前世からあなたを想ってる (静華)
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前世からあなたを想ってる 上
ターニャの人格形成に多大な影響を与える人物がいればいいと思った。
それが、幼馴染の異性であればいいと思った。
上は、幼馴染ばかり出てます。
下では、ターニャがたくさん出ます。
作品をより良いものにするため、アドバイスを求めています。
筋が通っていればディスりもokです。
「誕生日おめでとう! って、なんて酷い顔してんだよ」
そう友人が称したくなるほどホフマンは顔色が悪かったらしい。ありがとう、と言いながらホフマンは、この日は苦手なんだ、と苦笑を浮かべた。
友人は追求しなかった。戦時中の今、苦手な日があることなど別段特別なことではないのだ。ただそれが、己の誕生日なのに友人は同情した。
軍大学で仲良くしてくれた彼は元気にしているだろうか。
懐かしいことを思い出した。
「‥‥‥そうか、明日か‥‥‥」
ホフマンはカレンダーを見てひとりごちた。彼の前世の命日だ。そして、私の今世の誕生日だ。
「誕生日プレゼント、もらいに行かなきゃ」
そうひと月ほど前から準備していた地図を手に取り、出かける支度をした。
私は彼が大好きだった。
彼とは幼馴染だった。
小さい時から私は彼を愛していて、ことあるごとに彼に話しかけた。
「今回のテストも一位だったよ」
だから私に勉強のことは聞いてよ、少しでも話がしたいんだ。
「今度数学オリンピックに出ようと思うんだ」
校内順位が一位でも質問してもらえなかった。全国順位が一位なら聞いてもらえるのかな。
「この前作ったアプリがヒットしてさ、是非やってみてよ」
君が好きなFPSだよ、楽しそうな顔が見たいんだ。
想いを伝えることができないまま月日が経ち、関係が無くなるのが怖くて高校も大学も、就職先も同じところにした。
一度何故か聞かれて、普段話しかけられることがないから、舞い上がって、思わず素直に答えてしまった。
一緒に居たい、なんて付き合ってもないのに気持ち悪がられるだろうか、と思ったが、そうか、と興味なさそうに返された。
引かれなくて良かったが、好きの反対は無関心というのはよく聞く話で、悲しくなった。
彼の上司になった私は、なんでもいいから会話がしたくて彼にばかり仕事を振った。まぁ、できた会話は、これお願い。了解しました。で終了する義務的なものだったが。
彼が既に多くの案件を抱えていれば、これ幸いと私も手伝った。
その度に不信感に満ちた目を向けられている気がしていたが、二人きりの空間に緊張して理由を問えなかった。
その日も彼はリストラ宣告をして、定時通りに業務を終了した。
もっと上手い言い方をすれば、あんなにあの無能は怒らなかっただろうが、前から言っても「上手い言い方」をする必要性を理解してくれなかった。
上司命令だと言って、あんな恨みを買うような言い方はやめさせれば良かった。
そうすれば、彼は、
私はいつも通り、彼が退社したのを見送って、自分も退社した。
そしていつも通り彼の数メートル後ろを歩き、同じ車両に並んだ。
全ていつも通りだった。
『まもなく三番ホームに電車が参ります、黄色い線までおさがりください』
その放送が入った直後、今日彼がリストラ宣告した無能が、彼を突き落としたこと以外は。
時間が止まったようだった。
世界が、私にこの瞬間を目に焼き付けさせようと、私に、あの時もっと強く忠告していれば、あの時こいつのリストラを別のやつに言わせれば、あの時彼の後をつける私以外の影に気づいていれば、あの時、と、後悔させようとしているようだった。
彼は宙を舞い、やがて電車に轢かれた。
私は絶望のあまりその場にへたり込み、そのあとどうやって家に帰ったのか覚えていなかった。
後日、彼の葬式が行われ、私も参列した。
私はメイクが崩れるのも気にせず、ボロボロ泣いた。いや、むしろメイクなんてしていなかった気がする。葬式の記憶もやはり、朧げだった。
唯一、はっきりと覚えてる場面がある。それは、彼の友人から話しかけられた時だった。
「彼からは貴方は彼を嫌っているのだと聞いていた」
何故そんなに泣くのか、と聞かれ、彼を愛していたのだ、と伝えれば、拍子抜けしたように彼はそう言ったのだ。
信じられなかった、しかし、そうだとすれば全て辻褄が合った。
そりゃあ、自分を嫌っている人間が、あんなに話しかけてくれば、嫌悪と懐疑の目で見るだろう。
