 

「あ、あなた・・ 赤ちゃんは・・」

 

と傍にいた秦に聞いた。

 

「落ち着いた? 赤ちゃんは・・ ここにいるよ。 見える?」

 

と傍にある保育器を指さした。

看護師が、

 

「さぁ、赤ちゃんですよ。」

 

と言って、鳳翔の胸の上に抱かせた。

鳳翔の左腕に一人目、右腕に二人目がすっぽりと収まるように。

 

「ああ、あぁぁぁぁ・・ これが・・私の・・赤ちゃん・・」

 

そう言いながら汗を流した顔に、更に涙が流れていた。

左右の赤ちゃんの頭に頬を寄せて、

 

「私がママよ。」

 

と言いながら。

その姿を見ていた秦も、

 

「鳳翔、おめでとう。 お疲れ様。 そして、ありがとう。」

 

と言ってその目からは涙が流れていた。

そのころになって、ようやく二人の赤ちゃんが、泣き出した。

ホギャ、ホギャって言って。

二人分の鳴き声が分娩室に響いていた。

その鳴き声に分娩室にも安堵の空気が漂っていた。

そして、安心したのか、赤ちゃんを抱いたまま鳳翔は気を失ってしまった。

 

「大丈夫。 安心したんでしょう。 眠っているだけですよ。」

 

と医師が言ってくれていた。

 

「お疲れ様。 ゆっくり休んで。」

 

二人の赤ちゃんを保育器に寝かせた秦は、汗で濡れた髪を指で鋤いて、いつまでも鳳翔の傍にいるのだった。

 

 

時間は2300になろうかとしていた。

鳳翔が眠っている間に、分娩室から個室に移され、病衣に着替えさせられていたが・・

ようやく目が覚めた鳳翔だった。

目を開けると、白い天井があり、横を向くと、秦がじっと見つめていた。

 

「鳳翔。 起きた?」

 

「え、あ、はい。」

 

互いに視線が重なり合い、傍に居ることに安堵した。

秦はベッドの上半身を起こしてベッドわきの椅子に座った。

 

「あ、あの、 私の、赤ちゃんは・・」

 

「あぁ。 今、新生児の検査中でね。 もう少しで帰ってくると思うんだが・・ それと、これを着ていて。」

 

秦が鳳翔に羽織らせたのは、半纏だった。

 

「病衣だけだと寒いだろ。 これを羽織ってなさい。」

 

「はい。 ありがとうございます。」

 

そんな話をしている時に、部屋に医師と看護師が入ってきた。

 

「目が覚めたんですね。 おめでとうございます。 双子ちゃんをお連れしましたよ。」

 

小さな保育器を2つ、持ってきていた。

 

「検査結果が出たので、お知らせを、と思いましてね。」

 

「それで、結果は?」

 

「はい。 検査項目、すべてにおいて異常は見られませんでした。 健康体そのもの、ですね。」

 

「そうですか。 ありがとうございます。」

 

そう言って秦と鳳翔は保育器の中の二人を覗いた。

予定日より一月ほど早く産まれたが、体重は2600グラムほどあった。

報告が終わると医師たちは出ていった。

二人の赤ちゃんは、まだ眠っているのか、目を閉じて、時々手足がピクッっと動いていた。

その手は小さく、秦の親指の大きさ位しかない、小ささだ。

 

「よく眠ってる・・ かわいい・・」

 

そう言って赤ちゃんの頬を撫でる鳳翔だった。

そのうちに、小さく欠伸をする赤ん坊。

欠伸を終えると、目がうっすらと開いていた。

ボーっと見ているような感じがしていたが、ウーッ、ウーッと言いながら手を動かしていた。

 

「そう言えば、まだお乳を飲んでないな・・」

 

「今、飲むんでしょうか?」

 

そう言って一人を抱き上げ、鳳翔の左腕の中に抱いた。

鳳翔と赤ちゃんが向き合う形で。

病衣から左の乳房を出して赤ちゃんの口にあてがってみた。

すると、赤ちゃんが乳房に吸い付いた。

 

「あ。 吸ってますよ。 お乳を飲んでます!」

 

んく、んくと音が聞こえていた。

ほんの数分の事だったが、鳳翔と秦にとって、長く思えた。

一人目が飲み終えると、続いて二人目だ。

今度は右腕に抱き込んでみた。

右の乳房を出して、二人目の口にあてがってみた。

こちらも、薄ら目で乳房に吸い付いてきた。

 

「ふふふ。 この子も飲んでますね。」

 

鳳翔の微笑みは、もう立派な母の微笑みだった。

お乳を飲み終えて、赤ちゃんの背中をトントンと軽くたたくと、ケホと音を発した。

どうやらそれがゲップのようだった。

そして、これが、赤ちゃん二人の初乳だった。

飲み終えた赤ちゃんを保育器に戻して、秦がベッドに腰かけ、その秦に鳳翔がもたれていた。

二人して、保育器の中の赤ちゃんを見ていた。

 

「それで鳳翔。 この子達の名前なんだけど。」

 

「私は、あの案でいいですけど。」

 

「そう。 じゃぁ、決まりだね。」

 

「はい。」

 

二人して笑った。

 

「一人目が、・・・・。 二人目が、・・・・。」

 

「はい。」

 

 

翌日の早朝に、秦が睦たちに連絡した。

 

「おはよう。 赤ちゃん、産まれたぞ。」

 

と。

それを聞いて、

 

「おめでとう!! やったね! これで私たちの妹分が産まれたんだね!!」

 

と喜んでいた。

 

「じゃあ、今から行くね!」

 

と言って、榛名を始め、こどもたち全員が病院へとやってきた。

病室に着くと、

 

「おっはよー! おめでとう! お母さん!!」

 

と言って六人がなだれ込んできた。

 

「ああ。 おはよう。」「あら、みんなおはよう。」

 

と秦と鳳翔が返事をするが、すぐに秦が人差し指を口の前で、

 

「しーっ」

 

っと言ったのだ。

そして、小声で、

 

「赤ちゃん、まだ寝てるから、静かにね。」

 

と。

 

「了解だよ。 で! 赤ちゃんはどこ?」

 

そうそう! と皆が保育器の前に集まった。

が!

保育器の中は・・ 空っぽだった。

 

「あれ? いないじゃん。 ねぇねぇ、しれーかん、赤ちゃんは?」

 

思わず朝霜が秦に聞いた。

 

「え? あ、ホントだ。 赤ちゃん、いないね。」「どこ?」

 

とは皐月と睦だ。

ベッドの上で半纏を羽織っている鳳翔とベッドに腰かけている秦の目が・・ 笑っていた。

すると、榛名は気が付いたらしく、

 

「あ、そこだったんですね。」

 

と言った。

 

「え? どこどこ? はるちゃん、どこぴょん??」

 

こども達は、室内をキョロキョロと見まわしたが、まだ分からないらしかった。

そのうちに、

 

「赤ちゃんはここよ。」

 

と微笑む鳳翔が種明かしをする。

そう。 羽織った半纏に隠されていたのだ。

 

「そこに居たの? そこはわかんないじゃん!」

 

「お母さんが腕組してるだけかと思ったよ。」

 

半纏をずらして、皆に見えるようにした。

鳳翔の右胸と左胸に抱き着くように、産着を着て眠っている小さな赤ちゃんが居た。

 

「「わぁー。 ちっちゃいねー。」」

 

「「かわいいー。」」

 

「見てみて。 このお手て、小さくてかわいぃ!」

 

「はは。 皆の妹だからな。 子育ては皆で手伝うんだよ?」

 

「分かってるって。 で、名前は? 決まってるんでしょ?」

 

「ああ。 決めてあるよ。」

 

「何て名前なの?」

 

と聞いてくるこども達だ。

じゃぁ、と色紙を取り出す秦。

そして、鳳翔に目配せして、

 

「まず、上の子、皆を数えると楠木家の六女になるんだけど、名前は・・ ”翔子(しょうこ)”だ。」

 

色紙には”命名 翔子”と書かれていた。

 

「次に、下の子、七女になるけど、名前は・・ ”千翔(ちか)”だ。」

 

同じく”命名 千翔”と書いてあった。

 

「「へぇ~」」

 

「翔子ちゃんに千翔ちゃんか。 お母さんから一文字取ったんだね。」

 

「ああ。 女の子だから、鳳翔、お母さんのようになってもらいたくてね。」

 

「ふふふ。 なんだか恥ずかしいですね。 そう言われると。」

 

「そういう事だ。 皆、よろしくな。」

 

「「りょうかーい!」」「「オッケーだよ!」」

 

一応の返事は元気が良かった。

しかし、その声が大きかったらしく、二人の赤ちゃんが欠伸をして、目が開いた。

覗き込むこども達を、赤ちゃんがジッと見つめて、手を動かしてきた。

 

「あ、起きた。」

 

【よろしくね、翔子ちゃん、千翔ちゃん!!】

 

二人の赤ちゃんは、笑っているように見えるのだった。

 



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小さな家族

新たに楠木家に加わった二人の赤ちゃんが帰ってきます。
当然、二人にとっては初めての家、官舎。
新しい生活が始まります。



鳳翔が出産してから3日が過ぎた。

病院での検査結果は、母子ともに異状なく健康、とのことだった。

それだけでも秦は安堵した。

そして、今日は鳳翔と赤ちゃんの退院日だった。

荷物を纏めて、病室を出る秦と鳳翔。

大きな荷物は運送屋さんに依頼して別便で送ってもらうことになっていた。

病院の玄関で、担当の女医と看護師に挨拶をしていた。

二人は籠を持っていた。

鳳翔が翔子が眠る籠を、秦が千翔が眠る籠を持って病院を出た。

病院から車で官舎まで帰ってきた。

官舎の玄関では、睦や榛名達が待っていた。

 

【お帰りなさい!】

 

と二人、いや四人を出迎えてくれたのだった。

早速、居間に上がり込んで、赤ちゃん二人を寝かせることにした。

居間には、榛名が用意した布団が敷いてあった。

 

「鳳翔姉さん、ここに寝かせてくださいね。」

 

布団に二人を寝かせると、睦や皐月たちが赤ちゃんを覗き込んだ。

 

「ちっちゃくて、かわいいね!」

 

「あたいたちの妹かぁ。」

 

「どうしたの、朝霜ちゃん?」

 

「たいしたことはないんだけどさぁ。 あたいたちって、姉妹艦としての姉妹はいるけどさ、こんなに小さい妹は初めてじゃん。」

 

「そうね。 択捉ちゃんや松輪ちゃんたちもいるけど、あの子たちよりも小さいわね。」

 

「そうだよねぇ。 今よりもっとお姉ちゃんってしなきゃなって思ってさ。」

 

「はは。 そうだぞ。 みんな、お姉ちゃんになるんだから、しっかりと頼むぞ。 それに、皆には、鳳翔を手伝ってもらうことは、そのまま継続するからね。 いいね。」

 

「うん。 私はいいよ。 ね、皐月ちゃん?」

 

「うん。 ボクも問題なぁーし! てか、皆問題ないよ。」

 

「ふふふ。 じゃぁ、みんな、よろしくね。」

 

二人の赤ちゃんを中心に、これから先、楠木家が動くのだった。

 

 

帰り着いてからは、鳳翔は赤ちゃん二人に付きっきりになった。

産後で、赤子二人の首が座っていないこともあって、抱き上げるより、ベビーベッドに寝かせたままの時間が多かった。

昼夜関係なく数時間ごとに母乳をあげることや、おむつの交換に始まり、冬であるので、寒くないように掛け布団を掛けたり、暑そうになれば布団をどけたり・・

これが二人分なのだ。

いくら家事の類は難なくこなす鳳翔でも、初めての子育ては、大変だった。

時々、実家の母親に連絡して、聞くこともあった。 やはり、一番身近の子育ての先輩は母親だ。

”母乳をあげる間隔は・・・”から始まり、”ベッドに寝かせる時は・・・”などのアドバイス的なことや、”鳳翔の時は・・”という昔話も時々混じってくる。

 

「もう、お母さんてば・・ 私のことはいいから、この時はどうするのよ?」

 

なんていうやりとりもあった。

母親からは、”一度、そっちに行くから。”と言われてもいた。

普段の家事は、秦や睦たちが手伝うこともあり、一人で子育てと家事、にはならなかった分だけ、余裕があった。

最初のうちは、気力、体力ともに満ち満ちているが、毎日続くのだ。

当然、疲労が溜まってくる。

帰ってきてから二週間ほど経ってくると、だんだんと慣れてくる。

 

 

この日は朝から洗濯を弥生と二人でしていた。

 

「ふぅ。 こんなものかしら。 赤ちゃんも入れると10人分になるのね。 これは、皆に悪いかしら。」

 

「そんなことないよ。 人数が増えて、量は増えるけど、時間はそんなに変わんないから、大丈夫。」

 

「ふふふ。 そうだといいんだけど。」

 

「終わったね。 じゃ、学校に行ってくるね。」

 

冷たい朝の空気の中、洗濯物を干し終えて、冷たくなった手に息を吹きかけつつ、弥生は皆と学校に向かった。

秦も榛名も執務室に出掛けていて、官舎にはいない。

残るは鳳翔と二人の赤ちゃんだけ。

居間にベビーベッドを置いていて、普段はそこで三人で過ごすのだった。

 

「は~い、お母さんが帰ってきましたよ~。」

 

と言ってベッドを覗き込む。

二人の赤ちゃんは、まだ眠っている時間の方が長いのだが、時折、起きていて、鳳翔を見ると、手足を動かしてくる。

遊んで! 構って! って言ってるんだろうが、言葉がしゃべれないうちは、なにを意味しているのか分からない。

ウー、アー、しか聞こえない。

そんな赤ちゃんを見ながら、

 

「お腹すいちゃったかしら? あ、お姉ちゃんたちは学校に行っちゃったわよー。 帰ってきたら遊んでもらいましょうねー。」

 

と声を掛けることを忘れない鳳翔だった。

昼食後、居間のこたつに入りながら赤ちゃんをあやしていたが、いつの間にか寝てしまっていた。

たまたまお昼の休憩時間に秦が官舎に戻ってきたのだが、誰もいないかのような静けさだった。

”不用心な・・”と思いながら居間に入ると、こたつで鳳翔が寝ていた。

隣で二人の赤ちゃんが、盛んに手足を動かしているのを見つけた。

 

(おやまぁ。 お母さんはお疲れのようだな。)

 

と思い、赤ちゃんには、寒くないように布団を掛けてやり、鳳翔の隣に秦がこたつに入った。

すると、鳳翔の身体が秦にもたれ掛かってきた。

秦は、起きてる? と思うほどにタイミングが良かったのだ。

鳳翔の身体が秦にもたれる・・

寝息は心地よさそうだった。

肩を抱いて、額にキスをした。

 

(ゆっくりお休み・・)

 

と。

しかし、こういう時はすぐに目が覚めるものだった。

う、うーん・・ と呟いたかと思うと、鳳翔が起きてしまった。

 

「へ・・ あ、あなた! ご、ごめんなさい! わ、私、寝てしまったのね!」

 

「おはよう。 鳳翔、よく眠れた?」

 

「え、あ、はい。 え、と、赤ちゃん・・ あれ、掛け布団が・・」

 

確か、掛け布団は無かったはず・・と思っていた。

 

「ああ。 掛けておいたよ。 この子達二人で何か言ってたけど・・ 何を言ってるかはわかんないんだけどね。」

 

「ありがとうございます、あなた。」

 

「いや、たいしたことはないよ。」

 

そう言っているうちに、玄関から、

 

「「「たっだいま!」」」

 

とこども達の声がしてきた。

どうやら、帰ってきたみたいだった。

 

「あら、もう、そんな時間なの?」

 

「お母さん、ただいま。 って、父さんもいるじゃん。」

 

「なになに? またイチャイチャしてたの?」

 

「もう! 父さんたら、イチャイチャしてないで、仕事しにゃさい!!」

 

「い、いや、イチャイチャしてたわけじゃないけどさ・・」

 

秦が反論するが、多勢に無勢である。

 

「そ、それより、今日の当番は・・」

 

「はいはーい! ボクと弥生ちゃんだよ!」

 

「じゃぁ、よろしくね。」

 

と鳳翔がニッコリとしたのだった。

 

 

夕食は、相変わらず賑やかであった。

榛名を交えて、更に、である。

その賑やかな食事の音を聞きながら、鳳翔が赤ちゃんに母乳を与えていた。

んく、んく・・ と乳房に吸い付いて母乳を飲む翔子と千翔。

二人の赤ちゃんは、母乳を飲み終えると、ベビーベッドに寝かされる。

そして、食事を終えた朝霜や皐月たちが寄ってくるのだった。

 

「しょうちゃん、ちーちゃん♪ お姉ちゃんだよー。」

 

まだ首が座っていないため、抱っこする時は、皆緊張していた。

朝霜が、よっと、抱き上げるのも、身体と頭の両方を支えなければいけなかった。

 

「お母さん、まだ首が座らないね。」

 

「まだ2週間ちょっとよ。 そんなに早く首は座らないわよ?」

 

「朝霜ちゃん、注意してよ?」

 

「何をだよ?」

 

「朝霜ちゃんって、結構粗雑だからさぁ、危なっかしくって・・」

 

ぶっ

 

「あたいは、そんなに雑かい? なんか信用低いんだけど?」

 

「うぅぅん、信用してるよ。 雑いだけだから。」

 

ぶっ

 

「あ、あのねぇ・・ そんなに言わなくてもいいじゃん・・ 結構、ショックだよ・・」

 

「あ、いじけた? ごめんね。 悪気は、ないから。」

 

「あたぼうじゃん!! 悪気があったら、あたいはもっと怒ってるって! もう!!」

 

そのやり取りを見ていた秦と鳳翔は、笑っていた。

 

「はははは。」「ふふふふ。」

 

「あー! しれーかんもお母さんも笑ってるし! ぶー!!」

 

むくれる朝霜だったが、そのむくれた顔をペシペシと叩くでもなく、撫でるでもなく、小さな手が朝霜の顔にあった。

 

「しょうちゃん、慰めてくれるのかい? 赤ちゃんにして優しいね! 他のお姉ちゃんたち、虐めるんだよ? もっと慰めてくれるかい?」

 

そう言って、頬を翔子に摺り寄せていた。

それを見ていた秦が、

 

「でも、首が座るのって、どれくらいかかるもんなんだろう?」

 

と鳳翔に聞いた。

鳳翔は既に母親に聞いたらしく、

 

「母に聞いたら2カ月は掛かるかもよ、って言ってましたけど。」

 

との返事だった。

 

「2カ月かぁ。 結構、掛かるもんなんだね。」

 

「ええ。 それまでは、寝てることになりますけど。」

 

そんな会話が交わされていく、夕食後のひと時だった。

 

 

赤ちゃんの入浴は、また大変だった。

秦が先にお風呂に入った。

湯船で一通り温まるころ合いで、外から鳳翔が声を掛ける。

 

「あなた、いいですか?」

 

「あぁ、いいよ。」

 

その声を合図に鳳翔が裸の赤ちゃんを抱いて入ってきた。

まずは、翔子だ。

風呂桶にすっぽりとおさまる大きさなので、風呂桶に湯を張り、赤ちゃん用のボディソープを入れて、泡立てた。

そこに赤ちゃんを抱き入れて、身体を洗うのだ。

 

「翔子~、あわあわだぞ~。」

 

ニッコリと微笑みながら身体を洗った。

キャッキャと笑いながら抱きかかえている秦を見つめる翔子の目。

洗い終えると、秦が抱きかかえて湯船に入った。

赤ちゃんの肩あたりまで湯につけて、

 

「温かいかぁ~。」

 

と言いつつ、ニッコリと翔子を見つめるのだった。

その笑顔に反応するように、笑ってくるのだった。

翔子が終わると、湯から出して、バスタオルを持つ鳳翔にバトンタッチだ。

鳳翔は、バスタオルで体をくるみ、濡れたからだを拭いていくのだ。

 

「はーい、気持ちよかったでちゅかぁ~。」

 

と赤ちゃん言葉だ。

そして、次は千翔だ。

翔子と同じように風呂桶に湯を張り直し、ボディソープであわあわにした。

そこに千翔を抱き入れて体を洗った。

 

「千翔も、あわあわだぁ~。」

 

ニッコリと微笑みながら身体を洗った。

洗い終えると、秦が抱きかかえて湯船に入った。

赤ちゃんの肩あたりまで湯につけて、

 

「温かいかぁ~。」

 

と言いつつ、千翔の顔を見つめるのだった。

見つめると、ウフー、ウフーと言って笑って返してくれるのだった。

その笑顔は、心が落ち着いて、微笑ましく思えるのだった。

千翔が終わると、湯から出して、バスタオルを持つ鳳翔にバトンタッチ。

鳳翔は、バスタオルで体をくるみ、濡れたからだを拭いていく。

 

「はーい、気持ちよかったでちゅね~。」

 

と再び赤ちゃん言葉だった。

この日は、秦が先に湯船に浸かって、鳳翔から赤ちゃんを受けたが、時々、秦に続いて睦や弥生が一緒にお風呂に入ることもあった。

どうやら、睦と弥生は、秦の手伝いをしたいのだが、いっそのことお風呂に入っちゃえ! と入ってきたのだった。

当然、睦や弥生も裸、である。

最初は、秦も目のやり場に困ったが、あまりにも堂々として、タオルで隠そうとしない二人に呆れていたのだ。

 

「まったく・・ ちょっとは恥ずかしがってくれよ・・」

 

「えぇ? 減るもんじゃなし、いいじゃん! そういう父さんも娘とお風呂に入れて嬉しいくせにぃ!」

 

そう言われてしまうと、返す言葉が無かった。

さらに、秦と睦、弥生が入っていると、赤ちゃんの入浴を終えた鳳翔が入ってくることもあった。

 

「楽しそうね。 じゃぁ、私も入ろうっかな。」

 

って言ってやってくるのだ。

タオルで前を隠して。

それを見た秦は、慌てて、

 

「おい、赤ちゃんはどうしたんだよ?」

 

と聞くが、その問いには鳳翔の方が上手だった。

 

「ふふふ、大丈夫ですよ。 榛名ちゃんが面倒見てますから。 榛名ちゃんも赤ちゃんをあやすのは上手ですから。」

 

と言って笑っていた。

どうやら榛名に赤ちゃん二人を見てもらっているらしかった。

結果、秦、鳳翔、睦、弥生の四人が裸で湯船に浸かっているのだった。

いつものように、秦の隣に鳳翔が、その反対側に睦がきてもたれている。 そして弥生が秦の前に座るのだった。

 

「ふぅ。 両手に花、花だね、父さん。」

 

「ふふふ。 いいですねぇ。 こういうのも。」

 

「まったく、お前たちは・・」

 

と秦には、嬉しくもあり、緊張する時間だった。

 

 



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出撃! その前に・・

いよいよ出撃の日が近づいてきた。
全員にブリーフィングをする秦、皆の反応は・・



出撃計画は、鳳翔の産気づいたことで一瞬停滞をきたしたが、その後は順調に進んでいた。

本隊の出撃は、年明け5日になり、第一陣の出港日は12月下旬と定められた。

攻撃開始日は追って連絡すると。

 

 

この日の昼食後、食堂に呉所属の全艦娘が召集された。

 

「みなも薄々感じていると思うが、敵本拠地に対する攻撃計画を発表する。」

 

と秦が高らかに宣言した。

ざわついた食堂内が一瞬で静まり返った。

ひりつくほどの緊張感が一気に高まった。

 

「今回は、鎮守府を警護する数隻を残し、全艦出撃する。 もちろん、呉だけではなく、横須賀、佐世保、大湊、舞鶴からもほぼ全艦が参加する。」

 

そこまで言って、食堂に居る全員の顔を見渡した。

 

「で、だ。 細部までは言えないが・・・」

 

秦は、作戦計画の細部までは説明しなかったが、機密に関する部分をオブラートに包みながらも、ほぼすべての内容を話した。

 

「・・・以上だ。 何か質問はあるかい? ただし! 反論は無しだ。」

 

「提督、まだ艦隊編成を聞いていないが?」

 

「あぁ。 それはこれからだよ。」

 

「そっちを早く知りたいよね。」

 

とは蒼龍だった。

そして・・

 

「まず、第一陣を発表する。 第一陣の出港日は明後日だ。 第二艦隊、第一航空艦隊、第二航空艦隊、第一から第三までの水雷艦隊、第二対潜駆逐艦隊だ。 あと、各艦隊に属さない四個の駆逐隊だ。 これだけでも総数50隻余りだ。」

 

そこまで言って秦は一呼吸間をとった。

そして・・

 

「続いて本隊となる第二陣は、第一艦隊、第三艦隊、第三航空艦隊、第四から第六までの水雷艦隊、第一対潜駆逐艦隊だ。 こちらも総数40隻余り。」

 

と。

続けて・・

 

「第一陣の総旗艦を五十鈴にやってもらう。 大石大佐が指揮する。 第二陣の総旗艦は榛名にやってもらう。 第一陣、二陣ともに10隻以上の補給艦が同行する。」

 

と話を終えた。

 

「じゃあ、楠木提督は、榛名に乗艦するのか?」

 

聞いてきたのは長門だった。

 

「いや、俺は、空母・鳳翔に乗るよ。 今回は、移動だけになるからね。 操艦するのは睦だよ。」

 

「さすがに、鳳翔さんは、連れていけないよね?」

 

「ああ。 鳳翔には、提督代理として呉に残ってもらう。 残る駆逐隊は鳳翔の指揮下に入ってもらう。 また、残余の基地航空隊も同じくだ。」

 

「提督、本隊の第二陣より先発する第一陣の方が、艦数が多いようだが?」

 

「ああ。 もともと、今回の出港は、南洋基地までの移動が目的だからね。 さっきも言ったように、目的地はトラックとパラオだし。」

 

「多少の日程上の余裕はあるのかな?」

 

「そうだな。 出港後の航路については、各艦隊の旗艦に改めて説明するからな。」

 

そこまで言って皆の顔を見渡していた。

そして説明を終えるのだが・・

 

「以上だ。 と言う事で! 話は変わるが、明日は全員で餅つきを行う。」

 

「へ? 司令官、なんで餅つきなの?」

 

唐突に言われて不思議そうな顔をする面々だった。

 

「第一陣は明後日に出港するからな。 出港までに少なくとも正月気分だけでも味わっておこうと思ってな。 既に準備はしてあるからね。」

 

そう言われて、

 

【よっっしゃああ!】

 

とはしゃぐのだった。

 

 

その日の夕方から明日の餅つきの準備が始まった。

もち米を洗って水に浸す。

その量は・・

 

「何、この量??」

 

「はは。 これだけの量のもち米を見るのはなかなか無いよな。」

 

「これで何人前?」

 

「単純に言って、100人前は無いとダメだよね。」

 

そう。 用意されたのは100人前に相当するもち米だった。

重量にして25キロ。

 

「えっっと・・ 1人分を5個として・・ 500個?」

 

「だいたい一升で30個くらい、かな?」

 

「そうだね、最低でも20キロは必要だね。」

 

そう言うものの、水に浸すバケツの数だけでもかなりの数になるので、倉庫にあった、一斗分が入る大鍋を2つ使っていた。

次の日、食堂での朝食後、早速、餅つきが始まった。

まぁ、急な話だったため、杵つきではなく、餅つき機を用意してきた。

食堂のテーブルは、即席のもち台となっていた。

まずは、もち米を蒸すことからだ。

厨房のコンロを簡易の蒸し器にして、一籠一升で、五段の蒸し器がセットされた。

厨房ではおばさんたちが担当して蒸していた。

蒸すこと20分余り。

どうやらお米が柔らかくなったようで、”いいわよ。”と言われ、蒸し米を餅つき機に投入する。

餅つき機は、蒸し米を入れてスイッチを押すと、あとは全自動で動いて、10分ほどで突きあがるのだった。

ふっくらとして、白く輝く蒸し米の粒が、回転しながら、粒の形が崩れてきて、そのうちに粒は判別できなくなっていた。

この一升分が入る餅つき機が2台用意されていた。

米粒が完全になくなって、もちが突きあがる。 

突きあがったお餅は、もち台に運ばれ、直径10センチほどの丸餅にしていくのだ。

餅つき機には、次の蒸し米が投入されていく。

もち台に乗せられた時点では、もちは粘度の高いどろどろの状態だ。

もち自体の温度も高く、振れると熱い!

 

「あっちぃ!!」

 

もち台に載せられたお餅に、片栗粉をまぶして、手早く丸餅にしていくのだが、熱くてたまらない。

 

「熱いけど、柔らかいうちに丸めないと、硬くなるわよ!」

 

そう注意を受けるものの、熱すぎるのだ。

だから、と言うわけではないが、台の上に水を張った桶が置かれていた。

もちを触って熱くなった手を桶の水に突っ込んで冷ます。

これを繰り返していた。

丸く出来たお餅は、もち箱に入れていく。

 

「あっつぃー!」

 

「お~、出来立てだね!」

 

餅つきを遠巻きに見ている奴らは、出来立てを食べたくてしょうがないみたいだった。

こそ~っと手を伸ばすヤツが何人かいた。

 

「あっ、ダメじゃない! 出来上がるまで待ちなよ!!」

 

と言われて、伸ばした手を、バシッっと叩かれていた。

 

「イタッ! え~、いいじゃんか?」

 

 

「提督、急な事を言い出すと思えば、用意がいいじゃないか。」

 

と言うのは長門だった。

戦艦組は、餅つきを遠巻きに見ている連中の一部だった。

 

「ははは。 慌ただしいだろうが、やっぱり、楽しいことは多い方がいいだろ?」

 

と笑って答える秦だ。

 

「まぁ、確かにそうですけど、出撃で緊張感が高まっている時に、これでは、下がったりしないんですか?」

 

と言うのは榛名だ。

 

「確かに、気持ちが高まっている時に、こんなイベントでって思うかもしれないけど、今回はまず移動が目的であって、実際の戦闘はまだ先だしね。 今のうちに、英気を養っておくことも必要だよ。」

 

と、もちをつく連中を見ながら言った。

さらに秦は、

 

「君たちみたいに、大人な艦娘ばかりじゃないしね。 あの子らみたいな小さな子まで参加させるんだ。 少しは気がまぎれることもしておかないと。」

 

と、択捉、松輪らの幼子がじゃれているのを、目を細めながら見つめていた。

長門、陸奥も幼子たちを見ていた。

 

「ふふ。 確かにそうだな。 一度港を出ると、あーやってじゃれることなど出来ないだろうしな。」

 

一度出撃してしまうと、緊張感が高まり、じゃれることなどしている時間はない。

常に周囲に監視の目を張り巡らせ、即時対応を出来るように体制を整えていなければならないのだ。

いつ、どこから砲弾が飛んでくるかもしれないのだから。

大型艦のように、数発の被弾があっても沈むことが無ければいいのだろうが、小型艦はそうはいかない。

一発の砲弾で轟沈してしまう事だってあるのだ。

だから・・ だから、常に周囲を見張らなければならない。

常に周囲を見張るのは、簡単に聞こえるが、そんなに単純ではない。

索敵範囲は、対水上では、自分の艦の周囲360度で距離としておよそ100キロが電探の範囲である。

対空では、その360度の範囲で、高さ1万メートル以上まである。

さらに、対水中になると、水深が深ければ深いほど暗くなり、目視出来ない世界となる。

だから、水中の音を頼りに相手を探すのだが、これがまた難しい。

潜水艦は音が静かだし、仮に、沈底待機されていれば、発見はほぼ出来ない。

突然にやってくる魚雷を、素早く見つけなければこちらが沈んでしまう。

だから、なのだ。

 

 

時間を追うごとに、もち箱の数が増えていく。

開始1時間で10升のもち米をお餅にしたのだ。

それだけでもかなりの丸餅の数になるが、残りも10升ほどあった。

蒸し器から蒸し米を投入する役、ついたお餅をもち台に乗せる役、丸める役、見学役とを交代していく。

幼子は見学組だったが、餅つき機に張り付いて面白がってみている子、もち台で一緒に丸めている子にわかれいた。

もち台で丸めている一人が択捉だったのだが、つきたてのドロドロ、アツアツのもちに悪戦苦闘していた。

 

「うぅぅ~、あっつい~。 固まんないよ~。 あーん! 丸くなんないぃぃぃ!」

 

そう言う択捉の背後から、

 

「もう。 アナタは何やってるデス! お餅を丸めるのはこうするデス! 見てるですネ!」

 

と金剛が声を掛けていた。

 

「いいですカ? ずっと触ってると熱いから、素早くネ。 丸めるのは台の上で、こうするネ!」

 

うぅぅ、と半べその状態で金剛の手の動きを見る択捉だった。

掌に収まるくらいで小さくちぎって、台の上で、掌の中でクルクル転がすようにすると・・

 

「ホラ! 完成ネ! 分かったァ?」

 

ものの10秒ほどで1個出来上がっていた。

 

「じゃぁ、やってみテ。」

 

「う、うん・・ こう?」

 

見様見真似で択捉が、金剛の真似をしてみた。

小さくちぎって、台の上でコロコロと・・ 

 

「えぇ~、上手くいかなーい・・」

 

「おぉ、そんなこと無いですネー。 なかなか筋がいいデース! でも、経験が必要ネ!」

 

いくつか択捉がやってみたが、丸くは無い、不揃いの”丸餅”が出来ていた。

 

「あらまぁ。 択捉ちゃん、よくがばってるけど、これは、ちょっと皆に出せないわねぇ。」

 

そう言うのは、食堂のおばちゃんだ。

ちょっとショックを受ける択捉。

 

「でも・・ はい、あーーん!」

 

とおばちゃんが不揃いのお餅を一つ掴んで、択捉の口に突っ込んできた。

最初はびっくりした択捉だったが、それに応えて、口を開けた。 あーーんっと。

択捉の小さな口に、丸めそこなった小さな餅が入った。

ん、んぐ・・ と咀嚼して・・

 

「お、おいしぃぃ!」

 

一瞬で笑顔になった。

そして、おばちゃんは・・

 

「はい、あんたもね、金剛ママ。 はい、あーーん。」

 

おばちゃんは金剛にも餅を突っ込んできた。

金剛も、あーーんっと口を開けて、餅が口に収まった。

 

「ん。 美味しいですネ、コレ。」

 

食べた金剛もにっこりと笑った。

食べる二人の姿を見つけた松輪が、

 

「あーん、ママ、ずるいぃ! 私も!」

 

と金剛に駆け寄ってきた。

 

「おぅ、松輪、これは、しーっずかにするデス。 特別デスヨ!」

 

と言って不揃いのお餅を一つ掴んで松輪の前に出した。

 

「はい、あーーん!」

 

松輪もそれに応じて、

 

「あーーーん」

 

と小さな口をめいいっぱいに開けて、餅を口に入れた。

ん、ん、うん

 

「おいしー。」

 

「それは、良かったネ!」

 

ニコリと笑う松輪と金剛だった。

そして、餅つきが終わりを迎えた。

 

「さあ。 もう残りは無いわね。 終わりにしましょう。」

 

と見ると、蒸し器にも餅つき機にも、残りはなかった。

もち台の上にも既になく、すべてもち箱に収まっていた。

 

「やぁ、終わったか! ご苦労様、みんな。」

 

最後は秦が締めた。

時間は、お昼過ぎだったので、

 

「さあ、みんな、後片付けよ、 終わればお餅を食べましょう!」

 

と榛名が告げて、後片付けをして、遅いお昼ご飯となった。

お昼ご飯は、つきたてのお餅だ。

あんこは無かったが、安倍川と砂糖醤油が用意されていた。

 

「では、頂こう。 いただきます。」

 

いただきますの合図で、皆が食べ始めた。

 

「うん、美味しいね。」

 

「硬くなくていいよ、コレ。」

 

皆の顔はにこやかだった。

総じて、好評だったようだ。

ちょうどそこへ赤ちゃんの母乳を与え終えた鳳翔がやってきた。

 

「あら。 もう終わりですか? ちょっと遅かったですか。」

 

「ははは。 そうだな、ちょっと遅かったかな。 でも、楽しかったよ。 お餅もいい出来だしね。」

 

「それは何よりです。 フフフ。 皆の顔を見れば、楽しかったのが分かります。」

 

はい、と言って小さく切り分けたお餅の乗った小皿を鳳翔の前に出す秦。

いただきます、と言って小皿を受け取り、頬張る。

 

「ん、いい出来です。」

 

とにっこりと微笑んだのだった。

そして、餅昼食が終わるころ、

 

「え~、余ったお餅は、明日出発する皆に持って行ってもらうからね。 忘れないでね。」

 

と皆に向かって言った。

 

【やったー!】【え~】

 

の二つの叫びが聞こえたが、気にしない秦だった。

 

 



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いざ、戦いの海へ
全艦出撃の時


ついに作戦発動を迎える秦たち。
呉の所属艦は二手に分かれて出向することに。



いよいよ第一陣が出港する日となった。

第一陣の本隊の出港は1300。

港や各艦では朝から慌ただしく、最終の確認が行われていた。

執務室では、大石大佐と五十鈴が出港前の最後の確認作業をしていた。

 

「・・これでいいな。 五十鈴、そっちはどう?」

 

「こっちも確認は終わったわ。 積み込みの忘れ物はないわ。 たぶん、だけど。」

 

「た、たぶんって・・」

 

「だって、いろいろありすぎるわよ。 忘れ物の一つや二つ、あったって分かんないわよ。 それに、無かったら無かったで、現場で何とかするしかないんじゃない。」

 

「まぁ、そうなんだけどさ・・」

 

「ははは。 大佐は心配性だな。」

 

「はぁ。 そうは言われても、私自身、これだけの大規模な艦隊を指揮したことありませんし、役目も重要ですし・・」

 

「何言ってんのよ! なんとかなるし、何とかするしかないの! 分かった?」

 

「あぁぁ・・」

 

「完全に、尻に敷かれてるな。 大佐。 もう少し、五十鈴を信用してやれよ。 大丈夫だよ。」

 

「はぁ、提督がそうおっしゃられるのなら・・」

 

「もう! はっきりしなさい! これじゃあ先が思いやられるわよ、まったく。」

 

「ふふふ。 五十鈴ちゃんもそう言わないで、大佐さんの補佐、よろしくね。」

 

「ええ。 任せといて、榛名さん。 しっかりと敷いていくから。」

 

それを聞いていた秦は、苦笑いをするしかなかった。

 

「そろそろ時間だな。」

 

時計を見ると、既に1200を廻っていた。

 

「そうね。 行くわよ、大佐。」

 

 

第一陣全艦が一斉に出港するわけではなかった。

0900には、金剛を旗艦とする第二対潜駆逐艦隊が出港する時間だった。

 

「金剛、皆を頼むな。」

 

「任せるネ!」

 

「金剛お姉さま、榛名も後から参りますから。」

 

「フフフ。 では榛名、待ってますネ。」

 

「択捉ちゃん、松輪ちゃん。 頑張ってね!」

 

「「はい!」」

 

「ちゃーんと、ママをサポートするんだよ? 文月ちゃん、長月ちゃんも頑張ってね! ボクたちも後から行くからね。」

 

「春日・・ じゃなかった、大鷹もしっかりな。」

 

「はい。」

 

「それじゃあ、行くわよ、皆。」

 

【はーーい!】

 

元気よく返事をする択捉と松輪たちだった。

訓練期間中にも拘わらず、択捉と松輪の出力増加改造をしておいたのだ。

この改造で最大速力が20ノットを上回ることになっていた。

 

「では、行ってくるネー!!」

 

この他に大鷹、文月、長月が皆に敬礼して内火艇に乗り込んでいった。

第二対潜駆逐艦隊の六隻が動き出し、艦首が海を切り裂いていく。

本隊から先行し、一足早く錦江湾に錨を降ろしていた水雷艦隊と九州南方で合流する予定になっていた。

その後、時間をおいて第一陣の残りが順次、出港するのだった。

 

 

1230になって、秦たちは再び岸壁に来た。

第一陣本隊として出港する皆を見送るために。

既に先着の艦娘たちが居た。

その中に、呉の空母艦隊の主力となる蒼龍と飛龍が居た。

第一航空艦隊の主力となる二人に秦が声を掛けていた。

 

「蒼龍、飛龍。 よろしく頼むな。」

 

「「任せてよ、提督!!」」

 

「蒼龍ちゃんも、飛龍ちゃんも、気をつけてね。 他の娘達の事もよろしくお願いするわね。」

 

「はい、お母様。 任せてください。 ちゃんと連れていきますから。」

 

「そうです。 大丈夫ですから。」

 

「フフフ。 期待しているわ。 でも、無理はしないでね。」

 

「「はい。 では、行ってきます!!」」

 

鳳翔と蒼龍、飛龍との会話が終わるころ・・

 

「じゃあ、大佐、よろしく頼むよ。」

 

「はい。 提督、行ってまいります。」

 

「次に会うのは、戦いが終わってからになるね。」

 

「はい。 ここ呉で、お会いましょう。」

 

秦と大石大佐が握手をした。

白手袋をしているが、それでも力強く握られた手を、二度三度と上下させていた。

手が離れると、互いに敬礼をしていた。

 

「では皆さん、行ってまいります。」

 

「五十鈴ちゃんも、頑張ってね!」

 

「はい。 ちゃんと引っ張っていきますから。」

 

敬礼をした大石大佐が、見送りの人たちを見やって、内火艇に乗り込んだ。

大石大佐の後に五十鈴が続いた。

内火艇が岸壁から離れ、巡洋艦・五十鈴へと向かっていく。

ほぼ同時に、第一陣本隊の各艦に向かってそれぞれの内火艇が向かう。

暫くして、各艦に内火艇が収容されると、錨が上げられた。

総旗艦・五十鈴座上の大石大佐から指示が出される。

 

「第一陣、出港する。 全艦、前進微速!」

 

「第一陣、全艦、前進微速!」

 

停止状態から艦が動き出すと、艦首が海を切り裂いていく。

巡洋艦・五十鈴を先頭に、各艦が続いていた。

飛龍、蒼龍の第一航空艦隊、大鳳、雲竜、信濃の第二航空艦隊、大和、武蔵の第二艦隊と水雷艦隊が。

秦たちは、第一陣の全艦が見えなくなるまで岸壁にいた。

 

「行っちゃったね。」

 

「ああ。」

 

「皆、無事に帰ってこれますように。」

 

と手を合わせて祈るように話す鳳翔。

 

「ああ。 そうだな。 無事に帰ってくるといいな。」

 

「はい。」

 

そして、

 

「さあ! 次は俺たちの番だ! みんな、準備を怠るなよ!」

 

と秦が声を掛けた。

 

「あったぼうじゃん!! 任せなさいって。」

 

胸を張って応えるのは朝霜。

 

「まぁ、大丈夫じゃない?」

 

と緩く答えてくるのは睦だった。

 

「ちょっとは、緊張感を持ってくれよな?」

 

呆れる秦であった。

 

 

第一陣が出港してしまうと、呉の港はぐっと艦の数が減って寂しく見えていた。

 

「残りは少なくなったなぁ。」

 

投錨する艦が少なくなった港を見渡しながら秦が言う。

 

「しれーかん、あたいたちは年明け五日だよね?」

 

「ああ。 一週間ちょっとの差だけどね。 ここに残ってる連中だけでも正月は祝おうか。」

 

「はい。 豪勢なおせちは用意できませんけど、少しばかりなら・・。」

 

「それで十分だよ。 浮かれ気分のまま出撃は出来ないからね。」

 

 

そして年末を迎え、年が明けた。

食堂では、ささやかながらお節料理が用意してあった。

用意してくれたのは食堂部のおばさま方だった。

黒豆の煮物、煮しめ、田作り、金時、紅白の蒲鉾などの昔ながらの料理と、焼き海老、鳥もも肉のグリル、ローストビーフなどなど。

 

「大したものは出来なかったけど、これだけあればいいでしょ?」

 

と。 それでもそれなりの量であったのだが。

朝、皆が揃ったところで、秦の訓示から始まった。

 

「みんな、明けましておめでとう。 知ってのとおり、軍令部、大本営とも今次戦争の終わりを画策している。

 

そのため、既に第一陣が南洋根拠地・トラックに着いた頃だろう。残る我々も五日には出撃する。

今年は皆の活躍に大いに期待するものである。 とは言え、正月三が日は特にやることもないので、

ゆっくり休んで英気を養うことを命じる。 四日には最終準備に入ってもらう。 そして五日0600に全艦出撃する。

それまでは存分に正月気分を楽しんでくれ。 以上だ。」

 

「さあ! 沢山は無いし、手の込んだものはないけど、お節を作ったから食べましょ!」

 

と鳳翔の掛け声で今年最初の食事が始まった。

 

【はーーい!!】

 

手の込んだ料理は・・お節料理以外では尾頭付きの焼き鯛が真ん中にデン!と居座っている。

しかも、50センチは軽く超える大きさの鯛が4匹も!

