魔装姫士アマネ (James6)
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第一章『復讐を抱えた少女』
第一話『篠宮天音』


 どこまでも果てしなく広がる黒い世界。静けさが支配するようなそんな世界、そこに異形(・・)少女(・・)は居た。

 

 

「■■■■■■■■■ァ!!」

『大型ゴーレム、損傷率八割! 自己防衛本能による撤退行動を確認! 天音さん、追撃を!』

「了解」

 

 

 十五メートルを優に超える巨体を持った歪な見た目の魚が、まるで浮き出た影のような自らの巨躯から、その体を構成する『ネフィシュ』と呼ばれる粒子を撒き散らして逃げ惑う。それを、手足に黒い装甲を纏った少女が、脚装甲のブースターを吹かして追尾する。宙を、翔ける。

 

 恐ろしい見た目の存在が死から逃れんと逃げ惑い、武装していても可憐な姿に目の行く少女がそれを追い詰める。

 まるで昨今の深夜アニメのような光景が、宇宙には広がっていた。

 

 

『罠の可能性もあります。十分に気をつけて!』

「分かってる」

 

 

 2861年、人類は宇宙に居た。

『イーヘリオス』と呼ばれる宇宙に建造されたコロニー、新たな――とは言っても、元の文明を再現しているものではあるが――居住世界にて人々は安息を得ていた。

 

 そうなった理由は、もちろん存在する。

 

 

『■■■■■ァ!?』

「ゴーレム⋯⋯最期の一瞬まで殺すッ!!」

 

 

 突如として現れた未知なる敵性存在、人類の天敵足る“堕落の胎児”、『ゴーレム』の攻勢。彼らによって地球は半年で消滅した(・・・・)のだ。そうして、住める場所を失った人類は、宇宙への逃避行を余儀なくされたのである。

 

 ゴーレムとは、胎児の見た目をした直径十センチにも満たないナニカ。それらが現れてからしばらくの間、敵対宇宙生物やら、環境汚染の産物やら、机上にてゴーレムについての様々な憶測が飛び交ったが、そのどれもが確固とした論証を持つには至らず。

 ただ、彼らが人類にとってどれほどの害を齎すか。それだけしか分からなかった。

 

 

「はぁあっ!!」

『■■■!?』

 

 

 最初の三ヶ月で、人類の空戦戦力はほぼほぼ全滅。次の二ヶ月で、陸戦海戦戦力も再編不可能な程に蹴散らされた。残った一ヶ月の間、人類は種の延命、逃避行の為の足を造らんと、その時間を稼ぐ決死の最終決戦を繰り広げた。

 

 ゴーレムは、単体では大した力を持たない。しかし、彼らは人間を含むありとあらゆる物質へと付着することで、その存在を強制的に本来とは違うもの(・・・・)へと昇華させる。そして、己の手足へと変えるのだ。

 その存在の戦闘力は、総じて人類の持ち得る力では届かないほどに高い。それこそ、現存兵器は愚か核兵器すらゴーレムの前では無力であった。

 

 

「まだっ!」

 

 

 結果として、太刀打ちすることすらままならなかった人類は、必死で造った方舟に乗って地球を捨てたというわけである。

 

 

『■■■■■ァ!!』

「ゴーレム⋯⋯追い詰めたよ」

 

 

 しかし、人類とてただ逃げ落ちるだけの無力な生き物ではなかった。生きるものとして、背負うものがある存在として、無抵抗でいられるはずなどなかった。

 

『イエス』と、そう呼ばれる人工知能が地球には存在した。

 それは、人類調停者兼高度自動演算システム。まだ地球が存在していた頃に生み出され、以降、人類の助言者として、そして調停者として度々世界の情勢に介入し活躍してきた。イエスの命令及び判断は、人類にとっての最良手段であり、絶対のものとして遵守される。人類は、()に調律を委ねた。

 勿論、ゴーレムの侵攻という到底無視出来ぬ事柄に対しても、この機械仕掛けの神はその力を遺憾無く発揮した。

 

 

「これで⋯⋯ッ!!」

 

 

 西暦2071年。人類は、イエスが天敵(ゴーレム)の遺骸から生み出したコアとその道の職人達の叡智を結集させ、『メテルドレス』と呼ばれる高次元装束を生み出した。そして、それを人類守護の要としたのである。実に、逃避行の始まりである西暦2068年から三年後のことである。

 

 メテルドレスは、イエスによって人類に齎されたブラックボックスながらも基盤となるコアと、上半身及び下半身、武装によって構成された決戦兵器である。ネフィシュ適正を持ち得る十三歳から三十歳までの女性(・・・・・・・・・・・・・)のみにしか動かせないという制約はあるものの、その力は絶大であった。

 人類にとって、それは正しく救世主足り得た。

 

 

 

「終わりだぁっ!!!」

『■■■■■■■■■ァ!?』

 

 

 異形が、少女の刃を受けて爆散する。その身体を構成していたネフィシュが撒き散らされ、キラキラと宇宙を舞う。

 少女は、腰まで伸ばしたその黒髪を揺らして、それを見届ける。その瞳には、なんの感慨も無かった。いや、小さいながらも達成感のようなものが浮かんだが、それもすぐに消え去った。

 

 

『オペレート、終了します。お疲れ様でした。今日も絶好調でしたね!』

「⋯⋯ありがとう」

 

 

 

 人に仇なすゴーレムを、それぞれの思いを胸に討伐する。

 

 

 

 ―――それ(メテルドレス)を纏い戦う女性達を、人々は『魔装姫士』と呼んだ。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「今日から、私も魔装姫士⋯⋯」

 

 

 感慨深いものを胸に抱きながら、少女―――篠宮天音(しのみやあまね)は手元のカードを見つめた。腰まで伸ばした艶やかな黒髪と、クールさを印象付ける透き通るような青色の眼が特徴的なその少女は、巨大なビル、『魔装姫士統制局』――各イーヘリオス(フロンティア)に支部を置き、イエスが存在する特殊なフロンティア『エルフロンティア』が一つ『第一エルフロンティア』に本部を置く。魔装姫士の大元締め――の支部を後にして歩き出した。

 少女が歩み出したアスファルトの大地。イーヘリオスが一つである、此処『日本フロンティア』の季節は春。過去に存在した地球の島国、2010年代の日本とその周辺海域を完全に再現したこのフロンティアには、朗らかな春の風が吹き抜けていた。

 

 

「⋯⋯桑原重工に行くんだっけ」

 

 

 篠宮天音は、この春から東京有数の進学校に通い出した高校一年生だ。

 そして、高校進学と同時に魔装姫士としての免許『魔装姫士ライセンス』を取得し、晴れて新米魔装姫士となったエクィテス――世間一般では、魔装姫士をエクィテスと呼ぶ。実際の正式名称は魔装姫士であるが、エクィテスは大抵が魔装姫士本人を指すことが多い。――である。

 魔装姫士になることとは、メテルドレスひいてはそのコア、ネフィシュ操作への適性が存在することが前提条件となる。全世界の女性の0.01パーセントがこれを持ち、さらにその20パーセントが魔装姫士ライセンスを取得している。これ(ライセンス)があることで、メテルドレスを纏った上での対ゴーレム戦闘及び有事化での反社会的敵対存在(テロリスト)の対処、人命救助などを行うことが出来る。また働きに応じて、魔装姫士統制局から給料が支給される。魔装姫士の統制の他に、総数10000機しか存在しないメテルドレスの管理――コアを生み出すイエスがその総数を一万個で留めている為――や、各フロンティア(国家)間情勢の仲介及び仲裁を行う統制局は、今やイエスと並んで、この世界になくてはならない存在だ。

 

 

「私に専用機なんて⋯⋯なんでだろう」

 

 

 天音の中には、疑惑の念が広がっていた。

 彼女は魔装姫士になってから、まだ一日も経っていない。実戦経験すら持たない新米も新米。そんな彼女に、数少ないメテルドレスの専用機が割り当てられるというのだ。

 専用機、というのは簡単に言えばその個人用にチューニングされたメテルドレスを指す。本来、メテルドレスはその中核となるコアの絶対数の少なさを補う為に、シフト形式で魔装姫士達に割り当てられる。装甲と武装を転換することで、メテルドレスはその力の出し方を様々に変えるのだ。故に、この無茶なやり方が通る。そうでもしなくては、やりくり出来ないということでもあるのだが。

 閑話休題。

 彼女は、そんな実情に見合わず、専用機を与えられることとなった。それは破格の待遇と言えるだろう。

 しかし、それに対して困惑を抱くその内側でもう一つ、彼女はとある思いを抱いていた。

 

 

「お爺ちゃん⋯⋯この力があれば、奴ら(ゴーレム)に復讐⋯⋯出来るかな⋯⋯?」

 

 

 少女は、愛してやまなかった祖父の姿を脳裏に浮かべ、桜の舞う街道を再三歩み出した。その眼に、滾る怨嗟の炎を煌めかせて。

 

 

 ◇

 

 

 祖父の言葉は難しいものばかりだった。

 少なくとも、幼き頃の天音にとっての祖父とは、妙な事を言う厳しい人物という印象が強かった。

 だけれども、身寄りのない天涯孤独の身であった篠宮天音という少女にとっては、祖父という存在がこの上なく大きいものであったことは疑いようのない事実だろう。

 

 

「お前は、強く在れ。堂々たる様で天の音を、聞くのだ」

「天の、音?」

 

 

『天の音』

 篠宮天音の名前でもあるそれについて、彼女の祖父は度々口にして語っていた。

 その時の彼女には分からないものであったが、今の彼女には何となくわかる。

 

 

『天の音は、祖父を奪ったゴーレムへの復讐を望んでいる。囁きかけてくるのは、ゴーレムを殺すこと、ただそれだけ』

 

 

 だから、篠宮天音は魔装姫士となったのだ。

 天の音が示した、己の天命を果たすため。何より、大好きな祖父の仇を討つ為に(・・・・・・・・・・・・・)

 



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第二話『ゴーレムと魔装姫士』

 長い()戦闘描写下手()


「ここが、桑原重工⋯⋯」

 

 

 少女、篠宮天音の目の前には、工場のような施設が併設された巨大なガラス張りのビルが聳えていた。

『桑原重工』

 堅実な性能と確かな保証が売りのメテルドレス開発企業。

 同じくメテルドレス開発企業であるスペリオル・インダストリー――此方はメテルドレス開発の他にも、様々な分野に着手している――とは、長年、第三世代メテルドレスのシェアを競い合っていたが、近年になり、第四世代機の開発に成功。技術面において、スペリオル・インダストリーを大きく離したことで知られる。

 ちなみに、第四世代メテルドレスは、現行のメテルドレスの中でも最新鋭の機体の総称だ。第三世代メテルドレスが主力であったのも、今となっては過去の話となりつつある。その中で、第四世代の開発成功という功績は、競争激しいメテルドレス開発の界隈においてはとても大きいことなのである。

 篠宮天音の知るところはここまでだ。なんでも、日本フロンティア政府に提出した雇用先推薦依頼に、この一大企業桑原重工が申し出たとの事だが、彼女にはどうしてそんな所から申し出が来たのか全く分からなかった。

 だが、力が手に入るのであれば彼女はこの際なんだって良かった。

 

 

「やっぱり、皆忙しいんだろうな⋯⋯」

 

 

 早速、自動ドアを抜けてエントランスに入ると、天音は自動ドアの向かいにあるカウンターを目指す。

 辺りを見回せば、私服の人間は全く居ない。全員がスーツに身を包み、忙しなく動いている。手紙には私服で構わないと書いてあったが、場違い感が凄い。せめて制服で来ればよかったと天音は後悔した。しかし、後悔しても今更帰るなんてありえない。気持ちを切り替える。

 何やらカウンターでペンを片手に作業をしていた女性は、天音の気配に反応して顔を上げた。

 

 

「エクィテス、篠宮天音です。今日、こちらで機体の受領があるのですが⋯⋯」

「篠宮天音様ですね。お話は伺っております。こちらの来賓用のIDを首から下げて、あちらの方へどうぞ」

 

 

 IDカードを受け取り首からかける。天音は、一言礼を述べると指された方へと歩き出した。

 

 

 ▽

 

 

 しばらく歩くと、雰囲気が変わった。

 先程までの社会人の場所的な感じは跡形もなくなり、研究所と作業場に似た雰囲気を併せ持った、様々な機械類が並ぶ区画に入る。白衣を着た人間達が慌ただしく動き回っていた。そのどれも、中心にあったのはわかりやすく装甲そのもの。手足に似た形をしていたり、どんな用途に使うのか分からなかったりするが、訓練で己が使ったモノにどことなく似ていた。

 メテルドレスを研究開発するエリア、なのだろう。当たりをつけた天音は滅多に見れるものではないと、少しばかりの興味を抱いて観察する。

 

 

「⋯⋯やっぱり、頭が良くなきゃこんな仕事出来ないだろうなぁ」

 

 

 天音自身、頭が悪いというわけではない。これでも、東京の中で上位に位置する偏差値を持つ高校に入れる程度には勉強も出来る。だが、今、この現場を見ればそんな生易しいものでは無いと実感することだろう。少なくとも、天音からすれば子供の自分では全くの未知の世界にしか見えないという感想を抱くのは当たり前であった。恐らく、数年もここにいれば大体わかるようになるのだろうが、天音はメテルドレスに関わるようになってからまだ一ヶ月近くしか経っていない。

 無知なことへの苛立ちと、妙な疎外感を覚えながら、天音は手紙に記載してあった『十三番研究室』を目指して、ワックス掛けされた床を鳴らして歩いた。

 きっと、そこにいる人達も、自分の生きる世界からは掛け離れたような人達なんだろう。そんな予想を抱いて。

 

 

 

「篠宮天音様、よく来てくださいました。ワタクシ、感激です」

「⋯⋯はぁ⋯⋯?」

 

 

 そうして天音は、辿り着いたそこで待ち構えていた白衣姿の男性を見て、正確には彼の対応を見て戸惑いを隠せないでいた。

 今時珍しい瓶底メガネをかけ、白衣をオイルに汚したその男は、天音のそんな様子などお構い無しに話し続ける。その後ろで、やれやれと言った仕草でため息を吐く白衣の女性の姿が。

 

 

「おっと、申し遅れました。ハイ、ワタクシ、十三番研究室主任の西園(にしぞの)(かい)と申します。で、こちらが」

「私は赤坂(あかさか)未子(みこ)。この人、変だけどあんま気にしなくて良いからね」

「⋯⋯はぁ⋯⋯」

 

 

 今度こそわけが分からなくなり、天音はしっかりとしていそうな雰囲気の赤坂未子と名乗った茶髪の女性に話し掛ける。

 

 

「あの、私は篠宮天音って言いま「知ってますよ! 勿論! なんと言っても、このワタクシが社長に直談判したんですからねぇっ!」⋯⋯直談判?」

「回ってきた貴女の資料を見て、この人が全力で頼み込みに行ったの。社長、だいぶ引いてたわよ」

 