そりゃあ、自分を嫌っている人間が、進学先も就職先も一緒にしてくれば、何故か聞くだろう。
そりゃあ、自分を嫌っている人間が、一緒に残業してくれば、不信感に満ちた目を向けるだろう。
そりゃあ、
彼が死んでから私は、他人の仕事すら奪うように打ち込んだ。
仕事だけが、彼を忘れてくれるものだった。
たとえ、それが少しの時間だったとしても、何もしていないよりは圧倒的にましだった。
職場を変えた。もう彼と残業することはないのだから。
住処も変えた。もう彼と同じ車両に乗ることはないのだから。
趣味も変えた。もう彼がゲームをすることはないのだから。まぁ、これに関してはやってもらったことは無かったけど。
それでも夜になって目を瞑ると、脳裏に焼き付いたあの光景が浮かんできて、毎晩泣いた。
どのくらい月日が経ったのかわからない。
私はいつしか祈るようになった。そんな存在に縋るのは弱者のすることだと、バカにしていた行為をするようになった。
どうか、神が、神様が存在するのなら、私を彼のところへ、
そう祈り出して暫く経ったとき、世界が突如消えた。
そこにあったのは見渡す限りの白、それとテンプレ小説によくいる老翁。
「誰、ですか?」
『貴様の祈りを叶えようとするものだ』
「何故、」
『向こうでの実験の結果、やはり【奇跡】は信仰心を芽生えさせるのに有効だと分かってな。ランダムで貴様が選ばれた』
暫しの静寂。
「そうですか、では、二〇十三年二月二十二日XX時XX分‥‥‥流石に秒数までは分かりませんが‥‥‥XX駅三番ホームX号車X番ドアの列に並んでいたところ、クソ野郎に突き落とされた彼をご存知ですか?」
『‥‥‥気持ち悪いほどに詳しい情報をありがとう。あぁ、分かるぞ。奴のところへ行きたいのだな?』
「えぇ、ですが死の先にあるのは無、いえ無を知覚することすらできないのでしょう?祈りを叶えるのは無理では?」
『いや、死の先にあるのは輪廻だ。そして人類は解脱を目指すべきなのだ』
寸刻の静黙。
「あぁ、成る程。では、この世に転生しているところを教えていただけるということですね」
『それが、奴は実験的に異世界に転生させたのだ』
「成る程わからん」
束の間の黙寂。
いや、待て、この神を自称する老翁は先刻「向こう」での実験の結果と言っていたな。ということは向こうは今言った「異世界」でこの老翁は現代人が失うべくして失った信仰心をまた広く普及させるために「実験」を行なっているのか。
『随分と機転が利くようだな』
「えぇ、まぁ。では私の願いは、その異世界に転生し、彼と再会することでお願いいたします」
『いいだろう。では、よい第二の人生を。信仰心もお忘れなく』
ホフマンは徒歩で駅に向かった。この広い合州国では車での移動が主流だが、これから向かう場所は車では一日かかるのだ。一人で向かうには運転し続ければならない車より、乗れば勝手に運んでくれる列車の方が妥当だった。
駅に着き、ホフマンは切符を購入した。これから訪ねる相手と会えるならば痛くない出費だったが、軍にいた頃よりも低い所得では、今後の節約を考えさせる代金だった。
列車を待っていると、ホフマンは声をかけられた。知り合いかと思えば、見もしない女性だった。
お兄さんお一人なんですか?と間延びした話し方が耳に障った。ホフマンはしっしと追い払いたいのを我慢して、えぇ、まあ。と笑顔を貼り付けた。
軍を抜けてからこういうことが増えた。軍にいた時はほとんどターニャに構ってたからなあと女性の声をBGMに思い出に耽た。
列車が来たので、女性を無視して乗り込んだ。行き先が違ったのだろう、流石に中には入ってこなくてホフマンは安心した。
ホフマンは適当な個室に入り、荷台に物を置いた。
しばらくすると、列車が動き出した。これからしばらくは乗り換えもないので、とれるうちに睡眠をとろうとホフマンは目を閉じた。
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前世からあなたを想ってる 下
ターニャの中の人の人格形成に多大な影響を与えた人物がいたらいいなと思った。
それが異性の幼馴染だったらいいなと思った。
大戦が終わり、世界に平和が訪れた。
ターニャはもう、砲弾の音で朝を起きることも、汗と埃と返り血で身体を汚すことも、一日を生きるのに必死になることもなくなった。
