Fate/ Melty Tales (野澤瀬名)
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召喚_Side_Saber

「泉はいるか?」

 

 十三年前の冬の日。

 母と共に親類の家に預けられる前の日だ。

 荷造りで家の中はバタバタと忙しい一日で、私は自分の部屋の整理をしていた時だったと覚えている。

 ノックの後に入ってきた父は丸眼鏡にモジャモジャのくせ毛、顔立ちや立ち居住まいは良いのにどこか頼りなさげないつもの父だった。

 

「これは少し早いけど泉、父さんからの誕生日プレゼントだ。」

 

 そういって手渡されたのは、ガラスケースに入ったキラキラと日の光を浴びて輝く純銀製の鳥の羽根を形どったペンダント。

 

「お父さま、コレ……!」

「これはお前の高祖父の時から受け継がれている貴重なモノだ。絶対に無くしたりしないように。いいね?」

 

 いつもは父の書斎の机の中に仕舞われていて、出そうとすると怒られたのに、それをプレゼントなんて。

 頬が熱くなり、そのまま走り回って抱き着きたくなった。でもそんなはしたないことしたらきっとまた怒られてしまう。

 

「ありがとう、お父さま! 私、一生大切にするね!」

 

 だから、できるだけいっぱいの感謝をこめて大好きな父に笑顔を贈った。そんな私を見て、父は顔をくしゃくしゃにして頭を撫でてくれた。

 結局その日は興奮冷めやらず、夜遅くに疲れて眠るまではしゃいでいて、父もずっと嬉しそうに私を見ていた。

 

 それが私と父の最後の思い出。

 遠い冬の日の記憶。

 

 

 

 Summon_Side_Saber 16_December

 

 

 

「──────っん……。」

 

 カーテンの隙間から漏れ射す光で目が覚める。

 昨夜、学校の敷地内の林で事前準備が終わったのが午後十一時過ぎ。そこから父の遺した暗号を解読してとっておきを入手したのが午後三時前。その後、泥のような眠気に耐えてベッドまで移動し……。

 

「……四時間少し。まあ、今日は眠れた方か。」

 

 元々眠りの浅い私には十分な睡眠時間だ。

 手早く身支度して家を出よう。

 

 私の家は表向きは元地主、裏の顔は魔術協会に属する魔術師の家系である。

 魔術師は、読んでその通り魔術──────今の時代の一般常識から外れた、秘匿された知識とその成果、つまり神秘を用いて、世界のあらゆる事象の出発点、ゼロ、始まりの大元、全ての原因、「根源」へと到達しようとする者たちである。

 そんな、人の道理から踏み外したような人間が真っ当なはずがなく、その大半は所謂人でなしだ。

 かく言う私もその一人である。

 

 

 

「──────施錠、七番鍵(schließen sieben)。」

 

 ドアノブに手を当て、設定しておいたキーを掛ける。

 自宅のある観那川市北園町は、伝統的な武家屋敷や長屋が集中する東側と洋風建築の多い西側、駅前の新築のマンションやアパートが立つ再開発地区と少し郊外にニュータウンが点在する。

 高祖父が建てた屋敷は西側地区でも一際大きい洋館で、なんでも県の重要文化財にも指定されてもおかしくない。

 まあ、おかしくないというのは外観だけで、中身は家としても工房としても魔改造してしまっているのだが、そのため、文化財にはできないそうで。

 

「──────流石にもう寒いわね……。」

 

 家の中こそ各部屋には床暖房、エアコン完備で寒さなど感じないが午前七時半の外は真冬の空気に満ち満ちている。

 観那川市は内陸に位置し、周囲を山に囲まれた盆地であるために、非常に冬場が厳しい一面を持つ。

 まだ今年は降っていないものの、一旦降雪があれば、白一色になるのがこの街の毎年の光景だ。

 洋風の家が多いこの辺りでは早くもクリスマスの飾りつけを始めている家もある。

 賑やかな光景の街中を、私は一人学校へと歩いた。

 

 

 

 八時前の学校には部活動にいそしむ体育会系と教室などで自習する優等生タイプの生徒ぐらいしかいない。

 私も自習目的でいつもこの時間に登校しているのだが、土曜日だけは教室ではなくここ、新校舎に併設されたカフェテリアでやることにしている。

 いつも同じ教室や自習室では日々に新鮮味がない。

 ということで、教室の殺風景な景色ではなく、木目調の壁で囲まれた空間に足を運ぶ。

 いつも通りテーブルに腰掛け、自販機で買ってきたホットのミルクティーを片手に数学の問題集をペラペラとめくる。

 問題集一ページを解き終わり、次に進む前に一つ伸びをしようとして、椅子を少し引いた時だった。

 

「やあ、おはよう園原。こんな朝早くから君に会えるなんてついてるね。」

 

 ──────なんでこんな朝早くから出くわすんだか、ついてない。

 

 無視しようかと一瞬思ったが、このいかにもデキる雰囲気醸し出したこの人には悪手だと判断。

 溜息も押し殺して気障な声の主に正対する。

 

「おはようございます、來栖満瑠君。何か要件ですか?」

 

 二年B組に在籍する來栖満瑠。顔よし、成績よし、運動神経よし、その他大半のことを卒なくこなせる男子生徒。性格はこの通り多少難があるが、女子からの人気は高く、おまけに言い回しはこんななのに根は良い奴という人畜無害さをもつ。

 ぶっちゃけて言おう。私は彼が苦手である。

 うん、可能な限り平和的な手段で帰ってもらえるよう努力しよ。

 

「や、要件って程の事でもないよ。同級生を見かけたら挨拶する、当然のことだろう?」

「そう、じゃあもう済んだようだし、他に要件がないのなら私はこれでお邪魔するわ。」

「おいおい、待ってくれよ。もう少し話しぐらいしないか?」

 

 撤退失敗。スッと自然に退路を断つ感じで私の席の横に立たれる。角の席に座ったのはミスったか。

 

「へえ、数学の自習かい? 関心だな、ボクはいつも復習はするけど、予習なんてやらないからね。」

 

 あ、そう。

 と、一言で終わらせたかったが出る寸前で飲み込む。後で根に持たれるくらいならここできっちりと禍根は絶っておこう。できるだけ穏便に。

 

「來栖君、予習はしないのね。成績がいいからてっきり勉強はみっちりやってるのかと思ったけど。」

「まあ、テスト前くらいはボクだって集中するけどね。」

 

 それも先々週に終わったけどね、と笑顔で続ける男子生徒。

 いつも鬱陶しいのはそうだが、今日は一段と増してテンション高いなこの人。

 

 と、ここでついに。

 

「それでさ、園原。テストも終わったことだしさ。冬休みに二人でどこか遊びに行かないか? ちょうど映画のチケットも二枚あるんだ。どう?」

 

 ──────おい、コイツ殺されたいらしいぞ。

 

 選択肢としては二つ。自分の中で沸き上がった殺意を宥めつつ考える。

 やんわりと断り続ける。平和的に穏便に済ませる。

 もしくは一刀両断。慈悲などいらん、ばっさり拒否してやるの二択。

 尚、受け入れるという選択は死んでもお断りだ。

 

「ごめんなさい。終業式が終わったら親類の集まりのために観那川を離れなきゃいけないから。お誘いありがとう、來栖君。」

「ああ、そうか。じゃあ、その前に行けばいいじゃないか。来週の日曜日とかはどうだい?」

 

 ──────代わって、跡形もなく消し去ってやる。

 

「…………はあ、あきれるわね。」

 

 よく、ここまでもったわ私の精神力。

 最後通牒すら無視したのだ。もう、加減はいらないだろう。

 はい? と硬直するコイツに向けて最大限残酷な(にこやかな)笑顔で突き放すように白状する。

 

「いい、來栖君? 私はアナタなんかと遊びに行く気はこれっぽちもないの。デート相手を探しているようなら他をあたって。それと今後ここで見かけても声かけないでね。邪魔だから。」

 

 平和的とは何だったのか。

 と後悔しつつも反省する気はない。寧ろ清々した。

 一方の宣告された側といえば、一旦顔から色が無くなったと思うほどサー、っと白くなったかと思うとすぐさま頬を紅潮させ、ギリッと歯ぎしり。

 だが、手が出す前に己の敗北を受け入れたようで。

 

「……ああ、そうかい。邪魔して悪かったな。」

 

 未練がましく何度も振り返りながら立ち去ってくれた。

 見えなくなってから、ようやくほっと一息つく。

 ふと時計を見れば八時二十五分。ホームルームの予鈴まで五分しかない。

 

「……仕方ない。続きは家でやろ。」

 

 鞄に筆箱とノート、問題集を放り込んで席を後にした。

 

 

 

 四限終了のチャイムが鳴り、生徒たちの様々な声が教室中から漏れ出る。

 土曜日の短縮授業ゆえにこの後のホームルームが終われば拘束時間から解放である。

 

「園原さん、私たち午後から中区に買い物しに行くのだけど良かったら一緒に行きませんか?」

 

 引き出しからノートなどをかばんにしまう最中、声をかけてきたのはおっとりした雰囲気を醸し出す宮咲 百合。たしか、バレー部のマネージャーを務めていたはず。彼女の背後には、友人でバレー部エーススパイカー、『コートの白鷹』の異名を持つ鷹崎玲、そして熱くなりがちな彼女のブレーキ役、名セッターの是枝友奈の二人の姿も見える。方や男勝りで姉御肌気質、もう一方は古風且つクール&ビューティを地で行く不思議系キャラというなんともデコボコトリオだが、しかし三人集まるとバランスよくなるのだから不思議なものである。

 人付き合いが薄い私にも、何かと一年の頃から気にかけてくれる良きクラスメイトなので、無碍に断るのはすまなく思うが、残念ながら今日は遊びに行く余裕は無い。

 

「ごめんなさい、宮咲さん。今日は外せない用事があって遊びには行けないわ。」

「あ、ごめんなさい、困らせてしまって……。」

 

 どうやら、私に予定があることを知らずに誘ってしまったことを反省しているらしい。両眉を寄せて謝ってくる彼女に、安心させるよう微笑んで切り返す。

 

「別に気にしていないから大丈夫。また今度誘ってください。」

 

 

 

「どうだった、百合っち?」

「ううん、断られちゃった。家の用事らしいから無理には誘えないかな。」

「仕方ないな。鷹の字、こうなったら三人で繰り出すとしよう。」

 

 トリオの会話に少し耳を傾けつつ、分割した思考領域を使って今夜から始まる儀式のブリーフィングを始める。

 既に召喚陣は学校内の雑木林、人払いをかけた一級の霊脈の上に魔力を溶かした銀を用いて描いてある。

 触媒は昨夜手に入れた年代物、超一級のアーティファクト。北欧の伝承に幾度も登場する邪竜の鱗を用意できた。

 他にもロックのかかった書庫があったので、おそらく聖遺物がストックされていたのだろう。できればその中からじっくり選定したかったが、解読が間に合わなかった。こればかりは仕方ないとあきらめる。

 召喚を行う時刻は私にとって最高の波長となる午後八時ジャスト。

 そこから先の戦略も既に複数用意している。

 最も、自分が用意できる手段で、尚且つこの日常に影響を与える事無く、バトルロワイヤルを制すればいい話だ。

 

 ──────面倒くさい。全て灰に帰してしまえば考えずに済むのに。

 

「──────はあ、慣れないわね。」

 

 

 

