IS/ガンダム00 crossing exceptioners (A.Tom)
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プロローグ

 いわゆる処女作(しょじょさく)です。
よくあるクロスオーバー書きてーなー。
って考えてIS×ガンダム00を考えてたのだけれど、異世界転生(いせかいてんせい)(しょう)に合わないし、だからと言ってそのままぶちこむ訳にはいかなかったので、00の世界線にISを持ち込み、あと一夏だけだと話が進まなくなりそうだったので『織斑一夏』『刹那・F・聖永』に加えオリキャラの『小鳥遊』の三人の主観で話を進めることにしました。

 序盤(じょばん)はほぼ小説版ISそのままで、刹那があんまり登場しません。基本は小鳥メインの視点(してん)で動かします。
 大体はスパロボ大戦のノリで書いてます(作品は二つだけですけど)。

 (いた)らない所も多くあると思いますがどうか長い目で読んで欲しいです。
では、スタート





・・・これは、途方(とほう)もなく未来の話。

 西暦23世紀、世界は、軌道エレベーターが実現、それに付随した太陽光発電により、エネルギー資源からの拘束に縛られる事が無くなろうとも、問題を抱えていた。

 

アメリカを中心とした国家連合

ユニオン

 

中国、ロシアを中心とした共産主義国家郡 

人類革新連盟、通称人革連

 

ヨーロッパ諸国を中心とする協議制国家

AEU

 

人類は残り三つの国家郡(こっかぐん)にまで統一(とういつ)されたのにも関わらず。侵略(しんりゃく)する事はなかれ、互いにいがみ合い、歩み寄る事も無く、(いま)だひとつに成れずにいた。

 だがしかし、多くの兵器(へいき)資金(しきん)人命(じんめい)消費(しょうひ)する戦争の中で、少なくとも人命の消費を(おさ)える発明があった。

 とある一人の天才が、作り上げてしまったのだ。

究極(きゅうきょく)の兵器と呼ばれる機動外骨格(きどうがいこっかく)、インフィニット・ストラトスを。

 その圧倒的(あっとうてき)な性能を前に尻込みした三大勢力は、互いを(しば)(くさり)(もっ)て基本的なパワーバランスの均衡(きんこう)(たも)たんとした。

 結果として、

『生産されるISの動力部は三大勢力に均等に配分される』

『ISのパイロットを養成する機関を、どの三大勢力とも中立的な国家に配置する』

『養成機関においてのみ、ISの仮想能力値を公開する』

等・・・国際法(こくさいほう)を含む、『アラスカ条約』が制定された。

 これによって、目論(もくろ)み通り行動が(しば)られた各国は、国内での模擬戦により得られたデータを元に世代を重ね、実戦に移す事もないまま、(にら)()う、冷戦状態(れいせんじょうたい)となっていた・・・。

 

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

 

 とある場所で、とある人物が、目の前に在る機械に手を当てている。

「俺がどれだけ想っても、これだけはどうにもならないんだな」

 触れる手に、力は無く、どこか虚ろだった。

 目の前の機械はなんの感慨もなく、ただ力を求める彼を(こば)む事無く(たたず)んでいる。

 だが彼にはその力を与えず道具で在ろうとはしない。

「━━━何をしてるんだか」

 彼でなくともこの結末(けつまつ)は誰もが予想が付いた事だろう。

結局、その無益(むえき)さを皮肉気(ひにくげ)(わら)うだけに(とど)めて、その甲冑(かっちゅう)(ごと)き機械から手を放し、部屋の外に(きびす)を返した。

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 最近、一人、『ISを扱える男性』が見つかったそうだ。

彼の名は織斑一夏(おりむらいちか)、なんでも、()()織斑千冬(おりむらちふゆ)の弟らしい。

 何故にその彼がISに乗れる事が分かったのかは俺の知るよしも無いが、まぁ、中学3年を卒業したばかりだそうだから、IS学園に送られるのが妥当(だとう)だろう。

 IS整備士を目指している身としては、微妙(びみょう)に関係のありそうな話だから判別(はんべつ)に困るのだが、同じ業界に男が一人でも増えるのならありがたい話だ。

「タカナシー、先生がお呼びだぜー」

 友人の声に応え、自作の小型ノートパソコンに映されたネット記事から目を放す。

 首筋にまで伸びた髪を後ろで(まと)めた髪型の彼は、顔を上げ、声の方を見やる。

その目付きはお世辞(せじ)にも良いとは言えない(するど)い物で、平時(へいじ)でこれなら、きっと激怒した時の威圧感(いあつかん)結構(けっこう)な物だろう。

「解った。今行く」

 タカナシと呼ばれ反応した彼の本名は小鳥遊(おどりゆう)。そのまんまのあだ名を付けられた彼は、世界でも珍しい、IS整備科の在る専門校に通っている。

 何故彼が呼び出せれたのかと言うと、彼の専門校にある技能、自作パッケージを試験する為の、所謂(いわゆる)トライアル用ISが起動していたのだそう。

(どこの誰だか知らないがそのせいで全員が取り調べを受ける羽目(はめ)になったじゃないか)

 (ただ)、問題なのはドジっ子が起動状態(きどうじょうたい)を解除していないとかそう言う事ではなく、()()()()()()()()()()()()()と言う事だ。

 ISと言う兵器を扱う以上、そのセキュリティはそれなりになければならない。

 この学校もその例に漏れず、監視カメラが至る所に設置されていて、その死角は何処にも無く、設置場所は解らないが、学舎全体に赤外線は勿論(もちろん)、光学センサーがまでもが設置されていたりするらしい。

 が、そんな厳重な警備が役立たずな結果を叩き出した事に溜め息を吐き、職員室に向かって歩いて行く。

警備システムの割に随分と古めかしい非自動タイプの職員室の扉を引きける。

「ったく・・・。先生お呼びで、す・・・か?」

 飛び込んできた視覚情報に思わず口が開いた。

「ああ、来たか・・・。大尉(たいい)、こちらが小鳥遊です」

「君が(ひかる)技師の息子だね。私は自衛隊所属の犬飼(いぬかい)と言う者です」

 角刈りの特徴的な男性教員の隣に、軍服を着用した、どう見ても軍属の女性が居たのだ。

「は、はぁ・・・小鳥です。・・・仲村(なかむら)先生、何なんですか、この状況」

 犬飼と言う二十歳前半程の女性の自己紹介を受け、小鳥も名を名乗り、説明を求める。

「まぁ待て、訳を話すよりコレを見て貰った方が早い」

 そう言ってパソコンに向き合う仲村先生。

「これは・・・実習室の監視カメラ・・・?」

 例のISが置かれていた実習室がパソコンの画面に写っていた。

「昨日、実習室を利用したのはお前のクラスともう一つ。最後に使ったのはお前達のクラスだ」

「・・・それで?」

「最後に触ったのは誰だ?」

 彼には覚えが無い訳ではない、確かに自分のクラスの中で最後に実習室を出たのは小鳥だし、その際にあのISを触った覚えも有る。

「いやいやいや待って。まさか俺が起動させて起動状態解除(シャットダウン)し忘れてたって言うんなら、なんでこんな大掛かりな事になってるんです、自衛隊の連中まで呼び出す様な事じゃないでしょう!?」

 だが、只々(ただただ)ISの起動を解いていないだけなら、精々(せいぜい)教員からみっちり(しぼ)られるだけの筈だ。

 その引っ掛かりに声を荒らげて詰め寄る小鳥の肩を犬飼が押さえる。

「ちゃんと話を最後まで聞きなさい、理由はちゃんと在る」

 見ず知らずの他人が自分を(たしな)めようとしている事が、小鳥の羞恥心を煽りそれ以上の詰問(きつもん)()めさせる。

 それを確認した犬飼は小鳥に問う。

「遊君、()()()()()()()()。それは確か、だが男性の君が触っただけで起動状態に出来る訳がない、そう言いたいんでしょう?」

「そう!だから一般男子代表みたいな俺が、パソコンや専用の機器も無しに起動できる訳もない!」

「じゃあ何で起動していたんだろうね?」

 間髪(かんぱつ)入れずに紡がれた発言が、小鳥の思考を止めた。

だが、即座に回復した思考回路を用いて。外見の割に低い唸りを上げながら思考し、出した答えを確認する。

「まさか、外部の侵入者?」

「それこそまさかだ。君も知っているだろう?この校舎にある警備システムが()(ほど)厳重で、並大抵(なみたいてい)泥棒(どろぼう)が入れた物じゃないのも」

「それは・・・確かに」

 納得するが納得出来ない。それでもまだ理由に成りそうな物は有る。

「なら、例えば。あのISに保存されていたこの専門校の技術や、生徒の作り上げたオリジナルパッケージのデータが目的の特殊部隊(とくしゅぶたい)とか・・・突飛(とっぴ)な話だけど、そういうのは無いのか?」

 最早(もはや)敬語も使わず、思考の海から引きずり()げた可能性を検証してみる。

「だったらあのIS諸共侵入者の手の内だと思うよ」

 が、無残にもぐうの音も出ない程の正論で一刀両断され、イラついた顔を見せる小鳥。

「じゃあ、何で起動してたんだよ。そこまで真っ正面から言い切れるのならそれなりの理由が有るんだろうな」

 立場うんぬんを気にしない口調で二人の年上に聞き詰める小鳥の姿勢を受け犬飼が応える。

「あのISの起動履歴を見てみたら、貴方(あなた)があのISに触れた時刻に一度起動して、それを最後にずーっと起動しっぱなしだったの」

 その事実を飲み込んだ時、

 小鳥は絶句した。

「私だって驚いたよ、それが本当なら君は『二人目』って事になるんだもの」

 開いた口が塞がらない小鳥はそのまま押し黙っている。

「そこで、君をIS学園に招待しようと思う。君はどうしたい?」

「どうしたいって・・・ちょっと待ってくれ!!それは本当に()()なのか!?」

 やっと口を(ひら)ける様に成った小鳥は、根拠(こんきょ)も無く目の前の受け入れ(がた)い現実を疑い、持ち前の良く通る声で問い詰める。

「なら試してみる?もう一度、あのISに触れて自分自身の特別さを確証してみる?」

 どうやら相手には確信が有るらしい、そこでやっと納得した。

自衛隊の面子がこんな事件に見えかける大規模(だいきぼ)なだけの事故に首を突っ込んで来たのを。

「俺に、I()S()()()()()()・・・!?」

 ただ学校側で事故に『見せ掛けた』だけで、実際はもっと大きな事が起きていたのだ。

「さっきからそう言っているでしょう?」

 呆れた様に犬飼大尉がにべもなく告げ、仲村教師兼技師が口を開く。

「そう言う訳だ小鳥、お前IS学園に行ってこい」

 




小鳥(おどり) (ゆう)
イメージボイス:入野自由
本作品の主人公の一人
世界で2人目の『ISに乗れる男性』
ステータス: 体 力B
      近接戦闘D
       射 撃E
       回 避B
      戦術立案B
      戦術実行B
       洞 察B
       IS適正C+
           ※A、B、C、D、Eの五段階評価
身長:176cm
髪型:ソフトモヒカンの後ろを伸ばしてゴムでまとめた茶髪
顔の特徴:まとめた髪型のせいで引き()った半開きのつり目。
     全体的にやや彫りが深く、二重瞼(ふたえまぶた)に長い睫毛(まつげ)
     あと童顔
性格:口が悪く皮肉屋かつ正論家
一人称:「俺」
他称:「(対象の下の名前)」
   まれに「(対象の下の名前)+役職/さん」
特技:ISの組み上げ


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更なる一人






 (かつ)ての世界最強(ブリュンヒルデ)織斑千冬(おりむらちふゆ)は、職員寮の自室で密室投書された手紙を前に苦笑いをしていた。

 「・・・さて、(たばね)の奴、連絡を寄越(よこ)すのはいいんだが、二十四世紀にもなって手紙を使うとはな、前時代にも程があるんじゃないか?」

 精緻を尽くした封蝋が押された手紙を見て、簡潔に感想を述べた後椅子に座り、折り目の部分を破いて本文を取り出す。

『はろはろー、ちーちゃん元気?私はね~、よくわかんないや』

 すると束の立体映像が流れ始めた。

手紙を送っておきながら、こんなテクノロジックな物を入れ込むとは、余程のひねくれ者だろう。

 相も変わらず、珍妙な事をする奴だ。と、ため息を吐く。

『最近ね~、面白そうな事が起きそうな気がするんだよ~』

 と、束の映像がそう言った時、千冬の目付きが僅かながら鋭くなる。

(こいつの『面白い』はまともじゃないからな・・・一体なにが起こる?)

『具体的に言うと~』

 大きく溜める束、そこから紡がれるであろう台詞に身構える千冬。

 

『━━━流れ星が降ってくる予感かな?』

 

 その台詞が千冬に届いた時、外で大きな爆発音が響いた。

「ッ・・・!?」

 ガタリ、と椅子をはね飛ばし立ち上がる。

『ちーちゃんなら解ると思うけど、墜ちてきたのはもちろん、隕石なんかじゃない、じゃあ何かって言うのなら、『ISみたいな物』かな?』

「・・・どういう、意味だ・・・!?」

 恐らく、目の前に居る束は、録画されたものなのだろう。だが、問わずにはいられなかった。

『さーって見に行ってみなよちーちゃん、きっと面白いから』

 当然の様に、ただの立体映像が応えてくれる訳もなく、促されるまま落下して来た物の確認に向かった。

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 千冬が向かった先、IS実習用のアリーナには、確かに束が言った様な『ISの様なもの』があった。

「・・・これは、IS?乗っているのは・・・男?」

 白と灰色、主にロールアウト前に使われるカラーリング、全身を覆う人形の鎧の様な機体。

その人形(ひとがた)の中には13、ないし14歳程の男子が居た。

「織斑先生!これは一体!?」

 公私共々後輩の教員の一人が問う。

しかし千冬にしてみれば、私に聞くな!!と言いたい所だろうが、そんな事を言ってる場合ではない。

「訓練機を!私が運ぶ、ハンガー(格納庫)に向かうから、山田先生はこれの監視を!決して無茶をしないよう!!」

「は、はい!」

 テキパキと指示を飛ばし、一人IS格納庫へ走り出した。

(あの機体は何だ?・・・束が『ISの様な物』と言っていた以上、あれはI()S()()()()()、だが、あれはどうみてもISにしか・・・)

 そこで(かぶり)を振る、そんな事を気にしている場合ではない。

 他の教員とすれ違う、どうやら一足遅くやって来たクチらしい、そんな教員に、山田先生の元に向かってくれ、と頼み込み、そのまま走って格納庫にたどり着く。

(何にせよ、本人に聞いてみれば良いだけの話だ)

 スーツのズボンにワイシャツというラフな格好のままISに乗り込んだ。

 

・・・・・・・・・

 

 ハンガーにまで運ばれた(のち)、意識が回復した少年が運び込まれたのは、保健室もとい救護室だった。

「・・・それで、お前は何者なんだ?」

「━━━・・・」

 千冬の前でベッドに横たわる少年は、彼女の眼力に(おび)える事無く応える。

「オレは・・・オレの名前は、刹那(せつな)・F・聖永(せいえい)だ」

 頭に包帯を巻かれてはいる物の、特にこれと言った外傷の無い彼は、己の名を名乗った。

 何処(どこ)か意識がフワフワとしている様だが、それでも質疑応答が出来るのなら、()したる問題ではない。

「お前は何者だ?あのISを何処(どこ)で手に入れた?」

 これが本題だ。彼の持つISは現在解析中だが、束の発言を真に受けるのであれば、『ISではない』と言う結果が出るだろう。

ISでもないのにあの衝撃に耐えうるアレは何なのか、彼が何処(どこ)の人間なのかを知る為にも、あのISの様な物について知らなければならない。

「・・・アレは、あの機体は・・・!?」

 あの機体について話をしようとした刹那だが、急に頭を抱え苦悶(くもん)の表情を浮かべる。

如何(どう)した」

「アレは・・・何だ・・・!?何なんだ!?オレはアレを忘れる訳には行かない筈なのに!?何故(なぜ)忘れていて・・・何故思い出せない・・・!?」

「・・・何だと?」

 あり得ては成らない、起きてはいけない事が起きた、そんな焦燥(しょうそう)に駆られ、刹那は誰にでもなく只声を()らす。

「オレは・・・オレは・・・!!!」

「おい、落ち着け」

 心配する千冬の問い掛けに耳を傾ける事もなく、泣きそうな顔で刹那は思いだそうとしている。

「チッ、仕方無い・・・」

 絶望に染まった顔で呟く刹那に溜め息を吐き、立ち上がる。

「おい!」

「・・・?」

「フッ!!」

「ガッ・・・!?」

 刹那の鳩尾に千冬の拳が突き立つ。

「すまないが、もうしばらく寝てもらうぞ」

 耳元でそう告げ、刹那から身を離す。

すると気絶した彼の身体が倒れ千冬の腕に寄り掛かる。

「ふう・・・こうしていれば、眠り姫の様だと言うのにな」

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 布団を被せて千冬は呟き、立ち上がる。

「あ、織斑先生。彼、まだ寝てたんですか?」

「いや、先程()()()()。一応聞いてみたではあるが、如何(どう)やら記憶喪失らしい・・・嘘を()いているかどうかは(わか)らんがな」

「そ、そうですか」

 やっぱり手荒いなぁ、と報告に来た教員は内心で思いながらも、次に進める。

「え、えーっと。あのISですが、解析不能でした。一応国連の情報バンクからも一致する物が無いか(さが)してみましたが、こちらも駄目でした」

「そう、か」

 そう言って扉に向かい歩く千冬。

「あの、織斑先生、どこに?」

「事態の報告を()ねて学長に掛け合いに行く・・・まぁ結果は見えているがな」

 その背中はとても頼もしく見えた。

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

「そんな訳でお前には、新学期からのIS学園への登校が決まった・・・質問は?」

「━━━異存は無い・・・だが、待て。そんな事が許されるのか?」

 翌日、救護室で改めて顔を会わせた千冬と刹那は、そんな会話をしていた。

「許されているからこそこの結論が出ている、何か不安な事が有るのか?」

「あぁ、オレはこれから学校生活を送るんだろう。だがオレの過去は如何(どう)する、先日から言っているが、オレは記憶喪失だ」

「そこについては問題無い。お前の存在は、あのIS以外は全て真実を公表するつもりだ、お前が記憶喪失だと言う事も伝えて置く」

 淡々と対策を述べて行く千冬に、無表情なままの刹那は頷く。

「解った、オレは学園生活に従事すれば良いんだな」

「・・・まぁ、その通りだが・・・。まぁ、解ったならそれで良い。下手に演技をする必要も無いから、存分に楽しむと良い」

「・・・了解した」

 








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原作1巻
悪意式弁論大会








 教室の右列三番目、小鳥(おどり)は自己紹介をさせられていた。

「あー、ニュースで知ってる奴も多いと思うけど、俺の名前は小鳥(おどり)(ゆう)だ。趣味は機械(いじ)りにSF映画の鑑賞と、まぁ後は読書かな。色々と呼び方はあるだろうと思うけど、それぞれに任せる」

 割と丁寧だが、どこか突き放す様な口調でそう話した小鳥。

 女子の目線は、どこかポカンとしている。どうやらもう少し情報が欲しいようだ。

・・・まぁ、そんな期待をかけられたら裏切りたくなる物だ。

「━━━そんな訳だ、これから一年間、(よろ)しく」

半開きの目は誰を見るでもなく、面倒臭そうな態度で後ろ頭を()く。

 物欲しそうな目付きをしている割に何も質問してこない、()活動的(かつどうてき)な連中に舌打ちをしそうになりながらも、それを(かろ)うじて(おさ)え、着席する。

「え、えっと、次は織斑(おりむら)君ですよ?」

 先生に(うなが)され、(くだん)の織斑 一夏(いちか)登壇(とうだん)した。

かなり長い間が開く。どうやら、どの様にして自己紹介しようか迷っているようだ。

と、たっぷり30秒ほど経った(のち)、意を(けっ)して口を開いた。

「お、織斑一夏(おりむらいちか)です」

 最初に見つかった『ISを使える男性』の一人目、自分としても少しは気になる。

極力(きょくりょく)プレッシャーを与えないよう窓の外を見ながら耳を(かたむ)けていると。

「・・・以上です」

 何か、綺麗(きれい)拍子(ひょうし)()ける音が聞こえた気がした。

と、教室中の誰もが拍子抜(ひょうしぬ)けしている中、壇上からスパンッと何かを()(ぱた)くおとが(ひび)いた。

「お前は満足に自己紹介も出来んのか馬鹿(バカ)()れ」

 見ればその背後(はいご)で彼の実の姉である織斑(おりむら) 千冬(ちふゆ)教員が一夏に出席簿(しゅっせきぼ)を叩きつけていた。

 

 五十音の都合上、先に済まされた小鳥の自己紹介は簡潔(かんけつ)に過ぎたが、だが一夏の場合は下手くそなだけで、いたたまれない空気に屈して終わらせた感が(いな)めない。

痛そうにする一夏を他所(よそ)に空の雲は過ぎて行った。

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 一人だけ長ったらしい事を除き、自己紹介も(つつが)()く全員終了し、次に始まる物は授業だった。

普通は入学式(エントランスセレモニー)の後は色々な要項(ようこう)を渡して解散(かいさん)するだけだと思うが・・・。

(確かに、ここ(IS学園)IS(一般教養以外)をメインに据えているし、時間割り(カリキュラム)が圧迫されるのは解るが・・・流石に無理が有りすぎじゃないか?)

「ハァ・・・」

 内心で呆れながらも、教科書のページをペラペラと適当に(めく)っては内容を見回し、失望のため息を漏らす。

(しかも、教科書さえこのザマか。一般に公開されているISの情報と大して変わらない・・・詰まらねぇな)

 教科書に書かれている事柄(ことがら)は、専門校で予習済み、更に言うのであれば情報の深度も桁違いに浅い。

(この程度の情報、調べようと思えばこんな所に居なくとも知れるだろうに)

 ぱらり、と退屈そうにページを捲る。

「ハァ・・・」

 小鳥が物憂(ものう)げにため息を()(たび)に、黒板に物を書いていた山田真耶(やまだまや)教師がビクッと肩を震わせていた。

「・・・?」

 軽く教科書全ページを読み漁った小鳥は、前方の山田教師と軽く目が合う、が、直ぐに山田教師側からいそいそとその視線が外される。

(流石IS学園、生徒は勿論、教師まで男性慣れしてないのか・・・千冬先生以外は)

 ちらり、と横目で元世界最強(ブリュンヒルデ)織斑千冬(おりむらちふゆ)を見やる。

 一夏と姉弟とあって、その面立ちは似通う所が多い、がしかし、その目付きはこの教室に居る誰よりも鋭利(えいり)だ。

(世界最強は伊達(だて)じゃない、か・・・)

 (ただ)(たたず)んで居るだけなのだが、周囲の人間を圧殺しかねないオーラの様な何かが漏れ出ている様にさえ見える。

 と、暇を持て余し教員の品定めをしているその真後ろの席で、今しがた織斑千冬との比較対象(ひかくたいしょう)にしていた織斑一夏が頭を抱えて奇声(きせい)を上げていた。

「んんんんん・・・?」

 何が在ったかは知らないが、ISの授業に付いて来れてないらしい。(となり)の女子は教えてくれないのだろうか。

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

(だ、駄目だ・・・全ッ々解らん。何でみんな(すず)しい顔して授業受けてられるんだ・・・?)

 一時間目の授業も終え、二時間目も終えた頃には織斑一夏の状態は悲惨な物になっていた。

 先程、小鳥から『勉学(べんがく)の面倒見ようか?』と(さそ)いがあったので()(がた)く受けたのだが、今のこの状態では、授業を受ける事さえままならない。

(最初にISに乗った時みたいな、あんな感覚が嘘みたいだ)

 そんな彼が思い出していたのは今年の三月頃の話。

・・・親も()らず、()()()()()だけで暮らしていた織斑家。

諸事情あり、学生生活を姉の(かせ)いだ金で謳歌(おうか)していた一夏は、その罪悪感と『誰かを助けたい』という義務感(ぎむかん)から、自分も出来るだけ早く金を稼げるよう、就職率の高い藍越(あいえつ)高校に入学しようとしていた。

 が、(なん)の勘違いかIS(アイエス)学園の入試会場に(あし)(はこ)び、何の間違いか試験場に口頭(こうとう)だけで案内され、何の気の迷いかISに触れたのだ。

 その結果は、本来なら『動かない』の一言で()む筈だったのだろう。

だが違った、『動いた』のだ『インフィニット・ストラトス(男性には使えない兵器)』が。

 そんな事も有り、ISが使える事が判明した彼は、トントン拍子で学園への入学が決まり、今に至る。

(・・・あの時の()()()()は何だったんだろう)

 あのISに触れた右の手の平を見つめる。思い出すのはある一つの感覚。

言い表すのも難しい、例えるのならば、『前から知っていた』様な、でも『生まれ変わった』様な、矛盾する感覚。

でも何より、彼が一番引っ掛かりを感じているのは、『こう在る事の方が自然』で、自分と世界がISを介して()()()()()合わさった様な感覚だった。

 直感的に言語化してみせても、どうも不思議で仕方がない。彼はISに乗った事なんて一度たりとも無かった筈なのだが、()()()()()()()()事がとても不思議でならない。

 そんな疑問に駆られ、何度も思い返してみても、自分がISを操縦した事に思い当たる(ふし)の無い一夏は、(かか)えた頭を持ち上げた。

(悩んでいてもしょうが無い、今からでも遅くはない筈だ・・・!!)

 と、気合いを入れて教科書を凝視(ぎょうし)している一夏と、その前の席で一夏の様子を見ている小鳥の元に一人(ひとり)の女子が立ち構えた。

「ちょっと、よろしくて?」

「ん?」

「んぁ?」

 自分の世界に入り込んでいた中、唐突(とうとつ)に声を()けられた二人は変な返答(へんとう)をしてしまった。

「まぁ、何ですの!?この(わたくし)に対してその腑抜(ふぬ)けた返事は!?」

 一方的に話し掛けて置いて、勝手に怒り出す女子。

その目付きは他者を(あざけ)る様に吊り上がり、その声音でさえ一々(いちいち)鼻に付く。

(・・・あー、何だったかコイツは)

 小鳥がその少女の名前を思い出そうとする。

確か、やけに長ったらしい自己紹介をしていたのがこの女子だったのは覚えているのだが、如何(いかん)せんその話に興味が無かったので内容は覚えてないし、そもそも(ほとん)どの人の話を聞いていない。

 そんな小鳥の無関心を知らず、金髪ロールの髪型をたなびかせ、少女はさらに続ける。

「この(わたくし)、イギリス代表候補生のセシリア・オルコットが直々に話し掛けていると言うのに、何ですのその態度は!?」

(あ、セシリアって言うんだ。ふーん)

 小鳥と同じく、少女の名前を思い出せてなかった一夏は、彼女が自分から名乗った事で、その名を記憶に留める。

(━━━この手の女子は苦手なんだよなぁ)

 と、同時に密かに一夏はそう思う。

女性しか乗れない(男性が扱えない)ISがこの世界に生まれてからと言うもの、女性は男性に比べ優遇される機会が多くなり、男女のパワーバランスは崩れ、今では女尊男婢(じょそんだんひ)暗黙(あんもく)了解(りょうかい)となっている。

 だが、(おく)する事無く一夏はそのセシリアに問う。

「あ、質問良いか?」

「ふふふ、下々の求めに応えないほど薄情ではなくてよ」

 良い、と言う意味なのだろうか、一夏が質問の是非(ぜひ)を問うと、若干(じゃっかん)気を良くしてセシリアは答える。

 

「代表候補生って何だ?」

 

 が、それも束の間。一夏のその発言を引き金に、教室中の時間が止まった。

信じられない物を見る様な目で見られる一夏は、初めてISに乗った時、彼の第一発見者となった女性もこんな顔をしていた事をぼんやりと思い出していた。

「・・・あー、何だ。『国家代表候補生』ってのは、読んで字の如く『国家』を『代表』するIS操縦者、その『候補生』・・・つまり、お前の姉、千冬先生が数年前までなっていた物に、これから()()()()()()()()人間の事を指す。基本的にISを所有する国家ひとつにつき、必ず一人は居る・・・。まぁ、()(てい)に言えば『エリート』と言った所だな」

 目も当てられないと言った様子で、小鳥が解説を入れた為に、自信を取り戻したのか、セシリアは胸を張って堂々と宣言する。

「そう、エリートなのですわ!!」

「ふーん」

 思った以上に反応の(うす)い一夏にムッとしながらも、セシリアは演説を続ける。

「そんな選ばれた人間とクラスを同じにした幸運を噛み締めて頂きたい物ですわね」

「・・・・・・フッ」

 その話の鼻先を、『エリート』だとセシリアを持ち上げた筈の小鳥が鼻で(わら)い、叩き折った。

「何ですの、その笑いは?」

「いや失礼、余りにも身の程知らずな発言だと思ってな。思わず失笑(しっしょう)(きん)じ得なかった」

 クツクツと陰鬱(いんうつ)な笑い声を上げ、(わら)い続ける小鳥。

「どういう、意味ですの・・・?」

「だってなぁ、『国家代表候補生と同じクラスになる確率』なんざ、そう低くねぇんだよ」

 小鳥は立ち上がり、ボタンを開けっぱなしにした制服のブレザーを(なび)かせ、セシリアに()()り、(こと)()(つむ)ぐ。

「現在世界に在る国は統合なんかのせいで150ヶ国程だ、その上ISを軍事力として保有している国家は精々四十が良い所だ。つまり、単純に考えて四十分の一。それに比べて『世界で二人しか確認されていない、ISを使える男性の二人と同じクラスになる確率』を考えてみろ、今現在スペースコロニー(宇宙植民地)の人間を含め、人類総数は百億の大台を越そうとしている。単純に半分の人数を男性だと仮定した時、その確率は五十億の二乗倍、つまり2500京分の一。まぁ?イギリス国民分の一だとしても大凡(おおよそ)一億分の一程度しかない訳だけど・・・なぁ、この場合、俺等とお前のどっちが幸運なんだろうなぁ?」

 演技ぶった、わざとらしい台詞回しで小鳥はセシリアに問う。

当のセシリアは、ぐうの音も出ないような正論に顔を真っ赤にしていた。

「ッ・・・貴方は・・・!!自分を何だと思っているのですか!?」

「さぁな、だが少なくとも、俺は俺自身がそこまで特別だとは思っていない、正直ISが乗れる以外は只の男だからな。だが、()()()()()()()()()、お前のその、あから様に自分が『特別』だって言う態度が」

 セシリアの精一杯の感情的な反論でさえ、それ以上の感情論と正論で封殺する。

「ひとつだけ言って置こうか・・・。下らない自慢(じまん)なら他所(よそ)でやれ、少なくとも俺の前でするな、鬱陶(うっとう)しいんだよ」

 ギラつく目付きでセシリアを威圧し、そう忠告する小鳥。

その光景に一夏は少し引き、周囲の女子達も軽く引いている。

 その直後、小鳥の勝利を示す休憩時間(きゅうそくじかん)終了(しゅうりょう)のチャイムが、まるでゴングの如く鳴り響いた。









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宣戦布告







 小鳥(おどり)とセシリアの口論の後、何事も無く始まった三限目。

その空気感はピリピリとした物だった。

 セシリアは不機嫌に小鳥を睨み付けては歯噛みをしていて。

 小鳥はそんな視線を分かり易く無視し。

 一夏(いちか)は先程の小鳥の剣幕を思い出しては身震いし。

 クラスのその他大勢は、小鳥への評価を決めあぐねて居る様で、そこら中からひそひそと話をしていた。

「私語を慎め、授業開始だぞ」

 千冬(ちふゆ)が全員を黙らせる。

大事な話がある様で、一息置いて全員に聞かせる。

「さ、て・・・気付いている奴も居るとは思うが、来週にはクラス対抗戦がある。そこで、お前達にはクラス代表を選出してもらう、自他(じた)推薦(すいせん)は問わん」

 と、その連絡を聞いた後、クラス中の女子達が口々に推薦し始めた。

「私は織斑(おりむら)君が良いと思います!!」

「私は小鳥君を推薦します!」

 面白半分で推薦された(がわ)の二人はそれに対して対照的な反応をしている。

 小鳥は何となく察しが付いていたので落ち着き払った様子で。

 一夏かまさか自分が推薦されるとは思っておらず、ワタワタした様子で回りを見やる。

(な、何で俺なんだよ!?)

 と、そう思っている事は本人以外知る(よし)も無く、女子の会話が止まる事も無い。

 このままだとどうしようもない事を理解した一夏は、意を決して立ち上がり、否の声を叫ぶ。

「いや待て!!俺はやんないぞそんなの!!」

「自他推薦は問わんと言った筈だ。選ばれた以上拒否(きょひ)(けん)は無い」

「なっ、そりゃ無いでしょう!?」

 その叫びは、無慈悲(むじひ)にも千冬の一言であっさりと否定される。

「今の社会、この程度の理不尽(りふじん)など雨の(ごと)く降ってくる、指名されたのなら覚悟を決めろ」

 その指摘(してき)の言葉に説得は無理だと感じた一夏はゲンナリと肩を落とす。

そんな一夏に、カラコロと笑った小鳥が、声を()ける。

「そう肩落とす事()ぇよ、クラス代表になっても悪い事ばっかとは限らねぇし。もしかしたら良い特典(とくてん)が付くかも知れねぇんだから、もうちょっと楽観(らっかん)的に見ても良いんじゃないか?」

「いや小鳥、それでも俺には嫌な未来しか見えないんだ。お前は嫌じゃないのか?」

 その問いに小鳥は意地の悪い笑顔で応じる。

「嫌は嫌だが・・・(なん)にしたって断る事は難しそうだし、はっきり言って諦めた方が良いぞ、この手の話は黙って受け入れるのか得策だ。・・・まぁ嫌だと言って置くことは大切だと思うがね」

 なんだか色々と諦めている様にも見えるその表情の小鳥は、疲れている様にも見えた。

(なん)にしても、これで二人選出された、後は投票次第だ。

運が良ければ代表の座から()(おと)とされるかもしれないんだし、落選を祈っとけば良いんじゃないか?」

 と、小鳥が笑っていると、黙っていられないと言った風の表情をしたセシリアが声を張り上げた。

「そんな選出、納得出来ません!!只々(ただただ)物珍(ものめず)しさで選ばれた男をクラス代表にするなど、恥晒(はじさら)しも良い所ですわ!!!」

 後方の席から立ち上がり、一夏達を(にら)みながら、なお演説を続ける。

「ISの登乗者(パイロット)としての実力を(もっ)てすれば(わたくし)が適任!!極東の猿に任せるなどあり得ません!!」

「・・・・・・それ千冬先生も『極東の猿』って事に成らないか?」

 ボソリ、と小鳥が冷めた口調で呟いた。

その声は小さいながらもクラス中に通る。

一夏にも、千冬にも、セシリアにも。

 そして、一瞬にして教室中が静寂(せいじゃく)に包まれた。

 全員の視線がこちらに向いている事を察した小鳥は、面倒な事になったな。と心の中で呟きながらも、それを表情に出すこと無く、立ち上がり、告げる。

「━━━どうした?続けないのか?その下らない演説(えんぜつ)を」

 水を打ったかの様に静まり返った教室の中で、小鳥の言葉だけが(たの)しげに(つむ)がれる。

「おーい、聞いてる?理解してるー?」

 そう言って少しの間を取った小鳥は、真剣みを帯びた顔と台詞回しで告げる。

「━━━確かに、お前は国家代表候補生だ、その実力は疑い無い。・・・だがな、だからと言って俺達が(ののし)られる筋合いは無い」

 その表情には確かな憤怒(ふんぬ)(たた)えられている。だが、その怒りを内包した半開きの(まなこ)は、セシリアに(いびつ)な印象を(いだ)かせる。

「確かに、今の世界、男がどれだけ(みじ)めな扱いを受けてるかは知らねぇ訳じゃねぇ、それが如何(どう)しようも無いって事もな。だがな、俺達は、織斑一夏、小鳥遊と言う存在は、お前と同じ領域に()る。お前が思っているその理由は、適用(てきよう)するには場違いにも程があるんだよ」

 直接は口にしないものの、セシリアの発言の根幹に在る物に警告を入れた。

そして、その手痛い指摘を受けたセシリアは、屈辱(くつじょく)に歯噛みして、顔が真っ赤になっていた。

「・・・言い過ぎだ小鳥」

 そう言って、セシリアを(かば)ったのは、彼女から中傷を受けた(はず)の織斑一夏その人だった。

「そうかぁ?俺は正論を言ってる(つも)りなんだが」

「語調がキツいんだよ、周り見てみろよ、全員軽く引いてるぞ」

 小鳥を(たしな)める一夏は、いつもよりも語調が強めだ。

「・・・ま、言い過ぎたかもな。何にしても、調子に乗りすぎるなよ、セシリア・オルコット。自分自身の調子に足を捕られる様なら、前に出過ぎない方がマシだぜ」

 最後は、(おだ)やかながらも悪い口調でセシリアに忠告を残す小鳥。

「さ、て。話を元に戻そうか、先生、これどうなるんです?三人が選出されましたが、我々はどうすればよろしいでしょうかね?」

「・・・お前がなれば良いんじゃないか?今の様にやれば上手く行くぞ」

「そりゃぁどうでしょう?俺はそう言うの柄じゃない、人を威圧するのは怒ってる時で十分ですよ」

 千冬の皮肉めいた台詞を、自分の思う所で軽く(かわ)す。

「まぁそれはそれとして。俺だってこんな面倒臭そうな事したくは在りません。の、で。出来るだけ平等な方法を頂戴(ちょうだい)したいのですよ」

 軽口を叩いて話を進める小鳥を見て、クラス中の全員(セシリアを除く)はこう思っていた。

 お前がクラス代表に成れよ、と。

 セシリアの高圧な態度、権力(けんりょく)差の有る千冬、それぞれに対して尻込(しりご)みする事無く話を進める(きも)の座りっぷり、どこを見ても指示を出す側の立ち振舞いをしている。

 しかし、小鳥の投げ掛けた質問に応じたのは、千冬ではなかった。

「なら、対戦で決めましょう!!IS学園のクラス代表であるのならば、その技量をもって決めるべきですわ!!!」

 先程まで小鳥にいいようにされていたセシリアが、声高(こわだか)宣言(せんげん)する。

貴方(あなた)がたもそれでよろしいですわね?」

 あくまでも自分がルールと言う様に、決めつけるような口調で二人に問う。

「・・・悪くはないな、一理(いちり)有る」

「お、おい小鳥、良いのかよ?」

 以外にもアッサリと了承(りょうしょう)した小鳥に驚き、一夏は彼の考えを問う。

それに対して、小鳥は()()()と笑い、小声で一夏に説明する。

「良いさ、あちらには曲がりなりにも通る物がある。それに、わざと負けちまえば俺達代表にならずにすむんだぜ?そいつは好都合じゃないか」

「それは・・・確かに、そうだけど」

 小鳥も小鳥で打算(ださん)づくだったらしい、その笑顔は皮肉めいた、悪戯(いたずら)な笑顔だった。

それに対して、一夏はその考えに納得出来ず、口をへの形にする。

「でも、負けを前提にして戦うだなんて、格好悪(かっこわる)いだろそんなもん」

「だーいじょーぶだいじょーぶ、俺だってわざわざやられる心算(つもり)ねぇよ」

 そんな一夏の考えなどお見通しだと言う様な口調で、小鳥は笑う。

「まぁ・・・それなら良いんだけど」

 そういった小鳥の対応も有って、渋々ながら退()き下がる。

「決まりだな。対決は一週間後、良いな」

 千冬のその一声で、小鳥と一夏は覚悟を決めた。









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同室者は一体・・・ Y side/ I side







 その日の放課後(ほうかご)相部屋(あいべや)ながら(りょう)に入れられる事を知らされた一夏(いちか)小鳥(おどり)は、雑談(ざつだん)をしながら自室に向かっていた。

「まったく・・・急(ごしら)えとは言え、見ず知らずの他人との相部屋(あいべや)とは。笑いしか()きん」

 そう言って(かわ)いた笑みを浮かべる小鳥に、一夏が同意(どうい)する。

「まったくだ、今までに受けた質問の数からしたら同居人(どうきょにん)から(なに)聞かれるかわかったもんじゃない」

 ゲンナリした様子の二人は、廊下(ろうか)を歩き、各々(おのおの)の部屋へと()(すす)めている。

「とは言え、俺達の部屋が(となり)だってのは唯一(ゆいいつ)の救いだな」

 二十四世紀にも(かか)わらず、アナログな(かぎ)に付けられたキーホルダーを見る、そこに(きざ)まれた部屋の番号は、一夏と一つしか変わらない。

一夏の部屋に着いた二人はそこで別れるが、小鳥がその前に話を切り出した。

晩飯(ばんめし)食堂(しょくどう)だよな、一緒に行こうぜ」

「あぁ、良いぜ」

「じゃあ用意(ようい)出来(でき)たら呼んでくれ」

 食事の約束(やくそく)了承(りょえしょう)した小鳥は、一夏が部屋のドアを開け、その中に入って行くの見送りながら、自らの部屋に入るべく鍵を回した。

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

「さ、て・・・。(だれ)()ないのか?」

 自室のベッドに荷物(にもつ)(ほう)()げた小鳥は、もう(ひと)つのベッドに目を向ける。

その上には綺麗(きれい)(まと)められた荷物が()るので、どうやらこの部屋を使っている人間は居るらしい。

「━━━いや待て、可笑(おか)しくないか?」

 (いぶか)()に声を出す。

「・・・()()()()()()()()()()()()()()()()?」

その荷物は、まるで『今日初めてここに来ました』と言うように、衣服(いふく)は綺麗に(たた)まれ、その上に携帯端末(けいたいたんまつ)が置かれていて、まるで支給品(しきゅうひん)の様に(あたら)しい。

「一体、誰だ?」

 (あま)りに(ととの)い過ぎている。

同室になった人間がとんでもない綺麗(きれい)好き、と言う可能性は捨てきれない、が、最低限(さいていげん)()ぎる。

 ベッド以外の場所を見回してみても、荷物は先程(さきほど)()べた物()()無いのだ。

小鳥自身、自分の荷物がそこまで少なくないのは解っているつもりだが、これは誰が見ても異常だろう。

恐る恐るその荷物に近付いた時、猛烈(もうれつ)破壊音(はかいおん)()(ひび)いた。

「ッ!?」

 驚いて(とびら)に眼をやるが、特に異常は無い。

とすると、外で何かが有ったのだろう。

「━━━何があった?」

 スタスタと玄関(げんかん)(おもむ)き、ドアノブを回し、外の様子(ようす)(うかが)う。

「・・・・・・どした?」

「いや、その、(たす)けてくれ小鳥、(ころ)されそう」

 そこには、何か鋭い木製のオブジェクトが生えたドアと、それに(もた)()かる一夏がいた。

これだけでは流石に状況が解らない、「何があった」と声を掛けようとした時、木製のオブジェクトが小さくなり見えなくなる。

(いや真逆(まさか)あれは・・・!!)

 そこで気付いた、あのオブジェクトは生えているのではなく『刺さっている』のだと。

 

━━━━━━あれは、木刀だ。

 

そして、それが奥に引っ込んだと認識(にんしき)した時、(いや)な予感がした。

「離れろ一夏!!」

 その言葉は遅く、もう(すで)事態(じたい)は起こっていた。

ズガンッ!バガンッ!!ドズッ!!!と三連続(さんれんぞく)して一夏を(ねら)った木刀(ぼくとう)がドアを突き破った。

「って殺す気か!?」

 すんでの所で牙突(がとつ)(かわ)した一夏がドアの向こうの人間に叫ぶ。

恐らく一夏の同室になった人間が攻撃しているのだろう。

しかし本当に何があったのだ、どんな経緯(けいい)があればこんな事態になると言うのだ。

「あ、一夏くんと小鳥くんの部屋って隣なんだ!」

「良い情報ゲットしたわ・・・!!」

 と、小鳥の困惑(こんわく)他所(よそ)に、近場の女子が集まり始めていた。

「・・・(ほうき)、中に入れてくれ、このままだと色々と不味(まず)い」

 同室の人間の名は箒と言うらしい、一夏が必死(ひっし)説得(せつとく)(こころ)みる。

ズッ・・・ズズッ、と木刀がドアの向こう(がわ)へと(しず)()む、どうやら攻撃を()めてくれるらしい。

『・・・良いぞ』

 ドア()しのくぐもった声がした。

何はともあれ入室の許可が出た以上、外でもたもたしてられない。

いそいそと部屋に戻る一夏、その背中をどうしたら良いのか解らない小鳥が見つめていた。

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 ドアを開けた先には剣道着(けんどうぎ)を身に着けた(ほうき)が待っていた。すぐに着けられる服がこれだったのだろう、大急ぎで着けたのか(おび)()まりが緩かったり(えり)()れている。

それに何より、まだ水気のある長い髪が流れているのは中々新鮮な光景だ。

(って、洋服よりも和服の方が着け(やす)いって考えたのか・・・。なんだか相変わらずだな)

 IS学園に入学する前に一夏が彼女を見たのは六年前、小学三年生頃だろうか。

地元の神社と剣道道場の生まれで、一夏の幼馴染(おさななじ)みの彼女は、昔から『侍女(さむらいおんな)』と悪口を言われていたりする(ほど)(するど)印象(いんしょう)を放っていた。

それは今も変わらず、否、その鋭さは六年をかけて研鑽(けんさん)されている。

「・・・何だ」

 ギロリ、とその鋭い目付きで一睨(ひとにら)みする箒は、そのままどすっと奥側のベッドに腰掛ける。しかし、自分は座れるような雰囲気(ふんいき)でないのを察した一夏は立ちっぱなしでその姿を見続ける。

「な、何を見ている!」

「あ、ああイヤ何でも無い」

 箒が口を開くが、それに対する一夏の返答に更に不機嫌そうな顔になり、そのムスッとした表情のまま髪を(まと)める。

 ポニーテールとなったその髪型を見て、何だか落ち着いた一夏に、またもや箒が口を開いた。

「お、お前が私の同室者だと言うのか?」

「あぁ、まぁ、そうらしいな」

 素っ気無い一夏の反応に対して、更なる抗議(こうぎ)文言(もんごん)が箒の口から飛び出す。

「お、お前が希望したのか!?」

「は・・・・・・?」

 何言ってるんだお前、と言ってしまいそうになったが、すんでのところで(のど)の下にまで押し込む。

そして代わりにこんな台詞を発した。

「そんな馬鹿な」

「━━━ッ!!」

 その台詞はどうやら彼女にしてみれば不正解のようだ。

「あ、あぶねぇ!!木刀は止めろって!!」

 そうでなければ一夏に木刀が振り下ろされる事など無かっただろう。

「馬鹿・・・『そんな馬鹿な』だと・・・?ああそうか、そうかそうか・・・・・・」

 奇跡的(きせきてき)にも木刀を白刃取りしてみせた一夏の両手(りょうて)諸共(もろとも)押し切ってしまおうかと、箒が体重をかけてくる。

(やばいやばい、これ木刀だから死なないとは思うけど、この勢いなら頭蓋骨(ずがいこつ)陥没(かんぼつ)してもおかしくないぞ!!)

「━━━━━━!!!!」

(いや前言撤回(ぜんげんてっかい)、間違ったら殺される・・・!!)

 一夏に体重を掛け続ける箒からは、人を殺しかねないオーラとも呼べるような何かが(あふ)れていた。

 と、外から

「わぁ、篠ノ之さん大胆・・・!!」

「抜け駆けは良くないよー」

「織斑君が総受けってのも言いわね・・・!」

そんな声が聞こえてきた。

(いや待て、最後のは何だ最後のは!?)

 と、一夏は場違いなツッコミを入れるが、箒はそうでもなかったらしい。

「なっ、なななぁ・・・!?」

 勢い良く一夏から飛び離れる、どうやら止めてくれるらしい。

(でも何で女子達はあんな事を言ってたんだ・・・?)

 ぼんやりとその理由を考えるが、すぐに(こたえ)に行き着いた。

 木刀()しで押し潰そうとしていた姿勢では、箒が一夏を押し倒している様にも見えなくもない。

「・・・・・・!!!」

 ドアに張り付く女子達を無言の圧力で()(ぱら)った箒は、一夏に向き直る。

「とりあえず、この状況についてだが・・・。って、聞いているのか、一夏」

「お、おう聞いてないぞ!?」

「聞いてないのを報告する奴が居るか馬鹿・・・」

 真剣に話を始めようとした箒だが、一夏あの顔から『絶対に話聞いてないな』と、確信を得た為一夏に詰め寄る。

ちなみに、当の一夏はと言うと。

(ああ、俺をどう始末するか、だな。いいか箒、殺人で最も重要なのは犯行のタイミングじゃない、犯行後の後始末だ。人間の身体は50キロを軽く超えるタンパク質、脂質の(かたまり)だ。その上5リットルより多い血液が内包されている。そして一番厄介(やっかい)なのが骨だ、骨ってのは実はかなり早い段階で(くさ)っちまう、ドラマなんかじゃ白骨化した状態でしか出てこないからそう言うイメージないだろ?だから、骨は解体の時点で処理しなきゃいけないんだが、そんな時間はない。だからここで冷蔵庫を使う、冷蔵庫の低温下でなら骨の腐食も━━━

 

・・・箒の殺気にあてられおかしな事を心の中で口走っていた。

 

「えーっと、なんだったっけ。もう一回話してくれ」

 悪いなと感じて頭を下げる一夏、それに応じて箒も話し始める。

「ま、まぁ、その・・・何だ、この部屋で暮らす上での線引き、と言うより、ルールは設けるべきだと言う話でな・・・」

 が、後半に行くに従ってごにょごにょと言葉が潰れて行く。

(何でそんなバツの悪い顔してんだ?それに顔も心無しか赤いし・・・。風邪か?)

 そんな一夏の検討違いな心配を他所に箒は話を続ける。

「まずは、風呂の時間だ。私は七時から八時。お前は八時から九時だ」

「え、俺早い方が良いんだが・・・」

「部活で汗まみれの私にそのままでいろと言うのか!」

「ん?部活入ってるのか?」

「あ、ああ。剣道部だ」

 成る程なぁ・・・。と納得する。確かにそれでは箒を後に回す訳にはいかない。

「ん?・・・いやでも待て、確か武道場にもシャワーは在ったよな・・・?」

「わ、私は自室のシャワーの方が落ち着くんだ!!」

「あー、まぁそうだな」

 言われてみれば確かにそうだ。と納得する一夏。

(トイレなんかも自分家(じぶんち)の方が落ち着くしなぁ・・・ん?)

 泥縄式に考えを広げていると、一つ疑問にぶつかった。

「そういやさ、IS学園(ココ)に男子トイレっていくつあるんだ?」

「確か・・・各階の両端に一つずつの筈だ」

「まってじゃあどうすんだよ俺のトイレ事情!?ここの両端って相当な距離だぞ、ダッシュしなきゃ休み時間に間に合わねぇじゃん!!」

「そんな事私が知るか!!」

一人そんな不安を抱えた一夏は、箒の叫びを横に置いて考えた。

 

(もし、もしも間に合わないなんて事になってしまったら・・・俺は、俺は・・・)

 

「━━━女子トイレを使うしか無いのか・・・?」

 

 バァッシィィインッ!!!と、痛烈(つうれつ)な一撃が一夏の頭にクリーンヒットしたのはそれから三秒も無いほどの直後だった。









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同室者は一体・・・ Y side 2/2







「・・・一体何なんだ俺の同室者は」

 一夏(いちか)(ほうき)に頭を打たれている時、小鳥(おどり)はそう呟いていた。

現在時刻は午後六時三十分。一夏と夕食の時間まで後三十分と、微妙な時間が残されている。

隣で大惨事待った無しの一夏を救出に行くのか、それとも自分の同居人の顔を知るべきか否か。どちらにせよ、小鳥には二つの選択肢があった。

 取り()えず、思考の袋小路(ふくろこうじ)に行き当たってしまった小鳥は、ベッドに横たわる。

to do or not to do(待つべきか、待たざるべきか)ってか。世知辛(せちがら)いな、人情と好奇心の板挟みってのは」

 ウィリアム・シェイクスピアの言葉をアレンジしながら、この世の難しさを(なげ)く。

 嘆いてはいるが、別段そこまで深刻に悩んでいる訳でもなく、今日の晩御飯のレシピどうしよっかな~。程度の悩みである。

 確かに、同居人の事は気になるが、知らなかった所で死ぬ訳でもない。それに、一夏の方も、同居人は知り合いらしいのでボコられても()られるだなんて事はないだろう。心配ではあるが。

「・・・・・・━━」

 ふと、隣に置いてある着替えが眼に()まった。

隣人が一夏である以上、女子の服であろうそれをまじまじと見つめるのは気が引けるものの、これ以上状況が進展しなさそうなので、この同室者に対し考察を深めて行く。

「一応、女子、だよな・・・。下着類が見当たらないって事は、大浴場で入浴中って事か」

 白いTシャツが一番上に何枚か掛けられ、下には短パンが何枚か重ねられて居る。

見てくれから察するに、どうも胸囲はそこまで大きくなく、スレンダーな娘らしい。

「エロ親父か俺は」

 そこまで考えて、考察が下衆(ゲス)な事になっている事を自覚した小鳥は、(かぶり)を振って(よこしま)な考えと妄想を追い払う。

()(かく)、何だってこんな生活感が無いのか。そこが問題だ」

 一人(つぶや)いて思考を元の基軸に戻す。これ以上話題が()れてもらっても困るのだ。

「━━━ってかコイツ、服と携帯以外(なん)も持ち合わせてないな」

 より一層謎は深まるばかりだ。

小鳥自身、自分の荷物が普通より多い事は自覚しているが、流石にこれは異常だ。

彼がこれまでの人生経験で得たものとして『人間、生活をする以上は趣味だの(なん)だので人生の不用品が必ず出る』と言う持論があったのだが、どうもこの同居人は例に漏れるらしい。

「・・・例外か」

 ふと、そんな事を思ってしまった。

セシリアに言った通り、自分は自身の事をさして特別とも思っていない。

それがどうだ、たった二人のIS操縦可能の男性として国賓級(こくひんきゅう)の扱いを受け、周囲からは好奇と期待の眼差しを受けている。

「ったく・・・人生どう転ぶか解ったものではないな」

 そこまで言って、先程と同じように頭をブンブンと振り回す小鳥。どうも思考がブレがちで、結論が見えてこない。

例外の事を考えた所で、一体何者なのかなど解る訳・・・。

「いや待てよ・・・。()()()()()()()?」

 考えてみれば確かにそうだ、この同居人はどうやら、荷物と呼べる荷物が全くと言って良いほど無い。

そんな人間の条件を絞っていけば、自然に答えに近付く筈だ。

「・・・バッグが無いって時点で(ほとん)ど答は出ているんだが・・・」

 とは言え、考えたら直ぐに答えは出てしまった。

バッグが無い、と言うことは、生活用品をこちらに持ち込んでいないと言う事だ。

それにも関わらず生活用品一式が(そろ)っているとなると、その条件は限られてくる。

 一つは、一夏の様に急に寮入りが決まって、泣く泣く学園からの支給品で回している奴。

 二つは、元々寮生活を希望していた上で、わざわざ近場のショッピングセンターで買って来た奴。

「━━━・・・」

 もう一つ、これが一番面倒臭くかつ、あり得ない事態だ。

「超国賓級の(なにがし)かってなとこか・・・」

 そう言う特別な人間なら、自分や一夏と同じように、秘密裏に入学させられ、身辺整理の整う前に政府によってぶちこまれたと考えられる。

さらに面倒なのは、()()()()()()()()()()、だ。

例えば歳に似合わぬIS適正で、流石に国家代表うんぬんを問えない状況ならば、それもありうるだろう。

が、その場合。子守りを(まか)された感じがして(しゃく)だ。それに、こんな利己的かつ功利(こうり)主義な人間が教育など到底(とうてい)出来るとは思えない。

「とは言え、もう一方も・・・」

 正直言って面倒臭さは先程の想定より倍の面倒臭さだろう。

その想定とは、言うまでも無く隣人が男子だと言う場合だ。

この場合、女子どもが五月蝿(うるさ)くて(かな)わん。

(一夏と一緒に昼飯(ひるめし)食っただけで腐った奴等からカップリング組まされたからな)

 とは言え、この想定も言わば想像の(いき)を出ない。(いま)だ、違和感が抜け切らないのだ。

男子であれば、世界的な発見として、大々的に発表される筈だ。が、しかし、どういう訳だか世間一般に知らされていない存在なのだ。

この事実が有る限り、想定としては片手落ちとしか言わざるを得ない。

「誰だかは知らないが、会ってみてからの話になるな」

 時刻は現在六時五十分、そろそろ晩飯(ばんめし)の時間でもある。

ベッドから跳ね上がり、小鳥は立ち上がる。

「考えても仕方がない、取り敢えず飯だ飯」

 考えるのは飯を食ってからにしよう、と。何も考えていない笑顔で小鳥は自室を後にし、食堂に向かった。

 

・・・一夏を置き去りにして。

 

 

 

・・・翌日・・・

 

 

 

「小鳥・・・お前さ、」

「あー・・・。悪かったって、約束すっぽかして一人だけで飯に行った事は」

 時刻は現在朝の七時。場所は食堂の窓際テーブル。

小鳥はほうとうのお吸い物、一夏は鯖味噌(さばみそ)を、それぞれお(ぜん)に置き、対面しながら話をしていた。

 恨めしげに小鳥を睨む一夏は、昨日の事のあらましを語って、自分の大変さを論じ、小鳥が助けに来なかった事を含め、約束を破った事に愚痴(ぐち)(こぼ)していた。

 やれやれと言った表情で両手を上げ、降参のポーズを取る小鳥は、軽い口調で約束を破った理由を説明する。

「色々と考え事してたらすっかり忘れてしまってな」

 出任せでは有るが、一応考えていた事については事実である。

結局、晩飯を食べた(のち)、三時間考え、三時間待ってみたものの。確信は得られないわやって来ないわやって来るのは関係の無い女子連中だで、答を得られないでいた。

 しかし、一夏もこの程度の嘘ではそう簡単には誤魔化(ごまか)し切れないらしく、(いぶか)しむ様に小鳥に問う。

「何の考え事だよ」

「アイツにどうやって勝つか」

 これは完全な出任せ。一夏を(だま)すならこう言う好戦的な物が良い。

一夏は勝利への意欲が無駄に強い。それを(あお)り立てれば誤魔化すのも容易(たやす)いだろう。

 が、一夏の食い付きは思いの他強かった。

「へー?じゃあ何か思い付いたか?」

 小鳥の顔を覗き込む様に身を乗り出し問いかける。

余程セシリアとの戦いに負けたくないらしい。

まさかの食いつきに面喰らいながらも、小鳥はどう答えようか、刹那(コンマ)に満たない時間でそれを導き出す。

 実は全然考えてませんでした、だなどと口走る訳には行くまい。だが、実際考えていない事を隠すにはどうすれば良いか、考え付いた言葉はこれだった。

「何も」

「思い付かなかったのかよ・・・」

 失望からガックリと項垂(うなだ)れる一夏。

(ホントに勝ちたいのか・・・)

 一夏の勝利意欲に引き笑いしながらも、小鳥はそれに答えるべく、手作りの二つ折り式小型端末を取り出して(いじ)くり始める。

「取り敢えず、アイツのISの情報だ」

 おどけた声音で、一夏に端末を手渡す。一夏は驚きながらもそれを受け取る。

「お前、どこでそんなもん手に入れたんだよ」

「別に。IS学園のサーバに公開されてるからな」

 ほぉー、と頷く一夏。

そんな彼を見ながら、小鳥は心の中で樮笑(ほくそえ)む。

(ま、(なか)ばハッキング紛いの事はやったけどな)

 ISの機能は特A級の国家機密であり、一般のネットワークからハックされないよう、学園内の専用端末でしか接続できない独立ネットワークのサーバに()いてのみ公開されている。

 勿論(もちろん)、そのネットワークのハック対策は一般のそれとは比較に成らない程の防御を誇っている。

それを破る為の労力は並大抵(なみたいてい)ではない。個人で出来る領域ではない筈だが、何故そんな事が出来たかと言うと。

(ホントに・・・良くもまぁ端末の使用コードを特定出来たな整備科)

 昨晩(さくばん)やって来た整備科の生徒の何人かが、どこかで決闘の話を聞いていたらしい、点数(かせ)ぎの為に情報を提供するべく、一般の端末を専用端末に擬装(ぎそう)する方法を教えてくれたのだ。

「んー・・・」

 それに感心している小鳥。一方の一夏は、小鳥の端末とにらめっこしながらセシリアが一体どんなISを使っているのか、どうすれば勝てるのかを考えている。

「遠距離専用の機体か・・・。やっぱりそうなると近距離戦で回して行くしか無いよな」

「ま、だろうな」

 一夏の話題に乗ってはいるものの。声に張りは無く、何となく面倒臭くなって適当に首肯(しゅこう)しているだけに見える。

 事実、面倒臭くさいのは確かなので、小鳥は一夏から端末を取り上げて会話の終わりを(うなが)す。

()()えず、この話題はここまでにしよう。今は(めし)()う時間だ、朝から喧嘩の事を考えるべきじゃないだろう?」

「ま、そうだな」

 そう言って(はし)を取る小鳥、促された一夏も箸を取り。手を合わせる。

「あ~、いたいた~!」

 と、その横から異様にゆっくりな女子の声が掛かった。

それに釣られて横を見ると、(あま)った(そで)に声に負けず劣らずの、のんびりとした表情の女子が居た。

「えへへ~。オドリンおはよ~」

「━━本音(ほんね)か」

「ん?知り合い?」

「あー、うん、まぁ」

「言いよどまないでよ~」

 困った様に言うが、(あま)り怒っている様に見えないのは、彼女の気質だろう。

 彼女の名前は布仏(のほとけ)本音(ほんね)、確か整備科期待(きたい)の新人の(はず)だが・・・。

「えっとね~、となりに座ってもい~い?」

「えっと、小鳥、良いよな」

「構わん、別段特に迷惑な事しなければ断る理由は無い」

「へへへ~。ありがとぉ~」

どうもこのキャラとその立場が噛み合わない。

 迅速性(じんそくせい)を求められるのはパイロットだけではない。仮にもISは兵器なのだ、戦場において整備と言うのは、正確性と機敏(きびん)さが求められる。

彼女の様に(にぶ)()が整備科のエース、と言うのは正直言って眉唾(まゆつば)だ。

「しかし、小鳥お前良く覚えてるな。俺なんて昨日部屋に押し()けてきた女子の名前ほとんど覚えられてないぞ」

「ああ、俺の数少ない取り()(ひと)つだからな」

 専門校で(きた)えた記憶力は伊達(だて)ではない。

一機のISで使われるパーツは数十万にも(およ)ぶ。しかも、それは同じ機能を持つパーツでもメーカーによっては見た目が全く(こと)なる事も多い。

中には国際共通規格(ユニバーサルデザイン)で組まれている機体は在るものの、(ほとんど)どがその機体専用のパーツで構成されている(ため)現役(げんえき)最前線(さいぜんせん)のISだけでも覚えるべきパーツの総数は数億は軽く超える。

 興味の無い女子連中とは言えども、数十人程度の名前なら小鳥の記憶力をもってすればそう(かた)い事ではない。

「えへへ~。うれしいな~♪」

「そこまで嬉しいか?」

 とは言え、覚えられた側は嬉しいらしい。異常に長い袖の剰りをぶんぶんと振り回して喜ぶ本音。

 喜ばせる(つも)りなど毛頭(もうとう)無かったのだが、そこまで言われると悪い気はしない。

「じゃあ、食べようか」

「そうだな、これ以上時間()ってたらSHR(ショートホームルーム)に間に合わなくなる」

 (いただ)きます、と三人は手を合わせた。









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訳の解らぬ決闘







 面通し翌日の昼食時間、質問責めに()いながらも食堂に到着した小鳥(おどり)は、相席した一夏(いちか)と共に、彼の幼馴染(おさななじ)みに相談を持ち掛けていた。

 

「なぁ、(ほうき)。ISの事教えてくれないか?このままだと、何もできずにセシリアに負けそうだ」

 

うむ(うむ)おえ()かあも(からも)たのう(頼む)おおいえいっおいえ(大見得切っといて)あんあが(何だが)おえも(俺も)あい(I)えう(S)おおうゆうにういえ(操縦について)ようわあってえんあよ(良く解ってねぇんだよ)

 

「ええい貴様、口に食べ物を突っ込んで(しゃべ)るな!!それが人に物を頼む態度か!?」

 

 沖縄(おきなわ)そばを口に含んだまま喋る小鳥にキレている彼女の名は篠ノ之箒(しのののほうき)。一夏との会話から察するに剣道をしているようだが、その片手間で古流武術を修得しているようで、先程一夏が強引に昼食に誘った際何が琴線(きんせん)に触れたか、一夏を軽く投げ飛ばしていた。

 

(それでも付いて来たって事は・・・一夏に気でも有るのかね)

 

 適当に箒の叱責(しっせき)を聞き流し、彼女に対する軽い考察をしていく。

 取り()えず口の中のそばを飲み下し一言。

 

「うめぇな」

 

「人の話を聞けぇッ!!」

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 完全にキレた箒を一夏が(なだ)めて、会話を再開させる。

 

「ISの操縦か・・・教えられない事はないが、どうやって教える。お前達二人にはISが無い、この時期は訓練機の貸し出しは出来ないそうだから、私に出来る事は無いぞ」

 

「ま、マジかよ・・・じゃあどうすりゃ良いんだよ俺達」

 

「ぶっつけ本番で挑むしかないだろうな。まったくふざけていやがる」

 

 ハァ・・・。と溜め息を()く。

セシリアは国家代表候補生であると同時に彼女用のIS、所謂(いわゆる)『専用機』と言う物を所有しており、操縦経験の差は勿論(もちろん)の事、使用するISにさえ格差が有る。

小鳥は『ただ負けるつもりは無い』と言ったが、勝ち目は相当に薄い。

 

「あーもう。悩んでても仕方無い。小鳥、座学だけでも良いから教えてくれよ」

 

 右の席に座る小鳥に向き直り頭を下げる一夏。

 

「お、おい!私に教わるんじゃなかったのか!?」

 

「え、いやだって箒さっき『出来る事は無い』って言ってたじゃないか?」

 

「そ、それは実戦訓練とか、そう言った意味であって。私が何も出来ない訳ではない!!」

 

 小鳥の反応を待たずして勝手に盛り上がる二人。

小鳥としてはどっちでも良いのだが、会話に入る余地もなければ、最終的にそれを決めるのは一夏なので、空気化する事を選んだ小鳥は、二人の口論を無視して粛々(しゅくしゅく)とそばを食べる。

 

「それとも、私には荷が重いと言うのか!?」

 

 ・・・・・・汁物(しるもの)の命とも言える鰹出汁(かつおだし)ベースのスープは、旨味を多く保有し、塩味(えんみ)も付きすぎず、ちょうど良い。

 麺類(めんるい)の主役である麺は、歯切れ良く舌触りは割と粗めで、スープとの絡み方を良くしている。

 

(しかし、世界の郷土(きょうど)料理が一同に会しているとは・・・。素晴らしいなぁ?血税で出来た学園と言う物は)

 

「いやそうじゃなくて、先に小鳥が言ってたんだって!!」

 

 しかも素材ひとつひとつの完成度が高い、所謂(いわゆる)『お高めなやつ』を使用しているのだろう。柔らかい三枚肉や、噛み心地(ごこち)抜群(ばつぐん)蒲鉾(かまぼこ)は勿論の事、トッピングに付けられた、香り高く、しかして強すぎない(きざ)(ねぎ)や、酸味歯応え共々満足な紅生姜(べにしょうが)、どれを取っても一級品だろう。

 

「何をだ!!」

 

 

「俺の面倒を見るって!!」

 

 

 ぴたり、と、止まった、心を無にしてやっていた食レポも、麺を(すす)る口の動きも。ついでに言えば、食堂中の空気もぴしりと凍りついた。

 

「ぶほっ!!あ゛っほっ!!え゛ほっ!!」

 

 その弾みで小鳥が()せ返り、苦しそうな(せき)を吐き出す。

そんな小鳥の状態など気にも止めず箒が問い詰める。

 

「おい!!本当なのかそれは!!」

 

否定(ひてい)したいけど否定出来(でき)ないッ!!」

 

 

 

・・・放課後・・・

 

 

 

 場所は武道場(ぶどうじょう)、そこに居るのは今IS学園で一番ホットな話題の一つ、織斑一夏と小鳥遊、篠ノ之箒の三人だった。

 

「・・・構えろ」

 

「イヤイヤイヤイヤイヤ」

 

 剣道着(けんどうぎ)(はかま)、その上からは防具一式と、完全に剣道部員のフルセットで(かま)える箒が、貸し出しの竹刀(しない)一本を右の片手に持つ小鳥に告げる。

 ちなみに、小鳥は道着はおろか、防具さえつけていない。自分がやるとは思ってなかったのだろう。

 

「いやさ、『腕が鈍ってないか見てやる』ってお前一夏に言ったんだろ?何で俺まで剣道やんなきゃいけないんだよ!?」

 

 困惑(こんわく)で胸いっぱいの小鳥は、(まく)し立てる様に箒に(たず)ねる。

 

「そ、それはお前が、一夏に物を教えるに足るかどうかを見る為だ!!」

 

「ったく・・・頑固オヤジかよ・・・」

 

 (つば)で頭を掻く小鳥は、仕方無いと言う風に溜め息を吐き。

箒を正面から見据えた。

 

「━━━来い・・・!!」

 

 その構えは剣道と言うより、フェンシングのそれに近い。しかし動きが肝要なフェンシングのそれとは違い、重心を揺らす為の動作すらない。これでは素人のそれにしか見えない。

だがしかし、その気迫は堅気(かたぎ)とは思えない。

 

「ッ・・・!!」

 

 その気迫に(おく)する事無く突撃する箒。

この際小鳥に防具が無い事など気にしない、それで怪我しても『重くて暑い』と脱ぎ捨てた彼の責任なのだから。

 

「フゥ・・・ッ」

 

 浅く呼吸を吐き出し、右足を踏み込む。

退()く、だなんて無粋(ぶすい)な事はしない。

むしろ()()()()()()()()()()()()

 

「ハァッ!!」

 

「ッ!!!」

 

 前に重心が移動した状態で箒の面が迫る、しかし小鳥に(あせ)りは無い。

踏み出した右足で地面を左に()り、強制的に(みずか)らの軌道を右に逸らす。

(かろ)うじて(きっさき)(かわ)し、箒と交差(こうさ)した小鳥は、崩れた体勢を立て直し、箒を正面から睨み付ける。

間合いから離れた小鳥は、箒と視線がかち合った事を確認すると、そのまま右腕を大きく振り上げた。

 

「ッ!?」

 

 慌てて防御の姿勢を取る箒、それもその筈。

スナップの効いたその動作で、()()()()()()()()()()()

 

「間合いから外れたからって安心すんじゃねぇぜッ!!」

 

 一直線に駆け出す小鳥。そう、投げた竹刀と自分自身で一人時間差攻撃をしようと言うのだ。最早(もはや)剣道ではない。

 

「ッ・・・舐めるな!!」

 

 小鳥の竹刀を上に弾き、流れるように上段の構えを取る。

人間の速力では到底(とうてい)投げられた竹刀のスピードには追い付けない、時間差が半秒(はんびょう)でも有れば(さば)けない訳がない。

 

(もらった・・・!!!)

 

そんな()を犯した小鳥を(あざけ)る様に、箒はタイミングを合わせて振り下ろし、

 

「・・・はン」

 

竹刀は空を切った。

 

「止まった・・・!?」

 

 一夏が驚愕(きょうがく)の声を()らす。

そう、止まったのだ。小鳥は、箒の竹刀が当たる瞬間を読み切って、急停止した。

 (きっさき)の部分に当たる筈だった小鳥の頭は、その軌道の(わず)かに後方、()()った姿勢で()()()()()()と言う風な()みを浮かべている。

 

「ラァ゛ッ!!」

 

 声を上げて箒の胴に殴り掛かる。

 

(タイミング完璧(かんぺき)!!人間の反応速度じゃ間に合わねぇ。貰った!!)

 

振り下ろされた両腕の隙間を縫って小鳥の右の拳が突き立つ。

 

(いや)、突き立とうとしたその時

 

「ハァッ!!」

 

箒の気合い一閃、竹刀を振り上げたのだ。

 ゴンッ!!と鈍い音が胴の防具と拳から鳴ったと同時に、バシンッ!!と鋭い音が小鳥の脇腹と竹刀から響いた。

(したた)かに左脇腹を打ち付けられた小鳥(おどり)は、その場所を抱えて悶絶(もんぜつ)する。

 

「・・・っ、だァーっがァーっ!!」

 

「男が痛いだけで騒ぐな!!」

 

 その横では(ほうき)が小鳥を叱責(しっせき)していた。

 小鳥の拳もかなりの威力(いりょく)を持っていた(はず)なのだが、防具を装備しなかった上、箒が放った改心の一撃を、神経の集まる脇腹に思いっきり受けたのだ、ダメージは小鳥の方が(はるか)に上だろう。

 

無茶(むちゃ)言うな!!あんなん受けりゃ誰だってこんなんなるわ!!」

 

 理不尽(りふじん)なお(しか)りを前に、小鳥も語調を荒くして対応する。

 

「だ、大丈夫か?」

 

「大丈夫に見えるか・・・?」

 

 一夏(いちか)が心配しているが小鳥は(いま)だ立つ事すらままならない。

箒にボッコボコにされた一夏よりは精神的には問題無いが、胸部に(はし)る痛みは相当な物だ。

 

「しかし驚いたな、箒。お前また腕上げたんじゃないか」

 

「ふん、どうせお前達が軟弱(なんじゃく)なだけだ。私はそれほど強くはない」

 

 イヤイヤイヤ、と小鳥と一夏が心中(しんちゅう)でそうツッコミを入れる。特に小鳥がより強く否定しているが、それには理由があった。

 

(面を外した直後に振り上げたあの反射神経、人間のそれじゃねぇぞ)

 

 小鳥自身、人体の限界を知る様な人間ではないが、それでもあのパターンに初見(しょけん)で対応されるとは思わなかった。

 箒がこちらを見て射程距離外(しゃていきょりがい)だと判断(はんだん)した瞬間に投げた竹刀も。

 それを防御する(ため)に振り上げた腕で視界から外れたのを見計らって走りだし、剣の間合いにギリギリ入らない距離まで近付いたのも。

 振り下ろされた竹刀(しない)を前に、全力でブレーキをかけ()()り、後方に(かわ)したのも。

 そして、その仰け反りの戻りを利用して(ボディ)に向けて放った右ストレートも。

正直(しょうじき)、全てが完璧(かんぺき)で、パターンを知らなければ攻略は不可能(ふかのう)だろうとさえ思っていた。

 しかし破られたのだ、こうなると小鳥の作戦不足としか言いようが無い。

 

「それでもこれはやりすぎでは・・・?」

 

「いや、卑怯(ひきょう)な手を使ってこのザマだ。文句は言えん」

 

 そう言う意味なら俺も手段としては大分(だいぶ)やり過ぎたしな。と左脇腹を抱えて上体を起こす小鳥。

 

「まぁでも、痛いではある。後から言うのもなんだが、もうちょっと手加減(てかげん)してもバチは当たらんぞ?」

 

 あははと引き笑い混ざりの台詞(せりふ)だが、さっきまでの痛がり方からは考えられない程ピンピンしている。

 

「防具を脱いでいたお前が悪い、私に手加減を期待する方がどうかと思うぞ」

 

 そう返した箒に、ですよねー。と小鳥が引き笑う。

 

「な、何にせよ、だ。小鳥、私はお前に勝ったのだ。だから、その。い、一夏の面倒は、私が見て良いんだな!?」

 

「・・・まぁ、構わんが」

 

 ━━━はたしてこの決闘で勉学面(べんがくめん)優劣(ゆうれつ)(はか)れるかは疑問だが、箒の剣幕(けんまく)に折れ、その座を(ゆず)る事にした。









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カミングスーンな二つ







「━━━なぁ、箒」

 

「なんだ、一夏」

 

 それとなく声を掛ける一夏、

無愛想(ぶあいそう)ながらもちゃんと(こた)えてくれる箒。

 

「・・・俺さ、気のせいじゃなければ、お前からISの事何一つ教わってない気がするんだけど?」

 

「・・・━━━(フイッ」

 

「 こ っ ち を 見 ろ !」

 

 顔を(そむ)けた箒に向かって声を掛け続ける一夏を他所(よそ)に、小鳥は溜め息と共に苦言(くげん)(てい)す。

 

「━━━そんな事よりも、だ。俺達のISはどうなっている。専用機が来るって話じゃなかったのか?このままだと、初期最適化(フィッティング・パーソナライズ)も出来ないぞ・・・?」

 

 IS操縦のレクチャーよりも、むしろこっちの方が問題である。

ちなみに、『初期最適化(フィッティング・パーソナライズ)』とは、

搭乗(とうじょう)するISの内部データを初期化する『初期化(フィッティング)

更に、初期化ISに操縦者自身の持つ身体(からだ)()きや臓器の形と位置、対G性能など、身体能力(ボディスペック)を測定し、ISに入力する『最適化(フパーソナライズ)

この二つを総じた俗称(ぞくしょう)である。

 これを行う事で、ISは真に操縦者の物となり、本当の能力を発揮(はっき)出来る。

だが、その意味を返せば、たとえISを乗り回す事が出来てもその実力を出す事は出来ないのだ。

 

(まぁそれも、ISが届けば、の話だがな)

 

 ISが届かなければフィッティングも何も操縦も出来ない。

詰まる所小鳥と一夏の命運(めいうん)は未だ見ぬ専用機と、それがちゃんと(とど)くかに()かっているのだ。

 

(まぁでも、このまま届かなければ不戦敗になるからそれでも良いかもな)

 

 とは言えそもそも小鳥はそんなに乗り気ではなかったし、これで不戦敗となれば、それこそクラス代表になりたくない小鳥からしてみれば願ったり叶ったりである。

早く届いてくれと切に願う一夏とは対照的に、小鳥は明日に届いてくれと切に願っていた。

 

「━━━織斑くーん!小鳥くーん!」

 

 それぞれの思惑が交錯(こうさく)する中、副担任・山田教師が息を切らしてやってきた。

 

「はあっ、はぁっ・・・」

 

 のだが、全力疾走(しっそう)の結果、息を切らし、(しゃべ)る事もままならなくなっていた。

 

「ど、どうした?」

 

「あ、あのっ、えっと・・・!」

 

 何があったのか聞いてみるが、途端(とたん)にどもる真耶先生。

息切れも(あい)まって、とてもじゃないが喋れる状態ではない。

 

「山田先生、落ち着いて。ほら深呼吸、すってー」

 

「すーーはーすーはー」

 

「はい止めてー」

 

 一夏の勧めに(したが)い、掛け声に合わせて深呼吸(しんこきゅう)を始める真耶先生。一体何を見せられているのだろうか。

しかも意地(いじ)(わる)な事に一夏が掛け声を()めたせいでどんどん顔が真っ赤になって行く。

 

「年上をからかうのはよせ。それと、なんで律儀(りちぎ)にこのバカの()(ごと)に付き合ってんすか麻耶(まや)先生」

 

 やれやれと言った様子でそのやり取りに待ったをかける。

 

「え、いや、あの、そのっ・・・」

 

・・・かけたのだが、山田先生のテンパりは止まらない。

そんな訳で、困り顔を浮かべるしかない小鳥。と、その後ろから、

 

「あだぁっ!?」

 

「お前こそ教師を困らせるな」

 

 スパンと千冬が出席簿アタックを決めた。

 

「何をするんですか千冬先生・・・!?」

 

「何、教師(きょうし)いじめに制裁(せいさい)(くだ)したまでだ」

 

 どうだ、嬉しかろう?と、いやらしい笑みを浮かべる千冬。

 

「そんな遊戯(いたずら)に精を出す暇があれば、さっさとスーツを着けて準備しろ」

 

「はい?」

 

 スーツ、と言うのは恐らくISを操縦する際に着用するISスーツの事だろう。ちなみに、一夏はツーピース型のヘソ出しスタイルのを、小鳥にはダイバースーツみたいな全身すっぽり覆う、二つの異なるタイプのスーツが支給(しきゅう)されている。

 それを着けろと言うのであれば、それ(すなわ)ちISに乗れ、と言うことになる。

 

「まさか千冬先生・・・。届いた?」

 

「あぁ、だから今すぐ乗れ」

 

「えっ、えっ?」

 

 小鳥はそれに勘づいているようだが、一夏はなんの事やらさっぱりである。

 

「小鳥、お前は三番ピットだ・・・。それと、もし変態と出くわしても手は出すな、返り()ちに()うぞ」

 

「は、はぁ・・・」

 

「えっ、ちょっと待ってどう言う事だよ!?」

 

 未だに状況を理解しきれていない一夏は、周囲にその困惑をぶちまける。

 

「どう、ってなぁ・・・(よう)は今すぐISに乗って戦えって話だろ?」

 

「いや、そこがどう言う事だよ!」

 

「や、そのままだろ」

 

 小鳥は素のテンションで返す、当然だと言わんばかりのその表情に、一夏は苛立(いらだ)ちを募らせる。

だが、苛立っていたのは一夏一人だけではなかった。

 

「ええい!男であるお前がそんな弱腰でどうする!?」

 

 それは箒だった。

後ろから一夏に怒鳴(どな)り付けた彼女は、怒りに肩を震わせていた。

 それを見かねた小鳥が、一夏にフォローを入れる。

 

「いきなりだって言っても、この決闘だっていきなりだろ?」

 

 にやりと笑って肩を叩く。確かに、この決闘は元々セシリアとの言い争いが原因で始まった物だ。それに(まえ)()れなど無く、説明も準備する時間も無かった。

そこから考えてみれば、いきなりISに乗って戦うと言うのも、そんなに不自然な流れではないのかもしれない。

 

「でも」

 

「でもじゃねぇよ、このままグダグダゴネり続けた所で状況が好転するわけでもなし、むしろ悪化する一方だ」

 

 不戦敗で負けりゃ元も子も無いしな。とセシリアの時とは違う、(やわ)らかい口調で一夏を(さと)す。

 

「それに、お前は『負ける事を念頭(ねんとう)に置いているような、カッコ悪い奴』じゃねぇんだろ?じゃあ気張(きば)ってこうや」

 

 それは、負ければクラス代表にならなくて済むと言っていた小鳥に一夏が言った台詞だった。

 

「・・・あぁ!」

 

 己の言葉に発破(はっぱ)をかけられた一夏は自信を取り戻していた。

 

「山田先生、俺のISはどこですか」

 

「え、えと、第二ピットです。こっちに来て下さい」

 

 山田先生に促され、その方向へ歩き出す一夏。

小鳥も自分のISの元へ向かうべく歩き始めた。









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二人と三人と、忘れちゃいけないもう一人

 なんと言うか、変態とエンカウントした時って、どんな感じになるんだろう?と疑問に思う事が無かったって訳じゃない。強姦(ごうかん)事件だなんて聞かない訳じゃないから、被害者の事を思って胸を痛める事があったりもしたし。

 まぁだが、実際、本当に被害者の気持ちに寄り()う事なんて出来ないのも(わか)っていた。それを理解出来るのは、本人か同じ体験をした人間くらいだってのは前々から知っている事だし。

ので、俺はきっと本当に変態と出くわさない限り、そんな気持ちを理解する事は一生無いと思っていた。

だからと言って俺自身が変態と出遭(であう)うのは御免だ。ヤベー奴と出会ってどうにかなるのは正直()けたい事態でもあったしな。

 

「えへへぇ~、君が小鳥(おどり)くんかぁ~。アダ名何が良い?オドくん?ゆーくん?それともフルネームからたかちゃん?」

 

「どれもお断りだ・・・!」

 

それで今俺は頭や顔をこねくり回されながら渾名(あだな)()()しを問われている。

 

・・・現実は非情(ひじょう)だ。

変態と聞いて冗談(じょうだん)か何かだと思っていたが、性癖(せいへき)云々(うんぬん)ではなくマジのヤベェ奴が来てるとは思わなかった。

 

「あのな、俺はあんたから俺の乗るISの事を聞きたいのであって、こんな事やってる場合じゃねぇんだよ!」

 

 小鳥は自分の体に纏わりつく黒髪の女性を()()がし、身構える。

彼女の名は篠ノ之(しののの)(たばね)、宇宙用パワードスーツ無限の成層圏(インフィニット・ストラトス)を開発し、今も天才の名を欲しいままにしている天災。

 白いドレスの上から魔法使いのローブを羽織(はお)り、(すす)まみれの布を頭に巻き、その靴は硝子(ガラス)のハイヒールと、一人シンデレラ状態だ。

 

「むぅ・・・釣れないなぁ、こうなったら実力行使だおらぁー!」

 

「やめろっつってんだろオイ!」

 

 何故に彼女がこんな場所に来ているかと言うと、小鳥と一夏(いちか)の機体は、彼女が創っているからである。なら何故一夏の方に行かないのかと思うが、彼女はどうやら一夏よりも小鳥の方に興味を示しているようだ。

丁度良く開発者が居たから話を聞いてみようと思って接触してみたのだが、何故かこんな調子で纏わり着かれているわけである。

 追う束と逃げ出す小鳥、シンデレラがダイバースーツの人間を追い回している光景は中々にカオスであった。

 

 

 

・・・数分後・・・

 

 

 

「はぁ、はぁ・・・も、もう良いだろ。説明に移れ・・・!」

 

 戦う前からクタクタの小鳥は膝に手をついて荒い息を吐いていた。

 

「むふふー。オドくんってさぁ確かIS技師に成りたかったんだよねぇ?」

 

 それに対して、同じように走り回っていた筈の束は息を切らす事なく、人の話を完全無視である。

 

「まぁそうだけど、それが?」

 

 律儀に応じる小鳥、それを聞いた束は機嫌を良くしてさらに追及する。

 

「何で?ISは君にとって悪夢の筈だよ?」

 

 元々目付きの悪い小鳥はその発言を受け、いつもよりも更に鋭い視線で応じる。

 

「お前・・・どこでそれを・・・!」

 

「ふふん、この束様に知らない事など無いのだよ、ましてやISが関わった事件なんだから」

 

 怒り心頭といった表情の小鳥だが、決して束は取り合わない。

 

「それで何で?聞かせてよ」

 

 覗き込むその仕草は歳不相当(ふそうおう)なまでに幼い。

覗き込まれた小鳥は、真正面から睨み付け、()げる。

 

「・・・止めろ、アンタの才能には敬服(けいふく)しているが、そこまで話せる(ほど)(ひと)()しじゃない」

 

 鋭い目付きをそのままに、格納庫(ハンガー)に歩を向ける、その向こうには幕に覆われたISが(たたず)んでいる、それ程大きくは無いがISだ。

 

「どうせお前の事なんだ、俺の過去や心持ちよりも自分の作ったISの方が大事なんだろ」

 

 ある種の確信を持っている小鳥は、そう断言して話を反らす。

だが、束の食いつきは思いの(ほか)良かった。

 

「え?何で何で?何でオドくんはそう思うの?」

 

「・・・・・・━━━」

 

 頭痛に(もだ)える様に頭を抱える小鳥。

内心では『コイツと関わると時間がいくらあっても足りなくなるな』と愚痴(ぐち)(こぼ)していたが、それに(かま)う天才なら天災とは呼ばれまい。

 観念した小鳥は、その理由を言葉に出す。

 

「ISが世に広まった理由だ。ほぼ世界全ての弾道ミサイル制御システムをハックされ、日本に全弾発射されたあの事件だ」

 

 発表当初は『女性にしか使えない』と言う欠点を理由として特に注目されていなかったISだが、その事件を期に『世界最強の兵器』として陽の目を見る事となった。

 

「日本の人間は誰しもが『おしまいだ』と思っただろうな。・・・だがしかし、事もあろうにその八割強をたった一機(いっき)、いや、()()の騎士が撃ち落とした。・・・あの事件以来、インフィニット・ストラトスと言う起動(きどう)外骨格(がいこっかく)は世界最強の兵器の座に(おど)り出た」

 

「あれは痛快(つうかい)だったねぇー。私のらぶりぃISがこの世界の全てを超えた瞬間だったからね」

 

「だろうな、どうせあれはお前の自作(じさく)自演(じえん)・・・イヤ、自作(じさく)他演(たえん)なんだろう?結果、世界はきっとお前の思惑(おもわく)通りに動いている(はず)だ」

 

 小鳥は持論(じろん)展開(てんかい)する、(もく)してそれを聞く束は笑顔のままだ。

鋭い目付きの小鳥は横目でそれを確認し、舌打ち混じりに口を(ひら)く。

 

「ただただ日本が危機に(おちい)り、それをISが(すく)った?ハッ、そんな筋書(すじが)(わか)(やす)すぎて疑わずにはいられるかっての。その上で犯人を考えた時、あの事件で利益(りえき)を得たのはアンタ(ただ)一人(ひとり)だったしな。正直どう考えてもアンタ以外に犯人が考えられないんだよ」

 

 ぶっきらぼうな態度ながらそれでも話し続ける小鳥の目は、束を懐疑の視線で(とど)め続ける。

 

「真実はどうあれ、俺はお前を信頼する事は無い。良いな」

 

 明らかに敵意を向ける小鳥に対して、上機嫌なままの束は構わないと告げる。

 

「でも君は信用しなきゃいけないでしょ?なんてったって、私の造ったISを一番知っているのは私なんだもん」

 

「あぁ、信用はしてやる。だが、信用と信頼を()き違えるなよ。俺は進んでアンタに頼る事はしない」

 

 その台詞を受けた束だが、うふふと笑うだけに留める。

怒りも()ねもしないその表情の変化の無さは不気味に思えるが、その不気味さを理性で振り切り、ISの解説を(うなが)す。

 

「どっちにせよ・・・さっさと説明しろ。アンタは俺よりISが重要だろうし、俺はアンタの真実よりISの事が重要だ。早めに満足(まんぞく)して勝手に帰れ」

 

 分かり易く悪態(あくたい)をつく小鳥。(つか)み所の少ない束を相手に、早め早めに話を終わらせたいようだ。

 

「ふっふっふー、ご機嫌ナナメなオドくんに、親切にもご説明しましょーそうしましょー!」

 

 ISが(から)んでいるからか、束はハイテンションで説明を開始する。

 

・・・この際『最初からそうしておけよ』と口にするのは()しておこう。

 

 ISを覆う布を手に取り、危険な程嬉しそうな笑顔で宣言する。

 

「オドくんのISはぁー、コレだッ!!」

 

 布は取り払われ、その下にある物が(あらわ)になる。

そこにはそれ程大きくないISが居た。

 

「機体名は銀影(ぎんえい)。君専用に(こしら)えたISだよ」

 

それを見て、小柄ながら特異的な外見に小鳥は目を見開いた。

まず背面、本来ISでは見ないバックパック式の六連スラスター、その外側二つを接続する二つの出っ張りに()けられた二振りの片刃剣、そのサイズは太くはないが長大で、人間が片手で振るうには難しい。

膝のすぐ下にある巨大のスラスターノズルを始めとした、機体の至る所に設置されたバーニア、スラスターはその機動性を如実に表している。

 

・・・のだが、

 

「なんと言うか・・・()()()()()

 

「あ、わかっちゃう?」

 

 何か足りない、と言うより全体的なボリュームが少ない。普通のISでは見られない部分が散見される代わりに、普通のISにはある部分が見られないのだ。

例えば通常、ISに飛行ユニットは必要無いのだが、加速ユニットとして浮遊する可動(ヴァリアヴル)ブースターが何処かしこかに付いている物なのだが、この機体にはそれに当たる部分が無い。

 異常事態は他にもある。

銀影は巨大なブレード二つを背負っているのだが、そもそもISには量子変換により武装を持たずして保有し、使いたい時に使えると言う利点がある。

それは第零世代IS『白騎士』でさえ例外に漏れない。だがしかし、この銀影は実体を持つ剣を実体のまま保持している。これはどう言う事だ。

 

「この『銀影』元々は(だい)(ゼロ)世代(せだい)ISの一機なんだけど、量子(りょうし)変換(へんかん)システムが上手(うま)く行かなくてねー、全身にラックさせるしか無かったんだよー。あ、でも性能はすごいよー?」

 

 その台詞は小鳥を驚かせた。

 

「第零世代ィ!?なんてモン持ち出してんだ!?」

 

 これまでに無い(ほど)驚く小鳥。

それもそうだろう。

本来なら第零世代を含め、ISは条約に置いて各国に分配されている筈だ。第零世代はデータベースとなり易く、始めにこれがなければ研究がし(づら)くなるからだ。

 おそらく第零世代ISは、各国の研究施設に渡って分解、解析され、形を残す物は無いだろう。

 正味(しょうみ)小鳥としては、こうやって(じか)に第零世代ISを見れるだけでも垂涎(すいぜん)モノなのだが、それはそれで疑問が発芽(はつが)する。

 

「でも何でまたそんな物を・・・。アンタなら条約やら何やら無視して新しいISを造れるだろうに」

 

「いやー、欠陥機だからって言って活躍の場を奪うのは良くないでしょ?どんな機体であれ、私のらぶりぃISの一機だって言うのは変わらないんだしさ」

 

 得意気に笑う束、彼女は本当にISに対しては平等に愛を振り撒くのだろう。

 黒をメインに肩の一部、膝のガードパーツ、頭の二本角の銀を差し色としている機体を見据え、小鳥は呟く。

 

「そう言う割には酷な事をするよ・・・。足りてないのは、ISとしての欠陥だけじゃない。『銀影』と言う機体全体が足りてない。もしかして銀影(コイツ)は『欠陥機』であると同時に『不完全』な機体なんじゃないか?」

 

 全体的なボリュームの無さはそこに起因していると小鳥は見ている。

 

「へぇ・・・そこまで解っちゃうんだ?凄いねぇ」

 

「アンタに褒められても褒められてる気がしねぇよ」

 

 ただの経験則で物を語るのは気が進まないが、どうやら合っていたらしい。束の反応はそれを是としている。

 

「オドくんの言う通り、今の銀影は不完全でね。完成度は60%ちょっとってくらいかな」

 

 最早大破しているのと何も変わらない気がするが、本当に動くのだろうか。

 

(・・・仕方無い。やりたくはないが、やるしかない)

 

 『はぁ』と溜め息を吐いて、その銀のISに歩み寄る。そして、己にIS適正があると知ったあの時と同じ様に、鋼鉄の如く冷たい輝きを放つその身体(機体)に触れた。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「小鳥のやつ、遅いな・・・」

 

 ISを装着して待機している一夏は、ピットの中でそう呟いた。

 集中を切らさずに早く戦いがしたいでもあるが、長い目で見ればこれは好都合だ。

 今一夏が乗っているIS『白式』はもうそろそろで最適化(フッティング)の行程を終える様だ。

『進捗:85』『93』

 ソフトウェアでの最適化が済めば、それからハードウェア、つまりISの機体その物が()()するのだそう。

『97』『99』・・・

 モードがチェンジするとか、そう言う物では無く、完全なる変化をそれはもたらすらしい。

 ただ待っていた一夏の目の前に空中投影のディスプレイが浮かび上がる。

 

『進捗率が100%を突破しました』

形態変化(モードシフト)を開始します』

 

「う、うぉあっ!?」

 

 と、一夏がそのディスプレイの文字を読み終わった瞬間、白式の装甲が()()()()とその形を変え始めた。

 

「ち、千冬(ちふゆ)(ねぇ)!これで良いのか!?」

 

「あぁ、そのまま身を任せていろ・・・何かあったら骨は拾ってやる」

 

「おーい!!?」

 

 大丈夫な気がしないのは、自分の知らない事が起こっているのと、千冬の発した物騒な台詞のどちらかのせいだろう。そう信じたい。

 

『形態変化が終了しました』

『コンソールの《OK》を押して下さい』

 

《OK》

 

 と、そうこうしている内に最適化の最終段階も終わってしまい、(サナギ)の中の蝶の様にドロドロだった白式も、その姿を堅牢な鎧に変わっている。

促されるまま《OK》のパネルを押す。

 元々『白』その物の様な機体だったが、その白は洗練され、より鋭い印象を抱かせる。

 

「これが・・・俺の・・・」

 

 まじまじとその機体を見つめる、最初は白一色だったその色は、蒼と黄の二つの色が追加され、真に自分の物になった事を認識させる。

 

「どうだ?調子は」

 

「は、ハイ、大丈夫です」

 

 千冬の問いに応える一夏。始めて体験する『IS』と言う兵器の感覚に戸惑いながらも、一つの確信がしっかりとした返事をさせる。

先程までとは違い『乗っている』感覚ではなく『着けている』感覚に近いフィット感は、白式が本当に一夏専用機になった事を確信させていた。

 と、軽く感動を覚えていると、一夏に時間を与えた張本人である小鳥から映像込みの通信が入った。

 

『よぉ一夏、調子はどうだ?』

 

「うおっ・・・!って小鳥か・・・(おど)かさないでくれよ・・・」

 

『丁度こっちも準備が整ったからな。連絡ついでに悪戯(いたずら)した訳だ』

 

 ディスプレイの中の小鳥の顔は、誇らしげな笑顔を浮かべている。

 そう言う表情はさして珍しくないが、何だか小鳥らしくない程テンションが高い。

 

「何か嬉しい事でもあったのか?」

 

『イヤイヤ、専用機貰えた時点で割と嬉しかった訳だが・・・。まぁ良いや、とりあえず千冬先生に伝えてくれ。()()()()()()ってな』

 

 これまた珍しく小鳥が言葉を濁した事に驚きながらも、依頼された事をこなす。

 

「千冬ね・・・じゃなかった。織斑(おりむら)先生!小鳥も用意出来たそうです!」

 

 小鳥の伝えたい旨を簡潔に担任に伝える。

 

「━━━何故直接連絡しないんだまったく・・・」

 

 小さな声で愚痴を吐く千冬、だがそれも数瞬後にはいつものキリッとした表情となり、一夏やセシリア達に指示を飛ばす。

 

「よし、ならカタパルトに乗れ」

 

「分かりました・・・と、そうだ(ほうき)

 

 (さき)の千冬の悪態に苦笑を浮かべながらカタパルトに足を乗せた一夏は、思い出した様に箒に話しかける。

 

「な、なんだ?」

 

「さっき蹴飛ばしてくれてありがとうな、お陰で行けそうだ」

 

 不意打(ふいう)ちの感謝の言葉に、箒の顔は(あか)くなる。

 

「なっ・・・!ふ、ふん!ありがく思うなら勝って来い!」

 

「あぁ、行ってくる」

 

 意気込んだ一夏は前を見る。

 

 

 

・・・・・・・・

 

 

 

 目の前の隔壁が開き、外の光が小鳥の顔に射し込む。

当人は目を閉じ、マニュピレータを握り、黙りこくっている。

 

(俺は・・・戦いたかったんだ・・・なら今、俺は『力』を手に入れた。こっから先は・・・俺次第だ)

 

 戦いたいモノを、戦うべきモノを見つけられるかは自分自身だと言い聞かせる。

 目を閉ざしたままの小鳥に千冬のアナウンスが告げる。

 

『用意は言いか馬鹿共』

 

『えぇ、行けますわよ』

 

 セシリアはそれを受けて元気良く返事する。

 

(俺らが来る前からスタンバってたってのに、元気なこった)

 

 聞いた話では、セシリアは十分近く待ちぼうけを食らっていたそうだ。

 

『フッ・・・なら始めるとしよう』

 

『ああ!』

 

 気合い十分なのはセシリアだけではないらしい、一夏も勢い良く千冬の声に返す。

 

『それでは・・・始めッ!!!!』

 

 小鳥は目を開く、オレンジのバイザー越しの風景は澄み渡り、全てを知らせる。

 

「さぁ行こうか・・・。小鳥遊、銀影!()くぞッ!!」

 

 その景色へと、小鳥は飛び込んだ。




オリジナルIS紹介

機体番号:ISY003-C.in
       ※C・・・Custom(改良)
       ※in・・・incomplete(不完全)
機体名:銀影(ぎんえい)
仕様:エネルギー拡散フィールド
武装:万能ダブルブレード『アイアス』×2
  腕部ビームバルカン×2
  リアスカート搭載プロトビームサーベル×2

 小鳥遊専用第三世代IS。
 白式とは違い、どこかの研究機関から束が譲り受けたのではない、完全に束ハンドメイドの元第零世代機。
 ISだと言うにも関わらず量子変換システムが完全に機能しておらず、待機形態はあるが武装は本体に装着する珍しい武装方法を持つ。
 全身のいたる所にバーニア、スラスターが装備されており、完成度60%にして他のISと比べても遜色無い程の機体性能を持つ。
また、完成しきっていない現状では『近接格闘特化型』となっているが、本来の仕様は『強行偵察万能型』であり、ほぼ全ての状況に対応出来る機体となる。
 最大の特徴は両肩に装備されている巨大なセンサーであり、この巨大な『目』とも呼べるユニットは、ISのシールドエネルギーの総量を見抜く他、その察知能力による機体性能に頼らない異常なまでの回避率を誇る。また、センサーは額部の二本角にも内蔵されており、バイザーの上に引き降ろす事で、仕様変更無しでの高速戦闘を可能としている。
 
MSイメージ
正面
【挿絵表示】

横面
【挿絵表示】

背面
【挿絵表示】

アイアス分離時
【挿絵表示】


 本当なら頭頂部アンテナと脚部ミサイルコンテナが無く、ビームサーベルもリアスカートに収納されています。


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二人の連携?







