氷川紗夜の苦悩 (ミルティッロ)
しおりを挟む

1日目 苦悩の始まり

他のサイトに乗せている小説を、こっちにも載せてみます!こっちは評価とか色んな機能があって楽しそうなので...
まだよく分かってない所が多いですし、亀のような投稿スピードですが、読んでいただけたらとっても嬉しいです。あと感想とか評価もお待ちしてます!


筒を咥えて息をする。

 

ただそれだけの行為なのに、私の肺は一瞬で、幸福感に包まれる。

この時間が、1番楽だ。

だって何も考える必要も無ければ、面倒なこともしなくていいから......

 

 

 

 

 

 

 

 

私は風紀を取り締まる側だった。

スカートの丈とか、髪染めとか、校則を乱すものを、徹底的に排除していた。

でも、そんなのは私が乱す側になった今からすれば、別に気になるような大きなことでは無いように感じる。

達観した、と言ってもいいのだろうか。

別に私のしてることに比べれば、他の生徒の校則違反など、本当に些細なこと。

そういう考えが私を支配していた。

学校では先生や友達にバレないように隠れてタバコを吸い、家に帰れば鬱陶しい妹を無視して部屋に上がり、またタバコか、ただボーッとするだけ。

 

支配された私はそんなふうに毎日を過ごし、生きていても死んでいても何も変わらない。そんなナニカに成り下がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先生からの信頼の厚い私は、適当な理由を付けては屋上でタバコを吸っていた。

もう少しで1本吸い終わるかな...

そんなことを考えながら、また今日を過ごす予定だった。

彼女に出会うまでは...

 

「あれ?紗夜先輩?こんな所でなにして......」

 

屋上への一本道である階段に続く、無機質な鉄製のドアを閉め終わった彼女は、私の口から出る白い煙に気づいてしまった。

 

 

縮まった私の脳から出る司令より先に、まず身体が動いた。

勢いよく彼女の肩を掴み、そのまま落下防止のフェンスに押し付ける。

 

「今見たものを、全て秘密に出来ますよね?」

 

言い聞かせるように、そして脅すようにゆっくりと言うと、彼女は目を見開いて、何度も上下に首を振った。

これなら問題ないだろう。そう思い、肩から手を離す。

 

「もし約束を破ったら、どうなるか分かりますよね?

 

1年C組の 奥沢美咲 さん」

 

その声を振り切るんじゃないかというくらいの速さで、彼女は階段を駆け下り逃げていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日は、少し時間を変えて屋上に行った。

 

もし昨日と同じタイミングで行ったら、通報を受けた先生達に待ち伏せされて、現行犯で捕まってしまうかもしれない。

ドアを慎重に開け、誰か居ないかそっと覗いてみると、そこには黄昏ている例の彼女が居た。

 

やはり待ち伏せされていたか...

 

幸い、まだ私には気づいていない様なので、バレないように、そっとドアを閉める。

しかし、迂闊だった。

周囲を覗こうと前のめりになっていた私の身体と共に出ていた左足は、閉めようとしたドアにぶつかり、それをシンバルのように鳴らしてしまった。

反動と汗で手から滑り、離れていくドアノブと、思いがけない表情をした彼女を見た私は、その場から逃げることが出来なかった。

罠にはめようとか、何かを企んでいるとかではなく、

 

 

満面の笑みを浮かべた彼女がこちらを見ていたのだ。

 

 

「待ってました。紗夜先輩」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてここに?」

 

「えっと、先輩の事が気になって、ですかね」

 

「はぁ...、そう言われましても、私が奥沢さんに特別何かをしたということは無かったはずです。私とあなたは気にかけ合うような仲では無いはずですが」

 

「いやいや...同じ学校の生徒なら誰だって気になりますよそりゃあ...。あのマジメだった紗夜先輩がそんなものを吸ってるなんて知ったら」

 

心配そうに見つめる彼女の前で、私は薄い灰色の煙を吐いた。

 

「マジメな私...ですか... ではマジメだった頃の氷川紗夜にでも聞いてください。少なくともイマの私は、吸おうと思った理由をもう、忘れてしまいました」

 

「そうですか...」

 

少し悲しそうな、困ったような顔をしているが、イマの私には関係無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吸殻を水の中の浸して、バレないようにタバコと一緒に隠した後、教室へ戻る前に、私は最後に一つ、彼女に質問した。

 

「なぜこのことを、先生に教えなかったのですか?

先生に教えてから尋問なりなんなりすれば、貴方にとっては都合が良かったのでは?」

 

「うーん...それでもいいですけど、でもそれだと先輩が可哀想じゃないですか?」

 

「......私は悪人なんですよ?そんな人間に、あなたが可哀想なんて感情を抱くことは無いと思いますが」

 

「じゃあ先輩は、悪人じゃないんですよ。...少なくとも、あたしはそう思います」

 

「私がタバコを吸っていることは紛れもない悪です。それを...」

 

「本当に...そうなんですかね?」

 

「えっ?」

 

「氷川先輩...何か辛いことがあったんですよね?......まあそれは、あたしには関係の無いことかもしれないけれど、もしそうだとしたら、先輩はその辛いことから逃げるためにタバコを吸った。そこにタバコの悪い成分がつけ込んでるだけだと思います」

 

「......つまり...何が言いたいんですか?」

 

「悪いのはタバコであって、先輩じゃないってことです。むしろ氷川先輩は被害者であって、咎めることは、誰にも出来ませんよ」

 

 

彼女の言ってることは、間違っているけど、もしかしたら、間違っていないのかもしれない。

 

 

だからこそ、私は彼女を面白いと思った。

 

「ふふっw」

 

「えっ......なにか、おかしかったですか?」

 

「ごめんなさい...そういう面白い解釈をする人は初めて見たので...つい‪w」

 

「...まー、私は思ったことを言っただけなので」

 

彼女が私にちょっぴりニヤッと笑った時だった。

キーンコーンカーンコーン

授業終わりのチャイムが鳴る。

どうやら私たちは、屋上で、丸々1時間話し続けてしまったようだ。

 

「あっ、やば、次の授業の準備をしないと」

 

「何を今更...もう1時間もサボってしまっているんですよ?」

 

「そうなんですけど...流石にそろそろ戻らないとこころが...」

 

「...そうでしたね。引き止めてしまい、すみません」

 

確かに、彼女の傍には彼女がいなければ、数分も経たないうちに学校は、まるでサーカス小屋のようになってしまうだろう。

 

私のその言葉を聞くと、奥沢さんはドアに向かって歩き始めた。

そしてドアノブに手を触れた瞬間、私は彼女に聞こえるよう、少し大きな声で、本当に最後の質問をした。

 

「また...来てくれますか?」

 

すると彼女は、振り返って笑顔で返事をしてくれた。

 

「もちろんです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の残りの授業は久しぶりにきっちり出席することが出来た。

奥沢さんと屋上で出会ってから、私の中の何かが、少し変わったような気がする。

ソレが何かは私にはまだ分からない...しかしソレが私をいい方向に導いてくれていることは間違いなかった。

明日が楽しみだ。

まあ奥沢さんと会話が出来るというだけで、気分が晴れや

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい!紗夜〜!」

不意を付かれた。

 

考え事に夢中になっている私の背後から、聞き慣れた声が聞こえた。

...二度と、聞くことは無いと思っていたのに。

 

 

「やっぱり紗夜じゃーん♪早足で逃げないでよ〜!」

 

「別に...貴方と話すことはありませんので」

 

やめて。近寄らないで。触れないで。

 

「そんな冷たいこと言わないでさ〜☆」

 

彼女の温かみのある右手が、私の肩に迫ってきた。

悪意や他意の一切無いその右手。少し前の私だったら、その手をなんなく、受け入れられただろう。

 

だが、今は違うのだ。

 

「近寄らないで!」

 

私は、彼女の腕を思いっきり跳ね除けてしまった。

 

跳ね除けた勢いで上に挙がったままの右腕と、彼女の見開いたその目が、反撃されたことに対する驚きと恐怖をわかりやすく表現していた。

 

「私に...近寄らないで...」

 

彼女から逃げようと、走り出そうとした。その時だった。

 

「リサ...?急に走り出してどうし...」

 

目の前に、今井さんを心配して先回りしてきた湊さんが飛び出してきた。

二人とも、一瞬の驚きはあったものの、その後はただただ、お互いを睨み付けるだけだった。

そうして、私と湊さんが睨み付けあっているのを、今井さんが心配そうに見ているだけの状況が少し続いたあと、遂に、湊さんが動き出した。

 

「行きましょう。リサ。」

 

「えっ?でも友希那...」

 

何かを話そうとしたリサさんを静止して、湊さんが話し始めた。

 

「また、ゆっくり落ち着いてから、話し合いましょう。」

 

「...私は貴方達に対して、何も話すことはありません」

 

「...例え本当にあなたが話す気が無くても、私達には話す理由があるのよ。だからまた今度、必ずよ。」

 

「...」

 

無視して、歩くことにした。

これ以上何かを話そうとしても無駄。

ああなってしまえば、私が話し合いに応じるまで、湊さんは絶対に食い下がらないだろう。

なら無視するのが1番。そう考えて、私はゆっくりと歩き出した。

 

しかし、既に先程までの軽快な歩みの仕方を、私は、思い出すことが出来なくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家に着いたのは、既に日が沈んだあとだった。

あのアクシデントからしばらくしても、私は家に帰る気になれなかった。

元々ストレスを抱えているのに、更にあんなストレスを上乗せされるのは、流石に心にくるものがあるのはもちろんだが、これからそれと同じくらいのストレスメイカーが、私の家には住み着いているのだ。

 

「おかえりなさい!おねーちゃん!」

 

「うるさいわよ!日菜!何時だと思ってるの!」

 

「あっ...ご、ごめんね。おねーちゃん...

あっ、ご飯...作ってあるから...」

 

「...。 1人で食べてなさい。私は疲れたから寝るわ。」

 

「えっ...、うん...わかった。」

 

私はイラつきのまま、ドタドタと階段を上がった。

別に、そこまで近所迷惑な大声を、日菜が出したわけではなかったと、今なら思う。

しかし、日菜の顔を見ると、どうしてか無性にイライラしてしまうのだ。

だから、とにかく理由を付けて、彼女に怒りをぶつけてしまう。

こんなことはいけないと、思わない訳では無いけれど、私の大部分が、別に変える必要は無い。どうでもいいじゃないか。と、私に囁いてくる。

 

そして部屋に入り、直ぐにタバコに火をつけた。

学校が終わったあとの嫌なことを、全部忘れてしまいたかった。

それなのに、スゥッ... と吸ったタバコの煙は、いつものものよりいいものだとは到底思えない、劣悪なものだった。

 

銘柄は一緒のはず...

