『あらたな世界』×『むげんの世界』? (赤貞奈)
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『全知無脳』
プロローグ


デンドロのアニメ化で湧き上がった感情をぶつけてみた。

地雷設定を盛り込んだ二次小説なので、設定の齟齬があった場合教えてください。


ある少年がいた。

少年の名前は■■という。

少年には不自由ない生活を送ることができる程度には稼げる両親と、仲が良い■■の弟と妹がいた。

弟は■■、妹は■■と名付けられた。

ある日、少年は弟妹と一緒に、両親から前から欲しがっていた■■■■■■■■■をもらった。

 

当時の最新技術を用いたそのゲームは当然高価であったが、優しい両親は少年達にソレをプレゼントした。

 

少年と弟妹は喜び、夕飯を食べ終わったら、三人で仲良く同時にソレを起動して遊んだ。

 

しかし、運悪く事件が起きた。

隣の家で■■が発生したのだ。

 

■■■■に没入していた少年達は、■■に気づくことができなかった。

 

両親は、死んだ。

自分達の生存を考慮せず、眠ったように動かない少年達を逃がそうとしたからだ。

 

そんな両親達の文字通り命を賭した助けで、少年達は命は取り止めたが、深い後遺症が残った。

 

比較的身体が発達していた少年が患ったのは■■■のみだった。

 

だが、まだ幼い弟と妹は少年より症状が酷かった。

 

■■による■の障害。

■■による■■■■。

 

その他多くの傷害は、最近になってようやく実現可能になった■■■■■■■■による治療以外に死を避ける方法は存在しなかった。

 

しかし、その治療には莫大な費用が必要だった。

死んだ両親の生命保険と遺産でもその額は足りない。

 

だから、 少年は二人を助けるため、自らの身体に■■■■を埋め込んだ。

 

人道的・倫理的観点において、大きな問題を含み、施行後の生存率も低いソレは、まだ十分な■■■■が存在しておらず、大変貴重なサンプルであった。

 

そして、無事にソレは成功し、弟妹の治療費用を捻出することができ、弟と妹は一時的に助かった。

 

しかし、代償として少年の■■は消失した。

 

まだ、法整備が不十分であり、少年の現状の実例が不十分な為、少年に人間としての権利——人権は存在しなかった。

 

少年は弟妹の為に、人間の生活を捨て、観察対象としての機械的な生活を淡々と過ごしていくことを許容したのだ。

 

主人公は■■■■として、出された課題を言われるがままこなしていく。

たとえ、課題が少年にとって忌避すべきものだとしても、少年にその課題を拒否する■■はなかった。

 

 

そして、ある日のこと、少年にある課題が出された。

 

それは自分達の人生を崩壊させた要因の一端に類似するものだ。

 

少年にその課題を拒否する■■はなく、荒れすさんだ心を引き連れて、その課題に臨んだ。

 

 

 

 

これは■■■というプレイヤーの前日譚だ。

 

 






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殺人と双子 一話







■商業都市コルタナ

 

カルディナ第二の規模を誇る都市、コルタナ。

巨大オアシスに沿うように形成されたこの都市は、〈カルディナ大砂漠〉の中央に位置している。

 

カルディナという広大な土地を持つ国の商業の中心地。更には、〈Infinite Dendrogram〉発売後は、初心者〈マスター〉のリスポーン地点とされた、この都市は見ようによってはカルディナ第一の大都市ともいえよう。

 

 

今、オアシスの付近を歩く一つ集団がある。

 

男性一人と子供四人という、なんともアンバラスな集団だ。

 

男性を先頭にその後ろを子供達——同年齢に見える三人の子供と、その半分程度の年齢に見える一人の子供が手を繋いで付き添う。……もし、立ち位置が逆ならば犯罪臭が漂う光景である。

 

 

「うぅ、あちゃい。とけちゃいそうだよぅ……」

 

四人の子供のうち男性と手を繋いでいる少女が呟く。 年齢は十歳程度だろうが、口から発せられる言葉は年齢より数年は舌足らずであった。

 

彼女は真っ赤なドレスに身を包み、子供用の靴を履き、髪には大きなリボンを着けている。しかし、綺麗な服は汗で濡れ、所々が変色している。

 

「エミちゃん!私いいこと思いついたよ!……あのオアシスで泳ごうよ!」

 

舌足らずな少女——“エミリー”と繋いだ手を引っ張りながら、金髪の少女が、快活な様子で提案し、そのままオアシスに向かって走り出した。

「カリンちゃんまって!わたしもいく!」

 

 

エミリーは、金髪の少女——“カリン”を追いかける。

 

 

「二人とも待て!……カルディナのオアシスは原則遊泳禁止だ。あれは住民すべての飲み水だからな」

 

 

男性は走り出した二人を捕まえる。

 

 

「しょうなんだ。じゃあ、しかたないね……」

「張さん、なんで止めるの?あんなにあるんだし少し浴びるだけだから。……ヒデくんもなんかいってよ!」

 

エミリーは我侭を言うこともなく、素直に男性——“張葬奇”の言葉に応じるが、かりんは張の言葉に疑問符を浮かべる。

 

 

「カリン……あまり張さんに迷惑をかけるな。エミリーのように我慢しろ」

 

 

銀髪の少年——“ヒデキ”は、カリンの腕を取り、叱責する。

 

 

 

「なんで?だって、あんなにいっぱい——」

 

「——そういうもの(・・・・・・)だ」

 

 

ヒデキは、不満顔のカリンの言葉を押さえつけて言い放った。

 

 

「そういうもの……そういうもの……わかった!私暑くても我慢する!」

 

 

すると不満顔だったカリンは、眼を虚ろにさせオアシスを見た。

暫くすると、虚ろな眸は無垢な瞳に早変わりし、すぐさま先に進んでいたエミリーの元に走り出し、手を繋ぎ始めた。

 

少し離れた場所で様子を伺っていた張は、かりんが離れてくのを確認した後、ヒデキに声をかけた。

 

「毎度のことながらすまない。いつも君だけに頼って」

「別にいいですよ。前に比べたら、張さんがいるだけでだいぶ変わりますし、…………あ。あそこにカフェがありますよ。少し、あそこで休憩しましょう」

「カフェ!?……ジュースある!?」

「“あいしゅ”ある!?」

 

少し離れた距離で小声で話していたにも関わらず、いつのまにか話を聞いていた二人の少女に、張は縦に首を振る。

 

 

「やったあ!じゃあ早くいこ!」

「ちゃんおじしゃんもひできくんもはやく!」

 

「二人とも待て!あまり離れすぎるな!」

 

張は二人の少女を追いかけながら、一週間前……自分が今の仕事に就いたときのことを思い出していた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

■一週間前 カルディナ某所

 

「——子守を頼む」

 

 

溜めに溜めたラスカルの言葉は、〈IF〉での初仕事に臨む張の決意を一瞬で消し去った。

 

その後張を襲うのは、先ほど感じた緊張の硬直とは別種の硬直だ。

 

 

「…………」

「すまん。言葉選びを間違えた気がする」

「いや……」

 

『先ほどの発言はやはり間違いだったか』と張は思い、改めて任務を受領するべく気を張る。

 

そして、

 

 

「子守だけでなく他の仕事もある」

「子守はあるのか!?」

 

ラスカルの発言に対する張のツッコミで、張っていた気はどこかに霧散してしまった。

しかし張にしてみれば、これをそのまま『分かりました』と言うのは無理というものだ。

 