 

「ゲ! デカ! 大きすぎて、どうやって食べんだろ?」

 

「さっすがにでかいなぁ。 良く用意できたね?」

 

「ええ。 瀬戸の漁師さんから分けてもらったんです。 いいのが大量だったぜ!って。 それを塩焼きにしてもらったんです。」

 

「そうなんだ。」

 

「でも、これって・・・どうやって食べるの?」

 

どうやって食すのか聞く皐月であったが、

 

「身をほぐしてね、こうやって・・・」

 

箸を身に入れて、ほじくるようにして、タイの身を取り出して、

 

「はい、食べてみて?」

 

と、ほぐした身をタレにつけて口へと運ぶ。

 

「うん、あっさりしてて美味しい!」

 

タレは、ポン酢と酢醤油の2種類が用意されていた。

鯛の身は白身であっさりしているから、つけダレの味が強調される。

それはそれで美味しいんだが。

気が付くと、弥生がタイの身を細かくほぐして小皿に盛っていた。

 

「弥生、何してんの?」

 

「うん、ここでほぐして、ポン酢をつけてからご飯に載せるの。」

 

そう言って小皿に山盛りになったタイの身にポン酢を掛けていた。

全体的に絡まったところで、ホカホカのご飯にのっけた。

まるでふりかけのようにして。

そして・・ ご飯ごとかき込んでいく。

 

「えっと・・弥生さん・・ も少しお淑やかに食べれないかい? その食べ方は、どうかと思うんだけどさぁ・・」

 

「ん、いいの。 この方が美味しいから。」

 

あっさりと返されてしまった秦だった。

大食いのメンバーが半分はいないはずなのに、お節料理はどんどんと減っていくのだった。

酒保も開いたので、お酒が出されていた。

大酒呑みは居なかったが、それなりにお酒は消費されていった。

元旦だけは秦も呑んだのだった。

その陰で、こっそりと呑もうとしたヤツが一人居た。

鳳翔だった。

 

「あ! お母さん、お酒呑もうとしてる!!」

 

「えっ!? 鳳翔! ダメじゃないか! まだまだお酒はダメ!」

 

「え、あの、少しくらいは・・」

 

「メッ!!」

 

と秦に怒られる鳳翔。

 

「やっぱり、ダメ、ですか・・」

 

「やっぱりも、きっぱりとダメ。 まだまだ翔子や千翔には母乳が必要なんだから。 アルコールを飲ませるわけにわいかないでしょ?」

 

「はい・・」

 

とシュンとする鳳翔だが、それを見た秦が抱きしめた。

 

「そんなに酒好きだったのか? まったく・・ これで我慢しておくれ・・・」

 

と耳元でささやきながら。

 

「ヒューヒュー! 熱いよ!」

 

と言う囃子言葉が飛び交う食堂となっていたのだった。

そして、誰もが正気を失うほど呑むことは無かったが。

 

 

正月三が日は、何事もなく過ぎていった。

食堂では朝から晩まで、宴会が続いていたのだった。

そのような状況に呆れる秦だった。

 

「ったく。 自由にしてよし、とは言ったものの、そこまでだらしなくなるとは思ってもみなかったぞ。」

 

食堂では、酒の匂いが充満していた。

散々、宴会やったな? と分かるくらいに。

酒が飲めない娘たちは早々に切り上げ、自室や自艦で時間をつぶしていたらしい。

姉妹艦の連中は、固まって一緒にいたという。

そして、開けて四日。

朝食を摂る皆の前で秦が話す。

 

「みな、十二分に三が日を楽しんだと思う。 只今をもって、全員に最終準備に取り掛かってもらう。 前もって言ってあるように明日0600には全艦出撃する。 いいね?」

 

その隣に立つのは秘書艦であり、秦の”妹”の榛名だった。

 

「では、みなさん。 最終準備にかかりましょう! 弾薬などの補充品は、まだまだ在庫があるから、しっかりと搭載してください!」

 

【了解!】

 

その部屋の片隅では、鳳翔が二人の赤ちゃんをあやしていた。

その二人の周りを取り囲むように、赤ちゃんに興味津々の連中がいた。

 

「あらあら。あなたたち、準備の方はいいの?」

 

「うん、大丈夫、だよ。 たぶん。」

 

そう言うのは第二陣の綾波や敷波達駆逐艦勢だった。

 

「”たぶん”じゃないわよ。 しっかりとやって頂戴ね?」

 

と呆れる鳳翔であった。

 

【はーい】

 

だって。

 

 

港では、弾薬や備品の積み込みが佳境を迎えていた。

”時間がないよ! 遊んでる暇はないよ!”

”火薬類の扱いは注意して!!”

”慎重に!”

なんて大きな掛け声が飛び交っていた。

第一対潜駆逐艦隊の所属各艦の補充や点検は夕方になってようやく、すべてが終わっていた。

 

「はぁーー。 やっと終わったよー。」

 

とは、直前まで主砲の換装を行った、空母・鳳翔の担当艦娘・睦だった。

 

「お疲れだね。 睦ちゃん。」

 

「うん、もう、ぐったりだよぉぉぉぉ。 主砲の換装もなんとか終わったし、動作確認もオッケーっとー。 弾薬の積み込みも完了してるし、航空機燃料もオッケーね。」

 

「父さんも直前に余計なことを言ってくれちゃってさぁー。」

 

「ボヤかない、ボヤかない。 それより、皆も終わったの?」

 

と聞く榛名。

 

「うーちゃんも完了。」

 

「ボクも終わったよ。」

 

と皆準備は万端のようだった。

 

「で! そういうはるちゃんは?」

 

「フフフッ。 もちろん、とうの昔に終わってるわよ。 抜け目なし、よ。」

 

とウインクまでして見せていた。

 

「さすが、榛名ちゃんね。 やっぱり、出来るわね。」

 

そう言ったのは鳳翔だ。

ベビーベッドの翔子と千翔をあやしながら、こちらの会話に入り込んできたのだ。

 

「何事にも完璧な鳳翔姉さんほどじゃないですよ。 結構、バタついたんですから。」

 

「やぁあ、皆お疲れ様だったね。」

 

労いの言葉は秦だった。

 

「ホントだよ。 でも、しれーかんの方はどうなのさ?」

 

「榛名と鳳翔の協力のお陰で、輸送船、補給物資の手配は・・ 予定通りだよ。 ありがとう、榛名、鳳翔。 おおいに助かったよ。」

 

ほぼ準備が整った状態になった。

明日はいよいよ出撃となったのだった。

秦は、11月になってから各艦の主砲の換装を言い出したのだった。

駆逐艦・皐月、弥生、卯月の3艦の主砲を、12.7センチ連装を艦前部に一基、艦後部に一基の二基四門を新型や改良型に交換。

艦中央部にあった2基は対空機銃等に交換させた。

魚雷は九三式、通称酸素魚雷発射機を、四連装を二基に交換した。 予備魚雷は増やせなかったが、全12発が搭載されていた。

爆雷も30発ほど搭載した。

駆逐艦・朝霜は、大きな換装はしなかったが、それでも後期型や改良型に更新がなされていた。

空母・鳳翔の主砲は、艦橋前後に15.2センチ連装砲塔を搭載させていた。

全艦の対空機銃はベルト給弾式を、対魚雷用爆雷投射機も搭載していた。

また、対水上、対空、聴音の各機器は全艦隊全てにおいて新型を搭載させていた。

そして、戦艦・榛名も同様に、新型や換装を行っていた。

戦艦・榛名の艦橋の両サイドには・・ 駆逐艦・皐月らと同じ絵が描かれていた。

”女神に導かれし水雷乙女たち”の水色の絵が。

”出来れば、積めるものは積んでおきたい”と考えていた秦だったが、艦の機動に影響が出る事や、被弾時の誘爆被害を避けることも考えていたから、ギリギリの弾薬搭載はさせなかった。

その代わり、輸送船がいつもより多めに随伴することになっていた。

急な改造、換装で手間取ったが、皆無事に補充や点検が終わったのだった。

 

 

その夜。

楠木家は晩御飯を終えて居間でまったりしていた。

翔子と千翔が産まれてから、楠木家の話題の中心は翔子と千翔の赤ちゃんだった。

翔子は鳳翔が抱いてあやしていたが、千翔は榛名が抱いていた。

 

「最近は、はるちゃんがちーちゃんをあやしてるよね?」

 

とは皐月だ。

千翔も満更でもなく、榛名に抱かれると、アー、フーと言いながら、手足を動かして、榛名に抱き着こうとするのだった。

 

「ちーちゃん、榛名ですよぉ。 フフフ」

 

と言いながらあやすのだ。

 

「最近は、千翔は榛名がお気に入りだな。」

 

「ええ、そうなんです。 まぁ、私としては助かってますけど。」

 

「でも、ちーちゃん、お母さんに抱かれてる方が喜んでるよ?」

 

そう言うのは皐月だ。

 

「まあ、お母さん一人で同時に二人は相手できないから、仕方が無いんだけどさ。 朝霜ちゃんとはしょうちゃんよりちーちゃんの方が仲が良くない?」

 

千翔は、朝霜もお気に入りらしく、榛名が居なければ朝霜を見つけては手足をバタつかせるのだった。

 

「あたいは、二人を比べることはしてないけど? そう見えるのかなぁ。」

 

「そう見えるって。 だって、いっつも居間でちーちゃんと一緒に寝てるじゃん。 いったい、何時間寝れば気が済むんだよ?」

 

「えぇぇ、いいじゃん。 一緒に寝たいんだからさぁ。」

 

「寝てる間は大人しいからいいんだけどさ。 その分”夜寝れない!”っていって五月蠅いくせに・・・ まったく・・・」

 

「ぐっ・・ そんなに言わなくてもいいじゃん・・」

 

皐月らの言葉に、何も言えなくなる朝霜だった。

 

「そうは言っても、皆、翔子や千翔の面倒を見てくれて、助かってるんだよ、俺も鳳翔も。 な? 鳳翔。」

 

「ええ。 皆があやしてくれるから、ものすごく助かってるのよ。 ありがとうね。」

 

そう言われて、皆”へへへへ”っと笑っていた。

千翔はと言うと、榛名か朝霜か、となれば、断然、榛名の方がお気に入りらしかった。

 

「相変わらずなの?」

 

と聞くのは睦。

 

「ええ。 お風呂でちーちゃんと一緒に入ると、榛名のおっぱいに吸い付くんだもの。 母乳は出ないのに・・・」

 

と榛名が言う。

そう。 以前、榛名が千翔をお風呂に入れていた時だった。

その時はたまたま秦ではなく、榛名がお風呂に入れていたのだったが、千翔を胸に抱いていると、千翔が榛名の、豊満な乳房に吸い付いたのだった。

 

「きゃっ!」

 

最初は驚いた榛名だったが、母乳を飲もうとする千翔が、愛おしく思えたのだった。

 

「鳳翔姉さんもこんな感じなのかしら・・」

 

と思ったら、吸い付かれるのも悪くないかも、と思ってしまったのだった。

翔子は榛名に吸い付かないのだが、千翔は・・ 榛名を母親と思っているのか、乳房に吸い付くのだった・・。

 

「翔子も千翔も、皆をそれぞれ認識してるんだなぁ。」

 

とは秦だが、それに続けて、

 

「そうですね。 翔子も千翔も好みがあるみたいで・・。」

 

と鳳翔が言う。

実際、鳳翔と秦以外だと、翔子は睦が一番のお気に入りで、千翔は榛名、朝霜がお気に入りのようだった。

皐月、弥生、卯月は、どちらとも仲が良いようで、特に嫌われている、と言うことは無かった。

 

「翔子はしっかり系で、千翔が賑やか系なのかな?」

 

「あながち、間違ってはいないと思いますけど、その分け方は・・ どうでしょう・・」

 

「ははは。 ま、分け方はどうでもいいさ。 みんなが仲良くできていれば。」

 

「そうですね。 それが一番です。」

 

秦と鳳翔がそう言い合って笑っていた。

 

「何話してるの?」

 

と聞いてきたのは睦だ。

 

「うぅうん、大したことはないよ。 皆、仲がいいなってね。」

 

「そうだね。 仲はいいと思うよ。」

 

「うん、仲はいいよね。」

 

と言って皆で微笑んでいた。

そしていつものように、2、3人ごとに分かれて入浴した。

秦も鳳翔と一緒に入浴した。

これもいつもの通りだった。

そして・・ 明日に備えて皆寝入るのだった。

 

 

翌朝0430。

まだ薄暗い、寒い朝だった。

いつものごとく、朝食は秦の担当だ。

ただ、今日に限っては、鳳翔も同時に起きだしてきた。

 

「おはよう、鳳翔。」

 

「おはようございます、あなた。」

 

「まだ寝てても良かったのに。」

 

「いいえ。 出発までの時間を大事にしたいと思いましたので。 フフフ。 まだ誰もいないこの時間、結構、いいんですよ?」

 

冬の早朝、まだ外は薄暗い。

まだ誰も起きてこない、この時間は二人にとって、イチャイチャする時間帯でもあったのだが。

 

「翔子と千翔は?」

 

「まだぐっすりです。」

 

「ならいいけど。」

 

「はい。 大丈夫ですよ。」

 

朝食の用意が進む朝の食堂で、いつもよりはるかに早い時間に起きだしてきたヤツが。

 

「うー、さぶっ。 父さん、お母さん、おはよう! あ、またイチャついてるしぃ・・ もう・・・」

 

そう言ってやってきたのは睦だった。

朝から呆れモードのようだ。

それからこども達が皆起きだしてきた。

 

【おっはよー!】

 

皐月、弥生はもちろんいつもの事だが、今日に限っては朝霜、卯月も居た。

しかも・・ 白三本ラインの入った、第一中学校の冬用セーラー服姿で。

もう、秦も言うことは無かった。

皆に好きにさせていたのだ。 「何を着てもいいからね。」と。

そして榛名も。

 

「今日は特別さぶいねぇ。」

 

「まぁまぁ、そうは言っても、いつもの事じゃん。」

 

そう言ってテーブルにつく。

賑やかな朝食風景も見慣れたものになってきていた。

 

「さあ。 朝ごはんだ。 食べよう。」

 

【いっただきまぁす!!】

 

秦も鳳翔も、榛名もこども達も手を合わせてから食べ始めた。

いつものホカホカご飯にお味噌汁、卵焼きにアジの干物の焼いていた。

いつもの朝食風景。

 

「見慣れた光景だな。 みんな元気でよろしい。」

 

秦の眼差しは穏やかだった。

フフフと笑う鳳翔の目も穏やかだ。

その視線の先には・・ 朝ごはんをがっつくこども達が・・・。

 

「そんなにがっつかなくても・・」

 

「そうは言っても、しばらくはお母さんのご飯、食べられないんだからね!」

 

「そうぴょん! 食べられるときに食べておかないと、後で後悔しそうだぴょん!」

 

食べながら、ウンウンという。

 

「もう。 帰ってからも食べられるわよ?」

 

「それはそれ。 今は今だよ、お母さん。」

 

鳳翔が呆れていると、くくっと笑いをこらえている秦の声がした。

 

「鳳翔、そう言われるとカタナシだな。」

 

「もう、あなたまで。」

 

口を尖らせる鳳翔だが、そのうちに手で口を押えて、フフフと笑っていた。

それにつられて、秦も、ははは・・と。

二人の笑い顔につられて、

 

「もう、何が可笑しいんだか・・」

 

とか言いながら、へへへっ、いひひひっと笑うこども達だった。

 

 

そして・・

時間は0520になった。

 

「さてと、行くか。」

 

秦が皆に向かって言い、執務室に向かった。

執務室に着くと、部屋のストーブに火を入れた。

ストーブの火が付き、徐々に温まってくる。

鳳翔がベビーベッドに翔子と千翔を寝かせて、布団を掛けた。

自席に就いた秦が、さて、と声を出すと同時に入口の扉を叩く”コンコンコン”と音が聞こえてきた。

入室を促すと、第二陣の艦娘たちが勢ぞろいしていた。

 

「おはようございます! 司令官!」

 

「提督、おはようございます。」

 

と挨拶しながら入ってきた。

 

「やあ、みんな、おはよう。」

 

と返す秦。

執務室は満員状態になった。

秦は皆を見渡しながら、

 

「いよいよ、この時がきた。 皆、準備は怠りないかな?」

 

というと、

 

「無いよ-。」

 

と緩い返事が返ってきた。

呆れながら、さらに、

 

「よろしい。 では、皆、出港だ!」

 

と言うと、

 

【了解!】

 

と全員同時に返ってきた。

ぞろぞろと執務室を出ていく。

 

「じゃあ、しれーかん、あたいたちも行こうよ。」

 

「そうだね。 あんまり遅れることも出来ないから、ボクたちも行くか。」

 

「ああ。 行くぞ。」

 

そう言って、秦は鳳翔と向かい合った。

 

「外は寒いから、ここで見送ってくれるかい。」

 

「いいのですか? 港まで行きますのに・・」

 

「翔子や千翔が居るんだ。 ここでいいよ。 ・・じゃあ、行ってくるよ。」

 

「はい、とその前に・・」

 

目を閉じて、顔を上げてきた。

その顔に近づいて・・

チュ・・

二人の唇が合わさる。

もう、こども達は何も言わなかった。

見慣れてしまったいたために・・

唇が離れて、

 

「続きは・・帰ってきてからだ。」

 

「はい。 ここで帰りを待っています、あなた。」

 

二人の目は、いつになく穏やかだった。

 

「「「お母さん、行ってくるね!」」」

 

「行ってらっしゃい! みんな帰ってくるのよ。 榛名ちゃんもね。」

 

「はい。 鳳翔姉さま。 任せてください!」

 

そう言って秦たちが執務室を後にした。

一人、鳳翔を残して。

いや、三人を残して。

 

 



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いざ行かん,南の海へ。

秦率いる第二陣が出港した・・
目指すは南の海。
しばしの平穏が・・



鎮守府前の桟橋から内火艇、連絡艇に乗り込んでいく秦たち。

 

「じゃ、みんな、無事でな。」

 

と声を掛けて秦と睦が乗り込んだ内火艇は空母・鳳翔への向かった。

榛名や皐月たちの船も江田島・小用沖に投錨していたために、艦の手前まではほぼ同じ航路をたどった。

離れていく艇の上で、みな各々の艇に向けて敬礼を送っていた。

それぞれの艦に着くと、内火艇を格納し、各員が艦橋に上がったところで秦が号令を掛けた。

 

「各艦、機関始動! 舫解け!」

 

「了解、全艦に達する! 機関始動開始! 舫、解け!」

 

足元から微かに振動音がしてくると、

 

「機関始動確認、問題なし!」

 

「よし、いい音だ。 全艦、抜錨!」

 

「全艦抜錨!」

 

ガラガラと錨を巻き上げていく音が響いてきた。

巻き上げが完了すると、

 

「では、出港する。 機関、前進微速。 第一航行序列!」

 

「前進びそーく! 第一航行序列!」

 

小用沖を離れていく、第一対潜駆逐艦隊の6隻。

ここで秦が、

 

「睦。 長音、三声!!」

 

と。

 

「了解。 空母・鳳翔、長音三声!」

 

と睦が復唱し、空母・鳳翔が汽笛を鳴らした。

それも、最大音量で。

呉港に響き渡る汽笛。

その意味は、”見送りありがとう。”だ。

艦隊は江田島の北側を廻って響灘を目指す。

 

『右舷前方、柱島泊地。 第一艦隊他、合流します!』

 

呉港内ではなく、柱島に投錨していた長門たち大型艦を含む艦隊と合流した。

各艦隊は単縦陣で豊後水道を出ていく。

 

『対空電探に感有! 左右両方向より編隊接近の模様。』

 

「どれだ?」

 

報告に秦が双眼鏡で覗いた。

 

「そろそろ、各飛行隊との合流予定海域だから、味方じゃないかにゃ?」

 

とは睦だった。

 

『接近中の編隊を確認しました。 全編隊は味方飛行隊です!』

 

「やっぱり。 どうするの、父さん?」

 

「ははは。 当然、各飛行隊に所属艦への着艦を指示してくれるかい。」

 

「りょーかーい!」

 

旗艦・鳳翔から各飛行隊、各空母へ連絡がされたのだった。

第二陣には、大型の空母はいないが、軽空母がいくつか居たので、そこへの着艦が行われた。

空母・鳳翔も例外なく、着艦する飛行隊があった。

艦橋のデッキから見ていた秦。

 

「やはり、”お艦の飛行隊”は練度が高いな。 着艦がスムーズだよ。」

 

「そりゃ、そうにゃし! お母さんが厳しかったからねぇ。」

 

二人して笑ったのだった。

南進する艦隊への着艦が終わるころ、鹿屋基地からの支援機が上空に達した。

 

「基地航空隊、到着。 予定通りだね。」

 

「ああ、そうだな。 この辺りで、敵からの攻撃は無いだろうけど、念には念を入れておかないとな。」

 

九州は都井岬を右舷前方に見たころ、志布志湾に先行していた水雷艦隊が第二陣に合流してきた。

 

「こちら--水雷艦隊および輸送船団、旗艦・駆逐艦・綾波、艦隊に合流する!」

 

「こちら旗艦・鳳翔。 合流了解。」

 

この合流で第二陣全艦が揃った。 そして・・

 

「では、第一対潜駆逐艦隊、対潜警戒態勢に移行。」

 

「了解。 第一対潜駆逐艦隊、対潜警戒態勢に移行する!」

 

睦から各艦へ指示が伝えられる。

やや増速して、朝霜、皐月、卯月、弥生の駆逐艦4艦が前方海域で横一列になった。

艦幅は1キロ。

後方に1キロの地点に榛名。

更に1キロ後方に鳳翔が就いた。

 

 

艦隊がやや大隅半島よりを航行していたときだった。

佐多岬の向こう側に多数の輸送船の船団が見えてきた。

 

「父さん、予定通りに輸送船団と合流するよ。 でも・・」

 

「どうした?」

 

「なんか、予定より船の数が多いんだけど・・・」

 

「は? 多いって?」

 

「うん。 かなり多いよ?」

 

第二陣は、秦の第一対潜駆逐艦隊を先頭に、水雷艦隊、本隊となる戦艦隊と続いていた。

予定では錦江湾に先行していた、途中まで同行する輸送船と佐多岬沖で合流する手はずになっていたのだった。

当初の予定では、随伴する輸送船が10隻と、途中マニラ港まで同行する船団が1つで8隻の計18隻だったが・・

 

「電探の反応だけでも50隻近くいるよ?」

 

「はぁ? そ、そんなに・・ いったい、どうなってんだ?」

 

何故、そんなに輸送船がいるか、と言うと・・

当初は確かに18隻だけだったが、途中で南方に向かう数隻の船団が、第二陣の輸送艦隊が護衛付きで南に向かう事をどこからか情報を仕入れ、同じ南方に向かうなら一緒に行こう! 護衛もあるし、安心だ! と言う事で、日程を遅らせたり早めたりして、最終的には数個の船団が集まってしまったのだった。

ただ・・

同行しようとした船団は、護衛する艦隊は駆逐艦を主体とする水雷艦隊だと思っていた。

ところが、合流しようとした艦隊は、水雷艦隊だけではなかったことに、驚いていた。

船団に接近してくる艦隊は、先頭が駆逐艦だったから、何気なく艦隊を見ていたのだが、後方に高い鐘楼を持つ戦艦が居ることに気づいた。

戦艦・榛名だった。

”あ! 戦艦がいるじゃん! これは頼もしい!”

と思っていたら、その戦艦に司令長官座上の信号旗が無いことに気づいた。

”あれ? 長官旗がないぞ?”

そして、戦艦・榛名の後方に空母が続いていることに気が付いた。

そのころになって、

 

「こちら第一対潜駆逐艦隊、駆逐艦・朝霜! 輸送船団各艦に告ぐ! 進路、速度を我に合わせよ!」

 

と朝霜から通信が送られた。

”え? この艦隊って、確か・・”

対潜駆逐艦隊は珍しかったから、各地の船団でも名は知られていた。

その艦隊の司令は・・将官クラスだ、と言うことも。

駆逐艦隊なら司令官は佐官クラスだが、今回の艦隊は将官クラスが乗っている・・

便乗する船団の船長が慌てて連絡をしてきた。

連絡先は旗艦の空母・鳳翔だった。

しかも長官旗が翻っている。

「こちら、--輸送船団、貴艦隊に同行することを許可願いたい。」

と言う通信がわんさかやってきた。

 

「はぁ。 皆、便乗組だね。 どうするの、父さん。」

 

「無下に断ることも出来んしなぁ。」

 

そう言って、頭を掻いた秦だったが、

 

「各船団に告ぐ。 こちらは第一対潜駆逐艦隊、司令官の楠木だ。 各船団の同行を許可する。 が、安全の保障は出来ない。 以上。」

 

と通信を送った。

秦は、先頭の駆逐艦たちと榛名の間に輸送船団を挟み込んだ。

総数50隻にも上る輸送船団の姿は壮観だった。

 

 

暫くの間、大船団と艦隊は進路を共にしていたが、

 

「艦隊分離点に到達!」

 

との合図で、戦艦を主とする艦隊が、水雷艦隊と共に左に舵を切った。

南西諸島南方で、2つに分かれたのだった。

左に舵を切ったのは、戦艦を主とする艦隊、水雷艦隊など。

その目的地は、トラック環礁。

双方の艦では、妖精たちが甲板上で帽子を振っていた。

秦率いる第一対潜駆逐艦隊と輸送船の船団はそのまま南進をつづけた。

分離しても輸送船団の数は減らなかった。

秦たちの目的地は、まずはマニラ湾だった。

台湾島を右に見て太平洋を南下する。

 

「台湾島を通過。 ここまで何にもないにゃし。 暇にゃし。」

 

「そうは言っても、何もないのが一番だよ、睦。」

 

見えてきたルソン島を左に見て、さらに南下。

そんなこんなで、マニラ湾に到着した大船団。

ここが目的地の船団も居たが、大部分はまだこれからも南進するのだった。

ただ、到着が既に夜だったため、出発は朝にしてここで停泊することにした。

積み荷の荷揚げ荷下ろしの作業は夜通し行われるのだった。

秦は、榛名とこども達を空母・鳳翔の食堂に集めた。

 

「ここまでお疲れ様。 今夜は鳳翔で一緒に夕食といこう。」

 

料理長による夕食は、クリームシチューとパン、南国風のサラダだった。

空母・鳳翔の料理長の腕は、そんじゃそこらの腕前ではなく、秦の妻・鳳翔に引けを取らないほどに、良い腕をしていた。

 

「ん、うまっ!」

 

「よく煮込まれてるよ。 美味しー!」

 

「このフランスパンも、これだけでも十分に美味しいよ!」

 

皆の評価は上々だった。

朝霜はお代わりを数度。

 

「おいおい朝霜さんよ、”お腹、苦しー”って言わないだろうね?」

 

そう言って心配する秦をよそに、

 

「大丈夫、大丈夫。 食べられるときに食べとかないと。」

 

だと。

暫く、食器があたる音がしていたが、

 

「「ふぅー。 食べた食べた!」」

 

と言って食べる手が止まった。

 

「美味しかったねぇ。」

 

「さすが、鳳翔姉さんの料理長ですね。 全てにおいて、美味しかったです! ね、提督?」

 

「ああ。 満足満足。」

 

夕食を終えた秦たちは、何気に艦橋へと戻ってきていた。

 

「なんだかんだ言っても、ここが一番、見晴らしがいいよ。」

 

「やっぱり、あたいたちよりここは高いねぇ。」

 

夜とは言え、各艦の灯りや岸壁の灯りがあったために、それなりに周囲は明るかった。

第一対潜駆逐艦隊は、船団の端に位置していた。

いつでも出港が可能なように・・。

見上げる夜空には、三日月が浮かんでいた。

 

「いいねぇ。 皆で月を愛でるってのは。 お母さんがいないけど。」

 

「ははは。 その点は仕方がないな。 ちょっと寂しいね。 でも、呉で見てるかもよ?」

 

「そうだといいね。」

 

手すりに肘をついて月を眺める秦たちだった。

 

「さぁ、もう休もうか。 明日も早いんだからね。」

 

「うん、じゃぁ、お休み!」

 

「また、明日ね。」

 

そう言って各自の艦へと戻っていくのだった。

 

 

艦の朝は早い。

朝6時になると、国旗、軍艦旗の掲揚が掲揚ラッパと共に行われる。

この時間をもって一日が始まるのだ。

当然、秦が座上する空母・鳳翔が全体の指揮を執る。

今この港で最高位の将官が乗っているのだから。

もちろん、掲揚にあわせて敬礼をする。 艦橋のデッキから。

今日も天気が良さそうだ。

青い空に白と赤の旗が翻っていた。

掲揚後、睦と共に食堂で朝食をとる秦だった。

そして0700。

艦橋から指示をだす。

 

「じゃあ、行こうか。 全艦、抜錨! 出港する!」

 

「了解。 全艦抜錨、出港。」

 

錨が巻き上げられ、外洋に向けて動き出す艦たち。

 

「先頭、皐月。 出るよ!」

 

「続いてうーちゃんも出るぴょん!」

 

「弥生、出るよ。」

 

「朝霜! 出る!」

 

「高速戦艦・榛名、出港!」

 

「殿、空母・鳳翔、出るよ!」

 

まだまだ南進する船団を引き連れて、港を出ていく。

 

「輸送船も港を出たよ、父さん。」

 

「よし。 対潜警戒陣に移行。 艦隊直掩機発艦。 続いて哨戒機発艦。」

 

「了解。 各艦に下令。 対潜警戒陣に移行する。 直掩機、準備出来次第、順次発艦せよ! 対潜哨戒機、発艦準備急げ!」

 

暫くの後、艦隊直掩の烈風が飛び上がっていった。

烈風の後は対潜哨戒機だ。 こちらも準備が来次第飛び立っていった。

船団は、マニラ湾を出てミンドロ島を左に見てさらに南下する。

呉は冬真っ最中で寒かったが、さすがにここまで南に下りてくると暑かった。

些細なことだが、冬着から夏着へと換えていた。

ここで数隻の船団が離れていった。

 

「こちら--船団、今までの護衛、感謝する。 ご武運を。」

 

と連絡してきていた。

船団はイーリン・ブスアンガ両島の水道を抜けていく。

ズールー海に進入した。

暫くは陸地は見えなくなっていた。

 

「なーーんにも見えないぴょん。 鴎も居ないぴょん。」

 

「そうだよねぇ・・ 周りは何にもないし。」

 

「まぁ・・ 綺麗な水平線だけ、だね。」

 

短距離通信で交わされる、ゆっるーい会話だ。

確かに、今現在は電探、聴音に反応はない。

空は抜けるように蒼い。

艦隊の遠くを旋回する直掩機が米粒よりも小さな”点”として見えているだけだった。

艦首が海を裂き、白波を後方へと送っていく音が響いているだけだった。

 

 

 

船団は二つ目の寄港地に着いた。

そこは・・ ダバオだった。

既に大多数の船団は、秦の艦隊から離れ、それぞれの目的地へと向かっていった。

艦隊についているのは、元々艦隊随伴の輸送船18隻と、ダバオが目的地の船団が一つだけだった。

港に着いたのが夕刻前だった。

輸送船団は桟橋に接岸していたが、艦体は沖合に停泊するのだった。

 

「よし、この辺でいいだろう。 投錨。」

 

「了解だよ。 各艦、投錨。」

 

沖合に寄り添って錨を降ろす秦たち。

榛名、鳳翔、朝霜、皐月、卯月、弥生を舷を合わせていた。

 

「今日も、料理長のご飯が食べられるぴょん!!」

 

と言って卯月が空母・鳳翔へとやってきた。

 

「コラ。 まだ”来い”とは言ってないだろう?」

 

「大丈夫、大丈夫。 うーちゃんからの報告ぴょん!」

 

「報告ぅ?」

 

「そうだぴょん。 接舷完了ぴょん。 以上!」

 

それを聞いて、思いっきり呆れる秦だった・・・

 

「そ、それだけかよ・・ まったく・・」

 

隣の睦が笑っていた。

 

「イヒヒヒ。 父さんの負けだね。 諦めたら?」

 

「お前までそう言うか?」

 

「でも、ホラ。 皆来たよ。」

 

「「しれーかんに報告、接舷完了だよ!」」

 

「榛名も完了ですよ。」

 

結局、全員がやってきたのだった。

 

「ああ、もう! 好きにしろっ。」

 

少々オカンムリな秦であったが、榛名をはじめとする皆の顔は笑っていた。

 

 



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雨の戦闘

いよいよ戦いが始まる、のか・・
南洋の拠点・パラオまでもう少しのところで、期せずして戦闘が始まる・・



ダバオの港を出て数時間が経過していた。

目的地は、パラオ。

ダバオから東に向かって進む艦隊は、6隻と18隻の計24隻が秦の指揮下に居た。

出港した時は天気は超快晴で波も穏やかだったが、少しづつ雲の色が黒くなってくるのが分かっていた。

 

「こりゃあ、一雨くるかな?」

 

「電探上はまだ先だけど、雨の範囲は広そうだよ?」

 

雨雲まではまだ10キロ以上離れていたものの、見るからに大きな低気圧の塊に見えた。

離れているのに、目視でも背が高い積乱雲を伴っているのがわかった。

艦隊はその低気圧に向かって真っすぐに進んでいるようだった。

 

「そろそろ低気圧に突入するな・・ 睦。 各艦に荒天対策をとるよう、連絡を。」

 

「了解。 各艦に下令。 各艦、荒天対策を実施せよ!」

 

その連絡を受けた各艦は、甲板上にある洗濯物や風で飛ばされそうな物が艦内に取りこまれていった。

時間的に余裕があったはずだが、荒天対策が終わるとほぼ同時に雨が降ってきた。

途端に凪いでいた波が大きくなった。

そして、ついに・・・

 

 

最初に気づいたのは艦隊左側に居た駆逐艦・皐月だった。

 

「電探に感有。 左10時方向、距離10キロ以上、感は2つ。 急に現れました!」

 

この報は秦にも届けられた。

 

「左方向に感2つ、だって?」

 

「そうらしいにゃ。 それ以上の連絡はまだないよ。」

 

暗く低い雨雲から大粒の雨が降る中、艦橋の窓は雨で視界不良だった。

 

「父さん、どうしよう? すぐに転進するの?」

 

と聞いてくるのは皐月だ。

 

「いや、待って。 皐月、電探の具合はどうなんだ? 反応ははっきりしてる?」

 

「うぅぅん。 ちょっとぼけてるよ。 ボーっと反応したり、くっきり反応したりしてる。」

 

ボーっとしてる、と言う事を聞いて、

 

「全艦、進路、速度そのまま。」

 

と指示を出したのだった。

 

「え? いいの? 確かめなくていいの?」

 

皐月が聞いてきたが、雨と潮風と海水の飛沫を受けている電探が、十分に機能している、とは思えなかったのだった。

だから、反応が正しいことを確かめたかった。

 

「皐月、対象の方位、速度がわかるまで、現状のままだ。」

 

「あ、そういう事ね。 了解だよ!」

 

秦は改めて指示をだした。

 

「全艦、進路、速度、そのまま!」

 

と。

10分ほどして、

 

「こちら皐月。 正体不明の反応、方位0-9-0、速度10ノットで進行中。」

 

と皐月から報告が来た。

 

「10ノットか・・」

 

「この荒れた海で10ノットの速度を出して、かつ電探の反応の小ささからすると、潜水艦の浮上航行じゃないかにゃ?」

 

潜水艦の浮上航行か、と思ったのは秦も同じだった。

 

「睦。 この辺で味方潜水艦の航行予定はあったかな?」

 

「うぅぅん、聞いてないよ。」

 

と首を横に振った。

 

「とすると、無暗に進路を変えて接近しない方がいいかもしれないが・・ 」

 

自席で腕を組んで考え込む秦。

そして、

 

「よし。 低気圧が切れるまで進路、速度はこのままだ。 低気圧が切れたら進路変更、正体不明艦に急接近する。 敵と判明すれば即刻、攻撃開始だ。」

 

と。

 

「了解。 じゃあ、皐月ちゃんたちに伝えるね!」

 

睦が各艦へと伝達した。

 

 

暗く雨がたたきつける荒れた海をまっすぐに進む艦隊。

秦は、低気圧と正体不明艦の両方を見逃すな、と指示したが、空母・鳳翔は揺れた。

200メートルを超える全長の艦が、ゆっくり、ゆっくりと前後左右と揺れた。

同程度の大きさの戦艦・榛名も同じくだったが、小型艦の各駆逐艦はもっとひどかった。

大きなうねりになると、艦が波間に隠れて一瞬、見えなくなってしまう。

司令官席に座る、というよりもしがみ付いている、といった感じの秦。

隣の艦娘席の睦も同じようだった。

その揺れは、低気圧をやり過ごすまで続いたのだった。

低気圧に突入する事数時間。

ようやく低気圧の外縁が目視できる状況になって、

 

「正体不明艦が低気圧を抜けた模様。」

 

との報告が来た。

 

「現在、正体不明艦は、わが艦隊の左舷11時方向、距離7000。 以前進行中。」

 

とのことだった。

 

「よし。 艦隊左舷の皐月、卯月に下令。 進路転進、正体不明艦を確認せよ! 本隊はこのまま。」

 

「「了解!」」

 

「睦。 対潜哨戒機の発艦準備。 低気圧の影響が無くなれば即時発艦できるよう、準備をしてくれ。」

 

「了解だよ!」

 

正体不明艦の確認命令を受けた駆逐艦・皐月、卯月が増速して艦隊を離れていく。

 

「よーし! 第三戦速へ増速! 進路0-8-5! 砲雷撃戦、よーい!」

 

皐月の合図で主砲弾が弾薬室から揚弾されていく。

艦前部の砲塔へと主砲弾が挙げられると、砲身へ込められる。

後部甲板では爆雷の用意が進められていく。

連装砲塔一基あたり主砲弾は2発。

 

「正体不明艦まで距離6500、砲塔廻せ! 続いて、砲身あげ!」

 

12.7センチ連装砲塔が廻って正体不明艦に向く。

砲身が空を睨んでいる。

 

「こちら電探室。 正体不明艦が増速の模様。 こちらに気づいたようです。」

 

「こちら見張り台。 正体不明艦を視認しました。 敵潜水艦と認む!  あ! 敵潜水艦、潜航します!」

 

「主砲管制、照準よし! いつでもいけます!」

 

次々と報告がやってきた。

そして、ついに戦闘が始まる!

 

「皆、いっくよー!!」

 

と声を掛けたのは皐月だった。

 

「主砲、交互射撃開始! てーーっ!!」

 

「うーちゃんも準備よし! てーーっ!!」

 

2艦から放たれた弾が目標に向かっていく。

 

”弾ちゃーーく、今!”

 

目標海面に水柱が上がった。

 

「方位よし、遠弾。 距離調整、次、よーーい!」

 

「距離修正よし、てーーっ!!」

 

次弾が放たれていく。

第二射が潜行しようとする潜水艦に、当たった!

火炎が上がり、黒煙が立ち上ってきた。

命中により、潜行が止まったようだった。

 

「命中! 続けて砲撃!」

 

第三射、第四射と放つ。

更に命中弾が出る。

そして、艦首が海面上に上がったかと思うと、そのまま艦尾から沈んで行ってしまった。

 

「不明艦、一隻沈みます!」

 

「やったね!」

 

喜ぶ皐月と卯月だが、命中したのは一隻のみだった。

もう一隻は、完全に海中に没してしまっていた。

 

「皐月ちゃん、もう一隻潜っちゃったよ!」

 

「わかった。 ソナー、探針音開始!」

 

繰り返し探針音が発せされる。

ピッ・・・ カン!

 

「敵潜水艦、探知! 本艦正面、深度50から60! まもなく真上を通過!」

 

「よーし。 爆雷調整深度70! 投射よーい!」

 

駆逐艦・皐月と卯月が敵潜水艦の真上を通過すると同時に、爆雷を投射する。

 

「爆雷4発、投射する。 てーー!!」

 

艦尾の爆雷投射機から左右に爆雷が撃ち出されていく。

4発だと、左右2個づつで2斉射。

それが皐月と卯月の二艦で8発だった。

爆雷が海中へと落ちていく・・

深度が70になったとき、爆発した。

時間差で8個の爆雷が爆発した。

海中では、爆発点を中心に衝撃波が。

この衝撃波が潜水艦を襲うのだ。

潜水艦は、激しく揺れた。

海上では、爆雷の爆発に伴う水柱が立ち上がっていた。

爆雷投射後、しばらく直進していたが、再度爆雷攻撃をする為、潜水艦の後ろに回るのだ。

 

「よし、反転するよ。」

 

皐月が右に、卯月が左に舵を切っていた。

 

 

低気圧を抜けた空母・鳳翔から対潜哨戒機が飛び立ち、皐月と卯月の支援を空からしていた。

 

「皐月へ。 敵潜水艦進路変更認めず、深度30へ浮上の模様。」

 

と哨戒機から探知結果の連絡が来た。

 

「了解。 後ろから再度爆雷攻撃を仕掛ける!」

 

最初の爆雷攻撃位置から半径3000メートルの円を描きながら敵潜水艦の後ろへつこうとした。

その間も上空の対潜哨戒機の索敵は続いていた。

この対潜哨戒機には、海中の潜水艦の磁気を探知する磁気探知装置を搭載していた。

当然、投下用ソナーブイなども搭載していたが、今回は磁気探知装置だけで十分だった。

 

「皐月、卯月へ。 敵潜水艦、進路変わらず、深度100へ。」

 

「了解! 爆雷調整深度100。 投下用意!」

 

探針音で敵潜水艦の位置を補足しながら、敵潜水艦の後方で準備を進める皐月と卯月。

そして再び攻撃を始めた。

 

「皐月ちゃん、いっくぴょん!」

 

「了解だよ。 増速、第三戦速!」

 

二艦が増速して敵潜水艦の真上に達しようとしたとき、

 

「爆雷、投下ぁ!!」

 

「うーちゃんも投下!」

 

二艦から計8発の爆雷が打ち出されていく。

敵潜水艦が回頭して爆雷を回避しようとしていた。

 

「敵潜水艦、取り舵をとって回頭中!」

 

と対潜哨戒機から連絡がきた。

皐月、卯月は既に爆雷を投下し終え、二艦共面舵を切って再び後ろに廻ろうとしていた。

 

「あーあ。 外されちゃったか・・」

 

「もう一回、行くぴょん!」

 

そう言っている間にも、

 

「敵潜水艦進路変更。 進路0-2-5へ修正求む。 敵潜水艦まで2000。」

 

との報告が来る。

 

「了解! 進路0-2-5。 今度こそ沈めてやるんだから! 卯月ちゃん、いい?」

 

「うん! いつでもおっけーぴょん!」

 

回頭が終わり、再び敵潜水艦の後方につけた二艦。

そこへ秦から連絡がきた。

 

「こちら楠木。 皐月、卯月。 爆雷の残弾はどうだ? 大丈夫か?」

 

「父さん。 うん、大丈夫。 だけど、なかなか当たらないねぇ。」

 

「二人とも、十分に気をつけるように。 いいね?」

 

「りょうーかーい!」「大丈夫ぴょん!」

 

そう返事はするものの、戦果はまだ無い。

そして、三度目の攻撃に移った。

 

「敵潜水艦、前方500、深度50。 進路変わらず!」

 

と対潜哨戒機からの報告だった。

 

「よし。 行くよ! 爆雷、調整深度50。 雷数4。 投下用意! 増速、第三戦速!」

 

「うーちゃんも皐月ちゃんに続くよ!」

 

二艦が増速して潜水艦の上を通過していく・・

同時に爆雷を投下する。

 

「「爆雷、投下あーー!!」」

 

爆雷が打ち出され投下されていく。

深度50で爆雷が爆発する。

計8発の破裂音が響いた。

皐月と卯月はしばらく前進したのち、左右に分かれて回頭していた。

皐月が右に、卯月が左に舵を切っていたのだ。

潜水艦は、というと・・

爆雷が破裂するまでに深度70まで潜っていた。

激しく揺れたが、損害は無かった。

8個の爆雷が爆発し終えると、潜水艦は、右に舵を切り、潜望鏡深度まで急速浮上してきた。

船の回頭は潜水艦の方が小回りが利く。

つまり・・

大きく弧を描きながら回頭する皐月の横っ腹を真正面に捉える位置に、潜水艦が潜望鏡深度まで浮上していた。

そして、潜水艦から魚雷が放たれていた。

雷数は・・・

潜望鏡による目標設定の雷撃ではなく、黙視状態での予想位置へ向けての扇状雷撃だった。

白い航跡を引いて魚雷が進む。

これに気が付いたのは、上空で旋回していた対潜哨戒機だった。

 

「敵潜水艦、潜望鏡深度まで浮上の模様! あ! 魚雷発射! 本数は4つ! 皐月に向かう! 皐月、緊急回避せよ! 右舷90度より雷数4! 扇状雷撃だ。 緊急回避せよ!」

 

「なっ?! 見張り妖精、見える?」

 

「見えた!! 魚雷視認! 右舷90度方向より雷数4。」

 

航跡を捉えたのだった。

駆逐艦・皐月は右に舵を切って回頭中だったため、

 

「くっ。 回頭中止! 取り舵いっぱい! 最大戦速!」

 

面舵での回頭から急遽、取り舵を切った。

それも舵輪いっぱいに廻して、全速力で躱そうとした。

急な回頭で、遠心力で外に振られる皐月。

 

「魚雷、近づく! 距離2500! 衝突コース!!」

 

「右エンジン全速! 左エンジン停止! 後部銃座、魚雷を撃て!」

 

皐月は、魚雷に対して同じ方向に艦を向けて命中する面積を小さくすることを選んだのだった。

また、扇状射撃だったため、魚雷が進むほどに間隔が広がっていく。

その隙間に入ろうと考えたのだった。

後部銃座の25mm機関砲が魚雷が進む海面に向けて火を噴いていたが、なかなかに当たらなかった。

 

 

その時、対潜哨戒機は、敵潜水艦の真上に発煙筒を投下していた。

 

「こちら哨戒機、各艦へ連絡。 敵潜水艦所在位置に発煙筒を投下。 砲撃されたし! 繰り返す。 敵潜水艦所在位置に発煙筒を投下。 砲撃されたし!」

 

その連絡を受けた秦が、

 

「よし、榛名へ連絡。 発煙筒位置に対して対潜攻撃弾で砲撃せよ!」

 

と指示を出した。

 

「こちら榛名。 砲撃了解。 1番、2番砲塔、対潜攻撃弾を装填。 目標、敵潜水艦想定位置!」

 

「こちら射撃指揮所。 方位左20度、距離11000と50! 砲塔旋回! 砲身あげー!」

 

榛名の1番2番主砲の砲塔が旋回する。

1基につき2つの砲身が角度を上げていく。

 

「1番、2番、装填よし! 射撃準備よし! 警報!!」

 

砲撃の準備ができ、発砲警報が鳴る!