 ランチタイムも終わり、だべっていた生徒の大半も次々と帰宅していった。

 構内に残っているのは部活動に励む生徒に事務仕事に追われる教師たち、そして一人図書室で時間を潰す私ぐらいなものだ。

 入口から最も遠い、閉架図書のドア近くの席を占拠し、落ちる夕日を眺める。

 

「万能の盃を巡った戦い、聖杯戦争か。」

 

 十三年前。父はその戦いに身を投じた。

 強力なアーチャーのサーヴァントを用意し、ランサー陣営を味方に引き入れ万全の態勢で臨み、終ぞ帰らなかった。

 戦いに負け、その末に死んだのであれば受け入れられたのかもしれない。

 だが、彼は協力者に裏切られて死んだ。父に協力するはずだったランサー陣営は離反し、あまつさえ自分のサーヴァントであったアーチャーにすら見放された挙句、何者かによって背後から殺害されたそうだ。

 

 聖杯にかけるべき願いは無い。

 ただ、この地で再びこの儀式が行われるのだとすれば、観那川の管理者として、園原家当主として勝つ義務がある。

 ただ十三年前の屈辱を払うべく私はこの戦いに勝たなくては──────。

 

「神代先輩、この箱に入った本は閉架書庫にしまっていいですか?」

「ああ、重いだろそれ。俺が持つよ。……ったく図書委員の連中、こんな雑な入れ方しやがって。本が傷んじまうじゃないか。」

 

 いつの間にか図書室には二人の部外者が入ってきていた。

 窓際の席から書架の向こうにいる人影を見る。一人は下級生の雪村千尋。新入生歓迎の期間に私が引率した女子生徒だった。

 もう片方は──────。

 

 

「他の段ボールのヤツは開架図書のほうだな。……あ、しまった。鍵持ってくるの忘れた。」

「じゃあ、私職員室から持ってきますね。」

 

 私には気付かなかったらしく女子生徒は小走りで図書室から出て行った。

 

「あれ、園原? 何やってんだ、もう放課後だぞ。」

 

 書架が並ぶ中では見えなかった為か、こちらまでやってきてようやく彼は私の存在に気付いた。

 いまだに脳内がフリーズしている。

 大我が一瞬飛びかけ、それでもコイツの前でだけはどんな顔をすればいいのかわからなくなる。

 

 だって彼は何も知らない。

 何もわかっていない。

 直接関わってすらいない。

 

 だからこの定まらない感情を彼に向けることはお門違いだ。

 そう理解していても、私はコイツを見るたびに自分の中で葛藤する羽目になる。

 

「……なんか、悪いことしたか俺? ずっと、その睨みっぱなしなんだが……。」

 

 別に。

 どうやら、彼が気に掛ける程怖い顔を長時間していたようだ。

 強張った全身をほぐすように大きく息を吐く。それでもいつもの思考に戻ることなく、彼から視線を外すことで平静を保とうとした。

 

「? それより園原。もうすぐ五時になるし、書庫に本なおしたらここも閉めるけど」

「そう、分かったわ。」

 

 椅子から立ち上がり、鞄を手に取り部屋を後にしようとして。

 

「神代君も早く帰ったほうがいいわよ。」

「ああ、わかってる。最近何かと物騒だしな。」

 

 園原も気をつけてな。と背中越しに言葉をうけながら、図書室を出る。

 本当にわかってるんだろうか、アイツは。

 調子が狂う。波打った気持ちを抑えつけるように、足音を鳴らしながら廊下を歩くけど、一旦揺れ動いた心は中々いつもの調子には戻ってくれなかった。

 

 

 

 結局学校の雑木林の中で、時間潰しすることになった。

 木々が立ち並ぶ空間は冬の気配で満ちてはいたが、冷たい風は遮ってくれる。

 

 自分の中に流れる血の影響もあるのか、自然物に囲まれた土地は、──────たとえ人の手が入った林でも、木や草の本質が変わらないのなら、自分にとっても彼女にとっても落ち着く場所だった。

 目を閉じて小枝が風に鳴る音に耳を傾けているうちに気持ちは落ち着いてくれた。

 

 時刻は午後七時四十五分。

 消去の中に退去、退去の陣を四つ刻んで召喚の陣で囲んだ陣に不備がないかを確認し、祭壇代わりのベンチに鱗の入った木箱をそっと置く。

 

「始めましょうか。」

 

 ドアの鍵を回す感じで、園原泉の中を組み換え、変革させる。

 ここからは日常を生きる高校生ではなく、非日常で魔術を行使する機構であると自らを定義する。

 

 神話や伝承の存在である英霊を使い魔として呼び出す。

 大それたことに思えるが、実際に英霊を呼び出すのは聖杯が行ってくれる。

 私はただ、彼らを現世に繋ぎ留める要石となればよい。

 

「──────素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。園原にまつろう巫浄の血。

  降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。」

 

 体内を流れる血が沸騰し、張り巡らされた魔術回路が励起する。

 手足の先は凍り付いたように冷たくなり、心臓は熱く溶けた鉛を注がれたように熱を帯びる。

 幾ら混血の家の者であっても、人という範疇に留まる内には決して魔術はなじむことはない。

 

 

 

 ──────手放しなさい。痛むでしょう。代わってやっても──────。

 

 

 

閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。(みたせ みたせ みたせ みたせ みたせ )

  繰り返すつどに五度。

 ただ、満たされる刻を破却する。」

 

 自分を見失わないよう、手綱を握る。一度持っていかれたら、私は帰ってはこれまい。

 コントロールは慎重正確に、魔術回路に注ぎ込む魔力(マナ)を増やし、ギアを高速域へとシフトしていく。

 

 身体中に流れる魔力が満ち、そして速度も十分に溜まった。

 

「──────告げる。

  汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

  聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。」

 

 濃密な大地との魔力のやり取りで、空気が膨張していく。枝や幹は音を立てて揺れ、風は渦を巻いて周囲に満ちていく。

 あとは一息に。

 膨大な魔力の流れを一点に集中させ、引き抜く。

 

「誓いを此処に。

  我は常世総ての善と成る者、

  我は常世総ての悪を敷く者。

  汝三大の言霊を纏う七天、

  抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――! 」

 

 

 

 ────────────Summon_Side_Saber End

 

 

 

 叶えられる願いはただ一つ。

 奇跡は一人にのみ与えられる。

 最後の一組となった時、聖杯は姿を現すだろう。

 

 

 

 ──────Next Summon_Side_Lancer.




どうも、お久しぶりです。野澤瀬名です。

まずはこんなに遅くなってごめんなさい。
半年間、色々考えながら、今日投稿するに至りました。
次にただいま。
そしてここまで読んでくださってありがとうございます。

元々、Fateシリーズの二次創作を書きてぇ、という理由でハーメルンに投稿しだしたわけですが、まあ、物書き下手な私では表現しきれん、うーんどうしよ、あ、おなか痛くなってきた、という感じで幾度も幾度も挫折しまくってきたわけですが。
半年間の休養の間に、劇場版『「Fate/stay night」 Heaven's Feel』を立て続けに鑑賞。物書き魂に火が付いたところで、なんか昔にプロット作ってたよな、と思い出し引き出しから引っ張り上げたFate二次創作の設定集を元に一か月かけて設定を構成、練り直しし、今回満を持して投稿したのがこの『Fate/ Melty Tales』です。
SNの世界線で起こったもう一つの聖杯戦争、冬木の第三次聖杯戦争でもしもが起きていたら、という世界観で読んでいただけると幸いです。

登場人物の園原泉が用意した触媒やら設定やらにはTYPE-MOON作品大好きな方でしたらニヤッとしてもらえる部分もあるかもしれません。また、サーヴァント数騎や冬木の聖杯戦争関連設定には完全オリジナル設定、または設定改変があるので、ご容赦を。



まだ、主人公はちらっとしか出ていませんが、次回『召喚_Side_Lancer』からが、主人公視点の、つまりMelty Talesのスタート地点になります。

投稿日に関しては不定期で更新していこうと思います。
理由は自分の体調やら精神衛生やら学業やらを優先するから。ですので、どうかお許しください。

それでは、ついてきて下さった読者の皆様に感謝しつつ、今回はこの辺りで筆をおこうと思います。



HF第二章のアーチャーがカッコよかったです(涙)


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召喚_Side_Lancer(Ⅰ)

 この身は、神秘を写し取るモノ。

 

 血潮を糧に、心を虚無へと置く。

 

 其は骨子を読み解き。

 

 解を体系に編み上げる。

 

 無窮の錬成は最果てには届かず。

 

 それでも、この身体は奇蹟を再演しよう。

 

 

 

Summon_Side_Lancer 16_December

 

 

 

思えば、今日は朝からおかしかった。

 

 

 

1.

 

 

 

夢を見ていたのだろうか。

浮上しかけの意識が陽炎のような、泡沫の夢を思い返す。

頭に浮かぶぼんやりとしたイメージ。

細長く、銀色に輝くナニカ。

だが、一瞬の内にその想像は霧散し、寝起きの心地よい倦怠感だけが後に残った。

 

目を開ければ、いつも通りの木目の天井が視界に入る。

 

「……朝か。」

 

窓から差し込む光を見るに、時刻はまだ早いのだろう。

手早く布団を畳んで、朝食の用意をしないといけない。と、その前にまずは顔を洗いに行こう。

午前六時半の冷えた廊下を素足で歩いていった。

 

 

 

観那川市北園町中心地に位置する神代家は、大昔には地方武士の舘で、その後豪農や地主、明治に入ってとある財閥が権利を有していた。が、戦後のどさくさに紛れて土地の権利証などが消失してしまった。

その宙ぶらりんになっていた土地を母方の爺が買い取って住み始めたらしくその現在に至る。

改築に次ぐ改築、改装に次ぐ改装を繰り返し、さらに再建を行った結果、母屋の内装はまだ建築当時の面影を気持ち若干残しているか、という具合。二つの離れ家、片方は古風な瓦屋根の、もう片方は若干モダンな、温泉旅館にある感じの平屋建て、が同じ敷地にデンと立っているあたり過去の家主たちの迷走ぶりが見える。

 

一年の殆どを一人で暮らすにはかなり持て余す広さの家だが、別段寂しさを感じたことは無かった。というのも。

 

「おっはよー、湊人(みなと)ー! 朝ご飯食べに来たよー。」

 

寝巻から着替えて台所でレタスをちぎっていると、ドタドタドタと廊下を走る音、そして勢い良く襖がスライドした。

まあ、玄関先にバイクの止まる音が聞こえたので該当する人物は一人である。

宮野郁乃(みやのいくの)。近所に暮らしている現代文教師で、母親の後輩、そして俺の先輩。且つ、その高校の学年主任の先生で担任の肩書きを持つ。

一週間に三回ほどは家に来てはご飯を一緒に食べたり、家事の手伝いをしてくれたりと、何だかんだお世話になっている人だ。

 

「おはよ、郁乃ねえ。カップは用意してるからコーヒーは自分で淹れてくれよ。」

 

オッケー、とコーヒーメーカーを弄る彼女から目を離し、調理を再開する。

朝は早起きが得意でも無い俺には時間が無いので、それ程凝ったモノを出すのは無理だが、それでも栄養バランスを考えながら作る。

サラダは一口大に切った豆腐とレタス、カイワレを盛り付け、彩りにくし切りトマトを添えて自家製オーロラドレッシングを掛ける。

フライパンから、二人分のベーコンエッグを、ケチャップベースのソースを添えて、カリッと焼いたトーストと一緒にプレートに盛り付ければ、簡単だが朝食の完成である。

 