だからだろうか、とターニャは汗で髪が張り付いた頭でぼんやりと考えた。
電車を待っていた。先頭に並び、本を出したが、雨音がやけにうるさかった。
『三番線に電車が参ります。黄色い線までお下がりください』
無機質なアナウンスが響いた。
誰かに押された。
足が地面を離れた。
浮遊感。
雨音。
人の目。
感情。
幼馴染。
──ブラックアウト。
今更、前世の死に際に魘されるなど、ターニャは思いもしなかった。
しかし、当然なのかもしれない。
今までは、大戦を生き延びる「存在Xへの復讐」がターニャを必死にさせた。
しかし、大戦が終わった今、帝国は敗北したものの、合州国に亡命をしたターニャに、必死にさせられるものは何もなかった。
そこで、トラウマとなったものが漸く姿を見せたのだ。
「‥‥‥そうか、今日か‥‥‥」
ターニャはカレンダーを見てひとりごちた。前世の命日だ。そして、奴の今世の誕生日だ。奴は元気にしてるだろうか。同じく合州国に亡命したと聞いているが、なにせここは広い。お互い名前を変えている中、今後会える可能性も限りなく低いだろう。
「‥‥‥誕生日プレゼント、用意したんだがな」
そう机を見やってターニャは空軍大学へ行く支度を始めた。
ターニャはできるだけ、いつも通りであることを意識して過ごした。緊張で嫌な汗をかいているのを無視して、登校し、授業を受け、帰った。
同級生に心配されるほど顔色が悪かったらしいが、一人でいる方がターニャには耐えられなかった。
そういえば例年は奴がひっついて離れなかったのが鬱陶しかったな、と小さな笑みをこぼした。まだ一年も経っていないのに不思議と遠い思い出に感じられた。
夜になったが、ターニャは眠りにつくのが、意識を手放すのが怖くて、コーヒーを淹れた。芳醇な香りが部屋を満たし、時計の針の音と相まって心を落ち着かせた。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。ターニャが眠気を感じて時計を見やると、日付が変わる頃を示していた。
そろそろ寝るか、とターニャが椅子を引くと玄関を控えめに叩く音が聞こえた。
こんな時間に来る人間がまともなはずがないとターニャは警戒し、銃を手に取りゆっくりと向かった。
覗き穴を確認すると、そこにいたのは今日一日心の片隅にいた人間で、ターニャは慌てて扉を開けた。
「よかった、生きてた」
そういつもの台詞を零したのはどちらだったのだろうか。
走ってきたらしい奴は汗だくで、そこじゃあ冷えるだろう、とターニャは中へ入るよう促した。グスグズしゃくりをあげながら、奴は頷いた。
「久しぶりだな、ホフマン」
「うん、久しぶり」
ホフマンが席に着いたのを確認するとターニャは来客用の紅茶を差し出しながら言った。しかしホフマンは妙にソワソワしてこちらを見なかった。紅茶に黒い髪と瞳が写っていた。ターニャは少し考えてその理由に思い至った。
「汗など気にせず抱きつけばいいだろう」
ターニャがカップを置いて腕を広げたのにホフマンは少し迷ってから抱きつけば、また涙を零した。
「‥‥‥いつもは、朝起きれば、すぐ会えたから、」
嗚咽交じりに言うホフマンの言葉は支離滅裂で、それでもターニャは口を挟まずに聞いていた。咽びが啜りに変わった頃、漸くホフマンの抱擁が緩まって、ターニャはゆっくりと離れた。
「今年も言うけど、」
あなたが生きていることが、私の最高の誕生日プレゼントだ。そう言ってホフマンがあまりに穏やかに笑ったので、ターニャはドキリとした。それが悔しくて、ターニャは挑発的な笑みを浮かべて言った。
「困ったな、今年は誕生日プレゼントを用意したんだがな」
贈り物は二つもいらないだろう、と態とらしく溜息を吐くターニャに慌ててホフマンはいるに決まっていると伝えた。分かった、やるから、落ち着け、とホフマンを座らせてターニャは机へ向かった。わざとゆっくり歩くのは、彼を焦らす為かこの心臓を落ち着かせる為かターニャには分からなかった。
私は奴に嫌われていた。
奴とは幼馴染であった。
奴はよほど存在X(一般に神ともいう)に愛されていたのか、容姿が整っていた上、才能もあったため、周りにはいつも人がいた。
いつからかその才覚を発揮し、両親にはことあるごとに比べられ、私の自尊心は傷つけられた。
そんなことを知ってか知らずか、奴はいつでも私に構ってきて、嫌味を言ってきた。
「今回のテストも一位だったよ」
自分より格下の人間を構うのがそんなに楽しいか。
