2人の笑顔は夕日に輝く (ハマの珍人)
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プロローグ

 はじめましての方ははじめまして。ハマの珍人です。
この度は読んでいただきありがとうございます。

 先日のさよひな誕生日の際にふと思いついたので書こうと思いました。

短かったり拙い表現がありますが、目をつぶっていただけたら幸いです。


   『ぼくのおねえちゃん

 一ねん三くみ ひかわゆうき

 

 ぼくには二人のおねえちゃんがいます。

上のおねえちゃんのさよおねえちゃんはやさしくて、ぼくにべんきょうをおしえてくれます。

 下のおねえちゃんのひなおねえちゃんは、とてもげんきで、いつもぼくとあそんでくれます。

 さよおねえちゃんと、ひなおねえちゃんは同じ日に生まれた、ふた子のしまいです。

 二人はなかよしで、そんな二人のおねえちゃんをぼくもだいすきです。』

 

 ため息を1つついて、幼き頃に書いた作文を段ボールの中に戻して、クローゼットに押し込む。

明日から高校生ということで、中学で使っていたものを整理していて見つけた自分の幼き頃の思い出の品。

 

 『あの頃は良かった』なんて懐かしむにはまだまだ早いけれど、少なくとも今に比べると良かったのは確かだ。

 世の中の暗いところ、汚いところなんてものとは無縁で、自分の周りだけが世の中の全てだったあの頃。

何もかもが新鮮で、何もかもが楽しくて……2人の姉と遊んだり、勉強したり、時にはケンカしたりもしたけど、いつも一緒だった。何をするにも一緒だったから、『氷川家の三姉妹』なんて言われた時もあった。あの時は姉のお下がりを着てたし、幼かったからよく間違えられたっけ。

 

そんな日々が永遠に続くと信じていた。

 まさか自分の大事なものが、大切な時間が、大切な空間が壊れるとは夢にも思わなかった。

 

 誰が悪いわけではない。姉は姉として見本であり続けようとして、もう一人の姉は姉と同じ事をして楽しみを共有したかっただけで、俺はそんな二人と一緒にいられるだけで幸せだった。

 

 

 

 最初に壊れてしまったのは上の姉。長女として、1番上の姉として妹、弟の見本となるべく努力に努力を重ねて勉強もスポーツも頑張っていた。普通だったら音を上げるほどのまさしく血のにじむような努力をしていた。

彼女の努力は他人からしたら賞賛に値するほどだった。

コツコツと積み上げていろいろなことにチャレンジしていた。

 

 ただ、妹はその積み上げたものをあっさりと飛び越えていった。別に姉が不器用というわけではない。

むしろ妹が天才なだけであった。

姉のすることを見て覚えると、しばらくすると事もなげにこなし、姉以上の成果を出してしまう。苦労するのは最初のうち。あとは覚えてしまえば鼻歌交じりでも出来てしまう。

 そして、姉が辞めると未練などなくスパッと辞めてしまう。

 

 一輪車も二重跳びも、始めに出来るようになったのは姉だったが、自分が出来るようになるより短い時間で妹はあっさりとやってみせる。

 

 姉からしたら悪気がないと分かっていても、妹の好奇心は恐怖の対象だったのだろう。まさしく天災。

それに加えて、常に妹と比べられた。勉強もスポーツも遊びも。スタート地点は同じで、姉の方が早く始めていたのに、後から始めたはずの妹と比べられた。姉からしたら耐えがたいものがあったのだろう。

中学に入り、貯まりに貯まった不満がついに爆発。

姉は妹を避けるようになってしまった。

ただ、悲しいことに妹はなぜ姉が怒ったのか、自分を避けるのかが分からなかった。

 

 仲が良かった姉妹だったのに、姉は徹底的に妹を避け、妹は今まで通り仲良くしようとするも、関係は修復に至らず、溝は深まり、余計ギクシャクしてしまった。

 

 進路である高校も、姉は花咲川、妹は羽丘とバラバラになってしまった。

 

 

 2人の姉を大事に思うあまり、関係悪化を恐れた俺は何も行動に移すことが出来なかった。ただただ自分の無力さを嘆いた。

 

 もし上の姉にただ一言『そんなに思い詰めないで』と言えば姉はそこまで壊れなかったかもしれない。

 もし下の姉に相手の気持ちを考える大切さを話せていたら……もし……たら……れば……

 

 頭の中を昔の記憶とともに『たられば』と後悔が渦巻く。

 

 だから今度は迷わない。自分の大事な姉妹の仲を取り戻すためになんだってやってみせる。たとえ自分の身を犠牲にしても……

 

 俺、氷川夕輝は中学生最後の夜に誓った。




 感想などお待ちしております


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第1話

 プロローグの時点でお気に入り登録していただいた方。ありがとうございます。
 作者はバンドリ、ガルパはまだガチ、と呼べるほどではなく、第1章のイベントコミュもほとんど見てない状態です。
 なので、ここおかしいぞ。ここはこんな設定じゃないっけというところがあれば教えていただければ幸いです。
また、コミュを見直しながら書いたりするので、遅拙になる場合があります。すみません。


「これにて第○回 羽丘学園入学式を終了します。このあとは――」

 

 ようやく入学式が終わり、ふぅっとため息とともに脱力する。別に緊張することはないとは思うんだけど、こういった式典とかは何かとあがってしまう。

しかし――

 

(本当に男子生徒少ないのな)

 

 羽丘学園。もともとは羽丘女学園という名で、この地域有数の進学校であり、名前の通り女子高だった。

 それが経営方針の偏光なのか、今年度より共学化を図り男子生徒の受け入れも開始したのだが――

 

(俺含めて5人しかいないね)

 

 元女子高というのもあって気後れする部分があるのだろう。男としては憧れはあっても、自分1人だけかもしれないと考えると入学まではいかなかったのだろう。

 

(まぁ、1人だったとしても通うつもりだったしな)

 

 目的のために羽丘に来たわけだから、たとえ男子生徒が俺1人でも気にはしなかったけど、同じ境遇の人間がいるならありがたいことだ。

 もっとも、全員クラスがバラバラなのはちょっと……と思わなくもないけれど。

 

「っと、移動しなきゃ」

 

 物思いに耽っていたら、新入生の大半が移動してた。

たしかこのあと各教室に行ってオリエンテーションみたいなことをするんだっけ。

 

「クラスは……A組だっけか」

 

 立ち上がり、これから1年を過ごすことになる教室へ――

 

 ドーン!

 

「のわっ!?」

 

 急に後ろから衝撃がきた。驚きの声が漏れるが、体勢を崩すことなくなんとか踏ん張る。

 

「ゆーくん見~っけた!」ギュッ

 

 この学校で俺をそんな風に親しみを込めて呼ぶ人は1人しかいない。

 

「日菜ね……氷川先輩」

 

「ゆーくん。入学おめでとう!」

 

 振り返れば満面の笑みで喜んでくれるのは1人の女生徒。俺と同じ、アイスグリーンの髪を肩口ぐらいに切りそろえられ、毛先を三つ編みにしている。ややつり目のその目はまるで好奇心旺盛な猫を思わせるように爛々とかがやいている。彼女は俺の下の姉、氷川日菜。

 

「でも、その呼び方はるん♪ ってこないなぁ」

 

 一転、不満を露わにする。

 

「いや、るんってなんですか」

 

「るん!は るん♪ だよ」

 

 いつものことながら、その独特な表現は人を混乱させることも多々あった。

特に多用されるのがこの『るん♪』であり、テンションが上がった時に使われるのだろう。

 

「いつもみたいに『日菜ねぇ』って呼んでいいんだよ~」

 

「いや、学校ではちょっと……」

 

「あたしは気にしないよ~?」

 

「俺が気にするんです!」

 

 学校でそう呼んだらどんな目で見られるか……

 

「でも、さっき『日菜ねぇ』って言いそうになってたよね?」

 

「うぐっ」

 

 バレてた。どうしても人間、咄嗟の時には素が出てしまうようだ。反省反省。

 

「姉弟なのはたしかですが、これからは先輩後輩の関係でもあるわけですし、『親しきと仲にも礼儀あり』ともいいますしね」

 

 そもそも男ってだけで注目されそうなのに、『日菜ねぇ』、『ゆーくん』と呼び合ってたらなおさら注目を集めかねない。

 日菜ねぇが俺を『ゆーくん』と呼ぶのは止められないだろう。止められたなら小学校高学年の時点で止められただろうし。

 でも、俺が『日菜ねぇ』と呼ぶのは断固拒否しなければいけない。

 

 

「でもさ、ゆーくんも『氷川』だし、おかしくない?」

 

「……確かに」ハッ

 

 これが同じ名字でも身内でなければ問題はないだろう。でも身内で名字+先輩は他人行儀過ぎる気がする。

日菜ねぇ風に言えば、るん♪ としないのも頷ける。

 

「だから~、日菜ねぇでいいよね?」

 

「それは……」

 

「ね?」ズイッ

 

 目をキラキラさせながら一歩近づいてくる日菜ねぇ。

この目には弱いんだ。昔からこの目で見つめられると選択肢が無くなった気がして、気づいたら日菜ねぇの言うとおりになってしまってることがある。

 

(だけど……踏ん張れ……俺)

 

 逆境の中、いい策がないか考える。上の姉みたいに秀才ではないけど、日菜ねぇみたいに天才でもないけど、確かに俺にも氷川家のDNAが受け継がれているはずなんだ。

 この土壇場で思いつく最良の一手……。

 

「ひ……い」

 

「ん~?」

 

「日菜先輩……でダメですか?」モジモジ

 

「っ!!」ズッキューン

 

 どうしても人前で『日菜ねぇ』と呼ぶのが恥ずかしい俺が何とか考え、たどり着いたのはこの呼び方。

 でも、呼んだ途端に、日菜ねぇは顔を俯かせてしまった。

 

「日菜……先輩?」

 

「いい……」ガシッ

 

 日菜ねぇが両手で俺の肩を掴み――

 

「すごくいい! るるるるるん♪ってきた!」

 

「えっ……」

 

 思いのほか、日菜ねぇには好評だったようで、『日菜先輩』と呼ぶことで落ち着いた。

 

 この時は気づかなかったが、右手で左肘を抑え、目線を斜め下に下げ、さらに顔を赤らめていたらしい。

 変なところで変な才能が芽生えてしまったようだ。

 

 

「ところで、日菜先輩はなんでいるんですか?」

 

 入学式である今日は在校生は休みだったはず……

 

「今日は式の片づけのために来たんだよ」

 

「あ、そうなん……ですね」

 

 そういえば、受付に座ってた人も先輩だったっけ。

じゃあ日菜ねぇがいてもおかしくはないのか。

 

「ところでゆーくんは何組なの?」

 

「俺はA組……あ! 忘れてた!!」

 

 オリエンテーションがあるのに日菜ねぇと話していて忘れていた。周り見渡すと新入生は1人もいなくなってるし……

 

「日菜~。何やってるの?」

 

「その子は?」

 

 と、このタイミングで日菜ねぇの知り合いだろう。先輩が2人やって来た。

 

「あたしの弟のゆーくんだよ」

 

 いや、それじゃあ日菜ねぇの弟ってことしか伝わってないからね!?

 

「はじめまして氷川夕輝です。姉がいつもお世話になってます」

 

 最低限の自己紹介をして頭を下げる。

 

「お、日菜よりしっかりしてるね」

 

「でしょ? あたしの自慢の弟だからね」

 

「いや、あんた貶されてるんだけど……」

 

 本当はちゃんと挨拶をするべきなんだろうけど……

 

「今日からは自分もお世話になります! すみませんが、教室へ行かなくてはいけないので失礼します!」

 

 一礼して急いで教室へむかう。

 

 

 教室へ戻るとほとんどの席が埋まっていた。先生は……まだ来てないようだ。

それは良かったんだけど……。

 

「――」

 

 教室中の視線が俺に向けられる。紅一点ならぬ黒一点だしね。注目されることは覚悟してたよ。それに、日菜ねぇと話してたもんだから多少時間が経ってしまっている。

 1番最初とか、1番人が多いタイミングで教室へ来ていればそれほど気にしなくとも良かったのだろう。

 ここで何かひと言でも言える胆力とか知らない人ともさらっと仲良くなれるほどのコミュ力があればいいんだろうけど、あいにくとそんなものは持ち合わせていない。日菜ねぇが産まれた時に全部持っていってしまったのだろう。少しくらいあとに産まれる人のために残しておいてくれてもよかったのに。

 

 さらに問題としては、空いている席が2つあることだろう。1つだけなら愛想笑いを浮かべ、座る際に前後左右の人に『よろしく』と挨拶すればいい。

ただ、2つ空いていると、座った結果、『そこ、私の席なんだけど』と言われて慌ただしく避けるという気まずいイベントがおこりかねない。

 

 前に新幹線に乗ったときにそんなイベントが発生してしまい、テンパって新幹線を降りてしまったことがあったため、少々トラウマなんだよね。

 

 閑話休題

 

 誰かに聞けばいいんだけど、黒一点。加えて羽丘は中等部からそのままエスカレーター式に上がってくる内部入学が大半のため、完全にアウェーな空気なのだ。

 

(どっちだ、どっちが俺の席なんだ……)

 

 好奇の視線に耐えかねながらも、入口で途方に暮れていると――

 

「早く入りなよ」

 

「あ、ごめん」

 

 後ろから声をかけられ、謝りながら振り向くと――

黒髪ショートの女生徒が不満げにこちらを見ていた。

特筆すべきは――

 

(メッシュ入ってらっしゃる)

 

 驚きはしたものの、邪魔にならないように横にずれると、彼女はスタスタと自分の席へ向かった。

 

(あ、彼女が隣の席なのね)

 

 ともあれ、自分の席が分かったことで問題も無事に解決。無事に席について、当初の予定通り前後左右に挨拶をした。

 左隣に座る彼女もぶっきらぼうながらも挨拶を返してくれた。どこか自分の姉に似ていると思ったのは内緒だ。

 

 

 風呂から上がり自室に戻る前に、ある1室の前で立ち止まる。

 

(ギターの音が聞こえないってことは……終わったかな?)

 

 コンコンコン

 

 寝ている可能性も考慮して控えめにノックする。

 

()()()俺だけど……」

 

「……入って」

 

 許可をもらい部屋に入り、ドアを閉める。

部屋の主は勉強中だったのだろう。机に座っていたが、椅子を動かし、こちらに向き直る。

 

 俺や日菜ねぇと同じくアイスグリーンの髪を伸ばし、目は日菜ねぇとは違い、俺と同じくたれ目。ただ、与える印象は日菜ねぇとは違い、クールで出来る女性という感じ。上の姉、氷川紗夜。

 

「勉強中だったかな? ごめんね」

 

「構わないわ。ちょうど切りのいいところまで終わったし。それで?」

 

「うん。今日も……いいかな?」

 

「約束だものね。とりあえず、座りなさい」

 

 姉に促され、床に座る。

 

「ベッドでも構わないのよ?」

 

「こっちでいいや」

 

「そう……」

 

 俺と紗夜姉さんの中での夜の約束。それは――

 

「1曲でいいのかしら?」

 

「ワンフレーズでもいいよ」

 

 紗夜姉さんの演奏を聴かせてもらうこと。

 

 

 いつ頃だっただろうか、紗夜姉さんが部屋でギターを練習しているところを見てしまった。

あの時の紗夜姉さんのばつの悪そうな顔は今でも覚えている。ひと言で言えばいたずらが見つかった子どものようだった。

紗夜姉さんとギターってあまりイメージが湧かなかったけれど、新しく見つけた拠り所だったのだろう。日菜ねぇはおろか、誰にも他言しないことを誓った。

その代わりと言ってはなんだけど、夜に演奏を聴かせてほしいと頼んだのだった。

 

 

 紗夜姉さんの演奏が終わり、控えめながらも拍手した。

 

「姉さん。本当に上手くなったね」

 

「まだよ。こんなもので満足してはいられない。もっともっと練習しなくては」

 

 姉さんの頑張りを知っている俺からしたら、十分だと思うけれど、紗夜姉さんからしたらまだまだらしい。

無理に止めるのもよくないし、そもそもそんな権利は俺にはない。だから――

 

ギュッ

 

「姉さんの頑張りは俺が1番知ってる。でも、時には少し休むことも大事だからね?」ナデナデ

 

「夕輝……うん……」

 

 これまで頑張って頑張って、頑張り続けた紗夜姉さんを労い、誉めて、肯定してあげること。それが俺に出来る唯一のことだから。

 

「夕輝。改めて入学おめでとう」

 

「ありがとう。姉さん」

 

 

 紗夜姉さんが落ち着いたところで、俺は自分の部屋に戻った。




 一応夕輝くんの設定的ななにか(仮)

身長   165㎝

誕生日  9月14日

髪の長さ 日菜よりちょっと短め。

目    たれ目

体格   華奢で時々女の子に間違えられる。

顔つき  いわゆる女顔


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第2話

 お気に入り登録ありがとうございます。
一応ながらタグに『男の娘』をつけさせていただきました。後々そんな話を書ければいいなと思います(書くと入ってない)

 個人的に紗夜さん→紗夜『姉さん』、日菜ちゃん→日菜『ねぇ』のイメージがあるので夕輝くんはこう呼んでいます。(伝われ~)


 入学式から数日後、慣れない環境の高校生活を送っていた。

といっても勉強について行けないわけじゃない。

羽丘は進学校として有名ではあるけど、まだ中学の復習といった感じだからそれほどまで難易度は上がっていないからね。

 では何が問題なのかと言えば、それは教室の雰囲気だろう。

別に学級崩壊を起こしていたりとか、ヤンキー、スケバンがいるわけじゃない。

 

(もうね、甘酸っぱい匂いがするんです)

 

 シャンプーとか香水(つけてる人いるのかな?)の匂いもあるだろうけど、女の子独特の匂いがするんだよね。何で分かるかって? 経験則だよ。

 

 ただ、『女子校っていいよなぁ~』って言うヤツいるけどさ――実際に羽丘に行くって言ったら中学の友達にも言われたんだけど――あれって、自分以外に男が少なくともいるときに限るんだよ。

 

 なんていうか開放的と言えばいいのかな? 多少恥じらいがある子ってのは外部入学の子なんだろうね。内部の子は中等部も当然女子校だからもう、恥じらいが無いんだよね。

 

 

むしろこっちが恥ずかしいっていう謎の心理状態が起きてるっていうね。

 

「あ、氷川くんいたんだっけ」ニヤニヤ

 

「ご、ごめん」メソラシ 

 

「気にしなくてもいいよ~。もっと見る?」ニヤニヤ

 

「」カオマッカ

 

 っていうように弄られることもあって、体育の前後は要注意なんだよね。

 

 加えて昼休みになると、

 

ガラッ!

 

「ゆーくん! お昼、一緒に食べよう!!」

 

 と日菜ねぇが突撃してくる。ほぼ毎日突撃してくる。何回か日菜ねぇの教室に連行されたこともあった。

あれはあれでしんどかった。日菜ねぇに引っ張られ、抵抗虚しく連れて行かれる際の周りの生温かい? 視線とか、なぜか先輩の教室で肩身の狭い思いをしながら(それでもなぜか歓迎されてる不思議)お昼を食べなきゃいけない状態とか。さらには――

 

「ゆーくん。あーん」

 

「いや、自分で食べれますから」

 

「あーん」

 

「あの、日菜先輩?」

 

「あーん」

 

「あ……あーん」

 

 と、食べさせられる公開処刑とか……。

悲しいことに俺にとっての安らぎの地はトイレしかなかった。

そんなことを体育の授業で一緒になったB組の野口くんに言ったら、

 

「それ、お前だけだからな」

 

 と突き放された。何故だ……。

 

 

 そんな俺は今――

 

「早く座りなよ」

 

「ゆーくん。いらっしゃ~い」

 

 学食で女子生徒5人とテーブルを囲んでいた。

 

「どうしてこうなった……」

 

 

 

 チャイムが授業終了を告げ、昼休みになる。

先生が荷物をまとめて教室を出るや否や、俺は急いで教科書をしまって代わりに弁当を持って出口へ急ぐ。

 その理由は――

 

(いくら日菜ねぇでも、2年生は上のフロア。階段を降りてくる分ロスがある。その間に反対側の階段から逃げればいい。そうすれば俺は自由だ!)

 

 こう言うと、日菜ねぇのことを嫌いだと思われるだろうが、けしてそんなことはない。けしてないんだけど、せめて学食で待ち合わせぐらいにしてほしいんだよね。

 毎日突撃&連行からの公開処刑がほぼ毎日だからいい加減、俺のメンタルがヤバいのよ。

そもそも日菜ねぇの連行を振りほどけない時点で男としてヤバい気がする。いや、本気で抵抗すればふりほどけるはずだから……たぶん……おそらく……maybe。

 

 密かに筋トレをしようと心に近いながら教室のドアへ手をかけようとして――

 

ガラッ

 

「!!」ビクッ

 

「蘭-! お昼食べ……わわっ!!」

 

 突然ドアが開いたことで、驚いたものの俺は何とか踏みとどまる。

が、目の前の子はそうはいかなかったようでバランスを崩し、こちらに倒れ込んできた。

 

 さて、いきなりですがクエスチョン。

目の前の女の子が倒れ込んできました。どうするべきでしょう? 

 支える? その場合はどこを支えるべきでしょう? 肩? ゆっくり倒れてくるならそれもありだろうけど、わりと勢いがある。下手したら相手をケガさせかねない。男だったらそれでも大丈夫だろうし、手を前に出せばいいけど、女の子にそれやったら案件だしね。

 

 抱きとめる? 紗夜姉さんとか日菜ねぇならともかく、相手は見知らぬ女の子。一発アウトだろうね。

 

 結果――

 

ドーン!!

 

「ひまりちゃん!?」

 

「わ~お。ひーちゃんだいた~ん」

 

「ひまり、大丈夫か?」

 

「んん……大丈夫」

 

 とりあえず、彼女にケガはないらしい。

下敷きになったことでどっかを打ったりしてなくて一安心。

 

「ひまり! 氷川! 大丈夫!?」

 

 赤メッシュさんこと美竹さんが心配してくれた。

 

「ごめんなさい! 大丈夫!?」ガバッ

 

『ひまり』と呼ばれた子が急いで俺の上から避ける。

 

「支えようとしたんだけど、面目ない」

 

 受け止めるとこまではなんとかいったものの、勢いを殺せずにそのまま後ろに倒れこんでしまった。幸い頭を打たないようにはしたからなんともないが……

 

(弁当、ぐちゃぐちゃになってなきゃいいけど)

 

 受け止めることを優先して、弁当を放り投げてしまった。弁当箱自体は頑丈ではあるけど……

 

(汁物入っていたら泣くに泣けないからなぁ)

 

 肉じゃがとか煮物が好きではあるけれど、今日この日だけは入っていないことを祈った。

 

「私の不注意で、ごめんなさい」

 

 とりあえず起き上がり、ブレザーを脱いで埃や汚れをはたくと、ひまりさんに謝られた。

 

「いや、こっちも急いでて不注意だったからお互い様だよ。とりあえずケガがなくて良かった」

 

 ブレザーをはおり、弁当箱を拾って去ろうとした――

 

「あの……」

 

 ところで呼び止められた。

 

「一緒にお昼……食べない?」

 

 この時俺は相当なまぬけ面をしていただろう。

 

 

 その後、遠慮したものの押し切られるように話は進んでしまい、『先に席取っておくから』と別れて、悶々しながらも学食へ来たのだ。

 

「へぇ~、幼なじみ5人でバンド組んでるんだ」

 

「そう! Afterglowっていうの! ライブもしてるんだよ」

 

 説明してくれているのが、ひまりさんこと上原ひまり。彼女がリーダーらしいので少し驚いた。先程から喋っていてオムライスに手をつけていないけど大丈夫なのだろうか?

 

 目の前でラーメンをすすっているのが宇田川巴さん。

姉御肌というか、竹を割ったような性格というか、そんな印象を受けた。中等部ではかなりモテたらしい……同性に。確かに俺より男らしい気がする。

 

その右隣でパンをひたすら食べているのは青葉モカさん。ボーッとしたような顔をして何を考えているのか分からない印象だ。というか――

 

「青葉さん。よくそんなに食べられるね」

 

 痩せの大食いとでもいうのだろうか。紙袋から次々とパンを取り出しては食べている。よくそんなに入るもんだ。

 

「ふっふっふっ、食べたカロリーはすべてひーちゃんに行ってるから問題な~し」

 

「んなっ! モカ~!!」ウガ-

 

 あぁ、なるほど。そのカロリーがそこに凝縮されるわけですね。とても……柔らかかったです。

 

 宇田川さんの左隣でサンドイッチを頬張っているのは羽沢つぐみさん。商店街にある羽沢喫茶店の看板娘で、さらに早くも生徒会に所属しているらしい。かなりの頑張り屋さんだけど、バンド、バイト(家業?)、生徒会と掛け持ちして大丈夫なのかな?

 

 あ、目があった途端顔が赤くなってる。お食事中にじっと見てしまい、失礼しました。

 

 そして、我らが赤メッシュこと美竹蘭さん。

なんと実家が美竹流という華道の家元だとか。

想像つかないけど、スゴいです。

 

「夕輝は楽器とかなんかやってないのか?」

 

 ラーメンを食べ終わった宇田川さんが聞いてきた。

 

「俺はやってないなぁ。ただ、姉がやってるけど」

 

「お姉さんって、日菜先輩?」

 

「いや、うちの姉は双子なんだけどさ……花咲川に通う上の姉がギターやってるんだ」

 

「へぇ。仲はいいのか?」

 

「姉妹の仲はちょっとね……でも、俺が仲直りさせてみせるよ」

 

 のちにAfterglowのメンバーはこの時の表情を見た時のことを語る。

 

「頼りないはずの彼が怖く見えた」と――

 

 帰宅後、お昼を一緒に食べられなかった日菜ねぇのご機嫌をとるために小一時間ほどソファー替わりになってあげたのだった。

 

 

 




 afterglow、出しちゃいました。口調難しい(-ω-;)
感想、評価などお待ちしております。


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第3話

 連日のお気に入り登録、そして評価してくれた方。ありがとうございます。
 久々の連日投稿。スケジュールとかはかなりカツカツですが頑張ります。


 ホームルームが終わり、授業までの少しの時間。

俺は先生に配られた1枚の用紙を見つめていた。

と言っても、間違い探しとか理不尽なことが書いてあるわけではないけど。

 

「何変な顔してるの?」

 

 決め顔の練習? と隣の席の蘭が俺の手元を覗き込む。

いや、決め顔の練習ってなんだし……

 

「さっき渡された『部活見学の案内』じゃん」

 

「うん。そうなんだけどね……」

 

「何? 部活入るの?」にやに

 

 ニヤニヤとこちらを見ながら俺の反応を楽しんでる赤メッシュさん。

 

「いや、分かってて聞いてるよね?」

 

「さぁ? 何のこと?」

 

 あくまでもしらを切るつもりらしい。

俺はため息を1つつく。

 

 さて、何度目になるかは分からないけど、羽丘は元女子校で『今年から』共学になった。

つまりは男子生徒は同学年にしかいないわけで、どの部活に入ったとしても先輩は当然女子だけである。

 

「俺、部活見学行って不審者扱いされたくないんだけど……」

 

「夕輝なら大丈夫じゃない? 女子に見えなくもないし」

 

「それは嬉しくない評価だね」

 

「そうじゃなくても、歓迎されそうじゃない? 特に2年の先輩からは」

 

 否定したいところだけど、否定出来ない。

毎日とは言わないけれど、かなりの頻度で日菜ねぇから連行されてるからね。もはや恒例行事どころか――

 

『いやぁ、氷川姉ま……姉弟のやりとり見ないと、午後の調子が悪くてねぇ……』

 

 という先輩もいる。いや、日菜ねぇとのやりとりに体調をどうこうする効果とかないから。……無いよね?

ってか、この先輩、『姉妹』って言おうとしたよね!? 俺、男だから!スカート穿いてないからね!?

 

 ともあれ、何とも不本意ながら週に2、3回連行されていることもあって、顔はしっかり知られているらしい。

 見学に行ったら、本当に歓迎されそうだ。

 

「ところで、蘭はどこか入るの?」

 

「いや、あたしは入らないよ」

 

 予想通りの答えが返ってきた。まぁ、家のこともあるだろうし、入らないとは思ったけど。

 

「しかし、羽丘が部活強制じゃなくて良かったよ」

 

「ホントに? 実は残念とか思ってない?」

 

「蘭、そろそろ俺も怒るぞ?」

 

「ごめんごめん」

 

 ちなみに、Afterglowのメンバーとは数回一緒にお昼を食べた辺りからお互いに名前で呼ぶようになった。コミュ力が高いメンツで助かったよ。

 

「まぁ、それはさておき私立だからかいろいろあるんだなぁ」

 

 体育会系では、ソフトボール、女子サッカー、バレーボール、テニス、バドミントン、剣道、薙刀なんてのもある。

 一方文科系では、演劇、写真新聞部、ダンス部、書道、華道、茶道とメジャーなものがずらり。

 

「ん?」

 

 そんななか、1つの見慣れない部活を発見した。

 

「天文部……」

 

 見えないものを見ようとしたり、彦星様を探せなくて

ひとりぼっちの人だったり、星の産声を大なり小なり聞いている人たちなのだろうか。

そうだとしたらすごいけど。

 

 冗談はさておき――

 

一般的に考えて『天文部』の活動といえば天体観測だろう。と、するなら活動は自ずと夜に限られる。

それ以外の活動って何をしているんだろう? また、一体どんな人が所属しているんだろう、と気になってしまった。

 

 

「天文部って、変人の巣窟だって聞いたよっ!」

 

 今日は学食で、Afterglowの5人とお昼を共にしている。

前回、Afterglowとお昼を食べたことで日菜ねぇは拗ねてしまった。家に帰ってからしばらく構ってあげても、

 

「つーん!」

 

 とあからさまに拗ねていたので、日菜ねぇとAfterglowで交互にお昼を一緒に食べるようにしたのだ。

今さらながら、拗ねていたときの日菜ねぇは可愛かった。

 

 それはそれとして、朝の時に気になった天文部の話をすると、早速、交友関係が広いひまりから情報がもたらされた。持つべきものは交友関係の広い友人だね。

 

「ちなみに今は部員が1人しかいないらしいよ」

 

 お、謎に包まれていた天文部の実態がだんだん白日の下にさらされてきたね。

 

「で、肝心の唯一の部員は?」

 

「それが……」ゴクリッ

 

「「「「「それが?」」」」」ゴクリッ

 

「分からないんだよね~」アッケラカーン

 

「分かんないのか~い」

 

 俺は額に手を当て、天を仰いだ。期待させておいてそりゃないよ。

 

「アッハッハ、ひまりらしいな」

 

「ひっど~い!! 私が忘れたんじゃなくて、誰も分からないんだもん!!」プクーッ

 

「まぁまぁ、ひまりちゃん。落ち着いて」

 

 巴に豪快に笑われたことで、膨れるひまりと、それを宥めるつぐ。うん。Afterglowならではの『いつも通り』だ。

 

「で、ゆーくんは天文部に入るの~?」

 

「ん~……まぁ、天体観測に興味があるかといわれると少し分からないけど、ここまで謎の多い天文部自体に多少興味はあるかなぁ」

 

 それでも、活動内容が不鮮明だから入ることはないと思うけど。

 

「まぁ、天文部のことは姉さんにでも聞いてみるかな」

 

「日菜先輩に?」

 

「一応、何か知ってるかもしれないしね」

 

 蛇の道は蛇。変人、といわれる人達のことなら日菜ねぇが興味を持たないわけがないと思うしね。

 

「ところで、みんなは部活入るの?」

 

 とりあえず、蘭は無所属、つぐは生徒会ってのは知ってるけど……

 

「私、テニス部!」

 

「あたしはダンス部!」

 

「あたし、帰宅部~。全国目指しま~す」

 

 と、2人は体育会系らしい。モカ、帰宅部に全国大会はないからな。分かってると思うけど。

 

「巴はともかく、ひまりって運動出来るんだな」

 

「夕輝くん? それはどういう意味?」

 

「いや、なんとなく苦手なのかなって。偏見だけど」

 

「ひーちゃんは意外と出来るんだよ~。その分糖分補給が必要になるけど~」

 

「も、モカァー!!」

 

 食堂にひまりの怒号が木霊した。

 

 放課後、校門をくぐったところで――

 

「だーれだ?」ドーン

 

「日菜ねぇ、それは普通目を隠すところだからね?」

 

 後ろから日菜ねえが追突してきた。

 

「一緒に帰~ろ♪」

 

 うん。頭の中がるん♪ として聞いてないな。

この状態の日菜ねえに小言を言ったところで聞きはしない。

 

「まぁ、帰る場所は一緒だしね」

 

「手、つないでい~い?」

 

「恥ずかしいからイヤ」

 

 高校生にもなって、姉と手をつないで下校って……

 

「えー! いいじゃん。つなごうよ~」

 

 今日の日菜ねえは妙に甘えんぼだ。あ、いつもか(呆れ)

 

「好きにしてくれ~」

 

「うん。るるるるるん♪ってする」ギュッ

 

「それは良かった(棒)」

 

 久しぶりに手を握った気がする。手の大きさが同じなのは少し泣けてくるが。

 

「ところで日菜ねえ。天文部の部員って分かる? 1人しかいないらしいんだけど」

 

「あ、それあたしー!」

 

「……そうか」

 

 うん。なんとなくそんな気はしたんだよね。日菜ねえ、星見るの好きだしね。

ただ、身内が変人って言われるとね……うん。なんも言えねぇ~。

 

「なに、ゆーくんも天文部に興味ある?」

 

「いや、あんまり」

 

「えー! 一緒に天文部やろうよ~ 天体観測しようよ~」

 

 ブンブンと握ってる方の手を振り回す日菜ねえ。痛いっす。ただ純粋に痛いっす。

 

「キラッとして、ピカッとしてフワッとするんだよ?」

 

「星がキラキラ輝いて、眺めてると、星空の一部になったような気分になるのね」

 

「だから、ゆーくんもやろうよ~!」

 

「えぇ……」

 

 ちなみに、現天文部員の勧誘(物理)は家に帰るまで続いた。

 

 

「姉さんは部活とかしてるの?」

 

 夜、いつものお約束の通り紗夜姉さんの部屋を訪れた時に訊ねる。

 

「弓道部に所属してるわ」

 

 袴姿の姉さん……かなり似合いそう。ポニーテールにしてるんだろうか? かなり凜とした雰囲気になりそうだな。

 

「ちなみに何で弓道部?」

 

「日菜がやらなそうだからよ」

 

「あぁ……」

 

 納得してしまう。

日菜ねえなら当たったら、『るん♪』とか日菜語が飛び出しそうだからね。残心とか出来なさそうだし。

 

 

「姉さん。部活の写真とか無いの?」

 

「? どうしたのよ、急に」

 

「姉さんの部活、見てみたいなぁって」

 

「な、何言ってるのよ!」

 

 顔を真っ赤にして怒られた。

 

「ご、ごめん」 

 

「……今度の土曜日、部活があるから見に来るといいわ」

 

 目線を逸らしながら告げる姉さん。

 

「ありがとう」

 

 あぁ。週末が楽しみだ。




 感想、お待ちしております。


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第4話

 とりあえず、Roselia結成編です。


 最近、紗夜姉さんがイライラしているように見える。

たぶん、バンドのメンバーと上手くいっていないのだろう。

姉さんはかなりストイックだから毎日ギターの練習をしている。日常生活以外はギターに心血を注いでいると言っても過言ではない。

おしゃれしたりショッピングしてみたら? と言ったことがあったけど、

 

「ギターを引く妨げにならなければなんでもいい」

 

 って真顔で言われた。さすがの俺も何も言うことが出来ずあっさり引き下がるしかなかった。

 

(美人なんだからおしゃれにも気を遣えばいいのに)

 

 もっともそんなことを言えば、

 

「おしゃれしてもギターの技術があがるわけじゃあない。だったらその時間をギターの練習に費やした方が有意義」

 

 って返されるのが関の山なんだよね。うん。容易に想像がつくよ。

 

 そんなストイックな姉さんと、仲良しグループ(他意は無い)でバンドを組んでも、地力でそもそも差がある。加えて、片やバンドをしながらも遊んだりなんだり青春を謳歌したい。片や各々の技術向上に費やすべきと主張するミスストイック。

 

 当然衝突は避けられず、その度に姉さんはバンドから脱退していた。

姉さんとバンドを組める人がいるとしたら、それこそ音楽に全てを捧げる覚悟のある人だけなんだろうなぁ。

 

(でも、そんな都合のいい人いるものなのか?)

 

 花の女子高生が青春を謳歌することなく、音楽に全てを捧げる。そんな姉さんみたいな人が――

 

「――私は音楽以外のことに時間を使いたくないの」

 

「ううぇ!?」

 

 まさか、たった今自分が想像したようなことを言う人がいるなんて……思わず変な声が出てしまい、急いで身を隠した。

 

(あれは……今井先輩?)

 

 話し声が聞こえた方を見ると、見知った顔が1人。

日菜ねえと同じクラスの今井リサ先輩。

日菜ねえとは、親密というほどではないけど話すらしい。

 たびたび連行される俺を見て、

 

「いつも大変だね~」

 

 と苦笑している。

見た目はギャルだけど、かなり面倒見がいい人で、ダンス部、テニス部に所属しているらしい。この人も超人なのだろうか?

 

(隣の人は……誰だろう?)

 

 羽丘の制服を着ていることから羽丘の先輩であることは確かなんだけど、少なくとも日菜ねえのクラスにいないことは確かだ。

 

 

 今井先輩たちから距離をとり、バレないように距離をとって尾行するが――

 

(何を話しているか聞こえない……)

 

 2人の話している様子から、それなりに深い関係というのは分かるけど、話の内容が分からない。

せめて、もう1人の先輩の方の素性が分かればいいんだけれど。

 

 俺の願いも虚しく、目的地に到着したのか、今井先輩と別れてスタスタと行ってしまった。

 

(ここは……ライブハウス?)

 

「乙女の話を盗み聞きなんて、お姉さん感心しないなぁ~☆」

 

「!!」ビクッ

 

 気づくと今井先輩が横にいた。それに気づかないほど例の先輩のことを目で追っていたようだ。

 

「あ、今井先輩。ぐ、偶然ですね」アセアセ

 

「ふ~ん。あくまでしらを切るつもりかぁ~」

 

 今井先輩の口が『ω』の形に歪む。

 

(あ、イヤな予感)

 

 具体的には日菜ねえが目を輝かせて突撃してくるような……

 

「ねぇ、夕輝。嘘が顔に出やすいって言われたことな~い?」

 

「……正直にお話します」

 

 どうあがいても今井先輩に勝てる気がしなかった。

 

 

 とりあえず、日菜ねえとは別の姉がギターをやっていること、その姉がバンドのメンバーとの温度差を感じているんじゃないかと思ったこと、それを踏まえてで姉と同じくらい音楽にストイックに取り組む人を探していたこと、そんな矢先に先ほどの会話を聞き後をつけたことを話した。

 

「なるほどねぇ~。それなら確かに友希那に興味を持つのも納得いくねぇ~☆」

 

 代わりに今井先輩からもらったのは、『湊友希那』先輩の情報。彼女は今井先輩の幼なじみらしい。

 

「でも、お名前が分からなかったもので……とりあえず何か1つでも情報が手に入れば、と思いまして……」

 

 冷静に考えたら、やってることはストーカーだ。今井先輩にこのあと警察に突き出されても文句は言えない。

 

「大丈夫大丈夫。警察に突き出したりしないから☆」

 

「え!? 顔に出てました?」

 

「うん。まさしくこの世の終わりって顔してた☆」

 

 今井先輩だから分かるのか、他の人にもあっさり分かってしまうのか……出来れば前者であってほしいかな。

 

「まぁ、とにかくライブハウスに行ってみたら友希那の実力が分かると思うよ?」

 

「ありがとうございます。このご恩はいつか――」

 

「いや、いいって。そこまで気にしなくても」

 

「でも…」

 

「あ~……じゃあ……『リサ先輩』って呼んで。『今井先輩』って言われると、背中がむずがゆくてさ」

 

「掻きましょうか!?」

 

 咄嗟に口から出てしまい、思わず口を塞ぐ。これじゃ本当に警察に突き出される……

 

「じゃあお願いしようかな」

 

「へ!?」

 

 予想外の返答に驚き、リサ先輩を見ると、イタズラが成功したとでもいうようにニヤニヤしていた。

担がれたんだと分かると、顔が熱を帯び始めた。

 

「し、失礼します!」

 

 恥ずかしさから、一礼して脱兎のごとく駆けだした。

 

「またね~☆」

 

 とリサ先輩の声が後ろから追いかけてきた。

 

 

 

 リサ先輩と別れてライブハウスに入った俺は、チケットを購入した。

 

(ライブハウスってこうなってるんだ)

 

 思えば、紗夜姉さんのライブは見たことないから来たのが初めてだった。

 

(湊先輩の出番は……良かった。まだ終わってないみたいだ)

 

 ここまで来て、出番終わってました~だったらなんのために来たか分からなくなっちゃうしね。

 

「―――!!」

 

「ん?」

 

 何やら揉めているような声が聞こえた。出演したバンドが今日の演奏のことで揉めてるのかな?

そう思い目を向けると、そこにいたのは――紗夜姉さんだった。

 

「そうね。私が抜けるから、あなたたちは今まで通り続けて。それがお互いのためになると思うわ。今までありがとう」

 

 懸念したとおり、まさかの脱退を目の前で見せられ――

 

「紗夜といったわね。提案があるの。私とバンドを組んでほしい」

 

 そのあとすぐに湊先輩にスカウトされていた。

それはつまり、湊先輩から見て紗夜姉さんの実力はそれほどのものだったらしい。

 しかし、紗夜姉さんは湊先輩の実力を見ていないわけで、とりあえず湊先輩の出番を一度見てから決めることになった。

 

(話がとんとん拍子に行き過ぎて怖い)

 

 

 湊先輩の出番になると、今まで熱を帯びていた会場はさらにヒートアップしていた。

リサ先輩には常連だということを聞いてはいたけど、ここまでファンがいるということは相当らしい。

 

(近くで見てみたいけど、これじゃあ身動きがとれなくなりそうだ)

 

 事故やらなんやらを考慮して、人ごみから逃れ、後ろの方へ移動する。こちらは前に比べて比較的に空いているようだ。

 

「りんりん! 大丈夫!?」

 

「ん?」

 

 騒がしい声が聞こえ、見ると、中学生くらいの少女と、清楚な格好をした女性(といっても高校生くらいか?)がいた。

 

「無理……おうちかえる……」

 

 女性の方は顔を青くしている。人ごみに酔ったのだろうか?

 

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

 何かあってからでは遅いと思い、声をかける。

 

「「えっ!?」」

 

「人ごみに酔ってしまいましたか?」

 

「あ、はい……」

 

「あれ? この人、さっき……」

 

 少女の方は俺を見て驚いているようだけど、俺は面識がない。そんなことより、こっちの女性の方が先だ。

 

「―――」

 

「「「!!!」」」

 

 そんな中、湊先輩の歌声を聞いた途端、焦りも何もかもが消し飛んだ。

 すさまじい声量と裏打ちされた技術によって紡がれる歌声が俺たちの懸念材料を全てを押し流す。

 

「音楽以外のことは今は気にするな」

 

 とでも言うかのように時に穏やかに、時に荒々しい歌の波に俺たちは流された。

 

 歌を聴きおわり、呆然としていた俺たちは、徐々に復帰していった。

 

 その後、2人――宇田川あこさんと白金燐子さんに自分の身分を明かした上で、あたりも暗いし、燐子さんの体調の方も心配なので、2人の自宅まで送っていくことを提案した。

 燐子さんには疑いの目を向けられたが(知らない男から言われたら当然)、あこさんの方は、驚くことに巴の妹だったので信じてもらえた。

 

「あこちゃんが信じるなら」

 

 と、燐子さんにも了承を得て2人を自宅まで送っていった。燐子さんはお家も大きかった。

 

 その後、ライブハウスに行ったことが紗夜姉さんにバレて、お説教をくらった。

 

 

 




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第5話

 ストーリーの時系列が分からない……


『また断られた~!!!』

 

『またダメだったかぁ~』

 

『あこちゃん、ドンマイp(^^)q』

 

 自室のパソコンに向かい、チャットで会話するのも日課になりつつある。あの日から、あこと燐子さんとチャットをしている。今日もあこのバンドへの売り込みの戦果を聞いていた。

 

『友希那さんにお願いする前に、紗夜さんに防がれる~。あれは最硬のタンクだよ~(>_<)』

 

『我が姉がすまぬ。でも、戦車じゃないぞ? そこまで装甲固くもないし』

 

 紗夜姉さんが戦車なんて、あこもおかしなことを言うなぁ。

 

『戦車?? どーゆーこと?』

 

『夕輝さん。タンク違いです(;・д・)』

 

 戦車以外のタンクがあるのか。勉強になる。

 

『ともあれ、湊先輩に売り込むために姉さんを懐柔したいんだね?』

 

『なんて読むの?』

 

『かいじゅう(ノ´・ω・)ノガオー』

 

『説得するって言ったらわかりやすいかな?

(。・∀・。)』

 

 なんか燐子さんってリアルとチャット上ではキャラが違うわ~……

 

『ゆー兄、何か方法ない? (´;ω;`)』

 

 さて、まだ知り合って日は浅いものの、俺を兄として慕ってくれる妹分のために策を練る。

 相手は姉さんだ。生まれて10数年弟をやっているんだし、姉さんのことなら大概分かる。

 優しくも厳しく、不正は許さない正義感。

お堅く、頑固なイメージがあるけど、ちゃんと話せば分かってくれる人。努力家で、ことギターに関してはかなりストイック。

 そんな姉を懐柔する方法。それは――

 

『ワイロでもやっとく?』

 

『夕輝さん、あこちゃんに変なこと教えないでくださいo(`ω´*)o』

 

 燐子さんに怒られた。

いや、だって中学時代に『難攻不落の風紀委員』と名をはせた姉さんだもん。普通にしても話聞いてくれないなら、ポテトの1本や2本は覚悟しないと交渉のテーブルにも着いてくれないし。

 懐柔するには山盛りポテトを2、3皿は覚悟しないといけないけど。

 

『まぁ、さすがにワイロはあれだけど、姉さんの説得くらいならなんとか出来るかもしれない』

 

『本当!?』

 

 自分にとっての第一にして最大の障害である姉さんをどうにか出来るかもしれない。そんな思いもあって、チャット上ではあるけど、喜んでいるあこの姿が容易に想像できる。

 

『あくまで可能性の話だし、仮に説得出来たとしても……』

 

『湊さんがいる』

 

 そう。姉さんを説得出来たとしても、いうなれば城門を開けただけに過ぎない。あくまで本命は湊先輩に認められること。

 

『あいにく俺は同じ学校ってだけで湊先輩とは面識がない』

 

『でも、湊先輩のスペシャリストと言っても過言じゃない人が羽丘にいる』

 

『そんな人いるの!?』

 

『おうとも。湊友希那ガチ勢だ!』

 

『ガチ勢……(;´Д`)』

 

 まぁ、その人にも交渉はしないといけないんだけどね。たぶん引き受けてくれるだろう。

 

『そうなれば、あとはあこの実力次第だ。大丈夫なんだよね?』

 

『任せて! 世界で2番目のドラマー、宇田川あこの実力、見せちゃうよ!』

 

『じゃなくて、我が奏でし漆黒の調べ。存分に酔いしれるがいい!』

 

 あこの演奏は聴いたことないけれど、巴曰く、

 

「もう自分の技量を超えている」

 

 らしい。

巴のドラムも聴いたことないけれど、ドラム歴3年、さらには和太鼓もやっていたらしいから相当なものだろう。

 

(現時点でその巴を超えているならば、あるいは――)

 

『私も応援するよ(*´∀`*)ノ』

 

『ありがとう! りんりん』

 

 ともかく、あこの演奏を聴いてもらうために出来ることをやる。それしかない。

 

(責任重大だね)

 

 もはや逃げるほどの幸せが残っているのか怪しくなるほど多くなったため息を1つついて、協力を仰ぐべく『湊先輩の専門家』に連絡をとった。

 

 

 

「ははっ、知り合いだったのね」

 

「友希那さんの専門家って、リサ姉だったの!?」

 

「夕輝~? あこに何吹き込んだのかな~?」

 

 リサ先輩とあこがまさかの知り合いでした~。勿体ぶってた俺が恥ずかしい。

ともあれ、知り合いだったら知り合いでお互いのことが分かっているなら手間は省ける。あとは俺とリサ先輩で上手く交渉して、あこが実力を見せればいい。

 

「ともかく、リサ先輩。手はず通りお願いしますね?」

 

「よろしくね、リサ姉」

 

「まっかせなさーい。あこのために一肌脱いじゃうよ☆」

 

 コミュ力に定評のあるリサ先輩なら何とかしてくれるだろう。

 

 

「帰って。何度来られても迷惑」

 

「っ!」

 

 まさかの初手からの全否定。

 

「遊びじゃないの。私たちは――」

 

「FWFに出なきゃいけない、ですよね?」

 

 湊先輩が言わんとすることを遮り、俺が続ける。

 

「! あなたは?」

 

「夕輝!?」

 

「はじめまして。氷川夕輝、氷川紗夜の弟です」

 

 自己紹介をして一礼する。

 

「それで、何か用かしら?」

 

 湊先輩は平静を装っているけど、明らかに不機嫌そうだ。

 

「いえ、ドラムの売り込みに、と思いまして」

 

「もう一度言うけど、遊びじゃないの。悪いけど、他を――」

 

「まだギターしか集まっていないんですよね?」

 

「っ!」

 

 上手く交渉するはずが、『遊び』と言われて、カッとなってしまった。

 

「リズム隊もいない状況、メンバー探しはしているけど、妥協したくない。でもこのままじゃあ、FWFに出場はおろか、オーディションすら受けられない」

 

 断られても断られてもめげず、努力を続けているあこを否定されたようで――

 

「そもそも出場資格すらクリアできてませんしね?」

 

 穏便に済ますつもりが、煽っていた。

湊先輩の視線がかなり険しいものになる。

 

そもそも、湊先輩が求めるレベルで、なおかつガールズバンドに拘るのだとしたら、それこそスタジオミュージシャンでも引っ張ってこない限りはいないだろう。

 

「さて、運のいいことに、『偶然』ここにフリーのドラマーがいるわけですし、どうでしょう? 1度演奏してもらうっていうのは」

 

「それであなたのお眼鏡にかなうようなら加入してもらう。ダメならスッパリと諦めてもらう。簡単なお話でしょう?」

 

「それは――」

 

 何か言おうとする姉さんを右手を挙げることで征する湊先輩。 

 

「私は構わないわ」

 

(よし、ノった!)

 

 プライドが高いであろう湊先輩なら食いついてくれると思った。

 

「あこはどうだ? その条件でやるか、それともここでスパッと諦めるか」

 

「やります!」

 

 あこも腹をくくったようだ。

ともかく、これで俺が出来ることはやった。あとはあこが実力を発揮するかどうかに掛かっている。

 

「じゃあ、スタジオで1回だけ引いてもらう。その結果で判断するわ」

 

「分かりました」

 

「紗夜、行くわよ」

 

 そう言うと、湊先輩はこちらを――具体的には俺を――一瞥すると、ライブハウスに歩き出した。

 姉さんもこちらをにらみつけてから湊先輩のあとを追った。

 

(こりゃ、帰ってから説教コースだな)

 

「ゆー兄……」

 

「大丈夫だ。ここまで上手くいったんだ。あこなら合格出来るよ」

 

 不安そうにこちらを見つめるあこの頭を撫でながら励ます。

 

「うん! 頑張ってくる!!」

 

 安心したのか、笑顔を見せて2人のあとを追った。

 

「さて、リサ先輩はどうします?」

 

 あこがある程度遠ざかってからリサ先輩に問いかける。

 

「何がかな~?」

 

 分かっていながらも、はぐらかすようだ。

何時ぞやのやりとりとは立場が違うものの、同じ構図に苦笑する。

 

()()()()()集まってないらしいですよ」

 

「意地悪だね、夕輝は」

 

「ただ単に後悔してほしくないだけですよ」

 

「そっか……」

 

「えぇ」

 

 しばしの沈黙の後、

 

「夕輝はどうするの?」

 

「俺は部外者ですからね。大人しく帰りますとも」

 

 湊先輩にも怒られそうだし、と苦笑いする。

 

「まぁ、あれは怒るよね。たぶんアタシでも怒る」

 

「結果として、あこがオーディション受けられるので、甘んじて受けます」

 

「夕輝……」

 

「なんですか??」

 

 リサ先輩がスッと右手を俺の方に伸ばして――

 

「勇気ちょうだい」

 

「ダジャレですか?」

 

「……あ。ち、違うから」

 

 クスリと笑うと、顔を赤くして否定してきた。本当に気づいて無かったんだろうな。

 リサ先輩の右手を左手で握り、痛くないように気をつけながら力をこめる。

 

「……行きました?」

 

「ん、もう少しかな」

 

 もう少し力をこめる。

 

「ん、バッチリ☆ じゃあ、行ってくるね」

 

「行ってらっしゃい」

 

リサ先輩の姿が見えなくなるまで見送ってから、踵を返し帰路についた。

 

 

 後ほど嬉しい報告が2つ来た。




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第6話

 日に日に増えるお気に入り、ありがとうございます。
朝、書き始め→仕事中に内容を考える→帰宅後、家事、アプリのログインボーナス、デイリーボーナス回収→10時頃執筆、寝落ち→深夜アニメ見ながら執筆。投稿後就寝

 という流れで投稿しているので、深夜での更新になってます。すみません。


『夜の帳が降りし時。我、研鑽の時を経て帰還! ただいま~、りんりん、ゆー兄』

 

『こんばんは、あこちゃん。それとお帰りなさい

(*´∀`*)ノ』

 

『おう、お疲れ~。どうだった?』

 

『もうくたくただよ~(>_<)』

 

『でもね、すっごく楽しい!!』

 

 あことリサ先輩が加入してから、本格的な練習を開始したようだ。と、言ってもリサ先輩はブランクがあるらしいし、あこもまだまだ荒削りなところもあり、各々技術の向上に励んでいるそうだ。

 毎日、燐子さんと俺はあこの今日の練習での苦労話、嬉しかったことなどの報告を聞いている。

 

 あんな感じに売り込んだ手前、ストイックな2人に囲まれて辛い思いをさせているんじゃないかと思っていたが、そこはリサ先輩が上手く緩衝材のように立ち回ってくれているらしい。本当にあの人には頭が上がらないな。

 

『いろいろ課題はあるんだけど、みんながビシッと揃うと嬉しくなっちゃうんだぁ~』

 

『揃わないときは何度もやり直すから疲れちゃうんだけどね』

 

『なるほど。だから姉さんは時々ギターを抱えたまま寝てるのか』

 

 この間、部屋の明かりがついていて、ノックをしたけど返答がない。

 部屋に入ると、姉さんがギターを抱えて寝ていた。

珍しいことなので写真を撮ったあとでベッドに寝かせて、ギターをしまおうとしたら、しっかり握って離さないし。執念を感じたね。

 

『何で当たり前のように寝ていることを知っているんですか?(-ω-;)』

 

『えっ、兄弟、姉妹なら普通確認しません?』

 

『えぇ……(;・д・)』

 

 燐子さんが引いてるみたいだけど、俺、変なこと言ったかな?