『次のニュースです。昨夜、観那川市中区の工事現場で漏電事故が発生し、作業員五名が重軽傷を負いました。当時現場では……』

 

「中区で漏電事故だって。死人出なかったのが幸いねー。」

「そういえば、先月から交通事故や人身事故が多いってニュースでやっていたな。」

「年末で納期が近いのは分かるけど、もう少し落ち着いて行動して欲しいものね……。ところで凑人、朝ご飯まーだー?」

「ハイハイ、今持っていくよ。それと俺のコーヒーには砂糖は入れないでいいって何回言えば分かるんだ?」

 

えー、だって甘い方が美味しいじゃん。

と文句たれつつも俺のカップへの砂糖投入は避けてくれたので内心ほっとする。

あまり甘いものが好かない俺としてはコーヒーぐらい甘くたって良いじゃないか、なんてフレーズは理解に苦しむ。

 

「あ。あと私、今日明日は湊人の家に来れないからよろしくね。」

「? どうした、親父さんから掃除しろとでも言われたのか?」

「ぬ、さすが湊人。私の事どんだけ把握してるんだか……。」

 

結構女子力も高めの郁乃ねえだが、ガラクタを拾っては自分の部屋やウチの物置、離れに保管するという悪癖がある。

大方、彼女の親父さんにいい加減年末だし片付けろとでも言われたのだろう。

テーブルにワンプレート朝食とサラダの入った小皿を並べて二人揃っていただきます、と合掌する。

トーストにマーガリンを塗ろうと右手を伸ばした。

 

「? 湊人、右手の甲どうしたの?」

「……何だこれ。」

 

痛みもなかったので気付きやしなかったが、うっすらと何か細長い赤い痣が出来ている。

どこかでぶつけたりしたっけ、と思い出そうとするも、思い当たる節がない。

 

「湿布持ってこようか? 腫れは無いみたいだけど。」

「いや、痛みも無いしその内引くと思うから大丈夫だよ。朝ご飯冷めちゃうし早く食べよう。」

「んー、まあそういうならいいか?」

 

もう一度ぶつけたり、痣になるような行動をしなかったか、記憶の引き出しを確認しながら、トーストに薄くマーガリンを塗る。

…………駄目だ、どうにも、怪我の原因が出てこない。

まあ、思い出せないという事は、大した事じゃ無いのだろう、と勝手に納得してトーストを齧って咀嚼する。

その後の話題は大掃除はいつするか、郁乃の親戚の新年の挨拶回りに俺も参加しないといけない運びになってる、とか年末年始を感じさせるものばかりで朝食の時間は緩やかに過ぎていった。

 

 

 

じゃ、私職員会議もあるし先行くわ!

と、彼女は愛車の四ストローク、排気量998ccの大型バイクに跨り(本当は1200cc超のハーレーな車両が買いたかったそうだが、維持費の問題と親からの全力制止で泣く泣くランクダウンさせたらしい)、エンジンの唸り声を残して去っていった。

制服に着替えて、身嗜みを整え、歯を磨いて登校する支度を終えると時刻は午前七時五十分。

 

「じゃあ、行ってきます。父さん、母さん。」

 

仏壇に手を添え、朝の挨拶を終えて、自宅の鍵を掛けて外へ出る。

 

父は俺がまだ物心つく前に事故で他界。

母は優しく厳しい専業主婦だったが、俺が四歳の頃に急病に倒れ、以降横になっている事が多くなった。そして五年前、桜の花が咲いた頃に天国に旅立った。

葬式や墓の管理は郁乃ねえの親父さんに手配してもらい、相続なんかの手続きもお世話になった。

以来、家は俺が郁乃ねえや宮野の家の人たちに支えられながら守ってきたのだった。

 

「今日はまだマシだな…。」

 

寒いが、今日はまだ暖かいと思いつつ、本格的な冬になる前に、家の大掃除は済ませとかないとな……とつらつら考えていると。

 

「────おはようございます、湊人先輩。」

 

後ろから声を掛けられた。

振り向くと、そこには一年後輩の女子生徒、青みがかったセミロングの黒髪に褐色の瞳が特徴的な雪村千鶴(ゆきむらちずる)。同じ文芸部に所属していて、よく家にも兄弟で遊びに来てくれる。

 

「おはよ、千鶴。……? 今日は兄貴は一緒じゃないのか?」

 

いつもなら一緒に登校する筈の友人の姿が見えない。

千鶴も不思議そうに、

 

「あ、兄さんは用事があるとかで今朝は先に登校しました。 要件は分からなかったんですけど結構機嫌良くて……って先輩、右手どうしたんですか!?」

 

右手? と一瞬ポカンとなりかけ思い出した。

 

「ああ、朝起きたら痣が出来てた。痛みもないからその内引くと思うよ。」

「先輩がそう言うなら大丈夫でしょうけど……。本とかぶつけましたっけ先輩?」

「それが記憶にないんだよな。まあ、そんな大袈裟なもんじゃないし。」

 

大丈夫と笑いながら、通学路を二人で歩く。

学校までは徒歩で二十分程かかるのだが、盆地の端付近にある学校へと繋がる道は、延々と上り坂。一定の距離がある生徒達はバス通学出来るのだが、生憎俺の家は徒歩通学の圏内にぎりぎり入ってしまっている。

千鶴の家はバス通学可能な、つまり結構距離があるのだが、

 

「私、兄さんや先輩とお喋りしながらの方が楽しいんです。」

 

との事で、毎朝兄貴と一緒に俺の家の前に来るのだ。

まあ、今日はその兄が先に行っちまったので二人でだが。

 

「……ん、千鶴どうかしたのか?」

 

見ればいつもは部活の事や、料理の事で話しかけてくる千鶴が妙に静かで、気のせいか何か頬も赤い気がする。

 

「……もしかして風邪か?」

「……え、あ、いや。大丈夫です、先輩! えーと、ほら、もう八時です。急がないと遅刻しちゃいますよ!」

 

別に急がなくても間に合うのに、と思いながら駆け足になる彼女の後をのんびりと歩く。

ふと、見上げた土曜の朝の空は雲一つなく怖いぐらいに澄み切っていた。

 

 

 

2.

 

 

 

生徒たちで賑やかな正門を通る。

グラウンドには朝練を終えた陸上部やサッカー部の部員たちが後片付けしていて、窓ガラス越しに見える校舎の中は既に早いうちに登校した生徒たちが見える。

 

「……なんだろう、これ?」

 

最初は眩暈のように感じたのだが、違う。

体が何かを訴えるように、熱を僅かだが発している。

目を閉じてみると、普段の様相を見せる校舎が一変する。

何かの流れ、学校敷地内の雑木林へと細い糸のようなものが流れているのが視てとれる。

そして,それが決して害を成すようなものではないことを感覚的に理解した。

 

(…………何でだ? 俺、こんなの初めて見たのに何でわかるんだ……。)

 

「先輩? ホームルーム始まっちゃいますよ?」

 

千鶴の声で我に返る。

先程まで感じていた熱はどこかへ消え失せて、流れを感じ無くなっていた。

 

(気のせい、だったのか……?)

 

「ああ、そうだな。じゃあ、放課後部室でな。」

 

千鶴と下足ホールで別れ、三階へと階段を上る。

廊下の中ほどにあるのが俺の教室、二年B組だ。

時刻は八時三十分。あと十分もすれば、担任の郁乃ねえがすっ飛んでくるだろう。

教室に入ると、既に大半の生徒は席について、各々自習したり本を呼んだりしている。一部の連中は教室の端に集結して馬鹿話に勤しんでいるいつもの教室だ。と、朝早く先に登校していた友人に挨拶する。

 

「おはよう、満瑠(みつる)。今日は結構早かったんだな。」

「ああ、湊人かよ。朝から何?」

 

窓際の自分の席に鞄をおく。

俺の前の座席には不機嫌そうに座る友人、來栖満瑠(くるすみつる)の姿がいた。

知り合ったのは小学六年の時だったか。

母を亡くし、その時は家族を喪い毎晩泣いていたのを覚えている、学校でもあまり友人はおらず、一人だった俺に話しかけてきてくれたのが彼だった。

以来、小中高と五年も友達付き合いを続けている。

お互い、悪友だとか腐れ縁だとか評しているが、俺個人としては本音で言い合える唯一無二の親友だと思っていたりする。勿論本人の前では恥ずかしくて言ったことがないが。

 

「……あんまりしかめっ面してると年取った時にしわ増えるぞ。なんか困りごとでもあったのか?」

 

千鶴の話だと機嫌良く出かけたはずだが、目の前の学友は何かを真剣に考えるように眉間にしわを寄せている。と、唐突にこちらに向き直り、

 

「……なあ、湊人。真面目に相談するんだけどいいかな?」

「どうしたんだよ、いきなり他人行儀に。話ぐらいはのってやるけど。」

 

すると、一拍溜めてから一言。

 

「――――――ボクの、短所あげてくれないか。」

 

 

 

「ええと、いきなりだなお前。」

「まあ、ボクはこの通り勉強もスポーツも結構デキるんだけど、自分の目線からじゃわからないことも多いだろう? だからさ、ここで一つオマエの目から見て直したほうがいいトコ言ってほしいんだよ。」

 

はあ、直したほうがいいトコか。

目の前の友人といえば、成績は学年トップクラス、運動神経も良くて、剣道部の主将でもあったりする。顔もいいし、文武両道、礼儀やマナーに厳しく、性格もフェアを重んじるところ、欠点とか短所とかとは無縁なように思える。

 

「うーん、どうかな。お前の悪いところ、って言われてもパッと思いつかないぞ。それにこういうのは友達からじゃなくて第三者あたりに聞いたほうが公平だぞ。」

「友達以外にボクの事よく知ってる奴って言ったら家族ぐらいだろうが。知ってる奴からじゃないと意味ないんだよ、まったく。」

 

ああ、それもそうだ。失念してた。

 

「どうした、二人とも。朝から両人揃って云々と唸って。禅問答か何かか?」

「ああ、おはよう慎介。」

 

話に入ってきたのは名瀬慎介(なせしんすけ)。友人の一人で、ウチの文芸部部長である。

 

「名瀬はいいよ。ボクは湊人に聞いてるんだし。」

「ふむ、そうか。そういえば來須。今朝園原と一緒にカフェテリアにいたようだが?」

「な、園原ってA組の園原か?」

「ちょ、待て。何勝手に喋ってんだ名瀬!」

 

驚く俺と慌てふためく満瑠。その様子を見て慎介は一言呟く。

 

「來須。フラれたか?」

「…………マジか、満瑠。」

「ち、ちちちちち違うし、たまたま会えたから世間ばにャしの一つでもと思って!」

 

(噛んだな、今……。)

今朝方、早く家を出たのは恐らくこの為だろう。

機嫌が良かったのも、十中八九園原の件でウキウキしていたからだろう。

だが、相手はあの学校一のミズパーフェクトビューティー園原泉だ。真正面からデートでも誘ってあえなく彼は撃沈。さらにその現場を慎介に目撃されていたのが運の尽きだったのだろう。

こうして頬を真っ赤に染めて泡食ってしどろもどろになってる時点で最早言い訳は出来ない。

 

そもそも、コイツは嘘つくの下手くそだし。

根はいい奴だからキッパリ断られて一旦は諦めたのだろう。ああ、だからさっき『欠点を挙げろ』と言ってきたのか。

 

だが。

学年トップクラスのイケメンがフラれたとなれば。

 

