進撃の飯屋 (チェリオ)
しおりを挟む

第00食 開店

 ウォール・ローゼの南側にある突出部分に位置する街―――トロスト区。 

 リーブス商会の活動により商業が盛んなこの街には活気で満ち溢れていた。

 物価――特に食料品の値が馬鹿みたいに高騰しているので、台所事情を考える主婦の方々は少しでも安い食材がないかと多くの店を行きかいながら品選びに励んでいる。

 その中へ一人の青年が入り込んでいく。

 

 服装は真っ白のカッターシャツに黒のズボンという格好で主婦の群れに紛れていく青年はおっとりとした雰囲気を漂わせているが、食品を見極めようと見つめる瞳には強い輝きを灯していた。

 横に並んでいる女性陣は青年の整った顔立ちもさることながら、手入れの行き届いている艶やかな黒髪ショートに目を奪われている。

 食料品だけでなく多くの物の物価が上がったこの国では、美容品などの類は高級品、またはその一歩手前の値段で認識されており、よほど懐に余裕があるか何かの記念に買おうと思わない限りは中々手が出にくいものとなっているのだ。

 青年―――飯田 総司(イイダ ソウジ)は値段と商品を見比べて乾いた笑みを浮かべつつ数店の食材を買い求めた。

 

 彼はこの世界では異物(・・)

 平たく言えば転生者(・・・)………否、転移者(・・・)である。

 

 幼い頃から両親が経営している小さな飲食店を見て育ってきた総司は料理人に興味を持ち、大きくなったら両親のように小さくとも店を構えてお客さんに楽しんで頂けるような料理を提供する料理人になりたいと願っていたのだ。

 家では両親の手伝いを始め、中学からは近場のレストランで働いて資金と技量を蓄え始めた。

 店を構えるのは四十ぐらいかなぁと思い始めた矢先、父親の知人に飲食店を経営しているお爺さんが居るのだが、歳からか身体が言う事を聞かなくなって店仕舞いをしたのだとか。総司の夢を知っていた父親はそれならばと安く売ってくれるように説得。

 結果、想定していた以上に早く店を構えられることになったのだが……。

 

 買った食材が入った紙袋を大事そうに抱えながら総司は今度は困った笑みを浮かべる。

 

 何故かは分からないが開店当日に入り口を開けると見知らぬ土地へと続いてしまっていたのだ。

 日本家屋が多い通りが中世頃の西洋の街並みへと変貌していたのには心臓が飛び出るほど驚いたのは今でも鮮明に思い出せる。

 まぁ、入り口は妙な事になったが裏口は変わらず裏路地に続いているので問題ないし、何故か裏口から店内へ入ると持っていたお金が変化してこの世界の硬貨になるので買い物にも困らないので、数分後にはいつもと変わらぬ落ち着きを取り戻したが。

 

 「ンナー」

 「おや、ナオさん。出迎えですか?それとも散歩の帰りですか?」

 

 店に戻る為に路地裏へと足を踏み込むとそこに居たのがガラの悪い路地裏の住人ではなく、全身真っ黒の猫が真ん中にちょこんと座ってこちらを見つめていた。

 艶の良い黒い毛にキラキラと輝かんばかりの翡翠のような緑色の瞳、そして相も変わらずの眼つきの悪さ。

 総司が飼っている――いや、一緒に暮らしている猫のナオだ。

 数年前に家の前で腹を空かせて死にかけている子猫を放っておけなくて餌を与えたのがきっかけでいつの間にか家に住み着くようになった。飼い猫とは違って勝手に住んでいるというのが正しいような気がする。もし親代わりにでも思ってくれているなら嬉しいかな。

 座っていたナオは総司の足元までとことこ歩き、真っ直ぐと瞳を見つめて来る。

 

 「そうですね。帰っておやつにしましょうか」

 「ナー」

 

 嬉しそうに声を挙げるナオは歩き出すと横に並んで歩き出す。

 遠くから赤毛の少女がこちらを睨んでいるのが見えて軽く会釈している。

 路地裏でよく見かける少女でこの辺りを縄張りにしている不良と誰かから聞いた事があったが別段こちらに何かをしてくる気配はない。寧ろ、良くナオさんと追いかけっこしている姿を目撃する。

 もしかしたら遊び相手なのかも知れないが、この事をナオさんに聞いたところ、猫パンチを喰らってしまった。

 照れ隠しなのかただ縄張りの取り合いをしている相手なのか。

 総司の会釈に気付いた少女はフンと顔を背けると隣で困った表情を浮かべる長身の茶髪の青年が会釈を返してくれた。

 そんな子たちから視線を道へと移して大きく“食事処ナオ”と看板を掲げた店に到着し、驚きの余り目を見開いた。

 

 店の前に人がいるではないか。

 大概和風の建築物が珍しいのか遠目で見る人はいても店前で立ち止まる人は今まで居なかった。

 

 「いらっしゃいませ。当店でお食事でしょうか?」

 

 総司は穏やかな笑みを浮かべて茶色いロングコートを着込んだ白髪白髭のお爺さんに声を掛けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 この世界には巨人が一切存在しない。

 存在するのはエルディア人とマーレ人などの人類同士の対立ばかり。

 

 長きに渡り大陸支配を行っていたエルディア。

 淘汰され支配下に置かれたマーレ。

 

 エルディアが大陸を支配して何千年と年月が経とうともマーレはただ屈する事はせず、恨み辛みを抱き裏で動き続けていた。

 その動きはエルディアを大陸より追い出すにまで至ったのだ。

 マーレの長年を掛けた内部工作の功もあったが、それ以上に争いは無意味と感じたエルディアの王が戦争を回避する為にパラディ島へ逃げた事が大きかった。

 

 虐げられていた立場が一変したマーレは政治・軍事を一新して戦争の準備を始める。

 逃げたものの憎しみの対象であるエルディアが許せなかったのだ。

 100年もの月日を経て、パラディ島侵攻軍はエルディアへと攻め入った。

 

 技術のほとんどを奪い、さらに進化を遂げたマーレの兵器はエルディア軍を圧倒した。

 単発式のライフルが連射式の短機関銃と撃ち合えば結果は火を見るよりも明らかだった。

 

 ただし、大きな誤算が生じたためにマーレは当初の予定を超えて苦戦する事となる。

 

 まず王が住まう王都を中心に広がる都市を囲む【ウォール・シーナ】、シーナ外壁に広がる都市・村を囲む【ウォール・ローゼ】、さらにローゼ外壁に広がる広大な土地を囲む【ウォール・マリア】といった高さ50メートルもの巨大な壁で守りを固めていた事だ。飛行船を用いた作戦は壁上に設置された大砲にて被害を被ったので否決され壁を越える事は叶わず、入り口以外の壁は強固過ぎて破壊は出来なかった。

 これに対して外と中を遮っている門の破壊に乗り出しウォール・マリア南方突出区シガンシナ区の扉を破壊することに成功。内陸への進軍を開始した。

 

 次に立体機動装置という新兵器をエルディアが作り上げていた事だ。

 三次元を自由に動き回れる移動能力は市街地や森林地帯で大いに脅威となった。特に夜襲となると視界が悪く、上にまで注意が向かずに全滅した部隊も多数いた。

 

 それでもマーレは諦めなかった。

 市街地戦が駄目なら平野を攻めて行けばいい。

 壁を壊せないなら門を破壊して行けばいい。

 

 兵士の数と兵器の格差で押し切ろうとしたマーレは大きな被害を出したがシガンシナ区とウォール・マリアを繋ぐ門を破壊。

 ウォール・マリア全土が戦争の舞台となったのだ。

 

 このままウォール・ローゼに続く東西南北の突出区を突破しよう。

 そう上層部が決めようとしていた頃に、三つ目の誤算が生じた。

 

 とある半島の自治権を巡って対立していた中東連合は、エルディアとの戦争でマーレが手間取っていると聞いてマーレに宣戦布告。主戦力の多くを抱えていた侵攻軍は止む無く本国への帰還命令が下された。

 ただ侵攻軍上層部は諦めきれずに置き土産を残して行った。

 幾つかの部隊にこの地にとどまりゲリラ戦を仕掛けるように言い渡したのだ。

 

 おかげで二年経った今でもウォール・マリアには多くのマーレ兵が潜み、人が住めない状況が続いている。

 

 逆にエルディアではマリア内で暮らしていた民をローゼとシーナだけでは支えきれない事を理解していた。

 ゆえに口減らしに全土より人選を行ってマリア奪還作戦といい、農具でもこん棒でもなんでも良いから武装させた一般人を放り出したのだ。結果、多くの者は亡くなり、残ったエルディア人はローゼより内側でギリギリ生きて行けるようになったのだ。

 それでも食糧問題から犯罪経歴のある者を壁外追放という形で切り捨てたりして、生きながらえている。

 

 この物語はそんな世界での物語である…。




●現在公開可能な情報
・食事処ナオ
 二つの世界を繋げた店(出入口)。
 この店を通り抜ける事でお金や文字は渡った先の物へと変化を成す。
 進撃の世界の住人が渡る事は出来ない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第01食 サンドイッチ

 ウォール・ローゼ南方トロスト区。

 南方訓練兵団が置かれているこの地には毎年多くの若者が訪れる。

 というのも貴族などの特権階級の子を除き、兵士以外の職業を選択した若者は腰抜けやら腑抜けなど言われる風潮があり、中々選び辛いと言うものがある。他にも兵士になれば最低でもパンと具の少ないスープ三食が食事として出されるなど、食糧問題を抱えるこの国ではかなりありがたく人気のある職業にもなっている。

 さらに成績優秀な上位10名になれば王の側で仕える憲兵団への入団が許される。王の側で仕える事から他の兵団に比べて給料は高く、食事には肉が出る事も多いとか。

 

 

 訓練兵団に所属して二年が経った一人の少年が昼間と言うのに薄っすらと暗い路地裏を歩いていた。

 外見は小柄でさらさらの金髪ショートボブ、中性的な面立ちで男性用の訓練兵団制服を着ていなければ女性と言われても通る容姿をしている。

 その少年―――アルミン・アルレルトはがっくりと肩を落として残念そうにため息をつく。

 アルミンは体力が少なく、力は弱い。戦闘に繰り出される兵士としてはひ弱な部類に分類されるが、頭脳と好奇心だけは誰よりも強かった。座学では同期に負けた事は無いし、教え方が上手いので頼られる存在として認知されている。

 

 今日この休日にアルミンが街へと繰り出したのは座学関係の参考書や劣っている体力関係の鍛錬の為でもない。外の世界が描かれた本が売られているという噂を聞きつけ、好奇心のままにやって来たのだ。

 産まれてこの方、壁の外には出た事がない大抵の人間は壁の向こう側の世界がどうなっているのかを知らないし、興味を持っていない。だが、アルミンは祖父より読み聞かされた外の世界を書いた本により大いに興味を持っており、今もなお好奇心が刺激されるのだ。

 出向いた結果は古書前に立ち入り禁止の看板が立てられ、店は固く閉じられていた。

 王政府は外の様子を描いた書物を頑なに禁じており、発見されるとあの店のように閉められると噂で聞いた事があったがまさか実際に閉められるとは…。

 外を描いた書物の所持は王政府が禁止している事よりも密偵の疑いをかけられることになる。なにせ壁の内側だけで生活していたエルディア人よりも壁の外で生活しているマーレ人の方が書きやすいし、入手することは可能だからだ。中にはまだ帝国だった頃から保管していた書物もあるらしいがどちらにせよ疑いを持たれれば憲兵団の厳しい取り調べを受ける事になってしまうのだ。

 

 買う事は無理でも一目だけでもと臨んだアルミンは期待感の高さからがっくりと肩を落としている。

 次第にため息の数も多くなり、路地裏と同様暗い雰囲気を纏い始めた。

 このまま帰ろうかとも思ったが、アルミンの気持ちなど気にもしない腹の音が鳴り始めた。すでに十二時を過ぎて十三時に差し掛かろうとしており、さすがにお腹が減ってきている。しかし買い食いするにも食料品の値段は高い。

 ウォール・マリアがあった頃はまだ食料の生産も多かったが、今ではパン一つでもかなり高い価格で販売されている。

 

 懐事情を鑑みると余計にため息が漏れる。

 しかし、お腹が減ったと自覚したためか感じてなかった空腹感が押し寄せて、多少高くても何かを食べたい衝動に駆られ始めている。表通りに向かおうと方向を変えようとした時、空腹感を刺激する美味しそうな匂いが漂ってきた。

 

 ふらふらとつられて進んでみると匂いの元であろう建物より身なりの乏しい男性が「ごちそうさん」と言いつつ満足げに扉から出てきた。

 匂いがこの建物より漂っている事と先の男性が「ごちそうさん」と満足気な様子からここが飲食店と言う事は察した。身なりからはそれほど高額な店ではないと判断する。

 

 確証はないけれどどうしようかと悩んでいるとまたもお腹が鳴り、もうここで良いかとドアノブに手をかける。

 扉を開けると扉の上部に取り付けられた小さな鐘がからんと響き、人の出入りを知らせる。

 驚きながら店内に足を踏み込んだアルミンは目を見開いた。

 

 調度品のように磨き、整ったテーブルや椅子。

 埃一つない掃除の行き届いた店内。

 外とは違って透き通った空気と穏やかな雰囲気が漂う。

 

 カウンターには人の良さそうな青年――飯田 総司がシワ一つない真っ白なカッターシャツに藍色の長ズボン、黒の簡易的なエプロンを来て食器を洗っていた。

 

 「いらっしゃいませ。どうぞお好きな席へ」

 「え、あ…はい」

 

 にっこりと笑みを向けられ戸惑いながらカウンター席につく。

 店員は手を乾いたタオルで水気を拭うとコップに水を注ぎ、巻かれた手拭きを持って近付いてくる。

 

 「どうぞ」

 「え?ボク水の注文なんて――」

 「あ、違うんですよ。水とお手拭きはサービスなんですよ」

 「そ、そうなんですか…ありがとうございます」

 

 お礼を言わずにはいられなかった。

 普通店でお手拭きや水がサービスで出されることはまずない。

 まさか高級店ではないだろうかと店内を見渡すと掃除の行き届いた店内に見た事の無い調度品の数々。

 不安に襲われて胸元の名札に飯田 総司と書かれた店員に視線を向けるが笑みを返されるばかり。

 懐事情を考えると今すぐ出た方が良いのだが、入って早々出るというのも気持ちが悪い。何か安いものでも注文していこう…。

 そう思いメニューを開くと知らない料理名、または知っているが表記されている値段が合わない品ばかり。

 こうなっては仕方がない。

 店員に聞くことにしよう。

 一流店にせよ、二流店にせよ客に聞かれて意に沿わないものは出さないだろう。

 欲をかいて高い料理を提供などすればそれは客から客へと広がって店の評判に傷がつく。

 見た感じ良い人そうだし問題ない…と思いたい。

 店内にもっと客が居れば保険にもなったのだろうけどこればかりは仕方がない。

  

 「すみません」

 「はい、ご注文ですか?」

 「そうなんですけど知らない料理が多くて。だからおすすめの安くて軽いものをお願いします」

 「軽くて安い料理………でしたらサンドイッチは如何でしょう」

 「サンドウィッチ?えーと、キノコ料理か何かでしょうか?」

 「ウィッチでなくイッチです。そうですね――パンで具材を挟んだ簡単な料理ですよ。軽めな物もありますし、何より手間が少ないので素早く出せますよ」

 「では、それをお願いします」

 「えっと、具材はたまご、ハム、照り焼き、カツ、サーモン。あとはデザート系のスイーツサンドからお選びください。値段は全部均一に350となっておりますので」

 「350ですか。だったらおすすめを一品お願いします」

 「畏まりました」

 

 値段を聞いて安心したアルミンは胸を撫でおろして水に口を付けた。

 通常固いパン一つで1200するのが一品350で提供するのは少し食べようとするアルミンの懐に優しくて助かる。ただ350という安さから少量の一品物であるのだろう。

 それにしてもカツやらテリヤキ、サーモンというのは何なんだろう?

 全く見当のつかない名前に予想が経たず、カウンター越しに店員の調理を眺める事にする。

 

 

 ★

 総司は奥にある冷蔵庫より材料を取り出して調理台の横に並べる。

 おすすめと言われてまずカツサンドを出そうかと思うが、軽い物という条件があるので除外し、考え抜いた末にサーモンサンドを選択した。今朝仕入れたばかりの良いサーモンもあるし、時間もそう掛からない。

 まずは食パンをふんわりと食感にする為に蒸し器に入れる。蒸している間に取り出したサーモンをスライスし、レタスを千切る。ソースとして使うわさびをすりおろしてマヨネーズと混ぜてワサビマヨを作っておく。

 食パンが蒸し上がった食パンにレタスにサーモン、そして酢やハチミツなどでしっかり浸からして寝かせた輪切りの酢玉ねぎを乗せて、作ったワサビマヨをトロっとスプーンで垂らす。

 その上からもう一枚食パンを乗せて、端から端へと斜めに切り分ける。

 この工程を合計二回行い、出来上がったサーモンサンドを皿に乗せれば完成である。

 ★

 

 

 調理する様子を眺めていたアルミンは目を見開いて、ただただ驚いていた。 

 見ているだけでも瑞々しさが伝わってくる葉物の野菜に脂が乗った魚の身、見た事もない薄い黄緑色の植物の根っこのような物など目を引くものばかり。食材の中でも一番に目を引いたのは具材を挟んだパンだ。

 ふんわりと柔らかそうで綺麗な純白の内層からこれがどれほど上質なパンなのかを窺わせる。

 訓練兵団や質の悪いパンには必ずと言っていいほど混ぜ物がしてある。

 よく使われる代表はジャガイモであまり味は良くない。

 一般的にも目にする混ぜ物のパンではないのは明白だ。

 しかも柔らかそうとなれば値段は上がる。

 

 なのにそれを使った料理が350というのはおかし過ぎる。

 値段を間違ってないかと何度も聞き直すが総司は「間違いないです」と答えるばかり。

 とりあえず食べてみようと恐る恐る一口齧りついた。

 

 思った通りふんわりとした柔らかいパンに、シャキシャキとした歯ごたえが堪らないレタスに酢玉ねぎの触感。

 噛み締めると脂が乗った甘みの強いサーモンの味が溢れ、甘みと酸味を持ったコクのあるマヨネーズと混ざり合って、まったりと柔らかみのある味が広がってゆく。そしてわさびの風味が鼻をスーと駆け抜け、さっぱりとした酢玉ねぎがまったりとした味をさっぱりとしてくれる。

 

 美味しい。

 ゴクリと飲み込むと一口目と違って大きくかぶりつく。

 美味しくってパクパクと食べるとあっと言う間に一つがなくなり、もうひとつに手を伸ばす。

 同じペースで食べるとやはりすぐになくなってしまった。

 自ら軽い物と言ってしまったが物足りない。なによりこんなに美味しい物を味わうのはウォール・マリアが突破されてから初めてだ。

 

 値段と財布を確認する。

 余裕がある訳ではないがカツカツという訳でもない。

 これならあと二品頼んでも問題ないだろう。なにせ三品頼んでも固いパンより安いのだから。

 

 「す、すみません!」

 「はい、お会計ですか?」

 「追加をお願いします。さっきのサンドイッチを…あー、いえ、さっきのと違う種類を二品ほどお願いします」

 「畏まりました。少々お待ちください」

 

 にっこりと笑って答えた店員は再び冷蔵庫より材料を取り出す。

 

 

 ★

 サーモンサンドを除いたサンドイッチで二種類。

 お客は小柄で一皿目で軽めと注文された。

 合計で三皿の注文で重めの品は頼まないだろう。

 カツサンドに海老カツサンドは除外するとなれば選択肢は限られてくる。チーズハムサンドにタマゴサンド、照り焼きチキンサンド…あとはポテトサラダサンドか。

 やはりここは定番で行こうか。

 タマゴサンドはゆで卵を作るところだがすでにゆで卵を練り潰し、マヨネーズと塩コショウを混ぜたタマゴフィリング(タマゴサラダ)は用意してあり、あとは挟むだけ。

 タマゴフィリングを挟む前に先ほど同様に蒸した食パンにカラシバターを塗る。

 辛みと甘みを持つマイルドなマスタードも良いのだが、辛みを利かしたいのでうちではからしを使用している。

 塗ったらタマゴフィリングをたっぷりと乗せて、もう一枚食パンで挟んで切り分ければ完成だ。

 

 次に食パンに千切ったレタス、スライスチーズ、少し厚めのハム、スライスチーズ、千切ったレタスと順番に乗せて行き、レモン汁を数滴混ぜたマヨネーズを垂らし、同じくパンで挟む。

 ここで切り分けてお出ししても良いのだが、それではチーズが冷たく固い。

 なので油は塗らずにフライパンを熱し、切り分ける前のサンドイッチを置く。焼き過ぎるとレタスから水気が出て来るので軽く押し付け表面がほんのり薄茶色に焦げる程度焼きひっくり返す。同じ焼き色がついた頃には薄っすらながら熱が伝わってとろけない程度にチーズが柔らかくなる。

 チーズハムサンドをフライパンからまな板に移してサーモンサンドと同じく三角形に、タマゴサンドは長方形になるように切り分けて、それぞれを皿に乗せてからお客に差し出しす。

 ★

 

 

 今度の品は品で驚かされた。

 黄色い具材は分からないが、もう一つの方は葉物にチーズ、それに厚めのハムが挟まれてある。

 肉と言うのは高い。たまに訓練兵団の食事でも出るのだがそれは保存食用にされて日が経った干し肉であり、数欠片スープに入っているぐらいの少量だ。

 だから薄いハム一枚でも驚く事なのに、あの厚みで350で収まっている事実も重なって驚きが倍増する。

 

 「タマゴサンドとチーズハムサンドです」

 「これが卵ですか!?」

 

 品名を聞いて驚き席を立ってしまった。

 片方は見た通りのハムとチーズのサンドイッチ。と、言う事は分からなかった黄色い具材はタマゴサンドになる。

 輪切りなどではなくソース状にまでされた卵というのは新鮮極まりない。

 どんなものなのかという好奇心からそれ以上聞く事無く、ゆっくりと腰を下ろしてタマゴサンドを手に取る。

 ふわりとしたパンの触感に未知の卵のソース。

 ゴクリと生唾を飲み込み大きくかぶりついた。

 

 アルミンはさらに驚きで目を見開いた。

 歯がいらないのだ。

 ふんわりとしたパンに同じぐらい柔らかく、口当たりの良い卵。

 唇だけで切れるほどの柔らかさに驚愕する。

 さらには卵のまろやかで優しい味わいが広がり、塗られていた辛みを持つソースが味を引き締める。

 そのままタマゴサンドを平らげようとして手を止める。

 もう一方のチーズハムサンドはどうなのだろうと?

 今日出て来た三品の中で最も味を予想できるサンドイッチ。

 しかしこの店で食べた品は驚愕させられるほどのものばかり。

 ならばこのチーズハムサンドも想像以上のものではないのだろうか。

 期待を胸にタマゴサンドからチーズハムサンドへと持ち替える。

 そわそわと焦る気持ちを抑えきれずにカプリとかぶりつき、期待通りに…いや、期待以上の品に頬が緩んだ。

 薄くてもハム特有のあっさりした味に程よい塩気、サーモンサンド同様の歯ごたえの良いレタス。それらの味わいや触感をまろやかに包み込む柔らかいチーズ。

 やんわりと温かみを纏った具材にパンを楽しみながら手と口を黙々と動かしていると皿の上に乗っていたサンドイッチは消え去り、パン屑を少しばかり乗せた白い皿のみとなってしまった。

 最後の一口に名残惜しさを感じるが、お腹も心も満たされて満足である。

 

 「美味しかったぁ」

 「それは何よりです」

 

 はむっと最後の一口を咀嚼し飲み込むと自然と言葉が漏れ出た。

 今日食べたサンドイッチを思い返しながらアルミンはまた来ようと次の事を考え始めていた。

 

 「御馳走様。お会計を」

 「はい、合計で1050ですね」

 「本当に間違いないですよね」

 「安心してください。間違いありませんから」

 

 食べる前と違った意味で安すぎる値段に何度も聞いてまったが、総司は気を悪くする事なく微笑んだまま答える。

 会計通りにお金を払って店を出ようとした時、黒猫が足元を通り過ぎ振り返った。

 この店の猫だろうか?

 ジッと見つめていると誰かに似ている気がするんだけど。

 

 「ほらナオさん、お客様のお帰りですよ」

 「ナーォ…」

 

 短く鳴いたナオという猫は姿勢を正してこちらを見つめ返してくる。

 疑問を心の片隅に残しつつアルミンは今度こそ店から外へと踏み出した。

 今度はエレンを誘って行こうかな。

 

 来た時には肩を落としていたというのに、今や満面の笑みを浮かべ一歩一歩踏みしめながら帰路につくのであった。




●現在公開可能な情報
・お金
 進撃の世界ではお金として使われている通貨“鋼貨”が存在するが、それ以外の小さい単位も大きい単位も定かではないので数字のみでやり取りしている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第02食 ビールと唐揚げ

 はぁ………。

 ウォール・ローゼ南方トロスト区のメインストリートから逸れた路地裏を大きなため息を漏らしながら歩く男性の姿があった。

 198cmもの長身でスキンヘッドで顎髭を生やした中年男性は、生まれ付きの鋭い視線を辺りに向けながら腹部を軽く押さえる。

 彼の名はキース・シャーディス。

 元調査兵団団長で現在はトロスト区の訓練兵団に所属する教官を務めている。

 非常に厳しい態度や言動で訓練兵に接している彼だが、一人一人に対する能力をしっかりと見定め評価するだけの目を持っている。訓練兵からは恐れられているが教官としては優秀な人材であることは間違いない。

 

 はぁ………。

 そんな彼が今日何度目になるか分からないため息をまたも漏らした。

 現在担当している第104期訓練兵団は素晴らしい人材が多い。

 兵団最高記録を更新する者。

 機動力に優れた者。

 並々ならぬ聴覚と嗅覚を有する者。

 身体能力では劣っているものの勉学ではいかんなく能力を発揮する者。

 

 将来有望な若者達を前にすれば熱意も籠ると言うものだ。 

 やり甲斐も今まで以上に感じている。だが、それ以上に問題も多い。

 

 食糧庫から食糧を盗み出すだけでも問題だというのに私の――教官用の食糧庫にまで盗みに入るサシャ・ブラウス。

 何かしらとやらかす第104期訓練兵一の馬鹿者コニー・スプリンガー。

 毎回毎回いがみ合うエレン・イェーガーにジャン・キルシュタイン。

 人の目も気にせずいちゃいちゃとバカップルさを見せつけるフランツ・ケフカにハンナ・ディアマント。

 ほかにも特定の人物の事になると冷静さを欠く者に協調性のない者などなど問題児が多すぎる。

 問題が起こる度に叱り、体罰を与える事も辞さない。

 

 そんな彼らと二年も関わっていると慣れるよりも、ストレスで胃が痛くなってきた。

 こんな夜は酒でスカッとしたいものだ。

 メインストリートに飲食店は集まっているのだが、アルレルト訓練兵がイェーガー訓練兵と雑談していた美味しく安い食事を提供する【食事処ナオ】とやらに興味を持ち、ものは試しにとやって来た訳だ。

 まぁ、然程期待はしていない。

 

 一般的な酒と言えば生ぬるく甘ったるいエールか度数だけは高い火酒。

 つまみはウォール・ローゼが破られてからは食糧難が続いている為に大量生産されている芋を使った料理。蒸かした芋かマッシュポテトぐらいだろう。もしかしたら豚肉か年老いた鶏肉を使った干し肉か。

 昔なら風味の良い火酒やワインも簡単に入手できたが現状では貴族など余裕が有り余っている者しか手が出ない高級品。

 塩を振り掛けた肉を肴にワインを飲んでいた頃が懐かしい…。

 

 「ん、ここか?」

 

 一軒だけ今まで目にしたどの店とも異なった店構えに首を傾げる。

 黒い柱に白い壁、取っ手付きの扉に【食事処ナオ】と書いてある看板。

 ふぅむ、と唸りながら店を見つめる。

 窓から光が漏れている事からやっている事は確かなのだが、現時刻は夜の八時。

 蝋燭の灯りでここまで明るいものなのだろうか?

 

 明かりと言えばうっすらと辺りを照らす蝋燭ぐらいというのにこの店は昼間のように明るい。

 当たり前だが蝋燭は使えば無くなる消耗品。一般家庭では蝋燭を使ってお金を使う事を嫌って、夕刻には食事を行い就寝するのが普通だ。酒場とてそれは同じで大概六時、または七時で閉める店だってあるのだ。中には蝋燭を使用する店もあるにはあるが値段が少々高くなるがな。

 アルレルト訓練兵が深夜まで店を開けていると話していた時は冗談かと思っていたがそうではないらしい。

 だが、こう目の当たりにすると懐事情に不安を覚える。

 見知っている店は窓は開けっぱなしで扉はウェスタンドアという感じだが、この店はしっかりと外と店内の境をはっきりさせるかのように塞いでいる。しかもただ塞いでいるのではなく窓にガラスを使用している事で中の様子、外の様子を窺うことが出来ている。

 

 ガラスと言えば趣向品の高級品。それも傷一つない透き通ったガラスとなればどれだけの価値があるか…。

 教官として真面目に働き、贅沢らしい贅沢を行わない質素な暮らしをしていた分、貯蓄はある。

 一応いつもより多く持って来たから馬鹿みたいに高い物を頼まなければ問題ないだろう。それにアルレルト訓練兵は安いぐらいだとも言っていた。

 ここまで来て別の店に行くもの面倒だし、何よりストレス解消の為にも早く酒を早く飲みたいのだ。

 

 ドアノブに手をかけて回しながら扉を開ける。

 カラン、カランとドアに取り付けてあったベルが人の出入りを知らせてカウンターに立って居る人の良さそうな青年――飯田 総司が視線を向ける。

 

 「いらっしゃいませ。どうぞお好きな席にお座りください」

 「あ、あぁ…」

 

 キースは店内を見るやさらに困惑した。

 漆黒の机は顔がはっきりと映るほど光沢を持ち、触ってみると質感は木製そのもの。

 店内の明かりは天井に張り付いている見た事もない棒状の物から発せられている。

 なんなんだこの店はと見渡しながらカウンターの一席に腰かけた。

 座るや否や今まで体験した事のない座り心地の良さに驚く。

 一見珍しい鉄製の椅子だから硬いと判断していたが、座る部分には革に覆われた柔らかいクッションが付けられており、座ったお尻を優しく包み込む。

 

 まだ入店して数秒であるがキースはこの店に対して良い印象を受けていた。

 店内の品々は勿論だが、店員の態度が良い。

 優しい笑顔を向け客の対応をするというのは珍しい事である。中には入っても何も言わず「注文は?」と催促する所もあったりするのだ。

 それに座ると差し出された【おしぼり】という濡れタオルに、透き通ったガラスのコップに注がれた水を無料で差し出すなど他では見られない。おしぼりとかいうタオルの感触はいつも使っているごわごわのタオルと違って、ふんわりと柔らかく手触りが良い。ガラスのコップもそうだが不純物が一切見られない水にも驚かされる。これほど澄んだ綺麗な水を自分は生まれてこの方見た事ない。

 

 (中々良い店ではないか。これは期待できるか)

 

 そう思いながらメニュー表を手に取り開くと、見知らぬ料理名が並んでいた。

 いや、見覚えのある料理もあるのだが想像していた以上に安すぎて料理自体に不安を覚える。

 この店員の容姿から東洋系の人物だと推測するが、これらはそこの料理なのだろうか?

 眉を潜めてメニュー表を睨んでいたら総司は困ったように笑みを浮かべる。

 

 「すみません。まだメニューに説明書きを足してなくて」

 「これは君の故郷の料理か?」

 「えぇ、全部ではありませんが和食もありますね」

 「ワショク?聞かぬ料理だな」

 「あ、注文でしたら言ってくだされば大抵の物は作れますよ」

 「そうか…」

 

 まだ二十代半ばといった歳でこの店を出しているのなら腕に自信はあるのだろう。

 しかし困ったものだ。言えば大抵の物は作れるとの事だが、食べなれたマッシュポテトや蒸かし芋をわざわざ注文する気は起きない。寧ろ、珍しい料理に期待してきた分、注文が出来ないというのは痛い。

 どうしたものかと悩み、お任せで良いかと妥協案を浮かばせ声を掛ける。

 

 「なら酒とおすすめの肴を頼む」

 「お酒は如何なさいましょう?」

 「火酒でもエールでも構わない」

 「…火酒?あぁ、ウイスキーやウォッカですね」

 「ちょっと待て。酒の種類が結構あるのか?」

 「豊富とまでは言いませんがビールに日本酒、焼酎にウイスキー、ウォッカにワイン、ブランデーやチューハイなど数種類ずつ置いてありますけど」

  

 ほぉ…と驚きと嬉しさを混ぜた息を吐く。

 聞いた事のない酒ばかりだが酒場ならいざ知らず、飯屋でそれだけ豊富に品揃えしている店を知らない。

 試しに呑んでみたい気もするがそこはぐっと抑える。

 

 「だったらその中で安く一気に飲めそうなものを」

 「でしたらビールですね。となると肴は枝豆の塩ゆで…冷奴…焼き魚…うーん、やっぱりアレかな」

 

 少し悩んだ末に料理を決めて調理を始めようと動き出す。

 っと、その前に水が入っていたコップとはまた形の違う大きなガラスの取っ手付きのジョッキに、カウンターの端に置いてあった鉄の樽らしきものに蛇口を捻って黄色い液体を注いで、五分の一ほど泡立てる。

 目の前にトンと置かれたジョッキに目を見張る。

 

 反対側が透けて見える透明感のある黄色い液体にきめ細かな泡。

 これが先ほど言っていたビールなるものなのだろう。ジョッキの取っ手を掴むと冷たさが伝わって来て、このビールとやらがキンキンに冷えている事を理解する。

 だが、どうやってここまで冷やしたのかが分からない。

 果物や野菜なら川にロープ付きのざるに入れて冷やすことは可能。しかしこれは液体。冬場なら冷えていても可笑しくないが今は春。

 どうやったかは分からないがとりあえず飲んでみる事にする。

 

 ゴクリと喉を通り過ぎた瞬間、キースは飲むことを止められなくなった。

 エールを冷やしたものだと思っていたのだが全くの別ものだった。 

 すっきりとした雑味のないキレと程よい苦みに滑らかな味わい、スーとした喉越しに感動を覚え、身体が飲むことを止めさせてくれない。

 喉を大きく鳴らし、息継ぎを忘れて一気に飲み干して息をつく。

 

 「うまい!うま過ぎる!!泡までも美味いなこのビールとやらは」

 「お気に召して頂けて何よりです。もう一杯如何です?」

 「頼む」

 「肴はもう少しお待ちくださいね」

 

 大きく頷き、ビールを注ぎに行く青年を見送ったキースは、ふと調理中の品に視線を向けた。

 ボウルの中の黒い液体に浮かぶ何個かの一口サイズの肉。

 まさか肴で肉料理が出て来ると思っていなかった。ビールも美味かったし期待はしているのだが、ジーと見つめても何を作っているのかまったく見当もつかない。

 

 戻って来た青年はビールを注いだジョッキを置くと調理に戻った。

 ちびり、ちびりとビールを飲みながら様子を窺う。

 黒い液体から取り出した肉を白い粉を塗して油の中に入れて行く…。

 

 流れるように調理する様子をただただ眺めていたキースだったが油を認識してから驚きの余り立ち上がってしまった。

 

 肉が泳ぐほどの油。しかも鍋の底が見えるほど澄んだ油など見た事もない。アレだけ澄んだ油を手に入れようと思えばどれだけの金を払えば手に入ると言うのか。

 ビールの美味さで忘れていたが値段を聞いていない。もしかしたら高い物を作っているのではないか?

 不安が心を過り、青年に声をかけようとするが“ジュワ~”と耳に届く肉が揚がる音と、揚がり始めた肉より発せられる匂いにより、食欲が刺激されてゴクリと喉が鳴る。

 

 (値段は気になるところだがここまで食欲を注がれては止めるのも無理だ。もし支払えなかった場合は持っている物を質にして後日払うと交渉するか)

 

 食欲に負けたキースは再び腰かけ出来上がるのをじっと待つ。

 薄茶色に上がった肉を一度取り出して、もう一度油に浮かべる。先ほどの薄茶色がどんどんと茶色に変化していき、色合いを見極めた青年は肉を取り出してさらに並べる。

 

 「どうぞ、唐揚げです」

 

 出された肉料理に目を奪われ、カウンターに置かれていた箱よりフォークを取って、ひとつに突き刺す。

 おもむろに口に運び、半分ほど齧る。

 

 一口で理解する。

 これは美味過ぎる!!

 外はサクッと中は柔らか、そして程よい弾力が伝わり、口の中に溢れんばかりの肉汁が広がる。

 肉の味だけでなく、噛めば奥より香ばしくもガツンと来る味が肉汁と混ざって食欲を満たす。否、食べているのにさらに食欲をそそられる!

 噛み締め飲み込むと同時に開いている左手がジョッキに伸び、無意識に近い形でビールを流し込んだ。

 身体のほうが思考より先に理解したのだろう。

 この唐揚げとビールの相性の良さに。

 「プハァ~」と満足そうにジョッキを空にする様子に青年は嬉しそうに微笑む。

 

 「おかわりは要りますよね?」

 「大至急頼む!」

 

 本日三杯目のビールを受け取るとそこからノンストップだった。

 唐揚げを頬張り、ビールを流し込み、また唐揚げを頬張ってはビールを飲む。

 手と口が慌ただしく動き続けたが、それはすぐに止まる事になる。

 

 出された唐揚げは五つ。

 半分ずつ齧ったとしても十口で済んでしまう個数。

 食べきってしまった事実に物足りなさを感じながらため息を吐く。

 

 「足りないって感じですね」

 「ん、あぁ…」

 「でしたら唐揚げの量が二倍の唐揚げ大と大ジョッキのビールというのが有りますよ」

 「―――ッ!?そうか…そうだな。なくなれば注文すれば良いだけではないか」

 「それとも別の物を注文――」

 「いや、その唐揚げ大とビールを大ジョッキで頼む!」

 

 先ほどのジョッキより一回りも大きいジョッキを片手に唐揚げを頬張るキースに来るまでに抱いていたストレスは消え去り、ただひたすらにビールと唐揚げを堪能していた。

 さすがに最後のほうは油が回って来たが、青年がすすめたレモンなる果実を絞ってかける事で、さっぱりとした味わいに変わって最後まで美味しく食すことが出来た。

 満足そうに席を立ったキースはそこで支払いの事を思い出して顔を青ざめる。

 工程もそうだが、冷静になって思えば先ほど食べた唐揚げは鶏肉を用いたものであった。鳥とは卵を産むことを主に育てられ、一般に出回るのは卵を産めなくなった年老いたもので、パサついているものだが今食べたのは全くの別物。まさかと思うが年老いていない若鳥を使ったものではないか?いやいや、それを抜きにしても酒も肉もアレだけたらふく食べたのだ。希望的に推測しても二万は超えてしまっているだろう。

 考えれば考えるほど不安が募り、冷や汗が垂れる。

 

 「あー、お会計なのだが…」

 「はい。唐揚げに唐揚げ大、ビール中ジョッキが3杯に大ジョッキ1杯で合計で3250になります」

 「そうか3250……なに!?3250だと!!」

 「え、あ、はい。そうですけど何か…」

 

 あり得ない。

 安い火酒の瓶一本で1800、干した肉で3000はするんだぞ。どう考えてもそれ以上の量を食べた。なのに干し肉に少し足した程度で済むとは…。

 

 「ンナー」

 「ん、猫か」

 「あ、家の猫なんですよ。ナオって言って店の名前にもしているんです」

 

 鳴き声に振り向くと入り口付近に台座があり、ふんわりとしたクッションの上に黒猫が座りこちらを伺っていた。

 頭から尻尾まで真っ黒の黒猫。

 鋭い顔付で真っ直ぐな翠色の瞳が自身を見つめている。

 そして微妙に眼つきが悪い…。

 

 なんだろう…イェーガー訓練兵に似ていると思うのは私だけか?

 

 エレン・イェーガー訓練兵は幼き頃から知っている。

 父親のグリシャ・イェーガーとは古くからの付き合いで何度か家に上がったことがあるのだ。あの頃はまだまだ小さな子供だったが大きくなったものだ。仕事が忙しくなってから疎遠となってしまったがまた今度飲みにでも誘ってみるか…。

 

 「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

 

 深々と頭を下げて見送る青年に「あぁ、また来るよ」と返して帰路に就く。

 

 店を出て夜道を歩きながらキースは思う。

 アレだけ安くて美味いのに客が自分以外に居なかったのは店を見て敷居の高さを勝手に感じてしまっているからなのだろう。

 今度知り合いを連れて行ってみるかと思いつつ、人が増えて繁盛した結果、満室となって通えなくなるというのは避けたいなと葛藤しつつも上機嫌のままキースは宿舎に帰っていくのであった。

 

 ちなみに気持ちよく飲んでいつも以上に爆睡してしまったキースは寝過ごしてしまい翌日病欠で休んだ。




●現在公開可能な情報
・物価①
 ウォール・マリアがマーレ軍により突破されて以降、食糧難が続いて食料品の物価が高騰している。
 一般的なパン一個1200もする。
 紅茶は1500、安い酒(ビン)1800。霜降り肉8000。
 ※ゲーム価格より

 そして何故か雑巾が2000……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第03食 シチュー

 休日の昼過ぎに一人の少年がウォール・ローゼ南方トロスト区の裏路地へと踏み込む。

 焦げ茶色の髪に翡翠のような翠色の瞳、幼さの残る鋭い顔付の彼は何処か浮かれたように笑みを零しながら辺りを見渡す。

 

 彼の名はエレン・イェーガー。

 第104期訓練兵団の訓練兵の一人で、色々と有名になってしまった訓練兵である。

 普通は開拓地送りが嫌で兵団入りしたり、内地での勤務を求めて上位十名に入る者が大半の訓練兵団の中で、唯一初めから強い意志を持って壁の外へと出向く調査兵団を希望している。

 自分が生まれ育ったウォール・マリア南端シガンシナ区をマーレより奪還しようと決意を胸に、たゆまぬ努力と熱意で上位十名を狙っている。

 同期には死に急ぎ野郎などと言われるが彼自身は気にしない。

 良くも悪くも頑固で非常に強い正義感を持った彼を止めることは教官や長く接してきた幼馴染でも不可能だ。

 おかげで訓練兵団で問題も多々起こし、知らぬ者は居ない程。

 

 いつもの休日であれば休みを返上してでも自主練に励み、汗を流している時間帯なのだが彼は訓練兵団の訓練場ではなくここに居る。

 と、言うのも今日は幼馴染で親友のアルミン・アルレルトと外食する約束をしていたからだ。

 アルミン曰く『とても美味しく、値段は安い。その上材料は上質』という夢のようなところを見つけたと言う。あり得ないだろうと一蹴するところだろうけども、アルミンが嘘をつくとも思えないしつくような人物では無いと知っている。

 食料品の質が落ち、価格が高騰しているこの国でそのような店があるならば是非にでも行ってみたい。

 しかも肉が出ると聞いたなら尚更である。

 

 四日前だったか突然キース・シャーディス教官に呼び出され、何かしてしまったのだろうかと不安を募らせなが向かった先でエレンはキース教官と父親のグリシャ・イェーガーと旧知の仲であることを知る。しかも母親のカルラ・イェーガーとは酒場のウェイトレスをしていた頃の顔なじみだと言う。

 世間は狭いなぁと思いつつ教官の話を聞いていると最後にアルミンと俺との話を聞いて“食事処ナオ”に行ってみたらしく、そこの感想と良い店を知れたと感謝を口にされた。

 なんでもその店で食事をしていて父さんや母さんを思い出したらしい。

 

 その話の中で一番気になったのが唐揚げという料理だ。

 話によると一口サイズの鶏肉に粉を塗し、透き通った油で揚げた料理なのだとか。

 このご時世にそのような料理が固いパン一個より安く提供されるなどあり得ない。

 アルミンにキース教官と二人から聞いたナオには是非とも行きたいなとアルミンに頼み込んだのだが、前日になって午後近くまで予定が出来てしまい、道のりだけを教えられたエレンだけがこうして向かっているのであった。

 

 「にしてもアルミンのやつ。俺はガキじゃねぇってのに」

 

 道を教えてくる際に何度も何度も心配され、まるで子ども扱いされているようだったのを思い出して腹を立てる。

 ふと、アルミンが不思議な事を言っていたのを思い出す。

 

 『裏路地に入って道が分からなくなったら黒猫を探してごらん。食事処ナオの看板猫のナオって言うんだけど、声を掛けたら多分案内してくれるから』

 

 猫が案内してくれるっていうのもおかしな話だ。

 それこそあり得ないだろう。

 

 薄っすらと笑みを浮かべていると塀の上に一匹の猫が寝そべり、こちらに鋭い視線を向けていた。

 黒一色の毛並みに翠色の瞳とアルミンが言っていた特徴と一致する。となるとこの黒猫がナオなのだろうか。

 疑問を抱きつつ近づくと警戒の色を濃くした黒猫の視線が突き刺さる。

 これ以上近づかない方が良いと判断して立ち止まり口を開く。

 

 「お前がナオ…か?」

 「ナァ~ォウ」

 「アルミンが言っていた特徴にあるけど、看板猫にしたら眼つき悪くないか」

 

 同期に聞かれればお前が言うなと突っ込まれそうな言葉を投げかける。

 大欠伸を一つ漏らした黒猫は伸びをして立ち上がる。

 すると背を向けて歩き出し、こちらが立ち止まっているのを知るとその場で顎で示す。

 付いて来いと言わんばかりに…。

 

 物は試しにと付いて行くとアルミンが言っていた通り、食事処ナオと看板を掲げた店に到着した。

 周りの建物とは異なった建築物だというのに、違和感を不自然と感じるよりも自然と周りに溶け込んでいる。

 外見が異なるのもさることながら入口や窓には一切の曇りのないガラスがはめ込まれてあったりと、何処からか来る不安によって進む足が重くなる。

 ナオが扉の前で振り返り、ひと鳴きする。

 入り口で立ち止まっていても仕方がないと覚悟を決めて扉を開く。

 

 カランと扉の上に取り付けてあった鐘が店内に鳴り響く。

 扉が開いた事でさっさと店内に入って入り口付近の台座に鎮座したナオを気にする余裕も無く、店内に足を踏み入れたエレンは目を見開いて驚愕した。

 

 埃一つ落ちていない清掃された店内。

 窓から入って来る光以上の明るさ。

 路地裏の湿った空気ではなく、透き通ったような新鮮な空気。

 見た事の無い物から装飾が施された調度品。

 入る店を間違えたかと思うぐらいの光景に足が一歩下がる。

 

 「いらっしゃいませ。おひとり様でしょうか」

 

 カウンターより優し気な笑みを浮かべた飯田 総司の声に驚くが、すぐさま平静を取り戻す。

 

 「あぁ、ここ食事処ナオ…で、良いんだよな」

 「はい。間違いありませんよ」

 「そう…なのか」

 

 間違っていない事に安堵するも自分以外に客がいない店内には不安が残る。

 アルミンが言っていた店であるならば昼過ぎとは言え客で溢れかえっていると予想していた故にこれは想定外の事である。

 

 「全く客が居ねぇな…」

 「ははは、そうなんですよ。まだ馴染めてないのかあまり客入りは良くないですね…。あぁ!どうぞお好きな席へ。今メニューとお水をお持ち致しますので」

 

 想ったことが口から洩れてしまったが気分を悪くした様子は一切なく、総司は水とメニューの用意を始めた。

 その様子に胸を撫でおろし、空いている席に座る。

 

 先ほど客が来ない事を馴染めてないと言ったのだが、実際は外装と内装によって高級店と誤認された上に、こんな路地裏にある事で敷居の高さ以上に不審な事から誰も近寄らないのであるが、それを総司が理解するのはまだまだ先の話である。

 

 自分一人独占している状態のエレンは店内を見渡すと一つのボードに視線が止まった。

 ボードには本日のおすすめが記載されており、今日のおすすめはシチューと書かれている。

 

 シガンシナ区で暮らしていた時には母さんが良く作ってくれた料理だが、食糧の高騰で最近は滅多に作ってはいない。

 本来ならキース教官が言っていた唐揚げを食べたいところであったけれど、懐かしさからエレンの口はシチューへと変更された。しかも値段は1200と固いパンと同等でパンが付いてくるという。

 

 「すみません。おすすめをひとつお願いします」

 「畏まりましたシチューですね。すぐにお持ち致しますので少々お待ちください」

 

 テーブルの上に透き通った水の入ったガラスのコップとメニュー表を置いて行った総司は、注文を承ってカウンターへと戻って行く。

 すでにシチューは用意されており、寸胴の鍋が温められる。

 アルミンの言っていたように透き通った水を口に含み、雑味や異物がまったくない水に感心を示す。

 

 シチューを温めている間に総司はフランスパン(バタール)を斜めにスライスして皿に乗せる。

 次にシチュー用の大皿を取り出して温まったシチューを装い、粉状のパルメザンチーズにバジルの順に振り掛けた。

 見栄えを確認してトレイに乗せて待っているお客の下へ向かう。

 

 「お待たせいたしました。おすすめのシチューと付け合わせのパンをお持ち致しました」

 

 エレンは待ってましたと言わんばかりに視線を向け、目の前に置かれた器に釘付けとなる。

 大皿にいっぱいに注がれたシチューには赤・緑・黄と色とりどりの具材により、記憶にある母さんの物より鮮やかで、濃厚な香りを放っていた。

 具材は一口サイズのジャガイモにブロッコリー、トウモロコシに花びら型の人参、そしてごろりと形を残した鶏肉。

 匂いもさることながら久しく食べていない肉らしい肉にごくりと喉がなる。

 焦る気持ちをぐっと堪え、エレンはシチューと共に運ばれたパンに注目した。

 兵団で出されるパンと違い、斜めにスライスされ茶色く硬そうなクラスト(外皮)に囲まれた純白のクラム(内層)が露わになっている。綺麗な白いクラムには無数の穴が開いており、何となくスカスカした触感を連想させられる。

 

 「パンはおかわり自由ですのでお気軽にお声かけ下さい」

 「おかわり自由!?」

 

 驚きより不安が先に押し寄せてきた。

 普通ならパンのお代わり自由と聞けば固くぱさぱさしたパンでもありがたいが、あれだけ白いパンであれば使用されている小麦は上等なものだろう。だというのにおかわり自由という事はおかしい。

 何か材料に問題があるのか、それとも味に問題があるのか。

 アルミンがこの場に居たらもっと何かしら分かったかも知れないがまだ到着していない。

 考えている間に総司は料理の下準備に戻っている。

 何時までも睨めっこしている訳にもいかず、物は試しとパンを手に取って一口齧る。

 バリっとしたクラストの触感に穴が開いているというのに噛み応えのあるクラム。

 そのまんまとは言わないが、このパンはシガンシナ区で暮らしていた頃に食べたものに似ていて、非常に懐かしい感覚に陥らされた。

 確か壁が破壊された日にシチューと一緒に食べたっけ…。

 懐かしさとパンを噛み締めるように味わい、皿に乗せられていた二切れのパンをあっと言う間になくなってしまい、物足りなさを感じ総司へとおかわりを注文する。

 おかわりがくるのを待つことなく、エレンはスプーンを手に取りメインであるシチューへと伸ばす。

 

 真っ白なソースから漂うシチューの香りに期待を大きく膨らませながら一口含んだ。

 とろりとしたソースが流れ込み、野菜と鶏肉の出汁を多く含み、チーズによりコクが深まった味が口いっぱいに広がる。懐かしさとそれ以上に美味しいものを食べれて心が喜び、身体がほんのりと熱を持つ。

 堪らなかった。

 一口付けたらもう止まらない。

 飲み込むたびに次を欲し、スプーンが何度も往復する。

 芯まで柔らかいブロッコリーに花びら型の人参。

 口の中でほろほろと解けていくじゃがいも。

 ふにゃりと柔らかくなっているタマネギ。

 ぷちりぷちりと独特な触感の後にとうもろこしの甘みが混ざる。

 十分に味が出ている筈なのに噛めば噛むほど味を出す鶏肉。

 気付けば幼い頃のように皿に口を付け、スプーンでシチューを口へと掻っ込んでいた。

 

 「おかわりのパンをお持ちしました」

 

 おかわりのパンを持って来た総司が視界に入ると、行儀の悪い食べ方をしていたのに気付いて恥ずかしさから手を止め、微妙に顔を赤らめながら姿勢を正す。

 その様子で理解した総司はクスリと微笑む。

 

 「構いませんよ。人の迷惑になる行為は困りますけど好きに食べて楽しんでもらえれば私も嬉しいですし」

 「す、すみません」

 

 恥ずかしさに悶えながら寛容な総司に感謝する。

 再び戻って行ったのを見送り、食事を再開しようとスプーンを手に取ったところで止まった。

 先ほど食べたパンの触感を思い出しシチューを眺める。

 少しだけパンを千切って躊躇う事無くシチューに浸し、恐る恐る口に含む。

 

 「うまっ!!」

 

 バリバリのクラストはそのままで、隙間が多かったクラムにはシチューが浸透して噛み応えがありながらもとろりと舌触りが滑らかになる。癖になりそうな口触りにパンの香ばしさがシチューの味と混ざり合ってまた違った味を演出する。

 思わず言葉に出してしまい慌てて振り向くが、嬉しそうに笑みを浮かべて気にしてない様子だった。

 それならばこちらも食べ方を気にせずに行こうと腹を決めてパンのおかわりを頼む。

  

 もうそこからはノンストップだった。

 パンを浸しては食べ、具材はスプーンですくっては食べ、喉に詰まりそうになると水を勢いよく流し込む。

 マナーもへったくれも無くただただがっついて食べ尽くす。

 大皿に残ったシチューもパンで拭き取って完食した。

 

 お腹も心も満たされ余韻を味わいつつエレンは大きく息をつく。

 懐かしさのある料理に自然と両親の顔を思い浮かべる。

 

 (最近長期の休みも訓練所で過ごして家には帰ってなかったな。今度の休みには帰ってみるのも良いか)

 

 帰ったところで調査兵団入りしようとしている事を母親から怒られるだろうと苦笑いを浮かべていると、カランと扉が開かれ振り向くとそこにはアルミンが立って居た。

 

 「おぉ!アルミン。遅かったな」

 「ごめんエレン。意外に時間が掛かっちゃって」

 「いらっしゃいませアルミン君。今日はいつものかい?」

 「勿論いつものサンドイッチセットで」

 

 総司ともはや顔なじみとなったアルミンはそれだけで注文を済まし、エレンの向かいの椅子へと腰かける。

 腰かけたと思ったら興味深そうに身体を乗り出してきた。

 

 「で、どうだったのエレン?」

 「言っていた通りだったよ。本当に美味しかったし、値段も安い。なぁ、また来ようぜ」

 「勿論だよ――――あれ?」

 

 一緒には来れなかったが誘ってよかったと笑みを浮かべたアルミンだったが、エレンの前に置かれている皿を見つめて不思議そうな顔をした。

 なにかおかしなことがあるだろうかと小首を傾げる。

 

 「なんかあったのか?」

 「いや、エレンは何を注文したのかなって…」

 「俺はおすすめのシチューを頼んだよ」

 「えっ、ハンバーグもあったのに?」

 「・・・・・・はぁ!?」

 

 驚きの余りに今度はエレンが身を乗り出してしまった。

 一切目を通してなかったメニュー表を開いてざっと目を通すと確かに書かれてあった。

 しかもハンバーグステーキ120g850とシチューよりも安く…。

 

 「あぁ…」と悲壮感漂う声が漏れ、後悔で苛まれるエレンはその場で頭を抱える。

 すでにお腹は満腹でこれ以上は入りきらないのは理解している。けれどハンバーグは食べたい。

 悩んだ末にエレンはまた今度食べようと決意するのであった。




●現在公開可能な情報

・食事処ナオの特製シチュー
 総司の両親が家で作っていたシチューに総司がアレンジを加えたもので、具材は鶏肉にジャガイモ、ブロッコリーにタマネギ、人参を入れ、ソースは濃い牛乳とブイヨンが大まかな材料となっている。
 花びら型の人参は輪切りにした人参を花びらのクッキー型でくり貫いたものでよく母親がシチューの際には入れてくれていた。

 アレンジとして最後に振り掛けたパルメザンチーズ以外にクリームチーズとラクレットチーズを入れている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第04食 サバみそ

 はぁ……はぁ……はぁ……。

 

 私は走る。

 息を切らし、足の裏から血が出て、身体中が汗でびっちょりと濡れようとも走り続ける。

 後ろは振り返らない。

 振り返れば見てしまう。

 憎悪や殺意で歪む男たちの顔を……。

 

 幼い頃の私は孤児だった。

 貧しい孤児院で引き取られ、同じ境遇の子供たちや孤児院の大人たちと細々と暮らしていた。

 大きな喜びも無ければ絶望もない。

 ある意味幸せな時だったのかも知れないと今では思ってしまう事がある。

 

 が、私の生活はある日を境に一変した。

 孤児院に訪れた男性が「今日から君はユミルだ」と名前すらなかった私に名前を与えてくれたのです。

 たまに子供たちが大人に連れられて孤児院から出て行くのを知っていたので私はこの人に引き取られるんだと理解した。

 ついて行くとそこは教会を中心にした街を囲ったような施設で、私がユミルと名乗るとそこの大人たちは私を崇め、大事に大事に扱ってくれた。今までの暮らしが嘘のような生活。美味しい食事に綺麗な洋服。何よりも大人たちが大事にしてくれているというのが本当にうれしかった。

 

 その夢のような生活は一変した日と同じように唐突に終わりを迎えた。

 どうやら私を引き取った男性は【ユミル】という大昔の人物を崇め奉る宗教集団の教主だったらしく、王政府からしてはその宗教そのものが危険だと判断されたのだ。深夜に叩き起こされて数人の大人と共に教会を抜け出されると地獄が待っていた。

 何が起こっているのかも分からずに追われ、隠れ、怯える日々。

 

 日に日に一緒に逃げ出した大人達は捕まっていき、三日前には一人になっていた。

 最近になって知ったのだが引き取った男性は国家反逆罪で死罪、教徒達は投獄にされたとか…。

 宗教団体の象徴とされていた私はどうなるのだろうか…投獄?…いや、私も殺される…。

 危機感が募るがどこか自分だけは大丈夫だと意識の片隅で考えていた自分の甘さに反吐が出る。

 とうとう私の番が来たのだ。

 一緒に逃げていた男はもはや限界だったのか、それとも教徒としての矜持を投げ捨てたのか、中央憲兵に私を売ったのだ。

 

 僅かな隙を突いて私は逃げ出した。

 太陽の昇りきっていない早朝の路地裏を薄汚れたシャツ一枚で走り回る。

 早朝と言う事もあって誰とも出会わない。

 出くわしたところでこんな格好で必死の形相で逃げ回っている不審な女を匿ってくれるような物好きは居ないだろう。

 ……いや、二人だけ居たか。

 誰に対しても笑顔と優しさを振りまく天使や女神のような金髪の少女と冷たくも根は優しい少女。

 各地を逃げ回っていた私達を一時期匿ってくれた少女だ。

 

 あんな馬鹿のように人が良い人間なんて早々いるものか。

 

 体力も足も限界を超えていたユミルはふと扉が半開きの建物に飛び込んだ。

 飲食店らしき店に入り込んでどこか潜める場所を探す。

 幸いにも店内には人はいない。カウンター裏には扉がある事から二階か物置に繋がっているのだろう。いったんそこに隠れようと近づくと扉の向こうから足音が聞こえてくる。

 ぎょっとして慌てて四人席のテーブルの下に潜りこみ口を押えて震える。

 扉がゆっくりと開かれ、足音がゆっくりと近づいて来る。

 

 (頼む……通り過ぎてくれ……)

 

 そう祈りつつじっと身を潜める。

 足音が聞こえなくなったことに気が付いて、ゆっくりと顔を挙げる。

 

 目が合った。

 屈んでテーブル下の覗き込んでいるエプロンを付けた優し気な青年。

 声が漏れそうになったのを必死に堪える。

 青年は後頭部をポリポリと掻くと何か考え込んでいる。

 

 「おい!こっちのほうに逃げた筈だぞ」

 「やっと見つけたんだ。絶対に逃がすもんかよ!」

 

 そこから大声で叫ぶ憲兵の声が聞こえて来た。

 多分青年も察しただろう。

 どうする?

 人質にするか?………無駄だ。人質を取った所であいつらには意味はない。

 泣きつくか?………憲兵に追われているのだ。匿っただけでどんな目にあわされるか知らない筈がない。

 思い切って逃げ出すか?………無理だ。もう足が動かない。

 

 近くの建物をノックして聞き回っているのだろう。

 ドン、ドン、ドンと扉を叩く音がだんだんと近づいて来る。

 はぁ…と大きくため息をついた青年はカウンター裏の棚に掛けてあった大きな白いシーツを手に取ってテーブルに掛けた。すっぽりとシーツに覆われた事で不思議と不安が遠のいた。

 いや、期待するだけ無駄だ。絶対に突き出される。

 

 不安と期待に揺れ動くユミルの元にシーツを潜って黒猫が入って来た。

 ちらっと目線があったが素知らぬ顔で入って来た場所をじっと見つめる。

 

 順番が回って来てこの店の扉が叩かれる。

 心臓の鼓動が五月蠅いぐらいに身体中に響く。

 

 「失礼!憲兵隊である!!」

 

 扉が開かれて威圧的な言い方をしながら憲兵が入って来た。

 対して青年はにこやかな口調で「朝からお疲れ様です」と返す。

 入り口付近で私の特徴が伝えられてから「見ていないか?」「潜んでいないか?」と軽い問答が行われる。答えは全部知らない見ていないの一点張り。

 そのまま帰ってくれれば良いものを憲兵はシーツの掛かったこの机を怪しんだ。

 指先がシーツから覗き、握られる持ち上げられる様子がとてもゆっくりと見える。これはもう駄目だと諦めたがシーツが捲られることは無かった。

 

 「痛ッ!?」

 「フシャー!!」

 

 黒猫が覗いた指先を引っ掻いて、顔をシーツから出して威嚇している。

 まるで私を護らんとしているかのように…。

 指先を怪我した憲兵は怒りを露わにするが、青年が謝り何とか怒りを収めてくれるように努める。怒鳴り散らしていた中、憲兵はカウンター裏の棚に並んでいた酒瓶に目を付けた。

 遠回しに寄越せと言う憲兵に、青年は指先を消毒・治療した後に数本と言わず十本単位で渡す。

 予想以上の数に憲兵は大いに喜び、先ほどとは180度違う態度で店から出て行く。

 

 やり取りを耳だけでだいたい把握したユミルは、怪しまれずに憲兵が出て行った事に大きく安堵する。

 しかし、この後はどうする?

 どうすれば良い?