 

『あこの所はどう?』 

 

 巴だったら確認すると思うんだけれど……。

姉を持つあこなら同意してくれると思ったのだが――

 

『あれ? あこ?』

 

『あこちゃん?』

 

 しばらく待てども、あこからの返信がない。

ご飯や風呂で落ちる時はいつも断りを入れるはずなんだけど……

 

『寝落ちしちゃったのかな?』

 

『ちょっと、あこの姉に確認してみますね』

 

 スマホのコミュニケーションアプリを使って巴に連絡をとり、確認してもらう。

 

『寝落ちみたいです』

 

『バンドの練習で疲れてしまったんですね(´▽`)』

 

『ごめんなさい』

 

『どうしたんですか??』

 

『いえ、燐子さんに寂しい思いをさせてしまってるんじゃ……と思いまして』

 

 少し前までならあこと2人でチャットしたり、オンラインゲームをしていた。

 それが、俺と出会って、以前から興味があったとはいえバンドを始めて。

厳しい練習の末、ログインはおろかチャットする機会も減ってしまっている。

 

『そうですね。あこちゃんがバンドを始めたことで、一緒にゲームをする時間もチャットでお話する時間も減ってしまっているのは確かです。寂しい思いをしてないって言えば嘘になります』

 

『でもそれ以上に、毎日バンドで何があったかを嬉しそうに話してくれるので、私も嬉しいんです。お姉さんみたいにバンドをやりたいって聞いてましたし』

 

 燐子さん、いい人だ。

 

『それに、こうして夕輝さんともお話出来ますし、悲しいことばかりでもないんですよ』

 

『あ、ありがとうございます』

 

 おそらく、いつもの燐子さんなら言葉にしないだろう、本当の気持ちに、感謝と同時に、少し頬が紅潮するのを感じた。

 

 

「やっほ~、夕輝☆ 元気?」

 

 放課後、偶然リサ先輩と遭遇した。

背中にベースのケースを背負っていた。

 

「リサ先輩、お疲れさまです。今から練習ですか?」

 

「うん。いや~、ブランクあるから取り戻すのが大変だよ」

 

 そう告げる彼女の指を見ると、この間まで輝いていたネイルは跡形も無かった。さらに、差を埋めようと努力しているのだろう。手が少々荒れているのが見てとれた。

 

「あー……ほら、爪からシフトチェンジっていうの?イメチェンだよ。イメチェン☆ それにネイルしてると、ベース痛めちゃうし」

 

 俺の目線に気づき、ごまかすように笑いながら言った。

ふとある考えが頭をよぎる。

 

「ほら、なんて顔してるの」ムニー

 

「いふぁ、いふぁいれふ、りふぁふぇんふぁい」

 

 どうやらまたも顔に出ていたらしい。

リサ先輩に両方の頬を引っ張られ、もてあそばれる。

 

「言っとくけど、夕輝が気にすることはないんだからね? アタシがネイルをやりたいがためにベースを辞めた。で、今度は友希那を支えるためにまたベースをやる。これはその意思表示」

 

「それも、夕輝が踏み出すための勇気をくれたからなんだから、感謝してるよ。だから夕輝が後ろめたく思うことは無いんだよ?」

 

「それでも、もしアタシに対して後ろめたいと感じるなら、胸張って堂々としてほしいかな☆」

 

 あぁ、この人には本当に敵わない。

 

「ところで夕輝。ネイルしてみる気、な~い?」

 

「あ~……遠慮します」

 

「あ、ネイルまではいかなくても、形整えるだけでもいいよ? そういうところにも気を使える男の子ってモテると思うよ~?」

 

 なんだかんだ押し切られて、今度爪の手入れをしてもらうことになってしまった。

 

 

ポーン

 

「おん?」

 

 課題をやっていると、パソコンにメールが来ていた。

開いてみると、あこからで動画ファイルが添付されていた。メールには

 

『イヤホンひっす!』

 

 とだけ書かれていた。

 

(あこさんや、感心しませんなぁ。俺もキミも未成年なんだしそういうのはまだ早いと思うぞ? そもそも『ひっす!』ってなんだよ。何かのあだ名か略称みたいだぞ

 

 とりあえず『必須』の様なのでヘッドホンを外部端子に挿して、ファイルを開く……前に

 

ガチャ

 

「……」ミギヨーシ

 

チラッ

 

「……」ヒダリヨーシ

 

バタン

 

 部屋に誰か来ないことを確認して、ヘッドホンを装着。動画ファイルを開く。

 

「あ、練習中の動画か」

 

 けしてガッカリはしてないからね。

 

「……」

 

 思えば、4人でというか、リサ先輩とあこが演奏しているのは初めて見るな。

 

(これがあこが言ってた『バーンと決まる』ってヤツなのかもしれない)

 

 バンドのことはよく分からないけど、リサ先輩も『本当にブランクあるの!?』って思えるほどの演奏だった。

 

(これでもスゴいと思うんだけれど、まだ足りないのか……)

 

 せめてあと1つ、キーボードの存在が。

もっとも、キーボード以外でもいいのかもしれない。

 ただ、俺が唯一知っているバンド、『After glow』はギター2人(蘭がボーカルと兼任)、ベース、ドラム、キーボードが各1人からなっている。

 

(湊先輩はギター弾けるのかな?)

 

 ふと湧いた疑問。

たぶん聞いたところで、

 

「弾けないわ!」カミ、ファサー

 

 と自信満々に返すのだろうなぁと思う。なんとなくイメージ湧くし。そもそも湊先輩はボーカルに専念するべきだと思うし。

 

 ともあれ――

キーボードの加入は必須なんだろうなぁ。でも、あことリサ先輩とトントンと、上手くドラム、ベースが見つかっただけでも御の字なのだ。本来は早々見つかるものでもない。

 しかもただ弾けるだけではダメだし……

 

(燐子さんが弾けたら儲けものなんだけどなぁ~)

 

 ふと思ったものの、そうそう都合よくはいかないだろう。

 いくら燐子さんのお家がお金持ち(外観)で髪が長くて、清楚な服装だとしても(根拠のない偏見)ピアノを弾けるとは限らないし。そもそもピアノとキーボードの違いもよく分からないけど。

 

 そもそも俺、バンドの関係者じゃない(自他ともに認める部外者)のに何でメンバーのこと考えてるんだろう?

 

 (……ともかくあとで燐子さんに聞いてみるだけ聞いてみよう)

 

 意外とその機会は早く訪れることになる。

 

 

 今日もチャットをしていて、あこが寝落ちしてしまった。

 いつもならそこから少しだけ話して終わるのだけれど、この間思ったこともあるし、聞くだけ聞いてみることにした。

 

『燐子さん1つ聞きたいことあるんですけど、いいですか?』

 

『なんでしょう?ヽ(´▽`*)ゝ』

 

『燐子さんって、何か楽器を演奏出来たりします?』

 

 ピアノ、と限定せずに聞いてみる。

と、言っても燐子さんが演奏出来そうなものってなんだろう。

 ピアノはなんとなくイメージが湧くし、ギター、ベースはなんか違う。ドラムを叩けるとしたら見てみたい。

あとはバイオリンとか? その辺いっちゃうと、バンドじゃなくてオーケストラになっちゃうけど。

 しばらく間が空いて帰ってきた答えは、

 

『どうしてそう思うんですか?』

 

 出来る、出来ないではなく、どうしてそう思ったかという確認だった。

 

『なんとなく、ピアノとか弾けそうなイメージがありまして……根拠は無いですけどね』

 

 またしばらく間が空いて、

 

『夕輝さん。後日お時間ありますか?』

 

 帰ってきた返答は、驚くことに直接あって話がしたいというものだった。

 

 

 




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第7話

 燐子さんから予定を聞かれた次の休日。

俺は燐子さんのご自宅の前にいた。

別にストーカーというわけではない。ただ、これはさすがに予想外だった。

 まず――

 

(本当に凄い家だ)

 

 アニメとかによくある、塀がズーッと続いている様な屋敷というわけでもなく、中庭に噴水がある大豪邸というわけでもないけれど、明らかに裕福な家だと分かる。

 最初に来たときは夜だったし、燐子さんを送り届けただけだったからそんなに気にしなかったけれど――

 

(本当に招待されちゃったんだよね……)

 

 今日通算何度目かになる確認をした。

 

 

 予定を聞かれて、俺は特に用事も無いし、バイトもしていない。部活や委員会にも所属しているわけじゃないから燐子さんの予定に合わせることになった。

 

問題は――

 

『場所、どうします?』

 

 待ち合わせ場所だ。

普通なら駅前だったり、どこかのカフェだったり、ファミレスだったりするんだけど――

 

『すみません……人が多いところはちょっと……

(||゜Д゜)』

 

『ですよね~』

 

 前回のライブのこともあるし、人ごみは避けるべきだろう。

そんなわけで駅前はNG。ファミレス……今時の高校生ならまぁ行くけど、そこまで親しくなっていない男女でファミレス行っても、気まずい気がする。あことかリサ先輩がいれば上手く会話を回してくれるんだけどなぁ

 

 あとはカフェ……俺が知ってるカフェってcircleのカフェテリアか、羽沢珈琲店しか知らないんだよね。

大体その2カ所で済ませちゃうし。

 

 ただ、燐子さんの話の内容によるけど、内緒の話だとするとどちらも知り合いに会う可能性があるからなぁ……。そうすると、どうしようか。

 

 ネットカフェなら個室に入れば人の目を気にしなくてすむし、チャットで話せばいい。

でも、それなら会って話す必要はないし……。

悩んでいると――

 

『あの……私の家はどうでしょうか……?』

 

『じゃあ、それで!』

 

 燐子さんから提案をされて、思いつかなかった俺は即答――

 

「ん!?」

 

 今、なんて書いてあった!?

 

パソコンの画面を確認する。

 

()()()はどうでしょうか?』

 

「燐子さんの家ぇ!?」

 

 確かに燐子さんからしたらホーム(2つの意味で)だけど、俺からしたら完全アウェーだ。(当たり前)

そもそも、最後に女友達の所に行ったのはいつだったっけ……。

 って、そうじゃない! 断らなければ! 代案? 断ってから考えよう!

 

『じゃあ……お待ちしてますね……』

 

 手遅れでした。

 

 

 そんなわけで、燐子さんのご自宅に行くことが決定。

手ぶらで行くのも気が引けたのでお菓子でも買って持っていこうと思ったけど――

 

(女の子が喜ぶものがよく分からない)

 

 俺自身、スイーツに詳しいわけじゃないからよく分からない。

俺の身近な人で、スイーツに詳しい人……。

 

 紗夜姉さんは俺より分かる程度かもしれない。日菜ねぇは姉弟で1番スイーツに詳しいとは思うけど何か感づかれそうだ。

 

 姉以外となると、Afterglowのメンバーだろうか。

蘭は甘いものが苦手らしいし、巴はそこまで拘らないだろう。モカはやまぶきベーカリーのパンを勧めてきそうだ。けしてやまぶきベーカリーのパンが悪いわけではないけれど、お土産として持っていくのはどうか。

 

 となると、ひまりかつぐに絞られる。

ひまりは、コンビニスイーツが好きらしいが、流行のスイーツにも詳しそうだ。

一方で、つぐも実家が喫茶店なのでスイーツにも詳しいだろう。

条件は一緒。ならば――

 

(つぐに聞こう!)

 

 スイーツに関しての条件が同じなら、あとは秘匿性。俺が女の子にスイーツを買うとして、それを秘密にしてくれるのはどちらか。

 ひまりは約束すれば言わないかもしれないが、何かの拍子にうっかり話してしまうかもしれない。わりと抜けてるから。

つぐはその点、ちゃんと黙っていてくれる。つぐに相談しよう。

 結果として、羽沢珈琲店のケーキをテイクアウトにしてくれた。さすがつぐ。しっかりしてる。

 

 

 というわけでお土産を持って、道に迷うこと無く燐子さんのご自宅までたどりついたところまでは良かった。

 

ただ、いまだにインターホンを押せずにいた。

押そうとして手を伸ばし、引っ込めてはウロウロ。覚悟を決めて……と繰り返している。

 早めに出てきたから時間に余裕があったはずなのに、もう約束の時間まで2分もない。

 

(このままウロウロしていても、不審者に間違われて通報されるだけ……ええい、ままよ!)

 

ピンポーン

 

 今日通算何度目かの覚悟を決めてインターホンを押す。

 どれくらい時間がたっただろうか? 30秒? 1分?

その程度だったかもしれないが、俺からしたら何倍も長く感じた。心音がうるさい。口に貯まった唾液を飲み込む。

 

『はい……』

 

「あ、お……いや自分。燐子さんの――」

 

 自己紹介しようとしたところで、はたと考える。

俺は、燐子さんのなんだろう? 恋人ではないのは明らか。むしろそんなことを言っても、警戒度を上げるだけ。

友達? 後輩? 確かに学年は下だけど、学校は違うし……

チャット仲間? これがしっくり来るかな。

 

『あ……夕輝さん。今伺いますね……』

 

 本人でした。思考が正常になる一方で、恥ずかしさから顔は紅潮した。

 

ガチャ

 

「こんにちは夕輝さん……わざわざお呼び立てしてすみません……」

 

「あ……」

 

 玄関開けて出てきた燐子さんを見て、考えていた挨拶とかが頭から吹き飛んでしまった。

 

 モノトーンであり、露出が少ない服でぱっと見は清楚、人によっては地味な印象ではあるが、ウエストより上がコルセット(?)でしまっていることで、その分胸が強調されている。いわゆる『童貞を殺す』(諸説あり)服というものであった。

 

「夕輝さん……?」

 

 俺が何も言わず、動かないことに不審に思った燐子さんが首をかしげながら呼びかける。

 正直、その姿も破壊力ありすぎです。

 

「あ、すみません。本日はお招きいただき、ありがとうございまひゅ!」

 

(か、噛んだ!?)

 

 またも実態をさらし、本日何度目かの紅潮を自覚した。

 

「ふふっ……あ、すみません……立ち話もなんですしどうぞ……」

 

「お邪魔します……」

 

 燐子さんに促されて入る。靴を脱いで、用意されたスリッパに履き替える。

 なんかこのスリッパ履き心地いいな。どこで売ってるんだろう? ニ○リじゃないんだろうなぁたぶん。

 

「じゃあ……ご案内しますね……」

 

 と、先に階段を上がる燐子さん。数歩遅れてついていく。階段も段差が低くて上りやすい。

こういう階段、リフォーム番組とかでよく見るよね。

 

 と緊張をごまかすようにどうでもいいようなことを考えながら歩いて行くと、1つの部屋の前につく。

 

「飲み物持ってきますので……中で待っていてください……」

 

 そう言って燐子さんは来た道を戻って行ってしまった。

 

(あ、ケーキを渡すの忘れてた)

 

 戻って置いてくることも考えたが、キッチンがどこにあるかも分からないし……。

とりあえず言われた通りに部屋に居ようと思い、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「失礼します」

 

 一声かけてからドアを開ける。

部屋の中にはベッド、机、備えつけのパソコン、ピアノなどがあり、きれいに整頓されていた。

 

(あれ? 思ったより狭い? ここ、『リビング』だよね? ()()()()()()()()()()……)

 

 そこで俺は勘違いに気づく。

 

(ここ、燐子さんの部屋じゃん!?)

 

 案内というから、てっきりリビングに通されるものだと思っていた。

階段を上るから、1階は倉庫や水回りだと解釈していた。

ピアノ、パソコン、机はあるけど、ベッドを置くなんて変わっているなぁと思った。

 

あれ、ということは……

 

「お待たせいたしました……どうかしました?」

 

 飲み物を持って燐子さんが戻ってきた。

部屋で待っているように言ったものの、立ったままでいる俺を不思議に思っているようだ。

 

「あ、すみません。これお土産です。手ぶらで来るのもあれでしたので……」

 

 持ってきたケーキをようやく渡す。本来なら、『つまらないものですが』、『お口汚しですが』と言って渡すんだろうけど、つぐやつぐのご家族に悪い気がして言えなかった。

 

「ありがとうございます……では、分けて、いただきましょう……」

 

「それと」

 

 チラリとピアノに視線をうつす。

 

「燐子さん、ピアノ弾けるんですね」

 

 言った途端、燐子さんの口がキュッと引き締まった。

 

 

 燐子さんに促され座ると、燐子さんはパソコンの電源を入れて何やら操作する。

すると、スピーカーから音楽が流れ始める。

 

(これは……あの曲?)

 

 それはあこから送られてきた練習風景の動画。

すると燐子さんはピアノの前に座り、滑らかに鍵盤を叩きはじめる。

 

「っ!!」

 

 この間、震えるほど感じたあの曲。それが燐子さんのピアノの音色が加わることでさらに別な曲に化けた。

なにより、燐子さんのピアノを奏でる姿が時に激しく、時に妖艶で、それでいて楽しそうだった。

 

 

「黙っていて、ごめんなさい……」

 

「いえ、燐子さんがピアノ弾けたらなぁと思ってましたが、まさかこれほどまでとは……」

 

 これだったら何かしらのコンクールで賞を取っててもおかしくない。

 

「あこちゃんからお話聞いてて……楽しそうだなぁって思ってて……でも、私とは縁が無い……そう思ってたんです……」

 

「それが……この間の動画が送られてきて……私だったらこう、アレンジするなぁって……」

 

 まず、スコアが無いのにアレンジ出来るってすごいと思います。

 

「それで……毎日のように弾いていて、楽しいんですけど……少し物足りなくて……」

 

「画面の向こう側……というか、少し手を伸ばせば、足を踏み出せば……届く距離でしていることなんですけど……そのもう少しを踏み出すきっかけがほしくて……」

 

「そんなときに夕輝さんから『何か演奏出来る?』って聞かれて……踏みだそうって……」

 

 あぁ。燐子さんからしたらかなり葛藤したんだろう。それでも、変わりたいと思った。そしてそれを俺に、まだ知り合って間もないはずの俺に話してくれた。

 だからその気持ちに応えたい。だけど――

 

「燐子さん。問題が2つあるんです」

 

「えっ!?」

 

 そう、燐子さんがバンドに加入するための問題。

最も技術なら湊先輩から見ても申し分ないだろう。

ただ――

 

「バンド活動をする上で、たくさんの人に視線を向けられることになります」

 

 まず第1にして、燐子さんにとって最大の問題がこれ。

人ごみが苦手で、視線を向けられていなかったとしても人がたくさんいるだけで顔を真っ青にしていた彼女が、客の視線を受けた上で、演奏しなければいけないということ。

 

「えっ……」

 

 明らかに狼狽する燐子さん。

スタジオ練習だったらせいぜいメンバー+時々スタッフ、または他の利用者が目を向ける程度。

だが、ライブとなれば話は違う。

加えて、『歌姫』湊友希那がボーカルを務めるバンドとなればなおさら注目される。

 

 ここで即答出来るようでなければダメだ。

仮に事情を知っている俺やあこ。色々と察してくれるリサ先輩ならそれでもフォローしながらやるだろう。

 

 でも友希那先輩と姉さんという音楽ガチ勢ツートップはそうはいかない。

例え大手音楽プロデューサーが認めるほどの実力があっても、ライブで演奏出来なきゃ意味がない。

 

 だからここで彼女の断固たる決意を口にしてもらわなければいけない。

 

「私1人だったら怖い……けど、あこちゃんもいるし……夕輝さん……」

 

「はい?」

 

 すっと手を伸ばす燐子さん。

 

「勇気、分けてくれませんか?」

 

「ふふっ、ははは」

 

「えっ!?」

 

 急に笑い出した俺に驚く燐子さん。

 

「あぁ、ごめんなさい。似たようなことがあったのでつい……」

 

 すっと燐子さんの手を取ると、ギュッと握る。

 

「俺で良ければ喜んで」

 

 俺の勇気で決心がつくならいくらでも差し出しましょう。

 

「それで……もう1つの問題って?」

 

「あぁ、これは最初の問題に比べたら大したことではないんですけどね」

 

 ゴクリと固唾をのむ燐子さん。そこまで気を張らなくてもいいんですけど……

 

「俺、メンバーじゃないです。完全な部外者です」

 

「えっ……」

 

「だから、自分から売り込むか、声をかけられるの待つしかないです」

 

 脱力した燐子さんには悪いけど、ともあれ、バンドメンバーが揃いそうです。



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第8話

『ゆー兄って、紗夜さんと仲悪いの?』

 

 燐子さんの家に行った日の夜。いつもの日課のチャットをしていると、あこから唐突に聞かれた。

 

『いや、けして仲は悪くない……と思うけど、どうして?』

 

 最近は姉さんの負担を考えて、夜に姉さんの部屋に行くのを控えていた。

もっとも、行ったとしても『練習の延長』としてギターを引いてくれるとは思うけど。

もし、行ってなかったことが原因で気づかない間に仲が拗れていたらイヤなんだけど。たぶん泣く。

 

『実はね、今日練習で――』

 

 あこの話をかいつまむと、バンドの方向性の話の中であこは『お姉ちゃんのようなドラマーになりたい』と言ったそうだ。その途端、紗夜姉さんがまるで豹変したかのようにまくし立てられたそうだ。『あこの言うかっこいいは姉の真似だ』と。

 

 その時はリサ先輩が上手く取りなし、その話は終わったらしいのだが――

 

 

『紗夜さんは厳しいけれど、あそこまで言われるの初めてで、あこびっくりしちゃって……』

 

『あこ、余計なこと言っちゃったのかな?』

 

 あこは、自分の不用意な発言が紗夜姉さんを怒らせたんじゃないかと思っているようだ。

 

『詳しいことはまだ言えないけど、あこは悪くないから。だから自分を責めないで』

 

 むしろ、誰も悪くない。

しかし、まさか『お姉ちゃん』って聞いただけでここまでとは……それほどまでなのか、紗夜姉さん。

 

 思えば、いつからだろうか。紗夜姉さんを『お姉ちゃん』と呼ばなくなったのは……

 思春期特有の、母親を『お母さん』、『ママ』と呼ぶのに抵抗をおぼえるように、『お姉ちゃん』と呼ぶのが恥ずかしくなり、『姉さん』、『紗夜姉さん』と呼ぶようになった。でも、本当に思春期で恥ずかしかっただけなのか……それとも、『お姉ちゃん』と呼ぶたびに()()()()()()()()()()()()()()姉さんを見るのが辛かったのか……

 

 

『おーい、ゆー兄! 落ちちゃったのかな?』

 

 おっと。物思いに耽っていて、あこに呼ばれているのに気づかなかった。

 

『ごめんごめん。考え事してた』

 

 キーボードを叩きながら、ログを確認する。

 

『忙しいの?』

 

『あこほどじゃないよ。部活もしてないし、バンドもしてない、ただの暇人だよ』

 

 バイトでもやろうかな、程度には考えているけど浪費しなければ小遣いに困るほどではないしね。

 

『ゆー兄もNFOでもしてみない?』

 

『NFO?』

 

 UFOじゃなくて? あ、でもどこかで聞いたことある気がする。

 

『Neo Fantasy Online っていうネットゲームなんですけど……今、コラボキャンペーンと同時にお友達紹介キャンペーンも行われてて……新規の人とやると、お互いにコラボアイテムがもらえたり、特別クエストが受けられたりと……とにかくお得なんです!(`・ω・´)』

 

『おわっ!? びっくりした!』

 

 NFOとやらの話題を出した途端に、燐子さんがすっ飛んできた。チャットなんだけど……

 

『あ、りんりん。遅かったね』

 

『あこちゃん、夕輝さん。こんばんは(*´∀`*)ノ』

 

『ちょっと用事があったもので遅れました(>_<)』

 

『まぁ、用事があったんなら仕方ないですよ』

 

『ありがとうございます(´;ω;`)』

 

『ところで……夕輝さんはNFOを始められるんですか?

((((*゜▽゜*))))』

 

 おう……もう明らかにテンション高いのが分かる。

これ、断ったりしたら明らかに急降下するヤツじゃないですか。

 

『まぁ、やってみようかなって軽い気持ちなんですけど……』

 

『本当ですか!?ε=ε=(ノ≧∇≦)ノ』

 

『では、分かりやすく説明しますね(`・ω・´)

 このゲームは――』

 

 その後、燐子さんによるNFO講座が始まり、あこの(チャットによる)悲鳴が上がるまで続いた。

 

 

『ところで2人とも。キーボードかピアノ弾ける人、知り合いにいない?』

 

 あこを2人がかりでなだめて、落ち着いた頃にあこが聞いてきた。

 

なんでもスタジオ練習していて、スタッフさんに『ライブに出てみないか?』と言われたらしい。

 そこで、実力の伴ったキーボード、またはピアノ経験者を探すか、キーボード無しにアレンジして演奏するかという選択を迫られているらしい。

 とりあえず、知り合いに声をかけて経験者を探すことになったらしいのだ。

 

『1人……アテがあるけど』

 

『本当!?Σ(・ω・ノ)ノ』

 

 ダメ元で声をかけたつもりだったんだろう。

きっとパソコンの前で大騒ぎしているはずだ。

 

『しかも実力は折り紙つき。あこも絶対に仲良くなれるよ』

 

『本当に!? どんな人なんだろう!! 楽しみだな((((*゜▽゜*))))』

 

 燐子さんです、というのは絶対に黙っておこう。

その方が面白そうだし。

 

『りんりんはどう? ピアノ出来る人、いない?』

 

『私も……1人だけ』

 

 嘘ではないよね。本人であり、俺が『アテがある』人物と同一人物なだけで。

 

『本当に!? じゃあじゃあ次の練習の日に来てほしいんだけど――』

 

 あ、このテンションは勘違いしてますね。

 

『キーボード候補が2人かぁ! 楽しみだなぁ~』

 

『あ、あこちゃん……その……』

 

『あ、あこもう落ちるね~。また夜の帳が降りる頃にあいまみえようぞ!』

 

『あ、あこちゃん!』

 

反応無し

 

『落ちちゃいましたね。誤解したままで』

 

『どうしましょう(-ω-;)』

 

『と、いうことで次の練習の時に行きましょう』

 

 連絡はしましたよ~。

 

『ご自宅まで行った方がいいですか?』

 

『いえ……駅前でお願いします……』

 

「え!?」

 

 まさかの提案に思わず声が出てしまった。

 

『でも……大丈夫なんですか?』

 

 

『正直怖いです……でも……このくらいで怖がってたら……ライブなんて出来ませんので……』

 

 燐子さんの決意はそれほどのものらしい。

 

『分かりました。では当日、駅前で』

 

 なるべく早く行こうと思った。

 

 

 

 風呂から上がり、しばらくぶりに紗夜姉さんの部屋の前に立つ。

ギターの音はしていない。

 

 とりあえず今日のことは少し話をしておかなければ、と思う。

 

コンコンコン

 

 しばらく来ていなかったからか、妙な腕の震えを抑えつつノックする。

 

「姉さん、俺だけど……」

 

 部屋の前でしばらく待つが――

 

(あれ?)

 

 いつもならすぐ返事が来るはずなのに何もない。

ダメならダメできっちり断るはずの姉さんが無言。

 

コンコンコン

 

 念のため再びノックするもまたも無言。

 

「姉さん? 開けますよ?」

 

 開けて見ると――

 

「すー……すー……」

 

 ベッドの上で規則正しい寝息を立てていた。

こういう部分でも規則正しいんだなぁ、と思ってしまう。

 

 バンド練習がハードなのだろう。姉さんにしては珍しく風呂に入らないで寝てしまっている。

 

(寝てしまうほど疲れちゃったのか……話するのは別の日にしよう)

 

「姉さん……寝るんだったら風呂に入らないと」

 

「んんっ」

 

「!!」ビクッ

 

 妙に艶っぽい声を出されて、ビックリした。

そんなことはお構いなしに、無防備な姿と穏やかな表情で姉さんは眠り続ける。

 

 いつもは気を張りつめて厳しい表情をしている姉さんも寝顔はあどけない。

 

(この穏やかな寝顔は守らないといけないね)

 

 ベッドに腰掛け、姉さんの顔にかかった前髪をどけて、頬に触れる。

 

「んん~、ゆーき?」

 

 あ、起きちゃった。というか、寝起きで舌っ足らずな姉さんも新鮮だなぁ。

すると、徐々に意識が覚醒していき――

 

「なにをしているの?」

 

 はい、いつも通りの姉さんです。(床に正座待機)

 

「いえ……お話でもと思ったんですけど、お疲れのようですので、お風呂に入っていただこうかと思いまして」

 

「そう……じゃあいいわ」

 

 すぐに解放されたので、急いで部屋に戻る。

 

 

コンコン

 

「ゆーくん。い~い?」

 

「(日菜ねぇ?)どうぞ」

 

 部屋を訪れて来たのは日菜ねぇ。

昔は寝られない時に部屋に来て一緒に寝てたけど、最近来ることはなかった。

 

(何かあったのかな?)

 

「ゆーくん。あたしね! スカウトされてギターをすることになったの!」

 

「……え?」

 

 果たして俺はどんな顔をしていただろう。

 

 

 

 



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第9話

 日菜ねぇからまさかの爆弾が投下された。

 

(スカウト? ギター?)

 

「えっと……最初から説明してもらえるかな?」

 

「う~んとね~。この間ゆーくんのお部屋に入った時にお姉ちゃんがギター弾いているの見て、るん♪ってきたの」

 

 あぁ。あの動画か。そういえばパソコンの電源入れたまま風呂に入ったことあったっけ。その時にでも見たんだろうね。

 

「それでフラーッと歩いてたら、オーディションやってたからヒョイと出てズガガーンと演奏したら受かっちゃった」

 

「えぇ……」

 

 街歩いてたら偶然オーディションをやっていて、飛び入り参加して合格って……日菜ねぇだけだよ。そんなこと出来るの。

 ところで、オーディションってなんのだろう? 湊先輩のところみたいなインディーズ? のバンドかな?

 

「そのオーディションって、バンドの?」

 

「ん~とね……これ!」

 

 日菜ねぇが出してきたのは1枚のチラシ。

受け取って確認すると――

 

「アイドルバンド?」

 

 平たく言えば、歌って踊れて、楽器を演奏できるアイドルって最強じゃね? というヤツだろう。

近年のガールズバンドブームを考えれば乗らない手はないだろう。

 

「ってことは、いきなりメジャーデビュー!? 大丈夫なの?」

 

 

「うーん。楽しければいいかなぁって」

 

「えぇ……」

 

 確かに当たれば大ヒットだけど、注目度が高い分、失敗すればその期待値は酷評として刃となって襲いかかる。

 その時に事務所が盾になってくれるか――

 

(はたまたトカゲのしっぽ切りか……)

 

 日菜ねぇが興味を持つものが出来て、喜ばしいことではあるのだけど、事が事だけに手放しで喜べないでいる。

 

「お姉ちゃんに教えたら、喜んでくれるかな?」

 

「!!」

 

 今日のチャットでライブに参加するってあこが言っていたことを思い出す。

日菜ねぇがメジャーデビューすることを聞いて、紗夜姉さんが冷静でいられるか――

 

「日菜ねぇ、ストップ!」

 

 部屋を出ようとする日菜ねぇを呼び止め、素早くドアの前に回り込む。

 

「紗夜姉さんには内緒にしておこう」

 

「え~。なんで?」

 

 不満げに頬を膨らませる日菜ねぇ。

 

「ほら、サプライズだよサプライズ。今言うより、テレビとかでこう……ババーンと知った方が驚くでしょう?」

 

 我ながら何という説得力のなさ。微妙に語彙力があこっぽくなってるし……アドリブ苦手なんだよ。

 

「そうだね! そうしよっと」

 

(助かった)

 

 思いのほか、日菜ねぇはあっさりと信じてくれた。

まぁ、いつかは紗夜姉さんにバレるだろうけども、とりあえずはライブが終わるまでにバレなければいい。

 

 そんなことを考えていた。

 

 

 土曜日。燐子さんに指定された30分前に駅前にいた。

燐子さんなら人を待たせたくないと思って早く来るだろう――自分が人ごみが苦手なのにも関わらず。

いくら覚悟を決めたとはいえ、今からオーディションをしなきゃいけない燐子さんに余計な負担をかけたくない。

 

 それに――

 

「ねぇ、か~のじょ。今1人?」

 

 駅前って、わりと待ち合わせに使われるんですよね。

 

「おーい。スマホとにらめっこしてないで、俺と遊ばない?」

 

 ただ、待ち合わせということは当然『待つ』側がいます。

それを狙いすましたように声をかけてくる人もいます。

献血の協力、何かよく分からないアンケート調査、お店のキャッチ……この辺なら相手も仕事だし、仕方ないと思う。問題は――

 

「ねぇってば!!」

 

 ……いい加減無視するのも無理そうですね(ため息)

 

「失礼しました。音楽を聞いてましたので」

 

 イヤホンを耳から外し、声をかけてきた男性――ナンパ男――に向き合う。本当は音楽は聞いて無くて、いわゆる『声をかけないで』という意思表示だったんだけどね。

 

「今、暇? 俺たちと遊ばない?」

 

 下心丸出しの下卑た笑顔を浮かべる目の前の男。

俺『たち』ということは、近くに仲間がいるんだろう。

ちなみに、ナンパされるのは今日だけで3度目。いい加減にうんざりしている。

 

「すみません。連れと待ち合わせしていますので」

 

 それでも、ことを荒立てないように。そして相手の男としての尊厳(ナンパ男に尊厳ってあるのかな?)を『同じ男として』守るようにやんわりと断る。

 

「男? そんなヤツより俺らと遊んだ方が楽しいよ~」

 

 あ、尊厳ないや(手のひら返し)

勝手に待ち合わせ相手が男だと思ってるし。

まぁ、女って言っても、結果は一緒だろうし……RPGの『はい』を選ばない限り話が進まないみたいなものか。

 

(意外としつこいなぁ……燐子さんが来る前に終わらせようかな)

 

 いい加減、ナンパ男がうっとうしくなってきたので断るとしよう。――最初からうっとうしいとか本当のこと言わない。

 

 これが紗夜姉さんならバッサリと断るだろう。日菜ねぇなら笑い飛ばしながら断るだろう。ちなみに俺は――

 

「ねぇねぇお兄さん。1つ聞きたいことがあるんだけどぉ……いい?」

 

 スマホを持った手を後ろで組み、少し前かがみになって、上目遣い気味にナンパ男にスルッと近づく。

 

「お、何々?」

 

 先ほどとのつれない態度からうって変わって、積極的になった俺に『掛かった!』というような表情を浮かべるナンパ男。

 

「あのね……」

 

 そこで、ニコッと笑って――

 

「同性愛ってどう思う?」

 

 爆弾をぶん投げる。

 

「……は?」

 

 当然、言われた側は面食らう。

それはそうだろう。会ったばかりの人間にいきなり『同性愛』について聞かれて冷静対応出来る人はそう多くないだろう。

 

「お兄さんは同性愛ってありだと思う? 無しだと思う?」

 

 さらに距離をつめて訊ねると、ナンパ男はその分下がる。まるで人を化け物かなにかのように顔を引きつらせながら。

 

「ねぇ?」

 

「し、知るかよ!!」

 

 最後のひと押しをすると、血相を変えて逃げてしまった。彼からしたら同性愛は『ない』らしい。

 

(他愛ない)

 

 『同性愛』について聞いて逃げるヤツはたいしたことない。

聞いて『NO』と答える相手には自分の性別をカミングアウトして、お断りする。

 

厄介なのは、『アリ』と答えた上で自身も同性愛者、または『両刀』の場合。

 このケースは1人しか見たことがなく、その人には急所をクリティカルしてご退場いただいた。

同じ男だけど、身の危険を感じたから仕方ないよね。

 

 

「お待たせしてしまって……すみません」

 

 燐子さんが来たのは約束の時間の15分前。

案の定早めに来たようだ。

 

「大丈夫です。俺もさっき着いたばかりなので」

 

 とりあえず先ほどのようなナンパ男の被害に遭わなくてホッとする。

 

「じゃあ、少し早いですが行きますか」

 

「あ……はい」

 

 ライブハウスに向かう前に、ちらりと燐子さんをもう一度見る。

 今日の服装もモノトーンで清楚な感じなんだけど、露出が少ないはずなのになぜか燐子さんの服装って目のやり場に困るんだよなぁ……体型が強調されているからだろうか?

 

(周りからの視線も気になるし)

 

「夕輝さん……どうかなさいました?」

 

 じっと自分を見て動かない俺を不思議に思って燐子さんが声をかける。

 

「燐子さん。失礼ですが、これを羽織ってもらえますか?」

 

「? 分かりました……」

 

 着ていたパーカーを燐子さんに渡すと、不思議に思いながらも羽織ってくれた。

多少サイズが大きいかもしれないけど、少なくとも体型が隠れることで視線は防げそうだ。手が少し隠れてしまってるが、それはそれでありだと思う。

 

「さ、行きましょう」

 

 燐子さんの手を引いて足早に駅前を離れた。

 

 

「お待たせしました~」

 

 ライブハウスに隣接しているオープンカフェに行くと、既にメンバーが揃っていた。

 

 湊先輩はちらりとこちらに目線を向けて、興味ないようにまた戻した。

 姉さんは、逆にこっちを見据えている。

反する反応なのに、2人から威圧感を覚えるのはなんなんでしょうね。

 リサ先輩はこちらを見ていたけど、1点で止まっている。俺なのか燐子さんなのか分からないけど。

 

「ゆー兄! りんりん! あれ? なんで手を繋いでるの?」

 

「「!?」」

 

 あこに指摘されて、手を繋いでいたことを思い出して、急いで手を放す。

 

「あ……」

 

 燐子さんの悲しげな声が響いた。

 

「それで? キーボードに心当たりがあるって聞いていたけれど?」

 

「あ、そうそう。ゆー兄もりんりんも、心当たりがある人はどこにいるの?」

 

 姉さんが本題に入り、あこも候補者を探してキョロキョロあたりを見渡す。

 

「いやいや。ここに1人いるじゃない」

 

 鏡があったら今の俺は、いたずらが成功した子どものような笑みを浮かべているんだろうな。

 

「え? それって……」

 

 あこが呟くと、俺の隣に立っていた燐子さんがスッと1歩踏み出す。小さな、それでいて大きな決意の1歩。

 

「あこちゃん……黙っててごめんなさい。私……ピアノ弾けるの」

 

「え!? 本当に!?」

 

 驚き半分、喜び半分といった声を上げるあこ。

だが――

 

「ただ弾けるだけのキーボードならいらない。私たちのバンドは頂点を目指さなければならない」

 

 ここで傍観していた湊先輩が立ち上がり、告げる。

 

「あなたの実力、ここで示してちょうだい」

 

「……もちろんです!」

 

 両手を強く握り、燐子さんも応える。

 

「行くわよ」

 

 湊先輩が先にライブハウスへと歩みを進める。

姉さんもちらりとこちらを一瞥して湊先輩のあとへ続く。あこも軽い足取りでついていく。

 

「夕輝さん……手をだしてください」

 

「? はい」

 

 燐子さんに言われ、右手を出す。

 

ギュッ

 

「り、燐子さん!?」

 

 出した右手を左手で握られ、さらに右手で挟むように握られた。

 そのまま10秒ほど強く握られ――

 

「勇気、お借りします……」

 

 1礼してライブハウスへむかった。

 

「えぇ……」

 

「お~、夕輝もやるもんだねぇ~☆」

 

 何が起こったのか分からずぼーっとしていると、後ろから声をかけられた。

 

「リサ先輩!?」

 

「いやぁ、見た目女の子なのに、しっかり男の子なんだねぇ。ただ、タラシは関心しないかなぁ~」

 

「えっと……どういう?」

 

「さぁ~ねぇ~☆」

 

 リサ先輩に言葉の真意を聞くもはぐらかされた。

 

「ところで、夕輝は行かないの?」

 

「俺は部外者ですから」

 

 肩をすくめ、自虐気味に笑う。

 

「3人もけしかけておいてよく言うね」

 

 けしかけるなんて人聞きの悪い。

 

「ただ、1歩踏み出すか悩んでた人の後ろから軽~く押してあげただけですよ」

 

 それこそ線の前で越えるかどうかを悩んでた人のバランスを崩すかのようにトンっと。

 

「まぁ、少なくともアタシもあこも感謝はしてるんだけどね」

 

 そう言ってリサ先輩も入っていった。

 

 部外者の俺も帰ろうとしたが、燐子さんに貸しているパーカーに財布やら鍵やら入れていたので、帰らずにカフェで待っていた。

 

 

 ともあれキーボードを加え、友希那さんのバンド、『Roselia』は本格的に動き出したのだった。



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第10話

 気づいたら10話&UA5000&お気に入り100件でした。
ありがとうございます。
アフグロ編、パスパレ編も書こうか悩んでますが、とりあえずロゼリアの1章を終わらしてから考えます。


「どうしましょう……」

 

 自室の机に座り、頭を抱える。

机の上には長方形の似た紙が3枚。ちょうど()()()()()()()のようなものだ。というかチケットそのものだ。

ただ、俺が購入したわけじゃあない。ある3人からそれぞれ渡されたものだ。

 そのチケットに書かれている日付も時刻も会場も内容も全く同じ。ただ渡してきた相手が違うだけ。

 

 別に3枚同じチケットがあるから何かが来る、というわけじゃ無いし、3枚分の特典があるわけでも、3倍曲が聴けるわけでもない。

 1枚あれば会場に入れるし、ライブを見られる。

つまり、1枚あれば――ひどい言い方だけれど――残りの2枚は意味をなさない紙切れだ。

 

 だからといって残りの2枚を捨てるなんて事は、わざわざくれた人の好意(または義理かもしれない)を踏みにじり、チケットともどもゴミ箱に捨ててしまうようなものだ。

 

 外見は一緒だから見分けはつかないだろうけど、それなら、ということでもない。

 

「どうしましょう……」

 

 今日何度目かの呟きに応えてくれる人は誰もいなかった。

 

 応えてくれる人はいないけど、どうして俺が悩んでいるかお話しよう。え? 興味ない? いや、少しは楽になりたいから話すだけだよ。

 と、言うわけで時間は今日の朝まで遡る。

 

 

 Roseliaが始動して、さらに練習はハードになったらしい。もっとも、燐子さんの技術は姉さんや湊先輩から見ても納得のいくものだったようだ。あとはライブまでに完成度をかなり高く仕上げるらしい。

 俺からしたら、燐子さんが観客の視線に耐えられるか、という点が1番心配なんだけれど。

 

 そんなこんなで、あこと燐子さんとのチャットによるお話も少し時間が短くなってしまっている。

それでも練習で疲れているだろうに、寝落ちするまで(あこだけだけど)付き合ってくれる2人には感謝している。

 

 

「氷川君。お客さんだよ~」

 

 教室で物思いに耽っていると、クラスメートに呼ばれた。

 

(は? 俺にお客さん?)

 

『お客さん』という時点で日菜ねぇではない。

日菜ねぇだったら断ることなく突撃してくる。

 

 After glowのメンバーだったら、俺じゃなくて蘭のところに来るはずだ。

 仮に俺に用事で、かつ他のメンバーに聞かれたくないのならトークアプリを使えばいい。教室に来る必要はない。

 

 では誰だろうと入り口に目を向ける。

 

「お~い☆ 夕輝~」

 

「リサ先輩?」

 

 まさかのリサ先輩だった。

 

「一体、どうしたんですか?」

 

 リサ先輩が俺たちの教室に来るなんて滅多にない、というか初めてなんじゃないかな?

逆に俺がリサ先輩の教室に行くことは週に1、2回はある。――日菜ねぇによる連行だけど。まさか……

 

「日菜ねぇが何かやらかしました!?」

 

「あ、そういうことじゃないんだよね~」

 

 何か日菜ねぇがご迷惑をかけたんじゃないかと想像したけど違うらしい。とすると――

 

「もしかして、俺に用事ですか!?」

 

「もしかしなくても夕輝に用事だよ~☆ あ、別に夕輝が何かしたってわけでもないから安心してね~」

 

 俺が迷惑をかけたわけでもないらしい。

と、リサ先輩はブレザーのポケットから封筒を1つ取り出した。

 

「はい、これ。今度のライブのチケット」

 

「へ?」

 

 ライブのチケット? 俺に?

 

「この間も言ったけど、今のRoseliaがあるのは夕輝のおかげでもあるんだよ。夕輝は『部外者』って言うけど、夕輝がいたからあこも、燐子も、もちろんあたしも1歩を踏み出せた」

 

「だからさ、Roseliaの最初の1歩を夕輝に見てほしいんだ」

 

「そういうことでしたら……ありがたくいただきます」

 

「うん☆ 場所はいつものライブハウス。日時は書いてるから来てね☆」

 

 じゃ~ね~、と手を振りながらリサ先輩は自分の教室へ戻っていった。

 

 Roseliaの最初の1歩……か。

リサ先輩からもらったチケットを胸ポケットに大事にしまい、教室へ戻った。

 

 何の用だったのか聞き出そうとするクラスメートをはぐらかしながら席に着くのだった。

 

 

 学校帰り、俺は連絡を受けて駅前にいた。

正直、この間のこともあって駅前は避けたいところなんだけど、相手方からの珍しい提案だったから了承した。

 

ところで、あの人はいつの間に俺の連絡先を入手したんだろう? 姉さんはいくら姉弟とはいえ個人情報を本人の同意なく教えるとは思えないし……

 

「お待たせしました……」

 

 そこへ待ち人――燐子さんがやって来た。

学校帰りにまっすぐ来たようで制服のままだった。

っていうか、花咲川だったのね。

 

「それは構いませんが……いつの間に俺の連絡先を?」

 

「実は、この間パーカーをお借りしたときに……スマホが入ってまして……それであこちゃんが、『連絡先入れちゃえ~』と……ごめんなさい……」

 

 まぁ、面倒くさくてロックしてなかったからね。

燐子さんからトークアプリの通知来たときは何事かと思ったけど、そういうことね。

確認したら本当にあこのも入ってるし。

 

 これはあこをとっ捕まえて一言言ってやらないとね。『グッジョブ』と。

 

「いえ、けして怒ってはないです。ちょっと驚いただけで……ところで、お話というのは?」

 

『大事なお話があります。放課後、お時間いただけませんか?』

 

 と来たときにはびっくりした。特に用事もなかったし、OKしたら駅前を指定されて尚更びっくりした。

 

「これを……夕輝さんにお渡ししたくて……」

 

 と、燐子さんに渡されたのは見覚えのあるチケット――

 

「夕輝さんのおかげで……新しい世界に踏み出すことが出来ました。その初舞台をぜひ見てほしいんです!」

 

 そこまで言われて、断れる人います? 即OKしましたとも。

 

 

 

コンコン

 

 夜、自室で明日の準備をしているとドアがノックされた。

 ノックの音からして日菜ねぇではないのは確かだ。

 

「どうぞ~」

 

 母さんかと思い、返事をすると――

 

「いいかしら?」

 

 紗夜姉さんだった。

 

「紗夜姉さんが来るって珍しいね。どうしたの?」

 

 いつもならギターの練習をして、明日の準備をして寝るはずの姉さんがこうして俺の部屋に来るとは……

 

 日菜ねぇの件がバレたかとも思ったが、応対した感じではそんなこともない。

 

(他に姉さんが来る用事って何かあったかな?)

 

 何か約束をしたわけじゃないし……『夜の約束』は俺から姉さんの部屋の部屋に行くことになってるし……何か借りっぱなし、または貸してたっけ?

 

 めったに来ることがないから姉さんが訊ねてきた理由をあれこれ考えていると――

 

「これを渡したくて……」

 

 姉さんが取り出したのは1枚の封筒。

 

(あれ? なんかデジャヴ……)

 

 受け取って、断ってから中を確認すると――

 

(ですよね~)

 

『またお会いしましたね』と言わんばかりに(喋るわけ無いが)例のチケットが姿を見せた。

 

「Roseliaが出来たのは少なからず夕輝のおかげでもあるから、ライブに来てほしいの」

 

「うん。分かった。何を差し置いても必ず行くよ」

 

「いえ、学生としては勉強を優先してほしいのだけれど……まぁ、いいわ。じゃ、おやすみなさい」

 

「あ、うん。おやすみなさい」

 

 用は済んだというばかりに姉さんは自分の部屋に戻っていった。

 それを確認して机に戻ると、先ほどもらったチケットを机の上に置き、引き出しからさらに2枚チケットを出した。

 

「どうしましょう……」

 

 そして冒頭に至る

 

 

 

 

「というわけなので、ぜひとも私めとライブに行ってください」

 

 お願いします、と椅子に座ったままではあるけれど頭を下げる。

 

 翌日の昼、学校の食堂でお馴染みのAfter glowとお昼を前にしてお願いする。

さすがに土下座は目立つから勘弁してください。

 

「何? 夕輝のモテ自慢じゃないの?」

 

「ゆ~くん、モテモテですなぁ~」

 

 蘭の批評に続くようにモカが冷やかす。

確かに話だけ聞くとそう思いたくなる(願望)

でも、現実にはそんなことないから。ないよね? なんか自分で言ってて悲しくなってきた。

 

「あたしはあこからチケット貰ってるからなぁ~」

 

 巴はあこから既に貰っているようだ。『一緒に行く』ことは出来るけどね。

 

「私もバイトがあるから……ごめんね」

 

 つぐが申し訳ない、といったように手を合わせて謝っている。むしろ、こっちが申し訳ない。この間もお世話になったし、何かお礼しなきゃなぁ。

 

「いや、こっちこそごめんね。また機会があったら誘うね」

 

 つぐは用事があってダメ……と。

 

「ゆ~くん、ゆ~くん」

 

「なんでしょう? モカさん」

 

 モカに話しかけられ、返事を返すと――

 

「実は、やまぶきベーカリーで新商品が出るんですよ~」

 

「……ぜひとも購入させて下さい」

 

「交渉成立~」

 

 ふふんとドヤ顔するモカ。

まぁ、チケット代がパンに化けたと思えば――

 

「あれ? モカ、バイト始めたんじゃなかったっけ?」

 

「おぉ~、そうでした~。あ……」

 

「どうした?」

 

「シフト入ってた~」

 

 スマホでスケジュールを確認したら、その日はバイトらしい。

 

「じゃあ、交渉はなかったことに~……」

 

「シューン」

 

「なかったことに~」

 

「シューン」

 

「……」

 

「シューン」

 

 はぁ、とため息を1つつく。

 

「分かった。ちゃんと新商品は購入するから」

 

「……シューン」

 

「……お楽しみ袋」

 

「交渉成立~」

 

 ニヤリと笑うモカ。

 

 してやられたけど、自分から持ち出した条件である以上仕方ない。

 

 

 ちなみに『お楽しみ袋』とは、やまぶきベーカリーで売っているパンがランダムで5個~10個入って1000円というもの。

 5個の場合は比較的高いパンが入っていることもあり、質をとるか、量をとるかで常連を悩ませている。 

 

 

(俺も小遣い少ないんだけどなぁ……)

 

 予想外の出費に、俺もバイトしようかなとすら思い始める。

モカもバイトでNG。となると――

 

「どうかお願いします!」

 

 

 

 

「なぁ。あこたちの出番、まだかな?」

 

 隣でずっとソワソワしている保護者()

一組終わるごとに毎回聞いてくる。

 

「まだだと思う。ってか巴、落ち着けって。そんなんじゃ身が持たないぞ」

 

「そう思うなら、夕輝も貧乏ゆすり止めなよ」

 

「えっ!? してた?」

 

 蘭に指摘されて自分も巴のこと言えないなぁと思う。

 

「そういう蘭もキラキラした目で見入ってたよ」

 

「ちょっ、ひまり!」

 

「ほうほう」ニヤニヤ

 

「違うから! そんなんじゃないから!」

 

(はい、ツンデレいただきました)

 

 唯一の光源のステージの照明だけでも蘭の顔が赤いのがわかる。

 

「あ、ほら。出てきたよ!」

 

 ひまりの声にステージに視線を戻すと――

 

「こんばんは、Roseliaです。さっそくですが、聞いて下さい――」

 

 MCもそこそこに挨拶替わりに1曲目を奏ではじめる。

知らない人からしたら無愛想に感じるだろうけど、

『前置きなんていらない。私たちの音を聞けば分かる』という湊先輩の自信の表れだろう。

 

(そういえば、『Roselia』の演奏を初めて見た)

 

 あの時見せてもらった動画は、燐子さんが加入する前だったし、湊先輩、姉さん、燐子さんの技術は個別に見せてもらっただけ。こうして見るのは初めてだ。

 

 あこは、本当に中学生なのかと疑わしいくらい激しいスティック捌き。それでいて楽しそうに叩いている。

 

 リサ先輩はブランクがあるって言ってたけど、ブランクを感じさせないように弾いている。

それでいて、観客を見る余裕もあるようだ。

 

ニコッ

 

「!」

 

 今、自惚れじゃなければ俺の方を見て微笑んだ?

