東方化悌録 (乃亞)
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Chap:0 斯くして彼女は幻想に
pro:後ろ手で幻想への鍵を開けて


はじめましての方ははじめまして、他作品を読んでいただいている方はお久しぶりです、乃亞です。
本当に久しぶりに書いたので文体、構成等ごちゃごちゃかもしれませんが温かい目で御覧頂けるとありがたいです。
ここからは作品についての注意書きを。
本作品は都合上、主人公以外のオリキャラを出すこと(例、さとりのペット等)があるやもしれませんがあくまでそれは脇役です。
本筋のストーリーに関わりがほぼありませんのでご容赦のほどを。

それでは東方化悌録、よろしくお願いします。


「……はぁ」

 

  窓の外をぼんやり眺めながら『私』は思わずため息をついてしまう。

 今は高校の期末試験の真っ最中だが、そんなことはどうでもいい。授業をそれとなく聞いていれば何を説明してるかなんて分かるし、教師側とて徒らに赤点候補を増やして補習を受けさせたいわけじゃないから試験は難しくする気もないらしい。教科書と同じ問題か数字を変えただけの問題だけでは生徒の習熟度なんて測れないだろうに。

 

  半分以上も試験時間が余っていてとても退屈……いや違うな。多分。『私』はこの現代の生活というものに退屈しきっている、ということなのだろう。もちろんこの世に希望が持てないから死にたい!ということでもない。友達と遊ぶのは楽しいし音楽や映画、ドラマといった芸能を楽しむのも好きだ。

 

  ……うーん、なんなんだろう?()()()ならこういう時何をしてるんだろう?解き終わった数学の問題用紙にこの鬱屈とした気持ちをぶつけるつもりでペンを走らせる。2次関数の点と点を繋げてラグビーボールの形にしたり、花柄にしたり。絵を描いたり見たりするのは好きだ。自分の気持ちを形に出来る気がするから。いつからだったかもう覚えていないけれど純真だった頃の気持ちに戻れる気がするのだ。

  2次関数の問題だったはずのスペースにはいつのまにかX軸とY軸を額縁のように見立てた花と動物の絵が出来上がっていた。その出来に少しだけ満足感を覚えて再び時計を見やる。が、ほとんど時間が進んでいないことに気づき、諦めて素直に寝ることにした。

 

 〜〜〜〜〜〜

『まったく、貴方はいつまでも変わらないのね。私は少し心配になるわ。貴方は最近の子らしくないわね』

『そうなの?最近も昔も子供は子供じゃないの?』

『そういうところよ。うーん、この子使おうと思ったんだけどなんか違うわねー。まだ暫くはあの二人に頑張って貰おうかな』

『なんのこと?』

『いいえ、なんでもないわ。』

 

  うふふ、と口元を隠して笑う()()()。しばらくして何かに納得したかのように口を開いた。

 

『それじゃあ、私は行くわね』

『えっ、どこに?』

『そうねぇ…。目で見えるくらい近くて、そのくせ遠いところよ』

『なにそれ、言葉遊びなの?おちょくってるの?』

『そういうわけじゃないんだけど…』

『ふーん、よくわかんないの。また会える?』

『どうかしらね?会えるかもしれないし会えないかもしれないね』

『またそうやってはぐらかすー!』

 

  何を聞いてもしっかり答えてくれない()()()に不満そうな顔を向けると仕方ないわね、という顔をしてわしゃわしゃと撫でてくれる。その撫で方が気持ちよくてつい表情が緩んでしまう。

 

『じゃあ、本当に行くわね』

『えー!寂しくなるなぁ…』

『まったくもう、そうやっていつまでも私を困らせないの。じゃあ、またね』

『……!またね!おきなさん!』

『えぇ、きっと』

 

  そう言って手を振りつつ、何も入ってなさそうな手荷物を持っておきなさんはどこかへ歩いていった。

 

 それ以来、『おきなさん』は『私』の前には現れなかった。

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 キーンコーンカーンコーン。

 

  聞き飽きたチープな鐘の音が鳴り響き、『私』は微睡みの中から引きずり出された。そういえば試験を受けていたんだったか。

 

  ……それにしても随分と懐かしいものを見たな。寝る直前にあの人のことを思い浮かべたからだろうか。あれは『私』が小学校入ったころのことだったっけ。小さいころの記憶だから曖昧だけど、おきなさんは高校生から大学生くらいの感じの金髪のお姉さんで色々なことを知ってる人だった。公園でみんなと遊んでいるとたまに来て一緒に遊んでくれたっけ。運動神経も良くて、ドッジボールでは当てられたところを見たことがない。

 

  そんなおきなさんに1番懐いてたのが多分『私』。色々な妖怪が出てくるおとぎ話とか月の話とかを毎日のように話してくれて、それをずっと聞いていた。時々何言ってるのかわからなかったけど。

 

  そんな幼い頃の思い出に浸っている間にどうやら答案の回収が終わっていたらしい。この試験で今回の期末は終わりなため、部活に行く準備をしてる人やお昼ご飯を食べる用意をしてる人が色めき立っているのが分かった。『私』もせっかくだし屋上でご飯食べようかな。

 

 

 

 

 

  周りから「すごいマイペース」と称される『私』は友達がいないわけじゃないけど食事を一緒にとるのはあんまり好きじゃない。だからこうして屋上にこっそり来たわけなんだけど…。

 

「……そりゃあそうか。試験期間中に会わないって人たちは試験終わったら当然一緒にご飯食べるよねぇ…」

 

  …うん。すごい気まずい。屋上に行ってドアを閉めたのはいいんだけど、すごい気まずいねこれ。というのも、屋上についた『私』が一番最初に見た光景は右を見ても左を見てもカップルが一緒に食事しているものだった。あちゃー、選択ミスかぁ。どっか別のところに行こう。

  そう思い、後ろ手で扉を開けて階段に戻ろうと後ろ歩きで抜け出そうとした。ガチャリ、といつも通り音を立てて扉は開いたのでそのまま後ずさって行こうと左足を下げると……?