 

「それは本気で言っているのか!?」

 

「俺は人を丸め込むのは得意だが、嘘はつかんし隠し事もしない。事実だ」

 

 

残念なことに、張の《真偽判定》はずっと無反応だった。

残念なことに、事実だった。

 

「いや、待ってくれ! そもそも、<IF>で子守とはどういうことだ!?」

 

 

悪名高い指名手配クランで、なぜ子守が必要になるのか。

 まさか副業で保育園でもしているのか、と張が考えたとき……。

 

 

「おはなしおわっちゃー?」

「ここつまんーない!はやくどこかいこ!」

 

 

張とラスカルがいる病室の扉が開き、場違いな……舌足らずの声と快活な声が聞こえた。

張が扉へと視線を移すと、そこには二人の幼い少女がドアを開けてこちらを覗き込んでいた。

 

そのとき、張は気づいた。

ラスカルの様子が、明らかに変わっている。

そのとき、張は気づいた。

 表面上は平静を装っているが、内心でひどく緊張している。

 まるで、一触即発の爆弾でも目の前に置いているかのように。

 

 

「あ。おじしゃん。おじしゃんがあたらしい“しゃぽぉと”のひと?」

「え 、そーなの?でも、この人初めて見たよ?」

 

再度耳にしたことで判別することができるようになり、舌足らずな声の主は赤いドレスを着た少女で、快活な声の主が浴衣を着た金髪の少女だということがわかった。

 

「あ、ああ。先ほど、ラスカルさんと契約も交わした」

 

「しょうなんだー。よろしくね」

「よろしくお願いします!」

 

「ああ……よろしく」

 

 

 張は状況を掴めなかったが、少女の挨拶には応じた。

 そして浴衣の少女より一歩前に出たドレスの少女が手を差し出してきた。

差し出した手の甲には“交差する斧”を模した〈エンブリオ〉の紋章がある。

張は力を込めないように気をつけて握手を返す。

すると、ドレスを着た少女は何が嬉しいのか満面の笑みで無邪気に笑った。

 

 

「おじしゃん、いいひと! ぷらす(・・・)てきじゃないね(・・・・・・・) !」

 

「……?」

 

張には少女が何を言っているのかは分からなかった。

 しかし、横にいたラスカルの緊張が薄れ、どこか安堵したように息を吐いたのだけが気になった。

 

 

「わたち、えみいぃー・きりんぐしゅとん。えみいぃーってよんでね!」

 

「……俺は張葬奇、だ。よろしく、エミイィー」

 

「ぶー。えみいーじゃないよ、えみいぃーだよぅ!」

 

「……?」

 

言われた通りに発音したが訂正され、張は首を傾ける。

 

 

「そうだよ!エミちゃんはね、エミちゃんっていうんだよ!」

 

 

更に、ドレスの少女の後ろから浴衣の少女が口を出し、張は余計にわからなくなった。

 

そんな張に、なぜかまた少し緊張していたラスカルが助け舟を出した。

 

 

「……こいつの名前はエミリー・キリングストンだ。まだじぶんでもうまく発音できないんだよ。ついでにいうと、もう一人は“カリン”だ」

「ぶー。いえるもん! “らしゅかりゅ”のいじわる!」

「ちょ、“ついで”って酷い!ラスカルさんのいじわる!」

 

 

そんな三人のやり取りを見ながら張は納得し、改めて言葉を発する。

 

 

「すまないな、エミリー。それとカリン。これからよろしく頼む」

 

「「うん!」」

 

 張がちゃんと自分の名を呼んだことにエミリーとカリンは満足した様子だった。

「エミリー。まだ話の途中だから、向こうで遊んでな。うちのマキナが付き合ってるだろ?」

 

「えー? でも“まきにゃ”よわいもん。“おしぇろ”がぜんぶまっくろになったもん!」

「……あのポンコツは子供にオセロで負けるのか」

 

「でもでも、私マキナに負けたよ!……とても接戦だったけど」

「……それは、なんの慰めにもならないだろう」

 

 

そんなコントじみた会話を三人が始めて、張が一抹の疎外感を感じた頃、扉の方から足音が聞こえてくる。

 

 

「すいません!ラスカルさん。二人から少し目を離してしまいました」

 

 

張が扉を目を向けると、そこには銀髪の少年とその後ろに隠れるように黒髪の少年がいた。

 

 

「……この方が新しい同僚の方ですか。はじめまして、僕はサポートメンバーの“ヒデキ”です。そして、この子が“オオバ””です。」

 

 

ヒデキは張を見つけると同時に張の事情を察し、自己紹介をした。

 

 

「私は主にこの子をサポートしています。……それとカリンはメイデンの〈エンブリオ〉です。本当はカリンと私で、エミリーとオオバの世話をする筈が、ご覧の有様で……何はともあれ、これからよろしくお願いします」

 

 

ヒデキは自身の後ろに隠れる黒髪の少年を張に紹介するように見せた。

そして、ヒデキは張に自分の手を差し出した。

その甲には“一対の鴉”を模した〈エンブリオ〉の紋章がある。

 

「ああ。こちらこそよろしく頼む」

 

 

張はその手をしっかりと握る。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

■商業都市コルタナ

 

 

張が〈IF〉のサポートメンバーになってから一週間が経ち、コルタナに到着した。

その間に、モンスターは一一匹たりとも現れず予定通りの順風満帆な旅路であった。

その事に、張は嵐の前の静けさのような不安を僅かながらに持っていた。

 

張はこの一週間について振り返り、同時に郷愁の念に駆られた。

 

良くも悪くも、この一週間の生活は〈蜃気楼〉で働いていた頃とは大違いだった。

これほど忙しく、また充実した日々を送ったのは果たしていつぶりだろうか。

 

そんな老人じみた思考を、御歳三十代の張は振り払い、カフェに向かって走る二人の少女を追いかけていた。

 

◆◆◆

冷涼を求め、駆け出した二人を追いかけようと張も走り出す。

 

その後、その場に残ったのはひできと、ヒデキと手を繋ぐ、5歳児程の黒髪の少年。

 

 

「僕達も追いかけましょう。暑いのは確かですし、オオバは何か飲みたいものでもありますか?」

 

 

ヒデキは黒髪の少年——“オオバ”に問いかける。

 

オオバはその問いに一切の反応をせず、歩き出すヒデキに置いてかれないように必要最低限の動きをするだけだった。

 

 

「何でもいいって?その反応が一番困るんですが……それではカリンに任せましょう」

 

 

なのに、ヒデキは答える。まるで、オオバの心を読んでいるかのように。

 

 

一方だけが喋り続ける、会話にならない会話は、カフェに着くまで続いた。

 






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地獄と歌姫と殺人と双子 二話

 

■商業都市コルタナ

 

 

 

「ちゃんおじしゃーん!まーだー!」

「ひでくんも早く早く!」

 

エミリーとカリンがカフェの前から張達を呼んだ。その姿がやはり子供にしか見えなくて、張は少しだけ笑う。

 

なお、今は張もエミリーもアクセサリーで容姿を誤魔化している。

指名手配されているので、当然といえるが、どうやらヒデキ達は違うらしい。

彼らの容姿は一週間前に出会った時と何一つ変わっていなかった。

それらの詳細をラスカルさんに聞けば、ヒデキは指名手配を受けていないそうだ。

犯罪者クランである〈IF〉にサポートメンバーだとしても、一応は所属しているのに犯罪歴が無いのはどうかと思うが。

 

常に変装する必要は無く、アクシデントが起こった時のみ臨機応変に対応する。

それでもわざわざ素顔を晒す必要は無いと思いもするが、曰く、このアクセサリーの変装も完璧では無く、万が一変装がバレて、大事になるのを避けるためだそうだ。

 

長くなったが、結局のところ、この集団は余人には犯罪者の集団ではなく、普通の家族か何かにしか見えないだろう。…………男性一人に子供四人だと、『普通』とは言い難いかもしれない。

 

「ああ、すぐ行く」

 

 

張はそう言ってエミリー達の待つカフェの前まで歩いていき……言葉を失った。

 

 

(…………なぜ、いる?)