「今度数学オリンピックに出ようと思うんだ」
才能のない人間に自分の才能を見せるのがそんなに楽しいか。
「この前作ったスマホアプリがヒットしてさ、ぜひやってみてよ」
なけなしの自尊心をズタズタにするのがそんなに楽しいか。
奴は私より格段に頭がいいくせに、高校も、大学も、あろうことか就職先も同じにしてきた。
一度何故か聞いてみたことがあったが、一緒に居たいから、という訳の分からない返事が返ってきた。
恐らく私ほどいじめがいのある人間がいないという意味なのだろう。
そうか、とだけ返した。
奴は私と同じ時期に会社に入ったが、私より数段上の立場にいた。
その立場を利用して、私にばかり仕事を振ってきた。かと思えば、既に多くの案件を抱えていれば、一緒に残業してきた。
私にばかり仕事を振るのだから、嫌がらせだと思ったが、一緒に残業する意味は分からなかった。
今なら、理解できる。
奴は私が大好きだった。
きっと小さい時から奴は私を愛していたから、ことあるごとに私に話しかけたのだろう。
「今回のテストも一位だったよ」
少しでも話がしたい、勉強のことでも聞けばいい。
「今度数学オリンピックに出ようと思うんだ」
学校一でも聞いてもらえなかった。世界一なら聞いてもらえるのだろうか。
「この前作ったアプリがヒットしてさ、是非やってみてよ」
あなたの為に作ったのだから。
そんな想いがあったらしい。微塵も伝わってなかったが。
私が死んで悲しむ人間が存在するとは思わなかった。勿論友人はいたが、自分にその価値があるのか分からなかった。なにせ、心がない、サイボーグ、ドライ、非人間などと罵られるような人間なのだから。人格が歪んでいたのはわかっていたのだから。
だから、自分が誰かに愛されるなど、想像すらしたことがなかった。
奴が大隊に入って初めて迎えた二月二十二日。
早朝にドアが叩かれ、開けばそこにいたのは顔面蒼白で息が上がっているホフマンだった。あまりの異様さに、なにか良くない報せでもあるのかと思えば、抱きしめられた。
そして、一言、よかったと奴は言ったのだ。
なにがよかったのか、何故抱きしめられているのか、何が理由でこいつから鼻をすする音がするのか、何一つ分からなかった。
しばらく抱きしめられた後、漸く拘束が解かれた。
目や鼻を赤くして睫毛を濡らした姿は幼く見えた。
「あなたが、」
あなたが生きていることが、最高の誕生日プレゼントだ。そう奴は私の手を握りながら言った。
なにかがストンと心に落ちた。
今までろくにこいつの言うことを信じてこなかったが、こいつは本当に私のことが好きらしいと思った。
ターニャは机に置いてある手のひらに収まるほどの箱を手に取った。振り返るとホフマンがじっとこちらを見ていたので笑ってしまった。
「そんなに見つめられたら穴があきそうだ」
そうターニャが小さく笑うとホフマンは顔を赤くした。
「タ、ターニャ、変わったね」
ボソボソと告げるホフマンに、お前が変えたんだよ、とは教えてやらない。ターニャはわざと的外れに答えた。
「そうかね、相変わらずの身長だと思うが」
ターニャは言いながら近づいた。
そう言うことじゃなくて、とまたもはっきりしない声で言うホフマンにくつくつと笑った。
これ以上からかったらどうなるのか気になるほどホフマンは赤くなった。
かわいい奴だ、とターニャはホフマンの手を取り、箱を握らせた。
「開けてみろ」
ターニャは腕を組んで反応を待った。
ホフマンは恐る恐る箱を見た。慎重にリボンをほどき、包み紙を取り去った。
その丁寧な手つきは、いかにターニャからの贈り物を大事にしたいかを表していて、ターニャはまた微笑みを浮かべた。
ホフマンが漸く蓋をあけるとそこにあったのは何かの鍵だった。
ホフマンは頭にたくさんの疑問符を浮かべてターニャを見上げた。
「この家の鍵だ。私は漸くお前に絆されたんだ、返品は不可能だと思え」
ついでにとターニャは惚けた顔をしたホフマンにキスをすると、やっと冴えたらしいホフマンがいきなり立ち上がった。
「最高の誕生日プレゼントだ‼︎」
いかがでしたでしょうか。
私得でしかありませんでしたが、きっと他の人にも気に入ってもらえると信じてます。
短編とか番外編も書きたいと思います。
よりいい作品にするため、様々な意見を求めてます。
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