インフィニット・ストラトス -光の約束- (メビネク)
しおりを挟む

プロローグ

初めまして。
ハーメルンで二次小説を読んできましたが、自分でも挑戦してみようと初めてみました。

ISは小説とアニメを観ていましたが、うろ覚えなところもあるのでオリジナル展開もあります。
主人公はけして強い少年ではないですが、どうかお付き合いの程を。




星が瞬く夜空。

 

 

少年は丘の上でそれを見上げていた。

その隣にはもう1人。

 

「もう行っちゃうの?」

 

少年が尋ねる。

それに答えることなく少年へと向き直る。

 

そして、少年に赤い宝石を手渡す。

少年がそれを受け取る。

 

 

気付けば丘には少年だけ。

 

見上げる満天の星空には一筋の光が空へと昇って行った。

 

 

------------------------------------------------------------------

 

 

『--駅です、お忘れ物のないようお気を付けください』

車内アナウンスで目を覚ます。

故郷から長く乗り継いできたためか、すっかり眠り込んでいたようだ。

 

翔介は慌てて荷物を抱えて新幹線を降りる。

 

「おお…」

ガヤガヤと大勢の人がひしめき合う様子に思わず感嘆の声がこぼれる。

そのまま人の波に乗り、揉まれながらも改札を潜る。

目的地には直通の電車があると聞いていたため、そこに向かう。

 

 

直通の電車へ乗り込み、揺られること十五分。

その間も車窓から見える都会の姿を物珍しそうに眺める。

正直、退屈はしなかった。

 

『まもなくIS学園前。IS学園前』

やがて目的地へとたどり着き、ホームへと降りる。

 

「あれがIS学園」

ホームからも見える広大な敷地の学園。

この春から自分が通う学園に翔介はつぶやく。

首から下がるお守り袋に手を触れる。心なしかホッと温かくなったように感じた。

 

「道野翔介、だな?」

するとそんな彼に女性が声をかける。

黒いスーツに身を包んだ女性が立っていた。鋭い目つきに気の強そうな印象を受ける。正直怖そうだ。

 

「はい、僕が道野翔介です」

「私は織斑千冬だ。この学園の教師だ。案内する、ついて来い」

「は、はい」

挨拶もそこそこに織斑千冬と名乗った教師はくるりと背を向ける。

慌ててその後ろをついていく翔介。

 

「疲れてはいないか?」

後ろを歩いていると千冬が問いかける。

 

「え、はい、少しだけ」

「そうか」

すると千冬は足を止め、近くの自販機へ向かう。財布から硬貨を数枚出すと自販機に投入する。

 

「ほら、明日からもっと忙しくなるぞ」

そう言ってコーヒーを差し出す。

怖そうに見えたが、けして怖いだけではなさそうだ。

少しほっとしながら翔介はコーヒーを開ける。

 

口の中に広がる苦みに少し眉をひそめる。

実はコーヒーはあまり飲めないのだが、折角くれたものを無下にしてはいけないとチビリチビリと口に含んでいく。

 

やがて大きな校門に差し掛かる。

そこから覗く学園はとても未来的で、故郷では絶対に見れない世界が広がっていた。

 

「さて」

と千冬が翔介へ向き直る。

 

 

「ようこそ、IS学園へ。道野翔介」

 

 

 

 




短いですが本日はここまで。

次回から本編へと向かっていきますので、どうかお付き合いの程よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1話

今回から本編に入っていきます。

ご都合主義などもありますが、どうぞよろしくお願いします。


机が綺麗。

 

 

翔介が真っ先に思ったのはそれだった。

彼の座る席は傷一つない最新式の机。大きく、卓上のスペースもとても広い。

机に限らずこのIS学園の設備の全てが最新式。

翔介の中学校といえば木の机に、築百年以上の古い校舎であった。それから見てみればまさに未来的設備と言えた。

翔介的には机に彫刻刀で掘られた落書きがないだけでも十分驚きであった。

 

 

学校の設備もそうだが、もう一つ気になるといえば。

 

 

「あれが二人目…?」

 

「なんか普通?」

 

「うん、普通」

 

 

女子たちのひそひそ話。

一部を除いて教室にいる生徒が女子ばかり。

IS学園なのだから当然といえば当然なのだが。

 

IS-インフィニット・ストラトス-は女性しか動かせない。故にこの学園は女子しかいない。

例外があるとすれば、翔介ともう一人。

 

恐らく翔介よりも視線を集めているであろう。座席の一番前に座っている男子。

 

織斑一夏。世界で初めてISを動かした男子。

翔介がIS学園に来ることになった遠因とも言えるかもしれない。

なんだかガチガチに緊張しているようだが大丈夫だろうかと心配になってくる。

 

翔介も緊張はしている。女子ばかりというのも勿論だがこんなに同級生が多いこともその一因だ。

なにせ中学時代の全校生徒数は三人。しかもどちらも上級生であり、彼には同級生という物がいなかった。だから女子ばかりなうえに、クラスメイトの多さにカルチャーショックのようなものを受けていた。

 

 

「はーい、皆さんHR始めますよー」

 

すると、教室の扉が開き眼鏡をした小柄な女性が入ってきた。容姿はとても幼く、教員というより中学生と言ってもおかしくないかもしれない。ただその胸元はふくよかに膨らんでおり、その容姿とのアンバランスが激しい。

 

「皆さん、初めまして。このクラスの副担任を務めます山田真耶と言います。よろしくお願いしますねー」

 

「よろしくお願いしま…」

 

真耶に挨拶を返そうとするも、誰も声上げず翔介の声も尻すぼみに消えていく。

反応の無さに涙目になってオロオロする真耶。

気を取り直したように自己紹介をすることになった。

 

次々とクラスメイトが自己紹介していく中、順番は一夏の番に。

考え事をしていたのか何度か真耶に声をかけられ、ようやく立ち上がる。

 

「……えーっと、織斑一夏です」

 

と言ったきり黙りこむ。

何を話そうか悩んでいるのだろうか。

 

 

「…………以上です‼」

 

 

たっぷり時間を使った結果、出てきた言葉はそれだった。

ズデデッと椅子からズッコケるクラスメイト達。

翔介も肩透かしに面食らう。

 

 

すると、スパァンと激しい音が鳴り響く。

見るとそこには出席簿を片手に持つホームまで迎えに来てくれた教員、織斑千冬と頭を押さえて悶えている一夏の姿だった。

どうやら出席簿で頭を叩かれたらしい。

 

「げえっ、関羽!?」

 

スパァン!

 

またも出席簿が振り下ろされた。

 

「誰が三国の英雄だ。貴様は挨拶もまともにできんのか」

 

「千冬姉!? 何でここに!?」

 

三度目の快音が教室に響く。

 

「ここでは織斑先生と呼べ」

 

千冬は教壇に立つと、クラス中に宣言する。

 

「諸君、私がこのクラスの担任を受け持つ織斑だ。諸君をこの一年で使い物にすることが役目だ。口答えも、反抗もして構わん。ただし、私の言うことには必ず従え」

 

なかなか強烈な挨拶をしてくれる。

すると、それを合図に。

 

 

『きゃあああああああああああああああああああああああああ‼‼‼』

 

 

クラス中が沸く。

 

「本物よ!本物の千冬様よ!」

 

「お母さん、産んでくれてありがとうぅぅぅ!」

 

「貴方に憧れてこの学園に来ましたぁ!」

 

スタンディングオベーション状態のクラスに千冬がため息をつく。

 

「はぁ…毎年毎年、私の受け持つクラスはなぜこうも馬鹿が集まるんだ」

 

「きゃああああ!もっと言って!もっと罵って!」

 

「そして時に優しくして!」

 

「でも付け上がらない程度に躾けてぇ!」

 

あまりの事態に目を白黒させている一夏。

翔介も目を丸くしていた。これが都会なのかと固まっていた。

 

 

やがてクラスの騒動もおさまり、再び生徒の自己紹介となった。そしてついに翔介の番。

クラスメイトの表情も変わる。

織斑一夏以外の男性操縦者である。注目されるのも致し方ない。

人の前に立つことに慣れない彼からすればなかなかの難易度だ。

 

「ぼ、僕は道野翔介です。東北の方から来ました」

 

自己紹介が始まってからずっと考えていた内容を話していく。

今のところ順調。

 

「都会にも慣れませんが、よろしゅくお願いしみゃす」

 

固まる翔介。

 

「噛んだ」

 

「噛んだわ」

 

最後の最後で台詞を噛むという痛恨のミス。

 

「よろしく、お願いします…」

 

顔を真っ赤にして着席する。

初対面だというのにこれはキツイ。

 

強烈なダメージを受けたまま、時間は進んでいくのだった。

 

 

 

 




本日はここまで。

原作主人公の織斑一夏も登場し、これから原作ヒロインたちも登場していきます。

田舎者な翔介の学園ライフもここから本格的に始まっていきます。
温かく見守ってあげてください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2話

今回はセシリア・オルコット登場!

出来る限りキャラは原作通りにいきたいけど話によってちょっと性格変わるかもしれませんが、よろしくお願いします。


HRも終わり、休み時間。

翔介は机に突っ伏していた。

自己紹介の最後の最後で噛むという痛恨のダメージがいまだに癒えないようだ。

 

「なあ、大丈夫か?」

 

するとそんな彼に声をかける者が。

翔介が顔を上げると、そこには一夏が立っていた。

 

「あ、えっと…」

 

「ああ、俺は織斑一夏。道野翔介だったよな?」

 

一夏は人好きのする笑顔を浮かべる。

あまり同年代との付き合いが少ない翔介だが、女性にモテる王子様というのは彼のことを言うのだろう。

 

「あ、うん。よろしくね、織斑君」

 

「ああ、よろしくな。俺のことは一夏で良いぜ?」

 

またも笑顔を浮かべる一夏。

少し困惑した様子の翔介。

 

「えっと、ごめんね。僕、同年代の友達っていなかったから。名前で呼ぶの慣れてなくて…。悪いんだけど、しばらくは織斑君でいいかな?」

 

「あー、そうか。そういうことなら仕方ないか」

 

バツが悪そうにしているも、笑顔を崩さない。それを見ていると申し訳なさが込み上げてくる。

翔介の言う通り、彼には同世代の友達がいなかったため友達との距離というものがわからなかった。しかし、そんな自分にも笑顔で接してくれる織斑一夏という少年はとても好ましく思えた。

 

「この学園で二人しかいない男同士だし、仲良くしようぜ」

 

「うん、ありがとう」

 

少しぎこちないが笑顔を返せていたと思う。この少年とは仲良くなれると翔介もそう思えた。

 

「これはフラグが立った?」

 

「えっ、マジで? 織斑×道野?」

 

「織斑君の美形攻めに道野君の姫受けね」

 

「いや、私は織斑君の男前受けに道野君のわんこ攻めを推すわ」

 

「は?」

 

「あ?」

 

なにやら教室の傍らが騒がしい。同じ女子同士だからか、仲良くなるのも早いようだ。

一部ピリピリとした雰囲気を感じるが。

 

すると、ツカツカと二人の下へ女子生徒がやってくる。

 

「少しよろしくて?」

 

二人で声の方を向くと、長く美しい金髪に碧い瞳が目を引く。故郷の祖母の家にあった外国製の人形を思わせる容姿が厳めしい表情で仁王立ちしている姿は迫力がある。

 

「俺たちに何か用か?」

 

「まあ! このわたくしが声をかけてあげたと言うのになんですのその態度は!」

 

「と言われても俺、君のこと知らないし」

 

お前は?と言いたげに一夏が翔介を見る。

翔介も首を振る。

 

「はあ、まったく…」

 

やれやれと首を振る。

 

「わたくしはセシリア・オルコット。イギリスの代表候補生ですわ」

 

自慢げに語るセシリアと名乗る女生徒。

すると、一夏は彼女をじっと見つめる。彼女ほどの美貌であるならば当然やもしれないが。

 

 

 

「なあ……代表候補生って、何?」

 

 

ズデデッと教室中がズッコケる。

 

「なっ、本気で言ってますの!?」

 

「ああ、翔介はどうだ?」

 

とまた翔介に問いかける。

 

「えっと、字面的にはなんとなくわかるけど…」

 

代表候補生。

聞く限りではIS操縦者としてその国の代表に成りうる人物の事だろう。

元々ISという物を身近に感じていなかった身としては詳しいところまでは分からないが。

 

「なら教えて差し上げますわ。代表候補生とは国の顔となる資格を持ついわばエリート! あなたたちはそんなエリートと同じクラスであることを感謝するべきなのですわ」

 

「そうか、それはラッキーだ」

 

「あなた、馬鹿にしてますの…?」

 

剣呑な空気の二人。

そんな二人の間に挟まれる翔介はオロオロ。

 

「まったく…これだから男は…」

 

どうやらセシリアは極度の女尊男卑主義者のようだ。

 

女尊男卑。これが今、この世界の法則だ。

ISという存在は既存の兵器を凌駕する。そんなISを動かせるのは女性のみ。その事実は今まで男尊女卑に苦しめられていた女性たちを活気づけた。

男性と女性が戦争をしたら三日と持たないとさえ言われ、今や世界は女尊男卑が主流となっていた。

 

 

「まあ、いいです。それよりもあなた方に朗報ですわ」

 

「朗報?」

 

「ええ、あなた方にISのことを教えて差し上げてもよろしくってよ? なにせわたくしは唯一教官を倒した新入生。そんなわたくしに教わる栄誉を噛み締めるといいですわ」

 

得意げな表情で告げるセシリア。

きつい物言いだが、案外いい人なのかもと考えた翔介。

しかし、一夏が口を開く。

 

「あ、教官なら俺も倒したぞ?」

 

「……はあ!?」

 

一夏の一言に声を上げるセシリア。

 

「わ、わたくしだけと聞いていましたが…」

 

「女子の中ではって話じゃないか?」

 

入学試験の際に教官との模擬戦闘がある。勝敗は関係なく、どちらかと言えばどれくらい動かせるかを見極めるものらしい。

ちなみに翔介は入学試験も一通り終わった後に入学が決まったため、この模擬戦闘を受けてはいなかった。そもそも男性操縦者という時点で入学は決まっていたようなものかもしれないが。

 

「あ、あり得ませんわ…!」

 

よろめくセシリア。

 

「あ、で、でも…」

 

「なんですの?」

 

口を開く翔介にセシリアがジロリと睨む。

その迫力に気圧されながらも言葉を続ける。

 

「女子で唯一でも十分凄いんじゃないかな? ほら、新入生の女子百何人かの中でオルコットさんだけっていうなら十分凄いことだと僕は思うけど…」

 

「……ん、まあ、確かにその通りですわね…」

 

一応少しだけは怒りを鎮めたセシリア。それでもやや不機嫌なのは完全に納得はしていないということなのか。

 

「それで、どうしますの? 代表候補生であるわたくしが直々に教えて差し上げますわよ」

 

「あ、俺はいい。君にそこまでしてもらう義理はないし」

 

「えっと、僕も…」

 

一夏は本気でそう思っているようだが、翔介はどうやらセシリアという少女に気圧されてしまったようだ。人見知りする質ではないが、初めて会うタイプの女性に終始押されっぱなしであった。

 

「わ、わたくしの厚意を無下にするというのですね…これだから男は…!」

 

セシリアが何かを告げようとした瞬間、時限のチャイムが鳴る。

 

「ここはこれくらいにしてあげますわ…」

 

終始不機嫌な様子で自分の席に戻っていくセシリア。

 

「なんだったんだ、あれ?」

 

「さ、さあ…」

 

残った一夏と翔介はまるで金色の台風のような女子生徒の背中を見送るのだった。

 




本日はここまで。

セシリアのキャラ、大丈夫でしたでしょうか?
まだツンツンとしていますが、後々の彼女を思えばこの頃も可愛いと思えます。

次回はファースト幼馴染の篠ノ之箒登場、のはず。

本作品のヒロインの候補は考えてありますが、早めに登場させればなぁと考えてます。

では次回もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3話

篠ノ之箒、登場!

純和風なキャラクターが好きな作者としては結構ツボに入るヒロインだったりします。


二時限目。

科目はISだが、正直翔介には付いていくことで精いっぱいだった。

 

「えっと、織斑君」

 

「は、はい」

 

「今のところまでわからないところありませんでしたか?」

 

教壇で授業をする真耶が目の前の席に座る一夏に声をかける。

一夏はしばらく手元の教科書を眺めると。

 

 

「全部わかりません」

 

 

ズデデッ!

本日三回目のクラスメイトのズッコケシーン。

 

「ぜ、全部ですか? えっと、他に分からない人いますか?」

 

困り顔でクラス中に問いかける真耶。

しかし、誰も手を上げない。

理解度で言えば翔介も一夏とどっこいどっこいなのだが、あえて手を挙げなかった。

というのも…。

 

 

スパァン!

こちらは本日四回目の快音が響く。

 

 

「この馬鹿者が。事前に教本に目を通しておかなったのか」

 

千冬が出席簿を持って鬼の形相をしていた。

 

教本とは事前学習のために新入生に送られる分厚い教科書の事だ。入学式数日前に送られてきた翔介にとっては地獄そのものであった。

 

「電話帳と間違えて捨てました」

 

これは来ると確信した。

 

 

スパァン!

 

 

「再発行してやるから一週間で覚えろ」

 

「一週間!? それはいくら何でも無茶だぜ、千冬姉!」

 

「織斑先生だ! いい加減に覚えろ!」

 

額に青筋を浮かべる千冬。その形相はまさしく修羅。

すると、その視線は翔介へと向けられる。

 

「道野、お前はどうだ?」

 

ここで言葉を間違えると一夏の二の舞になるのは目に見えていた。

 

「捨ててはいません…ただ、全部はまだ覚えてません…」

 

ならば正直に答えるしかないと本能が叫んでいた。

どうやら選択は間違っていなかったようで千冬は出席簿をしまう。

 

「ならお前もすぐに覚えろ。あれに書かれているのはISの基本だ。基本を覚えない者にISは触れさせん。自分にも周囲に対しても危険だからな」

 

「なんか翔介には甘くねぇか…」

 

「何か言ったか、織斑」

 

「い、いえ!」

 

その後の授業はなんとかつつがなく進んでいった。

 

 

--------------------------------------------------------

 

「まったく、ひでぇよな」

 

「ごめんね、ああ言わないと僕も叩かれてたかもしれないし」

 

四時限目も終わり、今は昼休み。

翔介の席に一夏が突っ伏してぼやく。

 

「まあ、捨てた俺が悪いんだけどさ」

 

「ははは…あ、でもね」

 

「ん?」

 

「僕じゃないけど、婆様…祖母も間違えて捨てそうになったんだよ」

 

気落ちする一夏にそう告げる翔介。

ポカンと翔介を見る一夏。

 

「…プッ、ハハハハハハハッ! お前もかよ!」

 

「うん、危うく回収車に持ってかれるところだったよ」

 

同じような失敗談に笑い合う二人。

どうやら一夏も元気が戻ったようだ。

ひとしきり笑うと一夏は立ち上がる。

 

「よし、飯行こうぜ! 食堂でよかったか?」

 

「あ、うん。行こうか」

 

二人で食堂へ向かおうと教室を出ようとすると。

 

「い、一夏」

 

一夏を呼び止める。

 

「ん、なんだ、箒か、どうしたんだ?」

 

箒と呼ばれた女生徒。

先程のセシリアと打って変わり、日本人特有の黒髪。腰ほどまでに伸びた髪を頭の後ろで結わえてある。セシリアとはまた違った部類の美人と言えよう。

 

「あ、翔介は初めて話すか? こいつは篠ノ之箒。俺の幼馴染だ。といってもこの学校で久しぶりに会ったんだけどな」

 

「よ、よろしく」

 

「あ、よろしくね」

 

挨拶を交わす翔介と箒。

しかし、箒の視線はチラチラと一夏に向いている。

 

「それで何か用か?」

 

「う、うむ。一夏、少し時間いいか?」

 

「時間? 俺たちこれから昼飯に行くところだったんだけど」

 

「二人だけで話したいんだが…」

 

そういうとチラリと翔介を見る。

一夏の話からすれば二人は幼馴染。久しぶりに会ったのだから、積もる話もあるのだろう。食堂に一人で行くのはなかなか勇気がいるが二人の邪魔をするのも申し訳ない。

 

「織斑君、僕のことは良いから篠ノ之さんと行ってきなよ」

 

「え、でもいいのか?」

 

翔介は頷く。

 

「そっか、ならまた明日一緒に飯に行こうぜ。じゃあ、箒行こうぜ」

 

そう言って教室を出ていく一夏と箒。

すれ違いざまに箒は翔介に向き直り。

 

「割り込むようなことをして済まない」

 

「気にしないで、二人で話したいこともあるんでしょ?」

 

「う、うむ。感謝する」

 

箒も一夏を追って教室を出る。

 

「……さて、僕も行こうかな」

 

残った翔介も教室を出て、食堂へと向かうのだった。

 

 

---------------------------------------------------------------------

 

「あ~……」

食堂に赴いたはいいが、困ったことに座れる席がなかった。

少し出遅れてしまったようだ。

仕方がないので、総菜パンを買ってどこか適当なところで食べようかと考えていると。

 

「あっ、ミッチーだ。お~い、ミッチー」

 

どこかで誰かを呼ぶ声がする。

 

「あれ? ミッチー?」

 

「道野君?」

 

自分の名前を呼ばれて初めて振り返る翔介。

そこにはテーブルに座る三人の女子生徒たちがいた。

ヘアピンを付けた真面目そうな少女と、打って変わって活発そうな少女。そして何故だかダボッと長い袖ののほほんとした少女だ。

 

「ミッチー、座るところないならここに座りなよ~」

 

「ミ、ミッチー?」

 

どうやらミッチーとは翔介の事らしい。

 

「道野君だからミッチーなんだってさ」

 

「それでどうですか? 良ければですけど」

 

そう言って空いた席を勧められる。どうしようかと考えるものの、折角の厚意を無下にするのも申し訳ない。

 

「ありがとう」

 

厚意に甘えて、勧められた席に座る。

改めて三人を見て、自己紹介の時を思い出す。

それぞれ鷹月静寐、相川清香、布仏本音という名前だった。

 

「それにしてもてっきり道野君は織斑君と一緒かと思ってましたけど」

 

「織斑君は篠ノ之さんが話がしたいからって一緒に行ったよ」

 

「へ~、篠ノ之さん大胆~」

 

「二人とも幼馴染なんだって。久しぶりに会ったらしいし、積もる話でもあるんじゃないかな?」

 

食事をしながら三人と会話をする。

同年代と一緒に食事するというのも初めての経験だ。

 

「オリムーとシノッチは仲良しさんなんだね~」

 

そう言ってモグモグと食べる本音。

手が袖で隠れているのに随分と器用に食べる。

 

「そういえば篠ノ之さんの噂って本当かな?」

 

「噂?」

 

「そっ、篠ノ之さんのお姉さんがあの篠ノ之束博士だって」

 

「篠ノ之束博士…」

 

その名前だけは知っている。

ISを発明した稀代の天才。送られてきた教本にも最初に書かれていた名前だった。

 

「確かに篠ノ之なんて珍しい苗字そうそうあるものじゃないですよね」

 

「じゃあやっぱり本当なのかな?」

 

そんな会話を交わしつつ昼休みは流れていった。

 

 

 




本日はここまで。

予告通りファースト幼馴染・篠ノ之箒登場。

次回はついに最初の関門、セシリア戦へと突入。
戦闘シーンとかいろいろ頭捻っていかないとですね。



始めたばかりですが、お気に入りしてくれた方ありがとうございます。

ゆっくりではありますが、これからもよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4話

一日休んで、また投稿。

こんな感じにゆっくり投稿していきます。


昼休みが終わり、午後の授業も滞りなく終わる。

そしてLHRの時間。

明日の連絡事項を告げ、解散となる前に千冬が教壇に立つ。

 

「解散の前に再来週に行われるクラス対抗戦の代表者を決める」

 

千冬の言葉に首をかしげる。

 

「クラス代表とはそのままの意味だ。生徒会の会議や委員会への出席…まあ、クラス長だな。決まれば一年は変更はない。自薦、他薦は問わない。誰かいないか?」

 

「はい、織斑君を推薦します」

 

「私も賛成ー」

 

「はあっ!?」

 

突如推薦された一夏が声を上げる。

自分が指名されるとは思わなかったようだ。

 

「なら候補者は織斑一夏…他にはいないか?」

 

「ま、待ってくれ、俺はクラス代表なんてやりたくないって!?」

 

「自薦他薦は問わないと言ったはずだ。選ばれた以上は覚悟しろ」

 

にべもなく切り捨てられる。

すると、ガタリと席を立ちあがる女生徒が。

 

「お待ちください! 納得いきませんわ!」

 

そう声を上げたのはセシリアだった。

 

「そのような選出は認められませんわ! 大体男がクラス代表なんて恥さらしもいいところですわ!」

 

端正な眉を吊り上げて熱弁する。

先程話した時もそうだったが、徹底的に男性が嫌いなようだ。よっぽど男性に思うところがあるらしい。

 

「第一実力からいえばわたくしが代表になるの当然! 私はこんな極東にサーカスや見世物をしに来たわけではございませんわ!」

 

セシリアはさらにヒートアップしていく。

 

「クラス代表は実力トップであるわたくしが相応しいはずですわ!」

 

始めは代表を逃れられるかと嬉しそうだった一夏だが、だんだんとその表情が険しくなっていく。

 

「大体文化も後進的な国で暮らさないといけないこと自体、私にとって耐えがたい苦痛だというのに―――!」

 

そこまでセシリアが告げると、ついに一夏が立ち上がる。

 

「イギリスだって大してお国自慢ないだろう。世界一マズい料理何年覇者だよ」

 

言ってしまった。

その一言でセシリアの顔がさらに真っ赤になる。

 

「あ、あなた! わたくしの祖国を侮辱しますの!?」

 

互いににらみ合いが始まる。

そしてバンッと机を叩く。

 

「決闘ですわ!」

 

「ああ、良いぜ! 四の五の言うより手っ取り早い!」

 

もうクラス代表そっちのけで話が進んでいる。

流石にこれ以上はマズいと思ったのか、翔介が一夏を止めに入る。

 

「お、織斑君。マズいよ、流石に止めたほうがいいんじゃ」

 

「でもここまで言われて黙ってられるかよ」

 

「でもさ…」

 

「あなた!」

 

セシリアがビシッと翔介を指差す。

 

「あなたもですわ! 道野翔介!」

 

「へっ?」

 

一夏を宥めていると今度は翔介に矛先が向いてきた。

 

「どこの秘境の地から来たかは知りませんが、何も知らず何の覚悟もなしにこの学園に来るなんて愚の骨頂ですわ!」

 

ほぼほぼ言いがかりに近いものだった。

もう引くに引けなくなってしまったのか、もう本人も止まれなくなってしまったように見える。

 

「えぇ…そう言われても…」

 

とはいえ喧嘩なんて慣れていない翔介。

セシリアの剣幕にただただ気圧される。

そんな翔介の様子にさらに苛立ちを募らせる。

 

「いいですわ。あなたにも決闘を申し込みますわ。そのなよなよとした性格、わたくしが叩き直してあげますわ」

 

「うえぇえ!?」

 

「そうですわね…ハンデをあげますわ。あなたたち二人と同時に相手して差し上げますわ」

 

「いらねえよ! 一対一でやってやる!」

 

「ええっ!?」

 

それは必然的に翔介も一人で戦うということになるのだが。

しかし、火の点いた二人を止める術もなく。

すると、今まで黙っていた千冬が止めに入る。

 

「そこまでだ、餓鬼ども。勝手に話を進めるな」

 

千冬が止めに入ったことでようやくこの事態も落ち着く。

と思われたが。

 

「ならば五日後だ。五日後にアリーナで試合を行う。試合は総当たり戦。勝利数の多いものがクラス代表だ」

 

試合日程が決まってしまった。

それどころかクラス代表には無関係だったはずの翔介まで入ってしまっている。

 

「では今日はこれで解散だ」

 

そう言うとクラスメイト達は三々五々と教室を出ていく。

 

「首を洗って待っていなさい」

 

セシリアもそう言い残すと教室を出て行った。

後に残ったのは一夏と翔介だけだった。

 

 

--------------------------------------------------------------------------

 

 

「本当にすまん!!」

 

「ひどいよ、織斑君…」

 

ようやく頭が冷えたのか、ひたすらに謝り倒される。

 

「どうしようか、代表決め試合…」

 

「本当に悪い…」

 

「もういいよ、決まったことだし。なら、後はやるしかないよ」

 

そう言うと一夏は不思議そうに翔介を見やる。

 

「どうかした?」

 

「いや、お前意外と肚座ってるなと思って」

 

「別にそういうわけでもないよ。でも起きたことに文句を言う前に出来ることしなきゃと思って」

 

セシリアは翔介をなよなよした性格と評したが、本当はそんなことないのでは、一夏は思った。

出会って一日目だが、少し彼を理解できた気がした。

 

「織斑君はどうするの? ほとんどISについてわからないんだよね?」

 

「まあな、でも一応当てはあるっていうかさ」

 

「ふぅん…僕はどうしよう…」

 

試合をするにあたってもう一つ条件が出された。

それは実際に試合を行うまで互いに干渉しないということ。

これにはお互いの手の内を敢えて知らずに試合をさせるためだという。

曰く、戦う相手がいつも知っているとは限らないからとのこと。

 

「本当にすまん…」

 

「だから、もう気にしないで。ちょっと織斑先生に相談してみるよ」

 

すると教室の扉が開き真耶が入ってくる。

 

「あ、良かった。織斑君まだいたんですね」

 

「どうしたんですか?」

 

「はい、急遽なんですけど寮の部屋が決まりました」

 

「部屋ってまだ決まってないからしばらくは家から通うって聞いてたんですけど」

 

「政府からの要望でして…あ、道野君は既に寮に入ってますよ」

 

真耶の言う通り翔介は前日から寮に入っている。東北の田舎では実家通いなんてできる訳もないため、大急ぎで用意されたそうだ。

 

「一応、必要なものは織斑先生が用意したので足りないものは後日持ってきていただくということで」

 

「じゃあ、今日はもう行ったほうがいいかもね」

 

「ああ、そろそろ夕飯だろうしな」

 

「僕は職員室に行ってから戻るよ」

 

「わかった、じゃあ先に戻ってるぜ」

 

そう言うと一夏は教室を出ていく。

 

「……はあ、どうしよう…」

 

一夏にはああいったがわからないことだらけの状況。

ISもたまたま起動させただけでそれ以上動かしたことはない。

でも、一夏に行ったことは嘘ではない。起こってしまったことは仕方ない。ならば、どうするか行動するべきだ。それは幼い頃から彼が祖母に教えられてきたことだった。

 

翔介は気合を入れるように頬を叩き、教室を後にした。

 

 




本日はここまで。

少し強引な感じになってしまいました。
ですが、セシリアからすれば言い返すこともほとんどしない翔介は嫌いなタイプだろうということでこのような流れになりました。

では次回もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5話

あの人、先行登場!

そして、お気に入りが10件突破。
これくらいで喜んでいるなと思われるかもですが、やっている側としては1件だけでもうれしいものなのです。


コンコンと職員室の扉を叩き、中に入る。

教室内も当然のことながら女性教員だらけだ。一般教養の授業ももちろんあるがこの学園のメインはIS。女性教員だらけなのも当然と言えば当然だった。

 

「失礼します、織斑先生はいらっしゃいますか?」

 

そう声をかけると職員室の一角に千冬が座っていた。

どうやら先客がいるようで誰かと話していたようだが、翔介に気付いたようで手を上げる。

先客と二言三言話すと先客が離れる。

 

千冬の下へと歩を進める途中で、先客とすれ違う。

空色の髪に赤い瞳を持った美しい女性。制服がベスト状に改造されている。

なんとも不思議な印象を受ける。それと同時に何故だか最近どこかで会ったようなに感じる。

 

すれ違いざまに赤い瞳と目が合う。そして微かだが笑みを浮かべたように見えた。

 

「道野か、どうした?」

 

気付けば千冬の下へ来ていた。

 

「お話中のところすみません」

 

「気にするな、丁度終わったところだったからな」

 

気を使わせてしまったかとも思ったが、それほど気にしてはいないようだ。

 

「それで私に何か用か?」

 

「少しご相談したことが…」

 

「試合についてか?」

 

どうやらお見通しのようだ。

 

「はい、試合をすることについてはもう文句はないんですけど…僕、検査の時以来全然動かしたことなくて」

 

もっと言ってしまうと検査の時も動かしたというよりは起動させただけとも言える。

 

「なるほど、事前に訓練をしておきたいということか」

 

翔介は千冬の言葉に頷く。

勿論五日後なんて短い期間で出来ることなど多くはないだろうが、やらない後悔だけはできなかった。

 

「ふむ…そういうことなら私が指導してもいいのだが、生憎と仕事が詰まっていてな」

 

「そうですか…」

 

千冬に相談すれば何とかなるかと考えたがなかなか難しいようだ。

 

「そんな顔をするな、私は難しいが他の者が指導する」

 

強引ならところはあるが、やはり生徒想いな先生のようだ。

 

「じゃあ、他の先生が?」

 

「他の先生方も仕事があるからな、もっと適任がいる。差し当たり明日の始業前からとなるが大丈夫か?」

 

「は、はい。大丈夫です」

 

「いい返事だ。では話は通しておく」

 

「ありがとうございます」

 

これで何もできずに試合日を迎えることにはならなそうだ。

内心ほっとしているところを見抜かれたのか、千冬がふっと笑う。

 

「道野、手を出せ」

 

言う通りに手を出すと、その上にポンと飴を渡される。

 

「他の生徒には黙っていろ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

学園に来た時のコーヒーといい、色々ともらっている気がする。

 

「お前は織斑以上にISとは無縁の世界から来た。わからないことも慣れないことも多いだろ。そんな時は山田先生たちに相談するといい。勿論、私にもな」

 

始めこそ怖い印象だったが、やはり頼れる教員のようだ。

 

「それなら試合も何とかしてほしかったですけど…」

 

文句はないが、不満はある。

 

「慣れないからこそ早いうちに経験するに越したことないだろ?」

 

そう言って少々意地の悪そうな笑みに変えるのだった。

 

 

------------------------------------------------------------------

 

職員室を後にし、寮に戻る。

時間も夕食時を少し超えたためか食堂には空きが目立っていた。

翔介は軽く夕食を済ませ自室に戻る。

 

「ただいま」

 

「………おかえり」

 

部屋には既にルームメイトが帰ってきていた。

既に毛布をかぶっているがどうやら寝てるわけではないらしい。毛布に包まりながらデバイスとずっと睨めっこしている。

始めこそ怒ってるのかと思っていたがそうでもなく、声をかければしっかり答えてくれる。

 

翔介はシャワーの準備をする。

寮には大浴場があるが、現段階では女生徒しか入れないためシャワーで済ませていた。

本当は湯船に入りたいが都合がある以上仕方ない。

ルームメイトは大浴場で入ってくるようでシャワーは現在翔介専用で使用している。

 

着替えの準備をしてシャワー室へ入ろうとすると部屋の扉を激しくたたく音が。

 

「翔介! いるか!? 頼む、入れてくれ!」

 

「織斑君?」

 

何やら切羽詰まったような一夏の声。

何事かと扉を開ける。すると、一夏がそのまま転がり込んできた。

 

「ふう、助かった…」

 

「ど、どうしたの?」

 

ただならぬ様子の一夏。

翔介はキッチンの水道から水を汲み手渡す。

一夏はそれを一息で飲み干す。

 

「何があったの?」

 

「そ、それが……」

 

 

 

「それは織斑君も悪いよ」

 

「うっ、やっぱりそうか…」

 

一夏の話によれば。

彼のルームメイトは箒であった。しかし、タイミング悪くシャワー後の彼女と遭遇してしまう。

そこまでなら一夏が謝ることで事無きを得るのだが、その後が悪かった。ひょんなことで彼女の下着を目撃、その上失言の上乗せ。

木刀の猛攻からなんとか逃げ出し、ここに来たという。

 

「まあ、木刀で殴りかかる篠ノ之さんも悪いところはあるけど」

 

「思わず口を突いて出ちまったんだよ…」

 

「それでも言っていいことと悪いことってあるでしょ?」

 

「うぐっ…」

 

翔介に説教される一夏。

いつの間にやらお互い正座の体制になっている。

 

「幼馴染でも一定の礼儀は必要でしょ? それに随分会ってなかったなら尚更言葉を選ばなきゃいけないところもあるよね? 相手は女の子なんだから」

 

「は、はい…」

 

すっかり意気消沈している。

一夏は言ってしまえば歯に衣着せぬ性格。しかし、言い方を変えれば彼は自分に正直な性格なのだろう。そして、どれだけ時間が経とうが変わらず接することができるのは翔介からすればそれは彼の長所なのだと思う。

やや直情的で、そのせいでいらぬトラブルを巻き起こしているような気もしないでもないが。

 

「でも、どれだけ時間が経っても友達と変わらず接することができるのはいいことだと思うよ」

 

「そ、そうか?」

 

「でもちゃんと礼儀も守らないとダメだよ」

 

「お、おう…よし、俺謝ってくる」

 

そう言って立ち上がる一夏。だが、扉に手をかけるも出て行こうとはしない。

どうやら謝るとは決めたものの箒の剣幕を思い出し躊躇しているようだ。

変に時間を置くと尚更謝りづらくなると思うのだが。

だが、一度喧嘩してすぐに謝りづらいというのも分かる。

 

「なら篠ノ之さんと僕話してこようか?」

 

「マ、マジか?」

 

「間に誰か入ったほうがお互い話しやすくなるかもしれないしね」

 

「頼めるか…?」

 

こうして翔介は一夏たちの部屋へと向かうことになった。

一夏はその間翔介の部屋で待機することに。

 

 

-------------------------------------------------------------------

 

翔介は一夏たちの部屋の前へと来ていた。

穴だらけのドアをノックする。

すると、その穴から瞳が覗く。

 

「道野か…何か用か?」

 

「ちょっと入っていいかな?」

 

「………入れ」

 

どうやらお許しが出たようだ。

穴だらけのドアを開けて中に入る。ドアが倒れそうになるが慌てて直し元に戻す。

入学早々設備を破壊して大丈夫なのだろうか。

 

「一夏に言われてきたのか…?」

 

部屋に入ると箒が尋ねてくる。

 

「うぅん、これは僕の提案」

 

「そういうタイプには見えなかったがな……」

 

そう言って箒はベッドに座る。

翔介は椅子を借りて座る。箒自身も少し時間が経ったため少しは頭が冷えたのだろうか。何とか話を聞いてくれそうだ。

内心自分も木刀で追いかけられるのではと思いビクビクしていたがその心配はなさそうだ。

 

「えっと、簡単に言っちゃうけど今回は織斑君も悪いと思うよ」

 

でも、と続ける。

 

「篠ノ之さんも木刀で殴りかかるのは良くないよね? それじゃ怪我じゃすまないかもしれないよ?」

 

「わかってはいる、いるが…ブ、下着を着けるようになったんだななどと言われては」

 

そこばかりは何も言い返しようがない。

 

「流石にデリカシーというものがなさすぎではないか!」

 

「うん、それは織斑君が悪い」

 

「もっと他に言うことがあるだろ…まったく…」

 

そう言ってブツブツと文句を漏らす。

その様子を見てふと翔介は思い至る。

 

「篠ノ之さん、もしかして織斑君のこと好きなの?」

 

「ななななななななっ!? き、貴様! 何を突然!?」

 

「あ、あれ!? 違った!?」

 

「な、なぜそう思った…」

 

「えっと…なんとなく…?」

 

「な、なんとなくだと?」

 

翔介は人の機微に敏感な方ではない。

しかし、そんな翔介でもなんとなくで察しが付くほどの態度だったらしい。

 

「わ、私は……別にあいつのことなど……」

 

「そうなの?」

 

「いや、その……」

 

口ごもる箒。

どうにもこの男子生徒に問い掛けられると隠し事ができなさそうな気がする。意図的にやってるわけではないだろうがどうにもそんな雰囲気がある。

 

「……………好きだ、昔から」

 

「やっぱりそうなんだ」

 

「似合わないだろ…」

 

なんだか勝手にテンションが下がっていっている。

 

「そんなことないよ。凄くいいことじゃない!」

 

そう言って目を輝かせる翔介。

 

「な、なに?」

 

「だって人を好きになること自体素敵なことなのに、昔からずっと好きだっただなんてもっと素敵じゃない!」

 

道野翔介という少年にとって恋愛とは物語そのものである。娯楽の少ない田舎に住んでいた彼は古い恋愛小説や漫画を愛好してきた。

一昔前の恋愛物と言えばベタなものが多かった。それを愛好していた彼にとって幼馴染への恋心とはまさに恋愛物の王道であった。

 

そんな翔介に手放しで褒められ、逆に困惑してしまう箒。

 

「僕、篠ノ之さんの事応援するよ!」

 

「あ、ああ…ふっ」

 

吹き出す箒。

 

「お前は変なやつだな」

 

始めはどうなるかと思ったが、結果的に無事に話し合いは終結した。

それを伝えると一夏は翔介に礼を言って戻っていった。

その時、なぜか翔介のルームメイトに睨まれていたと告げていたが理由は定かではなかった。

 

ただその後もう一度逃げ込んでこなかったところをみると無事に仲直りできたようだ。

その様子を想像するだけで少しほっこりする翔介だった。

 

 

 




本日はここまで。

翔介のおせっかい属性発動。

そしてわかる人はすぐわかるあのキャラ登場。そして、さらっとあのキャラも。

次回は翔介、初めてのIS搭乗。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6話

今回から翔介の訓練が始まります。

翔介の指導役はあのキャラになります。


次の日。

時間はまだ6時になったばかり。ルームメイトも隣のベッドで寝ている。

翔介は早起きが得意な方だった。田舎に居た頃は朝早くに起きて畑の収穫を手伝っていた。

特に夏はもっと早く手伝うこともあった。

 

まだ眠るルームメイトを起こさないようにそっと部屋を出る。

 

 

--------------------------------------------------

 

早朝ということもあり、シンと静まり返っている。

しかし後一時間もすればまた賑やかになるだろう。

 

耳をすませばグラウンドの方から声が聞こえてくる。どうやら部活の朝練が行われているようだ。その掛け声を聞きながらアリーナへと向かう。

 

「おお…」

アリーナというから体育館みたいなのを想像していたがやはり田舎と都会は違った。

スケールの違いに声をあげるのも何度目だろうか。

 

制服のままで特訓はできないため更衣室で着替えをすることに。

本来はISスーツというものを着るらしいが、生憎と翔介の分が届いていなかった。その代わりにと訓練は体操服ですることになった。

 

体操服もハイカラなデザインだ。

中学校の頃の芋ジャージとは違った。

 

更衣室も広々としたスペースが取られていた。

いちいち驚いていてはキリがないのはわかっているがこのカルチャーショックばかりはどうしようもない。

翔介はしみじみと感じながら着替えを初める。

 

それにしても……。

 

 

「静かだ…」

 

 

早朝の更衣室はとても静かだ。

シンとした空気が流れなにか異様に寂しさと恐怖を覚える。

 

翔介の名誉のために言うと、彼は心霊の類いが怖い訳ではない。ただ人が作ったホラー映画、特に殺人鬼やらが出てくる作品は苦手であった。

理由は本当に怖いのは生きた人間、という訳ではなく単純に驚かし方がしっかりしているからだ。

幼い頃にテレビで放送されたホラー映画をたまたま観てしまい、夜にトイレに行けなくなった思い出がある。

そのホラー映画では今のように一人でいると突然殺人鬼が現れ、襲われるというシーンがあった。

 

「……早く着替えよ」

 

どうして人は一人でいると時たま怖いことを考えてしまうのだろう。

いや、そんな事起こるわけないとわかっているのだがあまり長居したくなかった。

 

 

 

カタン

 

 

 

「…!?」

 

ビシリと体が固まる。

 

 

「いやいや…」

 

怖いことを考えてしまったから過敏になっているだけ、そのはず。

翔介は頭を振りながら着替えに戻る。

 

 

カタタン

 

 

「ほわっ!?」

 

二度目はいけない。

何がいけないのかと言うと上手くは言えないがこれはいけない。

気にしてはいけないと着替えを早々と終わらせようとわたわたと体操服の袖に腕を通す。

 

 

 

 

「男の子がそれくらいで怖がってちゃ駄目じゃない」

 

 

 

いつの間にか、翔介の背後に、空色の髪の少女がいた。

 

 

 

「ひああああああああああああああ!!!!??」

 

絹を裂くような悲鳴がこだまする。

 

「あらあら、駄目よ。そんな悲鳴上げちゃ」

 

少女は口元を扇子で隠す。

その扇子には『不用心』と書かれている。

 

 

「お姉さんの嗜虐心が刺激されるじゃない」

 

 

「ひいいいいいいいいいいいい!!!!???」

 

にじり寄る空色の少女。

恐怖で悲鳴を上げる翔介。

 

その様子はまさに地獄絵図。

 

「ほら、そんな悲鳴を上げても無意味よ。ここには翔介君と私だけ」

 

更ににじり寄る。

 

「安心なさい、お姉さんが手取り足取り色々取り教えてあげるわ」

 

迫る少女に怯える少年。

普通は逆の立場なのではないだろうか。

 

 

 

 

「ち、ち、痴女だーーーーーーーーー!!?」

 

 

 

---------------------------------------------------------------

 

「というわけで私があなたの訓練を任された二年の楯無よ、よろしくね」

 

更衣室から出て、アリーナへとやってきた二人。

空色の少女はニコニコと告げる。

それに対して翔介はジトーッと楯無を見ながら距離を置く。

 

あの後よくよく見れば前日に職員室ですれ違った女生徒だった。

最初こそ不思議な印象を受けていたが、現在は怪しい人物に格下げされていた。

 

「ほら、そんなに警戒しないでこっちに来なさい」

 

「婆様が言ってた。都会には痴女っていう男を騙してお金を取る人がいるって」

 

すっかり警戒されている楯無。

 

「そんなことしないわよ、さて早速訓練始めましょうか」

 

そう言って楯無は自分の隣に置いてあった二つの機体を示す。

片方は武骨なIS、もう一つは翼の付いたIS。

 

「織斑一夏君には政府から専用機が用意されることになったのだけど、翔介君の分は用意出来なかったからこの二つのどちらかを選んで使ってもらうことになるわ」

 

どちらも学園の設備として用意されている機体らしい。

 

「どっちがいいんですか?」

 

「本来は機体ごとに特徴はあるし、人によって合う合わないはあるわ」

 

楯無が言うにはこの二つは学園の設備であり、量産機と言うものらしい。目立った特徴はないが、どんなことも卒なくこなすことができるものらしい。敢えて言うなら装備が刀か銃かというところらしい。

 

「まあ、でも今は難しいこと考えないで第一印象で決めればいいわ。第一印象から決めていましたってやつね」

 

クスクスと笑う楯無。

 

「第一印象…」

 

そう言われ二つを見比べる。

そして、じゃあと片方を指差す。

 

翔介が選んだのは。

 

「打鉄、ね。なかなか渋い選択ね」

 

「打鉄…」

 

「ええ、名前の通り純日本製のISよ。第二世代のISで現行の専用機と比べれば旧式になるわ。でも安定したスペックを持ってるわ」

 

なんだか色々説明してくれるが要は古い機体だけど使いやすいということらしい。

 

「さっ、ISを決めたら早速乗ってみましょうか」

 

「えっ、いきなりですか!? こういうのってまず勉強とかするんじゃ?」

 

「知識、理論は授業でもやるわ。でも翔介君に必要なのは実践よ」

 

楯無の言う通りかもしれない。

試合は五日後、試合日決定から一日経っているので残り四日。

試合までに動かせなければ元も子もない。

 

「でもいきなり乗って大丈夫かな…」

 

「誰でも初めては不安なものよ、そう誰にでもね」

 

なんだろう、妙な含みを感じる。

でも、楯無の言うことは至極もっともだった。

 

「……挑戦しない成功はない、か…」

 

翔介は首から下がるお守り袋を握る。また、少しだけホッと温かくなった気がする。

そして意を決したように打鉄に向かう。

すると、それを見た楯無が止めに入る。

 

「あっ、翔介君。それは外したほうがいいわ」

 

そう言ってお守り袋を指差す。

 

「これですか?」

 

「ええ、ISを動かすときに引っかかったりして危ないわ」

 

「は、はい…でもこれは…」

 

割と素直な翔介だが、珍しくごねる。

 

「……大事なものなのかしら?」

 

「はい、僕にとって大切なものです」

 

「……そう、ならせめて服の中に入れておきなさい」

 

楯無はそれ以上追及せず訓練の準備に入る。

翔介も今度は素直に言うことを聞いた。

 

 

 

「さて、始めましょうか」

 

 

楯無の扇子には『訓練開始!』と書かれていた。

 




本日はここまで。

今回は指導役である更識楯無との顔合わせだけになりました。

次回からは本格的に訓練開始となります、


どうぞよろしく願いします。


もし良ければ感想など頂けるとても励みになります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7話

訓練が始まり、翔介はISに乗り込む。

適性検査はコアに触れるだけであり、他の生徒が行った教官との戦闘も経験しなかったためこれが初めての搭乗だった。

 

「さあ、まずは歩いてみましょうか」

 

「は、はい」

 

楯無に言われ、足を動かそうとする。

しかし、足は前に動いてくれない。

 

「あ、あれ?」

 

「焦らない。しっかりイメージしなさい」

 

イメージをしろと言われたが、やはり打鉄は歩いてくれない。

歩くイメージと言われてもISの乗ると手足が伸びたような奇妙な感覚のせいで歩けないようだ。

 

「……それなら歩く動作を一つずつ分解してみなさい」

 

歩く動作を分解。

まずは足を軽く上げる、体を少し前に倒し重心を移す、踵から地面につける、足底を地面全体に付ける。

簡単に分解してみるとこんなものだろうか。

翔介は一つ一つをイメージする。

 

するとググッと今まで動かなかった足が一歩前に出る。

 

「う、動いた!」

 

「その調子よ。じゃあ、今度はもう片方も動かして歩いてみなさい」

 

「は、はい!」

 

今度も同じように頭の中で分解しながらもう片方の足も動かそうとし。

 

 

「あ、あれ、あ、ちょっと!」

 

 

何故だか両足が前に動き、

 

 

「どわぁっ!?」

 

 

当然のことながらバランスを崩した打鉄は仰向けに倒れこむ。

 

「あー! た、立てない!? 助けてぇ!?」

 

仰向けのままもがく翔介。

その光景はひっくり返された亀そのものだった。

 

「これは時間がかかりそうね」

 

もがく翔介を見ながら楯無は呟いた。

 

 

 

時間は流れ、朝の訓練が終わる。

翔介はというとアリーナの地面にぐったりと倒れこんでいた。

 

「つ、疲れた……」

 

「これくらいで疲れてたらこの先大変よ」

 

楯無は倒れる翔介を見下ろしながら笑う。

訓練初日からこれでは確かに苦労するかもしれない。

 

「今日から朝と放課後に訓練をやっていくわよ」

 

なかなかスパルタであった。

でも四日という短い時間で試合ができるくらいまで操縦できるようになる必要があるのだから仕方ないのやもしれない。

 

「よ、よろしくお願いします、楯無先輩」

 

よろよろと立ち上がる。

すると楯無は何やら思案し始める。

 

「どうしました?」

 

「なんだか距離を感じるわねぇ」

 

「距離ですか?」

 

「そう、先輩以外に何か良い呼び方ないかしら?」

 

彼女の持つ扇子には『募集!』と書かれている。

良い呼び方と言われても何がいいのやら。

 

「じゃあ…楯無さん?」

 

「うーん、特別感がないわね」

 

もっと特別かつ親しみのあるものを、と注文される。

 

「お姉さん?」

 

「あー…それはちょっと…」

 

今度は微妙な表情になる。

何か思うところでもあるのだろうか。

自分のことはお姉さんと呼ぶのだが、他人に言われるのは何か抵抗があるのだろうか。

その後も色々と案を出すもののなかなかお気に召すものが出ない。

 

翔介はうーんと頭をひねる。

人の愛称などなかなか考えられるものではなかった。

こんな時、あのほわほわとした同級生だったらどんな愛称をつけるだろうか。

 

「………師匠…?」

 

「お、なんかいいわね」

 

食いついた楯無。扇子には『もう一声』と書かれる。

もう一声、もう一声とさらに頭を捻り。

 

「お師匠さま?」

 

「それよ! 他の人には当てはまらない特別感! それでありながらどこか親しみを覚える響き!」

 

『お師匠さまをよろしく』と書かれている。

さっきからずっと思っていたが扇子に書かれる言葉が毎回違うのだが、いつ書いているのだろう。

 

 

「それじゃあ放課後に続きをしましょうか。よろしくね、道野翔介君」

 

そう言ってクスクスと笑うのだった。

 

 

余談だが、ISの片づけをしていたら危うく朝食の時間を逃しかけた。

 

 

---------------------------------------------------------------------

 

時間は流れて放課後。

今朝の疲れで授業中眠くて仕方なかったが、千冬の授業であったため居眠りなどできる訳もなく必死に睡魔と戦うことになった。

 

朝と同じように体操服に着替え、アリーナで待つ。

ISは自身で準備するように言われていたため保管庫から台車で運ぶ。一人で運ぶにはなかなか重かった。

 

準備をしていると楯無がやってくる。

 

「ちゃんと準備してたわね、感心感心」

 

「あ、楯無先輩」

 

「あら、もう忘れたのかしら?」

 

翔介の頬を扇子でぐりぐりする。

 

「しゅいましぇん、お師匠しゃま」

 

よろしい、と言って扇子を離す。

 

「さあ、放課後の部始めましょうか」

 

翔介は朝と同じように打鉄に乗り込む。

もう一度歩行練習かと思われたが、どうやら違うようだ。

 

「さて、歩く前にもう一つ重要な練習をしましょうか」

 

「重要?」

 

「武器の装備よ。ISとの試合ならこれもできなければ話にならないわ」

 

言われて初めて気づく。

このISには武器らしいものがついていない。

 

「外には付いてないわよ。武器は基本的には量子化されてISの中のデータ領域に入ってるの。ただ容量には制限があるから持てる武器には限りがあるけどね」

 

 

楯無が説明するも目の前の少年の頭の上にはハテナが浮かんでいる。

どうやら半分も理解できていないようだ。

 

「見えてない鞄があって、その中に荷物が入ってるってイメージすればいいわ。それでバッグがパンパンになるとそれ以上物が入れられなくなるの」

 

「おお、なるほど」

 

「それじゃあ近接ブレードを出してみましょうか」

 

言われるままに武器を探してみると、目の前に移るディスプレイに装備が映し出される。その中から『葵』と書かれた刀のような武器を選ぶ。

 

打鉄の手に刀が現れる。

 

「八秒…まあ、スピードは後で慣れるしかないわね」

 

「これが武器…」

 

打鉄の手に握られる葵をじっくり見る。

刃毀れもない刀身がギラリと光る。

それを見ているとゾクッと背筋が凍り、ズシリと腕が重くなる。

 

「どうしたの?」

 

「いや…その、怖いなって…」

 

「そう、怖いっていう感想が出るのね」

 

「はい…」

 

四日後にはこれを使ってセシリアや一夏と戦うことになるのだが、いざ本当の武器を手にすると恐怖が頭をもたげる。

これは人を傷つけるもの、それを人に向けることに対して恐ろしくなった。

 

「なるほどね…」

 

楯無は彼の言葉を聞き、少し目を閉じる。

 

「翔介君、包丁は何のために使う?」

 

そして唐突にそんな質問をしてくる。

 

「え? それは…料理をするためです」

 

「そうよね。じゃあ、車は?」

 

「移動するため、ですか?」

 

楯無は翔介の言葉に首肯する。

質問の意図がいまいち見えないと首をかしげる。

 

「包丁も車も本来の使い方は翔介君の言った通りよ。でもね、どちらも人を傷つけることもできるわ」

 

「それは正しく使えば……」

 

「その通り。どちらも使う人によってその意味は大きく変わるものよ。それは確かに武器。でも翔介君が徒に振り回さない限り誰かを傷つけることはないわ」

 

「僕次第…ということですか?」

 

「そういうこと。それを教えるのがIS学園の役目よ」

 

自分次第。どんな道具も凶器になり得る。それを正しく使うこと。それは恐らくとても簡単なことであり、難しいことなのだろう。

 

「まあ、専門的に言うとISには絶対防御っていう操縦者を守る機能があるわ。IS同士ならお互いを傷つける心配はないわ」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「これは初歩中の初歩だからしっかり覚えておきなさい」

 

「は、はい」

 

楯無の言葉で少し安心する。

すると、でもと楯無が続ける。

 

「その怖いという気持ち、忘れちゃ駄目よ」

 

そういう楯無はとても大人びていながら、優しい表情をしていた。

 

「さあ、質問はないかしら? なければビシビシと訓練してあげるわ。覚悟しなさい」

 

「はい!」

 

 

試合まであと四日。

翔介は楯無の師事を受けていくのだった。

 

 

 

そして、遂に試合当日の日がやってきた。

 

 

 




本日はここまで。


翔介の訓練風景はいかがだったでしょう?
彼はまだまだIS操縦者のセンスがありません。これから徐々に成長していくことになります。
強い主人公を望む人にはなかなか受けないかもしれませんが、こんな彼の成長をどうか見守ってあげてください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8話

遂にセシリア戦!

戦闘描写が上手く書けるかとても心配。


楯無の師事を受け、遂にやってきた試合当日。

 

会場となるアリーナにはクラスメイト達だけではなく噂を聞き付けた他のクラスの生徒も集まってきている。

他のクラスの生徒が集まっているのを黙認しているのは早い段階でIS同士の戦闘を見せたいという教師陣の思惑もあるのだろう。

ISを動かせる男とイギリスの代表候補生の試合は話題性という意味でも持って来いである。

 

「ふぅ……」

 

これで何度目のため息だろう。

控室で自分の出番を待つ翔介は落ち着きなくウロウロしていた。

 

ちなみにだが、結局試合日までISスーツは間に合わず体操服での試合となった。

 

試合の順番はまず一夏とセシリアが戦い、少しの休憩を置いて翔介とセシリアとなる。

今は一夏とセシリアの試合が終わり休憩時間となっている。

あと数分で翔介の出番だった。

 

「落ち着かなさそうね」

 

「お師匠さま」

 

控室の扉を開き、楯無が入ってくる。

 

「落ち着けないですよ。だって…」

 

「翔介君は短い期間で出来るだけのことをやったわ。だから出来るだけのことをしてきなさい」

 

「は、はい…」

 

それでも不安げな表情は変わらない。

 

「ならこうしましょう、勝ち負けに関わらず翔介君のお願いを一つお姉さんが叶えてあげるわ」

 

「お願いですか?」

 

「ええ、頑張ったご褒美よ。お姉さんに出来ることならあーんなことでもこーんなことでも、なんでも叶えてあげるわよ~」

 

「あーんなことって何ですか、あーんなことって」

 

「さあ、何かしら? 翔介君は何を想像したのかしら?」

 

意地悪そうに笑う楯無。

千冬といい、楯無といい自分の周りにいる年上はなぜこんなに意地悪なのだろうかと頭を抱えたくなる。

 

「ふふふ、どうかしら? 少しは緊張が解れたかしら?」

 

「今度は不安になってきました」

 

別な意味でだが。

 

『道野。時間だ。ISに搭乗してアリーナに出ろ』

 

千冬の放送が部屋に響く。

 

「行ってきなさい。道野翔介君」

 

翔介は打鉄を撫でながら大きく深呼吸をする。

 

「よろしくね、打鉄」

 

もう始まる、結果は見えている。

 

だけど。

 

「……じーっととしてても、どうにもならない…」

 

覚悟を決めた翔介の顔は先程までの緊張は消えていた。

打鉄に乗り込む。

そして足を一歩前に踏み出す。

この四日間ずっと訓練してきた歩行は楯無の尽力のお陰でまだ不格好ながらも転ぶことなくできるようになった。

 

 

「行ってきます、お師匠さま」

 

 

-----------------------------------------------------------------------

 

アリーナに出ると既にセシリアが待っていた。

セシリアの乗るISは青い機体。

彼女の金髪とのコントラストが美しい。

 

「来ましたわね、道野さん」

 

「待たせてごめんね」

 

翔介とセシリアが向かい合う。

しかし、セシリアの顔はどこか毒気が抜かれたような表情をしていた。

 

『それでは二試合目、道野翔介とセシリア・オルコットの試合を始める』

 

千冬のアナウンスが響く。

 

「お待ちください。少しお時間を」

 

セシリアはそう言うと翔介に向き直る。

 

「道野翔介さん、先日の非礼をまずはお詫びさせてください」

 

「へ?」

 

今度は何を言われるのかと身構えたが、セシリアから出た台詞は予想外のものだった。

 

「ど、どうしたの?」

 

「突拍子もないことは理解しております。ですが、あなたの故郷を侮辱したこと。感情に任せた言葉、どうか謝らせてください」

 

「え、あ、いや。そんなに気にしてないから」

 

どうやらセシリアは本心から謝罪をしているようだ。昨日までは目が合ってもプイッとそっぽを向かれたのだが。

今日のうちに一体何があったのだろうか。

 

しかし、彼女がもう怒っていないとなるとこの試合自体意味がなくなる。

 

だが……。

 

『話しはもういいか? では試合を始めるぞ』

 

千冬がそれを許す訳もなく。

 

「道野さん、気が進まないのであればわたくしから試合を辞退してもよろしいのですが…」

 

「……うぅん、やるよ。ここで辞めるなんて言ったら…織斑先生が怖いよ?」

 

「うっ…それは…」

 

セシリアも千冬の恐怖を実感しているようだ。

 

ビーッと試合開始のブザーが鳴る。

 

 

「行きますわよ! 道野さん!」

 

試合が始まるや否やセシリアが長い砲身の銃を呼び出す。

その武器からして彼女は銃撃を主とした戦いをするのだろう。

銃口はすぐさま翔介を狙う。

 

翔介は銃口から逃れるように走り出す。

この四日間の訓練でなんとか走るまでできるようになった。

 

「セシリア・オルコットとブルーティアーズが奏でる輪舞、走って逃れられはしませんわ!」

 

砲身からカッとレーザーが放たれる。

 

「うわっ!」

 

レーザーの直撃は避けたが、右腕に命中する。

痛みはないがシールドエネルギーを示す数値が減少する。

立て続けに銃撃が襲い掛かる。辛うじて直撃はしないが所々に掠めエネルギーがどんどん減っていく。

 

やられてばかりはいられない。

 

翔介は武器スロットから同じく銃火器を選ぶ。

アサルトライフル『焔備』。打鉄に常備された銃器だ。

展開するのに五秒。最初の頃よりは少しは早くなった。

 

焔備を構えて放つ。

セシリアはそれを飛んで躱していく。そもそも銃弾はあらぬ方向に飛んでいったりと牽制にすらなっていない。

もう一度撃つも自在に空を飛ぶセシリアに掠りもしない。

そうこうしているうちにもレーザーが矢のように飛んでくる。

それを走り回りながら避けるがシールドエネルギーはどんどん減っていく。

 

 

一方的な展開。

 

 

セシリアは試合が始まってから何か違和感を感じていた。

だが、今それがわかった。

 

 

 

「道野さん、あなたどうして飛ばないんですの?」

 

 

バレた。

 

そう、道野翔介は飛べなかった。

 




本日はここまで。

中途半端だけど一旦ここで区切ります。

楯無による四日間の訓練をこなした翔介。
しかし、飛ぶまでには至らず大ピンチ。

次回はセシリア戦の後半となります。


どうぞよろしくお願いします。


良ければ感想などお待ちしてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9話

セシリア戦、後半!

気付けばお気に入りも二十件を超えていました。

皆さんに読んでいただけて嬉しい限りです。


『道野さん、あなたどうして飛ばないんですの?』

 

スクリーンから試合の様子を見ていた千冬と真耶。

 

「そういえば道野君、ずっと地上で走っていましたね」

 

「更識」

 

千冬がチラリと後方を見る。

そこには楯無が立っていた。

 

「言い訳というわけではありませんが、時間が足りませんでした」

 

楯無の言う通り四日間の訓練期間の中、ISに乗っての歩行に二日。ダッシュに二日。途中飛行の訓練もしたが、結局飛行することはできず本番を迎えてしまっていた。

 

「それじゃあ試合になりませんよ」

 

真耶の言うようにISの基本は空中戦である。三次元で動けることは圧倒的な優位性がある。

故に今の翔介は不利な状況にある。

元より操縦経験、機体性能全てにおいて劣っている。

そもそも試合にすらならないのだ。

 

「ええ、ですが…彼の意志です」

 

楯無はスクリーンに映る翔介を見る。

どうするかと焦りの表情が隠せていない。だが、そんな中にありながらまだ負けを認めようとはしていなかった。

 

----------------------------------------------------------------------

 

「道野さん…やはり止めましょう。これではあまりにも…」

 

そう言ってセシリアは周りの観客席を見る。

それは翔介にも聞こえている。

 

『ISを動かせる男子って言ってたけどそんなに強くないのね』

 

『さっきの織斑君は凄かったのに…』

 

『道野君、ヘタレ受けもアリか』

 

ISのハイパーセンサーが周囲の声を拡大してしまう。

周りからの落胆の声が聞こえてくる。

最後の方は聞こえてきたけど、意味はよくわからなかったが。

 

翔介も始まる前からわかってはいた。

四日間の訓練ではどうあっても足りない。そもそも真っ当な試合すらできないことを。

 

しかし翔介は試合を放棄することはしたくなかった。

 

「大丈夫、続けよう」

 

翔介の言葉にセシリアが不可思議そうに問い掛ける。

 

「何故、そうまでして続けるのですか?」

 

「確かに、僕は弱いしISも全然使いこなせないよ」

 

だけど。

 

「今日までやってきた努力を無駄になんかしたくなかったから。それに…」

 

「それに…?」

 

 

 

「負けるとしても精一杯やったってお師匠さまに胸を張りたいから」

 

 

 

そう言って笑みを見せる翔介。

そんな彼を見て言葉を詰まらせるセシリア。

 

「…やはり改めて謝罪させてくださいまし。道野さん、いえ翔介さん」

 

「え?」

 

「あなたはお強い方ですわ。他の誰が何と言おうとわたくしセシリア・オルコットが証明いたしますわ」

 

セシリアの父親は母親の顔色を窺ってばかりの男性だった。婿養子でもあったためか尚更腰が低くそんな父親を彼女は軽蔑していた。

セシリアが男性に対して当たりが強かったのもそれが原因であった。

 

だが、この学園に来てそうではない男性に二人も出会った。

一人は織斑一夏。セシリアに怯むこともなく強い目をした男性。

そしてもう一人が道野翔介。自分の弱さを認めながらも諦めない勇気を持った男性。

 

「世界は広いですわね…」

 

「えっと?」

 

なにかしみじみと考えているセシリア。

 

「わかりましたわ。続けましょう。その代わりに…」

 

フフッと笑うセシリア。

 

 

「わたくしも本気を出させてもらいますわ!」

 

 

そう言うと同時にセシリアのISから四基の銃口が浮き上がる。

これこそが彼女のIS・ブルーティアーズの名前の由来たる装備。遠隔無線誘導型のビット兵器だ。

 

「行きなさい!」

 

セシリアの合図で四基のビットが襲い掛かる。

 

翔介は打鉄を翻す。

ビットのレーザーを一つ、二つと避ける。

だが避けた先で他の二基からのレーザーを受ける。

 

先程はああ言ったもののいまだこの状況を脱する手立てがない。

焔備でビットを撃ち落とそうとするも一つに狙いを定めている間に他の三基からに狙い撃ちされる。

かといって避けに徹していてもただジリ貧になるのは見えていた。

 

そうこうしていると追い詰められる。

四方をビットで囲まれ、目の前にはセシリアがいる。

 

「さあ、これで終わりといたしましょう」

 

焔備は既に弾切れ。葵で斬りかかろうとしてもその前に撃ち落とされるのがオチだろう。

やはり地上だけでは躱し続けるにも限界があった。

 

「やっぱり空か…」

 

空を見上げる翔介。

はるか遠くの青空。

楯無はISを動かすのはイメージが大事だと言った。時間が足りずに飛行訓練ができなかったのだがそれは言い訳でしかない。

ギュッと体操服の下にしまったお守り袋を握る。IS越しなのにポウッとまた温かさを感じた。

 

その時、ふと幼い頃の大切な思い出が蘇る。

 

あの遠い場所からやってきた友達との思い出。

 

 

まるで時がゆっくりになったような感覚。自分を囲むビットの銃口にレーザーが収束している。

 

 

カッとレーザーが翔介を襲う。

これだけの一斉射撃。受ければ試合は終わる。

 

しかし、そこには弾の切れた焔備だけが残されていた。

全方向からの射撃。避けられる方向は限られてくる。

 

 

「まさか……」

 

 

 

翔介は目を閉じていた。

風と妙な浮遊感を感じる。

 

恐る恐ると目を開く。

 

視線の先にはどこまでも続く青空。

風を切ってあの青い空へと昇っている。

 

 

「飛んでる…僕、空を飛んでる…!」

 

 

翔介はそのまま大空へと昇り。

 

『どこまで飛んでいくつもりだ、さっさと戻ってこい』

 

千冬からの通信でハッと気づく。

気付けば先ほどまで試合をしていたアリーナから随分離れていた。

アリーナへ戻ろうと打鉄の向きを変える。

少しフラフラと飛びながらもアリーナに戻ることができた。

 

「まさかこの土壇場で飛ぶなんて…」

 

セシリアが追い打ちをかけることなく話しかける。

心底信じられないといった様子だ。

 

「気を抜いたら落ちそうだけどね」

 

翔介の言う通り夢中で飛んでいたときは普通に飛べていたが、意識するようになると時々ガクッと態勢を崩してしまう時がある。

 

「今日は本当に驚かされてばかりですわ」

 

ですが、と続ける。

 

「まだ続けますわよね?」

 

「うん、最後まで」

 

「では行きますわよ!」

 

セシリアがスターライトmkⅢで狙撃する。

今度は左に躱す。それをビットが追いかけてくる。

飛べるようになったが優位になったわけではない。それどころかスタート地点に立った訳でもない。

それでも一矢報いたかった。

 

そこでふと地面に転がるある物が見えた。

 

翔介が地面に着地する。それと同時にビットの射撃が彼の周囲ごと薙ぎ払う。

その衝撃で濛々と土煙が立ち込める。

 

「終わりましたわ」

 

そう呟きスターライトmkⅢを下ろすセシリア。

しかし次の瞬間、警告音が響く。

それとほぼ同時に土煙の中からバッとセシリアめがけて飛んでくる。

 

「不意打ちのつもりでしょうが!」

 

それを躱してすぐさまビットの照準を合わせる。

 

「甘いですわ!」

 

ビットのレーザーがそれを撃ち落とす。

 

「……なっ!?」

 

しかしセシリアは驚愕で目を見張る。

セシリアがビットで撃ち落としたのは不意打ちで飛び出してきた翔介ではなく、地面に転がっていた焔備。

観戦していた生徒たちもざわめく。

 

「だああああああっ!!」

 

呆気に取られて反応が遅れてしまった。

セシリアの背後から翔介が葵を振りかぶる。

 

「くっ!」

 

スターライトmkⅢで葵を受け止める。だが不意打ちで耐性を崩してしまったのが悪かった。

翔介の葵がスターライトmkⅢを弾く。

 

「や、やった!」

 

「お見事ですわ。完全に虚を突かれました」

 

驚愕の表情であったセシリアだが、にやりと笑う。

 

「ですが」

 

ブルーティアーズの腰パーツが翔介を捉える。

 

「隠し玉という物は残しておくものですわ」

 

腰パーツからミサイルが飛んでくる。

 

「え」

 

眼前に迫ったミサイル。

 

「それは予想が…」

 

ズンッとミサイルは打鉄の真正面に命中し爆発。

 

 

 

「いいいいいいいいいぃいいいぃぃぃぃ‼‼?」

 

 

 

翔介はそのまま地上に墜落。

目を回して気を失った。

 

『勝負あり。勝者セシリア・オルコット』

 

千冬のアナウンスにより長いようで短かった二人の試合は終わった。

 

 




本日はここまで。

セシリア戦もこれで終了。
結局敗北となりましたが、彼の中で一つの壁を乗り越えました。


これから先どう成長していくか、ぜひよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10話

セシリア戦も終わり、少しばかり日常へ。


「頑張りましたね、道野君。土壇場とはいえ飛べるようになるなんて」

 

「ああ」

 

スクリーンに映る目を回して気を失っている翔介を見る。

この様子では一夏との試合は無理そうだ。

心配そうに見ているセシリアの横で他の教師陣に保健室へと搬送されていく。

 

ISの絶対防御のお陰で大した外傷もないようで目を覚ますのを待つだけだろう。

 

「更識、道野に見込みはありそうか?」

 

後ろで試合の行方を見守っていた楯無に問い掛ける。

 

「それは今回の試合を見ていただければわかるかと」

 

四日間という短い期間ではあったが翔介の適性はわかった。

彼は戦闘が強いタイプではないだろう。恐らくそれは生来の性格によるところが多い。

 

「彼の成長スピードはけして早い方ではないと思われます。ですが、一歩ずつでも前に進もうとする向上心があります」

 

「長い目で見る必要があるか」

 

「はい」

 

そもそも入学してから一月と経っていないのだ現段階で細かく評価する必要もないだろう。

 

「道野への対応は後手にしか動けていない。恐らくは織斑と同じようにとはいかないだろうな」

 

実際専用機の有無や各種備品の準備に関しても一夏の次になりがちだ。

学園側で色々と対応する必要がありそうだ。

 

「それでは私は弟子の様子でも見てきましょう」

 

「更識」

 

千冬が退室しようとする楯無を呼びとめる。

 

「頼めるか?」

 

「仰せのままに」

 

短い会話だが、お互いが言わんとすることを理解したようだ。

楯無が退室するのを見届け、千冬と真耶は後片付けをすることにした。

 

-------------------------------------------------------------------

 

「ん…あれ…?」

 

目が覚めるといつの間にかベッドの上にいた。

セシリアと試合をし不意を打ったものの結局返り討ちに合ったところまでは覚えている。

 

「あぁ…気を失ってたのか…」

 

そう言いながら自分の身体を確認する。レーザーやミサイルに当たったがどうやら怪我はないようだ。楯無の言っていた通り絶対防御というものはしっかり操縦者を守ってくれるようだ。

ただ少しボーっとしてしまうのは疲れが出ているからだろうか。

 

「……負けちゃったか」

 

翔介は窓から見える景色を見ながら、改めて実感する。

試合を始める前からこうなることは予見していた。どうやっても経験の差やISの差を埋めることは難しい。

 

わかってはいた、わかってはいたが…。

 

「………っ」

 

目頭が熱くなり、鼻の奥がツンとする。

喉もキュッと詰まる。

 

 

「あら、意外と元気そうね」

 

 

急に声をかけられビクッと体が震える。

いつの間にか隣の椅子に楯無が座っていた。

 

「お師匠さま」

 

「まずはお疲れ様。まさか飛行を土壇場で出来るなんて思わなかったわ」

 

「いえ…でも結局負けは負けでしたし…わかってはいたことですけど」

 

そういう翔介だがその表情は明らかに沈んでいた。

 

「仕方ないわ。全てにおいてセシリアちゃんの方が上回っていたから」

 

「そう、ですよね…」

 

師匠である楯無から見てもそうだったのだ。

 

「でもこれからよ。まだ入学して一週間。ゆっくり成長していけばいいわ」

 

先は長い。

この三年間でどれほど成長できるだろうか。

恐らく自分だけでは限界がある。

 

なら。

 

「お師匠さま、試合前の約束覚えてますか?」

 

「ええ、覚えてるわ」

 

勝ち負けに限らず翔介のお願いを一つ叶える。

それが試合前にした楯無との約束だ。

 

「それじゃあ何がいいかしら? 頭ナデナデする? ギュッとする? それとも添・い・寝?」

 

扇子で口元を隠し笑う楯無。

しかし翔介は至って真面目な顔で続ける。

 

「これからも僕に訓練をつけてください」

 

「…理由を聞いてもいいかしら?」

 

「僕、今まで誰かと争うなんてしたことなかったんです」

 

翔介の故郷に子供はほとんどいなかった。子供の数は年々と減り、小学校と中学校は併合。彼は故郷にとって最後の子供であった。

その為、運動会やテストなど競い合うような機会が一切なかった。

 

「初めてでした。誰かと競い合ったのは」

 

そして負けた。初めて競い、負けた。

 

「負けるのは分かってました。どうやっても勝てないって」

 

だが少し、一瞬だけ。

セシリアのスターライトmkⅢを弾いた時。あの時少しだけ一矢報いることができる。そう思った。

しかし、結果は返り討ち。

結局負けるのはわかってはいた。予想通りの結果になった。

 

だけど。

 

 

「悔しかったんです」

 

 

悔しい。初めて悔しいと感じた。

 

「そう…」

 

「悔しくて、情けなくて…だから…」

 

 

「もっと強くなりたいって」

 

 

翔介の真剣な眼差しが楯無を見つめる。

 

「だからお願いします。僕に訓練をつけてください」

 

「…理由は分かったわ」

 

「じゃあ…」

 

「約束したからね。ただしこの前以上に厳しくいくわよ。強くなりたいのならそれくらいの覚悟あるわね?」

 

「…はい!」

 

 

強くなる。何のために強くなるかはわからないけど、今はただ強くなりたい。

 

 

「さて、それなら色々準備が必要ね。翔介君」

 

「はい?」

 

「明日の放課後。生徒会室に来てくれるかしら?」

 

生徒会室。学園案内に載っていたが縁がない場所だと思っていた。

 

「生徒会室ですか?」

 

「そう、翔介君は色々待遇が不利なの。だから打鉄を専用貸し出しとか色々手続きが必要になるからその為にも来てちょうだいね」

 

「わかりました」

 

「それじゃあ今日はゆっくり休みなさい」

 

楯無はそう言うと椅子から立ち上がる。

 

 

「あ、そうだ。翔介君」

 

「はい?」

 

 

 

「今日、胸を張って精一杯やったって言える?」

 

 

 

「……はい」

 

「そう、それなら良かった」

 

そう言って笑う楯無の顔はとても朗らかな笑顔だった。

 




短いですが、本日は二話掲載。

正式に師弟関係となった楯無と翔介。

次回以降は日常を挟みながら原作一巻ラストへと向かっていきます。


ではこれからもよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11話

セシリアとの試合から一日が経った。

 

保健室から寮に戻り、すぐにベッドに横になった。

ゆっくり眠れたお陰で疲労はだいぶ抜けていた。

 

「おはよ…」

 

「なんでだよぉおおお!?」

 

教室に入るや否や一夏の叫びが響く。

 

「ど、どうしたの!? いきなり叫んで」

 

「どうしたもこうしたも!」

 

興奮気味の一夏。

 

「なんで俺がクラス長になるんだよぉ!?」

 

「ええ? 織斑君がクラス長?」

 

聞いた話によれば今回の試合の勝者は全勝したセシリアだ。

最初の話であればこの試合の勝者がクラス長になるということだったはず。

 

「それはわたくしが辞退したからですわ」

 

金髪を揺らしセシリアが前に出る。

 

「辞退ってどうして?」

 

翔介が尋ねるとセシリアはバツが悪そうに告げる。

 

「ええ、まあわたくしもあの時は頭に血が上っていたと言いますか…」

 

どうやら本当に反省したらしい。

本当に初対面の頃のツンツンとした性格が鳴りを潜めている。

 

「ですので、クラス代表は一夏さんにお譲りいたしますわ」

 

「だよね~、折角の男子なんだからバンバン前に出していかないとね~」

 

「わたしたちは貴重な経験をし、他のクラスには情報を売る。まさにwin-win」

 

「なら別に俺じゃなくても!」

 

助けてと言わんばかりに翔介を見る一夏。

 

「僕は全敗してるし」

 

そもそも翔介は今回のクラス長云々に関しては全く関係ない。彼は頭に血の登ったセシリアに巻き込まれただけなのだ。

 

「う、嘘だろぉぉ…」

 

ガクリとうなだれる一夏。

逃げ道がなく観念したようだ。その様子を見ていると可哀想に見えてくる。

考えても見れば一夏も望んでこうなったわけでもないだろう。

 

「お前たち、いつまで騒いでいる。SHRを始めるぞ、席に着け」

 

うなだれる一夏をよそに今日も授業が始まるのだった。

 

 

授業も終わり放課後。

先日楯無に言われた通り、諸々の手続きのために翔介は生徒会へと向かうことにした。

鞄を持って教室を出ようとすると、彼を呼び止める声が。

 

「あ、ミッチー。ちょっと待って~」

 

呼び止めたのは静寐、清香、本音の三人組だった。

このクラスになって一週間くらいだがミッチーという愛称もすっかり慣れた。

 

「どうしたの?」

 

「この後織斑君のクラス代表就任パーティーすることになったんだけど」

 

「僕も行っていいの?」

 

「友達なんだから当然だよ~」

 

友達。

その響きが少しくすぐったく感じる。

 

「わかったよ。ただ今から生徒会に行かないといけないから少し遅れちゃうけど大丈夫?」

 

「大丈夫大丈夫」

 

「それでは待ってますね」

 

そう言うと翔介は生徒会室に向かった。

就任パーティー。故郷にいた頃は友達と騒ぐようなこともほとんどなかったから楽しみだ。

 

 

---------------------------------------------------------------------

 

「えっと、生徒会室は…ここか」

 

教室からしばらく歩いて生徒会室へと到着した。改めてだがこの学園はとても広い。ここに来るまでに随分と歩いた気がする。

扉も近代的な自動ドアが多いIS学園だがここだけは木製の重厚な扉でどこか厳かな雰囲気がある。

少し緊張する。

 

フーッと息を吐き扉をノックする。

 

「はい、どうぞ」

 

「失礼します」

 

少し落ち着いた声で返事が返ってきた。

 

中に入るとここもまた他の教室と違い大きな木製のテーブルに革張りの椅子が設備されており、小学校の校長室を思い出す。

そして部屋の中には眼鏡をかけた知的な女生徒が待っていた。

 

「ようこそ、生徒会へ。ご用件は伺っていますよ、道野翔介さん」

 

「は、はい。えっと…生徒会長さんですか?」

 

「私が?」

 

翔介の問いかけにクスリと笑う。

 

「私は布仏虚です。生徒会では会計をしています」

 

どうやら生徒会長ではないらしい。随分と落ち着いているからてっきり会長かと思ってしまった。

それよりも。

 

「布仏?」

 

ついさっき教室で別れたクラスメイトを思い出す。

 

「ええ、妹とは同じクラスでしたね。あなたや織斑一夏君の話は聞いていますよ」

 

やはり姉妹だった。布仏なんて珍しい苗字だったからもしかしてとは思っていたが。

よくよく見ると顔立ちは似ている。しかし、受ける印象は随分と違う。

 

「それでは早速ですがいくつか書類を書いていただいても良いですか?」

 

「はい」

 

打鉄の専用貸し出しなどの書類に記載をしていく。わからないところは虚が教えてくれる。

 

「では記入する書類はこれで全部です。後は会長に提出していただければ完了です」

 

「生徒会長さんはどこに?」

 

「会長ならそこに」

 

そう言って生徒会室の一番奥にあるリクライニングチェアを指差す。どうやらずっと生徒会室にいたらしい。ずっと椅子が背を向けていたからわからなかった。

 

しかし生徒会長とはどんな人物なんだろうか。

 

「あの書類お願いします」

 

「はいはい~、待ちくたびれたわよ~」

 

凄く間延びした声。

それも凄く聞き覚えのある声だ。

 

リクライニングチェアがくるりと回る。

そこには空色の髪を持つ女生徒が紅茶を片手に優雅に座っていた。

 

「お、お師匠さまぁ?」

 

「はいはい、あなたのお師匠さま。楯無お姉さんよ~」

 

「お師匠さまがどうしてそこに?」

 

「どうしても何も理由は一つでしょ?」

 

生徒会長の椅子に座っていた楯無。

答えは一つしかない。

 

「お師匠さまが生徒会長!?」

 

「そういうこと。それじゃあ改めて…」

 

扇子をパッと開く楯無。

そこには『我こそ生徒会長!』と書かれている。

 

「IS学園生徒会長の更識楯無よ。よろしくね」

 

「な、なんで言ってくれなかったんですか!?」

 

「敢えて言うなら…」

 

ニヤリと笑う。

 

「翔介君の驚く顔が見たかったからよ」

 

「あ、悪趣味…!」

 

この楯無という人物は人をからかうのが好きらしい。

 

「あれ、更識?」

 

こちらもどこかで聞いた名前だ。

 

「お師匠さまももしかして妹さんいますか?」

 

「……ええ、いるわよ」

 

妹の話題を出すと意地悪そうな笑みが曇る。

虚の顔色も変わる。

 

「翔介君、簪ちゃんのこと知ってるのかしら?」

 

更識簪。間違いないようだ。

 

「はい、ルームメイトです」

 

 

 

 

「は?」

 

 

 

「ふわっ!?」

 

たった一言。一言だけなのにとんでもない威圧感が翔介を襲う。

こんな楯無は見たことがない。

 

「翔介君」

 

「は、はい!」

 

ゆらりと立ち上がり、翔介に近づいてくる。

その姿、さながら幽鬼のよう。

そして見えないスピードでグワシッとその肩に掴みかかる。

 

「……てないわよね?」

 

「え?」

 

「手、出してないわよね?」

 

ここで台詞を間違えたら確実にやられる。

翔介の本能が警告を鳴らす。

 

「し、してません!」

 

 

 

「うちの簪ちゃんは手を出す価値もないっていうのかしら!?」

 

 

 

どうしろというのか。

 

暴走する楯無に振り回される翔介。そしてそれを止める虚。

 

楯無が落ち着きを取り戻したのはそれから五分後の事であった。

 




本日はここまで。


楯無のシスコン発動。
原作以上にシスコン度が高くなっているかもしれません。

そして気付いていた方も多いかもしれませんが、翔介のルームメイトは更識簪となっております。
まだちゃんとした出番はないですが、どうぞ今後をお楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12話

「…取り乱したわ、ごめんなさい」

 

「い、いえ…」

 

なんとか落ち着きを取り戻した楯無が決まりの悪そうな顔で言う。

振り回されて乱れた制服を直す翔介。

虚が抑えてくれなかったらもっとひどいことになっていたのではないだろうか。

 

「会長は簪様のことになると見境が無くなることがあります。もう少し落ち着いていただきたいものですが」

 

「だから悪かったわよ」

 

少しこの生徒会のパワーバランスが見えた気がする。

 

「と、とにかく書類の方は問題ないわ。訓練の方も明日から今までと同じようにやっていくわよ」

 

「よろしくお願いします」

 

これで諸々の手続きは終わったようだ。

 

「そういえば道野君。この後何かパーティーがあるのではなかったですか?」

 

本音から聞いたのだろうか。

そうすると楯無の目が輝きだす。

 

「え、パーティー?」

 

「会長は仕事を片付けてください。そもそも一年生のパーティーなんですから会長が混ざっていいわけなでしょう」

 

「虚ちゃんのケチ…」

 

口を尖らせる楯無。

このお師匠さまは子供なのか大人なのかいまいちわからない。

 

「あの生徒会の仕事ってそんなに大変なんですか?」

 

「うちの生徒会は他所の学校とは少し違くてね。やることは多いのだけど、今年は特にね」

 

どういうことだろうと考えたが、今年は例外があった。

織斑一夏と道野翔介という二人の男性生徒の入学。これだけのことだが、世界中が騒ぎ立てた一大事。その対応に生徒会も追われたのだろう。

 

「もしかして仕事が溜まっているのも僕が訓練をつけて欲しいって言ったからですか?」

 

「え?」

 

ただでさえ多忙であろう生徒会の仕事にさらに翔介の訓練が重なってしまったため仕事が溜まってしまったのではないだろうか。

これからも楯無の厚意で訓練を続けてくれるというがそれではさらに生徒会の仕事が滞ってしまうのではないだろうか。

 

それなら翔介にも何かできることがあるのではないだろうか。

 

「お師匠さま、僕にも何か手伝えることないですか?」

 

「み、道野君? 別にそんなことは…」

 

虚が何か言いかけるがそれを制する楯無。

 

「手伝うというのは…生徒会の仕事をってことかしら?」

 

「はい。訓練してくれるならせめて少しでも力になれれば」

 

ふうんと扇子を顎に添える。

 

「か、会長。まさか…!」

 

「いいじゃない、虚ちゃん。生徒会の人数も少ないんだから少しでも人手が多いほうがいいわ。それに本人たっての願いなんだから」

 

虚がなにやら慌てている。

 

「それなら翔介君。お手伝いと言わず正式に生徒会に入らないかしら?」

 

「お嬢様!?」

 

「生徒会に僕がですか?」

 

「ええ、翔介君が手伝ってくれればそれだけ私も訓練のための時間が割けるようになる。生徒会も万年人員不足だから私たちも助かるわ」

 

勿論いきなり難しい仕事は任せないと続ける。

生徒会に入るつもりはなかったが自分で言いだしたこと。それに楯無たちを手伝いたいという気持ちは本当だ。

 

「わかりました。それで少しでもお師匠さまたちの負担が減るなら」

 

「はい、決まり!」

 

『歓迎!』と扇子に書かれている。

どうやら喜んでくれたようだ。しかし、何故か虚はあちゃーとこめかみを抑える。

申し訳なさそうに虚が翔介に話しかける。

 

「すいません、道野君」

 

「いえ、僕の方こそお世話になってますから」

 

「…そうですね、これから頼りにしています」

 

「はい!」

 

実をいえば楯無の仕事がたまるのは彼女がほっぽり出すことが多いからだ。

勿論、楯無自身にも色々事情があり仕事ができないこともあるが割と自業自得な部分も多い。

ただそれを伝えなかったのは翔介自身の厚意は間違いなく本物であり、そこに水を差すようなことをするのはなんとも気が引けたからだ。

それに生徒会の人数が足りないのは本当のことだった。

 

まあ、あえて言わなかったというのもある。

 

 

どうせすぐにバレるだろうし。

 

 

そう思う虚の視線の先には得意げに生徒会の仕事を説明する楯無とそれを真剣に聞いている翔介がいた。

 

 

話し合いも終わりそろそろ翔介が生徒会室を退出しようとすると楯無が呼び止める。

 

「翔介君」

 

「はい?」

 

「簪ちゃんと仲良くしてあげてね」

 

先程その妹のことで暴走していた人の台詞とは思えない。

 

「迷惑じゃないですか?」

 

「最初は借りてきた猫みたいに警戒されるかもだけどね…あの子、人付き合いが苦手だから」

 

楯無の言う通り彼女とは今までの会話というと挨拶くらいしかしてこなかった。

部屋の中でも布団をかぶって空間ディスプレイを操作している姿しか見ていなかった。

 

「……まあ、私のせいなんだけど……」

 

「はい?」

 

何かボソッと呟いたように聞こえた。

簪の話をするときの楯無は楽しそうに笑う時もあるが、辛そうに顔を曇らせる時がある。

 

「なんでもないわ。ほら、パーティーがあるんでしょ?」

 

行った行ったと扉を指差す。

 

「は、はい」

 

翔介は楯無に促され生徒会室を出て行った。

 

---------------------------------------------------------------

 

生徒会室を退出するといそいそと食堂へと向かう。

思った以上に時間がかかってしまった。

食堂からは既ににぎやかな声が聞こえてくる。

 

「お、翔介!」

 

食堂に入ると真っ先に一夏が手を上げる。

それに気づき他のクラスメイト達も翔介に気付く。

 

「ごめんね、遅くなっちゃって」

 

「気にするなって、こっち座れよ」

 

一夏に呼ばれその隣に座る。

テーブルの上にはお菓子や軽食が広がっている。

 

「手続きってそんなに時間かかったのか?」

 

「うぅん、手続きはすぐに終わったんだけどね。生徒会に勧誘されて」

 

「生徒会? お前、もうそんなのに入ったのか?」

 

「うん、誘われてね」

 

「へぇ、翔介凄いな」

 

二人でそんな話をしていると一夏を呼ぶ声がする。

 

「おっと、悪い。ちょっと行ってくるな」

 

「うん」

 

一夏と離れるとそれと入れ替わるようにセシリアがグラスを持ってやってくる。

 

「お疲れ様ですわ、翔介さん。こちらをどうぞ」

 

手渡されたグラスを礼を言いながら受け取る。そのままセシリアは翔介の向かいの席に座り、グラスを傾ける。

中身はジュースなのだろうが優雅な仕草が大人っぽく見える。

 

「どうかしましたか?」

 

「え、あ、オルコットさんが随分と大人っぽく見えたから」

 

「あら、お上手ですこと。わたくし本国でパーティーはよく行っていましたので」

 

こういった賑やかなパーティーはあまり来たことはないと付け加える。

 

「へ~…。オルコットさんってもしかしてお金持ち?」

 

日本と違い外国ではパーティーとは割と良くあることなのだが、翔介にとってパーティーというとお金持ちの集まりというイメージがあるようだ。

 

「お金持ちといいますか、実家が貴族でして」

 

「貴族!? 凄い!」

 

「そんなに凄いものではありませんわ」

 

翔介の反応に笑うセシリア。

それを見ているとやはり最初の頃の態度からは想像できない変わりっぷりだ。

 

「なんだかオルコットさん、変わった?」

 

「何がですの?」

 

「えっと、ほら、最初は凄く怒ってたっていうか…」

 

「あ、あれですか…」

 

翔介が言うとセシリアは苦い顔をする。

 

「あのことは本当に申し訳ございません」

 

そう言って頭を下げる。

それを見て慌てて翔介が手を振る。

 

「ああ、いや! 別にそういう意味じゃなくて! ただ何かあったのかなと思って」

 

「そ、それは…」

 

すると今度は顔を赤らめ、視線を泳がせる。

そしてその視線は他のクラスメイト達と会話をする一夏へ。

 

んん?

翔介の第六感が何かを感じ取る。

 

「え、あれ…? オルコットさん、もしかして…」

 

 

 

「織斑君の事、好きになったの?」

 

 

 

「な、ななななな何を言いますの!?」

 

その反応で確定した気がする。なにせ箒と同じ反応をしている。

 

「いつから?」

 

「そ、その…」

 

セシリアの話によれば。

男性を蔑視していたのだが、一夏との試合の中で自身の考える理想の男性の姿を見たという。

 

「そっか、織斑君が理想の男性か」

 

「はい…あの翔介さん…」

 

「どうしたの?」

 

「わたくし、どうするべきでしょう?」

 

「え」

 

答えに困る質問がきてしまった。

 

「どうするって?」

 

「わたくしはこの想いを秘めるべきなのでしょうか?」

 

「え、秘めるってどうして?」

 

想像とは斜め下の質問がきた。てっきりどんな風にアプローチすればいいのかとか聞かれるのかと思っていたがまさか隠すべきかと聞かれるとは思っていなかった。

 

「知っての通りわたくしは男性を蔑視してあのような態度を取ってしまいました。第一印象最悪ですわ。それなのにこの想いを向けてもいいのでしょうか…」

 

沈痛な面持ちのセシリア。本当に想像以上の質問だ。

しかし適当に答えられる質問ではない。

 

「つまり…嫌なことしちゃったのに好きでいちゃ駄目ってこと?」

 

「え、ええ…」

 

「うーん…」

 

翔介は顎に指を添え思案する。

そんなことないよ、と言うこと自体は簡単ではある。

だがそもそも彼は箒を応援すると言ってしまっている。ここでセシリアに何かアドバイスすることは箒に対して嘘をついてしまったことになるのではないだろうか。

 

とはいえ、だ。

 

「えっと…オルコットさん、織斑君のことを考えるとどうなる?」

 

「一夏さんの事ですか? それは…名前を呼ぶとこう、胸の奥がキュッと締め付けられて痺れると言いますか…」

 

「じゃあそれを織斑君に言わずにずっと隠せる? 織斑君は他の女の子と仲良くなるかもしれないけど」

 

「それは…」

 

そう言ってしばらく考え込む。

たっぷり十秒くらい思案し。

 

「それは嫌、かもしれません…。想像しても胸がモヤモヤして、切なくて…」

 

「そっかぁ…」

 

その様子はまさに恋する乙女。

 

「それなら隠すことないよ。それでも抵抗があるなら、まずは謝ろう。織斑君もちゃんと謝れば怒るような人じゃないよ。オルコットさんは僕に謝ってくれたくらいなんだから難しくないよね?」

 

「え、ええ…」

 

「ほら、それならもう気後れする理由はないはずだよ?」

 

「あ…」

 

「好きって気持ちは無理に隠す必要はないと思うよ」

 

翔介は足りない語彙ながらも必死に答えをひねり出す。

これで少しでもセシリアの恋の重荷が軽くなってくれればと思う。

 

「そうですわね…諦める理由なんてありませんわ」

 

キラリと瞳が光り、美しい金髪を翻す。

 

「ありがとうございます、翔介さん。お陰で心が軽くなりましたわ」

 

「うぅん、少しでも力になれたなら良かったよ」

 

どうやらすっかり悩みはなくなったようだ。

箒には申し訳ないがこれくらいなら許して欲しい。

 

「こんなことチェルシー以外に相談できるとは思いませんでしたわ」

 

「あはは…」

 

「翔介さん、これからもよろしくお願いしますわ」

 

「うん。僕でよければ」

 

では失礼します、と言ってセシリアは一夏の下へと歩いていく。

もう心配はなさそうだ。

その背に手を振る。

 

 

 

 

 

「これからも?」

 

 

 

 

 

今更ながらとんでもないポカをやらかしたことに気付いた翔介だった。

 

 

 




二日ほど開けての投稿になりました。


翔介、生徒会参加。
同時にセシリアの相談役就任。

やってしまった感のある翔介。


彼の未来はどっちだ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13話

今回はセカンド幼馴染こと凰鈴音登場!

短期間でお気に入りやしおりが増えて嬉しい限りです。

やはり原作元の人気の高さがうかがえます。


一夏のクラス長就任パーティーから一夜明け本日は入学から初めての休日。

外出許可を取り街に繰り出す者、部屋で一日中ごろ寝する者、ISの自主訓練を行う者など過ごし方は様々だ。

 

そして翔介はと言うと。

 

「んあ~~…どうしよう…」

 

絶賛頭を抱えていた。

前日、セシリアの恋の相談に乗ってしまったことでいまだに罪悪感に苛まれていた。

別に恋の悩みを聞くこと自体は何でもないのだ、むしろ少しでも相手の悩みを解消できるのなら力を貸すこともやぶさかではない。

 

だが、セシリアの恋の相手は一夏だった。

箒と見事にかぶってしまっている。これが相手が他の男性だったのであれば何も悩むことはないのだが二人とも一夏に好意を抱いている。

そもそもこのIS学園自体、男子生徒は一夏と翔介しかいない。そうなればこうなることも想像することは難しくなかった。

 

その恋が打算的なもの、例えばお金目的とか自分の箔付けのためとかだったなら翔介も遠慮なく断ることはできた。

しかしセシリアの一夏への想いは間違くなく真剣なものであり、切ないと告げたあの表情を見れば力を貸さないという選択肢が出てこなかった。

 

その結果、こうやって頭を抱えることになることになってしまったのは自業自得ではあるのだが。

 

「どうしたの?」

 

うんうんと唸っていると、隣のベットに座って空間ディスプレイを操作していたルームメイト・更識簪が声かけてくる。

 

「あ、ごめんね。うるさかった?」

 

簪は首を振る。

とはいえ隣で唸られていい気はしないだろう。気をつけようと反省する。

 

「ちょっと自分の考えの足りなさに悩んでたというか」

 

あまり詳しく話すわけにもいかず曖昧に濁す。

 

「ふぅん…?」

 

簪はそう呟くとまたディスプレイに目を向ける。

もう一つ、翔介は気になっていることがあった。それが彼女の事だった。

 

更識簪。師匠たる楯無の実の妹。

姉と同じ空色の髪は彼女より少し長い。双眸は赤に近い紫色だろうか。

快活な楯無とは違い、大人しい印象を受ける。

 

昨日の楯無の様子から見れば相当溺愛していることがわかる。

それでありながら何故か一緒にいる姿を見たことがない。あれほどの溺愛っぷりなら四六時中くっついてそうな気もするが。

 

昨日見た楯無のあの暗い表情に何かあるのだろうか。

 

「何…?」

 

じっと見過ぎたようで怪訝な表情で翔介を見る。

 

「あ、いや、更識さん。いつも何見てるのかなって」

 

「別に…。後、あまり名字で呼ばないで」

 

不機嫌そうにそっぽを向く。

取り付く島もないとはこのことか。

 

「ご、ごめんなさい」

 

「別にいいけど…」

 

そういうもやはり機嫌は良くなさそうだ。

名字で呼んでほしくないというが何か理由でもあるのだろうか。

微妙な空気が流れ、困惑しているとチラリと彼女が見つめる映像が見えた。

 

そこに映し出されていたのは悪者と戦うヒーローの姿。

 

「あ、それ」

 

「え…?」

 

それは一昔前に子供たち、特に男の子たちを魅了したヒーロー番組だった。

単純明快かつ勧善懲悪と言う分かりやすさが子供たちの心をがっしりと掴んだのだ。

翔介もまたその一人だった。

 

「知ってるの?」

 

「うん、子供のころ観てたよ」

 

娯楽の少ない田舎の故郷。新しい物が手に入りにくい故郷で唯一流行に触れられるもの。それがテレビであった。

毎週放送日には急いで学校から帰り、テレビの前で待っていた。

ただ唯一残念な点は数話分遅れて放送することだろうか。

 

「変でしょ…」

 

「え、そうなの? 」

 

「だって、これ男の子が観る物だし…」

 

確かにヒーロー物のメインターゲットは男の子である。

実際に主人公は男性であるし、女の子向けのアニメ作品もある。

 

「別にそんなことないと思うけど」

 

だが翔介からすればあまり気にすることでもなかった。

そもそも翔介は古い少女漫画なんかも愛読していたから尚更気にする理由がなかった。

 

「更識さ、あ、えー、こういうの好きなの?」

 

「……好き」

 

「僕も今でも好きだよ。強くて、優しくて、カッコよくて」

 

「…うん」

 

そう言って思い出を語る翔介。

 

実は簪にとってヒーローが好きなのは翔介の語った理由だけではない。

ヒロインを助けてくれるヒーロー。

そんなヒーローに彼女は憧れていた。

だけどそんな憧れも彼女の心に暗い影を落とす原因だった。

 

「でもやっぱり変でしょ…」

 

「なんで?」

 

「…ヒーローなんていないってわかってるのに…」

 

これは所詮アニメ。フィクションの世界。

どんなに憧れても存在などしない。だけどそれでも憧れは止めらない。

 

 

 

「いるよ」

 

 

「え?」

 

「ヒーローはいるよ」

 

翔介の予想外の台詞。

 

 

「会ったことがあるから」

 

 

 

「会ったことが、ある…?」

 

冗談でもからかっているのでもない。

本気でそう語っている。

 

「それってどういう…」

 

「あっ!」

 

唐突に翔介が声を上げる。

 

「ごめんね、用事があるのすっかり忘れてた!」

 

そう言っていそいそと準備を整えていく。

すっかり話し込んで忘れてしまっていたが、今日から生徒会の仕事をすることになっていた。

初日から遅刻なんてしたら楯無に何をされるか分かったものではない。

 

「行ってきます!」

 

どたどたと部屋を出ていく翔介。

 

「あ…行って、らっしゃい…」

 

呆気にとられる簪。

ヒーローに会ったことがあるという彼の言葉。いったいどういう意味だろうか。

慰めでも何でもない本当にそうだと信じている言葉。

 

「帰ってきたら…聞いてみようかな…」

 

ディスプレイには丁度アニメのエンディングが流れていた。

 

---------------------------------------------------------

 

結果から言って遅刻は免れた。

あと数分遅れてたらお仕置きだった。

一体何をされるところだったのだろうかと冷や汗が出る。

 

翔介の役職は庶務。

庶務と言えば聞こえはいいが実際のところは虚や楯無の手が回らない雑務関係をやることが仕事だ。

 

そして最初の仕事は用務員の仕事の手伝いだった。

用務員は轡木十蔵と言う壮年の男性だ。学園の性質上、教員も女性ばかりなのだがその中でも珍しい男性職員だった。

楯無の話では柔和で親しみやすい学園の良心ともいえる人物らしい。

 

その評価の通り、初めて会う翔介にも気さくに話しかけてくれた。

その柔和さは翔介と似通ったところもありすぐさま意気投合。

今は倉庫から花壇にやる肥料を運ぶよう頼まれていた。

 

手押し車に肥料の入った袋を乗せて花壇へと向かう。

一袋の重さはなかなかあるが、故郷では畑仕事を手伝っていたためこれくらいはなんともない。

 

 

「ねえ、ちょっとあんた」

 

肥料を運んでいると誰かが声をかけてくる。

何かと思い振り返る。するとそこには小柄なツインテールの少女が立っていた。

翔介もけして身長が高い方ではないがそれ以上に小さい。

だがキリッとした眉や爛とした瞳は気の強さを感じさせる。

 

「職員室ってどこ行けばいいかわかる?」

 

「あ、職員室なら」

 

と翔介が職員室の行き方を教える。

少女はふんふんと頷く。

 

「そう、わかったわ。ありがと」

 

するとじっと翔介を見つめてくる。

 

「あんたね。もう一人の男って」

 

「え、僕?」

 

もう一人の男。この言葉の差すところはおおよそ想像がつく。

 

「ふ~ん……思ったより普通ね」

 

また普通と言われた。

いや、翔介自身も自分は取り立てて凄い部分はないと思ってはいるのだが。

 

「あ、名乗り遅れたわね。あたしは凰鈴音。中国の代表候補生よ。まあ、転入生ってやつね」

 

「転入生? この時期に?」

 

「い、色々あったのよ」

 

転入するには余りにも期間が中途半端な気がする。

しかしセシリアに続く候補生。

ということはこの鈴音と名乗った少女はかなりの使い手ということになる。

 

「凰さん、凄い人なんだね…」

 

「ふふん、そうでしょそうでしょ。あ、あたしのことは鈴で良いわよ」

 

「僕は道野翔介。よろしくね、凰さん」

 

「鈴で良いって言ってんでしょ」

 

少しムッとしたように口を尖らせる。

 

「あ、その、ごめんなさい。会ったばかりの人のこと名前で呼びにくくて」

 

「ふ~~ん…ならいいわ」

 

ムッとしていた割にはスパッと納得したようだ。

随分とさっぱりとした性格のようだ。

 

「そうだ、翔介。あんた、織斑一夏って知ってる?」

 

「え、うん。知ってるよ、同じクラスでクラス長してるよ」

 

「クラス長。ってことは確か来週のクラス対抗戦ってのに出るのよね」

 

転入生ではあるがどうやらこちらの行事については既に把握しているようだ。

 

「うん、そうみたい」

 

「そっかそっか、丁度いいわね」

 

「丁度いい?」

 

「こっちの話よ」

 

それじゃあと言って職員室に向かっていった。

一夏のことを随分と聞いていたようだが、彼の知り合いなのだろうか。

それとも世界初の男性操縦者だから興味があるのか。

悪い人物ではないのだろうが、何故だろう。

 

 

嫌な予感がする。

 

 

言い知れない何かを翔介は感じていた。

 




と言うことで鈴登場。
原作一巻の後半に入っていきます。


他にも簪が正式に登場。

翔介が話した『ヒーローに会ったことがある』という言葉。
この真意とはいかに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14話

さらに一日が経ち月曜日。

昨日は鈴と別れた後、肥料を花壇に届けた後は一緒に土いじりをして終わった。

果たして生徒会の仕事なのかは疑問であるが土いじりは故郷を思い出して都会にいることを忘れて楽しめた気がする。今思えば楯無の計らいだったのかもしれない。

 

すっかり疲れて寮に戻った後はシャワーを浴びてすぐに眠りこけてしまった。

久しぶりにゆっくり眠れた気がする。

そういえば眠る前に簪が何か言いたげだったが何だったのだろうか。

 

今日も今日とて座学。

覚えることが多く、置いていかれないようにするのが精いっぱいだ。

しかし今日はクラスが少し浮足立っているような。

 

 

休み時間。

 

「織斑君! クラス対抗戦、期待してるからね!」

 

「頼んだわよ! クラスの夢が掛かってるから!」

 

一夏に詰め寄るクラスメイト達。

そんなに対抗戦は情熱を燃やすものなのだろうか。

 

「な、なんのことだ?」

 

「どうしたの、みんな」

 

「なんとクラス対抗戦優勝クラスには学食デザートのフリーパス半年分が進呈されるんだよ!」

 

なるほど、それが目的だったか。

恐らくは楯無の提案だろう。景品を設定したほうがやる気が出ると考えたのだろう。教師陣が止めない辺り公認なのだろう。

 

「年頃の女子にとってスイーツは正義なんだよ!」

 

「そう、だからこそこの戦いは聖戦! 正義を求める戦い!」

 

「そして織斑君はその正義をつかみ取る勇者!」

 

前々から思っていたがここのクラスメイト達は随分とノリがいい気がする。

クラス内の団結が強いという意味でもあるのだろうが。

 

「お、おう」

 

一夏もクラスメイト達の勢いに押されているようだ。

 

「まあ、でもクラス代表っていっても専用機持ちは織斑君だけみたいだし」

 

「これは楽勝でしょう」

 

確かに現在一年生で専用機を持っているのは一夏とセシリアのみ。翔介も専用貸し出しという名目ではあるが実際は専用機持ちとして数えてもいいだろう。

どちらにせよ専用機を持つ生徒は全員同じクラスに集中している。

 

専用機。特に個人用に作られたISと量産型の差は大きい。

勿論経験次第ではあるだろうが、今の時期であればそれほど大きい経験の差もないはず。

であるならば、特定の専用機を持つ一夏の勝率は非常に高いだろう。

 

それに一夏の乗る白式には既に単一仕様能力。ISが持つ特殊能力のようなものを既に使用できるらしい。

前回の試合の後に聞いた話だが白式の単一仕様能力は相手のシールドエネルギーに直接ダメージを与えられるというまさしく対IS能力という物。

まだISにわからないことが多い翔介でもこの能力の強さはよくわかる。

 

 

 

「その情報、古いよ」

 

 

つい先日聞いたことのある元気な声が聞こえてきた。

教室のドアには翔介が昨日出会った鈴が勝気な笑みを浮かべていた。

 

「二組も専用機持ちが代表になったの。そう簡単に優勝はできないわ」

 

「あ、あの子」

 

「お前、鈴か?」

 

「そう。中国代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告しに来たのよ」

 

腕を組み、不敵に一夏を見る。

 

「おうおう、一人でカチコミたぁいい度胸だ!」

 

「先生、やっちゃってくだせぇ!」

 

そう言って一夏の背を押す。

血の気が多いのもこのクラスの特徴なのだろうか。

 

「なんで俺なんだよ!?」

 

「織斑君はクラス代表でしょ! ささっ、ズンバラリンとやってください!」

 

抵抗する一夏にヒートアップするクラスメイト達。

その様子を見ていた鈴の笑みが少しヒクッと引きつる。しかし、すぐさま余裕のある笑みへと戻すと。

 

「ふっ、そう焦るんじゃないわよ。今日は宣戦布告って言ったでしょ。決着はきっちりクラス代表戦で着けてあげるわ」

 

 

「鈴、なにカッコつけてんだ? すげえ似合わないぞ?」

 

 

「はぁ!? あんた、なんてこと言うのよ!?」

 

余裕の表情は一夏の一言であっさり崩れた。

それにしてもやはり一夏の知り合いだったようだ。

 

「んん…まあ、いいわ。あんたには色々と言いたいことが」

 

 

「それは授業を妨害してでも言うべきことか?」

 

 

ビクッと鈴の身体が跳ねる。

その背後には冷たい表情で彼女を見下ろす千冬がいた。

 

「ち、千冬さん…!?」

 

スパンっ!