 

「あれっ?」

 

  確かに階段に繋がる扉を開いたので左足は地面を踏む感触があるはずなのだが、ない。それでも体重移動は既になされているので踏ん張りが利かない。

  急いで背後を振り返ると、そこには全く見覚えのない黒というか、紫というかを基調としたたくさんの扉がある空間が広がっていた。いや、なんだそれ。

  なんとか屋上に戻ろうとするけれど、バンジージャンプと同じ原理で一度降りたら元に戻ることなんて到底無理なわけで。

 

「あれええぇぇぇぇぇぇぇっ!!?」

 

  そのまま『私』は訳のわからない空間に落ちていった。

 

 

 

 

 

「……本当にどういうことなの……?」

 

  訳のわからない空間に閉じ込められて結構経ったと思う。思うっていうのは時計を見ても逆回りに回ったり、ものすごい勢いで回ったりしてあてにならない。スマホを見ても意味をなさない光が漏れるだけで時間がわからないから体感でしかわからないのだ。正直今立ってるのか浮いてるのかもわからない。

 

  とりあえず何か状況を打開しないと。とはいえ何から手をつけたらいいものかさっぱり見当もつかない。どうしたものかと考えを整理しようとするや否や、声が響いた。

 

「おお、よくぞ来られた。とはいえ二童子からは何も聞いていないぞ.人間」

 

  ……ん?なんかすごい尊大な感じな声だけどすごい聞いたことのある声のような気がするぞ?とりあえず歓迎はされてるみたいだし話をしてみよう。

 

 

「いきなり不躾で申し訳ございませんが貴女は誰ですか?」

「私は摩多羅 隠岐奈。後戸の神であり、障碍の神であり、能楽の神であり、宿神であり、星神であ「おきなさん!」…る?えっ?」

「私です!覚えていませんか?10年くらい前に遊んでもらった…」

「む…?その姿、よもや…?」

 

  どうやら勘違いではなかったらしい。声が響いた後に出てきた姿は前に見た時とは大きく変わっていて、頭に冠を被り、北斗七星みたいなものが書かれている昔の人の服、確か狩衣って言ったっけ?それを着て緑のスカートを履いている。靴だけは昔見覚えのあるロングブーツのような奴だ。だけど相変わらずその日本人に見えない髪と目はあの日最後に見たものと一緒だった。

 

  この人はあのおきなさんだ。何がどうなってるのかは全くわからないけどあのおきなさんだ!

  おきなさんは『私』をまじまじと見て、得心がいったかのように話し始めた。

 

「随分と大きくなったわね。見違えたわ」

「こんな訳のわからないところで何をしてるんですか?」

「ここは私の国よ。後戸の国って言ってね、私はここで色々なものを司る神さまをやっているの」

「…はい?」

 

  ここまでの状況を整理すると、『私』はなぜかはわからないが、いきなり後戸の国というところに転移した。そこにはおきなさんがいて、実はおきなさんは神さまだった…???整理したところで全く理解が追いつかない。

  おきなさんもとい、隠岐奈さんは面食らう『私』を他所になにやらうんうん唸っている。

 

「うーん、おかしいわね。あそこの世界の扉はしっかり閉めたはずなのに、どうして貴方がここに来ちゃったのかしら」

「学校の屋上から戻ろうとしたらそのままここに落ちてきちゃいました。理屈はわからないです」

「ふむふむ……。となると、もしかして後ろ手で扉開けたりした?」

「確かそうですね」

 

  そう伝えると隠岐奈さんはまたしばらくなにかを考えるかのようにして瞳を閉じて、やがて何か思い当たったかのように左目を開けた。

 

「もしかして…だけど。ちょっとここまで来てもらえる?ただし、足を使うことは禁ずるわ」

「…えっ?」

 

  足を使わずに隠岐奈さんのところに来いって言われてもどうすればいいやら分からない。そんなのテレポートでもしないと行け…もしかして?

 

  そう考えると1つのイメージが浮き上がった。それはさっき解いていた関数の問題。2次関数はそれが0になるという解を最大2つ持つことができる。その2つの解を『私』が今いる場所とこちらから見て隠岐奈さんの左隣と仮定して隠岐奈さんの方の解に行こうと少し思う。

  すると思った通り私の体は隠岐奈さんの左隣に移動した。ってええっ?すごいな、『私』。

 

「思った通りだわ。貴方に『程度の能力』が宿ったのね。だからこんなことになったわけね」

「点と点を繋げる程度の能力…」

 

  なんとなく口に出してはみたものの、合ってるような違うような不思議な感覚がした。

 

「でも、そうなると1つ問題が発生するわね…」

「問題、ですか?」

「そう。端的に言うと、貴方を元の世界に戻すわけにはいかないのよね」

「と言いますと?私を殺しますか?」

「まさかそんなことするわけないじゃないの。貴方にはそうね、幻想郷に行ってもらうわね」

 

  戻すわけにはいかない、か。それはそうだろう、と思う。なにせ元いた世界にはこういう能力を持っている人なんていなかったはずだから。

  ……正直言ってこの後戸の国に入ってから、一度も元の世界に戻れるなんて思っていなかった。それはまぁあんな落ち方したら戻れると思う方が不思議だ。だが、全く未練は無い。最近は面白いこともなくただ退屈だったし渡りに船と言うわけではないが、その幻想郷とやらに行くことで面白いことが増えるならウェルカムという気持ちが強い。

 

「わかりました。その幻想郷、とやらに行かせていただきます」

「話が早くて助かるわ。それじゃあもう一つ、悪いんだけど貴方には人間をやめてもらうわ」

「わかりま…えっ?なぜですか?人間だと不都合でもあるんですか?」

「不都合というほどのものじゃないんだけどねー。勝手に人間持ち込んだとか言ったら彼奴がまたうるさく言いそうだし、しかもそれが能力も持ってるとなるとちょっとね」

 

  なるほど、隠岐奈さんの言う『幻想郷』という土地でも人間は基本的に人間らしい。正直まだピンときているわけではないが、『私』の能力はかなり有用なものな気もするし、そこら辺も関係があるのかもしれない。

  …とはいえ人間をやめる、か。考えたことなんて全くないけど人間以外になりたいものって何だろう。そういえば昔隠岐奈さんが色々話してくれたっけ。天狗とか鬼とか、あるいは妖精とかの話もしてもらったな。

  その中で一番食い入るように聞いたのは多分……(さとり)かな。人や動物、更には妖怪の隔てなく心を読む妖怪だとか。普通なら他人の心情なんて分からない。分からないからこそ"推して量るべし"なんていって国語では登場人物の心情が問題の題材になったりもする。その人がどう思ってるかなんて本人以外誰も分からないのに。

  覚になる、と言葉にするのは簡単だ。だけどそれは本来知るはずのない他人の感情を知るということ。その人が持つ痛みや弱みを勝手に握るということ。その覚悟が『私』にはあるのだろうか。

  …正直わからない。わからないから『私』は考えることを放棄した。その時その時でなんとかやればいいんじゃないかな、なんて未来の自分に問題を放り投げて思考をまとめに入る。

 

「正直まだ飲み込みきれてはいませんが、選べるのなら覚になりたいです。きっと『私』にとって、それが正解だから」

「覚、ねぇ。また厄介なのを出したわね。ま、いっか。じゃあちょっと目を閉じてじっとしててね。痛くはないけど、体が変わるから感覚が少しおかしくなるかもだけどじきになれるわ」

「結構軽い感じでやるんですね…。もっと仰々しいのかとばっかり思ってました」

 

 そう言いつつ静かに目を閉じる。おそらく『私』の人間としての最後の時間なのだろうけど死ぬ時の感覚とは違うんだろうなぁとぼんやり思ってたら眠くなってきた。目が覚めたら覚になっているんだろうなぁ。