もしそうじゃなかったとしたら、観客の何人かは彼女の虜になっただろう。

 

 燐子さんは人前で演奏するのが不安と言っていたけど、前にご自宅で見せていただいた時と同様、いや、それ以上にも思える。これだったら、本番前に勇気をあげなくてもよかった気がする。

 

 

 1曲目が終わり、簡単なメンバー紹介が行われたのだが、やはり湊先輩の時は1番歓声が上がった。

 姉さんの時も上がったことから、この2人はやはり名実ともに知られているのだろう。

 

 メンバー紹介のあとすかさず2曲目。観客のボルテージも上がり、ステージは熱を帯びる。

 

「次で最後の曲。聞いて下さい『BLACK SHOUT』」

 

 それは咆吼――叫びを冠する歌。でも俺にはRoseliaというバンドの産声にも思えた。

 

 

 

 



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第11話

「夕輝、あなたにはRoseliaのオブザーバーになってほしいの」

 

「はい?」

 

 突然の湊先輩の申し出に俺は首をかしげた。

 

 

 ライブが終わり、帰る道中。俺たちはライブの感想を言い合った。

ひまりは、『このバンドのギターの人がサビ前の仕草が――』とかっこいい部分や気に入った部分を挙げて、巴はあこの成長をしみじみと語っていた。

 

「……」

 

 その一方で蘭は心ここにあらず、といった感じでライブが終わった後からずっと黙っている。

 

「蘭、どうかした?」

 

 巴とひまりが先に行くなか、歩調を緩めて蘭に合わせる。

人酔いしちゃって具合が悪くなったのだろうか……。

 

「――かった」

 

「え?」

 

「すごかった。あの人たち。あれであたしたちと同じ高校生なんだ」

 

 おそらくRoseliaのことを言っているのだろう。

確かにあの人たちは技術が高いからね。1番技術がないのがブランクのあるリサ先輩っていう状態だしね。

 しかも地力がある上に、それにあぐらをかかないで努力に努力をコーティングしまくってるからね。

 

「確かに技術は見習うところはあるけれど……そこまで参考にしなくてもいいんじゃないかな」

 

「どういう意味?」

 

 言い方が悪かったのか、蘭が少し不機嫌な表情を見せる。

 

「いや、技術的な事じゃなくて、目指す部分がそもそも違うんだよ。Roselia(あっち)は頂点を目指す。それを目標に結成された」

 

「でも、After glow(こっち)は『いつまでも変わらない5人』で『いつも通り』いるために……でしょ?」

 

 それを聞いた蘭は、目を閉じ、フッと息を吐いた。

 

「夕輝のくせに生意気」

 

「いや、どういう理論なのさ」

 

 確かにクサイ台詞だって自覚はあるけどさ。

 

「そうだね。あたしたちは『いつも通りに』、だね」

 

「うん。それで――」

 

ピンポーン

 

「っと、母さんからかな?」

 

 そういえば母さんに連絡してなかったなぁとトークアプリの通知を確認する。

 

「あれ?」

 

 通知は母さんからではなく、リサ先輩からだった。

 

『お疲れ~☆ 今からファミレスで打ち上げ……というか反省会なんだけど……夕輝も来ない?』

 

 Roseliaの反省会兼打ち上げに俺もいていいんだろうか?

それに蘭たちを送り届けなきゃいけないし……今回は断ろうかな。

 

「行かないの? 打ち上げ」

 

「わっ!? ら、蘭!?」

 

 スマホとにらめっこしていたのを不審に思ったのか、蘭が手元を覗き込んでいた。

 

「呼ばれてるなら行けばいいのに……」

 

「とはいえ、女の子3人だけで帰すってのも……」

 

「ここまで送ってもらえば大丈夫だし。それに――夕輝がいても変わらない気がする」

 

グサッ

 

 蘭の的確な分析が俺を的確に突き刺した。

 

「……なぜだろう。否定できない」

 

 確かに巴がいればなんとかなる気もするし、ライブ前に待ち合わせしてた時も3人を差し置いてナンパされたし……あれ? 俺ってトラブルメーカー?

 

「ともかく、こっちは大丈夫だから」

 

「……ごめん。じゃあ、また学校でね」

 

 蘭に断りを入れて元来た道を引き返す。

 

 

「いらっしゃいませ~。1名様ですか?」

 

「すみません。待ち合わせなんですけど……」

 

 約束のファミレスに到着。走ったことで上がった呼吸を整えて入る。

対応してくれた店員さんに待ち合わせであることを伝える。でも、どこにいるやら……

 

「夕輝~、こっちこっち☆」

 

 と、途方に暮れる前にリサ先輩に呼ばれ店員さんに一礼してからそのテーブルを目指す。

もしかしたら客が来るたびに入り口を気にしてくれていたんだろうか。リサ先輩、マジ天使。

 

「遅くなり……まし……た」

 

 テーブルに着くと、空いている席は1つしかなかった。6人掛けに5人座っていれば当然なんだけど――

 

(マジですか……)

 

 まず、入り口に近い通路側にリサ先輩、真ん中あこ、壁際に燐子さん。燐子さんの向かえ側に姉さん。隣に湊先輩。そして空席――つまりはここが俺の席らしい。

 

 

「何をしているの? 座ってちょうだい」

 

 着席を促す湊先輩。彼女は何気なく――もっとも時間を無駄にしたくないという気持ちはあったかもしれないが――言っただろうけど……

 

(強者の風格が半端ないです)

 

「し……失礼します」

 

「ごめんね~。わざわざ来てもらっちゃって。何か用事あったりした?」

 

 あぁ、リサ先輩の細かい気遣いがありがたい。

これがコミュ力のある人のなせる技なのか。

 

「いえ、特に予定はないです」

 

「よかった~☆ あ、何か注文する?」

 

 はい、どーぞ☆ とメニューを渡してくれるリサ先輩。

お礼を言ってメニューに一通り目を通す。

 

ピンポーン

 

「早っ!?」

 

 驚かれたけど、俺がメインじゃないんだから時間かけられないしね。

 

「ご注文お決まりでしょうか?」

 

「ドリンクバーと、カルボナーラ、シーザーサラダと……」

 

 テーブルの上を一瞥し――

 

「山盛りポテトで」

 

 告げた途端に視界の左端でアイスグリーンの髪が揺れた気がした。

 

 店員さんはメニューを復唱して確認し、戻っていった。

 

「ずいぶん食べるね~☆」

 

 さすが男の子だ~、とリサ先輩が驚いている。

もっと食べる人もいるし、俺は少ない方だと思うけど。

 

「でも、ポテトは『皆さん』食べますよね?」

 

 少なくとも約一名食べることは分かっているけど、こう言わないと手を伸ばさないかもしれないからね。

 

「あ、ゆう兄。あこ、何か飲み物取ってくるよ!」

 

「ううん。遠慮しとく」

 

 あこのせっかくの申し出だけど遠慮した。

えー! と不満げなあこだけど――

 

「いや、絶対ドリンクバーでいろんな飲み物混ぜて、『これは魔界より伝わる漆黒の……なんか凄いドリンク』っていいそうだし」

 

「そ、そんなことないよ~」フー

 

 うん。あからさまにごまかそうとしてるし、口笛吹けてないし。

 

「てなわけで行ってきま~す」

 

 

 ファミレスって、ドリンクバーとかスープバーって混むときはなんでこう混むんだろう。何組もいて、みんながみんな同じタイミングで飲み物取りに行くとかあるの?

 

 ともあれ、ドリンクを持って席に戻る。

 

「燐子、あこ……リサ。あなたたち、Roseliaに全てを賭ける覚悟はある?」

 

(あちゃー。どうやらタイミングがよろしくないかもしれない)

 

 湊先輩が3人の覚悟、音楽への真剣さを確認していた。姉さんは湊先輩同様ガチ勢って分かってるから聞かないのだろう。

 ともあれ、さっきみたいに突っ立っていても邪魔なだけだし、気を散らせないように気配を出来る限り殺して席に着く。

 

 どうやら注文の品は届いているようだ。

ポテトをススッとテーブルの真ん中あたりに移動させる。

 さて……サラダから食べたいんだけど、レタスって噛むと結構音が出るんだよね……いや新鮮な証拠だし、音でないレタスを食べたいとは思わないけどさ……。

 と、いうわけでトマトからっと。

うん。この弾くような皮の食感。口の中で広がる酸味とほのかな甘味……昔はトマト、嫌いだったんだよねぇ。種の部分の酸味がね……

 

「夕輝、聞いてるの?」

 

「んぐっ!?」

 

 急に湊先輩に話しかけられ、うっかりトマトを飲み込んでしまった。

 

「ちょっ!? 大丈夫!?」

 

「ぷはっ! リサ先輩、ありがとうございます……」

 

 リサ先輩に水を渡され、トマトをなんとか流し込む。

ふは~……よい子のみんなはちゃんと噛まなきゃダメだよ?

 

「ごめんなさい……」

 

 湊先輩が顔を俯かせて謝る。

 

「いえ。こちらこそ、話を聞いていなかったもので……」

 

 それに、驚きの表情をしている湊先輩が見られたので、少しラッキーかなって。

あまり表情に出ない人なのかと思ってたし。

 

「それで、お話というのは?」

 

 湊先輩が俺の方を向き直る。

え、まさか『これ以上Roseliaに関わらないで、Roseliaにあなたは必要ない』と宣言されるのだろうか。

 まぁ、部外者だし仕方な――

 

「夕輝、あなたにはRoseliaのオブザーバーになってほしいの」

 

「はい?」

 

 まさかの発言だった。

 

(オブザーバー? どういうこと?)

 

「つまり、夕輝には第三者の視点から意見、アドバイス、気づいたことを言ってほしいの」

 

「そういうこと。私たちだけでは気づかないこと、当たり前のように見逃していることを指摘してほしいの」

 

 あぁ、そういうことなのね。まぁ、それなら音楽知識がろくに無い俺でも役に立てそうだ。

 

「俺で良かったら、そのお話お受けします」

 

「そう。よろしく」

 

 スッと湊先輩が右手を差し出してくる。

 

「?」

 

 訳が分からず、湊先輩の顔を見ると――

 

「握手よ」

 

 湊先輩も握手するんだなぁ、と新たな発見をしつつおしぼりで手を拭いてから握手に応じる。

 

「よろしく~☆」

 

「よろしく……お願いします」

 

「よろしくね、ゆう兄」

 

「……よろしく」

 

 他の4人にも迎えられ、『部外者』氷川夕輝は『Roseliaのオブザーバー』氷川夕輝にジョブチェンジした。

 

 

「で、さっそくなんですけど……衣装、作りません?」

 

「どういうことかしら?」

 

 さっそく提案したのは『ステージ衣装』。

 

「例えば、今日の服装なのですが……統一感はないですよね?」

 

「あはは~、アタシが浮いちゃってるかなぁ」

 

 5人中3人がおとなしめなのに対して、あこがゴシック、リサ先輩はいかにもギャルと服装がバラバラなのだ。

 

もちろん個人の趣味・嗜好があるから仕方ないことなのだろうけど、今回1回限りでなくこれからもステージに上がる以上服装を統一、または共通の衣装がなければ『技術のある人だけを集めた寄せ集め集団』という印象を与えかねない。

 

「いくら『馴れ合いは不要』、『音楽技術に関係はない』とはいえ、審査員も音源を聞くだけではなく、実際に目で見て判断するでしょう」

 

「変に印象を与えたくない、と言うことね」

 

 湊先輩の言葉に俺は肯く。

 

「と、言っても衣装代はそう安くすむものでもないでしょうし、テーマを決めて、それに沿った服を――」

 

「あの!」

 

 と、ここで不意に燐子さんが声をあげる。

 

「どうしました?」

 

「私……作れます……衣装」

 

「へ!?」

 

 何気にRoseliaで多才なのは燐子さんなのかもしれない

 

 

 



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第12話

 しばらく開いてしまい申し訳ないです。

今回は紗夜さん推しの方にとってはひどい話になるかもしれません。申し訳ないです。
 


「こんな感じで……どうでしょう?」

 

 燐子さんが鉛筆を置き、ふぅとひと息つく。

 

「凄いですね。デザインまで出来るなんて……あとはこれを形にしていくんですか?」

 

「いえ……皆さんの意見をいただきながら修正して……あと数パターン作っていきます」

 

「な、なるほど……」

 

 とりあえず大変なことは分かった。

 

 

 ライブハウスに併設されているカフェで、

燐子さんと衣装の話をしていた。

と、言っても燐子さんが描いているデザインを見ていただけだけれど……。

 ちなみにリサ先輩も一緒である。

 

「絵が上手い人ってうらやましいです。俺、生首しか描けなくて……」

 

「生首!?」

 

 まぁ、生首っていうか、顔に体がジョイントしてるっていうか……美術の先生には『昔CMで見たた○こに似てる』って言われたっけ。よく分からなくてあとで調べたら確かにた○こに見えた。

 しばらくあだ名が『た○こ画伯』になったのはイヤな思い出。

 

 

閑話休題

 

 

「それにしても、よくこの意見でこんな素晴らしいデザインが出来ましたね」

 

 衣装のデザインを決める際、メンバーから意見を集めようということになった。なったのだけど――

 

 ――ボーカルのM先輩の意見――

 

「Roseliaにふさわしい衣装を」

 

 ――ギターのHさんの意見――

 

「演奏の妨げにならなければなんでも……」

 

 ――ドラムのUさんの意見――

 

「我らが纏いしは、漆黒の衣に……こう……ババーンと」

 

 3人の要領を得ない意見に、見るに見かねたリサ先輩も手伝ってくれることになった。リサ先輩、本当に女神。

 

 というか、演奏の妨げにならなかったら、裸でもいいんだろうか? 怖くて聞けはしないが。

 

 

「それにしても、燐子が衣装作れるなんて、驚きだよ~。もしかして、刺繍とか出来たりするの?」

 

「はい、一応できます。ネットとかで……独学ですけど……」

 

「えー!? 独学!? 凄いよ~! 超人じゃん!」

 

「そ、そんなに……大層なことでは……」

 

「謙遜することないって~☆」

 

 リサ先輩と燐子さんが洋服談義を始めた。

ていうか、リサ先輩のテンションが妙に高い。

 

「今井さんは……洋服作ったりとかは……」

 

「あたしは修繕が精一杯。編み物なら出来るんだけど……」

 

 リサ先輩が編み物だって!? 面倒見のいい人だとは思っていたけど、そこまで女子力あったのか。

 

「というか~……その、ぬいぐるみとか好きで……編みぐるみとか編んじゃうんだよね~。……似合わないでしょ?」

 

 顔を赤らめながら告げるリサ先輩。

何この先輩。可愛いんですけど!

 

「そんなこと……ないです」

 

 首を横に振る燐子さん。

 

「だって、ギャルが編みぐるみだよ!? 変じゃない?」

 

 そこまで変じゃないと思うんだけどなぁ。確かに驚いたっちゃ驚いたけど、ギャップ萌え? それも魅力の1つだと思うし……なんだったらリサ先輩の作った編みぐるみ、もらって家宝に……」

 

「夕輝さん、夕輝さん……」

 

 なんてことを考えていると、燐子さんに声をかけられる。

 

「どうしました?」

 

「漏れてます……」

 

 漏れてる? テーブルの上の飲み物はなんともないし――

 

「夕輝さんの……心の声が……」

 

 俺の、心の声?

リサ先輩を見ると顔を真っ赤にして俯いている。

もしかして――

 

「口に出てました?」

 

「それは……バッチリと……」

 

 恥ずか死にたい……

羞恥のあまり顔を覆う。

 

「本当?」

 

「え?」

 

「編みぐるみ、作ってきたらもらってくれる?」

 

 恥ずかしさのせいか、目を潤ませているリサ先輩。

こんな顔を見て、断れます? イヤ無理!

 

「もちろん! 一生大事にします!」

 

 そもそも断るつもりなんてないけれど。 

 

「燐子も?」

 

「もちろん……」

 

「やった!」

 

 嬉しそうに喜ぶリサ先輩。その顔を見られただけでも間違いではなかったと思う。

 

 

 

side 紗夜

 

『新しく結成したアイドル? バンドなんだってさ』

 

『このギターの娘、紗夜ちゃんに似てるような……』

 

 ギターのメンテナンスを頼んだ行きつけの楽器店。

そこで見かけたアイドルバンドのポスターには日菜が写っていた。――ギターを持って。

 

 日菜がバンドに加入したことは知らなかった。それも、あろうことか自分と同じくギターで。

『日菜に負けたくない』その一心でひたすらにギターを弾いて弾いて弾き続けた。

 

 やっと見つけた私の居場所。私にはギターしかないのに! それをあの子はまた!

 

「――夜。紗夜」

 

「はっ!」

 

 もの思いに耽っていたところで湊さんに声をかけられ、意識が浮上する。

 

「すみません……」

 

「どうかしたの? いつもなら音楽以外の話をしていると注意するのは紗夜が先なのに」

 

 少し離れたところでは、宇田川さんと今井さん、白金さんと夕輝が何やら話をしている。

 

「お姉ちゃんのドラムはねどーん、ばーんってね」

 

「あはは、あこってばいつもその説明だね~」

 

「つまり、激しく躍動的だと……」

 

「何で分かるの!?」

 

「あこのはまだ初級編ですから。上級編になると全部ルビが振られます」

 

「いや、分からないから!」

 

 少し離れたところでは、宇田川さんと今井さん、白金さんと夕輝が話している。

 

「紗夜? 具合が悪いのなら帰――」

 

「大丈夫です。この休憩中に頭を冷やせば」

 

 少し集中力が途切れてしまうけど、切り替えなくては――

 

「最近まで一緒にお風呂に入ってたんでしょ?」

 

「え? そうなの?」

 

「みんなそうじゃないの?」

 

「いや、俺は姉2人だし流石にねぇ……」

 

「あたしは妹いないしなぁ……」

 

「私も……」

 

「ふふん、2人とも兄弟がいないから分からないんだよ。お姉ちゃんは1番かっこいい、妹のあこがれなんだよ!」

 

「お姉……ちゃん」

 

『お姉ちゃん!』

 

『ねぇ、お姉ちゃん』

 

『お姉ちゃ~ん!』

 

「いい加減にしてよ!」

 

 その瞬間、私の中の何かが切れた。

 

side out

 

 

「いい加減にしてよ!」

 

 突然響き渡る姉さんの怒号。みんなの目線は自然と姉さんに向けられた。

休憩中とはいえ、少し話すぎただろうか?

 

「お姉ちゃんお姉ちゃんってなんなのよ! 憧れられる方がどれだけ負担か……分からないくせに!」

 

 しかし、姉さんの怒りの原因は別にあった。

 

「なんでも真似して! 自分の意思はないの!? 姉のすることが全てなら、自分なんて要らないじゃない!!」

 

 姉さんが怒りに任せてまくしたてる。

傍から見たら、あこの発言に怒っているようにも見えるが違う。

 

「あこ……またやっちゃった……。前に注意されたのに……紗夜さん、ごめんなさい……」

 

 涙ながらにあこが謝るが、それでも姉さんの怒りは治まらない。

 

「まぁまぁ、姉さん。落ち着いて。あこも悪気があるわけじゃないんだし」

 

 むしろこの件、あこは単に引き金を引いてしまったにすぎない。

とりあえず姉さんの怒りを鎮めようと、姉さんの前に立つ。

 

パァン

 

 いきなり何かが破裂したような音がスタジオ内に響いた。

 あこは驚きのあまり泣き止み、燐子さんは手で口を覆っている。リサ先輩は目を見開き、あの湊先輩ですら驚きの表情を浮かべていた。

 

「あなた、日菜がギター始めたこと知ってたのね!? 知ってて私に黙っていた! ようやく見つけた私の居場所を奪おうとした!! 私にはもう、ギターしかないのに!!」

 

 姉の悲痛な叫びが耳に、胸に響いた。

 

「紗夜、どんな事情があろうとも、Roseliaに私情を持ち込まないでちょうだい」

 

 いち早く硬直から抜けた湊先輩が告げる。

 

「それに、今日は練習に集中出来てなかった。帰って」

 

「っ――失礼、します」

 

 ギターをケースにしまい、背負うと姉さんはスタジオを出て行った。

 

 姉さんが出て行ってから、ようやく左頬に痺れと痛み、熱を帯びているのを感じ、叩かれたことに気づいた。

 

「夕輝、あなたも――」

 

 

side another

 

「お騒がせしてすみません。今日のところは失礼します」

 

 左頬を押さえながら頭を下げる夕輝。

再び顔をあげた彼の顔を見て、他のメンバーは再び驚愕した。

 

 いつもは笑顔を浮かべたり、怒られたときには悲しんだり、顔に出やすいとよく言われる彼の表情はまるで能面のようだった。怒りも、悲しみも読み取れず、目もまるで作り物のように輝きが失せていた。まだビー玉の方が綺麗に見えるほどだった。

 

 心配のあまり、声をかけようとしたリサも退室を促した友希那も、あこも燐子もまるで金縛りにあったかのように動けなくなった。

 そんな彼女たちを後目に、夕輝はスタジオから出ていき、ドアが閉まる音だけが響いた。

 

 

 

 

 

「」



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第13話

 さようなら平成、よろしく令和(今さら)


「――輝、夕輝」

 

「え?」

 

 授業中に声をかけられて、そちらを向くと蘭が黒板の方を指差している。

訳も分からず視線をスライドさせると――

 

「氷川! 氷川夕輝! いないのか?」

 

 教科担任が仁王立ち。

 

「は、はい」

 

「前に来てこの問題解いてみろ」

 

 黒板の前に行き、チョークを手に問題に向き合う。

いつもなら難なく解けるはずなのだが――

 

「どうした? 解けないのか?」

 

「すみません……」

 

「吉川、代わりに解いてくれ」

 

「はい」

 

 代わりの子にチョークを渡す。彼女はスラスラと問題を解いていくが、全く頭に入ってこない。

 

「はい、ありがとう。氷川、分かったか?」

 

「え、あぁ~……」

 

 俺の態度を見て、先生はため息1つ。

 

「顔洗って、目ぇ覚ましてこい」

 

「……はい」

 

 先生の言うことに従い、教室を出る。

 

 今年から共学になった羽丘だけれど、しっかり男性用トイレもある。もっとも、男子生徒よりトイレの方が多いせいでトイレ掃除が大変だったりするけれど。

まぁ、催した時に近場にないと困るから多いに越したことはないんだけれど。

 

 ともあれ、洗面台の蛇口を開けて水を手ですくう。そして顔に叩きつけるようにして顔を洗う。それを何度も何度も繰り返す。傍から見たら異常だと思われそうだけど、今は授業中。しかも男子トイレにわざわざ来る変わり者なんていない。

 

 ある程度顔を洗い、正面の鏡を見ると、ポタポタと水滴を滴らせながらこちらを見る男がいた。

 俺と同じ色の髪、同じ色の目をしていた。

ただ、目の下には酷い隈が出来ていて、顔色も青白く不健康そうだった。

 

「ははっ、ひっどい顔」

 

 その男の顔を笑うと、そいつもこちらを見て笑っていた。

 さて、いつまでもにらめっこしているわけにもいかないし、ハンカチハンカ――

 

「はい」

 

「お、ありがとう」

 

 ()()()()()()()()()を受け取り、お礼を言ってから顔の水滴を拭う。柔軟剤を使っているのかかなりフワフワだ。香りもうちのとは違うようだ。どこのを使っているか聞いてみよう。

 

 ん? 俺は1人でトイレに来たはず。ならば当然タオルを渡してくる人などいないわけで……。

おそるおそるタオルを出してきた人物の方を見ると――

 

「目、覚めた?」

 

 見紛うことなき赤メッシュ。

 

「蘭!? 何でいんの!? ここ男子トイレ!」

 

 

 いくら他の生徒がいなくて、見た目カッコいいからといっても蘭は性別上女の子なわけで、男子トイレに入っちゃまずいでしょ!?

 俺も時々、『あれ? 氷川くん。こっちじゃないの?』って女子に弄られることはあるけども!

 

「それは分かってる。ただ、アンタが心配だったから」

 

 蘭……まさかそんなに俺のことを……

 

「1限目から具合悪そうだったし、ボーッとしてて先生に注意されまくってたし」

 

 デスヨネ~。知ってた。まぁ、

 

「夕輝がボーッとしてるなんて珍しいし……悩み事?」

 

 蘭はよく気難しそうって勘違いされるけれど、実は実は心優しいんだよなぁ。でも――

 

「心配してくれてありがとう。でも、話せないんだ。これは俺の問題だからさ」

 

 ごめんね、と謝る。

 

「そっか……。じゃああたしは先に戻ってるから」

 

「ありがとう。タオルは洗って後日帰すから」

 

 ん、と返事して片手を挙げて去って行った。

こういう仕草が似合っててカッコいいんだよねぇ。

 

 もう一度鏡を見る。左頬に痕は残っていなかった。

そういえば、最後に姉さんに叩かれたのはいつだっただろうか。

 水滴のように心のモヤモヤは拭えなかった。

 

 

キーンコーンカーンコーン

 

 チャイムとともにコンビニ袋を持って教室を出る。

結局、あのあともボーッとしてしまい先生にかなり怒られた。

放課後に呼ばれてしまった。女子に呼ばれるイベントだったらドキドキするのに、相手が先生でなおかつ補習と分かっている以上、ありがたくないイベントだ。

 

 フラフラと廊下を歩き、階段を上る。着いた先は屋上へ続くドア。

美術の授業で写生のために開放していたのか、前に来たときは開いていたが――

 

ガチャガチャ

 

 今日は開いていないようだ。でも、実は出口ってここだけじゃないんだよなぁ。

 

 カラララ

 

「ん、こっちは開いてたか」

 

 なんのためについているか分からない窓。この窓のうち一カ所が実はカギが壊れていて開くようになっている。屋上へ出られるか冒険心のつもりで確かめていたら偶然見つけたものだ。

おそらく先輩たちも気づいていながら誰も先生に報告していないのだろう。暗黙の了解というヤツだ。

 

(姉さんだったら、注意した上で先生に報告するんだろうな)

 

 ふとそんなことを思って、胸が鈍く痛む。

屋上へ出て、窓から少し離れたところで仰向けになる。

よく、空を見れば悩みなんてちっぽけなものだ~、なんて言うが、消してそんなことはなく、モヤモヤが胸の中でいつまでも鎮座している。

 

(何も食べる気がしない。もう寝ていよう)

 

 目を閉じ、片手で目を覆う。

 

「屋上に出るなんて、お姉さん感心しないなぁ」

 

 聞き慣れた声と同時に、自分に影がさすのを感じた。

 

「そんなとこに立つとパンツ見えますよ、リサ先輩」

 

 もちろん目は閉じてるし、手で覆っているので見えるわけはない。ただ、リサ先輩が距離をとってくれればと思ってのでまかせだ。

 

「ん~? 夕輝はそんなことするはずないよね? それに……夕輝だったらいいよ☆」

 

 うん。参りました。だまし合いは俺の負けです。

 

「隣いい?」

 

 むくりと起き上がると、リサ先輩はススッと寄ってきて、座ろうとする。

 

「ちょっと待ってください」

 

 俺の横――から少し離れたところにハンカチを広げて敷く。蘭には悪いが、タオルを借りてよかった。使ってないから濡れてないしね。

 

「紳士的だね~☆ ありがと」

 

 そう言うと、ハンカチを拾って()()()()()()()()()()座った。

 

「え~っと……いい天気だね~」

 

「そうですね」

 

 気を遣ってくれているのか、無難に天気の話題から入るリサ先輩。ちなみに天気は曇り空。

日射しが苦手な俺からしたらいい天気なんだけど、一般的にはどうなんだろうね?

 

「え~っと……」

 

「リサ先輩。普通に聞いてもらっても構いませんよ」

 

 少し冷たい言い方になってしまったけど、これ以上気を遣わせるのも申し訳ない。こちらから話を進めることにした。

 

「……昨日、あれから紗夜とは?」

 

 答えの代わりに首を横に振る。

 

 あのあと、家に帰ってから姉さんは部屋にこもってしまい、出てきてくれることは無かった。

朝もいつもより早く出たようで、会うことはなかった。

 

 顔を合わせなくてよかったと思う反面、謝る機会を失ってしまい、どうすればいいのか分からないのが現状だ。

たぶん姉さんもそんな感じなんだとは思うけど。

 

「夕輝……こんなこと聞いていいのか分からないけど、紗夜と日菜って何かあるの?」

 

 おそらく俺は驚きのあまり、目を見開いたのだろう。自分では自覚ないけど。

 

「姉妹仲は悪くないと思うんだけどね……あたしがRoseliaに入ってからの紗夜の様子を知りたがってるし……」

 

 リサ先輩の言葉に、俺は頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。

 

 日菜ねぇは紗夜姉さんの様子を知りたがっていた……でも俺は紗夜姉さんの心の安定を考えて、日菜ねぇにギターのことを教えてなかった。日菜ねぇがギターに興味を持たないように。

 

 そして紗夜姉さんにも日菜ねぇがアイドルバンドに入ったこと、ギターを担当することを教えてなかった。

 

 2人に隠し事をして、お互いを傷つけた。

 

「俺……最低じゃん……」

 

 頬を涙が伝う。

 

「ちょっ!? 夕輝! どうしたの!?」

 

 いきなり俺が泣き出したことでリサ先輩があたふたとしてしまった。

 

 

 

「大丈夫? 落ち着いた?」

 

「すみません……」

 

 結局、幼い頃からの姉妹のすれ違いの顛末、2人のそれぞれの隠し事などを涙ながらにリサ先輩に話した。

流石に1人で抱えられずに話してしまった。

 

(蘭にはあんなこと言ったのにね……)

 

 つくづく自分がイヤになった。

 

「そっか……夕輝も1人で抱え込んでいたんだね……」

 

 辛かったね、と頭を撫でてくれるリサ先輩。

恥ずかしいけど、触れられたところから不安が消え去り、どこか穏やかな気持ちになる。

 

「すみません……」

 

「謝る相手が違うかな~。まずは日菜と紗夜に謝らないとでしょ?」

 

 諭すようにリサ先輩が告げる。

2人の仲を取り持つためには、まず俺が2人に謝らないと――

 

「あ、お昼休み終わっちゃうね~」

 

「すみません……これ、良かったらどうぞ」

 

 コンビニで買っていたサンドイッチをリサ先輩に手渡す。

リサ先輩は弁当を持ってきてたけど、流石に短時間じゃ食べられないしね。

 

「ありがと」

 

 リサ先輩は1切れ取ると残りを戻してきた。

 

「夕輝も何か食べないともたないよ?」

 

「ありがとうございます」

 

「いや、もともと夕輝のだからね?」

 

 2人で急いでサンドイッチを食すと、屋上を後にした。

 

 

 

「ゆーくん♪」ドーン

 

「っ!?」

 

 校門を出た途端、日菜ねぇに文字通り突撃された。

しかも、背中からのハグつき。

 

「ちょっ!? 日菜ねぇ! 離れて!」

 

「え~、その提案はるん♪ としないなぁ」

 

「いや、ホント、ホントにお願いします」

 

 さすがに謝罪しなきゃいけないのに力ずくではがすわけにもいかず、謝り倒して離れてもらった。

この時点でかなり謝っているのに、さらに謝らなきゃいけないってなんだかなぁ……。

 

「日菜ねぇ、姉さんがギターを始めたこと、バンドに加入したことを黙っていてごめんなさい」

 

 頭を下げる。当然下校中の生徒からの視線が集まる。

 

「そんなこといいよ~」

 

 あっさりと許された。あまりにあっさりしすぎてこっちが呆然としていると

 

「それよりゆーくん。これあげる」

 

 日菜ねぇから1枚のチケットが。

 

「え? 『○○プロダクション合同 LIVE』!?」

 

 それなりに知名度のあるプロダクションだということは分かる。

 たしか、日菜ねぇがオーディションを受けた――Pastelなんちゃらも所属していたっけ。

 

「じゃあ、今からレッスンだから行くね~」

 

 バイバーイ、と日菜ねぇは行ってしまった。

 

 俺の心に別な不安が渦巻いていた。

 

 

 

 

 



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第14話

 前の話の一部を変更しました。
運命のライブ。それが終わる時彼は――


 この辺で知名度のある会場、埼玉でいうSSA、千葉でいう幕張――実際そこまではいかないけれど――そんな感じの場所に俺はいた。

うん。なんていうか、熱気がすごいね。ライブはこの間のRoseliaライブが初めて……あ、湊先輩のソロの時が最初か。

ともかく、こんなに広い会場でこれだけの人数が集まったライブは初めてだ。

 

 さすが有名プロダクション。会場を借り切ってプロダクション主催のワンマンライブを行うなんてねぇ。

それも、『合同』と銘打っているけど新人アイドルバンドのお披露目も兼ねている。

 

 大手プロダクション、大きな舞台。驚くことは大いににあるけれど――

 

(練習時間、足りているのかな?)

 

 日菜ねぇからオーディションに受かったと話を聞いてからそんなに日が経っていない。もともと音楽に精通している人たちを集めたのか、別のバンドとして活動していた人たちに日菜ねぇを加えたのか……そんな風に思っていた。

 パンフレットが売っていたので購入したんだけど、『Pastel*Palette』のメンバーはほとんど見たことが無かった。

知っているとしたら、日菜ねぇと――

 

「白鷺千聖……」

 

 芸能界に詳しくない俺でも知っている『元子役』。

連続テレビ小説の主要キャストの子役としてデビューしてから時代劇、ドラマ、教育番組などで引っ張りだこ。

 

子どもとは思えない演技とテレビ慣れしたかのような落ち着き具合、時々見せる年相応の子どもらしさ。そういった要素がウケたのか、『白鷺千聖を起用すれば数字が獲れる』と一躍時の人となった。

 そんな彼女だけれど、そのあとはあまり姿を見なかったため、学業に専念するために引退したものと思っていた。

 

 それがアイドルバンドのベースとしてなんて……。

 

(楽器をやるきっかけがあったんだろうか)

 

 それは何かの役として弾くことになったのか。それとも個人的に興味を持ってベースを始めたのか……

 

『大変長らくお待たせいたしました。本日は○○プロダクション合同ライブにお越しいただき、誠にありがとうございます』

 

 おっと、いろいろ考えてたらもう開演の時間らしい。

開演前の注意事項がアナウンスされる。

まぁよくある『スマホ・ケータイは電源切るかマナーモードにして』、『盗撮・盗聴は厳禁。やったらデータ消した上で退場』というヤツだ。

 実際にステージ上では映画館でおなじみの人が踊っているところを警備員(こっちは普通の人)に羽交い締めにされている。これ、肖像権だかなんたら権は大丈夫なのかな?

 

 とりあえずスマホは電源切って、パンフレットをしまった。

 

 

 アイドルのライブってスゴいね。ライブハウスでのライブと盛り上がりが全然違う。ペンライト? サイリウム? があちこちで振られ、手作りだかグッズだか分からないけど団扇を掲げている人もいれば半被やら特攻服着てる人いるし……ガチの人じゃないよね?

 

 何より声援が比べものにならない。ハコの規模が違うとここまで違うのか、はたまたアイドルだからなのか……

それは分からないけど、これだけの人数の声援がアイドルに送られてパフォーマンスが向上する。

 

「続きまして新生アイドルバンド、『Pastel*Palettes』の登場です。本日が初お披露目となります彼女たちにご声援お願いいたします」

 

 進行の煽り、それにプロダクション初のアイドルバンドということもあり会場もさらに盛り上がる。

 

 ステージが照明で照らされ、現れたのは5人の少女。ボーカルのピンク色の髪の少女、ドラムの茶髪の少女、キーボードの白髪? の少女とクリーム色の髪のベース、白鷺千聖とお馴染みアイスグリーンの髪のギター、日菜ねぇ。

 

「はじめまして、私たち『Pastel*Palettes』です!」

 

 ボーカルの少女、丸山彩が挨拶する。

 

「まずは私たちの歌を聞いてくだひゃい」

 

(あ、噛んだ……)

 

「失礼しました。聞いて下さい『しゅわりんどり~みん』」

 

 すかさず白鷺さんがフォローする。

芸能界に長くいたから身についたのか、はたまた丸山さんがやらかす人だからなのか分からないけれど、さすがだと思う。

 

 奏でられる曲は、いかにも王道アイドルといったポップな曲調。いつもRoseliaの曲を聞いている俺には少々なじみが薄いけれど、こういった曲もいいかもしれない。

 

 ただ、Roseliaに比べると演奏のレベルは劣るかもしれない。

 まあ、Roseliaのレベルが高すぎると言えば納得なんだけどね。あそこはガチ勢だし。

 

 そんな彼女たち、『Pastel*Palettes』……長いしパスパレとでも略しようか。パスパレだけれど、楽しそうに演奏している。緊張などしていないかのように声が震えたり、指がぶれて余計なコードやキーを触ったりすることなく演奏が出来ている。

 

 しかし、世の中というか、神様というのは時に残酷なものだ。『越えられる者にしか試練を与えない』とはいうけれど――

 

 曲が盛り上がっていき、おそらくサビを迎えるといったところで事件が起こった。

 

「!?」

 

 突如として『演奏が止まった』。

歌も楽器の音も止まった。何が起こったのか分からず、会場はざわめきだす。

突如として誰かが言った。

 

「当てレコだ」

 

 と。

 つまりは彼女たちは音源に合わせて歌うふり、演奏するふりをしていたということだ。

 

 ただ、これは彼女たちパスパレ自身の考えではなかったのだろう。そうじゃなければ、なぜみんな顔面蒼白で何をすればいいのか分からない、といった反応をしないだろう。

 

 ただ、そんなことは関係ない。これまでの会場の熱気は冷め、声援は怒号に変わる。

 

「すみません。機材トラブルにより、これ以上の演奏は不可能になってしまいました」

 

 そんな中でもいち早く混乱から抜け出し、フォローするのは白鷺さん。

状況の説明と謝罪をし、メンバーを引き連れて舞台袖に引っ込んだ。

 

 それでも納得のいかない人はいるわけで――

 

「ふざけるな-!」

 

「詐欺だろうこんなの!!」

 

「金返せ-!!」

 

 と怒号が飛び交い、ステージに押し寄せようとする人と、それを止めようとする警備員でごった返していた。

 

(こんなやり方……)

 

 俺は両の拳を強く握る。

話題性づくりのためにアイドルバンドを結成、即ライブをさせて、肝心の歌と演奏はアテレコ。バレなきゃプロダクション初、むしろ業界初ともいえるアイドルバンドの初ライブ。失敗しても『炎上商法』として売り出す。

 

大手プロダクションの合同ライブだ。当然メディアもかなりの量が来ている。どちらに転んでもメディアでは大きく取り上げられ、名前は覚えてもらえるだろう。

 

(でも、彼女たちのことなど考えていない……)

 

 もし考えているならば、ちゃんとした練習時間を設けた上で小さなハコからでもデビューさせただろう。

 アテレコがバレたタイミングでフォローの1つもいれただろう。

 

 実際、今だって人気アイドルによるメドレーをいれることで沈静化と同時に『強引に』ライブを続行させている。つまり、

 

「新人のはあくまで名売りのパフォーマンス。ライブの進行には一切支障をきたさない」

 

「それに、ライブを最後まで見たでしょう? じゃあ返金には応じませんよ」

 

 と言うことなのだろう。

 

(こんなことって……)ギリッ

 

 怒りのあまり無意識のうちに歯を噛み締めていた。

俺の怒りの矛先はアテレコをした彼女たちでも、ライブを続行させようとする運営でもない。

 

(人の夢をなんだと思っているんだ!)

 

 少女の夢を弄び、儲けしか考えないプロダクションの上層部だ。

 

 その後、ライブは続行されたが、俺は最後まで見たのか、途中で帰ったのか覚えていない。どこをどう帰ったのかも覚えていなく、気づけば家にいた。

 

※ side紗夜

 

(なかなか上手くいかない……)

 

 部屋での自主練習、同じフレーズの同じ部分で躓いてしまう。

 

(こんなところで躓いていては――)

 

 出来ない自分に苛立ちながらも少し頭を冷やそうと小休憩を入れることにした。

 

カタン

 

 下から物音が聞こえた。

 

(お母さんが帰ってきたのかしら)

 

先ほど買い物に行ったはずなのだけれど、もう戻ってきたのだろうか。

 

 のども渇いていたので下へ降りていく。

リビングに入ると――

 

(夕輝!?)

 

 そこにいたのは夕輝だった。

(この間のこともあって顔が合わせづらいのだけれど……)

 

 キッチンに入りコップに水を注いでのどの渇きを潤す。

コップを濯いで水切りカゴへ置く。

チラリと夕輝に視線を向けると、夕輝はそこに立ちつくしたまま動かなかった。というより――

 

(私に気づいてない?)

 

 立ちつくしているだけではなく、視線も一点を見つめたままだ。

 

「夕輝?」

 

 呼びかけてみるも反応はなく、両手を硬く握りしめている。

 

「夕輝、どうしたの?」

 

 夕輝は昔から怒ることがめったになかった。

怒るときは、今みたいに両手を真っ白になるくらいに強く握りしめて黙っている子だった。

 そういう時には今みたいに前に回り込んで両手を握っていた。

 

(ここまで夕輝が怒ったのはいつだったっけ……)

 

 すると、夕輝はポツリポツリと語り出した。

次第に夕輝の目から涙があふれ出した。

私はただ夕輝を抱きしめることしかできなかった。

 

 

 

 

 



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第15話

 ライブの日の翌日、懐かしい夢を見た気がした。

確か、中学生になった夏頃だっただろうか。先輩に食ってかかったことがあった。原因は覚えていない、というか思い出したくない。紗夜姉さんか日菜ねぇ関係だったのは確かだ。

 

 とにかくかなり激怒したのだろう。体格差があった上に、あちらは複数人。対してこちらは1人。それでも関係ないとばかりに向かっていった。

当然ボコボコどころかボロボロにされた。それでも相手方も無傷とはいかなかった。

 

 ちなみに先生にはこっぴどく怒られたものの、事情を説明し、なおかつ人数の差もあって俺は反省文と数日の謹慎で済んだ。

 

閑話休題

 

 そのボロボロにされた日。家に帰ると、紗夜姉さんがいて、俺の惨状を見てかなり驚いていた。

当然理由を聞かれたけど、理由を話さないで押し黙っていた。

そんな俺に紗夜姉さんはただ向かい合って、手を握ってくれた。

 

(夢……だよね?)

 

 ベッドから起き上がると、昨日の服装のままだった。

本当に記憶が無いんだけど、どうやって自分の部屋まで来たんだろう……。とりあえずシャワーを浴びよう。

 

 

コンコンコン

 

 脱衣所のドアをノックするも、誰もいないようだ。とりあえずホッとする。

 ノックって、人類の偉大な発明だよね。ノックするだけで余計な争いを防ぐことが出来るんだから。

 

 うっかり忘れてしまい脱衣所で紗夜姉さんと遭遇したときは寿命が縮むかと思った。

全面的に俺が悪いのだからすぐに土下座をして謝ったけれど、かなり怒られた。

しばらくは(恥ずかしさのあまり)紗夜姉さんを直視出来なかった。

 

 逆に日菜ねぇに突入されたこともあった。

俺に非はないはずなのだけれど、日菜ねぇともども紗夜姉さんに怒られた。

 

 そんなわけで脱衣所のドアに貼り紙をしておく。

本当は鍵をかければいいんだけれど、朝の忙しい時にかけると大惨事だからね。

 

 ※

 

 朝に紗夜姉さんと顔を合わせた時、顔を赤くしていたけど怒ってはいなかった。

とりあえず数日前ほどのギスギスした感じはなかった。

なんで顔を赤くしていたかは分からないけど……

 

 とりあえず紗夜姉さんには帰ってから謝るとして、今気にするべきは日菜ねぇ。

昨日のライブ以降、顔を合わせていない。

と言っても家に帰っていないわけではなく、家にはいるようだった。

 

(学校に行くときには会えなかったけど……教室にいるかな?)

 

 昨日のこともあり、少し気晴らしにでもと思い、放課後に2年生のフロアを訪れる。

入学してまだそんなに経っていないけれど、見慣れた光景。それでも1人で来るのは初めてだ。

 

「あれ? 夕輝じゃ~ん☆ 珍しいね~。どうしたの?」

 

 声をかけてきたのはリサ先輩だった。今日はたしか練習は無かったはずだし、今から帰るところだろうか。

 

「リサ先輩、お疲れさまです」

 

「お疲れさまって、Roseliaの活動じゃないぞ~?」

 

 気持ちは分かるけどね~☆ と苦笑いするリサ先輩。

 

「失礼しました。こんにちは、リサ先輩」

 

「ん、こんちは~☆ で、どうしたの?」

 

「日菜ね……日菜先輩いらっしゃいますか?」

 

 危ない危ない。いつものクセで『日菜ねぇ』と呼びそうになった。

 

「ん~? 日菜なら……あ、いたいた☆ 日菜~! 夕輝が来てるよ~」

 

「「「日菜の弟くん!?」」」

 

「!?」ビクッ

 

 何故か日菜ねぇが反応する前に、他の先輩が反応したんだけど……俺、何かした?

 

「日菜がうらやましい……」

 

「うちの弟はどうして乙女系じゃないの!?」

 

「DNAの問題?」

 

「……それどういう意味?」

 

 何か好き勝手言われている上、修羅場に発展しそうなんですけど……正直今すぐ立ち去りたい。巻き込まれる前に。

 

「ゆーくん? どうしたの?」

 

 と、日菜ねぇが出てきた。

いつもは日菜ねぇに引っ張られて来るため、日菜ねぇも不思議そうにしている。

 

「いや、一緒に帰ろうかなって……」

 

 そう告げた途端、日菜ねぇの表情がみるみる明るくなって――

 

「本当!? じゃあ、すぐ準備するね!」

 

 言うが早いか、自分の席に戻って鞄に荷物を突っ込んでいく。気持ち、『るん♪』度合いが高い気がする。

 

「日菜、また明日ね~」

 

「うん。ばいば~い♪」

 

 すれ違う人すれ違う人にあいさつをしながら戻って来た。

 

「おまたせ~♪ じゃ、行こうか」

 

「うん。皆さん、お騒がせしました。失礼します」

 

 教室内の先輩方に一礼する。

 

「弟くん、ばいば~い」

 

「夕輝くん、またね~」

 

 あいさつを返してもらって、嬉しいやら恥ずかしいやら……うん。こりゃ顔真っ赤だね。

 

「リサちーも、またね~」

 

「お先に失礼します」

 

「うん、また明日~☆」

 

 入り口の前にいたリサ先輩にもあいさつをして2年生のフロアをあとにする。

 

「本当にあんな弟がほしい……」

 

「弟はいらない、夕輝くんがほしい……」

 

 何か不吉なつぶやきが聞こえたけれど、聞かなかったことにした。

 

 

「それで、どこに行くの?」

 

「あ~……」

 

 ノープランだった。一緒に帰ることは考えていたけれど、どこに行こう、どこに寄ろうとかいうのを一切考えていなかった。

 

「じゃあ、アタシのるん♪ってくるところでいい?」

 

「うん。情けないけど、日菜ねぇにお任せするよ」

 

「よ~し、レッツゴー! ゴーゴー!」

 

 そういうと、日菜ねぇは俺の手を握って走り出す。

元気になったのは嬉しいが、こうなるとちょっとやそっとじゃ止まらないので(二重の意味で)日菜ねぇに遅れないように、追い越さないようにペースを維持して走る。

 

 

 

「ここだよ」

 

 日菜ねぇに連れられて来たのは小高い丘だった。

特に遊具とかがあるわけでもなく、簡単な四阿があるだけの特徴があるわけでもない丘。

 

「ここ?」

 

「そう。ここ」

 

 着く頃には、つないでいたはずの俺の手を日菜ねぇが抱きしめるようにして歩いていた。

 

(近いけど……言うだけ野暮だよね)

 

 日菜ねぇに『お任せ』した時点で、俺に拒否権はない。あったとしても、今日は日菜ねぇの好きにさせるつもりなので拒否する気もないけど。

 

 それはおいといて、ここが日菜ねぇのるん♪とする場所なのだろうか?

 

「何もないとこでしょ?」

 

 俺の考えを見透かしたように日菜ねぇが呟く。

 

「でも、何もないから夜には星がキラキラ、ピカピカって輝いて見えるんだよ。アタシのお気に入りのスポットなんだぁ。今日はまだ早いんだけどね」

 

 たしかに、西の空はオレンジがかっているし、東の空は、オレンジと濃紺のグラデーションのようで、星もまだまばらにしか見えない。

 

 行こ? と日菜ねぇに促され、四阿に入る。

雨は凌げそうだが、風に対しては期待出来そうもない。

もっとも、今日に関してはどっちも心配することは無いけれど。

 

「昨日はありがとうね。見に来てくれて」

 

 腰を下ろすと、日菜ねぇがポツリと言った。

 

「ゆーくんにいいところ見せたかったんだけど、時間が足りなくて、あんなことになっちゃって……かっこ悪いね」

 

 あはは、と乾いた笑いとそれとは正反対に俺の手を握る手に力が入る。

 

「前までだったらさ、『あ~あ、ダメだったなぁ~』で終わったんだろうけどさ……今は、ただただ悔しくてさ……」

 

 日菜ねぇから『悔しい』という言葉が出たことに驚いた。

さっき日菜ねぇが言ったとおり、出来なかったり飽きたりすると投げ出していた日菜ねぇ。そんな日菜ねぇが悔しがるほどに、ギターは、『パスパレ』は短い期間だったけれども彼女に何かしらの変化をもたらしたのだろう。

 

「日菜ねぇはさ……ギターを、パスパレを辞めたいと思う?」

 

 ネットでは『結成、即解散』やら『活動休止』やら『デビュー兼解散ライブ』なんて言われているけど――

 

「辞めないよ。あそこは新しいるん♪てくる場所だから」

 

 涙を流しながらも、彼女の決意は固かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第16話

 残業が始まってしまい、なかなか執筆が進みません。すみません。

 加えて、スマホを変えたので誤字・脱字が増えるかもしれません。


 突然だけど、学生の、高校生の本分ってなんだと思う?

一般的には学業。他には部活だったり、校外活動(バイト)だったりに精を出す人もいるだろう。

でも俺はね……買い食いだと思うんですよ(暴論)

 

 いや、あくまで個人の感想なんですけどね、中学までだとだいたい自宅から通える範囲の地域だったりするじゃないですか。

それが高校生になると、定期買って電車通学するわけですよ。それに伴って財布を持って歩く機会も増えるわけで……。

 加えて、部活なんかも中学に比べてハードになる上、電車通学ともなれば家に帰るまで時間がかかるわけですよ。当然お腹減りますよね?

……もっとも俺は帰宅部ですが。

 

 まぁ、長々と言ってるけど何が言いたいかというと――

 

「ポテト食べたい……」

 

 時々ポテトが無性に食べたくなる時、ありません?

ちなみにうちの3姉弟はかなりのポテト好きなんです。

紗夜姉さんは隠しているつもりだろうけど、絶対にバレてるって。

 

 閑話休題

 

 今日はRoseliaの練習があるけど、姉さんが委員会で遅れるし、日菜ねぇは日菜ねぇであれからギターの練習をしている。

今日も予定が合うメンバーと練習するらしい。活動休止中ではあっても、練習までは止められていないとかなんとか。あの一件がいいように日菜ねぇに作用したようだ。だからといって赦せることでもないけど。

 今日は父さんも母さんも遅いらしい。つまり――

 

(久々のバーガーかな)

 

 少しの時間とお腹を満たすため、ファーストフード店に行くことにした。

 

 店内に入ると、やはりというか学生服姿の客がごった返していた。

まぁ、早い、安い、美味い……かは人それぞれだろうけど、小腹を満たせるファーストフード店は学生の味方だしね。

 とりあえず、ハンバーガーとポテト、ドリンクにジンジャーエールとコールスローサラダもつける。

てりやきのソースとか、ビッグなハンバーガーも捨てがたいけど、シンプルなハンバーガーのオニオンが何気に好きなんだよね。それに安いし。

 

ポテトはMサイズを注文。細長く、カリカリなのが好きなんだよね。揚げたてらしいからなお嬉しい。

Lでもいいんだけど、食べきれるか少々不安だからね。

 飲み物はだいたいジンジャーエールかシェイク。でも今日は長居したくないのでジンジャーエール。

野菜も摂らないと……だよね。ポテトは野菜だけど、炭水化物だから。

 

 注文の品を受け取り、席を探す。混雑はしてるけど、2人掛けの席が空いていたので確保する。

 

(では、いただき――)

 

「あれ? 日菜ちゃん?」

 

 ようやくありつこうというところでふと声が聞こえた。

 

(日菜ねぇも来ていたのか)

 

 周りを見渡すと、『こちらを見つめている』ピンク髪の女性と目が合った。

 着ている制服は花咲川――紗夜姉さんと同じ学校だ。

 

「こんなところで会うなんて珍しいね」

 

 彼女は『俺を見たまま』そう言った。

 

(誰だ?)

 

 俺と彼女に面識はない……はずだ。

俺の知り合いでピンク髪と言えばひまりだけれど、俺と日菜ねぇを間違えることはない。

そもそも日菜ねぇを呼ぶときは『日菜先輩』と呼ぶし、花咲川の制服を着る理由も分からない。

 

(ん? ピンク髪?)

 

 ピンク髪といえば、最近ひまり以外に見かけた気がする。あれはどこだったっけ……

 

「日菜ちゃん、無視しないでよ~」

 

 俺が返事をしないせいで目の前の彼女も不安な表情に――

 

(ピンク髪、日菜ねぇの知り合い、不安な表情……あ!)

