けものフレンズR ~fan fiction~ (リバース)
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はじまり

草原がずっと遠くまで広がっている。

遠くに見える山の上には、虹色の結晶が立ち登っている。とにかく静かな場所で、風の音しか聞こえない。

 

 

「ここはどこ、あたしはだれ。」

 

そう呟いたけれども、答えを返してくれる方は誰もいない。

 

 

深い溜息を零す。

 

 

 

「これって、あたしのかな?」

 

近くにあった鞄を手に取ってみた。

水色のショルダーバッグは、軽くて丈夫そうだ。

 

「よしっ」

 

もしいけないことでしたら、謝ります。

キョロキョロと辺りを見ても、他に目ぼしい物はないし。

 

 

「ハサミに、筆箱。うーん、スケッチブックは白紙か。そして、動物図鑑……、と...もえ?」

 

 

『おなまえ』に書かれているの、あたしの名前かも。

平仮名は掠れてて、全部は読めないけれど。

 

「よいしょ。」

 

木にもたれかかるように座る。

そして、皺の入った図鑑を開いた。

 

 

ネコ、タヌキ、キツネ、躍動感溢れるイラスト。

読み進めていくうちに、不思議な感情が込み上げてくる。

 

 

「なんだろう、なんだか……」

 

 

イエイヌと背を比べている、人。

 

写真だ。

あたしの方を向いて、楽しそうにしている。

 

 

「あれ、なんでだろ……」

 

視界が歪む。

明るくて優しくて、とっても温かい、そんな場所。

 

 

図鑑を閉じて、地面に置いた。

 

 

「…かえりたい、ひとりはやだよぉ」

 

 

膝を抱えてうずくまる。

なんでこんなところにいるの、なんでこんな目に遭うの、そう繰り返す。

 

 

 

草をかきわける音が、聞こえた。

 

 

「もしかして!」

 

あたしは顔を上げた。

 

とにかく青い、1つ目で愛嬌のあるそんな生き物。

あたしを見上げている。

 

 

「え、えっと」

 

 

撫でようと、手を伸ば

「危険です、逃げて!」

 

「う、うわぁ!?」

 

 

叫び声に驚いて、尻餅をついた。

そんなあたしに、ゆっくりとにじり寄ってくる。

 

 

「た、たべないで」

 

逃げるどころか、立ち上がることすらできない。

 

 

ふと、駆け抜ける風を感じた。

あたしと同じくらいの年齢の女の子だ。

 

 

光り輝く手を、勢いよく振り下ろす。

青い生き物の姿はなくなり、まるで分裂するように石が転がった。

 

 

「はぁはぁはぁはぁ……」

 

 

急いできてくれたのか、肩で息をしている。

それもかなり。

 

 

「あ、あのー?」

 

「お怪我はありませんか?」

 

「あ、はい。 ありがとうございました。」

 

「いえ、当然のことです。」

 

「当然って?」

 

 

鼻をクンクンさせて、キョロキョロして、周囲を伺っている。

 

灰色を基調とした服を着ていて、赤い帯のアクセサリーが特徴的だ。そんな彼女の頭からは本物の獣耳が生えている。水色と黄金色の瞳を持っていて、目つきはちょっと鋭い。

 

 

チラリとあたしを見て、寂しそうな顔をしたのは気のせいだろうか。

 

 

「あなた。ヒト、ですね?」

 

「そうだけど……?」

 

「会いたかったーーー!」

「イタタタタ!」

 

勢いよく抱きしめられる。

この細い腕でなんでこんなに力があるのか。

 

 

「あぁ、ごめんなさい。」

 

謝りながら、解放してくれた。

でも、シュンとしている。

 

「い、いえ、優しくてもらえたら大丈夫です。」

 

「そうですか!」

 

 

ギューッと優しく抱きついてくれると、あたしの顔が緩んでいる気がする。ニコッと微笑みかけてくれれば、安心感が芽生えた。颯爽と駆けつけてくれた彼女が嬉しそうに見上げてくれる、まさにギャップ萌え。

 

 

「この耳が、珍しいのですか?」

 

「触ってみても……」

 