 迷いそのままテーブルの下で蹲っていると、カチャカチャという小さな音が鳴り続ける。

 

 動けぬまま何分が経ったのだろう。

 唐突にシーツが捲られ、椅子が近くに置かれる。

 恐る恐るテーブル下から顔を覗かせると青年は笑みを浮かべて見つめ返してくる。

 

 「のど乾いてるでしょう。どうぞ」

 「―――ッ!?」

 

 手渡されたコップには薄っすらと白く濁った水が注がれていた。

 この際、カラカラに乾いたのどを潤わせることが出来るなら泥水でも何でもいい。

 受け取るとすぐに口を付けて飲み切った。

 

 薄っすらとした酸味に柔らかな甘みを含んだひんやりとした水は、飲むと同時に体内に染み渡って行く。一杯では足りないと分かっていたのか空になったコップにもう一杯注がれる。

 礼も言わずに三杯程飲み干して一息ついた所でユミルは言葉に詰まった。

 お礼を言うべきか、何か思惑があって匿ったのか疑うべきか。

 

 悩むが黒猫を褒めながら餌を渡す様子にもしかしたら馬鹿が付くほどのお人好しなのではないかと思い始める。

 

 「おい―――」

 「…朝食」

 「――は?」

 「一緒に食べませんか?」

 

 ニコリと微笑みを向けられ問われ、口よりもお腹が大きな音を立てて先に答えた。

 恥ずかしさに頬を赤らめ、顔を見られぬように俯きながらこくんと頷く。

 テーブル下より這い出て立ち上がるとシーツを避けられたテーブルの上には朝食と思わしき料理が並べられていた。

 

 白い陶器のお椀によそがれた白米。

 漆の汁椀に注がれたお味噌汁。

 小皿に盛られた5cm幅に切られたキュウリの浅漬け。

 主食として皿に乗せられたしっかりと煮込まれたサバの味噌煮。

 

 日本人なら見慣れた料理であるがユミルにとっては未知の料理である。

 

 おずおずと椅子に腰かけると青年は向かいの椅子に腰かけて対面上に座る。

 手と手を合わせて「いただきます」と軽く頭を下げた動作を見て、見よう見真似で行い様子を窺う。

 別段毒が入っていたりしないかと警戒してではなく、どれをどう食べて良いかよくわかってないのだ。あと、自由に食べ始めたら昨日の夜にジャガイモを1個食べて以降、何も口にしていない自分は恥じらいを捨ててがっつきかねない。

 だから青年に合わせて食べようと思ったのだ。

 

 汁椀に注がれたお味噌汁を口にする。

 今まで口にした事のあるスープ類とは全く異なる濃厚かつすっきりとした味わいに目を見開いて反応する。嫌な訳ではない。寧ろ食欲をそそる香りも含めて好感が持てる。何処か素朴でほっとする味わいに心が落ち着く。

 次に青年は白米を箸で食べるが、ユミルの前には箸ではなくフォークが置かれており、フォークを使って一口食す。

 一粒一粒がふっくらと炊き上がったお米の感触とほのかな甘み。先ほどの味噌汁に比べて確実に味が薄いが、噛めば噛むほどに甘みが増すというのは面白い。

 ふと、思い立って口の中に先ほどの味噌汁を少し流し込む。

 思った通り味わい深いお味噌汁と白米の相性は抜群だった。

 この白米はパンのように何かと一緒に食べるものなのだと理解したユミルは青年を見つめて次の動きに合わせる。

 キュウリがないこの地では野菜の類としか分からず、とりあえず同じように食べてみる。

 浅漬けを食べると程よい塩気が白米を欲せさせる。程よい塩気と白米の甘みがお互いに味を引き立て合う。ポリポリと少し弾くような触感すら美味しく感じる。

 

 こんな落ち着ける食事は久しぶりだと心に余裕を持ったユミルは青年に倣って主菜に手を出す。

 ただ何なのかよく分からずじっくりと眺める。

 観察して分かったのはこの料理が魚料理だったという事だ。

 切り身の状態なのとかけられた茶色いソースで判りにくかったが、付いていたヒレと皮の模様から魚だと見分けがついたのだ。昔に何度か食べた事があるが生臭くてあまり好きではない。しかしここで好き嫌いするのも気が引ける。

 それ以上に今までの美味しい料理にこれも美味しいんだろうなという食欲と興味のほうが強かった。

 

 フォークで身を切り分け、一つを口に運んだ。

 

 あまりの衝撃に先ほどよりも目を見開いて動きを止めてしまった。

 味噌汁と似た味だがよりコクが強く、断然濃いソース。

 脂身で柔らかく舌先で解れる身。

 魚独特の生臭さはなく、香ばしく食欲そそる香りが漂う。

 上に乗っている生姜が良いアクセントを出す。

 

 これは白米に絶対合うと思考ではなく身体が理解し、白米を口いっぱいに掻き込む。

 

 ――美味しい。

 美味し過ぎる。

 このサバみそと白米の相性は今までの比じゃない。

 感激と幸せを味わい、ゴクリと飲み込む。

 一切れのサバみそを食べるごとに倍以上の白米が消えて行く。

 あっと言う間に茶碗の白米がなくなったのを見た青年は「おかわりはいるかい?」と問いかける。

 答えは勿論イエスだ。

 もう意地汚いとか失礼とか考えられずにただただ食べる事だけに集中する。

 

 がっつくように食べてしまったユミルの前には空になった食器類が並ぶだけ。

 サバみそに至っては汁まで綺麗になくなっていた。

 白米を5杯もお替りしたユミルは満足そうな笑みを浮かべて息をつく。

 

 「美味しかったですか?」

 「あぁ―――あ、はい…」

 

 普段通りに荒い言葉遣いで返そうとしたのを寸前のところで抑える。

 匿ってくれたうえに食事まで用意してくれた相手にさすがに失礼だろう。

 すでに食べ終えていた青年はのんびりとした様子でこちらを眺めていた。

 落ち着いた所で姿勢を正して正面から向き合う。

 

 「その…助けてくれてありがとうございました」

 「どう致しまして。っと私だけでなくナオにも言ってあげてくださいね」

 

 ナオと呼ばれた猫は空になった器の前で大きなあくびをして、眠たそうに転がっている。

 「寝るんでしたらクッションへ移動しましょうね」と言われると言葉を理解しているのかクッションを置いてある台座に飛び乗って寝転がる。

 この人は聞かないんだろうか。

 追われている私が何をして、何で追われているか。

 それを聞かないという事は理由に関わらない、避けているのだろう。

 匿ってくれた事や美味しいご飯を御馳走してくれた彼をこれ以上関わらせる訳にはいかないと、考えていたユミルにとっては好都合である。もし彼が底なしのお人好しであるならどう断ろうかと思っていたし。

 

 「本当に助かりました」

 「―――これからどうするのですか?」

 「…そこいらを転々としながら生きる。それだけだな…です」

 

 慌てて言葉遣いを直し、席を立つ。

 青年はうーんと唸り大きく頷いた。

 

 「少し宜しいでしょうか。私、見ての通りこの店を経営してまして……ところが最近お客が増えて人手不足で困ってるんですよ」

 「は、はぁ、それは大変ですね」

 「そこで働き手を探してるんです」

 

 こう話して青年はにこにこと笑みを向けて来る。

 この流れでこの反応。

 間違いなくこいつは馬鹿が付くようなお人好しだった。

 わなわなと震えながらキッと睨む。

 

 「アンタ言っている意味わかってんのか?あたしを雇うってんなら相当なリスクを背負う。店を潰しても良いのか?」

 「それは嫌ですね」

 「だったら――」

 「ですがそれ以上にここで見捨てるという方が嫌なんですよ」

 

 今までの笑みではなく、真面目な表情でしっかりと目を見据えられて言われると何も返せなくなった。

 大きなため息を吐いて乱暴に腰を下ろし、じろりと睨みつける。

 言い返せなかったのは呆れてものが言えなかったのだ……いや、アイツと同じ瞳をして言ってきた…からか。

 

 「……ありがとよ(ぼそっ)」

 「なにか仰られました?」

 「―――ッ…何でもねぇよ。で、何をすればいい?」

 「店は朝七時から夜十九時まで空いているけど働く時間についてはあとで決めるとして後回し。家が無い事を考えれば住み込みで時給1000前後。最初はとりあえずお客様から注文を承ったり、掃除したりですかね」

 「はぁ!?そんだけで一時間1000だって?しかも宿まで用意ってどんだけ好待遇なんだよ」

 「それと三食まかない付き」

 「…まかない?」

 「朝昼晩のご飯ですよ。その時々にあまりもので作ったり、店の料理を出したりしますけど」

 「………さっきの魚もか?」

 「サバの味噌煮の事でしょうか?お望みなら出しますが――」

 「良し!明日から…いや、今日からでも働くぞ!!」

 

 久しぶりに笑みを浮かべたユミルは本当に嬉しそうだった。

 この後、仕事用の制服を用意したり、仕事の手順を習ったり大変だったが、まずは汚れた身体を洗うとの事で使ったシャワーやドライヤーといった家電製品を扱う方が大変だった。

 主に教える側である総司が、だが…。

 

 

 

 

 ユミルを追って店を訪れた憲兵が、翌日今度は客として足を運んできた際に、ユミルを目撃したのだが手配書にある薄汚れたぼさぼさの長髪の女と違って、綺麗に透かれた髪を後ろでまとめ、清潔感漂う制服を着こなしたユミルを同一人物とは認識できなかった。

 特に怯え、疲労困憊して死んだ魚のような瞳が今では生き生きとしていて、以前を知っている青年でさえ同じ人物には見えないのだ。




●現在公開可能な情報

・ユミル
 原作ではマーレの国で始祖ユミルを崇拝するエルディア人に拾われたが、この作品内ではエルディアの国で作られた集団(ユミルの民)に拾われている。
 されど信仰対象である事には変わりはなく、エルディア政府はそのような信仰を認めておらず、内乱や争いの旗印になっても困るので排除対象とされた。

 巨人が存在しないこの作品では巨人化することも、壁外を何十年も彷徨っていたなどは無い。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第05食 ジャガイモの餃子にかぼちゃのスープ

 仕事っていうのは面倒だ。

 イザベル・マグノリアは大きなため息を吐き出しながらそう思う。

 彼女は以前王都の下に広がる無法地帯“地下街”の出身者であり、有名な不良グループの一員として中央憲兵ともやり合った名の知れたゴロツキである。

 前は地下街で権力者である地下商人などを相手に好き勝手していた彼女だが、今では地上で真っ当な暮らしを行っている。

 と、言うのもイザベルが所属していたグループのリーダーで、信頼の置ける兄貴分のリヴァイが調査兵団に捕えられ、憲兵団に引き渡されるか調査兵団に入団するかの二択で後者を選び地上に出て来たから付いてきたのだ。

 本来なら地上での居住権を持たぬイザベルは居てもすぐに強制送還される筈なのだが、リヴァイをスカウト目的で捕らえた(名目上は地下街の犯罪者の逮捕)エルヴィン・スミスがリヴァイが入るならと口利きをしてくれたのだ。

 なので以前グループに所属していた連中は全員地上で暮らしている。

 イザベルもグループの副リーダーをしていたファーラン・チャーチと二人で暮らしている。

 そこで彼女とファーランは何でも屋というか清掃を主な仕事にして日々の食い扶持を稼いでいる。

 昔のような強奪の方が楽ではあるが、調査兵団で働いているリヴァイに迷惑が掛からぬように出来るだけ真っ当な仕事に変更したのだ。

 清掃の仕事は潔癖症のリヴァイから叩き込まれており腕は良い。

 良いのだがまず清掃を頼んでくる相手はそれほど裕福な相手と限られる上に、元地下街のゴロツキと知られれば仕事を頼む相手が激減するのでほとんど何でも屋の仕事の方が多い。

 肩を竦めて僅かなお金の入った袋を懐の奥に仕舞いため息を漏らす。

 

 最近は悪い事が多い。

 調査兵団に入ったリヴァイの兄貴とは中々会えないし、自分が縄張りにしている辺りに一匹の黒猫が現れ、我が物顔で歩いている。

 何度も捕まえようとするも見事に避けられ、昨日なんか疲れたところを背後からタックルされ、勝ち逃げを許してしまい、連敗記録がまた増えた。

 

 「おや、君は…」

 

 再びため息を漏らそうとしていたイザベルは声をかけられ、眉を潜めながら振り返るとそこには件の猫の飼い主と思われる青年が立って居た。

 買い物の帰りなのか袋には大量の食材が詰め込まれてあった。

 

 「確か裏路地で飯屋をやっている変わり者」

 「あ~、そういう風に見られていたんですね」

 

 困った笑みを漏らした青年は頬をポリポリと掻く。

 今日は碌な稼ぎもさることながら客がまた最悪だったので機嫌が悪い。

 今だったらそこら辺の見知らぬ者にまで当たり散らしそうだ。

 下手な騒ぎを起こす前に帰ろうとしたイザベルを青年は―――総司は呼び止めた。

 

 「いつもナオさんと遊んでくれてありがとうございますね」

 「はぁ!?」

 

 遊んでいたつもりなどない。

 アレは縄張り争いをしていただけでそんな意図は全くない。

 驚きの余り小さく声が漏れたが総司は気付いていない。

 

 「もう昼時ですが昼食は食べられましたか?」

 「いんや、これから帰って食べるつもりだけど」

 「ならナオさんを構ってくれたお礼に作りましょうか?」

 「え!良いのか」

 「勿論ですよ。ナオさんって遊ぶ相手がまったく居ないので、貴方のような友達(・・)が出来たというのは嬉しいんですよ」

 

 総司は「子を持った父親はこんな思いをするんですかね」などと笑いながら喋るが、イザベルは心の中でしめしめと嗤う。

 家に帰ったとしても今日はファーランが帰って来ないのでパンを食べるか干し肉を齧るかだったのが、勘違いから美味しい物が食べれそうで頬が緩む。

 裏路地でやっていると言っても料理人の端くれだし、不味いことは無いだろう。

 

 「じゃあ近いし家行こうか」

 「店でなくて宜しいので」

 「――ッ!?家にしよう。家に!」

 

 店に行けばあの猫に出くわすだろう。

 それだけは避けたい。

 一瞬だけだけど難色を示した総司であったが、良いのであればと付いてきた。

 家はいつリヴァイの兄貴が帰って来ても良いように掃除を怠ってない。

 その事を褒められ良い気になっている間に総司は調理器具や家にある食材を確認していた。

 

 「もしかしてですが……普段ジャガイモを蒸すか、パンと干し肉をそのまま食べてないですか」

 「お!よく分かったなぁ」

 

 調理器具を確認している筈なのに自分達が何を食べているかを言い当てられて驚く。

 ここはファーランとの二人暮らしだけど、読書が趣味のファーランは作る間があれば本を読んでいるし、俺は面倒臭いのでやっていない。なので食事の時はパンと干し肉か、気が向いたら蒸し器で芋を蒸す。もしくは外食しかない。

 見たところ蒸し器しか使っていない様子を察した総司は苦笑いを浮かべ、必要な器具を台に並べていく。

 

 「干し肉一枚にジャガイモを何個か使いますね」

 「はぁ?そんだけでなに作るれるんだ?」

 「さすがにこの二点では難しいので私の方から南瓜と玉葱、それから小麦などを出そうかと」

 「ふ~ん。で、なに作るんだ?」

 「かぼちゃのスープにジャガイモの餃子にしようかなと思います」

 

 待っているだけというのも暇だし、少し興味が湧いたので横で眺めようとイザベルがすすすっと総司の横に並ぶ。

 薪に火をつけて鉄板を温めている間に、南瓜を割って中のワタと種を取り出し、皮を身から切り取って行く。

 湯を沸かそうと水を入れたポットを鉄板の上に置き、次に蒸し器に芋を数個入れて蒸し始め、玉葱の皮を剥くとあっと言う間にスライスにする。

 驚くほどの手際の良さとその速さに小さく声を漏らしてしまった。

 

 「凄いなお前!」

 「一応料理人ですからね私」

 「それでも凄いって。リヴァイの兄貴がアイツらを捌く(・・・・・・・)ぐらい早いんじゃね」

 「………何を―――っというのは聞かない方が良いのでしょうね」

 

 会話を挟みつつも手は止まらず、見る見るうちに食材が形を変えいく。

 鍋にバターとスライスしたタマネギを入れ、タマネギの色が変わるまで炒めたら、細かく刻んだ干し肉とかぼちゃを入れてお湯を注いで煮込む。

 煮込んでかぼちゃが柔らかくなるまでに、ボウルに薄力粉と強力粉を混ぜてよく捏ねると小さく分け、丸め、薄く伸ばして円形に広がる皮を何枚も作る。

 かぼちゃが柔らかくなると形を残さないように混ぜてから、牛乳を加えてまた煮込む。

 そうしていたらジャガイモが蒸され、まだアツアツの内に皮を剥いて身を磨り潰す。

 味付けはコショウだけでシンプルに済ませ、それらを小分けにして先ほどの皮で一つ一つ包んで、フライパンで焼き始める。

 

 じゅわ~と焼き音が広がり、スープから空腹感を擽る匂いが漂い始める。

 

 「早く食おうぜ!」

 「もう少しお待ちを」

 「え~…」

 「では、スープ用の皿や大皿、パンの準備をお願いしても」

 「おう、任せろ」

 

 大皿とスープ用の皿を渡すと机の方にパンを載せた皿を二枚置いて席に座り、まだかまだかと視線を向ける。

 スープを注ぎ、大皿に餃子を乗せると落とさないように一つずつ運んできた。

 

 まるで魔法みたいだ。

 家に置いてあったジャガイモに干し肉と、アイツが持っていたカボチャやタマネギなど見慣れた食材でどうしてこんな料理が出来るのだろう。

 いつもと変わらぬ自分達の家なのに一品一品が机に並べられるたびに場が華やいで見える。

 美味しそうな匂いが空腹感を誘い、腹の虫が鳴き始め、クスリと小さく笑われたのを感じて抗議の視線を向ける。

 

 「今笑ったろ!」

 「申し訳ありません。あまりに素直に主張されたもので…つい」

 

 恥ずかしさから顔が赤くなっているのを自身の体温から感じ取り、隠すようにそっぽを向く。

 身体の主の意志に反してまた腹の音が響いた。

 

 「そ、それよりもう食べて良いんだよな」

 「勿論ですよ」

 

 その言葉をきっかけにイザベルはスプーンを握り締めてまずはスープを口に含んだ。

 滑らかなスープがトロリと舌上で踊り、ふわりと優しいかぼちゃの風味が口いっぱいに広がった。

 これは何だろう?

 菓子の甘さとは違うほのかな甘さ。

 かぼちゃやミルクは勿論だが、バターの風味に良く炒めたタマネギの甘みが十分に活かせた結果だが、イザベルの中では深く考える事無く、このスープが凄く美味いという事だけが重要であった。

 スプーンで何度もすくって飲むのがまどろっこしく、皿を持ち上げて口を付けて啜り始めた。

 先ほど以上に口いっぱいに広がった味が消え去る前に、皿を置いてパンを握り齧りつく。

 いつのもぼそぼそとした固いパンだがどうしてだろうかいつも以上に美味しく感じる。

 文字通りがっつくように喰らい付いているとパンが器官に入り込み、盛大に咽てしまった。

 

 「大丈夫ですか?お水いりますか?」

 「ゲホッ、ゴホッ………ん」

 

 差し出されたコップの水を一気に飲み干して、引っ掛かったパンの流し込み、大きく息を吐き出した。

 これはすんごく美味しいけれど危険だな。

 気付けばスープのほとんどが消え去った皿に残り二口ほどのパンを見てイザベルはそう判断し、今度はゆっくり味わって食べようとスプーンを手にする。

 

 「おかわりありますけどどうされますか?」

 「いる!」

 

 間を開ける事無く返事をされ、嬉しそうに笑みを浮かべる総司はイザベラの皿を持って鍋へと向かう。

 注ぎに行ったのを待つ間、イザベルは総司が作ったもう一品の料理に注目する。

 あまり気にしては居なかったがこの料理(餃子)は何なんだろう。

 ぺリメニという料理に似ているが、アレに比べて薄く痩せて見える。

 

 「ま、食べれば分かるか」

 

 食べれば分かる。

 深く考える必要も無いだろう。

 手掴みで一つ口の中に放り込み噛み締めた。

 薄い皮がパリッと心地よい音を立てて裂け、中よりピリッとコショウを効かせたジャガイモがほろりと零れ出た。

 もちっとしたぺリメリと違った触感に目を見開き、ピリリとしたコショウの風味を後から広がるジャガイモのまろやかな甘みが包み込んで程よい味わいに変わる。

 

 「うまっ!?」

 「お口に合ったようで何よりです……ってもう聞こえてませんね」

 

 アイツが何か言っているようだけどもう聞く余裕がない。

 手が止まらないのだ。

 一個と言わずに二個、三個と頬が膨らむほど放り込んで噛み締める。

 つい先ほどゆっくり味わって食べようと考えていた事すら忘れてただただ貪り食う様子に、やはり総司は満足げに眺めていた。

 総司は店で客に感想を聞くことは無い。

 聞いて変な気遣いされるのも、させるのも気が引ける上に、お客はただ食事をしてきているのにわざわざ聞いて邪魔をするのは悪い気がする。

 だからこそ口に出して伝えてくれる人は素直に嬉しいのだ。

 イザベルのように表情と行動で美味しいと言ってくれるのは非常に嬉しくなる。

 おかわりのスープとパンを置くと、再び皿に口を付けて飲み、パンに食らいつき、また餃子を放り込むを繰り返す。

 ガツガツと周りを気にすることなく食い切ったイザベルは満足そうに椅子の背もたれに身体を預けた。

 

 「もうお腹いっぱい」

 

 少し膨れた腹を撫でながら一息ついていると総司が空いた皿を持ち、流し場へと運んで洗い始める。

 飯が作られ、美味しく頂き、片付けまでしてくれるとは致せり尽くせりじゃないか。

 

 「本当に美味しかったよ」

 「ありがとうございます」

 「これだけ美味かったら店も繁盛してるんだろな」

 「いえ、それが…」

 

 口篭もった様子に疑問を浮かべて視線を向けるが、総司は洗い物の途中で背中しか窺えない。

 少しの間が重く感じるからには何かあったなと当たりを付けるが、それを聞くべきか聞かざるべきかは大いに悩む。

 これがリヴァイの兄貴やファーランならば自然に聞き出して何かアドバイスできたかも知れないが、自分がそう言った事に向いてないのはよく理解している。

 

 「何と申しましょうか。私が仕入れている商品が安すぎて店が潰れるかも知れないのです」

 「はぁ?安くて潰れるって値下げのし過ぎってことか?」

 「いえ、原価が安くて料理の一品一品が他の店より格段に安くなりまして」

 「それって良い事じゃね?」

 

 他の店より安くて美味しいのなら客は集まり、それで成り立っているなら潰れることは無いじゃないかと口を開いたが、総司の雰囲気は重くなるばかり。

 

 「確かにその通りですがあまりの安さに他の店の客を一気に奪い恨みを買う恐れがあり、さらには憲兵が動く事態になり兼ねないと常連さんに言われましてね。どうしたものかと悩んでいるのですよ」

 

 総司は毎週訪れる常連のザック(・・・)さんに言われた問題点を思い浮かべる。

 この世界と総司が居た世界では食材の原価が違い過ぎて、どう見繕っても他の店よりも格安で販売してしまう。

 周りの店はそれほど安く仕入れる先を知ろうとするだろうし、一般市民も高い店より格安の店に殺到してしまうだろう。街中の人間が訪れたとしたらナオだけでそれだけの人数を賄える筈も無い。現在それが表面化していないのはただ単に食事処ナオの知名度の低さからであり、今後続けることを考えたら値段を跳ね上げるなどしなければ目を付けられかねない。

 下手すれば異常な安さから憲兵隊の調べが入る可能性が高い。

 高くしなければならないんだけれども、ぼったくりのようなことはしたくないという良心がせめぎ合いをしており、未だに明確な答えが出せていない。

 そんな総司にイザベルは眉を潜める。

 

 「簡単じゃん。価格を上げれば解決だろ」

 「なんて言いましょうか…お客に対して値段を吹っ掛けるような真似は…ちょっと…」

 

 真面目なんだなぁとイザベルは総司に感心するが、半分は馬鹿正直すぎて呆れている。

 ここが地下街なんかだと真っ先に食い物にされる奴だとため息を付く。

 

 「正直者は馬鹿を見るって言うけど本当にそうなりそうだな」

 「まさにその通りかもしれませんね…」

 「普通逆なのにな」

 「逆?」

 

 当然の事を口にしたはずなのに首を傾げられるとは意外とこいつ馬鹿なんじゃないかと疑いを向けてしまう。

 

 「安い混ぜ物なんかをしてから原価を落して値段はそのままで、収入を増やそうとする奴が普通だろうに」

 「混ぜ物(・・・)―――ッ!!それですよ!!」

 

 突然の大声に驚き肩をびくりと震わし、転びそうになった椅子より立ち上がると、近付いた総司に両手を握られた。

 何が何だか分かっていないイザベルに総司は満面の笑みを浮かべる。

 

 「ありがとうございます。貴方のおかげで何とかなりそうですよ」

 「え、お…おう。それは良かった…な?」

 「私は急いで店に戻ろうと思います。失礼ながらここで失礼させて頂きます」

 「あぁ、じゃあな」

 

 興奮気味に迫ってきた様子に気圧され、ぼんやりと見送る事しか出来なかったが、とりあえず問題が解決したようで良かった。

 なにせ今度リヴァイの兄貴を誘って行こうと思っているのだから。

 

 「喜んでくれるかなぁ」

 

 イザベルは先ほどの料理と、薄っすらと笑みを浮かべるリヴァイとファーランを想像して頬を緩ますのであった。




●現在公開可能な情報

・店で販売している食糧
 主には芋や豆、小麦粉などが多いが人参やブロッコリー、南瓜などの野菜に卵などは普通に売られている。
 珍しいのは湖や川の近くの商店などでは川魚も売られたりする。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第06食 焼肉と夜食

 一台の馬車が月夜に照らされた道を走る。

 通りには人の姿は無く、ゴトゴトという馬車が走る音だけが響き渡り、静寂に支配されていた世界を小さく揺るがす。

 馬車の中には一人の男性が腕を組んで黙って座り続けていた。

 

 エルディアには三つの軍事組織が存在している。

 壁外へ赴いてマーレとの戦いを行うエルディア最強の兵団である調査兵団。

 数では兵団トップで壁の補修工事から警備などを手掛ける駐屯兵団。

 警察機構であり王を護る近衛の役割を担うエリート兵団の憲兵団。

 それぞれが独立した一個の組織であるならばそれらを纏め上げる人物が必要になるのは必須であろう。

 

 今ウォール・ローゼ南方トロスト区の大通りを走り抜ける馬車の中に居る人物こそ三つの兵団を総括する軍の最上位者。

 ダリス・ザックレー総統その人である。

 

 ―――が、彼は現在仕事の為にトロスト区に訪れた訳ではない。

 公の場で着るような総統用の制服も立場に相応しい正装もせず、草臥れたロングコートに色がくすんだハンチング帽、真っ黒のサングラスとまるで自分を隠すような出で立ちである。

 暗い夜道を窓より眺めていたザックレーは見覚えのある通りに近づくと御者が座っているであろう位置付近の壁をこんこんと叩く。

 

 「ここでいい」

 「畏まりました」

 

 落ち着いた返事が返ってくるとゆっくりと馬車が止まり、カツカツと足音が聞こえてくる。

 足音は馬車の扉の前で止まり、御者より確認の声掛けがあってから扉が開けられる。用意された足場を使って地面に降り立ったザックレーはいつも通りに手で行けと指示を出す。

 毎度の事なので御者も気に留める事無く走り出し、角を曲がって姿が見えなくなるとようやくザックレーも進みだした。

 

 「今日も案内たのんだぞ」

 「ナォウ」

 

 振り向きもせず発した言葉に一匹の猫が鳴く。

 嫌に賢い猫に笑みを浮かべ、カツカツと靴音を鳴らしながら路地裏を進む。

 斜め前にはぴったりくっ付くようにこの辺りを縄張りとする黒猫のナオが案内するように進み、ザックレーは躊躇う事無くついて行く。

 

 今日ザックレーがここを訪れたのは毎週欠かさず訪れるお気に入りの店で食事をする為だ。

 総統の地位について色んな物を口にしてきたが、心の底から食事を楽しめると思えるのはあの店しかありえない。

 王都の高級店に比べて外装は劣るものの、接客態度は勝るとも劣らないと言っても過言ではない程親切丁寧。しかもそれを立場を考えずにお客全員に対して行えるという店は他には無いだろう。

 そもそも王都の高級店などに行くとあのゴミ屑以下の糞共(脳無し貴族連中)と顔を合わせる可能性が高いから行かないがね。

 無能なくせに地位だけは最上位クラスを手にする阿呆共。

 思い出すだけでも吐き気がする。

 

 「奴らにお前さんほどの知能があれば良かったんだがな」

 「なぅ?」

 

 心の底からの呟きを不思議そうに見上げるナオに苦笑する。

 とことこと歩くナオに連れられ目的地である食事処ナオに到着した。

 周りには一切灯りが無いというのに扉や窓を覆っているカーテンから灯りが薄っすらと漏れ出している。

 この時間帯は蝋燭などの消費を恐れて一般的には就寝時間となっており、店という店は閉まっているのが普通。それは食事処ナオにも当てはまり、扉には閉店の立て札が掲げられていた。

 しかしそんな事知るかと言わんばかりにザックレーは扉を開いた。

 

 「いらっしゃいませザックさん(・・・・・)

 「あぁ、今日もいつもので頼む」

 

 そう言うと毎週座るカウンター席に腰かける。

 カウンター内で下準備をしていた総司は手を止めておしぼりとホットプレートを用意する。

 

 「ここに訪れて一か月が経つか」

 「はい。本当にザックさんには何とお礼を言って良いのか…」

 「気にするな。好きでやった事だ」

 

 ぼそりと呟く。

 偶然にも見つけたこの店は店を開こうにも許可証の類を持ち合わせていなかった。

 ……違うな。彼が言うには用意していたのに使えなくなった(元の世界の許可証は進撃の世界では使えない)らしい。

 なにやら訳があるのだろうがその時旨い飯を食わせて貰ったのもあり、気に入ったので面倒を見てやったのだ。

 まぁ、半ば強引に食事を頼んだがね。

 以来それを恩と感じて人目に付くと不味い私の為にと毎週水曜日だけ営業時間外でもこうやって開けておいてくれるのだ。

 ちなみに彼には私がダリス・ザックレーで総統の地位に就いている事は伏せている。

 もしも名乗れば立場を振りかざしたようであの無能どもと似たようなものに成り果ててしまいそうで口に出来なかった。と、言っても彼には杞憂であったかもしれないが。

 物腰は柔らかで大人しそうな青年ではあるが、料理に対する姿勢だけは頑固なようで、例え脅されたり誘惑されたりしたとしても頑なに頷くことはしないだろう。

 そもそも金に栄誉に権力といった欲が非常に薄そうだしな。

 それにしてもお金か。

 

 「やはり安すぎるな」

 「……そうですよね」

 

 微笑んではいるものの表情に影が落ちた。

 この店の料理は美味しい。

 それは材料と料理人の腕と知恵で出来る事。

 されど値段が他に比べて安すぎるのは無理がある。

 前にもその事を指摘すると採算はとれていると回答された。

 違うのだ。

 そうではなくこの店がこれほど安いとなると周りに与える影響は大きい。

 知る人間が増えれば増えるほどこの店に人が殺到して、奪い合うように買い求めるようになるだろう。

 供給を間に合わせられるかとの問いには不可能との答えが返って来た。

 

 「前に考えておくように伝えたが、あれから何か妙案が浮かんだのか?」

 「えぇ、今仕入れている材料の一部を市場の食材(この世界の食材)で賄おうと思います。そうすれば今より一般的な値段に近づけるかと。ただ安いのは変わりませんのでそこらへんは様子を見るしかありませんが」

 「ふむ…その辺が妥協点か」

 「ご利用頂いているお客様には申し訳ないですけどね」

 

 本当に申し訳なさそうに言う総司にそれ以上言う事は無く、肉を乗せた皿を次々並べられる様子を眺める。

 七種類の生肉の脂分がテラテラと照明の光に反射して輝く。

 一週間前に食べたというのに待ち侘びて夢にまで出て来た料理に笑みが零れる。

 煙やにおいが酷いので通常メニューでは取り扱ってない私専用のセットメニュー“焼肉”。

 

 「では、頂こう」

 

 どういう原理で熱を発生させているか分からない“ホットプレート”なる機器と、大きめの茶碗に盛られた艶やかな輝きを放つホカホカの白米(ごはん大)、そしてそれぞれの皿に載せられた七種類の肉へと視線を向ける。

 ナオ特製のタレにしっかりと浸けられ、黒みついた肉厚なカルビ。

 薄くスライスされながらも七種の肉の中では一番長いロース。

 赤身の様にしか見えないが内臓系の部位だというハラミ。

 カルビのような薄っすらとした黒みではなくもはや黒よりの赤黒さと他と違った質感が特徴的なレバー。

 長方形に近い形に切られた肉の中で円形という変わった切られ方をし、専用にネギと塩を混ぜた薬味が用意されているネギ塩牛タン。

 薄っすらと桃色がかった白いふわふわと柔らかそうなホルモン。

 ホルモンよりも純白に近い色合いで多少厚く切られた牛ミノ。

 

 満足げに並べられた肉を眺め、焼き肉用のトングを手に取ってホルモンへと伸ばして、落さぬようにしっかりと掴むとホットプレートに載せる。

 どうしてもホルモンというのは早すぎると食えたものではないので、焼くのに時間が掛かる。

 だからまず最初に焼き始めておいて、焼けるまでの間に他の肉を喰らうのだ。

 熱せられたホットプレートの鉄板に次々と肉を置いて行くとその度に焼ける音が耳に響き、焼ける匂いが鼻孔を擽り空腹感を増幅させる。

 特にタレに漬け込まれたカルビの匂いと言ったら堪らない。

 この匂いだけで酒は進み、米をがっつける。

 口が、胃が、身体が早く食べたいと急いているがここは焦らずにじっくりと構える。

 一件無造作にホットプレートに載せているようではあるが、タレ付きのカルビもあるので並べた際に、重なって味が移らないように注意は怠らない。

 

 一通り並べてちらっと総司の様子を窺うがこちらを気にする事無く、半分に切った大根をおろし器に直角に立てて、円を描くようにゆっくりと擦っていた。

 

 これがまたザックレーにとってはお気に入りのポイントのひとつで、総統などの職に付くと周りが気を使ったり、こちらも気を使う場面が多くなる。特に料理店では食べ方ひとつも気に掛けないといけない。正直言って飯を食うだけでそんなに神経を払わなければならないのかと苛立つ時だってあるが、この店ではそういった事は無い。

 例えスープを飲む際に啜る音を立てたとしても他の客に迷惑をかけなければ笑って許すだろう。

 何より自分で好き勝手に食えるというのは楽でいい。

 ただ自炊させられている気もするが、その作業も含めて焼肉は完成するのだと理解している。

 焼ける音と匂いさえも楽しみながら眺めているとタンに焼き目が付いてきた。

 待っていましたと言わんばかりにトングで取り皿に置くと、ネギ塩をスプーンで載せて、タンでネギ塩を包むようにフォークで折ってから刺し、大口を開けた口へと運ぶ。

 

 薄い筈なのにコリコリとした噛み応えに、ネギの香りと程よい塩気がタンと混ざって口内に広がる。

 牛タンにはレモン汁をかけて食べるのも酸味が味を引き立て、脂っこさをさっぱりさせて美味いが私はそうはしない。

 何故ならネギ塩牛タンを飲み込み、後味が残る口内にキンキンに冷えたレモンサワーを流し込むからだ。

 

 「かぁ~、美味い!」

 

 レモンの強い酸味を滑らかな甘みがまろやかな味わいにし、強炭酸なる刺激が喉をバチバチと叩くように通り過ぎて行く。

 初めて飲んだ時はその炭酸に驚き咽たものだが、慣れればなんとも病み付きになる感覚だ。

 ただし飲み易くても酒の類なので呑み過ぎには注意しなければ。

 そう思いながら差し出されたジョッキの半分ほど飲んでしまったがね。

 左手はジョッキを掴んだまま、焼けていくネギ塩牛タンを次々と噛み締め、レモンサワーで流し込む。

 あっと言う間になくなったタンに物足りなさを感じるも、決して追加の注文はしない。

 焼肉の肉は各種五枚から六枚と少なめだが、抜群に米や酒が進む為に多く注文すると自分の首を絞めかねないのだ。

 

 牛タンを腹に収めたところで、次の肉に照準を定めていく。

 ホルモンは焦げ目がつくぐらいしっかりと焼くので、今は保留としてロースに箸を伸ばす。

 薄く長いにロースはタンに次いで早く焼き上がる。

 まずは掛かっている塩コショウだけで味わう。

 薄くとも噛み応えのある肉質に塩コショウが本来の味を引き立てる。

 よく噛み締めて二枚目を摘まむと今度はタレに浸け、白米の上に広げて包むように持ち上げた。

 十分に焼けたロースが白米を包み、浸けたタレと油がじんわりと真っ白な米に広がってゆく。

 行儀が悪いだろうがこの食べ方は酷く好ましい。

 焼き肉用のタレは甘味、辛味、旨味が複雑に絡み合った上、深いコクに果物のようなフルーティな味わいを持つ。

 この不思議な味わいが焼いた肉にも合うのだが、米にも非常に合う。

 そんなタレに浸したロースで米を包むことで、タレに肉の脂や旨味が加算されて米にも浸透し、噛み締めるとタレの下で融和したロースと米が口いっぱいに広がる。

 これが本当に堪らない。実に堪らないのだ。

 どうしようもなく旨いのだ。

 

 三枚目のロースを食べたザックレーは四枚目を焼かずに、今度はハラミに箸をつけた。

 先のロース同様にタレに浸すが、白米とではなくレモンサワーのジョッキを手に取る。

 こいつは強敵である。

 ハラミは肉らしい弾力を備えているが、それ以上に柔らかいのだ。柔らかい上に広がる脂の旨味が段違いなのだ。非常に酒か米を欲してしまう肉で好きだが肉らしい。間違えた。憎らしい。

 少し加減を間違えれば腹が膨れて他を楽しみづらくなる。一歩間違えれば食べ残す羽目になる。

 勢い任せに食い散らかすのではなく、ペース配分を考えなくては…。

 ゆっくりと口に含み、噛み締めれば脂が溢れ肉は解れる。二度、三度と噛めば噛むほど旨味が溢れ出て来る。それをレモンサワーで流し込む。

 短く息を吐き、さっぱりとしたところで二枚目へと挑む。

 

 まったくこの焼肉と言うのは本当にどうしようもなく美味い。

 いくらでも味わいたいというのに無暗に食えば米で腹が膨れ、酒と楽しみ過ぎると酔い潰れ、肉ばかり食えば脂が回って食べれなくなってしまう。なんとも厄介で愛しい存在だ。

 

 さて、ネギ塩牛タンにロース、ハラミと楽しんだら次はホルモンとミノを楽しむとしよう。

 焦げ目が付いたホルモンは余分な脂が落ちて、残った脂には強い旨味が宿る。噛み切れぬ感触を楽しめば、ハラミとは比べものにならない程の脂が噴き出て来る。一口で脂が身体中に回りそうだが、それらを抑えるのがレモンサワー…なのだがいつの間にやらジョッキは空となっていた。

 

 「総司。おかわりを頼む」

 「レモンサワーおかわりですね。それと先に熱燗の準備もしておきましょうか」

 「このペースなら問題ないな。なら準備も頼んだ」

 「畏まりました。少々お待ちを」

 

 手を止めてレモンサワーを用意するのを待っている間はホルモンには手を付けず、ミノを摘まんで口へと放り込む。

 他とは違ったコリコリとした噛み応えを楽しみ、飲み込むと次のミノを続けて食べてゆく。

 同じホルモン系だというのに脂気がほとんど感じられないミノは幾らでも食べれそうだ。

 

 次々に放り込んでは感触を楽しんでいたが、レモンサワーのおかわりが到着すれば再びホルモンに方向転換。

 濃厚な脂と味わい、レモンサワーでさっぱりとさせる。

 ここまでほぼノンストップで食べ続けたザックレーは、一旦落ち着かせようとレバーに目標を変更する。

 

 レバーと言うのは難物だ。

 触感は肉やホルモン系とは異なりボソボソしており、味はとても血生臭く感じる。

 好き嫌いがはっきり分かれるほど癖が強すぎるのだ。

 若い頃であれば難色を示していただろう。

 だが、今の私であれば受け入れられる―――違うな、好きになれる。

 この臭みと食感を併せ持った独特の癖が堪らない。

 癖があるものは癖になるとはよく言ったものだ。

 そして癖のあるレバーにはレモンサワーでなく、酒を熱した熱燗との相性が抜群なのだ。

 熱すぎず、ぬる過ぎない温度にされた酒はゆっくりと身体を流れ、癖のある味わいが爽やかな風味と合わさって鼻から抜けていく。

 ほっと安堵するような感覚に食べる速度が自然と落ちる。

 レバーと熱燗はがっついて食べるものではない。

 ゆっくりと味わい、落ち着いて飲むものだ。

 そして熱を帯び、食に急く身体を落ち着かせ、心に平常心を取り戻させる。

 レモンサワーが脂に対しての中和剤なら、レバーは焼肉に対しての安定剤。

 時間を考えず、ゆるりと味わい、最後の一口を飲み込んだところでザックレーはニンマリと笑みを零す。

 

 これでようやく心置きなく喰らい付ける準備が整ったと…。

 

 目を爛々と輝かしたザックレーは、最後にとカルビを豪快に焼き始めた。

 カルビは噛み応えは強く、尚且つ柔らかい。

 肉らしさを誇りながらも旨味の脂を多く含んだ肉。

 タレに付けても塩コショウで食べても美味いのだが、私はこの食事処ナオ特製のタレに漬け込まれたこれが大好きなのだ。

 カルビ以外の肉を食べきったので他の肉の事も、腹の容量も、己が体調すらも気にすることなく、待ちに待ったカルビへと箸をつける。

 焼き目が付いてもテラリと輝きを放つカルビに食欲が働きゴクリと生唾を飲み込む。

 待望のカルビを口に含み噛み締める。

 噛めば勿論の事ながらカルビの旨味が広がるさ。

 それと同時に特製タレが絡みつくように広がり始める。

 ロースやハラミにもつけたタレをベースにしているのだが、ピリッとした辛味が強くなり、にんにくの香りと味わいがまったくの別物のようなパンチ力を与えている。

 落ち着いた身体が、頭が、心が、溶鉱炉の如く熱を発して動き出す。

 一枚に対して倍以上の米を掻っ込む。

 もはや噛まずに飲み込んでいるような速度で米が消えていく。

 そろそろかなとおかわりを言われる前に総司は新しい茶碗に白米を盛り始めると、予想通りにザックレーのおかわりの声が掛かる。空になった茶碗を受け取り、おかわりを渡すとカルビ一枚で盛った白米の三分の一が飲み込まれた。

 見た目お爺さんであるがその食べっぷりは働き盛りの若者と変わらないほど力強く、あっという間に二杯目が空になる。

 さすがに三杯目は頼まずに、最後の一枚を味わい尽くすと残っていたレモンサワーを一気に飲み干す。

 

 膨らんだお腹を軽く摩ると、身体に溜まった熱を排気するように空気を吐き出す。

 

 「今日も旨かったよ」

 「ありがとうございます」

 「また来るよ」

 「お待ちしておりますねザックさん」

 

 ホットプレートの脇に代金を置くと重くなった身体を立ち上がらせ、扉へ向かって歩き出す。

 眠りかけていたナオが大欠伸をしながら背筋を伸ばす。

 扉を開くとカランと鐘が鳴り、火照った身体を涼し気な外気が冷ます。

 心地よい夜風をその身に受けて、見送りに付いてきたナオと共に馬車へ来た道を戻る。

 

 「ナオよ。今後あの店には何かしら問題が起こるかも知れぬ。助けてやれることもあるが、咄嗟に護ってやることは叶わない。しっかりと護ってやるのだぞ」

 「ナァ~オゥ」

 

 解っていると言いたげな返事にクスリと笑みを浮かべる。

 本当に賢い猫だ。

 どうにか総司とナオ両方手元に置けないものかと本気で悩んでしまいそうだ…。

 他愛もない事を悩んだザックレーは無理だろうなと諦め、馬車に乗り込む頃には次回を楽しみに思いを馳せているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザックさんが帰った食事処ナオは静寂に包まれた。

 総司は喋ることなく洗い物を済ませて、淡々と大根を擦り続ける。

 ゆっくりとザックさんが来る前から擦り続け、二時間が経ってようやく擦り終え(大根の半分)、大きく息を吐き出した。

 一旦手を止めて扉に視線を向けると微笑を浮かべる。

 

 「どうしたのですかユミルさん」

 

 扉の裏に誰かが居る気配がしていたのを感じ取っており、自身にも経験が(・・・)ある事から当たりを付けて声を掛けたのだ。

 すーと音を立てずに上に続く階段への扉が開き、ユミルが何処か照れ臭そうに笑っていた。

 二階は居住スペースになっており、空き部屋のひとつをユミルに与えているので今や二人暮らしとなっている。

 扉で区間を遮っていても焼肉の匂いと言うものは強く、扉の隙間を縫って二階まで漂ったのだろう。

 

 「いや、その…なんだ」

 

 口篭もりながら何かを言おうとするユミルに代わって、小さく腹の虫が鳴いた。

 今度は恥ずかしそうに顔を背ける。

 やっぱりと予想が当たっていた事にまたも笑みを浮かべる。

 

 「あまり夜中に食事を摂るのは身体に悪いんですけど、少々小腹が空きましてね。しかし同居人が居るというのに一人だけ食べるというのは罪悪感があります。どうでしょう、私の為に夜食に付き合って貰えないでしょうか?」

 「―――ッ!?そ、そういう事なら仕方ねぇな」

 

 用意した理由に跳び付くや否や席に腰かけて待ち遠しそうに視線を向けて来る。

 まだ私が幼かった頃に父が友人と家で呑んだ後、美味しそうな匂いに釣られて物欲しそうにしていると、何処か気まずそうに夜食を作ってくれたのを思い出す。

 父親になっていないけれども、こうやって父と同じことを自分がしていると想うとどこか感慨深い想いに駆られますね。

 

 汚れを落としたホットプレートの鉄板を戻して熱し始める。

 身体の事を考えて夜食でさすがに肉は出せないので、冷蔵庫から刺身用のサーモンを取り出す。

 温まるまでにお茶碗にホカホカのお米をよそいで、刺身用の甘めの醤油を用意する。

 お米ではなく酢飯の方が海鮮丼みたいで合うのだがこれは夜食。

 父もそうだったが私も夜食は手間暇をあまり掛けずに簡単に美味しい物を、と思っているので酢飯までは作らない。

 

 程よく熱せられたところでサーモンを切り分けずにそのまま鉄板に置く。

 ジュワ~と焼ける音が薄っすらと店内に響く。

 これをやる時は決まって弱火。

 中火でも良いが強火は駄目だ。

 今からする料理は焼くのではなく、炙るに近い物。

 表面に焼き色が少しつく程度で中にも火を通す。

 強火でやってしまえば早ければ表面だけ熱し、遅ければ表面を焼き過ぎてしまう。

 置いてからは目を逸らすことなくじっくりと見つめる。

 下にしていた面が薄っすらと白くなり始めるとひっくり返す。

 そしてまた眺め、ひっくり返す動作を全面に行う。 

 終えたらまな板に移して素早く平切りに切り分け、ご飯の上へと乗せてゆく。

 そこに醤油を掛けてワサビをのせるだけでも美味しいが、総司はご飯とサーモンを覆うように大根おろしをたっぷりとのせ、回すように醤油を掛けるのだ。

 一つは自分用に、もう一つはカウンターで餌を待つひな鳥のようなユミルへと渡す。

 

 「どうぞ、サーモンのみぞれ丼です」

 

 舌で唇を嘗めると、手と手を合わせて「いただきます」と言ってからスプーンを手に取って一口分すくう。

 ホカホカの白米の上にオレンジ色のサーモン、そして醤油がじわりと滲んで黒みを含んだ大根おろしが層のように重なっている。

 興味津々に迷う事無くパクリと食べると頬を緩めた。

 

 「旨い!」

 

 笑顔を浮かべてパクパクと食べる様子を満足げに眺め、総司も自分の分に手を付ける。

 熱したことでサーモンの旨味と甘味が強調され、身が柔らかく口の中でとろけ、ふわりとした大根おろしと混ざり合う。食べ続けると脂がしつこくなってくるが、おろしがさっぱりとさせて重く感じる事無く食べ終えられる。

 

 夜食を食べ終えて片付けた二人は、明日に備えて眠りにつく。

 また明日もいつものように料理を振舞おうと。

 この生活を失わぬようにしっかり働こうと。




●現在公開可能な情報
・食事処ナオの混ぜ物

 異常過ぎる安さから発生する問題と総司の心情を解消する打開策。
 進撃の世界の材料を混ぜることで値段は他に比べて安いが近づき、進撃の世界の商人にも利益を得て、多少なりともお金を回せるようになる。
 ただ肉類などは割合によって値段が跳ね上がるので、まだまだ割合の見当が必要。

 イザベル・マグノリアが口走った案を採用。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第07食 プリン

 第104期訓練兵団にて最上位の成績を修めているミカサ・アッカーマンは珍しく街に出ている。

 彼女は幼い頃に自身に降りかかった事件より、すべてがエレン・イェーガーを中心に回っていると言っても過言でない程に動いている。

 訓練兵団に所属して調査兵団を目指しているのもエレンが調査兵団を希望しているから。

 優秀な成績を修めつつ、休日も鍛錬を怠らずにさらに上を目指しているのはエレンを危険から護る為。

 全てはエレンの為に。

 

 周りからもエレン本人からも過保護な保護者のような感じになり、たまに「子ども扱いすんなよ!」と嫌がられるが幼き頃よりの関係が崩れる事無く今まで続いて来ている。

 だからミカサはこれからもエレンや幼馴染のアルミン・アルレルトと変わらぬ関係と生活を続けられると無意識に思っていた…。

 

 最近エレンとアルミンの様子がおかしい。

 そう感じたのは数週間前の休日からだった。

 最初はアルミンが休みの日に出かけるようになった。別段アルミンは休日も訓練所に籠る事も無かったのでそれほど気にはしてなかったがエレンは違う。

 強くなりたいと心の底から思っているエレンは決して鍛錬を怠らない。

 休日は寝る時と食事以外はほとんど鍛錬尽くしで終え、出かける事なんて必要な買い出しがある時だけだ。下手するとそれすらも誰かに頼んで鍛錬に集中することだってあった。

 なのにここ二週間ほど休日の昼前後に出かけるようになった。

 気になって理由を聞いてみても酷く焦ったように関係ないだろと何かを隠している様子。

 私に知られたくない事なのか、それとも別の理由があるのだろうか。

 今度は隠れて付いて行ってみようかとも考えたのだが、つけて来るなよと先に釘を刺されてしまった。

 あまりしつこくして嫌われたくない。

 しかし気になる。

 

 ミカサの容姿は艶やかな黒髪に母親譲りの整った顔立ち、スタイルの良さから男性陣の人気が高く(上位ではあるが一位ではない)、食事の際は声は掛けないものの少し離れた位置に気にしている男性陣が陣取っていたりする。

 するのだが今日は全くと言って近くには誰も居ない。

 いつもならミカサはエレンとアルミンと同席しているが今日は一人という事で恋心を抱いている同期のジャン・キルシュタインが近付こうとしても、途中でビビッて逃げ出す程なのだからちょっと気にしているぐらいの連中は遠目でも近付こうとは思わないだろう。

 エレンに隠し事をされているショックから溢れ出る悲壮感は十四歳の少女が出していいものではない。

 

 そんな状態のミカサを見かねた同室の(・・・)ミーナ・カロライナから声を掛けられた。

 数週間前よりお気に入りの店を見つけて毎週通っていたら、新しく提供するデザートの試食を頼まれたとの事で一緒に行こうと誘われたのだ。

 行くような気分ではなかったけれどもミーナが自分を気にしてくれている事は解っているし、今日はエレンもアルミンもキース教官に呼び出されて忙しいので、隠れて出かけることもないだろうと判断して誘われるがまま付いて行く事にした。

 

 かくしてミカサはミーナに連れられて“食事処ナオ”のカウンター席に座っている。

 膝上には入って秒単位で捕まえたナオを抱きしめて…。

 

 「ね、ねぇミカサ…」

 「なに?」

 「その猫なんだけど…ずっと抱き締めるの?」

 「―――出来れば」

 

 数刻前まで悲壮感を漂わせていたミカサは、抵抗虚しくされるがままとなったナオを抱きしめる事で癒されていた。

 特別猫が好きという訳ではない。

 だけれどこの(ナオ)は特別だ。

 一目見た瞬間にミカサは動かずにいられなかった。

 翡翠のような瞳に幼いながらも鋭い眼つき。

 まるでエレンをそのまんま猫にしたかの容姿。

 

 総司にミカサを連れて来た経緯と試食を彼女にもという話を済ませて待っているミーナはぐったりとしたナオの「助けてぇ…」と言わんばかりの視線から目を逸らす。

 あれほどご満悦なミカサから奪う…のは心情的にも肉体能力差から返り討ちにされることから無理だろうし、説得しようにも交渉の余地はないのは明白。

 もう一度視線を合わせたミーナの解答は「諦めて」というものだった。

 

 初めて敗北を味わったナオはただひたすら離してくれないかと願うのみだった。

 ちなみに総司は「ナオが好かれている」と思い微笑、ユミルはナオの心情を察して心の中で笑っていた。

 

 「お待たせしました。こちらが試作のプリン各種となります」

 「わぁ…綺麗ですね」

 

 清潔そうな白いカッターシャツに黒のズボン、“食事処ナオ”とロゴが入ったエプロンを着たユミルによって運ばれてきたプリン各種に視線が釘付けになる。

 プリンの種類は合計で五種類あり、そのほとんどが見慣れぬ色に染まっていた。

 馴染のあるカスタードプリンは良いとして、黒に白、濃い黄色と並び、最後には表面に焦げ目が付けられ、白い器に入ったままのものなど興味がそそられる。

 飾りつけもされずに皿に乗せられただけというのに、彩だけでミーナ同様に綺麗だと呟いてしまった。

 寧ろ飾り付けも無いからこそこれらは映えるのではないかと思うほどに。

 ちなみに試食に入る為にミカサが抱き締めていたナオを床へと降ろすと、一目散に離れて奥へと引っ込んでしまった。

 

 「では、頂きますね」

 「……頂きます」

 

 ナオの動向を気にせずミカサは手始めに覚えのあるカスタードプリンへスプーンを差し込む。

 クリーム色のプリンにカラメルが掛かっているクラシックな見た目に安心感を覚えながら、パクっと一口咥えた。

 慣れ親しんだ柔らかくも多少硬さがある食感を想像していただけに、舌の上でトロリと蕩けたにプリンに驚きを隠せない。

 クリーミーな食感と共に濃厚なカスタードとバニラの風味が広がり、後から少し苦みのあるカラメルソースが絡まって口内を落ち着かせる。

 今まで食べてきたプリンとは一線を画している。

 

 「何コレ!?口の中で蕩けるんですけど」

 

 満面の笑顔で感想を口にするミーナを見て、ハッと我に返る。

 ここには試作品の試食という事で来ているのだ。

 自分も何か感想を言わないといけない。

 そうは思ってもあまり喋りは得意では無い上に、驚きが大きすぎて何と言って良いか分からなくなってしまっている。

 答えられない現状を悩みつつもスプーンは無意識にもプリンへと向かい、二口三口とどんどんと減らしていく。

 手が止まらない。

 ミーナが味や食感の感想を口にしている間にカスタードプリンを完食し、ミカサは他のプリンへと視線を移していた。

 

 次に手を付けたのは真っ白なプリンだ。

 黄色や水色などの他の色が白っぽくなっているのではなくて、混じりっ気の無い純粋な白。

 白もそうだが黒に濃い黄色などそんなプリンを目にした事がなかったので、カスタードプリン以外は見当が付かない。

 恐る恐るスプーンですくうと先ほどのカスタードプリンより固い感触を感じる。

 ただ感じたからと言ってそれが何なのか解らず、思い切って口に含む。

 

 ………ミルクだ。

 

 口に入れてすぐに判明した。

 ミルクのなめらかでコクのある味わいにホッとする。

 食感は先のカスタードプリンと異なって、プリンというよりは少しゼリー寄りの感じだ。

 だからと言って嫌な訳ではなく、寧ろプリン特有の柔らかさにゼリーのプルンとした弾力性と口溶けの良さが合わさった新たな食感が癖になる。しかもさっぱりと後味を残さないのでしつこくなく、これなら幾らでも食べれそうな気がする。

 

 解らない事から不安を募らせていたが、この“ミルクプリン”を食べた事で不安は綺麗に消え去った。

 寧ろ解らないこそ楽しみに思っている自分がいる事に気付く。

 

 次はどれにしようか。濃い茶色も黒も非常に気になる…。ここは手前の濃い黄色からとしよう。

 濃い黄色と言うがどちらかというと橙色に近い。

 やはり予想がつかないが、観察するよりも早く食べたい気持ちに急かされ早速食してみることにする。

 今度もまた違う食感。

 ミルクプリンのような弾力性はない。

 カスタードプリンのように舌上でとろける訳でもない。

 絡まるのだ。

 濃厚且つ甘味を持ったかぼちゃの味わいが舌ばかりか口内に絡みつく。

 しつこい位に濃い。

 まったく別の方向性を持ったプリンに驚愕と、美味しさと楽しさから頬が緩む。

 どうやったらプリンという種類でこうも違うのか。

 もうプリンの虜となりつつあるミカサはぺろりと三種類のプリンを平らげた。

 

 さて、四品目は黒いプリン。

 今まで通り味の予想は出来ないが、これも今までのプリンから考えて美味しい事は想像できる。

 高い期待感をそのままに味わう。

 ―――美味しい!

 強い甘みに深みのある苦みがまろやかに交じり合い、深みのあるコクが広がり、独特の香りが抜けてゆく。

 食感はかぼちゃプリンとカスタードプリンの中間ぐらいで、程よく絡みついて飲み込んだ後も後味が強く残る。

 食べれば食べるほど味は濃く感じ、薄まったり慣れ飽きることがない。今までに食べたことのない“チョコレートプリン”をしっかりと堪能して飲み込む。

 どれもこれも甲乙つけ難いほどに美味し過ぎる。

 

 残すは最後の一種類。

 表面が焦げているプリンだ。

 これまでの四種類もそうだったが、それ以上に想像がつかない。

 今まで通りスプーンですくおうと差し込んだミカサは、妙な感触に手が止まる。

 

 パキリと割れたのだ。

 プリンではありえない感触と音に驚きながら、ゆっくりと差し込んだスプーンを持ち上げる。

 割れた表面の膜の下には白いプリンが広がっていた。

 ここで注目したのはプリンだ。

 スプーンですくえる程度には形を保っているのだが、見ただけでもとろける柔らかさが理解出来る。

 少しでも傾ければ流れ落ちそうで手が震える。

 ゆっくりと口元まで運び、そこからはスプーンでなく顔を寄せて食べた。

 ねっとりとしたプリンが濃厚な味わいと共に口の中で溶け、幸せな気分でいっぱいにしてくれる。

 プリンとは異なってパリッとした表面の膜はそのままでは飲み込めないので何気なしに噛み締め、ミカサは予想打にしなかったさらなる甘味に目を見開いた。

 噛んだ瞬間に広がった強い甘みがプリンと混ざり合い、美味さをさらにもう一段引き上げたのだ。

 油断した…。

 これはずるい。卑怯と言っても過言では無いだろう。

 

 頬を緩ませて脳内で“クレームブリュレ”を絶賛するミカサだったが、これは濃過ぎる為に一個で充分だなと判断を下す。

 逆にカスタードプリンやミルクプリンは小さな容器をやめて、バケツで提供すべきだと思う。

 そう思いながら最後の一口まで満喫し、ミカサは試作品のプリンを食べきった。

 

 「如何でしたか?」

 

 声が掛けられた事でプリンにしか向けてなかった意識が周囲に向けられる。

 そこには隣まで来ていた微笑む総司と未だ二つ目のプリンを試食していたミーナの視線があり、まったく気付かずにプリンに集中していた事に恥ずかしくなる。

 様子を眺めるミーナがにやにやと笑う。

 

 「……美味しかったです」

 「それは良かったです」

 

 本当はもっと伝えたい。

 けれども自分の口から洩れたのは簡素な一言のみ。

 アルミンならもっと良い表現を口に出来たろう。

 エレンなら率直に感想を口に出来たろう。

 ここにあの二人が居たならばと考えてしまう。

 

 「五種類用意したのですが基本的に店では三種類か二種類お出ししようと思っているので、お気に召しましたのを言って頂ければ…」

 

 耳にした言葉により後悔を含んだ考えは吹き飛び、人でも殺せるような強い意志を持った瞳が総司に向けられる。

 いきなりそんな視線を向けられた総司は驚き肩をピクリと震わした。

 

 「全部美味しかった。全部出すべき」

 「え、あ…はい。そうします」

 

 変わりない位に短い言葉であったが、一言一言が力強くミカサの想いが詰め込まれていた。

 申し出というよりは命令に近い口調と鋭い瞳に気圧されたまま返事をしてしまい、その返事にミカサは満足そうに小さく笑った。

 

 言葉にしなくてもミカサが気に入っていてくれていたのは食べている姿から容易に想像できた。

 さすがにこれほど強く気に入ってくれているとは思わなかったが…。

 

 ふと、それほど気に入って頂いたならアレ(・・)はどうなのだろうかと疑問を抱き、カウンターに置いていた写真を手にしてミカサへと差し出す。

 

 「少し参考にしたいのですけどこういうのはどうでしょうか?」

 

 差し出された正確過ぎる絵(写真)に驚く。

 普通なら絵の出来映えにこそ驚くはずであるが今は違う。

 映っていた品にしか思考が向いていない。

 

 大きなガラスの器に生クリームやアイス、数種類に及ぶ瑞々しい果物。そして中央には“主役は私だ!!”と主張するように存在感を出すカスタードプリン。

 “プリン・ア・ラ・モード”のスケールの大きさや見た目の良さ、さらに美味しいだろうなという期待から心が弾む。

 食べてみたい――そう思い立ったミカサは勢いよく立ち上がり総司の手を両手で強く握った。

 

 「絶対に売るべき。そして私は―――食べる!必ず」

 

 唐突な行動に唖然とする総司にミカサは告げる。

 放った言葉がおかしかったことなど気にも止めず、期待を胸に想いを込めて見つめる。

 

 

 カランと鐘が鳴り、新たなお客が来たことを知らせる。

 

 「こんにちわ総司さん。いつものサンドイッチィ!?」

 「どうしたアルミン。変な声を出してぇ!?」

 

 聞き覚えのある声に振り返るとそこにはアルミン・アルレルトとエレン・イェーガーの姿があった。

 “用事があるから”の意味がここに通っていたと理解する瞬間だ。

 けれどミカサはそれよりも優先することがある。

 

 「エレン!」

 「は、はい!?」

 「ここのプリンは食べるべき!とても美味しい!!」

 「お、おう…」

 

 何故ミカサがここに居るのか?

 何故総司さんの手を握っているのか?

 何故、何故、何故と疑問が山積みになっているエレンとアルミンを他所にミカサは来週もここに来ようと心に決めるのであった。




●現在公開可能な情報

・少女誘拐事件
 当時九才の少女Mはエルディア人では珍しい東洋人の血を引いていた事から、高値で売れると人身売買を目論んだ男性三人組に攫われた誘拐事件。
 両親(・・)や憲兵を始めとした多くの関係者が捜索を行ったが、めぼしい証拠も目撃情報もなく捜索は難航されると予想されたのだが、少年Eにより森の奥にあった小屋内で発見され、勇気ある行動から少年Eは少女Mを助けだして近くを捜索していた憲兵に誘拐されたその日中に無事保護された。
 尚、誘拐した三人組であるが、助け出す際に争いとなり三人とも重傷を負い、知らせを受けて駆け付けた憲兵が到着したところで死亡が確認された。
 争いの末に殺害してしまった少年Eと少女Mは状況と現場検証により正当防衛が認めら罪は咎められなかった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第08食 クレープ

 前回チョコレートをミカサが昔食べてたとか知っているなどの表記がありましたが、変更してチョコレートを知らないものと設定直しました。


 私は貴方の事を忘れた事は無かった。 

 誰をも信用していないような鋭い眼つき。

 自分達以外を寄せ付けまいとする刺々しい雰囲気。

 同い年ぐらいの女の子の筈なのに生きてきた環境がゆえに生きることに必死になるしかなかった貴方。

 別に貴方だから助けたという事は無い。

 貴方でなくとも私は助けようとしただろう。

 姉さん(・・・)からは呆れたと言わんばかりの反応が来ることも分っていたけども、これが私の性分なのだから仕方がないし、見捨てたりして後悔なんてしたくないから…。

 

 けれども貴方には決して憐れみや同情は向けなかった。

 ……いや、向けれなかった(・・・・・・・)

 

 私は父親である貴族のロッド・レイスに望まれなかった子供。

 母親はレイス家使用人として雇われていた女性で、ロッド・レイスと関係を持って今は使用人を辞めさせられて妾として生活している。

 正妻との間に跡継ぎとなる子供が居ないのであれば話は違ったかもしれないが、ロッド・レイスは五人もの子供が居る為に妾の子など大事にされる訳はない。父親にその気がなくとも貴族となれば周りの目を気にしなければならないし、周囲がそれを許さない。

 私達は父親に会う事無く、遠ざけながらも世話を見るとの事でレイス領にある小さな牧場で暮らすことになった。

 大変だった…。

 小さな頃より牧場の手伝いをしたり、周囲の子供達には石を投げつけられて過ごす日々。

 母のアルマは私達(・・)に無関心で、関りを持とうとせずに姿を消した。

 

 周囲から快く思われず、母親から愛されず、産まれてきたこと自体疎まれた私。

 親に捨てられ孤児に成り、必要とされた所で祭り上げられたが、その結果世界から疎まれた貴方。

 

 (クリスタ)貴方(ユミル)は似ている。

 そう言うと同情や憐れみではないか?と言われるかも知れないけど私の中でそれらは無い。

 同じく世の中から疎まれた者だからこそ、知りたいと思った。

 お友達になりたいと望んだ。

 たった一週間という短い期間だったけれども、貴方と話した時間はどんな時よりも楽しく、今で最も輝かしい思い出だ。

 

 こんな時間がずっと続けばいいと願いつつ、きっと続かない事を何となく察していた。

 実際貴方は別れも告げずに去って行ったよね。

 なんでとは聞かない。

 貴方は優しい人だからこれ以上迷惑が掛からない内に姿を暗ましたのだと解っている。

 実際出て行った翌日には憲兵達が捜索に訪れた。

 場所がレイス領というのと、私達の事情が事情だけに捜査を躊躇っていたらしいが、他の場所での目撃情報がないことから探さない訳にはいかなくなったのだとか。

 痕跡を残さず去ってくれたおかげで私達は疑われることは無かった。

 無かったけれども痕跡のひとつもない納屋を見る度に、私の心は締め付けられる思いでいっぱいになった。

 まるで貴方と話した思い出そのものも存在しなかったように映ったからだ。

 あの日から表には出さないように気を付けているけど、ずっと心にぽっかり穴が空いたような日々は時として表層に上がって悲しみの涙で枕を濡らした。

 去った後、貴方の関係者が次々と捕まった話を耳にすると、不安で胸が締め付けられる。

 会いたい。

 無理だと思いつつも無事であることを確認したいと願う。

 

 ―――もしかして…クリスタか?