 

「あーそうそう。目が覚めたら目線が変わってると思うけどそれ、仕様だから気にしないでね」

「……んぇ?今なんて……」

 

  隠岐奈さんがなんか言ってたような気がするけれど、『私』は眠気に耐えられずにそのまま深い眠りに落ちていった。

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

  少女を私の力で転生させた後、私は久しぶりに物思いに耽っていた。あの子が力を持つ可能性があったのは10年前から把握していた。開花するか否かは少々分が悪いと見ていたが人間とはやはり面白い。いや或いは私と会ったことが引き金になったのやもしれない。

 

「彼奴なら『ようこそ幻想郷へ。幻想郷は全てを受け入れるのよ。』なんて言うかもしれんな」

 

 呟く言葉は誰の耳にも届いていない。秘神の言葉なんてその程度でいいのだ。たまに目立てばその程度で。




ちなみにタイトルの読み方は「とうほうかていろく」です。


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Chap:1 平和で静かな時など常に僅かで
Ⅰ:新しく生まれた場所はとても温かくて


「……!……!」

「…ぇぅ…?」

「あっ…!目が開くわ!生きてる!」

「こら、こいし。この子が驚いてるわよ。静かに」

 

  何やら騒がしいので朝目覚めるのと同じ感覚で目を開けようとするが、何やら瞼が異常に重いし開けたら開けたで目の焦点が中々あってこない。私ってこんなに目が悪かったかしら。おまけに舌もうまく回らなくなっている。知らない天井の下で小さい人影と大きい人影が2つずつ、計4つの人影がこっちを見ているのはなんとなくわかる。

 

「それにしても少し不思議ねぇ。さとりの時もこいしの時も産まれてすぐに心が読めたのにこの子の心はなにかノイズが入ってるみたいに一部読めないわ」

「えっそれは大丈夫なの、お母さん?」

「えぇ、体の状態も全く悪くないし大丈夫なはずよ」

 

  小さい人影…声的にさっき叱ってた方と大きい人影が会話しているのを聞きながらだんだんと思考をクリアにしていく。

  隠岐奈さんに覚に転生させてもらってそのまま眠るように意識を落としたんだっけ。それで意識を落とすか落とさないかの際に隠岐奈さんが何か言ってたような…えっと…。

 

『目が覚めたら目線が変わってると思うけどそれ、仕様だから気にしないでね』

 

  …あぁ思い出した。確かに目線がかなり変わってるけどまさかこういうことだとは…。視界も良くないし、手もいわゆる赤ちゃんのもみじおててになってるし、本格的に赤ちゃんになってるらしい。

  少しずつ目が慣れてきたのであたりを見回してみると男が1人と女が3人がこっちを見ているのがわかった。全員普通の目の他に複数のコードに繋がれた目を持っている。というか4人のように私にも付いている。コードの色はまちまちで男の人は紺色、女の人は大人の人が赤、残りの2人がピンクと紫で私がオレンジ。遺伝もへったくれもないカラフルさだ。多分これが覚としての特徴、つまり心を読むための目なのだろう。

 

「ぁぁぅ、ぅぁ」

「はいはい、あかりはもうお休みしましょうねー。ほら、さとりとこいしを部屋に帰してちょうだい」

「あぁ。ほらさとり、こいし。戻るぞー」

「えぇー!まだあかりといたいー!」

「ほらこいし、あなたもお姉ちゃんになるんだからしっかりしなさい。あかり、またね」

「むぅー。今度は遊ぼうね、あかり!」

 

  ここはどこ、と聞いたつもりだったのだけどやっぱり舌はしっかり回らなくてこの世界での親には伝わらなかったらしい。父親が2人の姉、おそらく長女のさとりと次女のこいしを連れて部屋に戻っていった。

  そのまま3人が去ったドアを見ながらぼんやりしていたら、ひょいっと両脇を掴まれて揺すられ始めた。俗に言うよーしよし、である。掴んでいる母親を見るとすごく穏やかな顔で私を見るものだからなんとなくこちらも穏やかな気持ちになる。するとそれが表情に出ていたのか、はたまた心を読まれたのかわからないけれど伝わったらしく、母親は1つ頷いて赤ちゃん用のベッドに私を置いて布団を掛けてくれた。

 

「ぁぃぁぁぉ」

「ふふっ、あかりはおしゃべりさんね。って名前を教えてなかったわね、あなたは古明地あかり。古明地家の三女よ」

「ぇぇぃぃぁぁぃ?」

「そうよー、あかりはお利口さんなのね。お姉ちゃんたちと会って疲れたでしょう?とりあえずゆっくりお休みなさいね」

 

  布団をとんとんと叩いて子守唄を歌いはじめた母親に促されるようにして目を閉じる。手を動かそうとしても思ったより緩慢に動いていることから本当に赤ちゃんになってしまったんだなぁ。ちょうどいい機会だし今の状況を整理しよう。私は隠岐奈さんにお願いした通り、覚に"文字通り"生まれ変わったらしい。本当にあの人は神様だったらしい。名前は古明地あかりといって、さとりとこいしという2人の姉の下に生まれた三女ということ。あとは……そうだ、私が生まれ変わることになった原因の能力だ。

  正直まだどういう能力なのか把握しきれていないけど体を瞬間移動させることはできることから、物を動かすことができるとかそういう能力かもしれない。

  最後に優しく頭を撫でてから母親が部屋を出たのを確認して、とりあえず周りにちょうど手頃なものがないか見回してみる。相変わらず視界はあんまり良くないけれど、どうやら机の上に紙があるようなので

 その紙のある場所から手元に来るように能力を使ってみる。

  ……おっ、うまくいった。手元に来た紙を見てみると"さつき"や"とびら"など色々な三文字のひらがなが書かれていて、一番中央に"あかり"という三文字がくるくるっと丸をつけられていた。"さつき"はともかく、女の子の名前に"とびら"が出てくる親のセンスに内心震えながら、でもやはり最後にあかりという良い名前にしてくれる親でよかったと安堵する。多分名前を決めるのに色々考えてくれたんだろう。やさしげなこの世界での両親の顔と2人の姉の顔を思い出してから紙を元の位置に戻す。今回もしっかりと紙が移動してくれたので、やはりこの能力は使いやすそうだなと思い今度こそ目を閉じてゆっくり寝ることにした。ついさっき起きたばかりなのにもう眠いのは赤ちゃんらしいな、などと思いつつ再び眠りに落ちていった。

 

 

  〜〜〜〜〜〜

 

  ふぁーあ。…どれくらい眠っていたんだろうか。カーテン越しに見える明るさは陽の光のそれではなく、静かに昇る月のそれだった。寝すぎたな…のかな?正直ずっと寝ていたような気がするから時間の感覚が少し変になっているのかもしれない。

 

「……あう」

「あっ、起きたー!おはよーあかり!うふふー、私もお姉ちゃんなのかぁ」

 

 多分起きたのは私を見つめているこの子のせいだろう。もっとも今では私の方が年下になってるんだけど。

 この黄色っぽい緑髪の癖っ毛の子は確か…こいしって呼ばれてたな。私がさっき起きた時にも嬉しそうに騒いでた方。さっきはなんとなくしかわからなかったけど今は親がいないからか大分距離が近くてこの体の目でもしっかり視認できる。

 今も嬉しそうにニコニコしている彼女をぽけーっと眺めていたら彼女の頭の上に何かいるのに気づいた。妖怪になったせいか割と夜目が利くので目の焦点が合うまでじーっと見てみると、黒地に赤がちらほらあるという独特な色合いで尻尾が2つという不思議な猫?…妖怪猫……?