「マジか! あの來須がフラれたってさ!」

「うわぁ、來須君可哀想……。」

「まあ、園原相手じゃ無理だろう。」

「お前もやっぱり俺たちの同類だな……。こっち来いよ、一緒に嘆こうぜ。」

「ちょっと、満瑠君をアンタ達と一緒には括らないでよ。間違いなくワンランクは上よ。」

「え……、て事は來須君今ノーターゲット!? チャンス到来キタかも!」

 

たちまち満瑠撃沈を悼む男子と彼の次のターゲットになろうとする女子で教室は混沌の坩堝と化した。

 

「ふむ、かまをかけただけだったがドつぼとは。すまなかった、以後気をつけよう。」

「謝っても遅えよ! それと馬鹿共、ボクを労う会とか勝手に立ちあげるなァ!」

 

まあ、ただこの賑やかなというか騒々しさがいつものB組である。

あるんだが、何か大事な事、それこそ見落とすと郁乃ねえ、間違えた先生から怒られる事を忘れているような……。

 

 

 

────キーンコーンカーンコーン。

 

 

 

「……クラスのみんなが仲良いのはセンセーとして冥利に尽きるんだけどー。」

 

あ、そうだ時間だ。

本人は時間の有効活用なのだ、とか言ってチャイムギリギリ、いつも遅刻がちにホームルームを始めるもんだから、まだ余裕あるだろうということで『あと十分』なのだ。

その十分のモラトリアムはキレイに無くなっていて。

件の担任教師、宮野先生がにこやかスマイルと共に教壇に立っていた。

 

「────ホームルーム前には着席しなさい。でないと、冬休みの宿題追加オーダー入っちゃうゾ☆」

 

 

 

四限終了を告げるチャイムと共に、クラス中から疲労感に溢れた溜息、呟きその他諸々が噴出した。

 

「はーい、じゃあこのままSHR始めるよー。」

 

郁乃ねえが連絡事項を読み上げていく。

 

「────あと、昨日北園町南千本で火事があったので、火の取り扱いは気をつけるように。では連絡は以上、皆さんさようならー!

 

と、郁乃ねえの解散宣言と共に、教室から我先にとダッシュで帰宅する連中、教室に残ってお喋りしたり、弁当を広げる連中と、それぞれ自由に時間を使う。

 

「おい、湊人。昼飯、食いに行くけどお前も来ないか?」

「あー、悪い満瑠。昼は部活があるし、部室で食うよ。」

「あ、そう。オマエもマメだな。わざわざ千鶴の料理の勉強見てやってるんだろう?」

「まあ、俺ができる範囲でだけどな、っとごめん。ノート取ってくれないか?」

 

取り落としたノートを、やれやれ仕方ないな、と拾う満瑠。

 

「ほらよ、みな、…………!」

「?」

 

驚愕に顔が固まる満瑠。

視線をたどると、右手の甲に目が向いている。

 

「痣のことか? 多分どっかにぶつけたんだと思う。ちょっと派手に見えるけど、痛みはないから……。」

「…………そうか。」

 

何故か彼の表情が静止したように見える。

だが、次に瞬きした時には、止まった時間は流れ出していた。

 

「──────まあお節介焼きのオマエの事だし。また要らないことに首突っ込んで怪我したんだろう。」

 

じゃあな、と俺が言葉を返す前にトットと教室を出ていく。

虫の居所でも悪いのだろうか。

突然冷たくなった友人の態度を俺は理解できなかった。

 

 

 

3.

 

 

 

あの後、満瑠を一旦は追ったのだが、もう校外に出てしまったのか、見つけることができなかった。

千鶴との約束もあるので、仕方なく捜索を諦め、昼飯を買って部室に向かうことにする。

土曜日は弁当を作るのはお休み、且つ購買部の日替わり弁当の味付けが中々に秀逸で美味い。故にその技術を自分の舌で学ぶべくの週一回はここの弁当を食っている。

運動系の部員で紛争状態になっている購買部前を潜り抜け、何とか日替わりチキン南蛮弁当を買って、文芸部部室へと向かう。

 

「あ、先輩。お疲れ様です。」

「お疲れ様、千鶴。先に飯にしようか。」

 

ちょうど部室前で千鶴と会い、部室に一緒に入る。

 

「さて、お茶は緑茶とほうじ茶どっちにする?」

「あ、先輩は座っててください。お茶なら私が淹れますから!」

「いいよ、あ、じゃあケトルに水入れて沸かしてくれ。で、どっちがいい?」

 

わかりました。じゃあ、ほうじ茶で。

千鶴が給湯器で水をポットに入れる間に、リクエストのほうじ茶を急須にセットする。今日はもう二人部室に来るし少し茶葉は少し多めに出しておこう。

 

「そういえば。もうすぐ冬休みですけど、先輩は予定入ってます?」

「んー、そうだな……。年末年始は親父の親戚の集まりに出ないといけないけど。それ以外ならバイトだけだな。」

「じゃあ、またお料理のレクチャーしてくれませんか? 今度は洋食にもチャレンジしたいんです私。」

 

椅子をひいて座り、それぞれの弁当を取り出す。

千鶴は学校には毎日作ってきているようで、今日は豚の生姜焼きに筑前煮、ほうれん草の胡麻和えと卵焼きというラインナップの弁当だ。

ほー、と口を開いて感心する。

 

「全く。千鶴の成長スピードはすごいな。もう和食じゃ敵わない。」

「そんなことないです。先輩、和洋中とオールラウンダーじゃないですか。この前ご馳走になった煮込みハンバーグ美味しかったです。」

 

元々料理を作り始めたのは身体を悪くした母の体調を考えての事だったが、郁乃ねえに教えて貰いながら作っているうちにハマってしまい和食、洋食、中華、最近は郷土料理にも手を出そうか、と考えるまでになっていた。

そんな料理好き魂が千鶴にも伝播したのだが、その成長速度は半端じゃなかった。今じゃ和食のイロハは愚か、大根の桂剥きをいとも簡単にやってのけ、毎朝出汁をとって味噌汁を作る具合に進化しているそうだ。

……師匠としてうかうかしてられないな、とか考えながら、湧いたお湯を一旦湯呑みに入れて冷ましてから急須へと注ぐ。

 

「お粗末さまでした。でも、良いのか?せっかくの休みだし、千鶴も友達とどこか遊びに行っても良いんじゃ……。」

「そんな、私にとってそれが一番楽しいことなんです。」

 

一輪の百合の様な笑顔の彼女は、とても綺麗でどこか悲しく見えた。

知り合った頃は今よりどこか暗いイメージがあって、満瑠に何かあったのかと聞いた事がある。

 

「十三年前、中区の大火災は知ってるだろ。 アイツ、その生き残りなんだよ……。」

 

満瑠と千鶴は従兄妹で、その火災に巻き込まれた時、千鶴の両親は亡くなったという。

一人生き残った彼女は満瑠の家に引き取られ、生活するようになったそうだ。

こうして笑えるようになったのはここ二年で、安心と同時に、本当に大丈夫かどうか心配になることも増えたような気がする。

 

「先輩? どうかしましたか?」

「ん? あ、悪い。ボーッとしてた。」

 

気付けば、考えに夢中になっていた俺を伺うようにのぞき込んでいる。恐らく呆けているように思われたんだろう。

平静を装って割りばしを割ろうとするも、割り口がバキッとささくれだった。

……にしても、笑うようになったことは喜ぶべきことだが、こっちは思春期真っ只中の健全な男子高校生である。

正直、こういった仕草や表情にドギマギすることが多くなった。

が、相手は一年後輩で友人の従妹である。

いかなる状況になろうと明鏡止水の心境を保たねば、と心に固く誓うのであった。





19 5/14 誤字修正行いました。


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召喚_Side_Lancer(Ⅱ)

4.

 

ウチの部活、文芸部は今何してるかと言うと。

今まさに絶賛編集作業の嵐の真っただ中にあるのだった。

 

 

 

「千鶴、これかけてみて」

「え、はい。……こうですか由良先輩?」

 

A組の由良楓(ゆらかえで)が千鶴に渡したのは青みを帯びた黒縁の眼鏡だった。

 

「うん、やっぱり千鶴に似合うと思った。顔立ちが整ってるからさ、こういうシンプルなデザインがフィットするのよねー。」

「おい、由良。他人に眼鏡をつけさせるな。度があってない眼鏡はつけるもんじゃない。」

「え、なんでよ名瀬。コレ度が入ってないオシャレ用のヤツだよ。」

 

時刻は午後三時。

昼食を外でとってきた慎介と由良を交えて、三年の卒業生に向けた文集の制作に取り掛かる中、一旦休憩を入れている中だった。

部員の何人かは風邪で欠席している為、本来休憩なんぞとってる場合じゃない、が『根を詰めすぎて作業効率を落とすのは愚の骨頂だ。適度に休息を入れたほうがペースは落ちんものだ。』という部長、慎介の方針で一時間半に十五分ほどブレイクタイムを挟むようにしている。

 

恐らく学校でも一、二位を争う美人な由良だが、コイツには他人(主に千鶴)のファッションをコーディネートしようとする悪癖がある。なんでも実際に着ているところをこうやって見たほうがイメージが分かりやすいとのことだそうだ。

一度、それなら鏡の前で自分が着てポーズとればいいじゃん、と言った時には。

 

「馬鹿、それじゃ客観的に見れないじゃないの! 第一、千鶴の方が絵的に映えるの。」

 

どうやら自分が着る為のデモンストレーションではなく、自身の作品での登場人物のイメージに合わせるためらしい。

そういうことで、今日も私物の眼鏡を千鶴にかけている変態が目の前の赤毛の残念美人である。

 

「どうしたのよ、神代。そんなにムスッとして。眼鏡に罪はないわよ。」

「いや、よくない思い出が蘇ってさ。」

 

今年の夏休み。

部室で秋に発行する部誌の編集中、物は試しにと、コイツに眼鏡をかけさせられた挙句、

 

「ぷっはハハハハハ!! 神代って驚くほど眼鏡に合わない! あ、やばい、お腹痛い!笑いすぎて!」

 

ほかの部員も、千鶴や慎介も大爆笑の嵐だった。

確かに自分でも驚くほど似合わなかった。だが、あそこまで笑わなくてもいいだろう。

以来、俺は眼鏡に対して警戒心を抱くようになった。主にまた装備させようとする目の前の大魔神にだが。

 

「まあ、神代は結構童顔だからね。眼鏡は合わないよ。やっぱりこういう美人じゃないと。」

「あ、あんまり持ち上げないでください由良先輩! ちょっと恥ずかしいです……。」

 

あー、そうだな、うん、そうだな、とか慎介と共にテキトーに頷いて熱いほうじ茶をすする。

前に一回、『眼鏡のどこがそんなに良いんだー』とか不用意に質問した時には。

 

「分かってないね、眼鏡の奥深さってのは、それ一つでありとあらゆる妄想を可能にする万能の装飾品なのよ。いつも眼鏡つけてる子がその眼鏡を外す時のファーストインパクト。普段眼鏡をかけてない奴が、眼鏡をかける時のセカンドインパクト。さらに、眼鏡をかけないキャラがかけた眼鏡を外す時のサードインパクトといったら!あと、こう眼鏡をいったん外して目頭を押さえて再び眼鏡をかける。このさりげない一連の動作に宇宙の真理が──────!」

 

恐らく変な空間にリンクしてしまったのだろう。小一時間、眼鏡の眼鏡好きによる眼鏡のための講座を延々と聞かされた。

とにかく変なスイッチが入らなければ姉御肌で頼れる良い奴なんだが。

 

「まあ、でも……」

 

実際、眼鏡をかけた千鶴にいつもと違った魅力があるのはわかる。

なんというのだろう、知的というかキリッとしたイメージだろうか。

 

「お、神代も眼鏡の魅力に気付いたかにゃ?」

「そうだな、お前が無理強いしなかったら分かり合えていたかもな?」

「──────ハッ!? そのルートもあったか……!」

 

きゅうしょにあたった、こうかはばつぐんだ。

大魔神の敗北に慎介が軍配を上げるように呟いた。

 

「ふむ、今回の舌戦は神代の勝ちか。」

「由良先輩、私は眼鏡好きで熱心な先輩も素敵だと思うので、そんなに気を落とさないでください。」

「ううー、千鶴だけが私の味方だよー。」

 

よよよ、とか言って崩れ落ちる由良。

見ると、既に休息時間は終わりを告げていた。

 

「む、休憩も過ぎれば毒だ。そろそろ作業再開しよう。」

 

部長の一声で休憩時間は終わり、それぞれの作業に戻った。

 

 

 

5.