 

 

このカルディナのカフェは空調を効かせ続ける高級店でもなければ窓を広く取っているので、カフェの外からでも店内の様子が見て取れる。

そして張は見たのだ。

 

テーブルに座って何事かを話している——“蒼穹歌姫”の姿を。

 

 

(考えてみれば彼女も珠が標的なのだから、珠がある街で鉢合わせることもあるだろうが……)

 

 

 張にとっては、自分の預かった支部を潰し、右腕を奪った仇敵とも言える相手だ。

 しかし、張が抱いたのは復讐心でも殺意でもなく、懸念だった。

 

 

(どうする……。ラスカルさんから任された仕事は、観測だ。珠を目当てに集る人材のデータ蒐集。ここで揉め事を起こすのは……万が一にもこちらの正体がバレれば、任された仕事の達成も難しく……)

 

 

 張は自分に任された仕事を全うするため、考えを巡らせる。

 基本的には真面目な社会人のような男である。

 裏社会の住人だったが。

 

「二人とも。ここではなく、違う店に……」

 

「わーい“あいしゅ”ってかいてあるー!」

「ジュースってかいてあるー!」

 

 

店の移動という張の最善策は、店の品書きを見て笑顔で店に入った少女達に木っ端微塵に打ち砕かれた。

 

そして、二人だけをこの店に置いておくことなど……張の仕事を考えれば出来るはずもない。

 

 

「……ええい、ままよ」

 

 

張は覚悟を決め、少女達に続いて店内に入り、

 

 

「あ。すみません。ただいま満席でして」

 

「ああ、それは仕方ないな」

 

 

店員から救いの手の如き情報を聞いて『これで店を変えられる』と期待し、

 

 

「そちらのお客様と相席でお願いします」

 

「………………」

 

 

六人用のテーブルに三人で座っていた“蒼穹歌姫”一行と同じ卓を勧められたのだった。

 

 

「あ、ああ。すまないが、まだ連れが二人いる。あの卓では入りきらないから、今回は遠慮し……」

人数オーバーという最期の希望は、

 

 

「大丈夫だよ!私、エミちゃんと一緒に座る!……エミちゃんこっちこっち!」

「わーい」

 

またもや、少女達によってへし折られた。

 

 

 

◆◆◆

 

□ カルディナ あるカフェの店内

 

 

 

A・RI・KAとユーゴーがコルタナにある珠について話していたところに、相席を求める店員が来て、二人はそれを了承した。

 

 

「“あいしゅ”♪“あいしゅ”♪」

「ジュース♪ジュース♪」

 

 

相席となった少女達は、可愛げに歌いながら、ニコニコ笑顔で席に座る。

 

( 可愛いお嬢さん達だこと。……今夜のベットでも相席できないかしら)

 

A・RI・KAは舌足らずな少女に何かひっかかりを感じるが、可愛いらしい少女達を自分の手で大人にしてあげたいと思った。

 

しかし、そのすぐ後に、保護者らしい三十代ほどの男性がどこか疲れた顔で少女の隣に座った。

 

 

(ちっ……保護者同伴か)

 

 

A・RI・KAはさりげなく左手の甲を確認し、少女は〈マスター〉で、男性はティアンと判断した。そして、初めて会ったはずの男性から直感的に誰かの面影を感じた。

 

 

「……うー、ん?」

 

 

突然、キューコは顔を少し青ざめさせ、突然首をかしげた。

 

「どうかした、キューコ?」

「何だか、さむけがする」

 

 

不安げな顔でキューコの身をあんじたユーゴーに、キューコは身体の不調をとなえ、

 

 

「ちょっと、もどるね」

 

 

ユーゴーの左手の紋章にもどった。

 

「わー!“めいでん”だったんだー!」

 

 

キューコの正体に驚いたエミリーは子どもらしい笑顔でそう言った。

そして、満面の笑みでユーゴーに話しかける。

 

 

「おにーしゃんも、〈ましゅたー〉なんだね!」

「うん。そうだよ」

「うわーうわー!いいな“めいでん”、かりんちゃんとおしょろいだー!」

「……カリンちゃん?」

 

ユーゴーはエミリーの口から突如出てきた“カリンちゃん”という言葉に首を傾ける。

 

 

「うん!ねー、かりんちゃん!…………ねー、ねー、かりんちゃん!」

「ジュース♪ジュース♪ジュ————んー?エミちゃん、なんか言った?」

「かりんちゃんとおなじ“めいでん”がいたー」

「ほんとー!どこにいるの!?どこどこ!?」

「もう、おうちにかえっしゃったよー」

「えー!エミちゃんだけずるい!私も見たかったよー!」

 

カリンは恨めしそうな表情で、エミリーの肩をポカポカと叩く。

 

 

「これで、みたことあるのろくこになったー!」

「……六個?」

 

 

ユーゴーがエミリーに問いかけ、エミリーはそれに笑顔で答える。

 

 

「うん!えっとね!……“しゅらいむ”とー、“むしさんとー、みえにゃいのとー、みえにゃいのとー、おにーしゃんの“めいでん”さんとー、かりんちゃんー!」

ユーゴーとエミリーが微笑ましい会話をしている最中、A・RI・KAは彼女達の正体について、考えをめぐらしていた。

“エミリー”という名前、彼女が挙げた〈エンブリオ〉の特徴、それらを元に、A・RI・KAは今までの違和感の正体に予測を立て、

 

 

(もしかして、この子…………)

 

 

「あ。あと“まきにゃ”!」

「まきにゃ?」

「“まきにゃ”はね、おっちょこちょいでね、“おしぇろ”よわいの!いつも“らしゅかりゅ”におこられてるの!でもともだちなの!」

 

 

それは、“まきにゃ”・“らしゅかりゅ”のキーワードにより、確信に変わる。

 

(……【殺人姫】か!?)