 

「……丸山さん?」

 

 そうだ。この間のライブで見たパスパレのボーカル、丸山彩さんだ。

ステージでは髪を2つに結んでいたけど、今はおろしている。女性って髪型1つでここまで変わるもんなんだなぁ。

 

「うぇっ!? 紗夜ちゃん!? どうしたの!? そんなに髪をバッサリ切っちゃって」

 

「はい?」

 

 今度は紗夜姉さんと間違えられたようだ。

たしかに姉さんは相手を名字+さん付けで呼ぶし、腕を組む時はあるけれど、厳密には肘を押さえるように組んでるんだよね。

 

(そもそも、羽丘の男子の制服なんだけど……)

 

 

「そっかぁ。紗夜ちゃんと日菜ちゃんの弟くんなんだぁ」

 

「いつも姉がお世話になってます」

 

「こちらこそいつもお世話になってますっ」

 

 案の定、説明したら驚かれました。……男だということに。うん、もう慣れたよ(遠い目)

だいたい女性に間違えられるか、紗夜姉さんか日菜ねぇに間違えられるし。あれ? 一緒か。

 

 というか、姉さんとも知り合いだったんだね。

同じ学校位かなとは思ったけど、同じクラスだったこともあるみたいで……とりあえず姉さんが学校で孤立していないようなのでホッとした。

もっとも、燐子さんがいる時点でそれはないんだけど。

 

「丸山さんもこういうところに来るんですね」

 

 

 今時の高校生としてはファーストフード店にいることはおかしくない。

女子高生だって食べたくなるときはあるだろう。

ただ、女子高生。それも現役アイドルが一人で来るのは意外だった。……あくまで俺の偏見だけど。日菜ねぇ? 日菜ねぇは例外。

 

「今日はシフトの確認に来たんだよ。ここ、バイト先だから」

 

 へぇ~、バイト先なんですか~。

ん? バイト先?

 

「バイト先!?」

 

「わきゃっ!? びっくりした」

 

 丸山さんが驚いた声をあげているけど、それはおいておく。

驚き方がかわいいとかあざといとか思ったけど、この際おいておく。

 

「丸山さん、バイトしているんですか!?」

 

「え、う、うん」

 

「ここで?」

 

「うん……」

 

「アイドルなのに!?」

 

「夕輝くん、少し声が大きいよ……」

 

「あ、すみません……」

 

 恥ずかしがりながらも指摘する丸山さんに謝る。

 

 

「でも、事務所的には大丈夫なんですか?」

 

 

「それを話すには、少し長くなるけど時間あるかな?」

 

 

(Roseliaの練習までは……終わるよね?)

 

「大丈夫ですよ」

 

「じゃあ、ちょっと待っててね」

 

 そう言い残し、丸山さんはレジへ向かった。

 

少ししてカップを1つ持って戻ってきた。

 

「お待たせっ」

 

 丸山さんは俺の向かいの席に座った。

 

「それはいいんですけど、飲み物だけで大丈夫ですか?」

 

「悩んだんだけど、夜ご飯が食べられなくなるといけないから、これだけで」

 

 なんとも女子高生らしい理由だ。

 

「よかったらつまんで下さい」

 

 ポテトの入ったトレーを俺と彼女の間に置いた。

 

「え、悪いよ……」

 

「お気になさらず」

 

 わりと目の前でポテト食べているの見ると自分も食べたくなるんだよね。ソースは俺。

まぁ、ハンバーガーもコールスローもあるし、いいんだけどね。

 

「ありがと。じゃあ、ちょっとした私の昔話から……」

 

 

 丸山彩という少女はよく言えば普通の、悪く言えば何の取り柄もない女の子だった。

 

そんな彼女がアイドルを目指すきっかけも、人に勇気を与えられる存在になりたい」、「どんな人でも、努力すれば夢は叶うという事を伝えたい」というよくある話だった。

 

 彼女はアイドル養成所の門を叩き、アイドル研究生になった。

しかし、厳しい世界というのもよくある話で……

 

 彼女の歌も演技もダンスも人並みーーいや、劣っているといってもいいレベルだった。

加えて彼女自身あがり症だったこともあったため、もともと出来ないところはもちろんのこと、出来たはずのところも緊張してミスをする。それに焦ってしまい、ミスを重ねる……と負の悪循環だった。

 

 それでも彼女は腐ることなく学業とレッスン、養成所の月謝を稼ぐためのアルバイトをひたすら続けた。彼女より実力のある子達が諦めて辞めていっても、彼女は諦めることなく。

 

 そんなときに降ってわいた今回の話。

 

「嬉しかった。まだスタート地点に立ったばかりだけどようやく努力が認められた。そう思ったんだけどなぁ……」

 

 そう語る丸山さんの頬には涙が伝っていた。

彼女の努力が認められたのか、『アイドルバンド』という新地開拓のための礎、人柱にされたのか。それは分からない。

 

 それは『芸能界』ではよくあることでーーでも一人の少女には厳しすぎる現実でーー

 

「丸山さんはどうしたいですか?」

 

 ポケットティッシュを差し出しながら訊ねる。

 

「どうしたい……?」

 

「芸能界の厳しさを痛感した上でアイドルを諦める道」

 

「それはイヤ!」

 

 悩む間もなく即答だった。

 

「もう1つは、今まで以上に努力してプロダクションの上層部、マスコミ、パスパレを笑った奴らを見返してやるか」

 

 こちらは前者に比べて棘の道だ。言うのは簡単だけど、そう簡単ではない。第一印象が最悪である以上、何をやろうとしてもその印象というのが付いて回る。

それを払拭させるにはーー

 

「もちろんやるよ! でも、見返すためじゃないよ。『努力すれば夢は叶う』って伝えたいから」

 

 涙を拭い、彼女は毅然と答える。

彼女なら大丈夫だろう。

 

「応援してます」

 

 何度躓いても立ち上がり真っ直ぐ歩いていける。アイドルとしての道をーー

 

 

 

「こんな時間までごめんね」

 

「いえ、大丈夫ーー」

 

 言いながら時計の針を見ると、短針は8を通りすぎ、長針は6を指していた。つまり8時半ーー

 

 血の気がスッと引いた感覚があった。

 

「やばっ!」

 

「えっ!? どうしたの!?」

 

「約束、忘れてました! 失礼します!!」

 

 ゴミを片付け、店を飛び出した。

 

 

 ライブハウスに駆け込み、息を整える。

店員さんは驚いた顔をしていたが、顔馴染みなので気にしないようにジェスチャーをする。

 

(えっと、Roseliaは……)

 

 と、ロビーのはしで湊先輩とスーツを着た女性が話していた。

 

「では、いいお返事お待ちしております」

 

 ほどなくしてスーツの女性は去っていった。

 

「湊先輩……」

 

「もう今日の練習は終わったわ」

 

「すみません……」

 

 怒っている……よね。表情や声色はいつも通りだから分からないけど。

 

「次からは連絡してくれると助かるわ」

 

「はい……」

 

 当たり前のことなので反論は出来なかった。

スーツの女性のことを聞くなんてなお、出来なかった。

 

 のちほどこの事が波乱を呼ぶなんてそんなことは思いもしなかった。

 

 

 

 

 



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第17話

『最近、友希那さんの様子がおかしくない?』

 

 日課でもあるNFO攻略前のチャットであこが言い出した。

 

『湊先輩が?』

 

『練習の時はいつも通りなんだけど、休憩時間とか上の空になってたりするんです(・・;)』

 

 気がつかなかった。

たしかに休憩時間の時、みんなから離れて考え事をしていることはあったけど、演奏のこと、または曲のことを考えていると思っていた。

それ自体、たびたびあることで最近に始まったことではないと思っていた。

 

(それだけ湊先輩と向き合っていないということなのだろうか)

 

 思えば、お互いに第一印象は最悪だった。

一方は自分の理想に満たないものは切り捨てる暴君(イメージ)

かたやいきなりあおってくるクソ生意気な後輩(事実)

 あの時はあこの実力を確認しないで『お遊び』と切り捨てたからカッとなっちゃったんだよなぁ。

 

 そんなこともあり、Roseliaのメンバーと打ち解けた今でも湊先輩との距離は未だに距離がある。

 

『ちなみにリサ先輩はなんて?』

 

 湊先輩の理解者といえばリサ先輩。湊先輩とは幼なじみで、家も隣らしい。俺もリサ先輩のような幼なじみが欲しかった。

 

『リサ姉は友希那さんが自分で言うまで待ってあげてって……』

 

 やっぱり湊先輩は何かを抱えていて、リサ先輩はそれが何かを知っているんだ。

でも、()()()()()()()()()で本人が言うまでは何も言わないんだ。

 

(この間のスーツの女性のことも含めて直接湊先輩に聞くしかないか……)

 

『リサ先輩がそう言うなら、待ってるしかないね』

 

『そうですね(*´∀`*)』

 

『それしかないね』

 

『んじゃ、さっそく今日のクエストだけど、どうする』

 

『あこ、欲しい素材があるんだよね』

 

『じゃあ、そこにしようか(。・∀・。)』

 

『今日も腕が鳴るねぇ~』

 

『でも、夕輝さんのシーフはちょっと……(;・д・)』

 

『なんていうか、シーフってなんだっけ? ってなるよね』

 

『え? シーフって、目立つ服着て、ハンググライダーで空飛んだり、アルファロメオ乗ったり、マジックみたいなことしたり変装するもんじゃないの?』

 

『それは、何か違う気が……(;・д・)』

 

 ともあれ、めちゃくちゃNFOした。

 

 

 昼休み、蘭たちや日菜ねぇの誘いを断って湊先輩を探していた。

 

(俺が湊先輩だったら……どこに行くだろう)

 

 可能な限り湊先輩の行動を考える。

混み合っている購買や食堂は避けるだろう。

教室……も多分いない気がする。

リサ先輩と一緒にいる……なんてこともない。先ほど日菜ねぇとのお昼を断った時に確認済みだ。

 

(行くとしたら静かなところだろう)

 

 音楽室や図書室はこれ以上ないくらい静かだろう……飲食厳禁なことを除けばだけれど。ともすればーー

 

(あ、やっぱりいた)

 

 選ばれたのは中庭でした。

そこに設置されたベンチに腰掛け、サンドイッチを頬張っていた。

ごく普通の光景のはずなのに、彼女のミステリアスな雰囲気のせいかまるで絵画のようだった。

 

(正直近寄りづらい。けどーー)

 

 湊先輩とも打ち解けたいと決めた以上、行動するしかない。

 

「湊先~輩♪ こんにちは」

 

「夕輝? どうかした?」

 

 おっと、湊先輩から訝しげなーーまるで不審者を見るような目線を向けられる。警戒心を解くために明るめに声をかけたのに……

 

「お昼、一緒にいいですか?」

 

 右手に持った手提げを自分の顔の高さまで上げる。

如何わしいものはないですよ~、敵ではないですよ~というアピールだ。

 

「私と?」

 

「ええ。湊先輩と」

 

「…………」

 

 湊先輩の警戒度がそれはかとなく上がった。

ここで取り繕っても湊先輩の警戒度が延々と上がるだけなので、にっこり笑って湊先輩の様子を見ることにした。

 

「……」ジー

 

「……」ニッコリ

 

 不毛なにらめっこだ。にらめっこというよりは、だるまさんが転んだに近いかもしれない。

ともあれ、湊先輩のどこか猫の様な目で見つめられること数分ーー

 

「……」スッ

 

 湊先輩がベンチの右側に寄った。これは?

 

「座らないの?」

 

「あ、失礼します」

 

 空けてもらった左側に座り、包みを開く。

 

「湊先輩もいかがですか? お口汚しではありますが……」

 

「いいのかしら?」

 

 まるっきり断らないところを見ると、興味はあるらしい。

 

「構いませんよ。箸もピックもありますからどうぞ」

 

 そう言って箸を湊先輩に手渡し、ピックも取りやすいところに置く。

 

「ずいぶん準備がいいようね」

 

「まぁ、箸を落としたりしたら洗いに行かなきゃいけないですし……」

 

(ひまりとかモカとか巴が取っていくから仕方なくとは言えない)

 

 ごまかすように笑いながら卵焼きを1つ口に放り込む。

うん。今日のは甘めだ。

 

(湊先輩の口に合えばいいんだけど……)

 

 卵焼きの味付け1つでも好みが様々だ。甘い卵焼きが好きな人がいれば、塩気が強い方が好きな人もいる。

 湊先輩の場合は、コーヒー飲むときにそれなりに砂糖を入れていたので甘党だと信じたいところだけど……

 

「――」

 

 おそるおそる湊先輩の方を確認すると、口を押さえて黙っていた。

 

(うそ……ダメだった?)

 

「この卵焼き、ちょうどいい味付けね」

 

 うん。コメントは素っ気ないようだけど、表情が柔らかくなっていた。口以上に表情が物語っていた。

 

(湊先輩、普通に表情に出てるじゃないですか)

 

 クールビューティー、孤高の歌姫……そんなイメージが俺の料理を咀嚼するたびに音を立てて壊れていく。

もはや小動物にすら思えてきた。

 

(あこが見たらどう思うだろう)

 

 

「ごちそうさまでした」

 

「……どうでした?」

 

 箸を箸入れに収めたタイミングで湊先輩に訊ねる。

 

「とても美味しかったわ」

 

「お気に召していただけたなら嬉しいです」

 

「えぇ。お母さんにお礼を言ってもらえるかしら」

 

「あ~……」

 

 どうやら母さんが作ったと思っているらしい。

まぁ、普通はそう思うよね。

 

「どうかした?」

 

「これ作ったの……自分です」

 

「えっ!?」

 

 気持ちは分かるけど、驚きすぎでしょう。

驚きのあまり、かなり目を見開いている。

 

「卵焼きは……?」

 

「甘めが好きなので」

 

「他のおかずも?」

 

「前日のおかず入れたり、作り置きしているもの入れたりしますね」

 

 入学当初は母さんに弁当を作ってもらっていた。

でも、さすがに3人分を毎日。それに加えて朝ごはんも作らなきゃいけない。

 何とかしてあげたい、と思い本を購入して弁当を作ってみたら意外とハマってしまった、というのが真実だ。

 

 

「湊先輩?」

 

「……気にしないでちょうだい」

 

 ベンチに座ったままどこかうなだれている湊先輩。

体調が悪くなったんじゃなければいいけど。

 

「ところで、湊先輩は苦手な食べ物ってあります?」

 

「私はゴーヤがダメ。あの苦さが……」

 

「あ~……納得です」

 

 口にする機会はそうそう無いものの、あの苦さは一度食べたら忘れられない。

それがいいのに、と言う人もいるだろうけど、あれがなければ食べられるのに。

 

「そう言う夕輝は?」

 

「自分は豆類、ナッツ系が苦手ですね」

 

「豆?」

 

「なんていうか、食感がダメなんです加工されていれば大丈夫なんですけどね」

 

「そう……」

 

 姉さんはニンジン、あこはピーマン、燐子さんはセロリ、リサ先輩はグリーンスムージーが苦手なんだっけ。

こうして見ると、Roseliaって野菜が苦手なんだなぁ。

 

 

「ところで今日はどうしたのよ?」

 

「どうしたって、何がです?」

 

「そもそも一緒にお昼を食べる仲でも無いでしょう」

 

 さすがにおかしいと思いますよね~。

 

「湊先輩と少しでもお近づきに、と思いまして」

 

 言い方はちょっとアレだけれど、本心だ。

 

「Roseliaには――」

 

「馴れ合いは不要……ですよね」

 

 そういうこと、と湊先輩は頷く。

 

「でも、自分はRoseliaではありませんし……」

 

 あくまでオブザーバーですしね。

 

「それに、お互いに理解を深めることは馴れ合いとは違うと思いますよ?」

 

「そうね……」

 

 押し黙る湊先輩。やはり切り出すとしたら俺から、ということか。

 

「まぁ、同じバンドのメンバーにも言いにくいことってあると思いますし……()()()()()()()()バンドメンバーじゃないのがここに1人いますしね」

 

「……」

 

「実は、先日……スーツを着た女性と一緒にいるのを見たのですが――」

 

「夕輝」

 

 先ほどとは違い、湊先輩の冷たい声が響いた。

 

「そのことについては話せない。それに関係ないことよ」

 

 それは完全なる拒絶だった。

それだけ告げると、湊先輩は去って行ってしまった。

 

 



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第18話

 少しオリジナル色強めです。
お気に入り200突破しました。ありがとうございます。


 いつものスタジオでのいつもの練習……のはずなんだけどーー

 

「今日は集まり悪くないですか?」

 

「そうだね~。どうしたんだろう?」

 

 練習の時間になったにも関わらずスタジオにいるのは俺を除いてリサ先輩と姉さん……Roseliaの半数がいない。なによりーー

 

「湊先輩が来ていないって珍しいですよね」

 

 時間になっても湊先輩が来ていないことが問題だった。

だいたい練習の時は一番乗りで来ているし、日直なんかで遅くなる時はリサ先輩に連絡が来ている。

そもそも今日は休日で学校は無いんだけど……

 

「連絡来てないし、用事があるって聞いてないんだけどなぁ~」

 

 あこと燐子さんからも連絡ないし……何か厄介事に巻き込まれていなければいいけど……

 

「時間は限られてますし、やれることをやりましょう」

 

「了~解☆」

 

 チューニングをしていた姉さんの提案でリサ先輩もチューニングを始める。

 俺はどうしようか……とりあえず燐子さんに連絡入れておいたけど、手持ち無沙汰なんだよね。

とりあえず邪魔にならないように部屋のすみにーー

 

「紗夜、準備出来たよ~☆」

 

「じゃあ、ここのところ合わせてみましょう」

 

「オッケー☆」

 

 姉さんとリサ先輩が演奏を始める。

 

(あ、このフレーズ……)

 

 まだ『Roselia』として活動する前、あこが動画に撮って、燐子さんが加入するきっかけとなったフレーズ。

 

(何度か燐子さんが弾いているのを見たっけ。たしか……)

 

 目を閉じて、燐子さんが弾いていた姿を思い出す。

 

(ただ弾くだけじゃなくて、時に弱々しく、時に激しく、時に妖艶に……)

 

 スッと目を開けて鍵盤に指を滑らせた。

 

 

side リサ

 

 時間がもったいないからってことで、紗夜と合わせながら練習することにした。

 まずは何度も弾いているフレーズをウォーミングアップがてら二人で合わせる。

 もう弾き慣れた部分ではあるけど、精度をあげなきゃね☆

 

「~~~」

 

 と、ギターとベースの音に()()()()()()()()混ざり始めた。

 

驚きながらもキーボードに目を向けるとーー

 

(えっ!? 燐子!? いつの間に……)

 

 燐子がいつの間にかキーボードのところにいた。

ドアが開いたのに気がつかないくらい集中してたのかなぁ、アタシ。

 でも、燐子が声もかけずに急に演奏に混ざるなんて……。

 

と、紗夜が演奏を止めて、燐子に近づいていく。あ、これは本当に怒ってる。

 

(とにかく紗夜を止めて、燐子に遅れた理由聞かないと!)

 

 演奏を止めて、紗夜を宥めようと近づく。

 

「練習の邪魔をしないで、()()!!」

 

「へ?」

 

 紗夜の言葉に驚きながらもよく見ると、怒られていたのは燐子ではなく、夕輝だった。

 

(あれ? 燐子は?)

 

 先ほどまでキーボードを演奏していたはずの燐子がいなくなっていて、なぜか夕輝が怒られていて……頭の上に疑問符を浮かべるアタシを後目に、紗夜は夕輝に正座させて説教していた。

 

 

 

「遅く……なりました……」

 

 結局、湊先輩が来たのは予定時刻から遅れること15分、全員が揃ったのは30分たった頃だった。

 

「遅いわよ!」

 

「そういう友希那も15分も遅刻したけどね~☆」

 

 リサ先輩の指摘に『言うな』と言わんばかりに睨み付ける。

 

「ともかく、理由を話してもらえますか?」

 

 腕を組みながらも訊ねる。冷静になろうとしているけど、指で肘をトントン叩いてことから、かなりいらだっていることが伺える。

……まぁ、俺にも原因の一端はあるんだけれど。

 

「……」

 

 それでもあこも燐子さんも何も言わずに黙っている。

いや、言わないんじゃなくて、言いたくても言えないのか?

二人とも妙に湊先輩の方に視線を向けているような……

 

(湊先輩が遅れたことも関係しているのか?)

 

「とりあえず、何も言わなきゃ何も伝わらないし、始まりませんよ~」

 

「ゆう兄、足プルプルだけどどうかしたの?」

 

「触れないでください……」

 

 全員集まるまで正座での待機を命じられたから脚が痺れてるの……

 

「まぁ、こんなに張り詰めた空気の中じゃ言いにくいでしょうし何か飲み物でも……」

 

 プルプルする足にむち打ち、ロビーまで飲み物を取りに行こうとするとーー

 

「実はーー」

 

 と、あこが口を開く。

 

「あこちゃん」

 

 すかさず燐子さんが止めようとする。

 

「ごめんりんりん。……りんりんとスタジオに来る途中で、友希那さんを見かけて……気になって後を着けたんだけど……」

 

「湊さんにもプライベートはあるでしょう?」

 

 すぐさま姉さんが指摘する。

 

「そうですけど……」

 

「そこで友希那さんがスーツを着ていた女の人と話してて……」

 

 あこの代わりに、燐子さんが語る。

 

(スーツの女性って、もしかしてこの間来てた……?)

 

「そこで……『Roselia』としてF.W.Fに出場するか、契約して本選から出場するかって……」

 

「「「!!??」」」

 

 これには俺も姉さんも、リサ先輩ですら驚いた。

 

(まさかのプロダクションのスカウトか……)

 

 少なくともパスパレとは違うプロダクションなんだろうな。

そうでなければ節操が無さすぎる。

 

「湊さん、お二人の言っていることに相違はありませんか?」

 

 全員の視線が湊先輩に注がれる。

 

「間違い……ないわ」

 

 湊先輩が絞り出す様な声で言った。

 

「私たちとではなく、お一人でコンテストに出るということですか?」

 

 おっと、雲行きが怪しくなってきた。

 

「それ……は……」

 

「否定出来ないということは、そういうことですよね?」

 

 歯切れの悪い湊先輩にしびれを切らし、姉さんがいい放ち、出ていこうとする。

 

「退きなさい」

 

 そのタイミングで(足の)しびれが切れた俺が出入口の前に立ちはだかる。

 

「退きません」

 

 ドアを塞いでいるものの、姉さんとの身長差、体格差はほとんど無いに等しい。姉さんが力ずくで通ろうと思えば俺を押し退けて通るのも簡単なことだ。

もっとも、姉さんがろくに対話もせずに力ずくで通るとは思えない。

 その証拠に手を出すことなく、ただこちらを睨んでいた。

怯みそうになったけど、ここで退いてしまえばいつかの二の舞になるだろう。

なので、意地でも退くわけにはいかない。その意思を示すために、グッと姉さんを見据える。

 

「ちょっ、紗夜。落ち着いて。夕輝も……」

 

 この間のような大事になりそうな空気を察知して、リサ先輩が止めに入る。

もっとも、俺自身はそんなつもりは無いんだけど……

 

「まだ湊先輩の考えを聞いていないよ。湊先輩がどう考えているのか……それを聞いてから出ていっても遅くはないんじゃないかな?」

 

 リサ先輩のおかげで少し落ち着きを取り戻した姉さんに諭すように優しく告げる。

 

 姉さんはため息を1つつくと、ツカツカと元いたところへ戻った。

 とりあえず説得には成功したことに安堵した。

 

「リサ先輩、助かりました」

 

「いや~、また夕輝と紗夜が揉めるんじゃないかってヒヤヒヤしたよ~」

 

 小声でお礼を言うと、リサ先輩も俺にだけ聞こえるくらいの声で苦言を呈した。

 

「すみません……」

 

「夕輝のおかげで助かってることは事実だけど、あんまり自分を犠牲にしないでね☆」

 

「……善処します」

 

「その答え方は善処しない政治家の答え方なんだけどなぁ~」

 

 そう呟きなから湊先輩の元へ行くリサ先輩。

 

「湊先輩、この間言ったことですけど……馴れ合いは不要でも、お互いのことを理解するのってやっぱり大事だと思うんです。今がいい機会だと思いますよ。と、言うわけで、湊先輩の考えを聞くまでは誰も出られませんので」

 

「……夕輝、あなたずるいわよ」

 

 にっこりと笑いながら物理的にも精神的にも『逃げ場はありませんよ』と告げると、湊先輩はこちらを睨んできた。

 

 こうでもしないと湊先輩、話してくれそうにないんですもん。

それにこのままだと、肝心のF.W.F出場より先にRoseliが解散してしまいそうだし……

 

 湊先輩の苦情も笑顔で受け流す。

湊先輩はしばらく睨んでいたが、効果がないと観念したのため息をついて語り始めた。

 

 

 彼女の父親はインディーズではかなり名の知れたバンドマンだった。数々の曲を歌い、男女問わず支持され、ついにはメジャーデビューを果たした。

 しかし、プロになってからは、事務所の意向で『万人受け』するような曲を強要され、支持していたファンが離れていき、ついには解散。彼自身も音楽から離れていってしまった。

 

 そんな彼の悲願が――F.W.F

 

父親の音楽が大好きだった少女は、ただそれだけを目標に音楽を続けた――大好きが義務に、全てに変わってしまった。

 

「もともとは、コンテストに出るためだった……コンテストに出られるなら誰でもよかった……」

 

「でも今は……この5人で音楽がしたい! この5人じゃなきゃダメなの!」

 

「私はRoseliaを続けたいっ!」

 

 湊先輩の独白をみんな黙って聞いていた。

 

「あなたが私に言ったのよ。……私情は持ち込まないって」

 

 そんな中、最初に口を開いたのは姉さんだった。

 

「でも……あなたの気持ちもわかるわ。音楽を続ける理由はともかく、始める理由なんて、みんな私的なものなんじゃないかしら」

 

 その姉さんの言葉を受け、他のみんなも口々に賛同する。

 あこは巴みたいになりたくて。燐子さんは自分を変えたくて。リサ先輩は湊先輩と一緒にいたくて……それぞれが抱えるそれぞれの思い。

 人によっては、そんなもの……というかもしれない。それでも当人にとっては無視できない、ないがしろにできないものなんだ。

 

「それに私もこの5人で音楽をしたい」

 

 姉さんの心からの言葉に湊先輩は言葉を失った。

 

「ん? これって……Roselia再結成フラグ!?」

 

「「「解散してない(から)」」」

 

 あこの的外れな一言に思わず湊先輩と姉さんと突っ込んでしまった。

 

 でもそれでスタジオの張り詰めていた空気が弛緩した。

 

 こうして、RoseliaとしてF.W.Fを目指すことになった。

 

 

 

「夕輝~、ちょっといい?」

 

 練習が終わりスタジオから出ると、リサ先輩に声をかけられた。

 

「はい? どうかしました?」

 

「練習のことで聞きたいことがあるんだけどさ~……」

 

 練習のこと? と言ってもベースのことなんてからっきしだし……

 

「えっと、演奏技術のことでしたら、俺より湊先輩か姉さんに――」

 

「そうじゃなくってさ……今日、紗夜と3人でいたときにさ、キーボード弾いてたでしょ? 夕輝、キーボードできたんだ~って思ってさ」

 

 あぁ、あのことかぁ。

「いえ()()()()()()

 

 途端にリサ先輩は目を見開いた。

 

 

リサside

「いえ、弾けませんよ」

 

「え?」

 

 夕輝の答えに思わず声が漏れた。

 

(私の目に映っていたのは『燐子』だった)

 

 でも、あの時紗夜は『夕輝』と呼んだ。それに燐子はまだスタジオにいなかった。

つまり、キーボードを弾いてたのは夕輝……のはずなんだけど……

 

「弾けないけど、()()()()()()()をしたんです。燐子さんはあんな感じに弾いてたなぁって」

 

「え!?」

 

 燐子のマネ!? いや、あれがマネ?

 

「リサ先輩? 大丈夫ですか?」

 

 夕輝が心配そうに見てくる。

 

「あ~……いろいろあったから疲れちゃったみたい」

 

「今日は早めに休まれた方がいいですよ?」

 

「うん。そうする☆ じゃっ、また学校でね」

 

「はい、お疲れさまでした」

 

 夕輝と分かれて帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 




 夕輝君の隠された才能がでました。
割と前の方でそれっぽいことは書いていましたが……


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第19話

 いよいよRoselia1章完結


リサside

コンクール当日

 

「いよいよここまできたんだね~☆」

 

『Roselia』としては短い時間かも知れないけど、友希那からしたら待ちに待った、といえる長さ。

 

 もっとも今回のは予選で、これに受かればようやく本選。

 

(でも、友希那が目指すのはさらにその先なんだよね……だから、こんなところで止まってられない。られないんだけど……)

 

「リサ? どうかした?」

 

 友希那がジッとアタシを見ていた。

 

「な、なんでもないよ」

 

 いつもは我関せずって感じなのに、こういう時は鋭いんだよね。

 

「あ~。リサ姉、緊張してるんでしょ~?」

 

「き、緊張なんてしてないよ。うん、全然平気」

 

 あこに指摘されて、ついムキになって否定してしまう。

それでも、自分でも分かるくらいに声は震えているし、足もガクガクしている。

 最初のステージの時も緊張してたけど、今回はその比じゃない。

 

(こんな時、友希那達のメンタルがうらやましい……)

 

 友希那と紗夜はステージ慣れしてるし、『他人のことなんて関係ない』ってスタンスだし。

 あこはあこで緊張と無関係って感じだし。

 

(あれ? 燐子はーー)

 

 最初のステージの時ですら顔が真っ青だった燐子。

心配になって目を向ける。

 

「りんりん、大丈夫?」

 

「う、うん……」

 

 気にかかるあこに、顔を強張らせながらも答える燐子。

それでも、前回ほど緊張していない様に見える。

 

(あれ?)

 

 よく見ると、時々右手を強く握って、それを左手で包み込んで胸に当てている。

そうすると、燐子の表情が和らいだ様に見えた。

 

(右手が痛い……わけじゃないよね? 何か祈ってるような……)

 

 燐子、右手、祈り……頭の中でキーワードを思い浮かべる。何かあったっけ?

 

(あっ!)

 

 

 思いあたる出来事がひとつだけあった。

ここにはいない、Roseliaの6人目ともいえるメンバー。

その彼が力をくれた時のこと。

 

(そう言えば、アタシが言ったんだっけ……)

 

『夕輝……』

 

『なんですか?』

 

『勇気ちょうだい』

 

『……だじゃれですか?』

 

 うん。今思い出しただけでも恥ずかしいこといってるな~、アタシ。

 それでも、夕輝は嫌な顔ひとつしないで勇気をくれた。

 

背中を押してくれた。

 

時に厳しく、時に優しくRoseliaを支えてくれた。

 

(夕輝にいつまでも甘えていられないけど、今日ぐらいはいいよね。力貸して、夕輝)

 

 アタシも燐子に倣って右手を胸に当てて祈る。

 

「おはようございま~す」

 

「え!?」

 

 来ないと思っていたのにいきなりの登場に驚いた。

あれ? 夕輝……眠そう?

 

「夕輝……どうかしたのかしら?」

 

「いえ。コンテスト前の激励……といいますか、これを渡したくて」

 

 そう言いつつ取り出したのはーーミサンガ?

 

「これは?」

 

「まぁ、お守り……ですかね。Roseliaの成功を祈って」

 

 照れくさそうに語る夕輝。

 

「もしかして、夜遅くまで起きてたのって……」

 

「うん。作り方教えてもらったのいいんだけど、初めて作ったもんだから時間かかっちゃって……完成と同時に寝落ちしちゃった」

 

 これ、徹夜してまで作ってくれたんだ……。

 

「これ、ゆー兄の手作り!?」

 

「うん! あ、でも返品はしないでくれるとありがたいな」

 

 紫、青緑、赤、赤紫、灰色の五色。初めてなのに、こんな難しいの……

 

「上手に出来てますね……」

 

「本当ですか? 燐子さんに言われると嬉しいです」

 

 それに、ひとりひとりに声をかけてるからか、みんな適度に緊張が解されているような……

 

「はい、リサ先輩!」

 

「あ、ありがと……」

 

 ミサンガを受けとる手が微かに震えちゃった。

 

「あれ? リサ先輩。もしかして、緊張してます~」

 

 それに気づいたのか、夕輝はニヤニヤしながら指摘する。

 

「き、緊張なんてしてないし!」

 

 あ、またやっちゃった……

 

「本当ですか~?」

 

「……嘘、かなり緊張してる」

 

 その言葉に夕輝はクスリと笑う。

そして、右手を出してーー

 

「勇気、お貸ししましょうか?」

 

 あぁ、やっぱりーー

 

「やっぱりずるいね、夕輝は……」

 

 言いながらも強く夕輝の右手を握る。

 

「風評被害もいいところですね」

 

 笑いながらも夕輝もギュッと手を握り返してくれる。

 

「勇気、いきました?」

 

「もうちょっと」

 

 離すのが惜しくて、少し長めに勇気をもらう。

 

「あ! ゆー兄とリサ姉、何してるの?」

 

「「!?」」

 

 ビックリして手を離しちゃった。

 

「リサ先輩に気合いを注入してたんだ。あこもやるか?」

 

「ううん。あこは、頭撫でてほしい」

 

「「「えっ!?」」」

 

 あこの提案に驚いた。

 

「ゆー兄に頭撫でられると、闇の力が、こう……ドドーンと溢れてくるんだよね!」

 

「俺、闇の眷属じゃないはずなんだけどなぁ~。まぁいいや」

 

 そう言いながら躊躇することなくあこの頭を撫で始める夕輝。

その姿はまるで兄妹のようだ。

 

「ふっふっふ、これで妾の闇の力が漲ってきたぞ」

 

「そっか。最高のパフォーマンスが出来そうか?」

 

「うん!」

 

 満足そうなあこ。

 

「夕輝、私にもお願いできるかしら?」

 

 ここで友希那が無自覚に爆弾を放り投げた。

 

「へ!?」

 

「ちょっ、友希那!?」

 

 言った本人は『私、変なこと言ったかしら?』と首をかしげている。

 

「最高のパフォーマンスが出来るなら私もお願いしたいのだけれど……」

 

 そうだよね。深い意味はないよね。

 

「えっと……じゃあ、手を出してもらっても……」

 

「いえ、喉に近い頭の方がいいのだけれど」

 

(友希那~!?)

 

 謎理論を展開しながら頭を差し出す友希那。

さすがに夕輝も反論するよね……

 

「あ、そうですね。じゃあ失礼します」

 

(夕輝~!?)

 

 友希那の謎理論に納得したのか、はたまた徹夜したから頭が回っていないのか友希那の頭を撫で始める。

 

(何これ?)

 

 果たして、この光景を見て『最高のパフォーマンスをするために頭を撫でてもらってます』と言われて理解できる人はいるかな? 

少なくとも、アタシは分からないし、他の二人もーー

 

「わ、私も……いきます」

 

「えっ!? 燐子!?」

 

「輪を乱すわけにはいかないわ」

 

「紗夜まで!?」

 

 結局、Roselia全員が夕輝に頭を撫でてもらった。

 

※ side out

 

 

 会場入りしたRoseliaを見送って、ため息を1つついて近くのベンチに座った。

 

(間に合ってよかった~)

 

 安堵とともに脱力する。

 

 目が覚めたら朝で、完成したミサンガをポーチに突っ込んで急いで駆けつけた。

 リサ先輩と燐子さんの表情が強張っていたけど、会場入りする頃には解れたみたいで安心した。

 

(リサ先輩は妙に気にしすぎるからねぇ~)

 

 大方、『湊先輩のために!』とか、『アタシが足を引っ張らないように』とか考えて気を張ってたんだろうなぁ。頭撫でたときには顔を真っ赤にしてたけど……

 

 ところで――

 

(なんでみんなの頭撫でたの!? 俺!)

 

 あこの頭を撫でたところまではいい。あこは年下だし、頭を撫でられると言うのが、あこにとっては願掛けとか、不安を取り除いてもらうための行動とかあるだろうし……

 

(他の4人はどうなのさ!?)

 

 自分より年上の、先輩や姉の頭を人前で撫でるってどんな羞恥プレイだよ。

 あの時は湊先輩の勢いに圧されて受け入れたけれど、そもそも俺が頭撫でたところでパフォーマンスの向上はしないから! そもそも喉に近いから頭ってどんな理論だよ!?

 しかも燐子さんも来るし、いつもはストッパー役の姉さんやリサ先輩も要求してくるし……。

 

(なにより皆さん、いい匂いなんですけど!)

 

 シャンプーの匂いなのか、個人の匂いなのか、その両方が化学反応を起こした結果なのか知らないけど、働かない頭で頑張った! 俺の理性!!

 

 

 ともあれ……Roseliaの勇姿を見たい気持ちがあるけれど、寝不足の状態で人の多いところに行くには不安がある。

 

(5人の成功を祈って、帰ろう)

 

 終わってからは反省会も兼ねた打ち上げかな、と思いながら会場を後にした。

 

 

side 紗夜

 

「出場者のみなさん。出番の5分前にはステージ袖で待機をお願いします!」

 

 楽屋内でコンテストのスタッフから注意事項や説明を受ける。

 

「やばっ! メンテ用のスプレー……」

 

 今井さんがメンテナンス用のスプレーを忘れてしまったらしい。

 

「忘れ物には注意してって、連絡したじゃない。はい」

 

 私のスプレーを取り出し、手渡す。

いつもは周りの人に気を配っている今井さんだけれど、自分のことが疎かになってしまったようだ。

 

「あ……りがとう……」

 

 虚を突かれた、というか狐につままれたような顔をしていた。

 失礼じゃない、と思ったけれども今までの自分を考えると、驚かれても無理はないのかしら……。

 

「よーしっ! 練習の成果、見せてやろうねっ」

 

「あこ。他の応募者もいるんだから、騒がないで」

 

 宇田川さんが大声を上げたのを湊さんが注意する。

楽屋は個別じゃなく、湊さんが言ったとおり共同なので気をつけなければいけない。

 

「それよりテレビ見てよ!」

 

 他の応募者の声に、ついテレビに目を向けると――

 

(pastel*palettes――)

 

「――ギターとドラムの子は上手そうだけどさー」

 

「さ、紗夜……?」

 

 不安そうにこっちを見ている今井さん。

 

「今井さん。スプレー終わった? 私も使うから」

 

「えっ、あっ、うん……。はい」

 

 前までの私だったら、気が気じゃなかったかもしれない。でも今は――

 

『姉さん。言いたい人には言わせておけばいいんだよ。で、その人たちを――』

 

(『演奏で黙らせて』やればいいのよね)

 

※ side out

 

side 友希那

 

「5分前よ」

 

 紗夜が告げる。

 

「問題ないわ。いつでも行ける」

 

 もっとも、なるようにしかならない。ここまできたら出来ることは何もない。今日までの練習の成果をぶつけるしかない。

まぁ、コンテストの前に夕輝と話せたおかげでリサも燐子も適度に緊張が解れている。

 過度の緊張は演奏の妨げにしかならないけれど、適度の緊張はパフォーマンスをする上で必要なものだ。

 

(夕輝には感謝しないといけないわね)

 

 最初の出会いは最悪だった。それでも短期間でメンバーを集めてコンテストまで来られたのは間違いなく夕輝のおかげだろう。

 

「Roseliaさん、お願いします」

 

『はい!』

 

「行くわよ」

 

 ()()()()()()とともに私たち()()でコンテストに挑む。

 

 

※ side out

 

 

 コンテスト後、ファミレスにて

 

「え~っと、コンテストお疲れさまでした」

 

 結果としては落選らしいが、審査員からしたら好評だったらしい。

 まぁ、『頂点を目指す』Roseliaからすれば中途半端な入選よりずっと価値があるものだ。

 来年までには実力と経験を積み、優勝したうえで本選へ――いや、更なる高みへ行くだろう。

 

「今回は残念ではありましたが、各々収穫もあったことだと思います」

 

 音楽的な部分だけじゃなく、多少ではあるけどお互いのことを理解できたんじゃないかな?

 

「今回のことを糧に、これからも頑張っていきましょう! 乾杯!」

 

「「「乾杯~!」」」

 

 




 次回予告的な何か

「なんでこんなことになっちゃったんですかね~」

――すれ違う心――

「pastel*palettes、よろしくお願いしまーっす♪」

――再スタート――

「所詮、子どもの遊びだろう!」

――越えなきゃいけない壁――

「あなたに私の何が分かるの!?」

――心の叫び――

「最初はごっこ遊びだったかもしれない。でもそれが彼女たちが『いつも通り』でいるために選んだことなんだ!」

――After glow編――

「あなたにとっては選択肢の1つかもしれない。でも、その道を唯一の道と決めてひたすらに努力してきた彼女の気持ちが分かるか!?」

――pastel*palettes編――

 始動(予定)


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第20話

 大分空いてしまい、申し訳ありません。
気づけば7月。まだ30℃超えが数回しかないものの、着実に暑くなってますね。熱中症にはご注意を。

 気温とは反比例して懐は氷河期です。


 物事には『不変』というものはないのかもしれない。

凪いでいる水面に小さな小石を投げ入れるだけで揺れるように、線路上に石1つあるだけで脱線するように。ちょっとした要因で保たれていたものがあっさりと崩れてしまう。

 

『いつも通り』なんていうのは難しいのかもしれない。

 

 

 

「ガルフェス?」

 

 ライブハウスのカフェで1人時間をもて余していた俺は、練習終わりのAfter glowに遭遇。そのままカフェで雑談していた。

 

 

「うん! スタッフさんに『出てみない?』って勧められてね」

 

 ひまりが嬉しそうに語る。

 

 前のRoseliaのライブに誘ってから、After glowも何か目標を掲げてーーと思った矢先に勧められたらしい。

 

 

「ガルフェスかぁ……ちなみにF.W.Fとどっちがすごいの?」

 

 あいにくと規模が分からないので、最近知ったフェスの名前を出す。

 

「そりゃあ……F.W.Fだよなぁ~」

 

「あっちはプロ候補みたいな人たちが出るからね」

 

 巴とつぐが『比べるまでもない』と言った感じで答える。

 

「でも、ゆくゆくはAfter glowも出られるんじゃないかな?」

 

「まぁ、夢はぶど~かんだからね~」

 

 モカが胸を張り、『ふふんっ』と不適に笑う。

 

「マジで!?」

 

(そこまで考えていたのか……)

 

「あくまで目標なんだけどね……」

 

 

「まぁ、バンドマンの夢だろうしね。目標は高くってね」

 

「よ~しっ! 頑張るぞ~! えいえいおーっ!」

 

 掛け声とともに拳を高く突き上げるひまり。

 

「お、お~」

 

 ひまりに倣って拳を挙げる。

 

「「「あ……」」」

 

 『やっちゃった』と言わんばかりの顔をしている3人と、対照的に目をキラキラさせて喜びがにじみ出ている。

 

「えっ……俺、何かしちゃった!?」

 

 知らず知らずのうちに何かやらかしてしまったのだろうか……

 

「いや~、ひーちゃんの号令はスルーするのが常だから~」

 

「まさか夕輝がのっちゃうとはな~」

 

「えっ!? そうなの!?」

 

 まさかの事実をつぐに訊ねる。モカと巴はひまりを弄ることが多々あるから……

 

「あはは~……」

 

 苦笑いを浮かべるつぐ。否定しないことから、本当のことらしい。

 

「よし、次から俺もスルーしよう」

 

「しないで!? お願いだからのって!!」

 

 必死に頼みこんでくるひまり。あまりに必死すぎてかわいそうになってくる。

 

 

「ところで、蘭はどうしたの?」

 

 必死すぎるひまりを時に宥め、時にかわしながら、さっきから姿が見えない蘭の居場所を訊ねる。

 

「お~? 蘭のことが気になります~?」

 

 ニヤニヤしながらモカが弄ってくる。

モカが言っていることに間違いはない。ただ、ニュアンス的には気になる。かといって、ムキになって否定しても弄られるだろう。

 

「あ~、うん。そうだね~」

 

 抑揚のない俗にいう棒読みで答える。

 

「む~。ゆーくん、ノリが悪い」

 

 モカが口を尖らせ、ぶーぶーと不満を漏らす。

そう簡単には弄られないぞ……日菜ねぇで慣れてるからね。

 

「蘭なら……ほら、あそこ」

 

 巴が指差した先では蘭が電話で話していた。

白熱しているのか、少々身振り手振りが見てとれる。

 

「最近、練習の合間とかも電話が来るんだよね」

 

 しかも、通話が終わったあとの蘭はどこか疲れて見えた。

 

「相手は分かってるの?」

 

「年上の男の人だよ~」

 

「なぬ!?」

 

(蘭に男だと!? それも年上!?)

 

確かに蘭は見た目派手だけど、根は真面目だから変なことになったりしないと思うけど……。でも、さっきの様子を見るに、うまくいってないのかな? 

 そもそも、付き合っているのかな? もしかしたらストーカーなんじゃないのか?

 

 そんな考えが頭をよぎっていた。

 

「まぁ、蘭のお父さんなんだけどね~」

 

 あっけらかんとモカがネタばらし。

 

「……」

 

「あれ? ゆーくん?」

 

「……」

 

「何で無言で近づいてくるのかな~」

 

 モカが俺を見て、後ずさっている。どうしたんだろうね~(棒読み)

 

「ひーちゃん、ともちん、つぐ、助けて」

 

 モカにしては珍しく慌てた様子で助けを求めている。

 

「まぁ、仕方ないよな」

 

「自業自得だしね」

 

「モカちゃん、しっかり」

 

「えっ……」

 

 3人にも見捨てられ、モカの顔が絶望に染まる。

そんなモカの肩に手を置く。

 

「モカ。少し頭冷やそうか?」

 

 

 

 side 蘭

 

 練習終わりに父さんから電話が来た。

うちが華道の家元ということで、遊び歩いてないで華道に専念しろ、ということだった。

 

 父さんからしたらアタシたちのバンドは『くだらないもの』に見えているのだろう。

 家でも毎日のように言われるし、今日みたいに電話がかかってくることも少なくない。

 

 きちんと説明しなきゃと思いながらも、実際に話すとお互いの言いたいことをただぶつけ合うだけ。そこにお互いの考えも、妥協点もありもしない。

 

 頭の中を占めるイライラをため息を1つついて吐き出す。

 

 

「おまたせ……ってどうしたの?」

 

 みんながいるとこに戻ると、何故か夕輝もいた。

不思議に思ったけど、まぁそれはいい。

問題は目の前で繰り広げられている光景だ。

 

「ひゅーふん、ほへんははひ。ほろほろひゅるひへ~」

 

「い~や、まだだね。俺の怒りはこんなものじゃ治まらない!」

 

 パッと見女の子に見える変態(夕輝)が『これでもか!!』と言わんばかりに揉みしだいていたーーモカのほっぺを。

いや、揉みしだくというより両手で挟んで円を描くようにして弄んでいた。

 

「なにしてんの?」

 

 理解できないのが半分、呆れ半分で聞く。ーーいや、半分どころか全然理解できないけど。

 

「この口か、人をおちょくるのはこの口か!」

 

「ほへんははひ~」

 

 

「柔らかくて、しっとりしてて、揉み心地いいんじゃ!」

 

 そんなアタシをお構いなしにひたすらモカのほっぺを弄り続ける夕輝。

 

「そろそろ止めるか」

 

「さすがにね」

 

「はい、夕輝くんすとーっぷ」

 

「いや、本当になんなの……」

 

 

 アタシの疑問をよそに他の3人は夕輝の奇行を止めるべく割って入るのだった。

 

side out

 

 

 

 

「ふぅ~、堪能した」

 

 モカを反省させるためのお仕置きだったはずだけど、モカのほっぺの感触についつい力が入ってしまった。

巴が止めてくれなきゃ、危うく怪しい世界の扉を開いてしまうところだった。巴には感謝しなきゃ。

 

ただーー

 

「ーー」ズーン

 

(先ほどから蘭がゴミを見るような目でこっちを見てるんですが)

 

「ゆーくんに汚された……もうお嫁にいけない~。よよよ~」

 

 あからさまな泣き落としの演技をするモカ。

 

「誤解される言い回しは止めてもらえますかねぇ!?」

 

 それにモカなら嫁ぎ先に困らないと思うけど。

 

 蘭の俺を見る目つきが犯罪者を見るそれに変わった。

 

「えっと……ら、蘭?」

 

「なんですか? 変態の氷川さん」

 

 瞬間、膝から崩れ落ちた。

 

「さ、行くよみんな」

 

 そう言うと、こちらに背を向けてスタスタと行ってしまった。

 

「あ……蘭! 夕輝くん。今度の日曜にライブあるんだけど、よかったら来てね」

 

「夕輝くん、ごめんね?」

 

「あまり気にするなよ?」

 

 みんなのフォローがありがたいけど、辛い。

その場に残ったのは、加害者である俺とーー

 

「えっとぉ……そのぉ……ドンマイです」

 

 被害者のモカ。

 

「あ、うん。大丈夫。気にしてないから」

 

 自業自得だし、仕方ない。だけど、立ち上がるのに時間がかかるだけだ。

 

「蘭の誤解はモカちゃんが解いておくから~」

 

「そうしてもらえると、非常に助かるかな」

 

「じゃあまた、学校で~」

 

 声をかけてモカが蘭たちを追う。

 

「あ、モカ!」

 

 顔を上げて呼び止める。

 

「なぁに~?」

 

「もし、貰い手がいなかったら、その時は責任とるから」

 

「……ゆーくんのたらし~」

 

 そう言ってモカは走って蘭たちを追いかけた。

 

(ほっぺが赤かったのは、俺が揉んだからだよね?)

 

「ゆ~き☆」

 

 声をかけられ振り向くと、リサ先輩がいた。

 

「あ、リサ先輩。どうも」

 

(見られてなければ大丈夫)

 

 後ろにリサ先輩がいたのは驚いたけれど、リサ先輩はいつも通りニコニコ笑っているし大丈夫だろう。

 

 

「リサ先輩……ちなみにいつからここに?」

 

「ん~、少し前かな」

 

(少し前……なら大丈夫。見られてない)

 

「うん。『夕輝がモカのほっぺを弄りたおしていた』あたりかなぁ」

 

「あ……」

 

 この瞬間、俺はとある言葉を思い出した。

 

『笑顔とは威嚇行動である』

 

 厳密には歯茎を見せて笑うことが威嚇行動に似ているとのことらしいが、そんなことを知っていても、今の状況を覆す一手にはなりもしない。

 

「何を話していたかは、距離があったから聞こえなかったけどね~☆」

 

「……」

 

「ただ、女の子の柔肌をあんなにいじくり回すのは、お姉さんどうかと思うな~☆」

 

「……」

 

「夕輝、聞いてる~?」

 

「はい……」

 

「とりあえず、外じゃなんだし続きはスタジオで聞こうか~」

 

 リサ先輩の提案に異を唱えることなど出来るはずもなく、俺はリサ先輩に連れられてスタジオへ向かった。

 

(誰かが来てくれれば尋問も終わるはず)

 

 そんな淡い期待を込めたものの、実際には姉さんが来てしまい、姉さんを含め二人に見事なまでの飴と鞭を食らうのだった。




 


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第21話

 気づけばバーに色が( ; ゚Д゚)
ありがとうございます!!


 After glowのライブ当日。

あこと待ち合わせをしているのだが、その前に俺はとある場所を目指していた。

 

「聞いた話だとこの辺だったような……っと、あったあった」

 

 

 事前にもらっておいたメモに描かれた地図を見ながら歩いていると、目的地に到着。

 

『山吹ベーカリー』

 

 モカ行きつけのパン屋らしく、店名が書いてある紙袋いっぱいのパンを毎日のように持ってきている。

 

 おかげで店名は覚えたものの、肝心の場所が分からない。

ということでリサ先輩に場所を聞いたところ、わざわざ地図まで書いてくれた。ありがたいことこの上ない。

 

「って、つぐの家の近くなんだ」

 

 すぐ近くに『羽沢珈琲店』があった。たしかつぐの家は喫茶店って言ってたし、ここがつぐの家なんだろう。今度時間があるときにでも来てみよう。

 

 山吹ベーカリーに向き直りドアノブを手前に引いた。

まず、ドアベルの音が出迎えてくれて、その後で焼きたてのパンの香ばしい匂いが鼻を刺激する。

 そして、目の前には色とりどりのパンがーー

 

(これだけでお腹が減りそうだ)

 

 

「いらっしゃいませー!」

 

 と、快活そうな声とともに出迎えてくれたのは、茶髪を黄色いリボンでまとめてポニーテールにしている女の子だった。

 

「あ、どうも~」

 

 無言でパンを選ぶのもどうかなと思ったのでペコリと頭を下げてトレーとトングを手にする。

 

(バイトの子かな? パン屋の奥さん……にしては若すぎるよな)

 

 見た目は高校生。おそらく俺と同じくらいなんだろうけど、女子高生には内容な安心感? 包容力がある気がするんだよなぁ。

 例えるならリサ先輩のような雰囲気……とでもいうのかな?