「いいですよ。」

 

「いいんですね!」

 

「ぁん……」

 

 

本当に本物らしい。

撫でるように触れただけで、くすぐったそうにほんの少し身を捩る。

 

 

「あなた、最近生まれた娘みたい、ですね。」

 

「あたし、生まれたばかりなの!?」

 

電脳少女シロ様じゃないのよ、あたし。

 

 

「ええ。サンドスターによって生まれたフレンズだと思います。」

 

「さ、さんどすたー?」

 

「サンドスターは、サンドスターですよ。」

 

「あ、はい。」

 

「では、いろいろお教えしますね。」

 

このままの体勢でいてくれると、落ち着いて聞けそうだ。

 

 

「ここはジャパリパークと言います。大きな島で、様々なフレンズが暮らしています。フレンズとは、サンドスターによって変化したけものと言うべきでしょうか。」

 

「な、なるほど。」

 

他のフレンズ?も似たような容姿なのだろうか。

 

 

「自己紹介が遅れましたね。私は……イエイヌで構いません。」

 

「じゃあ、あたしは、うん...ともえって今は呼んでくれればいいかな。」

 

「はい、よろしくお願いします。ともえさん!」

 

「うん、よろしくお願いします。イエイヌさん。」

 

「私は癖なのですが、呼び捨てで構いませんよ。」

 

「そっか。よろしくね、イエイヌ。」

 

 

ちゃんと、誰かに会えた。

 

よかったぁ。

 

 

「ごめんね。ちょっとだけ…だから……」

 

「はい。どうぞ……」

 

 

イエイヌの胸に、顔をうずめた。

 



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たびだち

 

イエイヌに連れられて、草原を歩いていく。

これから何をすべきか、あたしは何も思いつかない。

 

 

「着きました!」

 

元気のいい声で、顔を上げた。

 

 

「えっと、ここは……?」

 

動物を模した奇抜なデザインの建物がいくつもあって、積まれた石で囲われている。集落みたいな場所だけど、井戸や掲示板のようなものはない。

 

「私のおうちですよ。」

 

「ほ、他にも誰かいるの?」

 

 

あたしの質問に、首を振った。

寂れた集落の中心部でも、誰かの声はしない。

 

「……ここには昔何人もヒトがいたんです。よく私も遊んでいました。」

 

 

イヌを模した家の扉を開けた。

 

ベッドや机といった生活に最低限の物はあるけど、1部屋だけしかない。もしかしたら、集合住宅じゃなくて宿泊施設なのかもしれない。イエイヌが住んでいることもあって、手入れされているけれど、少し古びている感じがする。

 

 

「座っていい?」

 

「えっ、あっ、遠慮なく……」

 

シュンとしているイエイヌに首を傾げながら、椅子に座った。

 

 

 

「はぁー……」

 

深いため息が出た。

まだまだわからないことだらけで、思い出せないこともある。

 

 

転生、なのかな……。

こういうとき、男子はテンションアゲアゲなんだろうなぁ。

 

 

「どうぞ。」

 

湯気が立っているカップが置かれた。

 

「えっと……」

 

「落ち着きたいとき、葉っぱをお湯に入れて、飲むんですよね?」

 

「うん、よく知ってるね。ありがとう。」

 

喉に温かさと香りが溢れて、穏やかな気分になれた。

 

簡易キッチンには電気ケトルがある。

たぶん離島の、廃れた集落でも家電製品が使えるんだ。

 

 

「ねぇ、電気が通って……どうかした?」

 

「……おすわりって、言ってもらえませんか?」

 

申し訳なさそうに、そうお願いしてくる。

 

「……おすわり」

 

「はい!」

 

「なんで床なの!?」

 

ぺたんと股下を床につけて、両手をちょこんと曲げている。

 

「かわいい……、じゃなくて!」

 

「はい!」

 

そうじゃないんだよなぁ。

立ち上がらせるために手を差し出せば、お手された。

 

 

「な、撫でてもらえませんか?」

 

「えっ、うん。いいよ!」

 

 

お願いだからね。

仕方ないよね。

さっきは助けてくれたからね。

 