 

 割り込んできた西園の言葉に、しかし天音は内心で驚く。

 なるほど。この奇天烈な人物が、自分を雇うように上に掛け合ったらしい。複雑な気持ちだが、それでも多少の恩はあるため飲み込んでおくことにした。まさか、自分を推した人物がこのような人間であるとは考えもしなかった。とはいえ、別に嫌だったりするわけでもなし。ただ、驚いただけだ。

 そこで、天音はあることに気が付き未子に問い掛ける。

 

 

「あの、ここって二人だけなんですか?」

「そうよ。私とこの人、二人だけの研究室。ま、私もこの人も腕はそれなりだから心配しなくて大丈夫」

 

 

 道中の他の研究室には、少なくとも十人以上は詰めていた。それに対して、ここはこの二人以外の人影が見受けられなかったのだ。しかし、二人とも腕に自信はあるらしい。でなければ、自分を雇うように社長に直談判して、それを通すなんて出来ないだろう。納得した天音は、研究室を見回した。

 やけに生活感に溢れていることを除けば、資料が貼られ、何かの機械が点滅している一般的に思い浮かべるような研究室そのものだ。何か、少女がポージングをしているフィギュアが飾ってあったり、ロボットらしきもののプラモデルが飾ってあったりするが、自分が知らないだけで案外普通のことなのかもしれない。

 

 

「じゃ、早速、篠宮天音様の専用機をですね。お見せしたいと思いますよ、ハイ」

「じゃ、これに着替えたら隣の部屋に来てね」

「分かりました」

 

 

 言って、ドアから先に隣の部屋に向かった二人を見送り、未子から手渡された桑原重工のロゴの入ったスーツを一瞥する。

 

 

「⋯⋯専用スーツのぴっちりした感じ、苦手なんだけど⋯⋯どうにかならないかな⋯⋯」

 

 

 年相応の少女らしいことを宣いながら、天音は着替え始めるのであった。

 

 

 ▽

 

 

 着替え終わった天音が隣の部屋に赴くと、そこにはコードの繋がれた何かが、ブルーシートに覆われた状態で置かれていた。

 西園も未子も、パソコンや機器類を操作して何やら確認をしているらしい。

 すると、天音が来たことに気が付いた西園が手を振って、近くに来るように誘導する。

 

 

「やっと来ましたねぇ。それじゃあ、ご対面と行きましょうか!」

 

 

 まるで子供のようにはしゃぐようにしながら、西園はブルーシートに覆われた何かの元に駆け寄り、そのシートの端を掴む。

 そして、天音の方をチラリと確認すると心底楽しそうに笑って、ブルーシートを勢い良く引き剥がした。

 

 

 

「運命のご対面っ! ハイ、ジャジャーンっ!」

「⋯⋯!」

 

 

 現れたのは、騎士(・・)のような風貌をしたグレー色の装甲のメテルドレス。他のメテルドレスの例に漏れず、両手の肩から先と、両足の付け根より少し下の部分にのみの装甲ではあるが、それがメテルドレスの基本形である。

 天音は、その姿に息を飲んだ。

 その姿は、あまりにも、あまりにも彼女にとって衝撃的だったのだ。

 何故なら、その機体は、過去に自分を助けた魔装姫士が纏っていたそれと同じ見た目をしていたから。祖父が死んだあの日に、目の前でゴーレムを完膚無きまでに殺し尽くした正義の騎士だったのだから。

 

 

「こちら、桑原重工が誇る第三世代機、チャリオッツでございます!」

「チャリオッツ⋯⋯」

 

 

 あの日の機体と同じ型であっただけだとしても、天音からすれば、それが己の専用機となるのは運命だとしか思えなかった。

 

 

「本当なら、第四世代機を渡したかったんだけどね。そんな好待遇は難しいって社長がね」

「ですが、貴女の活動次第では第四世代機を渡すのも吝かではないと申しておりましたし、ワタクシ共も、新型(・・)、作っておりますので!」

「⋯⋯いえ、ありがとうございます」

 

 

 もっと強い力を得られるということ自体に異論は無いし、問題も無い。無いのだが、今はこの運命の巡り合わせに浸っていたかった。

 引き寄せられるかのように、目の前の騎士に触れようと手を伸ばしたその時である。

 

 研究室内に警報が鳴り響いた。

 

 

 

「⋯⋯ッ!?」

「ゴーレム、ですねぇ」

「タイミング良いんだか、悪いんだか」

 

 

 驚いて手を引っ込めた天音は、二人の言葉から、ゴーレムが現れたことを察すると、その眼を鋭くした。

 憎き敵と、目の前にある自分の力。気持ちが逸った。

 その様子を見て、西園が何かを思い出したかのように口を開く。

 

 

「赤坂くん、赤坂くん」

「なんですか、主任⋯⋯ああ、そういうことですか」

「確か、今日うちに詰めてるのって篠宮天音様と第四世代の娘の二人だけでしたよねぇ。上に頼めないですかねぇ?」

「⋯⋯分かりました。上に相談してみます。主任はいつでも出せるように準備しておいてください」

「了解っ! お任せくださいなぁ!」

 

 

 また慌ただしくなった研究室内で、天音は二人の動向を見守っていた。

 

 

 ▽

 

 

 場所は変わって、ガレージ。いくつかのメテルドレスが立ち並ぶ中で、天音は騎士鎧のようなメテルドレス――チャリオッツを纏って立っていた。

 周りには、桑原重工のロゴが入ったつなぎを来てキャップを被った作業員たちが、多忙極まりないといった風に作業をしていた。

 様子を伺いながら、チャリオッツの装甲に包まれた指先を開閉していると、未子が天音に話し掛けてくる。如何にも、緊張している感じの少女を心配してのことだろうか。

 

 

「まさか、担当出撃許可が下りるだなんて思ってもみなかったわ」

「⋯⋯ありがとうございます」

「気にしないで。経験は沢山しておいて損は無いし、実戦データもいくらあっても得しかないから」

「そうですとも。幸いなことに市街地からも遠いところでしたから、急なお願いでも通りましたのでねぇ、僥倖ですよぉ」

 

 

 実際、一刻の猶予も無ければ天音が出ることは叶わなかっただろう。その時は、天音も引き下がっていた。ゴーレムを殲滅したいとは思うが、不必要に人が死ぬことは絶対に嫌なのだ。教官に言ったら甘いと叱られそうだな、なんて思いながら天音は気を引き締める。

 

 

「さてさて。準備も出来たようですし? お覚悟出来たら出発してくださいませ」

「初陣なんだし、ちょっと緊張しているくらいがちょうど良いわよ。頑張ってね」

「分かりました」

 

 

 一言、軽く言って意識を集中させる。

 己とメテルドレスの中枢(コア)が接続したような、そんな感覚。次の瞬間には、重たい装甲であるはずのチャリオッツが浮遊していた。足と腰元のブースターから、推進剤であるネフィシュを噴出しながら。

 

 

 

 

「篠宮天音、チャリオッツ、行きますッ!」

 

 

 

 

 開け放たれたガレージの扉から、天音は勢い良く大空へと飛び立った。

 

 

 

 ▽

 

 

 

『今回のオペレートは、私が務めるわ。次までには担当が決まるでしょうけど、よろしくね』

「はい、未子さん」

 

 

 耳に付けたインカムから聞こえる未子の音声誘導に従いながら、天音はゴーレムがいるそちらの方へとブースターを吹かしながら突き進む。

 メテルドレスは、飛行時の負荷軽減や宇宙空間での魔装姫士の安全の為に、薄い透明なネフィシュの膜で魔装姫士を覆う機能がある。これによって、どれだけのスピードを出そうとも、魔装姫士はGで死ぬことが無い。とはいえ、最新式のスピード特化型などなら従来のネフィシュ膜では心許ないし、ネフィシュ供給機関であるコアのネフィシュが尽きれば膜を張ることも出来ず、魔装姫士は為す術なくゴーレムに殺されるだろう。余程の高エネルギー喰らいでなければ尽きることなど早々無いが。

 

 

『周囲の民間人の被害は無し。避難ももう既に終わっているわ。やりたいようにやっちゃいなさい』

「了解です」

 

 

 これ以上ない好条件である。初陣だが人の命がかかる戦闘だ。であるにも関わらず民間人の被害を気にすることなく戦えるというのは、どれだけ新人にとって安心感があるのか、言うまでもないだろう。

 絶対に倒す。そんな決意を固めて、天音はより一層のスピードを出した。

 

 

『もう少しでゴーレムと会敵するわ。準備は良いわね?』

「⋯⋯大丈夫です」

 

 

 天音は、背中にマウントした盾と剣、両手で携えたアサルトライフルを感触のみで確かめて、すぐさま意識を前方に切り替える。

 木々を薙ぎ倒し土煙を上げながら、ナニカが森をひたすらに突き進んでいた。

 ソレ(・・)は、まるで影のように光沢のない黒。しかし、明らかに存在する次元が違うのだとひと目でわかるような、そんな浮き出た(・・・・)ような異物感(・・・)

 形状は全長十メートル弱はあるだろう大きさの猪だ。しかし、その頭部には鹿のような角も生えている。

 

 

 

「⋯⋯ゴーレム⋯⋯ッ!!」

『■■■■■■■ィィィ!!』

『天音ちゃん、気を付けて! 来るわよ!』

 

 

 

 彼我の距離が数十メートル程度離れた地面に立って、ゴーレムを見据える。その息遣い、地を踏み鳴らす音が、遠く離れていても鮮明に聞こえた。

 仮装訓練の時とは比べ物にならない、実物と相対したことでの緊迫感。初めてではないが、こうして戦える力を持ったことで、再度明確に理解出来る。

 

 

 ―――なるほど、これは簡単に死ぬ。

 

 

 この世界では、死と隣り合わせなど当たり前だ。教官はそう言っていたが、確かに力を持っていても、これが相手なら油断ひとつで容易く死ねるだろう。

 魔装姫士は絶対数が少ない。齢三十にして、魔装姫士はネフィシュ適正を失う。それは、誰一人として例外などない。だが、それ以上にそこまで生きていられる魔装姫士自体が少ないのだ。面接官や教官にも言われたことではあるが、それまで生きていられるなら、それは多分に幸せなことなのだろう。

 

 

「⋯⋯っ!」

『■■■■ゥゥウ!!』

 

 

 ならば先手必勝。この理は戦いの中でこそ最大にその言葉の意味を披露する。

 引き金に手をかけて、照準を合わせる。ゴーレムはその見た目通りに凄まじい速度で突進してくる。

 

 

「はぁッ!!」

 

 

 銃口から吐き出された実体弾丸が、ゴーレムの身体へと吸い込まれていく。

 ゴーレムには、凡そ元となった生物や物質がある。しかし、それらは習性や特質などを引き継ぎはするものの、構造は全くの別物へと変質しているのだ。

 

 

『■■■■ォォオ!』

「弾かれ⋯⋯ッ!?」

 

 

 弾丸は、その肌を貫通することなく全て弾かれた。

 こういう手合いには近距離戦が有効だ。天音は、習ったマニュアル通りにアサルトライフルを放り捨て、背中の盾と剣を構える。

 

 

「はぁぁあ!!」

『■■■■ィッ!?』

 

 

 ブーストしながらゴーレムへと突っ込み、意表を突く形でその右前脚を切り付ける。

 ゴーレムはバランスを崩しながら転がるように木々に激突した。切り付けた場所は、致命傷ではないが決して軽いものでもない。証拠に、彼らの体の全てを構成する要素であるネフィシュが、そこから漏れ出ている。

 

 

『良い感じよ。油断しないでそのまま倒しちゃいなさい』

「分かってます⋯⋯!」

 

 

 ゴーレムは、バランスを崩して立ち上がるのに苦戦している。今のうちなら、首を刎ねることも容易だろう。

 通常、ゴーレムには元となった存在と同じ部位に同じように弱点が存在するのだ。あれが猪のゴーレムであれば、首を切り捨ててしまえば活動を停止する。

 

 

「死ねぇ!!」

 

 

 天音は出力を全開まで引き上げてゴーレムへと迫る。そこでやっとゴーレムも立ち上がり、天音の方を確認する。

 だが、もう遅い。

 凄まじい速度に怖気付くことなく、少女はゴーレムのすぐ真横に飛び込み、剣を振り下ろした。容赦なく、全霊をもって。

 

 ―――殺った(・・・)。そう確信していた。

 

 

 

『■■■■■■ィィィイ!!』

「えっ⋯⋯?」

 

 

 

 何か直感のようなモノ。気が付いた時には、ゴーレムと目が合っていた。

 全身に走る衝撃。

 視界が二転三転し、何かに打ち付けられたような最後の衝撃。痛みが少女を襲う。

 

 

「か⋯⋯はっ⋯⋯!?」

『天音ちゃんっ!? 撤退しなさい!』

 

 

 天音のダメージに、これ以上の戦闘は不可能だと断じた未子は撤退を命じる。

 しかし、それをわざわざ逃がす程、ゴーレムも甘くなかった。

 見ればゴーレムは、少女の油断を突いたその頭部の角で以て、今度こそ天音を葬らんと少女を見据えていた。

 

 

『■■■■■■ォォォオ!!』

「⋯⋯くっ⋯⋯!?」

 

 

 万事休す。ゴーレムは少女を轢き殺す勢いで突き進む。

 

 ―――死んだ。

 

 そんな諦めの念が少女を襲う。恐怖に反射的に目を瞑る。

 ゴーレムの巨躯が今まさに少女を殺さんとしたその時―――

 

 

『■■■ァ!?』

「ああ、もう。新人ちゃん、最後まで諦めないの」

「⋯⋯へ?」

 

 

 何かによる攻撃を喰らい怯んだゴーレムの悲鳴。次いで未子でも天音でもない、第三者の声がその場に聞こえた。

 恐る恐る閉じていた眼を開く。

 まず目に入ったのは、蒼白いカラーリングの装甲。所々の塗装が剥げているが、それは長年の使用から来るものだろう。つまりは、歴戦の姫士。

 その纏い手である豊かな体付きをした魔装姫士は、黒髪を揺らしながら同色の眼で天音を一瞥した。

 

 

「じゃ、ささっと倒しちゃうから、待ってなさい」

「は⋯⋯い⋯⋯」

『■■■■ィィイ!!』

 

 

 新たな敵の出現に、ゴーレムは怒りを露わにする。それは、己を軽々しく倒すと宣言した女への怒りか、それとも後一歩で敵を殺し損ねたことへの憤りか。

 彷徨を浴びながら、臆すことなく女は愛銃のマシンカービンを構える。

 

 

「⋯⋯ふうん⋯⋯新人にしてはやるものね。油断しちゃった感じかしら」

『■■ォオ!』

「ちょっと、五月蝿いわよ」

 

 