 

 

 

そして、A・RI・KAは、さらなる情報を探るために、〈超級エンブリオ〉である右目を忙しなく動かし始める。

 

「すいません、少し遅れました」

 

「あー!ヒデくん遅ーい!」

 

そこへ、先程三人に置いていかれたヒデキとオオバがカフェに到着し、店員に場所を聞いて、やってきた。

 

ヒデキは簡単にユーゴー達に挨拶をすませると、カリンとエミリーに奥へ詰めてもらい、オオバを椅子を半分こにして座った。

「少しオオバと話していましてね……それで、もう休憩は終わりましたか?」

「まだだよー。…………あ、きたきた!やったー。ジュースだ!エミちゃんもアイスきたよー!」

 

「“あいしゅ”ー!」

 

 

ヒデキは、念願の代物が届き、目を輝かせている少女達に、目を伏して、申し訳なさそうに言った。

 

 

「……そうですか。喜んでるところ悪いんですが、少し時間がおしています。早く食べちゃってください。……そうですよね、張さん(・・・)?」

 

そう言って、張に目配せをする。

 

 

「ああ、ヒデキの言う通りだ」

 

張は額に垂れる冷や汗を拭いながら、ヒデキの思惑——一刻も早くこの場を離れること——に賛同し、相槌を打つ。

「ご注文のアイスとジュースです」

「「わーい」」

「「いただきまー(しゅ)!ごちそうさま(しゃま)でした!」

 

エミリーとカリンはヒデキ達の言葉を知ってか知らぬか、エミリーはアイスが溶ける前に、一瞬で食べ終わり、カリンはちょびっとだけ飲んで、残りをヒデキ達に渡した。

 

ヒデキは渡されたジュースをオオバと分け合って、一気に飲み干した。

 

 

「……超音速機動……ね」

 

 

エミリーがあまりにも自然に行った動き——即ち、戦闘系超級職についた一部の人間の特権である高速移動に、A・RI・KAはひとりごちた。

 

「そ、それでは用事も済んだことだし、出るとしようか」

「わかったー!それじゃあねおにーしゃんとおねーしゃん!」

 

「バイバイ ! 」

 

 

少し狼狽している張の言葉と共にエミリー達は席を立ち、ヒデキは机に勘定を置く。

 

そして、その場から逃げるように張達は店を出た。

 

 

張達がテーブルを離れ、残ったのはユーゴとA・RI・KAだけになったとき。

 

 

「ユーちゃん。さっきの人たち、尾行して」

「え?」

「アタシが珠の回収をしている間、さっきの人たちの監視。何かあったら、《地獄門》を使って制圧して、少なくとも一人はユーちゃんとの相性はすごくいいはずだから」

「師匠、それはどういう…………!」

「詳しく話してると距離を離される。すぐに行動して。詳細は後から【テレパシーカフス】で伝えるから」

 

 

いつもの余裕が消えた、真剣な表情のA・RI・KAを見たユーゴーは、事態の深刻さを感じ、具体性のない、曖昧な指示に従うのだった。

 



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地獄と歌姫と双子 三話

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■ 【テトラ・グラマドン】

 

 

 

「エミリーちゃん達も今頃はコルタナについてますか!」

 

 

メイド服を着た、十代後半ほどの女性——“マキナ”は、自分の主人であるラスカルにそう問いかけた。

 

 

「……ああ。ヒデキがいる限り旅の途中で他の〈超級〉や神話級に出くわす事故など起こりうることはない。今頃コルタナだろう」

 

 

ヒデキの能力を知っているラスカルは、平然と答える。

 

現にエミリー達一行はコルタナに着くまでに一度も戦闘をしていない。——この砂漠に大量に棲むワームでさえも一匹も遭遇していないのだ。

 

 

「あー。あの理不尽な索敵能力(・・・・・・・・)があれば、確かにそんな心配はいらないですね」

 

 

マキナは記憶の中にあるヒデキの能力を思い浮かべ、自分の考えが杞憂であることを覚え、エミリー達の安全を確信する。

 

「……ヒデキがいるといないとでは遺跡の攻略速度が段違いだからな。……本当に勿体ない。あいつがエミリーに固執しなければ、それこそ幾らでも使い道はあったのに」

 

 

「仕方ありませんよ。それが、彼の“契約条件”なんですし…………それよりも、ご主人様!紅茶が入りました!」

 

 

マキナはトレイにのせたティーカップにポットから紅茶を淹れ、ラスカルに渡す。

ラスカルはそれを受け取って一口だけ飲み、そのままテーブルの上に置いた

 

 

「おいポンコツ。お前、この紅茶淹れるとき……水は何を使った?」

 

「【快癒万能霊薬】です!ご主人様がお疲れなので五本分たっぷり入れました!」

 

「そうか……。お前、腕立て伏せ五〇〇回な」

 

「なにゆえ!?」

 

 

ラスカルは疲労の元凶であるポンコツメイドにそう言い捨ててから、一本一〇万リルの薬品を五本も使った贅沢な……しかしクソ不味い紅茶を、勿体無いので苦い顔をしながら飲み干した。

 

そして、ポンコツメイドが腕立て伏せを始める横で、一束の資料に目を通し始める。

 

「フレームが、フレームが軋むぅ……。あ、ご主人様は何をご覧になっているんですか?」

 

「昨日寄った街で〈DIN〉から買ったフリーの〈超級〉と準〈超級〉の目撃情報だ。まだ全部は目を通していなかったからな」

 

「ほへー」

 

「既に国に所属している連中より、そういった連中の方が引き込みやすいからな。まぁ、ゼタは皇国の【魔将軍】を引き込むことに成功したらしいが。……黄河から球を盗んだ件といい、アイツの手際には感心する」

 

「ご主人様がスカウトしたのはあのガーベラさんでしたね!同じサブオーナーなのに、ゼタさんって本当に有能ですね!」

 

「ガーベラをスカウトした責任はあるかもしれないが、『同じサブオーナーなのに』のくだりは無駄に俺を下に置いてないか?…………それにヒデキだって、俺が勧誘しただろう」

 

「下には置いていませんが反省してくださいね!えっへん!…………ヒデキくんの件は、実際はエミリーちゃんの成果なので、ノーカンです!」

 

なぜかマキナはそう言って胸を張った。

 

「そうか……。反省を込めて、俺の〈エンブリオ〉の腕立て伏せを一〇〇〇回に増加だ」

 

「うぎゃあ!?ご主人様のドS!他の人には優しいくせに!」

 

「……お前がポンコツでなければ俺もサドらなくて済むんだが」

 

 

そんなコメディーが【テトラ・グラマドン】で展開され、ラスカルはついさっき、〈DIN〉の資料で見つけたコルタナ付近のある〈超級〉——“【冥王】ベネトナッシュ”についての情報を張に伝え忘れたのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

 

我に返ったラスカルは、張に先程見つけたと【冥王】の目撃情報を伝えるために、通信魔法用のマジックアイテムを使った。

 

 

「ああ、そうだ。やつもコルタナにいる可能性が高い。……なに?“蒼穹歌姫”が?……それも考えていたが、やはりカルディナは全て集める心算か」

 

 

しかし、張の方からも、A・RI・KAと接触してしまい、おそらく勘付かれただろうと言う報告がなされたのだった。

 

 

「まず、渡したアクセサリーの偽装容姿を切り替えてくれ。そうだ。事前に伝えたとおり、つまみを部分を捻れば五パターンで切り替わる。……あと、ヒデキ達にも偽装をするように伝えて欲しい。既にアンタ達がいるとバレているから時間稼ぎぐらいにしかならないだろうが、それでしばらくは見つからないはずだ」

 

 

張に当面の対処法を伝え、さらに指示を出す。

 

 

「最優先はアンタの生存だ。次点がデータの蒐集、その次が珠の確保だ。エミリー達については気にするな。……ヒデキ達に関してはデスペナルティになる可能性もあるが、なったとしても〈監獄〉に送られることはない。最悪、鉄火場に置き去りにしてアンタの安全が確保できてから二人を拾ってくれればいい。それで問題ない。……ああ、引き続き頼む」

 