 

 

 

「じゃあ、俺は用事があるから先に失礼する。二人ともあまり長居はするなよ。」

「私も夕飯の買い出しに行かないとだから後片付けお願い! この恩はまた後日!」

 

慎介と由良の二人が退室し、二人で後片付けをしている中だった。

 

「あー、文芸部の部員さんお手伝い出来ないでしょうか?」

「はい? 何の要件でしょうか?」

 

図書委員の生徒がやってきて曰く、新校舎の図書室に仕舞うはずだった図書を旧校舎の方に、逆に旧校舎に持っていく図書を図書室に持って行ってしまい、再度仕分けて収納しなければとのことだ。

 

「じゃあ、手を貸すよ。ちょうど今こっちの片付けも終わったことだし。」

「あ、私も手伝いますね、先輩。」

「千鶴はいいよ。もう、下校時刻も近いし……。」

「先輩だけにお手伝いさせるのは私の中では駄目なことなんです。それに下校時刻までまだ三十分ありますから大丈夫です。」

 

と、半ば押し切られる形であるが、二人で図書運搬の手伝いをする事になった。

 

 

 

「神代先輩、この箱に入った本は閉架書庫にしまっていいですか?」

 

「ああ、重いだろそれ。俺が持つよ。」

 

確認に段ボールの蓋を開けると、中身が崩れて山みたいになってしまっている。

持ってくるときにはぶつけたりしなかったのでおそらく入れた時からだろう。いくつかの本はページが折れているものもあった。

 

「……ったく図書委員の連中、こんな雑な入れ方しやがって。本が傷んじまうじゃないか。」

「あー、これ直せますか、先輩……。」

「しっかり伸ばして重しかなんかで押さえればそこそこは直るかな……。しわの方はアイロンをゆっくり当ててやらないと。とにかく折れたやつは一回カウンターに出してさっきの男子に連絡しよう。」

 

折れてしまった本は七冊。

丁寧に取り出し錘になりそうな辞典を拝借し、上にそっと乗せておいた。

 

「他の段ボールのヤツは開架図書のほうだな。……あ、しまった。鍵持ってくるの忘れた。」

「じゃあ、私職員室から持ってきますね。」

 

小走りに図書室を出て行った千鶴。

その間に閉架図書のドアの近くに移動させておこう──────。

 

そこでようやく、窓際に座る一人の女子生徒に気づいた。

 

 

 

「あれ、園原? 何やってんだ、もう放課後だぞ。」

 

 

 

朝、満瑠との話題に上った園原泉その人がひっそりと座っていた。

長い黒髪に、キリッとした顔立ち、その生け花の様な振る舞いは見る者たちに冷たく美しい氷の彫像を思わせる。

故に、俺も優等生で人付き合いも悪くないけど何処と無く近寄り難い人だと思っていた。

だが、彼女も何故かぎょっとしたような表情で静止したかと思うと、急に睨んでくる。

 

「……なんか、悪いことしたか俺? ずっと、その睨みっぱなしなんだが……。」

「…………別に。」

 

何故か、大きなため息をつく。

なんか俺に理不尽な怒りを向けられていたようなきがして釈然としないのもあるし、俺の中の彼女のイメージに靄がかかるような感覚に襲われる。

首を傾げつつ、本を直す作業が終わればこの部屋を閉めると園原に伝えると、

 

「そう、わかったわ。」

 

と、鞄を持って図書室から立ち去ろうとする。

すれ違いざま、沈む夕日が一際鋭く輝いたかと思った時、

 

「神代君も早く帰ったほうがいいわよ。」

 

表情は見えない。

だが、声音はキンと冷え切った、──────所謂最後通牒のように聞こえたのは気のせいだろうか?

どう返そうか一瞬迷ったが、

 

「ああ、わかってる。最近何かと物騒だしな。園原も気をつけてな。」

 

教室に差し込んだ紅い光が薄れる。

顔を確認しようとしたが、見えたのは怒っている様な足取りで図書室を出ていく彼女の後姿だけだった。

 

「俺……ホントに何もやってないぞ……?」

 

腕を組んで唸る。と、入れ違いになる形で千鶴が戻ってきた。

 

「鍵とってきました先輩。ってどうしたんですか難しい顔して……?」

「あ、いや。すまない。ちょっと考え事してて……。じゃなかった、ありがとう千鶴。」

 

鍵を受け取り閉架図書のドアを開ける。

金属製のラックの二段目に本の入った段ボールを持ち上げる。

 

「あの……もしかして園原先輩と、何かあったんですか?」

「へ? いや、確かに園原と喋ってたけど……。よく分かったな。」

 

段ボールから手を離しながら、後ろにいる少女に話しかける。気の所為か、千鶴の声に硬さを感じる。

 

「ええ、園原先輩が怒りながら廊下を歩いていくところを見たので……。神代先輩、そういう所あるから……。」

「……やっぱり怒ってたのかアレ……。で、そういう所って何がさ?」

 

図書を直して、彼女に向き直る。

いつも通りの千鶴がそこにいた。

 

「いえ、なんでもないです先輩。図書委員さんに連絡して下校しましょう。」

 

 

 

6.

 

 

 

下足ホールで靴を履き替え、校門まで中程の所まで来た時だった。

 

(………………まただ。)

 

 

今朝と同じ、いや朝が細い裁縫糸程度だったとすれば、より強く、例えるなら小川程になった流れを感じる。

 

「悪い千鶴。ちょっと忘れモンしたから先に帰っててくれ。」

「あ、先輩……!」

 

千鶴には悪いが、何かこれを見逃すといけない気がした。

校庭をかける。

上流へ遡上するように、流れが行き着く先、校内の雑木林を目指す。

丁度剣道場を曲がれば、その入り口に──────。

 

曲がった瞬間誰かと衝突し、頭を互いにぶつけた。

 

「痛ってーな、前見て歩けっ──────、て、湊人?」

 

鼻を抑える男子生徒は、俺もてっきり先に帰ったと思っていた満瑠その人だった。

昼に分かれるまで着ていた学生服ではなく袴姿で、額には汗が浮かんでいるところを見るに、さっきまで身体を動かしていたのだろう。

 

「……悪い、満瑠。気になることがあって走ってたんだ……。ぶつかったのは俺の不注意だ。」

 

頭を下げて謝罪する、と気付く。

さっきまで感じ取れていた流れが消えていた。身体の熱も消え失せ、目を閉じてみても、何も見えなかった。

 

「──────で、どうしたんだよ。文化部の癖にこんな時間まで残ってて。」

「……あ、いや、ちょっと探し物っていうか……。でも、やっぱりもういいんだ。気にしないでくれ」

「変なヤツ。──────じゃあさ、今からだけど道場の手入れ手伝ってくれないか?」

 

腕を組んでどこか沈痛な表情で続ける。

 

「いやさ、剣道部の後輩たちが風邪で休んじまってな。今日は俺一人で、練習してたんだ。でさ、年末も近いしついでにできるところは掃除しとこうかなって思ったんだよ。」

「え、でももう下校時刻だぞ。来週に回してもいいんじゃないか?」

 

既に空の色は赤紅から紫と濃紺が入り混じった夜の始まりを告げる逢魔が時になりかけている。

それを告げると、何故かあざ笑うように手をひらひらとさせて、

 

「ふーん、じゃあ湊人は、道場が汚れたままでも気にしないんだ。それもどうかと思うんだけどね?」

「む、…………。」

 

それを言われると、痛いところだ。道場は神聖な場所でもあるので、常に佇まいを清く美しくしてあるのが理想だ。

 

「わかった。なら、話は早い。さっさと片付けちまおう。」

「…………ったく、そういう二つ返事するのがオマエらしいよ。」

 

背を向けて、避けるみたいに道場に入っていく満瑠の後を追い、俺も道場に入った。

 

 

 

一礼して、板張りの室内へと踏み入る。

 

(そういや、道場に入るの何年ぶりかな……。)

 

壁際に掛かっている木刀を眺めながら、ゆっくりとそんなことを考える。

 

「……なんだよ、一試合寸止めでやってみるか?」

「……いや、いいよ。もう剣道からは足洗ったし、それに防具なしで打ち合って怪我したら冗談じゃすまないからな。」

 

中学二年まで俺は満瑠と共に剣道をやっていたが、秋の大会を前に大腿骨を疲労骨折し、三か月の療養を強いられた。

決してそれに引け目を感じたわけでもないし、剣道自体も技を磨くのは楽しかった。今でも木刀で素振りしたり型を確かめたりは週一回のペースでやっている。

違う、と感じたのだ。

試合、スポーツの形をとっているとはいえ、他者に剣を振り下ろすという行為に何故か忌避を感じたのがきっかけなのだろう。その事を満瑠に相談した時には、

 

「オマエ馬鹿じゃねぇの。剣道は暴力じゃなくて心身の鍛錬と礼節を学ぶためのモンだろうが。互いに了解の上で竹刀振るってんだから別に打たれたからって誰も怒らねえよ。」

 

とこってり絞られた事があったっけ。

満瑠が、もう一度立て続けに聞いてくる。

 

「…………じゃあ、もう竹刀は握らないのか?」

「ああ。それに高校入ってからバイトも始めたしな。さ、床の雑巾がけとか、神棚の掃除は任せてくれ。」



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召喚_Side_Lancer(Ⅲ)

7.

 

 

 

「──────よしっ、と。」

 

窓を拭き終わり、水の入ったバケツに雑巾を掛けて、外の水道まで持っていく。

最初は道場の床と神棚、あと上がり框だけでも綺麗にしとこうということだったが、まあ俺も満瑠も一度スイッチが入ると徹底してやるタイプだからか。

あれやこれやと掃除整理整頓をしてるうちに時刻は七時四十分。既に下校時刻はとっくに過ぎていた。

 

竹刀や木刀の手入れをしていた満瑠は、

 

「お疲れ様、こっちはもう終わったから、何か飲み物買ってきてやるよ。」

 

じゃあ、ペットボトルの温かい緑茶を、と頼むと、外の自動販売機に走っていってくれた。

はあ、と息を吐くと月明かりに照らされ、はっきりと白い靄になってソレが見える。バケツの水を捨て、雑巾を水道で洗い────。

 

 

 

「────熱、っ!?」

 

握っていた濡れた布を落とす。

右手が灼けた様に熱を発した。

熱い? 冗談じゃない、十二月の夜だぞ。熱さを感じる要素なんて。

 

「────何だ、コレ……!?」

 

全身がくまなく、血管や神経そのものを知覚できるように熱を知覚する。大気は刺すような寒さなのだが、身体は、ぼうっ、と風邪を引いた時に近い感覚に襲われ、だけど頭だけはいつも通りに回るという状態。

それをどう感じとったのか、『ナニカが起動したみたいだ』、と俺の中で浮かんだ。

 

(それに、また視える……?)