千冬の出席簿が鈴の頭部に振り下ろされる。

 

「織斑先生だ。さっさと自分のクラスに戻れ」

 

「は、はい!」

 

叩かれた頭を押さえつつ千冬の横を通り抜ける。

怖いもの知らずに見えたが、どうやら千冬が苦手なようだ。

そもそも千冬が得意だという人物がいるのかは甚だ疑問だが。

 

「一夏! 後でまた来るからね! 逃げんじゃないわよ!」

 

そう言い残して自分のクラスへと戻っていった。

 

「なんだったんだ、鈴の奴」

 

「なんだか話が合ったみたいだねっ!?」

 

翔介の声が裏返る。

 

「なんだよ、翔介?」

 

首をかしげる一夏。翔介は彼の後ろを指差す。

 

「私も話があるぞ、一夏」

 

「ええ、わたくしもですわ、一夏さん」

 

一夏の背後に二人の羅刹がいる。

 

「授業を始めるぞ、さっさと席に座れ馬鹿者ども」

 

修羅場になるかと思ったが千冬のお陰で何とか回避できたようだ。

 

しかし先程の鈴の様子を見たが、やはり何かを感じる。

それも今さっきまで一夏の背後で殺気を放っていた二人と同じような何かを。

 

 

----------------------------------------------------------

 

放課後。

日課になってきた楯無との訓練も終わった。最近では訓練時間も長くなり、そこそこ本格的な訓練ができるようになってきた。

今は寮の食堂で夕食を食べに来ていた。

 

だが何か様子がおかしい。生徒たちで賑わっている夕食時の食堂のはずが静まり変えている。

何事かと食堂を見渡すと、すぐに原因が分かった。

 

「………!!」

 

食堂の中央席。

そこには不機嫌な様子で担々麺を啜っている鈴がいた。

かなりイライラしているようでその周りだけ人が避けるようにぽっかりと空いている。

 

宣戦布告しに来た後の昼休み。

一夏が一緒に食べようと言ってきたが怖い形相の箒とセシリアに捕まった。

助けを求められたがあの二人を止める勇気はなく、一夏は連れていかれた。

 

その後何があったかはわからないが、どうやらよほど腹に据えかねることが起きたようだ。

 

流石に藪をつついて蛇を出すわけにはいかず、周囲に倣い避けて座ることにした。

 

 

グスッ…。

 

 

そっと鈴の横を通り過ぎようとした時に聞こえた。

改めて鈴を見る。

腹立たしそうに担々麺をかっ込む。だが少しだけ見えた。

クリっとしたその瞳の端に涙。

 

 

 

「ねえ、凰さん。相席しても良いかな?」

 

 

声をかけてしまった。

じろりと翔介を見上げる鈴。

 

「席ならいくらでも空いてるじゃない」

 

「じゃ、じゃあ一緒に食べてもいいかな?」

 

さらにじっと見つめる鈴。半ば引きつり笑いの翔介。

周りからは「無謀な…」「骨は拾おう」「偉大な英霊に敬礼」などと不穏な台詞が聞こえる。

 

「……さっさと座りなさいよ」

 

「あ、ありがとう」

 

なんとかお許しが出たようだ。

鈴の前にトレーを置き、席に着く。余談だが今日の夕食はカレーライスだ。

だが席に着いたはいいが無言の時間が続く。

しかしこのまま本当に食事だけで終わるわけにはいかない。

 

「えっと、凰さん?」

 

「……何」

 

「何かあった? 随分と不機嫌みたいだけど…」

 

「…………」

 

黙り込む鈴。

だがなんとなくだが想像は付いていた。

 

「もしかして、織斑君?」

 

ぴくッと箸を持つ指が動く。

どうやら当たりらしい。

 

「…あんたには関係ないでしょ」

 

「まあ、そうなんだけど…関係ない人間相手だからこそ話しやすいこともあるんじゃないかなって」

 

これでも駄目ならこれ以上は聞かないでおこう。

そう考えて鈴の返事を待つ。

 

「……ねえ、翔介」

 

担々麺をテーブルに置き、語り始める。

どうやら話してくれるようだ。少しホッとしながら彼女の話を聞く。

 

「あんた、これから毎日酢豚を作ってあげるって言われたらなんて思う?」

 

「酢豚? これから毎日?」

 

豚なのは中国出身だからなのだろう。

でもこの文言はなんとなく聞いたことがある。

 

「日本風で言えば味噌汁よ」

 

「ああ、プロポーズだね」

 

翔介の予想は当たっていたようだ。

中国流のアレンジなのかはわからないが、大体の意味は理解できる。

 

「そうよね、そう聞こえるわよね」

 

でもと言うと箸を両手で握りこむ。

 

「あいつ、なんて言ったと思う?」

 

「あわわ…」

 

「これから毎日酢豚を『奢ってやる』…?」

 

握りこまれた箸がミシミシと悲鳴を上げ始める。

 

 

 

「誰がそんなこと言ったあああああ!!」

 

 

 

ベキィッ‼

箸が四等分にされた。

おお、織斑よ。汝はどうしてトラブルを呼び込むのか。

入学して一週間ちょっと。これで三度目だ。

 

「お、落ち着いて凰さん」

 

「ふーっ…ふーっ…」

 

興奮冷めやらぬ鈴。

水を差し出すと一気に飲み干す。

 

「そっか、凰さんも織斑君の事好きなんだ…」

 

「も?」

 

「あっ」

 

どうやら口が滑るのは翔介も同じのようだ。

 

「な、なんでもないですよ?」

 

必死に隠すが鈴はため息を吐く。

 

「別にいいわよ。わかってるから」

 

「わかってる?」

 

「あのファースト幼馴染とかいう子と金髪おっぱいでしょ」

 

「き、金髪おっぱい?」

 

名前は言っていないがセシリアの事だろう。

ファースト幼馴染は箒。先程チラリと聞いたが箒と鈴はそれぞれ入れ替わるように一夏と出会ったようでその順番からファースト幼馴染、セカンド幼馴染らしい。

 

「ま、まあ、やっぱり織斑君絡みなんだね…」

 

「そうよ。あいつ昔からああなんだけど…」

 

また落ち込みだす。アップダウンが激しい。

鈴の怒りは最もではあるだろう。彼女の言葉を聞いて奢りと勘違いする方が難しい気もする。

しかし一夏の性格を知っているとなんとなくわかってくることも。

 

「そ、そのね。僕の考えだけど織斑君相手には持って回った言い方はあまり良くないんじゃないかな?」

 

「そんなの分かってるわよ…でも…」

 

「でも…」

 

自分の思ったことはズバッと言う性格なのが鈴だ。

そんな彼女が回りくどい言い方をする理由。

 

 

「あたしだって素直に言えたらって思うわよ…でもあいつを前にするとどうしても憎まれ口が出るのよ…」

 

 

ああ、これはいけない展開な気がする。

つい先日も、この食堂で似たようなことがあった気がする。

でもやはり無視なんてできるはずもなかった。

 

「好きな人に素直になれないっていう気持ちはしょうがないと思うよ」

 

「しょうがない?」

 

「うん。それは多分凰さんの性分なんだろうし。ならさ…」

 

多分これを言ってしまったら後戻りはできない。

絶対に次の日悶絶している未来が見える。

 

 

「そのままの凰さんで織斑君にアプローチしていこうよ」

 

「はあ?」

 

「そしていつか織斑君が凰さんの気持ちに気付いたときに言ってあげるんだよ」

 

 

 

「『やっと気づいた? 随分遅かったじゃない』って」

 

 

なんの解決にもなってない答えだとはわかっている。

そもそも一夏に対して効果的なアプローチの仕方なんて想像がつかない。

ストレートに好意を伝えてもきっと別な意味に勘違いする気がする。

だから今は率直な答えは出さない、出せないとも言えるが。

だけど、どんなアプローチをするにしても彼女がやる気を出さなければ意味はない。

 

今は鈴を元気づける。それが第一だと考えた。

 

彼女は強気な少女なはず。

なら少しでも闘争心に火が点けばきっと立ち直るはずだ。

 

答えになっていない答え。

それでも今は必死に言葉を紡ぎだすべきだ。

 

「……あんた馬鹿ね」

 

ばっさり切り捨てられた。

 

「でも…悪くないわね、それ」

 

そういうと鈴の表情が笑みに変わる。

 

「あたしに惚れた一夏に思いっきり言ってやるってのも悪くないわね」

 

そう言うと鈴はニヤリと笑ったまま翔介を見る。

 

「あんた、乗り気にさせるんだから当然最後まで付き合ってもらうから」

 

「う、うん!」

 

「頼んだわよ、翔介」

 

勝気に笑う鈴はすっかり機嫌が直っていた。

本来の目的は果たせたようでよかった。

 

 

 

 

またやってしまった。

 

ああ、翔介よ。汝はどうして自らを死地に置くのか。

 




本日はここまで。

道野翔介、ある意味で三股完成。

斬られるか、撃たれるか、殴られるか。

彼の未来はどっちだ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15話

鈴との夕食から一日が経った。

 

「ぬああ~~……」

 

翔介は放課後の教室で頭を抱えて唸っていた。

どこかで見た光景だ。

 

またやってしまった。

これで箒、セシリア、鈴と三人の少女たちの協力者となった。しかも全員が同じ少年に向けての恋をしている様子。

 

言い訳をするとすれば、翔介は生来のお人好しだ。

その上、常日頃から人に優しく困ってる人を助けなさいと教え込まれてきた。その為もはや本能のようなものであった。

 

とはいえそれで自分が困っていては元も子もないのだが。

 

「ううぅ…どうしよう…」

 

そもそも、そもそもである。

 

 

「恋の応援ってどうすればいいの…」

 

 

翔介は初恋すらまだであった。

 

そんな自分がどうやって応援するのか。

それにセシリアはともかく、箒と鈴に関しては一夏のことを翔介以上に知っているはず。彼との付き合いも間違いなく長いだろう。

 

もしこれが3人に知れたら…。

 

『ほう…最初に私を応援するといったのだがな…』

 

『やはり男など信用できませんわね』

 

『あんた…潰すわよ』

 

駄目だ。どうあっても平穏に終わる気がしない。

 

「でもだからってこのままって訳にもなぁ…」

 

もう一つ翔介の性格を紹介するとすれば、彼は根っからの正直者だ。

嘘をついてもすぐにバレる。そもそもあまり嘘が好きではない。誰かのために吐く嘘ならともかく他人を騙すだけの嘘は好まない。

 

だからこそ三人に何も言わずこのまま黙り続けていていいものかと悩むのだった。

 

だけど同時に少し羨ましくも感じた。

あれだけ人に恋することができることが羨ましい。

 

翔介にとって恋愛とは映画や演劇だ。

それも自分は舞台に立つ役者ではなく、席から役者たちを見上げる観客だ。

自分には恋などできない。

いや、そもそも恋などは自分には縁がない。そう考えている。

だから一夏に恋心を寄せる三人は眩しい存在だった。

 

なんとか手伝ってあげたい。

そんな眩く輝く三人をなんとか手伝いたい。

 

八方美人。コウモリ。

自分でもわかってはいるものの、やはり見て見ぬ振りはできなかった。

三人とも彼を想う気持ちは間違いない。

それでも選ばれるのはその三人の内一人。

だけど純粋な好意を持つ三人の内、一人だけを応援するということもできなかった。

 

「はあぁ…」

 

ため息が出てくる。

 

 

ピロン

 

 

ため息を吐いていると制服のポケットに入れていた携帯が音を鳴らす。

ピカピカの携帯電話。元々高校に上がるときに買ってもらうことになっていたものだ。

 

メッセージは楯無から。

 

『クラス代表戦について打ち合わせがあるから生徒会室に十分以内に集合すること。遅れたら…』

 

遅れたらなんだというのか。

しっかり明記されていないのが尚更怖い。

 

悩みは尽きないが楯無からの罰ゲームは怖い。

急いで生徒会室へと向かうことにした。

 

----------------------------------------------------------

 

「遅くなりました」

 

生徒会室に入ると既に楯無と虚が待っていた。

制限時間以内に到着はできたはずだ。

 

「うぅん、時間以内よ。残念」

 

「残念ってなんですか」

 

このお師匠さまは事あるごとに翔介をいじり倒そうとしてくる。

油断できない人物である。

これが世に言うパワハラだろうか。

 

「それじゃあ全員集まったし打ち合わせ始めるわよ」

 

いそいそと翔介は自分の席に座る。

 

「今週末に迫った一年のクラス代表戦なのだけど、当日私はちょっと用事で学園を離れることになっちゃったから各種業務は二人に任せることになるけど大丈夫かしら?」

 

「用事ですか?」

 

「そう、女の子には色々とあるのよ」

 

また意地悪な笑みを浮かべる。

 

「会長」

 

虚が窘める。

楯無はムフフと笑いながらも話を続ける。

 

「業務と言っても大体の準備は終わってるし、他のことは教官方がやるしそれほど面倒な業務はないから心配しないで」

 

「困ったことがあれば私がフォローしますからね」

 

「それなら…」

 

始めはどうなるかとも思ったが虚が残ってくれるなら大丈夫だろう。

すると楯無が少し不機嫌そうな顔になる。

 

「なんか私より虚ちゃんへの信頼度高くない?」

 

「だってお師匠さま、しょっちゅうイジメてくるし」

 

「日頃の行いです」

 

「酷いわ、二人とも」

 

『よよよ』と扇子をもって泣いた振りをする楯無。

少しくらいは反省してほしいのだが。

 

「まあ、その話は置いといてと」

 

すぐにケロリといつもの彼女に戻る。

 

「次の議題、と言ってもクラス代表戦絡みだけど」

 

そう言って翔介に資料を渡す。

そこには各クラスの代表者の名前が載っていた。翔介のクラスは当然ながら織斑一夏の名前が記載されている。

 

「クラス代表戦の組み合わせも決まったから目を通しておいてちょうだい。他の生徒たちにも明日には発表されるはずだから」

 

そう言われ資料に目を通す。先日の宣言通り二組の代表者は鈴になっている。

そして肝心の組み合わせ。

 

 

「んん!?」

 

 

クラス代表戦第一回戦 織斑一夏VS凰鈴音。

まさかの組み合わせ。こうも早く二人が対峙するとは思いもしなかった。

 

「どうしたの?」

 

変な声を上げたせいで二人から注目されてしまった。

 

「あ、いえ、一試合目の組み合わせが」

 

「ああ、織斑君と編入してきた凰さんですね」

 

「一夏君の方は知っての通りだけど、彼女の方も専用機持ちね。初回から専用機持ち同士の試合とは教官陣も思い切ったわね」

 

「今年は既に専用機持ちが三人。あ、道野君もいれると四人でしょうか」

 

唐突に自分の名前が告げられる。

 

「え? 専用機持ちって僕もですか?」

 

「そうね。厳密に言えば専用貸し出しだから少し違うのだけど、扱いとしては他の専用機持ちの子と同じになるわね」

 

楯無によれば専用貸し出しだとISを優先的に使うことができたり、個人的なカスタマイズもできるようになるという。ただその代わり普通の専用機持ちのように待機モードとして携帯することができないようだ。

しかしそれを差し引きしても専用貸し出しは専用機持ちとほぼ変わらない扱いを受けるそうだ。

 

「そっか、専用機持ちか…」

 

自分には関係ないことかと思っていたが、自分も一夏たちと同じ立場であることが変な気分だった。

 

「優先的に打鉄を使えるわけだからこれからバシバシ鍛えていくから覚悟なさい」

 

「は、はい」

 

楯無に言われ、数日前の保健室での会話を思い出す。

セシリアに成す術もなく敗北し、初めて悔しさを覚えたあの日。楯無に強くなりたいと訓練を頼み込んだ。

楯無は快く今も訓練をしてくれている。

専用機持ちと同じ立場になるというのなら尚更真剣に取り組まなければいけない。

 

 

あの時と同じように『精一杯頑張ったと胸を張れるように』。

 

 

「そうだ、翔介君」

 

「はい?」

 

「クラス代表戦が終わった次の日曜日なんだけど、時間あるかしら?」

 

「え? 大丈夫だと思いますけど」

 

そもそもまだ立てられるような予定もなかった。

近々街に出てみたいとは思っているが。

 

 

 

「それならお姉さんとデートしない?」

 

 

「デートっ!?」

 

「お嬢様、あまりからかいすぎるとその内オオカミ少年になりますよ」

 

「あら、ならオオカミの格好でもしてみようかしら」

 

そう言ってガオッと手をワキワキとさせる。

どちらかと言えば楯無は猫寄りな気がする。それも凄くマイペースな猫。

 

「冗談はそれくらいにして。一緒に学園外にお出掛けしようっていうのは本当の事よ」

 

「お出掛けって何かあるんですか?」

 

「あなたに紹介したい場所があるの」

 

紹介したい場所。土地勘もない場所だから全く見当はつかない。

楯無に尋ねてみても当日のお楽しみと言われる。

 

「それに当たってなんだけど一つ質問いいかしら?」

 

「なんですか?」

 

またからかってくるつもりかと身構える。

虚の言う通り既にオオカミ少年化しているのではなかろうか。

 

 

 

「翔介君はISで何がしたい?」

 

 

 

「何がしたい、ですか?」

 

「そう。強くなりたいとかは別にしてISで何がしたいってあるかしら?」

 

「やりたいこと…」

 

「難しく考えなくていいのよ」

 

楯無に言われ、少し考えてみる。

ISでやってみたいこと。

 

 

 

「僕は……宇宙に行ってみたいです」

 

 

 

「宇宙?」

 

宇宙。人類にとって未開の領域。

元々ISは宇宙空間での活動を目的としたマルチフォーム・スーツ。

ハイパーセンサーやデータ通信ネットワークであるコア・ネットワークも当初は宇宙空間での使用を想定されていたもの。

現在では軍事転用や競技用としての意味合いが強くなり、本来の想定から外れてはいるが。

これらはIS学園に来る前に送付された教本やISについての授業で初期に学ぶものだ。

 

しかし、翔介はこれを聞いた時真っ先に思い至ったことがあった。

 

 

それが宇宙に行くということ。

 

「どうして宇宙なのかしら?」

 

「友達と…約束したんです。いつか宇宙に行くって」

 

遠い思い出。だけど大切な思い出。

 

今でこそ宇宙空間での使用という本来の目的は凍結状態であるが自分が目指すことで何か進展があるかもしれない。そう彼は考えたのだ。

 

「友達との約束で宇宙に行くね…」

 

翔介の言葉に楯無が目を閉じる。

 

「変、ですか?」

 

「いいえ、目標が高いことに悪いことはないわ。それにその答えなら充分よ」

 

「充分?」

 

「それも来週の日曜日にね」

 

そう言って笑う楯無。今度は虚も止めることなく一緒に微笑んでいた。

いまいち二人の笑顔の意図が読めない。

 

「じゃあ以上で打ち合わせは終了。時間も時間だし早く寮に戻ること」

 

結局楯無の真意を見抜くことはできないまま解散となった。

 

確かに時間は既に放課後を過ぎ、空は夜の帳が降りている。

その帳の中にはキラキラと星が瞬いていた。

 

 

 

 

そして、時間は過ぎ。

 

遂にクラス対抗戦が始まる。




本日はここまで。


箒、セシリア、鈴の三人を手伝うと言ってしまった翔介の苦悩。
自業自得とはいえ一体どう収めるつもりなのか。

そして、楯無の言う『紹介したい場所』とはいかに。

次回からはついに原作一巻クライマックスに突入します。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16話

ざわざわと騒がしいアリーナ観客席。

今日はついにクラス代表戦。

学園に入学してから約半月。まだまだISの操縦など覚束ないだろうがアリーナ内は熱気であふれている。

 

それもこれも全ては食堂デザートのフリーパス半年分のためである。

 

今、翔介はクラスメイト達と一緒に観客席に座っていた。

生徒会の仕事は大体終わったため、虚からも観客席で観戦するといいと言われた。他にも仕事はないかと聞いたが他の操縦者の戦いを見ることも勉強だと断られた。

 

確かにISでの試合はしたが、他のIS同士の戦闘はまだ見たことがなかった。

前回のクラス長決めの試合も公平を期すためにと一夏とセシリアの試合は見ていなかった。

 

「いきなり専用機持ちとの試合とは一夏の奴大丈夫なのか?」

 

「大丈夫ですわ、なにせこのわたくしが指導したのですから」

 

「指導したのはお前だけではないだろう!」

 

「あら、あんなズバーッとかグワーッとなんて説明が指導だとでも?」

 

箒とセシリアが火花を散らす。

その間に挟まれている翔介の心境たるやいかほどか。

ただでさえ色んな意味で居た堪れないというのに。

 

「ま、まあまあ。二人ともそろそろ始まるよ」

 

そう言うと丁度アリーナの両ピットからISが飛び出してくる。

一つは白いIS。一夏が乗っている。白式と呼ばれる機体だ。ISの実技で何度か見たが実際に戦う姿を見るのは初めてだ。

そういえばいつか一夏が話していたが装備が刀一本しかないという。

 

もう一つは赤み掛かった黒のような機体。

名前は確か甲龍と言っただろうか。出場者リストの中に書かれていた。

 

アリーナの空中で二人が対峙する。

 

『逃げずに来たわね、一夏』

 

『逃げるわけないだろ』

 

『一夏、本気で来なさいよ』

 

『当たり前だ。絶対に負けない』

 

睨み合いながら会話を続ける二人。

 

『自信があるって訳ね。なら賭ける?』

 

『賭け?』

 

『勝った方が負けた方に何でも一つ命令するってのはどうよ?』

 

 

「「はあああああ!?」」

 

両隣の箒とセシリアが悲鳴を上げる。

翔介の心中は穏やかではない。なにせこれを提案したのは翔介なのだから。

 

一夏には比喩的表現や遠回しな表現をしても斜め方向な解釈をされる可能性がある。

だから単純明快に勝負事を挑み、正々堂々と勝利すれば要求も望んだとおりになりやすいのではと考えたのだ。

 

「あ、あの編入生何を言っているのだ!」

 

「図々しいにも程がありますわ!」

 

さらに言うとセシリアに一夏の指導をつけると言ってみてはどうかと言ったのも翔介だ。

前回助言した通り、一夏に改めて謝罪し仲直りできたようだ。

その後ももっと仲良くなるにはどうしたらいいかという相談を受け、それならと提案したのだ。

しかし、まさか一夏に元々指導していたのが箒とは思わなかった。

 

そしてその箒にも相談を受けた。

相変わらず一夏の失言で怒ってしまったそうだ。前回と同じようにそれは一夏にも悪いところがあると宥めながら愚痴を聞かされた。

その上で一夏に対してはあえて広い心で受け止めてみてはと助言した。

 

結果として嫉妬の感情はなかなか抑えられるものでもないようで。

 

翔介のお腹がキリキリ痛む。

 

 

『それじゃあ…』

 

『行くぜ!』

 

試合開始のブザーとともに二人が激突する。

一夏は刀剣を素早く呼び出し鈴へと斬りかかっていく。あれが白式の唯一の装備である『雪片弐型』のようだ。

対する鈴も反りのあるの二振りの巨剣を呼び出す。

『双天牙月』と呼ばれる青龍刀だ。

 

二人の剣がぶつかり合い、火花が散る。

接近戦はほぼ互角だろうか。いや、手数の多い鈴の方がやや優勢のように見える。

 

一夏が立て直しのために距離を取る。

 

『逃げても無駄だっての!』

 

鈴が双天牙月を連結させ投げつける。

あの武器は投擲武器としても使用することができるようだ。

 

『そんなもの!』

 

一夏が雪片で双天牙月を弾く。

しかし、一夏の身体に衝撃が走る。

 

『うおっ!?』

 

 

 

「今織斑君、攻撃躱したはずなのに」

 

「ああ、だが何故?」

 

観客席から見る翔介たちからは急に一夏が弾かれたように見えた。

しかしセシリアは冷静に状況を分析していた。

 

「あれは衝撃砲ですわ」

 

「衝撃砲?」

 

「その名の通り空間を圧縮し、衝撃を砲弾とする武器ですわ。衝撃を砲弾とするだけあり砲身も砲弾も目に見えないという特徴があるわ」

 

またその特徴のためか射程角度の限界も存在しないという。

 

「そんなものどうやって避ければいいのだ?」

 

これは本当に鈴が勝ってしまいそうな勢いだ。

一夏は一体どうするつもりだろうか。

 

 

ピピピピ

 

 

二人の戦いに固唾を飲んで見守っていると翔介の携帯が鳴る。

いつもは放課後までロッカーの中で保管しているのだが、今日はいつでも連絡できるようにと所持しているようにと言われていた。

画面には布仏虚と表示されていた。

 

「はい、もしもし?」

 

『道野君ですか?』

 

「はい、どうしました?」

 

『申し訳ないのですが少し頼まれてもいいですか?』

 

「緊急ですか?」

 

「いいえ、そういうわけではなかったのですが」

 

虚の話によれば格納庫の方に出場者の資料を置いてきてしまい、次の試合以降にも必要となるので取ってきてほしいらしい。

虚は他の業務で手が離せないようだ。

 

「わかりました、すぐに行きます」

 

『すいません、他の試合を見るのも勉強の内と言っておきながら』

 

「大丈夫ですよ、僕も生徒会の一員ですから」

 

虚はもう一度すみませんと言って切れた。

 

「それじゃあ僕少し離れるね」

 

「お忙しいですわね」

 

「あまり無理はするなよ?」

 

「ありがとう、それじゃあ行ってくるね」

 

翔介は席を立ち、格納庫へと向かう。

後ろでは一夏と鈴が激闘を繰り広げている。後ろ髪を引かれるが、自分の仕事はしっかりやらなければ。

 

 

---------------------------------------------------------------

 

格納庫には人はおらず真っ暗だった。

格納庫内には訓練用の打鉄やラファールが並んでいる。

そして一体の打鉄が整備されている。

 

それは翔介に専用貸し出しされることなった打鉄だ。

セシリアとの試合で使った打鉄だ。初めて使ったということもありそのまま専用で貸し出しされることになった。

今は貸し出し前の整備ということで回されているようだ。

 

「これからよろしくね、打鉄」

 

整備されている打鉄を撫でる。

 

「さて、こんなことしてる場合じゃなかった」

 

虚に言われた用事を済ませようと格納庫のデスクの上を探す。

果たしてデスクの上には紙の資料が置かれていた。

資料にはISの点検表など挟まっており、そこにはチェックが無数につけられている。

 

このIS学園は操縦だけでなく、整備のための勉強もすることができる。虚もその整備科に所属している。

この学園のISは整備科の課題のためもあり、生徒が中心になって整備をしている。

クラス代表戦本番まで整備科の生徒たちは大忙しだったようだ。

この資料も遅くまで整備をしていたため置きっぱなしになってしまったのだろう。

 

ちなみに翔介が使うことになった打鉄は虚が整備してくれている。

生徒会の仕事然り、ISの整備然り、虚には頭が上がらない。

 

そういえば楯無は用があって学園から離れているというが、一体どんな用なのだろう。

かれこれ二週間くらい毎日のように顔を合わせていたが実をいえばそれほど彼女のことを知らない。

知ってるのはこの学園の生徒会長であり、妹がいるということくらいだ。

後は凄く悪戯好きだということだろうか。

 

たまに聞いてみようかと思うのだが、その度にはぐらかされるため本人もあまり話したがらないのかもしれない。

とはいえ彼女にも随分と世話になっている。

楯無の指導がなければいまだ歩くことすらままならなかっただろう。

 

近々なにか二人の先輩にお礼でもしなければと考えつつ、資料を虚に持って行く。

 

 

 

ズウンッ‼

 

 

翔介は激しい振動に襲われる。

 

「な、なに!? 地震!?」

 

慌てて格納庫から出ようとすると何故か扉が開かない。

 

「あ、あれ?」

 

いつもなら自動的に開くのに引っ張ってもビクともしない。

どうしたのかと何度か試しているとまた虚から携帯が鳴る。

 

「あ、先輩、すいません。今まだ格納庫で」

 

「道野君、今はそこから出ないでください!」

 

通話口から聞こえてくるのは切羽詰まった様子の虚の声。

普段冷静な彼女からは想像できないその様子は異常事態が起こっていることを示していた。

 

「な、何かあったんですか? もしかしてさっきの地震が?」

 

 

 

「現在IS学園は謎のISに攻撃を受けています」

 

 

虚から告げられた事実は想像以上の非常事態であった。

 




本日はここまで。

原作一巻クライマックスの何故のIS襲来。

格納庫に閉じ込められた翔介。
一体どうなるのか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17話

虚から格納庫で待機と言われ五分ほど。

あれから連絡はない。

 

謎のISからの襲撃を受けていると言っていたがどうなったのだろう。

時折地響きが起こっているがISが暴れているのだろうか。

ここにいるようにと言われているが何も知らされないと不安になっていく。

 

翔介は携帯を取り出し、虚にかけ直す。

少し時間をおいたが虚が応答する。

 

『どうしました、道野君』

 

「あ、あの、襲撃って大丈夫ですか?」

 

『…現在学園のシステムがハッキングされています。格納庫やアリーナの扉も開かない状態です』

 

どうやら今閉じ込められているのもハッキングを受けているからのようだ。

それにしても格納庫以外に観客席の方も閉じ込められているとすれば。

 

「じゃ、じゃあ他のみんなは!?」

 

『はい、一年生のほとんどが取り残されている状態です』

 

「その襲ってきたISは…?」

 

『それは…』

 

虚が言い辛そうに言葉を濁す。

 

『…現在、謎のISは織斑君と凰さんの二人で対応しています』

 

「二人が!?」

 

一夏と鈴が戦っている。

それも生徒同士ではなく、外部からの襲撃者が相手だ。

いくら専用機持ちといえど学生が対応できるものなのだろうか。

 

それに話からすればISが暴れているのはアリーナ。観客席からも脱出できず多くの生徒が取り残されている。

観客席はシールドで守られているが何があるかわからない。

 

「他のみんなは大丈夫なんですか?」

 

『今は負傷者はいません。ですが不測の事態が起こる可能性もあり得ます』

 

教師陣も対応に追われているようだが、はたして間に合うかどうか。

 

『とにかく道野君は事態が終息するまでそこに待機していてください』

 

そう言って虚は電話を切る。

 

待機。

確かに今自分が動いても何ができるわけではない。

だからこのままここに隠れているのが正しい判断ではある。

 

だけど…。

 

 

皆に危機が迫っている。

 

「……」

 

翔介は何かないかと辺りを見回す。

 

あった。

 

彼の目の前には整備中の打鉄。

自分の力では駄目かもしれないがISの力なら。

虚の判断は正しい。楯無や千冬でも同じ判断をするだろう。

 

それでもクラスメイト達を放ってはおけない。

外に出れば襲撃者と出くわす羽目になるかもしれない。

それは怖い。生徒同士の試合ならまだしも謎のISは間違いなく試合のように穏やかにはいかないだろう。

 

「…覚悟を、決めよう」

 

翔介は打鉄に乗り込む。

 

「打鉄、力を貸して」

 

ブウンと打鉄が起動する。

ゆっくり立ち会がり、周りを蹴散らさないように扉へと近づく。

 

「絶対怒られるだろうなぁ…」

 

翔介は打鉄で扉に手をかける。

ギリギリと扉に力を入れていく。

 

「ぬぬぬ…でやぁ!」

 

バキンと嫌な音を立て扉が開く。

いや、開くというよりは壊したというのが正しいだろう。

だがこれで外に出られた。

それにロックされた扉もISでなら開けることが分かった。

 

「まずは観客席だ」

 

翔介は廊下を打鉄で走り抜ける。

 

--------------------------------------------------------------

 

廊下を走り抜けアリーナの観客席に続く扉にの前にたどり着いた。

扉越しに生徒の声や戸を叩く音が聞こえてくる。

やはりまだ取り残されているらしい。

 

「皆、扉から離れて!」

 

翔介の声は届いたようで扉を叩く音が途切れる。

もう一度同じように扉に手をかける。

グッと力を込めるも格納庫とは違い固く閉ざされている。

 

「ふぬぬぬ……!」

 

さらに力を込めると少しずつ扉の隙間が開いていく。その隙間からは生徒たちの声が漏れ聞こえてくる。

もう少しだ。

 

「ぬぎぎ…ふんぬぅ!!」

 

ついに扉が開いた。

全開とはいかないものの人が出られるくらいの広さは確保できた。

 

「みんな、焦らないで出てきて!」

 

呼びかけのお陰か生徒たちは焦りこそあるものの転倒することなくアリーナから脱出する。

その時観客席からアリーナの様子が見えた。

アリーナでは一夏と鈴が黒いISと戦っていた。あの黒いISが襲撃者のようだ。

 

黒いISがビームを放つ。

二人がそれを躱すとビームは観客席を覆うシールドに衝突する。

するとさっきまであったシールドは無残にも破壊されている。

 

シールドが破壊されるほどのビーム兵器。

あんなものを受ければひとたまりもないだろう。

実際に二人は避けるのが精いっぱいで攻撃に転じることができていない。

このままじゃ二人が危ない。

 

翔介は破壊されたシールドの隙間からアリーナへと飛び出す。

 

 

-----------------------------------------------------------

 

「くそっ! 近づけねえ!」

 

「もう一回行くわよ、一夏!」

 

一夏と鈴は何度となく接近戦を試みるが刃をぶつける前に黒いISはあり得ない動作で回避し、反撃してくる。

遠距離攻撃も全身装甲のため、非常に高い防御力を持っている。

 

再度一夏と鈴が攻撃を仕掛ける。

一夏は雪片で、鈴は衝撃砲でそれを後ろから援護する。

黒いISは衝撃砲を上半身と下半身を捻りながら躱し、近づいてきた一夏をビームで迎撃する。

 

「うおっ!」

 

一夏はバランスを崩し、地面に不時着する形で降り立つ。

しかし着地地点には既に黒いISが狙いを定めていた。

 

「一夏!」

 

一夏は避けきれないと判断したのか雪片で防御の構えを取る。

 

「わあああああああっ!!」

 

大声をあげて打鉄が飛んでくる。

そして黒いISを妨害するように組み付いた。

 

「翔介!?」

 

「織斑君、だいじょううわぁっ!?」

 

組み付いた翔介を黒いISは引き剥がし放り投げる。

それを一夏と鈴が受け止める。

 

「あんた、何してんのよ!?」

 

「ご、ごめん、でも居ても立ってもいられなくて」

 

鈴に怒鳴られる。それと同時に打鉄に通信が入る。

 

『道野、何をしている』

 

相手は千冬だ。

声音からだいぶ怒っているのがわかる。

 

「す、すいません。でも観客席のみんなは無事アリーナから出ました」

 

『それはまあいい。だが何故そこにいると聞いている』

 

やはり戦いの場に飛び込むのは無茶だったか。

それでも苦戦する二人を見て黙ってはいられなかった。

 

「ふ、二人より三人がいいと思って…」

 

『理由にならん。ヒヨッコが三人束になったところで変わらん』

 

確かに千冬の言う通りだ。

黙っていられなかったのも明確な作戦などなく、ただ感情で動いてしまっただけ。

それでも。

 

「織斑先生の言う通りだと思います…。でも今飛び出せたのは僕だけだったから…」

 

自分しかできない。だから飛び出した。

 

「来るわよ!」

 

黒いISのビームが三人を襲う。

三人は空中に散らばる。

 

「何ができるかわからない、けどやらなきゃ何も変えられないから!」

 

翔介は近接ブレード・葵を呼び出す。

 

「ああ、その通りだ翔介!」

 

「しょうがないわね、行くわよ。あんたたち!」

 

「うん!」

 

『お前たち…』

 

三人はそれぞれ手にした武器で黒いISに立ち向かう。

さっきの組付きでわかったが、どうやらあのISも全ての攻撃に対応できるわけではないようだ。

 

「それなら二人が陽動。もう一人が本命ってことでどうかしら?」

 

「なら誰が本命で行く?」

 

「それは一夏、あんたでしょ」

 

「俺?」

 

この中で一番有効打を叩き込めるのは一夏だ。

一夏の白式の単一仕様能力・零落白夜。直接シールドエネルギーにダメージを与えることができる能力。

相手がどれだけ熟練だとしても使用しているのがISであるならばそこに例外はないだろう。

 

「なら僕と凰さんであのISの気を引いて、隙を見て織斑君が攻撃、だね」

 

「わかった! なら行くぜ!」

 

一夏の合図と同時に三人は黒いISに目掛けて飛んでいく。

一夏はあえて視界から外れるようにISの背中側へと飛ぶ。そしてそれを気取られないように鈴と翔介が真正面から攻撃を仕掛ける。

 

翔介の葵と鈴の双天牙月がISを襲う。

しかしその攻撃を黒いISは受け止める。だが、作戦通りだ。

 

「もらったぁ!」

 

背後から一夏が雪片を振るう。

それすらも見抜いていたかのように黒いISは二人の武器を受け止めたまま振り回す。

 

「うわっ!?」

 

三人はもつれるように地面に転がる。

 

「くそっ! これでも駄目かよ!」

 

「何度でもやるしかないよ! 動ける限りやらなきゃ!」

 

「はは、翔介。あんた結構根性あるじゃない」

 

それでも三人の心はまだ折れない。

ふらつきながらも立ち上がる。

だがそろそろISの限界が来ている。そもそも一夏と鈴は直前まで二人で試合をしていたその機体ダメージが残っている。

 

その時だ。

 

 

「一夏! それくらいの敵を倒せずなんとする!」

 

アリーナ中に声が響く。

そこには箒が観客席から声を張り上げていた。

 

「箒!?」

 

そしてその声に反応したかのように黒いISは箒に銃口を向ける。

 

「箒! 逃げろ!」

 

一夏が叫ぶも既に黒いISはビームを収束させ、生身の箒へ向けて放つ。

箒の眼前にビームが迫る。

 

 

「篠ノ之さん、危ない!」

 

 

箒の前に銀灰色の壁が立ちはだかる。

 

「ぐううううううっ!!!」

 

そこには打鉄の両肩に装備された楯でビームを防ぐ翔介がいた。

 

「道野!?」

 

「篠ノ之さん、今のうちに逃げて!」

 

必死にビームを防ぐ。しかし安全用のシールドを破壊するほどのビーム。

ビキリ、ビキリと両肩の盾にひびが入り始めて。

 

 

 

楯が弾けた。

 

 

その瞬間、翔介は爆炎に包まれた。

 

 

「「翔介!」」

 

「道野‼」

 

爆炎の中から翔介が墜落していく。

地面に倒れた翔介はピクリとも動かない。

 

「翔介! 千冬姉! 翔介は!?」

 

『バイタルはある。気絶しているだけだ』

 

千冬がそう告げるも声に焦りが見られる。

幸いにもISのシールドが操縦者を守ってくれたようだ。しかし、完全には衝撃から守り切ることはできず翔介は気絶してしまったようだ。

 

『これ以上は危険だ。織斑、凰。道野を連れて脱出…』

 

「この野郎! やりやがったな!」

 

千冬が言い切る前に一夏がいきり立つ。

そして鈴の前に立ち、背を向ける。

 

「鈴、やってくれ!」

 

「どうなっても知らないわよ!」

 

鈴は衝撃砲の照準を一夏の背中に合わせる。

ドンっという音と共に一夏の背中に衝撃が走る。

 

一夏は鈴の衝撃砲で自らを加速。これは瞬時加速と言われ放出したエネルギーを再度取り込み爆発的な加速を生み出すものだ。本来は自身のスラスターのエネルギーを利用するが外部からでも使用可能となる。

加速した一夏は雪片を振るい黒いISへと斬りかかる。

 

一夏の雪片が黒いISの片腕を断ち切る。

しかし、もう片腕のカウンターを受ける。さらにそこから熱源反応。

更にビームで一夏に追撃するつもりのようだ。

 

だが。

 

「狙いは?」

 

『バッチリですわ!』

 

レーザーの一斉掃射が黒いISのコアを撃ち抜く。

ボムっとその機体が爆発を起こし、黒いISはついに地面に堕ちた。

 

「ナイスタイミングだ、セシリア」

 

一夏の作戦はこうだ。

自身の零落白夜でシールドエネルギーを断ち切り、無防備となったところを観客席からセシリアがコアを狙い撃つというものだ。

 

結果的に上手くいった。

 

「いいえ、お役に立てたのならば」

 

観客席にいたセシリアもアリーナへと降りてくる。

これで襲撃者も制圧できた。この騒動もこれで終わりだろう。

 

「そうだ、翔介!」

 

一夏は自身の幼馴染を庇って倒れた翔介の下へと駆けつける。

鈴とセシリアも彼の下に集まる。

 

「翔介、しっかりしろ!」

 

「あまり動かしてはいけませんわ、後は教官たちを待ちましょう」

 

「そうね、しかしこいつも無茶するわね」

 

それでも戦いは終わった。

三人の気も抜ける。

 

 

 

ゾクッ!

 

 

三人を嫌な気配が襲う。

振り向くとそこには倒したはずのISが立ち上がり、今まさにビームを放とうとしている。

 

ヤバいと本能が判断する。

しかし今避ければ翔介が危ない。

三人は咄嗟に翔介の壁になるように防御姿勢を取る。

 

そんな三人をビームの光と爆炎が包んだ。

 

 

爆炎が収まるとそこには三人が倒れている。既にISも解除されてしまった。

一夏や鈴は既に限界が来ていたため仕方ないが、ほぼ余力を残していたセシリアですら一撃で解除されてしまっている。

 

「ど、どうなっていますの、コアは確かに撃ち抜いたはず…!」

 

「っていうか、あいつ姿変わってるわよ…!」

 

鈴の言う通り、黒いISの姿は先ほどまで戦っていた姿と異なっている。

まず一夏が断ち切ったはずの片腕が元に戻っている。自然に修繕されると言ってもあまりにも早すぎる。

そしてそのボディには見たことのない紋様が浮かんでいる。それがどこか禍々しい印象を受ける。

 

黒いISは再度ビームを収束させ、無防備な三人に放つ。

万全のISすら一撃でノックアウトさせたビーム。それをなんの対策もされていない人間に放てばどうなるかは火を見るよりも明らかだ。

 

「一夏ぁ!!」

 

 

箒の悲痛な叫びが木霊する。

 

一夏たちは来たる衝撃に目をつぶる。

やがて光に包まれて…。

 

 

 

 

 

 

しかし、いつまで経っても衝撃は来ない。

 

恐る恐る目を開く。

 

 

「翔、介……?」

 

 

三人の前には赤と銀の機体に乗った翔介が立っていた。

 

 




今回は長くなってしまいました。
戦闘描写って難しいですね。



次回、遂に発動。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18話

お気に入り登録五十件突破!

まさかこんな短い間にここまで行くなんて思いもしませんでした。
これからも更新していきますので、どうかよろしくお願いします。

さて本編も原作1巻クライマックスのオリジナル展開となります。

分かる人にはわかる、はず。


「翔、介…?」

 

目の前に立ちはだかる後ろ姿を見て一夏が声をかける。

翔介はゆっくりと振り向く。

一夏たちはぎょっとする。普段彼の瞳は日本人特有の黒い瞳だ。

しかし今の彼の瞳は赤く染まっている。

 

さらに彼が纏うISが変わっている。

姿形は打鉄に似ているがカラーリングが大きく変わっている。

本来の打鉄のカラーは灰銀色となっているが今の打鉄は銀色のボディに赤いラインが描かれている。

 

そして極め付きはその胸に光る青い宝玉。

明らかに打鉄には付いていなかった装飾だ。

 

「あんた、本当に翔介…?」

 

明らかに様子のおかしい翔介。

それに先ほどまで気を失っていたはず。ISを乗り換えている暇などなかった。

 

 

カッと黒いISからビームが放たれる。

 

 

「翔介!」

 

一夏が声を張り上げる。

それに触発されたように翔介は素早く振り向き、腕で長方形を描く。すると光の壁が発生しビームを防ぐ。

さらに防がれたビームが反射し黒いISへと向かっていく。

黒いISは横にステップして回避する。

 

反射されたビームはアリーナの地面をえぐる。

明らかに再起動する前より威力が上がっている。

 

翔介は大地を蹴り跳ねる。

黒いISはなおもビームで迎撃してくるも、一飛びで一気に間合いを詰める。

懐に飛び込むと手刀を連続で三発。そのボディに叩きこむ。

 

黒いISの身体がぐらりと傾く。

しかしすぐさま大きな腕で薙ぎ払う。翔介は薙ぎ払う腕を両手で受け止めると流れるように背負い投げ。

黒いISは受け身を取る間もなく地面に叩きつけられる。

 

翔介の攻勢は止まらない。

受け止めた腕をジャイアントスイングの要領で振り回し、今度は壁へと投げつける。

だが黒いISもやられてばかりではない。

 

投げつけられた黒いISはまるで蜘蛛のように壁に張り付く。

するとバリッとその背中が破け、そこから砲身がいくつも生えてくる。

砲身は翔介に狙いをつけビームを放つ。

 

翔介は空へと飛びあがる。腕を伸ばしまるで水泳選手のような態勢で空を上る。

襲い来るビームの嵐を空中で躱していく。

 

 

「どうなってるんですの…?」

 

「あれ、本当に翔介…?」

 

三人の知る翔介はようやく空中を飛ぶことができるようになったばかりだ。

それが今目の前で襲撃者と戦っている翔介はまるで別人だ。

実力を隠していたのか。

いや、あの少年がそんな器用な真似ができるわけがない。

 

翔介は空中でビームを躱し、壁を蹴る。

そして黒いISへと接近。

二つの影が交差する。

 

 

バキンっ!

 

 

激しい金属音を鳴らしISの背中から生えた砲身が両断される。

 

一体何が起きたのか。

 

よく見れば打鉄の手にはエネルギーが貯められている。そのエネルギーを刃状にし、手刀で砲身を断ち切ったのだ。

 

そして今度はそのエネルギーをリング状に形成する。

リングは高速回転する。それは丸鋸のように見える。

翔介は光のリングを投げつける。

 

高速回転するリングは黒いISの片腕を両断する。さらに翔介は続けざまにもう一つ光のリングを投げつける。

今度はもう片方の腕を断ち切る。

 

迷いのない攻撃。

それはやはり一夏たちの知る翔介からは想像できないものだ。

 

両腕を断ち切られ、成す術をなくした襲撃者。

 

翔介はそんな襲撃者を見据えている。

すると胸に輝いていた青い宝玉が赤に変わり、点滅を始める。

 

黒いISがビームを収束し始める。

苦し紛れの一撃なのか。しかし、その狙いは一夏たち。

 

「くそっ…させるかよ…!」

 

一夏はふらつきながらも鈴とセシリアの前に立ちはだかる。

だがそれを遮るように翔介がさらに一夏の前へと立つ。

前に出るなと言っているようだ。

 

胸の点滅が早くなる。

 

翔介は足を踏ん張り、腰を落とす。

胸の宝玉からバチバチと両手にエネルギーが伝わっていく。

 

黒いISがビームを放つ。

 

翔介が腕を十字に組む。

その瞬間集められたエネルギーがスパーク。

青白い光波熱線がその腕から放たれる。

 

光と光がぶつかり合う。

しかし拮抗したのは一瞬。翔介から放たれた光波熱線が黒いISのビームをかき消していく。

 

そして光波熱線は黒いISを飲み込んだ。

 

 

『キケンド……ニン…スぺ…ム…』

 

 

光が収まる。

アリーナの地面には砕けたIS。

そして翔介。胸の宝玉の点滅が早鐘のように鳴り響いている。

 

戦いが終わったことを感じ取ったのか赤と銀の打鉄が元の灰銀色に戻る。

 

「ふぅ……」

 

翔介はそのまま倒れこむ。

しかもISを装備したままだ。

 

「しょ、翔介!」

 

「翔介さん!」

 

三人は慌てて駆け寄り、打鉄から翔介を引っ張り出す。

 

「すー…すー…」

 

引っ張り出された翔介は安らかな寝息を立てていた。

 

「…寝てる?」

 

「寝てますわね」

 

「こいつ、神経図太すぎでしょ」

 

寝てるだけとわかり、すっかり脱力する。

 

「にしても何だよ、アレ」

 

「アレってどれよ。もう色々ありすぎてこっちは頭ゴッチャゴチャよ」

 

「何はともあれ、後は教官に頼みましょう」

 

「「賛成ー…」」

 

セシリアの言葉に一夏と鈴も地面に大の字で倒れこむのだった。

 

 

 

 

「道野…」

 

観客席では箒がアリーナの地面に寝ている翔介を見て呟いた。

 




本日は短いけどここまで。


襲撃者を謎の力で撃破した翔介。
これで事件も一件落着…のはずだけど少しばかりひと悶着ありそうです。

翔介の力は一体何なのか。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19話

暗い部屋。いや、部屋にしては狭い。

周辺には小さなモニターが映し出されている。

部屋の中央には女性が一人椅子に座りながら投影式キーボードをタイピングしている。

青いエプロンドレスに、ウサギのようなヘッドセット。豊かなプロポーションを持っているが、ほとんど眠らないのか目元の隈が不健康さを物語っている。

 

彼女こそが篠ノ之箒の姉にして、ISの開発者である篠ノ之束だ。

 

束はモニターを見つめている。

そこにはIS学園に乱入してきた黒いISと一夏たちの戦いが映し出されている。

この映像は小型カメラを搭載した飛行ユニットから撮影したものだ。

 

「流石はいっくん。私があげた白式を上手に使ってくれてるね」

 

そう、一夏の駆るIS・白式は彼女が与えたものだ。

元々白式は倉持技研という企業で作られていたものだが、未完成のまま凍結。それを束がもらい受け完成させたのだ。

そして今回IS学園を襲撃した黒いISを作り出し、送り込んだのも彼女だ。

その理由は一夏の力を試すこと。自らが作り与えた白式をどれほど使いこなせているかを見定めることが目的だった。

その為には強力な敵役が必要だった。それもその辺の凡人が乗ったISでは役者不足。ならば簡単。

自分が組んだデータだけで動くISを送ればいい。

あの無茶苦茶な機動も容赦のない攻撃も全ては設定されたデータだけで動く無人機によるものだからだ。

 

結果としては上々だ。

 

ただいくつか不満がある。

できればトドメまで一夏にやってほしかった。

折角お膳立てしたのにどこぞの凡人が決めてしまった。

 

まあ、その辺はいいとしよう。

 

それ以上の不満があるのだから。

 

もう一人の男性操縦者。道野翔介の存在。

途中から乱入してきた男。ただでさえ一夏の周りに邪魔くさい奴らがいるというのに。

妹の箒を庇ったことだけはミリ、いやナノ単位で評価してもいい。

 

想定外もあったが事態はほぼ束の思惑通りにいった。

 

 

途中までは。

 

 

無人機はコアを破壊され完全に停止したはずだった。

コアはISにとっての心臓。そこを破壊されればどんなに強力な機体だとしても動くことはできなくなる。

しかし無人機は立ち上がった。

それも自分が設定していない能力まで発動して。

 

始めは誤作動かと思い停止コードを入力する。だが無人機はそれを受け付けずさらに暴れだした。

どこからかのハッキングかとも思ったが、まず束にハッキング攻撃を仕掛けてくるものなどいるわけがない。自分がそんな下手を打つわけがないという自信がある。

 

そして。

モニターに映ったのは赤と銀のカラーリング、胸に青い宝玉をつけた打鉄。

そこからは一方的な展開だった。

無人機のビーム兵器を跳ね返すバリア、リング状のエネルギー武器、無人機にトドメを刺した光波熱線。

 

姿形は打鉄だ。

だが打鉄にその様な兵器は装備されていない。ISの装備には似たようなものはあるが、威力や効果が全然違う。

 

束はもう一度打鉄と無人機の戦いの映像を見直す。

最初は青く輝いていた胸の宝玉が赤に変わり、点滅を始める。そこからその姿が解除されるまでの時間。およそ三分。

あの胸の宝玉は力を維持できる時間を知らせるタイマーのようなものなのだろうか。

 

 

わからないことが多すぎる。

だからこそ気にくわない。

束はISの開発者である。ISで知らないことなどない。

自分の手を離れて開発されたとしても分からないことなどない。

何故なら自分は天才であるから。

だが、この兵器や姿は一切情報がない。そもそもこの打鉄は学園で用意されている訓練機。こんな機能はついているものではない。

 

ならばこの力はなんなのか。

 

凡人以下のはずだったこの男がどうしていきなりこんな力を発揮したのか。

 

束はモニターに映る凡人に冷たい視線を送る。

 

 

「誰だい、お前?」

 

 

---------------------------------------------------------------

 

夢を見ていることがわかる。

何故なら今目の前にいるのが幼い頃の自分だからだ。

しかし、今どこにいるのかだけははっきりとしない。

 

ホールのような広い空間。周辺には机が置いてあり、その上にはパソコンやモニターが置かれている。屋根が展開式になっており、そこからは夜空が見える。そしてその夜空に向かって大きな天体望遠鏡が伸びている。

そこから察するにここは天文台かどこかなのだろう。

 

だが翔介にはとんと検討がつかなかった。

それとも自分が忘れている記憶の中の一部なのか。

 

翔介は思い出があやふやになっている時期がある。

思い出そうとして見てもはっきりとは出てこず、辛うじて彼が幼い頃気に入っていた絵本やアニメのことくらいは思い出せる。

だがどうしてもそれ以外の思い出が思い出せないのだ。

 

目の前にいる幼い翔介はパタパタと机の上の資料や望遠鏡をのぞき込んでいる。

忙しなさは子ども特有だろう。

やがて望遠鏡を覗いていた幼い翔介が「あっ」と声を上げる。

翔介は幼い自分が見ている方向に顔を向ける。

 

すると夜空からまるで流星が落ちてきて、そのまま翔介の方へと向かってくる。

翔介の視界は光で真っ白に染まった。

 

 

ハッと気付くとそこは学園の保健室。

ついこの間もここで目覚めたような気がする。

何か夢を見ていたような気がするが、目覚めると同時に忘れてしまった。

 

「えっと…そうか、篠ノ之さんを庇って…」

 

学園を襲撃してきたISから箒の盾となってそのまま撃墜されたのだった。

見たところ怪我は全然ないようで改めてISの絶対防御の凄さを実感する。

この静けさからも察するにどうやらあの襲撃者は倒されたようだ。

 

そんな風に考えていると保健室の扉が開く。

 

「道野!? 目を覚ましたのか!」

 

噂をすれば影が差す。

入ってきたのは篠ノ之箒だった。

 

「あ、篠ノ之さん。怪我とかなかった?」

 

翔介が真っ先に聞いたのは箒の安否だった。

その様子に箒は一瞬呆気にとられた顔をするがすぐに顔をしかめる。

 

「馬鹿者! それはこちらの台詞だ! 第一なんであんな無茶を…!」

 

すごい剣幕で捲し立てるが、途中で言葉が尻すぼみになる。

 

「いや、違うな…」

 

先程とは一転。

箒は翔介に向けて頭を下げた。

 

「すまない、そして…ありがとう」

 

「え? ど、どうしたの?」

 

「お前のお陰で命を救われた」

 

箒は頭を下げたままそう告げる。

 

「そのせいで逆にお前が危険な目に遭った…頭を下げるのは当然だ」

 

「あ、ああ、そういうことか…。その、気にしないで? 僕もほぼ夢中で飛び出してたし」

 

「それでも、だ」

 

顔を上げて欲しいというとようやく箒が顔を上げる。

 

「道野。私を殴ってくれ」

 

「ええっ!?」

 

いきなりとんでもない要求をしてきた。

 

「私の勝手でお前に迷惑をかけてしまった。だからケジメをつけたい」

 

「ケジメって言っても…」

 

「このままでは私も自分を許せないままなんだ。頼む」

 

ケジメで女の子を殴るのは流石に気が引ける。

そもそも翔介からすればあの時の行動は体が勝手に動いたものであり、箒が気に病む必要はないと考えている。

だが、彼女からすれば自分のせいで翔介を傷つけてしまったと気に病んでいるようだ。

 

本来であれば彼女の希望は断るところだ。

しかしそれでは気が済まないのだろう。何よりここで断っては彼女自身にずっと負い目を負わせることにも繋がりかねないかもしれない。

 

「わかった…じゃあ」

 

翔介が手を上げる。

箒は痛みに備えるように目を閉じる。

そして翔介は手を振り下ろす。

 

ベシッ

 

箒のおでこを軽く叩く。

 

「はい、これで終わり」

 

「なっ、待て! これでは」

 

まだ不満そうな箒。

 

「まあまあ、少し話そうよ。座って」

 

翔介が椅子を勧めると渋々と言った様子で座る。

 

「まずはケジメについてだけど、僕はこれでいいと思ってるよ」

 

「だが…!」

 

「篠ノ之さんが納得できない気持ちはわかるよ? でもね、そもそもどうしてケジメをつけようと思ったの?」

 

「それは…」

 

自分が勝手なことをして翔介を危険な目に合わせてしまったから。

 

「じゃあ、どうして篠ノ之さんはそんなことしたの?」

 

「……居ても立ってもいられなかった。あの黒いISと戦う一夏やお前たちを、苦戦するお前たちを見ていたら…」

 

何もできないのは分かっていた。無防備な姿で前に出ればどんな危険があるか。それでどれだけ迷惑をかけるか。

だけどそれでも声を張り上げずにはいられなかった。

 

「僕もね同じなんだよ」

 

「同じ?」

 

「僕もあの時は無我夢中だった。篠ノ之さんが危ない、なら行かなきゃって」

 

もっと上手なやり方があったかもしれない。

だけどそんなことを考える暇はなかった。考えるより前に体が動いた。

だから庇ったことに箒が気に病むことなど一つもないのだ。

 

「それに篠ノ之さんは勝手なことしたっていうなら僕だって勝手なことしたんだよ?」

 

そもそも翔介は格納庫内で待機するようにと言われていた。

だが一夏たちや他のクラスメイト達が心配で整備中だった打鉄に乗り込んだ。

 

「だから僕はあんまり篠ノ之さんにどうこう言うことはできないんだよね」

 

あははと笑う翔介。

 

「道野、お前は…」

 

「あ、でもちゃんと反省はしないとね。危ないことしたのは本当なんだから」

 

「あ、ああ…」

 

怒っているわけではない。

ゆっくりと穏やかに教え諭すように。

その様子を見ていると一夏と喧嘩をしたときのことを思い出す。

 

あの時もこんな風に諭された。

そしてあの時はこの後。

 

「でもね、その人を応援したくなるっていう気持ちはわかるよ」

 

そう、こうやって肯定もしてくれた。

 

「知ってる? 人の言葉には力があるって」

 

「言霊と言うやつか?」

 

「うん、人を想って話す言葉には力が宿るんだって」

 

だから、と続ける。

 

「これからも誰かを応援するっていう気持ちは忘れないでほしいかな」

 

翔介はどうしてこんなにも穏やかなのだろうか。

箒がしたことは人から見れば危険で考えなしの行動。むしろ疎まれたとしても仕方ないと自分でも思うほどだ。

だが彼は疎ましく思うどころかこちらの心配すらしてくる。

 

「お前は…」

 

「うん?」

 

 

 

「本当に変なやつだな」

 

 

 

箒はここに来て初めて笑った。

 

 

それから数分後。

ふと翔介が問い掛ける。

 

「それにしてもやっぱり織斑君達ってすごいね」

 

「どういうことだ?」

 

 

 

 

「だってあの黒いISを倒したのって織斑君達だよね?」

 

 

 




本日はここまで。

次回からは原作一巻と二巻の間の物語。

戦いを終えた翔介の次の試練は。


お師匠さまとのデート?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20話

「ふわぁ…」

 

翔介は大きなあくびをかみ殺す。

黒いISの襲撃事件から一日が経った。

昨日は散々だった。怪我は全然なかったが精密検査と言われて長い時間をかけて検査され、その上終わったと思いきや千冬の説教が待っていた。

格納庫やアリーナの扉を壊したのは今回大目に見てもらったが、そもそも格納庫で待機していろと言われたところを勝手に飛び出したことについてはがっつり絞られることに。

だが生徒たちを助けたということで反省文の提出だけで済んだ。

 

とはいえ早急に提出するようにと言われ昨日は夜中まで起きて書いていた。

 

そのせいか今はとても眠い。気を抜いたらそのまま眠ってしまいそうだ。

今日は休日。本当だったら寝ていたいけれど今日は既に予定があった。

 

あったのだが…。

 

「お師匠さま、遅いなぁ…」

 

学園の校門前で集合と言われていたが、約束の時間から三十分も遅れている。

するとトントンと肩を叩かれる。

叩かれた方を向くとムニッと頬を押される。

 

「にゃにひゅるんでひゅか、おひひょうひゃま?」

 

「うふふ、隙だらけよ」

 

そう言って笑うのは楯無であった。

扇子には『油断大敵』と書かれている。

 

「随分と眠そうね」

 

「昨日は遅くまで反省文書いてたので…」

 

「織斑先生にかなり絞られたみたいね。それなら私からは特別お説教は無しにしておきましょうか」

 

「あ、ありがとうございます…」

 

流石に昨日の今日で二度目の説教は勘弁願いたかったのでありがたい。

振り向くと今日の楯無は制服ではなく、私服であった。

 

「ところでお姉さんに何か言うことないかしら?」

 

「えっと…おはようございます?」

 

「はい、おはよう。でもそれじゃないんだなぁ」

 

そう言って楯無はクイクイとこれ見よがしに服を示す。

 

「あ、服似合ってます」

 

「はい、ありがとう」

 

今度は扇子に『正解』と書かれている。

どうやらこれでよかったようだ。

 

「あの、それでこれからどこに行くんですか?」

 

「もうせっかちさんはモテないわよ?」

 

せっかちと言われるがそもそも何も聞かされていないのだから気になるのも仕方ないような気がするが。

それでも着いてからのお楽しみと言われてしまう。

 

「それじゃあ行きましょうか」

 

楯無も来たので駅へと歩み始める。

 

「ちょっと待ちなさい」

 

すると背後から楯無に呼び止められる。

振り向くと今度の楯無は真面目な表情をしている。

 

「翔介君、本当に調子は大丈夫?」

 

「え? あ、はい。そもそも打鉄の絶対防御のお陰で怪我も全然しませんでしたし」

 

「…そう」

 

「それがどうかしましたか?」

 

「うぅん、なんでもないわ。行きましょうか」

 

楯無が歩き出すと翔介もそれに倣って歩き始める。

だが楯無は隣を歩く少年を見ながら昨日のことを思い出していた。

 

----------------------------------------------------

 

襲撃事件の報を聞き急いで学園に戻った楯無。

学園に戻って早々地下にある部屋に呼ばれていた。

 

部屋に入ると千冬と真耶が待っており、部屋の中央のデスクにはバラバラになったISらしきものが置いてあった。

 

「急に呼び戻してすまなかったな」

 

「いえ、話は聞きましたが…」

 

チラリとデスクの上を見る。

 

「それが襲撃者ですか。そして…」

 

「ああ、道野が破壊した」

 

電話先でも聞いたがいまだに信じられない。

訓練を始めてから確かに上達はしてきているが、ここまでのことができるとは到底思えなかった。

 

「信じられないといった様子だな」

 

千冬が先んじて真耶に指示を出す。

すると真耶がモニターに映像を流す。そこには黒いISと一夏たちの戦いの一部始終が映し出されている。さらにコアを破壊されたはずのISが再び異様な姿で動きだす様子。そして翔介が単身立ち向かい、光波熱線で破壊した。

 

「以上が一部始終だ。信じられんかもしれんが道野が完全破壊したのは間違いない」

 

「レーザーを跳ね返す光の障壁、リング状のエネルギー兵器、そして光波熱線。どれを見ても打鉄の装備にはないものですね」

 

「はい、戦闘後道野君が使用した打鉄を解析しましたがその様な兵装は確認されませんでした」

 

そうなるとあの武器は一体どこから来たのか。

謎は深まる。

 

「まったく、おかげで無人機という衝撃が薄れてしまうな」

 

「無人機ですか?」

 

「ああ、見ての通り襲撃してきたこのISに搭乗者はいなかった。となれば無人機という結論しかあるまい」

 

確かに千冬の言う通り映像内でもこのISには人間らしい動きを感じられなかった。どんな攻撃を受けても最善手で返すというプログラムのような。

 

「今回の事翔介君は?」

 

「それなんだが…」

 

「道野君、この時のことを覚えていないみたいなんです」

 

「覚えていない?」

 

あの事件が終わってから関わった者全員に事情聴取を行った。

一夏、鈴、セシリア、箒の四人は全員がほぼ同じような内容を語ったが、唯一翔介だけは箒を庇ったところまでの記憶しかないと言った。

 

嘘を吐いている様子もなかった。

そもそもここで嘘を言っても意味がないだろう。となれば本当に庇った後の記憶はないという事になる。

 

「この映像の事、翔介君には?」

 

「伝えていない。今伝えても混乱するだけと判断した」

 

さらにこのことは見ていた全員に緘口令がしかれることになった。

これも本人に無用な混乱を与えないためとしている。またあの兵器の正体を知るまではできるだけで知らないほうがいいという考えでもあるようだ。

 

「更識もこのことは許可を出すまで道野に話すな」

 

「わかりました」

 

-------------------------------------------------------

 

「お師匠さま?」

 

翔介に声をかけられて我に返る。

 

「どうしたのかしら?」

 

「そろそろ電車来ますよ?」

 

どうやら昨夜のことを思い出していたらいつの間にか電車の時間になっていたようだ。

数分もしない内に電車がやってくる。

休日だが座席は座れるくらいに空いていた。

二人が座るとすぐに扉が閉まり、電車は走り出す。

 

「それじゃあ街のほうまで行くわよ」

 

「はい」

 

そう言って隣に座る少年は昨日の映像で見た彼とは全然違う。

だがあれは間違いなく翔介であった。

実力を隠していたという事でもなさそうだが。

 

「おお…」

 

翔介は車窓から見える都会の様子に声を上げる。

都会に来て半月。まだしっかりと街に出たことがなかった。

眠いけど、正直楽しみが勝っていた。

 

「うふふ、そんなに目を輝かせて。お上りさんに見えちゃうわよ?」

 

「実際、僕お上りさんですし」

 

わくわくが止められないといった様子の翔介。

故郷の田舎はもちろん大好きだが、新しい世界とも言える都会にも興味は深々だった。

 

「あの、お師匠さま」

 

「あら、何かしら?」

 

「そろそろどこに行くか教えてくれませんか?」

 

当日を楽しみにしていろと言われてきたがやはり気になる。

楯無は少し考えてから「まあ、いいでしょう」と教えてくれるようだ。

 

「今日行くのはある企業よ」

 

「企業?」

 

「そう、ISにも色々な企業があることは勉強したわね?」

 

楯無の問いかけに頷く。

一夏の白式の素体や打鉄のようなIS本体を作る企業や近接ブレードや銃のような装備を作る企業などISに関わる企業は多岐にわたる。

ISが今のように普及してからは現在まで企業間の競合が続いている。

 

「翔介君の打鉄は学園からの貸し出しだけど、あなたの使いやすいようにカスタマイズすることも許可されているわ。つまり打鉄をあなた色に染め上げるのよ。その為にあなたの装備を専任で作ってくれる企業を探したの」

 

「専任で装備を?」

 

「そう、翔介君。どこの企業が性能がいいとか見分けがつく?」

 

「それは…」

 

正直な話、見分けることはできない。

何が良くて何が悪いのかの見極めは大事であるとされてはいるが、そもそもの基準がよくわかっていない。

 

「そう思って私がチョイスしたの。間違いなく信頼できるところだし、翔介君の目標にも合致すると思うわ」

 

「目標ってこの前に聞いてきた?」

 

『宇宙に行きたい』

その目標にも合致するとはどういうことだろうか。

 

「それでどういう企業なんですか?」

 

 

 

「宇宙航行科学特殊研究所。通称『科特研』よ」

 

 

 




本日はここまで。

今回は場面があまり動きませんでしたが、次回のお楽しみという事で。


楯無に連れられて向かう先『科特研』。

一体どういう場所なのか。

次回をお楽しみに。

分かる人にはわかる名前。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21話

駅に着くと楯無の先導を受けながら目的地へと向かう。

空を覆うようなビルが並び立ち、どこか圧迫感を感じる。

そして初めて学園に来た日も同じことを思ったが通りを歩く人の多さに目を回しそうだ。

 

「大丈夫、翔介君?」

 

そうしていると楯無が声をかけてくる。

 

「やっぱり都会って人が多いですね…」

 

「今日は休日だから尚更ね。科特研までもう少しだから頑張りなさい」

 

楯無に励まされながら人の多い道を歩いていく。

しばらく歩いていくと規則的に並ぶビル群の中で変わった形の建物が見えてくる。

なんというか台形状の建物と平行四辺形状の建物がくっついたような建物だ。都会にはこんな建物もあるのかと感心してしまう。

 

「さあ、着いたわよ。ここが科特研よ」

 

「ここが…」

 

変わった建物と思ったがここが目的地のようだ。

建物の目の前には飛行機のモニュメントが設置されている。赤と銀に流線形の姿がシンプルながらカッコよく見える。

さらに赤と青の流れ星のようなマークはこの会社のロゴだろうか。

 

「それがこの企業のメイン商品のジェット機よ。小型だけど装備によっては宇宙空間にも行けるようになるらしいわ」

 

「へ~…」

 

「ただ今はその計画も凍結されてるらしいけれどね」

 

「どうしてですか?」

 

「元々ISが宇宙空間用のマルチスーツだったのは知ってるわよね? このジェット機はISと一緒に宇宙空間で活動するために開発を進めていたのだけどISの宇宙空間での使用も凍結されちゃったからその影響でね」

 

なかなかままならないものである。

もし宇宙空間での活動が想定通りに進んでいれば、この宇宙をこのジェット機とISが飛び回っていたのだろうか。

 

「ただその代わりに今はISの装備開発を主に行ってるの」

 

そろそろ行きましょうか、と楯無が建物のロビーに入っていく。

中に入ると受付に一言二言話しかける。

すると数分くらい待っているとロビーに人がやってくる。

青いブレザーとグレーのスカートを履いた女性だ

 

「ようこそ、科特研へ。あなたたちがIS学園の更識さんと道野さんね」

 

「はい、本日はお忙しい中お時間を作っていただきありがとうございます」

 

普段のおちゃらけた様子は鳴りを潜め、その様子を見ていると年上の余裕を感じられる。

 

「初めまして。私は安芸藤子です。ここでは事務員をしているわ」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

「そんなに緊張しなくてもいいのよ。それじゃあさっそくこちらにどうぞ」

 

藤子に連れられてビル内を案内される。

建物内を案内されながら広い部屋に通される。そこには四人の男性が座って待っていた。

 

「キャップ。お客様をお連れしました」

 

藤子がそう言うとキャップと呼ばれた壮年の男性が立ち上がる。

 

「やあ、待っていたよ。科特研所長の松村です。ここでは皆キャップと呼ぶから君たちも気軽にそう呼んでくれて構わないよ」

 

松村は人のよさそうな笑みを浮かべる。

 

「では他のメンバーも紹介しよう」

 

松村がそう言うと他の三人も椅子から立ち上がる。

 

「速田です。ここでは副所長をやっています。よろしく」

 

「山風だ。営業部長なんてやってる。なかなかいい目してるじゃないか!」

 

「井部です。開発主任をやっています。君が僕たちの発明を使ってくれるんだね」

 

それぞれの男性たちと握手を交わす。

自分とは違う大人の男性たち。キャップや藤子も含めてとても頼りになりそうな大人たちだ。

 

「この五人の方たちがあなたと打鉄の装備を用意してくれる方たちよ」

 

「よろしくお願いします」

 

「いやいや、こちらももう一人の男性操縦者の支援ができるなんて貴重な経験ができてむしろ感謝したいくらいだよ」

 

松村がニコニコと告げる。

 

「あの、ここってどんなものを作ってるんですか?」

 

ISの装備を作っているとは聞いたが装備と言ってもその幅は広い。

 

「ここではISの装備は何でも作っているよ。武器に周辺装備なんかを」

 

僕が作ってるんだよ~と井部が手を上げる。

 

「さて、道野翔介君。彼女から事前に聞いていたけど宇宙に行きたいんだって?」

 

速田が尋ねてくる。

それに楯無が自分の思う通りに言ってみると良いと告げる。

 

「はい、いつか宇宙に行きたくて」

 

その為にはもっと強く、もっと速く、もっと高く飛べるくらいの力が欲しい。

 

「それならやはりうちに来て正解じゃないか!」

 

山風が手を叩く。

先程の楯無の説明にあったように元は宇宙への装備を作っていたという科特研。

最初に楯無が翔介の目的に合致するといったのはそういう意味なのだろう。

 

「それなら武器よりまずはブースターを用意したほうが良さそうですね」

 

「うむ。速田、井部。すぐに用意できるものはあるか?」

 

「彼の機体は打鉄ですからね。選択の幅は広い」

 

打鉄はあらゆる追加装備に対応することのできる柔軟な性能をもった機体だ。その為か量産型でありながらその装備次第では強さが大きく変わる。

 

「最近作ったブースターはどうだ? あれならかなりの飛行速度が出るんじゃないか?」

 

山風がそう言うと井部がチッチッと指を振りながら割って入る。

 

「いやいや、待ってくださいよ山風さん。打鉄は確かに汎用性がありますがどちらかと言えば防御性能寄りの機体。同じ量産型のラファールと比べると飛行性能に劣ります」

 

井部が滔々と語る。

流石は開発主任。

 

「それに彼はいつかは宇宙へ行きたいと言ってるのであれば中途半端なブースターじゃあ駄目ですよ。ここはアレを使ってみるのはいかがでしょうか?」

 

「アレ?」

 

翔介が首をかしげる。

すると山風が眉を顰める。

 

「アレってまさかハイドロジェネードロケットの事か? あれはジェット用の装備じゃないか」

 

「ふっふっふ、そう言うと思いましたよ。この不肖、井部がこんなこともあろうかとIS用のロケットを開発していたのですよ」

 

不肖と言いつつもふふんと得意げに鼻を鳴らす。

 

「何ぃ!? 井部、そんなものがあるならなんで話しを通さないんだ。言ってくれれば営業で使えたっていうのに」

 

「井部、随分と張り切ってるじゃないか」

 

文句を言う山風に苦笑い気味の速田。

そもそもハイドロジェネレートロケットとは何のことだろうか。

 

「ハイドロジェネレートロケットは元々ウチで開発していたジェットの装備でね。大気圏突破や宇宙空間での安定した航行のためのものなんだ」

 

首をかしげる翔介に速田が教えてくれる。

ジェットとは建物の前に置かれていたジェット機のモニュメントの事だろう。

 

「大気圏突破って…」

 

「勿論、その辺はIS用に調整してありますよ。大気圏を突破することはできませんけど従来のブースターとは比べ物にならない代物になってますよ」

 

「そんなに凄いものを僕のためにいいんですか?」

 

「良いに決まってるじゃないか。君は僕たちの悲願を叶えてくれるかもしれないんだから」

 

井部は笑いながら告げる。

 

「悲願?」

 

「その通り。我々にとってもこの宇宙へ漕ぎだすことは大きな夢なんだよ」

 

松村が代わりに答えてくれる。

楯無の言っていた外のジェット機とISで宇宙を飛ぶという事はまさにその夢の形なのだろう。

 

「今は凍結しているISの宇宙空間活用も君のような夢を持つ若者が共に歩んでくれるのならばこれほど心強いことはない」

 

「僕が…」

 

「翔介君。君が宇宙に行きたいと言ってくれたのなら我々は夢を同じくする君を全力でバックアップしていく。そのつもりだよ」

 

科特研の全員が翔介を見つめる。

その姿を見て、改めてここにいる大人たちをカッコいいと感じた。

大人になっても夢を忘れず、今は難しくてもけして諦めずに前に進もうとする。そんな姿は翔介にとても大きて、とても輝いてみえた。

 

「……僕も宇宙に行くって大事な友達との約束があるんです。だから…よろしくお願いします」

 

「よし、商談成立だ」

 

「いやぁ、燃えてきますね!」

 

「俺たちの科特研魂見せてやろうぜ!」

 

翔介の言葉に五人が奮起する。

 

「改めてよろしく。道野翔介君」

 

速田は翔介に手を差し出す。

翔介はその手を取り、ともに固い握手を躱した。

 

 

 




本日はここまで。

どこかで聞いた企業名に職員名ですがわかる人にはわかるかと思われます。

科特研との企業提携をすることになった翔介。

ここから彼の打鉄がどう変わっていくのか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22話

科特研での顔合わせも終えて、二人は建物を後にしていた。

契約に必要な書類に関しては後々学園経由で届けられるとのこと。

そこまでの手続きをしてくれた楯無には感謝してもしきれない。

 

今は少し遅めの昼食を街中のカフェで摂っていた。

 

「翔介君どうだった? 科特研は」

 

「凄かったです。凄いと同時にカッコよかった」

 

翔介の正直な感想に楯無がうんうんと頷く。

 

「そう言ってくれたのなら探した甲斐があったわ」

 

楯無は翔介に打鉄を専用貸し出しすることが決まってから、訓練をしながらも探し回ってくれていたらしい。

 

「そういえばどうして科特研を僕に紹介してくれたんですか?」

 

ISの企業と言えば国内でも大小の規模を除けば相当数がある。

その中でも何故科特研を紹介したのか。

 

「あなたは世界でも二人の男性操縦者。そうなれば色々な企業があなたに接触してくる。その為にも既に企業と提携してることにした方が何かと良かったの」

 

既に企業に属しているとなれば他の企業があれこれちょっかいをかけてくることもなくなる。それが狙いのようだ。

 

「あそこなら間違いなく翔介君と気が合いそうだったからね」

 

それには素直に頷く。

科特研の面々とは宇宙へと羽ばたこうという思いを同じくする者同士。気が合うというのはこういう事だろう。

 

「科特研はこの業界の中でも特に評判のいいところでね。翔介君にはガチガチに戦闘用装備ばかり作っている企業よりこういうところの方があってると思ったの」

 

「確かに…」

 

武器ばかり紹介されても困ってしまう。

 

「まあ、これからは科特研の方たちとも長い付き合いになるでしょうから仲良くしなさい」

 

そう言って楯無は紅茶を啜る。

ゆっくりと味わうとカップを置く。

 

「うん、ここの紅茶もなかなかね」

 

「そういえばお師匠さまは生徒会室でもよく紅茶飲んでますね。お好きなんですか?」

 

「紅茶が好きと言うよりは虚ちゃんが淹れる紅茶が好きっていうのかしらね」

 

そんなにおいしいのだろうか。

少しだけ興味が出てくる。

ちなみに翔介は日本茶派である。故郷にいるときはたまに飲んだ抹茶なんかも大好きだ。

 

「そういえば…布仏先輩って三年生ですよね? なんでお師匠さまは名前で呼んでるんですか?」

 

楯無が仲のいい相手にはあまり畏まらない性格なのは良く知っているが、それとは別の気安さを感じる時がある。

 

「ああ~…えっと虚ちゃんとは子どもの頃からの知り合いで。そのせいかなぁ」

 

なんとも曖昧な感じの答え。

玉虫色の答えとはこういう事だろうか。

 

「へぇ…」

 

「さ、さあそんな事よりこの後はどうする?」

 

「この後って?」

 

今日の予定は科特研に翔介を引き合わせることだったはず。

他にも予定があっただろうか。

 

「言ったじゃない。今日はデートだって」

 

「え、あれって本気だったんですか!?」

 

てっきりいつもの軽口だと思っていたのだが。

 

「あら、男と女が二人で出かける。それはもうデートと言っていいのよ」

 

ドヤァと告げる楯無。

やはりいつもの軽口かもしれない。

 

「まあ、冗談はさておき。翔介君、まだ街の中を歩いたことなかったでしょ? いきなり一人で歩くのも大変だろうから案内役も兼ねてってことでね」

 

「案内ですか…」

 

「そう、どこか行きたいところはあるかしら?」

 

行きたいところといざ言われてみると思いつかない。

都会は故郷とは違って何でもある場所だ。

むしろ何を見ればいいのかわからない。

 

「悩んでるわねぇ、なら一通り回ってみましょうか?」

 

「それでお願いします…」

 

「わかったわ。それじゃあ洋服屋とか後は…」

 

そう言って楯無はあれこれとピックアップしていく。

その様子はとても楽しそうだ。普段から生徒会長なんて忙しい身なのだからこういう時ぐらい息抜きしたいのだろうと翔介は一人納得する。

 

余談ではあるがこの時の楯無は重要な仕事を虚に丸投げしてここに来ていた。

後々どんな目に合うかは火を見るよ明らかであろう。

 

 

 

あれから洋服店や文具屋、本屋などを回った。

改めて都会の利便さと言うか、物の多さを実感した。

今は色とりどりの看板が目立つ街へとやってきていた。どちらを向いてもアニメや漫画のイラストが目に入ってくる。

 

「ここは今でこそこういう町だけど昔は電気街でね。いろんなお店があるから掘り出し物なんか見つかるかもしれないわね」

 

楯無の話を聞きながら通りから見える店を眺めていく。

するとある一店舗に目が留まる。

その店はヒーロー物を専門に扱っているようで、つい先日に簪と一緒に観たアニメも棚に並んでいる。

 

「あら、翔介君。そういうの好きなの?」

 

「小さい頃によく観てました。それに僕がというよりは更識さんが喜びそうだなと思って」

 

そこまで言ってハッとする。

 

「そう…簪ちゃんも好きだったわね…」

 

やはり楯無のテンションが下がってしまった。

妹である簪の話をするとどこか思いつめるような表情をする。

 

他の家庭内事情に深く突っ込むのは褒められることではないと思うが、どうにもモヤモヤしてしまう。

それに日頃から世話になっている楯無に少しでも恩返しがしたいという思いもあった。

 

「あの…更識さん、妹さんとは、その…あまり話さないんですか?」

 

出来る限り言葉を選んで問い掛ける。

以前の楯無の様子を見る限り、彼女が簪を嫌っているという線はないはず。むしろ大好きすぎるという域にいるとすら思える。

それなのに二人が一緒にいる姿を見ないのは何か原因があるのではないのだろうかと翔介は考えたのだ。

 

「…そうね、あまり話さないというか話せないというか…」

 

「どうしてですか?」

 

「…ちょっとどこかに座りましょうか」

 

話が長くなると考えたのか楯無は近くのベンチを指差す。

流石に踏み込み過ぎかと思ったが話してくれるようだ。

 

 

どれほど力になれるかわからないが、楯無の話を聞くことにした。

 




本日は短いですがここまで。

ようやく語られる更識姉妹の確執。

翔介はその確執にどう向かい合うのか。

原作二巻に入る前に更識姉妹とのオリジナル展開となります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23話

「さて…どこから話したものかしら」

 

ベンチに座り楯無が呟く。

翔介は彼女が語りだすのを待つ。

 

「まずは私たちの実家についてね」

 

更識家。 

裏工作を行う暗部に対抗する対暗部用暗部。

まさに裏世界の要とも言える存在だ。

楯無とはその家系の初代当主の名前であり、更識家の当主は代々その名を継いでいるのだという。

 

「ということはお師匠さまの本名は別にあるってことですか?」

 

「ええ、流石にそっちは教えられないけどね」

 

本名を教えるということはそれだけ特別な意味を持つのかもしれない。

 

「私は幼い頃から当主になるべく色々と教え込まれてきたわ」

 

裏世界の住人として必要とされる全ての技術を習得した。

そして当初の予定通りに楯無は当主へと昇り詰める。

それだけであればまだ良かったのかもしれない。

 

優秀な姉の影に一人の妹がいた。

優秀な姉と常に比較され続け、次第に塞ぎ込んでいった。

元より内気で臆病な性格もあり、更に人を遠ざけるようになってしまった。

更に他者に甘えづらいという本人の考え方のためか自分自身を追い込むことに。

 

それでもまだ姉妹は仲良くできていた。

 

あの日までは。

 

「あの日って…何があったんですか?」

 

翔介が尋ねるも楯無は黙っている。

話すべきかどうかと戸惑っているようだ。

やがて重々しく口を開いた。

 

「更識家は裏の世界の住人。国益のためなら持てる実力全てを行使する責任がある。技、コネクション、策略…そして家族」

 

「それって…」

 

「簪ちゃんはとても優秀な子。例え当主でなくても更識の家にいる限り、裏の世界の仕事をすることになる。命の危険すらあり得る仕事を」

 

妹を心の底から愛する楯無にとってそれは許せるものではなかった。

例え更識家の宿命だとしても愛する妹を巻き込みたくはなかった。

 

 

 

「『簪ちゃん、無能でいなさい。簪ちゃんは何もしなくていいの』」

 

 

 

愛する妹をただ守りたい。

どうすれば更識家の宿命から逃れられるか。

 

使い物にならないと判断されること。そうすれば更識の宿命から逃れることができる。

 

幼い楯無が愛する妹に告げた最善、そして最悪の言葉。

 

翔介は言葉を失う。

 

「最低でしょ、私」

 

楯無が自嘲気味に笑う。

 

妹のためにと投げかけた言葉が、愛する妹を最も傷つけてしまったのだ。

それが更識姉妹との埋められない溝の正体。

 

「でも、それは更識さんを…」

 

「ええ、でも簪ちゃんにしてみれば今までの努力全てを否定する残酷な言葉」

 

「お師匠さま…」

 

「さあ、話はここまで。そんなに面白い話でもないしね」

 

楯無はそう言うとベンチから立ち上がる。

 

「そろそろ帰りましょうか。寮の門限もあるでしょ?」

 

そう言って歩き出す楯無。

 

「お師匠さま」

 

「何?」

 

「お師匠さまは更識さんと仲直りしたいですか?」

 

翔介が問い掛ける。

楯無はじっと彼を見つめ、フッと笑う。

 

「できるものなら」

 

そう言って笑う楯無の顔には影が差している。

そうなればいいと願う希望とどうあっても無理という諦念が入り混じった顔。

 

また翔介の胸の中にモヤモヤとした気持ちが渦巻き始めていた。

 

----------------------------------------------------

 

学園に戻ってきた二人。

しかし、二人の間には沈黙が流れている。

 

「…さあ、今日はお疲れ様。明日からも訓練はしていくから、いつも通りの時間にね」

 

「はい…」

 

暗い表情を見せる翔介。

 

「翔介君、これは私たちの問題なのだからあまり気しなくていいのよ」

 

楯無は告げる。

道野翔介と言う少年はどうにも他者の悩みを自分の者のように深く考え込んでしまう癖があるようだ。

それは他人の痛みがわかるという彼の良いところであると同時に欠点でもあるのだろう。

 

「でも…」

 

「ほら、寮に戻りなさい」

 

楯無の言葉が翔介を遮る。

これ以上は話すことはないというように促される。

翔介自身も何も言うことができずそれに大人しく従うより他なかった。

楯無はトボトボと戻っていく翔介の後ろ姿を見送る。

 

 

『お師匠さまは更識さんと仲直りしたいですか?』

 

 

彼の言葉を反芻する。

楯無は『できるものなら』と答えた。

そう、できるものなら。

 

あの失言から何度も簪と和解できないかと必死に方法を模索した。

だがそうしようとすれば更識当主としての立場がそれを邪魔をする。

当主の責任と姉の想い。

それがお互いを阻む。

 

「どれだけ想っても、届かない想いもあるのよ」

 

ギュッと愛用の扇子を握り締めた。

 

 

 

 

そんな二人を遠くから見つめている影が一つ。

 

「あれって…お姉ちゃんと…」

 

 

------------------------------------------------------------

 

楯無とのデートから一日が経った。

黒いISの襲撃事件があったものの授業は変わらず行われた。

今は昼休み。一夏から一緒に昼食を食べようと誘われ了承。すると当然ながら箒とセシリアも合流し、どこで嗅ぎつけたか鈴も混ざり五人で食べることになった。

 

「おお、鈴の酢豚相変わらず美味そうだな」

 

「そうでしょ、特別に分けてやってもいいわよ」

 

「お、いいのか?」

 

それならと一夏が鈴の弁当に箸を伸ばし、酢豚を一口頬張る。

 

「うん、やっぱ美味いな、流石鈴」

 

「そ、そう?」

 

一夏に褒められ頬を赤く染める鈴。

そしてそれを面白くなさそうに見ている箒とセシリア。

普段ならハラハラ物の光景だが、今の翔介はどこか心ここにあらずといった様子だ。

 

「道野、どうしたんだ? 箸が進んでいないぞ?」

 

そんな翔介に気付いた箒が声をかけてくる。

 

「腹の具合でも悪いのか?」

 

「いや、そうじゃないんだけど…」

 

「何か悩み事ですの?」

 

「何よ、そんな辛気臭い顔してないで相談しなさいよ」

 

四人が心配そうに翔介を見る。

一夏やセシリアが優しげに語り、鈴もぶっきらぼうながらも語り掛けてくれる。

彼らの気遣いがうれしい反面、悩みを相談してもいいのだろうかと考えてしまう自分もいた。

 

「でもみんなに迷惑かけるのも…」

 

「何言ってるんだよ」

 

「え?」

 

 

「俺たちもう友達だろ? 友達なら迷惑なんて気にしないで相談してくれよ」

 

一夏の言葉に他の三人も頷く。

その言葉を聞いて翔介は初めて友達というものを理解した気がした。

初めてできた同年代の友達。それは彼にとっては未知の経験そのもの。

だからどう接していいのかも手探り状態だった。

 

「お前にはいつも世話になっているんだ」

 

「たまにはわたくしたちを頼ってくださいまし」

 

「あんたは遠慮しすぎなのよ」

 

でも四人の言葉で自分はどこかで彼らと一線を引いていたのかもしれないと思い知った。

 

「…ありがとう、皆」

 

昨日から初めて少し心が軽くなった。

鈴の言う通り翔介は遠慮しすぎていたのかもしれない。

 

「えっとね…」

 

翔介は四人に昨日の話を始める。勿論、更識姉妹の名前は出さず所々ぼかしながらだが。

 

「またあんたは他人の問題に首突っ込んでるわけ?」

 

「まあ、翔介さんらしいじゃないですか」

 

「喧嘩をしている姉妹の仲直りか…」

 

「織斑君と篠ノ之さんはそれぞれお姉さんいるよね? やっぱり喧嘩とかする?」

 

翔介がそう尋ねると一夏と箒はそれぞれの姉のことを思い返す。

 

「そうだな、俺は喧嘩といっても大体俺が悪かったしなぁ…。千冬姉の言うことはいちいち最もだったし…」

 

そういう一夏に対して、箒は何を思い返したのかフルフルと首を振りながら。

 

「すまない、私の場合は参考にならん」

 

そう言って苦々しげに話す。

篠ノ之束。いったいどんな人物なのだろうか。

 

「わたくしにも姉のように思っている人がいますわ。いつも傍にいてくれて頼りになりますの」

 

「あたしは一人っ子だけど姉妹云々っていうのは少しは分かるわよ」

 

それを聞いて話を続ける翔介。

 

「妹さんの方はまだわからないけれど、少なくともお姉さんの方は仲直りしたいってそう思ってるんだ。でもそのお姉さんはどこか諦めてるみたいで…」

 

「素直に謝るだけじゃダメなのか?」

 

「謝るだけでは収まりが付かなくなっているというのが現状なのでしょう」

 

五人で頭を悩ませる。

すると箒が口を開く。

 

「やはり姉の想いはともかくとして妹がどう考えているかを知るべきではないか?」

 

「妹さんの方の?」

 

「ああ、姉がどれだけ想っていても妹の本心がわからなければ真に仲を修復することはできないだろう」

 

そういう箒の言葉には別の重みが感じられる。

どこか自分に言い聞かせるようにも聞こえる。

 

「そうだな、両方がそう思わなきゃ納得する答えなんて出ないか」

 

「一度妹さんの方にも話を聞いてみてはいかがでしょう?」

 

「うん…」

 

翔介が聞いたのはあくまで楯無の言い分だけ。簪がどう思っているかはまた別の話だ。

 

「ねえ、そもそもの話なんだけど」

 

今度は鈴が口を開く。

 

 

「どうしてあんたはその姉妹を仲直りさせたいの?」

 

 

「え?」

 

「だって、あんたが別に困ることはないでしょ?」

 

鈴の言葉が翔介の胸に深く突き刺さる。

 

「鈴さん」

 

セシリアが諫めるも鈴は気にした様子もなく続ける。

 

「確かにあんたにとっては知り合いかもだけどそれだけ。その姉妹が仲直りするしないは関係ないじゃない」

 

「それは…」

 

言葉が出なかった。

彼女の言う通りどうして自分は更識姉妹を仲直りさせたいと思ったのだろうか。

 

楯無に世話になっているから?

 

簪とはルームメイトだから?

 

「道野、お前がその理由を答えられないのならいくら考えても答えは出ないんじゃないか?」

 

「…僕は…」

 

答えが出ない。

 

ただ翔介の胸の中にモヤモヤだけが残っていた。

 

 

 

 

 




本日はここまで。

更に悩みが深まる翔介。

果たして彼は答えを見つけ出せるのか。
そして更識姉妹の行く末は?




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24話

ベッドに寝転がり天井を見つめる。

いくら考えても答えが出てこない。

更識姉妹を仲直りさせる方法も、そしてどうして自分がそうしたいのかその理由も。

 

見えてこない答えに胸のモヤモヤが渦を巻く。

 

そうしていると寮の部屋が開く。

どうやら簪が帰ってきたようだ。

 

「おかえり、更識さん」

 

「…ただいま」

 

翔介は努めて平静に声をかける。

すると珍しく簪から声をかけてくる。

 

「ねえ、昨日お姉ちゃんと一緒にいた…?」

 

「え、うん」

 

どこかで一緒にいるところを見られたのだろうか。

しかし自分から楯無の話をするとは思わなかった。

 

「あなた、お姉ちゃんと知り合いだったんだね」

 

「…うん、ISの訓練とか生徒会でお世話になってるんだ」

 

「そうなんだ…お姉ちゃんと…」

 

そう呟く彼女に影が落ちる。

やはり彼女にとって姉の楯無はどこか重いものなのだろうか。

 

「…私たちの事、聞いた?」

 

「…うん」

 

「なら私にはもう構わないで」

 

それは明らかな拒絶。

その言葉で自分には何もできることがないのではと思えてしまう。

簪はそれだけ言うといつも通り布団にくるまってしまう。

 

「…ねえ、更識さんはお姉さんの事…」

 

「私はずっと比べられてきた」

 

翔介の言葉を簪が遮る。

 

「お姉ちゃんは何でもできて、更識の当主で…私はずっとそんなお姉ちゃんに追いつきたかった」

 

しかしそんな彼女に姉が言った言葉はそれを否定するものだった。

 

 

「私は…お姉ちゃんに…」

 

 

更識簪は優秀な姉がいた。

文武両道、才色兼備。さらに若くして更識家の当主になるなど自分とは全然出来が違う。

だから簪はせめて少しでも姉の役に立てるようにと必死に努力した。

苦手な運動も勉強も努力し続けた。

 

そうすればいつかは姉の隣に立てると信じて。

 

いつか姉に『自慢の妹』と言ってもらうために。

 

だがその想いは砕かれた。

ほかならぬ姉自身に。

 

 

そこまで言うと簪の包まる布団が震えている。

必死に零れ落ちそうなものを我慢しているのだろう。

 

だが翔介は今の話に一つの光明が見えた気がした。

 

「ねえ、更識さんは今でもお姉さんの事尊敬してる?」

 

翔介の問いに簪が黙り込む。

すると彼女は布団の中から何かを取り出す。

それは投影型ディスプレイ。いつか昔のヒーローアニメを映し出していたものだ。

そこにはアニメではなく設計図のようなものが映し出されている。

 

「これは?」

 

「ISの設計図」

 

「え、これ更識さんが?」

 

ISのフルスクラッチ。

簪はISを一から組み上げているようだ。

 

「お姉ちゃんのISもお姉ちゃんが一人で作り上げたの」

 

だから自分も同じようにISを組み上げることで姉に追いつこうとしている。

そこには姉への尊敬が見え隠れしている。

 

姉と同じことをすることで自らの自信を取り戻したい。

それは同時にもう一度姉である楯無に向き合おうとしているという事なのではないだろうか。

 

もしそうなら…。

 

「更識さん…」

 

「私はただ…」

 

「じゃあどうしてお姉さんと同じことをしてるの?」

 

「それは…」

 

姉と同じ偉業を達成することで自分の価値を証明できる。

 

「ねえ、どうしてそんなに私たちに関わろうとするの…?」

 

数分前に構うなと言われておきながらもそれでも声をかけてくる翔介。

簪からすれば翔介の行動は不可解極まりない。

 

だがその答えは翔介自身もまだ出していなかった。

 

「どうして…どうしてだろう…」

 

「わからないのなら…」

 

鈴から言われた言葉が思い出される。

翔介にとって更識姉妹が仲直りするかどうかは関係ない。

それでも放っておけないのは…。

 

「更識さん、最後に一つ聞いていい?」

 

「……何?」

 

「更識さんはお姉さんの事、お師匠さまと仲直りしたい?」

 

楯無と同じ質問をする。

 

「仲直りなんて…」

 

「仲直りじゃなくてもいいの。お師匠さまともう一度一緒にいたくない?」

 

「私は…私は…」

 

 

布団の中からすすり泣く声が聞こえてくる。

どれだけ離れていてもどこかで姉の後ろ姿を追い求めている。

 

 

 

「お姉ちゃんと…一緒にいたいよ」

 

 

「…わかった」

 

簪の言葉が翔介の胸を打つ。

 

今はっきり分かったことがある。

 

更識姉妹の確執は翔介に直接関係はない。

これはあくまで他所の家庭の問題だ。翔介がどうこうするべき問題ではないのだろう。

でも…。

 

楯無も簪もどちらもお互いを嫌ってなどいない。

楯無は簪のことを想って更識から遠ざけようとした。

簪は楯無の役に立ちたくて必死に努力を重ねた。

 

お互いがお互いを想うが故にすれ違ってしまった。

 

こんなに仲のいい姉妹をこのままにしていいのだろうか。

そんな訳がない。

 

翔介は家族とは離れていても心で繋がっているものだと考えている。

だからこそ近くにいながらも離れている更識姉妹を放っておけなかったのだ。

 

目の前で泣いている女の子を放ってなどおけない。

 

昼休みに鈴や箒の言葉に対する答えになっているかはわからない。

けれども翔介が動く理由はこれだけで十分だった。

 

---------------------------------------------

 

「皆、力を貸して」

 

いつも通りに楯無との訓練終了後の朝食を摂っていたいつもの四人に声をかける。

一夏、箒、セシリア、鈴は翔介の真剣な眼差しに目を丸くしている。

 

「翔介さん、取りあえずお座りになっては?」

 

セシリアに勧められ四人の座る席に混ざる。

 

「それで力を貸すってその姉妹喧嘩をどうにかするって話?」

 

「うん、ほんの少しでいいから皆の力を貸して欲しいんだ」

 

「手伝うか…あんた、答えは出たの?」

 

鈴が頬杖を付きながら問い掛ける。

他人の家庭事情だとしても助けたい理由。

 

「うぅん…考えたけど結局わからなかったよ…」

 

「なのに手を出すっての?」

 

「鈴、もっと言い方があるだろ」

 

一夏が咎めるも鈴は気にした素振りも見せず翔介を見やる。

 

「良いんだ、織斑君。凰さんの言ってることは間違いないから」

 

「ならあたしたちが手伝う理由もないんじゃない?」

 

「昨日ね、その妹さんと話したんだ。その子にも関わるなって言われた」

 

「ならばそれこそこれ以上首を突っ込むことは避けたほうがいいのではない?」

 

今度は箒がそう告げる。

確かに箒と鈴の言う通り本人から拒否を受けたのならもう関わらないほうがいいのだろう。

 

「だけどね…一緒にいたいとも言ってたんだ」

 

翔介の言葉に四人が黙り込む。

お互いを想い合いながらすれ違う姉妹。

 

「僕はあんなに仲のいい二人をこのまますれ違ったままにさせたくない」

 

これは翔介の主観でしかないかもしれない。

それでもあの二人もこのままでいたいなんて思っていない。

 

「だからお願い。皆の力を貸して」

 

翔介はテーブルに額が付くほど下げる。

四人は顔を見合わせる。

 

「何よ、分からないって言いながら十分じゃない」

 

「ああ、それなら私は協力しよう」

 

「勿論わたくしも」

 

「よし、翔介。俺たちは何をすればいい?」

 

「皆…ありがとう」

 

翔介は心から四人に感謝する。

自分だけではできないけれど、きっと友達がいるならできる。

 

「皆にお願いしたいのは一つだけ」

 

翔介は四人に自分の考えを伝えた。

 

 

勝負は放課後だ。

 

 

 

 




本日はここまで。

結構強引な展開ですがご了承ください。

次回は更識姉妹の確執がついに決着。
翔介はどうやって二人を繋ぎとめるのか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

25話

放課後。

翔介はいつもの訓練アリーナではなく生徒会室へと向かっていた。

理由は一つ。

 

生徒会室の扉を開く。

 

「あら、来たのね」

 

「お呼び立てしてすいません、お師匠さま」

 

生徒会室の中では楯無が待っていた。

翔介は意を決して扉を閉める。

 

「どうしたの、わざわざこんなところに呼び出して。アリーナじゃダメだったのかしら?」

 

「はい、他の人には聞かれないほうがいいと思って」

 

「あらあら、人気のないところに呼び出して秘密のお話なんてお姉さん何を聞かされるのかしら?」

 

意地悪そうな笑みを浮かべる。

いつもの楯無だ。

 

「妹さんの話です」

 

しかし翔介がそう続けると楯無の表情は一変する。

 

「翔介君、その話はもういいのよ」

 

「良くありません」

 

しかし翔介は頑として譲らない。

そんな彼にため息を吐きながら生徒会長の椅子に座る。

 

「…それで何なのかしら、簪ちゃんの話って」

 

「お師匠さま、やっぱり更識さんともう一度話した方がいいと思います」

 

「それは無理よ」

 

それは何度も試した。何度も声をかけようとした。

だが無理だった。どんな言葉を伝えればいいのか、どんな顔をすればいいのか。

 

「でも昨日は前のように戻りたいって言ったじゃないですか」

 

「できるものなら、とも言ったわ」

 

やはりあの言葉には諦めの意味もあったようだ。

楯無はもう話は終わりと言いたげにくるりと背を向ける。

 

例え強引だとしてもこのまま話を終わらせてはいけない。

 

「できるものならって言ってもお師匠さまは逃げてるだけじゃないですか」

 

「……何ですって?」

 

ゾワッと翔介の背中に悪寒が走る。

今まで一度も感じたことのない感覚。これが殺気というものなのだろうか。

正直怖くてたまらない。

すぐにでも謝ってしまいたい。

だけどここで引き下がれない。

 

「だってお師匠さま。何をするにしても全部言い訳してるじゃないですか」

 

何をやってももはや関係修復は不可能。

その思いが心のどこかで諦めへと変わってしまっている。

 

「あなたに何がわかるというのかしら…」

 

楯無が椅子から立ち上がり、近づいてくる。

背中越しより真正面からの方が殺気をより一層強く感じる。

手と足ががくがくと震えてくる。心臓も早鐘のように鳴り響いている。

 

楯無がびしっと扇子を翔介の鼻先に向ける。

 

「私はね、簪ちゃんの姉である前に更識家の当主なの」

 

だから個人の意思は封印しなくてはいけない。

更識家はそれだけ重要な立場にある。

 

「でも、だからこそ更識さんを遠ざけたんですよね」

 

更識家の宿命から妹を守るために。

そのために妹を傷つけてしまった。

それが全ての元凶。

 

「守りたいから。心にもないこと言っちゃったんですよね」

 

「………」

 

翔介の言葉に楯無は扇子を突きつけたまま黙っている。

 

『簪ちゃんは無能のままでいなさい』

 

この時の彼女の心境を完全に推し量ることはできない。

でもきっと更識家当主の責任と更識簪の姉としての想いの板挟みにあっていたのだろう。

 

「お師匠さま、更識家の当主ってそんなに大事ですか?」

 

「大事に決まっているでしょ。昨日も言ったはずよ。更識家はこの国の裏の要。そんな私たちが責任を放棄したらどうなると思う?」

 

翔介は少し前までは知らなかった裏の世界の存在。

古い時代から国の水面下で行われてきた裏の戦い。それを一手に担ってきた更識家。

その更識家が責任を放棄すれば見えないところからこの国は危機に見舞われるだろう。

 

「でもそれと家族のことは別のはずです」

 

「別?」

 

 

「どんなに責任ある役目だとしても、家族を大事にしちゃいけないなんてことないはずです」

 

 

家族。

翔介にとって家族とは何よりも大切なもの。

どんなに苦しくて、悲しいことがあっても最後まで一緒にいる存在。

けして途切れない絆。それが家族。

 

「妹が大切でいいじゃないですか! 妹に危険な事させたくないで良いじゃないですか!」

 

更識家の宿命の大きさや重さからすれば褒められたものではないのだろう。

 

「な、何も知らないで!」

 

「何もわかりません! 更識家の宿命とか裏世界の役目とか僕には想像もつきません!」

 

表も裏もない小さな田舎に暮らしていた翔介には裏世界なんて物語でしかない。

 

「でもお師匠さまが更識さんを大切にしてることは分かります!」

 

いつか見せたあの過剰とも言えるくらいの愛情。それが嘘でも何でもないことは翔介でもわかった。

 

「ならもっと堂々と言えばいいんですよ! 『私は妹が大切だ!』って大声で!」

 

「言える訳ないでしょ! 私には当主としての責任が…!」

 

「ここにはありません!」

 

翔介はバッと腕を広げる。

 

「ここはIS学園です! お師匠さまは更識家当主である前にこの学園の生徒会長で一生徒です! だからここでくらい言っても良い筈です!」

 

無茶苦茶な理論を捲し立てる翔介。

少しでも隙を見せれば楯無にあっという間に論破されるのは目に見えている。

だから彼女が口をはさめないくらいにしゃべり続ける必要があった。

 

「翔介君、あなた…」

 

普段は穏やかな翔介の剣幕に楯無が押され始める。

勝負をかけるならここしかない。

 

「それともお師匠さま。本当は更識さんの事なんてどうでもいいんですか。あの時の言葉は嘘だったんですね」

 

 

 

「は?」

 

 

 

困惑していた楯無の表情が憤怒へと変わっていく。

そしてがっしりと胸ぐらをつかまれる。

 

「何が嘘だって?」

 

「違うって言うんですか? 嘘だから仲直りできないんじゃないですか?」

 

尚も楯無に立ち向かう翔介。

正直、先程とは別の殺気が溢れ始めて体の震えが限界に近い。それどころか彼女からどす黒いオーラが見えるのは気のせいだろうか。

 

「当主だからとか、責任があるとか! そんなことは家族を大切にしない理由にはなりません!」

 

 

体の震えを必死に押さえて翔介は最後の勝負に出る。

 

 

 

「大切なら大声で言えばいいじゃないですか!」

 

 

 

「大切に決まってるでしょ! あの子は私の自慢の妹なんだから!」

 

 

勝った。

 

 

「それで良いと思います」

 

「…え?」

 

胸ぐらをつかむ楯無の手をほどき、翔介がほほ笑む。

そして携帯を取り出し、一言二言会話をする。

 

「何をしてるの?」

 

楯無が尋ねると、すぐに生徒会の扉がノックされる。

 

「お師匠さまにお客様です」

 

翔介が扉を開けるとそこには一夏たち四人ともう一人が立っていた。

 

「か、簪ちゃん…?」

 

「お姉ちゃん…」

 

何が起きたのかわからないと混乱する楯無。

後は翔介の出番はないだろう。

 

「お師匠さま。今度はちゃんと真正面から言ってあげてください」

 

そう言って翔介は生徒会を退室する。

その途中で簪が声をかけてくる。

 

「あ、あの……」

 

「更識さんの想い、ちゃんと言ってあげるといいよ。大丈夫、きっとちゃんと聞いてくれるよ」

 

翔介はそう告げると更識姉妹だけを残して、他の四人を伴って生徒会室を後にした。

 

この後、更識姉妹がどんな会話をしたのか。

それは翔介にもわからないけれど、きっといい方向に行く。

 

そう信じることにした。

 

 

 




本日はここまで。

翔介の作戦。
楯無を煽り、感情を爆発させること。

次回からは原作二巻へと入っていきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

26話

「皆、手伝ってくれてありがとう」

 

翔介は四人分の飲み物とケーキを差し出す。

更識姉妹の仲直り作戦を手伝ってくれたお礼だ。

四人はそれぞれをケーキを受け取る。

 

「別によろしいんですのよ? こんなことしていただかなくても」

 

「手伝ってもらったのは間違いないし。そのお礼だから」

 

「手伝いと言っても大したことはしていないがな」

 

翔介の考えた仲直り作戦。

それは単純明快。

まずは四人に簪を捕まえていてもらう。

そして次は楯無を焚きつけてその本心を炙り出す。

それを事前に繋いでいた一夏の携帯からスピーカーで簪に聞かせるというもの。

 

楯無の本心を炙り出すのは以前の経験からけして難しくはない。

妹のこととなれば落ち着いていられないという性格を利用すればよかった。

一番の難関は簪を留めておくことだ。

彼女の性格上その場に留めておくことは難しい。だから四人には教師からの依頼という事で資料室の片付けをしてもらった。

それも千冬からの依頼とすれば流石の簪も逃げるわけにはいかないだろう。

 

当然のことながら嘘であるため千冬にバレた場合が恐ろしいが。

 

大したことはしていないというが恐らく一番大変であったと翔介は思う。

 

「それはいいんだけど最後まで見届けなくてよかったのか?」

 

ケーキを食べながら一夏が問い掛ける。

話がもつれるのではないかと心配しているようだ。

 

「大丈夫だよ。きっと仲直りできる」

 

一夏の心配をよそに翔介は言い切る。

鈴が呆れたようにケーキを食べる。

 

「まったく、その自信はどこから来てんのよ」

 

「ですが意図しなかったとはいえ本人にアレを聞かれたのですから」

 

「うむ、少なくとも今までのように擦れ違いが起こることはないだろう」

 

セシリアや箒の言う通り。

楯無の本当の想いは間違いなく簪に届いたはずだ。

すぐにとはいかないけれどきっと仲のいい姉妹に戻れるはずだと信じて。

 

 

「それにしても一夏。あんた、あの簪って子となんかあった?」

 

「え? 何かあった?」

 

「いや、資料室の片付け中ずっと睨まれてたというか…」

 

そういえば以前もそんなことがあった。

あれは入学したての頃、一夏が箒と喧嘩した時の事だっただろうか。

 

「う~ん、織斑君は何もしてないのに嫌われるタイプじゃないと思うけど」

 

「だ、だよな!?」

 

「ならば知らずの内に何かしたのではないのか?」

 

箒がふんと鼻を鳴らす。

箒だけではなくセシリアや鈴の表情もどこか冷たい。

 

更識姉妹のことですっかり忘れていたがこの状況は非常に厄介であったことを今更ながら思い出す。

三人とも一夏に好意を抱くもの同士。そして翔介が三人全員の相談役であるという事。

ああ、なんというコウモリ状態。

いや、コウモリの方がまだいいだろう。あっちは鳥と獣だったが、こっちは三人。

コウモリより質が悪いかもしれない。

 

「ほ、ほら! 更識さん、人見知りするんだよ。男子生徒だから色々緊張してたのかも?」

 

必死にフォローを入れる。

一つの問題を終えて、新たな問題が持ち上がってきた。

翔介の胃がキリキリと痛む。

 

 

「別にそういうわけじゃない」

 

 

一人の少女が声をかけてくる。

そこにいたのは話題に上がっていた簪だった。

手には夕食であろううどんの乗ったトレーを持っている。

 

「……相席、いい?」

 

「え…?」

 

簪から絶対に聞けそうにない台詞が聞こえた。

驚いて目を丸くしていると。

 

「だ、駄目なら別のところに…」

 

「あ、うぅん! 僕はいいよ!」

 

翔介が他の四人を見やる。誰も拒否しない。

それじゃあ、と簪がテーブルにトレーを置く。流石に六人となると狭くなってしまうので隣のテーブルと椅子をくっつける。

 

着席したはいいものの何とも言えない空気が流れる。

五人とも聞きたいことは決まっているのだが果たして聞いていいものなのかと思案しているようだ。

 

「え、えっと、更識さん。そういうわけじゃないって?」

 

取りあえず空気を換えようと翔介が問い掛ける。

 

「…私、日本の代表候補生なの。本当なら専用機もできてるはずだった」

 

そう言うとチラリと一夏の方を見る。

 

「倉持技研って知ってる?」

 

「あれ、それって俺の白式の」

 

そう、一夏の専用機である白式を作った企業の名前だ。

 

「私の機体もそこで作られるはずだった」

 

簪の話によれば元は倉持技研で彼女の専用機は用意されるはずであった。

だが突然、織斑一夏という男性操縦者が現れてしまい大急ぎで彼の専用機を用意したり、データ収集などに人員はほとんど取られることになってしまった。

その割を食ったのが簪だった。彼女の専用機制作は後回しにされてしまったのだという。

 

「それじゃあ一夏の事睨んでいたのは」

 

「そういった経緯があったのですね」

 

「そりゃあ腹も立つわね」

 

箒、セシリア、鈴の三人は納得したようだ。

 

「でもそれは織斑君のせいではないような…」

 

一夏も好きでISを動かせるようになった訳ではないだろう。それに専用機も彼が用意してくれと頼んだわけでもないだろう。

 

「うん、それはわかってる。けど…」

 

そう簡単に割り切れるものでもなかったという事だろう。

 

「そうか…なんかすまん」

 

「うぅん…もう大丈夫」

 

そう言って空間ディスプレイを取り出す。

昨日見せてもらった彼女が一から作り出しているISが記録されているはずだ。

 

「これ、完成できそう」

 

「本当!? 凄いじゃない!」

 

我が事のように喜ぶ翔介。

他の四人は何のことだかよくわかっていないようだが、簪が自分でISを作ろうとしていることを話すと一様に驚いた表情を見せていた。

 

「ISを一から作るって凄いですわね」

 

「ホントに。学生の内からそんなことできる奴なんてそうそういないでしょ」

 

「…皆のお陰…」

 

簪は小さい声でそう告げる。

 

「どういうこと?」

 

「お姉ちゃんが整備科の人たちを紹介してくれるって」

 

その言葉に五人の表情が明るくなる。

 

「それって!」

 

「お姉ちゃんと…その、ちゃんと話せたよ…」

 

五人は笑顔で顔を見合わせる。

どうやら思惑通りに。いや、それ以上にいい結果になったようだ。

 

「その、それで…」

 

もごもごと口を動かす。

 

 

「ありがとう…」

 

 

不器用ながらも初めて笑みを見せてくれた。

これだけで十分な報酬となることだろう。

 

「ただ…」

 

しかし、今度は少し困り顔で翔介を見る。

 

「道野翔介…」

 

「うん、何?」

 

 

 

「責任、取って」

 

 

 

凍り付く食堂。

 

「せき、にん…?」

 

意味が分からない。

 

「道野、お前…」

 

「翔介さん…」

 

「あんた、それはないわぁ…」

 

女子三名の視線が痛い。

 

「い、いやいや! 責任ってどういうこと!?」

 

翔介が慌てて問い返す。

すると簪が背後をチラリと振り返る。

その視線を追っていくと見たことのある空色の髪と赤い瞳がこちらを見ている。

 

誰であろう楯無であった。

 

「お、お師匠さま、何してるの…?」

 

「その…」

 

五人が更識姉妹二人を置いて出ていった後。お互いの胸の内を曝け出し、本音を伝えたあった。そのお陰で数年分の蟠りがようやく解けた。

これで更識姉妹も以前のように仲のいい姉妹に戻れる…はずだったのだが。

 

数年分の蟠りと共に、楯無の数年分の妹愛が一気に爆発した。

なまじ溜め込んでた期間が長かった反動か溢れ出す妹愛が抑えきれなかったようで。

 

「ちょっと…いや、かなり…暑苦しい」

 

「お師匠さま…」

 

元々、重度のシスコ…もとい妹愛に溢れる楯無。

仲直りできたことがよほど嬉しかったのは分かるのだが、些か愛が行き過ぎているようだ。

 

すれ違っているよりはいいのだろうが、構いすぎるのもどうなのだろうか。

 

「話せるのは嬉しいんだけど…」

 

「…僕、少し話してくるね…」

 

翔介は席を立ち、楯無の方へと歩いていった。

 

 

「た、大変だな、翔介の奴」

 

「そこが翔介さんの良いところですわ」

 

「ああ、そうだな」

 

視線の先で楯無にお説教している翔介を見ながら苦笑いを浮かべる四人。

 

「…どうして、あんなに私たちに構うんだろう…」

 

それに対して簪は不思議そうにつぶやく。

 

「どうしてねぇ…あいつもその辺はよくわかってないみたいよ」

 

「え…?」

 

「ただ翔介は『仲のいい二人をこのままずっと擦れ違ったままにさせたくない』って言ってたな」

 

「翔介さんはきっとあなたとお姉さんを仲直りさせたかっただけなのでしょう」

 

「そこに裏も表もないのだろうな」

 

再度翔介を見る。

今は説教していたはずがいつの間にか簪の素晴らしさを語る楯無に気圧されている。

蟠りの無くなった楯無にとってはまさに水を得た魚。立て板に水。

 

 

「面白い奴だろ?」

 

その様子を見て、箒が笑いながら告げる。

他の三人も苦笑しながらもそんな翔介の様子を見ていた。

 

 

 

「……うん、面白い」

 

 

 

簪もまた笑顔でそう返すのだった。

 

 

 




本日はここまで。

原作二巻に入ると言いながら今回まで更識姉妹仲直り編となりました。

次回、二人の転校生登場。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

27話

「ある武将は言ったわ。『一芸に熟達せよ。多芸を欲張るものは巧ならず』と」

 

そういう楯無の扇子には『BY 長曾我部元親』と書かれている。

 

「はい」

 

「マルチな才能を持つこともいいけれど、一つの物事に秀でることが大切だという事よ」

 

「そうですね」

 

「私もこの言葉に賛成よ。人には得意不得意があるわ。不得意を克服しようとすることはいいことだけれどそれで得意なことを伸ばすことを忘れてしまっては意味がないわ」

 

「……」

 

「人の上に立つものとしてその人の得意を見抜き、それに合った仕事を与えることこそ上司としてのあるべき姿だと思うわ」

 

「お師匠さま」

 

「何かしら?」

 

「それとこれ、何の関係があるんですか?」

 

翔介は目の前の仕切りを介して問い掛ける。

今二人は本棚を二つくっつけたような木組みの箱の中に入っていった。

それぞれに扉が付いており、中には一人分の椅子がちょこんと置かれている。そして両者の間には薄い仕切りが設けられている。

 

俗にいう懺悔室と言うやつだ。

 

「だから言ってるじゃない。あなたに合った仕事を見つけたのよ」

 

「この箱の中に入ってることがですか?」

 

「これは相談者のプライバシーを守るための物よ。それにこうやって互いの顔が見えないほうが話しやすいこともあるでしょ?」

 

さも当然のように言う楯無。

だが聞き捨てならない言葉を聞いた気がする。

 

「ちょっと待ってください。相談者ってどういうことですか?」

 

翔介が慌てて椅子から立ち上がる。だが天井が低く、頭をゴンとぶつける。

痛がる翔介を仕切り越しに見ながら楯無がにやにやと笑う。

この笑顔を浮かべるときは大体悪だくみを考えた時の顔だ。

 

「翔介君には生徒皆のお悩み相談室をしてもらうことになったわ」

 

「ええええええええええええええっ!?」

 

何故そんなことになったのだろうか。

 

「相談室ってどうして僕が!?」

 

「だから言ったでしょ? その人に相応しい仕事を与えるって」

 

今度の扇子には『適材適所』と書かれている。

 

「相応しいって僕がですか…?」

 

「ええ、十分適性があると思うわ」

 

「適正って言われても…」

 

不安げな表情の翔介。

それも当然だろう。今までの生徒会の仕事と言っても簡単なものが多かったがここに来て悩み相談というなかなかに責任感の伴う役目を任されると思わなかった。

 

「何も悩みを解決しろって言ってる訳じゃないわ。ただ話を聞いてあげるだけでも人の心が軽くなることもあるわ」

 

それに、と続ける。

 

「翔介君は色んな人の相談に乗ることが好きみたいだしね」

 

そう言ってまた意地悪な笑みを浮かべる。

その笑みでいったい何のことを言っているのかすぐにわかった。

 

 

更識姉妹の仲直り作戦から数週間の時が過ぎていた。

季節は麗らかな春から初夏へと移り変わり始めていた。制服も夏服へと変わった。

その数週間で更識姉妹と翔介たちは交流を深めていたのだが、いつの間に聞き出したのか箒、セシリア、鈴の三人の恋愛相談を受けている事がバレてしまったのだ。

 

「うぅ…よりによってお師匠さまにバレるなんて…」

 

「あら、随分なこと言うわね。それに適性があるっていうのは本当の事よ」

 

「そうですか…?」

 

「ええ、あなたは他人の悩みを自分の事のように感じることができる。きっと相手の相談を真摯に受け止めることができると思ったのよ」

 

まあ、その感受性の強さが仇になることもあるだろうが。

だが元より他者に対して真摯に向き合おうとする姿勢。相手を否定ばかりしない心遣いなどその適正はばっちりだろう。

 

だが一つ懸念がある。

 

「これ、プライバシーも何も相談相手が僕だってすぐばれるんじゃ」

 

そもそもこの学園に男子生徒は二人。声ですぐにわかってしまうだろう。

それではプライバシーも何もあったものではない。

しかし、楯無はそんなこともお見通しと言わんばかりに。

 

「その辺は抜かりないわ」

 

マイクを渡される。

喋ってみろと促され、適当に声を出すとスピーカーから女性の声として流れてくる。

 

「これであなたが誰だか特定されないわ」

 

グッと親指を立てる。

本当にこれで良いのだろうか。

 

「さあ、もう懸念事項はないわね。相談者は予約制で月、水、金の放課後にお願いするわ」

 

もはやNOとは言えない雰囲気。

いつもの事ではあるが、この生徒会長は強引すぎる。

だがそれでも他の生徒の力になるという事は元々生徒会としての役目でもあるだろう。

少し強引だけれど自分だけの役目ができたことは素直に嬉しかった。

 

楯無はチラリと時計を見る。

 

「それじゃあ、そろそろ始業の時間ね。遅刻する前に教室に行きなさい」

 

「わかりました」

 

「今日も放課後に訓練するからそっちにも遅刻しないようにね」

 

楯無の言葉に頷きながら教室へと向かった。

 

--------------------------------------------------------------

 

「皆さん、今日からこのクラスに転校生が来ます」

 

朝のHR開始早々に真耶が告げる。

ざわざわと教室中が騒がしくなる。

一様にどんな子が入ってくるのだろうかなど転校生の話題ばかりだ。

 

「静かにしろ」

 

千冬の一言でざわめく教室が一気に静まり返る。

やはりこの教室のパワーバランスははっきりしている。

 

静まったのを確認すると千冬が廊下に向かって「入れ」と声をかける。

 

千冬の声掛けで廊下から二人の生徒が入ってきた。

 

一人は銀髪に左目に眼帯をした小さな女生徒。制服をズボンに改造され、どこか軍服のように見える。

厳しい眼差しをしているが目を引く美少女だ。

だが、教室の生徒全員の視線はもう一人の転校生に注がれていた。

輝くような金髪に紫の瞳。中性的な容姿は少年のようにも少女のようにも見える。

だが、身にまとう制服は一夏や翔介と同じ男子生徒の物を着ていた。

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。このクラスにはボクと同じ男性がいると聞いて日本に来ました」

 

 

静寂が教室を包む。

次の瞬間。

 

『きゃあああああああああああ!!』

 

絶叫が木霊する。

何時ぞやもこんなことがあった気がする。

 

「男の子! ブロンドヘア!」

 

「しかも守ってあげたくなる系!」

 

「私…もう死んでもいいわ…」

 

「静かにしろ、貴様ら」

 

これまた何時ぞやと同じく千冬が切り捨てる。

 

「まったく、いつもいつも騒がなければ気が済まんのか…」

 

「あはは…」

 

シャルルも苦笑い気味だ。

まあ、一夏も翔介もこのクラスのノリにはだいぶ慣れて来ていた。

 

「ボーデヴィッヒ。お前も自己紹介しろ」

 

「はい、教官」

 

さっきま仏頂面で立っていたボーデヴィッヒと呼ばれた少女。

千冬に促されるとまた直立不動で前を向く。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

そう告げると口をつぐむ。

 

「あ、あの…それだけですか?」

 

真耶が恐る恐ると問いかける。

しかし、ラウラはやはり顔をしかめたまま告げる。

 

「以上だ」

 

これもどこかで見たことのある光景だ。

今日はデジャブの多い日だ。

だがラウラは顔をしかめたまま教室をぐるりと見渡し、やがて一夏と翔介をそれぞれ見やる。

 

そして何を思ったのかスタスタと歩を進める。

 

歩を進めて向かった先は翔介の席の前。

 

 

「お前が織斑一夏か」

 

問い掛けではなく断定の言葉。

 

「え? 僕は…」

 

「貴様のせいで!」

 

 

 

バチン!