 

そうして通話を終えて、ラスカルはマジックアイテムを傍らで腕立て伏せをしていたマキナに渡す

 

 

「今の指示に言及してこないってことは、張もエミリーの本性を確認したらしいな」

 

 

通話中の張の言葉や声の雰囲気から、想定通り何かしらのトラブルでエミリーが本性を見せたのだろうとラスカルは推測した。

 

 

「よいしょ、うんとこしょ。ご主人様、本当に張さんに伝えなくてよかったのですか?」

 

 

腕立て伏せをしながら、マキナはラスカルに問いかける。

 

 

「エミリーのことか。それなら、あいつも目にして理解しただろうし、問題ないだろう」

 

「違います!ヒデキくんの方です!……そんなこともわからないんですか?ご主人様はポンコツですね!」

 

「ポンコツはお前だろう!……ヒデキについても問題はない。ヒデキは、多少言葉足らずだったが、張に対して自分を偽らなかった。少なくとも“敵判定”とは判断していなかったんだろう。ひょっとしたら、今頃は“仲間判定”になっているかもしれないぞ」

 

 

ラスカルは聞いているかもわからないマキナにそう言った。

 

 

「ご主人様、張さんに嫉妬しているんですか!ご主人様はヒデキくん達に懐かれるまでに相当時間かかりましたもんね!」

 

「……よし、腕立て伏せワンセットプラスだ。よかったな」

 

マキナは余計な事を言ってしまい、その結果、ラスカルは罰は増を増やした

 

 

「ご主人様の鬼!悪魔!犯罪者!」

 

「最後のは悪口になってないぞ」

 

 

うぬぬ。と唸っているマキナを放置し、ラスカルは自室の窓越しにコルタナの方角を見る。

 

 

「問題があるとすれば、ヒデキ達が【冥王】と接触する可能性があることだろう。あいつらの目的から考えれば、【冥王】側に流れる可能性もないわけではないしな…………張に伝え、邂逅を阻止するように対応してもらおう」

 

 

ラスカルはそう独りごちるのだった。

 

 

 

 

□■商業都市コルタナ

 

 

 

A・RI・KAはカフェを出た後、このコルタナでひときわ華美な豪邸……市長邸の傍にまで移動していた。

 

今は市長邸を囲む壁を背に、彼女の指示で人探し中のユーゴーから連絡を受け取っていた。

 

 

【師匠。すみません、見失いました】

 

 

ユーゴーは五人を捜して近辺を走り回ったそうだが、見当たらなかったらしい。

捜す途中でひどく怯えた男達と触れ合いはしたが、それ以外は特に何もなかったという。

 

 

【ああ。きっと見た目変えたんだよ。多分偽装関係のアクセサリー使ってるねー】

 

 

この世界は現実リアルとは異なり、スキルやアクセサリー一つで簡単に偽装をすることができる。

 

だが、この世界では、装備できるアクセサリーの数が決まっている。

なので、偽装の為に大事な装備枠をアクセサリーよりも、スキルの方が便利といえる。

 

まぁ、逆にいえば、スキルの為にジョブを埋める方が勿体無いし、どんな弱者でも高性能なアクセサリーをつければ、一定以上の偽装が出来ることを考慮すれば、一概にスキルの方が優秀とはいえない。

 

 

(そういえば、偽装関連の〈超級職〉を狙っていたが、既にとられていたと、誰かがぼやいていたなー……って、そんなことより、今は【殺人姫】についでだ)

 

 

いつのまにかずれていた思考を元に戻し、【殺人姫】の対処のためにユーゴーに指示を出す。

 

 

【まー、変わるのは姿と見かけのステータスだけだろうから、行動までは変わらないよ。あの子が想定通りの相手なら、必ず何かやらかすね。ユーちゃんは騒動の起きている現場に急行する方向でお願い】

 

【……分かりました】

 

【そんじゃま、アタシは市長から珠パクってくるねー。行ってきまーす♪】

 

 

そうして、ユーゴーとの会話を終え、市長邸の正門まで歩き出す。

 

その道中、A・RI・KAは【殺人姫】達とユーゴーについて推察する。

 

 

(【殺人姫】とユーちゃんの相性は抜群だし、いかに〈超級〉であっても、私が戻るまでは、時間を稼げるでしょ)

 

A・RI・KAはキューコの能力を思い出し、彼女の能力ならば、【殺人姫】を無力化できると考えた。

 

 

(心配なのは、他の連中か。……ティアンの二人(張とオオバ)はおいておくとして、問題なのはメイデン(カリン)の〈マスター(ヒデキ)〉の方か…………彼は厄介そうだな。察しがいいのか、直ぐに私達から離れようとしていたし)

 

 

先刻のカフェでヒデキが、A・RI・KAを見て、すぐにその場から離れようとした事を頭に浮かべた。

 

 

(それにしても、何故メイデンのマスターが〈IF〉に所属しているんだろう)

 

 

メイデンのマスターは総じて“Infinite Dendrogram”を世界と考える——所謂“世界派”と呼ばれる者だ。

 

故に、彼らはPKはしないし、犯罪も率先して犯そうとはしない。

デンドロを現実と同一視しているし、当然だろう。

 

だからこそ、A・RI・KAは、ヒデキが大量殺人者である【殺人姫】と随伴していることに疑問を感じた。

 

 

(まぁ、指名手配犯のに彼みたいな子はいなかったはずだし、おそらく彼は、噂に聞く〈IF〉のサポートメンバーかな。……ならば、腐っても此処コルタナはカルディナでも有数の大都市だし、〈マスター〉はそこそこいる。たとえ、準〈超級〉であったとしても、対処できるでしょう)

 

〈超級〉がそんなゴロゴロいてたまるか。という常識的な考えから、ヒデキの実力を見定め、自身がいなくても、十分に対応できると判断した。

 

よって、一番の問題はやはり【殺人姫】だが、それはユーゴーが対処できる。

 

A・RI・KAは、そう結論づけ、市長邸の正門までの歩行の速度を少しだけ早めるのだった。

 

 





ネタバレ①

オリ主の『味方判定』に“なりやすい”のは、

エミリー>張>>>>>>ラスカル=ゼクス>>ガーベラ の順番です。





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殺人と双子 四話

 

■商業都市コルタナ

 

 

 

カフェでの一件から数時間が経過した。

 

張はその間に、立ち寄った路地裏でエミリーの本性を目撃したり、ラスカルに“蒼穹歌姫”との遭遇についての報告や、今後の行動指針について指示を仰いだ。

 

 

そして現在、張達がいるのはバザールである。

ちなみに、彼らを探しているユーゴーは、同じ場所で【冥王】の〈エンブリオ〉である“ペルセポネ”と会話していたりする。

 

それでもユーゴー達に見つからないのは、張達がアクセサリーによって容姿を変更しているからだ。

今回は張達だけでなく、ヒデキ達も容姿を偽装している。

 

そんなこんなで、一先ずの安全を確保した張は、バザールに並ぶ珍しい商品に夢中になったエミリー達の面倒を一旦ヒデキに任せ、先刻ラスカルから通信で伝えられた【冥王】を、自身が使役する鳥のキョンシーを用いて観察していた。

 

市長邸の門の前でラスカルから伝えられた容姿の男——【冥王】を見つけ、暫く観察していると市長邸から市長が現れた。

【冥王】と市長が、何か会話をしているようだが、視界のみを共有している張には、会話の内容は理解できない。

恐らく交渉をしているのだろうと、張は推測した。

 