 

「いやー、久しぶりにしてもらえて嬉しいです!」

 

 

髪はとても柔らかい。

 

目を細めて、心地よさを味わっている。

あたしも味わっている。

 

 

「やさしい、撫で方…ですね」

 

「な、泣いてるの?」

 

「あっ……」

 

 

撫でるのは中断した。

寂しそうな表情のイエイヌの涙を、袖で拭いてあげる。

 

 

「……いろんなヒトと、遊んでもらったんです。でも、みんないなくなってしまった。一期一会っていうんですよね。……でも今はもうずっと会っていなくて。」

 

「そんな……」

 

「でも、でもいつかまたみんなと会えるって。……だからお留守番しているんです。」

 

どれくらい、という質問を聞くことはできなかった。

イエイヌの辛い表情が物語っているから。

 

「あなたは……、どこにも行きませんか……?」

 

「……ごめん、わからない。あたしね、何をしたらいいかわからないの。」

 

「このおうちには!」

 

イエイヌは、声を張り上げた。

 

「ここには、ヒトが使っていた物がたくさんあります。セルリアンからだって、あなたを守りますから。……だから、ずっと一緒にここで。」

 

 

イエイヌと静かにここで過ごすこと。ここには電気も通っているし、家具だってある。イエイヌが守ってくれて、ずっと独りぼっちじゃなくて、他の人に会えるかもしれなくて。

 

 

あなたにとっては、あたしはヒトのままなんだろう。

 

 

「ジャパリパークっていうんだっけ。あたし、旅をしたいの。」

 

「……え?」

 

「まだまだ知りたいことがたくさんあるんだ。」

 

「しりたい……?」

 

「なんであたししか人がいないかーとか。なんでセルリアンって危険なのかなーとか。……なんで君みたいなフレンズがいるのか、とかね。」

 

「で、でも、外は危険ですよ。」

 

「うん。足手纏いになると思うよ。でも、がんばりたいんだ。」

 

「それって……」

 

「あたしがちゃんと自立すること、イエイヌちゃんには手伝ってほしいの。」

 

「でも、お留守番……。」

 

「散歩に行こう、いっしょに冒険に行こう。イエイヌちゃんとジャパリパークを知りたい。……どう?」

 

 

イエイヌちゃんは目を閉じた。

静寂が流れる。

 

たぶん、いろいろな葛藤があると思う。

 

「…………ありがとう!」

 

イエイヌは旅をする種ではない。ヒトと同じくおうちを持って、平和で変化のない生活を好む。慣れない生活は未知で、確実にイエイヌの負担になるだろう。そう考えることはできる。

 

でも、彼女はイエイヌじゃなくて、

イエイヌちゃんだから。

 

 

イエイヌちゃんには、彼女らしさを見つけてほしい。

そして、あたしも。

 

 

 

「これ、借りていいかな。」

 

「いいと思いますけど……」

 

着替えるのは、珍しいのかな。

タンスを開けば、子ども用の服が残されていた。

 

 

「だいじょーぶ、ちゃんと返しにもどってくるから!」

 

 

心機一転。

気分は、ジャングルの探検隊。

 

青いベストジャケットを羽織って、羽飾りのついた探検帽を被っただけなんだけどね。

 

 

「よしっ、いこう。イエイヌちゃん!」

「はい、ともえさん!」

 

 

 

えーと、男子ならこういうんだよね。

 

「あたしたちの冒険はこれからだ!」

 



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へいげんちほー

 

 

天気は快晴、ピクニック気分。

ここは、イエイヌちゃんのおうちがある平原地方。

 

行き先も決めないまま歩いているわけじゃなくて、地図を見ながら『森林地方』に向かっている。ジャパリパークは大きな島で、ホントかどうかわからないけれど、様々な気候が隣接していて火山を中心とした円とすると、扇形に分けられる。

 

「目指すはジャパリパーク1周ってこと!」

 

「でも、どうして、しんりんちほーなのですか?」

 

「砂漠地方は、砂だらけで暑そうだからね。できれば避けたいんだ。」

 

「へぇ~、そうなんですね。」

 