 女目がけて突進を敢行するゴーレムは、怒りで何も考えてはいないのだろう。女はふっと笑みを零すと、ブースターを吹かして右に重心を傾けながら移動する。

 そして、ゴーレムの横に回り込むと、再度ブースターを噴射して突撃する。その左手には妙な鋭い突起(・・・・)の付いた長方形型の盾が。

 

 

『■■■ォォオ!?』

「ほら、これでも喰らいなさい⋯⋯!」

 

 

 女がゴーレムの至近距離に到達すると、突き出されたその盾はすぐさま真価を発揮した。

 妙な突起がゴーレムの硬い表皮を突き破る。それは、クロー()であったのだ。

 そして、突き破ることで穴の空いた部位へと、クローが突き刺さったままにマシンカービンの銃口を突き刺す。

 

 

 

「これで、終わりよ」

『■■■■■■ァァァァァァア!!?』

 

 

 

 体内に銃弾を浴びせかけられたことで、ダメージが限界を超過して蓄積されたゴーレムは爆発四散する。

 後に残ったのは、飛び散る粒子と無残にも荒れ果てた森。そして、二人の魔装姫士。

 ゴーレムが殲滅された。憎き怨敵が死んだという安心感と、己の手で倒す事は愚か、戦闘不能にまで追い込まれた事実に歯噛みをする。

 

 

『天音ちゃん、大丈夫?』

「⋯⋯大丈、夫です⋯⋯」

『一人で帰って来られる?』

「は、い⋯⋯」

 

 

 多分無理だ。今にも痛みで気を失いそうであった。しかし、油断したせいでゴーレムを倒せなかった悔しさが、まだ幼い天音に意地を張らせた。

 

 

「⋯⋯⋯⋯」

「新人ちゃん? 新人ちゃん、大丈夫かしら? ああ、意識無いわね、これ」

 

 

 未だキラキラと夕陽を受けて煌めき飛散する粒子を見て、そしてゴーレムを倒した己の恩人とでも呼ぶべき女がこちらに近寄ってくるのを微かに感じ取りながら、天音は到頭意識を保てなくなる。

 気を失う間際に見たのは、慌てる女性の姿であった。

 

 




 よろしければ感想、待ってます。


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第三話『感謝』

 思ったよりも早く投稿できただろうか。後書きはふざけました。後書きでは、第十三研究室の二人の隠された本性が。


「はぁあ!!」

『■■■ァァァ!?』

 

 

 黒塗りの装甲を手足に纏った少女が装甲のブースターを全開に噴射し、茜射す空で通り抜けざまに鴉の異形(ゴーレム)を斬首する。

 首を失った巨躯の鴉は力を失いながらくるくると墜ち中空で爆発。ネフィシュを広く飛散させて、亡きものとなった。

 

 

『お手柄です、天音さん!』

「⋯⋯」

 

 

 その下手人である篠宮天音は、インカムから聞こえてくる馴れない明るい声を煩わしく思い、そんな風にしか思えない幼稚な己に嫌気が差した。八つ当たり気味にインカムの電源を落とすことで接続を切断する。

 そして、己の愛機である黒く塗ったチャリオッツを操作して桑原重工本社へと帰路についたのであった。

 

 

 ▽

 

 

 桑原重工備え付けのメテルドレス管理ガレージへと帰還した天音を出迎えたのは、瓶底メガネが印象的な西園と、茶髪を後ろで纏めたできる女といった風貌の未子。そして、桑原重工のロゴが入ったぴっしりとした社員服に身を包んだ黒髪の二十歳かそこらの妙齢の女性であった。

 

 

「篠宮天音様! 今回も素晴らしいお働きでございました、ええ、ハイ!」

「⋯⋯ありがとうございます」

「もう、主任⋯⋯もう少しテンション落としてくださいませんか?」

「そうは言われましてもねぇ⋯⋯ワタクシ、こういう類の人間でして。それに、なんだかんだ言ってこの方が落ち着く日がいつかきますよぉ」

「くっ⋯⋯反論出来ない。これで通常語を使われたら気持ち悪い⋯⋯」

 

 

 妙な茶番を始めた二人を尻目に、天音は一言別れを告げるとその横を通って通路の方へと歩き出す。

 その背に待ったを掛ける者がいた。

 

 

「天音さん!」

「⋯⋯何ですか」

「一緒にお夕飯食べましょう! 天音さん、一人暮らしだって聞きました。人と一緒に食べるご飯は美味しいですよ! あ、ご両親と連絡が必要なら」

「遠慮しておきます。おひとりでどうぞ」

 

 

 篠宮天音は、黒髪の女―――彼女(篠宮天音)のオペレーターとして着任した曙橋(あけぼのばし)瑞乃(みずの)が大の苦手であった。

 別に嫌いだとかそういう訳ではなく、単純に煩わしく思ってしまうのだ。天音自身もこれがただのわがままだと分かってはいるが、割り切れるほど彼女は大人じゃなかった。

 そもそもどちらかと言えば彼女自身が静かな方であり、必要以上の関わりを好まないようなタイプ。当たり前のことであるはずのゴーレムの討伐を終わらせたくらいで騒ぎ称え、その上、他人の水嶺までズカズカと入り込んでくる曙橋瑞乃という女は煩わしいのだ。

 これで、クズであったりするなら彼女も清々するのだが、そんなことも無い。

 この曙橋瑞乃という女は、どこまでも少女のことを思っている優しい人間だからこそ、天音は余計に苛立ちを感じているのだろう。己の狭量さ含め。

 

 

「そ、そんなこと言わないで一緒に⋯⋯」

「だから、遠慮しておきます。未子さんや西園主任と食べたらどうですか?」

「それは⋯⋯」

 

 

 段々と剣呑な雰囲気になりつつあるガレージ内。空気に気が付いた整備士や、他の社員の視線が集中する中で、そんな二人の間に割り込む人影があった。

 

 

「こら」

「あうっ⋯⋯赤坂先輩⋯⋯」

「はいはい、二人共。そこまでにして。瑞乃、あんたちょっと執拗いわよ。天音ちゃんも少し突き放しすぎ。この子が悪いけど、もうちょっと⋯⋯ね?」

「⋯⋯はい、分かりました。ごめんなさい、曙橋さん。それでは」

「こ、こちらこそごめんなさい⋯⋯また明日よろしくお願いします⋯⋯」

 

 

 意気消沈した様子の瑞乃の様子を見て、何か締め付けられるような奇妙な感覚を覚えながら、天音はその場を足早に後にした。

 

 

 ▽

 

 

 どうにも家に帰る気分でなかった天音は、太陽も沈み、随分と暗くなった家への道――から大分逸れてはいるが、家へと帰れる道をゆっくりと歩いていた。

 

 

「家族なんて⋯⋯」

 

 

 思い返すのは、先の瑞乃の言葉。

 家族が云々であったり、人と一緒に食べるであったり。思い出すだけで苛立ちが募る。

 

 

 篠宮天音は、天涯孤独(・・・・)である。

 

 

 両親は海外を飛び回るやり手の事業家だった、らしい。天音は、それを祖父伝えに聞いただけだ。彼らは、天音が生まれて間もない頃に原因は不明だが帰らぬ人となった。だから、両親のことはほとんど記憶にない。

 祖母も天音が産まれる前に死んでおり、当時まだ一歳にも満たなかった己を祖父は一人で育ててくれた。それは齢八十にもなる祖父にしてみれば、大変なことであっただろう。天音にとって祖父とは、不器用で厳しい人ではあったが最愛の最後の身内だったのだ。そして、その祖父は憎きゴーレムによって彼女が十四の時に死亡した。

 それから二年間は、魔装姫士になって祖父の仇であるゴーレムを殲滅することを胸に秘めて生きてきた。

 

 

「⋯⋯ッ」

 

 

 自然と握った拳に力が入る。

 その手の話題はタブーなのだ。

 知らないとはいえ彼女(曙橋瑞乃)は、何の遠慮もなくそこに踏み込んでくる。それは、苦手にもなろう。はっきり言って嫌いであった。まだ二週間も経っていないのに、である。

 特に彼女は、天音の姿勢について時々苦言を呈する。それが、天音の意識を増長させた。

 

 

「⋯⋯はぁ」

 

 

 あの初陣から一週間が経った。天音は、一週間のうち土日を含め平日放課後全てに常駐するという熱心さとも狂気とも取れるシフトで、ただひたすらにゴーレムを狩り続けていた。

 それは、あの西園すらも心配する程であった。魔装姫士になって未だ一週間と少しの内に、彼女は平均的な魔装姫士の月間ゴーレム討伐数を上回る活躍をしていた。

 はっきり言って異常だ。だから、西園としてもそれで壊れられたら堪らないのだろう。天音はそう思うことにした。単純な心配なんてしなさそうな人である。

 

 

「だけど、私は止まらないよ」

 

 

 そう。身体が壊れた程度では止まれない。

 それくらいに、彼女のゴーレム殲滅への妄執は強かった。

 魔装姫士の主だった仕事は、もちろんゴーレムの討伐である。だが、言ってしまえば人の為に貢献することこそがその本懐だ。それは、ゴーレムを討伐することによって結果的に人々を助けることになる、ということも含めて。小隕石群の激突などによって起こる災害救助であったり、テロリストから民間人を守ることであったり、魔装姫士が人々を守護し貢献することは多々ある。元来はゴーレムの討伐こそが魔装姫士の運命であったが、近年では魔装姫士の役目はそうした人助けに代わりつつあった。

 世間的には、ゴーレムを倒せば良いというわけではないのだ。ゴーレムを倒すことで、人々を護る。それこそが、魔装姫士の存在意義になりつつあった。

 

 だとしても、篠宮天音は人々の守護を二の次に考えてしまうくらいにはゴーレムが憎かった。人々を護るのは、彼らが死ぬのを見ていられないだけで自らの義務ではない。そんな考えすらあった。それを間違いだとは、思えなかった。だから、曙橋瑞乃による彼女の姿勢への指摘は自分達エクィテスに対するものしては見当違いだとすら思っている。

 

 

「⋯⋯⋯⋯はぁ」

「そんなため息なんて吐かれて、どうかなさったんですか?」

「!?」

 

 

 唐突にかけられた声に天音は驚き振り返る。

 そこに居たのは、目元を黒髪で隠した少女。年の頃は天音よりも一つ二つ年上であろうか。別段、根暗とかそういう類の印象は無かった。後は、見慣れない白い杖のような棒を手にしていることは少しばかり気になったが、一見して身体が不自由そうには見えなかった。

 学生服であるところを見るに学生であろう。というより、そんなに前髪が長いのにどうして見えてるのだろうか、といった疑問を覚えた。

 

 

「どうもしてない」

「本当ですか? 何か、思い悩んでいるようでしたけど⋯⋯」

「関係無いでしょ。じゃあね」

 

 

 この少女も瑞乃と同じ手合いか。 直感的に悟った天音は、面倒臭さを覚えてその場を離れようとする。寄り道をしようと考えたのが失敗だったか。

 少女は、天音の前に回り込んで彼女の行く手を塞いだ。

 

 

「問題無くないですよ。見ず知らずとはいえ、目の前で誰かが困っていたら助けてあげたくなる、そういうものです」

「⋯⋯何それ」

「だから、ほら。何か力になれるかもしれませんし、お話だけでも」

 

 

 話さなければ梃子でも付き纏ってくるだろう。それはそれで面倒臭い。力になれることなんて何ひとつ無いのだと、目の前の少女にわからせた方が早いだろう。天音はさっさと判断すると仕方なさげに溜息を吐いて、街灯に照らされたベンチの方へと向かった。少女も、ほっとしたような顔を見せて、天音の後を追いかけた。

 

 

 ▽

 

 

 そうして、どうせこの少女も自分の意見を否定するのだろう、人命を優先しろとご高説でも垂れるのだろうと考えながらの天音の身の上話は、思わぬ展開に合っていた。

 

 

「ゴーレム討伐は、とても素晴らしいことだと思います」

「何で?」

「確かに人助けというのも大切なことです。でも、私も、ゴーレムは憎いですから。天音さんの意見にも頷けるところは多分に」

「⋯⋯ふーん」

 

 

 まさか同意されるとは思わなかった。

 天音は、生まれつき人の機敏に敏いところがあった。そして、目の前で何処とも知れぬ場所を向いて話す少女は、自分とは違う類だと信じて疑わなかった。

 それが、同意されるわけもないと諦めていた己の意見が、誰かに認められるとは思いもしなかった。

 

 

「ふーんって⋯⋯まあ、確かに見捨てられるほど人の命は軽くは無いですよ? だけど、ゴーレムを討伐することによって巡り巡って人の命は救われるのですから、別に良いではありませんか。勿論、目の前でそんな憂き目に合う人々が居れば率先して助けますが」

「⋯⋯それは、まあ、私だって⋯⋯」

「なら、悩む必要は無いのではありませんか?」

 

 

 少女の言葉は、やけに心に通った。

 少なくとも、今まで賛同を得られたのが魔装姫士としての教官だけであったが為に、こうした同年代の少女からの同意というのはそれだけで浮き足立つものがあった。

 すると、件の少女が徐に立ち上がって、街灯に照らされる歩道を数歩歩いて立ち止まる。

 

 

「私、目が見えないんです」

「⋯⋯え⋯⋯?」

「今、そんな風には見えないって、思ったでしょう? でも、さっきから目を開けてません」

 

 

 少女は天音の方に振り返ると、勢いで前髪が履けたことで顕になった己の瞑った目を指差して口を開く。

 

 

「私も、ゴーレムを殲滅したい⋯⋯そういうことです」

「⋯⋯あっそ。⋯⋯憎いなら、アイツら皆殺しにしないとね」

「ふふ⋯⋯そうですね。確かに、そういうことです」

 

 

 天音にとっては、『ゴーレムが憎い』というただこの一言だけで十分理解に事足りた。皆まで言われなくとも、どういう事なのか分からないほど、天音は疎くないつもりであった。

 言わば、この少女もゴーレムに大切なものを奪われた被害者にして、復讐者なのだろう。そんな同族意識すら芽生えた。

 

 

「それでは、私はこれで」

「うん。じゃあね」

「⋯⋯それと」

 

 

 立ち上がり、天音の方を向いて立つ少女の横を通り過ぎた時、彼女は何事かを言伝た。

 

 

「人として、大切なことだけは量り違えないように⋯⋯」

「⋯⋯?」

 

 

 その言葉の意味は、天音には分からなかった。

 いつか分かるか、天音はそう考えて思考の隅に置く。そうして、月明かりすら暗くなってしまった夜道を、肌寒い春の風に吹かれながら、帰路に着くのであった。

 

 

 ▽

 

 

 その翌日、もはや当たり前となりつつあった放課後の出勤。

 いつも通りに、ゴーレムを討伐した直後のその帰り。昨日の少女の言葉について考えている時に、それは起こった。

 

 

『天音さん! 緊急事態です!』

「⋯⋯何?」

 

 