 

と、トングをカチカチならしながら思案しているとーー

 

「どうかされました?」

 

「へ?」

 

 気づくと女の子がすぐ近くまで来ていた。

 

「何か難しい顔をされてたみたいなので……」

 

 と、彼女は言ってくれた。

 

(まぁ、トングをカチカチならしながら難しい顔してるヤツがいたら変だもんね)

 

「いえ、どれも美味しそうなパンなので悩んでしまいました」

 

 自分の行いを反省しながらもそう告げる。

もっとも、この発言自体は本心なんだけどね。だって想像してほしい。目の前には焼きたてのパンがところ狭しと並んでいる。

あんパンやクリームパン、チョココロネといった菓子パンや、カレーパン、ホットドッグ、焼きそばパンといった惣菜パン、食パンやフランスパン、ラスクなんかも存在感を放つ。

しかも、まだ開店直後なのだろう。陳列されていないパンもあるようだ。

  それが意味することは、今なお焼かれたパンが厨房で陳列の時を待っている状況だ。

 

 さらに、パンの説明が描かれたポップもあり、購買意欲を掻き立てる。

 

(これはモカがたくさん買ってくるのも分かる)

 

 この中から選ぶなんて勿体ない。全種類を買っていきたい。

財布さえ許せばだけど……

 

 悲しいかな。バイトもしていない一般高校生には難しい。

それに今回はモカへの差し入れだ。それもライブ前だからいつものように紙袋にいっぱい、というわけにもいかない。

 

「お姉さんのおすすめってどれですか?」

 

 決められなければ、決めてもらえばいい。

初来店の俺より、店員のお姉さんの方が当然ながらこのお店のパンのことを分かっている。

 

「そうですね~」

 

 全部おすすめなんですけど、と前置きした上で、

 

「チョココロネですね。私の友達が大好きでいつも山ほど買っていくんですよ。あ、でもそれじゃあ私の友達のおすすめになっちゃいますかね?」

 

 と、苦笑いを見せた。

 

「じゃあ、お姉さんとお姉さんの友達のおすすめってことでチョココロネ、もらいますね?」

 

 と、トングでチョココロネを5つトレーの上に載せた。

他にメロンパンと、あこにクリームパン。自分にクロワッサンを購入した。

 

「ポイントカード、お作りしますか~?」

 

 お姉さんに聞かれて迷わず作ってもらった。このお店なら、きっとパンの味は美味しいだろうし常連になってもいいと思った。

 

(そもそもモカのお財布として来ることになりそうだし)

 

「えっと……お名前は?」

 

 ポイントカードに名前を書くためだろう。お姉さんがペンを片手に聞いてくる。

 

「あ、氷川。氷川夕輝です。氷の川に夕日が輝くで夕輝」

 

『氷川』と言った時にピタッとお姉さんの手が止まった気がした。

 

「氷川?」

 

「? どうかしました?」

 

「あ、いえ。今日のポイント、つけておきました」

 

 お姉さんの反応が気になったけれど、こっちも待ち合わせ時間があるため聞かなかった。

 

「また来ますね」

 

「はい。ありがとうございました!」

 

 お姉さんに見送られ山吹ベーカリーを後にした。

 

 

 

 

 急ぐために少し走ったこともあり、待ち合わせ場所にあこはまだ着ていなかった。

ホッとしながらも乱れた呼吸を整える。

 

「ゆう兄、お待たせ~」

 

 しばらくしてあこがこっちに駆けてきた。

 

「いや、ついさっき着たとこだよ」

 

 そう言いながら紙袋の中からパンをひとつ取ってあこに渡す。

 

「えっ、なにこれ?」

 

「山吹ベーカリーのクリームパン。よかったらどうぞ」

 

 個別に入れられた袋越しでもパンの柔らかさが分かる。

 

「ゆう兄、さあやちゃんのとこに行ってたの!?」

 

「ん? さあやちゃん??」

 

 聞き覚えのない名前が飛び出し、首をかしげる。

これがマンガやアニメなら頭の上にクエスチョンマークが飛び交っているところだろう。

 

「あれ? 店番してなかった?」

 

 さあやちゃん……店番……あ!

 

「さあやちゃん?」

 

 と言いながらポニーテールとリボンのジェスチャーをする。

 

「うん。その子がさあやちゃん」

 

 あこも真似してジェスチャーする。

傍から見たら変な二人組だよな。

 

 とりあえず立ったままなのもあれだから空いてるベンチに腰をかける。せっかくのパンだし、立ち食いじゃなくて座ってゆっくり頂く。

 

「あこも座ったら?」

 

 隣にハンカチを敷いて座るように促す。

 

「ゆう兄、かっこいい!」

 

「恥ずかしいから早く座ってくれると助かるかなぁ」

 

 あこはベンチに座り、先ほど渡したクリームパンにかぶりつく。

 

(俺もいただこっと)

 

 紙袋からクロワッサンを取り出す。

クロワッサン、好きなんだよなぁ。柔らかしっとりなのとサクサクなヤツがあるけど、俺は後者の方が好きかな。

ただ、パンくずがつきやすいのが難点なんだよなぁ。

 

(さて、ここのはどっちかなぁ?)

 

 一口かぶりつくとサクッとした食感がーー

 

(あたり! 食感とともに口に広がるバターの香りがたまらない)

 

 あまりにも俺好みだったため、ゆっくり食べるつもりがあっさりと食べ終えてしまった。

 

 ティッシュで口を拭い、あこの方を見るとーー

 

「わぁお……」

 

 どうやらクリームたっぷりだったんだろう。そう思えるくらいにはあこの口の周りがクリームでベトベトだった。

それでもあこは満足げだった。

 

「はい、お口拭きますからね~。動かないでくださいね~」

 

「んん、ありがとう」

 

 

 

「りんりんも誘えば良かったかなぁ」

 

「まぁ、燐子さんなら来てくれるだろうな」

 

 いい人だから、と心の中で続ける。

チケットは俺とあこ、それぞれ1枚ずつしか貰っていなかったが、ひまりたちに言えば1枚くらい工面してくれるだろう。

 それを片手に燐子さんを誘えば、燐子さんは十中八九来てくれるだろう。

 

でもそれをしなかった。燐子さんはきっと自分の意見を押し殺してでも来るだろう。

いくらライブで人に慣れたとはいえ、実際ステージ上には『5人』しかいない。

 

 でも、今回は出演者ではなくて観客側。ハコにもよるけどそれなりの人数が来ることだろう。

 そんな場所に燐子さんを呼ぶのはさすがに心が痛む。

 

「まぁ、お茶しながらライブの感想を話してあげることにしよう」

 

「うん!」

 

 

 

 あこと二人で控え室まで来たのだけど……

 

「これ、入って大丈夫なの?」

 

「おねーちゃんには連絡してあるから大丈夫だと思うよ!」

 

 それはあくまで同性だからだと思うんだけど……。

 

「おねーちゃん、来たよ~!」

 

『おぉ! 今開ける』

 

 言うが早いか、巴がドアを開けた。

 

「なんだ、夕輝もいたのか」

 

 あれ? あこさんや。先ほど『連絡した』って言いませんでしたっけ?

 

「あ、ゆう兄も一緒って言うの忘れてた」

 

 てへぺろするあこ。いや、一番大事なところだからね!?

 

「まぁ、着替えは終わってるから入れよ」

 

「あれ? 他の出演者の方は?」

 

「ここは控え室が分かれてるから」

 

「なるほど……」

 

 そういうことならお邪魔します。

 

「あ、ゆーくん。さんしゃいーん」

 

「さ、さんしゃいん?」

 

「気にしなくていいよ。いつものことだから」

 

 モカの謎のあいさつに呆然としていると、蘭がさらっと言った。

 

「むむっ、ゆーくん。その紙袋はもしや……」

 

 さすがモカ、目ざとい。

 

「うん。差し入れ」

 

 どうそ、と紙袋をテーブルの上に置く。

 

「本当!? ありがとう」

 

「おお、チョココロネですか~。分かってますなぁ~」

 

 つぐがお礼を言うより早く、モカは袋から1つ取り出し頬張る。

 

「うう、カロリーが……」

 

「1個じゃそんなに変わんないだろ?」

 

「たかが1個、されど1個なんだよ!」

 

 ひまりはひまりで嘆いてるし……そんなに気にするほどでもないと思うんだけど……

 

「って、モカ。口の周りにチョコが」

 

 ティッシュで拭うとーー

 

「あ、ありがとう……」

 

 モカが顔を赤くして距離をとった。

 

(やべっ、あこにやった時と同じつもりでやっちゃった)

 

「じゃ、じゃあ、先に会場行ってるね」

 

 いたたまれなくなり、一足先に控え室を出るのだった。



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第22話

FIRE BIRD、いい……(語彙力)


「ゆう兄、お待たせ~」

 

 しばらくして、あこが控え室から戻ってきた。

 

「って、顔真っ青だよ!?」

 

 何を仰るあこさんや。いつもこんな感じの顔色でしょう。

 

「いやいや、友希那さんのライブ見に行ったときの時のりんりんぐらい顔色悪いから!」

 

 えっ、そんなに!? 

 

「あ~……帰っていいかなぁ?」

 

「いやいや、何しに来たのさ!?」

 

 まぁ、そうなんだけどさぁ……自業自得なんだけどさぁ……

 

「モカ、怒ってたよね?」

 

「モカちん? ……あ~、確かに怒ってたかなぁ」

 

 だよねぇ……この間まではあそこまで距離置かれることなかったもん。

 

 

「あれはひまりちゃんが悪いと思うけどね」

 

「は? ひまり??」

 

(何でそこでひまりが出てくるんだ? 俺じゃないの??)

 

 俺が首をかしげているとーー

 

「時の歯車は、黄昏時の使者が去ったーー」

 

「ごめん。普通に説明してくれるかな?」

 

 正直、今はその手の解読をする余裕すら惜しい。

 

「分かったよ……ゆう兄が行ったあとなんだけどね……」

 

 ブー垂れながらもあこが語り出す。

 

※ side あこ

 

 ゆう兄が控え室を出てから、微妙な空気が流れていた。

あまり表情に出ないモカちんが珍しく顔を赤くしていることに、驚いているような、さっきのやり取りを含めて微笑ましく思っているようなそんな雰囲気だった。

 

 そんな雰囲気をぶち壊したのはーー

 

「モカ~? 顔赤いけど、どうしたの~?」

 

 ひまりちゃんだった。

いつもはモカちんに弄られるひまりちゃんだけれど、今日はいつものお返しとでもいうようにモカちんを弄る。

 他のみんなが突っ込まないようにしていたことも関係ないとばかりに突っ込む。

 

(わざわざ本番前にやらなくてもいいのに……)

 

 あこはそう思ったけど、たぶん他のみんなも同じことを思ったんだろうなぁ。

 それでも日頃弄られているひまりちゃんの勢いは止まらない。

 

「そういえば昨日、夕輝くんと二人でなに話してたの?」

 

 端から見たら普通のことを聞いたはずなんだけど、その一言のあと、モカちんから何がブツンと切れる音がした気がした。

 

 モカちんは山吹ベーカリーの紙袋をひっつかむとーー

 

「ムグムグ」

 

 チョココロネを次々と口の中へと放り込んだ。

いつもはやらないモカちんの暴挙。1人を除いて仕方ないと割りきっていた。触らぬ神に祟りなし、ともいう。

 

「あ~!? 全部食べた!?」

 

 ショックを受けるひまりちゃんに、モカちんは不敵に笑い

 

「カロリーはひーちゃんに送るから」

 

「いやぁ~!?」

 

 たぶんカロリーの行き先はあそこなんだろうなぁ……

 

※ side out

 

 

「なるほど……」

 

 とりあえず、ひまりは自業自得だということが分かった。

 

「ところでゆう兄。昨日、モカちんと何かあったの?」

 

「昨日……」

 

 昨日の顛末をあこに話すと、

 

「あぁ……それはね……」

 

 妙に納得された。

 

「やっぱり、頬っぺたつねるのは良くなかったよね……」

 

 リサ先輩にも怒られたし……と反省する。

あこはそれを聞くと、ため息をついた。

 

「ゆう兄、分かってない。分かってないよ」

 

 やれやれ……といったように首を横にふった。

 

「え? どういうこと?」

 

「ゆう兄は鈍感ってことだよ」

 

 まるで年下を諭すように言われた。理不尽だ。

そのあとも聞こうとするも最初のバンドの演奏が始まってしまい、聞き出すことは叶わなかった。

 

 

 

「ねぇねぇ、あこさん?」

 

 何組かのバンドが終わって、あこに話しかける。

ちなみにさっきの質問に対しては、

 

「ゆう兄への宿題にするから! 以上!!」

 

 とぶった切られてしまった。

 

「何?」

 

 そのせいもあり、あこさんはかなりご機嫌が悪く、いつもの力関係が逆転している。

 

「あこさんから見て、After glowってどんな感じ?」

 

 俺はまだRoseliaしか知らないため、Roseliaを基準に考えてしまう。

でも、あこは違う。

 それは()のカッコよさに憧れ、追い続けてきたあこだから分かることもあると思う。それを教えて欲しかった。

 

「とにかくカッコいいの! こう……ドン! バン! ドドン! みたいな感じ」

 

 

 (……うん)

 

「じゃあ、Roseliaは?」

 

「Roseliaは……ドーン! バーン! みたいな」

 

 (……なるほど)

 

 普通の人なら首を傾げるところだろうけど、俺にはなんとなく理解できた。身内に似たような言語使い(日菜ねぇ)がいるからね。

 

「つまり、Roseliaはラスボスっぽく荘厳な音楽で、After glowは王道派のロックバンド……ってことでいいのかな?」

 

「そう! まさにそれだよ!!」

 

 あこが興奮しながら肯定する。

確かにRoseliaは何処か荘厳な感じがするし、あながち間違いでもないだろう。

もっとも湊先輩にそのまんま伝えようものならーー

 

『ラスボス? 何を言っているの? 訳のわからないことを言って私の音楽を貶めないで』

 

 って言われそうだな。

 

「あ、そろそろ来るよ!」

 

 あこの声が合図になったかのように会場が赤一色に染まる。

まるで『夕焼け』のようにーー

 

「After glowです!」

 

 多くを語らないスタイルはRoseliaと同じ。MCで語るより、音楽で語る。そう言うかのように最低限の自己紹介をしたのち、早々に演奏に入る。

 

 

 まず注目したのは巴。本人は『技術はあこの方が上』と言っていたが、俺にはそんな風には見えなかった。

 それに加えてリーチもあるため、あこ以上にダイナミックに見えた。さらに和太鼓を幼い頃からやっていたため、リズム感もあるらしい。

ともあれ、あこの言う『カッコいい』がよくわかる。

 

 次にひまり。いつもはおっちょこちょいで何かしらやらかす(実際に今日もやらかした)彼女ではあるけれど、それが嘘のようにしっかりとリズムキープ出来ている。三年の経験は伊達ではないらしい。

それでも今日もいつも通りに『不発』だったのだろう。

 

 

 つぐはピアノ歴が長いらしい。それも納得いくような手つきで奏でている。

綺麗、と表現される燐子さんと違って、可愛らしい。

ただ、笑顔ではいるものの余裕がないように見えるのは気のせいだろうか。

 

 モカは、自称『天才』と言うだけあって、演奏技術が高い。

努力してるにしろ、もともとの才能にしろ、そうそう真似出来ないだろう。

 ともあれ、昨日、今日のことが演奏に影響ないようでホッとした。

 

 蘭はギターとボーカルをこなしている。

どちらも中途半端でないのは、それだけ努力をしたのだろう。

 湊先輩ほど声量はないものの、それでも引き込まれる何かがその歌声にはあった。

 

(これが……After glow)

 

 最初のうちは発見やら比較やらをしていたが、段々と意識を思考に割くのが難しくなり、ただただ彼女たちの演奏に聞き入っていた。

 

 

 

「ゆう兄! 打ち上げやるらしいんだけど……行かない?」

 

「ん~、今日はいいや」

 

 打ち上げに誘われたが、断った。理由なんて無かったけど、なんとなく。

 

「じゃあ、今日はここまでだね」

 

「遅くならないうちに帰りなよ?」

 

「ゆう兄、ママみたい」

 

 まぁ、世間の親御さんからしたら年頃の娘の夜遊びなんて気が気じゃないもんな。よくわからないけどさ。

ともあれ、あこの文句をさらっと流す。

 

「んじゃ、また練習で」

 

 

 

 

 幼なじみで、お互いを理解しあって、隠し事もない。

喧嘩はしてもすぐに仲直りできる。そんな風に思っていた。

 

 

 そんな俺の認識が間違いだったと気づくのはもっと後で……ライブハウスを出ると、彼女たちを象徴するような夕焼けが広がっていた。

 




 『卒業』、読んでいただきありがとうございます。
投稿後にこっちの閲覧がかなり伸びててビックリしました。

 感想、評価などお待ちしてます。励みになります。


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第23話

 夏休みだ~。


 ライブがあった次の週の土曜日。

モカに呼び出されて俺は商店街に来ていた。

 

 約束していたわけでもなく唐突だった。

いつもより早く起きてしまい、ベッドで本を読んでた時だった。

 

 

『おはよ~。モカちゃんだよ~』

 

『おはよう』

 

『ゆーくん。暇~?』

 

『今、本読んでた』

 

『今日1日、モカちゃんに付き合って~』

 

『9時に山吹ベーカリー前に集合ってことで~』

 

 ……あれ? 俺OKしてない……

 

 

 半ば強引な気もしたけど、紗夜姉さんや日菜ねぇみたいにバンド活動してる訳じゃないしいいかな。

 

(これもある意味デートだしね)

 

 この先あるか分からない経験に、ワクワクしながらモカを待つ。

 

「お~、ゆーくんの方が先でしたなぁ~」

 

 きっかり5分前に慌てる様子もなく、いつも通りの飄々とした態度で現れた。

 

(おぉ、これは……)

 

 制服姿と、ステージ衣装しか見たことない俺からしたらモカの私服姿というのは新鮮だった。

 

 何やら英語の書かれたTシャツにグレーのパーカーを羽織り、下はショートパンツ。

 ガーリーな服を着るイメージは無かったが、変に着飾ってないのがモカらしい。というかーー

 

(生足が……)

 

 上は露出が少ないものの、下はショートパンツのため露出が多く感じる。加えて、もともと色白なモカの脚を強調しているその服装は目が離せなくなる。

 

(制服では気にならないのに……これが私服マジックか)

 

「ゆーくん? モカちゃんの脚に見とれちゃってるの~?」

 

「い、いや……そんなことはないよ? うん」

 

 誰が見ても明らかな挙動不審っぷり。よっぽどの聖人か『超』がつくほどの天然じゃない限り騙されない。

 

「ふ~ん……」

 

 そして目の前にいるのは、人を弄ることに定評のあるモカ。

ちなみに被害者はひまりか蘭が大半。

 

 そんなモカが不敵に笑う。何かイヤな予感がする。

 

「あ~、くつひもがほどけてる~」

 

 妙に棒読みなのが気になるが、そう言ってモカは()()()()()()()()()()()()くつひもを結び直す。

 

 俺の視線は屈んだモカの脚にーー

 

「ゆーくんは嘘つきだなぁ~」

 

 その声にハッとすると、モカはニヤニヤしている。

 

(やられた!)

 

 あっさりとモカの策略に嵌まった。

 

「モカちゃんの脚に興味ないんじゃなかったのかな~?」

 

 ふふんと不敵に笑いながら俺の逃げ道を潰すモカ。

下手な言い訳は墓穴を掘りかねない。

 

「そうだよ! モカの脚に見とれてたよ! 制服のスカートと比べて露出範囲は広いし、色白だし……目を奪われないわけないだろう?」

 

 完全な開き直り。これでは墓穴を掘っているのと何ら変わらない。

 

「あー……そこまで堂々と宣言されると、さすがのモカちゃんも恥ずかしいんだけど~」

 

 恥ずかしがっているのか、引いているのか、そんな反応だった。

 

「あー……ごめん」

 

「と、言うわけなので慰謝料を請求しま~す」

 

「は!?」

 

 まさかの慰謝料請求に頭がついてこない。

そもそも脚を見つめてたから慰謝料って……いや、でも不快感を与えたのだとしたらセクハラに該当するだろうし……そう考えれば慰謝料も妥当なのかもしれない。

 

「……分かった。いくら払えばいい?」

 

 示談で治めてくれるならそれに越したことはない。

さすがに前科持ちは勘弁だしね。

もっとも、モカの冗談の可能性は大いにあるけど、そん時は今までの迷惑料ってことで治めてもらおう。

 

「それなら、善は急げ。中に入ろう~」

 

 言うが早いか、俺の手を掴み山吹ベーカリーのドアを開けて突撃していくモカ。

 

「いらっしゃいませ~、ってモカか。今日も早いね~」

 

「おはよ~、沙綾」

 

 お店のカウンターに立っていたのは、この間お世話になったお姉さん……山吹さん。

後々あこから聞いたら、ここの娘さんだったらしい。

 

 ドアベルが鳴り接客モードだった山吹さんだけど、入ってきたのがモカだと分かると、対応がフランクになった。

 

「あれ? その人はーー」

 

「あ、この間はどうも……」

 

 山吹さんがこちらに気付き、俺は頭を下げる。

 

「あれ? 沙綾とゆーくん、知り合い?」

 

「いやいや、この間パンの差し入れしたでしょうが」

 

「あ、そーだった。それよりも~、パン~」

 

 頼むぜ、モカさんや……。

 

「また来てくれたんですね……えっと氷川夕輝さん……でしたよね?」

 

「覚えてくれてたんですか?」

 

「ええ。接客業ですから」

 

 誇らしく笑う山吹さん。

とは言っても、たった1回来ただけ。それもたった1度名乗っただけの人間のフルネームを記憶出来るものだろうか……。

 

「氷川さんってお姉さんいます?」

 

「ええ。ひとつ上の姉が二人」

 

「一人は『氷川紗夜』さんですか?」

 

 驚きのあまり山吹さんを見ると、確信めいた目をしていた。

 

「最初見たとき、ビックリしましたよ。紗夜先輩そっくりなんですから。髪の長さぐらいしか見分けつきませんもん」

 

 そこで姉さんと勘違いしないのはさすがだと……ん?『紗夜()()』?

 

「……山吹さんって、花女ですか?」

 

「はい。今年入学したばかりです」

 

「同い年!?」

 

「わっ!? ビックリした!」

 

 目の前で山吹さんが目を丸くして驚いているけど、俺も驚いた。

リサ先輩みたいに面倒見のいい人だと思っていたけど、まさか同い年だったとは……。

 

(恐るべし、花女……こんなに落ち着いている同い年、羽丘にいただろうか……)

 

 自分の周りの人間を思い浮かべる。

 

(ツンデレ赤メッシュ、熱血姉御、やらかしピンク、大天使、食いしん坊パン財……うん、いない)

 

「あ、同い年なんだ。双子って聞いてたから先輩かなって……」

 

「いや。双子なのは紗夜姉さんと、羽丘に通ってるもう1人だよ」

 

「あ、そうなんだ! あれ?じゃあ、妹さんがいるの?」

 

 山吹さんから不思議な質問が返ってくる。

 

「いや。妹はいないけど……どうして?」

 

「『氷川三姉妹』って聞いたんだけどね。でも、夕輝くん? だよね? だから妹さんがいるのかなって」

 

「あ~……」

 

 恐らく初対面で間違えられなかったのは初めてのこと。

俺個人としては喜ばしいことなんだけど……

 

(マジかぁ……花女でも、ソレで広まってるのかぁ……)

 

 現実逃避したくなり、頭を抱える。

 

「え!? 大丈夫!?」

 

「うん。大丈夫……いつものことだから」

 

 そう言って、『三姉妹』の由来を話す。

 

 幼い頃は姉のお下がりを着て、3人一緒に遊んでいたため間違えられたこと、今でも身長があまり変わらないため間違えられること、普通に男物を着ていても、ボーイッシュ(またはマニッシュ)にしか見られないこと……

 

「それはなんとも……」

 

 おっと、身の上話をしたら、山吹さんはなんとも言えないと言わんばかりに苦笑いしてしまった。なんとか話題を変えねばーー

 

「山吹さんはさーー」

 

「沙綾」

 

「へ?」

 

 急に自分の名前を呼び始める山吹さん。

 

「夕輝くん。ここはどこ?」

 

 急に記憶喪失になったかと思ったけど、そんなことはないようだ。

 

「どこって山吹ベーカリー?」

 

「そう。で、私の家でもあるんだよ」

 

 山吹さんの言い回しが少し気になるが、当たり前とのことだよね……

 

「つまり、『山吹さん』ってお父さんもお母さんも『山吹さん』なんだよ」

 

「えっと……」

 

「まぁ、回りくどい言い方しちゃったけど名前で呼んで欲しいかな。お互い知らない仲でもないんだし」

 

 私も夕輝くんって呼んでるし、と笑った。

 

「さ、沙綾?」

 

「うん! よろしくね!」

 

「沙綾~、お会計もよろしく~」

 

 と、マイペースな声とともに大量のパンをトレーに載せたモカがーー

 

「多すぎない!?」

 

「いつも通り~だよ~」

 

 目線で沙綾に確認すると本当のようだ。

モカはサッととポイントカードを置くとーー

 

「ゆーくん、よろしく~」

 

「マジか……マジかぁ……」

 

 樋口さんと引き換えに数枚の野口さんと小銭を手に入れた。

 

 

 

「ありがとうございました~」

 

 沙綾の声に見送られ山吹ベーカリーを後にする。

 

「ゆーくん、食べる?」

 

 早速パンを1つ取り出したモカが紙袋を差し出す。

 

「いいの?」

 

「さすがに全部食べるほどモカちゃんは鬼じゃないですので~」

 

 パンを20個以上買わせるのは鬼じゃないのか、という疑問は口にしないでおく。争いは口から生まれるのだ。

 

 

「じゃあ、チョココロネを~」

 

しゅーん

 

「やっぱりメロンパンを~」

 

しゅーん

 

「…………」

 

 無言でモカを見るとーー

 

「ほんのモカちゃんじょーくだよ?」

 

 かわいいけど笑えない。

 

「で? 今日の用事は終わりかな?」

 

「まだだよ~。次はつぐのところへ、れっつご~」

 

 まだ解放されないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 山○きモカのパン祭り……


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第24話

 お気に入り300人。ありがとうございます!


 羽沢珈琲店

商店街では知らない人はいないと言っても過言ではない……というよりも商店街の人間なら誰でも知っている憩いの場である。

落ち着いた店内は年配の方はもちろん、女子高生たちも通うほどだ。

そして、After glowのキーボード担当の羽沢つぐみの実家である。

 

『1度はおいでよつぐの家』とは同じバンドのやらかしピンクの言葉である。

 

 いつかは来よう。そう思っていたけど、まさかこんなにも早くその機会が来るとは思わなかった。

 

「ゆーくん、どうしたの~?」

 

「いや、なんでもない」

 

 入り口で立ち止まっていた俺を不思議に思ったモカが声をかける。

 

「それじゃ~、れっつらご~」

 

 気の抜ける掛け声とともにドアを開けると、来客を知らせるためのドアベルが、カランカランと鳴り響く。

 

(あれ?看板『closed』になってたような……)

 

 そんな俺の不安をよそにモカは店内へーー

 

「モカちゃん、夕輝くんもいらっしゃい」

 

 出迎えてくれたのは店の制服に身を包んだつぐ。

学校の制服とは違い、可愛らしさよりも清楚さが出ている。

 やはり開店前だったようで、各テーブルのセットをしている。

 

「開店前みたいだけどいいの?」

 

「うん! 大丈夫だよ」

 

「いつものことだから~」

 

 (いや、いつもなのか……)

 

 呆れながらも店内を見回すと、キッチンにいる男性と目があった。恐らくつぐのお父さんだろう。すみません、という思いを込めつつ会釈する。あちらも会釈を返してくれた。

 

(あとでちゃんと挨拶させてもらおう)

 

「誰か来てる~?」

 

「ひまりちゃんが来てるよっ」

 

「ひーちゃんは暇人だからなぁ~」

 

「モカ? 聞こえてるからね!?」

 

 そんな俺をよそにいつもの漫才が始まる。

 

「蘭ちゃんと巴ちゃんもそろそろ来るって!」

 

 After glow勢揃いか~。あれ? じゃあ今日ってモカ、用事あるんじゃないの?

 

「つぐ、今日って何かあるの?」

 

 モカがひまりのところに行ったため、つぐに訊ねる。

 

「今日はこの間のライブの反省会だけど……」

 

 お盆を抱きしめながらつぐは教えてくれた。

どうでもいいけど、その仕草もかわいい。

 

「あれ? じゃあ何で呼ばれたんだろう?」

 

 After glowの反省会なら、俺を呼ぶ意味が分からない。

それこそ部外者なんだけれど。

 

(あぁ、部外者という響きが懐かしい)

 

 謎の感傷に浸っているとーー

 

「あれ? モカちゃんから聞いてない?」

 

 頬に指を当てながら首をかしげる。かわいい。

いや、そんなことよりーー

 

「どういうこと?」

 

 モカから聞かれたこと……今日は暇かってことくらいだけど……

 

「夕輝くん、Roseliaの練習見てるじゃない? 

 だからアドバイスもらえるんじゃないかなってモカちゃんが……」

 

「え? なにそれ初耳……」

 

 俺が呆然としていると

 

「モカちゃん、忘れちゃったんだね……」

 

 とつぐは苦笑い。

確かにRoseliaの練習を見てはいるけど、アドバイスとか大それたものではなくて、第三者の観点からの意見やら感じたことを口にしているだけだ。

 

「二人とも、どうしたの~?」

 

 あまりに席に来ないものだからか、モカがひまりを引き連れやって来た。

 

「夕輝くん、本当に来てくれたんだ!」

 

「うん。呼ばれた理由はつぐから今しがた聞いたばかりだけどね」

 

「えっ!? モ~カ~?」

 

 一瞬驚いた表情を見せた後、モカの方を振り返るひまり。こちらからは表情が見えないけど、いつものように頬を膨らませているんだろうなぁ。

 

「およ? 言ってなかったっけ~? モカちゃんうっかり~」

 

 悪びれる様子もなく、おとぼけ顔のモカ。

いや、暇だったからいいんだけどさ……とりあえずデートだと(勝手に)思った俺のドキドキを返してほしい。

 

 

 

 

「ーーと、ライブ見てて思ったことはそんなことかなぁ」

 

 蘭と巴が来たところで、ボックス席に俺を含めた5人で座り反省会が始まった。

 つぐも座ればいいのに、と言ったところ、

 

「いつお客さん来るかわからないから」

 

 とやんわり断られた。それなら俺も立ってようとしたけど、つぐに制されて、モカとひまりに挟まれて座ることになってしまった。

 

 そうしてライブで感じたことを口にしたのだが、みんな蔑ろにすることなく受けとめ、つぐはメモまでとってくれた。

 こういったところを見るに、After glowも音楽に対して真剣なのだろう。

 

「は~、夕輝くん。思った以上によく見てるんだね~」

 

「ん? どういうこと?」

 

 ひまりの言葉が少し気にかかる。

 

「あ、悪い意味じゃないんだよ? ただ、『俺に音楽的な知識はないけど』って言ってたからさ。まさかそこまでしっかりと見てたとは思わなくて……」

 

 ひまりが焦ったように弁解する。とりあえず誉められたのは分かるけど……

 

「今のは俺のマネかな? 場合によっては出るとこ出るよ?」

 

「ひーちゃんはすでに出るとこ出てますからな~」

 

 冗談のつもりでひまりを弄ると、空かさずモカも弄る。

 

「むぅ~! 太ったっていいたいわけ!?」

 

 モカの一言にむくれるひまり。

けして太ったってわけじゃなくて、ひまりの場合は本当に出るとこが出てるんだよね。

 

PPP

 

「ちょっとごめん。先に話進めてて」

 

 電話が鳴り、蘭が席を立った。

 

「まぁ、ひまりの体の話はおいておくとしてーー」

 

「巴~!」

 

 ひまりが抗議の声をあげるも、つぐに宥められて大人しくなる。

 

「とりあえず、これがガルフェスに出場予定のバンドな」

 

 と、リストをテーブルに置く。

って、コレ俺が見たら不味くないかな?

 

「聞いたことあるバンドも結構あるね」

 

「ここのバンドって、確か演奏技術が相当高いところだよね?」

 

「まぁ~、それでもやることはいつも通りだしね~」

 

 つぐとひまりは他のバンドを確認して気負っているようだが、モカは『そんなのモカちゃん気にしな~い』とでも言うようにいつも通りの脱力感だ。それがこういうときにはこんなにも頼もしく感じる。

 

「あぁ! アタシたちは変わらずいつも通りにだ」

 

 巴もいつも以上に熱くなっているようだ。

 

「じゃあ、セトリ決めちゃおう!」

 

 ひまりの一声でフェス用のセットリストも決めることになった。

 

 

 

「じゃあ、今日はこれでかいさ~ん」

 

 セットリストを決めた頃にようやく蘭が戻ってきたのだが、今日は急用が入ったようで解散することになった。

 

「さて、じゃあモカさんや。どこに行きます?」

 

 ひまりはバイト、巴はあこと出かけるらしい。

 

「ん~、そうですねぇ~」

 

pppp

 

「およ? 電話だ」

 

 ごめんね~、と断って電話に出た。

 

「お疲れ様で~す。どうかしました?」

 

『ーーーー』

 

「あらら~。分かりました~。では後ほど~」

 

(何かあったのかな?)

 

「ゆーくん、ごめ~ん。今日のシフトの人が風邪引いちゃって、代わりに出ることになっちゃった~」

 

 申し訳なさそうにするモカ。本当に残念なのだろう。

 

「それなら仕方ないよ。また今度付き合うからさ」

 

「おっ、ゆーくんの奢りかな?」

 

 意外と図太かった。いや、気をつかってるのかな?

 

「全額は無理だけど、割り勘ならね」

 

 さすがに今日のように大量のパンは勘弁かな。

 

「りょうか~い。ではでは~」

 

 つぐもバイバ~イ、と言って店を出ていった。

 

(さて……どうしようか……)

 

『1日』と言われたので何も予定を入れてなかったのだが、思いがけず空いてしまった。

 いつもなら時間が空いた時のために本を持ってきてるんだけど、モカといるなら……と置いてきてしまった。

 

「夕輝くん……」

 

「ほい?」

 

 つぐに呼ばれて振り向くと、いつもと違い思い詰めた表情をしている。

 

「なにか言いにくいことかな?」

 

 きっと他の四人には言いにくいことなんだろう。

ある程度あたりをつけて、つぐが口にするのを待つ。

 

「相談したいことがあるんだけれど……時間大丈夫?」

 

 



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第25話

 注意 つぐが若干暗くなっております。


「着替えてくるから、適当に待ってて!」

 

 部屋に通されるなり、つぐは着替えのために戻っていった。

残された俺は手持ち無沙汰なため、立ちつくしたまま部屋を見渡す。

 

(いかにもって感じの女の子の部屋だよなぁ)

 

 別に女の子の部屋に入るのが初めてというわけではない。

紗夜姉さんや日菜ねぇの部屋にも入ってるし、それ以外だと燐子さんのお部屋にもお邪魔した。

 

 だったら慣れているだろう、と思われるかもしれないがそんなことはない。

 紗夜姉さんの部屋は殺風景とは言わないけれど、シンプルだ。

とはいっても家具しかないわけじゃない。あちらこちらに写真を飾っているし、ベッドヘッドボードには観葉植物もある。

 

 日菜ねぇの部屋は紗夜姉さんの部屋に比べて、部屋の装飾が鮮やかだ。日菜が『るん♪』ときただろう雑貨が飾られている。

なにより紗夜姉さんとの決定的な違いはアロマオイルの香りがすることだ。

 

 燐子さんの部屋はかなりの衝撃を受けた。

ピアノにパソコンが3台。机の本棚にはびっしりと本があった。

部屋の装飾もシックで高級感があった。

 

 女の子の部屋という意味では日菜ねぇが近いかもしれない。

 

 

 つぐの部屋は雑貨の他にもベッドの上にぬいぐるみが置いてあって、いかにもつぐらしい。

 

(この匂いは?……)スンスン

 

 

 ふわっとなにかの匂いがした。

最初は香水かと思ったけど、お店に出ることもあるから違うだろう。

日菜ねぇみたいにアロマオイルを使っているのかと思い、辺りを見回す。

 

 

「あまり見られると、恥ずかしいかなっ」

 

 振り向くと、着替えを終えたつぐが苦笑いしていた。

チェックのワンピースにクリーム色のカーディガン、脚は黒ストッキングと、清楚さと可愛らしさが両立していた。

 

「夕輝くん?」

 

「っと、ごめん。あまり友達の家に行くことがなかったから物珍しくて……」

 

 つぐの私服に見とれてしまったのをバレないようにごまかした。

 

(実際に最後に行ったのはいつだったかなぁ……友達以外なら燐子さんだけれど)

 

「まぁ、立ったままなのもなんだからどうぞっ」

 

 ミニテーブルの前にクッションを置くつぐに勧められ座る。

 

「こんなことなら片づけておけばよかったよ……」

 

「言うほど散らかってないと思うけど?」

 

「それでも女の子にはいろいろあるんだよっ」

 

「女子って大変だね……」

 

 反論しようと思ったものの、男の俺には理解出来ないだろうと思ってやめた。

 よくひまりが『太った~』って騒ぐけどソレみたいなもんだろう……たぶん。

 

「夕輝くん、飲み物……ジュースでいいかな?」

 

「あー……お構い無く」

 

 戻ってきた時に持ってきていたジュースをグラスに注いでくれる。

 

「つぐ、つぐってアロマオイルとか使ってる?」

 

「アロマオイル? 使ってないけど……どうして?」

 

 先ほどから気になっている匂いの正体を確かめるべく訊ねる。

とりあえず、オイルは使ってないらしい。

 

「さっきからいい匂いがするから、なにかな~って……」

 

「それなら、柔軟剤かなっ」

 

 柔軟剤ですと!? この気分が落ち着く要因は柔軟剤だったのか……

 

「ほら、うち飲食店だから香水は使えないから……」

 

 その代わりにつぐがこだわったのは柔軟剤や入浴剤ということらしい。特に入浴剤は収集が趣味になるくらいらしい。

 

閑話休題

 

 

「ところで……相談したいことってなにかな?」

 

 先ほどまで笑っていたつぐの表情が翳る。

 

「この間のライブ、夕輝くんはどう思った?」

 

「それは、さっきも言ったよね? あれは全部俺の感じたことだけれど……」

 

 つぐの質問の意図が分からないけれど、たぶんそういうことではないんだろうな。

 

 

「みんな凄いよね……蘭ちゃんも、モカちゃんも、ひまりちゃんも、巴ちゃんも……私だけが普通なんだよ……」

 

 いつも明るく、みんなを励ましたり、フォローしているつぐのからは想像出来ないーーいや、俺が知ってるつぐも、つぐの一面に過ぎないだろう。

 

「始まりは一緒だったはずなのに……」

 

「ねぇ、つぐ」

 

 思い詰めて深刻そうなつぐの気持ちの吐露を遮る。

 

「普通って、いけないことなのかな?」

 

「えっ?」

 

 俺の突然の問いにつぐはきょとんとした顔をしてこちらを見る。

 

「音楽って、才能がなければやっちゃいけないのかな?」

 

「そんなことは……」

 

「ない、よね?」

 

 つぐはコクンと頷いた。

 

 音楽とは読んで字のごとく、『音』を『楽』しむこと。

元々そこに隔たりなんてなく、自由そのものだった。

 

 そこからフェスやらコンテストやらが出来てしまい、そこから資格やら技術思考なんかが出来始めてしまった。

 それでも、音楽は誰でも楽しめるものであるはずなんだ。

 

「……俺の知り合いにもさ、才能がないって人が二人いるんだ」

 

「その人たちは……?」

 

 質問の語尾を言わなかったものの、つぐの目線は『辞めたの?』と問うてきた。

 

「一人は、何事にも全力で励んで、毎日毎日欠かさずに練習してさ。それこそ人の何倍も努力……って簡単に口にするのが憚られるほど練習したんだ。でも、才能には勝てなくてさ……。それでバンドを始めたんだけどね。あそこまでひたすらに音楽にすべてをかける人はみたことないかもしれない」

 

 もはや努力の鬼、といっても過言ではない紗夜姉さん。

 

 

「もう一人は最近知り合った人なんだけど、この人もなかなか芽が出なかったらしくて、その人より実力のある人なんていくらでもいた。でも、そんな人達ですら諦めて辞めていくような世界。

 でもその人は、自分の決めた道を進むために腐らず、けして諦めなかった。ようやく夢に手が届きそうなんだけど、それすらも奪われようとしている。

 それでも諦めず、その夢が形になるまで努力を重ねて不器用ながらも突き進んでるよ」

 

 諦めれば楽になれる。もう少し楽な道もあるかもしれない。

それでも、自分の決めた道をボロボロになりながらもただひたすらに前に進み続ける丸山さん。

 

 

「つぐにこの人達のようになれ! とは言わない。むしろつぐに必要なのは適度な休息だと思う」

 

 バンドに生徒会に家の手伝い。それらすべてに一切手を抜くことなく取り組むつぐ。『つぐは三つ子?』と疑われるレベルですでに努力している。

 それはまるで張りつめた糸のよう。これ以上負荷をかければ簡単に切れてしまうことだろう。

だからこそつぐに必要なのは過度の練習ではなく休むこと。

 

「他のメンバーも、つぐに技術的なことは求めてないと思うし、つぐの長所は別にあると俺は思うよ」

 

 つぐが上手かろうが、そうでなかろうが、あの四人はけしてつぐを蔑ろにしたりはしない。これは俺の憶測ではなく、確信だ。

 それに、ライブで見せてくれたつぐの弾けるような笑顔。あれはつぐの才能だと思うし、長所だろう。本人は自覚してないものの見てくれる人は見てくれると信じてる。

 

「……そっか。ありがとう」

 

「うん。こんなもんで良かったのかな?」

 

「うん。夕輝くんのおかげで楽になったよ」

 

 つぐの悩みが解消されたのなら良かった。

そのあと、些細な談笑をして帰った。

 

 

 

 だが、この時俺は明らかなミスをしていた。

悩みを解消されたのにいつものような笑顔じゃなかったこと。

それにかける言葉を間違えていたことーーいや、一言も二言も言葉足らずだったこと、もっとハッキリと休息をとらせること……あげたらキリがない。

 

 そのミスさえなければあんなことにはならなかっただろう。

 

 

「つぐ! 大丈夫か!?」

 

 ーーもっとも、ソレに気づくのはもっとあとでーー

 

 

「つぐ!? しっかりしろ! つぐ!!」

 

 ーーそんな大事になるなんて、その時の俺は微塵も思っていなかったーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第26話

 羽丘イベ来ましたね。つぐほしいんじゃ~


「今日はここまでね」

 

 湊先輩の一言が今日の練習も終わりを告げる。

 

「じゃあ、片付けよっか☆」

 

「私は次の予約を入れてくるわ」

 

 湊先輩は予約を入れに受付へ、残りは機材の片づけや掃除を行う。ちなみに俺もこっち。

 

(と、いうか俺の役割って最近これしかないよね……)

 

 機材のセッティングと片づけ。それ以外は練習を見学して気になる部分を指摘するのだけれど……

 

(あまり指摘する部分がない……)

 

 演奏に関しては湊先輩がその都度指摘するし、それ以外と言われても特にない。しいて言うならーー

 

 

「やっと今日からイベント解放だね! りんりん」

 

「うん……楽しみだね」

 

「今回の報酬はーー」

 

 あこと燐子さんが今日から開始されるイベントの話をしている。

ただ、話しながらも手を止めない燐子さんに対し、あこの方は興奮からか手が止まっている。

 あ、姉さんも気づいた。

 

「あこ~? イベントが楽しみなのは分かるけど、今は目の前のクエストこなそうね~?」

 

 あこのやる気を出させるように少し回りくどい言い方をしたけれど、要は『口より手を動かそう』ってことだ。

 

「あ、いけない! そうだよね」

 

 俺の言いたいことに気づいたのか、あこも手を動かし始める。

チラリと姉さんに視線を向ければ、『作業をしているなら言うことはない』とでもいうかのように片づけを続行していた。

 

 メンバー同士の衝突を避けるように時には緩衝材に、時にはサンドバックになるのも俺の仕事……といってもこれは俺が率先してやってることなんだけどね。

 

 もちろんバンドが成長するためには衝突も必要なんだろうけど、何かの拍子に不満が爆発、お互いの関係に軋轢が生まれるかもしれない。

 

 今のだって、放っておいたら姉さんが注意しただろう。

でも、姉さんのことだ。

 

「宇田川さん、無駄話をするよりも手を動かして!」

 

 

 と正論を述べたことだろう。

別に姉さんが間違っているわけではない。でもーー

 

(正論は正しいけれど、優しくない)

 

 正論である以上、そこに反論の余地はない。謂わば絶対王政のようなもの。だからといってむやみやたらに片っ端から正論を振りかざそうとすれば、不満が溜まる。

 

(特にあこと姉さんは衝突の機会が多いから気をつけないと……)

 

「夕~輝☆ コードもらうよ?」

 

「あ、すみません」

 

 纏めたコードをリサ先輩に渡す。

 

「さっきはありがとね☆」

 

「え? 何がです?」

 

 リサ先輩にお礼を言われたけど、何かしたっけ?

 

「あこのこと。うまーく促してくれたじゃん」

 

 リサ先輩には考えがお見通しだったようだ。

 

「いや、大したことないですよ。これくらいしか出来ることないですし」

 

「いやいや、夕輝にはわりと助けられてるよ~。あたしも見習わなきゃって思うこともあるし……」

 

 リサ先輩にそう言ってもらえるのは嬉しいけど、なんかむず痒い。

 

「リサ先輩……」

 

「ん~? どした~?」

 

「雉撃ちに行ってきます!」

 

 敬礼しながらにこやかに告げる。

 

「あ~……うん。いってらっしゃ~い」

 

 リサ先輩は呆れたように苦笑いしながら見送ってくれた。

まぁ実際、雉撃ち7割の照れ隠しのための逃走3割なんだけどね。

 姉さん、呆れないでほしいかな。生理現象なんだから仕方ないじゃん?

 

「えっ!? ゆー兄はハンターなの!?」

 

 あこが突拍子もないことを言い出した。

 

「えっ? 俺はハンターじゃないよ」

 

「だって今、雉撃ちって……」

 

 あぁ、文字通りの意味にとったのか。ハンターじゃないし、もちろん猟友会でもマタギのおっちゃんでもない。

 

「あこちゃん。『雉撃ち』っていうのは隠語で……」

 

 うん。細かい説明は燐子さんがしてくれるみたいだから任せよう。俺に出来ることはいち早くトイレに行くことだ。

 部屋を出る前に、姉さんが頭を押さえていたように見えたけど、見なかったことにした。

 

「ふぅ~、スッキリした」

 

 用を済ませて元の部屋に戻るために急いで廊下を歩く。

あまり待たせるとうちの歌姫様と姉上からお小言を頂戴することになりそうだ。

 

「っと……あれ?」

 

 途中の部屋で見覚えのある人物を見た気がした。足を止めて、マナー違反だと思いながらもドアの小窓から覗き込む。

 

(これで別人だったら不審者確定だよね)

 

 予想通りの人物だったことに安堵しながら、ドアをノックする。

部屋の主は、ノックされることを想定していなかったのか飛び上がりそうな勢いで驚き、見開いた目でこちらを見つめている。

 

「こんちわ、つ~ぐ」

 

「夕輝くん、こんにちは」

 

 ドアを開けてあいさつすると、俺だと分かって安心したのか、つぐもあいさつを返してくれた。

 

「いきなりノックされたからビックリしちゃったっ」

 

「ごめんごめん、部屋戻るときにふと見えたからさ。つぐのとこも練習?」

 

 見ると、まだ誰も来てないようだけれど早めの自主練だろうか。

 

「うん。とはいってもお昼からだからまだ誰も来てないんだけどねっ」

 

「早めに来て練習か……つぐらしいね。俺にはマネ出来ないや」

 

 俺だったら早めに来て、セッティングだけしてスマホアプリをやっているだろう。

 

「Roseliaも練習?」

 

「うちのとこはもう終わり。……といっても俺はほとんど見てるだけなんだけどね」

 

 苦笑いしながら自虐的に言う。

 

「夕輝くんは楽器やったりしないの?」

 

「ん~……やりたいとは思うけど、その前にやらなきゃいけないことあるから、それが終わったら始めてみようとは思ってる」

 

「そうなんだっ」

 

 つぐの呟きに頷きで返す。

 

「っと、練習してるのにしゃべってちゃお邪魔かな?」

 

「そんなことないよっ」

 

 遠慮なのか本心なのかは分からないけど、つぐが否定する。

 

「じゃあ、つぐが練習するの見てていい?」

 

「いいよっ」

 

 図々しいお願いにも嫌な顔一つしない。

 

「じゃあ邪魔にならないように隅っこで見てるね」

 

 さすがに練習してる目の前で見るほど無神経じゃない。

人によっては『見られながら演奏する』練習としてやる人もいるだろうけど……。

 

 *

 

 

「つぐ、調子悪い?」

 

 何度目かの演奏が終わったタイミングで口を出した。

 

「えっ? そんなことないよ?」

 

 当然のことながらつぐは否定する。

 

「この間と音が違うかなって」

 

「えっ?」

 

 つぐはポカンとした顔をする。

『違いが分かるの?』という意味なのか、『コイツ何言ってんの?』って意味なのか……出来れば前者であってほしい、切実に。

 

「ちょっとごめんね」

 

 一言断り、つぐの隣に立って鍵盤に指をのせる。

察したつぐはスッと横にずれてくれた。

 

(今のつぐの感じは……)

 

 目を閉じて今のつぐの演奏をイメージする。

指の動き、強弱、テンポ……今見た全てを落とし込む。

 

「ゆ、夕輝くん?」

 

 初めて見るつぐは困惑している。

 

「よし」

 

 目を開いて呟き、鍵盤を弾く。指から発する力が鍵盤に伝わり、音を奏で、メロディーを紡ぐ。

 

「これが今のつぐの演奏ね」

 

 つぐは呆然としている。

 

「えっと……次いいかな?」

 

 一応確認をとると、コクコクと頷くつぐ。なにこれ、持ち帰りたい。

 

 さて、邪念を彼方に押しやって、あのライブの時のつぐを記憶から呼び起こす。

 こういうと降霊術みたいだね。そんなことはないよ? 目の前につぐいるし。

 

 さすがに2回目ともなるとルーティンだと分かったのか、つぐは何も言わない。

 

 

 人の体って結構繊細なんだよね。精神と体のバランスが少し狂うだけでも思うように動かなくなる。所謂『体がついてこない』状態だ。

 つぐの場合は、他のメンバーとの技術の差を感じはじめ、それを埋めようとして必死に練習する。頭では『もっと、もっと』と思っても、技術はそこまで急激に上がらない。

 そのギャップが焦りを生み……と無限ループに陥ってしまう。

 

(しばらくの間演奏をしない、って荒療治もあるけど……)

 

 おそらく、というか確実につぐはその方法をしないだろう。

 

 

「違いは分かったかな?」

 

 つぐはこくりと頷く。

まぁ、素人の俺でも気づいたくらいだしね。

 

 

「夕輝くん、ピアノ弾けるんだ……」

 

「いや、弾けないよ」

 

「へっ?」

 

 このリアクションどこかで……あ、リサ先輩と同じだ。

 

「だって今……」

 

「人のマネなら出来るけど、スコアは読めないよ」

 

「えっ……」

 

 信じられないものを見るような目だ。

まぁ、立場が違えば俺も信じられないだろうし。

 

「でも、完璧につぐの演奏をマネすることは出来ないんだ……つぐにしかできないことがある」

 

「それは!?」

 

 おう、めっちゃ食いついてきてビックリした。

 

「それはーー」

 

 つぐの方を見て、正確にはその後ろの時計を見てしまった。

 

「やべ!?」

 

 忘れてた! トイレに行くからって抜け出したのに、こんなに時間が経ってた。

 

「夕輝くん?」

 

「ごめん、次までの宿題ね。用事思い出したから、またね!」

 

「あ……うん。また」

 

 つぐとあいさつを交わし、廊下へ出る。

 

(ヤバい、ヤバいですよ!? 湊先輩と姉さんにどやされちゃう!!)

 

 急いで元の部屋に戻ろうとするとーー

 

グイッ

 

「はへ!?」

 

 急に腕を引かれたかと思うとーー

 

ドン

 

「あうっ!?」

 

 壁に叩きつけられーー

 

ドンッ!

 

「ふぁ!?」

 

 自分の両脇の壁に衝撃が来た。

 

「み……湊先輩?」

 

 俺に人生初の壁ドンをしたのは、湊先輩でした。というか……

 

(怒ってらっしゃる?)

 

 自分より10センチほど背の低い彼女からはかなりの圧を感じる。

 

「湊先輩、聞いてください。実はですね、トイレに行ってたんですがーー」

 

「知ってるわ。見てたもの」

 

「知り合いを……へ? 見てたんですか?」

 

 さっきのを見られてた? どこから?

 

「そんなことはいいわ。一緒に来てちょうだい」

 

 言うが早いか、俺の手を掴んで廊下を進む。

 

(ちょっ!? 力強いっす!!)

 

 彼女のどこにそんな力があったのか、信じられないほどの力で引っ張られる。

 

 

「あ、友希那~、夕輝、どこいってたの!? 片づけ終わったから今からみんなでファミレスにーー」

 

「申し訳ないけど私と夕輝は用事があるからここで失礼するわ」

 

 そう言いながら荷物を取ると、再び俺を伴ってロビーへ歩み出す。

 

「ちょっ!? 友希那~!?」

 

 リサ先輩の声を背に、湊先輩にドナドナされる。

行き先は歌姫だけが知っている。

 



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第27話

 FILM LIVE、見てきました。
ストーリー形式じゃなくて、本当にライブ形式だったんですね。

 曲以外の音もこだわっててビックリしました。
劇中歌コレクションも買ったんですが、全曲が1番のみ。
 ただ、ライブ中にこんなやり取りがあったんだ~っていうミニドラマ的なのがありました。
 ハロハピとRoseliaは必聴ですね。


「ここよ」

 

 湊先輩に手を引かれること数十分。ようやく目的地に到着したのか無事に解放された。

 

(おかしい。同い年くらいの女性に手を引かれるって、もっとドキドキするものだと思ってたのに……)

 

 美人の類に入る湊先輩に手を引かれて一緒に走る。字面で見ればリア充爆発しろ案件なんだろうけどそんな甘酸っぱいものではなかった。

 場所も目的も告げられずに見た目からは想像出来ない力で引かれながらひたすら走る。目的地が分からないから曲がる方向も分からず、時には遠心力で振り回され、時には慣性の法則で湊先輩にぶつかりそうになる。

 

(このドキドキは青春のときめきなんかじゃなくて、命の危険によるドキドキ……)

 

「疲れた顔してるけど、大丈夫かしら?」

 

「アー、ダイジョウブデス。モンダイナイデス」

 

 心配してくれるのは嬉しい。もっとも、あなたが元凶でなければだけど……

 

「そう。立ち話もなんだし、入りましょう」

 

「それはいいんですけど……ここどこなんです?」

 

 先程の話を聞くために、どこかの喫茶店とかにでも引っ張られるのかと思ったが、どこからどう見ても閑静な住宅街だ。

そろそろ説明してほしい。

 

「ここは私の家よ」

 

(へぇ~、湊のいーー)

 

「えぇー!!?」

 

 表情も変えずにさらっというものだから普通に受け入れそうになった。叫び声をあげてしまった俺は悪くないよね?