「さて、これでちゃんと戦えますわね」

 

 アリーナの上、セシリアは腰に左手を当て満足といった様子で一夏達に告げる。

腰に当てていない右手には、彼女と彼女のIS『ブルー・ティアーズ』の得物であるスナイパーライフルが握られていた。

だがしかし、その砲口(ほうこう)は下を向いている。まだ本格的にやるつもりではない様だ。

 

(余裕(よゆう)かましてるつもりか?何にしても(こう)都合(つごう)だな)

 

 小鳥のIS『銀影』の肩にある出っ張りが開き、レンズ式センサーが露出する。

 

(機体名『蒼雫(ブルー・ティアーズ)』メインウェポンはスナイパーライフル『スターライトMk-Ⅲ(マークスリー)』背中と腰のアレは『ブルー・ティアーズ』計六つ・・・確か思考同調兵装(マインド・インタフェース)のビットって奴だっけか。話には聞いていたが、実物を見るのは(はじ)めてだな)

 

 小鳥が意識の焦点を当てた部位の名称、詳細(しょうさい)がセンサーを通して小鳥の頭に入ってくる。

 アリーナの直径は200メートル前後、超音速で空を駆けるISにとっては狭っ苦しくて仕方が無いが、それでもやるしかない。

 

「なんですの?そのIS、猿の乗り物らしくみすぼらしいなりをしていますわね」

 

 入念にセシリアの戦力を見極める視線に気付いたのか、銀影の小ささを小馬鹿にしたように彼女は小鳥のISを(なじ)る。

 

「悪いな。現状これで精一杯なんだ。・・・でも、(あなど)るなよ?飾り散らして負けちまったら格好着かなくなるぜ?」

 

 余裕の笑みでそれを(かわ)す小鳥。

だが自分に有利な土俵(どひょう)の上で、以外にもセシリアは理性的だった。

 

「ふふっ、(あか)(ぱじ)をかくのはそちらの方ですわ・・・。それを分かりきった上で、一つチャンスを与えましょう」

 

「ん?何だ?」

 

 だが、高飛車な語り口調は変わらない。

一夏も小鳥も(いぶか)しむ様にチャンスとやらに耳を(かたむ)けていた。

 

「このままやったとしても私が勝つのは明白(めいはく)()、ボロボロになって無様な姿を(さら)したくないのであれば、あの非礼についてお(あやま)りなさ「断る」

 

 傾けていたのだが、突然小鳥が断った。その表情はセシリアとの口論(こうろん)と同じくらい不機嫌な顔だった。

 

「戦いを始める前から降伏(リザイン)を求めてどうするよ。それとも、負けるのが怖いのか?」

 

 恐らく、小鳥は機嫌が悪い時にだけ出る(あお)り癖があるのだろう。しかも結構気が早いのかもしれない。

 一夏としては、小鳥の煽り癖についてはもう色々と言うべき事があるのかもしれないが、それでも今の言い分には同調出来る。

 

「ああ、それに、やってみなきゃ解らないだろ?」

 

 そう言って、一夏は不敵に笑った。

 

「ハッ、まさかまだ勝算があると思ってんだな一夏」

 

 軽口を叩いて一夏をみやる小鳥。それは非難や意見の相違を嫌った物ではなかった。

 

「乗ってやるよ、まずはセシリアからだ。援護(えんご)してやる、お前がメインだ」

 

 どうやら小鳥も本格的に勝ちに行く事にしたらしい。

一夏は右手を前に出して大きく開き、小鳥は両手をバックパックに伸ばす。

 そして、一夏は近接専用ブレート『雪片弐型(ゆきひらにがた)』を、小鳥は万能ダブルブレート『アイアス』を手にした。

 

「そうですか・・・では、交渉(こうしょう)決裂(けつれつ)、ですわね!」

 そんな二人を前にして、残念そうにセシリアが戦闘開始を()げた。

 背面の巨大なブロックが動くと同時に、セシリアはライフルを構えた。

 

「ッ・・・!避けろ一夏ッ!!」

 

 ライフルは一夏の方を向き、ビットの砲口は両方に向いていた。

速射ち(クイックドロウ)を警戒していた小鳥は、それにいち早く気付き、一夏に指示(しじ)を出す。

 

「うおッ!?」

 

 間一髪、全速力で離脱(りだつ)した場所にビットのビームが通過した。

 

「な、何とか()けれたけど・・・ッ!」

 

 だが、攻撃は止まらない。(しゃべ)る暇もなく一夏の元にはライフルによる狙撃(そげき)が始まっていた。

 

「うおっ、とぁっ、ぐぅっ!」

 

 避ける度に苦悶(くもん)の声を()らす一夏、小鳥も慌ててフォローに向かう。

 

「んなろっ!!」

 

 アイアスの()が五十度曲がり、射撃形態(ガンモード)となる。前腕部に搭載(とうさい)されたビームバルカンを込みでやたらめったら撃ちまくる。

 

(わずら)わしいですわ、ねッ!」

 

 小鳥の邪魔を(わずら)わしく思ったセシリアは、一夏への攻撃を止め、左手を小鳥へ向けてビットでの攻撃を始める。

 

「くッ・・・!流石に四門での射撃はキツいな!!」

 

 彼女を中心として円形移動をしながら上下左右に避け続ける。

 

「小鳥!」

 

「気にしてる場合かッ!今のうちに、セシリアに近づけ!」

 

 心配する一夏に向けて大声で指示を出す小鳥。それを聞いたセシリアは、一夏の方へと視線を戻す。

 

「やらせませんわ!」

 

 再度ライフルでの射撃を再開させる。

 

「何で作戦バラしてるんだよ!」

 

 撃たれ続ける一夏は白式の翼を広げ加速しながら回避を続ける。

 

(例えまた牽制射撃(けんせいしゃげき)をされてもあの精度では問題にはなりません!まず先に織斑さんの方を落として差し上げますわ!)

 

 そんな事をセシリアが考え、ビット二枚をシールドのように展開している最中。

 

(どうせ俺の命中率の悪さから大丈夫だと思っているんだろうな・・・。もう準備出来てんなら、俺の援護なんか要らねぇだろ、一夏!)

 

 その後ろで小鳥はアイアスの背中を合わせ、一つの巨剣とした。

 

「ほっ、はっ、よっ!」

 

 そして小鳥の思惑通り、一夏の回避の度に発する掛け声にも余裕が見える。

 

「もう!ちょこまかと!」

 

 と、そんな現状に苛立ちを募らせたセシリアは更に一夏への攻撃を激しくする。

 

「らあ゛ぁ゛ぁ゛あ゛ッ!!」

 

 その隙を見計らい、叫びを上げて小鳥が巨剣のアイアスを背負って突撃をかける。

 

「かかりましたわ♪」

 

 だが、切羽(せっぱ)()まった状況にも関わらずセシリアは優越(ゆうえつ)(かん)に浸った声を上げた。

 

「・・・ッ!?」

 

 そのレスポンスに小鳥の頭は一瞬だけ真っ白になる。

かかった?知っていた?予測していた?罠?反撃?どうやって?刹那の間にいくつもの疑問が浮かぶが、その疑問の隙間から一つの発見が生まれる。

 

(ビットが・・・二つ?)

 

・・・・・・()()()()()

 セシリアのISであるブルー・ティアーズのビット『ブルー・ティアーズ』は(けい)()っつ。

内二つは腰に()り、今も装備されている。もう四つは背面に装備されていて、先程までそれを使って二人を追い詰めていた。

 そして今、二つのビットを防御の為に展開している。

 

 ならもう二つは?

 

 

「不味いッ!!!!」

 

「猪突猛進も嫌いじゃないですが、蛮勇(ばんゆう)に過ぎるのも考え物ですわよ?」

 

 勝ち誇ったセシリアの声が小鳥の耳に届く。

 上下がら挟むように設置されていたビットが、交差射撃(クロスファイア)で小鳥にビームを放つ。

 誰もがその着弾を確信する中、小鳥は銀影に命令する。

(お前が俺のISだってんなら・・・全力を(もっ)()せてみろ、俺を・・・全てを!)

 ビームが銀影の装甲へと進む。距離は五十メートル、人間ならば避けるのはおろか反応することさえ難しいだろう、ISを着けていた所で被弾は必須だ。

 

だが、そうはならなかった。

 

「グゥッ・・・!!あぁぁあッ!!!」

 

 (かわ)したのだ、しかも横にずれる訳ではなく、全身のスラスターを全力で逆噴射し、反対方向へと加速したのだ。

 

「嘘!?」

 

「ぐっへぇ・・・流石に、今の動きじゃ()()(もよお)すわ」

 

 驚くセシリアを他所に、小鳥は気の抜けた台詞を吐きながら口許(くちもと)(ぬぐ)う、どうやら本当に吐き気がしているらしい。

 

「くっ・・・次は外しません!!」

 

 それを好機と見たセシリアは小鳥に手を向け標準を合わせる。

だが、小鳥は動かない、むしろ余裕の笑みさえ見せている。それを(いぶか)るセシリアに、小鳥はこう言って見せた。

 

「『外さない』か・・・そいつは結構だが、俺を見てる暇はあるのかな?」

 

 その台詞にハッとしたセシリアは後ろに振り返る。

そこには、彼女に向かって突貫を仕掛ける一夏の姿があった。一瞬逡巡(しゅんじゅん)したセシリアは近接武器を呼び出す。

 

「うぉぉおッ!!」

 

「くっ・・・『インターセプター』!!」

 

 ガギィンッと、二つの近接武器がぶつかり火花を散らす。しかし、突貫の勢いが付いた白式の力に()され始める。

 

「ッ・・・!」

 

「逃がさない・・・ッ!!」

 

 一夏の気迫もあって、雪片弐型の(きっさき)がセシリアの柔肌に触れる。だが、刀から伝わる感覚は柔らかい物ではなく、装甲の如く硬い。ISのシールドバリアーに触れているのだろう。

 

(今だッ!)

 

 その瞬間、一夏は切り札を使おうと刀を握る手に力を()め、その名を叫んだ。

 

「『零落白夜(れいらくびゃくや)』発動ッ!!!!」

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

「ん?・・・“雪片弐型”に“零落白夜”・・・?まさか、これって・・・!?」

 

 小鳥が覚悟を決めている頃、コンソールパネルを(いじ)っていた一夏は、白式の武器と謎の文章に首を傾げていた。

 

「織斑先生、もしかしてこれって・・・」

 

 左に立つ千冬(ちふゆ)に問う。

 一夏にはその文章の羅列に覚えがあった。

 『雪片弐型』『零落白夜』その二つの名は、千冬が現役のIS乗りとして『ブリュンヒルデ(世界最強)』の異名を()るその前から一夏は知っている。

 彼女が現役時代に乗り回していたIS『暮桜(くれざくら)』その武器の名が『雪片』であり、白式のそれは更に『弐型』とあってその後継である事が見てとれる。

 『零落白夜』に至っては暮桜の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)そのままだ。

 

「ほう・・・そう来たか」

 

 感慨深く呟く千冬、その呟きには僅かながら確信が見える。

 

「えっと・・・雪片弐型については何となく分かるけど、零落白夜って一体何なんですか?」

 

 その呟きを聞いて疑問を感じた一夏は、千冬にその概要を問う。

 それを受けて、千冬もその疑問に答える。

 

「あぁ、それはワンオフアビリティーだ」

 

「いや、それは知ってますけど・・・」

 

「わ、ワンオフアビリティーだと!?まだ最適化(フッテイング)したばかりだというのに・・・!」

 

 信じられないと言った様子で(ほうき)が騒ぎ立てる。

そうしていると、説明を始めようとしていた千冬が顔を(しか)めながらも箒を(たしな)める。

 

(わめ)くな騒がしい・・・恐らく、白式にワンオフアビリティーがあるのは()()()()()()なのだろうな」

 

 とは言え、私のものを発現するとはな。と何処か誇らしげに呟くが、その緩んだ表情はすぐに治まり一夏への説明を再開させる。

 

「『零落白夜』は攻撃特化のワンオフアビリティーだ、これを発動させれば、ほぼ無条件で接触したISのエネルギーを対消滅させる特殊エネルギーを発生させる・・・。篠ノ之(しののの)、それでシールドバリアーを消滅させた場合、相手のISはどうなると思う」

 

 急に話を振られた箒は、戸惑いながらも応える。

 

「ISの操縦(そうじゅう)(しゃ)保護(ほご)プログラムによって『絶対防御』が発動し、(さら)に大きなダメージが与えられます」

 

 そうだ、と箒の答えが正答であることを保証(ほしょう)し、満足気に(うなず)く千冬。

 

「私がブリュンヒルデの地位に居られたのは、このアビリティーによる所が大きいな。・・・だが、気を付けろ。大きな力にはそれに見合う代償(だいしょう)支払(しはら)う必要がある」

 

 そう言った千冬の視線は、不機嫌な小鳥の鋭さに匹敵する物があった。

 その目付きに身震(みぶる)いし、(つば)を飲んだ一夏に千冬は説明を続ける。

 

「それを発動している間は、どれだけ足掻(あが)いてもシールドエネルギーが減少する」

 

「━━━はい?」

 

 今のは聞き違いだろうか、自分のシールドエネルギーが減少すると言うことは、何もしなくてもダメージが入っている事と何も変わらない。敵にダメージを与えるのに、自分にもダメージ受けさせるというのは一体どう言う事なのだろう。

 そんな一夏の疑問を()んでか、千冬がシールドエネルギーの減少について話を始める。

 

「考えてもみろ、対消滅エネルギーだなんて物どこから持ってくるんだ、精製するにしても相当エネルギーを()う筈だ」

 

「あー・・・」

 

 その言葉に納得(なっとく)(きん)()ない。

つまりは対消滅エネルギーの精製の為にシールドエネルギーまで使わないと間に合わないのだ。

 

「大きな力とは常に諸刃(もろは)の剣だ・・・使い所を見誤れば、即座にその(やいば)はお前自身に向けられることになるぞ」

 

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

 

(その使い所は・・・ここだぁッ!!!)

 

 雪片弐型が刃の根本からガパリと開き、対消滅エネルギーの刃が形成され、刀のリーチが更に伸びる。

 

「ッ!?これは・・・!?あぁっ!?」

 

「いぃぃけぇぇぇ!!!」

 

 シールドエネルギーが消滅を始める。千冬の言った通り自分のシールドエネルギーも消費され減少を始めるが、それは些末(さまつ)な問題だ。

 

(この距離なら、外さない!)

 

 ほぼ零距離で発動した零落白夜なら、必ず絶対防御を発動させられる。

 

「ぐぅッ・・・!」

 

 果たして絶対防御が発生し、ブルーティアーズのシールドエネルギーがとてつもない勢いで減少する。

 

「こ・・・のッ!」

 

 これ以上接近を続けては不味(まず)いと感じたセシリアは、フリーになっていたビットの砲口を一夏にむけ、光弾を放つ。

 

「ぐあぁッ!?」

 

 それは狙いを違わず一夏に着弾し、その身体を引き剥がし、更にライフルでの射撃で追撃(ついげき)をかける。

 

「はいストーップ」

 

 高い攻撃力に驚いた拍子で過剰に反応したセシリアだが、その後ろには小鳥が居た。

 制止の声を聞いてからビットの砲口が向くが、剣を構え、その背中に突き付けているその顔は凄まじく誇らしげであった。

 

「この反応の遅さ・・・やっぱり、お前ビットとライフルでの同時使用は出来ないな?その上、切り替える時に若干のタイムラグが有る」

 

 そう言って()()()と笑う小鳥。その解析(かいせき)は正しかった。

 セシリアのISブルーティアーズのビットは計六機、内四つをこれまでセシリアは使って来たが、どの使用タイミングでも同時使用はしてこなかった。

 

「一回目、試合開始のあの時はライフルを構えたが、引き金を引くことは無く、ビットだけの射撃だった。

 二回目、俺の援護を嫌がって行った牽制でも、ビット四機を使っていたが、ライフルは使わなかった。

 三回目、俺を罠に()めた時も、やろうとすればライフルでの追撃が出来た筈だ。だがしかし、それは無かった」

 

 セシリアも一夏もその仮説に耳を傾け清澄する。

それに気付いている小鳥は、仮説の結論を提示した。

 

「・・・それらから考えられる可能性は一つ。

お前は()()()()()()()()()()()使()()()()()()()

 

「ええ、ですがそれを補う手をもってないとでも?」

 

 小鳥の推測に苦い顔をするが、それでも悠然(ゆうぜん)とした態度を崩さない。

小鳥を罠にかけた方法、上下からのクロスファイアもその一つだ。

 

「あぁ、知ってるさ。()()()()()()()

 

 やってみろよ、と挑発(ちょうはつ)して見せる。

挑発に乗ってセシリアは上下のビットから光線を放つ。小鳥はそれを予測し後退するが、クロスファイアの交点から僅かに離れた程度で、まだ避けたとは言い難い。

 ゴウンッと、その口振りとは裏腹に、あっさりと光弾を食らう小鳥。煙が上がり、熱波(ねっぱ)が散らばる。

 

「小鳥ッ!」

 

「口からの出任(でまか)せでしたら、言わない方が良いと思いますわよ?」

 

 そんな(かた)()かしを食らったセシリアは失望したように語りかける。その口調は小鳥がセシリアに忠告(ちゅうこく)した時と似ていた。

だが、その失望を裏切る様に、小鳥が抗議(こうぎ)の声を上げた。

 

「━━━()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 剣の(きっさき)が煙から突き出たかと思うと、次の瞬間には、剣を振るう動きが煙を引き千切(ちぎ)り、ほぼ無傷の銀影が姿を現した。

 

「よお、ご期待通りなんの支障も無く帰って来てやったぜ?」

 

 黒と銀が包むその機体の中で小鳥は不敵に笑い、そんな彼に向かって一夏が疑問を投げ掛ける。

 

「シールドの無い機体でどうやって・・・!?」

 

 小鳥の機体は中々装甲が厚く見えるが、しかしその身体には(すす)一つ付いていない。(たて)を持たない銀影では(かわ)す以外に無傷でいられる手段は無い。

 

「シールドが無い?どこに目ぇ付けてんだよ、目の前に有るだろうが、おっきいのが」

 

 ほれ、と右手にある物を掲げる。

逆手に持って(かか)げられたそれの名は『アイアス』、合体して一本の巨剣となったそれは、全身を隠せる(ほど)大きい。

 

「名前が『アイアス(盾の英雄)』だから何かと思ったけど、こう言う使い方が有るわけだ」

 

 笑って二人に見せつける、その笑顔はこれまでに無い程爽快(そうかい)だ。

 

「さぁーて、いつまでも(ほう)けている場合じゃないぜ?」

 

 目付きの悪い顔が凶悪(きょうあく)(ゆが)む、すると巨剣となったアイアスの持ち手だけが二つに分割され下の部分が五十度程折れ曲がった。

 そして、それを持ち上げた小鳥が

 

「今度は外さない」

 

 そう呟いた次の瞬間。二振りの時よりも強い一撃が放たれた。

 

「は・・・?」

 

 ドガァンッ!!と轟々(ごうごう)たる爆発音が響き渡る。ビットをその光弾一つで撃ち墜としたのだ。

 

「ふぅ・・・やっぱり、狙って撃つってのは難しいもんだな」

 

 感慨(かんがい)(ふか)(うなず)いて一人ごちる小鳥だが、セシリアが受けた衝撃(しょうげき)はとんでもない物だった。

 

(ビットを・・・撃墜した!?狙いを着けられないように常に動かしていたと言うのに!)

 

 その上小鳥の射撃センスは、先の牽制(けんせい)射撃(しゃげき)では物に当てるのが精一杯の筈だった。

 

「そらそら!一夏、お前も手伝え!こいつのビット全部落とすぞ!」

 

「解った!!」

 

 そんなセシリアの衝撃も露知らず、小鳥は一夏と連携(れんけき)を取り始める。

合流(ごうりゅう)した一夏を後ろに付けて、小鳥はセシリアに突撃(とつげき)をかける。

そうはさせまいとビットでの牽制射撃が降り注ぐが、特殊フィールドを発生させたアイアスを前に霧散(むさん)していく。

 

「くッ・・・!小賢(こざか)しいですわね!」

 

 不落の楯(アイアス)必殺の刃(零落白夜)実戦(じっせん)経験(けいけん)はズブの素人とは言えこの二つが組めば相当(そうとう)脅威(きょうい)となる。

しかし、彼等が素人と言うのならセシリアはその道を長いこと歩いてきたのだ。頭を回し二人に対して対抗策を練る。

 

(ビットは残り三基・・・!ビットを(おとり)にしてライフルで撃ち落として差し上げますわ!)

 

 ビットの高度を上げ、小鳥では防ぎ切れない角度で一夏を狙う。

 

(ッ・・・そう来たか)

 

 狙われている当の本人よりも先に気付いた小鳥。

肩に装備されているセンサーからは、動くもの全てを敏感(びんかん)(とら)える感覚が伝わる。

 

(零落白夜にシールドエネルギーを使う以上、迂闊(うかつ)に一夏に被弾(ひだん)してもらう訳にはいかねぇ)

 

 先程見た一夏とセシリアのセッションで、一夏が『零落白夜』を使える事、それを発動した瞬間からシールドエネルギーが減少すること、この二つを銀影の目から把握(はあく)していた小鳥は、上手いことするなと内心(ないしん)で舌を打つ。

 

 シールドエネルギーを消費して振るわれる『零落白夜』が最大の攻め手である以上、一夏が下手に被弾すればセシリアに(とど)めを()せなくなるかもしれない。

 勿論(もちろん)、分かりきったビットの攻撃を(かわ)す事など難しい話ではない。だが、下手に回避運動を取れば一夏を(おお)う小鳥の大楯から身をはみ出し、ライフルで狙撃されかねない。

かといってこのまま突撃を止めなければビットからの射撃が一夏を襲う。逆に止まってしまえば、セシリアが距離を取って仕切(しき)り直しをかけ、これが本当に最後のチャンスになるかもしれない。

 小鳥自身にブルー・ティアーズを倒せるかと言われると、恐らく可能だろう。だが、一夏と共闘(きょうとう)しようと約束したのだ、一夏を見殺しにしてしまうと言うのは余りに不義理(ふぎり)すぎる。

 単純だが、これ(ほど)効果的(こうかてき)な手は無い。観念した小鳥は覚悟を決める。

 

瞬時加速(イグニッションブースト)ッ!!」

 

 一か八か、加速したのだ。

 

「ちょッ・・・!小鳥!?」

 

それも一夏を置いてけぼりにする速度で。

 

「なっ・・・!」

 

 だが、これは思ったよりも効果的らしい。

小鳥のシルエットが大きくなれば、その影に一夏が隠れセシリアから見えなくなる。そうすれば彼女は一夏に狙いを定められなくなる。現に一夏はビットからの攻撃を受けていない。

 

()らいやがれやァッ!!」

 

 何者も寄せ付けぬ瞬時加速での加速、これはほぼ全てのISに搭載されている機能だ。

単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)ではないので、第零世代とは言えそれ位はあるだろうと踏んでいたが、大当たりだった。

 大剣を構えて高速で突貫する小鳥は必勝を確信する。

しかし、セシリアの驚いた顔はすぐさま元の悠然(ゆうぜん)とした表情に戻っていた。

 

「残念ですが、ティアーズは六基ございましてよ?」

 

 腰部に装備されたビットが起動している、だがそのビットには砲口が無い。

 

(・・・不味いッ!)

 

 そこから考えれる可能性はただ一つ。誘導ミサイルとしての運用を念頭(ねんとう)に置いたビットだと言うことだ。

直線的なビーム兵器であれば身体一つ分動けば躱せる、だが誘導ミサイルであれば話は別だ。

無論、銀影の機動性であれば回避も(かた)くはないだろう、しかしこの距離、この速度ではビットによる誘導を回避躱しきるのは、とてもじゃないが考えきれない。

 

(回避(かいひ)不可(ふか)撃墜(げきつい)難度(なんど)も高い・・・ッ!)

 だからと言って防御したとしても、もうチャンスは(めぐ)らない、同じ結末を(むか)えるだろう。

 万事(ばんじ)(きゅう)すか、と(あきら)めかけたその時。

 

「ここだあァァッ!!」

 

「嘘・・・!?」

 

 一夏が小鳥の背後から飛び出したのだ。

驚いて小鳥へのロックを外してしまったセシリアだが、驚いているのは何も彼女だけではない。

 

「何ィ!?」

 

 小鳥も驚いていた。

それもその筈、今この場に居るのは、一夏をビットから隠す為に突貫(とっかん)を仕掛けたからだ。

それは作戦ではなく突発的な思い付きだった。実際一夏を置き去りにしたし、追い付かれるなどとは思わなかった。

 

「うおォォッ!!」

 

 もうこの距離なら(かわ)せない、不可避を確信した一夏は再度零落白夜を発動させる。

 二つの標的を同時に打ち落とせる程セシリアは器用ではない。そもそもそんなことが出来ていたのなら、ここまで追い込まれはしまい。

 

「くうぅッ!!」

 

 苦悶(くもん)の声を漏らし、必死に近接ブレードを構えるが、近接専門の機体を相手には最早手後(ておく)れでしかない。

 

「「もらったァッ!!!!!!」」

 

 加速した一夏と小鳥は速度を保ったまま巨剣と刀で切り()いた。




万能ダブルブレード『アイアス』防御形態について


銀影の主武装『アイアス』は、片刃(かたば)包丁(ぼうちょう)のような形状をしており、その(みね)同士(どうし)を接続することで、ISの総身(そうしん)(かば)える程の巨大な(つるぎ)となる。
 この状態の『アイアス』は、盾としての機能が使用可能となる。
この機能こそが銀影が第三世代機である所以(ゆえん)である。
銀影の仕様、『エネルギー拡散フィールド』は質量を除くエネルギーを均一(きんいつ)に拡散させる性質のフィールドを形成。
その能力値は、戦艦のビーム砲程度なら拡散し防ぎきる程の防御力を誇る。
また、エネルギーを拡散させる性質から、ハイパーセンサーが感知する特殊な周波数のエネルギー波も拡散させる為、対ハイパーセンサー用の短距離ジャマーとしての運用も可能である。




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戦いの行方








「やった・・・!セシリアを倒した!!」

 

 一夏(いちか)が喜びの声を上げる、セシリアは一夏と小鳥(おどり)の前に切り伏せられた。

 

「うん、まぁ・・・そだね」

 

・・・のだが、小鳥の顔色は難しい物だった。

 

「どうしたんだ?あんなにセシリアの事嫌ってたのに、あんまり嬉しくなさそうだな」

 

「あー、いや。そりゃ嬉しいよ、あんな(しゃく)(さわ)る鼻に付く奴を()()せられたってのが嬉しくない訳無いじゃん」

 

 地味に酷い悪口を発する小鳥。いつもなら満面の笑みでも浮かべている所なのだが、その口調には溜め息さえ混じっていいた。

そんな煮え切らない態度(たいど)(いぶか)しむ様に首を傾げる一夏。

難しい顔で考え続ける小鳥は、重たい口を開いて、一夏に問う。

 

 

 

「お前さ・・・これが一対一対一のバトルロワイヤルだって事、覚えてる?」

 

 

・・・・・・。

 

 

「・・・・・・あっ、忘れてた」

 

「安心しろ、俺もだ」

 

 セシリア撃破に全力を(そそ)いでいた為に忘れていたが、そもそもこれはクラス代表を決める際に起きたいざこざの解決としてセシリアが提案した物である。

 一番最初に脱落(だつらく)したセシリアがそれに成る事は無いだろうが、これは最後に立っていた一人が決まるまで終わらない。

 

「参ったなぁ・・・俺達、戦わないといけないのか?」

 

「心苦しいが・・・多分」

 

 セシリアと戦っていた時、互いに気を配りながらコンビネーションを取っていたのだ。今頃潰し合えと言われて素直にそんな事が出来る訳が無い。

 

「しかもお前あと少しで死ぬだろ?セシリアからのダメージに『零落白夜』で消費した分を考えると、俺とお前にはどうしようもない不平等がある(はず)だ」

 

 つまり、小鳥が悩んでいたのはそこなのだ。

出来うる事なら仕切り直しをしたい所なのだが、それをオーディエンス(クラスの女子と千冬)が許すとは思えない。

 

「「・・・・・・・・・はぁ~あ」」

 

 二人して大きな溜め息を吐いて肩を落とす、こんな状況でやる気を起こすと言うのは至難の技だろう。

どうしたものかと考えようとした時。

 

『何をしている貴様等、さっさと戦え』

 

 織斑千冬(おりむらちふゆ)がスピーカー越しに命令してきた。

 アンタ鬼か何かですか・・・。

 とは言え、あんな人外(じんがい)鬼畜(きちく)の命令に(そむ)いた日にはどんな仕置(しお)きが身に降り掛かっても可笑(おか)しくない。

 

「よっしゃ来い!!」

 

「こうなったら自棄糞(ヤケクソ)だオラァ!!」

 

 もうどうしようもない。抗えざる運命(デウス・エクス・マキナ)を感じた二人は『戦う』以外の選択肢を奪われてしまった。

 

「ウォォォッ!」

 

「ラッシャァ!」

 

 刀と大剣がぶつかり火花が散る。

 

「ぐぅ・・・!」

 

 (しのぎ)を削る二人。

質量、加速、共に上の小鳥が一瞬圧す。が、負けじと一夏もスラスターをふかし均衡(きんこう)に持ち込む。

 

「こん・・・のッ!」

 

「グァッ!?」

 

 一夏が更に小鳥の腹に()りを(たた)き付ける。小鳥は蹴飛(けと)ばされながら、肺から空気が抜ける感覚を覚える。

 

「こ・・・なろッ!結構痛かったぞ今の!」

 

 飛んだ方向とは逆向きにスラスターをふかし、ブレーキを掛け、前方に居る筈の一夏を(にら)む。

が、しかし小鳥が予想していた場所には一夏は居らず、しかも小鳥の目の前で『雪片弐型』を降りかぶっていた。

 

「ハァッ!」

 

「のぉわッ!?」

 

 間一髪、後退(こうたい)する事でそれを(かわ)す小鳥だが、完全に躱しきる事が出来ず、胸元を(やいば)(かす)めた。

 

(不味いな、距離を取りたいとこだが、このヤロウ完全に状況を心得てやがる・・・!)

 

 口許を引き()らせ後退する小鳥。

近接戦において、機動力に重点を置いた銀影(ぎんえい)では近接専門の白式(びゃくしき)相手には分が悪い。

せめてアイアスを分割して手数を増やしたい所なのだが、そんな隙さえ与えてくれない。

 

(どうする俺?このままだと以外にもジリ(ひん)だぞ?)

 

 そんな苦悩(くのう)を抱える小鳥の目に(うつ)る一夏は、手をにぎにぎしていた。

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 織斑千冬、篠ノ之箒(しのののほうき)山田真耶(やまだまや)の三人は、そんな二人の戦いを特等席で見つめていた。

 

「押してますね、一夏君」

 

 静かに山田先生が感想を述べる。

連続で攻撃を仕掛け、小鳥を防戦一方に追い込んでいるその(さま)は押しているとも言えるだろう。

 

「よし、行け一夏!このまま押し勝ってしまえ!」

 

 一夏に向けて(げき)を飛ばす箒、シールドエネルギーが圧倒的に足りないとしても、攻撃し続ければ反撃を喰らう怖れも無い。攻撃は最大の防御、時々ダメージも入るし、このまま行けば一夏の勝ちも見えてくるかもしれない。

 

「いや、それは無いな」

 

 だが、そんな期待を千冬があっさりと切り捨てる。

 確かに、単純に見て小鳥の方が戦力が上だ。今は一夏が優勢だが、全体的な戦局では小鳥の方が有利だろう。

とは言えそれも時間の問題だ。このまま流れが一夏の物になり続けるのであれば戦局は(くつがえ)る事だって有り得る。

しかし、それ以上に一夏に負ける要素が在るらしい、千冬は確信を込めた言葉で箒に問う。

 

「篠ノ之、お前はあいつの幼なじみだろう?あいつは今、とある(くせ)を出しているんだが、分かるか?」

 

 そこまで言われた箒は、一夏を注意(ちゅうい)(ふか)く観察し、とある所に着眼(ちゃくがん)した。

 

「手を握っては開いています、確かあれは・・・」

 

「そう、あれは・・・」

 

 口を開いた箒に頷き、千冬もその手癖(てぐせ)が示す意味を口にする。

 

「「━━━調子に乗っている時の癖だ」」

 

 千冬は(あき)れながら、箒はそれにいち早く気づいた彼女に感心しながら(つぶや)く。

 恐らくは小鳥を相手に押していると言う状況に調子付いているらしい。

ただ、調子(ちょうし)()いた所でそこまで問題が在るわけでは無い。勢いそのままに押し切れば、それこそ勝利への布石(ふせき)にだってなるだろう。

 だが、千冬は調子に乗る事を恐れているらしく、厳しい面持ちで一夏の現状を語る

 

「調子に乗れば、誰であれミスを犯す。アレはそれが顕著(けんちょ)でな・・・」

 

 その隣では箒が苦笑いをしている。どうやら調子に乗った一夏が嫌な思い出を作った事が有るらしい。

 そんな箒の隣で彼女を見る山田先生の視線がやや下世話(げせわ)な色を帯びている事に気づいた箒は、気恥ずかしくなって、(あわ)てて口を開く。

 

「と、とにかく。あの手癖をしている時、一夏はミスを(おか)(やす)くなるんです」

 

 と、駄弁(だべ)っていると。そんなミスをしでかす可能性の高い一夏が雄叫(おたけ)びを上げ攻撃した。

 

『うぉおお!』

 

「あっ、不味い!一夏、それは駄目だ!」

 

 大振りに刀を振り下ろす。恐らくは勝てると踏んで大きなダメージを負わせに来たのだろう。

 だが、まだ消耗(しょうもう)し切っていない小鳥相手にそれは下策(げさく)だ。もし箒達なら、(すき)だらけの胴体に剣を打ち込む事も難しくはない。

 彼女達の脳裏(のうり)には、カウンターを喰らう最悪のイメージが(よぎ)った。

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

(いける!このまま押し切れば、勝てる!)

 剣道で(つちか)った経験が、一夏に勝利のイメージを浮かばせる。ならば、今の自分の状態を(かえり)みる。

 シールドエネルギーは残り(わず)か、(ゆる)される被弾回数は十回と無いだろう。

きっとまだ小鳥は操縦に慣れていないから、こんな優勢な状況が出来上がっているのだろう。でも時間が()って、慣れてくればそうも言ってられない。

(なら、ペースアップして、決着を着ける・・・!!)

 気合いを入れ右手の雪片弐型を強く握り直した。

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

(まぁ、あんな顔なら、『行ける、なら攻めを強くすれば勝ちは見えて来る』・・・とか考えてんだろうな)

 難しい顔をしながら、そう一夏の思考を先読みする小鳥。先程(さきほど)から一夏の顔色が調子乗った笑顔に向かいつつあったので何となくムッと来ていたのだが、徐々(じょじょ)に攻撃に入る力が強くなってきていた事から確信を得れた。

 

(まぁ、それならそれでカウンターを入れるだけなんだけどさ)

 

 巨剣と刀が激突し光が散る。

シールドエネルギーの容量から『零落白夜』を使えない事を解っているからこそ、こんな打ち合いに(おう)じれるが、あんな威力(いりょく)のものがまだ使えるなら脅威(きょうい)以外の何物でもない。

今のこの状況において、最も有利なのは自分だと解っている。だからこそ(あせ)るまいと、回避(かいひ)防御(ぼうぎょ)(てっ)しているのだ。

 

「うぉおお!」

 

(来たッ!)

 

 雄叫びを上げて一夏が突っ込んでくる、大振りに刀を振り上げることなど『避けて下さい』と言ってるようなものだ。

絶好のチャンスを逃すまいと、全センサーを動員して一夏の動きを注視する。

 スペック上、銀影にその動きにカウンターを当てるのは十分可能だ。後はギリギリさまで引き付けて剣なり拳なりをぶちこめば良い。

そして刀が振り下ろされ、

 

 

「やっぱ無理ッ!」

 

「なっ・・・!?」

 

 思いっきり飛び退()いて躱した。

 

「「「え?」」」

 

 一夏だけでなく、ギャラリーの三人も驚く、絶好のチャンスの筈なのだが・・・。

 

fuck(ファック)!そもそも俺にんな器用なことが出来るかぁッ!!箒や千冬先生みたく何かしらの戦闘経験が有る奴なら()(かく)、ステゴロ以外の戦闘経験皆無(かいむ)野郎(やろう)が何考えてんだよ!」

 

 自分に激怒し、叱責(しっせき)する。先程()えた様に、小鳥はIS等の武器を使った戦闘に関しては、ズブの素人である。

そんな素人が『来る』と分かっていても、攻撃に移るなど、かなり無茶な話である。

 

「ッ・・・!」

 

 しかし、距離は出来た。アイアスを分割(ぶんかつ)手数(てかず)を増やす。それに気付いた一夏は息を飲み、顔は緊張に引き()まる。

 

「さぁーて・・・素人VSハンデ付き経験者・・・どこまでやれる・・・?」

 

 (いぶか)しむように己に問いかける小鳥。正直言って近距離戦では一夏に軍配(ぐんばい)が上がるだろう、ISでの射撃センスが壊滅(かいめつ)的な小鳥からすれば、現在の状況では、手数を増やした所で未知(みち)(すう)の状況に転がりこんだだけの話だ。

 まともに打ち合っても勝率は一夏に(かたむ)いたまま、今のチャンスをモノに出来なかったのはかなり痛い。

 

「行くぞ小鳥!」

 

 小鳥に向かってスラスターを吹かし、攻撃をしかける。

 

「んなろ!」

 

 片手で放たれたそれを、小鳥も同じ様に片手で受け止める。

空いた右の剣を(よこ)()ぎに(はら)う、一夏は、打ち合わせた刀を外してしゃがむ、そうして空振(からぶ)りした剣が頭上を(かす)める。

 

「今・・・ッ!?」

 

 『今だ』と言おうとした一夏の目の前には、剣を振った勢いを無理に止めず、一回転して後ろ回し()りを放つ小鳥の姿があった。

 

「くッ!」

 

「ハァッ!」

 

 腕を右に配置して防御する一夏。

小鳥は防御ごと突き(くず)す勢いで蹴り飛ばす、空中での姿勢制御に苦しみながらも距離を離すには十分な一撃が入る。

 

(ッ、そこまで大きなダメージは入らなかったけど・・・小鳥との距離が開いた、不味(まず)いな)

 

 (おどろ)(ほど)冷静(れいせい)な頭で現状を把握(はあく)する。どうやら先程大振りの攻撃が(かわ)されたお陰で、頭に氷水(こおりみず)をかけられた様に冷静になっているらしい。

 

(小鳥の腕が俺より強いかは分からない・・・でも、攻撃を防ぐのなら手数の多い今の方がやり(やす)(はず)・・・)

 

 どちらにせよ、『今は』『まだ』一夏が優勢だ。先程と同じように攻めきれるかは分からない、だが攻めなければ勝利は有り得ない。

 

「こうなったら、下手に考えない方が良いよな・・・」

 

 それなら突撃だ。

もう『零落白夜』を使っても勝てないのは判りきっている。どれだけ上手く当てても、この分じゃ小鳥を削り切る事は無理だ、ただでさえ少ないシールドエネルギー。それを消費したら、自分の負けは確定的だ。

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

(距離を詰め続けられたのならアイツが有利、ヒット&(アンド)アウェイを実行(じっこう)出来(でき)りゃ俺の勝利・・・。出来るか、俺に?)

 

 心の内で己に問う、一夏程考える事を放棄(ほうき)出来ない彼にとってみれば、この『考えてもどうにもならない状況』と言うのは好ましくない。この戦いにおいて(もっと)も重要なのは、互いの単純な強さである。

 

(戦力を整理しよう)

 

 聞いた話だと、一夏のIS適正はBに対し、小鳥のIS適正はC+と言った所。

そして肝心(かんじん)のISその物の仕様、『白式』が完全な近接戦(きんせつせん)オンリーの機体、逆に『銀影』は本来は近接戦仕様ではないのにそれしか出来ないから近接戦オンリーの機体。

正直言って、元の機体が万能(ばんのう)を目指していなければこんな器用(きよう)な立ち回りは実現(じつげん)不可(ふか)だっただろう。

 

(━━━・・・・・・)

 

 状況整理をしてみても自分が不利だと言う事が明確(めいかく)に解るだけだ。有利な点が有るとすれば、小鳥の方がまだシールドエネルギーを多く残している事位だろう。

 

「・・・・・・・・。」

 

 もし一夏が強襲を掛けても反応出来るように、満遍(まんべん)なく一夏の動きを見ながら、必死に頭を働かし、この事態を打破(だは)する為に必要な行動を模索(もさく)する。 

 だが、それを黙って見ている一夏ではない。

 

「うぉおお!」

 

「クソッ!」

 

 一旦(いったん)思考を切り上げ、一夏の攻撃を受け止める。

苦い顔はさらに苦しい表情に変わる。このまま防御を続けても勝利へは近づけない、むしろ敗北に引き寄せられるだけだ。

 苦笑いを浮かべ、一夏を睨む小鳥は次の一撃を(かわ)した。

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 

「んなろッ!」

 

「クッ!」

 

 小鳥は下段からの切り上げを後退しながら防御する事で、防御ラインを(くず)さず防ぎ切り、距離を取る。

そんな器用な動きが出来るようになってから(はや)五分、一夏には少なからず(あせ)りを感じていた。

 

(小鳥が明らかに操縦(そうじゅう)に慣れてきてる・・・。不味いな)

 

 一夏には武器を使った戦闘経験が在ると言うアドバンテージがある。

これでも一応全国レベルだったし、ブランクがあると言っても、それもこの一週間で大分マシになっている。

 だが、そのアドバンテージも小鳥が武器を使った戦闘において素人だからアドバンテージ足りえるのだ。

もし小鳥が戦いに慣れれば、この優勢も一気に瓦解する可能性がある。

 

(・・・って落ち着け落ち着け、さっきもこうやって気を(みだ)してやらかしたじゃないか。小鳥が慣れてきたのならなおさら落ち着かないと。平常心(へいじょうしん)平常心)

 

 深呼吸(しんこきゅう)で気持ちを落ち着かせ、(かま)え直す。こんどは正眼に刀を構えるのではなく、小鳥に左側を見せ、コンパクトに畳んだ両腕で刀を水平(すいへい)に構える。所謂(いわゆる)『突き』の構えだ。

 斬激に比べて動きが少なく、カウンター接続技を掛け易い刺突なら、慣れてきた小鳥相手にも十分対応出来る筈だ。

 

「いくぞッ!」

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)で一気に詰め寄る。懐に飛び込んで刀を突き出す。

 

「ッ・・・!」

 

 対処(たいしょ)に慣れてない連続の突きを相手に、必死に間合いから外れようと後退するが、左肩に(かす)める。

 

「チィッ!」

 

 小鳥も必死に剣を振り、一夏を間合いの外へと追いやる。

 

(行ける・・・!この戦法なら小鳥は完全な対処が出来ない!)

 

 思わず口角(こうかく)が上がってしまう、それと同時に心も浮わつきそうになるが、深呼吸でそれを静める。

 

「・・・!」

 

と、そんな一夏の好戦的な姿勢とは裏腹に、難しいをしている小鳥は、何か思い付いた様な顔をしている。

 

「・・・?」

 

 かと言って何かする訳でもなく、小鳥は(あご)()まんで考えている。さっきは何か考えていても目を自分から離す様な事はしなかったと言うのに、今度は防御体勢も取らずに居る。

 

(って、考えさせたら駄目(だめ)だ!アイツに策略(さくりゃく)を考える時間を与えたら厄介な事になる!) 

 

 小鳥は頭の回りが速く、物を考え『戦力』を『戦術』で(くつがえ)しにかかるタイプだ。

考えさせて何かを思い付かせるのは不味い。

 小鳥のペースへ持っていかせまいと、もう一度突撃を仕掛けようとしたその時。小鳥は右手を上げ、剣の腹を見せつつ『待て』のポーズを取る。

 

「あー、ちょっと待った!」

 

「ッ・・・何?」

 

 不意に掛けられた言葉に驚いて、突撃の姿勢を()く。

『待て』とはどう言う事だ、まさかこれも策略の一端か?

 と、策略を警戒する一夏を尻目(しりめ)に、小鳥は武器を投げ捨てこう言った。

 

 

「俺の負けだ!降参(こうさん)するッ!」

 

 

「・・・へ?」

 









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真相追及とジジとババ








 一夏(いちか)が肩口を狙った突きを繰り出す。

肩を反らす事でギリギリで避けるが、装甲が(かす)った様で、またシールドエネルギーが減少する。

 

「チィッ!」

 

 左の剣で刀を防ぎ、一瞬動きが止まったのを見計らって右の剣を振るう。

 それを喰らうまいと、一夏は大きく後退する。

 

(何でこんな事になってんだよ・・・!)

 

 今のセッションで減少したシールドエネルギーの量を片目で確認した小鳥(おどり)は、心の中で苦言を漏らす。

 ハァ・・・と、溜め息を漏らし、どうしてこんな面倒な事になっているのかを順々に思いだす。

事の始まりは、クラス代表を決める為に多数決を採った際に、セシリアがしゃしゃり出てきた事だった。

その(しゃく)(さわ)る演説に苛立(いらだ)った小鳥は、自分でも自覚している様な汚い口調で(ののし)り、セシリアがキレた。

結局解決策として一対一対一のバトルロワイヤルが提示(ていじ)された。そんな勝手な都合(つごう)でアリーナを使って良いのか疑問だったが、何を思ったか千冬先生、OKを出してしまった。

どっちにしても小鳥としては、一夏に説明した様に早々に撃墜され最初の脱落者となり、二人のどちらかにクラス代表の座を明け渡す心算(つもり)だったのだが・・・。

開始早々のセシリアの演説に腹を立て、負ける気を無くしてしまった。

で、セシリアを倒すと言う大番狂(おおばんぐる)わせを起こし、一夏に苦戦を強いられている。

 

(・・・ん?)

 

 そこまで考えて、頭の中に疑問を浮かべる小鳥。

そして気付いた、

 

(これ俺が勝つ必要ねーじゃん)

 

 そう、最初から小鳥は負けるつもりだったのだ。それに一夏に勝った所で、与えられるのは『クラス代表』と言う面倒な席である。

そんな物誰が欲しがるか、セシリアみたく自己顕示欲の多い奴ならともかく、そんな物は小鳥には無い。

つまり、彼が降伏(こうふく)した所で何の問題も無い、皆無(かいむ)である。

無論(むろん)、千冬の脅しの事も考慮(こうりょ)せねばならない。が、千冬は全力で戦った(すえ)の結果を望んでいるのであって、別段(べつだん)誰が勝とうがどうでも良いのだ。

 なら勝ちに(こだわ)る必要は毛頭(もうとう)無い。(よう)は全力でない事がバレなければ良いだけなのだから。

 

「あー、ちょっと待った!」

 

「ッ・・・何?」

 

 言う事聞いて止まってくれる一夏、見た所突撃(とつげき)仕掛(しげき)けようとしていたらしい、もう少し遅ければ面倒な事になっていたかもしれない。

 突然の制止に驚き(いぶか)しむ一夏だが、下手(ヘタ)な動きをされる前に、武器を投げ捨てて言葉を(つむ)ぐ。

 

「俺の負けだ!降参(こうさん)するッ!」

 

「・・・へ?」

 

 疑問から一転、思いもよらない一夏から発された台詞(せりふ)は間抜けとしか形容(けいよう)出来ないものだった。

 そんな間抜け(ヅラ)晒して恥ずかしくないのかとも思ったが、それは腹の底に押しやり、軽い口調(くちょう)でその理由を語る。

 

「このままやってもキリが()ぇ、それに今の俺じゃこの千日手(せんにちて)を打破できそうにもない。恐らくこのままやれば一夏が勝つだろうし、俺の負けだ」

 

 それは後付けの理由だが、全くの嘘と言う訳ではない。実際、一夏と白式に対抗しうる手段を思い付けない以上、少しずつシールドエネルギーが削られる現状において勝利は望めない。

 

「・・・いや、小鳥、本気か?俺は後少しで倒れるんだぞ?」

 

 一夏が訝しむ様に小鳥に問う、どうやら納得していないようだ。

 

(もう少しで勝てるかも知れない戦いを前に勝利を投げ()て降伏しようなどお前からしたら論外(ろんがい)なんだろうが、しかし一夏、お前は気づいていない、この戦いを勝ち残っても先にあるのはクラス代表と言う厄介(やっかい)(せき)なんだ。こんな(ばつ)ゲームまっしぐらのフラッグレースは()りるのが最善解(さいぜんかい)なんだよ)

 

 とは言え、千冬(ちふゆ)女子(じょし)(ども)(さわ)がれても面倒(めんどう)なので、()()えず言い訳の一つ(くらい)は言っておこう。

 

「そーゆーのは俺好きじゃねぇんだよ。(いち)(ばち)か、ってのは確かに()汗握(あせにぎ)るが、そいつは駄目(だめ)だ。最良の選択をする者が勝利を手にし、そんな奴は何時(いつ)だって冷静な奴なんだよ」

 

 ぶっきらぼうに吐き出す言葉に(うそ)は無い、むしろ本音とも言えるだろう。

心の中で舌を()()っと出しながらも、自然体を保ちながら話し続ける小鳥。

 

「そう言う事で、セシリアは敗退(はいたい)、俺は降参(こうさん)。勝者は一夏ってのでどうでしょう?先生」

 

 そのおどけた視線の先には、ガラス()しにこちらを見ている織斑(おりむら)千冬(ちふゆ)()た。

この降参を確実とする為には、この人が最大の難所(なんしょ)である。

 

『・・・・・・。』

 

 反応が無い。本当にそれだけなのか疑っているのだろうか、(もく)して語らずかち合った視線(しせん)()らす事無く小鳥を(とら)え続ける。

 (だま)って考えて二分程、千冬が口を開いた。

 

『良いだろう、この勝負織斑一夏の勝利とする!』

 

 凛とした、力強いこえが拡声器から響く。

ふぅ、と膨らんだ風船(ふうせん)のように張った緊張(きんちょう)から解き放たれた小鳥は、安心の溜め息を吹き出す。

 と、不意に隣から一夏が声を掛けてきた。

 

「小鳥、良かったのか?」

 

「何が?」

 

「いや、だってお前ISの操縦(そうじゅう)に慣れてきたはずだろ。だったら残りのシールドエネルギーから考えても、こんな所で降参って・・・」

 

「うっせぇ、他ならぬ俺本人がこう言ってんだ、文句(もんく)付けてんじゃねぇ」

 

 ぶっきらぼうに言葉を吐き出し、くるりと一夏に背を向ける。その方向には一夏が飛び出した二番ピットがあり、そこから戻ろうと歩く位の速さで飛ぶ。

 と、その背中を見送る一夏が何かを思い出した様に地表(ちひょう)に降りる。

 

「大丈夫か?セシリア」

 

 そこには、一夏と小鳥の二人に敗れ、地表で待機していたセシリア・オルコットが居た。

一夏はそれを思い出しての行動らしい。

 

「え、ええ。勿論(もちろん)ですわ」

 

 敵に情けをかけられてか、セシリアは戸惑(とまど)いながらも()()べられた一夏の手を取る。

背中越しにそれを見ていた小鳥は、今までに無い程穏やかな笑みを浮かべていた。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「━━━で、どう言う積もりだ?」

 

「何が?」

 

 その日の晩、一夏は小鳥の部屋にてトランプでしながらジジ抜きをしていた。

 

「何がじゃねえよ、お前あんな所で降りる様な(こし)()けだったのか?」

 

 一夏がカードを引き抜く、♠1だ。

♥の1と共に場に置く。

 何故?と問われれば、小鳥が『男子懇親(こんしん)会』を開こうと言い出し、たった二人でトランプゲームを始めたのだ。

 

「そうだ、と言ったら?」

 

「・・・何も無いけど」

 

「だったら聞いてどうすんだよっ・・・と、ラッキー♪」

 

 小鳥が一夏の手札を引き抜く、♥K(キング)だ。

二枚(そろ)ったので、場に♣K(キング)と共に出される。

 

「そうじゃなくて・・・。お前さ、クラス代表になりたくなくて降参したんじゃないか?」

 

 一夏が小鳥の♠10を引く。こちらも揃ったようで♦10と共に場に出される。

 

今頃(いまごろ)か・・・・・。まぁ、あの場で言った事が嘘って訳でもないな。実際、俺から見りゃ相当負け筋だったし」

 

「だからって、勝てるかも知れない戦いでわざと負けるってのはダメだろう」

 

 一夏からカードを貰った小鳥は苦い顔をする。二人しか居ないこの状況で出さないとすると、意図的に出していない限りこれがジジの可能性が高い。一方の一夏はニヤリと笑っている。

 

「うるせぇ、お前は勝ちを優先して、俺は後先考えてた、それだけだろうが。あと俺の『待て』に素直に従ったお前が悪い」

 

 そう言いながら少ない手札を後ろでシャッフルする小鳥。どうやらジジの居場所を変えた様だ。

 

「それは・・・そうだけど」

 

 言い返す事の出来ない一夏は、口を尖らせながらも小鳥の手札を引っこ抜く、ジョーカーだ。

 

「げ」

 

 手持ちのカードとは揃わないらしい、嫌そうな声を上げる一夏。

 

「小鳥お前何してんだよ、出し忘れだなんて」

 

「悪い悪い、ちょっと出し忘れて・・・なっ!」

 

 (さき)の小鳥と同じように、シャッフルされた一夏の手札からカードを一枚引き抜き、♦2が回ってくる。ジジではないようで♣2と二枚組になって場に出てくる。

小鳥の残り枚数二枚。一夏の残り枚数三枚。

 

(小鳥はジジの♥8とジョーカーを持ってる筈だ、俺が♥8を引かなければ勝てる・・・!)

 

 実を言うと、一夏も揃っているのに出していないカードがある。計算高い小鳥なら、正攻法でやっても通用しないのは目に見えている。だからブラフとして三枚の内二枚を出していないのだ。一見すれば三体二だが実質一対二なのだ。

 

(嘘吐くのは得意じゃないけど、バレてなさそうだし。ジョーカーを引いて俺が勝つ)

 

 と、息巻いている一夏に、目の前の小鳥は、世間話を続ける。

 

「ま、それはそれだ。クラス代表の仕事は任せる。なに、俺よりかは良いクラスになるだろうよ」

 

「ああ、任せといてくれ。どこまで出来るか分かんないけどさ」

 

 そう言って小鳥の手札へと手を伸ばす一夏。

だが、事もあろうに小鳥はその手を振り払った。

 

「なッ・・・!?」

 

「まぁでも、この勝負は(ゆず)らねぇけどな」

 

 そう言って残り二枚を無造作に置く。そのカードは♥と♣の8だった。

 

「あぁー!きったねぇぞお前ホントに!」

 

「はっはっは、そりゃお前の言えた事じゃねぇだろ!お(たが)い様なんだから文句言うなバーカ!」

 

 小馬鹿にしたように罵る、どうやら一夏が揃っているカードを出していない事に気づいていたようだ。

 一夏は小鳥がジョーカーを二枚持っていると踏んでいたのだが、実際は小鳥も出していないカードがあり、状況は二対一ではなく零対一だったのだ。

 

「ま、しかし。ジジがババ(ジョーカー)だったとはな。これじゃ見た目ババ抜きと変わんないじゃん」

 

 小鳥としては、途中までジジが何なのか解っていなかったが。四、五回程ジョーカーが手札に来た時点で何となく察した。『ああ、コレがジジなんだな』と。

 

「でもまぁ途中まで『ジジはどれだ?』で楽しかったけどな」

 

「それが出来るのは小鳥だけだよ・・・。お前どうせカードの並び完全に覚えてるだろ?」

 

「うん」

 

 にべもなく答える辺り、本当に頭が良いんだなと実感させられる。

 小鳥が才覚ある事を確認して脱力しながらも、一夏は問う。

 

「そう言えば『男子懇親会』って言ってたけど、二人で成立してるのか?」

 

 この部屋に小鳥と一夏しか居ない、これでは懇親会というより相談と言った方がが適当だろう。

 

「んー。ま、成立しない訳じゃないだろ。幼なじみとは言え、女子と二人きり個室でだなんて気不味いだろ?」

 

「まぁ・・・そうだけどさ・・・。ってそれを言ったら小鳥も同じだろ、俺と一緒じゃないならお前と相部屋の人は女子なんだろ?」

 

「ハッハッハ・・・」

 

 そんな意見を前に、小鳥は苦笑いをしていた。

何と言うか、後ろめたい事を隠しているかの様な笑顔。

 

「お、おい小鳥、まさか、ココって一人部屋なのか?」

 

「ハッハッハ・・・」

 

 笑うだけで何も言わない小鳥、やはり何か隠しているようだ。

 

「・・・。」

 

「ハハハハハ・・・」

 

 じーっ、と小鳥の顔を見る。

「・・・・・・。」

 

「ハハハハ・・・」

 

「・・・・・・。」

 

「・・・・・・。」

 

 それは、小鳥の様に(くち)上手(じょうず)な訳ではない一夏が思い付く、最大の手段だった。

 そんな一夏の切なる思いが届いたのか、両手の平を見せつつ降参のポーズを取り、折れる小鳥。

 

「あー分かった分かった、そんな恐い顔して俺を見るな、千冬先生みたいだぞ」

 

 溜め息混じりで降伏宣言を発令する小鳥。一方の一夏もそんな感想に不満があるようで、口を(とが)らせる。

 

「そんな怖かったか?俺と千冬姉(ちふゆねぇ)ってそこまで似てないだろ」

 

 そんな否定を逆に小鳥は否定する。

 

「似てるぜ?俺は居ないけど、性別関わらず()()()()()ってのは似るもんだ。(むし)ろお前ら織斑姉弟は凄く似てる部類だ、論理(ロジック)滅茶苦茶(メチャクチャ)だが、それこそ『歳の離れた双子』ってレベルでな」

 

 感慨(かんがい)深く呟く。二人の顔立ちはかなり近い。経年(けいねん)(こう)と言うべきか、目付(めつ)きの(するど)さに違いはあれ、そこにさえ目を(つぶ)れば、その相似(そうじ)(ほど)は双子と言っても()(つか)え無いだろう。

 

「参ったな・・・じゃあ円花(まどか)とも似てるって良く言われるし、三人(そろ)って似てるのか・・・」

 

「あん?お前三人姉弟なのか?」

 

 一夏の呟きを聞いた小鳥が本人に問う。名前からして女性だろう。真逆(まさか)一夏に姉か妹が居るとは思わなかったのだろう。

 

「あ・・・」

 

(秘密だったのか・・・)

 

 しまった、と言う顔している一夏、どうやら隠し事は苦手らしい。

 

「気にすんなよ、秘密だってんなら口は割らんさ。ま、その代わりにそのマドカって奴について詳しく」

 

「まぁ、それなら良いけど・・・。でも小鳥の秘密も教えてくれよ?」

 

「おう、等価交換ってトコだな」

 

 実は内心で『誤魔化(ごまか)せられなかったか』と、舌打(したう)ちと苦笑(くしょう)をしていたのだが、そんな事を顔に出さず了承(りょうしょう)する小鳥。

 

「えーと、どこから話す?残念な事に、俺は円花の事を余り覚えてないぞ?」

 

「あ?そりゃどう言う意味だよ」

 

 今居る人の事を『覚えていない』と言うのは明らかな矛盾が有る。ベットに(もた)れる小鳥は、その矛盾の意味を、ベットに腰かけている一夏に問う。

 

「そのままの意味だよ。ちっちゃい(ころ)の円花の事を覚えてないんだよ。あいつに関わる事は、千冬姉から聞いた事が大半だし」

 

「ああ、そう言う事・・・驚いて損した」

 

(なん)に驚いたんだ・・・」

 

(イヤ)物騒(ぶっそう)な妄想だが『もう居ない人』なのかと」

 

「そんな訳無いだろ!」

 

 今までに無い程声を(あら)らげる、戦っている時よりも敵意が伝わって来るその声音(こわね)は、その裏にある物が『恐怖』だと言う事が判って仕舞(しま)う程感情を()き出しにした物だった。

 自分の声が大きい物と気づいた一夏は、大慌てで謝る。

 

「わ、悪い。つい声でかくしちまったな・・・。」

 

「良いよ。どうやらお前にとって『近親者が居なくなる』は鬼門みてぇだしな。何、幼少期の事についてまで聞く気はねぇよ」

 

 そう言って、何を聞こうか考え込む小鳥。

こう言う時、目付きの悪い小鳥だが、眉間に(しわ)()せている為に、元々良いと言えない顔立ちが余計に悪くなる。

 

(顔の作りが悪いって訳じゃないんだけどなぁ・・・)

 

 かと言って、小鳥の顔が不細工(ぶさいく)と言う訳ではなく、単純に善人の面構(つらがま)えでないだけで、実は結構顔の出来は良いんじゃないだろうか。

 

「んー」

 

 じーっ、と小鳥の顔を覗き込む。

 

 平均よりは出っ張った額、ややシャープな(あご)のライン、(わず)かに高く小さい鼻、女子も(うらや)二重(ふたえ)と長い睫毛(まつげ)。これだけ見れば、少し彫りの深いだけのイケメンなのだが・・・。

 

半開きにして、途轍(とてつ)もなく鋭い目付き、伸びきった髪を後ろで一括りにしただけの乱雑な髪型、極め付けは計算高く、勝ち気なあの性格である。友人付き合いは出来ても、それ以上は難しいだろう。

 

「ま、それはさて置き、マドカの話を先に進めようじゃないか。そうだな、まずは妹か姉かくらいは教えやがれ」

 

 自分の顔が品定めされている事に気付かないまま、小鳥は一夏に先を(うなが)す。

 

「あぁ、円花は妹だよ、いまは中三だな」

 

「ふむ、やっぱ千冬先生とも似てんのか?」

 

「うん、身内の俺が似てるって思うんだから、似てると思う」

 

 言って妹の顔を思い浮かべる一夏、顔立ちはかなり似ているが、千冬に比べて目付きは優しい、そこは人生で経験してきた物の差だろう。

 

「んじゃ漢字でどう書くんだ?」

 

(えん)(はな)で円花って読ませてる」

 

 ふむ、と(うなづ)く小鳥。大分物を聞かれている気がするが、小鳥の秘密がこの情報に見合う物でなければどうしようかと思ってしまう。

 

「じゃあー最後に二つ、お前ん()に暮らしてんなら一人で大丈夫なのか。ってのと、その円花について知ってるのは?」

 

「えーっと、千冬姉は勿論だけど・・・。後は(ほうき)くらいかな」

 

「ふむ」

 

「それと家については、千冬姉が早めに帰ってるんだってさ」

 

「そりゃ良かった、お前としても安心だろ」

 

「まぁな」

 

 他人(ひと)家庭(かてい)事情(じじょう)に良く顔を突っ込めるな、とある意味感心しながら、返答する一夏。

(とは言え、今度はこちらが質問する番だ。(しぼ)られて貰おうじゃないか・・・!)

 

「さ、て。次は俺だな・・・。とは言え、俺の方は一言で終わるぞ?」

 

「そうなのか?」

 

「そうなんです。だって『俺の隣人は○○なんです』の一言で済んじまうからよ」

 

 目を閉じてやれやれと言った表情を浮かべる小鳥。一夏としては、そんな簡単な事を躊躇(ためら)うのが意外だった。

 

「その上、お前に対して罪悪感(ざいあくかん)がある事以外に(じゃべ)れない理由が有る訳でも無し、ホントに俺のモチベーション以外に問題はねぇのよ」

 

「じゃあ、なんで話せないんだよ」

 

 両手に頭を乗せ、気楽な口調で話す小鳥にそう問う。

問題無いと言うのに、こんなに勿体(もったい)()られると気になって仕方がないではないか、なんだか損した気分だ。

 

「まぁなぁ・・・。じゃあ一夏、お前の隣人(りんじん)は、(おさな)馴染(なじ)みとは言え異性だ。苦労(くろう)はしてるか?」

 

「え、何でんな事」

 

「良いから答えろ、一人暮らし出来てる奴に嫉妬(しっと)出来れば『YES』そうでなきゃ『NO』だ」

 

 理由を答える事も無く、先を(うなが)す小鳥。その勢いに押され、一夏も自分の思う所を吐露(とろ)し始める。

 

「まぁ・・・、不便だけど、嫉妬する程苦労してるって訳じゃないかな。箒は気難(きむずか)しいけど、何だかんだ気を使ってくれるし」

 

「気づいてねぇのかよコイツ・・・」

 

「え?」

 

「いや、何でもない。聞き流せ」

 

「お、おう」

 

 何だろう、色々と問い詰めてやろうと息巻いていたのに、小鳥のペースに()まれている気がする。

 

「取り敢えず、このままだと面白くも何とも無い。クイズ形式で行こうじゃないか」

 

 そう提案する小鳥、流されてるようで気に掛かるが、悪い提案ではない。

 

「・・・じゃあ、同室の奴は居るのか?」

 

「『NO』だな、一応(いちおう)居る事は居る」

 

「ん?じゃあいつもは居ないって事なのか?」

 

「『YES』寝床(ねどこ)がここってだけで、今の所(ほとん)ど顔を合わせてない」

 

「そんな奴居るのか・・・」

 

「まぁな。とは言え、特殊(とくしゅ)な生徒ってだけで悪い奴じゃあねぇんだぜ?」

 

 悪戯(イタズラ)小僧(こぞう)の様な、不敵な笑みを見せる。

 

「そいつのクラスって何組?」

 

「1の3らしいな。でも授業に出れないってんで、いつも空席らしい」

 

「うーん。じゃあ、そいつって有名人?」

 

「先生間では『YES』生徒間では『NO』だな」

 

 何とも特徴の読めない人間の様だ、これではまるで教師陣によってその人に関する情報がシャットアウトされているかのような・・・。

 

「イヤ待て、ホントに何者なんだそいつ」

 

「いやぁ、それがなぁ・・・俺も良く知らないし本人が一番良く分かってねぇんだよ」

 

「はい?」

 

 一瞬頭が動かなくなった気がした。

自分で自分が分からない、とはどう言う事だろう。

 

「まぁ何だ、あいつは所謂(いわゆる)『記憶喪失』ってヤツでな。その上で身元不明らしい。どうしてそんな奴がIS学園(ココ)に居るのかは知らねぇけどよ」

 

 小鳥もその記憶について気に掛かっているらしい、その瞳には好奇(こうき)(しん)の色が見え隠れしていた。

 

「・・・なぁ、小鳥」

 

「んぁ?」

 

「ホントに何なんだその()は」

 

 その言葉に、小鳥は吹き出した。

問題が解らない奴を見て笑う小学生のマセガキみたいな、そんな底意地(そこいじ)の悪い笑顔をしている小鳥。

 

「失礼だな。これをちゃんと答えられる奴なんて居る訳無いじゃねーか。何だかんだ言ったって学年一つにつき百人(ひゃくにん)前後(ぜんご)居るんだぜ?その中から情報の無い奴一人だけを見つけろだなんて無茶がある!」

 

「だーかーら、前提(ぜんてい)から間違ってんだよ、もうちょっと考えてみな。そもそも、女子と同じ部屋なら何で俺がお前に後ろめたく思わなきゃいけないんだよ」

 

 その小鳥の発言に、一夏も反論する、

 

「いやだって、俺等以外は全員女子なんだから・・・。オイ待て『前提から間違ってる』ってお前まさか・・・!?」

 

 だが、その反論の途中で一夏はある可能性に気付いた

(ようや)く気付きやがったか・・・まぁ、答え合わせは本人が来てからにしようじゃないか」

 

 それを察した小鳥は、口角(こうかく)をつり上げて意地の悪い笑みを浮かべていた。

 










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三人の(計画的)邂逅(かいこう)







 現在時刻P.M.11:00。

記憶(きおく)喪失(そうしつ)の少年、刹那(せつな)・F・聖永(せいえい)は、人の目を()ける(よう)に、消灯済(しょうとうず)みの廊下(ろうか)を歩いていた。

 

(この時間帯は、女子は少ないが・・・まだ油断は出来ない。前も、女子トイレに隠れなければ鉢合(はちあ)わせする所だった・・・)

 

 一夏と同じ様に無改造の制服を身に着けた刹那は、注意深く歩きながら隣人である小鳥が待つであろう自室へと()を進めていた。

 

(オリムラの言っていた事とは大違(おおちが)いだな。結局(けっきょう)オレは特別教室に行かされ、記憶の復活に向けて催眠(さいみん)(じゅつ)や脳波チェックを受ける・・・期待している訳ではないが、何時になったらオレは『普通の学園生活』を送れる様になるんだ?)

 

 口にも表情にも出さないが、刹那は確かな不満を心の中で口にする。

始めの五日間は別室で寝泊まりした上、今日にしてもまだ早い方だが、昨日は午前1:00(ごろ)に解放されている。

彼自身、『普通の学園生活』と言う物について(くわ)しく知っている訳ではないが。これを普通と言うのは無理が在ると思う。

 

(とは言え、どれもこれもオレが記憶を取り戻せば良いだけなのだろうな)

 

 立ち止まり、心の中で独白(どくはく)しながら、彼は胸元に()けられたペンダントを取り出す。

 

(・・・()()を見ていると、何かを思い出せそうな気がする)

 

 正直、このISのような物が何なのかは解らない。だが、自分自身の正体はこれに在るのだろう。頭の中で、そんな確信が渦巻いている。

 とは言え、IS学園の設備でこれを調べて解ったのは、二つ

 機体の偽装コードであろう『EXIA(エクシア)』の機体名。

 そして、この機体にはISに在るべきISコアと呼ばれる機器が存在せず、謎の動力機関によって稼働していることだけだった。

 

(()にも(かく)にも・・・、『コレ』が何か分からない限り、オレはオレ自身の正体を(つか)めないだろう)

 

 ペンダントの(かざ)りを胸に仕舞(しま)い込み、また歩き出す。

今日(こんにち)、小鳥がイギリス代表候補を打ち破った事は、学園中の噂になり、それは刹那の耳にも届いている。

 

(だが・・・。その上でオドリはイチカに勝利を(ゆず)ったらしいし・・・。何を考えているのか、いまいち解らないな)

 

 同居人(どうきょにん)の考えが読めない事に首を(かし)げる刹那。

 その戦いが学級代表の選出を理由として勃発(ぼっぱつ)したことであり、(なお)かつ小鳥自身が代表の地位を(きら)って降参したのだと言うことを、彼は知らない。

 

 

 

・・・・・・・・

 

 

 

「・・・・・・これは、どう言う事だ?」

 

「なっはっは。スマン、一夏が寝落ちしやがった」

 

 苦笑いしながら刹那に弁明(べんめい)を試みる小鳥。

ベッドに腰掛ける小鳥の隣では、上体を()()して寝息を立てている一夏が居た。

 

「いや、そうではなくてだな・・・・・・」

 

「あー、解ってる。何で一夏がここに居るかって事だろ?それに関しちゃ、ちゃんと話すから」

 

 その前に、と()(くわ)物騒(ぶっそう)な笑みを浮かべ、小鳥は一夏を起こさぬよう静かに立ち上がる。

そして、一夏の隣に立った小鳥は、(あし)を思いきり上げたかと思うと。

それを振り下ろし、一夏の寝ているベッドのすぐ隣を(いきお)い良く()(つぶ)した。

 

 当然(とうぜん)、小鳥に踏まれたマットレスはへこむが、慣性(かんせい)の法則に従い、瞬間一夏は空中に漂う。

 

 だがそれは一瞬の出来事であり、今度は重力に引き寄せられた上体が、一瞬(いっしゅん)(おく)れで追従(ついじゅう)するようにマットレスへ降下(こうか)する。

 

 一方のマットレスは、小鳥の足が離れた(ため)に己の弾力(だんりょく)(したが)って上方(じょうほう)に戻る。

 

「だぁっ!?

 

・・・・・つまり、一夏の顔面にマットレスの角がめり込んだ。

 

「でぇっ!?」

 

 反動(はんどう)()()った一夏は、勢いそのままに後頭部を別のマットレスにぶつけ、

 

「わぶっ」

 

更にその反動で元のベットに顔を()()けた。

 

「夜だけどお(はよ)う一夏」

 

「何すんだよ!?」

 

「モーニングコールならぬミッドナイトコールですよ、懇親会(こんしんかい)の主役が寝ててどうする」

 

「だからってな、三回も頭を痛め付けるは酷くないか!?」

 

「イヤ、2(ツー)HIT(ヒット)以降(いこう)流石(さすが)の俺でも予想つかんかったわ」

 

 頭の後ろをさする一夏に、罪悪感(ざいあくかん)ゼロの小鳥が苦笑いで対応する。

 

「うぅ、そこで開き直るなよ・・・・・・って、そっちの男子って、」

 

「おう。俺の同居人、刹那・F・聖永だ。あー、刹那。このバカが俺のクラスメイトにしてお前の隣人、織斑(おりむら)一夏だ」

 

「あ、ああ」

 

 戸惑いながらも返事をする二人。

橋渡しをするように(たが)いの事を紹介する小鳥、少々強行なのは(いな)めないが、時刻(じこく)が時刻である。健康生活に(じじ)ムサイ(ほど)気を(つか)っている一夏の事だ、これ以上遅くまで起こしていたら翌日に健康の重要さを長々と語られる事になるだろう。

 

「そら、(つら)()わせも終わったんだ、さっさと手前(てめえ)の部屋に戻って(ほうき)のヤツにどやされて来い」

 

「な、もう良いのか?」

 

「ホントは良かねえが、お前とて度が過ぎる夜更(よふ)かしは望む所じゃねえだろ?ならさっさと寝ろ、お前から|恨(うら)(ぶし)聞かされんのは御免(ごめん)だからな」

 

 ぶっきらぼうに言い(はな)つ小鳥、(いぶか)しむように問いかける一夏と刹那。現在世界で三人しか確認されていない男性IS乗りが一堂(いちどう)(かい)した所で、元より緊張(きんちょう)感に欠如(けつじょ)した面々だったのだ、そこまで珍しい光景には見えない。

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 結局、小鳥に言いくるめられた一夏は自室へと戻り、刹那と小鳥だけが残された。

 

「・・・(ろく)に話もしていないのに、あんなに早く帰して良かったのか?」

 

 制服を脱ぎ、ベッドに置いていく刹那が、小鳥に話しかける。

どうやら、刹那も彼なりに自分以外の男子が気になっていたらしい。小鳥はそれを知ってクスリと笑う。

 

()ーんだよ、アイツは十分に若いクセして老成(ろうせい)してるっつーか、シジムセぇんだよ。良く分からんが、()(かく)健康に気を(つか)いすぎてこっちにまで波及(はきゅう)しやがる」

 

 だから遅くまで起こしたくなかった訳だ。とニヒルな笑みを浮かべ(わら)う小鳥。

冷蔵庫からペットボトルの水を取り出して、ドカリと(みずか)らのベッドに腰かける小鳥。

 

「まぁ、アイツはアイツで()っといても問題は無いだろ。それよりもお前の方だよ、学園生活は()れたか?」

 

「・・・一応は。だが、アレに馴れたら本当に普通の学園生活からは二段も三段も離れる予感がする」

 

 無表情ながらも心中(しんちゅう)苦笑(くしょう)する刹那。

対する小鳥もペットボトルから口を放して皮肉(ひにく)()に表情を(ゆが)める。

 

「そりゃ仕方(しかた)ねぇ、お前は例外(ぞろ)いの男子の中でも()きん出て特異(とくい)だからな」

 

 所属不明、国籍不明、彼のISに関しても足掛(あしが)かりが無いのだ。ほか二人に比べて見ても、刹那の立ち位置と言うのは特異、(いや)、危険な物なのだ。

 

(まぁ、女子と同室だったらもっと大変だったんだろうがな)

 

 それを加味(かみ)した上で小鳥の同室にしたのだろう。

男子()れのしていない女子は、異性との付き合いを知らない。そうなるとどうしようもなく空気が悪くなるか、情報を聞き出そうとして刹那が無理してしまうだろう。

 そこまで考えて、小鳥は一つ疑問に行き着く。

 

(情報、ね・・・・・・。俺や一夏みたいにニュースにもならんし、それ以上にリーク情報の一つも無かった・・・。刹那には何があるんだ?)

 

 IS学園と言う国家クラスの権力を持つ組織ならば、男性IS搭乗(とうじょう)(しゃ)の存在を表に出させなくするのも出来ない事はないだろう。

しかし、何故(なぜ)隠す必要があるのか。手近(てぢか)なペンを(くわ)え、考察を始める。

 

(IS学園が隠す理由・・・考えられる理由が少なすぎる、(むし)ろ、身元(みもと)特定(とくてい)の為に大々的(だいだいてき)に公開、情報を待った方がよっぽど自然だ・・・何者かが圧力をかけた・・・?(いや)しかし何の為に?)

 

 シャワーに行った刹那を見届(みとど)け、一人残された部屋の中で、当人(とうにん)(あず)かり知らない何かを考えている小鳥だった。

 

 

・・・・翌日・・・・

 

 

 1年1組の教室では、ほくほく(がお)の山田副担任(ふくたんにん)が前日の結果を述べた。

 

「昨日の対戦の結果、セシリアさんが敗北、小鳥くんが降伏(こうふく)、クラス代表は織斑(おりむら)くんになりました!」

 

 その叙述(じょじゅつ)皮切(かわき)りに、クラスの女子が拍手(はくしゅ)をする。

(とう)の一夏と言うと、(ほこ)るよりもまず、はにかむ様子を見せていた。

 そんな一夏の心持(こころも)ちを知る(すべ)も無く、みな思い思いの口振りで(はや)し立てる。

 

「せっかく男子の居るクラスだもの、ならクラス代表にしなきゃね」

 

「織斑くんがクラス代表になれば、貴重な経験を積めるし。他のクラスの子に情報を売れるし。一挙(いっきょ)両得(りょうとく)だね」

 

「売り物にすんなよ・・・」

 

 ある意味そんな事情からは蚊帳(かや)の外である小鳥が、小さく突っ込む。自分の事じゃないからできる()()振舞(ふるま)いである。

 だが、そんな小鳥の心の平穏を盛大に崩壊させる言葉が千冬(ちふゆ)から飛び出した。

 

「ちなみにだが、昨日(さくじつ)の戦闘で次点(じてん)の小鳥にはクラス副代表を務めてもらう」

 

「は?」

 

 厄介の立場から逃れられると安心していた小鳥の顔が、一瞬にして(ほう)けた顔に変わる。

 

「えちょッ、先日はそんな事言ってませんでしたよねッ!?

 

「言ってなかっただけだ。代表が居れば副代表も居て当然だろう?」

 

「そうかも知れませんが・・・・・・。あぁもう良いですよ・・・・・・」

 

 反感(はんかん)はあるものの、こうなっては仕方(しかた)がない。

(あきら)めのため息と共に肩を落とす小鳥。

後ろ(まと)めにしている頭を()くその姿は、疲れているかのように矮小(わいしょう)なものに見えた。

 と。気力を失った小鳥と、嬉し恥ずかしの一夏の後ろから、敗北者セシリア・オルコットが声をあげた。

 

「あ、あの。それでですわね。代表戦に向け、国家代表候補生のわたくしが操縦を教授して差し上げる、と言うのはいかがでしょう」

 

「えっ、良いのか?」

 

 突然の提案(ていあん)に驚く一夏、その反応に気を良くしたセシリアは更に続ける。

 

「もちろんですわ!わたくしのような優秀かつパーフェクトな人間の手によれば、()()()()の操縦テクニックもみるみるうちに成長を()げ━━━」

 

生憎(あいにく)だが、一夏の教官は私だ。()()()()()()()頼んだのだからな」

 

 机を叩いて立ち上がった箒が声を荒らげる。

ともすればその姿は殺気(さっき)立ち、意地とプライドをごちゃ混ぜにしたような、奇妙(きみょう)気迫(きはく)があった。

そんな眼をすれば(ほとん)どの人間はビビるか(ひる)むだろう。しかし、セシリアは怯む事なくその視線を受け止め、返している。

 

「あら、IS適性ランクCの篠ノ之(しののの)さんではありませんか。Aのわたくしに何のご用かしら?」

 

「ブッ」

 

「ら、ランクは関係ない!一夏が私に頼んだ・・・って今笑ったのは誰だッ!?」

 

 気勢(きせい)()く言い切るが、彼女の適性が自分と同じかそれ以下だと知って小鳥が()き出してしまったのを聞き()らさない(あた)り、気にしてはいるのだろう。

 

(おっとっと・・・危ない危ない。アイツはマジで何するか分かったもんじゃない)

 

 流石にバレては身が持たないと勘付いた小鳥は何も無かったかのように頬杖(ほおづえ)()く。

 

・・・ちなみに、一般にIS適性と言うのはA、B、C、D、Eの5つに+(プラス)-(マイナス)を付けた10段階で評価される。

しかし、ここはエリートの(つど)うIS学園。

D以下は特別な理由でも無ければ叩き落とされ、一般なら中央(ちゅうおう)()るCランクも学園においては底辺(ていへん)なのだ。

 

「何はともあれ、Cランク()()()の篠ノ之さんでは役が勝ち過ぎています。一夏さんはどう思います?」

 

「えっと・・・是非(ぜひ)に?」

 

 迷いながらもセシリアの提案に首肯(しゅこう)する一夏、がそれが箒の導火線に火を()けた。

 

「なっ!?一夏、貴様(みずか)ら持ちかけた契約(けいやく)反故(ほご)にするつもりか!」

 

「いやだって、箒からISの事教わってないし」

 

「ならそれこそ私から教われ!私がその役に見合(みあ)う力量があると証明してやる!」

 

「そんな事をしていたら代表戦までの貴重(きちょう)な時間が無くなってしまいますわ。一夏さんもそう思いませんこと?」

 

また自分にお(はち)が回ってきた事に迷惑を覚える一夏だが、(こたえ)を出す前に千冬の出席簿(しゅっせきぼ)が火を吹いた。

 

「やかましい。座れ馬鹿(ばか)(ども)

 

 (せん)の箒の剣幕(けんまく)可愛(かわい)く見える程の覇気(はき)が二人を退(しりぞ)ける。

 

「下らない事で騒ぐのは10代の特権(とっけん)だが、此処は私の時間だ。私の指示には(したが)え」

 

毎度(まいど)の事思うのだが、これは体罰(たいばつ)に当たるのでは?