島の西にある砂漠か、島の東にある雪山か。

イエイヌやあたし的には雪山を選ぶ。

 

 

森林地方や水辺地方で、防寒具が準備できればいいんだけどね。

 

 

「そこのお二人、少しいいか?」

 

「「はい?」」

 

フレンズたちは白騎士と黒騎士と言っていいだろう。槍を持っていて、その佇まいや装備からも西洋の騎士を思わせる。獣耳は柔らかそうだし、槍の先端は角を模している気がする。

 

「もしかして、サイのフレンズ?」

 

「そうだ。私はクロサイ。そしてこちらは姫だ。」

 

「気軽にシロサイとお呼びくださいませ。」

 

「ど、どうも。イエイヌです。」

 

礼儀正しくお辞儀をする。

イエイヌちゃん、溢れんばかりの気品にちょっと動揺しているね。

 

 

「あたしは ともえ、よろしくね! あっ、ちょっと失礼。」

 

鞄から図鑑を取り出して、サイのページを開く。

シロサイもクロサイも灰色といっていいし、よく似ている。

 

食べるものだとか、それによって身体の構造に違いがでてきているけれど、写真を見比べてもかなり似ている。シロサイちゃんやクロサイちゃんはそれぞれ個性があってわかりやすいけどね。

 

「あの、何かあったのでしょうか?」

 

「いえ、あまり見かけない方々でしたので、お声をかけただけです。」

 

「私たちは食料調達の帰りでな。しんりんちほーから戻ってきたのだ。」

 

 

背中に背負っているのは、竹で編まれた籠だ。

手作り感が溢れている。

 

 

「すごい、いっぱいだ。」

 

「きのこが私たちの中では、ブームになっていますの。」

 

籠の中には同じ種類のキノコがあるけど、椎茸しかわからない。

 

 

「博士たちが提示した物を探すのは、苦労するがな。」

 

「小さいですし、ちゃんと近づくまで、見分けがつきませんものね。香りも独特ですし。」

 

視力があまり良くないからかな。

眼鏡でもあればいいんだけど。

 

 

「どうです、いくつか差しあげましょうか?」

 

「ご、ごめん。生のままじゃちょっとね。」

 

「あら、そうですの。」

 

「ねぇ。森林地方って、あっちであっているの?」

 

指差してみたけど、伝わるだろうか。

どっちから来たのかはわかるかもしれない。

 

 

「ええ。あなた方もキノコを?」

 

「ううん、旅をしているんだ。」

 

「あら、旅をするフレンズなのですね。」

 

「道中、セルリアンには気をつけるんだぞ。」

 

「わ、私が守りますからね!」

 

「ふふっ、頼もしいですわね。」

 

うん、ほんと頼もしい。

あたしの腕を取って、ポジションを取られないようにしている。

 

 

 

「では、失礼しますわ。」

 

「セルリアン退治をしているフレンズもいるから、頼るといい。」

 

「また機会がありましたら、お会いしましょう。」

 

「うん、ありがとう。シロサイちゃん、クロサイちゃん。」

 

「「ちゃん!?」」

 

踵を返したフレンズたちは、またあたしたちを見た。

仲良く揃って恥ずかしそうだ。

 

 

 

 

 

********

 

森林地方っていうか、森林が近づいてきた。

日が暮れてきているからこのまま森に入るのは避けたい。

 

「ねぇ、今日は休もうか?」

 

「そうですね。……どこで?」

 

「そりゃあ、野宿だけど。」

 

「き、危険ですよ!」

 

「まあ、確かに。火でも起こせればいいんだけどなー。」

 

意気揚々と旅を開始したものの、野宿は初めてだ。

明るさの確保も、マッチやライターがないとできない。

 

知識としては火起こしを知っているけれど、必要な道具を作ることも使うことも、あたしはできないだろう。イエイヌちゃんにとって足手纏いになっているのが、現状なんだよね。

 

 

「あっ、おうちがありますよ!」

 

「ほんとだ!」

 

森と平原の境目に、レンガ造りの民家があった。

灯りがついていて、窓から光が漏れ出している。

 