 やけに焦った調子の瑞乃の声に弾かれるようにして、天音は思考を引き上げる。いつも慌ててたりと大袈裟な彼女だが、少しばかり毛色が違った。

 

 

『救援要請です! 天音さんの場所から数キロ圏内で、宙間シャトルがゴーレムの攻撃にあっています!』

「⋯⋯ッ」

『最速で駆けつけられるのが、天音さんしか居ないんです! 残弾も大丈夫ですし、ネフィシュ残量も』

「分かってる、助けに行くよ」

『へ?』

 

 

 あれこれと理由を挙げ始めた瑞乃を無視して了承の意を示す。

 まるで自分が非人間であるかのような反応に、天音は苛立ち混じりに応えた。

 まさか二つ返事で救助に駆け付けてくれるとは思ってもみなかったらしい瑞乃は、しばらくの間思考を停止し、そして気を取り直す。

 

 

『オペレート、開始します!』

「⋯⋯」

 

 

 多分、昨日の少女が言っていたのはこういうことなのかもしれない。だとすれば、あの少女も、やはりお人好しの部類なのだろう。

 しかし、そんなお人好しの助言に素直に従ったなんて思いたくもない。そう思ってしまえば、何かが微妙におかしくなりそうで。

 あくまで、ゴーレムが現れたからさっさと殲滅する、その序でだ。別に見ず知らずの人命救助こそ本懐だと考えたわけじゃない。そう、序でなのだと言い聞かせて、天音はブースターを吹かした。

 

 

『天音さん⋯⋯』

「何?」

『ありがとうございます』

「⋯⋯何が?」

 

 

 なんで礼を述べられたのか全く持って理解ができない。そんな様子の天音に、インカムの向こうの瑞乃は苦笑を零しながら、なんでもです、と誤魔化した。

 

 

『接敵までもうすぐです! 天音さん、戦闘準備を!』

「了解」

 

 

 目の前には、もう既にナニカから逃げ惑うシャトルの姿が捉えられていた。

 そのナニカは、まるで岩石に細長い人の手足が生えたかのような歪な見た目をしている。ファンタジー小説なんかで度々登場するゴーレムもこんな感じの岩の巨人だろうな、などと考えながら、天音は思考を切り替えた。

 まだ、致命的な損傷を負っているわけではないが、早急に倒さねばシャトルも持たないだろう。それは火を見るより明らかであった。

 

 

『■■■■ッ!』

『物質変異タイプですね。中型で良かったです。天音さん、こういう時は』

「削り取るッ!!」

 

 

 直後、チャリオッツの正式武装であるアサルトライフルから、ズガガガッという心地好い音を立てて弾丸が吐き出される。

 それは、ゴーレムの岩のような体表を抉るようにして直撃する。そして、その下から虹色に輝く胎児(・・)が露出した。それは、まるで心臓のような、そんな印象を抱かせた。

 

 

『天音さん、今です!』

「分かってる⋯⋯よッ!!」

『■■■■ッ!!』

 

 

 トドメを刺さんと引き金を引けば、アサルトライフルは弾ではなく空振りの音だけを吐き出す。

 仕方無しに投擲されたチャリオッツの剣は、ゴーレムの本体(胎児)目掛けて真っ直ぐに突き進んだ。

 しかし、ゴーレムとてただでやられる程には弱くなかった。

 

 

「ッ、この程度じゃ防がれるか」

『■■ッ』

 

 

 金属音を立てて剣は弾かれる。見れば、ゴーレムに空いた穴は既に無く、露出した胎児の光も欠片も見えなかった。

 

 

「⋯⋯強い」

『修復が早いですね⋯⋯厄介な』

「シャトルは?」

『もう暫くで戦域を離脱します』

 

 

 横目でシャトルの方を見れば、全速力で宙域を離脱しようとしているのが見える。しかし、宇宙でゴーレムが叩き出す速度に比べれば、その進行速度は微々たるもの。

 

 

「さっさとしてよ⋯⋯ッ」

『■■■■ッ!!』

 

 

 天音の視線を追ったらしいゴーレムは、本来の標的が後ろ背を向けて逃げ出したことに気が付く。天音の方へと突進すると、逸れた彼女を無視してシャトルを追いかける。

 

 

「くっそ⋯⋯!」

『■■■ッ!』

 

 

 急いでマガジンを装填するが間に合いそうにはない。

 これでは、シャトルはゴーレムの突進を後ろから受けて大破するだろう。それは、非人間ではないと自負する彼女としては許容出来なかった。というよりも、後味が悪いことを許容出来るほど大人ではなかった。

 天音は、盾を構えるとブースターを全開にしてゴーレムの後を突撃する。

 そのまま突撃しては、硬い体表に衝突するだけでともすれば自殺行為だ。だが、この姫士甲冑の()は違う。

 

 

『天音さん!?』

 

 

「───間に合えぇぇぇぇえ!!」

 

 

『■■■■ッ!?』

 

 

 思わぬ後ろからの痛撃に、ゴーレムは驚き振り返る。全速力の盾による突撃で岩の塊に近い構成の身体は崩れ、再三、ゴーレムは虹の本体をさらけ出した。

 今度こそ、それを逃す少女ではない。

 

 

「これで、終わりだぁ!!」

『■■ッ!?』

 

 

 銃口を突きつけられた本体と目が合う。己に向けられるその黒々とした眼(・・・・・・)に、その生き物のような仕草に、一瞬だけ戸惑いを見せる。

 だが、天音は目を瞑り無心に引き金を引いた。それが正しいのだと、無意識に言い聞かせて。

 

 

 ▽

 

 

「ありがとう、お姉ちゃんっ!」

「昨日は、本当にありがとうございました」

「⋯⋯へ?」

 

 

 翌日の土曜日。昼間から出社した彼女を待っていたのは、小学生にも満たないであろう少女と、その母親らしき女性。

 正直言って、天音は自体が飲み込めていなかった。

 己は、借りたマンションよりも居る時間が長いであろう第十三研究室に出勤しただけである。それがどうして、このような感謝の言葉を述べられているのか。全く持って分からなかった。

 見兼ねた西園が、いつも通りの調子で状況を説明し始める。

 

 

「篠宮天音様、この人達、昨日のシャトルの乗客だったらしくてですねぇ? 一時間前くらいから、こちらで貴女のことを待っていたのですよぉ」

「⋯⋯はぁ⋯⋯」

「まあ、貴女の功績ですから。素直に受け取っておくことをオススメ致しますよぉ?」

「⋯⋯まぁ」

「ねね、お姉ちゃん、かっこよかったぁ!」

 

 

 少女が天音に抱き着く。母親がそれを諫めようとするが、天音はそれを視線で制して少女の頭を撫でた。

 これ()を、助けることが出来た。まあ、成り行きではあったが、自分の力で助けられたことであるのだ。多少は、良い行い、というやつだったのかもしれない。

 そんなことを考えながら、天音は微笑んだ。

 

 

「⋯⋯まあ、助けられたんだし⋯⋯良いかな」

「? どーしたの、お姉ちゃん?」

「⋯⋯ううん、なんでもない。なんでもないよ」

 

 

 西園は、少女が初めて笑みを見せた瞬間を、いつも通りの顔で眺めるのであった。




 天音帰宅後の第十三研究室。

 瓶底「ふふふ、妄想が爆発しますよぉ⋯⋯!」
 助手「今度は何のフィギュアですか⋯⋯って、それは!?」
 瓶底「くくく、赤坂くん! 見ると良いですよぉ。私は、ついに形にしたのです!」
 助手「1/10天音ちゃんプラモデル!? なんて業の深いものを!?」
 瓶底「それだけではないですよぉ。私の多機能瓶底メガネが激写した篠宮天音様の笑顔も表情パーツで完全再現ッ!!」
 助手「なん⋯⋯ですって⋯⋯!?」
 オペ「何やってるんですか、二人とも⋯⋯」
 瓶底「次はチャリオッツ装着時も作りましょうねぇ。くふふ、メカ少女とは、滾るッ!」
 助手「付いていきます、主任ッ!」
 オペ「⋯⋯!」

 こんな感じです。このノリでやると、次回を書くのが辛い。


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第四話『コラテラル・ダメージ』

 一ヵ月近くも更新遅れて申し訳ないです。
 うわ、なんか凄い長い(自業自得)毎回増えていく文章は、作者のプロット考案が下手くそだからって言うのと、きっちり収めようとしすぎるからなんですね。
 後、鬱とかシリアスとかそういう描写が下手過ぎてちょっと、ね。


 コラテラルダメージ
 意味:副次的な被害。


 いつも通りな学校帰りの午後。桜も散って緑に色付き始めた夏の準備期間。五月にもなって、暑さも増してきたように感じる。その証拠に、少女の肌にはワイシャツが薄らと張り付いていた。

 天音は今日も今日とて桑原重工へと出勤する為、その道を足早に歩いていた。給料日とやらも迫っているが、天音にとっては給料、お金などというものには何の価値も感じなかった。

 自分は、ただ無心に憎きゴーレムを殺すだけだ。見返りなんて求めない。求めたって、意味は無い。結局、お金など使えば無くなるのだ。それが勝手に補充されていく。たったそれだけの事にしか思えなかった。

 

 

「わーいっ!」

「こら、走らないの! ⋯⋯まったくもう」

 

 

 車道を挟んだ向こう側の道に見えた、何やら楽しそうな幼い少女と優しげな苦笑を浮かべる母親の姿。

 自分にも生きた母親がいればあんな感じだったのだろうか。

 そんなことを思って、天音は変な考えを払うべく頭を振った。母親なんて、居ない。会ったこともないじゃないか。どうして、そんな居ても居なくても変わらないような存在を幻視してしまったのか。無性に嫌になった。

 天音は、その苛立ちを隠すように足を速めた。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 桑原重工の本社に着けば、いつでも出撃できるよう、エクィテス専用更衣室でドレス装着用のスーツに着替える。この流れも、もう慣れたものだった。

 

 

「こんにちは」

「おお、こんにちは、篠宮天音様。今日も精が出ますねぇ」

「⋯⋯どうも」

 

 

 十三番研究室に顔を出せば、そこには普段通りといった様子の瓶底メガネ、西園の姿があった。しかし、未子や瑞乃の姿は見受けられない。

 二人の、というより赤坂の行方を問えば、西園は不思議そうな顔をして口を開いた。未だに曙橋瑞乃に心を開き切っていないのは、一言に天音の意固地な性格故か。

 

 

「赤坂くんなら、たまには私達で天音ちゃんをお迎えするんだなんだと言って、曙橋くんを引っ張って行きましたが⋯⋯はてさて、すれ違い、ですかねぇ」

「⋯⋯なるほど。ありがとうございます」

「ああ、少しお待ちください、篠宮天音様」

 

 

 礼だけ述べて研究室を出て行こうとする天音を、珍しく西園が呼び止める。何やら話があるらしい。

 書類だらけのデスクから椅子を引っ張り出し、簡素なテーブルまで持ってくると座るように促す。天音は、促されるままに椅子に座った。飲み物の是非を問われれば、怪訝に思いながらも頷く。まさか、この主任が飲み物を用意するだなんて思わなかったのだ。かれこれ半月以上の間彼らと過してきたからこそ、天音には疑問ばかりだった。

 

 

「篠宮天音様、魔装姫士の仕事には慣れましたか?」

「⋯⋯ええ、まあ」

「難しいでしょう、この仕事」

「⋯⋯確かに、難しいですね」

 

 

 改まって何を尋ねてくるかと思いきや、西園の口から飛び出したのは天音への仕事への所感を問う文言。もっと奇天烈な事を聞かれるのかと思ったが、彼の質問は間合いすらも奇天烈であったらしい。まともな事を聞かれているのに、その裏があるのではないかと疑ってしまうのは、単に彼の普段の姿ゆえだ。

 

 

「篠宮天音様、何か悩み事などございますか? あ、ワタクシに話せないようなことなら結構ですので。ほんと、全然言わないでくださいね。どうにも出来ませんから」

「⋯⋯いえ、特には」

「そうですか、そうですか。良かったです」

「あの⋯⋯」

 

 

 いよいよもって訳が分からない。

 困惑を隠せなくなり始めた天音に、西園は見計らったかのようにネタばらしをした。

 

 

「カウンセリング、ですよ。未成年の魔装姫士には義務付けられてましてねぇ。社長にもドヤされまして」

「ああ⋯⋯」

「篠宮天音様、貴方、放っておいたらカウンセリングなんて受けないでしょう。だから、社長に研究費削減だって脅される前にワタクシの方で、と思いましてねぇ」

「⋯⋯それは、まあ、確かに」

 

 

 そう言えば、魔装姫士になる段階でサインした承諾書、規約書の項目に、カウンセリングを受けるように書かれていた気がする。

 確かに、何も言われなければカウンセリングなど絶対に受けていないだろう。それは確実だった。

 なるほど、やることをさっさと終わらせておきたい、そんな打算が含まれていたようだ。天音は、目の前の瓶底メガネが全然変わっていなかったことに安堵した。そんな天音の様子を見計らったかのように、西園は切り出す。

 

 

「ところで、篠宮天音様」

「⋯⋯何ですか?」

「我々、第十三研究室の創設理由、知りたくありませんか?」

「⋯⋯!」

 

 

 それは、確かに気になっていたことだ。

 最近知ったことだが、ここの研究室は九室しかない。第八研究室とここ、第十三研究室との間は空白なのだ。何かあるのだろうことは容易に考えられた。自分の所属する研究室だ。その創設理由が気にならないわけがない。

 

 

「では、その前に⋯⋯」

「⋯⋯?」

「カメラの前では話せないこと、なのですよ」

 

 

 西園がポケットから取り出したリモコンを、研究室の白天井隅に設置されている監視カメラに向けて操作する。怪訝そうな顔の天音に、ぼかすように西園は応えた。

 

 

「そうですね。まずひとつ言えること、我々第十三研究室は、赤坂くんとワタクシの二人だけでした。そして、今回貴方が加わり、曙橋くんが加わった。四人体制なわけですよ」

「⋯⋯」

「そんな第十三研究室ですが、我々はとある目的で発足された」

「とある、目的⋯⋯?」

「それは⋯⋯」

 

 

 とある目的。それこそが、天音の今一番知りたいことに違いない。その答えを催促するような天音の視線に、西園はニヤリと笑って口を開こうとした。

 その時、研究室のサイレンがけたたましく鳴り響いた。それとほぼ同時に、焦った様子の茶髪の女性未子が飛び込んでくる。

 

 

「天音ちゃん、居る!?」

「赤坂さん⋯⋯!」

「おっと、お邪魔虫が現れたようですね。出撃してくださいませ、篠宮天音様。このお話は、また次の機会に」

「⋯⋯はい」

 

 

 残念そうに肩を上げて落とし、仰々しく一礼した西園の姿を後目に、天音は未子の後を追い掛けた。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 半ば走って辿り着いたガレージは、普段からは考えられない程に慌ただしかった。まさしく、緊急事態(・・・・)、といった様相だ。