 

朝に感じた流れは確かに無害だった。

だが。ただの水が人体に無害でも、それが人ひとりを飲み込むような量なら話は別だ。

今目の前を流れるナニカの洪水は、またしても雑木林へと続いている。

 

「…………っ。」

 

本能が行ったら致命的なミスを犯す、と警告を発するも、その一方で怖いもの見たさという非論理的な思考が俺の中を二分する。

結果として、確かめたい、という度し難い思考に流される形で帯が向かう林の中へと両足が動いた。

 

夜の林は積み重なった落ち葉や枝、でこぼことした不整地故に歩きにくくて見通しも悪い。

 

 

「…………………………。」

 

汗が額に滲む。

鼓動が早くなる。

そうする必要もないのに、息を殺し、足音を立てないように進む。

流れる帯は、目を閉じずとも視て取れる具合に強く太く

大きくなり、そして数自体も増えていく。

 

「────!」

 

見えた。

 

雑木林の中、百メートル程離れたポッカリと空いた地に、人が立っていた。

俺の方からは背を向けていて姿をしっかりとは確認できないが、女の子でウチの制服を身につけていることだけは分かる。

 

「…………。」

 

少し思案して、近くの茂みで息を潜めて見守ることにする。

人のことは言えないが、こんな遅くに一人で突っ立っていること自体不自然極まりないのだ。

ノコノコ出ていくのは流石にマズいだろう。

 

「────、…………。」

 

何か呟いている様に聞こえる。

(自身を変革するモノを唱えている、と理解する。)

 

ソレは何かに祈りを捧げるようで。

(世界に満ちるモノを取り込んで、内燃機関を燃やしているように視える。)

 

────ここにいたら駄目だ。

 

そう理解しても肝心な時に脚は震えて動いてくれなくて。

満ちていく、不可視の流体は少女を中心に収束し、膨張して、

 

「あ────────。」

 

目の前の視界が白く塗りつぶされた。

 

 

 

Interlude_目撃者

 

 

 

「……っ、────はっ!!」

 

魔力の残滓が晴れていく。

手応えは十分、文句なしの会心の出来だ。

結果、召喚陣の前には、一人の男が佇んでいる。

 

青い瞳、黒い装束、藤色の外套、腰に幾つもの短剣をぶら下げた彼は、しかし姿は人でも中身は人ならざるモノ、伝説通りの英雄としての気迫に満ち満ちている。

 

「サーヴァント、セイバー。聖杯の寄るべに従い召喚に応じた。────問おう、貴殿が当方のマスターか?」

「ええ、私は園原泉。聖杯を求め、貴方を呼び出しました。誓いはココに。」

 

左手をかざし、私がマスターである事を示す。

セイバーはじっと、私を見詰めると頷き、理知的で静かな声で告げる。

 

「成程、異彩承知した。これより我が剣は貴殿の盾となり鉾となろう、マスター。」

「よろしく、セイバー。さあ、もうここには用はないわ。続きは私の工房でしましょう。」

 

魔術師にとっては最適の地であったが、やはり精神的にも休める自宅が最も休息には適している。

体内の魔力のバランスが一時的に狂ったこの状態を戦端が開く前に通常に戻さないと────。

 

 

 

────パキン。

 

 

 

「誰だ?」

 

セイバーが反応し、私の前に立つ。が、私としてはそれどころじゃなかった。

枝の折れる方を向き、その姿を見た途端、もう練っていた作戦も行動予定も目的も、脳内にあるあらゆる事項が消し飛びかけた。

 

「マスター、指示を。目撃されたからには然るべき対処を取るべきだ。」

「…………分かってる。追ってセイバー。そして捕らえて。後は私がやる。」

 

今の間に、その人影は逃げ出していた。魔力で強化した目で追うと、もう林の入口程まで逃げているみたいだ。

セイバーの声で、我を取り戻し、命を下す。

 

(────ごめんなさい、今からアンタに死ぬより非道い事する。)

 

 

 

8.

 

 

 

ソレは爆発と称せた。

 

「────一体、何が……?」

 

塗りつぶされていた視界が戻り、視認した途端。

 

 

 

「………………!?」

 

 

 

新たに現れた男を見た瞬間、理性が、本能が、身体が警告を発した。

見た目以外の何もかもがヒトと違う。ガワこそヒトの形だが中身は戦闘、戦うことを前提とした思考する戦闘機械そのものだ。

 

手足が痺れる。

恐怖で喉が渇き、胃から吐瀉物をぶちまけそうになったせいで肺に十分に酸素が行き渡らない。

相手は百メートル以上茂みを挟んで離れているのにも関わらず、あの男に気配を察知されただけで、殺される。

 

「────っ、は────。」

 

だから出来ることと言ったら、気配を殺したまま、ゆっくりと、麻痺しかけた脚を動かして去────。

 

パキン、と枝を踏む音が、月夜も届かない暗い林に響き渡る。

女の方がビクンと振り向き、男がこちらを向くより早く。

 

「あっ────────!」

 

脚が動いてくれた。地面を蹴って加速する。

 

腕を動かせ。

脚を前に出せ。

振り返らず、止まるな。

 

自身の限界を超える勢いで走る。

途中、枝で肌を引っ掻いたり、枯葉に脚をとられかけて捻ったが痛みも感じる暇もない。

校庭を全速力で走り抜け、閉じたフェンスゲートをよじ登って飛び降り、地面に突っ伏して膝を擦りむいたが無視して坂を転がり降りる。

正直、自分の身体の重ささえもどかしい。

もっと早く、もっと遠くへ行かないと、こんなとこじゃ簡単に追いつかれる!

 

「ハア、ハア、ハア、ハ────!」

 

過剰分泌したアドレナリンのおかげか下り道のおかげか。酸欠で霞む目を無理やりこじ開け、走る速度は緩めず、行きは二十分程かかる家までの道を僅か十分で走り抜ける。

角を曲がった所で、ポケットから家の鍵を取り出そうとし、鍵を握りしめ、ガタガタと震える手で門の扉を開けて飛び込み、鍵を閉めてすぐさま閂をかける。

 

「っ────ハア、ハア、────ハ!」

 

そのままへたりこんで痛む肺に空気を取り込む。二度三度と大きく深呼吸をしてようやく視界が元に戻る。

家は朝出た時と同じ様相で主人を迎えた。

その日常の景色をおかしく思ったのか、本当に感情が壊れたのか、何故か笑えてきた。

 

「────ハ、ハハ、何だったんだアレ……?」

 

けれど、もう家の敷地内だ。

門は閂をしっかりとかけてあるし、周囲は漆喰の塀で囲まれているのだから、もう大丈夫だろう────。

……?

酸欠がまだ解消されず、朦朧とする頭で考えながら、休むなら家の中で休もうと身体を起こし。

 

 

 

────何を馬鹿な。あの化け物ならこの程度の壁、飛び越えてくるんじゃないか?

 

 

 

「────っ、あ!」

 

今度こそ、ハッキリと頭が動いた。逃げ場のない袋小路に入ってしまったことに気づき、今すぐ外へと出ようとして。

 

頭上からの一撃を躱せたのは奇跡だった。

 

ハッと見上げた時、夜空からあの化け物が落ちてくるところだった。

身体を捻って地面に転がり、そのまま右へと避け、さっきまでいた石畳に凶器が突き立つ。

 

「ほう、当方の剣を避けるか。」

 

化け物が握っているのは鈍く光を放つ短剣であった。

ただ、人を殺すために研がれた牙。

貫かれれば確実に肉を裂き骨を砕き命を刈り取る凶器である。

アレで斬られたら、いやあの化け物の攻撃をまともに受けただけで恐らく死ぬ。

目だけを動かし、あるはずのない退路を探す。

後ろ────駄目だ、直線的に逃げれば確実に殺される。

屋敷から出るのが理想的────、だが門の前にヤツがいる以上、前には進めない。行けば真っ二つになるのがオチだ。

────あとは勝手口だけ。ヤツが攻撃する瞬間に、横へ飛んで躱して勝手口まで辿り着く。ぶっちゃけどの選択肢も生存率はゼロに近い、がこれ以上の策なんか思いつかない────!

 

男は、こちらが構えるのも気にせず続ける。

 

「……その判断力。生を受ける時代が時代であれば一廉の勇士となっていただろう。」

 

だが。

 

「────運がなかったな少年よ。恨むならその自分の運命を呪え。」

 

凶刃が振り上げられたと思った時には、身体が動いてくれた。

 

「────っ、アッ!」

「…………む?」

 

さっき転がった時に掴んだ石、それも出来るだけ鋭く尖ったそれを化け物目掛けて投げつける。

勿論、こんなもので化け物を退散できるわけが無い。

だが、避けるなり、弾くなりする隙に左へ飛び、石燈籠を盾にすれば、続く攻撃を防げるはず。

あとはそれを続けて、どうにか反対側の勝手口まで────。

 

瞬間、中庭の景色が流れた。

 

「え────?」

 

身体は動いてくれた。奴の振り下ろした剣は間違いなく躱した。石燈籠の陰に飛んで────。

 

重力に逆らえず叩きつけられるように落ちた。土塊にまみれ、みっともなく地面を転がる。

 

「────あ、ガっ────ハ……ア!?」

 

痛みが飽和し、エンドルフィンでも誤魔化せない。

折れた。どこが。身体中の骨がだ。

息が出来なくて意識が遠のくが、全身を刺し貫く痛みがそれを許さない。視界は真っ赤に染まり、内臓が狂ったように身体の中で暴れるもんだから、多分助からないのだろう。

もう死んだ方がマシというのはこの事を指すんじゃないのだろうか。

 

「アレで受け身をとったか。意識を刈り取るつもりだったがまたしても驚かされたぞ、少年。」

 

音が聞こえる。

 

ゆっくりと確実に死が迫る。

 

死から逃げようとうつ伏せで芋虫みたいに這って、動けなくなった。脚も腕も感覚が消えて力が入らないのだ。

そもそも何でここまで吹っ飛んだんだろう、と場違いな疑問に、目の前に落ちてた血のついた石の残骸が問いの答えをくれた。

 

ただ単純に蹴り飛ばされたのだ。

何の事は無い。強靱な脚力で石燈籠を蹴り飛ばし、その内の一つが俺を直撃してここまで一緒に飛ばされただけだ。

何とかなると思ってた自分がお笑いみたいだ。

これは戦闘ですらない。狩る狩られるだけのただの蹂躙だ。

 

「────詰みだ。最期に聞いておく。何か言い残したことはあるか?」

 

本当に詰みだ。

技量も力も何もかもこの化け物に届かない。

だから、出来る事といったら最後までコイツを睨み続ける事だけだった。

何もかも達することができなくても、心でだけは屈してしまってはならない、と必死に目の前の敵に抗い続けて見せる。

 

 

「────見事だ。では、眠れ。」

 

 

 

振り下ろされる剣を朦朧としたまま見詰める。

身体中が熱くて痛くて、でも決して目をそらすこと無く敵を見据えて。

そして────。

 

 

 

疾風が俺の背後から吹き付けた。

 

 

 

「────あ、……?」

「────くっ……!?」

 

鋼を貫く威力と精密機械を彷彿とさせる正確さでその赤い風は短剣を振りかざした男を吹き飛ばす。

 

「……ちっ、まさかな……!」

 

身を捻り、鋭い一撃をどうにか弾いた男は飛びのき、間合いを取る。

一時の静寂が戦場となった庭を満たす。

 

 

 

「────ランサーのサーヴァント。聖杯の呼び掛けに応え現界した。」

 

 

 

雲が晴れて月光が照らし出す。

目の前に、深紅と白銀の騎士が凛と立つ。

その姿を見ただけで、いつか本で読んだ御伽噺の登場人物を脳裏に描いた。

 

それはまるで────。

 

紅銀の騎士が振り向く。

 

「問おう────君が、私のマスターか?」

 

みんなを守る、ヒーローそのものだった。

 

 

 

────────その日、運命の歯車が回り出す。

 

──────Next Interception_VS_Saber.