 

 街中を歩いていた時に貴方から声を掛けられた時は正直信じられなかった。

 嘘ではないか。

 夢ではないのか。

 幻の類ではないかと疑った。

 でも貴方に触れ、体温に触れた事で疑念は消し飛び、無事であったという事実に心が決壊した。

 困らせるつもりなど毛頭なかったけれども流れ始めた涙と零れだした言葉、溢れてきた感情を押し止めることは私には無理だった。

 表では騒ぎになり始めたので、裏路地へと連れられひと目を気にせずに想いをぶつけ続ける。

 話が前後したり感情が先走った言葉の数々に、貴方は受け止めて一つ一つ答えてくれた。

 それから私達はアレから何をしていたかを話し合った。

 私が今は牧場を離れて訓練兵団に入った事を。

 貴方が今は事情を察した総司という人の下で働いている事を。

 

 安心した。

 追われる日々からこうして堂々と出歩けるぐらいの生活を歩めている。

 その言葉が嘘でないのは刺々しかった表情が生き生きしている事から理解出来る。

 安堵を胸に笑みを浮かべていると何か考え付いたのかユミルが表情を動かした。

 

 ―――そうだ。確かイチゴ系のお菓子好きだったよな。イチゴのクレープ作ってやるよ。

 

 昔栽培していたイチゴを使ってお菓子を食べていた事を覚えてくれた事は嬉しかったが、その言葉に少し疑問を覚えた。

 エルディアのクレープ・シュクレ(クリームやジャムを挟んだ甘いクレープ)と言えば野菜から作ったジャムを乗せたものが一般的となっている。

 砂糖はまだしも果物は壁を突破されて主食の生産を優先するあまりに大半の所が穀物や小麦の生産を強要され、以前のように生産していない為に価格は高騰した。

 勿論肉類を挟む“クレープ・サレ”などは手にするどころか目にすること自体なくなってしまった。

 金銭面に余裕のある貴族でない限りは目にする事すら珍しいご時世だ。

 だというのにユミルはイチゴのクレープを作ると言った。

 

 知っているクリスタから見ても見違えたユミルを、昔の手配書頼りの憲兵に目を付けられることは、相当なボロを出さない限り可能性として少ないだろう。

 けど追われている身なのは変わらず、バレてしまえば厄介事になる。

 追われている事を知らないならまだしもユミルを雇っている店長さんは知っているらしい。

 事情も含めて人目に付きにくい小さな料理屋を想像していただけに、氷を使えるだけの店だとは考えれなかった。

 

 疑問を口にしたところ、どうやら想像していた通りの店らしく、余計に疑問は深まった。

 そんな私の思いに気付かずにユミルは嬉しそうに案内をする。

 裏路地を進み、周りとは様式が異なる建物へと辿り着く。

 なんとも独特な雰囲気を持った建物(食事処ナオ)に首を捻るクリスタをユミルは手招きしながら中へと入って行く。

 カランと扉を開けると鐘が鳴り渡る。

 店内は人が少ない。

 ゆえに店内自体へと視線が向く。

 落ち着いた雰囲気を纏う装飾品の数々にほんのりと暖かな空気、丁寧な仕事ぶりが見て取れるテーブルなどなど裏路地に佇む店屋としては場違いな内装に別の意味で疑問は深まった。

 誘われるままにテーブル席にクリスタが腰かけると、早速ユミルは総司に話をつけて作業に移る。

 

 ★

 

 お前は本当にお人好しの馬鹿だよな。

 厄介事と分かっていて食いもんを分けて、納屋に匿ってくれたんだからな。

 知ってたか?

 私も含めてお前が匿った連中はお人好しのお前をどう利用しようかなんて企んでたんだぜ。

 露とも知らずに世話を焼き、私と仲良くしようと色々と話して来たよな。

 羨ましい位純粋で、腹立たしい程世間知らずで……温かい…。

 だから私はお前から離れたんだ(・・・・・・・・・・・・・・)

 絶対にお前だけは巻き込んだらいけない。

 もし巻き込んでしまえば私は一生自分を許せないだろうと思ったから。

 アイツら(憲兵)に追われて、生き延びる為には何でもしてやろうなんて考えてたってのに、数日関わっただけでお前の馬鹿が移っちまったらしい。

 自分達の痕跡を消して、夜闇に乗じて逃げ出した時は“これで良いんだ”と何度も言い聞かせ、悲しむであろうお前の事を想って何度も心を痛めた。けれどあの別れは必要だったし、間違っていなかっただろう。

 そうは思っても突然居なくなった事に対して色々思い、悲しませてしまった事は何時までも脳裏にこびり付いていた。

 あの優しさに私は仇で返してしまった…。

 

 これがその代わりという訳ではないが、喜んでくれるというのなら出来る限り最善を尽くそう。

 

 店長(総司)から許可を取ったユミルは手を洗い、給仕用から調理用のエプロンへと着替える。

 飲食物を扱うなら清潔には気を付ける事と何度言われた事か。

 最初は開ける度に驚いていた冷蔵庫より薄力粉や卵などクレープの生地の材料と、具材となるイチゴなどを取り出す。

 他にクレープを作るとなれば器具も用意しなければと、クレープ生地を焼くためのクレープパン(クレープ用の縁が短いフライパン)や生地を伸ばすT字型のトンボ、ひっくり返すための薄いヘラを奥の棚より出して水洗いをする。

 一通り道具も材料も用意出来たのを確認して、さっそく生地を混ぜ合わせながらクレープパンを温め始める。

 クレープパンがよく熱せられたら混ぜ合わせた生地を流しいれるのだが、その前に大きく深呼吸をして気持ちを整えた。

 習い始めた頃はよく失敗したところだ。

 流し込んだ生地の量が多すぎれば厚くなり、少なすぎれば簡単に破れてしまう。

 量も大事だが生地の伸ばし方にも気を付けなければ、変なムラが出来て薄かったり厚かったりして食感もバランスも崩れてしまう可能性がある。

 くるりとトンボでムラが出来ないように伸ばして様子を観察する。

 クリスタの為にと想ったおかげか、いつも以上に上手く出来ているような気がする。

 おっとここで気を緩めるのはまだ早い。

 薄く伸ばしたという事は焼き上がりの時間も早いという事で、目を離しているとあっと言う間に焦げ付いてしまう。そうなっては食べられたもんじゃない。

 注意深く生地の縁を眺め、薄っすらと茶色く焼け始めたところで薄いヘラでひっくり返す。

 本当にクレープというのは最初が難関過ぎる。

 量に伸ばし方にひっくり返すタイミングと返し方。

 生地さえ出来ればあとは楽なのに…。

 

 以前ひっくり返す際にしくじってぐしゃぐしゃに纏めてしまったことがある。

 その時は引っ張って戻そうとしたけれど生焼けの生地が他にくっ付いて二度と戻る事は無かった。

 総司は笑って「失敗は糧にすればいいんだから」と良い、失敗した生地にチョコレートソースと生クリーム、スライスしたバナナを乗せた“チョコバナナクレープ”風がまかないとして出されたっけ。

 正直言うと成功したクレープと遜色ない味で美味しかった。けれどそれを客に出す訳にはいかない。特にクリスタにそんな失敗した物を贈りたくないし、失敗したところを見せたくない。

 形を崩すことなく裏返せた生地にホッと安堵の息を漏らし、少し様子を見ながら焼き上がった生地を皿へと移す。

 

 皿へと広げた生地に目測で六等分に分け、その一角を仕切るように縁より中心へと生クリームを絞っていく。その際に始まり地点は線を引くように絞るのではなく、少し出したら持ち上げて山のようにする。

 生クリームを絞り終えたら次に生クリームで区切った六分の一の区画にスライスしたイチゴを乗せ、ベリーソースをイチゴの上にタラリを垂らす。

 具は乗せたので生地を巻くように折り畳み、逆三角形のような形に整えたらクレープ単体は(・・・・・・・)完成だ。

 そこからクレープの上にチョコソースをゆらゆらと左右に柔らかな線を描くように掛け、皿の空いた所にイチゴのアイスクリームを乗せる。

 

 総司の作ったものに比べれば色々と技術面で劣るだろうが、今できる自分の最高の出来に納得し、自信をもってクリスタへと差し出す。

 

 ★

 

 ―――凄い。

 流れるような手つきでクレープが出来上がったと思えば、皿の上で一つの作品のように整えられる様にクリスタはただただ見惚れていた。

 差し出されたクレープを眺め、勿体なさから手が出し難い。

 しかし、眺めているだけという訳にはいかないし、折角ユミルが作ってくれたものを無駄にしたくない。

 出来る事ならこのまま残したい気持ちを抑え、用意されていたナイフとフォークを手に取る。

 軽く押し当ててから引いたナイフによりスーと切れた小さな一部をフォークで刺して口元へと運ぶ。

 小口で収まるサイズのクレープを含み、頬を緩めた。

 生地に包まれた生クリームが溢れ、ふんわりとした食感が口内を撫でる。

 スライスされたイチゴよりイチゴならではの甘酸っぱさと、ベリーソースの濃くしたイチゴの風味が合わさったわざとらしい程のイチゴらしさ。優しくなめらかな生クリームの甘さと、クレープの上に掛けられた複雑で深みのある黒いソース(チョコソース)

 それらすべてがお互いを引き立てながらも主張し合い、一つの味わいとなって喉を通って行く。

 

 美味しい。

 ただ単にこのクレープが美味しいというのもあるが、それ以上にユミルが私の為に作ってくれたと想うとさらに美味しく感じる。

 

 ―――どうだ。上手いもんだろ?

 

 ユミルの言葉に大きく頷き、心より美味しさを伝える。

 予想していなかったのか、ユミルは照れたようで頬をポリポリと掻き、視線を逸らされてしまった。

 その反応があまりに良かったので、つい悪乗りして言葉を続けると「そ、そんなに褒められると照れるだろぉ…」と顔を真っ赤にしてカウンター内へと引っ込んでしまった。

 悪い事をしたかなとちらりと伺ってみると、怒っている訳ではなく嬉しそうに笑っていたのでほっと安堵する。

 クレープを二口、三口と運び、短く息をつく。

 一旦ナイフとフォークを置いてスプーンに持ち代える。

 そして皿の端に乗せられたアイスクリームへと伸ばす。

 

 アイスクリームを作るには牛乳に砂糖が必要だ。

 昔に比べて高くなったとはいえ質を考えなければ買えないほどでは無い。

 一般家庭でも牛乳も砂糖も使われている事からもそうだと言える。

 まして多少なりレイス家より援助を受けているクリスタは多少質を上げても容易に手が出るだろう。

 なんなら牧場から搾りたてを入手することだってできる。

 けれどもアイスクリームを作るのなら冷やす為の氷が必須であり、氷を運ぶにしても作るにしても大金が掛かる。

 最大の難関により作る事は叶わないというのにここではあっさりと作っていた物を保存して出して来た。

 当然の疑問を抱くがユミルを信じているクリスタは疑問を放置して一口含んだ。

 含んだ瞬間にアイスが溶け、ひんやりとした冷たさと甘いイチゴの味が広がり、噛み締めると小さなイチゴの果肉がプチリ、プチリと心地よい食感が弾ける。

 クレープも美味しかったけどアイスも負けない程美味しかった。

 大きめに口を開いてはむっと二口目を含むとユミルのニヤついた視線に気付き、はしたなかったかなと恥じらって頬を染める。

 何も言わずにニヤニヤと見つめてくるので疑問を口にするとさっきの仕返しだと…。

 もぅ、意地悪だぁ。

 クスリと笑い合い、この時間に心が満たされてゆく。

 客が少ない時間帯という事で総司より早めの休憩時間を貰ったユミルとクリスタは会話に花を咲かせる。

 クレープとアイスを食べながらユミルと過ごす一時。

 本当に楽しいものだった。

 けれど楽しい時間というのはあっと言う間に過ぎ、皿の上はいつの間にか綺麗に片付いていた。

 名残惜しいけど私もそろそろ帰らないといけない。

 私は最後に「また来るね」と告げる。

 

 ―――おう!今度はもっと美味いの作ってやるよ。

 

 以前には見せなかった輝かんばかりのニカっとした笑顔に、クリスタは微笑を返しながら“あのユミル(・・・・・)”をここまで立ち直らせた総司に軽く嫉妬してしまう。

 なんにしても彼女と再び出会えた事は喜ばしいことだ。

 以前と違って急に居なくなることはないだろうし。

 

 またユミルに会いに来ようとクリスタは帰って行く。

 やる気に満ちたユミルはクリスタが帰るとすぐに総司に頼み込んで、次の為に休憩時間を使ってクレープの練習に励んだ。

 その日、ユミルの賄いは失敗と成功したクレーム生地の間にクリームを挟んだ山のようなミルクレープになったのであった…。




●現在公開可能な情報

・存在しない食べ物
 エルディア人は壁の中で過ごしているので存在しない食べ物or飲み物が存在する。
 例えば熱帯地域が産地のチョコレート&ココアの原料であるカカオ、コーヒーの原料であるコーヒー豆などは生産できないし、国交を開いてないので入手できない。
 ゆえにまったく知らない物となっている。
 ちなみに海に面してないので海にしか生息している魚などは存在しないが、川や湖で生息できる魚は存在する。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第09食 ニジマスのフライ

 昼飯を食べるにしては少し早いと思われる午前10時中頃。

 荷台を取り付けた一台の馬車が“食事処ナオ”を目指して走り続けていた。

 手綱を握るのはお腹がぽっこりとでた中肉中背の男性。

 身なりからして貴族程でないにしても周りに比べて上等な物着用していることから、それなりに金銭的余裕のある人物だと伺えるだろう。

 彼の名はディモ・リーブス。

 トロスト区に拠点を置く“リーブス商会”の会長。

 父親からリーブス商会を継ぎ、若い頃から商会を大きくする事を考えて今日まで商売を続けてきた商売人で、大きく成長させるまでに多くの失敗を重ね、そこから得た経験や判断はリーブス商会を支える大きな支柱となっている。

 そんな世間では成功者に数えられる彼自らが手綱を引いているのには訳がある。

 

 とある噂を耳にしたのだ。

 この食糧事情に問題を抱えたエルディアで安く、豊富な食材を用いて量も質も良い店があると。

 ほとんどの者が「あったらいいな」ぐらいの都市伝説程度の認識だが、ディモは商売人として勘からか気になり部下に調べさせた。

 すると実際に存在することが判明。

 さらに詳しく調べさせると噂通り安い値段で量も質も良い物が提供され、そのどれもが美味しかったという。

 ただ奇妙なのが食材の入手ルートが一切不明なことだ。

 通常安く提供するならば赤字覚悟で身を切って値段を下げるか、リーブス商会のように多くの物資を一度に発注して輸送費を抑えるなどの手法が存在するが、件の店はそれほど金銭面でひっ迫した痕跡も無ければ、大量に品を仕入れたり何かしら安くする対策を行っている様子はないとの事。

 早朝に農家や食肉場を周って食材を買っている様子はあるものの、決して店ひとつを経営するにしては少な過ぎる。

 報告にあった値段を維持するだけのカラクリがどこかにある筈なのだ。

 もしそれを手にすることが出来ればリーブス商会に大きな利益をもたらすことになるだろう。

 

 相手は二十代の若造が経営する小さな料理屋。

 わざわざ会長である自分が出向くほどではないが、それについてはもう一つの理由が存在する。

 ちらりと隣で周りをぼんやりと眺めている自身の子供であり、将来リーブス商会を担う筈であろうフレーゲル・リーブスに視線を向け、正面に向き直ると大きなため息一つ漏らした。

 甘やかして育ててしまったために横柄で軽薄な態度が目立つようになってしまった。しかも商人として大事な“見る目”を育てておらず、その大事さを理解せずにこうも流されるまま過ごしている。

 年を重ねれば王様であろうと英雄であろうと老いて行くもの。

 長年リーブス商会を引っ張ってきたディモも年々弱っていく己の身体を感じ取っており、もう何年かしたら会長の座を退くことになるだろう。となれば当然ながらリーブス商会を引き継ぐのは跡取りのフレーゲルだが、客観的に見るまでもなく無理だという事は分かる。

 引き継いでも数年で消滅するのが関の山だろう。

 引退するまでの間に自分が教えられることは叩き込まなければならない。

 だというのに本人にはやる気が感じられず、教えたとしても耳にしただけで己の武器にしようという頑張りがない。

 下手に息子に受け継がすより有能な部下に渡した方が街や経済の為ではないかと最近では思うほどに悩む。

 

 「親父」

 「…なんだよ」

 「ほんとに俺も行かなきゃダメか?」

 

 口を開いたかと思えばこれだ。

 本当に呆れてため息が漏れる。 

 バカ息子(フレーゲル)を連れてまで出て来たのは、先のように商売のいろはを叩き込む為だ。

 とはいえ本人に学ぼうという気概がないので叩き込むにも時間が掛かるだろう。

 

 「当たり前だ!よく俺から学べ。お前はいずれリーブス商会を担うんだからな」

 「そう…なんだよなぁ」

 

 どうも熱のこもってない生返事。

 本当に大丈夫かと頭を悩めるが、建物が見えてきたので怒鳴るのもぐっと堪えて大きく深呼吸。

 気持ちを変え、荷台に置いてある桶をしっかりと手に提げて馬車より降り立つ。

 この桶の中には氷で鮮度を保たせた魚が納められている。

 

 魚と言えば肉ほどでは無いが価格が高騰した食糧のひとつである。

 大きな理由がほとんどの養殖場や湖がマーレの侵攻により現在使用出来ない事にある。残っている魚を育てられる湖では全区域に供給する事は不可能。今では湖周辺の地区や川で釣るのが主な入手方法となっている。

 もしもそれ以外の地区で手に入れるとするならば、今回のディモのように運ぶ準備を整え、輸送費を気にせずにする必要がある。しかもこの魚は自らが出向いて自分の目で選んだ物だ。

 そこまで拘ったのには入手に難しく捌ける若手の料理人が少なくなった事と、エルディアでは主な調理法が揚げ物or蒸すと決まっているからだ。

 店主にこれで料理を作るように言って腕前を見る。

 捌けるか否か。

 捌けないとするならばどう対応するのか。

 揚げる際の手際に出来など他の店でも食べた事があるので比較しやすいなど多くを察せられる。

 腕前を見るだけなら自分で選ばずとも良かったのだが、リーブス商会の会長として持ち込むのであれば良い物を出さねば看板に泥を塗りかねない。

 

 さて、どのような物を出してくるのか。報告通りに若くて腕が良いのであれば家で雇うのも良いかも知れないななど思いつつ、店へと視線を向けたディモは目を見張った。

 

 周りの建物と一風変わったどころの話では無く建築方式から違う。

 レンガを一切使用せず、白い壁と木材による建築物。しかも屋根には何重にも並べられた焼き物()が敷き詰められている。

 横でぽけ~と呆けているバカ息子は全く気付いていない。いや、周囲を歩いている誰もがこの異様さに気付いていない。気付いていても違和感を感じるだけで理解はしていない。

 初っ端から驚かされ、ディモは先ほど以上に気を引き締める。

 意を決しながらも表情はポーカーフェイスを決め込み扉を開けた。

 カランと小さな鐘が響くと店員が振り向き笑顔を向けて来る。

 

 「いらっしゃいませ。何人様ですか?」

 「二人だ」

 「お二人様ですね。お好きな席におかけください。今お水とメニュー表を用意しますので」

 「あー…ここは食材の持ち込みを出来るかね?」

 

 対応していたユミルはその予想外の一言にカウンターに居た総司に助けてと視線を送る。

 

 「構いませんよ。でしたらカウンターの方へどうぞ」

 

 あっさりと承諾されディモは目立たぬ程度に店内に視線を配りながらカウンター席に腰かけた。

 早速と言わんばかりに桶をカウンターに乗せて、店主(総司)に見せつける。

 覗き込み「おぉ…」と声を漏らしている様子を眺めながら、パンクしそうな頭を一旦整理する。

 

 ―――なんなんだこの店は!?

 何気なく壁に飾られていた見たままを写したかのような精巧な絵(風景を撮った写真)

 アンティークとした置いてある宝石のような装飾はされてなかったが細部までこだわって作られたであろうピアノ(木製のちょっと高めのピアノ)。

 椅子も机も出来が良く、すべて形が統一されている。

 他にも高価、または手間暇が掛けられたであろう品々が飾られており、どれだけ資金を投入したというのか…。

 経営難はないとしてもそれほど裕福な感じはない。

 調べることが一気に二桁に増えた事に頭を抱えつつ、少し落ち着き始めたところで目の前に意識を戻す。

 食材が魚と理解した上で慌てる様子がないことから、知識にしろ経験にしろこの店主は知っているのだろう。

 

 「これは良いニジマスですね―――して、どのように調理いたしましょうか?焼いても蒸しても揚げでも行けますが」

 「ならフライ(揚げ物)で頼もう」

 「畏まりました。少々お待ちください」

 

 桶を手にしてカウンターに戻っていく店主の様子をしっかりと観察する。

 氷の中からニジマスを取り出すと一度水で洗い、さらさらと撫でるように包丁でニジマス表面を引いて、小さな鱗をぽろぽろと剥がす。裏返して同じように鱗を剥がすと今度は頭部と胴の間に切れ目を表裏に入れて、尾びれより頭へと腹部を切り裂く。

 頭を外し、内臓を取り出すと包丁で血合いに切れ目を入れ、中から外まで鱗など取り残しがないようにしっかりと水で流しながら洗う。

 乾いた布で水気をしっかりと拭き取り、まな板の戻して中骨に身を薄っすらと残すように三枚に下ろす。さらに身に付いている腹骨を身に沿ってすくって切り取る。

 

 慣れた手付きであっと言う間に捌いて行く様子に感心してしまう。

 中骨に身が付いているが最小限に留めており、それだけでも技量の高さと食材を無駄にしない思いが察せられる。

 

 「あ!臓器や中骨は如何なさいましょうか。こちらで処理を?」

 「ん?変わった事を聞くな。まぁ、任せるよ」

 

 質問の意図を組めずに答えたが、とりあえず頭の片隅へ置いて置こう。

 ニジマスを捌き終えたなら次は揚げる準備だ―――と思いきや、何故か水を沸騰させた鍋に身を潜らせるという工程が割り込んだ。

 それから鍋に油を投入して温めている間に、身に薄力粉をまんべんなくつけたのだが、当たり前の準備段階でまたも驚いてしまった。

 なんだあの半透明の入れ物(プラスチックのボトル)は?それに透き通った油は?

 …油もだけどあの半透明の入れ物は良いな。確かめずとも内容量が外からでも見て分かる。うちの職人たちで作れないものか…。

 思案しているとパチパチとニジマスが揚げられ始め、揚がるまでの間に奥の長方形の箱物(冷蔵庫)より小瓶を取り出し、小皿にたっぷりと盛る。

 色が変わり、揚がり加減を見極めてフライを取り出して真っ白な紙へとのせる。

 紙が徐々に油を吸って濡れて行き、別の皿に新たな紙を敷いてそちらにフライを移した。

 

 「お待たせいたしました」

 

 余分な油を落としたニジマスのフライとソースらしきものを盛られた小皿が二人分差し出され、まじまじと眺めたディモは目を見張った。

 一般的な黒ずんだ衣ではなく綺麗な黄金色の衣が見事なまでに美しい。

 思わず声が漏れ出てしまうのも仕方がないだろう。

 貴族であればナイフとフォークで上品に食べるのだろうが、ディモはフォークをフライに突き刺して口元に寄せ、ガブリと齧りついた。

 

 薄いながらもサクリと歯応えの良い衣。

 ホロホロと口の中で崩れるニジマスの身。

 従来のギドギドとしつこい油を吸った衣と生臭い身の魚のフライとは天と地ほどの差がある。いや、これはもはや別物だ。

 

 「美味い!これすげぇ美味いな親父」

 「あぁ…本当に美味い」

 

 このフライを再現するには同様の油も必要だが、衣の付け方から揚げ加減を見極める料理人としての技量も必須だろう。

 感心しながらも二口目を頬張り、フレーゲルと共に幸せそうに笑みを浮かべる。

 

 「あ!隣のタルタルソースを付けるともっと美味しくなりますよ」

 

 これがより美味しく!?

 言われてその“たるたるそーす”なるものへと目を向ける。

 ソースと言うからとろみの付いた液体を想像したが、ソースに細かく刻んだ物が形を残しているのがやけに目立つ。

 スプーンですくい、食べかけのフライにかけると先ほどと同じく齧りついた。

 

 淡白なニジマスの味わいにコクのある滑らかなソースが絡みつき、食感も柔らかなものへと変化された。

 それと形を残していたのは手抜きではなく、形を残したことでシャキシャキとした触感がまた一つのアクセントとして生かされている。

 はっきり言おう。

 これは病み付きになるほど美味い。

 このシャキシャキしたのは玉ねぎをみじん切りにした物だな。この滑らかさはゆで卵か…しかしこのソースは一体…。

 

 「なぁ、アンタ。こんだけ美味いもん作れるんなら王都でもやっていけるんじゃないか?」

 「ありがとうございますお客様」

 「進出しようとは考えてないのか?もっと店を大きくしようとかさ」

 「あー、別にないですね。私はここで好きに料理が出来ればそれで満足ですから。勿論お客様にご満足頂けるのが一番ですけどね」

 

 タルタルソースをしっかりと味わい、素材にあたりを付けているといつもただ付いてくるだけのフレーゲルが店主に積極的に話を振っていた。

 それが商売人としての駆け引きでないのは残念だが、意図せずなのかこちらが知りたい情報を引き出していた。

 店主の言葉には嘘偽りがなかったとディモは今までの経験と自身の勘で理解し、引き抜きは難しいと判断する。もっと欲を見せる人物なら金を詰めば何とかなったものを。

 無理に引き抜く状況を作り出すには色々と工作を用いらねばならないが、知られた場合の関係性は最悪なものになってしまう。出来れば避けたいところだが、リーブス商会の障害となるなら潰す事も視野に入れた方が良いか。

 

 「なぁ、親父。このソースをうちで売り出せないかな」

 「お前なぁ…なにを馬鹿な―――…いや、その手があるか」

 

 また阿呆な事を抜かしたなと思ったが、ディモは考え直した。 

 別に味方(傘下)(邪魔者)かに仕分ける必要はないのだ。料理に関して彼は金の卵と言える。ならば手を取り合い利益を生んだ方が得策ではないか。

 まさかバカ息子に教えられるとは…情けなく自分を恥じるよりも痛快に笑みが零れてきた。

 

 「店主。俺はリーブス商会の会長をしているディモ・リーブスだ」

 「リーブス商会…確かこの辺りの区域を拠点にした大手だとお伺いしております」

 「その通りだ。今日はアンタを確かめるために来たんだが想像以上だった。そこで俺はアンタとうちで取引したいと考えている」

 「取引ですか…」

 「勿論即答しなくても良い。そちらとしては本当に俺らが名乗った通りの者だと分からないだろうから、確認もしたいところだろうしな。こちらとしてはとりあえず先のタルタルソースのレシピを知りたい。そちらも何かしら条件があるだろうがそれはこれから詰めて行こう。どうだろうか?」

 「そういう事なら異論はありません」

 

 いつものやり口とは異なるが今回はこれでいい。

 ニカっと笑い、フレーゲルの背中をバシリと音を立てるように叩いた。

 いきなりの行動に驚いてこちらを見ているが、それ以上に驚くことになる。

 

 「リーブス商会からの交渉役として俺の息子、このフレーゲルを出す」

 「お、親父!?」

 「気張れよ。こことの契約はお前に任せたからな。店主、何かこれに合う酒を頼む」

 

 仕事を任せられて慌てるフレーゲルの言葉を聞き流し、ディモは上機嫌に出されたビールを煽った。

 

 

 

 

 

 

 飯田 総司は予想外の事態に驚いたものの、店が良い方向に動いている事に安堵を感じていた。

 毎日食材の状態を自分の目で確かめるべく早朝に農家から精肉店に押しかけていたのだが、正直朝の仕込みの時間を考えて動かねばならなかったので正直肉体的に辛かった。

 まだ仮の話であるが総司から毎朝の食材の配達を条件の一つとして出している。

 勿論こちらの基準である品質以上のものでだ。

 これで料理に専念できる。

 

 「これコリコリして美味いな。何の肉だこれ?」

 「ニジマスのすり身ですよ」

 「あのオッサンが持って来た奴か。へぇ~、こういう食い方もあるんだな」

 

 正確にはあのニジマスの背骨と背骨と一緒に切り離した身だ。

 ニジマスの骨は柔らかい。

 その骨を食べ易いように骨切りをし、身を共にすり身の団子にした。

 内臓と頭を用いてアラ汁にしたかったが、天然ものらしいので内臓は捨てて、すり身だけを味噌汁の具と使ったのだ。

 野菜もたっぷり入れて、すり身と野菜の味が良い出汁となっている。

 汁を啜り、一息つきながら目の前で味噌汁の具を食べているユミルを見つめる。

 

 彼女のおかげで仕事の分担が出来て総司はかなり助かっている。

 さすがに調理しながらウェイター業務まで熟すのは少し無理があった。

 そして今回のリーブス商会からの取引が上手く行けば自分は楽になるのだが、最近お客が増えたおかげでユミルの仕事量が増えてきたのだ。

 多くて三人、最低でもあと一人雇いたい所なのだが、誰かバイト募集の張り紙を見て来てくれればいいのだが…。

 

 

 

 総司の想いを他所に、金髪の少女がそのチラシを興味深そうに眺めていた。

 エルディアどころかマーレにも存在しない(・・・・・・・・)色鮮やかなカラーコピーされた張り紙を…。




●現在公開可能な情報

・リーブス商会
 トロスト区に拠点を置く商会で、食料品から日常品まであらゆる品を取り扱っている。
 会長には傲慢な所があるが、街や従業員の事をよく考えており、思いのほか慕われている。
 
 食事処ナオとはタルタルソースのレシピの公開及び販売許可(※)を取り付け、代わりに食材の調達から輸送を行う事を大まかな条件として取引を行った。
 食材の目利きにはリーブス商会会長が行い、フレーゲルを随行させて学ばせるつもりらしい。


 ※エルディアの国に無いタルタルソースの販売許可と言うが、自分がゼロから作り出したものではないので総司的にはご自由にという感じ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10食 チーズハンバーグ

 マーレは多くの戦線を抱えつつも、未だにエルディアとの戦争にも目を向けていた。

 ただ現在領土を回復させないゲリラ戦術で真っ当な侵攻を行うだけの余力は持ち合わせていないのは確かだ。

 そこで開戦時のような正面からの戦争ではなく、一撃で形勢を決する計画を模索し、実行に移そうとしている。

 計画は

 まずマーレ軍にとって最大の障害である調査兵団が壁外へ出撃する事が最大の条件であり、それさえ無ければマーレは作戦を開始できない。

 出撃したならばトロスト区の内と外の両門を開かせ、工作部隊を突入させる。

 さすがに本国からエルディアを制圧できるほどの人員は確保出来ないので、一部施設への破壊工作が主体となる。

 攻撃目標には兵器工廠や軍の物資保管庫も含まれるが、一番はエルディアの生産の要である生産場を毒などを用いて使えなくする事だ。

 ただでさえ食糧事情を抱えたエルディアに、今以上の負担が掛かれば抱えるどころか崩壊するだろう。何とか耐えたとしても長続きはせずに疲弊する。

 上手く行けば計画実行以降は戦わずして勝つ事すら可能となるだろう。

 

 …ただし工作以前に内側より門を開く事、及び内部情報の入手は困難である。

 が、すでにそちらには手を打っており、上手く事は運んでいる。

 

 幼い頃より訓練を重ねたマーレ軍特殊部隊である“戦士隊”。

 たった九人で構成された部隊であるが、一人一人技能が高く、優秀な成績を収めた精鋭部隊。

 その内五名がエルディアに潜り込み今も情報収集を行っており、その内二名(・・)はトロスト区にある訓練兵団に所属し、戦士隊の隊長である戦士長を含め二名が街に潜みながら外側より探っている。

 

 ここで問題が発生している事に気付かれただろうか?

 二人は訓練兵団、二人が潜伏しての情報収集。そしてエルディアに入り込んだ戦士隊所属の戦士は五人。

 数が合わない。

 残りの一人は当初は訓練兵団に所属する手筈であったが、外部寄りの情報収集に変更されたのだ。

 ただ戦士長のように潜むのではなく、兵団外部でありながら兵団の情報を得るようにと…。

 そこで彼女(・・)の脳裏に浮かんだのは兵団関係者が通う飲食店。特に酒を提供する店ならば、酔って情報を漏らす可能性があるので出来ればそちらが望ましい。

 

 しかしそこで問題が起きてしまったのだ。

 酒で酔ったガラの悪い客が、女性という事で嫌らしい眼つきで絡んで来たのだ。

 戦士隊で厳しい訓練を積んできた以上に、彼女は父親より格闘術を叩き込まれており、戦士隊内上位の戦闘能力を持っている。

 絡んできた客に対して技術を持って鎮圧したのだが、それが不味かった。

 客をぶちのめした店員として噂が広がり、悪評を広めたという事で店長よりクビが申し渡されたのだ。

 当然想うところはあったものの、酒場はここだけでもないし、居ても面倒ごとが増えるだけという事で次の酒場へと仕事を求めた。

 最初の内は雇って貰えたが日が経つにつれて噂が後を追ってやって来てはクビの勧告。

 もしくは客商売だというのに不愛想と無口という問題点により噂が追って来なくとも同結末を迎える。

 今更ながら戦士長と合流して潜伏しての監視に移して貰おうかと模索していた時にあるバイト募集の張り紙を目にした。

 

 目にした瞬間、そこで働きたいと思ってしまった。

 働く条件が良かったり、環境が情報収集に最適とかそういう話ではなく、この異様な張り紙を知ってしまったからだ。

 紙のようだが感触はつるつるとしており、多少なら水を弾く表面。

 綴られている文字は全体的な大きさが統一され、タイプライターのように掠れたような箇所の無い綺麗な文字。

 さらに重要だったり目立たせる目的で一部の文字に鮮やかな色彩が使用されたりと、エルディアには存在しないどころかマーレ以上の技術…。

 情報収集を行う戦士隊の一員としては調べない訳には行かない。

 

 バイト募集の張り紙を手にしたまま、意を決した彼女は裏路地を進む。

 無表情だが凛として人目を惹く顔立ち。

 小柄な体躯。

 連れは居らずに、護身用の武器を持っているようには見えない女性。

 

 裏路地に巣くうゴロツキなどから見て、格好の獲物になるであろう好条件が揃っている彼女であるが、鋭い目付きに人を近寄らせない雰囲気から、誰一人襲うことなくただただ彼女が通り過ぎるのを見送るばかり。

 おかげで面倒なことにならずに済んでいるが、本人としては微妙な心持ちである。

 なんにせよ何事もなく店に到着したのは良い事だ。

 

 “食事処ナオ”という看板を掲げた変わった建築物を見上げながら、静かに深く息を吸い込む。

 この扉を開けたら敵地に足を踏み入れたと思い、慎重に行動するように言い聞かせる。

 なにせエルディアに存在する筈の無い印刷技術を隠すことなく使い、技術力はマーレ以上という…。

 想定されるのはマーレを除く第三国の介入――つまり戦士隊同様の諜報活動及び、こちら(マーレ)の秘密工作への監視の可能性だってある。下手をすればこの張り紙を餌にこちらを釣り上げる算段なのかも知れない。

 ゆえにマーレにあるような物があっても表情に出さぬよう留意せねば…。

 

 今度は吸い込んだ分、体内より空気を吐き出してアニ・レオンハートは扉を開いた。

 

 「いらっしゃいませ」

 

 小さな鐘が扉を開くと同時に鳴り、客の出入りを知った店員が笑みを浮かべて挨拶をしてくる。

 警戒しつつも表情に出さないように(すでに鋭い視線…)心掛けながら、店員に張り紙を差し出すとニヤリと笑みを浮かべられ、いつでも戦闘または撤退出来るように心構えだけは整えておく。

 

 「店長。張り紙見て来たってよ」

 「それは良かった。カウンターの方に案内を」

 「では、こちらに」

 

 意図は察しきれないがどことなく上機嫌な店員に付いて行き、案内されるがままカウンター席に腰かける。

 ちらりと店内を伺うと訓練兵団の制服を着た男女が一グループに、一般市民らしい者らが5人ほどが店内で食事を楽しんでいた。内部を観察しつつ周りの声にも意識を集中してみる。

 

 「アルミンはいつも同じもの。たまにはプリンを食べてみると良い。すごく美味しい」

 「ミカサもだろう。いつもプリンばかりじゃないか」

 「違う。昨日はカスタードプリン。今日はチョコレートプリン」

 

 耳を疑った。

 今とある女性が“チョコレート”と口にした。

 このエルディアの国は他国との交易どころか関係を一切断っており、自給自足で成り立っている。

 その中では得られぬ物も多く、海で獲れる海産物もその一つだろう。

 彼女が口にしたチョコレートの原材料のカカオは熱帯地域で生産出来るもので、エルディア人が口に出来る物ではない。同じく熱帯地域を生産地とするコーヒー豆を用いたコーヒーも同様だ。口にするしない以前にチョコレートもコーヒーもエルディア人は目にした事も知識としても知らない筈だ。

 聞き間違いかなと断定する。

 

 「ところでアルミン。その泥水はなに?」

 「泥水じゃないよ。これはコーヒーと言う飲み物だよ。独特の苦みがあるけどこれがまた美味しいんだ」

 

 聞き間違いじゃない。

 今度は先の女性と会話している男性が“コーヒー”と口にした。

 ――決定的だ。

 ここは、この店はどこかの国との繋がりを持っている。

 熱帯地域の品々があるという事はそちら方面?いや、偽装もしくは品として入れているだけで断定は出来ないか。

 思考を巡らしながら何気なしに厨房を見渡す。

 

 ガスを使ったガスコンロに突起物も火を出す所もないのに湯を沸かしているガスコンロモドキ(電気コンロ)

 入り口の扉に曇ったガラスのような物が張られ、内部に入れた物に橙色の光を当てて温める箱(電子レンジ)

 電球とは異なる頭上に並んだ真っ白な光を発する電灯(LED蛍光灯)

 箪笥のような小型な冷蔵庫ではなく、人よりも大きなサイズでつるつるした表面に覆われた冷蔵庫。

 

 どれも自分が知っているマーレの技術力を遥かに上回った物であり、何故こうも堂々と置かれているのかと不思議に思う。

 よくよく考えてみればエルディア人はそもそもを知らないので変わったものとしか認識できていないのだ。または何なのかも理解出来てないかだ。

 なるほど…やはり張り紙はエルディア人ではなく、潜んでいる者を誘き寄せる罠と考えた方が良いか。

 

 思案を巡らせていたアニに、ようやく一旦仕事が落ち着いた総司が近寄って来た。

 緊張した様子を出さないように、いつも通りの態度を心掛ける。

 

 「働きたいってことだったよね。えっと…」

 「――アニ。アニ・レオンハート」

 「レオンハートさんだね。前に何か働いてたりするのかな?」

 「酒場を何軒か…」

 「調理ですか?」

 「いえ、給仕を」

 「なら即戦力ですね。有難い限りです。いつから働けますか?」

 「……え?」

 

 まだ名乗りを含めて少ししか話してないというのにもう採用が決まったような口振りに声を漏らしてしまった。

 

 「採用で…良いんですか?」

 「え、駄目でした?」

 「いや、そんな事は無いんですけど…」

 

 無いのだが、良いのかとは思ってしまう。

 しかし面接が短いというのは有難い話ではある。

 入る前にぼろが出る可能性は消えた。

 あとはここで働きつつ情報収集に営むだけだ。

 棚を見る限り酒類を扱っており、客の中から兵団関係者がいる事から将来を見据えれば憲兵や駐屯兵になった者が来る可能性が高い。それに、ここは調査兵団が壁外に出撃する際の出入り口であるトロスト区というのもまた情報収集に関して有益だ。

 さらに朝昼晩と食事が提供され、部屋が与えられるというのも魅力的。

 

 「――明日からでも働けます」

 「ならお願いしますね。ユミルさんも先輩として色々面倒を見て貰う事になりますが頼みますね」

 

 声を掛けられたホールを担当していたユミルが「おう」と答える。

 すると入り口が勢いよく開き、それに伴って鐘も荒々しく音を立てた。

 

 「いらっしゃ――」

 「総司さん。ハンバーグ!」

 「――ゃいエレン君。そして畏まりました」

 

 勢いよく入って来た少年は隣に腰かけて、キラキラした視線を総司に向ける。

 なにか背後で誰かが慌ただしく立ち上がったような気配がしたがどうしたのだろうか?

 そもそもこの店ではハンバーグを提供しているんだと興味を持った。

 さすがにそれぐらいでは驚きはしない。

 すでに多々驚かされ過ぎた故に。

 

 フライパンに油をひいて熱し、冷蔵庫よりすでに捏ね上げられたハンバーグのたねを取り出し、温まった頃合いを見計らってフライパンにそっと置いて焼き始める。

 久しぶりにハンバーグを目にした。

 マーレ本国であれば然程珍しい訳ではないのだけれども、このエルディアでは肉は高く、庶民には容易に口にする事は叶わない。

 無意識に視線がハンバーグへと固定され、凝視してしまう。

 楕円形に形作られたハンバーグが温められたフライパンの上で、じゅわ~と焼ける音が店内へと響き、香ばしい匂いが空腹感を責め立てる。

 

 ………クキュルルゥ~…。

 

 小さいながらも腹の音が鳴った事に恥ずかしくなり、顔を背けて何事も無かったように装う。

 しかしながら総司には聞こえており一考する。

 

 「私は貴方の面接を行いました。今度は貴方が私を確かめる番でしょうね」

 「確かめるって何を…」

 「張り紙には賄いを出すとあったでしょう。つまり料理の腕前を知りたくはないですか?」

 「……そうだね。言われてみればその通りだね」

 

 意図を察したアニは向き直り、披露される料理を待ち侘びる。

 再び冷蔵庫を開けて同じくハンバーグを取り出すともう一個フライパンを用意し焼き始める。

 ハンバーグは好物だ。

 特に中にチーズを入れたチーズハンバーグとなると大好物だ。

 さすがに入ってはいないだろうが、久方ぶりのハンバーグに頬が緩む。 

 先に焼き始めていた事もあって隣に腰かけた少年のハンバーグが先に焼き上がり、出来立ての温かな湯気と共に匂いが漂ってくる。

 顔は正面を向いたまま頬杖をつき、興味なさそうに振る舞うが目がハンバーグを追ってしまう。

 木製の板に埋め込まれた鉄板の真ん中にデミグラスソースが掛けられたハンバーグが鎮座し、脇には外をカリッと焼きあげられた半月状のジャガイモと小さく盛られたコーンが置かれている。

 少年は目を輝かせながら、真っ先にハンバーグへとフォークを差し、ナイフを入れた。

 切れば中より肉汁が溢れ出て、熱された鉄板に流れ落ちてじゅわ~と音を立てる。

 一口大に切り取られたハンバーグが、フォークにより持ち上げられる様子にごくりと喉が鳴り、視線は鋭くなったまま外れない。

 実際はそうではないのだが、口に運ばれるまでの間がとてもゆっくりに感じ、肉汁溢れる断面のすら鮮明に目に映る。

 大口を開けてハンバーグが収まる瞬間、自分の事のように口が動こうとしたのをぐっとい我慢し、まだかなと自分の分(ハンバーグ)へと視線を戻す。

 

 「うんめぇ!!」

 

 腹が空いて食べたくて仕方ない心境のアニの隣で、満面の笑みを浮かべて美味しさと嬉しさを表した少年に苛立ちが隠せない。

 そりゃあそうだろと内心苛立ちを隠せないアニはムスッと表情に出し始める。

 もう焼けているんじゃないかと何度見ても、何度思っても総司はまだ焼いており、我慢と苛立ちから足が貧乏ゆすりを始め出す。

 誰から見ても“私、苛立ってます!!”と表現している現状に、ハンバーグにしか興味が行っていないエレンは、追い打ちをかけるように美味しい、美味しいと連呼しながらバクバクと頬張っていく。

 苛立ちも我慢も限界に達しようとした時、総司より同じくハンバーグが乗った皿がカウンターに置かれた。

 自分の前に置かれ、待ち望んだハンバーグに笑みが零れる。

 

 「お待たせしましたね。一応それは試作(・・)なので後で感想を教えて頂きたいのですが宜しいですか?」

 「試作?…まぁ、良いけど」

 

 これはハンバーグではないのか?

 まだ残っている隣のハンバーグと見比べても別段何かが違う様子はない。

 強いて言うなら若干自分の方が僅かながら大きいような気がするぐらいか。

 どういう事か理解していないが、とりあえず食べてみれば分かると思いナイフとフォークを取り、さっそくハンバーグを一口サイズに切り取り始める。

 食べていたエレンも“試作”という事が気になり、もぐもぐと咀嚼しながら様子を見守る。

 溢れる肉汁に漂う匂い。

 目の前で焼かれた為に間近で感じた音と匂いで攻められ、横で食べている様子を見せつけられ、我慢に我慢を重ねたアニは食べたい衝動に駆られるまま一口含んだ。

 出来立てアツアツなので口の中に熱が広がり、冷ますためにもハフハフと中の空気と外の空気を何度も入れ替えながら、待ち望んだハンバーグを噛み締める。

 噛み締める度に口内に広がるハンバーグの味。

 混ぜ物や異物の感触のない肉。

 ぽろぽろと崩れ落ちないようにしっかりとした身に、ハンバーグの味を引き出している香辛料。

 久しぶりに食べたからか、それともこの店のが美味しかったのか、マーレで食べたハンバーグ以上に美味しく感じた。

 飲み込むと同時に小さく息を吐き、二口目を切り取ろうとハンバーグへフォークを差し、ナイフで切り分けようとする。

 このハンバーグはとても美味しい。

 美味しいのだが一つだけ疑問が残っている。

 自分に出された分にはソースが付いていないのだ。

 隣のにはデミグラスソースが掛かっているというのに、こちらはそのまんまを味わえと言わんばかりに何も乗っていない。

 ハンバーグそのままの味でも十分美味しいので文句はないが、疑問としては強く残っている。

 考えつつもナイフを入れたアニは、違う感触を感じて手を止めた。

 ナイフの先…厳密にはハンバーグの中央寄りの辺りにハンバーグでない柔らかな物があり、それがナイフを伝って手に感覚として伝わって来たのだ。

 なんだと思いつつ切り分けて、正体を知ろうと少し離すとハンバーグよりとろりチーズが垂れた。

 

 「「え!?」」

 

 見守っていたエレンとアニの声が重なり、二人共総司へと視線を向けた。

 アニはエルディアの国でハンバーグというだけで珍しいのに、チーズを中に入れたチーズハンバーグ(チーハン)が出された喜びから、エレンはなんで俺に出してくれなかったんだよと抗議の込められていたが、総司は気付いているのか気付いていないのか分からない表情で調理に励んでいた。

 隣から羨ましいと言った感情の含んだ視線を向けられるが、先のお返しと言わんばかりに見せつけるように口に含んだ。

 先のハンバーグの味にとろりとしたチーズが絡みつき、柔らかくまったりとした味わいが加算される。

 

 「――美味しい」

 

 美味しいのだけれども、アニは少し物足りないと思った。

 確かにまろやかなこのチーズが合わさった感触は凄く好ましい。けれどこのチーズはハンバーグ本来の味を殺さないように薄くされており、食感を楽しむ感じに調整されている。

 言うなればチーズが弱いのだ。

 解り辛い位の微妙な表情を読み取った総司は小さく頷き、冷蔵庫から小皿を取り出してレンジで温め始め、アニの前に立つ。

 

 「どうだったかな?何か不満そうな表情ですけれども」

 「あー…いえ、美味しかった…です」

 「ありがとうございます。けど何か足りないのですね」

 

 あくまで自分の感想。

 このままでも美味しいのは確かなのだ。

 雇ってもらう立場という事もあり、失礼かもしれないと口を閉ざして評価を出したのだがそれでは駄目らしい。

 

 「言ってくれた方が私の為になるので」

 「―――チーズの味が薄い。私はもっと濃い方が好みかな」

 

 そう言うのであればと本音を口にすると、何度か頷いて総司はレンジで温めていた小皿をアニに差し出す。

 白っぽいが黄色みを帯びたソースに注目する。

 

 「ならこれを付けて召し上がり下さい」

 

 なんだろうと不思議に思い匂いを嗅ぎ、すぐに理解したアニは三口目を切り分け、ソースを付けて頬張った。

 中のチーズと違ってどろりとした濃厚なチーズの味わいがハンバーグに絡むどころか、強く主張しながら口の中を蹂躙して行く。

 まったりと濃厚なチーズと滑らかな触感の良いチーズが、ハンバーグを包み込み。

 一口目と違う味わいと食感に変化したチーハンに頬が緩み、鋭かった表情がとても柔らかな笑みを浮かべ始めた。

 

 「それ美味そうだな」

 

 隣で見ているだけになっていたエレンが食べたそうな視線を向けてくる。

 ソースに浸けた一口分をエレンの方へ動かし、見せつけてからパクリと食べる。

 悔しそうな視線に愉悦を感じさらに笑みを零す。

 

 「駄目だよ。これはアタシのだから」

 「くっそ!総司さん!俺にもチーハンを!!」

 「畏まりました。ソース(チーズフォンデュ)は同じのを?」

 「勿論!!」

 

 アニはその様子を眺め、チーズハンバーグを味わう。

 こんな美味しい物を味わえ、食事付きの職を得れた事は非常に大きい。

 満面の笑みを浮かべながら食べ続けるアニは、一時と言えども任務の事は頭の中より消え失せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【おまけ:とある一コマ】

 

 今、とても機嫌が悪い。

 エレンの隣は私とアルミンの場所なのに、何故あんな見ず知らずの女が座っている?

 そんなに不機嫌そうに貧乏ゆすりをして何か不満があるというの。

 殺気すら籠った瞳に気付かず食事を続ける二人。

 

 そんな中女性よりハンバーグがエレンの方に向かった。

 そのままではその女とエレンが間接―――…。

 

 スッとハンバーグが方向転換して戻って行った。

 想像した事態が発生しなかったことにホッとしつつ、ミカサはがたりと席を立った。

 

 「あの女、エレンに意地悪を」

 「落ち着きなよミカサ」

 

 アルミンは内心呆れながら、襲い掛かりそうな幼馴染を止めるのであった。




●現在公開可能な情報

・食事処ナオのハンバーグ
 総司が持ち込んだ肉だけでなくリーブス商会より購入した肉を入れているので、メニューの中で高額な部類に入る。
 ※それでも安い。
 ソースはトマトソースとデミグラスソース、あとはおろし醤油の三種類を用意。
 オプションとして半熟の目玉焼きやソーセージを追加料金で付けれる。
 パンとコーンスープ、または白米と味噌汁とのセットメニューにすることが出来るが、大概パンとコーンスープが選ばれる。
 一日十食限りの限定で提供中で、常連に対しては予約受付中(今のところエレンのみ)。

 試作でアニとエレンから高評価を頂いたのでチーズハンバーグも選択可能に。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11食 食事処ナオの日常

 今回は食事回でなく仕事回です。


 あの地獄(過去)が嘘のような生活。

 今でも目を覚ましたらあの日々に舞い戻るのではないかと不安に思う日がある。

 何気ないものでも幸せだからこそ怖く感じる。

 胸中を渦巻く不安と、眠気を払うように熱い湯を頭から流して全身を隈なく濡らす。

 午前七時にけたたましく鳴くカラクリ機器(目覚まし時計)に半強制的に起こされたユミルは、いつものようにシャワーを浴びて寝汗を流している。

 別に綺麗好きだとか朝風呂が欠かせないという訳ではなく、仕事前に綺麗にしておくように入りなさいと言われてしているだけだ。まぁ、目を覚ますのにも多少なりとも寝汗を流せてさっぱりするので結構好きではあるが。

 捻るだけで温かな湯が出て来るシャワーを浴び、ふわふわのスポンジを固形石鹸を使って泡立たせて身体を擦り、液状の洗髪剤(シャンプー)で頭をわしゃわしゃとマッサージするように洗い、最後にまたシャワーで頭から泡を流し落す。

 これに加えて総司がリンスやトリートメント、コンディショナーとかいう物を説明しながら勧めてきたがそれは断った。ここまででもかなり贅沢だと理解しているのもあるが、正直そこまでやると時間が掛かり過ぎて面倒な気がした。

 ふんわりとした手触りのバスタオルで身体に付いた水気を拭い、壁の穴(コンセント)に繋ぐことで熱風を出すドライヤーで髪を乾かすと、下着に仕事着である黒の長ズボンにカッターシャツを着て脱衣所を出る。

 時刻は八時を過ぎ、少し遅れたと速足で一階へと階段を降りて行く。

 降りて扉を開けるとすでにアニが不愛想な表情を浮かべカウンター席に腰かけていた。

 遅れた事を謝りつつ朝の挨拶を交し、すでに厨房で作業している飯田 総司に向かい合うように、アニと同じくカウンター席につく。

 食事処ナオでは朝八時はブリーフィングを兼ねた朝食となっている。

 様子から来るまで待っていてくれたのだろう。 

 申し訳ないと思いつつ、視線を総司へと向けて言葉を待つ。

 いつもなら「本日も頑張りましょう」程度の話で終わるのだが、今日はいつもと違って話は少しばかり長くなった。と、言うのもまた新しくここで働く仲間が増えるからだ。

 活発そうな赤髪のおさげの小柄な少女“イザベル・マグノリア”に、爽やかそうな(・・・)笑みを浮かべている短く切り揃えられた茶髪の青年“ファーラン・チャーチ”の二名。

 なんでもイザベルという少女がナオの友達(ナオが警戒しているのだが…)との事で総司と接点があり、兄貴分が二人の状況を確認に来るのでちゃんと働いているとアピールする為に雇ってほしいと頼み込んで来たらしい。

 それを人の良い総司が二つ返事で引き受けたというのは話の途中で察することが出来た。

 ほどほどに自己紹介を済ませ、簡単なブリーフィングが済めば待ちに待った朝食だ。

 

 焼きたてのホットケーキが皿に載せられ、それぞれの前に置かれてゆく。

 朝からちゃんとした朝食が食べられることにイザベルとファーランは驚いていたが、この程度で驚いていたら身が持たないと思うぞ。

 思った側から小箱より大きく切り取ったバターをぼてっと載せ、ハチミツをたっぷりとかけたところを目撃して目を見開いていた。私なんてまだましな方だ。アニはさらにチョコソースまでかけるのだから。

 ファーランは驚きからか多少遠慮したようで、私よりも少ない量をホットケーキに掛け、イザベルの方は興奮気味にアニと同じくチョコソースまで使っていた。

 食べ始める前に「頂きます」と手を合わせて口にし、総司の「召し上がれ」の言葉を合図にナイフとフォークでホットケーキを切り分けておもむろに頬張る。

 ふっくらとしたホットケーキにトロリとした蜂蜜の甘さ、バターの塩気が合わさり、この組み合わせが非常に美味しい。さらに濃厚且つ後味がさっぱりとしたミルクが合う。

 恐る恐る口にしたファーランも美味しいと感想を漏らし、イザベルなんて大騒ぎしていた。

 あまりの騒がしさか器に顔を突っ込んで朝食を食べていたナオは不満そうにこちらを睨んでいた。

 ……ただアニの真似をして彼女だけ飲んでいたコーヒー(ブラック)に口を付けて、あまりの苦さに苦悶の表情を浮かべた時はすっごい嬉しそう笑みを浮かべていた…。

 朝食を澄まし、片付けが終われば店内の清掃だ。

 調度品は埃を落とし、テーブルは布巾で拭き、床を箒で掃いてからモップを掛ける。

 総司は厨房周りを担当しているので新入り二人への指導は私とアニに任せられた訳なのだが(主にフロアチーフのユミルが)、兄貴分に掃除は関連は叩き込まれていたので指導要らずで楽が出来た。下手すれば私達より手際が良いんじゃないか?