 

結局、私はその理由も考えるのが面倒くさくなってしまった。

 

一体どうして、こんなことになってしまったのか。

私自身が、1番分かっていたはずの答えは、今吸ったタバコの煙に、隠されてしまった。




1話目ですがもう伏線を張り始めてます!読んでいった先で、もし気づいてくれたら嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2日目 報われない努力

今日は土曜日。

学校も無いので、日菜も私を起こしに来ることも無い、静かな日。

私は、どうしてこうなってしまったのか。

その答えは夜が明けても、見つかることは無かった。

まあ、それはあくまで昨日の話。

今日は何をしようか。今はまだ、朝の七時。

眠たいし、もう一度夢の世界にでも行こうか。

そんなふうに思考を巡らせていた、その時だった。

 

「おねぇーちゃーん!!!!」

 

下からドタドタと階段を駆け上がる音が聞こえる。こんなに音を響かせながら階段を登るのは、まず間違いなく妹だろう。

 

「朝から日菜は元気ね...」

 

そんなことを言ってるうちに、ドアを吹き飛ばしかねない程の力でバタン!と彼女は私の部屋に飛び込んできた。

 

「おねーちゃん!お客さんが来てるよ!」

 

「お客さん?こんな朝早くにに誰かしら?」

 

「ん〜?まあ、誰でもいいじゃん!とにかく会ってみてよ!絶対 るんっ♪ てくるから!」

 

「えっ、えぇ...」

 

日菜の勢いに押され、寝ぼけ眼な私の腕を、日菜はどんどん引っ張り玄関へと向かう。

ここで腕を振り払って、仮病かなんかを使って逃げるべきだった。

よくよく考えてみれば、私の必ずいる時間に匿名で会いに来る人なんて、あの人しか考えられないのに、寝起きの私はそこまで頭を回すことが出来なかった。

眠い目を擦りながら玄関のノブを回す。

擦り終わった私の目に飛び込んできたのは

 

 

 

 

「おはよう、紗夜。」

 

見慣れたはずの銀髪だった。

 

「はぁ...」

 

けれども、その銀髪を見て出たのは、大きなため息だけだ...

 

 

 

 

日菜が朝ごはんをテーブルの上に置いた。

2週間、私達のご飯の当番は日菜である。

親が仕事で忙しいときは、2週間で当番が変わるようになっていて、最近、日菜に当番が回ったのだ。

しかし、タバコを舌の上に咥えている私には、他人が満足する様な料理を作ることが、もう出来ないかもしれない。

そんな杞憂に近い事を考えていると、湊さんが、私のことをじっと見ている事に気づいた。

きっと、早く本題に入りたくてうずうずしているのだろう。...しかたない...

 

「なぜ、こんなに朝早くにうちを訪れたのですか?」

 

「今日は授業参観なのだけれど、早く家を出すぎてしまったから、寄らせてもらうことにしたのよ。」

 

嘘だ。

羽丘で授業参観があるのは本当だが、あるのはB組で、湊さんのA組は休みのはずだ。

何より、三度の飯より今井さんの湊さんが、今井さんを置いて登校している事が、それを裏付ける決定的な証拠だ。

けれど、嘘だと突き放すのはまだ早い。

すぐバレる嘘ではあるが、嘘をついてまで私と話したいことがあるということはわかった。

そして、ここまで来れば湊さんの話したいことはだいたい分かっているし、それについて私もちょうどケリをつけたいと思っていたところだ。

 

「日菜、片付けは私がやっておくから、学校に行きなさい。」

 

「えー?でもおねーちゃん、まだ学校に行くには早いよ?」

 

「先生に呼ばれているんじゃなかったかしら?」

 

「あっ!そーだった!ありがとおねーちゃん!」

 

付けていたエプロンを外し、バックを持って飛び出していった。

 

「忘れ物、してないといいわね。」

 

「あの子は天才なので、心配なんて必要ありませんよ。」

 

「そう...それならいいわ。...... じゃあ早速だけど、

 

 

 

 

 

 

Roseliaに、帰ってきて、紗夜。」

 

「......」

 

やっぱり、この話か。

 

「私は、もう戻るつもりはありません。」

 

「それはあなたの本心なのかしら?」

 

「はい、もちろんです。」

 

「はぁ...。気持ちは変わらないのね。」

 

「もう、私のことは諦めて下さい。あれから1度もギターも引いていませんし。」

 

「そんな事は関係ないわ。私達には紗夜が必要なの。あの5人だからRoseliaなのよ!? 1人でも欠けたらダメなの!」

 

私は小声で反論した。

 

「そんな脆いRoseliaなら、さっさと解散した方がいいのに...」

 

パシンッ!

 

頬を平手打ちしたときの乾いた音が、部屋中に響いた。

 

「...... もう帰るわ。」

 

私は真っ赤になった頬を彼女に向けたまま、黙った。

 

「ほひほうはま」

 

皿の上のパンを頬張り、そう言って牛乳を喉へと流し込んだ後、彼女早足で玄関へ向かって行った。

 

「私は諦めないわよ!あなたがRoseliaに戻るって言うまで!」

 

負け犬が玄関でそう叫んだ後、力任せにドアを閉めた音が今度は家中に響いた。

 

そうして私1人になったリビングには、イキリちらした静寂が、これみよがしに幅を利かせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...っていうことがあったんです。」

 

所変わって、ここはとあるジャンクフード店。

美咲がふらっと立ち寄ったその店は、丁度お昼時で人が多く、席を探していた所に、一人でポテトを食べている紗夜を見つけたわけだった。

 

「へぇ〜。湊さんが家に...ですか...。」

 

「全く、いい迷惑でした。」

 

「それにしても、紗夜さんもこんなジャンクフードのお店に来ることがあるんですね。」

 

「...きょ、今日はたまたまです。

日菜に昼ごはんはジャンクフードでも食べてきてくれと頼まれたからであって...」

 

「随分とピンポイントですね...」

 

(しかもポテトバクバク食べてるし)

 

紗夜の右手に着いた塩の量はまさにえげつなく、ゆっくりとしたペースで食べている美咲の3倍を優に超える量。まず普通のスピードで食べていないことは明白だった。

 

「まあ、それは今話すべきことではありません。相談したいのは、Roseliaについてなのですが...」

 

「あー、はい!!分かります。どうやってみんなと仲直りしてRoseliaに戻るか、ですよね。」

 

「いえ、どうやってRoseliaと縁を切るかです。」

 

「...... それ、本気で言ってます?」

 

「もちろん本気です。私が奥沢さんに嘘をついたことがありましたか?」

 

「ゼロとは言わないですけど...」

 

「ゼロです! って、話を逸らさないで下さい!」

 

「あーすいません。でも、それは無理な相談ですよ。」

 

「どうしてですか?」

 

「Roseliaのみんなは、紗夜さんが大好きですもん。みんな同じように、紗夜さんに帰ってきて欲しいって思ってますし。」

 

「そんな事、あなたに分かるんですか?」

 

「分かりますよそれくらい。だって紗夜さんがいる時のRoseliaは今より数倍輝いてましたから。」

 

「......」

 

「もう諦めて、ちゃんと謝って、Roseliaの所に戻ってあげてください。私もRoseliaの皆さんが悲しんでるの見るの辛いんで...」

 

「諦める...ですか。」

 

「大丈夫です。今ならタバコもやめて、何をしたか私は知らないですけど、しっかり謝れば、絶対許してくれますよ。仲間なんですから。」

 

「そう...ですかね。やっぱり、許してくれますかね...」

 

「大丈夫です。絶対に。」

 

今まで曇っていた私の行先に、一筋の光が刺した。

その光を掴むために歩きだす。

ゆっくりと、そして確実に。

そう、私の心が決まったときだった。

 

甘いのだ...何もかも。

信頼出来る後輩を前に、強がっただけ。

自分の罪の重さから、逃れようとしてるだけだと...

 

「あっ!おーい!みさきー!」

 

「あこ!?どうしてここに?」

 

「おねーちゃんと待ち合わせして...」

 

奥沢さんを見つけたことによる、友達に出会ったときの驚きと喜びが、私と目が会った瞬間、驚きと恐怖に染まっていくのは、誰が見ても明らかだった。

 

「...お、お久しぶりです...紗夜...さん。」

 

会いたくない人に、会ってしまった。

声には出さなくともあこの目は、その意思を全面に押し出していた。

 

「......」

 

ガタッ

 

私は走り出した。

店を勢いよく飛び出し、ひたすら走り続けた。

どうして、どうしてだろう。

私が希望を持った瞬間に、どうしてそれをうち壊そうとするのだろうか。

頬を伝う涙は、一体何が理由で流れているのか。分からなかった。

もう自分のことすら理解できなくなっていた。

 

なんで...

 

なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!

 

 

ガッ っと腕を掴まれた。

涙でほとんど見えない目でも、奥沢さんの瞳の光が見えた。

 

「紗夜先輩!待ってください!」

 

「なんでなんですか...」

 

「きっと誤解があったんですよ!落ち着いて戻って話し合いましょう!」

 

「どうして!どうして私がこんな辛い思いをしなきゃいけないんですか!私は誰よりも!何よりも努力してきた!それなのに!努力なんて無駄だと現実を叩きつけられ!たった一度の誤ちで!恐怖の目を!軽蔑の目を向けられて!理不尽じゃないですか!どんなに積み重ねても!積み重ねても!!1度崩れたら無かったことになる!なら、私は、私は、もう」

 

言葉を遮られた。

奥沢さんに抱きつかれることによって。

 

「落ち着いて下さい。......それにそんな悲しいこと言わないで下さい。

確かに積み重ねたものは崩れたら無くなっちゃいます。でも、きっと何か大切なものが残りますよ。だって、無くなるんじゃなくて崩れるんですから。

その失敗を踏まえて、更に崩れにくいように積み上げていけばいいじゃないですか。」

 

「...あなたに、あなたに何がわかるんですか。」

 

私は抱きついたままだった奥沢さんをひき離した。

 

「......」

 

「分かりますか私の気持ちが!そうやって信じて!何度も何度も、色んなものを積み重ね続けて!そしてギターに出会い!ギターを信じて、今まで頑張ってきたのに!それなのに!あんな目を向けられるんですよ!頑張りなんて、結局全部無駄になるんですよ!だから私は、二度となにかを積み重ねたりはしない......したくないです!」

 

「...そうやって逃げるんですか。紗夜先輩。」

 

「...なんですって?」

 

ぴくりと、紗夜の耳が動いた。

温厚だったかつての紗夜の面影は無く、美咲の眼前にいるのは、逆鱗に触れられ怒り狂った、凶暴な獣だ。

 

しかし、彼女が臆することは無かった。

 

「確かに先輩が何度努力を積み重ねたか私は知りません。でも、そうやって逃げることが、いい事だとは思いません。辛いことはあります。逃げたくなることもあるし、逃げちゃうこともあります。でも努力からも逃げちゃったら、後は何も残りませんよ。あっ、でもチキンっていう称号は残るかもしれないですね!」

 

「奥沢さん...あなたいい加減に」

 

「いい加減にしません。紗夜さんに逃げて欲しくないんで!」

 

思いっきり胸ぐらを掴んでやった。

私との身長差的に、奥沢さんが上を向いて、足先で立つ状態になる。

こうなると中々抵抗出来ない。つまり奥沢さんは、私に攻撃されたら、対処出来ない状態なのだ。

しかし、それでも彼女の目に、恐怖が浮かぶことはなかった。

その体制のままこちらが睨み付けると、キリッとした目付きで、こちらを睨み返してくる。

一発ぶん殴ってやろうか。そんなことを考えた瞬間だった。

 

「美咲ちゃんに、紗夜ちゃん...? 何やってるの?」

 

「花音さん...」

 

目の前のコンビニから、商品の入った袋を持って、松原さんが出てきた。

思わず、胸ぐらを掴んでいた手を放した。

 

「ふえぇ... もしかして、喧嘩、とかじゃないよね?」

 

私達は黙ったまま、そっぽを向いた。

少しの沈黙が流れたあと、私はゆっくりと、しかし力強く切り出した。

 

「今日は帰ります。もう、追ってこないで下さいね。」

 

私は歩き出した。

もう、走る気力すら残っていないから。

 

 

 

「大丈夫?美咲ちゃん。」

 

「...助かりましたよ花音さん。それにちょうど良かった...1つ、手伝って欲しいことがあるんですよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タバコを吸いながら、家へと向かう。

足取りはフラフラとしていて、足元がおぼつかない。

これもタバコの影響かしら...