カーマの泣き顔に愉悦した外道は私だけではないはず。

どうも、野澤瀬名です。Fate/MT、召喚_Side_Lancerお待たせしました。
ようやく主人公が(まともなセリフ付きで)出てきたほか、登場人物が一気に増えて情報量マシマシな第二話となりましたがいかがだったでしょうか?
他のFateシリーズ見てたりプレイした人ならわかるネタがあちこちにあると思うのでニヤニヤしながら、あるいは思い出しながら探してみてください。

この主人公最初の戦いはやはりセイバーとランサーの一騎打ちがふさわしいと思い、このような配役となりました。ついでにやっぱりFateの主人公は重傷を負います。
以降も散々痛めつけるつもりなので、みなさんワインの用意を忘れずに。(愉悦)

次回(登校日未定!)ついに戦端が開かれ、観那川聖杯戦争の初戦が開始されます。お楽しみに。



そして、カーマに石吸い取られました……。


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迎撃_VS_Saber

 Interception_VS_Saber 16_December

 

 

 

 1.

 

 

 

 月明かりが照らす世界に紅銀の騎士が降り立つ。

 

 煌めく白金の様な髪に、凛々しい顔立ち。

 鍛え上げられ引き締まった肉体。そしてその上に纏う白銀と紅赤の鎧のコントラストは一種の芸術のように輝いて見える。

 手にした長物はこれまた赤く長い布で覆われ、刃の類は見えない。が、それに秘められた威力は敵対する剣士の短剣を遥かに上回るであろう気配を醸し出している。

 

「────っ、あ……」

 

 身体中の痛みも忘れただただ魅入る。

 騎士はその双眸で俺の怪我の具合を一瞥する。

 そして、敵へと視線を戻し。

 

「マスター。暫しの辛抱を。まずは敵を倒します」

 

 そう言って手に持つ獲物を構え直し、襲撃者へと────。

 

 ────まるでコマ落ちした映画を見たかのようだった。

 

 間合い十数メートル。

 その剣も槍も届かないロングレンジを、彼は刹那でゼロにし。

 

 黒衣の戦士と紅銀の騎士がぶつかり合った。

 

 

 

 手に持った長物を下段に構え、一息に距離を詰める。

 敵、の得物は短剣が一振。あれならば有利な間合いを保

 ち、────いや、拙い、と悟った騎士は突進を止める。

 

「────せあっ!」

「────ぬんッ!」

 

 刹那の駆け引き。

 先手をとったのは短剣使いだった。

 手に持つソレをあろう事か自らの拳で打ち出す。

 一つだけでは無い。

 腰に下げた四本全て。

 鋭く研がれたソレを音速を以て投射する。

 秘められた威力は戦車砲にも匹敵するだろう。

 当たれば致命傷、掠っても腕を軽く吹き飛ばすその連撃を、神速の技量で"ランサー"と名乗った騎士は叩き落とす。

 秒にも満たない僅かなその合間に、まるで飛来する刃が何処に来るか予知したが如く、不自然な程的確な迎撃。

 四本目のダガーを苦もなく上方に弾き飛ばし────。

 ────その弾かれた短剣を逆手に持つ者がいた。

 

「ハッ────!」

 

 最初の投擲は陽動。短剣の間合いに入るべく、そして注意を引き付け、確実に死角である真上から必殺の一撃を見舞おうとする。

 ポールウェポンの長所はその間合いの広さであり、逆に弱点でもある。攻撃レンジの大きさ故に取り回し、そして懐に入られた際の対応力に難を持つ。

 故に密接した状況では短剣に分がある。

 

「────し、────やあっ!」

 

 だが。

 ランサーは一瞬の内に、短く持ち替え、迫る刃に合わしてみせる。奇妙な、そして絶妙なタイミングでの迎撃。

 完全に攻撃をいなされた襲撃者はこのまま鍔迫り合っても不利と悟り、蹴りを入れて間合いをとる。

 騎士も追おうとはせず、主を守る位置から動かず、構えてみせる。

 

 互いに決定打を欠くまま再度睨み合いが続く。

 襲撃者は武器を失ったにも関わらず、悠然と、対峙してみせる。

 

 

「どうした、セイバー。貴様が来ないのならこちらから仕掛けるぞ。それとももう手の内を出し切ったか?」

 

 ランサーの挑発にセイバーと呼ばれた黒衣の男はフッと笑って返す。

 

「否定だ。この程度、前戯に過ぎん。貴殿も止まっていては槍兵の名が泣くぞ、ランサー?」

「挑発は無駄だ。こちらからは仕掛けんが、貴様から来るというのならその時は受けて立つ」

「────成程、ならば我が絶技を以てその矜恃を打ち砕くとしよう」

 

 

 

 ────一瞬の攻防だった。

 

 敵ながら感嘆に値するそれこそ全てが計算し尽くされ、合理的且つ必殺の攻撃を行った剣士、セイバーとその全てを舞うような華麗さと針の穴を通すような正確さで退けた騎士、ランサー。

 互いに力の半分も使ってはいないだろうが、それはまさしく英雄同士の決闘と言うに相応しい戦いだった。

 

 そして、助かるかもしれない────。

 

 今の攻防を見る限り、ランサーは不意の奇襲や死角からの攻撃にすら対処して見せた。恐らく防衛戦であればあの守りを崩す敵はまずいないだろう。

 このままセイバーが諦めてくれれば、切り抜けられる、と淡い期待を抱いたその瞬間────。

 

 

 

 空気が凍り付いた。

 

 

 

「────っ、あ────」

 

 既に寒さすら感じ無くなっていたにも関わらず、放たれた極寒の冷気は、俺の期待を凍らせそのまま砕いた。

 

 駄目だ、死ぬ。

 何もしなければランサーが死ぬ。

 

 学校で見た不可視の流体が可愛く見える程、剣士の周囲には何かがさながら津波のような規模で渦を巻いている。

 

 脳裏に浮かんだのは。

 あらゆる万象を食らいつくす悪竜。

 

「────宝具を使う気か?」

「左様。貴殿は当方の全力を振るうに相応しい戦士だ。故に────その命、絶たせてもらう」

 

 逃げろ。

 アレを受ければ、俺を守ってくれた青年が死んでしまう。

 もう俺に構わず逃げてくれ。

 

 叫ぼうとしても喉は恐怖で凍りつき、掠れ声すら出せない。

 剣士に纏う気配がカタチをなそうとして。

 

「────。む、引けというか、泉」

 

 構えを解き、殺気が嘘のように消えた。

 渦が霧散し、元の冬の空気へと戻る。

 ランサーは身構えたまま敵の突然の戦意の消滅に驚く。

 

「どうした、まだ決着はついていないぞ」

「状況が変わった。当方はサーヴァント、主命に従うのが在り方だ。それに────」

 

 男はこちらに一瞥をくれる。

 

「貴殿のマスターも万全で無かろう。傷を癒し、再度の戦いで雌雄を決するとしよう。それまでに万全を期しておけ」

 

 セイバーは来た時と同じように、一瞬で塀を飛び越えて消えた。

 破壊の後が残る庭に残ったのは痛めつけられた俺とランサーと呼ばれた青年だけだった。

 

「────無事かい、マスター?」

「……え、俺の、ことか……?」

 

 武器を何処かへやったランサーは振り返る。

 改めて見てみると、洋画の中でしか見ないような流麗で日本人離れした顔立ちをしていた。

 と、ここで、助けてもらったお礼すら出来てないことに気づき、慌てて立とうとして。

 

「……っ、あ、れ────?」

「マスター!?」

 

 視界がブレる。

 やけにさっきから赤色が減った、いやモノクロ写真をみているように世界から色彩が落ちている。成程、人間血を失い過ぎるとこうなるのか。

 手足から力が抜け、倒れる身体をランサーが抱える。そのお陰で地面にぶつかることは避けられたが、それ以上に自身の身体の感触が、あんなに熱かった身体の熱が消えて感じなくて────。

 

 ────ああ、そうか。意識が落ちかけているのだ。

 

「! 駄目だマスター。しっかりする……んだ! 今、意識を……っては、────!」

 

 狭まる視界。

 遠ざかる音。

 情けない。助けてもらった命なのに、あっけなく死んでしまう自分を恥じた。

 そして、一つ息を吐いて。

 

 意識が暗転した。

 

 

 

 2.

 

 

 

「マスター、帰還を報告する」

 

 私が屋敷のソファーに倒れるように突っ伏していたところ、セイバーは戻ってきた。

 相変わらずの四角四面の物言いで、私は落ちかけてた意識を再起動させて彼を睨む。

 

「そう睨むな、マスター。当方は目標を追った先でサーヴァントと遭遇し、コレと戦った迄だ。非は無いはずだが」

「何が非が無い、よ……。こっちはまだ魔力のバランス狂ってるんだから。気持ち悪い事この上ないわ……」

 

 私は魔力の上限は一般の魔術師と比べても遥かに多いのだが、その反面、消費と供給のバランスが一定量崩れると、不調が発生する体質を持つ。

 混血の家系由来のもので、それこそ普通の魔術を行使する程度なら問題ないが、サーヴァントの召喚ともなると、そしてさらにそこから敵サーヴァントと遭遇戦を演じるとなると話は別だ。結果、魔術回路の一部が暴走。口腔からの出血は少なかったもののまだ血の味が色濃く残る。

 

 まあ、不機嫌、絶不調な理由がそれなら良いのだが。

 じっ、と私は目の前のじゃじゃ馬サーヴァントを見据えて告げる。

 

「セイバー。これから戻れって言ったらすぐ戻りなさい。勝手な戦闘は無し。それとランサーは私たちで確実に殺すから」

「……了解したマスター。当方はこれより休息をとろう。貴殿も明日に備えてくれ」

 

 ありがとう、と答えて部屋を立ち去ろうとする。

 

「泉。もし、貴殿が復讐を望んでいるのなら、それには義がなくてはならん。もし、感情からランサーたちを殺そうとするのなら」

「……そう。ならそれは貴方の見当違いよ。私はセカンドオーナーとして彼を殺さなきゃいけない」

 

 そうか、と、セイバーは霊体化する直前。

 

「泉。当方は貴殿に介入する事は無い。だが、それが情から発生した復讐ならば、当方は拒絶し、貴殿を止めよう」

 

 セイバーが消えて、部屋には私一人が残された。

 

「……私は冷静よ、セイバー」

 

 自分に言い聞かせるように呟く。

 

 長い夜は始まったばかり。

 聖杯を求める者たちの殺し合いはこうして幕を開けた。

 

 

 

 3.