 

「んー?お燐が気になるの?お燐はねー、火車っていう猫なんだよー、うちで飼ってるの!ほらお燐、妹のあかりだよー!私もこれからお姉ちゃんなんだよ!」

「にゃーん」

「あかり、うちにはお燐以外にもたくさんペットがいるんだよー!心が読めるからみんな寄って来てくれるんだって、お姉ちゃんが言ってた!お燐、あかりに挨拶する?」

「にゃーん」

「そっか、じゃあほいっと!」

 

  こいし…お姉ちゃんがお燐と呼んだ猫を私のベッドに置くと、お燐は私の匂いをすんすんと嗅ぎはじめた。そしてまた一鳴きすると私のお腹の辺りでころん、と寝転がった。

 

「それにしても本当に心の一部に変なノイズみたいなのが入ってて、そこが読めないんだねぇ」

「ぁぅ?」

「あっ、今度は読めた!どういうことかって思ってるのね。おほん、こいしお姉ちゃんが教えてしんぜよう。私たち()はこの第3の目を使って相手を見ることでその人の心を読めるのです!でも、あかりの心の一部分にはこの力が通じないなにかがあるのです!」

 

 自慢げに言われても困るなと思いつつも実はその"ノイズ"の原因に少し心当たりがあったりする。

 それ(ノイズ)は多分、私の転生に関しての記憶なのだと思う。つまり、生まれ変わる前の私の姿とか記憶を読み取られないように隠岐奈さんが何か細工をしたのだろう。あの人半端ないって。

 

「にしし、いくら心の一部が読めなくてもあかりは私の妹だから!安心してお姉ちゃんを頼るがいい!」

 

 …随分とこのこいし…お姉ちゃんは明るいなぁ。それにしても"お姉ちゃん"、かぁ。

 元いた世界ではお姉ちゃんもペットもいなかったから親と子供が接するような感覚じゃない姉妹間の触れ合いとかペットとの触れ合いというかが…正直、慣れない。人のことをお姉ちゃんとか呼んだことないし、ペットが沢山いると言われても飼い方にはてんで一面識もない。

 でも…慣れないけど、嫌いじゃないな、こういうの。

  意外に高い猫の体温をお腹に感じつつ、なんとなくそんなことを思うのであった。

 そうしていると再びドアが開いて人がなるべく音を立てないようにして入ってきた。

 

「あっ、こいしやっぱりあかりの部屋にいたのね。まったくもう、お母さんからあかりを休ませてあげなさいって言われたの聞いていなかったの?」

「えへへ、お姉ちゃんごめんなさーい。あかりにお燐たちと会わせたくって来ちゃった」

「あら、お燐まで連れて来ちゃったの?ってあかりのそばで寝転がってるのね」

「うん、今はあかりも起きてるよ!」

 

 どうやら来たのは私のもう1人の姉、さとり…お姉ちゃんのようだ。落ち着きがないこいしお姉ちゃんと対照的に落ち着き払っているからさとり姉さんと呼んだ方がいいのだろうか。

 

「どちらでも構いませんよ。あかりが楽な方で呼んでくださいね」

「だからお姉ちゃんいくら妹の心でも勝手に読んで答えるのは良くないってば」

「人の心を読まないで何が覚ですか。部屋に戻りますよ、こいし。…あら、お燐もこんなにリラックスしてるなんて、まるで私が悪いみたいに見えて嫌だわ」

「にゃーん」

「でもだめよ、もう少しだけ待ってねお燐も」

 

 こいしお姉ちゃんの少しだけ不満げな言葉を

 何故か少し誇らしげに返してから私とお燐が寝ているベッドの近くまで寄って来たさとり姉さんはそのまま私を優しく撫でてからお燐を抱き上げた。お燐はさとり姉さんになされるがままという感じで前足も後ろ足も脱力した感じで抱きかかえられておりそれに不満の1つも漏らさないでまさになされるがまま、という感じであった。

 

「大丈夫ですよ。こいしも私も、明日も来ますからその時にまたゆっくりしましょう。それよりこいし、なんであかりのところに行くことを私に言わなかったんですか。あなたはいっつもふらふらとどこかに行くんですから心配する身にもなってくださいね」

「えへへ、ごめんね?お姉ちゃん大好きー!」

「まったくもう、こいしったら…。それじゃああかり、今度こそおやすみなさいね」

「ぁぅー」

 

 こいしお姉ちゃんが手を振って部屋を出るのを確認してからさとり姉さんがちらっとこちらに静かに手を振ってくれたので精一杯の赤ちゃん言葉で答えると、さとり姉さんは少し微笑んでからドアを閉めて出て行った。

 

 ……なんだかよくわからないままに始まった第2の命だけど、なんだかとてもこれからが楽しみだなぁ。

 そんな期待感を胸に抱いている自分に喜びを覚えたのであった。




もう少しペースを上げたいなと思う反面、構成をもう少しどうにかしたいな、なんて思っていたりします。


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Ⅱ:少しの安穏、そして不穏

 妖怪になったからか、はたまたここ幻想郷が現代社会のように時間に追われていないから時間感覚が鈍ったのか。ともかく私が生まれてから優に50年は超えた…と思う。

 喜ぶべきか悲しむべきか、身体の成長は人間でいうと15歳くらいの大きさでほとんど止まってしまって今では2人の姉と同じくらい。ターコイズのような緑がかった青い色の自慢の髪を今は腰にかからない程度に伸ばしている。第3の目と同様にこちらも2人の姉と違うからやっぱり遺伝もへったくれもないのだろう。

 さとり姉さんは水色系の服、こいしお姉ちゃんは黄色系の服を着るからなんとなくそれらを避けるように服を着ていたら薄い若草色を自ずと着るようになっていた。親の趣味なのかスカートを着させられるようになってからは水色のフレアスカートを着ている。転生前は学校の制服以外では着てなかったからちょっと恥ずかしい気もするんだけど。

 もちろん生まれてからの間ただのんべんだらりと過ごしていたわけではない。例えば我が家地霊殿の書室を漁って転生前では得られない知識、例えば魔法とか錬金術を学んだり、様々な妖怪の性質などを学んだりし、それを自分なりにわかるように日記のようにまとめていた。