なんてことを考えていると、さっきの奥沢さんの言葉を思い出す。

 

「しっかり謝れば、絶対許してくれますよ。

仲間なんですから。」

 

「仲間...仲間、ですか。」

 

今の私に最も似合わない言葉だなと思った。

Roseliaを裏切り、妹を裏切り、後輩に暴力を振るおうとし、それを同級生に見られる。

今の私は完全に孤立している。

だが、これで良かったのかもしれない。

もう、誰も傷つけたくないから。

 

「あっ!おかえり。おねーちゃん。」

 

疲れきった心で、疲れきった足をどうにか動かして、リビングのソファーに倒れ込む。

 

「どうしたのおねーちゃん!?」

 

「ごめんなさい日菜。今は少し寝かせて。」

 

私はそう言って目を閉じた。

昨日より嫌な1日だった。

もう いやだ

 

 

 

 

 

 

 

「おねーちゃん...?おねーちゃん、もう寝ちゃったの?」

 

あたしはおねーちゃんに声をかけてみる。

どうやら本当に一瞬でぐっすり寝てしまっているようだ。

相当疲れていたのだろう。

 

「もう、こんな所で寝たら風邪引いちゃうのに...」

 

あたしはブランケットを持ってきて、おねーちゃんに掛けてあげた。

 

「おやすみ。おねーちゃん。いい夢見てね。」

 

あたしはそう言ったあと、起きた時の食べ物の準備を始めた。




pixivから持ってきたものです。
感想、評価、ご意見等お待ちしてます!貰ったら飛んで喜びます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3日目 本心

ボサボサになった髪を揺らしながら、私はソファーから起きた。

昨日は疲れて服も着替えずにソファーに飛び込んで、そしてそのまま寝てしまった事を思い出した私は、すぐにそこから起きようとした。

しかし、体が重い。

変な所で、疲れたまま寝てしまったこともあるが、そういう重さではなく、もっと物理的な...

 

理由はすぐに分かった。

日菜が善意で掛けてくれたであろうブランケットの上に、その日菜自身がエプロンを付けたまま、頭と腕を乗せて寝ているからだ。

 

全く、この子は...

 

そう思った。

 

そこにあるのは、愛らしいとか、安心みたいな、プラスの感情

 

 

だった。

 

次の瞬間、日菜がどんどん悪魔の様な姿に変わっていった。

醜く恐ろしい、悪魔の風貌に。

 

「ひっ...!」

 

恐怖のあまり、声を漏らした。

 

「ん?おねーちゃん...起きたの...?」

 

目を擦りながら返事をする日菜。

その時には、既に日菜は元の姿に戻っていた。

そして私の恐怖に歪んだ顔を見て、不思議そうな目でこちらを見てくる。

 

「ご、ごめんなさいね、日菜、なんでもないわ。」

 

そう取り繕って、ソファーから起き上がる。

別にただの見間違え、なんの問題もない。

そうやって自分自身を騙そうとしている私が、1番分かっていることがあった。

私が日菜に対して抱いているのは、怒りでは無い。

 

恐怖だ。

 

私の努力し続けた何かを、また超えられてしまうのでは無いかという、強い恐怖。

日菜の事を心の底では恐れているからこそ、あんな幻覚を見たのだ。

そして怒りだと思っていたものは、きっと防衛本能だったのだろう。

自分の命を全力で守るために、日菜に怒っていたということ。

犬は防衛本能が強い。そういう共通点も、もしかしたら私が犬を好んでいる理由の、一つなのかもしれない。

 

「ごめんねおねーちゃん、作っておいたご飯、冷めちゃってるや。」

 

「いいのよ、日菜。温めてから食べるから。

それより日菜、学校は大丈夫なの?」

 

「何言ってるのおねーちゃん、今日は日曜日だよ?」

 

ダメだ、まとまりのある思考が出来ない。

 

「だからさ...

 

 

買い物に行こうよ!」

 

「えっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局着いてきてしまった...

私は心の中で後悔する。

不意をつかれたとはいえ、OKしてしまうとは...

少し前の自分を恨めしく思う。

だが、ここまで来てしまったのだ。あきらめて、さっさと切り替えなければ。

 

ここは近所のショッピングモール。

数えきれない種類のお店があるのだが、珍しく...というべきなのか、楽器の専門店は無い。

それはもしかしたら日菜の私への優しい気遣いなのかもしれない。

だがギターという共通点を失った私といったい、何を買おうというのか。

 

「さぁて!おねーちゃん!どこ行こっか!」

 

「まさか日菜...決めてないの...?」

 

「うん!でもるんっ♪てするものがあるかもしれないし!」

 

「はぁ...」

 

大きなため息をつきつつも、日菜に着いていく。

せっかくの日曜日なのに、日菜に振り回されるのはあんまりいいことではないが、私の強い防衛本能を解除するには...つまり日菜と仲良くなるなら、今日は絶好のチャンスかもしれない。

 

「おっ!ここ、るんってきた!」

 

日菜が指さしたのは、大きな本屋だった。

そして彼女は人混みを器用にすり抜け、本屋に向かって走っていった。

 

「あっ、日菜!待って!」

 

人混みに消えかける日菜の背中を必死に追いかける。

けれど日菜のスピードには到底追いつけず、直ぐに息が上がり始めた。

 

「はぁ...はぁ...」

 

そうやって私がノロノロ走っていたら、日菜は本屋さんの奥、ちょうど角で立ち止まった。

少ししか走っていないはずなのに、私の息はもう絶え絶えだった。

 

 

 

 

どうにか息を整えて、周りの本を見てみる。

どうやらここは、雑誌コーナーのようだ。

 

「おねーちゃん!見て見て!」

 

日菜が手に取った雑誌には、

 

ドリームガールズバンドフェス

優勝はPastel Palettes

 

と、大々的に書かれていた

「あたし達...と、おねーちゃんもいるよ!」

パスパレの優勝を示した大きな写真の右下辺りには、本当に小さく

準優勝はRoselia

と書かれた文字とおまけ程度の写真が載せてあった。

 

ああ...

 

 

 

 

 

 

嫌なものを、思い出してしまった。

 

それは私がまだRoseliaにいた頃の、いや、この時既に私の心はRoseliaには無かったが、Roseliaのギターであるという、心とは切り離された強いプライドが、どうにか私をRoseliaにつなぎ止めていてくれたころの写真。

 

途端に、気分が悪くなる。

ひどい頭痛と、吐き気に襲われる。

 

「ごめんなさい、日菜、ちょっとトイレに行ってくるわ...」

 

「えっ...?あっ、うん!気をつけてね!」

 

私は走り出し、ショッピングモールの人混みの中に飛び込んだ。

 

 

 

 

喫煙所に飛び込んだ私は、急いで隠していたタバコとライターを出し、火をつけた。

ああ、落ち着く。

それまでの体調不良は一瞬にして消え去り、心が晴れやかになった。

 

まさかあんなものを見せられるなんて...

やっぱりこの時間が一番。

タバコに依存していようが関係ない。

この平穏が得られるのなら、私はいくらでも依存してやる。

 

そんなふうに考えながら、1本、2本と消費していく。

そして3本目の半分辺りで、ようやく日菜の存在を思い出す。

流石に戻らないと、怪しまれる。

タバコを吸い殻に押し付け、喫煙所を出る。

 

その姿を見ていた、ある存在に気づかずに...

 

 

 

 

「あっ、おかえり!おねーちゃん!」

 

「ごめんなさいね、日菜、トイレがすごく混んでたのよ。」

 

左のポケットからハンカチを取り出して、バレないように執拗に手を拭いているフリをした。

 

「そっか......それじゃあしょうがないよね!じゃあ、行こう!おねーちゃん!」

 

「えっ、えぇ...」

 

また日菜は1人で走っていってしまう。

私との買い物が楽しいのかもしれないが、だからといって私を置いてきぼりにしては、1人の時と何も変わらないのではないか。

そうは思いつつも、やはり追いかけないわけには行かない。

 

「日菜!ちょっと、待って!」

 

早く追いかけようと思ったその時、日菜はエスカレーターを降り、目の前の店で止まった。

もうるんっ、とするものを見つけたのか。

 

「あっ!おねーちゃん!遅いよ〜。」

 

「あなたが速すぎるのよ...」

 

言いたいことはたくさんあるが、喉の奥へ飲み込んで日菜とお店に入ろうとする。

だが、何かがおかしい。

小さな、違和感を感じた。

普段あるはずの何かが足りないような、さっきとは決定的に違うけど、気づけないような本当に小さな変化。

その誰にも分からずに起きたであろう変化が、私の心をざわつかせた。

 

「おねーちゃん?早くー!」

 

店の前で立ち止まって考える私を、日菜が大きな声で呼んだ。

考えても仕方ない。とりあえず中に入ろう。

 

 

「アクセサリーショップ?」

 

「うん!楽しそうでしょ?」

 

「えぇ、まぁ。」

 

近くのアクセサリーを手に取ってみてみる。

どれも小学生のおこづかいで買えそうな額で売っているのに、形は材質は結構しっかりしていて、簡単に壊れるということは無さそうだ。

 

...ハートの形の髪飾り。

これは今井さんに似合いそうね。

可愛らしいドクロの髪留め。

これは...宇田川さんね。

そして、この...

 

「あっ!おねーちゃん!今Roseliaのみんなのこと考えてたでしょ!」

 

「何言ってるの?日菜。私はRoseliaを辞めた身なのよ? もうあんな人達のことなんて...」

 

「......じゃあおねーちゃんが左手に握っているのは...?」

 

私は今まで指先で弄っていたアクセサリーを眺めた。

蒼い...綺麗なバラのブローチだった。

これは...湊さんにと思ったもの...