 

 

 

気付いた時には頬に衝撃が走っていた。

だんだんと頬が熱と痛みを帯びてくる。

 

今更ながらわかった。

 

翔介は叩かれたのだ。

転校生のラウラに。

 

 

「私はお前を認めない!」

 

そう怒鳴るラウラ。

完全に人違いなのだが訂正する間もなかった。

 

「お前! 翔介に何しやがる!?」

 

一夏がガタリと立ち上がる。

自分に間違われて友人が傷つけられたことに我慢がならなかったようだ。

 

「何…? 貴様は…」

 

 

 

翔介は一夏の剣幕と困惑するラウラを横目に次の波乱の予感を感じていた。

 

 

 

 




本日はここまで。

シャルルとラウラ転入。

一夏と間違えられて叩かれた翔介。
次はどんなトラブルが待ち受けているのか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

28話

波乱の朝礼も終わり、休み時間。

授業が終わると同時にシャルルの周りにクラスメイト達が集まっている。

ある種の転校生の洗礼のようなものだろう。

 

打って変わってラウラの方だが同じ転校生だというのにえらい違いだ。

常に不機嫌そうな仏頂面がクラスメイト達を遠ざけているのだろう。

 

翔介と一夏はそんな二人の対比を見ていた。

 

「翔介、大丈夫か?」

 

「うん、もう痛みはないよ」

 

とはいえ引っ叩かれた頬の赤みは消えていない。

あの小さな体躯でありながらなかなか威力の高いビンタだった。

 

「それにしても僕たち以外にも男性操縦者がいるなんてね」

 

「ああ、そうだな」

 

二人はクラスメイト達に囲まれるシャルルを改めて見る。

金髪、紫の瞳、小柄で中性的な容姿は絵本に出てくる王子様のようにも感じる。

これは間違いなく女子生徒に人気が出るのも頷ける。

 

「意外と探せばいるのかな?」

 

「少なくとも俺、翔介、シャルルって出てきたわけだしな」

 

織斑一夏がISを動かせると分かってから、これで三人目の男性操縦者。

これは偶然なのだろうか。

 

「それだけではありませんわ」

 

するとセシリアが二人に近づいてくる。

 

「彼はデュノアと名乗りましたわ。間違いでなければあのデュノア社の関係者となりますわ」

 

「デュノア社って…あれ、確か…?」

 

「ISの企業だったよな? フランスの」

 

デュノア社。

フランスに本社を持つ今のIS業界でもトップクラスに値する企業だ。

学園の訓練機にもあるラファールもデュノア社の開発した機体だ。

 

「ええ、そうなれば世界で三人目の男性操縦者というだけでなくデュノア社の御曹司という事にもなりますわ」

 

ますます王子様感が出てきた。

容姿端麗で大企業の息子、その上紳士的な立ち振る舞い。

これはますますモテる。

 

「なんだか住んでる世界が違うね…」

 

「おう…」

 

「何をおっしゃいますか。生まれ、育ちなんて関係ありませんわ。人とは生きている間に何を為すかですわ」

 

セシリアが得意げに告げる。

だが一夏と翔介はそんな彼女をジーッと見つめる。

 

「何か?」

 

「いや…」

 

「別に…」

 

本当に随分と変わったものだ。

入学当初は男であるというだけで目の敵にされていた二人だったが、彼女がこんなことを言うようになるとは想像できただろうか。

 

しみじみそう思っていると校内放送が流れてくる。

こんな最新式の学園でも校内放送の音声は変わらないようだ。

 

『一年一組 道野翔介君。すぐに応接室に来てください』

 

校内放送は翔介を呼ぶものだった。

 

「お前、何したんだ?」

 

「いや、何も…」

 

「何も叱られるというわけではないかもしれませんわ。職員室ではなく応接室を言っていましたわ。翔介さんにお客様でも来たのではないのでしょうか?」

 

セシリアの台詞で確かに、と二人が頷く。

 

「お客様だとしたらあまり待たせるのは悪いのではないですか?」

 

「そうだね、ちょっと行ってくるよ」

 

翔介は席を立ち、急いで応接室へと向かった。

 

-------------------------------------------------------------

 

翔介が応接室に入室するとそこには速田と山風の科特研

の二人と千冬、楯無が待っていた。

 

「やあ、翔介君。久しぶりだね」

 

「速田さん、山風さん。どうしたんですか?」

 

「君に届け物だよ」

 

届け物。

それを聞いただけで何のことかわかった。

 

「実物は格納庫の方に運んでおいたよ。データの方だけでも先に見せておこうと思ってね」

 

そう言って速田が手持ちのタブレットを操作し、三人に見せる。

そこに表示されるのは翔介の打鉄に取り付けられる新たな翼。

ハイドロジェネレードロケットだ。

 

本来のロケットは科特研ビルの前に設置されていたジェット機のモニュメントに取り付けられていて随分と大きなものに見えた。

しかし、タブレットに映し出されているのはISの打鉄専用に開発し直したもののようだ。

速田の説明によればロケットは打鉄の背部に大きなロケットを一基、腰部に中型のロケットを一基、足部の左右に小型がそれぞれ一基ずつ取り付けられるようになっているようだ。

 

「合計四つのハイドロジェネレードロケットですか」

 

「ああ、本来のロケットのように大気圏を突破する能力はないが打鉄のスピードを極限まで引き上げることができるぞ」

 

「しかし、随分と時間がかかりましたね」

 

楯無がタブレットを見ながら尋ねる。

すると速田が苦笑いを浮かべる。

 

「あいつはフィーリングで生きてるからな」

 

山風は腕を組んで顔をしかめる。

 

「フィーリング?」

 

「井部は優秀なんだがその時の感覚で開発をすることがあってね。そのせいで設計図や資料が用意されてないことも多くてね」

 

「ハイドロジェネレードロケットもあいつがフィーリングで作ったものなんだよ。だから設計図も何もなくてあいつの頭の中からもう一度引っ張り出すのに時間がかかったんだよ」

 

そういう山風の言葉になにやら千冬が微妙な顔をしている。

何か思うところでもあるのだろうか。

 

ただ頭から設計図を引っ張り出したら後は早かった。

あっという間に打鉄専用のロケットとして作り出したようだ。

やはり天才は天才であった。

 

そしてハイドロジェネレードロケットに打鉄専用の名前が付けられた。

 

「その名も『星の翼』」

 

「『星の翼』ですか…」

 

翔介は改めてタブレットに映るロケットを見つめる。

今からその新たな翼で空を飛ぶのが楽しみだ。

 

「後、このロケット以外にも装備を持ってきたから是非見て欲しい」

 

「他にもですか?」

 

「ああ、随分待たせてしまったお詫びも兼ねてね」

 

速田はそう言ってさらにタブレットを操作する。

翔介はチラリと時計を見るとそろそろ次の授業が始まる頃合いだ。

それに気付いた千冬。

 

「授業は気にするな、公欠扱いにしておいてやる。その代わりしっかり説明を受けておけ」

 

千冬からのお許しも出たので科特研の二人の話をじっくり聞くことに。

 

「速田さん、山風さん。お願いします」

 

「ああ、それじゃあまずは…」

 

そう言って速田と山風が他の装備を紹介してくれる。

 

一つは大型の楯。

普段は半分に折りたたまれているが、起動させるとガラリと開き打鉄を覆うほどの楯になるという。さらに分割し、さらに打鉄の各部位に装着することもできる。

その名も『重ね畳』。

元々防御力の高い打鉄をさらに底上げするための物のようだ。

 

もう一つは小型の片手装備。

こちらはワイヤーを射出するもの。ワイヤーの強度はそんじょそこらの刃物では断ち切ることができないほどの硬さを持っている。先端にはフックが付いている。

相手に巻き付けて動きを封じたりすることに使えるという。また小型でありながらワイヤーも非常に長く伸びる。

名前は『絡み蔦』。

 

 

二人の説明はとても分かりやすかった。

どのように使用して、どんな時に効果的かなども一からアドバイスを受ける。

二人の言葉に頷きながらメモを取る翔介の横では千冬と楯無が見守っていた。

 

今回持ってきたのはこの二つだけのようだがこれだけでも今とは随分と変わるだろう。

始めはどうなるかと不安だった企業との提携もこれならうまくやっていけそうだ。

 

 

しばらく持ってきた装備の説明を一通り終えた速田と山風は学園を後にした。

今後も色々と開発した装備を持ってくるというので、その都度使った感想を聞きたいと言い残していった。

 

「ふぅ…」

 

翔介の口からため息が漏れる。

この短時間で覚えることが多かった。色々考えて茹だった頭が冷えていく。

 

「お疲れ様」

 

「なんだか色々疲れちゃいました」

 

「まあ、覚えることが多かったしね。でも話を聞いて終わりじゃないわよ?」

 

「話の次は実践、ですね」

 

翔介がそう告げると楯無がにこやかに頷く。

 

「道野。企業の装備を使うという事は自分だけではなく、相手企業のメンツを守る必要も出てくるぞ」

 

「はい…」

 

企業のメンツ。

二人はそんなことは言わなかったが、彼らは科特研で一番目玉の装備を提供してくれたのだ。それだけ翔介に期待をかけているということでもあるのだろう。

 

「できる限りでは駄目だ。何が何でも結果を出せ。それが企業と関わるという事だ」

 

千冬にそう言われるとうまくやっていけるかと思っていた心が少し挫けてくる。

 

「大丈夫よ、翔介君。その為に私がいるのだから」

 

「…はい、よろしくお願いします、お師匠さま」

 

 

心が挫けそうだが、何もしない内に諦める理由はない。

まずは始めることから。

 

それに正直にいえば楽しみな気持ちの方が強かった。

 

 

翔介はグッと拳を握り締めた。

 

 

 

 




本日はここまで。

時間が空いてしまいましたが、投稿しました。

新たな装備を手にした翔介。
彼が上手に使いこなすことができるのか、特訓次第です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

29話

授業時間を押しての新武装講習会も無事に終えた翔介。

今日の放課後から早速『星の翼』の実用訓練となるようだ。

楯無や科特研の二人の話からも使いこなすことはとても難しいことが予想されるがそれでもきっと使いこなせるようになってみせる。

 

それがきっと自分の夢の最初の一歩になる、そう信じて。

 

「ただい…」

 

教室の扉を開いて真っ先に目に飛び込んできたのは机に倒れ伏す一夏。

 

「また何かあったの?」

 

もはやこの光景にもすっかり慣れてしまった翔介。

ちらりと視線を他にやるとツーンとそっぽを向く箒とセシリア。

これは間違いなく何かあったのだろう。

おそらく一夏に問い質しても原因はわからないと踏んだのか、翔介は二人に問い掛ける。

 

「別に何でもありませんわ。ただ一夏さんが時と場所を弁えない方なだけですわ」

 

「ああ、そこの不埒者のことなど知らん」

 

これはなかなかお怒りのようだ。

するとシャルルがこっそり耳打ちしてくる。

 

「実はね…」

 

彼の話によれば先程のIS実技の授業だったのだが、ISを暴走させて突っ込んできた真耶を一夏が受け止めたまでは良かったものの彼女を押し倒したような態勢になったうえにその胸に手を当ててしまったことが大きな原因らしい。

 

さらに二組との合同授業だったようで怒っているのは鈴も同じのようだ。

ただ鈴からはまた別の怒りも向けられたようだが。

 

いつもの事ではあるがどうにも一夏は意図せずそういう状況を生み出す。いわゆるラッキースケベ体質の持ち主のようだ。

 

「そっか、ありがとう。三人のことは僕に任せて」

 

「大丈夫? 三人とも結構怒ってるみたいだけど?」

 

「本人が申し開きするより他の人から宥めるほうが効果的な時もあるからね」

 

特にこの三人は想い人が一夏であるからこそ怒っているという部分もある。

彼女たちの恋を応援するといった手前、尚更これは翔介の役目だろう。

 

取りあえず違うクラスの鈴は後に回すとして、今は目の前の二人を宥めるのが先だろう。

 

「二人とも、そんなに怒らないで。織斑君だって山田先生を助けようとした結果なわけなんだし」

 

「それでも女性の胸に触れるなど許されるものではありませんわ!」

 

「でも本人もわざとな訳じゃないんだからさ」

 

「それは分かっているが…」

 

やはり彼女たちの怒りは一夏が真耶の胸に触れたことの方が大きいようだ。

自分以外の誰かを助けたことに対する嫉妬などによるものないのならば宥めるのも難しくはないだろう。

 

「そうでしょ? 織斑君がそんなこと狙ってやるような性格じゃないし、良いことをした上の事故ならある程度はおおらかに受け止める方が良いんじゃないかな?」

 

翔介がそう言うと二人は顔を見合わせ、しばらく視線を泳がせる。

これは効果ありの予感。

 

「勿論何でもかんでも許してあげようとは言わないよ? 時にはどうしても我慢できないことだってあるはずだから」

 

「う、うむ」

 

「そうですわね…」

 

どうやらわかってくれたようだ。話が分からないタイプでもないのだから当然だろう。

そもそも一夏絡みでなければそんなに怒ることもないのだろう。

 

そう、一夏絡みだからこそ怒りの沸点がすぐに頂点に達してしまうのだろう。

 

「もしどうしても怒りそうになったら頭の中で六つまで数を数えてみるといいよ」

 

怒りとはその出来事に囚われて起こってしまうものだと考えられている。

だから敢えて怒りのスイッチが入りそうになったところで思考を停止することで一旦頭の中をリセットすることが効果的らしい。

 

「数じゃなくて、ゆっくり二回深呼吸でもいいみたいだよ」

 

それでもダメな時は怒る自分を想像してみるといいらしい。

自分を客観視することで怒りを収めるという方法もあるようだ。

第三者視点というものはなかなかどうして馬鹿にできないものだ。

 

「怒ってばっかりいるより笑顔で暮らせる方が良いでしょ?」

 

「ああ、すまないな、道野」

 

「お陰で頭が冷えましたわ」

 

これでこの二人は大丈夫だろう。この様子なら鈴を宥めるのも難しくはなさそうだ。

そんな二人を見ていたシャルルが感心したように翔介に声をかける。

 

「す、すごいね、道野君。あんなに怒ってた二人を落ち着かせるなんて」

 

「うぅん、二人ともちゃんと話せばわかってくれる人だからね」

 

ただ一夏の女性運が悪い方向、ラッキースケベ方面に向いてしまうのが悪いのだ。

こればかりは一夏本人でもどうしようもないのだろう。

 

「それにしたって怖くないの? あの剣幕」

 

「怖いは怖いけど…言葉を交わせば伝わるのに怖がってそれをしないほうが後悔するでしょ?」

 

「……それでも駄目なこともあるじゃない?」

 

なんだかシャルルの表情が曇る。

 

「うん、あると思う。どうしてもすれ違っちゃうこともあるよ」

 

それはつい最近のある姉妹を見ていてそう感じた。

お互いがお互いを思っているのにお互いが想い合うが故に起きてしまうすれ違いも確かに存在する。

 

「でもその時は反省してもう一度挑戦すればいいんだよ」

 

「反省して?」

 

「うん、ある人が言ってたんだけどね

 

 

 

『後悔は過去を変えたがる力、反省は未来を変えたがる力』なんだって」

 

 

 

どれだけ気を付けていてもきっと後悔してしまうことはある。

生まれてまだ十年とちょっとくらいの子供である今でも後悔することが多いのだ、これからの長い人生もきっと後悔をすることも多くなってくるはずだ。

 

「それでも過去は変えようがない。ならまっすぐ前を向いて今日の失敗を次に活かしましょう!ってことらしいよ」

 

「…反省は未来を変えたがる力、か…」

 

翔介の言葉をシャルルが小さな声で反芻する。

やがてフッと笑みを浮かべて。

 

「道野君は凄いね、同い年には見えないよ」

 

「そ、そんなことないよ。僕もただ受け売りだし」

 

「それでもだよ、その人の言葉を実践しようとすることは凄いことだよ」

 

手放しに褒められて思わず照れる。

どうにも家族以外に褒められることに慣れない翔介だった。

 

「やっぱり道野君にも後悔することってあるの?」

 

「それはあるよ。やっぱり朝ご飯はBセットにすれば良かった!とか」

 

今朝の朝食は散々迷ったうえで目玉焼きのセットにしたが、やはり鮭の切り身も心惹かれるものがあった。なにより目玉焼きの黄身の部分はがっつりと火が通されており固まっていた。目玉焼きの黄身は半熟派な翔介にとってはけして無視できなものであった。

 

しかし、そう話すとシャルルはお腹を抱えて笑い出す。

 

「あっはっはっは! そっか、道野君にとってはそれも立派な後悔なんだね!」

 

後悔の大きさは人それぞれだ。

人によってはどうでもいいことでも、その人にとっては一大事レベルで重大なこともある。

 

しかし、こうも笑われるとどうにも居心地が悪い。

シャルルの笑い声に周りのクラスメイトからもチラチラと注目が集まっている。

 

「え、何? デュノア君と道野君のカプ誕生?」

 

「美形攻めと平凡受け?」

 

「いや、実はデュノア君ああ見えて鬼畜攻めの可能性も」

 

「ちょっと! これは織斑君との三角関係勃発!?」

 

やはり注目を浴びてしまったせいか、休み時間で賑やかな教室がさらににざわざわと賑やかになる。

ついでに翔介の背中もざわざわした。

 

「酷いよ、デュノア君…」

 

「ごめんね」

 

謝りつつもまだ笑いを抑えきれないシャルル。

その様子を見ていると少しくらいやり返したくもなってくる。

 

 

「そういうデュノア君には後悔とかないの?」

 

 

翔介がそう尋ねると今まで笑っていたシャルルがピタリと止まる。

 

「うーん…後悔とかとは違うんだけどね…」

 

そういうシャルルの顔に影が差す。

この表情は知っている。

 

心の中に何か大きなものを抱え込んでいる表情だ。

 

「デュノア君…」

 

翔介がそれを尋ねようとした瞬間、次の授業のチャイムが鳴る。

 

「時間だね、次の授業が始まるから席に着こうか」

 

そう言って自分の席へと向かうシャルル。

結局聞けずじまいだったが、彼もまた何か悩みがあるように翔介には見えた。

 

その正体は分からないがさっきまで声をあげて笑っていた彼の表情を一変させるほどの物なのは間違いなさそうであった。

ただそれがどんな悩みなのかは彼にも知る由はなかった。

 

 

釈然としない気分のまま着席する翔介。

 

 

 

そして、その背中を見つめる赤い瞳があった。

 

 

 

 

 

 




本日はここまで。

またもや波乱の予感が迫る。
翔介や一夏に降りかかる難題とはいかに!




一話一話のボリュームをもっと大きくできればいいなぁ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

30話

「どうかしら、翔介君。新装備の着け心地は」

 

時間は放課後。

翔介と楯無は早速新しい装備を打鉄に装備していた。

そして今日は簪も訓練を見に来ていた。

 

科特研の虎の子であるロケットに興味があるようだ。

 

「あまりいつもと変わらないですね、動きにくい感じもないですし」

 

そもそも装備をつけているのは打鉄の方だ。

動きづらさなどを感じることもないだろう。

 

翔介が纏う打鉄にはハイドロジェネレードロケットである『星の翼』。

右腕にはワイヤー装置『絡み蔦』

そして左腕には可変式の大型楯『重ね畳』

 

「凄い…小型にしたのに出力がこんなに…」

 

簪は速田たちが残していったデータを見つめながら呟いている。

自分でISを作り出そうとしている彼女にとっていい刺激となるのだろう。

 

「ああ…タブレットと睨めっこする簪ちゃん可愛い…」

 

楯無は楯無で簪を見つめてにやけている。

箸が転んでも面白いとはこういうことだろうか。

 

「お師匠さま」

 

「あ、ああ、そうね。それじゃあ早速始めましょうか」

 

まずは普通に浮かぶ。

そしてしばらくは通常通りに飛行する。

 

『随分と慣れてきたんじゃないかしら?』

 

通信画面が開き、楯無の声が聞こえてくる。

確かに最初のころと比べれば随分と安定して飛べるようになった。

相変わらず戦闘のセンスは上達しないがそれ以外の事であれば自分でも自覚できるほどには上達している気がする。

 

それでもこれで満足してはいけない。

努力はし続けることに意味があるのだから。

 

『さてウォーミングアップはこれくらいにして本命といきましょうか』

 

ついに星の翼の実践だ。

翔介はディスプレイから星の翼を選択し起動させる。

背中、腰、足に付けられたロケットに徐々に火が灯っていき。

 

 

ドンッ!

 

 

「へあっ?」

 

 

気付けば翔介は地面にめり込んでいた。

一体何が起こったのか。翔介は目を丸くして固まっている。

 

「翔介君、大丈夫?」

 

楯無が地面にめり込む翔介に近寄ってくる。

 

「あ、あの…今何が起きましたか…?」

 

「ロケットが起動したと思ったらそのまま地面に突っ込んでいったよ」

 

後からやってきた簪が教えてくれる。

どうやらロケットの加速に対応しきれず墜落したようだ。

 

「これはなかなかのじゃじゃ馬ね」

 

「今度は出力を弱めて使ってみた方が良いんじゃないかな?」

 

更識姉妹が対応を考えている横でじたばたと地面でもがく翔介。

 

「もう一度やってみましょうか。今度は出力を五十%、いや二十五%くらいに絞ってみましょう」

 

「は、はい…」

 

よろよろと立ち上がりながらもう一度空に飛び立つ。

今度は楯無に言われた通り出力を二十五%に抑える。

 

グンッと体に一気に負荷がかかる。

ISスーツはあらゆる障害から装着者を守るものだが、それを通しても体に衝撃が走る。

 

「うわわわわっ!?」

 

すぐに迫ってくるアリーナの壁に慌ててロケットの出力を切る。

それでも慣性で前に飛んでいく打鉄。

翔介はハッと左腕の重ね畳を展開する。楯を下にし衝撃に備える。

 

ガガガガッと激しい音を立てながら地面を滑る。

やがてアリーナの壁にぶつかって、ようやく止まった。

 

「…これはじゃじゃ馬どころじゃないわね。これは怪獣だわ」

 

「四分の一でもこれだけの出力がでるなんて…」

 

「あだだ…」

 

「やっぱり科特研の面々は凄いもの作るわね」

 

フラフラと立ち上がる翔介。

打鉄や装備を見やる。どうやら壊れている部分はなさそうだ。

重ね畳も傷一つついていない。

ロケットばかりに気を取られていたが他の装備の性能もなかなかのもののようだ。

 

「じゃあ翔介君。もう一度行ってみましょうか」

 

「は、はい…」

 

 

 

結果としてアリーナの地面をえぐること数十回。

もはやアリーナの地面は大きなモグラが通ったのではないかと思うほどボコボコになっていた。

 

「結局五%が今操作できる限界みたいね」

 

ようやく操れるようになったとは言ったものの一回ロケットを吹かしたらすぐに止めて、さらにもう一度吹かして止めるといった断続的な使用方法だ。

正直、ガクンガクンと機体が動いて気持ち悪い。

 

「でもこれって織斑君も使ってた…」

 

「ええ、瞬間加速と同じ要領ね」

 

ロケットを断続的に起動させたりすることにより一夏も使う瞬間加速を疑似的に真似ることになった。

 

「とはいえこれじゃあ使いこなしたことにならないわね」

 

「そもそもこのアリーナじゃ小さすぎるんじゃないかな?」

 

簪の言う通りこのアリーナでは星の翼を全力で起動させるには些か手狭であった。

手狭といっても翔介の故郷の校庭と比べれば倍近くの広さはあるのだが。

 

「そうねぇ、これはもっと広いスペースで訓練する必要がありそうね」

 

「でもその前に少しでも使いこなせるようにならないと」

 

最悪真っ直ぐ飛ぶだけならまだなんとかなるだろう。

だが実際は細かい制動が要求される。

五%でようやっと動かせている彼にはまだまだ課題が多く残っている。

 

「この調子だと学年別トーナメントに間に合わせるのは難しそうね」

 

「学年別トーナメント?」

 

「あら、まだ聞いてなかったかしら? 今月末くらいに始まる…そうね、ISの試験みたいなものと言えばいいのかしら」

 

楯無の話を聞く限りこういう事らしい。

学年別トーナメントとは文字通り学年それぞれで生徒一人一人を対象に行われる試合の事だ。

全校生徒を対象にするため一週間と長い期間を要する。

目的は学年事に代わり、一年生はそこで改めてISランクの決定がされ、二年生と三年生には外部からのスカウトが目を光らせに来るようだ。

勿論有望であれば一年生の時からスカウトがやってくることもあるようだ。

 

「へぇ…結構大きな行事ですね」

 

「ええ、特に三年生には企業側にアピールする良い機会だから気合いの入り方が違うわ」

 

人によっては将来に影響を与える行事。

それは熱が入ると言うものだろう。

 

「でもそれまでに星の翼を使いこなすのは難しそうね」

 

「使いこなせれば間違いなく強みになると思うんだけど…」

 

「僕もすぐには使いこなせるとは思ってなかったし…まだまだこれからだよ」

 

翔介は打鉄から降りながら告げる。

元々これはISように作り出された装備ではない。本来であれば宇宙を飛ぶジェット機に取り付けられるものだった。だからこそ、そんな簡単に使いこなせるとも思ってはいない。

 

 

ただ想像以上の性能でやや怖気づいたのだが。

 

翔介の答えに楯無は満足そうに笑みを浮かべる。

 

「その通りよ。どんなことも何度も試して、経験して初めて自分のものになるのよ」

 

「はい!」

 

楯無の言う通り、どんなことでも始めからできるわけではない。

だからこそ何度も何度も失敗しながら上達していくものなのだ。

 

色々とアレなところもあるがやはり楯無は師匠として頼もしい。

 

「そう、どんな経験もね。あーんなことや、こーんなこともね」

 

「お姉ちゃん!」

 

 

本当にこういうところを除けば完璧なのだが。

いや、完璧なだけでは駄目だからあえてこういう性格をしているのだろうか。

 

「さて、あまり根を詰めすぎてもいけないし今日はこれくらいにしましょうか」

 

「はい、ありがとうございます。じゃあ僕はこのアリーナを片付けていきます」

 

アリーナの地面はボコボコ。

 

「で、でも大変じゃない? 手伝おうか?」

 

簪が声をかけてくる。

星の翼の訓練で散々っぱら地面にたたきつけられたのを見て心配になったようだ。

 

「大丈夫だよ、ISを使えばそんなに時間はかからないし」

 

それに使ったものは使った人が片付ける。

これも小さい頃から教えられてきたことだった。

 

「簪ちゃん、こういう時は男の子に花を持たせてあげましょ」

 

「う、うん…」

 

「それじゃあ片付けお願いね」

 

「はい、ありがとうございました」

 

そう言って翔介が見送る中、更識姉妹はアリーナを後にしていった。

簪は最後まで気がかりだったようだが。

 

 

「さぁて…」

 

 

翔介はアリーナの惨状を見やる。

 

 

「夕食までに終わるかなぁ…」

 

 




本日はここまで。

また少し間が開きましたが投稿できました。

そして気付けばお気に入り登録が95件。
さらに評価がまさかの☆10に!

こんな拙作に評価をいただけて嬉しい限りです!

これからもこれを糧に投稿していきますのでよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

31話

「思ったより時間かかっちゃったな…」

 

ようやくアリーナの整地も終わり着替えを済ませた。

時間も随分とかかってしまった。夕食の時間には何とか間に合いそうだ。

ロッカーから荷物を取り出す。

すると携帯電話がチカチカと明滅している。

どうやらメールが来ているようだ。

 

メールを開いてみると差出人は一夏だった。

 

『訓練どうだ? もし終わったなら俺の部屋に来ないか?』

 

一夏からの遊びの誘いだった。

彼は部屋替えがあり、今まで同室だった箒からシャルルに変わっている。

ちなみに翔介のルームメイトは変わらず簪のままである。

ただ最近はなにかと楯無が遊びに来ている。

 

一応寮のため消灯時間などは決められているのだが男子同士で親交を深めるのも悪くない。基本的に校則は守る性格だが、だからと言って変に縛られる性格でもない。

 

翔介はすぐに了解の返事を送る。

 

 

その前に夕食を食べようと食堂へと向かうことにした。

アリーナを出ると夕日が空を赤く染めていた。随分と日も長くなってきた。

それが夏の到来を思わせる。

 

「いけない、こんなことしてる場合じゃなかったや」

 

急いで夕食を摂って一夏の部屋に行かなければと考え、駆け足で寮へと戻る。

 

 

『何故ですか!?』

 

 

アリーナを出て、中庭に差し掛かったところですごい剣幕が聞こえてきた。

思わず足を止めてしまう。

あまり立ち聞きなど褒められたものではないがこっそり覗き見る。

 

見ればそこにはドイツからの転校生であるラウラ・ボーデヴィッヒと千冬だった。

 

「あなたほどの人物がなぜこんなところで教師など!」

 

「何度も言わせるな、私には私の都合がある。それだけだ」

 

ラウラが千冬に何か言い募っている。

転校初日のあの様子から見ても二人が以前からの知り合いのようだ。

 

「このような辺鄙な土地でどんな役目があるというのですか!」

 

千冬の素っ気ない返事にラウラの激情がさらにヒートアップしていく。

 

「お願いです! ドイツに戻ってもう一度ご指導を! ここではあなたの能力の半分も活かされない!」

 

「ほう…それで?」

 

「そもそもこの学園の生徒はレベルが低すぎる! ISをファッションか何かと勘違いしている! そのような程度の低い…!」

 

「そこまでにしておけ、小娘」

 

千冬の凄みのある声が彼女の言葉を遮る。

自分に向けられている訳でもないのに背中がゾクッと凍る。

先程まで激情に駆られていたラウラも黙り込む。

 

「その歳で選ばれたもの気どりか? 随分と偉くなったものだな」

 

「私は…」

 

「そろそろ帰寮時間だ、さっさと戻れ」

 

千冬にそう言われラウラは下を向いたまま中庭を離れる。

そのまま翔介の方へ。

 

「あ…」

 

慌てて隠れようとするもそんな場所はなく鉢合わせする。

 

「貴様は…」

 

「えっと…」

 

キッと翔介を睨むラウラ。それ以上は突っかかってくることはなく寮の方へと戻っていった。

 

「悪いことしちゃったな…」

 

そんなラウラの背中を見送りながらバツが悪そうに頭を掻く。

 

「ああ、そうだな。盗み聞きとはいい趣味だな、道野?」

 

「ひゃい!?」

 

いつの間にやら背後に千冬が立っていた。

 

「お、織斑先生…!」

 

「まったく、お前は面倒ごとに首を突っ込むのが趣味なのか?」

 

「いや、そんな…」

 

そんなことはない筈なのだが。

ただこの学園に来てから既に何度も問題に直面している時点であまり言い返せない。

 

「あ、あの…織斑先生とボーデヴィッヒさんってお知り合いだったんですか?」

 

「まあな。昔ドイツで少しな」

 

「ドイツ…?」

 

「あまり女性のことを詮索するものではないぞ」

 

そう言われるとこれ以上何も聞けない。

 

「そら、お前もそろそろ戻れ。帰寮時間を越したら反省文だ」

 

「は、はい!」

 

千冬に急かされ一夏との約束を思い出し、千冬に一礼すると寮へと駆け出す。

 

「道野」

 

しかし千冬に呼び止められ、振り向く。

 

 

「門限は守れよ。時間までには部屋に戻れよ」

 

まあ、と言葉を続ける。

 

 

「バレなければ問題はないがな」

 

 

まるでこの後の予定を知っているかのような口ぶりだった。

だがその一方で一夏たちの部屋に遊びに行くことを止めるような素振りはなかった。

 

この言葉をどう受け止めるかはともかくとして。

 

「わ、わかりました」

 

素直に今は頷く方が良いだろうと考え、翔介は寮へと走っていった。

 

 

----------------------------------------------------------------

 

夕食を食べ終え、一度部屋に戻ってから一夏たちの部屋へと向かう。

簪に一夏の部屋へ遊びに行くと伝えておいた。

前までは彼の名前を出すだけで不機嫌になった彼女だが、更識姉妹の仲直り作戦以来随分と仲良くなったようだ。

 

元々仲のいい友達がいなかった簪としては良い傾向だろう。

 

そんな事を考えながら、こそこそと一夏たちの部屋をノックする。

するとすぐさま一夏が扉を開く。

 

「よお、遅かったな。まあ、入れよ」

 

一夏に誘われ部屋に入る。

 

「お邪魔します」

 

部屋に入ると既にお菓子や飲み物が用意され、ベットの上には三人で遊べるテーブルゲームが準備されていた。

 

「あれ? デュノア君は?」

 

「ああ、シャルルなら俺が帰ってきたらシャワー浴びてたみたいでさ。今も入ってるんじゃないか?」

 

すぐに終わるだろうし、先に始めていようということになり二人で飲み物とお菓子をつまみながら待つことになった。

 

「どうだ、訓練の方は?」

 

「いや、結構大変だよ。作ってもらったロケットもなかなか使いこなせないし。織斑君はどう? 今は篠ノ之さんたちと一緒にやってるんだよね?」

 

「ああ、まあ…」

 

なんとも言えない表情の一夏。

というのもこの三人は他者に教えるという事が極端に下手だ。

 

箒は『バーッと行って、ガッとする!』なんて抽象的な表現が多い。

セシリアは『ここで右斜め上方向に五度ほどずらします』など細かすぎる。

鈴は元々理論より感性派のようで『感覚よ、感覚。わかるでしょ?』とそもそも説明自体をしない。

 

そんな三人の指導を受けているのだから翔介とはまた別のベクトルで大変だろう。

 

そういえばそんな三人について聞きたいこともある。

これだけ一緒にいるのだから少しくらいは何か特別なリアクションがあっても良い筈だ。

 

「織斑君はあの三人とよく一緒にいるけどどう思ってる?」

 

少し直球な質問だが、恐らくは問題はないだろう。

 

「どうって? まあ、俺の訓練に付き合ってくれるんだから良い奴らだよな」

 

「まあ、そうなるよね…」

 

大体予想通りの答えだった。

これを聞いたら三人がガックリと項垂れる様子が容易に想像できる。

 

だがけして悪印象はないのだから悪い状況ではないだろう。

特にセシリアなんかは始めの印象が喧嘩腰だったのだから尚の事心配だったが大丈夫のようだ。

 

「それがどうかしたか?」

 

「うぅん、これからも仲良くしてあげてね」

 

「ああ。それは勿論だが」

 

二人はお菓子をもしゃもしゃとつまむ。

その後は何気ない会話が続く。

 

するとふと一夏が思い出す。

 

「あ、ヤバい。そういえばシャワー室のシャンプー切れてたんだ」

 

「それなら今ならまだ間に合うんじゃない?」

 

「そうだな、よっこら」

 

一夏はそう言うとシャワー室にシャンプーの替えを届けに行く。

 

翔介は彼が帰ってくるまでお茶を口に含む。

 

 

 

「えええええっ!?」

 

「うわあああああ!?」

 

「ぶふっ!?」

 

 

 

唐突に聞こえてきた二つの悲鳴に思わずお茶を吹き出す。

 

「何っ!? どうしたの!?」

 

慌ててシャワー室に駆け込む翔介。

 

「あっ!? 翔介、待った!」

 

 

そこにいたのは何かを隠そうとする一夏。

 

 

 

そして。

 

 

 

「あわわわわ…」

 

 

一糸まとわぬ金髪の美少女が口をパクパクさせていた。

 




本日はここまで。

シャルルの正体が発覚。

唐突な出来事にどう対処するのか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

32話

空気が重い。

 

部屋に三人もいるのに誰一人口を開かない。

一夏と翔介は目の前に座る少年…いや、少女を見やる。

 

「……」

 

シャルルは二人の視線に気づくと気まずそうに眼を逸らす。

 

取りあえず謝るべきなのだろうか。わざとではないのだが、シャワー中の彼女を覗いてしまったのだ。

幸いと言うべきか、謎の力が働いたのか、肝心な部分はシャワーによる湯気で見えなかった。それでも丸みのある身体つきは彼女を女性であることを物語っていた。

 

「えっと…デュノア君、いやデュノアさん…?」

 

「やっぱりシャルル、お前…」

 

ようやく口を開いた翔介に一夏が続く。

既に言い逃れができないと観念したのかシャルルはポツリと語り始める。

 

「そうだよ、僕は本当は女なんだ。本当の名前はシャルロット」

 

「どうして、男だなんて言っていたの?」

 

「僕の実家がデュノア社だっていうのは知ってるよね?」

 

彼女が言うにデュノア社は世界第三位のシェアを誇るIS企業だが、その技術や情報が遅れており第二世代で止まっているのだという。

そもそもIS企業は国からの援助を受けて開発を行っている。つまり逆を言えば先がないと判断されれば国の援助は打ち切られてしまう。

 

この経営危機を乗り切るためにデュノア社が目を付けたのが世界初の男性操縦者であった。

娘であるシャルル、いやシャルロット・デュノアを男性として送り出すことで世界で三人目の男性操縦者と言う広告塔とすると同時に織斑一夏や道野翔介という前例を調査しデータ収集をさせようとしたのだ。

 

ふと翔介が横を向くと一夏の表情が険しい。

 

無理もない。一夏には物心がついたときから両親はいなかった。家族といえるのは姉の千冬のみ。そんな彼にしてみれば家族を利用して会社を存続させようとするデュノア社のやり方は気に入らないのだろう。

 

それは翔介も同じであった。

彼も家族は大事にするべきものと考えている。だからこそデュノア社に対して良い感情を抱かないのも当然であった。

 

勿論、二人とも企業を存続させる難しさや、そこに働く大勢の従業員たちを守るという責任の重さを理解できないほど子供ではない。

だが、その為に家族を利用しようとするやり方を仕方ないと言えるほど大人でもなかった。

 

「でもそれも終わり」

 

「終わりってどういうことだよ?」

 

「僕は男だと偽ってこの学園に来たんだよ。それがバレた今この学園にいることはできないよ」

 

シャルロットが自嘲気味に笑う。

 

「いることはできないって…この後、どうするの?」

 

「恐らくはフランスに帰国、その後は僕にもわからない」

 

わからないというシャルロットだが、その表情からみてもけして良い扱いを受けることはないだろう。

 

「バレたのも僕たちが黙っていれば問題ないんじゃないかな?」

 

「じゃあ、二人ともこれから三年間ずっと黙ったままでいられる?」

 

「それは…」

 

古来、人の口に戸は立てられぬという。どれだけ気を付けていたとしてもいつまでも黙っていられる自信はない。

それにシャルロット自身も三年間ずっと隠し通せるかはまた難しい問題だ。

 

「でしょ? だからもうこれでおしまいなんだよ…」

 

部屋中が重い空気で満たされる。

確かにこればかりは子どもである翔介たちにはどうこうできるものではなかった。

 

だがそんな中さらに怒りを募らせている人物がいた。

 

「…いかねえ」

 

「え?」

 

「納得いかねえ!」

 

一夏がバッと立ち上がる。

 

「子どもは親の道具なんかじゃねえ! 子供をなんだと思ってやがる!」

 

「仕方ないよ…」

 

「仕方ないってなんでそう言えるんだよ!」

 

 

 

「僕は愛人の子だから」

 

 

 

シャルロットの言葉に二人は絶句する。

愛人の子、それがどんな意味なのかを知らないわけではない。

 

「僕は愛人の子。僕の母が亡くなったのを知った父が僕を拾ったんだ。つまり僕は父からすれば使い勝手のいい駒なんだよ」

 

乾いた笑顔を見せるシャルロット。

 

「やっぱり納得いかねえ! 愛人の子だからなんだってんだよ!」

 

それでも一夏の怒りは止まらない。

その怒りはここにはいないシャルロットの父へと向けられている。

 

「そしてお前にも納得がいかねえ!」

 

すると今度はシャルロットへと視線を投げかける。

困惑するシャルロット。

 

「お前さっきからしょうがないとか仕方ないって諦めてるが本当にそうなのか!?」

 

「ど、どういう事?」

 

「お前は本当にそれでいいって思ってるのかよ」

 

一夏が投げかける問いは彼女の本心を問いただすものだった。

 

「僕の…?」

 

「ああ、お前は本当にこのままでいいのか? このまま流されてばかりでいいのか?」

 

真剣に問い掛ける一夏。

彼の問いかけに言葉を失うシャルロット。

 

「デュノアさん、織斑君のいう事も間違ってないと思うよ」

 

彼女の今の姿は仲直りする前の更識姉妹を思わせた。

本心を隠し、ただひたすら現実に流されようとしている。

 

「デュノアさんはどうしたい? 本当にこのままフランスに戻っていいの?」

 

「親の意向とか、会社とか関係ねぇ。お前の意志が聞きたい」

 

二人の問いかけにシャルロットが顔を俯かせる。

 

「僕だって…僕だってこんなことしたくないよ!」

 

今まで貯めていたものを爆発させるシャルロット。

 

「でもどうすればいいのさ! 相手は大企業! 僕は愛人の子で! どうしようもないじゃないか!」

 

一度爆発した感情は止められない。

 

今の自分に納得なんてしていない。それでもそうしなければどうしようもなかった。

母を亡くし、身寄りのない自分が生きていくにはそれしかなかったのだから。

 

「それなら大丈夫だ!」

 

一夏が胸ポケットから学生手帳を取り出す。

 

「『特記事項、学園に在籍する者はいかなる国家、団体、組織に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として禁止する』」

 

「それって…?」

 

「つまりこの学園にいる三年間はどの国からの干渉を受けない。だからこの間に何か手段を考えるんだ」

 

IS学園は世界で唯一のIS操縦者の養成校。一夏や翔介のような未経験者やセシリアや鈴のような国家の代表候補者のような人物が集まってくる。

そんな学園は世界各国の企業からすれば人材の宝庫だ。

だがその中にはそんな生徒たちを食い物にしようとするアコギな企業も存在する。そんな企業から生徒たちを守るために定められた校則だ。

 

勿論、翔介のように学生の内に提携する例もある。

 

つまり一夏はこの校則を利用してデュノア社からの介入を回避しようということのようだ。

確かにこれならば最低でも三年はシャルロットを守ることはできる。

その間に糸口を探ることも可能だろう。

 

 

だが。

 

 

「それでいいのかな…?」

 

「どういうことだよ?」

 

翔介の言葉に一夏が問い掛ける。

 

「えっと、僕も織斑君の特記事項を利用して三年間、方法を探すことには賛成だよ。この特記事項があれば三年間は間違いなくデュノア社から守ることはできると思うし」

 

だけど、と続ける。

 

「でもそれが問題の先延ばしにならないかなと思って…」

 

翔介の心配はそこだった。

特記事項により三年間は守られるだろう。しかし、その三年間でいい方法が見つかるかどうかわからない。

結局は時間をかけただけで解決できなかったなんてことが起きかねない可能性もあり得るのだ。

 

「だけど今はそれ以外方法はないだろ?」

 

「うん…でも一つだけなら…」

 

「え、あるの?」

 

シャルロットの言葉に頷く翔介。

策と呼べるようなものではない。ただ翔介には一つだけどうにも腑に落ちないことがあった。

 

もしその答えを得ることができれば。

 

 

「どんな策なんだよ、教えてくれ」

 

一夏もシャルロットと同じように問い掛ける。

翔介は賛同されないかもしれないが一つの方法を告げる。

 

 

 

「デュノアさん、お父さんに電話してみない?」

 




本日はここまで。

また間が開いてしまい申し訳ありません。

この辺りはだいぶオリジナルの解釈などが入っています。
綺麗なまとまり方はしないかと思いますがご了承ください。

翔介が告げた方法。

シャルロットを救う手段となるのだろうか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

33話

「父に電話…?」

 

翔介の提案に言葉を失うシャルロット。

いきなり大本であるデュノア社社長に直談判しようというのだ、この反応も当然だろう。

 

「いきなりそんなことはできないよ…」

 

「でもいつかはやらないといけないんだ」

 

翔介の言葉にシャルロットは黙り込む。

三年の間で方法を探すにしてもいずれはぶつかる壁であった。

そのことは彼女も理解しているのだろう。

 

「それに少し気になることもあって…」

 

「気になることってなんだ?」

 

翔介の疑問に一夏が問い掛ける。

 

「えっと、少し気分を悪くするかもしれないけどごめんね」

 

と予め謝罪する。

 

「ねえ、デュノアさんのお父さんってどんな人? 例えば怒ると怖いとか」

 

「どんな人か…慎重というかリスクを避けるタイプって感じかな…」

 

やはり大企業の社長ともなれば慎重なくらいが丁度いいのだろう。

しかし、それを聞いたからこそ尚更翔介の疑問が一層大きくなる。

 

「えっと、デュノアさんは愛人の娘さん…なんだよね?」

 

「う、うん…」

 

 

「それならなんでデュノアさんのお父さんはデュノアさんを引き取ったのかな?」

 

国によって文化の差はあれど不貞行為は歓迎されるものではない。

一班家庭においては勿論の事。それは地位の高い人物ほどその影響は大きいものだ。

 

流行り廃りに疎い翔介ではあるが、ニュースなどでそういった出来事はよく耳にした。

名のある人物の不貞行為ほど大きく取り扱われている。

それも含めてデュノア社社長がシャルロットを自らの娘として引き取ったことに疑問を感じたのだ。

 

「デュノア社みたいな大きな会社の社長さんが不貞行為の上、隠し子がいたなんてなれば大ニュースだよね? それはリスクを避けるっていうのならずっと黙ったままでいるのがいいと思うんだ」

 

大企業の社長ともなればそのようなスキャンダルはご法度だろう。

ならば最善手としてはその事実に黙って口を閉ざしておくことのはず。

だが彼はそうすることはせず、母を失ったシャルロットを引き取り、デュノアの姓を名乗らせ、代表候補生として学園に送り出した。

 

勿論、自らの会社の危機を娘を利用して乗り切ろうとしているという事でもあるのだろう。

だが、そこまでの行動に翔介はどこか別の意図も感じていたのだ。

 

「じゃあ、一体何のためなんだ?」

 

「それは僕も流石に…だからこそそれを聞くためにも直接話をしてみるといいんじゃないかと思ったんだ」

 

どうだろう、と翔介が目で問い掛ける。

先程までそれは、と渋っていた二人だが彼の言葉で自分たちもシャルロットの父の真相を気になってきたようだ。

 

「勿論、これはデュノアさんにとって重要なことだし簡単にそうしろなんては言えないから。デュノアさん次第だけど…」

 

提案しておいてなんだがこれは危ない橋だ。

ひとたび失敗すれば彼女の立場は一気に危うくなるだろう。強制はできない。

人一人の人生が掛かっている決断を押し付けるわけにはいかない。

 

シャルロットはじっと翔介の提案を思案する。

やがて…。

 

 

「僕、父に電話してみるよ」

 

 

シャルロットは彼の提案を受けることにした。

 

「本当に大丈夫なのか?」

 

一夏が心配そうに声をかける。

それに対してシャルロットは首を横に振る。

 

「大丈夫…ではないかな。正直、すごく怖いよ…」

 

シャルロットはでも、と続ける。

 

「道野君が言った通り、いつかはやらなきゃいけないから」

 

そういって携帯を取り出す。

決意を見せたシャルロットだが携帯を操作する指を小さく震えている。

彼女にとってそれだけデュノア社社長とは恐ろしい存在なのだろう。

 

ようやくかけたシャルロットの携帯。

しばらくの間、呼び出し音が鳴り響く。

 

 

『……私だ』

 

 

長い待機音の後にようやく返事が返ってくる。

電話が通じると同時にシャルロットはスピーカーに変更する。

 

「突然、電話してすみません」

 

『定時連絡にはまだ早いぞ。不要な連絡は控えろ』

 

有無を言わさぬ一言。

その物言いに一夏が眉を顰める。

それを見た翔介が彼を諫める。今感情的になって口を挟むのはマズい。

 

『それで何の用事だ。私は忙しいのだが』

 

「すみません、その…少し話したいことが…」

 

『……手短に話せ』

 

不機嫌そうな声にシャルロットが口を開く。

 

「あの…僕はいつまで男の子の格好を…?」

 

『その話か。そんなものを聞いてどうする』

 

娘の問いに冷たく返す。

 

「その、やっぱり性別を偽って潜入するのは色々と不便で…できれば僕も普通の女の子みたいに…」

 

『その必要はない。最初に言ったはずだ。お前の役目は二人の男性操縦者に近づき彼らのデータを収集することだ。その為には同じ男性として近づくのが一番適切だ』

 

「でも、それは女の子でも…」

 

『何か不満でもあるのか?』

 

その一言にシャルロットが言葉を詰まらせる。

台詞こそ問い掛けているように見えるが、その語気には口答えを許さない凄みがある。

その物言いにやはり一夏が口を開こうとする。

それを翔介が必死に押さえる。

 

「不満というわけでは…ただわざわざ男の子の姿をしなくても…それはそれでやり様はありますし…」

 

『やり方は私が決める。これは我が社の存続が掛かっている。途中での変更はできない』

 

その言葉についに一夏が立ち上がる。

 

 

「ふざけんな!」

 

 

『……シャルロット、一人ではないのか?』

 

電話の向こうの声に怒気が混じる。

二人だけの連絡かと思っていたところに別人の声が聞こえてきたのだ。警戒するのは当然だろう。

 

「織斑君…!」

 

「さっきから聞いてれば好き勝手言いやがって! そんなに会社が大事なのかよ!」

 

一夏はシャルロットの携帯へ向かって怒鳴る。

 

『なるほど…お前が織斑一夏か。随分と子供のようなことを言う』

 

ご丁寧にもシャルロットの父は日本語で返してきた。

流石は大企業の社長というべきか。

 

「だからなんだってんだ! 子供は親がいなけりゃ生まれない! だが親が子供の自由を奪っていいはずがないだろう!」

 

一夏が捲し立てるも極めて平静な声音でデュノア社社長が話しかける。

 

『私は大勢の従業員を背負っている責任がある。会社はどこまでもシビアでなければいけない。社の利益を守るためには綺麗事ばかりではできないのだよ』

 

「だからって娘を利用するってのか! 家族すら大切にできないやつが他の家族を守ることなんてできるのかよ!」

 

『現に私はそうしてきた』

 

嘘でもはったりでもないのはすぐにわかる。

現にシャルロット・デュノアという彼の娘がここにいるのだから。

 

一夏は口惜しそうに顔をしかめる。

 

『君はまだ学生だ。だから社会の厳しさや汚さもまだ知らない。だからこそ教えておこう』

 

 

 

『企業とは利益を追求するものだ。その為には使えるものはすべて使う。それが例え不義の娘だとしてもな』

 

 

シャルロットがギュッとこぶしを握る。

 

「この野郎!」

 

一夏が目に見えない相手へ殴り掛からんばかりに怒気を上げる。

 

 

 

しかし、それを翔介が制する。

 

 

「すみません、デュノア社長」

 

『…どうやら我が娘は早々に仕事に失敗したようだな』

 

「はい、でもこのことを知ってるのは織斑君と僕だけです」

 

『君たちに知られることが一番問題なのだよ』

 

デュノア社長が娘に与えた密命、それは男性操縦者二人のデータ収集。

そのターゲットである二人にバレることが最大の禁忌だったはずだ。

 

『シャルロット、お前はすぐにこちらに戻ってこい』

 

「は、はい…」

 

「お、おい! 待てよ、まだ話は!」

 

もう話すことはないと言わんばかりだ。

このままでは本当にシャルロットがフランスへ強制送還されてしまう。

 

だが、翔介はそんな社長にやはり疑問が浮かんでいた。

 

「あの…一ついいですか?」

 

『…何かな?』

 

「僕たちは確かに子どもです。社会の仕組みも企業の大変さもまだわかりません。それはあなたの言う通りだと思います」

 

「翔介!」

 

一夏が声を上げるも、それをやんわりと制する。

 

 

 

「でも家族としてのあなたの言葉をまだ聞いてないと思うんです」

 

 

 

『…何だと?』

 

声だけしか聞こえないがその表情が曇ったのがわかった。

 

「あなたが社長として責任感のある方なのはよくわかりました。ただ、父親としてのあなたの気持ちがまだわからないんです」

 

『父親としての私だと?』

 

「あなたがどうしてデュノアさんを引き取って、この学園に送り出したのか。その理由がよくわからないんです」

 

『それは先ほども言った通り君たちのデータ…』

 

「収集のため、ですよね。でも、それならわざわざどうしてデュノアさんを?」

 

そう、二人のデータ収集が目的なのはよくわかっている。

しかし、それならばわざわざシャルロットに性別を偽らせる必要もないはずなのだ。

その上、自ら不義の子と称しながらも身寄りのなくなった彼女を引き取り、さらにデュノアの姓を与えるなどその扱いはけして悪いものではないはずだ。

 

『……利用しやすいからそうしたまでだ』

 

「それにしたってもっと上手な方法があったと思います。もしかしたらもっといい方法も思いついてたんじゃないですか?」

 

買い被りでも嫌みでも本当に翔介はそう考えていた。

デュノア社という大きな企業を支える人物なら策を一つや二つは用意してあると考えたからだ。

 

 

 

「あなたは厳しい人だと思います。でも、あなたは冷徹な人ではないと思います」

 

 

翔介はシャルロットに目をやる。

言いたいことがあるのなら勇気を出して、と目で伝えているようだ。

その意図が伝わったのかシャルロットは意を決する。

 

「父さん…」

 

『………』

 

 

「僕はあなたにとってなんなんですか…?」

 

 

『……今回のことは私のところで留めておく』

 

そういうと通話が途切れた。

 

「大丈夫か?」

 

通話を終えて、大きく息を吐くシャルロットに一夏が声をかける。

 

「うん…大丈夫。二人とも、ありがとう」

 

「うぅん、僕の方こそごめんね。結局余計なことしちゃったみたいで…」

 

「そんなことないよ。道野君のお陰で父のこと…」

 

果たしてあれは翔介の感じたままに告げた言葉だったが本当のところどうなのかはわからない。

だが翔介の感じたものが少しでも本当であれば、とそう思う。

 

 

「でもなんだか色々すっきりした気がするよ」

 

彼女の言う通り、憑き物が落ちたように晴れやかな表情をしている。

 

「これで少しでも何か変わればいいんだがな…」

 

「後は信じよう」

 

三人で頷き合う。

時計を見れば消灯時間をすっかり過ぎている。

 

「それじゃあ僕は戻るよ。織斑先生に見つかったらマズいしね」

 

「ああ、じゃあな」

 

「また、明日」

 

 

 

二人に見送られ、こそこそと部屋を出る翔介であった。

 

 

 

 




本日はここまで。

そしていつの間にかお気に入り登録がついに100件越え!
これは喜ばずにはいられない!

ゆっくり更新ではありますが、これからもどうぞよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

34話

突然だがIS学園はISについて学ぶための施設だ。

当然ながらISの知識、技術を学ぶがそれと同時に普通の高等学校と変わらない授業も行っている。

 

「本日はここまでとする。各自、予習をしておいてください」

 

教員がモニターに映し出された数学の授業内容を消去しながらクラス中にそう告げる。

クラス中の空気が一斉に弛緩していく。

これが千冬であれば最後まで気は抜けないのだが。

 

「ふぅ~…」

 

翔介もそんな中の一人であり、教科書をしまいながら息を吐く。

 

元々あまり理数系が得意ではない彼にとって数学の時間は気の抜けない授業の一つだ。

苦手ではあるからこそしっかり授業は受けておきたいのだ。

だがやはり苦手というのはなかなか克服できるものでもなく、授業が終わると今のように膨らんだ風船が一気にしぼむように気が抜ける。

 

気の抜けた翔介が視線を動かしクラス中を眺め、最後はシャルロットの方へと視線が向いた。

今日も今日とて男装の麗人を続けている。

見ている限りではいつもと変わらない様子だが、その内心はよくわからない。

 

今更ながら余計なことしたのではないかと不安になってくる。

というよりも昨日の自分の蛮勇振りが今更ながら怖くなってくる。

そもそも相手が相手だ。

落ち目とは言っていたがそれでも世界三位のシェアを誇る大企業の社長が相手だ。できるだけ失礼のないように言葉を選んだはずなのだが本当に大丈夫だったのだろうか。

 

「道野」

 

いや、そもそも携帯越しとはいえ初対面であった相手にあそこまでずけずけと物を言うのは失礼極まる行為ではなかっただろうか。

 

「道野?」

 

だがあの場面でひたすら黙っていることもできなかったのも事実。

一夏ほどではないにしても翔介もまたデュノア社長の言い分に怒りを覚えていたのだ。

 

「おい! 道野‼」

 

「ふわっ!?」

 

いきなり目の前で名前を呼ばれ思わず変な声が出る翔介。

考え事をしていて気が付かなかったようだ。彼の前には箒が立っていた。

わざとではないにしても無視してしまったせいか、その眉がキュッと吊り上げている。

 

「何度も呼んでいたのだぞ?」

 

「ご、ごめんね、篠ノ之さん。何か用事?」

 

「う、うむ、実は少し話があってな…」

 

そう言って箒はチラリと一夏の方へと視線を送る。

それだけで一夏絡みの話なのはすぐに分かった。

 

「わかった、じゃあ場所移そうか?」

 

翔介の言葉に箒も大人しくそれに従う。

この時間帯であれば屋上はほとんど人がいないはずだ。

 

二人は教室を出て、屋上へと向かっていった。

 

------------------------------------------------------------

 

「それでどうしたの?」

 

「うむ、実は相談したいことがあってな」

 

屋上にたどり着くとさっそく相談を受けることになった。

 

「道野は今度の学年別トーナメントの話は聞いているか?」

 

「ああ、うん。知ってるよ」

 

まだ正式に公表されていないが既に学年中に知るところとなった学年別トーナメント。

翔介も楯無から既に聞き及んでいた。

 

「道野、私はこの学年別トーナメントで優勝したら…」

 

うんうんと箒の言葉を聞く。

 

 

「私はこのトーナメントに優勝したら一夏に告白する」

 

 

「おお…」

 

思わず声がこぼれる。

 

「相談って言ったけどもう決めてるんだね?」

 

「う、うむ。だが相談はここからでな」

 

箒は頬をポリポリと掻く。

少し照れくさそうな表情は少し珍しかった。

 

「道野、トーナメントのタッグパートナーを一緒に組んでくれないか?」

 

「タッグパートナー?」

 

「なんだ、それは知らなかったのか?」

 

彼女の話によれば今年のトーナメントから個人戦からタッグ戦に変更になったらしい。

今年は例年に比べ新入生が多く、さらに専用機持ちの代表候補生も多いことから時間短縮のためにタッグ戦で一試合四名でやることになった。

 

現在は水面下で生徒間でパートナー探しが行われているらしい。

 

「でもどうして僕なの?」

 

それこそ一夏と組めばいいような気もするのだが。

一夏とタッグを組み、見事に優勝。そしてその流れから告白。

うん、実にドラマチック。

 

「私は一夏と戦って勝ちたいんだ。その上であいつに告白したい」

 

「戦って勝ちたい、か…」

 

彼女にとっては一夏と共に戦うより彼に勝つことが重要らしい。

 

「そういう事なら…」

 

特に誰とも組むことは決めていなかったため彼女の頼みを受けようとすると、なんと彼女からストップがかかった。

 

「いや、待ってくれ。答えはすぐじゃなくていい」

 

「え、でも僕は特に組む人とかいないしすぐの方が良いんじゃない?」

 

「そうなのだが…私の頼みだからと言ってすぐに受けてもらうのは少し気が引けてな…」

 

「気が引ける?」

 

どういうことなのかと首をひねる翔介。

 

「今回のトーナメントはいわばISの中間試験のような重要なものだろう? 私と組んで結果が振るわないというのは申し訳ない。だからお前が組みたい相手ができたらそっちを優先してくれ」

 

「それでいいの?」

 

「頼んでいるのは私の方だ。それに組む相手がいない時は抽選で決まるみたいだしな」

 

出場できないわけではないから問題ないと笑う箒。

できればすぐにでも返事をするべきなのだろうが、彼女の申し出も一理あるのだろう。

 

「パートナーの登録期限はまだ先だからな。それまでじっくり考えてみてくれ」

 

「うん、わかったよ」

 

「話はこれで終わりだ。パートナーの件、よく考えてみてくれ」

 

そう言って箒は屋上から出て行った。

翔介はその背中に手を振りながら見送った。

 

「パートナーかぁ…」

 

学年別トーナメントの話は聞いていたが、タッグ戦になっていたのは知らなかった。

個人戦であれば自分の力量を磨くことが大切だが、タッグ戦はそれだけでは駄目だ。

 

いつかの訓練の時に楯無が言っていたことを思い出す。

タッグ戦は個人の技量だけでは成り立たないという。大切なのは個人同士の技量を融和させる技量だという。

 

「もし組むのなら…?」

 

そう言って知り合いの顔を思い出していく。

誰と組むにしても足を引っ張らないくらいには個人の技量が欲しくなるだろう。

 

そうなるとやはり心配なのは星の翼だろうか。

未だまともに動かすことが出来ないのでは宝の持ち腐れもいいところだ。

 

だが、初めて試した時のようにフル稼働で使おうとすれば墜落する姿しか思い浮かばない。

 

「お師匠さまに相談してみようかな…」

 

頼りっぱなしもいけないと思うが、下手な考え休むに似たりとも言う。

こういう時は先人の知恵を借りる方がいいだろう。

 

そうと決まれば今日の放課後にでも相談してみるとしよう。

そう考え、翔介も屋上を後にした。

 

それと同時に。

 

自分でも誰とパートナーになるか少し考えてみようと歩き出した。

 

 




本日はここまで。

前回33話を上げたらすごい勢いでお気に入りやしおりが増えて少し驚いてます。

そして今更ながら今年のウルフェスが発表になりましたね。
今年も行けたらいいなと思いながら書いております。


パートナーを探すことになった翔介。

このまま箒と組むことになるのか、それとも?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

35話

「星の翼を上手に使いこなしたい?」

 

「はい、どうしたらいいでしょう?」

 

放課後。いつもの楯無との訓練で早速翔介は彼女に相談をしていた。

彼の相談に楯無は扇子を口元に当てながらふむと考え込む。

ちなみに今日は簪は不在である。もうすぐ彼女の専用機が完成すると言っていた。だが今回のトーナメントには間に合いそうにはないらしい。

 

「そうねぇ、なら使い方を考えてみましょうか」

 

「使い方?」

 

「そう、考えても見ればいきなり全てのロケットを使おうとすることが間違っていたのよ。まずはそれぞれ動かすことから慣れていくのがいいわね」

 

早速やってみようという事で打鉄に乗り込むように指示を受ける。

翔介は打鉄に乗り込み、星の翼のスロットを開く。

 

「まずは両足の方から慣れていきましょうか。エネルギー効率を両足の方にだけ分配。はじめは十%くらいにしましょう」

 

楯無の師事を受けながら言う通りに設定する。

 

「行きます…」

 

恐る恐る両足のロケットを起動させる。

打鉄を纏った翔介は上空へと飛び上がっていく。

初めて星の翼を使った時とは違って、その加速度は比較的緩やかだ。

とはいえ普段の打鉄の飛行速度より格段に向上している。

 

「おお…!」

 

思わず感嘆の声が上がる。

翔介はロケットの出力を抑えながらアリーナの地面へと降り立つ。

 

「うん、中々いいじゃない」

 

楯無から褒められた。

翔介自身も初めて星の翼を使って墜落しなかったのだ。嬉しくないわけがない。

 

「でもまだまだですよね」

 

そう、使えたとは言っても出力は十%、それも両足のロケットだけと非常に限定した状態でだ。

到底使いこなせたとは言えない。

 

「ええ、だけどようやくはじめの一歩を踏み出せたと言えるわ。小さい一歩こそ大きな結果への礎なのよ」

 

「は、はい」

 

「それじゃあ方針も決まったわね」

 

まずは両足のロケットから始まり、徐々に出力を上げていく。それに慣れてきたら今度は腰のロケットを。その次が背中のロケットと段階に分けて訓練していき、最終的に星の翼全ての機能を使えるようにするという方針が決まった。

時間がかかるかもしれないが段階を踏むことで確実にモノにして行く方向で考えていくようにしたようだ。

 

「そうだ、翔介君。少し聞いてもいいかしら?」

 

「はい?」

 

星の翼のエネルギー分配を調整していると楯無が問い掛ける。

 

「トーナメントのパートナーは決まったのかしら?」

 

「ああ、それなんですが…」

 

翔介は箒にパートナーの誘いを受けたことを話す。

勿論、優勝したら一夏に告白云々は黙っているが。

 

「そう、箒ちゃんに誘われたのね。てっきり一夏君と組もうとするかと思ったのだけど」

 

「えっと、織斑君と戦って勝ちたいって」

 

「なるほどねぇ、それで箒ちゃんと組むのかしら?」

 

「それがパートナーの件は自分でも考えてみて欲しいって言われまして」

 

箒の誘いを受けるのもアリだろうが自分でもパートナーを探すようにしたことを伝える。

それに対して楯無はホウホウと頷く。

 

「ならまだ正式には決まっていないわけね。それなら私から一人推薦していいかしら?」

 

「推薦ですか?」

 

楯無の推薦。なんとなく誰だか想像がつく。

 

「そう、私は我が更識家が誇る優秀で超プリティーな自慢の妹。簪ちゃんよ!」

 

やはりそうであった。

とてもキラキラした目でまるで劇を演じるようにくるくると回っている。

本当にいつぞやの楯無はどこに行ったのかと思うほどの変わりっぷりだ。そんな溺愛っぷりが当の簪にやや鬱陶しがられているのだが。

 

「更識さんですか?」

 

「ええ、専用機は間に合わないかもだけどあの子の技術は私も保証するわ。あなたと二人なら良い線まで行けるわ」

 

簪の操縦技術はまだ見たことはないが、代表候補生に選ばれるくらいなのだから彼女の言う通り腕前は確かだろう。

そう思うとパートナーを頼んでみるのもアリかもしれない。

 

しかしそれとは別に少し気になることが。

 

「でもお師匠さまから言うなんて思わなかったです」

 

「え、どうして?」

 

「お師匠さまのことだから、『簪ちゃんのことは任せられない!』とか言うのかと」

 

「翔介君、私の事なんだと思ってるのかしら…」

 

日頃の行いである。

 

「そんなこと言わないわよ。むしろ愛する妹と愛弟子のコンビなんて姉としてお師匠さまとして見てみたいに決まってるじゃない」

 

「そ、そうですか…」

 

思わず顔が赤くなる。

妹への愛はいつも通りだが、こんな出来の悪い自分を愛弟子と言ってくれることが素直に嬉しかった。

 

「それに簪ちゃんも翔介君となら安心して戦えると思うわ」

 

「そうでしょうか…?」

 

「ええ、だからもし良ければ考えてみて頂戴」

 

そう言ってにこりと笑う楯無。

確かに翔介としても代表候補生がパートナーというのは非常に心強い。

 

簪とパートナーを組むことも考えてみてもいいかもしれない。

 

 

 

ドンッ!

 

 

そう考えていると翔介たちのいるアリーナに隣接するもう一つのアリーナから爆音が起こる。

誰かが模擬戦でもしているのだろうか。

いや、それにしては生徒たちの悲鳴のようなものが聞こえる。

 

「どうしたんでしょう?」

 

「…何かあったみたいね。行ってみましょう」

 

「はい!」

 

二人は急遽訓練を中止し、隣のアリーナへと駆け出した。

 

--------------------------------------------------

 

息を切らせてアリーナに駆け込むと、中央には黒いISと一夏が対峙していた。彼の後ろにはセシリアと鈴が倒れ伏している。彼女たちの纏うISは見るも無残なほどにボロボロだ。

 

今の状況から鑑みればあの黒いISが二人を打ちのめしたのだろう。

両肩には大砲のような大型レールガン、重厚な印象を受ける黒い巨体。

それを見るといつか学園を襲撃したISを思い浮かべる。

その黒いISをよく見ると、ヘッドギアから覗く銀髪。そして左目を覆う眼帯。

 

「あれはボーデヴィッヒさん?」

 

「ドイツからの転入生だったわね。そしてあれが彼女の専用機、シュヴァルツェア・レーゲン。ドイツの第三世代ISね」

 

一夏とラウラは何事か会話をしているようだ。会話の内容は翔介たちの場所からは聞こえないが二人の間に一瞬即発の空気が漂う。

弾かれたように二人がぶつかり合う、かと思われた。

 

しかし、その二人の間に割り込む影。

 

「やれやれ、これだからガキの相手は疲れる」

 

千冬だ。

千冬は二人の間に割り込むとISの近接ブレードを手にラウラの手刀を受け止めていた。

乱入者の登場に驚く二人。

驚いているのは割り込んだこともあるだろうが、千冬が生身で近接ブレードを振るっていることもあるだろう。自身の身の丈以上もあるブレードを自分の手足のように扱う。

 

「模擬戦をやるのは構わん。だがアリーナのバリアを破壊される事態にまでなると教師としては見過ごすわけにもいかん。この決着は学年別トーナメントで着けてもらおう」

 

文句はないな?と千冬が二人を見やる。

 

「教官がそう仰るなら」

 

「あ、ああ」

 

「ならトーナメントまで一切の私闘を禁止する」

 

千冬の鶴の一声によりアリーナの騒ぎが終息する。

セシリアと鈴はISを解除され、担架で運ばれていく。このまま保健室に連れていかれるようだ。

 

「お師匠さま…」

 

「ええ、いってらっしゃい」

 

翔介は楯無に許可を受けると保健室へと向かった。

アリーナを出ようとした横目にラウラの姿が見える。

 

ISを解除し、依然表情を変えることなくアリーナを後にする。そんな彼女を腫れもののに避ける生徒たち。

気丈な姿だが、翔介にはどこかその後ろ姿が寂しげに見えた。

 

 

 




本日はここまで。

だんだんと原作二巻の後半戦へと入ってまいりました。

作品執筆の資料のために原作を読みますが、どうやって主人公を関わらせていこうかと結構悩みます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

36話

翔介はセシリアと鈴が運び込まれた保健室の扉を開ける。

 

「二人ともだいじょう……ぶ?」

 

思わず言葉が尻すぼみになる。

 

というのも。

 

「織斑君!」

 

「デュノア君!」

 

『よろしくお願いします!』

 

保健室の中では数名の女生徒たちが一夏とシャルロットに手を差し出していた。

困惑する二人にベッドに寝ているセシリアと鈴が凄い形相をしている。

 

「どうしたの、二人とも?」

 

「いや、俺たちが聞きたいというか…」

 

「こいつら一夏たちと組みたいっていうのよ!」

 

ベッドで寝ていた鈴が声を上げる。しかし、傷が痛むのか「ぴぎっ!」と悲鳴を上げて倒れ込む。

だけどそれで得心がいった。

学年別トーナメントがタッグ戦となったことが周知されたようだ。

恐らくは専用機持ちである二人のどちらかと組めば学年別トーナメントでも良い成績を収める可能性がある。また、それを機にあわよくばお近づきになれるチャンスと見たのだろう。

 

「ま、待って待って! 皆、怪我人がいるからあんまり騒いじゃ駄目だよ」

 

騒ぐ女生徒たちに翔介が慌てて止めに入る。

 

「でもトーナメントまで時間ないんだから早くパートナー決めないと!」

 

「そうそう、これも学校行事のためなのよ!」

 

どうにも言ったところで退いてはくれなさそうだ。

これは元を何とかしなければいけないだろう。

 

翔介は一夏とシャルロットに近寄る。

 

「ねえ、二人とも早くパートナー見つけた方がいいんじゃない?」

 

「だけどもしシャルロットが誰かと組んだらマズいじゃないか」

 

「ああ、確かに…」

 

一夏の言わんとすることも分かる。

もしシャルロットが誰かと組めば何かの拍子で彼女の秘密が明るみに出る可能性がある。そうなれば彼女は学園にいることができなくなってしまうかもしれない。

 

「それなら…織斑君がデュノアさんと組む?」

 

「俺が? お前はどうするんだ?」

 

「僕は…もう少し探そうかなと思って。それにこの騒ぎを止めるためにもタッグを組むのは織斑君の方が良いと思うんだ」

 

一夏とシャルロットの二人が組めば女生徒たちのパートナー争奪戦は止めることはできる。それに男性同士と思われているならば波風も立たないし、彼女の秘密も守ることもできる。

 

「なるほどな」

 

一夏は納得したように頷く。

 

「悪い! 俺、シャルと組むことにしたんだ!」

 

一夏がそう言うとベッドに横たわる二人がガタッと反応する。だが、すぐに痛みでベッドへと逆戻り。やはり二人は一夏とタッグを組もうとしていたようだ。

 

「そっか、それならまぁ」

 

「他の女子と組まれるよりはいいしね」

 

一波乱あるかと思ったが、女生徒たちはあっさり引き下がってくれた。

案外聞き分けがいいというか、引き際がいいというべきか。

タッグの相手がわかると女生徒たちはぞろぞろと保健室を出て行った。

 

ようやく保健室に静寂がやってきた。

 

「一夏」

 

「一夏さん」

 

と思ったがあっさり引き下がった女生徒たちと違い、二人はまだ納得していないようだ。

 

「あんた! 組むならあたしと組みなさいよ!」

 

「いいえ! イギリスの代表候補生たるわたくしと組むべきですわ!」

 

「代表候補生ってんならあたしもそうよ!」

 

熱い火花を散らす二人。

しかし、そこに割り込んできた女性の声。

 

「駄目ですよ」

 

入ってきたのは真耶だった、

どうやら二人の様子を見に来たらしい。

 

「凰さんの甲龍とオルコットさんのブルーティアーズはどちらも大破。オーバーホールしないといけません。ですので今回の学年別トーナメントには出場できません」

 

『ええ! そんな!』

 

二人が悲鳴のような声を上げる。

 

「仕方ありません。それに故障した状態で無理に動かせば後が怖いですよ?」

 

真耶の言葉に二人は返す言葉もないようだ。

ISは使用者の癖や傾向を元にその形態を変化させていく。早い話が装着者が扱いやすいように成長していく、という事らしい。

だがそこで不調などをほったらかしにすると悪い癖がついてしまうようだ。

 

「それならしょうがないね」

 

「二人ともしばらくは養生しないと」

 

シャルロットと翔介に諭され、何とも言えない表情をする二人。なんだか随分とトーナメントに対する意気込みが強い気がする。

 

「そもそもどうしてこんなことになったの?」

 

ただの模擬戦でここまでの事態になるとは考えにくい。

 

「そ、それは…」

 

なにやら言いにくそうにどもる二人。

もしや二人から喧嘩を仕掛けたのだろうか。

 

「二人から喧嘩を仕掛けようとするとも思えないし。ボーデヴィッヒさんと何かあったの?」

 

「べ、別にあいつに喧嘩売られたから買ってやったまでよ」

 

「え、ええ」

 

そう語る二人だが視線が一夏へと向かう。

それだけで何となく察することができた。

最初の自己紹介の時、勘違いとはいえ翔介を一夏と間違え平手を食らわせるといった行動からも彼女が一夏に対してあまりいい感情を持っていないことは間違いないだろう。

想像ではあるがラウラが一夏を貶め、それに二人が激怒。あの騒動へと発展したのだろう。

 

好意を抱く相手が貶されて、黙っていられる二人ではないのは想像に難くない。

 

しかし、そうなると別の疑問が浮かんでくる。

 

そもそもラウラが何故こうも一夏を敵対視するのか。

それに先日の千冬と彼女の会話も気になる。

 

「翔介、あんたまた何か考えてるでしょ?」

 

鈴が翔介をじっと見てくる。

 

「え? 何を?」

 

「何をじゃないわよ。どうせあんたのことだからまたお節介なこと考えてるって顔してるわよ」

 

「そんな顔してた?」

 

翔介が尋ねると鈴だけでなく他の三人もそう頷く。

お節介な顔ってどんな顔なのだろうかとペタペタと顔に触れる。

 

「はあ…周りが言わないからあたしが言っておくわよ」

 

鈴がため息を吐きながら翔介を見やる。

 

 

 

「翔介、あんたが他人に優しいのは良いことだけど程々にしておきなさいよ」

 

 

 

「え?」

 

「え、じゃないわよ。他人の事ばっかり気にしてると自分のことが疎かになるって言ってるの。他人の事考えるのも良いけど、たまには自分のことも考えなさいよ」

 

鈴に諭され、考え込む翔介。

翔介本人はけしてそんなつもりはなかった。いや、だから鈴にこう言われたのだろう。

鈴の言い分も最もであるだろう。

だがこれは翔介にとっての性分でもあった。

 

「はいはい、お話はそれぐらいにして今日はもう遅いですから織斑君達は寮に戻ってください」

 

真耶に促され、今日は退室することになった。

 

 

 

「………」

 

保健室を退室した三人は寮へと歩を進めていた。

その間翔介はジーッと黙っていた。

 

「なあ、翔介。そんなに考え込むことねえって」

 

「うぅん、凰さんが考え無しにあんなこと言わないよ」

 

そう言って翔介は足を止める。

 

「二人とも、先に戻ってて」

 

「でも…」

 

「大丈夫、少し考え事したいだけだから」

 

首を振る翔介に一夏とシャルロットは後ろ髪を引かれながらも寮へと戻っていった。

それを見送ってから翔介は近くに座れる場所を探しに歩き始めた。

 

--------------------------------------------------------

 

翔介は座る場所を探し、フラフラと学園敷地内を歩いていた。

やがて学園の中庭へとやってきていた。ここならベンチもあるし、静かに考え事をするにも丁度いいだろう。

 

「…あれ?」

 

すると中庭のベンチに既に先客が座っていた。

銀色の髪に左目を覆う眼帯。

 

 

「…ボーデヴィッヒさん?」

 

ラウラだった。

噂をすれば影とはまさにこのことか。

 

「む…貴様は…」

 

ラウラの方も気づいたようだ。

 

「ボーデヴィッヒさん、こんなところで何してるの?」

 

「貴様こそ何をしに来た」

 

「いや、少し考え事を…」

 

「……そうか、ならば失礼する」

 

そう言ってラウラは立ち去ろうとする。

 

「あ、ちょっと待って!」

 

「なんだ…?」

 

慌てて引き留めたが、そしてどうするのか全く考えていなかった。

ついさっき鈴から他人の事ばかり気にするなと言われたばかりなのに。

 

しかし、あのアリーナで見た寂しげに見えたあの背中。

 

その姿が脳裏から離れない。

 

 

 

「三分間だけ話さない?」

 

 

 




本日はここまで。

ラウラと対峙した翔介。

彼は一体どんな会話をするのか?


最後の台詞、分かる人にはわかるはず。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

37話

「……」

 

「……」

 

呼び止めたはいいが何から話していいのだろうか。

ベンチで隣に座るラウラを見て、内心焦る翔介。

隣といってもその間には二人分くらいの空きがあるが。

 

「…おい、呼び止めておいて何もなしか」

 

話すことがないなら行くぞ、と言わんばかりに不機嫌だ。

そう言われても仕方ない。

そもそも呼び止めたのも反射的にしてしまったため、厳密な用事はなかった。

だが、呼び止めておいて何も言わないのは失礼極まりない。

 

「えっと…その、ボーデヴィッヒさんは織斑先生と知り合いなの?」

 

取りあえず何でもいいから話題を、と思いラウラに問い掛ける。

 

「それがどうした」

 

「いや、ほら、この前なんだか二人で話してたみたいだから」

 

「そういえば貴様は盗み聞きしていたな」

 

「うぅ…あの時はごめんなさい…」

 

わざとではないのだが。

しかし、いちいち言葉に棘がある。

 

「…まあいい。織斑教官は我がドイツでISの指導をしてくださったことがあったのだ」

 

「へぇ、ドイツにISの学校なんてあるの?」

 

確かIS専門の学校はこのIS学園が世界初のだったはず。

 

「学校ではない。軍の話だ」

 

「軍ッ!?」

 

「知らなかったようだな。私はドイツ軍所属の兵士だ」

 

「へ、兵士…」

 

自分と同い年だというのにドイツ軍の兵士だとは想像もしなかった。

確かに世界には翔介と同じ齢でも様々な立場の人間がいることは知っている。だが、本当にこの目で見ることになるとは思わなかった。

 

「教官は私たちにISの基礎からすべてを叩き込んでくれた。言ってみれば恩人だ」

 

「そうなんだ…ボーデヴィッヒさんは織斑先生のこと尊敬してるんだね」

 

「当然だ。織斑教官は素晴らしい方だ」

 

ラウラがふふんと誇らしげに鼻を鳴らす。なんとか険が取れたようだ。

それからは千冬がどれだけ素晴らしいかを語り始める。

なんだかその姿は簪のことを語る楯無に似ている。

 

「織斑教官はモンドグロッソの初代王者であり、二連覇も夢ではなかった。アレがなければ…」

 

危機として語っていたはずがまたもやその表情が曇る。

 

「アレ?」

 

「……織斑一夏だ」

 

「織斑君?」

 

そこでどうして一夏の名前が出てくるのだろう。

 

「…織斑教官が二度目のモンドグロッソに出場していた時だ」

 

ラウラが忌々しげに口を開く。

 

 

 

 

「織斑一夏が誘拐された」

 

 

 

「誘拐!?」

 

仰天した翔介が思わず立ち上がる。

 

「誰に!?」

 

「わからん。理由も定かではないが恐らくは織斑教官の連覇を阻止しようとしたのだろう」

 

そして、誘拐犯の思惑は見事に果たされた。

 

「織斑教官は奴を見つけだし救出した。その結果、教官は大会二連覇という偉業は果たされなかった」

 

翔介はほっと胸をなでおろす。

ラウラによればその時一夏の情報を千冬に提供したのがドイツ軍。

その縁で一年間という期限付きで教官としてドイツ軍に在籍したのだという。

 

「でもそれは織斑君の所為じゃ…」

 

「知るか。それも奴が弱かったせいだ」

 

取り付く島もない。

彼女にとっては千冬の栄光こそが大切なものなのだろう。

 

だがそれは違う。それは違うはずだ。

 

「それは…違うよ…」

 

「何…?」

 

小さな反論にラウラがぎろりと睨んでくる。

 

「何が違う? 織斑一夏が教官の栄光を汚したのは間違いないだろう」

 

「そうじゃないよ。織斑先生にとって大会の優勝より織斑君が大切だっただけだよ」

 

「大切だと…? あんな惰弱な男がか?」

 

「惰弱とか、そういう事じゃないんだよ。織斑君達は家族。だから大切なんだ」

 

「家族…」

 

「ボーデヴィッヒさんだってわかるはずだよ。家族は…」

 

 

 

ダンッとラウラが立ち上がり、翔介の胸倉をつかむ。

 

 

「知った風な口をきくな!」

 

小柄でありながらその迫力は鬼気迫るものがある。

 

「家族だと!? 私にはそんなものはない! 遺伝子強化試験体である私には!」

 

「遺伝子強化試験体…?」

 

「私たちは生まれ持っての兵士! 結果が全て! 家族だなんだとそんなものは戯言だ!」

 

吐き捨てるように叫ぶラウラ。

生まれ持っての兵士。それがどれだけ彼女が過酷な環境にいたのかを物語っている。

 

兵士としての生き方など翔介には到底わかるものではなかった。

生まれてからずっと平凡だが平和に生きてきた彼には生まれてから兵士として生き続けてきた彼女の辛さを理解することはできなかった。

 

「私たちは結果を出せなければ『出来損ない』と言われ…! 私たちは違う! 私たちは…!」

 

 

 

「ボーデヴィッヒさんは…ずっと辛い思いしてきたんだね…」

 

 

 

胸倉をつかまれてなお、翔介はそう語った。

 

「貴様…!」

 

安易な同情と受け取ったのかラウラの表情がさらに怒りに染まる。

それでも翔介は続ける。

 

 

 

「僕も両親はいないんだ」

 

 

「何だと…?」

 

ラウラが手を放し、翔介を解放する。

 

「僕も小さい頃、本当に記憶がないほど昔だけど事故で二人ともいなくなったんだ」

 

それを聞くラウラの表情が怒りから戸惑いへと変わる。

 

「それでも僕には家族がいた。ババ様と姉さんたちが」

 

 

 

「ボーデヴィッヒさんにもそんな人たちがいたんじゃない?」

 

 

 

翔介の言葉にラウラの身体が固まる。

その脳裏には千冬と出会う前の思い出が蘇る。

 

ISが発明される前まではあらゆる兵器の操縦方法、戦略の全てを会得し優秀な成績を修めてきた。だが、ISが発明され適合性向上のために行われた強化試験の結果は不適合。左目は変色し、以降全ての成績は基準以下へ。

彼女たちは『出来損ない』の烙印を押された。

 

ラウラたちは苦しい日々が続く中、自らの価値を示すために共に生き抜いてきた。

 

どれだけ惨めでも、辛くても、いつかもう一度と信じて。

 

「今、誰を思い出した…?」

 

「……」

 

無言のラウラ。

しかし、その様子に翔介は感じるものがあったようだ。

 

「誰を思い出したのかはわからないけど、血が繋がっていることが家族なんじゃない。どんなに苦しい時も一緒にいてくれるのが家族なんだよ」

 

「家族…」

 

千冬が大会二連覇という偉業を投げ出してでも助けた一夏。

苦しく、辛い日々を共に乗り越えてきた部隊の仲間たち。

双方の違いは血の繋がり。

だけどそこにあるものに違いはない。

 

だからこそ、ラウラに家族を大切にする気持ちがわからないはずはない。

 

「織斑先生も大切な家族だから織斑君を助けたんだよ。大会とか、優勝とかより…」

 

「…もう三分は過ぎていたな」

 

ラウラは背を向ける。

 

「あ、待って!」

 

立ち去るラウラの背中に声をかける。

しかし、今度は足を止めることなく中庭を歩いていく。

 

「もし!」

 

止まることはないと感じた翔介は言葉だけを投げかける。

 

「もし、何か悩みがあるなら生徒会室に行ってみて! きっと力になってくれるはずだから!」

 

翔介の言葉が届いたのか、それはわからない。

しかし、少しでも彼女の力になりたかった。

 

翔介は立ち去るその背中を見つめていた。

やはりその背中はどこか寂し気に見えていた

 

--------------------------------------------------

 

次の日の放課後。

生徒会室へと向かう翔介。

 

昨日はあれからずっとラウラのことを考えていた。

別れ際に伝えたあの言葉がしっかり彼女に伝わったのかどうか。

 

そうしているとふと鈴に言われた言葉を思い出す。

『他人のことを考え過ぎだ』と。

鈴は今も保健室にいるが、今の翔介の姿を見たらまた同じことを言うのだろうか。

 

自分に出来ることなんてほとんどないだろう。それで他人を助けたいなんておこがましいのかもしれない。

それでも彼は放っておけないのだ。

 

「こんにちは」

 

生徒会室の扉を開く。そこには既に楯無と虚の二人の先輩がいた。

 

「お疲れ様です、道野君」

 

「お疲れ様です、布仏先輩」

 

挨拶を交わしていると翔介の机の上に一枚の用紙が置かれている。

 

「これは…?」

 

「ああ、翔介君。最初の相談者よ」

 

「え!?」

 

そう言われ、慌てて内容を検める。

そこには相談者の名前が書かれている。本来であればプライバシー保護のためということでここには学年とクラス、そして簡単に相談内容を記載するようになっているのだが。

 

 

『ラウラ・ボーデヴィッヒ』

 

 

「……お師匠さま、相談室お借りします」

 

「あそこはあなたの仕事場よ。好きに使いなさい」

 

「はい!」

 

翔介はすぐさま相談室へと向かっていった。

 

 

 

「やれやれ、本当にお人好しねぇ」

 

「あの相談室を押し付けたのはお嬢様でしょ」

 

「押し付けたなんて人聞きが悪い。あの子の能力に合った仕事を割り振っただけよ」

 

へらっと笑う楯無。

それに呆れたようにため息を吐く虚。

 

「……道野君、大丈夫でしょうか?」

 

「心配することないわ、虚ちゃん」

 

 

 

「あの子は私のお弟子なんだから」

 

 

 

楯無はくるりとリクライニングチェアで回るのだった。




本日はここまで。

今回はとっ散らかった感じなってしまいました。
原作と違い、ラウラは仲間想いなキャラクターとして描きました。
原作はもっとドライな印象がありますが、人間味を足すとこんな感じになるのじゃないかなと勝手な想像ですがこうなりました。


ラウラから相談依頼を受けた翔介。

果たして彼はラウラと共に答えを見つけることができるのか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

38話

「ここか…」

 

ラウラの目の前には『相談室』とプレートが掲げられた小さな箱の前にいた。

 

昨日の夜、別れ際に聞いた翔介の言葉通りにラウラは生徒会室へと赴いた。

相談をしたいと告げたところ、生徒会長と名乗った女性から紙を渡され、ここに来るように紹介された。

 

相談者用の扉を開くと、中には小さなスペースに椅子が一つだけ置かれていた。

どうやらここに座ればいいようだ。

ラウラは扉を閉め、椅子に座る。

 

 

「ようこそ、相談室へ。あなたが初めての相談者だよ」

 

 

椅子に座ると同時に仕切りを挟んだ前の小部屋から女性の声が聞こえてくる。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。よろしく頼む」

 

「あはは…名前は別に良かったんだけどね。相談内容が書かれていなかったけど?」

 

仕切り越しの女性は苦笑い気味に問い掛ける。

本当であれば相談内容は依頼用紙に事前に記入する必要があるのだが、ラウラはそこは未記入であった。

 

「…あ、ああ、そうだったのか…」

 

「そんなに緊張しなくても大丈夫。それじゃあ、相談したいことは何かな?」

 

女性が優しく促してくる。

 

「……私はドイツからこの学園へ来たのだが…私の見聞きしてきたものと全く違っていたというか…私の考えは間違っていたのだろうか…」

 

「自分と周りの考え方の違いが気になる、という事なのかな?」

 

「ああ…。私は結果を出さなければ意味がないと思っていた。それも意味のある結果でなければと。だが、それは違うのだと…」

 

結果が全ての世界で生きてきたラウラ。結果を出さなければ『出来損ない』の烙印を押されてしまう。

だからこそ、千冬が大会二連覇を放棄してまで一夏を助け出した意味が分からなかった。

二連覇の偉業と引き換えに出来る程の価値がある行為とは思えなかったのだ。

 

だが、昨日の夜。

もう一人の男性操縦者、道野翔介に言われてしまった。

 

千冬にとって大会二連覇の偉業より一夏の方が大事だったのだ、と。

 

 

「私の考えは、見てきた世界は間違っていたのだろうか…」

 

 

「そっか…」

 

女性は黙って聞いている。

相談をしている身だが、今は黙って聞いていてくれることがラウラにとってありがたかった。

 

「教えてくれ、私は間違っているのか?」

 

「そうだね…ここは相談室。こちらから答えを与えることはできないよ。でも、少しでもヒントになるのなら」

 

静かに話を聞いていた女性が語り始める。

 

 

「あなたの考えに間違いはない。いや、そもそも正解とか間違いというものがないと言ったらいいのかな?」

 

「どういうことだ?」

 

ラウラが怪訝そうに問い返す。

そうだなぁ、と女性が何かを考えこむ。

 

「ちょっと例えばの話をしようか」

 

女性はそう言うとごそごそと何かを取り出す音が聞こえる。

仕切りの隙間からラウラの目の前に何かを置く。

 

それは手のひらに収まるくらいの赤い宝石だった。

 

「それを見てどう思う?」

 

女性がそう尋ねてくる。

ラウラは兵器の良し悪しならすぐに出来るが、宝石の品評のようなことは流石に門外漢であった。

 

「難しく考えなくて大丈夫。思った通りに答えていいよ?」

 

「それなら…確かに綺麗ではあるが私にはよくわからないな」

 

ラウラは正直に思ったことを口にする。

実際に赤く輝く宝石ではあるが、自分を着飾ることをしらない彼女からすればその価値を見出すことは難しかった。

ただその宝石からは暖かい何かを感じるような気がした。

 

「そうだね、あなたにとってこれはただの石にしか見えない。でもこれを宝物だっていう人もいるんだよ」

 

そう言いながら女性は宝石をしまう。

 

「今のが、か?」

 

「そう、人によって価値があるという人もいれば、価値がないという人もいる。何が大切かとかはその人によりけりなんじゃないかな?」

 

女性は静かに語り掛ける。

 

「あなたにとって大切だと感じても、その人にとってはそれとは別のものに価値があると考える人もいるんだよ」

 

「…教官が織斑一夏を優先したのも…」

 

結局のところ、この問題に正解も間違いもないのだ。

そもそも一人一人、答えが違うものなのだから。

 

「どうかな、何か見えてきたかな?」

 

「……人にとっての価値はそれぞれだという事は分かった」

 

 

 

「だが、まだわからない」

 

 

 

「わからない?」

 

 

「家族とはそれほどまでに大切なものなのか?」

 

それはラウラにとって最大の疑問であった。

彼女は兵器として生み出され肉親と言える存在はいない。

故に彼女には家族の大切さがわからなかった。

 

「そっか…じゃあこっちからも質問してもいいかな?」

 

「なんだ…?」

 

「あなたには信じられる人がいるかな?」

 

「信じられる人物だと…?」

 

「うん、誰かいる?」

 

女性の問いにラウラは「信じられる人物…」と言葉を反芻する。

その問いで真っ先に思い浮かべたのは。

 

「軍の部下たちだ」

 

出来損ないの烙印を押され、辛く苦しい時期を共に過ごし、千冬の鬼のような訓練を乗り越えてきた部下たち。

隊長と部下という上下関係だが、他の部隊にはない確かな信頼関係があった。

 

彼女にとって信頼に足る人物と言えば彼女たちのことだった。

 

「もしその人たちに命の危険があったらどうする?」

 

「…私たちは兵士だ。任務遂行を優先する」

 

「それは兵士としてだね? じゃあ、あなた個人としては?」

 

「私として…」

 

ラウラ自身の意志。

それは兵士として生きる彼女たちにとって封じなければいけないものだった。

兵士が私情に囚われることはあってはならないことだ。

 

だから考えないようにしていた。

 

兵士は非常であるべき。任務遂行が最優先。

 

だけど。

 

 

「私は…部下たちを見捨てられない」

 

ラウラの答えに女性が満足げに話しかける。

 

「うん、それでいいんだよ」

 

「…これでいい? …本当か?」

 

「うん、そこまで来たのなら後は自分で答えが見つかるはず」

 

女性の優しい言葉にラウラは自身の胸に手を置く。

答えをいずれ見つけることができる。今はまだしっかりとした答えは見つからない。

だが、仕切り越しの女性に言われると本当にいつか見つけられる、そう思えた。

 

「本当にいつか見つけられるだろうか」

 

「そうだなぁ…それならここでも誰か信じられる人を作ってみればいいかな」

 

「例えば友達とか」と女性が続ける。

 

「友達、だと?」

 

「そう、答えを見つけたいなら色んな人に会って、色んなことを見てみると良いんじゃないかな。きっとあなたならできるはず」

 

女性のアドバイスにラウラが俯く。

 

「他に何か相談はあるかな?」

 

「いや…もう十分だ」

 

ラウラはガタリと椅子から立ち上がり、扉に手をかける。

 

「私にできるかわからないが…」

 

「あなたなら大丈夫」

 

「……世話になった」

 

そう言い残してラウラは相談室を退室していった。

 

--------------------------------------------------

 

「ふぅ~……終わったぁ…」

 

翔介は用意された椅子にもたれかかりながら大きく息を吐く。

手元にはボイスチェンジャー機能付きのマイク。

どうやら最後までバレることなくラウラの相談に乗ることができたようだ。

 

「頑張って、ボーデヴィッヒさん」

 

相談室で改めて聞けたラウラの心の声。

拙い言葉であったが、少しでも彼女の力になれただろうか。

後は彼女自身の努力次第になるが、今日までの様子を見れば自ずと答えにたどり着けるはずだ。

 

しかし、やや騙すような形になったのは心苦しい。

この相談室を紹介したは良いが、昨日も今日も同じ相手に相談していうのはなんとも気まずいだろう。

 

「さて、もう戻ってもいいかな」

 

すぐに出るとラウラと鉢合わせする可能性もあるため、しばらくは待っていたがもう大丈夫だろう。

翔介は少し伸びをしながら相談室の扉を開く。

 

 

 

 

「やはり貴様か」

 

 

 

扉の前にはラウラが立っていた。

 

「…!?」

 

ガチャリと相談室の扉を閉める。

しかし、流石は現役兵士。翔介が扉を閉める前にガッと扉を開けてしまう。

 

「何故逃げる」

 

「び、びっくりして…」

 

「取りあえず出てこい」

 

「あっ、待って待って! 出るから!」

 

ぐいぐいと相談室から引っ張り出される。

小さい身体のどこからそんな力が出てくるのだろう。

 

「その…いつから気付いてた…?」

 

翔介はオドオドした様子で問い掛ける。

 

「気付いたのは終わり頃だ。確たる証拠はないが、妙な確信があった」

 

「あはは…」

 

ボイスチェンジャーマイクもこれでは意味がない。

 

「ごめんね、騙すようなことをして」

 

「…貴様はどうして他人を気にかける? 貴様に何の得がある?」

 

ラウラが訝しげに翔介を見る。

そう言われると鈴の言葉を思い出す。

 

『他人ばかりを気にしていると自分のことが疎かになる』

 

「うん…なんでだろう」

 

「自分の事なのにわからないのか?」

 

「ハッキリどうしてって言われるとね。ただ…」

 

 

 

「僕の小さな力で誰かが少しでも元気になれるなら、僕は力を貸すよ」

 

 

 

ラウラの瞳をまっすぐに見つめながらそう答える。

彼女の赤い瞳が翔介をじっと見据える。

やがてむっつりとしていた表情がふっと和らぐ。

 

「道野、お前は変なやつだな」

 

その口元が笑みを浮かべる。

 

「道野、お前に頼みがある」

 

 

 

 

 

 

「私の友達になってはくれないか?」

 

 

 

その日、ラウラ・ボーデヴィッヒに初めて友達ができた。

そして、トーナメント表に新たなタッグが加わった。

 

『道野翔介&ラウラ・ボーデヴィッヒ』

 

 

 




本日はここまで。

ラウラとの相談も無事に終了。
しかし、休む間もなく迫る学年別トーナメント。

翔介たちは果たしてどんな戦いを繰り広げるのか。



気付けばお気に入り登録が170件。
書き始め当初はこんなに増えるとは思いもしませんでした。

これからもキャラクター達を魅力的に描けるよう邁進していきますのでどうぞよろしくお願いします。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

39話

「ごめんなさい!」

 

屋上に翔介の声が響く。

そう言いながら目の前の箒へ深々と頭を下げている。

 

「よ、止せ、道野。お前の自由なのだから気にすることはない」

 

慌てた様子で首を振る。

翔介が頭を下げるのは、ラウラとパートナーを組んだためだ。

一番最初に箒から誘いを受けていたため、申し訳なく思ったようだ。

 

ちなみに同じく楯無から簪はどうかとも推薦されたが、こちらも同じ理由で頭を下げている。

こちらも謝る必要はないと言われた。

 

「でも、折角誘ってくれたのに…」

 

「最初によく考えてくれと言ったのは私の方だ。お前も考えた上なのだろう?」

 

「それはそうだけど…」

 

「ならばお前が非を感じることなど何もないだろう。ほら、頭を上げてくれ」

 

箒に促され、翔介はようやく頭を上げる。

眉を八の字に下げ、本当に申し訳なさそうだ。

 

「しかし、まさかあのボーデヴィッヒと組むとはな。一体どうやった?」

 

箒の知るラウラはつい先日アリーナでセシリアと鈴を容赦なく叩きのめした彼女しか知らない。

そんな彼女とどうやってパートナーを組んだのか、疑問はそこに尽きる。

 

「ボーデヴィッヒさんは今までの環境とこの学園との違いで悩んでただけ。ちゃんと話してみれば良い子だよ」

 

「…はぁ…お前はやっぱりお節介なやつだな」

 

箒は困ったような、しかしどこか嬉しそうに笑う。

思えば初めて会った頃は引っ込み思案というか、目立つことが好きではない印象を受けた。現に未だ仲のいい相手でも名字で呼んだりと一歩後ろに下がっているような大人しい性格だと思っていたが、まさか、ここまでお節介な性格をしているとは思わなかった。

 

だが、そのお節介に助けられているのも間違いはなかった。

 

箒はふむ、と指で顎をなぞる。

こうなると箒のパートナーは抽選で決まることになりそうだ。

別にそのことはさして問題ではない。

 

実は箒には気になることが一つ。

 

「なあ、道野。あのことは言いふらしていないよな…?」

 

「あのこと?」

 

「その…トーナメントに優勝したら…」

 

ごにょごにょと口ごもる箒。

トーナメント優勝という単語でハッと思い至る。

 

「ああ、優勝したら織斑君に告白するっていう」

 

「あまり声に出すな! …それでどうなんだ?」

 

顔を真っ赤にしながらひそひそと尋ねてくる。

 

「いや、何も言ってないよ?」

 

そもそも言いふらしていいものでもない。

それに別な意味で公言なんてできない。主にセシリアや鈴には。

 

「そう、だよな…お前がそんなことをするわけはないよな…」

 

「どうかしたの?」

 

「いや、なんでもない。つまらないことを聞いたな、気にしないでくれ」

 

実を言うと最近生徒内で妙な噂が立っていた。

それは『トーナメントで優勝したら織斑一夏と交際できる』というもの。

元々それは箒だけの話であり、さらに言えば少し内容が脚色されているではないか。

翔介が面白がって言いふらすなどという事はしないのは言うに及ばず。

しかし、一体どこから漏れて、どこでそんな誤った伝わり方をしたのだろうか。

 

「大丈夫?」

 

「大丈夫だ、それより私の心配をしている場合か?」

 

「え?」

 

「私はお前と組めなくても優勝するつもりだ。当然、お前に負けるつもりはないぞ」

 

そう言って不敵に笑う。

それは間違いなく翔介に対する挑戦だった。

 

「あ……」

 

箒と組まないという事はトーナメントでいずれ必ず彼女とぶつかるという意味であった。トーナメントの組み合わせ次第ではあるが、優勝を目指すとなればいずれ必ずぶつかるだろう。

学園に来る前の翔介であれば「それならば…」と身を引いていただろう。

 

「わかった。でも僕も負けないよ」

 

今度は翔介一人ではない。彼を友達と呼び、選んでくれたラウラのためにも手を抜くわけにはいかない。

それに入学初めに行われたセシリア戦以降、彼にも勝利欲という物が沸いてきた。今まで競うことをしてこなかった彼にしてみれば一番変わった部分かもしれない。

 

二人はお互いに宣戦布告をしながらも笑い合っていた。

 

そうしていると翔介の携帯にメール通知の着信がなる。

箒に断りを入れて、内容を確かめる。

 

「篠ノ之さん、ごめんね。生徒会で呼ばれたから行ってくるよ」

 

「ああ、またな」

 

箒は手を振りながら校舎へと戻っていく翔介を見送った。

 

 

「さて…誰と組むことになるかな…」

 

箒は屋上のフェンスに頬杖を着きながら考える。

翔介にはああいったが、即席のタッグで優勝を目指すにはなかなか厳しいだろう。

セシリアや鈴はISの修理のため今回のトーナメントは見送ることとなったが、まだ一夏やシャルロット、ラウラなど専用機持ちが多数在籍している。

翔介も貸し出しという形ではあるものの、専用装備が用意されていたりとけして油断できる相手ではない。それにタッグがあのラウラだ。

 

あれだけ自信満々に宣戦布告したは良いが不安は消え去らない。

 

「私にも専用機があれば…」

 

当てがないことはない。しかし、その当てに頼るのは彼女としては不本意極まりなかった。

 

すると、今度は箒の携帯が鳴る。

 

相手は…。

 

 

「簪…?」

 

---------------------------------------------------

 

「ついに来たね」

 

「ああ」

 

学年別トーナメントの開幕を聞きながら二人で出番を待っていた。

試合はアリーナで行われるが、最初の組み合わせが決まるまでアリーナには立ち入れないようになっている。

現在は組み合わせがわかるようにモニターの見える廊下で待機していた。

 

「なんだか緊張してきたよ…」

 

「しっかりしろ。今日まで訓練してきたんだ。自信を持て」

 

ラウラの言う通り、タッグを組むことになってから二人でISの訓練をしたり、戦略を練ったりと準備に勤しんできた。

だが、自信を持てと言われてもいざ本番となると緊張してくる。

ラウラの方は至って平静であり、やはり経験の差だろうか。

 

「相手が誰になるかわからないけど、強い人たちがいっぱいいるからね。織斑君とか」

 

「織斑一夏か…なあ、翔介」

 

「うん?」

 

「お前はどうしてそんなに織斑一夏を評価する?」

 

一応転入当初ほど一夏への嫌悪感はなくなってきてはいるのだが、それとは別に長くISに乗っていた経験者としての言葉が大きいのだろう。

 

「織斑君は強いよ。ISの操縦が凄いとかそういう方面じゃなくてさ」

 

「ではどういう事だ?」

 

「ん~…何というか織斑君は人に優しくて、誰かのために怒れる人っていうか…」

 

うんうんと頭を悩ませながら言葉をひねり出す翔介。

 

「言葉でうまく言えないけど、僕は織斑君みたいになれたらなって」

 

自らに自信を持ち、どんな理不尽にも真っ向から立ち向かおうとする織斑一夏は彼にとって眩しいくらいの憧れだった。

人は自分が持っていないものを持っている人に憧れを抱くというが、翔介もまたそれに当てはまっていた。

 

「そこまでか…?」

 

怪訝そうに首をかしげる。

 

「あはは、ボーデヴィッヒさんも織斑君と話してみると良いよ。そうすれば、良いところが見えてくるはずだよ。それに…」

 

「それに?」

 

 

 

 

「織斑君は女の子の心をくすぐりやすいみたいだから。ボーデヴィッヒさんも案外話してみたら織斑君の事、好きになるんじゃないのかな?」

 

 

 

 

翔介はそう朗笑した。

別の言い方をすれば女運が悪いともいうのかもしれないが。

 

「私が…織斑一夏に…?」

 

対してラウラはムスッと顔をしかめる。

 

「あり得んな。確かに教官の弟だが、この私が織斑一夏に惚れるなど」

 

そんなラウラを見ながらさらに顔を破顔させる。

少し前まで余裕がなさそうだったが、最近は仏頂面以外の表情も見えるようになってきていた。

これは良い傾向なのだろう。

 

望むべくは年相応の少女らしくなってくれればと願う。

先程は冗談めかしに言ったが、本当に一夏と関わることで恋心を抱くこともあり得るかもしれない。

 

「む、そろそろ一組目の組み合わせだぞ」

 

「あ、そうだね」

 

アナウンスも終わり、遂に最初の組み合わせが発表される。

固唾を飲んで見守っていると。

 

『学年別トーナメント一年生 第一試合 道野翔介&ラウラ・ボーデヴィッヒ』

 

「一試合目から、か」

 

「後は相手だな」

 

そして次はそんな二人の対戦相手が表示される。

 

 

「え…?」

 

 

翔介は対戦相手を見て、絶句した。

 

 

 

『篠ノ之箒&更識簪』

 

 

 




本日はここまで。

長く間が開いてしまい申し訳ありません。
この章のラストをどうするか悩んでしまい、遅くなってしまいました。

原作通り、一夏&シャルロット戦にしようかとも思いましたが、これまでの箒とのやり取りを含めて主人公のタッグ候補二人との戦いを入れることにしました。

遂に始まった学年別トーナメント。
そして一試合目から予想もしていなかった組み合わせ。

果たして主人公とラウラの二人はどう立ち向かうのか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

40話

アリーナの観客席は満員になっていた。

学年別トーナメント最初の試合という事もあり、この熱気はセシリア戦以上だ。

 

控室でISスーツに着替え出番を待つ翔介だが、そわそわと落ち着かない。

 

「緊張しているのか?」

 

パートナーであるラウラもISスーツに着替え、準備万端だ。

そわそわしている翔介に声をかける。

 

「う、うん。緊張もあるけど…」

 

それ以上にそわそわしている原因は対戦相手にあった。

篠ノ之箒と更識簪。

どちらも翔介のパートナーの候補だった二人だ。気まずさというよりはいきなり仲のいい人物たちと当たるとは思わなかったのだ。

それに箒は抽選でタッグが決まるかと思ったが、いつの間に簪と組んだのだろうか。

 

「まさかこんな早く当たるなんて…」

 

実を言えば箒とぶつかるのはもっと先と勝手に思い込んでいた。

彼女の覚悟を知っている身としてはなんとも言えない気持ちだ。

 

「私たちは今日まで訓練をしてきた。その成果を出せばいい」

 

「うん…」

 

「時間だ、行くぞ」

 

ラウラに促され、翔介は自身の打鉄に乗り込む。

こんな気持ちで向かうことに抵抗はあるが、行かないわけにはいかない。

 

「道野」

 

「え?」

 

ラウラに声をかけられ振り向く。

するとラウラのISの大きな手が目の前にある。

驚いてラウラを見やる。

 

「ん…」

 

ラウラは目を恥ずかしそうに逸らしながら拳を突き出す。

始めこそその意図がわからなかったものの、恥ずかしそうに突き出されたその拳を見て思い至る。

 

「頑張ろう、ボーデヴィッヒさん」

 

「ああ」

 

翔介はその拳にコツンと拳を突き合せた。

 

---------------------------------------------

 

控室を飛び出した二人。

それとほぼ同時に反対側の控室から箒と簪の二人が飛び出してくる。

どちらも打鉄を纏っている。

 

「篠ノ之さん、更識さん…」

 

アリーナの地面に降り立ち、対峙する四人。

 

「二人と戦うことになるなんて…」

 

「前に言っただろう、いつかはぶつかるかもしれないと」

 

いまだ戸惑いを拭い去れない翔介に対し、箒は毅然と答える。

 

「そうだけど…篠ノ之さんだけじゃなくて」

 

視線は隣に立つ簪へ。

一番謎なのはどうして彼女が箒と組んでいるのか。

簪と箒は以前の更識姉妹仲直り作戦以降、交流を深め友達となっている。

その為、この二人自体が組むことはおかしくはないのだがそれでもどうしていきなり二人が組んだのだろうか。

 

「それは…」

 

簪が口を開こうとするとそれを箒が手で制する。

 

「それは今でなくてもいいだろう。ただ一つ言えることは…」

 

 

 

「私たちは同じ目的をもってここにいる」

 

 

 

「同じ目的…?」

 

同じ目的とは。

もし言葉通りの意味であれば『一夏への告白』という事になるのだろうか。

しかし、簪まで一夏に懸想しているとは思いもしなかった。

 

「……何か勘違いしているようだが『アレ』ではないぞ」

 

察したように箒が告げる。

どうやら翔介の想像しているものとは違ったようだ。

 

「さて、これ以上話しても時間の無駄だろう」

 

「……」

 

「翔介」

 

浮かない表情の翔介に簪が声をかける。

 

 

「本気で来て」

 

 

その言葉に目を丸くする。

簪も翔介と同じようにバトルジャンキーという訳ではない。

しかし、今の彼女の瞳には確かな闘志が宿っていた。

 

「……わかった」

 

ここまでの覚悟を見せられてそれ以上の言葉はなかった。

 

四人の視線が交差する。

 

 

ブーッと試合開始のブザーが鳴り響く。

 

 

「ハアアッ‼」

 

試合開始と同時に弾かれたように飛び出したのは箒だった。

打鉄の近接ブレード・葵で斬りかかる。

その刃は真っすぐに翔介へと向かってくる。

 

「フッ!」

 

迫りくる刃に真っ先に対応したのはラウラ。

プラズマ手刀でそれを受け止めると素早く振り払う。

振り払われた箒は後ろにバックステップで距離を測る。その瞬間、ラウラ目掛けてライフルの銃弾が飛んでくる。

 

「むっ!」

 

不意打ちの銃弾に身構えるラウラ。

今度はそこに翔介が割り込む。可変型大型楯『重ね畳』を起動させる。

ガインっと金属音を立てて銃弾が弾かれる。

 

「道野、訓練通りに行くぞ」

 

「うん!」

 

まず動いたのはラウラ。

両肩のワイヤーブレードを射出し、後方で射撃を続ける簪へと向ける。簪は射撃を止めると、横に避けていく。

ワイヤーブレードは彼女のいた場所に突き刺さる。すかさずラウラは新たなワイヤーブレードでそれを追いかける。

 

「隙有り!」

 

簪に集中しているラウラへ箒が斬り込んでくる。

 

「僕がいるよ‼」

 

斬り込む箒に翔介が葵で立ち向かう。

ギンッと刀同士がぶつかり合う音が響く。

 

「フッ!」

 

しばらくの唾競り合いの後に箒が呼吸と共に翔介をlSごと押し退ける。

 

「うわっ!」

 

力任せに押しやられ、バランスを崩しながら後ずさる。

それを見逃さず更に箒が追い討ちをかける。

流石は剣道全国大会優勝者。その一撃一撃が非常に重い。

右から来た太刀筋を防いだかと思えば、すぐさま別方向からの太刀筋が襲ってくる。

やはり元々剣道で鍛えているためか、地力の差は大きかった。

 

「はああああっ‼」

 

下段から打ち上げるような太刀が翔介に襲い掛かる。

なんとか刀で受け止めるもののその衝撃は翔介を後方の地面に尻餅をつく。

打鉄の空間ディスプレイに表示されるシールドエネルギーの数値が減少する。

箒はさらに追い打ちをかけるために飛び掛かる。

 

しかし、飛び掛かる箒の身体が急にガクンと空中で停止する。

まるで時が止まったかのように固まってしまった。

 

「こ、これは…!?」

 

突然の出来事に驚愕の表情を浮かべる箒。

翔介が振り向けばそこには左腕を彼女へとかざすラウラがいた。

これがシュヴァルツェア・レーゲンの特殊武装の一つである『AIC』。慣性停止結界と呼ばれるものだ。

その名の通り、対象を任意に停止させる強力な武装だ。一対一であれば無類の強さを誇るだろう。その代わり使用には多大な集中力が必要になる。

 

「道野、今だ!」

 

箒が停止結界に阻まれる中、翔介は素早く態勢を立て直す。

それを見届けると同時にラウラがAICを解除すると同時にワイヤーブレードで箒を薙ぎ払う。当然ながら回避することができず、箒はワイヤーブレードに薙ぎ払われる。

 

「ごめん、ボーデヴィッヒさん」

 

「気にするな、それよりもサポートを頼むぞ」

 

「うん!」

 

二人の作戦。

それは単純に言えば役割分担であった。

個人戦と違い、タッグ戦はそれぞれに役割分担をすることが大事である。一方が攻撃役、もう一方が防御役とそれぞれに得意分野で連携を図ることがベターだ。

経験や武装から鑑みても攻撃役はラウラだ。

 

「こっちにもいる!」

 

すると二人目掛けて簪が小型ミサイルを放つ。

翔介は重ね畳を展開し、小型ミサイルをその大盾でラウラごと守り切る。

どうやら簪の打鉄は標準装備以外にもいくつか武装を増やしているようだ。

 

「ボーデヴィッヒさん、やっぱり二人とも強いでしょ」

 

「ああ、一気に畳みかけるぞ」

 

二人が頷き合うと翔介は盾を構えたまま、簪へ。ラウラはプラズマ手刀を発動し箒へと向かう。

簪はライフルや小型ミサイルで迎撃するが、彼の持つ盾の防御を崩すのは難しいと判断したのかライフルから薙刀に変更する。

それに応戦するように翔介も盾から刀へと武装を変更し、二つの刃がぶつかり合う。

 

「くっ…!」

 

「うぅ…!」

 

一進一退の攻防。

ISの操縦に関していえば簪に軍配が上がるだろうが、接近戦であれば二人とも五分五分の実力であり箒と戦うよりはまだ対抗できていた。

 

「翔介、強くなってるね」

 

「まだまだだよ、更識さんや他のみんなと比べたら全然」

 

「「でも」」

 

 

 

「「負けない!」」

 

 

二人の声が重なる。

ギインと刀と薙刀が火花を散らす。

最初に距離を取ったのは翔介だった。簪の薙刀を弾くとそのまま後ろに飛び退る。

簪はそれを追いかけようと前進してきた。

 

来た!