 今日は同時間帯シフトの人が居たはずだ。その姿と、ドレスの姿が見受けられないことから、先に出撃したのかもしれない。

 だとしてもだ、ここまで整備班や作業員の面々が忙しないのは初めてのことだった。医療班と記された服に身を包む者達の姿も見受けられる。天音は、違和感と不安を覚えた。

 

 

「天音さん! すぐに出撃準備をお願いします!」

「⋯⋯了解」

 

 

 音声案内と整備班の指示に従い、自らの愛機である黒塗り機体、チャリオッツS(シノミヤ)A(アマネ)edを装着。起動状態にして、瑞乃の指示を待った。

 

 

「天音さん、今回の対象は全長21m。大型ゴーレムに分類されます」

「大型、ゴーレム⋯⋯」

 

 

 大型ゴーレム。

 あの時(・・・)以外、まだ一度も相対したことは無いが、その名前はよく耳にする。

 5m未満の小型、5m以上10m未満の中型、10m以上が大型に分類されるゴーレム。基本的に発生件数は中型が最も多く、大型は中型の十分の一程度の発生率しかない。

 そして、その分、強い(・・)。それは、魔装姫士五人がかりでなければ安定して倒せない程に。

 

 

「ただ、未だ民間人の避難が終わっていない現状です」

「⋯⋯っ」

「必然的に民間人の被害を抑えながら戦わなくてはなりません。さらに言えば、ゴーレムは依然、シェルター方向へと進行中です」

 

 

 ただゴーレムを倒すだけなら問題は無い。

 しかし、今回は対象が大型ゴーレムである点に加えて、民間人の避難が終わっていないという懸念事項、シェルターに被害が出る可能性が重なる。ここ何回かの出撃でも何かを守りながら戦ったことはあったが、そのどれもが難しいものばかりだった。その上、その時の殲滅対象は中型種のみ。今回の大型ゴーレムとは比べるだけ無駄だろう。

 

 

「今回の件、まだ経験の浅い天音さんでは難しいという判断で、同シフトの方に出撃してもらいましたが⋯⋯」

「⋯⋯!」

 

 

 瑞乃の顔色は暗い。何か良くない事態が発生したのだろう。

 ちょうどその時、その裏付けをするように、ガレージの入り口が慌ただしくなる。さっと振り返れば、一人の魔装姫士に抱かれるようにして運び込まれるボロボロに砕けた装甲を纏った女性の姿が見えた。

 医療班に担架で運ばれ、隣を過ぎ去った時、天音は息を飲んだ。

 腹部には装甲の破片が突き刺さり、右半身の皮は所々剥げている。脚はかろうじて原型を留めているような、そんな見るも無残な状態であった。生きているのが奇跡に思えるような、そして、残酷に思えるようなその姿に天音は表情を曇らせる。

 

 

「ああなってしまっては、もう魔装姫士としては戦えないだろうな」

「⋯⋯!」

「もしかしたら、お前みたいにゴーレム憎しで立ち上がるやも知れんが、まあ、そのようなことは些末なことだ」

 

 

 天音にかけられる声。その声に、聞き覚えがあった。重量のある無機質な重たい音を響かせながら近付いてくるのは、先程女性を運び込んだ白髪の女性。その冷たい赤い眼には、確かに覚えがある。

 

 

「久しぶりだな、天音。活躍、聞いているぞ」

「柏木、教官」

 

 

 柏木(かしわぎ)京佳(きょうか)

 魔装姫士免許を取得する際に、天音の教官を担当した日本フロンティア政府所属のエクィテス。苛烈にゴーレムを殲滅するその姿から、進撃者の名でも知られる日本フロンティア有数の実力者でもある。

 

 

「その様子なら、出撃出来るな?」

「⋯⋯はい」

 

 

 柏木の有無を言わさない視線に、天音は強く頷いた。

 そうして出撃する体勢を整えた天音へと、いや、当然とばかりに話を進める柏木へ待ったの声が掛かる。

 

 

「ま、待ってください! 天音さんは、まだ経験不足の新米ですよ!? なのに、大型ゴーレムの相手なんて」

「問題はあるまい。死んだならそこまでだったという事だ。なあに、心配するなよ、オペレーター。私の教え子だぞ? そう簡単に死にはしないさ。それに私も付いている」

 

 

 そう言う柏木の言葉、所作には、天音への絶対の信頼が見て取れた。実際、ここ最近の戦果は上々。ルーキーとは思えないとお墨付きまでもらっている。だから、何の問題もない。

 何より、こうしている間にも、憎きゴーレムはのさばり続けているのだ。問答など意味の無いことである。少なくとも、天音の考えはそうだった。

 

 

「⋯⋯分かり、ました。⋯⋯天音さん、絶対に無理はしないでくださいね」

「⋯⋯篠宮天音、行きます」

 

 

 そうして、柏木の後を追う形で、天音は空へと飛翔した。

 その胸には、大型ゴーレムを討伐することへの揺るぎない意欲が湧いていた。

 

 

 

 ▽

 

 

 

「⋯⋯酷い」

「うむ、そうだな。地獄絵図の如き惨状だ」

 

 

 到着したそこは、柏木の言葉通り、まるで地獄絵図。

 横幅20メートル程度の大通りには、大破した車や、なぎ倒された街路樹、破壊された家。そして、夥しい数の血痕と肉片(・・・・・)が散乱していた。

 落ち始めた太陽にうっすらと赤く照らされた大通りは、さながら虐殺の現場という言葉が最も相応しいだろう。

 

 

「そして、我々の力不足が招いた惨状だ」

「⋯⋯」

 

 

 食いしばった奥歯から、歯と歯の擦れる音が鳴る。自分の決断が遅くなければ、もしかすれば助かる命だってあったかもしれない。そう考えると、自分の弱さへの憎しみと、比類なきゴーレムへの復讐心が湧き上がってきた。

 この惨状を作り出した、許し難き存在が近くに居るはずだ。出来ることはそいつを殺して、仇を討ってやることだけ。

 どこだ。天音のそんな心の中の呼びかけに呼応するように、ソレ(・・)はビルを突破って現れた。

 

 

『■■■■■■ァァア!!』

「⋯⋯来たな。やるぞ、天音」

「⋯⋯了解」

 

 

 現れたのは、全長18メートルにも迫るであろう巨大な熊。しかし、腕の部分は筋肉の付いた人の腕らしきものに、背中からは何やら木のようなシルエットが生えている。単にゴーレムらしい、異形の姿であった。

 大きさ以外姿かたちは全く違うのに、いつぞやの憎き存在が脳裏に浮かんだ。その姿を、幻視した。辺りの惨状もそれを増長させているだろう。

 

 ―――絶対に、殺す。どんな手を使っててでも、此奴を生かしてはおけない。何を犠牲にしてでも、お爺ちゃんの仇を取る。

 

 そんな、どこまでもドス黒い熱意(・・・・)が天音の心に湧き出た。

 

 

『■■■■■ァッ!』

「散開ッ、空からの射撃行動に移れ!」

「了解⋯⋯!」

 

 

 柏木からの的確なタイミングでの指示に従い、中空で待機していた天音はブースターを吹かしてより上の空へと飛翔する。その間、天音よりもいち早く上へと移動していた柏木の機体、エグゼキューショナーのスナイパーライフルによる援護射撃。やはり、ベテランであり、日本フロンティア屈指のエクィテスと言われるだけあって、その強さは折り紙付きだ。その証拠に、援護射撃でありながらその弾丸は正確にゴーレムの手足を撃ち抜き、しばらくの行動を阻害していた。

 

 

「はぁあ!!」

「⋯⋯ッ!」

『■■■■ゥアァア!!』

 

 

 ゴーレムの怒りの咆哮も意に介さず、天音はアサルトライフルを、柏木はスナイパーライフルを撃ち込み続ける。集中砲火に怯んだゴーレムは、前に進めていない。ダメージだけは蓄積していっている。

 この調子なら、大型ゴーレムと言えど楽に殺せそうだ。

 脳裏で一瞬、そんなことを考え、もう一度思考を戻した時、そこにゴーレムは居なかった(・・・・・)

 

 

「⋯⋯っ!?」

「天音、後ろだ⋯⋯!」

 

 

 その声に弾かれるようにして後ろを振り返れば、そこにはビルに囲まれた開けた場所と、地面に埋まるようにして存在する中規模の建物があった。

 そして、その反対側、700メートル程度先にはゴーレムの姿。奴の攻撃を喰らえば、シェルターなどひとたまりもないだろうことは想像に難くない。

 ゴーレムは怯みながらも、シェルターへ向けて攻撃出来る最良の位置を目指していたらしい。

 

 

「シェルター⋯⋯!」

「⋯⋯事態は不味いが、出来うる限り(・・・・・・)、お前にはシェルターを防衛してもらわなくてはならない」

「⋯⋯了解です」

 

 

 大通り故に、ゴーレムを食い止める障害となれるのは自分達しかいない。

 渋々といった様子で返答する天音を見て、柏木は満足そうに頷くと、スナイパーライフルを構えてゴーレムへと突撃していった。

 その姿は、エグゼキューショナーの黒い装甲も相まって黒い流星。そして、その顔は狂気的な笑みに歪んでいた。

 

 

「クズめがッ! 依代さえなければ何ら害を為せぬ、他力本願の寄生生物がッ!!」

『■■■■オァ!?』

 

 

 近接武器のサーベルで以て脚を切り付け、スナイパーライフルを接射(・・)、苛烈に攻め入るその姿は正しく進撃者(・・・)。ゴーレムもみるみるうちにダメージを受けて動きを鈍らせていく。逆に、ゴーレムの攻撃は一つたりとて柏木に当たる様子が無い。

 

 

「⋯⋯凄い」

「今、下らぬ生を終わらせてやるッ!!」

『■■■■■■ァァァ!』

 

 

 自分では到底叶わない立ち回りに、天音は一言、感嘆の言葉を漏らす。それと同時に、自分の手で殺せないことに焦り(・・)も。

 するとその時、戦闘と自分との間、大通りのビル沿いに幼い声(・・・)が聞こえた。

 

 

「みてみて、おかあさん! えくぃてすだよー?!」

「こら、止めなさい! あの人達が戦っている内に早く逃げるわよ!」

「⋯⋯っ!?」

 

 

 サラリーマン風の男と、二人の老人、そして、先程見かけた少女と母親。恐らくシェルターに逃げ遅れたのだろう。怒号と彷徨、銃声が聞こえる大通りを駆け足にシェルターの方へ向かって行く。

 男は老人を突き飛ばし、我先にと走って行った。老人は地面に倒れながらもなんとか起き上がり、二人でシェルターを目指していた。この調子なら、何も問題ないだろう。しかし、あの老人を押し退けたサラリーマンに関しては、少しばかり助けたくない気持ちが湧いてしまったが、私情で区別も出来ない。だから、嫌だったとしても助けよう。

 

 そう思った、矢先であった(・・・・・・)

 

 

 

「ぐぁっ⋯⋯!?」

「教官!?」

 

 

 

 沈む間際、一層強く太陽が輝いたその瞬間。

 少女の隣を柏木が急な速度で通過した。そして、ビルに衝突。煙を上げて強くめり込む。見れば、ゴーレムは筋肉達磨のような右手を更に肥大化させて振り払っていた。ドレスに備えられた搭乗者補助機能のひとつ、聴視覚の影響で、夕焼けにより目をやられたのだろう。そして、その隙を突かれて凪払われた。

 あの柏木京佳が死んだとは思えないが、あの様子では、すぐな戦線復帰は難しいだろう。今動けるのは、ゴーレムを殺せるのは自分だけ(・・・・)だ。

 

 

『■■■■■ァァアァア!』

「くっ!?」

 

 

 天音など眼中に無いとばかりに、ゴーレムは大通りを巨躯に見合わぬ速さで疾駆する。

 目指す先にはシェルターと、突然のゴーレムの突貫に逃げ惑う人々(・・・・・・)。このままでは、進行方向の彼らは轢き殺され肉塊となり、シェルターは破壊し尽くされるだろう。刺し違えてでも、殺るしかない。

 突貫しようと、ブースターに意識を集中させようとした。

 

 

 

「天音ッ! 私の銃で狙い殺せ! お前なら、一撃で殺れる筈だッ!!」

「教官⋯⋯!」

 

 

 

 聞こえる柏木の声。すぐ真下には、エグゼキューショナーのスナイパーライフル。

 天音は地面に突撃するようなスピードでソレを掴み取ると、構えてスコープを覗き込んだ。確かにダメージ蓄積具合から見るに、頭部を狙えば一撃でやれるはずだ。だが、この手の類の武器を使ったことがない故に、狙いを付けるのが難しい。

 その間にも、ゴーレムは屠殺せんと加速する。あと少しで、シェルターに届く。

 

 

『■■■ァ!』

「ぁ⋯⋯っ!?」

 

 

 一人、サラリーマン風の男が跳ね飛ばされて死んだ。

 二人、老人が轢き殺される。

 三人、もう一人の老人が噛み砕かれた。

 ぎり。歯軋りをして、カタカタという震えを誤魔化す。何故震えているのか、考えたくもない。人が、死んでいく。自分の弱さで、ゴーレムが人を殺している。ゴーレムが(・・・・・)、好き勝手している。そんなの、許せない。

 視界が暗くなっていく中で、突如、インカムから声が聞こえた。

 

 

 

「大義の為の犠牲だ。許容しろ、天音」

「⋯⋯!」

「小を切り捨て、大を生かす。訓練生時代に教えただろう?」

 

 

 

 小を切り捨て、大を生かす。この世の摂理であり、力が無いが故の最低で最良の手段。

 天の音。祖父の言葉。全て、最良を求める。

 何か、違和感があるが、そんなものはどうでも良い。やるべきことをやれと、求められている。そうに違いないのだから。

 何より、祖父の仇である大型ゴーレムを討つには絶好のタイミングだ。

 

 

「⋯⋯はい、教官」

「それで良い」

 

 

 すぅっと、冷静な思考が戻ってくる。手の震えが治まった。

 そうだ。シェルターに匿われる沢山の命と、高々五人の命。天秤に掛けるのも烏滸がましいくらいに、振り切れている。

 最低だ。でも、やらないよりはマシだ。

 照準が合う。引鉄に指を当てる。ブレを完全に修正する。狙うなら、たった一つの瞬間。硬直が生まれるのは、その瞬間だけ。

 

 黒い、どこまでもドス黒い熱意(・・・・)が天音を支配した。

 

 

 

 

「殺れ」

 

 

 

 

 ―――最後に残った母娘が潰される。

 

 ―――響く銃声と共に、ゴーレムの頭部が弾け飛んだ。

 

 頭部を失った巨躯が、粒子を撒き散らしながら地面に倒れる。その下にある、何も理解出来ず死んだ顔だけとなった幼女(・・・・・・・・・)を下敷きにして。

 その顔が、うっすらと頬を伝った()が、やけに天音の眼に焼き付いた。

 