 食事処ナオの開店時間は朝の九時からだが、開店直後はそう人が来ない。

 裏路地という立地条件もあるが、朝食とも昼食とも当てはまらない時間帯なので少ないのだ。

 それが例え週末だとしても。

 

 四人全員居ても居るだけで仕事の取り合い、もしくは立っているだけの案山子になるので午前と午後で二人ずつに分けてた担当することに。

 午前は私とイザベルの二人。

 人も居ない事だし今のうちに粗方教えておこう。

 フロア担当の仕事は人の出入りの際の挨拶にお客を席への案内、注文された料理名や席番号をメモ用紙を書き留めて総司に渡し、出来上がった料理を席に運ぶ。お客が帰れば素早く布巾でテーブルを拭き、モップで周りのゴミや汚れを取る。

 これが単純なようで難しいのだ。

 特に忙しくなる時間帯になると慌ただし過ぎて、注意が怠ってしまう場合があるので要注意だ。

 午前十一時になっても客はポツリ、ポツリと少なく結構暇で、忙しくなる前に昼食を済ませておくのが吉なので十一時になると交代で賄いを口にする。

 今日の賄いは何だろうなと心躍らせながら席に付いて、総司の調理の様子を眺める。

 ごま油の匂いが漂うフライパンに一口サイズにカットされた鶏肉が入ってじゅわりと焼く音を立てる。そこに醤油にみりん、料理酒などが注がれ、とろみをつける片栗粉が振り掛けられる。

 蓋をして鶏肉を煮込んでいる間に丼に白米を装ぎ、冷蔵庫から刻んだネギを取り出す。

 ぐつぐつと煮立ち、頃合いを見計らって蓋を開けるとふわりと湯気と共に醤油やごま油の香ばしい匂いが広がる。

 背後で暇そうにしていたイザベルが匂いに釣られて凝視している気がするが、無視して待ち遠しそうに総司を見つめる。

 最後にネギをパラリと入れてひと混ぜすると、丼を手にして白米の上に掛けてユミルへ“テリヤキチキン丼”を差し出した。

 待っていましたと言わんばかりに受け取り、フォークを使って一口含むと、口いっぱいに甘辛い醤油ベースのタレが広がり、柔らかい鶏肉と白米が進む。

 一口飲み込めば次を欲してフォークが止まらない。

 しかも丼にした事でとろみの付いたタレが白米にも絡んでそれだけでも非常に美味い。

 

 ふと横を見ると今にも涎を垂らしそうな表情をしたイザベルが居り、呆れながらも食べる手だけは止めはしない。

 全て平らげて満足げに息を漏らすと、お茶を呑んで席を立つ。

 皿を総司に渡して仕事に戻ると、待ちきれない様子で入れ替わるようにカウンターに付き、美味い美味いと連呼しながらかき込むイザベラに笑みを向けながら十二時に備える。

 十二時になるとさすがに人の出入りが多くなり、私もイザベラも働きっぱなしになる。

 こんなクソ忙しい時間に仕事を増やしたくないというのに、何故か客としてアニがカウンター席に居り、常連のエレン・イェーガー達と何やら騒いでいる。

 アイツ…覚えてろよ。

 心の中で毒づきながら忙しい昼時を超えれば、待っているのはユミルにとっての癒しの時間だ。

 午後三時にはお茶を楽しもうと女性客が訪れる。

 その中に目的の人物―――クリスタ・レンズが居た。

 クリスタはユミルを視認するとにっこりと笑顔を浮かべる。

 注文は毎度変わらずの苺のクレープ。

 総司にはクリスタのクレープに関しては受けた恩の話をして、自分に作らせてほしいと頼んであるので、厨房に入る許可を頂いてフロア用のエプロンから調理用のエプロンに着替える。

 もう以前のように気を張りっぱなしで作る事は無い。

 逆にアレだけ練習したというのに下手のままでは、賄いがミルクレープの日々が無駄になってしまう。

 焼き上がった生地にイチゴを載せ、ソース類をかけて巻いて皿に盛り付ける。

 その際に一つだけ載せて苺アイスを二つ載せておく。

 多いことに気付いたクリスタがパチクリと驚くが「私のおごりだ」と告げると輝かんばかりの笑顔を向けて感謝を口にする。

 あぁ…これだけで今週の疲れが吹き飛んでいくようだ。

 勿論肉体的にでなく精神的にだが…。

 時刻は進んでクリスタを見送り、午後四時前まで働いたユミルはアニに仕事を引き継いで本日の仕事を終えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 ここでの(食事処ナオ)仕事はやっていてありがたい。

 不愛想でも総司は文句を言わないし、酒を飲んで絡んで来た奴を投げたら怒るどころか「投げて構いませんよ」と許可を出すぐらいだ。

 賄いで出される料理も美味しいし、給料も良くて文句のつけようがない。

 いや、フロア担当が少なくて仕事が忙しかったけれど、今日より二人増えるので今は改善されるので無くなったというべきか。

 …ただマーレの戦士としての職務が全然捗っていない事は危惧しなければならない。

 危惧しないといけないのだが不可能だろうなと半分諦めているが…。

 マーレの技術力はエルディアと比べて非常に高い。

 生活及び軍事に至ってもそうだ。

 エルディアでは単発式のライフルが主力の銃器であるが、マーレでは連射可能なマシンガンが存在する。

 電気がある為に機械技術を有している。

 一部を置いて圧倒的技術力を有している――――筈だった。

 

 剃刀は新しいタイプでも刃を代える程度の手動の物なのにここにはコードを繋がなくとも電気を内部で溜められる電気髭剃り。

 まだ試作品が出来たばかりで高く、大きな掃除機がモップに小型のタンクが付いた様な形で吸引力は段違い。

 他にも洗濯機に乾燥機、コンロに至るまでここに置いてある電気製品と比べるとマーレの技術力が小さく幼いものに見えてくる。

 仕掛けも原理も差が大きすぎてまったく理解できない。

 これは戦士長達に相談した方が良いのだろうか…否、もう少し自分で調査してからにしよう。うん、そうしよう…。

 

 今日は午後五時より仕事開始だが、アタシは食事処ナオに居る。

 外にあまり出ることがないのでいつも通りって言ったらいつも通りなのだが、今日はお客としてカウンター席に腰かけている。

 ユミルから忙しいのにと抗議の視線を受けるが気にしない。

 なにせ仕事中でない事から昼の賄いがないので、朝より今日の昼は好物のハンバーグを食べると決めていたのだから。

 注文してから常連のエレン達と少し絡みながら総司のハンバーグを味わう。

 やはりここのハンバーグは格別美味い。

 仕事(戦士としての)を忘れ、目の前のハンバーグを堪能したアニは午後四時からの仕事に備える。

 備えると言っても正直午後からのアニはユミルから引継ぎを行うぐらいだ。

 先に仕事内容をファーランに教えておくべきなのだが、要領がいいのか少し口にしただけで把握しているっぽいのでそこまで教え込む事も無かった。

 もしもの時には総司もフォローしてくれるとの事なので何とかなるだろう。

 

 と、甘い考えのまま仕事を開始したアニは説明不足だったことを、仕事開始した午後四時ではなく午後七時に近づいた辺りで思い知るのであった。主にファーランがだが…。

 やはり午後七時になると夕食に来る客で賑わう。

 さらには週末という事で酒を飲みに来る者も平日以上に訪れる。

 一応飲みに来る連中は午後九時から殺到するのだが、早めに飲みに来る客も居り、昼食を超える客が押し寄せることになったのだ。

 客対応に追われるアニはファーランの面倒を見ることが出来ず、調理しながらビールの注ぎ方も含めて総司が全部教えることになり、本当に申し訳なく思う。

 怒ったりしないか心配だ。

 以前情報収集の為に勝手に厨房に入り込んで、怒られた事があるのだ。

 別段ヒステリックに怒鳴ったり、罵詈雑言を浴びせたり、陰湿な嫌がらせをして来るなんて事は無い。

 対応も接し方もいつもと変わらないのだが………賄いが食パン&牛乳or白米&漬物になったのだ。しかも隣でユミルはシチューや生姜焼きを出されていたっけ…。

 

 うん、止めよう……悲しくなってきた…。

 料理人にとって厨房は聖域―――よぉく、覚えた。

 

 忙しくフロアを動き回りながら

 週末は夕食の賄いを食べる時間が取れ難いように思われるが、別段そう言う事は無い。

 午後七時から午後十時までは忙しいが、そこからは飲むペースも落ち、客入りも落ち着き、飲み食いしながらも飲み仲間と会話を楽しむという事で注文のペースも落ち着く。

 本日三名ほど酔った勢いで絡んで来たおっさんを投げ飛ばしたアニは先に賄いを食べようとカウンターに腰かける。

 

 ユミルの賄い同様ごま油の香りがフライパンより漂うが、照り焼きチキン丼ではない。

 豚バラ肉を最初に焼き始め、キャベツに人参、タマネギを入れて炒め、最後にもやしを入れて蓋をして蒸す。

 味付けは塩コショウのみ。

 見ているだけで涎が口内に溢れる。

 ゴクリと飲み込みまだかなまだかなと待ち侘びる。

 出来上がった野菜炒めと白米を受け取り、ごま油が混ざった野菜と肉の匂いが空腹感を高める。

 一口を口に含んだアニは白米を掻っ込んだ。

 豚肉の旨味に野菜類の甘み、ごま油の香ばしさに絶妙な塩コショウの味付けが食欲を刺激し、白米を求めさせる。

 噛み締める度に口の中に野菜炒めの味が広がり、白米を欲し続け茶碗一杯では全然物足りなくなる。

 二杯ほどおかわりして食べ終えたアニはファーランと入れ替わって仕事に戻り、少し苦しく感じるがそれを現さないように残り数時間働く。

 閉店の二十三時が近づくと徐々に酔っ払い達が帰り始め、最後に常連である強面の訓練兵団教官が帰り、店仕舞いと朝同様に掃除を始める。

 

 

 

 時刻は二十三時となり、食事処ナオは店を閉めた。

 イザベルとファーランは自宅通いなので早々に帰ってしまった事を、アニとユミルは勿体ないなぁと思う。

 一日の仕事を終えて掃除を済ませれば、お疲れ様との意味を込めて総司がデザートを出してくれるのだ。

 本日のデザートはシュークリームだった。

 サクリとしたクッキーシューの触感の後に、中よりふんわりとしたクリームが溢れ出て来る。

 生クリームと混ぜホイップ状になったクリームチーズが、滑らかな味わいを優しく広げてゆく。

 しつこくないようにレモン汁が味をぎゅっと引き締め、さっぱりと爽やかな風味が後味として駆け抜ける。

 甘味が疲れた身体に沁み込むように広がって行く。

 ほんのささやかな幸せを味わいながら、二人はクリームチーズのシュークリームを味わう。

 店の隅でナオが大あくびをして寝床へとそそくさと移動し、ユミルとアニはナオを見送りながら出されたシュークリームを平らげるとお茶を飲みながら一息つく。

 後は歯磨きをしてお風呂に入って眠るだけだ。

 食べきって皿とコップを片付けて二階に上がる前にアニが総司に忠告しておく。

 総司はかなりの料理馬鹿であり、下準備をしていて集中し過ぎると朝になっていたなんて事が何度かあったのだ。

 だからジト目でアニは釘を差しておく。

 「気を付けます」と言っていたが聞いているかどうか怪しいものだ。

 なんにしても今日の疲れを癒やして明日からも頑張ろうと二人はまずはお風呂場へと歩いて行く。

 

 

 

 

 

 

 深夜二時。

 寝静まり静寂が漂うこの時間になっても食事処ナオにはぼんやりと明かりが灯っていた。

 ふつふつと煮える鍋よりお玉でひとすくいし、小皿にタラリと注いで口を付ける。

 味を確かめて何度か頷いて総司は鍋の火を止めた。

 明日の朝食用のコーンスープも完成して今日の(・・・)仕込みは済んだと時計を見て、まだ日付は変わっていないと思っていただけに苦い顔をする。

 早く休むように言われたのにこれでは駄目ですね。

 鍋に蓋をしてコンロより除け、脱衣所へと急ぐ。

 すでにユミルやアニ、それにイザベルが使用した衣類が洗濯機に入っているのでそのまま洗濯機を始動させ、自身の衣類は籠に放り込んでさっさとシャワーを浴び始める。

 一応浴槽もあるのだがどうせ自分が入ってもカラスの行水…いや、肉を湯に潜らせるしゃぶしゃぶか魚の生臭さをとる湯引きみたいな感じなので湯を張るだけ勿体ない。

 さっさと洗い終え、水気をタオルで拭き取ると洗濯機はそのままで、厨房に戻って簡単に掃除してから寝室へと向かう。

 

 深夜三時に眠りについた総司は朝五時に目を覚ます。

 眠気眼を擦りながら風呂場へ向かい、昨日(今日)洗った女性陣の衣類を隣の乾燥機に放り込み、今度は自身とファーランの衣類を洗濯機で洗い、その間にシャワーを浴び昨日より丁寧に身体を洗う。

 風呂から上がり新しい仕事着に着替えると乾燥機の衣類を籠に入れて、日当たりのよい一室に運んでハンガーや折り畳み式の物干し竿に掛け、今度は厨房に向かって白身魚のフライを作り出す。

 食パンに葉物、白身魚、タルタルソース、葉物の順に載せて、もう一枚食パンで挟んだ白身魚のサンドイッチを三人分作り上げ、脱衣所に向かって男性陣の衣類を乾燥機に入れて厨房に戻る。

 

 六時に新鮮な肉や野菜を乗せたリーブス商会の馬車が店先に止まり、馬車に乗っていたフレーゲル・リーブスと話しながら食材の確認と代金の受け渡しを済ませ、今度は毎日注文されている白身魚のサンドイッチを渡して代金を受け取る。

 取引が済めばまた脱衣所に戻り、乾燥機から取り出してハンガーに掛けに行く。

 ようやく洗濯物から解放された総司は、料理に集中できると笑みを零す。

 朝食の準備を始める七時半までに仕入れた食材の下準備を済ませようと作業を開始する。

 七時半になればナオが起きて部屋からこちらへとやって来る。

 朝食は皆と同じ時間に出すので今は取り合えず猫用のミルクを器に注いでおく。

 皆の朝食はハムと卵の二種類のサンドイッチにサラダ、コーンスープにしようと決め、降りてくるまでに調理を済ませようと少し急ぎながら作る。

 いつも通り八時にアニもユミルも降り、イザベラとファーランも到着し、朝食前のブリーフィングを始める。

 ブリーフィングと言ってもほとんどいう事がないのでいつも通りに一言だけ。

 

 「では、今日も一日頑張りましょう」

 

 このブリーフィングの後に昨日の就寝時間を聞かれ、苦笑いしながら答えた総司はアニによって宙を舞う事になった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【おまけ:昼の一コマ】

 

 お客としてハンバーグを注文し、カウンター席で待っていたアニに聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 入り口の方へ視線を向けるとそこにはエレン・イェーガーにアルミン・アルレルト、ミカサ・アッカーマンなど常連の三名が入店していた。

 いつも通り入るなりいつもの料理を注文し、目が合い気付いたエレンは近くのテーブル席に腰かけた。

 総司より注文したハンバーグを受け取ると、エレンがこちらを覗いているのが視界の隅に映った。

 

 「――なに?」

 「いや珍しいなと思って。それチーズハンバーグじゃないだろ」

 

 別にチーズハンバーグが好きだからと言って毎日毎食食べている訳ではない。

 ただエレンが居る時にチーズハンバーグ以外を食べることは無かったかな。

 

 「――そう」

 

 短くつれない返事を返しながら内心ほくそ笑む。

 多分だがエレンは知らないのだろう。

 

 「にしてもチーハン好物って感じだったのに、連続して食い過ぎて飽きちまったか」

 「普通は飽きると思うよ」

 「そういうアルミンはいつも同じものを頼んでる」

 「ミカサだってそうでしょ」

 「私は違う。今日はかぼちゃのプリン」

 「あ、うん。そうだね…」

 

 談笑するエレン達の会話を聞きながら総司に視線を送る。

 

 「店長。アレを」

 「えぇ、分かりましたよ」

 

 クスリと笑みを浮かべた総司がアニのハンバーグにスライスされたチーズ、そして半熟の目玉焼きを乗せ、デミグラスソースをタラリと垂らした。

 チーズがハンバーグとデミグラスの熱により溶け、とろりとデミグラスソースと混ざってハンバーグを彩った。

 そこにナイフで切れ目を入れられた黄身が流れ、重なった部位をエレンに見せつけるように食べたのだ。

 一連の流れに面食らったのかエレンはぱちくりと瞬きをするばかり。

 ようやく動き出したのはアニが飲み込んで、含みのある笑みを向けてからだった。

 

 「…え?ちょ、それって…」

 「オプションメニューさ。追加料金を払う事で自分の好きなようにアレンジ出来るのさ」

 「き、きったねぇぞ!」

 「ちゃんとメニューを読んでないアンタが間抜けなだけさ」

 

 初めて知ったエレンは大慌てで注文を取り下げてメニュー表と睨めっこするのであった。




●現在公開可能な情報

・食事処ナオ求人情報
 時給:900~1000
 募集要員:フロア担当
 仕事内容:席への案内、注文取り、料理の配膳、後片付けなどの接客サービス
 住み込み可能(人数制限有り)
 賄いの提供有り
 定休日:火曜日と日曜日
 開店時間:午前九時
 閉店時間:午後十一時
 ラストオーダー:午後十時半


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12食 紅茶とパウンドケーキ

 飲食店というのは混む時間帯が凡そ似通っている。

 昼食や夕食時などは特に重なり、稼ぎ時と言えよう。

 食事処ナオも例に漏れずに十二時や十九時は多くの客が訪れるのだが、今日はいつもと異なっていた。

 平日という事で客の入りようが休日よりも少ないというのは平日ならいつもの事。

 そもそも客入りはいつもと変わらない。

 ならば何が違うというのか?

 誰から見ても一目瞭然で、カウンター席が空いているのだ。

 別に店内がお客で埋まるほど溢れているという訳でもないので空いていても別に不思議ではないが、調理する様子も売り物となっている食事処ナオでカウンター席が二つしか埋まっていないというのは非常に珍しい光景である。

 理由は十中八九今現在カウンター席に腰かけている人物…。

 獲物を求める肉食獣のような獰猛な瞳が店内をざっと見渡し、人を寄せ付けない雰囲気を振り撒いている。

 

 カウンター席に居る人物こそ調査兵団が誇る最強の兵士であるリヴァイ兵長(兵士長)だ。

 年齢の割には小柄な体躯を活かした機動力と小回りの良さ。

 獲物を震え上がらせるような鋭い眼光。

 時には柔軟に時には非情に判断を下せる思考。

 他の追従を許さない程に卓越した戦闘技術。

 たった一人で一個旅団並みの戦力と謳われる存在。

 エルディアは勿論マーレでも知らぬ者がいない程の調査兵団のエースが睨みを利かせ、只ならぬ雰囲気を出していては誰も近づこうとはしないだろう。

 視線を周りからカウンターに向けたリヴァイは、裏側をさらりと撫でて汚れてないかを確認し一言呟く。

 

 「ちゃんと掃除は出来てるみてぇだな」

 

 その一言に隣に腰かけているファーランは苦笑する。

 地下街で一緒に居た時と変わらない潔癖な性格や態度に安堵すると同時に、普段通りなのに目付きと漂わせている雰囲気で威圧されている一般客に申し訳なく思う。

 

 「そりゃあ散々仕込まれたからな。それにきっちり掃除をするのは元よりこの店のルールでもある」

 「埃一つ落ちてない。テーブル周りも客が入れ替わるたびに綺麗にしている。中々ないな」

 「だろうな。俺も初めて教えられた時は驚いたよ」

 

 他の店なら埃どころか食べかすが転がっていたりするが、この店には一切その類は見えない。

 客が出入りするたびに埃が立たないように床はモップで、テーブルの上は清潔そうな濡れ布巾で拭き取る。

 よく教育がされているようだ。

 あのイザベルもよく働いているようだ。

 ファーランは午後からの勤務という事なので一緒に食事をするとの事だから、仕事中の様子を伺う事は出来ないが…。

 

 「行儀が悪い」

 「ん?――あぁ、これか」

 

 視線を向けると本を片手に食事をするファーランが見え、軽く注意しておく。

 行儀も悪い上に片手間で食事していたら本やら周りを汚すだろうに。

 注意を受けたファーランは悪びれた様子もなく、自分が手にしている料理の事を言われていると理解して笑う。

 

 「良いんだよこれは。というか片手間で手を汚さずに食べるもんなんだ。サンドイッチは」

 「汚さずにか」

 「常連(アルミン)が教えてくれてさ。本を読みながら食べるのにちょうどいいんだよ。本来ならカードゲームしながららしいがな」

 「相も変わらず本の虫か」

 「お互いさまでそうは変われないさ」

 

 言われてみれば本や机、手すらも汚れていない。

 白いパンに挟まれた具材は漏れ出さずに、しっかりと間に収まっている。

 なるほど確かにアレなら汚れないだろう。

 サンドイッチに感心すると同時に変わらない様子に懐かしさを感じる。

 それにしてもここの料理は知らないものが多いが、どれも美味しそうに見える。

 ここには二人の顔を見る目的で紅茶の一杯でも飲んで帰ろうと思い、昼食を済ませて来たために食欲が湧いても腹には入らない。

 メニューを開き飲み物欄にある紅茶を眺める。が、欄には何種類もの銘柄があり、どれも知らぬものばかり。そもそも飲食店に何故これだけの種類があるのかと疑問を抱く。

 

 「色々と種類があるな――店主、おすすめはなんだ?」

 「おすすめですか。ダージリンのアールグレイなどは如何でしょう。ベルガモット…いえ、柑橘系の良い香りに若々しい苦みはありますがスッキリとして飲みやすいですよ」

 

 問いかけるとにこやかに返され、

 

 「そのダージリンのアールグレイとやらを貰おう」

 「畏まりました。マグノリアさん頼みましたよ」

 「了解店長」

 「なに?」

 

 まさかのイザベルが淹れるのかと眉を歪めて振り向くと、任せろと言わんばかりの満開の笑顔を浮かべていた。

 奥の部屋に向かいエプロンを代えたイザベルは早速紅茶の準備に始めた。

 不安を感じながら工程を見守る。

 前もって温められた小さめのポットに茶葉を入れ、沸かした水を半分ほど注ぐ。

 薄茶色の色素が湯に移り、透明なポッド内で舞い踊るように茶葉が舞う。

 蓋をして蒸らし、真剣な表情でイザベルは時計を見続け、時間が経過するとスプーンでひと混ぜしてから、茶こしで漉しながらティーカップに最後の一滴まで注ぎ入れる。

 安堵の吐息を漏らしたイザベルから差し出された紅茶を眺める。

 若干表情に緊張などが伺え、手際も良いとは言えないものだったが、リヴァイは先の不安もカップの持ち手―――ではなく、飲み口を器用に掴んで持ち上げ、空いている飲み口より一口含んだ。

 ふわりと柑橘系の香りが広がり、程よい渋みと爽やかな風味が駆け抜けて行く。

 淹れ方も良いのもあっただろうが、それ以上にこの茶葉自体も手間暇かけて育てられているのだろう。

 たかが一杯にどれだけの労力が注がれ、これほどの物を作り上げたのだろうか。

 

 「悪くない」

 「本当に!?やった!!」

 「一々騒ぐな」

 

 嬉しそうにはしゃぐ様子にジト目で言うが、嬉しくて仕方ないイザベラは満面の笑みを浮かべている。

 さて、こうも美味しい紅茶には美味しい茶菓子も欲しくなる。

 

 「こいつに合う茶菓子はあるか?」

 「え!?えーと…」

 

 助けを求めようと視線を総司に向ける辺り、料理に関する学習を怠っていたらしい。

 呆れた視線を背後より受けるイザベルより助けを求められた総司は苦笑いを浮かべる。

 

 「アールグレイなどのフレーバーティーにはバター系のお菓子が合うかと」

 「ら、らしいですよリヴァイの兄貴」

 「昨日そうお伝えしたのですがね」 

 「あ!」

 「…おい」

 

 苦笑いを浮かべる総司に、乾いた笑みを浮かべるイザベル。

 店主の苦労が多いだろうなと僅かに同情する。

 

 「クッキーやパウンドケーキなどがおすすめです」

 「ならパウンドケーキを頼む」

 「畏まりました。少々お待ちください」

 

 パウンドケーキは結構簡単な洋菓子であるが、最初から作ろうと思えば焼き時間だけでも40分掛かる。粉類の準備からなると一時間は超える。そこまで客を待たす訳にはいかない。

 すでに出来て保存しているので温めるだけだ。

 ただ暖め過ぎると中がスカスカになるか外が焦げすぎる可能性があるので要注意だ。

 パウンドケーキ型で焼き上げていたパウンドケーキを八等分に切った内の二つを温め、皿に盛りつけてお出しする。

 差し出されたパウンドケーキを眺め、フォークで一口分を切り分けて零れ落ちないように含むと、砂糖を少なくしているのか甘味は控えめで、代わりにバターの風味が主張してくる。

 焼きたてというのもあるのかふわふわな食感が口の中で溶けるようだ。

 味わいつつ、紅茶を飲むと、確かにバターの風味にアールグレイの柑橘系のさっぱりとした味わいが合う。

 

 「確かに合うな」

 「だろ。総司さんの料理はどれも美味しいんだ」

 

 ほぅ…と息を漏らしつつ、ゆったりと周りを見渡す。

 今度は掃除の具合を見る為ではなく、この店の雰囲気を見極める為に。

 いや、無用な行為だった。

 肌で感じるように居心地が良い。

 それに客のそれぞれが楽しみ、接客をしている店員は目付きが悪かったりはするが丁寧な仕事をしている。

 他では汚れや食べこぼしが気になって仕方がなくなり、こんなに落ち着いて飲食店で過ごすなんてありえない。

 何よりイザベルもファーランも良い顔をしている。

 誰にも気付かれない程度に頬を緩ませた。

 ゆっくりと紅茶とパウンドケーキを楽しみ席を立ち、カウンターでお金を払い総司を見つめる。

 

 「アイツらを頼む」

 「畏まりました」

 「……また来る」

 「次回の御入店をお待ちしております」

 

 店を出たリヴァイは何時かアイツを連れて来るかなと、次の来店を考えながら歩き出そうとして足を止めた。

 一匹の黒猫が裏路地を堂々と歩き、視線が合うと立ち止まってひと鳴きして店の入り口へと再び歩き出す。

 知人に似ている黒猫を見て、礼儀知らずの根暗(・・・・・・・・)までも思い出して苦々しい表情を浮かべる。

 ここがトロスト区という事もあるのだろう。

 ……今度来た時出くわさない様に気を付けなければ…。

 

 

 

 

 

 

 イザベルはカウンターに突っ伏して頭を抱えて悶えていた。

 と、いうのもきちんと仕事をしているところ見せて、リヴァイに安堵、もしくは褒めて貰うつもりだったのだが、結果は散々なもので呆れられていた。

 思い出す度に心を充満するモヤモヤとした感情を吐き出すようにため息を漏らす。

 

 「何時まで落ち込んでるのさ」

 「だってぇ…兄貴呆れてたよ」

 「そりゃあそうだろ。昨日今日で忘れるか普通」

 

 追撃と言わんばかりのユミルの一撃にさらに頭を抱える。

 その通りでぐうの音も出ない。

 悶々と唸りつつ本日の疲れを癒やす仕事後のデザートであるパウンドケーキを頬張る

 昼にリヴァイの兄貴に出したノーマルタイプではなく、ここあぱうだぁ(ココアパウダー)なるチョコの風味がする粉末を混ぜたものだと説明を受けた。

 チョコの深みのあるコクと苦みを、少し多く入れられた砂糖が中和して、程よい苦みと甘さが口だけでなく心にも広がる。まるで今日の失態を慰めてくれるように。

 イザベラの落ち込みように総司も心配し声をかけておく。

 

 「失敗は糧にすればいいんですよ。また彼も来てくれると言っていましたし、次で取り返しましょう」

 「店長…」

 「あんまり甘やかすとまた派手にやらかすぞ」

 「うっさい!……って何してんの?」

 

 励まされ落とされたイザベルは睨み声を挙げるが、ファーランが電子レンジよりパウンドケーキを取り出した事で注意がファーランよりファーランが手にしているパウンドケーキに替わる。

 自分達が手にしている物と違って、焼きたてのように湯気を立て、甘いバターの匂いを漂わせ、表面は多少の焦げ目が出来てカリッとしていそうだ。

 ゴクリと生唾を飲み込む様子にファーランはニヤリと微笑む。

 

 「これか?これは配られたパウンドケーキを電子レンジでトーストしたものだ。ふわっふわのパウンドケーキが外はカリカリ、中はしっとりとした触感に変わり、焦げ目が付くほど焼かれた事で控えめだった甘味が増して美味くなるんだ」

 

 話を聞いた事でさらに美味しそうと食べたい衝動に駆られる。

 が、すでに自分に配られた分は腹に収まっており、悔し気に見つめる事しか出来ない。

 その様子にニタニタと笑みを浮かべるファーランが憎らしくて堪らない。

 

 「ずるいぞ!」

 「そうかぁ」

 「いやさすがにずるいだろう。なぁア…二?」

 

 イザベルだけでなくユミルも同意見だったらしく、抗議しながらアニにも意見を求めるが、食べ終わっていた筈のアニが先のとは薄っすらとながら色の違うパウンドケーキを口にしており、意見よりもそちらに意識が向かう。

 

 「おいアニ。何食べてる?」

 「パウンドケーキの試作品。なんでもクリームチーズとレモン汁を足したものだとか。さっぱりとしたチーズの風味と滑らかな食感が凄く良いよ」

 「「店長!!」」 

 

 同時に二人の視線が向けられるが、これも(二種類の試食)前もって夕食前には話したのですが…と思いつつ苦笑いを浮かべる。

 これからも大変だろうけど、それが非常に楽しみにも感じるのであった。

 

 

 

 ちなみにイザベルとファーランはこれからもナオで働きたいとの事で、引き続き食事処ナオのフロア担当として働くことになったとさ。




●現在公開可能な情報

・新規の追加メニュー
 デザート欄のパウンドケーキにノーマル以外に七種類追加。
 ・パウンドケーキ(チョコレート)
 ・パウンドケーキ(抹茶)
 ・パウンドケーキ(クリームチーズ)
 ・パウンドケーキ(アーモンド)
 ・パウンドケーキ(コーヒー)
 ・パウンドケーキ(はちみつレモン)
 ・パウンドケーキ(ドライフルーツ)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13食 中華①

 調査兵団第四分隊。

 精鋭揃いの調査兵団の中で戦闘もこなしながらも研究開発を行う技術部のような役割を担う変わった分隊。

 元々変人巣窟――コホン、一癖も二癖もある癖者揃いの調査兵団の中でもこの分隊は極め付きであった。

 分隊長のハンジ・ゾエは周囲への気配りが出来る優しく気さくな人物で、強い探求心と決して折れない向上心、誰にも負けない熱意の持ち主である。

 ―――ただ“普段は”と付け加えなければならないのは非常に頼もしくも残念だと思う。

 研究に没頭すればするほど彼女の奇行が目立つようになる。

 気になればどんな結果が待っているかも考えずに行動し、幾度となく自身の命を危険に晒した事か。

 さらにその奇行は周囲を巻き込んでしまう性質があるから質が悪い。

 それでも調査兵団の技術力を支える大きな支柱なのだから、一概に悪いとも言い切れない。

 ……その犠牲者を除けばだが…。 

 

 昼を過ぎた頃のトロスト区大通りを四名の男女がトボトボとゆっくりと帰路につこうかと歩を進めていた。

 活力や気力といったもの以前に生気が抜け落ちたように足取りと表情は非常に重たい。

 彼らこそハンジより日常的な被害を被っている調査兵団第四分隊の面々で、本日は来月に迫った壁外調査の準備でトロスト区にて朝早くから作業に従事していたのだ。

 別に研究もしているからと言って後方支援要員ではなく、最前線で活躍する彼らが一か月も早く準備する事は無い筈なのだが…。

 

 「これ壁外調査に間に合わせるから皆宜しく!」と急な仕事を入れて連日徹夜を指示したり、「まだ三日あるから実験をしたいと思う!」と三日で用意すると前々よりしていた予定をガン無視しての実験で二日を費やし、「アレを何処に置いたっけ!?」と折角纏め上げた荷物をひっくり返して探し回り、結局徹夜してまで荷造りと積み込みを済ませたりと、早め早めに行動しなければ全て自分達に降りかかって来るので、有給休暇を申請して幾らかの荷運びを終えたのだ。

 ……有給まで取ったのは取らなければ絶対にハンジ分団長に捕まって仕事にならないと四人とも察しているからで、出来る事なら通常業務内に済ませたいところである。

 

 「さすがに疲れたな」

 「一部の荷物でも重量をくったからな…」

 「おかげでもう昼過ぎですよ」

 

 もみあげから顎まで繋がっている髭をポリポリと掻きながら呟くアーベルと、刈り上げた頭部側面を撫でるケイジの会話に四人の中で唯一の女性であるニファが疲れ切った様子で参加する。

 

 「昼食を摂りたいところだが、今日は火曜日だしなぁ」

 

 調査兵団第四分隊一番の苦労人である副隊長のモブリット・バーナーは先頭を歩きながら周囲を見渡すが、どの飲食店も定休日の看板を掲げて閉まっている。

 もしかしたら何処か一件でもと希望を抱いたが、やはり結果は予想通りのスカ。

 大きなため息を漏らしながら、帰路につこうとする。

 しかし、こんな疲労困憊した状態で帰ったところで料理する気も起きない。

 さて、どうしたものかと本格的に悩み始め、仕方が無いと通行人に問うてみようと近寄ってみる。

 地元住民であれば開いている店を知っているかも知れない。

 

 「すみません。少し宜しいでしょうか?」

 「はい?」

 

 手には食材を詰めた袋を手にしていたので、この近辺に住んでいる人だと辺りを付け、モブリットは黒猫と共に歩いていた青年に声を掛けた。

 

 「この辺で今日でも開いている飲食店をご存じないでしょうか?」

 「今日…となると無いでしょうね。大概定休日ですし」

 

 想像していなかった訳ではない。

 壁外調査でも希望を抱いた所で、後で絶望に襲われるような事は多々ある。

 一応慣れているがやはりがっかりと心に来るものはある。

 

 「そうですか…ありがとうございました。それでは」

 

 答えてくれた礼を言って立ち去ろうとしたモブリット達を青年―――飯田 総司は呼び止める。

 

 「もしなんでしたら開けましょうか?」

 「え?」

 「私、裏路地にて食事処ナオという店を経営しておりまして。もしよければ寄って行きませんか」

 「いえ、定休日なのに悪いですし…」

 「構いませんよ。ただまた今度食事に寄って頂けるのならですが」

 

 ただの善意でなく、リピーター狙いの発言にモブリットは少々安堵した。

 これが純粋な善意だけのものであれば、申し訳ないという罪悪感で断っていた所だろう。

 経営者としてメリットとデメリットを考えての提案に、モブリットは乗る事にする。

 どのみちアーベルとケイジが受ける気満々だったようだしね。 

 

 「でしたらお願いします」

 「こちらへどうぞ」

 

 案内あれるがままに付いて行き、到着したのは一風変わった店。

 当たり前だが店内には誰も居らず、静寂だけが居座っていたが、それらを追い出すように靴を鳴らして入る。

 総司は荷物を奥へ置くとエプロンを着て厨房に立たった。

 

 モブリットはカウンター席に腰かけると置いてあるメニューを開いて、どのようなものがあるのかとパラパラと捲り、とある項目で手を止めた。

 

 「すまない。このちゅうかりょうりというのはなんだ?」

 「中華料理は私のくn……故郷でも有名な料理ですね」

 「有名な料理か…」

 「気になるって感じですね副隊長」

 

 ニファに言われた事は否定しない。

 彼は故郷で有名なと言ったが今まで中華料理なるものを耳にした覚えがない。

 知らない物に蓋をする―――のではなく、掘り返してまでも知り尽くすのが調査兵団第四分隊だ。

 気になって仕方がない。

 

 「何か食べたいものはあるか?」

 「副隊長に任せますよ」

 「俺達はそれよりも酒の方が気になるんで」

 「ちょっと二人共真昼間から飲む気ですか?」

 「勤務中だぞ……あー、休みだった」

 

 飲みだしそうな二人に注意するが、朝から働いていた事で勘違いしていたが今日は休みだ。

 なら固い事を言うのも野暮だというもの。

 それに久しぶりに酒を飲みたいという気持ちもある。

 ならパンや白米とのセットではなく、つまみも兼ねて単品で何種類か注文しよう。

 

 「すみません。このエビチリとハッポウサイ、スブタ…それとホイコゥロゥを」

 「あと生ビールをジョッキで四つお願いします」

 「えーと、エビチリに八宝菜、酢豚に回鍋肉。生を四つですね。畏まりました」

 

 復唱すると総司は材料を用意し、調理に入る前に先にビールをお出しする。

 ジョッキの透き通ったガラスもさることながら、透き通ったビールに目が惹かれる。

 興味津々に観察し、キンキンに冷えたジョッキに驚いて触れた手を引っ込めた。

 見た目はエールにしか見えない分、冷やしている事に疑問を抱きつつ口を付ける。

 口に含んだ瞬間に、冷えたエールと思い込んでいた思考が一変した。

 エールの甘さは無く、キレが良い喉越しと程よい苦みが喉を通り過ぎる。きめ細やかな泡まで美味しく感じる。

 これはいったい何だろう。

 冷えているからか?違う。エールとは製法から違うのだろう。

 職業柄か知ろうと思考を働かしていたが、料理が来たことで一旦停止した。

 

 「エビチリお待たせしました」

 「はぃ……え?」

 

 受け取った料理を見て四人とも膠着した。

 いや、ニファに至っては引いている。

 なにせ赤いソースに塗れて丸まった芋虫らしき(エビ)ものが転がっているのだから…。

 

 思考が一旦どころか完全に停止した。

 まさか虫料理が提供されるとは思いもよらなかった。

 ちらりとアーベルとケイジに視線を向けると二人共さっと目を逸らし、ニファは見る気もない。

 総司は次の料理を作り始めてこちらの様子に気付いていない。

 虫を食べるという嫌悪感から身体が震え、手にしたスプーンが小刻みに揺れる。

 赤いスープと一緒に一匹をすくいあげる。

 やはり芋虫にしか見えない食材に顔が引きつるが、漂ってくるソースの香りに食欲が刺激される。

 朝に軽く食べて以降何も食べてなかったお腹が素直に空腹で鳴く。

 様子を伺われる中、覚悟を決めたモブリットはぱくりと勢いに任せて口に放り込んだ。

 

 ぷりっとした肉厚な身が弾け、淡白な味わいと薄っすらとした甘みが広がる。

 思いのほか良い歯応えと味わいに驚く間もなく、ピリッと豆板醤の辛味とトマトや酢からなる酸味が、とろりとしたスープにより一気に口内に広がる。

 ほのかに複雑な味わいの中にごま油と鳥の出汁を感じながらゴクリと飲み込む。

 眺めていた三人はモブリットの次の動きを見守っていると、もう一口含んで飲み込む前にビールを流しいれた事で理解した。

 

 「プハッ!これは美味い!!」

 「嘘ですよね!?虫ですよこれ」

 

 思いもよらなかった反応にはモブリットも同意するが、今まで食べたことの無い美味しさの前には嫌悪感は薄れ去っている。

 そして虫と聞いた総司は自分の説明不足を恥じた。

 

 「初めて見たらそうですよね。これは虫ではなくエビです。ここらでは川エビが生息していると聞きますが」

 「あぁ、それなら知ってますがってまさかアレがこれになるんですか!?」

 「いえ、品種は違いますが同じエビですね」

 

 美味しそうに食べたモブリットに、総司の虫ではないとの発言で三人も小皿に取り、各々パクリと口にすると驚きと美味しさから頬を緩ませた。

 

 「本当に美味しい!」

 「この食感に辛さ。癖になるな」

 「そしてビールに合う!」

 

 ピラニアが獲物に食らいつくが如く、急激にエビチリは胃袋へと納められる。

 食べる度にビールも比例するように減っていく。

 誰もが黙々と食べ、飲み切って息を付く。

 食べ終わると物足りなさに襲われ、もう一回エビチリを頼もうかと悩んでいると出来上がった料理が皿に移される。

   

 「はい、酢豚に八宝菜お待ちしました」

 「あ!ここにもエビが入ってる」

 「ビール追加お願いします」

 「畏まりました。少々お待ちください」

 

 エビチリが乗っていた皿が下げられ、入れ替わるように出された料理に目が奪われる。

 白菜にキノコ類、エビにうずらの卵と全体的にテカリと白さが目立つ八宝菜。

 ピーマンにタマネギ、揚げられた豚肉に赤みを帯びたタレがトロリと掛けられた酢豚。

 色彩豊かな料理に思わず涎が溢れ、小皿四つずつに分けられるのが非常に待ち遠しい。

 きっかり四つに分けられた二種類の料理が行き渡り、追加したビールが置かれた事を確認してまずは八宝菜を一口頬張る。

 

 先ほどと変わらぬプリっとしたエビとシャキシャキとした白菜の歯応えが心地よく、白菜が持つ甘味が十全に活かされ、こってりして尚さっぱりとしたスープに野菜や肉の旨味が溶け出しており、それが上手く全体を纏め上げて調和を保っている。

 キノコの風味も薄く隠れるようにしていた豚肉もそれぞれの旨味が残っており、噛めば噛むたびにはっきりとした味が広がって来た。

 噛むとプツリと切れて、中より柔らかく卵の黄身に妙な安心感を得て息を漏らす。

 

 八宝菜を一口味わったところでビールを飲み、酢豚の方にもスプーンを伸ばす。

 

 対して酢豚の方はタマネギもピーマンもしんなりと柔らかい。

 豚肉は外の衣がふにゃりと柔らかく、中は程よい噛み応えで肉らしさを強調してくる。

 油で炒め揚げられた食材を、とろみのあるさっぱりとしたタレが脂っこさを中和し、油で気持ち悪くならずに食べきれる。

 

 そして何よりこれらにはビールが非常に合う!

 

 何杯目か忘れたビールを煽り、また空になったジョッキをカウンターに勢いよく置く。

 彼の故郷が何処なのかは知らないが、これほど美味しい料理が地方で埋もれていたとは勿体ない話だ。

 本音を言えばどの辺りの料理なのかを聞きたかったが、彼は目を伏せて一度言い直していた。

 察するにウォール・マリアの何れかでは無いだろうか。

 故郷を奪われた者の多くはマーレとの戦争で被害にあっており、思い出したくない者が多くを占めているだろう。

 彼もその一人ではないかと思うと聞くに聞けない。

 分隊長なら絶対聞いていただろうけど…。

 

 想像に苦笑いを浮かべ、今度はエビチリのように争奪戦にならない事に対しての余裕と、酒が進んだことで酔いが回って口が軽くなった事で、四人がそれぞれ話しながら食事を続ける。

 それぞれと言っても同じ職場の仲間となれば話す内容も似てくるもの。

 途中から分隊長に対する愚痴の言い合いになってしまっていた。

 聞き手で居ようかとも思ったが、思いのほか酔っているのか溜まりに溜まっていた愚痴が溢れ出してしまった。

 そしてそれを聞いては同意する辺り、何かしら同じ被害を受けた仲間なのだ…。

 

 「回鍋肉お待たせしました。ビールのおかわりは如何でしょうか?」

 

 八宝菜と酢豚が無くなりかけた頃合いに、四つ目の品が出来上がった。

 これが最後の一品かと思うと名残惜しく感じるが、すでにビールとここまでの料理で結構お腹は満たされている。

 ちょうどいい具合だろうと納得し、同じように四つの皿に分けて配る。

 今までのが美味しかっただけに、もはや誰もが疑いなくパクリと勢いよく頬張った。

 白菜とはまた違ったキャベツの歯応えに、柔らかく脂の乗った豚バラ。

 ガツンとにんにくの香り漂う、濃い甘辛のタレが鼻と舌の両方を刺激してさらなる食欲を誘い出す。

 

 あー…すでに大分飲んだというのにこんな料理を出されては飲まない訳にいかないじゃないか。

 

 最後まで勢いが衰える事無く食べきり、四人とも満足気に息を吐く。

 

 「美味しかったぁ」

 「また来ましょうね。今度は分隊長も誘って」

 「悪い予感しかしないんだが」

 「予感というか予知だな。そして副隊長が必死に止める未来しかないという…」

 

 その通りだろうなと苦笑し、一休みしてから会計を済ませる。

 腹も心も満たされ、溜まっていた物をぶちまけた調査兵団第四分隊面々は清々しい気持ちで店を出た。

 また明日から大変な日々が続くだろうが、その時はまた皆で飲みながら愚痴を言い合おう。

  

 

 

 

 

 

 「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

 

 最初の疲労感が吹き飛んだように満足気な笑顔で帰って行ったモブリット達を見送った総司は、彼らに劣らない笑顔を浮かべていた。

 

 ―――定休日なんだからしっかり休みな。

 

 優しい子たちだ。

 私がいつも寝る間も惜しんで料理をしている事に心配して、彼女達は出掛ける前に釘を刺すように言って行った。

 今頃ユミルさんに連れられたレオンハートさんは、現地で合流したレンズさんを合わせた三人でショッピングを楽しんでいる事でしょうね。私が休んでいると思って。

 でも、すみません。

 我慢できませんでした。

 ゆっくりと時間を過ごすより料理していた方が心落ち着きますので。

 罪悪感交じりの達成感に笑みを浮かべ、帰ってこない内に後片付けと店内に漂う匂いをどうにかしないといけない。

 

 「失礼します」

 「―――ッ!?」

 

 早速洗い物を済ませようと手を動かそうとした矢先、聞き覚えのある声に背筋が凍り付くような感覚が突き抜ける。

 入口へと振り向くとそこには三人で買い物をしている筈のクリスタ・レンズの姿があった。

 達成感は吹き飛び、焦りと緊張に支配された総司は大慌てで洗い物だけでもと隠そうと前に立つが、今更遅い上に逆に怪しい。

 しかし脳内に忠告したときのアニの表情に、数日前に投げ飛ばされた事が脳裏を過ぎれば嫌でも冷静さを欠いて、焦るだろう。

 

 「どどどど、どうしましたレンズさん。レオンハートさんもユミルさんも連れ…ず……に?」

 

 そこで総司は違和感に気付いた。

 ユミルとアニの姿がないこともそうだが、クリスタの様子がおかしいのだ。

 いつもはにこにこと微笑みを振り向いているというのに、今日の彼女は感情が抜け落ちたような無表情。

 なにより定位置で転がっていただけのナオが目を細めて僅かながら警戒を示している。

 

 「そう…あの子はユミルと会っていたのね」

 

 冷たい雰囲気を纏った言の葉が、鋭い視線と共に総司に向けられる…。




●現在公開可能な情報
 
・壁外調査
 原作と違って巨人ではなくウォール・マリア内に潜伏しているマーレ有無の確認から排除、マーレから地域の奪還などを目的とした調査兵団による大規模作戦。
 リヴァイ兵士長を始めとした戦闘に特化した各部隊が索敵及び戦闘を行って地域を奪還し、その奪還された地域の維持を任された防衛部隊が展開して行く。
 それを幾度どなく繰り返してウォール・マリアを奪還するのが最終目標。
 しかしながら最高戦力が長期の不在になるのは、問題があるので数週間程度の短期間のみ行われる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14食 イチゴパフェ

 私にはとても大事な妹と友人がいる。

 自分の事よりも他人を気に掛ける優しい心根を持つ妹――クリスタ・レンズ。

 厄介事を抱えて私達を利用してやろうと思いつつも、決して行動に移さず迷惑を掛けぬように去った友人――ユミル。

 

 妹は産まれて唯一信頼できる身内であり、尽きぬ心配の種であった。

 いつもいつも他人や周りを気にして懇親的に動くのはよく目立つ。

 昔はそうでもなかったのだが、ユミルに出会ってからその気質が強くなった気がする。―――気がするでは無かった。絶対にそうだと断言できる。

 最初こそ利用する気満々だったのにクリスタに関わる内で毒気が抜かれ行くのが目に見えて分かった。

 関わる内にクリスタに深い情が芽生えていくのも分かった。

 今まで親にも周りにもいらない存在として扱われ、私と牧場の動物たち以外に接せれる者が居なかったのも大きいだろう。

 ゆえに迷惑を掛けまいと去って行ったユミルに対して罪悪感を抱いたのも当然の結果だった。

 あの日、自身にもっと力が、知恵があれば彼女を護れたのにと自身を責めて今のような献身的な性格になったと考えるのが妥当か。

 

 かく言う私にもユミルは大きな影響を与えて行った。

 クリスタから話を聞いた時にはなんて面倒事が迷い込んで来たのだろうと頭を悩ましたが、自分達と違いながらも近しい彼女に興味を持って多少ながら関わるようになった。

 私もクリスタと同じで接せれる者が限られていた影響が出たのだろう。

 いつの間にかユミルという存在は私の中で大きなものへと膨らんでいった。

 去った時は安堵感を覚えつつも酷い罪悪感を抱いたものだ。

 だからもしも運よく出会えることが出来たのならあの父親に頭を下げてでも助けたいと思っていた。

 だというのに…。

 

 

 ヒストリア(・・・・・)・レンズは感情を表情に出さず、淡々と怒りを言の葉に載せて叩きつけていた。

 

 ユミルという存在はたかが一般人が触れていいものではない。

 憲兵に追われる身であるだけでも匿うのには危険が伴うというのに、彼女を追い続けているのは今の王政府の命を受けた中央憲兵。相手が相手なだけに下級貴族でも力不足。

 もしも助ける事が出来るとすれば自分達の父親のレイス家なら可能だろう。

 

 だというのにこの飯田 総司は匿うどころか店で働かせているという。

 客には訓練兵や調査兵団、憲兵に至るまで居るらしい。

 怒りを通り越して呆れて来る。

 ため息交じりに続けようとするヒストリアの言葉をある音が遮った。

 

 

 ―――くきゅるるる~…。

 

 

 昼食を食べてない事を思い出させるようにお腹が鳴った。

 状況が状況だけに恥ずかしさは普通に鳴った時より大きい。

 聞こえていない事を祈りつつ、総司の様子を伺う。

 

 「えと…なにか作りましょうか?」

 

 残念な事に私の願いは届かず、お腹の音だけは届いたようだ。

 恥ずかしさから無表情が僅かに歪んで、頬は赤みを帯びる。

 いつも無表情・無感情で居る分、自分の感情を知られるというのは存外に恥ずかしい。

 

 「ならイチゴアイスを貰いましょうか」

 

 意地悪な注文だと我ながら思う。

 アイスを作るのなら氷が必要で、この店の規模から見て氷室はないだろう。

 もし氷室があったとしても氷というのは思いのほか高級品で、貴族でもなければ口にすることもあり得ない。

 本当に意地悪だ。

 でも私が味わった恥ずかしさに比べれば些細なもの。

 どう対応するのかと見つめていると少し悩む素振りを見せて微笑んだ。

 

 「イチゴのアイスで宜しいですか?イチゴパフェもありますが」

 

 アイスがあるの!?

 驚きで表情が崩れないように気を付けるが、内心はパニックを起こして慌てふためいていた。

 さも当然のように有ると言われた事は驚愕に値するも、それ以上に総司が言ったパフェが何なのか分からなかった。

 幼き頃は街から離れた祖父母の牧場で育ち、今は訓練兵団で訓練に明け暮れる日々の間に、世間では小さな店でもアイスを提供出来るのが普通なのだろうか?

 パフェというのは何か分からないが、あの言い方から一般的な料理なのだろうか?

 

 「――ならパフェにします」

 「畏まりました。少々お待ちください」

 

 疑問で溢れかえる心に蓋をして、当然知ってますと言わんばかりの態度で言い切る。

 やんわりとした笑顔で注文を受けた総司が作り始める様子にまったく気がない振りをしながら伺うのだが、厨房とカウンターの間には調理によってカウンターへ飛び散らないように仕切りを兼ねた台があり、小柄で身長の低いヒストリアにはそれが調理を隠す役割を担ってしまって何をしているのか全く知り得る事が出来ないのだ。

 想像もし難く、伺う事も出来ない現状に不満を抱きつつ、ただ待ち続ける。

 

 「苺パフェお待たせしました」

 

 トンっとカウンターに置かれたパフェなるものを一目見たヒストリアは息を呑み、見惚れて感嘆の声を漏らした。

 透き通るようなユリを模した繊細なガラスの入れ物に、白や淡いピンク、透き通りながらも強い赤のアイスやクリームが層を成し、所々に散りばめられたイチゴの果実が宝石のように煌めく。

 つい見惚れてしまったヒストリアは我に返り、何事も無かったようにスプーンを手に取った。

 平常心を心掛けながら上に乗っているアイスを取り囲んでいる苺を食べようと思ったが手を止める。

 苺の上に何か白い液体が掛かっている。

 牛乳みたいな白さだが下に流れない所を見ると液体ではなく、粘り気があるソースのようなものだろうか。

 スプーンの先につけた白い液体をペロッと舐める。

 

 ――甘い!

 いや、甘いなんてレベルではない。スプーンの先に付いた少量で十分過ぎる濃い甘さ。しかもその少しが舌や口内にしつこく絡みつく。

 これは一体…。

 悩みながら白い液体(練乳)が掛かった苺を一つ口にする。

 一瞬にして絡みつく甘さが口内を支配し、それを潤すように噛み締めた苺より瑞々しい果汁が溢れ出す。苺が持つ酸味を持った果汁に甘みが交じり合い、なめらかで爽やかな甘さへと変貌を遂げる。

 もはや驚くほかない。

 なにせこのように美しく口の中で変わり移る四季のように、全てが一変するようなものを口にした経験はないのだから。

 

 「笑われると本当に似てらっしゃいますね」

 「―――ッ……」

 

 頬が緩み切っていた事にその一言で気付かされ、小さく咳払いしてそっぽを向く。

 総司はそれだけ言うと前の片付け(中華①での洗い物)の為に少し離れた水場で洗い出す。

 離れてこちらを見てない事を確認して練乳の掛かった苺をまた食べる。

 今度こそ頬を緩ませないように、表情に変化が出ないように気を張るが、三口四口と食べていると自然と頬が緩み始める。

 並んでいた苺を半分ほど食べると今度は中心に位置取り、真っ先に目を引いた淡いピンク色のアイスクリームへと視線を向ける。

 色合いから苺のアイスと理解し、大きな期待と共に口へと運ぶ。

 はむっと含むと苺の風味とアイスの冷たさと甘味がダイレクトに舌に伝わる。

 久しいアイスに喜びながら、今までのアイスと異なったぷつぷつと形を残した苺の果肉の食感が新しい。

 しかも噛めばぷつりとした感触の後に残っていた果汁が味に強弱をつける。

 こんな楽しめるアイスは初めてだ。

 ストロベリーアイスに練乳の掛かった苺を食べきったがまだ器よりはみ出ていた一番上を食べただけ。

 まだまだ下には層のようにアイスが待ち侘びている。

 苺やストロベリーアイスの下には真っ白な層があり、それをすくいあげると妙な違和感があった。

 妙に柔いのだ。それも僅かな感触しか伝わらない程に。

 最初はバニラのアイスクリームかと思っていたが、白みを帯びた黄色ではなく純白というのは見た事がない。

 疑問もほどほどにパクリと含むと、ふわりと蕩けた。

 不思議な食感だ。

 羽毛のようにふわりと軽くなめらかで、まるでクリームをアイスにしたかのような。そして広がるは深みのあるコクを持った甘さ。

 美味しいものを食べた時に頬が落ちるようなと表現する事があるが、まさにこのアイス(ソフトクリーム)こそそうだろう。

 自然とスプーンが器と口を往復する速度が速まり、あっという間に一つの層が胃へと納められ、次のピンク色の層にスプーンを入れる。伝わる触感から先のアイスと同様のものと推測し、もはや考えるのも惜しいと想い口に含む。

 ふんわりと広がったのはわざとらしいまでの苺の味付けをされたソフトクリーム。

 普通苺はこんな味はしていないだろうと想いながら、これはこれでなかなかどうして苺と認識してしまうのだろうか。

 そしてこのわざとらしい風味が堪らなく美味しい。

 何故こうも一口で幸せを味わえる品を知らなかったのかと今までの自分が悔やまれる。

 後味まで味わいながら次の層を味わおうとスプーンを伸ばす。

 今度のは白やピンク、赤でもなくて紫色。

 今までは色でだいたいの味を予想できたがこの紫はまったくもって皆無。

 不思議に思いながらもこれも美味しいだろうと躊躇う事無く含む。

 ベリー()はベリーでもこの味はブルーベリーのものだ。

 さらりとした酸味に薄っすらとした甘さが、複数の甘さが充満した口内を落ち着かせる。

 甘いものがずっと続き、甘ったるさで慣れ始めた味覚がリフレッシュされて、最後までしっかりと味わえる。美味しいだけでなく食べ手の事もよく考えられている。

 口の中が整った事で、パフェの層の中で綺麗だと思っていた透き通りながらも濃い赤色の層に手を出す。

 透き通るような赤みを観察し、少し舐め取ってみると非常に濃い苺の味が広がる。

 一般的な苺のジャム以上のこのソースは単体で食べるには濃すぎる。だが、単品で食べられなくとも二つの物を組み合わせることで大きな変化と調和を生み出す事をヒストリアは知っている。

 ベリーソースの掛かった下に広がる最後の層にはまたもソフトクリームが入れられており、ベリーソースと一緒にソフトクリームも掬い上げる。純白のクリームの上で煌めくベリーソースの美しさを目で楽しみ、期待を胸に口の中へと。

 濃いベリーソースがソフトクリームと混ざって程よく薄まり、深みのあるコクと甘さを得て広がって行く。

 ヒストリアはその一口を飲み込むと小さく吐息を漏らし、この器一杯に感じた美味しさと美しさ、幸せを噛み締める。

 自然な微笑を振りまいているとも気付かずに。

 

 

 

 

 

 

 ユミルはにこにこと笑みを浮かべながら帰路についていた。

 別にショッピングが好きだとかではなく、クリスタと一緒にショッピング出来た事実が嬉しいのだ。

 まぁ、目的は着替えなど必要な物までも極端に少ないアニの買い出しの手伝い。と言っても何処に何があり、どんなものが必要なのか逃亡生活を長く続けてきたユミルには解らない。そこでクリスタに相談してアドバイスなどを貰っていたのだ。

 女三人でのショッピングなんて去年の自分だったら絶対想像できなかったろう。

 本当に総司に出会えたのは心より良かったと思う。

 今や食事処ナオが自分の居場所で家なのだ。

 荷物片手に我が家の扉を開く。

 

 「ただいm……――ッ!?」

 

 開けた扉をスッと閉めた。

 気付かれてないと思いたいがカウンター席にクリスタが居た。

 否、クリスタは後ろに居る事からアレはヒストリアだ。

 ヒストリアもクリスタ同様に優しい奴だ。

 ただ表に出そうとしないし、本人が認めようとしないだけで。

 そして優しいゆえに怒ると怖いのだ。

 怒鳴る殴るはないが、冷めた視線で淡々と正論で攻め続ける。

 以前何も言わずに二人が暮らしていた牧場より去った過去があるだけに色々と言われるだろうから会いたいけれども会いたくなかった。それが今ここにきている。

 

 「どうしたのユミル?」

 

 扉を開けたかと思ったら閉めたユミルをクリスタとアニは不思議に思い見つめる。

 何をどう言おうか、どうしたらいいかと悩みそのまま口にする。

 

 「中にヒストリアが居る…」

 「え!?姉さんが…」

 

 同じことを思ったであろうクリスタの顔が青ざめる。

 ただ何のことか分からないアニだけは首を傾げながら、ユミルに近づいて扉を開ける。

 まさか開けられるとは思ってなかったユミルの制止は間に合わず扉は完全に開けられ、中に居るヒストリアの顔が視界に映り込む。

 

 

 ―――それは心の底から浮かべた幸せそうな笑みだった。

 いつも無表情で無感情を貫いていたヒストリアが、頬を緩めてふやけた顔で何かを食べている。

 

 「「ええええええ!?」」

 

 希少すぎるヒストリアを目撃してしまったユミルとクリスタは驚きの余り声を挙げてしまい、カウンターで幸せそうに食べていたヒストリアと視線が合う。

 沈黙が広がり、世界が停止したような錯覚に陥る。

 目からハイライトが消えたヒストリアは空になった器の脇にスプーンを置き、内ポケットの財布より硬貨を取り出してカウンターに置くと、ふらりふらりと近づいてくる。

 何を言われるかと震えながらゴクリと生唾を飲み込むユミルとクリスタ。

 

 その怯えは意味を成さず、恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めたヒストリアは二人の間を通り抜け、外に出た瞬間駆け出して行った。

 呆然とするしかなかった二人は目で追い、姿が遠くなったところで我に返った。

 

 「ちょっと待ってお姉ちゃん!」

 「おい!クリスタ!?」

 「また来るからね」

 「お、おう…」

 

 追い掛けて行ったクリスタを見送ったユミルは何が何やら理解できない。

 この状況を説明できるのはただ一人。

 

 「なぁ、店長………あ」

 

 総司に説明を求めようと振り返ると怒りのオーラを静かに漏らしながら総司に詰め寄るアニが後ろ姿が…。

 

 「今日は休めって言ったよね」

 「これには寸胴鍋より深い訳が…」

 「言いたい事を聞こうか」

 「………職人は手が命です。出来れば手を怪我しないように願います」

 「分かった」

 

 クルっと宙を回された光景を目にし、ユミルは後で聞くかと先送りにし、呆れた様子で欠伸をするナオの頭を撫でるのであった…。




●現在公開可能な情報

・ヒストリアとクリスタ
 原作ではクリスタ・レンズは偽名で、真名はヒストリア・レイス。
 しかしながら笑顔を浮かべて周りに懇親的なクリスタも、無表情で無感情のヒストリアも気に入っていたので、双子という設定で両方を登場させることに致しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15食 若鳥の唐揚げと皮付きフライドポテト&オムレツ

 ジャン・キルシュタインという今期トロスト区訓練兵団で優秀な成績を収める人物。

 ある特定の訓練兵と相性が悪く喧嘩になる事が多い事から問題児の一人ではあるが、立体機動の技術も座学も平均以上の上に指揮官としての才を持つ。

 最近では喧嘩する訓練兵が良い刺激となって、怠ることなく競う合うように訓練に励んでいる。

 そんな彼は恋をした。

 彼が惚れた相手はミカサ・アッカーマン。

 訓練兵団にて最高成績を叩き出した最優秀者。

 入団式の時に彼女の凛とした横顔を見た瞬間、身体に電流が走るような衝撃を受け、心より欲しいと願った。

 一目惚れだった。

 生まれて初めて芽生えた強い恋心に彼は高揚し、その感情は次の瞬間には鎮火された。

 

 ミカサには彼氏こそ居なかったものの、大事にしている男が存在した。

 その男こそジャンが目の敵にし、些細なことで喧嘩を吹っ掛けている相手であるエレン・イェーガー。

 奴と周りを比べるとミカサの対応は天と地ほどの差がある。

 決して理由もなく周りを無下に扱うという事でなくて、すべてエレンを中心に考え行動している。

 正直過保護過ぎるほどの対応が目立つが、それ以上に自分には決して向くことの無い好待遇を「餓鬼扱いするんじゃねぇ」と無下にする事に殺意すら覚える。結果苛立って騒ぎを起こしてしまう訳だ。

 

 「匂いますね」

 「あぁ、ぷんぷん臭うぜ畜生が…」

 

 建物の陰よりジャンは人ごみから抜けて、裏路地へとミカサと共に進むエレンを忌々しく睨みつける。

 裏路地に連れ込んで何をする気だと言わんばかりに殺気だっている。

 

 「ねぇ、まだ尾行するのかいジャン」

 

 呆れたように同行者であるマルコ・ポッドが口を挟む。

 嫉妬に狂うジャンではあったが、一人で尾行することを良しとしなかった。

 相手はあのミカサだ。

 下手な尾行では発見される可能性が高い。

 ゆえに自身では足りないところは他者の力を借りることにしたのだ。

 元々狩猟民族で獲物の様子を伺う事や追跡に長けたサシャ・ブラウス。

 同期の中でも一、二を争う馬鹿であるが、小回りや機動力にかけては非常に高い能力を持つコニー・スプリンガー。

 指揮能力に長け、味方への気配りが行えるマルコ・ポット。

 恋愛事に関して詳しい同期トップクラスのバカップルであるフランツ・ケフカとハンナ・ディアマント。

 それと何故か顔を青くしながらついてきたミーナ・カロライナ。

 編成としては十分だろう。

 ただ報酬として飯を奢るとは言ったものの、サシャが居る為に高くつきそうだがな…。

 尾行を続ける気満々なジャンは、マルコの一言に眉を潜め振り向く。

 

 「ったりまえだろマルコ。逆にここからこそ本番だろ!?」

 「いや、本番だからこそいかない方が良いんじゃないかと思うんだけど…」

 

 マルコに一言言ったジャンは再び視線をミカサ達に向けようとするが、すでにそにには居なかった。

 慌てそうになるが、駆けて行って待ち伏せされている可能性を鑑みて落ち着いて行動し、待ち伏せなどしてなかったミカサ達を完全に見失ってしまったのだ。

 

 「クソッ…どこ行った?」

 「あー、完全に見失っちまったな」

 「諦めて帰らない?帰りにショッピングとかして……ね?ね?」

 

 当たりを見渡しても誰も居らず、イライラを増したジャンにミーナが諦めようと進言するも全く耳には届いていない。

 コニーやハンナ、フランツも辺りを見渡すが人が隠れるところなど周りには無く、仕方が無いと諦め始めた矢先、クンクンと匂いを嗅ぐサシャの動きが止まった。

 

 「やはり匂います」

 

 呟くと同時に駆け出したサシャにジャンは期待を抱き後を追う。

 

 「そっちなのかサシャ!?」

 「あ!そっちは…」

 

 ジャンに続いて全員が走り出すと、その方向に覚えがあったミーナは顔を顰めた。

 駆け出したサシャはある一軒の建物の前で止まり、ビシッ!っと指をさして真顔で告げる。

 

 「ここから良い匂いが!!」

 「食い物に釣られてんじゃあねぇよ芋女!!」

 

 期待が呆気なく砕け散り、遣る瀬無さだけを残して霧散した。

 がっくりと肩を落として項垂れるジャンの肩にマルコは優いく手を置く。

 

 「今回はここまでだよ。また手伝ってあげるから元気だしなよ」

 「マルコ…」

 

 反対側の肩を同じように乗せられて振り返る。

 

 「奢るって言いましたよね!ここにしましょう!!」

 「テメェはもう少しなんかねぇのか!!」

 

 もう一度探す気も失せたジャンは重々しい内心を、ため息と一緒に吐き出して正面の店へと視線を向ける。

 サシャには手伝ってくれたら奢ると約束したし、金だけ渡したら全部使われそうだ。

 なら自分の目があるほうがストップをかけ易い。

 また街まで出るのも面倒なのでこの店で食事をすることにする。

 

 「お腹もすきましたしここでご飯にしましょう。勿論ジャンの奢りですよ」

 「よっし、俺何食おうかな」

 「高いもん頼むなよ!」

 「僕は自分で出すよ」

 「…すまん。助かる」

 

 マルコの言葉に財布の心配をし始めたジャンは心の底より有難く感じる。

 また今度別にマルコには借りを返さないといけないなと扉を開けると、カウンター席に並んで腰かけるエレンとミカサの姿があり、開けた時にドアの上部に付けられていた小さな鐘の音に誘わるように振り返ったエレンと目が合った。合ってしまった…。

 

 「ジャン!?それにお前らまで」

 

 思わぬターゲットの再補足にジャンは良しと喜ぶと同時に、ミカサの隣に並んで座っている事に酷く羨ましがる。

 ジャン達に驚き狼狽えるエレンと逆に、ミカサはミーナに冷たい視線を向ける。

 

 「……ミーナ」

 「待ってミカサ!私が教えた(店を勧めた)んじゃないからね!?」

 

 必死に弁解しているようだが――まぁ、それは放っておくとしよう。

 

 「お前ここで何を――」

 「何をって飯食いに来たに決まってんだろ」

 「いや、そうじゃなくてな……いや、何でもいいか」

 

 燃え上がりかけた気持ちを鎮火させ、店員に案内されるがままに席に付いたがどうするべきか。

 もはや見つかった以上尾行は難しいし、無理やり付いて行く事も叶わないだろう。

 サービスという事で出された冷たい水に口をつけて一息ついているとサシャの奇声が響き渡る。

 

 「にくぅうううう!!」

 「うおッ!?いきなりどうした」

 「店内で騒ぐなよ」

 「一大事ですよこれは。お肉がこんなに安いんですよ!」

 

 驚きを露わに興奮してメニュー表の一ページを見せてくるが、目の前過ぎて見えやしねぇ。

 ひったくるようにメニュー表を取り、目を通してみると確かに安い。

 ただ料理名としては知らないものが多いのでどれほどの量が入っているかは分からないが…。

 

 「なんだこれ?マルコ分かるか?」

 「皮付きフライドポテト…芋の揚げ物かな?」

 「何か甘いもの食べたいねフランツ」

 「そうだね。デザート類も結構あるよ」

 「デザートならプリンがおすすめ。ぜひ食べるべき!」

 

 カウンターの近くだからかミカサまで会話に入って何を頼むかを話し始め、俺もなにか頼むかと財布の中身と相談しつつメニュー表を捲ると予想外な安さに目を見張る。

 これなら然程…いや、この人数だから出費はデカいが他所と比べて少なく済む。

 多少の安堵を覚えながらページを捲っていると、一品物の欄で手が止まった。

 

 “オムレツ”

 

 懐かしい料理に自然と頬が緩む。

 幼い頃からの好物で、よく「オムオムが食べたい」つって母ちゃんに強請ったっけ。

 恥ずかしながらも懐かしい思い出が脳裏を過ぎり、値段も良い位なのでこれにしようと決めた。

 

 「おめぇら注文決まったか?」

 「勿論ですよ。というかジャン待ちだったんですよ」

 「そうだぞ。眺めたまま固まってたから先に注文しようかと思ったぐらいだ」

 「そりゃあ悪かったな」

 

 二人いる店員の内、一人の少女を呼び止めて注文を伝える。

 俺はオムレツを注文し、コニーとサシャは“若鳥の唐揚げと皮付きフライドポテト”、フランツとハンナはミカサに勧められたカスタードプリンとチョコレートプリン、ミーナは元々決めていたマンゴープリン、マルコは出費を控えたのかパンとスープを注文していた。

 

 「マルコ。思いのほか値段が安いんだ。俺が出すからもっと良いのでも…」

 「いや、止めておくよ。どうも知らない料理も多いし、値段の安さも気になるからね」

 「パンとスープをお持ちしました」

 

 注文したすぐ矢先だというのにパンとスープが早速運ばれてきた。

 見た目は兵団で食べている物と変わりない様に見える。

 

 「先に食べるね」

 

 申し訳なさそうにマルコが謝り、スプーンでスープを掬い口へと流し込む。

 ――動きが止まった。

 不味かったかと思い込んでいると、今度は引っ切り無しに手を動かしてスープを口へと運び続ける。

 スープが喉を通るたびにマルコは頬を緩ませて笑みを漏らし始める。

 