次の瞬間!

 

「1番主砲、2番主砲、斉射、撃てぇーー!!」

 

合図と共に轟音が響いた。

4発の主砲弾の発射だ。

砲弾が砲身を飛び出していく。

飛翔の後、目標地点へ向けて砲弾が落下していく。

4発の砲弾が、目標地点に着弾した。

散布界があったために、それぞれがある程度ばらけた位置に着弾した。

しかし、そのうちの1発が海面下数メートルにいた潜水艦にあたった。

海面下とは言え、数メートルでは戦艦の主砲弾があたれば被害は甚大だった。

船体を突き破って艦内で爆発したのだった。

爆発したのはまさに前部魚雷室付近で、搭載していた魚雷に誘爆した。

潜水艦は艦尾を持ち上げたかと思うとそのままゆっくりと沈んでいった。

 

「敵潜水艦に命中! あ! 爆発しました。 敵潜水艦が沈みます!」

 

暫く旋回していた対潜哨戒機から

 

「敵潜水艦、沈没。」

 

と連絡がはいったのだった。

 

 

必死に左回頭する皐月。

白い航跡が迫ってくる。

 

「敵魚雷、1500。 右側一線はコースを外れました。 左側一線も外れました!」

 

残り中央の二線。

艦がほぼ平行位置につくと、

 

「舵戻せ! 魚雷と平行に!!」

 

と。

 

「距離1000切ります、衝突します!」

 

皐月は、覚悟した。

 

「機関停止! 全員、衝撃に備えよ!! 被害対策班、ようーーい!!」

 

「皐月ちゃーーーん!!」

 

卯月の悲鳴にも似た叫び声が響いたとき、身構えた瞬間、艦の両側わずか数メートルを白い航跡を残して2本の魚雷が通過していった。

艦橋から通過していく魚雷を見ながら、

 

「はぁああ・・ 当たらなかったかぁ・・・」

 

とため息をついていた。

 

「皐月ちゃん、大丈夫??」

 

「うん、なんとか、ね。」

 

「で! 敵潜水艦は? 位置知らせ! 右回頭用意!」

 

「敵潜水艦は、味方の砲撃で沈没しました。」

 

「え? 味方の砲撃ぃ?」

 

「はい。 おそらく戦艦・榛名と思われます。」

 

「そ、そうなんだ。 ま、とにかく、卯月と合流して、戻るよ!」

 

爆雷攻撃に参加していた卯月と合流して、艦隊に戻っていった。

 

「皐月、卯月、お疲れ様。 被害はないか?」

 

「もう、危なかったよ。 魚雷があたるかと思ったもん。」

 

「無事で何よりだよ。 さあ。 定位置に戻って。 爆雷の補給はパラオに着いてから補充しておくように。 いい?」

 

「「了解。」」

 

再び艦隊の定位置に戻る皐月と卯月だった。

合流を終えた艦隊は、その後、パラオまで何事もなく航海が続いたのだった。

 



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戦の前に -別れと約束と・・-

艦隊は最終泊地へと到着する。
そこで榛名との別れが待っていた。

そして、いよいよ戦が始まる・・




ようやく目的地パラオに到着した秦たち。

 

「パラオ泊地を目視で確認!」

 

「「「やっと着いたぁぁ!」」」

 

「うん、ようやく着いたな。 全艦、環礁内の泊地に投錨。」

 

「「了解!!」」

 

バベルダオブ島の環礁内に錨を降ろしたのだった。

そして、落ち着く暇なく、次の話が待っていた。

 

「父さん、あれは?」

 

と言って指さしながら皐月が聞いてきた。

その指さす方向には、別の水雷艦隊がいた。

そう。

榛名を迎えに来た、横須賀司令艦隊差し向けの部隊だったのだ。

 

「あれは・・ 榛名の迎えの艦隊だな。 榛名とはここで別れることになるな。」

 

「はい。 に、いえ、提督、お世話になりました。」

 

そう言ってニコリと微笑んではいたが、目じりに光るものが。

 

「え~っ、はるちゃん、もう行っちゃうの?」

 

と嘆くのは卯月だったが、

 

「こらこら。 榛名に迷惑を掛けるんじゃない。 もう決まっていることだ。 俺にもどうしようもないんだから、分かっておくれ。 な?」

 

こども達のなかでも卯月は残念がっていたが、致し方ないのだ。

それでも、ぶーぶーと言っていた卯月も納得はしないまでも理解だけはしたようだった。

 

「すまないな、卯月。」

 

そう言って卯月の頭を撫でる秦であった。

パラオ到着後、すぐに補給と修理を行った。

輸送艦が横付けして、この間の戦闘で使用した爆雷や主砲弾などを補充する。

睦月型、夕雲型の駆逐艦での爆雷は、ほとんど露天のようなものだった。

このため、補充はやりやすかった。

 

「補充する爆雷は、こっちから装填して!」

 

後部甲板の空いている装填台に装填していた。

1発ずつ、ゆっくりと。

まあ、爆弾が裸で甲板上に置いてある、と言えば近いだろうか。

装填台に載せきるまでが慎重な作業だった。

主砲弾は砲塔脇の荷下ろし用ハッチから行った。

12.7センチ砲弾は、信管を外した状態で艦内の弾庫に収められた。

1発ずつ慎重に、艦内へと収められていく。

甲板上での移動は、転がして・・

また、修理も行ったのだった。

損傷は無かったが、不具合を直しておきたかった。

ここで燃料も補給しておいた。

油送艦が横付けして燃料パイプを接続する。

停船しているから、補給はやりやすかった。

各艦の弾薬類は満載、燃料もほぼ満載となった。

これらの作業が寝ずで行われ、2日で終わって、全艦出撃準備が整った。

 

「さて、と。 計画に基づき、明日払暁、わが艦隊は出撃するぞ。 準備は・・ 大丈夫だよな?」

 

「「大丈夫だよ。」」

 

「抜かりないって。 もう、父さんてば、心配性なんだからぁ。」

 

出撃すると、敵根拠地付近での対潜及び対水上哨戒に就くのだ。

その目的は、根拠地攻撃により逃げ出してくる敵艦を補足・撃滅するために。

またはわが軍の後方に潜水艦が忍び込まないようにするために。

 

 

出撃前夜の今宵は、空母・鳳翔でのささやかで、穏やかな夕食となった。

有無を言わさず、皆空母・鳳翔へとやってきていた。

そんな姿をみて、一人呆れている秦だったが、やはり、賑やかで、楽しい時間は欲しかった。

 

「さあ! 早く食べようよ!!」

 

と皆に急かされながら、

 

「あぁ。 頂こう。 皆、いいかい?」

 

と仕切る秦。

 

「「うん!」」

 

皆の返事の後、手を合わせて・・ ”いただきます!” と。

 

今日のメインディッシュは、煮込みハンバーグだった。

 

「このデミソース、美味しー。」

 

「お肉も柔らかくて美味しいよ!」

 

アルマイトの食器に先割れスプーン。

昔懐かしい食器に盛られた煮込みハンバーグ。

どれも秦の掌よりも大きなサイズだった。

だから、食べ応えは抜群!だ。

ソースに漬けるバケットも、カリッとしていて、これも美味しい仕上がりだった。

 

「料理長さんのご飯、いつでも美味しいね。」

 

厨房で親指を立てる料理長が笑っていた。

そんな中、卯月が一人、ご飯にデミソースを掛けていた。

 

「何してんの、卯月ちゃん?」

 

「ご飯に掛けてんの。 こうすれば、即席のハヤシライスぅの完成ぃ!」

 

即席ハヤシライスを口に運ぶ。

ムグムグ・・

 

「うーーん、美味しいよ!」

 

と卯月の顔が笑っていた。

その顔を見ていた秦の顔も微笑んでいた。

 

”皆元気で、いい雰囲気だ。 このまま賑やかだといいのに・・”

 

と思っていたのだった。

 

 

そしてその日がやってきた。

いや、やってきてしまった。

第一対潜駆逐艦隊は自らの補給船を引き連れてパラオを出港した。

同時に、榛名を加えた水雷艦隊がトラックにいる艦隊に合流すべく出港した。

 

「榛名。 呉で会おうな。 絶対に。」

 

「はい。 必ず合いましょう。 それでは行ってきます! みんなも頑張ってね!」

 

「「はるちゃんも頑張ってね! また会おうね!」」

 

と挨拶を交わして、出ていった。

出港した時点で、根拠地攻撃作戦開始の5日前であった。

榛名は、トラック島配備の他の金剛型姉妹と合流するため、パラオから東に進んだ。

秘かにトラックを出港していた艦隊と合流を終えたときは作戦開始2日前となっていた。

 

 

秦率いる第一対潜駆逐艦隊はパラオから南東に進んでいた。

敵根拠地は南太平洋のナウルとのことだった。

ナウルは正しく絶海の孤島だった。

島の周囲には何もない。

一番近い島までは500km離れている。

その次に近い島まではその倍、1000kmもある。

隠れる島もなく、あるのはだだっ広い水平線のみ、だった。

この島は一周4キロ弱の小さな島だった。

ナウルには近づかないものの、ナウルの南方まで進出し、後方へ逃げる敵艦、後ろに回り込もうとする敵艦を補足することが目的の秦たち。

戦略爆撃による攻撃の為、大方の敵艦船は破壊できる、との思惑から秦に同道する部隊は無かったのだった。

パラオから4日は何事もなく過ぎ、既に作戦開始24時間前を切っていた。

想定海域を遊弋する空母・鳳翔のデッキ上で、

 

「あと少しだな。 このままなにもなければいいんだが・・」

 

そう呟く秦。

 

「そう心配しても始まらないよ、父さん?」

 

と答えてくれる睦だった。

 

「まぁ、そうなんだが・・」

 

煮え切らない返事だった。

パラオを出てから、各艦には無線封止を指示していたため、連絡は主に発光信号だった。

警戒体制も厳となっていた。

艦隊上空には直掩機が8機、対潜哨戒機12機が艦隊を中心とする半径50キロを常に哨戒していた。

残りの機体は空母・鳳翔の甲板あるいは格納庫で出撃待機となっていた。

数時間ごとに交代で直掩と哨戒とを繰り返す。

大雨や大しけでもない限り、常時警戒態勢だった。

 

 

作戦開始まで残り8時間となったころ、

 

「ふう。 作戦開始は明日の早朝0500・・。 あと8時間ほどだな・・」

 

とデッキで呟く秦。

2100を過ぎた頃、デッキの手すりに肘をついて夜空と甲板上を見ていた。

今、艦橋に睦の姿は無い。

作戦開始までに、交代で休息を命じていたのだった。

 

(ふぅ。 睦はぐっすり寝ているかな・・ 明日は頑張ってもらわないとな・・)

 

予定では作戦開始2時間前に起きだしてくるはずだった。

各艦は既に夜間灯に切り替えられており、外に向けての灯りは無く、艦橋の灯りすら見えなかった。

空母・鳳翔の甲板上では、夜間にも拘わらず、対潜哨戒機の発着艦が行われていた。

 

”第二飛行小隊各機、発艦準備宜し!”

 

甲板上の作業員から報告が来ると、すぐに航空管制から発艦の指示がとぶ。

 

”発艦始め! 発艦始めぇ!!”

 

第二飛行小隊各機がエンジン音を唸らせながら順番に飛び上がっていく。

 

”発艦終了後、直ちに第三飛行小隊の着艦作業に入る! 着艦制動索よーい!”

 

甲板の後方では着艦の準備が行われていた。

 

”着艦指導灯、点灯よし! 着艦制動索、準備よし!”

 

甲板上の準備が整うと、闇夜の中から翼端の赤と緑のライトが近づいてきた。

一機、また一機と着艦してくるのだった。

 

(さすが、”鳳翔お艦”の航空隊だ。 この暗闇の中で見事な着艦だ。)

 

と感心する秦だった。

対潜哨戒機は、目標が近いこともあって、昼夜関係なく哨戒を行っていたのだった。

 

(こんな暗闇で、いきなり攻撃を食らうことは勘弁したいしな・・)

 

と思っていたのだった。

さらに、

 

(みんなには苦労を掛けるが、やってもらわないとな・・)

 

そうも思っていた。

 

 

そんな静かな時間の中で、急報が飛び込んできた。

 

”敵の索敵電探と思しき電波照射を感知!”

 

報告してきたのは艦隊前方50km付近を哨戒中だった、対潜哨戒機からだった。

艦橋内は一気に緊張の度合いを高めた。

ただ、空母・鳳翔ではこの電波を感知していなかった。

 

「まだわが艦では感知はしていないんだな?」

 

”本艦の逆探には反応なし。”

 

「とすると・・・ まだ水平線の下っていうことか・・ それとも・・」

 

敵の索敵用電探の、周期的な電波を感知したようだった。

連続的な感知では無かった。

つまり、射撃用照射電波では無かった、と言う事だろう。

秦は、

 

「しばらく様子をみよう。 ただし、逆探に変化があれば至急報告の事。」

 

としたのだった。

急報を受けて起きてきた睦も首を傾げていた。

その後、電波を探知し続けていたが、電波を探知しなくなった、と報告が来た。

 

「どういう事だろう、父さん?」

 

睦がそう聞いてきたものの、秦も良くは分からなかった。

 

「さあ・・ 単に周辺を哨戒していただけなのかもしれんな・・」

 

「そうだといいけど・・」

 

「ま、気にしても始まらん。 一応、警戒はしておこう。」

 

「ん、了解にゃし!」

 

暗い艦橋にある海図台の前に立って、腕組みをしている秦。

その海図にはナウルを中心に、艦隊の位置が書き込まれていた。

時間と共に各艦隊の位置がナウルに近づいていく。

言い知れぬ緊張感が高まっていくのを感じる秦だったが、

 

「もう休むか・・ では後を頼む。」

 

と言って司令官室へと向かったのだった。

睦は先に艦橋を出て自室へと戻っていた。

何かあれば連絡を寄こしてもらうことにして、自室へとやってきた秦は、ほんの数時間でも横になることにしたのだ。

灯りを消してベッドに横になる。

 

(ふぅ。 少しでも休んでおくか・・)

 

そう思ったのだった。

 

 

(そう言えば、手紙は届いたのかな。 さすがにもう届いているだろうな。)

 

手紙。

呉を出て以降、途中に立ち寄ったマニラとダバオから呉に居る鳳翔に宛てて手紙を出していた秦。

当然ながら機密に触れる事は書けなかった。

だから、”今日はいい天気だった””二人の赤ちゃんは元気にしているか”とか”身体に気をつけて”くらいしか書けない。

もっとも、手紙の最後には”愛しているよ”と書いてあった。

読みながら頬が熱くなる感じがした鳳翔だった。

それでも、手紙を書く時点までは、”無事に生きている”証にはなっていた。

受け取った鳳翔も、詳細は書かれていないけれども、無事で居ることだけは分かった。

受け取ったとき、

 

(あの人からの手紙ですか。 フフフ。 初めてですね。 いつもは傍に居ましたからね。 そう思うと寂しいですが・・ さあ、なんて書いてあるのでしょ?)

 

そう言いながら封を切った。

そして読み終えて、

 

(呉のほうは問題ありませんよ。 フフフ。 みんな元気の様でよかったわ。 私も元気、赤ちゃんも元気ですよ、あなた。)

 

と思うのだった。

そして、

 

(私もあなたの事、愛していますよ。)

 

そう思ったのだった。

ただ、返事は書けなかった。 いや、書かなかった。

秦は今、海上を移動中だから。

一応、到着地は聞いてはいるものの、機密事項である為、送れないし、書けないのだ。

 

(はぁ・・ まったく、軍機って面倒くさいわねぇ。 こっちの書きたいことが少しも書けないじゃない・・)

 

そう思っては、執務室から外を眺めながら、秦やこども達の幸運を願う鳳翔だった。

 

 

ベッドで仮眠を摂った秦だったが、ほんの4時間程度だった。

眠い目を擦りながら、艦橋に上がってきた。

席に着くなり大欠伸。

 

「ふわぁあああああああ・・ 眠いなぁ・・」

 

両手で顔を擦りながら、何度も大欠伸をしていた。

 

「もう。 そんなんじゃ、先が思いやられるよ。 シャキッとしにゃさい!」

 

既に起きてきていた睦に叱られる秦。

 

「そうは言ってもなぁ・・」

 

愚痴る秦だが、そこへ、

 

「はい。 眠気覚ましのコーヒー。」

 

とコーヒーの入ったカップを差し出してきた。

湯気が出てて、熱そうだった。

 

「おお。 ありがと。」

 

コーヒーを一口飲んで、

 

”うっ”

 

と声を挙げて、しかめっ面になった。

 

「これ、結構濃いんだけど。」

 

「当たり前じゃん。 だから、眠気覚ましって言ったじゃない。」

 

飲み終えて、

 

「ああぁぁ。 目が冴えるわ、こりゃ。」

 

と。

 

「そう言う睦は、休めたのかい?」

 

「うん。 休養バッチリ! とはいかないけど、十分に休めたよ。」

 

「そうか。 そりゃ良かったな。」

 

と顔を見合わせて笑う二人であった。

そして、いよいよ始まるのだ・・

 

 



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戦闘(1)-戦闘開始!-

いよいよ本戦が始まります!
まずは、対潜駆逐艦隊の本領が!
無事に戦いを終えることができるのか?



闇夜を進む艦隊。

そこへ再び報告が、警報と共に来た。

 

”哨戒機より報告! 艦隊正面5000に潜水艦の反応あり!”

 

「なに! そんな近くでか! 詳細は?」

 

さらに追加で報告が来た。

 

「磁気探知機の反応では、水深100から150、浮上の様子は認められないとのこと!」

 

浮上する様子はない、とのことだったが、秦はそれは無いだろうと思った。

 

「5000しか離れていない・・ まさに魚雷を撃つ最適距離なのに、浮上もしないとは・・」

 

「なんだろう、父さん?」

 

追加で報告が来た。

 

”あと4500で敵潜水艦上を通過!”

 

”敵潜水艦、動きなし!”

 

秦は、しばらく考えていたが、次の報告で考えが纏まるのだった。

 

”哨戒機3番機より報告! 艦隊前方11時の方向、距離20000に潜水艦を探知!”

 

さらに、

 

”2番機より報告! 艦隊2時方向、距離21000にも潜水艦を探知!”

 

との報告だ。

 

(という事は・・ この配置は・・ ん、間違いないだろう・・)

 

「睦! 全艦に戦闘態勢に入るよう伝達だ。」

 

「え? それって・・」

 

「恐らく待ち伏せだ。 それも複数のな。 ・・たぶん、潜水艦による艦隊飽和攻撃だろう。」

 

「ヤバいじゃん!」

 

「ああ。 ヤバい。 めちゃくちゃヤバい状況だ。」

 

「でも、どうすんの? 作戦開始時刻までまで2時間ちょっとあるよ?」

 

「止むを得ん。 こっちがやられるわけにはいかないから、作戦開始時刻前だけど、戦闘を開始する!」

 

と語気を強める秦。

 

「いいの?」

 

「ああ、構わない。 俺が全責任を持つ!」

 

秦の一言で一気に艦橋内が緊張する。

 

”あと3000で敵潜水艦上を通過!”

 

との報告のあと、秦が命令する。 前方を見つめて。

 

「全艦に下令。 第一対潜駆逐艦隊、全艦直ちに戦闘配備。 全艦、砲撃・雷撃戦よぉぉい! 輸送船団は後方へ退避!」

 

それを聞いた睦が復唱する。

 

「了解! 艦隊全艦に達する! 全艦、砲撃・雷撃戦用意! 戦闘配備につけ! 輸送船団は後方へ退避!」

 

旗艦空母・鳳翔から各艦に向けて発光信号が送られた。

同時に艦内に警報音が鳴り響いた。

各艦は信号の受信後、返信をしてきた。

 

”各艦より返信。 了解とのこと!”

 

そして後方へ退避する輸送船団からは、

 

”健闘を祈る”

 

と信号が送られて来た。

 

”まもなく敵潜水艦上を通過!”

 

「航空隊に下令。 全機対潜攻撃装備、装備完了次第、発艦せよ!」

 

「了解! 全機、対潜攻撃装備、急げ!」

 

「上空の哨戒機4番機には、通過後の敵潜水艦を攻撃するよう指示を。」

 

「了解。 艦隊上空を旋回中の哨戒機4番機に敵潜水艦を攻撃するよう指示をするね!」

 

”敵潜水艦上を通過しました!”

 

「よし! 現時刻をもって無線封止を解除! 横須賀、呉の司令艦隊に向けて”我、敵ト遭遇セリ。コレヨリ戦闘ヲ開始スル”と発信せよ!」

 

「り、了解! 全艦に発信! 現時刻をもって無線封止解除! 続けて司令艦隊に向けて戦闘開始を通告!」

 

「哨戒機4番機に、艦隊との距離1000で攻撃開始を下令!」

 

水深150で艦隊の通過を待っていた潜水艦が動き出した。

通過するのと同時に浮上を始めていたのだった。

 

”敵潜水艦、浮上を開始の模様!”

 

「第一対潜駆逐艦隊全艦に下令。 艦隊取り舵。 単縦陣に移行。 対潜攻撃用意!」

 

艦隊は左に舵を切った。

その動きは、通過した潜水艦を無視したかの様に。

潜水艦は、シメシメと思ったかもしれない。

潜望鏡深度まで浮上し、味方に通信を送ろうとした瞬間、対潜哨戒機の攻撃を受けたのだ。

 

”敵潜水艦の浮上を確認! これより攻撃する! 対潜爆弾、投下!!”

 

4番機は低空にて翼下に抱えていた対潜爆弾2発を目標に向けて投下した。

ヒュルル・・ と短く風切り音をさせながら落ちていく爆弾。

爆弾2発は、潜水艦の潜望鏡付近に命中した。

爆炎が水しぶきと共に上がった。

 

”よし、セイル付近に命中!”

 

敵潜水艦はセイルに穴が開いてしまっていた。

爆発の影響で右に傾き、浸水して来ていた。

4番機は翼下に抱える残り2発の対潜爆弾も投下した。

その爆弾も潜水艦の船体にまで到達し、爆発した。

すぐに浮上を掛けなかったために、破孔から浸水し水没していく。

艦尾を上にして沈んでいく潜水艦・・

完全に水没すると、

 

”こちら4番機。 敵潜水艦を撃沈す!”

 

と通信を送ったのだった。

 

 

一方、秋吉率いる横須賀隊の司令艦隊では、

 

「なに? 楠木から通信だと? まだ無線封止の時間のハズだろ? 作戦開始まで2時間か。 早いではないか! どういう事だ、赤城?」

 

と秋吉が驚きながら声を荒げていた。

 

「落ち着いてください提督。 楠木提督の艦隊が敵に発見されたようです。 でなければ、楠木提督は勝手なことはしませんよ? 通信にもあるように・・」

 

「とは言え、あと2時間じゃないか。 我慢しきれんかったか。」

 

秋吉は、(焦ったな、楠木)と思ったが、続く報告で理解した。

 

「提督。 楠木提督の旗艦・鳳翔からの続報では、今から1時間ほど前に敵潜水艦1隻探知、10分前にはさらに待ち伏せの6隻を探知。 敵陣形が整う前に攻撃を開始したと。」

 

「なに? 待ち伏せで7隻だと?  密度の濃い待ち伏せ、だな・・。」

 

「恐らくそう判断されたのだと思いますよ?」

 

「そうか・・」

 

そう呟いた秋吉だったが。

 

「赤城よ。 こうなっては、準備を早めた方がいいと思うんだが・・」

 

「はい。 その方がよろしいかと思います。 航空隊からすれば船の1時間、2時間の距離はほとんど誤差ですしね。」

 

「分かった。」

 

そう返事をした時だった。

 

「大湊司令艦隊より暗号電を受信。 内容は”ワレ、コレヨリ攻撃隊発艦ス”です!」

 

と暗号電を受信したのだった。

 

「大湊はもう動いたか・・ では、我らも動こう。 赤城?」

 

「はい。 横須賀艦隊、無線封止解除し、第一次攻撃隊の発艦準備に入ります。 既に対艦装備をさせていますので10分もあれば。」

 

「よし、やってくれ。」

 

「達する! 司令艦隊全艦、無線封止解除! 第一次攻撃隊、発艦準備! 前衛艦隊にも攻撃態勢を下令!」

 

秦からの通信が合図となって、各艦隊が動き出したのだった。

 

「赤城よ。 米戦略空軍へ暗号電文を送ってくれ。 時刻を早める、とな。 1時間は早まるがな。」

 

「了解しました。」

 

横須賀隊の赤城、加賀、大湊隊の翔鶴、瑞鶴、呉隊の飛龍、蒼龍を始め、大鳳、雲竜、葛城、信濃ら大型空母から攻撃隊が発艦していった。

同時に、第一次の高高度爆撃を行うべく、米戦略空軍も時間を早めるため、速度を上げてナウルへと進路を取った。

 

 

「父さん、艦隊の舵を切って大丈夫なの?」

 

「ああ。 奴らの目的は、間違いなく飽和攻撃だよ。 だから、各潜水艦の火点に我々が入らなければ前後左右から魚雷を食らうことは無いよ。」

 

「それって、包囲されてるってことだよね?」

 

「まぁ、そうとも言うな。 だから、逆半円形に並んでるんだよ、奴らは。」

 

探知した潜水艦は、確かに秦の艦隊を包囲する形でいた。

艦隊は左に舵を切っており、敵の最右翼の潜水艦に向かっていた。

 

「もうすぐ潜水艦の上に来る。 包囲網の反対側、左翼方面は航空隊に攻撃してもらう。 同時にね。」

 

「そうなんだ。 だからか・・」

 

「ああ。 同時に両翼から沈めていく。 奴らも動揺するぞぉ。」

 

秦はそう言って、ケケケと笑った。

 

「もう。 その笑い方は朝霜ちゃんそっくりじゃない・・・」

 

「そ、そうかぁ。 やっぱり、親子なんだよ、うん。」

 

「そ、それはそうかもしんないけど・・」

 

”まもなく、敵最右翼潜水艦の上を通過します!”

 

その報告で一気に顔が引き締まった。

 

「よし、皐月、卯月、弥生、朝霜に、攻撃開始を命令! 上空の航空隊にも各個に攻撃開始を指示!」

 

「了解! 全艦、全機に達する。 攻撃開始せよ!」

 

皐月、卯月がやや右に舵を切って、増速。

弥生、朝霜はやや左に舵を切った。

 

「弥生、攻撃開始する!」

 

「あたいも行くよー!」

 

弥生、朝霜の2隻は敵最右翼の潜水艦へ爆雷攻撃を開始した。

 

「うーちゃんの攻撃ぃ!」

 

「あ! 卯月ちゃん、早いよ! ボクも攻撃開始!」

 

皐月、卯月は2番艦へと向かい、ほぼ同時に爆雷攻撃を開始した。

攻撃開始と同時に爆雷による撃沈がでた。

深度調整がうまくいったようで、2発の爆雷で一隻の潜水艦の船体が破れてしまった。

そこへ更なる爆雷が落ちてきて、破れた船体の傷口を広げていった。

瞬く間に船体が折れ、大量の泡と油を吐きながら沈んでいった。

海面では泡と油が大量に浮いてきた。

それを見た哨戒機から、

 

”卯月、皐月の爆雷攻撃で、敵潜水艦撃沈と認む。”

 

と報告がきたのだった。

 

「よし、まず一隻。」

 

その報告を受けたとき、弥生、朝霜の爆雷攻撃で潜水艦を撃破したようだった。

 

「こちら朝霜、敵潜水艦1隻の撃破を確認だよ!」

 

「よくやった。 これで2隻。」

 

次々と戦果の報告がきた。

 

「こちら皐月。 敵潜水艦を爆雷攻撃にて撃沈せり!」

 

「あーん、うーちゃんも頑張ったのぉ!」

 

「あー、はいはい。 共同戦果ってやつね!」

 

「よし、よくやった!」

 

「うん! 卯月ちゃん、次、行くよー!!」

 

皐月と卯月のコンビは次の攻撃に移っていった。

 

 

敵左翼側では、対潜哨戒機による攻撃が始まっていた。

 

”敵潜水艦、位置判明、深度20、潜望鏡深度。 これより攻撃する! 投下魚雷、用意っ!”

 

と機長が指示を出した。

後席の助手が操作卓を操作して応える。

 

”右翼投下魚雷、投下用意、調整深度10! 準備宜し! 投下、いつでもどうぞ!!”

 

攻撃準備完了である。

 

”敵潜水艦まで距離300・・、右翼投下魚雷・・投下ぁ!!”

 

機長が投下スイッチを押した。

右翼に吊り下げていた投下魚雷が機体から放たれ、海へと落ちていった。

着水すると調整された深度まで潜行し、潜水艦へと航跡を残してまっすぐに向かっていく。

潜水艦は、投下された魚雷を探知した。

魚雷は高速度で目標に向かって進む。

その速度は40ノット以上。

潜水艦は、急加速、急潜行をしようとするが、距離が近すぎたのだ。

加速や潜行も無駄となった。

見事に魚雷は潜水艦を捉え、爆発したのだった。

魚雷は、炸薬量は少なかったが、爆発力は大きい高性能な炸薬が使われており、一発でも船体に穴をあけることぐらい簡単だった。

潜水艦は浮上できず、そのまま沈んでいった。

海面に大量の気泡を残して。

 

”敵潜水艦、撃沈と認む!”

 

海面の様子を見て機長が旗艦に報告した。

その報告と同時に、左翼2番艦の撃沈の報告も入ってきた。

 

”敵、左翼2番艦の撃沈を確認!”

 

「上出来だ。 これで4隻。 残り2隻だ。 気を抜くなよ!」

 

と緩みかけた気を引き締める秦だった。

 

 

引き続き、上空からの攻撃が続いていた。

しかし、

 

”海中の騒音の為、一隻失探! ロストしました!”

 

と報告が来た。

 

「なにぃ? 見失った、だと!」

 

「そうみたい。 こんだけ雑音だらけじゃ無理だよ、父さん。」

 

秦の言葉に反応する睦だ。

 

”現在、哨戒機7番機が索敵中!”

 

との追加報告。

海図台に、各艦の移動経路と位置が記されていたが、そこには敵潜水艦の記載もあったのだ。

その海図台を見ながら、

 

「敵に、積極的な意思があったら・・ ヤバいかも・・」

 

と小声でつぶやいた。

 

「え? 何がヤバいの?」

 

睦が聞き返す。

そのうち、対潜哨戒機による攻撃で一隻を撃沈した、と報告がきた。

 

「ふぅ。 あと一隻ね!」

 

そう睦が呟いた直後だった。

 

”敵潜水艦を探知! 方位・・  あ!”

 

「どうした!!」

 

”敵潜水艦より魚雷発射! 雷数四! 旗艦に向かう!! 距離2500!!”

 

報告は7番機からだった。

 

”旗艦へ。 左舷に衝突コース! 雷速40ノット!!”

 

「は、速い!」

 

そう叫んだのは睦だった。

 

「やはり、か。 睦、機関最大出力、最大戦速! 舵そのまま!! 急げ!!」

 

秦が顔を上げて叫んだ。

 

「りょ、了解! 機関最大出力、最大戦速!!」

 

空母・鳳翔の機関が唸りを挙げて出力を増す。

スクリューが回転速度を増して後ろへの白波が大きくなった。

魚雷のコースから外れようとしたのだが・・

如何せん、距離が無さ過ぎた。

 

”距離2000!!”

 

「左舷、対魚雷爆雷、用意! 各砲四連射!」

 

空母・鳳翔の両舷に計8門の対魚雷爆雷投射機がある。

要は、アクティブアーマーだ。

魚雷の目の前で爆雷を爆発させ、水圧の壁を作るのだ。

その壁で、魚雷を破壊、もしくはコースを外させるのだ。

 

”爆雷投射機、準備よろし! 魚雷コースを知らせ!!”

 

”敵魚雷、本艦左舷10時方向、距離1600、雷数四、深度7から8。”

 

”了解、左舷10時方向、雷数四、深度7から8・・ 左舷各砲、調整深度8、通常散布界! 距離400で発射する!!”

 

爆雷調整の指示が飛ぶ。

その間も魚雷は近づく。

 

”距離1000! 衝突します! ・・さらに接近! 800!”

 

「被害対策班、ようーい! 全員衝撃に備えよ!」

 

”距離600、  500、  400!”

 

”爆雷投射機、発射!!”

 

各砲から爆雷が放たれていく。

艦の左舷いっぱいに広がって。

着水すると魚雷に向かって走り、魚雷の目の前で爆発した。

ほぼ同時に16発の爆雷が左舷の海面一面で爆発し、水柱があがった。

空母・鳳翔の甲板よりも高く水柱があがった。

水柱が落ち始めると、爆雷の結果が分かるようになる。

 

”爆雷爆発!”

 

「魚雷は!」

 

睦が叫ぶ!

だが、残念な報告が来てしまった。

 

”! 爆発を抜けた! 雷数1!!”

爆発の壁を抜けた魚雷が1本あった。

しかし、距離が無さすぎの為、あっという間に命中した。

ドォォーーン!

左舷やや中央前方寄りに、敵魚雷があたったのだ。

船体が揺れる!

 

「うわぁああ!」「きゃああああ。」

 

「ど、どこだ! 被害知らせ!」

 

秦が報告を求めた。

暫くして、

 

”左舷水密区画に命中! 不発の様です! ですが、浸水発生!”

 

魚雷は不発だったようだ。

 

「水防、急げ!!」

 

「被害対策班、どうか?」

 

”こちら、左舷被害対策班。 命中箇所は左舷16番水密区画です。 装甲板に亀裂あり、浸水しています。 外壁の為浸水対策が取れません。 そのため、16番水密区画を閉鎖します!”

 

どうやら、一区画は水没したようだが、閉鎖したため、それ以上の浸水は無いようだった。

 

「どうだ睦? 被害の影響はあるか?」

 

「うん、大丈夫みたい。 ただ、左にわずかだけど傾斜気味だよ。 でも、艦載機の発着艦に支障なし、だよ!」

 

「そうか。 良かった。 睦、念のため右舷15番区画に注水だ。」

 

「うん、分かった。」

 

現時点において、感じるか感じないかくらいの傾斜だが、航行に支障は無かったが、秦は右側の水密区画一つに注水するよう指示を出した。

注水によって、左右のバランスをとったのだ。

 

”右15番水密区画、閉鎖確認。 注水完了。”

 

と報告が来た。

それによって、

 

「艦の水平が戻りました!」

 

との報告だ。

敵潜水艦からの第二次の魚雷攻撃は無かった。

空母・鳳翔が回避している間に、哨戒機7番機が敵潜水艦を攻撃したのだ。

対潜爆弾を投下し、撃沈させていたのだった。

これで、探知した七隻全艦を沈めたことになったが、

 

「周囲の警戒を怠るな! 全艦、巡航速度に戻し、探知続行せよ!」

 

と指示を出した。

 

「了解! 全機全艦に達する! 対潜警戒を現状のまま維持!」

 

まだまだ警戒を緩めることはできなかった。

何しろ、海の中を完全に把握は出来ないから、過敏にならざるを得ないのだ。

見えない海中からいきなり魚雷を喰らいたくもなかったから。

最後の撃沈より数分が経過した時だった。

 

「もう、大丈夫かな?」

 

「さあ、どうかな。 戦闘は始まったばっかりだしな。 それに・・ 遠くから聞こえるだろ?」

 

秦がそう言ったのは、タイミングがずれてしまったが、ようやく第一次の高高度爆撃が始まったところだった。

 



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戦闘(2)-水雷戦闘-

ついに始まった最後の作戦・・
秦の艦隊はどうなるのか・・



島まではおよそ80キロまで接近している。

島の方角を見ると、遠く水平線の向こうに黒い雨が降っているように見えていた。

 

「父さん、爆撃が始まったみたいだよ?」

 

「どれどれ?」

 

双眼鏡を覗くとはるか遠くで黒い煙が多数上がっているのが見えていた。

暫くすると、爆発音が小さく聞こえてきた。

第一次の高高度爆撃の炸裂音のようだった。

一回ではない。

数十秒間にわたって聞こえてきたのだった。

 

”爆撃音、未だ続いています。”

 

「ようやく始まったか。」

 

当初予定より30分以上早まったが、どうにか第一次の高高度爆撃が始まった。

投下される爆弾は、親子爆弾だった。

中には滑走路破壊爆弾が含まれていた。

その効果は・・ 残念ながら、効果のほどは期待するしかなかった。

島まで80キロを切って、他方面の味方艦隊の通信がわずかに入るようになった。

 

”無線室より報告。 味方の艦隊からと思しき通信が入っています。 いますが・・”

 

「どうした?」

 

”はい、通信が途切れ途切れで、内容がはっきりしません。”

 

「どう言う事?」

 

”恐らくは、妨害電波を受けているのではないか、と思われます。”

 

「妨害電波、か・・ ま、妥当な判断かな。 その後はどうか?」

 

”爆撃が行われてから、通信状況が悪いながらも少しづつ入電しています。”

 

「内容は、分かる?」

 

”はい。 横須賀司令艦隊からですが、空母・赤城が被弾、戦艦・霧島も被弾の模様です。 その他の艦も含め、被害状況は不明です。”

 

「赤城が被弾? 秋吉提督は無事なのか? 分かるか?」

 

”いえ、分かりません。 こちらから発信しますか?”

 

「いや、それはやめておこう。 他の司令艦隊の状況は分かるか?」

 

”断片的に入電していますが、言葉になっていないので、判別不能です。”

 

「そうか・・ 分かったら知らせてくれ。」

 

”了解しました。”

 

「どうなの、父さん?」

 

「んん、状況はよく分からんなぁ。 ただ、突入作戦は行われているようだな。 霧島の被弾は分かるが、赤城までとは、な・・」

 

「爆撃で撃破出来なかった空母でもいたんじゃない?」

 

「そうかもしれんな・・。」

 

海図を見ながら腕を組んだままの秦だった。

こちらの空母群は、第二線まで下がらないと到達しない距離に配置したはずだったから、赤城が被弾した、と言うのは俄かに理解しがたいことだった。

そして、

 

「睦、司令艦隊方向へ偵察機を飛ばしてくれるかい?」

 

「え、偵察機を?」

 

「ああ。 確か補用で何機か積んであったろ?」

 

「うん。 あるよ。 じゃ、準備させる?」

 

「頼む。 敵空母がいるんじゃ、こっちもそのつもりをしないとな。」

 

「了解。 偵察機、発艦準備、急げ!」

 

空母・鳳翔には、艦上戦闘機、対潜哨戒機以外に、補用で偵察機が積まれていた。

たった2機だったが、こいつを使うことにしたのだった。

対潜哨戒機よりも速度がでて、烈風より航続距離が長いのが特徴だった。

 

「電探室、水上、上空とも警戒を厳に。 見張りも厳に。」

 

偵察機を準備させながら、電探による索敵も厳重にした。

 

「父さん、電探の障害は、もうないね。 妨害電波は出てないみたいだよ?」

 

「そうか。 敵基地への攻撃は、上手くいったようだな。」

 

時間的に見て、既に艦隊突入が行われている頃合いだった。

 

”こちら無線室。 先ほどから他の艦隊からの通信を傍受していますが、通信量が多すぎて、判別できないくらいです!”

 

「艦隊突入が上手くいけばいいんだがな・・。」

 

飛行甲板上では、偵察機2機の準備が整いつつあった。

 

「偵察機、発艦準備完了したよ!」

 

「よし、やってくれ!」

 

”偵察機、発艦始め!”

 

轟音を響かせながら飛び立っていく2機の偵察機。

高度を上げて司令艦隊方面へと飛んでいった。

この間に各艦の残弾確認をしようと思った秦。

 

「各艦の残弾を確認してくれる?」

 

「残弾だね。 了解。 各艦に告ぐ、残弾の確認をし報告せよ。」

 

すぐに報告が来た。

 

「こちら皐月。 主砲弾、機銃弾の残りは9割、爆雷は残り12発。 魚雷は全弾あるよ。」

 

「うーちゃんも主砲弾、機銃弾の残は9割、爆雷は残り15発。 魚雷は全弾残ってる。」

 

「弥生だよ。 爆雷は残り15発。 機銃弾は残り8割ほど。 主砲弾は9割、魚雷は全弾残ってる。」

 

「あたいも同じく、爆雷残り12発。 主砲弾、機銃弾は残り8割ほどだよ! 魚雷は全弾残ってるよ。」

 

「そうか。 爆雷はあと1回戦分くらいか。 あとは大丈夫そうだな。 睦、空母・鳳翔は?」

 

「うん、機銃弾はまだ9割、対魚雷爆雷も8割、主砲弾は全弾あるよ。 航空燃料、航空魚雷、爆弾はまだ半分以上残ってる。」

 

「よし、十分だ。 睦、念のため、輸送艦隊に現在位置を暗号にて知らせておいてくれ。」

 

「いざという時のためだね? オッケーだよ!」

 

 

艦隊は島まで100から80キロ付近を遊弋していた。

この瞬間だけは、戦闘もなく、静かだった。

受信する通信量だけは多かったが。

時には50キロあたりまで近づいたりするのだが、偵察機から報告が来た。

 

”艦隊北東方向20キロ付近に、敵艦隊を視認! 艦数5。 水雷艦隊と思われますが、わが艦隊方面へ航行中! 速度・・は、速い! 25ノット以上!”