 

「おねーちゃん...。本当にRoseliaのこと、嫌いになっちゃったの...?」

 

日菜が悲しげにこちらを見てくる。

 

「本当は...Roseliaのことが大好きで、戻りたいと思ってるんじゃないの...?」

 

日菜は、諭すように私に話してくる。

だが、私の心から湧き出たのは本心ではなく

 

純粋な怒りだった。

 

「なんなのよ!」

 

ビクッと日菜の体が跳ね上がる。

 

「どうしてあなたはいつもそうやって!!

私の心を見透かしたみたいに話してくるのよ!

私はRoseliaのことが大っ嫌いなの!それが嘘偽り無い私の本心!だからこれ以上私の心を探らないで!」

 

驚きの表情をしていた日菜の顔がだんだん恐怖に染まっていく。

また、やってしまった。

こんなふう私は、周りの人達をみんな恐怖に陥れていくのか...

 

 

そう心の中で後悔していたときだった。

 

「そんなの本心じゃないよ!」

 

今度はこっちが驚く番だった。

日菜はいつも声が大きいが、怒号混じりの大声は、久しぶりだった。

「本心なら!これ以上探るな、なんて言わないでしょ!? それに!ずるいよおねーちゃん!表情で!仕草で!辛いとか!分かって欲しいって言ってるくせに!いざとなったら怒るし!そんなの理不尽だよ!」

 

意味が分からない。

訳の分からない怒り方をされて、どこかに飛んでいっていた日菜への怒りが舞い戻ってきた。

「私が...私がいつあなたに助けを求めたって言うのよ!」

 

「左手...。」

 

「は?」

 

「おねーちゃん、嘘をつく時、いっつも左手を動かしてるもん!

犬が嫌いだって変な見栄張った時も左手で不自然なくらい犬のこと触ってたし!ポテトが嫌いだって言いながら何故か利き手じゃない左手でバクバクポテト食べてたり!」

 

私自身も、知らないことだった。

無くて七癖とは、まさにこういう事だった。

確かにそういわれてみると、さっきのバラも左手で弄っていたし、それにあの時も...

 

「ほらね、心当たりあるでしょ?」

 

「あったら...なんだって言うのよ。」

 

精一杯の強がりだった。

 

「本心で話してよ...おねーちゃん。

私が好きなのは、嘘で塗り固められた偽りのおねーちゃんじゃなくて、本心で話してくれる、そんなおねーちゃんだもん。」

 

「わ、私は...いつも、本心で...」

 

ここまで話して気づいた。

頬を伝う、温かい涙に。

 

「あれ、なんで、どうして...?」

 

「口ではいくらでも取り繕うことができるけど、体が叫んでるんだよ、おねーちゃん。

 

 

苦しいって、本心を打ち明けたいって。」

 

「うっ...ううっ...」

 

「おねーちゃんはRoseliaが好きなの?嫌いなの?」

 

「私は...私はRoseliaが...」

 

そう言いかけた時だった。

日菜が私目掛けて飛び込んできた。

そしてそのまま

 

 

私にキスをした。

唇の柔らかくも、変な感触に驚いている私の口をこじ開け、ムリヤリ舌を入れてくる。

生温かい日菜の舌が、私の口の中を貪り回る。

離して欲しくて、必死に日菜を押すが、いつの間にか体の後ろに回された日菜の腕が、私を掴んで離さない。

息が苦しくなってきたくらいの所で、やっと日菜が私から離れた。

 

「日菜!あなたいったい何を...」

 

「紗夜...さん...?」

 

「えっ!?つぐみさん!?」

 

「つぐちゃん、ひっさしぶり〜!」

 

「あっ日菜先輩!お久しぶりです!」

 

「つぐちゃんも買い物に来たの?」

 

「えっ!?...あっ、はい!そうなんですよ!」

 

「ふーん...。アクセサリーショップってことは誰かに贈り物?それとも自分用?」

 

「えっと...じ、自分用に、ちょっと...あはは...

あっ、日菜先輩と紗夜さんは何を買いに来たんですか?」

 

「ん〜?いやーるんっ♪と来るものを探しにね!」

 

「それはあなただけよ...日菜。」

 

「そうなんですね...。えっと...その...そうだ!紗夜さん!あの...これ...」

 

よく分からないまま、つぐみさんから何かの紙を渡された。

 

「これは...?」

 

「今うちのお店でやってるキャンペーンのチケットなんです!

これを使うと、飲み物が1品半額なんですよ!

日菜先輩もどうぞ!」

 

「おー!ありがとう!つぐちゃん!」

 

「あっ、ありがとうございます。」

 

「いえいえ!是非今度飲みに来てください!

それじゃあ私は買い物の続きがあるのでこれで!」

 

「分かりました。では近いうちに必ず飲みに行きますね。」

 

「はい!お願いします!」

 

「じゃーねー!つぐちゃ〜ん!

 

......さて、帰ろっか!おねーちゃん!」

 

「いいけど、一つ、説明してもらおうかしら...?」

 

「......あれ? ...もしかしておねーちゃん、怒ってる?」

 

「ええ、かなりね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もー!違うんだってば!」

 

「何が違うのよ!あんな人のたくさんいる所でキスだなんて!変態だと思われたらどうするのよ!」

 

「逆だよおねーちゃん!人がいたからこそやったんだよ!」

 

「日菜...まさか...そういう趣向に...」

 

「だーかーらー!違うって!

気づかなかったかもしれないけど!おねーちゃんずっとつぐちゃんにつけられてたんだよ!」

 

「つけられてた?」

 

日菜から出た突拍子の無いその発言を、思わず聞き返す。

 

「そう!つけられてたの!尾行だよ尾行! ストーカー!」

 

「そんな証拠がどこに...」

 

「おねーちゃんにキスした後、すぐに飛び出してきたでしょ?まるですぐ近くで見てたみたいに。」

 

「まさか、たまたま近くを通りかかっただけよ...」

 

「それだけじゃないよ。つぐちゃんのいるアフターグロウはロック系のバンド、自分用とは言ってたけど、つぐちゃんは普段アクセサリーは付けないから、十中八九バンドの誰か用。

でも私達のいた店の奥にあるのはカワイイ系のアクセサリーがほとんど。

つまりつぐちゃんの欲しいアクセサリーは無いはずなんだよ。」

 

「別に...つぐみさんがどんなお店に入ったっていいじゃない。」

 

「んー...まあ、そうだけど...あっ、でも一つだけ分かったことはあったよ!」

 

「?」

 

「悪意は無かった!きっとおねーちゃんが心配だったんだよ!」

 

「...なんでそう言いきれるの...?」

 

「んー。つぐちゃんを見た時にきゃるるん♪ってきたからかな!」

 

「きゃるるん??」

 

相変わらず日菜の言っていることは理解出来ない。

でも、あのつぐみさんが悪意を持って何かをするとは考えにくい。

だから日菜もそういう結論に至ったのだろう。

しかし、問題はそれだけじゃない。

いつから後を付けられていたのだろうか。

もし、喫煙所の出入りを見られていたら...

 

「おねーちゃん...おねーちゃん!」

 

「えっ?な、何かしら?日菜。」

 

「来週もどこかに行こうね!」

 

「...そうね。」

 

嫌なことはあったし、辛いことも、心配事はむしろ増えた。

けど、あのキスの件も含めても、今日は楽しかった。

久しぶりに感じる幸せを、私は享受していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次はさ〜!一緒にギターとか引ける場所に行きたいな〜」

 

 

は?

 

「日菜...今なんて?」

 

「えっ?だから次はギターとか...あっ...」

 

「日菜、もう二度と、ギターの話はしないでって言ったでしょ?」

 

「う、うん...。で、でもさ!ギターは折れちゃったけど、また買い直せば。」

 

「やめてって言ってるでしょ!」

 

また大声を出してしまった。

しかし、日菜はほとんど驚く素振りは見せなかった。

きっと私がギターのことで怒ることをもう見越して、身構えていたのだろう。

 

「でも!でも、おねーちゃん、ギターを勝手にやめないって約束...」

 

「忘れたわよそんなもの!そもそも!私がギターをやめたのは...」

 

そこまで言ったところで、私は欠片ほどの理性を取り戻すことが出来た。

私が言いかけた言葉、それは姉として、善意をもつ人として、絶対に日菜には言ってはいけない言葉、越えてはいけない最後の一線。そう決めた言葉。

私がタバコを吸い始めても、自分がナニカになったと自覚する前も、した後も、墓場まで持って行こうと決意していた言葉。

それをこんなあっさり言いかけるとは、自分は最低だ、と自分を叱りつけた。

でも、どうやら手遅れだったようだ。

たとえその言葉を言わなくとも、 忘れた その一言で、日菜を泣かせるには充分だったようだ。

 

「もうおねーちゃんなんて!大っ嫌い!」

 

泣きながら日菜は走っていってしまった。

同じようなことがさっきもあったが、今回ばかりは追いかけることが出来なかった。

声も出せない。

足も動かない。

どうにか日菜を捕まえようと、右手を前に出すけれど、それは空を切るだけだった。

 

「あ...あっ...」

 

声にならない何かが私の口から漏れた。

頭の中がこんがらがって、何も考えられなくなる。

日菜の姿が、曲がり角で見えなくなった。

それと同時に体が動くようになった私は、すぐに左のポケットのタバコを取り出して、口に咥えた。

火をつけ、吸った煙を空に向かって吐く。

心を落ち着かせようと思ったタバコ。

でも最悪だ。

吸っている途中で少し下を向いたら、タバコの火が消えてしまった。

 

雨だろうか、いや、多分汗だろう。

目の周りをぐっしょり濡らした汗を拭う。

しかし、目の辺りからまた汗がポロポロ零れてくる。

何度、何度拭っても、目から汗が止まらなかった。

なぜ止まらないのだろう。

汗じゃないのか。

でも、これが涙なわけが無い。

私が怖がっていた恐怖は既に撃退したのだ。

じゃあ嬉し涙だろうか。

嬉しくて、膝が震えて、その場に崩れる。

 

「止まって......止まってよぉ...」

 

溢れ出す涙を、その場で拭い続けた。

 

 

「あれは...紗夜先輩...?!どうしたんですか...!?」

 

「ううっ...ぐすっ...、えっ...? 奥沢、さん?」

 

「うわ!?目が真っ赤ですよ!?いったい何が!?」

 

「ごめんなさい、ぐすっ...奥沢さん...こんなみっともない姿を...」

 

「そんなこといいですから!とりあえず乗ってください!」

 

奥沢さんが、私の目の前で背中を見せて膝をついた。

 

「いえ、うっ...1人で歩けます...」

 

「大丈夫ですから、力には自信ありますし...てか...あー!もう!」

 

意外と短気なのだろうか。

私が遠慮するので、背中に載せるのを諦めたのか、私の後ろについて、膝と首の部分に手を当てた。

 

「暴れないで下さいね、っと!」

 

私の体が、奥沢さんの腰のあたりにまで持ち上がる。

お姫様抱っこ、というやつだろうか。

 