 ……余談だが。どうやら覚という妖怪は人やほかの妖怪の心が読めるが、それ故に紙という心のない媒体で書かれた、言葉や挿絵を読み解くことで理解する読書という行為に傾倒しやすいようだ。身近な例で言うなら両親とさとり姉さんは割と暇さえあれば本を読んでいるし、こいしお姉ちゃんもふらっと来て漫画をニコニコしながら読んでいたりする。その影響か地霊殿には割と大きめな書斎があって、昔話やらペットの飼い方の本やら先程挙げたような魔法の本(グリモワール)やら、ともかくさまざまな分野の本が置いてあって暇な時の強い味方だったりする。

 あとは…そうだな、一番時間をかけていたのは自分の能力の把握。何ができて何ができないのかを調べていたのだが、この能力は想像以上に使い勝手がいい。行きたい場所に一瞬で移動できたり欲しいものを引き寄せたりするだけでないと気づいたのが30年くらい前だろうか。

 熱くて飲めない入れたてのコーヒーをちょうどいいくらいに冷ましたいなぁ、なんてぼんやり思い息を吹きかけようと顔に近づけたら全く熱くなくて飲みやすい温度になっていたのに気づいたのがきっかけ。逆に冷たくなったコーヒーを瞬時に温めたりすることができ、怪我を一瞬で治したり壊れたものを修復したりもできた。

 どうしてこんなことができるのか。これまでできたことの共通点はなんなのか。これを見つけるのに優に10年は超えていると思うけど、一応結論は出た。簡単に言うと、これらの出来事の共通点は"過程をとばして結果だけ出ている"ということ。簡単に言ったら"過程を飛ばす程度の能力"とかそんな所かな。

 この能力を使うときは結果をしっかりイメージしないとうまくいかないことがある。例えば先のコーヒーの例だとしっかり『口当たりの良いくらいの温度のコーヒー』をイメージしないとなぜか紅茶に変わったりコーヒーが凍ったりしてしまう。

 今までで一番やらかしたのは家から外に出ようと思って能力を使ったら結果のイメージをするのを忘れて、逆に家を間違えて移動させてしまったことかな。地霊殿があったところには私と近くにいたこいしお姉ちゃんだけ残されて2人で笑っていたのは良かったものの、元に戻した後で両親とさとり姉さんにこっぴどく叱られてしまったのは今でも思い出すとブルッと震えてしまう。いやぁ、アレは酷かった…。

 酷いといえば、最近妖怪を卑怯な方法で退治する人間が増えているらしい。そのせいで卑怯な手を嫌う鬼が妖怪の山を降りてどこかに行く計画が出ているとかいないとか。新聞を作ってる鴉天狗が言葉だけは残念そうに、心の中ではとても喜びながら伝えていたのは記憶に新しい。

 私の感覚が正しければ、おそらく今いる世界は元いた世界よりは過去なはずだ。となると今後は外の世界で科学技術に革新が起きるわけで、それはつまり妖怪や神といった非科学的(イロジカル)なものが更に淘汰されていくんだろう。

 …はぁ、妖怪に厳しい世界になるなぁ。どのみちこの幻想郷ではなんかの結界で守られることによって存在を確定できるんだろうけど。

 いつも通りに自室で最近起きた出来事、情報をまとめていると、コンコンとドアをノックされた。わざわざノックしてくれるあたり、おそらくお母さんかさとり姉さんだろう。

 

「どうぞ」

「あかり、お母さんたちが買い物行くみたいだけど付いていく?行かないなら欲しいもの言ってくれたら買ってきてくれるって…そう、行かないけど本を買ってきて欲しいのね」

「そういうところだよさとり姉さん、心読んだら会話にならないでしょ」

「覚が心を読まないで何が覚ですか。心を読むことが覚が覚たる所以なんですよ…」

「あーはいはい、わかったわかった。こいしお姉ちゃんだけ行くんだね、さとり姉さんは面倒だからパスと」

 

 くどくどとさとり姉さんの説教が始まりそうだったのでさっさと心を読んで概要を確認する。さとり姉さんは覚であることを姉妹の中で一番誇りに思っている節がある。だからこういう時の話は割と長くなりやすい。

 こういうときはこちらから切ってペースを乱すのが一番早い解決策だ。私も覚だから姉さんの心を読むことでペースを乱すのはそう難しい話じゃないけど、覚じゃない人には心が読めないから姉さんのペースを乱せない。姉さんのペースでずっと話されるのは正直げんなりするだろうし、そんなことばっかりしてるから他の人妖から敬遠されちゃうんだよ。

 同じ覚でもこいしお姉ちゃんや私はみんなにそこまで嫌われてないのになー。おかしいなー。って思考しながらチラッと見たら、じとーーっとこちらを睨む目が3つ。心を読むと、どうせ嫌われてますよー。お節介な姉でごめんなさいねー。とのこと。しょうがないなぁ。

 

「大丈夫、私もこいしお姉ちゃんもそんなさとり姉さんのこと大好きだから!」

「えっ、うわっ!もうあかりったら…」

「やさぐれ姉さんには可愛い可愛い妹からのぐりぐり攻撃だー!うりゃー!」

 

 さとり姉さんにはこのぐらいでもしてやらないと慌ててくれないけど、好きなことにはかわりないのでやめない。人の心を読める癖に人の好意に鈍感な気がある姉さんにはちょうどいい仕打ちだ。

 このわちゃわちゃは後で帰ってこないさとり姉さんの様子を見にきたこいしお姉ちゃんも混ざり更に混沌化したあたりでペットの動物の心を読んでやってきた父親に三姉妹仲良く拳骨をもらって沈静化するのであった。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

「いてて…」

「まったくもう、あかりったら。私まで怒られちゃったじゃない。罰としてちょっと紅茶淹れてきなさい」

「内心嬉しかったくせに〜?」

「こーら、人の心を勝手に捏造しないの!」

「え〜?さとり姉さんの心読んだだけなのになぁ〜?」

「あ・か・り!」

「はいはーい、紅茶淹れてくればいいんでしょー?行ってきまーす」

 

 さとり姉さんも難儀な人というか、屈折してるというか。人じゃなくて妖怪か。ちなみに内心嬉しがっていたというのは本心である。姉さんは絶対認めないんだろうけどね。

 あの後両親とこいしは必要なものを揃えに人里に行った。ちなみに私が行かなかった理由は私が行くと荷物を全て地霊殿まで能力で移動させられるからだ。やるのはいいけど億劫と言ったら億劫だ。

 さとり姉さんはさとり姉さんで外に出るのが嫌いな節があるから、買い物に付き合うのは大体外で遊ぶのが好きなこいしお姉ちゃんだけだったりする。

 

「にゃーん」

「おはよーお燐、今から紅茶淹れるんだよー。お燐も何かいるかい?」

「にゃーん」

「何か欲しい?って聞いて死体は出てこないよ…。お菓子ならあげられるから探すのに飽きたらおいで」

「にゃーん」

 