 

「何ぃ、水雷艦隊だって?」

 

「そうらしいよ。 各艦の電探にも捉えてるよ。」

 

「敵ならば、戦って撃滅するしかないな。 皐月、卯月、弥生、朝霜。 やれるか?」

 

「え? いいの? うーちゃんたちだけでいいの?」

 

「あぁ。 周辺に大型艦や空母はいない様だから、ここは水雷でやろう。」

 

「「オッケーだよ!」」

 

何故か、顔が笑っているような・・

何か楽しみなような・・

 

「じゃ、先頭はアタイだね。 行くよ! 皐月ちゃん、卯月ちゃん、弥生ちゃん!! 進路変針、増速、黒5! 単縦陣へ。」

 

「睦。 朝霜たちの上空援護を頼む。」

 

「了解。 甲板で待機中の第4飛行隊に朝霜ちゃんたちの直掩をさせるね!」

 

「了解だ。」

 

「第4飛行隊に告ぐ! 直ちに、水雷艦隊の直掩に付け! 発艦始めぇ!」

 

甲板上で待機していた飛行隊のエンジンが廻りだした。

 

”甲板上、クリア! 滑走開始!”

 

との合図のあと、轟音を響かせて空へと飛び立っていった。

 

「全機発艦したな。 よし、空母・鳳翔は現海域で取り舵。 待機行動に入る。」

 

空母・鳳翔は、水雷艦隊と離れて単艦で待機行動に入った。

援護するのは直掩の烈風と対潜哨戒機の4飛行隊分だった。

 

「敵水雷艦隊は、正面より接近。 距離18000! 行くぞー! 皆、砲撃・雷撃戦用意! 敵の目前で取り舵。 同時に魚雷攻撃に入る!」

 

朝霜を先頭にした水雷艦隊は、第3戦速で敵艦隊に近づく。

各艦の12.7センチ主砲には砲弾が装填されていた。

機銃の装弾も完了し、魚雷も準備万端となっていた。

距離16000になった時、敵の先頭艦からの発砲を確認した。

 

”敵先頭艦、発砲! 敵は軽巡1、駆逐4!”

 

報告してきたのは上空の対潜哨戒機だった。

偵察機から交代して敵艦隊の監視を上空からしていたのだ。

 

”だんちゃーく!”

 

弥生の遥か後方に水柱が2本立ち上がった。

 

「うひゃーー!ってなんてね!」

 

かなり遠弾だった。

 

「距離15000、砲撃開始!」

 

朝霜の1番砲が火を噴いた。

そしてすぐに第2射を放った。

弾着修正もしないうちに、だ。

 

”第1射、遠弾! 修正-2!”

 

弾着修正をした第3、4射が放たれた。

その間に敵艦からの砲弾が適当な方角で水柱があがっていた。

敵先頭艦に爆炎が上がったのが見えた。

 

”第3射、命中! 続けて砲撃!”

 

第4射も命中する。 艦橋に、前部砲塔に、見事に。

 

「敵先頭艦に命中。 先頭艦、速度低下、面舵を切っています。 落伍します。」

 

とは見張妖精からの報告だった。

 

「よっし! 続けて2番艦へ照準切替え! 後部砲塔、旋回ギリギリで落伍した先頭艦を狙って!」

 

1番砲は2番艦へ照準を変えて砲撃を加えた。

後部砲塔は、旋回範囲ギリギリで何とか狙えたので、止めに掛かった。

先頭艦は既に被弾多数、しかも搭載魚雷に誘爆して上部構造が大破していた。

距離が12000になろうとしたとき、

 

「皆、距離10000で面舵を切るよ! 左舷魚雷戦用意だよ!」

 

と朝霜から各艦へ伝達された。

 

「よっし、ボクたちも砲撃開始!」

 

朝霜の後ろに続く皐月、卯月、弥生からも、前にいる艦の上を通り越す射撃を行ったのだった。

 

「艦隊、第四戦速だよ!」

 

と朝霜の指示が飛びながら、

 

「前の艦に当てないでね!」

 

「同士うちは御免だよ!」

 

と互いに注意し合う。

 

「うひゃー、後ろから飛び越えていく砲弾って怖いねぇ!!」

 

飛び越えていく砲弾は敵2番艦に吸い込まれていくようだった。

瞬く間に2番艦が火だるまになった。

そして2番艦も速度が落ちていった。

 

「もう、火だるまじゃん・・ それじゃ、あたいは3番艦だ!」

 

各艦から砲撃を行いつつも、魚雷戦の用意がされていく。

 

「左舷の魚雷戦用意! 距離10000、発射角左90度! 射出開度1.5! 雷速最大40、深度調整7! 各艦、雷数2!」

 

「こちら皐月、魚雷戦用意よし!」

 

「こちら弥生、同じく用意よし!」

 

「あーん、うーちゃんも完了! いつでもいいよ!」

 

あっという間に敵艦隊との距離が縮まって、10000になろうとしていた。

敵艦隊からの砲撃は、徐々に近づきつつあった。

こちらからの砲撃も続いていた。

!!

水柱が朝霜の目の前で立ち上がった!

 

「やばっ! そろそろ行くよ! いい、みんな??」

 

距離10000!

だが、朝霜は動かなかった。

 

「朝霜ちゃん! 10000を切ったよ?」

 

「まだまだ、行ける!!」

 

(行ける、ハズだよ・・・)

 

更に直進する。

距離9500!

 

「え? 朝霜ちゃん、まだぴょん??」

 

「まだまだ!」

 

(そう、まだ早いよ!)

 

敵も未だに直進してくるのだ。

 

「もう! これじゃ、チキンレースじゃない!」

 

と嘆くのは皐月だ。

更に、

 

「と、とにかく、再計算! 急いで!!」

 

指示を出した。

距離9000!

 

(まだか! もう・・・)

 

双方は単縦陣なため、真っ先にぶつかるのは朝霜だ。

その朝霜が動かない。

何かを待っているみたいに。

 

「あ! こちら見張台! 敵艦が右舵を切ります! 距離8500!!」

 

「よし! 今だよ! 艦隊右舷回頭! 右16点一斉回頭!! 各艦魚雷用意!」

 

「右舷一斉回頭! 魚雷左85度、距離8500、開度0.5、雷速40、深度調整7! 雷数2! 急げ!!」

 

朝霜を先頭に艦隊が右回頭する。

そして、回頭が終わった朝霜から順に魚雷を発射する。

敵艦隊を左に見た直後、

 

「魚雷設定よし! あたいから行くよ! 魚雷、2線発射!!」

 

朝霜の魚雷発射管から2本の魚雷が射出された。

続く皐月が回頭に入った。

 

「ボクも回頭! 左魚雷戦、用意! ・・・てーーっ!!」

 

卯月、弥生と続けて回頭を行い、それぞれ回頭直後、左舷に敵艦隊を見たとき、魚雷を発射した。

 

「うーちゃん、魚雷撃つぴょん! てー!」

 

「弥生、撃つ! 撃て!」

 

四艦で8本の魚雷が敵艦隊に向かっていく。

四艦は敵艦隊と反航する形となった。

その間も、各艦から主砲を撃っていた。

皐月は、

 

「各砲、目標は4番艦だよ!」

 

と言い、弥生は、

 

「目標、殿艦! 撃て!」

 

と。

距離8500は主砲弾で十分に届く距離だ。

相手の砲撃は至近弾多数、命中弾は少なかった。

 

「左舷、機銃座付近に命中弾! 発煙!」

 

「消火、急げ! 1番砲、休まないで砲撃続行!」

 

と朝霜が先頭にいるだけ、被害は大きかった。

こちらの砲撃は、ほぼ全てが命中するほど精度は高かった。

命中するたびに火炎と爆炎があがっていた。

敵3番艦、4番艦、5番艦と上部構造物に被害が拡がっていた。

もう、命中弾多数のため、火災はおさまりそうになかった。

そこへ四艦計8発の魚雷が到達した。

主砲弾の着弾ではない、高い水柱が計6つ上がった。

3番艦に2つ、4番艦に2つ、5番艦に2つの計6つだった。

 

”魚雷の命中を確認! 3艦に6本! 2本は外れました!”

 

「「やったね!」」

 

艦が持ち上がったかと思うと、爆発の炎と水柱が同時に上がり、艦が引き裂かれていた。

駆逐艦クラス1隻に2本の魚雷は、致命傷だった。

3隻は、あっっと言う間に真っ二つに折れて沈んでいった。

残り2隻も主砲砲撃で、ゆっくりと沈むところだった。

 

「砲撃止め! 旗艦に連絡。 ”ワレ敵艦隊を撃沈ス”!」

 

「もういいでしょ。 旗艦と合流するよ! 速度第三戦速へ。」

 

その連絡を受けた秦は、

 

「よし! ご苦労さん! よくやった!」

 

と褒めるのだった。

 

「へへ。 頑張ってるでしょ! もっと褒めて褒めて!」

 

「そうぴょん。 もっと褒めるぴょん!」

 

「もう。 皆浮かれ過ぎだよ?」

 

「そ、そうだぞ。 まだ終わってないんだぞ。 気を引き締めな!」

 

そんな会話が交わされるのだった。

 



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戦闘(3) -苛烈になる戦闘-

戦闘がはじまって3時間あまり。
第二段階へと移ることに。
いよいよ戦闘は苛烈になってきた。



時間は、艦隊突入開始から3時間が経過し、戦略爆撃の第二段が始まるのだった。

 

”突入部隊から通信! これより退避行動に入る、です。”

 

「いよいよ第二段だな。」

 

秦がそう呟いて、艦橋から双眼鏡で島の方角を見ていた。

 

”こちら電探室。 100キロ先、島の上空15000に大編隊を確認!”

 

「始まるみたいだよ、父さん?」

 

「ああ。 そのようだな。」

 

電探が捉えた大編隊。

戦略爆撃の第二段だった。

米戦略空軍の超大型爆撃機数百機による高高度爆撃。

それも、島全体を対象とする、焦土爆撃だった。

 

「この爆撃で、島の形が変わってしまうだろうな・・ 人の行いとは罪なことだ・・」

 

双眼鏡を覗きながら呟く秦。

目的は、敵勢力を駆逐するためとはいえ、島全体に対する爆撃は、秦の本心からすると、やりすぎだろ、と思っていた。

恐らく、爆撃の後は、虫一匹いない土地になってしまうだろう。

果たして、それでいいのか・・ 大いに考えさせられる行為だった。

 

「ねぇ、しれーかん、あたいらはこれからどうすんの?」

 

「まだ現状のままだよ?」

 

「え~~!!」

 

「なんだよ?」

 

「ちょっとは休みたいぃ~!!」

 

「だめ。」

 

即答だった。

 

「朝霜ちゃん、まだ駄目だよ。 もう少しだから、頑張ろうよ?」

 

「う~、睦ちゃんがそう言うなら・・ 頑張る・・」

 

「皆、頑張ってくれ。 遅くとも今日中には終わらせよう!」

 

そんなくだらない話をしている間にも報告が届いた。

 

”絨毯爆撃が開始されました! 物凄い爆弾の雨です!! 大雨です!”

 

と報告してきたのは、司令艦隊方面へ飛ばした偵察機からだった。

続けて、

 

”巻き添えを避けるため、これより退避します!”

 

と報告してきた。

 

「暫くは様子見だな・・」

 

と呟く秦の期待を裏切る報告が入った。

 

”退避中の味方小型艦数隻が、爆撃の巻き添えで沈没の模様。”

 

「なんだと!」

 

「え? どういう事??」

 

秦と睦が同時に声を出した。

沈没艦の艦名は不明とのことだった。

味方の攻撃で、味方にやられるとは、何という不運か。

秦も、巻き添えを喰らう事があるかも・・と心配していたが、現実のものになった。

 

「大型爆弾を一発でも喰らえば、駆逐艦クラスなんてたまらんだろうな・・」

 

「どれくらいの番数になるの?」

 

と聞くのは朝霜だった。

 

「25番や50番・・ていうもんじゃないよね、きっと・・」

 

「ああ。 予定では、1トン爆弾を混ぜ込んだ、親子爆弾だね。 あの超大型爆撃機、1トン爆弾を10発以上は積めるはずだけどな。」

 

ゲッ

 

顔を顰める朝霜や皐月たち。

 

「そんな機体が、数百機だしな・・」

 

ゲゲッ

艦上爆撃機「彗星」ですら50番、500キロ爆弾を1発積むのがやっと。

艦上攻撃機「流星」の航空魚雷1本でほぼ1トンある。

そんな1トン爆弾を数発積んで、高度10000以上を飛ぶなんて、化け物である。

しかも、通常爆薬ではなく、破壊力がより大きい高性能爆薬だ。

大きさ以上の破壊力がある。

そんな絨毯爆撃の爆炎は遠くからでも確認できるほどだった。

30分程経った頃

 

”爆撃隊が遠ざかります!”

 

と偵察機から報告が入った。

 

「どうやら、第一陣が終わったようだな。」

 

そう思っていたが、

 

「高高度に別の編隊を視認! 大型爆撃機の様です!」

 

と報告が来た。

 

「え? 父さん、どういう事? 別動隊が居たの? てか、味方?」

 

「偵察機へ。 その編隊は味方だ。 爆撃戦果を継続監視せよ。」

 

そんな指示を出した。

 

「味方なんだ。」

 

「別動隊が居たなんて、聞いてないよ?」

 

「はは。 悪い。 機密事項なんでな。」

 

「そう言われるとしょうがないなぁ。」

 

”爆撃機第二陣、数は100機あまりです! まっすぐ島に向かいます。 推定高度12000!”

 

この第二陣が放つ爆弾は、落下エネルギーをそのまま利用し、地中深くまでめり込んで、爆発させるのだ。

事前に偵察を行い、地下設備のあるエリアを特定済みだった。

第二陣の爆撃。

1発の重量は数トンあった。

 

”第二陣爆撃が始まりました。”

 

爆弾が起こす土煙が、上空からでも分かるほどの爆発力だった。

その爆発の振動は、陸地だけではなく、海上の艦隊にも伝わるほどの強烈な爆発だった。

 

「う、微妙に海が揺れてるよ・・ これって爆発の振動?」

 

「そうだな。 これほどまでに振動するとは・・」

 

「す、すごい振動だね・・」

 

「な、なんか怖い感じがするよ・・」

 

みな、島が壊れるんじゃないかと思うくらいだった。

爆撃開始からものの10分で爆撃が終わった。

爆撃機はそのままの高度を保って飛び去って行った。

 

”爆撃が終わりました・・ 島は・・ 全面が茶色になっています・・”

 

秦の思った通り、島から緑が無くなり、茶色い地面がむき出しの島になってしまっていた。

 

「終わったな。 島の形を変えてしまったか・・」

 

何か納得がいかない感じがするが・・

 

「全艦に達する。 周囲の警戒を怠るな。 まだ敵を全滅させたわけじゃないぞ! 偵察機隊、周辺偵察を続行せよ!」

 

「り、了解。 全艦、警戒を怠るな!」

 

そう。 まだ終わったわけではなかったのだ。

 

 

第二陣の爆撃隊が飛び去ってから30分弱。

偵察機から報告が来た。

 

”偵察機2番機から旗艦へ。 我が艦隊方面に向かう敵艦隊を発見! 敵は、大型艦、小型艦合わせて5隻の模様! 艦隊との距離35キロ! 既に射程内!”

 

「なに!? 敵艦隊がまだ居ただと?」

 

「そうみたい。 どうするの?」

 

「どうもこうもない。 やるだけだ。 偵察機へ、敵艦の詳細を知らせ! 睦、全艦戦闘態勢。 砲雷撃戦用意!」

 

「了解! 全艦戦闘態勢、砲雷撃戦よーい!!」

 

「敵艦隊、わが艦隊へまっすぐ向かいます。」

 

”こちら電探室、右舷1時方向に敵艦隊補足! 距離34キロ!”

 

「睦、戦闘機隊全機に爆装を指示。 対潜哨戒機に航空魚雷を搭載。 準備できた機から発艦してくれ。」

 

「り、了解。 戦闘機隊、全機爆装! 対潜哨戒機は装備を航空魚雷に換装! 急いで!! 準備出来次第、順次発艦!!」

 

睦が艦内放送にて艦内に指示を送った。

 

「父さん、この指示って、もしかして・・」

 

「その、”もしかして”の通りだよ。 敵の大型艦を潰さないと。 射程が全く違うからね。」

 

「でも、それだと、航空隊の被害は・・」

 

「ああ。 かなり出るだろうな・・」

 

”偵察機2番機より旗艦へ。 敵の構成は戦艦クラス1、巡洋艦クラス1、駆逐艦クラス3! 陣形は複縦陣!”

 

その報告を受けた秦は、戦艦クラスが1隻ならば・・と思ったのだった。

主砲は、長門級で41センチ砲が4基8門、米国アイオワ級でも16インチ砲が3基9門だ。

もちろん、当たれば一発で吹き飛ぶが、高速で動く小型艦を主砲で沈めることは、まぁ、出来ない。

それでも十分な脅威には違いないのだが。

そう思っているうちに、発砲された。

 

”敵艦、発砲を確認!”

 

”こちら電探室。 敵艦隊上空に直掩機と思しき機影を確認。 機数は4。 こちらに近づく!”

 

その報告を聞いて、

 

「よし。 皐月と卯月に下令。 2隻で敵艦隊の右舷より接近、魚雷攻撃に入れ! 続いて、弥生に下令。敵艦隊の左舷より魚雷攻撃だ。 朝霜は空母・鳳翔の護衛に付け!」

 

「「「了解!」」」

 

駆逐艦・皐月と卯月が増速していく。

駆逐艦・弥生が右に舵を切って、こちらも増速していった。

空母・鳳翔と駆逐艦・朝霜は左に舵を切って退避行動に入った。

 

「睦、敵戦艦から離れるんだ。 距離40キロを維持。 この距離なら敵の砲弾は届かない!」

 

「了解! 敵戦艦との距離を維持!」

 

舵を切った後に、敵の砲弾が着水した。

 

”後方に弾ちゃーく! 被害なし!”

 

空母・鳳翔が作った航跡に数個の水柱が上がった。

退避する空母・鳳翔の甲板上で、各機の発艦準備が整っていった。

 

「戦闘機隊、準備よろし! 発艦、始め!!」

 

飛び立っていく烈風の胴体下には25番の爆弾が2発、抱えられていた。

爆装したのは、直掩や護衛を除く、8機のみ。

その後、航空魚雷を装備した対潜哨戒機が甲板上に上がってきた。

 

「対潜哨戒機、準備よろし! 発艦、始め!!」

 

全速で退避する空母・鳳翔から対潜哨戒機が飛び立つ。

飛び立つのは、現在哨戒中の機を除く8機のみ。

全16機の攻撃隊だ。

 

「攻撃の目標は大型艦のみ! 他には目もくれるな!」

 

と秦に指示されていた。

 

 

発艦作業中にも、敵の4機の機体が近づいてきた。

 

「睦、対空戦闘用意! 朝霜にも対空戦闘を下令!」

 

見るからに、爆弾を胴体下に抱えているようだった。

まずは直掩機が迎撃に向かった。

直掩機が到達するまでは、朝霜と鳳翔からの対空砲が火を噴いていた。

 

”左舷後方より敵機接近!”

 

その情報に、秦よりも睦が叫ぶのが早かった。

 

「左舷銃座、弾幕張って! 対空噴進砲、撃ち方、始め! 航空管制、発艦作業急いで!」

 

対空機銃、対空機関砲が火を噴く中、対潜哨戒機が飛び立っていく。

そして、

 

”全機発艦終了!”

 

との報告がきた。

 

「よし、高機動回避! 頼むよ、睦。」

 

「了解。 任されて!」

 

空母・鳳翔が右に、左にと大きく舵を切るのだった。

 

”こちら直掩機、会敵する! 対空砲を止めてくれ!”

 

飛行隊からの要請で鳳翔と朝霜からの対空砲が止まった。

そして、空中戦が始まった。 ドッグファイトの空中戦。

空中戦が始まると、すぐに分かった。

旋回性能はこちらが優勢だった。

果敢に空母・鳳翔に迫ろうとするが、直掩機の機関砲が敵機を粉砕していく。

 

”まず、1機撃墜! 残り3!”

 

”落ちろ落ちろ! お艦に傷一つ付けてたまるか! 落ちろ!”

 

照準器に敵機影を合わせてトリガーを引く!

20ミリ機関砲弾が光の筋となって敵機に吸い込まれていく。

途端に発火、爆発して四散していく。

 

”残り2!”

 

下を見ると敵機を追い落としていく烈風が見えた。

敵機は被弾したのか、そのまま海へ落ち、飛沫が上がっていた。

 

”よし、残り1!”

 

最後の1機は海面すれすれを飛んでいた。

艦橋から見ていた秦が、

 

「突っ込むのか?」

 

と思った瞬間、追ってきた烈風の射撃でそのまま海へと突っ込んでいった。

海面に衝突してバラバラになる機体。

 

”全機、撃墜!”

 

その報告に、安堵する秦だった。

 

「ふぅ。 危なかったな。 直掩隊、よくやったぞ!」

 

直掩隊は、翼をに振って、再び上空援護に就くのだった。

 

 

空母・鳳翔に襲ってきた敵機を撃墜し終わったころ、皐月、卯月、弥生の3艦は敵戦艦に接近しつつあった。

皐月と卯月は左に舵を切り、敵艦隊の右舷側へ、弥生は右に舵を切って、敵艦隊の左舷側へと向かっていた。

敵艦も接近してくる皐月たちに気付いて攻撃を始めていた。

 

”敵巡洋艦から砲撃!”

 

既に20000の距離を割り込んでいたから、戦艦の副砲、巡洋艦の主砲からの砲撃に曝されていた。

徐々に艦の周りに立ち上がる水柱が増えてきた。

 

「ひゃー、各艦、ジグザグで回避だよ!」

 

敵が発砲するたびに左右どちらかに舵を切って回避する。

 

「機関、問題はない? 故障は無しだよ!」

 

「今のところは!」

 

とは言うものの、舵やエンジンは、フル稼働状態だった。

舵は右に左に頻繁に切られている。

エンジンは、加減速を繰り返していた。

それだけでも酷い使いようである。

その中でも魚雷の準備が進む。

 

「第一弾右舷魚雷戦準備! 敵方位右65度、相対速度マイナス30、距離15000、雷速40、調整深度8、雷数2! 卯月ちゃん、合わせて!」

 

「了解ぴょん! 第一弾右舷魚雷戦、皐月ちゃんに合わせて!」

 

準備ができたとき、2隻が左に舵を切った。

右舷に敵艦隊を見る位置に。

 

「よし! 第一弾魚雷戦用意! 撃て!!」

 

魚雷発射管から2本の魚雷が、敵艦隊の未来予想位置に向かって放たれた。

 

「うーちゃんも発射する! てーー!」

 

続けて卯月からも2本の魚雷が放たれた。

 

”魚雷、航走!!”

 

魚雷を発射するとすぐに増速して次の魚雷攻撃の準備に入った。

 

「次、左舷魚雷戦準備。 こっちが本命だから、再計算、よろしく!!」

 

予備魚雷も装填して、残本数は6本。

これが皐月と卯月の2艦で12本だった。

 

「第二弾、本命だよ! 魚雷戦準備! 敵方位左45度、相対速度マイナス25、距離12000、雷速40、調整深度8、雷数6! 全弾行くよ!!」

 

次々と落ちてくる敵砲弾を躱しながら魚雷の準備が進む。

 

”弾ちゃーく! 至近です!”

 

至近弾で艦体が左右に大きくうねった。

その中を魚雷の必中射点に向けて、欺瞞航路を進む皐月と卯月。

卯月が遠くを見ると、敵艦の反対側に弥生が一人で進んでいた。

 

 

”皐月、卯月が第一弾魚雷戦を開始した模様!”

 

「こっちも行くよ! 敵艦隊右舷40度、距離15000、雷数4! 急いで!」

 

”準備よし! いつでもどうぞ!!”

 

「魚雷、発射!!」

 

弥生から4本の魚雷が放たれた。

こちらも敵艦隊の未来予想位置に向けて4本の魚雷が走っていく。

 

 

魚雷発射とほぼ同時刻に、攻撃隊による攻撃が行われていた。

航空魚雷を抱える対潜哨戒機が4機1組になって、敵戦艦の右舷側からと正面やや右からの2コースから接近していた。

25番を2発抱える戦闘機隊は、高度5000から降下して来ていた。

まずは、敵戦艦に向けて1飛行小隊4機が突入する。

降下爆撃に気付いた敵戦艦から対空砲が撃ちあがってきた。

機体のそばを光る弾が通り過ぎていく。

高度4000、3000、2000・・

 

「目標、敵戦艦のどてっぱら!  ・・・行けぇ!!」

 

1機あたり2発の25番の爆弾を投下する。

投下し終えた機体を急激に引き上げて回避する戦闘機隊。

回避する戦闘機が1機、敵の対空砲を受けて火を噴いていた。

 

”被弾した! 脱出する!!”

 

そう言い残して海へと突っ込んでいった。

同時に、敵戦艦に爆弾が落ちて、爆炎が上がった。

命中は8発の内5発だった。

艦中央部に3発、前部砲塔付近に2発だった。

中央部への3発の内2発が煙突に落ちていた。

煙突も対爆構造ではあったが、落下エネルギーと合わさった爆弾の威力には太刀打ちできなかった。

機関部にまでその爆発がおよび、機関の半分が被弾してしまっていた。

3発は海へと落ちて、水柱が上がっていた。

さらに残り4機の戦闘機隊も降下してきた。

2機は敵巡洋艦に。

残り2機は駆逐艦に。

巡洋艦には2発が命中し、2発が外れた。

前部甲板の砲塔付近と左舷の中央部付近に命中だった。

中央部の爆弾は、搭載していた魚雷にうまくあたったらしく、大爆発を起こしていた。

その爆発力により、船体が二つに折れ、中央部から沈んでいった。

駆逐艦への爆撃は艦首付近に落ちていた。

あたった直後にその爆発力で艦首が一瞬、沈みこみ、次に爆炎が起こった。

艦首がもぎ取られてしまっていた。

浸水により艦が前屈みになっていたが、完全に沈みはしなかった。

 

 

戦闘機隊の爆撃の後は、対潜哨戒機の航空魚雷攻撃がやってきた。

 

”無事な艦にむけて、2機ずつ攻撃する! 魚雷、投下ぁ!!”

 

敵艦まで距離2000で、対潜哨戒機から航空魚雷が投下されていく。

まだ生きていた対空砲によって2,3機が被弾した。

だが、何とか全機魚雷を投下し終えた後だった。

投下された航空魚雷は、沈みかけた巡洋艦に2本が、同じく艦首がもぎ取られた駆逐艦にも2本が向かった。

残りの航空魚雷は無事な駆逐艦に向かうが、艦上から銃撃がなされ、必死で舵を切って回避しようとしていた。

もう、艦隊運動どころではなかった。

動きが取れない巡洋艦と駆逐艦に2本ずつが命中して、大きな水柱が上がった。

巡洋艦は前後1本ずつが命中し、水柱が収まるとほぼ同時に沈没した。

駆逐艦1隻に2本の航空魚雷は致命的だった。

爆発の瞬間、船体が持ち上がったかと思うと、水柱が立ち上がり、船体が裂けていくのが見えた。

魚雷があたった舷を下にしつつ、転覆してしまった。

ずぶずぶと沈んでいくのが上空から見て取れた。

 

”敵巡洋艦、撃沈セリ!”

 

続けて、

 

”敵駆逐艦1隻、転覆! 撃沈と認む!”

 

と報告されたのだった。

 

 

敵艦隊の悲劇は続いた。

敵戦艦右舷に1本の水柱が上がったのだ。

15000の距離を走ってきた駆逐艦・皐月と卯月の魚雷がようやく到達したのだった。

だが、当たったのは1本のみで、3本が外れた。

 

”駆逐艦・皐月の魚雷1本、命中! 残りは外れた!”

 

戦艦に魚雷1本は、そんなに被害は出なかった。

浸水があったようだが、まだまだ動いていた。

砲塔が旋回し、火を噴いていた。

しかし、今度は左舷から水柱が上がった。

駆逐艦・弥生からの雷撃4本の内1本だった。

こちらも15000の距離をやってきたのだった。

2本は外れたが、残り1本が最後尾を行く駆逐艦にあたって水柱が上がっていた。

あたった瞬間、駆逐艦は中央部が持ち上がったが、今度は崩れるように沈んでいく。

 

”駆逐艦・弥生の魚雷、2本命中!”

 



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戦闘(4)-無傷ではいられない-

戦いが進む中で、ついに被害が!



敵艦からの砲撃は、続いていた。

敵艦隊まで12000の距離に着こうとしたときだった。

駆逐艦・皐月に強烈な衝撃が走った。

艦橋にいた皐月が下から突き上げられたような感じだった。

 

「な、なに??」

 

船体が後ろに引っ張られ、艦首が水面の上に出ていた。

すぐに、爆発の衝撃が艦全体を襲った。

同時に艦首が水面を叩くように着水した。

 

「わああぁぁぁぁぁ!!」

 

衝撃で艦橋の窓が割れて飛び散った。

 

”艦尾被弾!!”

 

その報告を理解する間もなく、駆逐艦・皐月の艦尾から大量の爆炎が上がっていた。

 

「皐月ちゃーーーん!!」

 

叫んだのは卯月だった。

 

「皐月ちゃん、大丈夫?」

 

駆逐艦・皐月の後ろを航行していた卯月からは、皐月が被弾したのが良く見えていた。

 

”皐月、艦尾に被弾!!”

 

”皐月、速度低下! このままだと衝突します!”

 

「もう! 取り舵20度! 駆逐艦・皐月を避けて!!」

 

駆逐艦・卯月が取り舵を切って衝突を避けようとした。

 

”こちら機関室! 艦尾を撃ち抜かれました! 舵が効きません! 推進力、0!! 浸水発生!!”

 

「ダメージコントロール、急いで!」

 

艦首が起こす波が無くなっていた。

 

”緊急排水するも・・ダメです! 浸水止まりません!”

 

「クッ、機関室より後ろを閉鎖!」

 

皐月は、機関室から後尾の閉鎖を指示した。

だが、浸水は止まらなかった。

そして、二発目が艦の後部に当たった。

二度目の衝撃が艦全体を襲った。

 

「きゃぁぁぁぁぁ!!」

 

”浸水、さらに拡大! このままでは・・”

 

皐月は悩んだ。

大いに悩んだ。

悩んでいる間にも被害が増えていった。

新たな衝撃が艦全体を襲った。

艦中央部から後方で爆発を起こしていた。

 

”後部弾薬庫、誘爆しました!! ダメです、手がつけられません!! 艦内にガスが充満しつつあり!!”

 

急激に艦尾が沈み込む状況を把握した。

こうしなければ、ヤバい、と決断した。

 

「総員、退艦!! 急いで!! 繰り返す! 総員退艦!! 旗艦へ打電! ”総員退艦ス!”と・・」

 

言い終わるまでに、大爆発した。

 

 

艦尾から沈む駆逐艦・皐月を見て、卯月が叫ぶ。

 

「皐月ちゃんたちの救助を!! 艦を横付けして!」

 

だが、ここはまだまだ敵の射程内で、敵艦も健在だった。

皐月に向けて舵を切ったのだが・・

次の瞬間、今度は駆逐艦・卯月に強烈な衝撃が襲った。

艦首付近に敵戦艦からの砲弾が命中したのだった。

 

「ぎゃあああああ!」

 

駆逐艦・卯月の艦首が海中に沈み、艦尾が水面上にあらわになった。

回転するスクリューが水の上で、カラカラと虚しく回転しているのが見えた。

爆音とともに爆炎が空へと立ち上った。

艦首が海面上に浮き上がり、艦尾が海面を叩いていた。

艦橋から艦首を見ると、命中した破孔が煙を吐きながら見えていた。

艦首から数メートル分が無くなっているようだった。

 

”艦首、断裂しています! 浸水発生!!”

 

「とにかく、浸水を止めて!! 急いでぇ!!」

 

艦首がもぎ取られた状態では、水の抵抗が大きすぎて速度が出ない。

急激に減速する卯月。

そこへ、ここぞとばかりに敵艦からの砲撃が続いた。

皐月や卯月の至近距離に着弾すること、多数。

水柱が崩れて卯月の上に降ってくる。

 

「きゃあああああ。」

 

小雨と言うレベルじゃない。

滝のような水量だった。

 

”浸水、止まりません!”

 

”機関は動いていますが、進みません!”

 

”機関室に浸水! 排水急げ!”

 

艦が進まない上に、浸水して徐々に沈み始めてしまった。

ここにきて、卯月も決断した。

 

「うー、総員退艦だぴょん! 逃げるぴょん!! 急ぐぴょん!!」

 

卯月が指示を出した時点で、前部魚雷発射管が水没する直前だった。

 

「全員、飛び込むぴょん!!」

 

そう叫んで海へと飛び込んでいった。

 

 

遠くに皐月と卯月の爆炎を見た弥生は、残る魚雷を発射すべく、発射点に向かっていた。

浮いている敵艦は、戦艦1と駆逐艦2の三隻のみだった。

 

「魚雷準備、急いで!」

 

敵艦隊迄12500。

まだまだ距離があったため、全速で近づく弥生。

 

「機関、全速よ! 10000を切ったら同航戦に!」

 

窯が破裂する寸前まで出力を上げ続ける弥生だった。

その間も主砲による砲撃を行いつつ接近する。

 

「右舷魚雷戦用意、右90度、開度0.5、距離10000、深度調整8、全弾行くよ!」

 

何とか9800まで接近した。

 

「よし! 取り舵いっぱい! 同航戦に! 全主砲、右舷より砲撃続行!」

 

皐月、卯月を狙っていた敵砲弾が弥生に向かい始めた。

弥生の周囲に着弾する敵弾が増えてきた。

 

”左舷弾着、至近!”

 

同航戦になった時、

 

「全魚雷、発射! 撃て!!」

 

駆逐艦・弥生に残されていた4本の魚雷が放たれた。

敵艦隊に向けて。

 

”魚雷航走、確認! 到着まで5分!”

 

魚雷を撃った弥生は、

 

「皐月ちゃん、卯月ちゃんの救援に向かうよ! 前進全速ヨーソロー!」

 

と指示を出していた。

しかし、敵艦まで距離9500を切った途端、生き残っていた敵艦の砲から多数の砲撃を受けるのだった。

右舷に敵艦を見ている弥生に、敵砲弾が次々と襲い掛かってきた。

一発は1番砲に命中し、1番砲が大破、砲撃不能になってしまった。

次の一発は艦尾だった。

艦尾の爆雷投射機付近に命中した。

そのはずみで爆雷投射機が破壊されてしまった。

更に二発が艦橋とマストの中央部に命中し、艦橋の右半分が吹き飛んでしまった。

爆風で反対舷の壁まで飛ばされた弥生だった。

命に別状なかったが、意識が一時失うほどであった。

最後は、右舷の喫水線付近に数発を喰らってしまった。

装甲版を破って艦内に飛び込んだ砲弾が、一瞬の間をおいて爆発する。

それが数発だった。

再びの爆発の衝撃で意識を取り戻した弥生だったが、あまりの衝撃に、艦の傾斜に、そして、被害の大きさも考え、最後の指示を出した。

 

「うぅっ、うぅ・・ ここまでかしら・・  総、員、退艦・・」

 

その言葉の後、右舷を下にしながら、駆逐艦・弥生は転覆してしまった。

 

 

駆逐艦・弥生に命中し爆炎が上がるのをみて喜んだであろう、敵艦隊だが、その喜びは一瞬だった。

左舷の水線下から強烈な振動がやってきたのだった。

数分前に弥生が放った魚雷が命中したのだった。

戦艦に2発。

駆逐艦2隻に1発ずつ。

高い水柱が4つ上がった。

弥生の放った魚雷は全弾命中だった。

被害は・・ 大きかった。

駆逐艦2隻とも左舷に直撃で、舷側を破って浸水。 転覆寸前の状態になってしまっていた。

戦艦も、同じく左舷に2発、しかも1発はスクリューシャフトにあたったらしく、推進力はゼロになっていた。

もう1発は艦首付近に命中し、艦首を失い、艦首左舷に大きな破孔が出来ていた。

これらの浸水のため、左へ傾斜し、各砲塔の旋回が出来なくなってしまっていた。

つまり、攻撃不能だった。

敵艦からの砲撃が止んだことを確認した秦は、朝霜と睦に止めを刺すよう指示を出した。

 

「睦、朝霜。 砲撃のやんだ敵艦に対し、止めを刺すんだ。 主砲、砲撃用意!」

 

「「了解!」」

 

駆逐艦・朝霜と空母・鳳翔が舵を切って攻撃力を失った敵艦隊へと向かった。

 

”敵艦隊、有効射程に入りました!”

 

「主砲、撃て!」

 

”1番砲、方位よし、距離15000! 電探照準よし! 交互射撃で砲撃する!”

 

まず、空母・鳳翔から艦橋前部に据え付けられた15.2センチ連装砲が火を噴いた。

空母・鳳翔には、駆逐艦にはない大型の射撃用電探が搭載されていた。

これの精度が良かったらしく、初段から命中した。

当然ながら、既に動かなくなった船に対しては、外すことは無かった。

また、駆逐艦・朝霜の主砲も火を噴き、敵艦に命中していた。

火を噴く敵艦において、わずかながら砲塔が生きていたらしく、時々砲撃してくるのだった。

砲塔の旋回が出来なかったため、方位を定められなかったが、一基だけがたまたまこちらに向いていた。

その砲からの砲撃が、これまた、たまたま距離があい、砲弾が命中した。

あたったのは空母・鳳翔の舷側だった。

艦首付近の飛行甲板すぐ下に、一発の砲弾があたったのだった。

小口径砲だった為に、衝撃は軽かったが、当たった瞬間、飛行甲板が爆圧で持ち上がり、破孔を作った。

炎と煙が上がった。

 

”飛行甲板付近、被弾!”

 

「被害は? 誘爆を防げ!」

 

被害状況を確認するよう、指示を出す秦。

 

”左舷カタパルト故障! 使用不能! ただし、右カタパルトは支障なし!!”

 

”損害軽微! 艦載機の発艦には支障なし!!”

 

とのことだった。

艦橋から甲板を見下ろす秦が、

 

「軽微だったか。」

 

と胸をなでおろすのだった。

鳳翔と朝霜の二艦は一方的に砲撃を繰り返し、十数発を撃ち込んだところで、敵戦艦が大爆発を起こした。

巨大な煙を吐きながら、左舷後方から海へとゆっくりと沈んでいくのが見て取れた。

駆逐艦は元々魚雷が当たっていたために数発の砲撃が命中しただけで、転覆、沈没していった。

 

 

戦闘開始から1時間あまりが経過した。

水上、対空の各電探に敵の反応は無かった。

また水中聴音も反応は感じられなかった。

 

”水上電探に、敵艦の反応なし。”

 

”対空電探に、味方機以外の反応なし。”

 

”水中聴音も同じく、敵の音源を感知せず。”

 

残るは、3度目の爆撃による焦土爆撃だけだったが、もうほとんど島には建物らしいものは無くなっていた。

それでも大型爆撃機による高高度爆撃が行われたのだった。

 

「父さん、高高度12000に大編隊を確認したよ・・ これで最後だね・・」

 

「ああ。 恐らく最後になるだろう。」

 

大編隊は島の上空で爆弾を投下して飛び去ってしまった。

投下された爆弾は数百個にもおよび、既に緑が無くなった島の大地をさらに”耕して”行った。

双眼鏡で島の方を見ていた秦は、

 

「これで、終わったのか・・・  睦、艦隊の被害状況を確認してくれるかい?」

 

と言い、睦が応えるのだった。

 

「了解、分かったよ。」

 

と。

 



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戦闘(5)-終結・・-

被害続出だったが、ようやく終わりが。
無事な者は・・



秦が率いる第一対潜駆逐艦隊5艦は・・現在2艦が海上に浮いているだけだった。

その報告を受けたのはすぐの事だった。

 

「水上電探より報告。 前方2000に駆逐艦・朝霜を確認。 それ以外の艦影は、半径20キロ内にはありません。」

 

ん??