 

「お昼時とはいえ、大声をあげるのは勘弁してもらいたいのだけど……」

 

 眉をひそめて不満を露にする湊先輩だけど、告知無しでご自宅に連れてこられたらこうなると思います。

 

「いえ、なんの情報もなしの状態だとこうなりますって」

 

「ちなみに隣はリサの家よ」

 

「そうじゃなくて……」

 

 確かに情報はほしいとは言ったけど、そういう情報じゃなくて……

 

「いいから入るわよ」

 

 質問禁止、拒否権なし、ごちゃごちゃ言わずに入れ……言葉以上に黄褐色の目が語っていた。

 

「ただいま」

 

 こちらを一瞥してから何事もなかったかのようにご自宅に入っていった。

 

「お、お邪魔します」

 

 断りを入れて玄関に入る。すでに俺のためにだろうか、スリッパが一足準備されていた。

 

「友希那~? 帰ったの~?」

 

 靴を揃えてスリッパに履き替えたタイミングで奥から声が聞こえた。続いてパタパタとスリッパを鳴らしながら足音が近づいてきた。

 

「おかえりなさい」

 

 現れたのは湊先輩によく似た女性。違うのは目の輝き具合と表情の柔らかさだろうか。

 

(お姉さん……かな?)

 

 

「あら? あら!?」

 

 

 こちらに気づいたのか、ズズイっと近づいてきた。

 

「こ、こんにちは」

 

「こんにちは♪ 友希那のお友達?」

 

 湊先輩と瓜二つな見た目でこんなに明るいと違和感を覚える。

 

(紗夜姉さんと日菜ねぇを初めてみる人もこんな気持ちなのかな……)

 

 

「氷川夕輝、学校の後輩よ」

 

「はじめまして、氷川夕輝です! いつもみな、友希那先輩にはお世話になってます」

 

 緊張してしまい、声が裏返ってしまった。

ついでに言えば、日頃『湊先輩』と呼んでいるため『友希那先輩』と呼ぶと少しむず痒い感じがした。

 

「はじめまして♪ 友希那の母です。娘と仲良くしてくれてるみたいで嬉しいわ」

 

「お母さん!?」

 

「別にあなたのお母さんじゃないのだけれど……」

 

 俺の驚きに眉をひそめて苦言を呈する湊先輩。

だけど、そうじゃなくて……

 

「てっきりお姉さんかと……」

 

「あら♪ お世辞でも嬉しいわ!」

 

 喜びを露にするお母さんを見ると、本当に湊先輩と親子なのか、と思ってしまう。

当の湊先輩は額を押さえてため息ついてるし。

 

「母さん、この辺でいいかしら? やることがあるのだけれど……」

 

「は~い♪ じゃあ、お昼出来たら呼ぶわね」

 

 そう言って湊先輩は廊下を進んでいった。俺も失礼します、とお母さんに頭を下げて湊先輩の後を追った。

 

 

「明るいお母さんですね」

 

「時々子供っぽいところもあるけどね」

 

「なるほど、だから湊先輩はこうも落ち着いているんですね?」

 

「……どういう意味かしら?」

 

 はた、と歩みを止めてこちらを一瞥する湊先輩。その視線はまさに氷の眼差しだった。

 

「いえ、深い意味はないです!」

 

「……そう」

 

 慌てて取り繕うと、興味を無くしたのか再び歩き出す。

 

「えっと……今度はどちらに?」

 

「ここよ」

 

 突き当たりのドアを開くとーー

 

「ここって?」

 

 目の前にはいくつかのギターやベース、ドラムにキーボード。スピーカーやエフェクターの類が置いてあった。

 

「スタジオよ」

 

「スタジオ!?」

 

 湊先輩の部屋に連れていかれるのかと思ったら、予想の斜め上を行った。

 

(自宅にスタジオって……そう言えば湊先輩のお父さんはミュージシャンって言ってたし可笑しくはないのかな?)

 

「夕輝、あなたはキーボード弾けるのよね?」

 

 ここに来てようやく本題に入る。……正直お腹いっぱいなんだけど。

 

「いえ、弾けませんよ」

 

「嘘。先ほど弾いているのを見たわ」

 

 腕を組み、俺の反論をバッサリ切り捨てる湊先輩はさながら名探偵のようだ。

 

「弾くどころか、スコアすら読めません。俺の実力で弾ける曲は……『カエルの合唱』、くらいですかね」

 

 もう少し頑張れば『ネコ踏んじゃった』も弾けますけどね、と笑う。

 

「じゃあ、さっきのは何?」

 

 何? って聞かれて説明は出来るんだけど、問題は信じてもらえるか、なんだよなぁ。

 

「弾いている人のマネをした、って言ったら信じます?」

 

「にわかには信じがたいわね」

 

 湊先輩の反応は大体予想通りだったけど、バッサリとは否定しなかっただけいいか。

 

「じゃあ、例えば……」

 

 キーボードの前に立ち、ポーンと鍵盤を1つ弾いてから指を動かし始める。

 

『BLACK SHOUT』のサビの部分。弾き始めた途端に湊先輩が息を飲んだ音が聞こえた。

 

 

 

「どう見えました?」

 

 湊先輩からの答えを予想しつつも訊ねる。きっと今の俺の顔はモカみたいにニヤついてるんだろうな。

 

「あなたが弾いてるはずなのに、燐子が弾いてるように見えたわ」

 

 自分でいいながらもどこか信じられない、と行った様子の湊先輩。

 

「燐子さんの指の動かし方、テンポ、体の揺らし具合、呼吸のタイミング……全てを『マネした』結果です」

 

「最初は音階も分からなくて、燐子さんが弾いた鍵盤を覚えて同じ鍵盤を弾く、ということを念頭に置いてましたけどね」

 

 

 燐子さんが加入する前、まだ『Roselia』が名前もなかった頃、動画に合わせてピアノを弾いていたのを何度も見ていたから自然と覚えた。

 

「他の曲も弾けたりするのかしら?」

 

 湊先輩の疑問はもっともだ。

 

「少なくとも、『BLACK SHOUT』と『RE :birth day』はそれなりに……といったところです」

 

 燐子さんが弾いてるのを見て覚えた2曲。つぐが弾いていたのはもう少し見れば覚えられるかな。

 

「そう……ちなみにキーボード以外は弾けるのかしら?」

 

「どうでしょう?」

 

 ギターやベースはコードを覚えなければいけないし、ドラムはただ叩けばいいわけでもないし……

 

「試してみる?」

 

「試して……って」

 

「楽器はあるわけだし、なんなら私が教えるわよ?」

 

 そう言いながら近くのギターを手に取る湊先輩。

 

「えっ!? 湊先輩、楽器出来るんですか!?」

 

「あなた……誰がRoseliaの作曲してると思ってるのよ……」

 

 ジト目でこちらを見たあと、ストラップを掛けてかき鳴らす。

 

「」

 

 その技術の高さに閉口してしまう。あいにくと知識がないものの、すごいことが分かる。

 

「ここは防音だし、気にすることはないわ。やってみましょう」

 

 結局押し切られる形で湊先輩のギターレッスンを受けることになった。

 

 

 

 

「ねね、学校での友希那ってどんな感じなの?」

 

 湊先輩のお母さんに呼ばれ、ダイニングでお昼をご馳走になっている。

話の内容は学校での湊先輩の様子。

 

「友希那先輩は最初、近寄りがたい人かなぁと思ったんですけど、表に出すのが苦手なだけで優しい人なんだなって思います!」

 

「そうなのよね~。そういうところは父親に似ちゃったみたいで~。友達もリサちゃんぐらいしかいなくて~……リサちゃんには本当に感謝してるわ~」

 

「母さん、余計なことは言わなくてもいいの」

 

 湊先輩が止めようとするものの、その程度じゃ止まらない。

 

「それにしても、友希那をこんなに慕ってくれる子がいるとは思わなかったわ。こんな娘だけど、これからもお願いね?」

 

「いえ、こちらこそよろしくお願いします!」

 

 湊先輩は『好きにして』と言わんばかりに盛大にため息をついた。

 

 

「悪かったわね。連れてきてしまって」

 

「いえ、ただ次からは目的地を先に言っていただければ幸いです」

 

 珍しくしおらしい湊先輩にこれ幸いと小言をいうと、頬を膨らませながらも

 

「善処するわ」

 

 と返ってきた。

正直なところ、そこは善処ではなくてやっていただきたいところだ。

 

「じゃあ、湊先輩、また学校でーー」

 

「待ちなさい」

 

 帰ろうとするタイミングで急に呼び止められた。

 

「『友希那』でいいわ。あれだけ母さんと話してるときは名前呼びだったのだもの。今さら直すなんて不自然よ」

 

 珍しくも湊先輩からの提案だ。ありがたく受けるとしよう。

 

「じゃあ、友希那先輩。また明日」

 

「えぇ。また明日」

 

 ふんわりと微笑んだ友希那先輩の笑顔に見送られ、湊家をあとにした。

 

 

 side 友希那

 

「いい子よね。夕輝『ちゃん』。あんな後輩大事にしなきゃダメよ? あなたを慕ってくれる子なんてそうそういないだろうし……」

 

 いつの間にか後ろにいた母さんが言った。

私もそう思う。最初の印象こそそんなに良くなかったものの、何かと夕輝は気にかけてくれる。ただーー

 

「夕輝は男の子よ、母さん」

 

「えっ!? 男の子だったの!? 友希那が家に男の子を連れてきた!? キャー、今夜はお赤飯ね!」

 

 1人騒いで家の中に戻ってしまった。

 

(言わなければよかったかしら……)

 

 この後父さんに報告するだろうことを考え、思わずため息をついた。

 

side out

 

 

「あ、今週のジャン○読んでなかった」

 

 友希那先輩の家から帰る途中、ふと週刊誌を読んでなかったことに気付き、最寄りのコンビニに入った。

 

「サンシャイ~ン」

 

 入店を知らせるチャイムと入店にそぐわないあいさつをされた。

いや、サンシャインってなんぞ?

 そう思い、カウンターに目をやるとーー

 

「あ、ゆーくんだ」

 

 見知った白髪にぼーっとした顔のモカが店の制服を来て立っていた。

 

「モカ、何してんの?」

 

「見ての通り、モカちゃんは労働に勤しんでるんですよ~」

 

 だろうね。そうじゃなきゃわざわざ制服着てカウンターの中にいるわけないし。でも、聞きたいことはそうじゃない。

 

「いや、バンドの練習は?」

 

「お~? 今日は休みだよ~」

 

「いや、そんなわけ……」

 

 モカが嘘をついているとは思わないが、ライブハウスでつぐは練習していたわけだしーー

 

「本当は練習だったんだけど、()()()()()()()()って言ったから今日はお休みになったんだよ」

 

「……は?」

 

 モカの発言に俺は頭が回らなかった。

 



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第28話

 休み明けの月曜日、俺は自分の教室ではなく、1―Bの教室の前に来ていた。

 

(モカが嘘をついているとは思えないけど、わざわざつぐが嘘をついてまで練習するだろうか?)

 

 その真相を確かめるために来たわけだけどーー

 

(つぐ、いないなぁ)

 

 この時間だったらいるかと思い、覗いてみたけど見つからない。

 

「あれ? 氷川くん。どうしたの?」

 

「おはよー。珍しいね」

 

 入り口近くで談笑していた女子が気づいて声をかけてきた。

 

「おはよう。実は、つぐ……羽沢さんに用事があったんだけど……」

 

「羽沢さん? そう言えばまだ来てないね」

 

「いつもならもう来てる時間なのにね」

 

 どうやらまだ来ていないようだ。

 

「そっか……ありがとね」

 

(とりあえず出直そうかな)

 

 つぐが来るまで教室の前で待ってるのもしょうがないと思い、1―Aまで戻ろうとするとーー

 

「あれ? 夕輝、何してんだ?」

 

「あ、巴、ひまり、おはよう」

 

 巴とひまりと鉢合わせした。

こうして並んで登校してくるのを見ると、時々ひまりが『巴が男の子なら良かったのに』と言うのが分かるくらいに絵になる。

 

「おう! おはよ」

 

「おはよー! うちのクラスに何か用?」

 

「いや、つぐにちょっと用があったんだけど……まだ来てないみたいでさ」

 

「つぐ? まだ来てないのか?」

 

 巴が教室を覗き込んで確認する。

 

「珍しいね。いつもなら来てるのに」

 

 やはりつぐがこの時間で来ていないというのは珍しいことらしい。生徒会で朝の立哨活動があったりするし早く来ることが多いのだ。

 

 

「ところでさ、二人とも土曜日の午後って何してた?」

 

 念のため……と言うわけでもないが、二人が土曜日に何をしていたかを聞いておこうと思った。

 モカは『練習はなかった』と言っていたけど、もしかしたらつぐが巴かひまりと個別で練習していた可能性だってある。

 

「私は買い物に行ってたよ~!……お小遣いピンチだからウィンドウの方だけど……」

 

 ひまりは買い物。

 

「アタシもあこと買い物行ってたなぁ」

 

 巴も買い物……となると一緒にはいなかったのか。

 

「そう言えばあこが『ファミレス行こうとしたら、友希那さんがゆー兄を連れてっちゃった』ってぼやいてたぞ?」

 

「何その話!? 詳しく!」

 

 うわっ、巴からの情報リークにひまりが目を輝かせて食いついた。

こういう時のひまりは、日菜ねぇの『るん♪』と来たレベルで面倒なんだよな。

 

「詳しくも何も、友希那先輩に連れられてご自宅にお邪魔して、お母さんの料理をご馳走になったくらいだぞ?」

 

 ここで、ふたりきりでギターやらベースやらのレッスンをしていたことは黙っておく。変に隠して曲解されるくらいなら黙っておいた方がいい。『沈黙は金』というやつだ。

 

「ん? 夕輝、前は『湊先輩』って呼んでなかったか?」

 

「あ」

 

 巴の指摘で墓穴を掘ったことに気づいた。

というか、気づかないフリしてくれよ……。

 

「名前呼び……実家に挨拶……親公認!?」

 

「お前はそろそろ戻ってこ~い」

 

 髪の毛ピンクは脳内までピンクなのか、目をグルグルさせてお花畑へ旅立っている。

 

「おっはよ~」

 

「何してんの?」

 

 そこにモカと蘭も合流。

 

「ひまりが壊れちゃったんだけど……蘭、ちょっとチョップ入れてくれないかな?」

 

 こう、斜め45°の角度で~、とジェスチャーを交えて説明する。

 

「やだ」

 

 俺の提案はバッサリ切られた。おそらく袈裟斬りに……45°くらいで。

 

「ゆーくん、ゆーくん。コレ、例の~」

 

 モカは持っていた山吹ベーカリーの紙袋をガサガサと漁って、個別に袋に入れられたものを渡してきた。

 

「おー、サンキュー。んじゃコレね」

 

 代わりに俺はティッシュにくるんだモノを渡す。

 

「なに、今の?」

 

 おっと、お花畑からひまりが戻ってきたらしい。

 

「今、何を渡したんだ?」

 

 巴の質問に、俺は持っている袋を、さながらドラマに出てくる刑事のようにつまみ上げた。

 

「ん? 山吹ベーカリーのクロワッサン」

 

「「へ?」」

 

 「いやさ、前に食べたクロワッサンが美味かったんだけど、寄ってから登校すると遠回りになっちゃうからモカに頼んでたんだよ」

 

 モカは毎日、山吹ベーカリーに寄ってから来るので『ついでに』と頼んでいたのだ。

 

「じゃあ、今モカに渡したのって……」

 

「クロワッサンの代金だよ」

 

 ティッシュにくるんでおいたのは、モカの手が汚れるのを防ぐため。今もパンを取り出して食べてるし、お金を触っちゃえば衛生的に問題がある。それにモカのことだから後で確認してくれると思うし。

 

「で? 何の話してたの?」

 

「夕輝くんが友希那先輩とーー」

 

「蘭は土曜日何してた?」

 

 ひまりが余計なことを言いそうになったので被せるように質問する。というか、こっちが本題だし。

 

 

「土曜日は家にいたよ」

 

 

「家……か」

 

 たぶん稽古かな?

 

「なんで?」

 

「いや、実はーー」

 

「あ、つぐ来たよ!」

 

 土曜日のことを話そうとしたところで、ひまりの声が響く。

 

「みんな……おはよ……」

 

 走ってきたのだろう。髪はぐしゃぐしゃで、息を切らせ、頬は紅潮していた。

 

「寝坊しちゃって……」

 

「髪の毛乱れちゃってるよ! ちょっと動かないでね」

 

 ひまりは櫛を取り出して、つぐの後ろに廻るとささっと髪をとかし始めた。

 

 女子ってスゴいよね。宿題とか教科書忘れても櫛とか手鏡とかリップとかは欠かさないんだから。教室でヘアアイロン使い始めたときは目を疑ったよ。

 

「はい! 出来たよっ」

 

「ありがとう、ひまりちゃん」

 

 お、終わったようだ。つぐも息が整ったみたいだし。

 

「なぁ、つぐ。土曜日のことだけどーー」

 

 キーンコーン

 

「あ」

 

「予鈴、鳴っちゃったね」

 

 ようやく本題に入れる、そう思った俺を嘲笑うかのようにチャイムがなってしまった。

 

「またお昼休みにねっ」

 

 つぐ達は1―Bへ戻ってしまった。

なぁに、昼休みに話せばいい。

 

 

 

「ごめんねっ、生徒会の仕事が入っちゃって」

 

 そう思っていた時期が俺にもありました。

つぐは生徒会の仕事のために弁当を持って行ってしまった。

 

「なぁ、土曜日に何かあったのか?」

 

 箸で唐揚げを取って口に放り込みながら巴が聞いてきた。

毎度のことなんだけど、俺より先にメインを持っていくの止めてくれ~。

 

「その前にさ、最近つぐに変わったことない?」

 

「最近変わったこと……?」

 

「具体的には先週の土曜日以降かな」

 

「先週の土曜日……そういえば」

 

 はたと気づいたひまり。

 

「先週の練習の日、つぐが残ってったよね?」

 

「あぁ、『もう少し練習していく』って言ってたな。『片付けもするから』って」

 

 やっぱりか。その辺りから自主練をしていたんだ。

 

「それに、時々ぼーっとしてるよな」

 

「そうそう、何回か呼び掛けてやっと反応するくらいだし」

 

 今日の遅刻のことも考えると、寝不足の可能性もある。

 

「何かあるの~」

 

 モカがパンを食べる手を止めてまでこちらを見てくる。

 

「土曜日も練習があるのか聞いてたよね~」

 

「土曜日? 何のこと?」

 

 ひまりも巴も蘭も分からない、という顔をしている。

 

(ここまで来たら隠すことも難しいだろう)

 

 つぐには申し訳ないけど、俺は話すことにした。

つぐの悩み、俺の言ったこと、土曜日の個人練習のことを。

 

 

 

「……それ、本当に言ったのか?」

 

 話し終えて一番最初に口を開いたのは巴だった。

 

「うん。つぐはーー」

 

「つぐじゃない。お前が言ったのか? アタシ達がつぐに『技術を求めてない』って……」

 

 絞り出すような声で巴が言った。

 

「うん。言ったよ」

 

「ふざけんな!!」

 

 巴の怒号が学食内に響き渡る。他の生徒達が何事かとこちらに視線を向けてくる。

 

「ちょっと、巴」

 

 ひまりが小声で巴を宥めるも巴の怒りはおさまらない。

 

「そんな言い方したら、つぐが自分を責めるって分かんなかったのかよ!!」

 

「あ……」

 

 失念していた。『他のメンバーより技術面で劣ってる』と気にしているつぐに、フォローをいれたとはいえ『技術は期待していない』なんて言えばこうなることは明らかだった。

 

「……放課後にでもつぐに謝っとけ」

 

 そう言い残すと巴は食器を戻しに行ってしまった。

そのあとは誰も口を開かず、気まずい昼食となってしまった。

 

(とにかく、放課後につぐに謝りに行こう)

 

 

 

 

 

 放課後になり、荷物を引っつかんでつぐのところへーー

 

「日直、このノートを職員室まで持ってきてくれ」

 

「マジですか……」

 

 よりによってもう一人の日直は風邪で休んでいるし。

教卓には40冊のノート……

 

「はぁ……」

 

 とりあえず荷物を残したままノートを職員室へ持っていった。

 

 

「人使いの荒い担任だ……」

 

 

 結局、持っていった後で『教科準備室を整理する』と言い始めて担任と共に教科準備室へ行くはめになった。

 荷物を持ってきておくべきだったと後悔し始めたのも束の間、職員会議を忘れていたようで、他の先生と共に行ってしまった。

 

 バックレてもいいんだけどそうなった場合、後で何かあるかもしれないし……。結局やるという選択肢しかなかった。

 

 

 ぶつぶつと担任への文句を呟きながら教室へ戻る。

思いの外時間が経ってしまっていたようだ。教室に置いてある荷物から察するに、残っている人もそう多くはないだろう。

 

(これだとつぐも帰ったかな……)

 

 俺のため息だけが無人の教室に虚しく響いた。

 

 

 

「お?」

 

 荷物を持って階段へ行くと、ちょうど上に行く人影が見えた。

 

「つぐ」

 

 いつもなら振り向き、笑顔を見せるつぐだけれど……

 

(あれ? 聞こえなかったのかな?)

 

 俺の呼び掛けが聞こえなかったのか、そのまま上に上がっていく。

 それにしては歩調が遅くなった気がするし、左右に大きく揺れているし、どこか足元が覚束ないような気がする。

 

「は!?」

 

 つぐの足が止まったと思ったら、体が後ろに傾いた。

 

「嘘だろ!?」

 

 荷物を放り捨て、全力で走る。

 

(間に合え、間に合え! 間に合え!!)

 

 全てはつぐを支えるため。

アキレス腱? 靭帯? つぐとどっちが大事だ!

 

 靴底を鳴らしながら階段を駆け上がる。

 

ドン!

 

 つぐの背中の衝撃を受けて俺の足が階段から浮いた。瞬間、つぐを庇うべく抱き寄せる。

次いで背中から床に叩きつけられる。

 

「ぐっ!」

 

 なんとか頭を打ちつけるのを防ぐが、背中と左手に激痛がはしる。

 

「つぐ! つぐ!!」

 

 肩を叩き呼び掛けるも意識がない。

 

「どうした!?」

 

 騒ぎを聞きつけたのか、来たのはーー

 

「巴……ひまり……」

 

 巴とひまりだった。部活が終わったところだったんだろう。

 

「つぐ!? どうしたんだ!?」

 

「今、階段から落ちて……受け止めたんだけど……」

 

「「えっ!?」」

 

「先生を呼んできてくれないか? 場合によっては救急車も……」

 

 そう伝えると、巴は一目散に階段を駆け下りていった。

 

「ひまり。教室からつぐの荷物と、俺のジャージの上を持ってきてくれないか?」

 

 ひまりに頼むものの、ひまりは手で口を覆ったまま動かなかった。目の前の現実を受け入れられないようだった。

 

 

「上原ひまり!」

 

「はいっ!」ビクッ

 

「深呼吸!!」

 

 俺の大声での指示に、びっくりしながらも2回、3回と深呼吸する。

 

「……落ち着いた?」

 

「……うん」

 

 現実を受け入れられるぐらいには落ち着いたようだ。

 

「つぐの荷物と俺のジャージの上を持ってきてもらえるかな?」

 

「うん」

 

 ひまりはもと来た道を引き返していった。

さて、本当は動かすべきではないのだけれど、ここは階段の踊り場。何かを処置するにしても少しでも広いところの方がいいだろう。

 

(さすがにお姫様抱っこなんかはできないし……)

 

 よく漫画とかでは気絶した人をお姫様抱っこして運ぶなんてのがあるけど、実際気絶した人を運ぶなんてのは難しい。

 脱力している人間は体重の何倍にも感じるらしい。

けしてつぐが重いというわけではない。

 

「夕輝くん……持ってきたよ」

 

 そうこうしているうちに、ひまりが戻ってきた。

 

「じゃあ、ジャージを広げて敷いてくれるかな?」

 

「うん」

 

 指示したところにひまりがジャージを敷く。

今日、体育が無かったのが幸いした。さすがに使ったあとのを敷きたくはなかった。……衛生的にね。

 

(つぐ……ごめんな)

 

 つぐの後ろから両手を回し、お腹の前で組む。

あとは引き寄せる力で運ぼうとするもーー

 

(ぐっ!)

 

 左手に痛みがはしる。歯を食い縛り、表情に出さないようにする。

 

(手を組めないなら……)

 

 右手で左腕を掴み、再度チャレンジ。なんとかつぐをジャージの上に寝かせた。

 次いで、着ているブレザーを脱いで丸めて、つぐの頭の下に置いた。

 

(呼吸も苦しそうじゃないし、大丈夫かな?)

 

「夕輝くん……冷静だよね」

 

 ひまりが呟く。

 

「友達がこんなになっているのに、どうして冷静でいられるの?」

 

 それは単なる疑問か、はたまた俺に対して『冷血』という非難か、それは分からない。

 

「わりとテンパってるよ。やっていることが正しいかどうかも分からない。でも、つぐのためになることだと思ってやってるよ。だって……」

 

 

ーーそうでもしないと、ここまでつぐを追い詰めた俺自身を俺は赦せないーー

 

 

 巴が先生を連れてくるまで、誰も口を開かなかった。



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第29話

 つぐが階段から落ちて数時間。俺は病院の待合室にいた。

と言っても、つぐの面会に来たわけではなく俺自身も救急車で運ばれたからだ。

 

 

 つぐが担架に乗せられて運ばれるところを俺は呆然と見ていた。

幸い外傷は見られないものの、頭を打っているかもしれないということで救急車で搬送されることになった。

 保健の先生も付き添いとして救急車に乗り込み、救急隊員がリアドアを閉めようとした。

 

「待ってください!」

 

「ひまり?」

 

 その矢先、ひまりが待ったをかける。

一体どうしたというのだろう。俺と巴はもちろん、救急隊員も先生方も困惑している。

 

「彼も怪我してるんです。彼も連れていってください」

 

「なっ……」

 

 俺も病院に連れていけと言ってのけた。

隠していたつもりだった。先生に聞かれた時も、『受け止めて後ろに倒れただけですから』と言っていたのだ。

 誰も俺が階段から落ちたところを見ていないから隠しとおせるはずだった。

 

「な、何言ってるんだよ。俺はこの通り大丈ーー」

 

「……嘘だよね」

 

 そう言ってひまりは俺の左手首を掴む。

 

「っ!」

 

 握られた力はそんなに強くはなかった。それなのに、痛みを感じるには十分だった。

 

「つぐを庇った時に痛めたんだよね?」

 

「どうして分かったの?」

 

「さっき、つぐを移動させるときに手を組んだのに、一旦やめてから腕を掴んでたよね?」

 

 さりげなくやったつもりだったのに、ひまりにはバレていたようだ。抜けているようで周りをしっかり見ている。

それに、ひまりは言ってないけど表情にも出てたんだろうな。

 

(これは深呼吸させたのは失敗だったかな?)

 

 自分の失策に気づき苦笑する。

結局、ひまりと救急隊員によって、救急車に乗せられてリアドアが閉められる。

巴とひまり、先生や騒ぎを聞きつけたであろう人たちに見送られながら救急車が動き出す。

 応急処置として左手を固定されながら軽い問診を受ける。

『正直に答えてね』と釘を刺されたので、左手と背中の痛みを告げた。

同乗していた先生は怒りたい気持ちと、救急隊員の手前我慢しなきゃという気持ちが入り交じって複雑な表情をしていた。

 

 

 病院に着くなり、俺は整形外科に通された。触診やらレントゲン撮影やらをした結果、骨にヒビが入っていた……なんてことはなく、倒れたときに手をついたことによる捻挫らしい。

ただ、当然のことながら絶対安静だそうだ。

 まぁ、利き手じゃないのでそんなに支障はでないだろう。

 

 問題はつぐの方だ。

まだ目覚めていないらしく、ご両親が先ほど到着して医師から話を聞いているようだ。

 

「氷川君。帰りましょう」

 

 タクシーを呼ぶから、と保健の先生が俺に勧めるが、俺は首を横に振る。

 

「私たちに出来ることは何もないのよ?」

 

 あくまで諭すように先生が言う。

先生の言うことはもっともだ。俺が残っていても、つぐになにかしてあげられるわけではない。分かってはいるけれど、この場に残らなければいけない理由があった。

 

「……先生は学校に戻らなきゃいけないから、気をつけて帰ってね」

 

 動かない俺の意図を察したのか、動かないから諦めたのか、先生は病院を去った。きっと学校に戻ってから状況報告だったり、やり残した仕事だったりやらなければならないことがあるのだろう。

それでもこちらを気にかけてくれたことに申し訳なさを感じながらも、俺は待合室で一人自分の左手に巻かれた包帯を見ながらその時を待つ。

 無人の待合室は静寂に包まれていた。あまりに静かすぎて、時折『キィーン』と耳鳴りがするくらいだ。

 

 どれくらい時間が経っただろう。一時間程かもしれないし、十分程度かもしれない。

無音だった空間に存在感を示すように『コツ、コツ』と音が響いた。

ようやく来た、という気持ちと、来てしまった、という反する気持ちが俺の中を駆けめぐる。

視線を向けると、自分の予想通りの人物だった。

 俺はソファーから立ち上がり、その人物に一礼する。

 

「氷川夕輝です。先日お邪魔させていただいたのに、このタイミングの自己紹介になってしまい、申し訳ありません」

 

 

 目の前の前の人物ーーつぐのお父さんとは会うのは二回目だが、前回は仕事中だったこともあり、ちゃんとしたあいさつをしていなかった。

 

「いや、気にしなくていいよ。つぐみの父です……って知ってるよね」

 

 こんな状況でもつぐのお父さんは俺を気遣ってくれているのか、場をなごませようとしてくれている。

 

「えっと……つぐ……みさんの容態は?」

 

 もう少し気の利いたことを言えればいいんだけれど、あいにくとつぐのお父さんのように余裕がない。

 

「……うん。とりあえず脳に異常は見られないらしいよ。眠っているのは過労だそうだし……目立った傷がないのが救いかな」

 

 まぁ目覚めないことには詳しいことは分からないけどね、と告げる彼は思った以上に淡々としているように思えた。

 

「つぐみが無事なのも君のおかげだって聞いたよ。ありがとうっ」

 

 そう言って、彼は俺の右手に両手を添えて握った。

 

「!」

 

 その両手は震えていた。

 

「夕輝君には気の毒なことだけれど……君が身を呈してくれたから……つぐみは大怪我を負わずにすんだ……ありがとう……」

 

 先ほどまでの淡々としていた態度や、場をなごませようとしていたのが嘘のようだった。

俺を気遣ってくれているのもあったかもしれないが、そうすることで自分自身を落ち着かせようとしていたのかもしれない。

 次第に肩を震わせ、先ほどまで無音だった空間には彼の控えめな嗚咽が響いた。

それは娘に大事がなかったことへの安堵なのか、それともーー

 

 

 

「すまない。恥ずかしいところを見せてしまったね……」

 

 しばらくして、落ち着いたのだろう。彼は俺の手を放した。

 

「いえ……」

 

 なんと答えたらいいか分からなかった。ただ、大人の男性が泣いている姿を見るのは初めてかもしれない、とどうでもいいことを考えてしまった。

 

「遅くなってしまったが、送っていこう」

 

 駐車場に車を停めてあるんだ、と告げた。

 

「いえ、そんな……悪いです」

 

「君はつぐみの恩人である前に、ケガ人なんだ。何も遠慮することはない。

 それに、君の親御さんに説明しなきゃいけないだろう?」

 

「あ……」

 

 そう言われれば家に連絡を入れるのを忘れていた。

病院に着いてからスマホを確認もしていないし、おそらく通知やら着信やらが入っているだろう。……怖くて見る気にもならない。

 そんな息子がケガして帰ってきたら、色々面倒なことになりかねない。

そういう意味では、その提案は受けるべきなんだろうな。

 

「でも……つぐみさんは?」

 

「今夜、妻が泊まり込むから心配ないよ」

 

「そう……ですか……」

 

 ささやかな抵抗も虚しく、半ば押し切られる形で車で送ってもらうことになった。

 

 ただ、お互いに話題という話題がなく車内にはラジオの音声だけが流れていた。

 

(気まずい……)

 

 話題がないのももちろんだが、かたや加害者(気づかれてない)、かたや被害者の父という2人が車という密室で二人きりなのだ。

意識しないようにと思いながらも意識してしまう。

 

(俺がつぐを追いつめたと知ったらどんな反応をするだろうか)

 

 先ほどは『恩人』と言っていたけど、実際はつぐが転落する一端を作ったのは俺だ。

 

(殴られるだろうか……罵倒はされるだろうけど……)

 

 自分がやったことを考えれば妥当なところだろう。ただ、相手を傷つけておいて平然としていられるほどの精神力を持ち合わせてはいない。

そもそも自分の身を犠牲にしたなんていう英雄物語にでもなりそうな美談なんてもんじゃない。あくまで因果応報、自業自得なのだから。

 

「お父様……少しいいですか?」

 

 信号待ちのタイミングで口を開く。

『つぐのお父さん』と呼んでいいのか、なんて呼べばいいのか分からず『お父様』になってしまった。

 

「ん? どうしたのかな?」

 

 ひとまずその呼び方を受け入れてくれたことにホッとするが、重要なのはこれからだ。

 口を開こうとすると、口の中が急激に乾燥し、喉が乾く。頭の中でチリチリと音がする。

 

(言え、言え! 言え!!)

 

両手をギュッと握る。

 

「娘さんを……つぐみさんを精神的に追いつめたのは、自分なんです!」

 

(言ってしまった……)

 

 妙な達成感と共にこれから起こることへの恐怖感を覚える。

耳から心臓が出てくるんじゃないか、というレベルで鼓動が聞こえる。

つぐのお父さんの反応が気になるが、怖くてギュッと目を瞑った。

 少しして、青信号になったのか車がまた走り出す。

 

「夕輝くん……詳しく話してもらえるかな?」

 

 怒号を想像していた俺は、予想と真逆の、先ほどとなにも変わらない落ち着いた声で言われ、彼の方を向いた。

 その顔は、声色と同じく穏やかな顔で、目線は真っ直ぐ前だけを見据えていた。

 

 俺はすべてを話した。あの日つぐから相談を受けたこと、自分なりにアドバイスをしたこと、翌週の土曜日につぐがスタジオで早入りして練習していたこと、実はバンドの練習と嘘をついて自主練していたこと、アドバイスをした次の練習から自主練をしていたこと、アドバイスの時に言葉足らずで曲解されたこと……

 

「なるほど……話してくれてありがとう」

 

 話し終わった後も変わることなく穏やかな口調だ。

 

「怒ってはないのですか?」

 

「怒ってなんていないさ」

 

 本当に『なんでもない』というような口調だ。

 

「嘘かもしれませんよ?」

 

「夕輝くんが今言ったことは嘘なのかい?」

 

「いえ、あくまで言葉のあやですけど……」

 

 俺が嘘をつくなんて微塵も思っていないようだ。 

信じてもらえることは嬉しいことではあるけれどもそこまで無警戒に信じていいものなのだろうか……

 

「そもそもつぐみのお友達って時点で疑ってなんてないさ。身を呈して助けてくれたなら尚更さ」

 

「でもーー」

 

「非がない、とは言わないけれど、今回はつぐみにも非はあるし、お互い様ってところだと思うよ」

 

 俺の言葉を遮り告げる。

 

「そもそもつぐみも、目を覚ましたら夕輝くんのことを責めたりしないと思うよ」

 

「そう……ですかね……」

 

「もちろん、だって我が娘だもの」

 

 正直、その部分に関してはなんとも言えないけれど、そんな気がする。

 

 

 

「ただいま~……」

 

 こっそりと玄関を開けて入るとーー

 

「おかえりなさい」

 

 はい、紗夜姉さんが不動の構え(仁王立ち)で出迎えてくれました。

 

「夕輝、遅くなるなら連絡をーーどうしたの!? その左手!」

 

 いつものお説教モードから一転、俺の左手を見た途端に血相を変えて近づいてきた。

 

「あー……説明の前に、母さん呼んでもらえるかな?」

 

「こんばんは」

 

 姉さんに頼んだタイミングでつぐのお父さんが入ってきた。

ただ事ではないと察した姉さん。『少々お待ちください』と一声断ってリビングに消えていった。

 少しして母さんが大急ぎで出てきた。俺が粗相をしたと思ったのだろう。……当たりだけれど。

 

 その後は俺を含めての状況説明、親同士の謝罪合戦と続いた。

紗夜姉さんはリビングで聞き耳を立て(ちょこちょこすりガラス越しに姿が見えた)、騒ぎを聞き付けた日菜ねぇも階段から様子を伺っている。

 

 その後、つぐのお父さんが帰った後も二人による個別尋問が展開されるのだった。

 



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第30話

 ようやく30話まで来ました。
また、UA30000越えました。ありがとうございます。

 それと私事ではございますが、今月より残業+副業を始めたので、ただでさえ遅い執筆がさらに遅くなると思います。
 とりあえず週一投稿を目指しておりますが、場合によっては隔週投稿になる場合もあります。
 申し訳ありませんがよろしくお願いいたします。


「暇だ……」

 

 ベッドに仰向けになった状態で一人呟く。

部屋には俺一人しかいないので、当然返事を返してくれる人などいない。

 

『私の染みでも数えたまえ!』

 

 なんて天井が気を利かせて話しかけるわけでもない。

そもそもそんな声が聞こえたらいよいよ頭が末期だろう。

 まぁ、今週に限ってはかなりドタバタしてたし、待ちに待った週末だ。いつもなら用事があるけれども、今日は時間がある。というか時間をもて余してしまっているので、今週のドタバタをダイジェストで振り返りながらゆっくりするとしよう。

 

 

 週のはじめから波乱の幕開けを迎え、一夜明けた火曜日。

昨日のことがあったからか、どこか校内が慌ただしく感じる。もっとも俺が当事者の一人だからそう感じるだけかもしれないけど。

そんな慌ただしさと視線を感じながら自分の教室まで向かう。

教室から漏れる声を聞く限り、うちのクラスは今日も元気だ。

 

「おはよ~」

 

 あいさつをしながら教室へ入る。

最初の頃は黙って入ってたけど、RoseliaやAfterglowと接するうちに社交性を覚えてあいさつしながら入るようにしている。

今日もいつものようにあいさつがーー

 

「ん?」

 

 気づくと教室はシンと静まり返り、みんなの視線は俺に向けられる。

 

(あれ? 俺何かやらかした?)

 

 自分の席に着くまでの行動を振り返るも、特におかしな事はしていない。

 

「え~と……俺、何かした?」

 

 苦笑いを浮かべながら一番近くのグループに訊ねる。

するとーー

 

ガタガタッ!

 

「「「ーーーー!!」」」

 

「えっ!? えっ!?」

 

 急に俺の周りを取り囲んだと思ったら、興奮した面持ちで口々に何かを言い出した。悪口ではないとは思うけど、生憎と聖徳太子ではない俺はそれぞれが何を言っているか理解できずに混乱する。

 そもそも、聖徳太子もこんなに興奮した状態で来られたら話を聞く以前に身の危険を感じると思う。だって、人というよりは……

 

(餌に群がるライオンだよね。これじゃあ……)

 

 そういえば、ライオンってメスが狩りをするんだっけ、とどうでもいいことを思い出していると、その中の1人が代表して口を開く。

 

 曰く、昨日の放課後に宇田川さんが血相を変えて職員室に飛び込んできたのを見た人がいる。少しして保健の先生を連れて職員室を飛び出していった。この時、目撃者は部室の鍵を返すために入れ違いで職員室に入っていった。

 しばらくして救急車のサイレンが聞こえ、職員室が一層慌ただしくなる

→誰かが担架で運ばれて、そのあと二人ほど救急車に乗り込んだ。一人は保健の先生、もう一人は遠目だったものの、日菜先輩に見えたらしい。

 

→宇田川さんが呼びに行ったってことは、運ばれた人は宇田川さんと仲のいい人じゃない?

 

→そう言えば、昨日、羽沢さんが具合悪そうじゃなかった?

 

→でも、何で日菜先輩? 共通点無くない?

 

→そんなタイミングで左手に包帯巻いた俺、参上 今ここ

 

 ということらしい。

 

 いやはや、女子校の情報網マジ怖い……あ、元だね。

ついでに昨日の朝、俺がつぐを訪ねて1-Bに行っていたこともあって『痴情のもつれ!?』なんていう憶測が飛び交ったりしていたが否定した。

さすがにドラマの見すぎだよ……。

 

「あ……」

 

 蘭が来たのが人垣越しに見えた。あいさつをしようとしたが、フイッと視線をそらされた。

 

(見えなかったのかな?)

 

 そのすぐ後に担任が入ってきて、朝のホームルームが始まった。昨日のことが触れられることはなかった。騒ぎ立てないようにするための配慮だろう。……残念ながらこのクラスでは周知の事実だけれど。

 ホームルームが終わると、蘭が教室から出て行ってしまった。そのまま午前中は一度も戻ってこなかった。

 

 

「しばらく練習には来なくていいわ」

 

 お昼休み、Afterglowの面々と顔をあわせづらかったため、中庭に行くと友希那先輩に遭遇した。

ちなみに約束はしてないんだけど……この人、いつもここにいるのかな?

ベンチに近づいていくと俺だと気づいてスペースを空けてくれた。お礼を言って座ろうとするとーー

 

「どうしたのよ、その左手」

 

「あー……」

 

 昨日のことを説明すると、先ほどの言葉を言われた。

冷たいと思う人もいるかもしれないが、そんなことはない。

言葉はキッパリとしているものの、その表情からは心配の色が見てとれる。

 端から見たら表情に出にくいと思われがちな友希那先輩だけれど、Roseliaと行動を共にすしていたので、それなりに彼女の考えがある程度は分かるようになった。

さすがにリサ先輩ほどではないけれど。

 

「ですね。この手じゃあ機材の片づけなんかもままなりませんし……まぁ、演奏しないのが唯一の救いですよね」

 

 利き手じゃないにせよ、演奏に支障をきたしてしまうしね。そういう意味では迷惑かからなくてよかった。

 

「……」ジトー

 

 友希那先輩がこちらをジッと……というか明らかなジト目で見ていた。

 

「えっと……?」

 

 俺、変なこと言いましたっけ? と言おうとしたら友希那先輩は額を押さえてため息をついた。

 

「夕輝が演奏をしないからいいというわけではないのよ? 確かにあなたは演奏をするわけではないし、ライブにも出ることはないけれどRoseliaの一員には変わりないのよ? それは肝に銘じておきなさい」

 

 友希那先輩に怒られてしまった。とはいえ、『Roseliaの一員』と言ってもらえたのは嬉しかった。

 

「今回は不慮の事故ということにしておくけど、次にこんなことあったら……シめるわよ」

 

 気をつけよう、シめられたくはないからね。

もっともこれも友希那先輩なりの励ましだろう。……励ましだよね?

 

「ありがとうございます。まぁ、弁当作れないのは痛手ですけど……」

 

「お弁当……」

 

 友希那先輩がすごい悲しげに見えたのは気のせいだよね?

 

 

 そんなこんなで怒濤の火曜日だったものの、水曜日以降はこれといって騒ぎはなかった。強いていうなら、蘭がちょくちょく授業に出ていなかったのが気になった。噂話の方も、一時期は『つぐが意識不明の重体で面会謝絶』というところまでいったが(意識不明ではあったが、重体ではない。)下火になりつつある。

 それでも、『救いの王子様』、『名誉の負傷』なんてキーワードが聞こえたりする。あくまで俺にとっては事実ではないんだけどな……。

 

 ちなみに家ではどうかというと、学校ほどではないけれど大変だったりする。

まず朝、いつも通りに起床して台所へ行く。

 

「何してるの?」

 

 すかさず母に追い返される。習慣とは怖いもので、一度染み着いたことは簡単には抜けてくれない。いつものお弁当を作るつもりで起きてしまった。残念ながら今週は全部そのやり取りが行われた。

 

 制服で着替えるときもなかなかにしんどい。普通なら意図せず出来ることだが、片手となると勝手が違ってくる。まずはボタン。

外すときは片手でもなんなく出来るけれど、留めるのは大変だ。

穴の空いた方をボタン側に寄せて、ボタンを親指で押し込む。

それを五、六回繰り返す。しかもワイシャツのボタンは割と小さいので少し苦労する。一方でブレザーのボタンは少なく、ワイシャツに比べて大きいから楽にすんだ。

 

 最大の難所はネクタイ。羽丘では男女共にネクタイ着用が義務づけられている。しかし、これはめんどくさい。両手でも苦戦するものが片手で楽に出来るわけがない。挑戦してみるも、もちろん無理。

誰だよ、利き手じゃないから大丈夫とか言った奴は!? 俺だけど。

 

(父さん、まだいるかな?)

 

 こうなったら、父さんにわっかだけつくってもらったのを俺が頭から被り、引っ張ってネクタイをつける方法で行くしかない。

ネクタイを持って部屋を出る。

 

「あら? 夕輝、ネクタイは?」

 

 同じタイミングで部屋を出た紗夜姉さんに遭遇。

 

「あ~……これじゃあつけられないからさ……父さん、まだ出てないよね?」

 

 左手を見せながら訊ねる。

 

「今日は早めの出勤だからって出たわよ?」

 

「うぇっ!? マジかぁ……」

 

 よりによってもう行っちゃったようだ。

どうしようかと考えを巡らせていると、右手から何かがスルリと抜ける感覚が……

 

「姉さん?」

 

 ふと見ると、俺が右手に持っていたネクタイを姉さんが持っていた。

 

「動かないで」

 

「あ、はい」

 

 直立不動の姿勢をとると、姉さんは俺のワイシャツの襟を立ててスルリとネクタイを通す。ネクタイを締める関係上、多少距離が近いので姉さんのシャンプーの匂いが鼻腔をくすぐる。

そんなこととはつゆ知らず、姉さんの表情は真剣そのもの。

 

(そういえば、幼い頃はなんやかんや姉さんにやってもらったっけな……)

 

 昔は姉さんの方が背が高かったけど、今ではこうして見下ろすようになったなぁ……5cmしか変わらないけれど。

 すると姉さんがこちらを見つめる。それは上目遣いのようにーー

 

「終わったわよ」

 

「はへ!?」

 

 気づいたら、しっかりとネクタイは締められていた。

 

「あ、ありがとう」

 

「ボーッとして、どうしたの?」

 

「いや……なんでもない」

 

 昔を思い出していたなんて言えるわけがない。

 

「そう? じゃあ先に行くけど、遅刻しないようにね」

 

 そう言うと姉さんは階段を下りていった。

その日から着替え終ったタイミングを見計らってなのか、たまたまなのか、姉さんが着てネクタイを締めてくれた。

ありがたいけれど、こちらはドキドキして顔に出ていないか不安だった。

 

「くっ……やっぱりやりづらい」

 

 夜、風呂に入っていたのだが体を洗うのにも一苦労。大体のところはいいけれど、当然右手では右腕を洗えない。さらに背中も右手だけでは限界がある。

 昨日はその事を完全に忘れていて、苦戦しながらも痛みを堪えて左手も使った。それでも、左手を庇いながらなので思ったよりも時間がかかってしまった。

 

「ゆーくん、入るよ~」ガチャ

 

「ちょっ!? 日菜ねぇ!!」

 

 いきなり浴室のドアを開けられ、咄嗟にタオルで隠す。

 

「何ビックリしてるの? 入るって言ったよ?」

 

「せめてこっちが許可してから入ってくださいよ……」

 

 そもそも風呂に入ってるんだから、裸だし……

 

(ってことは日菜ねぇも!?)

 

 タオルで体を隠しながら日菜ねぇの方を見ないようにする。

 

「ゆーくん? どうしたの?」

 

「いや、裸だし……」

 

「当たり前じゃん、お風呂なんだし」

 

 そうだけど……そうじゃないんだって!

とにかく日菜ねぇの方を見ないように必死に視線をそらす。

おかげで体を洗えないままだ。正直寒くなってきたので、早く洗って風呂に入りたいんだけど……

 

「日菜ねぇ……そろそろ寒くなってきたからさっさと風呂に入りたいんだけど……」

 

 冬ではないものの、いい加減に裸でいるのにも限界がある。

何が悲しくて湯気が立ちこめる湯槽を前にお預けをくらわなければいけないのか……

 そんな思いを込めて日菜ねぇに文句を言うと、

 

「じゃあ、あたしが洗ってあげるよ!」

 

「は?」

 

 いうが早いか、日菜ねぇはスポンジを手に取ると素早くボディーソープをつけて俺の背中を擦り始めた。

 

「ちょっ!? 日菜ねぇ!?」

 

 咄嗟のことに反応が遅れてしまった俺は抗議の声をあげるも、動くに動けずなすがままにされる。

 

「痒いところはな~い?」

 

「いや、その……」

 

(日菜ねぇに体を洗われている今がむず痒いです)

 

 とは口に出せずにまごまごしてしまう。

 

「んじゃあ次は右手ね~」

 

 そうしてる間に日菜ねぇは背中を洗い終わり、右手へ。

抵抗したいものの、風呂場で変に抵抗すると日菜ねぇが転倒して怪我するかもしれない。

そう考えると、俺に出来ることは抵抗せずにジッとして終わるのを待つだけかもしれない。

 

「他に洗うところは無い?」

 

「いや、あとは洗い終わってて流すだけだから!」

 

 そう言ってシャワーに手を伸ばす。

 

「じゃあ、流してあげるね?」

 

「いや、そこまではいいから!」

 

 日菜ねぇとシャワーの取り合いになってしまった。そして運悪く、どちらかが蛇口を捻ってしまいーー

 

「きゃっ!?」

 

「日菜ねぇ!?」

 

 日菜ねぇにシャワーのお湯がヒット!

日菜ねぇの方を反射的に向いてしまった。

 

「びしょびしょ~……」

 

 日菜ねぇは裸ではなく、学校の半袖ジャージにショートパンツと動きやすい服装だった。それはいい。裸じゃなくて助かった。

 でも、お湯がヒットしたことでジャージが透けて、エメラルドグリーンのーー

 

「日菜ねぇ……その……透けてる」

 

 すぐさま顔をそらして日菜ねぇに危機を告げる。

 

「へっ?」

 

 すぐさま事態を確認すると……

 

「わわっ、おっ邪魔しました~!」

 

 すぐさま出ていってしまった。

風呂場は静かになったものの、どっと疲れてしまった。

 

 

 そんな二人の献身はありがたいけど、正直こちらとしてはドキドキで身が持たない。

 幸い今はどちらも出掛けているから、今日はゆっくりーー

 

「んあ?」

 

 スマホに着信が来た。

発信者は『青葉モカ』と表示されていた。

                   



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第31話

「散らかってるけどどーぞ」

 

「お邪魔しま~す」

 

 モカから連絡を受けて、近場で合流し俺の家に行くことになった。いつもなら羽沢珈琲店(つぐの家)に行くところだろうけど、俺に気を遣ったのか、誰にも聞かれたくない話なのか……

 

「適当に座ってて。飲み物持ってくるから」

 

 部屋に案内してから飲み物を取りに台所へ行く。何か茶菓子はあったっけか……

 

「なにしてんの?」

 

 見つけたカン○リーマ○ムとハ○べ○トとミルクティーを持っていくと、モカがネコが伸びをするような姿勢でこちらに背を向けていた。その手はベッドの下を探っていた。

 

「いや~、男の子の部屋と言ったらお決まりかなぁと思って~」

 

「いや、無いから。むしろあったらどうするつもりなのさ」

 

「後学のために~」

 

「んな勉強はいりません!」

 

 おどけてはいるけど、見つけたら見つけたで赤面するんだろうな。

そもそもそんな本を持っていようなら紗夜姉さんからの特別お説教コース行き確定だ。

 それよりーー

 

(その格好、なかなか危ないものがあるんですけど……)

 

 モカ自身気づいているか分からないが、服が捲れ上がり腰の辺りから白い肌が露になっている。ついでにいえばお尻を左右に揺らしているためなおさら目に悪い。いや、目にはいいんだけれど、心臓には悪い。

 

「ところで話ってなぁに?」

 

 えっ、まさかこんなことするためにうちに来た訳じゃないよね? 違うよね? もしそうなら帰るけど……あ、ここ俺んちだ。

 

「あ、そーだった」

 

 よいしょ、と体勢を整えてモカは俺と向かい合う。

 

「実はーー」

 

「んー……」

 

 モカが話を終えて、ミルクティーで喉を潤す。

俺は話を整理しながら思わず唸る。

 

「つまり、蘭はAfterglow(いつもどおり)華道(いえのこと)で板挟みってことか……」

 

 俺の呟きにカップを両手で挟んだまま、モカがコクリと頷く。

そういえば蘭の家は長く続く華道の家元だって前に聞いたっけ。

蘭のお父さんとしては娘には早くに家を継いでほしいのだろう。

それ以外のことかまけてほしくないのが本音なんだろう。

 一方で蘭もそんなお父さんの気持ちを分かっているんだろうけど、バンドも大事なわけでどっちつかずでいるんだろう。

 それをお父さんに『ごっこ遊び』と言われてしまって、4人とバンドをバカにされたようで、ついムキになってしまったんだろう。

 

 

「で、モカ的にはどう思うの?」

 

 カン○リーマ○ムを1つとって、包みを破って口に咥える。

 

「え?」

 

 聞かれるとは思っていなかったのか、モカは目を見開く。

ムグムグと咀嚼して飲み込む。

 

「とりあえず蘭と蘭のお父さんの話、Afterglowが大変だということは分かった。それで、モカの気持ちはどうなの?」

 

「あたしの、気持ち?」

 

「蘭にはバンドを続けてほしいのか、それとも……」

 

 そう言いながら受け皿から個包装のカン○リーマ○ムを二種類、モカの手前に置く。

 

「あたしは、続けてほしい」

 

 モカは赤い包装の方を取った。蘭の一束の髪を象徴するような赤色をーー

 

「他の三人も同じ気持ちだと思うか?」

 

「うん!」

 

 力強くモカは答えた。その目は、その表情はいつものような眠そうな、そして惚けたようなものではなく覚悟を決めたものだった。

 

「ん~……じゃあ俺も覚悟を決めますかね」

 

 正直怖いところはあるけれど、モカが覚悟を決めたなら俺も腹を括りましょう。

 

「何かするの?」

 

 そう不安そうな顔しなさんな。こっちまで尻込みしちゃうでしょうが。

 

「とりあえずモカは他のメンバーと本気で話し合ってきて。蘭に自分の気持ちをぶちまけちゃいな」

 

 巴の受け売りになっちゃうけど、『思っていることはちゃんと言葉にしないと伝わらない』んだ。

その点、モカは空気を読んでしまって言わないことが多い。幼なじみだから~、と遠慮しているのか、言葉にしなくても分かるからなのか……ともあれ、言いたいこと、不満、何でもいいからぶちまけちゃえ! 昨日今日出会った仲じゃないんだ。そのくらいやっても問題ないだろう。

 

「ゆーくんは? どうするの?」

 

「ちょっくらラスボスとね……」

 

「直接対決? 熱い展開?」

 

 何? 少年マンガみたいな手に汗握る展開を期待してるの?