 覚が動物の心も読めるせいか、地霊殿にはお燐以外にもたくさん動物がいる。お燐みたいな猫や犬、虎や烏もいるし、あるいは前の世界ではすでに絶滅しているグリズリーや海外のミヤコドリ、ドードーみたいな生き物もいる。どの子も心を読んで、やって欲しいことをしてあげると懐いてくれる意外と可愛い子達だ。特にこのお燐は火車という妖怪猫の一種で、人間みたいな姿を取れるまでに成長した努力家さんだ。普段は猫の姿の方が楽らしいけど、人の姿になったら赤い三つ編みの女の子になる。火車らしく人間の死体を集めるのが好きらしいけど、そこら辺はあんまり興味がわかないというか聞いたら後悔しそうだから聞いていない。好奇心猫を殺す、というかむしろ殺されそうだ。

 そんなお燐はどうやら私に付いてくるみたいなので肩に乗っけて紅茶のための水を汲みに行くことにする。幻想郷の水はそこまで舌が肥えているわけじゃない私でもわかるくらい、それこそ前の世界では考えられないほど美味しい水なので紅茶に使うのにももちろん適している。

 そこら中にいるペットたちをそれなりに撫でたりしながら家の外に出ると人里方向の遥か遠くの空におぼろ雲が見えて、少し冷たい風が吹いていた。どうやらこの後一雨来るらしい。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 さとり姉さんと紅茶を啜り終わって早2時間。一向に両親とこいしお姉ちゃんが帰ってこない。外はさっき見た雲のとおり雨がしとしとと降り始めていて止みそうもない。

 これは迎えに行った方が良いのだろうか。もし私が買ってくるように頼んだ本が濡れると嫌だから帰ってこれないとかそんな理由だったら、私に責任があるような気がしなくもないのでちょっと行くべきな気がしてきたようなそうでもないような。

 ……というのも建前か。実はさっきから説明のできない奇妙な胸のざわつきがある。何かはわからないけれど確実に引っかかってることが、なんだ?

 杞憂であればいい。思い過ごしならいっそのこと笑ってくれたって構わない。なんで胸騒ぎが止んでくれないんだ?

 胸騒ぎが止んでくれない理由、それは両親とこいしお姉ちゃんが帰ってきてくれないという結果があるから。…結果?

 ……!そうだ、私の"過程を飛ばす程度の能力"で『両親とこいしお姉ちゃんが何事もなく今帰ってくる』という結果を提示すれば良い!私の能力なら……。

 

 

 ………。出来ない。どうやってもその結果を手繰り寄せることができない。

 私の能力は結果をしっかりイメージしなければならない。そのためにはその結果が生まれることをしっかり信じる必要があるのだが、今の私は『|両親とこいしお姉ちゃんが何事もなく今帰ってくる《しっかり信じなければならないはずの結果》』に疑いを持っている。そんな状態で能力を使ってしまうとどんな結果が起きるか分かったものじゃない。

 となると私が直接出向くべきなのだろうか。その場合『私がこいしお姉ちゃんのいるところに行く』という結果を指定すれば良い。……それなら可能だ、すぐにでも行こうと思えば行ける。

 となればさとり姉さんにこいしお姉ちゃんたちを迎えに行くと言ってから行くとしよう。

 

 

 外に出るための装いを整えているとちょうど良いタイミングでさとり姉さんが入ってきた。

 

「あ、姉さん。多分私の頼んだ本が雨で濡れるのが嫌だからお母さんたちは帰ってこれてないんだと思うからちょっと人里行って私の能力で荷物ごとまとめね連れて帰るね」

「……嘘ね」

「嘘な訳ないじゃんか、絶対雨の準備なんかしてないって!」

「貴女はみんなが帰ってこない理由がそんなちんけなものだとは思ってない。こいしたちが」

「姉さん」

「なにか酷いことにあって」

「姉さん!」

「それで帰ってこれていないのだと」

「さとり姉さんッ!!!無闇に心を読まないでってばっ!」

「だってそれが覚である私のやる事ですもの。……いいわ、私も連れて行きなさい。これはお姉ちゃん命令よ」

「………」

「無事ならみんな連れて帰ればいいだけじゃない。私がそこに入った程度で出来なくなるわけじゃないでしょう?」

「……わかったわよ。言ってることに間違いはないわけだし」

 

 ……姉さんに言おうと思った時点で私の負けだったわけだ。私がこいしお姉ちゃんのところに行くことを決めているのと同じくらいに、姉さんが心を読むことをやめるわけがないのだから。

 

「……行くよ、姉さん。帰る時は荷物しっかり持ってね?」

「もちろん」

 

 さとり姉さんの短い肯定と同時に手を繋いだことを確認して、私はすぐに『私達がこいしお姉ちゃんのそばにいる』という結果を指定する。するといつものように瞬きする間もなく体が移動するのがわかった。

 

 

 ……そこにあったのはいつもの人里のいつもならざる光景であった。



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Ⅲ:避坑落井、閉ざされた恋の瞳

今回は重めのお話なので、最近嫌なことがあった人は特にご注意ください。
はやくふんわりした雰囲気の話を書きたいと願うばかりです…


「え……?ここ本当に人里?」

「……っ!!こいし!」

 

しっかり私の能力は効いてこいしお姉ちゃんのそばにたどり着いたが、何やら様子がおかしい。服はボロボロだし、体が芯から冷えた時みたいに震えて自分の体を抱いている。それに何より…()()()()()()。来てすぐには気づけなかったくらいには存在感も希薄になっている。そして何より異常なのはこんな状態のこいしお姉ちゃんのそばに両親がいないことだろう。 こんな訳の分からない状態のこいしお姉ちゃんをほっとく両親じゃないのは私もよくわかっている。

 

「こいしお姉ちゃん何があったの?お母さんとお父さんはどこ行ったの?」

「そうよ、そもそも人里にこんなに血と妖気が充満してるのもおかしいわよ」

「………………お母さんとお父さんは…変なのに…」

 

さとり姉さんの言う通り、血の匂いとむせ返るくらいの剥き出しな圧倒的な妖力。流石に鬼が力を発揮する時ほどのものではないんだけどそれでも充分一線級のものだ。それを発揮させる場所以外は。

妖怪は人里で無闇に暴れてはいけない。これは私が両親から一番最初に教わったことだし、鬼も河童も天狗も守っているルールだ。妖怪が存在するためには人間の心が必要だから人間は生かしておかなければならず、そのための安全圏として人里はあるらしい。

そんな人里でこれだけの妖力を剥き出しにするような妖怪は余程の馬鹿か余程激情に駆られたのか、はたまた妖怪になりたてなのか。

この状況とこいしお姉ちゃんが言った言葉を合わせて考えると…まさか。

 