「ごめんくださーい!」

 

「は、はいぃ」

 

扉が開けば、オドオドしたフレンズが目の前に現れた。

白とピンクを基調としたドレスで、耳が垂れている。

 

「ブタのフレンズ?」

 

「そ、そう、ブタです。よ、よろしくおねがいします!」

 

あまり初対面のフレンズと話すことが得意ではなさそう。

 

 

「……だれ?」

 

またフレンズがおうちの中から様子を見に来た。

 

シャツの上から、ポケットのついたエプロンを羽織っている。

そして、どこか寂しげな印象がある。

 

「あたしはともえ!」

 

「イエイヌです。」

 

「……私、フクロオオカミ。」

 

フクロオオカミってたしか。

 

「あのー、一晩ここに泊めてもらえないかなって。」

 

「……そう、いいよ。あなたは違うみたいだし。」

 

あたしを見て、そう告げた。

ちがうっていうのは、どういうことだろう。

 

「あっ、うん、ありがとう。」

 

「……みんなとお留守番、しててね?」

 

「は、はい、お気をつけて!」

 

フクロオオカミは薄暗い闇の中へ消えていく。

 

 

「どこに行かれたんですか?」

 

「食べ物を、探しにいったんだと思います。」

 

ブタちゃんは、両手を前でキュッと組んでいる。

 

 

 

「夜行性だからかな。」

 

「あっ、どうぞ中ヘ。」

 

ベッドやテーブルはずいぶん古ぼけている。

太陽電池によって溜まった電気で、灯りはついているんだろう。

 

 

最低限の設備が整っているけれど、さびしい。

 

 

「えっと……、どうぞ。」

 

ジャパリまんと、コップに注がれた水を用意してくれた。

 

「いいの?」

 

「はいっ! お客様には最大限のおもてなしをって、いつも教えてもらっているんです。」

 

「そうなんだ、ありがとう。」

 

お腹ペコペコということもあって、あたしたちはすぐに平らげてしまう。

 

 

ほっとしたこともあって、大きなあくびが出た。

あくびはイエイヌちゃんにも移ったようで、微笑み合う。

 

 

 

「えっと、屋根裏部屋でいいでしょうか……?」

 

「いいよいいよ!」

 

 

案内してくれたけれど、設備も十分揃っている。それだけじゃなくて、部屋がピカピカに掃除されていることに感嘆の声が上がる。

 

「掃除は、ブタちゃんがやったの?」

 

「えっ、ええ。私にできることはこれくらいなので……おやすみなさい。」

 

「うん、おやすみ!」

「おやすみなさいです。」

 

 

 

顔を見合わせる。

 

「ベッド1つしかないけれど、一緒に寝よっか?」

 

「はっ、はい。ともえさんがよろしいのなら。」

 

 

でもまだ寝るには早い時間。

鞄を壁際に置いて、スケッチブックを取り出した。

 

「それって……」

 

「スケッチブックっていうんだ。」

 

「絵を、かくものなんですよね。」

 

「う、うん。よく知っているね。」

 

まだまだスケッチブックは、白紙だ。

その1ページ目。

 

鉛筆を使って犬を描こうとすれば、手が勝手に動いていく。

 

あたしってお絵かきが得意だったのかもしれない。デフォルメ化したダックスフンドはまだまだ下書きの段階だけれど、動物の特徴をよく捉えていると自負できる。

 

「これが、絵なんですね。初めて見ました。」

 

「じゃあ次は……」

 

イエイヌちゃんを描こうとしても、さっきと違ってスラスラと描くことはできない。試しに人を描こうとしたけれどその全体的な形は崩れる。対して、ネコの顔だけ描こうとすればサクサクと進む。

 

 

「どうかしましたか?」

 

「うん。イエイヌちゃんの絵を描こうかなって。」

 

「わ、私ですか?」

 

「まだうまくないから、ごめんね。」

 

「いえ、描いてもらえるだけでも嬉しいです!」

 

 

旅だってから1日目。

まだまだ旅初心者だけど、イエイヌちゃんと一緒ならなんとかなるかなって。

 



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