 「おいおいどうしたマルコ?」

 「――ッ!!…あぁ、ごめん、つい手が止まらなくって」

 「止まらないってただのスープだろう」

 「いや、兵団で出される物とは全くの別物だよ」

 

 いつになく高ぶっているマルコはパンにかぶりつくと、ふわりとパンが裂けて純白の内相(クラム)が露わになった。

 見ているだけでも柔らかさが伝わってくるパンと、スープを交互に味わうマルコ。

 たかがと思っていたパンとスープであのマルコがこうまで変わる事に、自分達が注文した料理への期待感が高鳴る。

 じゅわ~、パチパチパチと油で揚げられる音と、香ばしい匂いが店内へと漂う。

 これだけでも空腹感が刺激されて腹の虫が鳴き喚く。

 早く食いたいなと思うのは俺だけではない。コニーもそうだがいちゃついていたフランツとハンナまで動きを止めて調理場へと視線を向けるほどだ。

 ただ注意すべきはサシャが突撃しないようにするという事。

 

 「分かってるだろうな。突っ込むなよサシャ」

 「―――ッ!?や…ヤダナァ、スル訳ナイジャナイデスカァ…アハハ」

 「全部片言の上に視線を逸らすなや」

 

 やる気満々だったサシャに睨みつけ、動きをけん制する。

 マルコの反応に腹の減る匂いを嗅がされ、馬鹿が面倒を起こして叩き出されるなんてオチは勘弁してほしい所だ。

 気が抜けない時間は店員が運んできた料理によって緩和され、皆の意識がその料理へと注がれる。

 テーブルに置かれた若鳥の唐揚げと皮付きフライドポテトを見て、声を挙げずに居られる者が訓練兵団に居るだろうか。

 絶対に俺は居ないと断言する。

 なにせ大皿の上には油で揚げられた鶏肉と、同じく揚げられた皮付きのままくし切りさえたジャガイモが二つの山になって登場したのだ。量に比べて値段が安く、量と値段が釣り合っていない。

 揚げたてで湯気が立ち昇る唐揚げをサシャとコニーが摘まんで、ひょいっと口へと放り込む。

 すると目を輝かせて頬を緩ませた。

 

 「美味い!何ですかコレ!!」

 「マジでうめぇ!」

 

 興奮したままがっつく二人に若干引き気味に眺めていたら、サシャは盗られると思ったのかさっと護るように隠す。

 逆にコニーはその行動からジャンが欲していると勘違いし、皿をジャンやマルコへと寄せた。

  

 「おい、お前らも食ってみろよ!」

 「お、おう…」

 

 言われて物は試しに唐揚げ一つを摘まんで口に放り込む。

 噛み締めると外はカリッと香ばしく、中は噛み応えがありながらも柔らかい。

 ジュワ~と口の中を肉汁が駆け巡る。

 油で揚げたのに脂っこく無く程よい位だ。

 もう一個と唐揚げを口に放り込んだジャンは、今度は同じく山になっていた皮付きフライドポテトを美味い美味いと食べるサシャとコニーの様子に疑問を覚えた。

 芋は訓練兵団でも家でも良く出る食材のひとつだ。

 スープの具材に吹かし芋、マッシュポテトなど生産性の良さと腹に溜まりやすい事、さらに他の食材に比べて大量に生産されている分安いこともあって、食事を用意する側としては有難い食材であるが、逆に食べる側からすれば「またか…」と呟きたくなるほど毎回登場する食材で飽き飽きしているところだ。

 だからそんな芋を揚げただけの料理にあまり興味を持てなかった。

 しかも皮付きとか手抜きにしか思えない。

 

 「芋なんて食い飽きてるだろうに」

 「そんな事ないですよ!」

 「本当に美味いんだって!これが飯ん時に出てくるなら俺毎日これでも良いぞ」

 「同感です!」

 

 興奮気味に言い切ったコニーとサシャに冷めた視線を向けるが、気になったマルコが一つ齧ると驚きの声を漏らした。

 

 「確かにこれは良いかも」

 「マルコまで。ただの芋だろ」

 「食べてみなよ」

 「ったく…」

 

 マルコまでもかと内心ため息をつきつつ一つ齧る。

 サクリと香ばしい食感と共に芋のホクホク感と程よい塩気が広がる。

 原理は簡単なものだろう。

 皮を残した芋を油で揚げて、塩を掛けただけの芋料理。

 ガキでも作れそうな料理の筈なのに、一口齧ったら手が止まらない。

 この雑味の無い洗練された塩気。

 芋本体よりも芋の香りや味、そしてパリッとした食感を生み出している皮。

 油で揚げられているのに脂っぽさは表面だけでしつこさがない。

 何より甘味があり、口当たりも良いこのホクホクとした芋の味が妙に身体が欲し、それらすべてが合わさりなんとも言えぬ食欲を生み出す。

 手が止まらない。

 まさに病み付きになるという奴だ。

 

 先ほどミカサがミーナにこの店を知らせた云々で睨んでいたが、これらを食べる前と食べた後では意味の理解度がかなり違っていた。

 これほどいい店なら黙っておいて自分だけのお気に入りにしたい。

 

 「あ!そうだお前ら」

 「なんだよ」

 

 予想外な美味しさにご満悦となり、苛立つ素振りもなく普通に返事を返す。

 少しばかりその事に驚きつつもエレンは言葉を続ける。

 

 「この店で他の客に迷惑かけるほど騒いだら―――」

 「美味し過ぎる!!貴方は料理の神様ですかぶらっ!?」

 「―――投げられるぞ…って遅かったな」

 「そうだな…」

 

 忠告の途中で美味しさによって生まれた歓喜により、興奮状態へと陥ったサシャは調理場に突撃する勢いで総司に迫り、近くに居たアニによって宙を回された。

 一目見ただけだがアレに勝てる気がしねぇ…。

 ミカサでもどうだろうな…。

 絶対騒がないようにしよう。コレ絶対。

 投げ飛ばされた芋女(サシャ)は放っておいて、皮付きのフライドポテトを齧りつきながら、辺りを見渡すと周りは驚きもせずに食事を続けている。

 よくある事なんだろうなと納得しつつ、視線を先ほどからこちらに絡んでこないフランツとハンナに向けると…。

 

 「はい、あ~ん」

 「あ~ん」

 「美味しい?」

 「凄く美味しいよ。ハンナも」

 「あ~ん…うん、フランツのも美味しいね」

 

 お互いのプリンを食べさせっこしていた二人のバカップルぷりに、妙な甘ったるさ感じて目を逸らす。一人黙々とプリンを食べているミーナもなんとも言えない視線を向けている。

 塩気が欲しくなったなとフライドポテトに手を伸ばそうとすると、横からオムレツが差し出され手を止める。

 

 「オムレツお待ちどう様です」

 「お、おう」

 

 音もなく横からオムレツを出された事よりも、先ほどサシャを投げ飛ばした女性が真横に居る事に緊張した。

 別段騒いで周りに迷惑かけてないから投げられないだろうと理解していても身構えてしまう。

 アニがオムレツを置いて離れたことで、ようやく自分のが来たと視線を向けると中々に立派なオムレツが置かれていた。

 焦げ目は最小限で綺麗な黄金色のオムレツに、とろみのついた赤いトマトソース。

 家で母ちゃんが焼いてくれたのとは見た目から別格だった。

 スプーンで一口分掬おうと刺し込む。

 

 刺すという表現は違った。

 入るが正しい。

 ふんわりとした触感のオムレツにスプーンの先がスーと入り込む。

 思わぬ触感に驚きつつ、そのまま持ち上げるとフルフルと揺れながらもしっかりと形を保っている。

 なんだこれはと目を見張り恐る恐る口へと運んで噛み締める。

 

 噛み締めたがこれは歯が必要でない程柔らかく、唇でふつりと切れる。

 生クリームを混ぜ、焼き加減に注意を払われたオムレツはとろけるような食感と同時に、卵の優しくも素朴な味わいが広がる。

 それだけではない。

 強い肉の旨味を持ったひき肉に、飴色になるまで炒められて甘味を増した細かく刻まれた玉葱、ほろほろと崩れてオムレツに滑らかさを追加するジャガイモ。

 これらが良いアクセントとなり、味を豊かで繊細に仕上げている。

 さらに掛かっているトマトソースも今まで口にしたどのものよりも、深いコクと程より酸味がオムレツにベストマッチしてさらなる高みへと昇らせていた。

 こんな美味しいオムレツを食べたのは初めてだ。

 でも、どうしてだろう。

 口にするたびに母ちゃんのオムレツが脳裏を過ぎる。

 …断じてだ。

 断じてここのオムレツより美味い訳ではない。

 卵の質も落ちているし、とろけるほど柔らかくもない。

 トマトソースは雑多で粒が多いし、味自体簡単な家庭的な物だ。

 だけどなんでだろうなぁ…。

 物凄く母ちゃんのオムレツが食べたい。

 帰ってもしつこい位構ってくれる母ちゃんに対して恥ずかしがったり、餓鬼扱いされるのが鬱陶しく感じで強く当たってしまうだろうから、あまり帰らないでいたけれども―――今は母ちゃんの平凡で質素なオムレツが無性に食べたい。

 

 「大丈夫かい?」

 「……なにがだよ」

 「泣いてるよ」

 「―――ッ」

 

 マルコの言葉を聞いてそっと目元を拭い辺りを見る。

 皆が皆、ここの料理に夢中で気付いていない。

 見られていたら絶対に冷やかされていただろう。

 

 「何でもねぇよ。――ただ、まぁ…感傷的になっただけだ」

 

 確か今度の市街地訓練先は俺の生まれ育った街だったな。

 時間を見つけて帰ってみるか。

 

 ジャンは当初の目的を忘れ、今はただ懐かしい我が家へと思いを馳せるのであった。




●現在公開可能な情報

・トロスト区訓練兵団の悪夢
 訓練兵団卒業が近づいているこの時期に、トロスト区訓練兵団で訓練兵の大半が倒れ込む寸前にまで追い込まれる厳しい訓練が行われた。
 訓練を担当したキース・シャーディスは一日中不機嫌さを撒き散らしており、どうしてそのような訓練を行ったかを語ろうとしなかったのだとか。

 ちなみにとある訓練兵が店名は伏せるがその店が用意していた一日分の鶏肉を食い切ってしまい、キース教官らしき人物が鶏肉料理を食べれず怒りを露わにしたとか…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16食 チーズ戦争

 なんとか今日中に投稿できた…。


 エレン・イェーガーは食事処ナオでの食事を何よりの楽しみにしていた。

 訓練ばかりで他に無頓着だった以前と比べて、財布の中身が急激に減るようになったがそれも許容範囲内だろう。

 今日も今日とて同じく楽しみにしているアルミンやミカサと訪れ、期待を胸に扉を開けたのだったが…。

 

 「――ん、エレンか?」

 

 来客を知らせる扉上部に取り付けられた小さな鐘の音に反応して、カウンターに腰かけている人物と目が合った。

 そこに居たのはエルディア最強の兵士であるリヴァイ兵士長。

 これが自分一人なら笑顔で答えていた事だろう。

 だが、今は悪い――いや、最悪と断言できる。なにせ…

 

 「どうしたのエレン―――チッ…」

 

 中々店内に入らないエレンに対して疑問に思ったミカサが中を覗き、リヴァイを目にした瞬間舌打ちをした。

 同時にリヴァイはガンを飛ばしてくる。

 両者の嫌悪感と殺意に近い苛立ちに挟まれたエレンは表情を引き攣らせた…。

 

 リヴァイ兵長(兵士長)と言えば多くの兵団関係者からすれば憧れの兵士である。

 尾ひれがついた噂を除いても実力確かで未だに負け知らず。

 強者の象徴とも言える彼を前に、初対面の訓練兵がこのような態度を取る事はまずありえない。

 しかしながらエレン達は事情が違う。

 

 リヴァイ兵長の本名はあまり知られていないが、リヴァイ・アッカーマンと言って、ミカサ・アッカーマンの親戚なのである。

 正確に言えばリヴァイは本家筋でミカサは分家の出なのだ。

 昔は多くの血族が居たらしいが今となっては片手で数えれる程度に数を減らし、時たま様子を確認するべく顔を見に来ることがあり、ミカサと遊んでいたエレンとアルミンはリヴァイと出会っていた。

 ただあの頃は無邪気と言うか理解が及ばなかったというか、失礼な事を仕出かしてかなり躾けられた。エレンとしては自分が悪いと割り切っているが、ミカサはあれ以来リヴァイを親の仇の様に認識しており、出会うたびに剣呑な空気を発している。

 

 「出会って舌打ちとは躾がなってねぇな」

 「ガンを飛ばして来たチビに言われたくない」

 「ほぅ、喧嘩を売っているのか根暗」

 

 俺を挟んで火花を散らさないでくれ!!

 いや、違う。

 ここで喧嘩なんてしたらアニに投げ飛ばされる。

 

 「落ち着こうよリヴァイの兄貴」

 「ミカサも落ち着けよ、ここで争っても良い事ないんだから…な?」

 「そうそう早く注文しようよ」

 

 リヴァイは店員のイザベルが先に動いてくれたので、エレンはアルミンと一緒にミカサを宥める。

 お互いに気に入らない様子であったが矛を収めて席に付く。

 一触即発の危機が去った事でほっと胸を撫でおろし、いつものカウンター席に腰かける。

 何も考えずに座った為に後からその問題に気付いてしまった。

 先ほどはまだ距離があったから良かったものの、座った席の左隣はリヴァイ兵長。当然右にはミカサが座っている。

 しまった!挟まれた!!

 ヤバイと思っても一旦座った席を立ち、移動するのは兵長にいらん誤解を与えそうで後が怖い。アルミンに助けを求めようと視線を送るとミカサの右隣に座ってこちらにサムズアップしてから総司に注文をしていた。

 あいつ他人事だと思って良い顔しやがって!!

 とりあえずいつも通りチーズハンバーグを注文しよう。食べていたら別段気にならないだろうし。

 そう考えて注文を済ませたエレンはミカサが「プリンをチーズで」と言った言葉が気になった。

 

 「チーズ?」 

 「ん、どうかしたの?」

 「いや、プリンにチーズって合うのか?」

 

 単なる興味だった。

 チーズハンバーグのチーズは濃厚で塩気が強かったりする。それが甘いプリンに合うのかと。

 想像したのがとろりと蕩けたチーズがキャラメルの代わりに掛かっているのだったがゆえに疑問は大きかった。

 それを聞いたミカサは少しムッと不機嫌そうに表情を変えた。

 

 「―――合う。あの爽やかなチーズと滑らかな食感は非常に合う」

 

 表現としては短い文章であったが、発した言葉のひとつひとつには強い想いが込められていた。

 しかし想いの強さは理解できても、どう合うのか今ひとつ理解出来てなかった。

 

 「けどこれ塩気濃いだろ?」

 「お前は無知か?チーズと言っても様々な種類があるんだ。俺や根暗が頼んでいるデザート系にはさっぱりとしたクリームチーズが使用されていることが多い」

 「……癪だけどそのチビの言う通り」

 「そうなんだ」

 

 一人感心して納得していると、予期せぬ爆弾が放り込まれた。

 

 「まぁ、プリンよりもパウンドケーキの方が合うがな」

 

 空気が凍り付いた気がした。

 恐る恐る左へと視線を向けるとミカサの目からハイライトと表情が完全に消えていた。

 それを当然のように受け流しながら、総司より受け取ったパウンドケーキと紅茶を楽しみ始めていた。

 

 「プリンはクリームチーズを入れようが入れまいが似たような食感だろ。パウンドケーキはしっとりとした食感に甘め控えめなデザートでな。クリームチーズが加わる事で口当たりがさらに優しくなり、薄っすらとした甘さがクリームチーズの味わいを丸くする」

 「―――クリームチーズ入りとそうでないものの区別がつかないなんて可哀そうなチビ。パウンドケーキのほうが変わらないと思う」

 「あぁ?チーズはパウンドケーキの方が合うに決まっている」

 「違う!プリンの方がチーズに合う!!」

 

 あたふたとヒートアップしている二人に頭を悩ませながらエレンは気付く。

 店内に居るのは総司にユミルにイザベル。

 あの店の荒事担当のアニが居ない事に。

 もしここで喧嘩が起これば店側で止める術はないのではないだろうか。

 そうなれば歯止めも聞かずに暴れ、店の備品とか壊してしまい、最終的にはミカサと一緒に来た俺も出禁を食らうのでは…。

 不味いと思い止めようとするエレンよりも先にある男性が割り込んで来た。

 

 「そこまでです兵長。それに君もね」

 「モブリット…」

 

 どうやらモブリットという調査兵はリヴァイ兵長の知り合いらしい。

 生真面目そうな人物が間に入った事で確証の無い安堵を覚える。

 

 「何を騒いでいるかと思えば…子供相手に大人げないですよ」

 「…ッチ」

 「好きなもので熱くなるのは分かりますが、それで口論になっては美味しいものも不味くなっちゃいますよ」

 「そうですよ。それにチーズに合うのは春巻きなんですから」

 「あー…アレは美味しかった。チーズのとろみの中からぷりっぷりのエビが絡み合い、春巻きの薄い皮が油で軽く挙げられてパリッとした食感と共に楽しめる」

 「何と言ってもビールに合いますからねぇ」

 「言ってたらまた食べたくなったな」

 「モブリットさんも食べますよね?」

 「そうだな。ビールも含めて四人前―――では無くて!!」

 

 話に入って来た女性(ニファ)に流されるようにモブリットはチーズが使われた“春巻き”なる料理を語り出すと、彼らと食事をしていた男性二人(アーベルとケイジ)が混ざっていた。

 ハッと我に返った時には時すでに遅し。

 仲裁に入った筈なのに自ら“チーズに合うのは春巻き”と宣戦布告を済ませてしまった。

 これにはミカサとリヴァイの鋭い眼光が黙っていなかった。

 が、それ以上に黙っていられない人物がこの店には多くいた。

 

 「何言ってんだ。チーズに合うって言ったら魚料理だろう」

 

 立ち上がったのは少しお腹辺りがふっくらとした男性(フレーゲル・リーブス)

 

 「白身魚の淡白な味わいに濃厚なバターが加わったムニエルに、粉末状にされた粉チーズが風味を豊かにし、表面で溶けてカリッカリに焼かれたチーズが旨味や熱ごと包み込んで中はジューシー、外はカリッとした香ばしい食感を演出するんだ」

 「いやいやチーズに合うと言ったらお肉ですよ!!この蒸した鶏肉に掛ったクリーミーなチーズを用いたソース」 

 「違うぞサシャ。チーズに合うのはこの蒸したジャガイモだって。バターも醤油も良いけどチーズのとろみとほろりと崩れるジャガイモの組み合わせは絶品だって」

 「何言っているの二人共。チーズに合うのはハムとパンで挟んだサンドイッチだよ。ハムのあっさりとした味わいを包み込むようなチーズの食感。それを引き出すためにとろけるか否かの瀬戸際を攻める総司さんの技術。見た目も白に桃色に白っぽい黄色で見事なんだから」

 

 静かに食っていたと思えばやはり参戦したかサシャ…。

 一緒に居たコニーはまだしもアルミンまで参加するとは思っていなかった。

 それにしてもこうも語られると俺も黙っては居られない。

 

 「チーズに合うのはハンバーグだろ!肉厚のハンバーグに絡みつくチーズは最高なんだ。上に乗せられた味も色も濃い黄色のチーズは見栄えも味も良く、切れば中からなっとりなめらかなチーズがとろりと垂れる。さらにはオプションで濃厚なチーズソースが付けれる点からもハンバーグはチーズと共にあるもんなんだよ」

 「ハァ!?何言ってんだエレン。チーズが最高に合うのはオムレツに決まってんだろ」

 

 我慢できずに言い放ったエレンの言葉にジャンが噛み付いてきた。

 

 「あのふんわり柔らかなオムレツの食感に違和感なく混ざるなめらかさ。具材はチーズを除けばベーコンだけだけど、それがまたチーズと相性が良くてベーコンの旨味を引き出してくれるんだ。何より黒コショウによってピリッとした辛さが全体を引き締めて良い味を出す。そして割った時に見える卵の黄色とチーズの白っぽい黄色の層が織り成す美しさと来たら…」

 

 想像したのか口の端が緩み、軽く涎が垂れそうになっていた。

 慌てて啜ったジャンを睨みつけつつ俺は立ち上がる。

 

 「何言ってんだよ!一番合うのはハンバーグに決まってんだろ。

 「んだとテメェ!?」

 「やんのか!!」

 「もう!皆さん落ち着いてください」

 

 声を荒げたのは誰も予想だにしなかったクリスタだった。

 向かいでパフェを黙々と食べているヒストリアはクリスタの声に合わせるように周りに冷やかな視線を向けて牽制する。

 

 「最初に話していたのはクリームチーズに合うデザートだったはずです」

 「違っ…いや、そうだけども違う!」

 

 止めてくれるかと思いきや、まさかの参戦にエレンは思わずコケそうになる。

 ミカサとリヴァイは受けて立とうと言わんばかりに振り返って聞く気満々。アルミンは別の理由で聞く気満々だがそれは放っておこう。

 

 「クリームチーズと言うのであればアイスこそ一番です」

 「私もそう思うわ」

 「ちょっと前に総司さんに新しいアイスの試食をお願いされたのだけれどその時のクリームチーズを使ったアイスが絶品だったの!」

 「リヴァイ兵長が推薦するクリームチーズのパウンドケーキとは違って、甘味を濃くしたクリームチーズの味はキンキンに冷えたアイスではしつこいどころかちょうど良い甘さになる」

 「でもそればかり食べたらしつこくなるからさっぱりさせたい」

 「けれどレモン汁を混ぜるのは在り来たり、けどアイスには苺が一緒に使用されている」

 「苺独特の味わいと酸味を強め」

 「クリームチーズがそれを柔らかで優しい味わいに変える」

 

 いつにないマシンガントークに二人を知っている面子は注視してしまう。

 主張するよりも受け身になる事が多いクリスタと、周りに興味なさげなヒストリア。

 あの二人が嬉しそうに語り合う光景など思いもがけなかった。

 しかし長くは続かなかった…。

  

 「だからチーズに合うのはアイスよ。クリームチーズを混ぜた苺アイスを用いたクレープ(・・・・)が最高の一品なんだから」

 

 満面の笑みを浮かべて宣言したクリスタに対し、その周囲の気温が急に下がったような気がする。

 実際には気温の変化など起きてはいない。起きてはいないのだがそう感じてしまったのだ。

 ヒストリアの一気に変わった冷たい表情によって。

 

 「何を言っているのクリスタ。なんでもかんでもクレープ生地で巻けば良いという物ではないわ。クリームチーズを混ぜた苺アイスのパフェこそが至高でしょ」

 

 信じられないと言いたげな言葉に今度はクリスタがムッとする。

 

 「ヒストリアこそ何でもかんでも盛れば良いという訳では無いと思うよ」

 

 ピシリ…。

 何か目に見えない物に罅が入った気がする。

 

 「分からず屋!」

 「頑固者!」

 「二人共落ち着けって」

 「「ユミルはどう思うの!?」」

 

 仲裁に入ったユミルへクリスタとヒストリアの問いが同時に掛けられる。

 一瞬悩み、どうしようかと総司に視線を向けるが総司もどうしたものかと悩んでいる様子。

 

 

 「それはチーズでって事だよな。だったら昨日食べたピザトーストが美味しかったかな。濃い目のトマトソースに薄いサラミとかの具材が乗せられ、とろりと濃厚なチーズが掛けられるんだ。アレは本当に美味かったな」

 

 クリスタに同意すればヒストリアからの冷めた視線。

 ヒストリアに同意すればクリスタの涙目での抗議。

 どちらを選んでも遺恨が残るならどちらにも同意しなければ良いだろう。

 そんな浅はかなユミルの答えは別の問題を生み出したのであった。

 

 「あれ?昨日そんなの食べたっけ」

 

 イザベルは首を傾げながら思い出す。

 朝の朝食はふわふわとしたスクランブルエッグにパリッとした食感の()腸詰(ウインナー)、それにふっくら柔らかな食パン。昼の賄いでごはんが驚異的に進む生姜焼き定食だったはず。

 同じ時間帯の勤務だったのでそれは覚えているし、店のメニューに“ピザ”なんて料理はなかった。

 

 「あぁ、だってそれは夜食に――――あ…」

 「ずりぃよそれ!アタシも食べたい!!」

 

 つい口を滑らせたユミルは口を塞ぐがもう遅い。

 イザベルの猛抗議を受けてしまう。

 しかしながらイザベルは抗議するだけでは無かった。

 

 「総司さん!」

 「何かな?」

 「今日のまかないその“ピザ”が良い!」

 

 その言葉にリヴァイ兵長はふと何かを思いついたようだった。

 

 「おい根暗。お前の考えが間違っているか、正しいかを判断してやろう」

 「…なにを?」

 「俺にクリームチーズのプリンを」

 「――ッ!?なら私にはパウンドケーキを」

 

 食べ比べを始めようという二人に釣られてあちこちで誰かが主張していた料理を交換するように注文し始めた。

 俺も癪だがジャンが言っていたチーズオムレツとやらを頼んでみるか。

 全員の注文を聞き届けた総司はにっこりと笑みを浮かべた。

 

 「ご注文承りました。―――が!あまり騒がれると他のお客様の迷惑になります。当方としましては対処法に出禁を含まなくてはなりませんのでご留意ください」

 

 笑っているようで目が一切笑っていない。

 それから店内は騒ぎ過ぎず食事を各々楽しんだ。 

 

 …チーズオムレツも中々美味しかったよ…うん。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は悩んでいる。

 こんな国がどうなろうと関係ない。

 私は―――私達はマーレの戦士としての役割がある。

 それを全うする為に努力し、父は戦闘技術を授けてくれた。

 長年共に訓練に励んだ仲間がいる。

 訓練の過程で父の足を再起不能にしてしまったという罪悪感がある。

 全てを合わせた重すぎる責任が圧し掛かっている。

 だから私は数週間後にトロスト区から外へと繋がる扉を開ける“手助け”をする。

 己の役割を果たすべく…。

 

 脳裏に過る食事処ナオでの日常…。

 訓練と与えられた任務がすべてだった私に楽しみと安らぎを与えてくれた場所。

 同僚のユミルは訳アリで新人のイザベルとファーランはゴロツキ。

 高潔な人間でもなければ、世間知らずの馬鹿でもない。

 普通に日常を謳歌してきた者達では味わえないナニカを経験してきたがゆえに、偏った教養しかないとしても聡く聡明だ。

 お互いに触れてはならない部分には鼻が利く。

 裏のある私を察して(・・・)ながら触れない(・・・・)でくれた。

 何とも接し易く、気の良い連中なのか…。

 

 訪れる客は不愛想な私に対して景気よく笑いかけてくる。

 習った技術で迷惑なモノを宙へと舞わすと拍手喝采で楽し気に喜んでくれる。

 これは貴方達と戦う為…死を訪れさせるための技術とも知らずに凄い凄いと褒めてくれる。

 これだから何も知らない奴らは…。

 

 店主の総司は“馬鹿”がつくほどのお人好しで、“大馬鹿”が付くほどの料理馬鹿。

 目を離せば不眠不休で料理に没頭し、私みたいなろくでなしを拾いかねない。

 危険を承知のうえ(・・・・・)で知らない振りをし、何もかもを飲み込もうとする愚鈍で愚かな行い。

 あまりに素で考え無しにしているのではないかと思う時もあるが…。 

 

 そしてただの動物とは思えぬあのナオ。

 いつも自由気ままに振舞いながらも総司や店に関係する者達を守護している。

 敵となる私も庇護の対象としているのか警戒しつつも在る事を許している…。

 

 なんとも可笑しな店。

 馬鹿と道化が並び立って騒ぎ立てる。

 騒々しくもなんとも居心地の良い私の居場所。

 

 ここに長く居れば居るほど天秤が傾きかける。

 任務を優先すべきか。

 ここでの暮らしを護るべきか。

 私には分からない…。

 

 アニ・レオンハートは宛先と宛名だけを封筒に書いた手紙をポストへ入れた。

 後は彼らの判断に任せる為に。

 自身がどちらを斬り捨てるなんて事をしたくないが為に。

 これからのエルディアの未来を彼ら(・・)に任せたのだった…。




●現在公開可能な情報
 
・食事処ナオでの品不足問題
 数日前に一日分とは言え一名の訓練兵団所属の少女に食い尽くされた。
 客に制限するか品を増やすか悩み、料理別に食材を振り分けて制限を掛ける事に。
 ※とある唐揚げを食べるお客からの提案。
 
 ちなみにその数日後にチーズが消費された…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17食 餃子とスペアリブ

 ここでの生活は正直辛い。

 マーレとの戦争状態(壁外での不正規戦闘)が長く続き、領土の大半を奪われた事で物価が高騰。食事ひとつでも馬鹿にならない金額が吹き飛ぶ。

 富を持った者はそんな状況だとしても己の富を求め、不味しい者は一層の貧しさを負う羽目になっている。

 しかしながら幸いにも俺は仲間には恵まれた。

 訓練兵団に所属して兵士として訓練を積んできた。

 同期には一癖も二癖もある濃い連中が狙ったかのように集められている。

 毎日が騒がしく、毎日が楽しい。

 馬鹿騒ぎに巻き込まれて酷い目にもあったが、それらも良い思い出となりつつある。

 マーレを追い払い奪われた領土を奪還しようと意気込んだり、大人になったら一緒に酒を飲もうと未来を語り合ったり、同期の仲間たちと過ごす日々がとても大きく大切なもの…。 

 馬鹿だけど自慢の仲間達。

 だけど俺は――俺達はやるべき任務がある。

 兵士(・・)としてではなく戦士(・・)としての役目があるのだ。

 見も知らぬ大勢の民衆が巻き込まれ、同期の連中は戦って死ぬだろう。

 それでも俺達はマーレ(・・・)より送り込まれた戦士隊の一員だ。一席を担うものとして任務に忠実でなければならない。

 

 すでに訓練兵団に所属して数年…。

 元々マーレにて鍛えられていたがそれにエルディアでの訓練を経て、さらに肉体能力を高めつつ立体機動装置の使用方法や訓練内容などなど情報を収集し、別の隊員がそれぞれ情報を集めてすでに機は熟しつつある。

 もう数週間もすればエルディアの最高戦力たる調査兵団が壁外調査に赴く。

 俺達の任務はその隙に壁内へマーレ軍の特殊工作部隊を侵入させるべく、内側より門を開放する事。

 これにより膠着状態だった戦局は大きく進展し、エルディアはマーレに敗北せざるを得ない状況を作り出せる。そうなればどうにでも料理できる。

 何の問題もない筈――――だったのだ。同じ戦士隊のアニ・レオンハートより手紙を受け取るまでは…。

 

 「ここか。例の店は」

 

 路地奥にひっそりと佇んでいる周りの建築物とは異質な建物。

 “食事処ナオ”の看板を見上げながらライナー・ブラウンは呟いた。

 鍛え上げられた肉体が服の上からでも分かる大柄な体躯のライナーは、同期の中で上から二番目の好成績を叩き出し、頼り甲斐のある性格から男性のみならず女性からも人気がある人物だ。

 今日の彼は訓練兵のライナー・ブラウンではなく、マーレ戦士隊のライナー・ブラウンとしてここに居る。

 理由は先に書いたアニからの手紙である。

 なんでもマーレの技術を超える物を見つけたとかなんとか…。

 正直俺達はあり得ないと断言した。

 ここ数年間過ごして分かったが、エルディアは立体機動装置以外ではマーレに数十年も劣る技術しかない。

 マーレでは自動車が走行し、飛行船が空を飛んでいるというのにエルディアでは馬車が走って、空は鳥や蝶ぐらいしか飛んでいない。

 あり得ないと思うのだが立体機動装置のように例外が発生している場合がある。

 戦士隊の隊長である戦士長より確認の為に調べてと命令が下ったのだ。

 

 「一風変わっているけどそれほどの技術を持っているとは思えないけどなぁ」

 

 警戒心を浮かべながら店を睨んでいると、同じく戦士隊より訓練兵団に入ったベルトルト・フーバーが疑問を口にする。

 ベルトルトは気弱で積極性がない為に頼られるような人物ではない。が、それは任務上慣れ合って情が移らないようにとの判断からだ。その点を考えると俺よりも冷静に任務に従事している。

 熱くなりやすい俺とは違い、一歩引いた所より冷静に物事を見れるベルトルト。

 だからこそ俺はベルトルトと訪れている。

 例え俺が見落としてもベルトルトなら分かる事もあるだろうから。

 警戒心を表情から心へと収めつつ、何食わぬ顔でライナーは扉を開けて店内へと踏み込んだ。

 扉の上部に取り付けられた小さな鐘の音が響き渡り、客の来客を知った店員が顔を向けて「いらっしゃいませ」と口にする。

 

 「二名様ですね」

 「はい、そうでぇえ―――ッ!?」

 「おっとすまないベルトルト」

 

 客への対応が今まで訪れたどの店よりも丁寧だったことにも驚いたが、それ以上に対応すべく近付いた店員にそれ以上に驚き、声を挙げそうになったベルトルトの足を軽く踏みつけて止める。

 気持ちは理解する。

 なにせ出てきた店員がアニだったのだから。

 何処かで働きながら情報収集しているというのは知っていたが、技術力云々しか書かれていなかったから客としているものとばかり思い込んでいた。まさかここで働いていたとは…。

 

 「どうぞこちらへ」

 

 不愛想なのは相変わらずかと思いつつ、誘導されるがままアニに続いて店奥のテーブル席に案内された。

 席に付きながら視線を動かすと自然な形で店内を見渡せる良い席のようだ。

 

 「お勧めで宜しい(・・・)でしょうか?」

 「それで頼むよ」

 

 一応メニューを受け取りながらもアニの提案を呑む。

 なにせあのアニがわざわざ進めて来るという事は何かしらがあるという事だろう。 

 サービスとして差し出されたおしぼりで手を拭い、ガラスのコップに注がれていた水を口に含む。

 雑味の無い味わいに疑問を覚えて凝視すると一切の汚れが見当たらない。

 まるでろ過したかのように…。

 当然エルディアでそこまでの技術は確立していない。

 驚きのままベルトルトへと向き直る。

 

 「この水は不純物が一切ない。どう思うベルト…ル…ト?」

 

 どこかをしっかりと見つめていたベルトルトの真剣な視線に気付いたライナーはゆっくりとその方向を見てやはり一緒に来たのは正解だったと確信する。

 ベルトルトが向いていたのは厨房の方向。

 厨房では若い料理人(飯田 総司)が料理をしながら客の注文を聞いているが注目すべきはそこではない。

 その周りにある調理器具のほうだ。

 同じようなものを見た事はあるが、マーレのより大きいながらもスマートに見える冷蔵庫。

 オレンジ色の光を放ち、納めていた料理を温めている四角い箱(電子レンジ)

 一部であるが他にも見覚えのないものらが動いている。

 天井の長い電灯(蛍光灯)もマーレの物より白く明るい。

 店内を包む澄んだ空気を生み出している長方形の機械(クーラー)

 どう見てもあれらは電気で動いている製品だ。

 電気によって動く機械どころか電気を利用する発想自体がエルディアには存在しない技術。

 つまりはこの店はエルディア以外の…それもマーレを超えた技術を有している。

 壁へと視線を動かせば鮮明かつ綺麗に色が付いた風景の写真が飾られている。アレだってマーレ以上の技術である。なにせ写真はあっても荒く、色は白と黒のツートンしか出来ないのだ。それが見たままの景色を写し取ったような写真などどれだけの技術の差があることやら…。

 

 技術差を思い知ったライナーは間違えていた。

 食事処ナオとマーレの技術力の差ではない。ベルトルトが違いに気付いて観察していたと思い込んだことだ。

 確かに厨房の方へ視線は向けていた。そこは間違ってない。ただその先が間違っていた。

 ベルトルトが真剣に眺めていたのは厨房に居る総司に、注文を伝えていたアニの方。

 シミ一つない綺麗なカッターシャツにズボンという簡易な服装の上に、落ち着いた色合いのエプロンを着ている。

 アニに片思いを抱いているベルトルトにとって、目を離せない光景で今を逃せば見る事は無いと焦るほど重要で、網膜に焼き付けようと必死だったのだ。

 

 そんなベルトルトの想いには気付かなかったが、こちらを観察するような視線を感じ取った。

 気になって振り返ってみるとそこには誰も居なかった。

 居たのは一匹の猫が台の上で寝そべっていただけだ。

 目付きの悪い黒猫(ナオ)は尻尾の毛を逆立てて、じっと睨みを利かせているようであった。

 何故警戒しているのかと疑問を浮かべていると「お待たせしました」とアニが料理を運んできたことでナオから視線を外す。

 どんな料理を出したのかとアニが運んできた料理に目にしたライナーもベルトルトも膠着した。

 一つは焼いた骨付き肉ソースが掛かった品で、もう一つは薄い皮で何かを包んだ料理。 

 前者は肉が使用され、後者は何か分からない。

 

 「こ、これは?」

 「餃子とスペアリブです」

 「スペァ?ギョオザ?」

 「どうぞごゆっくり」

 

 離れていくアニからメニュー表に視線を移し、スペアリブの項目を探す。

 出来れば説明書きでもあればと思ったがそんな親切では無かったようだ。ただ値段が確認出来たのは大きい。肉が出て来た時点で高い金額を要求されるのではと不安があったからだ。ただ逆に安い気がするが…。

 同じくメニュー表を開くベルトルトだが、メニューよりもジーと眺めて何なのか探ろうとしている。

 

 「なんにしても食べてみるしかねぇか」

 「大丈夫なのかい?その…値段とか」 

 「問題なさそうだ。メニュー通りなら余裕で払える値段だった。安すぎる気はするがな…」

 

 一抹の不安を抱えながらもライナーは骨付き肉を手に取った。

 ここに誘われて技術レベルの異常性は確認できた。しかしこの料理が出されたのは別の意味もあるかも知れない。なにしろアニ(・・)が出して来たのだから。

 ……それとこちらに入ってからこれほど見事な肉を口にしていなかったので、食べたいという欲求もあったし。

 

 骨の端と端を摘まんでガブリとかぶり付いた。

 値段の安さから真っ当に育てられた牛では無いと思っていた。貴族が口にする牛なら兎も角、この値段で口に出来得る牛肉があるとすれば、農具代わりに働かせて年老いたものと相場が決まっている。

 血抜きをして血生臭さは多少何とか出来ても、年老いて筋肉質の牛肉は硬い。

 だからこの牛肉も味をソースで誤魔化しただけの硬い肉――――だと思い込んでいた。

 

 引き千切るほど何度も噛まずとひと噛みすれば肉がブツリと噛み切れるほど柔らかい。

 噛み締めれば柔らかな牛肉が解れ、中より牛特有の味と一緒になめらかな甘み、上質な脂が口いっぱいに広がる。

 少し脂っぽいがリンゴやレモンなどの果物を使用した甘酸っぱいソースの酸味が、さっぱりとした味わいに仕上げる。

 これだけでも美味いのにソースの味を掻き消さない程度にスパイスが利いている。

 ゴクリと飲み込んだライナーは唇に残っていたソースを嘗め取り満足そうに微笑んだ。

 

 「これは美味いぞ!この値段でこの味とか反則だろ」

 「そんなになのかい?」

 「あぁ、こんな美味いもん食べた事がないぐらいだ。すまないがこれと同じものを二皿……いや三皿くれ!」

 「畏まりました。ちなみにあと四皿までなら用意しておりますが?」

 「なら四皿で頼む」

 

 ライナーがおかわりを頼み、ガツガツと無心に食らいつく様子にベルトルトは強い興味を魅かれる。

 任務を忘れるほど食らいつく。

 それほどのものなのかとゴクリと自分の目の前に置かれている餃子を見つめ、ゴクリと生唾を飲み込む。

 これを食べたら僕もライナーと同じようになってしまうかも知れない。

 任務を優先しなければ…。

 そうは思いながらもベルトルトは餃子へとスプーンを伸ばしていた。

 タレを数滴分を餃子にかけて恐る恐る口へと運んだ。

 底はパリッと、上はもっちりとした薄い皮の食感を噛み締めると、中より溢れんばかりの肉汁が流れ出て来る。

 詰め込まれたひき肉は勿論の事ながら、刻まれたキャベツやにらなどの風味が負けずと主張し、かけたタレは酸味と辛みが混ざった癖になる味わいが餃子と混ざって舌を魅了し、ガツンと鼻孔を突き抜けるにんにくの香りが食欲を刺激してくる。

 なんだこれは!?と目を見開いてもう一つ、もう一つと口へと運ぶ。

 餃子というのは一つ一つが小さい。

 中には大きめに作っているところもあるが、よほど意識して作らない限り二口三口で食べきれる。そして一皿に六つ前後が相場だろう。

 まだ食べたいと思うベルトルトに対して突き付けられたのは「もう無いよ」と言わんばかりに何も乗せてない綺麗な皿のみ。

 そこに彼にとっての女神が現れた。

 

 「おかわりする?」

 

 物欲しげだったベルトルトの様子にアニが不愛想ながら気を利かせて聞いた……それだけのことだ。

 今まで食べたことの無い美味なるものを食べ、物足りないと思っていた所に好いている相手からの気遣い。

 彼の心はエルディアに来てから全開で心臓が高鳴り、興奮状態に陥っていた。

 財布の中身を確認してその金額で買えるだけという回答にアニは正直困ってしまったが、自分のお気に入りであるナオの味を同様に気に入ってくれたことは嬉しい事であった。

 さすがに財布を使い果たすのは止め、五皿ほどに注文を変えさせ、ベルトルトは満足そうにそれらすべてを平らげた。

 

 「本当に美味しかったね」

 「あぁ、こんなに美味いもんを食えるとはなぁ…」

 

 そう言いながら二人は満足感もだが、満足したが故の悲壮感も漂わす。

 なにせ彼らの意志は美味い料理では揺らぐことはあっても断念させる事は出来なかった。

 確かにここの料理にも技術力にも大いに驚かされた。ただそれだけだ。

 気になるなら門を開けて手引きしたどさくさに店主を攫い、拷問でも取引でもして情報を引き出せば良い。突入するのはマーレの精鋭部隊なのだ。一般人一人攫うなどわけないだろう。

 

 「さて行くぞベルトルト」

 

 戦士長に報告しなければと立ち上がろうとしたライナーだったが、まったくこちらに見向きもしないベルトルトに違和感を覚え、その視線の先を追った。

 そこには凛とした表情を浮かべながら仕事に励むアニの姿があった。

 いつもつまらなさそうな表情を浮かべているアニが、どことなく活き活きしている。

 ベルトルトの気持ちを知っているだけに理解はするが、その為に計画に支障をきたす訳にはいかない。

 なにせ俺達は戦士なのだか―――。

 

 「ん~、やっぱりユミルのクレープは美味しいよ」

 

 耳に届いた声にライナーは振り返る。

 そこにはクリスタとヒストリアが居り、微笑みを浮かべて食事を楽しんでいた。

 宝石や闇夜に浮かぶ星々よりも煌めき、太陽よりも輝かしい二人の女神の笑みに魅入ってしまう。

 

 「……結婚したい(ボソッ」

 「ラ、ライナー…」

 「――ッ!?な、なんだベルトルト」

 

 無意識に心の声を漏らしてしまったライナーはベルトルトの呼び声に我に返り、何事もなかったように返事を返そうとするが、焦って声が上擦ってしまった。

 そんなライナーの反応を無視したのか気にしてないのかベルトルトはどこか不安そうに言葉を続けた。

 

 「この店を少し調べた方が良いと思うんだけど……どうかな?」

 「そ、そうだな。うん、俺もそう思っていたところだ。大事の前の小事と言えども注意し過ぎて悪い事もないだろう」

 

 お互いに声が上擦りながらもっともらしい理由を語り合った。

 この時、エルディア人は誰も思っていないだろう。

 裏路地に有る一軒の料理屋にてマーレの一大作戦に待ったが掛かり、エルディア存亡の危機を脱した事を…。

 その結果に嬉しそうにいつも見ない微笑を浮かべた少女がいた事を…。




●現在公開可能な情報

・スペアリブ
 骨付きの牛のバラ肉に特製の果物のソースを掛けた料理。
 この料理は進撃の世界の肉を使用しており、年老いた肉だという事から非常に固い。
 そこで蜂蜜漬けにしたり、土鍋を使う事で充分に柔らかくし、牛の旨味を付け加えようと蜂蜜で漬ける前に牛脂と一緒にラップして味を染み込ませたりしている。
 しかし作業に時間がかかる為に通常のメニューとして扱わず、完全予約制となっている。
 今回はアニより予約を聞いており(・・・・・)、五皿分ほど作っていた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18食 カレー

 クアァ~…。

 塀の上で背中を思いっきり伸ばしながら、大口を開けて欠伸をしたナオは、眠たげな眼を手で擦って辺りを見渡す。

 彼の日課は自身のテリトリー内に不埒者がいないか、または誘うべき者(・・・・・)がいないかを見回る。

 以前なら一度見回ってあとは店に居るだけだったのだが、最近は従業員が増えて自身が居なくとも少々の事態なら対処出来るようになった。

 ゆえに朝昼晩の食事時や気分がのらない時以外は見回りに費やしている。

 今日もその見回りを行っている最中で、路地裏へ入り込んだ見覚えのない連中を補足してしまった。

 プリン(ミカサ)パウンドケーキ(リヴァイ)に近いモノを感じ取って警戒するものの、威嚇するほど危険な人物ではないと彼らが纏った雰囲気から察し、別段手助けもしなくて良さそうなので気にしない事にする。

 

 ――スンスンスン。

 

 歩み寄って来た長身で体格の良い男性からいきなり匂いを嗅がれるまではだが…。

 

 

 

 

 「この辺りで正解だな」

 

 塀の上から不思議な香辛料の匂いを漂わす黒猫(ナオ)を嗅いだミケ・ザカリアスはそう呟いた。

 調査兵団でリヴァイに次ぐ実力者であるミケの後ろには、率いている分隊に所属している中性的な顔立ちなことから男性とも捉われる事があるナナバと、リーゼントが特徴的なゲルガーが続いていた。

 

 「どうですかミケさん」

 「間違いないな」

 「さすがはミケだね。私達ではどうにも見つけられそうになかったから頼んでよかったよ」

 

 爽やかな笑みを浮かべるナナバは事の原因へと記憶を辿る。

 最近リヴァイやハンジ班の様子がおかしい。

 否、ハンジは元々だがモブリット達は極めてまともだった―――私達が見た範囲ではだが。

 気付いたのはリヴァイ班のペトラ・ラルであった。

 どうにも三時頃に近づくとそわそわしたり、仕事が入って三時以降に身動きが取れなくなると苛立つらしい。

 いつも険しい顔をしている為に誰も気付かなかったのだが、長い付き合いであるリヴァイ班の面々はその些細な違和感を肌で感じ取り、本人に問うても答えは返ってこない。ならばと関りのある分隊長に声を掛けたのだが、ミケもハンジも知らない。

 調査は難航するかと思いきやモブリット達が反応を示したのだ。

 口を割らそうとしたがどうにも固い。何とか粘って聞き出せたのは「リヴァイ兵長お気に入りの飲食店がある」との事まで。

 どうやらモブリット達も気に入っている店らしく、あまり知られて行列が出来るのを嫌がって口にしなかったのだとか。

 店の場所が分かってもやたらと広めないからと約束して、“トロスト区にある”とのヒントを貰ったのだ。

 

 そこからペトラを中心にリヴァイ班の面々が調べていたが、中々件の飲食店を見つけられず、最終手段としてペトラからナナバ経由でミケに話が回って来たのだ。

 ミケは人間とは思えないほどの嗅覚を備えており、例え一キロ先に伏せていた敵兵をニオイで発見した事があるほど鋭い。

 話を持ち込まれたミケは リヴァイがそこまで隠すお気に入りの店が気になったのと、トロスト区にて壁外調査の準備を行っていた事もあって、トロスト区でその飲食店を探しを行っているのだ。

 

 「にしてもミケさんは凄いですね」

 「地図と匂いの方向から見つけようとするんだから」

 

 馬鹿馬鹿しい話ではあるが実際にそれでこの裏路地に入ったのだからさすがだという他ない。

 自らの嗅覚に自信に持ったミケは力強い足取りで進んで行き、信頼しきっているナナバとゲルガーは不安など縁遠いような様子で付いて行く。

 

 「……ここだな」

 

 周りの建物とは明らかに建築方式が異なる店の前で立ち止まった。

 再び匂いを嗅げばミケでなくともスパイシーな香りが店内より漂ってくる。

 店の前には看板が立っており【月末金曜日なので本日カレーの日】と書かれているが、それが何なのか理解出来ないがとりあえずリヴァイが気に入ったであろう店に入ろうと扉を開ける。

 カランと小さな鐘が鳴り、店内へと足を踏み入れる。――っと、ミケはスンスンと匂いを嗅いで足を止めた。

 

 「どうしたのミケ?」

 「……空気が違う」

 「空気?」

 

 言われて意識してみると外の埃っぽい空気とは違ってとても澄んでいる感じがする。

 外と仕切ってある建物内と言う事を差し引いても、その違いは明らかであった。

 

 「いらっしゃいませ。三名様ですね?こちらへどうぞ」

 

 店員に言われ案内されるまま付いて行くミケの前にナナバが遮るように立つ。

 

 「……ミケ」

 「あぁ、分かっている」

 

 調査兵団には癖の強い者―――はっきり言おう。変人や変態の類が多い。

 それはミケにも当てはまる。

 鋭い嗅覚のミケは初めて出会った相手の匂いを嗅ぐ癖がある。

 調査兵団に入団した新兵の大半がこの洗礼を受けているので、受けた当人は驚くが周りが説明してくれる。

 これを街中でやるとどうなる?

 男性からは不審な目で見られ、女性からはセクハラ行為とも取られるだろう。もしもそれが原因で捕まればかなりの痛手を被ってしまう。

 調査兵団で二番手の実力者で分隊長の地位についている人物が、痴漢やセクハラ行為で逮捕など戦力的な低下より、調査兵団に向けられる視線や市民の声の方が問題だ。下手をすれば支援しているスポンサーが降りると言いかねないのだから。

 ゆえに出掛ける前に注意し、念のためにナナバが遮ったのだ。

 

 ミケは嗅ぐことなく案内された席に腰かけ、さっそくメニュー表に目を通す。

 ゲルガーもナナバも置いてあったメニュー表を開くが、大半が聞き覚えのない料理ばかりで困惑してしまった。

 ならば周りを見て決めようかと視線を配ると皆が皆、同じ料理を食べているようだし、遠目で見て分からぬ料理。

 こうなっては仕方が無いと店員に聞くことにする。

 

 「すまない」

 「はーい、今行きます」

 

 軽く手をあげてホールを担当していた赤毛の少女(イザベル)に声を掛けると、埃を立てない程度に急ぎながら駆け寄り、笑顔を浮かべて立ち止まる。

 

 「注文でしょうか?」

 「そうなのだがメニューに書かれた品々は知らないものばかり。そこでおすすめを聞きたいのだが」 

 「今日はカレーの日だからカレーがおすすめだね」

 「カレー?ゲルガー知ってるかい」

 「いや、聞いた事ねぇな。ミケさんはどうですか?」

 

 フルフルと左右に顔を動かして否定する。

 ミケ自身その“カレー”とやらが何かは察する事も出来てはいない。が、店内中に広がっている複雑な香辛料の香りに空腹だったお腹が反応する。

 匂いの発生源であろう厨房に並ぶ三つの寸胴鍋に、自然と視線が向かう。

 物は試しだし、ここは頼んでみるのも良いだろう

 

 「そのカレーとやらを頼む」

 「あ!カレーはビーフ(牛肉)ポーク(豚肉)チキン(鶏肉)の三種類があります」

 「肉の種類が違うのか?」

 「種類もですけどチキンは辛さが他に比べて強いですかね」

 

 ふむ…と悩みながらメニュー表の値段を確認し、それぞれ値段もあまり変わらず安い。

 ならばあとは好きな肉の種類を選ぶだけだ。

 

 「ビーフを貰おう」

 「私はポークで頂こうかな」

 「なら俺はチキンで。その辛さを試してみたい」

 「はい、すぐにお持ちします」

 

 ニカっと笑みを浮かべた少女は料理人に注文を伝えると、周りからの追加や注文に忙しそうに対応している。

 忙しそうにしている割に雑な対応を取る事は無く、一人一人ちゃんと対応仕切っていた。

 店の雰囲気もそうだし店員の対応もかなり良い。

 こうも行き届いた店というのはかなり――いや、俺が知る限りはないな。

 視線を厨房へ戻すと寸胴鍋より皿にスープのようなものが注がれ、さっそくと言わんばかりに店員がそれを持ってこちらに向かってくる。

 

 「お待たせしました。カレーライス三種お持ち致しました」

 

 それぞれ置かれたカレーとやらを目にして全員の動きが止まった。

 美味しそうな匂いを漂わしてはいるが、見た事ない以前に見た目的にあるものと被ってしまったのだ。

 

 「なぁ、これってアレに見えないか」

 「言うなゲルガー」

 「いや、だってう――」

 「それ以上言わないで」

 

 決してその先は言わせない。

 場所が飲食店である事もあるが、それ以上にこれから口にする自分達は食べる時はずっとその言葉を脳裏に過らせることになるだろうからだ。

 様子見をしている二人に対してミケが先陣を切って一口頬張った。

 匂いで分かっていた香辛料の味が舌から伝わって脳髄へと流れ込んでくる。

 何十もの混ざり合った香辛料とジャガイモに人参、玉葱などの野菜と牛肉の旨味が複雑に絡み合い、相殺するのではなく一つの味として纏まり合っている。

 あぁ、程よい辛さが心地よい。

 

 「どうなのミケ?」

 「美味いんですか?不味いんですか?」

 「かなり美味いなこれは」

 

 ジャガイモはほろりと解け、人参は良く煮込まれて柔らかく、玉ねぎは蕩けている。

 ゆっくりと味わい、食感を確かめながら飲み込む。

 なによりこの豊かで複雑なカレーの味わいが純白のライス(白米)との相性が非常に良い。

 食が進み、半分ほど食べきったところで

 これはなんだろうと不思議な物体をスプーンですくいあげる。

 薄っすらと透けている塊。

 一緒に入っているという事は食べ物であっているだろうけども…。

 不安を覚えたミケはスンスンと嗅ぐ。

 カレーの匂いが浸み込んでいるが、その匂いの渦の中からひときわ牛肉の匂いが強いことに気付いた。

 牛の部位のひとつかと断定したソレを食べてみる。

 不思議な物体はミケに未体験な食感を叩きつけた。

 半透明の部分はしっかりと煮込まれてトロリと溶けながらも柔らかな食感を残し、それに付いていた分厚い肉が噛み応え抜群。これは別種の料理なのではと思い込むほどだ。

 噛めば牛肉の味が溢れ、とろりとした部位がそれを包み込む。

 これはこれで食べてみたいものだとミケはまだ入っている不思議な塊(牛筋)を見つけては食べて、美味さから大きく頷いた。

 

 

 

 満足そうに頷きながら食べるミケの表情に釣られてナナバも自身のカレーへとスプーンを伸ばした。

 ミケ程鼻が利く訳ではないが、これほど強烈に主張してくるのだ。鼻詰まりでもしていない限り、このスパイシーな香りが食欲と好奇心を刺激してくる。

 パクリとスプーンですくったカレーライスを含む。

 野菜の旨味やカレーの複雑なスパイスはビーフカレーと変わらないが、溶けだした豚バラの旨味と甘味がより柔らかい味わいを出していた。

 カレールーを漂う豚バラ肉は薄くスライスされている上に、脂身がしっかりとしている部分のみを使用しているので、噛んだ感触はふわりと軽く、脂身は溶ける様に消えてなくなる。

 そして残るのは濃厚な豚肉の旨味のみ。

 濃厚と言えども脂っこい程ではなく、女性であるナナバにとっても食べやすいものとなっていた。

 ただ零してしまったルーがおしぼりに付き、擦っても落ちない様子から服に付いたら取れないだろうなと予想して、零れないように気をつけながら黙々と食べる。

 

 「かぁっら!!」

 

 食べている途中、大きな声を挙げて辛そうにしているゲルガーを気遣ったが、大丈夫だとバクバク食べ続ける。

 ここでナナバはゲルガーより自身のカレーライスへと視線を戻す中で、一緒に置かれていた小皿に気付いた。

 小皿に白い球根(らっきょう)みたいなのと、薄い赤色の四角いもの(福神漬け)が盛られて置かれていた。

 気付いてない二人はそのままにひょいっと掬って口に入れる。

 ザクリと音を立てたらっきょうより酸味より甘味の強い味が広がって、カレーでいっぱいだった口内がさっぱりとした。

 次に福神漬けを食べるとコリコリと違った触感に濃い甘さでありながらもさっぱりとしている。

 普通に単体で食べても美味しいし、ずっとカレーを食べて飽きないようにするための副菜だろう―――と、思い込もうとした瞬間にナナバは福神漬けの汁付きのスプーンでカレーライスを食べた事で決めつけを取り消した。

 赤いタレがライスに絡み、福神漬けの味が辛さや油を中和して新たな味わいを生み出した。

 副菜ではあるのは確かだろうが、これはカレーライスと一緒に食べる事で真価を発揮するものだ。

 らっきょうも同じくカレーライスと食べると今度は甘酸っぱさが混ざり、すっきりとした味わいに変わる。

 色合いも黒っぽい茶色に白いらっきょうや透き通るような赤の福神漬けによって鮮やかとなる。

 味だけでなく見た目もこうも変わるとは…。

 気付けば一人で食べ続け小皿の上は欠片すら残っていなかった。

 ちらりと二人を見て気付いていない様子だったので小皿を自分の手元に置いて隠すように…初めから無かったように振舞うのであった。

 

 

 

 最後にミケとナナバの反応を眺めたゲルガーも一口含んだ。

 次の瞬間には水の入ったコップに手を伸ばしていた。

 ごきゅごきゅと喉を鳴らしながら一気に飲み干し、もう一杯注いでまたも飲み干す。

 その慌てように二人が目を見開いて様子を伺う。

 

 「かぁっら!!」

 

 味を知ろうとした舌は勿論少し付いただけの唇までもが、辛さによってひりひりと火傷したような痛みを感じていた。

 口内に広がる痛みを冷たい水で落ち着かせ、大きな息を吐き出した。

 考えてた以上の辛さに自分の想定が甘かった事を理解したゲルガーは、辛かったというのにもう一口含んだ。

 再び広がる辛さ。

 それと同時にトマトのさっぱりとした酸味や溶けだした野菜の旨味など、先ほどは感じ取れなかった味わいがはっきりと舌へと伝わって来た。

 変わらない辛さだが、この辛さが癖になる。

 またもう一口と含むと口が辛さに慣れたのか、麻痺したのか食べ易くなった。

 

 「大丈夫なのゲルガー」

 「あまり無茶はするな」

 「これ凄く辛いけど…辛いからこそ美味いんだ」

 

 今度は主役である鶏肉をスプーンですくい、ゆっくりと噛み締める。

 柔らかく煮込まれた鶏肉を噛み締めると沁み込んだカレーと、カレーに溶け出さずに奥に残っていた鳥の旨味が合わさった味が噛めば噛むほど濃くなっていく。

 ゴクリと飲み込み次は名前にあったライスと一緒に食べる。

 白米によってチキンカレーの辛さが広がって薄まった。だが、依然として辛さはありながらも、薄まった事でチキンカレーの旨味をより感じられる。旨味だけでなく噛めば白米より薄っすらとした甘味が出て、僅かながらなめらかにする。

 

 ミケはゆっくり、ナナバはカレーが服につかないように注意しながら、ゲルガーはがっつくように三者三様にカレーを完食して一息つく。

 

 「はー、美味かった。また食いに来ましょうよ」

 「食べた直後に次の話かい。その前に服にカレーが付いてる」

 

 マジかと呟きながら付いていた個所を擦ると染み込んで、知っている人が見れば一発でカレーを食べたんだなという印が刻まれた。何とか落そうと水を少し付けても落ちない事にゲルガーは軽く頭を抱えた。

 

 「さて、戻るか」

 

 ミケの一言で三人とも店を出ようと入口のレジへ向かう。

 レジ業務は一応全員出来るのでその時々で手が空いている者がするようになっており、今日はカレーを温めて盛り付けるのがほとんどで手隙だった総司が気付いてレジへと立つ。

 勿論お金は多くの人の手が触れているので、触った後は手を洗って綺麗にしている。

 

 厨房に立っていた料理人と気付いたミケはお代を聞きながら、顔を近づけてスンスンとにおいを嗅いだ。

 突然嗅がれた事により、キョトンと呆けた面を晒した総司にナナバとゲルガーが苦笑いを浮かべる。

 

 「えっと…なにか?」

 「あー、気にしないで下さい。いつもの事なんで」

 「初対面の相手の匂いを嗅ぐんですよ」

 

 そしていつもなら(・・・・・)「――ッフ」と鼻で笑うのだが、ミケは不思議そうな顔で総司を見つめる。

 異なった様子に疑問を持ったナナバは顔を覗き込むようにして問う。

 

 「どうしたんだいミケ?」

 「……いや、何でもない」

 

 返って来たのは一言だけ。

 不思議に思いながらも三人分のお金を払ったミケに礼を言いながら付いて行く。

 

 ―――カレー以外にも複数の匂いを漂わせていた。残り香だけでも腹がすくような美味しそうな匂い。ただそれに紛れる嗅いだことの無い匂い。まるである筈の無いナニカがあるような違和感。

 

 どう説明すれば良いのか困ったミケは誤魔化すしかなかった。

 ただ一つだけ理解したのはあの店にはカレー以外にも美味しい物がまだまだあるという事だ。

 

 

 

 その後、戻った三人にはカレーの香りが強く残っており、美味しそうな匂いに多くの団員が問うてきたが、三者とも揃って口を割る事は無かったという。

 ちなみにキース・シャ―ディスが食事処ナオに行ったところ、タンドリーチキンを食べては酒を飲むゲルガーと出会うのだが、それはまた今度にしよう。

 

 

 それともう一つ。

 カレーを知ったモブリット達―――特にニファからの強い要望で、海老をふんだんに使ったシーフードカレーが追加されたのだった。




●現在公開可能な情報

・ナナバの性別
 中性的な顔立ち。
 柔和で女性的な話し方。
 アニメでは女性声優が担当。
 あるシーンでは胸に膨らみがあった…etc.etc.
 