「姉さん」

「…こいしを地霊殿に戻して怪我を処置しておいて…?あかりはどうするのよ!?」

「…分かるでしょ?」

「倒すって…そんな危険なことをあなた一人でやらせるわけないでしょ!?こんな妖気の持ち主相手にお父さんもお母さんもいないのに…」

「いないんじゃないの、本当はわかってるよね?」

「それは……」

 

さとり姉さんが言葉を詰まらせる。そう、姉さんも考えてはいたのだ。出来ればそんなことがあって欲しくないという感情から考えまいとはしていたみたいだけど。私も出来ればそんなことが起こって欲しくないし、考えついた私自身のことをひっぱたいてやりたいくらい嫌なことだけど。でもそれくらいのことじゃないといつも楽しげなこいしお姉ちゃんがこんなに震えたりするはずがない。

 

「お母さんとお父さんは……喰われたんだよ、この妖気の持ち主に」

「……!!」

 

私の言葉に思わずといった感じでこいしお姉ちゃんがぶるりと震えたのを見て私の当たって欲しくない予想が当たってしまったのを確信した。

おそらく最初に狙われたのはこいしお姉ちゃん。それをかばうように親が盾になって……ってことだろうね。

 

「やっぱり、ね。さとり姉さん、お願いだからこいしお姉ちゃんの側にいてあげて。一番はこいしお姉ちゃんだけど、姉さんがいてくれたら大丈夫だから。さっきも言ったよね?私とこいしお姉ちゃんはさとり姉さんが好きだって」

「でもそれだとあかりが一人に…」

「私だって本当は怖いよ。怖くて怖くてたまらないけど、これはお母さんとお父さんへの弔い合戦だから。大丈夫、本当にやばいと思ったら能力ですぐに離脱して地霊殿に帰るから!それにこれは人里の事件だから、巫女なり賢者なりすぐに出張ってくると思うし、それまでの辛抱だわ。だから、大丈夫」

「あかり……。本当に少しでも危ないと思ったら帰ってきなさいよ?絶対よ?あなたまでひどいことになったら私は…」

「心配しすぎだって!あーもう、飛ばすよ?」

「…ええ」

 

このままだと心配性のさとり姉さんと私とで埒があかないのでさっさとさとり姉さんとこいしお姉ちゃんに手を当て"さとり姉さんとこいしお姉ちゃんが地霊殿に戻っている"という結果を指定し、その帰る過程を飛ばす。瞬間的に二人の姿がいなくなって能力がうまくいったことを確認すると立ち上がって妖力の濃い方へと向かう。

これは…俗に言う迷いの竹林の方向か?鬼や天狗のいる妖怪の山を避けているのはわかるがあそこは名前の通り迷うから苦手なんだよなぁ。いやまぁ迷ったら地霊伝なり人里のはずれなりに能力で移動すれば良いだけなんだけど。…良いだけなんだけど、いきなり現れて妖怪二人を傍目から見て消したせいか私に大分注目が集まってるらしい。すごい遠巻きから里の人がこちらを見ている。

 

「………?」

「…ぁっ!」

 

里の人の心を失礼ながら覗かせてもらうと、どうやら私たちが来る前から息を潜めて見ていたらしいその人から見たら二種族の妖怪の争いのように見えていたらしい。なにやら大きな図体の異形と私の両親らしき二人が対峙している心象がその人の持っている嫌悪感ごと見えた。

これは大ごとになる前に退散したほうがよさそうだね、これ以上いてもヘイトを稼ぐばかりだ。一応人里の守護者には謝罪をしとこう。全部終わらせた後で。

 

〜〜〜〜〜〜

 

迷いの竹林は、天然の迷宮だ。いつも深い霧が立ち込めて成長の早くて特徴のない竹が行く手を阻んで気づけば迷っているという具合だ。

ただし今日は剥き出しの妖力の発生源に向かっているだけなので追うだけでいいし非常に簡単だ。距離は大体200mくらいに確かに異形の怪物みたいな影がいるな。

事件に気づいた妖怪の賢者や巫女がどこで起こってるかわかるように魔法で花火を打ち上げてからすぐに"異形の下に追いつく"という過程をすっ飛ばして移動する。そしてそのまま"魔力の塊を生成する"という過程を飛ばして異形の頭に思いっきり叩きつけた。

 

「グボォッ!!」

「こんにちは異形の妖怪さん。状況の説明は必要ですか?」

「貴様は…ははぁ、さっきの奴らの他のガキってところか?3人いた内、ガキ1人逃したのは惜しかったが、2人は食らってやったからなァ、妖力が溢れてるのがわかるか?」

「……やっぱりお前が……」

「あーなんだっけ?この子だけは!とか息巻いてて異常にイラつかせる奴だったからボコボコにしてやったぜ。なんか心を読むとか言ってたけど読めたところでヤラれてちゃあ世話ないってもんだよなぁ!おいガキィ!そう思うだろ〜?」

 

そう言うと異形の妖怪は一層妖気を濃くして自慢気に見せびらかす。その牙に紺と赤のコードのようなものが挟まっているのを見て、私は完全に理解した。同時になにかがプチンと切れる音がした。

 

コイツが私たちの両親を殺ったんだ。それどころか貪り食って自分の糧にした?ふざけやがって。コイツがこいしお姉ちゃんの心を痛めつけてコイツが私たちの平穏を乱したんだコイツがコイツがコイツガコイツコイツコイツコイツコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス

 

「……殺すッ!」

「さっきは不意打ちだったから食らったがガキ如きに俺がヤラれるわけねーだろ?さっきの1発で決めないお前の負けだよ!ギャハハッ!また妖力にありつけるぜェ!」

「…死ねッ!」

 

先程と同じように"魔力の塊を生成する"という過程を飛ばしつつ"相手の背後に回る"という過程を飛ばして魔力弾を叩き込もうと試みる。

 

「それはもう見切ったんだよォ!」

「…ガッ!!」

 

ところが、異形はそれを見抜いていたようですぐに振り返って魔力弾を避けつつ拳を叩き込んでくる。咄嗟に"私と異形の距離が縮まる"という過程を飛ばして拳が届かない場所まで移動しようとしたのだが、結果のイメージがブレていたらしい。思ったより距離が離れずに拳をもらってしまった。

そのまま背後の竹をなぎ倒しながら飛ばされ、地面に叩きつけられた時に一瞬息が止まり、そのまま血反吐をぶちまけてしまった。ダメージはいくらか軽減したのになんという馬鹿力。もしこれが直撃ならと考えると…寒気がするな。

 

"肉体の自己修復"という過程を飛ばして怪我を全て治し、口の中に残った血の味をぺっと吐き出した。確かにダメージは痛いけど逆に頭が冷えた。私は鬼みたいに正攻法で全てを蹂躙する妖怪じゃない。心を読んで相手の嫌がることをして精神的に優位に立って笑う、覚だ。しっかり相手を見て戦わなければ。

いくら私の能力で過程を抜いたとしても覚のそもそもの身体能力は妖怪の中で高いわけではない。少なくともあのパワータイプの異形には叶わないことはさっきの相対でもはっきりとわかった。