 

「・・・・・・?」

 

と、心中(しんちゅう)で苦笑していた小鳥だが、ふと先程(さきほど)の会話の中で気になる点が出来(でき)ていた。

 

(一夏・・・・・・“さん”?)

 

・・・・・・さん?









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二人目の(おさ)なじみ







「では、これよりISの基本的な飛行操縦を実践(じっせん)してもらう。織斑、オルコット、小鳥。飛んで見せろ」

 

 四月下旬(げじゅん)、クラスの人間関係が固まりつつある(ころ)

1-1クラスでは、実習訓練が行われていた。

 指示に従い、セシリアは左耳のイヤーカフスに触れる。

その直後、彼女の総身(そうしん)は光に(つつ)まれ、一瞬後には彼女の専用機『ブルー・ティアーズ』を纏うセシリアの姿だけがあった。

 

「早いもんだなぁ・・・」

 

 しみじみと呟く一夏(いちか)を、千冬(ちふゆ)(しか)りつける。

 

「早くしろ。熟練したIS操縦者(そうじゅうしゃ)展開(てんかい)まで一秒とかからんぞ」

 

 言われて、一夏は右手で左手首のガントレットを(にぎ)り、心の内で呟く。

 

(来い、白式(びゃくしき)・・・・・・!)

 

 その(となり)で、小鳥(おどり)は、(たて)10cm(センチメートル)横7cm(センチメートル)の灰色の小型(こがた)端末(たんまつ)を手に握っていた。

 

「来い」

 

 短く、しかし強い言葉。それが合図(あいず)だ。

端末は光と(ほど)け、セシリアに(せま)る速度でその身体を(おお)う。

 ほぼ同時に展開を完了(かんりょう)した二人は、白と銀と言う非常に似たカラーリングの機体に包まれていた。

 

「よし、飛べ」

 

 二人の機体の展開を確認した千冬は、強い口調で命令を(くだ)す。

そこからの行動はセシリアが早かった。

 

「は、早いな」

 

「まぁ仕方ねぇだろ」

 

 二人も続くが、どうも速度が出ない。

セシリアが空中で止まり、小鳥が半ばに到達(とうたつ)したとき、一夏はと言うとさらにその三分の二にやっと届く所だった。

 

「何をしている織斑(おりむら)推力(すいりょく)は白式の方が上だぞ」

 

 セシリアにとって乗り慣れたブルー・ティアーズなら()(かく)、未完成である筈の銀影にのり慣れない筈の小鳥に負けるのは可笑(おか)しい。

そう千冬からお(しか)りを受けた一夏は千冬に聞こえない事を良いことに不満をぼやく。

 

「そう言われたってなあ、『前方に円錐(えんすい)を作り出すイメージ』ってなんだよ」

 

 愚痴(ぐち)りながらも目的地点にたどり着く。白式の高スペックには感謝しかない。

 と、嘆息(たんそく)している一夏の横からセシリアの声がかかる。

 

「イメージはたかがイメージですわよ。

(すす)められたやり(かた)をひたすらやるよりは、自分にとってやり(やす)い方法を考えた方が建設的ですわ」

 

「って言われてもなぁ・・・。大体、空を飛んでる今でさえ、その感覚があやふやなんだ。そもそも、どうやって浮いてるんだこれ」

 

 白式には翼に相等(そうとう)する突起が二つ一対(いっつい)で存在するが、どう考えても飛行機のそれとは理屈が違う。

翼の向きとは関係無しに好き勝手に方向転換できる時点で揚力(ようりょく)ではないのは確かだろう。

 

「お前な・・・それ(しょ)っぱなの授業でやってたろ・・・」

 

 一夏の(げん)を聞き、小鳥が呆れたように肩を落とす。

 

「細かい事は(はぶ)くが、ISが飛べる理由としては、P(ピー)I(アイ)C(シー)・・・パッシブイナーシャルキャンセラーが重力を相殺、その上で行きたい方向に向かう力場(りきば)を形成するからだ。わかったなら、補習(ほしゅう)(はげ)めよ?一夏」

 

 いやらしい笑みを浮かべる小鳥。

今の(ところ)勉学においては圧倒的に小鳥が優位(ゆうい)なようだ。

 

「なるほど、わからん」

 

「だろうと思ったから励めと言ったんだバカめ」

 

「はいはい・・・。それはそうとセシリアが何か不機嫌(ふきげん)っぽそうなんだけど」

 

 小鳥に近づき、耳打ちする一夏。

確かに言われてみれば、小鳥が一夏に説明を始めた辺りからセシリアの顔が明らかに雲っていた。

問われた小鳥は、その理由を(さっ)しているだけに苦笑いだけで(こたえ)を言わない。

 

「ついでだが、下を見てみな」

 

「お、おう」

 

 小鳥に(うなが)されるまま下を見る。そこには(あき)らかに怒りを()びる箒の顔、その睫毛(まつげ)の一本さえもが『()えた』。

 

「うわっ・・・凄いな」

 

 ISに標準(ひょうじゅん)搭載(とうさい)されたハイパーセンサーにかかれば、これくらいは余裕(よゆう)らしい。

この分なら月の表面くらいは楽勝で見えそうだ。

 

「ちなみに、これでも機能制限がかかっているのでしてよ。元々、ISは宇宙空間におけるパワードスーツが目的でしたから、星々(ほしぼし)から己の位置を特定する機能もあるようですから、この程度は見えて当たり前ですわ」

 

「だ、そうだ」

 

「へぇ~。サンキュ、セシリア」

 

 流石(さすが)候補生、知識面でも頼りになる。

一方専属コーチの箒は説明がアバウトで、

 

 

『ぐっ、とする感じだ』

 

『どんっ、という感覚で行け』

 

『ずがーん、と言う具合だ』

 

 

・・・・・・とまぁ、異様(いよう)にオノマトペが多く、口に出しては言えないが役に立ちそうにもなかった。

 そんな箒の説明にセシリアが口を出してケンカになるのがここ最近のパターンと()している。

 

(俺に対して態度(たいど)軟化(なんか)した分、箒への当たりが強くなっているのは気のせいかなぁ)

 

 実際(じっさい)気のせいではないのだが、その原因となっているのが自分だとは気づいていない一夏である。

 と、少しの(あいだ)話をしていた三人に、千冬の声が飛んできた。

 

「三人(とも)所定(しょてい)の位置に着いたな。急降下と完全停止をやって見せろ。目標は地上10cmだ」

 

「了解です。では一夏さん、お先に」

 

 言うが早いか、セシリアは地上へ向かう。

みるみる内に遠くなるその背中を、残された二人は感心しながら(なか)める。

 

上手(うま)いもんだなぁ」

 

 完全停止もどうやら上手くいったらしい。

それを見届けた一夏は、小鳥より先に降下体勢に入る。

 

「よし、俺も━━━」

 

 意識を集中させる。

想像するのは背中からロケットファイアが燃えるイメージ。

円錐を思い起こす事はしない、先程はそれで推力が上がらなかったのだから、セシリアの言うように自分のオリジナルでやってみる。

思惑(おもわく)(どお)りに加速に乗った一夏は、

 

「わぁぁあ!?

 

(すさ)まじい勢いで地面に激突(げきとつ)。もとい墜落(ついらく)した。

地上の面々(めんめん)も、(いま)だ上空に泳ぐ小鳥も『うわ~』と、目の前の惨状(さんじょう)に目を(おお)っていた。

 

「大丈夫ですの?一夏さん」

 

「・・・・・・なんとか」

 

 ISのダメージカットの力によって肉体にダメージは無いが、クラス女子の視線はひしひしと感じる。

心配をしてくれているセシリアの優しさでさえ何だか傷心(しょうしん)()みる。

 

「馬鹿者、誰が墜落しろと言った」

 

「・・・・・・すみません」

 

「情けないぞ一夏。昨日教えただろう」

 

「・・・・・・すみません」

 

 ゲンナリとした一夏へ肉親と幼なじみのお叱りの声が()かる。なげやりに返事をしてしまうのも仕方が無いだろう。

 

「お怪我は()りませんか」

 

「大丈夫・・・どこも痛くない」

 

「そう。それは何よりですわ」

 

 ふふふ、と(たの)しそうに笑うセシリア。

秋空(あきぞら)の天気などより(はる)かに予測(よそく)困難(こんなん)女心(おんなごころ)(まど)いながらもクレーターから立ち上がる一夏。

 

「・・・・・・ISを装備して怪我などする訳ないだろう」

 

「あら(しの)()()さん。ISの有無に関わらず、他人(ひと)の事をおもんぱかるのは当然の事でしてよ」

 

 と、二人が口喧嘩を始めようとしたその時、轟音(ごうおん)を上げて小鳥が急降下してきた。

 

「━━━━━━ふんッ」

 

 頭を進行方向に向けていた小鳥は、地面より10mの地点で身を(たて)(ひるがえ)し、スラスターを全力噴射、地上2mで完全に停止した。

 

「チッ、2m60・・・・・・。おおよそ20点ってとこか」

 

 遠回しに一夏がそれ未満だと、他人にも自分にも辛口(からくち)評価(ひょうか)を下す小鳥。

と、舌を打つ小鳥に(あゆ)()り千冬がさらに辛口な評価を言い渡す。

 

「完全停止は成功したようだが・・・誰が大穴を開けろと言った。10点だ」

 

 スラスターを全力噴射した反動で小鳥の足元のグラウンドは、浅く広い穴が空いていた。

それを見た小鳥は、先程よりも大きな舌打ちを放ち悪態を()く。

明らかな反抗的態度に眉をひそめる千冬だが、何に対する舌打ちか判断しかねたようで、何も言わずに一夏に次の指示(しじ)を出し始める。

 

「織斑、武装を展開しろ。それくらいは出来るだろう」

 

「は、はぁ」

 

「『はい』だ」

 

「・・・はい」

 

「よし、始めろ」

 

 指令を受けた一夏は周囲の人物との距離を確かめ、正眼に手を(かま)える。

 

(━━━鋭い、薄い、硬い、斬るイメージ)

 

 最大まで集中力が高まると、構えた両の手から光が放たれる。

 

(・・・よし、来いッ!)

 

 その光を確信を(もっ)て握り潰す時、一夏の手には『雪片(ゆきひら)弐型(にがた)』が握られていた。

 つい一ヶ月前まで平凡な受験生だった一夏にとって、『手の中に刀が現れる』イメージというのはかなり難しく、ここ最近の特訓はそればかり練習していた、

 

「遅い、0.5秒で出せ」

 

していたのだが、これでも遅いらしい千冬からまたもやお叱りを受けてしまう。

 

(ISと一緒に装備が出てくる小鳥が(うらや)ましい)

 

 (さや)ごと出てくれるのなら、まだ楽だったかも知れない。それこそ箒に教われば武装の展開もスムーズにいくと思う一夏だが、口に出すことはせず困ったような顔をするだけに(とど)める。

 

「次はオルコットだ、武装展開をしろ」

 

「はい」

 

 言うなり右手を横に突き出すセシリア。

すると、爆発的に光が放出、収束(しゅうそく)し、ライフルが出現した。遠距離戦を十八番(おはこ)としているだけありその出現速度は早く、(なお)()つ戦闘体勢も万全であり、後は安全装置(セーフティ)さえ外せばいつでも撃てるようになっていた。

その出来の良さに小鳥も思わず口笛を吹き鳴らす。

 

「流石だな代表候補生・・・・・・。だが、そのポーズは()せ、横に居る誰を撃つんだ?」

 

「で、ですが、これは集中する為に必要な、」

 

「一週間以内に直せ。良いな」

 

「・・・・・・はい」

 

 反論を一睨(ひとにら)みで()(つぶ)す千冬。

流石に口に出して反論はしないが、言いたい事は沢山あるらしい。苦虫を潰したような顔で黙り込むセシリア。

と、頭の中で呪詛(じゅそ)(たぐい)(とな)えていたであろうセシリアに次なる指示が飛んだ。

 

「セシリア、近接戦用の武器を出してみろ」

 

「えっ?あっ、はいっ」

 

 完全に自分の世界に入っていた時に出された唐突(とうとつ)な指示に驚きながらも、それ(したが)()いた左の手に光を放出するセシリアだが、

 

「くっ・・・・・・!」

 

 その光は、ライフル『スターライトMk(マーク)-(ツー)』の時とは違い、すぐには像を結ばず放出点を起点(きてん)とし、(ちゅう)をくるくるとさ(まよ)う。

 

「どうした。まだか?」

 

「す、すぐです!」

 

 とは言いつつも、光は一層(いっそう)散乱し、セシリアの顔を焦燥(しょうそう)(ゆが)める。

 

(どうやら、近接戦は基本的にやんねえみてえだな)

 

 遠距離武器の際はあれほど見事な展開を見せたと言うのに、近接武器を呼び出そうとしている今の展開速度は、一夏のそれにさえも劣る。

 ISの操縦というのは、基本的にイメージの強固(きょうこ)さがものを言う。

IS歴が1ヵ月にも満たない一夏がそれなりに速く雪片を呼び出せたのは、ブランクがあったとは言え彼が剣道経験者だったからであろう。

 

「ああもう!『インターセプター』ッ!」

 

 と、四苦八苦(しくはっく)していたセシリアは、(はか)自暴自棄(ヤケクソ)気味に武器の()を唱える。

すると、手元で行き場を失っていた光はゴール地点を見つけたかのように集束(しゅうそく)し、決闘の時に出したナイフのような物が出現した。

 

(・・・・・・マジか)

 

 小鳥が驚いたのはその手法(しゅほう)だ。

武器の(めい)を呼ぶ展開法(てんかいほう)は、教科書において『初心者のやり方』だと記載(きさい)されているような方法である。

 慣れていないのは重々(じゅうじゅう)承知(しょうち)していたが、真逆(まさか)そんな方法で呼び出すとは思わなんだ。

小鳥の中でセシリアの(かぶ)がやや下がってしまう。

 それを自覚している為に、セシリアもその屈辱(くつじょく)(くちびる)()んでいた。

 

「何秒かかっている。お前は実戦で相手に待ってもらう(つも)りか?」

 

「じ、実戦では間合いに入らせません!ですから問題ありませんわ!」

 

「ほう、あの初心者二人相手に(ふところ)(はい)れられていたようだが?」

 

「あっ、あれは、その・・・・・・っ!」

 

 懸命に反論を試みるセシリアだが、それらが一々事実な為に口許(くちもと)でどもってしまう。

『大変そうだなぁ』と量子(りょうし)変換(へんかん)武器のない本当に他人(ひと)(ごと)の小鳥。その(となり)に立つ一夏はと言うと、何故(なぜ)か苦い顔をしている。

それもその(はず)。キッ、とセシリアから睨まれた一夏は、

 

貴方(あなた)のせいですわよ!』

 

(なんでだよ)

 

『あ、貴方が(わたくし)に飛び込んでくるから・・・』

 

(そりゃあ、近接武器しか無いんだから仕方ないだろ)

 

『せ、責任をとっていただきますわ!』

 

(なんのだよ)

 

 とまぁプライベートチャンネルによって一方的に言われっぱなしだった。

(ちな)みに、プライベートチャンネルの使い方がよく解らない一夏は、返事を返しておらずセシリアからの怒りの声を甘んじて受けるしか出来ていない。

 と、理不尽な愚痴(ぐち)を聞かされる内、授業終了の(かね)が鳴らされた。

 

「時間だな。・・・・・・今回の授業はここまでだ。織斑、小鳥、グラウンド、片付けて置けよ」

 

「はい」

 

Yes ma′am(了解しました)

 

 一夏、小鳥の開けた穴はそれなりに大きく、小鳥のそれに(いた)ってはスラスターの(ぎゃく)噴射(ふんしゃ)によって開いた為、一夏のそれよりも土が舞い上がっている。

 

(━━━━って、土どこにあるんだ?)

 

 スラスターの風を箒()わりにグラウンドの土を()き集めることを小鳥が思い付くまで、頭を抱えるしかない一夏だった。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 その日の夜、IS学園のゲート前に、小柄(こがら)な少女が体に不釣(ふつ)り合いなボストンバッグを(かか)えて(たたず)んでいた。

 

「ふ~ん、ここがIS学園なんだ・・・」

 

 肩にかかりそうなサイドアップツインテールの髪型を風に(なび)かせ、自身の居場所を確実(かくじつ)なものにすべく、行き先を探す彼女の名は(ファン)鈴音(リンイン)人類革新連盟(じんるいかくしんれんめい)の主要国、中国(ちゅうごく)の国家代表候補生である。

 

「えーと、受け付けってどこにあるんだっけ?」

 

 上着のポケットをごそごそとかき回し、一枚の紙を取り出す。長旅と彼女自身のガサツな性格を表すようにグシャグシャとなったそれを広げると、目的地の場所を探し文面(ぶんめん)を読み始める。

 

「本校舎一階総合受け付け・・・・・・ってだからどこにあんのよ」

 

「アッチですヨ」

 

「わぁっ!?」

 

 彼女がぶつくさと文句(もんく)を言うと、横から男性の声がかかった。

声の方をみる鈴音の右方(うほう)には、髪を後ろ纏めにした半開きの目付きをした少年がいた。

 

「だっ、誰よアンタ!?」

 

 見知らぬ少年は、おどけた調子でレジ袋を持った腕で肩をすくめ、鈴音の質問に質問で返す。

 

「オイオイ。仮にも親切に道案内してくれてる人にその言い方はないだろ」

 

「いつの間にか横に立ってる不審(ふしん)(しゃ)に言われたくないわ!」

 

「不審者とは失礼(しつれい)な」

 

 ムッと眉を(ひそ)める少年は、それならばと()(いき)()じりに(おのれ)の名を名乗る。

 

「俺の名は小鳥(おどり)(ゆう)、世界で二人目の男性IS乗りだ。そんな俺を不審者と言うお前は誰だ?」

 

 その言葉を聞いた鈴音は、全力で()()()()とした顔をしていた。

 

「え・・・え?い、一夏以外にもいたの!?」

 

「居るぞ」

 

「マジで!?」

 

真剣(マジ)で」

 

 と、鈴音の言を聞いていた小鳥は、思考の片隅(かたすみ)にひとつの疑問をしまい()む。

 

(『織斑(おりむら)』じゃなくて『一夏』ね・・・。アイツとの知り合いなのかねえ?)

 

 半開きの目を更に細くして、鈴音の存在を相関(そうかん)()に組み込んだ。

恐らくは(むかし)一夏がのろけさせたやつなんだろうな。と。

 

「はぁ・・・・・・もういいわ、受け付けはあっちなのよね?」

 

「おう。・・・あ~そうだ、一人目の男子(織斑一夏)の方はソッチのアリーナで特訓(とっくん)してるだろうから、(ひま)なら見に行くと良い」

 

「え、ちょ・・・ッ!」

 

 そう言って(りょう)(とう)へ歩く小鳥を見送るしかなかった鈴音は、少し迷って一夏の(もと)へと向かうのだった。

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

「あれ?」

 

「ん?どうした?」

 

 箒との特訓が終わり、半袖(はんそで)トレーニングパンツ姿の一夏とジャージトレパンの箒が、部屋へ向かおうとアリーナの廊下を歩いていると、どこかで見たことのあるツインテールが何かを探すように()れていた。

 

「・・・・・・あいつは」

 

 どこかで見たことある髪型だ、そのおさげの位置も見覚えがある。

 

「もしかして・・・(りん)か?」

 

 一人(ひとり)(つぶや)くが、その声は隣の箒に聞こえるだけで当の本人の(もと)へは届かない。

声を掛けようと足を動かすが、それより先に隣に立つ箒から声が掛けられる。

 

「おい、鈴とは奴の事か」

 

「ん?ああ、箒が小4の頃転校しただろ?そのちょっと後に入れ違いで転入して来た奴だよ」

 

 問う声、答える声それぞれが、アリーナの入り口に木霊(こだま)する。その声は当然、鈴音(りんいん)にまで届く。

 気づいた鈴音は一夏の方へと振り返り、

 

「あ、いち・・・か?」

 

一夏とその(かたわ)らに立つ箒の二人を見た瞬間に、表情が固まった。

 

・・・・・・彼女がこのような中途半端な時期に転入して来たのには、二つ(ほど)理由がある。

 まず一つ。現在、一学年の国家代表候補生が専用機持ちであること。

世界のISの数が限られている事、そのISが均等(きんとう)分配(ぶんぱい)されている事から、IS学園は現代社会における軍事力の縮図(しゅくず)となっている。

学園内での対戦で遅れをとるような事態があれば、数の力の無い現状においてそれは、その国の軍事力が劣っている事の証明となる。

まして、その舞台にさえ上がらないと言う事は開発が難航(なんこう)していると言っているようなものだ。

(ゆえ)に鈴音はセシリアの情報を得た中国、もとい人革連から再三(さいさん)入学を依願(いがん)されていたのだが、ものぐさかつ大人嫌いの鈴音はそれを毎度の事蹴っていた。

 

 そこで二つ目の理由だ。

結論から言えば、彼女は織斑一夏に好意を寄せている。

毎度の様にIS学園への進学依願書をゴミ箱へ投げ捨てた日の昼。彼女はポテチを(かじ)りながらテレビを見ていた。

何分(なにぶん)散漫(さんまん)とした集中力でテレビニュースを視ていた鈴音は、コップを手に取り烏龍(ウーロン)(ちゃ)をすすろうとしたときに、コップを落としかけた。

それもその筈、速報に流れてきた人物が幼なじみの顔だったのだから。

 

・・・・・・詰まる所彼女は片想いの相手に会いに来たいが(ため)にここまで来ているのだ。

しかし、一夏の隣には謎の女子が居たのだ。

しかもその距離も明らかに近い。まるで幼なじみのようだ。

 衝撃の現実に開いた口の(ふさ)がらない鈴音に、一夏が(あゆ)み寄る。

 

「お、おう。久し振りだな、鈴。一年ちょっと振りか?」

 

「え、ええ!それくらいじゃないかしら!」

 

 ハッとして我に帰った鈴音は、ぎこちない笑みを浮かべて一夏に応答する。

 

「そ、それにしても良く分かったわね、普通一年も会ってなかったら顔とか忘れない?」

 

「忘れねえよ、鈴とは良く遊んだからな」

 

 そう言われると、顔を赤らめてしまう。目の前で一夏の隣に立っている見知らぬ少女にさえ目が行かなくなる程に。

と、一夏との会話に夢中になっている鈴音に、箒が割り込んで来た。

 

「ん゛っ、んん!一夏、この女は何者だ?」

 

「いや、さっき言ったろ。こいつは、」

 

(ファン)鈴音(リンイン)、一夏の幼なじみよ」

 

 (つつ)ましやかな胸を張ってそう言う鈴音。しかし箒も負けじと大きな胸を張って宣言する。

 

「ほう、奇遇だな。私もだ」

 

「んなッ・・・・・・!?」

 

 突然の幼なじみ宣言に愕然(がくぜん)とした鈴音は、一夏に()()る。

 

「ど~ゆうことよ!?」

 

「どう、って言われてもその通りなんだが」

 

「あたしの知らないアンタの幼なじみだなんて存在するワケないでしょ!」

 

 事情が全くもって(つか)めてない鈴音は、困惑(こんわく)しながらも()(とう)な論理を()べる。

 

「い~や、そんなワケがあるのだ!」

 

「なっ・・・。良いわ、聞かせもらおうじゃない」

 

 鈴音が()い詰めたのは一夏の筈だったのだが、何故(なぜ)か我が物顔で答える箒。

 

「私は貴様の前に転校した幼なじみ。つまり初めての(おんな)友達(ともだち)と言うヤツだ!」

 

「な、なんですって!?」

 

 何だか『初めて』と言う部分が強調されている気がするが、事実なので仕方ない。

驚愕(きょうがく)した鈴音にそれが事実であることを肯定(こうてい)する。

 

「まぁ、その、何だ。こいつの名前は篠ノ之(しののの)(ほうき)。前に話さなかったけか?ほら、(りん)が小五の頭に転入してきただろ?箒は・・・」

 

 無言で『言っても良いのか?』と目配せを送る一夏。

箒は何とも言わないが『勝手にしろ』と顔を()らしたので、大丈夫だろうと判断した一夏は話し続ける。

 

(たばね)さんの妹でさ。要人(ようじん)保護(ほご)プログラムで小四の終わり頃に転校してて、ちょうど入れ()わりだったんだ」

 

 その説明に開いた口が閉じた鈴音。

その代わりに箒がむっとした表情になっているのは、どうか気のせいであってほしい。

 

「・・・・・・。」

 

「・・・・・・。」

 

「・・・・・・。」

 

 と、話題が無くなった三人は、三者(そろ)って黙り込んでしまう。

 誰から話しかけたものかと様子を見計らっていた三人の間に、

 

『Pririririririri!』

 

「!?」

 

 突然携帯電話(けいたいでんわ)着信(ちゃくしん)が鳴り(ひび)いた。

 

「お、俺か・・・・・・。もしもし?」

 

 一夏の携帯から鳴っていたらしい、端末(たんまつ)起動(きどう)させる。着信(ぬし)は小鳥だった。

 

『おう、一夏。今どこだ?』

 

「あぁ、アリーナだ。特訓が終わったばっかりでさ」

 

『そうか・・・まぁ良い。部屋に戻って着替えたら()()えず教室(きょうしつ)に来い』

 

「お、おう。解った」

 

『別段急ぐ必要は無い、一応(いちおう)十時までに着けば問題は無いからな』

 

「あ、ああ」

 

『じゃあまたな』

 

 小鳥からの一方通行な会話は小鳥の一方的な切断によって切られ、一夏も豆鉄砲を食らった様な表情で通話を終了させる。

 

「誰からだ?」

 

「小鳥からだった。なんでも、『教室に来い』だってさ」

 

 何が目的かは知らないが、あの雰囲気(ふんいき)ではすっぽかすとロクなことにならなさそうだ。









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無力な悩み







 鈴音(りんいん)一夏(いちか)(ほうき)遭遇(そうぐう)していた(ころ)小鳥(おどり)はコンビニのビニール(ぶくろ)片手(かたて)に1-1の教室(きょうしつ)へと向かっていた。

 一夏のクラス代表(だいひょう)と自分の(ふく)代表(だいひょう)就任(しゅうにん)(しゅく)してのクラス会をやるのだそうだ。

 

(・・・一夏も(おれ)もそんな物欠片(かけら)たりとも欲していないと言うのに、どうしてそんなに(さわ)()てるのか)

 

 ちなみに、彼がコンビニに出ていたのも、女子(じょし)が『お菓子買ってきて!』と言ったからである。

よくも主役(しゅやく)一人(ひとり)雑用(ざつよう)に使えたな、と良くも悪くも感心(かんしん)してしまう。

・・・・・・(くわ)えて言うのであれば、教室を使えるよう交渉(こうしょう)をしたのも彼である。

 

(平和だな・・・・・・)

 

 一人薄暗(うすぐら)い道を歩く彼は何も言わず、いつもの(よう)(しか)めっ(つら)で歩き(つづ)ける。

 

「・・・・・・」

 

 ふと、足を止めて窓を()やる。

防弾(ぼうだん)の為に分厚(ぶあつ)い窓、その先に広がる黄昏(たそがれ)と夜の()じる空。

小鳥はその全てを『見』て、その全てを『視』ていなかった。

 心に(いだ)くのは、焦燥(しょうそう)か、(ある)いは望郷(ぼうきょう)(たぐい)だったのかも知れない。

 

何故(なぜ)今、俺は此処(ここ)に居る』

 

『此処に居て俺に何が出来(でき)る』

 

 ()()()。と、強く奥歯(おくば)()()めた小鳥は、こう呟く。

 

何故(なぜ)・・・・・・。()()()()()()・・・・・・!?

 

 (だれ)にも(とど)ける()もりの()い言葉は、誰に届く事無く消えていった。

 

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

織斑(おりむら)くん代表就任おめでとー!」

 

 パンッ!パンッ!とクラッカーが(はじ)ける。

苦笑(にがわら)いの裏側(わらがわ)で沈み込む一夏と、(わずら)わしげにテープを払う小鳥にクラッカーのテープと細切(こまぎ)れの紙が()かる。

 

「小鳥くんもねー!」

 

「そう思うんだったら雑用に使うかよ」

 

 いつも通りの(しか)めっ(つら)で小さく抗議(こうぎ)する小鳥。

クラスの女子も一応(いちおう)思う所はあったらしく。あはは、と笑って釈明(しゃくめい)する。

 

「いや~。だってほら、良い会にする為なら猫の手だって借りたくなるじゃない?」

 

 それに対して何も言わずに(こま)った顔をして頭を()くだけの小鳥。

納得してくれたのだと思った女子は、ポテトチップスを求めどこかへ行ってしまう。

 

「・・・・・・だったら一夏にも手伝(てつだ)わせれば()かったろうに」

 

 相変わらず小声(こごえ)でぼやく。

無論(むろん)そのぼやきは隣に立つ一夏にしか聞こえないが、彼にしか聞こえないだけに一夏は苦笑いするしかなかった。

 

「それにしても、織斑(おりむら)くんが代表になってくれて良かったね~」

 

「ほんとほんと」

 

「これで対抗戦も盛り上がるね」

 

「そうそう」

 

「ラッキーよね」

 

「うんうん」

 

 と、勝手に(はや)し立てる女子。

ただ、その中に他組(たくみ)の女子が混ざっている(よう)に見えるのは気のせいだろうか。

一夏は疑念(ぎねん)を抱き、小鳥は確信を持つ。

 

(整備(せいび)()の人間まで居るしな)

 

 パッと部屋を見回した(かぎ)り、軽く五十人(ごじゅうにん)は居るし、布仏(のほとけ)本音(ほんね)視界(しかい)(はし)見受(みう)けられる。

これでは如何(いか)に教室が広くとも、これは過密(かみつ)状態(じょうたい)である。

 

「って、何で(りん)まで居るんだ」

 

 と、内心で(あき)(かえ)っている小鳥の(となり)では、一夏が他組の顔見知りを発見したらしい。

小鳥が合わせた一夏の視線の先には、先程(さきほど)遭遇(そうぐう)した女子が居た。

 

「・・・あのツインテの女子、顔見知りか?」

 

「あ、うん。(ファン)鈴音(リンイン)ってやつでさ、小四以来の幼なじみってヤツかな。中二(ちゅうに)の頃に転校してたんだけど、何でも中国の代表候補生として二組に転入してきたんだってさ」

 

「ふーん」

 

 何となく聞き流しながら手に持った紙コップのジンジャーエールを口に流し込む小鳥。

 

「良いやつだぜ?なんだって『料理が上達(じょうたつ)したらタダで酢豚(すぶた)を食わせてくれる』って約束してくれたんだぜ」

 

「ブッ!」

 

「どうした!?

 

「い、いや。()せただけだ」

 

(き、気付いてねぇ~!?それ『毎日(まいにち)味噌汁(みそしる)』の下りじゃねぇか!?)

 

 どうやら小鳥の見立ては正しかったらしい。

思っていたよりも一夏は(つみ)(づく)りな男のようだ、と認識を(あらた)めた小鳥は、苦笑しながらも(せき)(おさ)える。

と、いつの間にか一夏の(かたわ)らによっていた箒が不機嫌(ふきげん)そうに鼻をならす。

 

「フン、人気者(にんきもの)だな。一夏」

 

「・・・・・・ホントにそう思うか?」

 

「イヤ~、人気者はツラいねぇ」

 

 そんなやり取りを聞いていた小鳥が、白々(しらじら)しく(ひじ)小突(こづ)く。

 

「そんな事言ったてなぁ・・・。迷惑とは言わないけど困惑はするさ。今日みたいに突然俺が理由に何かやってたらびっくりするだろ」

 

「そりゃ言えてる。ま、お前は空気読むのが上手だよ。その(わり)には相当ニブいがな」

 

 からかうようにクツクツと笑う小鳥。

口を()の形にして不満を顔に出す一夏、そんなに好かれている自覚(じかく)の無い一夏としては意外(いがい)な事なのだろう。

 学級の垣根(かきね)を越えて人間の集結している1-1。

そんな教室に一組(ひとくみ)乱入者(らんにゅうしゃ)が、(とびら)を開いてやって来た。

 

「はーい、こんにちは新聞部でーす!話題の新入生の男子二人(ふたり)(ぐみ)取材(しゅざい)しに来ました~!」

 

 その言葉を聞いて『お~』と盛り上がる女子一同と、肩を落とすように()め息を()く一夏と小鳥。

 

(どうも、インタビューとかは苦手なんだよなぁ。何か、自分の事探られてる気がしてヤだし)

 

 そんな一夏の苦手意識を知るよしもなく、新聞部の女子は一夏と小鳥の元へとやって来る。

 

「私、は(まゆずみ)薫子(かおるこ)。二年で新聞部副部長やってます。あ、はいこれ名刺(めいし)

 

 名刺を受け取った小鳥は、そこに(おど)画数(かくすう)の多すぎる文字を見て苦笑いし、誰にも聞こえない(ほど)小さな声で(つぶや)く。

 

「・・・(おや)は何を思ってこの名前を付けたんだ?」

 

「ん?何か言った?」

 

「いや、下らない事を言ったまでだ。気にしなくて良い」

 

 自分の名前にツッコみ(どころ)()ると知りつつも。彼女の字面(じづら)の画数にはツッコまざるを()なかった。

 そんな事は(つゆ)知らず、(まゆずみ)は取材を続ける。

 

「ではまず、織斑くんから!」

 

「は、はい」

 

「ズバリ、クラス代表になった感想を!」

 

「えーっと・・・」

 

 不味い、何も思い付かない。

とは言え期待を裏切る訳にもいかない為、ふんわりとした言葉が口から出てくる。

 

「え、えー。頑張ります・・・?」

 

「弱~い!もうちょっと良いコメント頂戴(ちょうだい)よ~」

 

「いや、その。インタビューとか苦手で・・・」

 

 あはは、と間に合わせの笑顔で取り(つくろ)う一夏。

(まゆずみ)はボイスレコーダーの底の部分で頭を掻くと。

 

「まぁいいや、テキトーに捏造(ねつぞう)しておくから良いとして・・・」

 

「オイ」

 

 捏造と言う記者のあるまじき台詞にツッコむ小鳥、それを聞かぬフリして彼女は小鳥にレコーダーを()し向ける。

 

「じゃあ小鳥くん!副代表になった感想!」

 

 自分のペースを押し通そうとする(まゆずみ)にうんざりとした顔を向けながら、小鳥は表情を崩さずに答える。

 

「・・・・・・まぁ。元々、どのポストに()くつもりも無かったが。()いたからには全力を()くして一夏をサポートする所存(しょぞん)だ」

 

「おお!これは捏造しなくても良いコメント」

 

 一夏に比べて内容(ないよう)のあるコメントを(わた)す小鳥。

・・・・・・(じつ)を言えば一夏がインタビューを受けている()にインタビュー内容を考えていただけなのだが。

 

「そう言えば、代表を決める為にISで戦ったって聞いたけど。よくオルコットちゃんに勝てたね」

 

「それはまぁ、実質(じっしつ)()(たい)(いち)だったからなぁ」

 

「実質も何も、ああしなければ俺達が無様(ぶざま)に負けていた。よってたかって攻撃しなけりゃどうしようもなかっただけの話だろう?」

 

 小鳥がにべもなく告げる。

『手段を選ばないタイプなんだよなぁ』と、一夏が(ひそ)かに心の内で独白(どくはく)しているのを尻目(しりめ)(まゆずみ)はセシリアにインタビューを始める。

 

「あ、そうだ。ついでにオルコットちゃんもコメントちょーだい」

 

「わたくし、こういったのは得意ではないのですが、仕方ありませんわね」

 

 と()(わり)には中々気合いが入っている風に見えるし、インタビューを受けると知りつつ近くで待機(たいき)してたり、その時から(みょう)に髪を気にして(ととの)えていた(あた)り、元々()()()()()だったのだろう。

 

「コホン。まぁ、一夏さんには、国家代表候補生のわたくしが指導していく予定ですわ。そうなったからには、一夏さんはこれからどんどん強くなって━━━」

 

「あーゴメン長くなりそうだからこっちで捏造しとくわ」

 

「ちょ、ちょっと!最後まで聞きなさい!」

 

 渾身(こんしん)のコメントを聞き流され憤慨(ふんがい)するセシリア

 あははー。と、聞かぬふりして自分のペースを押し通す黛。

 なんだか大変そうだな、セシリア。と、他人事の目で事態を静観する一夏。

 他人事(ひとごと)だと見てて楽だなぁ。と皮肉気(ひにくげ)な視線で見ている小鳥。

 三者三様で事態に立つが誰一人として火消しに回る気は無いようだ。

 

「っと、じゃあ話題の専用機持ちを写真に収めて私達は退散としましょうかね」

 

「えっ?」

 

 意外そうなセシリアの声、(わず)かに喜色(きいろ)(ふく)んでいる様に聞こえるのは、気のせいではないだろう。

 

「と、すると。三人一緒に、か?」

 

「う~ん、そうだね!その方が早いし、画面(がめん)()えもするからねぇ~」

 

 そう言われた小鳥は、『うげっ』と顔を(しか)め嫌なことを隠さない。

 どうせポージングがどうのこうの言われ、セシリアから文句(もんく)を言われ、最終的にはわーわーぎゃーすかと騒がしくなるのだろう。

 

「ハァ・・・。一夏、手ぇ出せ」

 

「?・・・おう」

 

 ため息を()いた小鳥の指示に従い、素直に右手を前に出す一夏。

その下に差し込む様に自分の右手を出した小鳥は、セシリアに指示を出す。

 

「そらセシリア、一夏の上だ。手ぇ置け」

 

「えっ!?

 

「おぉ!それ良いね!」

 

 小鳥が(あご)で一夏の上に手を置くよう、セシリアに(うなが)す。

当のセシリアは、一夏との距離を詰める事が出来る思わぬ機会(きかい)を得て、テンパった様子を見せる。

 

「そ、その。ハンドクリームを塗りたいんですが・・・」

 

 これは好印象を残すまたとないチャンス。

あわよくば、香りによる印象(いんしょう)()けを狙うセシリア。

 

「めんどくさいなぁ。ほら、さっさと手置いて!」

 

 しかし相手が悪い、今カメラ(場の流れ)を握るのは新聞部の部長、(まゆずみ)である。これまでマイペースを突き通し続けた彼女が、セシリアの事情を察する筈もそれに付き合う訳もない。

 

「いっ、一夏さん。の、乗せますわよ・・・?」

 

「おう」

 

 恐る恐る一夏の手の上に自分の手を乗せようとするセシリア。

彼女のぎくしゃくしている訳が解らない一夏は、心配そうにセシリアに問いかける。

 

「大丈夫かセシリア。何かさっきから顔赤いけど、調子悪いんだったら無理しなくても良いんだぞ?」

 

「だ、大丈夫です!なんともありませんわ!」

 

 ぶんぶんと顔と手を横に振って一夏の心配を否定するセシリア。

それを見て内心ニヤニヤ(がお)の小鳥は、ムスッとした顔を崩さないでセシリアを急かす。

 

「そら、早く乗せろ。なんだったら(おれ)()二人(ふたり)だけで撮っちまうぞ?」

 

「っ、分かりましたわ!」

 

 ようは手を重ねれば良いだけの話なのだ。

『女は度胸ですわ!』とヤケクソ気味に覚悟を構えたセシリアは、意を決して自らの右手を一夏の右手の上に重ねる。

 

「よーし、ポーズは決まったね!撮るよー、はい35×51÷24は~?」

 

「え?え~っと、2?」

 

「ブ~。74.375でした~」

 

 『2じゃないんかい』と内心で呆れ半分のツッコミを入れる一夏。

 一方のセシリアは、緊張でちゃんとした笑顔が出来たかわからなかった為、パタパタと駆けて黛、もといカメラへと向かう。

 無表情の小鳥は、周りの女子が居ない事に気付き、まさかと後ろを振り替える。

 

「ん?どうしたんだ、セシリア」

 

 一夏がそう彼女に声をかけた理由は単純(たんじゅん)明快(めいかい)。カメラに収まった写真を見て驚愕の表情を見せたからだ。

一夏の後方で背後の異状に気付いた小鳥もセシリア程ではないが、驚いた顔で絶句(ぜっく)している。

 

「うわっ・・・」

 

 写真を見た一夏も思わず驚きの声を漏らしてしまった。

それもそうだろう、驚くべき行動力をもって女子のほとんどが画郭(がかく)に収まっていたのだから。

 

「箒までいるし・・・」

 

 こんな催し物には無関心を貫くまでもが枠内に(わくない)収まっている。写真の彼女も今の彼女も変わらず鉄面皮(てつめんぴ)なのがやけに不自然だ。

 

「あ、貴女(あなた)達ねぇ!」

 

「まぁまぁ、皆の思い出になって良いじゃない」

 

「そうそう、それにセシリア一人に良い思いはさせないわよー?」

 

「うぐ、」

 

 趣旨(しゅし)から外れているのは勝手に入ってきた女子達なのだが、全員悪びれる素振(そぶ)りもなくむしろセシリアをなだめ、言いくるめようとしている。

 

「ったく・・・」

 

 あっけにとられて何も言えなくなった一夏は、頭を掻いてその行動力に感嘆(かんたん)する。

と、何かを思い出した一夏は、女子から離れる為に輪から離れ、机の側に居る小鳥に問いかける。

 

「そういやさ、今回のポーズ小鳥が決めたけど。あれ何か意味あんのか?」

 

「あぁ、あれか・・・」

 

 そう聞かれた小鳥は、いつもの半開きの目を閉ざし、

 

「良い意味ではないな」

 

「・・・と言うと?」

 

「あの構図は見る人間によって意味合いが変わる」

 

 机の上の紙コップを手に取り濃ゆめのオレンジジュースをなみなみに注ぎ、続けざまにそれに口を付ける。

(だいだい)(いろ)の液体で口を(うるお)した小鳥は、挑発するような目付きを一夏に向けて問いかける。

 

「じゃあ逆に聞くが、お前はあの構図にどんな意味を見出だした?」

 

 問われた一夏は、少し考え、スポーツマンシップに(のっと)った答えを出す。

 

「━━実力順、かな。俺と小鳥の順位は()(かく)、間違いなくセシリアは俺たちよりも強い」

 

「そうだな。お前みたいな()(とう)な思考回路の持ち主ならそう思うだろうよ」

 

「と言うかそれ以外にあるのか?」

 

「あるのさ、お前に解らないだけで」

 

 たがしかし、小鳥が言うにはそれ以外の理由が在るようだ。

皮肉気に口を歪めた小鳥は、もう一つの解釈を口にした。

 

「答えは()()()()だ。バカみてえだがそいつは確実にある、そしてそう言う奴に限って嘘みたいな行動力がある。・・・だからこそセシリアを上にして()()()()()()()()()()()。面倒臭い騒動を回避するためにな」

 

「お前、そこまで考えて・・・」

 

「まぁ、考えすぎかもしれねえけどな」

 

 オレンジジュースを飲む小鳥の声は、溜め息が混じる。

一夏もそうだが、小鳥もまた女尊男卑の風潮(ふうちょう)に嫌気が()しているようだ。

 

「ま、お互いそんな事が無いように注意払ってこう、ってだけの話さ」

 

 そう言って腰かけた机から離れた小鳥は、一組の出口(でぐち)目掛(めが)一目散(いちもくさん)に歩き去るのであった。

 

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 

「・・・思ったより早かったな」

 

 開口一番、クラス会から帰還した小鳥に刹那が発した言葉はその一言だった。

 

「早いも何も、一時帰還だからな。9時半頃にもう一回出ていく予定だし」

 

 一応10時までの時間制限だが、どうせ騒ぎ好きの女子達がギリギリまで居座るに違いない。

それを見込んだ上で、30分で片付けるタイムテーブルを組んでいるのだ。

 

「・・・だが、主役が居なくても良いのか?」

 

「良いんだよ。主人公ってのは物語の最初と最後にさえ居ればそれで十分だ」

 

 一夏の事はあえて(かえり)みずあっけらかんと言い放つ小鳥。

ベッドに腰掛け、そのまま仰向けに寝転がる。

 

「それに、俺が主役だなんてのも(がら)じゃない。気を(つか)ってないと場の雰囲気を悪くするような奴が主人公を僭称(せんしょう)出来る筈が無いだろう?」

 

 なら影で黒子に徹してる方がよっぽどマシだ。と皮肉を口にする小鳥。

刹那は無表情だが、呆れた様子を隠さない。

 

「それに、俺が幸せを享受(きょうじゅ)する権利なんてどこにも在りはしない」

 

「? 何か言ったか?」

 

「別に、何も言っちゃいねえよ」

 

 小声で呟いた為に刹那には聞こえなかったようだが、その呟きには(いまし)めに近い響きがあった。









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火花(ひばな)()鞘当(さやあ)







 一夏(いちか)小鳥(おどり)就任(しゅうにん)祝いのクラス会、もとい、宴会(どんちゃん騒ぎ)から一夜明け。

 午前8時40分、教室に辿(たど)り着いて一夏が見たものは、(くま)に目を細める小鳥が机に()()して寝ている光景だった。

 クラスの女子からの挨拶(あいさつ)を一通り返した一夏は、唯一(ゆいいつ)のクラスメイトの男子の後ろに腰を下ろし、近場(ちかば)の女子に(こえ)をかける。

 

「・・・珍しいな、小鳥が教室で寝てるだなんて」

 

「あぁー。確か昨日のクラス会が理由で寝不足だったんだって。それで早くから教室に来て寝直(ねな)した方が効率的(こうりつてき)だってさ」

 

「ふーん」

 

 小鳥も小鳥で楽しんでたんだな。と、得心(とくしん)をしたように息を()く一夏。

 

・・・昨晩(さくばん)、女子がギリギリまで教室を使い、教室を完全に空にするまで予定時間(よていじかん)を20(ぷん)もオーバーした事が千冬に()(とが)められ、小鳥がみっちり(しか)られた事を、一夏は知らない。

 

 と、(うわさ)()きのクラスの女子の一人が、一夏にとある噂を持ち出した。

 

「そう言えば、一夏くん。昨日転入(てんにゅう)してきた転入生(てんにゅうせい)って知ってる?中国の国家(こっか)代表(だいひょう)候補生(こうほせい)らしいんだけど」

 

 その話題に(こころ)()たりがある一夏は、いつもの調子(ちょうし)で反応する。

 

「ん?(りん)の事か?」

 

 噂好きの彼女らからすれば、その回答(かいとう)意外(いがい)な物だったらしく、驚いたように声を上げる。

 

「えっ、知ってるの!?」

 

「しかもあだ名で呼んだわよ!?」

 

 しかも、一夏が鈴音(リンイン)の事を『鈴』とあだ名で呼んだ事が(さら)に意外だった事も働き、教室中は寝てもいられないどよめきに(つつ)まれる。

 

(うるさ)いお前ら」

 

 と、その(さわ)がしさに小鳥が()きてしまった。

その目の下の(くま)は、小鳥の半開(はんびら)きの目に(さら)なる迫力(はくりょく)(あま)えている。

 

「お・・・お(はよ)う、小鳥」

 

「お早う。今は・・・45分か、流石に起きた方が良いか」

 

 軽い調子で挨拶(あいさつ)を返した(のち)、時計を見遣(みや)る小鳥。

現在時刻(げんざいじこく)確認(かくにん)し、もう寝ている時間は無いのだと把握(はあく)した彼は、首や肩を回して意識(いしき)覚醒(かくせい)(おのれ)(うなが)す。

 

「・・・・・・それと、件の転校生の名前(なまえ)(ファン)鈴音(リンイン)だろう?だったら一夏が知っていて当然だ。なんでも、幼なじみらしい」

 

 どうやら、女子たちの騒ぎの理由には何となく(さっ)しがついているらしい、これ以上(さわ)がれても迷惑(めいわく)だと、()()てる様に一夏と鈴音との関係性を乱雑(らんざつ)に説明する。

 が、しかし。その説明の乱雑(らんざつ)さが(あだ)となる。

そもそも、なぜ小鳥がそんな情報を入手しているのかが彼女らの疑問(ぎもん)琴線(きんせん)()き鳴らしたようだ。

 

「何でそんな事を小鳥くんが知ってるの!?」

 

「私たちでもそこまでは知らなかったのに!」

 

「一夏から聞いたんだよ」

 

「いつの間にそんなに一夏くんと仲良くなってたの!?」

 

「別に(かま)わんだろう」

 

「くッ・・・!!これが男女の差だとでも言うの・・・!?」

 

「知らん」

 

 女子の慟哭(どうこく)にさえ律儀(りちぎ)に答える辺り、本当に調子が悪いのだろう。

いつもなら『勝手にしていろ』と、そ知らぬ顔で全ての声を無視(むし)している(ところ)だろうに。

 そんな調子の悪い小鳥は、(くま)違和(いわかん)感に目を(こす)り、(めずら)しく親切な台詞(せりふ)()いた。

 

「さっさと散れ。この時間だ、千冬先生(我らが鬼教師)が廊下を歩いて来るぞ」

 

 その台詞にハッとなった彼女らは、(かね)が鳴るより前に着席していた。

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 その昼、一夏と共に、小鳥、箒、セシリアの三人が食堂(しょくどう)()た。

その用事は言うまでも無く昼飯。

いつものように食券(しょっけん)を買い、(れつ)(なら)んだ四名(よんめい)は受け取り口の方で意外な人影を見ることになった。

 

「待ってたわよ、一夏!」

 

 食堂のお(ぼん)の上にラーメンを置いた鈴音(りんいん)が、堂々(どうどう)仁王立(におうだ)ちしていた。

その勝ち気な目付きや髪型、口にだしては言えないがその身長の低さは、中学で別れた頃と変わらない。

 

(そう言えばそこんとこは箒とおんなじだな)

 

 二人の幼なじみの共通点(きょうつうてん)の発見に、(ひそ)かに心の内で手を()つ一夏。

そんな二人に向けて、文句(もんく)を飛ばした。

 

鈴音(リンイン)、一夏。邪魔(じゃま)だ、注文が出来ないだろ」

 

「あっ、ゴメン」

 

 意図(いと)せず進路(しんろ)妨害(ぼうがい)をしていた事に気付いた鈴音は、小鳥の指摘(してき)に従い大人(おとな)しく通路から身を引く。

流石にそれが出来ない程子供ではないらしい。

 

「まったく。何で早く来ないのよ、アンタを待ってたんだからね!」

 

無茶(むちゃ)()うなよ。エスパー(超能力者)じゃないんだから」

 

 理不尽(りふじん)な物言いに対して、一夏は()れている風に返答する。

実際片手で注文した塩鯖(しおさば)定食(ていしょく)を受け取っている辺り、鈴音とのこう言ったやり取りは馴れているのだろう。

一夏に続き箒がきつねうどん、セシリアが洋食ランチ、小鳥が博多うどんを受け取り、自分達の座る席を探し始める。

 

「あ、あっちが空いてます・・・けど、四席しかありませんわね」

 

 程なくしてセシリアがそれなりに空いた席を見つけるが、空席は四つ、対して人数は五人である。

少し考えて、小鳥がこう提案した。

 

「お前らで座れ。俺は一人で食う」

 

「えっ、良いの?」

 

 ぱあっ、と顔に喜色(きいろ)(とも)した鈴音は、そう小鳥に問う。

問われた小鳥は、()(いき)混じりだが、悪戯小僧(いたずらこぞう)の様な笑みを浮かべ。

 

「お前・・・と言うか、お前らは元々(もともと)一夏が目的なんだろ。それに、合ってない分()もる話も()(はず)だ。違うか?」

 

 再開の喜びを邪魔する程小鳥は人が出来ていない訳ではない。

鈴音の喜びを他所(よそ)にすたすたと一人空いている席に歩く。女子三人はその気遣(きづか)いに感謝しながら、一夏と共に四名席(よめいせき)に腰かけるのだった。

 

 

 

「・・・一夏、アンタクラス代表なんだって?」

 

「お、おう。成り行きだけどな」

 

「ふーん・・・」

 

 (りん)が話しかけてきたのは、そのラーメンの(めん)を二、三回(すす)ってからだった。

不満を隠さない一夏の返答に何か思う所があったのか、鈴にしては珍しく歯切(はぎ)れの悪い相づちを打つ。

 その違和感を誤魔化すかのようにどんぶりからゴクゴクと雄々(おお)しくスープを飲み()す。

 

 (あい)()わらず鈴は汁物(しるもの)でスプーンレンゲの類いは使わない。本人曰く“女々しい”のだそうだ。

 

そんな事を思い起こし、『お前女だろうが』と心の内でツッコミを入れていた一夏に、何か躊躇(とまど)っている要な安定しない声音で鈴が声を掛けた。

 

「あ、あのさぁ」

 

「ん?どうした?」

 

「・・・アンタがどうしてもって言うなら。ISの操縦、見てあげても良いけど?」

 

 その視線はどこか行き場を探して虚空(こくう)をさ(まよ)っていた。

 

「え、良いのか?それなら頼みたいけど」

 

前の実習(じっしゅう)経験(けいけん)実力(じつりょく)不足(ふそく)痛感(つうかん)していた事もあって、(わた)りに船だと思った考えた一夏は、その問いを()で返す。

が、しかし。本人が良くても周囲(しゅうい)はそれを許さないらしい。

 

「あなたは二組でしょう!?敵の(ほどこ)しは受けませんわ」

 

「一夏に教えるのは私の役目(やくめ)だ。私が(たの)まれたのだ」

 

 テーブルに手を置き身を乗り出してまで抗議(こうぎ)の声を上げる二人。

その形相は何か鬼気(きき)(せま)るものがある。

 しかし、そんな物はどこ()(かぜ)(すず)しい顔をした(りん)は、二人に向けて敵意(てきい)丸出(まるだ)しの台詞(せりふ)を告げる。

 

「あたしは一夏に言ってんの。関係無いのは引っ込んでてよ」

 

「関係ならある!一夏が私にどうしてもと頼んでいるのだ」

 

「それに、一夏さんは一組の代表ですのよ。一組の人間が教えるのは当然ですわ。後からしゃしゃり出てきて何を図々(ずうずう)しい事をおっしゃるのですか?」

 

「はんッ、図々しいも何も、あたしは一夏と小学生からの付き合い何だから後もへったくれもないわよ」

 

「そ、それを言うなら私の方が先だぞ!それに、一夏は何度もうちで食事をしている間柄だ。付き合いの深さもそれなりにある」

 

 そう、小さい頃から千冬(ちふゆ)円花(まどか)の三人だけで暮らしていた織斑家は、家長の千冬が懇意(こんい)にしていた篠ノ之(しののの)家のご相伴(しょうばん)(あずか)かっていた事が何度かある。

 

 その(たび)に束の無茶苦茶(むちゃくちゃ)加減(かげん)にふりまわされていたのだが。

 

 がしかし、家に上がってご(はん)を食べていた事は、鈴に対してはそれほどのアドバンテージにはならない。

 

「うちで食事?それならあたしん()でもそうだったわよ」

 

 そう言えばそうだ、鈴の家は中華料理屋で、彼女の誘いと言うのもあったが、一夏と円花の二人はそれなりにお世話になっていた。

鈴の父親、(ファン)楽音(ガクイン)(いとな)む店は、特徴として全ての料理の量、質、値段の全てが食べ盛り向けで、個人的に気に入っていた一夏は、円花とは別に一人で食べに行っていた事もある。

 

 ちなみに、家計を助けようと働き口を探していた一夏を(やと)ってくれたのも楽音だったりしていて、何かと彼には頭が上がらない思いでいる。

 

 と、物思いにふけっていると。

 

「い、一夏!どういう事だ!?聞いていないぞ!」

 

「わたくしもですわ!一夏さん、納得の行く説明を要求します」

 

 鬼気迫(ききせま)(いきお)いの矛先(ほこさき)が、今度は一夏に向いた。

何が二人の追求(ついきゅう)意欲(いよく)をかき立てるのか。困ったように頭をかいて、嘘偽り無く答える。

 

「説明って言ってもなぁ・・・単純に鈴の家が中華料理店をやってて、そこに良く行ってたってだけだぞ?」

 

「な、何?店なのか」

 

「あら、そうでしたの?それなら、別に不思議な事は何もありませんわ」

 

 ほっとしたように箒とセシリアが胸を()で下ろす。

しかし、対照的(たいしょうてき)になぜか鈴の表情が途端(とたん)にふてくされたような物になり、怒りを(まぎ)らわすようにラーメンを(すす)る。何も悪いことを行ったつもりは無いのだが。

 

「そう言えば。親父さんやお袋さんは元気してるか?まぁ親父さんは病気と無縁(むえん)だろうけど」

 

「あー、・・・・・・うん、元気━━━のはずよ」

 

 話しかけてきた時よりも歯切れの悪い返答を返す鈴。その表情も何だか浮かない物になっている。

元気が取り柄みたいな彼女がそういった顔をするのは相当珍しく、違和感を感じずにはいられない。

しかし、それを追求するより先に鈴が話を始める。

 

「それよりさ!今日の放課後、時間ある?久し振りだしどっかいこうよ。駅前のファミレスとかさ」

 

「あー、あそこ去年(つぶ)れたぞ」

 

「あっ・・・そう。・・・・・・じゃ、じゃあ学食でもいいからさ。その、積もる話もあるでしょ?」

 

 残念ながら積もる程の話題は無い。そもそも鈴が中国本土に帰ったのが中学二年の頃だったので、鈴と会っていない期間と言うのも一年と少しくらいで、その半分も受験勉強に費やされた。

結果として伝えておくこと、伝えたいことと言うのはこれといって無いのだ。

 

「━━━生憎(あいにく)だが、一夏は私とISの特訓をするのだ。放課後は埋まっている」

 

「そうですわ。クラス対抗戦に向けての特訓が必要ですもの」

 

 おかしい、なぜか自分の意思とは関係無しに放課後の予定が埋まっていく。

 

(おかしいな~、俺はその予定を入た覚え無いんだけどなぁ)

 

 もしかしたら自分以外の全員に行き渡っているスケジュールがあるのかもしれない。

とは言え自分に関わる物だと言うのなら本人にも伝えてもらいたいものだが。

 心中(しんちゅう)で不満を呟く一夏。

 

「じゃあそれが終わったら行くから。時間空けといてね。じゃあね、一夏!」

 

 そう言って丼を乗せた(ぜん)を持ち、席を立つ鈴。

食器類の片付けに行ったのだろうが、恐らくは帰ってこないだろう。昔から彼女は自分の話をするだけして相手の話をあまり聞かない傾向(けいこう)がある。

 またもや自分の意思を無視して予定が組まれてしまった。

 

「一夏、(わか)っているな」

 

「あーはいはいわかってるって」

 

 苦笑いで対応する。

鈴の約束は断れないわ身に覚えの無い二人の特訓があるわ、今日は珍しく体育やISの実習の無い日だと言うのに疲れを感じるのは何故(なぜ)なのだろう。

素朴な疑問を抱えながらも手を合わせ、昼食を終える一夏だった。









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セイロンロンパ~脅迫状付き~





 同日の放課後、アリーナの中央で立つ専用機持ち三人の前に、意外な人物が居た。

 

「な、なんだその顔は・・・。何か可笑(おか)しいか」

 

「いや、その、おかしいって言うか━━━」

 

「どうしてここに篠ノ之(しののの)さんが居ますの!?」

 

 その人物の名は篠ノ之(ほうき)。専用機持ちではないため一夏(いちか)の放課後特訓に実質的な参加が出来ていなかった人物だった。

 

「いや、訓練機借りたからだろ」

 

 珍しく特訓に参加している小鳥が、冷めた声音で()げる。

 一目(ひとめ)見れば解ることだろう。実習で良く使われるIS“打鉄(うちがね)”を(まと)うその姿を見れば理解に苦しむ事などありはしない。

 

(いやはやしかし打鉄(うちがね)を使うとは・・・本人の事も相まって(さむらい)にしか見えん)

 

 打鉄(うちがね)・・・。その容姿(ようし)を一言で表すのならば『鎧武者(よろいむしゃ)』と言うべきだろう。肩部(けんぶ)の大型第シールド、どう見ても日本刀の近接ブレード、積層構造による装甲の形成。どこを切り取って見ても和のイメージを(まと)う日本製ISだ。

ハードウェアにおいては防御力と姿勢制御(しせいせいぎょ)に、ソフトウェアにおいては汎用性(はんようせい)に重きを置いた設計で、小鳥が触ってきた量産型ISの中でも『使い易い機体』と言う印象がある。

 

 ただ、特化した戦闘においては汎用性の高いOSが(かえ)って思い通りの動きを邪魔すると言った欠点を持ち合わせる為、専用機ではなく訓練機としての(あつか)いが適当な機体でもある。

 

(ま、そこら辺は箒の練度(れんど)によりけり・・・と言った所か。どうあれ近接(きんせつ)戦闘(せんとう)の練習相手が来たと言うのは歓迎(かんげい)すべき事か)

 

 オレンジ色のバイザー越しに状況を静観(せいかん)する小鳥。

これからのクラス代表戦誰と当たるかは分からないが、箒の近接戦闘の力量は自分よりは上だろうし、別に困る事は無いだろう。

 

「と、兎に角だ!これからは私が一夏の指南(しなん)をする。さぁ一夏、刀を抜け」

 

 やる気満々の箒。抜かれた刀は(するど)く、(にぶ)い輝きを放つ。

やはり、彼女には日本刀が似合うことだ。雪片(ゆきひら)弐型(にがた)を構える一夏に比べて随分(ずいぶん)(さま)になっている。

 

「いざ尋常(じんじょう)に━━━」

 

 上段の構えで力を()める箒、早速(さっそく)模擬戦(もぎせん)を始めるつもりらしい。

が、しかし。

 

「お待ちなさい!一夏さんのお相手をするのはこのわたくし、セシリア・オルコットでしてよ!」

 

「ええい邪魔な・・・!」

 

 一夏と箒との間にセシリアが物理的に割って入って来た。

()き手の右手には近接ブレード“インターセプター”が(にぎ)られ、いつもそこにある(はず)のスターライトは左手にある。

どうやら自分が近接戦闘においても自分が優位であることを(しめ)したいらしい。

 

「ならば()る!」

 

「訓練機に遅れをとる程優しくはありませんわよ!」

 

 しかも箒がその挑戦に乗った為に、一夏そっちのけで戦闘が始まった。

 

(あーあーあー。コイツら本来の目的(わす)れてねえか?)

 

 箒の袈裟(けさ)()りを受け、衝撃を後退する事で殺しつつ距離を取ったセシリアは、左手のスターライトMk-Ⅲで箒を狙い打つ。最早(もはや)近接戦闘を教える云々(うんぬん)は関係無いらしい。

 

「はああああっ!」

 

「甘いですわ!」

 

 ガシャガシャの音を立て、一夏へ歩み寄った小鳥は、二人が争う理由になっている当人(とうにん)に問いかけた。

 

「どうした?どちらかに加勢(かせい)しないのか?」

 

「そんなことしたらどっちか絶対(おこ)るだろ・・・」

 

「だろうな、賢明(けんめい)な判断だ」

 

 とは言え、まだまだ読みが甘い。どちらかに味方せずに怒らせると言うのなら、

 

「一夏!」

 

「何を談笑(だんしょう)していますの!?」

 

「いやだって、どっちかに味方したらお前ら怒るだろ!?」

 

「「当然(とうぜん)!!」」

 

・・・・・・どちらにも味方しなかったらどちらも怒るに決まっているだろう。

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

「では、今日はこのあたりで終わりと言う事にしましょう」

 

「お、おう・・・」

 

「ふん、鍛えていないからそうなるのだ」

 

 小鳥と一緒(いっしょ)に小一時間日本刀とビームの雨あられに追われ続けたからISのサポートがあっても息が上がって会話がしづらい。隣では両膝に手を突く姿勢の小鳥がゼーゼーと荒い呼吸を繰り返していて、声を上げる事すら出来ていない。

 一方のセシリア、箒の二人はそこまでの疲労はしておらず、少し呼吸が大きいのとうっすらと汗をかいているだけだった。

 

「・・・・・・」

 

「何をしている、ピットに戻るぞ」

 

「あ、おう」

 

 汗に濡れる体の(つや)っぽさに少しだけドキリとしていたのをぼーっとしていると見られたのか、軽く叱られてしまう。

いつもは意識していないけれど、やはり自分も十代男子なのだなと心の中で思う。

 

「って、箒?」

 

「な、なんだ?」

 

「なんでこっち側に来るんだ?」

 

「何故も何も、私もピットに戻るからだ」

 

「それならセシリアの所に、」

 

「も、戻るピットなどどちらでも良いだろう!?」

 

 かなり食い気味(ぎみ)に言い切る箒。それならセシリアの方からでも良いと思うが、それを言うと不毛(ふもう)な口論が始まる気がしたので、それ以上の反論はせずに大人しく箒と一緒にピットに向かう。

 

「・・・小鳥は大丈夫か?」

 

「・・・・・・大丈夫だ・・・先に、戻ってろ。・・・後から、続く」

 

「おう・・・」

 

 疲れ果てた小鳥の、途切れ途切れの返答に本当に大丈夫かと思ってしまう。

多分、今日一番箒とセシリアに狙われたのは小鳥なのではないかと思う。逃げ回っている時は意識していなかったが、セシリアがライフルより火力の高いビットで狙っていたのも小鳥だし、箒との接触(せっしょく)頻度(ひんど)も小鳥の方が高い気がする。

 

(これって俺の特訓のはずだよなぁ・・・)

 

 本来の特訓の主役より経験値を稼いでいるのはどうなんだろう。

 

(あー。でも、仕方無いのかな)

 

 小鳥は普段から二人に嫌われている(ふし)がある。

セシリアに関しては初対面の時から正論(せいろん)論破(ろんぱ)印象(いんしょう)最悪だろうし、箒に関しても昼食の時に(しか)られてから何かと馬があっているとは思えない。

結局(けっきょく)日頃(ひごろ)(おこな)いが(わざわ)いしているのだろう。

 

「ふうー」

 

「一夏、お前には無駄な動きが多すぎる。自然体でISを操縦出来るようにならなければ、どれほど練習しても疲れるだけだぞ」

 

「・・・頑張ります」

 

 ピットに戻り、展開を解除する一夏。

同時に補助が切れドッ、と増えた疲労感を払い落とそうとため息を落とすと。遠慮(えんりょ)無く箒からの助言、もといダメ出しが飛び出してきた。

 

(あー、しかし。無性にシャワー浴びたい)

 

 ISスーツの通気性の良さは流石なのだが、疲れた体にベッタリと汗が貼り付いていて非常にイヤな感触だ。

本当なら一番風呂、もとい一番シャワーをいただきたいのだが、箒の強い要請で一夏は箒の後、と言うふうになっている上。箒が部活棟のシャワーを使いたがらないので、必ず待ち時間が生まれてしまう。

せめてもってタオルの一つくらい欲しいものだ。

 

「なぁ箒、物は相談なんだけどさ」

 

「何だ」

 

「今日、シャワー先に使わせてくれよ。って言うか箒、俺の特訓に付き合ってて良いのか?付き合ってくれのはありがたい限りだけど、部活で出遅れるぞ?」

 

「そ、それはお前が気にする様な事ではないだろう・・・それに、こちらの方で出遅れる方が問題だ

 

「え?何て?」

 

「な、何でもない!気にするな」

 

 箒が言い切る。小声で聞こえない部分が在ったが、本人が何でもないと言うのなら気にするべきではないのだろう。

 

「一夏っ!」

 

 エア圧式の自動ドアを開け放ちピットに現れたのは、ツインテールセカンド幼なじみこと鈴だった。

 

「お疲れ、はい、タオルとスポーツドリンク。ぬるめで良かったわよね」

 

「サンキュ。あー生き返る・・・」

 

 じっとりと肌にへばりつく汗をタオルで(ぬぐ)えば気分は幾分(いくぶん)良くなると言うものだ。

その上で水分補給のスポーツドリンクが付いているのはありがたいとしか言いようがない。

 

「まったく。運動後のドリンクがぬるめで良いだなんて、相変わらずジジ臭いわね」

 

「あのなあ、若い頃から不摂生(ふせっせい)してたら将来その不摂生が(たた)るぞー」

 

「ハイハイ、そう言うとこがジジ臭いのよ」

 

 ニヤついた顔で話す鈴の視線。まるで『そんな事はお見通しですよ』と言わんばかりの台詞回しも相まって、何故か落ち着かなかった。

一夏と鈴が最後に顔を合わせたのが中学二年の冬。わずか一年のブランクでしかなかったが、その頃には見られなかった変化に若干の心の()れを感じる。

 

「やっぱりさぁ、私が居なくて(さび)しくなかった?」

 

「まぁな、遊び相手が居なくなるのは大なり小なり寂しいもんだろ」

 

「いや、そうじゃなくって」

 

 答えが彼女の期待していたものと違っていたと言うのに、なせかそのニヤついた表情は崩れない。

そんな顔をする鈴に覚えがある一夏は、警戒するように告げる。

 

「一応言っとくが、何も買わないぞ」

 

 その顔は昔、良く解らない映画(確か恋愛系)のペアチケットを売り渡された時の顔に良く似ていた。

 

・・・ちなみに、売り渡された物とは言えチケットは高額である。無駄にしないように中学来の親友、五反田(ごたんだ)(だん)と一緒に見に行ったのだが、二人してその映画を見るまで恋愛モノだと知らずに居たので、映画館のシアターでは、男女カップルがひしめく中男二人がペア席で居たことで、終始気まずい雰囲気(ふんいき)(ただよ)っていた。

 

「アンタねぇ・・・。久しぶりに会った幼なじみなんだから、色々言うこと有るでしょうが」

 

 が、しかしまたもや一夏の予感は外れていたらしい、頭を抱えた鈴は、脱力したように愚痴をこぼす。

言うことと言われても、特に何も思い付かない一夏は、きょとんとした表情で首を傾げるしか出来なかった。

 

「ハァー。例えばさぁ、」

 

「ゴホンゴホン!」

 

 箒のわざとらしい咳払いが会話を(さえぎ)る。

なにかと思って本人の方を向けば、澄ました顔の箒が話し始めた。

 

「一夏、私は先に帰る。シャワーの件だが、先に使ってもいいぞ」

 

「おお、そりゃありがたい」

 

「では、また後でな」

 

 そう言ってピットの出口へ向かう箒。

それを見送って視線を戻すと、鈴は明らかに不機嫌な表情になっていた。

一応、顔は笑顔のままなのだが、必死にその表情を崩すまいと意図的に上げられた口角は、どちらかと言うと無理矢理吊り上げているように見えた。

 

「━━━。一夏、今のどう言う事?」

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 呼吸を整え、(くう)(すべ)るようにしてピットに向かう小鳥は、その途中(とちゅう)で愚痴を(こぼ)していた。

 

「ったく、アイツら訓練を口実に腹いせしやがって・・・。一夏に味方して貰いたいんだったら、少しでもしおらしくなってりゃ良いものを」

 

 今日の特訓の内容は八割方ISでのランニングであった。

時折(ときおり)ビットからの射撃や箒との打ち合いもあったが、それは箒とセシリアを相手に逃げ回っている最中のほんの少しの出来事に過ぎない。

 二人から好かれていない自信はあるが、そもそもこの特訓は一夏の強化にこそある。だと言うのに狙われるのが一夏でなければ特訓の意味も無いだろう。

 舌打ちをしながらも、ピットに足を付ける。

 

「・・・あん?」

 

 ピットに戻り、明日の予定を立てようとした小鳥の目の前には。

口論・・・というより、一方的に鈴音に問い詰められている一夏が居た。

 

「━━━いつもは箒がシャワーを最初に使うんだけど、今日は汗だくだから順番替わってもらって」

 

「しゃしゃしゃ、シャワー!?一夏アンタあの子とどう言う関係なのよ!?」

 

「どうって・・・幼なじみだけど」

 

「幼なじみとシャワーが何の関係あんのよ!?」

 

 どういう話の流れかは知らないが、また話をややこしくしてやがりますよコイツ。そんな心内のため息を他所(よそ)に、二人の会話?は続く。

 

「ああ、そっか。言って無かったっけ。箒と俺、相部屋なんだよ」

 

「━━━は?」

 

「ほら、俺の入学って、男って事もあって一人部屋を用意できなかったらしくてさ。それで箒と相部屋なんだ」

 

「そ、それってあの子と寝食を共にしてるってこと!?」

 

「んー、まぁそんなところだな。でも箒で助かったよ。見知らないヤツが同室だったら気が散ってロクに眠れないだろうからな」

 

「・・・・・・━━━」

 

 笑う一夏の目前(もくぜん)には、うつむいて何か覚悟を決めたような表情をする鈴音。

 

(何か嫌な予感がする)

 

 一夏がこういった天然ジゴロで他人(ひと)(おこ)らせた時と言うのは、大抵(たいてい)面倒(めんどう)騒動(そうどう)の種になる。

更に面倒なのは、小鳥が高確率でこれに巻き込まれる事だ。

 

「どうした?鈴」

 

 鈴音が無言なのに気が付いた一夏が、心配して問いかける。

 

「━━━だったら・・・」

 

「え?なんて?」

 

「だから!幼なじみだったら良いワケね!?」

 

「うおっ!?」

 

 小声で呟いていた鈴音の言葉を聞き取ろうと近づけていた一夏の頭と、急に顔を上げた鈴音の頭がぶつかりそうになるが。そんな事も気にせず彼女は一人怒り口調で独白し続ける。

 

「分かった。分かったわ・・・。ええ、ええ。よくわかりましたとも」

 

 何を理解したのかは(はなは)だ疑問だが、()(かく)何かを理解したらしい。腕を組んで己の思考を自分で肯定(こうてい)するかのように一人頷き勝手に納得している。

 

「一夏っ!」

 

「おう」

 

「・・・幼なじみは私もだって事。覚えていなさいよ」

 

「いや、そもそも忘れてないけど・・・」

 

「じゃあ後でね!」

 

 そう言って自動ドアからピットを走り去る鈴音。

何も理解できていない一夏は、首を傾げてそれを見送る。

一方の一部始終を見ていた小鳥は、

 

(よし、鈴音が一夏の部屋まで押し掛けるまでは見えた)

 

 これまで『恐らく』が付いていたが、間違いない、鈴音は一夏に気があるようだ。

そして彼女が言いたかったのは

『箒が一夏と同室なのは幼なじみだからというのなら自分も幼なじみだし同室になっても良いよね』理論。

 半分当たってはいるのだが、間違いなく何かが間違っている気がする。

 

 ()にも(かく)にも面倒臭そうな嫌な予感が当たりそうである。

 友人のせいで今日も災難(さいなん)だ。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 午後八時過ぎ、夕飯を食べた一夏と箒は部屋でそれぞれのくつろぎ方で思い思いの過ごし方をしていた。

 そんな中で部屋の呼び鈴が無機質な人工音を響かせたのは、一夏が急須から食後の緑茶を淹れるべくキッチンに居た時だった。

 

 茶葉の開き具合を見る必要がある一夏に代わって、箒がその対応に当たっていたのだが。

 

「━━━そんな訳だから部屋替わってくれない?」

 

「ふざけるな!何故(なぜ)そんな事を私がせねばならん!」

 

 何か目を離している間に口論になっていた。

 

「いやぁ、篠ノ之さんも男と相部屋なんて嫌でしょ?気を遣ってのんびり出来ないし。その辺、あたしは平気だから替わってあげようかなって思ってさ」

 

「べ、別に嫌とは言っていないだろう!?それにこれは私と一夏の問題であって、部外者の貴様に口を挟む義理は無いだろう!」

 

「だいじょーぶ。あたし一夏と幼なじみだから」

 

「それは私も同じだ!と言うより、それが何の理由になる!」

 

 二人の議論は平行線のまま、交わる未来は見えそうにない。

・・・そもそもこの二人の相性と言うのも良いと思えない。

鈴は自分の我を通さねば納得しない性質だし、

箒も自分の信じた事や信念は頑なに守ろうとする頑固な性格だ。

 いつか小鳥が言っていたか、話し合いと言うのは折り合いを付ける為にある。しかし、この二人に引き下がると言う発想はそもそも無い。

そんな二人が議論を始めればこうなるのは目に見えた事だろう。

 

「それに貴様、荷物はどうする。ある程度(まと)めているようだが、何回か往復する必要があるだろう」

 

「はん、甘いわね。あたしの荷物はこのボストンバッグで全部よ」

 

「な、なん・・・だと!?」

 

 思わずたじろいでしまうほどの衝撃を受ける箒。

どうやら担いでいるボストンバッグに全ての荷物をまとめここに来ているようだ。

この持ち物の少なさは中学の頃から変わっていないようだ。本人(いわ)く『ボストンバッグさえあればどこでも行ける』らしい。

その意図は不明だが、前にその事を話されいつでも家出が出来るようにか?と聞いた一夏は、本気で怒られている。

 

「と、に、か、く。今日から私もここで暮らすから」

 

「ふ、ふざけるな!出て()け!ここは私の部屋だ!」

 

「『一夏の部屋』でもあるでしょ?じゃあ問題無いじゃん」

 

 と、二人の口論のボルテージが最高潮に達した時。

 

バスンッ!

 

「いっ!?」

 

「あ痛ぁ!?」

 

 箒と鈴の頭が同時に丸めた教科書で叩かれた。

 

 

五月蝿(うるさ)いお前ら」

 

 本を掴んだ両手の持ち主は、左隣の部屋から出てきて不機嫌な顔をしている小鳥だった。

 

「な、何すんのよ!?」

 

「こっちの台詞だ、人の部屋の側で騒音(そうおん)を出すな」

 

 そう言った小鳥は、こちらを流し見て溜め息を吐いたと思うと。

 

「それと鈴音(りんいん)、勝手に部屋を代わるのは規則違反だ。あと俺の迷惑だ、さっさと帰れ」

 

 左手は肩に置き、右手の丸めた教科書を軽く振って、去れのジェスチャーを取る。

が、それで帰るようならこんな事になっていない。鈴は納得していない様子で小鳥に食らい付く。

 

「アンタは関係無いでしょ。これはあたしと一夏の問題、首突っ込まないでよ」

 

「関係ならある。俺はコイツの隣人だ」

 

「それが何の理由になるってのよ!?」

 

「知っているか鈴音、隣家(りんか)の騒音ってのは高確率でどこの迷惑防止条例にも引っ掛かるんだぜ?それがどんな理由であっても、他者の迷惑になるなら取り()まられても文句(もんく)は言えんぞ?」

 

 ギラリ、と長細(ながそ)の目で物理的にも見下す小鳥。

 が、しかし。そんなのはどこ吹く風、鈴はマイルールを押し通す姿勢を崩さない。

 

「だったら、アンタからも説得しなさいよ。篠ノ之さんに一夏の部屋から出てってもらう説得をさぁ」

 

 むしろ小鳥を味方に引き入れようとしている。

その肝の太さ、我の強さに普通なら説得を諦めようとするだろうが。

 

「それをするつもりは無い、俺は正しくお前にここから去ってもらう」

 

 間違いない正論を味方に付けた小鳥は恐ろしく強い。

セシリアに対してぐうの音も出ない論破をするくらいには。

 

「だったら五分くらい部屋で待ってなさい!すぐにカタ付けてあげるから」

 

「その間また騒がしくなるだろうが」

 

 はぁ、と珍しく溜め息を吐く小鳥。

それを(あきら)めさせる好機(こうき)と取った鈴は(たたみ)()けるように話を続ける。

 

「ほら、さっさと戻りなさいすぐに終わらせて・・・」

 

 だが、その台詞は小鳥の恐ろしく冷たい口調で(さえぎ)られた。

 

「まだ自分の立場が(わか)っていないようだな」

 

(あ、とどめ刺すつもりだ)

 

 こういう冷たい口調で小鳥が話し始めた時は、会話ではなく、本格的な論破に入った合図だ。

右手の教科書を無造作(むぞうさ)に廊下に落とすと。その手でズボンのポケットに入れ携帯を取り出し、その画面を見せつけた。

見ると、その携帯は既に起動(きどう)状態(じょうたい)になっていて、とある人物の携帯に繋がるであろう画面がそこにあった。

 

()()()

 

 言葉にして一言、字数にして三文字。

しかし、その言葉が意味する所は誰にでも理解できた。

携帯の画面にはデカデカと織斑千冬(誰もが恐れるスーパーレディ)の名前があった。

小鳥の親指は見せつけた携帯の通話ボタンの上に乗せられ、それを離すだけで千冬に連絡が行くようになっていた。

 

「ぐ・・・ッ!」

 

 半ば脅迫(きょうはく)のような説得に二の()()げなくなる鈴。

鈴は昔から千冬(ちふゆ)(ねえ)(おそ)れ、(おそ)れていた。

いや、そうでなくともこの場で、この状況で千冬姉を呼ばれるとなると、制裁(せいさい)を食らうのは間違いなく鈴だ。

 

「この卑怯者・・・!」

 

「おうおう、何とでも言いたまえ。それでこの手段を止めるように見えるか?」

 

 そう言う小鳥の顔は愉悦(ゆえつ)に歪み、正しい事をしている筈の小鳥が悪役に見える。

きっと状況を知らない人間がこれを見れば、十中(じゅっちゅう)八九(はっく)小鳥が悪い人間に見える事だろう。

 と、苦境に立たされていた鈴が何か小さな声で呟いた。

 

「━━━・・・・・・お、」

 

「お?」

 

 それを気持ち悪い満面の笑みで聞き返す小鳥。

完全に鈴で遊んでいる。

 

「覚えてなさいよー!!!」

 

 言うが早いか、小鳥から回れ右した鈴は(もう)ダッシュで廊下を駆け抜けていった。

 







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種明(たねあ)かしと挑戦(トライアル) 1/2






 鈴音(りんいん)一夏(いちか)の部屋を奪取(だっしゅ)しようと、部屋に押し掛け、騒動(そうどう)が起きてから一夜。

 

「・・・なぁ小鳥」

 

「どうした?」

 

 騒動の原因(自覚(じかく)無し)と小鳥は、(めずら)しく二人だけで朝飯(あさめし)を食べていた。

 一夏が一度(はし)を置いて問い掛けたのに対し、小鳥はからし蓮根(れんこん)頬張(ほおば)りながら答える。

 

「小鳥さ、昨日千冬(ちふゆ)(ねえ)に電話掛けるって(おど)しかけてたけどさ。あれいつ手に入れてたんだ?」

 

 先日、鈴音を撃退(げきたい)する為に用意(ようい)した小道具(こどうぐ)

IS学園の人間で織斑千冬の名前を出されて退()かない者は居るまいと用意していた物だったが。

 

「ああ、あれか・・・。あれはー、ハッタリだ」

 

 さらっと、言い流す。

それを聞いた一夏は、何か期待外(きたいはず)れの答えを聞かされたような顔をする。

 

「何だ、結局(けっきょく)あれ千冬姉と(つな)がんねえのか」

 

「そりゃそうだ。俺と千冬先生の間に何が()る?何も()るまい。あれは、寮監(りょうかん)事務室(じむしつ)と繋がる番号だ」

 

 ある意味千冬と繋がる番号でもある為、(うそ)は言っていない。

後はその名前を『寮監事務(りょうかんじむ)』から『織斑千冬』に変更すれば“(確率で)織斑千冬に繋がる(かもしれない)電話番号”の完成である。

 それを聞いた一夏は、感服(かんぷく)すると同時に(あぎ)(がお)を浮かべた。

 

「ホントお前、悪知恵(わるぢえ)(はたら)くよな」

 

予防策(よぼうさく)二重(にじゅう)三重(さんじゅう)()ってると言え、人聞きの悪い」

 

 そもそも、一夏の(さっ)しが良ければあんな事は起こらなかった(はず)である。悪口を言われる()われは無い。

もしかしたら自分はとんでもない鈍感(どんかん)ジゴロ唐変木野郎(とうへんぼくやろう)と友人関係にあるのかも知れない。と、心内(こころうち)で舌を打つ、まるで創作物(そうさくぶつ)(じょう)冗談(じょうだん)みたいな本人(ほんにん)はそんな気も知らずに焼きジャケをご飯と共に口に入れる。

 

「そういや(ほうき)(やつ)はどうした?アイツがお前の隣に()ないとは珍しい」

 

 先日まで忠犬(ちゅうけん)みたいな姿勢で何かと一夏の後を着けていた箒の姿(すがた)が無い。

十中(じゅっちゅう)八九(はっく)一夏に気がある箒の事だ、隣人がそうである以上、(とも)()れる時間を(のが)すとは思えないが。

 

「ああ、なんでも部活の朝練(あされん)らしい。これ以上休んでたら部から除名(じょめい)するぞ、って(おど)されたんだってさ」

 

「ったく・・・お前の言う通りになったな」

 

 一夏が前々(まえまえ)から危惧(きぐ)していた事だが、箒は剣道部の修練(しゅうれん)放置(ほうち)して一夏の特訓(とっくん)に付き合っていたらしく、とうとうそのツケが回っていたらしい。

 彼女の不在(ふざい)の理由が彼女自身の身から出た(さび)だと言うことを知り、拍子(ひょうし)()けした小鳥は、毒づく感想だけを()べる。

 

(この唐変木(とうへんぼく)は気付いちゃいねえが、今日は女子からの視線が多い。自分がチャンスであることを知っていやがる)

 

 その虎視眈々(こしたんたん)とした視線(しせん)()び続け、本当なら舌打ちの一つくらい打ちたいほどストレスが貯まっている訳だが、それで止める訳でもないだろう。

不機嫌さを隠し、飯を口に運び味噌汁(みそしる)で一息で流し込む。

 

「っと、ごちそーさん。先に教室行っとくぞ」

 

「おう。じゃあ教室でな」

 

 適当(てきとう)に手を振って食堂から出ていく。

後ろの一夏がどんな表情をしているかは知らないが、一夏も自分の表情を知る事はないだろう。

チッ、と。(まわ)りに聞こえる程盛大(せいだい)舌打(したう)ちする。きっと今、自分の顔は悪い表情をしている事だろう。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 教室棟(きょうしつとう)へ向かうべく、寮棟(りょうとう)から出て来た小鳥は、生徒用玄関(せいとようげんかん)の奥で小さな人だかりが出来ているのを見つけた。

それは、廊下(ろうか)掲示板(けいじばん)()られた大きな紙に集まっているように見える。

 

「・・・なんだ?」

 

 (さそ)われたように人だかりの外側にまでやって来た小鳥は、半開(はんびら)きの目で紙を見上げそのタイトルを読む。

 

『クラス代表対抗戦(だいひょうたいこうせん)日程表(にっていひょう)』と書かれたそれの意味を冷静(れいせい)に読み取った小鳥は、左から軽く流し見ていく。

 三年ブロック、二年ブロック、一年ブロック。小鳥の目的の物は、(ほど)なくして最も右に見つかった。

 それは小鳥の級友(きゅうゆう)にしてクラス代表、織斑一夏の対戦表である。

 小鳥は一組の副代表であり、一夏のサポート役であることから、その対戦カードを注視(ちゅうし)しない訳にも行かない。

 だが、それを見た時小鳥は愕然(がくぜん)とした。

 

「・・・おいおい、昨日の今日でそれって・・・マジかよ・・・!」

 

 声は小さいものの、それを見た小鳥の声は驚愕(きょうがく)()れている。

一年生ブロック一回戦、その対戦は。

 

 

1-1:織斑(おりむら)一夏(いちか) 対 1-2:(ファン)鈴音(リンイン)

 

 

 まさかの 押し掛けVS家主(やぬし) だった

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 その日の放課後より小鳥の情報収集が始まった。

 

 

前回ブルー・ティアーズの情報を入手した時と同様(どうよう)、裏アカウントを利用した学園のデータバンクへのアクセスはもちろんの事。

外部のネットワークを利用した個体の特定。

鈴音がアリーナで訓練をすると言うのなら、一夏を()っぽいてその様子を見に行く事もあった。

 ただ、その一連の情報収集を見た幾人(いくにん)かの女子から『小鳥は鈴音に気がある』と言う(むね)(うわさ)を流されたときは、副代表だなんて()めてしまおうかと考えることもあったが。

 

「それなりに、集まって来たがねえ・・・」

 

 一週間(いっしゅうかん)二日(ふつか)が経ち、自室のベッドの上で胡座(あぐら)をかき、紙に書いた途中経過(とちゅうけいか)を振り返る。

 集まった情報は三つ

 

1.ISのざっくりとした概要(がいよう)

2.基本性能(きほんせいのう)

3.単一仕様(ワンオフ・アビリティー)の売り文句(もんく)

 

1. 鈴音の専用機の名は甲龍(シェンロン)

人類革新連盟(じんるいかくしんれんめい)の連盟国の一つである中国の第三世代型IS。

・機体コンセプトは『安定した挙動(きょどう)と性能』『長時間の稼働(かどう)』の二つ。

 

2. 基本性能は『第二世代に毛が生えた』と言った所。

・コンセプトがコンセプト(ゆえ)に、量産性や安定性を重視(じゅうし)した設計を持つ。

単一仕様(ワンオフ・アビリティー)を使う事に特化した機体ではなく、『第二世代機に第三世代兵装を装備した』と言うのが実情(じつじょう)

 

3. 問題の第三世代兵装。

・・・(あま)り情報が集まっていない。

名称(めいしょう)は『衝撃砲(しょうげきほう)

上記(じょうき)のメカニズム。

→空間その物に圧力をかけ、眼に見えない砲身(ほうしん)を形成。その空間の(ゆが)()の差による衝撃を砲弾として撃ち()む。

 

・・・・・・・・・・・・。

 

「んぁー!こなくそ。・・・後少しなんだがなぁ」

 

 勢い良く腕を振り上げ、背を()ばす。

そのままベッドに仰向(あおむ)けになり、天井(てんじょう)を見上げた。

 この衝撃砲こそが勝敗(しょうはい)(わか)(かぎ)になるのは間違(まちが)いあるまい。

小鳥はこれを『超強い空気砲』として(とら)えているが、()たしてそれが正解なのか。

 

「━━━実物を見ない事には、話にならんな」

 

 仮にそれが正解だったとしても、実際に甲龍(シェンロン)搭載(とうさい)されている衝撃砲が如何(いか)(ほど)の威力、弾速なのか。そればかりは実物を見ない事には判別がつかない。

 しかも代表戦を意識しているのか、一応(いちおう)毎日アリーナに来て特訓はしているが、全く衝撃砲を使おうとしないのだ。

基本的に対策(たいさく)と言う物は情報が有ってからこそ。だと言うのに情報が無ければ(さく)もへったくれもない。

 

「━━━お手上げって事にしたくはないな」

 

 これは自分の仕事である。背負わされた物であれ何であれ、一度始めた仕事だ。『出来ませんでした』だなどと言って投げ出したくもない。

そもそも、そんな事をすれば鈴音との情報戦に負けた気がして正直(しゃく)だ。

 

「オドリ、何かあったのか?」

 

「ん?いや、お前の心配する事じゃない」

 

 ベッドの上で紙資料(かみしりょう)をバラ蒔き、仰向けに寝転がっていた小鳥に、同室の刹那(せつな)が声を掛ける。

 いつもなら就寝の時間である11:30に、小鳥はこう言う事はせず、むしろいつだって刹那より先に(とこ)に就いているのだ。

 

「そうか」

 

 そう言って、窓の近いベッドに横になる刹那。

最近気づいたのだが、刹那と言う少年は世間一般的からは『素っ気ない』もしくは『淡白(たんぱく)』な性格をしている。

 最初は過去が無い(ゆえ)に世界に戸惑っているのかとも思ったが、そうでもないらしい。

 とは言え冷淡(れいたん)と言うほどでもなく、押せば返すし、押さねば返さないと言うだけの話である。

こちらから押せば返してくれるし、『聞くな』『言うな』と言えば従順(じゅうじゅん)に応じてくれる。

馴れ合いが苦手な小鳥にとってはそう言った性格の刹那は接しやすい人間だった。

 

「なぁ刹那」

 

「何だ」

 

 ピロートークはしない主義だが、行き()まった現状の打開(だかい)に期待を込め、刹那に問い掛ける。

 

「もし、お前が欲しい情報を所有している奴が居るとして、だ。お前がそれを手に入れる為に、お前はどうする?」

 

「何らかの手段で相手に詰め寄り、開示(かいじ)(せま)る」

 

物騒(ぶっそう)だなオイ」

 

 即答であった。

一番早い手ではあるが、実行(じっこう)(はばか)られる手段の提示(ていじ)に苦笑いを浮かべる(ほか)なんともし(がた)い。

 

「━━━まぁ、一応聞いとくが、そうした方が良い理由は?」

 

「話し合いでは時間がかかり過ぎる。最終的にそうなるのなら、そうする方が良い・・・それに、」

 

「それに?」

 

「ISの情報なら、ぶつかった方が早い」

 

「成る程・・・。OK、参考になった」

 

 そう言って手作り小型ノートパソコンを取り、丁寧(ていねい)に両手で閉じる。

(つくえ)の上にあるこれまたお手製の充電(じゅうでん)ポットに置いた小鳥は、すぐ側の照明スイッチに手を掛ける。

 

「じゃ、電気落とすぜ」

 

「ああ」

 

「お休みー」

 

 パチン、と小気味(こぎみ)()い音と共に部屋に暗闇(くらやみ)(おとず)れる。

(かす)かに見えるベッドに潜り込んだ小鳥は、その中で刹那と背中合わせになる。

 

(さあって・・・考えるのは止めにしようや)

 

 誰もが眠ろうと暗闇に眼を(つむ)る中、小鳥遊は悪巧(わるだく)みに笑顔を浮かべていた。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

「━━━よっ」

 

「小鳥・・・アンタ何でここに!」

 

 クラス代表対抗戦の対戦カードが発表されてから六日、いつものようにアリーナに来ていた鈴音の前に、一組の副代表にして一夏の参謀(さんぼう)小鳥(おどり) (ゆう)がそこに居た。

 黒と銀に(いろど)られた銀影を身に(まと)い、空を()く小鳥は、親しい友人に久し振りにあったように軽い調子で声を掛ける。

先日(せんじつ)()え湯を飲まされている鈴音は、警戒心(けいかいしん)丸出(まるだ)しで問い掛ける。

 

「アンタ、何しにここに来たのよ!?」

 

「あー何。力試しだよ、これ(まで)まともにタイマンの経験してねぇからな。俺自身の今の『位置』ってヤツを知りたいのさ」

 

 何の事も無く、当然の事のように()げる小鳥。

しかし、次の瞬間には凶悪(きょうあく)()みを見せて、

 

「それと、(いま)話題(わだい)の中国代表が一体どれ程の者か、それも知りたくてなあ」

 

「は?何、私を試そうっての?」

 

 その台詞(せりふ)挑発(ちょうはつ)と受け取った鈴音は、喧嘩腰(けんかごし)で聞き返す。

 

「言っただろう?()()()()()。何も、これで解るのは俺の『位置』だけじゃない、一石二鳥(いっせきにちょう)だとは思わないか?」

 

「はっ!アンタなんかにあたしが(はか)れるかっての。実力の半分(はんぶん)でコテンパンにしてやるわよ!」

 

「ほう?それは俺の挑戦を受けると言うことで良いんだな?」

 

「ええ、ええ。アンタこそ、()いた(つば)()むんじゃないわよ?」

 

 宣戦布告(せんせんふこく)を受け取った鈴音。

小鳥は歪めた口角(こうかく)最大限(さいだいげん)()()げて笑う。

 

「当然だ。俺は嘘は吐かない主義(しゅぎ)なんでね」

 

「へえ、あたしに見せた千冬さんの電話番号は嘘だったのに?」

 

 どうやらこの九日間(ここのかかん)の内に小鳥の見せた電話番号がハッタリである事がバレたようだ。

 苦笑(にがわら)いを浮かべながらも、小鳥はヘラヘラと言い返す。

 

「オイオイ。言い()かりも良い加減(かげん)にしてもらいたい所だな、あれは確かに千冬先生に必ず掛かる物じゃないが、一応千冬先生に掛かる可能性はあるから間違ってもないぞ」

 

「そー言うのは誇大表現(こだいひょうげん)って言うのよ!」

 

「クックック・・・その通りだな。だがあの電話番号に掛けりゃ遅かれ早かれお前はあの場から追い出されてたんだ。むしろ良かったじゃないか、本当に先生に怒られなくて」

 

(ほん)(とう)にああ言えばこう言う・・・ッ!」

 

 喉を鳴らして欺瞞(ぎまん)肯定(こうてい)する小鳥に、もう話にならないと確信した鈴音は、怒りを()(いき)()き出して二振(ふたふ)りの青竜刀(せいりゅうとう)()び出す。

 

「・・・もういいわ。アンタとは話にならないし、直接(ちょくせつ)ボッコボコにしてやるわよ」

 

「やっとこさ理解したか」

 

 自分の挑発(ちょうはつ)に乗る鈴音に、しめた、と(わら)う。

どうも、(ファン) 鈴音(リンイン)と言う人間は()()ぐで(あお)耐性(たいせい)が低いらしい。

(いじ)甲斐(がい)のある玩具(オモチャ)を見つけた小鳥は、今後の(たの)しみを思いながらバックパックのダブルブレード『アイアス』を抜き、左の方を前に突きだし、右を肩に(かつ)(かま)えを取る。

 

「言っとくけど、あたし、強いわよ」

 

「そうかい、なら戦い甲斐(がい)が、あるってモンだッ!」

 

 言うが速いか、スラスターを全力で()かし、鈴音に突撃(とつげき)する。

直剣(ちょっけん)青竜刀(せいりゅうとう)がぶつかり、火花が散る。

 左の剣で青竜刀をかち上げるように切り上げた小鳥は、さらに低い軌道(きどう)で鈴音の身体(からだ)(ねら)う。

 

「ぐッ!」

 

 大振りの一撃(いちげき)を左の刀で受けた鈴音は、後退(こうたい)して距離を取る。

 

「オラオラァ!休めると思うなよ!」

 

 小鳥は更に接近(せっきん)追撃(ついげき)(はか)る。

二振りの青竜刀を(つか)連結(れんけつ)、両刃の偃月刀(えんげつとう)とした鈴音はそれで迎え撃つ。

 振り下ろす右の剣は頭の上で偃月刀(えんげつとう)()で止められるが、すぐさま横一閃(よこいっせん)、左の剣を振り抜く。

 

「こん、なろ!」

 

「ガッ・・・!」

 

 前蹴(まえげ)りで小鳥を遠ざけ、横の斬撃(ざんげき)(かわ)す鈴音。

鳩尾(みぞおち)にキツい一発(いっぱつ)(もら)い、軽くえずく。

 しかし、正直に体勢を整えている場合ではない。

 

「はあっ!」

 

「うぉッ!?」

 

相手は近、中距離戦を得意としている機体である。空中で転がるようにして横を向いた小鳥は、間髪容(かんぱつい)れず、左へと走る。

 次の瞬間には、小鳥が居た場所に鈴音が偃月刀(えんげつとう)で斬りかかっていた。

 

「んなろ・・・ッ!」

 

 後ろを向いて全力後退(ぜんりょくこうたい)しながらアイアスのビームライフルと腕部バルカンをバラ()き、鈴音をその場に()(とど)める。

狙いもせず撃った数々のビームは、ほとんどが当たらず空に散るだけだが、(なに)六門(ろくもん)一斉砲火(ラピッドファイア)だ。母数(ぼすう)が多く、時折(ときおり)当たる一発(いっぱつ)一発(いっぱつ)がじわじわと鈴音のシールドエネルギーを(けず)る。

 

「あぁもう、鬱陶(うっとう)しい!」

 

 バックステップで一気に距離を取った鈴音。

 

(━━━来るかッ!)