 数あるサイトでも議論されていたナナバさんの性別ですが、この作品では女性として扱わせて頂きます。
 私が知らないだけで公式で性別を発表されていたかも知れません。
 もしもそうであれば教えて頂ければ幸いです。

 ちなみに判断基準はゲームにてナナバの髪形が女性キャラの方にあったから…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19食 チキンライスとメロンソーダ

 第56回壁外調査。

 エルディア最高戦力である調査兵団が近々行う大規模作戦。

 調査兵団各兵員は勿論、物資の搬入に携わる商人や関係各所も大忙しで準備に追われている。

 中でも団長ともなると一般団員に何重にも輪をかけたように忙しい……………筈なのだ。

 歴代の調査兵団団長の中で新たな陣形や戦術を駆使し、死亡率の高かった調査兵団の生還率を何割も引き上げた有能な指揮官。

 主だった戦果を挙げれずとも着実に前へ前へと一歩ずつ歩みを進めている。

 

 びしりと決めた髪型。

 涼し気な笑み。

 乱れやシワが一切見られない服装。

 身だしなみを整え、自身の所属が調査兵団と一見するだけで見破られないように私服姿で調査兵団団長エルヴィン・スミスは食事処ナオのテーブル席に腰かけていた。

 時間としてはまだ人の少ない十一時。

 店内には他のお客は居らず、店員を除けばエルヴィンとリヴァイ(・・・・)しか居なかった。

 

 今日エルヴィンがこの店に来ているのはリヴァイからの誘いからであった。

 元々誘う予定だったらしいが調査兵団団長の地位に就いている以上そう易々と本部を抜ける訳にもいかず、ちょうどトロスト区に出向くことになる壁外調査準備期間まで待ち、準備関係の仕事がひと段落するのを待っていたのだとか。

 

 ※訳:調査兵団の団長と言う役職持ちが堂々と向かった場合、他の団員にまで知られそうなので変装や時間帯を選ぶのに手間取った。

 

 一押しの店だと伝えられ意気揚々と言われるがまま私服で人目を避けてきたエルヴィンに見る必要のない(注文は決まっている)リヴァイはメニューを捲ることなくエルヴィンに渡す。

 

 「ここの飯はどれも美味い。中でもおすすめはパウンドケーキと紅茶だ」

 「そうか。お前が言うならばそうなのだろう。だが―――」

 

 メニュー表を開いてパラリパラリと捲り、目についた料理名だけ記憶する。

 すると手をあげて店員を呼ぼうとしているエルヴィンに、リヴァイは呆れてため息を漏らした。

  

 「注文を」

 「承ります」

 「俺はいつものを」

 「紅茶とパウンドケーキのお任せセットですね」

 「私はこのチキンライスとメロンソーダを」

 

 素早く店員に注文を済ませたエルヴィンは何か言いたげな様子に苦笑いを浮かべる。

 

 「相も変わらず博打か。飯ぐらい普通に出来ねぇのか」

 「美味しいと分かっていて食べるのもつまらないだろう。それにいつもに比べれば勝率の良い賭けだ。なにせ調査兵団最強の兵士長のお墨付きだからな。にしても…」

 

 ちらりと店内を見渡してクスリと笑う。

 どうやらこの店の店員からは自分は良く思われていない様だ。

 料理人(総司)にはそのような感情は見られないが、前に会った事のある青年(ファーラン)からは薄っすらと怒りを感じている。

 当然と言えば当然か。

 類を見ない程に優秀だったリヴァイを半ば無理やりに調査兵団に入団させ、彼と彼女(イザベル)から引き離した上に死地に行かせているのだから私に良い感情を持っている筈がない。

 ただ解らない事が二点。

 棚の上に陣取っている黒猫が威嚇はしていないもののちらちらと警戒しているのと、女性店員(アニ)から畏怖とも驚愕ともとれる視線を浴びせられたのだが、何故そうなっているのかが解らない。猫にも彼女にも覚えがなく、私が何かしら直接的にしたという訳ではなさそうだが…。

 疑問を解消しようとも情報が少なすぎる。

 とは言え声を掛けて情報収集するのもどうかと口は閉ざす。

 店員の様子もそうだがどうもこの店自体妙なのだ。

 鮮明過ぎる絵に装飾が施されている置物、見たことの無い調理器具。

 自分が知らないだけという可能性もあるが本当にそうなのだろうかと疑いを抱かずにいられない。

 自分達(エルディア)以上の技術を持っている相手と言えば思いつくのはマーレの間者…。

 だが、裏路地とは言えそう分かりやすく居を構えるとも思えない。

 この件に関しては後々ハンジにでも探ってもらうとしよう。

 

 「中々良い店だろ」

 

 あまり意識されないようにひっそりと店内を伺っていたが、さすがにリヴァイには気付かれてしまったようだ。

 ただ意図までは察してはいないようだったが。

 

 「ここはどんな時に訪れても掃除が行き届いている」

 「あぁ、確かに潔癖症のリヴァイが気にいるだけのことはある」

 

 テーブルの下に手を伸ばして埃の有無を見せつける様子に笑みを零す。

 飲食店というのは随時汚れる物だ。

 落としてしまった料理に来店者の服や靴に付着していた泥や埃などなど。

 この店には一切そういう汚れは見受けられなかった。

 これならばリヴァイが気に入る訳だ。

 なにせ汚い店であれば店を替えるか、先に自分が使う椅子や机を拭くぐらいするだろう。しかしこの店に来たリヴァイはチェックもしないで腰かけた。つまりそれだけこの店の事を信頼しているという事だ。

 

 客からでも見やすいようにしてある調理する光景を眺めながら、チキンライスとメロンソーダとやらをゆっくりと待つ。

 こうして料理が出来る光景を眺めるというのもまた良いものだな。

 料理人は見せる事を意識してなのか見ていて飽きないし、見るのと発せられる匂いによって空腹感が高められる。

 中々期待させてくれる演出をしてくれるものだ。

 空腹感が高められながら眺めていると、調理の手が止まって盛りつけが始まる。

 出来たかと疑問を片隅に追いやり、期待を胸に届いた料理を眺める。

 置かれた料理は赤みを帯びたライスに色彩豊かな具材が散りばめられた料理と、摩訶不思議な透き通った緑色の飲み物。

 前者は兎も角、後者は飲食店になければ飲み物かどうかも不明だったろう。

 リヴァイに視線を向けると紅茶を味わい、パウンドケーキを一口サイズに切り分けていた。

 口に出さないがリヴァイがあんなに嬉しそうな表情(パッとみ睨んでいるようにしか見えない)を浮かべている事に驚き、声を掛ける事すら躊躇われる。

 とりあえずライスの方から手を付けるかとスプーンに手を伸ばした。

 赤みを帯びている事から辛い料理かと思えばそんな事はない。

 さっぱりとした酸味を残しつつ、いろんな旨味が織り成したまろやかな味わいへと変貌したトマトベースの料理。

 パラリとしたライスを噛み締めれば染み込んだバターに振り掛けられているバジルの香りがほんのりと主張をしてくる。

 一口味わっただけでこれなのだ。

 二口三口と味わうとどうなるのだろうか?

 もう私の好奇心は止めれない。

 噛み締める。

 口にするたびに噛み締めてしっかりと味わう。

 しんなりとした柔らかくなった人参。

 控えめながらも青臭さを残すグリーンピース。

 一粒一粒が甘いトウモロコシ。

 料理名にあるチキンたる柔らかくも噛み応えのある鶏肉。

 それぞれが主張し合う食材を一つ纏め上げ、調和を生み出した料理人の腕前。

 パウンドケーキと紅茶を楽しむリヴァイ同様に黙々と食事を続けるエルヴィンは半分ほど食べきると息をつく。

 

 「さすがリヴァイだ。良い店を見つけたな」

 「俺の行きつけの店だ。面倒事だけは起こすなよ」

 「あぁ、分かっているさ」

 

 スプーンを進ませながら会話を続けていたエルヴィンは、飲み物を口にしようとメロンソーダに口をつけた。

 小さくパチパチと弾けている事には疑問を持ちながらも飲み物である事には違いない。

 そう思って一口飲み込んだところで咽た。

 

 「ケホッ…なんだこれは?」

 「炭酸なるものが入った飲み物だ。なんでもその刺激が癖になるとかならないとか」

 「―――分かってて黙っていたな」

 

 ニタリと嗤うリヴァイに抗議の視線を向けるが簡単に流される。

 今度は覚悟を胸に飲み込んだ。

 喉にパチパチと刺激が与えられ、先ほどは驚いて咽てしまったが知ってしまえば大したことはない。

 確かに癖になる刺激だ。

 それどころか爽やかに感じる。

 見た目も透明で涼し気。

 今でも十分だが夏場にこれをキンキンに冷やして飲んだらとても美味しく感じる事だろう。

 メロンなる果物の果汁に取ってつけたような甘味が弾ける炭酸と共に広がる。

 未体験な飲みものであるがこれは大変気に入ってしまった。

 ゴクリゴクリと喉を鳴らしながら飲み干し、もう一杯注文する。

 おかわりが届くまでにチキンライスを食べきり、二杯目のメロンソーダを今度はちびりちびりと余韻を楽しみながら飲んでいく。

 ちらりと「お前は博打ばかりだ」と呆れたようにいう同期の顔(ナイル・ドーク)が浮かぶと、私の博打も中々のものだろうと一人ほくそ笑む。

 完全に当たりを引き寄せた結果に満足し、また来ようと決意したエルヴィンは店に入って来た客に睨みを利かせたリヴァイが視界に映る。

 睨みを向けられたのは訓練兵団の制服を着ている男女三名(エレン達)は、慣れているのか気にすることなくカウンター席に付いた。

 

 「知り合いか?」

 「あぁ、血縁とその連れだ」

 「彼女が…か」

 

 報告は受けている。

 リヴァイと同じアッカーマンの血筋で、今期及び今までの訓練兵団随一の成績を叩き出している兵士。

 ※リヴァイは訓練兵団からの採用ではないので別枠。

 是非とも調査兵団に欲しい逸材だ。

 リヴァイによればエレンと言う調査兵団希望の訓練兵にべったりなので、そのままついてくるだろうと物凄く嫌そうに呟いていた。

 

 「チキンライスかぁ。久しぶりに頼もうかな」

 

 一緒に居た少年は皿に残っていた色から判断したのだろう。

 美味しい物を共有出来たような感覚に笑みが誇れる。

 さて、仕事に戻るかと立ち上がろうとするが…。

 

 「総司さん。俺チキンライス二段チーズで」

 「私はふわとろ卵に唐揚げ付きで」

 「唐揚げ付き?そんなのないぞ」

 「常連の特権」

 「ズリィ!!」

 「ボクはいつものと今日はクリームソーダを頼もうかな」

 

 二段チーズ?ふわとろ?

 ―――気になる。

 耳に届いた会話により立ち上がったエルヴィンは再び腰を降ろした。

 厨房を眺めるがチキンライスは二人前で量が増えた以外は、作り方は同じであった。

 違ったのはその後だ。

 一つは皿に半分ほどチキンライスを盛るとふんだんにチーズを乗せ、もう半分をその上に乗せる。さらにその上にまたもチーズが撒かれる。

 チキンライスの余熱で乗せたチーズが溶け、とろりとオレンジ色の山を流れる。

 まるで山頂に掛かる雪のように…。

 

 受け取ったエレンはスプーンを刺し込んで持ち上げると、上だけでなく中でもとろけたチーズが糸を引くように伸びる。

 見ただけで食感の良いのは勿論、漂う匂いだけでも上質なチーズだというのがよく分かる。

 それがアレだけケチることなく使われているのだ。

 すでにお腹は膨れているとは言え、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

 

 次にミカサが注文したチキンライスが盛られていく。

 その上に楕円形に纏め上げられたふんわりとしたプレーンなオムレツが乗せられ、ナイフで真ん中にスーと切れ込みが入れる。ふんわりとしたオムレツがナイフとフォークで開かれて、トロッとしながらも形を保った半熟のオムレツが輝かんばかりの黄色の花をチキンライスの上に咲かせた。

 最後にじゅわ~と香ばしい匂いと共に揚げられた唐揚げが皿の端に乗せられる。

 そのうちのひとつをフォークを刺してミカサはエレンに差し出した。

 

 「エレン。あーん」

 「おまっ!?」

 「いらない?」

 「……いる」

 

 ミカサに差し出された唐揚げを恥ずかしそうに誘惑に負けたエレンが噛り付いた。

 サクリと香ばしい音を立て、閉じ込められていた脂で瑞々しく柔らかそうな鶏肉が姿を現す。

 ふわとろの卵に唐揚げ…。

 今度は口内より溢れた唾液が口端より垂れかけて慌てて啜る。

 

 紅茶を飲み干し、パウンドケーキを食べて満喫したリヴァイはそろそろ時間だなと立ち上がる。

 そこに待ったをエルヴィンがかけた。

 

 「どうしたエルヴィン」

 「もう少し食事を続けたいのだが」

 「オイオイ…そろそろ戻らねぇといけないのは分かっているだろ。また次回の楽しみにしておくんだな」

 「いや、ここで退く訳には行かない」

 「我侭言うなよ。お前が居ないと進まない案件も多くあるんだ」

 「分かっているさ。しかし私は知ってしまった。ならば試すしかないだろう」

 「オイオイオイ、待て待て待て!これ以上俺に駄々を捏ねるならお前の両足の骨を折る。ちゃんと後で繋がり易いようにしてやる。だがしばらくは便所に行くのも困るようになるぞ」

 「……どうしてもか?」

 「どうしてもだ」

 

 鋭い眼光を真正面から受けながらもエルヴィンは決して視線は逸らさない。

 互いの視線が己が意志の元で激突する最中、アルミンに注文した料理と飲み物が渡される。

 そこにはいつも通りのサンドイッチのセットに、エルヴィンのを見て頼んだ先のメロンソーダに真ん丸としたアイスクリームが乗せられ、接している部分より溶けて白い層を作り出しているクリームソーダ(・・・・・・・)が置かれていた。

 視界の端に映るや否やリヴァイよりそちらに視線が向き凝視する。

 作るのに氷が必要な貴重なデザート。

 なめらな甘さにひんやりとした冷たさが容易に想像できる。

 ゴクリと喉が鳴り、身体がアレを欲する。

 

 「なぁ、リヴァイ。やはり―――」

 「うるせえ。行くぞ」

 

 調査兵団エルヴィン・スミス団長はリヴァイ・アッカーマン兵士長に膝を蹴られて転がされ、首根っこを掴まれて引き摺られて行くのであった…。




・食事処ナオ チキンライスについて
 チキンライスのオプションで半熟オムレツやチーズを追加料金で付ける事が出来る。

 ただ常連となると融通が利き、ミカサが頼んだような唐揚げ付きや|エレンのように間にチーズを入れたり《本人は常連に対しての融通とは気付いていない》出来る。

 ちなみに全部乗せでチキンライスに中間部にチーズ、上部に半熟オムレツにデミグラスソース&クリームソースを掛け、皿の端にタルタルソースの掛かったエビフライに唐揚げ、ミニハンバーグが置かれる。言えばチキンライスの天辺に旗を刺して貰える。
 その料理名を“お子様セット”と言うのだがエルディア人には通じないもよう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20食 弁当

 調査兵団団長エルヴィン・スミスは遠くを眺めながら深く重いため息を吐き出した。

 背には悲壮感が漂い、表情はとても悲しげだ。

 左足の腫れにより時折発生するズキリとした痛みとそれにより発生した感情がため息を吐き出す回数を増やす。

 

 今日は第56回壁外調査の初日。

 空は気持ちの良い程晴れて、門前へと行進する最中には期待に溢れた歓声と、調査兵団を勇気付ける激励が見送りに集まった民衆より掛けられた。

 士気も意欲も準備も万全。

 さらに今回はハンジの開発した新兵器も用意され、今まで以上の装備で挑める。 

 

 「これより第56回壁外調査を開始する!進撃せよ!!」

 

 自らが調査兵団全員に放った一言より門が開き、一斉に馬が駆ける。

 マーレに奪われ、多くのエルディアの民が命を落とし、我々の命の焔を賭してでも奪還すべき地をただひたすらに駆け抜ける。

 目標は第55回壁外調査で取り戻したその先。

 少しでも良い。

 たった一キロ、たった一メートル、たった一センチ。

 どれほど小さな歩みであろうと止める事は許されない。

 我らに、夢に、希望に願い命を落として逝った者達の為にも、その意志を引き継ぐ生者として責務を果たすべく突き進む。

 

 覚悟を胸に出立した調査兵団は迅速であった。

 当初予定していた初日の通過地点を早々と越え、夕暮に到着する筈だった第一次中継地点に昼前には到着したのだ。

 これは見通しの良い天気であったのと、追い風に乗れたのが幸いしてのことだったが、予定が早まったのはなんにしても良い事だ。

 各中継地点にも食糧や弾薬は置いてあってもそれは警備する部隊に十分な量を配備しているだけで、大人数での遠征目的の調査兵団全員を賄えるほどの備蓄はされていない。

 日数が増えれば増えるほど食糧は減っていく。

 つまり日数が短縮されれば減る筈だった食糧は持ち越され、少しでも長い進軍距離を稼げるのだ。

 ただ戦闘回数が未知数なので弾薬や刃、ガスはその限りではないが…。

 

 幸先の良い進軍が続いたと言うのにエルヴィンの表情が曇っているのはその食事が関係していた。

 別に不味い訳ではない。

 帰還する頃になれば傷み具合を鑑みて用意されたぼそぼそとしたクラッカーオンリーになってしまうが、今日はまだ進軍初日。日持ちしない食材を用いた料理らしいものが食べられる。

 班によっては持ち込んだ菓子を楽しむ者も居るぐらいだ。

 マーレから奪還したエルディア勢力圏内だからこそそれだけの自由が利く。

 先人たちの戦果のおかげでゆっくりできる。

 でなければ団長と言う役職についているエルヴィンが一人で中継地点外延部でただ眺める事も無かったろう。

 

 彼が今想い浮かべる……否、想いを馳せている事がある。

 あの日、リヴァイに連れらた飲食店“食事処ナオ”で食べたチキンライス。

 本当に美味しかったさ。

 食べに行って良かったと心から思えるほどに。

 しかしながら残念でならない。

 半熟のオムライスや唐揚げなるオプションメニューを味わえなかったのは…。

 何度抜け出して行こうと思った事か。

 思い出しているとぐぅ~と腹の虫が鳴き喚く。

 またもため息を漏らし、あの日以来執務室を幾度となく抜け出そうとして、何度も見つかった結果リヴァイに蹴られて腫れ上がった左足を引き摺りながら団長用の天幕(テント)へと引き返す。

 すると天幕入り口に不機嫌そうなリヴァイが腕を組んで待ち構えていた。

 咄嗟に左足を一歩後ろへ退き、手を突き出して待つように意志を現す。

 

 「逃げ出そうとしてない。だから折る必要はない」

 「だれもそんな心配してねぇよ。少なくとも今はな」

 

 その一言に安堵する。

 なにせ左足を蹴られた際に「次抜け出そうとしたらその左足をへし折る」と本気で言われたのだ。 

 警戒しない方が難しいだろう。

 リヴァイは長方形の木箱を差し出し、エルヴィンは疑問符を浮かべながら受け取った。

 

 「これは?」

 「総司からだ―――大変なお仕事ですがこれを食べて頑張ってください。またのお越しを心よりお待ちしてます――だとよ」

 「それはありがたいな」

 「確かに渡したからな。俺はもう行く」

 

 さっさと立ち去って行くリヴァイを見送り、エルヴィンは渡された弁当を大事そうに抱えて天幕へ入って椅子に座り込む。

 中身は何かなと期待を膨らませ開けてみると、そこには先ほどまで想いを馳せていたチキンライスの姿があった。

 赤みがかったチキンライスの上にふわふわとしたスクランブルエッグが乗せられ、仕切り板で区切られた半分には唐揚げに皮が残っている芋の揚げ物(フライドポテト)、アスパラが並んでいた。

 あの時見た半熟のオムレツでないのは残念だったがそれはまた今度食べるとしよう。

 

 「では、早速」

 

 木製のスプーンを取ってチキンライスにスクランブルエッグが乗っている状態のまま掬い上げる。

 赤いチキンライスと並べて見ている為かスクランブルエッグの黄色が輝いているように瞳に映り込む。

 ゴクリと喉を鳴らし、大口で頬張る。

 やはり美味い!

 出来立てではない為に温かさはないが、冷めていながらもパラパラで、時間を置いたからこそ落ち着いた味わいに頬が緩む。

 何よりこのスクランブルエッグが堪らない。

 塩コショウを利かせたものではなく、砂糖で甘みを強めにしたもの。

 チキンライスの味の大部分を賄っているトマトの風味と卵の相性は抜群だった。

 元よりなめらかな味わいになっているトマトの風味がよりまろやかで熟成したものへと変質される。そしてさらに強めの甘味が混ざって落ち着いた優しい味へと変貌する。

 しかもこのスクランブルエッグは焼き過ぎてポソポソにならず、焼きが短くて半熟と言う訳ではなく、半熟で腐らないように火をちゃんと通しながらもふんわりとした柔らかさが保たれるように加減をされている。

 パラパラとしたライスの食感をふんわりと包み込み、新たな食感が現れる。

 ゴクリと一口飲み込むたびに胃が、心が、脳が満たされていく。

 団長と言うのは肉体よりも頭をよく使う。

 何もない時でも何かがあった時の為に情報を取り込んで、対策を練っておく必要があり、馬に跨って移動しながらも肉体よりも脳を酷使する。

 疲労したというほどではないにしろこの甘味は脳に安らぎを与えてくれる。

 

 半分ほど平らげて次に板で仕切られた向こうにあるおかずにスプーンを伸ばす。

 気になっていた唐揚げという料理。

 時間が経ってしまって店で見たようなサクサク感は消え去り、しんなりしているようなのは残念で仕方ない。

 そう思いながら噛み締めたエルヴィンは目を見開き驚きを露わにする。

 確かにしんなりしているが冷めて時間が経っているのに瑞々しさを残したしっとりなめらかな食感に、鶏肉に封じ込まれたじゅわりと旨味とコクの良い沁み込んだタレが溢れ出して来た。

 ――あぁ、これは店で出す揚げたてを楽しんでもらう唐揚げでなく、冷めても美味しい様に工夫された唐揚げなのだな。

 そこまで気を使って作ってくれたのだと理解すると他の品を期待の眼差しで見つめるのも無理ない事だろう。

 しんなりとした食感にバターの風味が仕込みんでいるアスパラガスに、芋の優しい味に塩気が利いたしっとりとした皮付きのフライドポテト。

 やはり時間経過により発揮する味わいに仕上げられていた弁当にエルヴィンは満足げに微笑む。

 

 

 

 

 

 

 精鋭揃いの調査兵団内でも最精鋭部隊と称される調査兵団特別作戦班――通称“リヴァイ班”。

 リヴァイ兵士長を含めた五人と少数の部隊であるが、これまでいくつもの戦いを潜り抜けてきた猛者たちで実力は折り紙付き。

 兵長を強く慕っており、兵長からの信頼厚き者達。

 その一人で紅一点のペトラ・ラルは辺りを見渡しながら中継地点内を歩き回っていた。

 昼食をとろうと班員で集まったところリヴァイ兵長は用事があると言って「食ってろ」と言い残して何処かに行ってしまったのだ。

 とりあえず指示通りに先に食べ終わったのだけども何時まで経っても戻って来られない。

 気になった班員は探しに行こうという事になり、全員で探すと大事になりそうなので様子見を目的にペトラが探し回っているのだ。

 

 ふわりと吹いた風が手入れの行き届いた髪を揺らす。

 すると風に乗って良い匂いが鼻孔を擽った。

 香水や食べ物の類ではない。

 これは………紅茶の香り?

 嗅ぎ慣れた香りに釣られるようにふらふらと向かって行く。

 天幕や中継地点に建てられた建物の影で見つかりにくい場所へ辿り着いたペトラは視線が合うなり舌打ちをしたリヴァイを目撃した。いや、リヴァイだけでなくそこにはミケ分隊長にナナバとゲルガーも同席していた。

 リヴァイを除いた三名は咄嗟に手にしていたナニカを口に突っ込むか背中へと隠すかして見に入らないようにする。

 ペトラが疑問符を浮かべているとミケがリヴァイに「後は任せるぞ」と一言だけ呟いてナナバとゲルガーを連れて去って行ってしまった。

 本当に何だったのか。

 考える間もなくリヴァイが手招きする。

 

 「あの…お邪魔なようでしたら後にしますが」

 「来る前ならそれで良いが、来たからには今戻られると困る」

 

 そう言ってリヴァイはもう一つカップを用意してお湯を注いで紙袋を浸け蓋をして閉じた。

 先ほどのミケさん達のアレは何だったのかと問う事もなく、手招きされるまま近づいてちょっとした段差に腰かける。

 自然と兵長が見つめていた紙袋を浸けたカップに視線が向き、お湯だったはずのカップの中身に色が付いていた。

 

 「兵長。それは一体?」

 「俺の行きつけの店から貰った手軽に紅茶が楽しめるティーバッグっていうものだ。少し分けてやるからあまり言いふらすんじゃねぇぞ」

 「は、はい」

 「それとこいつを千切って入れてみろ。クリーミングパウダーというらしい」

 

 蒸らし終えたカップより蓋を外し、見たことの無い筒状の袋と一緒に手渡された。

 渡されたカップから濃厚な香りが漂う。

 言われたままに筒状の袋を開けて中の粉を混ぜる。

 赤みがかった色が徐々に白さを増し、以前に兵長より頂いたミルクティーと同じ色へと変色していった。

 見た目はらしいが味はどうなのだろうと口を付けたペトラは驚きを隠せなかった。

 紙袋に詰めて持ち運べる紅茶など聞いた事もないので、どうせそれらしい味しか出せないと侮っていた。

 けれどもこの紅茶はミルクティーっぽい味わいの中でもしっかりとしたコクと香りを保ち、香りと味でペトラを魅了していた。

 それにしても紙袋で持ち歩けるティーバッグもそうだが、このクリーミングパウダーにつるつるとした筒状の袋は一体何だろうか?

 街でも目にした事がないものであるが、味は本物と変わらず中に収められていたクリーミングパウダーは湿気てなかった。

 高い技術を使われている事は間違いない。

 潔癖症な兵長が行きつけというぐらいなのだから掃除は行き届いてるに違いない。

 となると王都の高級店とかかな?

 さすがに貴族やお偉方が使う高級店には高過ぎる為に行けないし、そういう知り合いも居ない事からそちらに有っても知り得ない。

 かなりの高級品だったのではと頭を過るが、目の前に差し出された木箱によって考えが遮られた。

 中には長方形と台形が合わさった形のフィナンシェが並んでいた。

 それも全て焼き色が黄金色で輝かんばかりに綺麗なものばかり。

 

 「お茶菓子として渡された。食ってみろ」

 

 差し出された木箱より一つ取って恐る恐る食べてみる。

 ふんわりとした柔らかな口当たりにバターと香ばしいアーモンドの風味が口いっぱいに広がる。

 風味もさることながら鼻孔をくすぐる甘く香ばしい香りに味覚だけでなく嗅覚まで楽しまされる。

 たった小さなお菓子だが香りも風味も食感もどれをとっても最高だった。

 しかもこの紅茶と非情に合う。

 もう一口齧って、

 一息ついたペトラは自然と笑みを零した。

 

 「…美味しい。これ凄く美味しいですよ兵長」

 「あぁ、そうだな」

 「これって班の皆にも黙っていた方が良いですか?」

 

 つい聞いてしまった。

 美味しい物を他者を共有したい。

 強く浮かんでしまった感情をそのまま言葉にしてしまったペトラは後悔した。

 眉を潜めたリヴァイは少し考え込んで口を開いた。

 

 「この事は言うな」

 「ですよね。すみません」

 「店のことはまた教えてやる。ただあまり人が来ても厄介だ。班員以外あまり口にするなよ」

 

 微妙に…本当に微妙にだが頬が上がっているような気がする。

 どうやら兵長も同じ気持ちがあったらしい。

 帰ってからの楽しみに心躍らせながら兵長とのティータイムを楽しむのであった。

 

 

 

 

 

 

 ニファはモブリット達より離れ、辺りに人が居ない事を確認して腰を降ろした。

 手にしているのは朝早く総司の元へ受け取りに行った弁当のひとつ。

 弁当箱を眺めるニファの心には罪悪感が漂っていた。

 出立の数日前に食事処ナオに寄った際、総司が壁外調査の事を聞いてきたのだ。

 軍規により詳しい内容は教えられないので当たり障りない一般的に知られている事柄の身を伝えると、常連の方々に弁当を作ってあげたいと申し出てくれたのだ。

 

 ※エルヴィンは常連ではないが来店したときの様子が印象強く、聞き耳を立てていたわけではないがリヴァイと同じ所属なのは察していたので未来の常連候補と言う事で作った。

 

 話を聞いた私は当日受け取りに来る役目を負った。というか話を知っているのが私しかいないので教えない限り誰も取りに来れない。

 

 ―――だから私は…私だけが総司に注文を口にすることが出来た。

 

 総司は四つの弁当を用意する気でいた。

 一つは団長用のチキンライスの弁当。

 二つめはリヴァイ兵長への紅茶のパックとお茶菓子のセット。

 三つめはミケ分隊へのカレーパン。

 四つめはハンジ分団長を除いたハンジ班への中華弁当。

 本来なら私は焼き豚と卵に玉葱を混ぜた紅ショウガの乗せられたチャーハンに酢豚、春巻きに揚げ餃子の中華弁当を受け取る筈だった。

 蓋を開けた弁当の中には仕切り板などない一面赤色が広がっていた。

 罪悪感が消し飛ぶほどの歓喜に頬が勝手に緩み、スプーンで赤の湖より目的の物を掘り当てる。

 掘り当てると言ってもどこを掘り返しても出てくるので探す必要もないが。

 見た目は丸まった芋虫を連想させる海老。

 最初こそ嫌悪感を抱いてしまったが今では慣れ親しみ、この姿を見るだけで食欲を刺激されてしまう。

 食事処ナオに食べに行くたびに頼むほど大好物となってしまった海老。

 その大好物を使った中華料理の中でも大量に食べられる料理“エビチリ”。

 

 一口含んで咀嚼すると美味しさのあまりに声が漏れてしまった。

 

 口に入れた瞬間に広がる香辛料が利いているトマトベースのタレが味覚を刺激し、味覚を完全に覚醒させる。

 程よい刺激のあるタレを味わいながら大好物の海老を味わおうと噛み締めた。

 プリっと海老の弾力が歯より伝わり、噛み締めると同時に海老の中に封じ込められた旨味が放出され、辛みのあるタレに混ざる。この旨味と辛味の調和……。

 ふと、食事処ナオにていつもの位置に置いてあるビールジョッキを無意識に片手が伸び、空を切った事でニファは恥ずかしさと後悔がにじり出てきた。

 これはビールが欲しい。

 無性に欲しくなったとしても注文が出来ない。

 酒の類を運んでいない訳ではない。

 戦いに勝った時。

 味方を勇気付ける時。

 景気付けに多少飲むことだって考えられるので大量でないにしろ運んでいる。

 それを勝手に手を出す訳にはいかない…。

 悔やみながら「酒を獲って来ちゃいなよ」と悪魔の囁きを跳ね除け、今はエビチリを堪能しようと次を口へ運んだ。

 このエビチリは食事処ナオで出される品とは違う工夫が施されており、そのまま海老を入れたのではなく揚げた海老を入れている。

 ニファなどエルディア人には馴染みがない天ぷら。

 話を聞いた時はフライと変わらないものだろうと思っていたが同じ揚げ物でも別物だった。

 衣は薄く、食感はサクサク。

 油も揚げ方も調節したので時間が経ってもしんなりとしながらもまだサクサクと食感が活きている。

 それにタレが絡み、口に入れた際に十分なタレが広がるのだ。

 今度は揚げたてを頼もうかなと笑みを浮かべる。

 

 「美味しそうだねソレ」

 「凄く美味しいですよ。辛みが利いたタレにプリっと旨味をため込んだ海老が堪らなくて。ついビールが欲しくなっちゃいます」

 「揚げているようだけどフライとは違うよね?」

 「てんぷらっていう揚げ方らしいですよ。これがまたフライとは違う食感で軽くてサクサクなんですよ」

 「ほぅ。どれ一つ頂いていいかな」

 「どうぞ――――ッ!?」

 

 食べるのに夢中でさして気にせずに会話をしていたニファは、ようやく事態を飲み込んで顔を青ざめた。

 言の葉に好奇心が見え隠れしている口調に、間違いであってくれと思いながら振り返る。

 そこにはモブリットより時期を考えて連れて行くので今は内密にと言明された好奇心の塊のような人物。

 我らが分団長――ハンジ・ゾエの姿があった…。




●現在公開可能な情報
・ティーパックとクリーミングパウダーについて

 この二つは市販で買える為に食事処ナオでは販売しておりません。
 今回リヴァイに渡した物はフィナンシェを除き、総司の私物である。
 
 ちなみにクリーミングパウダーはファーランがコーヒーを飲む際に、ティーパックは紅茶を好んで飲むリヴァイに習って簡単に作れるという事でイザベルが使用している。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21食 料理対決 前編

 今日は一種のお祭りが開催されていた。

 正確には祭りではないのだが、大勢が集まって騒げるのであれば娯楽の少ないエルディアにとってはソレ(・・)は祭り以外のなにものでもない。

 参加する人間からすればその限りではないがね。

 正式には“トロスト区内襲撃想定訓練”。

 マーレ軍は幾つもの戦線を抱えてしまったが為に今のところは大規模攻勢も侵攻作戦もせず、ウォール・マリア内でのゲリラ戦や突発的戦闘などの不正規戦闘しか行っていない。

 貴族達は“敵は疲弊して攻める事も出来ないのだろう”とか“我々に恐れをなしているのだろう”とか激甘な見立てをしているが、三つの兵団上層部はそんな甘い見方をしておらず、もし現状の戦力で攻めてきたら内部工作か奇襲作戦しかないと考え、数か月に一回は民衆への避難訓練と兵士の戦闘訓練を兼ねた大規模訓練を開催しているのだ。

 今回開催されたトロスト区内襲撃想定訓練もその備えの一環だ。

 まず第一にマーレ軍に見立てた憲兵団員が射撃訓練と対人戦闘として駐屯兵団の詰め所や門の警備に対して奇襲を敢行。

 駐屯兵は奇襲されてから如何に立て直して市民を逃がし、援軍が到着するまでの時間を稼ぐ遅滞戦闘を行えるかと、市民誘導を開始する。

 そして最後に情報が伝わって最初に敵の殲滅を行う調査兵団が駆け付ける流れとなっている。

 しかしながら調査兵団は壁外調査に赴いているので、代わりに訓練兵卒業前の最終訓練としてトロスト区の第104期訓練兵団がその役目を代わっている。

 安全面を考慮して全兵士がヘルメットとゴーグルの着用が義務付けられ、使用していい単発式ライフルの弾丸はペイント弾で立体機動装置の刃はゴム製の模擬刀(芯は木製)のみとなっている。

 

 普段目にすることの無い立体機動での三次元を自由に駆ける様子に避難した市民は眺め、敵を倒したり見事だと思う動きをするたびに歓声を挙げている。

 高台にある避難所に避難した飯田 総司は肩にナオを乗せたまま見知った訓練兵の子らを見つける度に笑みを浮かべる。

 

 「皆さん頑張ってますよナオさん」

 「んなぁ…」

 

 まるで我が子の頑張りを喜ぶ親の様な想いを抱いていた総司に対し、ナオは興味なさげに欠伸を漏らす。

 本来ならば総司はここに居ない筈であった。

 と、いうか食事処ナオは避難区域に入っていない。

 トロスト区内襲撃想定訓練ではあるがトロスト区全域で行われている訳ではない。それこそ調査兵団が居ようが居まいが全軍をかき集めても人員が足りないし、それだけの規模になった際の費用は莫大過ぎてまず王政府からの許可が下りない。

 今日は食事処ナオの定休日で家で料理本や資料を漁って過ごそうとしていた総司は、アニからトロスト区内襲撃想定訓練の事を聞いて観光がてら見に来たのだ。

 一応書いておくが総司はわざわざ出向いてまでイベントに参加するほどイベント好きでも、旅行が好きと言う訳でもない。持て余す時間があるなら料理をしたいと思う。

 だというのにトロスト区内襲撃想定訓練に避難民として居るのは避難訓練と並行して行われる祭りの為である。

 

 周囲を漂う料理の匂い。 

 そこかしこで発生する調理の音。

 好きに楽しむ市民の弾む声。

 振り返れば多くの出店が並び、各々が持ち寄せた料理が並んでいた。

 

 参加している兵士は大事な訓練であるが、避難させられた市民としては終わるまで暇で仕方ないのだ。

 仕事をしている者も例外なく休む羽目になるので事業者にとってはたまったものではない。

 一応配慮して経営者には数か月前に伝え、仕入れた食材が腐って無駄にならないように飲食店の定休日に予定を組んでいる。

 市民は暇だからこそ暇潰しとなる娯楽を欲し、そこに目を付けた商魂たくましい商人や事業者、料理人は出店を並べて儲けようと集まる。

 結果として避難所では出店が立ち並んでいる。

 人気の高い英雄譚や悲劇や喜劇などの物語を人形劇にして子供に見せ、吟遊詩人が詩を奏で、曲芸師が周囲の目を引く。そして当然ながら食べ物を販売する出店も出てくるわけだ。

 この世界の料理(・・・・・)が並ぶのだ。

 総司は料理人としてここに立っている。

 少しでもこの世界の料理を知り、この国の味に合わせられるように。

 

 ゆえに総司は今回食べ歩きに徹している。

 いろんなものを食べ歩いた結果分かったのが、この国は自分が生まれ育った世界で言うドイツ料理がメインとなっていると言う事だ。

 客の名前のほとんどがドイツ系の名前だったりしたのでもしかしてと思っていたら案の定だった。

 ただヨーロッパ系の料理が幾つか見受けられたからドイツ料理オンリーと言う訳でもないらしい。後は魚…海の生き物を使った料理が無いという事。これはこの国が海に面しておらず、輸入を行っていないからだ。

 ヴルスト(腸詰)を齧りながら辺りを見渡す。

 食材は日本でいう傷物が主でスーパーマーケットに並ぶようなものは見当たらない。

 そしてやけにジャガイモや豆料理が多い。

 中にはコロッケのようなものもあったが、油の質が悪すぎてラードで揚げているような脂っこさがあり、昔両親に連れられて行ったイギリスで食べたフィッシュ&チップスを思い出した。

 道理で週に何度も来る常連さんが出来る訳だ。

 そうと分かればこれからもっと精進して、周りの店が美味しい料理を提供するようになっても常連の方々に満足して貰えるように頑張らないとと気持ちを新たに意気込むのであった。

 一人意気込みながらひと目を避けてナオの弁当用に持って来た猫用の缶詰を開け、ナオの昼食の準備を済ます。いつもなら作ってあげるところだがここでは作る事は難しい。なので今日はこれで我慢してもらうしかない。

 不満そうだが食べてくれているナオを撫でる。

 

 「い、居ました!総司さぁ~ん!!」

 

 名前を呼ばれてなにかなと首を傾げながら振り返ると、そこには常連客である―――――の姿がそこにあった…。

 

 

 

 

 

 

 ジャン・キルシュタインは焦っていた。

 今日のトロスト区襲撃想定訓練には駐屯兵団司令であり、エルディア領土の南側最高責任者であるドット・ピクシス司令が見に来ていた。多くの訓練兵がその事で司令の目に留まれば出世もと息巻いて訓練に参加していた。かく言うジャンもその一人でいつも以上に気合を入れていた。

 彼は否定するだろうが訓練が行われた街が生まれ育った街で、母親に良い所を見せるというものあったのだろう。

 功を焦った彼は自分の担当していた区域を放棄して最前線に出て功績を稼ごうとしてしくじった。

 そもそも担当区域を放棄しただけでも大目玉を受け、“何の成果も得られませんでした”で訓練を終えてしまった彼は獲物を横取りしたとサシャに対して怒りを露わにしてしまったのだ。

 実際にはサシャたちが担当していた区域なので勝手に人の区域で狩りをしようとしたジャンが悪いのだけど、感情的になった彼には抑えきれず、相手がエレンからサシャに変わっただけでいつものように口論を繰り広げてしまった。

 いつもであればライナーが止めに入るか、キース教官に怒られて終わる筈だったのだが、今回はたまたまピクシス司令に見つかってしまう。自分の運の悪さを呪う事もならないままにピクシス司令に料理対決で決着をつけよと言われ絶望に肩を落とす。

 

 「クソッ!どうする!?どうすんだよ俺!!考えろ考えろ考えろ…」

 

 兵団の厨房で悶々と思考をするだけで時間が過ぎて行き、昼過ぎだった時刻も夕刻に迫っていた。

 最早時間がない。

 同じ班だったアルミンも一緒に考えているようだが料理に関してはお互い無力。

 エレンに関しては期待もしていないのでせめて邪魔されないようにサシャへ偵察へ行かせた。

 精々切ったり、焼いたりがほとんどで凝った料理なぞした事がない。 

 そんな素人が料理を作るだけだというのに、まるで祭りのように人伝に話が広がって大勢が集まるような事態に発展しているという。

 訓練であれだけの失態を仕出かしておいてなんだが、これ以上恥を上塗りしたくない。

 

 「もう時間がないね」

 

 どこか諦めたように呟いたアルミンに苛立つが、確かに今更俺達が悩んだところでたかが知れてる。

 だったら危険でも勝つ為に動くしかない。

 

 「あぁ…クソッ、やりたくなかったが仕方ねぇ」

 「どうするつもりなの?」

 「上官の食糧庫なら肉が備蓄されているって話だ。それを盗めば」

 「むむむむ、無理だよ泥棒なんて!ボクは昔からどんくさくて―――」

 「アルミン?」

 

 様子がおかしい。

 盗みと耳にしてからアルミンの目の焦点が合ってない。

 いや、それどころか引き攣るように笑い、表情がだいぶん壊れてしまっている。

 これはパニックに陥っているのではないか?

 落ち着かせようと肩を掴もうとした瞬間、アルミンはバッと後ろに下がった。

 

 「泥棒なんてボクには無理だよ!!」 

 「何処行く気だよアルミン!」

 

 駆け出したアルミンが何処に行くか分からない。

 関係ないと離れるだけならいい。しかし真面目な性格から教官に言う可能性がないとは言い切れない。

 どちらにしても追い掛けるしかないジャンはすぐに後を追おうとするがすぐに足を止める。

 ナニかにぶつかってアルミンが尻もちを付いたのだ。

 

 「イタタタ…何してんだよアルミン」

 「ご、ごめんねエレン」

 

 ぶつかったのは偵察に行っていたエレンだった。

 なんにしてもアルミンを止められたのは大きい。役に立たないと思っていたエレンがこんなところで役に立つとは。

 とりあえずアルミンを説得するか。

 そう思ったジャンはエレンの背後に立つ人物に気付いて両目を見開いて驚く。

 

 「二人共怪我はありませんか?」

 「―――ッ!?そ、総司さん!?」

 

 なんで総司さんがここにと疑問を口にすることなくエレンがどや顔を向ける。

 

 「たまたま(・・・・)近くに居たから事情を話して来てもらったんだ」

 「といっても料理の作り方を教えるだけで手は出しませんけどね」

 

 天から差し込んだ後光の様な希望を連れて来てくれたエレンの方を掴む。

 掴まれて怪訝な顔をされるが今は気にしない。

 

 「エレン。本当にありがとう」

 「なんだよ気持ち悪いな。ジャンが素直に礼を口にするなんて明日は銃弾の雨が降るんじゃないだろうな?」

 「お前はがさつで考え無しの馬鹿だから絶対役に立たないと思っていたけど違ったんだな」

 「…おい、喧嘩なら買ってやるぞ馬面」

 

 いつものやり取りをする二人の横を通り過ぎた総司は手を洗い、厨房にある食材に調味料を確認して小さく頷いた。

 肩に乗っていたナオは先に飛び降りて厨房の入り口で座り込んで入ろうとしない。

 もうここから先には入らないと言わんばかりに。

 

 「では皆さん。手を洗ってから調理を始めましょうか」

 「はい。お願いしますね総司さん」

 

 手を洗い、髪が入らないようにタオルを頭に巻いているとミカサが様子見に来てくれた。

 と、言ってもエレンの様子を見に来たのだと理解するとエレンに対する苛立つが募る。

 

 「手伝おうか?」

 「これは俺達の班の問題だ」

 「―――でも総司さんも居る」

 「そ、総司さんは良いんだよ」

 

 手伝ってもらってはダメとは言われてないが確かにどうなんだろうか。

 それにしてもこの厨房に五人も並ぶとさすがに狭くなるだろうし、しかしうまくいけば触れ合える好機かと脳内で天使と悪魔がせめぎ合う。

 違った理由で悶々とするジャンをよそに総司が入り口辺りを指差す。

 

 「いえ人手は足りてますので後で味見を願いましょうか。それまでは………そこにナオさんが居ますので」

 「ナァオン!?」

 「―――分かった…」

 

 逃げ出そうとしていたナオは裏切りにより捕捉され、ミカサに抱き締められてしまった。

 満足気なミカサに対して不満の色を濃くしたナオのジト目が厨房内部に向けられ、そっと四人とも目を逸らす。

 すでに気にしていない総司は、油にジャガイモ、片栗粉に唐辛子、塩にキャベツを並べてふと微笑む。

 

 「今日は手伝いばかり(・・・)ですね」

 

 聞こえない程度に呟き、早速指示だけを飛ばすのだった。

 

 

 

 

 

 

 日も傾き、夜がやって来た。

 街灯も電灯もないエルディアの地は闇夜に覆われ、夜空に輝く月と星々だけが地上を薄っすらと照らしている。

 そんな夜の時間帯にひと際賑わい、篝火を灯しているところがある。

 ちょっとした訓練兵同士の喧嘩の仲裁に、“夜食が食べたいなぁ”という想いが混ざって開催されることになった料理対決。

 対決するは第104期訓練兵団所属のジャン・キルシュタイン訓練兵にサシャ・ブラウス訓練兵の二名。

 勝敗を審査するのは駐屯兵団司令官であり、エルディアの南部を任されている最高責任者で今回の件の言い出しっぺであるドット・ピクシス。

 会場となった広場に設けられたステージ上の長机の前の椅子に腰かけて開始をただ待つ。

 

 「ジャン・キルシュタイン訓練生!前へ!!」

 「ハッ!!」

 

 訓練兵団の教官でこの場では進行を務めるキース・シャーディスに呼ばれた訓練生が背筋を正して前に出る。

 大勢の市民からの視線を浴びて多少緊張しているようであったが、まだ二十歳も来ていない子供にしては堂々とした足取りであった。

 ピクシスは自身のスキンヘッドを撫で笑みを漏らした。

 さてさてどのような料理が出てくるのだろうな。

 まぁ、正直なところ夜食にちょうど良いなと思って口にしただけなのでそう期待はしておらぬがな。

 釣り鐘のようなディッシュカバーで料理を覆った皿を持った訓練生は机を挟んで向かい合う。

 ゆっくりと置かれた皿よりディッシュカバーが持ち上げられて姿を現したのは楕円形の揚げ物であった。

 一見コロッケのように見えたがそれは形だけで表面は焼いたのだろうか茶色く焦げている上に薄っぺらい。

 

 「これはコロッケの類かの」

 「似たようなものではあります」

 

 まぁ、そんなところじゃろと小さく納得する。

 なんせ彼は兵士として訓練を積んでいる訓練兵であって、料理を追及する料理人ではないのだ。

 形が歪だったり、簡単な料理なのは仕方がない。

 寧ろ蒸かしただけの芋や焼いただけの野菜or肉類よりはしっかりと料理しているところを褒めてやるべきところだろう。

 ただ思う事が無いと言えば嘘になるが…。

 

 「それにしても薄いコロッケじゃの。材料をケチったのかな」

 

 冗談交じりに呟いた一言に遠目ながら目にした者らはクスリと笑う。

 しかし目の前のジャンはピクリとも笑いはしない。嘲られたと怒る様子もない。

 真剣な眼差しでこちらをしっかりと見つめるのみ。

 熱意というか強い意志の様なものを感じ、声を掛けるのではなくナイフとフォークを動かす。

 ナイフを突き立てればサクリと音を立てて、中よりホクホクとした湯気と一緒にジャガイモの香りが放たれる。

 馴染みのある香りであるがどこか違う匂いが混ざっている。

 正体が気になる心を匂いに引き寄せられた口が遮断した。

 口に収まる程度に切り分けてフォークで突き刺して断面を眺める。

 外側が茶色く焦げているせいか中のジャガイモが白く輝いているように映る。

 

 「ほぅ、中々に綺麗じゃの。しかし見た目も大事だが味が一番だからの」

 

 切り分けた一つを放り込み、何気なしに頬張った。。

 ナイフを入れた時の感覚で理解していたが外の外皮が薄いわりにカリッと焼き揚げられている。

 香ばしい食感は心地よい音を発し、閉じ込めていたホクホクのジャガイモの柔らかな食感が溢れ出す。

 これをコロッケだと判断したのは早計だった。

 ようやく“似たようなもの”の意味を理解したピクシスはゆっくりと味わいながら噛み締める。

 噛み締めれば染み込んだ油がジャガイモの穏やかな味わいにねっとりと絡まってどうにも癖になる。

 味付けは塩と簡単なものながらそのシンプルさゆえにジャガイモの味がより引き出され、ジャガイモらしさを感じられるとピクシスは大きく頷く。

 潰したジャガイモを塩で味付けし、油で揚げたとだけ聞けば確かにコロッケだ。しかしこの料理は従来のコロッケの様な脂っこさはないし、衣をつけていない表面がカリッとしているのは単に揚げたからではない。焼き揚げたからに違いないだろう。

 例えば油を最低限にしてフライパンで焼くなどだろうか。

 香ばしい歯ごたえを鳴らしながら切り分けた料理を口に運んでいたピクシスは食事を中断して懐へと手を伸ばした。

 懐には何本も隠していた火酒の入ったスキットルの一本を取り出して一口飲んだ。

 焼けるようなアルコールが口内に漂っていた後味を飲み込み、喉を通って胃袋へと押し寄せる。

 スーと突き抜ける感覚を味わい、ガハハと大口を開けて笑った。

 

 「これは美味いのぉ!表面の香ばしさに程よい油、シンプルなジャガイモの味わい。まさに癖になる。しかもこれは火酒に合うと来た。ジャン・キルシュタイン訓練生じゃったのう。この料理は一体何というんじゃ?」

 「ハッ、この料理はハッシュドポテト(ハッシュブラウン)というジャガイモ料理であります」

 「ハッシュドポテトと言うのか」

 「司令!実はもう一品出したい品があるのですが」

 「ふぅむ…あまり食べ過ぎては次に響くのじゃがなぁ。まさかそれを狙ってのことではあるまいな?」

 「め、滅相もございません」

 

 心の底を覗くようにしっかりと瞳を見つめる。

 そこには動揺はなく見られただけ見つめ返して来た。

 どうやら嘘偽りはないらしい。

 

 「良かろう。出してみい」

 

 続いて出されたのは切って乗せただけのキャベツのようであった。

 量は少なくされており、確かにこれを食べたぐらいで次の審査に影響が出る事はないであろうが…。

 ちらりと先ほどまで食べていたハッシュドポテトを見つめて少し残念そうに吐息を漏らす。

 考えは読めた。

 ハッシュドポテトは濃すぎないと言っても油を含んでいる。

 数を食べれば油が溜まって気持ち悪くなるだろう。そこでさっぱりする野菜で口直しを用意したと言いたいのだ。その心遣いは良いものだと思うが、そのまま出されても手抜きだというのにシンプルながらも美味しい料理であるハッシュドポテトを食べた後では手抜き感が半端な過ぎる。

 

 とりあえず出されたからには食ってやるかと一切れ摘まんで齧ってみる。

 しんなりとしながらもシャキシャキとした食感に瑞々しさが強く残っており、噛み締めるとキャベツの味に塩気と辛味が付け足され広がって来た。

 

 「如何でしょうか。キャベツの塩揉みは」

 「塩揉みじゃと?しかしこれは…」

 

 塩揉みと聞いて連想したのはザワークラウトだ。

 アレは作り方を知っているし、何度も食べた事があるのでよく理解している。

 作り方を簡単に言うと切ったキャベツに塩と香辛料を揉みこんで、瓶に詰めて発酵させるというもの。日にちが経つにつれて発酵が進んで酸味がよりはっきりする。

 味わったように塩や香辛料はあったのは自身の舌が教えてくれているが、ザワークラウトのように酸っぱくない。

 いや、これがザワークラウトかどうかなど関係ない。

 この程よい塩気と薄っすらした唐辛子の辛味に、シャキシャキとした歯ごたえ。

 さっぱりしながらも癖がある。

 しかもこれも火酒と合う!

 直感で理解したピクシスは再びスキットルに口を付け、ゴクリと火酒を喉に通した。

 ハッシュドポテトも美味しかったが、この塩漬けには妙に病み付きになる美味さがある。

 気が付けば皿の上にはキャベツがなく、掴もうとした手が空を切った。

 

 「ありゃあ?儂の塩漬けキャベツは何処に行った」

 「え?むしゃむしゃと全部食べておられましたが…」

 

 驚きを露わにしたピクシスに戸惑いながらキースが答える。

 それによって事態を理解し、大きく吐息を漏らしながら背凭れに全体重を預けた。

 

 まさかこれほどまでとはのぉ…。

 

 

 

 

 

 

 ぐったりと背凭れに凭れ掛かってから動かなくなったピクシス司令に緊張した趣で見つめる。

 反応は上々だった。

 試しにと作ってくれた総司さんの料理とは比べ物にならないレベルの品であったが、それでも試食したミカサが美味しいと言ってくれたんだ。問題はないはずだ。

 ゴクリと緊張のあまりに生唾を飲み込むと、ようやくピクシス司令が背筋を正して微笑んだ。

 

 「技術的には未熟なところあれど見事なものじゃったぞ」

 「あ、ありがとうございます!!」

 

 ピクシス司令からのお褒めの言葉と、視界の片隅で観客に紛れて嬉し気にする母の姿を捉えたジャンは隠しきれない喜びを頬より漏らしながら礼を口にする。

 少しして我に返して恥ずかし気に頬を戻す。

 何故しつこい位構ってくる五月蠅い母親に俺は笑みを浮かべたのかと理解し切れていない無自覚の行動に悩む。

 

 「次、サシャ・ブラウス前へ!!」

 

 キース教官が声を挙げるまで料理対決だったことを思い出してジャンはサシャへと視線を移す。

 と言ってもこれは警戒や探る為の視線ではない。

 ジャンにとって総司より教わった料理は勝利を確信するほどの切り札である。

 最早負ける事など微塵も過っていない。

 眺めているだけの外野もピクシス司令の反応を見てそう思い込んでいた。

 サシャへと視線向けたジャンとピクシス司令を除いてはだが。

 

 前へと歩む一歩は力強く、雰囲気には確固たる自信が有り、瞳には輝きが灯っていた。

 なんだ?

 何故アレだけの自信を持っているんだ?

 微かに生まれた敗北の可能性を払う様に頭を左右に振り、ディッシュカバーで隠れている品へと注目する。

 

 「では、ご賞味ください。これが私が用意した料理です」

 

 ディッシュカバーが上げられると同時に、鼻孔から胃袋へガツンと主張する匂いが放たれた。




●現在公開可能な情報

・壁外調査中間報告
 予定より早くに前回到達地点に到着。
 今までにマーレ軍との交戦はなく、想定外な事態も起こらずに問題なく進撃中。
 逆に団長以下調査兵団上層部は今までが順調すぎる事に疑念を持っている模様。
 特にエルヴィン・スミス団長は撤退を視野に入れているような発言をし、ハンジ・ゾエ分団長は“えび”がどうたらと訳の分からない話を早口で熱弁して急ぎ帰還することを提案している。

 現在まで負傷者一名。
 負傷者:ハンジ・ゾエ分隊長。
 リヴァイ兵長の蹴りにより足の腫れ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22食 料理対決 後編

 焦った。

 酷く焦った。

 まさかジャンがあんな美味しそうな料理を作れるとは思いもしませんでした。

 今度作って貰いましょう!

 違った。作り方を教えて貰いましょう。

 

 「次、サシャ・ブラウス前へ!!」

 

 キース教官の声が響き、サシャはディッシュカバー載せた皿を持ってステージに立つ。

 美味しそうだったジャンの料理に心奪われて集まった人々が、負けるだろうと勝手に決め込んで残念そうな視線を向けて来る。

 だけどそんな視線全く気にもならなかった。

 なにせこちらには心強い味方が居るのだから。

 同じ班員と言う事で手伝ってくれたコニーにライナー。

 そして総司さん(・・・・)より授かった作り方通りに作った料理があるのだ。

 例え向こうが高級なステーキが出て来ても負ける気はしない!!

 ……食べたい気持ちは強く出ると思うけど…。

 

 スキンヘッドに鼻下に髭を生やしたピクシス司令と向かい合い、老齢であるのにギラリとした鋭い視線がこちらを貫く。

 まるで獲物を前にした肉食獣と対峙したような感じが肌から伝わってくる。

 臆するな。

 ここで怯んだら飲み込まれる。

 堂々としたまま皿を置き、ディッシュカバーの取っ手に手をかける。

 

 「では、ご賞味ください。これが私が用意した料理です」

 

 確固たる自信を胸にサシャはディッシュカバーを上げ、充満していた香りを一気に開放する。

 ジャンとピクシス司令、そして集まっていた観客が驚き声を漏らしたのを聞いて自信満々に笑みを浮かべた。

 

 

 

 半日ほど前。

 ピクシス司令より料理勝負で決着を言われたサシャは困り果てていた。

 勝負という事で負けたくないという気持ちはあるのだが、如何せん料理勝負となると分が悪すぎる。

 なにせ自分で言うのもアレだが食べる専門で作った事はない。

 記憶に残るのも訓練兵団の厨房にて蒸かしてあった芋を失敬(・・)したり、父の制止を振り切って倉庫より冬用に仕舞われていた干し肉を奪ったものばかり。

 同班で手伝ってくれるというライナーとコニーも料理は得意では無いという。

 このメンバーでは出来ても切るか焼くか。

 焼くなら肉一択で、近くの山に出没する巨大猪を狩ってステーキにして出すのが一番だろう。

 料理の腕はからっきしでも狩りには自信がある。

 血抜きや解体も覚えているから問題ない。

 ただ最近入り浸っている食事処ナオに通う身としてはそれで良いのかと思う。

 あの店は魔法のようにいつも口にしている料理を御馳走に変えてしまう。本当に料理と言うのはああいったものを言うのではないか?ただ焼くだけのステーキでも総司さんが調理すれば天と地ほどの差のある料理になると確信している。

 しかし作るにしても知識も技術もない。

 どうしようもない問題に悩みながらなにか参考にならないかなと避難所に設けられた出店に赴いたら何と総司さんが来ていた。

 慌てて呼び止めて事情を話すと二つ返事で手伝ってくれることに。

 これで私達の勝ちは決まったも同然です。

 厨房に合った食材うや香辛料、調味料を机の上に並べて総司さんはざっと眺めながら呟く。

 

 「ブラウスさん。私は貴方達に料理はお教えしますし実際に作って見せたりもします。ですが料理勝負との事なのでお出しする料理は貴方達自身で作ったものを出す。宜しいですね?」

 「はい。総司さんの料理楽しみです(ご指導のほどお願いします)

 「あー…気にしないで下さい。本音が漏れただけですので」

 

 作ってとの言葉に反応して口端より涎を垂らしている様子にコニーもライナーも呆れ顔を浮かべ、総司はその光景に苦笑いを浮かべる。

 

 「それと私が料理を教えた事は内緒でお願いします」

 「なにか不味いのか?」

 「とても不味いのですよ。もしもバレたら私が宙を回されます」

 

 三人ともその言葉に納得してしまった。

 何度も店に訪れていると嫌でも気付いてしまう。

 総司の異常なほどの料理への執着を。

 なにせ自身の昼食はバナナ一本で済ませて、すぐに調理に戻ろうとするぐらいだ。

 以前アニが“総司は休憩なしで調理をしようとする”と愚痴っていた。

 つまりバレたら心配そうにしていたアニが総司を投げるのかと理解した三人はそれは約束した。

 誰だって自分達の手伝いをしてくれた人がそれが原因で怒られたとしたら居心地が悪い。というか食事処ナオに訪れた先にどのような顔で会ったら良いのか分からないというのが本音だ。

 

 「そのピクシスさんはお酒などは飲まれる方ですか?」

 「えっとどうだろう?」

 「飲むんじゃないか。スキットル片手にして歩いていたのを見たような…」

 「ならアヒージョも良いかも知れないですね」

 「アヒージョ?アヒージョって何でしょう」 

 「えっとオリーブオイルをふんだんに使い、ニンニクの香りを利かせた料理なんですけど…あぁ、そうでした。ここには海鮮類が手に入らないから…。なら鳥のアヒージョを作りましょうか。鶏肉と固いパンが欲しい所ですね。」

 「鶏肉ですね!なら私に任せて下さい。すぐにとって(・・・)来ます」

 「―――ッ!!い、いや待てサシャ。今回はピクシス司令が提案した料理勝負なのだから言えば鶏肉ぐらいなら貰えると思うぞ」

 

 確実に持って来てほしいの意味合いを持った“取って”が上官の食糧庫より盗む“盗って”に変換されている事にいち早く気付いたライナーが待ったをかける。

 危うく肉を盗んだ一団になりそうになった危機から脱し、ライナーが上官達に許可を取って鶏肉を分けて貰って戻って来た。

 

 「では、調理を始めます」

 

 まずは手本として総司が作る。

 厨房に置かれていたマッシュルームの汚れを拭き取って薄くスライスし、鶏肉は一口サイズに切って塩を振るって置いて置く。

 次に芽を取ったにんにくをみじん切り、へたと種を取り除いた唐辛子を小口切りにする。

 後はオリーブオイルを用意して準備完了。

 小鍋を温めて軽く油を敷くと切り分けた鶏肉と香りを立てるためにニンニクを少し放り込む。

 鶏肉の表裏の面が軽く白くなってきたらオリーブオイルに唐辛子、にんにくにマッシュルームを入れて弱火で煮込む。

 以外に簡単そうな料理にコニーは拍子抜けするが、ライナーは料理は不得手な自分達に合わせて簡単なようにしてくれたことを察しており、何処か物足りなさそうな総司に対して申し訳なさそうな気持ちでいっぱいになる。

 そんな事よりサシャは香りに当てられて試食したくてしょうがない。

 

 「こんな感じですね。今度はブラウスさん達が作る番ですが、その前にどのような料理か試食――」

 「したいです!!」

 

 言葉を遮り、すでに皿とスプーンを用意してスタンバっているサシャに呆れを通り越して笑いが込み上げてくる。

 遅めの昼食となったが三人はアヒージョを食べ、予想以上の美味しさに頬を緩めながら味を確かめながら勝負に備えるのであった。

 

 尚、敵情視察に来たエレンであったが入り口で見張りをしていたナオに見つかり、サシャ達が作り終わるまで追い回されたのであった…。

 

 

 

 

 ディッシュカバーより解き放たれた鼻孔を刺激し、食欲を刺激する香りにピクシスは期待を膨らます。

 出てきたのは一口サイズに切られた鶏肉やスライスされたキノコを入れたスープと、見慣れた硬そうなパンだった。

 

 「温かそうなスープじゃの。まず一口―――」

 「えぇ!?ちょっとお待ちを!!」

 

 慌てて止めようとしたサシャの言葉は間に合わず、スープ(・・・)と思い込んだピクシズはスプーンですくって躊躇いなく一口飲んだ。

 大きく咽ながら咳き込む様子に周りの反応が目に見えて悪くなった。

 さすがに名前を出さないと言っても手伝ってもらってこれで悪い評価を下されては合わせる顔がない。

 

 「えっと。これは…そう!パンを浸して食べるんです」

 

 総司が教えてくれた食べ方を思い出して口にするが、飲んでしまった本人としてはもっと早くに教えて欲しかったものである。

 一度咽てしまった喉への刺激を引き摺りながら渋々パンを千切って浸す。

 オニオンスープのように澄んだ薄茶色のオリーブオイルが、少し炙ってカリカリになっているパンにじんわりと浸み込んで行く。

 浸み込んだのを確認して持ち上げるが、やはり大丈夫なのかと不安が過って何度かサシャの顔を伺う。

 疑いを晴らすだけの言葉が見つからないので苦笑いを浮かべるばかり。

 腹を括るしかないかと諦め交じりにがぶりと被り付き、ザクリと香ばしい音を辺りに響かせた。

 すると先と表情が一変し、歯形がついている面を浸してまた被り付く。

 

 飲んだ時は刺激と油特有のぬるっとした不快な感触が絡みついて嫌な思いをしたが、パンを浸す事でそれらが一変した。

 オリーブオイルに溶け出した鶏肉の旨味に塩気と唐辛子の辛味が混ざり、さらにガツンと響くほど胃にも鼻にも主張してくるニンニク。

 そのまま飲んでは濃すぎ、どろどろと飲み辛かった筈なのにパンを浸して食べるだけでこうも一変するとは…。

 しかもザクザクと香ばしいパンの食感が心地よい音と一緒に広がる。

 

 「なんじゃこれは。いやはや確かにスープとして飲んではアレだったが、このカリッカリに焼いたパンとの相性は良いのぉ」

 

 ぱぁああと安堵するサシャに打って変るような高評価に周りが騒めく。

 次に具材であるマッシュルームを噛み締めるとぷにっとした弾力の後にマッシュルーム特有の味わいと、浸み込んでしまった多少キツイ塩気が堪らない。

 鶏肉は塩気が多いことはなく、唐辛子ににんにくの風味を含んでなんとも癖のある味わいへと変貌を遂げている。

 老いた鶏肉を使ったのであろう。

 肉質が堅いものであるがピクシスにとって今回そちらの方が好都合だった。

 噛めば噛むほど味が出てくるし、硬ければそれだけ口の中に時間をかけて残る事になる。

 強めのにんにくの風味の時点で思っていたが、こちらの料理も酒の合う事間違いなし。

 噛み締めながら火酒を流し込むと予想通り…いや、予想以上に合う。

 

 「カァー…美味い!!何という日じゃ。儂はたかが素人料理と侮っておったわい」

 

 食べながら、飲みながら呟かれた言葉に全員が終わりが近い事を察した。

 ガツガツと食らい、飲み干したピクシスは悩まし気に空になった双方の料理が乗っていた皿を見比べる。

 簡単で素朴な味わいであったが一口だけでも味わってしまえば病み付きになってしまうハッシュドポテトとキャベツの塩漬け。

 食べる前に嗅覚に訴えかけてくる食欲をそそる強烈な香りを放って誘うアヒージョ。

 

 「はてさて、どちらにしたものかのぉ…」

 

 どちらも甲乙つけ難い。

 味の好み的には濃い味だったアヒージョだったが、あの素朴で病み付きになるハッシュドポテトとキャベツの塩漬けが劣っていた訳ではない。

 もしもどちらかが肉を焼くだけとか野菜を切っただけの料理を出したのならそちらを落とす事も出来たが両者ともちゃんとした手間な調理を経て出されている。減点の対象とはなり得ない。

 何かしら思考を働かせて片方の良い点を挙げると、台頭するようにもう片方の良い点が浮かび上がる。

 本人は意図して時間をかけている訳ではないのだが、まるでわざと間を開けて焦らされているようで観客も含めてその場の全員がまだかまだかと言葉を待つ。

 見比べ眉を潜ませ、最後には大きく頷き顔を上げた。

 

 「この料理勝負―――――引き分けとする!!」

 

 引き分けと言う結果にサシャもジャンも何処か納得したように一息ついた。

 どちらも勝つ自信はあった。

 総司さんに手伝って貰って負ける事など万が一にもないだろうと。

 しかしアレだけ美味しそうな料理を相手が作ったのだ。

 勝てなかった悔しさよりも納得の方が大きかった。 

 観客からの歓声を浴びて、誇らしげに笑う。

 両者を眺め、胃も心も満たされたピクシスは微笑んだ。

 

 「双方見事な料理であった」

 「「ありがとうございます」」

 「しかしこのような聞いたことの無い(・・・・・・・・)料理を何処で知ったのかね?」

 

 ピクシス司令でも知らない料理?