「なっ、降ろしてください!」

 

恥ずかしさのあまりさっきまで泣いてたことも忘れ、必死に抵抗する。

 

「うるさいです!ちょっと静かにしてて下さい!とりあえずうちまで運ぶんで!」

 

奥沢さんは身長的にも重いはずの私を持ちながら、猛スピードで走った。

 

そうやって何分ほど走っただろうか。

私達は、すぐに奥沢さんの家に着いた。

 

 

 

 

ベッドに寝かされ、お茶を持ってこられる。

大丈夫です。と何度言っても 心配だ。の一点張り。こっちの話に耳を傾けてくれない。

仕方が無いので、こちらが少し声を荒らげて いい加減にしてください!と言うと、冷静になったのか、すいません...と謝ってきた。

ベッドに座り直してから、今日の事情を話す。

日菜と買い物に行ったこと。

Roseliaにいた頃の写真を見せられたこと。

アクセサリーショップでつぐみさんと会ったこと。

その後日菜と喧嘩別れしたこと。

そのせいで泣いていたこと。

キスしたことや、なぜ写真を見せられただけで体調が悪くなったのかは言わなかったが、彼女は別に気にするような素振りは見せなかった。

 

「ということがあったんです。」

 

「そうだったんですか...」

 

「私は...どうしたらいいんでしょうか。」

 

「えっ?」

 

「私は...私が分からないんです。私はRoseliaに戻りたいのか、そうでは無いのか、それに、日菜とどうしたいのか。それすらも分からないんです。」

 

「......難しいですよね。私も妹と喧嘩した時、どうしたらいいのか分からなくなりますもん。

でも、そういう時って、何気ないことから、何となく仲直りするもんですよ。どんな大きな間違いをどっちかがしても、もう片方が許せば、チャラなんですから。」

 

「そう...ですか。」

 

友希那さんは、もう許してくれていたみたいだった。

でも白金さんや宇田川さん、特に今井さんは、私の大きな罪を許してくれるのだろうか。

そんな恐怖が、私を支配しそうになる。

 

「今の紗夜先輩に必要なのは時間ですよ。きっと。タバコだって時間があればきっと止められますし、Roseliaの人達も時間が経てば許してくれますから。」

 

時間......

 

「では...もし、時間を開けずに仲直りするには、どうすればいいのでしょうか。」

 

「それは......気持ち...ですよ。」

 

「気持ち...?」

 

「開いてない時間を埋めるような、そんな強い気持ち、それを相手にぶつけて謝るのが、大事だと思います。」

 

「そうですか...」

 

「大丈夫。紗夜先輩はじっくり考えて、苦しんで来たじゃないですか。もう自分を、許してもいいと思いますよ。」

 

「......ありがとうございます、奥沢さん。おかげで心が少し軽くなった気がします。」

 

「あはは、それなら良かったです。」

 

ここで、そんな話はやめておけば良かった。

 

「では、最後にもう1つ、いいでしょうか?」

 

聞くべきでは、無かった。

 

「もし、もし自分が死ぬ気で努力し続けたものを、天才にあっさり追い抜かれたら、奥沢さんはどうしますか...?」

 

後悔した。

 

「うーん......多分、そんなことは無いと思いますよ。努力すれば報われるんですから、死ぬ気で努力した人が抜かれるわけありません。」

 

こいつはまったく分かってない。

凡人の努力を一瞬で抜いていく天才の力を。

というか、そもそもこいつ自身が天才なのだ。

日菜から聞いたことがある。

彼女は、ミッシェルという大きなキグルミを着たまま、スノボが出来るそうだ。

少なくとも、春にキグルミを着始めた女性が、その姿でスノボなど普通は出来ない。ありえない。

つまるところ彼女は 努力の天才

努力が得意な才能を持っているから、努力した物事で誰にも抜かれたことが無いのだろう。

私と彼女は似ている...そう思っていた。

でも決定的に違った。

やっぱり私は、1人だ。

やっぱり...孤独だ。

 

「そうですか、そう思いますか。」

 

今までに感じたことのない孤独を感じ、それによって深い悲しみを得た。

今日も、やっぱりいいことは無かった。

 

さみしいな




感想、ご意見などお待ちしてます。
ちなみにこの作品は、紗夜さんが2年生、美咲が1年生の頃のお話です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4日目 権利と気持ち、そして過去

窓から差す日の光が眩しい。

普段なら、私のベッドに日の光は差さないはず...

そう思いながら、ゆっくりと体を起こす。

 

「そうだ...私は奥沢さんの家に...」

 

昨日日菜と喧嘩別れしたあと、流れで奥沢さんの家にお邪魔し、そのまま泊まらせて貰ったことをようやく思い出す。

隣には私にベッドを貸して、布団で寝る奥沢さん。先程の私の独り言のせいで起こしてしまったのか、布団から起き上がろうと、眠い目を擦っている。

 

「あー...うー。」

 

「起きましたか?奥沢さん。」

 

「もうちょっと寝かせて...ムニャ」

 

「......?」

 

「ムニャムニャ...はっ!?あっ、えっと、す、すいません...いつもの癖で...」

 

「癖...?」

 

「あっ、いや...いつも妹がこの時間に起こしに来るんですよ...」

 

「なるほど...それをいつもああやってグダグダと寝過ごしているんですか?」

 

「......はい...」

 

「ふふっ、やっぱり面白い人ですね。」

 

「そう言って貰えると、なんか嬉しいです。」

 

「別に褒めてはいませんが...」

 

あはは...と彼女は苦い笑いを浮かべた。

そして、なんだかんだ起き上がった彼女は、あちこちに跳ねている髪の毛をわしゃわしゃと掻きむしりながら、どこかへ歩き出す。

 

「どこへ行くんですか?」

 

「どこって...洗面所ですよ。学校へ行く支度をしないといけないじゃないですか。」

 

学校...ああ、そうか、今日は月曜日だ。

まあ日菜もいないし、今のうちに二度寝を...

は?

 

「学校...??」

 

気の抜けた発音に対して、

 

「もしかして...忘れてたんですか?」

 

...今日の朝も、ゆっくりは出来なさそうだ。

 

「はぁ...なんにせよ良かったですね。はい、どうぞ。」

 

「これは?」

 

大きな荷物の入ったバッグを手渡された。

 

「昨日の夜、先輩が寝たあとに日菜先輩が届けてくれたんですよ。あと伝言で、 おねーちゃん、大っ嫌い! だそうです。」

 

日菜が、どうしてここを突きとめられたのかは分からないが、おかげで制服や、今着ているパジャマ、その他生活用品が手に入ったのはありがたい...が、しかし、まだ日菜の機嫌は治っていないようだ。

どのタイミングで家に帰ろうか...

そう思って見た壁の時計。

 

あれ?

 

「奥沢さん?この時計、止まっているみたいなのですが...」

 

「えっ?あーーっ!?」

 

 

 

 

 

 

どうにか学校には時間ギリギリで間に合った。

しかし、日菜が起こしてくれることがこれ程大切だとは思わなかった。

日菜、後でちゃんと感謝と謝罪をするわね。

そう心の中で私は約束した。

 

「じゃあ、また3時間目くらいに!」

 

そう言って彼女は階段を駆け上っていく。

1年生のクラスは最上階なので、私よりも遅刻の可能性が高いからだろう。

私は、周りにいる同学年の人達と同じような速さで階段を上がった。

これなら遅刻することも無い...のだが、遅刻寸前だと言うのに、階段を焦って登っている人が数える程しかいない。

 

まったく...この学校の風紀も悪くなったものだ。

私の周りをのんびり歩く人達は、スカートが校則より2cmも短かったり、横にいる、真面目だったはずのあの人の耳には、小さなピアスがついている。

変な化粧をしていたり、彼氏のプレゼントだろうか、悪趣味なネックレスをしている人までいる。

それもこれも、風紀委員である私が注意を辞めてしまったことが原因かもしれない。

最近は、そんな義務なんてどうでもいいと、勝手にひとりごちていたのだが...

今は何故か、ほっとけない気持ちになる。

 

けれど、今大事なのは、私の気持ちではない。

未成年でタバコを吸っている私に、その程度のことを注意する権利はない。そんなことは、もうとっくに分かっていたことじゃないか...

 

そう自分に言い聞かせながらも、私の心の中には何か、嫌なものが残った。

 

 

 

「紗夜先輩、お疲れ様です。」

 

「ええ、お疲れ様。」

 

屋上に着いた私はさっそくタバコに火をつけた。

 

「...なんで、タバコを吸い始めたのか、まだ教えてくれませんか。」

 

「...ハァ...またその話ですか? ......いいですか?私は理由なんて忘れたんです。だから諦めてくださいと、少し前に言ったはずです。」

 

「本当に、忘れちゃったんですか?」

 

「ええ、理由を知っている真面目な氷川紗夜は、私の中には残っていません。」

 

「でも今朝、風紀を正そうとしてましたよね?」

 

「えっ?」

 

急な話の転換に、思わず変な声が出た。

 

「上の階から見えたんです。注意をしようかどうか、おどおどしながら迷ってる先輩が。

先輩がぱったりと注意をやめたのはタバコを吸い始めたからだとしても、今更また注意を始めるのはおかしいですよね?」

 

「それは......」

 

心を見透かすような彼女の言葉。だけど、なぜか彼女に対して怒ろうという気持ちにはならない。

彼女の人柄か、はたまたその圧倒的な正論ゆえか。私自身も、私のことが分からなくなってきた。

 

「つまり先輩の中には、真面目だったころの良心が残ってるんですよ。それなのに、そんな変な嘘までつくってことは、」

 

やめて

わたしのこころをのぞかないで

 

「本当は、理由を覚えているのに、あたしのことも、先輩自身のことも偽って、それを忘れようとしてるだけなんですよね?」

 

...いつか、バレるとは思っていた...