 

翔介は刀を装備したまま楯を展開。そして、両足のロケットを一気に起動させる。

起動したロケットの推進力で翔介は楯を構えたまま前に飛び出す。

 

「‼」

 

追いすがろうとしていた簪からすればそれは予想外の動きだった。回避を試みるが一足遅かった。

翔介は展開された楯でロケットの推進力を受けたまま彼女に衝突する。

 

「うっ…!」

 

その衝撃に地面を削りながら吹き飛んでいく。

ISを身に纏っているからこそ繰り出せた技だが、これが生身の相手であればトラックにはねられるくらいの威力があるだろう。

それを思うと背筋が少し冷たくなる。

よろめきながらも立ち上がる簪を見て安堵する。

 

しかし、今は試合。安心している場合ではない。

今がチャンスだ。

 

グッと翔介は葵をぎゅっと握りこんだ。

 

 

 

一方、箒と相対するラウラ。

葵を振るう箒に対してラウラはプラズマ手刀で応戦していく。

戦況はラウラが優位に進めている。

剣の腕が立つ箒だが、やはり訓練機と専用機。第二世代と第三世代の差は大きい。

 

それにも関わらず箒はラウラへと喰らいついてくる。

優勢であるラウラではあるが、その執念に少なからず気圧されていた。

箒の振るう葵を弾き、その身を吹き飛ばされようともすぐさま立ち上がり向かってくる。

 

「まだまだだ!」

 

「くっ…!」

 

振りかざされた刀にプラズマ手刀で受け止める。

 

「貴様…! 何故そうまでして向かってくる!」

 

「私にも退けない理由があるからだ!」

 

倒れても倒れても刀を手に立ち上がる。

 

「ボーデヴィッヒ、あいつと一緒にいてわからぬわけではないだろう」

 

「……!」

 

あいつ。

それは今、自分の後ろでもう一人と戦っているラウラのパートナー。そして、初めての友達。

ひたすらにお人好しで、だけど誰かのために親身になれる少年。

 

 

 

「私はあいつと約束した。このトーナメントに優勝すると。だから、私はその約束を違えるつもりはない! 例え、私より強いお前が相手でも。あいつが相手でも‼」

 

 

箒が刀を構え、立ち向かってくる。

 

 

「……道野。お前は…」

 

ラウラはキッと顔を引き締める。

箒の渾身の力を込めて振りかざした刀を受け止める。

 

「ならば私も負けん! 私の友のためにも!」

 

プラズマ手刀で刀を押し返し、全てのワイヤーブレードを射出する。

箒はそれを後ろに飛び退く。迫りくるワイヤーブレードを刀で一つ、二つとはじき返すが全てを躱すことは難しかった。

 

「しまった…!」

 

ラウラのワイヤーブレードが箒の四肢に巻き付く。

 

「道野!」

 

 

 

ラウラの呼ぶ声が聞こえた。

翔介は星の翼を起動させ、一足飛びに簪の横を横切る。

簪は銃口を向けるも星の翼の加速度には追い付けない。

ガリガリとアリーナの地面を削りながら簪の背後を取る。

 

「今だ!」

 

右腕からワイヤー装置『絡み蔦』を射出する。

絡み蔦は勢いよく飛び出し、簪の胴体部分へと引っかかる。

そのまま彼女を軸にぐるりと回転していく。絡み蔦はそのまま巻き付いていく。

 

「ボーデヴィッヒさん! 行くよ!」

 

抵抗する簪を力任せに投げる。

それに合わせるようにラウラが箒を投げつける。

二人は空中でぶつかり合う。

 

「これで決まりだ!」

 

ラウラの大型レールカノンが二人を捉えた。

銃口から放たれた銃弾が重なり合った二人に直撃。

 

ズウンと轟音と爆炎に包まれる箒と簪。

 

 

 

『試合終了。勝者、道野翔介&ラウラ・ボーデヴィッヒ』

 

 

試合終了のアナウンスが鳴り響いた。

 

 

 




本日はここまで。

今回も遅くなって申し訳ありません。
戦闘シーンはやはり難しいですね。できる限り、想像しやすいように簡潔に描写するように心掛けていますが見苦しい部分があるかもしれませんがご容赦ください。

戦闘シーンを書くときはウルトラシリーズの戦闘BGMや防衛チームのテーマソングを聞いています。
戦闘BGMなら夕日に立つウルトラマン、ネクサスのHeroic。
防衛チームのテーマならUGMが好きです。


見事に箒と簪のタッグに勝利した翔介とラウラ。

次なる試合の前に少し休憩することに…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

41話

「やったね! ボーデヴィッヒさん!」

 

試合が終わり、控室に戻った翔介はISから降りてすぐに目を輝かせながらでラウラへと駆け寄る。

無理もない。この試合が彼にとって初めての勝利なのだから。

その様子はどこか子犬のようにも見えた。

 

「落ち着け、まだ一試合目だろう」

 

興奮しているパートナーに苦笑交じりにそう窘める。

 

「あ、ああ、そうだったね…」

 

窘められ少し冷静になる翔介。だが、その表情は未だ興奮冷めやらぬ様子だ。

とはいえ、ラウラも今回の勝利に少しばかり浮かれる気分も理解できた。

以前のラウラなら勝利は当たり前。出さなければいけない結果であると淡々とそれを受け止めていたことだろう。

 

これも目の前のパートナーのせいだろうか。

今回は自分一人だけの勝利ではなく、共に戦うパートナーと掴み取った勝利。

試合中に箒を思い出す。

試合相手とはいえ、翔介が他人に与える影響はけして少なくない。

ラウラも例外ではない。

 

「…存外、悪くないものだな」

 

「え?」

 

「気にするな、独り言だ」

 

それよりも、とラウラが口を開く。

 

「今回の連携、少しもたつきがあったぞ」

 

「うっ…ごめんなさい…」

 

試合最初はこんなにも早くぶつかるとは思わなかった動揺のせいで、訓練時から二人で練っていた連携が遅れてしまったことを言っているのだろう。

 

「まあ…連携自体は及第点だろう。次もあの調子で行くぞ」

 

「…うん!」

 

二人で話していると次の試合の時間が近づいていた。

そろそろ控室も次のタッグに交代しなければいけない。

今日は一年生の一試合目を行っていく日程となっているため、翔介たちの次の試合は明日になるようだ。

二人は控室を退室する。入れ替わるように次の試合の生徒たちが入っていった。

ラウラは観客席の方へと体を向ける。

 

「私は情報収集のためにこの後の試合を観ていくが、お前はどうする?」

 

ラウラの言う通り、以降の試合を観ることは次の自分たちの試合のためにも有用だ。

このトーナメント期間中は他の試合を見学するも良し。自分の出番が来るまで休むも良しと自由に過ごすことを許可されている。

大体の生徒は試合観戦をしているが、試合に出場すれば出席とみなされるので学園内は割と自由な空気が流れている。

 

「僕は…少し休もうかな」

 

勝利したものの体力は結構消耗している。

次の試合のための見学も重要なことだが、本調子でない身体で次の試合に挑むわけにもいかない。

 

「そうか、ならゆっくり休むと良い」

 

「ごめんね、僕も見学したほうがいいと思うんだけど…」

 

「明日も試合があるのだろう。疲れているなら休め」

 

「うん、ありがとう。それじゃあね、ボーデヴィッヒさん」

 

翔介はラウラに手を振りながら寮の方へと歩を進めた。

 

-----------------------------------------

 

ラウラと別れて寮へと戻っている翔介。

チラホラと自由に過ごしている生徒たちの横を通り過ぎていく。

やがてグラウンドに差し掛かるとふと足を止める。

グラウンドの横には花壇が作られており、そこには季節の花が植えられ生徒たちの学園生活に色を添えているのだが。

 

「あ…そういえば、今日は轡木さん出掛けるって言ってたっけ」

 

轡木さんとは教員まで女性が揃うこの学園で用務員をしている轡木十蔵という壮年の男性だ。

生徒会に入って間もないころ、庶務の業務という名目で彼の手伝いをした縁で仲良くなり、業務関係なく花壇の手入れなどを手伝うようになっていた。

今回も朝から出掛けてしまうため、花壇の水やりを頼まれていたことを思い出したのだ。

六月となり季節も初夏を迎え梅雨入りもしたが、ここ最近は晴れ間が続いているため水やりは欠かせない。

 

翔介はくるりと踵を返し、用具室へと向かった。

十蔵から自由に使って構わないと言われ、用具室の鍵を預かっているためホースを引っ張りだし、水道に設置する。

ホースのコックを握ると勢いよく水が流れ、花壇の花たちに降り注いでいく。

大きい花壇でもないため水やりにさほど時間はかからない。

だがよくよく見てみれば雑草が目に付く。十蔵が毎日手入れしているが梅雨時の雑草というものは目を離した隙にあっという間に顔を出してくる。

 

翔介は蛇口を捻り水やりを終えると、腰を落として草むしりを始める。

単調な作業だが翔介にとっては苦には感じられなかった。それどころか知らず知らずのうちに鼻歌が漏れてくる。

さっきまでISを操縦し戦いを繰り広げていたとは思えないほどの穏やかさ。

他人から見れば労働に見えるだろうが、故郷では畑仕事や花を育てることに慣れ親しんできた彼にとってみれば心休まる瞬間なのだろう。

 

鼻歌交じりに雑草を引っこ抜いていき花壇の見栄えも良くなってきた。

 

「向日葵ももう少しで咲きそうだね」

 

天に向かってすくすくと伸びた向日葵の姿を見ながら嬉しそうに呟く。

四季折々のどの花も美しいが、特に翔介は向日葵の花が好きであった。

最初は小さな芽でありながらその名の通り太陽に向かって伸びていくその姿はいつか空の果て、宇宙を目指す自分と重ねていた。

 

 

「何をしているんだ、道野」

 

 

ニコニコと向日葵を眺めているところを後ろから声をかけられた。

振り返るとそこにはつい先程刃を交えた箒と簪の二人が不思議そうに彼を見ていた。

 

「花壇の手入れをしてたんだ。轡木さんに頼まれてたの思い出して」

 

翔介は手の泥を叩きながら立ち上がる。

 

「頼まれたからといって、試合が終わったばかりなのにか? 少し休んでからでもいいだろう?」

 

「いや、僕的には楽しいんだけど…」

 

そう言いながら額の汗を手で拭う。タオルでもあればいいのだが生憎と持ち合わせておらず手の泥が顔を汚してしまう。

 

「ああ、試合と言えば…」

 

翔介は表情を曇らせる。

試合が終わった直後は初勝利に興奮して思い至らなかったが、それはつまり箒の目的が潰えてしまったことを意味していた。

 

「篠ノ之さ…」

 

「言うな、道野」

 

口を開こうとした彼を手で制する箒。

 

「お前が今言おうとしていることはボーデヴィッヒやお前自身を貶める台詞だ。それに何よりも私たちに対しての侮辱だ」

 

制した箒が厳粛な表情で告げる。

その言葉で翔介は自身の至らなさを痛感した。

負けた相手に「勝ってごめんなさい」とはあまりにも無責任な言葉だ。

故郷のある人物に言われた言葉があった。

「勝負事にはどうしても勝ち負けがある。負けた相手を思いやるのならば勝利した人間は頭を下げてはいけない。それはその勝負の価値を下げてしまうことだから」と。

 

今がまさにそれだ。

 

「お前たちは正々堂々と戦って私たちに勝ったんだ。ならば何も負い目を感じることはない。あの時の私のように…」

 

そう告げると箒は中学時代の剣道全国大会を思い出していた。

中学三年の頃に全国大会で優勝という成績を修めたが、彼女にとっては苦い思い出であった。

その頃の彼女は姉である束の失踪、重要人物保護プログラムによる一家離散、日々続く監視と聴取などの過酷な生活で荒んでいた。

剣道全国大会優勝などと聞こえはいいが、当時の荒んでいた箒は日頃の憂さを剣道にぶつけていただけであった。そのことに気付き、更に自己嫌悪が彼女を苛んだ。

 

それと比べればISの性能差こそあれど自分たちの持てる力全てをぶつけ合ったこの試合は天と地ほどの差があった。

だからこそ、彼女は翔介に頭など下げてほしくはなかったのだ。

とはいえこの少年、なにもフォローしないと延々と悩んでしまう可能性もある。ならば少しでも吹っ切れるように声をかけるべきだろう。

 

「道野、私たちは負けたがお前たちは勝ったんだ。なら、このまま勝ち続けろ。それが私たちへの手向けだ」

 

「……うん! 頑張るよ」

 

翔介が力強く頷く。

初めて会ったときはナヨッとしているように見えたが、この少年への印象はすっかり変わっていた。

箒自身も未熟ではあるが、彼の成長が楽しみでもある。彼は同年代のはずだが、なんとなく弟がいればこんな気持ちになるのだろうか。

 

「じゃあ、試合のことは置いといて…あの、更識さん?」

 

翔介がちらっと簪の方を見やる。

そういえば先程から一言も喋っていない。というか、いつの間にか箒の隣から背後へと移動している。

 

「何をしているんだ、簪」

 

「さ、更識さん?」

 

声をかけるが肝心の簪はコソコソと箒の後ろに隠れたままだ。

最初の誰も寄せ付けない雰囲気のあった彼女から比べれば、随分と箒と仲良くなったものだと感心するがこれはこれでどうしたものか。

 

だがそれも無理からぬものだろうと箒は感じていた。

 

「簪も疲れたのだろう。私たちはもう行くから、お前もちゃんと休むんだぞ」

 

「う、うん」

 

やや戸惑いながらも翔介は二人を見送る。

簪は終始箒の影に隠れながらではあったが。

 

「どうしたんだろ、二人が組んだ理由ちゃんと聞いてみたかったんだけどなぁ…」

 

翔介は頬を掻きながら、残る草むしり作業に戻った。

 

----------------------------------------

 

「……おい、簪。もういいだろう?」

 

「う、うん…」

 

ある程度翔介から離れたところでようやく簪は箒の影から離れた。

 

「だいぶ不審がっていたぞ、あそこまで露骨に隠れなくてもいいだろう?」

 

「で、でも…」

 

簪は細い指を合わせながら目を泳がせる。

まあ、口ではああいったが箒には彼女の気持ちは理解できた。

箒が簪とタッグを組むことになった理由。

翔介には同じ目的を持っているとだけ伝えた。

その目的というのが。

 

箒は簪からパートナー依頼を受けた時の言葉を思い出す。

 

 

 

『翔介にどうしても勝ちたい。だからお願い、一緒に組んで』

 

 

 

それが彼女の目的であった。

理由を尋ねてみれば、楯無との関係が修復されて以降何度かその訓練を見学していたが小さいながらも一歩ずつ成長していく彼を見て触発されたらしい。

今まで自分のISを組み上げることに躍起になっていたが、密かに操縦の訓練も行ってきた。

ゆっくりだが一歩一歩と成長していく彼とどうしても戦ってみたくなった。そして勝ちたくなったのだ。

 

それを聞いた箒は一も二もなく了承した。

勝ちたい相手がいる。その目的を同じくする簪と組むことに悩む余地などなかった。

まさか一試合目からぶつかるとは思わなかったが。

 

結果は敗北であったが、簪は目的の翔介と刃を交えることができたのだ。

 

「満足したか?」

 

箒の問いかけに簪は下を向いて考え込む。

 

 

 

「全然。だって私、勝ってない」

 

 

 

その答えに思わずフッと笑みが浮かぶ。

なるほど、確かにその通りだ。簪の目的は『翔介と戦うこと』ではなく、『翔介と戦って勝つことなのだから』

 

「でも、箒は良かったの?」

 

「む?」

 

「だって、一夏と…」

 

そう、簪は敗北したとはいえ目的の相手と戦えた。だが箒はそうではない。

 

「まあ、確かに私は一夏とは戦うことはできなかった。だが、あの試合で負けて文句などない」

 

先程も言った通り、お互いが正々堂々と真正面からぶつかった結果なのだ。あの剣道大会から比べれば負けたにも関わらず清々しい気持ちでいっぱいだ。

 

「それに私は文句はないが、諦めるつもりは毛頭ないぞ。こんな機会はこの学園にいればいつだってある。ならば次こそはあいつと戦う。そして勝ってみせるさ」

 

「箒…」

 

それに箒の目的は一夏と戦って勝つ、だけで終わりではない。勝ったうえで告白するまでが彼女の目的だ。今回は上手くいかなかったと諦めもつく。

 

 

ただ一つ懸念があるとすれば。

 

 

学園内でささやかれる『優勝者が一夏と付き合える』という噂。

こんな根も葉もない噂だが、嘘から出た実なんて言葉もある。

願わくば一夏が優勝して有耶無耶になるが。もう一つの手段とすれば。

 

「とにかく明日以降は道野たちを応援するぞ」

 

「う、うん?」

 

翔介とラウラのタッグが優勝することを願うしかない。

翔介は同性、ラウラは今はそこまででもないが一夏に好意を抱いている様子もない。幸か不幸かセシリアや鈴もいないため、優勝の目は十分あるはず。

 

キョトンとする簪を尻目に箒は懊悩しながら歩を進めた。

 

 

---------------------------------------------

 

一日目の日程も無事に終わった放課後。

 

早速次の試合の組み合わせが発表された。

 

 

『二日目 第一試合 道野翔介&ラウラ・ボーデヴィッヒVS織斑一夏&

シャルル・デュノア』

 

 

 




本日はここまで。

お仕事休みで今日は妙に筆が乗り、早い投稿となりました。
書いていてですが箒が原作より大人しくなりすぎているようにも感じます。違和感を覚えるかもしれませんがちょっと大人しいだけと思って大目に見ていただけるとありがたいです。

他にも主人公がのほほんとしすぎていたりと試合時とはギャップが凄すぎるような気もと書いてて内心「これでいいのか」と思ってしまったりしなかったり。

今回はオリジナル展開でしたが、次回から原作に進路を戻しまして原作二巻クライマックスとなります。


箒と簪タッグとの試合も終わり、束の間の休息を取るもまさかの組み合わせが発表!

主人公とラウラは、この二人とどう戦うのか!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

42話

学年別トーナメント二日目。

前日に引き続き一試合目の出番である翔介とラウラは控室で待機している。

控室内は異様な緊張に包まれていた。

 

その理由は試合の組み合わせ。

『織斑一夏&シャルル・デュノア』

昨日の今日であるがまさかこんなに早くぶつかるとは思っていなかった。

この組み合わせにどこか意図的なものを感じてしまう。

 

パートナーであるラウラもじっと組み合わせを睨みつけている。

彼女にしてみれば一夏は因縁の相手とも言える。以前ほど嫌悪の対象ではないようだがそれでも思うところはあるようだ。

 

「ボーデヴィッヒさん、その…」

 

「道野、連携を忘れるな。昨日のようにやれば十分対抗できる」

 

「う、うん」

 

ラウラはそう言うと携帯を取り出し、操作する。

携帯を差し出すとそこには一夏とシャルロットの二人の戦闘シーンが映し出されていた。これは昨日の試合の様子のようで、試合後に別れた後に撮影したのだろう。

ムービー内では一夏が雪片で相手に斬りかかり、シャルロットが素早い機動で相手を翻弄しながら銃撃していく。

 

「よく見ておくといい、。織斑一夏の零落白夜も勿論脅威だが、デュノアもなかなか厄介だぞ」

 

シャルロットに注目してみると彼女は射撃を行うと寸分の隙なく次の武器へと切り替えを行っていく。

 

「これって…」

 

「ああ、この装備の切り替えの早さは油断ならない」

 

本来ISの装備はデータとなり機体の中に収められている。それを呼び出すことで装備することができる。この呼び出し速度は個人差があり、上手なものであれば一秒とかからず

装備を呼び出すことができる。

ちなみに翔介は現在最速で五秒ほどだ。それでも時間はかかり過ぎとのこと。

 

「とにかくこの二人はどちらも注意した方が良いだろう」

 

「うん、わかってるよ」

 

翔介は携帯を返しながら頷く。

言われずとも油断していい相手ではない。

 

「ISの準備は良いか?」

 

「うん、布仏先輩にしっかり調整してもらったよ」

 

「なら行くぞ」

 

「うん!」

 

ラウラは待機状態のISを呼び出し、その身に纏う。

翔介は控室に鎮座する打鉄に乗り込むのだが待機状態から呼び出す行為が少し羨ましくも感じた。これは少年の心をくすぐられる。

 

二人はまた拳を軽くぶつけ合い、アリーナへと飛び出していった。

 

「ところで昨日言っていた私が織斑一夏に惚れるという話だが、やはりそれはあり得んと思うのだが」

 

「まだ考えてたんだ…」

 

--------------------------------------

 

アリーナに飛び出し、一夏たちに対峙する。

教室では毎日顔を合わせていたが、パートナー決めを行ってからちゃんと話すことはなかった。お互いトーナメントに向けての訓練が忙しかったのもあるのだが。

 

「よお、翔介。もう戦うことになるなんてな」

 

「僕もそう思うよ。本気で来るんだよね?」

 

「当たり前だろ? それに…」

 

一夏の視線がラウラへと向けられる。

苦々しい表情はセシリアや鈴たちを圧倒し、傷つけたことを思い返しているのだろう。

ラウラもそれに関しては一切弁解はしなかった。

 

「まあ、なんか随分と変わったっていうのは聞いてたけどお前が一緒にいるってことはそうなんだろうな」

 

「あはは…僕がしたことは少しだけなんだけどね…」

 

「さあ、準備はもういいだろう」

 

「うん…」

 

 

試合開始のブザーが鳴る。

 

「うおおおおっ!」

 

まず飛び出してきた一夏。

雪片を展開している。一夏の白式は第一形態から単一仕様が使えるという強みを持つ代わりに雪片以外の武装を持つことができないという欠点がある。

その為、彼は近接攻撃以外の手段はないのだが。

 

「援護するよ、一夏!」

 

今回はシャルロットと組むことによりその欠点はカバーされている。

一夏の後方から正確な射撃が放たれる。

翔介は重ね畳を展開して、銃撃と斬撃の両方を受け止める。

二人の攻撃を受けとめた翔介の後ろからラウラがワイヤーブレードを射出する。

 

一夏は空へと飛びあがり、シャルロットはシールドと近接ブレードを駆使しながらワイヤーブレードを弾いていく。

回避しながらも高速切替でアサルトカノン『ガルム』に交換、すぐさま反撃に転じる。

 

翔介はラウラの前に立ち、ひたすら重ね畳で防ぎ続ける。

一夏たちに翔介から攻撃する隙は見当たらない。ならば防御に専念する。

重ね畳の防御の厚さに近接ブレード『ブラッド・スライサー』を呼び出し斬りかかる。

近接ブレードは盾にぶつかるが、やはり堅牢な盾を突破することはできない。

流石は科特研が誇る盾だ。

 

「もらったぞ!」

 

翔介の影からラウラが飛び出し、プラズマ手刀でシャルロットに斬りかかる。

だがその判断は誤りだった。

 

「それはこっちの台詞だ!」

 

「なにっ!?」

 

シャルロットに集中しすぎたのが仇になってしまった。

ノーマークであった一夏が翔介とラウラの間に雪片で割り込んでくる。

ラウラは飛び退り躱すが、そのせいで翔介とラウラの間に距離ができてしまった。

 

一夏はそのまま翔介へと刀を振りかざす。

シャルロットの攻撃を防いでいた翔介はこれ以上は防ぎきれないと感じたのか、真横へと転がりながらなんとか躱す。

だがそのせいでさらにラウラとの距離が開いてしまった。

恐らくは一夏たちは元より二人を切り離すことを目的としていたのだろう。

 

果たして彼らの目論見通り、翔介とラウラは分断されてしまった。

一夏は翔介へ、シャルロットはラウラへと向かっていく。

翔介は振りかざされた刀を同じく刀で受け止める。

 

「翔介、お前と戦うのは初めてだな」

 

「そ、そういえばそうだね…!」

 

一夏の言う通り、二人がこのようにぶつかり合うのは初めてであった。

以前もクラス代表決めでその機会があったのだが、結局その時はセシリア戦の後で翔介が目を回してしまいそれは叶わなかった。

 

「実は一度ちゃんと戦ってみたかった」

 

「僕は強くないよ?」

 

「強い弱いじゃないって。お前っていつも訓練頑張ってるじゃねえか。俺もお前に負けられないって思ったんだよ」

 

一夏は刀を下ろす。

翔介からしてみればまさかそんな風に思われているとは考えもしなかった。

 

「だから今日ここで今までの成果っていうのを見せようぜ!」

 

「……うん!」

 

二人は視線をぶつけ合い、二人は刀をぶつけ合う。

 

「うおおおおおっ!」

 

激しい金属音が何度もぶつかり合う。

始めは互角に切り結び合うも、次第に翔介が押され始める。

やはり基礎の違いは大きい。

 

翔介が力任せに刀を横に薙ぐ。

一夏はそれを上昇して身を避ける。だが、翔介もやられてばかりではない。

上昇したところに絡み蔦を射出する。

絡み蔦は上昇する一夏の足に巻き付く。

 

「うおっ!?」

 

「てやああ‼」

 

絡み蔦をグイッと引っ張ると一夏が地面へと墜落する。

翔介は再び刀を握り締め倒れる一夏へと向かう。

しかし、一夏もタダではやられない。足元に巻き付くワイヤーを引き剥がし雪片を構える。

 

「一夏!」

 

そこへシャルロットがラウラを振り切り、アサルトカノンで妨害してくる。

アサルトカノンの銃弾は翔介の肩や足を掠めていく。勢いを削がれた隙をついて一夏が体制を立て直してくる。

 

「一夏、しっかりして」

 

「助かったぜ、シャル」

 

シャルロットと一夏が肩を並べて翔介の前に対峙する。

この二人の連携はかなり厚い。

チャンスと思い攻めてもすぐに立て直される。片方が危機となればすぐにもう片方が反応してくる。

 

「一夏、ここは一気に決めよう!」

 

「おう!」

 

それを合図に二人が飛び出す。

シャルロットが連装ショットガンで銃撃しながら向かってくる。翔介の退路を阻むかのように放たれる銃弾に足がすくむ。

そこへすかさず一夏が懐へ潜り込んでくる。

翔介は刀で応戦しようとするが一手遅かった。

 

ガギィン!

 

翔介の手から刀が弾かれる。

 

「零落白夜発動‼」

 

一夏の雪片の刃が実体からエネルギーの刃へと変わる。

彼の駆る白式の必殺武器。シールドバリアーを切り裂き、直接シールドエネルギーにダメージを与える武器。

そのまま斬り上げるように刀を振るう。

 

「うわああっ!?」

 

翔介の身体が宙を舞い、地面に激突する。

シールドエネルギーが凄い勢いで減少する。

 

「これが零落白夜…!」

 

戦慄する翔介にシャルロットが追撃してくる。

刀を失った彼は重ね畳を展開して衝撃に備える。

 

しかし、シャルロットの身体がガクッと停止する。

 

「ボーデヴィッヒさん!」

 

気付けばラウラが翔介を庇うように立ちはだかり左腕をかざしている。

どうやら停止結界でシャルロットの動きを止めたようだ。

 

「ごめん、やっぱり二人とも強い…!」

 

「大丈夫だ、まだここか…!」

 

ラウラが言い切る前に彼女の背中で爆炎が起こる。

振り向けば二人の背後には一夏がアサルトライフル『ヴェント』を構えていた。

 

「どうして織斑君が銃を!?」

 

「武器の使用許諾か…!」

 

ISの装備は所有者以外使用することができないようにロックが掛けられる。ただし、所有者が許可を出せば登録した他の装備者もその装備を使用することができるのだ。

既に単一仕様を使用できる代わりに雪片以外を装備できない一夏でもこれなら銃火器を使用することできる。射撃攻撃ができないと思い込んでいた翔介たちの思惑の裏をかいた作戦だった。

 

そして、ラウラの停止結界も一対一であれば無類の強さを誇る装備だがそれを持続するには多量の集中力を要する。

その弱点はトーナメント前から聞いていたためそれをカバーするためにも翔介がサポートをすることになっていたのだが一夏たちの作戦によって見事に崩されてしまった。

 

「君の相手は僕だよ!」

 

「くっ…!」

 

シャルロットがラウラに接敵する。

 

「ボーデヴィッヒさん!」

 

翔介が援護に入ろうとするが今度は一夏が妨害してくる。

刀を手放している今では反撃する術がない。

重ね畳でひたすら耐えるしかなかった。

 

 

 

ラウラは焦っていた。

盾を構えて至近距離に接敵しているシャルロット。

振り払おうにもラウラのISであるシュヴァルツェア・レーゲンはワイヤーブレード、肩部大型レールガンなど中遠距離武器が主である。近距離武器といえばプラズマ手刀だがここまで接近されると繰り出す暇がない。

 

「もらったよ!」

 

まごついているとシャルロットの楯がバガンとパージされる。

そこから姿を見せたのは通称盾殺しと呼ばれるシャルロットの切り札だ。

 

「パイルバンカー!?」

 

回避しようにも既に間合いはシャルロットにあった。

パイルバンカーはラウラの身体に突き立てる。

 

バガンっ!

 

炸薬が破裂しバンカーが飛び出す。

さらに一発だけでなく、炸薬を交換しながら連続でバンカーがラウラを貫いていく。

見る見るうちにシールドエネルギーが減っていく。

 

 

負ける。

本能で感じる敗北。

視線の先には一夏の攻撃を盾で必死に防いでいる翔介。

 

負ける。

初めてできた友達と挑んだトーナメント。

ここで終わってしまう。

 

 

嫌だ、ここで終わりたくない。

 

 

終われない。

 

 

 

『願うか…? 汝、自らの変革を望むか…? より強い力を望むか…?』

 

 

 

頭の中、いや心の中に声が響いてくる。

声と一緒に心の中にどす黒いものが流れ込んでくる。

 

「その力なら勝てるのか…?」

 

『汝の望むもの全てを…』

 

 

「ならば…よこせ!」

 

 

 

 

一夏に盾で対峙する翔介。

しかし、次の瞬間。

 

「うわっ!?」

 

シャルロットが二人の間に吹き飛んでくる。

どうやらラウラが巻き返してきたようだ。

 

「ボーデヴィッヒ…さ…ん……?」

 

視線を向けたその先には…。

 

 

 

黒い何かに飲み込まれていくラウラがいた。

 

 

 

 

 




本日はここまで。

ウルトラマンタイガ始まりましたね。
1話からニュージェネレーション勢ぞろいな上に怪獣三体、宇宙人四人とかなり気合入っていましたね。
今後がとても楽しみですね。


黒い何かに取り込まれたラウラ。

一体何が起こったのか、そしてその時翔介は…!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

43話

「何…あれ…」

 

翔介は目の前の光景に唖然とする。

先程まで城砦のようなISがバチバチと電撃を放ちながらぐにゃりと粘土のように変形していく。

 

「ああああああっ‼‼」

 

「ボーデヴィッヒさん‼」

 

身を切るような叫びをあげるラウラ。

絶叫を上げながら溶けたISに飲み込まれていく。

 

 

 

「たす…け…!」

 

 

 

飲み込まれる最中、ラウラが手を伸ばす。

震えながら、必死に救いを求めてくる。

だが、その手すら無情にISに飲み込まれていく。

 

そしてラウラを飲み込んだISはまるで心臓のように脈動しながらだんだんと人型へと変形し始める。

その黒い人型はまるでラウラのようであり、身の丈は三メートルほど。腕や足にはアーマーのようなものが装備されている。その手には刀のような武器を装備している。

その刀をよくよく見てみると。

 

「あれって織斑君の…?」

 

「…けるな…」

 

隣にいる一夏がぼそりと呟く。

翔介が視線を送ろうとしたのも束の間。

 

「ふざけんな!」

 

一夏が雪片を手に飛び掛かる。

ラウラ、いや黒いISが刀を中腰に引いて構える。一夏が間合いに飛び込むや否や一閃。

 

「ぐうっ!」

 

一夏の雪片が弾かれる。

さらに黒いISが刀を上段に構える。

一夏はマズいと感じたのか、後方へと回避する。

しかしその切っ先が一夏の左腕を切り裂く。

彼の腕から鮮血が流れる。

この翔介とラウラとの試合の中で優勢に進めてきたが、彼の単一仕様である零落白夜は使用することでシールドエネルギーを直接攻撃することができるが、それと同時に自身のシールドエネルギも減少していくという欠点を持つ。

 

つまり既に白式には一夏を守るだけのエネルギーが残されていなかったのだ。

 

続けざまに刀を横薙ぎに振りぬく。

既にエネルギーの尽きた白式にそれを防ぐ手立てはない。

 

「危ない!」

 

翔介が楯を構えてその間に割って入る。

だがその威力を抑えきることはできず身体が吹き飛ばされ、一夏と縺れ合いながら地面を転がる。

 

「織斑君、大丈夫…?」

 

打鉄の状態がディスプレイに映し出される。

今の一撃で打鉄のシールドエネルギーも残りわずか。

もはやあの黒いISに立ち向かうほどのエネルギーは残されていない。

 

「くそっ! ふざけやがって!」

 

既に白式が解除され、ISスーツだけの状態になっている。

しかし、その目はキッと黒いISを睨みつけている。

もはやISを纏っていないにもかかわらず相手へと殴り掛かろうとしている。

 

「ま、待って! いくら何でもそれは危険だよ!」

 

一夏の前に立ちはだかり彼の進路を阻む。

 

「どけよ! あいつ、ぶっ飛ばしてやる!」

 

いきり立つ一夏は彼の静止すらも聞き入れようとしない。

なにかあの黒いISに思うところがあるのだろうか。

 

「あれは、あの剣は千冬姉の物だ!」

 

「織斑先生?」

 

そう叫ぶ一夏。

いまいち要領が得ない。

 

「あれは千冬姉のデータなんだ! それをあいつは‼」

 

千冬のデータ。

翔介にはそれがどういう意味なのかはよく分からなかった。

だがこの一夏の怒りを見る限り、あの黒いISは織斑千冬のデータを基にした戦術を組み込まれているのだろう。

姉を心から尊敬する一夏にとって姉のデータを悪用するような行為は許しがたいものなのだろう。

 

「でも一人で行くのは危ないよ!」

 

「そんなの知るか‼ どけよ、翔介‼ 邪魔するなら…!」

 

 

 

 

「だから二人で行こう!」

 

 

 

今にも噛みついてきそうな一夏に翔介が言い放つ。

突然の言葉に一夏の怒りもどこかに吹き飛んでしまった。

 

「二人で…?」

 

「うん、さっきボーデヴィッヒさんの声が聞こえた。助けてって言ってた」

 

あれは確かに千冬のデータなのだろう。

しかしISに飲み込まれる前に伸ばされた手。助けを求めていた手。

あの姿はけして彼女の求めているものではない。

 

「僕の友達を助けたい。だから二人で行こう」

 

「……」

 

翔介の言葉に血が上った頭が急速に冷やされていく。

こんな状況、それも相手がこんな強大な相手だというのに友達を救いたいという思い一つで立ち向かおうとしている。

そんな姿を見せられて断る理由はなかった。

 

「ああ! 二人で行こうぜ」

 

一夏が翔介の肩に手を置き、二人で目の前の黒いISを見据える。

黒いISはじっと身じろぎ一つせず佇んでいる。

どうやら武器や攻撃に反応して行動するようにプログラムされているようだ。

 

「まったく、男の子ってどうして無理するのかなぁ」

 

そんな二人に後ろからシャルロットが声をかけてくる。

 

「シャル、無事か!?」

 

「それはこっちの台詞だよ。ISも展開しないで戦うなんて無茶もいいところだよ」

 

「それは…」

 

確かに翔介は辛うじてシールエネルギーが残っているが、一夏は既にISを展開するほどのエネルギーが残っていない。

だがあの黒いISと対抗するには一夏の白式が必要不可欠だった。

 

「…ああいうのはコアになっている操縦者を引っ張り出せば何とかなるかもしれないね」

 

「ボーデヴィッヒさんを…」

 

「そもそもどうやって引っ張り出す?」

 

シャルロットが二人に尋ねる。

 

「織斑君の零落白夜なら…」

 

零落白夜であればシールドエネルギーに直接攻撃し、さらにあの黒い巨体そのものにダメージを与えることも可能なはずだ。

 

「それでもどうやるの? 大人しく斬られてくれるとは思えないよ?」

 

確かに大人しく攻撃を受ける人間などいない。

黒いISも自分から攻撃を仕掛けてくることはないが、こちらが攻撃の意思を見せれば間違いなく迎撃してくる。

それもただの攻撃ではない。あの織斑千冬のデータを使用した攻撃だ。

 

必要なのは一夏が零落白夜を用いてラウラを救出することだ。

 

ならば、翔介にできることは一つだけ。

 

 

「僕が囮になってあのISの気を引く。織斑君は僕が活路を開いたらボーデヴィッヒさんを」

 

 

「でも危険じゃないか?」

 

「織斑先生のデータと戦うのに危険じゃない方法なんてないよ。それよりも友達を助けられるなら怖いなんて言ってられないよ」

 

油断すればあっという間に切り伏せられる。そうなればラウラを救うどころか、自分や一夏にも危険が及ぶだろう。

だけど怖いと言って逃げてはいられない。

 

「……はぁ、本当に無茶だなぁ。零落白夜を使うのは良いけど一夏はもうシールドエネルギーないでしょ」

 

「「あ」」

 

肝心な部分を見落としていた。

もう一夏はISを展開する余裕はない。これではそもそも作戦が成り立たない。

 

どうしようかと顔を見合わせる二人。

それを見ていたシャルロットが苦笑気味に告げる。

 

「僕のリヴァイブならコア・バイパスを使ってエネルギーを移せるはずだよ」

 

「本当か!? なら早速頼むぜ」

 

「お願い、デュノアさん」

 

「わかったよ。ただ約束、必ず勝って」

 

シャルロットはバイパスを一夏の白式の待機状態である籠手に繋げながら告げる。

二人は力強く頷いて見せる。

 

「もし負けたら二人とも明日からずっと女子の制服で登校してね」

 

「「うへっ!?」」

 

負けられない理由がもう一つできてしまった。

 

-------------------------------------------

 

黒いISの前に翔介が立つ。

彼の後ろでは一夏がシャルロットからバイパスを繋げてエネルギーを移譲している。

今翔介がすべきことはできる限り注意を引き一夏のサポートをすることだ。

 

攻撃しなければ動かないが三メートルの黒い巨体が微動だにせず立ちふさがっている姿の威圧感は尋常ではない。

恐怖が心を折ろうとしてくる。

 

しかし、ここで逃げては友達を救い出すことはできない。

恐怖を抑え、立ち向かう時なのだ。

 

今こそ勇気を燃やし、覚悟を決める時だ。

 

「ボーデヴィッヒさん、今助けるよ」

 

翔介は盾を構える。

武器ではないものの、それを敵対行動と認識したのか黒いISが腰だめに刀を構える。

コピーとはいえ千冬のデータを基に作り出された姿。翔介程度の技量では真っ向から刀で

立ち向かうのは危険だ。

だからこそ翔介の取るべき方法は盾でひたすら耐えて、避けることだ。

 

翔介は背中の星の翼を起動させる。

ダッと大地を蹴り、飛び出す。グンッと背中から強く押される感覚と共に身体が加速する。

それをお見通しと言わんばかりに黒いISが刀を振り抜く。

 

刀と盾がぶつかり合う。すぐさま刀身を翻し縦一文字に刀を振り下ろしてくる。

翔介は盾を頭上に掲げ、振り下ろされた刀を受け止める。

ズンと身体の芯に響くような衝撃。

 

「ぐぎぎ……!」

 

力を込めて盾を振り、刀を振り払う。

黒いISが右、左と次々と刃が襲い掛かってくる。

翔介は盾でそれをいなしていく。

どれもこれも鋭く、重い。

これが織斑千冬の力。

 

「強い…! でも…!」

 

負けられない。

 

「うわあああっ!」

 

両足の翼を起動させ、その勢いで刀を弾く。

バランスを崩した黒いISに翔介は重量を味方に、盾を構えてぶつかる。

ダメージこそ少ないがその衝撃は相手をよろめかせるのには十分だった。

 

そのまま後退しながら盾を思いきり投げつける。

さらに身体をよろめかせる。

時間は十分に稼いだはず。

 

勝負をかけるなら今だ。

 

翔介は無手のまま背中の翼を再度起動。

黒いISへと飛びたつ。

その眼前で急停止。黒いISは刃を煌めかせる。

素早く両足の翼に切り替え飛び立つ。翔介は黒いISの頭上を棒高跳びのように飛び越える。

 

黒いISがそれを追うように視線を泳がせる。

 

「今だ! 織斑君!」

 

「おう!」

 

一夏が白式を起動させる。

エネルギーを移譲したとはいえ白式全てを起動させるには至らず片腕のみだけ。

しかし、その手には雪片が握られている。

翔介の声を合図に一夏が駆け出す。

 

黒いISは次なる攻撃対象に狙いを定める。

刀を一夏に振りかざす。

だがその腕がビンッと動きを止める。

 

その腕には絡み蔦がその名の通り黒いISの腕に絡みついていた。

翔介はそのワイヤーを必死に引っ張り押さえている。

頭上を飛び越えた後、その背後から刀を絡めとったのだ。

 

黒いISの膂力は翔介以上だ。

それでも必死に引っ張る。

一夏が黒いISに迫るまでもう少しだ。それまでこうやって押さえる。

 

友達を助けるために。

 

この手を離しはしない!

 

「うわああああっ……!」

 

力の限り腕に力を込める。

その時、打鉄の胸に青い光が宿る。打鉄の身体は銀色へと変わり赤いラインが現れる。

翔介の瞳も日本人特有の黒目が赤い色へと変色する。

力が急に沸いてきたかと思えば、渾身の力でワイヤーを引く。

ついにその手から刀を奪い去ることに成功した。

 

「うおおおおおおっ!」

 

雪片が展開する。零落白夜が発動したのだ。

一夏が刀を振る。

 

黒いISの腹部に亀裂が走る。その亀裂から僅かではあるがラウラのか細い手が見える。

一夏が躊躇なくその中へ手を伸ばし飛び込む。

果たして一夏がラウラを引っ張り出した。

それと同時に黒いISの力が抜け、またドロドロと崩れていく。

 

「終わった…それより今何か…」

 

翔介はそう呟くとへなへなと地面に座りながら、自分の腕を眺める。

急に力が沸いてきた不思議な感覚、だが打鉄は既に普段の姿へと戻っており翔介がそれを認めることはなかった。

視線の先にはラウラを抱える一夏。なにやら話しているようだが、これでこの騒動も終幕へと向かうだろう。

 

翔介はラウラに駆け寄る力も残っておらず、地面に大の字で転がるのだった。

 




本日はここまで。

次回で原作二巻も終了となります。
原作三巻に入る前にまた少し彼らの日常生活を描いていきます。

今回で二度目の発動となる謎の力。

翔介は自身の変化に気付いてはいないようですが果たして。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

44話

「ふぅ…目標沈黙。織斑君、道野君の二人とも健在です」

 

管制室のモニターで事の成り行きを見守っていた真耶が大きく息を吐きながら椅子にもたれる。

ラウラのISが暴走したこともそうだが、それに一夏と翔介が立ち向かおうとする姿を見ていて気が気ではなかった。一夏がラウラを引っ張り出したことでISの暴走も収まり、事態は終息した。

 

今モニターには助け出したラウラが何故か一糸まとわぬ姿になっているのを二人の少年がわたわたとしている様子が映し出されている。

 

「良かったですね、織斑先生」

 

「ああ。まあ、動きとしては及第点に届くかどうかだがな」

 

背後で腕組をする千冬が告げる。口元はやや薄く笑みを浮かべている。

口ではこう言っているが二人が立ち向かっている間は険しい表情を浮かべ、組まれた腕にも力が入っていた。自分の弟や生徒が規格外の強敵に立ち向かうのだ。穏やかにいられないのも当然ではあった。

 

「またまた~、本当は心配してましたよね?」

 

止せばいいのに真耶がクスクスと笑う。

 

「山田君、アレを見ていて身体を動かしたくなった。今日の放課後に格闘訓練でもどうかな? 十本くらいやっていくかね?」

 

「え、遠慮しておきます…」

 

藪をつついて蛇を出すとはこのことか。

千冬相手に格闘訓練など十本どころか一本ですら身体が持たない。

 

「私は身内ネタでからかわれるのが一番嫌いだ。よく覚えておくように」

 

「は、は~い…」

 

千冬に釘を刺され、縮こまる真耶。

それでも手元はデータ処理を行っているのだから流石である。

 

「それにしてもボーデヴィッヒさんのアレは…」

 

 

「VTシステム…」

 

 

VTシステム。

ヴァルキリー・トレース・システムの略称。

かつてモンドグロッソの優勝者であり『ブリュンヒルデ』と称された織斑千冬の戦闘データを再現、実行させるシステム。

これを使用すれば適性がどれだけ低くとも千冬の動きをトーレスできる。

ただし、その動きを実行させるためには装備者に実力以上のスペックを無理矢理引き上げるためその肉体に莫大な負荷をかけ、生命に関わることもある。

その為、あらゆる企業や国家では開発を凍結されている。

 

それでありながらラウラのシュヴァルツェア・レーゲンに搭載されていた。

様子を見る限り彼女がそれを知っていたとは考えづらい。

となればこれはドイツの誰かが無断で装備、偽装していた可能性がある。

 

「山田くん、少し任せる」

 

「あ、はい」

 

千冬は真耶に後を任せると管制室を後にする。

そして携帯を取り出すとどこかへとかけはじめる。

 

「はいはーい、貴方にゾッコンラヴリーたば…」

 

通話を切る千冬。

すぐさまリダイヤルで着信が鳴り響く。

うざったそうに携帯を耳に当てる。

 

「チーちゃん、何で切るのさぁ!」

 

「そのあだ名で呼ぶな、束」

 

千冬の電話の相手は篠ノ之束。

ISの生みの親であり、天災と呼ばれる女性だ。

 

「それでそれで? 何か用かな?」

 

「貴様は今回のことにどれだけ関わっている」

 

「今回の事ってな~に?」

 

「惚けるな、どうせどこかで見ていたのだろう」

 

のらりくらりとはぐらかす束。

だが千冬は有無を言わさず続ける。

 

「…私は関わってないよ。あんなの束さんの趣味じゃないし」

 

「…本当だろうな」

 

「うん、束さんは嘘つかないよ~」

 

束がそういうならそうなのだろう。

彼女が何を考えているのかわからないところはあるがISに関しては嘘を吐くようなことはないはずだ。

それに趣味ではないというのならば本当に手を出すという事はしないだろう。

彼女は自分の興味のあるものにはとことんのめり込むが、そうでないものに対しては冷徹なまでに無関心だ。

 

「ついでに一つ教えておくけど、VTシステムを研究してた施設はとっくになくなってるよ」

 

「…束」

 

「大丈夫だよ、無くなったって言っても施設で保管してたデータとかだから」

 

人は消えてないよ、と軽く告げる。

その言葉に少しだけ安堵する。

だがこれでVTシステムを秘密裏に開発する施設はなくなったと見ていいだろう。

とはいえ他にもないとは言えないが、恐らくそんな施設はこの束の手によってことごとく潰されることだろう。

 

「それよりさぁ~チーちゃん~」

 

「だからそのあだ名で呼ぶなと言っている」

 

不平を告げる千冬だが束は構わず問い掛ける。

 

 

 

「あの凡人が使ってたアレ、何?」

 

 

 

凡人。

彼女にとって身内と呼べる存在以外は全てが凡人である。

だが彼女の告げる凡人が誰の事か容易に想像できる。

 

「アレとはなんのことだ…」

 

「いやだなぁ、惚けちゃって。無人機が来た時もあの凡人が使ってたでしょ?」

 

「………」

 

やはり彼女の告げる相手は間違いない。

道野翔介。先程の試合の際も本人は気づいていなかったようだが発動していた。

そしてクラス代表戦の時に襲い掛かってきたISもやはり束の差し金だったようだ。

その様子もしっかり見ていたのだろう。そこで目にしたのだろう。

 

だがこの質問に答えることはできない。

 

「知らんな。私もアレについては全くわからん」

 

嘘ではない。

翔介の使ったあの力についてわかっていることは全くない。

クラス代表戦後、すぐさま彼の使用した打鉄を調査したがおかしなところはなかった。

そもそも彼の使う打鉄は学園から無作為に貸し出したもの。細工されたものを引いたとも思えない。

 

「むしろこちらが聞きたいな。アレはなんだ」

 

「あんな装備があるとは聞いたことないよ。この束さんが知らないものがあるなんて気に入らないね」

 

「そうか…」

 

束さえ知らない力。

ISの事であれば知らないことなどないはずの彼女を以ってしても判明しない正体。

 

「まあいいや。それじゃあもういいかな? こう見えて忙しいんだよね~」

 

「…ああ」

 

「それじゃあね~」

 

ブツリと通話が切れる。

いくらか言いたいことがあったがどうせ言っても適当に聞き流されるのがオチだろう。

 

「わからないことばかりだな…」

 

千冬は一人ごちる。

 

----------------------------------------------

 

学年別トーナメントから一日が経った。

トーナメントはVTシステム騒動のため中止。試合に関しては一試合は行っていたため取りあえずはそこで成績を判定するようだ。

 

今は朝礼の時間。なのだが真耶や千冬が教室にやってこない。

二人だけでなく、シャルロットやラウラも登校していない。

 

「織斑君、何か聞いてる?」

 

「いや、シャルは朝方用事があるって言って出て行ったきりでな」

 

ラウラに関しては静養もすぐに終わったとは聞いていたのだが。

 

そう話し合っているとガラリと教室の扉が開く。

そこから真耶と千冬が入ってくる。

 

「は~い、皆さん。HRを始めますよ~」

 

真耶がそう告げると教室中が静まりかえる。

 

「あ~…その前に転入生を紹介します」

 

その言葉に教室がざわつく。

それもそのはず、ついこの間シャルロットとラウラの二人が転入してきたばかりだというのにまた転入してくるというのだろうか。

 

「あ、いえ、転入生というか転入していたというか…とにかくどうぞ」

 

何故だか言いにくそうな真耶が声をかける。

入ってきたのは金色の髪に紫の瞳。

誰であろう、そこにいたのはシャルロットであった。

だがいつも見ていた姿と違うところがある。

 

「な、な、なっ!?」

 

「シャ、シャル!?」

 

「シャルロット・デュノアです。改めて宜しくお願いします」

 

シャルロットは女子の制服を着ていた。

 

「ということでデュノア君はデュノアさんでした…はあ、また寮の部屋組み直さないと…」

 

真耶がぐったりと教卓に突っ伏す。

だがクラスメイトたちは突然の出来事に唖然とする。      

それはそうだ。昨日まで男子だと思っていたはずが女性だったのだ。

まさしく青天の霹靂。

 

「実は今朝女の子として学園に通っていいって父が」

 

彼女にとっても突然の事だったようで困惑気味ではあるが、それでもどこか憑き物が落ちたように爽やかな笑顔を見せる。

一体どんな心境の変化があったのかはわからない。

だがこれが彼女の想いを少しでも受け止めてくれた結果だとそう思いたい。

翔介はそう思いながら笑みを浮かべる。

 

だがその結果、騒動の原因となることを彼は失念していた。

 

「一夏ぁ‼」

 

ガラッと乱暴に教室の扉が開かれ鈴が入ってくる。

 

「げぇっ!? 鈴!?」

 

「あんた、確か昨日大浴場使ってたわよねぇ…?」

 

そう、彼女の言う通り昨日から男子も大浴場が解禁された。

翔介は疲れもあり、シャワーを浴びてすぐに眠ってしまったため大浴場は使用していなかったのだが。

 

 

「お、落ち着け、鈴!」

 

「死ねぇえええ!」

 

鈴が腕だけISを展開するとその大きな拳で一夏に殴りかかる。

流石に生身の相手にそれはマズい。

翔介が止めに入ろうとするが、それより前に彼の前に立ちはだかる影が。

 

 

「ボーデヴィッヒさん?」

 

 

彼の前に立ちはだかったのは黒いISを駆るラウラだった。

攻撃を阻まれた鈴はまるで猫のように威嚇してくる。

 

「もう体の方は大丈夫なの?」

 

「ああ、むしろ随分とすっきりした気がする。ISもコアは無事だったのでな」

 

そう告げるラウラの言葉にホッと胸をなでおろす。

そこに一夏が声をかけてくる。

 

「助かったぜ、ラウ…むぐ」

 

「え…」

 

 

教室中の目が点となる。

 

ラウラが一夏の唇を奪っていた。

 

 

「お前を私の嫁とする! 異論は認めない!」

 

「……嫁? 婿じゃなくて?」

 

そこではない、そこではない。織斑一夏よ。

今、この状況でそれはマズい。

 

「あんたねえええ!?」

 

「一夏さん、少々お話が…」

 

「そこに直れ、一夏」

 

激高する鈴。

ニコニコと笑みを浮かべているのにまったく目が笑っていないセシリア。

背後に阿修羅を顕現させる箒。

 

「あわわわ…!」

 

「ま、待て! 今回は俺も被害者サイドだ!」

 

 

『問答無用!』

 

 

 

結局全員が千冬から出席簿の一撃を受けるまで騒ぎは続いた。

 

 




本日はここまで。

後半は急ぎ気味になってしまいましたがこれにて原作二巻は終了です。
次は原作三巻となりますがその前に日常編へとなります。

騒動も終わり、一段落の翔介。

しかしそんな彼には最近悩みが。


次回はちょっとした番外編となります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編 道野翔介の通知表

今更ですがお気に入り登録二百件到達記念として今更ながら主人公の紹介を兼ねた番外編となります。




IS学園の職員室。

織斑千冬は自分のデスクでパソコンに向かっていた。

一学期も既に終盤。

ISの技術を学ぶという特殊な学園ではあるが、普通の学校と変わらず学期の最後にはこうやって通知表を配っている。

これを作成するのも担任である千冬の役目だ。

 

ずっとパソコンとにらめっこを続けて、疲れた目を癒すように目頭を揉む。

 

大体の生徒たちも終わり、残すところはあと一人。

 

「道野か」

 

女性しか動かすことのできないISを弟である一夏以外にも動かしたもう一人の少年。

多方面から注目されることが多い少年だがけして甘い採点はしない。

 

道野翔介。七月十日生まれ、満十六歳。

身長百五十九センチ、体重五十六キロ。

 

身長、体重共に十六歳の平均より下。小柄な分身長が百七十二センチの一夏の隣に立つとその差が際立つ。

肉体の成長は個人差であるため特筆するところもないだろう。

 

次は学業面。

この学園において学業は一般科目とIS科目の二つがある。

 

最初は一般科目面だ。

翔介は良くも悪くも得意不得意がはっきりしている。

得意科目は現代文、社会、理科。

逆に不得意科目は数学、英語。

文系を得意とする。社会と理科は歴史と生物が得意であり、地理や化学といった分野になると苦手となるようだ。

また理数系も苦手分野のようだ。

 

先日期末テストが行われたが、確かに現代文と歴史、生物は平均点以上の成績を出している。数学や英語は平均点を少し下回る成績だが赤点となる科目はなかった。

 

次はIS科目。

座学と実技、そして学年別トーナメントなどの行事の成績によってランクとしてCからSまでで評価される。

端的に言ってしまえば彼のランクはC。ランクとしては一番下のランクとなる。

実戦経験などは他の同級生と比べると多いが、操縦技術や知識などにややムラがあるためだ。これには日頃の訓練もそうだが、一人一人のセンスにもよってくる。

 

だが千冬からしてみればこのランクなどはあくまで指標に過ぎない。

それを踏まえて考えれば彼はけして力不足ではない。

知識に関しても少しずつだが理解を深めている。

 

次の項目は授業態度。

授業中も真面目に受けているし、理解できないところは理解できるまで学習している。ISに関しても放課後の自主訓練のお陰で最初のころと比べれば間違いなく上達している。ただその自主訓練の影響で授業中の居眠りに発展することもたまにある。

しかし、それを差し引いても他の教師陣からも評判は良い。

 

次は生活面。

普段の生活面に問題行動は特にない。部活には所属していないが入学早々から生徒会に所属し、放課後は自主訓練に勤しむか生徒会の仕事をしていることが多い。

生徒会の仕事の繋がりで個人でも用務員の轡木十蔵と共に学園の美化活動を自主的に行っている。十蔵からも助かっていると好評だ。

また最近いつの間にかできた相談室なるものの相談役も担当しているとのこと。こちらは会長たる更識楯無の発案によるものらしいが何故そんなことになっているのか。

学年別トーナメント以降相談者が増えているようだ。

 

最後に総括を付け加える。

学業面、生活面共に目立った問題行動もなく優良生徒と言える。

ただし危険や困難に立ち向かおうとするが故に無茶を通そうとする場面も多く、それ以外にも他者の問題に首を突っ込むこともある。

だがそこも含めて彼自身の長所ともとれるため、今後もそれを伸ばしてやれるように指導していくべきだろう。

 

 

千冬はそう締め括り通知表を閉じる。

 

これで全員分の通知表は終わった。

だがまだ千冬の仕事は終わっていない。

 

翔介に関してはもう一つ書かなければいけない書類がある。

道野翔介の報告書。

こちらは国に提出するものだ。

在学中はあらゆる企業や国の干渉を受けないとされているが世界でも二人しかいない男性操縦者。それを守るためという理由で報告書の提出を国から指示されていた。

 

すると職員室の扉を叩き入室する人影が。

 

「失礼します、織斑先生」

 

「更識か」

 

入室してきたのは楯無であった。

 

「頼まれていたものお持ちしました」

 

そう言って楯無がファイルを渡してくる。

タイミングがいいというべきか。

 

「ああ、丁度今から取り掛かるところだった」

 

ファイルを受け取り中身を確認する。

その中には翔介の今までの経歴やらが事細かに表記されていた。

これを基に国に対して報告書を作成することになる。

 

だが正直なところ千冬は本人に隠れて素性を暴くような行為は好まない。

だがそれで無視するわけにもいかない。

 

中身を確認する千冬だがふと視線が止まる。

 

「更識、道野の両親だが…」

 

「はい、間違いはありません」

 

道野翔介の両親についての文面を確かめる。

 

父、道野明介。

両人とも大学院で博士号を取得、後に天文学者となる。

妻となる巡とは入所していた研究所で出会う。

 

母、道野巡。旧姓、四季。

同じく天文学者。

明介と出会い、一人息子を儲ける。

 

どちらも天文学者と職業以外は普通の夫妻。

だが気になるのは次の欄。

 

夫妻ともども優秀な研究員だったそうだが、ある日を境に状況が変わる。

周囲からは気が触れたなどと言われ、夫妻は研究所を退所。

街から離れた山奥に自分たちの研究所を作り、そこで何かの研究をしていたという。

だが夫妻はその研究所の火事で一人息子を残し鬼籍に入る。

一説によれば火事の原因はそこで行っていた怪しい研究によるものだと言われている。

 

「この研究については何かわかっていることは?」

 

「申し訳ありません、そこまでは…」

 

更識家を以ってしても謎に包まれた研究。

よほど厳重に管理していたのだろうか。

 

千冬はさらに資料を読み進める。

 

両親を失った翔介はその後、東北の母方の実家に引き取られ今に至るようだ。

 

「引き取られた先では祖母と従姉妹二人と同居しているようです」

 

「ふむ…」

 

なんとも謎が残る出生というべきか。

両親を亡くすという壮絶な経験をしている割には今のような性格を形成されたのは引き取り先が両親の代わりにしっかりと愛情を持って育ててきた証拠だろう。

 

「調査段階では彼の両親は亡くなる直前までの動向が本当に不明です。研究内容も勿論ですが、突然気が触れたというのも気になります」

 

気が触れたとは言われていたようだが、その内容は全くと言っていいほど探ることはできなかった。どうにも研究所や学会内でもまるでタブーのように口を閉ざしている。

 

「このことについて道野はなにか言っていたか?」

 

「いえ…なにせ彼も随分と幼い頃のことですから」

 

そもそも翔介自身から両親の話を聞いたことがない。

話しにくいとかではなく、そもそも話題にするほどの物がないといった感じであった。

これ以上の情報も引き出せそうにない。

 

仕方ないので報告書の次の欄の記入に移ることにした。

今度はISについて。

 

専用機は持たないが、学園の打鉄を専用貸し出しという形で使用している。

扱いとしては専用機持ちとしてカウントされている。

現在は更識楯無の勧めもあり、宇宙航行科学特殊研究所と提携。

特殊装備としてハイドロジェネレードロケットをIS用に小型化した『星の翼』、ワイヤー射出装備である『絡み蔦』、可変型大型シールド『重ね畳』がある。

 

操縦技術や適性に関しては通知表に書いてあることと丸々同じで構わないだろう。

付け加えるとするならば未だ装備、特に星の翼を十全に使いこなせてはいない。とはいえ現段階で出来ることを把握し、自分の役割を全うしようとしているなどけして宝の持ち腐れという訳ではない。

 

今後も倦まず弛まず努力を続け成長に期待する、と最後に締めくくる。

 

「まあ、こんなものだろう。更識、手間をかけたな」

 

「いえ、それより織斑先生。一つ抜けがあるように思われますが」

 

「抜け?」

 

疑いを挟む楯無に千冬が首をかしげる。

 

「彼のあの力についてです」

 

あの力。

それは学園に黒い無人機のISが襲撃してきた際やこの前のシュヴァルツェア・レーゲンがVTシステムを発動させた際に見せたあの力。

打鉄に装備されていない謎の力。

これについても記載するべきものだと楯無は告げたのだ。

 

「何か書くことがあるか?」

 

そう言われるとなんとも返せない。

 

報告書に書ける事柄がないのだ。

なにせあの力について全くわからないのだ。

これでは報告も何もあったものではない。

 

あの篠ノ之束ですらわからないといった代物だ。不要に記載して面倒事に発展するのは楯無にとっても望むところではなかった。

 

「更識、引き続き道野の指導を頼む。あいつはしっかり指導してやれば間違いなく上達していくはずだ」

 

「畏まりました。ええ、言われずともあの子が一人前になれるくらいには指導していきますよ」

 

「頼んだぞ」

 

千冬がそう告げると、楯無は一礼して退室していった。

 

千冬は再度ファイルを見つめながら思案する。

 

 

 

「道野、お前は一体何を抱えている…」

 

 

 

 

 

 

 

 




番外編はここまで。

少し醜いかもしれませんが現段階の主人公の紹介となりました。
今後も何かの節目で番外編を投稿していこうと思います。

次回は本編に戻ります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

45話

時期は七月。

梅雨も明け、からりとした青空が広がっている。

学園内は期末テストも終了し迫る夏休みの予定を立てたりなど浮足立っている。

それに反して翔介の気分はどんよりと曇り空であった。

 

理由はいくつかあるのだが…。

 

「……おい、聞いているのか、マブよ」

 

「あ、うん、聞いてるよ」

 

目の前で不満そうに眉を吊り上げるのはラウラ。

ちなみにマブというのは翔介の事らしい。なんでもマブダチだから、という事らしいが一体どこでそんな言葉を覚えたのか。

VTシステムに取り込まれた後の影響も特になく今では元気に登校している。

それは良いのだが…。

 

「それでだ、嫁の奴めさっさと服を着ろとうるさくてな」

 

「それはそうだと思うよ…」

 

「何故だ?」

 

心底不思議そうな顔をする。

翔介の悩みその一。

それがラウラの世間知らず加減だ。

学年別トーナメント後、一夏を嫁と呼び積極的にアプローチをかけている。

なんでも彼に「守ってやる」と言われ、今まで誰かに守られるという経験のなかった彼女の心をがっちりつかんでしまったらしい。

図らずも試合前の軽口が現実になってしまった。

 

その後彼女の友人、いや今やマブダチとして彼女の相談を受けることと相成った。

ただ、彼女の行うアプローチは過激すぎる。

今朝も一夏の部屋に忍び込み、すっぽんぽんで添い寝してきたとドヤ顔で報告し来た。今まで軍隊の中で生きてきたため恋愛という物を知らないからかぶっ飛んだ判断を取ることがある。

そもそも彼女からすれば一夏は嫁であり、自分とは夫婦の間柄。だから何も恥ずかしいことはないというのが彼女の持論。

 

直球なのはいいのだがもう少し慎みを持って欲しいのだが…。

 

だが彼の悩みはこれだけではない。

 

「ほら、ラウラ。翔介も困ってるから」

 

そう言って二人の間にシャルロットがラウラにやんわりと声をかけてくる。

 

「むっ、シャルロットか」

 

「ほら、一夏って日本人でしょ? 積極的に行くより三歩下がって男の人を立てる子が良いんじゃないかな?」

 

「むっ、ヤマトナデシコというやつか」

 

どう伝えたらいいのかと悩む翔介にシャルロットが助け船を出してくれた。

ラウラに対して一般常識を伝えるのには彼女の助太刀が大変助かる。

 

 

のだが…。

 

 

このシャルロットもどうやら一夏に好意を抱いているようだ。

経緯としては自分に居場所をくれたからと言うものらしい。

どうやらデュノア社社長に直談判した後に何かあったらしい。

女の子として学園に通えるようになった翌日頃に彼女自身からカミングアウトを受け、もはやお約束のように相談を受けることに。

 

ただ少し違うのは彼女は翔介の事情を知っていることだろうか。

翔介が箒たちの恋愛相談を受けているという事を知っている。

持ち前の察しの良さで勘付いたらしい。

だがそれでも特に怒ることもなく受け入れているようだ。

元より穏和な性格でもあるため波風を立てたくはなかったのだろう。

 

そこまで聞けば凄くいい子なのだ。

 

「うむ、つまりスニークミッションだな! 任せろ!」

 

「え、いや、そういうわけじゃ…」

 

大和撫子が暗殺のプロみたいになってしまっている。

ラウラは制止する言葉を無視して教室を駆け抜けていった。

 

「あはは…行っちゃったね」

 

苦笑い気味のシャルロット。

やがて翔介の方を向き直る。

 

「今度は僕が相談してもいいかな?」

 

「あ、うん…」

 

「実は今度の休日、一夏と街に買い物に行くことになったんだけど…」

 

凄くいい子なのだ。

たださらりと良いところ取りしていくちゃっかり娘でもあった。

これで他者を蹴落としていくことよしとする性格であったのなら協力を拒めるのだが、先程ラウラへのアドバイスも真面目に告げたものなのだからやはりいい子であった。

 

「そうなんだ、良かったね」

 

「うん、でもほら僕まだ街の事よく知らなくて」

 

察するにデートでどこかいい場所がないかと聞きたいのだろう。

だが生憎と翔介もこの街に詳しいわけではないため残念ながら力にはなれなさそうだ。

 

そのことを伝えるとシャルロットは嫌な顔一つせず首を振る。

 

「気にしないで、それよりそろそろ臨海学校だけど翔介は準備したの?」

 

「ああ、まだなんだよね…」

 

臨海学校。

厳密に言えば校外実習にてISの各種装備の訓練をすることが目的だ。

それでも大半の生徒たちは海水浴に行くような気分らしい。

 

「折角海に行くんだから水着くらい用意しておいた方がいいかもね」

 

「う、うん…」

 

シャルロットに曖昧な返事で答える翔介。

ふと時間を見てみるとそろそろ放課後の訓練の時間だった。

 

「あ、そろそろ訓練だから僕は行くよ」

 

「うん、頑張ってね」

 

翔介はシャルロットに告げて立ち上がる。

彼女は手を振り見送ってきた。

 

 

廊下に出てようやく一息つく。

 

翔介の悩みその二。

計五人となった少女たちの恋愛相談である。

 

--------------------------------------------------

 

ビュンと風を切る音がアリーナに響く。

目の前を翔介が通り過ぎると楯無がストップウォッチを止める。

 

「…またタイムが伸びてるわね」

 

楯無はタイムを覗き込みながら呟く。

 

「どうでしたか…?」

 

楯無の傍に打鉄を纏った翔介が降りたつ。

 

「駄目ね。途中で加速が落ちたように見えたけれどどうしてかしら」

 

「それは…」

 

「その翼のスペックであればもっと早く飛べるはずよ」

 

「うっ、はい…」

 

しょんばりと肩を落とす翔介。

 

「翔介君、最近訓練にも身が入っていないようだけれどどうかしたのかしら?」

 

「いえ、そんなことは…」

 

その通りであった。

学年別トーナメント以降どうにも訓練に身が入っていなかった。

いや、真剣に行っていないわけではない。むしろ以前よりも訓練に対しては真面目に取り組んでいるはずなのだが。

 

翔介の悩みその三。今抱えるモノの中で最大の悩み。

それは武道、勉強に限らず多くの人がいつかぶつかる問題。

 

伸び悩み。

 

ISに乗り始めた頃は毎日が成長の連続だったが、トーナメント以降どうにも訓練の成果が目に見えて現れなくなっていた。

伸び悩みの原因は分かっている。

 

トーナメントでの敗北。

 

一夏とシャルロットのタッグに完膚なきまでに敗北したあの日。

厳密に言えば途中からシュヴァルツェア・レーゲンの暴走により有耶無耶になったがあのまま続けていれば間違いなく敗北していただろう。

ラウラとの連携もけして悪くはなかったはずだが、それでも一夏たちには通用しなかった。

敗北自体は初めてではなかったが一試合目に初めての勝利の直後の出来事であったためなおさらそのショックは大きかった。

 

伸び悩みの理由はもう一つ。

星の翼の全開スピードへの恐れがあった。

箒と簪との試合で簪相手に行った星の翼を使用した体当たり。

相手がISを装備していたため怪我こそなかったがアレが生身の人間相手であったらと思うと背中に怖気が走った。

それのせいなのかどうなのか星の翼のスピードが恐ろしく感じるようになってしまった。

 

「翔介君、何か悩み事でもあるの?」

 

「え…」

 

「人間、心に引っ掛かりがあればその動きにも粗が出てくるわ」

 

楯無はそう告げるとフッと笑みを浮かべる。

 

「さあ、悩みはお姉さんに話してすっきり解決よ!」

 

ドンと来なさいとそう告げる楯無。

 

 

 

「いえ、これは僕が解決しないと…」

 

 

 

翔介から返ってきた答えはNOであった。

 

「はい…?」

 

「ごめんなさい…今日は失礼します…」

 

翔介は頭を下げると打鉄を片付けに向かっていった。

 

ポツンと一人アリーナに残された楯無。

まさか拒絶されるとは思わなかったのかしばらく呆けていた。

 

--------------------------------------------------

 

「悪いことしちゃったなぁ…」

 

一人トボトボと部屋に戻る翔介。

自分の悩みは自分で片を付けなければいけない。

そうでなければ成長できない。その考えから楯無からの厚意を無碍にしてしまった。

 

するとポケットの携帯から着信音が鳴る。

携帯を取り出すと着信相手は『科特研』と表示されていた。

 

「はい、道野です」

 

『やあ、翔介君。今大丈夫かい?』

 

声の主は速田であった。

 

「はい、大丈夫です」

 

『それは良かった。実はこちらで新しい装備を作ったから是非こっちに来れないかなと思ってね』

 

「あ、はい、大丈夫です」

 

これで次の日曜日に科特研へと行くことになった。

だが先程のことから楯無に同行は頼みにくい。

ならば今度は一人で行くしかないだろう。

 

一言二言会話を交わすと通話を切る。

そのまま携帯をしまおうとするがふとメールが届いているのに気づく。

 

差出人は…。

 

「長姉さん…?」

 

故郷の従姉妹からのメールであった。

 

「ああ、もうそんな時期なのか…」

 

IS学園に来る前に従姉妹たちと約束したことがあった。

故郷を離れる時、ホームシックにならないようにと三カ月は連絡を取らないようにすると。

怒涛の三カ月でホームシックになっている暇なんてなかったためすっかり忘れていた。

 

メールを開く。

 

『お元気ですか。一人故郷を離れたその後はいかがでしょうか。あなたにとって未知の体験かもしれませんがあなたのご活躍をお祈り申し上げます』

 

随分と短く、お堅い内容だ。

だが従姉妹らしい文章だった。

 

しかし、今はそのメールでさえ彼の気持ちを重くさせていた。




本日はここまで。

伸び悩み始めた自分に困惑する主人公。

彼はこの悩みを乗り越えることができるのか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

46話

今日は日曜日。

翔介は科特研に向かうため単身で街にやってきていた。

普段であれば楯無と同行するのだが厚意を無碍にした気まずさから一人で出てきたのだが。

 

 

「おら、さっさと出すもんだしな」

 

「ほら、跳んでみ」

 

 

翔介は早速一人で出てきたことを後悔していた。

街に出て科特研へ向かう途中、ガラの悪い男二人に絡まれていた。

典型的なカツアゲだ。

 

都会に出てくるとき、故郷のもう一人の従姉妹に言われたが翔介は絡まれやすそうだから一人で動くなと言われたがまさにその通りになっていた。

 

「ご、ごめんなさい、僕今お金持ってません」

 

嘘ではない。

現在翔介の所持金はそんなに多くない。昼食代と帰りの電車賃程度。

これも従姉妹からの忠告であり常に財布に大金は入れないようにと言われていたからだ。

 

余談であるが翔介の懐事情はとても潤っている。これは科特研での装備のテストをしているお給料だそうだ。

翔介は始めは断ったのだが装備のテストは立派な仕事だ、ということで受け取ることになった。

その為一般高校生に比べて非常にブルジョワなのだが元よりお金の使い道という物を考えたことがないため貯まる一方だったりする。

 

「はぁ~、それなら今持ってる分だけで良いからよこせよ」

 

ドンと男が翔介の肩を小突く。

 

「うわっ…!」

 

人生初のカツアゲに緊張でガチガチに固まった翔介はそれだけで後ろによろめき、倒れ込む。

特に怪我はないもののやはり恐怖が大きい。

背後の方から何かガタリと音がした気がするがそちらに視線をやる余裕はない。

 

するとキキッと三人の近くに自転車が止まる。

 

「こらっ! 何をしているんだ!」

 

そう声を上げながらコックコートを身に纏い、首には白いスカーフを捲いた男性。

自転車から降りて駆け寄ってくる。

 

「やべえ! ずらかれ!」

 

男たちは男性が近づくのを見るとそそくさと逃げていく。

 

「大丈夫か?」

 

男性は追いかけることなく倒れた翔介に手を伸ばす。

 

「は、はい…」

 

翔介は差し伸べられた手を取ることなく自分で立ち上がる。

 

「あの、ありがとうございました」

 

「いや、俺は何もしていないよ」

 

男性は特に気を悪くすることなく笑顔を見せる。

そんな男性の態度に決まりの悪い翔介。

 

「あの、それじゃあ僕行くところがあるので…」

 

居た堪れなくてその場を立ち去ろうとする。

 

「ああ、待ちなさい」

 

すると男性が呼び止めてきた。

 

「怪我をしているじゃないか。そのままにしておくのはいけない」

 

男性に指摘され、自分の手の平を見ると血が出ていた。

恐らく先程小突かれて倒れた時に擦り剝けたのだろう。

 

「いえ、これくらいなら…」

 

「そういうわけにはいかない。すぐ近くに家があるから手当をしよう」

 

そう言って男性は自転車を引いて先導する。

見ず知らずの人にここまでお世話になるのも気が引けるが断れる雰囲気でもない。

翔介は男性の後ろを大人しくついていった。

 

 

果たしてり男性の家には程なくして到着した。

ただ普通の住宅とは少し違ったようで。

 

「ベーカリーエース…?」

 

「ああ、こう見えてうちではパン屋をやっていてね。そうだ、まだ名乗っていなかったね。俺は北登誠司だ。君は?」

 

「僕は道野翔介です」

 

誠司はよろしくと言うと自転車を店の横に置き、住居となる二階へ続く階段を上がっていく。

 

「今帰ったよ、結子。救急箱持ってきてくれるかい?」

 

「はーい、今行きますよ」

 

扉を開き、誠司が声をかけると奥の方から女性の声が返ってくる。

やがて薬箱を抱えた女性がやってくる。立ち振る舞いから上品な印象を受ける。

 

「あら、その子は?」

 

「ああ、さっきカツアゲにあっていてね手のひらを擦りむいているようだから手当てを頼むよ」

 

「はいはい」

 

結子は頷くと翔介の手を取り、傷口を消毒していく。

最後に絆創膏をぺたりと張り付ける。

 

「はい、これで終わりよ」

 

「ありがとうございます…」

 

翔介は手のひらを眺めながら頭を下げる。

結子はにこりと笑う。

本当にいい人たちに助けられたようだ。よくよく感じてみれば下がパン屋なだけにどこか

焼きたてパンの香りがする。

 

「ごめんなさいね、誠司さんが無理やり連れてきたのでしょう?」

 

「いえ、こんなに親切にしてくれて…」

 

実際に誠司が助けてくれなければ少ない所持金を奪われていただろう。

 

「あの、それじゃあ僕はこれで…」

 

「ああ、待ちなさい」

 

翔介がお暇しようとするとまた誠司が呼び止めてくる。

 

「今日は暑い、折角だから少し休んでいきなさい」

 

「でもこれ以上お邪魔するのは…」

 

「若いもんが遠慮なんかしなくていいんだよ。結子、冷たいお茶用意してもらって良いかい?」

 

「わかりました」

 

断る隙も与えられず、結局翔介はここで一休みすることになった。

通されたのは和室でしばらく待っていると誠司がお茶を持ってきた。

誠司はお茶を目の前に置くとテーブル越しに翔介の目の前に座る。

 

 

「さて、何か悩み事があるみたいだね」

 

 

「……え?」

 

誠司の言葉に呆気にとられる翔介。

 

「顔に書いてあるよ」

 

そう言われてペタペタと顔に触れる翔介。

そんなに表情に出ていただろうか。

 

「良かったら俺に話してみないかい? 知り合いより見ず知らずの人間になら話しやすいこともあるだろ?」

 

「もしかしてだから僕をここに…?」

 

「いや、怪我をしていたのは無視できなかったからだよ。でも何か悩んでいる顔をしていたから放っておけなかったのも本当さ」

 

「………!」

 

初めての人にここまで悟られるものなのだろうか。

しかし、誠司の言葉には善意の心が滲んているのを感じられた。

それに彼の言う通り、知り合いではないからこそ話せるというのも確かであった。

 

そう思えば自然と翔介は自身の悩みを口に出していた。

といってもISについてはぼかしながらではあるが、最近いくら訓練をしてもぜんぜん上達しないこと。むしろもうこれ以上伸びないのではないかという不安を口にしていた。

誠司は黙ってそれを聞いている。

 

「僕を心配してくれた人にも冷たくしちゃって…そんな自分がさらに嫌で…」

 

楯無にすら素気無くしてしまったことを翔介は後悔していた。

 

「少し待ってなさい」

 

誠司はそう告げると店舗のある一階へと降りて行った。

しばらくするとトレーにパンを乗せて戻ってきた。

 

「これはうちのパンなんだが食べてみてくれるかい?」

 

「え? は、はい…」

 

翔介は差し出されたパンを一口齧る。

すると口の中にふわっとした柔らかい食感と小麦の甘い香りが口の中に広がる。

一言で言ってしまえば美味しかった。

 

「美味しいです、凄く…!」

 

一口、二口とさらに頬張る。

 

「そうかい? だけどこのパンもまだ完成じゃない」

 

「え?」

 

完成ではないとはどういうことだろうか。

 

「俺はこの美味しさを出すまでいろんな悩みや苦労をしてきた。それでもまだ完成したとは思っていない。ここからさらに美味しくするにはどうしたらいいのか、今でも悩んでる」

 

「今でも…」

 

「君は悩むことを悪いことのように感じていないかな?」

 

そう言われると確かにそうであった。

翔介は悩むことははっきり答えを出せずにいることは悪いことのように感じていた。

実際にずっと悩んでいるせいで楯無に冷たくしてしまったりと周りの人にも迷惑をかけてしまった。

 

「悩むという事は今の自分に満足していない証拠さ。満足していない、まだその上に行こうと思えるから悩むんだろう」

 

「その上に…」

 

「確かにこのパンはこのままでも十分好評をもらっている。でもここで満足してしまったらここで終わってしまう。俺はこのパンをもっとおいしいパンにしたい。だから悩むんだ」

 

 

 

「人は悩むことで先に進んでいくことができるんだ。悩むこともなく人は成長することはできないよ」

 

 

 

「成長するために悩む…」

 

人は悩んで苦しんで一歩ずつ進んでいく。

その一歩がどれだけゆっくりでも成長するために悩んで悩んで悩み抜く。

悩み抜いた先にきっと次の自分がいる。

 

「悩めよ、少年!」

 

誠司が翔介の隣に立つとその背中を強く叩く。

その衝撃で咳き込む翔介だが、その背中の痛みにどこか温かなものを感じていた。

 

「あの、またここに来ていいですか?」

 

「…ああ、勿論だ。いつでも来るといいよ」

 

 

こうして翔介に行きつけのパン屋さんができた。

 

 

 




本日はここまで。

また随分と間が開いてしまいまして申し訳ありません。
オリジナル展開だとなかなかああして、こうしてと悩んで時間がかかってしまいますね。

今回、一人の大人との出会いにより悩むことの大切さを学んだ翔介。

しかし、まだまだ彼の悩みは尽きない。
主人公はスランプ状態から脱することができるのか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

47話

ベーカリエースを後にした翔介は約束の時間が近づいた科特研の前へと来ていた。

いつもの変わった形の建物が目の前にそびえ立つ。

ふと視線を動かすとジェット機のモニュメントが目に入る。

モニュメントの翼に取り付けられたロケット。

それが今翔介の打鉄に取り付けられた『星の翼』の原型。いつか宇宙に飛び出すために科特研の面々が心血を注いで作り上げた宇宙への架け橋。

 

「……」

 

その名の通り、翔介の『宇宙へ行く』という夢を叶えるための翼だ。

しかし、それでありながら今の翔介にとっては一番の悩みの種であった。

 

翔介はそれを振り切るように建物の中へと入る。

中に入ると受付には安芸藤子と速田が待っていた。

 

「こんにちは、安芸さん、速田さん」

 

「いらっしゃい、翔介君。待っていたわよ」

 

藤子はにっこりと笑う。

速田も笑みを浮かべて迎えてくれた。

そんな二人の温かい歓迎も翔介には申し訳ない気持ちになる。

自分はこの人たちの期待を背負っていると思うと今の自分が情けなくなってくる。

 

「あの、これ良かったら皆さんでどうぞ」

 

そう言って翔介は袋を手渡す。

それは先程ベーカリーエースでもらったクッキーやラスクなど焼き菓子の詰め合わせだった。

本来は無料でパンを食べるのも気が引けたので何か買っていこうとしたのだが誠司から持って行けと持たされたものだった。

伴侶の結子は困った笑みを浮かべていたが嫌がる様子もなく結局断ることもできず受け取った。

今度行くときは今日の分までいっぱい買おうと心に決めた。

 

「うん? これはエースのお菓子かい?」

 

「速田さん、北登さんたちのこと知ってるんですか?」

 

「ああ、昔のサークル仲間でね。なかなかおいしいんだよ、これが」

 

速田は自分の事のように笑う。

世の中は狭いというがまさにその通りだ。

そうしているとドタドタと重い足音が近づいてくる。

 

「待ってたよ~翔介君~~!」

 

足音の主は井部だった。

ボールのように丸い身体を弾ませて駆け寄ってくる。

 

「井部さん、翔介君から差し入れいただいたわよ」

 

「やあ! 僕はこう見えて甘いもの大好きなんだよ!」

 

ほぼ見た目通りな気もするが敢えて口には出さない翔介。

 

「オヤツは後にして。それより翔介君、さっそく来てもらっていいかな!?」

 

井部はがっしりと翔介の手を掴み、返事を待たず引きずるように連れていかれた。

 

-----------------------------------------

 

連れてこられたのは制作室と呼ばれる部屋。

ここで星の翼や重ね畳など翔介の装備が作り出されている。

そして作業台の上には新たな装備が横たわっている。

 

「これが?」

 

「ああ! これが新しい君の武器『鋼頭』だ!」

 

鋼頭。

頭の名を冠しているがそれはかぶるようなものには見えない。

どちらかと言えばボクサーのグローブのようで翔介の頭くらいの大きい拳が付いている。元々ISの四肢は人より巨大であるがそれを差し引いても大きく見える。

 

「これはどんな風に使うんですか?」

 

「ああ、これは打鉄の右腕に装備するものだ。一撃必殺がコンセプトの武器でね…!」

 

まさに立て板に水。水を得た魚。

詳しい説明をされているのだがなかなか理解できない。

 

「井部、もっとわかりやすく説明した方が良いんじゃないか?」

 

速田が苦笑気味に告げる。

井部はたははと笑いながら簡単に説明してくれる。

 

この鋼頭はその拳を相手に叩き込む格闘戦用装備だ。

使い方はそのまま格闘することを想定しているが、その真価はそれだけではないようだ。

 

「これには所謂、必殺技モードがあってね。それを起動することでこの装備に熱エネルギーを収束させて対象に叩き込むんだ。これなら宇宙のデブリだって破壊できるはずだよ!」

 

「へえ…」

 

翔介は鋼頭に触れる。

強力な新武器のようだが果たして自分に使いこなせるのだろうか。

ただでさえ今の星の翼をうまく使いこなすことはできていないというのに。

 

「ああ、ただ一つ気を付けて欲しいのだけどエネルギーを過剰にチャージすると鋼頭が

熱暴走するから気を付けてね」

 

「熱暴走ですか?」

 

「威力は文字通り爆発的に上がるけどその分機体へのフィードバックが酷いからね。くれぐれも注意して使って欲しい」

 

「わかりました」

 

「さあ! 紹介も終わったしオヤツにしようか!」

 

井部はウキウキと翔介のお土産を開く。

 

「翔介君、私たちもお茶にしようか」

 

速田に誘われるまま翔介もご相伴にあずかることとなった。

 

-------------------------------

 

「何から食べようかな~」

 

「井部さん、山風さんとキャップの分も残してよ?」

 

「わかってますよ、でもどれを食べるかは早い者勝ちでしょう?」

 

藤子と井部のやり取りを翔介と速田は離れた場所で見ていた。

 

「ははは、井部の奴は本当に甘いものに目がないからなぁ」

 

「……あの速田さん」

 

「何かな?」

 

おずおずと話しかける翔介に速田が視線を向ける。

 

「最近の僕の成果、というか記録は見てますよね…?」

 

「ああ、君のレポートは見せてもらっているからね」

 

翔介が科特研と提携することになった際にここの装備のレポートの提出を義務付けられた。気付いたことや使い心地、どれだけ使いこなせているかを報告するのだが。

 

「なら僕が最近全然ダメなのも…」

 

「ああ、知っているよ。初めのころと比べて不調なのも」

 

やはりそうだったか。

素人である翔介ですら実感できるのだ作り出した本人たちが実感できないわけがなかった。

それを思えばこそ翔介の心に重いものがのしかかってくる。

 

「ごめんなさい…僕がもっとISを上手く使えれば…」

 

 

 

 

「何を言っているんだい?」

 

 

 

「え…?」

 

思わず速田の顔を見返す。

 

「翔介君、君は何か勘違いをしているね。私たちは君に感謝こそすれ、失望なんてするわけがないじゃないか」

 

速田から出てきた言葉を信じられず目を丸くする翔介。

そんな彼に速田は優しげな表情で続ける。

 

「私たちは今まで二度も夢を諦めたことがある」

 

「諦めた?」

 

「最初は現行の宇宙服よりさらに高機能の宇宙服を作ろうとした」

 

今の宇宙服は気密保持などの都合でゴテゴテとしており非常に動きにくい。それを改善した次世代の宇宙服の開発を目指していた。

 

しかし。

 

その夢はISの登場により露と消えた。

宇宙空間での使用を想定したマルチフォーム・スーツとして作られたISの汎用性には勝てなかったのだ。

 

「そこで私たちの最初の夢は潰えた。だから次の夢を選んだ」

 

「星の翼…」

 

「ああ、宇宙空間でISと共に飛び立つための翼。それが私たちの次の夢だった」

 

しかし、その夢も半ばで終わりを告げた。

ISはある事件を契機にその力は兵器としての意味合いが強くなってしまい、結果宇宙進出の計画は凍結。

その影響は科特研にも及び次の夢も脆くも消え去った。

 

「これで二度目の夢が消えた」

 

「……」

 

しみじみと語る速田。

 

「私たちの夢は宇宙へと飛び出すことだった。だけどもう一度夢を見ようと思うほど私たちは若くなかった」

 

だから科特研はそれ以降、堅実にISの装備やパーツを作ることを主体とすることにした。

もう次の夢はないと諦めて。

 

 

 

「だけど君が来てくれた」

 

 

 

「僕が?」

 

「もう夢を見ることはできないと諦めた私たちの下に私たちと夢を同じくする若者が来てくれた。だからもう一度夢を見てみようと思えたんだ」

 

速田は真っすぐと翔介を見つめる。

 

 

「だから、ありがとう」

 

 

速田の飾らない感謝の言葉が翔介の胸に響く。

 

「君がいるからもう一度夢を見られる。だから君が謝ることなんて何もないんだよ」

 

「でも僕は成果を…」

 

「成果はすぐ出るものじゃないさ。私たちだって何度も失敗しながら前へ進んでいるんだ。だから君も焦ることはない。ゆっくりでいいんだよ」

 

ゆっくりでいい。

その言葉を聞いた時、翔介の心がスッと軽くなった気がした。

もしかしたら翔介はずっとその言葉が欲しかったのかもしれない。

どれだけ頑張っても出ない成果。それがどんどん彼から余裕を奪い、焦りを生んでいた。

 

だけど。

ゆっくりでいい。

 

その一言のお陰で今のままでいい。今のゆっくりなスピードで構わないのだとようやく思えるようになった気がした。

 

「勿論僕たちの翼を使いこなしてくれることに越したことはないけれどね」

 

そう速田は笑った。

それを見た翔介の心には改めて熱い想いが芽吹き始めていた。

自分を信じてくれるこの人たちのために必ず翼を使いこなしてみせる。

そして必ず空の彼方、遥かな宇宙へと飛び出して見せる。

 

自分を助けてくれる全ての人たちの想いを乗せて。

 

「……ありがとうございます、速田さん。僕、もっと頑張ってみます。自分のやり方で、自分のスピードで」

 

「ああ、楽しみにしているよ」

 

翔介はようやく心から笑みを浮かべることができた。

 

 

 

「さて、それはそれとして何が原因だい?」

 

「えっと…実は全速力のスピードが怖いというか…」

 

「なるほど…確かにスピードへの恐怖は致命的か」

 

速田はうーんと顎に指を添える。

やがて何かを閃いたように携帯を取り出す。

 

 

「翔介君、この後まだ時間はあるかい?」

 

 

 

 




本日はここまで。

速田から努力を認められ、ようやく心に余裕が生まれ始めた主人公。

しかし肝心の悩みはまだ解決していない。
そんな時、速田からの提案で翔介はある場所へと向かうことに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

48話

「ここが…」

 

翔介はとある建物の前に来ていた。

片手には速田からもらったメモが握られている。

そこには星の翼を使いこなすためのヒントがあると言われたのだが。

 

「坂田自動車整備工場…?」

 

ここがヒントのある場所だというのだろうか。

どう見ても町工場のようにしか見えないのだが。

 

「こんにちは~…」

 

恐る恐ると挨拶をしながら敷地へと入っていく。

整備工場というだけありそこら中に整備中の車や部品が置かれており、油の匂いが鼻を刺激する。

しかし、工場内には誰もおらずシンと静まり返っている。

日曜日なのだから当然と言えば当然なのだが、誰もいないとなるとどうしたものか。

速田にはここでいいと聞いていたのだが。

 

 

翔介が途方に暮れていると工場の向こうからエンジン音が響いてきた。

 

「あっちの方…?」

 

勝手に敷地内をうろつくことに抵抗を覚えるが、このままここにいても仕方ないと判断したようで音のする方へと進む。

 

音を頼りに歩いていくとそこにはサーキットが広がっていた。

その上には看板に『坂田レーシングクラブ』と書かれている。

 

「レーシングクラブ?」

 

目の前のサーキットをレーシングカートが疾走していく。

風を切って走るカートに乗っているのは翔介より小さな子供たち。

 

「よーし、良いタイムだ。あと一周‼」

 

目の前を走っていくレーシングカートに見とれていると男性の声が響き渡る。

随分と立派な髭を蓄え、サングラスをかけた高身長の男性。

 

翔介はその男性に声をかけることにした。

 

「あの…こんにちは~…」

 

「ん? ああ、君が速田さんの言っていた子か。少し待っててくれるかな?」

 

男性は翔介を一瞥するとまたサーキットの方へ視線を向ける。

翔介もそれに倣ってサーキットに視線を送る。

ブンッと目の前を子供たちが駆るレーシングカートが走り抜けていく。

隣に立つ男性がストップウォッチを止める。

そしてインカムから周りの子供たちへと指示を出す。

 

「よーし、今日はここまで! 皆、片付けをして今日は帰っていいぞ」

 

男性が指示を出し終える。

 

「すまないね、休みの日はクラブの方にいるものだから気付かなくて」

 

男性はサングラスを外しながら翔介に向き直る。

 

「い、いえ、突然訪ねてすいません」

 

「速田さんの頼みだからね。断る理由なんてないさ。話は聞いているよ」

 

速田が事前に話を通してくれたおかげで説明する手間が省けた。

改めてだが本当に背の高い人だ。

翔介自身、平均より低い身長なため尚更高く見える。

しかしサングラスを外した瞳には優しさをたたえている。

 

「道野翔介です。よろしくお願いします」

 

「坂田秀幸だ。こちらこそよろしく」

 

「あの、速田さんからここに来るといいと聞いて」

 

翔介は速田に話した悩みを改めて口にする。

 

「ああ、スピードに対する恐怖心を克服したい、だったね。準備はできてるよ」

 

「準備?」

 

そう言って手渡されたのはレーシングスーツとヘルメット。

 

 

 

「え?」

 

 

-------------------------------------------------

 

「あれ?」

 

気付けばレーシングカートに乗せられていた。

何故こうなった。

 

「右がアクセルペダルで、左がブレーキペダルになる。曲がるときはハンドルだけでなく体重ごと移動させるんだ」

 

「ま、待ってください」

 

「うん? 何かわからないことがあるかな?」

 

「何がわからないって聞かれるとこの状況がわかりません」

 

何故こんなことになっているのか。

 

「スピードに慣れたいんだろう? ならスピードに乗るのが一番さ」

 

まさかの実践主義。

いや、小難しい理論を話されるよりは翔介も分かりやすいのだがいきなりレーシングカートに乗せられるというのもどうだろうか。

 

「で、でも僕初めて乗るし…!」

 

「誰だって初めてはあるものさ。それにスピードは机の上でわかるものじゃない。その身で体感してわかるものだよ」

 

「だからって…あふ」

 

言い返そうとしたが秀幸にヘルメットを被せられる。

 

「まずはその身で体感することだ。アドバイスも理論もそれからだよ」

 

なんとなくその手法は楯無を思わせた。

彼女も理論より実践。何事も身体で覚えよう主義者だった。

 

「さあ、行くぞ! ハンドルを握って前を見て」

 

「ま、ま、待ってください! 心の準備が!?」

 

「行くぞ!」

 

秀幸がカートを後ろから押していく。

カートのエンジンからパラパラとエンジンが始動する音が聞こえてくる。

 

「さ、坂田さん!? 待って待って!?」

 

「初めはゆっくりコースを一周だ!」

 

「ふぁあああああああ!?」

 

 

翔介は悲鳴を上げながらサーキットへと駆りだされることになってしまった。

 

------------------------------------------

 

「つ、疲れたぁ…」

 

翔介はヘルメットを脱ぎ、テーブルに突っ伏す。

結局あの後訳も分からぬままサーキットを五周させられてしまった。

スピードはかなり控えめに走ったがそれでも初めて乗るレーシングカートに疲労困憊であった。

 

「はっはっは、お疲れ」

 

秀幸は笑いながらコーヒーの入ったカップを置いてくれる。

 

「あ、あの…僕どうして乗せられたんですか?」

 

ニコニコ笑う秀幸に抗議するような視線を送る。

そもそも何の説明もなく乗せられたのだからそうなるのも無理はない。

 

「その前にどうだった? 乗ってみて」

 

「どうだったって…正直に言うと怖かったです」

 

「そうか…でも君が乗っているISよりは遅いんじゃないかな?」

 

「それは…」

 

その通りだろう。

そもそもレーシングカートとはいえビギナー向けの代物。

最高速度も旋回能力もISと比べるべくもない。

 

それに翔介もレーシングカートの本来のスピードよりゆっくり走ったのだから尚更である。

 

「でも初めて乗ったし…」

 

「そうだろうね、それが普通だ」

 

秀幸は翔介の隣に座る。

 

「誰だって初めては怖いものさ。それが自分の身に危険が及ぶものであるなら」

 

「じゃあどうして…?」

 

自分を乗せたのか。

翔介はコーヒーを一口すする。ブラックで淹れられたそれはとても苦かった。

 

「最初にちらっと見たかもしれないけど子供たちの走りを見てどうだった?」

 

秀幸は翔介の問いに答えず、逆に問い掛けてきた。

 

どうだったと言われると。

 

「凄い、と思いました。僕より小さい子ばかりだったのにあんなに速く走って」

 

風を切ってサーキットを走り抜ける子供たちの姿が思い起こされる。

走り終えた後のレーシングカートから降りた子供たちの笑顔が眩しく見えた。

 

「だけどあの子たちも最初は怖がってた。中には泣き出す子もいたよ」

 

秀幸は懐かしむように語る。

 

「あの子たちも…」

 

「そう、人間誰でも初めてもの、自分の知らないものには最初は戸惑うし怖がりもする。だけど何度も何度も続けて行くうちに自分の中で恐怖が楽しさに変わってくる」

 

秀幸の言いたいことはなんとなくわかる。

翔介もISを上手く扱えなかった時と比べて、乗りこなせるようになってきた時はとても楽しかった。

 

でも。

 

「それじゃあ慣れるしかないんですか?」

 

「そうだね、これは慣れでしかない」

 

その言葉に翔介はがっくりと肩を落とす。

ここに来れば星の翼のヒントが見つかると思ったのにその答えが『慣れ』と言われてしまうと。

 

しかし、秀幸がさらに言葉を続ける。

 

「でも目指すものがあればどんな努力ができる、違うかい?」

 

「目指すもの?」

 

 

 

「君の目指すものは何だい?」

 

 

 

翔介の目指すもの。

それは…。

 

『宇宙へ行く』

 

「目標のために努力する…それは分かります。でも努力が実らないのは…」

 

 

 

「それでも一生懸命やることが大切なんだ。努力は夢を叶えるためと同時にもし夢を諦めた時に自分が後悔しないためにするんだ」

 

 

 

「自分が後悔しないため…」

 

努力すれば夢は必ず叶う。

そんな言葉をよく聞くがそれが必ず報われるとは限らない。

それでも自分が夢に向かって努力したと後悔を生まないためにするのだと秀幸は言う。

 

その言葉はまるで秀幸自身に言い聞かせるようにも聞こえた。

 

「坂田さんも夢があったんですか…?」

 

「ああ、俺も昔はレーサーを目指していた」

 

そう言って秀幸は写真立てに目を向ける。

そこには若かりし頃の秀幸と渋めの男性、笑顔の似合う女性、小学生くらいの子どもが写っている。

 

その口ぶりからすれば彼の夢は叶うことはなかったのだろう。

 

「でも夢がなくなったわけじゃない。俺の夢は形を変えて『レーサーを目指す子供たちの夢を助ける』という夢に変わったんだ」

 

「夢の形が変わった…」

 

「夢が変わっても俺は自分のしてきた努力が無駄だったとは思わないよ」

 

そう告げる秀幸の表情はとても晴れやかで。

 

「もしそれでも怖いならその先に夢があると思えばいい。そのスピードの先に夢があると考えればいい」

 

 

とてもカッコよかった。

 

 

「はい!」

 

「よし、それじゃ休んだことだしサーキットをもう一周行こうか」

 

「え」

 

 

意外とスパルタな秀幸だった。

 

ちなみにもう一周といいつつ、夕方まで走り込みの練習をすることになってしまったことをここに付け加えておく。




本日はここまで。

次回でオリジナル展開はいったん終了となります。

速田から紹介された大人と出会い、スピードの先、努力の先にあるものを目指す大切さを覚えた主人公。

まだまだ未熟ではありますが、ここからまた一つ成長していく彼をどうか見守ってやってください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

49話

「やっと帰ってきたぁ…」

 

翔介は学園前駅に降りると息を吐く。

随分と長くサーキットで走り込みをした疲れがどっと出てくる。

スピードに慣れるためにとにかく走るという特訓だったが、今日だけでは足りないとのことで時間ができたらまた訪れる約束をしてきた。

ただ秀幸からは筋がいいと言われたのは嬉しかった。

 

駅の時計を見ると帰寮時間ギリギリ。

よくよく考えてみれば一人で随分と長い間街にいたようだ。

最初はカツアゲにあうなんてトラブルもあったが、無事に帰ってこれた。

 

今日一日で完全に悩みは解決していないが、出会った大人たちのお陰でこれから自分がやるべきことを改めて実感できた気がする。

 

「……お師匠さまに謝らないと…」

 

今なら素直に謝れる。

だから学園に帰ったら楯無にちゃんと謝ろう。

電話でもいいのかもしれないが、ちゃんと面と向かって謝るべきだろう。

 

そうしていると翔介の携帯が鳴りだす。

着信相手は楯無の妹、簪だった。

 

「更識さん? …もしもし?」

 

不思議に思いながら通話ボタンを押す。

 

『翔介、今どこ?』

 

「今? 今は学園前駅に着いたところだよ」

 

簪の問いに答える。

しかし、なんだか彼女の声が不機嫌に聞こえるのは気のせいだろうか。

 

「それじゃあ早く食堂まで来て」

 

「食堂?」

 

 

 

「責任取って」

 

 

 

またですか、簪さん。

 

 

----------------------------------------------

 

息を切らせて翔介は寮の食堂へと駆け込む。

数分前の簪からの電話。

『責任取って』という言葉の意味を聞き出そうとするが彼女からは来たら分かると言われ、大急ぎでここまで走ってきたのだ。

ちなみに来たら分かると言われたが、その言葉のニュアンスは『どうでもいいから早く来い』という思いが込められていた気がする。

 

食堂に入ると周りの生徒たちがざわざわとどよめいている。

その視線の先には。

 

「ちょっと~、もうなくなったわよ~! 次の持ってきなさ~~い!」

 

「た、楯無さん、もうその辺で…!」

 

「あによ、飲まなきゃやってらんないわよぉ!」

 

場末の居酒屋のような光景が広がっていた。

テーブルを丸々一つ占拠して食堂のスイーツを広げ、空になったコップが辺りに散乱している。

騒いでいるのは楯無。そしてその周りでは一夏たちが必死に宥めている。

 

「何これ…」

 

「翔介のせい」

 

「うわっ!? 更識さん!」

 

いつの間にか簪に背後を取られていた。

眼鏡の奥の瞳は翔介を非難するように睨みつけていた。

 

「えっと、どういうこと?」

 

翔介が問い掛けると簪がジト目でこうなった経緯を説明してくれた。

 

というのもつい先日、楯無が翔介の相談に乗ろうとしたところあっさり拒絶されたことがよほどショックだったらしい。だが簪の時のようにすぐに諦めず今朝がたもう一度相談に乗ろうと部屋を訪ねたのだが既に翔介は出掛けた後、自分を置いて出掛けてしまったことでさらにショックを受け、今に至るという。

 

「どうせ私はダメなお姉ちゃんですよ、お師匠さまですよー!」

 

そう言ってテーブルに突っ伏す楯無。

これは生徒会長の威厳もあったものではない。

周りの生徒もこれが生徒会長なのかと困惑気味だ。

 

「だから責任取って何とかして」

 

「何とかって言っても…」

 

話して何とかなるのだろうか。

いや、そもそも何とかするかは置いておいて謝るチャンスなのも間違いなかった。

 

翔介は意を決して楯無に近づく。

 

「あ、翔介」

 

一夏たちが翔介に気付く。

するとテーブルに突っ伏している楯無もピクリと反応する。

翔介は一夏たちに後は任せてと交代する。

 

「お師匠さま」

 

「……」

 

楯無からの反応はない。

聞こえていないわけはないだろうから、わざとだろう。

ならばこちらから一方的に話し続けるのが得策だ。

 

「まずはごめんなさい。お師匠さまは僕のこと考えて相談に乗ろうとしてくれたのに無碍にして。でもお師匠さまの気持ちは嬉しかったのは本当です」

 

嬉しかったのことに嘘はない。

だがそれを口にできる程あの時は余裕がなかった。

自分のことだから自分でやらなければいけない。そんな思いが彼を支配していたのだ。

 

「でも今日は一人で行けて良かったと思ってます。実はですね…」

 

翔介は今日あった出来事を話す。

ベーカリーエースの北登夫妻や科特研での新しい装備の話、坂田レーシングクラブでの特訓の話。

楯無は突っ伏しているが口を挟むことなく黙って聞いているのがわかる。

 

 

 

「僕はまだまだ半人前です。色んな人の助けが必要なんです。その色んな人の中にはお師匠さまが必要なんです」

 

 

 

嘘偽りのない正直な言葉を口にする。

翔介には大勢の人たちが関わっている科特研のメンバー、学園の教師陣、今日出会った大人たち、そして師匠である楯無。

彼らの力を借りることで翔介は成長していく。

 

「だからこれからも僕に指導をお願いします」

 

翔介は楯無に頭を下げる。

突っ伏す楯無がプルプルと震えている。

泣いているのだろうか。

 

翔介はそ~っと耳を澄ませる。

 

「くっくっく…あっはっはっはっは!」

 

楯無の大笑いが食堂中に木霊する。

 

「いやぁ~、年下の男の子にこんなに熱烈に必要とされるなんてお姉さんも捨てたもんじゃないわね~」

 

「なっ…!?」

 

その話にはいささか語弊がある。

というか語弊ありまくりである。

 

「そっか~、お姉さんが必要かぁ~。そう言われちゃ断るわけにはいかないわねぇ」

 

「うぅ…」

 

今更ながら先程の発言を後悔する翔介。

いや、本当に嘘偽りのない正直な気持ちなのだがこうもイジられると撤回したくなる。

 

楯無はひとしきり笑うとコップに残ったサイダーを一気に煽る。

こんなこと言うのもなんだがその様子はオヤジ臭い。

本人には口が裂けても言えない。

 

「ふぅ…こっちこそごめんなさいね。子供みたいなことをして」

 

「いえ…」

 

それはいつもの事のような気がするが。

 

「それにしても…今日一日だけで良い出会いがあったみたいね」

 

「…はい。色んな人に会いました。悩みながらでもいい、ゆっくりでもいい。後悔しないために努力する。そう教わりました」

 

「そう…うん、私がいたらそこまで気づけなかったのでしょうね」

 

楯無の表情が柔らかく、優しく変わる。

 

「翔介君、私は自分がこの学園で一番強いって自負してる。だけど私も何でもできるとは思っていない。あなたのように誰かを気遣うことは得意じゃないの。だから頼りにならない時もあるかもしれない。それでもこれからもお師匠さまって呼んでくれるかしら?」

 

 

 

「はい、勿論です。お師匠さま」

 

 

「そっか、なら明日からガンガン行くわよ」

 

覚悟は良いかしら?と悪戯っぽく笑う。

翔介はそれに無言で首肯する。

 

ようやく師弟の間に笑顔が戻った。

 

 

 

「感動的な師弟のシーンを邪魔してすまないが」

 

 

 

二人の背筋がピシッと固まる。

楯無は翔介の背後に視線を向けて固まっている。

ギギギと油の切れた機械のように恐る恐る後ろを振り向く。

 

そこに立っていたのは翔介の担任、織斑千冬であった。

いつものできる女性のスーツ姿ではなく、寮長時の服装であるジャージ姿。

だが腕組するその威圧感は全く劣らない。

 

「お、織斑先生…!」

 

「なあ、更識。寮の食堂は生徒全員の物だとは思わないか?」

 

「は、はい」

 

「それなのにそこを占拠して管を捲いている奴がいるらしいのだが、それをどう思う?」

 

「そ、それは迷惑な人ですねぇ~…」

 

「そうだなぁ、しかもそいつは本来生徒の模範となるべき生徒会長という話なのだが?」

 

「それは困ったものですねぇ」

 

はっはっはと二人して笑い合う。

 

 

 

「来い」

 

「はい」

 

 

 

有無を言わさぬ一言に大人しく従う楯無。

今回ばかりは言い訳のしようもない。

 

「それじゃあね…翔介君…。私みたいになっちゃ駄目よ…」

 

「お、お師匠さま…」

 

連行されていく楯無の後ろ姿はなんとも切ないものだった。

 

 

「お疲れ、翔介」

 

その背中を見送っていると簪が声をかけてくる。

 

「お師匠さま、大丈夫かな…」

 

「いいの、迷惑かけたんだからいい薬」

 

心配する翔介をよそに妹の簪は随分とあっさりしていた。

家族だからこその気安さなのだろうか。

 

「やっぱり千冬姉の迫力は凄いな…」

 

横から一夏たちも合流してくる。

 

「まあ、ぎこちないのも収まったようだし良いんじゃない?」

 

鈴が空いた椅子にドカリと座り込む。

 

「うん、皆には心配かけたね」

 

「いいえ、翔介さんと楯無さんのお二人が仲違いしたままではわたくしたちも寂しかったですから」

 

セシリアも笑みを浮かべながらそう告げる。

他の友人たちも頷く。

 

まだ星の翼を使いこなせてはいないが、これで翔介の悩みもすっかり解決した。

 

 

 

「これで心置きなく臨海学校に行けるな」

 

 

 

「…………あ!」

 

 

一夏の一言に翔介は思わず驚愕した。




本日はここまで。

驚異の二回投稿。
ここ最近間が空きながらだったのでたまにはいいかも?

これでオリジナル展開はいったん終了となります。
次回からは原作三巻となります。

悩みもすっきり解決し、主人公たちは臨海学校へ。

だけど主人公にはすっかり忘れていた悩みが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

50話

遂に50話突破!