 

 この距離で彼女が攻撃する為には(くだん)の衝撃砲しか手段は無い。

 すぐにでも(かわ)せるよう身構(みがま)えつつ、しかし射撃は止めない。

 

「喰らえ!衝撃砲!」

 

 甲龍(シェンロン)の肩アーマーがバシャリと開き、エネルギーが集中しているであろう、赤熱化(せきねつか)した内部が外界に(さら)される。

 エネルギーの上昇具合(じょうしょうぐあい)から砲撃(ほうげき)発射(はっしゃ)された事を把握(はあく)する小鳥は、それを()けようとして

 

 

 見えない衝撃に()()()()()()()()()

 

「ガ、っア・・・!?」

 

 ミシリ、と(きし)頬骨(ほおぼね)

一拍(いっぱく)遅れて停止慣性(ていしかんせい)(はたら)きが力点(りきてん)に殺され、顔を起点(きてん)に小鳥の身体(からだ)が吹き飛んだ。

 

(く・・・そ!思ったより弾速も威力も高い!)

 

 吹き飛びながらも鈴音の方を(にら)み、次の一撃を警戒する。

しかし、鈴音は追撃をしてこない。

どうやら次弾装填(じだんそうてん)までに少しばかりタイムラグが生ずるようで、心身宙返(しんしんちゅうがえ)りで体勢を建て直した時点で衝撃砲の追撃が放たれる。

 

(ラグがあるっつったって、コイツは・・・!)

 

 アイアスを合体(がったい)させる(ひま)も無い。

二振りの剣を交差させ身構(みがま)える小鳥は、またもや衝撃を正面から受け止める事となる。

 

「ぐっ・・・う!」

 

 銀影の出力の高いPICでも相殺(そうさい)出来(でき)ない威力の攻撃に、後ろへ押し退けられる。

 先の直撃(ちょくげき)と今の防御でシールドエネルギーがかなり(けず)られた。

 これ以上の命中(めいちゅう)不味(まず)い。鈴音を中心に時計回(とけいまわ)りを(えが)いて飛び始める。

 

(コイツはヤバイ。思った以上に完成度(かんせいど)(たけ)え!)

 

 正直見くびっていた。どうやら虎の子の第三世代兵装だと思っていたそれは、(すで)成獣(せいじゅう)と化していたようだ。

 考え直してみると、IS学園に(まん)()して送り出すISがお粗末物(そまつもの)だなどと、あり得る訳が無い。そもそもあの中国が遅ればせながら出してきた代物(しろもの)だ。あの中国が。

見栄(みえ)虚勢(きょせい)が服を着けて歩いているようなあの国が、中途半端(ちゅうとはんぱ)な機体を実用させるとは思わない。ハイそこJ-20(パチモン戦闘機)は?とか言わない。

 

(()(かく)コイツは動き続けるしかねぇ!)

 

 クールタイムはおおよそ二秒。

二門(にもん)砲塔(ほうとう)から交互(こうご)に放たれる砲弾。チャージから予測できる発射タイミングを元に不可視(ふかし)の攻撃を必死に回避(かいひ)し続ける。

 

「ホラホラ!さっきまでの威勢はどこ行ったのかしら?!」

 

「うっせえ!言ってろ!」

 

 カタログスペックを信用するなら、甲龍(シェンロン)の通常、瞬間最大速は共に銀影以下。追い付かれる事はあるまい。とは言え、このままではジリ貧だ。

 どうも鈴音自身のスペックが高い。格闘戦のセンスもさることながら、甲龍(シェンロン)の衝撃砲を利用した中、遠距離戦も卒無(そつな)くこなしている。

 考えてもどうしようも無いと腹を(くく)って考えるのを止めた訳だが、流石(さすが)に考えなさ過ぎた。

甲龍(シェンロン)の完成度もさることながら、パイロットの鈴音がその武器の能力値を完全に引き出している。

 

「ったく・・・凄い奴だよ」

 

 面倒臭(めんどうくさ)いほど弱点の少ない相手がここまで厄介(やっかい)な敵になるとは思わなかった。

 

(とは言え・・・やられっぱなしも(しょう)にあわんな)

 

 小鳥の本来の目的は衝撃砲のデータを()る事にあるので、別に負けて痛む腹は無い。

が、しかし。かと言って只々(ただただ)何もせずにボコられて負けると言うのも、負けず嫌いな小鳥にとっては考えがたい結論だった。

 

 ならば勝利に至る為のルート(勝ち方)を探るまでだ。

総合的(そうごうてき)な能力値で(おと)る小鳥が鈴音を下す為に必要なのは、壁を()()()力ではなく、()()力だ。

 それを可能にするには総合能力(そうごうのうりょく)ではなく、一部の突出(としゅつ)した能力を最も有効的(ゆうこうてき)活用(かつよう)せねばならない。

 小鳥は回避を繰り返し、動き続けながら頭を回す。

 

(俺が鈴音に対して取れるマウントは二つ・・・。機動力と防御力)

 

 銀影(ぎんえい)は、本体の機動力、“アイアス”の防御力の二つの点で甲龍(シェンロン)を上回る。

 

(ま、それ以外は甲龍(シェンロン)の方が上回ってんだよなぁ)

 

 60%の完成度とは言え世知辛(せちがら)い事である。

とは言え長所(ちょうしょ)長所(ちょうしょ)だ、戦術(せんじゅつ)を考え始める。

 

・・・・・・こうやって動き回りながら考える事が出来るようになっているのがセシリアと箒が追いかけ回してくれた成果(せいか)だと言うべきなのだろうか。

 

(━━━考えんどこ)

 

 それについては考えた所で(せん)の無い話だ。

 

 気を取り直して。

鈴音に攻撃を行う為にはあの衝撃砲を(くぐ)()ける必要がある。

さて、あの段幕(だんまく)をどうやって潜り抜けるかだ。

 

1.普通に回避しながら接近する。

2.被弾覚悟(ひだんかくご)で突っ込む。

3.近接戦は(あきら)めて遠距離戦を(いど)む。

 

(・・・・・・まぁ、1は無理。3は出来るけどほぼほぼ勝ち目無し。2が一番妥当(だとう)かな)

 

 幸いこちらには“アイアス”と言う、()()()()()()()()()()()(たて)がある。

衝撃砲の砲弾が空間歪曲(くうかんわいきょく)を利用したエネルギー体であるのなら、銀影からすれば絶好(ぜっこう)好餌(こうえ)(ほか)ならない。

 

(一発、かましてやるか)








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種明(たねあ)かしと挑戦(トライアル) 2/2






「━━━二組の代表が・・・」

 

「え?本当」

 

「うん、なんでも第三アリーナで・・・」

 

 第四アリーナで特訓(とっくん)に来ていた一夏とセシリア。((ほうき)は例によって剣道部(けんどうぶ)()っている)

 アリーナのピットの入口(いりぐち)に手をかけようとしていた一夏の耳に、遠くから女子の話し声が聞こえた。

 

「二組の代表?(りん)の事か?」

 

 どうやら鈴が(となり)のアリーナを使って模擬戦(もぎせん)(おこな)っているらしい。

 

「あら、気になりますの?」

 

「ああ、リーグマッチの一回戦の相手(あいて)は鈴だろ?・・・見に行った方が良いのかな?」

 

 鈴とは勝手(かって)()ったる(なか)だが、IS乗りとしての鈴を一夏は知らない。

模擬戦をやっているのなら丁度良(ちょうどい)い、鈴がどんな力量(りきりょう)()()なのか、見に行くのも良いだろう。

 小鳥が最近特訓(さいきんとっくん)に付き合わないのも、鈴のISの情報を集めているかららしく。この二週間近く、晩飯以外で放課後(ほうかご)に小鳥の顔を見た覚えがない。

 多分(たぶん)に小鳥も()るだろうが、やはり自分の目で見ておくのも重要だろう。

 

「うーん・・・。セシリアはどうした方が良いと思う?やっぱり、操縦の特訓した方が良いか?」

 

「え!?え~っと。そうですわね・・・。やはり敵情視察(てきじょうしさつ)は必要ですし一夏さんが見に行く必要があると思うのなら見に行くべきですわ」

 

「じゃあ見に行くか」

 

 特訓をやらないのは勿体無(もったいな)いと思うが、ここの所毎日が特訓である。息抜きに人の訓練をみるのも良いかもしれない。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 一夏とセシリアが第三アリーナに着いた時、その模擬戦はこれ以上に無いほど白熱(はくねつ)していた。

鈴は逃げ回る相手を追いかけながら目に見えない砲弾を放ち、アリーナのエネルギーシールドを揺らす。

 

「おわっ、・・・とと。何なんだアレ?」

 

 目に見えぬ砲撃の衝撃で足元を揺さぶられ、足元のおぼつかない一夏がセシリアに問う。

 

「あれは・・・。恐らく“衝撃砲(しょうげきほう)”ですわね」

 

「衝撃砲?」

 

「はい。空間その物に圧力をかけて砲身を生成(せいせい)余剰(よじょう)で発生する衝撃それ自体(じたい)砲弾(ほうだん)として撃ち出す。ブルー・ティアーズと同じ第三世代型兵器ですわ」

 

(・・・・・・ごめん、すごい丁寧(ていねい)に説明してもらってるのに何言ってるかさっぱり解らん)

 

 口では『ふーん』と解ったような(あい)づちを打ってみせるが。専門用語(せんもんようご)・・・ではないにしても、仕組(しく)みだけを丁寧に説明(せつめい)されても(まった)くと言って良いほど理解できず、首を(かし)げる他やることがない。

 と言うより、それよりも気になる事が(ひと)つ。

 

「・・・・・・って、何で小鳥が戦っているんだ?」

 

 見れば対戦相手はクラス副代表小鳥(おどり) (ゆう)であった。

 

「こらぁ()ちなさい!人を(あお)ったならちゃんと戦いなさい!」

 

「待てって言われて待つ(やつ)()るかよ・・・」

 

 経緯(けいい)は分からないが、(いか)(がた)の鈴を見るにどうやら小鳥が煽り立てたようだ。

やれやれと言ったような表情で愚痴(ぐち)(こぼ)す小鳥の片手(かたて)には、合体して一本の大剣となった“アイアス”が(にぎ)られていた。

 

「なるほど確かに、そうするのがあの人にとっては最適解(さいてきかい)ですわね」

 

「? どう言う事だ?」

 

 問われたセシリアは、真剣(しんけん)眼差(まなざ)しで戦闘を見ながら、その問いに答える。

 

「銀影には、電子(でんし)重力(じゅうりょく)音波(おんぱ)熱量(ねつりょう)(など)のエネルギーの指向性(しこうせい)拡散(かくさん)させるフィールドがあるようです。前にブルー・ティアーズのミサイルを受けた時に無傷(むきず)だったのも、爆発のエネルギーを拡散させたからですわね」

 

「・・・・・・それって、もしかして無敵(むてき)?」

 

 拡散フィールドを(つね)に展開していれば、どんな武器もいなしてしまえそうな気がするが。

 

「どうでしょう、見たところフィールドの発生器官(はっせいきかん)は大剣状態の“アイアス”だけのようですし。それを(のぞ)いても弱点が無いと言うのはありえないのでは?」

 

 確かに、千冬姉(ちふゆねえ)から『攻撃系(こうげきけい)最強(さいきょう)』のお墨付(すみつ)きをもらっている零落白夜(れいらくびゃくや)には『シールドエネルギーから優先的(ゆうせんてき)にエネルギーをぶんどる』と言う弱点(じゃくてん)、もとい欠陥(けっかん)がある。

 聞いた限り小鳥のフィールドも同じくらいの力があるようだし、代償(だいしょう)が無いとは思えない。

 

「おっ、反撃(はんげき)に移るみたいだぞ」

 

 そう言う一夏の視線の先には、急激な方向転換(ほうこうてんかん)で鈴に(おそ)()かる小鳥が居た。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

「こらぁ待ちなさい!人を(あお)ったならちゃんと戦いなさい!」

 

「待てって言われて待つ奴が居るかよ・・・」

 

 逃げる小鳥を追う鈴音(リンイン)、衝撃砲をバカスカと連射し、自らに詰め寄る鈴音の激昂(げきこう)(あき)れたような声音(こわね)で答える小鳥。

 しかしその一方で、小鳥の心の内では悪巧(わるだく)みが渦巻(うずま)いていた。

 

(とは言え、()れた事は()れた(わけ)だ。後は仕掛(しか)けるタイミングだな)

 

 本当(ほんとう)は数分前から鈴音に(たい)する(さく)は考えついていたものの。その策に対して反撃を食らう事態(じたい)()ける(ため)、鈴音が近接戦(きんせつせん)(おこな)うまで回避(かいひ)全力(ぜんりょく)()っていたのだ。

 

「おっと、危ない」

 

 横へスライドするように衝撃砲の砲弾(ほうだん)を躱す。相手を追いかけながらこれ程の射撃精度(しゃげきせいど)とは(おそ)れ入る。

 

(ったく・・・。どうしたもんかねぇ)

 

 四合(よんごう)ほど(やいば)(まじ)えた(あた)りでその実力(じつりょく)(おのれ)より上だと把握(はあく)していたつもりだが、中々(なかなか)どうして勝ちにくい。

 

「・・・・・・ん?」

 

 ふと、人の多くなって来た観客席(かんきゃくせき)に目をやると、そこに一夏とセシリアが()た。

 

「一夏じゃん、何しに来てんだ?」

 

 二人は今日も特訓に行っている(はず)である。

その二人がここに来ている、と言うことはこの模擬戦が結構(けっこう)(うわさ)になっているのだろう。

 まったく、女子の噂と言うのは風のごとく広がる物だ。

と、心の中で一人ごちていると、

 

「・・・・・・?」

 

 衝撃砲が来ない。

先ほどまでバカスカ撃ってきていた鈴音の衝撃砲が止んだ・・・・・・訳ではないが、明らかにその頻度(ひんど)が落ちてきている。

 

「━━━・・・・・・!(ニヤァ」

 

 チャァアンス!

 間違い無い、衝撃砲を撃つ為のエネルギーが残り少ないのだ。

となれば話は(はや)い、心を落ち着かせ、身体とスラスターの制御に集中する。

 

(スラスター、PIC系統は俺の随意下(ずいいか)に置き、制御(せいぎょ)半手動(セミマニュアル)で行う!出来ねぇとは言わせねぇぞ!)

 

 バイザーに(うつ)される情報を整理しつつ、手動(マニュアル)調整(ちょうせい)を始める。

 

軌道修正(きどうしゅうせい)速度同調(そくどどうちょう)事象予測(じしょうよそく)ヨシ、保護機能(ほごきのう)カット、PIC出力(しゅつりょく)ベクトル巡行(じゅんこう)から全逆転(ぜんぎゃくてん)・・・タイミング、今!」

 

 走り幅跳(はばと)びの着地(ちゃくち)のような姿勢(しせい)で足のスラスターを全力(ぜんりょく)()かし、ブレーキをかけ、姿勢を反転させる。

 

「んががががががが・・・!」

 

 セシリアのビットを回避したあの時より、(はる)かに強いG(ジー)を受け、慣性(かんせい)の圧力に(もだ)える。

 

瞬時加速(イグニッションブースト)ッ!」

 

 しかし、その苦悶(くもん)を乗り越え、大剣を前に突き出して打突を繰り出した。

 

「ッ、嘘でしょ!?」

 

 全速力からの急激(きゅうげき)な180°反転でさえ無茶(むちゃ)挙動(きょどう)だと言うのに、その上で瞬時加速(イグニッションブースト)を行うと言う無茶の(かさ)()りである。下手をすれば骨の一つや二つにヒビが入りかねない行為(こうい)だ。

 

「うオオオオ!」

 

「でもね!」

 

 小鳥の無茶な動きに驚いた鈴音ではあるが、反射的(はんしゃてき)に速度を(ゆる)め、小鳥に標準(ひょうじゅん)を合わせる。

 確かに、小鳥の予想通(よそうどお)り衝撃砲に使えるエネルギーはの残量(ざんりょう)(わず)かしかないが、それでも全く使えない訳ではなく。最大出力(さいだいしゅつりょく)五発分(ごはつぶん)は残っている。

 

(それくらい対応できなきゃ候補生なんてなれないの、よっ!)

 

 エネルギーは既に装填(そうてん)している。後はそれを解放(かいほう)するだけで、小鳥のシールドエネルギーは底を突くだろう。

 

「喰らえッ!」

 

「・・・・・・!」

 

 放たれた衝撃砲は、一直線に小鳥の銀影へ向かい、炸裂(さくれつ)・・・

 

 

 

「あれ!?」

 

 してない、確かにこのタイミングなら小鳥に着弾する筈なのに。

 

「喰らえやァ!」

 

 勢いそのままに突き出す小鳥。

対処が間に合わず、鈴音はその刃をモロに受け入れるしかない。

 

「ぐぅ・・・!」

 

 絶対防御があると言えども、衝撃を完全に殺す事までは叶わない。鳩尾(みぞおち)牙突(がとつ)を受け軽くえずき、後退した鈴音は小鳥を(にら)む。

 

「アンタ、一体何を・・・!」

 

 信じられなかった、あの衝撃砲は間違いなく直撃コースだった。だと言うのに小鳥には何のダメージも無く、カウンターを食らっているのは鈴音の方だった。

 

「さーて、何をしたんでしょうかねぇ?」

 

 そう言う小鳥の後ろ側、グラウンドの土が二つの地点で舞い上がっていた。

 恐らくは先の衝撃砲がグラウンドに着弾したのだろう。

 

(・・・・・・着弾点が、()()?)

 

 そこで気付いた。鈴音が放った衝撃砲は一発、着弾点が二つと言うのは可笑(おか)しい。

 

「アンタ、まさか衝撃砲の砲弾を・・・()()()()()()()()()()!?」

 

「へえ、察しが良いな。その通りだ(ファン) 鈴音(リンイン)

 

 小鳥は笑うが、鈴音は信じられないと言った表情を見せる。

衝撃砲は確かに実体弾(じったいだん)ではないが、強力な兵器なのは違いない。よしんば(かり)に剣を当てられたとしても、接触(しゅんかん)した瞬間に砲弾は空間圧(くうかんあつ)(ゆが)みにより炸裂(さくれつ)する、両断(りょうだん)など到底(とうてい)考えられない事だ。

 驚愕(きょうがく)(ひとみ)()らす鈴音を前にして小鳥は上機嫌(じょうきげん)だ。

 

「俺の銀影はこれでも第三世代機でなぁ」

 

 誇らしげに大剣を掲げ、笑いながら話し始める小鳥。

 

単一仕様(ワンオフアビリティー)は『エネルギーの拡散(かくさん)』質量を除くほぼ全てのエネルギーの方向性(ベクトル)を拡散させる能力。つまり、お前の衝撃砲やビーム兵器は俺にとっては格好(かっこう)餌食(えじき)なんだよ」

 

 右肩(みぎかた)に剣を(あず)け、得意気に語る小鳥。

 衝撃砲の(さば)き方と言うのは、とーっても簡単。

1.まず大剣状態のアイアスを用意します。

 

2.次に衝撃砲の砲弾とアイアスを接触させます。

→ここでワンポイント『相手は必ずこちらを狙って撃ってきますが、失敗した時のダメージは恐れずにアイアスを振るいましょう』

 

3.後はアイアスのエネルギー拡散フィールドが勝手に砲弾を切り()いてくれます。

→衝撃砲の炸裂を不安に思うかもしれませんがご安心を。拡散フィールドは自動制御(オートマティック)なら全ての方向へ均一に()らすので、空間圧縮(くうかんあっしゅく)のバランスを乱すことが無く、お任せでスパッと切れるのです。

 

 

「ま、そんな訳で。こっからは一方的な展開は期待するなよ!」

 

 言うが早いか、大剣を上段に構えた小鳥は、再度(さいど)瞬間加速(イグニッションブースト)接近(せっきん)する。

両刃(りょうば)偃月刀(えんげつとう)で防いだ鈴音は、受けた刃とは逆の刃を小鳥に振り下ろす。

小鳥も即座に大剣を横にずらし、偃月刀を受け止める。

偃月刀を受け止められた鈴音は、続けざまに右足の蹴りを繰り出すが、瞬間的にPICをカットした小鳥が下方(かほう)に身を置く事でそれを(かわ)す。

 下に転位(てんい)した小鳥に向けて衝撃砲をマシンガンのように連射(れんしゃ)モードで()()むが、それもまたアイアスに防がれる。

 

「はぁあ!」

 

「無駄だと言ったのが(わか)んねえのか!」

 

しかし、防御に回って身動きの取れない事を利用し、鈴音は距離を詰め(おの)得物(えもの)を振るう。

 

「ちッ!」

 

「あたしの武器は衝撃砲だけじゃ無いってぇ、の!」

 

 甲龍のマニュピレーターが高速回転を始め、捕まれた偃月刀(えんげつとう)もまた高速回転を始める。

小鳥に向けて換気扇(かんきせん)のように回転する刃が(せま)る。

モロに受ける訳にはいかない。大剣を振り上げ(やいば)(やいば)を重ねるが、()形状(けいじょう)運動(うんどう)方向性(ほうこうせい)(あい)まって、小鳥の剣は上にかち上げられる。

 

「ぐゥっ!」

 

「まだまだ行くわよ!」

 

 ()り返し振り下ろされる高速の(やいば)(くる)(まぎ)れに剣を返す小鳥だが、その(たび)に大剣は(はじ)かれ(くび)皮一枚(かわいちまい)(つな)げるのが精一杯(せいいっぱい)だ。

弾かれる度に開く距離、得意気な鈴音の表情、苦しさを隠さない小鳥の表情、そのそれぞれが鈴音にとっては好ましく、小鳥にとって好ましくない状況を表していた・・・・・・。

 

 

 

・・・・数分後(すうふんご)・・・・

 

 

 

 

「━━━あのヤロウほぼゼロ距離で衝撃砲バカスカうちよってからに・・・」

 

 戦闘開始から数十分後、ピットに戻った小鳥がいの一番に口にした言葉は、そんな悪態(あくたい)台詞(せりふ)だった。

一時(いちじ)は鈴音の衝撃砲を攻略せしめた小鳥だが、結局はエネルギーの拡散が出来るのは(アイアス)だけだ。それを見抜(みぬ)いた鈴音が小鳥に対し付かず離れずの距離を保ち続け、インファイトを仕掛(しか)けてきたのだ。

 

結局(けっきょく)結末(けつまつ)としては二振りに戻された双天牙月(そうてんがげつ)によってアイアスが取り上げれられ。後はほぼゼロ距離で衝撃砲を乱射(らんしゃ)され、小鳥の敗北(はいぼく)決着(けつちゃく)がついた。

陰様(かげさま)、銀影のアーマーは所々(ところどころ)がヘコみ、小鳥自身(じしん)にも軽い(あざ)散見(さんけん)される。

 

「はぁ、『直す』つっても、タダじゃねえしな・・・」

 

 肩アーマーに目をやり、ため息を吐く小鳥。

奇跡的に『眼』ような光学センサーに被害は無いが、その装甲(そうこう)には少なくないヘコミがあり、戦闘の激しさをもの(がた)っていた。

小鳥自身、鈴音の、甲龍(シェンロン)のスペックを見定めるにあたって機体ダメージは必要経費(ひつようけいひ)だと思っていたが、この手のヘコミ傷は考えていなかった。

 

()られた()たれたの傷だったら余計(よけい)なの(けず)って補修材(ほしゅうざい)()きかけりゃ()むがヘコミ傷はなぁ・・・」

 

 斬り傷や弾痕(だんこん)等の傷は装甲の一部が無くなっている為、補修材で傷を埋めても相殺される為、重量やらに違いは出ないが。ヘコミと言うのは(たち)が悪く、本来の装甲(そうこう)が沈み込んでいる為、補修材で傷を埋めた場合、補修材の重量が丸々プラスされる他。材質的な強度、硬度の差によって受けたダメージが(いびつ)拡散(かくさん)して、最悪パーツが丸々一(まるまるひと)つオシャカになってしまう。

 と、なってくると。ISの自己修復(じこしゅうふく)でヘコミが埋まるのを待つか、ヘコんだパーツを入れ換える必要がある。

 

「・・・パーツ換装(かんそう)手間(てま)もカネもかかるしなぁ」

 

 小鳥は専用機持ちではあるが、どこかの支援(しえん)を受けている訳ではない。一応(いちおう)持倉技研(もちくらぎけん)予備(よび)パーツはあるだろうしIS学園側でいくらか支払ってくれるだろうが、それでも小鳥に何の出費(しゅっぴ)も無いとは考えられない。

その上、手続(てつづ)きの手間(てま)も考えるとパーツの入れ換えは正直(しょうじき)やりたくない。

 

仕方無(しかたな)い」

 

 そう言った小鳥は、ピットの固定機(ハンガー)銀影(ぎんえい)固定(こてい)させると、一人銀影から()び降り、こう続けた。

 

「作るか、予備パーツ」

 

 肩のセンサーカバーや、スラスターノズルのような精密(せいみつ)なパーツの方は自己修復に任せるとして。腕部アーマーや胸部の可動パーツは自分でも作れる。

面倒臭(めんどうくさ)い事になったと言いたげな声音とは裏腹に、久方ぶりに機械弄(きかいいじ)りが出来(でき)ると晴れやかな表情(ひょうじょう)だった。








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他者(たしゃ)(ため)(さく)






 小鳥(おどり)(りん)模擬戦(もぎせん)から三日(みっか)()ち。その日まで四日と言うこともあって、校内はクラス代表対抗戦の話題で持ちきりだった。

 そのクラス代表の一人である一夏(いちか)は、放課後(ほうかご)特訓(とっくん)(おこな)うべく、箒、セシリアと一緒に、夕焼けに染まる廊下を抜け、第三アリーナに向かっていた。

 

 いつもならそこに小鳥が居るはずだが、どうやら鈴から受けたダメージが響いているらしい。『今日は整備室でやる事が有る』と言って特訓に付き合うのを断っていた。

 

「来週のクラス代表対抗戦に合わせてアリーナの調整がされるから、訓練は今日で最後だな」

 

 (うす)緊張感(きんちょうかん)()びた声音(こわね)で話しかけて来る箒。

 学園生活が始まってから一ヶ月(いっかげつ)が経ち、女子生徒のテンションも落ち着いてきたのだろう、(ほうき)(たち)と一緒に歩いていても好奇(こうき)の眼で見られる事も無くなって来たし、毎度(まいど)のような質問責(しつもんぜ)めも無くなっている。

 

「IS操縦も(さま)になってきたのだ、完勝(かんしょう)を期待しているぞ」

 

 いきなりハードルの高い期待を押し付けられる。

一応言っておくが、最近の特訓の時間をプラスしても一夏がIS学園で最も総合操縦時間(そうごうそうじゅうじかん)の短い人間なのは誰もが知る所だ。

『ようやく様になってきた』と言っても『様になってきた』だけで、勝負を左右できるほど腕が上がった訳でも無い。

 

「まぁ、わたくしが訓練に付き合っているのですもの。これくらいできて当然ですわ」

 

「ふん、中距離射撃型の戦闘法(せんとうほう)射撃装備(しゃげきそうび)の無い白式(びゃくしき)の戦闘で役に立つものか」

 

「あら、そう言う意味であれば箒さんの訓練だって、ISを使わないのであれば実戦とは関係無いでしょう?」

 

「ふん、『(けん)の道は(けん)から』と言う、(けん)は全ての()の基本だ。それが出来れば実戦などせずとも━━━」

 

「さぁ一夏さん。今日は無反動旋回(ゼロリアクトターン)の復習をしましょう」

 

「ええい、この!話を聞け、一夏!」

 

「俺は聞いてるっての!」

 

 ぐい、と(うで)()()られ当惑(とうわく)する。

セシリアが勝手(かって)に話していただけで一応(いちおう)(ほうき)の話も聞いていたのだが、(あき)らかに理不尽(りふじん)である。

 気を取り直して、ピットに(つな)がるドアセンサーに()れる。

指紋(しもん)静脈認証(じょうみゃくにんしょう)(とも)確認(かくにん)され、ドアが空気の抜ける音を上げ開く。

 

・・・そうしてピットに進むと、見知った顔が、あと多分今一番(たぶんいまいちばん)話をややこしくするであろう顔が居た。

 

「待ってたわよ!一夏!」

 

 セカンド幼なじみこと(りん)がそこに()た。

一応、このピットは一組の割り当てになっていて、二組の鈴がここに忍び込める筈は無いのだが。

 

何故貴様(なぜきさま)がここに!?」

 

「ここは、関係者以外(かんけいしゃいがい)は立ち入り禁止ですわよ!」

 

 箒とセシリアの二人が疑問(ぎもん)()()けるが、それを「はん」と鼻で笑い。当然の事のように鈴は続ける。

 

「あたしは一夏の幼なじみよ、一夏関係者。だから問題無いわよね」

 

 そう言ってこっちに笑顔を向ける鈴。

いや、俺に言われても・・・。

 確かに鈴は自分と関係があるのだが、この場合『関係者』と言うのは1組の関係者を言うのであって、個人的な関係を()す訳ではないと思う。

 

「ほう、どういう関係か聞きたいものだな・・・!」

 

盗人猛々(ぬすっとたけだけ)しいとはまさにこの事ですわね・・・!」

 

(おぉう、(なに)(おこ)ってんだ?)

 

 良く分からないが、両隣(りょうどなり)に立つ二人が怒っている。

セシリアがどうなのかは知らないけど。キレたら(こわ)(ほうき)が居るし、怒りを(おさ)えて()しいところだ。

 

「・・・・・・何か可笑(おか)しな事を考えていないか?」

 

「いえ、何も、(まった)く」

 

 やばい、バレてる。

 

「絶対考えているだろう!」

 

ああ、こんなにも怒って欲しくないと(ねが)ってるのに、箒が怒って()()って来る。

 が、箒が(つか)みかかる前に鈴が間に()って入ってきた。

 

「今はあたしが話てんの。脇役(わきやく)はすっこんでなさい。話が進まないから」

 

「な、私が脇役だと・・・!?」

 

 軽くショックを受け(だま)り込んでしまう箒。

相も変わらず、鈴は(まわ)りの空気を無視して話し続ける。

 

「で?あたしに対して何か対策は出来たワケ?」

 

・・・・・・対策?

 

「? 対策って何の事だ?」

 

 ピシリ、

何だか、亀裂(きれつ)が入る音がした気がした。

 

 対策なんて立てた覚えは無い。

恐らくは鈴の甲龍(シェンロン)(例のアレとややこしいから“こうりゅう”と呼ぼう)に対策の事を言っているのだろう。

しかし、小鳥が戦ったのを見ていたではあるが、それが元で作戦が出来たって訳ではないし、そもそも立てた覚えもない。

 

「なっ・・・!ほら、アンタのクラスメイトの男子があたしにケンカ()()けたでしょうが!あん時にアンタも()たし・・・あれぇ!?」

 

小鳥(おどり)は何も言わなかったぞ?」

 

 しかし、一夏のキョトン、とした表情(ひょうじょう)に変わりはなく、鈴の困惑(こんわく)(きわ)まるばかりだ。

 

「あ、アンタバカなの!?」

 

「バカってなんだよ!」

 

「当たり前でしょ!あんなにこれ見よがしに戦ってたんだからデータのひとつくらい取って(なん)か作戦とか考えるのが当たり前でしょうが!!」

 

「そ、そうなのか?」

 

 そう言われると確かにそんな気がする。

小鳥も『戦いは情報を多く集めた方が勝つ』とか言っていたような覚えもあるし、鈴の言っている事は正しいのだろう。

 しかし、納得(なっとく)している(ところ)に向けて鈴の言葉はまだまだ続く。

 

「はぁ・・・アンタホントに勝つ気あるの?」

 

「むっ・・・。当たり前だ、あるに決まってんだろ」

 

 ちょっとカチンと来た。

バカとかアホとかならまぁ今までの事もあるから反論(はんろん)出来(でき)ないけど、勝つ気が無いだなんて勝手に言われるのは心外(しんがい)だ。

 

「へえ?じゃああたしに勝つって気なの?言っとくけどあたし強いわよ」

 

「ああ、どんなに強くったって関係ねえ。お前には必ず勝ってやる」

 

 ()言葉(ことば)()言葉(ことば)、鈴の警告(けいこく)に対して一夏も勢い良く啖呵(たんか)を切る。

しかし、言い合いは終わらずむしろ激化(げきか)・・・もとい悪化(あっか)していく。

 