 最後の一言に誰から教わったかを察した二人は向き合って苦笑する。

 そして告げる。

 ――「それは秘密であります」と。

 

 

 

 

 

 

 

 料理勝負が行われて二日後。

 訓練後に設けられた自由時間を各々自由に過ごし、料理対決を行ったジャンとサシャも訓練兵団の宿舎へ向かっていた。

 

 「凄く喜んでいましたね」

 「うるせぇよ」

 

 ニマニマと笑いながら顔を覗き込んでくるサシャにジャンは苛立ちを露わにする。

 あの後ジャンは実家へと戻ったのだが、サシャ達が跡を付けてやって来たのだ。

 どうせ俺を揶揄う目的で付いてきたのだろう。

 前に送られた手紙を覗き見られて俺が母さんより“ジャン坊”と呼ばれていた事でよく絡んで来たからな。

 さっさと追い返そうと思ったが母さんは俺の友達と言う事で泊まって行けと誘ったのだ。

 代わりにと言わんばかりにサシャは勝負で披露したアヒージョを作り、俺はハッシュドポテトとキャベツの塩漬けを振舞った。

 夕食はいついなく豪華だった。

 俺とサシャの料理にあわせて母さんの手料理も並んだ。

 久しぶりの母さんのオムオム(オムレツ)に懐かしさを感じていると、母さんは涙を浮かべながら俺の料理を食べていた。

 そんなに嬉しそうに食うなっての…。

 

 「…ったく。また帰りたくなっちまうだろうが」

 「もうお母さんが恋しいんですかジャン坊」

 「テメェ、次言ったらぶっ飛ばす」

 

 やっぱり揶揄ってきたサシャに怒りを向けるが怒鳴りはしない。

 いや、怒鳴る訳にはいかないと言った方が正しいか。

 何故なら俺達は包囲されているのだから。

 体格のいい屈強そうなやつから目付きが悪いゴロツキ上がりみたいのまで周囲を駆け巡って俺達を探している。

 

 理由はどうであれ良い勝負をし、母との良い思い出を新たに作ったジャンとサシャが何故裏路地に身を隠さねばならぬのか?

 それはあの料理勝負が原因であった。

 多くの観客の中には料理関係者や商人たちが居たのだ。

 最初はちょっとした暇潰しや娯楽を楽しもうと来たのだが、あのような材料でまったく知らない上に美味しい料理を見せつけられたら黙っては居られなかった。

 商人達は金になるとレシピを聞き出そうと躍起になり、料理人たちはレシピどころかうちの店で働かないかと勧誘に動いた。そこに話を聞きつけたリーブス商会まで動き出してもはや収集が付かなくなった。

 個人で動いていた料理人や少ない人手で捜索していた商人とは違い、リーブス商会が行ったのは大人数を動員しての大規模捜索。

 これにはいくら何でも逃げ切れない。

 家を出てからその事を知ったサシャとジャンは何とか逃げ延び、手伝ってくれたお互いの班のメンバーとも散り散りとなって今に至る。

 どうしたものかと悩みながら、ジッと潜みながら様子を伺っていると急に人の数が多くなった。

 それも駐屯兵ばかりだ。

 捜索していた奴らを牽制するようにする駐屯兵の中央には辺りを睨みつけるキース教官の姿があった。

 

 「キース教官!!」

 

 咄嗟に声を挙げたサシャにその場全員の視線を集まるが、もうリーブス商会が集めた連中は近付こうとしなかった。…否、近付くことは許されなかった。

 素早く動いた駐屯兵によりジャンとサシャの周りは壁が出来、手が出せない状態に移行したのだ。

 ホッと胸を撫でおろしながら、ゆっくりと歩いて来るキースに対して姿勢を正す。

 

 「二人共大丈夫そうだな。あとでライナー・ブラウン訓練生やコニー・スプリンガー訓練生に礼を言っておくのだな。アイツらが教えに走らなければこうも早く来ることは出来なかった」

 「ライナーとコニーが…」

 「それにしても駐屯兵は一体」

 「今は教官だが以前は調査兵団の団長をしていてな。色々とコネがあるのだ」

 

 知らなかった事実に驚きながら、キース教官に続く形で窮地を脱したジャンは名前の挙がってないアルミンやエレンを思い浮かべた。

 別にエレンだけなら良いが、エレンに何かあれば必ずミカサも巻き込まれている筈だと思ったからだ。

 

 「アルミンとエレンはどうなりましたか?」

 「ミカサ・アッカーマン訓練生を含めて憲兵団の詰め所だ。派手に暴れたらしくてな。この後で迎えに行かねばならん」

 

 そう聞いて容易に光景が脳裏に浮かぶ。

 手伝いをしていたエレン達もレシピを知っているだろうと人が殺到し、あまりにも鬼気迫る様子で来たので危険を感じてミカサが全員を伸したんだろうな。

 笑みが零れそうになるのをぐっと堪え、再び姿勢を正して礼を口にする。

 

 「お手数をおかけして申し訳ありませんでした」

 「ありませんでした」

 「いや、構わん。ただ…その、なんだ」

 

 いつもの教官にしては歯切れが悪い。

 言い辛そうに淀む様子にキモ……コホン、違和感を感じ首を傾げる。

 

 「あの料理を作ってはくれんか」

 

 最後の言葉を聞いて脱力する二人だが、総司との約束を守った上でこの窮地を脱せれるんならと頷いた。

 以降トロスト区の第104期訓練兵団では卒業するまで定期的に二人の料理が出るようになったのであった。




●現在公開可能な情報

・その後の総司
 トロスト区内襲撃想定訓練が終わり、ジャンとサシャに料理を教えた総司は食事処ナオに帰宅した。
 数日後に客として来たキースより事の顛末を聞くことになり、投げられなかったがアニより呆れたような冷めた瞳が突き刺さる。なんにしてもリーブス商会と掛け合って追い掛け回すのを止めるように言おうと商会に向かい、何故か最終的にレシピを売ってくれという話になったとさ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23食 寿司

 定休日の食事処ナオは静かだ。

 休みだから客が来ることはなく、総司もアニからの注意を受けて料理研究に励む事も無いから厨房から物音は立たない。

 二階で暮らしているアニもユミルも休みにはよく外出する。

 アニは理由も言わずにフラッと何処かに出かけ、ユミルは大概常連客であるクリスタかヒストリアと買い物を楽しんだりしている。今日は予定が付かなくてイザベルと一緒にいろんな店を巡って食べ歩きをするらしい。

 どうも食事処ナオでの食事に慣れてしまったせいで舌が肥え、前まで普通だった固いパンに干し肉、薄いスープでは物足りなく感じて来たのだ。

 営業中なら客として、仕事中なら賄いで総司の料理を味わえるのだが、定休日はそうはいかない。

 そこでユミルとイザベルは食事処ナオの定休日と被ってない出店や飲食店を巡っては、総司の料理の代わりになる店を探し回っているのだ。結果は芳しくないらしい。

 兎に角、定休日の食事処ナオは静かで、今日は何時に増して静寂が支配している。

 いつもなら居る筈の総司もナオを連れてトロスト区襲撃訓練を見物しようと出かけて行ったので、建物内には一人しかいない。

 

 人の気配はするものの声はせず、小さな呼吸音とペラリペラリと微かに聞こえる紙の擦れる音。

 窓より入る日差しで文字を照らして、並び続く列に目を走らせる。

 すでに三冊ほど読み切っており、今日中に読もうと思っている本と並んで積んでいた。

 ファーラン・チャーチの定休日の過ごし方はいつもこうだ。

 朝早くより訪れて夕刻まで総司の書斎で本を読み漁る。

 そこらで売っている物より段違いに良い紙質に乱れることの無い文字の列。

 良く通っている本屋では見ることの無い作品がずらりと並んでいる。

 料理系の本は勿論としてファーランが読んでいる小説や絵と台詞で構成されている“漫画”なるものも多くある。

 ここにある小説を読み切ったら手を付けてみる事にしようとは思う。

 

 ふと、文字の羅列によって創り上げられた世界から意識を現実へと戻すと、読書を妨げるような不快感が押し寄せてくる。

 朝早くから読み続け今や昼食時。

 本を読むことしか考えてなかったので朝食を後回しにしてしまって結果、空腹感で胃が食べ物を欲して鳴き喚き、身体がやけに重く鈍く感じる。

 そういえばと今日は人が来るんだったと思い出した。

 あまりに本に集中して忘れるところであった。

 合鍵を持っているとの事で別段慌てる事も無いが…。

 

 「おやぁ、君が総兄が言っていた子だね」

 

 厨房へとふらりと寄るとそこにすでに人影があり、すぐさま顔には出さずに警戒する。

 相手は短めのボブカットに顔の比率に対して大きめの目が特徴的な女性。

 前に見せて貰った家族写真に映っていた顔と一致していることからこの女性が総司の従妹なのだろう。

 書斎にあった漫画は総司の私物ではなく、この女性に押し付けられたものだとか…。

 

 「ふむ…スラっとした長身に落ち着いた感じの整った顔立ち、姿勢に乱れもないし―――色んなコス(コスプレ)似合いそう」

 

 コスとは一体何なんだろうか?

 疑問符を浮かべていると何故か向こうも首をかしげて疑問符を浮かべた。

 

 「んー?もしかしてコスの意味が通じてない?……“攻め”の反対って分かるかな」

 「攻め?攻撃の反対なら防御だろ」

 「うん、一般人(非オタ)だね」

 

 アハハと苦笑いを浮かべられた後にコホンと咳払いして

 

 「まずは自己紹介を。アタシは飯田 彩華(イイダ アヤカ)。総兄とはいとこなんだ。宜しく」

 「俺はファーラン・チャーチだ。フロア担当させて貰っている」 

 「にしても総兄が外人さんっていうかそもそも人を雇うなんて意外だったよ。総兄って料理関係って何でも自分でやるから店も一人でやってると思ってたから」

 

 あははと笑うがあながち間違っていないと思う。

 フロアは俺達に任せているが料理に関しては総司一人でやっているし、フロアチーフのユミルが入る前は一人で営業していたと聞いた事がある。

 

 「おっと、忘れない内に渡しておくね」

 

 そう言うと長方形の箱(クーラーボックス)より半透明の袋を取り出した。

 中には下方が白で上部がオレンジ色と銀色の長方形の物が二本入っている。

 受け取ったがこれは…?

 

 「受け取ったけどこれは?」

 「バッテラ(締めサバ)押し寿司(サーモンの)だよ。こうしてたまに総兄に料理を見て貰ってるんだ」

 「食べ物と言う事は料理人ですか」

 「源爺(げんじい)のような寿司職人を目指して修行中の身だけどね。――あ、源爺っていうのはお祖父ちゃんね」

 

 何と言うか似てない。

 早口で喋りながら表情がころころと変わる。

 総司はほとんど微笑んでいるばかりなので彼女と比べるとまるでお面を被っているように思えてくる。

 それにしても“スシ”とは何なのだろう。

 メニューには無い名前にファーランは首を傾げる。

 

 「寿司というのはどういう料理なんだ?」

 「えっ、お寿司知らないの!?刺身をシャリに乗せて握る日本を代表する料理だよ。世界的にも知られてると思ってたんだけど…うーん」

 「知らないといけないのか?」

 「いけないと言うか寿司職人(見習い)としては知って欲しい所なのだよ。ってことで実際食べて貰った方が早いね。もしも帰ってたらとネタも持って来てた事だし」

 

 止める間もなく厨房に入っていく。

 いとこと言う事でスルーして良いのか、断固として止めた方が良いのか悩む間には冷蔵庫より調味料を取り出し、米を洗って炊飯器で炊き出していた。

 一体どんなものなのかと気になる事からもう止める事もせずにカウンターから伺う。

 量を少なくした白米が炊けると奥から持って来た寿司桶(酢飯を作る時の為に置いていた)に入れて、酢や砂糖などを入れて混ぜ始める。うちわで仰ぎながら米を混ぜる作業はかなり難しそうだが、実に楽しそうに笑いながらしているところを見ると総司に似ていると思った。

 米を混ぜ終えるとクーラーボックスより身のみとなった魚が取り出され、まな板の上に乗せられる。

 川沿いでも湖の近くでもない食事処ナオは店で取り扱う魚はリーブス商会が独自ルートで毎朝仕入れてくれているが、輸送している間に鮮度が落ち、食中毒に当たる可能性が高いことから焼くか煮るかして提供している。

 だからその魚の身も焼くか煮るかすると思いきや、包丁で切り分けたらそれで準備を終了したのだ。

 これにはファーランも驚きを隠せない。

 

 「生魚を使うのか?」

 「あ、もしかして刺身嫌いだった?」

 「いや、生だと当たる(食中毒)だろう」

 「大丈夫だよ。最近の冷凍技術は凄くて鮮度がほとんど落ちないんだ。本当なら朝一に仕入れたのを持ってくるべきなんだろうけど店が休みでさぁ…。ま、ここに来るまでクーラーボックスに入れてたから大丈夫だって」

 

 解らない言葉が出てきたが、米を素手で触り始めた事でそちらは吹っ飛んだ。

 もし同じことを俺がしたら“笑ってない笑み”を向けられていただろう。

 触る前に洗っていたとは言え素手で食材に触れるとか良いのだろうか?

 

 「素手で触るのか?」

 「本当に知らないんだね。お姉さん悲しいよ。お寿司ってのはそういうモノなの。まぁ、今では機械で握ったり、ゴム手袋で握るところもあるんだけど」

 

 米を握ると素早く手が動いて米が楕円形に形成され、切り分けた白身の魚を乗せて握り、カウンターに置いた木の板(寿司下駄)に乗せた。

 一連の動きは目で追えていた。

 追っていた筈なのだが追えていただけで手早過ぎて何をどうしたのか全く理解が追い付かなかった。

 

 「へい、お待ち。まずは白身の鯛から行こうか」

 

 どう見ても楕円形に整えられた白米の上に“サシミ”なる生魚が乗せられただけにしか見えない。

 木製の板の上に置かれたタイ()なるものを手で摘まんで、ひょいっと口の中へと放り込んで無造作に咀嚼した。

 …美味い。

 何気なく食べたのでそこまで味わっていなかった。

 けれども美味しいという事だけは脳が把握できなくとも味覚が理解した。

 板の上にはもう一つ乗っており、今度は味わう様に噛み締めた。

 淡白ながらも甘味を持ち、柔らかくも薄さに対して弾力がある。

 このタイだけでも美味いのだが、下のシャリというのはほのかな酸味と程よい甘味を持った甘酸っぱい味付けがされており、タイの旨味を引き立て食感も非常に合っていた。

 

 「美味しいでしょ」

 

 心を読まれたようなタイミングで声を掛けられ、顔を上げれば勝ち誇ったような表情が映る。

 しかしそれに対してどうこういう事は出来ない。

 確かに美味いのだ。それも非常にだ。

 

 「あぁ、凄く美味しい」

 「ふふ、次は(マグロ)をどうぞ」

 

 嬉しそうに板に置かれたのは肉のような赤みの刺身を乗せた寿司。

 今度は最初っから心して口にする。

 一応噛み締めたがこれは噛む必要がなかった。

 口に居れ舌の上でホロリと解けたのだ。広がる血の気を僅かに残した味わいと旨味。

 寿司と言っても一つ一つでかなり異なる。

 同じなのはシャリぐらいだ。

 もう一つを味わい、スッと彩華へと視線を向ける。

 クスリと笑われた。

 

 「本当に気に入ったんだね。お姉さんは嬉しいよ」

 「――ッ…そんなに物欲しそうな顔をしてましたか?」

 「うん、とっても」

 

 表情に出ていたとはいやはや恥ずかしい。

 温かいお茶で喉を潤し、口の中を一度リセットさせながら自然体を取り繕う。

 次に出されたのは“サバ()”だった。

 これは知っている。

 よくユミルが食べる奴だ。

 マグロより色は薄いが、タイのように白くはない。

 赤身に側面の銀色の皮がキラキラと輝く。そして上に黄色薬味らしきものが乗っている。

 マスタードかからしかと疑いながら、少し躊躇いながら含む。

 辛味は無かった。

 あったのは塩サバやサバ味噌でも感じたサバの味に生の為に癖のある臭みが強く広がるが、上に乗っけてあったおろし生姜によって癖をしつこくなくさっぱりとした口当たりへと変えていた。

 頬を緩ませながらも気付いた事がある。

 口に含んだ寿司の温度が一定なのだ。

 冷たい訳でも熱い訳でもない。

 温い(ぬるい)…いや、人肌に合わせている?

 よくよく観察してみると握る時間が違うような…。

 

 観察しながらも次々と新たな寿司が出される。

 一つのシャリに円形の刺身が二つ乗せられた“ホタテ”はぷにっと柔らかながらも弾力があり、味の濃いネタが続いたので主張し過ぎない控えめな味わいが口の中を落ち着かせてくれる。

 “イカ”という白身以上に純白の刺身はとろりとなめらかな食感が特徴的で、噛めば溢れる旨味と一緒に味覚に絡みつく。

 常連となったニファがよく頼むものより大きく横開きに開かれた“エビ”は、しっかりと焼かれて噛み応え十分で濃い海老の味が甘酸っぱいシャリともタレの醤油とも合う。

 魚の刺身ではなかったが卵焼きが出された時には目を疑った。塩気の強い卵焼きとシャリが合うのか不安だったが、卵焼きは塩気ではなく優し気な甘味が強く、甘じょっぱさをなめらかに包み込む様な卵の食感と甘味が良い。しかも卵から出汁が溢れて口内が潤う。

 温かいお茶を飲み一息つく。

 

 「寿司って言うのは本当に美味いな」

 「そう言って貰って嬉しいよ」

 

 まったくこの寿司というのは美味し過ぎる。

 一つ一つ違って飽きる事がない。

 腹さえ膨らまなければ何時までも食べられそうだ。

 これを今まで知らなかったのは悔やまれるところだ。

 満足気に息を吐き出し、もう一口お茶を飲む。

 

 「最後は巻き寿司を作るところなんだけど、巻き寿司はまだ出来ないんでハマチとえんがわ、トロで勘弁してね」

 

 最後と聞くと惜しく感じるが腹も結構溜まっているのでちょうどいいだろう。

 まずはハマチを食べると肉厚な身を噛み締めると濃厚な脂の旨味と甘味がじゅわりと広がる。肉ほど脂濃くなく甘味は強い。どちらかというとこちらの方が俺の好みだ。

 “エンガワ”というのはイカのように純白な身で、いくつも横向きに切り込みが入れられていた。

 含むとコリコリとした弾力に噛めば溢れる脂の旨味。そしてエンガワとシャリの間に葉が差し込まれており、葉の独特な青っぽさが味わいに深みを与える。

 

 「えんがわは炙ったらしっかりとした食感を残しつつ、脂身がとろけるように柔らかくなって噛めばとろりと蕩けるんだよね。なにより温かいから味も増してもっと美味しくなるんだよぉ」

 

 口で軽く説明されただけなのだが、想像しただけでゴクリと喉を鳴らしてしまった。

 これがそれほどに美味くなるのか。

 期待の眼差しを向けると非情に残念そうに笑う。

 

 「あー、ごめんね。バーナーの位置が分かんなくて…」

 「―――ッ!?い、いや」

 

 物欲しそうにしてしまったかと恥ずかしそうに顔を伏しつつ、最後のトロへと視線を移す。

 赤く艶やかな身に網の目状の脂が広がっている。

 ………これは生魚ではなく生肉ではないのか?

 美味しいのだろうと思いつつも、少し不安を過らせながら口へと入れた。

 柔らかいとか解けたとかレベルではない。

 ――溶けた。

 本当に噛まずに舌上で溶けたのだ。

 広がる濃厚過ぎるマグロの旨味と、比べ物にならないほどの脂の量。

 これは美味いというか凄いというかまた別物である。

 大満足なファーランはふと思った事を口にする。

 

 「寿司はこの店では出せないのだろうか」

 「う~ん、無理だと思うよ。寿司は生魚だから入荷の量とか気にしないと余るか足りないかするからね。寿司屋のように提供するのはちょっと」

 「そう…ですか」

 

 少し…いや、かなり残念に思えた。

 食事処ナオで提供する料理になればまた味わえると期待を持ってしまっただけに、食べれないと分かった落差が激しい。

 

 「あぁ…でも数量限定して海鮮丼とかならワンチャンいけるかな」

 「海鮮丼?」

 「丼に酢飯を入れて、その上に何種類の刺身をのせる丼物だよ」

 「―――ッ…分かった。帰ったら総司に言ってみよう」

 

 この日以来、数量限定で海鮮丼と一部刺身が解禁されたのである。

 メニューが増えた一番の理由は、いつも落ち着いているファーランが饒舌に説得しようとしてきてからで、覚えのある早口に総司は彩華に連絡を入れるのであった。

 あと、海鮮丼と刺身は生魚を使っている為に“度胸試し”と呼ばれるようになり、とある人物が食べさせられることになるのだがそれは別のお話で…。




●現在公開可能な情報

・総司の血縁者
 ・飯田 彩華
  総司の父方の妹の娘。
  家が近かったので昔から兄妹同然に育って来た。
  料理は好きだが総司程料理馬鹿ではなく、ちゃんと趣味の時間や身体の休息もちゃんと行っている。
  趣味は衣装作りにコスプレしたりさしたりすることである。
  コスプレする時だけ化粧をするが普段はまったくしていない。
  祖父の味を覚えている総司に味が近づいたかを見て貰いに度々訪れている。

 ・飯田 源治
  源爺と呼ばれている総司からしたら父方で、彩華からしたら母方の祖父。
  面倒見は良いが口は悪く、口よりも先に拳骨を落とす人物だった。
  寿司職人としての腕はかなりのもので彩華の目標である。
  総司と彩華曰く、寿司よりもカツ丼作りのほうが上手かったとか…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24食 牛丼

 時間通りに投稿しようとしていたのですが、気に入らずに書き直していたら投稿が遅れてしまいました。申し訳ありません。

 今回の話はストックではなく、某牛丼チェーン店とコラボしているとの事で急遽書き上げた話となっております。
 


 ここは何処だ?

 エレン・イェーガーは自分が置かれておる状況を理解できないまま、ポカーンと周りを眺めていた。

 目の前には資料や小難しそうな本が置かれた鉄製でも木製でもない机。

 腰かけている椅子は程よく固く、座り心地の良い。

 背凭れに身体を預けるとギシギシと音を立てながらも支えるように角度を変えている。

 同じような机と椅子が広い室内に並んでいて、何処かの執務室のようにも見えるが何故自分がここに座っているのかが理解できない。

 今日は食事処ナオで食事をしようとアルミンとミカサと共に出掛け、いつものカウンター席で注文をしようとしていた筈だ。

 なのに気が付けば全く知らない場所に居る。

 …白昼夢か何かなのだろうか?

 服装もよれよれのシャツに訓練兵団の制服ではなく、真っ白なシャツに紺色のスーツ、青のネクタイになっているし…。

 脳内が状況に追い付けずに混乱を極めていると背後に誰かが居る気配を感じて振り向き、大慌てで立ち上がった。

 

 「リヴァイ兵長!?」

 

 そこには壁外調査に出ていて居る筈の無いリヴァイ・アッカーマン兵士長が、白のシャツに黒のスーツ、赤のネクタイという格好で立っていた。

 普段眼つきの悪いリヴァイだが、今はそれ以上に怪訝な表情でエレンを見つめていた。

 

 「新しい階級を作るな」

 「へ?あ、はい…」

 「まぁ、良い。昼飯食いに行くぞ」

 

 メシに誘われたのは嬉しいのだが、それより状況の説明をして欲しいだが…。

 そうは思ってもこの光景が当たり前のようにしているリヴァイ兵長にどう伝えれば良いのか分からず口どもってしまう。

 昼休みでひとが込む時間帯だというのに動きの遅いエレンにリヴァイはイラっとする。

 

 「早くしろ。置いて行くぞ」

 「ま、待って下さいよリヴァイ課長(・・)

 

 状況にも会話にも全く付いていけてないエレンはとりあえず内ポケットに入っている財布を確認して(・・・・)、リヴァイ課長の後に付いて行く。 

 建物を出ると高層ビル群が並び、道はアスファルトで舗装され、車が信号機に従って進む光景が飛び込んで来た。今まで見た事ないはずの光景の筈なのにどこか違和感なく受け止めている自分が居る。

 受け止めながらも不思議な感覚に包まれたエレンはただただリヴァイに続いて、とある一軒の飲食店に辿り着いた。

 ちょうど入り口から見知った顔ぶれが出てきたところだった。

 

 「アルミン?」

 「あ、エレン」

 

 保育士をしている(・・・・・・・・)アルミンはシガンシナ保育園の制服である黄緑色のエプロン姿で、両手にはお持ち帰り用の袋を下げていた。

 どうして今アルミンが保育士をしていると思ったのか疑問を抱く。が、その答えは出る事はない。出たとしてもこの妙に現実味のある夢だからぐらいだろう。

 エレンの疑問に気付かずにこやかにアルミンが近づいてくる。

 無論大きく揺らして中身が崩れないようにしてだが。

 

 「エレンは今から食事?」

 「あ、あぁ」

 「ならちょうど良かったね。今日は空いていたみたいだから」

 「それは良い話を聞いた。ならとっとと席を取られない内に入るぞ」

 「あ、はい。アルミンまたな(・・・)

 「うん、またね」

 

 置いて行かれないように付いて行き、アルミンとは手を振って別れる。

 勝手に扉が開き(自動ドア)、店内に入ったエレンは先にカウンター席に付いていたリヴァイの隣に腰かける。

 渡されたメニュー表を開いてメニューを確認すると。そこには牛丼をメインとしたトッピングや期間限定メニューが並んでいた。

 どうもリヴァイ課長の様子から常連らしく、メニューを見るまでもなく決めているが、エレンは牛丼という料理は何なのかと文字を読んだり、絵を見たりして予想する。

 と言っても食事処ナオで見た事のある醤油を使ったタレや塩だれなどしか想像出来ないのだが…。

 

 「珍しいですねアッカーマンさんがお持ち帰りではないのは」

 「今日は連れが居るからな。たまには良いだろう」

 

 店員がリヴァイに話しかけた事で視線がそちらに向くと、茶色と白の制服を着た総司がそこに居たのだ。

 驚きの余り声も出ずに凝視していると、視線に気付いた総司がエレンに微笑みかける。

 

 「イェーガー君は今日はどっちにするのかな?」

 「へ?どっちとは…」

 「いつもチーズかネギ玉を選んでいただろうが…」

 

 呆れた様子でリヴァイに言われるもそもそも“牛丼”という食べ物が解かってない。その上でチーズかネギ玉かと聞かれても困るというものだ。

 

 「おい、早くしろ」

 「えと…だったら牛丼の並みで」

 「牛丼の並みと大一つずつですね。承りました」

 

 注文を受けた総司は厨房へと戻って行った。

 明るすぎるように感じながらもどこか落ち着く雰囲気を肌で感じながら暫し待つ。

 遠目ながら厨房の方を眺めていると、手早く牛丼が出来上がって行く様子に目を見張る。

 次々に出来上がる様子からこれは然程待たなくて良さそうだなと、手際の良さに感心する。

 そのエレンの見立ては正解であり、注文してから十分もしない内に総司が牛丼をトレーに乗せて運んできた。

 

 「お待たせしました牛丼の並みと牛丼の大です」

 

 目の前に置かれた牛丼(並み)から食欲をそそる香りが昇る。

 食事処ナオで嗅いだことの有る醤油の匂いが混ざっていた事に安心感を覚え、牛丼(大)を早速食べ始めているリヴァイに続いて食べ始める。

 柔らかくも噛み応えのある牛肉の食感に驚く間もなく、溢れ出た牛肉の脂と甘辛い汁によって口内が蹂躙される。

 これは美味い!

 そしてこれは非情に米が欲しくなる。

 焦る気持ちからかっ込むように米を口に入れると、米に濃い目にタレが染み込んだ牛肉が合わさる。噛めば白米のもっちりとした食感に牛肉が包まれ、タレと牛の味わいが白米と絡まって程より味わいを生み出す。

 一緒にかき込んだ玉葱はとろりと柔らかく、舌の上で溶けるようだ。しかも溶けると玉葱の甘みを含んだタレが広がり、さらに白米が欲しくなる。

 がっついて食べているとどうも量が足りない気がする。

 気がするどころではない。

 絶対に足りない。 

 この並みというサイズなら二つは行けそうと判断したエレンは先ほどリヴァイが口にした二品を注文することに。

 まさかの追加注文にリヴァイも火がついたのかチーズの一番大きいサイズを注文する。

 そんなリヴァイを気にする余裕もないエレンは追加の注文が届くまでに残っていた牛丼(並み)を一気に食らった。

 ちょうど食べきって、水で流していると追加の二品が目の前に置かれる。

 料理にアクセントか薬味として使われているとしか見ていなかったネギが「私が主役です」と言わんばかりに牛丼に乗せられ、さらにその上に卵の黄身だけを乗せた“ネギ玉牛丼”。

 牛丼が見えなくなるほどチーズを振り掛けて、熱でトロリと溶かした“チーズ牛丼”。

 見た目から異質ながら美味そうな二品に辛抱貯まらずエレンは手を伸ばす。

 ネギ特有の香りが鼻一杯に広がり、ほのかな甘味や刺激など豊かな味わいが牛丼と絡まって深みを増していく。そこに黄身を割って混ぜるとまろやかなコクが加わり、もはや食べる手が止まらなくなる。

 半分ほどネギ玉牛丼を食べたエレンはチーズ牛丼へと変える。

 さすがにお行儀悪いけれど好奇心は止められない。

 リヴァイが口を出すと思いきや、リヴァイはリヴァイでチーズ牛丼を黙々と食べていて気付いていない。

 ならばと言わんばかりにエレンはチーズ牛丼を食べる。

 チーズの濃厚な味わいに弾力がありながらもとろ~りと全てを優しく包む食感。

 牛丼と一緒に食べると強く主張してくるものの、牛丼も負けじと主張し返して競い合い、両者の味がぶつかり合っては混ざり合う。チーズはハンバーグに一番合うものだとばかり思っていたが、牛丼との相性も中々良い。

 

 黙々と種類の違う牛丼を食べるエレンは少し手を止めた。

 

 美味しい…。

 美味しいのだが物足りない…。

 リヴァイ課長と一緒に食べているのだが、お互い黙って食べているので静かで寂しく感じる。

 アルミンもミカサも仕事は別(・・・・)で忙しくてなかなか会う事も少ない。

 いつもなら鬱陶しいミカサのお節介焼きが妙に欲しくて堪らない。

 あぁ、こんなに美味しいのに食べる状況でこんなに気分が乗らないのか…。

 そう思ったエレンはゆっくりと瞼を閉じ、意識が遠のいていくのを感じ…………。

 

 

 

 

 

 

 ……レン………エレン。

 誰かが俺を呼ぶ声がする。

 妙に身体が重く感じる。

 優しく身体が揺さぶられて瞼を開ける。

 視界がぼやけて上手く見えず、少し擦ってから凝視するようにして周りを見る。

 

 「あれ?ここは…」

 

 ようやくはっきりとした周りを見る事が出来たエレンは、横に居る困ったように笑うアルミンと心配そうに見つめるミカサと、自分が食事処ナオのカウンターに突っ伏していた事から、どうやら気付かない内にここで寝ていた事を理解する。

 

 「エレン大丈夫?気分が悪かったりしない」

 

 本当に心配していたのだろう。

 ミカサが異常がないか聞きながら、身体に異変がないか触って確認を取って来る。

 さすがにこそばゆいのと恥ずかしいのですぐに止めさせる。

 

 「大丈夫だって!」

 「本当に?」

 「本当だって」

 「卒業間近でキース教官の扱きがきつかったから。さすがのエレンも疲れが溜まっていたんだろうね」

 「俺どれくらい寝てた?」

 「到着してすぐ寝たから…十分ぐらい?」

 

 ちょっとした仮眠をとるぐらい疲れていたのかと内心驚く。

 確かに最近卒業間近という事でキース教官の指導は厳しかった。それに加えてエレンは自主訓練も怠らず行っていたので余計に身体に疲れが溜まっていたのだ。

 硬くなった肩をぐるんぐるんと回して凝りを多少ながら解す。

 

 「もし体調が優れないようでしたら横になられますか?空き部屋はあるので遠慮なく言ってくださいね」

 

 心配して言ってくれている言葉より、変わらないエプロン姿の総司にホッと安堵する。

 そうだよな。

 あんな光景あり得ないよな。

 先ほど見たものは夢だったんだと理解したエレンは安心するのと同時に何処か寂しくも感じた。

 壁より大きな建物群に、馬より速い速度で走る車、戦争の雰囲気の無い平穏そうな雰囲気…そして牛丼…。

 ふと、牛丼を思い出してエレンは総司へと振り向く。

 

 「総司さん。牛丼って作れます?」

 

 期待しては駄目だと言い聞かせながら聞いてみる。

 アレは夢の中で出てきた料理で、実際にあるとは思えない。

 けれどまた食べてみたい気持ちもある。

 恐る恐る総司の答えを待つが、総司はあっさり答える。

 

 「牛丼ですか?出来ますけど」

 

 期待薄に聞いただけに、総司の答えはエレンを非常に喜ばせた。

 夢で食べたあの料理が食べれるんだと喜び注文をする。

 

 「だったら今日は牛丼でお願いします」

 

 満面の笑みで注文するエレンにミカサとアルミンは牛丼と言うのが何なのかと首を傾げ、エレンが自慢げに語って興味を持った二人も今日は“いつもの”ではなく三人揃って牛丼を食べるのであった。




●現在公開可能な情報

・幻の牛丼
 エレンが牛丼を知っていた事からエルディアでもメジャーな料理だと勘違いしてしまった総司は、醤油の無いエルディアではどう作っているのかを知ろうと何件もの飲食店を周る。
 しかしながらエルディアには存在しない料理は見つかる筈もなく、どういうことなのかと首を捻るであった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25食 チーズタルト

 薄暗い路地裏を一人の男性が進む。

 ギョロリとした眼で辺りを見定めるように動き、自分の感性に合わずに軽く鼻で嗤う。

 傍から見て彼はただ一人。

 筋肉隆々の猛者という訳でもただ者らしからぬ雰囲気を撒き散らしている訳でもない。

 なのに路地裏で生活をしている者らは遠巻きに見て、敬遠するように身を潜ませ離れて行く。

 この辺りは食事処ナオが出来て調査兵や訓練兵なども含めて人通りが多くなり、地下街で名を挙げたファーランとイザベラ、そしてナオの働きによってこの辺りは日の当たらない路地裏にしては案外と安全な地域となっているが、それでもスリは起こるし暴行事件が発生する程度の治安の悪さは持っている。

 それなのに誰も離れるばかり。

 理由は彼の素性にある。

 足首より下と首より上、手以外を覆うゆったりと余裕のある黒一色の司祭平服は、教会または教団の関係者を現す。

 聖職者相手だから悪さは出来ないなんて事はあり得ない。

 物持ちが良さそうな相手だろうが物持ちの悪そうな相手だろうが関係はない。ないのだが首に掛けられている三つの壁につけられた“シーナ”“ローゼ”“マリア”の紋章を施された装飾品により彼が“ウォール教”の人間だと理解すれば話は別となる。

 ウォール教とはマーレによって追い出されたエルディアの先人達が血と汗と己の命を賭して創った三つの壁を崇める宗教団体で、ことあるごとに市民だろうが憲兵団だろうがくってかかる厄介者と一般的に認識されている。

 防衛能力向上の為に壁に砲台を設置しようとしたら「神聖な壁に手を加える事を許さない」と抗議を飛ばして調査兵団に対して実力行使で訴えかけたり、調査兵団よりの話をしていた市民が耳にしたウォール教信徒の一人を始めとして複数人に囲まれたなどなど…。

 過激な一面が多くみられる彼らウォール教の信徒に関わるなど、大貴族に喧嘩を売るのと変わらないぐらいの厄介事。

 しかも司祭の地位に居る人間となるとさらに厄介な度合いも増す。

 ゆえに誰もが離れて行くわけなのだ。

 

 トロスト区のウォール教支部に在籍するニック司祭は食事処ナオの前で足を止める。

 

 「ここか…」

 

 ポツリとそう呟き、忌々しそうに風変わりな建物を睨みつける。

 ニックは信徒より“調査兵団が屯っている飲食店がある”と報告を受け、それを確かめるべくここにいる。

 壁を崇拝して維持を願うウォール教と、壁を防衛の手段としか考えていない調査兵団は水と油の関係以外を築くことは出来ない。その調査兵団を贔屓にする店と言うのは面白くないというのが本音だ。

 それもウォール教支部近くの路地裏となると余計に。

 

 本来なら司祭の地位にいるニックが出向くようなことではないのだが、事情が事情だけに下手に手が出せる店でも無い。

 なにせトロスト区の物流を仕切り、多くの者がくいっぱぐれないようにトロスト区の経済を回しているリーブス商会。その現会長であるディモ・リーブスが傘下に収める訳ではなく、後ろ盾も無いような小さな飲食店を対等の取引相手として扱い後ろ盾ばかりか贔屓にしている節がある。

 調査兵団との衝突する事は恐れはしないが、生活に関わるリーブス商会を敵に回すような愚行は避けたい。

 なんとも厄介な店だ。

 おかげで司祭である自分が出向く羽目になったのだから。

 さっさと済ませてしまおうとノブに手をかけて、扉を大きく開いた。

 カランと鳴った小さな鐘の音が耳が奪われた。

 常連や総司達にとってはいつも通りの音色であるが、ニックの耳にはそうは取られない。

 耳障りにならない程度に小さく、周りに客の出入りを知らせるぐらいには大きい。

 音色は高音過ぎずにとても澄んだ音を奏でていた。

 ウォール教にも立派な鐘が置かれて何かしらあれば鳴らしているが、これほど心を揺さぶるほどの音色は持っていない。

 鐘の音に心惹かれたニックに向かって店内よりふわりと風が吹く。

 これも別段大したことはない。

 空調設備によって創り出された人に丁度良い温度が、扉が開けられた事で少し外に出て行っただけ。

 こちらも初体験なニックの身を振るわせた。

 ふわりとした風が通り過ぎると心地よい温かな何かに包まれた感触が覆う。まるで目に見えないナニカに抱き締められたかのような…。

 本人にとっては神秘的な体験を受けて、若干表情が和らいだ。

 人の出入りを知った客がちらりと視線を向けて、食事を続けようと視線を一旦戻し、すぐ慌てるように二度見する。

 自分達がどう思われているのかを熟知しているし、慣れているので気にも止めずにカウンター席に腰を掛けた。

 近くの者は面倒事から逃げるように席を移動し、食事を終えようとしていた者や終えて雑談していた者はそそくさと済ませて店をあとにする。

 まったくもっていつものことだ。

 尊き教えを理解しない不信仰者は決まって我々を厄介者とみなして非礼な態度を取る。

 客は勿論だが客を出迎える店員すら同じ対応をする。

 だから気には―――…。

 

 「いらっしゃいませ」

 

 優しい声色で告げられた言葉にきょとんと呆けた。

 大概こういう場合は顔を引き攣らせて平静を装うか、思いっきり嫌な表情を向けるかのどちらかだ。なのにどうして目の前に青年(総司)は自然な微笑を向けているのか。

 懐かしくもウォール教に入信する前の頃を思い出す。

 あの頃は今のような視線を向けられることもなく、気軽に行きつけの店に足を運べたものだ。

 今となってはその行きつけだった店も同じ視線を向けてくるがな…。

 

 悲しくも懐かしい気持ちに浸っているニックは知らないだろう。

 彼、総司は元々客を選ばないのだが、それ以上にウォール教そのものを知らないのでニック司祭を見ても服装から宗教関係者かなぐらいにしか思っておらず、宗教によっては食べれない食材があるのでそちらを気にするぐらいだ。

 多分そうなんだろうなと思って説明と忠告したいファーランとアニであったが総司の目の前であるカウンターを座られてはそう言った事も憚られる。

 

 お互いの考えも、ハラハラしているアニ達の想いも知らずに総司はいつも通りに穏やかな微笑みを浮かべてメニュー表を渡す。

 受け取ったニックは少し躊躇いつつも目的を果たそうと口を開く。

 

 「君がここの店主かな?」

 「はい。食事処ナオの店主、飯田 総司と申します」

 「随分と若いのに店を持つとは大したものだ」

 「お褒めのお言葉ありがとうございます」

 「ところで一つ質問良いかな?」

 「なんでしょう?」

 「この店は調査兵団員を贔屓していると聞くがほんとかね?」

 

 出だしは緩やかだったが突如として剣呑な雰囲気に変わる。

 雰囲気が変わった事にファーランもアニも警戒の色を強め、寝ていたナオも今では跳び掛らんと体勢を取っていた。

 そんな中で総司は微笑はそのままに、強い意志を瞳に宿してニックに対峙した。

 

 「いえ、違います。調査兵団の方々には御贔屓して頂いて(・・・・・)おります」

 

 たったそれだけ言うと総司の瞳はいつもの柔和なものに戻っていた。

 こうも芯の籠った瞳を向けられてニックは少しばかり感心する。

 同じ瞳を持った者が信徒に何人いるかと思うと信徒でない事が非常に惜しく思えてくる。

 

 「調査兵団だからと言って贔屓にすることは無いと言いたいのだな」

 「食事をしようと来られたお客様に貴族も平民もないと私は考えておりますので」

 「如何にも優等生が答えそうな答えだな」

 

 素直に認める訳はないとは思っていたが、こうも青臭い回答を口にするとは思っていなかった。

 軽く笑いながらメニュー表へと視線を移す。

 このまま問いただしても良かったのだが飲食店で注文をせずにただただ問うというのは営業妨害しているようで外見的に悪い。せめて何かを注文すれば遠目からは()が店主と会話していると言う事に変わるだろう。

 その考えからメニュー表を見ているのだがどれもこれも知らない料理ばかり。

 好奇心が大きければ試したりもするのだろうけども、こんな路地裏の飲食店で期待するだけの料理が出てくるとも思えない。その中でチャレンジするなど蛮行に等しい。

 ペラリ、ペラリとページをめくっていくとデザート蘭に辿り着き、“new(新しい)”と目立つ色でド頭に書かれた品に視線が止まった。

 チーズタルト。

 昔食べたことのある菓子だ。

 注文するだけしよう程度なのだから、小腹に少したまるぐらいがちょうど良いだろう。

 不味かった事も考えてもそれが最善の筈だ。

 

 「チーズタルトを一つ。あと何か飲み物が欲しいな」

 「でしたら珈琲などは如何でしょうか」

 「コーヒー?紅茶か何かかね」

 「いえ、珈琲というのは茶葉ではなく炒った豆(珈琲豆)より抽出した独特な苦みのある飲み物です」

 

 薦めてくるという事はそれなりに自信があるという事か…。

 チーズタルトはチーズの味を持ちつつ、甘味の強い菓子だ。苦みのある飲み物はちょうど良い。

 勧めた珈琲を淹れ、冷蔵庫からチーズタルトを取り出して盛り付ける。

 差し出されたチーズタルトを目にしてニックは目を見張った。

 以前口にしたものは一口サイズの大きさの円形のものだったが、ここのはケーキの一ピースのようであった。

 白い皿の上に厚みは違うが綺麗に焼けているタルト生地が底面と後面にあり、それを支えに滑らかそうなチーズの断面を覗かせ、紫がかったソースが掛けられていた。すぐ側にはふんわりと盛られたクリームが添えられている。

 チーズタルトを乗せた皿と一緒に珈琲とかいう飲み物が置かれ、興味深く覗き込む。

 色合いからして泥水みたいだが、漂う独特な香りが妙に鼻孔を擽る。

 試しに一口含むと言っていた通りに苦みが広がる。が、不快な感じはしない。寧ろこの苦みと香り、酸味に風味が加わった深みのあるコクが堪らなく欲しくなる。

 勧めるだけはあった。

 珈琲というのは理解し、メインであるチーズタルトにフォークを向ける。

 フォークでまずはチーズのみを切り取って味わう。

 甘さを持った濃厚なクリームチーズの味が蕩ける様な柔らかな舌触りと共に広がる。

 ただ甘いだけではなく混ぜられたレモンの果汁により甘さを残しつつもさっぱりとした上品な味わいは、早々に甘ったるさで飽きはしないだろう。

 しっかりと味わってから飲み込むと、喉を優しく撫でるようにチーズが通って行く。

 ニックは「ほぅ…」と小さく感心したような声を漏らし、あまりの出来の良さに驚きを隠せない。

 こんなと言っては失礼だろうが路地裏で営業している飲食店でこれほど上等な品が出てくるとは思いもしていなかったのだ。

 いやはや、これだけ美味しいものを安く提供するのだ。調査兵団を含めた客が入り浸るのも分る気がする。

 一人納得するニックは今度は底面のタルトへと視線を向ける

 チーズは文句なしの美味しさだったが、タルト生地の方は如何なるものか。

 上のチーズだけを取った個所のタルト生地を切り取って口に含む。

 ザクザクとした食感にバターの風味とタルト生地の香ばしい風味がダイレクトに伝わってくる。

 生地も確かに美味しいのだが単体で食べるには味が濃過ぎる。

 ならばと今度はチーズと共にタルト生地を含む。

 舐めらかなチーズがタルト生地の食感とバターの風味を包み込み、調和が取れた程よい味わいと風味に頬が緩む。

 

 それにしてもこの紫色のソースは何なんだろうか?

 彩としてはチーズの黄色系に生地の茶色系とも混ざらない紫は良い。けれど彩だけという事は無いだろう。

 ソースだけを少しだけ先につけてペロリと舐める。

 舌先でとろりとしたソースの感触の後に伝わって来たのは甘味に少し強めの酸味を持った葡萄系の風味。否、通常の葡萄より酸味が強く味が独特だ。

 もうひと舐めして推測は確信と変わる。

 これはブルーベリーソースだ。

 自家製ジャムのように多少形を残してものではなく、粒が残らない程滑らかな物に仕上げられている。

 あぁ、これはパンに塗りたくって食べるより、このように甘い菓子と一緒に食べるのが吉だ。

 滑らかな食感は混ざり合っても違和感はなく、酸味はクリームチーズの甘さが緩和してブルーベリーの風味が際立つ。

 ガラリと味を変えて楽しませてくれるチーズタルトにフォークが進む。

 半分ほど食べたところでふと、皿の端に盛られていたクリームを思い出したかのように視界に入れた。

 これだけレモンやブルーベリーでさっぱりさせているというのに、甘味の強いホイップクリームを盛るとは一体どういう事だろうか?

 チーズタルトと一緒に食べることはせずに、フォークの先で少量をすくって舌の上に乗せる。

 広がったのは想像していたホイップクリームの味ではなく、チーズタルトに使用されたクリームチーズを甘さを控えてホイップクリーム状にしたものであった。

 なるほど…。

 ホイップクリーム状にした事で含んだ瞬間に蕩けて、ふわっと口内にクリームチーズの風味が強く広がる。

 こうすることでチーズを味わい楽しめるようにしているのか。

 感心しながらホイップクリーム状のクリームチーズを含み、またチーズタルトへとフォークを向ける。

 しかしながらレモンやブルーベリーの酸味でさっぱりさせてはいるが、何口か口にしていると甘さとチーズの味が口内に蓄積されていく。

 若い頃なら兎も角年を取るとがっつりと食べれなくなったり、肉類の脂を身体が受け付けなかったりする。

 こういう甘いものも多少ならまだしも多く、溜まり出すと無理が出てくる。

 そこで珈琲を口にして、独特な苦みを持って甘味などをリフレッシュさせてくれる。

 口内だけでなく脳内までもリフレッシュされ、直に感じていた味を記憶として薄れさせる。

 おかげでまた味わいたい気持ちが高まってくるわけだ。

 再びチーズタルトを楽しんでいるとすぐに食べきってしまった。

 カップに視線を向けるとまだ珈琲が三分の一ほど()残っている。

 少し悩む仕草をしてもう一品チーズタルトを注文して、また楽しみ始めるが今度はチーズタルトを残して珈琲は無くなり、今度は珈琲を注文する。

 それを繰り返してニックは我に返った。

 どうしてこうなった…。

 確か調査兵団との関りを正してやろうと来た筈なのに、気が付けば黙々とチーズタルトを四皿、珈琲を四杯もお代わりしていた。これではただ食事に来た客ではないか。 

 使命を思い出したものの満たされた小腹と心の前に「別にもう良いか…」と内心満足し切って緩み切っている。

 店が逃げる訳でもないし今日はここまでにして帰るとするか。

 席を立ち上がろうとすると別段今すぐ食べたくて仕方ない訳ではないけれど、妙にあのチーズタルトが欲しくなる。

 

 「これは持ち帰りできるかな?」

 「えぇ、出来ますよ。ご家族のお土産にと買って帰られるお客様も居りますので」

 

 家族にか…。

 その言葉に自身の妻子に想いを向ける。

 ニックには妻と子供がいるが、ウォール教の司祭として尊い教えを広めることに奔走するあまりに、家族はおざなりにしたばかりか溜まったストレス発散にと酒を摂取すると妻子に当たり散らしてしまっている。

 罪悪感に苛まれつつもその生活が最近は続いてしまっている。

 この頃二人の笑顔を見ていない気がする…。

 

 謝ろう…。

 誠心誠意謝って、今の生活を改めよう。

 司祭の仕事も大事だけれども家族を犠牲にしていては駄目だな。

 

 「なら妻と子と私の分で、持ち帰りを三つ頼む」

 「畏まりました」

 

 きっかけに買って帰ろうと注文すると総司は短い返事を返し、冷蔵庫よりチーズタルトを取り出した。

 直径21センチものチーズタルト。

 驚きよりも見た目に心奪われた。

 内側のチーズを護るように周囲を囲む分厚いタルト生地。

 これはまるでエルディアを護る壁のようではないか…。

 ゴクリと唾を呑み込んだニックは切り込みを入れようとした総司を止めて、チーズタルトワンホールをそのまま買って今日は早めに帰路につくのであった。

 

 

 

 

 

 

 その後、食事処ナオにて妻子を連れて笑みを零すニック司祭の姿が目撃された。




●現在公開可能な情報

・レモン
 今回チーズタルトにも使用されたレモンだが、エルディアでも食用に用いられるがそれ以上に水回りの掃除アイテムとして使われることが多い。
 その為に一般家庭の中では庭で幾らか育てているところがある。

 調査兵団の兵士長であるリヴァイ・アッカーマンが指揮する“調査兵団特別作戦班”の拠点の庭には、ちょっとしたレモン畑が作られている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26食 酒の肴①

 エルディアとマーレが戦争へと突入した頃、マーレ軍にグリシャ・“イェーガー”という志願兵の名があった。

 本日は食事の前に彼の話を少しばかりしようと思う。

 

 

 グリシャ・イェーガーはエルディアの王が大陸よりパラディ島へと移った際に、大陸に取り残されたエルディア人の子孫である。

 両親と妹の四人家族で、父親が診療所を経営していた為に他のエルディア人に比べて多少裕福であった。

 裕福と言ってもマーレはエルディアに敗北して土地や財産を奪われた恨み辛みがあるので、隔離収容区画で差別的な生活だったのでそう変わらないが…。

 彼は幼い頃よりマーレに従順な両親と違って、マーレの差別に疑念を抱いていた。

 根本にはマーレに憎まれることをしたのは先祖であり自分達ではないという考えがあったからでもあるが、それ以上に歴史を変えて謂れのない事まで書き足してエルディアに対して怒りを植え付けている節がある。時には政府に対する国民の批判を流すべくエルディア人に矛先が向くようにあからさまに仕向けていたりしていた事は周知の事実だった。

 そんな事があって彼はマーレに対して不信感を高めていた。

 と言っても怒りを露わにしてマーレ打倒と叫びながら行動に移す事は無かった。

 移せば自分が逮捕or死刑にされるばかりか妹にまで迷惑を掛ける事になる。

 だから彼はそんな日常に耐えながら成長して行った。

 青年と呼ばれる時分には両親は他界し、習った医者としての技術を用いて父の診療所を受け継いで妹と暮らしていた。

 相変わらずマーレ人に差別されながらの生活だったが、平穏に過ごしていた彼の人生は大きな分岐点を迎える事になる。

 

 反マーレ組織“エルディア復権派”による勧誘。

 幼き日より変わらぬマーレへの想いは失っておらず、彼は誘われるがまま復権派の一員となった。

 見つからないように集会に参加して同志と熱く語り合ったり、そこで出会った王家の血を引くという女性と結婚し子を設けたりと目標を得て日々が熱を持ち、家庭という一個の幸せを手に入れたのだ。

 

 しかしながらその生活も終わりを迎えた。

 エルディア復権派の重鎮である“フクロウ”と呼ばれる人物が接触してきたのだ。

 内容は今度パラディ島にいるエルディア人に対して戦争が行われるのだが、そこの志願兵として潜り込んで欲しいというものであった。

 表ではマーレ兵の消耗を減らすための兵士として従軍し、裏ではエルディア国に侵入して逃げたエルディア王を説得して連れ帰るというものである。

 マーレ内ではエルディア復権派以外にも反マーレ思想の組織が存在し、それらがバラバラに行動している。この現状を打破するには長期に渡る話し合いか、全員が一致団結する旗印が必要なのだ。

 そこでエルディア王の直系である子孫が必要となった。

 先祖が逃げ出したことを憂いて立ち上がってくれるとなるとより良いだろう。

 グリシャは重鎮自ら面と向かっての指令と同志たちの熱い想いからその任を受けた。

 他にも何人か選ばれたらしいがグリシャは医者と言う事で彼らと違って最前線ではなく衛生兵として多少ながら安全を保障される配置にされたのは幸運だった。

 

 “フクロウ”ことエレン・クルーガーや同志の夢を託され、愛すべき妻に子、妹に見送られグリシャは戦場へと赴いた。

 何とか戦闘に巻き込まれた体を整えて、姿を隠してやり過ごす。

 人の目がないことを確認して死んでいたエルディア人兵士の服を奪い、グリシャはエルディアに潜入しようと戦場を彷徨った。

 エルディアの制服を着ている事からマーレ兵に見つかれば殺され、エルディア兵に身元がバレれば尋問されるだろう。

 彷徨う間も生きた心地のしない彼は運が良かった。

 索敵に出ていたキース・シャ―ディス率いる部隊が、逸れた味方として保護したのだ。

 彼は戦闘のショックで記憶に一時的な混乱が起こったという事で部隊名などは覚えてないと語って切り抜け、衛生兵として野戦病院で負傷した兵士の治療にあたった。

 それからどれくらい経ったのか解らないが、別方面からの援軍が到着すると一時的に帰還する帰還組としてエルディアに入る事になった。これは記憶が戻らない事と所属がはっきりしない為の措置も含まれているとキースは言っていたが、これまでの様子から便宜を図ってくれるとのこと。

 なにかとキースには世話になってばかりだ。

 この事もそうだが戻った際に家を覚えてないなら俺の宿舎で当分は生活するかと言い出してくれたのだ。

 有難いことこの上ない。

 言葉に甘えてキースの世話になりながら本来の使命を果たそうとエルディア王を探そうとしたが、現在の王はエルディア王の子孫ではない事が判明し、王は姿を隠している為に捜索は困難となった。

 その後、戦場に戻る事は無かった。

 何故なら戦場に送り出される前にマーレが周辺国に宣戦布告を受けて、エルディアだけを相手出来なくなり攻勢が緩まったので、無理な兵力の逐次投入から無理のない兵士の運用へと方針を転換したからである。

 

 彼はエルディア王の足取りを辿りながら、持っていた医術を用いてエルディアの国でも医者として働いた。

 信頼を得て、人との繋がりを増やし、気取られぬように情報を集め続けた。

 年月を重ねてようやく彼は王の子孫の居所を掴んだのだ。

 彼は走った。

 マーレに残した家族に夢や願いを託した同志たちを強く想ったら走らずにいられなかった。

 グリシャは様子を伺うが王の子孫と言葉を返すことなく、踵を返して立ち去って行った。

 王の子孫は多くの者に囲まれていた。

 兄さんと読んで居る事から弟とその妻。

 周りを囲んでいる赤子や幼子は孫だろうか。

 幸せそうに家族に囲まれ穏やかに過ごしている家族。

 

 家族を持つ身としては説得など出来そうではなかった。

 もしも説得に応じることになれば否応が無しにあの家族全員が争いごとに巻き込まれるのは必定。

 同志たちを天秤に賭けた訳ではないと自身に言い聞かし、何も出来ずに帰るしかなかったのだ。

 家に帰ったグリシャは託された願いや夢を踏み躙り、心配している家族の元へ還れない自分に対して強い後悔と罪悪感に苛まれた。

 マーレに戻ったとすれば同志達に非難されるばかりか、何とか今まで生き残って生還できたとマーレ軍に弁明したところで脱走兵かエルディアのスパイとして処理される。

 それも妻や子を巻き込むことになりかねない。

 

 帰る事も出来ず、使命も果たせないグリシャは酒場に行く回数が増えた。

 キースも驚くほど頻繁に酒を浴びるように飲んだ。

 自暴自棄に陥ったグリシャに救いの手を差し伸べたのは酒場で働いていたカルラという女性だった。

 常連として何度か言葉を交わした間であり、幾らか気をかけてくれていたのだろう。 

 

 カルラの慰めの言葉は弱り切っていたグリシャの心を癒やすのには充分だった。

 いや、充分すぎたという方が正解か。

 彼は人生において二度目の恋に落ちたのだ。それもカルラも同じに…。

 傷も癒えて、何もかもが吹っ切れたグリシャはエルディアの国で第二の人生を歩もうと前を見た。

 マーレに残した家族は気がかりだが、戦死した事になっていれば名誉マーレ人として処理されて、家族二人養うには充分な遺族年金が送られるだろう。

 気が付けばグリシャはカルラと結婚し、温かな家庭と新たな子供を授かり、穏やかな日常をおくり今日に至ったのだが…。

 

 

 

 

 

 

 彼、グリシャ・イェーガーは月明かりだけが照らしている夜道を一人歩き、驚愕すべき事態の前に足を止めていた。

 名医として名の知れたグリシャは内地の診察を頼まれることがあり、今日とてその帰りである。ただいつもと違うのは彼が寄り道をしている点であろう。

 長らく会ってなかった友人より久しぶりに文を貰い、帰りがてらトロスト区へと赴いたのだ。

 文には要約すると昔みたいに一緒に酒が飲みたい的な事と、よく飲みに行く店の場所と飲みに行っている曜日と時間帯が書かれており、内地に赴く用事もあった事から帰りに寄ってみようかという話になったのだ。

 “なった”というのはグリシャが決めた事ではない。

 グリシャはキースがカルラに片思いを抱いていた事をそれとなしに気付いていたが、こうして結婚してしまった今となっては顔を合わせ辛い。

 それこそが疎遠になってしまった原因だ。

 渋っていたものの数十年を経てこうして得た機会なのだから行って来なさいとカルラが背中を押してくれた。

 

 だからこうして書かれていた食事処ナオの前に立って居るのだが、店内より漏れている光は遠い昔の記憶にあるマーレにあった灯りに近い。

 しかし記憶にあるガス灯や電球よりも明るく光が綺麗だ。

 決して強すぎる事もなく、辺りを鮮明に照らし出している。

 エルディアでは蝋燭が未だに主流だというのにこれはどういうことなのだろうか?