といっても番外編など途中で挟むと既に超えていたのですが。

これもひとえに皆さんのお陰です。
これからもよろしくお願いします。


『おお~~!!』

 

バス内に歓声が広がる。

クラスメイト達の視線の先にはどこまでも続く青い海。

そう、今IS学園一年生は臨海学校へとやってきていた。

天気もすっきりと晴れ、日差しも照り付けまさしく海水浴日和。

 

いや、勿論遊びに来たわけではないのだが大体の生徒は海を楽しみにしに来ていた。

 

「やっぱり海を直に見るとテンション上がるな」

 

一夏もご多聞に漏れず目の前に広がる海を見て心を躍らせていた。

 

「なあ、翔介」

 

一夏は自分の隣に座る翔介に声をかける。

 

「え、あ、うん…」

 

しかし夏の青空のように晴れやかなクラスメイト達とは打って変わって、どよーんと曇り空な翔介。

 

「おい、大丈夫か? 酔ったのか?」

 

「いや、そういう訳じゃないけど…」

 

翔介は車酔いはしないのだが気分がどんよりしているのは間違いなかった。

 

「そうか? でも外見てみろよ、凄いぜ」

 

「う、うん…」

 

一夏の言う通り外から見えるどこまでも広がる海はとても美しい。

普段であれば翔介のテンションも上がるというものだが、後のことを考えるとそうも言っていられなかった。

 

「お前たち、そろそろ宿泊先に到着する。忘れ物には注意しろ」

 

そうしていると千冬が立ち上がる。

どうやらもう少しで宿泊先に着くようだ。

 

『は~い!』

 

テンション上がりまくりの生徒たちの元気な返事。

 

「ふぅ…」

 

それに反して翔介は小さくため息を吐いた。

 

 

---------------------------------------

 

着いた先は『花月荘』と書かれた旅館だった。

海のすぐ見える趣のある旅館は生徒たちのテンションをさらに上げていく。

 

「こちらが三日間お世話になる花月荘だ。全員、従業員の方たちの仕事を増やさないように注意しろ」

 

『よろしくお願いしま~~す!!』

 

生徒たちの元気な挨拶に旅館の女将と思われる女性がにこやかに答える。

 

「はい、今年の一年生も元気があってよろしいですね」

 

年の頃は三十代くらいだろうか、しっかりした雰囲気であり女将という立場とは別に若々しく見える。

その口ぶりからこの旅館は毎年お世話になっているようだ。

 

「あら、そちらの男の子たちが?」

 

「はい、男二人で浴場分けが難しくなり申し訳ありません。ほら、お前たちも挨拶しろ」

 

ほら、と千冬が一夏と翔介を促す。

 

「織斑一夏です」

 

「道野翔介です、よろしくお願いします」

 

「うふふ、ご丁寧にどうも。二人とも良い子たちですね」

 

「いつも手を焼かされています」

 

そう言いつつも少し笑みを浮かべる千冬。やはり自身の生徒が褒められるのは嬉しいようだ。

 

「それではお部屋の方にご案内しますね。海に行かれる方は別館で着替えられるようになってます」

 

生徒一同の目が輝く。

一刻も早く海に行きたいという念が滲んでいる。

初日は終日自由行動らしく、食事も旅館で各自とるようになっている。

 

「ねえねえ、おりむー、ミッチー」

 

部屋に向かおうとする二人に本音たちが呼び止める。

 

「二人ともお部屋どこ~? 一覧に書いてなかった~。遊びに行くから教えて~」

 

本音がそう尋ねると他の生徒たちも聞き耳を立て始める。

 

「そういえば俺たちの部屋ってどこだ?」

 

知ってるか?と一夏が翔介に視線を向ける。

翔介はそれに首を振って応える。彼も部屋については何も聞いていなかった。

そうしていると千冬が自身の荷物を持って声をかけてくる。

 

「織斑、道野、お前たちの部屋はこっちだ」

 

二人は一旦本音たちに別れを告げて千冬についていく。

 

「織斑先生、僕たちの部屋って?」

 

「着いてくればわかる」

 

それだけ告げるとスタスタと廊下を歩いていく。

旅館の内装は広くとても綺麗だ。歴史を感じさせる内装でありながら新しい設備がしっかり取り入れられている。

廊下も快適な気温で保たれている。

 

「ここだ」

 

千冬が部屋の前で立ち止まる。

どうやら二人の部屋に到着したようだ。

 

「「うん…?」」

 

二人は思わず首をかしげる。

部屋の戸には『教員室』と札がかかっている。

 

「ち、千冬姉、ここって…」

 

「織斑先生だ。お前たちの部屋はここだ」

 

「え、先生たちと一緒なんですか?」

 

「何か不満か?」

 

あるかないかと言われたらあると言わざるを得ない。

てっきり一夏と二人部屋になるかと思っていたのだが、まさかここまで来て教師と同室だというのだろうか。

 

とはいえ本人にそんなこと言える訳もなかったが。

 

そもそもこの部屋割になるのも頷ける。

もし二人部屋であったら一夏目的の生徒たちが大挙して押し寄せてくる。それは先程本音が部屋割を聞いてきた時の様子から見ても想像に難くない。

そうなれば旅館側に迷惑がかかってしまう。

それを避けるためにも教師と、それも千冬と同室にしたのだろう。

 

「ほら、海に行くならこの部屋で着替えろ。私はここで待っててやる」

 

「お、おう。翔介、さっさと着替えていこうぜ」

 

「あ、えっと、僕は少し休んでから行くよ。先に行ってて」

 

「そうか? なら先行ってるからな」

 

翔介の言葉に一夏は頷きながら部屋に入っていった。

 

「体調が悪いようなら無理せず横になったほうがいいぞ?」

 

「い、いえ、移動で疲れただけなんで少し座って休めば大丈夫ですから」

 

翔介は荷物を置くとそそくさと旅館の廊下を歩いていった。

 

----------------------------------------

 

そそくさと逃げてきた翔介が廊下を歩いていくと、旅館の中庭へとやってきた。

中庭はしっかりと手入れがされており、その光景はどこか故郷を思い起こされる。

その光景は翔介の心を覆う暗雲が晴れていく気がした。

 

思えば入学から三カ月。

入学早々からクラス代表決めの試合、黒いISの襲撃事件、クラス別トーナメント。

怒涛の日々であった。

ISを起動できると分かってから本当に矢のように時が過ぎていった。故郷にいた頃とは比べ物にならないほどガラリと彼の世界は変わった。

そんな忙しない日々であったが、今この瞬間だけでも心安らぐ。

 

とはいえ。

そんな忙しない日々が嫌ではない。

忙しいけれどIS学園に来たお陰で友達がいっぱいできた。故郷にいた頃はまさかこんなに友達ができるなんて思わなかった。

ISのように自分の知らない世界がどんどん広がっていく。

きっとこれからもそんな風に色んな世界、人々と出会っていくことだろう。

 

翔介は首から下げたお守り袋から赤い宝石を取り出し、空を見上げる。

 

自分の頭上に海のように青く、広い大空。

今でもこの空を飛べるようになったけれど、彼が目指す先はまだ遥か遠くにある。

それでも自分の夢を大勢の人が助けてくれている。

彼らの期待に応えるのは簡単なことではないかもしれないが、いつか彼らの夢と自分の夢を翼に乗せてあの空の果てへ。

 

そして…。

 

 

「いつか君に…」

 

 

ギュッと赤い宝石を握り締める。

心なしか宝石がポウッと温かくなった気がした。

 

 

 

 

「おい凡人」

 

 

 

突如後ろから声をかけられる。

 

振り向くとそこには青いエプロンドレスを着た女性が立っていた。

眠たげな眼に何故か頭にはウサギの耳が付いている。

 

「私を無視とはいい度胸だな、凡人」

 

「え、ぼ、凡人?」

 

突然のことに面食らっていると女性は不機嫌そうに顔をしかめる。

それにしても初対面の人に対して凡人とは言う了見だろうか。

 

「凡人って…僕の事ですか?」

 

周りを見渡すが他には誰もいない。

どうやら勘違いではなく、間違いなく翔介の事らしい。

 

「ここにお前以外いないだろう。そんなことも分からないのか、凡人」

 

辛辣。

あまりにも辛辣。

一体翔介が何をしたというのだろうか。

少なくとも目の前の女性とは面識はない。知らず知らずのうちに不興を買ったとも考えづらい。

 

「そ、それで僕に何か…?」

 

恐る恐ると尋ねる翔介。

いきなり凡人呼ばわりされるのだから警戒してしまうのも仕方がないだろう。

 

しかし、女性はそれに答えることなくジロジロと無遠慮に翔介を眺める。

まるで品定めでもするようなその視線に思わず怯んでしまう。

やがて女性はフンと鼻を鳴らす。

 

「やっぱり実物を見ても凡人だな。一体どうしてお前がISを動かせた」

 

「そ、それは僕にも…」

 

実際に何故翔介がISを動かせるのかはわかっていない。

それは翔介に限らず一夏もそうである。

 

「何故凡人であるお前がいっくんと同じく動かせる」

 

「いっくん? あ、あの、僕は凡人って名前じゃなくて道野翔介って…」

 

翔介が訂正しようとするも女性は興味なさげに無視してくる。

マイペースというよりはもうこういう性分なのだろうか。

翔介自身、初対面の人物に嫌われたりはしないと自負しているのだが一体何が気にくわないのだろうか。

 

「まあ、それはいいとして…それよりもアレだ」

 

女性は翔介のことを気にすることなく一人で呟く。

やがて翔介の方へと向き直る。

 

 

 

 

 

 

「お前は一体何なんだ?」

 

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

一体何なんだと言われてもどう答えればいいのだろうか。

翔介が答えあぐねているとやがて女性は興味をなくしたように背を向ける。

 

「あ、ちょっと…!」

 

 

 

 

 

「凡人。何も知らないままでいいと思うなよ」

 

 

 

 

そう言って女性は廊下の角を曲がる。

翔介が追いかけると既に女性の姿は見えなかった。

 

「何だったんだろう…」

 

ここの宿泊客だろうか。てっきり学園で貸し切りかと思っていたのだが。

それにしたってあまりに謎過ぎる。

 

一体何なんだという問いかけもそうだが、彼女が最後に言い残した言葉。

 

 

「知らないままって…」

 

 

どういう意味なのだろうか。

 

 

翔介の心の中にまたもや暗雲が立ち込め始めていた。




本日はここまで。

また期間が空いて申し訳ありません。
原作三巻もついに始まりました。


ついに主人公と彼女が接触。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

51話

謎の女性との遭遇から数分後。

翔介は女性に言われた意味を考えながら教官室へと戻ってきた。

既に部屋の中には一夏だけでなく、千冬たちまでいなくなっていた。そのまま海の方に出かけて行ったのだろう。

 

「ふぅ…」

 

翔介はため息を吐きながら窓の近くに備え付けられた椅子に座る。

窓からは海が見える構造となっており、砂浜にはIS学園の生徒たちが海水浴を満喫している。

夏をしっかり楽しんでいるようだ。

 

そういえば臨海学校に来る前、楯無が『羨ましい』と言って駄々をこねていた。

羨ましいと言っても去年は彼女たちも来ているはずなのだが。

生徒会長特権といってさらっと着いてこようとしていたが虚によりその野望は打ち砕かれている。今は恐らく執務地獄を送っていることだろう。

 

元々自業自得とはいえそこはお人好しの翔介。せめて風景だけでも、とカメラを起動し海の姿を収める。

だが行くことができない相手に海の写真を送るのは逆に酷ではなかろうか。

 

そんなことは露知らず海の写真を楯無に送信すると、それと入れ違いにメールが一件入ってくる。

相手は一夏。

 

『体調は大丈夫か? 大丈夫そうなら海に来いよ、皆待ってるぜ』

 

と短い文章が綴られていた。

それを見てまた何とも言えない表情になる翔介。

ここで体調が悪いと言ってしまえば行かずに済むのだが、皆が待っているのに行かないわけにはいかない。

 

「……よし」

 

翔介は覚悟を決めたように一夏に返信をした。

 

---------------------------------------------

 

青い海、白い砂浜。

そこで織斑一夏は携帯に届いた翔介のメールを読んでいた。

 

「どうですの? 翔介さんは来れそうですか?」

 

そこにセシリアが声をかけてくる。

セシリアは自らのIS・ブルーティアーズと同じく青いビキニ。そして腰にはパレオが巻かれている。その姿はとても優雅であり、彼女の魅力を引き立てている。

 

「ああ、今から来るってさ」

 

「そうですか、折角海に来たというのに遊べないなんて勿体ないですものね」

 

そう言いながらさり気なく一夏の隣を陣取る。スルスル~ッと手が触れるか触れないかくらいの至近距離。

夏のテンションで一気に勝負をかけていくセシリア。

しかし、それを妨害するようにザッザッと砂浜を蹴って二人の間に割って入る影。

 

「まったく車酔いなんてだらしないわねぇ!」

 

グイグイと無理やり入り込んできたのは鈴。

彼女もまた水着を纏っている。セシリアと違ってオレンジと白のストライプのスポーティーなタンキニ。活動的な鈴にピッタリだ。

 

「いや、車酔いではないみたいだぜ」

 

「それならどうしてすぐ来ない訳?」

 

「移動の時間も長かったですからね。少し休みたいのも当然でしょう」

 

割り込まれてムスッとした表情を浮かべるセシリア。

 

「ああそう? じゃあセシリアはそこで休んでていいよ。あ、一夏、あっちのブイまで競争しましょ」

 

「なっ!? 誰も疲れてるなんて言っていないでしょう!?」

 

ギャンギャンと口喧嘩が始まる。

この二人は大体一緒になるとこうやって口論になることが多い。それも仲がいい証拠だろうか。

 

「二人とも、翔介が来るんだから待ってようよ」

 

口論する二人をシャルロットが宥めるように入ってくる。

その後ろにはラウラ、箒、簪も一緒だ。

当然ながら一様に水着着用だ。

シャルロットはオレンジのビキニ。箒は白のビキニ、ラウラは大量のフリルがあしらわれた黒の水着、簪は水色のワンピースタイプの水着だ。

それぞれ個性が出ている。

 

「そ、そうですわね」

 

「はいはい、それにしても遅いわね」

 

「いや、丁度来たみたいだぞ」

 

決まりの悪そうな二人だが、箒が旅館の方を見ながら全員の視線を促す。

 

「お、みたいだな。おーい、翔介~」

 

一夏が手を挙げて彼を呼ぶ。

翔介もそれに気づいたようでトテトテと近づいてくる。

彼の格好はヤシの木が描かれた城のサーフパンツに上にパーカーを羽織っている。

 

「やっと来たようだな、マブよ」

 

「あ、えっと、ごめんね。ちょっと疲れててさ」

 

やや目を逸らしながら翔介が言う。

 

「よし、それじゃあ早速泳ぎに行こうぜ」

 

全員が一夏の意見に賛同するように頷く。普段は活発に動くことのない簪ですらも賛同している。

 

「僕はちょっと…」

 

「んあ? どうしたのよ、付き合い悪いわね」

 

「いや、ほら、臨海学校ってあくまで授業の一環でしょ? だからあんまり羽目を外すと織斑先生に怒られるんじゃ」

 

「翔介。ん」

 

翔介が告げると簪が隣にやってきて、向こうの方を指差す。

そこには他の生徒たちとビーチバレーに興じる織斑千冬の姿が。しかもしっかり水着姿で海を満喫していらっしゃる。

 

「ほら、これで心置きなく遊べるだろ? さ、行こうぜ」

 

そう言って一夏が翔介の腕を取り、海へと駆け出す。

 

 

 

かと思いきや、グンと抵抗され一夏は後ろにのけぞる。

 

 

 

振り向けばそこに砂浜の上だというのに足を踏ん張り、その場を動くまいと抵抗している。

その姿はまさしく大地に根を張る大樹のようであった。

 

「ちょっと、何やってんのよ」

 

「いや、これは、その…」

 

「翔介、どうしたの?」

 

勢いを削がれてむくれる鈴。

そして翔介の様子を訝しむ一同。

 

その中でただ一人。じっとなにかを思案する箒。

その間でも海へと連れて行こうとする一同と必死に抵抗する翔介。

 

 

「道野、お前」

 

 

ビクッと肩を震わせる翔介。

 

 

 

 

 

 

「泳げないのか?」

 

 

 

 

 

長い沈黙。

 

 

 

やがて。

 

 

コクリと頷く翔介。

 

「マジか、それならそうと言ってくれればいいのに」

 

「だって…カッパが…」

 

 

 

『カッパ?』

 

 

----------------------------------------------

 

「なるほどな、そういうことがあったのか」

 

あの後、パラソルの下に全員で休むことなった。

そこで彼が何故泳げなくなったかを聞くことになった。

 

幼い頃は普通に泳げたのだが、そんなある日故郷の川で泳いでいたところを足をカッパに引っ張られ溺れかけたことがあったという。

その恐怖をいまだに引きずっており、泳げなくなってしまったという。

 

「あははははははっ‼」

 

大爆笑の鈴。

そりゃあカッパに足を引っ張られたなんて話、普通に聞けば笑い話でしかない。

 

「ちょ、ちょっと鈴。笑っちゃ悪いよ」

 

「これが笑わずにいられるわけないでしょ! だって、カッパよ! あっははははは!」

 

シャルロットが止めに入ってくるが、かく言うシャルロットの口元にはすこし笑みが浮かんでいる。

 

「だから嫌だったのに…」

 

翔介は恥ずかしそうに体育座りのまま顔を隠してしまう。

別に泳げないこと自体は仕方ないと諦めもつくのだが、その原因がカッパなんて笑われるのは目に見えていた。

 

しかし本当なのだから仕方ない。

 

「でもそれでは折角来たのに勿体無いな」

 

「僕のことはいいから、皆で行ってくるといいよ」

 

「それでは申し訳ありませんわ」

 

セシリアの言葉に他の友人たちも頷く。

翔介からすればこうなるとわかっていたから悩んでいたのだが、やはりこうなってしまったか。

 

するとラウラが「それならば問題ない」とスクッと立ち上がる。

 

「海で泳ぐだけが、海の遊びではないだろう」

 

そう言ってどこからか持ってきたのかシャベルとバケツを広げる。

 

「部下から聞いたのだが、海では砂浜に要塞を建設するのも鉄板なのだろう?」

 

キラキラした瞳でラウラがフンスと鼻を鳴らす。

 

「いやいや、高校生になってまで砂遊びとか…」

 

と鈴が断ろうとするがラウラの澄んだ瞳にウグッと言葉に詰まる。

今までドイツ軍人としてこのように遊ぶ機会などほとんどなかったのだろう。そんな彼女の提案を断れるほど鈴は冷血ではなかった。

 

せめてもの抵抗なのかチラリと他の面子に視線を送る。

 

「いいんじゃないか? それなら翔介も一緒に遊べるだろう?」

 

「決まりだな。ならばチーム分けをしてどちらが巨大な要塞を建てられるか勝負といこうじゃない」

 

「あー! 分かったわよ! やるからには勝ってやるわ! 万里の長城作ってやるわよ!」

 

やけくそ気味に鈴はシャベルを持ち立ち上がる。

 

「負けたチームは買ったチームにジュース奢りでどうよ!」

 

一同も否やは無く、チーム分けの話へと移った。

 

なんて良い友人たちだろうか。

だからこそ尚更申し訳なくなってくる。

思い返しても見れば彼らには随分と世話になっている。この辺りで何か恩返しのようなことは出来ないだろうか。

 

うーんと頭を捻る翔介。

やがてある考えが浮かんだ。

 

「ねぇ、皆」

 

「ん? どうした? チーム分けで何かあったか?」

 

因みにチーム分けは一夏、ラウラ、鈴、セシリアチーム。翔介、箒、シャルロット、簪チームと相成った。

 

「うぅん、ちょっと別の話。皆、夏休みに時間ある?」

 

「夏休み?」

 

特殊な学園ではあるが当然ながらIS学園にも夏休みは存在する。

夏休みの間に故郷へ帰ったり、寮で生活したりと過ごし方は様々だ。翔介も夏休みの機会に一度故郷に戻ることにしている。

 

「もし時間があるなら皆で僕の故郷に来ない?」

 

「翔介の?」

 

「うん、海…ではないけど湖とか川もあるし今日泳げなかった分どうかなって…」

 

実はこの申し出、かなり勇気を出している。

元々この学園に来るまで友人などいなかった翔介にとって友人を誘うという体験自体初めての事であった。

 

彼の故郷は随分と遠いため、内心ドキドキしながら誘ってみたのだが。

 

「いいじゃないか! なら皆で予定合わせて行こうぜ!」

 

「だがこんなに大勢で大丈夫なのか?」

 

「人数は大丈夫。なんとかなると思う」

 

それならば、と全員が賛同してくれた。

それにホッとする翔介。後は日頃からお世話になっている楯無や虚も誘ってみようか。

 

 

今年の夏休みは賑やかになりそうだ。

 

翔介の心はウキウキと弾んでいた。




本日はここまで。

これで夏休みのお泊りイベントが発生致しました。

私の夏休みですが、今年もなんとかウルフェスに行くことができました。年を経るごとに中身もパワーアップして大変見応えがありました。

次回、天災登場。

そして箒の専用機も。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

52話

臨海学校二日目。

今日から臨海学校の名に相応しくISの実技授業となる。

とはいえアリーナでの授業と違って海の近くでの実習はそれだけでも気分が違うものだろう。

 

それは翔介たちも変わらない。

 

「ようやく全員集まったな、おい遅刻者」

 

「は、はい」

 

授業に関しては専用機持ちと一般の生徒たちとで分けて授業を行うことになった。

先日自身で専用機を完成させた簪、専用貸し出しである翔介もこちらに加わることになっている。

そして早速授業が始まるというのだが意外なことに遅刻してきたのはラウラであった。

まあ、遅刻と言っても五分程度なのだが相手が千冬では甘い裁定はしてくれない。

 

「そうだな、コア・ネットワークについて説明してみろ」

 

「はい、では…」

 

突然の千冬からの質問にもラウラは正確に答えていく。

流石はドイツ特殊部隊隊長。

 

「流石に優秀だな。遅刻の件はこれくらいで許してやる」

 

感心したように千冬がそう告げるとラウラはほっと胸をなでおろす。

 

「では早速だがお前たち専用機持ちはそれぞれの特殊装備および専用パーツの稼働訓練となる。早く準備しろ」

 

『はい』

 

一同はそれぞれ自分たちの準備を始めていく。

翔介も用意された自分の打鉄の点検をする。ここに来る前にも虚にしっかり点検してもらったので間違いないだろう。

 

「あの…織斑先生、私はどうしてここに…?」

 

そういうのは箒。

確かにこの中では専用機も持たず、翔介のように専用貸し出しでもない彼女がここのグループにいることが不思議であった。

 

すると千冬は頭の痛そうな表情を浮かべながら、まるで愚痴るように告げる。

 

「あー。篠ノ之。お前には今日から専用…」

 

 

 

「ちーちゃ~~~~~ん~~~‼」

 

 

 

ドドドドと誰かが砂煙を上げて近づいてくる。

更に顔をしかめる千冬。

 

「会いたかったよ~~! さあさあ、再開のハグ~~~ぶへっ」

 

飛び掛かってくる女性を千冬が片手でその頭部を鷲掴みにする。

所謂、アイアンクローである。

 

「束…抱き着くな、暑苦しい」

 

「ぐぬぬ…流石はちーちゃん。容赦のないアイアンクローだね」

 

恐らく全力であろう千冬のアイアンクローを受けてもなおへらへらしている束も束であるが。

 

「それで頼んでおいたものは…?」

 

「うっふっふ、それはもう準備万端。それでは空を見よ! 星を見よ!」

 

流石にこんな昼間に星は見えないが、全員が空を見上げる。

なにやら米粒くらいのものがだんだんと地上に近づいてくる。

 

 

ズズン!

 

 

やがて地響きを上げて地面へと墜落、いや着地してきた。

それは銀色のコンテナ。

 

「さあ、オープーンー!」

 

束がカタカタとコンソールをいじると銀色のコンテナがガパリと開く。

そこに現れたのは…。

 

 

「紅いIS…?」

 

 

「そう、これこそ箒ちゃんの専用機! その名も『紅椿』! 全スペックが全てのISを凌駕する束さんお手製のISだよ」

 

それはとんでもない贈り物であった。

その場にいる全員が驚く中、一人だけ別のことに驚いている人物がいた。

 

「あの人が篠ノ之束博士?」

 

前日旅館で突然自分を凡人扱いしてきた女性。

それがISの生みの親であり、箒の実の姉である篠ノ之束その人であった。

しかし、尚更何故あんなにも嫌悪されるのかよくわからない。初対面であることには変わらないはずなのだが。

 

それに。

 

 

『何も知らないままでいいと思うなよ』

 

 

あの言葉はどういう意味なのだろうか。

一体自分は何を知らないというのか。

 

「翔介、大丈夫?」

 

一人で思考の海に落ちていると隣に立つ簪が心配そうに声をかけてくる。

どうやら少しボーっとしすぎていたようだ。

 

目の前では箒が紅椿のフィッティング作業中だった。と言っても事前にある程度データを組み込んでいるためそんなに時間はかからないようだ。

それにしても束に対する箒の態度はだいぶしょっぱいものだ。

彼女からすれば姉の束は一家離散の原因ともなってしまった人物。束がISを開発したことで彼女の生活がガラリと変わってしまったのだから心中複雑なのは仕方ないのだろう。

 

「ほい、フィッティング完了。それじゃあ早速動かしてみようかぁ! そうだなぁ…」

 

作業を終えた束が一同をじろじろと見渡す。

 

「おい、凡人。お前、箒ちゃんと戦え」

 

『え?』

 

突然の申し出に全員の目が点になる。

千冬がこめかみに指を抑える。

 

「いきなり何を言い出す。そんなこと許可するわけないだろう」

 

「えー、でもこういうのって実戦で覚えるモノじゃない? ほら、ちーちゃんもむしろ実戦で覚えろってタイプでしょ?」

 

「む…」

 

確かに千冬は実戦を通して習得することを第一とする実戦派だ。勿論、理論あってこそとけして座学をお座なりにするわけではないが。

千冬は翔介を見やる。暗に「やれるか?」と聞いているようだ。

 

「わ、わかりました。やります」

 

断れる空気でもなく翔介はそれを承諾した。

それに束は満足そうに笑うと箒へ紅椿の装備の説明を始める。

 

「翔介、大丈夫なのか?」

 

「うん、断れる感じでもないし…」

 

心配そうに見つめる友人たちに翔介は笑いかける。

翔介は自分の打鉄の準備に取り掛かるのだった。

 

いつも実戦は突然の事ばかりだが、多少は慣れたものだった。

 

 

-----------------------------------------

 

ISを身に纏った二人が海の上で対峙する。

箒の身に纏う深紅のISはとても美しい。

 

「姉さんが突然すまないな、道野」

 

「あはは…篠ノ之さんも大変だね」

 

振り回されているのは翔介だけでもないだろう。

そもそもあの自由人を制御するなんてそもそもできることでもない。

 

「それより新しいISはどう?」

 

「まだ何とも言えないが…うん、まるで自分の手足のような感覚だ」

 

そう感じるのは専用機だからだろうか。一応、翔介の打鉄も彼のデータを基に合わせてはいるものの訓練機であるため専用機と比べるとその差は大きい。

 

そう、訓練機と専用機は差が大きい。

もし紅椿の性能を確かめたいのなら訓練機である打鉄の翔介より、専用機持ちの代表候補生の方が良いと思うのだが。

何故翔介なのだろうか。

 

『二人とも準備は良いか?』

 

浜辺の方から千冬が通信を入れてくる。

 

「行けます」

 

「大丈夫です」

 

『それでは始めろ!』

 

千冬の合図と同時に箒が動き出す。

 

「はああああっ!」

 

箒は二振りの刀を展開し、斬りかかってくる。

これは紅椿の主力装備『雨月』と『空裂』だ。

それに対して翔介は片手に近接ブレード『葵』を呼び出して受け止める。

 

受け止めた先ですぐさま箒がもう一刀で振り払ってくる。

元より刀の腕が立つ箒。

刀が二振りであることで手数で勝負してくる。

それを受け止めるだけで翔介は精一杯だ。

 

「ええい!」

 

翔介は刀を振り、箒から距離を取る。

近接攻撃がメインである紅椿なら距離を取って銃撃すれば勝ち目があると考えたようだ。

近接ブレードをしまい、アサルトライフル『焔備』を呼び出し照準を合わせる。

 

「距離をとっても!」

 

しかし箒は臆することなく刀を握る。

すると空裂の刃にエネルギーが覆い、エネルギーの刃となり放出する。

 

「うわわっ!?」

 

予想外の攻撃に直撃こそ免れたがアサルトライフルを取り落としてしまう。

近接装備かと思えばまさか遠距離まで対応しているとは。

というより今の攻撃は一夏の雪片弐型にも同じ機能があったはずだ。

 

今度は箒が雨月で刺突を繰り出してくる。

その刺突と同時に今度はレーザーが襲い掛かってくる。

避けきれないと判断し可変型大型シールド『重ね畳』を展開する。

レーザーが楯に直撃するも、流石は科特研の盾。レーザーを受け止めてくれる。

 

だが予想以上にあの紅椿は多芸なISのようだ。

ならこちらも出し惜しみをしている暇はない。

 

翔介は星の翼を起動させ箒を迂回するようにぐるりと回っていく。

箒もそれに追従してくる。

 

勝負をかけるならここだ!

 

翔介は楯をしまい、ディスプレイから新たな装備を選択する。

すると打鉄の右手に巨大な腕が展開していく。

真っ黒な腕に翔介の頭以上に大きな拳・『鋼頭』だ。

 

「それがお前の新しい武器か!」

 

「行くよ!」

 

接近してきた箒が二振りの刀を振り下ろす。

翔介はそれを鋼頭で受け止める。

鋼の名は伊達ではない。火花が散る中、ディスプレイから井部曰く必殺技モードを起動させる。

すると鋼頭からブウンと起動音が鳴り、だんだんと熱エネルギーが充填されていく。

 

「決めの一手か! ならば!」

 

今度は箒が距離を取り、二振りの刀からレーザーとエネルギー刃を放つ。

今度は盾を呼び出す暇がない。

 

「このまま勝負だ!」

 

迫り来るレーザーに翔介は右の拳を突き出す。

 

「わああああっ!」

 

拳とレーザーがぶつかり合う。

激しい閃光と共に遂に翔介の拳がレーザーを打ち消した。

だが充填されたエネルギーもそれで底を尽きる。

 

「篠ノ之さんは⁉︎」

 

激しい閃光の中見失った相手を探す。

 

 

 

チャキリ

 

 

 

気付いた時には既に遅し。

 

「勝負あり、だな」

 

翔介の背後には刀を突き付ける箒がいた。

 

「ま、参りました…」

 

どうやら彼がレーザーと拮抗している間に背後に回ったようだ。この距離ではどうも対処できそうにない。

翔介は素直に負けを認めるのだった。

 

---------------------------------------

 

「ふぅ…これで満足か?」

 

一試合終えた二人が浜辺へと降りてくる。

そんな二人に駆け寄る専用機持ちたちを見ながら千冬が隣の束に問い掛ける。

束はニコニコと笑みを浮かべながら黙っている。

 

「…満足してはいないみたいだな」

 

「え~? そんなことないよぉ? 紅椿の完成度も確認できたし満足だよぉ?」

 

「……道野か」

 

「ん~?」

 

キッと視線を鋭くする千冬に惚ける束だがその返事が答えでもある。

そもそも模擬戦の相手に翔介を指名したのにも目的があってのことだろう。

もし紅椿の性能差を見せつけたいのなら専用機持ちの誰かを指名するはずだ。

 

「お前のもう一つの目的は道野の力なんじゃないのか?」

 

「あはは、ちーちゃんは面白いこと言うねぇ。もしそうだとしたら束さんの目的は果たせなかったことになるねぇ」

 

「アレは道野自身も知らないものだ。そんなものを他人がとやかく言うべきではないだろう」

 

千冬がそう言うと束の表情がスッと消える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「自分の力の大きさに気付いていない人間ほど危険な存在はないじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

「束…お前は…」

 

千冬が言葉を紡ごうとしたその時。

 

 

「織斑先生! 大変です!」

 

一般生徒たちを指導していたはずの真耶が息を切らせて走ってくる。

 

「山田先生、何かありましたか?」

 

「今、本校の方から連絡があって…!」

 

真耶が千冬に耳打ちをする。

余程の事態だったの千冬の表情が険しくなる。

 

「実習は中止。一般の生徒は自室で待機指示を」

 

「はい!」

 

真耶は指示を受けるとすぐさまトンボ返りしていく。

 

「何かトラブルかなぁ~?」

 

そう言って笑う束。

千冬はそんな彼女を一瞥すると専用機持ちたちの下へと向かっていく。

 

そんな千冬を束はじっと見ていた。




本日はここまで。

気付けば投稿を始めてから既に半年が過ぎていました。
これからもどうぞよろしくお願いします。

起承転結における省の部分。
物語においても重要なシナリオになっていきます。

急転直下のトラブル発生。

主人公たちは一体どうなるのか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

53話

なんだか空気が張り詰めている気がする。

というのも翔介たちはISスーツを着たまま教官室に集合させられていた。

先程突然実習の中止を告げられここに集められたのだが、その時の千冬の表情からも何か只事ではない事態が起こったことが予想できた。

他の生徒たちは自分たちの部屋で待機となっていたが何故翔介たちだけが集められたのだろうか。

 

「揃っているな」

 

ガラリと襖を開けて千冬が入ってくる。その後ろには真耶が着いてきている。

その表情はやはり固い。

 

「織斑先生、一体何があったのですか?」

 

この場にいる全員を代表してセシリアが問いかける。

千冬はしばし瞑目すると重々しく口を開く。

 

「今から二時間前。ハワイ沖で稼働試験を行っていた米国・イスラエル共同開発の軍事用IS『銀の福音』が暴走を始めた。銀の福音は現地の警戒網を突破し逃走。現在日本へと向かって来ている。そこで我々に銀色の福音の停止命令が下された」

 

ざわっと室内がざわめく。

 

「どうして僕たちが!?」

 

「衛星による追跡で福音はここから二キロ先の空域を通過することが分かった。時間にして五十分後。学園上層部の通達により我々が対応することになったからだ」

 

「だ、だからどうして…」

 

翔介の動揺も当然のことだった。

これまでも何度か突然の戦闘はあったが今回は今までとは明らかに毛色が違う。

 

「困惑するのも無理はない。だがこれは既に決定事項だ」

 

千冬は非常にもそう切り捨てる。

しかし、その表情を見る限り彼女自身もけして納得はしていないのだろう。

それでも上からの命令を無視するわけにもいかないという事か。

翔介も彼女の心情を思えばこれ以上苦言を呈するのは気が引けた。

 

「教員は訓練機を使用して海域及び空域を封鎖する。よって本作戦の要は専用機持ちとなる」

 

全員の表情がギッと固まる。

 

「これより作戦会議に入る。意見があるものはいるか」

 

「よろしいでしょうか、織斑先生」

 

早速手を挙げたのはセシリアだった。

 

「目標の詳細なスペックを教えてください」

 

確かにこれから戦うのであれば相手の情報があるに越したことはない。

今回は模擬戦ではない。本当の軍用ISと戦うのだから尚更だ。

 

「わかった。ただしこれらは二か国の最重要軍事機密だ。口外すれば諸君らには査問委員会による裁判と最低二年の監視が付けられる」

 

「了解しました」

 

千冬は真耶に指示をすると真耶はパソコンを操作し、銀の福音のデータを映し出す。

 

「広域殲滅を目的とした特殊射撃型ですか…」

 

「セシリアのブルーティアーズと同じタイプのISだね」

 

「攻撃、機動の両方に特化した機体ね。しかもスペック上ではあたしの甲龍以上」

 

「この特殊武装も厄介だよ。先日送られてきたリヴァイヴの防御パッケージでもどれだけ防げるか…」

 

「そもそもこのデータでは格闘性能が未知数だ。持っているスキルも分からないのでは立てられる作戦も限られてくる」

 

セシリア、簪、鈴、シャルロット、ラウラの五人はデータを観ながらそれぞれに意見を交わしていく。

一夏と翔介は未だ状況についていけずただ聞いているだけになってしまう。

 

「日本政府では偵察も試みたようだが超音速飛行により失敗。それによりアプローチも一回限りだろう」

 

「一回限りとなると…一撃必殺の攻撃力を持った機体で当たるしかありませんね」

 

真耶がそう言うと翔介以外の全員の視線が一夏に注がれる。

 

「ま、待ってくれ! まさか俺が行くのか!?」

 

「この中で言えば白式の零落白夜が一番適任なのよ」

 

鈴の言うように白式の単一仕様である零落白夜にはシールドエネルギーに直接ダメージを与えられるという特性を持っている。それであれば例え相手が強固な防御性能を持っていようとも確実にダメージを与えられる。

従ってこの作戦において一番最適な人選と言えるだろう。

 

ただ。

 

「どうやって一夏を運ぶか、だね」

 

零落白夜の弱点。使用の際に自らのシールドエネルギーを消費してしまうこと。

この作戦を成功させるためにはエネルギーの全てを攻撃に費やす必要がある。その為、できうる限りエネルギーの消費を抑えなければいけない。

 

「移動に関しても目標に追いつける速度を出せる機体でなければいけないな」

 

交わされる意見の中、千冬は一夏に視線を向ける。

 

「織斑、これは訓練ではない。覚悟がないのであれば、無理強いはしない」

 

突き放すような言い方にも聞こえるが、そこには姉としての想いが入り混じっているように聞こえた。

一夏もそれを感じ取ったのか、困惑した表情からその瞳に強い意志を宿す。

 

「やります、俺がやります」

 

「よし、では作戦の具体的な内容に入る。この中で最高速度を出せる専用機持ちは誰だ?」

 

千冬がそう問いかけるとセシリアが挙手する。

 

「それならわたくしが。本国から強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』が送られてきました。超高感度ハイパーセンサーも搭載されています」

 

パッケージとはいわば、換装パーツの事だ。

単純な武器の追加だけでなく、アーマーやスラスターなど装備一式のことを指しその機体の特性をさらに高めるものが多い。

 

「ふむ…確かに適任か」

 

「あの織斑先生」

 

すると簪もスッと手を上げる。

 

「どうした、更識」

 

「最高速度という事であれば翔介の打鉄も」

 

「え、僕の?」

 

驚く翔介。しかし、それもおかしい話ではない。

彼の打鉄の背に取り付けられた『星の翼』は元は大気圏離脱、宇宙空間での高速飛行のために作られたジェットエンジンだ。IS用に作り直したとはいえ、その性能はけして劣ることはない。

その気になればこの中のどの機体より早く飛ぶことが可能だ。

 

「いや、今回道野には教員と同じ空域及び海域の封鎖に入ってもらう。福音相手に打鉄では装備が良くても分が悪い」

 

それに、と千冬は心の中で一人続ける。

確かに星の翼の最高速度はこの中の誰よりも早く飛ぶことが可能だ。しかし、それは最大稼働させた場合だ。

千冬は楯無の報告から未だ星の翼を十全に使えていないという報告を受けていた。そんな彼を無理矢理戦場に放り投げるわけにはいかない。

入学して最初の試合の時のように土壇場で使いこなすなんて奇跡は何度も起こせるものではない。

 

「ではここはやはりオルコットさんのブルーティアーズを…」

 

決定ですね、と真耶が言いかけたその時。

 

 

 

「はいは~~い、その作戦に異議あり~~~!」

 

 

 

どこからか声が響いてきたかと思えば、畳がガパリと開き中から不思議の国のアリスもかくやという青いエプロンドレスの女性・篠ノ之束が飛び出してきた。

 

「…山田先生、関係者以外は退去させるように」

 

「は、はい!」

 

真耶が束を退去させようとするもスルリスルリと躱していく。

 

「ちーちゃん、ちーちゃん! ここは断然‼ 紅椿の出番なんだよ‼」

 

束はそう言うとどこから取り出したのか数枚のディスプレイを起動させ、部屋中に画像を映し出す。

 

「この展開装甲をちょちょいと調整すれば…ほい! これでスピードはばっちり!」

 

そこに映し出された数値を見て千冬がムウ…と唸る。

確かに表示された数値であれば今回の作戦には十分に対応することができるものだった。

 

「展開装甲…?」

 

博学な簪ですら聞いたことのない単語のようだ。

 

「では束さんが特別にレクチャーしてあげよう! 展開装甲は第四世代ISの装備だよ!」

 

束がそう告げた途端、部屋中の空気がどよめく。

 

『第四世代IS』

彼女は確かにそう言った。この言葉の意味はIS座学テスト平均点ギリギリな翔介でも理解できた。

 

第一世代はいわば『ISの完成』を目的にしたもの。

第二世代は『後付け装備による多様化』を目的にした機体。翔介の駆る打鉄とシャルロットのリヴァイブがこれに当たる。

そして第三世代が『操縦者のイメージ・インターフェイスを利用した特殊兵器の実装』を目的にした機体。セシリア、鈴、ラウラ、簪、一夏たちなど現行の代表候補生たちの機体はこれに含まれる。

 

現段階で第三世代は各国で開発を競い合っている最中である。

それも膨大な時間、資金、人材を投入して、である。

それをたった一人にあっさり追い越されてしまったのだ。もしこれが世界中に知られればどんなことになるのか。

 

「第四世代は『パッケージ換装を必要としない万能機』を目的にしたものだよ。現在では机上の空論、夢のまた夢。でも束さんならこの通りだよ!」

 

周りの気持ちなどどこ吹く風。

以前彼女は天災であると言っていたがまさにその通りである。

 

「…束、言ったはずだぞ。やり過ぎるなと」

 

千冬が厳しい表情でそう告げるが、それに対しても束はあははと笑うだけだった。

 

「…話を戻すぞ。束、紅椿の調整にどれくらいかかる?」

 

「織斑先生⁉︎」

 

声をあげたのはセシリアだ。

今の千冬の台詞から作戦メンバーが箒に変わったのを理解したのだろう。

 

「わたくしとブルーティアーズならきっと成功させてみせますわ!」

 

「パッケージのインストール」

 

千冬がセシリアを見やる。

暗に準備にどれくらいかかると聞いているのだろう。

セシリアが言い淀む。

 

「ちなみに紅椿の調整なら七分で終わるよー」

 

「決まりだ。作戦開始は今から三十分後。織斑、篠ノ之両名による銀の福音の追跡及び撃墜作戦を始める。作戦に参加しないメンバーは教員と共に作戦空域の封鎖を行う」

 

『はい!』

 

部屋にいた全員が答えるとそれぞれ自身の準備を始めた。

そんな中、翔介は箒に声をかけようと近づいた。

箒は束によって調整されている紅椿の近くにいた。

 

「篠ノ之さん」

 

「道野か、どうした?」

 

「いや、大丈夫かなと思って。いきなり作戦メンバーに決まったみたいだから」

 

確かに紅椿は優秀な機体だが、肝心の箒は今日初めて動かしたばかりだ。それなのにこんな大役を任されたのだ。もし自分であったらと思うと心配になるのも無理はない。

 

「心配ない。この紅椿があれば例え軍事用ISだろうと負けはしない」

 

「う、うん…」

 

自信ありげにそう答える箒。

普段であれば頼もしいはずの言葉なのだが、何故か一抹の不安を覚える。

 

「はい、調整終わったよー!」

 

「それじゃあ作戦が終わった後にまた会おう」

 

「うん…」

 

紅椿の下に向かうその背中を翔介は心配そうに見送るのだった。

 

---------------------------------------

 

作戦開始まで残り数分。

翔介は指定されたエリアで待機していた。

一夏と箒以外の専用機持ち、教員たちも各空域及び海域封鎖のためにばらけている。

翔介はその中でも銀の福音とのアプローチ箇所に比較的近い空域を割り当てられた。

 

『各員状況報告』

 

千冬からの通信が入る。

 

「道野翔介です、こちらは異常ありません」

 

『今織斑と篠ノ之の両名が出撃した。目標との接触まで一分だ。各員気を抜くなよ』

 

どうやら一夏と箒は出撃したようだ。

自分たちの役目は銀の福音が逃げ出さないようにすることもそうだが、作戦領域に一般人が入り込まないように見張る役目もある。

一般人が入り込めば作戦遂行に支障が起きる可能性があるからとのことだ。

 

「無事に戻ってきてくれるといいんだけど…」

 

『織斑君と篠ノ之さん、銀の福音と交戦開始しました!』

 

始まったようだ。

後は二人の無事を祈るしかない。

二人な絶対に無事に帰ってくるとは思うが…。

 

「篠ノ之さん…大丈夫かな…」

 

出発前の箒の様子。

あれは突如手にした力に舞い上がっているように見えた。

かつて故郷の知人が言っていたが『自らの力に自信を持つのはいいが、それに自惚れるては痛いしっぺ返しを受ける』と。

 

先程の箒の態度がその自惚れなければいいのだが。

 

交戦開始から五分が経過した。

まだ戦況の報告は来ていない。こちら側に銀の福音が逃げ込んだ様子もない。

このまま何事もなく終わればいいとそう願う翔介。

 

 

 

 

 

『き、緊急事態です! お、織斑君が負傷! バイタルサイン低下!」

 

 

 

翔介の願いは儚くも崩れた。

そして想像するだに一番最悪の状況だ。

 

「織斑君が!? 織斑先生!」

 

『狼狽えるな! 専用機持ちの生徒は持ち場を離れるな! 教員はすぐに現場に…』

 

「僕が行きます!」

 

『待て! 道野‼』

 

翔介は千冬の制止の声も無視して星の翼を起動。

一夏たちが銀の福音と戦っている区域へと向かった。

 

「二人とも…無事でいて!」

 

 




本日はここまで。

事態は急展開を迎える。

一夏と箒は無事なのか。
翔介は間に合うのか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

54話

「くっ…!」

 

箒は降り注ぐ弾丸を片手の刀で打ち払いながら距離を取っていく。

もう片手に負傷した一夏を抱えながら。

 

あれは一瞬の出来事だった。

 

銀の福音と接敵し、一夏と二人で戦っていたところに立ち入り禁止を無視して侵入してきた密漁船を見捨てようとした箒。

しかし、それを一夏は身を挺して守り負傷。重傷を負ってしまった。

 

離脱しようにも銀の福音の執拗な攻撃でその隙が無い。

一夏を抱えたままでは反撃もままならず、その一夏をいつまでもこのままにはしておけない。急がなければ一夏の命が危ない。

 

銀の福音から多量のエネルギー弾が放たれる。

 

「まずい…!」

 

これは避けることができない。

箒は負傷した一夏を庇うように抱きかかえる。

 

「危ない!」

 

そこに影が割って入る。

 

「道野‼」

 

「篠ノ之さん、織斑君は!?」

 

翔介は重ね畳を構え、エネルギー弾を防いでいた。

 

「駄目だ! 意識がない!」

 

「そんな…!」

 

やはり状況は最悪のようだ。

一体どうするべきなのか。

 

このまま箒と一緒に一夏を連れて逃げるべきか。

しかし、もし銀の福音が旅館まで追ってきた場合何も知らない生徒たちに被害が及ぶ可能性がある。

ならば箒と共に銀の福音と戦うか。

これも駄目だ。二人で力を合わせたとして確実に勝てる保証はない。第一に一夏を庇いながら戦うことはできない。

そうなれば今こちらに向かっている教員が来るまでひたすら耐え続けるか。

いや、それでは一夏が手遅れになる可能性がある。

 

そうなれば取れる手段は一つしかない。

 

「篠ノ之さん。僕があのISの気を引くからその間に織斑くんを連れて逃げて」

 

自らが殿を務めて二人を逃がすしかない。

 

「何だと⁉︎」

 

「今は織斑くんを治療することが先決なはず。だったら僕が残って抑えるしかない」

 

この作戦は一夏が倒れた時点で失敗したも同然である。だが一夏が無事であればまだチャンスが来るかもしれない。

 

「馬鹿な! 残るなら私が残る! この不始末は私の責任だ!」

 

「篠ノ之さんのISもだいぶ消耗してる。その状態じゃ長くは戦えないはずでしょ?」

 

彼の言う通りだ。

一夏ほどではないとはいえ、紅椿もダメージが蓄積している。この中では性能的に見れば最も殿に向いているかも知れないが、今の箒の精神状態では返り討ちに遭う可能性も否めない。

それならば少しでも万全の状態である翔介が残るしかない。

なにより一夏が倒れたことでやけっぱちになってしまう可能性も無きにしも非ずだ。

 

「だが…!」

 

尚も食い下がろうとする箒。

 

 

 

「大切な人なら迷っちゃいけない!」

 

 

 

織斑一夏は作戦の要。

そしてそれ以上に大勢の人にとって大切な存在だ。

箒にとってもそうである。

 

「大丈夫、ある程度気を引いたら僕も逃げるよ。それに他の先生たちも向かって来てるからその間頑張るだけ」

 

翔介は箒を安心させるように笑みを浮かべる。

 

「くっ……頼む!」

 

箒は紅椿を翻して、一夏と共にその空域を離脱し始める。

銀の福音はそれを逃さぬと言わんばかりに砲口を二人に定める。

 

そこに割って入るように銃弾が飛んでくる。

福音はそれを軽やかに回避すると銃撃者の方へと振り向く。

 

「君の相手は僕だ!」

 

そこにはアサルトライフル『焔備』を構える翔介がいた。

翔介はアサルトライフルをしまうと、今度は刀を手に斬りかかる。一直線な斬撃は福音に届くことなく躱される。

 

速い。その速度は今まで出会ってきた中で一番のスピードだ。

事前に福音のデータを見ていたが実際にその眼で見るのとは全く違う。

福音は高速で飛行しながらエネルギー弾を放ってくる。

 

翔介も星の翼を起動させ、箒たちとは真逆の方向へ飛ぶ。

果たして福音は目標を箒たちから翔介に変え、追いかけてくる。

 

「よし…! このまま…!」

 

取りあえず第一段階は無事成功だ。

どうやら福音は自信に危害を与える相手を優先して攻撃してくるようだ。

福音は翔介を追い越して、目の前に立ちはだかる。

 

「ここまで来ればもう大丈夫…」

 

二人との距離はだいぶ離した。これなら二人に危害は及ばないだろう。

その代わり救援に動いている教師たちからも離れてしまっている。援軍が来るまでは一人で頑張るしかない。

翔介は刀を構える。

 

それを敵対行動と判断した福音は砲口を展開し、弾幕を張ってくる。

すぐさま上方に躱し、星の翼を起動させ疑似瞬間加速で一気に近づく。

 

「たああっ!」

 

刀を二度、三度振るう。

それを福音は寸分だけその身を逸らすことで躱していく。

そのまま福音は後方に飛び退くとまたもやエネルギー弾を放つ。

 

「うっ…あっ!」

 

翔介もまた後ろに飛び退るがエネルギー弾に刀が弾き飛ばされてしまう。

刀はそのまま海へ落ちていく。

これで翔介の攻撃手段の一つが消えてしまった。

救援が来るまであとどれくらいか…。

 

翔介は重ね畳を展開する。

攻撃よりも防御重視で耐える策に出たようだ。

 

福音はエネルギー弾を放ちながら接近してくる。

それを翔介は盾で防ぐ。しかし、福音の攻撃はそれで終わらない。

防御を固める翔介の盾をその足で蹴り上げてくる。

 

「うわっ!? このぉ‼」

 

翔介は盾を横に薙ぎ払う。やはりそれも躱されてしまう。

こちらの攻撃はどれも躱されてしまう。

防御を固めてもそれがどこまで時間稼ぎになるか。

 

それなら…。

 

翔介は盾を量子データに戻し、蹴り上げてきた福音の足を土台にしてさらに上空へ飛び上がる。

飛び上がると星の翼の出力を上げて飛び出す。

攻撃も防御も駄目ならひたすらに逃げる。

 

福音も当然ながら追いかけてくる。

福音と打鉄が空中でぶつかり合うたびに火花が散る。

その度に打鉄に傷が増えていく。

両肩に装備された盾もビシリビシリとひびが入っていく。

 

打鉄の盾は『破壊される前に再生する』という特性を持つ。

しかし、今の打鉄には再生する前にさらにダメージを受け傷を広げている。

 

「うぅ…このままじゃ…!」

 

堕ちるのも時間の問題だ。

 

「何か手は…」

 

この状況を打開する手段。

刀は落としてしまった。

盾で防いでも福音の攻撃力を防ぎきれるかは怪しい。現に打鉄に備わっていた盾は既に半壊状態だ。

残っている装備でどこまでできるか。

それもただ我武者羅にぶつけるだけじゃ駄目だ。

 

翔介は迫る福音の猛攻を受けながら必死に頭を捻る。

 

 

 

一つ。

賭けではあるが一つだけ方法がある。

 

 

その為には。

 

 

「星の翼の最大スピード…」

 

今まで試したことのない領域に挑戦する必要がある。

ぶっつけ本番で行けるのか。

 

 

「やる前から失敗することを考えて、その先には行けない…」

 

翔介はキッと覚悟を決める。

どの道このままでは墜とされるのも時間の問題。

それならば賭けだとしても挑戦するしかない。

 

翔介はディスプレイから星の翼を操作する。

出力を最大に。今まで掛けていたセーフティも解除する。

するとディスプレイには今までにない数値に上がり始める。

 

星の翼の形状が変わる。

そして次の瞬間ドンッと体中に衝撃が走る。

ISは基本的に操縦者を危険から守るようにできているが、それを以ってしても大きな衝撃がその身に降りかかる。

 

「うぅ…!」

 

その衝撃に思わず目を閉じてしまう。

やはり怖い。

だがそんな時にある日の言葉が蘇る。

 

『そのスピードの先に夢がある』

 

このスピードは夢へと続くスピード。

必要なのは技術だけじゃない、ほんの少しの勇気。

翔介は恐る恐る目を開く。

 

「おぉ…」

 

空が、海が、雲が、流れていく。

車や電車の窓から見た光景とは全く違う。視線を止めたかと思えばすぐに通り過ぎていく。

これが宇宙へ飛び立つスピード。

翔介の後ろから福音が追いかけてくる。しかし、今度は追いつかれることも拮抗することもない。確実に翔介のスピードが福音を圧倒している。

 

「これが…星の翼…!」

 

翔介は前へ前へとさらに加速する。

その姿はまるで銀色の流星のようだ。

 

十分に福音との距離を開けるとぐるっと旋回し福音に迫る。

福音は砲口を構えるも翔介はその横を通り過ぎていく。また方向転換をして横切るを何度も繰り返していく。

福音は近づく度に砲口を構えるが彼を捉えることができない。

 

初めて翔介が福音を圧倒した瞬間だった。

 

福音を翻弄しながら翔介は鋼頭を呼び出し、必殺技モードを起動させる。

急速に熱エネルギーが右腕にチャージされていく。

やがてディスプレイにフルチャージと表示される。だが翔介はさらにエネルギーチャージを操作する。

過剰チャージの影響か。

鋼頭の表面がまるでマグマのように赤く、黒くその大きな腕がさらに巨大化していく。

井部から忠告されたエネルギーの過剰チャージによる熱暴走。

機体への反動が大きいが、その分だけ破壊力が上がるそれを利用したのだ。

 

「たああああああああっ!!」

 

翔介は急接近し、右の拳を福音へ振り下ろす。

福音は減速した隙を見逃さず、その拳を回避しようと背部のスラスターを動かす。

 

ガクン

 

だが福音の態勢がぐらりと崩れる。

表情は見えないが驚愕の様子を見せる福音。

 

見れば福音の足やスラスターのウィング部にワイヤーが巻き付いている。

先程まで福音の周囲を飛び回っていたのは撹乱すると同時にワイヤーで動きを制限させるためだった。

まさに機械的な回避性能を見せる福音だが、その動きを妨害されてしまえばそれも上手く活かされない。

 

 

勝機が見えた!

 

翔介はマグマのように燃え滾る右腕を福音へと叩き込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

叩き込んだはずだった。

 

 

 

 

 

 

「え……」

 

拳が空を切る。

いや、福音の頭部を少し掠めてはいる。

あのタイミングであれば間違いなく当たるはずだった。

だが、躱された。本当に拳が当たる直前にワイヤーが断ち切られた。

 

ビーッとディスプレイから警告音が響く。

過剰チャージされた鋼頭からの反動が打鉄に襲い掛かる。関節部から黒煙が噴き出し、鋼頭もビシッとひびが入る。

そこへさらに警告音が鳴り響く。

 

後ろを振り向く。

 

スラスターと融合した三十六の砲口の全てが翔介に向けられている。

 

 

世界がスローモーションのように流れる。

 

 

三十六の砲口から光の弾丸が一斉に飛び出してくる。

 

 

「あ…」

 

 

ズウウウウン!

空中で大爆発が起こる。

 

爆炎の中、ボロボロになった打鉄と翔介が海へと墜落していく。

 

 

 

「あぁ…織斑君と篠ノ之さん…無事に戻れたかな……」

 

 

薄れゆく意識の中、翔介は二人の友人の身を案じながら海へと落下していった。

 

 

 

----------------------------------------

 

 

数分後。

一夏を連れて、箒が帰還した。

 

それと同時に戦況をモニタリングしていたパソコンから翔介の反応がロストした。

 




本日はここまで。

たった一人で福音に立ち向かった主人公。

しかし奮闘空しく、海中へ姿を消した。

一夏と主人公を欠いた学園の選択は…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

55話

花月荘の臨時作戦指令室となった教官室。

室内の空気は冷え込んでいた。

 

真耶が頻りに壁の向こうへ視線を向ける。

その先には銀の福音との戦闘で負傷した一夏が眠っている部屋がある。

外傷の治療は済んでいるが、今だ意識が戻っていない。

 

「……山田先生、道野の反応は?」

 

「道野君の反応が消えた海域から数キロ範囲で索敵をかけてますが…」

 

「戻りました…」

 

襖をあけてセシリたちが入ってくる。

彼女たちにも翔介の捜索を指示したのだが…。

 

「…どうだった?」

 

彼女たちは一様にして首を横に振る。

 

「翔介さん、一体どこに…」

 

「無事でいてくれるといいのだが…」

 

「でもあいつ、泳げないんでしょ? 海に落ちたとなれば…」

 

それに泳げる泳げない以前に海のど真ん中ではどれだけ泳ぎが達者だとしても助かる見込みは少ない。

運よく海流に乗り、どこか陸地に流れ着いてくれればいいのだが。

 

状況はどこまでも最悪だ。

 

銀の福音への鍵である織斑一夏は意識不明。

それを救出に入った道野翔介も消息を絶っている。

銀の福音も翔介を撃破した後にどこかへと姿を晦ましてしまった。

 

「箒はどうした…?」

 

「篠ノ之さんは織斑君のところに」

 

箒は帰還してからずっと一夏の傍に着きっきりで看病している。

 

「はぁ…」

 

すると鈴がため息交じりに踵を返す。

 

「鈴さん、どちらへ?」

 

「悲劇のヒロインのところにね」

 

そう言うと鈴は教官室を出ていく。

 

「大丈夫でしょうか?」

 

心配そうに見送るセシリアの肩にシャルロットが手を置く。

 

「箒のことは鈴に任せよう。それよりも僕たちは僕たちで」

 

「うむ」

 

四人はそれぞれ目配せをすると教官室を退室する。

その様子を見ていた二人の教師。

 

「皆、思ったより落ち着いていますね」

 

「……山田先生。これから先、何が起こっても私たちは静観しよう」

 

「え!? いいんですか?」

 

「…小娘には小娘たちの意地という物がある。それよりもう一度道野の索敵を。今度は精度を上げて、狭く深く」

 

「…了解です」

 

真耶はモニターに視線を移し、翔介を見つけるべくセンサーを操作する。

さて、と千冬は頭の中で後々提出することになるであろう報告書の文面を考えることにした。

 

---------------------------------

 

教官室を出た簪は自身の小型パソコンを手に目の前に並ぶ専用機たちの調整を行っていた。何度も何度も同じ項目を見返してはそれぞれの操縦者の特徴や癖に合わせていく。

これから自分たちがやろうとすることを考えれば念には念を入れることに越したことはない。

 

するとポケットに入っていた携帯が着信音と共に振動する。

 

はて、と携帯を見るとそこには姉・楯無の名前が表示されている。

 

「お姉ちゃん…」

 

通話ボタンを押し、耳に当てる。

 

「もしもし…」

 

『大丈夫? 簪ちゃん』

 

通話の第一声がそれだった。

その様子を見る限りこちらの状況は伝わっているようだ。

IS学園生徒会長であると同時に裏世界の番人たる更識家の当主。今後のことも考えれば彼女にも情報が行くのは当然の行為であった。

 

『翔介君は?』

 

「まだ見つかってない…」

 

『そう…』

 

「お姉ちゃん、もし翔介に…」

 

何かあったら。

他の皆の前では敢えてその不安を隠していた。不安なのは皆同じだから。だから自分だけが不安を口にする訳にはいかなかった。

 

だが姉の声を聞いた途端、蓋をしていた不安が口を突いて出た。

それが姉への甘えであることは理解している。

前までの簪ではこんなことは無かっただろう。そうなれたのも翔介や友人たちのお陰だった。

 

『大丈夫よ、簪ちゃん。翔介くんは私が見込んだお弟子だもの。そう簡単にどうにかなる子じゃないわ』

 

楯無がそう告げる。

穏やかで平凡なれど、今まで二度の危機にも見事に潜り抜けてきた翔介。楯無の厳しい訓練にも噛り付いている彼なのだ、無事に決まっている。

 

「お姉ちゃん…」

 

その言葉に頼もしくもあり、まるで自分に言い聞かせるようなそんな心細さを感じる。

それもそうだろう、姉と翔介は師弟関係。心配する気持ちは誰よりも大きいはずだ。

 

『簪ちゃんたちは…行くつもりかしら?』

 

「…うん。皆で…」

 

『そう…』

 

楯無はこれから簪たちがやろうとしていることに察しているようだ。

 

『私はそこに行くことはできないけれど、やるなら絶対に勝ってきなさい』

 

「うん、絶対に」

 

簪は力強く応えると通話を切った。

 

 

 

 

IS学園生徒会室。

 

会長のリクライニングチェアに座りながら自分の携帯をぎゅっと握りしめる。

 

「そう、大丈夫、きっと…」

 

楯無は一人自分に言い聞かせた。

 

------------------------------------------

 

「一夏…」

 

花月荘の一室。

目の前には一夏が布団の上に横たわっている。

自らの増長が一夏を傷つけた。そして自分たちを逃がすために一人残った翔介もまた行方不明になってしまった。

 

「全て私のせいだ…」

 

自己否定の嵐。

自分はいつもそうだ。強い力を手にした途端、増長し周りが見えなくなってしまう。そんな自分の精神の幼さが、未熟さが酷く自信を苛む。

 

 

「あー、あー、わかりやすいわね」

 

 

スパンと襖を勢いよく開けて鈴が入ってくる。

 

「あのさぁそうなったのはあんたのせいってことで良い?」

 

ずけずけと鈴は部屋の中へと入ってくる。

普段の彼女であれば激昂してもおかしくない台詞だが今の彼女に甘んじてそれを受けていた。

 

それは紛れもない事実だから。

 

「一夏もそうだけど、翔介も馬鹿よね。弱いくせに一人で残ってあんたたちの事逃がして、自分は海に落っこちたなんてねぇ」

 

 

 

ガバッと鈴が箒の胸ぐらを掴む。

 

 

「それで落ち込んでますってポーズ!? ふざけんじゃないわよ!」

 

烈火のごとく捲し立てる。

 

「今、やらなきゃいけないことがあるでしょ!?」

 

「私は…もうISは使わない…」

 

バシンッ!

 

乾いた音が部屋に響く。

 

 

「甘ったれてるじゃないわよ! あんた自分がどんな立場にいるかわかってんの!?」

 

頬を張られ、床に倒れた箒を無理矢理立たせる。

 

「あんたには一夏を傷つけた責任と、翔介に助けられた責任の二つがあんのよ!」

 

傷つけた責任、助けられた責任。

そのどちらも箒が背負わなければならないもの。

箒が血が滲むほどに口を噛み締める。

 

「今更…今更私にどうしろと言うんだ…! 一夏を救えず、道野を見捨て…!」

 

どちらも命を懸けて立ち向かった。

そう、自分以外の誰かのために。

 

なのに自分は。

 

「だからここで泣いて反省してますって? あんたがやるべきことはそんな事じゃないでしょ!」

 

「ならば何をする! また戦うか!? 奴の場所すらわからないというのに!」

 

現在、銀の福音は消息不明だ。

再戦しようにも相手がいないのでは話にならない。

 

「もし分かったとしてどうするわけ? 今の腑抜けたあんたで戦えるっての?」

 

「……っ!」

 

もう一度戦えるか。

一夏を、翔介を倒した相手に今一度立ち向かうことはできるのか。

 

箒は自らに問い掛ける。

 

 

 

 

「戦う。そして次は必ず勝つ!」

 

 

 

 

その瞳に消えかけていた闘志が燃え上がる。

 

それを見た鈴はニヤリと笑い掴み上げていた胸倉をパッと離す。

 

「ようやく本気になったわね。あ~、めんどくさかった」

 

やれやれと言った様子で肩をすくめる。

 

「む、むぅ…鈴、お前はもしかして私を…」

 

「勘違いすんじゃないわよ! ウジウジしてるアンタが鬱陶しかったってだけよ!」

 

そう言ってそっぽを向く。

口ではそう言うが彼女なりの励ましだったのだろう。

 

「だが実際にどうする? 奴の居場所は…」

 

「わかるぞ」

 

ガラリと襖を開けて、今度はラウラたちが入ってきた。

 

「お前たち…」

 

「良かった、あのまま殴り合いになるんじゃないかって心配になったよ」

 

「本当ですわ。鈴さんももっと言い方があるでしょうに」

 

「あたしは回りくどいのは嫌いなだけよ」

 

フンと鼻を鳴らす鈴。

その様子に全員が苦笑する。

 

「そうだ、ラウラ。わかるとはどういうことだ?」

 

「そのままの意味だ。銀の福音の居場所なら特定済みだ」

 

そういってラウラはブック端末を操作してみせる。

 

「ここから三十キロ離れた沖合上空に目標を確認した。ステルスモードに入ってはいるが光学迷彩は装備していないようだ」

 

「ど、どうやって…」

 

「私の出自を忘れたか? 我がドイツ軍の衛星で捜索させた」

 

小さい胸を張ってドヤ顔を決める。

 

「流石はドイツ軍特殊部隊長」

 

「皆のISは私が調整しておいた。皆のパッケージもインストールしてある」

 

「準備万端ね、さて…」

 

全員が箒に視線を送る。

 

「…ああ、行こう。そして今度こそ勝つ!」

 

「よし、それじゃあ作戦立てるわよ!」

 

『おお!』

 

 

--------------------------------------------

 

海上二百メートル。

そこに銀の福音はまるで胎児のようでありながら、卵を温める母鳥のような穏やかさがある。

頭部には翔介から受けた傷が残っている。自動修復機能によりその傷は少しずつ回復しているものの完璧に修復されるにはまだ時間がかかるようだ。

 

休止状態に入っていた福音が不意に頭を上げる。

 

 

ドンッ!

 

 

福音の頭部に突如砲弾が着弾、爆発を起こす。

 

「初弾命中! 続けて行く!」

 

福音から五キロほど離れた陸地からラウラはレールカノンを構えながらすぐさま次弾を装填する。

今回のレールカノンは通常のそれとは違う。

八十口径レールカノン『ブリッツ』。これはシュヴァルツェア・レーゲンの砲戦パッケージ『パンツァー・カノニーア』による装備だ。

普段は一門の砲台が二門に増え、左右の肩それぞれに装備されている。

他にも四枚の物理シールドも増え、砲戦と防御性能が上昇している。

 

スコープを覗くと、既に福音がラウラを察知してこちらに近づいてきている。

 

「やはり早いな…!」

 

接近してくる福音に砲撃を続ける。

福音は持ち前の回避性能や砲撃で撃ち落としながら近づいてくる。

 

砲戦パッケージは砲戦と防御性能が向上するがその分機体の機動力が損なわれてしまう。

 

福音が彼女の懐に飛び込んでくる。

 

「くっ…!」

 

「させませんわ!」

 

だがラウラと福音の間にレーザーが走る。

レーザーの先にはセシリアがライフルを構えていた。

こちらも新型レーザーライフルを装備している。

大型レーザーライフル『スターダスト・シューター』だ。全長二メートル以上を誇る。以前のスターライトmkⅡより火力が上昇している。

というのもブルーティアーズの特徴である六機のビットは砲口をふさぎ、腰部へスカート上に接続されスラスターとして運用されているためだ。

 

これがブルーティアーズの強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』だ。

圧倒的な機動力と長距離ライフルでの狙撃、ステルス機能、超高感度ハイパーセンサー『ブリリアント・クリアランス』を有している。

ハイパーセンサーにより五百キロを超える速度での反応を補える。

 

福音はセシリアの射撃を避ける。

するとその背後にオレンジ色の機体が接近する。

 

「遅いよ!」

 

シャルロットは二丁のショットガンをその背中へ放つ。

姿勢を崩す福音。

すぐさま姿勢を直した福音はシャルロット目掛けてエネルギー弾を撃つ。

 

「それくらい!」

 

シャルロットは実体とエネルギーの両方のシールドを展開する。

堅牢な盾がエネルギー弾を防ぐ。

これがリヴァイブの専用防御パッケージ『ガーデン・カーテン』だ。

二枚の実体シールド、エネルギーシールドの計四枚のシールドを増設した文字通り防御に特化したパッケージだ。

 

彼女はお得意の『高速切替』によりアサルトカノンを呼び出し、防御をしながら反撃を行う。

それを回避する福音。

 

だが距離を取った瞬間、ラウラの砲撃、セシリアの高機動射撃、シャルロットの高速切替を使用した波状攻撃と福音に確実にダメージを与えていく。

 

すると福音は三人の射撃の穴を見つけるとスラスターを開き、離脱を図る。

 

「掛かったわね! 簪‼」

 

「行って‼ 山嵐‼」

 

隙をついて離脱したはずがそれも彼女たちの作戦だった。

簪の放った山嵐はマルチロック・システムのミサイルポッドで彼女の作り上げた打鉄の後継機、打鉄弐式の最大装備である。

六基×八門、計四十八発の独立稼働型誘導ミサイルで本来であれば一発一発が独自に相手を狙うという装備だ。惜しむらくはまだそのシステムは完成されておらず、通常の単一ロックオン式となっている。

 

だがこれだけのミサイルを回避するのは厳しい。

そこに鈴が肩の衝撃砲をミサイルへ向けて放つ。

鈴の衝撃砲も機能増幅パッケージ『崩山』により強化され、砲口が四つに増設。さらに不可視の砲弾は赤い火を纏った砲弾に変わっている。

 

衝撃弾が着弾したミサイルが誘爆し、辺り一面に黒煙が巻き起こる。

今回の作戦のために簪は爆薬を抜き、その代わり煙幕を装填している。

 

操縦者に依存しない福音だが、センサーが上手く作動しない。

どうやらこの煙幕は目暗ましだけでなく、チャフも混じっており福音のセンサーを妨害していた。

 

どちらに逃げるべきかと辺りを見渡す。

 

「貰ったあああ!!」

 

黒煙を捲き上げ、箒と鈴がそれぞれの獲物を手に斬りかかる。

 

虚を突かれた福音は後退しながら二人の攻撃を何とか躱していく。

纏わりつく二人を振り払うようにスラスターの砲門を開いて放つ。

 

「箒、鈴! 下がって!」

 

二人の前にシャルロットが飛び込みシールドを広げる。

前回戦闘では展開装甲を多用したためエネルギー切れを起こしてしまったのも敗因であった。その反省を生かして今回は防御時での発動を切っている。それができるのもシャルロットが防御を一任してくれたためだ。

 

「距離を取ったな! 一斉射撃!」

 

ラウラの合図で全員が一斉に福音へ弾幕を張る。

福音に一切の反撃を与えない波状攻撃。

相手のペースに乗らないためにも、相手の動きをとことん封殺していく。

 

これが彼女たちの作戦だ。

 

これなら、これならば福音を打倒できる!

 

 

 

 

だが。

 

 

 

 

一斉射撃の爆炎の中、福音の様子がおかしい。

福音の外装や翼が徐々に変化していく。

 

「これは…!」

 

「『第二形態移行』‼」

 

ビキビキと翼が変形しいき。

 

 

『KYAAAAAAAA‼』

 

 

まるで女性のような叫び声をあげ、エネルギー状の翼が生える。

 

「なんだと…」

 

「ったく! どこまでも面倒なやつね!」

 

突如として進化した福音を前に少女たちは今一度武器を握り締めた。

 

 




本日はここまで。

失意の中、仲間たちと共にもう一度立ち上がった箒。

福音相手に善戦するも、突然の第二形態移行により予断を許さない状況。

果たして彼女たちはこの危機を脱することができるのか。

そして一夏と主人公は。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

56話

『KYAAAAAAAAAA‼』

 

「くっ…! こいつっ…‼」

 

女性のような叫び声を上げて福音がラウラに飛び掛かる。

飛び退くラウラだがガシッとその足を掴まれる。

 

「ラウラ‼」

 

シャルロットが近接ブレード『ブレッド・スライサー』を手にして飛び掛かる。

だがそれは福音に片手で受け止められる。

 

「シャルロット! 逃げっ…!」

 

ラウラが言い切る前にエネルギーの翼がはためく。すると羽が翼から抜けたかと思えばまるで意志を持っているかのようにラウラへと降り注ぐ。

至近距離で受けたラウラは防御に徹することもできずボロボロに。そのままラウラは海へと落ちていった。

 

「やりやがったわね!」

 

「おのれっ!」

 

箒と鈴が再度突撃する。

しかし、福音はそんな二人には目もくれずレーザーライフルを構えたセシリアに急接近する。その速度は先程とは比較にならないほどだ。

 

「何ですの! 軍用とはいえ、この性能は‼」

 

セシリアのライフルは長射程を誇るがその反面、至近距離が苦手だ。

後ろに下がって銃口を向けようとするも、福音はその銃身を蹴り飛ばす。

 

「あっ!」

 

息を吐く間もなく次の瞬間には彼女はエネルギー弾の雨に飲み込まれた。

ラウラに続き、セシリアも力尽きる。

 

「セシリア! いい加減に堕ちなさいよ!」

 

激昂した鈴が双天牙月を手に斬りかかる。

だが福音は視線を向けることもなくそれを躱すと、スラスターのブーストを活かした蹴りを放つ。

双天牙月でそれを防ごうとするも、ブーストで威力が上昇した蹴りは防ぎきることはできず双天牙月がバッキリと折れてしまう。

福音は続けざまにもう一度蹴りを放つ。鈴は腕をクロスして防御の構えを取るが、その威力を殺しきることはできなかった。

 

「あああああっ!」

 

「鈴‼」

 

衝撃で吹き飛ばされる鈴を簪が受け止める。

だが甲龍の装甲には亀裂が入り、既に戦える状態ではないだろう。

これで残っているのは箒、シャルロット、簪の三名。

 

福音は周囲を一掃しようと、エネルギーの翼をチャージし周囲を埋め尽くすようにエネルギーの波が襲い掛かってくる。

 

「箒! 簪! 僕の後ろに!」

 

シャルロットが二人を庇うように立ちはだかり、四枚のシールドを展開する。

エネルギー弾の雨が周辺を覆う。

 

『うわあああ⁉︎』

 

少女たちの叫び声が木霊する。

周辺にはモウモウと煙が立ち込める。

やがて煙が晴れる。

 

「ぐ、あ…!」

 

そこには箒の細い首をギリギリと締め上げる福音の姿があった。

シャルロットと簪も既に満身創痍。

もはや戦局は完全に福音に傾いていた。

 

「ここまで、なのか…」

 

福音の砲口が箒に一斉に向けられる。

箒は目を閉じる。

 

瞼の裏に映るのは一夏と翔介。

最後に、最後にもう一度会いたかった。

 

 

 

ドンッ!

 

 

それは突然の出来事だった。

箒の首を締め上げていた福音が真横に吹き飛んだのだ。

 

「うあっ…!?」

 

突然手を離された箒を誰かが受け止める。

 

「大丈夫か、箒?」

 

「あ、あぁ…」

 

その人物は…。

 

 

 

「一夏…!」

 

 

白いIS・白式を纏った織斑一夏だった。

その白式はいつもの姿とは違っていた。

白式第二形態・雪羅だ。

 

「ああ、もう大丈夫だ。後は俺に任せろ!」

 

一夏は箒を下ろす。

他の少女たちも少年の登場に顔をほころばせる。

 

「それより翔介は…?」

 

周りを見渡しながら問い掛ける。

彼は翔介が生死不明となったことをまだ知らない。

 

「翔介は…私とお前を守るために…」

 

「そうか…」

 

「私がもっとしっかりしていれば…」

 

「いや、誰の所為でもない。あいつが自分の意志でやってくれたんだ。それに…」

 

にやっと笑う。

 

 

 

「あいつがそんな簡単に死ぬわけないだろ!」

 

 

「あ、あぁ…!」

 

「あいつが帰ってくる前に全部終わらせてやろうぜ!」

 

一夏は雪片弐型を手に福音へと斬りかかる。

福音はそれを飛び退り避ける。そこへ左手の新装備・雪羅を振るう。

これは第二形態に移行したことで出現した新装備だ。状況においていくつかのタイプに切り替えられるものだ。

今は一夏のイメージを基に指先からエネルギー波のクローが飛び出す。

 

クローは福音の装甲を切り裂く。

 

福音も負けじとエネルギーの翼を掃射する。

 

「そう何度も!」

 

今度は雪羅を大きな盾に変化させる。

燃費は悪いが、エネルギー攻撃であればどんな攻撃でも無効化できるという強力な盾だ。

この盾は翔介が愛用している重ね畳をイメージして作り出したものだ。

一夏にとって翔介の盾こそ仲間たちか全てを守るものだったからだ。

 

「うおおおおおっ!」

 

増設されたスラスターによる二段階瞬時加速で福音に肉薄する。複雑な動きをする福音にもこれで追いつける。

 

ピピピッと白式のディスプレイに警告音が鳴り響く。

エネルギー残量が二十パーセントを切った。装備が強力になった分、やはりエネルギー消費量も多くなっている。

 

すると福音が翼を自身に巻き付け始める。

バッと一斉に翼を開き、全方位に向かってエネルギー弾の雨を降らせる。

 

「くそっ!」

 

もう一度盾を広げる。

エネルギーの残量がさらに減少する。このままではジリ貧だ。

 

「ならなくなる前にやってやる!」

 

一夏は雪片と小刀に変化させた雪羅に零落白夜を纏わせ、福音へと突撃していった。

 

 

「私は…私にはもう戦う手段はないのか…」

 

一人福音と戦う一夏を遠くから見守る箒。

一夏が無事でいてくれたこと、駆け付けてくれたことはとても嬉しい。

だがこのまま何もできない自分が悔しくて堪らなかった。これでは一夏と箒を逃がしてくれた翔介の時同じくなってしまう。

 

「違う…! まだ、まだ何かあるはずだ! 道野は、あいつだって自分にできる何かをしようとした!」

 

だから諦めるわけにはいかない。

箒は刀を支えに、今一度立ち上がる。

 

「私は共に戦いたい!」

 

そう強く願った。その時。

 

ピッとディスプレイに新たな力が表示される。

その名は。

 

『絢爛舞踏』

 

「これは私の単一仕様…!」

 

すると彼女の近くに簪たちが集まる。

 

「行って、箒!」

 

「だがお前たちは?」

 

「アタシたちは腐っても代表候補生よ。このまま終われるかっての!」

 

「ええ、わたくしたちに出来ること。やらせていただきますわ」

 

「だから僕たちは大丈夫。箒は一夏のところに!」

 

「ここは任せろ!」

 

友人たちが背中を押す。箒はそれに力強く頷き、黄金の光を纏いながら飛び立つ。

 

「さて、あたしたちのできることって言うと?」

 

「一番厄介なのはあの翼だ。あれを破壊できれば…」

 

銀の福音における最大の武器であるエネルギーの翼。

あの翼の射程距離はかなり広範囲かつ強大な威力を誇る。

それさえ防げれば。

 

「残ってる装備は?」

 

次々と自分たちの現状報告をする。

その結果、残った装備の中で一番有効なのはラウラのブリッツ。ただこちらは戦闘により一門だけしか使用できない。

それ以外にも。

 

「砲台の機能は生きているが、ロックオンとトリガーがイカレてしまった」

 

「それならば引き金はわたくしのライフルで代用しましょう」

 

「目標の捕捉は私がやる」

 

「それならあたしとシャルロットは」

 

「三人の壁だね」

 

五人は頷き合うとそれぞれの準備を始める。

 

 

 

「おおおおおおおっ!」

 

雪片と雪羅を振るい、何度も福音へ斬りかかる。

だが福音はそんな一夏に強力無比な攻撃を繰り返す。

それを弾いては盾で防ぐ。

 

ピピピッ!

 

白式が再度警告音を鳴らす。

エネルギー残量が十パーセントを切る。

このままではこちらが先に力尽きてしまう。

 

「どうする…!?」

 

歯噛みする一夏。

 

「一夏!」

 

そこへ箒が紅椿を駆り、手を伸ばす。

 

「箒!?」

 

「手を取れ!」

 

真剣な眼差しに一夏は否やもなくその手を取る。

握られた箒の手から一夏へ雷にも似た黄金色の光が流れていく

 

「な、なんだ、これ…」

 

言いようのない感覚に困惑する一夏。

だがディスプレイを見てハッと気づく。

 

「エネルギーが回復!?」

 

「今は考えるな! 行け! 一夏!」

 

「ああっ!」

 

理由はわからないがまだ希望はある。

一夏は零落白夜を発動し、福音に肉薄する。

福音はエネルギーの翼を一夏に向けて。

 

 

ズウンッ!

 

 

次の瞬間、福音の翼が大爆発を起こした。

完全な不意打ちに動揺の色を隠せない福音。

 

「命中だ」

 

「流石だね、セシリア」

 

「いえ、簪さんのお陰ですわ」

 

「こういうの確かことわざであったわよね」

 

窮鼠猫を噛む。

追い詰めたはずの鼠にまさかの手痛い反撃を受けた。

 

「うおおおおおおおおっ!」

 

木を取られた一瞬の隙。

一夏はありったけのエネルギーを零落白夜に乗せてすれ違いざまに刀を振り抜いた。

 

手応え、あり。

 

福音は一夏へ手を伸ばす。

しかし、やがて動きを停止した。

 

「や、った…?」

 

「ああ、やったぞ…!」

 

先程まで響いていた戦闘音が止むと海はまた静寂を取り戻す。

いつの間にか青空は赤い夕空に変わっていた。

一夏の周りに仲間たちが集まる。

一同共に安堵の表情を浮かべている。

 

 

これでようやく終わったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ビシリ

 

 

 

 

 

 

静寂の海に異音が鳴る。

 

「なんだこの音…?」

 

「…っ! あ、あれっ…!?」

 

簪が何かに気付いたように指をさす。

全員がその視線の先を追う。

 

そこには…。

 

 

 

「なんだ、あれ…?」

 

 

 

倒したはずの銀の福音に黒い何かが纏わりついていく。

福音はまるで苦しむように異音を上げる。

そしてバグンッと胸部分の装甲を開き、ISスーツを着た操縦者をはじき出す。

それはまるで操縦者を巻き込むまいとしているようだった。

福音の操縦者を一夏が受け止める。

 

 

『GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!』

 

女性のような声が一変して、まるで地の底から響くような雄たけびを上げる。

やがて福音の装甲に禍々しい紋様が浮かぶ。

 

「ねえ、あれって!」

 

「ああ、間違いない」

 

そう、一夏たちは前にも同じ紋様を見ていた。

それはクラス代表戦で乱入してきた黒い無人機と同じものだった。

倒したはずの無人機に突如同じ紋様が現れ、狂暴化するという出来事。

 

福音の装甲は刺々しく変化していく。

その禍々しさにはもはや福音という言葉は似合わない。

 

「銀の黙示録…」

 

誰が呟いたか、今の福音にはまさにその名が相応しかった。

 

黙示録が翼を展開する。その翼も福音の時とは変わっており黒くギザギザとしたものに変わっている。

 

「ヤバい! 皆、逃げろ!」

 

「逃げろったって!?」

 

「駄目、間に合わない!」

 

禍々しい翼の弾雨が一夏たちに襲い掛かる。

避ける暇も、防ぐ手立てもない。

 

万事休す、か。

 

 

 

 

 

カッ!

 

 

 

 

弾雨が直撃する瞬間。

眩く輝く赤い光が一夏たちの前に立ちはだかる。

赤い光は弾雨を打ち払い、黙示録に体当たりをしかける。

 

予想外の攻撃に黙示録が海へと叩き込まれる。

 

「これは…」

 

これも前に見たことがあった。

 

そう、暴走した無人機が現れた時。

彼もまた光とともに現れた。

 

 

赤い光がゆっくりと消えていく。

果たしてそこには銀色のボディに赤いライン。胸には輝く青い宝玉。

赤い瞳を持った少年。

 

 

 

 

 

「助けに来たよ、皆!」

 

 

 

 

道野翔介が立っていた。




本日はここまで。

次回、原作三巻クライマックス。

仲間の危機に再び立ち上がった一夏。

だが黒い何かに暴走する銀の黙示録。

そこに、あの少年が戻ってきた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

57話

「翔介…なのか…?」

 

一夏は夕日に立つ赤い瞳の少年に恐る恐る声をかける。

以前黒の無人機相手に翔介が今のように現れた時は一切会話をすることができなかった。

今度もそうなのでは、と心配したが故だ。

 

「うん、心配かけてごめんね」

 

今度はちゃんと返事をする翔介。

浮かべる笑顔もいつもの彼だった。

わっと彼の周りに集まる友人たち。

 

「本当に、本当に翔介なんだね…!」

 

「本当だよ。それより…」

 

翔介が言い切る前に海から水飛沫を上げて銀の黙示録が浮かび上がってきた。

黙示録はすぐさま翼を展開し、翔介たちに向かってエネルギー弾を放つ。

 

「皆、僕の後ろに!」

 

翔介は一歩前に飛び出すと、ディスプレイから重ね畳を展開。

前に構えると、盾がはガチャリと大きく展開し、さらに光の壁が全員を包むように覆う。

その光の壁は傷つくことなく、全てのエネルギー弾から友人たちを守り切る。

 

「これは…!」

 

「力を貸してくれてるんだ、彼が」

 

「彼?」

 

「その話は後でするよ。それよりアレを何とかしよう!」

 

「あ、ああ。だけどあいつ一体何があったんだ?」

 

「まさか第三形態移行!?」

 

ISとは操縦者に従ってその姿や能力を文字通り成長させていく。

その為、第三形態へ進化する可能性も十分にあり得ることだ。

 

「でも操縦者は…」

 

そう。操縦者は今一夏の腕の中にいる。

第二形態には操縦者の意志を無視して進化したが、機体自体から操縦者が離れた時点でここまで自立行動することは可能なのだろうか。

 

「うぅん、あれはISじゃないよ。もっと悪い…悪意の塊」

 

「悪意…? 一体誰の…?」

 

「僕にもよくわからない。でもあんな姿あの子も望んでなんかいないはずだよ」

 

「まるでISが生きているみたいに言うな」

 

「人と一緒に成長するなら生きてるのと同じだよ。それに福音には心がある。だからああなる前にその人だけでも逃がしたんだよ」

 

それをシステムと言ってしまえばそこまでだろう。

だが、翔介にはそれが機械的な機能とは思えなかった。

それにあの禍々しい紋様には確かな悪意がある。そう胸の宝玉が翔介に伝えてきている。

 

「僕は福音を助ける」

 

翔介は盾をしまう。

 

「それは僕だけじゃ駄目。だから織斑君、力を貸して」

 

「力を貸すって言ってももう白式も展開してるのでやっとだぜ?」

 

紅椿によりエネルギーが回復したとはいえ、先程までの激戦で白式のシールドエネルギーはまた枯渇寸前である。

 

「それなら」

 

翔介は胸の宝玉に手を触れると、そこから光が溢れ出す。

光は一夏の白式を包み込む。

紅椿からのエネルギー補給は電撃が走るような熱いものを感じたが、こちらは温かな

まるで縁側で日向ぼっこをしているような気持ちになる。

白式のディスプレイにはピピッとシールドエネルギーが全快する。

 

「行くよ! 織斑君!」

 

「ああっ! 箒、この人を」

 

一夏は福音の操縦者を箒に手渡す。

 

「わかった、二人ともちゃんと勝ってこい!」

 

「おう!」

 

「うん!」

 

一夏と翔介は箒の言葉に頷くと、銀の黙示録目掛けて飛び出す。

少女たちはそんな二人の背中を見送った。

 

--------------------------------------

 

「うおおおおおっ!」

 

「たあああああっ!」

 

一夏が雪片を翔介は手刀をそれぞれ振り下ろす。

黙示録は自らの腕を鋭いかぎ爪状に変形させ、両手でそれを受け止める。翔介はその腕を掴むと背負い投げの要領で投げ飛ばす。

しかし、戦場は空中。黙示録は無茶な機動で態勢を立て直す。

それを見ているとやはり福音は操縦者のことを気遣って動いていたのだと感じる。

 

「相変わらずとんでもない動きするな!」

 

「普通に戦っても駄目そうだね」

 

一夏は雪片を構え、翔介は両手を前に出し猫背気味に構える。

 

「なら我武者羅にやってやろうぜ!」

 

「うん!」

 

一夏は雪片からエネルギーの刃を飛ばす。

黙示録は上空に飛び上がり回避する。それを翔介は丸鋸状のエネルギー光輪を二連続で放つ。光輪は飛び回る黙示録を追尾するように飛んでいく。

鬱陶しそうに光輪をエネルギー弾でかき消す。

 

「おらあああっ!」

 

しかし、それは陽動。

一夏が背後から雪片と小刀に変化させたう雪羅で迫る。

黙示録はそれに異常な反応速度で受け止める。そこに今度は背後に衝撃を受ける。

そこには掌を合わせて鏃状の光弾を放つ翔介がいた。

威力こそ低いものの、黙示録の姿勢を崩すには十分な効果があった。

 

一夏の雪片と雪羅が黙示録のかぎ爪を叩き折る。

 

遂に黙示録にダメージを与えた。

 

「このまま!」

 

「押し切る!」

 

翔介は飛び去ろうとする黙示録の足を掴み、ぶんぶんと振り回す。

十分に遠心力が高まったところで手を離し投げ飛ばす。

黙示録はまたも態勢を立て直そうとするが、一夏がそこに蹴りを叩き込み妨害する。

 

二人の連携が確実に黙示録を追い詰めていく。

 

「織斑君!」

 

「おう!」

 

二人は視線を交わし、互いに頷く。

翔介はアサルトライフルを呼び出し、それを一夏に投げ渡す。既に使用許可を出しているため一夏にも使用することができる。

一夏が受け取るのを確認すると翔介は星の翼を起動させ、黙示録を包囲するように飛び回る。

黙示録が逃げようとすれば、すぐさまその進路を阻むように飛んでいく。

そして飛び回る影から一夏がアサルトライフルで黙示録に弾丸を叩き込んでいく。

 

腕を交差させ、弾丸の雨を防ぐ黙示録。

 

「てやあああああっ!」

 

翔介はキュッと方向転換をすると、星の翼のさらに出力を上げ一直線に黙示録へ拳をお見舞いする。

スピードの乗った拳は黙示録のガードごと後ろに殴り飛ばした。

 

ピコン!

 

胸の宝玉が青から赤に変わり、点滅を始める、

 

「翔介、なんかピコピコ言ってるぞ!?」

 

「もうすぐ時間が来るんだ」

 

「時間?」

 

「織斑君! 一気に決めよう!」

 

気になることを言ってはいるがそれどころではないだろう。

一夏はアサルトライフルを翔介に投げ返す。それを素早くデータ領域に収納する。

そしてディスプレイから鋼頭を選択する。

翔介の右腕に巨大な鋼の腕が装着される。しかし、その腕は所々ひび割れており、破損している部分も見受けられる。

エネルギーの過剰チャージによる反動のようだが、次の一撃だけで持って欲しい。

 

「零落白夜作動!」

 

一夏は打鉄と雪羅に零落白夜を纏わせて、翔介と共に黙示録に突撃する。

 

「うおおおおおっ!」

 

「だあああああっ!」

 

殴り飛ばされグラつく黙示録に、一夏の雪片と雪羅がエネルギーの翼を切り裂く。バランスを失った黙示録の下から上へ向けて鋼頭のアッパーが叩き込まれた。

ぐるぐると回転しながら上空へ吹き飛んでいく。

 

「フィニッシュブローだ!」

 

「うん!」

 

一夏は雪羅を荷電粒子咆に変形させる。

そして駿介は胸の宝玉から自身の腕にエネルギーを纏わせ、十字にクロスさせる。

 

 

 

『いっけええええええええ!!』

 

 

 

一夏の荷電粒子咆、翔介の腕から強力な光波熱線が発射される。

 

 

 

 

『コ…シノ………ラカ…! …ウコ…セネ、バ…!』

 

 

 

 

黙示録はエネルギー弾で対抗するも合わさった二つの熱線を抑える程の威力はなく、その身体は光の奔流の中に消えた。

 

「…!」

 

翔介はバッと黙示録に飛び込む。

やがて爆炎から飛び出してくる。その手には淡く光る物体を抱えている。

 

 

「…やった、のか…?」

 

「うん、勝ったよ…勝てたよ、僕たち!」

 

一夏の問いに翔介が頷いて見せる。

 

「ぃよっしゃあああああ!」

 

一夏が歓声を上げながら手を上げる。

その意図に気付いた翔介も同じく手を上げて。

 

 

ガチン!

 

 

白式と打鉄の機械の腕がぶつかり合った。

 

「やったな! 一夏、道野‼」

 

二人の下へ少女たちが集まる。

 

「翔介、それって…」

 

簪が翔介の抱えているものを見つめる。

 

「うん、福音のコアだよ」

 

翔介はそう言ってコアを全員に見せる。

その周りには禍々しい紋様が浮かんでおり、まるで苦しむかのように弱々しい光を放っている。

翔介はそれを両手で抱え、瞳を閉じる。

すると胸の宝玉から光が溢れ、コアを包み込む。コアを蝕んでいた紋様が消えていく。

 

それと同時に胸の宝玉と赤いラインが消え、ボロボロの打鉄の姿へと戻っていく。

 

「紋様が消えた…? もう大丈夫なの?」

 

「うん、もう福音は暴走したりしないはずだよ」

 

なんの根拠があってそう言うのだろうか。

だが今の翔介を見ていると嘘を言っているようには見えなかった。

 

「翔介さん、あなたは一体…?」

 

「それも後で話すよ。だか、ら…」

 

ぐらりと翔介の身体が傾く。

素早くラウラと簪が支える。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

「翔介!?」

 

心配そうに全員が翔介を覗き込む。

 

 

 

 

 

 

 

「すー…すー…」

 

 

 

 

 

支えられた翔介は安らかな寝息を立てていた。

ドッと力の抜ける一同。

 

「またぁ? こいつ、やっぱり度胸あるわ」

 

「まったくですわ。心配かけてくれますわ」

 

「あはは、まあまあ」

 

呆れ気味な鈴とセシリア。

それを苦笑しながら宥めるシャルロット。

 

「無理もないだろ。俺も疲れたし」

 

 

 

 

 

「戻ろうぜ、皆のところに」

 

 

 

 

一夏の言葉に全員が頷いた。

 

 

 

 

それから数分後。

 

花月荘に専用機持ち全員が無事に帰還した。

 

 




本日はここまで。

これにて福音、黙示録戦終了!

やや駆け足気味になってしまいましたが、無事に全員揃って帰ってきました。
次で原作三巻も終了となります。


次回。
光と共に現れた主人公。

主人公と彼の思い出が語られる?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

58話

ガツガツガツガツ!

 

一同は唖然とした表情で翔介を見ている。

目の前の翔介は茶碗に山盛りに盛られたご飯を平らげていく。

 

「おかわり!」

 

「ま、まだ食べるのか!?」

 

「もうお櫃空っぽだよ?」

 

空になった茶碗を差し出し、おかわりを所望する翔介にさらに驚愕する面々。

信じられない食欲だ。

 

「なんだかお腹が空いて空いて」

 

「ふぅ…申し訳ありませんが頼めますか?」

 

千冬がため息交じりに女将に頼む。

それに女将は嫌な顔一つせずに快諾する。

 

「いいんですよ。若い子はいっぱい食べないと」

 

そう言ってすぐに炊き立てご飯の入ったお櫃を持ってくる。

 

「ほら、道野」

 

箒が翔介の茶碗に山盛りとご飯をよそう。

それを美味しそうにまた頬張る。女将の厚意によりおかずもどんどんと運ばれてくる。

ご満悦な様子の翔介。

 

つい少し前まで生死不明だったとは思えない。

いや、だからこそなのかもしれない。

 

「な、なあ、食べるのもいいけどそろそろ話してくれよ」

 

「うん? ああ、そうだね」

 

翔介は今思い出したかのように茶碗を置く。

そしていつも首から下げているお守り袋から赤い宝石を取り出す。

 

「それはいつぞや見せてくれたものだな」

 

「うん、これは僕の大切な宝物」

 

「まあ…綺麗な宝石ですわね。でも…何という宝石なのですか?」

 

セシリアが首をかしげる。

赤い宝石と言えばルビーなど多数存在するが、彼の持つ宝石はそのどれにも該当しない。

貴族であるセシリアでもわからないのだから、一夏たちにもそれの正体は分かるわけもなかった。

 

 

 

 

 

 

「これはね『ウルトラの星』って言うんだ」

 

 

 

 

 

「ウルトラの星…?」

 

翔介はゆっくりと語り始める。

 

「織斑君と篠ノ之さんを逃がした後、結局僕は福音に負けて海に落ちたんだ…」

 

そう話すと一夏と箒の二人は申し訳なさそうな顔をする。

 

「二人が気に病むことないよ。あれは僕が自分でした事なんだから」

 

二人に笑みを向けながら再度語り始める。

あの時なにがあったか、そして彼の秘密を。

 

---------------------------------------------

 

「あぁ…織斑くんと篠ノ之さん、無事に逃げれたかな…」

 

翔介は福音に単身挑み、力及ばず撃墜された。

友を無事を案じながらその身は蒼海に叩きつけられる。

機能を停止したISは水中では重りでしかない。

 

どんどん冷たい水底へと沈んでいく。

するとお守り袋が首から離れ、海面へと昇っていく。

薄れゆく意識の中、それだけは手放してはならないと手を伸ばす。

 

その時。

 

赤い宝石がカッと輝く。

次の瞬間、赤い光が沈みゆく翔介を包み込む。

 

赤い空間、ただひたすら赤いその空間。だが不思議と恐ろしさや寂しさは感じない。

どこか懐かしく、温かい。

次第にゆっくりと翔介の瞳が閉じられていく。

 

 

 

 

夢だろうか、いや夢というにははっきりとしている。

まるで過去をもう一度体験しているかのようなそんな気分。

 

 

これは今から十年前。翔介がまだ五歳の頃。

忘れもしない。その日は彼の誕生日である七月十日、今日で満六歳となる。

彼を引き取ってくれた祖母たちは今日という日のために朝から腕によりをかけて料理や飾りつけをしてくれて、先程まで故郷の住人全体が祝ってくれていた。

とても楽しかったのを今でも覚えている。

 

翔介は夜の田舎道を走っていた。

その手には今日の誕生日プレゼントで贈られた子供用の天体望遠鏡を携えている。

従姉妹たちには自分たちの片付けが終わるまで待てと言われたがすぐにでも試してみたかった翔介は居ても立ってもいられず家から少し離れた『星降丘』へ向かっていた。

 

夏の夜とはいえ、電灯の数が少ない田舎道は真っ暗で慣れた人間でもなければ灯りが必要だ。

引き取られて三年ほどの翔介にはすっかり慣れた道であった。

 

「ん?」

 

星降丘に向かっているとピカッと丘の方が光るのが見えた。

なんだろうか。丘の方には電灯のようなもの光るものは存在しない。そもそもこんな夜に

丘に登ろうとする人間はそうそういない。

今の翔介のように時たま天体観測に訪れる人もいるが、それも稀である。

なにかと不可思議なことが起きやすい里ではあるが、それとはまた毛色が違うように感じる。

 

キュッと天体望遠鏡を持つ手に力が入る。

この穏やかな里でこんな出来事は滅多に起こるものではない。

恐怖半分、好奇心半分。

 

幼い翔介は星降丘に向かって駆け出した。

得体のしれない恐怖より好奇心が勝ったのだ。

 

 

暗い林道を抜けることで星降丘に登ることができる。

 

「えっと…あれ?」

 

キョロキョロと辺りを見渡す。

丘の上に登ったはいいが何もない。さっきのように夜を照らすほど光るものがあるようには見えない。

 

「気のせいだったのかな?」

 

拍子抜けする翔介。

 

 

しかし。

 

 

ズンッ!

 

丘全体が大きく揺れる。

あまりの揺れに翔介は立っていられず地面に倒れ込む。

 

「なに…!?」

 

翔介が顔を上げると同時に木々をなぎ倒し巨大な何かが姿を現す。

それは棘のような突起が生えた身体に長い尻尾。腕は短いが、口から覗く牙や焦点の定まらない大きな目が凶暴さを際立たせている。

 

それはまるでテレビでよく見るヒーロー番組に出てくる空想上の産物。

 

「か、怪獣…!」

 

五十メートルはあろうかという巨体が唸りを上げ、口から青白い熱光線を放つ。

熱光線が周りの木々を焼き払っていく。

 

「あ、あぁ…」

 

突然現れた非日常に腰が抜けて立ち上がることがない。

身体全体が震える。

このままでは里が、祖母が、従姉妹たちが危ない。

でも自分にできることは…。

 

 

 

「や、やめろぉ!」

 

 

 

翔介は震える足に鞭を打ち立ち上がり、声の限り叫ぶ。

自分には何もできない。

けれど。

 

 

何もしない訳にはいかなかった。

 

『出来ないことをやらない理由にしてはいけない』

 

出来ないからと言って挑戦しないというのは間違っている。

例えどれだけ難しくても挑戦して初めて出来ることだってあるからだ。

それが祖母に教えられてきた『挑む勇気』だった。

 

翔介の小さな叫び声が聞こえたのか。

怪獣が翔介の方へと迫ってくる。

 

「う、うぅ…」

 

近づいてくる怪獣に腰が引ける。

叫んだはいいものの、今度はどうするべきか。

怪獣がついに目の前に。

 

 

ドンッ!

 

 

目の前の怪獣が丘の上に倒れる。

 

「え…?」

 

翔介に影が覆う。

後ろを振り向き、見上げる。

口から感嘆の声が漏れる。

 

「わぁ…」

 

音もなく彼の後ろに立っていたのは身長四十メートルの巨人。

銀色の身体に赤のライン。胸の中央には青く丸い宝玉のようなものが付いている。鉄仮面のように表情の分からない顔だが、その口元にはアルカイックスマイルがたたえられている。

翔介の心には何故か言い知れぬ安堵の気持ちが溢れてくる。

 

巨人は怪獣へ向けて、両腕で十字を作る。

組まれたその両腕から青い光波熱線が放たれ、怪獣を貫く。

 

怪獣は断末魔を上げながら爆炎の中へ消えた。

 

この短時間であまりにも多くのことがあり過ぎた。

知りたいことはいっぱいあるが、翔介は目の前にいる巨人を見上げる。

 

突然現れ、怪獣を一撃の下に撃破した巨人。

巨人も翔介に気付くと、腕をクロスさせる。すると、巨人は見る見るうちに小さくなり、百八十センチほどの大きさにまで変わった。

それでも子供の翔介には大きいが、四十メートルの巨体よりは威圧感がないだろうと判断したのだろうか。

 

「君は…誰? 宇宙人?」

 

翔介は目の前の巨人に問い掛ける。

巨人の口は動かない。しかし、翔介の頭の中に彼の言葉が流れ込んでくる。

 

「ウルトラマン…? それが君の名前?」

 

巨人はゆっくりと首肯する。

 

「え、えっと…助けてくれてありがとう」

 

感謝を口にするもそれ以外に言葉が出てこない。

ウルトラマンは頷きながら空を見上げる。

 

「もう…行っちゃうの?」

 

寂しそうに尋ねる翔介。

すると巨人、ウルトラマンは膝をつき、翔介の手を取ると赤い宝石をその手に置く。

 

「何これ?」

 

その宝石は不思議な輝きを放っている。

 

「ウルトラの星…? 凄く綺麗…」

 

翔介の問いにウルトラマンはゆっくりと立ち上がる。

 

「友好の証? 僕たち、友達?」

 

飛び上がりそうなくらい嬉しそうにはしゃぐ翔介。

子どもの少ない里に生きる翔介にとって友達というものは特別なものであった。

しかもその友達が宇宙人ともなれば尚更であった。

 

ウルトラマンはそれを見届けると地を蹴り、空に飛び立つ。

翔介は満天の星空に昇っていく異星の友人に手を振る。

 

「また、また会おうね! 今度は僕が会いに行くよ!」

 

その声が届いているかはわからない。

しかし、その時初めて翔介に将来の夢というものができたのだ。

 

 

 

 

 

ゆっくりと目を開く。

そこは赤い空間。

 

「ここは…?」

 

そう呟いてすぐに思い出す。

自分が福音と戦い、敗北したこと。そして海へと墜ちたこと。

身に纏っている打鉄もそのダメージでボロボロだ。

だがここはどう見ても海の中ではない。かといってどこかの建物の中とも違う。

 

ならばここは一体どこなのか。

 

するとその赤い空間の中央に赤い宝石『ウルトラの星』が浮かんでいた。

 

「そうか、ここは…」

 

ウルトラの星が作り出した空間。

この何もないながらも、安心できるのはウルトラマンの力によって作られているからだろうか。

すると頭の中に自分の知らない記憶が入ってくる。

それはクラス代表戦時に現れた無人機相手に単身撃破した記憶。

 

「これは…あの黒いISは僕が…」

 

ずっと一夏たちが倒したのだとばかり思っていた。

そして次はVTシステムにより暴走するラウラを抑えるために立ち向かった記憶。この時の記憶ははっきりしているがあの時の急なパワーアップもこの力が使われていた。

 

「そっか…僕は何度も君に助けられてたんだね」

 

翔介はウルトラの星を両手でそっと掬い上げる。

ウルトラの星からまた新たな映像が頭の中へ送られてくる。

 

「…皆!」

 

一夏たちが銀の福音、いや姿形が変わっており既に銀の黙示録に変貌した軍用ISと戦っている。

 

「姿が変わってる? …邪悪な意志…?」

 

黙示録へと変貌した福音を見ているとウルトラの星がそう語りかけてくる。

邪悪な意志とはなんなのか。それも気になるが今はそれどころではない。

頭に送られる映像には一夏が奮戦しているも、苦戦は免れない。

彼が無事であったことは喜ばしいが、このままでは今度は一夏だけでなく箒たち全員の身が危ない。

でも今の自分が行っても焼け石に水になってしまう可能性がある。

 

それなら。

 

翔介はウルトラの星を握り締め強く願う。

 

「ウルトラマン! 皆が、僕の友達がピンチなんだ! だから…!」

 

 

 

 

 

 

 

「僕に力を貸して!」

 

 

 

 

 

 

翔介の願いが届いた。

ウルトラの星が強く輝き、その形を変える。

 

それはペンライトのようなカプセル状の形をしており、柄の部分には赤いボタン。そしてその頂点にはクリスタルがはめ込まれている。

 

「ありがとう…行こう!」

 

翔介はカプセルを上に掲げ、赤いボタンを押す。

すると眩い光と共に身に纏う打鉄が銀色へと変わり、赤いラインが刻まれていく。胸には青い宝玉。

彼がかつて出会ったウルトラマンに非常に似た姿だ。

 

 

 

「皆、今行くよ!」

 

 

翔介は一夏たちの下へ飛び立った。

 

 

---------------------------------------------------

 

「それで後は皆の知ってる通りだよ」

 

『………』

 

話し終えてまたご飯をパクつき始める翔介。

それを聞いていた一同はなんとも言えない表情をしている。

 

それも無理からぬことだった。

 

なにせ『どうして無事だったのか』と聞いてその答えが『宇宙人の力に助けられたから』なのだから。

とはいえ奇跡とも呼べるあの力は現代の人間では作り出せないものだ。

 

事実は小説よりも奇なりとはいうが、まさにこのことだろうか。

 

「ま、まあ、なんであれここに皆無事でいるという事は事実なんですからそれを喜びましょう」

 

なんとも言えない空気の中、真耶が場を収めるように手をポンと合わせる。

 

「そうですわね、一夏さんも翔介さんも無事であったわけですし」

 

「まあ、翔介の場合元気すぎるみたいだけどね」

 

箒にご飯のお替りをよそわれさらにパクつく翔介。

そんな彼を見ていると変に疑うのも馬鹿らしくなってくる。

真耶の言う通り、今は全員が無事に揃っていることを喜ぶべきだろう。

 

「というか俺も翔介の食いっぷり見てたら腹減ってきたな。箒、俺にもくれ!」

 

翔介の食欲に触発された一夏も参戦してくる。

それを少女たちは苦笑気味に眺める。

 

 

その光景が紛れもない自分たちが勝ち取った日常であるのだとしみじみと感じるのだった。

 

 




本日はここまで。

お気に入り登録も三百件を突破。
これほどまでに増えるとは始めた当初は思いもしませんでした。
ここまで来たらどこまで伸びるのか是非とも試したいものです。


遂に語られた翔介とウルトラマンの出会い。

この出会いが一体どんな運命を綴っていくのか。

是非見守ってあげてください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

59話

「ふんふんふーん」

 

夜の岬で上機嫌に鼻歌を歌いながら束は空間ディスプレイを操作している。

 

「使い始めてまだ一日なのに単一仕様を発動させるなんて流石は私の妹! いっくんも白式を第二形態にするし、やっぱり見に来て正解正解〜」

 

心底嬉しそうに語る。

 

「それに〜」

 

思わぬ収穫もあった。

束はコンソールを操作すると音声が流れてくる。

 

そこからは自身の過去を語る少年の声が聞こえている。

幼い頃に光の巨人と出会ったという嘘のような話。

花月荘の教官室に侵入した際に悪戯で仕掛けた盗聴器だったが思わぬ拾い物をしてくれた。

 

「それにしても宇宙人がくれた力とはねぇ」

 

出所不明で束にすら分からなかった謎の力。

その正体が宇宙人からの贈り物とは誰が想像できようか。

そもそも宇宙人という時点で突拍子もない。

 

もしこれが世間に知れたらどうなるだろうか。

 

束はニヤリと笑う。

 

どうもならないだろう。

 

世間の凡人どもは自分の知っているものしか信用しない。例えそれが世界に隠されていた真実であったとしても、自分の今までが否定されると思い真実に目を背け、耳を塞ぐ。

 

ISを開発した時もそうだった。

誰もがISの有用性を理解しようとしなかった。

だがそれも抗えない現実を突きつけてやれば凡人どもも無視できなくなる。

 

「これも白騎士事件の時みたいになったらどうなるかな? ねぇ、ちーちゃん」

 

束はいつの間にか背後に立っていた千冬へ問いかける。

 

「どうもこうもあるか、悪だくみはやめておけと言ったはずだぞ」

 

「悪だくみなんて人聞き悪い~。束さんがそんなことしたことないでしょ~?」

 

「どうだかな」

 

軽口でもなく本気でそう言っているのだから始末が悪い。

そもそも篠ノ之束に一般的な正義感や倫理観を説いたところで馬の耳に念仏という物。

 

「それでそれで、ちーちゃん。あの力、どうするつもり?」

 

あの力とは聞くまでもなく翔介の力の事だろう。

 

 

 

 

 

「ああ、あれなら基本的に使用禁止にした」

 

 

 

 

「……へぇ~、結構思い切ったね」

 

「あの力は人間相手に使用するには余りにも破壊力がありすぎる」

 

実際に翔介の放った光波熱線は無人機や黙示録を完膚なきまでに粉砕している。

どちらも操縦者がいなかったからよかったものの、あれがもし人に向けられたと思うとぞっとする。

 

「なるほどねぇ~、でもそれならいっくんの零落白夜も制限しなきゃじゃない?」

 

束の言う通りであり、白式の単一仕様である零落白夜もシールドエネルギーに直接ダメージを与えるものだが、一歩間違えればシールドエネルギーを切り裂き操縦者に危険を及ぼすこともあり得る。

 

「これは私が言い出したことではない。道野自身の選択だ」

 

「あいつが…?」

 

「ああ、正直なところ私もまさか本人からそんな申し出があるとは思わなくてな」

 

千冬はそう言うと彼の言葉を思い出す。

 

 

『この力は人に向けては使いません。これは誰かを守るための力だと思うんです』

 

 

彼は確かにそう言った。

誰かを守るための力。宇宙人からもらったという力が人を守るための物だとどうしてそう思えるのだろう。

それを直接本人に問い掛けて見た。

 

 

『どうしてって言われると…僕を助けてくれた彼がそんな使い方望んでいないと思うんです』

 

 

と、答えた。

 

「望んでいないか、まったくおめでたい奴だね」

 

「本人が望むのならそれを優先するべきだろう」

 

うーんと伸びをする束に千冬がそう付け足す。

元々力の使い方を強制するようなことは千冬も望むものではなかった。

 

「ふぅ~ん、まあちーちゃんたちが良いなら私は何でもいいけどね~」

 

「………」

 

千冬は黙ってお道化る束の意図を図ろうとするがすぐに無駄と考えたのか嘆息する。

 

「……ねえ、ちーちゃん」

 

「なんだ?」

 

 

 

 

 

「ちーちゃんは今の世界は楽しい?」

 

 

 

 

唐突にそう尋ねてくる。

 

「ふん、まあまあだな。少なくとも退屈はしていないな」

 

「…そっか」

 

「お前はどうなんだ?」

 

「ちーちゃんと同じだよ」

 

そう言いながら束はくるりとエプロンドレスを翻しながら振り返る。

 

 

 

「退屈しない程度には…ね」

 

 

 

トンッと束が岬から飛び降りる。

普通であれば一大事であるが千冬は微動だにしない。

すると崖下から人参のような物体が空へと飛んでいく。

 

それは束の移動式研究所『吾輩は猫である』だ。

今の束はそれを拠点として居場所を転々としている。多くの国が彼女を探しているがなかなか見つからないのもこれが原因だ。

 

千冬は空へ飛び去っていくそれを黙って見届けていた。

 

 

 

 

束は移動式研究所内でも何度も黙示録戦の映像を眺めていた。

気になるのはやはり翔介の光の力。

 

するとピピッと通信が入ってくる。

 

『束さま、解析が終了しました』

 

通信からはまだ幼い少女の声。

 

「おお、もうできたんだ。流石クーちゃん!」

 

束はニコニコとクーちゃんと呼ばれた少女に返事をする。

 

『結果ですが、あの光波熱線は地球のどのエネルギー物質にも属していませんでした』

 

「やっぱりかぁ」

 

ピッと波状のグラフが複数表示されている。それが翔介の放った光波熱線のエネルギー波形を表しており、他のグラフは地球上で観測できるエネルギー波形のようだ。

光波熱線のエネルギー波形はその中のどれとも合致していなかった。

 

これで科学的にも本当に地球外の力であることが証明されたことになるだろう。

 

地球上に存在しないエネルギー。

いや、本当にそうだろうか。

 

束はしばらくじっとそのグラフを見つめていると、唐突にコンソールを操作する。

モニターに表示されているのは数字とアルファベットの羅列。一見すればただの文字化けのようにも見えるが。

 

「随分と厳重に隠蔽してるね。でも束さんに掛かれば~」

 

コンソールを軽く操作すると次々とセキュリティを解除していく。

やがて。

 

「あった」

 

最後のセキュリティを解除するとモニターにデータが映し出されていく。

どうやら目的のものらしい。

 

『束さま?』

 

「クーちゃん、どうやら随分と前にこのエネルギーの正体を突き止めていた人間がいるみたいだよ」

 

束がいつぞや暇つぶしであらゆる機関の超重要機密覗き見ツアーしていた時に見た記憶が残っていた。

そこには解析された光波熱線と全く同じエネルギー波形が記録されている。

 

その名は。

 

 

 

「スペシウム」

 

 

 

今より十数年前に既にこのエネルギーを発見し、スペシウムと名付けた人物がいたのだ。

自分ですら知らなかったものを先に発見した人物。

束はグラフと一緒に添付されていたレポートを流し読みし、最後に表記された名前の欄を見る。

 

「……どういう偶然だい、これは」

 

 

 

 

 

『道野明介・巡』

 

 

 

--------------------------------------------

 

波乱の臨海学校もついに最終日。

後は学園に戻るだけとなり、クラス別にバスに乗車していた。

発射までしばらく時間があるようで翔介と一夏は座席に座り待っていた。

 

「なあ、本当に良かったのか?」

 

「良かったんだよ」

 

問い掛けてくる一夏に翔介は迷うことなく答える。

昨日から何度か聞かれたが彼の答えは変わらない。

ウルトラマンの力を人間に向けたくないという気持ちと同時に、直感的にこの力は使い時でなければ発動しないという漠然としたものを感じていたからだ。

 

「お前がいいならいいんだが…」

 

「ふふふ、ありがとう、織斑君。それにこの力に頼り切りになりたくないんだ。自分でも強くならないと」

 

「翔介は本当に変わってるな…」

 

朗らかに笑う翔介に一夏が困ったように笑う。

 

「ところでさ僕も一つ聞いていい?」

 

「なんだ?」

 

 

 

 

「昨日の夜、何かあった?」

 

 

 

翔介は周りに座る少女たちを見ながら問い掛けた。

 

「フン!」

 

「………」

 

不機嫌そうに鼻を鳴らすラウラ。ニコニコしているのに異様な迫力を湛えるシャルロット。そしてツンとそっぽを向いているセシリア。

バスは違うが鈴も今朝がた目に見えて怒っていた。

それだけなら何となくまた一夏が粗相をしたのかと想像もできるが一名、態度が少し違っている。

 

「……!」

 

目が合った瞬間、すぐに視線を逸らす箒。

反応自体は他の三人と同じだがどこか様子が違う。

 

「いや、その……」

 

すると珍しく言いにくそうな一夏。

気にはなるがあまり無理に聞き出して三人の機嫌をさらに損ねる可能性もあるため、これ以上は追及するべきではないだろう。

少なくとも箒に対しては悪い出来事ではなかったかもしれない。

 

翔介は大人な対応を取った。

 

それにこう言っては何だが一夏が特定の誰かと良い雰囲気になったこと自体は喜ばしいことだった。

現状五人の恋の相談をしている身としては全員の恋が無事に実ってほしいものだが織斑一夏は一人。

恋が成就するのも五人中一人だ。

それに必ずしもこの五人の中から結ばれるとは限らない。全く知らない伏兵に持って行かれることだってあり得るだろう。

 

恋愛とはかくも難しいものである。

 

翔介はしみじみとそう感じるのだった。

 

「ん?」

 

すると一夏がバスの入り口を見て声を上げる。

翔介もその視線を追うとそこには艶やかな金髪の女性がいた。左耳にはイヤリングをしている。

女性は車内を見渡すとやがて一夏と翔介を見つけると笑みを浮かべて近づいてくる。

近くに来ると柑橘系の香りが鼻腔をくすぐる。

千冬や真耶とは別ベクトルで大人の女性を感じさせる。

 

「君たちが織斑一夏くんと道野翔介くん?」

 

「は、はい、そうですけど…」

 

どうして名前を知っているのだろうか。

少なくとも大人の外人の知り合いは居なかったはずだが。

 

「私はナターシャ・ファイルス。銀の福音の操縦者よ」

 

「あなたが?」

 

そういえばドタバタですっかり失念していたが福音が暴走する寸前に強制脱出させた女性がいたがそれが彼女のようだ。

 

「君たちのお陰で助かったわ。それにあなたたちのお陰であの子のコアも無事だったし」

 

あの子というのは福音のことで間違いないだろう。

翔介が浄化したコアはそのまま返却されるらしい。

しかし、改めて感謝されるとなんともむず痒いものである。

一夏と視線を合わせるとどうやら彼も同じ気分のようだ。

 

 

 

 

 

チュッ

 

 

 

二人の頬に柔らかい感触。

 

『なっ!?』

 

二人して頬を抑えて呆気にとられる。

 

「ふふっ、これはお礼よ。ありがとう、白いナイトさん。銀色の流星さん」

 

そう妖艶な笑みを浮かべてナターシャはバスを降りて行った。

当の二人は突然の出来事にフリーズ状態。

 

「や、やっぱり外国の人ってこういう挨拶するんだね?」

 

「あ、ああ、そうだよな。挨拶だよな?」

 

二人して納得させるように頷き合う。

 

 

 

ぴしり。

 

 

 

背筋に冷たい気配が走る。

 

二人で恐る恐る振り向く。

そこには四人の少女たち。その背には修羅が揺らめいている、ような気がする。

思わずたじろぐ二人。

 

彼女は最後にとんでもない置き土産をしていった。

 

『一夏(さん)~…』

 

「ま、待て! 俺だけじゃないだろ!?」

 

一夏は道連れに翔介を巻き込もうとするが彼女たちの怒りの原因を鑑みればこうなるのも無理はない。

翔介は気配を殺すようにそっと座席に座る。

 

おお、許せ友よ。

 

四人の怒りを一身に浴びる友に心の中で侘びながら翔介は唇の触れた頬を撫でた。

 

 




本日はここまで。

前回から随分と空いてしまいましたが、ようやく原作三刊終了。
次は楽しい夏休み編。

の前に少し日常編となります。

無事に臨海学校から帰ってきた主人公。

夏休みの前にまた一つの出会いが待っていた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

60話

「あの…お師匠さま?」

 

「………」

 

翔介が恐る恐る声をかけるが、楯無は無言のまま彼をジッと見つめている。

 

「これなんの意味があるんですか?」

 

やはり無言。

 

現在生徒会室において生徒会長が庶務の男子生徒を両手をホールドアップさせ、くるくる回すという異様な光景が広がっている。

端から見れば何の宗教かと思われるだろう。

いや、実際に虚と簪からはこの師弟は何をしているのかと不審な目で見られている。

 

こうなったのは今から数分前。

臨海学校から戻った翔介と簪はお土産を渡そうと生徒会室に来たのだが到着早々に翔介は楯無に無言で捕まり、今に至る。

 

無言のまま約五分。

ひとしきりお弟子をくるくる回した師匠は。

 

 

 

もに。

 

 

 

お弟子の脇腹を摘んだ。

 

「のひゃあ!?」

 

悲鳴を上げてのけぞる翔介。

 

「な、何するんですか!?」

 

「う~ん、翔介君って柔らかいわよね。私の訓練メニューこなしてるわよね?」

 

つまんだ指先をもにもにとしながら不思議そうにしている。

 

「僕、あまり身体に出ない体質みたいで。あまり太らないんです」

 

その為自分が成長している感じがしないのが悩みでもあった。

 

「翔介君、あまりそれを言いふらしちゃ駄目よ?」

 

どういうことかと首を傾げると、楯無が横に視線を向ける。

すると何故か簪と虚が恨めしそうに翔介を見ている。それを見てようやく得心がいった。

確かに年頃の少女たちばかりのこの学園内で口走ればどれだけの乙女を敵に回すことか。

 

「まあ、私は普段から節制してるから問題ないのだけれどね」

 

ふふんと得意げに胸を張る楯無。

少し前にお弟子に冷たくされて暴飲暴食をしていた人の台詞とは思えない。

 

「それで。それと僕のお腹摘まんだこと何の関係があるんですか?」

 

「特に関係ないわ」

 

あっさり言われてしまった。

特に意味もなく摘ままれたというのか。

翔介は摘ままれた脇腹をさすりながらジトッと師匠を見つめる。

 

「さて。翔介君、簪ちゃん集合」

 

楯無に前に集合するようにと言われ不思議そうに二人が並ぶ。

すると徐に楯無が二人を抱きしめる。

 

 

 

「無事に帰ってきてくれてありがとう」

 

 

 

囁かれた言葉はとても暖かいものだった。

自分より少し身長の高い楯無に抱きしめられるとなんとも気恥ずかしい思いもあるが、彼女の嘘偽りのない言葉が何より嬉しかった。

それは翔介だけなく一緒に抱きしめられた簪も同じようだ。その表情はむず痒そうな顔をしている。

 

先程翔介をくるくる回していたのも彼の身体に目立った怪我がないか調べていたようだ。とはいえ異様な光景ではあったが。

 

「二人とも、無茶だけはしないで頂戴。心配するしかできないって凄く苦しいから」

 

「…はい」

 

「お姉ちゃん…」

 

 

 

 

「どさくさに紛れて何してるの」

 

「いたたたたっ!?」

 

何が起こったのかと見てみたら簪が楯無の手の甲を抓っていた。

どうやら抱きしめているところにさらっと妹のお尻にお触りしたようだ。何故あんなに良いシーンだったのに欲望に負けてしまったのか。

 

「た、たまたまよ! 手が当たっちゃっただけで!?」

 

言い訳が痴漢のそれである。

 

「次やったら姉妹の縁切るから」

 

折角仲直りしたのだからこんなことで喧嘩しないで欲しい。

 

「こほん…! と、とにかく二人とも無事に帰ってきてくれて良かったわ」

 