生憎と手に汗どころか、冷や汗かくのは俺だけだぞ?

端から見たらくっそ面白くないから打ち切り確定だな。

 

「なぁに、単なる世間話さ」

 

 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲みつつ、のどかに終わるならなおよし。

 とは言うけれど、まさか剣道、柔道、空手、合気道……合わせて10何段という化け物ではないよね!? 合気道なら必要に駈られて多少の心得はあるけど……ま、まぁ蘭のお父さんは華道の家元だしぃ? さすがに怪我する恐れのある武道をやっているとは思えないし……大丈夫大丈夫。……たぶん、おそらく、maybe……

 

「ところでモカさんや……」

 

 思考の海から戻りモカに目を向けると、カン○リーマ○ムを頬張っていた。なにこの小動物。

 

「ん~……ゴクン……なに~?」

 

「いや、ラスボスのところに行く前に聞きたいことがあるんだけどさ……」

 

 ラスボスの前にフラグイベント……ってわけでもないけど、俺自身清算しなきゃいけないことがある。先にそちらを済ますとしよう。

 

 

 

???side

 

「っと……そろそろ休憩入れな~い?」

 

「そうね……じゃあ10分休憩ね」

 

 いつものスタジオで行われている練習。いつもと違うところがあるとすれば、メンバーが一人足りないこと。

友希那からは今週最初の練習の時に、彼がしばらく来られないことを聞いていた。

 もっとも、『彼』は演奏しないから演奏自体に問題はない。

それでも、あこや燐子はどこか気落ちしているように見える。

友希那も注意はするけれど、いつものように『やる気がないなら帰って!』とまでは言わない。

音合わせになればしっかりとこなす。けれども、いつもなら演奏が終わる度に褒めてくれたり、逆に気になった点を言ってくれる彼がいないだけで少し物寂しく感じてしまう。

 

(馴れ合い……とは言わないけど、飴と鞭ってところかな?)

 

 Roseliaは圧倒的に『鞭』が多い。目指すところが目指すところだし、もともと友希那も紗夜もストイックだ。そこを軋轢が起こらないように上手く緩衝材になっているのがアタシだったり、彼だったりするんだけど……アタシも気が回らない時には彼が上手くとりなしてくれていた。

 

(夕輝がいないだけで、ここまで変わるのかぁ)

 

 なんとも言えない気持ちを水分と共に喉の奥へと押し流す。

 

ブー ブー

 

「ん?」

 

 マナーモードにしていたスマホが振動した。

手に取り、確認するとーー

 

(ま~た何かやらかしたなぁ~☆)

 

 そこには今日はいない彼が自分を頼って送ってきたメッセージが表示されていた。

しょうがないなぁと思いながらも、何かと頼りにされている彼から頼られるとなると悪い気がしなかった。

 

(『これは、貸し1だぞ☆』っと)

 

「リサ? どうかしたの?」

 

「え? 何が?」

 

 友希那が怪訝そうな顔でこちらを見ている。

 

「顔がにやけているようだけれど?」

 

「え? そ、そう?」

 

 思わずニヤニヤしていたようだ。危ない危ない。

 

「何かあったの?」

 

「ん~ん。な~んにも☆」

 

 そう言うと、友希那は追求することなくあっさりと引き下がった。

 

(ん~……こっちはともかく、もう1つはそんなに詳しいわけじゃないんだよなぁ……)

 

 でも、頼られている以上何かしら答えを提示しなければと休憩時間の間に調べて、返信する。

 

『ありがとうございます。このお礼はいつか』

 

 そっけない一言だったものの、寂しさが吹き飛ぶには十分だった。

 

 

「よっしゃ~、やるぞ~!」

 

「リサ、本当になんともないの?」

 

「ひどいなぁ~! ここからの練習はちゃんと気を引き締めていくからね☆」

 

 こんなことでやる気が出るなんて、我ながらげんきんだなぁ。

 

 side out

 

 

 

 

 

 

 



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第32話

 まさかの寝坊で仕事に2時間半遅刻してしまった


 昼下がり。モカと別れ俺はとある場所に来ていた。

 

(自宅から入るべきか……店の方から入るべきか……)

 

 自分の清算をすべく、羽沢珈琲店の前に来ていた。……のだがーー

 

(今の時間は営業中だよなぁ……迷惑になるかな? でも営業中ってことは、家の方には誰もいないかもしれないし……)

 

 うーんと唸りながら店の前を行ったり来たり。端から見れば不審者なのだが、俺自身は真剣なんです!

 

(客として来たわけじゃないから、家の方? でもいなかったら本末転倒だし……)

 

 こんなことなら『Afterglowのメンバーと顔を合わせないように……』とか変な意地を張らずに入院している間にお見舞いに行けば良かったと後悔し始めたときーー

 

「うちに何かご用ですか?」

 

 後ろから声をかけられた。

 

(父さん、母さん……あなた方の息子は不審者認定を受けたようです……)

 

 

side つぐみ

 

 私が入院して今日で六日目。といっても昨日退院して、今は自分の部屋にいる。本当はお店の手伝いをしなきゃいけないんだけど、『退院したばかりなんだから無理しないでゆっくりしなさい』って言われちゃった。

 でも、何もしないのもそれはそれで辛いんだよね……。いつもやっていることをやっていないと、気分が悪いというか……。

 

(課題でもやろうかな……)

 

 手持ち無沙汰なので入院している間に持ってきてもらった課題に手をつけるとしよう。

ただ、当然のごとく授業は進んでいる。1日出ないだけで着いていけないこともあるのに、それが四日分ともなると軽い浦島太郎状態だ。

 

(たしかノートのコピーがあったよね……)

 

 課題と一緒に巴ちゃんたちがノートのコピーも持ってきてくれた。授業を受けてなくても、教科書とノートがあればある程度解けるよね?

 

「っ!」

 

 教科書とともにノートのコピーを取り出すと、予想以上の情報量に閉口する。

ただですら分からない数式なのにまるで魔導書を解読しているような感覚に陥る。

 

(このノートは……巴ちゃんのだよね……)

 

 羅列している文字は達筆かつダイナミックでまるで彼女そのものだ。

ただ、課題とは別な方向で頭を悩ませることになりそうだ。

 

(気持ちだけ受け取っておこう……)

 

 巴ちゃんだって悪気があったわけじゃない。むしろ私が困っていると思ってわざわざノートをコピーしてくれたんだし……読み解けない私がまだまだなんだよね。

巴ちゃんに感謝しながらノートのコピーを机の引き出しにしまう。

 

(これは、ひまりちゃんのだね)

 

 巴ちゃんのとはまた違い、正しく女の子といった丸字で書かれたそれは今度こそ私でも読むことができる文字だった。

決して巴ちゃんに責任があるわけじゃないよっ!

 

「ん~……」

 

 ただ、ひまりちゃんのノートは別な方向で私を悩ませる。

それはーー

 

(目が疲れる)ゴシゴシ

 

 きっと重要な所とかを色分けして分かりやすくしようとしたのだろう。様々な色で書かれていた。ーー本来の黒を見つけられないくらいにはーー

 

(あれ? 途中から赤ペンだけで書かれてる……ペンを変えるの忘れたのかな?)

 

 ともあれ、これではどこが本当に重要なのか判別できない。

苦手ながらも頑張ってノートをとってくれたのはありがたいけど、これもどうやら私には過ぎたノートみたい。

 

(ありがとう、ひまりちゃん)

 

 感謝とともに机の引き出しにしまった。

 

(最後はモカちゃんのか)

 

 お見舞いに来てくれたときに、蘭ちゃんは授業に出ていないって話を聞いた。蘭ちゃんも色々抱えているようだけれど、正直私自身心配していられる立場にない。

 

(ごめんね、蘭ちゃん)

 

 蘭ちゃんに謝りながらもモカちゃんのコピーに目を向ける。

 

『ふふ~ん! モカちゃんのノートぞよ~。崇め奉るがよい~』ドヤッ

 

 とどや顔でノートのコピーを持ってきてくれたモカちゃん。

自信過剰ともとられるその言動だけど、実は成績上位なのだから納得もいく。

 

『モカちゃん天才ですから~』

 

 本人はそう言ってるけど、その実、誰も見ていないところで努力をしているに違いない。

 

(もうモカちゃんのノートだけが頼りなんですっ!)

 

 なるほど……ひまりちゃんのノートとは違い、余白を使って見やすく……

 

(って、ほとんど余白っ!!) ゴンッ!

 

 あまりの衝撃に机に頭をぶつけてしまった。

最初の方こそ真面目にノートをとっていたことが見受けられるが、だんだん筆跡が怪しくなっていき、終いにはダイイングメッセージよろしく線とともに途切れてしまった。

 

 そういえば、彼女に勉強のコツを聞いたところ、

 

『ん~? 睡眠学習が一番かなぁ~』

 

 と語っていた。その時は冗談かな? と思ってはいたけど……

 

(これは睡眠学習じゃなくて、居眠りだよモカちゃん……)

 

 頼みの綱が実はたこ糸レベルの細さと強度しかなかったことにうちひしがれる。

 

(こうなったら、巴ちゃんとひまりちゃんのノートを照らし合わせて……)

 

 コンコンコン

 

 そんな思考を中断するかのように、部屋のドアがノックされる。

 

「つぐみ~、今いいかな?」

 

「大丈夫だよ。どうかしたの?」

 

 ドアからひょっこりと顔を出したのはお母さん。お店が忙しくなったから手伝って、と呼びに来たのかな?

 

「お友達が来てるんだけど……お通ししていいかな?」

 

(友達? 誰だろう?)

 

 

 巴ちゃんとひまりちゃんは……この間お見舞いに来てくれたし……モカちゃんは一昨日来てくれた。もしかしたら蘭ちゃんかな?

 

「うん! 大丈夫だよっ」

 

 

 急に来たということは、大事なお話かもしれない。課題はおいておくとして、蘭ちゃんのお話を聞こう。

 そう判断して了承する。

 

「じゃあ、呼んでくるわね。あ、邪魔はしないからごゆっくり~♪」

 

 そう言い残してお母さんは部屋を出た。

その時の顔が一瞬、ニヤニヤとしたーーまるでモカちゃんが蘭ちゃんを弄るときのようなーー顔をしているように見えたのは気のせいかな?

 

 少しして誰かが階段を上って来る音が聞こえ、

 

コンコンコン

 

 遠慮がちとも言えるようなノックが聞こえた。

 

「どうぞっ」

 

 返事をすると、ドアが開けられアイスグリーンの髪がーーあれ?

 

「えっと……やっほー?」

 

 謎のあいさつとともに現れたのは、蘭ちゃんではなくて私を助けてくれた夕輝くんでした。

 

side out

 

 

 

 店の前で声をかけてきた女性はつぐのお母さんだった。

事情を説明したらかなりお礼を言われた。ともあれ不審者扱いされなくて済んで良かった(小並感)

 

「大事なお話があるんですけど……つぐみさんはご在宅ですか?」

 

 そう伝えると、つぐのお母さんは両手で口を覆っていた。

 

(えっ? 俺何かしました??)

 

 不安に駈られていると、とてもイキイキし始めた。まるで日菜ねぇの『るん♪ときた』時のようなテンションの上がりようだ。

 

「あがって待っててちょうだい♪」

 

 リビングに通されると、お母さんは二階へ上がっていった。おそらくつぐを呼びに行ったのかな?

どうでもいいことだけれど女子高生の娘さんを持つお母さんって見た目も中身も若々しいものなのだろうか。つぐのお母さん然り、この間の友希那先輩のお母さん然り。

 ちなみにうちの母さんは見た目はともかくとして中身は若々しい……というか時々はっちゃけている。それでも日菜ねぇをマイルドにしたようなものだけれど……

まぁ、紗夜姉さんが受け継がなかった分も日菜ねぇが受け継いだって考えれば……うん。バランスもとれるはず。

 

 なんて考えていると、つぐのお母さんが戻ってきた。

 

「つぐみは部屋にいるから行ってあげて。部屋は分かるわよね?」

 

「はい。大丈夫です。じゃあ……失礼しますね」

 

 一言断りを入れて、つぐの部屋に向かうべく階段を上がる。

 

「あ、そうそう」

 

 足をかけたところで声をかけられる。

 

「誰も部屋に行かないようにするから安心してね?」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 込み入った話だということを察してくれたのだろう。

 

「あと、お父さんは説得しておくから大丈夫よ♪」

 

 うん……うん?……うん!?

 

「えっと、それはどういうーー」

 

「まぁまぁ、ごゆっくり~♪」

 

 不穏な響きを聞いて不安がる俺を押し込むように背中を(物理的に)押してくるつぐのお母さん。

 釈然としないけれど、いつまでもここにいても始まらない。

再び階段に足をかけ、一段、一段と上っていく。

その度に鼓動が響く気がする。

 

 程なくして階段を上り終えた。実際は一分にも満たない時間だろうけど、体感で一時間ほどに感じた。

とはいえ、まだまだ序の口。ここからが本番なんだけど……

 

コンコンコン

 

 ドアを三回ノックする。思いの外、ノックする力が弱かった。

 

「どうぞっ」

 

 すぐさま声が返ってきた。数日ぶりに聞いたその声は気だるげだったり、逆に気張っているようなこともなく、いつも通りの響きだった。

その事にひとまず安堵して、こちらも気持ちを落ち着かせるべく深呼吸。ドアノブに手を伸ばす。

 

(おい、震えるなよ右手)

 

 震える右手でゆっくりとドアノブをひねり、ドアを開ける。

ドアを開けて久しぶりに見たつぐの表情はポカーンとしていた。目の前の事実に混乱しているようだった。

 

「えっと……やっほー?」

 

『久しぶり』、『具合、大丈夫?』……いろいろ考えていたあいさつは、つぐの表情とともにどこかへ飛んでいってしまい、謎のあいさつが俺の口から思わず漏れた。

 

ガタタッ!

 

 少しして起動したつぐが座っていた椅子から立とうとして座り込んだ。

 

「ちょっ!? 大丈夫!?」

 

 驚いたものの、急いで近くに寄る。

まさかまだ体調が優れないのだろうか。だとしたら日を改めて……

 

「だ、大丈夫っ! 夕輝くんが来るとは思ってなかったから……驚いて腰抜けちゃった」

 

「うっ……」グサッ

 

 遠回しに『お見舞いに来なかった』と言われた気がした。……そんなことはないだろうけど。

 

「ごめん……お見舞いに行かなくて」

 

「えっ!? ううん! そういうことじゃなくてね……それを言ったら私が階段から落ちなかったら、こんなことにはならなかったんだし……」

 

 つぐの視線は包帯が巻かれた俺の左手に向けられる。

 

「いやいや。もともと俺がちゃんと口に出して説明してればこんなことにはならなかったと……」

 

 そこからは水掛け論というか、謝り合戦が始まった。

『俺が』、『いや、私が』……とどちらも譲らない。そんな謝り合戦に終止符を打ったのは俺でも、つぐでもなくーー

 

「とりあえずお互いに言いたいことはあるみたいだし、お茶でもいかがかしら?」

 

「「!!??」」ビクッ

 

 いつの間にか入り口につぐのお母さんが立っていた。

 

「お母さん!? いつの間に!?」

 

「あら? ノックはしたのよ? 二人とも全然気づかなかったみたいだけれど」

 

 にこやかに笑いながらテーブルの上にケーキの入った箱とコーヒーカップ、シュガーポットなどを置いていく。

 

「お茶っていっても珈琲店だからコーヒーなんだけどね」

 

「構いません。頂きます」

 

 ススッとテーブルの近くに移動して座る。

 

「つぐみもそんなところに座ってないで~」

 

「え、えぇ……」

 

 つぐはかなり困惑していた。

 

 

「まずは前に来たときのこと、謝らせてほしい……ごめんね」

 

 お茶をして落ち着いたところでようやく本題を切り出す。

 

「あの日、『つぐに技術的なことは求めていない』って言ったね」

 

「そんなこと……」

 

 つぐが続きを言う前に、右手で制す。

 

「あれは、つぐが例え技術的に劣っていたとしても他の四人は見捨てたりしないし、いつまででも一緒にいてくれる。そういう意味だったんだ」

 

「……そうだったんだ。私の早とちりだったんだね」

 

「と、俺も思っていた」

 

「えっ!?」

 

 つぐの目が驚きのあまり大きく見開かれている。

うん。まだ話は続くんです。

 

「モカからAfterglowの結成話を聞いた」

 

 午前中、モカから聞いたのは結成秘話。

もともと幼なじみの五人だったけど、中学に入って蘭だけが別のクラスになってしまった。クラスが変わってしまえば必然的に一緒にいられる時間は減ってしまう。加えて蘭は人見知り&寂しがりな質なのでクラスにも馴染めなかった。

 

『バンドやろう!』

 

 そんなときにつぐの鶴の一声でバンドが結成された。

リーダーはひまりだけれど、発起人はつぐ。

今の五人でいられるのはつぐがいたから。

 

 

「そういう意味では、つぐがAfterglowの屋台骨だったんだ。

 だから、不用意な言葉で惑わせてしまってごめんなさい」

 

「そんなこと……私の方こそ……夕輝くん、言ってくれたよね?

 努力し続ける人たちのこと。その人たちみたいにとは言わないけど適度に休みをとれって……それなのに夕輝くんの忠告を無視して……」

 

 ちらりと俺の左手に視線を向ける。

 

「夕輝くんにケガさせちゃってごめんなさい」

 

 涙ながらに謝るつぐ。

おかしい……彼女の顔を曇らせるつもりはなかったのに……

 

「ケガって言っても骨折したわけじゃないし、捻挫だって俺が変に手を着いちゃった結果だよ。

 そもそもつぐを支えられなかった俺に原因があると思うんだよねぇ~」

 

「そんなこと……」

 

 おっと、また謝り合戦が始まりそう。

 

「でも、つぐも腑に落ちないよね? だから……お互いに一つ、お願いを聞くって言うのはどうかな? それで手打ちでどう?」

 

「何でもいいの?」

 

「お互いに同意の上ならね。あ、俺は何でもオッケーだよっ」

 

「えっ!? えっ!?」

 

 おーおー、顔が赤くなっていきますなぁ~。なにを想像してるんですかねぇ?

 

「じゃあ、俺のお願いからね~」

 

「えっ!? あ、ちょっと待って!!」

 

 つぐがかなり焦ってる。まぁ、待たないんですけどね。

 

「Afterglow五人でちゃんと話し合ってほしいんだ」

 

「そんなこと!!……え?」

 

 

 

 

「ごめん! 悪かったって!」

 

「ツーン」プクゥー

 

 お願いの内容を説明すると、つぐは頬を膨らませる。まるでひまわりの種を収納し過ぎたハムスターのようだ。

 

(これはからかいすぎたか……)

 

 つぐの反応が面白すぎていきすぎてしまった。反省はしている。後悔はしていない。

 

 それでもコレじゃあ話が進まない。

 

「よしっ! じゃあつぐは特別に2つ、2つでどうかな?」

 

「……何でもいいの?」

 

 ジト目でにらむつぐとかご褒美でしかない!!

 

「おうとも!」

 

「……今度、カフェ巡りに付き合って。……夕輝くんの奢りで」

 

「はい喜んで!!」

 

 財布の中は見ていないけど、なんとかしよう。その気になれば両親に土下座でもして借りよう。または早急にバイト探そう。

 

「もう一つは?」

 

「……勉強教えて」

 

 そんなことで権利を使わなくても……と思いつつも、つぐらしいと思ってしまう。

 

「はい、喜んで」

 

 つぐに笑いかけながら了承した。

 




 次回、ラスボス編。チュチュは出ないよ。


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第33話

 かなりお待たせいたしました。
Afterglow編の山場です。

 コラボガチャはなぜかハロハピガチャでした。余裕で頂点(天井)まで登り詰めました。
 バイト&残業頑張んなきゃ(白目)


side 蘭

 

 あたしはこの和室が苦手だ。

和室自体は華道をやってるし、そもそも家自体が純和風だから嫌いとか苦手とかじゃない。『この』和室。正確に言えば、この和室の上座にお父さんが座るときが一番苦手だ。あたしという人間の小ささを再認識させられる。

 

『半端者』。それがあたしに貼られたレッテル。

華道でも、バンドでもどちらも中途半端。

 この部屋に来ると、いかにあたしが華道と向き合っていないかという指摘から始まり、『バンドに現を抜かしているからだ。あんなごっこ遊びは辞めてしまえ!』と続く。それが毎回……。

 別にあたしがなんと言われようと構わない。それ自体は事実だし、自覚もしている。

 でも、バンドを……あたしの仲間を貶すのは勘弁ならない。

何度か反論したことがある。説教の時間が延びただけだった。

睨み付けたこともある。結果は同じだった。

うっかりため息をついたこともある。結果は同じだった。

 

 

「蘭! 聞いてるのか!?」

 

「……はい」

 

 だからあたしは反論も不満も今は黙って押し殺す。

心の中で怒りの炎を燃やしながらーー

 

「失礼します」

 

 そんなとき、急にお母さんが襖を開けて入ってきた。

いつもは説教が終わるまでは入ってくることはないのに……

お父さんも何事かと視線を向ける。

 

「蘭のお友達が来てるのだけれど……」

 

「こんな時間にか?」

 

 時間は一般的には夕飯時。まだ夕刻ではあるものの、来客のある時間としてはどうかというところだろう。

あたしの家なんかはそういうところも気にしてしまう。特にお父さんはそうだ。

現に今も口には出さないけど、『そんなヤツと付き合っているのか』という目をあたしに向けている。 

 とはいえ、あたしにも心当たりがない。自分で言うのもなんだけど、あたしは友達がそんなに多くない。それこそAfterglowのメンバーと夕輝くらいだ。

 

(こんな時間に来そうなのは……)

 

 つぐみなら事前に連絡を入れてくれるだろうし、まずこの時間帯で来ることはないだろう。ひまりも事前に連絡を入れてくれるだろう。もっとも稽古があったからスマホを確認出来てないけれど、返信がなければ来ないだろう。巴やモカだって来るとしたらもう少し早い時間で来るだろう。

夕輝はそもそも家を知らないだろうから論外。

 

「それが……あなたに用があるらしいのよ」

 

「「は?」」

 

 あたりとお父さんの声が重なる。

誰だか知らないけど『自称』あたしの友人はお父さんに用があるらしい。うん、よく分からない。誰だかも分からない上、目的も分からない。

 それはお父さんも同じようで、さっきまでは怒気をはらんでいたはずなのに、呆気にとられてしまい怒気も霧散してどっかにいってしまったようだ。

 

「私にか?」

 

「ええ」

 

 お母さんの肯定の返事にため息を一つ。

 

「待ってなさい」

 

 その一言を残して部屋を出た。残されたのは事情を知らないあたしと、唯一訪問者に会っているお母さん。

 

「ねえ、お母さん」

 

「うん?」

 

「どんな人だった? あたしの……友達って言った人は」

 

 少なくともいつもの四人だったらお母さんも名前を呼ぶはず。そうじゃないってことはお母さんが会ったことがない人だろう。

もしかしたらクラスの誰かかもしれない。少しでも外見の情報がほしい。

 

「髪が長くて、キレイでとても礼儀正しい子だったわよ」

 

(分からない!)

 

 外見の特徴が『髪が長くてキレイ』なことしか分からないし、礼儀正しいということも接した母さんしか分からない

 お母さんはそんなことお構い無しとばかりに『おみやげもらっちゃった』と小躍り。普段はおとなしいのに変に子供っぽいところがあったりするのだ。

 

「他に特徴ないの?」

 

「そんなに気になるなら、見た方が早いわよ?」

 

 急に正論を言われた。この感情の急な変化についていけないことがある。

 

「でも……」

 

「蘭。たまには自分に正直になりなさい。あなたはいろいろ考えすぎなのよ……」

 

「お母さん……」

 

「それにバレなきゃ大丈夫よ♪」

 

 いろいろ台無しだった。一時のあたしの感動を返してほしい。切実に!

 

「で、どうするの? 見るの? 見ないの?」

 

 なんでこの人は目をキラキラさせて楽しそうにしているんだろう。……もういいや。考えるの止めよう。

 

「見ようか」

 

「じゃあ、お父さんにバレないようにこっそりね?」

 

 そう言いながらススッと襖を開けるお母さん。

その隙間から顔を覗かせ玄関の方に目を向ける。

 まず見えたのはお父さんの背中。その背中越しに『彼』を彷彿とさせるような特徴的な色の髪。『彼』を彷彿させる目……

 似ているところがある一方、似ていない部分もある。

先ほどあげた髪。『彼』は男にしては長いかもしれないが、ここまで長くはない。

何より、やや猫背気味の『彼』に対して、今お父さんと相対している人物の背中はピンとしている。まるで体の中心に鉄心が入っているようだ。

 そんな『自称、あたしの友人』はお父さんに何かを言うと、頭を下げた。

何を言ったか聞こえないが、突如お父さんが声を荒げた。

 

side out

 

 

 つぐの家を出て、急いで蘭の家に向かったのだがーー

 

「ここ……だよね」

 

 モカに教えられた通りに来たのだが、該当しそうな家は見あたらない。……一応目の前に立派な表札がかかっている門がある。

『美竹』と読めないこともないけど、ここじゃないよね?……ここじゃないよね(懇願)

 本来人を招き入れるはずの門は、威圧感からかこちらの存在を矮小なものであるかのような印象を与え、来客を拒んでいるようにさえ思えた。

 

(これは訪問販売だったりN○Kも尻尾巻いて帰りますわ)

 

 自分の覚悟が揺るがないうちに、とお夕飯時という失礼を承知な上で来たつもりだったのだが、早くも俺のなけなしの覚悟はこの大きな門の存在感の前にぶっ飛んでしまいそうになる。

 

(俺一人の覚悟なら無理だろうね)

 

 俺のなけなしの覚悟に加えて、五人のいつも通りの場所を守りたいという気持ちが俺の背中を押す。

加えて、『秘策もある』

 

(姉さんだったら……)

 

 こういったお宅訪問(?)の際の作法やらは勝手がよく分からない。なので、そういったことに詳しそうな紗夜姉さんになりきることにした。

 

 服装はともかくとして、頭には『とある事情』にて手に入れたウィッグ。これにより、ただでさえ女性に近い見た目がさらに女性に近づく。

 

(俺は……いや、『私は』氷川紗夜……)

 

 

 暗示をかけることで自然と背筋が伸びる。

さて、なすべきことをなすとしましょう。まずは……

 

(こういった和風のお宅の場合……どうするのがいいのでしょうか?)

 

 大声で呼ぶわけにもいかず、ノッカーがついているわけでもない。

 

「あ、インターホンはあるんですね」

 

 我ながら間抜けな声が響いた。

 

 

 インターホンを鳴らして待つこと少し。出迎えてくれたのは和服を着た黒髪の女性。メッシュが入ってなかったり、髪が長かったりと違いはあれど蘭が大人びるとこうなるのか……というくらい似ていた。

 

(お母さん……かしら? にしては若い気もしますし……お姉さんにしてはかなり落ち着いてられるような……)

 

 女性というのは難しいもので、見た目で判断するのが難しい。

落ち着いた物腰、大人びた容姿で実は年下だったり、子供じみた振る舞い、童顔で実は年上だったりする。

 男性にも言えることなのだが……

 

(年齢を聞くのはタブーですからね)

 

 全くもっての理不尽でしかないのだけれど、暗黙の了解なのだから仕方ない。

 

「はじめまして。美竹蘭の母です」

 

(あ、やっぱりお母さんでしたか)

 

 目の前の女性はお母さんだったようで柔らかく優しげな笑みとともにたおやかにこちらに礼をした。

 

「お夕飯時に申し訳ありません。私、蘭さんの同級生の氷川夕輝と申します」

 

 先ほど述べたことの繰り返しになるが自己紹介とともに頭を下げる。

 

「あら? 蘭のお友達?」

 

「ええ。蘭さんには仲良くしていただいてます」

 

 自分で可能な限りふんわりと笑った。

 

「あら? あらあら?」

 

 先ほどまでの表情を崩して、まるで新しい発見をした少女のように喜ぶ。

 

「蘭にこんなに可愛らしくて聡明そうなお友達がいたなんて! あの子、人見知りが激しいでしょ? だからモカちゃん達以外の友達がいなくて……」

 

 そう言いながら寂しげな表情を見せる。先ほどまでの表情は『家元の妻』としての表情で、本来は喜怒哀楽がハッキリした人なのかもしれない。

 

「大丈夫です。蘭さんはお優しい方ですから。ただ、それをまだ皆さんが分かってないだけかと思いますよ」

 

 本当の彼女は人付き合いが少し苦手なだけで、優しいのだ。優しいが故に誰にも言うことができず、一人で抱えてここまで来てしまった。

 

「ありがとうね。……あ、蘭に用事かしら?」

 

「いえ、ご主人……蘭さんのお父さんはいらっしゃいますか?」

 

 蘭のお母さんは目を丸くして驚いた。

 

 

 自宅の玄関に通された。本当は客間まで案内してくれるようだったけど断った。そこまで時間をかけるつもりじゃなかったしね。

夕飯時にお邪魔してるし、そこまで長居するのもね。

 

 じゃあもっと早く来ればよかったじゃないかって? ……うん。分かってはいるんだよ。でも、つぐの勉強見てたらこんな時間になっちゃったんだよ。ノート渡してさよならバイバイなんて出来るか? 俺は出来ない!

 

ガラッ

 

「!!」

 

 そんなことを考えていると、奥の襖が開いて着物を着た男性が出てきた。

見た目は若そうなのに、妙に貫禄がある。この人が蘭のお父さんなんだと分かった。

 

(とりあえず、見た目は格闘経験者には見えない)

 

 自分の想像したような偉丈夫でないことに心の底から安堵する。

もっとも、これで格闘技の有段者で計十段とかいう可能性も捨てきれたわけではないけれど。……というか、華道の家元で格闘技の有段者とか化け物スペックでしかないけれど。

 

「こんな時間に申し訳ありません。蘭さんと同じクラスの氷川夕輝と申します」

 

 先に身分を明かし、一礼する。

 

 先日分かったことなのだが、羽丘『女子』学園だったこともあり、『同じ学校』、『同じクラス』と言うと女子だと思われるらしい。ソースは友希那先輩のお母さん。

 今回はそれを利用して、ウィッグを付けていかにも女子です、という印象を持たせている。騙しているようで気がひけるけど、果たして、『私』が『俺』ならば話を聞いてもらえるだろうか……

 

「蘭の父です……それで、用件というのは?」

 

 取り繕うのが苦手なので、早速本題に入っていただけるのはのぞむところ。

 

「単刀直入に申し上げます。蘭さんのバンド活動を認めていただけないでしょうか?」

 

「……君は何を言っているのか、分かっているのかい?」

 

 まるで凪いだ海のように平淡な声だった。まるで小さな子供に言って聞かせるような優しげな声だった。きっと声『だけ』で判断していたならば勘違いしていたところだろう。

目の前の人物、その目には業火が宿っているかのようだった。

 

「はい。分かってーー」

 

「分かってない!!」

 

 彼の声が雷鳴のように鼓膜を殴りつけた。

 

「蘭は美竹流の跡継ぎだ! バンドなんてごっこ遊びは早く卒業すべきなんだ!!」

 

(ごっこ遊び……ですか……)

 

「そんなものに現を抜かしているから半端者なのだ!」

 

 勢いのままに言いきり、荒げた呼吸を整える。

 

「確かに……最初はお父様の言うとおり、ごっこ遊びだったかもしれません。バンドの勝手も分からない。ただ変わらずに、いつも通りに五人で居られる場所を作っただけ……でも、音楽に真剣に向き合った思いは本物なんです!」

 

 気づけば今度はこちらが声を張り上げる番だった。

彼女たちの……Afterglowの何もかもを否定された気がしたからだろうか。

 でも、ただのごっこ遊びなら……真剣じゃないなら彼女たちは悩んだり、すれ違って傷ついたりなんてしていない。

 

「君に蘭の何が分かると言うんだ!?」

 

 言ったあとで彼は『はっ』としたような顔をした。そこまで言うつもりはなかったんだろう。売り言葉に買い言葉というやつだ。ばつの悪そうな顔をしている。

 

 彼も蘭の父親ということだろう。相手のことを考えているけど、表に出せない不器用なところは蘭そっくりだ。少し笑いそうになってしまう。

 

「確かに私のような若輩者ではお父様の気持ちを推し測るなんてとてもじゃないけど出来ません」

 

 親子の仲がいいか悪いかは分からない。それでも十何年育ててきた実績がある。たかだか一、二ヶ月の付き合いで全てを理解するなんておこがましいにもほどがある。

 

「ですが、学校での蘭さんのことはお父様より分かっているつもりです」

 

 取っつきにくいようで実は心優しく、友達思いだけど、素直じゃなくて不器用。

 

「先ほど『半端者』とおっしゃいましたが、それだってバンド仲間と華道、どちらかを切り捨てることなんて出来なくてどちらもやろうとした結果だと思います」

 

 他人の悩みには寄り添うくせに、自分は一人で抱え込んでしまう不器用。

 

「今すぐに認めてほしいなんて言いません。一回、せめて一回だけでもライブを見てもらえませんか? 一回見るだけでも彼女たちの真剣さが分かると思います」

 

 お願いします、と頭を下げる。

顔は見えなくなったものの、悩んでいるのか唸る声が聞こえる。

 

 

「そこまでしなくてもいいよ」

 

 ここにいないはずの声が聞こえて顔を上げると、お父様の後ろから蘭が歩いてきた。

 

「「蘭……」」

 

「この人にとってあたしらのコトなんてどうだっていい、取るに足らないものなんだよ」

 

「そんなこと……一度見ればきっと理解してもらえるって。俺はそうだったし!」

 

 目線を蘭に、そしてお父様に移す。

蘭は床を見つめているし、お父様は腕を組んだまま唸っていた。

 

「そもそも、夕輝にここまでしてもらう必要だってないんだから」

 

「それは!……そうだけど……」

 

 でも、それでいいのか? このまま平行線で分かりあえないままでいいのか? このままじゃなにも変わらないんだぞ?

 

「……蘭、次のライブはいつなんだ?」

 

「「え?」」

 

 俺と蘭は思わず声の主を見やる。きっと俺の顔はマヌケ面なんだろうな。

 

 声の主は目を閉じ、腕を組んだままだった。

 

「いつなんだ?」

 

「……再来週の日曜日だけど」

 

「そうか……」

 

 ……あの、もう少し会話しません? 正直息が詰まりそうなんですが。かといって俺が口を開く場面でもないだろうし。

 

「一回、一回だけだ。そこでお前の本気を見せてみろ」

 

「あ、うん……」

 

 お父様はお父様で仏頂面してるけど、素直じゃない。蘭は蘭で感情を押し殺そうとしてるけど、嬉しさが滲み出て変な顔になってる。

 

(似た者同士の不器用親子め!!)

 

 心のなかでぶちまけるくらいは許されるよね?

 



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第34話

 大変お待たせしました!
残業やらバイトやら、イベントやらラウクレやら……しまいには年に一回あるかないかの39℃越えの高熱が出たりとなんやかんやで一ヶ月以上空いてしまいました。

 待っていただいた方(いる?)、お気に入りを外さないでくださった方、新たにお気に入りに入れてくださった方。ありがとうございます。
 今回でAfterglow騒乱編(そんな名前だっけ?)完結です


 蘭の家に突撃した日からまるっと二週間。つまりはAfterglowのライブ当日。今日は蘭にとってーー少し大げさかもしれないけれどーー運命を左右する日。天気はどっちつかずといった感じの曇り空。……まぁ、ライブ自体はハウス内だし、あまり関係はないか。

 

「楽しみだね、ゆー兄」

 

 そして、例のごとく隣にはあこがいる。……どうでもいいけどラノベの題名にありそうだよね。『あなたの隣にあこがいる』。ラブコメなのか、コメディなのか、はたまたホラーなのか。それが問題だけれど……。

 

「本当にあこは巴が好きなのな」

 

 もう待ちきれない! と言わんばかりにウズウズしてるし。

 

「うん! 超、超、超かっこいい自慢のお姉ちゃんだもん!」

 

 巴を語るときのあこは目がかなりキラキラしていた。

自分が憧れ、指標とすべき姉のライブ。それを見逃すなんてできなかった。

 本来であれば今日は練習日だったのだが、友希那先輩を俺が誠心誠意『お願い』することでずらしてもらったのだ。

 

「ゆー兄が友希那さんにお願いしてくれたから来られたよ~。でも、何を言ったの?」

 

「あ、あー……『世界で二番目』のあこが認めるドラマーの巴が出るライブなのだから、見るだけでも勉強になることはあるだろうからライブに行かせてほしいって」

 

 嘘である(即答)

いくら友希那先輩がチョr優しいからといってもそんな簡単に認めてくれるわけはない。

 

「それに紗夜さんも説得してくれるなんて、さすがゆー兄」

 

「まぁ、友希那先輩に比べれば、姉さんのお相手はお手のものだしね」

 

 これは本当。ただ、今回は姉さんの説得は全くしていない。ではどういうことなのかというとーー

 

 

 ~数日前~

 

 

「練習日をずらしてほしい?」

 

 練習終了後、スタジオを掃除している時に友希那先輩に切り出した。少し眉がつり上がっている。おこ……というか不信感を露にしている。

 

 ちなみにスタジオ内にいるのは俺と友希那先輩、燐子さんと姉さんだ。リサ先輩はあこと一緒に次の予約をしに行ってくれている。

事前にリサ先輩と燐子さんには話をしていた。この二人は基本的に寛容なのですぐに了承してくれた。

そのあとでリサ先輩と打ち合わせをして、タイミングを見てアイコンタクトであこを遠ざけてもらった。こうすることで友希那先輩と姉さんのヘイトを俺に集中することができる。あこがいると二人の圧に押されて、『あの……えっと……』状態になりかねないし。

『えっ? なんであこも行くの?』と状況がのみ込めないあこを上手く言いくるめて連れ出してくれた。その時にこちらを振り向きウインクしていた姿は可愛かった。……げふんげふん。

 

閑話休題

 

 ともあれ、そもそもが参加も不参加も自由な俺がわざわざ練習日の変更を申し出るのはおかしいと思ったのだろう。

姉さんも声には出さないけれど『何言ってるのコイツ』的な目で見てーー

 

「何言ってるのあなたは!?」

 

 ……うん。口に出しましたね。とりあえず姉さんの方に笑いかけてから友希那先輩に向き合う。

 

「実は、今度の日曜日にあこの姉が所属するバンド、Afterglowのライブがありまして……」

 

「それをあこと見に行きたいと?」

 

 俺が言う前に友希那先輩が引き継ぐ。

 

「ご理解が早くて助かります」

 

 少しおどけながらも笑顔を浮かべる。そうでもしないと空気がギスギスして、せっかく残ってくれた燐子さんが『お家帰る』状態になりかねないし。

俺? 家のことで慣れっこさ。

 

「そんなこと認められるわけ「話を聞こうかしら」湊さん!?」

 

 即否定しようとする姉さんを制し、友希那先輩は耳を傾けてくれる姿勢だ。一見すれば姉さんの判断こそ正しく思えるのだけれど、俺に考えがあると読んでのことだろう。少しは信頼してもらえてるようで嬉しい。

 

(ともあれ、『俺の話を聞く』ということはこっちのもんだね)

 

 中学時代に言われたことがある。『氷川弟に勝ちたきゃ声を聞くな。あいさつされたら負け確だ』と。

 当時は何をもっての勝ち負けなのか、あいさつされただけで負けるってなんだよと思っていたけど……今なら言わんとすることが分かる……気がする。

 

「あこの技術は高いとはいえ、発展途上。姉の巴が和太鼓をやっているので、何かしら参考になるはず」

 

「身体的にもまだ成長期で、巴のように成長する(可能性がある)ので、今から体の動かし方を覚えるという意味でも見ておくべき」

 

 それっぽいこと理由を並べてみるも、姉さんはおろか、友希那先輩も首を縦に振らない。アプローチを変えてみるか。

 

 ススッと友希那先輩に近づいて耳元に口寄せて囁く。

 

「友希那先輩……実はようやく左手が完治しましてね。来週からまたお弁当を作る予定なんです。つきましては来週一週間、好きなおかず一品追加でいかがでしょうか?」

 

「夕輝、あことライブに行って得られるものは一つ残らず得てきなさい」

 

「湊さん!?」

 

 思いの外あっさりと認めてくれた。あまりにあっさり過ぎて、姉さんが驚愕してる。姉さんの位置からは俺が何を言ったのか分からなかっただろう。急に友希那先輩が意見を翻したように感じただろう。

はたして友希那先輩の後ろ側に立っていた燐子さんからはどう見えただろうか……

 友希那先輩越しに視線を向けると、人影が()()……

 

(ん?)

 

 部屋にいたのは俺と友希那先輩、燐子さんと姉さんの四人。友希那先輩は目の前にいるし、姉さんは俺らの横。顔を赤くしながら、手で顔を覆いながらも指の隙間からこちらを見る燐子さん。

それと何が起こってるのか分からず、ワタワタしているあこと、あこの目を覆いながらもこちらを笑いながら見ているリサ先輩。

 

(あっ……)

 

 よく考えてみれば、今のこの状態って抱き合ってるようにも見えるね。

 

 ともあれ、友希那先輩の説得に成功し、姉さんも『湊さんがそう言うなら……』ということで渋々ながらも了承してくれたのだった。

 

 ~現在にもどる~

 

 

「そういえば、ゆー兄。あの時友希那さん達となにしてたの? 部屋に入った途端、リサ姉に目隠しされちゃって見えなかったし、りんりんは教えてくれなかったし……」

 

 あこは頬を膨らませて不満を露にする。

まぁ、誤解とはいえ、『友希那先輩と抱き合ってました~』なんて言えるわけないしな。

 

「あ~……あこさんや。控え室に行くのではなかったかな?」

 

「あっ!!そうだった!」

 

「ライブ始まる前に戻ってくるんだぞ~」

 

「分かってるー!」

 

 控え室へ駆けていくあこを見送り、受付でドリンクを購入して一息ついた。

ちなみに、リサ先輩と燐子さんの誤解は当日のうちに解いてある。骨が折れるかと思った(リアルで)が、友希那先輩からの『いかがわしいことなんて何もなかった』発言が無かったら本当にどうなっていたやら……。前々から思っていたけど、リサ先輩は友希那先輩に対して過保護なところがあるような気がする。

 でも、仮に姉さんが友希那先輩の立場だったら……うん。俺も同じことするかもな。

 

「すみません、相席いいですか?」

 

 そんなことを考えていると、ふと声をかけられた。開場間近でロビーも混みあってきて空いている席が少ないのだろう。

 

「どうぞ」

 

 にこやかに相手の方を見るとーー

 

「失礼します」

 

(おいおい……来ることは分かってたけど、これは……)

 

 まさかの美竹父とのエンカウントだった。

一番最初に思ったことは、『あ、今日は着物じゃないんだなぁ……』ということなのは内緒。

 

(いや、でもあの時はウィッグ付けてたし他人だと思われる可能性もワンチャン……)

 

「髪、切ったようだね」

 

(はい、バレましたね)

 

 友人とか知り合いに言われたなら、タ○さんか!! とツッコミを入れるところだが、相手が相手だけにそんなことは出来ない。

 

「それに、左手も……この間は包帯巻いていたね」

 

 本当によく見てると関心せざるを得なかった。

普通の人が見えない、気づかないことを認知する。なるほど、これが長く続く華道の家元……。

そう考えるととんでもない人を相手取っていたんだと実感する。もっとも、今日は着物ではなくカジュアルな装いなのであの日のような重圧、凄まじさは感じない。

 

(それでも、まだ俺が男だとバレてはいないはずだ)

 

 今日はいきなりのことなのでボロが出るかも知れないけれど、あの日は暗示をかけて臨んだから振る舞いはどう見ても『氷川夕姫(♀️)』だったはずだ。

漢字が違う? 実際に名前を書いて見せた訳じゃないから分からないって。

 とりあえずは今日、ライブが終わるまではボロを出さないようにしよう。『私』は『氷川夕姫』。OK?

 気持ちを落ち着かせるべく、購入したドリンクに手を伸ばして一口。

 

「ユウキくんは、男女の間に友情ってあると思う?」

 

「ゴフッ!?」

 

 核心を突いた質問に思わず飲み物を吹き出してしまった。大半はストローを通して逆流したものの、いくらかは顎を伝うように垂れる。

 

「失礼しました。……それで、男女間の友情……ですか?」

 

 ドリンクを一旦机の上に戻して、ハンカチで顎の下を拭う。

とりあえず染みになるような飲み物ではないし大丈夫だろう。

 

「あると思いますよ。現に私の友人も男の子ですが、男友達より女友達の方が多いですし」

 

 実際に、蘭にモカ、ひまり、つぐ、巴、あこに……燐子さんもかな? NFOでフレンドだし。友希那先輩とリサ先輩は友達っていうか『先輩』だしね。丸山さんは……あれ? どうなんだろ。バイト先で会ったりして、あがりが近いとバイト終わってから話したりするけど。保留かな?

 男友達と言えるのは……野口、以上。授業の関係で関わりがないとはいえこれは……うん。

自分の交遊関係の偏りにうちひしがれる。

 

「それで……ユウキくんと蘭は友達ってことでいいんだね?」

 

「はい、もちろんです」

 

 答えてから、ふと違和感を覚える。

 

(あれ? 美竹父は今、何と聞いた?)

 

 最初に聞かれたのは『男女間の友情の有無』だった。これに対して私は有りと答えた。何の問題もない。

続いて私と蘭は友達かと聞かれた。一見何の変哲もない質問だがーー

 

(男女間の友情を聞いてからどうして俺らの関係なんか……)

 

『ユウキ()()は、男女の間にーー』

 

『ユウキ()()と蘭はーー』

 

 サァッと血の気が引くのを感じた。

 

「ん? どうしたんだい、ユウキくん」

 

「あ、いえ、なんでもないです」

 

 取り繕おうとするも、ドリンクを掴む手が震度5レベルはあるんじゃないかというほど震える。

 

(いや、待て、落ち着け。まだバレたと決まったわけじゃない。美竹父は男子でも女子でも『くん』付けで呼ぶ可能性だってある。華道の家元だし、弟子をくん付けで呼ぶときの癖が出たんだ。そうに決まってる)

 

 そうと決まれば、ここを耐えきれば女神は私に微笑むーー

 

「お待たせ~、ゆー兄」

 

「あ」

 

 来たのは逆転の女神ではなく、堕天使もとい駄天使だった。

 

「ユウキくん、ライブが終わったら()()()で話をしようか」

 

「……あい」

 

 拝啓、美竹蘭様。このライブがあなたにとっての試練だと思いますが、俺の試練はライブ後になりそうです。

願わくは……アンコールやってくれませんかね? 10曲くらい。

 

 

 

 

 

 どうやら美竹父とあこは顔見知りらしい。

まぁ、蘭と巴が幼なじみなのだから、当然といえば当然だろう。

幼いあこが巴の後を着いて行って一緒に遊ぶことも容易に想像がつく。少なくとも氷川家ではそうだったから。

 先ほども美竹父を『蘭パパ』と呼び話していた。

『パパ』、というよりかは『お父さん』と呼んだ方がしっくりくると思うのは俺だけではないだろう。もっとも、呼んだところで『君に呼ばれる筋合いはない!』という常套句が飛んでくるのは明らかなので呼ばないけれど。

 

「ライブってこんな感じなんだね」

 

 美竹父がーーもう蘭パパでいいやーー蘭パパが呟いた。

 

「想像と違いました?」

 

「ああ。前にテレビで見たバンドは派手なメイクをしてたし、叫んだりしてたからね」

 

「ああ……」

 

 前者に関しては女王の名を冠す世界的バンドだろう。さすがに一般の、それもガールズバンドがやったりはしないだろう。

 後者はまぁ、メタル系ならシャウトするだろう。あとはシャウトとは違うが、十万六十歳の『閣下』と呼ばれる人ーー悪魔だっけ?ーーは『お前も蝋人形にしてやろうか!?』という決め台詞があるし、『キラキラドキドキさせっぞ!』、『しゅわしゅわにすんぞ!』という人たちも……あれ? 後半二人知らない……誰だ? 片方は丸山さんに声が似てるんだけど……

 

「まぁ、全部が全部そういうわけじゃないんですけどね……」

 

 それでもメディアの影響力というのは大きいもので、よく分からない人からしたらチャラくて大きな音だして、派手なパフォーマンスして……と思っていることだろう。

 

 

「そういう意味では、華道も一緒なのかな……」

 

「ん?」

 

 俺の呟きを聞こえたのだろうか、蘭パパが反応する。演奏中ではないとはいえ、どんな耳してるんだよ。

実際、隣のあこは気づくことなく、先ほどの演奏の余韻に浸っている。

 

「いえ……あくまでも華道を知らない若輩者の言葉として、深く考えないでほしいんですけどね」

 

 前置きをした上で自分の考えを告げる。

 

「華道って、良家のお嬢様とかが着物を着てやるイメージしかないんですよね。あとは、妙に堅苦しいイメージと言いますか……もちろんそれだけではないとは分かっているんですけどね」

 

 ただ、何より華道にふれる機会がない。それこそ小、中学校での展覧会でお目にかかるかどうかというところだろう。

 さて、少し話が脱線するが、市やら地区の展覧会へ行くときどんなことを考えるだろう。

 

『授業がつぶれてラッキー』、『コレ見た後で感想書かなきゃいけないんだろな』、『何が凄いのか分からない』

 

 こんなところだろうか。ここで重要なのは『何が凄いのか分からない』というところだ。絵やら書道なら授業を通して多少なりとも理解がある。それでも同じ小中学生までで、それ以上となるともう理解が及ばない。

 それが何の接点もない華道ともなれば全く分からない。

今でも蘭がいなければ華道と関わることもなかっただろう。

 

「イメージだけが独り歩きして、ただでさえふれあう機会がないのに、そのイメージによるハードルの高さで始める機会すらも失われていくと思うんですよね。そういう意味ではバンドも華道も同じなのかな……と」

 

「なるほど」

 

 俺の拙い考察に目を閉じ吟味する蘭パパ。そこまで深く考えんでも……。

 

「そういう意味では蘭には期待してるんですよ?」

 

「ほう?」

 

「バンドではカッコよさがありますし、華道だったら若者目線での作品が出来るんじゃないかなと……」

 

「「「ワァアアアアア!!!」」」

 

 そんなとき歓声が上がり、演奏が始まる。

 

 蘭は……気負った様子もなくいつも通り、やれることを全力でやるだけ。そんな感じだ。

 蘭のことで悩んでいたモカは悩みから解放されて晴々とした気持ちでギターをかき鳴らす。

 あの日、ショックで動けなかったひまりはベースとして、リーダーとして演奏を支えている。

 俺を叱責し、間違えに気づかせてくれた巴。今日もパワフルなスティック捌きでドラムを打ちならす。

 自分の技術に悩み、とことん自分を追い込んだつぐ。そこに一切の迷いはなく、今までの演奏のなかで一番いいんじゃないかという出来だ。

 

 

 

「ゆー兄、本当に行かないの?」

 

「あ、あぁ」

 

「彼は私と約束があるからね。あこちゃんはみんなで楽しんでくるといい」

 

 そういいながらなにやら封筒をあこに渡す蘭パパ。

 

「コレはお祝いの品だよ」

 

「ありがとう! じゃあね、ゆー兄、蘭パパ」

 

 手を振って控え室まで行ってしまった。

 

「さてと。じゃあ男同士、仲良くしようかユウキくん」

 

「あい……」

 

 Afterglowとしては雨降って地固まるだが、俺としては一難去ってまた一難。無事に帰れることを祈ろう。

 

 

 




 次回は短編を挟んでパスパレ編に参ります。
それとアンケートも実施いたします。今後の参考にさせていただきますので、よろしければ投票お願いします。


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34.5話

 今回は短編2話です。
今年最後の投稿になります。
お気に入りかなり増えててビックリしました。年末マジック。


『蘭パパと』

 

「お邪魔します……」

 

 何度来ても……というほど来てはいないけれど、美竹家の門には圧倒される。隣に蘭パパがいて縮こまっている自分が一層小さくなるように感じる。

 そんな状態な俺を蘭ママは微笑みをもって迎えてくれた。

蘭パパは何か準備があるようで蘭ママに案内を任せて行ってしまった。

 

「そんなに畏まらなくて大丈夫よ」

 

 廊下を歩きながら蘭ママが声をかけてくれた。

とはいえこれからのことを考えると気が気じゃないんだけど……

 

「あの人、今日のライブもだけれど、ユウキくんと会うのをとても楽しみにしてたのよ」

 

 はしゃぐ子供を見守るような目をして語る蘭ママ。

だけど、約束してないんですけどね!? むしろ有無を言わさず(意思確認はあったけど、あの状態で断れるか? 俺はノーだ)連行されたんですけど!? ……何てことは言えず、

 

「あぁ、そうなんですか?」

 

 と、苦笑い。

きっと、『蘭を誑かしたあの小僧に鉄槌を下せるぞ! ふはははは!』と思っていることだろう。帰りてぇ……

 

 

「お茶を淹れてくるから待っててちょうだい。しばらくしたら、あの人も来ると思うから」

 

「あ、いえ、お気遣いなく」

 

 お茶を淹れに行く蘭ママにそう呼び掛けるも、行ってしまった。

歓迎してくれる蘭ママには申し訳ないのだが、一分一秒でも早く立ち去りたい。

 神よ、私に今こそ力を!