短い会話の末、交渉が決裂したのか、市長は突然、二体の純竜を召喚し、【冥王】と市長の戦闘が始まった。

 

しかし、それは戦闘と呼べるものではなかった。

戦闘とは両者の戦力がある程度拮抗して初めて起こるものである。

只の市長と〈超級〉である【冥王】の戦力差は一目瞭然だ。

市長が召喚した二体の純竜は、【冥王】が召喚した巨大な竜のスケルトンの尾骨によって、瞬く間に倒されたのだ。

 

その後、慌てた市長は自宅に逃げ帰り、それを追いかけようとした【冥王】達を超音速で動くナニカが阻んだ。

 

そして、息つく間もなく戦闘が始まった。

今度こそ、戦闘と呼べる闘争が始まったのだ。

 

ナニカ……恐らくは“蒼穹歌姫”の奇襲から始まったこの戦いは、暫くすると、拮抗することになった。

どうやら、お互いに相手の相性が悪く、千日手になっているようだ。

 

 

張は、そこで【冥王】の観察を中断した。

彼の目前に、エミリー達を連れたヒデキが戻ってきたからだ。

 

ヒデキの顔色は少し悪い。

エミリー達に振り回されたのだろう。

張は、彼女達の面倒を短時間だとしても、ヒデキに任せっきりにしたことに少しの罪悪感を覚えた。

 

 

「どうでしたか?」

 

 

恐らくはラスカルからの伝言についての疑問をヒデキは問いかけたが、張はヒデキの言葉におし黙る。

ラスカルが最後に出した指示を思い出したからだ。

 

(そういえば、ヒデキと【冥王】を接触させるなと、ラスカルさんが言っていたな)

 

 

そのことを思い出した張は、ヒデキに市長邸で起こった事件の本末を正直に伝えるべきか迷い、

 

 

「ああ。【冥王】さんは今は(・・)興味ないですよ。優先順位が変わりましたからね……尋ねたのは、【冥王】と“蒼穹歌姫”の戦闘結果です」

 

ヒデキの言葉で払拭される。

そして、同時に張は困惑する。

 

 

(何故、知っている!?……【冥王】と“蒼穹歌姫”のこともそうだが、それよりも俺が市長邸を観察していたこと(・・・・・・・・・・・・・・)を何故知っている)

 

張はラスカルからヒデキの索敵能力に関しては聞かされていた。

コルタナまでの旅路も彼の先導により、モンスターや〈マスター〉などに遭遇することなく進行した。

 

だが、

 

 

(……これほどとは聞いていないぞ!?)

 

張は自身に襲いかかる疑問を無理やり抑え、平静を装ってヒデキに返答する。

 

 

「……【冥王】と“蒼穹歌姫”はお互いに相性が悪いらしい。戦況は平行線を辿っていた」

 

「そうですか」

 

 

ヒデキは張の言葉に軽く答えた。

 

 

 

「では、暫くの間彼女達はあそこから離れられないでしょうし、今のうちに色々と準備を終えておきましょう……近くに彼女のお仲間もいますし」

 

「そうだな」

 

先程のやりとりでヒデキの索敵能力の脅威を知った張は、ヒデキが当然のように“蒼穹歌姫”の仲間(ユーゴー)の位置特定をしていることに反応をしめさなかった。

張はヒデキの提案に賛成し、エミリー達に移動することを伝えようとした。

 

 

しかしエミリー達は動かない。

彼女達の目線は、バザールに置かれた巨大な檻をさしていた。

 

檻の中には角を生やした獅子……【タウラス・レオ】という上位純竜クラスの魔獣が腹這いになっている。

 

どうやら、エミリー達はこの魔獣のことが気になるらしい。

 

 

「ちゃんおじしゃん!なんでこのこ、【ジュエル】じゃなくておりにはいってるの?」

「エミちゃん。私分かったよ!この子も私とおんなじように、【ジュエル(紋章)】の中じゃなくて、外にいたいんだよ!」

 

「……カリンのような我儘な理由じゃないですよ。恐らく、【従魔師】専用に『テイム挑戦権』という名目で売っているんですよ。当然まだテイムされてないので【ジュエル】にも入れられません」

 

エミリーの問いにカリンが的外れな答えを言うが、ヒデキがそれを訂正し、張が答えようとしていた言葉を、先んじて言った。

 

 

「テイムできにゃかったら?」

 

「金は戻らん」

 

「ふーん。じゃあおみせのひとはテイムにしっばいしてほしいんだね」

 

「エミちゃん!そういうのは分かってても言っちゃダメなやつだよ!」

 

 

エミリーの明け透けな言葉に、張は内心で呟く。

檻の横の看板によれば、これまで何週間テイム成功者が出ていないらしい。

それも当然と張は考えた。動きを抑制するための薬品に加え、テイムを阻害するために精神に干渉するアイテムも使われているのが張には見て取れたからだ。

しかし、今から檻の傍でテイムに挑む【従魔師】はそれに気づいていないようだった。成功を疑っていないのか、【タウラス・レオ】を手に入れた瞬間を夢想して顔も緩んでいる。

 

 

「あれは失敗するだろうな」

 

 事実、テイムに繰り返し失敗しているらしく檻の中の【タウラス・レオ】は身じろぎし続け、【従魔師】の顔には焦りが見えてきた。

 

 

「じたばたしてるね」

 

「テイムに失敗したモンスターが暴れることもある。今は檻と薬があるから大丈夫だがな」

 

「そうなんだ。じゃあ、あぶないね」

 

「「……?」」

 

 

 張とカリンがその言葉に疑問を思うと、エミリーは檻の中を指差した。

 

 

「くすり、きれてるよ。あれはくすりがきいてるフリだよ」

 

「……何だと?」

 

「あとね、みじろぎしてるのは、じゅんび。きっとね、おおばりにたいあたりするよ」

「エミちゃんすごい!?なんでそんなこと分かるの!?」

 

 

 なぜそこまで分かるのかとカリンと同じように張も思ったが、問題はそこではない。

 エミリーの言葉の通り、【タウラス・レオ】は身を起こし、檻に体当たりを始めたからだ。

 

そして、【タウラス・レオ】の体当たりが檻に当たるたびに、檻の格子が下の方から少しずつ歪み、外れていくのを目撃する。

 

本来では有り得ない光景の理由を探るため、張は思考を加速させた。

 

 

『BUUUUULUGAAAAAAAAAA!!」

 

 

しかし、張が答えを導き出したと同時に幾度となく繰り返された体当たりにより檻は壊れ、【タウラス・レオ】が、雄叫びと共にバザールへと飛び出した。

 

檻から解放された【タウラス・レオ】は、手始めに檻の前にいた【従魔師】を食い殺し、次いで近くにいた『テイム挑戦権』を販売していた店の従業員達を手にかける。

これまでの鬱憤を晴らすかのような暴れ方だった。

張は解決策を思考するが、それより早く従業員を食い殺した【タウラス・レオ】は、次の獲物に狙いを定める。

それは張達……ではない。

 その場から逃げ出そうとしている小さな少女とその両親、親子連れであった。

 

 

『BUUUGAAAAAAA!!』

 

 