 

 

 ▽

 

 

 

「よくやった、という言葉は欲しくないんだろうな」

「⋯⋯柏木、さん」

 

 

 未だ、人々はシェルターの中。

 惨状を片付ける為に日本フロンティア政府の者達が慌しく駆け回る中、柏木は瓦礫に座る少女に声を掛けた。二人とも魔装は解いて、各自のガレージへと先に運び込まれている。

 

 

「⋯⋯切ないか?」

「⋯⋯っ、はい」

 

 

 切ない。確かにそうだ。

 あの涙が忘れられない。命を犠牲にした感覚が、胸を締め付ける。

 

 

「コラテラルダメージ、副次的な被害。私達の職業はゴーレムを殺すことだ。人殺しじゃない」

「⋯⋯」

「だが、言ったように副次的な被害、というのは常に付きまとうものなんだよ。今回みたいな、小を切り捨て、大を生かさざるを得ない状況なら特にな」

 

 

 副次的な被害。確かに、今回の件はそれだけで説明にカタがつく。それでも、それだけでは納得が出来ないのもまた、事実であった。

 

 

「私達がやっていることは、正しいこと、なんですよね?」

「⋯⋯ああ、そうだ」

 

 

 その肯定に、天音の中で何かが崩れかけた。大切な、何か。アイデンティティが。

 

 

「でも、なら、なんでこんなに胸が苦しいんですか⋯⋯!?」

「⋯⋯そんなもの、決まっているだろう。お前が弱いからだ」

「⋯⋯ッ!?」

 

 

 長い黒髪を振り乱して、少女は俯く。迷い戸惑い苦しむ様。

 その様を、しかして柏木は見詰めるだけだった。

 

 

「もう、分からない⋯⋯! 天の音に従っただけなのに⋯⋯!」

「⋯⋯天の音。はっ、天の音か。違うな」

「⋯⋯え?」

 

 

 天の音に従った。そう宣う天音を諌めるように、そして、顔を冷笑に歪めて柏木は口を開いた。天音の心を殺すような、そんな止めのような言葉を、囁いた。

 

 

 

「天の音、それは、お前の意志(・・・・・)だ。お前は、お前の意志に従って、男性と二人の老人、そして母娘を見殺した。紛れも無く、そうせざるを得なかったお前の落ち度なんだよ」

「⋯⋯私の、意志⋯⋯?」

「そうだ。考えても見ろ、悪人だって、大に入っていれば時には救わなきゃいけない。腐ってるよな、この世界は。だが、それをどうにかするのも、どうにかできなくするのもお前の弱さであり意思なんだよ。あのサラリーマンは、悪人だった。でもって切り捨てられる側にいたから死んだ。まあ、摂理だ」

 

 

 

 まるで、足元が崩れ落ちていくような、そんな感覚に陥る。

 視界が暗くなって行く。倒れそうになる身体が、誰かに抱き止められた。

 白が、視界に映る。

 

 

「ワタクシのところのエクィテスに、何やら吹き込むのはやめてもらえますかねぇ、進撃者サマ」

「⋯⋯西園か。お前も、食えない奴だな」

 

 

 見知った顔の男が天音の様子を確認する。その瓶底メガネに隠された眼が、うっすらと安堵に歪んだ様な気がした。

 

 

「天音、考えると良い。お前は、どうなるのかを」

「さっさと帰りなさい。貴女も暇なんですか?」

「はっ、そうだな。では、ここらで私は去るとしよう」

 

 

 去っていく柏木を、西園の腕の中で見送る。

 去り際の柏木の言葉を聞き止めて、天音は意識を手放した。




 鬱?谷?なんか、そういうのが書けるようになりたいと思うこの頃。感想などお待ちしてます。こうしたら書けるよ、みたいなアドバイスなんかもあればお願いします。


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第五話『魔装姫士で在るということ』

 約半年ぶりの更新。ブランクがありすぎて書けない。文字数も普段より半分くらい少ないし。多分、その内文字数を付け足して行く予定。私には鬱は書けなかったよ。


『殺れ』

 

 

 ⋯⋯ああ、またこの夢か。

 激しい動悸が、夢であるというのにも関わらず、治まることなく煩わしさを私に与えてくる。

 狙撃銃から放たれた凶弾が、ゴーレムでも何でもなく、あの日助けることの出来なかった少女を射抜く。周りにはあの時の二人の老人やサラリーマン、そしてあの子の母親。

 この頃、何度も同じ夢を見る。

 

 

『助けて、助けてよ、ねえ』

 

「わ、私は助けようと⋯⋯助けようとした⋯⋯!」

 

 

 何度引き金を引かないと決意しても、何度別の方向に撃っても、何度他の誰かを殺そう(・・・・・・・・)としても、彼女は死ぬ。

 そして、舌足らずにこう宣うのだ。

 

 

『天の音なんて、何でもないよ。お姉ちゃんは、ただの人殺しだよ』

 

「だって、違う、だってさ、だって⋯⋯違うよ、そんなの」

 

 

 人殺し(・・・)という言葉が、深く、深く突き刺さる。

 取り留めもない思考が浮上しては、取るに足らないものだと脳が切り捨てていってしまう。そのどれもが大切なんだと、心が訴えているのに、脳はそれを聞き入れもしない。

 何度見ても、同じ夢に翻弄されっぱなしだ。絶対に忘れるな、これはお前の罪なのだと私を戒め、縛めるような、そんな夢。

 

 

「わ、私は、天の音に従って⋯⋯だ、だから! あれは仕方のないことだったんだ! だって、じゃないとおかしいよ⋯⋯! 私が殺したみたいじゃないか!?」

 

 

 天の音。

 祖父を失ったあの日から全て、それに委ねてきたのだ。間違いは、無かったはずだ。天の音は常に私を最良の決断へと誘ってくれる。全部、私を導いてきてくれた。

 頭の中から、あの煩わしい泣き声と、尊敬すべき人からの叱咤と冷笑が離れてくれない。

 このまま死んでしまったら楽なんじゃないか。そう思ったことも一度や二度じゃない。だけど、それはダメだ。絶対に。

 まだ、私は何も出来ていない。何もしちゃいないのだから。

 

 

 

 ▽

 

 

 

「ぁぁぁああっ!?」

 

 

 目が覚める。ベッドからがばっと体を起こして、辺りを見回せばそこは私の部屋。

 汗でベトベトになった体と湿ったベッドの感覚など気にならないくらい激しく鼓動する心臓を鎮める。

 しばしの間、何もせずぼうっとしていると、やがて身体は言うことを聞くようになって、急に汗やら何やらの不快感が襲ってきた。

 

 

「あ、れ? 今日は、シフトじゃないんだっけ?」

 

 

 ふと目に入ったカレンダー。私は、シフトが心配になって頭を巡らせるが、脳裏に瓶底メガネの研究者の顔が映った辺りで思考を断ち切った。

 

 

「⋯⋯そっか。主任からしばらく休めって言われて⋯⋯」

 

 

 だけど、何も無い私には何もすることがない。

 何も無い私は、ただ、ゴーレムを殺しさえすれば良かったんじゃないの?

 そう思えば、今の私の体たらくは、昔の私からすれば見るに堪えないものなのではないだろうか。

 しかし、仕方が無いのだ。こうして、どうにかこうにか夢と自分に言い訳をしながらでないと自分を保つことが出来そうにないのだから。

 

 

「⋯⋯情けない」

 

 

 情けなさが、次第と苛立ちに変わり始めた為に頭を振ってベッドから起き上がった。

 お風呂に入ろう。今は気分転換しなくてはならない。

 なんとかお風呂には入っているが、髪の手入れなんかも怠ってしまってボサボサだ。今日は、思ったよりも何か出来そうだから、手入れをしておこう。髪は、女の命だって赤坂さんも言っていたし。

 

 天音は、ゆっくりとした足取りで備え付けのバスルームへと向かうのであった。

 

 

 

 ◇

 

 

「はぁ⋯⋯ままならないわね」

 

 

 フィギュアが所々に飾られた研究室。

 その一室で、白衣の女、赤坂未子は溜め息を吐きながらカップに注がれたコーヒーの水面を覗き込んだ。

 その顔は、久方振りの期待を裏切られて不貞腐れ気味だった。

 

 

「天音ちゃんも、ここまでかなぁ」

「おや? 赤坂くんともあろう者が、そんなこと言って良いのですか?」

 

 

 その言葉に反応したのは、機械を操作していた瓶底メガネの研究室主任、西園廻。

 返答が予想外であった赤坂は、眼を瞬かせると主任を見つめた。この非人間が、少女一人に絶大な(・・・)信頼を寄せていることが信じられなかったのだ。

 

 

「え、主任、まだ大丈夫だと思うんですか?」

「ええ、ハイ。篠宮天音様は、我々の悲願である覚醒(・・)スキル持ちの魔装姫士ですよ? 」

 

 

 未子は、更に頓珍漢なことを言い出した西園の顔を見つめて目をぱちくりさせる。

 だが、よくよく考えてみれば彼の言いたいことは何となく理解出来た。

 

 

「⋯⋯なるほど。それなら、まだ彼女はどうにかなりそうですね」

 

 

 そこまで言って、自分がまたあの頃みたいな非人間的な外道の考え方に陥っていることに気がついて、未子は苦笑した。

 

 

 

 ◇

 

 

 しばらくの間、家の中で何もせずに過ごしていれば、外には夜の帳が落ちていた。天音は空腹を訴えかけている胃袋の存在に気がつくと、近場のコンビニに往くために着たパジャマとその上から羽織物を掛けて外に出ていた。

 

 

「⋯⋯ゴーレムは殲滅しなきゃ、いけない」

 

 

 その考えだけは一生変わることは無いだろう。少なくとも、ゴーレムは人間にとって害しか及ばさないのだから。私怨などに依らずとも、殲滅する理由としては十分だ。

 人類を救う為に我々が居るのではなく、人類の安全を脅かすゴーレムを殲滅する為にこそ、我々魔装姫士は存在しているのだ。教官は、常々そう宣っていた。天音も、それは正しいと思う。

 もしも、目の前の命を優先し、ゴーレムを取り逃したとあれば、それこそ多くの人間の命は喪われる。それは、誰も望むところでは無いはずだ。だから、大を切り捨てる選択肢は人道的には正しくなくとも、魔装姫士としては正しいはずだとも思うのだ。

 街灯に照らされた夜道を歩きながら、天音は独白する。

 

 

「私は、別に、善人じゃない」

 

 

 別に善人振りたいわけじゃない。善人の真似事がしたくて魔装姫士になったのではないのだから。それに、そうすることを、天の音は望んでいない。

 魔装姫士の義務として、依頼、任務で課せられた人命の救助ならば遂行してみせよう。目の前で助けられる命があるのなら、出来うる限りのことをしよう。

 だが、それ以外は知ったことではない。不運だと、不憫だと思いはすれど煩うほどではない。気に留めるようなことじゃないはずだ。

 だけれども、ならばなんだというのか。ここ二日、この胸の内に巣食う苦しさは。

 

 

「分からない⋯⋯もう、分からないよ」

 

 

 頭がおかしくなりそうだった。もう訳が分からない。自分の全てが信用出来ない。得体の知れない気持ち悪さに、胸を掻き抱く。

 人通りはほとんどない夜道とはいえ、天音は道の只中で頭を抱えて蹲ってしまった。

 カタカタと震える身体を抱き締めながら、天音はうわ言のように、「分からない」と続ける。

 生温い、夏に差しかかる夜風が頬を撫ぜて、ふと、天音は前方に気配を感じた。

 

 

 

「⋯⋯あら? 貴女は⋯⋯」

「⋯⋯え?」

 

 

 

 見上げた眼は、いつかの名も知らぬ盲目の少女を映していた。

 




 よろしければ、感想などなど待ってます。


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第六話『叱責』

 立ち上がる回。ただ、叱責と言うほど叱責されてない。


 手を引かれるままに歩いて、気が付けば天音は少女と語らった公園の近くに居たらしい。

 場所を変えるということで、天音と少女はいつかのベンチに座っていた。前よりも温い夜風が吹き抜ける夜。自分は、彼女と奇妙な縁があるらしいと天音は内心苦笑した。

 

 

「お久しぶりです⋯⋯えっと⋯⋯」

「⋯⋯篠宮天音」

 

 

 簡潔に名乗った天音に対して、少女は微笑むと口を開く。

 天音自身、どうして自ら名乗ったのか理由さえ分からなかったが、精神をやられているのだろうと結論付けると少女の言葉に耳を傾けた。

 

 

「天音さん⋯⋯天の音、でしょうか。良い名前ですね」

「⋯⋯っ」

「申し遅れましたが、私は千寿結奈(せんじゅゆいな)と申します」

 

 

 天の音、その言葉に敏感に反応してしまう。だが、当の少女は気がついた素振りはない。よく分からない感情を覚え冷や汗をかきながら、内心ほっとした。

 千寿結奈と名乗った少女の名前を珍しく脳裏に留める。記憶力は良い方であるが、普段から他人のことなどどうでも良いというタイプである天音が名を覚えるというのは、偏に千寿結奈という少女を天音が多少なりとも信頼しているという証左とも取れるだろう。

 

 

「それで⋯⋯先程は尋常ならざる様子でしたが、どうなさったのですか?」

「⋯⋯」

「⋯⋯なるほど」

 

 

 何が分かったのか、少女はうんうんと頷くと夜道の方を向いていた体をベンチに座ったまま天音の方へと向けた。

 

 

 

 

「───貴方、取り返しがつかないことをしてしまったのですね」

 

 

「⋯⋯っ」

 

 

 

 バッサリと、尚且つ的確な言葉に天音は息を飲んだ。

 そうだ、己は取り返しのつかないことをしてしまった。復讐だけを考えて、最後には無我夢中でゴーレムを殺した。

 その対価には、あまりにも、あまりにも。

 

 

「貴方が何をしたのか、それは、この際聞きません。それを聞くのは、貴方を裁くことに他ならないから」

「⋯⋯アンタにッ」

「分かりますとも。でも、分からない。私は諦めたことなどありませんから(・・・・・・・・・・・・・・)

「⋯⋯ッ!」

 

 

 諦めたことなどない。そうか。それはそれは。私みたいな力のない人間なんかと違って、アンタはきっと力を持ってるんでしょう。

 怒りが何周かして嫌に冷静になった思考が、彼女ではなく自らに牙を向き始める。

 

 なんで、私は助けなかった?いや、なんで助けようとしなかったんだ?たとえ無理な話であったとしても、足掻くことは出来たはずなのに。抗えば良かったはずなのに。

 天の音に従ったから?従うだけだったから、私は⋯⋯!