何かおかしい、と思った。

艦隊は5隻のハズだが・・

 

「無線室より報告します。 戦闘中に、駆逐艦・卯月、弥生、皐月の通信途絶を確認しました。 卯月は--時、弥生は--時、皐月は--時。 3艦共沈没と思われます。」

 

「「え・・」」

 

卯月、弥生、皐月は・・ 沈没らしい、とのことだ。

秦も、睦も絶句した。

俯き、拳を握りしめた。

椅子のひじ掛けを思いっきり叩いて・・

 

「そんな・・ あいつらが、沈んだ・・」

 

と唇を噛んだ。

隣で聞いていた睦も、

 

「うそ・・ そんな・・ 皐月ちゃんたちが・・」

 

とショックを受けていた。

煤けた顔が、怒りで紅くなる。 が、その頬に涙がつたう。

 

「なんで、ねぇ、なんでよ! 皆あんなに訓練したのに! 父さん! なんで・・」

 

涙が頬を伝って落ちる睦が秦に詰め寄ってきた。

睦が秦の胸を叩く。

秦も、信じられない気持ちだったが、睦と一緒に泣くわけにもいかなかった。

だから・・

 

「まだ、まだ確認したわけじゃない。 だから、まだ希望は・・ 睦・・」

 

そう言って睦を引き寄せて抱きしめるのだった。

その瞬間に、大声で泣き出す睦だった。

だが、泣いてばかりはいられない。

まだ”終わった”訳ではなかったから。

 

「睦、涙を拭いて・・。 すまないが、被害と周囲の確認をしておくれ。 頼む・・」

 

納得していない、分かりたくない、と思ったものの、このままでは何もできないのも確かだ。

涙をぬぐって、

 

「ウン・・ 分かった・・ 確認するよ・・」

 

と応えた睦だった。

 

 

しばらくして、各部署からの報告が、瓦礫が散乱する艦橋内に響く。

 

「水上電探室より報告。 機器状態が悪く、半径20km以上は判明しません。 ただし、20km以内に敵影認めず。 前方2000に駆逐艦・朝霜、後方10000に大型艦1隻を確認、敵味方信号を確認中。」

 

「大型艦が1?」

 

秦は戦闘準備を下令した。

 

「こんな時に。 戦闘態勢! 急げ! 砲撃戦よーい!! 上空の直掩機にも連絡だ!!」

 

慌ただしくも、次の報告が来た。

 

「水測より報告。 半径5000以内に潜水艦を探知せず。」

 

近くに敵の潜水艦は居ないようだった。

それは、それとして良かった。

 

「睦、朝霜へ連絡。 砲撃戦の用意だ。」

 

睦が朝霜へ伝えると、朝霜から返事が来た。

 

「こちら朝霜! 砲撃戦用意よし! ただし、魚雷の残数はゼロ!」

 

そうだった。

駆逐艦・朝霜は魚雷を撃ちつくしてしまっていたのだった。

予備魚雷もない。

秦は、”これはヤバい・・”と思った。

だが、次の報告が来る。

 

「敵味方信号を確認しましたぁ。 大型艦は、戦艦・榛名です。 現在、こちらに向けて接近中の模様。」

 

「戦艦・榛名より、信号。 内容は・・”ソチラニムカウ”です。」

 

その報告で、一瞬にして気が抜けた。

 

「ハァーーーー・・ 榛名か。 良かった・・ 生き残っていたか。」

 

「睦、戦闘態勢を解除だ。 朝霜と榛名にこちらへ来るよう、伝達してくれるかい?」

 

「オッケー! 伝えるね。」

 

睦が連絡すると、二艦から返答がきた。

 

「朝霜より、しれーかんへ。 そちらに接舷するね。」

 

「榛名より、提督へ。 了解しました。」

 

朝霜と榛名が、共に生き残った。

ああ、生き残ったんだ、と改めて思う秦だった。

ただ・・ 喜んでいいのやら、悲しんでいいのやら・・

この時点で空母・鳳翔は微速で進んでいる状態だった。

座り込んだままだった秦が、ようやく立ち上がり、司令官席に座りなおしたとき、空母・鳳翔の左舷に駆逐艦・朝霜が近づいてきた。

軽い衝撃の後、舫が渡されていく。

続いて、高速戦艦・榛名が右舷に近づいてきた。

朝霜よりも大きな衝撃の後、榛名との間に舫が渡されていく。

しばらくして、艦橋に朝霜と榛名がやってきた。

朝霜の服は、一部に焼け、千切れていた。

顔も煤け、頬に絆創膏を張り付けていた。

榛名も、振袖が千切れて短くなっているし、足や腕は、ぶつけたのだろうか、あざがいくつもあった。

髪も埃をかぶっているかのように、一部が白く見えていた。

二人して司令官たる秦に報告する。

 

「駆逐艦・朝霜、無事、生き残ったよ! フネは、ボロボロだけどね。 ヘヘヘ。」

 

泣き笑い顔で言う。

 

「提督、戦艦・榛名、生き残りました。 ご無事で何よりです!」

 

敬礼して報告する二人。

それを聞く秦だったが・・ 終わると同時に、

 

「よく、生き残った!」

 

そう言って、両手を広げて朝霜と榛名の二人を抱きしめた。

力強く抱きしめるのだった。

 

「きゃっ」「わっ」

 

と悲鳴が上がる。

秦の目からは、涙が零れ落ちていた。

 

「て、提督、ご報告がまだあります。」

 

「えっ、まだ?」

 

「はい。 この海域に至る途中で、艦娘・皐月、卯月、弥生の三名を救助しました。 命に別状はありませんが、弥生ちゃんは意識不明です。」

 

「え? 三人が救助されてる? ほんとか!」

 

「はい。 ほんとの偶然なんですけど・・ わっ」

 

秦は改めて榛名を抱きしめた。

 

「そうか! 無事だったのか。 ありがとう、榛名! ありがとう!!」

 

抱きしめられた榛名の顔は、煤けてはいたが、赤くなっていた。

 

「朝霜ちゃん、お帰り! はるちゃんも!」

 

「睦ちゃんもお疲れだね! 旗艦の役目、ご苦労様だね!」

 

お互いを労った。

その後、秦たち全員は、榛名の医務室へとやってきた。

そこで治療を受けている、皐月、卯月、弥生を見舞うために。

秦たちが医務室に入り、皐月と卯月を見つけると・・

 

「皐月、卯月! 無事か? よく生き残ったぞ。」

 

そう言って、また、涙を流していた。

皐月が口を開いた。

 

「父さん、ボク・・ ボクたちは、勝ったの?」

 

「どうやら、そうらしい。 戦いは終わったみたいだ。」

 

「そうなの・・」

 

ホッと安堵したのか、疲れが出たのかはわからないが、次第に表情が崩れてきた。

その目に光るものが出てきていたが・・

 

「わぁーん、うーちゃんも頑張ったぴょんー。 でも、でも、艦が沈んじゃったーーー」

 

と卯月が泣き叫ぶほうが早かった。

そう叫んで秦に抱き着いてきた。

抱きとめた秦が卯月の頭を撫でていた。

 

「そうかそうか。 でも、よく生き残ってくれたね。」

 

そう言って、

 

「皐月も、おいで。」

 

と誘う。

皐月も、頭に包帯を巻いた状態で秦にすり寄ってきた。

 

「へへへ。」

 

と泣き笑いながら。

抱き寄せたまま弥生の眠るベッド傍へと進んだ。

 

「弥生、弥生・・」

 

弥生は目を覚まさない。

でも、息はしているようだった。

 

「まだ、起きませんか?」

 

と榛名が聞いてきたが、

 

「ああ。 まだのようだ。 でも、生きている。 それだけでも嬉しいことだよ。」

 

そう言って弥生の手を取って握る秦だった。

 

 

三隻が寄り添ってから暫く。

回復した空母・鳳翔の通信機器が、軍令部臨時司令部からの通信を受信した。

それは、横須賀隊の司令艦隊に併設されていた、軍令部の臨時組織からだった。

つまりは、横須賀司令艦隊の司令部は健在、ってことだった。

内容は”今次作戦ハ成功セリ 作戦ヲ終了スル 全艦帰投セヨ”だった。

 

「ようやく、終わったんだな。」

 

「そうみたいね。 ようやくかぁ。」

 

「やった! 終わったのね!」

 

「みんな、ご苦労様。 全艦に通達しておくれ。 ”終わった”と。 それと、周囲の艦に届くように、全方位に向けて、合流信号を。」

 

「「「了解!」」」

 

三艦の艦内にこの知らせが行きわたった。

と同時に、

 

「睦。 航空隊に通常体制に戻すよう、指示を。」

 

「ウン! 了解。」

 

そのうえで、改めて、通常警戒部隊として直掩隊を発艦させることにした。

 

「格納庫にて待機中の戦闘機隊、哨戒機隊、警戒任務で発艦せよ!」

 

待機中の戦闘機隊は、烈風の4機と対潜哨戒機の4機の計8機だった。

 

「戦闘機隊は対空戦闘装備、対潜哨戒機隊は通常哨戒装備! 急げ!」

 

数分後、準備できた機体が空へと上がっていく。

ただし、停船状態のためにカタパルトを使ったのだが、左カタパルトが破壊されているため、右カタパルトのみだ。

やや時間がかかったが、全8機が飛び立っていった。

艦隊の上空を周回しだしていた。

そして、戦闘態勢継続のまま、空中待機状態だった航空隊に帰還指示を出した。

燃料タンクが空になる寸前の機体もあったが、どうやら無事に帰還できるようだった。

さらに、対空迎撃を受けて、弾痕がいくつもある機体も中にはあった。

ただ、撃墜された機体もあったために、全機帰還とはならなかった。

飛行甲板後方で着艦作業が行われたが、結局のところ、戦闘機隊で4機、対潜哨戒機隊で6機が未帰還となっていた。

損耗率は20%を超えていた。

 

「直掩の機を除いて、全機帰投したよ。 未帰還は10機だよ、父さん。」

 

「そうか・・ そんなに帰ってこなかったか・・」

 

「帰っては来たものの、修理が出来そうにない機体もあるって。」

 

「酷くやられたものだな・・ いや、ご苦労様と伝えておくれ。」

 

そう言うと、秦は、

 

「では、パラオ泊地に帰投する。 朝霜、榛名に通達。 舫を解いて、機関前進!」

 

と。

 

「了解。 舫解け! 進路、パラオに! 全艦、前進微速!」

 

鳳翔、榛名、朝霜が単縦陣でパラオを目指して動き出した。

3艦とも機関部への直撃は無かったものの、速度は12から14ノットが限度だった。

周囲には、敵影もなければ、味方の影もなかった。

艦隊が進む前方には、だだっぴろい水平線があるだけだった。

後方には・・ まっ茶色になった島が一つ、小さく見えていた。

 

 

パラオに向かって進み始めてすぐの事だった。

一本の通信が入った。

それは・・ 戦艦・金剛からの緊急電だった。

それも、”至急、救助を乞う”と。

通信は、同じ文言と位置情報を繰り返していた。

 

「金剛から救助要請だと?」

 

「そうみたい。 至急電になってるよ。」

 

「この位置からすると、ここから100キロほどか・・」

 

すぐに榛名から連絡がきたのだった。

 

「提督! 金剛お姉さまの救助を要請します!! 今なら、今ならまだ間に合います!! ですから!!」

 

「まて、榛名! 落ち着け! 言われなくとも救助する! だから、落ち着くんだ。 いいね?」

 

「・・はい・・」

 

「睦、上空の哨戒機2機をこの位置に向かうよう指示をしてくれる?」

 

「了解だよ! 上空の2機に指示するね!」

 

睦の指示により、艦隊の周囲50キロ付近を哨戒していた哨戒機が目標地点に向けて速度を上げて向かっていった。

 

「よし。 睦。 艦隊、進路変更だ。」

 

「了解。 進路変更、ヨーソロー!」

 

艦隊は金剛の発信情報の位置へと進路を取った。

 

「しれーかんへ。 あたいが先行するよ! いい?」

 

「ああ。 そうしてくれ。 頼む。」

 

「オッケー! じゃあ、出力一杯!」

 

朝霜が艦隊を離れていった。

 

 

金剛と榛名は、姉妹艦の比叡、霧島とともに進攻部隊の一翼を担っていたが、激烈な砲火の応酬のなか、比叡、霧島を失っていった。

自分たちの目の前の戦況がいい方向に進み、損害が出たものの、まだ余裕があった。

そのため、金剛は、榛名に対して随伴する数隻とともに秦の艦隊の支援に向かうよう、指示を出した。

 

「榛名ァ、ここは何とかなりマスから、駆逐艦2隻を伴って、楠木テートクの支援に向かってクダサーイ。」

 

「え? いいのですか? まだ戦闘は続きますけど?」

 

「さっき、電探でこの戦域から楠木テートクの居る方向へ抜けた敵艦を補足したデスネ。 楠木テートクの方は、大型戦闘艦がイマセーン。 だから、支援にいくデース!」

 

「そうなのですか! 分かりました。 榛名は、駆逐艦2隻とともに楠木提督の支援に向かいます!」

 

「楠木テートクによろしくデス!」

 

秦の艦隊の支援に向かう榛名であったが、それでも被害は受けていたのだ。

榛名が離れてしばらくすると

 

「フー。 ようやく静かになりましたカ。」

 

と思った金剛だったが、電探に新たな敵艦を補足した。

敵の艦隊を。

敵の艦数は4隻を認めた。

どうやら戦艦2を含んでいるようだった。

こちらは、戦艦1に駆逐艦2。

駆逐艦は、綾波と敷波だった。

近くに味方艦艇が数隻認められたが、大型艦ではなかった。

主砲の射程に入ったらしく、敵からの発砲を認めた。

数十秒後にあたり一面に着弾して、高い水柱が上がっていた。

金剛も狙いを定めて、主砲を放つ。

砲撃可能な3基で砲撃を始めた。

 

「全門、ファイヤー!」

 

戦艦同士の打ち合いとなったが、金剛の方が練度は高かったようで、敵弾が当たるよりも早く、こちらの主砲弾が先に命中した。

爆発炎のあと黒煙が、敵艦に上がった。

上がるのと同時に、駆逐艦・綾波と敷波が肉薄攻撃に入った。

残る魚雷を放つために。

近づく駆逐艦に気づいた敵の駆逐艦が接近してきた。

気づくのが遅く、既にこちらは魚雷を発射した後だった。

駆逐艦同士の打ち合いになったが、魚雷に気づかず、命中。

また、駆逐艦を抜けた魚雷は戦艦にまで達し、命中していた。

金剛は損害を受けながらも、打ち合いは続いていた。

その被害が徐々に金剛の船体を蝕んでいく。

 

「被害は、大丈夫?」

 

”何とか。 ただ、浸水が止まりません!”

 

「何とか、持たせるデスネ! まだ敵艦は生きてマス!」

 

(そうは言ってもきついデスネー。 いつまで持チマスカ・・)

 

”機関室、浸水! 速力低下!”

 

「ダメージコントロール! 急いで!」

 

”アイアイサ!”

 

「主砲、よく狙って! 次で仕留めるデスネ! ファイヤー!!」

 

放たれた主砲弾が命中し、敵戦艦1隻が落伍していった。

 

「残る1隻!」

 

敵艦からの砲撃は続いており、水柱がいくつも上がる。

しかし、その水柱が徐々に近づいてくる。

そのうちに一発が艦体中央部に命中した。

 

「アアッ! 何処? 被害報告!」

 

”中央部直撃です! 被害は軽微! しかし、排水ポンプに被害! 排水が間に合いません! 傾斜角、さらに拡大!”

 

波に揺れながらも、艦の速度が徐々に落ちていく。

金剛は、

 

(もう、ここまでか・・)

 

と思った。

 

「綾波、敷波に告ぐ。 直ちに反転し、先行して現海域を離脱!」

 

駆逐艦に、急ぎ反転、離脱を指示した。

ただ、自身の被害は大きかったのだ。

 

(榛名、元気でいてくだサイ。 楠木テートク、榛名をお願いしマース。 比叡、霧島。あなたたちの元へもうすぐ行くデスヨ・・)

 

舵を切りながらそう思ったのだった。

その時だった。

 

「「ママー! 今行くね!」」

 

と。

我が耳を疑った金剛だったが、

 

「そ、その声は、択捉に松輪ァ?」

 

まさにその通りだった。

 

「接舷して排水手伝います!」

 

「何言ってるですカ! ここはまだ敵の射程内デース、早く離れなサイ!」

 

「ここまで来て、ママを置いていけないよ!」

 

金剛の左舷に択捉、右舷に松輪が強制接舷した。

 

「早く離れなサイ! 敵弾が・・」

 

敵の砲弾が落下してきた。

3艦の周囲に着弾する。

激しい水しぶきが3艦に降り注ぐ。

 

「「キャー」」

 

と叫び声が。

そして、

 

「接舷、完了。 排水ポンプ接続して! 電源をつないで! 早く! 急いで!!」

 

「仕方ありませんネ! 二人とも、速度を合わせるデスネ! まったく、あなた達ハ!」

 

怒りながらも、二人の行動に感謝をする金剛だったが、ここは敵艦の射程内だ。

降り注ぐ敵の砲弾が徐々に3艦に近づく。

ついに、その砲弾が命中した。

 

「アッ・・」

 

叫び声とともに、択捉に爆発音が響いた。

 

「択捉! 飛び移りなサイ! 船体は放棄してでもこっちに来るデス!」

 

爆炎と煙が上がった。

外れた砲弾が着弾して、降り注ぐ水で甲板上は水浸しだった。

 

「主砲、敵艦を沈めなサイ! ファイヤー!!」

 

「択捉? 択捉! 無事なら返事しなサイ! 松輪ァ、択捉が見えまスカ?」

 

「ママ。 択捉姉さんは・・ 」

 

「どうしたデス?」

 

「択捉姉さんの艦は、見えません! さっき、爆発して・・」

 

「なっ! 択捉ーー!」

 

金剛が艦橋から、択捉が居た舷を見るが、既にその姿はなかった。

 

「ノォォォォォーーーー!! 択捉ゥゥゥゥゥーーーー!!」

 

金剛の叫び声が響いた・・

次の瞬間、金剛は怒りに震えた。

 

「こんのぉお!! よくも択捉を! 主砲、敵艦を沈めるデス! 全門斉射ッ! 砲身が焼きつくまで撃ち尽くすネ!!」

 

どこにそんな力があったのか。

主砲弾の装填が通常より早く行われていく。

砲塔旋回、砲身が上がって、斉射する!

その怒りの砲弾は、敵艦を外すことなく、全弾が命中した。

激しい爆発ののちに、あっという間に沈んでいく敵艦。

それを確認した金剛。

 

「松輪ァ、無事でスカ?」

 

「うん、私は何とか。 ママは、大丈夫?」

 

「何とか、持ちこたえてますネ。 デモ、もう残弾がありまセーン! 周りを確認したら、直ちに修理と補給のために、この海域を離れマース!」

 

艦尾から沈みつつある船体に鞭打って進む金剛だった。

 

 

戦闘終了の報を受けたのはすぐ後だった。

周囲の確認の後、この海域からの離脱をしようとした。

金剛が甲板上を状況を確認しながら、択捉の居た左舷を歩いていた時だった。

被弾痕に人が倒れているのを認めた。

 

(誰かいる?)

 

と思って近づくと、択捉だった。

艦が爆発する直前に、乗り移っていたのだ。

だが、出血多量で気を失っていた。

 

「Oh! 択捉! 無事で・・」

 

金剛の目にも涙だったが、急ぎ医務室へ運び、医療チームによる応急処置が始まった。

松輪にも択捉が見つかったことを伝え、出せる速度いっぱいにして現海域を離れるのだった。

択捉が生き残っていたことを喜ぶ二人だったが、2艦とも被害が酷く、無事に帰りつくか不安であった。

トラックに向かって進む金剛と、それに寄り添う松輪だが、トラックまであと500kmとなったところで、機関室が水につかってついに停止してしまった。

 

”機関が停止しました。 これ以上、進めません!”

 

「排水は無理?」

 

”これ以上はもう無理です。 機関停止! 速度ゼロ!”

 

報告の通り、戦艦・金剛は太平洋の真っただ中で停止し、徐々に沈み始めた。

トラックに向かいながら通信機器を修理していたが、部品が十分にあるわけではなかったので、あり合わせだった。

それでも通信可能となったとき、金剛は全方位に向けて、救援を求める通信を送った。

戦闘の終了の通信は受け取った。

この辺りなら、まだ近くに味方がいるかもしれない。

希望をもって、救助要請を発したのだった。

誰かが救援の要請に応えてくれるに違いない、と思ったからだが、沈みかけた状況で、金剛は覚悟をした。 それは2度目の覚悟だったが・・

 

「総員退艦! 全内火艇を降ろセ! 浮き輪も全て投下セヨ! 早く! 繰り返す! 総員退艦セヨ!!」

 

そして、松輪に向かって・・

 

「松輪、今までよく戦いマシタネ。 もう、帰れそうにありまセン。 今まで楽しかったデスヨ。 あなたたちだけでも、帰るデスヨ。」

 

と、金剛の心は固まっていた。

妹たちの元に行くことを。

だが、松輪が反論する。

 

「何言ってるの。 ママと一緒に帰るの! 択捉姉さんはどうするの? 皆で帰ろうよ!」

 

「この状況では、帰ることはできませんヨ、松輪。 打電したから救助隊が来てくれるハズデース。 あなた達だけなら内火艇に載れまス。」

 

「ヤダ! 一緒に帰ろうよ? みんなで帰ろうよ! ね? ママも一緒に帰ろうよ! ね?」

 

涙を流しながら金剛にしがみついて叫ぶ松輪だった。

その松輪を優しく抱きしめる金剛の目には光るものがあった。

戦艦・金剛に横付けしている海防艦・松輪だが、金剛と舫で繋がれ、電源ケーブルなども接続されているから、今、金剛が沈めば松輪も巻き沿いに沈んでしまうのは目に見えていた。

内火艇に乗り移っていれば、救助隊が来てくれるハズですから、二人は生き残れる・・と思った金剛であった。

金剛が改めて覚悟した、ほんとにその時だった。

空からプロペラ機の音がしてきた。

音に気付いたのは松輪だった。

 

「・・この音は! もしかして・・・」

 

西の空から音が近づいてくる!

 

「見張妖精! 誰か! 見える?」

 

”お待ちを!  ・・見えた! はいっ10時方向、視認しました。 あれは・・み、味方です! 味方航空機です! 数は2! ・・あっ! 同じく10時方向海上に艦影!”

 

金剛の見張り妖精からの報告だった。

 

”上空の航空機より通信! ”我、第一対潜駆逐艦隊、空母・鳳翔航空隊。 艦隊が到着するまで頑張れ!”です。”

 

それを聞いて、

 

「やった! 助かったよ、ママ!!」

 

と言って喜ぶ松輪と、

 

「オォォォ! 通信は届いていたんですネ・・ 楠木テートク、ありがとう・・ホントにありがとう・・ 択捉、松輪、これで生きて帰れまス!」

 

と言う金剛だった。

金剛の目から滝のように涙が流れ落ちていた。

 

(また、命永らえましたカ・・)

 

「さぁ、みんな、内火艇に移るデスヨ! 総員、退艦!!」

 

 

出せる速度いっぱいで走ってきたのは、先行してきた朝霜だった。

 

”前方に、戦艦・金剛を確認! どうやら停止しているようです!”

 

「よっし。 間に合ったみたいだね。」

 

ただ、既に機関が停止、左に10度以上、傾いているようだった。

 

「結構、傾いてるじゃん! 急ぐよ!」

 

”こちら見張台。 周囲に内火艇や筏が多数!”

 

金剛や択捉、松輪をはじめとする妖精たちも内火艇や海に投げ込んだ筏に掴まっていた。

 

「よ、よし。 船を止めて! 救助を急いで!」

 

朝霜は艦を止めて、タラップ、縄梯子を降ろしたりして、救助活動にかかった。

救難作業にかかって暫くして、戦艦・榛名と空母・鳳翔が到着した。

同じく救助活動に参加する二艦。

 

「金剛お姉さまーー!! どこでーす??」

 

榛名が叫ぶ。

 

「榛名ーッ! 私はここデース! 無事ですヨー!」

 

朝霜の甲板上で手を振って叫んでいた。

 

「ご無事でーー!!」

 

榛名の目にも金剛の目にも涙が流れていた。

後続してきた榛名、鳳翔にも妖精たちが救助された。

そして、

 

「救助終了! よし、全艦パラオに向けて、前進微速!」

 

パラオへと戻ろうとしたその時だった。

 

「ああ! 金剛が、戦艦・金剛が!」

 

戦艦・金剛が急に沈み始めた。

見張台から叫ぶような報告がきた。

戦艦・金剛の艦尾が水面の下に落ちていく・・

反動で艦首が徐々に水面より持ち上がっていく・・

艦首から10メートルほどだろうか、水面の上に現れたかと思うと、右に傾きながら、急速に後ろに向かって海中に落ちていく・・

戦艦・金剛に引きつられて海防艦・松輪も波間に消えていく。

 

”戦艦・金剛、海防艦・松輪が沈みます!”

 

その姿を金剛は、駆逐艦・朝霜の甲板上から見ていた。

沈みゆく艦の周りには気泡が出ていたが、沈むにつれ気泡が激しく湧き上がってきた。

 

(今まで、ありがとう。 サヨウナラ・・)

 

そう言って、沈みゆく艦に敬礼をしていた。

また、海防艦・松輪も一緒に沈んでいく。

 

「あぁ・・ 沈んじゃう・・」

 

「皆、良く戦ってくれた。 有り難う。」

 

と沈みゆく艦に、秦は声をかけるのだった。

戦艦・金剛と海防艦・松輪が完全に水没したのを見届けて艦隊はパラオへと向かったのだった。

 



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帰路

全ての戦闘行為が終わった。
生き残った艦が泊地へと戻った。
そして、ようやく呉へと進路をとる残存艦隊。
その道中の一コマ・・


そして2日後、ようやくパラオ泊地に到着した秦たち。

3000キロ以上の距離を、被弾した箇所を修理しつつ帰ってきた。

 

”桟橋に接岸!”

 

桟橋で、秦と榛名、金剛たちが無事なことを喜び合った。

降り立つと同時に、榛名が金剛に飛びついていた。

 

「お姉さま! 無事で何よりですぅ・・うぅぅぅ・・」

 

「榛名ァ、心配かけたみたいデスネ・・」

 

姉妹二人が抱き合っていた。

 

「うっ・・ うわああぁぁぁぁあああああ・・・」

 

榛名の泣き叫ぶ声が響いていた。

 

「ホントに、ホントに心配したんですからぁぁぁ・・」

 

「泣き虫さんデスネー。 私は無事デース! 榛名も無事だったんでスネ。 良かったデース!」

 

姉妹、しばらく二人だけの時間だった。

その後、気を失ったままの択捉を医務室に運びこんだのだった。

松輪も一緒に医務室で診察を受ける為に。

秦は、泊地に着いた各艦の修理を指示した。

だが、ここパラオ泊地にはドック設備がない為、船体の本格的な修理は出来なかった。

なので、なんとか航行に支障のない範囲まで修理を行い、呉に戻ってから本格的な修理を行う事とした。

 

「やはり、ドックが無いと無理だな。 上部構造物だけでも、航行に支障ない範囲で直しておこう。」

 

それでも、真っ黒に焼け焦げて、穴だらけとなった上部構造物の修理は行うことにしたのだ。

もちろん、休息を兼ねた半舷上陸ではあった。

上部構造物の修復に2,3日は掛かるだろう、と予測された。

その間に、秦はトラックの司令艦隊に連絡を取ることにした。

 

「ご無事でなによりです、秋吉提督。 その声は・・お元気そうですね。」

 

「ああ。 お前さんもな。 そっちの被害はどうだ?」

 

「ええ。 かなりやられました。 無事にパラオまで帰れたのは途中で合流できた榛名を含め三艦だけです。 艦娘は全員無事ですが。 それも上部は穴だらけですよ。」

 

「そうか。 榛名が無事だったか。」

 

「はい。 途中でうまく合流出来ました。 ただ・・ 戦艦・金剛は沈みました・・」

 

「そうか・・ こっちもやられたよ。 結局、空母・赤城、加賀が沈められたからなあ。 かなりの損害だよ。 まぁ、報告は軍令部で纏められるだろうがな。」

 

「空母・赤城に加賀が・・ そんなに?」

 

「ああ。 今、ここに居るのは赤城のお陰だ。 あの時、赤城の退避の判断が無ければ、ワシは今頃海の底じゃよ。 敵にまだあれだけの航空戦力があったとは思わんかったぞ。」

 

「そうだったんですね・・ 事前偵察で、航空機の存在は見当たらなかったはずでは・・」

 

「そうワシも思っておったんじゃがな。 秘匿されていたようだ。 結局、艦船は7割あまりの損失じゃ。 娘っ子たちは半数は救助されたがな。」

 

「コテンパンですね。」

 

「ああ、まったくな。 大和、武蔵を始めとする戦艦群はほとんどが沈められた。 霧島、比叡も帰ってこなかったからな。」

 

「”帰ってこなかった”って、その言葉は・・ まだ早いのではありませんか?」

 

「そうじゃな。 まだ望みはあるな・・ 希望は持たないとな。」

 

「はい。」

 

「とにかく、敵勢力は壊滅できた。 基地も破壊しつくした。 これで奴らが居なくなればいいんじゃがな。」

 

「暫くは哨戒を続けるしかないですね。」

 

「そうじゃな。 で、そっちはどうだ? 修理は出来そうか?」

 

「パラオにドックが無いので、結局は呉に帰らざるを得ません。 簡単な修理だけで3日ほどかかりそうです。」

 

「そうか。 こっちも呉や横須賀まで航行可能な状態まで修理して、あとは帰ってからなんだが、やはり3,4日は掛かりそうだな。」

 

「はい。」

 

「あとは米軍が監視に就くじゃろ。」

 

「そうですね。」

 

「そうじゃ。 大石君も無事だぞ。 ちょっとまて。」

 

そう言うと、大石大佐に変った。

 

「提督。 大石です。」

 

「おお。 お疲れ様。 無事だったかい?」

 

「はい。 おかげさまで。 五十鈴も無事です。 が、船は沈んでしまいましたが・・」

 

「いや、生きていることが大事なんだよ。 良く生き残ったね。」

 

「はい。 ありがとうございます。 提督もご無事でよかったです。」

 

「ははは。 船はコテンパンにやられたよ。 ま、積もる話は呉に帰ってからにしようか。 では、呉で。」

 

「はい、呉で会いましょう。 秋吉提督に替わります。」

 

そう言って再び秋吉が通信にでた。

 

「で、鳳翔には連絡したのか?」

 

「いえ、まだ、ですね。 これからのつもりです。」

 

「そうか。 早く連絡してやれ。 寂しがってるじゃろ。 それでは、内地でな。」

 

「はい。 それでは。」

 

そう言って通信を終えた秦だった。

そして、呉に向けて、鳳翔に向けて通信を送った。

 

”発 第一対潜駆逐艦隊 楠木、 宛 呉鎮守府司令部”

”本日、第一対潜駆逐艦隊はパラオ泊地に帰還せり。 軽微な修理の後、呉に帰投す。”

”なお、楠木以下、艦娘は全員無事。 金剛、榛名、択捉、松輪の四名は第一対潜駆逐艦隊と共に帰投す。”

 

と。

 

「父さん、呉に向けて送信完了したよ。」

 

「ありがとう、睦。」

 

そこへ、各艦の修理状況を金剛が報告してきた。

 

「ヘイ、テートクー。 各艦の修理は順調デース! ただし! 榛名の四番砲塔はダメデース。 なので、そのままにしてマース。」

 

「ありがとう・・ でも、なんで金剛が? 医務室で付き添ってたんじゃなかったのか?」

 

「全然元気ですネー。 艦が無くて、暇してマス。 なので榛名のお手伝いネ!」

 

「なーるほど。」

 

「あ、ママ、ずるい! 私も手伝ってるでしょ?」

 

横から突っ込むのは、元気な松輪だった。

 

「オー! そうでした、ソーデシタ!」

 

「もう! 忘れちゃダメでしょ!!」

 

そう言って金剛の足に抱き着くのであった。

そうしている間に、一本の通信が入った。

 

「父さん、電文が来たよ。 これ。 呉から見たい。」

 

「え? 呉から?」

 

「うん。 たぶん、お母さんからだね。」

 

”発 呉鎮守府司令部  宛 第一対潜駆逐艦隊”

”パラオ帰還ご苦労様。 皆の無事が何より。 早期の呉帰還を心待ちにしている。”

 

「フフフ。 堅苦しい文面だな。 ・・そうだな。 早く帰ろうな、みんな。」

 

「公だからね。 私信だったらもっと砕けてるんじゃない? 早く帰ってきて~とか。」

 

「あたいならそう打つけどな~。」

 

「おい。 私信じゃないんだぞ。 まったく・・」

 

呆れる秦であった。

それから三日のち、修理が終わったことで、呉に向けて出発することに。

時刻は0700。

既に陽は昇っていた。

 

「全艦出港する。 抜錨!」

 

「了解! 全艦抜錨!」

 

各艦の錨が巻き上げられていく。

 

「出港する。 出港水路へ。 前進微速!」

 

水路と言っても、サンゴ礁が途切れて船が通れるほどの隙間があるだけなんだが。

環礁内から外洋へと微速で出ていく艦隊。

環礁を抜けると、

 

「全艦、単縦陣に移行! 巡航速度へ増速! 進路は日本、呉!」

 

と秦が指示を出す。

 

「全艦、巡航速度に上げ、進路、呉! ヨーソロー!」

 

駆逐艦・朝霜を先頭に、戦艦・榛名、空母・鳳翔と続き、後続するのは輸送船他10隻だった。

卯月は駆逐艦・朝霜に、皐月と弥生は空母・鳳翔に、金剛、択捉、松輪は戦艦・榛名に乗っていた。

帰りはどこにも寄らず、まっすぐに北へ、呉へと向かったのだった。

それでも3000キロはある距離だった。

やや右に進めばグアムに寄れるが、それよりも早く帰投することを選んだのだった。

 

 

太平洋上を呉に向けて進む艦隊・・

戦闘艦艇は三隻しかないが、それでも”艦隊”として、凛として、胸を張って、進む。

ただ・・ 周囲には、何にもない、だだっ広い海の上である。

往路のように立ち寄ることも無いので、まったくの水平線しかない。

 

「ねぇ。 しれーかん、ねぇってばぁ。」

 

「なんだ、朝霜?」

 

「暇。」

 

「それがどうした。」

 

「あち! だからぁ! ヒマじゃん!! って言ったの!」

 

「だから何だよ? ちゃんと船を扱ってればいいんだぞ?」

 

「そうじゃなくてさぁ。 なんかないの? 周りは海しかないしさ。 鴎もいないし、陸地も見えないし。」

 

「朝霜ちゃん、何もない時は、それなりに楽しむことを考えないと。」

 

「そうは言ってもさぁ・・」

 

「じゃあ、榛名の後部甲板を見てみな。」

 

戦艦・榛名の後部甲板を覗き見た朝霜。

 

「ん? あ・・」

 

そこには・・ 甲板上に白い天蓋を張り、その下にデッキチェアを置いて、ビキニ姿にサングラスをした金剛が居た。

 

「ウゥゥゥン、相変わらずいい天気ネー。 こんがり焼けるネー。」

 

「もう、ママったら、焼けちゃうよ?」

 

そう言うのは択捉だ。

 

「ダイジョウブネー。 たっぷりオイルを塗ったネー。 それに、天蓋だから、そんなに焼けないノネ!」

 

「もう、そんなこと言ってぇ・・ まったく、プールサイドでもないのに・・」

 

「そうは言うけど、ここは、シーサイドネ! 変わらないネ!」

 

「・・・・」

 

呆れて物も言えなくなる択捉だった。

そこに秦が横から入った。

 

「朝霜、数日は何もないから、金剛を真似るのもアリだぞ? 日本に近づけば寒くなるしな。」

 

それを聞いて、

 

「あたいもやろっかなー。」

 

だと。

そのやり取りを聞いていた金剛が、割って入ってきた。

 

「ヘイ、朝霜ー! 一緒に焼くネ!」

 

そう言われても・・と思った朝霜だが、何か違和感があった。

 

「あー、でも・・ 金剛姉さん、お酒・・飲んでない??」

 

そう。 顔が赤かった。

 

「オー、お酒じゃナイネ! お酒はないから、ラムネで代用ネ!」

 

ホラ、と言ってラムネの瓶を見せた。

 

「ら、ラムネ・・」

 

原因は単なる日焼けだったのだが、朝霜はアルコールによる赤ら顔と思ったのだった。

 

「イエース。 榛名のラムネ製造機が無事だったネ。 ただ、温度調節が難しくて、キンキンに冷えてるネ!」

 

そこへ榛名がやってきて、

 

「もう。 金剛お姉さまったらぁ。 修理しましょうって言ってるのに、そのままで良いなんて・・。 壊れたままなんですからね?」

 

「このキンキンに冷えてるのがいいのネ。 ホラ?」

 

金剛が指さしたのは択捉だった。

キンキンに冷えたラムネの瓶を持って、炭酸を気にせずに、ゴクゴクと飲んでいた。

 

「ぷはぁー! 冷たくて美味し!」

 

「択捉ゥ、いい飲みっぷりネ!」

 

「択捉ちゃん! 金剛お姉さまに感化されすぎよ!」

 

「え? そうかなぁ。」

 

「榛名は気にし過ぎネ。 もっと心に余裕が無いとネ!」

 

そこまで言われて、がっくりと肩を落とす榛名だった。

 

 

太平洋を北上する秦たち。

徐々に緯度が上がるほどに日差しが弱くなってきた。

日本では2月なのだから、当然と言えば当然だ。

 

「少しずつ冷えてきたね。」

 

海を渡る風が冷たく感じられるようになってきた。

 

「そーだなあ。 呉まであと少しだね。」

 

「そろそろ長袖の冬服に着替えようか?」

 

睦らこども達は、相生時代の第一中学校の制服のまま乗り込んでいた。

南太平洋にいる間は夏服で良かったが、だんだんと寒く感じるようになってきていた。

着替えようか? 何ていってるそばから一人、冬服を着ていたやつがいた。

卯月だった。

 

「あれ、もう冬服着てる!」

 

「だって、だんだん寒くなってきてるぴょん。 海の上ならこの服で十分温かいよ?」

 

「じゃあ、明日と言わず、今からみんな衣替えしよう。」

 

そう秦が言うと、オッケー! だってさ。

日焼けをしていた金剛は一昨日から服を着ていて、今日は空母・鳳翔の艦橋にいた。

 

「そうするネ! もう寒いですからネ。 択捉、松輪。 あなたたちは寒くないですカ?」

 

「あたしたちは大丈夫だよ!」

 

択捉、松輪の幼児組は元からしてスカートは短いし、上衣を着ればいいよって言うし。

 

「みんな、衣替えしたら、イメージが変わるなぁ。」

 

そう言うのは秦だったが、秦も衣替えを済ませていた。

 

「まあ、見慣れてはいるけどね。」

 

と言うのは皐月だった、が・・

 

「あっ!」

 

「皐月ちゃん、どうしたの?」

 

急に声を上げた皐月に睦が聞いた。

その皐月が指を差した。 その先は・・

司令官席に座る秦の膝の上に弥生がちょこんと座っていた。

 

「いつの間に・・」

 

へへへ、と笑っている弥生だった。

その弥生の頭を撫でる秦が、微笑んでいた。

 

「まぁ、いいじゃないか。 後で皐月もしようか?」

 

「あー、お願いするよ。 でも、その座り方は・・ ちょっと恥ずかしいかな・・」

 

「でも、択捉や松輪みたいな座り方じゃないから、大丈夫じゃないのかい?」

 

「あれはあれで、ボクには恥ずかしいよ。」

 

そう言って頬を朱に染める皐月だった。

 

 

日本の哨戒圏に入ろうか、という時になって、電探に反応がでた。

 

”本艦の右舷3時方向、60キロ以上に、艦隊を探知!”

 

「艦隊? 所属は分かる?」

 

”遠すぎて判明しません。”

 

「ま、そうだよね。 どうするの、父さん?」

 

「そうだな・・ 睦、哨戒機を3時方向に向かわせてくれるかい?」

 

「うん。 上空哨戒中の哨戒機2機を向かわせるよ。 いい?」

 

「ああ。 オッケーだ。 やってくれ。」

 

睦が指示を出して、艦隊周辺を周回していた哨戒機2機が向かっていった。

暫くして3時方向へ向かった哨戒機から報告がきた。

 

”艦隊より約70キロ付近にて、味方の艦隊を確認。 大型艦1、小型艦8、小型の空母が2。 大型艦は長門型の様です。”

 

「そうか。 睦、合流通信を送ってくれ。」

 

「了解。」

 

通信を送るまでもなく、長門から通信が入った。

 

「こちら呉司令艦隊・長門。 楠木提督の艦隊か?」

 

「楠木だ。 長門か?」

 

「ああ。 久しぶりの声だな。 ちょっと待ってくれ。」

 

「替わりました。 大石です。」

 

「おぉ。 大佐か。」

 

「これは楠木提督。 何とか追いついたみたいですね。 もうすぐ目視で確認できると思います。 そちらに合流したいと思いますが?」

 

「了解だ。 こちらは12ノットで航行中だ。」

 

そんな会話が交わされた後、徐々に艦隊が近づいてきた。

 

「見えた! あれだね。 先頭は・・」

 

どうやら先頭は神通の様だった。

艦隊右舷から接近してくる呉の司令艦隊。

 

”司令艦隊、間もなく合流します。”

 

「両艦隊に告ぐ。 速度、進路をあわせ! 以後の指揮は、私・楠木が執る!」

 

【了解!】

 

司令艦隊が面舵を切って、両艦隊が合流した。

と言っても、秦の艦隊の右舷側に並行する形に司令艦隊がついただけだった。

秦が司令艦隊を見ると、上部構造物は、余すところなく、煤だらけの穴だらけ、と言った方がいいくらいに被害が大きかった。

甲板が捲れあがっているところも、砲塔がゆがんだままのもあった。

 

「こりゃあ、酷くやられたなぁ。 俺らより酷いとはな。」

 

と秦が言えば、

 

「うわぁ、酷いねぇ。」

 

と皐月が続いて言う。

 

「激しい戦闘だったんじゃない?」

 

とは睦だった。

 



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呉、帰着!

ようやく我が家たる呉に帰ってきた秦たち。
出撃全艦、全員が帰ってこれなかった・・

そして、岸壁には・・


合流して翌日の朝。

 

「そろそろ哨戒圏に入るかな?」

 

「そうだね、そろそろだと思うんだけどね。」

 

位置的には足摺岬の南南東方向に300kmほど、鹿屋基地から400kmほどの位置に達しようとした時だった。

 

”電探に反応有! 艦隊正面11時方向に航空機を探知!”

 

「どこの機体か分かる?」

 

”現在、照合中です。”

 

「この位置なら鹿屋の哨戒機か、高知の哨戒機か。」

 

”敵味方信号を確認。 どうやら鹿屋基地の哨戒機のようです。”

 

”航空機より通信。 艦隊の所属を聞いてきています。”

 

「俺が話そう。 繋いでくれ。」

 

”了解。 ・・繋がりました。 どうぞ。”

 

「こちら第一対潜駆逐艦隊、旗艦空母・鳳翔、指揮官の楠木だ。 呉司令艦隊と共に呉鎮守府に帰投中である。」

 

”こちら鹿屋基地所属第---航空隊、第1小隊隊長機です。 貴艦隊を視認しました。 無事の帰還、お疲れ様であります。 以後の哨戒は我々にお任せください。”

 

「了解した。」

 

「父さん、それじゃあ、ウチの哨戒機や直掩機はどうするの? このまま続けるの?」

 

そう聞いてきたのは睦だが、陸上からの哨戒範囲にはいれば、基本、自分たちでの哨戒は必要ない。

だが、まだ陸地までは距離があったので、

 

「そうだな。 もうしばらくは現状のままでいこう。 もっと近づけば終わろうか。」

 

としたのだった。

 

 

哨戒機から鹿屋基地に秦の艦隊10数隻を確認した、と報告がされた。

その報告は呉鎮守府にも伝えられた。

 

「鳳翔さん。 鹿屋基地から連絡です。 ”呉に向かう10数隻の艦隊を確認した。”との事です。」

 

連絡を受けたのは呉鎮守府で居留守部隊の臨時秘書艦の旗風だった。

 

「ありがとう。 そう。 あの人たちがようやく帰ってきたのね。」

 

そう言って微笑む鳳翔だった。

 

「報告のあった位置からですと、呉に到着するまで一日半はかかるでしょうか。」

 

そう言うのは旗風だった。

 

「そうね。 明日のお昼過ぎかしらね。 フフフ。」

 

執務室のソファーで二人の赤ちゃんをあやしながら鳳翔が答えていた。

そして、

 

「もうすぐお父さんとお姉ちゃんたちが帰ってきまちゅよ~。 帰ってきたらいっぱい、遊んでもらいましょうね~。」

 

と翔子と千翔の頬をツンツンしながら話したのだった。

そして、一本の通信が入った。

 

「鳳翔さん。 提督の艦隊より通信です。 ”呉到着は明日午後1500の予定”とのことです。」

 

「ありがと。 了解、と返信てくれるかしら。」

 

「分かりました。 そのように返信します。」

 

「それと、みんなにも伝えて頂戴な。」

 

鳳翔はそう言って提督席の机に置いてある写真を見た。

その写真は、秦、鳳翔の二人を真ん中にしてこども達と一緒に撮った写真と鳳翔に抱かれる二人の赤ちゃんの写真だった。

 

(みんな、無事に帰ってくるのね。 じゃあ、明日の夕飯は何にしようかしら? ちょっと豪勢にしようかしら。)

 

なんて思う鳳翔だった。

 

「鳳翔さん。 哨戒に出る予定の神姉さま、春姉さまにも、提督の艦隊が近づいていることを伝えます。 よろしいでしょうか?」

 

「そうね。 出迎えをお願いできるかしら。」

 

「はい。 伝えます。」

 

 

翌日未明になって、陸地が見えてきた。

 

「前方2時方向に陸地を視認。 恐らく足摺岬。」

 

「ようやくか。」

 

秦、睦たちの目に陸地が見えてきた。

艦隊はまっすぐに豊後水道を目指していた。

 

「艦隊はこのまま豊後水道を直進し、佐多岬沖を通過する。」

 

【了解。】

 

日が昇ると艦隊は豊後水道に入っていた。

両舷に陸地が見えていた。

左に九州、右に四国。

ここまで来て秦は航空隊に、岩国基地への帰還命令を出した。

 

「航空隊に下令する。 全機岩国基地へ。」

 

その命令を受けた空母・鳳翔に残る航空隊が発艦していく。

 

”提督、お世話になりました。 お先に失礼します!”