 

~~~ここからはダイジェストでお送りします。

 

・・・・・・・・・・・・

 

「良いわ、そこまで言うんなら掛けようじゃないのアンタとあたし、どっちが勝つか」

 

 

「おう上等だ。勝った方が負けた方に一つ命令権でどうだ」

 

・・・・・・・・・・・・

 

「ハッ、吐いた唾飲むんじゃないわよ」

 

・・・・・・

 

「じゃあ四日後だな。覚悟(かくご)してろよ」

 

「ええ、ええ楽しみにしてるわよアンタが(くや)しそうな顔してんのを見るのが待ち遠しいわ!」

 

 バタンッ

自動機能を無視してドアが勢い良く閉められる音。

 

 

 

・・・・その日の夕飯時(ゆうはんどき)・・・・

 

 

 

 

「・・・・・・そんなことがあってさ。負けられなくなった」

 

「━━━お前はバカなのか?」

 

 小鳥(おどり)端的(たんてき)に、シンプルに罵倒(ばとう)した。

食堂(しょくどう)の壁に向かって(そな)え付けられたテーブルで秋刀魚(さんま)頬張(ほおば)る一夏は世間話(せけんばなし)ついでに今日の出来事(できごと)を切り出していた。

 その顛末(てんまつ)を聞いた上で、溜め息も()きたくなったが、それ以上に約束の安請(やすう)()いに対する愕然(がくぜん)としたものが()ったので、溜め息より先に罵倒が飛び出してしまった。

 

「むっ、人の覚悟をバカ扱いすんなよ」

 

「悪かったな、『お前が』じゃなくて『お前等が』だったな」

 

「━━鈴の事までバカ扱いはするな」

 

 何か琴線(きんせん)()れたか、一夏の語調(ごちょう)(するど)くなる。

そこに千冬と似通(にかよ)った物を見て『似た者姉弟だな』と思いながらも、変わらない調子で答える。

 

「実際そうだろ。まともな神経(しんけい)をしていたのなら、どちらかが止めるだろうに。それが()(わら)のようにボーボー燃え上がりやがって、経緯(けいい)と言い約束(やくそく)内容(ないよう)と言い、二人揃(ふたりそろ)って小学生か」

 

 言いたい事は一通(ひととお)り言ったので喜多方(きたかた)ラーメンをすすり、歯切(はぎ)れの良い (めん)()千切(ちぎ)る。

 見れば一夏はうぐぐ、と苦虫を噛んだような表情になる。

肩を(すく)めた小鳥は、白々(しらじら)しく話題を切り換える。

 

「どうあれお前が勝たないといけない状況に代わりは無い。そう言うことだろう?どうだ、勝算(しょうさん)はあるか?」

 

 レンゲで(すく)ったスープを口に運ぶ。━━良い味だ。

一方隣の一夏は、(はし)を置いて腕を組み、考えを(めぐ)らせているようだった。

 

 しばらくして箸を取った一夏は、こちらに向き直りキリッとした表情で、

 

「分からん」

 

自信満々(じしんまんまん)に自信の無い発言してんじゃねぇ・・・」

 

 ゲンナリして竦めた肩を落としてしまう。

何だろう。虚勢(きょせい)を張らないのは結構(けっこう)だが、それは情けないぞ。

 

「・・・・・・後でお前の部屋に行く、勝ち方ってヤツを教えてやる」

 

 他の人間に聞かれて()らぬ誤解(ごかい)を受けないよう小声で一夏に伝え、(つと)めて無表情(むひょうじょう)にラーメンを(すす)った。

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 夕飯を切り上げ部屋に戻り15分ほど、自室のベッドに仰向(あおむ)けになり、小鳥は一夏言った“勝ち方”を考えていた。

 どうせこのまま()って置いても事態(じたい)好転(こうてん)するとは思いがたい、クラス副代表という立ち位置も考え、ここは参謀(さんぼう)としての務めを果たそう。元々(もともと)初めて一夏と組んだ時でさえ、作戦の立案(りつあん)指揮(しき)をやっていたのだから、それを再演(さいえん)すれば良いだけの話なのだ。

 鈴音(リンイン)の動き、武器、長所、短所、あらゆる情報が今は頭の中にある。その中から一夏の長所で突き破れそうな部分を探し、鈴音の動きを意識しながらどう突き破るかを想定する。

 

「・・・やれやれ、どうして他人(ひと)の為にこうも頭を働かしてるんだか」

 

 不意に、己がまるでその動きしか出来ないチェスの(こま)のように、無機的なモノのように思えた。

しかし、同時に頭の中に皮肉(ひにく)一節(フレーズ)が思い浮かんだ。

 

盤上(ばんじょう)(こま)は、自らの意思に関わりなく打ち手によって動く。

 

(俺は駒か?それとも打ち手?あるいは・・・)

 

 その両方か?そう考えかけ、皮肉気(ひにくげ)に顔を(ゆが)める。

たしかに、一夏や周りの状況を見張り作戦を立てるのは、打ち手の仕事だ。しかし、そう言う役割(ロール)に身を任せている自分は、丸切(まるき)り駒そのものではないか。

 

(()めだ()め。指揮官(しきかん)役割(やくわり)ならいざ知らず、打ち手だなんて(がら)じゃない)

 

 自分の出来る事で世界を回す、それで十分じゃないか。

泥のように沈み込む気分を振り払うつもりで、身体をベッドから()ね挙げる。

 

だとしたら、今の自分の仕事は一夏が勝つために必要な行動を考えてやることだ。

 

(どうせアイツがロクな策を思い付くとは思えんし)

 

 その心内(こころうち)(つぶや)きは、かなり侮辱的(ぶじょくてき)かつ傲慢(こうまん)な物だったが、実際に一夏が何か思い付くとは思えなかった。

 

一通り策を考えた小鳥は、(おの)が(名目上(めいもくじょう)の)君主(くんしゅ)━━━(ひそ)かに見下(みくだ)しているが━━にそれを伝えるため、隣人(りんじん)の元へ向かった。








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何をした!?(What's happening!?) 1/2







「うーす」

 

「あ~、オドリンだぁ~」

 

 小鳥(おどり) (ゆう)が己の専用機を修復に格納庫(ハンガー)に向かうと、一年のホープ、布仏(のほとけ) 本音(ほんね)が異常に遅い歩みでこちらに寄って来た。どうやら部屋に居るのは本音一人(ひとり)だったらしい。

 

ちなみにだが、この格納庫は二年の整備科(せいびか)が使用する為の物であり、一年の格納庫には無い3Dデータ出力装置(プリンター)併設(へいせつ)されている。

 小鳥はそれを使用する事を目的(もくてき)に、(まゆずみ)とのツテを利用(りよう)してこの格納庫を使わせてもらっていると言う訳だ。

 

本音(ほんね)?どうしてここに?」

 

 つまり、この場所を借りている小鳥がここにいるのは問題ないが、一年の本音がここにいるのはやや不自然(ふしぜん)な事なのだ。

 そう疑問に思い、当人(とうにん)にその(わけ)()う。

 

「えぇーっとねぇ~。整備科以外の人には~、喋っちゃダメだよ~?」

 

「あ?機密情報(きみつじょうほう)なのか?」

 

「うん。今ね~、IS学園独自のISを造ろうってプロジェクトがあr」「あーあー、何も聞こえないなぁー!!!!」

 

 耳を(ふさ)ぎながら大慌(おおあわ)てで本音の台詞(せりふ)(さえ)り、機密を聞いていないポーズを必死(ひっし)に取る。

 

「バッッッッカかお前は!!!?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?」

 

「ええ~?オドリン聞いてたよね~?ISのどくj」

 

 最早手段を選んでいる場合ではない、右手で本音の口を(ふさ)ぐ。

 

「聞こえねえって言ってるだろ!!お前も(だま)っとけ、()()()()()()()()()()()!!」

 

 そこまで言って本音の耳元(みみもと)に顔を()せて誰にも聞こえないような小声で(ささや)きかける。

 

「良いか。ここは国際的(こくさいてき)施設(しせつ)なんだ、()()()()()()()()()()。もしそんな事が明らかになってみろ。俺がでさえ予想がつかない事態が起こるぞ・・・それに」

 

 口から手を離し、顔を元の位置に戻して、普通の声で話を続ける。

 

「俺が機密情報を()らしたらどうするつもりだったんだ。軽いつもりは無いが、俺の口が重いなんて自信(じしん)は無いぞ」

 

 本当は自分の予想のつかない事態に巻き込まれたくないだけなのだが、上部(うわべ)だけでも心配するフリはしておこう。

 

「だいじょーぶだよ~。オドリンは嘘つきだから~」

 

「そいつは話さない事の理由じゃねえのか・・・?」

 

 そう言われた小鳥は、首を(かし)げながら本音を通り()して専用機に向かう。

 

「・・・・・・ま、何かあったらあったら俺に言え。気が向いたなら手伝(てつだ)ってやる」

 

「・・・うん、じゃあ~また~」

 

 背中の向こう側に振り向くことなく手を振って、小鳥は己がすべき事に歩いていった。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

「さて、補修パーツ()けてくか」

 

 Eカーボン製の(はこ)や板を取り出し、エネルギーコードに(つな)がれた銀影(ぎんえい)を見上げる。

 小鳥の格好は、カーキグリーンのツナギを着け、白いタオルを巻いた『いかにも』といった服装である。

三日前にボコボコになったスラスターノズル(など)の細やかなパーツは、自然修復効果(しぜんしゅうふくこうか)でかなり綺麗(きれい)になっているが。その一方(いっぽう)で大まかな装甲(そうこう)などは、設定(せってい)により修復を止めていた(ため)、その黒い総身は鈴音(りんいん)との戦闘でついた傷がそのままになっている。

 小鳥が取り上げた黒いパーツは、へこんだパーツがそうなる前のような形状(けいじょう)をしており、それらが銀影のパーツの複製品である事を示していた。

 

この三日間、小鳥は一夏(いちか)の特訓に付き合っていなかったが、それは銀影の補修に当てていた。

三日前に整備室の拝借(はいしゃく)をし、前二日でデータ設計と出力(しゅつりょく)を終えていた為、今日はそのパーツの組み上げ(アッセンブル)調整(ちょうせい)にやって来たのだ。

 

「何の不具合(ふぐあい)も無ければ良いんだが・・・」

 

 ある程度の失敗を覚悟して、一部のサイズを変更した設計データを用意(ようい)しているが、出来ることなら再出力の手間はしたくない。

 

次々と他のパーツを手に取り、それ同士(どうし)を組み合わせていく。

一つはパーツの模様が合うように、一つは(ねじ)り込むようにと、組み合わせていく内に装甲パーツがより大きくなっていく。

 

「パーツ同士の組み合いは良し、後は銀影にちゃんと引っ付くかだな・・・」

 

 足場を利用し、最も破損(はそん)の大きかった胸部装甲にまで登ると、組み上がったパーツを足元に置き、電磁性ドライバーガンを手に取る。

ドライバーガンから伸びるコードには、腰のベルトに留めてられるほどのサイズのバッテリーがあり、そのスイッチをオンにした小鳥は、拳銃に良く似たドライバーガンの回転部を装甲の隅に押し付ける。

 ドライバーガンの引き金を引くと『バシュン』と言う音が飛び、引き抜いた回転部の先には、(あま)りに細かいせいで側面が平らに見える極小(ごくしょう)のネジがあった。

普段はISの常温超電導効果で引き付けられていて回すことも叶わないが、磁界を乱すことで回しとる事が出来るのだ。

 

 それを十数ヵ所で繰り返すと、胸部の最も大きいパーツが外れる。

 

「いやー、一昨日(おととい)から見てたけど、見事だね小鳥くん」

 

 不意に、後ろから声が掛かる。

振り向いて見てみると、そこには小鳥に格納庫を貸してくれた(まゆずみ) 薫子(かおるこ)が居た。

声の主が誰か分かった小鳥は、作業に戻りつつ、変わらない調子で答える。

 

「当たり前だ。()三ヶ月前(さんかげつまえ)まで取ってた杵柄(きねづか)()ちるにはまだ早い」

 

 一応、腕が(にぶ)っているのは認めるが、それでも現在の整備科二年と同じかそれ以上の腕前(うでまえ)自負(じふ)がある。

それに、その鈍りもある程度の数をこなしてしまえば解消(かいしょう)される。

大きいパーツの下にあったパーツを外し、複製したパーツを組み込んでいく。

 

「で?何か用があるのか?無いのなら散って欲しいんだが」

 

 カチャカチャと工具箱(こうぐばこ)(あさ)りながらうざったそうに黛に()げる。

彼女は二年整備科において学年主席であり、その技量も確かだが、何もしないのであれば居ないも同然。まして観察されているとなれば、集中力が削がれる。

であれば居なくなってくれた方が助かると言うものだ。

 

「もー、ツれないなぁ。折角(せっかく)なら手伝ってあげようと思ったのにー」

 

「なら右肩左肩右腕左腕の順でパーツを(まとめ)めてくれ。その順で取り付ける」

 

「はーい」

 

 小鳥の出した指示通りにパーツを纏める黛、そうして少し時間が()った(ころ)、またもや黛が口を開いた。

 

「そう言えば小鳥君って、一組の副代表なんだよね」

 

「それがどうした」

 

「いや、今一夏君が篠ノ之(しののの)さんと剣道の試合してるって聞いてるんだけど。それって小鳥君の指示(しじ)なの?」

 

 その疑問に、少しの間無言になる小鳥。

 

実際、『お前が鈴音に勝てるとしたら近接戦くらいしかない』一夏に指示をだし、生身でも出来る特訓として剣道の対戦をさせている。

それを否定するメリットは無いし、肯定した所で何か問題が起こる訳でもない。

 が、気になる事が少し。

 

「・・・どうしてそう思った?」

 

 その指示は昨日の晩に『一夏の部屋で』した事である。

いかに“学園の壁には眼も耳も鼻もある”と本音(ほんね)に言った小鳥でも、流石(さすが)に個室のプライバシーは保たれていると思っている。

盗聴無(とうちょうな)しでその答えに(いた)るとすれば黛自身がそう言う考えをしているとしか思い至れなかったのである。

それに、ああ見えて黛も頭が悪い訳ではない。自分の頭でそれを考えられてもそう不自然な事ではないだろう

 しかし、返って来たのは想定外のものだった。

 

「いやぁー。それが私が思ったって訳じゃないんだよねぇー」

 

「成る程、受け売りか」

 

 真顔(まがお)平淡(へいたん)な声で黛に返す。

その指摘を受け頭を軽く()きながら苦笑いする黛。

 

「あはは、そう言うこと。たっちゃんが『一組の実質的な頭脳は小鳥くん』だーって言ってたし」

 

「━━待て、“たっちゃん”とは?」

 

 恐らくは(なにがし)かの渾名(あだな)なのは理解出来(りかいでき)るが、何せ二、三年の名前は覚えていない。渾名からその本人の特定出来(とくていでき)ないのだ。

 

「えーっと。更識(さらしき) 楯無(たてなし)って知ってる?」

 

「・・・聞き覚えは()る。誰だかは知らんが」

 

「それは仕方ないかも。今年は色々とゴタゴタがあったからそんなに挨拶(あいさつ)とかもやってないからね」

 

「んで?何者なんだソイツは」

 

 (いぶか)しげに問い返す。しかし、それに答えたのは黛ではなかった。

 

「あら。おねーさん有名人のつもりなんだけどなぁ」

 

 格納庫に小鳥のでも黛のでもない声が響く。

声のした方を見ると、そこには閉じた扇と(おぼ)しき物を片手に微笑(ほほ)えむ二年の女生徒が居た。

 

「━━自分で有名人だと口走るという事は、お前が更識(さらしき) 楯無(たてなし)で良いのか?」

 

「あら悪い子ね。年上には敬語が基本でしょう?」

 

「だったら自分が何者なのか明らかにするのが先じゃないか?」

 

「ふふっ、それもそうね」

 

 (恐らくは)楯無本人(ほんにん)科白(せりふ)に対し、間髪入(かんはつい)れず言い返す。

 そうすると、不敵な笑みを浮かべ、求めに応じて自己紹介を始めた。

 

「私は二年の更識楯無、君の先輩にしてこの学校の生徒会長(せいとかいちょう)よ」

 

「・・・・・・」

 

 (いぶか)るように楯無を見て、警戒心全開の声音で問い返す。

 

「で、俺に何の(よう)だ?」

 

 そこに敬語は無い。

 

「あらー?一応自己紹介(いちおうじこしょうかい)したんだけどなぁ?」

 

「はいはい、(おな)歳未満(どしみまん)の奴に敬語を使う気は無い」

 

 何かしらの世話になってるわけでもないしな。と続けて足場から楯無を見下ろす。

その半開きの眼は小鳥(ことり)と言うよりは猛禽(もうきん)のそれに近く。おおよその人間が見れば尻込(しりご)みをしてしまうだろう。

しかし、何の()()も見せず、楯無は小鳥の元に(あゆ)()る。

そして足場の元にまでやって来た楯無が立ち止まったかと思うと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ッ・・・!?」

 

「うふ。驚いた?」

 

 小鳥の顔を見上げるように(のぞ)()む楯無、一歩退(いっぽひ)いて(まゆ)(ひそ)めたまま小鳥も彼女の顔を見返す。

 

「驚いたではあるが・・・。さて、俺の質問に答えて貰おうか。俺に何の用だ?」

 

 むしろ()した警戒心(けいかいしん)のままに、問い返す。

 

 一見すると楯無は悪戯(いたずら)な猫を思わせるが、その(じつ)、小鳥からすれば油断(ゆだん)(すき)(すき)さない肉食獣(にくしょくじゅう)(ひとみ)の奥に見え隠れしていた。

小鳥が無表情に問うのに対して、楯無は笑みを浮かべながらその問いに答える。

 

「ふっふっふ。何だと思う?」

 

「はっはっは質問に質問で返す方がマナー違反だろ」

 

 珍しく大口を開けて笑ったかと思えばそのままの口調で毒を吐き出す小鳥。

これは一本取られたとばかりに扇で頭を叩いて楯無は答える。

 

「あっはっは、これは失敬(しっけい)。じゃあ本題に入ろうかしらね」

 

 本当なら用の内容など聞かず『帰ってくれ』と言うところだったが、この手の人間は相手の都合(つごう)事情(じじょう)など気にしない傾向(けいこう)がある。聞くだけ聞いて帰って(もら)おう。

 話を切り出す楯無を横目に見ながら、銀影に新しい胸部装甲を()()む。会話に耳を傾けていた為に気がつかなかったが、どうやら上手く行っているらしい、何の問題も無く組み着いていた。

 

単刀直入(たんとうちょくにゅう)に言うけど、小鳥くんの事を知りたいのよねぇ」

 

「マジで単刀直入だなオイ」

 

 あれ(ほど)はぐらかしていた割にはあっさりと核心(かくしん)を話す為に拍子抜(ひょうしぬ)けしてしまう。先程までの(にら)み合いがバカみたいだ。

(あき)れ半分に返答しながら工具箱(こうぐばこ)(あさ)り、新品の極小ネジを探す。

 

「とは言え、たーだ話し合っただけじゃ解りづらいしねぇー。どうしたら良いと思う?」

 

「・・・聞く側が疑問符(ぎもんふ)を出してんじゃねえ。話を出すなら話題を作ってからにしろ」

 

 完全に呆れた様子で溜め息を()く。

しかし、その眼はまだ警戒を解いていない。どんなに間抜けのフリをした所で、彼女が小鳥を実質的な一組のブレーンだと見立てた事に変わりは無い。

今は優先順位(ゆうせんじゅんい)第二位(だいにい)の話題だが、それについても後々(のちのち)聞くつもりでもある。

 とは言え話が進まないのでは話にならない。極小ネジを20本程取り出して楯無に()げる。

 

「・・・俺から話す事は何も無い。お前が聞きたい事だけ聞け。返せる物だけ返してやる」

 

「あら(ふと)(ぱら)。結構気前(きまえ)良いのね」

 

「別に、早くお前に帰って貰いたいだけだ。それに俺もお前に聞きたい事がある、それに答えて貰う事前提で話して貰うぞ」

 

「・・・そうねぇー。どうしよっかしら♪」

 

「じゃあ話は終わりだ帰れ帰れ」

 

「やーん、冗談だってば」

 

 わざとらしい楯無の態度に取り合う積りは無い。相手がマイペースを貫こうと言うならこちらもマイペースで行かせて貰おう。冗談など皮肉(ひにく)で世界を(わら)う時で十分だ。

 楯無が注文通りに質問を投げた。

 

「じゃあ一つ。小鳥くんはどうしてIS学園に来たの?」

 

「・・・IS学園以外に行きたくなかっただけだ。企業も軍も研究所も御免な上、俺には整備士の方が性に合ってる」

 

 吐き捨てるように言い、ネジで装甲を留め始める。

がしかし、唇に指を当てた楯無が追及(ついきゅう)を始めた。

 

「うーん、それだったら小鳥くんがそれまでいた専門校に居たら良かったんじゃない?」

 

「━━軍事しか魅力の無い場所だったからな、それが理由で発展した街だったし、()()()()()()()()に飽き飽きしていただけだ。ただ、」

 

「ただ?」

 

 聞き捨てならないことが一つだけあった。

ドライバーガンを下ろして作業を止める。

 

専門校だなんて誰が言った?

 

・・・無論(むろん)そこに行き着く為のヒントはあった。

小鳥が同い年未満に敬語は使わないと言った(少なくとも18歳を越している)事。

ISの整備士・技師(ぎし)を目指していた事。

軍や研究所には行きたくない(所属していない)と言った事。

 

 裏の意味を読み取ればそれだけで十分に把握(はあく)できる。

後は黛辺りから聞いたと言う可能性もあるが、であれば恐らく二日以内に学園中(がくえんじゅう)で騒ぎになっているだろう『小鳥 遊は少なくとも18歳以上だ』と。

しかしそんな(うわさ)は耳にしてない。噂が立っていたのなら、恐らく当事者である小鳥自身にも届くだろう。

 

「・・・いや、何でもない。下らない事だ」

 

「ええー?そこまで言って何も無いって事は無いでしょう」

 

「有ろうが無かろうが、話さないと言うだけの話だ。言っただろう()()()()()()()()()()()と」

 

 言って、作業を再開させる。

 恐らくはここで楯無にそれを聞いてもはぐらかされるだけだ、あるいはそれ以上に厄介(やっかい)な事にさえなりかねない。雄弁(ゆうべん)(ぎん)沈黙(ちんもく)(きん)とも言う、下手に口を開いて情報を抜かれるのなら口を開かない方が良さそうだ。

 

「・・・ふーん、何となく小鳥くんの事が解ってきたわ」

 

「・・・━━」

 

 何をどう解ったのかは知らないが、何か解ったらしい。







 今回話題に上がった通り小鳥は(すで)に高校を卒業しており、四年生の専門校に通っていた経歴(けいれき)があります。
ちなみに童顔(どうがん)のせいで気付かれづらいが(とし)は現在23歳で、生徒よりも教師陣(きょうしじん)の方が歳が近かったりします。




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何をした!?(What's happening!?) 2/2







・・・正直、止めて欲しい。

 

別に痛む腹はないが、かと言ってこそばゆい程度には構う部分もある。面倒臭(めんどうくさ)さも手伝ってこれ以上情報を取得される事には抵抗を覚えてしまう。

 

「小鳥くんって、多分『良い人』ね」

 

「は?何言ってんだ?」

 

 自分が『悪い人』だと言う気は無いが『良い人』だなどと言われる覚えは無い。

 

「どんな理由でそんな事を言っているのか知らんが、それはどうとも言えんぞ」

 

「いやいや。それは小鳥くんに自覚が無いだけで、本当にそうとは限らないわ」

 

 他人(ひと)にしか解らない事もあるからね。と続け、楯無はまた口を開いた。

 

「さっきだって『返せる物だけ返すから返さない』って言ったけど。それって私を(だま)(つも)りは無いってことでしょう?」

 

「騙す積りが無い・・・と言うよりは、嘘を言った所で意味が無いだけだ。仮に言ったとして、嘘で隠した事実(隠したいモノ)はいずれ(あば)かれる。()()()。特にお前は洞察力(どうさつりょく)が高い。即座(そくざ)に暴かれるくらいなら、言わない方が建設的(けんせつてき)だろう?『沈黙は金だ』と言うしな」

 

 そう言ってドライバーをホルスターに戻し、楯無に向けて皮肉気に笑う。

パーツを取ろうと、その方へ振り返って見てみると、(まゆずみ)が見当たらない。どうやら自分の立ち入る場所が無いと悟り、格納庫(ハンガー)から退出していたらしい。

 とは言え(たの)まれていた仕事はキッチリとこなしていたようだ、床には各部位(かくぶい)()けられた装甲(そうこう)パーツが転がっていた。

 

「で?お前が知りたい事は以上か?なら俺からの質問に答えて貰うぞ」

 

 言って足場の柵に手を掛けると、一足で柵を飛び()え、硬質(こうしつ)の床に勢い良く着地(ちゃくち)する。

 

「構わないけど、おねーさんの秘密は高くつくわよ」

 

「はんッ、その為の対価は(すで)に払った。お前は俺の『IS学園に来た理由』『俺の人柄』少なくとも二つの情報を入手している」

 

 転がっているパーツを手に取り、それを組み合わせながら、自らの論拠(ろんきょ)(しめ)す。

 

等価交換(とうかこうかん)だ、俺は二個以下の情報をお前から取得する権利がある」

 

「なるほど、それなら理屈(りくつ)も通るわね」

 

 ふんふんと(うなづ)いて微笑(ほほえ)んだ楯無は、にこやかな表情をになり質問を(うなが)す。

 

「じゃあ、小鳥くんの質問をどうぞ?」

 

「━━━」

 

 ()(ほど)、それがお前のポーカーフェイスか。俺には出来そうにもない芸当(げいとう)だな。

口に出さず、心の内で独白(どくはく)する。

元より真似(まね)する気は毛頭無(もうとうな)いが、ポーカーフェイスをここまで綺麗に使いこなす奴は初めて見る。

・・・それにしても

 

(本当に高校生なのかコイツ)

 

 小鳥自身、これまでの二十年近い人生で何の波乱(はらん)も無かった訳でも無かったが、それでも無表情(スカーフェイス)を通すのが精一杯(せいいっぱい)である。

 

・・・それはさておき

 

「どうして俺に構う?確かに俺は世界に三人の男性IS乗りだが、だから言って俺に構った所で然程(さほど)旨味(うまみ)はあるまい」

 

「あら、私があなたに一目惚(ひとめぼ)れしてるかも知れないわよ」

 

「一目惚れしてる奴はそんな台詞を吐かん。・・・と、そんな事はどうでも良い。俺の質問に答えろ」

 

 楯無に話のペースを(にぎ)らせてはいけない。再三(さいさん)心に(きざ)んだ文言(もんごん)心中(しんちゅう)(つぶや)き、マイペースを貫く。

 と、釘を刺された楯無は大人しく小鳥の問いかけに応える

 

「小鳥くんに構いに来たのはね。確かめる為よ、小鳥くんがどれ程の人間なのか」

 

 よいしょ、と楯無も足場から跳び降りる。

小鳥の着地とは違い、その足取りは軽く、音は小さい。

 

「ほぉ?上から目線で『査定(さてい)しに来た』とは恐れ入った。で?今の所俺は合格か?」

 

弁舌戦(べんぜつせん)なら及第点(きゅうだいてん)って所かしら。人間性は良い感じだと思うわよ?」

 

 そんな似合わない台詞を言われれば、苦々しい顔を浮かべるしかない。

 

「・・・そりゃどうも。と言うことは俺の査定はまだ終わっていないと言う事で良いんだな」

 

「もちろん」

 

「なら、次は何を図る?」

 

 当たり前のように発せられた問い掛けに、当たり前のように返答が続く。

少しの間の後、楯無が口を開いた。

 

「次は、小鳥くん自身の戦闘力、かな?」

 

「ッ・・・!?」

 

 咄嗟(とっさ)に身を(かが)める。

その直後頭の上を楯無の掌底が飛んだ。

 

「ふッ!」

 

反射的に(つか)んでいたパーツを床に置くと、一息に跳び退く。

悪態を吐きたいところだが、そんな事を言っている暇は無い。

低い姿勢のまま楯無の居る場所を睨むと、目に写るのは眼前に迫る楯無の膝。

 

「くッ!」

 

 必死に首を右に振って顔面への一撃を回避するが左の頬骨(ほおぼね)(かす)め、その勢いで身体全体が格納庫(ハンガー)の硬い床を転がる。

 

「だっ・・・はッ!」

 

 勢いを殺さず、楯無に正体(せいたい)する形で立ち上がる。

相対(あいたい)する楯無は、なんの事も無かったように立っていた。

 

(クソッ・・・!いきなり殴りかかって来やがって・・・!)

 

 『戦闘能力を(はか)る』と言うのは、小鳥自身が狙われる想定の元、襲撃を受けた際の事を考えてるのだろうが・・・。

 

「メチャクチャだな・・・」

 

 剰りに唐突な話の流れに悪態(あくたい)をつきたくなる。

 右手で左の口元(くちもと)(ぬぐ)い、吐き捨てる様に呟く。

 それが聞こえていたのか、開いた扇で口元を隠しながら楯無が笑う。

 

「あら、今頃気付いたの?」

 

「うっせぇ。再確認だっての」

 

 値踏(ねぶ)みどうこうは本当にどうでも良いのだが、一方的(いっぽうてき)()られて黙っていられる程、大人(おとな)しくはない。

ドライバーガンとバッテリーのホルスターを兼ねたベルトを外し、頭のタオルを左手に巻き付けて、両手を握り、臨戦態勢(りんせいんたいせい)に入る。

 

「大人しく一発くらい殴らせろよ?」

 

 右手を前に、左手を脇に溜める。

その構えに何か引っ掛かったのか、楯無が問い掛ける。

 

「ふーん、何か格闘技やってたの?」

 

「それに答える義務は無い」

 

 先の3コンボは不意打ちが起点(きてん)だったが、3手分(てぶん)を受けっぱなしだったのは間違いない。

 楯無に一手取られれば、それは三手取られたのと同じ意味になる。

 

((すき)を作ればそこを突かれる・・・。不用意(ふようい)(しゃべ)る訳には行かんな)

 

 緊張の糸を切らさず、楯無の動向を(うかが)う。

こちらから攻めるような()は犯さない。

『攻撃は最大の防御だ』と世の昔誰かが言ったらしいが、それは敵との力量に開きが無いか、もしくは敵より優位にある場合のみである。

こちらは確かに殴り合いに慣れてはいるが、恐らく楯無の方が格上だろう。

(くわ)えてこのアドバンテージの取り(よう)のないMAPだ。こちらから動けばまず間違いなく先手を取られる。

先述(せんじゅつ)したように楯無の一手は三手に等しい。

そしてふざけた事に1=1×3=3×3=9×3=27×3=81×3=243×・・・と、無限に楯無のターンが続いてしまいかねない。

 

「やる気になったみたいね?さあ、遠慮なく来なさい」

 

「断る」

 

「あらそう」

 

 小鳥が動かない意図を理解した楯無、

とすれば普通は注意しながら攻め掛かって来るだろうが、この破天荒女(はてんこうおんな)なら・・・

 

「じゃあ遠慮(えんりょ)なく♪」

 

(だろうなッ!)

 

 間違い無く、予測を超える動きをしてくるだろう。

案の定、楯無はこちらへ向けて突っ込んで来る。

 

「く・・・ッ」

 

  楯無の左手による三連の牽制(けんせい)を右手で払い、開いたガードを()う様に()り出される右のストレートを返す手で(はた)き落とす。

左足のローキックをジャンプで(かわ)し、右足を振り上げてキックを放ち距離を開けさせる。

 

「思ったよりやるわね」

 

「・・・━━」

 

楯無が何か言っている。もう声は聞こえない。

口は開かない。そんな(いとま)は無い。

握り拳を更に強く握る。息を吐くな。

相手の一挙足(いっきょそく)注視(ちゅうし)する。集中を切らすな。

 

裏返るカクテルは、音の聞こえなくなるのさえ聞こえさせない。

 

(・・・驚いた。極限(きょくげん)まで集中してる・・・“拍子(ひょうし)”の()が見当たらない)

 

 人には呼吸(こきゅう)鼓動(こどう)、様々な生体(せいたい)リズムからなる“拍子”と言うものが存在する。

緊張や集中を常に張り続ける事は難しく、息を吐き出す際にどうしても切れる、もしくは(ゆる)んでしまう。その弛みが訪れる時間間隔を“拍子”と呼ぶのだ

中華拳法の太極拳(たいきょくけん)などは、呼吸法や『型』を用いて“拍子”を制御する事を可能としているが。

しかし、小鳥のそれは制御されているのではなく、()()()()()()()

意図的にか、それとも極限の集中の副産物か。呼吸が止まって拍子が見えなくなってるのだ。

 

(意図的にならとんでもないし、天然だったらもっととんでもないわよ)

 

 だからと言って攻め手を弛める積もりは無い。

何故なら。

 

「ねぇ、小鳥くん。IS学園の生徒会長ってどうやって決められるか知ってる?」

 

「━━━━」

 

 例によって小鳥は答えないが、楯無は続ける。

 

勿論(もちろん)、最終決定は生徒一人一人の民意で決定されるんだけどね?その前段階、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう、それは

 

「IS学園の生徒会長は、生徒の長であり、その存在は()()()()()━」

 

 一足飛(いっそくと)びで小鳥の懐に飛び込む楯無。

 

「━とね!」

 

「フン!」

 

 胴に向けて繰り出される掌底(しょうてい)を左手を使って手首から(はじ)き返す。

続けざまに繰り出される右の回し蹴りを(かが)んで(かわ)す、しかし、楯無は勢いを殺さず左足で蹴りを入れる。

 

(掌底(しょうてい)からの回し蹴りによる接続技(せつぞくわざ)・・・!?コイツ、ボクシングスタイルだけじゃなく東洋武術にも心得があるのかッ!)

 

 右腕を蹴りの射線に構え直撃は防ぐものの衝撃は殺せない。その勢いで更に後方に押されてしまう。

だが、先と違い楯無は体勢を立て直す(ひま)すら(あた)えない。

跳び退がった小鳥に一足(ひとあし)で追い付き、跳び回し蹴りを放つ。

 

「グ・・・っ!」

 

 左腕で防ぐが、ガード諸共(もろとも)吹き飛ばされそうな重さに苦悶(くもん)の声が()れる。

右足で踏ん張り、何とか蹴り飛ばされる事は無かったがまだ終わりではない。

 跳び回し蹴りから着地した楯無は回転をそのままに小鳥の足を(はら)う。

右足は踏ん張っていた事が(さいわ)いし転倒(てんとう)(まぬが)れたが、それでも体勢は崩れる。

 しかも楯無の回転はまだ止まらない。

もう一度右の回し蹴りが飛ぶ。

 

「あぁ・・・っ、がァッ!」

 

体勢が崩れた状態では防御が追い着かない。中段蹴(ちゅうだんげ)りを腹に()らい肺の空気が一挙(いっきょ)()ける。

 蹴り飛ばされ床をゴロゴロと転がり、2m程の所で仰向(あおむ)けに停止する。

 

「っ、は!」

 

 空気不足の肺が膨らみ、体内に酸素を取り込む。

しかし、悠長に呼吸をしている暇は無い。

 楯無が顔面に向けて足を振り下ろしているから。

 

「ッ!」

 

 遮二無二(しゃにむに)身体を回して踏み潰す足から逃れ、必死に立ち上がる。

足を振り下ろした楯無は、スカートを押さえて一言。

 

「やぁん、下着見えちゃった?」

 

「ああ、眼福(がんぷく)だったよ」

 

「えっち~」

 

「ミニスカで、そんな事、する奴が悪い」

 

ヒューヒューと切れた荒い息を繰り返す。

それでも軽口を絶やさないのは、本人の才能かあるいは元々の性格からか。

しかし、

 

「それもそうね・・・」

 

 そう言って()()()姿()()()()()

 

(すき)あり♪」

 

(しま・・・ッ)

 

 気付けば、楯無の姿が目と鼻の先、掌底を構えてそこにあった。

 これが、拍子の間を縫う行動。『無拍子』である。

(あわ)てて防御しようと、腕を動かし、

 

「!」

 

 腕が、動かない、

 

(さっきの二撃で・・・ッ!)

 

 (しび)れに近い違和感(いわかん)が走り、両腕が動かなくなっている事に気付く。

 先の蹴り二発をモロに腕で受けてしまった為か、両腕が動かないのだ。

 

(ク、ソ・・・がぁぁああ!)

 

心中で呪詛を叫ぶが、両腕の動きでは最早防げない、この一撃を喰らえば、今度こそ意識を失いかねない。

 

自分一人ではこう言った対処出来ないと言う事実にしたくない。と言うのもあるが、何よりこんな奴に負けたくない

 そんな心象など知らないとばかりに、楯無の(てのひら)が腹に届く

 

(はず)だった

 

「は?」

 

「━?」

 

 確かに、楯無の掌は小鳥の腹に接触し、その力を小鳥の腹部に伝えていた。

ただしその力のほとんどが銀影の胸部装甲に(さえぎ)られていたのを除けばの話だが。

 

「銀影・・・!?呼んでないぞ!!」

 

 展開の命令はおろか、待機状態(スタンバイ)にすらしていなかった銀影の装甲が小鳥の胸部を覆っていた。

銀影の方を見てみると、胸部装甲だけが無くなっていた。

 目の前の楯無の顔を見てみると、さしもの彼女も(おどろ)いているらしい。(がら)にも無く(ほう)けた顔をしている。

 

「・・・ふ、フン!」

 

 動きづらい右腕を無造作に振るい、楯無の肩口辺りに素人の手刀(しゅとう)を叩きつける。

ゴン!と、人間の筋肉由来(きんにくゆらい)(やわ)らかい感触(かんしょく)の奥から(かた)く、(にぶ)い音が手を通して伝わる。

 

「きゃあっ!」

 

「・・・あれ?」

 

 まさか当たるとは思っておらず、今度はこっちが豆鉄砲(まめでっぽう)を喰らったような顔をしてしまう。

その上あまりに軽い感触で楯無が飛んだので、『もしかしてISのパワーアシスト入ってる?』と思ってしまう。(残念ながらヘッドギアが無い為確認のしようも無いが)

 

「だ、大丈夫か楯無!?」

 

 倒れこむ楯無。

バイザーが無いからハイパーセンサーからの情報は無いし、銀影はウンともスンとも言わないので、楯無に直接聞かなければ安否(あんぴ)が解らない。

 胸部の装甲だけはっ()けたまま、急ぎ楯無に歩み()ると、すっくと楯無が自分の手で上体(じょうたい)を起こした。

その表情は先と同じ様に驚きに呆然(ぼうぜん)とした物で、その視線は小鳥の胸の(あた)りに(そそ)がれていた。

 

「・・・何をしたの?」

 

「へ?」

 

 唐突(とうとつ)な問いかけに、思わず間の抜けた返答をしてしまう。

 

「だから、何をしたのって聞いたのよ」

 

「何と言ってもな・・・手刀?」

 

 自分でも的外れな事を言っているのは十分承知(じゅうぶんしょうち)しているが。今、小鳥自身が明瞭(めいりょう)に説明できる行動はそれくらいだ。

 

「そっちじゃなくて、そのアーマーの事よ」

 

 ピッと楯無が()すのは小鳥の胴体、銀影の胸部装甲だ。

その意図(いと)を理解した小鳥は、頭を()きながら答える。

 

「俺にも解らん。楯無の攻撃を防ごうとしてたら、いつの間にかこんなんなってた」

 

 解らない事には素直に『解らない』と答えるしかない。

状況証拠的(じょうきょうしょうこてき)に、銀影がこちらの求めに応じて防御の手段を寄越してくれたらしいが。

 

「聞いたこと無いわこんな事例・・・」

 

「だろうな。俺も聞いた事が無い」

 

 だが、仮説(かせつ)は成り立つ。

 かねてよりISには疑似的な『意識に近い物』が存在していると言われている。

操縦者の個性や特性に応じて内部構造やソフトウェアを少しずつ変形させて行く機能などは、その『意識に近い物』の作用だとされている。

 それが待機状態(スタンバイ)でも機動状態(アクティブ)と同じ様に作動しているのなら、操縦者(小鳥)の求めに応じてISの一部展開(いちぶてんかい)を行ったとしても、何ら可笑(おか)しくはない。

 

(・・・・・・。)

 

・・・・・・それはさて置き。

 

()(かく)。どんな理由であれ、()()がある事に変わりはねぇし、余計な装備があるんじゃまともに戦闘能力の評価も出来まい」

 

 これは楯無に丁度良(ちょうどい)い理由を付けて帰ってもらう(また)と無い好機(こうき)である。多分(たぶん)これを逃せばいつまでも付き(まと)って来かねない。

 

「う~ん・・・」

 

「お前の目的が俺の品定めならもう終わっただろう?さっさと帰れ」

 

 嫌気がさしているのを露骨(ろこつ)に顔に出し、帰るよう(うなが)す。

 

「え~、でも折角来(せっかくき)たんだし。ただ査定(さてい)しましたー、ってドライな事しただけじゃ面白くないでしょ?」

 

「・・・俺はお前と交流(こうりゅう)するのに(たの)しさを求めてない」

 

 えぇ~。とゲンナリした声を上げる楯無。

 さっさと帰れ。と重ねて続ける小鳥。

 声に出してはいないが、そもそも交流したくないとすら思っている。しかし、このままでは天丼(てんどん)延々(えんえん)と付き(まと)われそうだ。

 

「・・・付き纏うんなら、手伝え。お前に付き合ったせいで時間を食ったし、何より両腕が思うように動かん。半分以上はお前のせいなんだから、少しくらい責任を取れ」

 

 ああも戦闘技能が高いのなら、整備課でなく一般科だろう。出来ない事を押し付ければあちらも退()かざるを得ないだろう。

だが、むしろノリノリで楯無はその条件に応じた。

 

「あら、そんなので良いの?」

 

「あ?()()()()だと?お前まさかISの整備も出来んのか?」

 

「ええ、私専用機持ちなんだけど、私が組んだ物だし。もう出来てるアーマーを組み付けるくらいなら私にもできるわよ?」

 

(━━Oh shit・・・)

 

これは(まい)った。これでは整備を理由に楯無を遠ざけられない。

頭を抱えたくなる衝動を抑え、対処(たいしょ)一考(いっこう)する。

 

(・・・まあ、でもいいか)

 

 が、考えてみれば遠ざかるか早く終わるかの二択だ。楯無がどちらを選んだとしても役得(やくとく)である。

正直な(ところ)、楯無とこのままと言うのはかなり面倒な事だが、銀影の補修(ほしゅう)が終わらない事に比べればまだマシだ。

 

「・・・ハァ、解ったよ。銀影の整備が終わるまではお前に構ってやる。だが、その代わりに整備は手伝えよ?」

 

 これからのストレスを考えると溜め息が自然と(こぼ)れるが、楯無がその気なら了承(りょうしょう)しよう。

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

━━━━━━ちなみに、恐ろしく(しゃく)な事だが、楯無のお陰で整備は予定よりも早く済んだ。









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未知との迎撃(Intercept for unknown) 1/2





 クラス代表対抗戦当日がやって来た。

 クラス代表であり、同時に選手である織斑一夏(おりむらいちか)副代表(ふくだいひょう)(けん)参謀(さんぼう)である小鳥遊(おどりゆう)の2人がピットのテレビ画面で客席の様子を見ていた。

いつもの放課後訓練なら小鳥もISスーツなのだが、今回は小鳥は制服(ロングコート仕様)のままで、一夏だけがスーツを着用している。

 

 三日間の剣道訓練をしてきた一夏はそれなりに仕上がっているらしく、意気軒昂(いきけんこう)に息巻いていて・・・・・・居たら良かったのだが、元より望まないクラス代表の椅子(いす)。学園関係者だけでなく、IS製作企業や、そこから派遣されたスカウトの様な人物など、アリーナにひしめく人の波に気圧(けお)されていた。

 

「すごい数だな・・・」

 

「だろうな」

 

 IS学園と言う施設(しせつ)の性質を考えれば当然である。

学園は世界でも数少ないIS同士での実戦が行える場所で、その上堂々(うえどうどう)と敵国、ライバル企業(きぎょう)のISデータを(のぞ)き見出来る絶好(ぜっこう)の機会である。

これを逃す手はないだろう。

 

「おおよそは先生生徒(せんせいせいと)だろうが、見ればちらほらそれ以外も居る。気をつけろよ?」

 

 何にとは言わないが、IS学園は治外法権(ちがいほうけん)の部分がある。その上でIS学園では()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

要するに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う訳だ。

 

まあ、流石(さすが)の彼らも理性の働く大人である。社運(しゃうん)(あや)ぶまれる様な状況(じょうきょう)でも無い限り、そう言うことはするまい。

 

「分かってる。大勢の前で(はじ)はかきたくないからな」

 

 そう答える一夏。

 

「お前な・・・」

 

何があってもおかしくないぞ、と言った積もりだったのだが、小鳥の心配とはまったく逆の方向で物を考えていたらしい。

その前向きさは確かに一夏の美徳(びとく)なのだが、余りにも前向き過ぎるコメントに毒気を抜かれてしまう。

 

「━━まぁ、勝つ意気があるなら良い・・・。戦術(せんじゅつ)復習(ふくしゅう)だ、お前は何をする?」

 

 あるかどうか解らないイベントについて考えていても仕方がない。自分の主人である一夏がやる気なら、それに乗るだけだ。

 先日伝えた戦術を復唱(ふくしょう)させる。

 

「えー、序盤(じょばん)は距離を取って様子(ようす)を見る!」

 

「はい次ィ」

 

「鈴が衝撃砲を50発くらいまで()ったら、攻めに転じる!」

 

「よし。では衝撃砲の性質は?」

 

「圧縮から解放までに0.05秒のタイムラグがあるから、それに気付けば回避は可能!」

 

「オ~ケーオーケー。一通り頭に入ってるな、では行け」

 

「おう!」

 

一夏はISを展開し、カタパルトの足場に白式(びゃくしき)の足を乗せる。

 カタパルトの側に寄って、一夏に向けて助言を飛ばす。

 

「重ねて言うが。瞬間最大火力(しゅんかんさいだいかりょく)瞬間最大速度(しゅんかんさいだいそくど)は白式が圧倒的に上だ。それが解ってりゃ、勝ち目も見えて来る筈だ。気を抜くなよ!」

 

「ああ」

 

 カタパルトの射出口(しゃしゅつこう)が開き、外の光が差し込む。

 完全に射出口が展開すると同時、レーン(わき)の赤い警告灯(けいこくとう)が緑に変わる。出陣(しゅつじん)の合図だ。

 

「白式、織斑一夏!行きます!」

 

 リニアカタパルトの電圧が瞬間的に上昇し、カタパルトの足場と共に白式が前方に向け加速する。

そして、ピットの(ふち)にたどり着いたその瞬間、慣性のまま一夏は戦場へと飛び出した。

 

「さぁ、見せ所だぜ?一夏」

 

 本人に届かない声。だが確かに、確かな声で小鳥はそう言った。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 アリーナの中央、観客席の皆の視線が俺と(りん)に注がれている。

小鳥から『恥をかかないよう気を付けろよ』と言う(むね)の言葉をかけられて『分かってる』と返したものの、やっぱりこの手の緊張感は慣れないものだ。なんならこの試合は学園内の一部で中継されているらしく、それも相まって今までの人生でも一、二を争う程心臓がバクバクしているのが解る。

 

(・・・・・・っと、そんなこと気にしてる場合でもないか)

 

 前を見る。

そこには、IS『甲龍(こうりゅう)(本来は“シェンロン”読みだが例によって“こうりゅうとする”)』を纏う鈴が居た。

 対戦を行う2人が揃ったのを合図に、アリーナを覆う様にエネルギーシールドが形成されていく。

 

「一応聞いておくけど『()めてかかってゴメンナサイ』って言えば、手加減(てかげん)してあげるけど?」

 

「手加減なんて(すずめ)の|涙ほどだろ?そんなんなら全力で来い、俺は全力で行くぞ」

 

 鈴の後ろではエネルギーシールドの透明(とうめい)(まく)(あが)って行く。きっと鈴は俺の後ろに同じ景色を見ているのだろう。

 

「そう、なら覚悟しなさい。あたしも全力で行くわ」

 

 そう鈴は告げて、甲龍(こうりゅう)の両手に偃月刀(えんげつとう)双天牙月(そうてんがげつ)〟を呼び出す。

 それに(こた)えるよう、俺も腕を前に出し白式(びゃくしき)の手に雪片弐型(ゆきひらにがた)を呼び出す。

 

『では、クラス対抗リーグマッチ第1試合を開始します!』

 

 エネルギーシールドが完全に上がりきったらしい、山田先生が試合開始の宣言をするみたいだ。

 

『よぉーい・・・始め!』

 

 その声と同時に大きなブザー音がアリーナ全体に鳴り響く。

 

「フッ!」

 

 試合開始の宣言(せんげん)の直後、雪片と牙月がぶつかり合う。

 受けたのは俺、飛び込んで来たのは鈴の方。

 右の刃を右手の雪片で止められた状況で、鈴が俺に向けて叫ぶ。

 

「あたしの見ない間に特訓してたらしいじゃない。その成果がどんな物か見せてもらうわよ!!」

 

「言われなくてもそのつもりだよ!」

 

 牙月を押し返し、横薙(よこな)ぎに振るわれる左の牙月を強く弾き返す。

 鈴が接近戦を仕掛けるのは予想外だが、2つ目のプランで戦えば良いだけの話だ。

 

接近戦なら、攻めに(てん)じる!

 

「はぁっ!」

 

 上段からの袈裟斬りを繰り出し、鈴の胸を狙う。

後ろに下がり回避されるが、一気に距離を詰め、今度は下段からの突きで、その肩を狙う。

 

 小鳥(いわ)く、甲龍(こうりゅう)の衝撃砲は、近接戦では出力を落としてしか使えないらしい。

なんでも衝撃砲の効果範囲(こうかはんい)が広すぎて自分にも当たってしまうのだとか。

 だから刃と刃を交えるような、極短距離の近接戦では衝撃砲は出力を下げてしか使えないのだそうだ。

とは言え、前の小鳥みたいに出力を落とした衝撃砲をバカスカ()つ事は出来るし、牽制としては十分過ぎる威力だから注意しなければならない。

 

「ッ!」

 

 牙月の刃が突きを()らし、肩を狙った突きは左肩の上辺りに飛ぶ。

()()()と、鈴が笑う。しまっ━━

 

 ズドンッ!

 

「ぐぁっ!」

 

 突きを逸らされた事でがら空きになった腹に衝撃が加わる。間違いない、衝撃砲だ。

 出力を落としているにも関わらず、ISの腕で直接殴られた様な痛みが走ると同時に、俺は白式と共に大きく吹き飛ぶ。

 セシリアから習った無反動旋回(ゼロリアクトーン)で素早く立ち直るが、鈴の狙いは付いていて、すでに解放のモーションに入っていた。

 

()らえッ!」

 

 放出される空間の歪み、多分に俺の顔面目がけて発射されたそれを躱すことは出来ないだろう。

 

だから

 

「な!?」

 

 砲弾をぶった斬る事にした

 

 爆音が前の方で響くがこっちにダメージは無い。

とっさにやってみたけど、どうやら上手く行ったみたいだ。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「今の・・・一体何がおきましたの!?」

 

 アリーナの指令室、試合を観戦していたセシリアが疑問を投げた。

今しがた放たれた衝撃砲の一撃は避けられる間合いではなかった(はず)。だと言うのに、一夏が雪片を振るっだけでダメージはほぼゼロになっていた。

 

「篠ノ之・・・()()()()()?」

 

 にやりと笑って千冬が箒に問う。

問われた箒も静かな笑みで応え、今のタネを明かす。

 

篠ノ之流刀術(しのののりゅうとうじゅつ)抜刀(ばっとう)一閃(いっせん)〟。今一夏が使ったのは、篠ノ之流の中で最も基礎的(きそてき)な抜刀術です」

 

 小鳥と鈴の戦闘によって、衝撃砲が()()()()()()()1()()()()()()()()()()()()()()()。なら零落白夜でかき消せる。

 そして、一夏が使ったのは居合抜(いあいぬ)き。単純だが構えに入りさえすればあらゆる剣術の中にでも最速の一撃である。

 零落白夜を(まと)わせた雪片で切り払えば、十分に対処可能(たいしょかのう)だ。

 

「とは言え・・・土壇場(どたんば)でやってのけたのは驚きです」

 

 冷静を(よそお)っているが、その声音(こわね)は自分の教えた技で死地を乗り越えた事に、興奮の色が見え隠れしていた。

その隣では面白くない顔をしているセシリアが居たが。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「ほぉ?」

 

 銀影の肩アーマーとオレンジのバイザーを展開させ、内蔵(ないぞう)のセンサーを用いてピットから試合を観察していた小鳥は、感心したと言う風な声を上げる。

 

(今の衝撃砲・・・零落白夜()みの居合(いあい)で斬り伏せたか)

 

 面白い対処を見出(みい)だしたなー、と心中(しんちゅう)(つぶや)く。

 一瞬だけ見えた白い燐光(りんこう)。あれは零落白夜を発動させた(あかし)だろう。

 衝撃砲はその性質上、実体にせよエネルギー体せよ、砲弾そのもののエネルギーを乱した時点で無秩序(むちつじょ)炸裂(さくれつ)する。

しかし、零落白夜を発動させた雪片は瞬間的に倍近(ばいちか)いリーチになる。

その(きっさき)で砲弾を両断(りょうだん)すれば、炸裂すれども白式本体への影響は少なく、炸裂するエネルギーすら対消滅し、より影響は減少する。

零落白夜の〝シールドエネルギーを食う〟と言う欠点により多からずダメージは受けるだろうが、一瞬の展開によるダメージなど、衝撃砲の直撃に比べればマシな物だ。

 

「良く考えてやがる。いや、()()()()()()()()反射的(はんしゃてき)にせよ何にせよ、俺にそれをやる勇気は無いね」

 

 (なか)ば苦笑いに近い物を浮かべる。

計算ずくで挑む自分の性格が正しい物だと思っている訳でもないが、こうまで土壇場(どたんば)に強いとなると(あき)れが感心にさえ裏返ってくる。

 

「・・・・・・ん?」

 

 センサーに謎の反応があった。

それは、エネルギーシールドの外側に居る小鳥にしか気付けない反応だ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

━━まさか

 

「まさか・・・ッ!」

 

 見上げるは天頂(てんちょう)。そこに居る『何か』を(とら)える。

 

 その何かに誰も気付かぬまま、試合は続いていく。







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未知との迎撃(Intercept for unknown) 2/2






「ふッ!」

 

「はぁあ!」

 

 日本刀(にほんとう)偃月刀(えんげつとう)がぶつかり合う。

連結状態の牙月のもう一方も刃を振り上げ、胴を狙うが、すぐさま構え直した一夏の刀がその刃を止める。

すると、刃の上を滑らせる様に、更に踏み込んで一夏が切りかかってくる。

 

「うぉおおッ!」

 

「ちぃっ!」

 

 鈴音(リンイン)が仕掛けた近接戦は、彼女自身が弾かれることによって中断される。

 

(さぁーて、衝撃砲の対策を練られてるて考えて接近戦に持ち込んだのは良いんだけど、どうしたもんかしらね)

 

 さっきまでの打ち合いで分かった事が一つ。

 

 今の一夏とあたしに近接戦闘での実力差がそんなにない

 

 単純に距離を取らないで連結(れんけつ)させた双天牙月で切り合っていたのだが、どうも決めきれない。

連続回転切りは上手く(かわ)されるか、回転方向に合わせて止められる。

 三日間くらい剣道の特訓をしていたらしいけど、それにしてもメチャクチャ強くなっている。

 それに何より、

 

(そもそも何なのよ・・・。さっきの衝撃砲をかき消したのは)

 

 必殺級の一撃を消した白い閃光、それが何よりも気がかりだった。

 

「・・・いや、考えても仕方が無いわね」

 

 衝撃砲をかき消したあれが何なのかは解らないけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それだけ解れば十分。

 

「なんかあれ喰らったらヤバそうな気もするけど。(よう)は喰らわなけりゃ良いだけの話だもんね」

 

 双天牙月を背中に構え、一夏に宣言を叩きつける。

 

「さぁ一夏!もっともっと飛ばしていくわよ!」

 

「・・・ああ、俺も全力で行くぞ!」

 

 一夏もその宣言に応じるように、刀を構える。

 

「はぁッ!」

 

 先に出たのは一夏、瞬間加速(イグニッションブースト)であっと言う間も無く一夏自身の射程距離に入る。

 

(っ、速い!?)

 

一瞬判断が遅れ、がら空きの脇腹に刀が振るわれる。

しかも、その刃に例の白い光が輝いた。

 

(間に合わないか!)

 

 もうこの一撃は受けるしかない。

だからと言って、タダで大ダメージを食らってあげられる程(あきら)めは良くない。

衝撃砲のチャージは()んでる、後手に回るけどそれでもダメージを与えることは出来る。

 そして一夏の刀が触れようとした時。

 

ドッパァアアアンッ!!!

 

 正体不明の音と光がアリーナを襲ったのだ。

それは一夏の白い光でも、衝撃砲が炸裂した音でもない。

 

「「!?」」

 

 思わず、互いの攻撃が止まってしまう。

 客席を二重で覆うシールドを照らす光が拡散(かくさん)したビームだと気付く為に時間はかからなかったが、その光の中央に居る人物が誰か気付くには時間がかかった。

 

『・・・無事か?』

 

 一夏と鈴音の双方に男の声で通信が入る。

それは、銀影に乗る小鳥の声だった。

 驚いた一夏が、問いかける。

 

「な・・・ッ。小鳥!?何があったんだ!?」

 

『乱入者だ。何が目的かは知らんが、シールドの外からお前等を狙っていた。・・・気をつけろ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。お前()は教員の指示(しじ)(したが)って行動しろ』

 

「アンタはどうするつもりよ!?」

 

『・・・時間を(かせ)ぐ。今ここであの砲撃を(しの)げるのは俺しか居ない。奴の砲撃でシールドが割れる可能性がある以上、観客に被害が出ないようにするにはこれが最適解だ』

 

 淡々(たんたん)とした口調で語る小鳥、それなりに緊張しているらしい。

 

『だ、ダメです!生徒にそんな危ない事させられません!』

 

 話を聞いていた山田先生が慌てた様子で会話に介入する。

が、小鳥が緊迫(きんさく)した様子でその意見を切り捨てる。

 

「なら別の案が有るんですか?あるならさっさと言って下さい。アレが暴れだしたら多分話してる(ひま)無いんで」

 

『えっと・・・それは・・・!』

 

「・・・・・・まぁ無理はしませんよ。コイツをアリーナの外に出したら後は先生方にお任せしますんで」

 

 肩のセンサーカバーを開き『敵』を見る。

 

(何なんだ、コイツは)

 

 そこには、異様に大きな腕、頭部の複眼(ふくがん)の様なセンサーアイ、そして何よりISでは珍しい全身装甲(フル・スキン)タイプのISが居た。

相手の装備、挙動(きょどう)を注視する小鳥。

 

(武装は両腕部(りょうわんぶ)の高出力ビームキャノンのみ・・・・・・。スラスターの多さから見ても・・・高機動で()き回して一撃で()()()、かな)

 

 その(わり)には先程から動いかずにこちらを見ているだけなのが引っ掛かる。

気を取り直し、通信で山田先生に問いかける。

 

「それで、追い込む場所はどうします?海上(かいじょう)最善(さいぜん)だと思うんですが」

 

『いや、それは無理だ』

 

 あれ?と首を(かし)げる小鳥、確か自分の通信先は山田先生の(はず)・・・。

 

「何で千冬先生が出てるんですか?」

 

『気にするな』

 

 後ろで小さく『代理です~!』と、山田先生の声が聞こえる。

と言うことは、(せき)に割り込みマイクをぶんどったのだろう。

 『やはり横暴な人だな』と、口を引き()らせ苦笑(にがわら)いしたが、先の発言について千冬に問う。

 

「それで、何で”無理”なんです?」

 

『何者かに非常事態の隔壁(かくへき)システムがハックされた。整備科に対処させてるが少なくとも十分はかかる』

 

「・・・つまり。俺一人でやれ、と?」

 

『それはお前自身の判断だ。お前、部隊指揮(ぶたいしき)は得意だろう?』

 

 言われた小鳥は、『了解』とだけ言って静かに通信を切る。

 

「・・・ったく、冗談キツいぜ」

 

 観客が居る以上、一夏に零落白夜でエネルギーシールドを割ってもらう訳にも行かない、となると一夏達の増援(ぞうえん)は望めない。

 とは言え何もしない訳にもいかない。

思考を(まと)め上げて行動を起こす。

 

「まずは、客の安全確保(あんぜんかくほ)からだな」

 

 隔壁が降りていると言うことは、閉じ込められていると言うことだが、裏を返せば堅牢(けんろう)(おり)に守られていると言うことでもある。眼前(がんぜん)の『アレ』さえ何とかなればおおよそ問題は無いだろう。

 アイアス(一振りの大剣)を構えた小鳥は、上方の敵機へと瞬時加速(イグニッション・ブースト)で距離を詰める。

 

(まずはコイツをアリーナの外に追いやる!)

 

 それに対して敵は回避行動をとるが、小鳥はそれを予測し強制的に同じ方向へと無理矢理に方向転換する。

本来、瞬時加速は方向転換を可能とするものではないのだが、肩アーマー、脚部にさえスラスターのある銀影のスペックがあれば、それは不可能ではない。

 圧倒的な速度で謎のISに激突した小鳥は、左手で持った大剣()しでシールドチャージを行う。

 勿論(もちろん)、相手は距離を取ろうとするが、

 

「エネルギー拡散フィールド、展開ッ!」

 

 『アイアス』から展開されるエネルギー拡散フィールドが、スラスターやPICの指向性を奪い、行動不能に(おちい)らせる。

 

「ラアアアッ!!」

 

 更にスラスターを()かし、敵諸共(もろとも)アリーナから外に出ていく。

 アリーナの外はおろか、学園の領域さえも()え加速していく両機は、(ゆる)やかな放物線を(えが)き、学園から3kmほど離れた太平洋へと、水柱(みずばしら)を上げる程の勢いで着水(ちゃくすい)する。

 

(オラァッ!)

 

水深10m程で勢いが完全に殺されるの確認して相手を蹴り飛ばし、相手を沈める事でさらに距離を取る。

 

『・・・・・・』

 

 距離が空いて好機と見たのだろう、奇形のISが右手を小鳥に(かざ)して主砲を放とうとする。

 そうと知りながらもただ(たたず)むだけで、小鳥は回避する素振りさえ見せない。

特に妨害(ぼうがい)もされなかったビーム砲は、海中で投射(とうしゃ)され。

 

(はッ、馬鹿め)

 

 奇形のISの右手が爆発した。

 

『・・・・・・』

 

 水と空気では密度が違う、空気が1なら水はおおよそ1000、単純に考えても抵抗値は1000倍。ビームの集束(しゅうそく)率が途轍(とてつ)もなく高くない限り、1000倍以上の出力が必要となる。

 更に言えば、密度が高ければそれに応じて熱交換も高効率で行われる。

 

つまり、奇形のISの右腕の付近の海水の温度が、ビームの熱量によって急激に上昇、沸騰(ふっとう)し水蒸気爆発を起こしたのだ。

 

「ふッ・・・・・・!」

 

 そして爆発したならば、次に起こるのは収縮(しゅうしゅく)だ。

急激に温度が上がって水蒸気と化した海水は、すぐさま水に戻る物、水素と酸素として水面を目指(めざ)す物に別れるが、急激に周囲(しゅうい)の海水の密度が下がることに()わりは無い。

無くした物を(おぎな)うかのごとく、周囲の海水が殺到(さっとう)し始め、奇形のISは身動きが取れなくなる。

(わず)かに引き寄せられる感覚にあわせて前方の敵機へと突撃する小鳥。

銀影には水中戦用のジェットエンジンは無いものの、出力の高いPICがそれを補って(あま)りある速度を叩き出す。

 近接戦闘の距離まで近付かれた敵機は回避が間に合わないと(さと)り、腕を振って応戦するが、態勢を低くさせることであえなく(かわ)され、腹部を切りつけられる。

 

(よしっ!)

 

『・・・・・・』

 

 確かな手応えを感じる小鳥だが、無感情な敵は何のレスポンスも無く、複眼でこちらを見つめるだけだ。

 正面の敵をオレンジのバイザー越しに見据え険しい顔をする小鳥は、その無反応さに疑問を感じ、ふと考える。

 

(何者なんだコイツは?さっきから異常に反応が鈍いし遅い・・・。軍の人間でもこれほど無感情じゃねえぞ)

 

 まるで意思を感じない。

 目の前の敵は一夏や鈴音を狙って居たにも関わらず、今は能動的に敵対行動を起こさない。

先の二回のセッションも、こちらから動いた事に対してカウンターを当てる様に反射的な行動しか起こしていない。

 そう、それはまるで・・・。

 

(まるで、人間が乗っていないみたいだ)

 

 だが、その考えを自分で否定する。

ISは人間無しでは動かない。機械を通して起動・停止は出来るが、ここまで動作する事は絶対にあり得ない。

 

『・・・本当にそうかしら?』

 

(・・・いきなり話しかけてくんじゃねえよ、ビックリするだろ?)

 

 頭に響く少女の声に冷静に心の声で返答する小鳥、声の主はクスクスと笑い、小鳥の事をお構い無しに語り掛ける。

 

『知っているでしょ?()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(ったく。前はダメ出し今日はヒントかよ。まぁでもお前の口振りから察するに・・・()()()()()()()()()()())

 

 そう、彼女の名は『銀影』

小鳥が今乗り回している機体と同じ名前なのは、偶然でもなんでもなく。IS『銀影』のISコアに宿る疑似人格である。

 実はこれまで小鳥が銀影に乗るたびに彼に話かけていたのだ。

小鳥が初めて銀影に乗って一夏に通信をかけた時やけに機嫌が良かったのも、彼女が居たことに研究の未来を見ていたからだったりしている。

 

『まぁね、でも目の前の子がそうなのかは私にもわからないわよ』

 

(は?コアネットワークで接触できねえのか?)

 

『そのネットワークから切断されてるの。あなただってアレが二人を狙ってる時にセンサーでしか存在を確認できなかったでしょ?』

 

 なるほど。と、納得する小鳥。

ISはその特性として、『コアネットワーク』と言う特殊な電子ネットワークを所有している。

そのネットワークはISの本来の目的である『宇宙空間の開発』の為の通信機能と座標特定機能があり、ネットワークに接続されている限り恒星と恒星の距離があったとしても、それでも座標が割り出せるらしい。

 

(にわか)には信じられないが、どうやらあの機体は単独起動(スタンドアローン)を可能にした上、あの機体のISコアを説得(ちょうきょう)して、機械による自動制御を行っているらしい。

 

『まぁでも、OSはそこまで優秀じゃないみたいだし、あなたがやった戦闘条件の変更は効いてるみたいだから、ティアーズ(セシリア)の時みたいな下手な使い方はしないでよ』

 

(善処(ぜんしょ)するさ)

 

 適当(てきとう)に返事をして会話を切り上げた小鳥は、目の前に意識の焦点(しょうてん)を合わせ、少女に対して告げる。

 

(行くぜ・・・銀影ッ!)

 

 と、距離を詰めようと前傾姿勢をとったその瞬間。奇形のISがまたもや小鳥に向けて右手を(かざ)した。

 何のつもりかと瞬間動きを止めるが、そんな事は意に介さず、敵はビームを撃ち放つ。

 

(『!?』)

 

 小鳥も銀影も驚き、動きが硬直してしまう。

どれ程未完成なOSだといえ、真逆(まさか)同じ()(おか)す程愚かではあるまいと思っていたが故に、その(きょ)を突かれてしまった。

 その(すき)を突き、奇形のISは海面へと浮上していく。

 

(ッ・・・!しまった!)

 

 海中で主砲が満足に使えないなら海の上に行けば良いのだ。

恐らくこのビームは()(くら)ましだ。いかに銀影の『眼』が良くとも、自分で得た情報の方がISの送ってくる情報よりも早い。

 水中における単純な速力(そくりょく)では小鳥に()があるものの、通常の空域戦(くういきせん)では恐らく相手の方に軍配(くんばい)が上がるだろう。

 遅れて小鳥も追跡し始めるが、その距離は遠い。

 

(水中ならこっちの方がまだ速いが━━━。クソッ、出遅れた!このままでは・・・ッ!)

 

 焦る小鳥。

水面まで後8m、瞬きをする間に相手は海面を突破するだろう。

 そうなればヤツはIS学園に向かい、一夏や鈴音とまた事を起こす事になる。

 

(まだ五分しか稼げてねえってのに!)

 

 千冬はハックを解くのに数十分はかかると言っていた。

 エネルギーを吸収する特性上、瞬時加速は水中では使えない。

奇形のISが海上に出る。 万事(ばんじ)(きゅう)すかと思ったその時。

 

 奇形のISが海中に飛び込んだ。

 

「!?」

 

 何事かと思うが、全速力で相手を追っていた勢いはそう簡単には殺せない。海上に出た小鳥は、そこにもう一機のISを目にする。

 

「大丈夫か、オドリ」

 

「刹那・・・。何でここに」

 

 そこには、白と灰色の専用機『エクシア』を纏う刹那・F・聖永が居た。

無表情なまま、刹那は小鳥からの問いかけに答える。

 

「チフユから加勢に向かえと指示があった」

 

「・・・・・・成る程。学生寮にカンヅメのお前なら比較的簡単に外に出られるって訳だ」

 

 右手のソードが展開されている所を見るに、奇形のISは刹那に叩き落とされたのだろう。

 しかし、奴はまだ倒れていない。焦った風な口調で小鳥は刹那に指示を出す。

 

「っと、駄弁(だべ)ってる場合じゃねえ。刹那!ヤツが海中から出ないように」

 

 牽制射撃(けんせいしゃげき)を、とは続かなかった。

 

「ぐぁッ!?」

 

 もう(すで)に敵は海上に居て刹那にその主砲を撃ち込んでいたからだ。

 

「刹那ッ!?クソ!」

 

 右の持ち手だけを折り曲げ、射撃モードで迎撃(げいげき)を行う。

剣の左右から交互(こうご)光弾(こうだん)が発射され、そして予想していた事ではあるが、奇形のISは小鳥の光弾を容易(たやす)(かわ)す。

 

(せめてセシリアの半分でも命中率があれば・・・!)

 

 敵の機動力もさることながら、それ以上に小鳥の射撃センスが壊滅的な事が回避を容易(ようい)にしている。

 焦り顔の小鳥は巨剣を二振りに分割するこで、連射数が向上する。

命中数が上がった事で、奇形のISは右腕で身体を(かば)う。

 

「刹那!無事か!?」

 

『大丈夫だ・・・。オドリ、指示を』

 

 落ち着き払った声で返答する刹那に取り敢えずの指示を出そうとした瞬間。

 

「ッ・・・!?」

 

 敵機がコマの様に回転し、その主砲を乱射し始めたのだ。

刹那、小鳥はともに右へ左へビームを躱す。

 

「クソッ・・・これじゃ近付けねぇ・・・!!」

 

『オドリ、オレが接近する』

 

「行けんのか!?」

 

『恐らく。問題は、搭乗者に致命傷を与えかねない』

 

 刹那の言う通りに行かせようかと考えるが、相手の弾幕が激しすぎて考えてる暇さえ無い。

 迷う時間さえ惜しい小鳥は、一つ深呼吸してヤケクソ気味にそれを了承する。

 

「刹那、()()()()()()()!手加減無しでやれ!!」

 

『了解!エクシア、刹那・F・聖永。目標を駆逐(くちく)するッ!』

 

 宣言と共に空を駆ける刹那は、小鳥に告げた通り、先程以上の機動で光弾を躱し5秒足らずで3m程の距離にたどり着く。

 

「あああッ!」

 

 右の剣を大振りで振り上げる刹那、一気に距離を詰めて奇形のISを切り付けるようだ。

だが、相手もそれを見抜き回転を止め刹那を狙い撃つ為に右手を(かざ)す。

 刹那はそれを分かっていながら止まらない。

 

そのビームが放たれるのを眼前で捉え。

 

右手に握られた剣で()()()()()()()()()

 

 そして、返す刀で横に剣を振るう。

その剣は腰部(ようぶ)の傷に接触し。

 

「うぉおああ!」

 

 その()()()()()()()()()()()()

 切り裂かれた断面からは機械の部品がボロボロと溢れ落ち、その操縦者が人間でないことを物語る。

それを見ていた小鳥も、剣の威力に驚きの声を上げる。

 

「凄ぇ・・・一刀両断かよ」

 

 もう勝負はついたと見た小鳥は、剣をバックパックのラックに預け刹那のもとへと飛ぶ。

 刹那は剣を折り畳み。戦闘状態を解く。

 

「凄いな。一刀両断と来たか」

 

「ああ、オレも驚いている」

 

「だろうな」

 

 フッ、と笑う小鳥。

肩のセンサーを使って刹那が無傷であることを一通り確認して、海上に(ただ)う奇形のISに視線を落とし千冬に連絡を入れる。

 

「千冬先生、こちら小鳥(ゆう)。所属不明機との戦闘を終了しました。これより不明機の残骸(ざんがい)の回収と学園への帰投を開始します」

 

『・・・勝ったのか?』

 

「ええ。俺がと言うより刹那が、ですが」

 

『そうか。搭乗者が何者かわかるか?』

 

「それが・・・。あの機体は無人機でした」

 

 小鳥の報告に千冬が無言になり、アリーナの指揮室が騒然としているのが聞こえる。

(つと)めて冷静な声で小鳥に問う。

 

『証拠はあるか?』

 

「傷付けた時、武装が暴発した時の反応が異様に薄かった事くらいしかありませんでしたが・・・。あ、あと事後証拠になりますが、両断された敵機の中身が機械でした」

 

『お前・・・確証無しに()(ぷた)つにさせたのか』

 

 はぁ、とため息を吐いて小鳥に苦言を呈す千冬。小鳥は悪びれもしないが、それでも少なからず胆は冷えていた。

 もし、アレが無人機でなかったらと考えると恐ろしいことこの上ない。

 

「まぁ兎に角、この事は箝口令(かんこうれい)を敷くんでしょう?ならアレの回収も俺達がしますよ」

 

『ああ、任せる』

 

 了解、と言って通信を切った小鳥。

 

「刹那、下半部の方の回収は任せる。俺は上半身の方を回収する」

 

「了解」

 

刹那に下半身の方を任せ、海面に浮く残骸の上半身に手を伸ばしたその時。

 

「がッ!?」

 

 奇形のISが再起動し、小鳥の首を(つか)んだのだ。

 

「オドリッ!?」

 

(クソッ・・・!油断した!まだ機動出来たのかよ・・・!?)

 

 もしこのISが独立稼働(スタンドアローン)ではなく通常と同じ様にネットワークに接続した上での起動であれば少なからず気付けた筈だ。

小鳥の首を掴み、上半身だけとなった奇形のISは小鳥ともども陸地へと飛び込む。

 (きょ)を突かれ思考が上手(うま)く出来ない小鳥は、コンクリートの岩礁(がんしょう)に背中を(したた)かに打ち付ける。

 

「ぐッ!・・・ぅ」

 

 ブレードはラックに(あず)けたままだ、どうやっても取り出せない。

左手で首を()める腕を握る。

 

「て・・・めぇ・・・!何がしてぇんだ、お前は・・・!」

 

 答える声が無いと分かっていても問わずには居られない。それは、目の前のISの頭部に4つあるセンサーが憤怒(ふんぬ)に狂った様に(かがや)き、まるで殺意を(たたえ)えているかのように見えたからだ。

 だが、小鳥の予想は裏切(うらぎ)られる。途切(とぎ)途切(とぎ)れの音声メッセージが届いたのだ。

 

『これ・・ハ・・・・・カツて、あなタガ・・・さセテ ・・・イタこと、でショウ?』

 

 その声を聞いた瞬間、小鳥の眼は見開かれ。その心は怒りに支配された。

 

「ふざっ、けんなァァッ!!」

 

 空いていた右手を腰にまわし、コードに繋がれた棒を手に取ると、その棒からは桃色の光の(たば)顕出(けんしゅつ)する。

 そして、小鳥は躊躇(ためら)うことなく光の剣で相手の胸を貫いた。

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

「・・・・・・・・・」

 

 コンクリートの上に置かれただけの半分の身体、左胸から右の背へと熱で一直線に穴を開けられたそれの側で、ISを収納(クローズ)し、(みずか)らの足で立つ小鳥はそれを見ていた。

 

「・・・・・・・・・・ぁ」

 

 それで分かった、()()()()()()()

このISが伝えたかった事が何だったのかを。

 

「ぅ・・・・・・ぁあ」

 

 呼吸は(みだ)れ、世界から眼を背けるように右手で右目を(おお)う。

 

「あぁ・・・っ・・・!」

 

 その顔は苦痛に歪み、身体は()の字に曲がる。

 それは彼自身の過去、もうするまいと(ちか)った()まわしき(あやま)ち。

繰り返された現実(かこ)が彼の頭の(うち)(よみがえ)反響(はんきょう)する。

 

「はぁっ。はぁ・・・・・・っ!」

 

 泣き出しそうな顔になる。呼吸が荒くなる。

右目に当てていた手を離し、恐る恐るその手のひらを眺める。

 

「!?」

 

 海水にびしょ()れの右手が、一瞬血に濡れた様に見えた。

4年前の過去(いま)が、()める様に小鳥に押し寄せる。

 

 下半身を無くしてブルーシートの上で横たわっている黒髪の女性。

 

 後ろでは見知った顔の人間がISに乗り、金髪の女性が乗ったISに切り付けられている。

 

 周りは機銃や突撃銃を構え、金髪のISに撃ちまくっている。

 

「ぁ・・・・・・ッ。ぁあ・・!」

 

 息が出来ない。

 

涙をボロボロと(こぼ)して、(はらわた)の血で染まった両手で顔を(おお)い泣き(むせ)(ゆう)

 

 ISを装着したままの刹那が、心配そうな顔をして小鳥の許へ駆け寄る。

 そんな景色を見る余裕(よゆう)も無い小鳥は、記憶に押し潰される感覚を抱いて。

 

「・・・・・・オドリ!」

 

 小鳥遊は奇形のISに覆い被さる様に倒れた。

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 夕日が白いカーテンを(あかね)色に染め、同じように部屋中の無機質(むきしつ)な白を赤く照らしている。

 小鳥はそこで眼を覚ました。

 

「・・・・・・ここは」

 

 茜色を溶かすシーツをどかし、上半身を起こした小鳥は、胡乱(うろん)な頭で周囲を見回す。

 空気に(ただよ)う無機質な殺菌剤(さっきんざい)の匂い。手摺(てすり)の付いたベッド。それを(かこ-)む様に天井に配置されたカーテンレール。開かれたカーテンの奥に見えるスライド式のドア。

 

「・・・学園の救護室、かな?」

 

 ダイバーの様なISスーツの上から医療用の衣服を(まと)っていると言う事は、運び込まれてからそれなりに時間が経っているらしい。

 身体のどこにも痛みを感じない事を確認した小鳥は、これまでの事を確認する。

 

「・・・確か、クラス代表対抗戦の時に高機動砲撃型のISが乱入してきて、俺がそのISをアリーナの外に追い出して、刹那がそれを真っ二つにして・・・」

 

 そこで言葉が止まる。

 

「トラウマがフラッシュバックして倒れちゃった、か・・・」

 

 はぁ、と()め息を()いて、片手で(うつむ)く頭を抱える。

と、頭が下を向いた事でうなじに髪がかかり、いつもはヘアゴムで纏めている筈の後ろの髪が纏められていない事に気がつく。

 

「っと・・・。ゴムゴム」

 

 辺りを見回してヘアゴムを探す。

左に備え付けられた(たな)の上には見当たらない。

中にあるのかと引き出しに手を伸ばそうとしたその時、スライドドアが音を立てずに開けられた。

 

「ああ、眼が覚めたか」

 

「千冬先生」

 

 ドアを開けたのは、小鳥の担任である織斑千冬その人であった。

いつも通りの鋭い目付きで小鳥を見つめる千冬は、部屋の(すみ)に置かれた椅子を持ち運び小鳥のベッドの(かたわ)らに着席する。

 

「意外ですね。まさか一番に見舞いに来るのが千冬先生だとは」

 

「偶然だ。それに、私はお前を見舞いに来たのではなく、お前から敵の話を聞きに来ただけだ」

 

「それでもですよ。流石に誰も来なかったらそれはそれで寂しいですからね」

 

 はははっ。と笑ってはにかむ小鳥。

珍しく可愛げのある回答に調子を狂わされる千冬。

 

「あ、一夏達は無事ですか?観客に被害は?」

 

「待て。いっぺんに話すな。・・・一応あの緊急事態で人的被害は出ていない」

 

「あぁ・・・よかったぁ」

 

 本当にあの小鳥遊なのか。その台詞はいつもの探るような口調も、虚飾も見られない。

何かと釈然としない千冬に小鳥が問いかける。

 

「そうだ、話の前にヘアゴムありませんか?その。アレがないと落ち着かないんです」

 

「ああ、一段目の引き出しにある筈だ」

 

「ありがとうございます」

 

 言って、小鳥は引き出しからヘアゴムを取り出し髪を纏め上げ、いつもの髪型に戻す。

 

「やっぱりこれだな。で、話と言うと何を聞くんです?大体は刹那と状況証拠でカタが付く筈ですよ」

 

 いつもの調子に戻った小鳥は、千冬の用件を先回りした問いかけを行う。

 小鳥の調子が戻った事に引かれ、千冬も調子を取り戻す。

 

「単刀直入に言えばお前がアレを無人機だと気付けた理由を聞きたい。それと、なぜあの場で気絶していたんだ?」

 

「答えるのは(やぶさ)かじゃありませんが、その(こたえ)をどうするつもりです?その返答の如何次第で俺は秘密を一つ二つ抱えることになりますよ?」

 

 冗談と(ほの)めかす様な台詞(せりふ)回し、本格的に調子を取り戻しているようだ。

 食えない男だと溜め息を吐いた千冬は、気を取り直して問う。

 

「何について秘密にする気だ?」

 

「俺のIS・・・銀影について秘密にする気です。それと、倒れていた理由は・・・。まぁ、察して下さいとしか言えませんな」

 

 皮肉気に唇を歪めて千冬に笑いかける小鳥。

つられて口角が上がった千冬は、小鳥への事情聴取を始めたのだった。

 






銀影の個性(パーソナリティ)について
銀影のコアは元々とある企業に預けられていたが、どんなに初期化しようとも人格を形成するレベルで強烈(きょうれつ)個性(パーソナリティ)が原因で、ありとあらゆる筐体(ハードウェア)拒否反応(きょひはんのう)を示し続け、(たばね)返還(へんかん)された上でも銀影以外を拒否し続けた経歴を持つ。

 セシリア戦の時点で(すで)に小鳥に接触していて、彼が試合中に銀影に語りかける様な独り言を言っていたのは、本当に銀影に語りかけていたからである。

 どうやら銀影の筐体(ハードウェア)その物に関係がある様だが・・・?



機体解説
機体名:エクシア
型式番号:■■-001
仕様:不明
所属:不明
武装:右腕部専用ライフル兼大型ソード
   両腕部内蔵ビームバルカン×2
   両肩部/リアスカート搭載ビームサーベル

 刹那・F・聖永専用の機体。
篠ノ之(しののの) (たばね)(いわ)く『ISのようなもの』であり、解析結果(かいせきけっか)によりISコアが存在しない事が判明している。
 上記の理由により厳密にはISですらなく、現状どの国家も持ち得ない未知のテクノロジーを搭載(とうさい)した謎の動力源や内部構造が原因で、ほぼ全ての情報が謎に包まれたままになっており、今回の無人機との戦闘でやっと機動性や大型ソードの威力が判明した。


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幕間 I
Considerations(真実の見極め)






IS学園の地下深く、一部教員しか立ち入れないセクションで、1-1副担任(ふくたんにん)山田(やまだ)真耶(まや)教員がISの残骸(ざんがい)(にら)み合っていた。

 

(やっぱり、どれだけ探っても該当機体(がいとうきたい)はゼロ・・・。まぁ、無人機(ドローン)の時点で何となく(さっ)しは付いていましたけど)

 

 上半身と下半身で真っ二つになっている残骸(ざんがい)は、本日(ほんじつ)小鳥(おどり) (ゆう)と刹那・F・聖永が撃墜(げきつい)した、正体不明の無人機だった。

 

・・・サラッと言っているがメチャクチャである。

ISは人が乗らなければ稼動しない。()()()()()()()()()()()()()

ところが目の前のそれはそんな原則(げんそく)の存在を嘲笑(あざわら)うかのように実在している。

小鳥くんからの情報が正しければ、この機体はコア・ネットワークから独立し、その上で無人機の技術を搭載(とうさい)されていたと言う。

臨戦状態(りんせんじょうたい)でコア・ネットワークからの独立と言う技術は、今の所どの国も開発していない。

 

(ただ・・・そんな事が()()()()()()に思えてしまうのも問題ですよね)

 

 でもそれも仕方が無いのかもしれない。

 

この無人機に使用されていたISコアが未登録のコアだと知れば、誰もが同じような気分になるだろう。

 

 本人が製造方法(せいぞうほうほう)を発表していないために、ISコアは篠ノ之博士(しのののはかせ)しか作れない。その上全てのISコアは白騎士(しろきし)事件で注目を集めて以来ナンバリングされており、各国(かっこく)のISコアの現状(げんじょう)は国連のデータベースに報告、管理されている。

それは篠ノ之博士が最近まで所有(しょゆう)していた銀影(ぎんえい)ですら例外ではない。

 そのため、そのISコアに割り振られたナンバーを国連のデータベースに問い合わせれば、そのISコアが所属している国家や、管理している企業(きぎょう)が一目で分かる、と言う訳だ。

 

(まぁ・・・その全てが真実である確証は無いんですが・・・)

 

 恐らくはそのデータベースに報告されている情報の一部は(うそ)の情報だったり、不正(ふせい)変更(へんこう)されてたりするのだろう。けれどISコアの情報がある事に変わりは無い。

 

 だと言うのに、()()()()()()()()()()()()()()

ISコアが国連のデータベースに登録されていない、それはつまり登録以後に新造されたISコアという事になる

 そこから考えれる犯人は、ISコアを作れるたった1人の人間にまで(しぼ)られてくる。

言うまでもなく、篠ノ之博士の仕業(しわざ)だろう。

 

(よりにもよって篠ノ之博士がこんなことを・・・)

 

 彼女をよく知る先輩、織斑(おりむら) 千冬(ちふゆ)(いわ)く『変態』『迷惑以外(めいわくいがい)を掛けた事が無い』『理解しようとするより対処法(たいしょほう)を考えるより後始末(あとしまつ)を考えた方が建設的(けんせつてき)』・・・等々、散々な言われようだが、もしこれが篠ノ之博士の犯行だと言うのなら、そう言われる理由もわかる気がする。

 

 ストレス性の溜息を吐き出して資料作成を進める。

一応管轄(かんかつ)は国連なのだが、運営は日本がやっているので、同じ物を二つも書かなければならないと言う面倒な事が頭を悩ませるが、仕方ないと自分を納得させる。

 

 と、キーボードを叩き始めると、エアロックが解除される音がした。

振り返って見てみると、件の織斑先生と───

 

「お、小鳥くん!?」

 

 茶色の髪を後頭部で(まと)め、その影響で引っ張られて細長くなった半開きの目の青年、無人機と戦闘を行った小鳥遊が居た。

その服装はISスーツに医療用のガウン、どうやら意識を取り戻して直ぐに来ているらしい。

 

「って、何で居るんですか!?」

 

 ここは教師、生徒を問わず基本的に立ち入り禁止である。

そこに小鳥がいるのは流石にまずい。

 

「私が連れて来た」

 

「えっ、大丈夫なんですか!?」

 

「問題無いだろう、コイツは既にこの機体の事を知っているし。何よりこの機体の素性(すじょう)を調べるのに役立つ」

 

 そう言って顎をしゃくる千冬、小鳥はそれに苦笑いしていた。

寝起(ねお)きに事情聴取(じじょうちょうしゅ)されて、首根(くびね)っこ(つか)まれて機密情報(きみつじょうほう)を取り扱う一般人立ち入り禁止の場所に連れてこられて・・・考えてみると中々散々(なかなかさんざん)な目に()ってるとも言えなくも無い。

 

「そら、自分から言い出したんだ。さっさと解析(かいせき)しろ」

 

 と、小鳥の肩を叩いて急かす千冬。

それを聞いた麻耶は驚いた表情を小鳥に見せる。

格好から勝手に連れてこられたと考えていたが、自分から希望してここに来たらしい。

 

「小鳥くん、自分で来たんですか?」

 

「ええまぁ。事情聴取の時に『無人機の情報が欲しい』と言ったらこのザマですよ」

 

 肩を(すく)めて皮肉気に口元(くちもと)(ゆが)める小鳥。

それまでに何があったかと言うと・・・。

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

「・・・で、そこまでしか話せないのか?肝心(かんじん)の無人機に関して(ほとん)(しゃべ)れないようだが?」

 

「だから言ったでしょう『無人機の確証については喋れない』って」

 

 小鳥への聴取(ちょうしゅ)が終わった頃、聴取を開始したのが夕焼けも沈み始めた頃だったと言うのもあって、辺りは少し暗くなっていた。

 千冬は椅子(いす)に座ったまま、俺は看護室(かんごしつ)のベットに胡座(あぐら)をかいて状況説明と質疑応答(しつぎおうとう)をしていたのだが。

 話せない事があると言ったとはいえ、聞かれた事の四割を企業秘密(きぎょうひみつ)にしてしまったのは流石の千冬でも見逃(みのが)せないらしい。

 とは言え、下手に話すと俺と銀影(ぎんえい)の間にある()()()()()をバラす事にもなりかねないので、詭弁(きべん)で納得して(もら)おう。

 

結局(けっきょく)の所、千冬先生が秘密にする事を了承(りょうしょう)して取調(とりしら)べを始めた時点で、秘密の責任は俺にはありませんよ。それに、原因究明(げんいんきゅうめい)にはあまり関係無いでしょう。答えられない質問の殆どが銀影発信(はっしん)の情報でしょうに、そんなの時間をかければいずれ分かるし、刹那の情報で補完(ほかん)出来るだr・・・でしょう?」

 

 思わず(うわ)(つら)だけの敬語(はが)(はが)がれそうになったが、まぁ、頭を殴打(おうだ)されてないのなら大丈夫だろう。

 

「俺がこれ以上の話をするなら、せめてあの無人機の情報が欲しい所ですね。情報次第(じょうほうしだい)ならアレを送り出した勢力まで(しぼ)れらすヨ?」

 

 (おど)けた口調(くちょう)話題転換(わだいてんかん)を持ちかける。

これ以上深掘(ふかぼ)りされたくないので、交渉(こうしょう)に気をとらせよう。

 

「ふむ、じゃあやってみせろ」

 

「へ?」

 

「情報が欲しいんだろう?なら来い。あの無人機のある所まで連れてってやる」

 

「え?良いんですか」

 

「当たり前だ、その気がなければ言いはしない」

 

 ・・・マジか、

本当は話題を逸らせられれば良かったのだが、まさかそれが了承(りょうしょう)されるとは思わなんだ。

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

「・・・そんな訳で千冬先生の案内によって禁止区画に入ることになった───と言う訳です」

 

 んで、と一息置いて本題に入る。

 

「どこまでわかってるんです?アレについて」

 

「は、はい」

 

 無人機を送り出した勢力を洗い出してやる、と大見栄(おおみえ)切った手前(てまえ)解析(かいせき)(ため)の情報が欲しい。主に外殻(ハードウェア)面についての情報が。

 と、それを問われた麻耶はいつもと同じように緊張した様子で情報端末(じょうほうたんまつ)を差し出す。コレを見ろと言う事なのだろうか。

 それを受け取って画面に映る情報に目を通す。

 

(凄いな・・・。一人で良くここまで調べた)

 

 装甲素材、センサー方式、仮想ジェネレーター出力、仮想エネルギー回路、両腕部ビームキャノンの構造etc・・・。ISに関わる事だけでなく、測定出来るだけの無人機(ドローン)のシステムに関することまでもが事細かに記述(きじゅつ)されていた。

 

 特に目を引くのはISコアの(らん)

『未登録』と記されたそれには、視線を注がずにはいられなかった。

 

「『未登録』て・・・。これ犯人殆(はんにんほとん)ど絞れたのと同義(どうぎ)じゃないですか」

 

 未登録のコアを所有出来るとすれば、心当りは一人しか居ない。

と同時に、(ぼう)篠ノ之束に襲われかけた人間として、今回の件を引き起こしそうなのもアイツしか居ないな、と得心(とくしん)せざるを得なかった。

 

・・・と言うか、

 

「参ったな・・・ここまで状況証拠(じょうきょうしょうこ)()がってたら俺の出番無いですよ」

 

 犯人が一人に限られた今、俺に出来ることなど無いに(ひと)しい。

 一応この場に置いて俺の役割(やくわり)プロファイリング(分析と推測)だ、まだ色々と出来る事は無いことも無いだろうが、その犯人が判っている時点で最早(もはや)(はら)(ばこ)である。

 

「良いからさっさとやれ」

 

 千冬からの無慈悲(むじひ)一言(ひとこと)

まぁ彼女の言う通りこんな所で出来る出来ないとゴネていても仕方(しかた)が無い。肩を(すく)めて先に断っておく。

 

「・・・まぁ、一応やると言った手前(てまえ)やることはやりますけど、情報量少なくても文句は言わないで下さいね」

 

 言って、集まった情報、特にハードウェアの情報に注力して解析を始める。

 

「・・・・・・───」

 

 端末に表示される情報を、先程まで麻耶の座っていた椅子(いす)にドカリと腰を下ろして目を通しつつ。その手を動かして別の資料を呼び出す。

ホログラフィ(空中投影映像)に表示するのは三種の第二世代型IS。

ラファール・リヴァイヴ、虎龍、ブラック•ハウンド

それぞれがAEU、人革連、ユニオンを代表する機体だった。

 現在無関係な筈の機体三機を並べる事に首を傾げる千冬と麻耶だったが、こちらとしてはいたって真面目である。

そんな疑問に耐えかねてか、麻耶が質問を投げて来た。

 

「・・・何してるんです?」

 

「援助組織の痕跡探し」

 

 画面から目を離す事なく、淡々(たんたん)と告げる。

 

「・・・ISは、コア(ソフトウェア)があって、筐体(ハードウェア)があって・・・まぁ、色々な物を扱って成り立つ代物(しろもの)。例え、相手が天才だろうが天災だろうが()()が必要になる。よしんば仮に何かの交渉(こうしょう)(おこな)って、どこかの勢力から物資を援助されたとしよう」

 

・・・だとしたら。

 

「だとしたら、何を材料にした?タダで物貸しをする奴はどこにも居るまい、だとしたら何かしらの材料が必要だろう」

 

 三つの機体、それぞれのエネルギー回路の透過模式図を、無人機のそれに照応(しょうおう)させる。

 

「物資、情報、技術・・・。考えられるのはこの三つ。物資・・・はまぁまず無理だろうな、今回はその物資を貰い受けてる訳だしな」

 

 物を欲しがってる者が物を持つとは思えない。

 

「じゃあ、情報と技術と言うことに・・・?」

 

「情報って線も(うす)い。相手は特A級はおろかS級指名手配の人物だ、三つに一つって事は無いだろうが、あの束が言う事をまともに信用する奴はマトモじゃない」

 

 装甲素材、フレーム素材、その構成を見比べ、類似点(るいじてん)相違点(そういてん)(はじ)き出す。

 

「それに、束が世界から注目されているのは、誰も届かない技術力にある。なら十中八九交渉材料は束の技術の一部だろうな」

 

「っでも、それがどうして援助組織の痕跡に(つな)がるんです?」

 

 その仮説に納得しながらも、同時に疑問にぶつかって首を傾げる麻耶。

そのまま言っても面白くないので、一つ問題をふっかけるとしよう。

 

「さぁて、どうしてでしょうか?」

 

「え?ええっと、なんででしょうか・・・?」

 

 当惑(とうわく)する麻耶に()わって、千冬が口を開いた。

 

「・・・()()I()S()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()。という事だな」

 

「大正解。・・・まったく、そんな早く答えないでくれ、麻耶先生が困ってて面白いトコだってのに」

 

「教師で遊ぶな教師にタメ口を聞くな」

 

「あいてっ」

 

 バシンッと、端末の面で(はた)かれる。その後ろでは(さき)発言(はつげん)に『あはは・・・』と麻耶が引き笑いしていた。

気を取り直して、

 

「技術だったら何だって良い訳じゃない。最終的な目的は取得した技術を自分の技術へと転用(てんよう)する事・・・まあ、束が持つ先端技術も魅力的(みりょくてき)だろうが、モノにできなきゃ無意味だ・・・ですし。そう考えると、すでに実用の目処(めど)が立っているか、転用しやすい技術を注文するでしょうね」

 

 口に出すことは無いが、その考察(こうさつ)に少なからず(きも)が冷えていた。

そう言う注文(オーダー)があると言うことは、束を援助している組織はそう言うテクノロジーを確立させている、(ある)いは確立させようとしている可能性が高い

正直言って余りに危険な思想だ。

 

(()()()()()()()()()()()()()、『組織』とやらは)

 

 仮称(かしょう)として『組織』と呼ぶが、この『組織』は兵士が死ぬ意味を戦場から奪おうとしているらしい。

反吐(へど)が出る。

怒りを通り()して(あき)れの溜息(ためいき)まで出て来そうだ。

 

─── その上で、その組織にアタリが付きそうな事が、俺にとってストレスを増加させる事だった。

 

「はあああぁぁぁぁ・・・?」

 

 クソほど大きな溜息を誰にでも聞こえるレベルで吐き出す。

理解は出来るが、同調(どうちょう)は出来ないその思想が嫌悪(けんお)()(あふ)れた溜息を生み出させた。

 怒りに駆られたまま、口を開く。

 

「・・・多分だが、援助組織が(わか)った」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

 ああ、と、その結果にうんざりしながらも、力無く返答する。

少しばかり言うか迷ったが、千冬の刺す様な視線に急かされ、溜息混じりの声で絞り出すように結論を出す。

 

「・・・結論から言うと、束のバックにはユニオン、少なくともアメリカがついてる・・・!クソ、最悪だ・・・!よりにもよってあの国と組んでいるだと!?」

 

 自分の出した結論が間違いであって欲しい心を躊躇(ためら)い無く吐露(とろ)する。

見れば、信じられないと言う風に麻耶は絶句し、千冬は鋭い瞳のままこちらを見ていた。

 その千冬が問う。

 

根拠(こんきょ)は?」

 

「この無人機の腕部内蔵式(わんぶないぞうしき)ビームキャノンの存在そのものが根拠だ」

 

 言って、情報端末のパネルを叩く。

そこには完全状態の無人機の透過模式図、その腕部の拡大図があった。

 

「AEU、ユニオン、人革連のISのコンセプトは、それぞれの勢力で分かれてる」

 

 一度閉じた三機の量産型のホログラフィーをもう一度開く。

一機一機に指を刺しながら説明を始める。

 

「人革連はスペックより量産性。AEUは汎用性(はんようせい)の高い本体。ユニオンは本体より武器・・・と言った風にな」

 

 細長い目が愉悦(ゆえつ)に歪んでいるのは、久方ぶりにISの構造を詳しく見ることが出来たからだろう。

三機の量産機の図を仕舞(しま)い、続けて無人機の構造図を大きく投影した。

 骨子、エネルギー系、センサー系、そのどれもが複雑(ふくざつ)(から)みあって出来たそれは、専門知識(せんもんちしき)の無い麻耶や千冬にも、その特別さをわからせるだろう。

 

「コイツのコンセプトは(おおよ)そ『高機動砲撃型(こうきどうほうげきがた)』しかもスラスターてんこ盛りのエネルギー回路が超複雑で、コスト度外視(どがいし)も良い所だ。こんなゲテモノを人革連が作るとは思えない」

 

 残るは二つ。しかし、その特性ではアメリカを黒幕だと(にら)む小鳥の予想では矛盾(むじゅん)が起きる。

 

「それじゃあ、AEUが関わってるって事になりませんか?」

 

 確かに、先程の説明だと、機体の汎用性を求めるのはAEUの特徴だった(はず)だ、それではAEUが怪しくなり、ユニオンを怪しむ見立てが立たなくなる。

だが、そう判断したのは別の理由があったからだ。

 

「言っただろう?この機体のミソは腕部ビームキャノンだって。・・・これを見ろ」

 

 そう言ってホログラフィーを移動させ、腕部アーマー内のビームキャノンのエネルギーパスを(しめ)す。

全身装甲(フルスキン)(ゆえ)に実体を持ってラインを繋ぐ事ができるその機体には、分かり易くエネルギーコードが・・・

 無かった。

 

「この機体のビームキャノンは、エネルギー供給を実体コードではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「接触式のパス・・・?」

 

「ああ、普通ならあんな大出力を使うなら実体のコードを使うだろうに、この機体は基本的に普通のISと変わらない無線式どころか、本体装備なら使う筈も無い接触式のエネルギーパスなんかを使っていやがる」

 

 接触式での供給は無線式よりは効率は良いものの、それなら直接ラインを切らずに制御した方が効率は(はる)かに高い。

だと言うのに、わざわざ接触式のエネルギーパスを使用しているその理由。それに一つ心当たりがあった。

 

「恐らくだが、この機体の腕は腕にビームキャノンが付いている訳では無くて無理矢理ビームキャノンに腕としての機能をはっつけてると言った方が正確だな」

 

 そう、接触式のパスを使うとしたら、マニュピレータを(かい)して取り扱うビーム兵器といった所だ。

それならば援助組織は携行(けいこう)ビーム兵器の技術を欲しがっている事になる。

 

成程(なるほど)・・・連中の求めている技術は携行兵器。だから兵装に力を入れるアメリカの可能性が高い、と言う事か」

 