 

ガラッ

 

「待たせたね」

 

「いえ……大丈夫です……」

 

待ってないので(体感30秒ほど)

 

 神は無慈悲で残酷だ。

現れた蘭パパは先ほどのカジュアルな服装とはうってかわり、前回同様の着物姿だ。そして抱えてきたのは何やら分厚い本が数冊。

 

 あぁ、あれを重石がわりに剣山の上で正座させられるんですね。

しかも時間をかけてじっくりと……考えただけでゾッとする。

 

『一思いにやってくれ!』と思うものの、拷問という性質上それでは意味がない。

 

「じゃあ……早速だけどーー」

 

「一思いにお願いします!」

 

 両手を床につき、頭を擦り付ける……土下座。

わずかな沈黙の後……

 

「何を言っているんだい?」

 

「はえ?」

 

 呆れたような蘭パパの声に間抜けな俺の声が客間に響いた。

 

「え? あれ? だって、蘭を誑かす自分に拷問するんですよね!?」

 

「いやいや、しないよ。というか、どうしてそう思ったんだい?」

 

 テンパって意味不明なジェスチャーを交えつつ蘭パパに訊ねると、拷問する気は全くないという。

 

「先日、女装してお邪魔したことを怒ってるんですよね?」

 

「確かに驚きはしたものの、何か理由があると思ったし、そもそもあの日のうちに女装だってことは分かったよ?」

 

「……嘘」

 

 そこまでクオリティが低かったのか!? あからさまに男って分かってて『あー、面白い子だな。バレバレだけどこのまま放っておこう』って思ったのか!? 蘭パパ黒い!

 

「というか、ユウキくんがボロを出さなければ気づかなかったよ?」

 

「え?」

 

 ボロ出てたの!? いつ!?

 

「その様子だと気づいてなかったみたいだね。蘭が来た時、感情が昂ったのかな? それまで『私』だったのに『俺』になってたよ」

 

 

 マジかぁ……マジかぁ……

あれ? じゃあ何故に俺は連れてこられたの? その事じゃないとすると心当たりが無いんだけれど。

 

「じゃあ……今日は一体どういう?」

 

 意図をはかりかね、蘭パパに訊ねると、蘭パパは険しい顔をして腕くみした。

ただ事ではない気配に土下座を止め、姿勢を正して蘭パパに向き合う。

 

「ユウキくん。この間言ってたよね? 学校での蘭は自分の方がよく知ってるって」

 

「えぇ」

 

 まさかその事で何か!?

 

「学校での蘭のこと話してくれないか?」

 

 思わず前のめりになりそうになったが何とかし耐えた。

 

「最近……というか中学生あたりからあまり蘭と話さなくなってしまってね。顔を合わせても喧嘩ばかりで……」

 

「お父さん……それが男親と娘のごく一般的な距離感かと……」

 

「まだ君にお義父さんと呼ばれる筋合いはない!」

 

 呆れてしまい、思わず『お父さん』と呼ぶと、テンプレ通りの答えがーー

 

(ん? 『まだ』って言ったか?)

 

 蘭パパの返答に違和感を覚えた。

 

「代わりに私の秘蔵の蘭コレクションを見せてあげるから!!」

 

「あ、いえ、別にーー」

 

「何!? 蘭の幼い頃の写真は見れないというのか!?」

 

(もう、誰でもいいから助けて!!)

 

 そんな俺の願いが届いたのかーー

 

スッ

 

「あらあら、すっかり仲良くなったようで」

 

 お茶とお茶菓子を持った蘭ママが来てくれた。

良かった、コレで少しは治まる。

 

「ユウキくん、よかったらお夕飯も食べていかない?」

 

「そうだ! それがいい!!」

 

(あっるぇ~!!?)

 

 蘭ママの(相手方の)援護射撃でさらに混沌とした。

断るにも断りきれず、蘭パパとの蘭の情報交換は延長戦に突入した。

 

 

 

 

『バイト探しの行方』

 

 目の前の少女はただでさえ大きな目を見開き、驚いている。

何故俺がいるのか信じられない、目の前の出来事が整理出来ない。そういった感じだ。

 その後ろで彼女のご両親はイタズラが成功した子供のようにはしゃぎ、『イエーイ』と言いながらハイタッチしている。うん。仲いいね。

 

「えっと、今日からアルバイトとして働かせていただきます。氷川夕輝です。何分アルバイト自体が初めてですので至らない部分もありますが、ご指導、ご鞭撻のほどよろしくお願いします」

 

 緊張を抑えながらいうと、先ほどまではしゃいでいたご両親は拍手をもって出迎えてくれた。

彼女……つぐは『え? えっ!?』と未だに状況を整理出来ないでいた。

 

 

 左手も無事に完治し、Afterglowの問題も落ち着きをみせた頃。俺はバイト探しを本格的に始めた。というか、一ヶ所アテがあり、そこがダメなら手当たり次第……という『下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる』戦法だ。

 

 いつになく気合いを入れて、その店のドアを開ける。

来店を知らせるベルが鳴ると、直ぐ様つぐのお母さんが出迎えてくれた。

 

「いらっしゃいませ。一名様ですか?」

 

 娘の友達とはいえ、客だと判断して接客してくれたのだろう

 

「あ、いえ。店長さんいらっしゃいます?」

 

 客としての来店ではないと察したのか、つぐのお母さんが呼びに行き、少ししてつぐのお父さんが来てくれた。

 

「いらっしゃい。待ってたよ」

 

「わざわざお時間いただき、すみません」

 

 つぐのお父さんに頭を下げる。

 

「なんのなんの。じゃあ、ちょっと裏に行こうか」

 

 店をお母さんに任せて事務所の様なところに案内された。

 

「あ、これ履歴書です」

 

 座るように促された後、持参したバックから履歴書を取り出し手渡す。

 

「ありがとう」

 

 そう言ってつぐのお父さんは履歴書を受け取ると、デスクの引き出しに閉まった。

 

(あれ?)

 

 まさかのノーチェックに面食らう。確かに大したことは書いてはいないものの、面接を行う上で必要なんじゃないか?

それとも今のやり取りで不採用が決定してしまった? こんなことなら紗夜姉さんに面接の心得とか作法を聞いておけば良かった……

 

「夕輝くん。正直に答えて欲しいんだけど、君がウチでアルバイトをするのは何のためかな?」

 

「はい! 私はーー」

 

 履歴書に書いた動機を言おうとすると、

 

「あ、履歴書に書いたことじゃなくてね本当の君の気持ちを知りたいんだ。例えばお金が欲しいとか、つぐみともっと仲良くなりたいとかね」

 

「え……」

 

 つぐのお父さんの発言にびっくりする。確かにこの店でバイトしたいという男子学生がいれば疑われる要因だろう。特に後者。

 しかし、それを正直に言って落とされることを考えると……

 

「大丈夫。君がどういう人間かというのはこの間話したときに大体は分かっているから、それを聞いて不採用ってことはしないから」

 

 この人がそういうなら落とすことはないのだろう。もっとも、怒られそうではあるけど……

 

「確かに、バイトを始めようと思ったのはお金が欲しかったからですが、ここに決めたのはつぐみさんの負担を少しでも軽く出来ればと思ったのが一つですね」

 

 バイトに生徒会にバンド。全てにおいて手を抜くことなく全力で取り組むつぐ。ただ、自分の健康面をあまりに度外視してるように見えたのだ。

 

「それは……夕輝くんの言うところの罪滅ぼしのつもりでもある?」

 

 さすがに核心をついてきた。

 

「最初はそのつもりでした。でも、ご両親のような明るくアットホームなこの環境で私も働いてみたいと思いました」

 

「なるほど……」

 

 黙りこむつぐのお父さん。あれ? これはダメだった?

と思ったら、スッと手を出してきて、

 

「よろしく頼むよ」

 

 どうやら合格のようだ。

 

「ありがとうございます」

 

 その手を握り、お礼を言った。

 

 

「というわけで、今日からお願いしますね。つぐみ先輩」

 

 さらに爆弾を投下しワタワタするつぐを見て三人でニヤリと笑った。




 というわけで駆け足ながら短編2本でした。
今からバイトなので急いで書きました。
来年もよろしくお願いします。
良いお年を~ノシ


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第35話

 あけましておめでとうございます。
今年も本作をよろしくお願いします。

 今回からパスパレ編です。少し時空が歪みますが、気にしないでください。

 それと、アンケートの回答ありがとうございます。
予想以上の回答数に驚いております。


「いらっしゃいませ。2名様ですか?」

 

 つぐの家……羽沢珈琲店でアルバイトを始めた俺。まだ接客もまだ慣れないものの、つぐやつぐのお母さんの接客を見て学び、レジ打ちやオーダーをとれるようにはなってきた。

それでも出来ないこと(コーヒーや料理の説明など)はつぐやつぐのお母さんにお願いして、その説明を聞きながら覚えるようにしている。

 ちなみに、俺とバイトの先輩以外はみんな『羽沢さん』なので、呼ぶときはつぐのお父さんを『マスター』、お母さんは『羽沢さん』、または『奥さん』(基本羽沢さん)。つぐは『つぐみさん』と呼び分けている。

最初テンパった時に『羽沢さん!!』って言ったらみんな飛んできてくれて申し訳なく感じたからなぁ。

 

 ただ、多少接客が出来るようになったとは言え、接客業をしている人なら分かると思うが、『どうしようもない客』というのはいるものである。

 

 

「ねぇねぇ、ゆーくん。このあと暇ぁ?」

 

テーブル席に座り、そんなことを聞いてくるのは自分と瓜二つの顔をした人物。我が下の姉こと氷川日菜だ。

 

「お客様、申し訳ありませんが従業員のシフトに関してお話することは出来ません」

 

 あくまでも姉弟としてではなく、一人の客として接する。……例えテーブルの上にあるのがカフェラテ一杯だとしてもだ。

 

(というか、カフェラテ一杯で粘らないでくれ!)

 

 口に出そうになった言葉をなんとか飲み込み、接客スマイルを浮かべる。

不安そうにマスターがこちらの様子を窺っている。とりあえず大丈夫ということと、申し訳ないという気持ちを込めて目礼する。

 

「えぇ~!! お姉ちゃんに言えないの!?」

 

 不満げに頬を膨らませる日菜ねぇ。

 

(例え姉だろうと教える義務はないと思うんだが……)

 

 これが紗夜姉さんなら理詰めで押し切るんだろうけど、生憎俺にはこの姉を宥める手段がない。

 

「はぁ……昼には終わるから」

 

 仕方なく日菜ねぇに終わりの時間を教える。長々と居座られても困るし、教えてしまえば帰るだろう。

 

「んじゃ待たせてもらうね!」

 

「えっ、はあっ!?」

 

 まさかの居座り宣言に『帰れ』と言いたいけど、客(カフェラテもまだわずかながら残ってるし)なので言えない。

 

「それと、カフェラテおかわり♪」

 

「かしこまりました♪(早く帰れ)」

 

 営業スマイルで応じながらも、心の中では悪態をついた。

 

「三番テーブル、カフェラテのお代わりお願いします」

 

「夕輝くん、顔が怖いよ。スマイルスマイル。接客は笑顔だからね」

 

 どうやら苛立ちが顔にでていたようだ。つぐのお父さんに指摘される。

 

「……すみません」

 

「夕輝くんのお姉さんだっけ? なるほど。そっくりだね」

 

「ええ。下の姉です」

 

「下の……ということは?」

 

「双子なんです」

 

 上の姉は花咲川なんですけどね、とつけ加える。

 

「花咲川って女子校だっけ? じゃあ、夕輝くんが羽丘に入ったのって……」

 

「姉がいるからですね」

 

 上に兄、姉がいることのメリット。通っている学校の様子が分かること。まぁ、男子校、女子校ならあまり意味はないんだけど去年の時点で羽丘は『共学になるかも』という噂があったからその時点で決めていた。……そこ、シスコンとか言わない。

 

「じゃあ、羽丘じゃなく花咲川が共学だったら?」

 

「花咲川に行ってましたね」

 

 ちなみにどっちも女子校なら近くの男子校に通っていたかもしれない。

 

「じゃあ、どっちも共学だったら……どっちに行ってた?」

 

 どっちも共学ならか……羽丘か花咲川かで選ぶんじゃなく、紗夜姉さんか日菜ねぇか、で選んでしまうのが俺の悲しいところかもしれない。

 

 人間関係で言えば、紗夜姉さんの方が不安かもしれない。

よく言えば品行方正、悪く言えば融通の利かない堅物な姉さんは、風紀委員をしていることもあって煙たがられることもある。

今でこそRoseliaもいう居場所が出来たから不安はそれなりに解消されたものの、いまだに『兄弟・姉妹』の話題は地雷である。

 

 一方で日菜ねぇは、俺や紗夜姉さんに比べて社交性がある。

現に今もカフェラテを待っている間に常連さんと話をしている。

 ただ、紗夜姉さんと違い、不満などが表面化しにくいかもしれない

天才(変人)』のレッテルを貼られている日菜ねぇは、社交性こそ高く友達だっているが、果たしてその友達は日菜ねぇの悩みを理解し、共感してくれるだろうか……

 

「ーーきくん。夕輝くん!」

 

「! は、はい!」

 

 思考の海に沈んでいた俺は、マスターに呼ばれ浮上する。

 

「三番テーブル、オーダー上がったよ」

 

「はい」

 

 カウンターにはカフェラテとーー

 

「マスター。オーダーミスですか?」

 

 何故か注文にないはずのケーキが置かれていた。

 

「いや。間違ってないよ」

 

 マスターは否定するが、日菜ねぇのオーダーはカフェラテのおかわりのみ。間違いない。

 

「ケーキはサービスだよ。お姉さんが羽丘にいてくれたからこそ、夕輝くんがうちに来てくれてるんだからね」

 

 日菜ねぇが羽丘に通っていたから……今年から共学になったから俺は羽丘に行った。そこで蘭たちと仲良くなり、つぐの件があったからこそ、俺はここでバイトをしている。

 

「その件はーー」

 

「まぁ、これからつぐみがお世話になるかもしれないし、前払いみたいなものかな」

 

 そうマスターは笑うけど、いくら日菜ねぇがつぐの面倒をみている光景を思い浮かべようとしてもーー

 

「つぐちゃん、よろしく~」

 

「え!? 日菜先輩!?」

 

 何故か日菜ねぇがつぐを振り回している光景しか思い浮かばないのだけれど。

 

「まぁ、本音を言えばこのケーキの試食をお願いしたいだけなんだけどね」

 

 ペロリと下を出すマスター。

いつもならつぐ共々ひまりがいるのだが、今日はAfterglowの練習があるためいない。

 

「そういうことでしたら……」

 

 受け取って三番テーブルへ向かう。

 

「お待たせいたしました。こちらカフェラテと……ケーキになります」

 

「え? あたし頼んでないよ?」

 

 テーブルに並べると、予定通りの言葉がとんできた。

 

「こちらマスターからです」

 

「ん? どういうこと?」

 

 手元のストローを弄びながら訊ねられる。

さて……なんと説明したらいいやら……

 

「このケーキ、新作の予定なんだけど、試食して感想をもらいたいんだってさ」

 

 ススっと顔を寄せて耳打ちする。

 

「くすぐったいって~」

 

 うん。分かってはいるけど大きな声で言うわけにはいかないから我慢してほしいかなぁ。

 

「と、いうわけで感想だけ聞かせていただければ幸いです」

 

 

「ふふん、日菜ちゃんに任せなさい!」

 

 自信満々に胸を張るな。意外とあるんだから……ひまりほどではないけれど。

 日菜ねぇはフォークを手に取り、ケーキにスッと入れて一口サイズにしてから口へ。

 

「むむっ!」

 

 咀嚼すること数回。日菜ねぇの目が1.2倍ほどに輝いた。

 

「このケーキ、るるるるんって感じ! つるんとしてて、べたーっとするのかと思ったけど、スキッとしてるね!」

 

 おう、かなりお気に入りになったみたいだね。

 

「えぇ~と……レアチーズケーキなのかな? 舌触りが滑らかで、舌に残る感じがなくて、柑橘系を使っているのか後味は爽やかっと」

 

 日菜ねぇが言った感想を翻訳して書きまとめる。

今日のはまだ簡単な方で、もっと難易度が高いと『は、が、と、に、も』以外が日菜ねぇ独自(擬音語)のオンパレードだったりする。

 

 

「それで? 一体どこに連れて行こうっていうのさ~」

 

 バイトが終わって直ぐさま日菜ねぇに手を引かれた。

正直腹が減っていたので山吹ベーカリーでパンを買おうと思っていたのに……

 

「まぁまぁ、いいから~」

 

 そう言いながら、駅の改札を抜けて電車に揺られーー

 

「いや、さすがに目的地も言わずに電車移動ってどうなのさ」

 

 二駅、三駅くらいならと思っていたが、思ったよりも長く乗っている。

 

「まぁまぁ。あ、この駅で降りるよ~」

 

「はいよ……」

 

 もうここまで来ると諦めて帰るという選択肢はもはやなく、面倒ごとをサッサと終えようという頭しかない。

それで○ック寄って帰る。その頭しかなかった。

 

 来たこともない場所なので、日菜ねぇを見失わないように日菜ねぇに着いていく。

 

(というか、日菜ねぇはどうしてこんな場所に?)

 

 少なくとも通学ルートではないし……雑誌においしい料理の店でもあったのかな?

それだったら何かを食べる時間をとらせないことも納得がいく。

 

「はい、ここだよ」

 

「は?」

 

 連れてこられた場所は明らかにお店じゃありませんでした。

 

「え? ココドコ?」

 

「スタジオだよ?」

 

 何言ってるの? って顔で見られた。

すたじお、スタジオ、studio……スタジオ!? ジ○リだったり、ぴ○ろだったりする!?

 

「ゆーくん? なにしてんの?」

 

「は!?」

 

 日菜ねぇに声をかけられーー

 

「はい、これ」

 

 袋に入った何かを渡される。

 

「なにこれ?」

 

 というか、いつの間にか建物の中にいたし……

 

「ジャージ。これに着替えて4番レッスン室ね」

 

 は? ジャージ? レッスン室?

 

「じゃ、あとでね~」

 

 説明もないまま日菜ねぇは行ってしまった。

せめて最低限の説明をーー

 

「あ、男子更衣室はあっちね」

 

 戻ってきたと思ったら、それだけ言ってまた行ってしまった。

 

(違う、そうじゃない、そうじゃないんだ)

 

 思ってはいるものの、どうしようもないのでさっさと着替えに行く。

 

 

「っと、ここだね」

 

 指定されたレッスン室のドアを開けるとーー

 

「あぁ、まさしくレッスン室だな」

 

 バレエのレッスンとかで使われるようなガラス張りの部屋。そこにジャージ姿の人物が立っていた。まぁ俺なんだけどね。

 

「日菜ねぇは……いないな」

 

 先に着替えて来てるかと思ったが、そんなことはなかった。

 

「てか、何の説明もないし、誰か来たら一体ーー」

 

 ガチャ

 

 どうやら日菜ねぇが来たようだ。

一言文句を言ってやろうと振り返るとーー

 

「おはようございます」

 

 そこにいたのは日菜ねぇではなく、しかも『三人』立っていた。




 感想、評価お待ちしております。


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第36話

 かなり間が空いてしまい、申し訳ありません。
リアルで時間が取りにくくなったことに加え、(スマホで投稿しているのですが)ソフトウェアの更新により、少々打ちづらくなり、これまで以上に不定期な投稿になってしまいます。
申し訳ありません。


 羽沢珈琲店でバイトを始めた夕輝。そんなある日、姉の日菜が襲来。嫌な予感がする夕輝を連れていった先は謎のスタジオ。

指定された部屋に現れたのは三人の少女たち。

日菜の思惑は!? そして、夕輝の運命は!?

 

 

side 彩

 

 お昼過ぎ、電車を乗り継ぎ目的の駅の改札を抜ける。うん。今日は残高があったから無事に抜けられた。

 いつもだと残高が足らなくてワタワタしちゃうから今日は何かいいことがありそう。……むしろこれがいいことってことはないよね?

 

「あ、彩さん」

 

 駅を出たところで声をかけられ振り返る。

 

「あ、麻弥ちゃん。おはよう!」

 

「おはようございます」

 

 そこにいたのは大和麻弥ちゃん。

アイドルバンド……とはいえ、素人集団の私たちパスパレの中で唯一の楽器経験者。なんでも、スタジオミュージシャン? っていう凄い人なんだとか。麻弥ちゃん自身は

 

「大したことないっすよ。ふへへ」

 

 と言うものの、楽器もまともに演奏できない(リコーダーですら吹けるか怪しい)私からしたら相当凄いことだ。

 

 

 もともとはメンバーが足りなくて、人数合わせのためにサポートとして加入した彼女だけれど、紆余曲折を経て正式にパスパレの一員になった。

 

(でも、あんなことが起こってしまって……麻弥ちゃんには申し訳ないな……)

 

「彩さん? どうかしました?」

 

 麻弥ちゃんの声に暗い思考をよそに追いやる。

 

「え? なんで?」

 

「いえ、こう眉間にシワを寄せて『ムムッ』て感じの顔してましたよ」

 

「嘘! 本当に!?」

 

 麻弥ちゃんに指摘されて眉間を押さえながら揉む。

そんなに顔に出てたのかな?

 

「何か考え事ですか?」

 

「うん……」

 

 

 

 パスパレ(わたしたち)を取り巻く環境は急激に変化した。

前評判では『事務所期待のアイドル系ガールズバンド』という触れ込みだったものの、御披露目の一件以降は腫れ物に触るかのような扱いだ。

 予想外のハプニングとはいえ事務所が受けた損失は大きかったらしく上層部は減給か辞職かを迫られた。それにより補填を……と考えたのだろう。上層部の大半は責任を取って辞職した。

……と言えば聞こえはいいものの、実際は他事務所からヘッドハンティングを受けて移籍したのだ。有力アイドルを手土産にーー。

 

 そんな状況でも、残ってくれた上層部や先輩アイドルもいた。

特に常務は

 

「え? 減給? あぁ。アイドル守れるなら安いもんでしょ? アイドルのお陰で俺ら飯食えてんのよ? 自分の銭数えるよりやることが他にもあるでしょ?」

 

 とまで言ってくれた。

 

 そんな人たちに守られているのに私たちに出来るのはレッスンだけ……ならば早く実力をつけなければ! と、通常のレッスンに加えて自主トレも始めた。……まだみんな揃ったことはないけれど。

 

 

「千聖さん、今日は来てくれるといいですね」

 

「……うん」

 

 ようやくアイドルになれた私や急にアイドルになった日菜ちゃんと麻弥ちゃんと違い、他の二人はもともと芸能界で仕事をしていた。特に千聖ちゃんは忙しい様で自主トレはもちろん、事務所のレッスンに来られない日もあった。

 仕事だからとは分かっているものの、心の中がモヤモヤしていた。

 

 

「アヤさん、マヤさん、おはようございます!」

 

 スタジオに到着すると、すぐさま声をかけられた。

 

「イヴちゃん! おはよう!」

 

「おはようございます」

 

 

 声をかけてきたのは若宮イヴちゃん。日本人のお父さんとフィンランド人のお母さんをもつハーフさん。パスパレのキーボードで、自身はモデルとしても活動してる凄い人。

 初めて会ったときは大人っぽくてクールな人だと思ったけど、予想に反して人懐っこい。私がイヴちゃんと打ち解けるのはそう時間がかからなかった。

 

「今日は午前中撮影でしたっけ? お疲れ様です」

 

「日々是精進、です!」

 

 そしてかなりの日本好き。ひょっとすると私より日本人ぽいかもしれない。

 

「あとは日菜ちゃんと千聖ちゃんか……」

 

「ヒナさんはもう来てるようですよ」

 

「「えっ!?」」

 

 イヴちゃんからのまさかの報告に私と麻弥ちゃんは驚きの声をあげる。

 

「あの日菜ちゃんが……」

 

「一番乗り……」

 

 自由奔放を体現したかのような彼女。来るのは一番最後。時間通りに来ないことも多い彼女が一番なだけに何かありそうで怖い。

 

「ともあれ日菜ちゃんがやる気なうちに始められるように行こうか」

 

 また気が変わると大変だしロッカールームで着替えを済ます。

 

「今日もチサトさんは……」

 

「今のところは何も……」

 

 イヴちゃんの疑問に答えると、彼女は顔を俯かせた。

 

「でも、予定が空いたら来てくれるかもしれないし、先に始めてよう?」

 

「ですね。……えーと、今日はここですね」

 

 麻弥ちゃんが目的の部屋を見つけてドアノブを回す。

 

「おはようございます」

 

 挨拶をすると、部屋の中にいた人物がこちらに振り返った。

ただその人物は、『日菜ちゃん』ではなかった。

日菜ちゃんより背が高く不満げに腕を組んでいた。

 

「紗夜ちゃん!?」

 

 思い当たる人物の名前を口にして驚いた。

 

side out

 

 

「紗夜ちゃん!?」

 

 見覚えのある……というかよく通っているファーストフード店のピンク髪の店員がそこにいた。というか彩さんだった。

いつも髪をおろしてるから忘れてたけど、そういえばライブではツインテールにしてたっけ。

 

(というか、また間違えた? この人)

 

 何度か顔を合わせているのに、また紗夜姉さんと間違えられた。

そんなに似ているかと鏡を見て状況確認。

 

 紗夜姉さんには及ばないものの、入学当初よりは伸びた髪……日菜ねぇぐらいのそれは、あるいは紗夜姉さんが髪を切ったと思われてもおかしくはない。

 次に身長……日菜ねぇとは10センチ、紗夜姉さんとは4センチ違うから、遠くから見たら紗夜姉さんに見えても不思議はない。

 そして先程からこちらを見つめているもう一人の自分は、いかにも不機嫌ーー空腹に加え、訳も分からないでこんなとこに連れてこられればそうもなるーーそうに腕を組んでいた。それは図らずとも紗夜姉さんのよくする行動に似ていた。

 

 ……結果、客観的に見ても間違えられる可能性あり。

 

(わりと頻繁に顔合わせてるんだけどなぁ……)

 

 

「あ~……丸山さん? 俺です、俺」

 

「あれ!? 夕輝くん!?」

 

 お、気づいた……って当たり前か。これで気づかなかったら……ちょっと……ねえ?

 

「ユウキさん! おはようございます!」

 

 元気よくあいさつしてきたのは、色白ハーフの美人……若宮イヴさん。なんと、羽沢珈琲店でバイトしているのだ。初めて会ったときは心底驚いた。……もっとも彼女の接客には驚かされることが多いのだけれど……一応バイトの先輩なんですけどねぇ?

 

「えっと……おはようございます?」

 

 一応昼だし、業界用語的な意味だとは思うけれど……俺は業界人ではない。

 

「ユウキさんは変わり身の術が使えるんですね!」

 

「はい?」

 

 若宮さんの言動には慣れてきたつもりではあるけれど、時々予想の遥か上を行かれることがある。たぶんこれは2番目位だろうか。

 ちなみに1番は『らっしゃい! 何握りましょう!』(バイト中)だろうか。

おにぎり? 手? どっちにしても別なお店になりそうだ。

 

「一瞬サヨさんかと思いました」

 

 あぁ、そういえば若宮さんも花咲川だったっけ。じゃあ、風紀委員の紗夜姉さんとも認識があるわけだ。

 

「失礼。紗夜さんって、もしかしてRoseliaの紗夜さんですか?」

 

 ここで残った一人が口を開く。

パスパレというバンドの屋台骨……というか、唯一のバンド経験者。大和麻弥先輩。

 

「麻弥ちゃん、知ってるの?」

 

「知ってるも何も、あの『孤高の歌姫』湊友希那さんが組んだバンドのギタリストですよ!?」

 

 そこから咲き乱れる大和先輩のマシンガントーク。

当事者……というか事情を知っている俺からしても、何でそんなの知ってるの? とも思える情報の数々に驚く。

というか、『大和』なのにマシンガンって……と考えてしまう。

 

 

「えっと……改めまして、こうして話すのは初めて……ですよね?」

 

 同じ学校に通い、顔見知りではあるものの、こうして面と向かって話すのは初めてだ。もっとも、『パスパレの大和麻弥』が同じ学校の先輩だという事実に気づいたのは日菜ねぇに言われたからだけれど。

 

「は、はい。あ、でもお噂はかねがね……」

 

 先程のボルテージが嘘の様に消沈してしまった大和先輩。

その噂の出所を考えると、きっとろくでもないことなのだろう。

 

「ところで、何で夕輝くんがここに?」

 

 少し遠回りしたものの、核心に近づくべく丸山さんが質問してきた。

 

「それが……」

 

『それが?』

 

 ゴクリと固唾をのむ三人。

 

「俺にも分かりません」

 

『え?』

 

 俺の答えに不思議ちゃん(日菜ねぇ)を見るかの表情を浮かべる三人。

 

「そもそも、バイト終わりに拉致されて、なんの説明もなくここに連れてこられたんです」

 

 ついでにお昼も食べてないんです、とぼやく。

 

「それで……日菜ちゃんは?」

 

 と言った途端に図ったかのようにドアが開きーー

 

「おっ待たせ~」

 

 

 元凶(日菜ねぇ)が姿を現す。

 

「ごめんねぇ。ゆーくんに○ックでお昼買ってきたんだけど、ここ飲食禁止なの忘れてて、どうしようもなく食べてたら時間かかっちゃった」

 

 ペロッと舌を出す日菜ねぇを見た瞬間、俺の中で何かが音をたてて切れた。

 

 

 後に目撃した三人は語る。

 

「すごい軽やかに日菜ちゃんに向かっていったと思ったら、日菜ちゃんの表情が強張ってた」

 

「たぶん、脳天にチョップを入れたんでしょうけど……してはいけないような音がしましたよ。ジブン、あんな音がするチョップは見たことがないです」

 

「崩れ落ちるヒナさんを抱き止めて寝かせる様は仕事人みたいでした!」

 

 その後、呆然とする三人を尻目に、

 

「すみません、十分ほど出てきますね?」

 

 そう一言断りを入れて、修羅は部屋を出ていった。



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第37話

 すみません。ずいぶん間が空きました。
その間、三時間残業だったり、バイトだったり、休日出勤だったり、1日13時間超えの労働×2だったりと自分の時間を作るのにも苦労する状態でした。
 待っていた476人のお気に入りしてくださってる方々、ならびに読んでくださってる方々。お待たせいたしました!
……もっともこの話を読んで何人の方が残ってくださるやら……では、どうぞ


 無事に昼食を摂ってから戻ると、日菜ねぇが復活していた。

 

「んで? どうして俺はここに連れてこられたわけ?」ナデナデ

 

 ともあれ、なぜここに連れてこられたのか、話を聞かなきゃ何も分からないし、冷静になって聞いてみることにする。

話し合いは大事だ。争いからは何も生まれないし……まぁ、戦争がきっかけでコンピューターが出来たりと例外はあるけれども。

 

「ほら、ゆーくんはお姉ちゃんのバンドの練習をよく見に行ってるでしょ? だから指導してもらえたらなぁ~って」

 

 まぁ、確かにRoseliaの練習には前ほどではないとはいえ顔を出してるし、最近はAfterglowの練習だったりライブだったりも見に行く機会がある。

 

「って言っても、俺も指導できる立場じゃないんだけど……」ナデナデ

 

 むしろ友希那先輩に教わっている側だし、それだって友希那先輩の時間があるときに限られる。

 

「え? でもキーボードを弾いてたってリサちーが言ってたよ?」

 

 ……あの先輩の口は塞がないといけないかもしれない。

そもそも何度も弾けないと言っているのに信じてもらえない。

……もっとも、最近キーボードのレベルも上がってきてはいるが、教えるほどではない。

 

「そもそも俺が楽器の経験ないのは日菜ねぇが知ってるじゃん」ナデナデ

 

 仮に楽器を演奏できたとしても、

ドラム→大和先輩(経験者)

ギター→日菜ねぇ(こっちが教えるより先に覚える天才)

キーボード→若宮さん(このキーボード……触ったことない)

ベース→白鷺さん(教えられないし、本人不在)

 

……どうしろと?

 

「ほら、ゆーくん歌も上手いでしょ?」

 

「アホ言わさんな」ナデナデ

 

 それこそ教えられる立場じゃない。ボイトレとかなら専属のトレーナーがいるし、あくまで個人のやり方を教えたところでそれが合ってる保証もない。名選手が必ずしも名監督になれるとは限らないのだ。

 

「そもそも、俺がでしゃばったところで他の3人が困惑するだろう」ナデナデ

 

 先ほどから遠目でこちらを窺っているが、声をかけられずにいる3人。そりゃそうだろう。いくら知り合いとはいえ、実力も分からないヤツを引っ張り出してきて、

 

『はい。今日からトレーナー(非公式)です』

 

 と言われれば、いよいよヤバくなったと思う。……もともとヤバいとは口が裂けても言えない。

 

「いや、そうじゃなくってね……」

 

 ほら、丸山さんも俺なんかに気をつかってるし……いいんですよ、正直に言っちゃって。事実なんですから。

 言いづらそうにしていた丸山さんだけど、意を決したのかついに口を開く。

 

「夕輝くん……なんで日菜ちゃんの頭を撫でてるのかなって……」

 

 

 3人の目線は俺……の右手。その手は先ほどから絶え間無く日菜ねぇの頭を撫でていた。

 

「「なにかおかしなところある(あります)?」」

 

 

「え"っ……」

 

 丸山さんの疑問に日菜ねぇと二人でハモりながら答える。言葉だけでなく、コテンと首をかしげる仕草まで図らずともシンクロする。

いや、姉弟ってこんなものじゃないの? そりゃあ俺と日菜ねぇの立場が逆かもしれないけれど、弟に甘える姉ってのもあると思うの。

 日菜ねぇの場合はかなりオープン過ぎるけど……学校でも仲のいい氷川姉弟(しまい)と言われている。……一部不本意なところもあるけどまぁいいや。かくいう俺も学校でも……とまではいかないが、日菜ねぇの話を聞くときには『真面目な時を除き』ーーとはいえ日菜ねぇの真面目な時はそんなに多くないのだがーー今みたいに頭を撫でながら聞く。

 

 紗夜姉さんの場合は、日菜ねぇほど頻度は高くない。とはいえ、わりとギリギリまで頑張ってしまう人なので甘えた時のスキンシップは日菜ねぇ以上かもしれない。

もっとも、爛れた関係ということはけしてなく、不器用ながらも抱き締めてほしいという態度を表す(けして自分からは言わない)程度なのだ。

 

 一方で丸山さんは『本気で言ってるの?』という反応を示す。

俺も顔に出るとよく言われるけど、この人も大概だと思う。

チラリと大和先輩と若宮さんに視線を移すと、大和先輩は『あぁ……』と半ば諦めたような表情をしていた。

その横ではスッゴいニコニコしている若宮さん。今、この場ではあなただけが味方です。

 

「あれ? 私の方がおかしいのかな?」

 

「大丈夫です。彩さんは正常ですよ……」

 

「お二人とも仲がいいんですね」

 

 あれ? 本当に俺らがおかしいの? 誰かに聞きたくても、身近で姉弟な人はいたかなぁ?

 友希那先輩と燐子さんとリサ先輩は一人っ子だし……もっとも、リサ先輩と友希那先輩で姉妹みたいなところあるけど。

あこと巴は言わずもがな。蘭、モカ、つぐも一人っ子。ひまりは……お姉さんがいたんだっけ。

 

(あ! 沙綾がいるじゃん!!)

 

 沙綾のところは弟と妹がいたはず。今度パンを買いに行ったときに聞いてみよう。

 

 

 スタジオを借りているとはいえ、時間は限られている。このまま雑談でムダにするわけにもいかないので、(個人的に納得いかない部分もあるが)切り上げて自主トレを開始した。

今日は大和先輩が若宮コーチのもとでビジュアルレッスン、丸山さんが日菜ねぇ指導のもとダンスレッスンらしい。

 ビジュアルレッスンって何をするのかと思ったが、要は若宮さんの指定する感情、喜怒哀楽を表現するらしい。なるほど。『アイドルバンド』らしいことだけど、当然ながら俺に出来ることはない。

 

「ゆーくんはこっち」

 

 と、日菜ねぇに引っ張られる。いや、ダンスだとしても俺に指導能力なんてものはないんですが……。せいぜい『鏡』になってあげるくらいかと……

 

「はい、コレ。ダンスの映像。踊ってるのはトレーナーさんだから大丈夫だよね」

 

 と、ポータブルのプレーヤーを渡される。

いや、大丈夫って……逆にコレを一般人の俺が見ても大丈夫なワケ?

 

「だって、ゆーくんはコレを悪用しないでしょ?」

 

 まぁ、そうなんだけどね。ほら、守秘義務とかなんとか……ってこの姉に言ったところで分かっててやってるんだろうだから仕方ないか。

ため息ついでに目を閉じながら深呼吸。

 

(何かあった時には責任とってもらうかんね?)

 

 目を見開き、コンマ一秒とも見逃さないようにプレーヤーを見つめる。

 

 

 さて、先ほども言ったが名プレイヤーが必ずしも名監督になれるわけではない。選手時代にどれだけすごい実績を残してようと、素晴らしい技術を持っていても、指導したり運用する技術がなければ何にもならないからだ。

 

「彩ちゃん、そこはへにゃってなってるよ~、ピッとしなきゃ」

 

「へ、へにゃ?」

 

「そこのところはもっとキュッ、グイーンって」

 

「きゆっ? ぐいー、あたっ!」ズテン

 

 何か日菜ねぇの擬音を繰り返す可愛い生物になりつつあるぞ、丸山さん。

とはいえ、感覚派の日菜ねぇの指導では少々難しいところがあるかもしれない。

 

「ほら、もう一回!」

 

「日菜ちゃん、もっと分かりやすく教えてよ~」

 

 おそらく半泣き状態の丸山さんを尻目に、俺はプレイヤーの動画を()()()()()()()()()()

 

「そこ、ピッとして」

 

「指先までまっすぐを意識して!」

 

「は、はい!」ピッ

 

「キュッとしてグイーンだよ!」

 

「回る前の一歩をもっと内側に!」

 

「こ、こうかな?」キュッ、グイーン

 

「で、出来た!」

 

「最後まで気を抜かない!」

 

「はい!」

 

 

side 麻弥

 

 イヴさんとトレーニングしていたジブンは信じられない光景に我が目を疑った。

 彩さんがミスせずに踊りきった? それはあるかもしれませんが、違います。日菜さんが連れてきた弟クンこと夕輝さん。彼が行っていることにある。

 

「マヤさん、ユウキさんには心の目があるんですかね?」

 

「そんなことはない……とは思うんですが……」

 

 隣のイヴさんも目を輝かせて見ているのは彩さんのトレーニング。正確に言えば指示している夕輝さんだ。

目線をプレイヤーから一切離すことなく彩さんのダンスに対して的確な指示を出している。

 

(それを可能にしているのは、日菜さんの指示……)

 

 日菜さんの普通の人なら理解できない擬音だらけの指示で状況を把握、翻訳することで一度も見ることなく指示を出せるのだ。

 

 

「よし、見終わったよ~」

 

「なんとかなりそう?」

 

 伸びをして目頭を抑える夕輝さんに日菜さんが声をかける。

 

「落とし込みはしたけど、やってみなきゃ分からないかなぁ」

 

 そういいながら一人黙々と柔軟をする夕輝さん。

 

 

『落とし込み』? 夕輝さんは動画を見ていただけに見えたけど、他に何かしていたのだろうか?

 

「えっと……何が始まるんです?」

 

「第三次世界大戦だ」

 

「「「「え?」」」」

 

 夕輝さんの突拍子もない言葉にジブンだけではなく、彩さんとイヴさん。果ては日菜さんも目を丸くする。

 

「あ、すみません。少し踊ってみようかなと……」

 

「「「え!?」」」

 

 今度は日菜さんだけが驚きの声をあげなかった。

 

(踊るって、動画を見ていただけで実際にフリを確認する動作すらなかったのに、そんなこと……)

 

 そんなジブンの考えを余所に、日菜さんのカウントで踊りだす夕輝さん。

 

「え!?」

 

「すごいですっ!」

 

「そんなこと……」

 

 夕輝さんの踊りは本当に初めて踊ったのか疑わしいほどにキレがよく、指先、足先まで意識したようにまっすぐ。それでいてムダな力が入っていないように感じた。

ダンスを踊ったことがないジブンでも凄さを感じた。

 

side out

 

 

「ふぃ~……キッツい~」

 

 踊り終わると同時に床に倒れ込んだ。ある程度運動経験はあるから大丈夫かとタカを括っていたが、すぐに起き上がるのはしんどい。いつもと違う筋肉使うからだろうか。

 

「ゆーくん、お疲れ~。水飲める?」

 

「ちいと待ってほしいかな。呼吸整えたい」

 

 労いとともに日菜ねぇが水を勧めてくるがそれは断る。

 

「夕輝くんって、ダンス経験者なの?」

 

「いえいえ、さっき覚えました」

 

「えっ!?」

 

 驚きとともにしょんぼりする丸山さん。まぁ、そうだよな。自分が時間かけても上手く出来ないことをあっさりとやられたらね。

 

「いや、でもダンスって割ときついんですね。コレを踊っても息切れしない丸山さんって、かなり体力あるんじゃないですか?」

 

「そう……かな?」

 

「えぇ。努力の賜物ですよ。誇っていいですよ」

 

「本当? えへへ」

 

 はい、かわいい。信じられます? これで年上なんですよ?

 

 ともあれ、関わった以上はライブを『成功』させるまでは協力するつもりなんで……覚悟してくださいよ? 白鷺千聖さん。




 今日からガルパ3周年ですね! 皆さんのところに幸運が訪れることを……


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第38話

 お久しぶりです。
お気に入り登録、500人突破しました。ありがとうございます!
コロナのせいでお家時間が増えた影響ですかね。
 自分の職場はそんなこと知ったものか! と言わんばかりに通常業務どころか残業まであります。(他部署はGWが少し伸びました)

 なかなか投稿まではいきませんがちょこちょこ書いてます。
気長に待っていただければ幸いです。


 パスパレとの初会合(ただし初対面にあらず)から数日。

俺は、行きつけのファーストフード店にいた。というか頭を悩ませていた。というのもーー

 

(千聖さんと遭遇出来ない……)

 

 パスパレ最後の一人にしておそらく……というか確実に最大の壁だろう。

というかそもそもの話、アイドル(バンド)のメンバーの4/5が知り合いということが異常で、普通はそうそう遭遇出来るものではない。自分の学校の先輩が、バイトの先輩(僅かな差ではある)が、行きつけのファーストフード店の店員が、ましてや自分の姉がアイドルなんてそうそうない。

 

「アイドルグループの大半が知り合いなんだが」

 

 と野口君に相談すると

 

「それ、なんてエロゲ?」

 

 と返ってきた。いや、マジな話なんだと言おうとしたが、表情が修羅のようだったので止めた。

 

『ちょっと待て! なんでエロゲの内容知ってるんだ!? 高校1年生!』

 

 何処からかひまりの声が聞こえた気がしたが気のせいだろうか。

 

話が逸れた。

 

 ともあれ、最大の壁である千聖さんだけれど、その存在は逆にパスパレにとっても大きな後ろ盾ともなりえる。

 

 子役の時から芸能界で活動してきた千聖さん。芸能界のいろははもちろん、酸いも甘いも噛み分けてきたことだろう。

そんな彼女がいれば、パスパレは芸能界の荒波を越えられるだろう。実際、彼女の機転があったからこそお披露目ライブもアレだけで済んだのだ。そうでなければもっと長い時間好奇と怒りの視線に晒されて、良くてパスパレ解散。悪ければ視線恐怖症にでもなったかもしれない。そういう咄嗟の機転、メンバーのフォロー、それとリーダーシップ。彼女のそういった部分がパスパレには必要不可欠なんだと思う。

 もっとも、丸山さんはそういったことを抜きにして千聖さんに戻ってきてほしいんだろうけど……。

 

(難しいだろうなぁ……)

 

 良くも悪くも千聖さんは現実主義者。今回のことでパスパレから脱退してソロ活動したほうが傷が浅くて済む……と考えているだろうか。多少経歴に傷が付いたとはいえ、白鷺千聖の名は再び世に知れ渡った。ここからまた女優として復活すれば『悲劇のヒロイン』として取り上げられるだろう。

 その構想を上回れる条件を提示できればいいのだがーー

 

(そもそも交渉出来るのか?)

 

 まず丸山さんと若宮さんは無理だろう。純粋なあの二人は交渉に向かない。言いくるめられて丸め込まれるのが目に見えている。

 日菜ねぇは気まぐれや故に交渉出来るかすら怪しい。恐らく一番千聖さんに対抗出来るとは思うのだけれど……

 麻弥先輩は……一番の常識人だとは思うけど押しに弱いからなぁ……これまた千聖さんに言いくるめられるのが目に見えてる。

 

 結果……3敗1引き分け。こりゃダメだね。何がダメかは分からないけど。

もっとも、部外者の俺がでしゃばるのもどうかとは思うけど、あの日菜ねぇが飽き ーー本人曰く、るん♪としなくなるーーもせずに続けられるものが出来たんだ。それを守るためならお節介と言われようとシスコンと言われようと構わない! 構わないんだけど……

 

(まず遭遇出来ない……)

 

 最初の問題に戻るわけで……そもそも『元』が付くとはいえ国民的子役の芸能人と一介の高校生男子。接点なんて無いだろう。たまたま道を歩いていたらすれ違った。偶然利用した店が一緒だった。乗っていた電車が一緒だった(車両違い)。そんな偶然があれば御の字だ。もっとも、『今日乗ってた電車一緒でしたよね?』と言ったところで、『だから何?』と言われればそれまでなのだが。下手すればストーカーと思われるし。

 

 試しに○ー○ル先生に頼ってみよう。『芸能人 知り合うには』……っと。……うん。これは止めておこう。これは明らかに違うからね。

 

 せめて共通の知り合いとかいればいいんだけれど……パスパレ抜きとするといないんだよなぁ……。学校は花咲川だってのは分かってるけど(丸山さん談)それが分かったところでどうしようもないんだよ。

出待ちするわけにはいかないし、守衛や先生がすっ飛んでくる可能性が大きい。そうでなくても姉さんがいるしーー

 

(あ、姉さんがいるじゃん!!)

 

『鬼の風紀委員』と恐れられているらしい(恐らく事実)姉さんなら十中八九知らない人などいないだろう。共通の知り合いとしては十分だ。もっともーー

 

(親しい仲とは思えないけれど……)

 

 どちらも規律に厳しい、音楽活動をしているなど共通点はある。

しかし、かたやプロ(活動自粛中)の音楽バンド、かたやプロ顔負けのアマチュアバンド(ガチ勢)。話題合わないよね、これ。

 友達という線は薄いだろう。せいぜい芸能活動で遅刻、早退する千聖さんと挨拶を交わす、先生への伝言程度の間柄だろう。

 仮に友人だとしても姉さんは取り計らってはくれないだろう。むしろ

 

『白鷺さんはお忙しいのだから』

 

 と諭されるだろう。

 

 堂々巡りに陥り、飲み物のストローに口をつけて吸うも出てくるのは溶けた氷により何倍にも希釈されたコーラの残滓。

 

(はぁ……もう帰ろ)

 

 

 コーラの水割りでは気持ち的にも量的にも満たされないものの、飲み残しに捨てるのもなぁと思い飲み干す。

 いつもは折り畳むハンバーガーの包み紙を頭のモヤモヤとリンクさせてくしゃくしゃに丸める。ちっとも気分が晴れず、ポテトの入っていた箱とカップ共々ゴミ箱に放り込んだ。

 

「ありがとうございました~!」

 

 店員さんの挨拶を背に受け、店を後にした。

 

 

 

 

 帰路に着いたのはいいが、母さんに買い物を頼まれていたのを忘れていた。

 

(豆腐と玉ねぎと……なんだっけ?)

 

 いくつかあったものの忘れてしまった。まぁ、スマホのカバーにメモを挟んでいたのでいいや、と思い上着のポケットに手を伸ばす。

 

「はれ?」

 

 スマホの感触がない。ただの空だ。当然反対側もない。

急いでいる時何かは無造作に尻ポケットにいれることもあるのだがそこにもない。

 

(落とした?)

 

 最悪の事態が頭を過り血の気がサーッと引く。

 

(いやいや、冷静になれ。ここまでの道のりを辿ればいいだけの話だ)

 

 くるりと振り返り、もと来た道を引き返そうとしてーー

 

「ふえっ!?」

 

「!?」

 

 背後にいた人にぶつかりそうになる。

咄嗟に身を捩り衝突を避ける。1歩、2歩とよろけながら何とか踏み留まる。

 

「ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」

 

 振り返り声をかけるも、その人はしゃがみこんだまま動こうとしない。

 

(まさか怪我でも負わせてしまった!?)

 

 こちらからはしゃがみこみ丸まった背中しか確認することが出来ない。

 

「お怪我はありませんか?」

 

 回り込み、正面から声をかける。

 

 水色の髪を少し高めにサイドテールーーといっていいのだろうか?ーーに結わえ、花咲川の制服を身にまとった女生徒がペタンと座り込んでいた。その紫色の眼は不安からかうるうると不安げに揺れ、すらりと伸びた白い脚とその奥に髪の色と同じーー

 

「!!」

 

 危ない、直感でサッと目をそらす。

 

(見てない! 俺は何も見てませんよ!!)

 

 

「こ、腰が抜けちゃって……」フェー

 

 どうやら怪我をしたということはないようで、俺とぶつかりそうになり驚いて腰が抜けてしまっただけのようだった。

まぁ普通に考えて、前の人が急にこちらに向かって走ってきたらビックリするよね。俺もそうだし。

 

「えっと……立てますか?」

 

 とりあえず両手を差し出す。意図を察したようで彼女も俺の手を握った。それを確認して、こちらに引き寄せる。

 

「ふえっ!?」

 

 思った以上に引き寄せる力が強かったみたいで驚かれた。

 

「あ、足に力入らないなら肩掴んでください」

 

「ごめんね」

 

 申し訳なさそうに謝りながらも『お借りします』と小声で断って肩に手を回してくる。

 

 

「いえ、こちらの不注意ですので気にしないでください」

 

 彼女の歩調に合わせながら、近くのベンチまで誘導する。

その時、肩を回されているが故の柔らかさを感じたけど黙っておく。

 

 

 さて、ともあれベンチに座らせることは出来たわけだがーー

 

(この後どうしよう)

 

 彼女に怪我はないようで、腰が抜けただけと言っていたため、時間が経てばなんとかなるだろう。問題は俺のスマホ。

 どうやら落とした可能性もあるため、もと来た道を戻って探しに行かなければならない。最悪の場合、警察に届け出をださなきゃいけないし。

でも、このまま放置するのもなんだかなぁ……このまま居座っても、『え? この人いつまでいるの?』と思われても嫌だし……

 

「えっと……大丈夫?」

 

 ああでもないこうでもないと考えていたのが表情に出ていたのだろう。自分の悪い癖が出たことで彼女に気をつかわせてしまったが、これは好都合。

 

 

「すみません。実はスマホをどこかに落としてしまったようで、それに気づいて探しに行くところだったんです。自分の不注意とはいえ、こんなことになってしまって……後日お詫びを「知ってたよ」へ?」

 

「これ、キミのスマホだよね?」

 

 彼女が取り出したるは見紛うことなき俺のスマホ。

 

「あ、それ俺の……」

 

 咄嗟のことで言葉が出なかった。

 

「お店に忘れてたよ?」

 

 はい、とスマホを渡してくれた。

 

「ありがとうございます」

 

 お礼を言いながら……

 

(『お店』?)

 

 俺が今日寄った店と言えばーー

 

「あ!」

 

「ふえっ!?」ビクッ

 

 彼女に会うのは初めてなはずなのに、どこか既視感というか会ったことがある気がしていた。

 

「もしかしてーー」

 

「あ、分からなかった? いつもご来店ありがとうございます」

 

 ふふっといたずらっぽく笑う彼女。

さっきまでいたファーストフード店の店員さんだ。何度かお会計してもらったこともあったのに気づかなかった。

 

「今日はシフトを見に行っただけなんだけどね。ちょうどキミが帰る時だったんだけど、トレーの隣にスマホ置いて行っちゃったから」

 

「あぁ……」

 

 それに気づいて追いかけて来てくれた、と。

 

「声をかけたんだけど、気づいてなかったかな? 難しい顔してたし」

 

 あちゃあ。それは申し訳ないことをした。

 

「すみません……」

 

「ううん。キミのことは彩ちゃんから聞いてるから」

 

 あぁ。丸山さんも同じバイト先だからね。果たしてどういう話をしているのやら……

 

「大変だよね。彩ちゃんも()()()()()も」

 

 あぁ、その話も知ってーー

 

(ん? 『千聖ちゃん』?)

 

「もしかしたら、キミの力になれるかもしれないよ」

 

(この人は一体……)

 

 どうやらただのファーストフード店の店員さんでは無いようだ。

 

 

 




 原作より某ふえぇ系店員さん登場。一体何原さんなんでしょう。
というか、謎の美少女感はある(?)ものの松なんとかさんの薄皮を被った別人感が……ファンの方、ごめんなさい(;>_<;)

 感想、評価などお待ちしております(お気に入り、評価が減ると怖いビビり)

 皆様も体調に気を付けて三密にならないように気をつけましょう。
 ではまた次回ノシ


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