 

順次発艦していった航空隊だが、しばらくの間、艦隊上空を旋回していた。

全機が発艦し終わるのを待ってはいたのだが、それでも周回を繰り返していた。

全機が揃って数周したのち、隊長機が翼を振って岩国へと向かっていった。

 

「もう。 全機、岩国へ向かったよ。」

 

と報告してきた睦だったが、周回を繰り返した航空隊に呆れていた。

 

「佐多岬を通過。 響灘に入ったよ。」

 

「了解。 睦、呉に気象情報を問い合わせておくれ。 どうやら雲が低いみたいだ。」

 

そう言いながら、秦は艦隊の進む方向の空を見てた。

確かに、黒い雲が遠めに見えてはいたが、呉に近づくにつれ、さらに色の濃さを増していたのだった。

 

「呉より返信。 雲が低く降雪中なれども軍港機能に支障なし、だって。」

 

どうやら雪が降っているようだった。

2月とは言え、瀬戸内まで雪が降るとは、かなりの低気圧、寒気なのだろう。

予定より遅れてはいたが、屋代島、情島などを回り込んで、柱島沖を通過し、広島湾に入って艦隊速度を10ノットとした。

艦隊には、舵の調子が思わしくない艦もあったため、江田島を廻って呉港に入ることにした。

江田島を廻るころには1500を過ぎていた。

 

「正面に呉港を確認! 各艦、投錨用意!」

 

秦の艦隊は、榛名も含め、小用沖に、長門を中心とする司令艦隊は呉港正面に向かった。

それぞれが所定位置に着くと、錨を降ろしたのだった。

 

「投錨、よし。」

 

艦橋のデッキで外を見た秦が甲板を見て、

 

「もう、こんなに積もったのか。 甲板が真っ白だなぁ。」

 

と呟いた。

それを聞いていた皐月たちが、

 

「ホントだね。 真っ白だね。 甲板の白線も見えないや。」

 

「報告では、既に5センチほど積ってるって。」

 

と言って秦の隣で甲板を見ていた。

吹雪ではなかったが、それでも次々と空から降ってきていた。

雪のために、視界は悪かった。

 

「うわぁ、対岸がほとんど見えないじゃないか。 うっすらと見える街が、白と黒の世界にしか見えないなぁ。」

 

「本当だ。 久しぶりにこんな景色見たよ。 でも、舞鶴の時の方がもっと多かったよ? ね、父さん?」

 

「そういや、そうだったな。 舞鶴では優に5メートルは超えていたかなあ。」

 

「ゲ! 5メートルってどんなんだよ?」

 

呆れる皐月を尻目に、ははは、と笑う秦だった。

投錨した場所から桟橋までは内火艇を使った。

最初は船内にいたが、桟橋が近づくと船の舷側に立って、前方を見ていた。

桟橋が近づき、減速し始めると、岸壁に人影を認めた。

秦は、それが誰か分かった。 いや、分かっていた。

そして大きく手を振って叫んだ。

 

「ほうしょうーー!!」

 

「「え? お母さん??」」

 

睦、皐月たちが驚いて外を見た。

その人影は、その声に手を振り返してきた。

鳳翔だった。

雪の降りしきるなか、傘を差して、岸壁で一人待っていた。

 

「「あ、お母さんだ! おおぉぉぉーい!」」

 

睦と皐月が岸壁に向かって手を振った。

鳳翔もそれに応えて、さらに大きく手を振っていた。

内火艇が桟橋に横付けされ、秦たちが降りた。

桟橋にも雪が積もっていたが、歩く通路分だけが除雪されていた。

岸壁に上がると、秦は真っ先に鳳翔の前に進み、抱きしめた。

何も言わず、いきなり。

が、鳳翔も予測していたかのように、微笑みながら抱きしめられていた。

 

「ただいま。 鳳翔。 会いたかった・・」

 

「ええ。 私も・・」

 

手に持っていた傘が雪の上に落ちていた。

 

「かなり待たせたみたいだな。 体が冷たいじゃないか。」

 

「そうだとしても、いまこの瞬間は・・ 暖かいです・・ あぁ、あなたの匂い・・」

 

秦の胸に顔を埋める鳳翔だが、頬を摺り寄せていた。

秦も、優しく抱きしめていたが、時には強く抱きしめることも。

そして、それを呆れた様子で見ていた睦たちが痺れを切らせ・・

 

「あー。 それくらいにしてくれにゃいかな? 寒いんだけどさ!」

 

と。

それにつられて、皐月、朝霜が・・

 

「ほんとだよ。 あー、さっぶ!」

 

とワザとらしく言うのだった。

 

「あ・・・、悪い・・」「ご、ごめんなさい・・」

 

頬を赤めて同時に謝る秦と鳳翔だった。

 

「そう思うんだったら・・ えい!」

 

「あ! ボクも!」

 

「あー! うーちゃんも!」

 

抱き合う二人に、睦、皐月、卯月、弥生、朝霜が抱き着いてきた。

おしくらまんじゅうみたいに。

 

「「へへへ。 お母さん、帰ってきたよ。」」

 

「あら。 みんな、お帰りなさい。」

 

その姿を見ていた榛名が、

 

「まったくもう。 義兄さんも鳳翔姉さんも、ちょっとは場所をわきまえてくださいね? 皆も、早く部屋に入りましょうよ?」

 

と言うのだった。

 

「じ、じゃぁ、みんな、執務室に行こう。 執務室に向けて前進ヨーソロー!」

 

秦がそう言って、雪降る中を早足で執務室へと向かうのだった。

 



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新たな旅路
呉、終わりと始まりの前に


ようやく呉に帰ってきた。
帰ってこれた者は少なく・・

まずは、休息が必要だった・・



執務室は、大型ストーブが焚かれ、部屋の温度は暖かくなっていた。

そこに、無事に帰って来れた面々が勢ぞろいしていた。

 

「みな、お疲れ様。 ここに帰ってこれた人数は少ないが、よく戦ってくれた。 今日はもう十分に遅いから各自休養をするように。 なお、明日から修理を行うが、出撃はなしだ。」

 

「そうなのか、提督。 勝ったとはいえ、何もしないのはどうかと思うが?」

 

そう言うのは長門だった。

 

「君の気持は分かるが、船体がボロボロで何ができる? 船が動いても補給はしないと動かないだろ。 それに、ホレ・・」

 

そこまで言ってソファーに座って眠りこけている朝霜と弥生を指さした。

 

「暖かい部屋に入っただけで眠ってしまうほどの疲労じゃないか。」

 

秦が傍まで行って、朝霜の頭を撫でるのだった。 それも優しく。

そして、四人が余裕で座れるソファーでは、択捉と松輪が抱き合って、軽い寝息をしていた。

その二人を撫でる金剛が、

 

「私たちは大丈夫ダケド、この子達には休息が必要ネ。」

 

と、休息することに賛同してくれていた。

 

「こういう状態だ。 長門、君も疲労しているんだから、休んで。 警備は神風、春風、旗風らの神風型にお願いするよ。 いいかな?」

 

「いいわよ、司令官! 任せてよ!」

 

と元気のいい返事をする神風だった。

そして秦は全員に解散を命じた。

今日明日は自由にして良いと。

各自の自室に向かうヤツ、食堂に行こうとするヤツ・・

そんな中、金剛は眠る択捉を抱きかかえていた。

 

「榛名ァ、手伝ってくれますかァ?」

 

榛名が何かと思うと、眠る松輪を指さしていた。

 

”松輪を頼む”と。

 

理解した榛名が、

 

「フフフ。 分かりました。 松輪ちゃんですね。」

 

と言って松輪を抱きかかえて、二人して執務室を出ていった。

執務室は静かになった、と言っても、秦と鳳翔とこども達が残っていた。

睦は翔子を抱き上げていた。

翔子は、睦を見つめて何か言おうとしているようだった。

ウフー、ウフーと。

皐月は千翔を抱いてソファーに座っていた。

その千翔の頬を撫でる。

 

「あらあら。 二人ともお姉ちゃんたちにあやしてもらってるの? 良かったわねぇ。」

 

と言うのは鳳翔だった。

秦はそんなみんなを見ていたが、

 

「さあ。 我々も引き上げるか。 大佐も五十鈴も休んでいることだし。」

 

と言って官舎へと引き上げることにした。

寝ていた朝霜と弥生を起こし、以後の業務を神風たちに任せることにして。

 

 

ほぼ1カ月ぶりに”我が家”に帰ってきた秦たち。

 

「「やぁ、なんか、懐かしいね。」」

 

声を揃えて言うのは皐月と朝霜だった。

 

「ほぼ1カ月ぶりだもんねぇ。」

 

全員が居間に入って、炬燵に入った。

 

「改めて、みんなお帰りなさい。 任務ご苦労様でした。」

 

と鳳翔が、穏やかに微笑んでいたが・・

 

「うん。 お母さん、ただいま。」

 

「ただいま。 鳳翔。 とにかく、全員無事に帰って来れたよ。」

 

その言葉を聞いて、感極まったのか、

 

「うぅぅ・・ みんな、ホントに無事で・・ 良かった・・」

 

鳳翔が涙しながら、顔を手で押さえていた。

それを見た弥生が、

 

「お母さん、泣かないで。 ほら。 ちゃんとみんな帰ってきたんだし。」

 

そう言いつつ、泣く鳳翔を抱きしめた。

 

「そうだよ。 みんな無事に帰ってきたんだ。 だから、泣かないで。」

 

そう睦も皐月も言うのだった。

 

「そうね・・ ありがと。 泣いていてはダメね。」

 

と涙を拭うのだった。

 

「そうだよ。 お母さんは笑顔でなきゃ。 ねぇ?」

 

翔子を抱く睦が、翔子の顔を覗き込むようにして話していた。

その言葉を理解したのかしていないのか、翔子が、アッ、アッと小さな手を睦の頬を撫でて?来たのだった。

涙を拭って、鳳翔は思った。

皆に慰められるなんて、と。

そして、いつの間にか、大人になったみたい、と。

 

「でも、お腹減った~!」

 

朝霜の声に、皆が反応する。

 

「そうだね。 到着が遅かったから、お腹空いたね。」

 

「はいはい。 そう来るだろうと思ってましたよ。 もう準備は出来ているわよ。 さあ。」

 

鳳翔が皆を食堂へと誘った。

帰還初日の夕食は、豪勢なものではなく、心がホッとするような、”母の味”を醸し出す鳳翔お手製の和食だった。

みな、お淑やかに、とはいかず、ガッツくのだった。

 

「料理長のご飯も美味しかったけど、やっぱり、お母さんのご飯は美味しい~!」

 

「ふふふ。 ありがと。 あ、そんなにガッツかなくてもお代わりはあるから。」

 

牛バラ肉と玉ねぎを炒めた”牛肉のバラ焼き”、根菜たっぷりの”豚汁”、”赤魚の煮付け”などなど。

そしてふっくら柔らかな銀シャリに、秦の実家レシピの塩吹き梅干し。

 

「玉ねぎ、あま~い。」

 

「煮付けも、身がぷりぷり!」

 

「ご飯粒がキラキラ。 食べるとあまーい。」

 

正直言うと、今日の味付けは少々濃いめだった。

塩が多かったり、醤油が多かったりと。

疲労している体には濃いめの味付けがいいだろうと思ったのだったが、当たったようだった。

賑やかな食事タイムが終わると、

 

「あー、食べた食べたー。」

 

「うん、美味しかったねぇ。」

 

と言う皆の声だ。

しかも、食器にはきれいさっぱり食べられており、残飯も無かった。

 

「ふふふ。 これだけ綺麗に食べてくれると、後が楽でいいわ。」

 

「あ、後片付け、ボクも手伝うね。」

 

「じゃあ、私も。」

 

と言って皐月と睦が、割烹着を着た鳳翔の両隣に立って手伝っていた。

皐月も睦も、割烹着を着ている。 エプロンではなく、だ。

その頃、居間では・・

 

「ふぁぁぁぁ・・ お腹がいっぱいになると、眠ーい。」

 

そう言うのは朝霜だったが、

 

「こら。 ここで寝るなよ。 ほら、お風呂の用意は出来てるからさっさと入ってきな。 そしたら寝てもいいから。 いい?」

 

「ふぅわぁああい・・」

 

気怠そうな返事だ。

ちょっと心配だ。

 

(湯船の中で寝ないだろうな?)

 

そう思う秦だった。

 

「ただいま戻りました!」

 

そう言って入ってきたのは榛名だった。

 

「やぁ、お帰り。」

 

「はるちゃん、お帰りなさい。」

 

「択捉達は寝たのかい?」

 

「はい。 あのまま寝ちゃいました。 ご飯も食べずに、です。 でも寝顔を見てると、かわいいですね。」

 

そこへ後片付けを終えた鳳翔たちがやってきた。

 

「あら、お帰りなさい。」

 

「ただいまです。 鳳翔姉さん。」

 

「晩御飯は? 食べる? すぐに用意できるけど?」

 

「あ、いえ。 金剛お姉さまと済ませてきました。」

 

「そう。 それは残念ね。」

 

「あー、鳳翔姉さんのご飯美味しいですからちょっと残念ですねぇ。 でも、いまはお腹いっぱいなので。」

 

とテヘっと笑うのだった。

 

「あ、そうだ。 榛名、悪いんだけど、こいつらと一緒にお風呂に入ってくれるかい?」

 

「え? お風呂ですか?」

 

「ああ。 朝霜と弥生が今にも寝てしまいそうだからさ。 お願いできるかな?」

 

秦と榛名の視線が朝霜と弥生に向かう。

朝霜は今にも寝落ちしてしまいそうなほど、フラフラしていた。

 

「そういう事ならいいですよ。 ほら、朝霜ちゃん、弥生ちゃん、行くわよ。」

 

そう言って、朝霜と弥生を連れてお風呂へと入って行った。

睦と皐月は赤ちゃんと遊んでいたが、授乳の時間となっていた。

鳳翔の乳房は、出産前に比べひと回り大きくなっていた。

華奢な鳳翔の身体に大きくなった乳房がパンパンに張っている。

着物なので、見た目にはその張り具合は分からない。

鳳翔が翔子を抱き、着物の胸元を開いて乳房を露にして授乳を始めた。

 

「翔子ちゃん、おっぱいですよ~。」

 

そう言うと翔子が左の乳房に吸い付き、んく、んくと母乳を飲み始めた。

それを覗き込む睦と皐月。

 

「わぁ、飲んでる、飲んでる。」

 

秦には背を向けていたが、母乳を与えている鳳翔の姿を見る秦は、なにかほっこりするような感じがしていた。

暫くすると、翔子が乳房から口を離した。

次は千翔だ。

翔子を睦に預け、皐月から千翔を受け取った。

翔子は左だったが、千翔は右の乳房だった。

 

「はい、千翔ちゃん。 おっぱいですよ。」

 

千翔もんくんくと母乳を飲み始めた。

睦に抱かれていた翔子だったが、首を回して秦を見つけていた。

視線の先に秦を捉えると、手を伸ばして、秦の元へと行こうとするのだった。

アッ、アッ と言って。

 

「あれ? 翔子ちゃん、父さんとこ行きたいのかな?」

 

そう言って、秦に預けてきた。

 

「はい、父さん。」

 

「おう。 翔子~、お腹いっぱいかなあ。」

 

受け取った秦が、高い高いをしていた。

キャッキャッ言って笑っているようだった。

 

「笑ってるね。」

 

「でも、大きくなったなぁ。 ひと月だけなのに、もうずっしりだ。」

 

そう秦が言うと、鳳翔が、

 

「そうでしょ。 毎日抱いてるとそうは感じないんですけど、改めて見てみると確かに大きく、重くなってますね。」

 

と言うのだった。

 

「そうなんだ。 あんまり気にしてなかったよ。」

 

そう言うのは皐月だった。

そのうち、千翔も母乳を飲み終えたようだった。

 

「はい、皐月ちゃん。 お願いできるかしら。」

 

そう言って千翔を皐月に預けてきた。

 

「いいよ、お母さん。  千翔ちゃーん、いらっしゃいな。」

 

ニコリとしながら千翔を抱いた。

千翔は、アッ、アッ、と言って皐月に抱き着いてきたのだった。

着物を整えた鳳翔が・・

 

「それじゃ」

 

と言って、台所へと向かっていった。

ん?

と思っていると、小さな哺乳瓶を2つ持ってやってきた。

 

「え? 哺乳瓶?」

 

二つの小さな哺乳瓶には100ccほどの白い液体が入っていた。

 

「ええ。 この子達、1回の母乳だけでは足りなくて、飲まない間に母乳を絞っておいたものなんです・・」

 

鳳翔が何か申し訳なさそうな表情でやってきたのだが、その顔に秦が・・

 

「何を申し訳なさそうな顔をするんだい? 足りないのは、それだけこの子達がお腹をすかせてるって事だろ? それにこの子達の成長は、必然なんだから、そんな顔をしないで。」

 

「そうは言っても、母からはいろいろと言われていますし・・」

 

秦は、ここが震源か、と思った。

 

「鳳翔。 お義母さんには俺から言っておくから、昔は昔、今は今、だよ。 それに、鳳翔は双子じゃないだろ? 一人と二人じゃ違って当然だよ?」

 

「はぁ、そうは思うんですけど・・」

 

「はぁ・・ しっかり者の鳳翔も、やはり人の子だなあ。」

 

と言って、ククッっと笑った。

 

「もう! 笑わないでください! これでも真剣に悩んでたんですから!!」

 

プンプンと怒り顔の鳳翔だった。

 

「ああ、悪い。 ごめんよ。 そういう事なら俺にも相談してくれよ? 少しでも君のためになりたいからさ。」

 

「じゃぁ、そうさせてもらいますね。」

 

そう言って、哺乳瓶の一つを睦に渡して、

 

「睦ちゃん、お願いできるかしら? やり方はこうやって・・・」

 

「了解だよ。 はい、翔子ちゃん。」

 

吸い口を翔子の口にあてがうと、吸い付いてきた。

両手で哺乳瓶を持とうとする。

 

「じゃぁ、皐月ちゃんもお願いできるかしら。」

 

「うん、いいよ。 はい、千翔ちゃん。」

 

翔子と同じように、千翔の口に吸い口をあてがうと吸い付いてきた。

 

「「わぁ、飲んでる飲んでる。」」

 

5分としないうちに、

 

「もう飲んじゃったよ。」

 

「なんか早いね。」

 

二人の赤ちゃんはミルクを飲み終えたようだ。

二つの哺乳瓶は、ほぼカラの状態になってしまっていた。

 

「二人とも、お腹いっぱいかな? ふふふ。 いっぱいみたいね。 じゃぁ、ご馳走様ね。」

 

そう言って哺乳瓶を片付ける鳳翔であった。

 

そのうちに、お風呂に行っていた連中が帰ってきた。

 

「あー、さっぱり。 でも、ねむぅーい・・」

 

「まったく、どっちだよ。」

 

呆れる秦だ。

 

「朝霜ちゃんたらぁ。 あぶなかっしいわねぇ。 大丈夫?」

 

「どうしたんだ、榛名?」

 

「いえ、朝霜ちゃんたら、湯船の中で気を失いかけて、何回湯船に沈んだか・・」

 

「え? そうなの?」

 

「はい・・ だから危なっかしくって・・ こっちがゆっくり出来なかったくらいですよ・・」

 

「おぉ、それは悪かったなぁ。 朝霜、もう部屋で寝ていいぞ。 弥生も。 ほら、早くしな。 あ! 半纏着てけ!!」

 

「ほぉぉぉい・・」「はぁ・・い・・」

 

気怠そうな返事だったが、フラフラと部屋へと入って行った。

 

「榛名も悪かったな。」

 

「大丈夫です。 それじゃ、私も休みますね。」

 

「ああ。 お休み。」「お休み、はるちゃん。」

 

そう言って榛名も部屋へと入って行ったのだった。

 

「さてと・・ 睦、皐月、卯月。 お前たちもお風呂に入ってきな。」

 

「「はあーーい。」」

 

「で、だ。 翔子と千翔をお風呂に入れるの、手伝ってくれる?」

 

「ん、いいよ。」

 

「あら、いいの? 赤ちゃんのお風呂は大変よ?」

 

「大丈夫だよ。」

 

とは睦だ。

 

「わーい、うーちゃんも赤ちゃんと一緒に入りたーい。」

 

「それじゃぁ、お願いしようかしら。」

 

鳳翔がそう言うと、三人と鳳翔、赤ちゃん二人がお風呂へと向かった。

一人残された秦は、炬燵に足を突っ込んで考えていた。 これからの事を。

 

(さてさて・・ 今日は帰ってきたばかりだから、呑気にしてられるけど、明日からはどうなるのやら・・ このままって言う訳にはいかんのだろうな・・)

 

なんて考えていた。

五分ほどすると、鳳翔が襷がけの姿で、バスタオルを抱えて戻ってきた。

 

「あなた、この子、翔子をお願いします。」

 

見ると、バスタオルにくるまれた翔子がいた。

どうやらお風呂上りらしいく、身体から湯気が上がっていた。

 

「ああ、了解だ。」

 

そう言って翔子を受け取ると、鳳翔はまたお風呂へと戻っていった。

バスタオルで頭をふきふき、身体を拭くと、にっこりと笑うのだった。

 

「お風呂は、気持ちよかったかぁ。」

 

そして鳳翔が再びバスタオルを抱えてやってきた。

 

「あなた、こっちもお願いします。」

 

翔子の身体を拭き終わって服を着せたところだった。

 

「おぅ、了解。」

 

翔子と同じく、バスタオルにくるまれた千翔がいた。

 

「やぁ、おかえりぃー。」

 

そう言って身体を拭くのだった。

赤ちゃんに服を着せて、布団に寝かせていた。

秦の隣に鳳翔が帰ってきて、

 

「ふぅ。 あの子たちったら案外上手くやってくれたわ。 助かっちゃいました。」

 

そう言って微笑む鳳翔だった。

 

「そうか。 そりゃよかったな。 じゃぁ、これからもあいつらに頼むか?」

 

「フフフ。 そうですね。 それもいいですね。」

 

そう言って二人で笑いあうのだった。

そして睦たちが帰ってきた。

 

「ああ、いいお湯だった!」

 

「うぅうん、さっぱりしたぁ。」

 

「お帰り。 ありがとうね。 翔子と千翔をお風呂に入れてくれて。」

 

「どうと言うことないぴょん。」

 

「じゃぁ、これからもよろしくお願いするわね。」

 

「「任せてよ!」」

 

そう言って胸を張る睦、皐月だった。

 

「でも、眠くなってきたぴょん・・ もう寝るぴょん・・」

 

「ああ。 お疲れさまだね。 ゆっくりお休み。」

 

「「はぁーい。 おやすみなさーい。」」

 

そう言って自室へと入って行った。

残された秦と鳳翔は・・

 

「さて、二人を寝かせたら、風呂に入るか。 一緒に。」

 

と言う秦に、頬を赤めて、

 

「ええ。」

 

と応える鳳翔だった。

翔子と千翔をベビーベッドに寝かせ、秦と鳳翔が二人してお風呂に入るのだった。

秦と鳳翔・・

まったりと、ゆったりと、正に熟年夫婦のように。

 



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今後の話

まずは休息して落ち着く皆。
しかし、いつまでもまったり出来ない状況には変わりはない・・
まだ、そう。 まだ終わっていないのだ・・



翌日0830の執務室に全員が揃っていた。

 

「おはよう。 朝から全員に揃ってもらったが、今後の話をしたいと思ってね。」

 

「どういう事だ、提督。」

 

まず応えたのは長門だった。

 

「うん。 まずは、帰ってきた各艦の修理を行う。 使えるドックは全部使う。」

 

「全部使っても、全艦の修理が終わるのはかなり先になるのでは?」

 

そう聞いてきたのは五十鈴だった。

 

「そうだな。 だから、軽微と思しき艦は、民間の工場のドックも使って修理を行うつもりだ。」

 

「「え? 民間のも??」」

 

「ああ。 現状において無傷なのは居留守部隊だった艦だけだから、何とか早急に修理をする必要があるからね。」

 

そう言って皆の顔を見渡す秦だった。

 

「それで、全体としての今後の話は・・ 今日から軍令部や国防省で話し合われるだろう。 その結果次第、と言うことになるだろう。」

 

「まぁ、そうでしょうね。 それによって・・ ですか。」

 

そう言ってきたのは大石大佐だった。

 

「ああ。 ま、民間のドックはこれから話をつけるから、早ければ昼前にはドックに入れると思う。 皆、各艦の状況確認をしておいてくれ。」

 

【了解!】

 

そう言って、執務室を出ていった。

 

 

昼前になって、民間のドックを使えることになった。

大型のドックには、戦艦・長門、同・榛名、そして空母・鳳翔が入る事になった。

そして、中規模のドックには駆逐艦クラスが数隻まとめて入るのだった。

空母・鳳翔がドックに固定される作業を見ていた秦と大石大佐、榛名の三人。

 

「おぉぉ。 パラオで損傷個所を調べた以上にやられてるなぁ。」

 

空母・鳳翔は、被雷1本と聞いていたが、それ以外に艦尾艦底にへこみや歪みが認められた。

 

「うわ・・ 直接当たったわけじゃないのに、かなり影響を受けているな・・」

 

舵が歪んでいた。

魚雷を回避した、はずだった。

それでも良く動いてくれたものだ、と思う秦だった。

その空母・鳳翔以上なのが戦艦・長門だった。

上部構造物は破孔で穴だらけ、火災の跡だらけだったが、水線下も酷いものだった。

魚雷を少なくとも3本が直撃した後があった。

更にへこみが数か所。

亀裂や破孔が明らかに分かるほどだった。

戦艦・榛名も、四番砲塔が大破しているのは確認していたが、その影響は艦底にまで及んでいた。

明らかに艦内から外に向かって船体が膨れていた。

水線ギリギリに砲弾があたった後もいくつかあった。

 

「うわ・・ ここまで酷かったんですね・・ 良く浸水しなかったわ・・」

 

自身が操ってきたとはいえ、ここまでとは思わなかったのだろう。

榛名が被害をみて驚いていた。

他にも巡洋艦、駆逐艦のドックも見て回った秦たちだった。

 

「被害状況の報告は・・ 明日までに纏められるでしょう。」

 

大石大佐の言葉に秦が応える。

 

「そうだなぁ。 それでお願いするよ。」

 

一通り見て回った秦たち。

 

「提督、みんな被害は大、ですが・・」

 

「なるべく早く修理をしてもらおう。 作業員たちには無理をさせることになるけど、ね。」

 

「分かりました。 ドック作業員に伝えます。」

 

 

結局、夕方になって執務室に帰ってきた秦たちに、

 

「父さん、お帰り。」

 

と言ってくれたのは皐月だったのだが・・

 

「ねぇ、ボクたちはどうすればいいの?」

 

と聞いてきた。

艦が沈んでしまっている皐月、弥生、卯月の三人は、手持無沙汰のようだった。

そんな三人を、鳳翔が子育ての手伝いをさせてはいたのだが・・

 

「おかえりなさい、あなた。 榛名ちゃんも。」

 

「ああ。 ただいま。」

 

「それで、どうでした?」

 

「ん、思った以上にひどい状況だよ。 特に榛名は・・ 数カ月かかるかも、だね。 ま、ドックからの見積次第なんだけど。」

 

「そんなに? 見た感じは問題ないのかな、と思ってたんですけど。」

 

驚く鳳翔だった。

 

「俺もそうは思ってたんだけどね。 特に四番砲塔の周りの装甲が内部から外へと膨れてて、最悪、艦尾を切り落とすかも・・・」

 

「そ、それは酷いですね・・」

 

「とにかく、明日以降に見積が出るだろうから。」

 

「はい、そうですね。」

 

そんな会話が交わされていた時だった。

一本の通信が入ってきた。

横須賀の秋吉からだった。

 

「よう。 こっちはようやく横須賀に着いたぞ。 そっちはどうだ?」

 

「これは秋吉中将。 お疲れ様です。 こちらはついさっき各艦をドックに入れた状態です。」

 

「そうか。 こっちはこれからだ。」

 

「そうなんですね。 で、御用の向きは、なんでしょう?」

 

「帰り着いて早々なんだが、上層部や役人たちと今後の話をすることになった。 その内容次第では、かなりの体制変更を伴う可能性がある。 当然、お前さんにも影響があるから、そのつもりでな。」

 

「また、ですか・・」

 

「なんじゃ、つまらなそうな声を出すな。 前にも言ったじゃろう。 お前にふさわしい地位だと。」

 

「今でも十分すぎますよ。 私は・・」

 

「おっと、そこまでじゃ。 退役はさせんからな。」

 

先手を取られた、と思った秦だったが・・

 

「お前さんは、いったい何人家族がいると思っておる? しかも増えたんじゃろうが。 将官クラスの給料でないと苦しいぞ?」

 

そう言って、脅される秦。

 

「そこで脅しますか?」

 

「ガハハハ。 そう言うつもりは無いわけではないが・・ 貴様、家族が増えたんじゃったな。」

 

「はい。 赤ん坊が二人、増えましたので・・」

 

「お前さんと鳳翔の子か。 可愛いじゃろうな。 ワシからすると孫のような感じがするのう。」

 

はぁ・・ と言うしかない秦。

 

「とにかく、近日中に連絡が来るはずじゃ。 それまでは現状維持でな。」

 

「はい。 分かりました。」

 

「それではな。」

 

と通信が切れた。

ふぅ、とため息をついて椅子にもたれる。

 

「廻りからどんどん埋められていく・・」

 

天井を見つめながら呟くのだった。

 

「ふふふ。 仕方ありませんね。 あなたは出来る人ですから。」

 

そう鳳翔が言うと、

 

「鳳翔・・ お前さんまでそう言うか・・」

 

と更に椅子に沈み込む秦だった。

 

「一度、聞いてみたかったんですが・・」

 

そう言ったのは榛名だった。

 

「なんでそんなに退役したいんですか? 昇進はいいことだと榛名は思いますけど・・」

 

「まぁね、昇進するだけなら、ね。 役が上がる、当然、責任も重くなるわけだ。」

 

「それはそうですけど・・」

 

「俺としては・ 人の悪意を、散々見てきたから、そこに関わり合いたいとは思わないだけなんだけど・・」

 

「それはそれは酷かったもんねぇ。」

 

横から話すのは、秦の事を知る睦だった。

 

「ああ。 まぁ、家族が増えたけど、俺個人としては、睦やこども達とじっくりゆっくりと触れ合いたい、鳳翔のそばにずっといたい、と思っているだけなんだよ。」

 

そう秦が言い、その目は鳳翔を見つめていた。

 

「出来れば・・ 朝から晩まで、ずっと鳳翔を抱きしめていたい・・ その気持ちなんだけどな・・」

 

「もう・・ 恥ずかしい・・」

 

頬を赤める秦と鳳翔だった。

その場にいたこども達は・・ 

 

”はいはい。 ご馳走様。”

 

と口にはしないが、態度はそう言いたげだった。

 

「私は、ずっとあなたの傍にいますから。 ふふふ。 そうですね、もしあなたが軍を辞めたら・・ 私は小料理屋でも始めようかしら。 もちろん、あなたにも手伝ってもらいますけど。」

 

「ああ。 その時は手伝うさ。 一緒に居れるなら、喜んで。」

 

互いを見つめ合う秦と鳳翔。

 

「あーあ、暑い暑い。」

 

「そういう事は、二人の時にしてください。 もう。 義兄さんも鳳翔姉さんも。」

 

呆れているのは榛名もだった。

 

「あー、その時は榛名も一緒ですよ。 いいですね! ふふ。 看板娘をやってあげます。」

 

だと。

 

「あら。 それだといいわね。」

 

「それじゃ、お母さんの美味しい料理と、美人の看板娘で大入り間違いなしだね!」

 

「あたいたちはどうすんだよ? 看板娘がいるんじゃ・・」

 

「おいおい、今から話を進めないでくれ。 まだ辞めるって決めてないんだぞ?」

 

呆れる秦だった。

 



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お宮参りに(1)

唐突にお宮参りに行こう!と言い出した秦。
そこに両家の親たちも呼ぶことに。
すると・・



「あ、そうだ。」

 

唐突に声を出す秦。

 

「ところで鳳翔、お宮参りに行かないと。 まだ行ってないだろ?」

 

産まれて一カ月くらいの赤ちゃんを、地域の産土神さまへのご報告するのであるが・・

既に翔子と千翔は2カ月になっていたのだ。

 

「お宮参りですか?」

 

「ああ。 翔子と千翔の。」

 

「確かに、まだ行ってませんけど・・」

 

「それじゃあ、行こうか。 そうなると、両家に連絡しないといけないな。」

 

「そうですねぇ、確かに、両家にとって初孫ですし・・ 母とお義母さんには少なくとも連絡しないと・・ ですね。」

 

「え、なになに? お宮参り? ボクも行く!」

 

「あ、あたいも行くから! ね、いいよね、しれーかん?」

 

「ああ。 行くならみんなで行こう。 それじゃ、おふくろたちに連絡するか。」

 

こども達も”行きたい”というお宮参り。

秦と鳳翔はその日のうちにそれぞれの実家に連絡するのだった。

急な決定だったが、お宮参りは、安産祈願で行った亀山神社に行くことにした。

日取りは次の休日に行うことにしたのだった。

 

「じゃぁ、急いで用意をしないと・・」

 

という鳳翔だったが、

 

”あなたはそんなに用意する物はないのよ?”

 

と母に言われていた。

母親から

 

”こっちから持っていくから。”

 

と言われたのだった。

 

 

そして、次の休前日。

それなりの荷物を持った親子とみられる三人組が広島駅に降り立ち、呉線の列車に乗り換えていた。

 

「結構、遠いな。」

 

「私とお母さんは一度来たから、そうは思わないよ?」

 

そんな会話が聞こえてきていた。

 

「ほら、父さん、お母さん。 早く! 次はあの列車だよ!」

 

呉線の列車は4両編成の快速だった。

乗換に時間が掛かったが、列車には乗れたものの、ほぼ満席に近かった。

乗り込んだ隣の車両でボックス席が空いていたので、三人組はそこに座った。

 

「やぁ、間に合ったな。」

 

「ええ。 後はこのままね。」

 

”呉線、快速広ゆき、発射しまぁす!”のアナウンスの後、扉が閉じられ、動き出す列車。

 

暫くして、一人の年老いた女性がやってきた。

少々大きめの荷物を抱えていた。

どうやら空席を探しているようだったが、三人が座るボックス席のそばにやってきて、

 

「すみませんが、ここ空いてますか?」

 

「ええ。 空いてますよ。」

 

そう言って娘に荷物を網棚に移させた。

 

「すみませんね。」

 

そう言ってボックス席の一つに座った。

そこで、母親が、

 

「大きな荷物ですね。 どちら迄?」

 

と問うた。

年老いた女性が、

 

「え、呉までですね。」

 

と答えた。

 

「あら、私たちも呉までなんですよ。」

 

「おや、一緒やね。」

 

「お一人ですか?」

 

「ええ。 呉の駅で息子らが待っているらしいので。 駅までは一人ですわ。」

 

「あら、そうなんですか。 息子さんがお出迎えですか。 いいですね。」

 

母親の会話を聞いていた娘が、

 

「そういや、お母さん、私たちは駅で誰が迎えに来てるの?」

 

と母親に聞いた。

 

「えっと・・ 確か、睦ちゃんが来てることになってるけど・・」

 

そう言うと、

 

「睦ちゃん?」

 

と女性が聞き返してきた。

 

「ええ。 娘のこどもなんですよ。 確か今年14歳だったわね。 それが何か?」

 

「いえ、ウチの息子のこどもも睦って言いますのでね。」

 

ん?

 

「おいくつですか?」

 

「今年で中学2年やね。 だから14。 いっしょやね。」

 

ん?

 

女性と母親は、同時に何かおかしい、いや何か変、と思った。

そんな会話をしていても列車は進んだ。

既に広島の街を離れ、車窓には海が広がっていた。

 

「今日は、どのような赴きで?」

 

と女性が問うと、

 

「ええ。 明日、孫のお宮参りなんですよ。 フフフ。 女の子の双子なんですけど。」

 

母親がニコリと嬉しそうに答えた。

 

「では、あなたは?」

 

母親が聞き返すと、

 

「ええ。 私も明日、孫のお宮参りでして。 奇遇ですね。 女の子の双子なんです。」

 

と女性が答えた。

 

!!

 

!!

 

そこまでで、二人の女性が、思い至った。

 

「あのう、失礼ですけど、息子さんのお名前は・・」

 

「息子ですか? 名を秦と言いますが・・」

 

「やっぱり! ウチの娘は鳳翔と言います。」

 

「おや!」

 

二人の女性は、お互い驚いた表情だ。

 

「じゃぁ、なに、 義兄さんのお母さん?」

 

「え?? 秦君のお母さんだって?」

 

娘と父親が驚いていた。

 

「それじゃ、そちらさんは、鳳翔の親御さんかい? おやまぁ、こんなところで。」

 

四人が、秦の母親、鳳翔の家族と言う事が分かって驚くと同時に、

 

「ウチの息子がお世話になって・・・」

 

「いいえ。 こちらこそ。 ウチの娘がお世話になっていまして・・・」

 

お互いに恐縮し合う母親同士であった。

 

「それじゃあ、出迎えは義兄さんと睦ちゃんなのね。」

 

「そうね。 秦からは鳳翔の家族も来るとは聞いていましたが、ここで会えるとは。」

 

「ええ。 私も、秦さんのお母さんがどんな方なのか、と思っておりましたが。」

 

二人の母親が笑っていた。

 

”間もなく、呉、呉です。 お降りの方はお忘れ物のないようご支度ください・・・・”

 

「あ、もう着くよ! 荷物忘れないでね、お父さん!」

 

「なんでワシ・・」

 

「あら、あなたは唯一の男手なんですから、いいじゃないですか。」

 

そうしているうちにホームに差し掛かって、列車が止まった。

 

「やあ、着いた着いた!」

 

四人が降り立つと、改札の外に軍服姿の男性と女の子らが居るのが見えた。

 

 

「ねぇ、父さん。 おばあちゃんたち、次の列車で来るの?」

 

「ああ。 何故か、広島からは同じ列車になってたな。 何か合わせたみたい・・」

 

双方の家族には、お宮参りの前日に呉に到着するようには、伝えたものの、呉線の列車は同じになるとは思ってもみなかった。

 

「一緒だとお出迎えが一回で済むね。」

 

呉駅の改札口で待つのは、秦と睦、弥生の三人だった。

そして、予定時刻通りに母親たちが乗った列車が、駅に着いた。

列車からぞろぞろと人が降りてきたが、母親たちの顔を認めたのは、改札を出る人波の最後の段階になってからだった。

最初に気付いたのは尚子だった。

 

「あ! 睦ちゃーん!! お義兄さーーん!」

 

そう言って手を大きく振った。

そして気付いた睦も大きく振り返していた。

 

「おーーい、尚子おねーちゃーん!!」

 

改札を出てくる四人の姿を見て、秦が頭を抱えていた。

 

「やっぱり、一緒だったか・・」

 

と。

 

「ようこそ。 お袋。 ようこそ、お義母さん、お義父さん、尚子ちゃん。」

 

秦が四人に挨拶する。

 

「いやぁ、列車の中で一緒になってな。」

 

「ええ。 最初は呉までですねって言ってたんだけど、話してるうちに、あれ?ってなって。」

 

「そしたら、身内だったんだって。 ね、お母さん。」

 

最後は尚子が話した。

 

「まぁ、それは良かった、のかな。 とりあえず、ホテルにチェックインだけして。 それから官舎へ行くから。」

 

四人を連れて、駅前のホテルへと向かい、チェックインを済ませた。

荷物を部屋において、ホテルの前からタクシー二台に分乗して呉鎮守府官舎の前までやってきた。

 

「着いたよ、おふくろ。」

 

「おやまぁ。 大きいやないの。」

 

と驚く秦の母親。

 

「最初は、みんなそうだよなぁ。 でもすぐ慣れるから。」

 

そう言って玄関から中に入った。

 

「ただいま戻ったよー。」

 

「たっだいまーっ!」

 

すると奥からパタパタと小走りにやってくる足音が。

軽快な足音だった。

 

「はあーーい、今行きまーす!」

 

鳳翔の声だった。

 

「あ、お帰りなさい、あなた。」

 

「ただいま。 みんな連れてきたよ。」

 

「おや、鳳翔。 元気そうやな。」

 

「お義母さんもお元気そうで何よりです。 さあ、入ってください。」

 

「こんにちは、 鳳翔お姉。」

 

「いらっしゃい、尚子ちゃん、お母さん、お父さん。」

 

「やぁ、鳳翔。 久しぶりだな。 元気そうじゃないか。」

 

「お父さんも。」

 

「で、赤ちゃんは、どこだい?」

 

「え? 奥ですけど・・ その前に! 手を洗ってください!」

 

「え、なんで?」

 

「なんで、じゃないです! ダメですから! ちゃんと洗ってからでないと触らせません!!」

 

すぐに赤ちゃんを見ようとする父親を制止する鳳翔だった。

しかも、本気で怒っているようだった。

 

「あ、お義父さん、ここは言う事を聞いてください。 ここでは鳳翔を中心に回ってますので・・」

 

そう秦に言われて、渋々言う通りにする父親だった。

 

「そ、そうなのか・・」

 

ふふふ、はははは

その姿を見て、鳳翔やこども達が笑っていた。

秦は、”ご愁傷さま・・”と思ったのだった。

 

 

全員が居間に上がり込んでいた。

元々広かった部屋を上げ床にしていたが、全員が入るとやや手狭になった。

布団で眠る赤ちゃんを覗き込む母親’s。

 

「まぁまぁ、かわいいじゃない。」

 

「きゃー、かっわいい~。」

 

尚子が赤ちゃんの頬をツンツンする。

 

「ぷにぷに~。」

 

「これ、尚子。 あんまり触ってると、せっかく寝てるのに起きちゃうわよ?」

 

「え~、いいじゃん、いいじゃん・・」

 

「もう、尚子お姉ちゃんたら・・ 泣き出すと大変だよ・・」

 

「そんなこと言わずに。 どれどれ、ワシも・・」

 

と言って父親が翔子の頬を撫でたときだった。

目を覚ましたようで、最初は父親をボーっと見ていたかと思うと、

 

”ぎゃーーーーーッ、あーーーーーーッ、アーーーーッ”

 

と大声で泣き出してしまった。

両の手を思い切り握って、身体を強張らせているようだった。

 

「あちゃー・・」

 

泣いちゃったよ・・的な視線が、皆の視線が父親へと向かっていた。

 

「え、お、おーーい、何とかしてくれ・・」

 

泣きそうな顔をして、おろおろしている姿に鳳翔と母親が笑っていた。

 

「ふふふ。 仕方がないわねぇ。」

 

と母親が言ったが、いつまでも泣き止まない翔子を睦が抱き上げていた。

 

「翔ちゃん、大丈夫だからねぇ、お姉ちゃんが居ますからねぇ。」

 

そう言いながら背中をポンポンしていると、泣き止んできた。

 

”アッ、アッ”

 

と言いながら、睦に抱き着いていた。

 

「もう、大丈夫だよー。 誰も意地悪しないからー。」

 

と皐月が翔子の涙を拭いていた。

赤ん坊は分からないことが多い。

睦と皐月があやすとすぐに泣き止んだ。

そして笑いながら睦の頬を掴もうとしてきたのだった。

 

”ア、ウ、アー”

 

と言って。

 

「さすが睦ちゃんと皐月ちゃんね。」

 

そう言うのは、千翔をあやしていた榛名だった。

 

「へへへ。 慣れたものでしょ。」

 

その様子を見ていた母親が、

 

「あら。 鳳翔、あなたは? 榛名ちゃんにも抱っこさせて・・」

 

と聞いた。

鳳翔の返答は、

 

「私? 今は皆があやしてくれるので。 ふふふ。 私が育てるというより、みんなが育ててるって感じよ。」

 

ということだった。

 

「あんた、いい身分じゃない。 妊娠中は秦さんに任せっきりで、今度は皆にまかせっきりじゃない・・」

 

なんとまぁ、と呆れる母親だ。

 

「ねぇ、睦ちゃん、私も抱いていい?」

 

と尚子が聞く。

 

「うん。 いいよ。 ・・はい。」

 

と睦から尚子へと抱くのが替わった。

鳳翔はちょっと心配だった。

 

「ん、あ! 案外重い!」

 

尚子に抱っこされる翔子だったが、その目は明らかに、”誰?”と言っているようだった。

 

「へへへ。 翔子ちゃんか。 こんにちは。 私はあなたのお母さんの妹だよ。 よろしくね。」

 

と笑って見せた。

すると、笑って尚子の顔に手を伸ばしてきた。

 

”あー、アー”

 

って。

そして、榛名が抱く千翔を、秦の母親に渡すのだった。

 

「どうぞ、お義母さん。 下の子で、千翔ちゃんですよ。」

 

母親が受取り、あやす。

 

「まぁまぁ、あなたが千翔ね。 おばあちゃんよー。 よろしくねぇ。」

 

すると、千翔も笑って母親の顔へ手を伸ばそうとするのだった。

 

「もう2カ月になるんやったか?」

 

「ああ。 2カ月ちょっとになるかな。」

 

「そうすると、ちょっと軽いんかな?」

 

「そうですね、産まれたときからして体重は倍ほどにはなってるんですが、所謂標準と言うモノからすると軽いですね。」

 

そう言うのは鳳翔だった。

ま、双子だったし、ある程度は致し方が無いのだが。

その日の夕飯は、母親’sたちと共に官舎で摂るのだった。

食事後、明日に備えて、親たちはホテルへと引き上げていった。

 



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お宮参りに(2)

赤ん坊のお宮参りに、みんなで行くことに。
もう生活は赤ん坊を中心にまわって行くのか・・



翌日。

官舎は朝から慌ただしかった。

と言っても、バタバタと走り回るほどではなかったが、お宮参りの準備に忙しくしていたのだった。

そんな中、双子の赤ちゃんはいつもの通り、と言うか、周りの事なんか理解できるはずもない。

朝から赤ん坊をあやす朝霜と卯月だが・・

 

「今日はいい天気だよ~。」

 

そう言う朝霜の髪を触ろうとする千翔。

 

”アッ アッ ・・”

 

千翔の頬にすり寄る朝霜。

 

「ホレホレ」

 

とのその時、気が付いた。

 

「あれ? これは・・」

 

少々、芳しい匂いが・・

 

「ねぇ、皐月ちゃん。 これって、あれ、だよね?」

 

「ん? どうしたの?」

 

皐月も気づいたようだった。

 

「あ! うん、そうだね。 お母さーん、紙おむつの替えは?」

 

「紙おむつの替えはこっちにあるよ? 交換?」

 

と言ってきたのは睦だった。

 

「交換するから手伝って。」

 

千翔を寝かせておむつの交換を始める朝霜。

 

「はいはい、泣かないでねー。 今交換するからねー。」

 

ちょっと泣きそうな千翔だが、朝霜も慣れた手つきで汚れた紙おむつを脱がせて、お尻を拭いていく。

新しい紙おむつを用意して千翔に履かせた。

 

「はーい、綺麗になったねー。」

 

新しい紙おむつに交換し終えた千翔は、ニッコリと笑っていた。

千翔が終わったのだが、やはり双子である。

 

「こっちもだね。」

 

そう言うのは翔子を抱く睦だ。

 

「え? そっちも?」

 

ちょっと驚く朝霜だった。

 

「はい、新しいの。」

 

「ありがと。 こっちはちょっと濡れてるよ。 弥生ちゃん、手伝って。」

 

「うん。 手伝うよ。」

 

睦と弥生で翔子のおむつを交換するのだった。

 

「やっぱ、双子だねぇ。 こういう事もおんなじタイミングとはねぇ。」

 

ケケケと千翔を抱きながら笑う朝霜だった。

朝食を済ませると、各自が余所行きの格好になっていくのだった。

睦たちは、中学校の制服に身を包んでいた。

 

「私たちは、これだね。」

 

と言いながら、居間へとやってきた。

紺のセーラー服。 襟には白三本のライン。

靴下も紺色ハイソックス。

 

「準備、おっけーだよ、しれーかん!」

 

秦も紺の軍服。 第1種軍装だ。

 

「ま、いつもの格好だな。」

 

鳳翔は、淡い桜色の訪問着。

菊柄に桜の柄が入った着物に袋帯。

 

「ふふふ。 いつもは袴ですから、ちょっと気持ちが高ぶりますね。」

 

今回は榛名も一緒だ。

 

「榛名ちゃんも着物ね。 色は・・ ちょっと赤い方がいいかしら。」

 

と言う鳳翔の意見で着物になったが、振袖ではなく、訪問着だった。

 

「鳳翔ねぇさ~ん、着付け、手伝ってくださ~い。 一人で着れなくって~・・」

 

榛名は一人で着物を着ようとして頑張ったらしい、が・・

上手くいかなかったらしい。

鳳翔に助けを求めていた。

 

「あらあら。 手伝うわよ。」

 

ハイ、ここを持って。 次にこれをこうして・・

と言う声がしたかと思うと、10分程で・・

 

「うわぁ、結構、重いですね。 鳳翔姉さん、いつもこんな感じですか? 良く持ちますねぇ?」

 

「もう、慣れたわよ。」

 

と言う声が聞こえてきたのだった。

二人の赤ちゃんも余所行きである。

白の羽二重。

ただ、肌触りも気持ち良いもので、柔らかく、光沢のある羽二重だった。

前掛けと帽子もして、と。

赤ん坊の授乳は、着替える前に一応、終えていた。

鳳翔の訪問着では、なかなか授乳は難しいのだ。

とは言え、予め搾乳しておいた母乳を哺乳瓶に入れて、手提げかばんに入れておいた。

いつでも赤ん坊が飲めるように。

そして寒くないように秦と鳳翔の半纏で包んでいた。

 

”今日は何事?”