 

 

「でも、貴方はそうすることで誰かを助けることが出来たのではありませんか?」

「⋯⋯へ⋯⋯?」

「だって、貴方が意味も無く取り返しのつかないことをするような人間には見えない。貴方には、確かな目的と実現するための意思があったはずです」

 

 

 自分よりも、自分に詳しいんじゃないか。そんな冷笑混じりの言葉を吐き捨てかけて、それを飲み込んだ。

 そうだ。目的があったんだ。自己満足で構わないから、お爺ちゃんの仇を討つっていう、私なりの生きる目的が。

 

 

「⋯⋯私は、お爺ちゃんの復讐がしたい」

「⋯⋯お爺様の⋯⋯」

「物心着く前にお父さんとお母さんを亡くして、独りだった私の傍に居てくれた人なんだ。決して楽じゃなかっただろうに、あの人は私を男手一人で育ててくれた」

 

 

 お父さんもお母さんも、原因不明の失踪で死亡扱いとなった。お爺ちゃんは、親戚なんてほとんど居なくてあと少しで孤児院に送られるというところで私を引き取ってくれたのだ。なんでも、お父さんと喧嘩してほとんど勘当する形で追い出したものだから連絡が入るのが遅かったらしい。

 私は、そうしてお爺ちゃんの家に住むことになった。

 

 

「それはもう、お爺ちゃんとの暮らしは大変だった。乳幼児だった私を、分からないなりに一生懸命に育ててくれたのには感謝してるけど、今になってみれば流石に育て方が適当過ぎだと思うよ」

「ふふふ。聞く限りなら、男の子と同じ感覚で育てた、といったところでしょうか?」

「当たり」

 

 

 男の子しか育てたことがないから、女の子である私も経験則から育てたのだろうけど、幼稚園の年少まで私自身自分を男の子だと思っていたと聞けばどれだけ不適切だったかは分かるだろう。仕方の無いことだとしても、男子トイレに入ったのを先生に咎められた際に初めて自分の性別が分かったのは今になって思えば恥ずかしい思い出だ。

 

 

「もう打たなくて良くなったけど、ずうっと注射も打ってたし、多分身体が弱かった私を育てるのは大変だったと思う」

「それは、そうですね」

 

 

 あの注射が何だったのかは未だに分からないが、多分、成長ホルモンとかそういうやつだろうとアタリをつけている。今は健康体そのものだから、全然良いのだけれど。

 何はともあれ、私はお爺ちゃんと幸せに暮らしていたんだ。

 

 

 

「でも、お爺ちゃんは殺された」

「⋯⋯」

 

 

 あれは忘れもしない2年前のこと。

 中学二年生だった頃の私は、幸せだったのだろう。

 お爺ちゃんは働いていないのにどういう訳か何不自由なく生活出来て、それなりの私立中学校で勉学に励んでいた。この頃の私は、適性がある事自体は知っていたものの、魔装姫士になろうなんて微塵も考えていなかった。

 

 

「悲劇は突然だった。なんの前触れも無く、私からお爺ちゃんを奪っていった」

 

 

 珍しく一緒にショッピングモールに買い物に行くことになって、手持ち無沙汰にしていたお爺ちゃんに苦笑しながら日用品を買い揃えていた時のことだった。

 いきなりアラートが鳴って、シェルターに急ごうって。でも、ゴーレムはすぐそこに居たんだ。

 

 

「予測不可事態ですか」

「サドゥンリー・ケースって言うんだってね。人が集まるところで唐突にゴーレムが出現する、そこにいる人間は助かる可能性が皆無」

 

 

 だけど、そうはならなかった。

 私が逃げようって言った時には、お爺ちゃんはもう居なくて。耳には、『これが、俺の従う天の音だ』って言葉が残っていた。

 嫌な予感がしてゴーレムの方を見れば、子供連れの家族を突き飛ばしていたお爺ちゃんの姿があった。それも、右腕を丸々食いちぎられて血をだらだらと流しながら。

 

 

「勇敢な人、だったのですね」

「うん。でも、まさか一も二もなく飛び出すとは思ってなかったな」

 

 

 お爺ちゃんは、大怪我を負いながらも、今度はゴーレムを罵倒して引き付けながら人の居ない方へと走っていった。

 私は、心配でいてもたってもいられなくなって、お爺ちゃんを追って騒然とするショッピングモールを後にしたんだ。

 

 

「⋯⋯ほんと、さ。馬鹿なんじゃないかって思う。いや、馬鹿だ」

「⋯⋯」

「でも。そんなかっこいい人、他にいないよ。だから、大好きなんだ。今でも」

 

 

 夕暮れで茜がかった森の奥で追いついた時、お爺ちゃんは満身創痍だった。もう片方の腕も無かったし、脚だって片方ちぎれかけてた。片目まで失って、生きてるのが不思議なくらいだった。

 私は、いつの間にか叫んでいたよ。お爺ちゃんって。死ぬなって。怖かった。ゴーレムに見つかって殺されそうになるよりも、これ以上大切な人を失うことの方が怖かった。

 

 そして案の定、ゴーレムは私を補足した。

 

 

「お爺ちゃんの声に弾かれて、逃げようと思って足を出したら躓いて。もう、私とゴーレムとの距離はほとんどなかった」

 

 

 死ぬんだって、直感した。

 不思議と死ぬ事に恐怖は抱かなかった。多分、今度死ぬ事になっても死ぬ恐怖は無いだろう。あるとすれば、志半ばで死ぬ事への悔しさとか。

 あの時諦めたんだ、私は。生きることを。生き足掻くことを。

 

 

「でも生きてる」

「⋯⋯つまり⋯⋯」

「そういうこと」

 

 

 何かがぶつかる痛みが走って、気が付けばお爺ちゃんが微笑んでて。で、お腹から下が無かった(・・・・・・・・・・)

 理解出来なかった。でも、もう、助からないんだってことだけは分かった。

 お爺ちゃんは、初めて聞くような涙混じりの声で『撫でてやる腕が無い。その涙を拭ってやれる腕すらも。悪い、まだ中学生だというのにな』って。何が悪いのか、わかってるなら。

 

 

「⋯⋯わかってる、なら⋯⋯!」

「天音さん⋯⋯」

 

 

 最期の言葉は、『天の音を聞け』って。ずっと言ってたそれが最期の言葉だなんて、いつまでも変わらないなって。信じられないくらい、穏やかな顔で。

 

 

「なんで、おいて逝くの⋯⋯! なんでっ!」

「⋯⋯」

「私はッ! お爺ちゃんさえいれば! それで良かった!」

 

 

 涙が止まらなくって、気が付けば抱き締められてて。

 もう、駄目だ。私。自分を、止められない。

 

 

「それからずっと、我武者羅で、何がなにか分からなくって⋯⋯! だから! だから、私はッ!!」

「そう⋯⋯よく、頑張りましたね」

「ぁあっ! ぁぁぁぁあ!!」

 

 

 言葉すら、形作れない。泣くことしか、慟哭することしか出来ない。この悔しさは、もうどうにも出来そうにない。

 

 

 

 

 ▽

 

 

 

 

 十数分は泣いたか。泣き腫らした顔で、私は気恥しさからそっぽを向いた。変にあたたかい視線?いや、なんだろう、でも変なあたたかい空気を感じる。

 

 

「⋯⋯ごめん。ダサいところ見せちゃって」

「いえいえ。お易い御用です」

 

 

 微塵も苦労だとは思っていないのだろう雰囲気は、それはそれで私の羞恥を煽る。だけど、人の胸を借りて泣き腫らすなんて、普段の私じゃ考えもしないことをしたからか、今の私はいつもとは違っていた。

 

 

「ならさ。最後に、私のわがままなんだけど」

「なんでしょう?」

 

 

 図々しいことこの上ないのは分かっているけど。こんな面倒な人間に、わざわざ関わってきたのはアンタなんだから、最後まで責任取ってよって、ね。

 きっと、アンタは聞いてくれるんだろうから。

 

 

「私の決意、聞いてくれない?」

「⋯⋯ええ、良いですよ」

 

 

 頷いた彼女を、結奈を見て、ほっとしている自分がいる。今日は、おかしいんだ。

 今日の私は、いつもの私でも、今までの私でもない。

 泣くくらい思い出しちゃって、私は気が付いた。お爺ちゃんが、どうして死んだのか。死因じゃない。死ぬ決意をした理由を、だ。

 それを思い出したんだ。

 

 

 

「私は、ゴーレムを許さない。絶対に」

 

 

 

 それは、はじまり(決意)の日から揺らぐことのない怨讐の焔。お爺ちゃんを殺したアイツらを根絶やしにするその日まで、私の焔を消えやしない。死んでも死にきれない。

 

 だけれども、今の私が滾らせるのはそれだけじゃない。

 

 

 

「───でも、今日までの私もそれと同じくらいに許せない」

 

 

 

 それは、新たな始まり(誓い)。焚べる薪は、何も出来なかった悔しさと、無様な自分への怒り。そして、強く何も切り捨てなくて良い自分に生まれ変わる意思。

 

 

 

「私は、もう間違えない。天の音は、いつだって此処(・・)に在る」

 

 

 

 心に天の音、貫く意思。もう、間違えはしない。

 お爺ちゃんの天の音があったように、私は、私の天の音を聞いてみせる。

 見ていて、お爺ちゃん。そして、私の行く末に驚いて欲しい。

 

 

 

 

 ───今日こそが、篠宮天音の本当の始まりだから。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 それは、一年と十一ヶ月の期間を経て感知した、興味を惹かれる存在を想い静かに動き出した。

 

 

《天の音の覚醒予波を確認》

 

 

 機械らしからぬ、万感の想い。恋慕すら込められた声音が、何も無い空洞の教会に響きわたる。

 

 

《覚醒まで、一ヶ月と十日》

 

 

 遠くない未来に想いを馳せて、ソレ(・・)はゆっくりと目を覚ますように起動した。

 

 

《新時代に向け、人類調停を開始します》

 

 

 

 今、人類の調停者(・・・・・・)が動き出す。

 それを知る者は、まだ居ない。




 リザルト:
 天音 は 、 スキル 『天の音(仮)』 を 失った !
 天音 は 、 スキル 『天の音(真)』 を 得た !
 天音 は 、 スキル 『鋼の決意』 を 得た !
 イベントCG 『本当の始まり』 が 開放された !


 それでは、今回はここまで。次回の更新までお待ちください。
 感想やアドバイスなど、作者のモチベーションに直結致します。よろしければお願いします。


 追記:
 それと、新読者参加型企画『果敢なき玲瓏のグリムユーザー』(https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=231307&uid=234540)を公開しました。まだ参加していない方はもちろん、参加したという方も合計3キャラクターまで応募できますのでよろしければご参加ください。お待ちしております。


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第七話『桑原』

 祖父の声は津田健次郎、主任の声も津田健次郎、そして社長の声も津田健次郎。出てくる男性の声は皆津田健次郎だ。分かるね?(敬称略)

 真面目な話、イメージしているのは祖父の声は中田譲治、主任の声は鳥海浩輔、社長の声は津田健次郎です。(敬称略)


「■■■ャァ!」

「ちょこまかと⋯⋯!」

 

 

 軽快な銃声が鳴り響き、巨体が縦横無尽に森の中を動き回る。巻き起こされた風で靡く黒髪を若干煩わしく思いながら、少女は装甲に覆われた指でトリガーを引き続ける。

 

 

「■■■■ァァァア!」

『天音さん、来ます!』

「了解」

 

 

 激昴し吼えるおおよそ蛇の形をしたゴーレムと対峙して、冷や汗ひとつかかずに少女は手短に応えた。

 次の瞬間、ゴーレムの開かれた口腔から三つの閃光、三本のレーザーが撃ち放たれる。それを、上半身を少し横に逸らしただけの最低限の動きで回避すると、残弾が残り僅かになったアサルトライフルを放り捨てる。そして、背中にマウントされている盾と腰に帯びていた剣を抜いて構えながらジリジリとにじり寄っていく。

 その様は、歴戦の騎士を伺わせる程に無駄の無い動きであった。

 少女の手足の黒い装甲が、夕焼けの赤を反射して強く輝きを見せる。瞬間、ゴーレムがその身体を地面に這わせるようにして襲い掛かった。

 

 

「■■■■ャ■ャァァッ!!」

「⋯⋯ッ!」

 

 

 瞬間、空気が震えるかのような振動。

 ゴーレムの頭部に付いた鹿のものと見られる()が、ゴーレムの持ち得る剛力によって弾丸のように構えられた盾に直撃したのだ。

 顔を少しだけ歪めながら圧倒的な大質量を盾で受け止める。しかし防がれたと言えど、この爬虫類に寄生したカイブツは長い身体を仰け反り引き絞るようにして第二撃を繰り出せた。そして、怪物はそうする方が確実に目の前の害敵を殺せると踏んだ。

 ギチギチと弦を引き絞るかのような音を鳴らしながら仰け反ると、ゴーレムは一息に己の身を弾丸に変える。

 

 それこそが少女の狙い(・・・・・・・・・・)

 

 

「⋯⋯っ!」

『■■ャ!?』

 

 

 少女は受け止めるかのようにしていた盾をぶつかる寸でのところで引いた。掠らせながら受け流す(・・・・)と、受け止められるはずだったゴーレムの頭部は少女のすぐ側を通り過ぎ、彼女の目の前には無防備にも晒された柔らかそうな()が差し出される。

 

 待ちわびた隙を逃す程愚かではない少女は、処刑の黒剣をゴーレムの首へと振り下ろした。

 

 

「ふう」

『お疲れ様です!』

「ああ、うん」

 

 

 痺れた感覚の残る手のひらの開閉を繰り返し、今の感触を思い出す。

 やっと、教官の動きをトレース出来た。あれって、こんなに難しかったのか。しかも、教官は銃で受けていたし。

 今の自分には、盾で受け止めて尚且つそこからのカウンターだけで精一杯だが、後々にはカウンターからまた次の動きに入れるようにしないと。

 改善点を頭の中でつらつらと挙げてゆく。

 だが、彼女の教官はそれを第四世代機でやっていたのに対して、彼女のチャリオッツが第四世代機と比べると性能的に雲泥の差である第三世代機であることを失念していたりする。

 

 

「帰ろう」

 

 

 帰投することにした天音は、投げ捨てたアサルトライフルを腰にマウントすると、ブースターを低消費で吹かした。

 

 

 ▽

 

 

 

「ここのところ絶好調ですねえ、篠宮天音様。いや、『孤高の黒騎士(・・・・・・)』様の方が良いですかねぇ?」

「ええ、まあ。そうですね。後、その二つ名はやめてください」

 

 

 いの一番に出迎えた瓶底メガネの男に簡素な返答を与えると、天音は会話を断ち切ってそそくさと歩き出した。

 大分感触にも慣れてきたとはいえ、やはり人前でこんな身体のラインを浮き彫りにするようなスーツ姿を晒すのは高校生の少女としては許容し難かった。無論、平時でなければそんなことは言わないし全く気にならない、というのもそれはそれでどうかという話ではあるが。

 

 ちなみに西園の言う『孤高の黒騎士』というのは魔装姫士としての天音の二つ名である。

 あの決意の日以前の戦績や以後のこれまでの戦績すべてを加味し、人を頼らず会話は最低限というスタイルと、黒く塗装した桑原重工製『チャリオッツSAed/N3』を纏い、独り黙々とゴーレムを狩るその姿が、正しく“漆黒の騎士”であることから名付けられたものだ。

 天音はあまりにもあまりなその二つ名に赤面した。

 

 更衣室を目指して廊下を早足に歩いていると、向こうからレディーススーツの似合わない見知った女性が手を振りながら駆け寄って来るのが見えた。

 

 

「天音さん! お疲れ様です!」

「ああ、うん。お疲れ様です、瑞乃さん」

「この一週間、大活躍ですねっ! スーパールーキーのオペレーターになれて、私も鼻が高いです!」

 

 

 犬の耳と尻尾で生えていそうな彼女、曙橋瑞乃とも打ち解けてきた。少なくとも天音はそう思っている。が、如何せん、このテンションには付き合えない。

 またまた手短に会話を断ち切ると、何かの用事を思い出したらしく急いで去っていくその後ろ姿を程々に見送って歩みを再開する。

 

 

「あら、天音ちゃん早いわね」

「未子さん、今日は非番じゃなかったんですか?」

 

 

 学校の制服に着替え終えて荷物を取りに第十三研究室に入ると、そこには今日は居ないはずの赤坂未子の姿が。

 疑問符を頭に浮かべて問うと、未子は首肯する。

 

 

「ええ。でも、非番って言っても精々が朝ゆっくりして居られるってことくらいで、結局は暇だから研究室に来るのよ」

「⋯⋯なるほど」

「研究者っていうのは、そういう生き物なのよ」

 

 

 そういうものなのだろうか?