だから私は覚の性質、そして私自身の能力を合わせて戦うべきだ。つまり相手の心を読んでそこから相手の隙をつき、常に先手を取る。息を吸って、吐いて、心を落ち着かせる。大丈夫、私はさとり姉さんとこいしお姉ちゃんの妹。できないわけがない。

そのために相手をしっかり見る。鋭い牙と黒々とした毛皮、そして特徴的な鼻。おそらく妖怪になる前は猪だったと見受けられる。

 

「ふん、怖気ついたか?変な(もん)持ってるみてえだが俺には通用しねえみたいだな!安心しろや、お前も親のいるところに行かせてやるからよぉ!」

「怖気ついたみたいに見えましたか?安心してください、私はどこにも逃げも隠れもしませんよ?」

 

ここで一旦言葉を区切り、異形をしっかりと見据える。お前はもう、私には勝てない。

 

「1つだけ教えてあげます。もうあなたは私に指一本触れることはできない」

「…ハァッ?ナマ言うのも大概にしろよッ!」

 

私の煽りに一瞬で憤った異形が真っ直ぐに私に向かってくる。さっきまでの私なら対応できないだろうけど、一度落ち着いて相手の心を読んだ上でさらに過程を飛ばして行動する私には届かない。

私の第3の目を潰せばなぶり殺せる、か。甘いね。狙いが分かっているのに食らってやるほど私は優しくない。

"魔力を生成する"という過程を飛ばして魔力で作った大きな針を異形の足に"異形に当たる"という過程を飛ばして刺す。結果として両足を地面に縫いとめられた状態で異形は無理やり立ち止まらざるを得なくなる。

 

「グゥッ、貴様ァ!!小賢しい術をやりやがってェ…」

「小賢しくても効いてるならそれは貴方にとって有効なのです。……「捕まえたらズタズタに引き裂いて泣かせて助けを乞わせてやる」ですか?ですからあなたはもう私には触れられないんですって。元猪の妖怪さん、いや猪笹王さんと言った方がいいですか?」

 

私の指摘に異形…いや、猪笹王はぶるりと身を震わせる。心を読むまでもなく図星のようだ。

猪笹王。伝承では奈良の吉野山にいた猪の妖怪。妖気で背中をうまく隠しているみたいだけど、おそらくそこには笹が生えているはず。だとすれば迷いの竹林に逃げた理由も想像がつく。竹と笹が似ていて傍目にはわからないからカモフラージュになるとかそんな所だろう。猪は凶暴な見た目に反して臆病なところがあるから人里であんなに騒がれては逃げたくなるのも頷ける。

 

そんな猪笹王の最後は射馬兵庫という猟師に銃で撃たれるというもの。ならばその伝承通りに終わらせてあげよう。

 

「ぬぐっ、ぐぅおおおおおっ!」

 

その馬鹿力で無理やり針を抜いて再びこちらへと迫ろうとする猪笹王だが、もう遅い。

 

「猪笹王さん、あなたの失敗は3つ。1つ目は私の両親を殺し姉を傷つけたこと。2つ目、私を怒らせたこと。そして3つ目、私を一撃で殺せなかったことです」

「き、貴様ァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

迫り来る猪笹王に対して私がやったことはたったの2つ。"銃の製造"という過程を飛ばし、妖力を使って飛ばす銃を10丁製造。そして"妖力を込める"という過程を飛ばして猪笹王に射出。さながらレーザーのように射出されたそれは虹のようで、放った自分でも見惚れてしまった。

レーザーが猪笹王に当たった衝撃で上がった土ほこりを手で払うと猪笹王がいた場所はまるでそこに何もいなかったかのような更地になっていた。思ったより火力が出ていたらしい。今回は敵が両親の仇だからいいけど、それ以外には火力が高すぎて使えないな…。

ってこうしちゃいられない、早く地霊殿に帰ってこいしお姉ちゃんの容態を確認しなくちゃ。

"地霊殿に帰る"過程を飛ばした私の姿はあっという間に迷いの竹林から消えた。……何か忘れている気がしないでもないけど。

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

地霊殿に戻るや否や目に入ったのは心配げにうろうろしているお燐(人間体)だった。

 

「お燐、ただいま」

「あっ、あかり様が帰ってきた!こいし様がっ!」

「…こいしお姉ちゃんが第3の目を閉ざした…?さとり姉さんでも心が読めない?そんなっ!…こいしお姉ちゃんの部屋にいるのね、行くわ」

 

そういえば人里で再会した時に体を抱いていたけどまさか第3の目を閉じていたなんて。焦りと共にこいしお姉ちゃんの部屋のドアを開いたが、そこにいたのはさとり姉さんだけであった。

 

「さとり姉さん、こいしお姉ちゃんは!?」

「…ここよ」

「えっ?……うわっ!」

 

普通にベッドの上に女の子座りしてたのに全っ然気づかなかった。なんというか、まじまじと見続けてないと見失ってしまいそうな危うさを感じる。

元々はさとり姉さんより感情の起伏が激しくて、外にもよく行くこいしお姉ちゃんの心は読んでいてすごく楽しかったのだが、今は読もうとしてもなにを考えているのか、なにを感じているのか、全く読めない。心が読めないことが少し気味が悪くて、そして少しでも姉のことを気味が悪いと思った私自身を認めることができずに私はこいしお姉ちゃんに思わず話しかけていた。

 

「こいしお姉ちゃん…!」

「ん…あかり?」

「大丈夫、お姉ちゃんとお母さんとお父さんを傷つけたヤツは私が倒したから!だからもうそんな表情はしなくてもいいから!」

「うん、そうだね。あかりは強いね。お姉ちゃんも私のことを気遣ってくれてありがとうね」

「こいし…!ッ!」

「人間の気持ちなんて読んでも落ち込むだけでいいことなんかないから、閉じちゃった。第3の目」

 

さとり姉さんが思わず息を呑む気持ちもわかる。

覚妖怪としての絶対不変のアイデンティティ。それは第3の目で心を読むこと。それをこいしお姉ちゃんは自らの手で捨てたと言ったのだ。それは覚妖怪であるということを捨てたということ。

いくら此処が全ての幻想を受け入れるといっても自分の種族としての特徴を捨てては生きていけるとは思えない。有り体にいえばこいしお姉ちゃんは存在がいつ消えてもおかしくないというわけだ。

 

そんな自分がいつ消えるともわからないくらい重大な出来事が自分の体に起きているのにそんな表情(涙まじり)で笑わないでよ。こいしお姉ちゃん。

沈んだ空気が耳鳴りのように私とさとり姉さんに突き刺さっているような気がした。




避坑落井、とは(あな)を避けようとして井戸に落ちてしまうことで、1つの災害を乗り切ったと思ったらまた悪い出来事が起こってしまうこと。
強く生きて、古明地三姉妹…


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