 

と思っているかもしれない二人の赤ちゃん。

 

「ねぇねぇ、半纏でいいの? 何か変じゃない?」

 

そう聞いてきたのは皐月だった。

 

「あぁ。 今はね。 後でおふくろたちと合流するんだけど、その時には掛け着を使うから。」

 

「カケギ?」

 

「そうよ。 掛け着。 赤ちゃんをお母さんが抱いて、その上から着る、というより羽織るのよ。」

 

ふぅぅぅーん、と怪訝そうな返事であった。

 

 

準備が整い、時間にもなったので秦たちは母親’sが待つ駅前のホテルへとタクシーで向かった。

母親’sたちは既にロビーで集合し、お茶を飲んでいた。

 

「おはよう、おふくろ。 お義母さん、お義父さん、尚子ちゃん、おはよう。」

 

「やあ、秦君、おはよう。 やはり軍人さんだね。 凛々しいよ。 うん。 さすが、わが息子だね。」

 

「はぁ。」

 

「おはようございます、お父さん、お母さん。 お父さんたら、”義理の”でしょ? なに自分の息子扱いしてるのよ。」

 

父親の秦の扱いに苦言を呈する鳳翔だ。

 

「いいじゃないか。 義理でも息子には違いないんだからな。」

 

両母親は訪問着で、父親はスーツ姿だ。

尚子は高校の制服姿だった。

 

「おはようございます、お義兄さん。」

 

秦と鳳翔の後から双子を抱いたこども達と榛名がやってきた。

 

「「おはようございます!」」

 

「おや、榛名ちゃん、おはようさん。 あんたも着物か。 よう似合っとるな。」

 

へへへ。

 

「榛名、嬉しいです!」

 

「翔子ちゃん、千翔ちゃん、おはよー。」

 

尚子が双子に、ツンツンと挨拶する。

翔子は、秦の母親に抱かれ、濃い朱色の掛け着を羽織らされていた。

千翔は、鳳翔の母親に抱かれていた。

掛け着の色は藍色だった。

双子は、きょとんとした顔をしていた。

 

「今日は、あんたたちのお祝いよ~。」

 

と鳳翔の母親が言っていた。

 

「さあ、時間も無いから、行こうか。」

 

再びタクシーに乗り、亀山神社まで行くのだった。

亀山神社に着くと、社務所でお宮参りの受付をした。

参拝だけでも良かったのだが、神楽と祝詞をお願いした。

 

「ねぇ、今日はどうするの? お参りだけじゃないの?」

 

「お参りだけでも良かったんだが、こういう機会はめったにないからね。」

 

社務所の控室から本殿まで、神主さんが先頭に立ち、舞装束の巫女が続き、その後ろに秦たちが続いた。

その歩みは、ゆっくり、だった。

本殿に上がると、秦たち一族郎党が座ると、神主さんの祝詞が始まった。

祝詞の後、巫女による神楽が一舞あった。

本当は祝詞も神楽もそれなりの時間がかかるのだろうが、なにせ今回の主賓は双子の赤ちゃんである。

かなり短い時間で終了した。

 

「何か、早くない?」

 

そう聞くのは朝霜だった。

 

「まぁ、今回の主賓は、翔子と千翔だからな。 長い時間、大人しくしているのは無理だろうて。」

 

その二人の赤ちゃんは、終始、大人しかった。

それは・・ 二人は、二人の母親の腕の中で眠っていた。

 

「あら。 大人しいと思ったら、二人ともお眠さんだったのね。」

 

「本殿に上がる前から大人しかったわ。 ふふふ。 ちょうどええやないか。」

 

とは秦の母親。

 

「そうね。 可愛い寝顔だから私はいいわよ。」

 

と言うのは鳳翔の母親だ。

母親同士で、翔子と千翔を見せ合っていた。

 

「ほら、こっちもお眠やで。」

 

「ええ。 こっちもぐっすりですね。」

 

本殿の前で全員で記念撮影をするのだが・・

 

「あい、起こさなくていいのか?」

 

と父親が言ったのだが、

 

「このままでいいじゃない? 寝顔の二人のままで。 可愛いわよ?」

 

と答えるのは母親だった。

 

「えぇ・・ それじゃ・・」

 

何か言おうとしたが、鳳翔に止められた。

 

「お父さん、いいのよ。 たぶん、目が覚めるとお腹すいた~って泣いちゃうから。 今のうちに。」

 

”それじゃ、早く早く!”

 

双子を抱く二人の母親を真ん中にして・・ いや、赤ん坊が真ん中だった。

寝顔をカメラに向けて椅子に腰かけた。

秦と鳳翔、父親と尚子が後ろに並び、その周りに榛名とこども達が並んだのだった。

何枚か写真を撮った後、控室まで戻ると、ちょうど起きたようだった。

途端に泣き出してしまった。

 

「ほら。 言ったとおりでしょ。」

 

そう言ったのは鳳翔だった。

 

”あらあら、お腹空いたのかな?”

 

と言ってあやしながら、

 

「鳳翔や。 ミルクあるんやろ?」

 

と言って哺乳瓶を取るよう急かすのだった。

 

「はい。 じゃぁ・・」

 

「私がやるよ。」

 

「あ、あたいも。」

 

と言ったのは睦と朝霜だった。

翔子を受け取り、鳳翔から哺乳瓶を貰った睦。

朝霜も千翔を受け取り、卯月が哺乳瓶を持って、

 

「はーい、千翔ちゃん。 ミルクだぴょ~ん。」

 

と口にあてがうのだった。

睦は椅子に座って左腕に翔子を抱き、右手で哺乳瓶を翔子の口にあてがった。

その光景を見て、

 

「おやまぁ。 睦ちゃんたち、慣れたもんやな。」

 

と秦の母親が言った。

 

「もう。 鳳翔ったら。 あんた、楽してない? みんなにやってもらって・・」

 

と少しばかり呆れを込めて鳳翔の母親が言っていた。

 

「ふふふ。 いいでしょ。 みんなよく手伝ってくれるの。」

 

笑いながら鳳翔が答えるのだった。

双子の赤ちゃんは、ミルクを飲んでいく。

それも、かなりの飲みっぷりであった。

哺乳瓶には200ccほど入っていたのだが、五分としないうちにほぼ飲み干してしまった。

哺乳瓶を口から離すと、ケホっとゲップをしていた。

 

「勢い良すぎだよ、千翔ちゃん。」

 

飲み終えて満足そうな顔をする赤ちゃんと半ば呆れ顔の朝霜だった。

そんな周りを気にすることなく、手を伸ばしてくるのだった。

アウー、ウーって。

 

「そうだ。 鳳翔、お食い初めはどうするの?」

 

「え?」

 

「え、じゃないわよ。 お食い初めよ。 生後100日くらいでするんだけど・・」

 

そこに秦が割り込んだ。

 

「考えてはいますけど、料理は鳳翔に任せようかと思ってたんですが。」

 

「まぁ、それでもいいんだけど。 私たちは、都度都度ここまで来れないから、あんたたちに任せることになるんだけどね。」

 

と言っている時に、神主さんがやってきた。

 

「ごめん下さい。 これをお渡ししてなかったので・・」

 

と言って差し出したのは・・ ”歯固めの石”だった。

朱色の縁取りのされた白い紙に収められた、1センチほどの大きさの小石が3つ入っていた。

石はよく磨かれているようで、つるつるしていた。

 

「ちょうどいいじゃない。 これで一つ用意できたじゃない。」

 

そう言われて、秦は小石を持って帰ることにした。

その後、一行はホテルまで戻ってきた。

ロビーで、

 

「ようやく終わったわね。」

 

「ええ。 久しぶりやったねぇ、お宮参りなんて。」

 

と話す母親’s。

ホテルのレストランで一行は遅い昼食を摂った。

鳳翔は自分で作れなかったことに不満だったが、秦に”たまにはゆっくりするのもいいだろう”と言われて我慢することにしたのだった。

上げ膳据え膳だったのは、こども達にとってもなかなか無い。

当番制で誰かしらが台所に立っていたから。

赤ちゃんには、食事を終えた者から交互に相手をしていた。

睦、皐月、弥生、朝霜、卯月、尚子と、代わる代わる相手をする。

寝かされている状態なので、皆覗き込むように。

小さな手を握ったり、足を触ったりして、声を掛けていくのだった。

覗き込む顔が変わるたびに、キャッキャッと笑い声をあげる二人の赤ちゃんだった。

食事を終えると、

 

「さて、と。 秦や。 そろそろ帰るでね。 後のことは任せるでね。」

 

「え? お義母さん、もう帰るんですか? もう少し居ても・・」

 

「長居しても仕方がないやろ。 年寄りの一人暮らしは結構、やることが多いでな。」

 

「それでしたら、私たちも途中までご一緒しましょう。」

 

「え? もう帰っちゃうの?」

 

「尚子、あんたも帰るんだよ。」

 

「え~!」

 

「あんたは試験でしょ?」

 

う”

 

「・・そうだった・・ あーん、忘れてたのにぃ・・」

 

母親たちは着物から着替えるために部屋を出ていった。

その間に荷物を持ってくる父親と尚子だった。

 

「秦君、慌ただしかったが、お宮参りに参加できてよかったよ。 なんかお爺ちゃんの感覚が出てきて、こそばゆいよ。 ハハハ。」

 

「そう言っていただければ、お呼びした甲斐がありました。」

 

「あぁ。 可愛い孫娘がたくさんいるから、ちょっとしたハーレム状態だな、秦君。」

 

「まぁ、これはこれで大変なんですよ、お義父さん・・」

 

と苦笑いをする秦。

暫くして、母親たちが戻ってきた。

 

「さあ、これで帰る準備は出来たわよ。」

 

そう言って親たちは駅へと向かった。

秦たち一家も見送りのために駅について行く。

切符を買って、改札を通る。

改札口で、別れの挨拶を。

 

「それじゃあね、鳳翔お姉。 みんなもね。」

 

「鳳翔、元気でね。 困ったことがあったらいつでも連絡するのよ? いい?」

 

「ええ。 分かってるわ。」

 

「秦や。 まだまだ気張らなあかんで。 こどもは多い方が楽しいやろうけど、あんまり増やしなや。」

 

「ああ。 おふくろも元気でな。」

 

「「尚子お姉ちゃんも、おばあちゃんたちも元気でね!」」

 

短い時間だったが、楽しい時間だったから余計に分かれるのは惜しかった。

呉駅の広島行きホームに母親たちが消えていった。

すぐに列車が入ってきて、四人が乗り込んでいく姿を遠めに確認した秦。

お互いに手を振り合って別れを惜しんだのだった。

 

 

その夜。

ベビーベッドに赤ちゃんを寝かしつけた鳳翔と秦。

ベッドに腰かけて話をする。

 

「ふぅ。 今日は意外と慌ただしかったな。」

 

「ふふふ。 でも楽しかったですよ。 みんな楽しそうでしたし。 この子達も。」

 

そう言って二人の赤ちゃんを、目を細めてみる鳳翔だ。

 

「ははは。 それなら良かったよ。」

 

「はい。」

 

そう言って笑いあう二人だった。

よく眠る赤ん坊を横目で見ながら、二人の顔が近づく・・

チュ・・

 

「いつも柔らかいな、鳳翔の唇は。」

 

「やだ、もう。」

 

頬を赤める鳳翔を抱きしめる。

そして、二人してベッドに入った。

秦の胸に満面の笑顔を埋める鳳翔とその鳳翔の身体を抱く秦だった。

 



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再建の始まり

再建が始まった。
秦は、命令が下る前に始めたかった。
そして実行していた・・



その日は朝から秦が電話を数本していた。

秘書艦の榛名を差し置いて、である。

 

「あ、あの~、提督?」

 

「ん、何だ?」

 

「いろいろと電話をされていますが、連絡なら榛名が致しますのに・・」

 

「ああ。 悪いね。 ちょっとこの件だけは、ね。」

 

そう言うとまた電話をどこかに架けていた。

 

”~~、 えぇ。 そうですか。 分かりました。 では、呉までお願いします。 あ、それはこちらで。 はい。 では、よろしくお願いいたします。”

 

その後も何本かの電話のあと、ようやく終わったみたいだった。

 

「ふぅ。 ようやくメドが付いたかな。」

 

榛名と同じように、怪訝に思っていた鳳翔が聞いてきた。

 

「あなた。 何をされるのですか?」

 

ベビーベッドの二人をあやしながら聞いてきたのだった。

 

「そうです。 提督。 この榛名を差し置いて、何をなさっているのですか!」

 

榛名はちょっと怒り気味だった。

 

「ごめん、ごめん。 これだけは自分でやってしまいたかったのでね。 ははは。」

 

口では謝っていたが、目は笑っていた。

榛名と鳳翔は、???だった。

そんな二人を見て、いや、大石大佐と五十鈴も居たのだから四人だったが・・

 

「そうだな。 では、種明かしをしようかね。」

 

そう言って四人の顔を一通り見渡して、

 

「実はね、皐月たちの艦の手当てをしようと思ってね。」

 

「え? 皐月ちゃんたちの、ですか?」

 

「ああ。 広のドックと広島のドック、玉野のドックに建造中のまま放置されていた艦が3つあったんだ。」

 

「3つ、ですか。」

 

「うん。 それをここ呉に回航してもらうことにしてね。」

 

「それって・・ 三艦を調達ってことですか?」

 

「ああ。」

 

「どうやっ・・ あ! そういう事ですか!」

 

どうやら鳳翔は気付いたようだった。

 

「艦を建造するとなると、艦隊本部やらに上申して、予算をイチから見積もって・・てしなきゃならないだろ? 既に建造されてて放置されている奴なら、”修理”や”改修”って名目がたつだろ?」

 

「もう。 悪知恵が過ぎませんか?」

 

呆れるように鳳翔が言う。

 

「大丈夫だよ。 建造中と言う事は、予算や建造計画はすでに承認されているからね。 問題無いだろうて。」

 

秦一人が、ケケケと笑っていた。

はぁ・・

と呆れる鳳翔たちだった。

 

「遅くとも十日以内にこちらに来ると思うよ。 なので、榛名。 受け入れ態勢をよろしくね。」

 

ニコッと笑ってはいるが、受ける榛名も呆れていた。

 

 

翌日になって、各艦の修理見積が上がってきた。

 

「やはり、月単位で掛かりますね。」

 

「そうだなぁ・・ やはり大型艦は、大きいし、重いし・・ 簡単にはいかないってことだよね。」

 

巡洋艦で2,3カ月。

戦艦で4から6カ月だと。

旗艦だった空母・鳳翔ですら2カ月なのだそうだ。

秦としては、何カ月かかろうと、修理をするしかないので、その見積のまま実行するよう指示をだしたのだった。

 

「時間が取れるなら、いろいろと改造をしたいけど、今はそんなことを言ってられないから、とりあえず、復旧だけだなぁ。」

 

 

その後、1週間程経って、呉の港に建造途中の艦体が3つ、ほぼ同時に曳舟に引かれてやってきた。

港に到着する様子を見ていた秦やこども達。

 

「やぁ、ようやく着いたか。」

 

「父さん、あれは? 3隻あるけど・・ それに、船体は・・睦月型に似てるけど・・」

 

「はは。 ご名答。 あれは、睦月型の船体だよ。 各地にあった建造中の船体をかき集めて来たんだ。」

 

ふぅぅん。

 

「! ていう事は! ボクたち用の船?」

 

「そうなの?」

 

「ああ、そうだよ。 皐月、卯月、弥生の船だよ。 ちょっと驚かそうかと思って、黙ってたんだけどね。」

 

「そうなんだぁ。」

 

「提督。 3艦は一番奥のドックに入渠させます。 既に準備万端整っています!」

 

と榛名が報告してくれた。

 

「ありがとう。 入渠次第、早速作業に取り掛かるよう、指示を。」

 

「了解です。」

 

ニコリと微笑む榛名。

 

「作業?」

 

と聞くのは皐月。

 

「ああ。 船体は睦月型だけど、設備や機器は最新型にするからね。」

 

「え! そうなの?」

 

「やったあ! 新型ぴょん!!」

 

「それはいいじゃん! じゃぁさ、あたいも?」

 

「朝霜は今のまんまね。」

 

「ええぇぇ!! 新型、新型、しんがた!!」

 

今のまま、と言われ、駄々を捏ねる朝霜だったが・・

 

「あー! うるさい!! お前さんのは交換するほどヤラレテないだろ! だからダメ!」

 

「え~~。」

 

「ふふ。 そうは言っても機器類は新しくなってるから、それで我慢しな。 いい?」

 

「なんだ、そうなんだ。 分かったよ。 しれーかん。」

 

「良かったわね。 朝霜ちゃん。」

 

榛名に言われ、へへへっと笑う朝霜だった。

 

 

その後、艦籍簿の再登録・更新を行った秦。

これにより、名義上は皐月、卯月、弥生の三人の艦が復活したのだった。

後日、妖精さんを介してそれぞれの所属艦になる儀式を行ったのだった。

 

「ねぇ父さん。 艤装はどうなるの? 前と一緒なの?」

 

と皐月が聞いてきた。

 

「あぁ。 主な艤装は前と変わらないつもりだけどね。」

 

「なーんだ、そうなんだ。」

 

と期待した反動は大きかったらしく、肩を落とすのだった。

 

「主砲は12.7センチの単装両用砲を三基、酸素魚雷を搭載可能な四連装発射管を二基、連装対空機銃を六基、爆雷投射装置二基は変わらない、かな。」

 

「その辺はあんまり変わらないのかぁ・・」

 

「後は・・ 機関は、新型のガスタービンエンジンで、以前より小型高出力なヤツにするし、電探、レーダーも対空、対水上も新型だし、水中聴音なんかも新型だぞ。」

 

「え! そうなの! じゃあ、速度は・・」

 

「以前より五ノット程度、速度アップするはずだ。 燃費も向上するはずだよ。」

 

やったあ! と喜ぶ三人。

 

「艦橋は最初から屋根が付いてて、射撃指揮室も付けるしね。」

 

「おお! 至れり尽くせり、だぴょん!!」

 

「へぇー。 じゃぁ、当然、自動給弾式だよね?」

 

「ああ、そうだよ。 主砲も極力人手を介さない自動装てんの方法にするつもりだよ。」

 

「それじゃあ、提督、榛名は?」

 

皐月たちと秦との会話を聞いていた榛名が割り込んできた。

 

「あー。 残念だけど、前のまま、かな。 電探類は新型に変えるけど。」

 

「そ、そうなんですか・・」

 

ちょっと残念そうな表情になる榛名だ。

 

「主砲塔はやっぱりでかいからなぁ。 あ、四番砲塔は撤去するから。」

 

「あ、やっぱり、ですか。」

 

「うん。 四番砲塔廻りの装甲版を取り替えたりするから、時間が掛かるんだけどね。 四番砲塔の跡に、回転翼機を搭載しようと思ってるんだ。」

 

「え?」

 

「かいてんよくき?」

 

「ああ。 所謂、オートジャイロってやつだな。 わが艦隊としては初めての搭載になるよ。 ま、空母・鳳翔にも搭載するんだけどね。」

 

へぇーー。

 

皆の感想だった。

 

「あら。 いつの間に・・」

 

鳳翔に言われ、ははは、と笑う秦であった。

 

 

その翌日だった。

 

「提督、横須賀の秋吉提督から通信です。」

 

取り次いだのは榛名だった。

 

「はい、替わりました。 楠木です。」

 

「おぉ。 元気そうじゃの。」

 

「はい。 皆元気です、が、御用の向きは・・なんでしょう?  声を聞く・・そんな事じゃないですよね?」

 

「なんじゃ、そう疑わんでもいいじゃろ。」

 

「いえ、疑いますよ。 過去の例から見ても・・」

 

「なんじゃ、あまり信用度が高くない感じがするが・・ ま、そんなことは二の次じゃ。 国防省やら何やらで方向性が決まったと連絡が来たのでな。 お前さんにも伝えようと思ってな。」

 

「何か決まったんですか? と言う前に、何か歯切れが悪い用な・・」

 

「ほう。 そんなことは、無いつもりじゃったが、お前さんには隠せんのお。」

 

秦からすれば、嫌な予感、しかなかった。

 

「まぁ、お前さんが警戒するのは仕方がないことだが・・ 今後の話だ。」

 

「ついに決まりましたか。」

 

「ああ、決まった。 詳細は抜きにして、結論だけを言うぞ。」

 

秋吉の表情が硬くなった。

 

「今回の作戦の結果、艦娘部隊の必要性が低くなったことにより、同部隊の増強の停止が決定された。 現在入渠中や修理中の艦船以外は、廃艦。 新規の建造も禁止となった。 また、国内の泊地を整理し、横須賀、呉、佐世保の鎮守府以外は大湊、舞鶴に集約されることになった。 海外の泊地も主だった箇所を除いて引揚が決定した。」

 

「おお、大胆ですね。」

 

「まだあるぞ。 楠木、貴様が呉を担当するのだ。 佐世保は大石を転属させることになった。」

 

「え? 私が呉を?」

 

「そうじゃ。 貴様が呉の面倒を見るんじゃ。 これは決定事項じゃ。」

 

「で、大石大佐が佐世保の?」

 

「ああ。 大石を将官にしてな。 でだ、艦娘部隊は総勢で50隻ほどがいるが、鎮守府・警備部一か所あたり10隻程度の予定じゃ。」

 

「やはり、少ないですね・・」

 

「ああ。 生き残りはそれなりに揃っているが、各所に割り振るとなると・・ こうなるわな。」

 

「それも、やむを得ない、ですか。」

 

「そうじゃな。 で、横須賀を中心にして配属をすることになってな。」

 

「では・・ 戦艦、空母は横須賀に?」

 

「ああ、そうなる。 長門と瑞鶴は横須賀じゃ。」

 

「では、大湊は、空母なし、と言うことに・・」

 

「そうなるな。」

 

現状で残っている空母は、瑞鶴、鳳翔、飛鷹、瑞鳳、大鷹など6隻、戦艦は榛名、長門の2隻のみだった。

瑞鶴は大破していて、あと一撃あれば撃沈しただろうとみられていた。

それが横須賀まで辿り着き、入渠していた。

 

「ま、最終的な割り振りはもう少し先になるがな。」

 

「そうですか。 分かりました。 では、連絡をお待ちしています。」

 

「楠木。 ・・・」

 

「はい、どうかなさいましたか?」

 

「いや・・ 後になれば・・分かることだがな・・ 実は・・まだある・・。」

 

「まだ、ですか?」

 

急に秋吉の歯切れが悪くなったのを感じた秦だった。

 

「いや、まだワシも抗っている最中でな。 どうなるか、分からんのだがな。 後で通知書が行くはずじゃ。 その時に驚かんでくれよ。」

 

「はあ・・」

 

「すまんが、よろしくな・・ では、またな。」

 

と通信が切れた。

秦は同じ部屋にいる大石大佐に佐世保の件を伝えた。

 

「大石大佐、君には佐世保に行って貰うことになるようだ。 そこの提督としてね。」

 

「はぁ、聞こえてはいましたけど、私が、ですか?」

 

「何? 嫌なの?」

 

そう言ったのは五十鈴だった。

 

「五十鈴・・ そうじゃないけどさ・・」

 

「歯切れが悪いわね。 はっきりしなさい?」

 

「ああ。 いや、提督って俺でいいのかなってね。」

 

呉では秦が居たから、補佐的な立ち位置だったし、運営も任せっきりだった事もあって、逡巡していた。

 

「ははは。 大佐、大丈夫だよ。 先日もちゃんと艦隊の指揮も執れていたんだ。 何とかなるよ。 それに・・」

 

「それに?」

 

「五十鈴も一緒だし、いつも傍に居るから、二人で事にあたれば大丈夫だよ。」

 

そう言って笑っていた。

言われた大石大佐と五十鈴は、顔を見合わせ、顔を赤めた。

それを見ていた秦と鳳翔は、二人で細く微笑むのだった。

 

 

秋吉との通信があってから数日後だった。

国防省、軍令部からの通達がやってきた。

 

「提督。 国防省、軍令部の連名で届きましたよ。」

 

と榛名が大きめの封筒を持ってきた。

 

「ありがとう。」

 

「それなりの分厚さですが・・」

 

「そうだな、そんなにないはずなんだが・・ どれどれ。」

 

封を切って中身を確認する。

通知書だった。

 

「まあ、聞いていた通りだな・・」

 

途中まで読んで、秦がそうこぼす。

 

「・・これは・・」

 

「どうしたんですか、提督?」

 

秦が、通知書を見てからすぐに黙ってしまったので、気になったのだった。

大石大佐も気になったようだった。

 

「提督。 どうかなさったので?」

 

榛名、大石大佐、そして鳳翔も秦の態度がおかしかったのが気になった。

 

「いや、聞いていた通り・・ の事は、そのまま書いてあるんだが・・ それ以上があるな・・  こいつぁ・・」

 

??

 

「どうしたのですか、あなた? 何か悪い事でも書いてありましたか?」

 

うっ。

 

図星だった。

さすが鳳翔、と思った。

 

「するどいなあ、鳳翔は。 隠し事は出来ないね。 ははは。」

 

乾いた笑いだった。

その乾いた笑いに、鳳翔は余計に”悪いこと”と思ったのだった。

 

「そうですか。 相当に悪い事なんですね。」

 

「「えっ?」」

 

榛名と大石大佐が驚いていた。

 

「ああ・・・ これを・・」

 

秦が通知書を鳳翔に見せた。

 

「聞いていた通り、ですね。 ・・・え? こ、これって・・ あなた、本当ですか?」

 

鳳翔は驚いていた、と言うより衝撃を受けたようだった。

 

「公印があるだろ。 恐らく・・間違いないだろう。」

 

「そんな・・」

 

鳳翔は、榛名に通知書を見せた。

 

「はい、これ・・ え? これ、ホントですか?」

 

榛名もショックの様だった。

秦が皆を見渡して、読み上げた。

 

「本年3月31日をもって、横須賀、呉、佐世保の各鎮守府、各警備部の主要部分を国防軍通常部隊に明け渡し、艦娘部隊を移転する。 その際、規模を縮小する。」

 

と。

 

「「え?」」

 

見な驚いた。

秦はさらに続ける。

 

「なお、移転先は各鎮守府、警備部内の敷地内に置くものとする。」

 

一呼吸分おいて続ける。

 

「艦娘の配属については、以下の通りとする。 横須賀には、---。 呉には、---。 佐世保には、---。 舞鶴には、---。 大湊には、ーーー。」

 

と読み上げ、

 

「以上だ。」

 

と締めくくった。

 

「提督。 ここを引き払えと・・」

 

と聞いてきたのは榛名であった。

 

「そうだな・・ まあ、我ら艦娘部隊の敵勢力は無くなった、と言う事だから、それでも戦力を保持するには、こういう事でしか話を纏められなかったんだろう・・」

 

椅子に座ったまま腕を組んだ秦。

 

「いきなり全艦解体、とまではいかなかったみたいだけど、な。 これはこれで、仕方がないのかもしれん・・。」

 

「あなた、どうするのですか? ここを引き払うとしても・・ 何処へ行きますか?」

 

「これは・・ みんなに説明するのは・・ 難しいですね・・」

 

「うーーん・・ 今思いつくのは・・ ここの敷地の奥にある空き地・・だなぁ。 あそこなら奥まっているけど、それなりの広さがあるし、海にも近い・・」

 

悩む秦に、1本の通信が入った。

横須賀の秋吉からだった。

 

「これは秋吉提督。 今日は何用で?」

 

「通知は届いたか?」

 

「はい。 先ほど。」

 

「すまんな。 抵抗はしたんだがな。」

 

「それはわかります。 ただ、敵勢力が無くなったのに戦力を維持するのは、難しいですから。」

 

「で、貴様の考えを聞きたいと思ってな。 どうだ?」

 

「えぇ。 流れ的にはやむを得ないでしょうね。」

 

「そう思うか。」

 

「はい。 ただ・・」

 

「ただ、なんじゃ?」

 

「私個人としては、退役にちょうど良いのですが・・」

 

「その話か。 貴様の気持ちは分からんでもないが・・ ただな。 再編後の艦隊、戦力を考えれば、横須賀に配属される戦力に次ぐ規模が貴様の元に存在することになるのじゃ。 悪いが、退役はさせられん。」

 

「やはり、そうなりますか・・」

 

「仕方がないのぉ。 諦めてくれい。」

 

はぁ・・ と大きく溜息をする秦だ。

画面越しに分かるほどだったらしい・・

 

「そんなに溜息をつかんでもいいじゃろうて・・ まったく、世話の焼ける奴じゃな。」

 

秦の傍には、鳳翔が居た。

 

「あなた、私はいつでも傍に居ますから。」

 

と。

 

「ん、ありがとう。」

 

「鳳翔、楠木の事、頼むぞ。 お前さんがいれば楠木は大丈夫だと思うがな。」

 

「はい。 お任せください。」

 

ニコリと微笑みながら応える鳳翔だが、その決意は固かった。

 

「それで、移転先じゃが、候補は、決まったか?」

 

「ええ。 ほぼ決めました。」

 

「ほう。 で、その場所は?」

 

「呉鎮守府のエリア内で、串山あたりかと。」

 

「そうか。」

 

「ただ・・ 私としては・・ 呉を明け渡してしまおうかと思うのですが。」

 

「それはどういうことだ?」

 

「はい。 ここ呉は、工場などが立ち並んでおり、現状でも手狭ですし、いずれは完全に移行してしまうのなら、今やっても同じかと。」

 

「その場合は、どうするのだ?」

 

「私的には・・ 以前に居た、相生に戻ろうかと思います。 あそこなら少数の艦艇なら十分ですし。」

 

「なるほどな。 ・・だが、呉をあけることは出来ん。 やはり中枢基地だからな。 通常部隊との連携もある。 相生は忘れてくれ。」

 

「そうでしたら、仕方がありませんね。」

 

「ん、では、串山で新たな官舎の建設を急いでくれ。」

 

「分かりました。」

 

その後、しばらく談笑した後、通信が終わったのだった。

 



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新しい建物と別れと

新しい官舎を建てることになった。
艦の修理も行うことに。
しかし、傷は大きくかったのだった。

それでも・・



秋吉との会話のあと、すぐに新しい官舎、施設の建設を命じた秦。

妖精さんの仕事は早い。

土地の造成、建物の建設、と建築には何かと時間がかかるのだが・・

しかし! 発注後、1週間で目に見える形は整っていた。

新・鎮守府となる建物は、本館と艦娘寮、提督の官舎の三棟がコの字型になった建物になった。

高台に作られたため、以前よりも海が見渡せる位置になった。

さらに旧建物よりやや南向きとなっていた。

建築中の建物を下見に来た秦、榛名。

 

「さすがに、仕事が早いなぁ。 もうここまで出来ているのか。」

 

「そうですね。 この調子ですと、あと1週間ほどで転居出来るかと。」

 

「そうか。 ここは見晴らしがいいな。 瀬戸がよく見えるし、港も見渡せるな。」

 

「街からは遠くなりますが、見晴らしの点では、前よりもいいですね。」

 

榛名と秦が建物を背に海を見ていた。

しかし、季節はまだ3月の半ばになったばかりだった。

風が冷たく吹いていた。

 

「う~、まだまださぶいなぁ。」

 

「内装はこれからですが、中に入りましょう。 多少は暖かいですから。」

 

そう榛名に勧められ、建築中の建物に入った。

内装は、今いる官舎とほぼ同じ形に依頼した。

それでも生活の場となる範囲は、みんなの意見を求め、それを反映させている。

本館には、提督の執務室、作戦指令室、通信室、医務室、休憩室兼食堂など。

艦娘寮には、一部屋四人が入る部屋がいくつか。 1階にお風呂や娯楽室、集会所などだった。

官舎は、秦たち家族の生活の場だった。 鳳翔こだわりの厨房や水回り、家族用風呂、居間などなど、2階に部屋。

そして今回の建物は居間までとは違う点があった。

それは・・

艦を失った艦娘たちの生活の基盤たる住居としての寮であった。

寮というより下宿が近いだろうか。

ここに住まう事が決まっているのは、金剛、択捉、松輪の一家と呉の居留守部隊で今後も秦の配下になる旗風ら神風型駆逐艦娘の4人だった。

その点で行くと、現状より小ぶりの建物だった。

・・・

下見を終えて執務室に戻ってきた秦。

 

「さてと、各艦の修理状況を聞こうか・・」

 

 

「・・・・という状況です。」

 

「そうか・・ もう3月の半ばを過ぎたのにな・・ やはり、傷は大きかったか・・」

 

「思った以上ですね。」

 

呉に帰投して1ヶ月以上経つが、修理が完了したのは空母・鳳翔のみ、だった。

駆逐艦・朝霜の損傷は上部構造物だけと思われていたが、ドックに入れてみると、船底には歪みや亀裂が多数見つかった。

結果的に、戦艦・榛名と共に、外装甲板の取り替えが発生し、作業に時間がかかっていた。

 

「こんなにやられてたんだネ。」

 

そう言う朝霜に、秦は

 

「よくこれで帰って来れたもんだなぁ。」

 

となかば感心していた。

長門やその他の艦艇は自走出来るところまでは何とかなるそうだった。

 

「睦月型の三隻は?」

 

「はい。 機関の更新に手間取っていますが、今月中に更新のメドが。」

 

「武装関係は?」

 

「機関の更新が済み次第、取り掛かります。 作業単体では3週間ほどあれば、なんとか。」

 

「手間はかかるだろうが、何とかやってくれ。」

 

秦はそう言うしかなかった。

ドックでの作業に、自身が手を下すことが出来なかったから、なのだが。

空母・鳳翔の修理完了に伴い、航空隊の訓練が再開されるのだが、搭載機の更新を行った秦。

 

「鳳翔。 機種転換を行うから、訓練を指示してくれるかい?」

 

「はい、いいですけど・・ 睦ちゃんでなくていいんですか?」

 

「ああ。 出来れば睦と一緒がありがたいんだけど。」

 

「それでしたら了解です。」

 

空母・鳳翔の搭載機の更新を指示した秦だったが、

 

(やはりしばらくは時間が掛かるだろうな・・)

 

と思っていた。

 

 

秦は、何もしない訳にもいかなかったので、空母・鳳翔だけでも訓練を始めることにした。

訓練の開始を指示し、予定を組み上げていく。

暫くして、

 

「提督。 訓練開始までの予定が組みあがりました。 こちらです。」

 

と言って榛名が予定表を秦に見せた。

 

「詰めれば三日ほどで準備が完了しますが、いかがしましょう?」

 

「ありがとう。 作業は詰めなくていいよ。 それだとどれくらい掛かる?」

 

「およそ一週間かと。」

 

「じゃあ、それでお願いするよ。」

 

「分かりました!」

 

秦は睦に向かって、

 

「睦も手伝ってくれる?」

 

と聞いた。

 

「うん、いいよ!」

 

と睦は元気よく返してきた。

 

「ねぇ、あたいたちはどうすればいいの?」

 

そう聞いてきたのは朝霜だった。

 

「朝霜ちゃん。 ボクたちはやることがあるじゃん?」

 

「何を?」

 

「な、何を、じゃないよ! まだ改造中でしょ?」

 

「でも、暇じゃん。 見てるだけだし・・。」

 

「だーめ! 見てるだけでも・・」

 

「まぁまぁ、皐月、そう言いなさんなって。」

 

「ダメだよ、父さん。 特に朝霜ちゃんは甘やかすと図に乗るんだからさあ。」

 

右手を腰にあてて呆れる皐月ではあったが・・

 

「ちょっと! 皐月ちゃん、その言い方酷くない? いくらあたいでも凹むよ?」

 

「これこれ。 朝霜にはちゃんとドックの作業を見ておくように。 それができたら手伝ってもらうから。 それだといいだろ?」

 

「ほーーい」「しょうがないねぇ」

 

だと。

渋々とはいえ、納得したような・・。

 

 

その日のお昼休憩で官舎へと戻った秦。

 

「ただいま。」

 

居間では鳳翔が二人の赤ちゃんを相手にしていた。

 

「ばぁー、今日もご機嫌ねぇ、二人とも。」

 

そんな鳳翔に声を掛ける秦だった。

 

「お疲れさま、鳳翔。」

 

その声に驚いて振り向いた。

 

「あ、お帰りなさい。 お昼ですね? 準備は出来てますよ?」

 

「ああ。 ありがとう。」

 

「たっだいまぁ!!」

 

と言ってこども達も帰ってきた。

皆でお昼ご飯を摂って休憩する。

その時、秦が鳳翔に声を掛けた。

 

「ねぇ、鳳翔? 空母・鳳翔の訓練をやろうと思うんだけど、どうだい? 久しぶりに乗ってみるかい?」

 

すると、少々驚いた顔をして、

 

「あら、いいんですか?」

 

と聞き返すのだった。

 

「ああ。 訓練と言っても、修理が終わった後の試験航海なんだけどね。 あ、航空隊の発着艦訓練もやるんだけど?」

 

「あー、私が乗るとなると、この子達の面倒は誰が?」

 

「いや、その子たちも一緒に、と思ってるんだけど。」

 

「まぁ。 一緒にですか?」

 

「ああ。 どうだろうか?」

 

「フフフ。 いいんじゃないですか。 私も久しぶりに艦橋へ上がれるんですね。」

 

微笑みながら二人の赤ちゃんを見る鳳翔だった。

 

「ああ。 睦の活躍を直に見れるぞ。」

 

「あ、それは楽しみですね。」

 

と言って赤ちゃんの頬にスリスリして微笑む鳳翔だ。

 

「あなたたちも初めてでちゅねぇ。 フフフ。 一緒に乗りましょうねぇ。」

 

そう言ってあやすのだった。

 

「でも、その前に、大石大佐と五十鈴の送別会と、長門たちの送別会をやらないとな。」

 

「そうですね。 大佐と五十鈴ちゃんは佐世保でしたか。」

 

「ああ。 二人そろって佐世保だ。 長門たちは横須賀だし。」

 

「残るは・・ ウチの家族と、神風型の四人と、艦を持たない連中だけだな。」

 

「送別会は、合同でしょ、父さん?」

 

「ああ。 わざわざ別個にやる必要は無いし。 やるときは盛大にな。」

 

 

3月下旬になって、長門たちの横須賀への異動日が決まり、それに合わせて送別会を行う事になった。

昼間から、食堂で。

宴会と言うには寂しい人数だが、それでも賑やかにやろう! と相成ったわけだが。

 

「長門、神通、他の艦娘たちも、今までご苦労様。」

 

「ありがとう、提督。 私としては提督の下でもっと働きたかったがな。」

 

「ははは。 そう言ってくれるのはありがたいが、こればかりはな。 命令である以上、従うしかないわけだが・・。」

 

「提督、いろいろとお世話になりました。」

 

「やあ、神通もな。 艦の方は航行には支障ないかい?」

 

「はい。 修理妖精さんたちが頑張ってくれましたので。 戦闘はまだ無理だと思いますが、航行には支障ない程度まで修復しています。」

 

横須賀に移動となる戦艦・長門、軽巡・神通を始めとする艦は既にドックを出て呉港内に浮いていた。

全艦の機関は動いており、いつでも出港可能な状態になっていた。

同日に佐世保へと移動する艦も港内に浮いていた。

佐世保に行くのは大石大佐、五十鈴の他に海防艦たちだった。

択捉と松輪は金剛と共に呉に留まるが、それ以外の艦を有する海防艦娘は全員が佐世保行きだった。

横須賀、佐世保への出発は明日0600だった。

 

「提督、お世話になりました。」

 

そう言ってきたのは大石大佐だ。

 

「いやいや、こっちこそ世話になりっぱなしだったね。」

 

「何を仰いますか。 いろいろと勉強させていただきました。」

 

「五十鈴も世話になったね。 二人の晴れ姿を見れないのは残念なんだけどな。」

 

「も、もう。 そういう事言うんだから!」

 

顔を赤くしてそっぽむく五十鈴だ。

それを見て皆で笑うのであった。

 

「提督、結局呉に残るのは?」

 

「ああ。 第一対潜駆逐艦隊の6隻と、神風型駆逐艦の5隻、イ号潜水艦各型式あわせて20数隻だけだよ。」

 

「やはり、少ないですねぇ・・ 昔に比べると・・」

 

「そう言わないでくれ。 みんな生き残りの猛者たちだよ。 今となっては貴重なベテランだよ。」

 

秦もみな笑っていたが・・

 

「あら、司令官様。 褒めていただけるのは嬉しいのですけれど、ベテランとは、ある意味、年寄りって言ってます?」

 

そう言うのは春風だった。

 

「ん? そうじゃないよ。 素直に貴重な戦力だって意味なんだけど。」

 

「まぁ、艦齢は古いですけれど、私たちは女学生ですわよ?」

 

巻き髪がふわふわして、袴を穿き、ブーツを履いている春風が少々お怒り気味になっていた。

 

「大正ロマン風だもんね。 うん、そうだね。 神風や春風たちもこれからもよろしく頼むよ。」

 

「しょうがないわね。 私たちが頑張ってあげるわよ。」

 

と手を腰にあてて朝風が言うのだった。

 

「ふふふ。 みんな期待しているわ。 でも無理しないでね。」

 

そう言って話を纏めたのは鳳翔だ。

結局、呉に残るもののうち、袴姿なのは、神風型の五人とこの鳳翔の六人になる。

ただし!