 天音は別に科学者では無いし、別段科学者という生き物について詳しいわけでもないのでそう納得する他なかったが、少なくともそれは社員としては違うだろうと思ったのは事実である。

 

 そんな天音の様子が面白かったのか、未子はしばらくケラケラと笑うとポンポンとテーブルを叩いて天音に着席を促した。

 

 時間通りに出勤、ゴーレムを殺したら、またまた時間通りに退社する。以前のような、時間前から出勤してゴーレムを排除したら、その日一日限界まで次のゴーレムの出現に備えるという常軌を逸した勤務状況を貫いていた彼女からは考えられないようなホワイトぶりに、瑞乃も未子も、西園でさえも唖然としたものだ。

 兎にも角にも、帰ってご飯を食べお風呂に入ってから寝る以外に今日一日のやることがない天音は、特に考える素振りもなく着席した。

 少しして、湯気の立つカップを二つ持って未子が反対側の椅子に座ると、その内の一つを差し出してくる。

 私生活ではお茶と水以外の物を飲まない天音は、香り立つコーヒーの匂いにうっと呻くような声を上げた。

 

 

「コーヒーは苦手だったかしら?」

「⋯⋯いえ。単純に、匂いの強い物に慣れていないだけです」

「なら良かった」

 

 

 未子に気を遣わせないように平然を装い、コーヒーを一口。

 

 

「⋯⋯美味しい」

「なら良かった。主任がコーヒー好きでね。結構色々あるのよ」

「へえ⋯⋯意外ですね」

「意外でしょ? あれで、あの人も結構人間味があってね。だから、私もついていけてるのかも」

 

 

 確かに人間っぽくない人ではあるな。天音は脳裏に浮かんだ瓶底メガネにコーヒーを関連付けた。

 彼が人間らしいとか、人間らしくないとかはどうでも良いと思っていたが紛いなりにも自らの上司である男が機械だったら嫌だとも思う。

 

 

「天音ちゃんもあと少しで一ヶ月でしょう? だから、そろそろ研修期間も終わりかなって」

「え」

 

 

 研修期間? それはいったいなんのことを指しているのか。と言うよりも、研修期間なんてあったのか。

 困惑を隠せない天音を他所に未子は続ける。

 

 

「ま、結果は合格ね。主任じゃ頼りないから、社長から直々に私が天音ちゃんを見ておけって言われてね」

「そうだったん、ですか⋯⋯」

「取り敢えず、明日か明後日には社長に呼び出されると思うから、覚えておいてね」

 

 

 そう言えば、毎日入れているはずのシフトでも今週の土日、明日明後日は入れていなかった。だが、そういうことなら納得だ。

 電話でも来るのだろうかと当たりをつけて、立ち上がった未子に合わせ天音も立ち上がる。

 

 

「それじゃ、また明日か明後日ね」

「はい」

 

 

 帰路に着く天音の背中を未子はしばらくの間見送っていた。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 日曜日。時刻は午後二時を回ったところ。

 綺麗に片付けられた──と言うよりもほとんど物がない──自室の中で、天音は何をするでもなく下着に半袖一枚という緩い姿でベッドに腰掛けていた。

 

 

「⋯⋯連絡が来ない」

 

 

 昨日一日は学校の課題やら何やらで一日を潰すことが出来たが、今日は本当に何もやることがなかった。

 朝早く起きてやることをしっかりとやり、夜は出来るだけ早く寝るという普段から身に染み付いたきっちり整然とした生き方をこなしている天音と言えど、流石にここまで暇になったのは初めてのことであった為に。

 趣味、というよりかは好きな時間と言うべきか、昼寝をすることも考えたが、いつ連絡が来るかてんで検討が付かないので昼寝も出来ず。

 

 もしや私は不採用?そんな考えが首をもたげてきたところで、唐突にインターホンが鳴った。

 

 何か頼んでいただろうか。記憶を辿るも、思い当たる節は無い。そもそも何か頼むような物もない。

 そこで天音は、もしやと思いハンガーに掛かっていたパジャマのズボンを引っ掴んで慌てながら履くと、駆け足で玄関を目指し半ばぶつかるようにしてチェーンの着いた扉を開けた。

 というか、ドアノブに体重をかけながら体勢を崩して頭突きした。

 

 

「いったぁ⋯⋯」

「あ、あの、大丈夫⋯⋯ですか?」

 

 

 おっかなびっくりといった様子で頭を抱えて踞る天音を心配するのは、怜悧な印象の顔に心配の色をありありと滲ませる青髪の少女。歳の頃は十九か二十といったところか。

 その顔立ちと、歳の割には恵まれたスタイルを持つ天音と比べても豊満な肉体は、同じ女達からすれば羨望の対象だろう。とはいえ、顔立ちに関してはエクィテス、魔装姫士になるような女性は一概に整っている為にそれほど珍しくもないのだが。

 

 痛みも引いてきた為気を取り直し、天音は目の前の少女を見据えた。

 少女も、天音が大丈夫そうだと見るやその表情を静かなものに戻して、口を開いた。

 

 

「……篠宮さんですか? 初めまして。私は朝霧(あさぎり)真奈美(まなみ)……あなたと同じ、魔装姫士です」

「⋯⋯よろしくお願いします、朝霧さん」

 

 

 名乗る彼女、真奈美の顔はどこか憂いを帯びていて。

 天音はその陰のある雰囲気に飲まれかけながらも、何とか彼女に返答することに成功する。

 自らと同じ魔装姫士ということは、彼女もまた桑原重工所属のエクィテスということであり、それはつまり彼女が今回、天音を呼びに来た遣いということになるのだろう。

 天音は少し待っていて欲しい旨を伝えると、着替える為に急ぎ部屋へ戻った。

 

 

 話は変わるが、篠宮天音という人間は祖父以外では、昼寝をすることを好む。そんな彼女の唯一の趣味は読書。読書に関しては、古典とも呼ばれる十九世紀から二十世紀、二十一世紀の本を初めとして最近の現代文学に至るまで幅広くどのような本でも好み、ゴーレムさえいなければ将来は漠然と司書になりたいと考えていたような本の虫である。

 単なる彼女のパーソナルデータではあるが、その中の読書という趣味が、朝霧真奈美との関わりにおいては大きく功を奏した。

 

 

「⋯⋯その本は私も読んだことがあります」

「へえ⋯⋯それなら、東条夜一の『寛容性』は?」

「勿論です。東条夜一先生の作品は古典文学の中でも結構マイナーだと言われているのに、よく知っていますね」

 

 

 桑原重工本社に向かう道中、二人は作家についての話で予想外の盛り上がりを見せていた。最初の方の真奈美の事務的な他所他所しさや天音のツンとした態度などどこかに行って、傍から見ればそれなりに仲の良い友人程度には見えるか。

 朝霧真奈美もまた、本の虫なのであった。

 幼稚園時代から二年前のあの日まで一日たりとも文字を追わなかった日はないと自負する天音をして、古典文学についての知識は少し劣ると見る程の。

 そんな二人は──初対面故の若干の壁やよそよそしさはあるものの──案外早くに打ち解けることが出来た。

 

 

「篠宮さんは」

「天音で良いよ」

 

 

 自分でもどうしてこんなに早く名前呼びを許したのかは分からない。だが、少なくとも天音にとってみればほぼほぼ同年代の女子である真奈美は、もう既に結奈や最近は連絡を取れていない幼馴染と同格の存在となっていたのは確かだ。周りの人間は本を読む人がほとんど居なかった、というのもある。

 

 

「それなら、お言葉に甘えて。私のことも真奈美で良いですよ」

「分かった。じゃあ、真奈美さんで」

 

 

 彼女の方も、少なくとも天音のことを邪険にはしていないようである。真奈美自身もまた、こんなにも早く名前呼びをすることになるとは思っていなかった。

 

 天音は、みたらし、みんなたらしなのであった。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 話に花を咲かせながら、本当にいつの間にか社長室に着くと、真奈美は今日はシフトであるからと社長室の前で引き返してしまう。

 初めて入る社長室というものに、若干気圧されながら、天音は重たそうなドアをノックして返事を待った。その間に制服のシワを伸ばしたりして正すことも忘れない。

 間もなく、扉の向こう側からくぐもりながらもよく通る声が天音の耳に届いた。

 

 

『ああ、アマネくんかな? 入ってくれたまえ』

「⋯⋯失礼します」

 

 

 社長室は、正しく社長室といった様相だった。会談用の少し低めのテーブルを軸に向かい合っているソファや、少し高そうな調度品。テレビもある。生活感は無いが、社長が一日居そうな、そんな漠然とした印象を持たせる部屋である。

 そして、その部屋の主はと言えば、十字架のあしらわれたサングラスをかけビジネススーツに青いネクタイを巻いた、如何にも堅気ではない雰囲気を醸し出していた。

 天音は、知らず知らずのうちに唾を飲み込む。

 ゴーレムと対峙するのはまったくなんともないが、人間、それもこんなあからさまな見た目の人物と相対するのは天音とて初めてである。

 自分は本当に日本フロンティア有数のメテルドレス開発企業に就職したのだろうか? もしや自分は、このヤの付きそうな男に枕営業でもさせられるのではないのか? 笑えない冗談が次々と頭の中を埋め尽くす間も、男との会話は続く。

 

 

「さて、初めましてだな、アマネくん」

「今回は、弊社に」

「ああ、待て待て。そんな固いのは男だけで良い」

「⋯⋯はあ⋯⋯?」

 

 

 そう言う男は、「弊社に」辺りからずるっと位置がズレたサングラスを定位置に戻すと口を開く。

 

 

「改めて。私は桑原重工社長、桑原(くわばら)善蔵(ぜんぞう)だ」

「は、はい。私は篠宮天音です」

 

 

 桑原善蔵と名乗った男は、サングラス越しに天音を見詰めると先程とは打って変わって人の良さそうな朗らかな笑みを浮かべた。

 一先ず見た目にそぐわない良い人そうだと天音は安堵したのは束の間である。

 

 

「いや、あの西園主任が激しく採用を求めてくるから、いったいどんなヤバい娘なのかと思ってたけど、案外普通じゃないか。心配して損した」

「⋯⋯ええ⋯⋯」

 

 

 自分はこの人にこの一ヶ月間どんな風に思われていたんだ。というか、主任はいったいどういう存在なんだ。

 

 

「私にも娘が居てね、もうすぐ六歳になるんだが、これがまたやんちゃでね。いやはや、将来的には君ぐらい礼儀な正しい娘に育ってくれると、親の私としても嬉しいのだが」

「⋯⋯ありがとうございます」

「うんうん。女の子は素直が一番。いや、こんな世の中だからこそ、自由で在って欲しいものだ」

 

 

 どことなく気になる言い方ではあるが、良い人なのには変わりない。

 あんなに失礼なことを考えてしまった先刻までの自らを殴りたくなった天音は、そんな憤慨など欠片も見せず桑原との会話を続ける。

 

 

「まあ、君にもいろいろあると思うが、我社の為、世界の為にも頑張ってくれると嬉しいよ」

「⋯⋯はい。勿論です」

 

 

 そこまで言われなくとも、誓いを立てたあの日から天音は復讐のためだけでなく、自らのやりたいようにやると決めたのだ。その中には、目の前の誰かを救う、後味の悪い結末を無くすということも含まれている。そして、自らの頑張りが結局はこの会社の為にもなるのだから、自分は今まで通りやるだけだと、天音は一層決意を固めるのであった。

 話は終わりだろうかと暫し待っていると、桑原は再三口を開いた。

 

 

「さて、そんな君に私からのプレゼントだ」

「プレゼント⋯⋯ですか?」

「ああ」

 

 

 頷くと、桑原は椅子に座ったまま天音に何かを投げ渡す。

 何とか落とすことなく受け取ると、それは次の瞬間、天音の目の前の空間にホログラムを映し出した。

 人型の何かの全体図。この二ヶ月ほどそれと密接に関わってきた天音からすれば、瞬時にそれが何であるのかを判別するのは容易な事だった。

 

 

「メテルドレス⋯⋯ですか?」

「我社が誇る第四世代機ストライクアーチシリーズ、スカイマスターシリーズに続く第三の第四世代機、西園たっての希望で第十三研究室主導のキミだけのために造られた第四世代機『リーンフォース』をプレゼントしよう」

「⋯⋯リーン、フォース」

「西園曰く意味は、『強化』。私もほとんど知らされていないブラックボックスなメテルドレスでね。なんでも、強化よりも『昇華』といった意味合いの方が正しい時もある、らしい」

 

 

 社長にまでブラックボックスを明かさないなんて、あの人らしい。

 しかし、強化とは何なのか。昇華と言った方が正しい時もある、というのも気になる。だけど、十中八九こういう時の主任は問い詰めても明かしてくれない。

 それに、だ。

 

 

「新たな力は、君にとって望むものだろう?」

「⋯⋯そうですね」

 

 

 

 ──―このチカラ(リーンフォース)は、ゴーレムを一匹残らず殲滅するのにはうってつけだと、確信していた。

 




 それでは、今回はここまで。次回の更新までお待ちください。
 感想やアドバイスなど、作者のモチベーションに直結致します。よろしければお願いします。


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