「そう言う事・・・。正直言ってまだAEUや人革(じんかく)と組んでた方が収拾(しゅうしゅう)はつきそうなんだがねぇ」

 

 背もたれに深く背を(あず)けて溜息混じりに言葉を(つむ)ぐ。

 

「アメリカは─── 建国以来負けを知らない。第一次ではほぼほぼ裏方、第二次では本国へ誰も足を踏み入れられず、100年前の中国との大戦でも結局(けっきょく)ワシントン、ニューヨークにまで被害が及ぶ事なく痛み分け。敗北も痛みも知らない奴等が束の技術(ちから)を手にしたら何をしでかすか・・・。正直言って分かったモンじゃない」

 

 吐き捨てるように、そうあって欲しくない未来を想像する。

と、千冬から視線を外すと、血色の悪い顔をしている麻耶が居た。どうやらショックの大き過ぎる話題だったらしい。

それもそうだ、そんな血みどろな話題が現実味を帯びることなそうそうあるまい。

 皮肉気に口を歪めて今までの言葉を茶化(ちゃか)す。

 

「ま、気にしなくても良いですよ。コイツは元専門学生の戯言(たわごと)だとでも思っていただければ」

 

 実際、アメリカと束がつるんでいる確証(かくしょう)は無い。身も蓋もない言い方をすればこれはまだ憶測(おくそく)でしかない、結論づけるにはまだ早ように思える。

 

「───」

 

 それでも気休めにはならない、麻耶も千冬も浮かない顔を浮かべ、そう言う茶化しを入れた俺ですら、その心中(しんちゅう)(おだ)やかではなかった。

 

「どちらにせよ、可能性の範囲(はんい)を出ないのであれば、報告書(ほうこくしょ)()せる必要は無いな?」

 

「・・・まぁ、でしょうね。こんなのは書類に書くべきじゃない」

 

 千冬が口にした台詞に同意する。

この仮説がたとえ真実に届いていたとしてもそうでなくても、外に()らせばアメリカとの軋轢(あつれき)(まぬが)れない。

真実の所在はどうであれ、ひた隠しにした方がよっぽど建設的(けんせつてき)だろう。

ここに居る三名の内二人が隠蔽(いんぺい)に前向きなのを知ったからか、麻耶はホッとしたような顔をして、その提案に同意した。

 

「そう・・・ですね。この事は報告書には書かないでおきましょう」

 

 どんなにIS学園が中立地点だとしても、運営しているのは日本だ。直接的でなくても圧のかけようはいくらでもある。

各国との関係が重要なIS学園、その中でもアメリカは重要な一国である。

 

─── 正直に言うとこういった重要な事は公表したいが、かと言って公表の後の事を考えられない程向こう見ずでもない。

 

「それに、事を明るみに出すのはいつでも出来る」

 

 蛇の様な目が、怪しく光った。







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宛無き野望(Unidentified ambition) / 義務か責務か(Duty or obligation)







「んふふ・・・んふふふふふ・・・」

 

「どうされましたか(たばね)様」

 

 誰も知らない個人研究室(こじんけんきゅうじょ)篠ノ之(しののの)(たばね)立体映像(ホログラム)に映る白式(びゃくしき)のステータスを見てほくそ笑んでいた。

 その後ろから声をかける銀髪(ぎんぱつ)の少女、彼女の名はクロエ•クロニクル。束の養女(ようじょ)である。

問われた束は上機嫌(じょうきげん)様子(ようす)で答える。

 

「白式がねぇ、すっごく成長しているんだよぉー」

 

 演技(えんぎ)じみたその声音(こわね)を聞いて、クロエはほんの(わず)かにその口許(くちもと)(ゆる)め、

 

「それは何よりです、束様の思惑(おもわく)順調(じゅんちょう)成就(じょうじゅ)へと向かうのなら、これ以上の事はありません」

 

「んもぉークーちゃんったら、そんな(かた)くならなくても良いんだよ~?」

 

 そんなクロエに()きついて、その頭を()で回す束。

それは子に親が見せる愛情と言うよりも、動物に飼い主が見せるような愛玩(あいがん)に似ていた。

 だがクロエは、それでもそれを享受(きょうじゅ)していた。

束がクロエの頭をひときしり撫で終わると、クロエは一つ、束に質問を投げ掛ける。

 

「それで、次はどうなさいますか。私に出来ることがあれば、何なりと申し付け下さい」

 

「ん~、クーちゃんに活躍(かつやく)して貰うのはもうちょっと後かにゃ~」

 

「・・・そうですか」

 

「そんなに落ち込まないでよー。クーちゃんが(くら)いと私も暗くなっちゃうよ」

 

「申し訳ございません・・・」

 

 ニコニコと他人が見れば気味(きみ)が悪いと評価するような笑顔を浮かべながら、束はクロエに注文(ちゅうもん)する。

 

「わかったならヨシ!それはそうと、束さんはクーちゃんの()れたコーヒーが飲みたいな~?」

 

承知(しょうち)しました、今()れて来ます」

 

 その後ろ姿を見送った束は、今見ていた物とは別の、新たな立体映像(ホログラム)を呼び出す。

そこに(しる)されているのはアメリカ経由(けいゆ)でいただいたIS。そして、銀影(ぎんえい)に欠けている部位(ユニット)の一つ。

 

「さぁーて、これで面白くなるかな?」

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 (なぞ)のISがクラス代表対抗戦に乱入(らんにゅう)したその翌日(よくじつ)

 

「あ、お早う小鳥(おどり)くん」

 

「おう、お早う」

 

AM8:23

 SHRまで時間が空いているにも関わらず少し(さわ)がしいが、1ー1教室はいつもとほぼ変わり無く朝を(むか)えていた。

 

 少しばかり騒がしいと言うのも、昨日の乱入騒ぎが原因(げんいん)だろう。

 

『聞いた話だと・・・』

 

『でもそれっておかしくないか?』

 

中東(ちゅうとう)勢力(せいりょく)だって話もあるみたいよ?』

 

『まさかぁ、中東にそんなこと出来る国なんて無いでしょ・・・』

 

耳の端々(はしばし)から聞こえる言葉は、先日(せんじつ)のISの正体を探ろうとする噂話(うわさばなし)(たぐ)いだった。

 自分の席に向かいながらぼんやりと女子(じょし)連中(れんちゅう)(しゃべ)(ごえ)を聞いていると、女子生徒の一人(確か夜竹さゆかだったか)がこちらに(あゆ)みより俺に質問を投げて来た。

 

「あの、昨日の機体って何だったの?」

 

「──・・・」

 

 あのISが無人機だと言う事実に関して当面(とうめん)の内は箝口令(かんこうれい)()かれている。

 その正体を知る者は、直接戦闘(ちょくせつせんとう)を行った小鳥(おどり)(ゆう)刹那(せつな)・F・聖永(せいえい)、そして当時オペレーションルームに居た数名の教師(きょうし)(かぎ)られ、その情報を知る生徒(せいと)はほぼ居ない。

 だからこそ女子連中が俺からそれを聞き出そうとするのは、なんとなく予想はついていた。

 席へと向かいながら、軽くあしらう。

 

先生方(せんせいがた)から話すなって言われてる。言えなくもないが、その場合俺と聞いた(やつ)非道(ひど)い目に()う。他の面々(めんめん)にも伝えておくと良い」

 

 千冬(ちふゆ)(あた)える懲罰(ちょうばつ)災害(さいがい)のような(あつか)いにしても、クラスメイト全員の共通認識(きょうつうにんしき)だから大丈夫(だいじょうぶ)だろう。・・・多分(たぶん)

 ()()えず、無人機に関して話せないという事だけを伝えてさゆかを引き退(さが)らせる。

大人(おとな)しいさゆかが、俺の言う通りに他の面子(めんつ)にも同じ(むね)を伝えに行くのを眼の(はし)(とら)えつつ、無骨(ぶこつ)なカーキグリーンのショルダーバックの中からいつもの手乗(ての)りノートパソコンと、学園支給(がくえんしきゅう)のタブレットの二つを(つくえ)の上に取り出して、ショルダーバックを机の横に()ける。

 授業の準備(じゅんび)がおわり、席に()こうとした時、後ろから織斑(おりむら) 一夏(いちか)が声を掛けて来た。

 

「お早う小鳥」

 

「ああ・・・昨日は災難(さいなん)だったな」

 

 先日の乱入に()いて、自分の試合が中止してしまった一夏は、多分一番の被害者だろう。

飛ばされた挨拶(あいさつ)見舞(みま)いの言葉を返すと、一夏は思いもよらない言葉を()した。

 

「・・・大丈夫か?」

 

「あ?何が?」

 

「ああ、いや、何と言うか・・・顔?」

 

「あん?」

 

 要領(ようりょう)を得ないその回答に益々(ますます)首を(かし)げざるを得なくなる。

タブレットのカメラ機能を使い、インカメラで自分の顔を確認する。

 後ろ髪をゴムで(しば)っただけの乱雑(らんざつ)な髪型、その影響(えいきょう)で細長く()り上がった形の眼。

 

・・・我ながら(ひど)面構(つらがま)えだ、どうやっても善人には見えないだろう。

それはさておき、(いぶか)しげに一夏に返す。

 

「いつもこんな顔だろう?それとも何か?俺はいつも大丈夫じゃなさそうか?」

 

「い、いや。そんな訳じゃないんだけどな。何となくこう・・・暗いって言うかなぁ・・・まぁそんな感じだった」

 

「ああそうか・・・」

 

 もしかしたら昨日(きのう)のトラウマフラッシュバックが(いま)だに尾を引いているのかも知れない。

まさか顔に出ていたとは。『何も無いフリ』の自信はあったのだが・・・

 

「って言うかその(かん)(ほうき)とかに使えよ」

 

「え?何て?」

 

「何でもない。下らない事を口にしただけだ、気にするな」

 

 そう言ってあらぬ方向を向く、もうめんどくさいのでさっさと終わらせるに限る。

 

 一夏はこういう時こちらが切り上げてもしつこく食い下がる(きら)いがある。

他の話題でこのバカの注意を()らすとしよう。

 

「それはそうと、鈴音(リンイン)との決着(けっちゃく)はどうなった?中止になったんだろう?」

 

「え?あ、ああ・・・そういやどうなったんだろ」

 

「オイお前当事者(とうじしゃ)だろうが」

 

 思わずそっぽを向いた顔を一夏の方に向けるレベルでツッコんでしまった。

 

「当事者が事態(じたい)把握(はあく)してないでどうする。そんなんだとお前、将来(しょうらい)詐欺(さぎ)に引っかかるぞ」

 

「うっ、」

 

 (あき)れた様子を隠す事無く嘆息(たんそく)して一夏に忠告(ちゅうこく)する。

『詐欺はかける奴もかかる奴も悪い』と言うのがスタンスなのだが、何かさっき図星を言い当てられた事への意趣返(いしゅがえ)しがしたくて何となく反省(はんせい)(うなが)す(別に何の意味も無いのだが)。

 痛い所を(つつ)かれたか、一夏はバツの悪い顔をして居た。

 

「ちょっと良い?」

 

 『してやったり』と言う感情はさて置いて会話を続けようとした時、一夏の後ろから声が掛かった。

 

「なにやつ!」

 

「アンタの幼馴染(おさななじみ)よバカ」

 

「あ、(りん)

 

 勢い良く振り向く一夏。

声音と口調から察するに鈴音だろう。一夏にバカと正面切(しょうめんき)って言うのは千冬(ちふゆ)と鈴音、後は箒くらいしか居ないだろうし。(うわさ)をすればと言う所か。

 

「丁度良かったじゃないか。ホラ聞けばどうだ?」

 

「そうだな。なぁ鈴、昨日の決着だけどさ・・・」

 

 鈴音に直接聞く様に(うなが)して一夏と鈴音を話させる。

それを視界に収めつつ、俺は俺自身の席に着く。

 

 パソコンを開いて、世界のニュースに目を通す、フリをする。

 

(・・・まだ考えるべき事は山積(さんせき)している)

 

 昨日の無人機の解析で得た情報を頭の中で整理(せいり)しつつ、物思いに(ふけ)る。

 

・・・偶発的(ぐうはつてき)とは言え、俺は世界の裏側に触れてしまった。

 

 俺は知らなければならない。

この世界の裏側で一体誰が、どんな原理(げんり)で、どんな目的(もくてき)で、どうやって、何をしようとしているのか。

 

AEU、人革、ユニオン、三大勢力の事。その勢力内で跋扈(ばっこ)している者達の事。その勢力に立ち入れられない者達の事。

・・・そして何より、束の事。

 

(今の世界は間違い無くアイツを中心に回っている・・・)

 

 そう言った意味では束がその回転軸(かいてんじく)(ゆが)めるだけで、この世界は大きくバランスを(くず)羽目(はめ)になるだろう。

何とも迷惑な話だが、束はそれを容赦無(ようしゃな)実行(じっこう)する。今はまだそうする気は無いらしいが、それでも彼女の一挙手一投足(いっきょしゅいっとうそく)がこの世界を瓦解(がかい)させる原因になるのは間違い無い。

 現状で満足しているつもりは無いが、コレより(ひど)くなっては目も当てられない。

 

(俺に何が出来(でき)るかは分からんが・・・)

 

 やれる事は少なからずある(はず)だ。

ちらり、と手元(てもと)に置かれた四角い端末(たんまつ)に目を向ける。

 

 銀影、これが持つ(モノ)

それが(たと)え束から与えられた物だとしても、銀影を使って何かを成すのは俺自身だ。

 

 やれる事を見逃(みのが)さぬよう、眼を()らす。今の俺がやるべき事だろう。

 

「・・・よーし、じゃあ来週の火曜日の放課後!覚悟してなさい!」

 

「おう!今度こそ決着つけるからな!」

 

・・・・・・見当違(けんとうちが)いな方向性でやるべき事が散石しているがな。









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Sudden rendezvous







「えぇーっと、次は目覚まし時計・・・」

 

 クラス代表対抗戦(だいひょうたいこうせん)終了(しゅうりょう)して早三日(はやみっか)、週末土曜の大型ショッピングモール、通称(つうしょう)『駅前』の100円均一コーナーに小鳥(おどり) (ゆう)()た。

黒のスキニージーンズに薄くクリームがかった白のTシャツを着け、その上から青磁(せいじ)色の半袖(はんそで)シャツを羽織(はお)っている小鳥は、便利(べんり)グッズコーナーを()()って次なる目標物(もくひょうぶつ)をカゴにいれるべくズカズカと歩き続ける

購買意欲(こうばいいよく)(さそ)わせる便利商品は意識の外にあるため、あれこれ無闇(むやみ)に手を伸ばす事はしない。

 

 ・・・ちなみに、元来(がんらい)こういったショッピングをしない小鳥がなぜここに居るかと言うと。

 

刹那(せつな)の生活用品ねぇ・・・わざわざ俺を使わなくても良いだろう。轡木(くつわぎ)(じじい)とか居るだろうに」

 

 ぶつくさと文句を言いながらカゴに目覚(めざ)まし時計(どけい)を入れる。

 そう、理由は刹那の生活用品である。

記憶喪失(きおくそうしつ)の少年“刹那・F・聖永”との奇妙(きみょう)半同居生活(はんどうきょせいかつ)が始まってから、(すで)に二ヶ月半が経過(けいか)している。

最近刹那の転入手続(てんにゅうてつづ)きが(ようや)()んだらしく。来週にも三組に転入する事になっているらしい。

が、しかし最近まで生徒というより実験動物(モルモット)に近い環境だったため、普通の服やら日用品の(たぐい)が無かったのだ。

それを見かねたのか、先日(せんじつ)我らが鬼教師、織斑(おりむら)千冬(ちふゆ)先生から『刹那の生活用品を買ってこい』との一言を頂戴(ちょうだい)し、今現在に(いた)ると言う訳である。

 

「ったく・・・。えー、次は歯ブラシと歯磨(はみが)き粉・・・」

 

 文句(もんく)は口にするが、行動を()めるといった事はしない(あた)り、彼がどれ程ゲンナリしてるかが解ると言ったものだろう。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 紫外線分解性(しがいせんぶんかいせい)のレジ袋に購入(こうにゅう)した物を詰め込み、モールの中央をぶち抜くエスカレーターの乗り口(そば)に在るベンチにドカリと座り込んだ小鳥は、目の前の服飾店(ふくしょくてん)に背中にを向けてモールの中を見やる。

 

「平和なモンだなぁ・・・」

 

 IS学園から最寄(もよ)りの巨大施設(きょだいしせつ)であるこの駅前は、小鳥から見れば学園を攻めるとしたら活動拠点(かつどうきょてん)としてはこれ以上無いほど好都合(こうつごう)である。

実際そうなるかは分からないが、切れ長の目にはそう(うつ)るものだった。

 

「実際にこの平穏があって、それを保つ為にどれ程の努力が必要なんだか」

 

 そう溜め息を()いて前方に向き直った小鳥の視線(しせん)の先に、

 

 

ミニマム千冬が現れた。

 

 

「・・・・・・・・・は?」

 

 黒の五分丈Tシャツに明るい青のデニムショートパンツを着こなし、向かい側の服飾店(ふくしょくてん)寒気(さむけ)のするにこやかな表情で鏡のにらめっこしている少女が居た。

どうやらこちらには気が付いておらず、服を見て回っているその姿は年相応の少女のそれに見える。

 

「・・・・・・!!(ブンッ」

 

 見ている事がバレてしまえば、何か凄まじく凄まじい事をされそうな予感がして、思わず視線を背中の向こう側に戻した。

 

(え?何がどうなって、何で千冬先生が小さく・・・え?)

 

 必死になって頭を回す。あの千冬が、()()千冬があんなに可愛いげのある少女になっている理由を。

 

「・・・・・・・・あー、そういや言ってたな『妹が居る』とか何とか」

 

 数秒考え、前に一夏と交わした会話を想起(そうき)し、一人勝手に得心する。

確か名前は織斑円花(まどか)、身内の一夏から見ても千冬にそっくりだとか。

まさかこんな所で目にするとは思わなかった。

 とは言え彼女がここに居ようとも、当面の目的に何の影響があるわけでもない。

 

「と言うことは、俺には余り関係の無いことか・・・」

 

 そう言って立ち上がり、別の場所へ向かう。

いや。正確には、向かおうとしたとしたその時。

 

「ッ・・・!?」

 

 ぐらりと揺れる視界、力の入らない足、薄れ行く意識、妙な脱力感が全身を襲う。

その中でジーンズのポケットに手を突っ込めたのは僥倖(ぎょうこう)だとしか言いようがなかった。

 急速に意識を取り戻した小鳥は、急ぎ右足を踏み出してその場で踏み止まる。

 武装やセンサー類の外装は展開していないが、銀影を起動させ生命保護機能を利用したのだ。

 

(っ、悪い銀影。急に呼び出して)

 

『別にいいわよ。どうあっても私はアンタがアンタである限り、アンタの夢を叶える為に居るんだから』

 

(なら遠慮無(えんりょな)く使わせてもらう)

 

 しっかりと(りょう)(あし)で立ち上がっる。

(あた)りを見回(みまわ)せば、近場(ちかば)の人間は皆深(みなふか)い眠りに落ちていた。

 状況把握(じょうきょうはあく)の為に銀影のヘッドギアのみを展開(てんかい)した小鳥は、オレンジ色のバイザーに(おど)る文字を見て、舌打(したう)ちせざるをえなかった。

 

催眠(さいみん)ガス・・・。相当強(そうとうつよ)いヤツだな」

 

 空気中に(ただよ)う成分の中には、立てこもり等の鎮圧(ちんあつ)使われるような睡眠誘発剤(すいみんゆうはつざい)(ふく)無味無臭(むみむしゅう)無色透明(むしょくとうめい)のガスが(ふく)まれていた。

ガスの広がりから見るにどうやら空調(くうちょう)から回ってきているらしい。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 と、状況を(なか)(つか)みかけた小鳥の右側。つまりは先程まで向かい側であった服飾店の中で声が上がった。

 驚いてそちらを見れば、急に倒れたのであろう店員の安否を問いかける織斑円花がそこに居た。

 

「オイオイオイ。嘘だろ・・・」

 

 この催眠ガスは相当強力な代物(しろもの)で、人間であれば一嗅ぎしただけで昏倒してしまうのだが、それが充満している空間に()いてなお意識を失わず、むしろ明瞭さを保っているのである。驚かずにはいられない。

 

(どんなに超人的な千冬先生の妹だっつっても無茶苦茶すぎるだろ!?)

 

「ちょっと待ってて下さい!他の人を呼んできます!」

 

「ちょ、おい待て!」

 

 だが、驚くのも束の間。しゃがんでいた円花が立ち上がり、他の人間を呼ぶ為に走り出したのだ。

無闇に動いては危険だと、後を()おうとするが、彼女には届かない。

 だが、こちらに(とど)く物はあった。

 

「フン!」

 

バキィッ!!

 

「がぁッ!?」

 

 後方から接近に気付けず、何某(なにがし)かの拳をモロに()らってしまった

 

「ぐぅ、ッ!」

 

 銀影を完全に展開し、空中で身を(ひるがえ)して体勢を立て直す。

 

「・・・何者だ!」

 

 睨み付ける前方には、灰色のISが居た。

ヘルメット型デバイスユニット、大型の腕部装甲(アームド・アーマー)、肩の上のスラスターには何本かナイフが掛けられ、その機体が近接戦を主に考えられている事が明確に現れている。

 

 あれは・・・確か、〝ファングクエイク〟だったか。

 アメリカの第三世代機、量産と安定性を重視したコンセプトを持つ最新鋭機。

頭の中でカタログを広げる小鳥は、じっと敵を見つめる。

 

「・・・・・・・・・」

 

 操縦者はこちらからの問い掛けに答える事はない。答える気が無い、あるいは答えられない質問だったようだ。

だが、何の情報も無しに会話を終わらせる気は無い。

 

「質問を変えるぞ、何が目的だ」

 

「・・・すぐに解る」

 

 意外にも口に出された返答、その不明(ふめい)さに首をかしげた小鳥だが、その意図は確かにすぐに解った。

 

「きゃあっ!?」

 

 円花の悲鳴(ひめい)が上がった。

驚いてそちらを見れば、白と灰色の都市(とし)迷彩(めいさい)を着用した幾人かのガスマスクの人間が円花を羽交(はが)()めにして連れ去ろうとしていたのだ。

 

「ッ、何してんだお前ら!!」

 

 ガスマスク達に飛び込もうとした小鳥。

だがしかし、正体不明のISがその前に立ちはだかった。

 その瞬間『ヤバイな』そう直感した小鳥は反射的に後ろに()退()いて距離を取り、バックパックの大剣に手を伸ばす。

 相手からは、対話を行おうとする積もりは無い。ただ目標を達成するのみ、それ以外は何も感じなかった。

 緊張に浅くなる呼吸が、自分が劣位(れつい)に立たされた事を自覚する心臓が、被食者の感触を想起(そうき)した古皮質(こひしつ)が、その主に克明(こくめい)に危険を告げる。

 

「ふー・・・」

 

 その主人は小さく息を吐いて、その全てを無視した。

 

剣に伸ばした手を更に伸ばし、勢い良く抜剣(ばっけん)し、臨戦体勢(りんせんたいせい)に入る。

 

「つまりはお前の、お前達の目的は中学三年生の女の子をよってたかって多人数で拉致(らち)る事ってか?」

 

 相手の尊厳を最大限(なじ)るように挑発する。

 だが、相手はそんな事を意に介する事無く、ガスマスク達との連絡を取り合う。

 

『お、おい。大丈夫なのか!?』

 

「問題無い、お前達はお前達の任務(にんむ)優先(ゆうせん)しろ。私の任務はユウ・オドリの足止めだ」

 

 そう言った彼女はラックからナイフを取りだし大きなマニュピレーターで握る。

 (たが)いが戦闘体勢に入ったことを確信した二人は、言葉無く睨み合って相剋(そうこく)する円を(えが)き、通路に一直線に位置取った直後。

 

「ふ・・・ッ!」

 

「ラァッ!」

 

 二人は己の敵へと突撃した。

 小鳥は右の剣を振り下ろし、謎のISは右のナイフを地を這うような軌道で突き上げる。

敵は左のナイフでそれを止め鋭い突きで小鳥の首を狙うが、小鳥は両足のスラスターを吹かしバク宙のような形で跳び上がる事で躱すと同時に天井に足を着ける。

 結果的に敵に背を向けることになった小鳥は、振り向きつつ足を踏み込んで背後の敵へと両の剣を振り下ろす。

防御する謎のISのナイフと銀影の剣がぶつかり、火花が散った。

 

「・・・ッ!」

 

 刃が衝突した衝撃を無理に殺さず、逆に利用して距離を取った敵は、驚いたような表情で小鳥を見る。どうやら素人だと舐められていたらしい。

通路に降りた小鳥は、右の剣を肩に乗せ左の剣を前に出す構えを取る。

 

(まだ周りに人が居る以上、火器は使えねえ・・・近距離戦が目的なら嬉しいんだけどな)

 

 周りには催眠ガスで眠らされた人々が数多くいる。もし遠距離用の兵装が生身の人間に当たれば死を免れない。

最低出力でも致命傷になるビーム兵器しか遠距離兵装を持ち得ない銀影の装備と、(ねら)って撃っても当てられない小鳥の射撃センスでは、今ここでアイアスのビームライフルも腕部ビームバルカンも使えたものではない。

 

(銀影・・・奴の武装、分かるか?)

 

『遠距離兵装は積んでないみたいね。量子変換(インストール)している代物(しろもの)は全部近距離用のブレード。収納してる物の中に火薬の臭いはしないわね』

 

「・・・そうか、サンキュ」

 

 こちらが遠距離戦に応じる必要は無いと解った小鳥は、小さく安堵して銀影に感謝の意を示す。

 

(さ、て。奴のやりたい事は解ったが、スペックは如何程(いかほど)か・・・)

 

 相手の能力値を見計らう。

筋骨隆々のも言えるマッシヴさからは機動性を感じられない、どちらかと言うなら瞬間的な速度で距離を詰め、インファイトに持ち込む戦法を得意としているのだろう。記憶の中のスペックと照応させながら、考察を深める。

 

(それなら、わざわざ相手の得意分野に乗ってやる必要は無いか)

 

 と言うより、そもそもこの敵との戦いに興ずる事自体に意味がない。

どう言った目的であれ、奴等が円花を(さら)うと言うのであれば、円花を追うのが先決である。

 

「ったく、どうしてこうなってん、だっ!!」

 

 言うが早いか、通路からホールを貫く空間へと身を投げる。

 

「こっから先は速いもの勝ちだ!お先に失礼!」

 

 更に飛んで一階上に行き姿を消す。

 小鳥の目的が織斑円花の奪還にあることを察知した敵も慌てて上に向かって、

 

 

「・・・なんてなァ?」

 

 

「ッ!?」

 

 ニヒャア、と邪悪な笑みを浮かべる小鳥を見た。

 

(っ、待ち伏せ!?)

 

 もう遅い、ラックにアイアスを戻した小鳥が、灰色のISへとタックルし、ホール中央へと瞬時加速(イグニッショブースト)で己ごと敵を()とす。

 

「うオオオオオアァ!」

 

「ぐ・・・ぅ!」

 

 敵は抗おうと試みるが、それより先に地面が二人に衝撃を与えた。

 

「グッ・・・!」

 

 衝撃に軽く(もだ)える二人、しかし敵の腹を踏みつけ立ち上がった小鳥は、矢継(やつ)(ばや)にバックパックから“アイアス”を抜剣し逆手に持ち替え、敵のマニュピレーターを地面と()い止め、両の拳を突きつける。

その手は(くう)だが、その籠手(こて)には銀影の遠距離兵装の一つ、ビームバルカンが在った。

 

「うらァアア!!」

 

 狙いは付けない、最早付ける必要も無い。目と鼻の先に居る敵が行動不能になるまで小鳥はバルカンを打ち続けた。









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Next round







「ハァ・・・!ハァ・・・!」

 

 強敵と相対した肉体的疲労と言うより、至近距離でバルカンを滅多撃ちにした精神的疲労が原因で、深く、荒い呼吸を繰り返す。

 気を失ったパイロットを放置して、小鳥は銀影に語り掛ける。

 

「これで、円花を助けた後の心配は無くなった訳だ。銀影、外部との連絡を」

 

『無理、電波妨害用のジャマーがかけられてるみたい』

 

「やっぱか・・・。仕方無い、俺等だけで救出しなきゃなんねえか」

 

 とは言え、恐らく相手は生身の人間である、戦闘になったとしてもそこまでの問題はあるまい。

 問題は、連中(やつら)がこのショッピングモールから先に脱出することだ。そこで問題になってくるのは、連中のゴール、つまりは脱出口(だっしゅつこう)である。

ISの速度を持ってすれば先回りなど容易(たやす)い。しかし、それはルートが敵と同一である場合だ。

ショッピングモールのように分岐点の多い場所ではルートの特定は容易ではない。

 

「奴等・・・催眠ガスを使ってたな」

 

 ISの腕部装甲のみを解除し、唇を人差し指と薬指で挟み込むようにして下顎を覆う小鳥。

 

・・・・・・ガス等の空気を効率良く回すために、どのような手段を採るべきか。

 

「それに・・・。普通の手段で入ってくるとは思えない」

 

・・・・・・モール内もそうだが、モール外の人間にも気取られぬために、どのような侵入経路を採るか。

 

(このガスは上から下へ広がる性質。それに、ガスの発生装置も堂々とは置けまい・・・・・・)

 

 と、するならば。

空調施設のシステムに関与し、誰にも見られない場所が連中の侵入経路だ。

 ガラス張りの天井を見上げ、小鳥は叫ぶ。

 

「屋上の室外器・・・。なるほど・・・奴等の足はヘリか!」

 

 屋上を目指し飛翔した小鳥は、ガラスの天井を突き破って屋外に身を晒す。

 案の定、屋上には黒塗りの、恐らくはキャリアー系統のツインローター式ヘリが着陸していた。

 

「・・・・・・?」

 

 しかし、何か様子がおかしい。

こういった迅速さが求められる指令ならば、いつでも逃げおおせるよう、プロペラを止めることはない筈だが。黒塗りのそれは、プロペラを止めている。

 

「一体、何が・・・?」

 

 見れば、ヘリの中に居たであろう人員はヘリの外で昏睡(こんとう)している上、円花を(つか)まえていたガスマスク共もヘリに凭れ掛かるようにして意識を失っている。

その隣に円花が眠っていたので、その身を保護しようと歩み寄る。

 

『ちょっと待って』

 

「あん?どうした」

 

 銀影からの制止(せいし)の呼び掛けに、(いぶか)しむ表情をしながらも答える。

 

『円花と同じ座標からISネットワークの信号が出てる』

 

「何?それはつまり、円花がISを持ってるって事だぞ」

 

 そんな話は聞いていない。

がしかし、実際にネットワークを開いて各ISとの位置相関(いちそうかん)を見てみると、確かに円花の居る位置から信号が検知(けんち)されている。

 

「───ったく、聞くことが増えたな」

 

 とは言え、織斑円花と言う少女が誘拐(ゆうかい)()いかけたと言う事実に代わりは無い。足を動かし円花の(もと)まで近寄(ちかよ)って、片膝立(かたひざだ)ちで円花の肩を揺する。

 

「おーい、起きろ。寝てる場合じゃねえぞー」

 

「ん、んん・・・?」

 

 眠たそうに目を()きながら意識を覚醒(かくせい)させる円花。とは言えまだ()めきってない為か、寝ぼけた科白(せりふ)を出す。

 

「あれ・・・。さっきまで服屋さんに居た筈・・・。あれ?」

 

「・・・・・・・・・。」

 

 呆けている円花に安堵(あんど)とも(あき)れともとれる()め息を吐く。

 

「お前は誘拐(ゆうかい)されかけてたんだよ、それを俺が助けに来た。そう言う訳だ」

 

「あ!一夏兄(いちかにい)以外の男のIS乗り!」

 

「あ ゛ぁ・・・お前ちとズレてんなぁ・・・・・・」

 

 発言が的はずれな上に知っているのならせめて名前も覚えていて欲しかった。

 疲労感(ひろうかん)がドッと押し寄せ、先程以上(さきぼどいじょう)(あき)れの強い溜め息を吐き出す。

 

「俺の名前は小鳥(おどり) (ゆう)、好きなように呼べ」

 

「あ、うん。私は織斑(おりむら) 円花(まどか)

 

 名前を知らないのなら、教える事に()した事はないだろう。

 

「知ってると思うけど織斑千冬の妹です」

 

「見りゃ解る、千冬先生にそっくりだ」

 

「あはは、よく言われます」

 

 他愛(たあい)ない冗談(じょうだん)と軽口を交わした後、本題に入る。

 

「で?このヘータイさん達はどうした?お前が()したのか?」

 

「いえ・・・。私、起こされるまで何かで眠らされてたみたいですし」

 

「・・・そ、か。・・・仕方無い。とりあえず、ここも安全とは言えない、IS学園に避難(ひなん)しよう」

 

「っ、後ろ!」

 

 唐突に円花が叫ぶ。なにかと思った次の瞬間、後ろから()びてきた手に頭を(つか)まれた。

 

「な・・・!」

 

 どうやらISに頭を鷲掴(わしづか)みされているようだ。

 

「この・・・っ、しつこいッ!」

 

 その状況を()むと同時にリアアーマーからビームサーベルを抜き放ち、手を振り払う様に(かぶり)を振りながら、己の頭を掴む者へ斬りかかる。

 

「っ・・・何!?」

 

 しかし、振り返って見たのは、先程のマッシヴなISとは別物の、(あお)い、獣の様なシルエットのISだった。

大きなマニュピレータに装備された爪、逆関節構造を有する脚部装甲(アームドフット)(おおかみ)の様な特異(とくい)体躯(たいく)は、読物(よみもの)に出てくるような人狼(じんろう)を思わせる。

 

・・・ただ、小鳥を驚かせたのは、その人間離れしたISの構造ではない。

 全身を包む『全身装甲(フルスキン)』そのの天辺(てっぺん)、つまりは頭部。

本来なら操縦者の顔が見れるそこには、剥き出しのセンサーが不規則(ふきそく)に並んでいた。

 そして、その特徴(とくちょう)に覚えがあった、三日前にそれを串刺(くしざ)しにしていた。小鳥には。

 

「無人機・・・!?昨日の今日で二機目だと!?」

 

 その特徴は、三日前にクラス代表対抗戦に乱入(らんにゅう)してきた無人機のものだった。

恐らくは篠ノ之束(しのののたばね)の造り上げたと思われる無人機と言う技術は、まだ安定している風に思えなかったが、どうやら史上最凶(しじょうさいきょう)天災(てんさい)の名は伊達(だて)ではないらしい。

 

『・・・・・・・・・』

 

 無言のまま━━そもそも話す必要も機能も無いのだが━━無人機は(りょう)(てのひら)を小鳥に向ける。

それを見た小鳥は、ゾッとした表情を浮かべバックパックから『アイアス』を抜剣(ばっけん)し、一つの(たて)とする。

即座にそれを構えると同時、その両手から次々と高威力のビームが乱射された。

 

「きゃあああッ!」

 

「ぐ・・・ッ!」

 

 円花を(かば)うように拡散(かくさん)フィールドを展開(てんかい)する。

 英雄(えいゆう)の名を(かん)する(たて)は、小鳥と円花を(おお)ってその身を守るが、それ以外は守られない。

 幸運にも特殊部隊(とくしゅぶたい)の人間には当たらなかったが、いなされたビームはヘリの外壁(がいへき)(やぶ)る。

 

「マズい・・・ッ!」

 

「わ、わわぁっ!?」

 

 逆手に楯を構えたまま振り向いた小鳥は、焦った様子で円花を片腕で抱え上げ飛び上がる。

 

その直後、ヘリが爆音を上げた。

爆風に煽られ、ヒリヒリと熱線が肌を刺す。

 

「ちょ、ちょっと!あれなんなんです!?何で私達を狙って・・・きゃあ!?」

 

 あられも無い声を上げる円花、右腕で彼女を抱える小鳥が緊急回避を行ったからである。

見れば無人機もまた飛び上がり、二人に向けて光弾を放って来ていた。

 

「しっかり掴まれ!それと不用意(ふようい)(しゃべ)るな!舌噛(したか)むぞ!!」

 

 出しうる限りの速度で街の上を右へ左へ飛び回り、大きなバレルロールを交えながら敵の弾幕を(かわ)し続ける。

 

(クソ!振り切れねえ!)

 

 円花に身体的負担がかからないように気を使っての飛行であるのも理由だが、単純に無人機の機動性が高い。恐らくは一人であっても振り切るのは困難だろう。

 

「銀影!通信はできるか!?」

 

『ええ!もうジャマーの範囲外に居る!』

 

 ならIS学園に助けを求められる。そう思い通信へと意識が向いた時、

 

「前ッ!」

 

「なッ・・・!?」

 

 数瞬前まで後方に居たはずの無人機が、目の前に出現したのだ。

その両の(てのひら)(すで)に小鳥に向けて開かれている。

 

━━ヤバい

咄嗟(とっさ)に左手の(たて)を構える。

 

「グッ・・・!」

 

 その一瞬(のち)楯越しにビームのぶつかる衝撃が伝わる。

だが小鳥や円花にダメージが行くことはない。やはりこの楯は優秀だ。

衝撃を殺す様にビルの屋上に降りて頭上(ずじょう)の敵を睨む。

 ビルの下では、先程のビーム砲の音が原因で騒ぎ起きていた。

 

(ちと不味いな・・・。(すき)を見つけて連絡を入れようにも、こっちの隙を見逃(みのが)してくれそうにもない)

 

 無傷で(しの)いだとは言え、足を止められてしまった。これでは(なお)の事逃げ切りは難しいだろう。

 どうやら無人機のOSも発展(アップデート)しているらしい。外界(がいかい)からの情報に機敏(きびん)に反応してくるようだ。唐突(とうとつ)なバトル展開に苦笑いが込み上げてくる。

 

 ・・・しかし、その笑みは敵の爪に()き消えた。

 

「ガッ・・・!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()

死角(しかく)からの攻撃、真後(まうし)ろから小鳥を(ねら)ったそれは銀影のバックパックを直撃(ちょくげき)し、その背面(はいめん)爪痕(つめあと)(きざ)む。

後ろから小鳥を切り刻んだ『それ』は、小鳥の横を通り過ぎて行く。

 

「っ、何が・・・!」

 

 背中からの衝撃に顔を(しか)めながら、通り過ぎて行った『それ』を片膝立(かたひざだ)ちで見上(みあ)げる。

今の攻撃方法、それにこの状況でこちらに攻撃を仕掛けると言う事は・・・

 

「クソ・・・!()()()()()()()()()()()()()ッ!!」

 

 その眼前には(くだん)の人狼の様なISが二機、空中から小鳥と円花の二人を見下ろしていた。

背中に攻撃を仕掛けた方が先に現れた方、前に回って砲撃を加えた方が新参(しんざん)だったのだろう。

 

(・・・っ、この状況じゃ逃げ切りはほぼ不可能だな・・・)

 

 そもそも、機動力(きどうりょく)にあまり差はなく、戦闘能力では明らかにあちらの方が上だった。

現状(げんじょう)、銀影のバックパックは(つぶ)され、その機動力は10%ダウン。単独でもあの二機の追跡(ついせき)を振り切るのは困難を極めるだろう。

かといって戦闘を行おうにも、射撃戦(しゃげきせん)しか出来ないであろう今の状態で、遮蔽物(しゃへいぶつ)の少ないこの屋上で、射撃戦を行えば確実に負けが()む。

 一応、あらゆるエネルギーの波長を乱せる〝アイアス〟をジャマーとして扱えば、隠れのびる事は出来なくもないだろうが、そもそもの話最初に奴らの視界から逃れなければ、レーダー云々(うんぬん)の話にすらならない。

 

「・・・潮時(しおどき)、か・・・」

 

 小さく溜息(ためいき)をついて、逃げ切りを(あきら)めた。

 敵対象を注意深く睨みつけながら、円花に問いかける。

 

「円花、お前今()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「え?えーと・・・あっ、この指輪、つけた覚え無いです」

 

 差し出した右手の人差し指には、ミッドナイトブルーの指輪が、(にぶ)く輝いていた。

 逃げ切り(プランA)がダメなら別の策(プランB)だ。

少し微笑(ほほ)えんで円花を腕から降ろし、その目を真正面(ましょうめん)から見つめる。

 

「良いか円花、その指輪は()()()()()()()I()S()()。どうして持ってるかは俺にもわからんが。()(かく)『それ』がお前を守ってくれる(はず)だ」

 

「は、はぁ・・・。はぁ!?」

 

「詳しい話は後だ!兎に角逃げろ!そしてIS学園に向かえ、良いな」

 

 緊張(きんちょう)し切った面持(おもも)ちで()げる小鳥の表情は、反論(はんろん)(ゆる)さない。

 しかし、それでうんと(うなず)けるのなら、織斑千冬の妹なぞやってられないのだろう。円花は言葉を返した。

 

「あなたはどうするんですか!?私に逃げろって言ったって、それじゃあまるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

「だからそう言ってんだよ、()めるなよ、この俺を」

 

 もう悠長(ゆうちょう)に話している(ひま)は無い。こうなれば()()の言わずに行動を起こした方が早いだろう。

 

「へ?」

 

 銀影のマニュピレータで円花の襟首(えりくび)(つか)んで、

 

「さっさと・・・行けぇ!」

 

「いやぁぁぁあああ!?」

 

 隣のビルに向かってブン投げた。

 

「わわわわわわわわわぁーーー!?」

 

 隣のビルの屋上とは5階分程の高低差があるだろうが、それだけの危険性があればISの操縦者保護機能(そうじゅうしゃほごきのう)くらいは働くだろう。

 

「さ、て」

 

 問題はここからだ。奴らの目的がわからない以上、俺の勝利条件はこの無人機共(むじんきども)撃退(げきたい)する事に限定される。

 

(状況的に考えて、奴等の目的は俺か円花か・・・。どちらにしても俺が残って迎え撃つのが最善解だろ・・・それに)

 

 どちらにせよ俺は逃げきれない。円花に着けられたISが何なのかはさっぱりだが、今の銀影で円花を抱えて逃げ回るよりかは(はる)かにマシだろう。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

「わわわわわわわわわぁーーー!?」

 

 ヤバいヤバいヤバいヤバい、死んじゃう!

 

小鳥が私を隣のビル目掛けて投げたのは良いが、そのビルは15m以上の高低差がある。このままじゃ直下死(らっかし)間違(まちが)い無し!

 

 兎にも角にも何とかしなければいけない、小鳥が言っていた言葉を思い出す。

 

『その指輪はまず間違いなくISだ、どうして持っているかは俺にも分からんが。兎に角それがお前を守ってくれる筈だ』

 

 頭から落ちゆく中、必死になって手を伸ばす。

 

「っ・・・!お願い、来て!」

 

 指輪から放たれる光、その光は全身を覆い一瞬で晴れた。

見れば腕や頭の上に何か機械的な物が身に付いている。

───皮膜装甲(スキンバリアー)展開(オープン)・・・完了

───推進機(スラスター)正常起動・・・確認

───ハイパーセンサー最適化・・・終了

───BT -02『鋭風(サイレントゼフィルス)』起動します

 

 

「・・・・・・・・・これが」

 

 IS。史上最強の兵器。

たった数日で世界のパワーバランスを崩壊(ほうかい)させ、今もなお最前線を張り続ける、最も分かりやすい『(ちから)

それが自らに従っているのが、理論や数字などではなく、直感で理解できた。

 

「───これなら、アイツらを・・・!」

 

───だからなのかもしれない、さっきまでこんな力を持ってる私を襲ってきたあのISにイラッと来たのは。

 









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Battle Continues







「くッ・・・!」

 

地を這い顔面を狙う狂刃を上体を反らして(かわ)す。

右の剣を上方へ振って斬りつけるが、逆関節ならではの敏捷性(びんしょうせい)で無人機は頭の上を通り過ぎる。

 

 続け様にもう1機の無人機が前方からさらに爪を振り下ろす。振り上げた右の剣を更に構えて爪を受け止めて、左の剣を突き出す。

しかし、無人機は総身(そうしん)(よじ)ってそれを躱しきり頭上を取ると、スラスターを吹かして爪を地へ振り下ろす。

 それを前方へ飛び込む事で(くぐ)り抜け、素早く身を(ひるがえ)して無人機を正面に見据(みす)える。

視界の中には無人機が1機。もう1機は目の前の奴で(かく)れている様だ。

 

 直後、目前の無人機が左方向へ()んだ。

 

「ちィ!」

 

 遅れて俺も上に飛ぶ。もう1機の影に隠れていた1機がビームを乱射したのだ。

 

 大きなバク宙でビル()(また)いで回避(かいひ)しつつ、空中で〝アイアス〟を合体させ一つの巨剣となす。

 短距離用のビームマシンガンは10m前後で霧消(むしょう)する。それならばこの程度の距離で十分だ。

 

 射程外に逃げ延び隣のビルに着地すると同時に、大剣を左へ大上段(だいじょうだん)で振り下ろす。

 

 その剣は着地の瞬間を狙っていた無人機の左腕にクリーンヒットし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「シールドバリヤーの破壊は白式だけの特権じゃねえぜ!!」

 

 アイアスのエネルギー拡散フィールドは、質量以外であればほぼ全てのエネルギーに作用し、エネルギーの()を作り上げる。

シールドバリヤーのそれでさえ例外ではない。

 用は強制的にシールドバリヤーを()退()け、直接的に相手の装甲を()()けると言う訳だ。

 実を言うと鈴音(リンイン)の時に本気でやればあのまま鈴音の胴体(どうたい)を真っ二つにしかねなかったので、打突(だとつ)瞬間(しゅんかん)にフィールドを切っていたりしていた訳で。

 

 だが今は状況が違う。真っ二つにしても問題はまるで無い。

そもそも手加減してやる義理(ぎり)も無いし、あった所で無人機相手に手加減してやるつもりはさらさら無い。

 

 一歩引き下がった無人機に対して、(さら)に距離を()める。

無人機はこちらが詰め寄るのを確認すると、逆関節を活かし瞬時にブレーキをかけると同時に、腰を(ひね)って右の爪を繰り出して来た。

 

 だが、銀影の目を前にその動きは遅すぎる。

急停止が原因で無人機との距離が急激に(ちぢ)まった今、()丈程(たけほど)あるアイアスを振り抜ける時間は無い、だがそれは無人機がブレーキをかけた時点(じてん)()()()みだ。

 頭を狙った突きを身を(かが)めて躱して、慣性(かんせい)のままに無人機の胴体(どうたい)に肩をぶつける。

 

 肩の〝眼〟が光学情報(こうがくじょうほう)を鮮明に(とら)え、銀影が高精度(こうせいど)事象予測(じしょうよそく)を行い、それを元に俺自身が行動を決定する。

 今はその事象予測に対して反射的に行動を起こしているだけだが、いずれはリアルタイムでその予測に合わせた戦術を組む事さえ出来る様になるだろう。

 

『へぇ・・・?前より上手くなってるじゃない。コソ(れん)した?」

 

「うっせぇ、集中出来ん」

 

 頭に(ひび)く銀影の声を(だま)らせて背後から斬りかかる無人機を()び上がって躱す。

 

 円花(まどか)をぶん投げた後、どう言う訳だか知らないが無人機は遠距離戦を仕掛(しか)けて来ず、2機での連携攻撃(れんけいこうげき)で攻めて来た。

こちらにとっては好都合(こうつごう)なのだが、それでも手強(てごわ)い。これで無人機のOSが連携専門に調整(セットアップ)されていたらどうなっていた事やら。

 

 今のところ拮抗(きっこう)はしているが、それも集中が切れれば(もろ)(くず)()るだろう。

ただ、集中力にも限界(げんかい)存在(そんざい)するし、二対一の数的不利(すうてきふり)は変わらない。

 

「せめて前回みたく一人でも応援が来てくれりゃ良いんだがな」

 

 空中で(つぶや)き、軽い足取りで着地する。

 (さわ)ぎに気づいた通行人(つうこうにん)通報(つうほう)するか、円花(まどか)がIS学園に到着(とうちゃく)して事態(じたい)を知らせるか。どちらにせよ増援(ぞうえん)がやって来るまで時間が掛かるのは間違いない。

 

「フン!」

 

 切り込んで来た無人機の爪をアイアスで受け止めて、弾かれる形で距離を取る。

後退(こうたい)しつつライフルモードのアイアスでもう1機の無人機を狙い、ビームを撃ち続ける。

命中数は少ないが、それでも牽制(けんせい)としての意味合(いみあ)いはあった、一方の動きが止まる。

 先にこちらに襲い掛かって来た方はこちらに飛びかかって来る。一旦(いったん)射撃(しゃげき)()めてその爪を防ぐ。

水平(すいへい)に構えた状態でそのまま受け切り、

 

「オラァッ!」

 

 片手に持ち換えて左手で相手で(なぐ)り付ける。

その左手は無人機の左手で防がれる。それは想定していた、腕部のビームバルカンを発射して───

 

バガァアアアンッ!!!

 

 目の前が爆発した。

 

「ガッ・・・!?」

 

 受け止めた左手のビームマシンガンでこちらの(こぶし)諸共(もろとも)に吹き飛ばしたのだ。

 

(自分の左手を犠牲(ぎせい)にして・・・!?クソッ!前の奴より成長していやがる・・・!)

 

 自動制御(じどうせいぎょ)躊躇(ためら)いが無いとは言え、その行動の速さは想定を超えていた。

 

「・・・!クソ!」

 

 アイアスを引き()がそうにも無人機に(おさ)()まれ、すぐには離れられない。

 

─── 後ろから(せま)る無人機。このタイミングは躱せない!

 

「づぅ・・・ッ!」

 

 背面に爪が直撃する。

シールドバリヤーである程度の衝撃(しょうげき)を殺せるとは言え、モロに()らったのは痛い、エネルギーをかなり(けず)られた。

(こだわ)っていても仕方が無いとアイアスを手放(てばな)し、追撃を警戒して()退(すさ)って今の銀影の状態を確認する。

 

(左腕部(さわんぶ)マニュピレータはエネルギーパスがオシャカ、バルカンも半壊(はんかい)、無理して連射すりゃこっちも壊れるだろうな)

 

 幸い指そのものに損傷は無く、正常に動作してくれる。

 

『ヘタクソ』

 

「悪かったって・・・」

 

 これには銀影も酷評(こくひょう)である。

完全に油断していた。アイアスは手放してしまったし本体装備は半分持ってかれている。これを油断と言わずしてなんと言う。

ガラン!とアイアスが地面に転がる音がしてその方を見ると、無人機2機がこちらに歩を進めていた。

 こっちの武器は右のバルカンとビームサーベル2本(左腕が壊れているので1本みたいなものだが)。

 

・・・後は銀影本体の装甲くらいか、

 

『止めて、痛くはないけど装甲削られるの嫌なの!』

 

「・・・あいよ」

 

 注文(ちゅうもん)の多いISである。

口では了承(りょうしょう)するが、まともな武器が(ほとん)ど無い状況でまともな戦闘等出来る訳が無い。

 

 取り敢えず一応の武器である腰部のビームサーベルに手を延ばすが・・・。

 

「ッ・・・!やっぱそう来るよな!」

 

 武器を取ると認識したか、無人機の1機が瞬間加速(イグニッションブースト)を使ってこちらに接近し突きを繰り出す。

 間一髪(かんいっぱつ)身体(からだ)(ひね)ってそれを(かわ)す、目の前を通り過ぎる(するど)(やいば)(きも)(ひや)すが、まだ危険が終わった訳ではない。

 手刀(しゅとう)を突き出した無人機の首が、(わず)かな時間の中でこちらを向いた。

 

 一瞬、ISの中に(おさ)まった機械と眼が合った奇妙(きみょう)錯覚(さっかく)を覚えるが、そんな事を気にしている余裕(よゆう)は無い。

 

「ッラァ!」

 

 後ろから(おそ)い掛かるもう1機に向けて左足で変形の横蹴りをかます。

全力で蹴り飛ばした無人機は後方へ退がってこちらへ(てのひら)を向けた。

 

「─── チッ」

 

 最初にこちらへ突きを仕掛けた無人機は右手だけで俺の左肩を(つか)んでいた。

軽いデジャヴを感じるが、茶化している場合でもない。このまま身動きを取れなければビーム砲の必中(ひっちゅう)不可避(ふかひ)である。

 

「同じ手は喰わねえよッ!」

 

 左手は使えないが何も左腕が使えない訳ではない。

乱雑に左手を振り上げて無人機の腕を弾き、右手で弾いた腕を(つか)んで引っ張り、無理矢理(むりやり)前後を入れ()え無人機の体を盾にして、

 

掌を向けていた無人機が幾条(いくじょう)もの光線で撃ち抜かれた

 

「は・・・?」

 

 余りにもいきなり過ぎる展開に、無人機の腕を掴む手が緩む。

 突然の展開に(ほう)けている俺を他所目(よそめ)に、俺の正面で対峙(たいじ)している無人機が(さら)に4本のビームに(さら)された。

 一瞬唖然(あぜん)としていたが、目前の衝撃波(しょうげきは)に意識を戻さずにはいられなかった。

 

 ビームによって吹き飛ばされた無人機を視界に収めつつ、現状把握(げんじょうはあく)(つと)める。

 

(応援・・・!?でもIS学園で遠距離系のビーム兵器を保有(ほゆう)しているのは〝ブルーティアーズ〟だけの(はず)、だが)

 

 それにしては(あま)りにも早すぎる。

一般人に見られて(さわ)ぎになったのほんの2、3分前だ。最速で通報があったとしても、精々今頃(せいぜいいまごろ)出撃準備をしている程度の話だろう。

 

 無人機を攻撃した何者かを、ハイパーセンサーの感知(かんち)(たよ)りに辿(たど)る。

 

そして、()()()()()()()()()()()()

 

「な、円花ぁ!?」

 

 (がら)にも無く()頓狂(とんきょう)な声を上げてしまうのは、それ程までに衝撃的な絵面(えづら)だったからだ。

ハイレグのISスーツ、蝶の(はね)の様なカスタム・ウィング、右手に持つロングレンジライフル、何より目を()く彼女の(したが)えている複数のビット。IS『サイレントゼフィルス』を(まと)う織斑円花の姿があった。

 何故(なぜ)ここに・・・と思ったのだが、それもそうだ。数分前に円花をビルから投げたのは俺自身だった。

 

 多分にアレが原因で操縦者保護機能だけでなくIS全体の機能が開帳(かいちょう)されてしまったのだろう。そうして展開したISを(もち)いて俺が戦っている所までトンボ帰りして来た・・・そんな所か。

 

 と、円花の経緯(けいい)推測(すいそく)していると、銀影が鼻で笑う様に、

 

『あら、増援来たじゃない』

 

「お前本気で言ってる?」

 

 確かに増援を欲しがっていたが、円花は来て欲しくなかった。 と言うか護衛対象(ごえいたいしょう)がノコノコとやって来るなどあり得てはならない事態(じたい)である。

 

『それでも増援に代わりは無いでしょ』

 

「それもそうだがな・・・」

 

 確かに銀影の言う通り、護衛対象だろうと何だろうと数は数である、見てくれから考えても円花が装着しているISが遠距離からの援護向けの機体だろうし、戦術(せんじゅつ)を立てるには申し分無(ぶんな)い。

 

「ったく・・・」

 

 右のマニュピレータで頭を()いて、状況を分析(ぶんせき)する。

 

(俺の戦力、敵戦力は依然(いぜん)変わらず。ただし、円花が加わった事で俺の陣営(じんえい)はある程度マシになった)

 

 今の射撃から考えて見ても、止まっている物に当てるくらいは出来るらしい。

 

(流石にズブの素人だろうし、セシリア()みを求めるのは(こく)だろうな)

 

 ビットは単純な数を(そろ)えられる兵装だ。その練度(れんど)(ひと)つで戦術(せんじゅつ)(はば)は大きく広がるだろう。

 

・・・それはさて置き、

 

「何で来たんだ円花」

 

 オープンチャンネルで円花に呼びかける。

理由は分かっているが、体裁上(ていさいじょう)は聞いて置かなければならないだろう。後々(あとあと)千冬(ちふゆ)に何言われるか分かったもんじゃ無いから。

 

『助けられてその言い草ですか!?』

 

 それに対して円花も返してくる。IS初心者の筈だろうに良く(よど)み無く答えられるものだ。

 

 と、そんな事に感心している場合ではない。

 

「うっせぇ。確かに助けられたが、(やつ)らの狙いがお前の可能性が高い以上お前にここに居てもらっちゃ困るんだよ」

 

『じゃあそのままやられてて良いんですか!?』

 

()()くないの問題じゃないんだよ」

 

 批判(ひはん)に批判を返すのはマナー違反な気もしなくないが、状況が状況である。水掛(みずか)(ろん)を回避する為話題を転換する。

 

「ああ・・・もう良い、そうやってISを着けて来たからには手伝ってもらうぞ」

 

 気乗(きの)りはしないがかと言って円花に帰れと言って事態(じたい)好転(こうてん)する訳でもなし、そもそも言う事を聞くかさえも(さだ)かではない。

 

「そうこなくっちゃ!」

 

 まぁ、こうやってノリノリな時点(じてん)でそう言う事なんだろうが。

 

 無人機も突然の乱入に戸惑(とまど)っているらしい、こちらを注視(ちゅうし)してはいるが、動けないでいる。

 これは好機(チャンス)だ。

 右手でビームサーベルを引き抜き、頭上(ずじょう)の円花に指示(しじ)を飛ばす。

 

「取り()えず、俺が相手をしてない奴に対して撃ちまくれ!俺が突っ込む!」

 

「了解です!」

 

 そう言って片腕を損傷(そんしょう)した無人機へ突撃する。無人機もそれに腕を構えるが、

 

「フンッ!」

 

 あえて剣は振らずに、その胴体に直接前蹴りを叩きつける。

無人機は腕を下ろしてその蹴りを防ぐが、大きく後退する。

そのまま更に接近し、内向(うちむ)きにビームサーベルを振り抜く。

 ビームサーベルはビームと言う特性上、質量が極端(きょくたん)に少なく、クリーンヒットした所で相手を弾き飛ばす事は無い。しかし、この状況ではその方が好ましい。

 

「円花頼むッ!」

 

「はい!」

 

 指示に(したが)い、円花がもう一体の方にビットでの迫撃(はくげき)を仕掛ける。

 後方の無人機の動きが止まると同時にビルの屋上が(つらぬ)かれ、1m近い穴が穿(うが)たれる。

 建造物に穴だらけにしてしまうのは申し訳無いがそんな事も言ってられないので、直下(ちょっか)に誰も居ない事を(いの)るだけ祈ってインファイトを続ける。

 

 内向きに振り抜いて脇の下に来たビームサーベルをそのまま垂直に振り上げ、無人機の腕を斬りつける。

その一撃は確かに当たったが、無人機は大振りな一撃の隙にカウンターを仕掛ける。

 確かに小鳥の胸を突く筈の手刀は小鳥自身の左脚が蹴り飛ばす。

構えをすっ飛ばした前蹴りはダメージにもならない。だが防御(ぼうぎょ)としては申し分無かった。

 

のォラッ!!」

 

 無理矢理右足で跳躍(ちょうやく)、胴回し蹴りの容量で右の(かかと)を無人機の顔面に叩き込む。

 着地と同時に、円花が足止めしている後方の無人機へと飛び込んだ。

 

「ちょっ!?」

 

 しかしそこは弾幕(だんまく)の嵐、円花は誤射を恐れて素早(すば)くビットの掃射を()めてくれる。

 

「ナイスだ!」

 

 止んだビームの雨を(くぐ)り抜け、無人機の腹に飛び蹴りをかます。

直前まで防御に使われていた両腕をすり抜けて腹に突き立った脚を(さら)脹脛(ふくらはぎ)のスラスターで更に加速させるが、無人機はその加速にも耐え、小鳥の動きを止めた。

 

「のォラッ!」

 

 一旦スラスターによる加速を止めて重力に従い上体(じょうたい)が地面に近付くのを感知すると同時、両手を地面につけ、倒立(とうりつ)要領(ようりょう)で相手の両腕を(はじ)く。

 無人機は弾かれた腕を俊敏(しゅんびん)に振り下ろして俺の腹を裂こうとするが、スラスターを吹かして前方に振り下ろした足がそれよりも先に首の付け根に突き立つ。

 無人機は思いがけないカウンターを食らってやや後退する、その間に姿勢を戻し両足で立つ。

 

 と、銀影が頭の中で俺に情報を伝える。

 

『サイレントゼフィルスの武装、大体解ったわよ』

 

「サンキュ、インストール(直接記録導入)で構わん、開示(かいじ)を」

 

『はいはい』

 

 言うが早いか脳内に存在しない(はず)の〝サイレントゼフィルス〟の武装類(ぶそうるい)、スペックの(たぐい)が意識に(ある)れ出した。

 膨大(ぼうだい)な情報量に(かる)目眩(めまい)を覚え、顔を(しか)めながらも、しっかりその情報を参照(さんしょう)する。

 

(っ・・・コイツは普通に凄いな)

 

 ブルーティアーズの稼働(かどう)データがある程度反映(はんえい)されているとは言え、思ったより全体のスペックが高い。

ティアーズに比べ総合火力(そうごうかりょく)は低いが、その変わりビットの変形として〝エネルギーアンブレラ〟なる遠隔防御兵装(えんかくぼうぎょへいそう)が装備されており、防御力が高く、(さら)に機動力はティアーズのそれに比べ20%向上している。

 特に眼を()いたのは、スターブレイカー(星を砕く者)〟の名を持った携行遠距離兵装(けいこうえんきょりへいそう)

カタログスペック上では大出力BTビームライフルとしての使用が可能であり、その最大出力は衝撃砲のそれに匹敵(ひってき)する。火力として直した場合、学園にある全てのISのそれを凌駕(りょうが)しかねない。

 

(コイツは使えるか?)

 

 本人は右手に持ったままビットの操作に集中しているが、ビットよりはるかに右手の武器を使った方が効化的(こうかてき)なようだ。

 円花は素人だろうが、それでも止まっている物に当てられない訳じゃない。こちらで動きを止めてしまえばそれも使い用はある。

 

「円花!右手の兵装使えそうか!?」

 

 個人回線(プライベートチャンネル)が戦闘中に使える程器用でもないので共有回線(オープンチャンネル)で円花に問いかける。

 

『使えると思うけど、当てる自信は無いかな!』

 

 円花の返答を聞きながら正面の無人機が振り下ろす爪を(かわ)す。

状況を(かんが)みるに、この状況に終止符(しゅうしふ)を打てるとしたらあの武装くらいだろう。

 右に左に振り下ろされる爪を、左へ右へと身を動かして躱し続けながら、円花の方を見遣(みや)る。

 

(どうも、無人機が円花に応戦しないのが気になるな)

 

 先程から見ていても、無人機は俺に対しては盛んに攻撃を繰り返しているが、円花相手には防御や回避しかしていない。

・・・いや、そんな事を気にしている場合でもないだろう。

 

一旦距離(いったんきょり)を取って銀影に確認を取る。

 

「銀影!周囲の生体反応は!?」

 

『もう騒ぎになって、みんな逃げてる。少なくともこの一区画に生体反応は無いわよ!』

 

 距離を()めた無人機の右の手刀を左手で()らしてそのまま腕の腹で無人機の胸を()つ。

 

 周囲に人が居ない事を確認して、円花に言葉を投げる。

 

「円花!俺が合図を出すから、ライフル(それ)を全力で()て!」

 

『今じゃダメ!?』

 

「構わんが(あせ)って期を逃した時の責任はお前が取れよ!?」

 

『うっ、』

 

 (おど)し文句を言われて押し黙る円花。どうあれ指示には従ってくれるようだ。

ビームサーベルを突き出す。無人機はスレスレでそれを躱すとこちらの顔を()き切ろうとする。

バックステップで爪を()けて距離を取るが、無人機は更に距離を()めて来る。

 

「よッ!」

 

 円花の弾幕で出来た頭大(あたまだい)のコンクリートを無人機の顔に目掛(めが)けて()りとばす。

瓦礫(がれき)の速度はだいたい時速20km、それ自体の速度はISにとって脅威(きょうい)となり得る物ではないが、対する無人機は約時速40kmでこちらに突っ込んできている、つまり、相対的(そうたいてき)に60km相当の速度が出ている事になるだろう。

 

 無人機は反射的に右手で石を(はじ)く。

瞬間的に視界から外れた(すき)に、こちらから距離を()める。

両腕が自由になった無人機が胴に向かって手刀を繰り出すが、

 

「ふッ!」

 

 その動きを見切って左回りに(かわ)し、無人機の背中を取る。

 無人機はその動きに対応して右の爪を突き出してくる。

だがやはりその動きは銀影の『眼』には遅く、右足だけの跳躍(ちょうやく)易々(やすやす)(かわ)せる。

 

(右脚部(みぎきゃくぶ)スラスター出力最大!)

 

 スラスターを吹かした右足の胴回し蹴りを無人機の顔面めがけて放つ。

さらに、

 

 

瞬時加速(イグニッションブースト)ッ!!!」

 

 右足だけでの瞬時加速(イグニッションブースト)で勢いをつける。

 

「ぬ゛ッぁあああ!」

 

 その蹴りを無人機に叩き込んだ瞬間、ISのアーマーの境目(さかいめ)強烈(きょうれつ)(にぶ)い痛みが走るが、そんな事はお構い無しにその足を振り抜いた。

 

「ブッ飛べぇええ!」

 

 みしり、と、脚からそんな音が聞こえた気がした。

 

 全身全霊(ぜんしんぜんれい)で放った一撃は、思惑(おもわく)(どお)りに無人機を(はじ)き飛ばす。

 蹴り飛ばされた無人機は、円花の抑えていた無人機に激突した。

 

 条件は(そろ)った!

 

 上手く着地が出来ず、不恰好(ぶかっこう)にビルの屋上に倒れ込むが、すぐさま上体(じょうたい)を跳ね上げて円花に叫ぶ。

 

「今だ!」

 

「待ってました!!!」

 

意気揚々に返す円花。同時に右手の得物(えもの)砲身(ほうしん)が3つに()()()と開いた。

 

「スターブレイカー最大出力(フルバースト)放射(シュート)!!!」

 

 その台詞と共に、スターブレイカーの砲口(ほうこう)から途轍(とてつ)もない勢いで放出された。

 

 照射系(しょうしゃけい)ビームの奔流(ほんりゅう)光柱(こうちゅう)見紛(みまご)う程強く、無人機を2機共々(ともども)その渦中(かちゅう)()み込む。

 

 剰りの威力に小鳥も息を飲みつつ、一つの懸念(けねん)を心中で呟く。

 

(って、この威力(いりょく)まさか制限(リミッター)かかってないのか!?)

 

 学園のISには、パイロットの暴走を止められるよう制限(リミッター)がかけられている。

ところがスペックの最大値はリミッターがかけられていようともそうでなくとも変わらない。

 ティアーズと同じ感覚で威力を考えていた小鳥の予想に対し、実際のスターブレイカーの威力が乖離(かいり)していたのだ。

 

 それはある意味では嬉しい誤算でもあったが。

 

「流石にやったでしょ・・・!」

 

 円花、それはやってないフラグだ。

 

言葉にはしないが、それでも注意深く無人機を(にら)んだ。

 









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confession







 スターブレイカーの一撃、二人の敵を巻き込んだ光柱は、容易(たやす)くコンクリートの屋上を融解(ゆうかい)させるだけでは飽き足らず、天井を貫通してビルの壁までもをドロドロに溶かし切り、最終的に道路を跨いで向こう側のビルの外壁まで軽く溶けてしまった。

 

流石(さすが)にこれでやったでしょ・・・!」

 

 自分のやった事に軽く恐怖を覚えながらも、必殺の感覚に笑みを浮かべる。

天井が崩れ落ち、最早屋内である事さえ定かでないビルの屋内を(のぞ)き込む。

 

 だが、そこで見たのは自分の感覚を裏切る物だった。

 陽炎(かげろう)(のぼ)る廃ビルの中、一機のISが姿を表した。

 

「うそ・・・まだ動くの・・・!?」

 

 あれだけの威力の攻撃であれば、普通はどんなISでも動けなくなる。細かい事はよくわからないけれどこのISがそんな確信があった。

だというにも関わらず、目の前のISは動いている。

 どうして、と思ったが、その答えはすぐ目の前にあった。

 

 陽炎と瓦礫(がれき)の中にもう一機、ISが横たわっていた。

その装甲は黒焦げで、一部は溶けかかってすらいる。

 

「まさか、仲間を盾にしたっていうの!?」

 

 信じられない、仲間を盾にして自分だけでも生き残るだなんて。

 

 確かに、IS一機分のシールドバリヤーがあれば、あの一撃は避けられた。

だが、そんな行為はまともな人間なら思いついたとしてもやろうとはしないだろう。

 

 生理的嫌悪(せいりてきけんお)と、人としてやってはいけない行為(こうい)を前にして、何かが切れるような音がした。

敵はただこちらを見ているだけだが、円花の切れかけの堪忍袋(かんにんぶくろ)を破るにはその存在があるだけだけで十分だった。

 

「アンタ・・・今何をしたの?」

 

『──────』

 

 敵は答えない。

 

「何をしたか分かっているの!?」

 

『──────』

 

 何も言わない敵の存在が、怒りを(あお)り立てる。

 

「良いわ、そんなに死にたいんだったらお望み通り消してあげる・・・!!」

 

 怒髪天(どはつてん)()く様な語調で吐き捨てて、敵に向けてスターブレイカーの銃口を向ける。

 

「!?」

 

 だがその直後、ISの全長(ぜんちょう)ほどある巨大な剣の切っ先が、敵の胸を貫いた。

反射的に敵が切っ先を(つか)むが、そんな事はお構い無しに切っ先は前へ前へとその身を進める。

 

「な・・・に・・・?」

 

 呆然(ぼうぜん)としている最中(さいちゅう)にも敵の胸からその剣の切っ先が()びていて、平静(へいせい)を取り戻す頃には剣の三分の一くらいが視界に入っていた。

 

 と、状況を掴みきれていない円花に、敵の背後から聞いた事のある声が響いた。

 

「いい加減・・・()()()ォッ!!!!」

 

 低く、よく通る声。

小鳥遊が威勢(いせい)の良い掛け声と共に巨剣(きょけん)を振り上げる。

引き抜かれる事も無く振り上げられたアイアスは敵の腹から首へと移動し、上半身を縦方向(たてほうこう)に真っ二つにした。

 

唖然(あぜん)としている自分をよそに、小鳥はブレードをバックパックに預け、敵の左手を引きずってこちらに歩いて来る。

 

 ガリガリという音が近づくのに気付いて、ビルの屋上に降り立ち恐る恐る小鳥に(たず)ねた。

 

「お、小鳥・・・さん?あなた、今、何を、」

 

「トドメを刺した・・・あぁ、安心しろ、コイツは無人機だ」

 

 そう言って先程背中を刺し貫いたISの腕を持ち上げる。

言われて見れば、確かにその断面は機械で埋め尽くされ、搭乗(とうじょう)している人間がいない事を明確(めいかく)に表していた。

 

 思わず安堵(あんど)のため息が()れる

 

「び、ビックリした・・・。殺したのかと」

 

馬鹿(ばか)言え、人生のターンに差し掛かったばっかで殺人罪なんざ洒落(しゃれ)にならん」

 

 肩を(すく)めて(おど)ける小鳥。

オレンジのバイザー越しに見る目はどことなく自虐的(じぎゃくてき)で、何か違和感を抱かせる。

 どうかしたの、と声をかけようとした時、小鳥が先んじて言葉を投げた。

 

「それで、お前は大丈夫か?」

 

「え?あ、ああ!はい!どこも痛く無いです」

 

「ISに乗ってて違和感とかは無いか?」

 

「それも・・・問題無いです」

 

 特に異常は無いと思う。むしろこの機体は調子が良く、なんなら中学の実習で乗った機体よりもずっとフィット感がする。

 

「って、何この格好!?」

 

 服がどこかに消えて、代わりに競泳水着の様なハイレグのISを(まと)っていた。

 それに気付いた円花は、顔を真っ赤にしてしゃがみこむ。

 

「い、いやっそ、その、これは」

 

「解ってるよ、大凡(おおよそ)その機体・・・『サイレントゼフィルス』が勝手に展開したんだろ・・・。って言うかそんなに()じらう様なモンか?学園(ウチ)の連中なんざ平気でISスーツ姿を見せつけて来るぞ」

 

「ソレとコレとは話が別!・・・その、こう言う服は初めてで・・・」

 

 そう言って真っ赤な顔を(うつ)むかせる円花。

やれやれ、学園の女子連中もこれくらい羞恥心(しゅうちしん)があれば面白いのだがな。

 

 最近は改善されてきたようだが、ほんの一ヶ月前まで下着にパーカーと言う部屋着(へやぎ)すっ飛ばして寝間着姿(ねまきすがた)で寮内をほっつき回る女子が結構居た。

何と言うかあそこまで恥じらいが無いと、この世の猥褻罪(わいせつざい)の存在理由が分からなくなる気がしてならなかった。

 

・・・気を取り直して。

 

「まぁ兎に角異常が無いのなら何だって良い。千冬先生の妹に何かあったら事だからな」

 

 主に私怨(しえん)で千冬に殺さねかねない。ああ見えて千冬がブラコンシスコンの()があるし。

と、皮肉った笑顔で円花に告げると、急に彼女の顔が怒りに曇った。

 

「・・・やっぱりそうだよね」

 

「あん?」

 

「何でも無いです。聞き流して下さい」

 

「お、おう」

 

 何かは分からないが、急に円花の機嫌が悪くなっている。

何か機嫌をそこねる事をした覚えは無いのだが・・・

 

・・・気にしてる場合でもないか。IS学園に連絡して事後処理をしてもらうとしよう。

 

円花に背を向けて銀影の耳当て部分に触れたその時、円花が声を上げた。

 

「きゃあっ!?」

 

「っ、どうした!」

 

 振り返って見ると、円花の体を覆っていたサイレントゼフィルスの装甲がドロドロに溶けていた。

 

 慌てて駆け寄り、銀影の肩の『眼』からある程度の情報を確認して安堵(あんど)の溜め息を(こぼ)す。

 

「ああ何だ、形態移行(フォームシフト)か」

 

 どうやらサイレントゼフィルスの最適化(パーソナライズ)が終了したらしく、円花に合わせて一次移行(ファーストシフト)を行っている様だ。

 

「えっと、これ大丈夫なんですか!?」

 

「ああ大丈夫だ・・・・・・多分」

 

「おーい!?」

 

「問題ねえよ、一夏もそれを経験してる。変な事しなけりゃ変な事にはならん」

 

 軽く冗談を飛ばしながら、その様を眺める。

 実際自分の目前で形態移行(フォームシフト)を見るのは初めてで、まじまじとその様子を観察してしまう。

と、円花が胸元を隠し、慌てた様子で問う。

 

「ちょ、何見てるんですか!?」

 

「ISの形態移行(フォームシフト)。別にそれくらい良いだろ?滅多(めった)に無い機会(きかい)なんだから」

 

「布一枚の女の子を凝視(ぎょうし)しないで下さい!」

 

「おっとこれは失礼」

 

 半ギレの円花から顔を離し、(おど)けた表情を見せる。

半信半疑(はんしんはんぎ)の表情の円花は、こちらを睨みつけてきた。

 その顔付きは本当に千冬そっくりで、しかし本人にには無い可愛げが、こちらのささやかな嗜虐心(しぎゃくしん)(あお)って仕方が無い。

 

「おいおい、そんな恐い顔すんなよ。揶揄(からか)いたくなる」

 

「やめて下さい」

 

 クツクツと噛み殺し切れない笑を浮かべている内に形態移行(フォームシフト)が終わったらしく。あっと言う間にサイレントゼフィルスの装甲が硬質化した。

 

「っと・・・終わったか。どうだ、何か変わりはあるか?」

 

「えっと・・・。フィット感が上がりました!」

 

「そりゃ当たり前だ」

 

 そうい言った直後、俺達以外の声が会話に割り込んだ。

 

「じゃあ目的達成だね。うんうん、途中はどうなるかと思ったけど、やっぱり束さんは天才だね」

 

「・・・!」

 

 声は後方、少し高い場所からした。

振り返って見てみれば、階段に(つな)がる塔屋(とうや)腰掛(こしか)ける篠ノ之(しののの) (たばね)が居た。

 

「束さん・・・!?どうしてここに!」

 

「ふふふ、そんな質問は無粋(ぶすい)だよまーちゃん。ISある所に私あり!なのさ!」

 

 屋上に降り立ちビシィッ!とポーズを決める束。

白の前掛(まえか)け付き青いワンピースにウサ耳。ピンク色の髪色はさておいて、全体的に『1人不思議の国のアリス』に見える服装の束に、俺は質問を投げ掛ける。

 

「なるほど・・・無人機が居るからもしやと思ってたが、円花にサイレントゼフィルスを与えたのもお前だな」

 

「うん。で、どう?(もら)い物だけどそのISの乗り心地は」

 

「えっと・・・まあ、良い感じです」

 

「それは何より♪」

 

 ご機嫌に笑い続ける束。

 

その中に底知れない()()()を感じながら、それでも疑問を投げかける。

 

「一つ聞きたい・・・。無人機はお前が作ったのか?」

 

「ん?そうだよ。あれ?解ってなかったの?」

 

「三日前に大体のアタりはつけてたさ。まぁ、確証が欲しかっただけだよ」

 

 (おど)けた様な口調で束に応える。

これは確認ついでの質問だ、本題はここから。

 

「で?何で今回は円花にこんな物騒な代物(サイレントゼフィルス)を渡した?流石に遊興(ゆうきょう)一つで手放せる程ISは安くない」

 

 それ以上に、彼女のバックアップに付いている仮称『組織』の事もある。今しがた束の発した台詞を信じるなら、サイレントゼフィルスは貰い物だそうだ。

自分で開発(つくっ)た訳でも、()って来た訳でもないらしいのなら、()って来た奴が居るはずだ。

 

 大体の目星はついてるが、それもまた推測でしかないのだ。

正直に答えてくれるとは思わないが、言葉端(ことばはし)に足掛かりを見つけられるかも知れない。

 

 それがもし円花にサイレントゼフィルスを譲渡(じょうと)したことに繋がるのならば、それを逃す手は無い。情報は一つでも多い方が良い。

 

「ふぅ〜ん。そんな事に興味を持つんだね、もうちょっと聞きたい事あるんじゃないの?」

 

「無論両の手では足りない程あるさ。だが、ここに居る人間として俺には後処理(あとしょり)の仕事が残ってる。優先順位が違うんだよ」

 

 肩を(すく)め、やれやれと言った風に応える。

その一方で、小鳥の細長い目は、鋭い眼差しで束を見据えた。

 

「むぅ~。じゃあかわいそうなオドくんに事のあらましを伝えまSHOW!」

 

 束は謎の球体を放り投げる。

何かと思ってそれを見ると、それから空中投影映像(ホログラム)が投射された。

 

 そこには気を失った円花の指に指輪を()めている束の姿が。

 

「いっくんやオドくんにISをあげてたから、前々からまーちゃんには何かISをプレゼントしようと思っててね?それでまーちゃんの事ずーっと見てたんだけど、なんか(さら)われそうになってたから、ゴーレムを使って助けたって訳」

 

 ゴーレム(泥人形)───恐らくは無人機の事だろう。飼い主(マスター)の言う事を聞くしか(のう)の無い無人機(操り人形)には良い渾名(あだな)だ。

 

 円花に攻撃を仕掛けなかったのはそう言う事だったらしい。詰まる所、奴等の目的は確かに円花だったが、標的は俺だけだった、と言う訳だ。

・・・何と言うか、お互い同じ人間を護衛対象にしていたと言うのはおかしな事態である。

 

 やっぱり言葉って大事だな。

どうやら、ここまで面倒臭くなったのはコミュニケーション能力の欠如(けつじょ)にあったらしい。

 

「成る程な・・・大体分かった」

 

「うんうん、物分かりの良い子は束さん大好きだよ?」

 

 そりゃどうも、と適当に言葉だけの返事を返して、頭を回転させる。

 

・・・()()()()()()()()()()()

束の事だ、まさかそれだけの事の為にIS(手駒)を手放すとは思えない。

 しかし、今の情報だけではその目的を(しぼ)り込めない。

それに、そこを深掘りしても剰り意味は無いだろう、これを考えるのは後に回して、また別の事を考える。束のスポンサーの事だ。

 

 円花を襲ったのは十中八九アメリカ、ないしアメリカの息がかかった連中だろう。

そう易々(やすやす)とISを、それも最新の第三世代機を入手できる組織などありはするまい。

 ならそれらの任務を邪魔した束はアメリカ以外のどこかにスポンサーを持っている可能性が浮上する。三日前のプロファイリングから意見を掌返(てのひらがえ)しするのは躊躇(ためら)われるが、今現在の状況から考えるのならそれがベターな可能性だろう。

 

「それはそうとお前、円花を(さら)おうとした連中について知っている事は無いか?少々、お礼参りがしたくてね」

 

 ある程度の状況整理を後に、改めて(たず)ねる。

 可能な限りその真意を悟られぬよう、最大限皮肉かつ性根の悪そうな笑顔で。

 

(知っていたらほぼ束は黒・・・知らなかったら・・・振り出しに戻るだけだ)

 

 アメリカとのパイプを持っているのなら、アメリカの最新鋭機を持つ組織を知っていてもおかしくはない。

 

 そして束の性格だ。ストレートに言うか(ほの)めかすかのどちらかだろう。

まして、こちらが教えを()うなら、その反応は

 

「ふっふ~ん、教えなーい」

 

(だろうな)

 

 予想通り、だと言うなら(あお)り立てよう。

ちょっとだけ間を置いて。

 

「“は、はは・・・オイオイ、俺は束も知らない組織にケンカ売ったってのかよ”」

 

 (ひたい)に手を当てて、“絶望した”頭を回す。

“束が知らない、と言う事は。相当隠密に特化した、秘匿(ひとく)のネットワークを持っているのか、それともネットワークを用いない組織という可能性を考慮(こうりょ)する必要があるだろう。”

 “そうなると俺や学園の調査ではその素性を洗い出すことは困難(こんなん)(きわ)め、円花の身に降り掛かる危険に対して対処もままならない。”

“まさかまさかと思っていたが、ここまで世界が広いとは。”

 

「あの・・・小鳥さん?」

 

 恐る恐る円花がこちらに尋ねる、“それにハッとして”、俺は円花の方を向く。

 

 “どうにも『敵』が何者なのかはわからないが(の正体には目星はついているし)“、彼女が危険な状況に立たされているのは間違いないだろう。

 

「“・・・状況提供ありがとう。じゃあこれで”」

 

「え?ちょちょちょ、まった!本気で言ってる(きみ)!?」

 

「“当たり前だ。答えられないって事は解らないって事だろ?(お前は知っている筈だ)それなら四の五の言ってられない(さっさと喋りな)後片付けを放置してでも(お前が喋るのは勝手だが)学園に向かって対策を練った方が良い(自慢話は聞き手が居なけりゃ意味も無い)だろ”」

 

 “ほら円花、行くぞ。”と円花に付いてくるよう指示する。

“束は超自己中心的な性格だ(かなり自己顕示欲が強い)。となればバックに付いている組織の(知らないんだろ?)事など知った事じゃないと(と煽り立てれば)話し出すに決まっている。”

 

円花が着いて来ている事を確認して、スタスタスタと壊れたビルの上を歩いていく。

 

 と、今までに無い程の慌てっぷりでこちらがを引き留めた。

 

「待って待って、束さんはその組織について知ってるよ〜!?」

 

「“大丈夫大丈夫、知らない事を無理して言う必要は無いって(知ってる情報喋れば待ってやるよ)”」

 

 “出任(でまか)せの話には興味が無いので”彼女に背を向けながら手を横にヒラヒラと振り、歩みを止める事は無い。

と、束が大声でこちらを呼び止めた。

 

「組織は君にも縁がある!」

 

 ピタリ、足を止める。

 

─── かかった。

 

 思わず上がりそうになる口角を(おさ)え、いかにも驚いているような表情で振り向く。

 

「“・・・どう言う、意味だ(そんな事知ってるよ)・・・!”」

 

 “秘密組織に縁を持った覚えは無い(アメリカという国に縁はあるが)無自覚に縁を結んだのなら話は別だが(俺の中でそれはさしたる問題ではない)それはそれで(そんなことよりも)どうやったら無自覚に秘密組織にか(そんな事を束が知っている)縁を持てると言うのか(ことの方が問題だ)”。

 

 その反応に気を良くしたのか、束は意気揚々(いきようよう)と話を始めた。

 

「ふふ~ん、でもこれはとっておきの秘密だしぃー、教えるかどうかは別だけどねぇ?」

 

“・・・!そう言う訳にも行かない”。“正体不明の”組織の正体を知るためにも情報を(しゃべ)って(もら)わねばならない。

 

「“・・・てめぇ、人を()(くさ)るのも大概(たいがい)にしろ!”」

 

 円花の身辺が掛かって来る以上早い事束から情報を引き出さなければならない。

“はぐらかされた事に対する怒りと、そんな焦りから、(がら)にも無く激昂(げきこう)一喝(いっかつ)を上げてしまう”。

 

「へえ?珍しいね、オドくんがそんなに他人(ひと)の事を気にするなんてね」

 

「当然だ。分かりきった災厄を見過ごせる程俺はロクでなしじゃない“・・・!”」

 

 睨み付けた視線はそのままに、“激昂(げきこう)を抑えながら”冷静に言葉を(つら)ねる。

 

「それに俺に縁がある組織なら尚更(なおさら)知らなきゃならん・・・“どんな手段(しゅだん)を使っても”」

 

 もう既に欲しい情報(束とアメリカの繋がり)には大凡(おおよそ)見当(けんとう)がついたが、もう少し欲張(よくば)ってみるか。

 

「ふぅ〜ん?どんな手段を使っても・・・ねぇ?」

 

「・・・“出来る事だけだぞ”」

 

 “まずい(よし)なんか余計なこと言ったかも(食いついた)”。

束はロクな性格をしていない(このまま食らい付かせろ)台詞の揚げ足取り(言葉端にヤツの)などたやすいだろうし(食指をそそる台詞を混ぜろ)”。

 

(これまでの発言は多分本当・・・。束とアメリカには何らかの繋がりがあると見て間違い無い・・・()()()()()()()()()()()()())

 

 上手く行けば束のバックにいる組織を複数リストアップ出来るかも知れない。──もし勘づかれて黙られても最低限の成果(せいか)は得た、痛む(はら)は無い。

 

「じゃあどうしよっかな・・・」

 

 たわわな胸を左腕に(あず)け右の手で(あご)をつまみ、考える素振りを見せる束。

好機(こうき)だ、アイタッチで操作し、秘匿通信(プライベートチャンネル)をサイレントゼフィルスの間に結ぶ。

 

 

(円花!)

 

「えっ、あっハイ!」

 

 驚いてこちらを向く円花。その肩を押さえ、口許(くちもと)に人差し指を立て『静かに』とハンドシグナルを送る。

 

(プライベートチャンネルだ。返事はしなくて良い)

 

 目を束に向ける。どうやら気づかれてはいないらしいので、心の言葉を円花に送り続ける。

 

(色々とあって俺はもうちょっと束から話を聞き出したい。でだ、もしそれがアイツにバレたら面倒な事になる)

 

『だから?』

 

 返事はしなくて良いと言ったつもりなのだが、円花は言葉を返して来た。しかもちゃんとプライベートチャンネルで。

 

(お前・・・凄いな)

 

『え、何が?』

 

(・・・今は良いや。話を続けるぞ)

 

 俺はプライベートチャンネルを使うのに5日かかった上手動(マニュアル)で使うのがやっとである。

基本ISの操縦は感覚に()る所が大きく、その成長の速さはIS適正の高さに比例する。

一般に何を以ってしてIS適正が測られるかは篠ノ之束(目の前の厄介極まりないヤツ)とIS本人(人?)がしか知らないが、(うわさ)によると、姉妹揃(しまいそろ)って代表候補と言うのもあるらしいし、遺伝する何かなのだろう。

 この分だと円花もまたIS適正において高い数値を叩き出しそうだ。

 

 

閑話休題(かんわきゅうだい)

 

 気を取り直して円花に説明を続ける。

 

(俺が『逃げさせてもらう』と言ったら俺について来い、IS学園までひとっ飛びだ)

 

『追い付かれる可能性は?』

 

(無い、周囲に俺達以外のIS反応は無いし。人の足でISに追い付くのはまず無理だろ。いかに束と言えども人間だ、ISの機動力に付いてこれる訳が・・・無い・・・筈だ)

 

『大丈夫ですか・・・?』

 

 いかん、根拠は無いが束ならやれそうな気がしてきた。

急激に自信が減速し始めるのを他所(よそ)に、束が声を上げた。

 

「うーん、残念。お話しの時間はおしまいみたい」

 

 あらぬ方を見つめた束は、そう言って俺達に向けて微笑む。

 

「オドくんへの無茶振りはお預けになるけど、またその時まで期待して待っててね?」

 

「おい待て、どう言う・・・ッ!?」

 

 一方的な言葉に詰め寄ろうとした直後、束の姿が(くう)()き消えた。

しかもそれはただの光学迷彩ではなく、銀影のレーダーからも束の生体反応が消失(ロスト)したのだ。

 

「──チッ、これじゃ終えねえか」

 

 追跡もしようにも見え無い上に足掛かりも無いのでは仕方がない。諦めて撤退(てったい)の準備を始める。

 

 しかし、束が唐突(とうとつ)なのはいつもの事だが、どうしてこうもいきなり話を切り上げたのやら。

 

ふと気になって束が見ていた方の空を見上げる。

 

「・・・成る程な」

 

「おーい、小鳥ー!」

 

 視線の先、IS学園方向の空から級友(きゅうゆう)織斑一夏(おりむらいちか)が飛んできた。

おそらく市民からの通報でやってきたのだろう。

 

 そしてどうやら、束は一夏の接近に気がついて撤退したらしい。

しかし何故一夏の接近が撤退に繋がるのか。そもそもどうやってそれを察知(さっち)したのか。

色々と気にはなる事は多いが、それは後回しだ。

 

「・・・・・・。」

 

 ちらり、と、円花の方を見やる。

 

 ノリで共闘(きょうとう)していた訳だが、彼女が(まと)うISは(経緯(けいい)はどうあれ)盗難品(とうなんひん)である。

 映像記録から盗難に関しての罪の所在(しょざい)は何とかなると思うが、今現在(いまげんざい)彼女はそれを使用し、まして最適化(フィッティング)までしてしまった。

 

 どうしたものか。刑罰に問われる事は避けられそうだが、それでも厄介な事になるのは間違い無い。

刹那の様にひた隠しにする・・・のは無理だろう。彼と違って使っている物の由緒が明らかな上、どうもキナ臭い。サイレントゼフィルスを使った以上AEU、特にイギリスから利権だの国家代表候補だのと吹っ掛けられるのは間違いないし、アメリカのIS(ファング・クエイク)を使った連中の事もあるし、アメリカも何らかの形で動きを強める事だろう。

 

「面倒極まりないなホント・・・」

 

 あの国は中国に並ぶレベルの傲慢(ごうまん)さと横暴(おうぼう)さを兼ね備えている上に国連での発言力も強い。

これからの事に頭を抱えていると降り立った一夏が話しかけてきた。

 

「どうしたんだ小鳥・・・って円花!どうしたんだそのIS!?」

 

「今頃ぉ・・・?ホント一夏兄は鈍いわね」

 

 鈍い云々(うんぬん)の話でもない気がするが、それはさておき話を進める。

 

「・・・で?お前は何しに来たんだ?」

 

「ああ、そうだった。街中でIS2機が暴れてるって通報があったから、なんとかしてこいって事で来させられたんだった」

 

 だろうな、それ以外の理由が考え付かん。

事情聴取は学園で出来るだろうし、警察にも通報が行っている筈だ。さっさと無人機を回収してトンズラするべきか。

 

「と言う事は、お前に課された目標は『暴れてるISの鎮圧(ちんあつ)』と『最大限の情報収集(じょうほうしゅうしゅう)』って感じか」

 

「そうそう・・・で、コレはどう言う状況なんだ?」

 

「色々あった・・・死ぬ程色々あった。ここで端的に伝えられるとしたら、襲われた、撃退した、襲われた、破壊した、逃げられたって事だ」

 

 投げやりに乱暴な説明をして、肩を(すく)める。

 

「詳しい話は後だ。この機体どもを一般人に見せる訳にはいかん」

 

 そう言って足元に転がる一機の無人機を担ぎ上げた。

一夏はまだ知らない事だが、現在最も有効(非人道的)に活用されそうな『ISの無人機化』と言う技術がこの機体には使われている。

早いとこ撤収せねば、面倒な事になるのは間違いない。

 

 もう一機、瓦礫(がれき)の中で黒焦(くろこ)げになった無人機を顎で示し、円花に回収を依頼する。

 

「円花、もう一機の方任せて良いか?」

 

「あ、はい」

 

 途方もない嫌な予感と、後処理の事に頭を抱えながら、織斑兄妹と共に学園への帰路についた。









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Searching solution







 さて、『力を得るにはそれ相応の対価が()る。そう言ったのは誰だったろうか。

・・・その意見には大いに賛成(さんせい)だ。

力に限らず、モノを得るには価値に見合う対価が必要で、それは有限のこの世界において間違いない絶対の法則でもある。

 

「ただそりゃ手に入れる方の問題だろうがよ・・・」

 

 小鳥(おどり)が座り込むのは簡素なパイプ椅子、(あお)いだ目元(めもと)を右腕で覆いで愚痴(ぐち)を吐き出す。

 

ここはIS学園の地下施設(ちかしせつ)(おどろ)いた事にこのような地下施設(ちかしせつ)は学園に複数存在(ふくすうそんざい)してるらしく、ここに連行(れんこう)される前に、前回の無人機騒(むじんきさわ)ぎの時に連れられた時とは別の施設に続く、いくつかの隔壁(かくへき)が見えた。

 

(準軍事施設(じゅんぐんじしせつ)とは言えどんだけだよ)

 

 見ている分には面白かろうが、その施設にお世話になるのは面白くない。

 

 と言うのもこの施設は事情聴取(じじょうちょうしゅ)尋問用(じんもんよう)であり、真っ白い大きさの割には圧迫感(あっぱくかん)の強い部屋の中、目の前にはテーブルと鬼教師(織斑千冬)

ホントに俺が悪人だったら何も聞かずに沈黙(ちんもく)し続ける位しかやる事無いネ。

 

私語(しご)(つつし)め馬鹿者。下手な言葉を吐けばその分貴様に(くだ)される罰が重くなるだけだぞ」

 

 千冬(ちふゆ)(たしな)めて来る。が、そんな事は知ったものか。

 

「そんな事言われたってねぇ・・・愚痴(ぐち)も言いたくなりますって。円花(まどか)は優しい優しい麻耶(まや)先生(せんせい)が事務室で聴き取り調査でしょう?それに比べて何ですか俺の扱い、雲泥(うんでい)どころか砂と星レベルの差じゃないですか」

 

 無人機を回収し学園に帰投した数分後、俺と円花は先生に引っ張られ、着の身着のままそれぞれ別の人員と設備で聴き取りが始まった訳である。

 

 事態が事態である(ため)こちらに拒否権(きょひけん)がないのは重々承知(じゅうじゅうしょうち)しているつもりだが、この待遇差(たいぐうさ)では流石に何の不平不満(ふへいふまん)(こぼ)すなと言われても無理難題(むりなんだい)な話だろう。

 

「俺ァなぁーんにも悪い(こた)ぁしてませんぜー?円花の誘拐(ゆうかい)突然(とつぜん)ながら阻止(そし)して。そしたら(たばね)謹製(きんせい)無人機(ゴーレム)(おそ)われてぇ・・・全くもって正当防衛(せいとうぼうえい)ですよアレは」

 

「その割にはビル2(とう)と『駅前』に被害が出ているらしいが」

 

「人的被害が出るよりはマシですよ、物的被害に関してはまぁ必要な犠牲(コラテラルダメージ)って事で」

 

「今日は随分(ずいぶん)と舌の回りが良いな、良いことでもあったか?」

 

「逆ですよ逆。ストレスと肉体的疲労が俺のマウスピースの潤滑油(ワセリン)でしてね」

 

 あーあやってらんねー。と変わらぬトーンで放言する小鳥。

表情ひとつ変えない千冬は。そのまま尋問を続ける。

 

「それで、何か情報は無いか?」

 

「さっき話したでしょう、誘拐(ゆうかい)されかけた、撃退(げきたい)した、襲われた、破壊した、逃げられた。それだけですよ」

 

「違う、状況説明は聞き()きた・・・。(たばね)は何か言わなかったか?」

 

「ああ成る程。そう言う事ならいくつか」

 

 多少演技クサいところもあるが、小鳥は(うなが)されるままに口を開いた。

 

「一つ、サイレントゼフィルスは他者から貰い受けた事。二つ、円花を(さら)おうとした連中を知っている事。三つ、円花にはいずれサイレントゼフィルスを渡すつもりだった事。本人が口にしたのはここら辺ですかね。後は推理(プロファイリング)の時間ですよ」

 

「───・・・・・・そうか」

 

「・・・?」

 

 簡素(かんそ)な返事を返す千冬。

だがその顔はどこか安心したような、下手な嘘を吐いた子供のような、そんな安堵(あんど)のため息が混ざったような表情(ひょうじょう)をしていた。

 

 しかし、そんな表情の変化はほんの数瞬(すうしゅん)の出来事であり、秒と()たずに眼光鋭(がんこうするど)いいつも通りの顔に戻っていった。

 

 彼女の秘密とやらに興味は()きないが、これ以上の追求(ついきゅう)は難しいだろう。

意識を切り()えて自らの解析(かいせき)と、そこからなる推理を口にする。

 

「・・・んで、俺の個人的な考えだが。今回の一件は束にとって半分以上偶発的(ぐうはつてき)な物であり、そして、円花を攫おうとした連中と束には何らかの関わりがあるものと考えられる」

 

「ほう?その理由(わけ)は?」

 

 束との会話を思い出し、もう一度その内容を精査(せいさ)して口を開く。

 

「どうやって聞き出したのかは端折(はしょ)るが、束自身が言ったんだ『円花を攫おうとした組織を知っている』とな。・・・そしてその組織がアメリカの試験機のISを使ってたんだよ」

 

 千冬の頭の良さなら、ここまでの情報でも十分に理解できるだろう。

そう思って話を振ったつもりなのだが。

 

「・・・で?」

 

「え?」

 

・・・・・・・・・。

 

「・・・あんたそんな言わないとわかんない人だったか・・・?」

 

 何か異様なレベルで千冬のIQ(知能指数)が下がっている気がする。

やはり何か気になっている事があるのだろうか。

 

 とは言え気にしても仕方ないので、話を続ける。

 

「つまりアメリカのISを使うことから襲撃者をアメリカの手の者だと仮定(かてい)すると、アメリカ内の秘密機関に対して何か知っていると言う事になる、違うか?」

 

「成る程。前回のプロファイリングの事を(かんが)みれば、それも頷ける」

 

 その返答に(うなず)(かえ)す。

 

「そう、それも含めて考えると。束のバックに居るのはアメリカでほぼ間違いない」

 

 これまで仮説止まりだった物が現実味を()びてくる。

 

(もう一押しの所で丁度良(ちょうどよ)証拠(しょうこ)(あらわ)れてくれた)

 

 だからと言ってどうこうなる話でもないが、それでも束の目的に近付く一歩だ。

 

 泥縄式(どろなわしき)に、確実(かくじつ)で現実的な(こたえ)を。

尋問(じんもん)そっちのけで考察(こうさつ)を深めようとしたその直後、千冬が口を開いた。

 

「そんな事より」

 

「あん?」

 

 (いぶか)るような声音(こわね)で聞き返す。

束対策(たばねたいさく)以上の事柄(ことがら)が今あるのだろうか。

 

 首を(かし)げる小鳥に千冬が話を切り出した。

 

「円花を・・・どうするべきだと思う?」

 

「──あ〜・・・」

 

 成る程そう言う事か、前々から千冬には一夏に対してのみ当たりが強く、立派(りっぱ)(そだ)って()しいと言う系統(けいとう)のブラコン()を感じていたが、やはり円花に対しても少なからずシスコンであった、と言うワケだ。

 どうやら考え事とやらは円花の処遇(しょぐう)についてらしい。

 

 思わず顔面に浮かぶ趣味(しゅみ)の悪い笑みが浮んだ。

 

刹那(せつな)のヤツと同じようにIS学園(ソッチ)に転入させりゃ良いんじゃないか?中学の授業内容くらいなら十分(じゅうぶん)できるだろう」

 

「それはそうだが・・・。強制に転入させても良いものかと思ってな」

 

 アイツにもアイツなりの生活がある、そう言って千冬が小鳥に向き直ると、小鳥の口が空いたままだった。

まるで、信じられない物を見たかのように、驚愕(きょうがく)の表情を浮かべている。

 

「・・・どうした、何だその顔は」

 

「──イヤこっちの台詞(せりふ)だ。何か悪いモンでも食ったのか」

 

「おい待て貴様私を何だと思っているんだ」

 

「冷血と鉄血の流れる血も涙も無い執行者(ターミネータ)

 

 ゴチィン!

千冬の鉄拳制裁(てっけんせいさい)が小鳥に飛んだ。

『いたたた・・・』と(ひたい)(おさ)えた小鳥は、その手をそのままにして言葉を(つら)ねる。

 

「本人の意思が大切なら本人に聞けば良いだろまどろっこしい」

 

「それが出来れば問題無いのだがな」

 

「・・・?」

 

 (みょう)に引っ掛かる台詞。

それはまるで円花が本音を話さない(他人に気を遣う)性格であるように聞こえる。

 

(はて、円花の性格を考えたらそう難しい話でもなさそうだが)

 

 千冬ほどとは言わないが、円花も結構気骨のある性格だ。あんな危機的状況に(おちい)ってなお、俺に向けて反論(はんろん)喧嘩腰(けんかごし)での会話が出来るような奴が自分の本音(ほんね)を隠すとは思えない。

 

 小鳥が小首を傾げていると、千冬が話を続けた。

 

「アイツは自分の本音を話さない節がある。私が聞いても一夏が聞いても、それが本音なのか気を使っての嘘なのか・・・ハッキリと分かった試しが(ほとん)どない」

 

「あ〜。いるなそういう奴」

 

 適当に返答しながら心中(しんちゅう)で呟く『ああ、外と(いえ)での差が激しいんだな、円花の奴』と。

どうやら千冬との間にあった認識の齟齬(そご)の正体は、そもそも円花自身の切り替えが面白い程大きい事から来ているようだ。

・・・まぁ、目の前の情け知らずの織斑千冬(鬼教師)同居(どうきょ)してりゃそうもなるか。

 

 とは言え、それを話すというのも野暮(やぼ)な話だろう。

心中で小さく呟いた小鳥は、解決策を提示する。

 

「ならその件、俺が引き受けてやろうか?」

 

「ほう?円花の真偽が見抜けると?」

 

 千冬の目が(するど)い光を()びる。どうやら家族の事を一番理解していると言う自負(じふ)でもあったのだろう、琴線(きんせん)に触れられて機嫌を悪くしているらしい。

 

 だからと言って退()く気は無いがな。

 

「本音を見抜くと言うより、本音を引き出す、と言った方が正確だな。家族に対して何かしらの引け目があるなら(他人)が聞けば問題ないし、そうでなくとも俺の口の上手さはアンタも知る所だろ?」

 