 

「......ええ、そうよ。ごめんなさい。嘘をついていて。」

 

「やっぱり... でも、いいんですよ、別に、あたしにだって話したくないことのひとつやふたつありますから。もう、これ以上追求するのは辞めます。だから、先輩の良心が戻ったら...そしたら、話したい時に話してください。」

 

「...分かりました。ありがとうございます…」

 

「じゃあ、あたし次移動教室なんで、そろそろ戻りますね。」

 

「はい...」

 

「あっ、そうだ紗夜先輩。」

 

「どうかしましたか?」

 

思い出したかのように、こちらを振り向き、この一言。

 

「気分を落ち着かせるには、コーヒーを飲むのがいいと思いますよ。」

 

情緒不安定な私への、優しい気遣いだろうか。それにしてもチョイスがコーヒーとは、やっぱり奥沢さんは、よく分からない人だけれど、そんな私でも1つ、悪意は無いことだけは、間違いなく伝わってきた。

 

「そうですか、分かりました。ありがとうございます。」

 

ガチャンと音がしてドアが閉まった。

話し相手が居ないと、何となくタバコが不味く感じる。

そして、なんだかんだ1本を吸い終え、吸殻を処理した直後だった。

 

「はぁ...はぁ...」

 

「...? 誰かいるんですか?」

 

「はぁ...はぁ...ここに...いたんですね。」

 

「白金さん!?どうしてここに!?」

 

「いつも...授業を抜けて...ハァ...どこかに行ってたので、今日は追いかけてたんですけど、見失っちゃって...」

 

「そうでしたか...しかし、なぜ授業をサボってまで私のことを?」

 

半ば答えが分かる質問だった。

 

「お願いします紗夜さん。

 

どうかRoseliaに戻って来て下さい...」

 

またか

またその話か

 

「戻ってきて欲しいって思ってくれてるのは、多分白金さんと湊さんだけですよ。」

 

「えっ?」

 

「宇田川さんは、私を見ると、まるで肉食獣の前のうさぎのように怖がりますし、今井さんも、上手く隠しているつもりでしょうが、きっと私のことを毛嫌いしてるでしょう。だって、あんなことがあったのだから......」

 

「そんなこと...」

 

「いいんですよ白金さん。本当のことを言ってください。Roseliaの評判を落としたのはこの私。消えろと言われれば、二度とRoseliaの皆さんの前には...「そんなことありえないです!」

 

「!?」

 

私の声を遮り、吹き飛ばすような勢い。

それは白金さんの滅多に出さない、大声だった。

 

「あこちゃんは紗夜さんに悪いことしちゃったってずっとしょんぼりしてたし!あんなことがあったからこそ!今井さんなんて、一番紗夜さんにRoseliaに戻って来て欲しいって思ってます!」

 

どうやら、奥沢さんの言う通り、Roseliaのみんなは私に帰ってきてほしいと思っているらしい。

だけれど、結局それは叶わない。

 

「例え、みなさんが私に帰ってきてほしいと願ったとしても、2人もメンバーを傷つけた私に、Roseliaへ戻る権利はありません。」

 

「権利...ですか?」

 

「そうです。授業をサボって、こんな所で時間を潰し、風紀を正すどころか自分で破るしまつ。

そんな今の私もRoseliaに入れても、足を引っ張るし、前みたいなことになりかねないです。

だから、私に戻る権利はないんです。」

 

「そんなことを...気にしてたんですか?」

 

「え?」

 

「紗夜さんに...権利があるのか無いのか。

それは私には...分かりません。

でも...これだけは言えます。

一番大事なのは...権利じゃなくて...

 

紗夜さんの気持ちです。それさえあれば、他のことなんていりません。

 

だから、権利とかじゃなくて、自分の気持ちに素直になって答えて下さい...

 

Roseliaに...戻って来てくれますか...?」

 

泣きそうになりながら、白金さんはそう言ってくれた。それでも、私の気持ちが一番大事だなんて、そんな考えを、今の私は持つことが出来そうにない。

 

「...... ごめんなさい...

今の私には、自分自身が何をしたいのかすら分からないんです。

だから...

 

自分の気持ちに気づく事が出来たら...また、お返事します」

 

その瞬間...白金さんの顔が、すごい笑顔になった。

別に、戻ると言った覚えは無いのだが...

 

私は白金さんの横を通り過ぎ、屋上を出るためにドアを開いた。

そろそろ戻らなくては、さすがにサボりがバレてしまう。

 

「分かりました。気持ちに気づくまで...Roseliaみんなで、ずっと、ずっと待ってますから...」

 

「......ありがとうございます…」

 

 

 

放課後になって、私はさっきの奥沢さんのアドバイスを思い出す。

 

「気分を落ち着かせるにはコーヒーがいい」

 

そして偶然にも昨日貰ったチケットは、羽沢珈琲店の半額券。

これは...行くしかないのだろう。

何度も言ったことのある店で、リラックス。

私の気づけない何かを、掴めるかもしれない。

ゆっくりと歩き出す。

この時の私のは既に、タバコを吸っているところを見られたかどうかの確認よりも、ただそれだけの理由のために、歩き出していた。

 

 

 

 

 

同時刻 羽丘女子学園の2―A教室

 

「あれ〜?ヒナ?帰らないの?」

 

「うん...ちょっと...考え事してから帰る」

 

「まーだ紗夜と喧嘩したこと引きずってるの〜?大丈夫だって!紗夜だってきっと許してくれるよ♪」

 

「リサちーはさ...おねーちゃんが、本当にRoseliaに戻りたいと思ってると思う...?」

 

「えっ?そ、それは...」

 

「わかんないよね...。

あたしもさ、わかんないんだよね。おねーちゃんが何を考えてるのか、あたしを好きでいてくれてるのか、とか。そーいうの」

 

「ヒナ...」

 

「分かってるんだ。あたしはおねーちゃんじゃないし、他人とは考え方も感じ方も違うってことくらい。

でもさ、そう思ったら寂しいんだ...。

こんなにもおねーちゃんが好きなのに、ずーっと近くにいたのに。おねーちゃんの気持ちが何一つわかんないなんてさ...」

 

「なるほど...丁度いいわね...日菜。手伝って欲しいことがあるのよ。」

 

「友希那ちゃん...?」

 

「友希那!?いつの間に!?」

 

「話は聞かせてもらったわ。大丈夫。私の言う通りにすれば必ず上手くいくわ。

さあ、作戦会議よ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カランカラン

 

「あっ、紗夜さん!来てくれたんですね!」

 

「はい、折角の半額券なので...」

 

「ご注文は何にしますか?」

 

「では、コーヒーを1杯、頂けますか?」

 

「はい!少々お待ちください!」

 

私とつぐみさんだけが店内にいる静かな空間。

都会の喧騒とは程遠いそこは、まさに私の望んだユートピアだった。

コーヒーの入る音。コポコポという音そのものが、私の好奇心を不思議と揺さぶり、カチャカチャという食器同士が当たる音が、もうすぐ出てくるコーヒーの見栄えという期待を、さらに増幅させた。

 

「お待たせしました!」

 

現れたのは白いティーカップに入った茶色寄りの黒みたいな色のコーヒー。

どちらかと言うとカフェオレに近いそれは、常連になりつつある私の口に合うように、つぐみさんがコーヒーと牛乳を完璧な比率で混ぜてくれた特別な逸品。

コーヒーの中に入った牛乳は、さながら花の蜜のような甘美な味。

だが素のコーヒーの苦味が私の舌を襲い、じわじわと貪り始める。

そして、舌の上で混ざりあった2つの液体が、私の最も好みの味へと変化し、最高のコントラストを描き出す。

 

「美味しいです...とても...」

 

「えへへ、ありがとうございます。」

 

「でもつぐみさん...これは一体...」

 

最初は、カラフルなマドラーかと思っていた。

しかし持ち手の近くに円形状の穴がポッカリと空いてる、プラスチック製のそれは...

 

「ストローです。」

 

「いや、そういう事では無くて...えっと...」

 

どう考えても不釣り合い。

真っ白に磨かれた、オシャレなティーカップに、子供用の赤青黄の3色で出来たストロー。

色のアンバランスさもさる事ながら、長すぎるストローがカップからはみ出して、滑稽さを引き立たせている。

 

「つまり...紗夜先輩が吸っていいのはストローだけってことです。」

 

怒っている。間違いない。

正直この伝え方は空回りとしか言い様がないのだが、そんなことを言える雰囲気ではなかった。だって、いつも私のことを紗夜さんと読んでくれるつぐみさんが、先輩を付けて私を呼ぶ時は、間違いなく機嫌が悪い時だということを、私は知っていたから。

 

やはり...

 

「昨日...私がタバコを吸っているところを...見たんですね?」

 

「はい...」

 

「......ごめんなさい」

 

「風紀を守るために頑張ってる紗夜先輩が好きだったのに、そんなのって無いですよ...」

 

「...すみません」

 

「謝るのも大事ですけど...じゃあ、教えてください。どうしてタバコなんて吸ってるんですか?」

 

「ごめんなさい...ごめんなさい...」

 

「...きっと、何か理由があるんですよね?そんなに話したくないことなんですか?」

 

「......」

 

「分かりました。ごめんなさい、紗夜先輩。無理やり聞き出そうなんて、おこがましいことをしてしまって。」

 

踵を返し、厨房へと戻ろうとするつぐみさん。

私は咄嗟に立ち上がり、その服の裾を掴んで...

 

「待ってください...

 

 

...分かりました...全部、お話します。

なぜ私が、タバコを吸い始めたのかを...」

 

そう言った。

 

 

 

数分前 羽丘女子学園 校門前

 

「あっ、リサさん!」

 

「あれ?美咲じゃん!どうしたのこんな所で?学校の帰り...みたいだけど、家と方向逆だよね?」

 

「ええ、でも聞きたいことがあって...」

 

「?」

 

「知りたいんです。

どうして紗夜さんがタバコを吸い始めたのかを。」

 

「あー...その事...ね。えっと...」

 

「リサ...私から話すわ。」

 

「うん...じゃあ、お願い...」

 

「日菜、先にリサと行っててちょうだい。」

 

「うん、じゃあ、行こ?リサちー。」

 

「...ごめんね。友希那。」

 

「謝らなくていいわ。あれは別にあなたのせいじゃないのだから。」

 

ゆっくりと頷いてから、リサさんは日菜先輩と歩いていった。

 

「じゃあ、話すわよ。」

 

 

 

 

 

「あれは、とあるライブ...有名なガールズバンドが一堂に会する、本当に大きなライブの日の事だったわ...」




次回、ついに紗夜さんのいうあの事件の回想に入ります
もし良かったら、感想、評価とか、よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4日目 ② 過去と、今

ドリームガールズバンドフェス...そう呼ばれたトーナメント式の大会に、私達Roseliaも出場したの。

 

けれど、もちろん出場したのは私達だけじゃなくて、各地から頂点を目指しているガールズバンドが一堂に会したわ。

そしてそこには、あの Pastel Palettes もいたのよ。

 

超有名な音楽家の審査員も来ているということで、私達は最高のコンディションと集中力の中、全力の演奏をし続けたわ。

そして迎えた決勝戦、相手はパスパレ。

今までの演奏から考えても、私たちは絶対に負けない。

紗夜も日菜との決着を付けると、意気込んでいたわ。

 

そして、私達はやりきった

今まで以上の最高の演奏を

あとは審査員に私たちの勝利を宣言してもらうだけ

Roseliaの誰もが、そう信じて疑わなかったわ

 

「2つのバンドはどちらとも。素晴らしい演奏だったわ。

Roseliaの他を圧倒する頂点への渇望と、追随する演奏力、対してPastel Palettesの可愛らしさを全面に押し出したパフォーマンス力。

優劣は付け難いものでした。

 

 

 

 

しかし、ギターが勝敗を分けました。

Pastel Palettesの氷川日菜には、Roseliaのギターにはない、自由さと人を引き込む力があったように感じます。

 

 

 

よって優勝は Pastel Palettes!」

 

 

 

 

 

私は何を言われたのか理解出来ませんでした。

間違いなく、勝っていたはずなのに。

日菜の代わりに、私が喜びを享受するはずなのに。

何を、どこで、なぜ、間違えたのか。

右腕のマイクをだらんと落とした湊さんの横で、必死に考えました。

でも、分からないんです。

完璧だった。何もかもが。

達成感もあった。優越感もあった。手応えもあった。

なのになぜ

なぜ私は落胆している?