 

 

 

 意識が暗闇に漂う。

 音が、光が、感触が、匂いが、熱が。

 あらゆる感覚を失い、闇を意識一つで漂流する。

 

 

 

「────っ、は────」

 

 

 

 ヒトはそんなに強くない。

 魂だけで生きていける程、強くできちゃいない。

 だから肉体という殻を纏って、自己を認識している。

 それが無い今、俺の意識は何のフィルターも介すことなく、純粋な闇の中を漂った。

 

 ────死ぬのか、俺は? 

 

 助かりはしないだろう。

 あれだけ痛めつけられ、血を流せば、人間生きてなんていられない。寧ろ痛みでトンでそのまま自分が霧散していてもおかしくなかった。

 いや、その方が良かったかもしれない。

 だって此処はこんなに暗くて、怖くて、何も無いのだから。

 

 これは執行猶予。

 黄泉に落ちるまで続く地獄を、魂一つで経験する。

 

 

 

「────────────!」

 

 

 

 だから、その色を見た瞬間。

 ドクン、と、小さな、そして確かな拍動を感じた。

 

 その色彩が意識に触れる度に、拍動が力強さを少しずつ取り戻す。

 熱を徐々に帯びていく。

 

 ポタリ、ポタリ、と雫と触れる度に、神代湊人という意識が、殻が、カタチを成していく。

 

「────────あ、……」

 

 そこで健全な疲れを自覚し、ようやく命の危機から脱した事を、知覚する。

 

「……そうか、なら────」

 

 身体の悲鳴に応えるように、意識を眠らせる。

 意識が浮上していき。

 

 ────前にも、一度、こんな事があった…………? 

 

 

 

 

 ────意識が眠りについた。

 

 

 

 Interlude_神王、神秘殺し、殺人鬼

 

 

 

 ────同じ空の下で、あと二つばかりの運命の夜があった。

 

 

 

 一つは中区の郊外との境に位置する外郭放水路の内部。

 

 現代のコンクリート製の神殿に集ったのは時計塔から弾き出された魔術師たち。

 彼らは一流の才を持ちながら、ある者は非道を成し、ある者は協定を犯した────つまりは王道から外れた者たちが集い、聖杯を求めようとしたのだった。

 

「ふん、小癪な……」

 

 権謀術数を張り巡らさせていた者共の成れの果てを見ずに、独り言るのは騎兵のクラスのサーヴァントであった。

 

 彼らが触媒に用いたのはとある王妃の首飾り。

 唯一この神代の英霊に呼び掛けることの出来る触媒であり、同時に彼が激怒する、竜の鬚を撫で虎の尾を踏む行為であったことが彼らの命運を決めた。

 結果、召喚された彼は彼らの内一人が有していた令呪をその手首ごと切断し手中に納め、残る有象無象は逃げる者も許しを乞う者も構わず、自身の宝具で焼き払ってみせた。だが、それだけで怒りは収まらず、片っ端から彼らの持ち物を消却すべく動く。

 

 自身の消滅も厭わず、魔力の半分を消費し、地下空間の粗方を灰燼に帰した。

 

 最後に残ったのは緊急時用の直接制御を行う制御室のみ。扉を開けることも煩わしく思い、宝具で溶解させて道を穿った。

 

「────そこで何故泣いている、女?」

 

 中では、幾つかの死体とその亡骸に囲まれた少女が一人、静かに泣いていた。

 何らかの魔術の影響か少女や亡骸の身体には魔術回路が焼き付いた際に出来るであろう傷が残っている。

 大方既に消し炭にした凡骨共が謂わば生贄として魔力供給用に捧げたのだろう。そしてその負荷に耐えきれなかった者はこうして屍を晒している、と言ったところか。

 身体中を痛めつけられ、激痛を伴っているであろう少女は、しかし清楚さと可憐さを喪うことなく涙を流している。痛みからではない、悼む為の雫である。

 その姿にライダーは一瞬ではあるが、破壊の手を止めることにした。

 

 ────返答次第ではここで殺す。

 

 少女は双眸に涙を溜めたまま、だが、背後の亡骸を守るようにライダーへと向き直る。

 

「どうなのだ、女? その背後の亡骸は貴様の知人なのか?」

 

 首を横に振る。

 

「ならば何故泣く? 先の騒ぎの隙に一人逃げ遂せることも出来たであろう」

 

 少女は傷だらけの身体で、ライダーの瞳を見据えてただ静かに告げた。

 

「祈っていたのです。この人たちの、安寧を」

「何……?」

 

 よく見れば、遺体の瞼は全て眠っているように、誰かが閉じた跡がある。

 つまりは目の前の少女が一人、彼らの冥福を祈っていたというのか。

 

「貴様、何故に祈っていた?」

「ただ、平穏でありますように、と。この世界の人たちは、こんな惨い死に方しちゃいけない……。なら、せめてあの世があるのなら、そこでだけでも平穏であってほしい。それが、私、……の望み、だ、か────っ……」

 

 肉体が限界を迎え、落ちるように倒れる少女をライダーは抱きとめた。

 

「────フフ、フハハハハハ! まさかな、当代にも斯様な心を持つ聖者が居ようとは! 」

 

 虚ろな、だが光を残した目で、少女はライダーを見上げる。

 

「貴様、名を何と申す?」

「────逆月、優美、です」

 

 本心からの笑みを浮かべ、神王は高らかに宣言する。

 

「ユミ、か。良い! 余のマスターとして並び立つ事を赦す。余は貴様を伴い、再びファラオとして我が支配地の遍く全てを救おうぞ!」

 

 

 

 

 

 

 そしてもう一つは観那川市郊外に位置する山中。

 この地の龍脈の結束点の一つであり、その要石の役割を有するとある社の中。

 

「……………………っ!」

 

 神聖な聖域且つ一大工房としての機能を併せ持つそこはしかし。

 霧と共に訪れた暗殺者の侵入を許し、今まさに落城しようとしていた。

 

「なんだ、結構呆気ないな。マスター、工房っつーのはこんなにも紙同然な出来なのかい?」

 

 たった一騎のサーヴァントの襲撃によって、魔術師であった父や母は殺された。

 ナイフをくるくると弄ぶ殺人鬼の魔手から私は逃げて、宝物殿の戸棚の中に隠れ、息を潜めて凌ぐしか無かった。

 

「で、ターゲットの候補者は既に殺したんだが。あ、子供も? はあ、容赦ねえな気乗りしねえんだけど」

 

 誰かと話しているように、虚空へと話しかけるサーヴァント。

 それを閉まった扉の隙間から注意深く見る。

 

「マスター候補が死ぬと血縁者に優先的に令呪の兆しが現れる。罪だねえ、そんな理由で子供も手にかけなきゃならねえとは」

 

 お願い、こっちに来ないで。

 

 アサシンのサーヴァントはやれやれと振り向き、私が隠れる蔵へと足を向ける。

 

「俺の趣味じゃないんだけどもうちょっと穏便にできねえか? ……駄目? そっかー……」

 

 嫌がりながらも仕事と割り切り足を運ぶアサシン。

 

 木が軋む音と共に、殺人鬼は宝物殿の扉を開ける。

 

 ────死にたくない。

 

 殺人鬼の双眸が私を捉える。

 

 ────死にたくない。

 

「悪いな嬢ちゃん。コレも仕事でね」

 

 ────死にたくない。死にたくない。死にたくない! 

 

 ナイフの切っ先が向けられる。

 

 ────死にたく、ない! 

 

 

 

 私の願いに、聖杯は応えた。

 

 

 

 命を刈り取るはずの刃物は容易く折られ、返す刃は首を狙って振るわれる。

 

「────!? ちっ、ここで呼ぶかフツー!」

 

 紙一重で躱したアサシン。仕切り直すべく後ろへ跳ぶ。

 そこでアサシンは目が見開いた。

 敵対者が携えていたのは剣かそれに類する物。そう考えて間合いを取るべく、跳んだのだが、その手に握られていたのは六尺三寸の豪弓────! 

 

 

 

 アサシンが跳び退くのと矢が飛ぶのはほぼ同じ。

 その一瞬の後。

 貴重な物品を納めた蔵は内側から破れる風船のように崩壊した。

 

「────サーヴァント、バーサーカー。召喚に応じ参上しました。貴方が私のマスターでしょう、……?」

 

 主を襲った刃を退け、振り返ると、そこにはまだ年端もいかぬ少女が座っていた。

 瞳に涙を浮かべ、その顔には恐怖の色が濃く張り付いている。

 

「うう、あ、ああ…………!」

 

 溺れる者のようにひしっ、と掴む幼い手。

 いったい何が、と周囲を探れば、境内に男女二人の遺体を見つけ、察する。

 

 

 

「────よしよし。怖かったのでしょう。大丈夫です、母はここにいますから」

「…………お、かあさん?」

「────────はい。だから、気のすむまで泣きなさい。私は貴女を置いてどこにも行きません」

 

 召喚者であった少女が未熟であったからか、この少女との出会いが鮮烈だったからか。

 自分でも理解できるほどに、狂化の度合いが低く、そして全ての能力が抑えつけられていた。

 だが、同時にこの巡りあわせに深く感謝する。

 狂っていたなら、この子を守るためと称して、自身の力を周囲を傷つけることを気にも留めず振るっていたかもしれない。

 だが、この子の父母を、真にこの子へ愛情を与えるべき者たちを私は守れなかった。

 許されるならこのひと時、聖杯を巡る戦いが終わるまではこの子の刃として、盾として、あらゆる敵を退けようと。そして仮初めの母として出来るだけの愛を与えようと。

 

 

 

 

「ったく、ひでえ事するなあ、もう」

 

 左腕が千切れた。

 恐ろしい事に、矢自体は躱したのだが、矢が通り抜けて出来た風圧が刃のように肘から下を持っていったのだ。

 びちゃっ、と地面に落ちた自分の腕を拾い上げ、それでもアサシンは笑みを浮かべる。

 

「ははっ、面白くなってきた! さあて、セイバーだかアーチャーだか分かんねえけど、殺しがいがあるなら歓迎────。……てマスター、引けってか?」

 

 途端、アサシンの目から活気が抜け落ちた。

 だが、まあ、ここで奴と仕合うのは不利か。納得した様子で、アサシンは自身の腕をクルクルと弄びながらマスターに返答する。

 

「マスターの言う事なら仕方ねえ。それに楽しみは取っておくべきだ、なあ?」

 

 嗤いながらアサシンは霧の中へと消える。

 

 

 

 

 この日、全てのクラスは出揃った。

 7人のマスターと七騎のサーヴァント。

 選ばれるのはただ一人。

 奇跡を求めるもの達による殺し合いが幕を開ける。

 

 

 

 ──────Next Outbreak_Reprieve.




皆さん、バルバトス収穫祭は存分に愉しみましたか?

ども、野澤瀬名です。

ようやく戦闘シーンの描写に入りました。あと、ライダー、アサシン、バーサーカーとそのマスターたちの描写もちょこちょこ幕間としていれてみたり。
……まあ、グランドオーダーやってる人なら真名分かると思いますが、普通の聖杯戦争では真名判明は致命的な弱点の露出にも繋がるんですよね。
FGOの真名隠しシステムは良かったんだけど……ね。

やっぱり重傷を負った主人公、そしてそれを治癒する謎の力。赤い布を巻いた長物持ちランサーの正体、各陣営の動きなど色々伏線貼るのも回収するのも難しいけど、頑張って聖杯戦争二日目以降を現在執筆中でございます。
……次回投稿日? ごめんなさい、また未定です!

という事で今回はこの辺りで筆を置かせてもらいます。皆さん、読んでくださってありがとうございました。






事件簿イベ復刻すると合計1億200万本へし折られるバルバトス君に合掌……。


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