気まずい空気に咳ばらいをする楯無。

 

「ただ翔介君の打鉄は随分とダメージを受けちゃったようでね」

 

楯無がそこまで言うと引き継ぐ形で虚が話し始める。

虚には詳細は知らされていないようだが、それでも何となく察しがついているようだ。

 

「道野君の打鉄ですが機体ダメージが酷くオーバーホールまたは廃棄となると思われます」

 

「廃棄…」

 

確かに福音や黙示録との戦いで彼の打鉄は甚大なダメージを負っていた。ウルトラマンの力により何とか動いていたようなものだった。

 

「機体以外にも装備のほとんども破損が目立ち、そちらは科特研に送り修理を行います」

 

「科特研にですか?」

 

普段なら虚を筆頭に整備科の生徒たちが見てくれるのだが。

 

「はい、あれだけの破損だとこちらで修理するには限界があります。それに…」

 

虚がクイッと眼鏡を上げる。

 

「整備科として情けない話ですが科特研製の装備は私たちでは手が施しにくい部分もあるのです」

 

そう言われていつだかに速田がこんなことを言っていた。

井部は優秀だがインスピレーションで発明することも多く、その為設計図もなく量産に向かないものができてしまうと。

現在翔介の打鉄が装備している星の翼や鋼頭なども井部開発主任による特注品といえるものであり開発した本人でもないと修理ができないという場合があった。

 

「それで翔介君。ここで一つお知らせがあるのだけど」

 

「はい?」

 

 

 

 

「もし専用機が手に入るとしたら欲しいかしら?」

 

 

 

専用機。

それはつまり今までの訓練機である打鉄ではなく、一夏の白式や代表候補生たちが持つような一点物のISのことだ。

 

「でも僕って確か専用貸し出しじゃ…?」

 

「そうなのだけど今なら訓練機ではなく本当の専用機として用意することができる準備があるの。翔介君の返答次第で用意することができるわ」

 

「僕に専用機が…」

 

正直なところそれはとても魅力的であった。

専用貸し出しとはいえ打鉄はどうしても訓練機。今回の福音や他の代表候補生たちに対抗するにはどうしても性能の差が拭い切れないものであった。

打鉄の性質上装備や操縦者の技術によっては対抗することはできるがやはり地力の差は大きい。

だがもし専用機が来れば、少なくとも今の訓練機である打鉄よりも性能の良いISが送られてくるのは間違いなかった。

 

「どうする?」

 

一応こちらの意見を聞いてくるようだが大抵の人は喜んでその申し出を受けるだろう。それだけ専用機持ちというのは個人のステータスとしても大きなファクターとなるのだ。

翔介も今よりもっと強くなれるのならこの申し出が悪いものではないのが十分に理解できた。

 

やがてひとしきり悩むと翔介が口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

「あの…その申し出は嬉しいですけどお断りします」

 

 

 

 

 

翔介の答えはNOであった。

 

「断る…専用機は良いのかしら?」

 

「はい。その代わりに今の打鉄をピカピカに直してあげてください」

 

「それは良いのだけれど…翔介君、専用機を持つ方が」

 

なにかと有利だ、と言い切る前に翔介が割って入る。

 

「それは分かってます。でも…」

 

 

 

 

 

「なんだか愛着が湧いちゃって…僕はあの打鉄と一緒に強くなりたいんです」

 

 

 

 

思えば初めて楯無と出会った日に同じく出会った打鉄。

まだ三カ月ほどだというのに共に困難に立ち向かう日々の中、次第にその打鉄に相棒ともいえる連帯感のようなものを感じ始めていたのだ。

確かに専用機を持つことができるというのは魅力的だ。だが、それ以上に打鉄に感じる連帯感と愛着がそれを上回っていたのだ。

 

「愛着、かぁ…」

 

「お姉ちゃん、どうするの?」

 

簪に問い掛けられるとやがて楯無は口元に笑みを浮かべる。

 

「本人がそういうのなら仕方ないわね。虚ちゃん、打鉄は新品同様に修理してあげて」

 

「畏まりました」

 

虚が恭しく頭を下げる。

 

「良かったの?」

 

「うん、それに今専用機をもらっても使いこなせるかはわからないからね」

 

「ふふふ、それじゃあ話は以上よ。二人とも、長旅で疲れたでしょ? 部屋に戻ってゆっくり休みなさい」

 

楯無がそう促すと二人は生徒会室を後にした。

 

 

 

「打鉄に愛着が湧いたかぁ…翔介君らしいわね」

 

「しかし良かったのですか? 今回の申し出は…」

 

「そうねぇ…」

 

実を言うと今回の翔介の専用機授与は言わば口止め料なのだ。

今回の銀の福音事件は国家間でも守秘義務が適用され、元々口外すれば重いペナルティが

課せられるため情報漏洩には細心の注意を払われている。

 

だがこれはあくまで一人の人間個人に適用するもの。

 

今回の事件の発端であるアメリカ・イスラエル両国はIS学園がこれを解決したことにより日本に借りができたことになる。

国家間でのこう言った貸し借りは時に厄介な問題の引き金になる。

その為アメリカ・イスラエル両国は日本に対して『事件解決のお礼』という形で貸し借りを帳消しにし国家間のバランスを保つことを優先したのだ。

日本も二国に対して必要以上に詮索しないことを約束した。

 

そしてその今回のお礼の一つが事態解決に貢献した男性操縦者への専用機授与だった。ただでさえ世界中が注目しているISの男性操縦者二人が事態解決に関わっていた場合の影響も馬鹿にはできない。

ならば例え高く付くとしてもそれで収まるのならそれでいいのだ。

 

 

だが、その当の本人が専用機の授与を断ってしまったのだ。

これでは国家の思惑が外れてしまうことになる。

 

「とはいえ本人がいらないのなら仕方ないわ。いらないものを無理に押し付けても逆効果でしょうし」

 

なにせ『国からの命令』ではなくあくまで『事件解決のお礼』なのだから。お礼を押し付けるなんて体面が悪いにも程がある。

だがこれではアメリカ・イスラエル両国の面子の問題になる。

 

「……まあ、いいじゃない」

 

「え?」

 

「その後の対応なんて国の仕事よ。あの子たちがべらべら喋るようなこともないでしょうし。それにここはIS学園よ」

 

そう言って楯無は生徒手帳を虚の前にひらひらと見せる。

それを見て虚も察しがついたようだ。

 

IS学園特記事項。

『学園に在籍する者はいかなる国家、団体、組織に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として禁止する』

 

つまりは学園の生徒である以上外からの干渉を受けないというもの。

特殊な場であるIS学園が生徒を守るために定めたものだ。この特記事項がある以上、必要以上に彼に干渉してくることはできないだろう。

 

「確かに特記事項の通りであれば例え国からの申し出だとしても躱すことはできます。ですが…」

 

虚が言いたいことも分かる。

 

秘密をばらされたくない時に一番いい方法とは何か。

 

 

 

 

それは秘密を知っている者がいなくなること。

 

 

 

極論である。極論ではあるが。

口止め料も受け取らない。それなのにこちらの弱みを知っている。

かの国が焦って影から…という事がないとは断言できない。

 

「その時は私があの子たちを守る。それが」

 

 

 

 

 

 

 

 

「『更識』の役目だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

楯無の揺るぎない瞳。それは裏の世界に生きるものの覚悟の表れ。

 

「…御意のままに」

 

主がそういう以上、虚に否やはなかった。

 

それと同時に。

 

この少女が裏の世界という重荷を背負っている現実を改めて感じるのだった。

 

 




本日はここまで。

最近ウルトラギャラクシーファイトが楽しみで仕方ありません。
ニュージェネレーションズは勿論、マレーシアのウルトラマンリブットも登場でさらに期待度爆上がりです。
3年程前のあるイベントでサプライズ登場した時からカッコよくていつか日の目を見るのかとずっと楽しみにしてました。配信が待ち遠しいですねぇ。

師匠に無事を報告出来た主人公。

そんな主人公は休みに科特研へ向かうことに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

61話

臨海学校から帰ってきて最初の日曜日。

一学期のイベントも全て終えて待っているのは楽しい夏休み。

生徒たちはそれぞれ夏休みの予定を立てている。

 

そんな中、翔介は街へと繰り出していた。

今日は福音事件でボロボロになった装備たちを科特研に見せることになっていた。

前回は一人で来たが今回は同行者を伴っている。

 

「ここが科特研?」

 

「うん、そうだよ」

 

翔介の隣には空色の髪に眼鏡の少女、更識簪が立っていた。

今日も本来であれば楯無が同行するはずだったが、一学期の内に終わらせなければならない仕事が残っているという事で生徒会室に籠っている。

それも夏休みに翔介の故郷に遊びに行くためにも必死にこなしているようだ。

その為、今回も一人で行こうかと思ったのだがそこに簪が立候補。前々より科特研に興味があったようでこの機会に、という事らしい。

それ以外にも今日発売のヒーロー雑誌が欲しいという事で付き合うことに。

 

ちなみに楯無には報告していない。

後が怖い。

 

「よお! 来たか!」

 

「あ、山風さん」

 

二人で建物前のモニュメントなどを見ていると後ろから山風が声をかけてくる。

スーツの上着を肩にかけ、片手には鞄をぶら下げている。どうやら外回りから帰ってきたところのようだ。

その姿は働く大人そのものだ。

 

「お仕事ですか?」

 

「ああ、こう見えて忙しいんだぜ?」

 

そう言いながらハンカチで汗を拭く。

すると翔介の隣にいた簪に視線を向ける。

 

「おや、楯無の嬢ちゃんかと思ったが誰だい?」

 

「更識簪さん、お師匠さまの妹さんです」

 

「ああ、なるほど。そう言われると似てるな。よろしくな、嬢ちゃん」

 

「は、はい」

 

にかっと笑う山風に簪は少しオドオドと答える。

友人たちとはすっかり打ち解けたが、元々人見知りな性格なため山風のような豪快な相手には気後れしてしまうようだ。

 

するとグイッと山風が翔介の肩を掴み抱き寄せる。

 

「おいおい、楯無の嬢ちゃんと言い、簪の嬢ちゃんと言い、こんな美人姉妹と仲が良いなんて坊主も隅に置けないな」

 

「あの、ちょっと苦しい…!」

 

丸太のような腕をタップすると山風はパッと開放する。

 

「お師匠さまはお師匠さまだし、更識さんは友達ですよ」

 

困ったように答える翔介。

 

 

 

「友達…」

 

 

 

しかし、そんな翔介の答えに簪が不思議そうに呟く。

なんとも言えない空気が広がる。

 

「え、あ、あれ? 友達、だよね?」

 

翔介が不安そうに問い掛ける。

ずっと友達だと思っていたのにまさかそう思っていたのは自分だけだったのだろうか。

それなら今まで何と思われていたのか。

 

「うぅん、友達」

 

「だ、だよねぇ!」

 

無事に簪から友達宣言を貰いホッとする翔介。

 

「ほら、そろそろ行きましょう。皆待ってるでしょ?」

 

「おう、そうだな」

 

翔介は山風の背中を押しながら科特研の中へ入っていく。

それを簪はジーッと見つめながらふと疑問を抱く。

 

自分は今何故彼の言葉に疑問を持ったのか。

 

彼のことは友達だと思っている。それに友達というだけではない。長く続いた自分と姉との確執を解決してくれた恩人だ。

それなのに何故自分は彼の言葉に即答しなかったのか。

 

「更識さん?」

 

「今行く」

 

この疑問に答えは出ないが今は心の隅に置いておくことにした。

 

---------------------------------------

 

「やぁ~、ボロボロだね」

 

「すいません…」

 

翔介や科特研のメンバーの目の前にはボロボロになった装備たちが並んでいる。

重ね畳、絡み蔦、星の翼、鋼頭。

どれもこの科特研で生み出された装備だ。訓練機である打鉄に力を与えてくれる。

だがそんな強力な装備たちも度重なる強敵たちとの戦いで酷く損傷していた。

 

ちなみに簪は科特研の中を見学中。藤子が対応してくれている。

 

「これはどれも時間がかかりそうだねぇ」

 

「時間ってどれくらいですか?」

 

「そうだねぇ、全部で二週間ってところかなぁ」

 

「二週間…」

 

二週間もこの装備たちが使えなくなるという事か。

いや、これだけの損傷を二週間で直すというのだからかなり早いというべきなのだろう。

 

「まあ、何があったかは聞かないけどこれもいい機会だしゆっくり休むと良いんじゃないか?」

 

速田が翔介の肩を叩きながらそう告げる。

銀の福音事件のことは緘口令が布かれており、科特研の面々にも伝えることはできないが彼らもまた装備の損傷度から内心では察しているようだ。

協力してくれる彼らに何も話せないのは心苦しいが、口を滑らせれば科特研にも迷惑がかかることになるだろう。

 

だが装備、そして打鉄共々修理に時間がかかるとなれば速田の言うように心と体を休める良い機会なのかもしれない。

 

「それじゃあ装備は修理が終わったら学園に届けるよ」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

井部は研究所の部下たちに指示をし、装備たちを運ばせていく。

 

「さて、これで修理の話は良いとして。翔介君、少し聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

 

速田はそう言いながら紙の束やタブレット端末を取り出す。

 

「君は射撃、格闘、どちらが得意だい?」

 

「え?」

 

速田に問われて頭を捻る。

射撃と格闘と問われると、射撃は得意ではない。

彼にとっては銃を撃つという行為はISに乗るようになるまで一度も経験したこともない行為であったことと、刀を以って振るという行為と比べると銃を狙って撃つという行為の方が慣れないというのも理由にある。

 

勿論、楯無との射撃訓練はあるが止まっている的への命中率もそれほど高くない中動き回る相手に当てるというのも難易度が高い。動いている相手に正確に銃撃できるセシリアにつくづく感心してしまう。

 

さて、それでは近接格闘が得意かと言われるとそうでもない。

射撃と比べれば、という注釈が付く程度である。

気持ち的に銃を撃つより刀を振るったりする方がまだイメージが湧きやすいというのが理由である。

だがそれも同世代の友人たち、箒や一夏の二人のように剣道での基礎がない分大きく譲る。

 

「う~~ん……」

 

頭から煙が出るんじゃないかというくらい頭を悩ませている翔介。

 

「翔介はどちらに特化しているという感じではないと思う。敢えて言うなら攻撃より防御とかサポートに向いてる」

 

すると扉を開けて簪が入ってくる。

 

「あ、更識さん。お帰り」

 

翔介がそう告げると簪は「ただいま」と返しながら隣へとやってくる。

 

「ふむ、サポートかい?」

 

「その証拠に盾の損耗率は他の装備の中でもダントツ。翔介は単独より誰かと組んで戦うのが得意なんだと思う」

 

簪の言う通りだ。

実際に翔介は個人戦より誰かと連携して戦う方が戦績が良い。

そもそも彼は自身が前に出るより誰かを立てる性分なのもあるのだろう。その為、組んだ相手を守るために盾を多く使用するため損傷が多かった。

 

「なるほどねぇ」

 

速田は呟くと端末に何かを打ち込んでいく。

 

「あの今のは…?」

 

「いや、気にしないでくれ。今後の参考にしたかったんだ」

 

そういって笑う速田。

参考とは一体何のだろうか。

 

「皆、お茶が入ったわよ」

 

そうしていると扉を開けて藤子が入ってくる。

手には人数分のお茶とお菓子がお盆に乗っている。

 

それぞれにお茶が配られるとホッと一息。

 

「ふぅ、さて簪さんどうかな、科特研は?」

 

速田が簪に尋ねる。

 

「どれも他の企業では見れないものばかり。中でも興味があるのはあのジェットエンジンかな」

 

「ははは、そうか。うちに興味を持ってくれて嬉しいよ」

 

「それよりそんな簡単に企業の中を見せてよかったの?」

 

IS産業はいまや世界的にも競争の激しい世界。

その為、自分たちの装備や技術は出来得る限り秘匿したいものだ。

有名企業などは常日頃から企業スパイなどに気を張っている。

 

「ああ、さっきも言った通りうちに興味を持ってくれれば嬉しいって。それに興味を持ってくれれば是非うちの装備を使ってみて欲しいからね」

 

商魂逞しい。

 

「簪ちゃんは自分でISを組み上げたのよね。凄いわね、そう簡単にできることじゃないわよ」

 

「どうしてそのこと…?」

 

「あなたのお姉さん、楯無ちゃんからメールが来るのよ」

 

そう言って携帯をちらっと見せる藤子。

いつの間にやら楯無は藤子とメル友になっていたようだ。

内容は今の台詞で何となく察せる。

 

「お姉ちゃん…」

 

恥ずかしそうに顔を覆う簪。

心中お察しする。

 

「あ、あと翔介君のことも言ってたわよ。真面目で可愛いお弟子だって」

 

「お師匠さま…」

 

今度は翔介が顔を覆う番だった。

褒められるのは嬉しいがこれはだいぶ気恥ずかしい。

 

「はははっ、仲が良いなぁ、君たちは」

 

速田たちはそんな二人を見て微笑ましそうに笑う。

他人から見たら可愛いものだろうが、実際にやられる身としてはなかなか溜まったもんではない。

 

「そういえばもうすぐ君たちは夏休みだったね? 何か予定は決まってるのかい?」

 

「僕は皆と一緒に故郷に帰省するつもりです」

 

「へえ、翔介君の故郷って?」

 

「東北の田舎ですよ。ここと違って物はないけど湖と川と山があります」

 

本当に何もない。一番近い町と言っても車で三十分以上かかり、買い物も移動販売などで賄っているような田舎。

だからこそ初めて学園に来た時の人やビルの多さに驚いたものだ。

まあ、都会に来て物や人の多さ以上に色んな出来事も多かったため、ホームシックになんてなっている暇もなかったが。

 

それでもやはり故郷に帰るのは楽しみだ。

それも初めて出来た友達と一緒にだ。

 

「嬉しそうだね、翔介君」

 

「…はい!」

 

どうやら顔に出ていたようだ。

だがその通りなのだから否定もしない。

 

従姉妹たちや祖母は友達を、それも大勢連れて帰ったらどんな顔をするだろう。

驚くだろうか、どちらにしても間違いなく喜んでくれるはずだ。

 

翔介は故郷で待つ家族のことを考えながらお茶をすするのだった。




本日はここまで。

今回は特に大きな進展のない話でした。


科特研での用事も終えた主人公たち。

二人は街で買い物をすることに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

62話

科特研での用事を終え、研究所を後にした翔介と簪。

本来であれば学園の寮に戻るところだが、簪が買い物をしたいとのことで街へと繰り出していた。

 

駅から降りるとアニメキャラクターの描かれたカラフルな看板が並んでいる。

元は電気街であったというが今でもその名残が少し見える。それでも大通りに面した店舗にはアニメキャラクターやゲームの映像が流れたり、ガラス越しに古そうな玩具が陳列していたりと一種のカオスを感じる。

 

「翔介、こっち」

 

普段は大人しめな簪だが、テレビヒーローのお店を見つけるや否や翔介を引っ張っていく。

 

「更識さん、行くからちょっと待って!」

 

つんのめりながら簪に着いて行く。

彼女は展示ガラスの前に着くと鼻をくっつけんばかりに展示された玩具を見つめている。

やはり分かる人にはお宝なのだろう。

 

翔介も幼い頃はヒーロー番組を観ていたため、コマーシャルで流れる玩具が欲しくなったことは何度もあった。

だが、彼の故郷には玩具屋というものは無く、子ども心に仕方ないと諦めていた思い出がある。

そんな諦めた玩具を目の前にするとやはりワクワクするのはやはりまだまだ子どもである証なのだろうか。

 

「あ」

 

ガラス越しの玩具を眺めていた簪はすぐさま別の目標を見つけたのかそちらへと駆け出す。非常にアグレッシブである。

追いかける翔介も大変である。

 

簪が向かったのは映像ディスクコーナー。

古いものから新しいものまで揃っているようだ。

 

「これ、どこ探してもなかったやつ」

 

キラキラした瞳でパッケージを見つめる。

 

「更識さん、買うの?」

 

「うん、買う」

 

答えに一切の迷いがない。その決断力は是非とも見習いたいものだ。

翔介も映像ディスクをざっと流し見する。

すると、格闘技コーナーに差し掛かるとピタリと止まる。

 

「あ、これ」

 

そうして手に取ったのは数年前の異種格闘技の試合ディスク。

 

「あれ、翔介ってそういうのに興味あるの?」

 

「うぅん、僕じゃなくて次姉さん…従姉妹のお姉さんがね」

 

「へえ?」

 

翔介の従姉妹は二人いる。その中の次女が大の格闘技好きなのだ。

自室にはどこから集めたのか空手、柔道、合気道、剣道などなど全ての武道の雑誌や映像ディスクがある。

大量のコレクションを持つ彼女だが今翔介が手に取っているものだけは持っていなかったと言っていた。

 

「そうだ、これお土産に買って行こう」

 

「お土産?」

 

「うん、夏休みに帰省するでしょ? 元々何かお土産欲しいなと思ってたんだ」

 

お土産と言えば食べ物がメジャーかもしれないが、故郷を離れて初めての帰省。食べ物より形として残り続けるものがいいと考えたのだ。

ちなみに日程は友人たちの都合に合わせてお盆に帰省することになった。

 

「そうなんだ、じゃあ他のも探してみる?」

 

「え、でも更識さんも他にも見たいのあるんじゃない?」

 

「私は大丈夫。でも翔介のお土産はすぐに探した方が良い」

 

「そうかな? なら手伝ってもらっていい?」

 

「うん、じゃあ行こう」

 

そう言って二人はお土産探しの店巡りを始めた。

 

--------------------------------------

 

それから数十分後。

 

「ふぅ~、時間かかったけど無事に三人のお土産見つかったよ。ありがとう、更識さん」

 

「うぅん、見つかってよかった」

 

二人は大通りに面したカフェで休憩していた。暑い日差しが照り付ける中で飲むアイスココアは格別だ。

あれから町中をめぐりお土産を探した。以前、楯無からこの街は元は電気街であり色んなものがあると聞いていたが本当に何でも揃っていた。

その結果、次女には最初の異種格闘技映像ディスク。長女にはツゲの櫛、露天商で見つけたものだ。そして祖母には茶碗。どれもそこそこいい値段だったが科特研からの給金もあるのため奮発した。

 

「みんな喜んでくれるかな?」

 

「……翔介って本当に家族と仲が良いね」

 

「そうかな?」

 

「うん」

 

不思議そうにしている翔介に頷いて見せる簪。

世の中家族と言えど仲が良い家族ばかりではない。それは簪自身が身に染みて感じている。少し前まで姉である楯無とのすれ違いでギクシャクしていた身としては家族の事を嬉しそうに語る翔介は眩しく見えた。

元々更識家は特殊な家系だ。

一般的な家族と比較するものでもないということはわかってはいるが、隣の芝は青いというかやはり羨ましく感じる。

 

「一人でこんな遠くまで来て寂しくない?」

 

「寂しいって思う暇のなかったかなぁ」

 

何しろ濃い一学期であった。今思えばよくもまあ五体満足で生きていたものだ。

故郷にいた頃はこんな体験をするとは思っていなかった。

 

「それでもやっぱり一人は寂しくない?」

 

「……うん、そうだね。寂しいかどうかって言われるとやっぱり寂しいよ。でもね」

 

翔介は空を仰ぐ。

 

 

 

 

 

「遠く離れていても家族はこの大空の下で繋がってるから」

 

 

 

 

 

「大空の下で…」

 

簪もつられて空を見上げる。

翔介は顔を戻して、簪に笑いかける。

 

「でも更識さんもお師匠さまと仲良いじゃない」

 

「あれはお姉ちゃんが絡んでくるだけ」

 

今まで抑圧されていた妹愛が爆発している楯無。それに対して塩対応な簪。

とはいえけして簪も悪い気はしていないのだろう。ただあまりにも今までの姉との違いに困惑しているのが見て取れる。

 

「お姉ちゃんはもっと加減を知るべきだと思う」

 

「それは確かに」

 

妹を可愛がるのはいいが度が過ぎるのも流石にどうかと思う。ややセクハラめいたのもあるし。

愛は何してもいい免罪符ではないのだ。

 

だがあれだけの妹愛溢れる女性が今まで抑圧されていたものをようやく解放できたのだから仕方ないとも感じていた。

 

いや、やっぱりセクハラはダメだ。

 

「更識さんももっとお師匠さまに甘えても良いんじゃない?」

 

「甘える…」

 

簪は元々他者に甘えることを好まない性格である。そんな彼女に姉に甘えてみろというのもなかなか難しいかもしれない。

それでももし簪が楯無に甘えるようなことがあれば、恐らく歓喜の表情を浮かべて甘やかすことだろう。

 

「まだ慣れないってこともあるだろうけどお師匠さまと更識さんは二人の姉妹なんだから」

 

「……考えておく」

 

「うん、そうしてあげて」

 

素っ気ない返事の簪。そんな彼女に微笑みながら頷く翔介。

 

「さて、そろそろ帰ろうか?」

 

「うん、買うものは買った」

 

翔介が立ち上がると、簪も戦利品を手に立ち上がる。

二人はカフェの料金を払うと駅の方へと歩いていった。

 

-------------------------------------------

 

IS学園前駅へと到着した二人。

時間はもう夕方の十七時頃だが空は未だ明るい。これも夏を感じさせる風景だ。

二人はホームを下りて、寮へと向かっていた。

 

「あ、お姉ちゃんからメール」

 

「お師匠さまから?」

 

簪が楯無からのメールを見せてくる。

 

『羨ま、ズル、助けて』

 

文章としては容量が得ないが、何が言いたいかは実によくわかる。

しかし、こればかりは生徒会長の仕事ゆえ仕方ない。

 

「やっぱりお師匠さまにお土産買ってきて正解かな?」

 

恐らく出掛けたことがバレるだろうと帰り際にシュークリームを買ってきておいていた。これで少しは気分が晴れるといいのだが。

 

「だといいけど…」

 

「とにかく今は早く帰…ん?」

 

ふと翔介が足を止める。

 

「どうしたの?」

 

「今何か聞こえなかった?」

 

「え?」

 

翔介に言われ耳を澄ませる。

だが簪の耳には何も聞こえてこない。

 

「何も聞こえないけど…?」

 

「……こっち」

 

それでも翔介はさらに耳を澄ませ、学園へ向かう道から外れていく。

 

「しょ、翔介!」

 

慌ててそれを追いかけていく簪。

やがて道路端にかがむ翔介がいる。

 

「突然走ってどうしたの?」

 

尋ねる簪に翔介が無言で視線を送る。

 

「…わぁ」

 

簪は思わず息を吐いた。

 

-------------------------------------------

 

「なんか…あの二人の様子、変じゃない?」

 

夕食の時間。寮の食堂。

一夏をはじめとしたいつものメンバーで食事をしている中、鈴が机に頬杖を突きながら呟く。

 

「鈴もそう思うか?」

 

鈴の問いかけにラウラも同意する。

 

「二人って、翔介と簪の事か?」

 

「実際変でしょ」

 

鈴の言う通り、外出から帰ってきた翔介と簪の様子がどうにもおかしい。

夕食の時間となり一夏たちが一緒に食べようと声をかけたが何故だか慌てたように断り、断ったかと思えば二人して学食を部屋に持ち帰って食べると言って戻っていってしまった。

 

「何かあったのでしょうか?」

 

「そういえばあの二人、今日一緒に出掛けたんだよね? その時に?」

 

「ふむ…これは…」

 

ラウラが腕を組む。

 

「あの二人、所謂一夏の過ちというものがあったのやもしれんな」

 

「過ちって…」

 

「道野に限ってそんなことはないだろう」

 

ラウラの言葉に苦笑するシャルロットと箒。

翔介と簪に限ってそんなことはそうそう起きえないだろう。

 

「そうだぜ、ラウラ。翔介はしっかりしてるし…」

 

 

 

 

 

「なん…ですって…」

 

 

 

 

 

一気に冷え切ったのは食堂の冷房によるものじゃないだろう。

まるで全ての物を凍てつかせるような冷たい声。

 

「た、楯無さん!?」

 

「簪ちゃんと翔介君が…? そんな、あり得ない…でもあの二人なら、まさか…!」

 

ブツブツと呟いたかと思うとゆらりと幽鬼のように背を向ける。

 

ダッ!

 

そして突如走り出し食堂を出ていく。

 

「お、おい! これはマズいんじゃないか?」

 

「マズいってレベルじゃないでしょ!」

 

「急いで翔介たちの部屋に行くぞ! このままじゃ凄惨な事件が起こりかねん!」

 

一夏たちは慌てて食器を返して、楯無を追いかけていく。

 

 

 

楯無はダダダッと廊下を駆け抜けて寮の一室の前で足を止める。

そこは翔介と簪の部屋。

楯無はまるで殴り倒そうとするように拳を扉に振り上げる。だが、わずかな理性がそれを制止する。

 

「い、いや、待ちなさい、更識楯無。これで勘違いだったら取り返しがつかないわ。冷静に、お姉ちゃんとして、お師匠さまとして冷静に」

 

深呼吸をしながらドアに耳を聳てる。

 

 

 

 

 

「あ、駄目だよ、更識さん! それは…!」

 

 

 

 

異常事態。

 

 

「簪ちゃん! 翔介君! 大人の階段はそう簡単に上るもんじゃないわよぉ!?」

 

楯無が乱暴にドアを開く。

 

 

 

「お、お師匠さま?」

 

「お姉ちゃん?」

 

そこには翔介と簪。

 

 

 

「わふ」

 

 

 

そして茶色と白の毛玉、もとい子犬がいた。




本日はここまで。

穏やかに買い物を済ませたその日。

主人公は1匹の毛玉と出会った。

当然ながらこれはちょっとした騒動の種に。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

63話

「返してこい」

 

現在、翔介は学食内で正座をさせられていた。

その隣には簪が同じように正座をしており、二人の間にちょこんと子犬が座っている。

目の前には仁王立ちする千冬と困った表情の楯無。

 

当然のことながら話題となっているのは二人の間に座る子犬だ。

二人の話によれば科特研で用事を済ませ、買い物をした帰り。学園駅前から少し外れた先の道端で捨てられていたところを拾ってきたという。

 

「寮で犬を飼える訳ないだろう」

 

「そんなぁ…」

 

IS学園は主に千冬を筆頭として規則には厳しい。

その反面、学生に対する校則は意外と緩い。

その為、学生服の改造や寮の部屋に私物を揃えたりとわりかし自由である。

 

だが流石にペットは許されていない。

 

「服装や家具ならまだしも動物は人によってはアレルギーがある。命に関わるようなものは許す訳にはいかない」

 

「それは分かってますけど…」

 

アレルギーは油断できないものだ。酷ければ命を落とす原因になることもある。

 

肩を落とす翔介を見て、少しばかり言い過ぎたかと眉を顰める。

だが翔介のことだ。他人に迷惑をかけてまで自分の意志を押し通そうとはしない。周りとの和を重んじる彼ならば。

 

 

 

 

 

 

「い、嫌です」

 

 

 

 

「何…?」

 

まさかの拒否。

今までこんなにあっさり拒否することがあっただろうか。

 

「嫌です、この子をまた捨ててくるなんてできません」

 

「翔介君、それでも学園ではその子を置いておくわけにはいかないのよ」

 

「それでもこの子を一人には出来ないです!」

 

翔介は子犬を抱き寄せる。子犬は大人しく彼の腕の中にすっぽり納まっている。

 

「だが毎回捨てられていたら拾ってくるつもりか?」

 

それではキリがない。

どんな命も愛するその心根は素晴らしいものだが度を越せばかえって自らや周りの首を絞めることにもなる。

実際に捨て犬や捨て猫をすべて拾ったはいいものの結局世話を見切れずに保健所行きになってしまったという例もある。

 

「でも、でも…」

 

それでもなお食い下がろうとする翔介。

 

「道野、命を飼うと言う事がどういうことか…」

 

「わかってます。よくわかってます」

 

千冬が言い終わる前に翔介が断言する。

何度も言うが翔介の故郷はひたすらに田舎であった。そこに生活する人々は農業や畜産業を営んでいるものがほとんどだ。

翔介も幼い頃から何かと故郷の住人たちの手伝いをしてきた。その中には勿論家畜、牛や豚、鶏などの世話も入っている。食べるために命を育て、その命を戴く。命の重さを誰よりも知っている。

だからこそ、断言するのだ。

 

「……だが、やはり許可はできない。道野、前例を作るわけにはいかん。今回許したとして今度同じようなことが起きた場合全て許可することはできない」

 

「うぅ……」

 

「お姉ちゃん…」

 

俯く翔介を見て、助けを求めるように姉を見る簪。

しかし、楯無も困ったように顎に扇子を添える。

 

今回の言い分はどちらも正しいが生徒の長である立場上、千冬の言うように特例を作るわけにはいかなかった。

だが翔介の子犬を助けたいという想いも無下にはできない。

 

子犬を戻してきたとしてその後また誰か心優しい人が拾ってくれるとは限らない。もしかすれば事故に巻き込まれる可能性も十分にあり得る。

かといって学園で飼うとしてもエサや寝床など物入りだ。学園側でそれを用意するわけにはいかない。

 

「何とかしてあげたいけど…こればかりはどうしようもないわ」

 

楯無が首を振ると簪も残念そうに肩を落とす。

力になってあげたいのも山々だが身内に対して甘くしては他の生徒に示しがつかない。

 

千冬は正座する翔介の目線に合わせるように身をかがませる。

 

「道野、お前が命を大切にしようとする気持ちはよくわかった。だが、私たちはルールの中で生きている。そのルールは守らなければいけない。それはわかるな」

 

「はい…」

 

やはり最初こそ拒否はしたが話してわからない少年ではない。

だが心底がっかりするその表情は見ていて可哀想にも思えてくる。

元々、彼は良心からの行動なのだから。

 

「…ここに置いておくことはできないがその代わり飼い主を探すくらいなら…」

 

 

 

 

「おや、どうかしたのかな?」

 

 

 

そこに穏やかな男性が声をかけてくる。

この学園において一夏と翔介以外の男性は一人しかいない。

 

「轡木さん?」

 

「やあ、翔介君。子犬を拾って来たんだって?」

 

轡木十蔵はニコニコとしながら翔介の腕から子犬を抱き上げる。

子犬は尻尾を振りながら大人しく抱かれている。

 

「おお、おお、人懐っこい子だね」

 

「轡木さん、今丁度その犬の処遇について話していまして」

 

千冬は事の経緯を十蔵に話す。

不思議なことに事務員である彼に敬うような丁寧な話し方をする。

 

「そういう事だったんだね」

 

十蔵はうんうんと頷きながら話を聞いている。

 

 

 

 

「良いじゃないですか、この子をここで飼っても」

 

 

 

『え!?』

 

食堂にいた全員が驚きの声を上げる。

 

「いいんですか!?」

 

翔介が身を乗り出して十蔵に問い掛ける。

 

「ああ、日中は私が面倒を見るから朝とか放課後はちゃんと翔介君が見てくれるなら」

 

「見ます! 絶対に!」

 

「轡木さん、それは…」

 

「学園長には私から話を通しておくから」

 

千冬の言葉を制して十蔵がそう告げる。

彼がそう言うと千冬は何も言い返すことができずに口をつぐむ。

一介の事務員にそんな権限があるのかどうかわからないが翔介にとっては大人が味方に付いてくれただけで嬉しかった。

 

「轡木さんがそういうのであれば…」

 

「良かったわね、翔介君」

 

楯無が少し困ったような顔で笑う。

 

「はい!」

 

満面の笑みで子犬を十蔵から受け取り抱き上げる。

簪も嬉しそうに翔介の隣で子犬を撫でている。

 

「ねえ、翔介。この子の名前決めないと」

 

「もう決めてあるよ!」

 

「あら、気が早いわね。どんな名前かしら?」

 

楯無も二人に加わり問い掛ける。

 

 

 

 

 

「わん太郎!」

 

 

 

 

「わん…」

 

「太郎…」

 

なんとも言えないネーミングセンスである。

いや、拾ってきた本人がそう決めたのだから何も言うまい。それに心なしか子犬改めわん太郎も嬉しそうだ。

 

「よろしくね、わん太郎!」

 

翔介の声にわん太郎もワンと一鳴きで答えるのだった。

 

----------------------------------------

 

「良かったのですか?」

 

子犬を抱えて喜ぶ三人を遠目に見ながら千冬は十蔵に問い掛ける。

 

「ええ、良いんですよ。大きくなれば番犬になってくれます。まあ、織斑先生がいれば必要ないのかもしれませんが」

 

そう言ってころころ笑う十蔵。

読めない人だ、と千冬は心の中で呟く。

 

「しかし、すいませんね、織斑先生。勝手に決めてしまい」

 

「いえ、あなたがそういうのであれば私に否応はありません」

 

 

 

 

「轡木十蔵学園長」

 

 

 

「ははは、今の学園長は妻ですよ」

 

表向きは、だが。

IS学園事務員、轡木十蔵。その正体は学園の実務関係を取り仕切る事実上の運営者。

ISは二人の例外を除いて女性しか動かすことができない。そんなISに関わる学園のトップが男性では何かと不都合だろうと考えた十蔵は妻を表向きの学園長としたのだ。

その代わり彼は事務員として日々学園のため、生徒たちのために業務をこなしていた。

 

「それにたまにはいいじゃないですか」

 

「と言いますと?」

 

「翔介君にはいつも仕事を手伝ってもらっていますからね。たまにはご褒美があってもいいでしょう」

 

これは贔屓になってしまいますかね、と言ってまた笑う。

 

翔介は何かと十蔵と一緒に花壇の手入れなどを一緒にしている姿をよく見られ、とても仲が良い。

そのお礼も兼ねているのだろう。

贔屓と言ってしまえば贔屓だが事実上の運営者がいいというのならばいいのだろう。

 

それに。

 

はしゃぐ翔介を見やる千冬。

 

「……そうですね。たまには、いいでしょう」

 

ここ最近、翔介は大変な目にばかり合っている。それは翔介に限らず専用機持ち全員なのだが、生死不明になったり、とある天災にちょっかい掛けられたりと何かと苦労ばっかりだった。

 

それならたまにはこんな風に良い事があってもいいだろう。

 

千冬はフッと笑いながら喜ぶ翔介を見ていた。

 

---------------------------------------------

 

翔介は朝起きるとすぐさま運動着へと着替えるといそいそと寮の玄関まで降りていく。

 

「わん太郎、おはよう!」

 

寮の入り口横に作られた犬小屋からわん太郎が顔を出す。

首には真新しい首輪が付けられており、翔介はその首輪にリードを取り付ける。

 

「行くよ!」

 

IS学園に子犬と一緒にジョギングをする男子生徒という名物が増えた。

朝から照り付ける陽光が眩しい。

 

もうすぐ夏休みだ。

 

 

 




本日はここまで。

無事に子犬を飼うことになった主人公。

そして待ちに待った夏休み。
まだ里帰りには時間があるけれどやることはいっぱい。

次回、主人公目覚める。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

64話

夏休みが始まった。

一カ月近くある長い休み。やりたいことはいっぱいある。

お盆には故郷に帰省することになっており、それまでは学園で過ごすことになる。すぐに帰省しない生徒たちも残っており、それほどいつもの風景と変わらぬように見える。

 

さて、肝心の翔介だが現在生徒会室に集められていた。

というのも夏休み明けの学校行事に向けた生徒会の会議があるからだ。

 

「学園祭ですか?」

 

「夏休みが終わって一番最初の学校行事ですよ」

 

翔介が首を傾げると向かいに座る虚が教えてくれる。

話には聞いたことがあったが、今まではとんと縁のない行事だったために今からワクワクしてくる。

 

「それでね今年のステージイベントのゲストを決めようと思ってね」

 

これも虚が教えてくれたが毎年文化祭には外部からのゲストを呼ぶのが恒例となっているそうだ。ゲストは芸能人やアイドル、お笑い芸人などを生徒たちから募集して決めているらしい。一年生が臨海学校に向かったときから募集が始まっていたそうだ。

ちなみに翔介は芸能人はよくわからず応募はしていなかった。

 

「それで今年のゲストは誰になるんですか?」

 

「色々な案はあったけど一番票数が多かったのは『詩月梢』ね」

 

「詩月梢?」

 

知らない名前だ。

 

「あら、翔介君は知らない?」

 

今度は楯無が説明をしてくれる。

詩月梢。

二年前から彗星のごとく現れた歌姫だ。その美しい容姿と美声であっという間に頂点に登り詰めたという。

 

「へぇ~、でもそんな凄い人呼べるんですか?」

 

「普通なら無理ね。でもそこはIS学園。使える手はどこまでも使うわ」

 

「…間に合うんですか?」

 

学園祭は夏休みが明けて一月後。今から交渉したとして学園祭本番に間に合うのだろうか。色々と打ち合わせもあるだろう。

 

「そこは…事前にある程度どんなゲストでも対応できるように段取りを組むしかないわね。難しいとはいえ生徒の総意を無視するわけにはいかないからね」

 

生徒の自主性を重んじるIS学園としてそれは出来るだけ避けたいところ。

それに年に一度の学園祭。できれば派手に行きたい。

 

「まあ、呼べるかどうかは今後の交渉次第として。その前に翔介君」

 

「はい?」

 

 

 

 

 

「お姉さんとまたデートしない?」

 

 

 

 

--------------------------------

 

 

次の日。

翔介は寮の入り口で楯無を待っていた。待っている間、わん太郎とボールで遊んだりと暇つぶしをしていた。わん太郎もすっかり寮のアイドルとなっていた。元より人懐っこい性格と愛らしさで受け入れられるのにそう時間はかからなかった。

 

「お師匠さま、遅いなぁ」

 

待ち合わせの時間から随分と経っている。

とはいえまだ本日の目的の時間からは余裕がある。

 

昨日、楯無がデートと称したが本当の目的は詩月梢のコンサートへ行くことだった。

どうやら今回のゲストの件もあり、下見という名の下に裏で二人分のチケットを入手したようだ。

それにしても以前、裏世界の要と言っていたが割と庶民的なことに権力を使っていいのだろうか。

 

「お待たせ~」

 

「あ、お師匠さま。遅いです…よ…?」

 

声をかけてきた楯無の方のへと視線を向けると思わず仰天してしまう。

というのも楯無の格好。

梢LOVEとデカデカとプリントされたシャツ、そして何故か両手には色とりどりのサイリウムが指の間にそれぞれ挟み込んでいる。

度々出掛ける時の大人な格好からしてみれば突破としか言えない格好であった。

 

「もう、そういう時は全然待ってないよって言うところよ?」

 

楯無は口を尖らせて抗議してくるがそれどころではない。

 

「お師匠さま、なんですかその格好?」

 

「何って…コンサートの正装じゃない」

 

さも当然のように言ってのける。

いやいや、そんな心底不思議そうな顔をされても困る。

 

「これから行くのはコンサートよ? それならそれ相応のドレスコードというものがあるのよ」

 

ドレスコードなんて御大層なものではないと思うが、経験のない翔介は彼女の言葉を信じるしかなかった。

 

「僕もその恰好にした方が良いんですか?」

 

「いや、別に押し付けるつもりはないわよ」

 

「そ、そうですか…あれ、そもそもお師匠さまそんなに好きだったんですか、詩月梢さんって人の事?」

 

割とノリと勢いで物事を進める時もある楯無だが、この格好は勢いだけで用意するものでもない。

 

「そうね、コアなファンっていうほどではないけど同じ女性として尊敬しているわ」

 

尊敬の証が梢LOVEシャツなのか。

翔介の知らない世界が広がっている。

 

「さあ、そろそろ行きましょうか」

 

「は、はい」

 

翔介はわん太郎の頭を一撫ですると、先に歩き始める楯無の後ろを追いかけて行った。

 

 

学園前駅から電車に乗り、途中電車を乗り換えてようやくコンサート会場へと到着した。

会場は大きなドームで既にその前に大勢のファンが並んでいる。

二人は列の後ろに並び、順番を待つことに。

 

周りのファンの格好は楯無と同じような格好をしているものもいれば、翔介と同じように普通の格好をしている人もいる。

だがどの人も一様に楽しそうに今か今かと心待ちにしている様子を見ているとどうしてもファンでも何でもない自分がここにいていいのかと心許なくなってくる。

 

「あの、僕浮いてませんか?」

 

「あら、そんなこと気にしてるの? 大丈夫よ、元々今日は学園祭の下見みたいなものなんだし」

 

確かに今日は学園祭のゲストの下見というのが本来の目的である。

だが、だからこそ場違い感を感じるのだ。

 

「それなら、はい」

 

すると楯無はポケットから自分の携帯を取り出しそこにイヤホンを取り付ける。そして片方のイヤホンを差し出してくる。

 

「事前学習ってことで」

 

イヤホンから聞こえてくるのは澄んだ綺麗な歌声。

 

「これが…?」

 

「そう、詩月梢よ」

 

そう言って楯無はもう片方のイヤホンを自分の耳にはめる。

 

「翔介君、もっとこっち来なさい。あんまりイヤホン長くないから」

 

「あ、は、はい」

 

何気なしにそう告げる楯無だが翔介はどうにも気恥ずかしさを覚える。

というのも今二人がやっているのは時折街中で見る仲の良い男女がよくやってる風景。仲のいい男女程その距離は近くなるらしいがこれは非常に恥ずかしい。

勿論、近寄るなと言われるほど嫌われるよりは全然いいのだが。

 

このお師匠さまはどうにも自分を弟か何かと思っているのではないかと思う時がある。接し方が簪と同じような時があるような気がしないでもない。

これだけ距離が近いのも少し考えものである。

 

「あ、そろそろ開場みたいね」

 

気付けば列が動き出しどんどん入場していく。

二人も人の流れに従い会場内へと入っていく。

 

中に入るとやはり外とは違って人混みでぎゅうぎゅうだ。

 

「やっぱり中は混んでるわね。翔介君、はぐれないように…」

 

楯無が翔介に注意を促そうと後ろを振り向いた途端、ドンと彼女に肩に他のファンの肩がぶつかる。

普段はこの程度では微動だにしない楯無だが、不意打ち気味にぶつかってしまいその身体がよろける。

 

「わ、おっと…!」

 

「お師匠さま!」

 

よろける楯無の手を翔介が寸でのところで掴む。

お陰でなんとか楯無は転ぶことはなかった。

 

「大丈夫ですか?」

 

「え、えぇ、ありがとう」

 

「人も多いし気を付けてくださいね」

 

「ええ、まったく注意しておいて自分が不注意なんて世話ないわね」

 

楯無は決まり悪そうに笑う。

しかし、すぐにその笑みはニヤッと意地悪な笑みに変わる。

 

「ところで翔介君」

 

「はい?」

 

 

 

 

「いつまでお姉さんの手を握ってるつもりかしら?」

 

 

 

「え、あ! ごめんなさい!」

 

楯無に言われて咄嗟に楯無を掴んでからずっとそのままだったことを思い出した。

翔介は慌ててその手を離す。

 

「踊り子にタッチは禁止よ~?」

 

「だ、誰が踊り子ですか」

 

翔介は顔を赤くしてそっぽを向く。

楯無はクスクスと笑う。だが先程まで握られていた手に視線を落とし、しばらくじっとその手を見つめる。

 

「あの、お師匠さま?」

 

翔介に声をかけられるとさっと視線を上げる。

 

「ん、何かしら?」

 

「もう座席まで行けるみたいですよ」

 

「そうね、行きましょうか」

 

二人はそのまま自分の座席へと向かった。

彼らの座席は広い会場の真ん中程。ステージからは離れている観賞するには十分な距離だろう。

 

「そろそろ始まるわね。翔介君、始まったら立ちっぱなしになると思うけど大丈夫かしら?」

 

「大丈夫ですよ、立ったり座ったり繰り返すのは畑仕事で慣れてます」

 

「それとはまた違うと思うけれどね…」

 

そんな会話をしているとブーッと開演のブザーが鳴る。

さっきまでざわざわしていた客席がシンッと静まり返る。

 

すると会場の照明が消え、音楽が流れ始める。

そしてステージの中央の床が開き、そこから一人の女性がゆっくりとせり上がってくる。

 

絹のように長く美しい黒髪がさらりとなびく。

彼女こそが詩月梢だ。

 

その瞬間、会場全体から歓声が沸き上がる。

 

梢は手にしたマイクを口元に運ぶ。

スッと息を吸い込み、歌い始める。

 

その瞬間、翔介の身体に衝撃が走る。

始まる前に楯無の携帯でも歌を聞いたが、生の歌声は全然違った。

今までで感じたことのないような衝撃。全身の毛が逆立つような感覚。

 

これを言葉にするのならば『感動』というのだろう。

 

 

 

その後のことは覚えていない。

気付けばコンサートは終わり、楯無と一緒に帰路に着いていた。

その間の彼女との会話も覚えていない。

 

ただ一つ。

心に決めたことがある。

 

 

 

次の日、CDを買いに行こう。

 

 




本日はここまで。

間が空いてしまい申し訳ありません。
次回は出来るだけ早く投稿できるようにしたいです。


女性歌手に目覚めた主人公。

主人公は早速街へと出掛けることに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

65話

財布良し!

携帯良し!

ポータブルCDプレイヤー良し!

 

既に何度も入念にバッグの中を確認した。

最後に帽子をかぶり準備は万端。

 

いざ、宝を探しに!

 

翔介は寮の扉を開き、飛び出した。

 

今日の目的は詩月梢のCDを入手することだ。

資金は十分にある。

ちなみにポータブルCDプレイヤーは従姉妹のおさがりである。持っていても使う機会がなかったのだがようやくその役目を果たすことができそうだ。

翔介はウキウキとしながら電車に乗って街に繰り出す。

何でも揃うこの街ならすぐに見つかるだろう。

 

「よし、行くぞ!」

 

翔介は意気揚々と歩きだした。

 

 

 

一時間後。

 

 

 

「見つからない…」

 

翔介はベンチに座りうなだれていた。

CDショップや音楽関連店舗に足を運んだがどこに行っても売り切れ。再入荷の目途も立っていない。

そもそも最近はCD本体を買うより携帯にダウンロードする方法が主流となっていることもあり補充が後回しになっているらしい。

 

「すぐに見つかると思ったけど…」

 

ふぅとため息を吐く。しかし、すぐに頭を振る。

 

「いや、まだ探してないお店があるはず!」

 

翔介はフンと気合を入れて歩き出す。

やがてまた別のCDショップにたどり着く。店内は空調も効いておりとても涼しい。

店内に入るや翔介はすぐに邦楽コーナーに向かう。

棚には五十音順にCDが揃えられており、詩月梢を探して指でなぞっていく。

 

「あ、あった!」

 

果たしてようやく目的のものを見つけてそのCDに手を伸ばす。

しかし、その手がCDに触れる瞬間、もう一つの手がCDに触れた。

 

「あ」

 

「え?」

 

思わず声を上げる。それは相手側も同じようでお互い顔を見合わせる。

相手は翔介と同じくらいの少女。ラフな格好に頭にはバンダナを捲いている。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

「あ、こちらこそ」

 

少女は慌てて頭を下げてくる。

翔介は手を振りながらそれに答える。

 

「えっと、あなたも詩月梢のCDを?」

 

「は、はい。でも…」

 

棚にあった残っていたCDは一枚だけ。

少女はしばらく悩みながらそれを翔介に差し出してくる。

 

「どうぞ、先に手を伸ばしてたし…」

 

どうやら翔介にCDを譲ろうというようだ。

本来であれば喜んで受け取りたいところだが、彼女の様子を見ていると悩ましい。

バンダナをしているが頬を伝う汗が翔介と同じくこのCDを探し回っていたのだろう。

 

それでもここでこれを逃せば次はどこで見つかるか…。

 

 

「いや、それはあなたが買うといいですよ」

 

 

翔介は少女が差しだすCDを丁重に返す。

それに少女は目を丸くする。

 

「え、でも…」

 

「大丈夫。僕はまた他のお店を探せばいいからね」

 

翔介はあははと笑いながらCDショップを後にする。

後ろから少女が声をかけてくるが足を止めることなく出て行った。

 

 

 

 

「うぅ…カッコつけすぎたぁ…」

 

 

 

さらに一時間後。

あれから町中を探したのではないかというくらい歩き回った。結局どこもCDは売り切れ状態。こんなにも見つからないものなのか。

 

今は近くに来たということもあり『ベーカリーエース』で休憩している。北登たちは快く迎えてくれた。

翔介はお昼代わりの特性ヤキソバパンをモソモソと食べる。

 

「はっはっは、だけど女の子のために我慢するなんてカッコいい事するじゃないか」

 

北登は笑いながら商品を並べている。

確かに彼女にCDを譲ったことは後悔はしていない。

武士は食わねど高楊枝という訳ではないが時には無理してでも我慢するべき時もあるのだ。

だけど改めて詩月梢の人気の高さを窺える。こんなに探してもどこに行っても売り切れとは。

 

「後はどこを探せば…」

 

「CDを探すか…」

 

北登と翔介は二人で頭を捻る。

すると奥から新しいパンを持って結子が出てくる。

 

「音楽CDならあそこはどうかしら?」

 

「ああ、あそこか。だけど今日はやってるかな?」

 

「あそこってどこですか?」

 

どうやら北登夫妻には何か心当たりがあるようだ。

ここまで来たら何が何でもCDを手に入れたい。

翔介は最後の希望として心当たりへと向かうことにした。

 

 

--------------------------------------------

 

「あった」

 

翔介は一軒の小さな店舗の前に来ていた。

そこは壁はレンガ造りであり、蔦が覆っている。どこかモダンな印象を受ける。

しかし、同時に営業しているのかどうか怪しい雰囲気もある。

 

扉の上には手作りの看板で『レコ―堂』と書かれている。

北登夫妻に教えてもらった店で間違いないようだ。

しかし、人気はなく入っていいのか躊躇してしまう。

だが扉の所には営業中と札がぶら下がっている。

どうやら営業はしているようだ。

翔介は戸惑いつつも扉に手をかけ中へと入店する。

 

「お邪魔します~…」

 

レコ―堂の中に入るとコーヒーの匂いが鼻をくすぐる。

店内は半分がCDやレコードが並んでおり、もう半分は小さなテーブルが二つとカウンター席が用意されている。

 

翔介は物珍しそうに店内を見渡していると。

 

 

 

「いらっしゃい」

 

 

 

「ふわっ!?」

 

不意に声をかけられ飛び上がってしまった。

振り向くとカウンターに一人の女性が腰かけていた。気付かなかった。

ぼさっとした髪に気だるげな表情と黒縁の眼鏡、口元には棒付きのキャンディーを咥えている。

 

「ご、ごめんなさい。勝手に入って…!」

 

「扉に営業中と下がってただろう? なら自由に入って構わないさ」

 

女性はそう言いながらのっそりとキッチンの方に移動する。

 

「それで? CDかい? それともコーヒーかい?」

 

「え?」

 

「ここに来る客の目的は二通り。CDを買うか、それかコーヒーを飲むか」

 

なるほど、どうやらこのレコ―堂という店はCDショップ兼喫茶店でもあるようだ。

 

「でもどうして喫茶店と一緒になってるんですか?」

 

「私の祖父…前マスターの趣味でね。どっちもやりたいから一緒にしたってだけさ。それよりそんな所で立ってないで取りあえず座ったらどうだい?」

 

女性マスターに促され、翔介はいそいそと彼女の目の前のカウンター席に腰掛ける。

 

「さて、今日の用はどっちかな?」

 

「あ、えっと、今日はCDを探してて…」

 

コーヒーカップを拭きながらのマスターの問いに答える。

 

「CDか。誰のを探してるのかな?」

 

「詩月梢さんって女性歌手なんですけど」

 

翔介がそう答えると女性マスターはピクリと反応する。

 

「詩月梢か。残念ながら最近のCDは余り置いてなくてね。なにせ前マスターの趣味で古いものばかりだから」

 

その答えに翔介はガクリと項垂れる。最後の希望も潰えてしまった。

確かによくよく見てみれば陳列されているCDは演歌や歌謡曲など若い世代より自身の祖母くらいの齢の人々が聞いていそうなものばかりだ。

時折最近のCDも混じってはいるが全体から見てみればほんの一握りといったところである。

 

「折角こんな店まで足を運んでもらったのにすまないね。お詫びという訳ではないけどサービスだ」

 

目に見えて落ち込んでいる少年に女性マスターはことりとコーヒーカップを置く。

 

「でも…」

 

「なに、今も趣味でやってるような店なんだ。売上なんて気にするものでもない」

 

女性マスターはあっさりと答える。気前がいいのか、本当に売り上げの事なんて考えていないのかはわからないが厚意を受け取らないのもかえって失礼だろう。

 

翔介はカップを持ち、ゆっくりと啜る。

 

「……美味しい…」

 

思わず声が漏れ出る。

本来翔介はコーヒーが得意ではなかったはずなのだが、本当に美味しいと感じた。砂糖もミルクも入れないブラックだというのに。

翔介はズズッとさらにコーヒーを啜る。

やはり美味しい。

 

夢中でコーヒーを飲んでいると女性マスターがキャンディーを舐めながら問い掛けてくる。

 

「それにしても詩月梢ねぇ。最近名が知れているが、君もファンなのかい?」

 

「はい。といってもファンになったのはつい昨日なんですけど」

 

「昨日?」

 

「昨日初めてコンサートに行ったんです。そしたら想像以上の衝撃で…」

 

よく雷に打たれたような衝撃、というが正にその通りだ。

あの圧倒的な歌唱力にすっかり心を奪われてしまった。

 

「昨日の今日でCDを買いに来たという訳か。行動が早いね」

 

女性マスターは感心したように告げるが「だけど」と続ける。

 

「それならコンサートの物販で買えばよかったんじゃないかい?」

 

「……………あ」

 

それは失念していた。

今思えばその通りである。会場のグッズ販売ならCDの一枚くらい買えたはずだ。

だが一つ言い訳をするのならば。

 

「コンサートの衝撃で魂が抜けてたと言いますか…」

 

詩月梢のあまりの衝撃に帰宅する頃には夢の中にいるような放心状態だった翔介。自分がどうやって帰ったのかも覚えていないほどだったのだ。グッズ販売でCDを購入するという考えがそもそも浮かんでこなかったのだ。

 

余談であるがコンサートの帰り道。放心状態の翔介を楯無が引っ張って寮まで帰ってきたことをここに付け加える。

 

「でも本当に詩月梢さんは凄くて…!」

 

翔介は興奮したように女性マスターにコンサートでの衝撃を伝える。

彼女はそれを黙って聞いている。

そしてある程度語りつくすと翔介はカウンターに突っ伏す。

 

「あぁ…やっぱりCD欲しいなぁ…」

 

「大した人気っぷりだね、詩月梢は」

 

 

 

 

 

「でも確か彼女、今少し問題抱えてただろう?」

 

 

 

女性マスターから何気ないトーンでとんでもない話が飛び出した。

翔介は目を丸くした。




本日はここまで。
またまた期間が開いて申し訳ないです。
1週間に1本のペースは守っていきたい所存。


CDを探し求めて訪れたレコ―堂。

詩月梢の凄さを熱弁する中、衝撃的な事実を聞いた主人公。
果たして彼女も抱える問題とは。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

66話

「問題…?」

 

女性マスターの言葉に翔介が固まる。

それというのも芸能人で問題なんて言葉を聞けば、幼い頃にテレビで見た芸人の不祥事やら何やらを思い浮かべてしまう。

 

するとマスターはそれを察したかのようにすぐに否定をしてくる。

 

「ああ、問題と言っても悪い事じゃないから心配しないでいい」

 

彼女の言葉にホッとする。

だがそれならば詩月梢の抱える問題とは一体何なのだろうか。

女性マスターは一冊の週刊誌を取り出すと差し出してくる。

それは割と有名なゴシップ週刊誌のようだ。

 

週刊誌の表紙には大きな見出しで『詩月梢、女優へ転向か』と書かれていた。

 

「女優?」

 

「ああ、最近詩月梢は女優への道を考えているそうでね」

 

「それが問題なんですか?」

 

問題というからどんなものかと思ったがむしろ詩月梢の活躍の場が広がるチャンスなのではないだろうか。

だが女性マスターは渋面を浮かべる。

 

「詩月梢は歌い手だからさ」

 

「歌い手だから? それがどうして?」

 

「もし詩月梢が女優業を始めた場合、歌手業が疎かになると考えられているのだろう。女優と歌手の二足の草鞋は難しいからね」

 

「そんな事…」

 

「少年、もしもう詩月梢の新曲が聞けないとなったらどう思う?」

 

女性マスターがそう問いかけてくる。

翔介は一日前にファンになったばかりだ。そこまで思い入れがないと言われればそうなのだが。

 

「それは少し困る、かも…」

 

だがファンになったばかりだからこそ詩月梢の歌が聞けなくなるのは寂しかった。

 

「そういう人たちが多いんだよ。それに今までそんな経験のない人間が女優をやろうとすること自体に許せないという人もいるんだよ」

 

「そんな人もいるんですか?」

 

「ああ、いる。たまに聞くだろう。俳優が声優をやって揉めること」

 

そう言われてもいまいちピンと来ていない翔介。女性マスターは「とにかくそういうことがあるんだ」と続ける。

 

「だからね、今まで歌い手だった詩月梢が女優になることを嫌がられることもあるんだよ」

 

女性マスターは少し遠い目をしながらそう呟いた。

その瞳にはどこか憂いを帯びていた。

彼女の話を聞けば、それが詩月梢の問題になっている理由が良くわかった。

しかし、そこで一つ疑問が浮かんできた。

 

 

「詩月梢さんはどうしたいんだろう…?」

 

 

翔介の言葉に女性マスターはキョトンとした様子で視線を向ける。

 

「どうしたい、とは?」

 

「あ、えっと、何が問題になってるかは分かったんですけど…。詩月梢さんは女優になりたいのかなって…」

 

歌姫が女優になることを望まない者がいることはわかった。しかし、それとは別に詩月梢が女優をやりたいのかそれが気になっていた。

彼の疑問に女性マスターはキャンディーを口から取り出して思案する。

 

「それは…どうだろうね。詩月梢本人に聞いてみないと。なんでそう思ったんだい?」

 

「昨日のコンサートで本当に楽しそうに歌ってたんです。そんな人がこんな話が上がってくるってことはやっぱり女優になりたいのかなって」

 

コンサートに来た観客の様子、CDは売り切れ続出。それだけで歌姫である詩月梢の人気の高さは伺える。今のままでも十分な名声を持っていると言える。

 

「……私からはなんとも言えないが、詩月梢が女優になろうとするという事は『やってみたい』という想いがあったからなのだろうね」

 

「『やってみたい』…じゃあ、やっぱり」

 

翔介が叔母を続けようとするが、それを女性マスターが遮る。

 

「だがね、やってみたいからと言って出来るかというとそうとも言えなくてね」

 

「どういうことですか?」

 

「なら少年、今度は私から質問してみてもいいかな?」

 

女性マスターは口に新しいキャンディーを咥えながら翔介に尋ねてくる。

 

「大人になったら『やりたいこと』って増えると思うかい? それとも減ると思うかい?」

 

「えっと…?」

 

翔介は彼女の質問に首を傾げる。

質問の意図がわからない訳ではないようだが。

女性マスターはしばし悩む翔介を見つつ口を開く。

 

「正解はね、『やりたいことは増えるけどやらなければいけないことも増える』だよ」

 

「やらなければならない事?」

 

「大人になるとね、できることが増えるものだ」

 

人とは年齢的、身体的、制度的に見ても大人になることで出来ることは増えていく。働くことで給料が得られたり、伴侶と結婚出来たりと子供ではできなかったことができるようになっていく。

その反面、大人になることで果たさなければならないことも増えてくる。それ故にできることが増えても、それが邪魔してやりたいことを思う存分に出来なくなることもある。

 

「詩月梢にとっては女優をやってみたいと考える判明、他に果たさなければいけない役目があり、周りからの反応もあって判断に窮しているというの現状なのかもしれないね」

 

女性マスターはそう言いながらガリッとキャンディーをかみ砕く。

 

「……」

 

彼女の言葉に翔介は黙り込む。

彼にとって大人の難しさはまだよくわからない。それでも今の言葉の意味を理解できないほど子供ではない。

だがそれでも…。

 

 

「出来れば詩月梢さんの演技、見てみたいかなぁ…」

 

 

翔介の口からは思わずそうこぼした。

 

「…ほう?」

 

「あ、えっと、大人って大変なことはよくわかったんですけど…」

 

 

 

 

「大人でも夢を追いかけても良いんじゃないかなって」

 

 

 

 

「どうしてそう思うのかな?」

 

女性マスターが問い返してくる。

少しだけその表情が険しい。どこか不機嫌そうにも見える。

 

「僕、訳あって色んな大人の人に会ったんですけどどの人たちも自分の夢に向かって一生懸命で…」

 

思い浮かぶのは科特研の面々、坂田レーシングクラブの秀幸。

どちらも夢を諦めてしまいそうになりながらももう一度立ち上がるその姿に若い翔介は励まされていた。

 

「大人ってすごく大変だと思います。でも、自分のやりたいことがあるなら真正面から向かっていいと思うんです」

 

 

 

 

 

「だから詩月梢さんにもそんなカッコいい大人でいて欲しいなって…なんて僕の勝手な言い分ですよね」

 

 

 

 

翔介はそこまで言うと照れ臭そうに残りのコーヒーを一気に煽る。

口の中に程よい苦みが広がる。

 

「ご馳走様でした! 今度は友達と一緒に来ます」

 

翔介はカップを置いて、カウンター席を立ちあがる。

結局目的のものは見つからなかったが新しい出会いがあったので良しとしよう。

 

「待ちたまえ、少年」

 

退店しようとする翔介の背中に女性マスターが声をかけてくる。

そして少しその場で待つように告げると裏の方に引っ込んでいく。

何事かとしばらく待っていると、やがて女性マスターは手に一枚のCDを持って出てくる。

 

「ほら、これも持って行くといい」

 

そう言って手渡されたCDはパッケージも何もなく透明なケースに入っており、手書きで『詩月梢 VOL.1』とだけ書かれていた。

 

「こ、これって!?」

 

「詩月梢のファーストシングルCDだよ」

 

「タダじゃ貰えないですよ!」

 

コーヒーを無料で提供され、その上CDまで無料で貰うわけにはいかない。

 

「いいんだよ、それは売り物じゃないから」

 

「でも…」

 

「…これはお礼だよ」

 

女性マスターはフッと口角を上げる。

 

「詩月梢のやりたいことを認めてくれたお礼」

 

「お礼って…どうして?」

 

「…こう見えて私も詩月梢のファンってだけだよ。詩月梢ファン同士、友好の証ってことで受け取ってほしい」

 

キャンディーを咥えながらそう嘯く。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「しかし、そんなに欲しかったのなら通販でも利用すれば良かったんじゃないのかい?」

 

不思議そうに尋ねる女性マスター。

すると、目を丸くする翔介。

 

「つーはん?」

 

「……少年、まさか…」

 

何度も言うが道野翔介は田舎の少年である。いや、田舎の少年でも今時通販サイトを知らない者はいない。

だが、翔介の欲しいものは大体故郷で手に入ったし、ネット環境というものも持っていなかったため通販サイトを利用するという考えに至らなかった。

 

「くっ…くくく…」

 

そんな翔介が可笑しかったのか。声を押し殺して笑う女性マスター。

一方の翔介はと言うと己の無知さで恥ずかしそうに顔をCDで隠す。

 

「少年、名前は?」

 

一頻り笑った女性マスターが尋ねてくる。

 

「翔介です、道野翔介」

 

「道野翔介か…私は木ノ崎奏だ。今後とも是非ご贔屓に」

 

「はい! また来ます!」

 

翔介は嬉しそうにレコー堂を出て行った。

女性マスター奏は手を振りながらそれを見送った。

 

----------------------------------------------------

 

「…道野翔介。確かISを動かせるもう一人の少年だったか」

 

奏は翔介を見送った後、そう一人呟く。

今年の初め頃に世界で二人しかいないISの男性操縦者として話題になっていた。

もう一人の操縦者である織斑一夏と違い、メディアへの露出は極端に少なかったが確かにそんな名前であった。

職業柄、人の顔や名前を覚えることが得意な奏の記憶にもきっちりと残っていた。

 

「どんな子かとも思ったが、存外普通の子だったな」

 

女性しか動かせないISを操縦できる男性なんてどんな人物かとも思ったが、年相応の今を生きる少年であった。

だが、年相応でありながら、いや年相応であるからこそまっすぐな言葉が響いてきた。

 

「自分のやりたいことを真正面から向かっていくか…」

 

奏は椅子に座りながらしばらく瞑目する。

やがて徐に携帯を取り出して、どこかにかけ始める。

数コールの後に着信先の相手が電話に出る。

 

「お仕事中すいません、丸さん。…はい…はい…この前の話なんですけど…」

 

丸さんと呼んだ相手に一言二言と会話をする奏。

 

「この前のお話、受けたいと思います。…勿論、歌の方もこれまで通りやっていきます…ええ、簡単な道ではないとはわかってます。ですけど」

 

奏は黒縁の眼鏡を外して、カウンターに置く。

 

「やりたいことは我慢せずにやりたいと思います。万人に受け入れられることはないと思いますが、たった一人でもそれを楽しみにしてくれる人がいるならその人のためにもやってみたいんです」

 

なにより、と言葉を続ける。

 

 

 

 

 

「私も夢を追いかけるカッコいい大人でありたいですから」

 

 

 

 

そう言って電話越しの相手に笑いかける。

 

レコー堂マスター、木ノ崎奏。

彼女にはもう一つ名前がある。

 

詩月梢。

それが彼女の名前であった。

 

 

その後、詩月梢は女優デビューを果たす。

初めこそ歌姫の女優の挑戦に難色を示す声も多かったが、彼女の演技力や表現力であっという間に名女優へと開花していくことになるのはまだ先の話である。

 

 




本日はここまで。

1週間1本と言いながら早速オーバーしてしまい申し訳ありません。
これで主人公、ファンになる編終了となります。

次回からようやく帰省編となります。
しばらくISが登場しないかもしれませんが、彼らの日常を見守ってあげてください。

遂に迎えた故郷への帰省の日。

果たして主人公の故郷とは。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

67話

夏休みも半分が過ぎて八月中旬。

世間一般ではお盆と呼ばれる一週間だ。

そして翔介にとっては大切な日だ。

 

「皆、準備は大丈夫?」

 

寮の前で翔介が友人たちに声をかける。

一夏たちは口々に答える。

 

今日から一週間、翔介の故郷で友人たちと過ごすことになっている。

故郷はIS学園から遠く離れているため忘れ物をすれば取りに帰ることは難しい。今のうちに気を付けなければならない。

 

それぞれ一週間の滞在という事もあり大荷物を抱えている。

しかし、約一名。鈴だけはボストンバッグ一つとかなり軽装である。

元よりフットワークが軽いのが彼女の特徴ともいえるのだが一週間という長期間そのバッグだけで事足りるのだろうか。

 

「凰さん、本当にそれで大丈夫なの?」

 

「平気よ。滞在分の着替えさえあればいいでしょ」

 

確かに寝食に困ることはないだろうから着替えさえあれば何とでもなるのだが。

年頃の娘としてはどうなのだろう。

 

「鈴さん、仮にも女子なのですから化粧品の一つでも…」

 

セシリアも苦言を呈する。

ちなみにだが友人たちの中で一番荷物が多いのは他ならぬセシリアである。

 

「あたしはそんなものに頼らなくても肌がツルツルだからいいのよ。化粧品なんかで誤魔化す必要もないしね」

 

鈴がそう告げるとセシリアが柳眉を逆立てる。

 

「まあ! 何て言い草! 若い内からケアをしないと後で痛い目を見ますわよ!」

 

「あ~、もううっさいわね!」

 

二人の言い合いが始まる。そんな光景もすっかりお馴染みとなり誰も敢えて止めようとはしない。

 

「皆、そろそろ電車が来るよ~」

 

そうこうしているうちに駅に電車がやってくる。

鈴とセシリアも喧嘩をやめて、大人しく電車を待つ。喧嘩はしても周りに迷惑はかけない辺り二人とも相手が嫌いで喧嘩をしているわけではないのが良くわかる。

 

駅に停車した電車に全員が荷物を持って乗車する。

電車に乗るとそのまま東京駅へと向かうことになる。翔介の故郷へは東京駅から新幹線へと乗り換える必要があるためだ。片道とはいえなかなかの値段はするが、後々の事を考えれば新幹線を利用する方が良いだろうという考えもある。

 

一同は電車に乗り、東京駅まで移動する。

実はここで一つ心配なことがある。

 

「ねえ、翔介君。新幹線の座席だけど結局どうなったの?」

 

「あ~…それなんですけど」

 

新幹線の座席は翔介が予約していたのだが。

翔介の故郷に向かうのは彼を含めて九人。新幹線の座席を動かして全員で一纏まりに座るつもりだった。その為、座席は二人掛けのシートと三人掛けのシートを取りたかったのだが、お盆という時期もあり既に予約で埋まっていた。その結果、八人分だけ一緒に座ることができるのだが、一人だけ離れて座ることになってしまった。

 

翔介はそれを楯無に告げる。

 

「誰か一人だけ離れるのね」

 

「そうなんです…」

 

「それは仕方ないよ。むしろこの時期に八人分の席が纏まって取れただけでもすごいと思う」

 

簪がそうフォローしてくる。

帰省ラッシュ時期でもあるお盆に並んで座席が取れるだけでも良かった方だろう。

するとそれを聞きつけた一夏たちも会話に入ってくる。

 

「一人だけ別の席か、どうする?」

 

「折角皆で行くのに一人だけ仲間外れは避けたいよね」

 

「それなら僕が…」

 

と翔介が手をあげようとするとそれを楯無が制する。

 

「はいはい、こういうのは恨みっこなしで…ほい」

 

そしてどこからか取り出した紙に適当に線を引いてあみだくじを作る。

どうやらこれで座席を決めようという事らしい。

 

「お師匠さま、そんなことしなくても…」

 

「翔介君、こういう時に遠慮とかしなくていいのよ。さあ、皆好きなところに印付けて~」

 

楯無の言葉に一夏たちも反対することなくそれぞれ好きなところに印をつけていく。翔介も戸惑いながら印をつける。

 

「さあ覚悟は良いかしら? それじゃあ御開帳!」

 

全員が自分の印から引かれた線を辿っていく。

そして…。

 

 

「俺かぁ!?」

 

 

あみだくじの結果、ボッチ席を獲得したのは織斑一夏であった。

 

「織斑君、やっぱり僕が…」

 

「い、いいんだ、翔介。俺も男だ。文句は言わねえ」

 

やや引きつりながらも一夏はそう告げる。

 

「一夏の言う通りだ。道野、お前が気を遣うことはない」

 

他の友人たちもうんうんと頷く。

 

「さあ、座席も決まったし駅に着くまで待ちましょう」

 

決まることも決まったため、一行は東京駅に向かうのだった。

 

 

-----------------------------------------------------

 

電車から降りて、一行はすぐに自分たちの乗る新幹線に乗り込む。

一夏を除いた全員は纏まって着席する。

一人だけ離れて座る一夏の背中が妙に哀愁が漂っていた。後で周りの迷惑にならない程度に声をかけに行こうとそう心に決める翔介だった。

 

まもなく新幹線は動き出し、これから一時間半ほどはこのまま新幹線に乗っていくことになる。

時間は昼時。全員、新幹線に乗る前に売店で購入した駅弁を食べることにした。

 

「む、マブよ。お前の弁当も旨そうだな」

 

「うん、この唐揚げが美味しそうで選んだんだよね」

 

「ならば私のこの卵焼きとトレードを要求する」

 

「いいよ」

 

翔介の弁当の上に卵焼きが置かれ、ラウラの弁当の上に唐揚げが置かれる。

これでトレード完了である。

そんな光景を見ている箒たち。

 

「なんというか…あの二人は平和だな」

 

「あはは…なんか空気がほのぼのしてるよね」

 

翔介とラウラの間にほんわかお花畑が見える気がする。

ラウラにとって翔介は初めての友達。翔介にとってラウラは初めて自分から作った友達。そういう意味では二人の間には他の面々とはまた違った繋がりがあるようだ。

 

「どうした、シャルロット。お前もこの卵焼きが欲しいのか? だが生憎とこれはもう一つしかないのでな。その代わりこの椎茸の煮物を…」

 

「いや、大丈夫だよ。というか椎茸はラウラが自分で食べなさい」

 

あっさり拒絶され渋い顔になるラウラ。

スケープゴート作戦失敗。嫌いなものを他人に押し付け作戦ともいう。

 

「そういえばさ、翔介」

 

「なに、凰さん?」

 

「これからあんたの故郷に行くのは良いけど、どんなところなのかは聞いたことなかったんだけど」

 

「そうですわね、詳しくは聞いたことがありませんでしたわね」

 

「そうだっけ?」

 

キョトンと首を傾げる翔介だが、友人たちは「そう」と頷いてくる。

 

「現地に着いてからのお楽しみもいいけど、予備知識で教えてくれると嬉しいのだけど?」

 

「そうですね、じゃあ…」

 

翔介はたどたどしくではあるが自分の故郷の話を始める。

 

彼の故郷は東北の田舎だ。街というより村という方が正しいような小さな町だ。

発展した街からも離れており、若い世代がほとんど離れたような場所。ただ広大な土地は農業や畜産業に適しており、街の大体の人々はそれを生業としている。

新しいものはないけれど、古くから街の人たちから守られてきた自然が今もなお息づいている。

 

「だから皆からしたら少し退屈かもしれないけど…でもね!」

 

新しい物もないけれど、昔からある自然。

特に町の中心に広がる湖は美しく、翔介も泳ぐことこそなかったが夏にはよく遊びに行っていた。

 

「へぇ、だから水着を持ってきたほうがいいって言ったわけね」

 

「僕は泳げないけどみんなは絶対に遊びたいだろうなと思って」

 

臨海学校の時も海で遊んだが、あの後色々あったこともあり故郷で改めて遊び倒して欲しいという想いもあった。

 

何もない故郷。

だけどそんな故郷を大切な友人たちに好きになってほしかった。

 

「僕から話せるのはこれくらいかな」

 

「それじゃあ後は着いてからのお楽しみね」

 

「はい!」

 

その後も一行は談笑を交えつつ、翔介の故郷へと向かうのだった。

 

 

 

 

「……楽しそうだな」

 

 

 

約一名、賑やかな一行を寂しそうに見つめる少年・織斑一夏がいた。




本日はここまで。

またまた遅くなって申し訳ありません。

今回から帰省旅行編となります。
実はここまでの間に色々とお話を考えていたのですが、本題がなかなか進まないと考えて省きました。
ですがもしかしたら番外編という事で合間合間に投稿するかもです。

新幹線と電車に揺られて、次回。

ついに翔介の故郷に到着。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

68話

「皆、お疲れ様。到着だよ」

 

寂びれた小さな駅から降りた翔介がくるりと振り向く。

到着とは言ったがここは実家から一番近い駅に着いたに過ぎない。

 

さて、友人たちだが。

 

「やっとかぁ…」

 

「あ~、身体バキバッキ」

 

「道野、大変だ。ラウラが眠気に負けている」

 

ぐだぐだであった。

それもそのはず。

新幹線で一時間半ほど揺られ、そこからさらに1時間ほど在来線に乗ってようやくここまでやってきたのだ。

はじめこそノリノリだった一行だが長い時間電車に揺られている間、だいぶ疲れがたまっているようだ。

 

「もう少しだから頑張って」

 

「もう少しってあとどれくらいな訳よ?」

 

「えっとね、ここからバスに乗って三十分くらいかな?」

 

翔介がそう告げた瞬間、一斉にガクッと力なくうなだれる。

長い時間電車に乗ってようやく到着したかと思いきや、まだ先が長いと思えば脱力もする。

さらに駅を降りてから夏の太陽が容赦なく照り付けてくる。

 

「皆、もうちょっとだから頑張って」

 

「あんた、いつもこの中で一番貧弱な癖になんでここに来て元気なのよ」

 

「やっぱり故郷に帰ってきたからかな?」

 

不思議そうに翔介を見つめている鈴とシャルロット。

実際のところ翔介は故郷に帰ってきたことで多少なりともテンションが上がってきているのは間違いなかった。

 

「えっと、バスが来るまで後一時間くらいかな?」

 

「どうなってんのよ、交通機関!」

 

田舎の交通機関とはこう言うものである。

 

そうしているとパパッとクラクションが鳴り響く。

全員が振り向くと駅のロータリーにマイクロバスが停車する。

 

「やあ、帰ってきたな、翔介」

 

マイクロバスの運転席からテンガロンハットをかぶった男性が降りてくる。

 

 

「弾さん!」

 

 

翔介が弾と呼ばれた男性に笑顔を見せる。

 

「そろそろ到着するだろうって統子さんから迎えに行って欲しいと言われてね」

 

「そっか、婆様が」

 

「大人数だから大きい車の方が良いと思ってね」

 

「ありがとう、弾さん」

 

二人が話していると完全に眠気に負けたラウラを背負った箒が近づいてくる。

 

「話しているところすまない。道野、そちらの御仁は?」

 

「ああ、そうだね。紹介するよ。この人は弾超七さん。この町で牧場をやってるんだ」

 

弾超七。翔介が子供の頃からこの故郷に住んでいる男性だ。

かつて風来坊を自称し、世界各地を旅してまわっていたところ、この地を気に入ってここに永住することになった。

この地で出会った杏里と結ばれ、牧場を経営している。

 

余談であるが令士という一人息子がいる。

今は成人し、故郷を出て働きに出ている。

 

「初めまして、さあ、荷物を乗せて行こうか」

 

弾は翔介たちの荷物をマイクロバスに積み込んでいく。

高齢でありながら重い荷物もなんのそのである。

 

車内は空調が効いており、ようやく一息つける。

全員が乗り込んだことを確認すると弾がバスを発進させる。

 

バスは田舎の道路を進んでいく。車通りはそれほど多くないが、しっかり舗装はされている。

横を向いてみればまばらに住宅があり、その周りには田畑が広がっている。家の敷地より田畑の方が広く見える。

それもやがてトンネルに入ってしまい、見えなくなってしまう。

 

「何もないわね…」

 

「鈴さん、そういう事は口にするものではありませんわ」

 

鈴の呟きをセシリアが窘める。

しかし、弾や翔介は気にした様子もなく笑う。

 

「何もないのは本当のことだしね。でももう少しで見えてくるよ」

 

「見えてくる?」

 

そうこうしているとマイクロバスがトンネルを抜ける。急に明るくなり、全員が目を凝らす。

 

『おおお~~~』

 

車内全員が歓声を上げる。

 

明るくなった視界の先に広がっていたのは青々と輝く湖だ。

以前、臨海学校の時も同じようなリアクションをしたが、こう言うものは何度見ても感動するものだ。

友人たちの反応に満足そうな笑みを浮かべる翔介。

 

「この湖は日本で四番目に大きい湖でね、水質は日本一なんだよ。冬なんかは湖の飛沫で樹が凍ってしぶき氷ができるんだ」

 

翔介は得意げに説明していく。

 

「翔介、楽しそう」

 

「翔介君は本当にこの街が好きなのね」

 

そんな彼を更識姉妹はほのぼのと呟く。

 

「そろそろ到着するよ」

 

そんな中、マイクロバスは集落の中へと入っていく。

道中、まばらに点在していたが集落の中は数軒の住居が集まっている。

やがてマイクロバスは一軒の古い屋敷の前に停車する。

 

「皆、着いたよ」

 

「……なあ、翔介」

 

バスから降りて弾と一緒に荷物を下ろす翔介に一夏が声をかける。

 

「何?」

 

 

 

 

 

 

「お前の家、デカくないか?」

 

 

 

 

一夏たちの目の前に見えるのは石造りの階段が伸びており、階段の先には木造建築に瓦屋根、目の前には木造の門扉があり、そこを潜ると綺麗に剪定された針葉樹や石畳が敷かれている。

昔ながらのお屋敷といった趣だ。

 

「厳密には僕の家じゃないけどね」

 

しれっとそう告げる翔介。

だが一同は呆気に取られたままだ。

唯一、翔介の素性を調べていた楯無だけは普段と変わらぬ表情を浮かべていたが。

 

驚くのも無理はない。

 

『四季家』

古くはこの辺一帯全ての農家を取り仕切っていた豪農の家系。

広大な敷地を保有し、昔からその敷地を他の農家に貸し与えたりもしている。昔ほどの権力は無いものの、今でも実質的な長として現在も慕われている。

 

「それにオルコットさんと比べたらそこまででもないでしょ?」

 

セシリアだってイギリスの名門貴族の出だ。貴族と比べればそんなに凄いものではないと言いたいのだろう。

 

「いや、セシリアはもう雰囲気から何となく察せるけど…」

 

「お前の場合は全く想定できなかったから驚いてるんだよ」

 

「そう?」

 

翔介は最後の荷物を下ろしながら首を傾げる。

 

「よし、それじゃあ俺は牧場に戻るよ。もし良かったら遊びに来るといい」

 

「うん、ありがとう。弾さん」

 

そう言ってマイクロバスに乗って牧場に戻っていく弾を翔介は手を振って見送った。

 

「じゃあ、行こうか」

 

翔介に促されて一同は自分の荷物を持って階段を上がっていく。

階段を上がりきると門扉の前に一人の女性が立っていた。

箒のように長く綺麗な黒髪に紗と呼ばれる夏の着物を着ている。肌は日焼けを知らないのではと思うくらいに白く美しい。

 

「長姉さん!」

 

「お帰りなさい、翔介君」

 

翔介は長姉さんと呼んだ女性に近づいていく。

女性もまた目を細めて再会を喜び合う。

 

「翔介、その人が?」

 

「うん、四季長歌姉さん。僕と母方の従姉妹ってことになるね」

 

「皆さん、初めまして。いつも従弟がお世話になっております」

 

長歌と呼ばれた女性は一夏たちに深々と頭を下げる。

 

「い、いえ、こちらこそお世話になってるというか!?」

 

礼儀正しい長歌にドギマギする一夏。

自分の周りにはいないタイプなせいかやや緊張気味のようだ。

そんな一夏をジト目で睨む五人。

 

「ふふふ、暑い中お疲れでしょう。さあ、どうぞお上がりください」

 

長歌が九人を先導する。

 

「翔介君、お荷物は運んでおくからお婆様にご挨拶してらっしゃい」

 

「うん、皆の事もババ様に紹介するよ」

 

屋敷の中は古めかしいながらも風が通り抜けて涼しく過ごしやすい。

翔介たちは荷物を長歌に任せると屋敷の廊下を進み奥の部屋の前にたどり着く。

すると翔介は襖の前に正座する。

 

「ババ様、入ります」

 

『入りな』

 

襖の奥から老齢の女性の声が返ってくる。

翔介はそのまま襖をガラリと開く。

 

「ただ今帰りました、ババ様」

 

部屋の中に入るとそこには着物姿の女性が帳面を開いている。

女性の前に正座する翔介の後ろに友人たちもそれに倣う。

 

女性は老齢でありながら背筋がピンと伸びており、それだけでも随分と若々しく見える。

しかし、その表情はキリッとしておりどこか不機嫌にも見える。

 

この老女こそが四季家先代当主である四季統子である。

 

「良く帰ったね、息災かい?」

 

「はい、ババ様もお元気そうで」

 

「そっちの子たちが?」

 

「僕の友達です!」

 

嬉しそうにそう宣言する翔介。

一夏たちはそれぞれに自己紹介する。それを聞いた統子は全員の顔をしげしげと眺めていく。

 

「話は聞いていたけど本当に彩り豊かな友達ができたようだね」

 

「はい!」

 

嬉しそうに返事をする翔介。

統子はうんと頷くと。

 

「何もないところだけど一週間ゆっくりしていきな」

 

それだけ告げるともう行って良しといった感じで帳面に視線を落とす。

翔介も特に気にすることなく、友人たちを連れて統子の部屋を後にする。

 

「な、なあ、翔介? 俺たち、何か悪いことしたか?」

 

「え? どうして?」

 

「なんだか随分としかめっ面だったから…僕たち何か失礼なことしたのかなって?」

 

そう言って不安そうに頬を掻く一夏たち。

どうやらピクリとも表情を変えない統子の態度で少し心配になったらしい。

 

「ああ、大丈夫だよ。ババ様はそもそもあまり笑わない人だから。でも皆の事歓迎してるのは間違いないよ」

 

「そうなのか?」

 

「うん」

 

心配ないというように頷いて見せる翔介。

家族である彼が言うのだから間違いないのだろうが、やはり不安にはなるものだ。

 

「翔介君、皆さん。そろそろ夕食にしますよ」

 

「は~い! ほら、皆もそんな顔しないでご飯食べに行こう! 長姉さんのご飯は絶品だよ!」

 

一抹の不安は感じるものの、目の前でニコニコ笑う翔介を見ているとそんな気持ちもどこかに飛んでいくように感じる。

 

一同は翔介の後に続くのだった。

 

 

その日の夕食は席はとても賑やかなものだった。




本日はここまで。


遅くなって、本当に本当に申し訳ない。
ようやく帰省編スタート。
そこで早速、レジェンド登場!

主人公の実家に帰省して二日目。

目の前には湖。夏ならば当然やることは一つ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

69話

翔介の故郷に帰省して二日目。

一夏は床に敷かれた布団の上で目を覚ます。

昨夜は翔介の従姉妹である長歌の手料理をお腹いっぱい食べた後は大きな檜風呂でゆっくりと温まり、ふかふかの布団で休むことができた。

お陰で長時間の移動の疲れもすっかり癒えた。

 

ちなみに部屋割は空いていた大部屋に女子たちに宛がわれ、一夏は翔介の部屋で泊まることになった。

 

目を覚ました一夏が隣の布団を見るとそこに寝ているはずの翔介が既にいない。

 

「あれ? 翔介、もう起きたのか? 起こしてくれればいいのに」

 

一夏は布団から立ち上がり、部屋を出る一夏。

部屋の襖を開けると目の前に中庭が広がっている。

すると、そこには朝早くから竹刀を振るう箒がいた。

 

「箒、ここに来てまで素振りか?」

 

一夏は廊下に出ながら声を掛ける。

箒は素振りを止めると首に巻いたタオルで汗を拭う。

 

「こういうものは毎日の積み重ねが大事なのだ。それにちゃんと長歌さんにも許可は取ってある」

 

「それなら良いんだけどな…」

 

「しかし改めて見てみると大きな家だな」

 

汗を拭いながら翔介の実家の中をぐるりと見渡す箒。

一夏もその言葉に首肯する。

正確に言えばここは彼の母方の実家であるのだが、まさかここまで立派な所だとは思いもしなかった。

 

「よくよく考えてみたら俺たち、あいつの事あんまり知らなかったかもしれないな…」

 

「あぁ、道野と会ってからかれこれ四ヶ月か。そこそこ長く一緒にいたように思ったが、あいつから自分の事を聞いた事はあまりなかったかもしれないな」

 

そう、何かと一緒にいることが多かった割には彼の口から自分のことを語られることはなかった。

 

「それでもこれから知っていけばいいだろ?」

 

「そうだな、この旅行で少しでもあいつの事分かればいいな」

 

「ああ。……そうだ、箒。翔介の奴どこに行ったか知らないか?」

 

「む、私はまだ会っていないが。部屋にいないのか?」

 

「そうなんだ、朝起きたら既にいなくてな」

 

二人が翔介の行方に首を傾げていると廊下の先からシャルロットが歩いてくる。

 

「あ、いたいた。一夏、箒、長歌さんがそろそろ朝ご飯にするよって」

 

「シャル、でも翔介がいないんだ」

 

「それなら大丈夫だって長歌さんが言ってたよ」

 

シャルロットの言葉に二人は顔を見合わせる。

従姉妹である長歌が大丈夫だというのならばそうなのだろう。

二人は促されるままに居間へと向かうことにした。

 

三人が居間に着くと食卓の上には朝食が並べられており、セシリアたちも既に座敷に座って待っていた。そこに長歌がみそ汁の入った鍋を持って入ってくる。

 

「おはようございます、よく眠れましたか?」

 

「おはようございます、はい、よく眠れました」

 

一夏の答えに長歌はにこりと微笑み、座るように声をかける。

 

「あの、翔介の姿が見えないんですけど…」

 

「それなら大丈夫ですよ。多分そろそろ…」

 

一夏の問いに答える長歌。

するとガラリと玄関のドアが開く音。そしてトタトタと廊下を走ってくる音が響き、ガラリと今の襖が開かれる。

 

「ただいま~」

 

そこにはもっさりとしたジャージを着た翔介が立っていた。

その腕には色とりどりの夏野菜が入った籠を抱えている。どれも朝露に濡れて瑞々しい。

 

「長姉さん、夏野菜いっぱい貰ったよ~」

 

「翔介、どこ行ってたんだ?」

 

「うん? 近くの農家さんのお手伝いしてきたんだ」

 

「手伝い? それなら声かけてくれりゃいいのに」

 

「あはは、織斑君気持ちよさそうに寝てたから無理に起こすのも悪いと思ってね」

 

翔介は夏野菜を長歌に渡すと食卓に座る。

 

「それにしても翔介君、そのもっさりしたジャージは何?」

 

「これ僕の中学校の頃の運動着です。畑仕事するなら汚れてもいい服装の方が良いですからね」

 

もっさりしてはいるが意外と通気性もよく夏場でも動きやすいので重宝している。

 

「それじゃあ皆揃ったし朝ご飯を食べましょうか」

 

『いただきます』

 

全員が声を合わせて食事を始めた。

白米とみそ汁、焼き鮭に煮物と素朴なものばかりだが長歌の料理の腕は一級品。

長歌の朝食を食べながら九人は今日の予定を話し合う。

 

「それで今日はどうするのかしら?」

 

「やっぱり湖に行きたいな」

 

「私、この町を見て回りたいかな」

 

等々、色んな案が上がってくる。

 

「それなら街を歩きながら湖に遊びに行きましょうか。湖は私有地がありますからそこっでいいでしょうし」

 

さらっとそう告げる翔介に唖然とする一同。

 

「私有地って…」

 

「翔介さんのご実家はプライベートビーチまで持っていらっしゃるのですね…」

 

「プライベートビーチって程ではないけどね」

 

苦笑気味にそう答える。

 

「今日も熱くなるから皆さん、水分補給だけは忘れないようにしてくださいね」

 

長歌からの忠告を受けて本日の予定が決まった。

 

---------------------------------------------------

 

「よいしょっと…準備はこれでいいかな」

 

翔介は玄関先で湖水浴の準備をしていた。

レジャーシートと日除けのパラソル、長歌が作ってくれた昼の弁当、腐らないようにしっかり保冷剤をいれてある。飲み物を入れたクーラーボックス。

出掛ける準備はばっちりだ。

 

ちなみに水着にはここで着替えていくことにした。

今は女性陣の着替えを一夏と二人で待っているところだ。

遠くからキャイキャイと賑やかな声が聞こえてくる。ただ時折悲鳴が聞こえるのは何なのだろうか。

 

「それにしても長歌さんには感謝しないとな。弁当まで作ってもらっちゃって」

 

「いいんだよ。遊びに来てくれたんだから遠慮なんてしないで」

 

ニコニコと笑顔で首を振る。

 

「どこか行くのかい?」

 

「うわっ!?」

 

「あ、ババ様」

 

音もなくいつの間にか後ろに立っていた統子に驚いてのけぞる一夏。

平然としている翔介は慣れているのだろう。

 

「うん、皆と街の中歩きながら湖に遊びに行ってきます」

 

「そうかい、気を付けて行ってきな」

 

統子はそれだけ言うと奥の部屋へと引っ込んでいった。

 

「ふぅ…なんか緊張するな…」

 

「あはは、仏頂面だからね。でもみんなが来てくれたこと、本当に喜んでくれてると思うよ」

 

「そうなのか?」

 

 

 

「うん、だって僕だって嬉しいんだから」

 

 

 

そう言って花笑む翔介だった。

 

-------------------------------------------

 

二人が和やかに会話をしていると準備を終えた女性陣と合流し、一路湖水浴へと向かっていた。

女性陣は臨海学校の時とはまた違った水着を着ており、全員良く似合っている。

水着の上にはパーカーなど羽織っているが、公道を水着で堂々と歩けるのも田舎特有かもしれない。

今日の天気も雲一つない快晴。湖水浴にはもってこいの天気だろう。

 

「おおい、ボンじゃないか!」

 

湖へと向かっている途中、畑仕事をしている住人に声をかけられる。

ちなみにボンとは『四季家の坊ちゃん』という意味合いで、町の人たちは親しみを込めて翔介のことをボンと呼んでいるという。

 

「帰ってきたんだね。そっちは友達かい?」

 

「うん! お盆の間、友達と一緒に帰ってきたんだ」

 

「そうかそうか、こんなに別嬪さんばかりでなかなか隅に置けないねぇ」

 

「あはは、皆美人さんなのは本当だけどね」

 

「これから遊びに行くのかい? ならこれを持って行きな」

 

そう言って翔介は採れたてのキュウリを人数分手渡される。

 

「ありがとう! 皆で食べるよ」

 

翔介は受け取ったキュウリを全員に配る。清流によって冷やされたキュウリは暑い夏空の下では嬉しいものだ。

 

「それじゃあ気を付けていきな」

 

「うん!」

 

そう言って畑仕事に戻っていく住人に向かって手を振る翔介。

 

「……なんていうか…翔介君」

 

「はい?」

 

 

 

「あなた、貰いすぎじゃない?」

 

 

 

そう、今のように呼び止められてお土産をもらうという流れがかれこれ三度目である。

最初はペットボトルのお茶を貰い、二度目はスイカを貰っている。

 

「そうですか?」

 

「いくら名家の孫とはいえこんなに周りから物貰う?」

 

「う~ん、そうかなぁ?」

 

本人にはどうやらその自覚はないらしい。

と言っても本人にも声をかけてきた住人達からも下心のようなものは一切感じられず、本当に心からの善意で接してくれているのはなんとなく察することができる。

 

というよりも。

 

「翔介君、可愛がられてるわね」

 

楯無の言葉に全員が頷く。

そう、可愛がられているのだ。会う人会う人全員が自分の息子や孫のように彼と接していく。

しかし、それも無理からぬことかもしれない。

 

この町には子供の姿はなく、彼が唯一の子どもであるため町ぐるみで可愛がられていてもおかしくはないのかもしれない。

しかし、それだけ周りから可愛がられていても我が儘な性格や甘ったれた性格にならなかったのは四季統子の教育がしっかりしていた証左だろうか。

 

「いや、それだけじゃないのかしら…」

 

楯無はキュウリをポリポリと齧りながら歩く翔介を見ながら呟く。

 

「翔介君」

 

「なんですか、お師匠さま?」

 

「翔介君はこの町が好き?」

 

 

 

「はい! 大好きです!」

 

 

 

幼い頃に両親と死に別れ、実質親の愛情を受けずに育ってきた翔介。

そんな彼が腐ることもなく、真っ直ぐに、穏やかに育ったのは四季家の人々だけでなく住人全員が彼を愛したこともその一因なのかもしれない。

 

そして、翔介もまた自分が愛されていることをよくわかっているのだろう。

だから彼も四季家の人々やこの街の住人のことが本当に大好きと声を大にして答えることができる。

 

「愛されたように、愛する…っていう事かしらね」

 

自分で口にして思わずむず痒くなる。

色々特別な立場にいる楯無ではあるが、愛なんて言葉を口にするのは抵抗がある。

だけれど彼とこの町の人々の関係を表すなら『愛』という言葉なのかもしれない。

 

「お姉ちゃん?」

 

「お師匠さま?」

 

「ええ、今行くわ」

 

妹と弟子に声をかけられ楯無はその後を追いかけていくのだった。




本日はここまで。

またまたまたまた遅くなって申し訳ございません。
やはり原作の無いものを書くのは難しいですね。
次回はもっと早く投稿したいです。

後、ツブコン行ってきました。
円谷を一生応援したいという気持ちになりました。

次回、湖水浴を楽しむ一同。

そこにある人物が登場。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

70話

湖水浴へと向かう翔介たち。

あれからも道中で住人に会う度に差し入れを貰い、出発した時よりも倍近く荷物が増えていた。

それぞれ一人一つ荷物を持って湖へ向かっていると、途中ピタリとラウラが足を止める。

 

「どうしたの、ラウラ?」

 

「これは何だ?」

 

問い掛けるシャルロット。ラウラは道端に建てられた墓石を見ていた。

石で作られた墓石は苔むしており、随分と古いもののようだ。

 

「お墓みたいね。でもどうしてこんなところに?」

 

周りを見渡しても他に墓石も見当たらない。この墓石だけがぽつんと佇んでいるのだ。

そんな彼女たちの様子を見た翔介が歩み寄ってくる。

 

「それは無縁仏ですよ」

 

「ムエン、ボトケ?」

 

聞きなれない言葉に首を傾げる海外組。

無縁仏とは亡くなった後も供養してくれる縁者のいない人のことを言う。縁者のいない人だけでなく、人知れずなくなってしまった人や行き倒れの人などもこれに当たる。

 

「僕も詳しいことはわからないんですけど、凄い昔にここでお侍さんが行き倒れになってたんだって。荷物も何も持ってなくて結局身元が分からなくてここにお墓を建てたんだって」

 

その後は町の人間全員で墓石は手入れしているようなのだが、今でも素性はわからないままであるようだ。

翔介は墓石の前に膝をつくと手を合わせる。

他の友人たちもそれに倣う。

どこの誰かもわからない人物の墓だが人知れず誰にも弔ってもらえないなんてあまりにも寂しい。

だからこそ少しでも寂しさがまぎれればと思い、ここを通るときはこうやって手を合わせていた。

 

「さて、行こうか。湖までもう少しだよ」

 

一分ほど手を合わせていた一同は改めて湖へと向かうのだった。

 

 

-----------------------------------------

 

『おーー‼ 海、もとい湖だーーーー‼」

 

 

湖に到着した途端、テンションフルマックスの一同。

 

「来る途中でも見えたけど綺麗だな!」

 

「よっしゃあ‼ 一番乗りぃ!」

 

「させるか! 行くぞ、シャルロット!」

 

「もう、鈴もラウラも転ぶと危ないよ」

 

到着するなり真っ先に湖へ駆け出す鈴。それを追いかけるラウラ。そしてそんな二人を諫めながらも湖へと向かうシャルロット。

 

「水は結構冷たいから気を付けてねぇ」

 

翔介は持ってきたレジャーシートを敷いて、休憩場所を作る。

 

「もう鈴さんたちは急ぎ過ぎですわ。紫外線はお肌の大敵ですのに」

 

セシリアは呆れながらバッグから日焼け止めクリームを取り出し、翔介と一緒に砂浜にパラソルを差している一夏にスススッとすり寄っていく。

 

「い・ち・かさん。そういう事ですので日焼け止めを塗ってくださりませんか?」

 

「お、俺が? まあ、別にいいけ…」

 

「そうか、日焼け止めなら私が塗ってやろう」

 

一夏が言い終わる前にセシリアの手からクリームを奪い取る箒。

 

「ああ、何をしますの! わたくしは一夏さんに!?」

 

「まあまあ、遠慮するな」

 

文句を言うセシリアだが箒に強引にクリームを塗りたくられていく。

 

「相変わらず仲が良いわねぇ」

 

パーカーを脱ぎながらキャイキャイと騒ぐ箒とセシリアを見ている楯無。

そしてそのままキランと簪の方へと視線を向ける。

 

「さあ、簪ちゃんも日焼けしないようにしっかり保護しましょう!」

 

楯無はクリームを手に簪に迫る。

 

 

 

「翔介の家で塗ってきたからいい」

 

 

 

あっさりと断る簪。

あまりのショックにクリームを取り落とす楯無。

 

「それにお姉ちゃんの手つきがやだ」

 

さらに愕然として地に伏す楯無。

この妹、容赦がない。

 

「あはは、更識さん。ちょっとくらい優しくしても良いんじゃない?」

 

苦笑気味にフォローに入る翔介。

 

「いいの。あんまり甘やかすと調子に乗るから」

 

そんな厳しい一言。どちらが姉なのか分かったものではない。

 

「翔介はやっぱり泳がないの?」

 

話を切り替えるように簪が問い掛ける。

翔介は少し悩みながらも頷く。

いつまでも苦手のままにするわけにもいかないがトラウマというものはなかなか克服できるものでもなかった。

 

「僕は大丈夫だから気にしないで遊んできて」

 

「でも…」

 

「簪ちゃん」

 

翔介一人を置いていくことに抵抗のある簪に楯無が優しく遮る。

 

「じゃあ翔介君。荷物の番は任せるわよ?」

 

「はい!」

 

彼の返事を聞くと楯無は簪たちを連れて湖の方へと向かっていった。

簪や一夏は一人残る翔介を気にしながらも楯無に着いていった。

翔介からしてみれば楯無が彼らを連れて行ってくれてホッとした。

元々、故郷に一夏たちを招待したのは臨海学校の埋め合わせをするためであった。それなのにまた自分のために思う存分遊べないのでは元も子もない。

そんな自分の気持ちを察してくれた楯無には感謝しかない。

 

翔介はレジャーシートの上に腰掛ける。

視線の先には湖で楽しそうに遊ぶ友人たち。

どうやら今回の招待は成功だったようだ。

 

何もないこんな田舎の故郷だが楽しんでくれているのなら招待した甲斐があるというものだ。

 

 

 

「おお、すげぇ空いてるじゃねえか!」

 

 

そんな静寂を騒がしい声がかき消してくる。

思わず声の方を振り向く。

 

「なんだガラガラじゃん! めっちゃ穴場ぁ!」

 

「もうここでいいんじゃね?」

 

そこにはガラの悪い四人の男女がずかずかと砂浜に入り込んでくる。

ここは四季家の私有地であり、一般の人は許可がない限り侵入することは許されない。

四人の男女はどう見ても翔介の知り合いではない。

湖で遊んでいる一夏たちもその騒ぎに気付いて怪訝な表情をしている。

 

流石にそのままにすることはできない。

翔介は立ち上がると男女に近づいていく。

 

「あ、あの…」

 

「あぁ?」

 

恐る恐ると声をかける。

既に砂浜に座り込んで酒を飲み始めていた男が不機嫌そうに翔介を睨みつける。

 

「こ、ここは私有地です。入り口のところにも許可なく入らないでくださいって看板ありましたよね?」

 

「ハア? お前らも遊んでるじゃん」

 

「それは僕たちがちゃんと許可を得てるからで…」

 

翔介がなんとか立ち退くように声をかけるが、男女は全然聞き入れない。

 

「別にいいじゃんか。誰に迷惑かけてるわけでもないだろ?」

 

「でも…」

 

聞き入れない男女たちにそれでも、と話しかける翔介。

いよいようざったく感じたのか一人の男性が立ち上がり、翔介を見下ろしてくる。

 

「なに、なんなの? お前すげぇ鬱陶しいんだけど」

 

男性はそう言って翔介を威圧してくる。

かつての翔介であればそれだけで委縮してしまっていたかもしれない。だが、これまで修羅場を乗り越えて成長した翔介はそれでも引くことなく男性に立ち向かう。

 

「し、私有地に許可なく入るのは犯罪です。もしここで遊びたいならちゃんと許可を…」

 

威圧しても一歩も引かない翔介に痺れを切らした男性が彼のパーカーの胸ぐらを掴む。

 

「うぅっ…!」

 

「ああっ!? うぜえな! 犯罪だからなんだ? そんなに言うなら警察でも連れて来いよ!」

 

「翔介!」

 

不穏な空気を察して湖から上がってきた一夏たちが駆けてくる。

このままでは男性が手を上げる可能性もある。

 

 

 

 

 

 

「うちの従弟に何してくれてんのかねぇ?」

 

 

 

 

 

 

すると男性の横合いから女性が翔介の胸ぐらを掴んでいた腕を引き剥がす。

その拍子で翔介は砂浜に尻餅をつく。そこに一夏たちが駆けよってくる。

翔介は顔を上げ、自分を助けてくれた女性のを顔を見る。すると、その表情がパッと明るくなる。

 

「継姉さん!」

 

「よう、お帰り翔介」

 

「姉さんって…」

 

そう、翔介の危機を助けた女性。

彼女こそもう一人の従姉妹。四季継実である。長歌の妹に当たるが、短く揃えた髪型に褐色の肌。ノースリーブのシャツにパンツスタイルと姉と違い活動的な印象を受ける。

 

「な、なんだ、お前!?」

 

「正論言われて手を上げるとか大人として恥ずかしい奴だのぉ」

 

「う、うるせえ!」

 

男性は継実の腕を振り払う。

 

「この子の言う通り私有地に無断で侵入するのは法律違反に当たる。建物とかなくても立ち入り禁止の表記があるところに許可なく入るのは不法侵入になるからな」

 

「だから法律違反っていうならすぐにでも警察連れて来いよ! まあ、こんな田舎じゃすぐに警察なんて来ないだろうがなぁ!」

 

理路整然と継実に説かれるもあくまで強気に出る男性。

しかし、継実は話が通じないとわかるとポケットから何かを取り出す。

 

 

 

「ウチがその警察なんじゃが?」

 

 

 

そう言って見せつけたのは警察手帳。

翔介の従姉である四季継実は警察官である。現在はこの町から離れて都会の方で勤務している。

まさか散々煽ってきた相手が当の警察本人とは思わなかったのか目を白黒させる四人。

 

「今はプライベートだけど現行犯であれば誰にでも逮捕権がある。なんだったら署の方でゆっくりとお話してもいいんじゃが」

 

継実の迫力に気圧され始める。

 

「も、もういい! こんなところ二度と来るか‼」

 

形勢不利と感じたのかガラの悪い四人はそそくさと砂浜から立ち去っていく。

 

「まったくテンプレな捨て台詞だのぉ」

 

継実はフンと鼻を鳴らしながら翔介たちに向き直る。

 

「大丈夫か、翔介?」

 

「うん! ありがとう、継姉さん」

 

「あんたが友達と一緒に遊びに来たって聞いて来てみれば絡まれてるんだからのぉ。あんたは絡まれやすいんだから気を付けろって言ったでじゃろ」

 

継実は笑いつつも翔介の頭をワシワシと撫でる。

翔介は照れ臭そうにしながらも大人しく撫でられている。

 

「で、そっちがお前の友達か?」

 

「うん!」

 

「それなら改めて名乗るかのぅ。ウチは四季継実。翔介の従姉じゃ。従弟が世話になってるのぅ」

 

継実が名乗ると友人たちも名乗りながら頭を下げる。

すると継実はじーっと友人たちを吟味するように眺めていく。

 

「ほう、流石はIS学園の生徒。なかなか腕っ節が強そうなのが揃っているのぅ」

 

そう言ってニヤリと笑う。

 

「え、えぇ…」

 

そんな継実に困惑気味の一夏たち。

 

「まぁ、楽しみは後に取っておくとして。そろそろ昼餉にするとしよう。肉を持ってきたから皆遠慮せずどんどん食べると良い!」

 

そう言っていつの間にか用意したのかバーベキューコンロの上に肉や野菜が焼かれている。

 

「そうだね、皆お昼にしようか」

 

継実に促され、翔介たちは継実の用意した肉や長歌のお弁当を食べながら楽しい時間は過ぎていった。

 

 

 




本日はここまで。
これで今年の投稿は最後となります。

そしてお気に入り登録も、400件突破!
爆発的に増えて嬉しいを通り越して、困惑すら覚える今日この頃です。

今年はこんな拙作を読んでくださりありがとうございました。
来年もどうぞ宜しくお願いします。

湖水浴を楽しんだ一行。

帰り道、出会ったのは…?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

71話

「あ~、遊んだ遊んだ!」

 

途中トラブルはあったものの充実した時間を過ごした一同。

継実は昼食を食べ終わるとしばらく一緒に遊んだ後、一足先に帰宅していた。車で来ていたようで翔介たちが持ってきた荷物を運んでくれることになり、帰りは手ぶらで帰ることになった。

 

「砂浜全部私たちだけで独り占めなんて贅沢だよね」

 

「ああ、本当にな。ありがとうな、翔介」

 

「喜んでくれたなら良かったよ」

 

一同は来た道を戻りながら歩いていく。

濡れた水着などは持ってきた着替えに既に交換している。元より暑い日差しのお陰で髪もすっかり乾いている。

 

「それにしても継実さんに荷物全部任せてよかったのか?」

 

「車で来てたみたいだし大丈夫だよ。それに継姉さん力持ちだし」

 

確かに継実はけして軽くない九人分の荷物を一人でヒョイヒョイと運んでいった。

 

「うむ…あの人からは只者でない空気を感じたぞ」

 

箒の言葉にラウラや鈴、楯無も頷く。

どうやら武道やその筋関係の四人には継実の圧のようなものを感じ取ったらしい。

 

「うーん、只者でないって言っても僕にとっては普通のお姉ちゃんだけど…」

 

「その割には隙が無いというか」

 

「鈴の言う通りだ。かなりの手練れと見た」

 

そう告げる四人だが従弟である翔介から見た継実はどこまでも普通の従姉である。

昔から時代劇が好きでその影響で変な口調になってしまったが、真っ直ぐで公明正大。翔介の性格を形作った一人でもある。

 

「まあまあ、その話は後にして」

 

そうしているとシャルロットが間に入ってくる。

 

「この後はどうする? もう家に戻る?」

 

「うーん、そうだなぁ」

 

このまま帰るのもいいが、まだ時間が早い。

とはいえ他に見る場所というのもあまりない。

 

そう頭を捻っているとハッと思い出す。

 

「そういえばこの近くは…」

 

「どうしたの、翔介?」

 

「皆、少し寄りたいところがあるんだけどいい?」

 

翔介の問いに一同は首をひねりながらも彼の後に続いていった。

 

-------------------------------------------

 

砂浜から離れて、野路を歩いていく。

道中は畑が並び、その脇道には湖へと流れていく小川が流れている。

まるで時間がゆっくりと流れているような、とても長閑な風景だ。

 

しばらく野路を歩いていると、やがて木造校舎へとたどり着く。

 

「翔介君、ここって」

 

「はい、僕の母校です」

 

そう、この木造校舎こそ翔介が小、中と九年間過ごした母校だ。

かれこれ一世紀は経っているであろうこの木造建築は所々がボロボロになっており、長い間子供たちを見守ってきたことが良くわかる。

そんな学校も今は人気もなくシンと静まり返っている。

 

それは今が夏休み期間だからという訳ではない。

 

「母校といってももう廃校が決まってるんですけどね」

 

学校が静まり返っているのはもう通う子供がいないから。

この学校は翔介を最後に廃校が決まった。

 

静かに佇む校舎を見ながら翔介は九年間の思い出が蘇る。

普通の学校と違い、運動会や学芸会のようなイベントこそなかったがその九年間は楽しい思い出ばかりだ。

 

「ちょっとだけ見てみようか…ん?」

 

翔介たちは校門を潜ると、校舎の扉から一人の男性が机を運び出している。

見た目は初老の男性であり、薄茶色の地味目なスーツを着ている。

 

「あら、誰かいたみたいね?」

 

「あれって…!」

 

それを見るや翔介が駆け出す。

 

 

 

「山戸先生ーーー‼」

 

 

 

山戸と呼ばれた男性は驚いて机を置き、振り向く。

 

「もしかして道野か?」

 

「はい! お久しぶりです!」

 

翔介は山戸と呼ばれた男性に頭を下げる。

翔介の後を追いかけて一夏たちが寄ってくる。

 

「翔介さん、そちらの方は?」

 

「あ、紹介するね。こちらは僕の小学校と中学校の担任だった…」

 

「山戸武矢です。君たちがIS学園の友達だね」

 

山戸武矢は翔介の紹介通り、小学校と中学校時代の九年間を共に過ごした人物だ。街の大きな学校への移動の話もあったが、翔介のために廃校となるまで担任を務めた。

翔介にとっては思い出の先生である。

現在は定年も間近であるが、街の大きな学校へと移動している。

 

「そうだ、先生は何をしていたんですか?」

 

「ああ、片付けだよ」

 

翔介が問い掛けると山戸の表情が曇る。

その表情の変化に翔介も察しがついたようだ。それが否応なくこの学校がなくなるという現実を突き付けられているようで切なさが込み上げてくる。

 

「その、この建物は…?」

 

「…取り壊すそうだ」

 

古い建物をずっと残すわけにはいかない。

特にこの学校は何かに再利用できるわけでもないし、元々老朽化で既にぼろぼろの建物だ。そういった結論に至るのも無理はない話であった。

それでも寂しいことに変わりはなかった。

 

「…そうだ、皆このまま家に戻れる?」

 

「大丈夫だけど…翔介はどうするんだ?」

 

「僕は先生と一緒に学校の片づけをしていくよ。だから皆は先に…」

 

翔介が言い切る前に一夏たちがやれやれといった表情に変わる。

 

「翔介、水臭いこと言うなよ」

 

「え?」

 

「そういう時は一緒に手伝って、でいいのよ」

 

楯無が全員の言葉を代弁する。

彼女の言葉に一夏たちも頷いて見せる。

 

「でも…いいんですか?」

 

「ああ! 任せろよ!」

 

全員が快く頷く中、それでも頼っていいのかわからずオロオロしている翔介。

しかし、そんな彼を山戸が肩を叩く。

 

「道野、手伝ってもらうといい」

 

「先生…」

 

「俺からも頼むよ。是非手伝って欲しい」

 

山戸が一夏たちに頼み込む。

翔介が何かを言う前に一夏たちはそれぞれ自分のできそうな手伝いを始める。

 

教室に残っていた机と椅子を運び出し、処分するものとまだ使えるものを分けていく。書物などはそのまま街の大きな学校へと持って行くためまとめて箱詰め。

荷物をまとめ終えたら今度は校舎内の掃除だ。

翔介が卒業してから半年も経っていないが、埃が溜まっている。

山戸が持ってきたホウキや雑巾を使って汚れを落としていった。

 

 