 半開きの眼の内に、鋭く、しかし生暖かい光が見え隠れする。

 

(“小鳥”などとはよく言えた物だ。・・・これは最早(もはや)蛇蝎(だかつ)(たぐい)だ)

 

 束が時折(ときおり)見せる背筋(せすじ)の冷えるそれとはまた別の眼差(まなざ)し。

油断すれば足を取られてしまいそうな、そんな不気味な眼が笑って告げる。

 

「それに円花にゃもう一つ問題が残ってる、それを解決する為にもそこら辺(IS学園に入学するか)の意思があるかは確認した方が良い。んでもって円花の意思の確認の難度(なんど)が俺の方が低いなら、そっちの方がいいんじゃないかな?」

 

 円花に付きまとう問題、それはブルーティアーズ3号機“サイレントゼフィルス”を無断使用(むだんしよう)し、()()()てに最適化処理(フィッティング)までやってしまったのだ。

これはある意味では円花の所属云々(しょぞくうんぬん)よりも根が深く、厄介な話だ。

 

「ま、別に俺としてはどうでも良い話でもある。あまり他所(よそ)()事情(じじょう)口突(くちつ)()むのも何だしな」

 

 (おど)けたように肩を(すく)める小鳥。

別に何か問題があるわけではない、しかし小鳥に頼むと言うのは何か(しゃく)

 

(・・・まぁ、やるだけやらせてみるか)

 

 断る理由も無し、成功率が高いのならそれに越した事は無い。

 

「・・・ならやって見せろ、小鳥」

 

「はいはい、なんとでもして見せますよ」

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「よう」

 

「あ、小鳥さん!」

 

 IS学園の先生(山田先生と言うらしい)からの事情聴取(じじょうちょうしゅ)が一通り終わり、とりあえずと言う事で待合室(まちあいしつ)で待たされていたのだが、そこに小鳥さんもやって来た。

 

「小鳥さんも終わったの?」

 

「まあな」

 

 そう言って小鳥さんは少し離れた(せき)腰掛(こしか)けた。

 

「それで、これからどうする?」

 

「どうって・・・何を、」

 

 いきなりの問い掛けに言葉を返す。

ため息を吐き出して小鳥さんは答える。

 

「お前の所属についてだよ。お前がどうも何かしらの組織に狙われてるのは疑いようの無い事実だ。その上、サイレントゼフィルスの一件もある。お前はもう一般人じゃない」

 

 お前の意思に関わらずな。そう言って頬杖(ほおづえ)を突く小鳥さんは、ひどく不機嫌だ。

 

 とは言え、そんなに心配する必要は無いんだよねぇー。

 

「それについてはもう決まってるんですよねぇ~」

 

「・・・え、マジで?」

 

「うん、山田先生にはもう言ったんだけど、私は狙われてるみたいだし、安全の為に学園に入学することにした」

 

「・・・そうか。まぁ妥当(だとう)だな」

 

 そっけなく切り返す小鳥さん。もうちょっと驚くと思ってたんだけどな。

でもそれが目的ではないし、がっかりしていても仕方無いか。

 

「・・・ったく、苦労しないな」

 

「え、何か言いました?」

 

「何も・・・空耳だろ」

 

 ───なんか怪しい、根拠は無いけど。

 

そう思って追及しようとしたら、小鳥さんの方が口を開いた。

 

「で、IS学園に所属するのは良いとして、そっから先は?」

 

「先?」

 

「ああ、お前の知る由も無い話だろうが、お前の乗ったIS、“サイレントゼフィルス”はどうやらイギリス軍から強奪(ごうだつ)されてるモンらしくてな・・・。それを使った織斑円花(お前さん)はユーザー登録されてるんだよ」

 

「え゛、そんな物だったんですかアレ」

 

 それは知らなかった、だったら最適化(パーソナライズ)なんてするべきじゃなかったかな。

 

 そう軽い後悔を浮かべていると、待合室の扉から山田先生がやって来た。

 

「転入用の資料持ってきましたよ織斑(おりむら)さーん・・・って小鳥さん!?」

 

 両手で持つにしても多すぎる量の資料を抱えている山田先生は、小鳥さんの姿を見て驚いた声を上げる。

 

「そんなに驚きますかね・・・っと、半分持ちますよ」

 

「そこは全部もってあげましょうよ」

 

 言葉通り資料の半分だけを持ち、近場のテーブルに置いた。

遅れてもう半分の資料を置いた山田先生が背筋を伸ばす。

と、たわわに()れるおっぱいが目を引いた。

 

・・・千冬姉(ちふゆねぇ)よりも胸が大きいんじゃないかなこの人。

 

 ちらり、と小鳥さんを見やる。反応次第(はんのうしだい)ではからかう材料(ざいりょう)になるかもしれない。

 

「──・・・・・・(ペラリ」

 

 生憎(あいにく)と資料の一部をめくっていた。

──ちぇ、面白くない。

 

 そんな不機嫌な私の顔を見た小鳥さんが不思議そうに首を(かし)げた後、意地の悪そうな笑顔を見せた。

弱みを見せる訳が無いだろ、と言いたげな笑顔。

 

『──千冬先生の妹に何かあったら事だからな』

 

・・・どこまでも『大人』な人だな、心配は私の為じゃなくて自分の為で、(こども)をどこまでも()(くさ)ってる。

 

 嫌悪感(けんおかん)に顔を歪めている私は忌々(いまいま)しげに顔を(そむ)ける。今もきっと小鳥さんの顔は性根(しょうね)の悪い顔をしているのだろう。

 

「おい、お前の事なんだ。少しは目を通しておけ」

 

「はーい」

 

 不承不承(ふしょうぶしょう)な心を隠さない返事をして、手渡(てわた)された書類を流し見る。

 

 スゴい、禁則事項(きんそくじこう)だけで(かみ)辞書(じしょ)くらい分厚(ぶあつ)い。

一夏兄(いちかにぃ)もこれを読んでいたのだろうか。だとしたらよく入学までの短期間で頭に入れたなぁ、と思いながらも、ふとした疑問を山田先生に投げかける。

 

「あの、私サイレントゼフィルスにユーザー登録されてるらしいんですけど。それって解除出来たりします?」

 

「あん?どうした?」

 

 小鳥さんが答える。いや、山田先生に(たず)ねたんだけどなぁ・・・。

山田先生も反応してくれてるし、あんまり支障はないけど。

 

 右手人差し指の指輪を擦りながら続ける。

 

専用機持(せんようきも)ちはほとんどが国家代表候補生って話になってるけど。代表候補生じゃないし、そもそもサイレントゼフィルスに乗ったのも偶然ですし・・・。できるならこのままが良いんですけど、これどう言う処理になるんです?」

 

「あ、えっと・・・どうなるんです?」

 

「そこで俺を頼りにするなよ・・・」

 

 小鳥さんが肩を落とす、確かになぜ小鳥さんを頼るのか。

と、山田先生に対する評価を落としていると、小鳥さんが口を開いた。

 

「円花、腕部だけ展開できるか?」

 

 その片手には電子辞書(でんしじしょ)らしき何か。

どうするつもりかはわからないが、とりあえず左手だけ展開させる。

 と、山田先生が驚きの声を上げた。

 

「え!?もうそんな細かい操作が出来るんですか!?」

 

「ええ、プライベートチャンネルでの通信も出来ますし、円花のIS適正結構高いと思いますよ」

 

「え、これってそんなにスゴい事なんですか?」

 

「はい!私が部分展開できるようになるまで大体一ヶ月(だいたいいっかげつ)かかったので三十倍くらい早いですよ!」

 

 流石千冬先生の妹さんですー!と、一人舞い上がっている山田先生を無視して電子辞書のような物を机の上に置いた小鳥さんは、(ふところ)から四角い端末(たんまつ)を取り出す。

次の瞬間に、小鳥さんの頭にISのヘッドギアが現れた。

 

「さて・・・と」

 

 ヘッドギアのブイアンテナをバイザーに引き下ろした小鳥さんは、私の手を取ってまじまじとサイレントゼフィルスの装甲を観察する。

何をする気なんだろうと思っていると、次の瞬間、小鳥さんが爪を立ててサイレントゼフィルスの装甲を()()いた。

 

「ちょおおお!何するんですかぁ!?」

 

 思わず飛び退いてその意図を問いただす。

小鳥さんは素っ気無く答える。

 

「カバーの展開(てんかい)だよ。工具探すのが面倒(めんどう)な時はこうやって代用(だいよう)したもんだ」

 

「へ・・・おお、凄ぉ」

 

 見れば腕の装甲が開いていて、小鳥さんの言っている事が本当の事だと理解できた。

 

「ってこんなに簡単に開けれて良いんですか?」

 

「問題ねぇよ。そう簡単に開く物ではないし、ISにはシールドバリアがある。戦闘中に開く事態には一千億(いっせんおく)に一つくらいしか無いだろうよ」

 

「あ、そうか・・・物知りですね」

 

「安心しろ、二週間で叩き込まれる」

 

 褒められても小鳥さんは手を止めない、もう一度私の手を握り、展開されたカバーの中身を物色(ぶっしょく)する。

 

コードのソケットの型式を確認して、電子辞書ライクな端末を机から取り上げたかと思うと、液晶の収められた(はこ)から10cm程のシリアルバスコードを引き出してサイレントゼフィルスのソケットに()し込んだ。

 

 そしてキーボードを叩いて小鳥さんは告げた。

 

「あ、ダメだコレ」

 

「「はい?」」

 

 唐突(とうとつ)(あきら)めのセリフを吐いた小鳥さんは、山田先生に画面を見せた。

 

「特殊な設定が(ほどこ)されてる。細かい事は調べて見ない事には解らんが、ユーザー情報が(いじ)れない」

 

 間違い無く(たばね)さんの仕業(しわざ)だろう。

しかも『消去できない』ではなく『いじれない』と言う事は他のユーザーを追加する事もできない、と言う事だ。

 それが意味する所はつまり、

 

(こま)ったなぁ・・・。私がIS学園に入学するにあたって『一般生徒にも関わらず専用機持ち』っていう前例(ぜんれい)の無い事を通さなきゃならなくなったー、って事ですよね」

 

「だな・・・」

 

「織斑さんの転入は保障の為にもなるだけ早くする必要があるんですけども・・・どうしましょうか・・・」

 

 山田先生の(つぶや)きに小鳥さんは困った風に茶色い頭をかく。その顔は騒がしい諦観(ていかん)(たた)えているように見えた。

少しの沈黙の時間が過ぎた後、小鳥さんが何か思いついたように呟いた。

 

「・・・仕様(しょう)が無い・・・か?」

 

「!、何か思いついたんですか!?」

 

「──まぁ、一応。ただ幾分変則的(いくぶんへんそくてき)手段(しゅだん)だからな。折合(おりあ)いをどう付けるか、だな」

 

 そう言って小鳥さんは唇を(つま)んだ。

これが小鳥さんのルーティーンなんだろうなと思いながらも、その手段について言及(げんきゅう)する。

 

「じゃあその手段って言うのは?」

 

「円花を企業代表(きぎょうだいひょう)としてねじ込む」

 

「え?」

 

「そ、そんなシステムありましたっけ!?」

 

「無い」

 

「はぁ!?」

 

 何を言ってるんだこの人は。

私と山田先生が困惑したのを見ながら、真顔で小鳥さんは説明を始める。

 

「IS学園の管轄は国連だが、まぁその運営はほぼ学園の気随(きずい)だろう?多少の無理は通せる」

 

 半開きの目が悪趣味(あくしゅみ)に歪む。

どうやら、新しい仕組みを作り上げるつもりらしい。

 だがそう上手く行くものだろうか、と言うかそれなら国家代表候補の方が良いような気もする。

 

「そう上手くいきますかね・・・」

 

「俺が大丈夫だと言っているんだ、大丈夫に決まっている。勝算(しょうさん)の無い賭け事はしない主義なんでな」

 

「は、はぁ。根拠があるなら良いんですけど」

 

「そんな訳で俺は学長に話を着けに行ってくる。円花はそのクソ程多い書類を書いておくんだな」

 

 そう言って小鳥さんは待合室から歩いて出て行った。









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The results







「えっと・・・これは・・・」

 

 クラス代表対抗戦がつつがなく終わってから早く五日。IS学園の教室にたどりついた俺は、クラスで唯一の俺以外の男子、小鳥(おどり) (ゆう)惨状(さんじょう)に戸惑いの声をあげるしかなかった。

 

 小型のノートパソコンを(のぞ)()んでいるのはいつも通りだが、茶髪をひとまとめにした後ろ髪はいつもよりボサボサで、いつもよりかは開いている半開きの目は薄く充血し、その下のクマが生気の少なさを如実(にょじつ)(あらわ)していた。

 

「何があったんだ・・・?」

 

 昨日の朝から顔を見せなかった小鳥に何があったか俺は知らない・・・が、聞こうにも聞ける雰囲気ではないな、これは。キーボードを叩く目には生気の無さの割には鬼気迫(ききせま)る物を感じさせる。

 

 クラスメイトも心配しているらしく、小鳥から少しばかり離れた所からヒソヒソと話をしていた。

 一方の小鳥は何も気にせずにキーボードを叩く手を止めると、バッグから黒と緑の缶を取り出し一切の躊躇(ちゅうちょ)もせず一気飲みし始めた。アレとんでもなく強いエナジードリンクだよな・・・。

 天井(てんじょう)(あお)いでエナジードリンクを完飲(かんいん)した小鳥はそこで俺に気付いた

 

「ああ、一夏か」

 

「お、おはよう・・・どうしたんだ一体、一昨日(おととい)の事も合わせて」

 

 聞きたい事がたくさん有った。一昨日の街で起きたISでの戦闘の事、どうしてそこに小鳥がいて、I()S()()()()()()()()()()()()。色々と気になる事が多いせいで何とも言えないが、小鳥が全てを知っているのは間違い無いだろう。

 

 小鳥は俺を見て目を細める。だがそれはクラスメイトに向ける目では無い。それは人を値踏(ねぶ)みする物で、敵に向けるものだった。

 

「・・・ダメだ。今は話せない」

 

「っ、何で」

 

「今の俺では話し過ぎるんだよ、口止めされてる事まで話せば面倒だ・・・。それに、すぐ解るさ」

 

「・・・それはどう言う・・・?」

 

 その言葉の真意(しんい)を問おうとした時、教室の扉から千冬姉(ちふゆねえ)と山田先生が入って来た。

 

 俺の席は小鳥のすぐ後ろなので、席に座る事にそう時間はかからない。

着席した俺を千冬姉が小さく見やる。いつもはクラス全体を見回すのだが、いつもと少し違う行為(こうい)に俺は首を(かし)げた。

 

(俺何か悪い事したっけ?)

 

 身に覚えが無いので、本当に首を傾げるしかない。

 

ただ、千冬姉もそれ以上の事はせず朝のSHR(ショートホームルーム)が始まった。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 各連絡事項(かくれんらくじこう)も伝え終わり、朝のSHRが終わりそうになって、山田先生が良く解らないテンションで口を開いた。

 

「はい皆さん!突然ですがここで転校生を紹介(しょうかい)します!」

 

「転校生?このタイミングで?」

 

 クラス内がにわかにざわつく。

鈴の時は少なからず(うわさ)が流れていたが、今回は全くと言って良いほど前触(まえぶ)れが無かった。

 

 一体どんなヤツがやって来るのだろう。

期待半分(きたいはんぶん)不安半分(ふあんはんぶん)で話を聞くクラスメイト。

 

 直後小鳥を(のぞ)くクラス全体が驚愕する事態が発生した。

 

 

「じゃあ織斑(おりむら)さん、来てください!」

 

 

「───は?」

 

 タカタカと高い靴の音を鳴らして歩いて来る、小さい、IS学園の制服を着けた千冬姉とよく似た顔の()()()()()()

 

「皆さん初めまして、織斑(おりむら) 円花(まどか)です。色々とあってIS学園に入学する事になりました。IS関連の授業に参加させてもらいます。これから三年間、よろしくお願いします!」

 

 

──は、

 

 

「はぁぁあああああ!!!!????」









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原作2巻
友と友と兄妹と(Friends, friends, siblings)






 六月初頭、日曜午後0:12分。

この俺、小鳥(おどり) (ゆう)学友(一夏)(さそ)いに乗り、その友人の五反田(ごたんだ)(だん)の家にいた。

 

KO!!!!

 

「ぬッ、ぐぉおお!?なんだそのコンボ!?」

「メイルシュトロームの機動力を(あなど)ったな。コンボが微妙なら無理矢理にでも積み重ねれば良い・・・まぁ、機体として弱いのは間違い無いがな」

 

 ゲームコントローラーを床に置き、弾に告げる。

現在やっているゲームは『IS(インフィニットストラトス)/VS(ヴァーストスカイ)』ここ四半世紀の内で最も売れたゲームと言っても過言ではない名作対戦型アクションゲームである。

一方、イギリス代表の第二世代IS『メイルシュトローム』

ISを題材とした家庭用格闘ゲームは数あるが、一回戦で千冬&暮桜(くれざくら)鎧袖一触(がいしゅういっしょく)にされている事もあって、その多くでこの機体は不遇(ふぐう)(あつか)いを受けており、それを使う奴は相当な物好きくらいだろう。

 

・・・まぁ俺もその物好きの一人なのだがな。

いつの世も番狂わせ(ジャイアントキリング)は人を()きつけてやまない物である。

2年前にその為だけにこのゲームをやり込んだ俺は、最高難易度(さいこうなんいど)の全機体にメイルシュトロームで勝てるくらいには強い。

 

 

「ったぁー!こんなヤツがクラスメイトなんて良い御身分だなぁ!」

「まぁ良い思いはさせて貰ってるよ、この前だって鈴と戦った時に対策付き合ってくれたし」

「ほぇー面倒見いいんだなぁ」

「俺の役に従ったまでだ。それにアレもそう役に立った訳でもないだろう」

 

 途中(とちゅう)から一夏は自分なりの戦術を使い戦っていたし、何よりあの試合は没収試合になり後日個人的に行った一騎打ちでは対策の対策を取られてしまい惜敗(せきはい)している。

 

 それはそうと、と弾は前置きして。

 

「どうなのよ、女の園の感想は」

 

 ─そう聞かれても、多分こう答えるしか無いだろう。

実直に学園生活の感想を述べる。

 

「地獄」

「───・・・・・・」

 

 絶句する弾、一夏もそれに同意して。

 

「うん、地獄」

「・・・嘘つけェ!!メール見てりゃ楽園じゃねぇかよ!?招待券があるなら行きたくてしゃあないんだぞ!?」

 

 ──まぁ(はた)から見ればそう見えるだろうが、今学期始まって二ヶ月を振り返ってみよう。

・  初日  :クラスの女子とマジ喧嘩(げんか)。のち決闘

・  五月  :行事に乱入者(らんにゅうしゃ)。しかもそれが箝口令を敷くレベル(世界に前例の無い無人機)

同月中頃(どうげつなかごろ):無人機が円花と俺を襲撃(しゅうげき)。これもまた箝口令案件(かんこうれいあんけん)(後調べてみると右足にヒビが入ってた)

・ 翌日  :早朝から推薦人(すいせんにん)としてセシリア、保護者として千冬、当事者として円花と共に企業代表パイロットに認めさせる為、イギリスのホーカー・ホイットワース社(BTシリーズを製作したISメーカー)に日帰り旅行で突撃。

 

・・・何というか、ロクな目にあってる気がしない。

 

 それに関わらず女子の目線やら合わない空気感やらで(なか)異邦人(エイリアン)の気持ちを味わっている現状、弾の妄想に真っ向から(うなず)けられなかった。

 

「別に、周りが女子しか居ないからと言って幸せになれる訳じゃない。周りに女子しか居ないって事は周りに男子は一人として居ないと言う意味だ。針の(むしろ)の様な視線にお前は()えられる自信はあるか?」

「う、それは・・・難しそうだな。・・・そっか、周りに男子が居ない、か・・・考えてみりゃそうだよな・・・。頑張れ、一夏」

 

 まあ女の園への入園は諦めねぇけどな!とサムズアップする弾。

何と言うか、年頃の男子と言うヤツはこんなんだったっけかと思いもするが、これ以上彼の夢を否定(ひてい)するのも野暮(やぼ)な話だろう。

 

「そう言えば、(らん)はどうしてるんだ?」

 

 一夏が弾に問う。

聞き慣れない人名に俺は首を傾げてその割り()んだ。

 

「ラン?」

「ああ、(コイツ)の妹。あんまり俺になついてくれないんだけどな」

「あーはいはいなんとなく解った」

 

 呆れたように無感情に棒読みで一夏の口を止めさせる。

 

・・・俺は一夏の口から語られる女心(おんなごころ)は取りあえず信じないことにしている。

何故(なぜ)ならコイツが天然ジゴロの鈍感(どんかん)野郎(ヤロウ)だから。

 どうやら一夏のどジゴロっぷりは昔の頃かららしく、果てはプレスクールの頃から箒の事をたらし込んでいたようで、しかも今の所女子3人をその気にさせておきながら本人にはその自覚が微塵(みじん)も無い様子。全くもって恐ろしい限りである。

 と、友人の妹に対する関係の評価を話し半分に聞いていると、弾が呆れた顔で聞いてきた。

 

「なぁ小鳥さんよ、一夏はIS学園でもあの調子なのか?」

「そうでないと思うか?」

 

 口調や表情はそのままに肩をすくめてその問いを肯定(こうてい)する。

中学からこんな調子であったらしい一夏の性格にため息を二人してつく。当の本人は俺たち二人の行動に首を傾げているが、何に呆れているのかにはまるで検討(けんとう)がついていないらしい。

 と、雑談に花を咲かせていると、力任(ちからまか)せに部屋のドアが開けられた。

 

「ぶべっ」

 

 近場に居た弾が勢いよく開いたドアに吹き飛ばされた。世辞(せじ)にも広いとは言えない部屋に男3人が居るのだから1人くらい犠牲者が出るのは仕方の無い事だろう。

 

「お兄!さっきからお昼出来てるって言ってるじゃん!さっさと降りて──」

 

 そう言いながら出てきたのは弾と同じく赤毛の少女。見た所円花と同い年だろうか。ショートパンツにタンクトップ、クリップで挟んだだけの乱雑(らんざつ)な髪型と、かなりラフな格好をしているその少女の台詞(せりふ)は視線が一夏にむいた途端(とたん)に途切れた。

 次の瞬間には一気に顔を紅潮(こうちょう)させ、(あわ)てふためいた様子で一夏に問いかける。

 

「い、いい一夏さん!?」

「うん、久しぶりに邪魔してる」

 

 恐らくは彼女が五反田(ごたんだ) (らん)なのだろう。円花に並ぶレベルで元気な奴だ。

 瞬間思考が停止した少女は、しかしすぐにその脳内回路をフル回転させ、たどたどしい口調で一夏に尋ねる。

 

「いやっ、あのっ、一夏さんも来てたんですか!?IS学園は全寮制って聞いてましたけど・・・」

「ああ、うん。家の様子見ついでに寄ってみたって感じ」

「そ、そうですか・・・」

 

 と、話題がなくなり会話が途切(とぎ)れたあたりで、ドアに打ち付けられた右頬をさすりながら弾が抗議(こうぎ)の声を上げた。

 

「いきなり入って来るのはもう慣れたけどさぁ・・・せめてノックくらいしろよ、はしたない奴だと思われ──

「──!(とても10代女子がするとは思えない眼光)」

「・・・!(恐怖で縮こまる弾)」

 

 娘が1人でも産まれたら父と息子の組織内階層(ヒエラルキー)(いちじる)しく低下するらしいが、これはその典型例(てんけいれい)なのだろう。

長年の環境で(つちか)われた支配の構造はあまりに根深く、恐怖政治がまかり通る位には彼らには当然の事らしい。

 俺一人(ひとり)()で良かった。

 

「何で・・・言わないのよ・・・!」

「あ、あれ?言わなかったけか?そ、そうかそりゃ悪かった・・・ハハ・・・」

 

 (あふ)れ出す少女の怒気(どき)。引き()った笑顔で受け答えをする弾には同情(どうじょう)を禁じ得ない。

最後に(くだん)殺気立(さっきだ)った視線を飛ばすと、廊下に戻り、例によってたどたどしい口調で一夏に(さそ)い文句を残していく。

 

「あ、あの、良かったら一夏さんもお昼どうぞ。まだ、ですよね?」

「うん、頂くよ」

 

 元からその予定だったから、と言わずまるで誘いに乗ったと思わせるような言い方をする辺りスケコマシの才があるんだなのと改めて実感する。

まぁ本人に自覚は無いのだろうが。

 

 そんな天然スケコマシの嬉しい台詞を聞いたからか、彼女はいそいそと階段の方へと向かっていった。もしかしたら部屋と階段の(あいだ)にあった部屋が彼女ので、一旦そこに向かったのかも知れないが。

 

この兄にしてこの妹あり。と言う所なのかもしれないが、3分満たない短時間の間に結構な情報量が過ぎ去った為に気になる事は多いが、とりあえず一言。

 

「なぁ弾、俺お前の妹から存在を認識されてなかったんじゃないか?」

「えっ?」

 

 気のせいでなければ一連の会話の中で彼女は俺について一度たりとも言及(げんきゅう)しなかった。

無論(むろん)3人の会話に割って入らず壁の(かざ)りに(てっ)していたではあるが、それでも隠れていた訳でも気配を殺して居た訳でもない。ただそこに居ただけである。

 

「確かに・・・初対面の人間に気づいてそのまま流す奴じゃないし・・・まさかマジで気付いてなかったのか!?」

「イヤイヤ、流石に考えすぎだろ。どうせ聞く前に弾がいらん事して怒って行っちゃっただけじゃないか?」

「──だと良いんだが」

 

 フォローを入れる一夏。まぁそれもそうなのだが、実際に見ていると気づかれているとは思えなかった。

小声で納得していない(むね)を呟く。

・・・まぁ、それをこれ以上追求しても意味は無いだろう。

 

 話すことも無くなり。一瞬の無言が部屋に(ただよ)った。

次の瞬間に思い出したように一夏が切り出した。

 

「そろそろ下に降りようぜ。さっきの言い方だと蘭が待ってるみたいだしさ」

「それもそうだな。御相伴(ごしょうばん)(あず)かるとしよう」

「と言っても出すとしたら残り物のメニューだぜ?」

「構わんよ、安全に食える物なら」

「それを飲食店のせがれに言いますかね」

 

 そうして本来の目的を思い出した一夏達に続いて階段を降りながらぽつりと呟いた。

 

 

(こい)盲目(もうもく)、か・・・」

 

 

───ただ、少しばかり厄介で面白い未来を予感し、俺は前を行く二人に告げる。

 

『一夏さんも来てたんですか!?』

 

 もしかすると。そう思い弾に向けて口を開く。

 

 

「すまん、少しばかりトイレを貸りるぞ」

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「げ」

 

 五反田家の一階に降りて、いきなり弾は引き気味の声を上げた。

何かあったのかと弾で隠れた五反田食堂の中を見回すと、ぽっかりと空いた四人席に一人ちょこんと座る(らん)の姿があった。

しかもさっきのラフな部屋着ではなくきちんと外に出る用のお洒落服。俺たちを呼んでから5分も経ってないのに、凄いな。

 

「なに?何か不満でも?あるのならお兄一人で外に食べに行っても良いよ」

「聞いたか今のお優しい妹の発言。泣けてくるぜ」

 

 涙を拭う演技をしている弾はさておき。店の迷惑にならないよう、蘭の座っているテーブル席に腰掛ける。

 

「別に一緒に食えば良いだろ。さっさと座ろうぜ」

「そうよバカ兄、さっさと座れ」

 

 そんなこんなで四人用のテーブルは蘭と向かい合う俺と蘭の隣の席に座る弾の三人で()まった。

 

・・・それはそうと。

 

「なぁ蘭」

「はひっ!?」

「着替えたの?どっかに行く予定?」

「えっ、これは、そのっ」

 

 まぁ家の中でとは言え、他人(たにん)の目に触れる定食屋で服装に気を使ったのかもしれないけど、それにしたって気合が入りまくっている。質問に対してかなりどもっているし、かなり大事かつ秘密にしたい事らしい。

 

 と、したら

 

「あ、もしかしてデート?」

「違います!!」

 

「「この馬鹿・・・」」

 

 強い蘭の否定、なんか隣の弾とカウンター席に座る人から何か呟かれた気がするが、声が小さすぎたしカウンターの人は本当に知らない人だったので気にしないでおこう。

 

 しかしこの怒りっぷり、どうも何か地雷を踏んでしまったらしい。

 

「ご、ごめん」

「あ、いえ・・・・・・。と、とにかく違うんです」

「まぁ兄としては違ってほしくない事もないんだがな。なんせ蘭がこんなオシャレするの一月にいっぺんあるかどうか──」

 

 言いかけた弾の口を文字通り塞ぐ蘭。しかもついでに鼻まで塞ぎ、完全に弾の呼吸を止めていた。一度だけ千冬姉(ちふゆねぇ)から食らった事あるけどキツいぞアレ。

 しかもその技術は千冬姉に引けを取らない、世の高校では護身術(ごしんじゅつ)を学ぶのが一般的なのだろうか。

 

 むんずと鷲掴(わしずか)みにした細い指越しでアイコンタクトを取る五反田兄妹、それで通じ合うあたりホント仲良いよなお前ら。

 

「──どうかしましたか?一夏さん」

「え、何が?」

「えっと、ずっとこっちを向いたままなので・・・」

「ああ、いや。円花とじゃそう言うやりとりした事なくてな・・・ホント仲良いんだなーって」

「は、はぁ・・・」

「──・・・・・・」

 

 無言の間が生まれる、ワタワタしていた弾の顔がどんどん蒼くなっていってるが。

と、俺達の目の前に調理服姿の壮年の男性が立った。

 

「お前らこれ以上騒ぐようなら昼飯ださねぇぞ」

 

 その男性の名は五反田(げん)、この食堂の主人にして弾と蘭の祖父である。

(よわい)80を超えるが、その両腕は筋骨隆々で、今でも厨房で中華鍋を振るっている。

普段は弾を虐げる蘭もこの人には敵わないようで、昼飯抜きの忠告にすごすごと弾の顔から手を離した。

『静かにしてろよ』ともう一度忠告を残して立ち去っていくのを見送る弾と蘭は、厳さんが完全に厨房で料理に入ったのを見るや否や、小声で口喧嘩を始める。

 

「バカ兄のせいで怒られたじゃない!」

「半分以上はお前の出したセリフだろうが!」

「お兄の声が無駄におっきいのが悪いのよ!」

「さっきのはお前の声が大き過ぎるんだよ!耳元で叫ぶな!」

「あんたがうるさいのが悪いんでしょ!!」

「あーもう、二人共落ち着けって」

 

「「これが落ち着いてられるか!!」」

 

 あ、ハモった。あとそんなにうるさくしてると

 

ゴッチィィイン!!!

 

案の定厳さんの拳骨が二人に飛んだ。

 

「「~~~~ッ!!!」」

 

頭を押さえて悶絶している五反田兄妹。

厳さんは険しい顔で腕を組み、何も言わずに二人を睨んで最後通牒を突きつけていた。

流石にこれは答えたか、ゲンナリとした表情で黙った。

厳さんでゲンナリ、なんちゃって。

 

「・・・一夏、何考えてるかはわかんねえけど下手な洒落はやめとけよ」

 

 ・・・何も言ってないのにダジャレ考えてるのかバレた、表情に出てるのか?

 

「鈴とか箒からもそうなんだけど、俺って考えてること顔に出やすいのか?」

「え、マジでダジャレ考えてたのかお前」

「────」

「・・・マジかぁ〜」

 

 呆れたように息を吐き出す弾。

 

そんなにダジャレを考える事は悪いことですかねぇ。

と、苦笑いをしていた蘭が何かに気づいたように『あっ』と声を上げた。

 

「一夏さん、その、ホウキって誰のことです?」

 

 その疑問に弾が何故か必死に食らいついた。

 

「何だったけ?お前のファースト幼なじみ、だっけか。うん、IS学園で再開したんだっけ?」

「おう、小三の頃に引っ越して以来だから・・・大体六年ぶりくらいかな」

 

そう言うと蘭の顔色が少し変わったような気がする。

なんだろ、ちょっと怖いぞ?

そんな蘭に目を逸らしながら弾は話を促す。

 

「しっかしお前もその彼女もよく気がついたよなー。六年も経ってたんだろ?顔立ちが変わっててもおかしくないのに」

「まぁそうだな。かなり綺麗になってたし体が大きくなってたから、髪型が変わってたらもしかしたら気づけなかったかもな」

 

 今も昔も箒は吊り目でポニーテールが目印だ。鈴も同じようにツインテール(サイドアップって言うんだっけ)が目印だから、それを変えてないなら二人を見間違うことは無いと思う。

 

「・・・・・・」

 

ところで蘭がそっぽを向いてむくれているのは何故だろう。

膨らました頬はなんだかリスみたいだ。

 俺はそんな蘭の顔の前に人差し指を置いて

 

「蘭」

「はいっ!?」

 

 ぷに

驚いて振り向いた蘭のほっぺたを指がつついた。

 

「ひゃう!?」

 

そのままムニムニと摘んでみる。柔らかい。

 

「ちょ、いいいいいい一夏さん!?な、ななな何をぉ!?」

 

 すごく驚く蘭、流石に悪戯にしては距離が近すぎたかな。

 

「いや。そんなに可愛くおめかししてるのに、怒った顔だともったいないぞーってね」

 

 最後にちょっとだけ強くつついて指を頬から離す。

あ、真っ赤になった。可愛い子には変わりないけど、こっちのほうがずっと良いと思う。

 と、褒められた蘭はすごく焦った様子で

 

「す、少し。お、お手洗いへ・・・」

「お、おう・・・」

 

 早足で・・・手と足の揃った早足でお店のトイレに向かう蘭。

それを見届けて弾の方に向き直ると、弾は肩を震わせ俯き加減で、すごい剣幕で詰め寄ってきた。

 

「──お前ホンットにさぁあ・・・!」

「ど、どうしたんだ弾」

「・・・はぁ゛あ゛あ゛・・・まぁ良い、お前のそう言う所はもうずっと前から知ってたからもう良いんだけどさぁ」

「?」

 

 なんか俺悪いことしたみたいになってるけど、なんかしたっけ。

心当たりが無いので首を傾げるしかない。

 

「そこを直せっつっても直らなさそうだからな」

「そりゃあそうだろう、何が悪いのか分かってないんだから」

「それを自分で言いますかね」

 

 もう一度大きなため息を吐いた弾は、ずいっと顔を寄せて小声で話しかけてくる。

 

「悪いことは言わねえ、すぐに彼女を作れ、なるだけ早く!」

「はあ!?」

「『はあ』じゃねえ!今年、いや、今月中にでも!誰でもいいから!」

 

 いきなり何を言ってるんだこいつ、いきなり興奮し出して闘牛の牛かよ。

 

「別に今はそう言うのに興味ねえし」

「相変わらずお前は本当に、そんなんだから鈴が・・・いや、なんでもねえ」

 

 いきなり言い淀む弾。鈴がどうかしたのだろうか。

 

「とにかく、誰でもいいから誰かと付き合うんだよ!な、な!」

 

食い気味に、というかキレ気味に言ってくる弾。

 

「なんでキレてんだよ」

「キレてねえ!」

 

 と、言い合ってたらトイレから蘭が帰ってきた・・・の、だが。

なんか様子がおかしい。まるで阿修羅みたいな表情で座っている弾を無言で見つめている。

 しかし、無言の蘭から伝わるものはあった、

 

── ヨ ケ イ ナ コ ト ヲ ス ル ナ ──

 

と、

その一睨みでマ●オが如く小さくなる。

確か蘭はお嬢様学校の生徒会長をやっているらしいけど、それにしたって鋭い目つきだ。千冬にだって負けないだろう。

 そうして席に着いた蘭は、覚悟を決めたように話を切り出す。

 

「・・・決めました。私、来年IS学園を受けます」

「はぁ!?」

 

 イスをガタガタと押しのけて立ち上がり驚いた弾、直後厨房からお玉が飛んできて倒れることになるが。

 ある意味いつもの事なので俺は気にせず蘭に話を聞く。

 

「それは親に言うべき事だろうけど・・・でもなんで?聖マリアンヌ学園ってエスカレーター式で大学にも行けるんだろ?」

「大丈夫です、私の成績評価なら十分いけます」

 

 まぁ確かにIS学園の方がよっぽどネームバリューが良いし、上手くいけば年収十数億も夢じゃない。

が、それはやっぱり一握りでしかないし、正直高校生としての授業が圧縮・・・もとい圧迫されているから、学園での成績次第じゃ大学にいけるかも分からない。

 将来の事を考えるなら、このままエスカレーターに乗っている方が良いと思うんだけどな。

 

「でもIS学園に推薦は無い・・・あ〜、でも蘭の成績なら行けるか?」

「はい、筆記も余裕です」

 

 蘭は結構頭が良い、弾から聞いた話だと学園でも結構良いらしいから、推薦無しでも合格する可能性は十分にあるだろう。

と、先ほどまで床に倒れていた弾が机にしがみつきながらよろよろと立ち上がった。

 

「でも確か、実技試験もあったはずだよな・・・」

「ん、まぁそうだな。ISでの実戦の試験があって、そこでの成績が悪すぎると落とされるらしい。まぁ俺が落ちなかったし、そうそう無いだろ」

 

 と言っても山田先生が焦ってドジって壁に激突して自爆したので本当はどうなのかは知らないけど。

他にもIS適正とか本人の体力とか運動神経とか測定するらしいし、よっぽどのことがない限りなんとかなるだろう。

 その話を聞いた蘭は、無言でポケットの中から何かの紙を取り出した。

 

「げぇ!?」

 

 その内容を見た弾が驚愕の声を上げた。

なんだなんだと様子を伺っていると、口の端から声が漏れた。

 

「IS適正・・・判定A・・・」

「すごいじゃないか!俺より上じゃん」

 

 それは政府が開いている簡易適正試験の成績だった。

なんでも中学高校生の希望者であれば誰でも受けられるらしい。

 しかし、こうなると本格的に落ちる要素がなくなってきた。

 

「で、ですので。私が合格した暁には、一夏さんに、せ、先輩としてご指導を・・・」

「おう、いいぞ」

 

 別に断る理由は無い、安請け合いな気はするがまぁ大丈夫だろう。

それに今更だけど蘭が入学してくれたら普通に嬉しい、小鳥とも仲良くしてくれるかもしれないし、何より気の知れた知り合いが増えるのは純粋にありがたかった。

 

「ほ、本当ですか!」

 

嬉しそうな蘭、が弾が声を荒らげて抗議した。

 

「おい蘭!何勢いで学校変えること決めてんだよ!なぁ母さん!」

 

 弾の視線は、弾蘭兄妹の母、自称食堂の看板娘こと五反田蓮さん。

娘がいるのに自分を娘と言うのはどうかと思うのだが、鈴曰く『娘は田舎言葉で「お母さん」の意味がある』らしいので深く考えないでおこう。

 

「うーん、私はどちらでもいいわよ〜。一夏くんも蘭ちゃんの事よろしく」

「よくねぇだろぉ!?」

 

弾の叫びが店中に響き渡る、相変わらずこの人はマイペースというか、どこか抜けている感じがある。

まぁ、蘭がIS学園に行く事に反対ではないようだ。

 

「じゃあ一夏君、蘭のことよろしくね」

「あ、はい」

「はいじゃなくてなぁ・・・!ああもう親父はいねぇし!じーちゃんもそれで良いのかよ!?」

「本人が決めてんだ、俺がどうこう言う筋合いはねぇ」

「いやだって、」

「なんだ、文句あんのか?」

「・・・皆無です」

 

 見事に意見が封殺される弾、流石の俺でもそこまで身内に弱くはないぞ。

 

『──何か言ったか』

 

 突如脳内に溢れる千冬の声。

ダメだ、勝てる訳がないよ。

そう脳内で反省していると、厳さんが声をかけてきた。

 

「おい、昼飯できたぞ」

「あ、はーい」

 

 それを聞いた蘭がカウンターへ料理を取りに行くと、速攻で弾が俺に食いついてきた。

 

「なぁあんでお前ばっかりモテんだ!?この顔か、この顔なのか!?モテるくせにそう言う気が無ぇとかふざけんじゃねぇよこのモテスリムが!スリムとか色んな部分はいいからモテ要素だけよこせエエエエエ!」

「そう言う物言いだからモテねぇんだよ(やかま)しい」

 

 そう言って弾の頭にチョップを決めたのは、茶髪を後ろでまとめた小鳥だった。

その左手には空の皿を乗せたお盆が握られていた。

 

「あれ?小鳥いつの間に飯食ってたんだ?トイレに行ってたんじゃ」

「とうの昔の話だ・・・。この鈍助(にぶすけ)め。この分じゃお前、自分の妹の事にも気付いてないな」

「え、」

 

小鳥のその先、カウンター席からこちらを覗いていたのは我が妹織斑円花だった。

 

「円花お前来てたのか!?」

「来てましたよ。まぁ私も一夏兄が来てるとは思わなかったけど」

 

 やれやれと言った調子で肩をすくめる円花。

どうやら小鳥と同じように、自分に気づかなかった事に呆れているらしい。

 

「一夏兄は本当に女心が分かってないよね、昔からだけどさ」

「どういう意味だよそりゃ」

「そのままの意味ですよ鈍感兄貴」

「円花まで・・・」

 

 なんだろう、なんか今日は二人とも厳しいな。

そんな厳し目の二人の一人の小鳥が報告をしてきた。

 

「すまんが、銀影周りの野暮用ができた、先に学園に戻ってるぞ」

「あ、おお。わかった」

「少なくとも門限6時までには帰ってこいよ」

 

 それだけ言うと小鳥は店を後にした。

 

「円花はどうするんだ?」

「どうしようかなぁ、本当は蘭ちゃんのお悩み相談を受ける予定だったんだけどねぇ・・・。解決したみたいだし、私も帰ろっかな」

 

 もちろん蘭ちゃんにもっと話があるか聞いてからだけど。と、言う円花。

 

「悩みってなんなんだ?」

「秘密。一夏兄に話せる内容ならきっと一夏兄に相談してるでしょう?」

「あー・・・」

 

 それもそうか。俺も家族に話せない話題も小鳥や皆には話せるものだったりするし、歳頃の女の子に深入りしすぎるのも野暮なものか。

 

「まぁ機会が有れば本人に聞いてみたらいいんじゃない?案外話してもらえるかもしれないし」

「そうだな、聞いてみるよ。円花も、帰る時は気をつけてな」

「ISパイロットに気をつけるも何もでしょ」

 

 そう言って、円花は店に奥の蘭に声をかけに行った。

 ふと時計を見ると時刻は現在午後1時を回っている。

門限6時と言う事は、5時間後にはIS学園に到着していなければならない計算になる。

 遊び回るのに5時間はあっという間だ、急ぐ必要もないけど、だからといってこれ以上呑気にしている場合でもない。

 

「じゃあもう昼飯食い終わったら俺たちもすぐに出ようか」

「そうだな」

 

 と、駄弁っている俺たちのテーブルに蘭が料理を持ってきてくれた。

 

「はい、カボチャの煮物です。一夏さんのご飯の量はこれくらいでよかったですか?」

「うん、ありがとう」

 

 こう言う気配りがなんだか痛く身にしみる。最近優しさに恵まれてないからかなぁ。

 

「きっと蘭は良いお嫁さんになるんだろうなぁ」

「そ、そんな、いきなり何を言うんですか!!」

 

 凄い勢いで謙遜する蘭、そんな反応が結構可愛くて俺の顔も綻んでしまう。

なんてニヤついてたら横から弾が突っ込んで来た。

 

「なんでお前はナチュラルにそうやって口説きにかかるかなぁ」

「え?」

「なんでもねえよ」

 

 弾が何かを呟いたが、よく聞こえなかったので聞き返そうとしたら弾は黙ってしまった。

一体何を言おうとしたのだろうか?気になるが、聞いて教えてくれそうな感じではないので諦める事にした。

 

「じゃあ食べようぜ」

「あ、あの一夏さん」

「ん?」

 

 料理も全て揃ったので手を合わせようとしたところ、蘭が口を開いた。

 どうしたんだろう。と話を聞くと、驚きの言葉を蘭は投げてきた。

 

「さっき一夏さんが話してた男の人って、一夏さんの顔見知りですか?」

「へ?」

 

 さっき俺が話していた、と言うのは、多分小鳥の事だろう。

 

『・・・なぁ弾、俺お前の妹から存在を認識されてなかったんじゃないか?』

 

 先程の小鳥の懸念のセリフを思い出す。

もしかして・・・もしかするのか?

反対席の弾に目配せして意思疎通を図る。

 

「・・・!!」

「──ッ(コクコク」

 

 意訳

『あれマジで!?』

『みたいだな、マジか、聞くか?』

『聞けるか!?お前が聞けよ!妹の事は兄の仕事だろ!』

『・・・ッ、仕方ねぇ後で覚えてろよ!』

 

 長年の付き合いって凄いね。

 

 まぁそんな訳で蘭から話を聞く事になった弾がそれに応える。

 

「ああ、一夏のクラスメイトの小鳥ってやつだよ。──ってか、さっき俺の部屋に居たの気付かなかったのか?」

「え!?そ、そうだったんですか!?全然気付かなかったです・・・!」

 

 マジだった、本当に小鳥に気付いていなかったらしい。

 

「って言うか、一夏さん以外に男性でIS乗れる人居たんですか!?」

「あ、そこからなの?」

「は、はい」

「えーっと」

 

 俺は少しだけ考える。小鳥の事をどう説明するべきかと。

あの気難しく、口の悪い友人の尊厳を傷つけずに説明する方法を俺はあまり思いつかない。

 

「ま、まぁそうだなあ・・・すごく頭が良くて、弁が立つ。ISにも詳しいから頼りになる・・・まぁ悪いやつじゃないよ」

「そ、そうなんですか」

 

 嘘ではない。まぁ100%真実って訳でもないけど。

微妙なラインの説明になってしまったが蘭は特に気にしていないようだ。

 とは言えこれ以上小鳥について聞かれると苦しいので、何とかして話題転換を持ちかける。

 

「そ、そうだ。円花は帰るとか何とか言ってたけど。どうするって?」

「ああ、もう帰るって言ってました。私からの用事で呼んじゃったし、これ以上束縛するのも悪いかな〜、って」

「用事って?」

 

 とりあえず聞いてみる。円花も『もしかしたら教えてくれるかも』とか言ってたし、聞くだけ聞いてみたのだが、恥ずかしそうに頬を掻いて蘭は答えた。

 

「そのぉ〜。まぁ、なんて言うか、進路相談と言うか・・・そんな感じのことです」

 

 あれ、と言う事は。

 

「じゃあもしかしてIS学園に行くってのは本当に今さっき決めたのか?」

「い、いえ!そんなんじゃないです!!ずっと前から視野に入れてたのが今さっき決まったってだけです!!」

 

 結構な勢いで捲し立てる蘭。

それもそうか、今日思いつきで進学先を決めたなら、IS適正検査なんて受ける訳ないか。

ちなみに厳さんは基本蘭に優しいのでこれが弾だったらフライ返しが飛んできた事だろう。

 

「じゃあ円花から何聞こうとしてたんだ?合格に必要なのはもう調べ終わってたんだろ?」

「ええと、学風とかIS実習とかそう言った事を聞こうと思ってたんですけどね・・・」

 

 あはは、と恥ずかし紛れに頭を掻いて乾いた笑いを浮かべる蘭。

うむ、それは確かに重要だな。俺も受験勉強の時にかなり頑張った覚えがあるぞ。

 結局藍越学園行ってねぇけどな。

 

「なるほど・・・。ま、その時は俺も頼ってくれよな、教えられる物なら教えるからさ」

「は、はい!よろしくお願いします!」

 

 隣でため息をはく弾はさておき、世間話を終えた俺たちは昼飯に手を合わせたのだった。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

「・・・なんというか、耳に痛い話だったなぁ」

「何の話だ」

 

 円花は呟く。

その呟きの真意を計りかねる俺は、そっけなく答える。

 彼女より先に店を出たのだが、小走りで円花が追いついて来たのでそのまま学園への帰り()を歩いていた。

 

「さっきの一夏兄と蘭ちゃんの話。聞いてたでしょ?『兄妹でそう言うやりとりしたことない』って」

「ああ・・・」

 

 言われて思い出す、確か弾の妹(最後まで俺のこと認識していなかったな)が弾の顔面を鷲掴みにした後だったか。

確かに『円花とじゃそう言うやりとりした事なくてな・・・』と言っていた覚えがある。

 

「なら甘えりゃ良いだろうが」

「そういう問題じゃないの。一夏兄が私と仲良くしたいってのは良く分かってるし、私もそうしたくない訳じゃない。でも根本からズレてるの。一夏兄も千冬姉も私を大切に思ってくれてる。でもだからこそなのかわかんないけど、ずっと距離が縮まらないの。小鳥さんはそんな事無い?」

 

 問われて、少し考える。

──少し考えて、断言した。

 

「無い。俺は一人っ子の上、専門学校に行ってもストレートな付き合いしかしてない物でね。残念ながら過剰に大切にされる事も、距離を詰めるべき相手もいなかった。その手のジレンマやら憤りってのは理解したくてもできん」

「役に立たないなぁ」

「お役に立てず申し訳ありませんね。勝手にやってろ」

「はいはい、相談した私が馬鹿でした」

 

 ふん、っと鼻を鳴らして不機嫌さをアピールする円花だが、実際の所そこまで怒ってはいない様に見える。

多分この娘は寂しいのだ。

あの二人は間違いなく自分を愛してくれている。けれど、それが故に対等になれずにいる事が。

 

「ま、そうだな・・・お前の抱く不満が俺の予想通りなら、それこそ学園での成績だろ」

「成績?」

「ああ・・・まぁ簡単な話。お前の不満とやらは、庇護する側とされる側の立場に基づいた関係に端を発する物だろう?」

 

 そう言ってちらりと横目で円花を見やる。

彼女はしっかりと話を聞いていて、この推測が間違いでない事を明瞭に表していた。

 

「なら話は早い。円花が何らかの形で一夏と千冬を超えさえすればその関係は変化するだろう」

「あ・・・!」

 

 小さく声を上げる円花。どうやら気づいたらしい。

自分の上に挑み、勝利する。これまでの彼女の人生を俺は知らないが、予想できる分でも刺激的な、それはそれは刺激的な事だろう。

 

「近く、強制参加の個人リーグ戦が開催されるらしい」

 

『わあああああああああああ』

 

 ポケットの中の銀影を投げ上げて(もてあそ)びながら言葉を続ける。

本人が目を回しているが、それは無視して真上に投げる。

 

「丁度良いじゃないか、そこで超えちまえ」

 

『ぶえ』

 

 落ちてくるそれをキャッチして、ニヤリと笑って見せる。

その言葉を聞いて円花は、俺の方を向いて目を輝かせた。

 

「それだ!ナイスアイデア小鳥さん!」

 

 その瞳の輝きは、夜の密林に火を見つけたから遭難者(ドリフター)のようで、俺にも何か達成感に近い満足感を与えた。

喜びそのまま、走り出した円花は道路の少し小高い場所に立ち、振り返って告げる。

 

「決めた。私、絶対優勝する!それで証明してやるんだ。私が強いって事を!」







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A new power and exchange terms







 

「・・・で、追加ユニットの話ですって?」

「は、はい。どうやら昨夜の時点で篠ノ之博士から送られてたみたいです」

 

 IS学園内、円花と分かれていた小鳥は、話を聞いて感心したように声を上げる。

 

「ほー。で、当の本人は?」

「い、居ません」

「でしょうね」

 

 あの目立ちたがりの事だ、この場に来ていれば麻耶(まや)先生が困り果てる事だろう。

時刻は午後3時。場所は一年専用の格納庫(ハンガー)。そこにいるのは俺こと小鳥(おどり) (ゆう)山田(やまだ) 麻耶(まや)教員だけだ。

 目的の物はどうやらこの格納庫の最奥にあるらしく、また、俺たち以外の何者も居ない室内では、足音がやけに大きく響いた。

 

「・・・・・・」

 

 きょろきょろと、周囲を見回す。

 アリーナの一階部分に相当するここでは、その壁面に沿うように多くの訓練機が鎮座(ちんざ)し、学園の準軍事施設の一面を、物騒極まりない雰囲気をひしひしと伝えてきた。

 

(ざっと見て二十機前後・・・その気になれば、すぐにでも国ひとつを陥落(かんらく)させられる戦力だな)

 

 いかに訓練機とあってもIS(兵器)IS(兵器)だ。まして、それが現代のどの兵器を凌駕(りょうが)する代物。

それがこの狭い教育機関の倉庫に(まと)めて格納されているなど、狂気(きょうき)沙汰(さた)とも言えるだろう。

 

・・・改めて見ると、遺伝子工学の実験動物(モルモット)になるよりも刺激的な生活を送っているのかもしれない。

 

「あ、ありました!これです、銀影の追加ユニット」

 

 と、皮肉に顔を歪めていると麻耶先生が声を上げた。

その視線に追従して目線を左に寄せる、するとそこにはいつぞやの銀影のようにカーキグリーンの布に覆われた構造物が放置されていた。

 

「・・・雑だなー」

「す、すいません」

 

 申し訳なさそうに謝罪する麻耶。

とは言え話では今日の深夜2時に、誰にも見られず警備システムにも触れずに、まるで出現したかのように届けられていたらしく、下手に手を着ける訳にも行かなかったのだろう。

 とりあえずその構造物に歩みより、布に手をかける。

 

「良いですよ。別に麻耶先生の責任じゃないし、本体が無いんじゃこの保管もままある話だし、なっ!」

 

 右の手で一気に布を引き払うと、そこには縦長の六角形が無造作に置かれていた。

 上方が引き伸ばされ、下方が詰まった形状の六角形。

その下端には巨大なスラスターノズルが見え、頂点には小さいが砲身が見てとれた。

 

「・・・これは、スラスターユニットか」

「はい、一緒に置かれてたデータ端末によると広域エネルギー拡散フィールド発生装置兼大出力ブーストスラスターユニット『霧幻(むげん)』だそうです」

「広域エネルギー拡散、ねぇ・・・その『広域』の意味とは?」

 

 少し気にかかる文言だったため確認を取る。

単純に拡散フィールドの領域拡大なら『エネルギー拡散フィールド広域発生装置』と表記するのが正しいだろう。

 

「おそらくですが、エネルギーの“波長”が広域なんだと思います。装備するのに合わせて銀影のセンサーの可観測領域(かんそくりょういき)を拡張しておくようにと記されているので」

「ふむ・・・エネルギーが問題になってくるし・・・それ以上にパワーウェイトレシオやウェイトバランスも変わってくるな」

 

 実を言うと拡散フィールドは多くのエネルギーを消費するもので、下手に使いすぎるとエネルギー切れでPICで動くだけのカカシ(サンドバッグ)に成り下がる。

 シールドエネルギーまで消費しない辺り零落白夜よりかは幾分(いくぶん)マシなのだが、それにしても扱いづらい特性である。

 

『悪かったわね扱いづらくて』

「じゃあ精々マシになる事を祈るばかりだな」

「へ?」

「今の銀影が使いづらいんで、追加装備で幾分マシになるのを期待してるだけですよ」

「は、はあ」

 

 銀影に言ったセリフが麻耶にも聞こえていたらしく言及(げんきゅう)されるが、(ひと)り言の(てい)ではぐらかす。

 

(──と言っても、現状では拡散フィールドの領域を拡大した所で効果はそう大きくないのだがな)

 

 機動力強化がついてくるのは普通に嬉しいのだが、拡散できるエネルギーが増えた所で応用性は低い。精々優秀なジャマーやステルスが関の山だろう。

後頭部を掻いて色々考えてみる。

 

(PICで誤魔化しが効くとは言え、上重心になるのはあまり喜べないな。そもそもPICで抑える事自体が非効率極まりない)

 

 銀影の強みはその防御力と、軽量かつ反応の良い加速制動(かそくせいどう)である。

いくら可動性の高いスラスターであったとしても、それが生み出すエネルギーの方向性は一方向しかなく、加速力が上昇すれども制動性は著しく低下するだろう。

 その上全体的な性能が低い代わりに本体しか無かった今までの銀影とは違い、エネルギーの割り振りに制限がついてくる。

この霧幻(むげん)に搭載されたフィールド発生装置をOFFにした所で、その質量が変わる事は基本あり得ない。PICのエネルギーを浪費(ろうひ)するだけである。

巧くやれば拡散フィールドを使って重力波を逸らし重量をゼロに近い数字にできるかもしれないが、それこそ消費するエネルギーが増え本末転倒(ほんまつてんとう)になりかねない。

 

 せめて、強力なバーニア(姿勢制御エンジン)があれば話は別なのだが、絶妙な所で(かゆ)いところに手が届かない仕様である。

 

「・・・──」

「ど、どうかしましたか?さっきから黙りこくってますけど・・・」

 

 そこまで愚痴(ぐち)をこぼしてから気がついた。

確か、現状の銀影は完成度60%と言う大破一歩手前のような状態だったはず、今回のユニット追加で完成。という事なのだろうか。

 

「麻耶先生今仮に銀影にこれを装備したとして、銀影の完成度っていくらになります?」

「え〜と・・・。80パー・・・だ、そうです・・・」

「やっぱそうか・・・・・・・・・チッ、どうして二度手間三度手間を取るんだ非効率極まりない」

「す、すいません」

「だから謝る必要麻耶先生には無いでしょうが。コイツは束への文句だ、アンタが抱え込む必要は無い」

 

 ため息を吐き出すように言って、霧幻に歩み寄ってそれに触れられるようしゃがみ込む。

 

「──とりあえず、そのタブレット貸して下さい。少し考えたい事あるんで」

「あ、はい、どうぞ」

 

 情報端末を受け取って流し見る。

装備部位、重量、稼働に必要なエネルギー、スラスター出力、拡散可能範囲、拡散可能出力、搭載ビームライフルの威力、範囲など、様々な項目が画面の上を滑って行く。

 

(肩部ジョイントに搭載・・・アレか。実質重量としては銀影の1/5、総合スラスター出力は60%上昇・・・イカれてんな。拡散範囲は広いがその出力は『アイアス』未満・・・本当にステルス専門か。ビームライフルの威力は非連結時のアイアスと同等、有効射程距離は60m、秒間12発の発射が可能・・・牽制が精々だな)

 

 霧幻自体の性質を(つか)み、どう帳尻を合わせる(セッティングする)かを考える。

 

(肩の横につくならバックパックの推力を下げるか足のを上げるかでカウンターを当てれば推力バランスはなどうにかなるか・・・?いや、そうなると加速力が落ちるし、直進安定性が落ちるな・・・)

 

 さてどうしたものか。あまり切り落とす事を考えられない己は貧乏性なんじゃなかろうか。

 

『じゃあ貧乏性なんじゃない?』

(───・・・・・・)

 

 心中で呟いた軽口に乗ってくる銀影。麻耶に見えない角度で角を擦り付けてやろうかとも考えたが、それで拗ねられても面倒なので止めておこう。

 

 それはさて置き、現在取れる手段は3つ。

1、全てのスラスター推力を調整して帳尻を合わせる

2、そもそも受け取らない、更なる追加ユニットが来て完成度100%になるまで保留にする

3、個人で下半部の何処かにカウンターのスラスターを着ける

 

 無論、選択するのは3だ。

1では面白味に欠けるし、2 では学園側に持ち主不在で接収されかねない。

元より自分の専門分野は外装(ハードウェア)電子制御系(ソフトウェア)門外漢(もんがいかん)、良くて門前の小僧。

ちまちまと設定(もくひょう)をいじるより、目標(せってい)を決めて手段を整える方が向いている。

 

(銀影。お前のハードポイントって後どこにある)

『腰の両サイド、それと後ろの方にバインダー用のソケットがあるわ。どうする?』

(・・・小型のウィングスラスターユニットだな、ただし両サイドにのみ。これ以上エネルギー消費が激しくなっては敵わん)

『オーケー任せた』

 

 ・・・もっとも。80%の時点で無視できないエネルギー消費量だ。100%になった日にはどうなることやら。

半分諦観から来るため息と嘲笑を噛み殺して、それでも考える。

前回のように2年の格納庫が使えるとも限らない。

 

「──とりあえず、図面引くか」

「え゛!?」

 

 話の要点をすっ飛ばして設計図を書く(何かを作る)事を決めた小鳥に驚きの声を以って反応する麻耶。

それもそうだろう。彼女かしてみれば新装備の情報を見ている最中に別の装備の話をしようとしているのだ。説明が欲しくなるのも納得だろう。

 とは言え。銀影との『契約』の話もあるし、そうでなくとも『ISと話して決めました』など言えるはずもない。

 

「カウンターですよカウンター。こんなデカいスラスターを単品で扱えるわけがないでしょう?なので、銀影の腰の両側にバーニアみたいなモンをつけようかなと。どうせ余り物の品が2年の格納庫に転がっているでしょうし、いくらか改良して改造して調整してやれば使い物にはなるでしょう」

「あー・・・なるほど、そういう事ですか」

 

 一度納得する麻耶だが、すぐに疑問にぶつかったらしくこちらに質問を投げる。

 

「でも、それなら内部数値を変えてバランスを取った方が良いんじゃないですか」

「それも考えましたが、いかんせん俺には不向きでしてね。単純に減らすだけなら簡単なんですが、こうも重くて大きい部位の帳尻を合わせるとなるとその労力もバカになりませんし、帳尻の帳尻の帳尻を合わせるとかバカバカしくてやってられんのですよ。まぁ身も蓋も無い話趣味嗜好なんですけどね」

「趣味・・・ですか・・・?」

 

 一方的に捲し立てた話に、いまいち理解しきれてない風な麻耶の傾げた顔。

それに呆れて、ため息混じりに要約して伝える。

 

「調理の好みみたいなモンだよ、目玉焼きの黄身の好みが半熟か固焼きか。俺は固焼きが好きなだけだ。労力が同じなら好みのが良い」

 

 その説明に麻耶はポンと手を打つ。

 

「あー!成る程、分かりましたよ!ちなみに私は半熟が好きです!」

「──・・・・・・まぁわかったのなら良いです」

 

 好きな目玉焼きの事など聞いてないのだがな。

面倒臭くなって話を切り上げる。元々少々ズレた部分のある麻耶だが、ここまで天然だと頭を抱える他ない。

これの先輩だと言う千冬は束と併せて相当な心労をしていた事だろう。

 

「とにかく、コレは5日程保管してもらいたい。俺はその内に物を作っておきます」

「わかりました、では、それまでは私の方で預かっています」

「お願いします」

 

 一礼して、踵を返す。

さて、どうしたものか。まずは原材料を2、3年の格納庫から拝借するとして、その外装は個人で作るとして、接合部を自分で作るとして。

色々とやるべき事が多いが、まずは材料を頂戴するとしよう。でなければそれに合わせた設計図も引けない。IS学園の広大な敷地を歩き回り、目的地を探す。

アリーナの方角からは生徒達の賑やかな声が聞こえてくることから、ISの訓練を行っているのだろう。殊勝な事だ。

 

『あたし達もする?』

「忙しいんでパス。お前でシミュレーションをするにしても、その時間さえ惜しいんでな」

 

 自分で決めた期日まで5日後。

材料を探し、図面を引いて、調整する。

頑張れば一応できないことはないが、余裕があるか無いかと言われるとあまり無い。

 

「・・・ふむ」

 

少しばかり頭を回す。

どうせやるなら完璧に仕上げたい。

完成度100%と同程度の戦闘力、など贅沢は言わないが、多少なりとも使える機体にしておかねば今後に支障をきたしかねない。

 

「円花周りのこともあるしなぁ」

 

 何とは言わないが、最近はどうにも物騒だし。

それとは別に、自由参加のリーグ戦の話もある。

特にこれと言った目標は無いが、自分の位置を知るにはもってこいの機会で、叶うことなら全力で挑みたいものである。

 と考えていたら、聞き覚えのある声が背後から飛んできた。

 

「あ、小鳥さん。話終わったんですか?」

 

 その声の主は先程話に上がった織斑円花だった。

元気のある声はどこか犬じみていて、その愛嬌は確かに兄姉(きょうだい)を釘付けにするのに足るものだった。

 

「まぁな。・・・で、なんでお前はここに?」

 

 別にそれで不都合がある訳でも無いが、しかし円花がここに来る必要も無い。

率直な疑問を投げる。

帰ってきた答えはこう。

 

「それがー・・・さっき優勝宣言したのは良いんですけど、練習相手が考え付かなくて・・・」

 

 あはは、と気まずそうに笑って誤魔化す円花。

まあ、だとすればその意図は明白で。

 

「で、リーグ戦の練習相手を頼みにきた。と言う訳か」

「はい!」

 

 まぁ素直な事だ。

が、それに付き合っている暇は持ち合わせていない。

 

「残念ながら俺にも俺なりの事情がある。一夏辺りを頼れ」

「えぇー!なんで!?」

 

 やたらと大きな声で抗議する円花。

 

「やかましい。俺も忙しいんだ。何も差し出さずに何かやってもらおうと考えているのなら浅ましいだけだぞ」

「浅ましいって・・・そこまで言いますかね!?」

 

 少しばかり怒っている様な表情で食い下がる円花。少し言い過ぎたかとも思ったが、多分に事実なので訂正はしない。

それにどうあっても練習に付き合わないとも言っていない。

 

「事実だろうが。それが許されるのは何一つ持ち合わせない乞食(こじき)にしか許されない。それに頭を使え、俺は対価(リザーブ)無しでは動かないと言っただけだぞ」

「え、あ、そう言う事、えーと、じゃあ何をあげたら良いんだろ」

「それは自分で考えるんだな」

 

 不服そうに頬を膨らませる円花に背を向けて、歩き始める。

彼女の視線を心地良いものとして背に受けながら、ぶっきらぼうに手を振ってヒントを投げ捨てた。

 

「とりあえず俺は2年の格納庫に宝探しに行くんでね、何か思いつけば伝えに来れば良い」

「あっ、」

 

 小鳥の意図に気が付いた円花はニヤリと笑った。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

・・・・・・最終的に、円花は小鳥の資材集めに協力し、小鳥は円花との練習に付き合うことで交渉は成立した。









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二人の転校生(Silver Warrior, Bronze Noble) 1/2







「うーん」

 

 (だん)と一通り遊んだ後、俺はベッドの上に寝転んでいた。

先週まで(ほうき)の居た部屋には今は俺一人で、なんだか部屋がだだっ広く感じる。

と言うのも先週、つまりクラス代表戦が終わった辺りで部屋割の再編成が決定したらしく、箒は別部屋に()して行った。

 俺が寝転んでいるベッドの隣には、箒が使っていたベッドがあった。

 

(なんであんな事言ったんだろうな)

 

 箒は部屋を移動した後わざわざ戻ってきて宣戦布告(せんせんふこく)するかのように俺に告げた。

『来月の個人トーナメントで私が優勝したら、付き合ってもらう!』

 捨て台詞にしては奇妙だし、買い物の荷物持ちを誘うにしては気合が入りすぎだ。というよりそんな条件なんてつけなくても普通に行くけどなぁ。鈴で何度もやったし。

 

「まあ良いか・・・今度聞いてみよう」

 

 そう呟いたときだった。

部屋のドアがノックされる音が聞こえてきた。

俺の部屋に来る人は沢山(たくさん)いる。けどまぁ休日の昼間から来るやつなんてそんなにいないだろ。顔見知りだよな。

そう思いながらドアに向かう。

・・・小鳥だと良いな。

そんな(あわ)い希望を胸にドアノブを回した。

 

「はい?」

「ちょ、いきなり開けないでよ!?びっくりするでしょうが!」

 

 希望を胸にドアをくぐれば、そこは胸も希望も無いぺったんこだった。

 

「・・・なに?私が来て不満?」

「いや、そんな事は無いぞ」

 

 鈴からそっぽを向いて生返事で返す。

先月中国の国家代表候補生として編入してきた鈴こと凰鈴音は俺の幼馴染の一人であり、ある意味では弾に次ぐ腐れ縁かもしれない。

 まぁ一応彼女のことが嫌いかと言われるとそうではないのだが、割と良い思い出より悪い思い出の方が思い出され、渋い反応をしてしまう。

イヤ、ちゃんと良い思い出もあるんだよ、思い出せないだけで。

その上鈴が来るときは大抵何かしら頼みごとがある時だから少し身構えてしまう。

 

「まぁそれはそれとして俺は食堂に行こうと思ってたんだけど、何か用か?」

「ふん、そうだろうと思って誘いに来てあげたのよ。捨て犬を可哀想に思うくらいの優しさは持ち合わせてたってワケ」

「犬扱いかよ・・・」

 

 良いけどさ。

もうこの手の口振りは慣れた物。気を取り直して鈴からの誘いを了承する。

 

「じゃあ食堂行こうぜ」

 

 

・・・・・・・・・

 

「あ」

 

「あ」

 

「あ」

 

 食堂で昼食を終えた俺たちは声を重ねて間の抜けた声を出した。

メンバーは俺、鈴、箒の三人。

 

・・・そう、箒なのだ。

クラス代表戦の謎の戦線布告以来、箒は何でかあからさまに俺を避けている。

もちろん俺の特訓に顔を出してくれているし、悪口を言い合うような事になるほど嫌われてはいない、はず。

ただ何となく箒が気まずさを感じているのは分かる。多分俺が何か変わったわけじゃないし、むしろそう言う態度を取られるようになってから、俺から話しかける回数は多くなったかも知れない。

 

「よ、よお箒」

「な、なんだ、一夏か」

「「・・・・・・」」

 

 ・・・まぁ、こんな調子で会話が続かなくて気まずくなっている訳だけど。

いかん、箒が避けるようになったのは会話が続かない俺に嫌気が指したからか?そう言えば俺の部屋から引っ越す時に怒っていたよな、もしかしてアレって話題が少ない俺に怒ってたのか?

 

「何?あんた達何かあった訳?」

「「いや!何も!」」

 

 ───ハモった、マズいこれはあからさまに『何かありましたよ』と言っているような物じゃないか。

鈴もそんな俺達の空気感が伝わったのか、呆れたようにツッコミをもらす。

 

「何その『何かありました』感まるだしの反応、わざとやってんの?」

「いや、そんな訳無いだろ」

 

 ホントに何も無いんだけど、なんだか言い訳じみた事を言ってしまう。

それの何かが気に障ったのか、箒はスタスタとどこかに行ってしまった。

 

「あー・・・」

 

 ふわりとなびくポニーテールになんとなく後ろ髪を引かれる思いだった。

・・・ポニーテールが後ろ髪なのでなんだか表現としておかしい気がするけど。

 それを見届けた鈴も席から立った。

 

「じゃ、わたしも部屋に帰るから」

「ん、誘ってくれてありがとな」

 

「たまにはアンタから誘いなさいよまったく・・・」

 

「うん?」

「何でもない、じゃあね」

 

 箒と同じように鈴もツインテールをなびかせて歩き出す。

・・・俺もなんか動きのつく物をつけようかな。小鳥が髪方面でやってるし、マントとか。

 当てもなくそんな事をぼんやりと考えていた。

 

 

・・・・月曜日・・・・

 

 

「ハヅキ社製のが良いなぁ」

「え〜?デザインだけな感じがするし、性能的にもミューレイのがいいんじゃない?」

「でも高いじゃん」

 

 月曜の朝からクラスの女子は元気が有り余っているらしく、やいのやいのと談笑している。議題はISスーツについて。

今現在彼女らには学園側からの支給品があり、無理をしてスーツを買い揃える必要は無いのだが、やはり年頃の女子と言うべきか、半ばファッションとして自らの差別化を図り、意見を交わしていた。

 

 ファッション、と言えば衣替えの時期である、生徒の大半が夏服に制服を変えており、俺もまたその1人だった。

一夏はフォーマルな半袖シャツを着け、俺はその上から薄手の白いカーディガンを羽織っており、皆が皆なりの形で季節の変わり目に対応していた。

 

──閑話休題(かんわきゅうだい)

 

俺は手乗り自作PCと睨み合って設計図を考えながら、一夏は教科書の再確認をしながらその話聞き流していたのだが、ふとした拍子(ひょうし)に話題が男子のISスーツに飛び火した。

 

「そういえば一夏くんと小鳥くんのスーツってどこ製のなの?二人とも別々のモデルっぽいけど」

「あー。特注品だって。どっかのラボが・・・えーと、イングリッド社製のストレートアームモデルを改造したって聞いたぞ」

「小鳥くんは?」

「・・・忘れた。アメリカのどこぞかのメーカーの代物らしいが、性能以外は特に気にしてないんでな」

 

 視線を画面に落としたまま返答する。

俺のISスーツは学園経由で選出した一夏のそれとは事情が違い、ある程度メーカー側が男性用ISスーツを作れるようになってから製作された物で、入学する直前にメーカーが宿泊していたホテルに直接送り届けた代物である。

 薄気味悪いレベルで着心地が良かったのでそのまま使用しているのだが、メーカーも覚えず生産国を覚えるなどやはり俺も凡人のようだ。嫌いな存在の事がどうにも気に止まってしまうのは。

 

「ふーん。小鳥くんが気にいるくらいのなんだ、ちょっと気になるな」

「時間が有れば調べておいてやる」

「なら、私の方も調査お願いしても良いですか?」

「あん?」

 

 言ってきたのは織斑円花、先週学園に特別編入した訳ありである。

持ち前の人当たりの良さと『千冬の妹』と言うネームバリューも相待って、クラスを問わず、みんなの妹と言うポジションを入学一週間のうちで確立していた。

そんな彼女のISスーツなのだが、現在は支給品を利用しているが、サイレントゼフィルスには今もなおあのセンシティブなハイレグが残っている。

 

「あれは出自不明で情報がゼロなんだ。調べようも無い物をどうして調べられる。先生方に任せるのが良いだろ」

 

 にしても、円花の猫被りは目を見張る物がある。

口調は砕けた時と大差無いが、その柔和さは10割り増し、印象が変わりすぎて別人じみている。

これは千冬や一夏も騙される訳だ。

 

「ええー情が無い!」

「こんな可愛いのに〜!?」

「関係無い」

「千冬先生の妹なんだよ!?」

「知ったことか」

 

 女子連中が円花を抱いて擁護しながら口々に言いたい言ってきやがる。

そもそも俺は『やらない(don’t)』ではなく『できない(can’t)』と言ったのだ、やるやらない以前の問題で()(つまず)いていると言うのにどうして調べようと言うのか。

 

「できない事をやって何の意味がある。よしんば仮に的中できたとしてそれをどうしろと?俺ら学生の身分でできることなどたかが知れている」

 

 どうにも、女性と言う生物は感情が優先されるらしい。

他人の事をとやかく言える立場ではないが、建設性の無い話を気分でもない時に振られる事程面白みの無い事も無い。最初から味も香りも無いガムを延々噛まされている気分だ。

二転三転する話題に嫌気が差して、視線を上げてやる気力も湧かない。

ので、視線を落としたまま言葉を放る。

 

「それに円花も、他人に何かを頼みたいのならそれ相応の態度があるだろう。何を頼んでも許される程敬語は万能ではないからな」

「・・・すいません」

「もー円花ちゃんが可哀想だよー」

「知った事か。『可哀想』で全てが片付くなら児童犯罪は泣き落としで全部片づいちまうだろうが」

 

 (たしな)めるように、吐き捨てるように、言い放つ。

どうせ感情論との水掛け論になるだけだ。

撤回(てっかい)しようと通そうとも面倒臭い事に変わりはあるまい。それに相手は過保護に育てられたただのガキだ、社会の荒波を味あわせてやらねば教育にも悪いと言う物だろう。

 

「それと、お前ら時計は見えているか?軍人教師のお出ましだぞ?」

「あ、やば」

 

 いつぞやの会話の焼き増しで話を切り上げる。

気づいた全員がぞろぞろと自分の席へと踵を返す、中には『じゃあわかったら教えてねー』などと判然としない事を言うヤツや俺にだけ見えるようにあっかんべをしている円花もいるが、まぁ気にしないでおこう。

 

「諸君、おはよう」

 

「「「お、おはようございますっ!」」」

 

 一夏、箒、セシリア、円花、クラスのほぼ全員がしまった挨拶を返す。

『ほぼ』全員と言うのも、俺は返答していないので全員と数えるには無理があるのだ。

 

「では、山田先生。ホームルームを」

「は、はい!」

 

 一瞬、教室を見回した千冬と目がかち合った気がして悪寒が走ったが、そんな事は無かったらしく、麻耶に進行を移す。

 

「えっとですね、今日はこのクラスに転校生さんが来ています!しかも二名です!!」

 

ざわめくクラスメイト達。

何しろ時期的におかしい上、この時期に二人とも転校してくるなど珍しいを通り越している。

 

(鈴音と言い、どうにもISに乗れる野郎の登場に辟易してるみたいだな)

 

 それに学園の外には出ていない情報だろうが、ISに乗れる男はもう一人いる。

刹那・F・聖永、所属不明の機体に乗るこれまた正体不明の記憶喪失の少年。

俺はともかく一夏よりも年少で、円花と同年代くらいじゃないかと思われる彼は、多分今週中には存在が明かされるらしく、千冬から俺に知らせがあった。

 そんな俺の心中の呟きなど誰の知る由も無く、麻耶教員の司会で件の転校生がやってきた。

 

「では、おふたり共入ってきてください」

「失礼します」

「・・・」

 

 ドアが開かれ、二人の転校生が入ってくる。

 

「っ!?」

 

 驚愕に俺の目さえ開かれる。

 ひとりは銀髪赤目の小柄な女の子、顔立ちは良いが、どうにも冷たい印象を与える目元は、どこか千冬に似ていると感じる。

しかし申し訳ないが俺の、いや教室中の視線と意識を釘付けにしていたのはもう一人の転校生。

 当然だろう、金髪に紫水晶のような瞳を備えた少年だったのだから。

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。僕と同じ境遇の人物が居ると伺って本国から転校してきました。不慣れな事が多いと思いますが、皆さんよろしくお願いします」

 

 柔らかな物腰、俺よりやや長く柔らかな髪を俺とは比べ物にならない程丁寧に束ねた髪型と、女とも見紛う中性的な顔と声色を持つ彼は、いわゆる美少年と言うヤツなのだろう。

 

(・・・いや待て『デュノア』だと?)

 

彼のセカンドネーム、つまり苗字には聞き覚えがあった、それはまさしく

 

「「「「きゃあああああ!!!!」」」」

 

 そこまで至った俺の思考回路は女子達の黄色い悲鳴によってかき消された。

 

「男子!三人目!」

「しかも美男子!守ってあげたくなる系の」

「地球に生まれて良かったぁ!」

 

 方々からシャルルに対する賞賛の声と、それと同様にその美男子と同級生になれた幸運を喜ぶ声がジェットエンジンみたいな音量で台風のように吹き荒れていた。

 

「あー、騒ぐな。静かにしろ」

「お、お静かに。まだ自己紹介終わってませんから〜!」

 

 面倒くさそうな千冬の号令と慌てた様子の麻耶教員、ただでさえ姦しい教室がより騒がしいのだ。うんざりするのも頷ける。

 

「・・・・・・」

 

 しかし、話題を振られたはずの銀髪少々は、何も語らず微動だにしない。

銀色の髪は鏡というより氷に似て、動かざるその雰囲気は永久凍土のようだ。モデルにでもしてやれば引くて数多だろう。

が、ここは写真撮影の場でもないし、無論モデル養成学校でもない(モデルやってる奴が多いけど)。

学校である以上コミュニケーションが必要なのだが、当人がとりたがらないのでは仕方が無い。溜息をついて千冬が銀髪の転校生に自己紹介を促した。

 

「・・・挨拶をしろ、ラウラ」

「はい教官」

 

 教官──軍などで新兵に指南の役割をもつ上官を指す敬称──と千冬を呼ぶラウラと言う名前らしい転校生。

その『教官』と言う呼び方を受けてか、困った様な顔をして、千冬はまた口を開いた。

 

「ここではそう呼ぶな、今は私は教官ではないし、お前も一般生徒だ私の事は織斑先生と呼べ」

「了解しました」

 

 背筋を伸ばしてその言葉を受けたラウラ。

プライドが無駄に高そうな割には素直すぎる態度。

 

(・・・どうにも、千冬を尊敬、いや、崇拝しているのか。コイツは)

 

 千冬を教官と呼んだ、千冬は『今は』教官ではないと、そして『今は』ラウラも一般生徒だと言った。

つまり彼女はかつては一般人ではなく、また千冬も大凡軍人にしか適用されない教官と呼ばれる立場だったらしい。

シャルルの姓についても考察しながら、ラウラと言う少女がほぼ確実に軍出身である事を把握する。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 ボーデヴィッヒ。間違いなくドイツ語圏の苗字。

ドイツ語圏の中でISを使用している国は複数あるが、製造している国は二つしかない。あるいはドイツが本国なのやも知れない。

とすれば、千冬も恐らくはドイツ軍に何らかの事情で在籍していたのだろうか。

色々と気にかかる事は多いが、まぁラウラにせよ千冬にせよ本人に聞けば良い話だ。

 

(しかし、名前だけ名乗ってだんまりとは、一夏よりも自己紹介下手かコイツは)

 

 名前を名乗って10秒弱、ラウラ・ボーデヴィッヒは迷い無く口を閉し、それ以上を喋る気配が無い。

 

「あ、あの~・・・・・・それだけですか?」

「以上だ」

 

 停滞した教室を流動させようと麻耶教員が引き気味の笑顔でその先を促すが、にべもなくそれ以上は無いと断言するラウラ。切り捨てられて涙目一歩手前の麻耶教員。

良い趣味をしているな、俺も麻耶教員を弄めるのは愉しいと思うぞ。

 が、そうして見ていると、銀の少女が織斑千冬の弟の元に足を向けた。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 自己紹介を終えたラウラは、俺と目が合うと無表情のままこっちに歩いてきた。こらこら、山田先生が涙目じゃないか。

と、そのまま一切の無駄無く右手が振り上げられた。

 

「貴様が・・・ッ!」

 

 振り上げられるラウラの右手。その直後、俺の腕が引っ張られ、振り下ろされた手のひらが空を切った。

 

「おわっ!?」

 

 間一髪(かんいっぱつ)自分の頭の上を通り過ぎる手の風に驚きの声をあげてしまう。

 あまりに突然(とつぜん)で、一瞬何が起きたか解らなかったが、どうやらラウラが俺を平手打ちしようとしたのを小鳥が邪魔したらしい。

 

「ぐぇ、」

 

 勢いのままに俺の肋骨(ろっこつ)(あた)りが机に食い込んで踏み潰されたカエルみたいな声が出る。

 

「・・・貴様、何のつもりだ?」

「こっちの台詞だよ、何が有ったかは知らないが、それ(暴力)は誉められたモンじゃないな」

 

 人が殺せそうな鋭い眼で小鳥を(にらむ)むラウラと、いつかのセシリアの時の様な眼でラウラを睨み返す小鳥。

 

「言いたいことがあるならその口を使え。それさえ出来ないのならお前は獣以下だぞ?」

 

 一瞬にして(こお)りつく教室の空気。

ラウラが睨み上げる小鳥から俺に視線を合わせる。

 

「・・・っ!?」

 

 静かな両目の奥に燃える怨恨(えんこん)の炎。それはまるで俺を焼き尽くす為に燃え上がって、一歩間違えれば喉元を噛み千切られる予感さえした。

 一瞬の間を後にラウラは口を開く。

 

「認めない。私は貴様を教官の弟だとは認めない」

 

 ラウラはそう言うと『フンッ』と息を吐いて自分の席に向かった。

 小鳥も蛇の様な眼でそれを見届(みとど)けると、何事も無かったかの様に教壇(きょうだん)の方に姿勢を戻した。

 

 と、事の顛末(てんまつ)を何も無かったかのように、千冬姉が咳払いをして発破をかけた。

 

「えー・・・HRを終了する!ー確認すぐに着替えて・・・」

 

「「「きゃあああーーー!!!!」」」

 

 さっきここで起きた物に似た悲鳴が聞こえた。2組にしては距離が遠い感じがする、3組か?

すげぇ音圧だな全員ビクッとしてたぞ。

さっきの1組もこんな感じでうるさかったとしたらホントゴメン2組。

 

「・・・ふー。こんな騒音被害に二度も見舞われた2組の連中には同情しかないな」

 

 小鳥が何か小さくため息を吐いていた。

色々訳知りの小鳥の事だ、何か知っているかも知れない。

 

「小鳥、何か知ってるのか?」

「知ってるも何も、お前も知っているだろうが。十中八九俺の同居人だろ」

 

 うんざりしたように答える小鳥。

え?同居人?同居人って・・・

 

「え、刹那!?」

「っ、バカ!声がでかい!」

 

 あっ、と思って口を塞ぐがもう遅い。

案の定周りからの注目が集まっていた。

 

「ねぇ今の叫び声について何か知ってるの!?」

「今“刹那”って言ってたよね!人の名前みたいだけど知り合い!?」

 

 男子の転入生の登場と、3組から響く黄色い歓声、その上『刹那』と言う人名。

色々と情報が多かったせいでか、クラスの噂好きの生徒たちは興奮気味に詰め寄ってくる。

俺は聖徳太子じゃないんだから一気に喋られても聞き取れないし理解出来ないって。

 

「あぁクソ、やっぱり来たか」

 

 苦虫を噛み潰したような表情の小鳥。

そうか、刹那の情報って俺たち以外じゃ先生しか知らないんだっけ。

 だが小鳥の動きはここからが早かった。

 

「さあ一夏、今日の一限目は実習だぞシャルルもほれ付いてこい!」

「え、ちょっと待てよ小鳥」

「ちょっ、手引っ張らないでっ!」

「言ってる場合か!」

 

 

逃走開始である。

 

「あ、小鳥君!逃げないで!」

「何があったのか教えなさいよぉ!!」

 

2人を引っ張りながら逃げる小鳥。

当然のようにその後を追うクラスメイト達。

騒ぎを聞きつけて他のクラスの生徒まで廊下に出始めている始末。

 

「な、なんなんだ一体!?」

 

走りながらも何とか小鳥に話しかけるが、その返答すら無い。

小鳥が走るスピードを上げる。

 

「え、えと、小鳥くん?だよね、この事態は一体!?」

「馬鹿かよ!2人も新規の男子が来たんだ!こうなるのも当然だろうがッ!!!」

 

 シャルルの質問に半分説明になってない説明を放り投げ、廊下を駆け抜ける小鳥。

 

「半分は刹那の方に行ってるだろうが。それでも全校生徒の4分の1が俺達を追ってくると思え!!そして遅刻は即刻『死』を意味するぞ!!!」

「死!?」

 

 驚いた声を上げるシャルル、それもそうだろう。

遅刻したことも本当に殺されたこともないけど千冬姉を前に遅刻でもしてみればイヤでもそう思う。

それこそ、本気で殺されるんじゃないかと思うくらいには。

しかし、そんな事を考えている余裕はないらしい。

背後からは追っ手の足音が迫ってくる。

しかもこれは……10や20どころではないな、30人以上いる。

冗談抜きで命の危機を感じる状況だった。

 

「居た!例の転入生よ!」

「金髪に紫水晶の瞳!とんでもない美形よ!守ってあげたくなる系の!」

「者ども出会えい!出会えい!」

 

 前からも女子がゾロゾロと出てきた。

苦虫を噛み潰した表情で小鳥が零す。

 

「武家屋敷かよ、耳も足も早い・・・ッ!」

 

 全くもって同感だ、あやうくホラガイまで持ってきそうだぞ。

なんて事を考えつつ、横道に逸れて女子の壁を躱す。

だけどこのままじゃジリ貧だ、遠回りにもなるし、捕まったら元も子もない。

 

「ッ・・・どうすんだよ小鳥!このままじゃ遅刻しちまう!」

「──シャルル、お前専用機あるか?」

「え?う、うん持ってるけど」

 

 唐突な問いに一瞬きょとんとするが、直ぐに答えてくれた。

先頭を走っていた小鳥は急停止し、窓の外を眺める。

 

「じゃあサイレントモードにしていろ、先生方にバレると厄介だ」

 

 ひと1人は余裕で通れそうな窓を開けながら指示を出す小鳥。

サイレントモード・・・確か行動不能にする代わりに一時的にISをコアネットワークから外す機能だったっけ。

 

「・・・っておい待て!それってまさか!?」

 

驚いて小鳥に詰め寄るけど、小鳥は既に窓枠に手を掛けていた。

 

「そのまさかだ、校則違反にはなるがバレなきゃ犯罪じゃあないんだよ。みんなで赤信号を走り渡ろうや」

 

 そしてそのまま小鳥は躊躇なく窓から飛び出した。

制服のままIS『銀影』を展開し、バックパックから2本の剣を引き抜き合体させて一本の剣にした小鳥は俺達に告げる。

 

「そら、迷ってる暇は無いぞ!俺が掴んでやるから1人ずつ飛び込んでこい!」

「〜〜ッ!ああもう、男は度胸!」

 

覚悟を決めて飛び込む。

小鳥はしっかりと俺を受け止めて片腕で抱え上げる。

 

「よし、シャルル!来い」

「わ、わかった!」

 

シャルルも遅れて窓枠に手を掛け、小鳥目掛けて飛び込む。

小鳥はそれを難無くキャッチして見せた。

 

「──軽いな、ちゃんと飯食ってるのか?」

「えッ!?そ、そんな事ないよ、少食なだけだしっ!体重管理してるだけだよっ!?」

「女子かよ・・・。まぁ良いか、とにかく行くぞ」

「おう、ほらシャルルもちゃんと捕まっとけよ」

 

 流石に校内でISを展開しているのを見られる訳にはいかない。

シャルルの手を取り、銀影の装甲の掴みやすそうな所に置く。

 どうしたんだぼーっとして。

 

「シャルル?」

「ふぇっ!?い、いやなんでも無いよっ!!うん!なんでも!!」

「準備が良いならとっとと行くぞ」

「う、うん!」

「わかったけどさ、どうやって校舎に入るんだ?正面からは入れないと思うんだけど」

「アリーナのピットから入る。誰にも見つからないならそこが1番リスクが低い」

 

 空中でそう言い切った小鳥は、俺達を小脇抱えて飛翔した。

PICを広めに展開しているのか、速度の割にGはかからず、自転車の急ブレーキくらいの体感で飛んでいく。

 地上100mほどの高さから学園を見下ろせば、なんだか背筋が震えた。

 

「そらっ、もう着くぞ」

 

 誰も居ないアリーナに降下、ピットに転がり込む。

 

「ふぅ・・・到着だな」

「こっちとしては心臓に悪いから事前に言って欲しいなぁ・・・」

「仕方ないだろう、進路を塞ぐ連中に文句を言うんだな」

 

俺の口に軽く返しながらも、小鳥はISを解除した。

 

「それで、これからどうするの?」

「どうするもこうするも、ピットの更衣室で着替えて、そのまま下に降りてグラウンドに出る。エレベーターがあるから、途中経路は気にしなくて良い」

「な、なるほどね」

「じゃあ早速行こうぜ」

 

更衣室に3人の男子で入っていく。

更衣室はガラガラで(他に誰かいたら怖いが)、男子3人が広々と使える分の広さがあった。

奥からシャルル、俺、小鳥の順でロッカーを使う。

 時計を見ると・・・うわやば、5分無いじゃん

 

「んじゃ、さっさと着替えようぜ」

 

 そう言いながら制服のボタンを外し、Tシャツを脱ぐ。

と、シャルルが驚いたように声を上げた。

 

「うわぁ!?」

「ん、何だよそんな驚いて」

「い、いや、別に」

 

顔を赤らめ、視線を逸らすシャルル 男同士なのに何を照れてるんだろう。

 

「早く着替えないと遅れちまうぞ?」

「う、うん・・・で、でもちょっとあっち向いてて。その、恥ずかしいから・・・」

「???別にジロジロ着替えを見るつもりはないけど・・・シャルルはジロジロ見てるな」

「み、見てない!見てないよ!?」

 

 両手を前に出し必死に否定するシャルル、別に見られても減るもんじゃないし、なんとも思わないんだけどな、変なヤツ。

 

「つべこべ言わずに背中向けてやれ」

 

 そう思っていると、小鳥が肩を掴みシャルルに背中を向けさせた。

見れば小鳥は既にダイバースーツみたいに全身を覆うISスーツをつけていた。

 

「早いな・・・」

「時間がかかるんでな、制服の下に着けてるだけだ」

「え!?良いのかそれ?」

「良いも悪いも、制服の下につける物は校則で決められてないんでな。違反も何もありゃしねえだろ」

「そ、そうなのか・・・ゴワゴワしないのか?」

「慣れると気にならんぞ、下着としても優秀なんでな」

「ふーん」

 

 どうしよう、今度やってみようかな。

そんなことを考えている俺を尻目に小鳥は『遅刻するなよ』とだけ残して行ってしまった。やばい、本格的に急がないと。

俺は慌ててISスーツの上部分に袖を通し着替えを続ける。

ズボンも脱ごうとしたところで、背後に視線を感じた。

 振り向かないでとりあえず聞いてみる。

 

「・・・シャルルさん?」

「ふぇっ!?」

「俺の勘違いじゃなければ俺のこと見てないか?」

「いっ、いや全然!?そんな事ないよッ!!!」

「・・・・・・・・・おう」

 

 そんな強く否定されると逆に怪しいんだよなぁ。

・・・まぁ気にしないでおこう、そんな事をするほどシャルルは悪い奴じゃなさそうだし。

と言うか千冬姉の授業に遅刻したら冗談にならない。

 上着のファスナーを上げ、ベルトを外し、ズボンを脱いで、パンツに足を通し、上げて・・・

 

じー・・・

 

上げ・・・

 

じー・・・

 

・・・

 

「シャルルさん?」

「な、何かな!?」

 

 やっぱり視線がある様な気がして振り返ると、そこにはもう着替えを終えたシャルルが居た。

 

「早いな・・・着替えるの」

「そ、そうかな・・・・・・って一夏まだ着てないの?」

 

 シャルルの格好はすでにISスーツを身に纏っていた。

一方の俺は腰骨にまで届いただけで、完全には着けきれていなかった。

 

「うんまぁ。ほら、裸だから着づらいだろ、ひっかかって。なんかコツでもあるのか?」

「ひ、ひっかかって・・・!?」

 

 俺の言葉に何故か顔を赤くするシャルル。

なんだ?さっきから様子がおかしいけど大丈夫だろうか?

 

「っと急がないとな。んしょっ・・・と」

 

 腰骨のISスーツを上げてパンツを穿ききる。

 

「これで良し。さ、行こうぜシャルル。小鳥も言ってたけど千冬ね・・・織斑先生は怖いんだ」

 

 おっとっと、この呼び方を学園ですると千冬姉怒るんだよな。

 

「う、うん・・・」

 

 手を取ってグラウンドに向かって走り出す。

低体温なシャルルの手は、まるで絹の様な肌触りで、男同士なのになんだかドキッとした。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

「遅い!」

 

 俺が列に加わってから大凡3分、チャイムの音と共に現れた一夏とシャルルは担任兼鬼教師、もとい我らが千冬先生からの叱責を喰らっていた。

と言っても俺もかなり遅い部類であり、列の後ろから三番目程に並んでいて、その次に遅かったセシリアからしきりに一夏に関する情報を聞かれていたが。

そのセシリアが最後尾に着いた一夏に話しかける。

 

「ずいぶんとゆっくりでしたね、スーツを着けるだけでどうしてこんなに時間がかかるのかしら?」

「ムチャ言わないでくれよ・・・」

 

 ISスーツは一般的に(と言うかそれ以外があり得なかったのだが)女性用である。

耐刃、対弾性能に優れたそれの大方はレオタードやワンピースに似ているが、皮膚表面の電位差を検知、伝達することにより、IS操縦をより繊細な物にする役割がある。

肌の露出が多いが、基本的にISのシールドバリアが身体の大半を守備する為、特段問題は無いらしい、零落白夜を見ていると不安で仕方がないが。

 

「俺らのISスーツはめちゃくちゃ着づらいんだぜ?長袖長ズボンみたいモンだし、首まで覆うもんだから着替えづらいんだよ」

 

 俺たちのように男性のIS乗りと言うのは現状世界に3人しか居ない(公式的には2人だが)。

そんな訳で、実験的に作られた男性用ISスーツと言うのは手探りな状態であり、上下ともにロング丈、一夏はツーピースタイプのだからまだいいが、俺に関してはモロダイバースーツのワンピース、しかも指抜きグローブ付きである。

そう言った事情も加味して言ってもらいたい物だ。

 そんな思いも込めて後ろに向かって口を開く。

 

「シャルルの事もあったんだ、クラス外の女子共に追われてた状態で本礼に間に合ってだけでも十分だろうに」

「そうそう、小鳥がいなかったらどうなってたかわかんなかったんだぞ?」

「そうでしたわね、一夏さんは女性との縁が多いようですから?そうでないと初対面の女性から叩かれたりはしませんよね」

「う・・・」

 

 嫌味を言われて押し黙る一夏。

と、そんな俺たちの背後から聞き覚えのある声が上がった。

 

「なに?またなんかしたのアンタ?」

 

 が、バカはその声の主に気づかず、驚いてキョロキョロと見回すばかり。

 

「後ろにいるわよバカ!」

 

 一夏のふくらはぎにトゥーキックを入れ、憤慨するのは一年二組が代表、(ファン)鈴音(リンイン)である。

 

ザッザッザッ

 

セシリアは鈴音の疑問に答える。

 

「こちらの一夏さん、今日来た転校生の女子にはたかれましたの」

「はぁ!?アンタなにしたのよ!?いきなりはたかれるって相当なバカやらかしたんじゃないの!?」

「───バカをやらかしてるやつなら私の目の前に二人いるぞ」

 

あーあ、言わんこっちゃない。

 

スパーンッ!!!

 

 千冬先生の接近に気づかず話し続けた二人は、仲良く出席簿による制裁を喰らったのだった









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二人の転校生(Silver Warrior, Bronze Noble) 2/2







「うう・・・っ!毎度の事ポカポカと人の頭を叩いてぇ・・・!」

「一夏のせい一夏のせい一夏のせい・・・!」

 

 千冬にはたかれた頭をさすりながら一夏への呪詛を吐き続けるセシリアと鈴音。

・・・まぁ二人とも自業自得なので言う事は何もないが。

そん事は露知らず、知ってても意に介さなさそうだが、千冬は授業を進める。

 

「では、本日から格闘および射撃を含む実践訓練を開始する・・・そうだな、活気溢れる十代も居ることだし、(ファン)、オルコット!実演をしてもらおうか」

 

 先の一件で完全に目を付けられた二人に指名がいく。

どうせ専用機持ちは手間が省けるとかそんな理由なのだろうが、指名された二人はしぶしぶと言った様子で前に出てくる。

それなら俺と一夏でも良いのだろうが、やはり射撃を含む実践訓練となればあの二人に軍配が上がったのだろう。

 

「どうしてわたくしが・・・」

「一夏のせいなのに・・・」

 

 そして全くと言ってモチベーションの上がらない代表候補性、指名された以上のプライドとか責任感の(たぐい)は無いらしい。

───が。

 

「・・・・・・・・・・・・(何かを耳打ちする千冬)」

「!!」

「・・・・・・!!」

 

 急激にやる気に満ちた顔になるセシリアと鈴音。(おおよ)そ一夏に関連した何かを言ったのだろうな。

思ったより乙女心の扱い方を心得ているなこの人。

 

「それで、相手はどちらに?わたくしは鈴さんとの勝負でも構いませんが」

「ふふん。こっちの台詞よ、返り討ちにしてやるわ」

「あわてるな馬鹿ども、対戦相手は──」

「あああーっ!ど、どいてくださーい!」

 

 スラスターの轟音と共に1組副担任が叫び声を上げながら落下してくる。

 

「ゑ?」

 

アドォオオオオンッ!!!!

 

盛大に土煙を上げて麻耶が墜落した。

あまりにも唐突な出来事に反応出来ず、爆風に吹き飛ばされる、

 

「っツ・・・・・・。いきなりなんなんだ全く・・・!」

 

 起き上がりながら呟く。どうやらこれといった傷はない。

どうやらISをつけた麻耶が演習の相手だったようだが、やはりこう言った場面は緊張するらしい、上がり症が発動してコントロールを失ったようだ。

しかし幸いにも直撃は無く、若干後ろの方に落下して・・・・・・

 

一夏に激突したかもしれない。

 

「── 一夏!無事かッ!?」

 

 彼の安否を確認するため墜落現場に駆け寄る。

未だ土煙は晴れず、シルエットを見るにどうやらISを装備した2人分の人影が一塊になっているのはわかる。

 

「あいったたた・・・なんなんだ一体・・・?」

「・・・・・・・・・あ”?」

 

 地に両手を突いて起き上がる一夏、しかしその全容を見た時空気が凍りついた。

おもいっきり真耶先生の胸を揉んでいたのだから。

一夏も驚いているらしくその場から動けていない、その場にいた全員が硬直している最中、麻耶は・・・

 

「あ、あの、織斑くん。こんな場所でこんな事・・・いえっ!場所だけじゃなくてですね私と織斑くんは仮にも生徒と教師でして──」

「何言い出してんですか麻耶先生・・・」

 

 きょうび下手なAIでもしないような思考回路のオーバーヒートを起こしトンチンカンな事を口走る。

さて、この場で俺がとるべき選択肢は二つ、

 

 

後ろの代表候補生(鈴音とセシリア)の2人を抑える。       

早急にこの場を離脱し厄介事から逃れる。    

 

 

 

後ろの代表候補生(鈴音とセシリア)の2人を抑える。

早急にこの場を離脱し厄介事から逃れる。    ピッ

 

 

0コンマ4秒後に壮大な破壊音が鳴り響いたのは言うまでもない。

 

「うわっ、あぶねっ!?」

「退がっててください織斑くん!ここは私がなんとかします!」

「邪魔しないで下さい!私たちは一夏さんに用があるんです!」

「邪魔するってんなら先生が相手でも容赦しないわよ!」

 

 そしてそのまま始まる戦闘、とりあえず巻き込まれないように一夏を避難させた後、数分間俺達はその光景を見上げていた。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

どかーんっ!

 

 山田先生対セシリア&(りん)の代表候補生ペアの対戦がやっぱりというか予定調和というか山田先生の勝利で終わった。

二人が一直線で並ぶように誘導してその間に割って入り、数の不利を逆手にとって一方的に弾を打ち込む様は普段の温厚さでは考えられないくらいえげつない作戦だった。

というかそりゃ強いよな、千冬姉が言っていたけど学園の生徒だった時代表候補生だったらしいじゃん、それって日本で千冬姉の次に強いって事だからなぁ・・・

 

それとは別に、

 

「シャルル凄いな、山田先生のISのことなんであんなに知ってるんだ?」

 

 勝負が終わるまでの3分くらいの間、シャルルは山田先生のISについて詳しく説明してくれていた。

ラファール・リヴァイヴ。フランスの第二世代機筆頭、現在AEUでの標準配備機体であり、第二世代最後発機でありながらもそのシェアは第二位を占める。

ちなみに小鳥から聞いた話ではそもそもAEUでは国軍の規模が小さく、ドイツやイギリスと言った一部の大国を除いたほとんどの国が軍事を売りにした会社がその国での軍事力を担っていることが多いらしく、そこでの消費がほとんどらしい。

 

閑話休題。

 

とにかくそう言ったことに詳しいのはパイロット科では珍しいから気になっていたんだ。

なので聞いてみると、シャルルは少し暗い顔をする。

 

「ああ、それはね・・・」

「ISに詳しい、じゃなくてラファールに詳しいって事だろ」

 