勝った、私は、勝っていた。

おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい

 

 

 

 

 

私は必死に抗議しました。

絶対、優勝はRoseliaだ、と。

でも審査員は、決まったことだ、と言うだけ。

しまいには、負けて悔しいのは分かるが、見苦しい、と怒られました。

 

そして私は、フラフラとした足取りで控え室に戻りました。

そこの角を曲がれば、すぐ控え室に着くところでした。

でも、私はそこでトドメを刺されたんです。

それは顔も知らない女性2人組だったのですが...

 

「いやー日菜ちゃんの演奏良かったね〜笑」

 

「それな!パスパレ1位にした審査員見る目あるわ〜www」

 

「それに対して、Roseliaのギター、マジで下手だったよね〜w」

 

「なんだろね?あれ。なんかメトロノームみたいな? ワタシキカイデスって感じで、すっごい気持ち悪かったよねwww」

 

「あー!それ!まじ分かるわ〜w」

 

私に聞かせようとしているのかと思ってしまうほどの大声で喋っていた2人に対して、とてつもない怒りを感じました。

文句を言ってやろうと思ったんです。

でも既にその2人は、どこかに行ってしまったあとでした。

部屋に戻った私は、怒りと悲しみで何が何だか分からなくなっていました。

怒りをぶつける相手はいなくなって、取り消せない悲しみが残って、

 

そこで私は気づいたんです。いや、気づいてしまった、という方が正しいでしょう。

 

私は自分の未熟さを、ギターを弾いたから、こんなことになったんだ、ということにしてしまったんです。

 

そんな私は、背負っていたギターケースからギターを取り出し、そして

 

 

思いっきり、テーブルに叩きつけました。

力一杯、何度も、ギターが砕け散るまで。

思ったより頑丈なギターが壊れないことに、更に私は怒りを増幅させました。

少しずつギターが原型を失い、バラバラになるかと思ったその時でした。

 

「ちょ、ちょっと!何やってんの紗夜!」

 

控え室に戻ってきた今井さんに、私は後ろから羽交い締めにされました。

 

「うるさい!離して!」

 

私は拘束を振り払おうと、肘で今井さんのことを後ろに押しました。

 

「痛っ!!」

 

そして今井さんは、そのままの勢いで

ゴグッ

鈍い音が響きました

転ぶ勢いで今井さんは大理石の化粧台に頭を打ち付けたんです

私がその鈍い音に反応した時には、ドロっとした真っ赤な血液が、気絶した今井さんの頭から大理石を伝って、手に滴り落ちていました。

 

後ろを振り向いたまま、動けない私と、今まさに、部屋に入ろうとした宇田川さんが、あっ、ああっ... と声にならない声を出していました。

その後唯一理性を保っていた湊さんが救急車を呼んで、今井さんは病院に搬送されました。

 

 

 

 

あくまでも事故。

状況と目撃情報、そして何より今井さん本人の証言のおかげで、私は罪には問われませんでした。

しかし、今井さんが証言したということで、意識を取り戻したことを知った私は、夜の病院にお見舞いに行ったんです。

 

「あっ、紗夜!来てくれたんだ!」

 

病院のベッドの上、病人服で、頭に包帯を巻いている状態ではありましたが、今井さんはいつもと変わりない態度で私に接してくれました。

そのことに対して...つまり、今井さんが今井さんで居てくれたことに対して、私は涙を流しました。

 

「ごめんなさい...ごめんなさいっ...!」

 

「...大丈夫だよ...紗夜。」

 

その直後でした。

ゴトン、と、病室の入口で何かを落とした音が聞こえました。

 

「なぜ...なぜあなたがここに居るの?」

 

「湊さん...」

 

今井さんへのお見舞いだろうか。

コーラの入った缶が、私の足元に転がってきた。

 

「あっ友希那っ!...コーラありが...「出てって!」

 

「よくここへ顔を出せたわね紗夜!リサをこんな目に合わせたくせに!」

 

「や、やめてよ友希那!紗夜は謝りに来ただけだから!」

 

「......謝る...? どうやら、何も知らないでここに来たようね…! なら教えてあげるわ!」

 

 

 

 

 

 

「リサはもう...二度とベースが弾けないのよ!」

 

 

 

 

 

「...えっ?」

 

何を言っているのか、本当に理解できなかった。

今井さんは、もう、ベースが弾けない?

 

それが言葉だということも、状況を表している言葉だとも、私は分かっているのに。

 

その言葉の意味を理解しようとは、出来ない。いや、したくなかった。

 

「あなたが突き飛ばしたせいで頭を打ったリサは!脳へのダメージで利き手に痺れが残ったのよ!」

 

追い討ちのように続く湊さんの言葉。

 

私は、逃げるように今井さんの顔を見ました。

冗談なのでは。

私を懲らしめるための芝居なのではないか。

その一縷の希望に賭けて。

しかし、その目は演技では決して出来ない、

大切な何かを失った、悲哀に満ちた目だった。

 

「...」

 

今井さんは私から目を背けてしまいました。

私は全てを察し、幽霊のようにゆらりと病室から出ました。

 

「二度と私達に近づかないで!」

 

そんな言葉が帰ろうとする私の背中を、更なる追い討ちで、深々と突き刺しました。

 

 

 

何も考えずに、ただただ河川敷のあたりを家に向かって歩いていました。

いっぺんに多くのことが起こりすぎて、私の思考回路はとっくにショートしていました。

もう全てがどうでもいいから、償いとして、死のうかな...とも、考えました。

でも、そんな勇気は無い。

結局、私はただ道を歩くだけ。

 

しかし、道外れの坂で暗闇の中、何かが光って見えました。

そこにあったのは、タバコの箱。

蓋を外すと数本のタバコと一緒に、ライターが入っていました。

まるで、私に吸えと言ってるような気がして、おもむろに私はそのタバコを口に咥えて、ライターで火をつけました。

ゲホッゲホッ

上手く煙を吐けず、苦しんだ後に、むせてしまいました。

しかし、私はそれをいい拾い物だと、そう思いました。

このタバコに誓おう。

私は一生Roseliaに近づかない、と。

そして、そのタバコの呪いと共に、体に刻みこもう。

二度と他人を傷つけるな、と。

 

 

 

 

 

「そんなことが...」

 

「......滑稽ですよね。仲間の足を引っ張り、惨めに騒ぎ立て、仲間の心も体も傷つけたんです。

最低のクズだって、罵られるべき女です...」

 

「紗夜さん...」

 

「では、私はこれで......さようなら...つぐみさん。」

 

「...待ってください!」

 

逃げるようにドアノブに手をかけた紗夜は、つぐみの声に反応し、ゆっくりと後ろを向いた。

 

「......?」

 

「紗夜さんはそんな人じゃ無いです!」

 

「!?」

 

「確かに、悪いことをしたかもしれない...

タバコを吸ってるかもしれない...

でも!それだけが紗夜さんじゃないです!

誰よりもマジメで!優しく、自分に厳しい、かっこいい紗夜さんを!私の好きな紗夜さんを!!勝手に否定しないでください!」

 

「...」

 

「だから...!涙なんて流さないで下さい...」

 

「......つぐみさんっ...ううっ......」

 

泣き崩れそう私を支えてくれた、女神のようなつぐみさんの腕の中で、恥ずかし気も無く、ひたすら泣き続けました。

 

 

 

 

 

 

 

同時刻 にゃーんちゃんの出る公園のベンチ

 

「と、ここまでが紗夜の知ってる話よ。」

 

「...?紗夜さんが知っている話?」

 

「そうよ。この話には紗夜がRoseliaからいなくなってからの、続きがあるのよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「...そうだったんですね...だからあの時...」

 

「そうよ...でも、このことを紗夜はまだ知らないの...タイミングが...分からなくて...」

 

「じゃあ、あたしが伝えてきます!」

 

「あっ!...いや、わかったわ...頼んだわよ。」

 

「もちろんです!」

 

あたしは走り出しました。

紗夜さんがいるであろう、羽沢珈琲店へ。

 

 

 

 

 

 

カランカラン

紗夜はしばらく涙を流したあと、決着をつけると言って、お店を出ていった。。

 

紗夜が店から出た後、静寂が訪れた。

 

「これで...良かったですよね...」

 

すると店の奥から、水色の髪の毛を揺らめかせ、1人の少女が出てきた。

 

「うん、バッチリだよ。ありがとね、つぐみちゃん。」

 

「いえいえ!それもこれも、紗夜さんがあんなに追い詰められているって、花音さんが教えてくれたからです。」

 

「ううん。私も美咲ちゃんに教えもらったんだ。それに、つぐみちゃんに伝えるように言ったのも、実は美咲ちゃんだし...」

 

「...そうだったんですね...」

 

「......あのさ?つぐみちゃん。紗夜ちゃんがタバコ吸ってるって知った時...どう思った?」

 

「えっ?」

 

「あっ、いや、深く考えなくてもいいよ。ちょっと気になっただけだから...」

 

「...嬉しかった...です。

あのかっこいい紗夜さんにも、そういう一面があるんだな、きっと私しか知らない、新しい一面だな...なんて。」

 

「そっか...ごめんね?変なこと答えさせて。」

 

「い、いえ!全然大丈夫です。」

 

「...あれ?美咲ちゃんからメッセージだ。

今からそっちに向かいます...だって。」

 

「でも、紗夜ちゃんは、もう帰っちゃったよ...っと。」

 

「紗夜さんと会えるかなぁ...」

 

「美咲ちゃんなら大丈夫だよ。きっと。」

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ。」

 

「奥沢さん?どうしたんですか?そんな息を切らせて。」

 

「大変なんです!紗夜先輩!リサさんと日菜さんが!」

 

 

 

 

「誘拐されちゃったんです!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4日目③ そして未来へ...