鳳翔の袴の丈はやや短め。

神風型の五人の袴の丈は長い。

赤ん坊・千翔をあやしながら微笑んでいた。

 

「あれ? 翔子は? 鳳翔じゃないのかい?」

 

「さすがに二人同時は無理ですよ?」

 

「翔子ちゃんはここだよ?」

 

皐月が抱き、睦があやしていた。

 

 

送別の宴は、夕方にはすっかりと終えて、食堂では後片付けがおば様方の手で行われていた。

 

「すみません、後片付けをお願いしてしまって。」

 

そう声を掛けたのは秦だった。

 

「あら、提督じゃない?」

 

「お礼なんていいのよ。 これがあたし達の仕事なんだから。 でも、すぐに新館に引っ越すんでしょ?」

 

「ええ。 場所が変わりますが、引き続きお願いしたいと思いますので。」

 

「それならいいわよ。」

 

「今度からは、料理の質をあげましょうかねぇ。 今までは”量”だったからねぇ。」

 

そうね、とか、それはいいわね、とか言うおば様方だった。

 

「そう言えば、金剛ちゃんは残るんでしょ?」

 

「ええ。 択捉と松輪も一緒に。」

 

「じゃぁ、金剛ちゃんには料理も覚えて貰わないといけないわね。」

 

「二人の”ママ”なんですからねぇ。」

 

それはお任せします、と言うしかなかった秦だった。

 

 

別れの朝。

0530になって全員が岸壁にやってきていた。

まだひんやりとする空気の中、大石大佐が異動組を代表して秦に挨拶をしてきた。

敬礼をして。

 

「楠木提督、いろいろとお世話になりました。」

 

「いや、こちらこそ。 大佐、道中気をつけてな。 みんなも気をつけて。 今までありがとう。」

 

全員が姿勢を正して敬礼をしていた。

それに応える居残り組たち。

 

「では。」

 

と一言言って各自内火艇へと乗り込んでいった。

大石大佐と五十鈴は海防艦・対馬に便乗するそうだ。

そして各艇は桟橋を離れていく。

各内火艇が各艦に横付けされ、皆乗り移っていく。

その様子を見る秦たち。

 

「とうとう行っちゃうね。」

 

そう言うのは朝霜だった。

 

「ああ。」

 

そして、煙突から勢いよく煙が上がってきた。

すると、錨が巻き上げられ、巻き終わると、いよいよ動き出した。

神通を先頭にして、長門や駆逐艦、海防艦が続いていく。

艦に向かって陸から手を振る。

大きく手を振っていた。

 

「元気でねーー!!」

 

「いってらっしゃーーい!!!」

 

応えるかのように汽笛が鳴る。

そして岸壁から見えなくなるまで、皆手を振っていた。

 

「行っちゃったね・・」

 

「寂しくなったねぇ・・」

 

呉港内を見渡しても、残るは十隻余りの艦だけ。

そして、鎮守府中心部は明け渡すのだ。

 

「さあ! しょげてもいられないぞ! 引っ越しだ!!」

 

そう言って新館へと引っ越し作業を行うのであった。

 



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新たな艦娘?

引越も無事に終わり、無事な空母・鳳翔での試験航海に出た。
そこで思わぬ出来事が・・



響灘。

駆逐艦を先頭に空母、その後ろにもう一隻の駆逐艦が航行している。

太平洋に向かうべく、豊後水道を目指していた。

 

「あー! やっぱ、いいわぁ、この潮風。」

 

デッキで伸びをする秦が思わず声を出していた。

 

「ふふふ。 そんなこと言って。 私なんて、何カ月ぶりですよ?」

 

と鳳翔が秦に向かって微笑んでいた。

 

「ははは。 そうだったな。」

 

「ねーー。」

 

翔子を胸に抱いた鳳翔が秦の傍までやってきていた。

艦橋には、こども達が全員いたのだが、デッキに居るもの、海図台室に居るもの、自由だ。

千翔は榛名が抱いてあやしていた。

 

 

艦隊の先頭の駆逐艦は、神風。

後方の駆逐艦は、春風だった。

 

「司令官、間もなく豊後水道に入ります。」

 

と神風から連絡が来た。

 

「よし、このまま単縦陣を継続。 豊後水道を出るまではこのまま。」

 

「「了解。」」

 

各艦へ伝達すると返答が同時にやってきた。

 

「父さん、空母・鳳翔も了解。」

 

最後に睦が報告してきた。

 

「暇だねぇ。」

 

そう言うのは朝霜だった。

 

「あ、朝霜ちゃん。 ダレてない?」

 

「そうそう。」

 

「だってぇ・・ 艦の修理は終わんないし、やることないしさぁ・・」

 

駆逐艦・朝霜の修理は、睦月型と同じドックに入って行っているため、各艦と同時に終わらないと海に出れなかった。

だから・・ 空母・鳳翔の訓練航海に付き合ってきたのだった。

いや、暇だから便乗しているだけなのだ。

 

「そう言わないでよ、朝霜ちゃん。 そんなんだったら、ボクたちはどうなのさ。」

 

「そうぴょん。 なんにもやることないぴょんよ?」

 

睦月型の三隻、弥生、卯月、皐月は、絶賛改造中でまだまだ海に出れないのだった。

おまけに、艦内にも入れないのだった。

 

「そうは言ってもねぇ・・ ねぇ、しれーかん、ヒマだよ? 何かないの?」

 

朝霜が秦に愚痴った。

 

「そう簡単にあるわけないだろ。」

 

とザックリと返す秦。

 

「ぶー! ヒマ、暇!!」

 

と駄々を捏ねるのだが・・

 

「朝霜ちゃん、じゃあ、手伝ってくれる?」

 

と声を掛けたのは、海図台の前で千翔を抱く榛名だった。

 

「そろそろおしめを換えようと思うんだけど、手伝って? ね?」

 

ニコリと微笑みを送る榛名。

 

「う・・ そう言われると、し、仕方がないねぇ。 手伝うよ・・」

 

渋々同意をして榛名の下へと歩を進めたのだった。

 

「まぁ、航海は順調だし、飛行隊の訓練も問題なしだし・・」

 

呟くように言う秦。

そう。 何もかもが順調だったのだ。 恐ろしいくらいに。

しかし・・・

 

「ん? 睦、増速してる?」

 

秦が、艦が増速していることに気付いた。

前を行く神風に徐々に近づきつつあった。

 

”前方、駆逐艦・神風との距離、2500に接近。”

 

ん?

そこで皆が気づいた。

 

「あれ? 3000以上離れていたよね?」

 

「あれ? 私は増速してないよ? あれ? なんか変だなぁ・・」

 

皆が何か変、と感じた時だった。

 

「あっ、あっ、あぁっ・・」

 

と声を上げている翔子に気付いた。

鳳翔の胸の中で、前を行く神風を掴もうと手を盛んに伸ばしては握ろうとしていた。

 

「あらあら、そんなに前に行きたいの? それとも向こうに行きたいのかなぁ。」

 

”前方、神風との距離、2000に接近!”

 

そこまでに至って、鳳翔もおかしいと気付いたようだった。

 

「もしかして・・ 睦ちゃん、増速してる?」

 

「ううん、私は増速してないよ? むしろ減速させようとしているんだけど、言う事を聞いてくれないの!」

 

「なに?」

 

「え? どういう事?」

 

空母・鳳翔はどんどん増速していく。

 

”こちら機関室。 機関圧力一杯です! これ以上の増速は危険です!”

 

と機関室から悲鳴ともいえる報告が来た。

さらに、

 

「こちら神風。 あのぉ、接近してるんですか? ちょっと怖いんですけど・・」

 

と言ってきた。

 

「と、とりあえず、神風に最大速へ増速すように連絡を。」

 

「り、了解!」

 

「後方の春風に、距離を開けるよう連絡。」

 

「分かったよ。」

 

秦の指示が飛び、睦が応えていた。

連絡を受けた駆逐艦・神風が増速する。

スクリューが起こす波が大きくなっていく。

駆逐艦・神風の最大速度は37ノットあまり。

空母・鳳翔は34ノットほどなので、徐々に神風が離れていく。

 

”前方、神風との距離、2500。・・・ さらに開いて2600・・”と。

 

一旦、翔子の動きが止まったように思ったのだが、

 

”アッ、アッ、ア、ア、ア・・”

 

更に激しく手を伸ばそうとしていた。

 

「ちょ、ちょっと、翔子ったら・・」

 

鳳翔の腕から出ようともがく翔子だった。

そして、神風が近づかず、徐々に離れていくのを確認したのだろう。

翔子の表情が笑いから泣きそうな表情へと変わっていった。

 

”ああーーーーーーーーッ、あーーーーーーーッ”

 

と大声をあげて泣き出してしまった。

 

「あらあら、神風ちゃんが離れちゃったのね。 お仕事だから仕方ないのよー。 ごめんねー。」

 

そう鳳翔が言いながら翔子を抱きかかえて背中を擦っていた。

翔子の顔が鳳翔の着物にすり寄って泣いていた。

 

”アゥーー、アゥーーー、アーーーッ!”

 

抱いたままの鳳翔が、秦に目配せして、海図台の後ろまで下がっていった。

それを見た秦は、

 

「睦、制御は可能か?」

 

「うん、同調よし、大丈夫。 制御出来るよ!」

 

「よろしい。 艦隊速度を巡航速度に。 神風、春風に集合合図を。」

 

「了解。」

 

艦の速度が徐々に落ちてきた。

巡航速度になったとき、神風と春風が周囲を周回行動していた。

 

「ふぅ。 一時はどうなるかと思ったよー。」

 

「ホントだよー。」

 

と神風と春風が言い合っていた。

その時、陽が傾いていることに気が付いた秦だった。

そして、

 

「よし、呉に戻ろう。 睦、進路変針だ。 呉に帰るぞ。」

 

と指示するのだった。

 

「了解。 全艦に達する! 進路変更。 進路は呉! ヨーソロー!」

 

睦が復唱し、艦隊が舵を切って呉に向かうのだった。

艦隊が呉に向かい始めてしばらくして、鳳翔が翔子を抱いて秦の傍までやってきた。

翔子は泣き疲れたのか、鳳翔に抱かれて眠っていた。

 

「寝ちゃった?」

 

「はい。 そうとう泣いたみたいで・・」

 

翔子の頬には涙が流れた跡がくっきりと残っていた。

秦がその頬の涙の跡をなぞっていた。

それでも起きない。

 

「一体全体、どういう事なんだ? 儀式も何もしてない赤ん坊がいきなり艦を操れるのか?」

 

「さあ・・ 私もなんでそうなっているのか、さっぱりで・・。」

 

翔子を抱いた鳳翔が困惑顔で言った。

次に睦が、

 

「私も、いきなり同調できなくなるなんて・・・」

 

と、こちらも困惑顔だった。

 

「でも・・ 確かに、艦の加速は・・ この子だったよな・・」

 

「うん。 間違いない、と思うよ。」

 

「やっぱり、そうですよね・・」

 

秦、睦と鳳翔は互いを見やって言葉を無くしていた。

翔子に、赤ん坊にそんな力があるのか・・

いや、単なる偶然か・・?

いや、睦がおかしかった、と言っている以上、何らかの作用があったのは間違いない・・

いくら考えても分からない。

理解不能だった。

秦の傍に立つ鳳翔も同じみたいだった。

”理解不能です”と言いたげな困った表情をしていた。

事情を知るのは艦橋に居た、榛名、朝霜たちもだった。

そして・・ そのまま呉港に帰り着き、その日が終わろうとしていた。

 

 



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急報、来る!

寝室での二人の時間。
そのうちに急報が来る。
しかも想定される目的地は・・

これが最後か。
呉は・・



寝室にて、赤ん坊を寝かしつけ、ベッドサイドで秦と鳳翔が寄り添って話をしていた。

 

「どうしたんですか?」

 

「ん? うん・・ この子たちが・・ この小ささで艦娘だったなんて、思わなかったなって・・」

 

「そうですね・・ やはり・・ 艦娘の子は艦娘、なんでしょうか・・」

 

「それは解らない・・ 実際、艦娘の子供なんていたこと無いからな。」

 

それはそうだ、と思う鳳翔だった。

 

「さぁ、もう寝よう。 明日も早いぞ。」

 

「はい。」

 

そう言ってベッドに二人、潜り込んで寝るのであった。

 

 

秦たちが寝入って暫く経った頃・・

時刻は2300・・

不意に館内に緊急警報が鳴り響いた。

 

”急報、急報! グアム島米軍より中継電! 内容は”グアム島北方200KM付近のイ号潜水艦が本土方向へ向かう正体不明の艦隊を探知!”とのこと!”

 

ベッドから飛び起きる秦たち。

各位が寝間着のまま執務室兼作戦室にやってきていた。

 

「状況報告!」

 

「はい、グアム島北方で哨戒任務にあたっていたイ号潜水艦からの中継電です。 グアム島北方海域にて本土方向へと向かう、深海棲艦の艦隊を探知したようです。」

 

「なにぃ? まだ生き残っていたか。 艦隊の詳細は分かる?」

 

「いえ。 まだ詳細は入っていません。」

 

「そうか・・ ただ、本土方向ってのが気になるなぁ。」

 

”ほわぁあああ”と大欠伸をする朝霜、皐月たち。

秦は続報が来るまで待つつもりだったが、

 

「朝霜に皐月たち。 今は寝ててもいいから、部屋に戻っていなさい。」

 

と言って部屋に帰らせたのだった。

 

「ふわあああ・・ うん、そうする・・ 何かあったら起こしてね・・・」

 

と言って戻っていったのだった。

部屋には、鳳翔、榛名、睦が残った。

暫くして鳳翔は赤ん坊の面倒を見に部屋へと戻った。

 

「榛名、悪いな。 残ってもらって。 睦も。」

 

「はい。 榛名は大丈夫です!」

 

「私も大丈夫!」

 

と二人は言うが、明らかに目がトロンとしていた。

30分が経過したころ、続報が来た。

 

”敵艦隊の進路、依然変わらず、北北西方向。 速度14ノット。 大型艦4、小型艦6から8。”

 

それを聞いた秦は、

 

「呉所属の潜水艦隊各艦に下令。 敵艦隊の進路上にて待ち伏せを行う。 24時間以内に所定の海域に到達可能な艦は、哨戒任務を解き、敵艦隊索敵行動に移れ。」

 

と指示した。

呉所属の潜水艦は全部でおよそ20隻あった。

現時点でほとんどが太平洋上にあったが、高知沖500kmに到達できそうな潜水艦が8隻あったので、その潜水艦たちに指示をしたのだった。

この時点で時間は2400。

暫くは報告も来なかったため、執務室で仮眠を摂ることにした。

その間は何事もなく、ただ時間だけが過ぎていった。

ソファーで横になって、うつらうつらしていた時だった。

時刻は0300過ぎ。

 

”追跡中のイ号潜水艦より暗号通信を受信中!”

 

との報告が来た。

ガバッと起きだす秦。

その知らせと同時に、頬を叩いて目を覚ます榛名と睦。

 

”暗号解読しました。”

 

と榛名が取り次ぐ。

 

”敵艦隊、大型空母4、巡洋艦1、駆逐艦7の構成。 ただし、空母の艦載機は通常にあらず。”

 

とのことだった。

 

「ん? 艦載機は通常にあらずって、どういう事だ? 榛名、続きは?」

 

「はい。 なおも受信中です・・・ え?」

 

「どうした?」

 

「はい。 続報が来ていますが・・ これは・・」

 

「構わん。 読んでくれ。」

 

「はい。 では・・ ”艦載機は大型機。 確認だけで一隻に10から12機を搭載の模様。 これが3隻。 残り一隻には、更なる大型機。 数は4機を確認。”とのことです!」

 

ん?

睦も秦も、頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。

 

「空母に大型機? なんだろう・・」

 

榛名も、さぁ・・という顔をしていた。

 

 

その後も続報が続く。

 

”敵艦隊が増速。 敵艦載機、発艦せり。 大型機は双発機。 機種は・・ B-25タイプの様です。”

 

「なに! 発艦した? B-25だと?」

 

”更なる大型機も発艦。 発艦に際し機体後方からロケットらしき噴射あり。 機種は・・ B-17タイプ。”

 

”敵機発艦地点は-----。 編隊は北北西に向かう。”

 

その地点は、足摺岬からおよそ1000kmだった。

 

「い、いかん! 榛名、呉鎮守府に警戒警報発令だ! 総員起こし! 呉鎮守府全域に対空警戒を指示。 全国の電探基地に連絡、敵機襲来の可能性あり、警戒されたし、と。」

 

「どういう事、父さん??」

 

睦が慌てて秦に聞いてきた。

 

「奴らの目的は・・ここだ!」

 

「ここって・・ え? ここぉ??」

 

「ああ。 間違いない。 急げ! 敵機来襲まであと3時間と無いぞ!!」

 

!!

 

「あ、あなた。 どういう事ですか!」

 

飛び起きてきたのは鳳翔だった。

続いて、朝霜たちも起きてきた。

 

「なになに??」

 

「ここが空襲される! 朝霜たちは各艦に戻って対空戦闘の準備だ! 榛名も艦に戻って! 睦は空母・鳳翔を緊急出港だ! 港内の全艦に対空戦闘の準備をさせろ!!」

 

「は? どういう事??」

 

戸惑う皐月たちだが、とにかく各自の艦に向かっていった。

鳳翔に通信を担当してもらい、秦は次の指示を出していた。

 

「ドック内の各艦は、陸電を引いて各銃座、各砲を動かせ!」

 

”そんな無茶な!”

 

という声が聞こえた気もするが、そんなことは言ってられない。

 

「鳳翔、各鎮守府へ連絡。 ”呉に敵編隊襲来の可能性大”とな。」

 

「はい! 直ちに!」

 

鳳翔が横須賀、佐世保など各地の鎮守府へと連絡する。

 

「神風以下各艦も緊急出港! 呉沖合で対空戦闘用意! 急げ!!」

 

粗方の指示を出し終えた秦だったが、

 

「鳳翔、呉鎮守府全域に対空戦闘用意と、戦闘要員以外は退避するよう指示を。」

 

「はい。 分かりました。」

 

鳳翔の連絡がつくと、夜も明けきらない呉鎮守府に空襲警報が鳴り響いた。

慌ただしく、対空戦闘準備が行われると同時に、鎮守府内の灯火管制が行われた。

対空砲廻り以外の灯火は全て消された。

空襲予想時刻まで残り2時間あまり。

秦は、太平洋側の航空基地へ、迎撃のための戦闘機の緊急発進を依頼した。

出来れば上空1万メートルまで上昇可能な機体を選びたかったが、そんな余裕は無かった。

飛び立てる機体全機の発進を依頼したのだった。

 

 

そのうちに、宿毛の対空電探基地から報告が来た。

 

”南方500キロに敵編隊と思しき未確認編隊を確認。 高度8000、機数は30~40。”

 

呉まであと1時間半、といったところか。

続いて、

 

”味方迎撃機離陸。 敵編隊に向かう。”

 

と言う報告が高知、佐伯、鹿屋の基地からやってきた。

 

「迎撃機は・・ 間に合いますか?」

 

そう聞くのは鳳翔だった。

 

「分からん。 高度8000まで数分で到達できる機体は少ないからな・・ ただ、無意味ではないだろう・・」

 

”迎撃機は、零戦、烈風、紫電改、その他の混合”

 

との追加報告が来ていた。

迎撃機としては充分とは言えなかったものの、そう答えるしかない秦だった。

 

「こちら榛名。 陸電の接続完了。 主砲、対空砲の稼動は問題なし。 砲弾の用意も問題なし。」

 

「こちら皐月。 艦内発電機の稼動問題なし、全火器使用可能!」

 

「こちら朝霜、同じく!」「弥生、同じく。」「こちら卯月、問題ないぴょん!」

 

「こちら空母・鳳翔、緊急出港完了。 対空準備よし!」

 

「あなた、第一対潜駆逐艦隊、全艦対空戦闘準備よろし。 神風以下港内の残存駆逐艦も対空戦闘準備よろし、です。」

 

「了解した。 ありがとう、鳳翔。」

 

そう言って秦は次の命令を出した。

 

「呉鎮守府全域及び所属全艦に達する。 これより敵編隊に対する対空迎撃は、戦艦・榛名からの榛名の指示に従え。 また、防空指示については、空母・鳳翔からの睦の指示に従え。 各電探基地、見張り所の報告は戦艦・榛名、空母・鳳翔にすること。 以上だ。 みんな、頼むぞ!!」

 

【り、了解!】

 

「あなた、いいんですか?」

 

「ああ。 みんな出来る子たちだからな。 それに、各所の報告をいちいちここに伝えないといけないようでは、指示にワンテンポ遅れるからね。 この方が早いだろ。」

 

それを聞いた鳳翔は、呆れたように微笑んで、

 

「確かに。」

 

と。 そして、

 

「あなた、避難は?」

 

鳳翔の問いに、首を振る秦だった。

 

「いや、ここに居るよ。」

 

と。

 

「それでは、爆撃の被害を受け・・」

 

そこまで言う鳳翔を秦は止めた。

 

「何処へ行くって言うんだい? ここ鎮守府は爆撃されることを想定している設備じゃないんだ・・」

 

「それでも・・」

 

「いや、いい。 覚悟は・・ 出来ている。」

 

「あなた・・」

 

泣きそうな顔になる鳳翔に秦は、

 

「すまない、鳳翔。 こればかりは俺の思うようにさせてもらうよ。 榛名や睦たちが自分の艦で戦っているのに、俺だけ避難できない。」

 

秦は・・ 既に覚悟を決めていた。

 

「鳳翔、君こそ子供を連れて避難してくれ。」

 

そう言うと・・

 

「嫌です。」

 

え?

 

「あなたが残る覚悟を決めているなら、私も残ります。」

 

そう言ってキッと秦を見つめる鳳翔。

 

「しかし・・」

 

「以前、約束しましたよね? 何があっても一緒に居るって。 ですから、私もここに残ります。 この子達と一緒に。」

 

そう言って二人の赤ん坊を抱き上げていた。

 

「その時は・・ この子達も分かってくれますよ。 きっと。」

 

そう言ってソファーに座って、秦にもここへ、と誘った。

秦も座って、鳳翔から赤ん坊を渡された。

千翔だ。

翔子は鳳翔が抱いていた。

二人はまだ眠っていた。

頬を撫でながら、

 

「ここがやられても、横須賀や佐世保が残っている。 それに、敵の数は少ない。 みんながやってくれる、と信じても居るんだよ。」

 

と言う秦だった。

 

「ふふふ。 そう言うと思いましたよ。 まったくの自信が無いわけではない、と思っていましたよ。」

 

と言い、微笑んでいる鳳翔だった。

隣に座る秦にもたれて身体を預ける鳳翔。

 

「私はココがいいんですよ・・ あなたの胸が・・」

 

秦の胸に顔を埋める鳳翔。

 

「あの、雨の日にあなたに出合って居なければ、こんな幸せに思う事なんて無かったと・・ 今でも思うんですよ・・」

 

「鳳翔・・ 俺もだよ。 あの日、君に声を掛けていなければ、ここに居ることも無いんだ、とね・・」

 

警報が鳴り、外は慌ただしいのに、この二人だけは・・ 心は満ちていた・・

その間にも各電探基地からの報告は続いていた。

 

 

「こちら戦艦・榛名、対空砲、対空銃座、方位は南。 各所、用意急げ!」

 

「こちら空母・鳳翔、防空戦闘用意! 在空の各飛行隊は、敵発見次第、迎撃に移れ!」

 

と榛名と睦からの指示が飛ぶ。

そして・・

 

”敵編隊、高知上空に到達! 高度は変わらず8000以上。”

 

”四式戦他、迎撃戦闘開始しました!”

 

迎撃戦闘開始の連絡が来たかと思うと、

 

”敵編隊高度に到達できない機体が帰投します!  鹿屋隊、フュエルビンゴ、帰投します!”

 

と言う報告も来ていた。

特に旧式機は速度も遅く、また到達高度までの時間が掛かるし、敵編隊の高度には届かない。

離陸したものの、敵編隊に追いつけず、やむを得ず帰投する編隊も少なからず出ていた。

 

”敵編隊、四国山地を超えます!”

 

”敵機1機撃墜!”

 

翼を撃ち抜かれた1機が錐もみ状態で落ちていく。

 

”敵編隊、高度を下げます! 爆撃高度に侵入します! 高度6000・・5000! 更に降下の模様!”

 

”岩国隊、迎撃開始します!”

 

中には岩国から飛び上がった鳳翔航空隊もいた。

 

「こちら鳳翔航空隊、これより戦闘に入る! 全機続け! 突入!!!」

 

敵編隊は防御円陣を組んで飛んでいた。

その砲火に被弾する機体も多数出ていた。

 

”敵編隊、瀬戸内海上空に侵入!”

 

ここからは迎撃戦闘機の攻撃が激しくなった。

 

”これ以上、侵入させるな!”

 

”こちら---隊、これより迎撃! 突入!”

 

”敵先導機を迎撃する! 続けぇ!!”

 

次々と敵機を被弾させていく。

1機、また1機と撃ち落としていく。

が・・

 

”敵大型四発機、高度8000から降りてきていません! そのまま本土上空に到達します!!”

 

という報告が混じっていた。

また味方機の被弾報告も。

 

”---隊三番機、被弾した! 離脱する!”

 

”我、被弾! 帰投する!”

 

 

四国上空での迎撃戦闘が行われているころ、爆撃機を発艦させた敵艦隊に悲劇が待っていた。

 

「前方16000に音源を探知! 報告のあった敵艦隊と思われる!」

 

「よし、潜望鏡深度へ浮上。 浮上と同時に周囲探索。」

 

敵艦隊を見つけたのは、南西へと向かっていた横須賀所属の潜水艦隊だった。

 

「前方11時方向だな・・ 居た! 距離16500だ。 敵艦隊は・・ 大型空母2、駆逐艦6か・・他は・・」

 

「艦長、報告では空母4杯、駆逐艦8とのことですが・・」

 

「ちょっと待て。 居たぞ。 敵は複縦陣だな。 うん、大型空母4、駆逐艦8、だ。 間違いない。」

 

「では?」

 

「ああ。 攻撃する。 僚艦に暗号通信。 ”我、敵艦隊に対し攻撃開始す”とな。」

 

「了解。 暗号通信、発信します。」

 

潜水艦隊は6隻からなる襲撃艦隊だった。

潜望鏡深度で無音航行して、敵の横っ腹、はるか先に位置していた。

 

「魚雷戦を行う。 全魚雷発射管、61サンチ酸素魚雷装填。」

 

”了解、全管酸素魚雷装填。”

 

「目標、前方の敵艦隊大型空母。 距離16500、敵進路北北西、敵速18ノット・・ 調整深度8・・ 雷速45、雷数6・・」

 

”魚雷設定、調整深度8、雷速45、雷数6、一斉発射、点火無制限。”

 

”魚雷設定おわり。 いつでもどうぞ!”

 

潜望鏡を覗きながら指示を出す。

 

「よし。 全発射管閉鎖! 発射管扉開口!」

 

”発射管扉、開口・・ 開口よし!”

 

「いくぞー・・ 全魚雷・・ 発射!」

 

”全魚雷、発射!”

 

圧搾空気の排出で魚雷が射出されていく。

 

”全魚雷・・ 航走!”

 

「次、次弾装填する! 発射管扉閉鎖、排水、急げ!」

 

魚雷室では次の魚雷を装填するために作業が進められた。

 

”僚艦の魚雷発射音、確認。 全魚雷、敵艦隊に向かう。”

 

 

「主砲全門、対空弾装填、急げ! 1番2番主砲、装填次第砲身上げ! 3番主砲も急げ!」

 

「神風より榛名へ。 神風型全四艦、敵進路に対し90度変針終わり。 これより右舷注水し、主砲の角度を上げます!!」

 

その報告は、榛名にとって驚きだった。

神風型の四艦が、主砲の砲身角度が足りないから、艦の片舷を注水して角度を得ると。

 

「神風ちゃん、いいの? いざという時、動けないわよ?」

 

「構いません! 呉の対空陣地は少ないですし、呉が全滅するよりはマシです!」

 

「わ、分かったわ。 頼むわね!」

 

「了解です!」

 

「右舷注水! 主砲、左舷へ。 仰角最大! 左舷錨を降ろして角度調整!」

 

”船体傾斜! 5・・ 8・・ 10度・・ 15度、停止! これ以上は危険です!”

 

「主砲仰角最大! 平射砲でもやれるんだから! 速射いい?」

 

”速射、了解です! いつでもどうぞ!”

 

その間にも榛名から次々と指示が飛ぶ。

 

「対空砲、高射各砲、上空3000で侵入する敵編隊を狙え!」

 

南方向から侵入する敵機へと向けられていく。

 

「榛名の主砲は8000の四発機を狙え!」

 

”敵編隊、本土上空に達します!”

 

「睦ちゃん、飛行隊を下げて! 対空砲発射するわ! 飛行隊を下げて!」

 

「り、了解! 全迎撃隊、対空砲を発射する! 呉上空より退避せよ! 繰り返す、呉上空より退避せよ!」

 

”監視所より艦橋へ。 迎撃機が退避します。 双発の爆撃機、高度2500!”

 

「全対空砲、各個に射撃開始! 撃ち落としてえええ!!」

 

射撃開始合図を受けた各対空砲、高射砲が火を噴きだした。

各艦搭載の機銃も上空の敵編隊に向けて火を噴いた。

 

「神風型全艦、射撃開始! みんな、射撃開始よ!!」

 

”監視所より報告! 敵爆弾倉開いている! あと20機!”

 

”四発機、依然高度8000! あ! 爆弾倉開く!”

 

「1番、2番主砲、対空砲弾、斉射はじめぇええええ!」

 

ドック内にいるにもかかわらず、主砲を放つ榛名。

衝撃で柵や置いてあった荷物などは吹っ飛んでいた。

対空砲が光の筋を引いて敵機に向かっていく。

その光が到達するよりも早く、爆弾が投下されていた。

 

”敵編隊、爆弾投下、投下!”

 

到達した光が敵機の翼、胴体を貫いていくのがいくつもあった。

貫かれた機体が煙を吐き、中には爆炎を出して落ちていくものもあった。

 

「落ちる機体は見捨てて! 残りを!」

 

榛名の悲鳴に近い叫びが無線で飛ぶ。

 

”主砲弾、弾着・・ 今!”

 

四発機の目の前で破裂して子爆弾が散らばって機体を襲う。

1機が態勢を崩してそれていく。

しかし、のこりの機は機体に被害を受けながらも爆弾を落としたのだった。

双発機の爆弾が呉に、鎮守府エリアに落ちた。

激しい爆発音!

地響き!

吹き飛ぶ瓦礫!

呉鎮守府本館建物は見事に命中し、粉々に吹き飛んでしまっていた。

目標だったのは本館建物以外に、ドックを含む工廠の主要建物だった。

ドックに居た朝霜たち駆逐艦は除けることも出来ずに爆弾の直撃を受けていた。

 

「ぎゃーーーーーー! どこ? どこにあたった???」

 

「イタタタ・・ 艦首付近に被弾・・ イタたたた・・」

 

直撃した船体に破孔が開き、船台からずり落ちてしまった。

その次に響いたのは、四発機が投下した爆弾だった。

数は少なかったが、威力は遥かに大きかった。

1発は本館建物付近、次の1発は、大型船ドックに、もう1発は工廠建物のど真ん中に、と見事に命中した。

巨大な爆炎と土煙を発生させ、地震と思うような激しい地響きをさせて。

 

「迎撃機全機へ! 敵機を無事に帰すな! 必ず仕留めよ!!」

 

空母・鳳翔の睦から皆の意識を引き戻す指示が飛んだ。

 

「--航空隊、再度突入する! 全機続けぇ!」

 

・・・

 

・・

 

 



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戦いの終わりのあと・・・

呉強襲が終わり、静かな時間が戻ってきた。

終わったのはそれだけか・・・



 

 

「・・どうやら、終わったようだな・・」

 

「ええ。 静かになりましたね・・」

 

そう言うのは、官舎のソファーで抱き合う秦と鳳翔だった。

一時の爆音、振動がすっかりと収まっていた。

しかし・・ 漂う匂いは・・火薬と土のにおいが。 おまけに焦げ臭かった。

ここ官舎は最近になって建てられたために、目標から外れたのだろう。

 

「オー! テイトクー! 無事だったネー!」

 

そう言ってやってきたのは金剛だった。

足元には択捉と松輪が纏わりついていたが・・

 

「金剛も無事だったか。 それは何よりだ。」

 

「フフフ。 私はフジミネー!」

 

そう言っている間に、通信がいろいろと入ってきた。

 

「こちら空母・鳳翔! 司令部、応答されたし! 繰り返す! 応答されたし! ・・父さん、お母さん、返事してよ!!」

 

後半は涙声になりかけていた、睦からだった。

 

「こちら司令部。 睦か。 こっちは全員無事だ。」

 

「よかった~。 もう、返事してよね! こっちは島陰に居たから無事です! 被害なし、だよ。」

 

「了解だ。」

 

ガガガ・・

 

「・・こちら榛名、司令部、応答を。」

 

「こちら司令部、楠木。 榛名か? 無事か?」

 

「はい、何とか。 ですが・・」

 

「どうした?」

 

「いえ・・ 船体が・・ もう・・」

 

「その話はあとだ。 とにかく無事でよかった。 皐月たちはどうなった? 分かるか?」

 

「いえ。 爆撃が直撃したようだったので・・」

 

「・・そうか・・ とにかく、被害状況を調べてから戻ってきてくれ。」

 

「了解。」

 

通信を終えた秦だったが、皐月たちの安否が不明なことにショックだった。

 

「あなた・・ まさか・・」

 

「大丈夫、だといいが・・」

 

暫くの沈黙が続き、

 

「こ、こちら皐月・・ あーもう! 朝霜ちゃんてっば!」

 

と声がしてきた。

なんだ、と思った秦だったが、

 

「皐月か?」

 

「あ、父さん! うん。 ボクだよ。」

 

「そこに朝霜も居るのか?」

 

「みんな居るよ? 卯月ちゃんに弥生ちゃんに。」

 

「皆無事か?」

 

「全員無事だよ。 けがはないし。」

 

「そ、そうか。 良かった。」

 

「でも・・艦が・・」

 

「今はいい。 とにかく無事に帰ってきて。」

 

「了解。」

 

これで全員が無事だったことが分かった秦と鳳翔。

ホッと胸を撫で下ろしたのだった。

 

「良かった・・ みんな無事だったか・・」

 

「はい。 どうにかこうにか、無事でしたね・・」

 

「うん。」

 

そう言って秦は鳳翔を抱きしめるのだった。

強く。

二人の間には翔子と千翔が真ん丸の目を秦と鳳翔に向けていただった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなた、早く!」

 

「ああ。 ちょっと待ってくれ。」

 

「もう始まってしまいますよ?」

 

鳳翔に急かされ、小学校の講堂に入っていく秦。

今日は、秦と鳳翔の双子の娘の小学校の卒業式だ。

長女、翔子(しょうこ)。次女、千翔(ちか)。

いや、長女は睦だった。 次女は朝霜、三女は弥生、四女は卯月、五女が皐月。

だから、翔子は六女で、千翔が七女だ。

卒業式の服装は自由だったこともあり、二人は、袴姿だった。

それも・・

誰かさんと同じ淡い桜色の着物に、紺の袴。

袴の裾には、桜の花の刺繍がある。

着物の衿にも桜の花びらの柄があった。

そう、母親である鳳翔の着物姿にそっくりであった。

長い髪もそっくりだ。

もっとも、襷がけをしていないので、普通の袴姿だが。

一卵性の双子なので姿はそっくりなのではあるが、違うのは、長い髪を纏めている髪留めの色ぐらいだ。

翔子の髪型は、前髪は七三に分けて、長い後ろ髪は赤のリボン型の髪留めをしている。

千翔のほうは、前髪は翔子と同じく、七三に分けて、長い後ろ髪は藍のリボン型の髪留めをしている。

今日の鳳翔は長羽織りを着ていた。

秦の左隣に鳳翔が、右隣には睦と卯月が座っていた。

そして秦の膝の上には、男の子が座っていた。

二人の長男・翔(かける)だ。

卒業式開始直前になって、

 

「いやぁ、遅くなっちまった!」

 

と言いながら、朝霜、皐月、弥生が入ってきた。

卯月の隣に三人が座って、

 

「外で駄弁ってたらおくれちゃったぴょん。」

 

とテヘッと笑っていた。

 

「まったく、お前たちは。 もう式が始まるから、大人しくしな。」

 

と秦に怒られる三人だった。

 

「間に合ったんだから、怒んないでよ。」

 

とは皐月だ。

 

「ほら。 静かにしなさい。」

 

【はーい。】

 

なんだよ、俺の言い分は聞かないのかよ、と思った秦だった。

 

「もう、卒業なんだね。 早いなぁ。 もう12年なんだね。」

 

と言うのは皐月だ。

 

「あら? あなた、榛名ちゃんは?」

 

「卒業式には間に合うかもって言ってたんだけどなあ。」

 

すると、

 

「遅れてすみません!」

 

と小声で息を切らしながら榛名がやってきた。

ただ・・ 空き席が無かったので、秦たちの後ろに立った。

 

「お疲れ。 金剛たちはどうだった?」

 

「はい。 金剛お姉さまは、相変わらずでしたよ。 択捉ちゃんも松輪ちゃんも、元気なものです。 もう高校を卒業ですから。」

 

金剛は、艦体を失ったが、その後に正式に、択捉と松輪を養女に迎えていた。

今は、家族3人で呉で暮らしていた。

択捉と松輪は18歳となり、高校を卒業したのだった。

 

 

あれから12年。

呉の空襲が敵との主な最後の戦いになった。

呉を空襲した敵機は、大多数が撃破されたものの、被弾した大型の3機が最後まで飛び続け、呉鎮守府に特攻という暴挙に出た。

結局は、無事に帰った機体は無かったのだった。

敵機を発進させた空母艦隊も我が潜水艦隊の飽和攻撃にあい、あっという間に海の藻屑と化してしまった。

あの戦いのあと、軍は戦争終結を宣言し、深海棲艦との戦いが終わった、はずだった。

その後、”見た!”と言う情報がいくつもあったがために、警備部隊としていくつかの艦隊が残ることになった。

その中で、秦と鳳翔は、家族を連れて、一時期住んだ相生に帰ってきていた。

新たな、相生警備部として。

 

 

そして、ここでの卒業式が始まった。

卒業生が入場してきた。

女の子の半数は袴姿だった。 翔子も千翔もその中の一人だった。

全員が着席すると、校長やPTAからの祝辞。

児童全員に卒業証書が渡されていく。

最後に、校歌だった。

人数が少なかったので、ものの1時間もかからずに終了した。

校門の前で、秦、鳳翔と翔、睦ら五人と榛名が待っていた。

 

「「父さん、母さん、みんな、お待たせ!」」

 

と言って、瓜二つの二人が走ってきた。

翔子は秦に抱き着き、千翔は榛名に抱き着いていた。

11人は団子状態で帰って行く。

帰る先は、旧相生警備部の建物だ。

二人は、家族が増えた事で賑やかになった、と思っていたが、翔子と千翔がここまで大きくなったことに、内心は嬉しかった。

秦が鳳翔の手を取り強く握り合った。

見つめあって、微笑んでいた。

鳳翔は、空いた手を自身の下腹部にあてている。

お腹には楠木家の九人目となる赤ちゃんが居たのだった。

 

「さあ、帰るぞ。」

 

【はーい!】

 

帰りながら、秦は、

 

「相変わらず、賑やかだな。」

 

と言うと、鳳翔が、

 

「ええ。 私は楽しくて仕方ありませんけど?」

 

と応えていた。

 

「ははっ。 そうだな。 これが、幸せなのかもしれないな。」

 

秦がそう言って鳳翔を見つめるのだった。

そして二人して見つめ合い、腕を絡めて歩いていく。

この家族は、これで幸せなのかもしれない。

今この瞬間が、楽しく、有意義であれば・・ そう思っているに違いない。

 

「鳳翔。」

 

「はい?」

 

「今までありがとう。 そしてこれからもよろしくね。」

 

「何言ってるんですか? 当然です。」

 

「ま、そうなんだけどね。 でも、改めて言わせておくれ。」

 

怪訝そうな顔をする鳳翔に向かって、

 

「愛している。 どこの誰よりも。」

 

「もう。」

 

顔を赤める鳳翔も

 

「わ、私もですよ。 あなた。」

 

と返すのだった。

 

「あー! また二人でいちゃいちゃしてるー!」

 

「え? またぁ?」

 

「まったく、この夫婦は飽きもせず・・」

 

睦、皐月たちに言われ頬を紅くする秦と鳳翔だが、

 

「い、いいじゃないか! 俺たちは夫婦だし。」

 

と反論する、が・・

 

「もう! 大きな声で言わないでくださいな、恥ずかしい!」

 

と言って秦の背中を叩いて隠れる鳳翔だった。

イテッ!

その痛みは心地よい痛みだった。

ただ・・ 皆からは呆れられる二人だった。

 

 

<完>

 




これにて終話とさせて頂きます。
今までお読み頂き有り難うございました。

大団円にしたかったんだけどなぁ・・


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