 【タウラス・レオ】は吼え猛りながら、次の獲物へと駆けていく。

 瞬く間に人間を三人、血肉に変えようとして。

 女の子は泣いていた。

 両親は、せめて娘だけでも守ろうと娘をその身で庇う。

 しかし、人の肉の壁など【タウラス・レオ】には無意味のはずで、親子は瞬く間に肉塊となる……はずだった。

 

 けれどその直前、【タウラス・レオ】の進路に小さな人影が割り込んだ。

 

 その姿に、張は驚いた。

 自分の側にいたはずのエミリーが……超音速機動でそこに立っていたからだ。

 

 

『BUUUUUOOOOAAAAAA!!』

 

 

 【タウラス・レオ】はエミリーも当然獲物として攻撃しようとし、

 

 

「――マイナス」

 

 

自動殺戮モードに移行したエミリーによって、一瞬で四肢と首を裂断されて息絶えた。

【タウラス・レオ】は即死。損壊の激しさもあって一瞬で光の塵となり、その場にドロップアイテムだけを遺して消え失せた。

 後には、【タウラス・レオ】の返り血に濡れるエミリーだけが立っていた。

 

 

「……エミリー」

「エミちゃん!?大丈夫!?怪我はない!?」

 

訳が分からず立ち尽くす張とエミリーの安否を心配して駆け寄るカリン。

張はカリンの行動を見て、焦りを覚える。

何故なら、エミリーはまだ自動殺戮モードが解けていない。

故に、張は今のエミリーに近寄るのは危険だと考えた。

 

「待て、カリン!まだエミリーは——」

 

 

自動殺戮モードが解けていない。

張がそれを叫ぶ前に、

 

 

「……カリンちゃん?だいじょーぶってにゃにが?」

 

 

いつも通りの舌足らずな声でエミリーが答えた。

 

「張さん。心配しなくても僕達はマイナス判定にはされません。……なので、仲間を爆弾扱いするのはやめましょう」

 

 

ヒデキは、張に諭すように言った。

外見年齢を考慮すれば立場が逆な気もするが、ヒデキの言っていることは何一つ間違っていない。

張は自身の失敗を恥じ、素直にヒデキの言葉を心に留める。

 

 

「すまない。すぐに行く」

 

「謝る相手は僕じゃなくてエミリーですよ」

 

ヒデキは張の言葉に返答しながら、エミリーの元に向かっていく張の後を歩いた。

ヒデキに追随しているオオバも当然の如く、エミリーの元に向かう。

 

しかし、それよりも先に、

 

 

「おい!お前がうちのモンスターを殺したのか!」

 

衣服に多数の宝石をつけた、よくいえば恰幅のいい、悪くいえばひどく肥満した男が現れた。

背後には屈強な男達を何人も引き連れている。

 

雰囲気から察するに、肥満した男はどうやら【タウラス・レオ】の『テイム挑戦権』を売っていた商人らしい。

しかし、その態度は騒動を収めたエミリーに感謝している、というものではなかった。

 

「よくもうちの商品を台無しにしてくれたな!耳を揃えて弁償してもらおうか!」

 

 

商人の意味不明な発言を聞いた張は、この騒動がより一層面倒なものになることを予感し、一つため息をついた。




ネタバレ②

オリ主のパーソナルは、原作が開始した年——『2045年』が関係している。


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地獄と双子 五話

■商業都市コルタナ バザール

 

 

 

「よくもうちの商品を台無しにしてくれたな!耳を揃えて弁償してもらおうか!」

 

商人は丸々太った体を震わせ、【タウラス・レオ】による被害を抑えたエミリーに対して、叫び散らした。

 

その光景は、張達当事者にとどまらず、周囲を見ていた他の者達にも同じ感想を抱かせた。

 

即ち、「こいつは何を言っているんだ?」と。

 

 

「待ってくれ。それは横暴というものだろう。今回の件は——」

 

商人の言葉に呆気にとられた張は、無言のエミリーとどうすれば良いかわからず慌ててるカリンの代わりに、商人に話しかけた。

 

「お前がコイツらの親か!親ならば責任とって払ってもらおうか!九〇〇〇万リルだ!」

 

しかし、商人は張の言葉を遮り、そう捲し立てた。

 

この商人もエミリー達の正体を知っていればここまで強気には出なかっただろうが、今のエミリー達は偽装により、ただのティアンに見えている。

 

 

「私の後ろにはダグラス・コイン市長がついているんだぞ!お前らを逮捕して奴隷にしてやってもいいんだ!」

 

 

その言葉を聞いて、張は辟易した。

今は昔のヘルマイネでのことを思い出したからだ。

そして、賭博都市と商業都市の政治の違いについて考え、嘆息した。

だが、その態度が、商人は気に食わなかったらしい。

 

「チッ!どうせ金など持っていないのだろう!おい!こいつらを捕まえろ!」

 

 

背後に控えていた屈強な護衛に、張達の捕縛を命じる。

 

そこまできて、商人のあまりにもあまりな言動に、周囲の市民が抗議の声を上げるが、商人が彼らに話を振り、「じゃあ、代わりに払え」と言えば、反論の声は止む。

 

「ヒデくん!ちょっと来て!」

 

 

事態についていけず、しばらくワタワタしていたカリンは、一度深呼吸をして気持ちを切り替えると、大声でヒデキの名を叫んだ。

 

ヒデキはカリンの言葉に応じ、急いで彼女の元に向かう。

 

 

「オオくんかして!」

 

どうやらカリンが必要だったのはヒデキではなくオオバだったらしい。

正面にいるヒデキに対して、両手を前に出し、オオバを預かり、抱き抱える。

 

すると、どこからともなく小型のアイテムボックスがカリンの手元に出現した。

 

 

「これ、あげる!」

 

 

カリンはそれを商人に渡す。

商人は不審に思いながらも渡されたアイテムボックスの中身を確認し、驚愕する。

 

 

「……いっ、一億リルだと!?」

 

 

そう。カリンが無造作に渡したのは一億リルという大金であった。

商人の驚愕は、張を含めた周囲の市民にも伝わり、辺りに動揺がはしった。

 

 

「商人さん。お釣りは結構ですので、これで手を打ちませんか」

 

 

カリンの行動の意図を汲んだヒデキは、商人がこれ以上文句を言う前に交渉を持ちかけた。

 

しかし、意図がわからなかった張は、商人には聞こえないように、ヒデキに問いかける。

 

 

「いいのか、あんな大金を渡して?……一応、ラスカルさんから軍資金を貰っているから、それで俺が払うこともできるが」

 

「大丈夫ですよ。……アレ、偽物(・・)ですし。あんな手合いは長引くと面倒ですから、早く離れましょう」

 

 

張はヒデキの言葉で納得した。

同時に少し驚いたりもした。

ヒデキとカリンが簡単に犯罪行為に手を染めたことをだ。

だが、考えてみれば、そもそも〈IF〉は犯罪者クランなので、何も問題はなかった。

そして、ヒデキの言葉に続けて、無理矢理会話を終わらせた。

 

 

「賠償金は確かに払った。俺達は帰らせてもらうからな」

 

張は、エミリーを、ヒデキはカリンの手を握り、この場を離れようとした。

 

 

「待て!まだ払い切ってないぞ!一億リルどころでは、こちらの損害がデカすぎる!……とりあえず店に来い!」

 

 

欲に目が眩んだ商人は、控えさせていた屈強な護衛に張達を連れ戻させるように命令し、顔の贅肉を揺らしながら叫んだ。

 