数分前

 

「と、ここまでが紗夜の知っている話よ。」

 

「...?紗夜さんが知っている話?」

 

「そうよ。この話には紗夜がRoseliaからいなくなってからの、続きがあるのよ。」

 

紗夜がお見舞いに来た次の日

 

リサは既にリハビリを始めていたの。

 

「リサ...何をしているの?」

 

「何って...リハビリだよ」

 

「リハビリって...あなたの手はもう...二度とベースは弾けないって...」

 

「...それじゃダメなんだよ...」

 

「もし、紗夜が仲直りしてRoseliaに戻ってきてくれても、アタシがベースを弾けなかったら、責任感じて、絶対またどこかに行っちゃうもん」

 

「アタシは...またRoseliaの5人で演奏がしたい。それは絶対諦めたくないから」

 

「リサ...」

 

「だからさぁ、友希那。アタシがまたベースを弾けるようになった時、紗夜がまだ戻れる場所にいるように、繋ぎとめておいてほしいんだ。

 

 

あの当たり前の日常に、戻れるように」

 

 

 

「なっ!? 私はまだ、あの女を許してないわ!」

 

馬鹿げたことを言うリサに対して、それは甘い考えだと、私は怒ろうとした。あいつは、あなたのことを怒りのままに傷つけた、最低な女だって。

でもリサは、そんな私の怒りを知ってか知らずか、俯きながら話し続けた。

 

「紗夜はさ...マジメなんだ... だから、この件に責任を感じて、罪を償おうとする。

それでアタシが戻ってきても、紗夜が手遅れの所まで行っちゃってたら、Roseliaは終わり...きっと新しいギターが来ても、今度はアタシが罪悪感に押し潰されちゃう。

 

だから友希那...お願い。」

 

...こうなることは、正直分かっていた。

だってリサは、優しすぎるもの。

 

「......わかったわ...」

 

 

 

 

 

こうしてリサは一生弾けないと言われたベースを弾けるようにひたすらリハビリを繰り返し、

私は居留守や外出を繰り返す紗夜を探し続けた。

そして、私が紗夜に会うよりも早く、リサは右手を奇跡的に回復させたの。

 

 

 

「つまり、リサの右手はもうほとんど直ってるのよ。」

 

「...そうだったんですね...あっ、だから紗夜先輩がリサさんとばったり会った時に...」

 

「あら、見ていたのね。そうよ。多分振り払ったあと、それが右腕だということに気がついて、罪悪感を感じたから、紗夜は逃げ出そうとしたのよ、きっと。」

 

「...てことは...」

 

「そう、リサの右手は治ってる。でもこのことを紗夜はまだ知らないの...」

 

 

 

 

 

 

 

 

伝えなきゃ、このことを紗夜先輩に...

 

そう思い、誘拐された話の後にさっきの話を伝えようとした。

 

「あっ、それと友希那先輩が」

 

しかし紗夜さんは、今それどころじゃないみたいで...

 

「誘拐!?一体誰に!?」

 

「えっ?あっ、なんか、ハイエースみたいな車に乗せられてたって、友希那先輩からメールが来て...」

 

「今すぐ助けないと!」

 

「えっ?は、はい、そうですねって、紗夜先輩!?どこ行くんですか!?」

 

猛スピードで、紗夜先輩はどこかへ走り去ってしまった。

 

 

 

 

「はぁ...はぁ...紗夜先輩!はぁ...待ってください!」

 

「日菜〜!今井さん!どこにいるの!?」

 

紗夜先輩がそう叫んでるのは、今は使われていない港近くの倉庫。一通りも少なく、確かに誘拐後のアジトにはぴったりではあるが...

 

「なんで...はぁ...ここだって分かるんですか...?」

 

「勘です!」

 

「うっそぉ!?」

 

「日菜〜!今井さ〜ん!」

 

その時だった。

 

「あっ!? 紗夜先輩!危ない!」

 

近くに立て掛けられている鉄骨や木材が、先輩の方に倒れていきました。

ガラガラガシャン!!

 

「ゲホッゲホッ......? 何ともない...?まさか!」

 

「美咲さん!?大丈夫ですか!?」

 

あたしは紗夜先輩を押し飛ばして、どうにか助けることが出来ました。

代わりに自分が、下敷きになっちゃったんですけどね...

 

「...あーっ、大丈夫です。紗夜先輩。それよりも...あたし、何となく2人があそこの倉庫にいる気がします...」

 

「えっ?一体何を...」

 

「勘ですよ、勘。早く行ってあげて下さい...あたしはここで、待ってますんで...」

 

「と、とにかくそこから引っ張りだしますから!」

 

「先輩!あたしはここで寝てますから!早く行って下さい!別に何ともないですから!」

 

あたしにそう言われた紗夜先輩は、何回かその場で倉庫を見たり、あたしを見たりしたあと、苦虫を噛み潰したような顔をして、

 

「すみません...美咲さん!」

 

そう言った後、倉庫の方に走っていきました。

 

 

 

 

取手に手を入れ、力を込めると、錆びの付いた大きなドアが、変な音を立てながら開いていく。

そして、倉庫の真ん中には、縛られた今井さんと日菜がいた。

 

「紗夜!来てくれたんだね!」

 

「今井さん!日菜!」

 

「わーい!おねーちゃん!」

 

私は直ぐに2人を縛っている縄を解いた。

すると、2人は私に抱きついてきた。

 

「紗夜...来てくれてほんとにありがとう...」

 

「おねーちゃん...おねーちゃん...大好き...」

 

「ふふっ... にしても、一体誰がこんなことを...」

 

「あー、ごめんね、紗夜。

 

 

これ、ドッキリなんだ」

 

 

「......は?」

 

「おねーちゃんがあたし達を助けに来てくれるかっていうドッキリだったんだけど...ごめんね...おねーちゃん」

 

「美咲と友希那と4人で、必死に考えたんだ。

紗夜は本当に私達のこと、嫌いなのかなって」

 

「だから、私がドッキリを仕掛けて確かめてみましょうと提案したのよ」

 

先程開けたドアから、湊さんが現れた。

どうやら、ドッキリというのは間違いないようだ...

 

「......良かった...2人が無事で...」

 

最近私は、涙脆くなった気がする。

でも、今回はしょうがない。

本当に、心の底から、嬉しいのだから。

 

それに...

 

「てことは美咲さんの事故も、ドッキリですよね?」

 

「「「えっ?」」」

 

呆然とする3人。私が何を言っているのかすら分かっていないような顔。

 

「ま、まさか...」

 

最悪を考えるよりも先に、体が動いていた。

コンテナを2~3個超えた先に、未だ廃材の下敷きになっている美咲さんを見つけた。

しかも、かなり血を流している。

 

「湊さん!救急車を!」

 

「わ、わかったわ!」

 

「そ、そんな...うそ...」

 

「美咲!美咲!?大丈夫なの!?」

 

「美咲さん!美咲さん!起きてください!」

 

その後救急車が来ても、打ちどころが悪かったのか、美咲さんが目を覚ますことは無かった。

想像以上に怪我が酷く、放置したためかさらに悪化し、緊急手術が行われた後、美咲さんは死の淵をさまよい続けた。

 

そして、次の日。

 

あれ?ここは...?

そっか、あたし、廃材の下敷きになって...

 

「...紗夜先輩?」

 

隣で紗夜先輩がベッドに頭を乗せた状態で寝ていた。

しかも、乗せている部分は汗やら涙やらでびっしょりに濡れている。

紗夜先輩はあたしの声で目が覚めてしまったようで、キョトンとした目でこっちを見たあとに...

 

「...奥沢...さん?...奥沢さん!?気がついたんですか!?」

 

「はは、おはようございます...」

 

「良かった...本当に...良かった...」

 

「ちょっ、先輩!泣かないで下さい!」

 

「だって...でも...」

 

「大丈夫です!あたしは元気ですから!」

 

「もし、私が見捨てちゃったせいで、死んじゃったらと思ったら...」

 

「あー......紗夜先輩、あたし、あの時の判断は間違って無かったと思いますよ。

ただの後輩のあたしより、妹と、Roseliaを取る。

生命がかかった窮地でも、決断力があって、仲間思い。そんな先輩が、かっこよくて好きなんです。それに、結局どっちも助かってますしね...」

 

「奥沢さん...」

 

「...前に、才能とか、努力の話しましたよね。

きっと紗夜先輩の才能は、人を思う気持ちが強いことだと思います。

もう他人を傷つけないように、関わりを断ったり、嘘とはいえ、2人が誘拐されたときも、警察にも相談せず、走り出すし、何よりフェスの件だって、仲間の足を引っ張った自分に、怒ったんですよね?」

 

「...」

 

「あたし、すごいと思います。普通他人のためにそんなこと出来る人居ませんよ。

だから、それが紗夜先輩の才能です。

努力では抜かれない。唯一無二の才能」

 

「奥沢さん...ありがとう...ございます...」

 

「あー!分かりました!分かりましたから!

もう泣かないで下さい!」

 

私は先輩をぎゅっと抱きしめた。

だってこれ以上ベッドを濡らされたらたまったもんじゃないから。

......ていうのは、まあ建前だけど...

 

「うっ、うぐっ...奥沢さん...」

 

「あれ? そういえば紗夜先輩、美咲さんって呼んでくれないんですか?」

 

「えっ?そ、そんな呼び方をした覚えは...」

 

「いやーでも死にそうな中、その声を頼りに帰ってきたんですけどね〜あたし。

そう呼んでくれないと、また死んじゃうかもしれないですね〜w」

 

「わっ、分かりました...でも、それなら、美咲さん...グスッ...だって、先輩を付けずに...呼んで下さい...」

 

「えっ?...じゃっ、じゃあ、紗夜.........さん。」

 

「プッ......全然...ダメじゃないですか。」

 

「ちょっ、先輩だってまださん付けですよね!?人のこと言えませんよ!」

 

「ふふっw」

 

「あははは...w」

 

こんなやり取りで、紗夜さんが笑ってくれる。

そんな紗夜さんこそ、あたしの好きな紗夜さんだ。

そんなことを、考えていた時だった。

 

「紗夜さん!」

 

ドアを勢いよくあけ、小さな人影が飛び込んできた。

 

「みさきが怪我したって聞いて、紗夜さんもそこにいるって聞いて、それで、それで...!」

 

「あーもう、あこも落ち着いて。ゆっくり話そう?」

 

「はぁ...はぁ... 。紗夜さん...ごめんなさい。」

 

あこちゃんから出た最初の言葉は、謝罪だった。

 

「えっ?」

 

「お店で会った時、紗夜さんは優しいって知ってるのに、あの時のことを思い出して、怖くなっちゃって、それで、」

 

「いいんですよ...宇田川さん。」

 

「私が悪いことをしたのは事実ですし、何より...

 

宇田川さんに嫌われても、私は宇田川さんのことを嫌いにはなりませんから。」

 

「うっ、うぐっ...紗夜さん...!ありがとう...!」

 

 

 

 

 

 

その後、紗夜さんはRoseliaへ再加入。

汚名返上とともに、タバコを封印し、また5人で頂点を目指すそうだ。

 

ちなみにそんなあたしはと言うと...

 

「はーい、みんなーミッシェルだよー。

今日はね〜みんなのために、お姉さんとふうせんを配りに来たよー。」

 

「ちょっと紗夜さん、そんな怖い顔したらみんな近寄って来ませんよ...」

 

「これでも精一杯笑ってるつもりなのですが...」

 

「はぁ...じゃあ紗夜さんが入ります?ミッシェル。」

 

「美咲さん。私を蒸し殺そうとは、中々えげつない人ですね。」

 

「あはは...冗談ですよ。」

 

 

 

 

年上の、彼女が出来ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おわり




というわけで最終話です!
今まで応援ありがとうございました!
またもし投稿する機会があったら、その時はまたよろしくお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。