 小鳥が口を挟んできた。しかもやれやれと言った感じの顔をしている。

こういう時の小鳥は基本的に初歩的なミスをしている時らしい。

 

「さっきシャルル自身が言っていたろうが、セカンドネームと同じ会社の名前を」

「セカンドネーム・・・えっと、苗字のことだよな、シャルルの苗字って・・・ああー!」

「声でけぇよバカ・・・」

 

 そうか、そういう事か!シャルルの実家って、デュノア社だったのか!

 

「なるほどなぁ・・・・・・どうりで、振る舞いが上品だと思ったらそう言う事だったんだな」

「あ、はは・・・・・・」

「?」

 

 引き気味の笑い。どこかそこに触れて欲しくないと言うようなその笑顔。

 

「なぁシャルル、もしかして実家に何かあるのか?」

「えっ?い、いや、何も無いけど・・・」

「いやだって、そんな嫌そうな顔してあいたたたたたた」

「だったら放っとけ、お前だって自分の両親について話したくないだろう」

 

 小鳥が耳を摘んで話を遮る。

 

「それに授業中だぞ、千冬先生に叱られたいのならいざ知らず。私語は慎んどくんだな」

「実家の話に移したのは小鳥の方だろ・・・・・・?」

「触れてはいけないと気づいたのはお前が先だ」

 

 俺の文句もどこ吹く風、小鳥はそっぽを向いてどこかへ行ってしまった。

それを見送って少し後、俺はシャルルに向き直る。

 

「えーと、ゴメンな。話しづらい事を無遠慮(ぶえんりょ)に聞いて」

「う、ううん!大丈夫、一夏こそ大丈夫?耳引っ張られてたみたいだけど」

「ああ〜。まぁ千冬姉のに比べたら全然」

「そ、そうなんだ・・・」

「そうそう、千冬姉なんてホントに耳が引きちぎあだだだだだだ!!」

「小鳥では物足りないときたか、そうかそうか」

「ちっ、千冬姉っ!ギブッ!ギブです!」

「織斑先生だ」

「お、お織斑先生!私語は慎みますからぁああッ!?」

「・・・よろしい」

 

 ぱッ、と耳たぶから千冬姉の指が離れる。

いてててて・・・・・・本当に耳ちぎれるんじゃ無いか?

 

「さて、これで諸君にもIS学園教員の実力は理解できただろう。以後は敬意を持って接するように」

 

 ぱんぱん、と手を叩いて話を切り替える千冬姉。

 

「専用機持ちは・・・・・・7、いや────これから6のグループで実習を行う。グループリーダーは専用機持ちがやること。いいな?では分かれろ」

 

 言い終わるや否や大体20人前後の女子がそれぞれ男子3人に押し寄せてきた。

 

「織斑くん、一緒に頑張ろう!」

「わかんないところ教えて!小鳥くん!」

「シャルルくんの技術見てみたいなぁ〜」

 

 三者三様の言い分で集まってくる女子達。うわぁ、圧がすごい、堪えないと倒れそうだ。

シャルルは言わずもがな、流石の小鳥も対応しきれずにやれやれと言った様子で頭を抱えている。

 

ああ、そんなに固まっていると・・・・・・

 

スパーンッ!!!

 

「「「いったぁああっ!?」」」

 

 言わんこっちゃない。出席簿アタックで俺の前の女子たちが一網打尽にされた。

 

「・・・・・・出席番号順で一人ずつグループにはいれ!それ以上もたつくようならISを背負った状態でグラウンドを100周させるからな!」

「「「「はっ、はいぃっ!」」」」

 

 鶴の一声、いや、鬼か。

とにかく、千冬姉がまとめてくれたお陰で女子の皆んなはそれぞれの持ち場についてくれた。

 

「わー、小鳥さ〜ん♪」

「一夏君よろしく!」

「オルコットさんもよろしく〜♪」

「デュノアくん・・・お母さん、この苗字でいてくれてありがとう・・・ッ!」

「鈴音さんといっしょかぁ、負けてたしなぁ」「なんか言った?」

「・・・・・・・・・・・・」「──────」

 

──すげぇ、ラウラんとこだけ空気が冷めきってる。

というか、

 

「なぁ箒、円花の奴なんで小鳥に懐いてんだ?」

「私に聞くな、兄のお前がわからない物を私が知る訳がないだろう」

 

「それと・・・今先生が話しているのだから、急に話しかけるな」

「す、すまん」

 

「みなさーん。これから訓練機を一班一機で取りに来てくださーい。『打鉄』と『ラファール』が3機ずつ計6機あります、早い者勝ちですので、好きな方を班で決めて取ってきてくださいねー」

 

 さっきの模擬戦で自信がついたのか、呼びかける山田先生はいつもの5から6倍くらいしっかりしているようにも見える。もしあの大きな赤いフレームの丸メガネを外したのなら『仕事のできるオンナ』にも見えそうだ。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

「そら、始めるぞ」

 

 訓練機のリヴァイヴをを受領し、班員に簡潔に告げる。

 

「? 打鉄じゃダメなんですか?」

「乗る分にはどうでもいいが、乗らせる分にはその限りじゃねぇ。監督者(かんとくしゃ)としてベターを取ったまでだ」

 

 日本製のOSには若干のクセがあり、もし何かしらの異常があった際に対処できないとなれば矜持(きょうじ)沽券(こけん)に関わる。万が一を早期に対処できる可能性は、一つでも多いに越したことはない。

 

「ほれ、お前は専用機持ちだ、助手しろ」

「はい」

 

 優等生の仮面をつけた円花の扱いやすさたるや、練習に付き合っている時の8倍くらいはある。

観客がいない時はやれ『近距離戦がしたい』だの『ビットでちまちま打つのは性に合わない』だのとわがまま放題な上に一夏に負けず劣らずの頑固っぷり。説得だけで30分は無駄にする。

 

「じゃあ、始めるぞ。先頭は誰だ」

「ソフィアですー」

「よし乗れ・・・膝のそこと前腕の、そうそこ。そこを掴んで乗り込め。あとはIS側が合わせてくれる」

「会わせてくれない場合は〜?」

「お前が何かいらん事をした時だけだから安心しろ」

 

 軽口に応じながら金髪ゆるふわ女子の実習を見ていく。

流石にIS学園の生徒だけあって操縦に関しては滞りない。二、三歩歩かせて次の指示を与える。

 

「よし、慣れたか?・・・あの誘導灯まで走って、ターンして戻って来い」

「りょうかいでーす」

 

 気の抜けた返事をして走っていくソフィア。行きは走り、帰りはブーストで帰ってくるよう伝え、異常がないか注視しながら後ろ手で端末を弄る。

 

(代表候補生の班長とは言うが・・・つまりはISの持ち逃げ防止の監視員だろうな)

 

 その気になればIS一機二機の暴走程度はISを使わずとも抑え切れるだろうに、難儀な事だ。

 

ソフィアが折り返しに到達する、端末のタイマー機能を使いラップ計測としてタイムを記録していく。

 

「よしソフィア!そこからブーストで円花にぶつからないように戻って来い!」

「はーい!行きますよぉー!」

「円花!」

「人使いが荒いんですから・・・!」

 

 ISに乗っていなければ聞こえないほど小さな声で愚痴(ぐち)(こぼ)しながらもサイレントゼフィルスを展開しているあたり、つくづく聞き分けの良い。練習の時からこのテンションでいてくれたら楽だろうと思うが、ここでは言わないでおこう。

ブーストをかけて円花の元に駆けるソフィアは、正しい目算(もくさん)でブーストをかけ、ひとっ飛びで円花の前方2m地点で着地、勢いを殺しながら支えられる形で停止した。

 

「おとと・・・と。凄いですよソフィーさん!私最初こんなに出来ませんでしたよ!」

「ありがとうですー」

 

 嘘つけ、初乗り2時間後で俺よりも成長した奴だろうがお前は。

 

「あぁ〜!ズルい!」「私もされたい!」

「・・・あ?」

 

 にわかに騒ぎ立つ場内。事態を掴もうと周囲を見渡すと、確かの騒ぎが起きる光景があった。

織斑一夏のお姫様抱っこである。

 

「・・・・・・・・・」

 

 どうもISを片膝を付かせずに待機状態にさせた事で乗り込めなくなり、結果的に抱き上げる形になったようだ。

踏み台にでもなればよかったろうに。

 

「──────」

 

 嫌な予感がする。

 

「オイ待てソフィ・・・、」

「よいしょー」

「お、ナイス着地です!」

 

「ッハァ〜〜・・・!」

 

 頭を抱えて大きく溜め息を吐く。

静止の命令を言い切る前にISを立たせたまま飛び降りたのだ。

円花め、やってくれる。

 

期待の視線に応えたのだろうが、生憎とそれには対策がとれるぞ。

 

「邪魔だ、どけ」

 

 そう言って2人を退かした後、例の方法で背部のアタッチメントを開き、端末と繋ぐ。

するとISのフレームの簡略的な図が表され、俺は右足を起点になるよう設定し、各関節部を指でなぞっていく。

すると、リヴァイヴは従順に片膝立ちの姿勢をとった。

 

「んなっ・・・!」

「俺は3年間ISと向き合ってきたんだ。この程度造作もない」

 

 これがラファールを選んだ理由である。日本製のOSでならこうは行かなかっただろう

膝立ちの姿勢で固定されているのを確認してから、周囲に呼びかける。

 

「そら、さっさと続きをやるぞ。美月(みつき)、乗れ」

「はーい・・・」

 

 残念そうな表情を浮かべた(たちばな)美月をリヴァイヴに乗せた後、俺は誰にも見えないよう上体だけで振り向いて、

 

「んべ」

 

 円花に向かって舌を出す。

ムカッとした表情を浮かべた円花はあっかんべを返して見せる。

この悪ガキめ。他人を揶揄(からか)うんだったらもう少し頭を回せ。

 

「わからない事があったら俺に聞け、お前らよりかは知識がある」

 

 高慢ではあるが、専門校で身につけた知識はおそらく整備科3年生のそれと大差あるまい。

余程のことがなければ大抵の事は解決出来るよう教えられてきたし、解決出来る自信がある。

 

(円花(オマエ)の思い通りにならなくて申し訳ないが、そうそうオイタはさせられないな)

 

 なぜなら千冬が怖いから。

下手に叱りつけると千冬に変な因縁が出来るかもしれない。千冬の戦闘能力と社会的権力を前にすれば、平均的高校生以下の後ろ盾しか無い俺は塵芥(ちりあくた)にも等しかろう。

流石にそんな人間を敵に回すのは得策ではない、元より無意味に敵を作る事自体趣味ではないのだが。

 

 美月の周回時間を記録し、そのまま話を続ける。

 

「周回が一通り終わったら武装展開(オープン)収納(クローズ)だ、いいな」

「は、はーい」

 

 15、16の少年少女対して行うべきではない軍事指導。

(ひど)(ひず)んだ行為に眉を(しか)めながらも、己が役割を果たし続ける。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 そんなこんなで午前中の実習も終わり、俺たち男子3人はピットにまで戻ってきたのだが・・・。

 

「あ”〜・・・疲れた」

「全くだ」

 

 グロッキーな俺と小鳥は2人してため息を吐く。

実習終わりに専用機持ちに任されたのは訓練機の片付けであり、それが原因で俺たちは体力を使い切っていた。

と言うのもISを乗せるカートがまぁ重い、その上I S(専用機)使用禁止ときた、かてて加えて小鳥と俺は『力仕事は男子の仕事』って事で1人で押さなきゃいけなかったし、他の面々よりも遥かに疲れが溜まっている。

まぁ女子に力仕事をさせるのは男の名折れだから、当然と言ったらそうなんだけどさ。

 

「ふ、2人とも大丈夫?」

「ああ・・・うん、何とか」

 

 シャルルはと言うと『シャルル君にそんな事はさせられない!』だそうで、ほぼ全ての作業を班の女子がやっていた。

これが人徳のなせる技なんだろうか。確かに俺もシャルルにはあんまり力仕事させたくないって気持ちはわかる。

小鳥は・・・何のためらいも無くさせそうだ。

 

「あ、そうだ。2人とも、今日一緒にお昼食べないか?」

「・・・?断りを入れる必要があるのか?それ」

 

 無表情に疑問を投げる小鳥。

確かに小鳥とはこれまでに何回も昼を一緒にしてるから、そのセリフも当然なんだろうけど、今回はシャルルも一緒にいるし、

 

「箒も一緒なんだ。何か弁当も作ってるらしいし、屋上で食べようってさ」

「ああー・・・なるほど。刹那を連れて来るが構わないな?」

「おう、シャルルは?」

「うん、いいよ。おんなじ専用気持ち同士、親睦を深めるのも良いと思う」

 

 シャルルも快く受け入れてくれた。うん、じゃあ凛やセシリアも呼ぶか。

結論が見えた小鳥は更衣室に向かって歩き始める。

 

「──・・・決まりだな、ならさっさと支度を整えて刹那を迎えに行くとしよう」

「そうだな、今朝の分で考えたら大変そうだし急ぐか」

「あ、じゃあ先に行っててくれないかな?リヴァイヴのチェックをしておきたいんだ」

「ん?いやそれくらいなら待つって。刹那を迎えに行くなら小鳥一人でも出来るし」

「いいって良いって!時間かかるかもしれないし!待たせるのも申し訳ないから!」

「平気だって、待つのは慣れてるしさ」

「僕が平気じゃないんだって!」

 

 と、そこまで言い合った所で、

 

「人の好意は素直に受け取った方が身の為だぞバカ」

「いたたたたた・・・!」

 

 例によって例のごとく小鳥が耳をつまみ上げ更衣室の方へ引っ張る。

 

「先に戻る・・・言っとくが、朝の時よりも多い人数の女子がお前を追っかけてくるだろうから、早めに来いよ」

「あ、うん」

「あ、ちょ待て!耳!耳痛い!」

「どなどなどーなーどーなー、子牛をのーせーてー」

「出荷されるの俺!?どこに!?誰に!?」

 

 シャルルに見守られながら、俺は更衣室に連れていかれるのであった。

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

「いたたたた・・・ちぎれてない?」

「だとしたらお前の顔面が血濡(ちぬ)れになっている、心配すんな」

「心ないなぁ・・・」

 

 耳を擦りながらそんなことを話しつつ、制服へと着替えていく。

小鳥は相変わらず素っ気ない言い草で容赦の無い言葉を投げ掛けてくるが、それはまぁ確かに俺がシャルルに食いつきすぎたからなのだろう。

 

「それにしたって耳引っ張るのは酷くないか?」

「お前がセクハラを仕掛けるのが悪い、同性でもセクハラは成立するぞ?」

「そ、そうなのか?裸の付き合いくらい普通だと思うけどな」

「お前の普通を他人に押し付けんな。・・・俺達がそうであるように、シャルルにも都合がある。それくらい察しろ、日本人だろ」

「む、それはちょっとヤな言い方だな」

「変形だがお前のやってる事と同じだ馬鹿。これを押し付けと言うんだ」

「う・・・」

 

 全くもってその通りだった。

それと同時に自分がやっていた事が嫌がらせになりかねないと言う事に気づいて不安を覚えざるを得ない。

 

「ど、どうしよう。俺シャルルに嫌われる」

「──知るか。そう思うなら勝手にしてろ」

 

 うう・・・小鳥の視線が冷たい・・・!知恵を借りたいってのに・・・!

 

・・・とりあえず、昼飯前に謝っておこう・・・

 

 

・・・・・・・・・

 

 

「ねぇ刹那くん、お昼の予定ある?」

「?」

 

 3つ目の授業の後、休み時間入った直後にそんな質問が飛んできた。

 

「あ、私も気になる!暇なら一緒しようよ」

「私も私も!伸び盛りなんだし、1、2品(おご)っちゃうよ?」

「良いね!刹那くん可愛いから私からもサービスするよ!」

「親睦深めようよ!弁当ある?」

 

 オレはクラス───3組の(みな)よりも3〜5歳ほど年下で、それ以上にオレがクラス唯一の男子という事もあってか、皆オレに対して過剰とも思える好奇心を秘めた目をしていた。

 

休み時間の度にこう言ったやりとりをしていたオレにとってこれは鬱陶(うっとう)しいとしか言いようがない。

その上これほど生肌を晒した女子は風紀として如何(どう)なのだろうか。

しかし、何も考えずに拒否して良い物だろうか。オドリやイチカが言うにはオレの言葉は語気が強いらしい、優しい言葉が良いのなら、努力してみよう。

立ち上がって告げる。

 

「・・・オドリが待っている。後にしろ」

「・・・・・・・・・」

 

 一瞬、教室内の誰もが沈黙した。

その理由を掴めないまま、しかし静止する者は誰もいない。オレは固まって動かない女子の間を通り抜け教室の外へと向かう。

一度机の横から布に(くる)まれた弁当箱を取り出す。昨日の時点でオレが登校するのを知っていたオドリが、前もって持って行けと渡してくれた物だ。

 女子の視線を背に教室の扉を開けると、そこにはオレの同居人のオドリが居た。

 

「・・・オドリ」

「よう、本当は学食を案内してやるつもりだったんだが、予定変更だ」

「何かあったのか?」

「ああ、まぁ誘われたってだけの話だ、場所を変えて昼食を男子同士一緒にしないかって一夏から」

「・・・了解した」

 

 小鳥はついて来いと手を振って先に歩き出す。

その背中についていこうとした直後、

 

「・・・?」

「どうした刹那」

「何か、地鳴りのような音がしている」

 

 どどどど、と地響きのような音を感じそれを伝えると、オドリが途端に渋い顔をした。

それは忌々しげに歪み、本当に嫌悪しているような顔だった。

 

「刹那、着いて来い!」

「どうした!」

 

 唐突(とうとつ)に駆け出したオドリを追ってオレも走り出す。

逃げ出すようなその行動に疑念を抱き、走りながらも問いかける。

 

「どうして走っている!?」

「女子共が追っかけてくんだよ!新入生の男子を珍しがってな!」

 

 自暴自棄な叫びを発しながら、オドリとオレは道ゆく女子の間を()うように走り抜ける。

 

Fuck(クソッタレ)、本日2度目だよ畜生」

 

 ・・・オドリはオレに口調が強いと言うが、それは彼にも言えた事なのではないのだろうか。









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O and lui(彼と彼)







「・・・だ、大丈夫か小鳥、刹那」

「だ・・・大丈夫じゃない」

「ああ・・・大変だった・・・」

 

 ぜひぜひと息を切らせながら一夏からの問いに応える。

本日2度目の逃走は午前中よりも激しさを増し、()き切るまで5分近くかけ、その間走り通しだったせいで息が整わない。

一方の刹那の回復は比較的早く、深い呼吸からは抜け出していた。

 

 ここは学園の屋上。庭園のように花壇やテーブルが整備され、晴れの陽気もあって開放感のあるこの場所で昼飯を食べようと言う事になっていた。

普通学校施設の屋上は事故や事件、自殺の防止として教師の同伴無しでは閉鎖されている物だが、此処(ここ)ではその限りではなく、制限無く解放されていた。

そう言った固定概念の結果か屋上に寄り付く者は(ほとん)()らず、一度(かわ)してしまえば追手の心配は無かった。

 

「・・・・・・」

「おわっ、どうした急にIS出して?」

 

 しかし念には念、と言う物。銀影(ぎんえい)を呼び出して階段に繋がる扉を塞ぐ。

 

「乱入者防止だ。お前らも横入りされるのは御免だろう?」

 

 腰掛けに座るセシリア、鈴音(りんいん)(ほうき)に問いかける。

3人は『お前も邪魔だ』と言いたげな顔をしているが、意に介さない方が賢明だろう。

 

 

『私は気にした方が良いんじゃないの〜?』

(分かった、感謝してるよ)

『もうちょっとちゃんと形にしてほしいなぁ〜』

(面倒くせぇなお前・・・)

 

 それにISが何を欲しがるかなど知りえない、整備か?

そう言う事なら霧幻の取り付けも急いだ方が良いかも知れない。

 

「あ、その子が例の?」

「ん、ああ。刹那、」

「・・・刹那・F・聖永だ、よろしく」

 

 シャルルに対し自己紹介を済ませる刹那。

ちなみに、刹那の歳は学園中で円花に継いで低く、10〜13歳の幼い印象にシャルルと女子達は目を丸くしていた。

 

「え、えーと・・・。どうしてこの学校に?」

「それは──」

「それは昼飯食いながらでも出来るだろ。俺も一夏に聞きたいことがある、席に着こう」

 

 言って、一夏とシャルルの間を割って進み半円の椅子とは逆の、椅子のある方に惣菜パン数個が入った袋を置く。

女子連中の視線が方々から刺さるが、無視して着席した俺は、一夏が席に着いたのを確認して飯を広げる。

今日は本来刹那に学食の案内をするために時間を取らせないよう、売店で売られている弁当を調達していたのだが、図らずもピクニックのような形になってしまった。

ちなみに刹那に渡した学食弁当は、常温放置しても3日は持つ優れ物で、更に保存料なしと言う点は技術の発展の産物と言える。

 

「ん・・・じゃあ俺らも座るか」

「そうだね」

「ああっ、では一夏さんこちらの方に!」

「え?良いのか?窓際の席だぞ?」

「風通しが良すぎると返って身体が冷える。さっさと座れ」

「ふーん。じゃ、シャルルも座ろうぜ」

「うん」

 

 ついて来た3人が席に着こうとすると、女子連中が一夏を誘導して半円のベンチの中央に座らせる。シャルルが一夏の隣に座った瞬間に鈴音の目つきが鋭くなるったのは間違いではないだろう。

流石に後が怖いので刹那の裾を引っ張り、隣の椅子に座らせる。

 

「えーと、箒。弁当、作ってくれたんだよな」

「あ、ああ。これだ」

 

 一夏の振りに応え、箒が風呂敷(ふろしき)に包まれた弁当箱を机に置いた。

包みがある(ゆえ)中身は分からないが、弁当箱としては平均的なサイズ、あるいはそれより少し大きめか。

そんな包みを開き、箒(さく)の弁当が顔を見せた。

 

「おおー!旨そうだな」

「たまたま今日は早く目が覚めたからな、気まぐれに作ってやった」

 

 白米に(さけ)の塩焼き、ほうれん草の胡麻(ごま)()え、卵焼きに唐揚げ、蒟蒻(こんにゃく)牛蒡(ごぼう)金平(きんぴら)と、素朴だが、王道の唐揚げ弁当である。

 

 忘れがちだがIS学園は曲がりなりにも教育施設。あまりにも浮世離れしていると言えど、流石に家庭科室は存在し、常日頃から生徒に向けて解放されている。

一応寮の部屋にも簡易的なキッチンなどはあるが調理器具類は無い、調理室で作って来たのだろう、健気(けなげ)な事だ。

そんな乙女(おとめ)献身(けんしん)の意図する所が一夏に伝わるか、となると、それは自動拳銃(オートマチック)回転拳銃(リボルバー)より早い早撃ちをするほどに難度が高い。

 

・・・実際一夏の挙動(きょどう)に変わりが無い辺り、伝わってなさそうなのは見て取れた。

 

「あのっ、一夏さん!(わたくし)バスケット(お弁当)、作ってきましたのよ」

「へえ?奇遇(きぐう)ね、私も今日はたまたま早く起きたから作ってきたのよ」

「お、おう。ありがとな」

 

 そして置かれる編み(かご)と茶色いなにかが入っている小さめのプラタッパー。

三人がたまたま朝早くに目覚め、気紛(きまぐ)れに弁当を作った、など途轍(とてつ)もない偶然(ぐうぜん)も有ったものである。

偶然も三つ重なれば必然とも言うが、これを前にしても一夏は『セシリアの料理かぁ・・・』と苦笑いしているのみである。

確かに料理を絵画か何かと勘違いしてるセシリアの料理の味が絶望的なのは同意するが、それにしても鈍すぎるだろう。

 

「ほら一夏、前に食べたいって言ってたでしょ。酢豚、作ってきてやったんだから感謝しなさい」

「ちょ、投げるなバカ!」

 

 一方の鈴音と言えば、乱雑にタッパーを投げ渡す。中身は酢豚のようだ、毎日味噌汁を〜(プロポーズ)のリベンジだろうか。

自分の分を別途(べっと)で買っているセシリアと違い、自分の分まで作って来ている辺り中華料理屋の娘と言った所か。

しかし集まった料理を見てみると和の弁当に中華の酢豚、西洋のバスケット(恐らく中身はサンドイッチ)と量も内容も支離滅裂(しりめつれつ)、一夏一人の腹に収まるかどうか、まぁそうでなかった場合は明日(あす)の弁当にでもなるだろう。

 

「みんな、優しいんだね」

「ああ・・・俺の手に余らなければ優しいで済んだんだけどなぁ・・・」

 

 そう言いながらバスケットを開く一夏、どうやら中身は玉子サンドイッチのよ・・・う?

風下の俺に向かって玉子サンドに似つかわしくないニオイが飛んできた。

 

「セシリア・・・お前そのサンドイッチに何入れた?滅多矢鱈(めったやたら)に甘い匂いがするんだが」

「あら、気付きましたの」

「・・・確かに、なんか甘ったるい匂いするな」

「はい♪隠し味と香り付け、見た目の調整にバニラエッセンスを少々」

 

・・・・・・・・・

 

 金髪の発言を前に、オドリが激怒した。

 

「てメェ巫山戯(ふざけ)てンのか馬鹿がァ!?どこの飯屋にバニラエッセンス入りの玉子サンドイッチがあるってんだよ!イギリス(世界で1番郷土料理が不味い国)の代表に相応し過ぎるわ○○○○(クソが)!」

 

 ロケット弾が爆発する様な勢いで。

 

「は・・・え・・・?」

「まず普通に考えれば玉子サンドの何処(どこ)にもバニラの香りはねぇだろォが阿呆(あほ)が!イギリスの3枚舌に味蕾(みらい)は付いてねぇのか!?それとも脳味噌の方がオカシイのか!?」

「っ、流石にそれは聞き捨てなりませんわ!私個人ならともかく、祖国の事まで悪く言われる筋合いはありませんことよ!」

 

 そこまで言われて理解が追いついたのか、彼女も反論を始めた。

 

「大体、食べた事も無いのに美味しいかどうかなんてわかる訳もありませんわ!何事も試してみなければ始まりません!」

「じゃあ味見の一つくらいしたのか!?」

「してませんわ!」

「言い切んな馬鹿!」

「お、おい小鳥、一旦落ち着け」

「オメーは黙ってろ馬鹿2号!大体最初で味見する様誘導できなかったからこうなってんだろうが!」

 

 オドリの言葉一つで項垂(うなだ)れるイチカ。鎧袖一触(がいしゅういっしょく)、と言うモノだろうか。

 

「大体な、最近初めて料理を作ったヤツの料理がどうして美味しいと言い切れる!?」

「教科書通りに出来ているんですもの!美味しい料理の教科書なんですから最終的に完璧になれば美味しいに決まっているでしょう!」

「教科書のどこに『バニラエッセンスを少々』なんて文言が書いてあった!?」

「だって見た目が合わないんですもの!調整は必要ですわ!」

「その調整の結果を確かめろよアホンダラ!」

「人様に出す料理に口を着けるなど恥知らずにも程がありますわ!」

「人様に喰わすからこそだろうが間抜けがッ!」

 

 その間にもオドリと金髪の口論は激化の一途(いっと)を辿り、遂には実力行使にまで躍り出る。

バスケットの中からそれぞれサンドイッチを鷲掴みにした。

 

(らち)が開かない・・・!こうなったら・・・!」

「いいでしょう、そこまで仰るのでしたら特別ですわよ」

 

「喰らいやがれェッ!」

「くらいないさいっ!」

 

 そうしてテレフォンパンチの構えを取った二人は、互いの口を標的にして凶器を押し込んだ。

 

「「・・・・・・・・・」」

 

「ふ、ふたりとも、大丈夫?」

 

 互いの口にサンドイッチを食い込ませたまま行動を停止させた二人に金髪の男が声をかけた直後。

 

「きゅう」

「うご、ぁ」

 

 二人は元の席について真白(ましろ)な灰のように色を失った。

 

「お、小鳥ぃ!?」

「やめておけ。セシリアの飯を食らったのだ、(しばら)くは意識を取り戻さないだろう」

「え!?失神してるのこれ!?」

 

 驚愕(きょうがく)の事態に金髪の男──シャルルと言われていたな──も声を上げている。

 

「起こすか?」

「いーわよ別に、でもまぁ目ぇ覚ましたらまた口論が起きるから、めんどくさいと思うけど?」

「・・・なるほど」

 

 先刻(せんこく)怒号(どごう)(かんが)みれば、小柄な女子の発言は的を射た物だった。

 

「んで?一夏?このちびっこは何?」

「あ、ああ。小鳥の同室の」

「刹那・F・聖永だ・・・イチカやオドリと同じ。ISが使える男だ」

「そりゃ見りゃ解るわよ」

「そりゃそうだけどさ・・・」

「いや、オレも話さなければならない」

 

 イチカの同情は嬉しいが、それでも小柄な女子の指摘は的確な物であり、それ以上を説明しなければならないのは明白だった。

 

「ただ・・・オレはそこまで口が回るわけじゃない、そちらから質問してほしい」

「ふぅーん、そりゃ良い心がけね。じゃあ質問。いつISに乗れるってわかったの?」

「3月17日」

「・・・?貴様のニュースは聞いた事ないぞ?」

「学園が規制を敷いたのだろう」

「そう、じゃあなんで今の今まで登校してなかったのかしら?」

「オレの調査が一通り無駄になったからだ」

「ふむ・・・」

「──いや(りん)、その説明で納得するのか?」

「するわけないでしょ、どうやって納得しろってんのよ」

 

 小柄な女子──リンと呼ばれていたな──がイチカの言葉を切って捨てる。

・・・確かに、彼女の言うように、オレが今話した情報だけで必要な情報が得られるとは思わない。

むしろ何か秘密があると思う方が自然だろう。

 

「え、えーと。じゃあ刹那くん、君はどこから来たのかな。中東周辺だよね?」

 

 シャルルが質問を投げる。

オドリも前に似たような質問をしていたな。

 

「わからない。オドリもそれについて調べていてくれたが、覚えていないし、何も分かっていない」

「・・・えーと、刹那。言っても大丈夫か?」

「?何をだ」

 

 イチカが身を乗り出し、机越しに耳打ちする。

 

「記憶喪失の事だよ」

「?皆知らないのか」

「ああうん・・・」

「そうか、チフユは皆に伝えると言っていたが」

「たぶん先生方にしか伝わってないんじゃないか?」

「成る程」

「俺から言うぜ?」

「ああ、任せる」

 

 そうして席に戻ったイチカは、神妙な面持ちで語った。

 

「実は・・・刹那は記憶喪失なんだ。小鳥から聞いた話じゃ、3月17日にISをつけた状態で学園に墜落してきたらしい。その

機体も調べてるけど、分からないことが分かっただけ。だそうだ」

「ふぅーん・・・」

「成る程・・・それならば説明にも納得できる」

「・・・」

「──どうした」

「え?あ、僕?」

「ああ、何か考えているようだったからな」

 

 金髪の男は見当がついていなかったようだが、すぐにその答えを出す。

 

「えっと、その年頃なら・・・ううん、僕と同じ事情じゃないんだなって思ってただけ」

「・・・そうか」

 

 どこか言い(よど)んだ金髪の男だが、すぐに言い直す。

 

「ああ・・・えと、刹那について他に質問はあるか?」

「──無いわ、聞いても知らぬ存ぜぬなんでしょ?聞いても意味無いわ」

「・・・そうだな、思い出せんのなら聞く必要はあるまい。これから思い出せばいいんだ」

「──じゃ、俺から皆に質問だ」

 

 オレの右から手が伸びた。

・・・オドリだ。

 

「お、小鳥、起きたのか」

「今しがた・・・で、気を失ってた間にどこまで行ってたかは知らんが・・・自己紹介したか?」

「え・・・うん刹那の方は」

「逆だ、刹那に、だ」

「うん?」

「俺とお前は前に紹介してるが、刹那は3組だ、全員の名前知らんだろ」

「え゛」

「ああ、どう呼べば良いのか分からなかった」

 

 そんなオドリとイチカの話の隙を突いて、金髪の男が話を始めた。

 

「えっと、じゃあ僕から。僕の名前はシャルル・デュノア。君や一夏と同じ、ISが使える男子で、フランスからきたんだ、これからよろしくね」

「ああ、(よろ)しく頼む」

 

 シャルル・デュノア、彼から差し出された手を握り返し、返答する。

オドリやイチカとはまるで違う。細く、繊細な印象を与える指の感触。同じ生き物と思えない感触に困惑するが、他者からの話は続く。

ポニーテールの女子から、

 

「私の名前は篠ノ之(しののの)(ほうき)、一夏とは小学生の頃からの縁がある。聞いてわかると思うが日本人だ、宜しく頼む」

「シノノノホウキ、か。こちらとも宜しく」

 

 やや古風(こふう)な印象を覚える言い回しと、それが故に非常に堅い雰囲気が特徴のシノノノホウキに続き、小柄な女子が自己紹介をした。

 

「あたしは(ファン)鈴音(リンイン)、故郷は中国、一夏とは小学生の頃からの腐れ縁よ」

「そうか・・・イチカは顔が広いんだな・・・宜しく」

「ん、宜しく」

 

 ファン・リンインはそう言って快活そうな笑顔を浮かべた。こう言う女性も世の中にはいるのだな。

 

・・・・・・。

 

「・・・・・・それで、そこの金髪は何者なんだ」

 

 視界の端で、恐らくは手料理の味のショックに耐えきれず、灰になったまま小さく「そんな」「(わたくし)はかんぺきに・・・」と呟いている金髪を見遣る。

 

「ああ〜・・・ほらセシリア、アンタのことお呼びよ〜」

「あぅ・・・(わたくし)・・・わたくしはぁ・・・」

「ダメっぽいわね・・・」

 

 ファン・リンインが金髪の頬を突くが、胡乱(うろん)な表情を浮かべたままの彼女は、変わらず絶望した台詞を呟き続けている。

そんな彼女に代わりファン・リンインが紹介した。

 

「コイツはセシリア・オルコット、イギリスの元貴族らしいわ。あたしと同じで国家代表候補生よ」

「──そうか」

 

 全員の自己紹介が終わったところで、イチカが口を開いた。

 

「じゃあ、みんなの自己紹介も終わったけど、シャルル、何かもうちょっと言っときたい事あるか?」

「ううん、嫌いな物はあんまり無いから、他の事はおいおいね。ほら、これ以上時間使ってたら午後にも影響出るから、ご飯食べよ?」

「そうだな、じゃあ」

 

 言って、イチカが両手の掌を顔の前で合わせた。

 

「?イチカ、何をしてるんだ?」

「ん?『いただきます』をしようとしてたんだが・・・あ、もしかしてお祈りとかある?」

「いや、食前で宗教的儀礼をしていた覚えは無い」

「中東圏は十字教みたいに長いお祈りはしないよ、えっと、でもお祈りの言葉辺りはあった筈だよね」

「覚えがないなら、する必要も無いだろう」

 

 シャルルが説明してくれたが、オレに覚えが無い以上、何をしていたのかは考えない方が良いだろう。

 

「オドリが言っていたが、日本には『郷にいらば郷に従え』と言う(ことわざ)があるらしいな。ならオレもその『イタダキマス』をした方が良いか?」

「あー、好きにして良いぞ。結局の所『頂きます』も言ってしまえば日本流のお祈りだ。過去を気にするならしなくても良い。それは個人の自由で保護される範囲だ」

「成程」

 

 オドリのフォローを受け、自分の自由を行使しよう。

両手を合わせる。

 

「・・・!じゃ、いただきます」

「「「「「いただきます」」」」

 

 一夏の音頭(おんど)に合わせて、全員が昼食を食べ始めた。

 

 

・・・・・・・・・

 

「・・・そうだ、一夏。一つ聞いても良いか?」

 

 唐揚げ弁当と酢豚に舌鼓(したつづみ)を打っていると、小鳥が話をかけてきた。

セシリアのサンドイッチの味を誤魔化すように惣菜パンを口の中に突っ込んで食べてたせいで、誰よりも早く食い終わっていて、その手にはパンの包み紙とが無造作に握られている。

 

「あー、なんか俺に聞きたいことがあるって言ってたよな。なんだ?」

「千冬先生とラウラ・ボーデヴィッヒ、ひいてはドイツ軍との関係について、だ」

 

 なんとも軽い口調で小鳥はそんな事を聞いてきた。

多分、ラウラと千冬姉との関係から弱みの一つくらい握っていたい、と言う事なんだろう。

 

「うーん・・・先に言っとくけど、そんなに俺も千冬姉とラウラの関係を知ってるわけじゃないんだ。千冬姉がドイツ軍で教育官やってた、て言うのも最近聞いたばっかだし」

「・・・それはネグレ・・・情が無さすぎじゃないか」

「あはは・・・一応その時期にもちゃんと給料が振り込まれてたから。それなりに気にしてくれたとは思う」

「ふぅーん、それで一時期千冬さん家にいないことが多かったんだ」

「ああそうそう、俺も円花も『海外で仕事してくる』としか聞かされてなかったから面食らったよ」

 

 その分いつ家に帰ってくるか分からない千冬姉に俺も円花も鈴もどぎまぎしてたんだけど。

しっかし少しぐらい教えてくれても良いんじゃないかなホント、そしたらこっちから荷物の一つや二つくらい送れたのに。

 

「ふむ・・・一夏、なんで千冬がドイツ軍で働いたか、理由は解るか?」

「やっぱ聞くよなぁ・・・」

 

 目ざとい小鳥の事だから、きっと聞いてくると思ったんだよなぁ。

正直言って、あの事は俺にとってトラウマだからあまり話したくない。

 

「・・・俺もよくわかってないから、話半分で聞いてくれるか?」

「──構わん、話せ」

「千冬姉が第二回『モンド・グロッソ』を決勝戦で棄権したの、理由はわかるか?」

「いや知らん」

「だよな、話は多分そこまでさかのぼるんだけど──」

 

 あの日、日本代表の親族として優待券をもらった俺は謎の組織に誘拐(ゆうかい)された。

謎の組織、なんて番組の中の悪党みたいな響きだけど、でもそうとしか言いようがない、少なくとも俺の中では呼べない連中が俺を会場から連れ去ったんだ。

思い出したくもない、けど忘れることもできない記憶だ。千冬姉はそれを聞きつけて、決勝戦を放り投げてまで俺を助けにきてくれたんだ。

同じ事を言うけど、あの景色は絶対に忘れないと思う。暗闇の倉庫の中、突き破った天井から降り立つ、日の光を浴びる千冬姉の姿を。

 

「──で、誘拐された俺の居所を掴んだのがドイツ軍で、それがきっかけで日本との契約を切られた千冬姉を雇った、って事らしい」

 

 まぁ多分俺が誘拐されなかったら2回連続『ブリュンヒルデ』の座をとってただろうからラウラは俺を恨んでるんだろうな。

 

「・・・お前がシスコンな理由がわかったってだけだな」

「う、まぁそれはそうだけど・・・」

「って言うかそんな事があったのになんで今まであたしに黙ってたのよ、今初めて聞いたわよその話」

「いやだって千冬姉から話すなって・・・」

「じゃあ話してんじゃねえよバカ・・・」

 

 しまった、そりゃそうだ。千冬姉が警戒すると言ったらそりゃ普通に危ないヤツじゃないか。

小鳥も鈴も頭を抱えている。

 

「す、すまん。みんななら大丈夫だと思って・・・えっと、この事は口外無用って事で・・・」

「当たり前だ、まったくこの馬鹿者は・・・」

 

 箒の遠慮のない言葉が胸を貫く、セシリアの事といい、今日はこんなんばっかだな。こんなん困難・・・なんちゃって。

 

「一夏」

「なんかくだらない事考えてるでしょあんた」

「い、いやそんな事ないですよ?」

「なんだその口調」

「亜熱帯では普通でございますよ」

「もう(しばら)くの間黙ってろ」

「・・・すいません」

 

 ちくしょう幼馴染にボケで誤魔化(ごまか)したら友達から痛烈(つうれつ)なツッコミが返ってきやがった。俺はサンドバッグじゃないんだぞ。

こうなったら話題を変えるしか・・・!

 

「そ、そうだ。男子もこんなに増えたんだし、もしかしたら大浴場の調整もしてくれるかもな。あー楽しみ楽しみ」

「そ、そう?一夏がよかったら良い事だね・・・?」

 

 あれ、シャルルくん言葉に詰まってるけどそんなに嬉しくない?

 

「嬉しいのか、そうか」

 

 刹那くん?なんでそんな他人事なの?自室の風呂って湯船狭いよね?

 

「すまん、俺シャワー派だ」

「おおい!銭湯、大浴場は日本人の心だろ!」

「オレは日本人ではない事は確かだ」

「僕フランス人だし」

「人種差別はんたーい」

 

 くそぅ、銭湯の入り方の作法教えてやんないかんな!









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Caché stay hidden(秘密 未だ秘密につき) 1/2







 転入生が2名、公表された男子生徒1名が入ってきたその日の放課後。

 

「じゃ、宜しく」

「いや、何が?」

「何って、円花の練習相手」

 

 俺、一夏、シャルルの男子3名と円花1名がピットに(そろ)っていた。

議題は円花のISの特訓について、(ちな)みに一夏には『放課後、ピットで待っていてほしい』と伝えただけである。

 

「仕方ないだろ、円花の練習は引き受けたが、学年別トーナメントまで時間が無い。これから追加ユニット用の追加ユニットを調整しないといけないんだ。銀影は使えない、麻耶(まや)先生に言った期日も過ぎてるし、本当に急いでるんだよ、これでも」

「・・・わかったよ、約束は守らなきゃだもんな」

「恩にきる。円花、メニューは頭に入ってるな?」

「あ、はい大丈夫です」

 

 普段なら『はいはいわかってますよ、舐めないで下さい』位は言ってくるが、流石にガードが堅いな。

正直、こう言う仮面の(かぶ)り方はその後の自己形成に良い影響を与えるとは思い(がた)い。いつかコイツが痛い目に()わないか心配な物だ。

 

(──ま、そう言うのは老婆心(ろうばしん)と言うものか)

 

 深く突っ込んでも俺の理想を押し付けているだけだ。すり合わせが済むまでは付き合ってやった方が最善か。

 

「んじゃそう言う事で宜しく〜」

 

 自作端末をひらひらと振って、背を向けてピットを去る。

 

・・・この際、なんの見返りも無しに依頼を引き受けてくれる友情に感謝すべきなんだろうか、それともその(おろ)かを(わら)うべきだろうか、ピットから繋がるドアを閉じ、誰にも聞かれていないのを確認してから呟く。

 

「眩しいな」

 

 分からないまま、どちらをするでもなく足だけが先に進んでいた。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

「じゃ、着替えるとするか」

「あ、うん・・・どっち使う?」

 

 両手で左右の更衣室を指し示す。

IS学園は元来は女性しかいないから、現在進行形で男女どっちが使うかと言うのも無くて、なので早い者勝ちか雰囲気で決めている所がある。

 

「んーまぁこっちかな、どっちでも変わらないと思うけど」

 

 一夏兄(いちかにい)はそう言って小鳥さんが出て行った方に指をさした。

まぁ、確かにどっちにせよ機能的な変わりはないしそれでいっか。

 

「じゃ、着替えるか」

「そうだね」

「あ、ちょっと待ってもらっていいですか?」

 

 更衣室に向かおうとする二人の背中に手をあげて引き留める。

何かと思って振り返ったシャルルさんの方まで歩き、手を差し出す。

 

「自己紹介、まだでしたよね。織斑先生、一夏兄の妹の織斑円花です。兄ともどもクラスメイトとしてこれからよろしくお願いします」

「あ、ありがとね。僕はシャルル・デュノア。よろしく」

 

 にっこりと形のいい半月のような口元で微笑み返す彼は、差し出した手を取り、しっかりと握った。

 

(すごい綺麗な顔・・・人形みたい)

 

 それだけじゃない、私の手を握る手指(てゆび)の細さ、滑らかさはまるで女子と握手しているみたいだ。

 

「おぉー・・・すべすべですね・・・うらやましいです」

「あはは・・・そうかな?ハンドクリームとかはよく使うけど、それかな」

「へぇ、一夏兄は余りそう言うの気にしない人だから、良ければ教えてあげて下さい」

「いや良いってホントに・・・」

 

 そんな軽い言葉を交わし、私と一夏兄達は別々の更衣室に向かった。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

「~~~♪」

「・・・なんかご機嫌だなシャルル」

「ふぇっ!?そ、そうかな」

 

 更衣室でシャルルと背中合わせで着替えながら話しかける。

まだ出会ってから1日も経っていないけど、鼻歌を歌っているのが珍しかったからそんなことを聞いてみたのだ。

 

「え~っと、一夏から見てさ、僕って女の子っぽい?」

「・・・いやそんな事ないぞ!俺はシャルルの事ちゃんと男だって思っているし」

 

 本当は時々シャルルの行動にドキッとすることがあるけど、それでシャルルが傷つくのではないかと思って嘘をつくが、シャルルはそんな俺の心理を見透かしているかのように笑って話す。

 

「ありがとう。・・・でも気を使わなくても良いよ。言われなれてるし、僕も自分の事『男の子らしくないなー』て思うことあるからさ」

「・・・・・・いや、思わない。シャルルが傷つくならなおさら」

「・・・ありがとう」

 

 心の底から驚いたような、複雑な心情を表した声音で呟くシャルルは、気を取り直して話を続けた。

 

「まぁ、だからね。そう言う事で褒められたりするのは珍しいから、ちょっと嬉しかっただけ」

 

 その声から、シャルルが今どういう顔をしているのか、何となく分かった気がする。

 

「シャルル、目を(つむ)ってるから、そっち向いて良いか」

「え、あ、ちょ、ちょっと待ってね」

 

 そう言って、シャルルの方から細かな布の擦れる音が(しばら)くしてからシャルルの声がした。

 

「え、と・・・いいよ」

「おう、じゃあ、向くぞ」

 

 目を閉じて、何も見ないままに後ろに向く。

多分今目の前にはシャルルがいるんだろう、どんな顔をしてるのか、想像がつかないけれど、それでもシャルルに向けて頭を下げた。

 

「ごめん!さっき、そんな事情があったのに無理矢理一緒に着替えようとしてたの、無神経だった」

 

 小鳥に言われてからずっと胸にチクチクしたものが突っかかっていた。ずっと謝らなきゃと思っていた。

ここを逃したら、まともな場面が用意されているとは思えなかった。

 

「い、いいよぜんぜんっ!僕みたいなのが珍しいだけだし!一夏が謝る筋合いなんてどこにも無いよ、むしろ僕の方が・・・!」

「いや!それは無い。悪い事された奴がどうして縮こまんなきゃいけないんだよ。シャルルが嫌なら嫌って言って良いんだからな」

 

 目を瞑ったまま頭を上げて笑いかける。

そういえば、鈴を(かば)って大喧嘩した時。千冬姉もこんなこと言ってたっけ。

 

「・・・ごめんね、そんなに気を使ってもらったら、そんなことしか言えないよ」

「そう言う時は『ありがとう』って言うんだぜ、そしたら俺も嬉しいからさ」

「・・・そうだね、今度からはそうするよ」

「おう」

 

 そんな会話の後、俺たちはまた背中合わせに着替え始めた。

 

「・・・ごめんね」

 

 言葉は届くこともなく消えていくだけだった。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 IS学園第2アリーナから整備課2年生の共用格納庫(ハンガー)に向かう道、曇り空を写す然程大きくもない窓、硬い足音の響く道の上で、俺はラウラ・ヴォーデヴィッヒと遭遇(そうぐう)した。

・・・いや、遭遇した、と言うよりすれ違い損ねた。と言うべきだろうか。

放課後とは言えまだ部活もある時間帯だ。人のほとんどが外にいる中、人通りの少ない──少なくとも俺とラウラ以外見当たらない道の上ですれ違う事など当然のように可能だっただろう。

 

「よう」

 

 そんな言葉が口をついて出たのは、あるいは考え事をしていて会釈(えしゃく)する(くせ)を抑えられなかったのだろう。

しまった、と思ってももう遅い。俺から話しかけられると思っていなかったラウラは、一瞬だけ目を見開き。

 

「────」

 

 すれ違おうとした。

いや、そこで終わってしまえば万事(ばんじ)何事も無く終わらせられたのだろうが、横並びになった瞬間に俺は声をかけてしまっていた。

 

「無視するとは失礼な奴だな、一夏だって会釈の一つくらいできるぞ」

 

 ・・・短絡的(たんらくてき)と言うのは俺自身が一番理解している。しかしまぁ突発的な感情とは御しきれない物だ。

後悔先にも役にも立たず。そんな訳で安い挑発を受けたラウラは足を止めて()めあげた。

 氷のような、しかし炎の(ゆら)めきを灯した瞳が、その怒りの大きさを示す。

 

「・・・そんなに一夏が嫌いか?」

「・・・貴様には関係無い」

「一応友人だからな。味方する義務がある」

 

 守り切る義務は無いがね、と(おど)けて見せる。

しかし、いや(あん)(じょう)と言うべきか、ラウラの瞳はより強い怒りを輝かせた。

 

「──下衆が」

「どうとでも。お前の勝手な逆恨(さかうら)みの復讐(ふくしゅう)に付き合うのも馬鹿馬鹿(ばかばか)しいんでな」

「──貴様ッ!」

「おおこわいこわい。──そう言う所は年相応なんだな」

 

 両手を挙げて降参の意を示すと、踏み込んだ足がそこで止まる。

 

「優秀だな、無抵抗の人間を攻撃しないように教育されてるみたいで何よりだ・・・千冬先生の賜物だな」

「・・・ああ、貴様のような(くず)を殺すための技術だ」

「そりゃ何よりだ、ドイツの未来も明るかろう」

 

 ラウラの腕前が如何(いか)(ほど)かは俺の知る所ではない、しかし軍属の人間だ。その上でこのタイミングでの転入生となれば、相応の手練(てだ)れなのは間違いあるまい。これ以上(あお)った所で痛い目を見るだけだろう事は容易に想像がついた。

彼女の横を通り過ぎながら、背後の先に立つ彼女に告げる。

 

「最後に忠告だ。今のお前のままでは、軍人としてのお前と、個人としてのラウラ・ヴォーデヴィッヒ。そのどちらか、あるいはその両方で一夏に負けるぞ」

「・・・世迷言を、私はあの男を否定する為にここに居る」

「そうかい、結構な事だ」

 

 鼻で笑って歩き去る。

彼女の足音の小ささが彼女自身の存在に比例しているようで、(ひど)滑稽(こっけい)に思えた。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

「すまん、待たせたなせ、つ、な・・・何してんだ」

 

 整備用の格納庫の扉を開けたオドリがそんな声を上げた。それもそうだろう。

 

「やーん刹那くんお人形さんみた〜い!」

「中東系ってがっしりしてるイメージあったけど、こんな可愛い子いるんだー!?」

「あ〜。オドリンだ〜」

「お化粧してみない!?きっともっと可愛くなるわよ!」

「良いねっ!」

 

 整備科の面々に囲まれ身体全体を弄られている光景を目にすれば、オレも似たような事を言い出したに違いない。

オドリがこの格納庫にオレを連れてきて戻ってくるまでの間、今と対して変わらない調子で身体を触られ顔を褒められ質問攻めに遭っていた。

そんな中で動けずにいると、オドリが一切の無駄無く女子達を散らしていく。

 

「どいた退いた、それ以上刹那にお触りしたいなら俺の仕事を手伝ってからにしてもらうぞー」

「え!手伝ったら良いの!?」

「もちろん」

「待てオドリ」

 

 唐突な身売りに驚きを隠せない。

オレがここに居るのは、整備科に匿ってもらう事で集まる注目の目を多少なりとも減らすためではなかったのか。

そのための交渉の引き換えに、オレがオドリの整備を手伝うと言う事ではなかったのか。

批判の目を受けたオドリは、歓喜の声を上げる女子を見ながら答える。

 

「すまんな、人足が足りない以上。こうなるのは必然だった」

「貴様、まさか初めからそのつもりで・・・!」

「半分は、まぁ悪く思うな。逃走の補助くらいはしてやる」

 

「よぉーっし、みんな頑張るぞー!」

「「「おぉ〜!」」」

「早めに終わらせて刹那君を可愛くするぞー!」

「「「おぉーッ!」」」

 

 これほど士気の高まっている人間相手に何ができるか疑問だ。

 

「やぁ〜オドリンお疲れ様〜」

「ああ、本音(ほんね)か。例のISか?」

「うーうん、今日はお嬢様の方」

「お嬢様?」

 

 首を傾げたオドリにノホトケホンネがあまる袖に隠れる指をさして応える。

腕の方向の先には、女子達の輪の外でディスプレイを見ている髪留めと眼鏡の女子がいた。

 ネクタイの青色から1年であることがわかる眼鏡は、周囲には興味が無いらしく。一人忙しなくキーボードを叩き続けている。

 

「・・・もしかして楯無(たてなし)の妹か?」

「おぉ〜!凄いねオドリン人の顔のことあんまり覚えて無さそうなのに〜」

「いや、楯無の方はいろいろあって忘れる事自体困難(こんなん)(きわ)まりないからな・・・」

 

 遠い目をして頭を掻くオドリ。

タテナシとやらと何があったのか気になる所だが、それより先にオドリが話題を変えた。

 

「で、その楯無の妹とお前はどう言う関係なんだ?女中(じょちゅう)か?」

「せ〜か〜い!凄いねぇオドリン」

 

 ノホトケホンネは眠たくなるほど遅い語り口調で言葉を紡ぐ。

 

「わたしとねぇ、わたしのお姉ちゃんはねぇ〜?更識家に代々(つか)えるお(うち)なんだよ〜」

 

 タテナシお嬢さまにはお姉ちゃんが仕えてるよ〜、とどこまでも間延びした言い回しの彼女に、オドリは少し意外そうな顔をしていた。

 

「お前・・・そう言う仕事出来るのか?」

「えへへ~、やったら増えるんだよねぇ~」

「あぁ・・・そうだと思った」

「えへへへ〜」

 

 誇らしげに頭を掻いているノホトケホンネ、それは誇るべき部分なのか疑問だが、誇らしいのだろう。

 

 二年整備科の女子たちの喧騒に紛れるようにオドリは問う。

 

「・・・で、そんなポンコツ奉公人(ほうこうにん)に質問だが、更識(妹)は何故(なぜ)二年用IS格納庫(こ こ)に居るんだ?整備科の候補生なのか?」

「ん~ん~。かんちゃんはねぇ、日本の代表候補生なの」

「・・・ん?」

「でもねぇ・・・ないんだよねぇ〜専用機」

「・・・待て、色々と問題点が出てきたんだが・・・」

 

 頭を抱えたオドリが会話を止めて質問する。

 

「まず名前だ・・・かんちゃんじゃ分からない」

「う〜ん?(かんざし)ちゃんだよ〜」

「簪ね・・・。なんで専用機が無いんだ?」

「おりむーの白式があるじゃない?アレを作ったせいで〜開発がストップしちゃったの〜」

「用意はされてるんだな・・・まさか・・・造ってるのか?」

「うん、建造途中のISをひとりでやるって」

「・・・できるのか、そんな事」

「無理とは言わないが、無謀(むぼう)だ。基礎的構成(コンポーネント)が固まってるならやりようはあるが、一人でやるとなると・・・3の、6から8だとして・・・大体一年半はかかる。目まぐるしいISの進歩の速度にそれではついていけない。やっても意味がないんだ」

 

 オレの問いに答えるオドリは電子機器用のペンを口に咥えていた。

コレがオドリのルーティンなのだろう。

 

「やっぱそれくらいかかるよねぇ〜」

「なんでひとりでな事を・・・」

「手助けされたら意味無いから」

「!?」

 

 誰にも気づかれずに彼女はそこにいた。恐らくはオドリが原因だろう。

 サラシキカンザシ、だったか──彼女は眉を顰め、無感情な声音でこちらに告げた。

 

「私は一人でいい・・・手を借りたら意味が無いの」

「・・・楯無が原因か?」

「!・・・知ってるの?」

「アイツの腕前は少々。・・・()(ほど)、楯無は一人でやったんだな?それを」

「・・・・・・あなたには関係ない」

 

 元々熱の無かったサラシキカンザシの声音が低くなる。

それが拒絶なのだと直感したのだろうか、こちらの理解が追いつくよりも先にオドリは話を切り上げた。

 

「っと、そうだな。この話はここまでにしておこう。俺もお前もそう(ひま)じゃないだろ?」

「そう、あなたみたいに余計な事をするような暇はない」

「左様で。そら、二人とも手伝え。今日中に組み上げ(セットアップ)まではするぞ」

 

 本音借りるぞ、と。そう言いながらオドリはオレたちの背中を押して彼のISに向かうのだった。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 作業も粗方(あらかた)終わり、女子連中が刹那を(もてあそ)んでいる最中。眠たそうな笑顔をしながら、本音(ほんね)が輪の外で作業机に腰掛ける俺に問いかける。

 

「オドリン今日どうかしたの〜?」

 

 いつも通り(あま)った(そで)(ゆる)みきった顔をしている本音。こんな見てくれだが、勘と言うべきか、何か人よりも(さと)い部分がある。

多分にいつもより攻撃的な俺に対して疑問を覚えたのだろう。それにしてはいつも通りの表情のせいで真剣味(しんけんみ)に欠けるが。

 

「・・・別に、少しばかり気が立ってるだけだ。やるべき事が山積(さんせき)してれば誰だってこうなる」

 

 十数名で出力と組み上げ、組み付けまで済ませたバーニア。

シャルルに関する違和感、一夏を誘拐(ゆうかい)した何某(なにがし)かの目的、ドイツ軍の目的、ラウラに対する攻略法。

今日終わらせた作業量に対して今日得た課題が余りにも多い。比にして0.8:4だ、5倍もある。

 

・・・勿論、()()()()では無い、が。

 

「ま、そう言う訳だ、気にするなよ。むしろお前は自分の主人に意識(リソース)()いてやれ」

「えへへ・・・言われちゃった」

 

 笑って頭を掻く本音。

ふと、彼女、もとい彼女の主人である更識家に思考の腕を伸ばす。

代々使えるような家が今もあるような家柄で、次期当主候補であろう楯無の戦闘能力の高さが必要となるような家柄・・・か。

 

・・・分かる訳無いな。

目の前に関係者がいるのだが、流石に口を割ってくれるとは思わない。

 

・・・もしかしたら割ってくれるかもしれないが。

 

(・・・やめだ()め。知ってどうなる)

 

 良家のお嬢様の個人情報を探って良い事があるとは思えない。

 白式(びゃくしき)の事で一夏とも因縁があるのなら、触らぬ神に祟り無し、だ。

(やぶ)(つつ)いて出るのが蛇か鬼なら、突かない方が幾分(いくぶん)か賢明という物だろう。

 

「・・・まぁ、今日はありがとな。お陰で大分楽になった」

「いえいえ〜私だけじゃないからねぇ〜みんなにも言ってあげてよ〜」

「そうだな・・・でもま、俺が見た範囲だったらお前が1番動けてた。良い腕をしてるぞ」

「えへへ〜」

 

 本音の動き自体はひどく緩慢(かんまん)な物だったが、作業の流れが初めから全て解っているかのような(よど)みのない動きで気づけば俺の次に作業をこなしていた。

あるいは(かんざし)も本音の力を借りればそれを為す事が出来るやもしれないと言うのに。()しい物だ。

 

「刹那くんまつげ長いわね~!マスカラ要らずだうらやましいわ~」

「オレは、化粧は、しない・・・!」

「まぁまぁそんなこと言わずに、チークだけでも良いから!」

「やめっ、やめろ!」

 

 女子連中に(いじく)られる刹那。

自分より3~4歳年上の異性に(から)まれるのはあまり無い経験らしい。

流石に可哀想(かわいそう)なので救助してやるか。









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Caché stay hidden(秘密 未だ秘密につき) 2/2







 赤い瞳、覚えている、あれは、そう、桜が散る景色。

桜にしてはやけに赤い、綺麗な、鮮やかな色あいが目をうるおす。

泣いているこども、だれかな?

夕日の中でうつぶせに寝ている大人を見おろす。

わたしもその人にあこがれていたんだっけ

赤い、あかい・・・

ふふ、きれい

ほら見てよ、強くなったんだよ

 

赤い夕焼け、赤い血だまり、そこにうつる赤い瞳、その顔は──

 

『──忘れていろ』

 

 聞き慣れた誰かの声が腕を引く。

 

そうだ、これは忘れてなければならない記憶だ。

 

白い雪が夕焼けの上に降り積もる

 

 

・・・・・・・・・

 

 

PM18:22

IS学園生徒用寮棟、ホテルの様な内装の一室で、オレはテレビを見て、オドリは自作の小型端末のキーボードを叩いていた。

 

ばぎんッ!!

 

 唐突に鳴った音に振り向くと、オドリはペンを咥えたまま首と肩を回して柔軟をしていた。どうやら先の異音は首を鳴らした音らしい。

 

「っあ゛〜・・・すまん刹那(せつな)(しばら)く外す。俺に用がある奴が来たら追い返してくれ」

「了解した」

 

 そう言って席を立ったオドリは、赤い十字の入った小さな白い箱と灰色のコートを手に取り出かけてしまった。

月に一回、多ければ二週間に一回オドリはあの箱を手に外に出かける。

あの箱が何なのか、何が収められているのかは知らない。本人から言わない、と言うのなら知る必要は無いのだろう。

 

 玄関から出て行ったオドリを見送ると、テレビで流れる淡々とした情報の流れが、一つ大きな事象を映し出した。

スタジオの中のアナウンサーが、予定されていた文面を平坦な声音で読み上げる。

 

『──五年前に王政を復活させたアザディスタンですが、改革派と保守派、王室がどちらを選ぶか。中東各国をはじめ、多くの注目が寄せられています。特派員の池田(イケダ)さん、現地はどうなっているのでしょうか』

『はい、クルジスとの併合(へいごう)以降、アザディスタンでは議会を開けないほど治安が悪化していましたが、王政を復活させて以来国民の意識は王室に集まりつつあり、えー、治安も安定してきていました。しかし、マリナ・イスマイール皇女殿下が太陽光発電エネルギーの取り入れに前向きであるとわかると、(ふたた)び国民の意見が分かれる事態になっています』

 

 特派員がそう言うと、王宮に向かって抗議の声をあげる保守派の群衆が映し出される。

彼らが口にするのは皆同じ言葉。

 

『聖地に余所者(よそもの)を立ち入らせるな!』

『神の土地を汚すな!』

『不信仰者に裁きを!』

 

「不信仰者に・・・裁きを・・・」

 

これは、神の御前に捧げられる──である

不信仰者に屈服してはならない

我々が────す事によって神の──────だ

伝統を軽んじる不信仰者どもに────槌を下すのだ

 

「これは聖戦である・・・」

 

 口をついた言葉は無意識だ、意味など無い。

砂と埃、血と夕日の中で壊れた通信機の声が響き続ける。

 

・・・神は何処にいる?

いや神は──

 

「小鳥ー?」

「──ッ!?」

 

 不意に意識が引き戻される。

 

『皇女殿下がどうするかが、今後の中東の分水嶺(ぶんすいれい)となりそうです』

「──今のは」

 

 朧げに見えたあの景色は、一度手放した瞬間からもう見えなくなる。

 

ドアをノックして声を上げるのは、イチカだろう。

オドリに用なら、追い返さねばならない。ベッドから立ち上がって玄関に向かう。

窓からは雨の音。テレビから発せられる声は、やはり平坦だった。

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 外は雨、しとしとと降り止まぬ雨が、透明な樹脂(じゅし)でできた天井(てんじょう)壁面(へきめん)()らしていく。

現在時刻は午後6時35分。

日も大分(だいぶ)(かたむ)いている(はず)だが、5時半頃から暗雲が押し寄せ空の夕日の琥珀色(こはくいろ)は失われたまま。恐らくはこのまま落陽(らくよう)を向かえるだろう。

 

首に携帯を挟み、自作の端末でメモを取りながら電話をかけ、マイクとスピーカーの向こう側の人物に頭を下げる。

 

「ああはい。・・・そうですね、開発に関わった人が良いですね。はい」

 

「・・・!本当ですか、ありがとうございます、はい。御礼は・・・できる限り。いえ、借りたものは可能な限り返す主義なので」

 

「はい、はい・・・あぁはいはい、アラン・ルー・・・パスカル・マルタン・・・ロジェ・ガルシア・・・・・・」

 

「はいありがとうございます・・・いえいえ十分過ぎますよ」

 

「ああはい、ではここら辺で失礼します」

 

 通話終了のボタンを押すと、専門校にいた時に知り合った技術者の名前が浮かぶ。

彼には『デュノア社の話が聞きたいから技術者を教えて欲しい』と頼み込んだところ、(こころよ)く技術者3名の名前と電話番号を教えてくれた。

恐らく彼が予想している方向の質問はしないが。

 灰色のコートのポケットを手探(てさぐ)りながら、呟く。

 

「とは言え足掛かりはできた・・・か」

 

 彼が想像している使い方(メカニックとしての質問)はしないが、無論悪用する気はない。むしろ悪事を働く人間に掣肘(せいちゅう)を喰らわせてやろうと思っている俺が責められると言う事はあるまい。

危険な橋を渡るのは主義ではないが、橋を渡らずにいられない状況にある以上叩き壊す勢いで叩いてから渡るべきだろう。橋が壊れるなら壊してしまえ。

 

 そんな思索(しさく)(めぐ)らせながらポケットから取り出したのは赤十字の入った手のひらに収まる箱。

プラスチックの簡素な作りの箱の上端を親指でスライドさせる。そこから紙で巻かれたペンより短い棒状の物を一本取り出して口に(くわ)える。

 

それは平たく言えば煙草(たばこ)と呼ばれる物で、上下左右を透明な樹脂で(かこ)うこの部屋は(まご)う事なき『喫煙室』だった。

 

教室棟(きょうしつとう)の裏側に併設(へいせつ)されたこの喫煙室の存在を知る物は少ない。そもそも、俺以外に喫煙者がこの学園に居ない。

 そう言った事情もあり部屋の中央に鎮座(ちんざ)する灰捨て筒(アッシュボックス)は、俺がこの学園に来るまでささやかな使命を果たす事もなくここに放置されていたようで、今でも俺以外の灰が積もる気配は微塵(みじん)も無い。

 右手の示指(じし)中指(ちゅうし)で咥えた煙草を(はさ)み、左手で掴んだコートの内ポケットに隠したライターの火打石(ひうちいし)を火種に小さな炎を起こし、我ながら慣れた手つきで煙草の先端に火を移す。

 

 息を吸って紫煙(しえん)()み、吐き出して、その味の感想は、

 

「あ゛〜・・・まっず・・・」

 

 相変わらずの(ひど)い臭いと喉の感触に顔を(しか)める。

健康に気を(つか)うのであれば多少の味の悪さには眼を(つむ)れる物だが、ここまで吸わせる気の無い味は死活問題(しかつもんだい)だろう。

 

ぱつぱつぱっ、透明な屋根の上に雨が止まない。

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

午後六時五十分、じめじめとした湿(しめ)()が身体を冷やしていく。

 

 私こと織斑(おりむら)円花(まどか)は、人混みを避けながら学園を探検している内に教室棟の外側にまで来てしまっていた。

 

「やっと静かになった・・・」

 

 入学してからこっち、色んな人から質問責めにあっていて、正直ゲンナリしていた。千冬姉や一夏兄の私生活が気になるのは理解できるけれど、それでももう少し遠慮とかしてくれませんかね。家族のプライベートって基本的に私のプライベートなんですよ。

 そんな訳で私は他の生徒からの逃げ場を探す為に学園の良さげな場所を探していたのだけれど。ついには外に出てしまって、軒先(のきさき)の貸し出しビニール傘の下で雨の中を歩いていた。

 

「ん・・・?」

 

 そこで、私は見つけたんです。無色透明なポリカーボネートの部屋、『喫煙室(きつえんしつ)』と書かれた看板(かんばん)がつるされた部屋の中で、火のついたタバコをぴこぴこと(くわ)えた人影。

半開きの目、一つまとめの茶髪(ちゃぱつ)、パーツは悪くないのに全体的に人相は良いと言い(がた)小鳥(おどり)(ゆう)さんがそこにいた。

 

「・・・」

 

 普通に犯罪では?え、未成年ですよね貴方(あなた)、なんでタバコ吸ってるんです?

小鳥さんはまだ横に居る私に気づいておらず、のんきにタバコをふかしていた。

 

さて、今私には三つほど取れる手段がある。

一つは今すぐ小鳥さんに声をかけて、注意する。

二つは見なかったふりをして、そのまま立ち去る。

三つ目は短い丈のボトムのポケットから携帯をとり、

 

パシャッ!

 

 フラッシュを光らせてその姿を撮る事。

 

・・・なんとなくだけど、私はこの人が嫌いだと思う。

千冬姉や一夏兄の顔色を見ながら自分の利益になるように立ち回り、他者に当たる時なんかはゆるされる範囲でコソコソ動き回り、それで人を巻き込んでも我が物顔で通りを歩く。

貴方が命の恩人なのは、まぁ疑いありませんが。今日の練習を一夏兄に任せた時のあしらい方とかを見て確信した。貴方は恥も外聞も捨てて自分の得を取れる人だ、自分の事情を最優先に友情を軽々利用出来る人間で、私に関わるのも千冬姉に恩を売りたいからなんだと。

 

「・・・・・・。──」

 

 そんな理解できない、いや理解したくもない生き方をする人は、私の方を向いて(まゆ)を少し上げたと思ったら、すぐに正面を向いてタバコを吸い始めた。

 

「いやあの、弱みを握られた人の反応ですかそれ!?」

 

 思わず喫煙室に入ってそんな事を言ってしまった。

もちろん、反応を見せて欲しかったと言うわけではないのだけれど、流石(さすが)に何かしら反応してくれないと予想外過ぎてこっちもどう反応したら良いのか分からないじゃないですか。

 

「・・・別に、俺は何も悪い事はしてねえからな」

「いや・・・せめて手に持ってる物の火を消してから言ってくださいよ・・・」

 

 手に持ったタバコには未だ緋色(ひいろ)の明かりがついて、白い煙が登っている。

高校生って大体タバコ吸える年齢じゃないですよね。何堂々(どうどう)と法律違反してるんですか。

 

 肩を落とす目の前で貴方の口はタバコを咥えて煙を吸いこんでいる。

 

「ちょっとー?言った目の前で何吸ってるんですかー?」

「悪いな、これは人生の薬なんだ。受動喫煙(じゅどうきつえん)は自分でなんとかしろ」

「少しは悪びれてくださいよ・・・」

「安くないんだ、100円払ってくれたら止めてやるよ」

 

 が、がめつい・・・それでもって全然悪そうにしてない。鋼鉄で出来てるのかこの人の心臓は。

違法行為だってわかってるんですかね、私が写真をどうするかで千冬姉からの制裁が降ったりしますよ?

 

 小鳥さんの左側、彼の黒い傘の隣にビニール傘を置いて座る。

外は雨のせいで白みがかって、静かに、けれど確かに降り続けて、外と内の境界線を嫌でも押し付けてきて、静かさが浮き彫りになる。

 

「・・・・・・。────」

 

 そんな中でも小鳥さんは煙を上げて息をし続けている。貴方の健康はどうでもいいんですけど、私の健康を少しくらい考えてもバチは当たりませんよ?

 

「副流煙とか・・・それ以前に吸う事自体ダメですよね」

「残念、俺はもう23だ、コレ(煙草)との付き合いも2年目になる」

「え゛」

「・・・何以外な顔してんだ。俺と一夏が同い年だとでも?」

「いやだって、え?こ、高校生ですよね?」

「無論だ、通信制の高校は18以上でもいいだろ」

 

 あっけらかんとした表情で話す小鳥さんは、タバコの灰を灰皿に落として、もう一度吸い口をくわえる。その長さは半分も無い。

じりじりとタバコが焼けていく様を見続けるしかない私に、言葉が投げかけられた。

 

「ああだが・・・俺は(すで)に高校の課程(かてい)を終えて居るからな・・・ISパイロットの課程以外は実は免除されてるし。厳密にはIS学園に(せき)を置いているだけの一般人と言うのが正しいのか」

「は、はぁ」

「──まー・・・そんな(とこ)だ。千冬に告げ口しても大して意味無いぞ」

 

 ふぅー・・・。と白い息を吐き出して、その終わりに煙の輪っかを吐き投げると、たゆたう煙は輪っかに巻き込まれて、壁に付く前に(ほど)けて消えた。

 

「・・・そんな大人が、制服で教室にいるのって・・・恥ずかしくないですか?」

「言うなよ」

 

 鼻で笑った貴方の恥ずかしそうな口元。

いつも私の事を上から目線で誘導(ゆうどう)してくる貴方に一つ白星をつけれたような、そんな気がして満足できる。

 

 そんなイジワルな感情を抱く私の顔を(のぞ)きこんで、小鳥さんはふてくされたような声をあげる。

 

「・・・なんだその顔」

「いえいえ~。貴方の弱みが知れて嬉しいとかそんなんじゃないですよ~?」

「・・・」

 

 べしっ、とチョップが飛んできた。

 

「大人をおちょくんな。俺はこれで許してやれるが、千冬こんな事やった日にはお前、血の雨を見ることになるぞ」

「まぁ小鳥さんにそういう事やる(血の雨を降らせる)度胸は無さそうですしね」

五月蝿(うるせ)ぇな。一夏と違ってリスク管理出来るんだよ」

 

 もう一度チョップが飛ぶ、全然痛く無い。

(ばつ)としてはあまりに軽すぎる気はしますが、殴られたい訳ではないので好都合ですし、これは(だま)っておくとしましょう。

 

〜〜♪〜♪〜〜〜♪

 

 どこからか流れてくるチャイムの音が日没を知らせる。そっか、もう七時か。

気づけばもう辺りは暗く、

呆れ顔の小鳥さんはもう一度だけタバコを吸って、火元を消し潰した。

 

「話はここまでだ。そら、コドモは家に帰る時間だ。オトナには時間が足りないんだ」

「じゃあタバコ辞めたらどうですかね。金と時間の節約になりますよ?」

「そいつは無理な話だな。コレとは一生付き合っていく事になるだろうしな」

 

 そう言って、手に握られた四角い箱を振って見せる。中からは柔らかいものがぶつかる音がした。

あるいは、それは小鳥さんの大人の証明。

 

 それが意味するイヤミな意味に顔をしかめたりはしません。

勝ちほこった、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)な笑みを浮かべて立ち上がる。

 

「・・・まぁ良いです。私としては小鳥さんが割と歳がいもなく学園生活送れるハズカシイ人だと知れたので」

「うっせぇ。精々(せいぜい)こうならないように青春満喫してやがれ」

「はいはい、じゃあ時間の無いオトナに変わって余ってる時間を無駄なく楽しみますよだ」

 

 一瞬で傾いた機嫌(きげん)のことは、隠して見せてあげません。

 

 貴方の思う通り、私は子供です。大人にどうしても言いくるめられる、未熟で足らない、そんな子供です。

でもそれでも意地の一つや二つ、あるものなのです。

 

 そんな言葉を胸に押しとどめて、私はドアノブだけが銀色の扉を開けて、歩み寄る雨音に消えないように貴方に告げる。

 

「また明日」

「・・・食堂で会わないようにな」

「台無しですよ」









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憂鬱を変えるモノ(B l u e d a y s / R e d s w i t c h )1/2







「ええとね、二人がみんなに勝てないのは、射撃武器の特性を把握(はあく)しきれてないからだよ」

「そ、そうなのか?一応分かっているつもりなんだけどな・・・」

 

 シャルルさんが転校してきてから早五日。ISを展開した私と一夏(いちか)(にい)はシャルルさんのIS操縦(そうじゅう)講座(こうざ)を受けていた。

 

IS学園は土曜日もISづけで、午前中は理論に関する授業があった一方、午後は自由時間・・・なのだけれど。

生徒の皆さんモチベーションが結構高いらしく、アリーナ全部が開放されているのにも関わらず多くの人が訓練をしていた。

ちなみに、小鳥さんは例によって自分のISの調整らしい。

 

──それはそれとして。

 

「えーと、一夏兄はともかく、私が射撃武器の特性を理解していないと言うのは、どう言う事でしょうか?」

「あ、えっとそれは今から説明するからちょっと待ってね」

 

 そう言ってシャルルさんの話は続く。

 

「まずは一夏の方からなんだけど、一夏って何か、遠距離用の兵装使った事ある?」

「いや、無いぞ。白式(びゃくしき)には遠距離装備無いし、打鉄(うちがね)にはあったけど使うより先に勝負は終わってたから」

 

 まあそりゃそうだ。一夏兄がISに乗れると分かってまだ一年もたってない。

触ってきた時間で言うのなら私の方が長いし、その私ですらこの子(ゼフィルス)に触るまでは武装を(さわ)った事は無いから、一夏兄が剣以外を触る機会はずっと少ない。

 

「う~ん・・・じゃあ今度は円花(まどか)ちゃんは何かスポーツやってた?フェンシングとか、そう言う近距離で相手と対面するの」

「えーと・・・無いです」

 

 一夏兄は箒さんのところで剣道をやってたけど、束さんの起こした事が原因で、私が入門して3カ月少しで閉鎖(へいさ)してしまった。

結果として、2カ月もあれば調子を戻せるほど身に()()()()()一夏兄と違い。今の私は剣の構えはおろか、握る感覚さえ忘れている。

 

「うん・・・思った通りだ」

「「?」」

 

 一人頷くシャルルさんに私達は首をかしげた。

一夏兄の経験はともかく、私の経験がどうして遠距離武器の特性理解に繋がるんだろう。

 

そんな様子を見て小さく笑うシャルルさんは続ける。

 

「一夏は遠距離における射撃武器の()()を、円花ちゃんは近距離での射撃武器の()()を理解していないんだ。だから距離を詰められないし、どこが射撃武器の限界なのか分かってなくて戦い(づら)いんだ」

「射撃武器の遅さ・・・」

「うん、円花ちゃんは実体弾(じったいだん)じゃなくて、ビーム砲でしょ?ならもっと分かんないと思うんだ」

 

 ビーム砲、まぁ確かにゼフィルスの武装は一本のナイフ兼ベヨネッタを除けば全部射撃武器だしビーム兵装な訳だし、射撃武器の速さはわかるつもりではありますよ。

 

「たとえば・・・一夏、ちょっと僕に切り掛かってくれない?」

「え・・・?」

寸止(すんど)めでも良いから、ね?」

「お、おう」

 

 困惑(こんわく)気味(ぎみ)に答える一夏兄(いちかにい)、まぁ流石にいきなり斬りかかってと言われたら困惑しますよね。

そんなこんなで刀を呼び出した一夏兄と、アサルトライフルを手に持ったシャルルさんが向かい合う。

 

「えーっと、最初は3歩から・・・オッケー、一夏、良いよ」

「お、おう・・・いくぞ・・・!」

 

 一瞬、一夏兄の目つきが鋭くなり、剣が振り上げられる。

シャルルさんもアサルトライフルを構えるが、流石に3歩の距離は近すぎる。一瞬の内で近づかれて、首筋に刃が突きつけられた。

一夏兄のお腹には銃口が向けられているが、恐らくは間に合わないでしょう。

 

「・・・まぁ、こんな風に距離が近いと銃器の『攻撃』は間に合わないんだよね」

「うん?引き金を引くだけでいいんじゃないか?」

「うーん、それだと多分剣を振り抜く方が(はや)いと思うんだよね。一夏はわかりにくいと思うんだけど。射手型(シュートスタイル)で慣れてる人間だと反射的に後ろに退がる距離なんだよ」

 

 一歩後ろに退(さが)って説明するシャルルさん。心なしかちょっと顔が赤い。風邪気味なんですかね。

 そしたら今度はもう二歩退がってシャルルさんは五歩分の距離を取る。

 

「じゃあ今度は五歩分ね。一夏、良いよ」

「いくぞっ!」

 

 今度は勢いよく駆け出す一夏兄。

残り3歩の間合いでシャルルさんは両手でアサルトライフルを構えることに成功して、一夏兄の足元に3点バーストを叩き込んだ。

 

「・・・と、まぁこんなふうに、十分な距離さえあればちゃんと撃ったりして牽制(けんせい)することもできるけど・・・。今の距離はホントは対処できない距離なんだ」

「うぅん?できてるじゃないですか?」

 

 実演がうまくいった以上、実戦でも普通にできるとも思いますけど・・・。

 

「実践では相手はスラスターを使うし、直線的に向かってくるなら絶対に80キロぐらい初速が付くんだよ。それに、横方向の移動も含まれるから狙いがズレることも結構あるんだよね」

「なるほど・・・だからか・・・」

「うん?」

「いえ、いつもは小鳥さんと特訓してるんですけど、いつも後退しながらの攻撃を身につけるように言われてるんですよね。やっぱりそれって、足を止めたらすぐに距離を詰められるから、でしょうか」

「そうだね・・・でも意外だな・・・。どうしてそんな戦術に詳しいんだろ」

「・・・さぁ」

「わかりませんね」

 

 そういえばそうだ。初対面の時から作戦指揮(さくせんしき)をやってたから疑問に思わなかったけれど、あの人も一夏兄と同じようにISでの戦闘は素人同然のはずだし・・・。

 

「まぁ後で聞いてみるか」

「そうですね、今は特訓です!」

「うん、そうだね」

 

 今の私は今までに無いほどやる気がある。コーチがいつもやれ「千冬は目指さない方が良い」だの「ISを尊重してやれ」だの私のやる気を的確に(けず)る小鳥さんでない、と言うのはもちろんそうなんですが。

『こう、ばしゅっときたらばびゅーんという感じでだな』やたら擬音の多い箒さん、

『縦5m横3mなら相対速度+10km/hで後退しつつ偏差20°で狙うと良いですわ』指示の細かさすぎるセシリアさん、

『そうねぇ、相手がスライドする場所を狙えば良いのよ。え?分からない?カンでやりゃ良いのよ』感覚派が過ぎる鈴さん、

と、まぁみんな違ってみんな向いてない所があって控えめに言ってげんなりしていた所だったので、シャルルさんみたいにやる気を引き出してくれる教官を前に、私のやる気はこれまでに無くアップしているのです。

 

「じゃあ今度は一夏の方だね、円花ちゃん。手伝ってくれる?」

「わかりました!」

 

 

・・・・・・・・・

 

 

「んぐ、ぐ・・・っ、ああ〜!」

 

 デスクの前で大きく背伸びをした俺は、確かな満足感と共に大きな息を吐き出し、その上で首を鳴らす。

ばきんっ!

自分以外に誰もいない格納庫(ハンガー)に自分以外の音がする訳も無く、二度の破裂音は硬い壁に跳ね返って2秒程尾を引いた。

 

「・・・まぁ、誰もいない、と言う訳でもないが」

『呼んだ?』

「一応」

 

 ひとりごち、契約を結んだ相手と言葉を交わす。

一応、銀影の存在は周囲に知られてはならないのだが、盗聴盗撮機具の無い事を確認した以上誰かが急に入ってこない限り特に注意する必要は無く、人目を憚らずに彼女と話せる状況は好ましい事だった。

 

『それにしても、良かったの?ゼフィルスの相手しなくて』

「ん?ああ円花か・・・偶には良いだろ。俺も作業があって、シャルルって言う優等生もいるんだ、息抜きにはなるだろ」

『どうかねぇ、案外リヴァイヴのコと仲良くなっちゃうかもよ』

「それならそれで構わんよ。俺は楽できる」

『・・・はいはい』

「それよりもだ」

 

 チェアを立った俺は、話し相手の身体に向けて声をかける。

 

「何か気になる所は?」

『それ、メカマンの名が泣くわよ・・・』

「便利な機材は利用しまくるのがメカニックだ、こっちの方が楽なんだよ。それに、今はお前の方が信頼できる」

『ま、自分の身体だしね』

 

 銀影はそう言って言葉を切った後、数秒沈黙して問いに答えた。

 

『特に問題は無いわ、接続出力は要求通り。強度も申し分ない』

「それは何より。流石に整備科の連中も(あなど)れない物だな」

 

 IS学園に籍を置く人間は、一部の例外を除いて基本的に天才の集いである。

それはある意味一夏や円花ですら例外ではない。銀影とのシュミレートで経験時間を稼げる俺と違い、一夏の時間は額面通り2ヶ月弱で俺と同じかそれ以上に戦績を伸ばしている上、円花に至ってはそれ以上の成長速度を見せている。

 

──ゼフィルスに合わせた戦闘方を身につければもう少し勝率は上がると思うんだけどな。

閑話休題

 

整備科はつまり整備の分野に対する天才がエリート教育を受けている訳なのだから、それと同じ事が起きるのは当然の帰結(きけつ)だろう。

 

『天才ね・・・・・・アンタが言えた義理かしら?』

「凡人だよ俺は。紙よりも薄い経験を積み重ね、小さな羽でバタバタ羽ばたくしかない凡人だ。(たばね)楯無(たてなし)と比べるのも烏滸(おこ)がましい」

「あら、嬉しい事言ってくれるわね」

 

 不意に投げかけられた声、聞かれてはならない物を聞かれた焦りで振り向くと、そこには更識楯無がいた。

 

「お前何時(いつ)から!」

「さっき来たばっかりよ。ドアを開けたら小鳥クンが私を誉め殺しにしてたから、つい声をかけちゃった♪」

「・・・」

「そう身構えなくても良いわよ、それとも、追求(ついきゅう)されたい?」

「───今日は何の様だ」

「冷たいわねー。そんなに信用ならないかしら」

「初対面に殴りかかる奴に信用もへったくれも無いだろ・・・」

「それもそうね、まぁいいじゃないそんな事」

 

 良い訳は無いのだが、それは喉に押し込む。

楯無に関しては、反論するとむしろ厄介な事態になる。黙って無視した方が余程マシだ。

 

「・・・で、今日は何の用だ。こっちは調整がやっと終わってさっさと帰りたいんだ。手短に頼むぞ」

「ふーん・・・へぇ、一週間で終わらせたんだ」

「何度か、建造計画(プラン)を変更したがな」

 

 どうやら、銀影を(いじ)っているのは本音(ほんね)から聞いていたらしく、特にこれと言った驚きは無いようだ。

 しかし、楯無は何かを考えた様子で銀影の事を見つめる。

 

『・・・私に勘づかれた、とかは無いわよね』

(そうなったらそれまでだろ)

『もうちょっと自分の役割に責任持ってくれないかしらね!?』

 

 銀影の小言を聞き流し、楯無の発言を待つ。

ギャングかマフィアかは知らないが、侍女(じじょ)がつくような家柄のお嬢様がどうして構ってくるのか、皆目見当(かいもくけんとう)も・・・つかないと言う訳では無いが、それにしても不審極まりない。

 

「私ね、小鳥君の事を調べて見たのよ」

「おう」

「それこそ、全国(ぜんこく)津々浦々(つつうらうら)、あなたに関連がありそうな各庁にまで探りをいれたわ」

「・・・おん?」

「それでも情報が出なかったのよねぇ~」

「待て待て待て。結果はまぁ当然だとして、お前どう言うネットワーク持ってんだよ?」

 

 政府にまでパイプを持っている17歳女子学生など荒唐無稽(こうとうむけい)に過ぎる。

 

そんな俺の質問に対し、楯無は首を傾げた。

 

「あら、本音ちゃんから聞いてないの?私の家って結構歴史ある隠密活動を生業(なりわい)とする家なんだけど」

「なっ・・・あぁ・・・なるほど。そりゃ情報戦得意にもなるわけだ。ロシア代表になったのもそこら辺が理由か」

「お、せーかい。KGB(カーゲーベー)(しき)諜報(ちょうほう)(じゅつ)を学びたくてね」

 

 何と言う化け物だ。(じつ)が伴うかは未知数だが、少なくとも『ロシア最強』の肩書きを持っているのが、半分副業じみた理由だとは。

天才だと持ち上げはしたが、完全に想定外だ。

 

KGB(ケージービー)て・・・。もう何世紀前に解散された組織だよ」

「ざっと3世紀前ね。でも、そこで培われた物はそう易々と消えるものではないわ。古今(ここん)を、東西(とうざい)を問わず、情報は何よりも価値のある物だもの」

 

 それは疑いようの無い事実だ。情報一つでテロリストが旅団基地を壊滅手前までに追いやった、と言う事例もある。

 

 閑話休題(かんわきゅうだい)

 

「・・・で?そんな家の人がどうして俺を?(ひと)(ごと)でも言ったが。俺は凡人だぞ?」

「でも、一般人でもないんじゃない?」

「それは一夏でも変わらんだろうに」

「そうかしら」

 

 正直に言ってしまうのなら、楯無との会話は相応に疲れる物がある。

俺よりずっと情報戦に(ひい)でた彼女と話していると、一言一言に気を使わねばならなくなる。

 

「俺は語る所など一つだって有りはしない。探るな、とまでは言わないが、このまま調べても大山鳴動(たいざんめいどう)して鼠一匹(ねずみいっぴき)が関の山だぞ」

「ふーん?表で公開されている情報くらいしか情報の無い小鳥君が?」

「そうだ。少なくとも日本の国益(こくえき)寄与(きよ)しうる事は何一つない」

「そう」

 

 一段低い声音に警戒が高まる。

と、次の瞬間

 

デーデン!デーデン!デーデーデーデー!デデデデデデ!!

 

 ポケットの携帯が呼び出し音を鳴動させた。

 

「げ・・・!」

 

 この鮫が出てきそうな着信音は・・・!

対面するのは十中八九あの人だろう。

 

(っ、どの件だ・・・!?)

 

 校内でISを起動したあれだろうか、それとも学園情報を切り売りしてるのがバレたか、思い当たる節が色々とありすぎて仕方がない。

ともあれ冷や汗を(たら)しながら、迅速(じんそく)に応答する。

 

「・・・はい、何でしょうか千冬先生」

『お前今何をしている』

「・・・二年の格納庫で銀影の調整を」

『今すぐ第三アリーナに行け、刹那が戦ってる』

「な・・・っ、ああもうこんな時に限って・・・ッ!」

 

 苦虫を噛み潰し、左のポケットから薄長い(はこ)を取り出す。

 

「戻れ銀影!」

『えちょ、取り込み完了してない!』

「速く!」

『ああもう!』

 

 粒子に変換された銀影が筐に収められたのを確認して走り出す。

楯無の事も、どっごん、という落下音など気にならない。頭の中は、既に刹那の事でいっぱいだった。

 

 刹那のIS──厳密にはISではないが──『エクシア』は無人機を真っ二つにするなど、絶対防御を貫通して余りある攻撃力を有している。

正直刹那の事が心配と言うよりも、戦っている相手が死なないかどうかだけが気がかりだった。

 









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憂鬱を変えるモノ(B l u e d a y s / R e d s w i t c h ) 2/2







 

パタタタタッ!パタタタタッ!

 

「そう、射線を明確にイメージして。あ、脇開いてる」

「お、おう」

『一夏兄ー!このままじゃ一発も当たりませんよー!』

 

 シャルルの提案でリヴァイヴのアサルトライフルを借りた俺は、円花を的に射撃訓練をしていた。

 

確かにシャルルが言うように、銃の速度は()()

ISの方が速い時があるけど、考えてみればそんなのはごく一瞬だし、銃弾に比べて圧倒的に大きなISに当たるのなんて当然な気がしてくる。

 

が、まぁ当たらない。

円花が言うように訓練開始から10数分経っても、俺の(たま)が当たる気配は一切無かった。

 

「うーん・・・まさか射撃用のOSが無いなんてね」

「いや・・・これはどっちかって言うと俺が下手なんじゃないか?」

 

 シャルルが言うように、白式には射撃標準用のOSが搭載されていなくて、目視で狙いを付ける必要があるけど、ここまで当たらないと自信が無くなってくる。

 

「どうだろう。僕もオートロック機能無しで動く的に当てるのはすごく難しいし」

「当てられはするんだな・・・すごいなぁ」

「い、いやいや!それでも10~20発に一回ってくらいだし!それもやっぱり訓練あってのことだからね!?」

「うーん・・・でもやっぱり凄ぇよシャルル」

「も〜、そんな誉めても何も出ないよ~っ!」

 

 ばしばしと俺の背中を(はた)くシャルル。

そんな中、アリーナがにわかにざわつきはじめた。

 

「え、あれって・・・」

「嘘、ドイツの第三世代機よね・・・」

「もうロールアウトしてたの?」

「うん?」

 

 そんなざわめきの中心には、銀影のそれとはまた違う、漆黒のISに身を包むラウラ・ヴォーデヴィッヒが居た。

 PICを展開してふわりと飛ぶラウラは、周りの注目なんてどこ吹く風で俺に話しかける。

 

「おい」

 

 初対面の時と変わらない、冷たい声音。

明確な敵意に裏打ちされたそれに、自然と身構えていた。

 

「・・・なんだよ」

「私と戦え」

「───断る」

 

 分かりきっていた文言に、NOを叩き付ける。

 

「ふん、逃げる気か?」

「戦う理由が無いだけだ。お前に理由があったって戦ってなんてやるもんか」

 

 見え透いた挑発をかわして、もう一度拒否を示す。

しかし、ラウラは止まらない。

 

「なら、戦わざるを・・・!」

 

 ガキャッ!と音を立ててラウラの肩にリボルバーの形をしたキャノン砲がかけられた。

 

「得なくしてやる!」

 

 照準をつける必要すらない距離。反応の追い付かない距離。

警告(アラート)よりも早く直感が告げた『この一撃は外れない』と。

まずい、

 

「えぇあッ!!!」

「っ!?」

 

 瞬間、声と共に白と灰色の影が俺達間に割り込み、そしてその右腕の剣を振るっていた。

 

 跳び退さるラウラ。

逆袈裟(ぎゃくけさ)軌跡(きせき)(えが)いた斬撃は、狙いを外しても砲塔を真っ二つにしていた。

 

「貴様は!?」

「刹那!?」

 

 着地したラウラと驚いた俺が声を上げ、制服の刹那は剣を折り畳み、まっすぐにラウラと向き合った。

 

(───なんて速さだよ、ピットからここまでの距離を、ラウラが構えてから間に合ったってのか)

 

 心のなかで呟く。

刹那がこれまで来たことのない第三アリーナの事を説明するためピットまでつれてきていたのだが、そこからここまでの距離はざっと100m前後。

瞬時加速(イグニッションブースト)を反射的にでも使わない限り追い付かない距離だ。

 

「なに!?何が起きてるの!?」

「ドイツの子と男子が戦うみたいよ!」

 

 周りの女子達は、突然な爆発に騒然としつつ、蜘蛛の子を散らすように外側によっていく。

数秒間ためらったような顔をして刹那はたずねた。

 

「何をしていた」

「・・・貴様には関係ない」

 

 簡潔な問いかけに、ラウラは冷たい言葉を投げかける。

 

「・・・だがそうだな・・・貴様が織斑一夏を庇い立てすると言うのなら、貴様諸共打ち砕くだけだ」

 

 そこまで言って、ラウラは不敵に笑った。

 

「なに、男など影討ちしか出来ないゴミと、教官の足を引きずるクズ、口先だけのカスしかいないんだ、丁度良いだろう」

「っ、てめぇッ!」

 

 俺が千冬姉の足を引っ張ったのはどうしようもない事実だけど、刹那が影討ちしか出来ないと言うのは聞き逃せなかった。・・・あ〜小鳥は否定できないな!

一歩前に出た俺は、刹那の隣に立つ。

 

「ふん・・・短慮(たんりょ)浅慮(せんりょ)極まりない行動・・・。やはり貴様は教官の弟として相応しくない!」

 

 切られたキャノン砲を収納(クローズ)し予備の物を召喚(コール)したラウラは、その砲身を俺に向けた。

 

「行くぞ、刹那!」

「了解、エクシア、刹那・F・セイエイ、目標を鎮圧する!」

「ちょ、ちょっと待って二人とも!」

 

 シャルルの声を無視して俺たちは駆け出す。

 

「ほう・・・こい!」

 

 さらに予備のキャノン砲を構えたラウラ、そっちがそうくるなら!

 

瞬時加速(イグニッションブースト)!」

 

 銃器の感覚を思い出しながら、加速をつけたまま大きく左に旋回しつつ距離を詰める。

刹那は一直線にラウラへ飛んでいく。

 

「先ずは貴様だ」

 

 瞬間。両肩、両脚からワイヤーが上方向に打ち出された。

 

「刹那!」

「──!」

 

 雨のように降り注ぐそれに、一度足を止めた刹那は両肩のサーベルを抜き放った。

迎え打つつもりなのか!?だとしたら俺は・・・!

 

「うぉおおッ!」

 

 全速力でラウラに攻撃を仕掛ける!

 

「そんな連携など・・・!」

 

 射出したワイヤーをそのままに、ラウラがキャノン砲を向けた。

この距離、撃たれてからじゃ避けられない。

 

(砲口を見ろ、相手を見て、アイツ(ラウラ)と息を合わせるんだ!)

 

 砲口の先に射線はある、引き金のその先に砲撃がある、ラウラの呼吸の先に俺への攻撃があるんだ!

どがァンッ!

 

「っ!」

 

 放たれた一射を身をよじってなんとか躱す。二撃目は引き金に合わせて回避行動を取る。

避けた先で起きる着弾の爆発を背中に刹那を見やる。

 

「ふッ!えぁッ!」

 

 刹那はワイヤーを叩き落とし、弾きながら少しずつ前に進んでいた。

4本のワイヤーは、弾かれてもまた蛇のように刹那へ鋭く迫る。

 

(すげぇ・・・)

 

 ビームサーベルを振り回しながらステップを踏み、四方八方へと斬撃を放ち続けるその姿は、どこか刀剣の演舞と重なって見えた。

感心するのも束の間、刹那の足が止まった。

 

「チッ、囮か!」

 

 見れば、日本のワイヤーが刹那の脚に絡みついていた。あのワイヤー6本あったのか!?

俺はさらに二発ラウラの砲撃を躱し、さらに接近する。

刹那はすぐさま脚に絡みついたワイヤーを横薙ぎに切り払うと、真上に飛び上がり正面から刹那を追うワイヤーを

 

「はぁッ!!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「すげぇ・・・ッ!あっぶねぇ!!」

 

 意識がそれていた俺にも砲弾が撃ち込まれたのだが、姿勢を崩しながらもなんとか避ける。

刹那のことも気なるけど、今はラウラだ!

ラウラまであと80m、この距離なら・・・!

力をためて、一気に瞬時加速(イグニッションブースト)で近づこうとした瞬間。

ビシューッ!

 

「ッ──!?なんだ!?」

 

 真上から放たれたビームが目の前に着弾して、足を止めさせた。

新手かと思って真上を見上げると、そこには黒いISをまとう小鳥の姿があった。

 

「小鳥・・・!?」

『そこまでだ3人共。気が合わんのは俺もそうだが、周囲に人がいる以上勝手な喧嘩は迷惑千万(めいわくせんばん)だ』

 

 ゆっくりと降り立った小鳥は、合体状態だった『アイアス』を分離して俺とラウラの両方に向けた。

かなり急いでいたのか、刹那と同じように制服のままISを展開していた。

 

「っ、でも!」

「でも、じゃねえ。刹那の機体を大っぴらに見せる訳には行かない、刹那を巻き込まない形でやってくれ」

「・・・いや、オレがこの戦いに割り込んだんだ」

「オーケー二人とも()めろ、これ以上やると死人が出る」

 

 刹那が退かないと察するやいなや、小鳥は喧嘩を止めるように言う。

 

「フッ、死ぬのは貴様だ。セツナとやらの技量の底は知れた。3対1でかかってきても良いのだぞ」

「5対1、だ。今度は俺だけじゃない、円花やシャルルも参戦する。加えて、俺達3人には絶対防御を破る手段がある。手加減が出来ない状況なら、命の保証も出来ない」

 

 ラウラは上空の円花と、逃げていなかったシャルルを見た。

 

「・・・・・・」

「それを終えたとして、他にも代表候補生は居る。アイツらを相手できるか?」

 

 小鳥の後ろ側、観客席にはセシリア、鈴、箒の3人が居た。

 

「それを成そう、と言うのなら仕方が無い。お前の蛮勇(ばんゆう)(わら)って、全力で()り潰すだけだ」

 

 真剣な顔でラウラを睨みつつ、それでも俺に剣を向け続ける。

 

「──ここは退くとしよう。貴様が言う通り、ここでは勝算がつかない」

「感謝する、一夏は言っても聞かないからな」

「いや、聞くけど・・・」

 

 いやまぁ、血が昇りやすいってのは認めるけどさ。

小鳥は俺に向けた剣を背中のラックに戻しながらため息を()く。

ラウラに向けた剣はそのままだ。

 

「小鳥」

「黙っといてくれ、この場で下手に(しゃべ)られると俺に引責(いんせき)が発生しかねん」

 

 煮え切らない感覚を覚えながら、ピットへと戻っていくラウラの背を俺達は見送った。

 

「───」

 

 見送って・・・えっと・・・。小鳥がこっちを・・・向いた。

 

「あ・・・えーっと・・・」

「───いや、お前の事だ。()()()喧嘩に関してはお前は冷静だったろ」

「小鳥・・・怒ってないのか?」

「ああいう手合(てあい)は目標を達成するためならどんな手段でも使う。お前がどんな状況であってもこうなった」

 

 そう言えば、小鳥にはラウラとの因縁を話してたっけ。

多分、そういうのもあって小鳥はあんまり怒ってないみたいだ。

 

「と・は・い・え、だ。喧嘩をするならもう少し勝算を計れ。周囲にはお前らだけじゃない、シャルルや円花も居たんだ」

「う・・・だって、これは俺と刹那だけのケンカだ。シャルルを巻き込むのは気が引けるし、円花を危険にさらすのは兄貴としてもってのほかだろ」

「──、ま、そこまで考えてるなら文句は言わん」

 

 あっさりと引き下がる割にはどこかしっくりしない顔をしている小鳥。俺なんかしたかな。

 

「俺は調整に戻る。またアイツ(ラウラ)が因縁付けてきたなら俺を呼べ。刹那はあまり頼るな」

「うん?刹那を頼るなって・・・あんなに強そうなのに?」

「強すぎるんだよ。少々端折(はしょ)るが、刹那の右腕の剣は、絶対防御を易々(やすやす)と突破してなお(あま)り有る攻撃力でな、下手を打てばラウラが胴体から真っ二つになってた」

 

 ゾッとした。

もし最初の一発をラウラが躱していなかったら、想像するだけで悪寒がする。

それなら刹那の機体を外に見せたくない、と言うのも頷ける。だってISを見るってことは、そのISが戦うって事だもんな。

 

「ん?あれ?小鳥お前、さっき絶対防御を破る手段を持っている人が3人いるって言ってたけど、あと一人って?」

「俺。当たり前だろ。絶対防御のエネルギーが都合よく拡散フィールドの例外だとでも?」

「ああ、なる程」

 

 確かに、それなら絶対防御も突破できるな。

っていうか、束さんハンドメイドのIS、一々殺意高くないか。

そう考えていると、シャルルがこっちに飛んできた。

 

「えっと、一夏、大丈夫?」

「ああうん、大丈夫。ゴメンな、心配かけて」

「ううん、こっちこそゴメン。一夏があんなに怒ってたのに、何も出来なくて」

「いやいや、あれは俺の勝手なケンカなんだから」

「それでもだよ。一夏は刹那くんや、小鳥くんの為に闘ったんだ。助太刀しない理由は無かったよ」

 

 うーん、そこまで言われると何も言えなくなる。

 

りーんごーんがーんごーん

 

「ん?あ、もう4時か」

 

 アリーナの全館は4時までしか解放されてない。

アリーナの縁に掃けていた他の面々も、ぞろぞろとピットへ帰っていっている。

 

 今度は円花が降りてきた。

 

「んー。上からみてましたけど、急にバトっ(戦い始め)て何があったんですか」

「ああいや、色々とな」

 

 多分円花がラウラの事を聞いたらフツーにケンカ売りそうだし、ここは黙っとこう。

 

「ああそれと的役ありがとな」

「いやいや、お安い御用!」

 

 えっへんと胸を張る円花。どうしよう、なおの事当てたくないな。

そう思っていると、遠くから小鳥が「もう帰る時間だろ」と呼んでいた。

・・・帰るの早いな?









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