どうやら、張達をいいカモだと思ったのだろう。

商人は張達から更に毟り取ろうとした。

 

護衛達は主人の命令を遂行しようと、張達の捕縛に動く。

 

 

「……知りませんよ。どうなっても」

 

 

呆れ顔で呟いたヒデキの言葉を、捕縛しようとした護衛が聞き取る前に、

 

「——マイナス」

 

エミリーがその首を刈り取った。

 

護衛の男が斧——ヨナルデパストリに何かを食われて光の塵になったときには、エミリーはもう一人の護衛の腰に斧を叩きつけ、上半身と下半身を両断していた。

 

二度の惨劇を終えたところで、周囲はようやく異常事態に脳の状況認識が追いついた。

 

 

「うわぁああああああああ!?」

 

「さ、殺人だああああああああ!?」

 

 

 周囲に集っていた人々は、悲鳴を上げて逃げ惑う。

 バザールは檻のモンスターが暴れていた時と同じか、それ以上の混乱に包まれる。

 

 

「ば、バケモノめ! おい! さっさとあいつを殺してしまえ!」

 

 

 商人の男がそう言って、

 

 

「――マイナス」

 

 

 エミリーが投げた斧で男はたるんだ頬から頭部を輪切りにされて、息絶えた。

 残る護衛の男達も武器を向けていたが、それらも同様に容易く殺傷されていく。

 そうして、商人と護衛達は皆殺しとなった。

 

 

「ッ…………」

 

「張さん!すぐに離れてください!今から個々に大量の〈マスター〉が来ます!僕達のことは気にしなくていいので、今は自分の生存のみを優先してください!」

 

エミリーのつくった惨状に言葉をなくし、呆然としていた張にむかって、ヒデキはそう告げた。

 

「しかし——」

 

「お願いします!死なないでください!絶対に、絶対に僕らの前からいなくならないでください」

 

 

ヒデキの急な豹変に、張は戸惑う。

ヒデキと出会い、 短い期間の中でもヒデキの性格をある程度は理解ししていると、張は思っていた。

 

だが、張の目の前にいるヒデキは、普段の様子とはかけ離れている。

冷静さを失い、見えないナニカに焦り、必死に張の生存を訴える姿に初対面のときの面影は一切感じられなかった。

 

「了解した」

 

ヒデキの言葉に張は力強く答え、その場から立ち去った。

自身の生存を約束して。

 

 

 

◇◇◇

 

 

張が鉄火場から離れようと、エミリーの殺戮の暴走は止まらない。

その場にいた三人の〈マスター〉がが事態の収拾するためにエミリーの傍に駆け寄る。

しかし、彼女達はすぐにエミリーによって、デスペナルティとなる。

 

 

「あの少女を止めろ!」

「《看破》で見えるステータスは偽装だ!正体が別にある!」

 

 

騒動が拡大し、今しがたの三人意外にも多数の〈マスター〉が集まり、エミリーに対処せんとしている。

それを視界に収めたエミリーは、

 

 

「——マイナス、マイナス、マイナス、マイナス、マイナス、マイナス、マイナス、マイナス、マイナス、マイナス」

 

口からそんな言葉を吐き続け、襲いかかる〈マスター〉達を次々に排除していく。

エミリーに接近した〈マスター〉は一瞬で切り刻まれ、その死体は光の塵なり、その全てがヨナルデパストリに吸収された。

 

「これでも喰らえ!!《ストーム・スティンガー》!!」

 

 

しかし、彼らもただやられるだけではない。

〈マスター〉の一人がエミリーに【疾風槍士(ゲイル・ランサー)】の奥義を放った。

 

奥義の効果で加速し、超音速で放たれる【疾風槍士(ゲイル・ランサー)】の一撃をエミリーは無防備に喰らう。

しかし、その攻撃はエミリーの皮膚の防御力だけで受け止められ、有効打にならなかった。

 

 

「何なんだ、コイツ!?」

「異常なまでの物理耐性……こいつはティアンじゃない!恐らくは物理防御に特化した〈エンブリオ〉の〈マスター〉だ!」

 

「だったら俺の出番だぜ!!」

 

 

即座にエミリーの正体を分析し始めた〈マスター〉に応じ、ローブを着た【紅蓮術師】の〈マスター〉が前に出る。

エミリーはそれに対応して【紅蓮術師】へと向かうが、

 

 

「《ゼロ・チャージ》!《クリムゾン・スフィア》!!」

 

 

魔法の高速詠唱に特化した〈エンブリオ〉を有する【紅蓮術師】は、超音速で遅い来るエミリーに対応し、奥義である魔法を発動させた。

だが、放たれた《クリムゾン・スフィア》をエミリーは超音速機動をもって避ける。

標的を失った《クリムゾン・スフィア》は、そのまま進行方向を炎上させながら移動する。

 

そして、その先にはヒデキ達がいた。

 

彼らのスタータスでは、その攻撃を対処する力はない。

迫り来る死から逃れる方法はないのだ。

だが、少しでもダメージを減らそうと、オオバをカリンが抱え込み、その前にヒデキが立つ。

 

そんな彼らを嘲笑うかのように、燃え盛る火の玉は無情にも近づき、

 

——ヒデキ達を庇うために戻ってきたエミリーによって止められた。

 

 

《クリムゾン・スフィア》の効果時間が終わって炎は消え去り、そこには五体満足のエミリーが立っていた。

だが、装備品はそうではない。耐火性能を持たされたオーダーメイドのドレスは燃えていなかったが、ラスカルから渡された偽装用のアクセサリーは熱量に耐えきれず融解していた。

 

 

ゆえに、今そこに立つエミリーは偽装容姿ではなく……彼女自身の姿だった。

 

——指名手配されたその容貌も。

 

——【殺人姫】としてのスタータスも。

 

 

「……嘘、だろ?」

 

 

仕留め損ねた【紅蓮術師】の首を、その小さな手で掴み、枯れ木のように砕き折ったエミリーを看破した者が絶望に満ちた声を上げる。

 

 

エミリー・キリングストン

 職業:【殺人姫】

 レベル:528(合計レベル:928)

 HP:8056(+36550)

 MP:350(+36550)

 SP:1980(+36550)

 STR:3050(+36550)

 AGI:4356(+36550)

 END:1680(+36550)

 DEX:687(+36550)

 LUC:100(+36550)

 

 

エミリーの名に、そのレベルと比較して低く……そして高いステータスに、周囲が動揺する。

 

 

「エミリー……【殺人姫】エミリーだと!?」

「なんだ、このスタータス……なんなんだよ!」

 

 

異常なステータスであった。

 元の値は超級職としてはあまりに低く、修正後の値は恐ろしく高い。

 しかし、それは当然なのだ。

 その数値修正こそが、【殺人姫】の真骨頂なのだから。

 そのパッシブスキルの名は、彼女の二つ名の由来でもある《屍山血河》。

 【殺人姫】の奥義にして、【殺人姫】が【殺人姫】である由縁。

 

 全ステータスに――『人間の討伐数(・・・・・・)と同値のステータス修正を適用する』スキル。

 

 エミリーがこれまで殺してきたティアンと<マスター>合わせて……三六五五〇人。

 その全てが、彼女のステータスとなって顕れている。

 

 殺せば殺すほど――エミリーは強くなり続ける。




ネタバレ⑤

カリンとヒデキに自我はありません。


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