学校の掃除を始めて数時間。

空もだんだんと茜色に染まり始めてきた。

 

「よし、片付けはこれくらいでいいだろう」

 

学校の最後の窓を拭き終わると山戸が声をかけてくる。

 

「は~い!」

 

山戸の声に全員が集まってくる。

全員所々汚れているのは真面目に掃除をした証だろう。

 

「皆、ありがとう。学校も十分に綺麗になった」

 

「僕からもありがとう。本当に助かったよ」

 

「気にするな、マブよ。これくらい造作もない」

 

ふふんと得意げなラウラ。

しかし、ビシッとシャルロットが手刀を打ち下ろす。

 

「ラウラは途中からサボってたでしょ」

 

「なっ!? サボってはいない! アレは…古い文献のチェックで…」

 

速い話が掃除の途中で書物が気になり、読み始めたら止まらなくなっただけである。

掃除あるあるである。

 

「まったく。子供じゃないんだから」

 

やれやれと首を振る鈴。

 

「鈴さんもですわ。途中から一夏さんと一緒になって遊んでましたわよね」

 

「な、何のことかわからないわねぇ?」

 

速い話がホウキを持ってたらなんだかテンションが上がって雑巾をボールに見立てた野球

をしていた。

小学生の掃除時間あるあるである。

 

「ま、まあまあ。皆のお陰で学校も綺麗になったから」

 

翔介はシャルロットとセシリアを手で制する。

そんな翔介の様子を山戸は微笑ましそうに見つめている。

 

「道野」

 

「はい?」

 

 

 

「楽しそうだな」

 

 

 

心の底からそう思えた。

翔介はこの学校で同年代の友達などおらずいつも一人だった。

そんな彼が寂しくないように山戸は学校にいる間はできる限り一緒にいるようにしていた。

だが、山戸はあくまで教師だ。どれだけ親身になっても友達にはなれとわかっていた。

 

だから初めはIS学園に入学することになった時は一人都会に向かう翔介が心配ではあったが新たな出会いのチャンスだとも思っていた。

結果的に彼はIS学園でこんなに大勢の友達を連れてきた。

山戸にとってそれは自分の事のように嬉しかった。

 

「道野、友達は大切にな」

 

山戸は翔介の肩に手を置いて語りかける。

 

「忘れるな、どんな時、どんな所でも」

 

「一所懸命に一生懸命ですね」

 

翔介は首肯で答える。

そんな彼に満足そうに山戸は頷くのだった。

 

--------------------------------------------

 

学校の掃除が終わり、翔介たちは山戸と校門の前で別れた。

車に乗って去っていく山戸を見送りながら一同も帰途へと着く。

 

「ごめんね、皆。折角の夏休みに掃除の手伝いなんかさせちゃって」

 

「あー…翔介」

 

翔介に一夏が呼び止める。

 

 

 

「そんな風に遠慮するのはもう止めないか?」

 

 

 

「え?」

 

「そういうのがお前の性分なのは分かってるんだけどさ。俺たち、同じ学園の中まで友達だろ?」

 

一夏だけでなく、箒、鈴、セシリア、シャルロット、ラウラ、楯無、簪の全員が頷いて見せる。

 

 

「……うん!」

 

言葉少なではあるが、確かにその場にいる全員の気持ちは一つとなっていた。

 

「さあ、話も決まったし帰りましょう」

 

楯無に促されて一同は笑い合いながら四季家の屋敷へと戻っていった。

 

 

----------------------------------------------

 

「くそっ! 面白くねえ!」

 

そう悪態をつくのは昼間に継実に追い返されたガラの悪い四人の男女の一人だ。

追い返された後、一般人用に開放されている砂浜まで移動したが湖水浴客は存外多く、ゆっくり遊ぶ余裕もなかった上どこか白けた空気が流れていた。更に自分より小さな継実に負けたという事実が彼らのプライドはひどく傷つけていた。

 

大体は自業自得なのであるが、そんなものは彼らに関係なかった。

 

「あ~、ムカつく!」

 

男はさらに悪態をつきながら酒瓶をあおる。

ヤケ酒気味に飲んでいるせいか酷く酔っぱらっているようだ。

 

「大体こんなクソ田舎で好き勝手して誰が困るんだってんだよ!」

 

「いるのはくたびれたジジイとババアしかいないってのにな」

 

「言えてる~」

 

「そうだよなぁ? それなのに私有地だからとかマジウゼー…うおっ!?」

 

フラフラと千鳥足で歩いていた男性の一人が何かに躓いて倒れる。

それを見て他の三人がギャハハと下品な笑い声をあげる。

 

「んだよっ!? なんだぁ、このボロっちいの」

 

酔いのせいか、笑われたせいか。男は起き上がりながら振り向くとそこには小さな墓石が一つ。

名前も書かれておらず、道端にちょこんと立てられているそれを睨みつける。

 

「ただでさえイラついてるってのに…よお‼」

 

男は苛立ちをぶつけるように墓石を蹴りつける。

既にガタが来ていた墓石はその蹴りでゴロリと土台から転げ落ち、バックリと割れてしまった。

 

「うわー! 悪いことするなぁ」

 

「バチ当たるよ~?」

 

言葉とは裏腹にゲラゲラと笑う三人。

それに気をよくしたのか男はさらに墓石を足蹴にする。

 

「ふぅ…少しはスッキリした」

 

「それなら早く行こうよ~」

 

「ああ、そうだな…」

 

四人はひとしきり騒ぐと墓石を直すことなく、その場を後にしようとする。

 

 

 

 

 

 

シャリン…。

 

 

 

 

 

「…んあ? なん…だ…?」

 

背後から聞こえた金属音に振り向く四人。

しかし、その目の間に移っていたのは信じられないものだった。

 

 

そこにいたのはまるで時代劇に出てくるような服装をしており、背格好から男であることがわかる。頭には三度笠、腰には刀を差している。

その表情は三度笠のせいで見えないが、その頬や着物には血が付いている。

男はゆらりと幽鬼のように四人に近づいてくる。

 

金縛りにあったかのように動けない四人。

男はブツブツと何かを呟きながら近づき、ギラリと三度笠の奥から血走った瞳が四人を射抜いた。

 

 

 

『ぎゃあああああああああああああああ‼?』

 

 

弾かれたように四人は走りだし、一目散にその場から逃げ出した。

 

 

 

「……ま…何処に……」

 

 

男は四人を追いかけることもなくゆらりゆらりと森の中へと消えていった。

 

 




本日はここまで。

今年最初の投稿になりますが、遅くなって申し訳ありません。
ようやく夏休み編のプロットも完全に固まりました。

今年もどうぞよろしくお願いします。

主人公たちの絆が深まり、和やかな時間が過ぎていく。

しかし、そんな空気を覆う不穏な影が。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

72話

四季家滞在三日目。

前日の湖水浴や学校の片付けの疲れもすっかり癒え、おなじみとなった大人数での朝食も終わった。

朝食を終えた一夏が屋敷の廊下を歩いていると、縁側に楯無、シャルロット、簪、セシリアが座っている。

 

「何してるんだ?」

 

気になり声をかけてみると、楯無が見ればわかると扇子で指し示す。何事かと全員の視線の先を追っていくと。

 

「ほう、なるほど。流石はIS学園の生徒じゃな。なかなかの根性じゃのう」

 

中庭に継実が立ち、その周囲を箒と鈴、ラウラが囲んでいる。

それぞれが木刀や拳、ラウラに至っては本物のナイフを構えている。

 

「食後の運動って言って継実さんがあの三人に手合わせしようって声かけたの。三人も結構ノリノリだったけど」

 

簪がそう説明してくる。

 

「そういう事か…でも…」

 

改めて中庭の戦況を見つめる。

三対一という圧倒的に数で有利なはずの三人が肩で息をしている。

それに対して継実はというと息を切らすこともなく涼し気な表情をしている。

 

「箒たち苦戦中みたいだな」

 

「苦戦どころか一方的にあしらわれているって感じね」

 

「あの三人が、か…」

 

箒、鈴、ラウラ。この三人は一夏たちの中でISを纏わずとも高い戦闘技術を有している。そんな三人を一度に相手取っても一切の疲れを見せていない継実の実力は計り知れない。

そうこうしていると内に三人が動き出す。

 

「はあああっ!」

 

「こんのおおおおっ!」

 

「ふっ!」

 

三人バラバラでは駄目と判断したのか一斉に継実へと飛び掛かる。

箒が木刀で上から振り下ろし、鈴が地を飛び継実の延髄に目掛けて蹴りを放つ。そしてその隙間を縫うようにラウラがナイフと共にその背後を狙う。

 

「なるほど、個々人では難しいならば三人一斉にかかってくるか。うむ、実に理にかなっている」

 

三人の動きに感心したように頷く。

しかし、次の瞬間継実が動く。

 

まずは振り下ろされる箒の木刀を身体を寸分逸らして避けるとそのままその腕を掴み、自分の背後に迫っていたラウラのナイフをその木刀で打ち払う。

そして流れるような動きで今度は自分の延髄を狙ってきた足を受け止め、ブンとその勢いのままに鈴をラウラに向けて投げる。

二人は縺れ合うように地面に倒れ込む。

 

「くっ…! まだだ!」

 

継実の手を振り払った箒は今一度木刀を構え、今度は横薙ぎに振るう。

だがその切っ先は彼女に触れることすら叶わず、継実は足を振り上げ、なんとその木刀を踏みつける。

 

「なにっ!?」

 

踏みつけられた木刀はびくともしない。

そして一瞬の隙を継実は見逃さなかった。

 

ゴウッと風を切り、継実の拳が箒の顔面へと迫る。

だが拳が叩き込まれることはなく、数センチ手前で寸止めされている。

 

「これでまたウチの勝ちじゃな」

 

「は、はい…」

 

打つ手がないと感じた箒が大人しく負けを認める。

一瞬、継実の拳が獅子を纏っているように見えた。

 

「これで五連敗だね」

 

「ここにいる間に一勝でもできれば御の字ってところね」

 

そういってカラカラ笑う楯無。

 

「ふむ、ウチはお前さんとも戦ってみたいんじゃがな」

 

継実は楯無に向けて挑発的にそう告げる。

どうやら既に楯無の実力を見抜いているようだ。実際に友人一同の中の実力は間違いなく楯無が頂点となるだろう。

 

「うふふ、遠慮しておきますよ。強いお姉ちゃんの威厳は守りたいですからね」

 

含みのある笑みを浮かべながら楯無がそう返す。

それには継実もニヤリと「言うではないか」と笑う。

 

どうでも良い事だがお姉ちゃんの威厳というのなら既に簪へのセクハラ行為でストップ安状態ではとは言ってはいけない。

 

「あ、皆終わったの?」

 

するとそこに間延びした声が聞こえてくる。

そこには翔介が立っており、その腕には袋いっぱいのキュウリとナスが抱きかかえられている。

 

「どうしたんだ、そのキュウリとナス?」

 

「えへへ、実は早速皆に手伝ってもらおうと思ってさ」

 

そう言ってにこやかに笑う翔介。

どうやら昨日の「遠慮はいらない」という言葉をしっかり受け止めたようでなにやら手伝いを頼みに来たらしい。

 

「おお、そういえばそんな時期じゃったな。どれ、なればウチも…」

 

継実が翔介の持つ袋を受取ろうとするとそこに携帯を手にした長歌がやってくる。

 

「継実、電話よ」

 

「んむ?」

 

長歌かから携帯を受け取り、一言二言会話をするとやけに神妙な表情で翔介に向き直る。

 

「すまん、急用だ。寺にはお前たちだけで行ってもらえるか?」

 

「仕事? でもお休みだったんじゃ?」

 

「呼ばれてしまったからな。今は人手が少ないから仕方あるまい」

 

口ではそう言うものの不承不承といった様子でため息を吐く。

 

「そういう訳だ。翔介、和尚によろしく言っておいてくれ」

 

「うん。気を付けてね」

 

継実はクシャッと翔介の頭を撫でると自室へと戻っていった。

 

「継実さん、どうしたんだ?」

 

「仕事みたい。警察の仕事だからしょうがないよ」

 

「忙しいんだな…。それで翔介は何を手伝って欲しいんだ?」

 

継実の後ろ姿を見送りながら一夏は袋に詰められたキュウリとナスを見る。

家では家事全般を取り仕切る彼から見ても艶や色のどれをとっても見事な夏野菜たちだ。手塩にかけて育てられたのが良くわかる。

 

「お寺がどうとか言ってたけれど何かあるのかしら?」

 

「それは寺に行ったらお話しますよ。多分そのほうが早いし。それに…」

 

翔介は鈴とラウラに視線を移す。

二人とも視線の意図がわからず、首を傾げている。

 

「二人には色々お願いすると思うからね」

 

 

-------------------------------------------

 

四季家の屋敷を出た九人は山の方へと向かっていた。

今日も今日とて暑く照り付ける太陽と蝉の鳴き声のシャワーを浴びながら歩いていると、やがて石で作られた階段の下へとやってきた。

 

「この上にお寺があるんだ。この辺の人たちのお墓は大体このお寺で管理してるんだ」

 

「結構長いわね。この辺の人、歩いて来れんのかしら」

 

鈴が目の前に続く石段を見て告げる。

頂上の山門が見えるが石段はおおよそ百段以上はありそうだ。

 

「地元の人は慣れてるからね。さあ、行こうか」

 

そう言って石段を登り始める翔介。手に荷物を持っているのにその足取りは軽快である。

 

「…あいつ、運動苦手じゃなかった?」

 

「多分生活の一部としての運動は平気という事かしらねぇ」

 

妙に元気に石段を登っていく翔介を見ながら不思議がる鈴に楯無が答える。

楯無との訓練ではいつもへばっているが、それはあくまで楯無の訓練がスパルタなだけであり元々体力自体はあったのだろう。それに今では前よりもへこたれることも少なくなったことからその訓練の中でさらに体力が増強したという事もあるかもしれない。

 

「とにかく俺たちも行こうぜ」

 

一夏の言葉を合図に翔介の後を追うように石段を登り始めた。

 

 

 

 

「着いたぁ…」

 

 

 

石段を登り始めて十分後。

ようやく最後の石段を登り切った一同は天を仰ぐ。

体力自慢の鈴ですら肩で息をしている。平然な顔をしているのは楯無くらいだろうか。他のメンバーと比べて体力少なめな簪は途中から楯無に背を押され、翔介に手を引かれながら登り切った。

 

「この段差を慣れてるとかジモティー凄すぎでしょ…」

 

「そもそも早朝から畑仕事をしているのだから老いる暇もないのだろうな…」

 

 

 

 

「自然と共に在り、在りのままであれば老いとは体を蝕むことはない」

 

 

 

石畳の上で休息していた一同に鋭い声が聞こえてくる。

 

「あ、源和尚」

 

そこに立っていたのは灰色の作務衣を来た男性が立っていた。

もう壮年と言っていい年齢だろうがその立ち姿は背筋までピシッとまっすぐ立っており、鋭い眼光からは威圧感のようなものが見える。

正直、目の間にいるだけで気圧されてしまいそうだ。

 

「よく来たな。待っていたぞ」

 

「皆、紹介するね。こちらは大取源之助さん。僕らは源和尚って呼んでるんだ」

 

「これまた随分と迫力のある御仁だな」

 

「そりゃあ継姉さんのお師匠さまだからね」

 

源和尚こと大取源之助。若い頃から実家に伝わる拳法『獅子七星流』を昇華させるべく旅をしていたところ流れ流れてこの町へとやってきた。

そして当時は血気盛んな若者だったが、丁度同時期に街に来ていた弾に完膚なきまで敗北した源之助を当時の住職であった義父に助けられ、住職の手伝いをすることにそして前住職の娘であった桃子と結婚し、そのまま住職を継ぎ今に至る。

 

住職となった後も自らの拳法の研鑽を怠ることなく鍛え続けており、何人かの弟子をもつようにもなった。

四季継実は源之助の二番弟子となっている。

ちなみに翔介も幼い頃に少しだけ学んだことがあるが、彼には合わないと源之助から止められた。

だがその分勉強以外の道徳や自然との生き方などを教わった。

 

「用意はしてある。夕方には始めるぞ」

 

「は~い」

 

翔介は友人たちを連れて寺の中へと上がっていく。

 

「それで一体何をするんだ?」

 

 

 

 

「盆童だよ」

 

 

 

 




本日はここまで。

最近遅くなってばかりで申し訳ないです。
遂にもう一人のレジェンドも登場。やはりこういう役が似合う。

主人公から手伝って欲しいと言われた一夏たち。

果たして盆童とは一体何なのか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

73話

町から一時間。

指定されている駐車場に愛車を止めて継実は警察署に入っていく。

本来であれば休暇であるのだが、今朝ごろ救援要請が来たため休日を返上してやってきたのだ。

 

「さて、何事かのぅ」

 

警察署に入ると正面の入り口では数名の男女が喚いている。

署員が宥めているようだが彼らの興奮は冷めやらない。

 

「本当なんだよ! 信じてくれよ!」

 

「だから落ち着いてください!」

 

「一体何の騒ぎかのぅ」

 

「あ、四季さん‼」

 

近づいた継実に若い警察官が助けを求めてくる。

 

「あの四人が朝からずっとあの調子で…!」

 

「ふむ…」

 

継実はちらっと四人の方を見る。

よく見ればどこかで見たことのある顔。

そう、つい先日四季家の私有地である浜辺に無断で入り、あまつさえ可愛い従弟に暴力を振った相手。

正直、げんなりするが警察官である以上一般市民を放っておくわけにはいかない。

 

「お前たち、一体何があった?」

 

仕方なしに声をかけると男がすっかりやつれた様子で継実に訴えかけてくる。

どうやら彼らは継実のことを覚えてはいないらしい。

 

「で、出たんだよ!」

 

「出た…? 一体何が出たんじゃ?」

 

 

 

 

「幽霊だよ! 侍の幽霊!」

 

 

 

「……はぁ?」

 

訳が分からずそんな声が漏れた。

その時点で自分が呼ばれた理由が分かった気がした。

速い話が厄介事の押し付けだ。

継実はまだ若いながらも署内でめきめきと実績を上げていた。その為か古参の警察官から

疎ましがられこういった面倒な件を回されることも多かった。

だが、それでもどんな面倒事にも対応して結果を出すものだからさらに実績が上がるという流れが出来上がっていくのだがこれは別の話。

 

「もう一度聞くぞ、何が出た?」

 

「だから幽霊だよ! 古臭い格好した侍の幽霊!」

 

やはり聞き間違いではないようだ。

今まで変な事件も多かったが、これで四季継実の変な事件簿にまた新たページが刻まれるようだ。もういっその事探偵業でも立ち上げてほうが良いかもしれん。

 

継実は嘆息しながら情報を聞き出すことにした。

 

「それで一体どこで見た?」

 

「そ、それは…」

 

急にごにょごにょと口ごもり始める。

これは何か疚しいことがあるようだ・

 

「話してくれなければこちらとしても調べ様がないのじゃが?」

 

「うぅ…その…」

 

継実にそう言われ渋々と呟き始める。

聞いていて呆れが止まらない。

イライラして酔っぱらった上に腹いせで墓石を破壊するとは庇い様がない。

 

だが、それはそれとして今の話からすれば見逃すことができない。

 

侍の幽霊が出たのは自分の故郷であること。

そして今そこには従弟とその友人たちが来ている。

 

正直、幽霊なんて荒唐無稽な話を信じているわけではない。

だがもしそれが幽霊ではない危険人物だとすれば。

 

「すまんがじっくり話を聞かせてもらおう」

 

継実は男にグイッと詰め寄る。

 

「ああ、それと器物損壊の件でも話があるからそのまま押さえておいてくれ」

 

自供も取れているのだ。そちらの方もしっかり罪を償ってもらおう。

とはいえあまりゆっくりはしていられそうもない。

 

「何もなければいいが…」

 

----------------------------------------

 

「ふんふんふ~ん」

 

「キュウリとナスっていうからもしかしてと思っていたけれど、やっぱり精霊馬だったのね」

 

キュウリとナスに割りばしを刺していく一同。

 

「精霊馬ですの?」

 

「日本のお盆飾りでね。ご先祖様をお迎えしたり、お送りする乗り物の事よ。キュウリの馬で早く帰ってきて、ナスの牛でゆっくり帰ってもらうってね」

 

「なるほど…日本の文化とはなんとも興味深いものだな」

 

「まあ、精霊馬のことは分かったとして、今からやらされる盆童ってなんなわけ?」

 

今度は鈴が尋ねてくる。

その手には白い着物と白い帯、赤い輪袈裟が握られている。

これは盆童をやると言われ源之助に渡されたものだ。

 

「盆童はこの町に伝わる昔話でね。お盆になると各家に回って精霊馬と一緒にご先祖様を送ってくれる子供の神様みたいな存在かな。お盆の終わりにはナスの牛を一緒にむかえにきてくれるんだ」

 

この町では毎年お盆の時期になるとこうやって子供が盆童に扮して各家に精霊馬を置いていくという風習がある。かつて子供が多くいた頃はこの時期になると盆童に扮した子供たちが町を練り歩いたものだが、現在では唯一の子供である翔介が盆童の役目を一手に担っていた。

 

「それでなんであたしとラウラだけな訳?」

 

盆童の服装を与えられたのは鈴とラウラのみであった。

もし子供にやらせるのだったら人数分渡してもいいはずだが。

 

「それは盆童の服のサイズが小さいのしかなくてさ…」

 

翔介は年の頃の割には小柄であり、保管されている盆童の服も小さいサイズしか残っていなかった。

その為、友人たちの中でも体格の近い鈴とラウラの分しか用意ができなかったのだ。

 

「それじゃあ私たちは何をすればいい?」

 

「盆童は僕と凰さん、ボーデヴィッヒさんで手分けして家を回るから他の皆にもチーム分けして手伝いをしてもらおうかなと思ってるんだ」

 

「わかったわ、丁度三人一組で分けられるわね」

 

楯無がそう言った瞬間、五人の目がギラリと光る。

 

三人一組。つまりその中には当然一夏が入っている。この町に来てから常に全員で行動していたがこれは一夏と接近するチャンスでもある。

普段とは違う環境の中で共に過ごせば、何かしらの進展があるやもしれない。二人きりとはいかないが、それでもこのチャンスを逃さない手はない。

 

だが、これまでの流れを考えると。

 

「それなら俺は翔介と」

 

こうなる。

それが一番の悪手だというのに。

というよりも一番の強敵はやっぱりお前か、という表情で見られる翔介は溜まったものではない。

 

「いや、翔介君は私と簪ちゃんで行きましょう。あとの二人はそっちで決めて頂戴」

 

一夏の提案を楯無が一蹴する。

それを聞いた五人の表情が輝く。

これで一番の懸念がなくなったのだ。後は誰が一夏と一緒に回るかだが。

 

表情が輝いたのも束の間。

すぐさまバチバチと火花が散らされる。

 

「さぁて、チーム分けは決めておきなさいねぇ」

 

そう言って完全に丸投げの楯無。

これは絶対に楽しんでいる。

時たま愉快犯みたいになるのはどうなのだろうか。

 

とはいえ翔介も下手にこの件に関わって藪蛇になるのも面倒である。

 

「それじゃあ僕もちょっと離れようかなぁ」

 

飛び火するのも嫌なので翔介は境内から離れる。

 

「あら、それじゃあ私も」

 

「わ、私も」

 

更識姉妹もそそくさと翔介についていく。

背後が騒がしいが振り向くことなくその場を後にした。

 

「そうだ、お師匠さま、更識さん。少し一緒にいいですか?」

 

「あら、構わないけどどこに行くのかしら?」

 

「こっちです」

 

翔介は二人を連れて墓地へと入っていく。

その途中で井戸から水を桶に汲み運ぶ。

 

並び立つ墓石の前には彼岸花が供えられている。

翔介は並ぶ墓石を横切り葉っぱ生い茂る桜の木の前に立ち止まる。その木の根元には小さな墓石が鎮座している。

そこには『鞠之墓』と刻まれている。

 

「翔介君、このお墓は?」

 

「鞠?」

 

「はい。昔、この里に住んでた鞠さんって人のお墓です」

 

翔介は鞠の墓石に水をかけると屈みこみ手を合わせる。

 

「どうしてその人だけこんな離れたところにお墓があるの?」

 

簪が不思議そうに首を傾げる。

鞠の墓は他の墓から少し離れた場所に設置されている。

 

「それはこの鞠さんがもし自分が死んだらここに埋めて欲しいって頼んだかららしいです」

 

「それまたどうして?」

 

「鞠さんがこの場所が好きだったからっていう話ですけど…僕も良くはわかりません」

 

翔介は墓石の前に屈みこみ手を合わせる。

やがて立ち上がるとくるりと後ろの更識姉妹に向き直る。

 

「さて、もう一か所いいですか?」

 

「ええ、いいわよ」

 

「うん」

 

姉妹にも否やはなく翔介と共に今度は集合墓地へと歩いていく。

やがて三人は一つの墓石の前で足を止める。

 

「今度は誰のお墓かしら?」

 

「大取桃子さんのお墓です」

 

翔介がそう告げると目を丸くする二人。

 

「大取桃子さんって…」

 

「源之助和尚の…」

 

 

 

 

「数年前に事故でな」

 

 

 

驚く姉妹の横から源之助が歩いてくる。

その手には菊の花束を持っている。

 

「事故?」

 

「ああ、数年前に大きな地震があっただろう。その時に老朽化した建物が崩落した」

 

源之助は菊の花を供える。最初に会った時と同じく鋭い目つきではあるが、その表情にはどこか悲し気な様子がうかがえる。

 

「翔介も毎回すまないな」

 

「うぅん、僕も桃子さんには優しくしてもらったから。むしろIS学園に行ってから全然会いに来れなかったから」

 

翔介はそう言うと桃子の墓石に向かって手を合わせる。

源之助はそんな翔介の様子を見ると薄く笑みを浮かべ、同じく手を合わせる。

 

更識姉妹はそんな翔介の背中を見つめる。

 

「うん、なんだか翔介が愛される理由が分かった気がするわ」

 

「私も」

 

どんな相手だろうと真摯に向き合うことができる少年だ。

そんな素直な翔介だからこそ家族だけでなく、町の住人や多くの人に愛されるのだろう。

 

少し眩しくも、羨ましく感じる。

 

「よし、そろそろ時間だ。お前たちも準備が終わったら門のところに集まれ」

 

「わかりました、それじゃあ行きましょうか。翔介君、簪ちゃん」

 

楯無に促されて、盆童の準備へと向かおうと境内へ戻る三人。

すると源之助が翔介を呼び止める。

 

「翔介、少し待て」

 

「おっと…何、源和尚?」

 

急に呼び止められつんのめりながらも振り返る。

 

「お前、何か強い力を手にしたな?」

 

「え…」

 

それはISの事だろうか。普通に考えれば強い力とはISの事。

だが翔介には思い当たる節がもう一つある。

 

光の巨人・ウルトラマンの力。

この世で彼しか持ちえない強大な力。

 

「翔介、俺の言った言葉を覚えているか?」

 

「…はい」

 

翔介は頷くとかつて何度も聞かされた言葉を唱える。

 

 

 

「誰かが立たなければならない時、誰かが行かなければならない時。きっとそれは力を持つ自分、ですよね」

 

 

 

そう告げると源之助は首肯する。

 

「わかっているならいい。力を持つ意味をけして忘れるな」

 

「……はい!」

 

「呼び止めて悪かったな。ほら、準備をしてこい」

 

源之助がそう言うと翔介は慌てた様子で境内へと走っていった。

 

 

 

「桃子、俺たちに子供はいなかったがあの子が大人になるまで見守っててくれ」

 

 

一人残った源之助は亡き妻の墓石にそう語りかける。

その表情は先程と打って変わってとても穏やかで優しいものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




本日はここまで。
もはや申し開きもない。

それでもいつも見てくれている皆さんには感謝しかありません。

次回、盆童本番。

しかし、夏休み編も大きく動き出す。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

74話

「それじゃ改めて手順を説明するね」

 

翔介は家の門を背に友人たちを見ながら語り始める。

その姿は盆童の服装に着替えている。

彼以外にも鈴とラウラも同じ格好をしている。

 

時刻は十五時頃。

今から三手に分かれて盆童を行う前にその手順を実践しようとしているところだ。

 

「まずは敷地に入る前にこの鐘を鳴らすよ」

 

そう言って門の前に立つ。

そこには鐘が吊るされており、紐を引くことで音が鳴る仕組みになっている。

翔介が紐を引っ張るとカランと涼やかな音が聞こえてくる。

すると家屋の方からチリンと小さな音が返ってくる。

 

「鐘を鳴らして返事が返ってきたら敷地に入るよ。そしたら玄関じゃなくて庭先に回って縁側に精霊馬を置いていくよ」

 

翔介は門をくぐり、庭の縁側にキュウリの馬とナスの牛を置く。

 

「置いたら後は門まで戻るよ」

 

そう言って一行を引き連れて門へと戻る。すると、門の前には入る前にはなかった籠が置かれている。

その中には何故かお菓子が詰められている。

 

「最後はこのお菓子を回収して終わりだよ」

 

「いや、何故お菓子が?」

 

最後の最後でついにツッコミが入った。

しかし、翔介は至って平静に続ける。

 

「これはね盆童へのお礼なんだ。だからしっかり回収してね」

 

ちなみにこのお菓子は一度寺の方で供える必要があるため、すぐに食べることはできない。ただし盆の期間が終われば、盆童役であった子供たちに分配されるのでかつての子供たちにとってはお菓子が大量入手できる特別な日でもあった。

そして子供がいなくなり、翔介だけとなったここ数年ではお菓子総取りであった。

唯一の子供なだけあってか、お菓子が豪華になっていた。

 

「あんたって本当に可愛がられてるわね」

 

「翔介って年上キラーなのかな?」

 

「いや、翔介君は愛され孫属性なのよ」

 

「何それ」

 

「一度会ってしまうと思わず財布の紐が緩んでしまい、放っておけなくなりつい甘やかしちゃう驚異の属性よ」

 

素っ頓狂な言い分だが何故だか納得できてしまう。

少なくともこの街の住人は全員翔介の愛され孫属性の餌食となっている。

恐るべし愛され孫属性。

 

「それじゃあ最初に決めた地域をそれぞれ分担するってことで。終わったら寺に集合っていう事だね」

 

全員がそれに同意するとそれぞれが組みとなり町中に散っていった。

 

-------------------------------------------------

 

「よし、これで最後ね」

 

盆童の衣装に身を包んだ鈴が籠からお菓子を取り出す。

これで彼女たちの分担は終わりだ。

 

「それじゃあ寺に戻ろうか、結構暗くなってきたしね」

 

「そうですわね、他の皆さんも戻ってきてる頃でしょうしね」

 

荷物持ち役のシャルロットとセシリアもお菓子を回収しながら空を見上げる。

日の長い夏場だが太陽は山の向こうへと沈もうとしている。

 

「はぁ…それにしても何でこの組み合わせ…」

 

「まだ言ってるの?」

 

「言っても仕方ありませんわ。じゃんけんで決まったことですし…それならわたくしだって…」

 

口を尖らせる鈴に対してセシリアもまた不満げである。

結局のところ言い合っても仕方ないからということで公平にジャンケンで決めることになったのだがものの見事にこの二人は撃沈したのだ。ちなみにシャルロットは最後の最後でジャンケンに負けてこの組になった。

 

「ていうかあたしとセシリアってニコイチみたいな扱いになってない?」

 

「き、気のせいだよ。ほら、そろそろ戻ろう」

 

シャルロットが苦笑いを浮かべながら促す。

まだ納得いっていない様子の鈴とセシリアだが両手にお菓子を抱えながら寺への道を歩き出す。

 

やがて三人は民家から離れた小道に入っていく。

小道の両側には木々が生い茂っており、日差しが降り注ぐ日中ならばずっとこの場にいたいところだが薄暗くなってくると少し不気味さが漂ってくる。

 

「しかし風習とはいえ毎年一人でやってたなんてあいつも良くやるわね」

 

「それだけこの町が好きという事なのでしょうね。たった数日ではありますが、わたくしもこの町が良いところなのはよくわかりましたわ」

 

「そうだね、何もないけれど何もないがある、っていうのかな。やっぱり都会にはないものがあるよね」

 

「あいつがああいう性格になるのもよくわかるわね」

 

大自然に囲まれた小さな町で多くの人に愛されながらのびのびと育った翔介。変に擦れることもなく真っ直ぐに育ったのも頷ける。

 

「ええ、そうですわね」

 

「うん、本当にそうだね」

 

「のほほんとしてる割には相手のこと見てるっていうか、察しがいいというか」

 

うんうんと頷くセシリアとシャルロット。

 

「ほんと…その察しの良さのほんの少しでもあいつにあれば…」

 

暗い目でそう呟く鈴。

うんうんと深々と頷くセシリアとシャルロット。それはもう心の底からの同意であった。

 

 

 

 

シャリン…。

 

 

 

どこからか金属音が聞こえてくる。

気付けばいつの間にか三人の目の前に人影がゆらりと立ちふさがっている。

 

「えっと…町の人?」

 

「いえ、それにしては…」

 

恰好が異様だ。

古臭い着物に編み笠、そして腰には打鉄の装備にもある刀が佩かれている。

まるで仮装のようだが、目の前の人物から溢れる雰囲気がそれを否定してくる。

 

「あ、あの…どちら様ですか?」

 

それでもとシャルロットが声をかける。

すると目の前の人物は徐に三人に視線を向ける。

 

「……女子…だが、違う。毛唐か…」

 

編み笠の奥からしゃがれた男の声が聞こえてくる。

その異質さに身体が強張る。得体のしれない何かが三人を襲う。

 

「どこだ…まさか、貴様らが…」

 

男が腰の刀に手をかけ、すらりと抜き放つ。

怪しく光るそれは偽物ではなく、本当に命を奪う輝きを放つ。

男は信じられない速度で三人に迫る。

 

「くっ、この!」

 

一番早く反応したのは鈴だ。

右腕にISを展開して、振り下ろされた刀を受け止める。

 

「面妖な術を。やはり貴様らが…!」

 

男はISに面食らうものの、さらに刀を押し込んでくる。

刀がギリギリと甲龍の腕に食い込んでいく。

 

「ちょ、ただの鉄の塊なのに!?」

 

同じISの武器ならまだしも男の持っているものはあくまで生身の人間の武器のはず。それがISを傷つけるなんてあり得ないはずだ。

 

「鈴さん!」

 

「鈴!」

 

セシリアとシャルロットが駆け寄ろうとするが、男は流れるような太刀筋で二人を阻む。

しかし、自分から注意が逸れたと見るや鈴は甲龍の拳で殴り掛かる。

 

「こなくそぉ!」

 

果たして拳は男の右わき腹に叩き込まれる。

男はそのまま地面を五メートルほど転がり、動かなくなった。

 

「鈴さん、いくら何でもやり過ぎでは…」

 

「ちゃんと手加減してるわよ。それに最初に仕掛けてきたのはあっちでしょ」

 

「う、うん。だけどなんでこんな…」

 

言いかけたシャルロットが息をのむ。

殴り飛ばされたはずの男がゆらりと立ち上がったのだ。それもまるで何事もなかったかのように。

 

「ど、どうなってんのよ、手加減したとはいえISでぶん殴ってんのよ!?」

 

「斯様な小さな体躯からは信じられん力だが…加減はせぬ…」

 

男が刀を上段に構える。

 

「ま、待ってください! 僕たちは!」

 

「問答無用!」

 

大地を踏み込み、男が三人に向かって刃を振り下ろす。

ただ押し切られただけでISを傷つけた一撃。今度は体重を乗せた全力の一撃が襲ってくる。

もし、そんなものを受け止めればISの腕ごと跳ね飛ばされるかもしれない。

 

しかし、男から発せられる異様な気が三人の動きを鈍らせる。

 

命を奪う刃が眼前に迫る。

思わず目を強く閉じる。

 

 

 

 

しかし、身体を裂かれる痛みが襲ってこない。

恐る恐る目を開く。

 

 

 

「間一髪、じゃのぅ」

 

 

 

そこには振り下ろされた刀の柄を受け止める継実が立っていた。

 

『継実さん!』

 

「銃刀法違反じゃな。大人しく縄についてもらおうか」

 

男はブンと継実の腕を振り払う。

継実はスッと獅子七星流の構えを取り対峙する。

 

「また一人…あくまで俺を阻むか…」

 

「忠告は二度まで。それでもそれを振るうならば実力行使と行かせてもらう」

 

グッと拳を握る。

男も今度は刀を構えたままじっと動かない。お互いに出方を探っているようだ。

 

「…分が悪いか…」

 

男はそう呟くと刀を鞘の中に収め、踵を返す。

 

「あ! 待ちなさいよ!」

 

鈴が立ち去ろうとする男の背に声を投げかけた瞬間。

 

「なっ!?」

 

「き、消えた…!?」

 

男の身体がスーッと薄くなり、目の前で霞のように消えてしまった。

 

「…退いたか。しかし、まさか本当に相手が幽霊とはな…半信半疑、いや完全に疑っておったが本当のようだな…」

 

「ゆ、幽霊!? そんないくら何でも…」

 

「ならば目の前で起こったこと、どう説明する? 科学の進歩で大抵のことはできるとはいえ、目の前で霞と消えては信じるしかあるまい」

 

継実の突拍子もない言葉に思わず反論するも、逆に返されてしまった。

実際に今消失マジックのように何かタネや仕掛けがあったようには見えない。本当に目の前で消えてしまったのだ。

 

「取りあえず無事で良かった。ワシも行くから、寺に急ごう」

 

「一体何が起こってるんですか?」

 

「その説明のためにもお主ら全員が集まった方が良い。行くぞ」

 

継実は周囲を警戒しながらも寺へと歩を進める。

結局、何が何だかわからない三人だが今は彼女に従い、着いていくこととした。

 




本日はここまで。

遂に幽霊と鉢合わせ。

奴は何者なのか、一体何が目的なのか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

75話

継実により謎の男の襲撃から助けられた鈴、セシリア、シャルロットは彼女に連れられて四季家の屋敷まで戻ってきた。

屋敷には既に翔介たちが待機しており、他にも弾や源之助など町の住人たちが集まっている。

三人が戻ってきたのを見つけると翔介たちが駆け寄る。

 

「三人とも大丈夫だった!?」

 

「う、うん。継実さんに助けられたから」

 

翔介たちの話を聞けば彼らもまた盆童の最中に継実により集められたのだ。

詳しい話は聞いていなかったが何か危険なことが起きていることは従姉の様子から理解することができた。

 

「全員集まったね」

 

そうしていると屋敷の中から統子が現れる。その隣には長歌も随伴している。

町の住人や翔介たちも注目する。

 

「継実、もう一度説明してくれるかい」

 

「うむ」

 

継実は首肯すると改めて今回の事件の詳細を語り始める。

そして先程、一戦交えたことも付け加える。

 

「墓石を壊すなど…」

 

「何と罰当たりな」

 

住人たちの顔色が曇る。

名も知れぬ人物の眠る墓ではあるが町全体で見守ってきた墓だ。それを足蹴にされて良い顔などできる訳もないだろう。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。何、それじゃあさっきあたしたちを襲ったのは幽霊だっていう訳?」

 

しかし継実の説明を受けて鈴が割って入ってくる。

 

「うむ、そうなるだろうな」

 

「ほ、本気? いくら何でも幽霊なんて…」

 

非科学的と言いたいのだろう。

だが。

 

「ではお前の鎧に刀で傷をつけることなんて可能なのか? それにお前の一撃を受けて無傷で立ち上がることも」

 

「うっ…」

 

日本刀は世界的に見ても屈指の強度を誇る刀剣だ。しかし、それはISを傷つける程の強度は持ちえない。

それに手加減をしたとはいえ甲龍の拳で殴り飛ばされたにもかかわらず立ち上がり再度自分たちに襲い掛かってきた。鍛えたとしても生身でISの攻撃を受けて平然としていられる人間などいない。

 

そう、普通の人間ならば。

 

「それに対峙してわかった。奴からは生者の気が感じられなかった」

 

継実は刀を受け止めた拳を見つめながらそう告げる。

恐らくは彼女ほどの熟達した武芸者だからこそわかるものがあるのだろう。

そして、今度は長歌が口を開く。

 

「依然として相手の目的や行方が分からない以上、皆さんには警戒をお願いします。けして一人にはならず複数名で行動。もし見かけたならば四季家へご報告ください」

 

「今は手の打ちようがない以上、警戒だけでもしなければならない。間違っても手を出そうなどとは思わないことだ」

 

統子がいいね?と住人たちを見まわして付け加える。

この町の代表者である彼女の言葉に首を横に振る者はいなかった。

それを見届けると統子は解散を命じ、住人たちもそれぞれに自宅へと戻っていく。

 

「なんだか大変なことになってきたわね」

 

「はい…」

 

「翔介」

 

声をかけられた方に振り向くと長歌が呼んでいる。その近くには統子、継実、弾、源之助と街の主要人物たちが集まっている。

 

「どうしたの、長姉さん」

 

 

 

「あなた達はすぐに荷物をまとめなさい」

 

 

 

長歌の言葉に耳を疑う翔介。

 

「え、ど、どういうこと?」

 

「そのままの意味です。すぐに学園に帰る準備をしなさい。今日は電車がないからこれから継実と弾さんに頼んで街の方まで送ってもらいます」

 

「学園に戻るってどうして!?」

 

長歌に詰め寄る翔介。すると横から継実が続ける。

 

「刀を持った危険人物がいる。今回は退いたとはいえ今やこの町全体が危険区域だ。そんなところに子供を置いておくわけにはいかんじゃろ」

 

それに鈴、セシリア、シャルロットの三名は実際に襲われている。それを鑑みてもこの町に滞在を続けるのは得策ではないと判断したのだ。

 

「わかったらすぐに荷物を…」

 

 

 

 

「嫌だ…」

 

 

 

 

「何…?」

 

統子の目がスッと細まる。

 

「嫌だ。この町が危ないのに学園に戻るなんて…絶対にやだ!」

 

町の大人たちを前にして翔介が言い放つ。

その肩は細かく震えている。

 

「もう一度だけ言う。すぐに帰る準備をして学園に戻りな」

 

「い、嫌だ」

 

再度統子が告げるも、それに抗う翔介。

 

「翔介、今の状況が分からない訳ではないですよね?」

 

険悪な空気が流れ始める中、長歌が問い質す。

 

「わかってるよ、今はこの町が危ないってことは。だから帰りたくないだ」

 

「だがお前が残って何ができる? これは遊びではないんだぞ」

 

「何かできるかもしれない! 小さい事しかできないかもしれないけどそれでも何かしたい。この町は僕を育ててくれた場所なんだ。その町が危ないっていうのに何もしないなんて絶対に嫌だ!」

 

正直な話、この場にいる街の住人たちは驚いていた。

彼らの知る道野翔介は穏やかではあるが気弱で大人しい少年だったはずだった。いつだって従姉や大人たちに着いて歩き回っていた。

それがこの町から離れて数か月。いつの間にかここまで自分を強く出せるほどまでに成長していた。

 

「…統子さん」

 

するとそれまで腕を組んで黙っていた弾が口を開く。

 

「任せてみても良いんじゃないかい?」

 

「なっ、弾さん!?」

 

「弾、理由は?」

 

統子が弾に問い掛ける。

 

「翔介は私たちが思いもしないほど大きくなっている。確かに子どもたちをこのまま残すのは危険があるかもしれないが、この子の想いを汲んであげてもいいはずだ」

 

「ですが…」

 

「翔介」

 

今度は源之助が翔介に問い掛ける。

 

「今がその時か?」

 

「…はい」

 

誰かが立たねばならぬ時、誰かが行かねばならぬ時、それはきっと自分のはず。

源之助の教えを今こそ守る時なのだ。

 

「それならば俺から言うことは何もない」

 

二人の大人からの援護。

全員の視線が統子に注がれる。後は長である統子の判断にすべてがかかっている。

 

「…一つ条件だ」

 

統子が静かに語る。

 

「自分の命を投げることだけはしないことだ」

 

「…はい!」

 

「話は以上だよ」

 

そう言って統子は席を立ち、屋敷の奥へ戻っていく。

そして誰が漏らしたかため息と一緒に場の空気が一気に弛緩していく。

それだけ統子の迫力が凄かったというべきか。

 

「はあ…まさかあの翔介がここまで言うようになるとはのぅ」

 

継実がやれやれと言った様子で苦笑する。

先程は否定したものの実を言えば従弟が逃げることなく立ち向かうことを選んだことが嬉しかった。

 

「それでも。危険なことは変わらんぞ?」

 

「お、男に二言なし…!」

 

若干震え気味な声だがその眼に闘志は消えていない。

これは良い傾向ととってもいいだろうか。

 

「それじゃあ皆は…」

 

 

 

『当然残る』

 

 

 

「ええ…」

 

即答で残留を決意され困惑する翔介。

 

「やっぱり帰れって言うと思ったぜ」

 

「で、でも今回は本当に…」

 

「今まで危険じゃない事なんてなかったでしょ。それにあたしたちならいざってときにはISがあるし身を守るくらいできるわ」

 

「今日まで世話になったのだからな。何といったか…そう、イッシュクイッパンというやつだ」

 

「それに翔介君。あなた、今ISを持ってきてないでしょう? 私たちがいたほうが安全じゃない?」

 

うっと詰まる翔介。

現在、翔介の打鉄は修理中。それに一夏たちと違い携帯していないため、安全面からすれば友人たちと一緒にいる方が何倍も安全なのだ。

 

それでも相手はそのISすらも切り裂いたという。必ずしも安全とは限らない。

 

「翔介、言ったろ。俺たちを頼ってくれって。俺たちはいつでも力になるからさ」

 

一夏の言葉に全員が頷く。

 

「皆…」

 

そうしていると翔介の肩を弾が叩く。

 

「良い仲間を持ったな、翔介」

 

「…はい」

 

「よし、こうなったら早速作戦会議といきましょうか」

 

楯無の号令で一同が円になり作戦会議を始める。

その姿を大人たちは見守っていた。

 

 

 

「そもそもその幽霊って何が目的なんだろう?」

 

「そういえばわたくしたちの前に現れた時、何かを探しているようにも見えましたわ」

 

「そうなるとその『何か』を探ることが鍵になりそうね」

 

「でもどうやって?」

 

「悩んでても仕方ないだろ。まずは行動しようぜ」

 

「まずはどこから調べる?」

 

「こう言うものはゲンバヒャッカイというやつだ」

 

「それならその壊されたっていうお墓と鈴ちゃんたちが襲われたっていう場所の二つを調べてみましょうか」

 

楯無の提案に全員が頷く。

これで方針は決まった。

相手の招待も目的も不明。だけどきっとこの仲間たちと一緒なら何とかなる。

翔介の心の中には不思議な安心感に包まれていた。

 

 




本日はここまで。

謎の侍幽霊の正体と目的を探るために動き出した主人公たち。

果たして侍の正体は、そしてその目的は?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

76話

町内会議から一日が明けた。

翔介たちは昨夜の作戦会議の通りに侍幽霊の正体に迫るべく調査を開始する。

とはいえ手掛かりとなるのは壊された墓標と昨日幽霊と遭遇した場所の二か所だけだ。

 

話し合いの結果、それぞれ手分けをして調査をすることになった。

 

鈴、セシリア、シャルロット、そしてラウラは侍幽霊に襲撃された場所へと来ていた。

しかし、一日が経過しており手掛かりと呼べるようなものは杳として見つからない。

 

「いざ手掛かりと言っても何かあるようには見えないわね」

 

鈴は道端の草むらをかき分けながらごちる。

 

「でも今はどんな小さなことでも手掛かりが欲しいところだよ」

 

「まあ、そうなんだけど…っていうか…」

 

鈴はすくっと立ち上がり、ラウラの方を見やる。

 

「あんた、何よその恰好!」

 

「私の格好が何か変か?」

 

惚けるでもなく素でそう返すラウラ。

そんな彼女の出で立ちはインバネスコートに鹿撃ち帽といかにもな探偵ルック。

かなり浮いている。

 

「ラウラ、どうしたのその恰好」

 

さっきからずっと気になっていたシャルロットもラウラに尋ねる。

四季家の屋敷から出発した時からこの探偵スタイルだったのだが本人が至って自然にしているものだから聞きそびれていたのだ。

 

「うむ、事件の調査ならやはりこの格好だろうと長歌殿からな」

 

「なんでそうなるのよ…」

 

「何事も形から入るってことかな」

 

そう言いながら苦笑するシャルロット。

ラウラはうむうむとコートのポケットからパイプを取り出し口にくわえる。ラウラがプーッと吹くとシャボン玉が飛んでいく。

 

「はあ、まあ好きにしなさいよ…」

 

呆れかえったように再度草むらの中を捜索し始める鈴。

ラウラはポケットから更に虫眼鏡を取り出す。これもまた長歌の仕込みだろう。

 

「任せろ、この名探偵が見事に見つけ出してみせよう!」

 

そう言って虫眼鏡であちこちを調べ始める。

ドイツ少女、ノリノリである。

 

「ラウラ、あの格好気に入ってるのかな?」

 

「それでやる気になるのならよいのではないですか?」

 

「そうだね。僕たちも探そうか」

 

イキイキと周りを虫眼鏡で探し回るラウラを見ながら二人も周囲を探索し始める。

 

「そもそも探すって言っても何を探せばいいのかわかってないのに格好変えただけでそう簡単に見つかるわけ…」

 

 

 

「むっ、皆来てくれ」

 

 

 

「…何か見つけたみたいですわね」

 

「マジか…」

 

唖然としながら自分たちを呼ぶラウラへと近づく。

するとラウラは虫眼鏡越しに地面から拾い上げたものを見つめている。

それは随分と古びているが金属でできた十字架。

 

「それは…十字架ですの?」

 

「首から下げる鎖が切れてるわね」

 

「でもこれがその侍の幽霊の物なのかな? なんだかあまり繋がらないような…」

 

「だがこの町でこのようなアクセサリーをするような人物はいないだろう。それにこの鎖の劣化具合を見る限り随分と古めかしい。何かしらの手がかりになるやもしれん」

 

ラウラはそう言うと十字架を取り出した布に包んでコートのポケットにしまう。

 

「まだはっきりとは手掛かりかはわからないけど、こうやって手当たり次第に探し回るのは無駄じゃないってわかっただけお手柄ね」

 

「うん、もっとこの周辺を探してみよう」

 

シャルロットの言葉に三人が頷き返す。

今はどんな小さな手掛かりでも欲しい。四人は今一度周囲の探索を始める。

 

「一夏たちの方はどうなってるかしらね」

 

 

 

--------------------------------------

 

一方、翔介と一夏と更識姉妹、箒は酔った男たちに破壊された墓標を調べにやってきた。

墓標はすっかり壊されており、数日前に見た姿は見る影もない。

 

「酷い…」

 

「故人が眠る場所を足蹴にするなど許せん」

 

その惨状に悲しげに呟く簪と憤りを顕わにする箒。

とはいえ墓標を破壊した男たちは既に警察に捕まっているわけだが。

 

「怒るのは後にしましょう。今は少しでも何か手掛かりを見つけましょう」

 

「でも調査のためとはいえ墓荒らしみたいで気が引けますね」

 

「そこは割り切りましょう。幽霊が現れたなんて異常事態なんだから」

 

楯無はそう言って率先して崩れた墓標を調べ始める。

やや躊躇しながらではあるが他の四人も崩れた木材などをひっくり返しながら探索する。

しかし、侍幽霊の手がかりになりそうなものは杳として見つからなかった。

 

「何もないわね。お墓っていうくらいだからもっと何かしらその人を特定するものがあると思ったのだけど」

 

「道野、ここに眠る人物のことは本当に何もわからないのか?」

 

「うん…昔に行き倒れていたお侍さんだってことくらいしか…」

 

幼い頃より統子から伝え聞いた話では詳しい素性はわからなかった。物知りの祖母も知らないようでは翔介もその正体を知り様がなかった。

 

 

 

 

シャリン…。

 

 

 

 

しかし、突如として金属音が耳朶を打つ。

はっとして一同が振り向くとそこには編み笠をかぶった人物が立っている。

その瞬間、全員の肌がぞわりと粟立つ。

 

目の前にいる人物。間違いない、彼こそが侍幽霊だ。

 

「また子供か…だが関係はない…」

 

侍幽霊はゆらりと刀を抜き、近づいてくる。

 

「ま、待ってください! 話を…!」

 

会話を試みる翔介だが侍幽霊は足を止めることなくじりじりと迫る。

彼の前に楯無が立ちはだかる。

 

「翔介君、簪ちゃんと一緒に下がってて」

 

楯無の横に一夏と箒も並ぶ。それぞれ木刀を構えている。

 

「あなた、初対面の相手に刀向けるなんて侍的に無礼じゃないかしら?」

 

「どこに連れて行った…! どこに…!」

 

侍幽霊はズンッと地面を蹴り刀を振りかざす。

楯無は刀を鉄扇で受け止める。だが、ISの装甲すら切り裂いたという刀の一撃。

当然、鉄扇では受け止める事は叶わず刃が食い込む。

楯無は体を翻し、侍ごと受け流す。

 

「やれやれ、お気に入りの一品だったのだけどね」

 

「問答無用という訳か!」

 

侍幽霊はすぐさま態勢を整えて、刀を振るってくる。

箒と一夏は防御は不利と考えたのか刃から身を躱す。

 

「一夏!」

 

「おう!」

 

二人は侍幽霊に向けて木刀を叩き込む。

箒の木刀は肩を打ち据え、一夏の木刀は刀を持つ腕を打つ。

 

「いいコンビネーションよ! 一夏君、箒ちゃん!」

 

二人の連撃に怯んだところに楯無がその懐に潜り込む。

侍幽霊の胸ぐらを掴み、その足を払い地面へと投げ飛ばす。

そのまま流れるような動きで腕を拘束し、相手の動きを封じる。すかさず一夏も侍幽霊を抑える。

 

「幽霊なのにこうやって拘束できることに違和感はあるけど…さて、あなたの目的は何かしら?」

 

「…なせ…」

 

「何ですって?」

 

 

 

「放せええええええ!」

 

 

一夏と楯無に抑えられているにも関わらず、凄まじい力で押し返し始める。

 

「なっ!? おい、なんだよこの力!?」

 

「抑えきれない!?」

 

「ぐおおおおおっ‼」

 

侍幽霊が信じられない力で二人を押し返し、弾き飛ばす。

二人は地面に投げ出され、転がる。

 

「一夏‼」

 

「お姉ちゃん!」

 

「簪ちゃん、来ちゃ…ぐぅ!」

 

駆け寄ろうとする妹を制止するが、その細い首に侍幽霊の手がかかる。

 

「童と言えど…邪魔をするならば…」

 

憎しみのこもった言葉と共にギリギリと締め上げていく。

 

「お前! 楯無さんを放しやがれ!」

 

一夏と箒が楯無を救出するために挑みかかる。

だが激情した侍幽霊は二人を足蹴にする。

 

「一夏君…箒ちゃん…がふっ!」

 

「お姉ちゃん!」

 

簪の悲痛な叫びが木霊する。

その時、その横から影が飛び出す。

 

「お師匠さまを放せ!」

 

「小賢しい…!」

 

飛び出した翔介を侍幽霊は一夏たちと同じく蹴り飛ばす。

容赦のない一撃にのけぞる翔介。だが、諦めることなく逆にその足に掴みかかる。

 

「放さんか!」

 

侍幽霊は身をよじり、翔介を強引に引き剥がそうとする。

それでも尚その足に必死にしがみつく。

 

「くっ…! 鬱陶しい!」

 

侍幽霊の手が楯無の首から離れる。地面に崩れ落ちる楯無にすぐさま簪が駆け寄る。

翔介はその瞬間を見逃さなかった

 

「このぉ‼」

 

翔介は足を踏ん張り、力いっぱい侍幽霊を押す。

不意の衝撃にその身体がよろめき、楯無から遠ざかる。

 

「おのれぇ!」

 

不意を打たれた怒りから今度は翔介に標的を変える。

しかも今度は刀を振りかざしてくる。

 

「しょ、翔介君…!」

 

侍幽霊の刃が翔介に襲い掛かる。

しかし、その瞬間彼の胸から下げられたお守り袋がカッと輝く。

 

「なにっ!?」

 

「うわっ!?」

 

あまりの眩さに目をつぶる。

すると翔介の頭の中にイメージが流れ込む。

 

 

 

時代劇で見るような街並み。

そこに佇む二人の男女。夏祭りなのか空には花火が上がっている。

一人は着物と腰には刀が差してあり、今目の前にいる侍幽霊なのが分かる。女性とは親密な様子だ。

ただ少し変わっているところと言えば女性の髪が美しい金髪でその瞳は青い。一目で外国人であることが分かる。

 

やがて女性は侍に何かを手渡す。

それはとても金属製の十字架。侍はそれを受け取り力強く何かを告げると女性は嬉しそうに頷き返す。

 

 

イメージが映し出されたのはそこまでであった。

気付けば翔介は地面に横たわっており、目の前には侍幽霊がよろよろと立ち上がっているところだった。

 

「うぅ…童、一体何をした…」

 

「今のは…あなたの…?」

 

「道野‼」

 

そこへ箒たちが彼を庇うように立ちふさがる。

 

「くっ…!」

 

侍幽霊はさらに襲い掛かることはせず、そのまま霞のように消えていった。

 

「逃げた…?」

 

「わからないわ。でもなんとか凌いだってことでしょうね」

 

「翔介、大丈夫…?」

 

簪が心配そうに翔介の顔を覗き込む。

 

「だ、大丈夫だよ…僕は…」

 

心配かけまいと立ち上がろうとするが身体に力が入らない。さらに急激に眠気が訪れ、ゆっくりと目を閉じていく。

最後に彼が目にしたのは驚いて自分の名前を呼ぶ友人たちの姿だった。

 

 

 

 




本日はここまで。

最近何かと大変なことになってきましたね。
拙作で少しでも気がまぎれるように頑張りたいと思います。

そういえば新しいウルトラマン発表されましたね。
今年も例年の如く放送が楽しみです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

77話

夢の中にいるようなふわふわした空間にいる。

自分が起きているのか、眠っているのかそれすらも曖昧な気持ちだ。

 

「……い…」

 

そんな空間の中に小さな声が響き渡る。よく耳を澄まさねば聞き逃してしまいそうなほどにか細い。

 

「誰…?」

 

「…お願い…」

 

翔介はハッと後ろを振り返る。

そこにいたのは金色の髪に質素な着物という何ともアンバランスな格好だ。その瞳も碧く、一見して外国人であるのは見て取れる。

 

その彼女が悲しげな表情で訴えかけてくる。

 

「…あなたは…? お願いっていったい何を?」

 

「お願い…あの人を止めて…」

 

「あの人って…あの侍の…?」

 

翔介はさらに問い掛けようと近づこうとするも足が前へと進んでいかない。

金髪の女性は悲しげな表情のままドンドンと離れて行ってしまう。

何かを必死に伝えようとしている。だが、無情にも女性と翔介の距離は離れていく。

 

「待って! あなたは誰なんですか!?」

 

「光を…繋いで…」

 

 

最後に翔介が見たのは女性の首から下がる十字架だった。

 

------------------------------------------

 

「翔介…大丈夫?」

 

目を覚ますと翔介は畳の上の布団に寝かされていた。その隣には簪が心配そうにのぞき込んでいた。

 

「あ…更識さん…? ここって…家?」

 

「あの幽霊に体当たりして斬られそうになって…覚えてない?」

 

そうだ。言われて思い出す。

侍幽霊に立ち向かう三人を助けるために飛びついたまでは良かったが、結局返り討ちに会いそうになったのだ。

しかし、突如お守り袋に入れていたウルトラの星が輝きだしたのだ。

 

「あの後、幽霊はすぐ逃げちゃったけど何があったの?」

 

「幽霊…あ、思い出した! 更識さん、皆に話さなきゃいけないことがあるんだ!」

 

「え、え? うん、わかった」

 

捲し立てる翔介の勢いに気圧されつつも簪は姉たちを呼びに行く。

それから一分とせず、友人たちが翔介の部屋に入ってくる。

 

「翔介、もう大丈夫なのか?」

 

「うん、身体は大丈夫だよ。それより僕が見たことを話すよ」

 

翔介は侍幽霊とぶつかり合った際に見たイメージを語る。

侍幽霊と金髪の女性。手渡された十字架。

そして、そのイメージの中と同じ女性が自分の夢の中へ出てきたこと。

 

「それにしてもどうして翔介さんはそんなイメージが見えたのでしょう?」

 

「それは…」

 

翔介はお守り袋に触れる。

 

「ウルトラマンの力が僕にあのイメージを見せたのかも…」

 

「どんな経緯にせよ重要な手がかりね。これで相手の素性が分かればいいのだけど」

 

「ふむ…もしやマブよ。十字架というのはこれか?」

 

そう言ってラウラが布で包まれた十字架を手渡す。

 

「あ、これだよ。僕が見たのは」

 

「マジであの探偵のコスプレで手掛かり見つけるとか…」

 

何故だか鈴が信じられないといった様子だが、これは間違いなく進歩だ。

そうしていると従弟が目を覚ましたと聞いて、長歌が入ってくる。

 

「目が覚めたのですね」

 

「長姉さん。もう大丈夫だよ」

 

自分の無事を示すように笑みを浮かべる。

ふと思い出したように立ち上がる。

 

「そうだ、長姉さん。調べて欲しいことがあるんだけど」

 

「調べて欲しい? 一体何を?」

 

問い掛ける長歌に翔介は自分の見たイメージを伝える。

すると長歌の表情が鋭いものに変わっていく。

 

「それは間違いないのですね?」

 

「うん、何かわからないかな?」

 

しばらく長歌は考え込むとスッと顔を上げる。

 

「わかりました。それならすぐに出ましょう。全員は行けないから翔介君と後二人くらいで行きましょう」

 

「行くってどこに?」

 

「街の資料館です。そこにはこの周辺の地域や伝承などの書籍などが所蔵されています。その情報が正しければ何か見つかるかもしれません」

 

今まではそれこそ雲をつかむような状況であったが、ようやく手に入れた情報。

それを基に古い文献を当たろうという事のようだ。

 

「それなら私も行くわ」

 

「わ、私も」

 

同行に立候補したのは更識姉妹だ。

長歌は頷くと残る友人たちには四季家宅で待機するように指示を出す。

 

四人はすぐさま車に乗り込むと隣の大きな街に向かうのだった。

 

-----------------------------------------

 

車を走らせて一時間ほど。

四人は街の郷土資料館へとやってきていた。

普段はあまり利用者の少ない施設だが現在は夏休みという事もありチラホラと学生らしき姿が見える。

 

車から降りた長歌はスタスタと資料館に入り、受付へと近づく。

 

「おはようございます。突然で申し訳ありませんが書物庫の方を使用させていただきたいのですが」

 

長歌は受付の女性に二言三言話しかけると翔介たちに着いて来るように声をかける。

 

「書物庫に顔パスか。継実さんもだけど長歌さんも只者じゃないわね」

 

「長姉さんはこの土地の文化とか風土を研究してるんです。僕にもよくわからないんですけど結構有名人らしくて」

 

分からないと口にしつつもどこか誇らしげな翔介。

簪はそんな彼の姿を見て少し前までの自分とは全く正反対であると考えてしまう。

彼女にとって優秀な姉は誇らしさより己の無力さを思い知らされる存在であった。今でこそ翔介や友人たちのお陰で壁のようなものはなくなったが。

まあ、些か壁がなくなったせいで姉がポンコツ化している気がしないでもない。

 

簪は隣を歩く楯無をチラリと見やる。

楯無はそれに気付くとにこやかに口を開く。

 

「どうしたの、簪ちゃん? 手でも繋ぐ? それとも腕?」

 

「お姉ちゃんにも長歌さんくらい落ち着きがあればなぁ」

 

妹の一言にガーンとショックを受ける姉。

本当に最近は昔のような威厳が消えている気がする。

それでもどっちがいいのかと問われれば、間違いなく今の姉を選ぶのだが。

 

「こちらです。中の資料は貴重なものもありますので気を付けてください」

 

長歌に促されて書物庫に入る三人。

中は書物庫という割には綺麗に掃除されており、棚が多く並びその中にファイルや書物が整頓されている。

 

長歌は書物庫の中を進み一つの棚の前で足を止める。

 

「武士と十字架を持った外国人…これですね」

 

そう言って長歌が持ってきたのは一冊の本。

それはこの地域の民話などを集めた本のようだ。

長歌はパラパラとページをめくり、三人に見えるように見せてくる。

 

そこには『南蛮悲恋語』と書かれた民話だった。

 

かつて天下に比類なきと言われる剣術流派があった。

その流派はこの地を治める大名の剣術指南役を務めており『藤倉剣八郎』は時期師範代として将来を有望視されており、大名の娘との結婚も決まっていた。

だがある日突如、剣八郎は南蛮の女性『マリー』を連れて自らの妻とすると言い放つ。

当然道場側は大名との関係がこじれることを恐れ、マリーをこの地へと追放し二人を引き裂いた。

二人はそれでも尚共にあろうと約束しマリーのもっていた十字架を証として必ず迎えに行くと約束するのだった。

だが、剣八郎が彼女を迎えに行くことはなかった。それでもマリーはいつか来るとずっとこの地で待っていた。

 

「悲しい物語ね…」

 

「この剣八郎っていう人があの幽霊?」

 

「だとすれば剣八郎が探していたのは…」

 

「マリーさん…ってこと?」

 

二度、彼らの前に姿を現した際には常に何かを探しているようだった。

それがマリーの事であるとすれば。

 

「そのマリーさんって結局どうなったんだろう?」

 

「長姉さん、何か知ってる?」

 

翔介が問い掛けると頷くと更に別の資料を持ってくる。

 

「私も気になって調べてみたのですが…このマリーという女性はずっと自分の母国に帰ることなくずっとこの地で愛した男性を待ち続けていたみたいです。その際に名前を日本人のものに改名しています」

 

そう言って資料のあるページを開く。

 

「幸いなことに元の名前が日本人に近かったみたいですね」

 

 

 

 

「『鞠』って…まさか!?」

 

 

 

資料に書かれた名前。

それは源之助が住職を務める寺で桜の木の下に眠っている墓標に記された名前であった。

 

「そう…すぐ近くまで彼女の下に来ていたのに…」

 

間近まで近づいてきたというのに志半ばで力尽きたという事か。

その時、先程夢の中に現れた女性の姿を思い出す。

あの女性こそマリーだったのだろう。

 

「マリーさん、剣八郎さんのことを止めてって言ってました」

 

「愛する人が徘徊する復讐鬼になったのだから止めたいという想いは分かるわね」

 

翔介はお守り袋をギュッと握り締める。

 

「お師匠さま、更識さん。成功するかわからないけど僕に考えがあります」

 

「大丈夫なの? またそれが助けてくれるとは限らないわよ?」

 

楯無は翔介が握るお守り袋に視線を向ける。

確かにあのような奇跡がまた起こる保証はない。

 

だけど。

 

「僕はマリーさんの想いを伝えたいんです」

 

しばらく楯無はじっと考える。

彼女としてもこれ以上翔介たちを危険に晒すのは望むところではない。

 

「いいわ。男の子がそこまで言うのなら止めるのは無粋ね。勿論私たちも協力するわ」

 

「……ありがとうございます」

 

「それでどうするの?」

 

 

翔介は更識姉妹に自分の考えを伝える。

これが上手くいくのかはわからない。

それでもやらなければならない。

 

 

勝負は…明日だ。

 

 




本日はここまで。

長々としてしまいましたが遂に夏休み編クライマックス。

侍幽霊・剣八郎の謎が解けた。

主人公は友人たちと共にこの騒動を乗り越えることができるのか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

78話

「どこだ…マリー…」

 

ズリズリと侍幽霊・藤倉剣八郎は足を引きずるように町を徘徊していた。

すでに町は夜の帳が降りて、人の気配はない。

剣八郎は宛もなく愛する女性を探し回っていた。しかし、当然のことながら彼女を見つけることなどできるわけはない。

既に彼の生きていた時代から数百年の時を経ているのだ。だが、そんなことを剣八郎が理解している訳もない。

翔介たちに出会った時も面妖な格好をしている、くらいの意識でしかない。

 

だが剣八郎は探し続ける。

それは既に呪いのように彼を突き動かしていた。

 

 

 

チリン…。

 

 

 

暗闇の中から鈴の音が響く。

はたと足を止めて音の方に顔を向ける。

 

その先には白い着物に白い帯、赤い輪袈裟をかけた人影が立っていた。

 

剣八郎は腰の刀に手をかける。いつでも抜刀できるようにだ。

しかし、視線の前の人物からは敵意のようなものは感じられない。

 

「貴様…何者だ…」

 

鋭い視線を向けながら問い掛ける。

目の前の人物は何も答えない。

 

するとごそごそと懐から何かを取り出す。

それは金属製のロザリオ。

剣八郎はハッと自分の懐を探る。そこには大事にしまっていたはずの物がない。

 

「貴様! それを返せ!」

 

剣八郎がロザリオを取り返そうと迫る。

それを察していたのか白装束の人物はくるりと踵を返して走り出す。

 

「待たんか!」

 

剣八郎もすぐさまにそれを追いかける。

袴のせいで走りづらいが、目の前の人物は付かず離れずを意識するかのように前を走る。

暗い夜道での逃走劇が続く。

 

目の前を走る白装束がチラリと剣八郎を見るとスッと茂みの中に消える。

 

「おのれ!」

 

腰の刀を抜き放ち、周りの茂みを力任せに切り払う。

 

 

チリン…。

 

 

また鈴の音が響く。

音の方を見ればいつの間にか石階段の前に白装束が立っている。

そのまま誘うかのように石階段を駆け上がっていく。

 

剣八郎は憎々し気に歯噛みしながら再度追いかけ始める。

 

階段を駆け上がっていく最中、所々から鐘の音が聞こえている。

まるで剣八郎を誘うように響いている。

 

やがて石階段を上り切り、山門をくぐる。

そのまま白装束は墓地へと入っていくとまた姿を晦ませる。

 

「ええい! 小賢しい!」

 

剣八郎は苛立ちを隠せず悪態をつく。

 

 

チリン…。

 

 

またも鈴の音が響く。

ぎろりと睨みを利かせ、鈴の音を追いかける。

 

鈴の音を追いかけてくといつの間にか桜の木の下へとやってきていた。

桜の木の下には小さな墓石が立っている。

 

「どこに…む…?」

 

何気なくその墓石に視線を向ける。

墓石に書かれた『鞠之墓』という文字。

 

「鞠…?」

 

 

「そこに眠っているのはマリーさんです」

 

 

背後から声をかけられバッと振り向く。

そこに立っていたのは前日に自分に立ち向かってきた子供。突然、自分の頭の中を覗かれたような奇妙な感覚は今でも覚えている。

 

「マリー…だと?」

 

「マリーさんはあなたをずっと待ってたんです。あなたと必ずもう一度う合おうって約束を守るために」

 

「ば、馬鹿な…嘘を吐くな! 俺をたばかるか!」

 

信じられないといった様子で激昂する。

それでも目の前の少年、翔介は怯むことなく続ける。

 

「嘘じゃありません! もう今はあなたたちが生きていた時代から数百年も経っているんです!」

 

「黙らんか!」

 

剣八郎が刀を抜き、翔介へ目掛けて振り下ろす。

月明かりに輝く刃が彼に襲い掛かる。

 

 

 

「……何故避けん…」

 

 

 

剣八郎の振り下ろした刃が翔介を切りつけることなく、数センチのところで止まっている。目の前の少年が受け止めようとも避けようともしないことに違和感を覚えたのだろうか。

 

「僕はあなたと話したくてここに来てもらったんです。だから…逃げません!」

 

翔介の真摯な眼差しが剣八郎を見つめる。

しばらく視線だけがぶつかり合い、先に口を開いたのは剣八郎だった。

 

「…面妖だと。俺は狐にでも化かされているのかとも思ったが…本当にそんなにも時が経ったというのか…?」

 

剣八郎の問いに首肯で答える。

 

「では…この墓もマリーのものだと…」

 

「信じて…くれますか…?」

 

剣八郎はしばし翔介の瞳をまっすぐと見つめる。

 

「……お前が偽りを言っているようには見えん…」

 

そう呟くと剣八郎は跪き、墓石を撫でる。

 

「そうか…俺は間に合わなかったのか…いや、思い出した。俺はマリーを迎えに行く道すがらに…」

 

剣八郎が語りだす。

目の上のたん瘤ともいえるマリーを追い出して剣八郎と大名の娘の縁談が無事纏まると安堵した道場側だった。しかし、まさか剣八郎が道場を捨ててまでマリーを選ぶという予想外だった。

面目を潰された道場側はついに剣八郎の暗殺計画を企てる。最強の剣士とはいえ、疲弊した剣八郎を数名で襲えば成し遂げられると判断したのだろう。

果たして暗殺計画は成功。力尽きた剣八郎は無縁仏としてこの町で埋葬されたのだ。

 

「すぐ近くまで来ていたというのに…」

 

剣八郎はガクリと項垂れる。

ついに出会えたはずの愛しい女性。だがその女性は既に亡くなっていた。

 

「何もかもが遅かったというのか…こんな俺をマリーは恨んでいるだろうな…」

 

自嘲気味に笑い、剣八郎は腰に差した小太刀を引き抜き、着物を開ける。

 

「な、何をする気ですか?」

 

「もはや俺がいる意味はない…既に死んだ身で死ねるのかはわからぬがな」

 

剣八郎は小太刀を自らの腹に向ける。

このまま腹を切ろうというのだ。

 

「だ、駄目!」

 

今にも小太刀を突き立てようとする剣八郎に駆け寄る。

 

「頼む、俺にはもうこうするしか!」

 

「違う、違うよ!」

 

翔介は頭を振り、剣八郎の言葉を否定する。

 

「マリーさんはあなたが傷つくことなんて望んでない!」

 

「何故…何故そんなことが言える…?」

 

「僕は夢の中でマリーさんに会ったんです。マリーさんが言ってました。あなたを止めて欲しいって」

 

これをただの夢だというのは簡単だ。

だがその時のマリーの悲痛な表情が、声が、ただの夢とは思えなかった。

 

『光を…繋いで…』

 

「光を繋ぐ…」

 

マリーが残した最後の言葉。

翔介はお守り袋を握り締める。

何度も奇跡を起こした神秘の宝石。

 

「お願い…。僕に力を貸して」

 

するとお守り袋が強く輝き始める。

その輝きはマリーの眠る墓石を包み込んでいく。

やがてその光は人型を象り始め。

 

 

 

「ケン」

 

 

 

光は金色の髪と日本製の着物を身に纏った女性に姿を変える。

それは翔介が夢の中で出会った女性、マリーであった。

 

「マリー…!」

 

目を見開き突然の再会に驚く健八郎。

恐る恐るとその腕をマリーに伸ばす。

マリーはその手を優しく包み込む。その表情はまるで聖母のように優しい。

 

「おお…マリー、俺は…」

 

「いいの、ケン。あなたが私の事を本当に愛してくれているって知っているから」

 

マリーは剣八郎を癒すようにそう告げる。

そして視線を翔介へと移す。

 

「ありがとう。あなたが光を繋いでくれたおかげでもう一度剣八郎に出会えた」

 

「うぅん、僕だけの力じゃない。色んな人が力を貸してくれたから」

 

翔介がそう告げるとずっと隠れて様子を窺っていた友人たちや町の住人たちが姿を現す。

 

「この土地の人々は昔から変わらず親切なのですね。ケンを待ち続ける間も私に良くしてくれました」

 

「僕の自慢の故郷だから!」

 

誇らしげにそう語る翔介の言葉にマリーは笑みを浮かべる。

 

「さあ、ケン。一緒に行きましょう」

 

「…ああ。行こう」

 

マリーに促され立ち上がる剣八郎。

すると今まで薄汚れ、まるで幽鬼のようであった彼に生気が戻り身なりも綺麗になっていく。

 

「童…名は?」

 

「翔介。道野翔介」

 

「翔介か…。迷惑をかけたな」

 

剣八郎は翔介にスッと頭を下げる。

 

「さっきの気迫は見事だった」

 

そのまま健八郎は翔介の頭に手を置く。

 

「強くなれ。俺なんかより強く、優しく」

 

「……はい!」

 

翔介の力強い返事を聞き届けると剣八郎とマリーは手を取り合い光となって天へと昇って行った。

 

 

-----------------------------------------------

 

『お疲れ様ーー!』

 

一夏たちはジュースが並々に注がれたグラスを鳴らしあう。

小さな町を騒がせた幽霊騒動も無事に解決した記念で町全体の宴が行われていた。

騒動解決と天に昇った剣八郎とマリーたちへの手向けでもある。

 

「皆さん、よく頑張ってくれました。本当にありがとうございます」

 

一夏たちに長歌が礼を口にする。

 

「いやぁ、今にして思えば貴重な体験だったよな」

 

「うむ、幽霊と刃を交えるなんて経験はそうそうできるものではないな」

 

「っていうかいつの間にか幽霊の存在を普通に認めてたんだけど…」

 

「目の前に実物がいたわけだしね」

 

それぞれが思い思いに料理や飲み物を口にしながら思い出を語る。

本来であれば翔介の故郷で穏やかな夏休みを過ごすはずだったが思わぬ大事件であった。

 

「まあ、終わりよければ総て良し、よ。今はしっかり疲れを癒しましょう」

 

「料理も飲み物もまだまだあるからのぅ、飲めや食えや」

 

途切れることなく振舞われる料理たちを食べながら宴は続いていく。

 

「あれ? そういえば翔介は?」

 

簪はふと周囲を見渡すと、翔介の姿が見当たらない。

宴の始め頃にはいたはずなのだが。

 

「ああ、もしかしたらあそこかもしれんのぅ」

 

「あそこ?」

 

「星降丘じゃよ」

 

---------------------------------------------

 

「……やっと来れた」

 

翔介は暗い夜道の中、木々が覆う道を抜けて小高い丘の上に来ていた。

丘の上には一本の木が立っている。

 

星降丘。

翔介が光の巨人・ウルトラマンと出会った大切な思い出の場所。

 

今回の里帰りでは幽霊事件のこともあり、立ち寄ることができていなかったのだ。

ようやくここに来ることができた。

 

空を見上げると満天の星空。

あの時と同じ夜空だ。

 

「ありがとう、君のお陰で剣八郎さんもマリーさんも助けることができたよ」

 

お守り袋からウルトラの星を取り出し、夜空にかざす。

今回だけではない。IS学園に入学してからというものの何度も自分の危機を救ってくれている。

 

「でも…いつまでも頼ってばっかりじゃ駄目だよね」

 

これまで何度も救われてきたが、それにいつまでも甘えているわけにはいかない。

 

「君に頼らなくてもいいくらいに…強くなるよ。そして」

 

 

 

 

 

「必ず君との約束を果たすよ」

 

 

 

翔介は夜空に向かって改めて心に誓うのだった。

 




本日はここまで。

次回でついに夏休み編終了。
とても長かったですが、ここまで読んでくれてありがとうございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

79話

事件解決の宴から一夜が明けた。

今日はとうとうIS学園に帰る日だ。

 

朝から一夏たちは学園へ戻る準備をしていた。

 

「皆、忘れ物だけは気を付けてね」

 

「は~い」

 

各々が自分の荷物を整理していく。

 

「それにしてもなんかあっという間だったな」

 

「湖で遊んだり、盆童のお手伝いしたり。色々あったしね」

 

「おまけに幽霊騒動。濃い休みだったわ」

 

それぞれがこの里帰りの思い出を語り合う。

ハチャメチャではあったが、それもまたいつか一つの思い出となるだろう。

 

「あれ、そういえば翔介は?」

 

ふと気が付けば翔介の姿が見えない。

先程まで一緒に荷造りをしていたのだが。

 

「翔介君ならお婆様に呼ばれましたよ。少し長くなるかもしれませんから、先に準備しておいてください」

 

「そういうことなら…」

 

長歌にそう言われ一夏たちは帰寮の準備を進める。

 

「翔介、統子さんと何を話しているんだろう?」

 

「今回の帰郷ではゆっくり話すこともできなかっただろうし、帰る前の短い時間だけど二人きりにしてあげましょう」

 

楯無の言葉に全員が頷いた。

 

---------------------------------------

 

時を同じくして統子の書斎。

ここには翔介と統子しかいない。

二人は向かい合いながらお茶をすする。

 

「婆様、一週間お世話になりました」

 

「ああ、休む暇もなかっただろうがね」

 

そう告げる統子に苦笑いを浮かべる翔介。

今更ながら不思議な帰郷だった。

元より不思議なことが起きる町ではあったが幽霊騒動なんてものが起こるとは思いもしなかった。

 

「二人とも幸せになれるかな…?」

 

生前は結ばれることのなかった二人、長い時を経てようやくその思いが成就された。

そんな二人を思いながら翔介は呟く。

 

「どうだろうね、あの世がどんな所かわからないからね」

 

 

大体の人間はそうだろう。

最後は笑顔で昇っていったが、その先はどうなったのかはわからない。

折角結ばれたのにまたしても離ればなれになったのではあまりにも酷というものだ。

 

翔介のそんな心配を察したのか統子が「でも」と言葉を挟む。

 

「この世に神様ってやつが存在するなら、ようやく出会えた二人を引き離すなんて野暮はしないだろうさ」

 

「…そうだといいなぁ」

 

天に昇って行った二人を思いながら翔介はそう呟くのだった。

二人でお茶をすする。

 

「翔介」

 

すると統子が真剣な眼差しで翔介を見据える。

こう言う表情をするときは真面目な話をする時だ。

翔介はのほほんムードを解除して居住まいを正す。

 

どんな言葉が出るのかやや緊張しながら待つ。

 

 

 

 

「来な」

 

 

 

 

そう言ってポンポンと自分の膝を叩く統子。

これもまた彼女の癖。膝に頭を乗せろという合図。いわゆる膝枕である。

 

「え、いや、それはちょっと…」

 

気恥ずかしい。

かれこれ統子に膝枕を受けたのは小学生以来だ。流石に高校生になった今、祖母に膝枕をされるのは流石に恥ずかしい。

 

「来な」

 

しかし、この有無を言わさぬ気迫である。

 

「はい…」

 

大人しく祖母の言うことに従うことにしたようだ。

翔介は統子の膝に頭を乗せる。

数年ぶりの膝枕。だがその感触は依然と何ら変わりない。

祖母のお気に入りの白檀のお香の香りが鼻腔をくすぐる。

 

膝に乗せた頭を統子の手が撫ぜる。

 

「…翔介。実を言うと驚いてるよ」

 

「何が?」

 

キョトンと統子を見上げる翔介。

その表情はまだかつての幼さが残っているが、年相応に精悍さも見受けられるようになっている。

男子三日合わざれば刮目してみよ、という言葉があるが正にその通りであった。

翔介の場合はおよそ三カ月。

統子の知る翔介であれば今回のような幽霊騒動に首を突っ込むようなことはまずしなかっただろう。周りの大人の言う事に従っていたことだろう。

それなのに町を守りたいという理由で自分の言う事に逆らったのだ。これは間違いなく彼の成長と言えるのだろう。

 

「学校は楽しいかい?」

 

「え? うーん…」

 

翔介の問いかけに答えることなく、すぐに次の質問が来る。

 

「楽しいよ。知らない事ばっかりで大変だけど」

 

大変なのは勉強ばかりではないが。

入学からの三カ月の間で何度も危険な目に遭ったことだろうか。流石に無用な心労をかける訳にもいかないので黙っているが。

 

「色んな人に会えたし、友達もできたよ」

 

「そうかい。正直に言えばお前を一人で送り出して良かったのかとも何度も思ったよ」

 

故郷からも遠く離れた見知らぬ土地にただ一人。元より世間知らずな面もあった孫を一人送り出すのにどれだけ心配したことだろうか。

だがそれもどうやら杞憂に終わったようだ。

今まで同世代の友人などいなかった彼がこんなにも大勢の友人を連れて帰ってきた。

ずっと子供だと思っていたが、いつの間にか成長していたらしい。

 

「でも安心したよ。翔介」

 

「婆様…」

 

「あっちに戻ってもしっかりやるんだよ」

 

「…はい」

 

翔介は素直に答える。

その答えに満足したのか、統子は笑みを浮かべて翔介の頭を優しくなでる。

白檀の香りとその懐かしい手つきに次第に瞼が重くなってくる。

やがて翔介から静かな寝息が聞こえてくる。

 

 

 

 

「頑張るんだよ、翔介」

 

 

 

 

-------------------------------------------

 

「それじゃあのぅ。皆、息災でな」

 

「皆さん、翔介君の事よろしくお願いしますね」

 

「一週間、お世話になりました」

 

あれから数時間後。

翔介たちは駅にやってきていた。ついに別れの時だ。

 

「翔介、友人たちと仲良くな」

 

「身体に気を付けるんですよ」

 

「はい! 姉さんたちも。婆様にも身体に気を付けてって伝えておいて」

 

「ははは、あの婆様に限ってどうこうなるとも思えんがなぁ」

 

カラカラと笑う継実。

確かにあの統子が身体を壊すなんて想像できないのだが。

 

「翔介君。これからも大変なこともあるかもしれませんが、いつだって私たちはあなたのことを想っていますからね」

 

「…うん、ありがとう。長姉さん」

 

別れを惜しむ中、発車のベルが流れる。

 

「さあ、名残惜しいけど行きましょう」

 

楯無が電車に乗るように促す。

それと同時に友人たちは次々と電車に乗り込んでいく。

電車の扉が閉まり、ゆっくりと電車が走り始める。扉の外では二人の従姉が手を振っている。

翔介たちも手を振り返す。

どんどんと駅は離れていき、遂には二人の姿が見えなくなった。

 

「はあ、なんだか色々あった休みだったわね」

 

「湖はとても綺麗でしたわね」

 

車内では今回の帰省旅行での思い出を語り合っている。

 

「まあ、一番の思い出っていうか出来事って言ったら…」

 

「幽霊騒動だな」

 

「まさか本物の幽霊を見ることになるとは流石の私も思いもしなかったわね」

 

やはり話題に上がるのは剣八郎の幽霊騒動である。

科学の発展したこの時代にまさか幽霊なんて存在を目の当たりにすることになった。

それは事の顛末も含めて全員の記憶にしっかりと焼き付いている。

 

「まあ…この際だから幽霊は存在するってことで納得するとして」

 

鈴は腕組みをして翔介を見る。

 

 

 

「でも河童はやっぱりあり得ないわ」

 

 

 

「ええええっ!? 幽霊は信じて河童は信じないの!?」

 

「だって実物見たわけじゃないし。それに幽霊って結局は元人間じゃない? 人間じゃない河童は流石に存在しないでしょ」

 

「いるって! 本当に河童はいたんだって!」

 

必死に訴える翔介に鈴は「はいはい」と受け流しながら窓の外へと視線を向ける。

しょぼくれる翔介を更識姉妹が慰める。

確かに幽霊なんて非科学的なものを見たが、それでもやはり河童の存在は信じられるものではない。

 

鈴は何気なく外を見ていると、丁度電車は川沿いを走っている。

夏の日差しに照らされてキラキラと光る、川面を見ているとふいに視線が一カ所に向けられる。

そこには一人の人影がいるのだが。

 

 

その人物は体は緑色、背中には亀のような甲羅を背負い、頭頂部には毛が無く、まるで皿を乗せているように見えた。

そう、その姿はまるで…。

 

 

「翔介だって子供の頃の記憶なわけだしな。案外何かと見間違えたなんてことあるかもな。なあ、鈴」

 

一夏が鈴に呼びかける。

しかし、彼女から返事は返ってこない。

 

「おい、鈴。どうしたんだ?」

 

気になって顔を覗き込んでみる。

 

「鈴の奴、目開けたまま寝てるぞ」

 

「鈴も疲れたんだよ。寝かせてあげよう」

 

「それもそうだな」

 

こうして一同は電車に揺られながらIS学園へと戻っていくのだった。

 

ちなみに余談ではあるが、しばらく鈴が妙に翔介に優しくなったがその理由は定かではなかった。

 

-----------------------------------

 

東京の某ホテル。

最上階の豪華絢爛な部屋に三人の女性がいる。

 

一人はこの場に似つかわしい煌びやかなドレスを身に纏うセレブ然とした金髪の女性。もう一人はその女性の近くに座るロングヘア―の女性。そしてもう一人は真っ黒な装束を身に纏った少女。

 

傍から見れば家族か友人のグループが豪華なホテルで旅行を楽しんでいるように見えるかもしれない。

だが彼女たちの目的は旅行なんかではない。

 

「遂に始めるんだな、スコール」

 

「ええ、機は熟したわ。私たちも次の段階に進むべきよ、オータム」

 

スコールと呼ばれた金髪の女性は、自分に熱い視線を送るロングヘアーの女性・オータムに告げる。

 

「あなたも。しっかりと動いてちょうだい、エム」

 

そして黒づくめの少女・エムにも問い掛ける。

 

「ふん、分かっている」

 

エムは鼻で笑うかのように短く答える。その答えが気に入らないのかオータムが鋭い目つきで彼女を睨む。

だがそんなオータムをスコールが手で制する。

 

「これから私たちの計画が始まるのよ。今は喧嘩はよして頂戴」

 

スコールにそう止められると、オータムは極まりが悪そうに引き下がる。かくいうエムは気にしたそぶりも見せていないが。

 

「ああ、そうそう。今度の作戦にはもう一人連れていきなさい」

 

「はあっ!? おいおい、スコール。私だけじゃ不安だってのか!?」

 

「勿論あなたのことは信頼してるわ。でも準備は万全を期すべきよ」

 

スコールは「それに」と続ける。

 

「これは協力者からの希望なの。出資者の頼みを無碍にもできないでしょ」

 

「…わかったよ。スコールがそういうなら」

 

オータムは渋々といった様子で頷く。

 

「あなたもそれでいいわね、エム?」

 

「どうでもいい。私の邪魔をしなければな」

 

「それなら…入ってらっしゃい」

 

スコールが扉に向かって声をかけると、扉を開き一人の少女が入室する。

質素なシャツとズボン、赤銅色の髪に黄色の瞳。整った顔つきをしているが、その表情は能面のように冷たい。

 

「なんだこいつ…不気味なやつだな」

 

オータムが隠そうともせず口走る。

だがそんな悪態も目の前の少女は意に介さない。

 

「この子が協力者よ。仲良くしなさい」

 

「ふん…!」

 

「……」

 

どうみても歓迎ムードではない空気。

スコールはそれでも笑みの表情を絶やすことのなく目の前の少女に問い掛ける。

 

「私たちはあなたに深入りするつもりはないけれど…そうねぇ、名前くらいは教えてもらえるかしら?」

 

すると今までずっと沈黙していた少女が口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヤプール」

 

 

 

 

 

 

 




本日はここまで。
一カ月も投稿が遅れて申し訳ありません。

ですが遂に夏休み編終了です。

次回からは二学期編へと進んでいきます。
そしてあの組織も動き出す。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

80話

長いようで短い夏休みが終わった。

夏休みボケも許さず、また座学と実技の慌ただしい日々が始まった。

 

翔介もまた夏休み明けのバタバタな日々を過ごしていた。

所は楯無特製の懺悔室…もとい相談室。

 

「あ、そろそろ時間かな?」

 

「え、もうそんな時間? じゃあ、ありがとうね、お母さん!」

 

「ははは…」

 

一学期にラウラの相談を受けて以降この相談室は口コミでどんどんと相談者が増えていた。

生徒の愚痴を何も言わず聞いたり、相談に一緒に悩んでとその親身さからいつの間にやら『IS学園の母』と呼ばれるようになっていた。

 

中身は男なのだが。

 

しかし、相談時はボイスチェンジャーで女性の声に変えているため中身を知らなければそう呼ばれるのも無理からぬ話ではある。

IS学園の母の正体を知っているのも生徒会メンバーとラウラくらいだ。

 

夏休み中は翔介の都合もありしばらく休みとしていたが、その間も相談事は増えていたようで夏休み明けからも相談室には引っ切り無しに生徒たちがやってきている。

 

翔介は次の相談客が来るまで小部屋に積まれた女性向けの雑誌を手に取る。

これも全て楯無から押し付け…もとい支給されたものだ。

このIS学園はいわゆる女の園。当然ながら相談者は女子ばかりだ。

そして当然ながら翔介に最近の女性のトレンドなど分かるわけもなく、その為に少しでも知識を付けるべきと渡されたものだった。

お陰様で今年話題のコスメやらなにやらの知識が付いた。

 

相談には役立っているが、実生活ではまず役に立つ気はしないのだが。

 

そうしていると相談室の戸を叩く音が聞こえる。どうやら次の相談者が来たようだ。

果たして次の相談はどんなものだろうか。

 

余談ではあるが先程の相談は『ところてん、黒蜜と酢醤油どちらが至上か』と言うものだった。

最終的にはその時の気分次第、と無難な答えになった。

 

「はい、どうぞ。今日はどうしました?」

 

翔介はボイスチェンジャー越しに問い掛ける。

 

「えっと、織斑君についてなんですけど」

 

「織斑君ですか?」

 

「はい、実は…」

 

相談者の少女が話し始める。

この時、この相談がちょっとした騒動の原因になるとは思いもしなかった。

 

-----------------------------------------

 

それから数十分後。

翔介は本日の全ての相談を終えて、生徒会室に戻ってきていた。

 

「ただいま戻りました」

 

「お疲れ様、翔介君」

 

「お疲れ様です、道野君」

 

出迎えてくれたのは楯無と虚の二人だった。

二人とも手元に大量の資料に目を通しては判を押したりと忙しない様子だ。

 

「すぐに手伝いますね」

 

「良いのよ。丁度休憩しようと思ってたところだから」

 

「今、お茶を淹れますね」

 

資料に手を伸ばそうとする翔介を制止する楯無。虚が翔介にお茶の入った湯飲みを差し出してくる。

 

「凄い量ですね」

 

翔介はお茶をすすりながら机に積まれた資料を眺める。

 

「もうすぐ文化祭だからね。色々と準備が必要なのよ」

 

「文化祭…ってどんなことするんですか?」

 

「あら、もしかして文化祭も初めてだったりするのかしら?」

 

恥ずかしながら翔介は文化祭も未経験であった。

 

「文化祭は各クラスや部活で展示や出店など行います。他にも外部からゲストなどをお呼びしたりします。当日は父兄なども参観に来られます」

 

「他にも企業の人間が来て今のうちに将来有望そうな生徒に声掛けに来たりとかもあるわよ」

 

「へぇ」

 

「翔介君、あなたも声かけられるかもしれないから気を付けなさい」

 

「え、僕もですか?」

 

まさか自分も対象になっているとは思わず問い返す。

 

「ええ、あなたはこの世で二人しかいないISの男性操縦者。どこの企業も喉から手が出るほど欲しい人材よ」

 

「でも僕はそんなに強くないですよ?」

 

現に翔介自身の戦績はそれほど良くない。これまでの戦いも友人たちと共に力を合わせて乗り越えてきたものだ。

そういった意味では翔介は同期の中でも目立つ存在とは言えない。

ウルトラマンの力という特別な力を持ってはいるが千冬より対人戦での使用は禁止されている。そもそも翔介自身、あの力を試合とは言え人間相手に使うことを避けたいという想いがあった。

 

「強い弱いというよりは希少性ね。たった二人の男性操縦者が自分たちの手元にいるというだけでも世間からの注目度は違うでしょうからね」

 

「う~ん…」

 

正直、そんなに嬉しくない。

結局のところ客寄せパンダのようなものである。元々目立つことは好まないという事もあるがそれでもあまり気分のいいものではない。

 

「まあ、この学生でいる間は気にすることはないわ。卒業しても必ず企業に所属しなきゃいけない訳でもないわ。あなたも一夏君もね」

 

翔介の心を見抜いたかのように楯無が付け加える。

大概の専用機持ちはどこかしかの企業や軍へ所属している。それでもその人の人生はその人が決めるもの。

定められた道の上を進む楯無だからこそ、心の底からそう思うのだろう。

 

「はい…あ、そういえばその織斑君の事なんですけど」

 

「ん? 一夏君? また女の子絡み?」

 

「えっと、まあ、中らずとも遠からずというか…」

 

一夏絡みで真っ先に出てくるのが女性関係というのがなんとも言えないが。

翔介はつい先程の相談室での出来事を話す。

 

「一夏君の部活所属?」

 

「はい、なんでも織斑君をどこの部活にも入ってないことが女子たちの中でちょっと問題になっているようで」

 

IS学園は基本的にどこかの部活に所属する必要がある。ISが特色であるこの学園だが

それとは別に部活動の参加にも積極的である。ISに関すること以外にも目を向け、将来に役立てるためにというのが目的らしい。

 

「そういえば一夏君はどこにも所属していなかったのね」

 

「どこにも所属しないなら自分の部活にって部活間で取り合いになってるらしくて」

 

「その状況をどうにかしてほしいという訳ですね」

 

最後にまとめる虚に首肯する翔介。

 

「なるほどねぇ、実を言うとそれと似たような要望も結構来てるのよね。一学期の間は無所属で通したけど流石にこのままという訳にはいかないわね」

 

「解決法はやっぱりどこかの部活に入ることでしょうか?」

 

単純ではあるがそれが一番の解決方法だろう。

 

「そうね、でもだから今すぐどこかに入ってっていうのもねぇ」

 

楯無がぐるりとリクライニングチェアをぐるぐると回転させる。

確かに一夏がどこかに入部すれば話は終わるがどうしたいのかは彼の意思も大事だ。それにIS学園の部活動は当然ながら女子ばかりである。文化部ならともかく運動部であれば入部しても活躍の機会はまずないだろう。

かといって文化部に所属するかと言うと一夏の性質上それもなさそうである。

そもそも一夏は姉である千冬の代わりに家事全般を行っていたため部活に入部する機会もなかったそうな。

 

どうしたものかとくるくる回っている楯無。

すると突然ピタリと動きを止める。

 

「ふっふっふ…我、天啓を得たり…」

 

そう呟きながらニヨニヨと笑みを浮かべている。

 

「あ、悪いこと考えてる」

 

「お嬢様、良からぬことをお考えですね」

 

「良からぬことって何よ、失敬な」

 

二人からの冷ややかな視線に唇を尖らせる。

 

「まあまあ、二人とも。ここは私に任せなさい。誰もが平等かつ後腐れのない秘策よ」

 

そして虚と翔介の二人を手招きする。

二人は訝し気な表情を浮かべながら楯無の言葉に耳を貸す。

 

「……え~…お師匠さま、それは……」

 

「お嬢様…」

 

楯無の言う秘策に微妙な表情を浮かべる二人。

 

「あら、別に何もやましいことはしてないのだからいいじゃない? それにこれなら誰にでも平等にチャンスがあるでしょ」

 

「それはそうですけど…これって…」

 

「おっと、そこまでよ翔介君。それじゃあ私はもうちょっと詰めておくわ。勿論、二人にも手伝ってもらうからね」

 

そう言ってパソコンを立ち上げ、ウキウキとタイピングしていく。

 

「道野君、面白いことを考え付いたお嬢様はもう止められません。だからせめて暴走しすぎないように注意しておきましょう」

 

「はい…。織斑君、ごめんねぇ…」

 

翔介は天井を仰ぎ、今は何も知らない一夏に対して呟いた。

 

「二人とも、私が面白いことなら何でもする享楽主義者扱いするの止めてもらえるかしら」

 

「違うのですか?」

 

「虚ちゃん、後でじっくり話し合いましょう」

 

主従関係になにやら深刻な危機が迫っているような気がするが楯無はタイピングをしながら「あ」と翔介に視線を向ける。

 

「そうだ、言い忘れてた。翔介君」

 

「はい?」

 

「『アレ』、直ったみたいよ。もう学園の整備科に持ってきてるって」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

楯無の言葉に瞳を輝かせる翔介。待ちに待った時が来たのだ。

 

「行ってきていいわよ。早く見たくてしょうがないって顔してる」

 

「はい! 行ってきます!」

 

翔介は勢いよく椅子から立ち上がると生徒会室を後にする。

 

「やれやれ、子供みたいに目を輝かせちゃって」

 

「そういう割にはお嬢様も同じ顔をしてますよ」

 

「そう? まあ、二学期も騒がしくなりそうだと思う。それだけよ」

 

そう言いつつも楯無は楽しそうに笑うのだった。




本日はここまで。

長い間投稿をお休みして申し訳ありませんでした。
ここからある意味で第2部となります。
この辺からオリジナル展開も増えてきて、原作からかけ離れていくようにもなりますがどうぞよろしくお願いします。


ウルトラマンZ、面白かったですね。
ギャラファイも毎週楽しみです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

81話

「おお〜!」

 

学園の格納庫にやってきた翔介は歓声を上げる。

彼の目の前には打鉄が鎮座していた。

その横には科特研の速田と井部の二人が待っていた。

 

「やあ、待たせたね翔介君」

 

「随分時間がかかっちゃったけどしっかり整備したよ」

 

翔介は逸る気持ちを抑えながら打鉄に触れる。すると、機動音と共に空中にディスプレイが表示されていく。

外見は勿論、中身もすっかり元通りのようだ。

 

「凄い! 傷も残ってないしまるで新品みたいだ! ありがとうございます! 速田さん、井部さん!」

 

「喜んでもらえたようでなによりだよ」

 

「…あれ、でも重ね畳が装備されてないみたいなんですけど?」

 

武装のコンソールを操作しながらそこにあるべき装備がないことに訝し気に問い掛ける。

 

「実はね…」

 

「おおっと! 速田さん、その話はまだしないって言ったじゃないか」

 

何かを告げようとする速田を井部が遮る。

すると速田は苦笑しながらも頷き返す。

そういう反応をされると尚更気になるものだ。

 

そんな翔介の心情を察してか。

 

「まあまあ、今はまだ秘密だよ。ウフフフフ」

 

そう言ってにんまりと笑う井部。その表情はまるで悪戯を思いついた子供のようだ。

 

「その辺りはまた説明するさ。それより今回の修理で色々と変わったこともあってね。それを説明しようと思ったんだ」

 

「変わったことですか?」

 

井部の様子が気になりながらも速田の方に耳を傾ける。

 

「まずこの打鉄は本格的に君の専用機となった。これは学園側とも話はついているよ。それに伴い『最適化』のロックを解除してある」

 

「それって織斑君達のISみたいになるってことですか?」

 

ISには自動的にパイロットの特性に合わせて性能や形態変化を行っていく機能がある。

身近な例としては一夏の白式が挙げられるだろう。初期段階では雪片という刀剣しか装備されていなかったが臨海学校の際に起きた福音事件において第二形態である雪羅へと形態移行している。

その結果、銀の福音を追い詰めるほどまでに至っている。

全てのISにその機能は備わっているが訓練機となるとまた話が変わる。

学園で使用されている打鉄やラファール・リヴァイブなどの訓練機にはその機能にロックがかかっている。というのも特定のパイロットがいる専用機とは違い、不特定多数が使用するためである。

 

翔介が使用する打鉄も専用貸し出しとされているが、授業などで必要となる場合は他の生徒も使用するためこの機能を制限されていた。

だがこの打鉄が本格的に彼の専用機となることが決定したため今まで制限していた機能が解禁となったのだ。

 

「この打鉄が僕の専用機…」

 

機体を撫でながら打鉄を見上げる。

正直なところ実感があまりない。

入学してから幾度となく苦難を乗り越えてきたすっかり相棒と言える存在となっていたからだ。それでもこれを機に本当の相棒となったという事でもあるだろう。

 

「ロックを解除した段階で君の今までのデータを入れてある。近いうちに君に会った形態移行があるかもしれない」

 

「形態変化か…。いったいどんな姿になるんだろう」

 

「それはわからないけど、間違いなく君に見合った姿に変わるはずだ」

 

翔介はまだ見ぬ打鉄の新たな姿に思いをはせる。

 

「さあ、細かい調整をしたいから早速乗り込んでもらえるかい? それと星の翼で空を飛ぶ姿を見せてくれ! 大丈夫、アリーナの使用許可ももらってるよ!」

 

用意周到なものである。

 

「は、はい!」

 

急かしてくる井部に応えるように翔介はいそいそと更衣室に向かう。

程なくしてISスーツに着替えた翔介は打鉄に乗り込む。

速田が格納庫のゲートを解放する。解放されたゲートからは青い空が見える。

 

「行ってきます!」

 

翔介は打鉄のスラスターを起動させ勢いよくアリーナへと飛び出していく。

 

「はぁ…空だ…!」

 

翔介の表情は晴れやかだ。

入学してISに乗り始めた頃から比べるとすっかり飛ぶことにも慣れたものだ。

 

『やあ、聞こえるかい翔介君』

 

「はい、井部さん」

 

『それじゃあ早速星の翼を使ってもらえるかい?』

 

「わかりました!」

 

翔介はディスプレイから星の翼を選択する。すると打鉄の背部に取り付けられたハイドロジェネレードロケットが起動する。

 

「行きます!」

 

翔介はグッと構えるとその直後にドンッと強烈な重量がかかる。次の瞬間、打鉄の最大速度が急上昇する。

打鉄は更に風を切り、蒼穹へと駆け上がる。

星の翼を使い始めた頃はこのじゃじゃ馬ぶりに苦労した。一体何度アリーナの地面をえぐったことか。

それでも坂田レーシングクラブでの特訓と福音事件での実戦経験のお陰で幾分か扱えるようになったのだ。

それでも完璧に使いこなせているわけではないのだが。

 

それでも今、翔介は間違いなく青空を駆ける銀色の流星となっていた。

 

-------------------------------------------------------

 

「おおー! いいぞ! 翔介君!」

 

格納庫のモニター越しに空を飛ぶ翔介を見ながら興奮気味に喜ぶ井部。

 

「速田さん! 見てくださいよ! 僕たちが見込んだ通り、翔介君が僕らの翼で飛んでますよ!」

 

今までデータ上で星の翼の稼働状況は見て来ていたが、いざ目の前でその様子を見るのは初めてだった。

その目で自分たちが精魂込めて作り上げた翼が大空を駆ける姿は作り手として心に来るものがあった。

 

はしゃぐ井部に速田もまた笑みを浮かべる。

 

「お疲れ様です」

 

「ん? やあ、更識さん」

 

そうこうしていると楯無が格納庫にやってくる。

どうやらある程度作業にめどがつき、様子を見に来たようだ。

 

「どうですか? 翔介君は」

 

「想像以上だよ。結構長い目で見ていくつもりだったけどこの短期間でここまで使いこなしてくれるとは思わなかったよ」

 

「ええ、修羅場は何度も潜ってきてますからね」

 

「習うより慣れろ、ってやつかな?」

 

「そうですね、実践経験という意味では今年の新入生の中でも群を抜いてると思いますよ」

 

「そうかい…あの打鉄の損傷具合。授業でなったものとは思えないのだけど」

 

速田の表情がスッと変わる。

 

「僕たちはISが本職という訳ではないけれど持ち込まれた打鉄や装備の具合からして通常の損傷とは違うくらいは分かるよ」

 

「…流石は年の功ですね。でも残念ながら詳細はお話しすることはできません」

 

銀の福音事件。

翔介たちが臨海学校で遭遇した事件だ。

その詳細は共同開発を行ったアメリカとイスラエル両国、そして日本政府から緘口令が布かれることとなった。

楯無が事情を知っているのは彼女の家業の力だろう。

 

「わかっているよ。話せない理由もあるだろうからね」

 

速田はそれ以上の追及をしなかった。

彼もわざわざ藪をつついて蛇を出す真似はしたくはなかったのだろう。

 

「そういえば聞きましたよ。科特研に海外大企業からの企業提携の話が来たそうですね」

 

「よく知ってるね。ああ、確かに突然私たちの事業に手を貸すと言って事業連携の申し出があってね」

 

速田の言葉に楯無が目を細める。

やはり集めた情報は間違いなかったようだ。

 

この申し出、間違いなく政府側の工作だろう。

福音事件によりアメリカとイスラエル両国に対して日本は借りを作る形となり、その立役者となったIS学園側にも口止めとしてあらゆる措置が水面下で取られている。直接関係した一年の専用機持ちたちにも何かしらの対応が取られているのだろう。

 

ただ、一人を除いて。

 

翔介には専用機の進呈が予定されていた。

だが翔介はそれを拒否。その状況は政府側も誰も予想していなかった。

この事態を想定していなかった政府側は別のアプローチとして翔介の装備を制作している科特研に目を付けたのだ。

科特研の企業レベルが上がることでその恩恵を受ける翔介に対しての措置となるとしたのだろう。

遠回しにも思えるが、アメリカ・イスラエル政府側としては早々に今回の事件の事後処理を終わらせたいのだろう。

 

「それで? 企業提携するんですか?」

 

「いや、断ったよ。キャップがね」

 

だが、どうやらその思惑すらも外れてしまった。

 

「あら、断ってしまったんですか?」

 

「ああ、唐突な申し出だったしね。それに私たちは確かにISの装備を作っているけど本来の目的は宇宙にある。私たちの夢は私たちの力で成し遂げたいのだよ。それに…」

 

速田は視線をモニターへと向ける。

 

「それに?」

 

 

 

 

「彼が私たちと共に夢を叶えてくれる」

 

 

 

 

「……そうですね」

 

ああ、この人たちと翔介を引き合わせてよかった。

楯無は心からそう思えた。

 

「だが今まで通りとはいかないかもしれない」

 

「ええ、今年の入学式から異変が何度も起こってます。今後も何も起こらないとは限りません」

 

「…そうだね」

 

「でも翔介君はどんな時も変わらないと思います。彼は彼らしくこれからも困難に立ち向かっていくでしょう」

 

楯無が口元を扇子で隠しながらチラリと速田を見る。

それに速田は一瞬面食らったかのように目を丸くさせるだが、すぐに笑みを浮かべる。

 

「ああ、勿論僕たちも全力でサポートするよ」

 

「ええ、ウチの可愛いお弟子の事よろしくお願いしますね」

 

「ははは、翔介君は良い師匠をもったみたいだね」

 

「あら、可愛くて美しい師匠なんて速田さんもお上手ですね」

 

今年は異例なことが次々と起きている。

今後もトラブルが起きないとも限らないだろう。

それでも楯無の言葉通り、翔介やその友人たちは乗り越えていくはずだ。

 

楯無はそう信じながらモニター越しに大空を飛ぶ翔介の姿を見るのだった。

 

 

 




今回はここまで。

福音事件で破損した打鉄が修復、そして正式に主人公の専用機として戻ってきました。
今後も主人公と共に困難に立ち向かってくれるはずです。

次回もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

82話

翌日。

現在、放課後のホームルームの真っ最中だ。

今日は文化祭でのクラスの出し物を決めているところだ。

教壇ではクラス代表である一夏が進行係を務めている。

 

「あ~…一通り希望が出たわけだが…」

 

出し物はまずはそれぞれ何をやりたいかとにかく意見を出していこうという事でどんどん案が出た。

 

のだが。

 

「却下」

 

『ええええええええっ!?』

 

クラス中に響くブーイング。

 

「当たり前だろう! できるか、こんなの!」

 

「こらーっ! ブレインストーミングは相手の意見を否定しないのが鉄則だぞー!」

 

「発言、発案は自由であるべきだー!」

 

非難轟々のクラス。

一夏が却下するのもわかる。

というのもクラスで提案された出し物というのが。

 

『織斑一夏のホストクラブ』『織斑一夏とポッキー遊び』『織斑一夏と王様ゲーム』等々。

大体、というか全て一夏絡みである。

本人からしたら溜まったものではない。

 

「織斑一夏は学園の共有財産だ!」

 

「織斑一夏は女子を喜ばせる義務を真っ当せよ!」

 

「アホか! そもそもなんで俺だけなんだよ! 翔介もいるだろ!?」

 

そうしていると矛先が翔介に向けられる。

このクラスには一夏以外にも翔介がいるのだからそうなるのも当然ではある。

 

「あ~…その事なんだけど…僕当日は生徒会の仕事があるからクラスの出し物に出られなくて。準備は手伝えるんだけど」

 

「なっ!? う、裏切り者ぉ!」

 

「ごめんねぇ」

 

悲痛な声を上げる一夏。

それに対して申し訳ない表情の翔介。だが、こればかりは仕方ない。文化祭当日は生徒会としての仕事が非常に多いためクラスの出し物を手伝うことができないのだ。

 

「だ、駄目ですよね、山田先生?」

 

今度は副担任である山田真耶に助けを求める。

 

「へ? 私ですか!?」

 

自分に振られるとは思っていなかったのか慌てた様子で眼鏡をクイッと上げる。尚、千冬は長くなりそうだからと早々に職員室に戻ってしまった。出し物の内容が決まり次第報告に来るようにとのことらしい。

 

「そ、そうですね~…」

 

考え込む真耶に救いを求める一夏。

 

「私はポッキーのなんかいいと思います…よ?」

 

誰が出し物に投票しろと言ったか。

絶望の表情を浮かべる一夏。この世に神はいないのか、と言いたげだ。

流石に孤立無援も可哀想なので翔介は助け舟を出すことにした。

 

「生徒会としては公序良俗に反しないようなものにしてほしいな、とは思うだけど」

 

「しょ、翔介…!」

 

神はここにいた、と顔を輝かせる一夏。

 

「ふむ、ならばメイド喫茶はどうだ?」

 

するとラウラがスッと席を立ちあがり提案してきた。

一夏だけでなくクラスメイト達もポカンとしている。

 

「喫茶店なら客受けもいいだろう? 収益も得られるし休憩所としても需要はあるだろう」

 

いつもと変わらず淡々とそう告げるラウラ。

クラス内はまだどうする?と顔を見合わせている様子だ。

 

「僕は良いと思うよ。食べ物とかは事前に保健所に申請したり準備は必要だと思うけど色んな人に楽しんでもらえると思うよ」

 

「僕も賛成かな。一夏には厨房か執事を担当してもらえばいいよね?」

 

と、シャルロットも追従する。

するとその一言でクラスメイト達の意志が固まる。

 

「織斑君の執事! 良いんじゃない!? これはウケる!」

 

「イケる! イケるわ! 後は織斑君の執事ブロマイドの販売を…」

 

クラスの出し物はすっかりメイド喫茶で決まりの方向になってきた。

実を言うとラウラのメイド喫茶の提案を翔介は事前に聞いていた。

夏休みの終わり頃、どういう訳かラウラが文化祭でやってみたいと言ってきたのだ。理由は深く聞かなかったが、彼女のやる気も強かったため翔介はそれに協力することにしたのだ。翔介以外にもシャルロットに協力を依頼してこの流れになるように仕組んだのだ。

 

ちなみに敢えてこのタイミングで提案したのはシャルロットの考えだ。恐らく出し物は一夏に関連したものとなり本人は間違いなく嫌がる。膠着状態となったところで案を出せば一夏もこちら寄りになる。そして、更に一夏にも執事として働いてもらうと提案すればクラスメイト達の賛同も得られるだろうとのことだった。

 

果たしてシャルロットの目論見通りクラスの意見はメイド喫茶に傾いていった。

 

シャルロット・デュノア、なかなかの策士である。

 

「ところでメイド喫茶って確か服が必要なんだよね? 今から人数分作るのって大変じゃない?」

 

賑わうクラスの中で翔介がラウラに問い掛ける。

メイド喫茶がどういったものかは相談を受けた際に聞いたが準備が結構必要なはずだ。

 

「そ、それなら当てがある」

 

「当て?」

 

「シャルロットが、な…」

 

少し照れたようにそっぽを向いてしまうラウラ。シャルロットは大体見当がついているようでアハハと笑い頷く。

 

「それじゃあクラスの出し物はメイド喫茶で良いか?」

 

『異議なし!』

 

クラス全員一致で声を上げる。

これにより一年一組の出し物はメイド喫茶改め『ご奉仕喫茶』に相成ったわけである。

 

 

-------------------------------------------------------

 

クラスの話し合いも終わり、今日は生徒会の仕事もないとのことで翔介は寮に戻ってきていた。

ルームメイトである簪はまだ戻ってきていないところを見るとまだ学園の方にいるのだろう。

翔介はすぐさま制服を脱ぎ、体操着へと着替える。

着替えが終わると翔介は部屋を後にする。そのまま寮の玄関に用意されていたリードとビニール袋の入ったバッグを手に取る。

 

「わん太郎、行くよ~」

 

「わふ」

 

翔介がそう声をかけたのは玄関横に設置された犬小屋の主・わん太郎だ。夏休み前に翔介と簪が拾ってきた子犬だ。あれから一カ月過ぎ、身体もやや大きくなっている。

寮で犬を飼う条件として朝と放課後の散歩は彼の役目となっていた。

今から放課後の散歩兼ランニングに向かうのだ。

散歩コースは学園の周囲をぐるりと一周するものだ。敷地の広い学園なら一周するだけでも十分な運動になる。

 

「いっち、に、さん、し…!」

 

入念に準備体操をしてわん太郎のリードを握り駆け出す。

夏も終わり、季節はだんだんと秋に移り変わり始めているがいまだに残暑は厳しい。

このランニングもISに乗り始めた頃から楯無にやるようにと言われたものだ。初めの頃は半周するまでにバテてしまっていたが一周くらいは問題ない程度に体力がついていた。

最近ではわん太郎というランニング仲間もいるため寂しくもない。

 

たったったったっ!

小気味良く地面を蹴り、学園周囲を駆けていく。

わん太郎も四本の足を使って翔介の横に着いて来る。

夏休みの帰省中は十蔵に世話を任せてしまっていたため元気がだいぶ有り余っているようだ。

夏休みの間構ってあげられなかった分しっかり遊んであげるべきだろう。幸いにも今日はまだ門限まで時間がある。

 

「わん太郎、今日はもうちょっと遠くまで行ってみようか?」

 

「わふ!」

 

翔介の言葉を理解しているかのようにわん太郎が返事をする。

それを聞き、翔介は学園の周辺から離れて駅近くまでランニングコースを伸ばすことにした。

 

引き続きランニングを続けて行く翔介とわん太郎。駅への道中には通学している生徒たちがチラホラと見える。

普段は街に出かけるくらいしにか使わないため、改めて散歩として通ってみると今までにない発見があるものだ。

 

やがて翔介は駅から少し離れた公園へとたどり着く。

 

「ふぅ…少し休もうか」

 

翔介は公園のベンチに座る。わん太郎もハカハカと息を吐きながらペタンと座り込む。

公園は時間も時間なだけに人はほとんどいない。

公園内は静かな空気が流れており、ゆったりとするにはちょうど良かった。

中学時代の放課後はいつもこんな感じだったが、IS学園に来てからはいつだって賑やかだった。

それはそれで楽しいのは間違いないのだが、時折何もなくボーっとする時間があってもいいのかもしれない。

まだ昼間は残暑が残っているが、夕方になると涼しい風が吹いてくる。ランニングで火照った身体が冷やされていく。

 

翔介が一息をついていると、足元で伏せていたわん太郎が急に顔を上げる。

 

「わふ!」

 

一吠えすると急に走り出す。気を抜いていた翔介の手からリードが手から離れてしまう。

 

「わん太郎! 待って!」

 

翔介は慌ててわん太郎を追いかける。

今までこんなことは一度もなかったはずなのだが、急にどうしたのだろうか。

 

わん太郎を追いかけていくが、さほど労せず見つけることができた。

見ればわん太郎はまだ公園の敷地内におり、誰かにじゃれついていた。

その少女は赤銅色の髪をしており、瞳の色は黄色と珍しい容姿をしていた。足元にじゃれつくわん太郎を見下ろしている。

その様子は能面のように無表情だがじゃれつくわん太郎をどうしたものかと困っているようにも見える。

 

「ごめんなさい! 大丈夫でしたか?」

 

少女はじゃれつくわん太郎を抱き上げ、じっと見つめた後翔介に手渡す。

そして今度は何も言わずじっと翔介を見ている。

 

「あ、あの…?」

 

「あなた、道野翔介?」

 

何を言い出すのかと思えば自分の名前を問い掛けられるとは思わなかった。

 

「え、はい、そうですけど…あなたは?」

 

今度は翔介が問い掛ける。

 

「そう」

 

少女はそれだけを告げると少女はくるりと背を向ける。

 

「あ、ちょっと…」

 

「…紐は絶対離してはダメ」

 

「は、はい…」

 

結局、少女はそのまま公園を後にした。

翔介はポカンとした様子でそれを見つめていた。

 

 

 

 

 

 

「道野翔介…。光の力を継いだ人…」

 

 

 

 

 

公園を後にした少女は一人静かにそう呟いた。

 




本日はここまで。


クラスの出し物も決まり、いよいよ文化祭も間近になってきた。
そんな時に出会った謎の少女。
彼女は一体何者なのか。

次回もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

83話

文化祭の出し物を決めたホームルームの次の日から早速一年一組はメイド喫茶『ご奉仕喫茶』の準備を始めていた。

メイド服はある程度の人数分をシャルロットの伝手により用意することができた。

それでも足りない分は裁縫ができる生徒が作ることになった。

そのほかにも喫茶店の内装の準備やチラシ作りなどやることは多い。クラス各員それぞれが役割分担をしている。

 

「ここで大体の物は揃うって言ってたよね?」

 

そして今日は日曜日。翔介は学外にある大型業務用のスーパーに来ていた。

文化祭当時は生徒会の仕事があるためクラス出し物に参加できない翔介もご奉仕喫茶の準備の手伝いをしていた。彼は喫茶店で提供する料理や飲み物の買い出しを担当することになった。そして彼以外にも買い出し担当となったのが。

 

「ああ、ここなら安価で量が買えると一夏も言っていたぞ」

 

翔介の隣に立つのは篠ノ之箒だ。彼女は当日メイドと調理担当となっている。調理と言っても前日までに作りそれを盛り付けるくらいではあるのだが、最近料理の腕が上がってきているという事もあり白羽の矢が立ったのだ。

 

そしてもう一人。買い出し担当になったのが。

 

「随分と小さいお店ですが本当にここで全部揃いますの?」

 

セシリア・オルコットである。

 

「僕も初めて来たけど織斑君がよく使ってたみたいだよ」

 

「そういう事でしたら…」

 

お嬢様のセシリアとしてはこういったお店にはあまり縁がないのだろう。それでも一夏が言ったとあればすぐに理解する辺り話が早くて助かる。

彼女も当日はメイドで接客担当となっており、それ以外ではその都度手伝いをすることになっており買い出しにも丁度手が空いていたから手伝ってもらったのだ。

 

ただ、箒だけが妙に渋い顔をしていた。

クイッと翔介の襟首を引っ張り耳打ちしてくる。

 

「おい、道野。どうしてセシリアがいる?」

 

「どうしてってオルコットさんが手が空いてるから手伝ってもらおうと思って声かけたんだけど」

 

「…その、大丈夫なのか?」

 

「大丈夫? 何が?」

 

「いや、そうか、お前は知らないのか…」

 

箒はこめかみを抑えながら何か思い悩んでいるがやがて「私がしっかりするしかないか」と顔を上げる。

 

「二人とも、あまりバラバラに動くなよ」

 

箒が促しスーパーの中に入っていく。

翔介とセシリアもそれに倣い、後に続いていく。

 

自動ドアを潜ると早速商品がずらっと並んでいる。

翔介の口からは感嘆の声が上がる。翔介の故郷ではこんなに品揃えの多い店舗は街中まで行かないとなかった。

 

「外観に似合わず品数が多いですわね」

 

「おお! 凄い豚肉が一キロも入ってこの値段!」

 

「おい、二人ともバラけるなって言ったばかりだろう!」

 

店内に入るや否や物珍しさであっちへキョロキョロ、こっちへキョロキョロする翔介とセシリア。まるで落ち着きのない子供そのものである。さながらそれを諫める箒は母親か。

 

「まずは料理メニューの材料からだな」

 

「なんだかメニューも随分揉めたみたいだけど?」

 

「揉めたのはメニューというよりは提供法だがな…」

 

というのも料理自体はホットケーキやクッキーなど無難なものになったのだが。

 

『織斑一夏が食べさせてくれるホットケーキ』や『織斑一夏がかき混ぜてくれるコーヒーセット』等々、またも一夏を前面に押したメニューを提案したという。当然ながら一夏から物言いが入った。結果、通常通りの提供になった。

 

「織斑君…大変だなぁ…」

 

毎度の如く祭り上げられる一夏に対して同情を禁じ得ない。

とはいえ今回は自分もその片棒を担いでしまったこともあり、バツが悪くて仕方ない。

せめて彼が安らかな学園生活を送れるように祈るだけである。

 

「まあ、それは置いといて材料を買うぞ」

 

そう言い店内に歩を進める箒。

すると唐突に携帯が着信を報せる。

 

「むっ、私だ」

 

箒はポケットから携帯を取り出して開く。すると一瞬だけ驚いた表情を浮かべたかと思えばすぐに表情を戻して翔介たちに向き直る。

 

「少し出てきてもいいか?」

 

「電話? わかったよ、買い物は僕たちでやっておくよ」

 

「すまないな」

 

箒はそう言うと踵を返し店外へと出ていった。

 

 

------------------------------------------------

 

店を出た箒は少し外れた路地裏に入る。

ずっと鳴りっぱなしの携帯に視線を落とす。携帯の画面に表示された電話先の相手は。

 

『篠ノ之束』

 

なんとも言えない表情を浮かべながら箒は通話ボタンを押す。

 

「もしもし」

 

『やあやあ、箒ちゃん! もー、駄目じゃない! 電話のコールは三回以内に出なきゃ! 社会のじょ・う・し・き、だぞ!』

 

語尾にハートマークが付いてきそうな声音。

 

ブツッ。

 

「さてと戻るか」

 

すぐさま着信がかかってくる。

眉間にしわを寄せながら今一度耳に携帯を当てる。

 

「もしもし」

 

『何で切っちゃうのぉ!?』

 

「何の用ですか」

 

ややイラついた様子でつっけんどんに言い放つ。

 

「えー、お姉ちゃんが妹に連絡とるのは普通じゃない?」

 

一体どの口が言うのか。

世界中あちこちを自由気ままに飛び回って連絡も取れなかったくせに。一応連絡先は知っていたものの実際に連絡を取ったのは紅椿の件が初めてだった。

それに普通なんて言葉、この世で最も似合わない選手権殿堂入りではないか。

 

箒のそんな思考を知ってか知らずか束はお気楽な声音で続ける。

 

『ま、いいや。そうそう、箒ちゃん』

 

「何ですか」

 

 

 

 

 

 

『あの凡人はどうしてる?』

 

 

 

 

 

姉の問いに妹は携帯越しに怪訝な表情を浮かべる。

凡人。束からすれば自分以外のこの世全ての人間は凡人だろうが彼女の言う凡人と言えば対象はおおよそ一人だ。

しかしあの身内以外すべて路傍の石、いやそもそも路傍の石以下くらいにしか認識していない姉が他者に興味を示すとは思わなかった。

 

「珍しいですね。姉さんが一夏以外の男に興味を持つなんて」

 

『それは箒ちゃんもでしょ? まさかあの箒ちゃんがいっくん以外のオスと一緒に出掛ける程仲良くなるとは思わなかったよ』

 

まるで実際に見ているかのような台詞。

箒は周囲を窺う。それらしい姿は見えないが天災と呼ばれる姉のことだしっかりこちらの動向を把握しているのだろう。

 

「道野がどうしたのですか」

 

『あの後何か変わったこととか、なかった?』

 

あの後というのは銀の福音事件のことだろう。あの事件の後、初めて翔介と光の巨人との出会いを知った。

その話は流石に姉も知らないのだろう。翔介からは特に口止めはされていないもののこの話を安易にしていいものではないだろう。そもそも子供の頃に宇宙人と出会ったなんて話は普通の人であれば信じることはないだろうが普通とは最もかけ離れた存在である束に知られればどうなるのだろうか。

 

想像するにあまり望ましくない気がする。

 

他人からすれば眉唾物の話だが、翔介にとってみればとても大切な思い出だ。それを本人のあずかり知らぬところで話して良いわけはない。

 

「知りません。あれから普通に学園生活を送っています」

 

一体何に興味を引かれたのかはわからないが翔介を巻き込むわけにはいかない。

箒は白を切ることにした。

 

『ふ~~ん……』

 

携帯越しに沈黙が流れる。

 

『それならいいや! そうそう紅椿の調子はどう?』

 

上手く誤魔化せたのかそれとも泳がされたのか。

どちらにせよ話題が逸れたのだから良しとしよう。

 

「良好ですよ。まだ振り回されているところもありますが」

 

『そっかそっか、それは良かった。でも紅椿の性能を全て発揮できてるわけじゃないみたいだね』

 

束の言葉に一瞬ムッとする。その言い方は自分が未熟だと暗に言われているようでいい気分はしない。だが箒は自身がまだまだ未熟であることを自覚もしているため不満をぐっと飲みこむ。

 

「いずれ必ず使いこなして見せます」

 

『うん、楽しみにしてるよ』

 

「話は終わりですか? 今外出中なのですが」

 

『あ~、じゃあ最後に一つだけいい~?』

 

まだ何かあるのか。

箒は「どうぞ」と束の言葉を促す。

 

 

 

『これから色々と大変なことがあるかもだけど気を付けてね』

 

 

 

「……どういう意味ですか?」

 

『さあね~、ただの勘だよ。それじゃあ、アバヨ~』

 

そう言って束は一方的に通話を切った。

箒は通話の切れた携帯を見ながら最後に束の台詞の意味を考えていた。

ただの勘とは言っていたが本当にただの勘だろうか? いや、束の言葉となると勘だとしても無視はできない気がする。

 

「…考えても仕方ない、か」

 

天災の頭の中は身内だとしても理解できない。考えても答えは出てくるものでもない。今は心の隅に留めておくくらいが丁度いいのだろう。

 

「さて、戻るか」

 

なんだかんだで結構な時間が経っている。

いつまでも翔介とセシリア二人に任せっきりにするわけにもいかない。

 

箒はそう思い直してスーパーに戻っていった。

 




本日はここまで。
また時間が経ってしまいましたがゆっくりと更新していきますのでよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

84話

「よし、これで必要なものは全部揃ったな」

 

電話から箒が戻ってしばらく三人は必要なものを買いそろえ、店外へと出ていた。

生徒会から提示されていた予算内に収めることもできた。

 

「思ったより早く終わったね。あ、荷物持つよ」

 

「お、おお、すまない」

 

翔介は箒から荷物を受け取る。日々の楯無からの特訓のお陰か体力と共に筋力も鍛えられているようだ。

初めて出会った時から比べて随分と逞しくなったものだ。

 

「それにしても暑いですわね…。日本の夏はこんなにも暑いのですか?」

 

「年々暑くなってる気はするな」

 

暦ではまもなく秋だというのに空に燦々と輝く太陽からはじりじりと熱が降り注いでくる。汗を拭いても拭いてもすぐに流れ落ちてくる。

髪の長い箒とセシリアは翔介以上に熱いことだろう。汗で髪が頬にへばりついている。

暑さに慣れてる翔介にとっても少々辛くなってくる程だ。このまま炎天下の中歩き続けるのも危険だろう。

 

「そろそろ一休みしよう。流石にこの暑さは辛いぞ」

 

「…どこか休める場所はありますかしら」

 

休める場所を探す二人。すると翔介は周囲をキョロキョロとする。よく見てみればここから少し歩けばあの喫茶店が近くにあったはずだ。

 

「二人とも、僕の知ってるところで良かったらそこで休憩しない?」

 

「そうなのか?」

 

「休めるなら場所は問いませんわ」

 

二人の快諾もあり、翔介は先導して目的地へと向かう。

重い荷物も何のそのと言った様子でずんずんと歩いていく。

 

「…随分と逞しくなったものだな」

 

「そうですわね。初めてお会いした時は本当に同い年なのかと疑ったものですが」

 

「ああ」

 

そう、初めて会った時から随分と変わっている。

世間知らずでお人好しで非力なはずだった少年。だが彼には人にはない過去、そして強力な力を持っていた。

今はIS学園でも一部の人間のみが知ることだが、もしそれが世界中に知られれば一体どうなるか。

先程の束の電話も探りを入れるための物だったのだろう。いや、あの抜け目のない姉のことだ。既におおよその見当はついているかもしれない。

 

「どうして翔介なのだろうな」

 

「それは…わかりませんわ。その答えを知っているのは恐らく力を託した本人だけかと」

 

「光の巨人、ウルトラマン…か…」

 

翔介が幼い頃に出会ったという宇宙の彼方からやってきたという巨人。一体何を思い

彼に力を与えたのか。

その力は非常に強力で無比。対人戦においては使用禁止とされてはいるものの現在世界中が保有している兵器でもトップクラスのものだろう。

 

「強大な力を持てば人はそれに溺れてしまう」

 

「え?」

 

箒は自嘲気味にそう呟く。

彼女が一夏と離れ離れになっていた中学三年生の頃の剣道の全国大会。自分を取り巻く環境全てに苛立ちを覚えていた彼女は決勝戦において相手を圧倒。しかし、それは純粋な実力のぶつかり合いではなくただただ彼女の憂さ晴らしでしかなかった。

そして銀の福音事件。その際にも彼女は紅椿の力に溺れて一夏と翔介を危険に晒してしまった。

それらの経験から強大な力の危険性は誰よりも知っているといえるだろう。

 

「だが、私は心配はしていないぞ。道野なら大きな力を手にしたとしてもけして力の扱い方を間違えることはないはずだ」

 

初めこそ自らの意思で使いこなすことのできていなかった翔介だが、どんな時も誰かの危機を救うために使われてきた。

それはウルトラマンという巨人の力故か、翔介の潜在的なお人好しの性根故か。はたまたその両方か。

 

だがどちらにせよ道野翔介という少年はかつての自分のように力に溺れることはない。それだけは信じられる。

 

「そうですわね。あの方に限ってそんなことあり得ませんわね」

 

箒の言葉に同意するセシリア。

 

「お~い、二人とも~」

 

アーケード街の先から当の少年が二人に声をかけてくる。どうやら探していた場所が見つかったようだ。

二人に向かって手を振る彼はどう考えても力に荒れ狂うようには見えない。

 

「ほら、道野が待っている」

 

「ええ」

 

二人は手を振る少年に向かって歩き出した。

 

--------------------------------------------------------

 

「ここだよ」

 

翔介が箒とセシリアを先導して建物の前で足を止める。レンガ造りの壁に蔦が覆われた建物。

レコー堂だ。

夏休み前に詩月梢のCDを探して最後にたどり着いた場所だ。

あれからというもの何度か街に出るたびに立ち寄っていたが、意外と開いていない日も多い。

 

入り口の扉には営業中の札がかけられている。今日はどうやらやっているようだ。ここで今日も休業であったらまた炎天下の中を歩くことになっていただろう。

 

「ここ、ですの…?」

 

セシリアが訝しげな表情で建物を眺める。隣に立つ箒も同じような表情だ。

洗練されたアーケード街の中にありながらその様相はおおよそ営業しているようには見えないのだろう。店の見てくれ的には仕方がない。

 

「大丈夫だよ、営業中の札かかってるから」

 

翔介はそう言いながら扉を開く。扉を開くとふわりと挽きたてのコーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。

 

「こんにちは、木ノ崎さん」

 

扉の先のカウンターには今日もぼさっとした髪型に黒縁眼鏡、口元にはキャンディーを咥えたこの店の主、木ノ崎奏がいた。

 

「やあ、少年。久しぶりだね」

 

「はい。何度か街に来た時に寄ったんですけどやってなかったから」

 

「ああ~、そうだったのか。それはすまなかったね。この店は趣味の範囲でやってるようなものだからね。生活するためにもちゃんとした仕事をしなければいけないんだよ」

 

咥えたキャンディーを口から外しながらそう告げるマスター奏。そして、翔介の後ろにいる二人に視線を向ける。

 

「おや、今日はお連れ様も一緒かい? 随分な器量よしじゃないか。それを二人も引き連れるとは少年もやるじゃないか」

 

「山風さんもそうだけど、大人の人ってみんなそう言うんですか?」

 

以前に簪を伴って科特研に行った際も同じようなことを言われた。

山風然り、マスター奏然り、翔介が異性といるとそんなに意外なのだろうか。

勿論、箒とセシリアが器量よしなのは否定はしないし、IS学園に入学していなければまず接点はなかっただろうが。

 

「違いますよ。二人とも僕の友達です」

 

何より二人とも好意を寄せている人物がいる。それもどっちも同じ人物を、という言葉は翔介は飲み込んだ。

 

「はっはっは、冗談だよ。悪かったね、二人とも。私は木ノ崎奏。一応ここのマスターだよ。よろしく」

 

マスター奏はそう言いながら軽く会釈する。それに倣うように箒とセシリアも挨拶で返した。

 

「それで少年。今日はコーヒーかい? CDかい?」

 

「今日はコーヒーで。暑くて、少し休憩しに来ました」

 

「そうか、外はそんなに暑いのか。ずっと涼しい店内にいるからわからなかったよ」

 

喫茶店なのだから当然と言えば当然なのだが、そこはかとなく感じる引きこもり感。

 

「アイスコーヒーでいいかい?」

 

「はい、何も入れないで」

 

「あの、わたくしは紅茶を…」

 

「私は日本茶を…」

 

「すまないね、生憎ここはコーヒーしか置いてないんだ」

 

飄々と言ってのける。喫茶店なのだからもう少しドリンクの幅はあってもいいと思うが。

 

「あ、ごめん、二人ともコーヒー飲めなかった?」

 

すまなそうな表情で二人を見る翔介。

 

「い、いえ、普段あまり飲まないだけで苦手という訳ではないですわ」

 

「冷たいものが頂けるなら文句はないぞ」

 

慌てて首を振る二人。どうにも翔介にそんな表情をされると何も言えなくなる。

 

「それよりも意外でしたわ。翔介さん、コーヒーが飲めるのですね。それもブラックで」

 

おおよそイメージにはそぐわない。ちなみに彼の印象からすれば縁側で日本茶を飲んでいるイメージだ。お茶を飲むだけのイメージに縁側が表れてくるあたり牧歌的なものである。

 

「僕もここに来るまでは飲めなかったよ。でも、ここのコーヒーは本当に美味しいから!」

 

 

「そんなにハードルを上げるものじゃないよ、少年」

 

そんな事を言いながら満更でもなさそうなマスター奏。

やがて三人の前にアイスコーヒーの入ったグラスが差し出される。翔介はすぐさまストローを咥えて一口。

その様子を見て一拍置いて箒とセシリアもアイスコーヒーを一口。

口の中に広がるコーヒー特有の苦みと酸味。普段飲み慣れない味だが、飲み込んだ後に残る後味とアイスコーヒーの涼やかさが先程までの炎天下を忘れさせてくれる。

 

「本当ですわ…コーヒーとはこんなに美味しいものですのね」

 

「ああ、苦みも酸味も丁度良く飲みやすい」

 

どうやら二人にも好評の様だ。

その様子を見て翔介は小さな優越感を感じながらコーヒーを飲む。自分が好きになったものを他の誰かに喜んでもらえたこと。そしてそれを誰よりも先に自分が知っていたことの嬉しさという物はなんとも言えないものだ。

 

「そう言えば随分と大荷物だね。何に使うんだい?」

 

マスター奏が椅子の横に置かれた文化祭の荷物を見ながら尋ねる。

 

「今度IS学園で文化祭をやるんです。これはその時の材料」

 

「ほう、文化祭…そういえば…」

 

マスター奏はそれを聞くと何やら思案顔を浮かべる。

そして何を思ったのか。カウンター裏からなにやら箱を取り出してくる。箱には手を入れる場所があり、たまに見かける福引の入った箱の様に見える

そしてその箱の中にパラパラと数枚の紙を入れ、箱を揺らしてシャッフルをする。

 

「唐突だが少年。ここから一枚引いてくれ」

 

「なんです、これ?」

 

「まあ、気にせず一枚」

 

そう言って箱を差し出してくる。どうしたものかと隣に座る箒とセシリアに視線を向ける。二人も要領が得ないといった表情だが、取りあえず引いてみろと目が訴えかけている。

 

「それじゃあ…」

 

箱の中に手を突っ込みゴソゴソと中身を漁る。そして、紙を一枚掴み引き抜く。

 

「渡してくれるかい?」

 

差し出された手に紙を渡す。マスター奏は紙を開くと「ほう…」と呟く。

 

「あの、それは何ですの?」

 

セシリアが尋ねる。

 

「なに、ただのキャンペーンだよ。少年たちは運がいい。ほら、景品だ」

 

そう言って三人の前にひんやり冷えたチーズケーキが置かれる。

どうやら当たりだったようだ。

三人は不思議そうな顔をしながらも振舞われたチーズケーキとアイスコーヒーを味わうのだった。

 

-------------------------------------------------------

 

それから外が涼しくなってきたのを見計らい、翔介たちはレコー堂を後にした。

そしてガランとしたレコー堂のカウンターでマスター奏は電話越しに誰かに連絡を取っている。

 

「ええ、今年はそこで。よろしくお願いします、丸さん」

 

マスター奏はそう言い終えると携帯をしまう。

そして先程まで三人が座っていたカウンター席を見ながらフッと笑みを浮かべる。

 

「本当に運がいいな、少年」

 

先程翔介が引いた紙をゆらゆらと揺らす。そこには『IS学園』と書かれている。

 

 

「さて、こうなるとますますカッコ悪いところは見せられないな、困ったものだね」

 

 

マスター奏は困ったと言いながらもその表情は笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

後日、IS学園の文化祭に詩月梢が来訪することが生徒会に告げられた。

翔介が諸手を挙げて喜んだことをここに付け加える。

 

 

 




一年近くお休みして大変申し訳ございません!

ここからまた時間を空けながらになるかもしれませんが、投稿を続けて行きたいと思います!
今日まで読んでいてくださった皆様、こんな投降者ですが気長なお付き合いをお願いいたします!





シン・ウルトラマン最高!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

85話

文化祭の準備が着々と進む中。

翔介は朝のアリーナにてISの訓練を受けていた。

文化祭が待ち構えていると言っても訓練はいつも通りに行われている。夏休みの間は打鉄のオーバーホールのためほとんど触ることもなかったため少しでも遅れを取り戻したいという彼たっての希望でもある。

それに対して楯無は快く了承。そして妹である簪も訓練に付き合ってくれていた。

その甲斐もあってか操縦の感覚はだいぶ戻ってきた。

現在はそれぞれの飛び道具を使わない近接戦闘訓練の最中だ。

 

「たあっ!」

 

「なんの!」

 

簪が振りおろした薙刀『夢現』を近接ブレード『葵』で受け止める。

すぐさま簪はブレードを押し戻し、横薙ぎに払ってくる。それを飛びあがり避けると、今後は翔介が突きで反撃する。危なげなく薙刀の柄で受け流し、後ろに距離を取るといった攻防が続けられる。

 

そんな二人を指導役である楯無は少し離れたアリーナ上でその様子を見ている。

彼がISに乗るようになってからかれこれ半年。まだまだ粗が目立つし、同期の専用機持ちと比べればその実力は劣る。

しかし、その成長は目を見張るものだ。

だがそれも致し方ないことかもしれない。

入学早々のクラス代表決めの試合に始まり、無人機襲撃事件、VTシステム騒動、そして先の銀の福音事件。

入学してたった半年の間にこれだけの事件に巻き込まれるのは今までに例を見ない。習うより慣れよ、という言葉はあるがこれだけの実戦経験だ。否応なく彼らの実力は上がっているだろう。

 

「そう、あまりにも今年はイレギュラーが多すぎる。ただの偶然なのか…それとも…」

 

誰も知らない世界の裏側。そこにいる誰かの差し金か。

いずれにしても今年は何か異変が起こっている。それも学園に留まらず、世界に波紋を広げるような異変が。裏世界の番人としての筋から怪しい組織も動き出しているという情報も得ている。それらが何を意味するのか。

 

「ま、参りましたぁ…」

 

思案にふけっていた楯無の耳にそんな声が聞こえてくる。

見てみればブレードを取り落とした翔介の首筋に簪の薙刀が構えられている。どうやら決着がついたようだ。

 

「また私の勝ち」

 

「やっぱり更識さんは強いね」

 

そう言い合いながら二人がISを解除する。

ちなみに簪のISの待機状態は右手中指に填められたクリスタルの指輪。そして正式に翔介の専用機となった打鉄は流星のような形のバッチとなっており、彼の胸に輝いている。彼にとっての打鉄の存在をそのまま表したようなデザインで気に入っている。ただ着替える際に取り外しをする必要があるのが若干のネックである。

 

さて、そんなこんなで訓練も一段落の様だ。

これで翔介は二勝八敗。ほとんど負け越しているが、簪を交えての実戦形式の訓練を行うようになった頃は一勝もできなことの方がザラであった。その時からすれば毎回一勝は出来るくらいには実力を上げてきている。

一時期は伸び悩みでスランプ状態に陥っていたものの、頼りになる大人たちと出会ったことで自力で脱してきた。

大きな成長でなくても、小さく確かな成長を続けている。

 

そしてその相手である妹の簪。彼女もまた姉に追いつくために自らでISを作り上げてみせた。その知識量と技術力は姉の欲目かもしれないがトップクラスと言えるだろう。

 

「流石は私のお弟子と妹」

 

一人ニヤニヤする楯無。身内にはとことん激甘である。

 

「お姉ちゃん、なに怪しい顔してるの」

 

「簪ちゃん。本当に遠慮がなくなってきたわね」

 

仲直り出来て以降、妹はなかなかに辛辣である。姉はこんなにもラブを体現しているというのに。

 

「じゃあ気味が悪い顔」

 

「お姉ちゃん、泣いちゃうよ?」

 

姉のハート、妹しらず。

 

「お師匠さま、近接訓練十本終わりました」

 

そこに翔介が入ってくる。この姉妹のやり取りもすっかり見慣れたものだ。

 

「あ、そうね。それじゃあ…」

 

楯無が口を開いたと同時に電話がかかってくる。

 

「あら、虚ちゃんね。ちょっとごめんなさいね」

 

電話の相手を確認すると手を振って二人から離れる。虚からの電話となれば生徒会関連の電話だろうか。

 

「時間かかるだろうし先に片付けておこう?」

 

「そうだね」

 

時間的にも訓練はそろそろ片付けておかないと授業に間に合わなくなりそうだ。二人は楯無が電話をしている間にアリーナの片付けをすることにした。

訓練でえぐれた地面などを整地をしていく。今回は射撃訓練は行わなかったためあまり大変ではない。夏休み前はここに打鉄の片付けもあったが今は随分と楽になったものだ。

 

「そう言えばお師匠さまも代表候補生なんだよね?」

 

「うん、ロシアのだけど」

 

「専用機もあるんだよね?」

 

その問いにも首肯で返す簪。

 

「お師匠さまの専用機ってどんなの?」

 

「翔介、見たことなかったの?」

 

半年も訓練受けておいて?という疑問が顔に出ている。

恥ずかしながら一度も見たことがない。というのも楯無との訓練は主にISの基本動作の訓練からだった。歩く、走る、飛ぶ、武器の展開など本当に基礎中の基礎。戦闘訓練などが始まるころには簪との問題も解決したため、戦闘訓練の相手は主に簪と実を言えば楯無と手合わせをする機会が一度もなかったのだ。

せいぜい自分の専用機を自分で作り上げた、ということくらいしか知らない。

 

「まだ僕じゃお師匠さまに本気で相手してもらえるって訳じゃないみたいだしね」

 

師の背中は遠い。

IS学園の生徒会長とはつまり学園最強の証。そこに届こうと思えばどれだけの努力が必要になるだろうか。

 

「えっとね、お姉ちゃんのISはミステリアス・レイディ。霧纏の淑女なんて呼ばれてる機体。元々はロシアで開発されたISの機体データを基にお姉ちゃんがフルスクラッチで組み上げた機体。私たちの打鉄とかとは…なんだか色々と違う特殊な機体」

 

「特殊って?」

 

「それは…」

 

簪が口を開こうとしたその時。

 

「は~い、あんまり個人情報を話しちゃ駄目よ?」

 

いつの間にか電話を終えた楯無が後ろから簪に抱き着く。そこまでならまだいいが、あろうことかやや控えめなボディを撫であげる。

ブワッとまるで猫のように毛が逆立つ簪。それを真正面から見せられた翔介もギョッする。

 

「んん? 簪ちゃん、ちょっとお育ちになったかしら?」

 

「お、お姉ちゃん!」

 

バッと姉を振り払い、翔介の後ろに隠れる。

 

「簪ちゃんが悪いのよ? 女性の秘密を勝手に話そうとするから」

 

「ひ、秘密って程の事でもないでしょ。それとむね…身体を触る必要があったの…!?」

 

「そこは美しい姉妹のスキンシップじゃない」

 

まったく悪びれない姉と借りてきた猫のような警戒心マックスな妹。

かつてはこんな悪ふざけ、スキンシップすらもできるような関係ではなかったのだからそれだけ関係が改善したと思いたいが、やり過ぎてまた険悪になられても困る。

 

「そうそう、さっき虚ちゃんから連絡が来てね。詩月梢のステージスケジュールができたって」

 

話をそらすようにそう告げる楯無。すると翔介の目がキラキラと輝きだす。

 

「それでステージまでの彼女の案内なんかを誰かに任せ「はい! やります!」言うと思ったわ」

 

楯無が言い終わる前にビシッと空に向かって伸ばし食い気味に立候補する翔介。なんとなくそんな反応が返ってくるのを察していたのか苦笑する。

 

「わかったわ。じゃあ、当日の詩月梢の案内役は翔介君に任せるわよ」

 

「はい!」

 

ここ最近で一番いい返事だ。

 

「わぁ~…まさか本物に間近に会えるなんて…! サイン貰ってもいいのかな? あ、でもマナー違反かな?」

 

すっかり舞い上がる翔介。年相応のミーハーぶりである。

 

「ねぇ、どうだろう更識さん?」

 

くるりと後ろに隠れていた簪に尋ねる。

すると。

 

「…さあ」

 

返事は随分とあっさりしたものだった。心なしか視線が冷たい。

しかし、すぐにハッとすると首を振りながら。

 

「あ、うぅん、ごめん。仕事で来てるとはいえあまりそういう事はしない方が良いと思う」

 

「そっかぁ…そうだね。折角来てくれたのに失礼なことしちゃダメだしね」

 

「うん、ゲストには丁寧に失礼のないようにしないと」

 

簪は細い指を立てながら諭すような声音で語り、翔介はそれにうんうんと頷いている。同年代でありながらその様子はまるで姉弟のようだ。

 

「………あらら?」

 

しかし、そんな二人の様子を驚いた様子で見ている楯無。

今さっきの簪の態度。本当に一瞬ではあったが彼女の態度はおかしかった。

少し舞い上がっていた翔介に呆れているような感じではなく、どこか怒りのような感情を感じられた。

そう、あえて言うならばそれは。

 

「あ、そろそろ行かないと授業に間に合わなくなっちゃいますね」

 

翔介の言葉に時間を確認してみれば訓練を始めてから結構な時間が経っている。そろそろ寮に戻り、朝食などを済ませなければ学業に支障が出そうだ。

特に翔介のクラス担任はあの織斑千冬だ。一秒の遅刻にも厳しい事だろう。

 

「それじゃあ一旦解散しましょう。ISの訓練は勿論だけど、学生として学業もおろそかには出来ないわよ。再来週には授業も半日になるから教師陣も一気に詰め込んでくるつもりよ」

 

「うぅ…追いつくので精一杯なのに…」

 

それを聞いてさっきまでのテンションから急降下する。IS関連に関してトップクラスなのは当然として、通常科目もレベルが高い。元々のんびり思考の翔介からしてみれば目まぐるしいものだろう。

 

「ぼやかないぼやかない。ほら、急ぎなさい」

 

そう言って翔介を促す。情けない声を上げる彼の背中を簪が押していく。

アリーナから離れていく二人を見ながら再度先程の妹の異変に思いをはせる。

 

国内で大人気の歌姫に浮かれる少年に対して見せた静かな怒りにも似た感情。

それを言葉にするならば。

 

 

 

 

 

「『嫉妬』なのかしら…?」

 

 

 

 

 

口元を扇子で覆いながらぼそりと楯無は呟くのだった。




本日はここまで。


何気ない日常でありながらも少しの変化が見え始めてきました。
次回からもちょこちょこと幕間を挟みながら文化祭編は続きます。


シン・ウルトラマン。
私の好きな映画です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

86話

文化祭本番まで二日と迫ってきている。

授業は一週間前から半日のみとなり、午後からは準備に割り当てられるようになっていた。そして今日と明日で一日中文化祭の準備となっている。授業が削減される分、授業の内容は濃密となったが大半の生徒たちは目前となったイベントを糧として普段以上の集中力を見せている。

 

教師陣としては普段からその集中力を維持してほしいところではあるだろうが、折角の雰囲気をわざわざ水を差すことはないだろうと敢えて誰も注意していない。

文化祭の後にあるテストの結果も上がるのだから言う事はない。

 

今は文化祭の最後の準備が進められている。

学園は綺麗な飾り付けが施され、そこかしこには各クラスの出し物などのポスターが張られている。

 

そして翔介はというと生徒会という事で毎日あっちこっちと駆り出され、休む暇もない。本番も近いとなると尚更忙しさが増している。

今は自身のクラスへと向かっていた。文化祭は生徒会の仕事が非常に多く、なかなか手が空かないが少しでも手隙になった時はクラスの出し物の準備を手伝っていた。

 

ガラリと教室の扉を開くと、中は普段の風景からはガラリと変わっている。

丸いテーブルにクロスがかけられ、椅子も綺麗なものに交換されている。窓にはレースのカーテンに交換され教室全体から上品な空気が感じられる。

いつも授業を受けている教室とは思えないほど洗練された空間だ。

 

「おぉ~、凄いね」

 

「よお、翔介」

 

ご奉仕喫茶となった教室を感心して見ていると、一夏が声をかけてくる。その姿は制服ではなく黒を基調とした執事服。とことんまで裏方を希望した一夏であったが、結局多数決にはかなわずフロア係となった。そして接客担当となるなら見た目は大事とクラスの衣装担当が気合に気合を入れた渾身の衣装らしい。

 

「お疲れ様。時間ができたから手伝いに来たよ」

 

「お、サンキューな! それなら…」

 

一夏が翔介に仕事を割り振ろうと教室を見まわたすと。

 

「あ~、ミッチー発見~」

 

なんとも間延びした緩い声が聞こえてくる。

声の方を見てみると布仏本音がほわほわっと近づいてくる。その横には相川清香と高槻静寐といつもの三人組だ。そして三人とも衣装合わせなのかメイド服を着ている。清香と静寐はスタンダードなメイド服。そして本音はやはりというべきか普段通りのだぼだぼっとしたメイド服だ。果たしてその服で給仕ができるのだろうか。

 

「さささ、道野君はこっちこっち」

 

「へぇ?」

 

「まあまあまあまあ」

 

「さあさあさあさあ」

 

三人に促されるままに教室の一角のテーブルと椅子に座らされる。

 

「はい、こちらクッキーです」

 

「紅茶だよ」

 

「肩揉むよ~」

 

流水の如く流れるように接待が始まる。

正直、本音の肩もみは微妙な力加減でむしろくすぐったい。

 

「え、何これ?」

 

困惑気味に三人に問い掛ける。

ちなみにクッキーも紅茶も美味しい。

 

「ほら、喫茶店で出すメニューの味見だよ?」

 

「ええ、接客の仕方の確認ですよ?」

 

「うん、だから生徒会のミッチーを接待してクラス出し物の得点を融通してもらおうなんて思ってないよ~」

 

そういう事らしい。

 

「賄賂接待かよ」

 

一夏が呆れ気味に苦笑する。

 

「僕を接待しても文化祭の成績はどうこうできないよ?」

 

IS学園の文化祭最終日にそれぞれのクラスの出し物の最優秀賞を決める。選ばれたクラスには色々と特典が用意されており、それを目当てに俄然やる気を見せている。今年は特に、である。

ただそれを決めるのは出し物の人気投票によって決められる。いくら生徒会とはいえ個人間の感想まではどうこうできない。

 

 

出来ない、のではあるが。

 

 

とはいえ、翔介自身を接待してもどうこうできないのも事実である。

 

 

「そうですわ。そのような優雅ではないことはお止めなさい」

 

するとそこへセシリアが割って入ってくる。その横には箒もいる。二人とも例に漏れずメイド服を着ている。

セシリアは流石はメイドの本場出身なだけありヴィクトリアン調のメイド服。普段はむしろ使用人を使役する立場のはずなのだが非常によく似合っている。佇まいも美しい。そして隣にいる箒は和風で大正時代の女給のような服装だ。セシリアと違い、こちらはやや恥ずかしそうである。

 

「翔介さん、気にしなくていいですからね」

 

「ああ、そんなことをして勝っても意味がないからな」

 

そう告げる二人に接待三人組は「え~」と渋々と言いながら下がる。

 

「皆やる気だね」

 

「まあ、やるからには最優秀賞を目指したいしな」

 

翔介は出されたクッキーと紅茶をつまむ。文化祭の出し物としてはかなり美味しい。これだけでも十分集客は見込めるだろう。

 

「その通りだ」

 

そして今度はラウラとシャルロットが入ってくる。こちらもメイド服だ。

ラウラとシャルロットはどちらもオーソドックスなメイド服だ。ラウラには黒い兎のバッヂが付けられている。

 

「最優秀賞は必ず私たちが頂くぞ」

 

提案者でもあるラウラは特に意気揚々と宣言する。

 

「随分な自信じゃない」

 

今度は扉を開けて鈴が入ってきた。

こちらは真っ赤なチャイナドレスに頭をシニョンでまとめている。なんでも鈴のクラスは中華喫茶をするそうだ。

 

「お、鈴。それお前の衣装か? 似合ってるな」

 

シームレスに鈴の服装を褒める一夏。そして唐突に褒められた鈴は自分の髪をくるくると弄りながら頬を赤らめる。

 

「べ、別にぃ? そんなことはアタシがよく知ってるし?」

 

口ではそう言いながらも満更な様子でもない鈴。

だが気付いているだろうか、織斑一夏よ。メイド服の四名が怖い目で睨んでいることを。

 

「って違う違う。目的はあんたじゃないの」

 

鈴が翔介の方を見る。

 

「あんた、ちょっと顔貸しなさい」

 

「え、なんで僕ってわあああ~!?」

 

翔介が理由を聞く前に鈴に引っ張られていく。

教室を出る瞬間、鈴はチラリと箒たちに目配せをする。彼女たちはそれに気付いたのか止めることなく見送った。

 

-------------------------------------------------------

 

「よし、ここならいいわね」

 

連れてこられたのは校舎裏。文化祭でもこちらまでは飾りつけは行われない。人もいないため密談にはもってこいの場所だ。

 

「え、な、何?」

 

人気のない頃に連れてこられ警戒心マックス。

その様子はさながらカツアゲのワンシーンである。

 

「何ビクついてるのよ」

 

身構える翔介に詰め寄る鈴。

 

「あんたに頼みたいことがあるのよ」

 

「た、頼み事?」

 

「そう。ほら、あたしって二組じゃない? どうやっても一夏と同じクラスの箒たちとは少しハンデがあるわけよ」

 

腕組みをしながら語りだす鈴。

確かに鈴はよくいるメンバーと比べると唯一クラスが違うという相違点がある。

イベント事や休み時間では一緒にいることが多いが、それでもクラスが違うという事は実は意外なハンデになっているようだ。

 

「だから文化祭は数少ないチャンスな訳よ」

 

「えっと、つまり?」

 

翔介の背筋に冷たい汗が流れる。

 

「文化祭を一夏と回りたい。だからそれの手伝いを頼みたいのよ」

 

ああ、やっぱり。

 

「て、手伝いというと…?」

 

「そりゃあ文化祭でどこを回るかとか」

 

早い話が文化祭デートのプランを一緒に考えて欲しいという事らしい。

 

「な、なるほど~…」

 

「あ、そろそろ戻らないと。それじゃああたしも考えるからあんたも手伝ってよね」

 

言い淀む翔介を尻目に鈴が踵を返して校舎へと戻っていった。

それを見送り、姿が見えなくなると同時に。

 

「ど…どうしよう…」

 

がっくりと項垂れる翔介。

正直なところ、連れてこられた時点で何を言われるかはわかっていた。

普段であれば素直に手伝っているところなのだが…。

 

「マズい、マズいよぉ…」

 

頭を抱える。

人の頼み事は断れない。そんな翔介が頭を抱えている。

 

なにせ。

 

 

 

 

「これで四人目だね」

 

 

 

後ろから声がかかる。

 

「デュノアさん…」

 

「鈴に連れていかれたからもしかしてと思ったけど」

 

振り向くとメイド服を着たシャルロットがいた。どうやら一部始終を聞いていたようだ。

 

「箒、セシリア、ラウラ、そして鈴。皆同じこと頼んでいったね」

 

そう、文化祭デートの依頼を受けるのはこれで四人目であった。全員が全員、文化祭で一夏と二人きりというシチュエーションを狙っていた。

一夏に直接言ったとしてもどうせ最終的に全員で回ろう、などと言いだすに決まっていると読んだ彼女たちが頼るのは協力者たる翔介であった。

 

「大変だねぇ。文化祭は二日間あるとはいえ四人分の計画は難しいよ?」

 

一夏に好意を抱く少女たちの中で唯一翔介の事情を知っているシャルロットが笑いながらそう告げる。

 

翔介もそれは理解していた。

二日間の行程とはいえ、恐らく一夏はご奉仕喫茶で引っ張りだこだろう。休憩はもちろんあるだろうがそれを見計らって一人ずつデートをセッティングするのはなかなかに至難である。

 

うんうん、と悩む翔介。

 

「でも皆楽しみにしてるみたいだし。頑張って」

 

「うぅ~…」

 

励ますように背中を叩くシャルロット。

そして翔介の耳元に口を近づけ。

 

 

 

 

「それじゃあボクもよろしくね」

 

 

 

 

翔介は膝をついた。

 

 

----------------------------------------------------

 

「あ、いたいた」

 

翔介が膝をついてから少し後。

校舎の屋上の扉を開けたシャルロットは先客たちを見つけると近づいていく。

ちなみにメイド服は脱いで着替えてきた。

 

「来たか、シャルロット」

 

「お疲れ~」

 

そこにいたのは箒、セシリア、鈴、ラウラといつものメンバー。

全員制服姿に戻っている。

 

「どうだった?」

 

「あはは、悩んでたよ」

 

「そりゃあ五人分となればねぇ」

 

五人の話題は一夏、ではなく。

 

「しかし、少し気が引けるぞ。マブを騙しているようで」

 

翔介だ。

 

「でもみんなにバレてるって知ったほうがもっとプレッシャーになると思うよ? 翔介は責任感強いから」

 

「そうだな。敢えて知らないふりをしているのが道野のためだろう」

 

 

そう、実は翔介が全員の恋愛相談に乗っていることは既に全員に周知の事実であった。

といってもシャルロットが喋ったわけではない。

ここにいる全員が一夏に好意を抱いているのはお互いから見ても一目瞭然だった。

そんな状況であれば当然翔介がそれぞれに協力していることはすぐにバレることだった。

 

「全員に良い格好してるのも悪いんだって」

 

「ですが、頼まれて断れないというのも翔介さんの良いところですわ」

 

性格故に大変な目に合うことは予想できたとしても断ることはできなかったのだろう。

それが翔介の長所であり、短所であった。

 

だが、それを疎ましく思うものは少なくともここにはいなかった。

騙すような形になってしまっているがその代わりに五人の間ではあるルールが決められた。

 

それは『誰が一夏とくっついたとしても文句を言わず納得すること』

 

あの朴念仁たる織斑一夏が誰を選ぼうとも、それが自分たち五人じゃなかったとしても最後は祝福する。それが彼女たちが決めたルールだった。

これは彼女たちだけではなく、なにより性格故に断れず全員に協力している翔介への思いやりでもあった。

この中の誰かが結ばれたとしても翔介は喜ぶと同時に結ばれなかった者に対して罪悪感を覚えるだろう。

そんな翔介にせめて自分たちが納得の上であることを伝えるための物だ。

 

「文化祭…楽しみだな…」

 

ラウラがそう呟く。

 

その言葉に誰ともなしに頷くのだった。

 

 

 

 

後日、それぞれに翔介から文化祭デートのプランが届いた。

見事に全員が顔を合わせずかつ平等なプランであった。

 

 

 




本日はここまで。

徐々に文化祭本番に近づきつつあります。
翔介にとって悩みの種でもある恋愛相談の件も彼の知らないところでしっかりバレているというオチも。



シン・ウルトラマンのベーターカプセル予約できました!
これで来年まで生きる理由ができた!


シン・ウルトラマンもいいけど、ギャラファイも見るたびに魂を持ってかれています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

87話

文化祭まであと一日。

ついに待望の文化祭も前日だ。今日は授業も終日休みとなり、丸一日文化祭の最終準備に充てられた。

生徒全員が朝から慌ただしく動き回っている。

 

「ふふ、皆忙しそうね」

 

そんな学園の様子を屋上から楯無が見下ろしていた。

楯無はこの屋上から学園を見下ろすことが好きだった。学生の長である自分が業務を行うことで生徒たちが毎日を過ごしている。それを見るのが好きなのだ。

楯無の実家は日本国の裏世界の住人だ。既に当主である彼女が大っぴらに人前ではしゃげる時間もあまりないだろう。

だから少しでも何かを残していきたい。そう考えているのだろう。

 

「今年の文化祭も問題なく開催できそうね」

 

手元のタブレットを見ながら頷く。タブレット内には各クラスの進捗情報が記録されている。前日という事もありほとんどのクラスは完成させている。まだ完成していないクラスも今日一日を使えば十分に間に合うだろう。

 

生徒会からの出し物もほぼ完成している。後は依頼していたものが届けばいい。

今年の文化祭は例年よりも生徒たちの気合も入っている。

それだけ最優秀賞の景品が魅力的という事なのだろう。

 

「うふふ、まあ、結果は見えてるのだけどね」

 

そう言ってくすくすと笑う。

そうしていると屋上の扉が開く。

 

「あ、ここにいたんですね。探しましたよ」

 

そう言いながら入ってきたのは翔介だ。彼も同じようなタブレットを持っている。生徒会の庶務である彼には色々な仕事を頼んでいた。

今日も副会長の虚と手分けをして各出し物の進捗状況を確認して回っている。二人が確認した進捗が楯無のタブレットに送られているのだ。

 

「あら、翔介君、どうしたのかしら?」

 

「どうしたじゃないですよ。クラスの出し物の進行状況は全部見てきましたよ」

 

そう言われて改めてタブレットを見る。先程送られてきたデータで全部のクラス、クラブの出し物の進捗が出たようだ。

 

「うん、大丈夫ね。これで前夜祭まで残るクラスはないわね」

 

「前夜祭?」

 

聞き慣れない言葉にオウム返しに聞く。

 

「ええ、文化祭前日。今日の夜から文化祭本番に向けての景気づけでやってるのよ」

 

前夜祭と言っても寮の食堂で簡易的に行うくらいのものだ。それでも前夜祭からが文化祭本番と考えている生徒も多く、寮暮らしの生徒は勿論実家から通学している生徒もその日ばかりは寮に泊って本番へ向けて英気を養っている。

教師陣も普段は厳しく取り締まるが、お目こぼしされている。授業などは厳しいが、割と生徒たちには大らかなところがあるのがIS学園の良いところだ。

 

「へぇ~、本番前から楽しいことがいっぱいですね」

 

「ええ、学年問わず参加大丈夫だから楽しむといいわ」

 

「はい。あ、そうだ。もう一つ報告がありました。さっき布仏先輩から生徒会の出し物で使う『アレ』が届いたそうですよ」

 

「おっ、それは重畳ね。これで私たちの勝ちは見えたわね」

 

そう言ってにっこり笑う。バッと開いた扇子には『勝利は我にあり』と書かれている。

 

「いいのかなぁ」

 

笑う楯無とは裏腹に微妙な表情を浮かべる翔介。

ここまで来ると既に止めることはできない以上、最早なるようになるしかないのだが。恐らくとんでもない目に合うであろう友人を思い浮かべ、心の中で手を合わせる。

 

ああ、友よ。これから訪れるであろう困難にどうか打ち勝ってくれ。

 

「そう言えばお師匠さまはここで何してたんですか?」

 

「ん? 別に特に何をしてたって訳ではないのよ。ただこの屋上は学園がよく見えるから」

 

そう言って楯無がちょいちょいと手招きをする。誘われるがまま彼女の隣に移動する。フェンス越しに見える学園祭の準備をする生徒たちが眼下に広がる。

 

「こうやって見てるとね改めて思うのよ…」

 

しみじみと語る楯無。

 

 

 

 

「この学園は生徒会長たる私の手中にあるのね…って」

 

 

 

 

飛んだ独裁者発言である。

 

「なんてこと思ってるんですか」

 

「あら、実際私が自由にやってるのは生徒会長だからっていうのもあるわよ?」

 

「その自覚があるならもう少し抑えてほしいです」

 

振り回される身にもなってほしい。

そう苦言を告げても当の本人はカラカラと笑うだけだ。

 

「でも退屈はしないでしょ?」

 

「退屈…はしないです。この学園に来てから一度も退屈になったことはないです」

 

「アッハッハッハ! 確かにそうね!」

 

入学早々から怒涛のように押し寄せる問題に対処してきた。退屈なんてしている暇などなかっただろう。

 

「大変かもしれないけれど。学生生活は楽しみなさい。学生の内だからこそできることもあるのだから」

 

「お師匠さまは僕と一つしか違わないのに随分と大人びてますね」

 

「一年の差は結構大きいわよ?」

 

彼女がこれだけ成熟している理由もそれだけではないが。

彼女の生い立ち、立場。それは大人にならなければ、大人でいなければいけないような世界だった。

だからこそ彼女の学園生活への想いは他の生徒よりも人一倍強いものだった。

 

「三年間は長いようで短いわ。無為に過ごしているとあっという間に卒業よ?」

 

「うっ…気を付けます」

 

師匠の言葉に思わず身が引き締まる。

彼女からしてみればその心配もあまりなさそうだが。

そして、ふと自分の言葉でとある疑問が浮かんできた。

 

「そう言えば翔介君。あなた、卒業後の進路とか決まってる?」

 

「進路、ですか? えっと…」

 

唐突な質問に言い淀む。

まだ高校入学からようやく半年を越えたところ。それで卒業後の進路と言われてもなかなかすぐには答えは出てこない。

 

「じゃあ、将来の夢は?」 

 

「夢…夢なら…」

 

『宇宙へ飛び立つ。そして光の巨人にもう一度会う』

それが彼の夢。

これだけはすぐ答えられる。幼い頃からの変わらない夢。

 

「そう。それならそれに向けて進路を決めないとね」

 

彼の答えを聞き、納得したように頷く。

 

「でも進路なんてまだ早いんじゃ…?」

 

「そうでもないわよ? 早い子はもう入学前から目指す先を見据えてるから」

 

それを聞くとなるほどと感心してしまう。早めに目指す道が見えていればその分だけ準備ができる。努力をすることに早すぎるという事はない。

 

「それにこの文化祭。ただの観客だけじゃなくて企業のスカウトマンやらセールスが大勢来るわ。あなたもきっと色々接触があるはずよ」

 

IS学園での催しには時折外部の企業の人員を呼んで開催する。そうすることで将来的に学園の生徒が企業に就職することもある。

 

「う~ん…」

 

「まあ、さっきはああ言ったけどだからって焦って決めても良い事はないから。しっかり考えなさい」

 

「はい…」

 

考え込む翔介。

その横顔をじっと見つめる楯無。

彼がどんな進路を選び、どんな未来を進むのかはとても関心がある。

翔介は一夏と同じく世界的にも希少な存在だ。きっと色々なしがらみが生まれることもあるだろう。

でも愛弟子にはそんなしがらみなど無く、生きていってほしい。

その為にも楯無は裏世界の人間として生きていく。自分に守れるものを守るために。

 

「あはは、なんだか年寄りくさいわね…」

 

ポツリと呟く。

だが自分の愛弟子の事なのだ。これもしょうがない事だろう。

そう、楯無は師匠。弟子の今後を慮ることは何も変なことではない。

 

IS学園を卒業し、進学でも就職でも構わない。いつかは夢を掴む。

そして大人になればいつかは家庭を持つだろう。はてさて、愛弟子は一体どんな…。

 

 

 

「…………………あら?」

 

 

 

頭の中でまだまだ先の未来を夢想していた時。具体的に言えば家庭を持つという部分。

 

夢想の中の大人になった翔介の隣にいたのは…。

 

 

「……簪ちゃん?」

 

 

楯無最愛の妹だった。

何故、一体どうして簪がそこにいるのか。

 

何となく思い当たる節はある。少し前の訓練の際に合った簪の行動。あれがどこか心の隅に引っ掛かっていたのか。

 

「お師匠さま?」

 

「……え? あ、ごめんなさい。何かしら?」

 

すっかり考え込んでいたせいで、翔介に呼ばれていたことに気付かなかったようだ。

 

「いえ…大丈夫ですか? なんだかんだでお師匠さまも色々は頑張ってたし疲れてるんじゃ」

 

どうやら心配させてしまったようだ。お師匠さま失格である。

楯無はフッと笑みを浮かべる。一度先程の疑問は置いておこう。

 

「大丈夫よ。明日から本番なのだし今から疲れて楽しめなかったら勿体ないわ」

 

「そうですか?」

 

尚も心配そうな愛弟子に首肯で返す。

 

「それより。文化祭も明日から本番だし、楽しみにしておきなさい」

 

「はい。この学園に来てから楽しい事ばっかりですけど」

 

大変なことも多いが。

それでも彼にとっては何もかもが刺激にあふれている。

 

「でも、それってきっとこの学園に来ただけじゃわからなかったかもしれないです」

 

「と言うと?」

 

「IS学園に入学して、織斑君たちみたいな友達ができて、色んな行事があって…でもやっぱり一番楽しい事、嬉しかったことって…」

 

翔介はそう言って空を見上げる。

 

「空を飛べるようになったことだと思うんです。きっと僕だけじゃ今でも歩くのがやっとだったかも」

 

何も知らないまさしくゼロからのスタート。そんな不安ばかりの始まりだったが、今では大空を自由に飛べるほどまでに上達した。

 

「それもお師匠さまが教えてくれたからです。今、この学園生活がすごく楽しいって思えるのはきっと友達とお師匠さまのお陰」

 

だから、翔介はそう言って楯無に笑顔を向ける。

 

 

 

 

 

「だから、ありがとうございます、お師匠さま」

 

 

 

 

 

翔介からの素直な感謝の言葉だった。

すると見計らったかのように翔介の携帯が鳴る。電話の相手は一夏だ。

 

「あ、すいません。失礼します」

 

そう言って背をくるりと向けて携帯を耳に当てる。

 

「もしもし、どうしたの?」

 

『ああ、良かった。頼む! 翔介、助けてくれ!』

 

切羽詰まった一夏の声。

 

「何かあったの?」

 

『今にも一組と二組で抗争が起きそうなんだよ!』

 

「………何があったの?」

 

本当に何があってそうなったのか。

 

『それがクラスのポスター張ろうとしたところが二組と被ったらしくてな』

 

「どっちがポスターを貼るかってなってるんだね」

 

『頼む! すぐに来てくれ! じゃないとメイドとチャイナの抗争になっちまう!』

 

「わかった、すぐ行くよ。場所は…」

 

そして二言三言、会話をすると楯無に向き直り。

 

「すいません、お師匠さま。ちょっと行ってきます!」

 

一礼して駆け出して行く。

 

「あ…」

 

楯無の呼び止めようとした手が空を切る。いや、呼び止めて何を言おうとしたのか。

手を伸ばした楯無本人が一番困惑していた。

 

一人屋上に残された楯無。

 

 

 

「…………あ~…残暑かしらねぇ…」

 

 

 

そう言って見上げる空は秋の訪れを感じさせる涼し気な空だった。

 

 

---------------------------------------------------

 

都内某所、某日。

 

「あぁクソ。本当にこれ着ていくのかよ」

 

亡国企業の実働部隊の一人、オータムがイライラと悪態を吐く。普段はラフな格好をしている彼女だが今はピッシリとしたスーツに身を包んでいる。彼女の性格的にその恰好は落ち着かないのだろう。

 

「そう腐るものではないわよ。似合ってるわ」

 

それを諫めるように話すのは金髪で長身の女性、スコール。

彼女にそう言われると頬を染めて満更でもない表情に変わる。それだけでも彼女たちの関係という物が伝わってくるだろう。

 

「それにこれは任務のために必要なことなの。不便かもしれないけどお願いするわ」

 

「任せてくれよ、スコール。私だけでもいいくらいだ」

 

そう言ってオータムは部屋の隅にいる黒い少女、エムを睨む。

 

「勿論あなただけでも十分とは思ってるわ。でも計画には保険をかけておくものよ。なにせ私たちが計画が動き出すのだから」

 

「…わかったよ、スコールがそういうなら」

 

渋々と言った様子で了承するオータム。すると誰かを探すように部屋を見渡す。

 

「もう一人のガキは?」

 

「ああ、ヤプールならスポンサーと一緒にISを見てるわ」

 

「スポンサーってあいつか…ちっ、ガキと一緒で不気味なやつだ」

 

オータムは吐き捨てるようにそう呟いた。

その様子もスコールはクスクスと笑う。

そんな彼女の手にはどこから入手したのか『IS学園文化祭』のチケットが握られていた。

 

------------------------------------------

 

スコールたちのアジトの地下。

そこにISを纏ったヤプールと黒いスーツを着た男がいる。

男はコンソールを操作し、やがてエンターキーを押す。するとヤプールの乗り込んだISが鈍く光る。

 

「これでいい」

 

「はい」

 

短い問答の後にISが解除される。

スーツの男は笑みを、といっても笑っているのは口元のみ。視線は眼前のヤプールを見ながらもどこか見透かしているようにも見える。

そのどこか不気味な雰囲気を浮かべる男を前にしてもヤプールの表情は能面のように崩れない。

 

「ここからが我らの計画の本当の始まりだ。お前の役目は…わかっているな?」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

「ウルトラマンの力を持つ者の破壊」

 

 

 

 

 

 

ヤプールは淡々と答えるのだった。




本日はここまで。

出来るだけ次回の話に繋げるためにも今回は無理やり押し込んだ形になりました。
読みにくかったりしたら申し訳ありません。


梅雨明けの地域も増えて、いよいよ夏本番ですね。
夏と言えばウルサマ!

なのですが、今年も参加は見送りになりそうです。まだまだ油断できないご時世ゆえに仕方ないのですが早く毎年の楽しみとしていけたらいいなぁ、なんて。

首都圏の人は羨ましいなぁ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

88話

『皆聞こえてるかしら?』

 

学園中のスピーカーから楯無の声が響く。生徒たちは静かにその時を待つ。

 

『今日まで放課後遅くまで残って作業をしたわね。時にはクラスメイトと方向性をぶつけ合い殺伐としたでしょう。時には他のクラスとの出し物被りで殺伐としたことでしょう』

 

殺伐とし過ぎではないだろうか。

そう思っても実際にメイドとチャイナがポスターの場所を奪い合っていた姿を思い出すと嘘ではないというのがなんとも言えない。

翔介が到着した時点ではそれぞれが獲物を構えて、抗争一歩手前だった。ちなみに一日目はご奉仕喫茶、二日目は中華喫茶が使用するということで収まった。

 

『でもその苦労も報われるわ』

 

ざわっと学園全体の空気が徐々に沸き立ち始めているのを感じる。

 

『さあ、準備は良いかしら? この二日間の主役はあなたたちよ』

 

スピーカーの奥で楯無が息を吸い込む。

 

 

 

 

『IS学園文化祭の開催を! 今、ここに宣言するわ!』

 

 

 

 

楯無の言葉に学園全体から歓声が上がる。

 

 

遂に文化祭が始まった。

 

-----------------------------------------------

 

「野球部です! ストラックアウトやってまーす!」

 

「二年A組! 本格お化け屋敷です! 怖いもの知らずの挑戦待ってますよー!」

 

文化祭開会の宣言から校門付近では各クラス、部活の呼び込みで賑わっている。

校門に作られたゲートからは続々と人が入ってくる。

IS学園の文化祭は学園の特性上とても注目度が高いが、誰でも入れるという訳ではない。文化祭を見学する方法は二通りの方法がある。

一つは生徒一人につき三枚配布される招待券で入場する方法。招待券一枚で一人入場ができるようになっている。

もう一つは企業枠での招待。こちらは学園から関連企業に対する招待だ。IS学園は在籍中はいかなる企業にも属さないと定められているものの、将来的な進路として事前に学園の生徒を見学の機会としての招待だ。

つまり今ゲートを通っているのは生徒からの招待客か、学園側からの招待客なのだ。

 

ゲートでは虚や他の女生徒が招待券を確認して入場の手続き関連の仕事をしている。生徒会はこういった行事の時に率先して働くことになっている。

翔介は裏方でパンフレットの補充などが主な役目だ。ここが終われば、校内の見回りや案内が仕事になってくる。

 

「結構お客さん来るんだなぁ」

 

初めは招待制と聞いて、それほど集まらないのではと思っていたのだが想像以上の人だかり驚いていた。

ちなみに翔介も勿論招待券は貰っていたが、故郷の義姉や祖母、知り合いは残念ながら来るのが難しいという事で断念。科特研の人々は学園側からの招待客。北登夫妻や坂田夫妻も用事がありこちらも断念。

最後はレコー堂のマスターにも尋ねてみたが、当日用事あり。

ことごとく知り合いが来れず、今年の招待はゼロ人だった。

 

それでも翔介はこの文化祭で浮き立つ空気にワクワクしていた。知り合いは誰も来れないが、その分他の招待客や生徒たちが楽しめるように仕事を頑張ろうと改めて気合を入れる。

 

「あの、道野翔介さんですか?」

 

気合を入れ直した矢先に名前を呼ばれる。

振り返るとそこにはビジネススーツ姿の女性がいた。見た目からして企業枠の招待客だろうか。

 

「はい、そうですけど」

 

手に持ったパンフレットの入った段ボールを持ちながら答える。

迂闊に答えてしまった。

 

「ああ! やっぱり! 申し遅れました私、こういう者で!」

 

女性がバッと名刺を差し出してくる。

それが呼び水となって。

 

「え、道野?」「もう一人の男性操縦者!?」「先を越された!」

 

続々と企業枠の招待客が翔介の下へ集まり、名刺を差し出してくる。

 

「へっ!? いや、あの!?」

 

「早速なのですが当社のスラスターを見ていただけませんか!? 今の状態より数段上の出力が!」

 

「いや! こちらのライフルなんていかがですか!? 精度はやや落ちますが、速射性は他社にも負けませんよ!」

 

「何を!?」

 

「何ですか!?」

 

目の前で繰り広げられるプレゼン合戦。

それに目を白黒させて困惑する翔介。

 

以前、楯無に忠告された言葉を思い出す。

個人戦績も芳しくなく、専用機も持たない翔介ではあるが、『世界でもう一人の男性IS操縦者』という肩書はそれを別にしても非常に魅力的なブランドだ。

勿論良い結果があることに越したことはないが、広告塔としてこれほどの人物もいない。

企業からしたら何としても自社製品を売り込みたいのだろう。

 

実はこうなることも予想して、出来るだけ楯無たちは翔介を裏方に回したのだがやはり隠しきれるものでもなかった。

 

翔介を囲むようにやいのやいのと声を上げる様子を他の招待客たちも野次馬根性で視線を向けてくる。あまり注目されることに慣れていない彼としてはあまり嬉しくない状況だった。

 

「あ、あの! すみません! 今日は文化祭なのでそう言った勧誘は…!」

 

翔介が沈静化させようと声をかけるも逆効果。

話を聞いてもらえていると受け取ったのか、更にヒートアップさせてしまう。

白熱していくセールストークに目を白黒させる。

流石にその騒ぎが聞こえたようでゲートにいた虚が止めに入ろうと動く。

 

 

 

 

「あ~、少しいいかな?」

 

 

 

詰め寄られる翔介の肩がポンと叩かれる。

そこには長い黒髪に野球帽をかぶり、目元には黒のサングラスをかけた女性がいた。

 

「このご奉仕喫茶というところに行きたいのだけどどこになるかな?」

 

「え…?」

 

「ご奉仕喫茶。一年生の教室みたいなんだけど広くてよくわからなくて」

 

唐突な問いかけに先程まで騒がしかった周囲が静まり返る。そんな場の空気も何の苑と言った様子で女性は翔介に問い掛けてくる。

 

「地図はあるんだけど、実はあまり地図を見るのは得意ではなくて。良ければ案内してしてほしいんだ。いいかな?」

 

いいかな、と言いながらも既に翔介の手を取り校舎へ向かおうとする。

 

「あ、いや! ちょっと待ってください!」

 

あまりにも自然な流れで連れて行こうとしたため、思わずそのまま見過ごしになりそうだったがはたと気づいた企業の招待客が止めに入ってくる。

 

「はい?」

 

「勝手に連れていかれては困ります! 今私たちはビジネスの途中なんですよ」

 

「おや、そうだったのですか。てっきり彼の校舎の案内がとても上手で皆聞いてるのかと思ってしまった」

 

いくらなんでそんな訳はない。だが、黒髪の女性は悪びれることもなく翔介の手を取ったままいけしゃあしゃあと言ってのける。

 

「と、とにかくビジネスの邪魔は…」

 

「ビジネス。彼はまだ学生でしょう。ビジネスの話なんてすることはないでしょう。今日は文化祭。私たちは招待を受けた身だけど主役は学園の生徒。その主役を怯えさせてするのがビジネスではないでしょう。それに、ほら」

 

黒髪の女性が周りに視線を向ける。それに合わせて視線を向ければ一般の招待客や生徒たちが遠巻きに見ている。ゲートの方からは虚の姿も見える。

 

「入り口でこれだけ集まっていれば嫌でも目についてしまう。傍から見て大勢の大人が学生一人に群がる様子はあまり良くは見えないでしょう」

 

企業の招待客がウッと言葉に詰まる。

こういった公の場所で企業の名前で招待された人物が騒ぎを起こせば、それは巡って

企業そのものの評判にもつながる。今このまま翔介を引き入れたとしても世間からの評判や今後のIS学園からの就職先として避けられるようなことになれば将来的に痛手になるのは目に見えている。企業代表の招待とはそう言った責任もあるのだ。

 

「企業の都合も分かりますが、今は学生たちの出し物を楽しみましょう。それでは」

 

黒髪の女性はそれだけ伝えると、翔介と共に校舎の方へと歩いていくのだった。

 

------------------------------------------------

 

黒髪の女性に連れられて翔介は校舎内の階段の隅に来ていた。

校舎内はゲート以上に賑わっている。当然ながら手を引かれているところを数名の女生徒に見られて、先程とは別の意味で恥ずかしい。

 

「よし、ここなら大丈夫かな」

 

「あ、あの、手を…」

 

「ああ、ごめんごめん」

 

気恥ずかしそうに呟く翔介にパッと解放する。

 

「その、ありがとうございました。助けてもらったみたいで」

 

「いや、気にしないで。案内が欲しかったのも事実だし」

 

あのままでもいずれは虚や教師陣が止めに入っていただろうが、第三者だからこそ角の立たないやり方になったのだろう。

それにあの様子なら他の生徒たちに同じような勧誘もしないだろう。

 

「それに囲まれる大変さもよくわかってるつもりだからね」

 

「え?」

 

「ああ、そうだ。まだ名乗っていなかったね。生憎と立場上大っぴらに姿は見せられないから…」

 

そう言いながら黒髪の女性が帽子とサングラスを少しだけ動かす。隠されていた素顔が露になる。

 

 

 

 

 

「初めまして、かな。詩月梢だ。よろしく道野翔介君」

 

 

 

 

 

魅力的な笑みを浮かべる女性。日本中を席巻する歌姫であった。

 

「はひょ…!?」

 

「おっと、声を上げるのはライブの時にしてほしいかな」

 

歌姫の細い指が変な叫び声をあげそうになった口をふさぐ。

辞めてほしい、そんなことをされれば熱烈なファンが壊れてしまう。

 

「なななななななんで僕の名前ををを!?」

 

「IS学園の制服を着た男子生徒となれば自ずと限られるよ。それにもう一人の織斑一夏君はメディア露出もしてるからね」

 

梢の言う通り、夏休み以降一夏はモデルさながらに雑誌の取材や写真が掲載されている。元々代表候補生はそう言った話題性もあるようでセシリアや鈴など他の代表候補生たちも同様だ。

 

そして肝心の翔介であるが、彼はメディアの露出は断っている。それは楯無や千冬も承知している。それは本人の意向もあるが同時に彼が不用意に目立たないようにするためでもあった。彼が持つウルトラマンの力。それが下手に知れ渡れば、彼を別な意味で狙う者も現れる可能性があるからだった。

 

 

まあ、今の彼はそんなことを考えている余裕などあるわけもなく。

 

 

「それに君には前々から会ってみたかったからね」

 

「ほひゅ…!?」

 

世の中、推しに認識されたい者と推しの物語に介入したくない者の二つに分かれている。

かくいう翔介も認識されることなく、推しを見ていたい派閥の人間だ。

だが、いざその推しに名前を憶えられている上に会ってみたかったなどと言われて心臓が止まらない者などいるだろうか。いや、いない。

 

「さて、色々と話したいことはあるけど折角だからどこか休めるところにしたいね」

 

梢はそう言いながら帽子とサングラスを掛け直し、翔介の頬に細い指を添える。

 

 

「それじゃあ案内してくれるかな?」

 

 

「ふへぇ…!?」

 

 

今日、自分はここで死ぬのだろうか。

あまりの出来事に翔介の脳内がぐるぐると回転していく。

 

「さあ、行こうか」

 

またも手を取り、階段を上り始める。

さながらドラマや演劇の男役のようなイケメン具合。

 

 

 

翔介が乙女墜ちするのも時間の問題やもしれない。

 

 

 




本日はここまで。

文化祭も開催され、文化祭編の本筋に入った感じですね。
次回も限界オタクな主人公の姿をお送りしたいと思います。


ウルトラマンデッカー、始まりましたね。
ティガと同様に超古代の神秘さを纏ったトリガーと同じように、ダイナの快活で熱い姿がまさしく令和のダイナそのものですね。
物語も次回からドンドンと動き出しそうですし、目が離せませんね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

89話

何故。

なぜこんなことになってしまったんだ。

 

それぞれのクラスの出し物の呼び込みで賑わう廊下。

その中を翔介が内心混乱しながらガッチガチで歩く。その姿はまるでゼンマイ仕掛けの玩具。それかISに乗り始めて歩くことすらままならない頃の彼自身。

 

その原因は分かっている。

チラリと自分の横を見る。

 

「ほ~、学生の文化祭とは思えないクオリティだね。流石はIS学園」

 

物珍しそうに周囲を見渡す黒髪の女性。

今をときめく歌姫。詩月梢その人である。

突如として目の前に現れ、どうしてか文化祭を一緒に回ることになった訳だが。

普通のファンとして突然こんな状況になって落ち着いていられるファンとしているだろうか。いや、いない。

一息入れるため入った模擬喫茶でも緊張しっぱなしだった。

 

「それで今度はどこを紹介してくれるのかな?」

 

にゅっと急に歌姫が顔を寄せてくる。

ヒュッと翔介の息が止まる。

大ファンに対して軽々しく顔を近づけないでほしい。心臓が止まってしまう。比喩でもなく本当に。

 

「そ、それじゃあ友達のクラスの出し物に行きましょう」

 

気を抜けば変な声を上げてしまいそうなのを堪えながらパンフレットを開く。

次に向かうのは一年四組。ルームメイトの更識簪のクラスだ。

 

「へえ、お友達か。どんな出し物なのかな?」

 

「えっと、ゲームセンターらしいです」

 

文化祭前に簪本人から聞いていた話によればクラス内でもシステム面に特化した生徒たちが主体となって本気で作り上げたゲームを展示しているらしい。最新的なゲームはもちろんアナログなゲームも最新技術を咥えてアレンジしたとか。

 

翔介の説明を聞くとどうやら興味を持ってもらえたようだ。

 

「それじゃあそこに行こうか」

 

そう言って翔介の腰に手を添える梢。息が止まる翔介。

何故、どうして、この歌姫はこんなにもフレンドリーなのか。元よりそういう人柄なのだろうか。

 

梢のエスコートを受けながら二人は一年四組へと向かうことになった。

 

------------------------------------------

 

廊下をやや歩き、たどり着いたのは一年四組。

教室の入り口にはお手製とは思えないようなネオン管のゲームセンターの看板が故郷の駅前を思い出し、懐かしい気分になる。

そんなノスタルジー溢れる作りな割には生徒に限らず、招待客なども次々と教室前の列に並んでいくところを見るとなかなか好評の様だ。

 

「ここだね?」

 

「はい、結構並んでますね」

 

「これは期待大だね」

 

二人はゲームセンターの賑わいを見ながら、列に並ぶ。翔介としてはいつ周囲に梢の正体がバレないかとヒヤヒヤものだが、当の本人はそんな心配もどこ吹く風の様だ。

 

「は~い、こちらゲームの回数券になります~」

 

そうしていると教室の中からなかなか奇抜な衣装の生徒が出てくる。なんとなく昔のロールプレイングゲームのキャラクターの様だ。彼女は列の対応係らしい。女生徒はそのまま並んでいる人々にチケットを渡していき、翔介たちの前まで来る。

 

「おや? 道野君じゃない? 生徒会の見回り?」

 

「うぅん、えっと、この方の案内で…」

 

そう言うと女生徒が梢の方を見る。幾ら変装をしているからとはいえ、こんな間近ではバレてしまうのではないか。

 

「へぇ~。道野君のお姉さん?」

 

「え、あ、いや、そういう訳じゃないんだけど…」

 

どう返事をすればいいのかと苦慮していると、梢がなにやら閃いたようで。

 

 

 

「ああ、私はこの子の恋人だよ」

 

 

 

そう言いながら翔介の頭にポンと手を乗せる。

 

「ほがっ!?」

 

手を乗せられた衝撃なんてないに等しいのに、とんでもない衝撃が翔介の全身を襲う。

目の前の女性との視線も「マジか」と信じられないものを見ている表情だ。

 

「はははは、なんて冗談だよ。私が彼に学園の案内をお願いしたんだ。どうやら生徒会みたいでね。丁度良かったよ」

 

「あ、そう、なんですか」

 

すぐさま梢は訂正してくるが、女生徒の視線は未だに懐疑に満ちているように見える。

 

「あ、じゃあこちら回数券なので順番までお待ちください~」

 

回数券を半ば放るように渡すと、女生徒はすたこらさっさと教室へと戻っていく。

その中であらぬ噂が立つのではないだろうか。

 

「な、何を…!?」

 

言っているんですか、と視線で投げかける。

 

「ははは、君はからかい甲斐があるね」

 

それに対してカラカラと笑う梢。

そんなにファンの心をいじって楽しいか。勘弁してほしいものである。

何故だかドッと疲れながらも自分たちの順番を待つことにした。

 

-------------------------------------------

 

「おめでとうございます! ゲームクリアです!」

 

女生徒がそう告げると招待客の子供は嬉しそうに親と一緒に次の出店に向かっていく。それを簪は視線で見送る。

 

「いやぁ~、大盛況大盛況!」

 

「飲食店で出店が被ってるからあえて外してみたけど、これは上手い事ハマったねぇ」

 

「これで最優秀賞取れたら…」

 

「織斑君が…」

 

そう言ってニマニマコソコソするクラスメイト達。

文化祭裏で密かに語られている噂の事だろう。

恐らくは生徒会、もっと言えば姉である更識楯無の差し金だろう。

またとんでもない思い付きに巻き込まれてしまった一夏が哀れである。

 

「ちょっとちょっと! ニュースニュース!」

 

そうしていると入り口の方から列の対応係だった女生徒が慌てた様子で入ってくる。

なにやら興奮した様子だが、簪は気に留めずにゲームの準備をしていく。

 

「何、どうしたの?」

 

「今さっきね! そこで道野君がいたんだけどね!」

 

ピクリ。女生徒の口から翔介の名前が出てきたところで反応する。

どうやら翔介が自分のクラスに遊びに来ているようだ。

始まる前に暇があれば遊びに来いと伝えていたが、割とすぐに来るとは義理堅いものだ。

本当はルール違反だが少しゲームのコツでも教えてあげてもいいかもしれない。

 

 

 

 

「それでね! なんか綺麗な女の人と一緒にいて『恋人だよ』って!」

 

 

 

「………………………」

 

 

-------------------------------------

 

列に並んで待つこと十数分。

翔介たちは案内係に促され、一年四組の教室に入室する。

教室内は様々なゲームが用意されている。いずれも招待客たちの反応から見る限り完成度は高いようだ。

 

「いやぁ、すごいねぇ」

 

隣にいる梢が感嘆の声をあげる。

 

「本当に。想像以上だ」

 

翔介もその盛況具合に感心している。何故だが周りの女子生徒たちが静かにキャーキャー言っているのが気になるが。

 

「それでどれをやってみようか?」

 

「えっと~…」

 

キョロキョロとゲームを眺めていくと。

 

「あ、更識さんだ」

 

見知った顔を見つけて顔をほころばせる。

二人で彼女が担当しているゲームの前に行く。

 

「いらっしゃい」

 

翔介たちに気付いた簪が出迎える。

 

「お疲れ様、更識さん。これはどんなゲームなの?」

 

目の前にあるのは六つの穴があり、玩具のハンマーが添えられている。

 

「モグラ叩き」

 

ゲームセンターの定番だ。

 

「ただのモグラ叩きじゃないよ」

 

そう言って簪が空間ディスプレイを表示させると、コンソールを操作する。

すると目の前にある穴からサングラスを掛けたモグラが現れ、意地悪そうに笑っている。どこか昔のアニメ調だ。

 

「立体映像か。これはハイテクだね」

 

「モグラは私が操作する。私とプレイヤーでの勝負」

 

「それじゃあ翔介君。君のお手並み拝見と行こうか」

 

「え、良いんですか?」

 

「ああ、私は見ているだけで十分だよ」

 

そう言ってニコッと笑う。

だから不用意に笑顔を向けないでいただきたい。心臓がびっくりする。

 

「……………それじゃあやるならそのハンマー持って」

 

簪に促されるままにハンマーを手にする。

 

「よーし、頑張るよ」

 

意気込んでハンマーを構える。

簪がコンソールを操作する。空中にカウントが表示される。

そしてゲーム開始のカウントダウンが始まる。

 

身構える翔介。

 

 

『GAME START!』

 

 

その表記と同時に穴の中からモグラが現れる。

翔介は出てきたモグラにハンマーを振り下ろす。しかし、ハンマーが当たる直前でモグラが引っ込む。

 

「あら、惜しい」

 

「も、もう一度…!」

 

気を取り直して、もう一度構える。

ひょこッと次のモグラが現れる。すかさずもう一度ハンマーを振り下ろす。

すぐに引っ込むモグラ。

 

「………」

 

出てくるモグラ。ハンマーを振り下ろす。引っ込むモグラ。

モグラ、ハンマー、逃げるモグラ。モグラ、ハンマー、逃げるモグラ……。

 

そして無常なる『GAME SET』の表示。

 

翔介のスコアは『ゼロ』

 

「………………」

 

「………………」

 

簪をジッと見つめる翔介。

フイっと視線を背ける簪。

 

明らかな…明らかな作意を感じる。

 

「アッハッハッハ! 残念だったね」

 

梢が心底楽しそうに笑っている。

ゲストが楽しんでくれているのは良い事だが、かなりみっともないところを見せてしまった。

 

「ほらほら、切り替えて次のゲームに行こう」

 

「う~…」

 

梢に促されてトボトボと次なるゲームへと移動していった。

去り際に梢がチラリと簪に笑みを浮かべた。

 

 

 

少し、いやかなり大人気なかっただろうか。

だが悪いのは翔介だ。確かに文化祭が始まったら自分のクラスの出し物に遊びに来てほしいとは言った。

言いはしたが女性連れで、とは一言も言っていない。

いや、別に翔介が誰と来ても簪には関係ないのだが。うん、関係ない。

 

 

関係ない、はずだが。

 

 

どうにも釈然と、すっきりとしない。

翔介と一緒にいた女性。知らない人物だった。彼の従姉たちとも違う全く知らない人間。

何故だか妙に彼と仲が良く、距離が近い。

どうにもモヤモヤする。

それに去り際に自分をチラリと見て笑っていた。その笑みは簪を揶揄っている訳でも、嘲笑している訳でもないように見えた。

こちらの心の内を見透かすような、それでいて微笑ましいものを見るような。どこか姉である楯無を思い起こさせる。

 

それが逆に心をモヤモヤさせる。

どうしてこんな気持ちになるのかさっぱりわからない。

 

わからないが、どうにも切ない気持ちになる簪だった。

 

 

 




本日はここまで。

ウルトラマンデッカー、5話まで毎週楽しみに見てます。
毎回1話完結でとても見やすく、面白いですね。
最近では何かと不幸な目に遭いがちなエレキングも今回ではしっかりと幸せな結末で良かったです。
今後の展開がとても楽しみですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

90話

「うぅぅ……」

 

翔介が一年四組のゲームセンターから出てくる。

あのモグラ叩き以降、他のゲームに挑戦するもその度に簪が立ちはだかりことごとく跳ね返されてしまった。

 

あの子はどうして文化祭の出し物であそこまで本気を出してきたのか。

いや、そもそもあの難易度だったのは自分だけだったような? 他の招待客は割とソコソコな難易度で楽しんでいたような?

 

「あっはっはっは! 最高難度だったね!」

 

同行者である梢本人は凄く楽しそうである。

楽しんでもらえたなら何よりではあるのだが格好が付かなすぎる。

 

「すいません…」

 

「いやいや、見てて本当に楽しかったよ」

 

目に涙を浮かべるほどに笑っている梢。

推している歌姫にこんなに笑ってもらえて良かったような、悪かったような。

 

「あ~、笑った笑った。さて、次はどこに行こうか?」

 

「次ですか。それじゃあ…」

 

次の目的地を探すためにパンフレットを開いていると。

 

「あ、いたわね。翔介君」

 

「お師匠さま?」

 

廊下の先から楯無がこちらに向かってくる。

 

「探したわよ。携帯にも電話したのよ?」

 

そう言われて翔介は自分の携帯を取り出す。確かに楯無から何度か着信があったようだ。

 

「ごめんなさい、気付かなく…何か用事がありましたか?」

 

「虚ちゃんから連絡があったのよ。企業の人たちに囲まれたって聞いたのよ。しかもその後連れられて行っちゃったていうから」

 

それでわざわざ探しに来てくれたようだ。

普段はからかってくるが、こういうところは面倒見がいいのだ。

そして楯無は翔介の隣に立つ女性に目を向ける。やや警戒してるように見えるのは虚からの報告のこともあるからだろう。

 

「翔介君、彼女が生徒会長の?」

 

「はい、更識楯無会長です」

 

「そうか、それならいいかな」

 

そう言って梢は楯無の前で帽子とサングラスを少しだけずらす。

現れたのは歌姫の素顔。

 

「なっ…!」

 

流石の楯無も驚きの表情を見せる。まさかサプライズゲストが校内を変装して見学しているとは思わなかったのだろう。

翔介も想定もしていなかった。

 

「連絡もなしに来てごめんね。だけどIS学園の文化祭なんて見学する機会もほとんどないからどうしても見てみたくて。あ、招待状に関してはちゃんと正規で貰ってるから心配しないで」

 

そう言いながらすぐにサングラスと帽子を戻す。素顔を見せたのも本当に一瞬のため周りにバレることはなさそうだ。

楯無が驚きの表情のまま翔介に視線を向ける。

 

「ど、どういう事なの?」

 

「僕もさっぱりです。でも助けてくれて、そのまま案内することに…」

 

「あっはっは、お陰で楽しく回れたよ」

 

そう言ってにこやかに答える梢。その自由度はもはや楯無を越えている可能性がある。

 

「そうだったのね…それならこのまま案内をって思ったけど。翔介君はそろそろ生徒会の仕事の時間だったから」

 

「あ…そうですか…」

 

どうやら夢のような時間も終わりのようだ。

色々と気が休まらないことも多かったが、いざ終わりの時間が来るとなれば物寂しい気持ちになる。

それでも生徒会の仕事があるのであれば仕方ない。楯無や虚、それに他の生徒たちもそれぞれ文化祭でやるべき仕事をしているのだ。自分もずっと遊んでいるわけにもいかないだろう。

 

「そうだったんだね。それなら私も見学はここまでにしようか」

 

「すいません。もっとゆっくり観て行っていただきたかったのですが」

 

楯無が謝る。それに対して梢も手を振る。

 

「いいよ、十分楽しめたから。ああ、その代わり最後に少しだけ彼の時間をもらってもいいかな?」

 

そう言いながら梢が翔介を見る。翔介は楯無に視線で確認を取ると、首肯で答えてくる。どうやらそれくらいの時間は貰えるようだ。

 

「それじゃあゲートまでお願いしていいかな?」

 

「は、はい!」

 

「それじゃあ終わったら生徒会室まで来てね」

 

楯無に見送られながら二人はゲートへと向かっていった。

 

-------------------------------------------

 

今だ賑わいを見せている文化祭中の学園内を抜けて、翔介と梢は最初に出会ったゲート前へと戻ってきた。

初めはまた囲まれるのではと警戒もしていたが今は企業関係の招待客はいないようだ。元々この学園には一夏や翔介以外にも注目するべき生徒は多い。今はそちらに行っているのだろう。

 

「ここまででいいよ」

 

少しゲートから離れた場所で梢がくるりと翔介の方へと振り返る。

 

「今日はありがとうね。お陰で楽しかったよ」

 

「いえ、もっと案内したかったですけど」

 

かなり情けない姿を見せたので正直忘れてほしいところもあるが、一人のファンとしてはご褒美以外の何物でもないが。

 

「本当にIS学園は楽しい場所だね。私にはISの適性はなかったからこんな形で来れるとは思わなかった」

 

そう言いながらどこか羨ましそうな視線で学園を見渡している。

すっかり忘れていたが、男性は言わずもがなとして全ての女性にISの適性があるわけではない。適正者ばかり、それも実力者ばかりに囲まれているから忘れがちではあったが。

ISが普及するようになってから全国的にも適性検査が行われたが、当然ながら適性がある者もいれば適性のない者もいる。ちなみに従姉二人は適性が合ったもののIS学園の試験は受けなかった。二人ともISには興味は示さなかったのと他に目標があったためのようだ。それと、単純に可愛い従弟を放っておけなかったというのもあるようだがそれは当の翔介は与り知らないところである。

 

「若いとは素晴らしいね」

 

若いと言っても梢本人も十分若者に値する年齢ではあるが、それでも高校生という年齢は十分若いといえるのだろう。

 

「さて、道野翔介君」

 

改めて名前を呼ばれる。

 

 

 

「君はこの学園生活は楽しいかい?」

 

 

 

この質問をされるのは何度目だろうか。

問い質されるたびに思い返されるのはこれまでの思い出。楽しい思い出も、苦しい思い出もたくさんあった。大半は大変な思い出しかないが。

 

「はい!」

 

何度問われてもそれだけは胸を張って言える。

 

「そっか。それなら良かった」

 

サングラスの奥の目が優し気な表情を浮かべる。

 

「君は多くの人と繋がりを持っている。その繋がりは絶対に守る事だよ」

 

「…僕に出来るかな…僕一人の力なんかで…」

 

どんな時も誰かに助けられてきた。これまでの半年間いつだって誰かに助けられながらどうにか今日までやってこれたのだ。友達を救うことができたのもいつだってウルトラマンの力があったからだ。

言ってしまえば周囲に、そして運に恵まれていたに過ぎない。

 

「そんなことはないさ。例えか弱い力だったとしても、君がいたから変えられたこと、動かせたことだってあるはずだよ」

 

梢の手が翔介の頭に置かれる。

まるで母親が子供をあやす様な仕草だ。

 

「あの…梢さんはどうして僕にそんなに…?」

 

優しくしてくれるのだろうか。

ファンに対する優しさや彼女の人の良さとも違う、何か別のものを感じる。

お世辞でもなく、心からそう思っているのも彼女の言葉から感じられる。

 

「…若い子には助言をしたくなるのさ、大人はね」

 

そう言いながら手を下ろす。

何かはぐらかされているようにも思えるが。

ふと梢の携帯に着信が入る。それをチラリと見ると。

 

「どうやら迎えが来たみたいだね。それじゃあ私は行くよ。明日のライブ楽しみにしていてくれ」

 

歌姫は最後に彼の肩をポンと励ますように叩くと、ゲートを抜けていくのだった。

 

-------------------------------------

 

ゲートを抜けて、IS学園前駅まで歩いていく。多くの人々と行き交う中、堂々と往来の真ん中を歩いていく詩月梢。

一度正体がバレればたちまち囲まれてしまうだろうが、変にコソコソする方がバレる確率は多いため、いっそ堂々とした方が身バレしないというのは彼女の長年の芸能生活で学んだものだ。

正直梢としては身バレしてもいくらでもファンサービスは断らない派ではあるが、今ここでバレれば学園側に迷惑がかかるだろうし、何より次の日のサプライズゲストの件が台無しになってしまう可能性もある。

ファンの期待を裏切らない。それが彼女のモットーだ。

 

細心の注意を払いながら駅前に到着すると、駅前の駐車場に車が一台止まっている。梢はそのまま車に近づき、その後部座席に乗車する。

 

「お待たせ、丸さん。急にわがまま言ってごめんね」

 

「やれやれ、いくら変装しているからと言って大勢の人がいる中に一人で行くのはあまり感心しないですよ」

 

運転席に座る中年の男性。丸さんこと、丸山浩二。詩月梢がデビュー前から二人三脚で芸能界の荒波を潜り抜けてきたマネージャーだ。

何かと型破りなことをしがちな梢の行動に毎回肝を冷やしながらも助力してくれる彼女の頼れるパートナーだ。

今日の文化祭へのお忍び訪問も彼が抑えていてくれた関係者用の招待状を使用してきたものだ。

 

「あっはっは、ごめんごめん。はい、お土産」

 

ごめんと言いながらもあまり反省の色がない梢は笑いながら文化祭での出店で買ったたこ焼きを差し入れる。

 

「もう…それでどうでした?」

 

「どうって?」

 

「楽しめましたか?」

 

呆れながらも問い掛ける丸山に梢は二ッと笑う。

 

「ああ、楽しめたよ。会いたい子にも会えたからね」

 

「会いたい子…確か道野翔介君、でしたっけ? もう一人のIS男性操縦者の。珍しいですね、梢さんがそこまで特定の人に入れ込むの」

 

「そうかな?」

 

「ええ、梢さんはファンやお偉方への対応は完璧ですけど、そこまで特定の誰かに対して興味を示すことはあまりなかったじゃないですか」

 

「その言い方だとまるで私が人に興味がないみたいな言い方じゃないか」

 

丸山の言葉にやや不機嫌な表情を浮かべる。彼女としては全てのファンも業界人も一律に大切にしているつもりなのだが。

 

「いえいえ、悪いという意味ではないですよ。でもほら、あなたは今まで大勢の歌姫であることを是としていましたから」

 

自分のファンに貴賤も上下もなし。自分を応援してくれる人たちは誰もが大切な存在である。それは詩月梢の揺るがない信念だった。

だが、だからこそ全ての人を同様に扱うことはあっても誰か特定の人に興味を向けることがなかったのも確かではあった。

 

「やはり世界に二人しかいないとなると気になりますか?」

 

「あっはっは、そんなんじゃないですよ」

 

梢はそう言いながら車窓から遠くに見えるIS学園を見つめる。今頃、生徒会の仕事で慌ただしく働いている頃だろうか。

 

「強いて言うなら…彼に背中を押してもらったんですよ」

 

「背中を? どういうことです?」

 

タコ焼きを頬張りながらバッグミラーからこちらを見てくる丸山。

 

 

 

「…………秘密」

 

 

 

梢はそう言って悪戯っ子のように笑みを浮かべた。

 

歌姫として歩み続けていた自分が初めて足を止めてしまったあの時。自分の可能性を試したいと思いながらも、及び腰になってしまっていたあの時。

彼の一言が背中を押してくれた。

 

 

『やりたいことに真正面から向かっていくカッコいい大人』

 

 

あの少年は自分に自信がまだ持てていないのだろう。でもあの少年は知らない。間違いなくここに一人。彼に力を、勇気をもらった者がいることを。

 

 

「あの子は良い男になるよ、きっと」

 

 

詩月梢、改め木ノ崎奏は頬杖を着きながらそう呟いた。

 

 




本日はここまで。

次回からは文化祭編クライマックスに向かっていきます。


前回の更新からお気に入り登録やしおり、そして評価が信じられない伸びをしてウルトラびっくりしております。
お盆休みの時期で丁度よかったのだろうかぁ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

91話

衝撃的な歌姫の訪問から一日が経った。

今日は文化祭二日目。前日と同じように今日も多くの招待客で賑わっている。

文化祭最後のステージでは詩月梢のサプライズライブが待っている。

詳細は他の生徒たちには伏せられており、それを知っているのは生徒会メンバーと教師陣のみだ。

生徒会メンバーである翔介からしたら前日の突撃訪問から既に心穏やかではないが。

 

「それじゃあ翔介君。あと一時間でゲストが到着するからエスコートお願いするわね」

 

「は、はい」

 

「そこまで緊張する必要はないでしょ? 昨日も会ったのだから」

 

「そ、それはそれなので…!」

 

前日にまさかのプライベートエスコートをした訳だが、それとこれとはまた別。相手が相手なだけに緊張するなという方が無理な話である。

一ファンとなれば尚更だ。そんな彼の心情を知ってか知らずか楯無は笑みを浮かべる。

 

「大丈夫よ。あなたは彼女のお気に入りみたいだし」

 

「お気に入りなんて…」

 

「大勢のファン中の一人であるあなたの名前を知ってて、しかもお忍びで文化祭に来てわざわざあなたを案内役にしたのに?」

 

そんな対応を任されるのにお気に入りでない訳がないだろう。なまじお気に入りとまではいかなくても好意的でなければそんなことは頼まない。

 

「それに当日のエスコートの立候補したのは翔介君でしょ? ソワソワしないで頑張りなさい」

 

「は、はい!」

 

楯無の叱咤にまだ緊張色濃い様子だが、気合を入れ直す翔介。

それにしても本当にどうして翔介だったのだろうか。楯無の脳裏に浮かぶ疑問。確かに翔介は世界でISを動かせるただ二人の男性だ。顔出しこそしていないものの、名前自体は広く知れ渡っている。

だとしても、あくまで一ファンである彼に対してそんなにも好意的に慣れる物だろうか。それともどこか別の場所で出会ったことがあるのだろうか。

 

「あ、お師匠さま」

 

ふと翔介に声を掛けられる。

 

「こず…ゲストが来るまで何か仕事でも…」

 

「駄目よ。ゲストが来た時に仕事が詰まってたら申し訳ないでしょ。それに昨日からもずっと今日の段取りで休んでないでしょ? 丁度いいから一時間だけゆっくり過ごしなさい」

 

手持ち無沙汰にならないように何か仕事をしようとする翔介に楯無がぴしゃりとストップをかける。

弟子がワーカーホリックになってしまわないようにするのも師匠の役目。

 

「で、でも…」

 

「やることは全部やった。準備も段取りも何度も見直した。急なトラブルが起きたらそれに落ち着いて対処すればいいの。だから今は休むこと」

 

何より、と続ける。

 

「あなたが頑張って走り回った文化祭なのだから。あなたも楽しまなきゃダメじゃない」

 

小さい子供に言って聞かせるような、普段から姉である楯無からすれば弟に言い聞かせるように語り掛ける。

それには翔介も納得したのかそれ以上何か仕事を、と続けることはなかった。

 

「………だったらお師匠さまもじゃないですか?」

 

「…………」

 

「シークレットライブとか、あのイベントとか、色々な手続きは全部お師匠さまが引き受けてくれたじゃないですか。一番働いてたのは間違いなくお師匠さまですよ。昨日はお師匠さまだってほとんど休みなかったし」

 

「私は~…ほら、この後のこともあるし」

 

まさかのカウンターに目を泳がせる楯無。

すると。

 

「良いじゃないですか。道野君の言うとおりですよ」

 

「虚ちゃん!?」

 

「会長。休みなく仕事をしているという事なら間違いなく会長がオーバーワークです。丁度いい機会ですから道野君と一緒に休憩してきてください」

 

そう言いながらタブレット端末を操作する姿は出来るキャリアウーマンのようだ。いや、学生ではあるが既にやり手なのは間違いない。

 

「で、でも虚ちゃん? この後の一夏君メインのイベントの最終確認を…!」

 

「準備も段取りも何度も見直しました。急なトラブルには落ち着いて対処すればいい、ですよね?」

 

「うぅ…!」

 

つい数分前の自分の発言がそのまま返ってきた。言った本人がそれを反故にするわけにはいかない。

 

「分かったわよ…」

 

「それではお二人とも一時間後には戻ってくるように」

 

「わかりました」

 

虚に見送られながら渋々と言った様子の楯無と一緒に翔介は今日も賑わう校舎に向かっていった。

 

-----------------------------------------------------

 

一時間の休憩をもらった二人はクラス出し物のカフェの中にいた。ちなみにここは和装を主体とした和風喫茶となっている。

文化祭の出し物の中でも競争率の高かった喫茶店の中でも人気の出し物だ。

 

ちなみにゲーム系の出し物は楯無が軒並み制覇してしまうため出禁になってしまったとか。そのクラスに入ろうとした瞬間にやんわりと追い返された。

その為は入れるのが喫茶店のような模擬店や展示系のものしかなかった。

それでも十分楽しめている辺りIS学園の文化祭のレベルの高さがよくわかる。

 

「お待たせしましたー! 抹茶フラペチーノお二つです」

 

そう言って持ってきたドリンクを和装をした生徒が置いていく。和風と言いながらもメニューは結構今時である。クリームもモリモリである。

それを二人で飲む。窓側の席から見える校門からは今日も大勢の人が訪れている。

 

「もう…虚ちゃんめ」

 

まだ納得していないのかブツブツと言いながら抹茶フラペチーノのストローを咥える。

それを宥める翔介。

 

「まあまあ」

 

「虚ちゃんも強引よ。私は生徒会長として文化祭が成功する様に気を付けないといけないのに…」

 

文化祭はIS学園の生徒全員で作り上げた文化祭。まかり間違っても問題が起こってはいけない。生徒たちの長として文化祭の成功のために気を張らなければならないのだ。それが彼女の責任なのだから。

 

「確かに僕たちは生徒会だから色々気を付けないといけないですけど…」

 

翔介も抹茶をくるくると混ぜながら一口。

 

「だけど、僕は楽しいですよ」

 

「楽しい?」

 

「こうやってお師匠さまと二人でゆっくり話すのってあまりなかったから」

 

入学当初から翔介の師匠としてISの指導を行ってきた楯無だが、よくよく思い出してみればISも何も関係なく二人きりで談笑するという経験はあまりなかったかもしれない。二人きりで出掛けたと言っても科特研だったりとやはりIS関連。良くて詩月梢のライブに出掛けた時くらいだろうか。

 

「……まあ、そうね」

 

ゆったりと抹茶フラペチーノクリーム盛を飲む翔介を見ながら、やがて諦めたように自身も飲み物に口を付けながら、窓の外を見る。

見渡す限りの人、人、人。どの人もみんな笑顔だ。それだけでも今年の文化祭を楽しんでもらっているのが分かる。

準備をしてきた文化祭が笑顔で包まれている様子を見れば楯無の苦労も報われる。

勿論、大変だったのは楯無だけではなく、自分以外の生徒会役員、そして生徒全員だ。だからこそ生徒も招待客全員も楽しんでいる光景は彼女にとって何よりの報酬だった。

 

そしてそんな時にふと目の前のフラペチーノのクリームに苦戦している少年に聞いてみたいことができた。

 

「翔介君」

 

「はい?」

 

「今、楽しい?」

 

唐突な質問にグラスを傾ける手が止まる翔介。

 

「今って文化祭ですか?」

 

「それもあるけど…今日までの学園生活よ」

 

つい先日も同じ質問をされた気がする。

そんなに自分は苦労しているように見えるのだろうか。

いや、苦労はしているのだろう。

 

何度聞かれても思い出される修羅場、修羅場、修羅場。

本当によくここまで五体満足でいられたものである。

 

それでも答えはいつも同じ。

 

「楽しいですよ。大変なこともあるけど、毎日色んなことがあって。一日一日出来ることが増えていくみたいな」

 

小さな事だとしてもできることが増える。それが翔介にとっては日々の彩りとなっていた。

 

何よりも。

 

「やっぱり初めて空を飛んだ時。あの時、本当に楽しいって思えました」

 

クラス代表決めの試合の土壇場で大空に飛び出したあの時の景色は今でもよく覚えている。

 

「……そう」

 

「お師匠さまのお陰ですよ?」

 

「え?」

 

「お師匠さまがいつだって真剣に訓練をしてくれたから僕は空も飛べるようになったんですよ」

 

少し手加減をしてほしい時もあるけど、と苦笑する翔介。

 

「だから」

 

 

 

「ありがとうございます。お師匠さま」

 

 

 

真っ直ぐな感謝が自分に向けられている。

何故だか文化祭の喧騒が聞こえなくなっていく。ただ目の前の少年の言葉だけが妙に耳に残る。

 

「……ねえ、しょうす…」

 

楯無が声を発する直前、翔介の携帯が鳴る。チラリとそれを確認する翔介。

 

「あ、布仏先輩からです。そろそろ時間みたいなので僕先に行きますね」

 

「え、ええ…」

 

そう言うと楯無に一礼して教室を出ていく。

その背中を見送る。姿が見えなくなると先程まで聞こえなかった文化祭の賑わいが戻ってくる。

 

やがて楯無は一人、抹茶を飲みながら頬杖を着いて窓の外を見る。

最近、どうにも突発的に思考が揺らぐ時がある。まるで自分の中にもう一人の自分がいてそのもう一人の自分が急にコントロールを奪ってくる。

 

「私、何を聞こうとしたのかしら」

 

誰に言うともなく、楯無の言葉は喧騒の中に消えていった。

 

 




本日はここまで。

またまた期間が開いてしまいましたが、こんな感じでちょこちょこと交信できればと思います。


ここ数年の円谷プロの快進撃が止まらず、嬉しい私。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

92話

「あわわわわ……」

 

「道野君、しっかり」

 

緊張して固まっている翔介に付き添いの虚が声をかける。

しっかりしないといけないのは分かっているが、そうもいかない。

 

何故なら。

 

「初めまして、で良いのかな? 詩月梢です。よろしくお願いします」

 

そう言って悪戯っぽく笑う最推しが目の前にいるからである。

 

現在、翔介たちは応接室にて文化祭のオオトリであるサプライズライブのための最後の打ち合わせのために集まっていた。

自分から立候補した役目であるが、とんでもない緊張感である。

 

昨日、別の意味でサプライズ訪問され、会ったばかりだがそれはそれ、これはこれである。

 

「こ、こここちらこそ、この度ははは…!」

 

ガッチガチギッチギチゴッチゴチな翔介。

すると梢の隣に立つ中年の男性が近づいてくる。

 

「そんなに緊張なさらず。あまり固まっていると周りにバレてしまいますよ」

 

「は、はいぃ…え、えっと…?」

 

「申し遅れました。私は丸山浩二です。詩月梢のマネージャーをしております」

 

そう言って丸山は名刺を差し出す。翔介はわたわたとしながらそれを受け取る。

そんな彼を丸山がマジマジと見つめる。

 

「あ、あの…?」

 

「ああ、すいません。梢が興味を持っている男の子がどんな子かと思いまして」

 

「丸さん」

 

はははっと苦笑いをする丸山。

そこをコホンと咳払いをして虚が話を進める。

 

「それでは本日の予定の方を道野の方から説明させていただきます」

 

そう言って翔介を促す。

 

「は、はい! そ、それでは本日の予定を説明させていただきます」

 

緊張の面持ちを見せながらもタブレットを使用しながらスケジュールを説明を始める。

詩月梢によるサプライズライブは文化祭の閉会式直前に行われることとなっている。会場はかつてクラス代表戦などが行われたアリーナ。現在はとあるイベントで使用されており、それが終わったらすぐさま会場設営となる。

その間、リハーサルは使用していないアリーナで行い、設営が終われば本番のアリーナに移動し閉会式の直前でサプライズでライブを始めるというのが大まかな流れになっている。

 

「気を付けたいのはこのライブはサプライズですので、本番まで他の生徒にバレないようにすることです」

 

「ですが、ここからアリーナまでは結構距離があるみたいですが?」

 

「そこは格納庫のIS搬入通路を使用してアリーナまでは行きます。そこまでのルートは文化祭中は使用されないルートです。一応、移動中は気を付ける必要はあると思いますが」

 

折角のサプライズライブ、バレてしまうのは勿体ない。

 

「わかりました。それじゃあ、そこまでの案内も彼がしてくれるんですね。よろしくね、道野翔介君」

 

「は、はい!」

 

梢の目配せにビシッと背筋が伸びる。ライブが終わるまでエスコートをすることが今日の翔介の大仕事だ。身が引き締まる思いだ。

 

「それでは早速ですが道野君。お二人のエスコートをお願いしますね。私はクラスの出し物の巡回をしてきます」

 

「わかりました」

 

そういうと虚は梢たちに一礼をして退出する。彼女には文化祭の巡回と一緒に移動までの人払いなどの役目も担っているのだ。

退出してから数分後に翔介は二人を先導しながら応接室を退出した。

 

----------------------------------------------------

 

道中はイベントの計画通りに生徒が通らないルートを選んだため、ほとんどすれ違う事もなく移動ができた。勿論、虚や教師陣などの協力のもと人払いがしっかりされているという事だ。

それでも遠くからは文化祭の賑わいが耳に届いてくる。

今日もIS学園の文化祭は大盛況だ。

 

「こちらです。少し足元が悪くなるので気を付けてください」

 

学園の格納庫まで来ると、翔介は格納庫へと降りる階段を前に梢に手を差し出す。

 

「あら、紳士的ね」

 

そう笑いながらその手を取りながら梢は段差を下りていく。

まあ、これは楯無に指導されたものなのだが。翔介としては手汗が梢の手につかないだろうかと気が気でないが。

 

「へえ、流石はIS学園ね。学校なのに立派な設備が整ってるのね」

 

「はい、日本で唯一ですから。今日は誰もいないですけど」

 

格納庫を見渡しながら感心したように呟く。ISと関りの少ない人からすれば珍しい光景なのだろう。

普段であれば整備士志望の生徒たちがISの整備をしている場所であるが文化祭で賑わう今日はいない。

 

 

 

「翔介?」

 

 

 

いない、はずだったのだが。

 

「え、更識さん!?」

 

何故、そこにいるのか更識簪。

予想だにしない会合に仰天する翔介。

 

「どうしてここに!?」

 

「クラス出し物のシフトが午後からだから、少しだけISの調整に来たの。翔介こそどうして……」

 

そう言う簪が翔介の後ろに立つ梢に視線を送る。

服装などは違うが、間違いなく昨日クラス出し物のゲームセンターに翔介と一緒に来た女性だ。

そうと分かると簪の眉間にうっすらと皺が寄る。

 

「その人、誰? ここは関係者以外立ち入り禁止のはずだけど」

 

「え、あ、えっとね!?」

 

どうする、どうすればいい。

頭の中がグルグルと思考を巡らすが、一向に何も思い浮かばない。

どうして文化祭という学校行事の最中にISの調整なんてしているのか、このストイックさんめ。

なんて言えるはずもなく、ワタワタオロオロ。

そんな翔介をさらに訝し気な表情で近づく簪。ここからがっちり問い質すつもりなのだろう。

 

すると、後ろからクスッと笑い声が聞こえたかと思うと控えていた梢が簪の前に出る。

 

「どちら様ですか?」

 

言葉の端々に棘を感じる。そんな彼女の背後には牙をむき出しにして、毛を逆立てている三毛猫が見える。

 

「いや、申し訳ない。彼を怒らないであげてほしい。彼は私たちのために案内をしてくれたんだ」

 

「…それはどういう…」

 

簪が問い返そうとすると、梢が変装用に着用していたサングラスを外す。

しかめっ面の簪もその素顔を見ると、目を丸くする。

 

「詩月梢…?」

 

「初めまして。ああ、静かに頼むよ」

 

口元に人差し指を当てる梢。

簪は今度は驚きの表情で翔介の方を見やる。

 

「最後のイベントで…」

 

「そうなんだよ、だからお願い! この事は誰にも言わないで!」

 

そう言って手を合わせて必死に懇願する。

思い返してみれば、詩月梢のライブの話は楯無との会話の中でも聞いていた。

そうなればサプライズイベントのため、秘密裏に移動する必要がある。当日は使用されていないはずのIS搬入通路を使うのも納得できる。

生徒会主催であるならば間違いなく姉の楯無が関わっているだろうことも容易に想像できる。

 

しかし、彼女には一つだけ疑問が残っていた。

 

「今日、ここにいるのはわかったけど。じゃあ、昨日はなんでいたの」

 

「へ?」

 

「サプライズのイベントなら昨日文化祭を一緒に楽しんでるのはおかしいと思うのだけど。それも特に関りのない筈の翔介と一緒に回って」

 

何も言い返せないド正論。秘密にしたいはずなのに、なんでわざわざ見つかる可能性がありそうなことをしたのか。

正直、翔介自身も訳が分かってはいないのだが。

そうしていると、ポケットの携帯から着信音が鳴る。チラリと相手を見るとどうやら一夏からの様だ。

確か、今の時間は『アレ』の真っ最中であるはず。状況も状況なため、着信を切ろうとすると。

 

「急ぎかもしれないじゃないか。私がこの子に説明をしておくから出てあげなさい」

 

「でも…」

 

「良いから」

 

有無を言わさず梢の細い指が通話ボタンを押す。

慌てて携帯を耳に当てると。

 

 

「しょ、翔介か!? た、助けてくれぇ!!」

 

 

開口一番に悲痛なSOS。

 

「ど、どうしたの、織斑君」

 

「どうしたも! お前、このこと知ってただろ!?」

 

申し訳ないが、その通りである。

 

今、織斑一夏が巻き込まれているのは『演劇』だ。

それもただの演劇ではない『観客参加型演劇』。生徒会主催の出し物だ。ちなみに演目はシンデレラなのだが…。

演劇とは名ばかりで実際のところは王子様役である一夏の王冠から機密文書を奪い取るという血で血を洗うかの如き争奪戦ゲームだ。

見事に王冠を手に入れた生徒には織斑一夏と同室同居の権利を生徒会長権限で与えるというこれまた火に油、いやニトロを注ぐような条件だ。

 

通話の奥から銃声やら金属と金属がぶつかり合う音が聞こえてくる。まるで、というよりもはや戦場そのもの。阿鼻叫喚である。

 

「なんでもいいから助けてくれ! シャルが助けてくれるけど、箒たちだけじゃなくて他の生徒まで混じってきて…」

 

と言いかけたところで、ブツっと通話が切れた。充電が切れたかのか、はたまた形態が真っ二つにされたか。

 

どちらにせよ。

 

「織斑君、ごめんねぇ…」

 

生徒会長の凶行を止めることのできなかった謝罪を口にするしかできなかった。

 

----------------------------------

 

翔介が一夏からのSOSコールを受けている間。

それを横目に見ながら梢は簪を手招きする。

 

「彼も忙しいね」

 

「…はい」

 

「やっぱり学園で二人しかいない男の子だと色々頼られたりするのかな?」

 

「それは、男の子だからじゃなくて翔介だからだと思います」

 

簪の答えにそうかそうか、と嬉しそうにうなずく梢。

どうして、この歌姫は一ファンでしかないはずの翔介をそんなに気にするのか。

 

「あの」

 

「ん?」

 

「何が目的なんですか?」

 

簪の瞳が梢を見据える。

 

「何ってサプライズライブだよ」

 

「それは分かります。どうして翔介だったんですか?」

 

ライブのために来たのは言うまでもなくわかっている。彼女が聞きたいのはどうして昨日お忍びで文化祭を訪れ、しかも翔介とともに回っていたのか。

生徒会の一員である彼がゲストの案内をすること自体はおかしい事でもない。だけど、先程からどこか別な思惑があるように思えてならなかった。

 

そこで思い至るのは…広告塔。

一夏のように容姿的な花はないが、男性操縦者である彼も十分に目立つ。それを上手く利用すれば知名度アップくらい訳はないだろう。

 

「ん~…いや、そんなに大したことではないんだよ」

 

梢がそう伝えるも、どうやら簪は納得していない様子。

 

「…うん、そうだなぁ。敢えて言うなら…彼のことが気に入ってるんだよ」

 

「気に入ってる?」

 

推しにそう言われたいと思うファンはどれ程いることだろうか。中には認知されたくないファンもいるが。

 

「あまり詳しくは言えないけどね」

 

そう言って楽しそうにウインクする。わからない人だ。

納得できない様子でムスッとする表情の簪。

その様子を見て、なおも楽しそうな表情で簪の耳元に顔を近づけると。

 

「気に入ってるとは言っても保護者的な目線だよ。流石にあの齢の子に恋愛感情を抱いたりはしないよ」

 

「!?」

 

「君も随分と彼のことを信頼してるみたいだね。でも、それなら彼にはしかめっ面じゃなくて笑顔を見せてあげるといいよ」

 

悪戯っぽく微笑む梢。この人物、姉である楯無に似ている気がする。主に人をからかうのが好きな点が特に。

 

「すいません! お待たせしました!」

 

そうこうしていると電話を終えた翔介が戻ってきた。

すっかり梢の方に気を取られていた簪の肩がびくっと震える。

 

「あれ、どうしたの?」

 

「な、なんでもない!」

 

慌てた様子の簪に首を傾げる。

 

「電話の方は大丈夫かな?」

 

「大丈夫ではなさそうですけど…」

 

自分に出来ることはもはや祈る事のみ。

 

「ああ、それと簪ちゃんだったかな? 彼女も一緒にエスコートしてもらうことにしたよ」

 

梢の言葉にバッと振り返る簪。

 

「そうなんですか?」

 

「このまま別れて誰かにライブの情報がバレるより一緒に行った方が良いからね」

 

「更識さんがそんなことするとは思えませんけど…でも、そうですね。更識さん、一緒に来てもらってもいい?」

 

「え? でも…」

 

なんだか乗り気じゃない簪だが、翔介は近づきこっそりと。

 

「お願い。もうこのままだと間が…」

 

実は結構いっぱいいっぱいの様だ。むしろよく頑張った方だろうか。

 

「……わかった。一緒に行く。クラスの方に生徒会の仕事手伝うって連絡するから待って」

 

「ありがとう…! 更識さん」

 

心底感謝してくる翔介に満更でもなさそうな様子で携帯でクラスメイトに連絡を付ける。そんな二人を見ながらなんだかホクホク顔の梢だった。

 

「連絡ついたよ」

 

「それじゃあこのままアリーナの方まで…」

 

翔介がそう言いかけた瞬間。

 

 

 

 

ズズンっ!

 

 

 

学園全体を大きな揺れが襲った。

 




本日はここまで。

文化祭編もようやくクライマックスです。
長くかかってしまいましたが、これからもよろしくお願いします。


コロナの規制も落ち着いてきて、イベントも徐々に復活してきましたね。
今年こそはウルサマやツブコンに絶対に参加したいです。

他にもウルトラマン関係のイベントにはあっちこっち行ってみたいなぁ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。