 疑問を払拭する為にもグリシャは扉を開いた。

 カランと澄んだ鐘の音が来店を知らせ、店員から挨拶の言葉が掛けられる。

 同時に扉を開けた事で程よい室温が肌を撫で、酒場特有の喧騒が包む。

 酒場事態久しく言ってないグリシャにとっては懐かしむべき光景だった。

 入り口で思い出に浸る訳にもいかない。店内をざっと見渡して目的の人物を探すと呆気なく簡単に見つけた。

 

 「キース。キース・シャーディス」

 「ん?……――ッ!?グリシャか!」

 

 一人テーブル席で揚げ物を食らい、エールらしき酒を煽っていたキースは思いもよらぬ人物に驚きを隠せなかった。

 昔に比べて髪の毛が無く、シワが多くなっているが面影は残している。

 待ち合わせだと思った店員がキースが使っているテーブル席の向かいの席へと案内してくれる。

 遠目で見た時は近づき難い程険しい顔付だったキースは朗らかに笑いかけてくれた。

 

 「久しいな。合うのは何年ぶりだ?」

 「こうして合うのは十年近くになるんじゃないか?確かキースが調査兵団団長だった頃以来だからな」

 「そんなに前になるか…。道理でお互い老ける訳だ」

 「昔が懐かしいな」

 「あぁ、そうだな。……カルラは元気か?」

 「元気にしているよ」

 

 席につくと聞き辛そうにキースがカルラの事を聞いてきた。

 やはり聞かれるかと予想していたもののどういう顔をして良いか分からずとりあえず返事は帰したのだが妙な空気が二人の間を漂う。

 さて、どうしたものかと悩んでいるとキースがその空気を追い払う様に続けた。

 

 「ま、久しぶりの再会なんだ。奢るぞ」

 「それは助かるな。財布は握られていてね。小遣いでは心もとなかった」

 「家庭を築いたからにはそうなるか」

 「財布を自由気ままに使えたのは独身だった頃の特権だな」

 「嫌味か?ったく」

 

 軽く笑いながらキースは注文を行う。

 メニュー表が置いてあるがそれを見る事無く注文するという事は彼がよく食べている料理なのだろう。

 期待しながら料理を待ちながら、キースが食べていた料理に視線を向けた。

 茶色い丸っこい揚げ物。

 疑問符を浮かべながらメニュー表を開くと知らない品が大半を占めており、揚げ物で調べても複数種類出てくるほど品ぞろえが豊富でどれかが解らない。

 

 「それは何なんだ?」

 「これかこれは俺の大好物若鳥の唐揚げだ」

 「へぇ~」

 

 グリシャは気になって仕方が無くなり聞いてみたら、自信満々に答えられ余計に興味をそそられる。

 視線に気付いたのか食べ残っていた最後の一個が乗っていた皿を、両手で隠しながらどこか牽制しているような表情を向けられる。

 

 「やらんぞ」

 「解っているよ」

 

 内心ケチと思いながら笑顔で返す。 

 大口で最後の一個を食すと、ジョッキに残っていた黄色い液体を飲み干す。

 心の底から美味そうに食べる様子に料理はまだかなと辺りを見渡すと、ちょうど店員が料理を運んできたようだ。

 

 「ビールと枝豆お持ちしました」

 

 枝豆と呼ばれた皮付きの豆が山盛りになった皿も気になったが、それ以上にビールという飲み物の方に注目する。

 ガラスで出来たジョッキに透き通った黄色い液体。

 ジョッキ上部には比率を決めているらしい泡が二つのジョッキに同じように出来ていた。

 大概酒場で出てくるのはエールだ。

 それも生ぬるく甘ったるく安い赤みのかかったもの。

 しかしそれに比べて何と美しいことだろう。

 

 「ビール?エールでなくてか?」

 「口で説明するよりは飲んだ方が早い」

 「そうか。なら久しぶりの再会に乾杯」

 「おぅ、乾杯」

 

 ジョッキ同士を軽く当て合い、ガラスの音色を響かせる。

 そのままビールを煽るとエールとの違いに頬が緩む。

 喉を通り過ぎるきめ細やかな泡にキレの良い苦み。

 甘ったるい安いエールとは違った苦みと味わいが気持ちが良い。

 キンキンに冷えた冷たさもビールを引き立てる。

 何よりこのなんとも言えない喉越しは他の酒では味わえない。

 違いを一口で理解したグリシャはキースが枝豆を皮ごと咥えて、中の豆だけを食べている光景を目にする。

 皮付きだからまずは剥くものだと思っていただけに奇怪な光景に見えるが、兎も角同じように食べてみる事に。

 

 ほぅ、これは美味しい。

 皮に染み込んだ塩は強く主張せずに控えめながらも味を残し、プチリと飛び出した枝豆と合わさり絶妙な塩加減になっている。しかも皮ごと茹でたために中に水気があって口当たりが良い。

 剥いてから茹でて塩を振ったのではこの感触と味は出せなかったろう。

 この枝豆は皮ごと出すのが正解だな。

 

 「それにしても止まらないな」

 「だろう。妙に癖になるんだなこれが」

 

 そう言ってキースとグリシャは枝豆を口に運んで皮を捨て、次の枝豆を口に運ぶのを繰り返す。

 作業のように何度も繰り返すだけだったグリシャだったが、キースが合間合間にビールをグビリグビリと飲む様子を見て、自身も同じようにビールをあおる。

 枝豆の食感に程よい塩気がビールに合う。

 これは余計に止まらない。

 枝豆を口に含んではビールを飲む。

 消費速度が上がり、早々とビールが入っていたジョッキが空になってしまった。

 酒類というのは飲み過ぎれば身体にあまり宜しくない。医者として解っているものの、普段あまり飲まないのだから今日ぐらいは良いだろうと空になったジョッキを掲げておかわりを店員に告げる。

 ついでにとキースもビール一杯と追加の料理を注文する。

 

 「なんだか懐かしいな。昔はよくこんな感じで飲んでいたか」

 「随分と昔だがな。もう十年以上前になるか…」

 

 ふと、懐かしい光景を思い出した。

 調査兵団に所属して団長になるんだと息巻いていたキースに医者として働きしたグリシャはよくカルラが働いていた居酒屋に通ったものだ。

 あの頃は焼き過ぎた腸詰と生温くなった甘ったるいエールさえあれば御馳走だった。

 

 「エレンが生まれる前だからな」

 「ったく、お前の息子が訓練兵団に居た時は驚いたぞ。しかし全くお前に似てないな」

 「あれはカルラ似だからな」

 「変に頑固で猪突猛進なのはであった頃のお前さんみたいだがな」

 「そうか?」

 

 言われてみればそうかもしれないと思うと少しばかり嬉しく思う。

 同時に自分みたいに失敗はしないで欲しいものだと願う。

 アルミンやミカサが何時も支えてくれているから無いとは思うが…。

 そんな話をしながら枝豆をつまみに、運ばれたおかわりのビールを飲んでいると次の料理が運ばれてきた。

 

 「お待たせしました。豚バラの大葉巻きとアスパラとホタテのバター炒めです」

 「おぉ、待っていたぞ」

 

 注文していた料理が届き受け取るキースの方へと振り向くが、瞳はキースや総司を映してはいなかった。

 料理に使用されているホタテに向けて

 ホタテと言うのは浅い海の底で獲れる貝類だったはずだ。

 内陸にあり、他国と国交を開いてないエルディアに何故海の幸があるのか?

 まさかマーレの密偵か?

 いや、それはないな。

 酒を出す店で諜報活動というのはあり得るが、わざわざエルディアに無いモノを扱って“私、外から来ました”なんてアピールする筈もないか。そもそもここまで海の幸を運ぶ意味が分からない。この一皿だけで手間も金も多くかかってしまう。

 悩むグリシャは私が知らないだけで貝を養殖しているところがあるのかなという疑問を含んだ考えで決着をつけ、なんにしても今は酒を一緒に味わおうとフォークを伸ばす。

 真っ白なホタテの貝柱がバターによって表面がテラテラと輝き、フォークで突き刺して口元に寄せるとふわりとバターが香る。

 香りを楽しみながら口に含み、噛み締めると貝柱を構成している一本一本が崩れ、ホタテの旨味がバターの香ばしさとコクを混ざり広がる。

 調理としてはバターとホタテを一緒に炒めると簡単なものではあるがこれがまた美味いのだ。

 まぁ、手間暇かければ良いというものでも無いしな。

 お次はアスパラを食べてみる。

 同じようにバターと共に炒められているのでバターの風味が漂うのだが、シャキシャキと歯応えにバターが加わって香ばしくなったアスパラの旨味が溢れ出て来てホタテとまた違った味わいがある。

 堪らないなコレは。

 またもビールで流し飲みながらこの料理は火酒の方が合うのではないかと思考する。

 メニュー表を見て酒の一覧に火酒類と書かれたところがあり、そこからウィスキーのロックを頼む。

 さすがに火酒をストレートで飲むほど身体が若くない。若くなくとも酒豪なら行けたかもしれないが私は違うのだ。

 

 「ウィスキーか。試した事なかったな。私にも同じのを一つ」

 「常連なのにあまり試してなかったのか?」

 「いつも唐揚げとビールさえあれば後はなんでも良かったからな」

 「唐揚げが本当に好きなんだな」

 「アレはこの店で……おっと」

 

 自慢するかのように語ろうとしていたキースは何かに気付いて口を閉ざした。

 おかしいと疑問を持ちながら周りを見渡すとこちらに視線を向けている者が何人かいる。

 視線を合わせたらそっぽを向かれたのだがなんだったのだろう。

 

 「キース。今のは一体…」

 「あぁ、この店で料理自慢するとよくある事なんだ」

 「どう言う事だ?」

 「食事処ナオの料理は美味い。それもメニューに載っているもの全部文句なしに美味いんだ」

 「確かに美味しかったな。しかしそれが料理自慢をしないことになる?」

 「戦争が起こるのだ」

 「……戦争?」

 

 不穏な単語とさも真剣に語るキースの雰囲気に只ならぬものを感じて重く受け、グリシャも真面目な表情を向けて続きを待つ。

 

 「先も言ったがこの店の料理は全部美味い。だから客のお気に入りもばらつきも激しくてな。この料理こそ一番美味いなんて言うとそれに呼応してこっちのほうがと自分のお気に入り料理の自慢大会に発展するんだ」

 「あー、それで言葉を止めたのか」

 「一人で来ているなら良いが、今日は久しぶりにお前とさしで飲んでいるのだ。いざこざは避けたいだろう?」

 

 確かに久しぶりの再会をそんな騒ぎで終えたくない。

 大きく頷きながら豚バラの大葉巻きを一本手に取る。

 これもバター炒めと同じでそれほど難しい料理ではない。

 薄くスライスされた豚バラ肉に大葉を挟み、くるくると巻いたものを幾つか串にさして焼いた料理。

 何気なく齧り付いたグリシャは迂闊な行動に悔やむことになる。

 歯が肉に食い込むと同時に塩コショウによって引き立てられたバラ肉の旨味が良質な脂と共にじゅわりと溢れ、大葉の酸味が脂っこさを幾らか中和して豚肉の旨味が際立つ。

 これは絶対酒との相性が良い筈だ。

 口の中に広がった豚バラの旨味にそう感じながら、ジョッキに手を伸ばすがバター炒めでほぼ底をついており、少量含んだところで物足りなさが生じただけだった。

 その様子をキースがニヤリと笑いながらビールをグビリと飲む。

 何故確認してから食べなかったんだと後悔していると店員が横に立ったのに気付いた。

 

 「ウィスキーのロックを二つお持ちしました」

 

 机に置かれた火酒に目を奪われた。

 ジョッキと違って取っ手の無いグラスの底が分厚く重厚な印象を与えてくるロックグラスに、丸っこい透明感溢れる氷を浮かべた透き通る黄金色にも映る茶色い火酒(ウィスキー)が注がれていた。

 見た目もさることながらこのウィスキーなる酒は香りも良い。

 スーと鼻を突き抜けるアルコールの香りと一緒に燻した木材の様な匂いが伝わる。

 それで味はどうなのかとお互いに一口付ける。

 

 「おぉ!!これは…」

 

 キースのように声は漏らさなかったが、驚きから目を見開いてしまった。

 煙ったくも歳月を感じる樽の独特な香りが広がり、呑み込むと喉を焼くような刺激を与えながら胃へと抜けていく感覚が響き渡る。高いアルコール度数に伴って刺激も強くなるが、氷から解けだした滑らかで優しい味わいを持った水が溶けだして後味をスッキリ滑らかな物へと仕上げている。

 ここは酒飲みにしては楽園だな。

 何時までもこうして飲んで行きたい。が、生憎そうは出来ない。

 

 「どうした?飲まないのか?」

 

 一口飲んでから手を止めていた事を不審がったのか、心配そうにキースが聞いてきた。

 別に酔いが回って来たという訳でも、体調が悪くなった訳でもない。

 

 「いやな、この後帰る事を考えたら少し控えないとなと思ってな」

 「なんだそんな事か。安心しろ。家まで俺が送って言ってやる。訓練兵団の馬を使えばすぐ着くだろうしな」

 「それはありがたいな。なら今日はとことん飲むとするか」

 「おう。久しぶりの再会なのだ。まだまだ楽しまなければな」

 

 こうして久しぶりに会った二人の酒盛りは続く。

 閉店ギリギリまで酒を煽った二人はふらふらと千鳥足になりながらも兵団の馬小屋に到着。

 後は馬に乗って行くだけだがそこで二人共力尽き、一夜を馬小屋の藁の上で過ごすのであった。

 

 

 

 勿論だが朝帰りを仕出かしたグリシャはカルラにとことん叱られ、馬小屋で発見され体調不良(二日酔い)となったキースは訓練兵団の教官たちに白い目で見られるのであった。




●現在公開可能な情報

・アスパラとホタテのバター炒め
 ホタテの入手方法から食事処ナオのみのメニュー。
 しかしながらアスパラはまだしもホタテという貝類に馴染みのないエルディアではあまり人気はない。
 寧ろ大量生産されている豆類である枝豆の方が人気が高い。が、試しにと口にした客は繰り返す事が多く、根強い客が出来たのも事実である。
 
 …ホタテの形状からして誰もが海の生物として認知されていないので、刺身のように食あたりを気にしての嫌悪はない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27食 ある日の昼食

 機器に問題が発生し、昨日の投稿が遅れてしまいました。
 申し訳ありません。


 エルディアの三つの兵団を総括しているダリス・ザックレーは、キョロキョロと邸内を見て回っていた。

 総統の役職から日々の仕事が忙しいために屋敷の用事に手を付ける事の出来ない彼は、溜まる洗濯物や食事の用意、邸内の掃除の為に家政婦数名を雇っていた。

 地位と稼ぎから専属の料理人や執事を付けても良いのだが、食事処ナオの料理を知ってしまった以上エルディアの料理では物足りず、執事を雇わなくとも自分で出来る事はするし、予定は秘書に管理させているので必要がない。

 今日はとある事情(・・・・・)により家政婦たちを帰しているが万が一と言う事もある。

 上はカッターシャツ、下はサスペンダー付きのズボン姿で丁寧に見て回り、誰も居ないのを確認してザックレーは厨房へと向かう。

 先も書いたように彼は料理をしない。

 が、今日ばかりはそういう訳にはいかないのだ。

 昨日より肌に離さず持ち歩いていた氷が敷き詰められた箱より瓶を取り出す。

 中には薄茶色の液体が入っており、それを目にしたザックレーはゴクリと生唾を飲み込んだ。

 

 遡るは昨日の食事処ナオに行った時。

 人払いを済ませた食事処ナオで毎度の様に焼肉と酒を楽しんでいたところ、総司がタレを作っていたのが視界に入ったのだ。

 なんでも今まで手を付けてなかった“みそ”とかいう豆を発酵させたものを使ったタレの試作を作っているのだとか。

 詳しく話を聞けば炒めた肉や野菜にもあうタレらしく、焼肉のタレとしても用いられる事もあると…。

 悔しかった…。

 焼肉に合うのならば儂も食べてみたかった。が、すでに〆を食べきった為に肉は無く、合っても満腹なので美味さも半減してしまうだろう。昨日に限って米を二杯も多くおかわりしてしまうとは渾身の不覚。

 そんな想いを感じ取ってか総司はある提案をしてきた。

 もし良ければお持ち帰りいただき使ってみてはくれませんか――と。

 

 まったく…その提案に儂が跳び付かない筈がないだろう。

 料理は家政婦に作らせれば良い。

 幸いにも翌日は休みだったこともあって昼食に一杯楽しみながら食べるのも良いだろう。と、ほっこりとした気持ちで帰宅したのだが、それからが地獄だった。

 

 なにせ儂が持っているのは“みそ”などという見た事も聞いた事もない未知の調味料をメインに用いた食事処ナオのタレ。

 料理人にとって料理のレシピは重要機密であろうというのは理解している。

 多くの機密を扱うものとしてその責任も。

 ゆえにこれを家政婦に扱いを任せて良いものなのかと脳裏を過ぎったのだ。

 もしも…もしもだ。

 家政婦が味を覚えてほんの僅かでも再現したとしよう。さらにそれが総司の口か耳に入った場合は二度と食事処ナオの敷居は跨げないだろう。

 総司は儂を信頼してタレを渡した。にも関わらずに誰かに漏らしたとあれば料理人として怒らない訳がない。そして漏らした口として疑われるのは渡された儂が最有力候補…。

 断じて!断じてそれだけは避けねばなるまい。

 タレが再現されて焼肉が楽しめたとしても、あのレモンサワーは二度と味わえない。否、それだけではない。あの数豊富な酒も上質な料理も二度と食べれなくなる可能性が高い。

 

 事の重大さを知り(別に総司は気にしないのに)、仕事をしようと訪れた家政婦達に「昼頃は人と会う約束があるので人払いをしたい」と昼前には帰したのだ。

 

 厨房に立ったザックレーは食材の貯蔵庫より肉を持ってくる。

 総司は野菜炒めでも合いますよと言っていたが、野菜を切るのは面倒だし儂は“焼肉(●●)”が食べたいのだ。

 野菜が食べたいならまた別で家政婦に作らせればいい。と、いう事で肉を持って来たのだが何の肉か分からない。これが豚なのか牛なのか。そしてどの部位なのかも不明。

 食べれば同じかと薪を燃やし、熱せられたフライパンの上に肉を乗せてゆく。

 料理は苦手だが肉の焼き加減は何度も食事処ナオで焼いてきただけに、音と焼き目でどのぐらい焼けたかが分かるようになった。

 適当に肉を焼きながらタレを小皿に移し火酒を用意する。

 

 総司より借り受けた“くぅらぁぼっくす”なる箱は、中に氷など冷たい物を入れておけば普通に置いて置くよりは長く冷たさを保っていられるという不思議なものだ。

 敷き詰めた氷は食用ではないとかよく分からない事を言っていたが、氷に食用もなにもないだろうに。

 そうは思いつつ火酒を割るように半透明の袋に詰められた氷(ビニール袋に詰められた酒を割る食用の氷)をコップに入れて火酒を注ぐ。

 

 「良し、頂くか」

 

 焼き色から判断して薄く切られていた肉を最近扱いに慣れた箸で摘まみ、タレに少しだけつけて頬張る。

 ザックレーは驚きから目を見開きタレを凝視する。

 このタレにはいつものフルーティさは皆無だ。

 甘味を持ちながらも強烈な塩気を帯びた濃厚なみそが舌に直撃する。

 ガツンと来るニンニクに、ピリッと辛味を持った鷹の爪(唐辛子の一種)

 あまりにも強烈過ぎて肉の味を掻き消しそうな濃いタレだというのに、浸けた肉の旨味は残るどころかより強く感じる。

 食べた肉がスライスされた豚バラ肉と理解したのは、口の中に味噌ダレに混ざるように豚特有の旨味と甘みが広がってからだった。

 一口食べる度に濃厚な味噌ダレが脳を刺激し、反射的に白米を求めてしまう。

 しかしながらパンはあれども米は無い。

 残念がりながらもザックレーは火酒(オン・ザ・ロック)を流し込む。

 強いアルコールが喉を焼くような刺激を与えて通って行く。

 その中でふと違和感に気付いた。

 

 火酒の味わいの中に妙になめらかさと旨味がある。

 高給取りであるザックレーは高いバーにも行った事があり、ロックで飲んだ経験はあるものの、その時はこんな味では無かったと思う。

 もう一口、もう二口の飲んでいると氷と火酒の境目に妙にとろりとした流れを目撃した。

 氷が溶けているというのもあるだろうが、それだけではないだろうと思った矢先、総司が酒用と言っていた意味を理解した。

 本当にあの店は底が見えない。

 満足気に笑みを浮かべたザックレーは上機嫌で酒を呷り、肉をかっ喰らった。

 

 夕方になって戻って来た家政婦たちは火酒のボトルを抱きしめ、床で爆睡するダリス・ザックレーを発見することになる。

 その際に水でびしょ濡れになっている変な箱と、舐め取ったのかと思う程綺麗な瓶を発見するのであった…。

 

 

 

 

 

 

 一方、食事処ナオにて。

 休日である今日は別に時間に縛られることはない。

 皆が皆、好き勝手に過ごしている。

 その中でアニはキッチン用のエプロンを装着して、手を綺麗にしてから厨房に立っていた。

 総司は料理の腕や熱意が凄いのは理解している。

 適当に仕事をするわけではなく、誇りを胸に熟しているところは好感を持っているのだが、度が過ぎているのは否めない。

 客に提供する料理に妥協はなく、日々の料理研究も怠らなかった。

 以前は休日全部を料理研究に費やし、平日の睡眠時間は五時間もあれば良い方で、自身の食事に対する関心は薄い。

 ちゃんと食事をとってと言えば、一応ながら言う事を聞いてはくれた。

 牛乳一杯とバナナor牛乳一杯と食パン…。

 朝飯でも食べていたが、夕飯もこれだったりする。

 なので「もっと栄養バランスを」と口にすればヨーグルトにドライフルーツを入れた物になり、「調理したものを」と言えば白米に焼き鮭を乗せ、塩昆布茶を掛けた茶漬けを食べていた。

 本当に自身の食事となると手間暇をかけずに手を抜こうとする。

 正直面倒だが倒れられても困るので体調管理をするようにいつの間にかなっていたのだ。

 その延長でこうして総司の食事を作るようになってしまった。

 …ただはっきりと「アンタがちゃんと作って食べないから作る」と真正面から言わず、料理を教えて欲しいと言いようを変えて伝えたけど。

 おかげで総司が嬉しそうにするもので本当のことを言えなくなってしまったが、それは些細な問題だろう。

 その総司は休日なのに料理を作っている。

 前までなら「休日ぐらい身体を休めろ」と問答無用で投げ飛ばす所なのだが、事情が事情でこれだけは許している。

 ユミル曰く、店に来れない深い事情があるのだけどここで食べた料理の味が忘れられない客の頼みとか…。

 話を聞いた総司は配達は行ってないが特例として行う事にした。

 …どうせクリスタかヒストリアに頼まれたかなんかだろうけど…。

 

 「出来ましたよ」

 「お!ならちょっと行って来る。行くぞナオ」

 「――ナゥ」

 

 木製のバスケットに包み紙で包んだホットドック二つを収め、蓋の上に布を被せるとそのままナオを連れて外へと駆けてゆく。

 遠いらしく徒歩ではいかずに乗り物を使っているのだけど、何故この国に“自転車”があるのかは未だに解っていない。

 前に一輪、後部は二輪となっており、後部には配達用の品を収める箱が取り付けられている人力の三輪車。

 ナオを前籠に乗せて走り出したユミルを見送り、考えるのを辞めたアニは料理をしようとノートを捲る。

 総司から借り受けた中学生の頃に作ったというレシピノートを眺めながら、今日は鳥の酒蒸しを作ろうと思う。

 

 簡単な作り方は多少底の深い皿に鶏肉を入れて、酒で半分まで付けた状態でラップをして電子レンジでチンするだけ。

 追加で総司は長ネギや白菜を入れたりと書かれているが、この料理は初めてなので基本の簡単な奴を作ることにする。

 塩コショウでもも肉に下味を付け、酒は料理酒ではなく店で出す日本酒を使用する。

 ラップをして電子レンジで加熱し始めたらジッと眺めるもオレンジ色の光でどれだけ火が通っているかが解り辛い。

 レンジと睨めっこして数分。

 アニはこれぐらいかと取り出して、フォークやナイフなどと一緒にテーブルに並べる。

 少し離れたところから心配そうに眺めていた総司に試食という名の昼飯を勧め、総司はテーブル席に付く。

 

 まずはスープを含み、じっくりと味わって飲み込む。

 この時ばかりはアニに緊張の色が浮かぶ。

 いつもは何処か抜けているような雰囲気のある総司は、真剣そのものでまるで別人のような鬼気迫る雰囲気を漂わせている。

 次にナイフとフォークで鶏肉を切り取って、ゆっくりと咀嚼する。

 

 「少し塩加減がきついですね。あと肉に火が通り過ぎて多少硬くなってます」

 

 料理に関しては手加減はない。

 事細かに注意やアドバイスがされ、アニは叱られている子供のように顔を伏せる。

 怒鳴ってはいないが誰でも初めての料理でそこまで細かく言われたら傷つくものだろう。

 

 「ですが初めてにしては上手くできてますよ」

 

 最後に優しく微笑む総司の一言に、今までの感情が洗われて心がふわふわとする。

 面倒臭くはあるが、こうして料理を作るのも悪くない…。

 

 その後、奥より読書をしていたファーランや飯時を狙ってやって来たイザベルの分も作るアニは、いつも通りすました表情をしながらもどこか楽し気であった。

 

 

 

 

 

 

 トロスト区にほど近いウォール・ローゼ南側にある庭付き二階建ての建物。

 一般市民が暮らすような小さな家ではなく、外見から内部まで装飾品が飾られた広々とした建物で、中級階級が住まうようなちょっとした屋敷に一人の女性が中で時間を潰していた。

 手入れの行き届いた黒く艶やかな長髪に大人びた落ち着いた雰囲気を纏った女性。

 彼女はエルディアの貴族内でもかなりの力を持つ“レイス家”の次期当主であるフリーダ・レイス。

 現当主であるウーリ・レイスの姪に当たる。

 居るのなら現当主の直系の子が次期当主になる筈なのだが、ウーリには子供どころか妻も居ない。

 父であるロッド・レイスは当主になる気が無く、長女であるフリーダが次期当主に据えられたのだ。

 別段この事を嫌がった事はない。寧ろ有難いとフリーダは思っている。

 フリーダには六人の弟妹が居るのだが、母違いで妾の子であるクリスタとヒストリアの姉妹が体面を気にした父より冷遇されている。私にとっては腹違いであろうと可愛い妹達に変わりはない。なので彼女達を救ってあげたいと思うも今の自分では力不足なのを理解している。

 だから当主の座が欲しいのだ。

 当主となれば父の意向など気にせずに迎える事が出来る。

 絶対に父は良い顔をしないだろうけど、それでも私の気持ちには変わりはない。

 

 この建物は父に当主となれば自由な時は減り、レイス家の仕事に打ち込まなければならないので、今だけは自由にする時間が欲しいと強請って買い取ってもらったものだ。

 大事な娘の願いと次期当主として問題ない立ち振る舞いを覚え、我侭らしい我侭を言ってこなかったこともあり、父はあっさりと用意してくれた。

 クリスタとヒストリアと文通を行う場所とも知らず…。

 正直何度か様子を見に行ったことがあるが、レイス家の人間が必ず警護と監視を兼ねて尾行してきているのには気付いていた。

 父より渡された小遣い(貴族基準のお小遣いなので高額)を貯めて、それで数刻離れて会いに行ったがいつかはバレるだろう。

 

 

 さて、フリーダがトロスト区に近いここに居るのは愛しい姉妹も関係しているのだが、それだけという訳ではない。

 コンコンコンとノック音が聞こえたのを機にフリーダは嬉しそうに立ち上がり、服装が乱れぬ程度に駆け足で玄関へと急ぐ。

 覗き穴より相手を確認して扉を開けると木製のバスケットを持つユミルがそこに居た。

 

 「お持ちしましたよっと」

 「ありがとうユミル」

 

 入り口で布を掛けられた木製のバスケットを受け取りながら代金を払う。

 その際に袖に隠されていた小さく折られた紙を周りに見えないように受け取る。

 悟らせないように表情を変えないように気を付けるが、まったく顔色に出さないユミルが羨ましく思う。

 前回のバスケットを差し出して回収するとぺこりと頭を下げられる。

 

 「毎度あり。次もまた来週で?」

 「えぇ、お願いね」

 

 それだけ言葉を交わすとユミルは“じてんしゃ”とか言う人力の馬車モドキに跨って帰って行く。

 もう自転車に慣れて疑問も抱かずに扉を閉めてキッチンスペースに急ぐ。

 先ほど受け取った紙はクリスタやヒストリアからの手紙だ。

 最初はバスケット内に入れて来ていたのだが、私の様子を伺ってくるように言われた者が確認の為に改めようとしたから袖の下に隠すようになったのだ。

 まぁ、その者達は一緒に居た黒猫に襲われて、今では近づきもしないのだけど…。

 ちなみに返却したバスケットにはフリーダからの手紙が納められている。

 彼女には本当に世話になっている。

 二人の様子を見に行った際に見つかり、食事処ナオに誘われて数年ぶりに一緒に食事をとった。

 堂々とするわけにもいかずに密会の様であったが、クリスタとヒストリアと美味しい料理を食べながらの会話はここ数年で一番嬉しかった出来事だ。

 会う事がままならない事は二人共察しており、納得したように諦めていた。

 そんな私達を見かねて手紙の運び役を買って出てくれたのが、クリスタとヒストリアの友人であるユミルなのだ。

 手紙を届ける代わりに何か注文してくれと店の利益も考えている辺り抜け目ないが、こちらとしては有難すぎる申し出である。

 なにせ愛しい妹達の手紙と同時の食事処ナオの料理を食べれるのだから。

 

 バスケットの中にはホットドックが納められていた。

 レイス家では絶対に出ないスカスカのコッペパンに、具材が挟まれている。

 具材はエルディアで代表的なランチであるヴルスト(腸詰)ザワークラウド(キャベツの漬物)、蒸かし芋などなど。

 このランチメニューならほとんどの店で置いてあるのだけど、あの店のは他の店と違う。

 頬を緩めながら被り付く。

 こんなところを父や母に見られたら行儀が悪いと叱られるがここには咎める者は居ない。

 それにこのホットドックは切り分けて食べてはならないのだ。

 

 パリッと詰まったヴルストの薄皮が音を立て、一目散に弾け出た脂によって肉の旨味が口内に一気に広がる。

 濃い肉の味と旨味を舌で確かめながら、そのまま一気に噛み切る。

 店によっては塩辛かったり、酸っぱかったりするザワークラウドは程よい酸味と塩気に押さえられ、ハーブによって付与された香りと味が癖になる。このザワークラウドは口をさっぱりさせる和え物ではなく、単体で食べても良い位美味しい。

 一番下に敷かれている蒸かし芋代わりのマッシュポテトは素朴な味わいと滑らかな舌触りでヴルストとザワークラウド双方の味を包み緩和し、一つの料理として纏め上げてゆく。

 

 うん、やっぱり美味しい。

 

 満面の笑みを零しながら二口目をガブリと被り付く。

 毎週このホットドックと手紙を楽しみに訪れているが、このホットドックは未だに飽きる事がない。

 どうやればこんなにヴルストがパリッと仕上がるのか?

 柔らかさを持ったまま外側をカリッとコッペパンを焼いたのはどうやったのだろう?

 疑問を浮かべては舌鼓を打ち、いつの間にか一本食べてしまう。

 一息ついて二本目を手にしながら折り畳まれた手紙を広げる。

 

 一文字一文字を目で追うごとにクリスタとヒストリアに対する気持ちが強まり、早く当主となって二人をちゃんとした形で迎えたいと思う。

 そうなったら三人であの店に行くんだ。

 

 今から楽しみで仕方がない。




●現在公開可能な情報

・ランチセット
 昼食時に訪れるお客がよく口にするメニュー。
 ソーセージにザワークラウド、ポテトがメインでオプションでパンにコーンスープorオニオンスープ、スクランブルエッグを追加できる。
 
 一般的なエルディアの食事メニューでもあるので、初めて訪れるお客や知らないメニューに挑戦しない客がよく注文している為にかなりの人気を誇る。
 平日の昼食時では牛丼などの早くて美味しい丼物と並ぶ人気メニュー。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28食 チョコレートフォンデュ

 飲食店の忙しい時間帯は昼食時や夕食時。またティータイム時や開けている店は飲食店でも限られる朝食時。

 他の時間帯は比較的緩やかで、店側としては待機状態は維持しつつも気を緩められる。

 食事処ナオもその例にいつもなら当て嵌められていたのだが、今日は開店してすぐに客が入ったのだ。

 入店してきた客はフランツ・ケフカ、ハンナ・ディアマント、ミーナ・カロライナ、エレン・イェーガー、ミカサ・アッカーマンの訓練兵団所属の訓練兵五名であった。

 もう彼らは訓練兵団卒業間近で毎年この時期であれば各兵団に所属を決めているのだが、本年は調査兵団の壁外調査と時期が被り、行われる兵団勧誘の公平性が保てない事から、訓練課程を修了しても訓練兵団所属のまま待機という臨時の措置が取られているのだ。

 訓練が無くなり暇を持て余していた彼らは、混む前に食事処ナオで飯を食いに行こうという事になったのである。

 普段ならサシャやジャン達にも声を掛けるべきなのだが、掛けたら騒がしくなるのは必須。

 人も少ないだろうから今日ぐらいは静かに、落ち着いて食べようとこのメンバーで来たのだ。

 ちなみにクリスタとヒストリアも誘ったのだが、午後三時に行くとの事。

 

 「カップル向けの料理…ですか?」

 

 エレンにチーズハンバーグ、ミカサにプリンアラモード、ミーナにチーズケーキの注文を受けた総司はフランツの言葉に疑問符を付けながら繰り返した。

 いつもならテーブル席に行く筈のハンナとフランツのカップルがカウンター席に座ったのかと、不思議に思っていた今週は午前シフトのアニとファーランが納得いったように声を漏らす。

  

 「総司さんって聞いたら色々勧めてくれるじゃないですか?」

 「だからそういうのもないかなって思いまして」

 「考えた事なかったですからね。確かにそういう料理があっても良いかも知れませんね」

 「…なぁ総司さん。そこの馬鹿夫婦は良いとして、なんで俺達のほうを見るんだ?」

 

 ちらりと視線を向けられた事に不服そうに口にするエレンに総司はきょとんと少し驚きながら答えた。

 

 「お二人は(エレンとミカサ)そういう関係ではないので?」

 「ブッ!?」

 

 思わず咽たエレンはもろにハンバーグが気管に入り込んでゴホゴホと咳き込み、真っ赤に赤面したミカサが慌てながら背中をさすりながら弁明する。

 

 「わ、私達は…その…家族…みたいなものだから」

 「それって恋仲って意味じゃなかったんだな」

 「と、いうか家族(夫婦)だとばかり思っていたが」

 

 アニとファーランの言葉にさらに赤くなるミカサは黙りこくり、そんな様子を見てしまったエレンも気まずそうに俯く。

 ここにジャンが居たならば血涙を流していたんだろうなぁとミーナはニマニマと笑みを浮かべながら眺めていた。ハンナとフランツのバカップルぶりは見慣れて飽き飽きしていたが、初々しいエレンとミカサの反応は見ていて面白いし、宿舎に戻ってクリスタ達と盛り上がれる話題に興味津々だ。

 カップル向けの料理を注文しに来たハンナとフランツはエレンの“馬鹿夫婦”という単語に過剰反応して、「お似合い夫婦なんて」とか「気が早いよエレン」と嬉しそうに呟きながら二人の世界に入り込もうとしている。

 

 注文を受けた総司としては呑気に事を構えられない。

 今まで恋人など居らず“恋人向け料理”というジャンルに疎く、今までそちらに気を回したことが無かったので悶々と頭を悩ましていた。

 要は相手と楽しみながら食べるという事だからパーティ料理で問題はないだろう。しかし、パーティ用の料理は大人数で食べる事を目的に量を増やしたものが大半だ。恋人同士用とは異なるのは容易に判断するが、逆にそういったものに何が必要なのだろうか?

 見た目を考えた色合いに複数人で食べれながらもお互いに楽しめる料理…。

 一つ、思い当たるデザートがあり、ソレを作ってみるかと大きく頷いた。

 

 「デザートでも宜しいでしょうか?」

 「勿論です。あぁ、どんなデザートか楽しみだね」

 「今から期待でいっぱいだよ」

 

 二人は見つめ合ってから総司の作るデザートに興味をもって様子を伺う。

 まず湯をポットで沸かし始め、鍋に牛乳と生クリームを入れてヘラで混ぜながら沸騰しないように温める。

 ポットより湯気が噴き出ると大きめのボウルに湯を注ぎ、ちょっと小さめのボウルに冷蔵庫から取り出したチョコレートを大量に入れて、湯を注いだボウルに浮かせて伝わって来る熱でチョコが蕩け始め、周囲にカカオの香りと強い甘みを持った匂いを放つ。

 ふわりと漂った匂いに頬が緩み、期待はさらに高まった。

 液状にとろけたチョコレートを牛乳と生クリームが入っている鍋に流し込み、アーモンドパウダーと果実酒を加えて優しくかき混ぜる。

 表面に掛けられたパウダーが混ざりきると火を止めて、冷蔵庫から取り出した果物をまな板の上に乗せて、スライスしては皿へと盛り付けて行った。盛り付けが終わると目の前に小型コンロが置かれ、チョコレートが加えられた鍋が乗せられる。そしてその隣に果物を乗せた皿と持ち手が木製で先が鉄製で二つに分かれたフォークが二本だされて用意は完了した。

 

 「これは…」

 「チョコレートフォンデュと言って果物などをチョコレートに浸けて食べるデザートです」

 

 皿の上にはキウイ、バナナ、イチゴ、パイナップルといった果物がスライスされ、ハンナはその彩に魅せられ目をキラキラと輝かせる。

 彼女の嬉しそうな様子にフランツは満足そうに笑みを浮かべる。

 

 「早速食べてみようか」

 「そうね」

 

 フォークでまずイチゴを刺してチョコレートに浸け、口元に近づけるとチョコレートの匂いに香ばしいアーモンドと爽やかな果実の香りが漂ってくる。

 はむっと含めば温められとろりとしたチョコレートによって独特な深みのあるコクと苦み、そして圧倒的で癖になる甘さが広がり、噛み締めればプチプチとした食感の後に、果汁が溢れてイチゴの甘酸っぱさがチョコレートの甘さと混ざり合って、濃い甘みを持ちながらもさっぱりとした味わいへと変化する。

 香りに食感、味のどれをとっても非常に好ましかったハンナはフランツを見つめた。 

 フランツもフランツでバナナを浸けて食べており、しっとりとした柔らかくなったバナナの食感が蕩けたチョコレートと違和感なくマッチし、素朴で優し気なバナナが主張し過ぎるチョコレートの甘味を落ち着かせてまろやかなな味わいとなる。

 

 「「フランツ(ハンナ)、これ美味しいよ」」

 

 言葉が見事に重なった事に自然と笑いが零れた。

 ハンナはもう一度イチゴをチョコレートに浸けて、自分ではなくフランツへと差し出す。

 差し出されたフランツは察してバナナを浸け、同じようにハンナへと差し出して、お互いに交差するように差し出された果物を含んだ。

 食べさせ合うという行為を楽しみながら、相手が進めてきた果物とチョコを味わってゴクリと飲み込む。

 

 「うん!この白い果物(バナナ)はしっとりとして合うね」

 「イチゴの甘酸っぱさでさっぱりするから食べやすい!」

 

 まったく違った味に興味が沸き、他の二種類はどうなのだろうとフォークを伸ばす。

 次にハンナはキウイに手を出した。

 噛み締めるとイチゴ同様に甘酸っぱさがあるが、水気が多いせいかチョコレートを味わうよりも先にキウイの酸味が広がり、あとから伝わるチョコレートの甘味が引き出され、べったりと絡まるチョコは薄まって後味がすっきりとする。

 味もそうだがイチゴのように粒々した種を噛み締める度にプチプチと弾ける食感が楽しい。

 

 フランツは歯応えのある肉厚なパイナップルを食べており、強めの酸味が今までのどの果物よりチョコレートをさっぱりさせ、しつこさを軽減していた。一口でかなりの食べ応えがありながらさっぱりしていて食べやすい。

 

 しっかりと味わった二人は先と同じように食べさせあいっこして、周囲の視線を完全に気にしない隔離空間を作り上げる。

 そんな空間から引き摺り出したのはじゃわぁ~と周囲に響き渡る揚げ物の音だった。

 自分達の世界からこちらへ戻って来たことを確認した総司は微笑む。

 

 「どうでしたかチョコレートフォンデュは?」

 「とても美味しいです。果物によって味わいがガラリと変わって面白いですし」

 「二人で食べてて楽しいですよこれは」

 「お気に召して頂いたようで何よりです。こちらも試してみますか?」

 

 差し出されたのは薄くスライスした芋を油で揚げたポテトチップスという食事処ナオで目にするお菓子だ。

 パリッとした食感に塩気と芋の旨味が特徴的な人気菓子。

 食事処ナオに訪れる子供(主にお菓子)から大人(主に酒のつまみ)まで大人気となっている。

 

 「試すという事はこれもチョコレートに浸けるんですか?」

 「はい、そういう食べ方もあるんですよ。それとこの焼きマシュマロもどうぞ」

 

 そう言われてハンナが受け取ったのは串に刺して軽く炙られ、薄っすらと焦げ目の付いたマシュマロだった。

 輪切りにされた緑色(キウイ)白い(バナナ)のは何となく果物なのだろうと分かったが、このマシュマロというものは何なのか見当もつかない。

 一見綿のようにも見えるがこうして出されたからには食べ物なのだろう。

 不安が残しながら物は試しと言わんばかりに勢いよく焼きマシュマロを食べた。

 

 ふわりと軽くもしっとりもっちろとした新食感。

 焼かれた事で口に広がる優しい甘さ。

 銜えたまま串を引けば伸びる粘り気。

 初めて体験するお菓子に頬を緩ませ、串に残っていたもう半分も食べてしまっていた。

 食べてから「これも浸けるものだった」と思って恥ずかし気に総司の顔色を伺う。

 別に気にした様子もなく総司は次のマシュマロを焼き始めており、焼き上がったのを差し出して来た。

 ホッと胸を撫でおろしながら二本目を受け取り今度こそチョコレートに浸けて食べる。

 

 「ん~!これ美味し過ぎるよぉ」

 

 軽く炙っただけでも柔らかかった焼きマシュマロに、温かいチョコレートが加わる事でさらに柔らかく、口の中で幸せと一緒に溶けて広がって行く。

 

 「ハンナ!ポテトもかなりいけるよ」

 「ほんと?」

 

 勧められたハンナは口を開けて食べさせてとアピールし、受けたフランツは嬉しそうにチョコレートでコーティングしたポテトチップスを食べ易いように差し出す。

 パリッとした食感にチョコレートの甘さとポテトチップスの塩気が広がって、今までと違った味に目を見開く。

 

 「本当!塩気と甘味が合うね」

 「だろ」

 「フランツ。あ~ん」

 

 今度はハンナがフランツへチョコレートにつけた焼きマシュマロを差し出す。

 パクリと被り付き、美味しさと驚きから声を漏らしながら食べる様子に微笑む。

 

 「私、イチゴが食べたいな」

 「はいはい。僕はもう一口マシュマロが食べたいよ」

 

 周りの目など元々気にする二人ではなかったが、それ以上に美味しく楽しめるチョコレートフォンデュが余計に二人だけの空間を生成させ、食べ終わるまでフランツとハンナの空間が破られることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 満足そうに二人が帰り、コンロや鍋などチョコレートフォンデュの後片付けをしていた総司は自身に向けられている視線に気付いて振り向く。

 すると眉を潜めながら何か言いたげなエレンと目が合った。

 首を傾げながら見つめ合っていると、意を決したのか重々しく口を開いた。

 

 「なぁ、総司さん。それってチョコだけなのか?」

 「それと言うのは…」

 「あの馬鹿夫婦が食ってったフォンデュとかいうやつ」

 

 馬鹿夫婦と言われて一瞬解らなかったが、”フォンデュ”という単語にハンナとフランツの事かと理解してから、エレンの問いに答えた。

 

 「いいえ、チーズフォンデュとかオイルフォンデュなどなど他にも何種類かありますよ」

 「チーズフォンデュ!」

 

 あるかなという想いがあったのだろう。

 返って来た答えに嬉しそうにガッツポーズを取った。

 その様子からメニューに加えた方がいいでしょうかねと思いながら、悪戯を仕掛ける子供のような笑みを浮かべる。

 

 「用意しておきましょうか?」

 「お願いします!」

 「二人用(・・・)ですね」

 「―――ッ、総司さんまでそう言う事を言うんですか!?」

 

 にこやかに笑う総司に、赤らめたエレンが照れ隠しに声を挙げる。

 またも真っ赤に染まったミカサをミーナはニヤニヤと微笑みながら二人の初々しい反応を満喫したのだった。

 

 

 

 この後、甘酸っぱいエレンとミカサの反応を土産に宿舎に戻ったミーナにより女子会が開かれ、第104期女性陣全員が知る事となり、揶揄う目的で口にしたサシャより話を聞いたジャンがこの世の終わりかの様な絶望の表情を浮かべたとか…。




●現在公開可能な情報

・フォンデュ
 フランツとハンナの注文により食事処ナオのメニューに載った新たな料理。
 チョコレートフォンデュは二人よりカップルのデザートとして認知され、ナオに訪れるカップルのデート時のデザートとなった。
 同時にメニュ―に載せたチーズフォンデュは濃厚なチーズとヴルストやパン、クラッカーなどを浸ける為にワインや火酒との相性が良いとの事で、複数人で飲む肴として注文されることに。

 チョコレートフォンデュだが、現状のエルディアでは再現不可能な品である。
 理由はカカオもそうだが、バナナやキウイもエルディアに存在しないので。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29食 ロースカツ

 俺は父親が嫌いで仕方なかった。

 変に真面目で頑固で好奇心旺盛の知りたがり…。

 幼い頃より反マーレ活動に身を置いていた父より反マーレの思想を教え込まれそうになったよ。

 正直言ってあの異常な父の教育に反発的だった。

 あの押し付けて来る感じを思い出したら今でも怒りが湧き上がる。

 もし叔母さんが緩衝材として話を聞き、慰めてくれなかったら父だけでなく母も反マーレを掲げた危険人物として告発していただろう。

 そんな毎日が崩壊したのは父が行方不明になったと報告を受けた時だ。

 なんだかんだ言っても我が家は父を中心に回っており、父が居なくなったと同時に毎日がお通夜の様な静けさと暗い雰囲気に包まれ続けた。

 一応戦死者に加えられた事で遺族年金で食っていけるにはいけたが雰囲気は最悪だ。 

 俺は叔母や母を想いながらも父と仲の良かった反マーレ組織から接触があって活動に参加したのも、戦士隊に立候補したのもその重苦しい空間から逃れようとしていたからかもしれない。

 苦しい訓練を耐え好成績を収めた俺は戦士隊の隊長に就任し、反マーレ組織の一翼として活動しやすくなったのは良かったのか悪かったのか…。

 ともあれ、マーレに忠誠を誓うエルディア人として、マーレ政府を転覆させようと目論む者としての二重生活にて日々はあっと言う間に過ぎ、諜報及び侵攻支援の為にエルディア国に潜入する命が下った。

 これまで母と叔母を放っておいて仕事に入り込んでいたのだ。

 ここで親孝行するのも悪くないだろう。

 家族旅行とはいかないが単身で居るよりは家族連れの方がスパイと疑われる可能性は低い。

 勿論血縁者を連れて行くとなればマーレ政府より亡命を企んでいると疑われるので、偽造した身分証明書が必要だったがその辺は問題ない。

 父が行方不明になってしまった事を心苦しく思って接触してきた反マーレ組織の大物、“フクロウ”と呼ばれているエレン・クルーガーさんによって何の問題もなく手に入った。

 こうして俺は戦士隊の部下四名と民間人からの選出という形で母のダイナ・フリッツと叔母のフェイ・イェーガーを伴ってエルディアに潜入したのだ。

 潜入に関してはエルディア貴族との繋がりがあるので少人数であればまずバレはしない。

 そうやって入り込み、母と叔母の気分転換させながら任務をこなしていたのだが一つ不審な報告が上がった。

 アニちゃんからの報告ではマーレの技術力を遥かに凌駕する家電を有した飲食店があるというのだ。

 この報告はアニちゃんだけでなく確かめに行ったライナーとベルトルトからも同様の報告と、その技術力の高さから予定されていた侵攻作戦を延期すべきだと提案してくるほどに。

 報告書を受けて裏を色々調べたがどうにも尻尾が掴めない。

 仕方がなく自ら出向こうと客として行く事にする。

 ついでに母と叔母を連れて行って外食するのも良いだろう。なにせ良質で美味しく、安い品ばかりだというのは食糧問題を抱えたエルディアでは願っても居ない店だろう。

 そう想って連れて来たのがいけなかったのだろうか?

 

 「どういうことか説明してくれるかしら?」

 「いや、違うんだダイナ。これは…その…」

 「なにが違うのお兄ちゃん?」

 「ま、待ってくれフェイ。今考えをまとめ――」

 「ハッキリしたらどうなの?」

 「カ、カルラ!少し落ち着こう…」

 

 隣のテーブル席で(ダイナ)叔母(フェイ)、そしてこちらで結婚した女性(カルラ)に凄い剣幕で詰め寄られているクソ親父(グリシャ)の姿を見たらそうも思うだろう。

 何と戦死したとされていた父親が生きていて、マーレや同志の目を欺いてのうのうと新たな家庭を築いて暮らしていたなんて誰が想像できただろうか?

 そしてまさか自分に腹違いの弟がいたなんて…。

 目付きは鋭いがまだ少年らしい幼さを残し、父親ではなく母親似で綺麗な顔立ちをしている。

 俺は親父似だから正直に羨ましいよ。

 もしも父親と同じだったなら嫌悪感を向けていただろうが、まったく異なった顔立ちからそのような感情は無く、寧ろあのクソ親父の被害者として同情すらしている。

 

 「すまないね。今日は何か祝いの席だったろうに」

 「いえ、そうだったんですけどこれはいくら何でも…」

 

 今日はエレンの訓練兵団卒業と上位十名に入ったお祝いにとグリシャとカルラが何処かで美味しい物を食べようと出てきたのだ。自分の懐を気にせずに食事処ナオで美味しいものがいっぱい食べれると喜んでいたけれども、この状況でそちらを優先する気はすでに失われ、グリシャに怒りの様な感情を今は向けている。

 に、しても店側には悪い事をしてしまったな。

 三名の怒気に周囲の客は委縮し、訪れた客は気圧されて若干引き攣りながら踵を返す。

 その様子に店員であるアニも訪れた際は驚きを露わにして緊張していたようだったが、今では怒気を含んだ睨みを利かしてきている。このままではアニちゃんに投げ出されそうだ。

 

 「お詫びになにか奢るよ」

 「そんな悪いですよ」

 「今まで知らなかったとはいえ兄弟なんだ。兄らしいことをさせてくれないかな?」

 

 理由は兎も角アニちゃんの視線が若干和らいだ気がすることにほっと胸を撫でおろす。

 エレンはこの空気から脱したいのも、お腹が空いていたのもあって提案に乗り笑みを浮かべて頷いた。

 どれを注文しようかとメニュー表を開くが知らないメニューが多すぎる。

 報告書にあったのも多々あるが書かれてない方が圧倒的に多い。

 こうなるなら先に料理の説明だけ送ってもらうべきだったか?

 

 「それにしてもここの料理は色々あるな。解らない品も多いし悩むね」

 「ジークさんは何か食べたいものがあるんですか?」

 「何か食べ応えがあって安い料理が欲しいかな」

 「どのジャンルが良いんですか?肉?それとも魚?」

 

 魚を入手するには距離があり、食肉の価値が上がっているエルディア内でこのように肉か魚かと普通に言われるところを考えると異常さがよく分かる。

 最近の報告書では生魚を使用する海鮮丼なるものも提供していると目にした時は正直に疑ったが…。

 さて、ここで真偽を確かめるべく魚料理に手を出すべきか?

 生魚はあまりに蛮勇に過ぎるし、干物ならまだしも現実的に考えるなら焼き魚もここまで運ぶまでに腐っているだろう。

 魚料理は避けるべきと判断するなら肉しかない。

 肉ならば牛丼なる料理が人気が高く、安くて美味いと聞いている。

 

 「どちらかで言うと肉料理だね」

 「食べ応えがあるって事なら“トンカツ”とかどうです?肉厚で美味しそうだったからちょっと気になってたんですよ」

 

 トンカツ?

 聞き覚えの無い料理だ。

 報告書にも上がっていなかった。

 メニュー表を開くとロースカツというのがあるのだがコレの事だろうか?

 気にはなるがここで挑戦するべきかは悩むところだ。しかしこの値段で食べ応えのある肉料理が提供されるというのであれば悪くない。

 

 「母さん、叔母さんも同じので良いですか?」

 

 グリシャに意識を向けていたダイナとフェイが我に返ったようで放置しっぱなしだったこちらに申し訳なさそうにそれで良いわと告げた。

 意識が離れた事で周囲との温度差を実感して少しばかり頭が冷めたのだろう。

 が、安堵した表情で助かったよと言わんばかりにこちらを見るのは止めて欲しい。

 何もアンタ(グリシャ)を助けたつもりは微塵もないのだから。

 最終的にロースカツ定食を六つとなり、注文をアニちゃんより伝えられた店主(総司)は調理を始めた。

 

 調理している様子を眺めながら報告にあった電気製品に視線を向ける。

 マーレの物より小型ながらも性能はそれを超えるとされる冷蔵庫。

 開くたびに思うが内容量に対して壁面が薄い。

 それだけ効率化が図られ、機器の小型化がなされているのだろう。

 驚異的な技術力だ。

 アニちゃん達が危機感を覚えるのも納得の代物だ。

 それにあの食品を温める箱(電子レンジ)輪が描かれた台(電気コンロ)にフライパンを乗せたら熱される仕組みなど訳が分からない。

 やはり眺めるよりは内部から探る方が良さそうか…。

 そう判断すると家電から調理へと向け直す。

 慣れた手つきでキャベツひと玉が包丁で切られ、あっという間に千切りの山に成り果てた。

 小さな木製のボウルに盛り付けると今度は分厚い豚肉に卵などの液体に浸け、パン粉を付けると鍋一杯に広がる油の海に投入した。

 じゅわぁ~と揚げられる音が響き、香ばしい匂いに空腹感が刺激される。

 揚げられている間にコーンスープを汁椀に注ぎ、茶碗に米をよそう。

 最後に揚がった豚肉(ロースカツ)を皿に乗せて、トレイに茶碗に汁椀、キャベツを盛った皿にソースを入れた小皿などと一緒に運んできた。

 

 「ロースカツにソースを浸けてお食べ下さい。からしもありますのでお好きにお使いください」

 

 総司はそう告げてロースカツ定食を置いていきジークは思った。

 ロースカツと言われたが要はシュニッツェルだろ、これ?

 端っから斬り分けられていた一切れにフォークを突き刺し、齧りついてみる。

 シュニッツェルとは言うのはラードやバターを引いたフライパンで揚げるのだが、油の量は多くないので揚げ焼きするものである。

 対して目の前のロースカツは大量の油で揚げた。

 正直に言って油の無駄遣いではと思っていたがそうではない。

 揚げ焼きではなく完全に揚げることで外の衣はカリッと仕上がり、中は外の余熱で仕上げられることで焼いた時の様な硬さはなく、良質な豚の脂が中に閉じ込められる。

 

 噛み締めた瞬間に響くカリっと香ばしい衣の音。

 軽く噛んだだけで噛み切れる肉厚ながらも柔らかい豚肉。

 塩コショウで下味をつけられた豚肉の味と中より肉汁がじわりと溢れる。

 噛み締める度に味は濃くなり、久しぶり過ぎる“肉を食べている”という実感に幸せが身体を満たす。

 

 「これは美味しい!エレン君はよく食べるのかい?」

 「エレンで良いですよ。…これは初めてですが他にも美味しい物いっぱいありますからね」

 「ほぅ…それは楽しみだ」

 

 他にもこれ同様に美味しいものがあるのかと思うと本当に楽しみで仕方がない。

 二切れ目、三切れ目を食べているとさすがに揚げているだけに油が頭を回り始める。

 エレンはまだ若いからなんともないかも知れないが、歳を重ねていると徐々に油に対する耐性が弱まっていくもの。

 そういう時にはキャベツの千切りを食べる事でリフレッシュさせる。

 千切りに掛けられた酸味を持ちながらも甘味のあるドレッシングが、キャベツ単体だけでは得られないさっぱりとした風味と千切りキャベツだけでも食べれる美味さを与えてくれている。

 例えロースカツが無くともこのキャベツとドレッシングだけで腹いっぱいになるまで食べれただろう。

 

 ふと、目の前のロースカツ及び対面に座るエレンからグリシャ達が座っているテーブル席へと視線を向ける。

 するとグリシャを除いた三人の女性陣が頬を緩めながら談笑して居る様子が伺えた。

 美味しいもので心が満たされ、怒りが緩和されて余裕が出来たのか?

 …いや、違うな。

 彼女達は全員グリシャの被害者。

 そういう意味で思いを共有できるところもあるのだろう。

 なんにしても食事を楽しんで貰う為に連れて来たのに、思わぬ最悪の再会で終わらずに済んでよかった。

 

 そう言えば店主がソースやからしをお使いくださいと言っていたな。

 思い出したジークは皿の脇に置かれていたソースの小皿に一切れを浸けて何気なくかぶり付く。

 あまりの美味しさに目を見開いた。

 このソースというのも絶品だ。

 果物を連想される爽やかで自然な甘み。

 濃厚で滑らかでありながらロースカツの味わいを殺すことなく引き立てる。

 さらに含まれたゴマのアクセントが堪らない。

 このソースだけでこの美味さ。

 さらに勧められた“からし”なるものを付けたらどうなるのだろうか?

 

 期待高めでからしが入っている小瓶の蓋を開けて、小匙ですくい皿の端に乗せる。

 どうみてもマスタードにしか見えない“からし”なるものもシュニッツェルとロースカツみたく違いがあるのだろう。

 心して掛からねば…。

 少しばかりのからしをロースカツに塗り、ソースに付けて齧り付くとツンと鼻に来る刺激と独特の辛味がソースとロースカツの味わいをさらに引き上げたうえにからし自体が癖になる。

 これは美味し過ぎる。

 自然に茶碗に手が伸び、掻き込むように米を口に放り込んでいた。

 米との相性も良い。

 満足いくほどの厚みに肉の旨味。

 ソースとからしがさらに美味しくし、食べていると米やキャベツが進んで腹が満たされる。

 なによりこの満足いく量でこの安さだ。

 ロースカツに齧りついては米を掻き込み、またロースカツに齧りつくとたまにキャベツの千切りを頬張る。

 それを繰り返していたら米が無くなり、ロースカツも無くなってしまいそうだ。

 

 「おかわりを頼むよ」

 「畏まりました。他にもおかわりの方はいらっしゃいますか?」

 

 皆同じようでおかわりが相次ぎ、総司はおかわりの注文に答えてゆく。

 ロースカツが揚げられて、香ばしい音色と食欲をそそる匂いが充満する。

 出来上がるまでに今まで放置していたコーンスープに口をつけた。

 滑らかで優しい味わいがホッと安堵感を与えてくれる。が、マーレで味わったものより美味しく感じるのは何故だ?

 料理人の腕前?食材の優劣?それとも今食べている環境と雰囲気がそう思わせるのか?

 まぁ、美味しいのだから何でもいいけどさ。

 

 そうして新たに持って来られたロースカツが持って来られるが、今度はソースと異なる液体の入った瓶も添えられていた。

 

 「先ほどと同じソースとからしで宜しいですか?他にも醤油とわさびもあるのですが如何致しましょう?」

 「醤油?よく分からないが今度はそちらを試してみよう」

 

 勧められるままに醤油という水っぽいタレの入った小皿と緑色のわさびという薬味を受け取る。

 からし同様ロースカツにわさびを塗り、醤油と言う水っぽいタレに付けて齧り付くとスッーとワサビの風味が鼻を抜け、塩気と甘味が共存した深みのある醤油がソースとは違った味わいを演出する。

 食べた瞬間に理解したが、この醤油というのは単体でも米と合う。

 ロースカツだけでも合うのに醤油だけでも合うのならもはや米待ったなし。

 掻き込むというよりがっつくように喰らい付いていた。

 気が付けば茶碗は空となり、急ぎおかわりを注文する。

 完食するころにはあれから三杯ほど米をおかわりしており、張ったお腹を撫でながら満足気に吐息を漏らす。

 

 「美味いなぁ。久しぶりにこんな美味しいものを食べたよ」

 「ここにはもっと他にも美味しいものがいっぱいありますよ」

 「それはまた来た時が楽しみだ。今度はエレンのおすすめを楽しもうかな」

 「是非に」

 

 笑い合う弟の存在にちょっと救われた。

 なんでだろう。

 今まで居る事すら知らなかったというのに、こうやって弟と知り、飯を一緒にした事で愛着が沸くのは。

 

 「帰りましょうジーク」

 「あぁ、では私達はこれで」

 「またのお越しをお待ちしています」

 「今度はこういった事のないように、普通の客として来ますよ。それとまたなエレン」

 「あぁ、またね……に、兄さん…」

 

 微笑を浮かべる店主とエレンに背を向け、支払いを済ませたジークはダイナとフェイと共に店を出る。

 父親のことは考えるところではあるが、弟が出来た事と食事事情で問題を孕んだこの国で行きつけとなる店を見つけた喜びで満ち溢れていた。

 ただ彼は戦士隊の隊長であるからしてそれだけでいる訳にはいかない…。

 母と叔母より少し距離を置きながら歩いていると人ごみに紛れて戦士隊に所属している女性(ピーク)が帽子を深くかぶり、気付かれないように近づいてきた。

 

 「どうでしたか?」

 「色々と興味深いところだったよ。そこで追加の人員を頼みたい」

 「補充要員ですか…至難ですね」

 「ピークちゃんなら問題ないでしょ」

 

 本国より人員を用意し、エルディアに密入国させて、偽装した身分と住まいを用意するのは容易ではない。

 それが例えエルディア貴族の一部をこちらに付けていたとしてもだ。

 背後で深いため息を吐かれたものの、スッと姿を消した事から了承してくれたのだろう。

 帰宅したら早々にリストを作っておかなければ…。

 

 「また行きましょうねジーク」

 

 考え込み、俯いた俺は声を掛けられ顔を上げる。

 そこには久しぶりに見た母と叔母の笑顔があり、自然とジークにも笑みが零れる。

 

 「えぇ、もちろん」




●現在公開可能な情報

・調査兵団最終報告
 予定より早く予定地点まで進出した調査兵団は無理せずに帰還することを決断。
 本日無事にトロスト区に戻り、夕刻であった事からトロスト区の宿屋で一夜を明かす事に。
 
 未確認だが二名ほど後処理を放り出し宿屋を抜け出そうとしたところをリヴァイ兵士長が取り押さえたとか…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30食 スパゲッティ

 すみません!
 また気に入らず書き直しておりました。


 都市伝説というのは大概は人々の良くも悪くもある想いより生まれるものが多い。

 ゾクリとする怖い物から実際に有ったらいいなぁと思わず同意するものまで様々だ。

 ウォール・ローゼ南の突出区であるトロスト区にもそういった都市伝説が存在する。

 曰く、肉や魚を提供する店で、値段は質や量に比べて安い。

 曰く、建物自体が珍しく、中に一歩踏み込むと澄んだ空気に包まれ何時までも居付きたくなる。

 曰く、暴れたり騒ぎ過ぎると店員に投げ飛ばされる。

 曰く、道に迷った時は猫が案内をしてくれたなどなど…。

 他の都市伝説と何ら変わらないお話。

 だけど興味が惹かれる話であるのも確かだ。

 本当であるなら安くて美味しい食事にありつけ、嘘であるならちょっとした暇潰しと真偽をハッキリさせられる。

 

 彼女―――イルゼ・ラングナーにとってはどちらに転んでも良かった。

 調査兵団第二旅団所属で第56回壁外調査でも最左翼を担当し、今までの壁外調査では無かったほど順調な進軍で無事帰還を果たした彼女は、前日に報告書を挙げて今日という休みを都市伝説の真偽を確かめる調査に当てていた。

 と、いうのも今はまだ調査兵団はトロスト区にて待機しているので近かったのもあるし、昼食を摂るなら美味しい所が良いなという想いもあったからである。

 イルゼは歩きながら開いたメモ帳にペンを忙しなく走らせ続ける。

 逐一その場の状況を書き留めるのでメモ帳には書きなぐるように文字の羅列が並び、犯罪がよく起こる路地裏を進むことにいささかの恐怖もないなど勇ましい事を書いておきながら表情は不安に歪んでいた。

 一応ベテランの調査兵ではあるものの、基本臆病寄りの性格なので正直に言うと何時巻き込まれるかと考えて怖がっているのだ。ゆえにメモ帳に強気な言葉を書き綴る事で精神の安定を図っているのだ。

 これは昔からの癖でもあり、死と隣り合わせの調査兵団に入ってからはそれが悪化し、常にメモ帳とペンを手にしている姿が見受けられるようになってしまった。

 最強であるリヴァイや嗅覚が異常なミケなどと並び、別の意味で注目を集めている兵士でもあるのだ…。

 

 不安そうな眼がきょろきょろと辺りを見渡しながら、速足で裏路地を進んで行く。

 足以上の速度でペンが動き続け、ひとページが文字で埋まりきる。

 それだけの不安を抱いているイルゼはあり得ないと思いつつ都市伝説の店、もしくは“案内する猫”が居ないかと必死に探す。

 普通に猫が案内するなどあり得る筈がない。けどそんな戯言にでも跳び付きたい心境にある彼女は必死だった。

 

 ―――黒猫遭遇。

 

 メモ帳にそう書いたイルゼの表情は明るいモノだった。

 黒猫とメモ帳を視線が往復し、黒猫の特徴を書き綴ってゆく。

 ちらちらと見られているナオは明らかに不審者を見る様な表情を浮かべていた。

 ようやくペンの動きが止まったイルゼはナオの前まで来るとしゃがみ込む。

 

 「す、すみません。貴方は美味しい料理を提供する店を知りませんか?」

 

 震えながら縋る様に聞いて来る様子に小さくため息を漏らし、ナオはとことこと歩き出す。

 どうすればいいのかと立ち尽くすイルゼに顎をしゃくってついて来いと示しながら。

 あたふたと慌てながらついて来るのを確認しながら食事処ナオに送り届け、ナオはいつもの縄張りの見回りに戻る。

 件の店を発見できたことに頬が緩み、ペンが激しく動き出す。

 一連の事を書くと店の扉を開ける。

 客の出入りを知らせる鐘の音を耳にし、ふわりと澄んだ空気の流れを肌で感じた。

 驚きを表情で現したイルゼに「いらっしゃいませ」と声が掛けられる。

 慌てて何か言おうとも言葉が出ず、ぺこりと頭を下げると「お好きな席へどうぞ」と言われるがままカウンターの端っこの席に腰かけた。

 店員から水とおしぼりのサービスに感心し、不純物が微塵も浮いていない甘味さえ感じる冷えた水と心地の良い温かさを持ったふわふわなおしぼりの感触に心底驚く。

 イルゼはサービスの事や店の落ち着いた雰囲気、店員の態度などを書き留める。

 軽く書き殴ると手を止めてメニュー表に目を通す。

 記す事も大事だが、今は何か注文した方が良い。

 注文もせず書いていたら店員に不審な目を向けられるだろうし、お腹と背中がくっ付きそうなほどお腹が空いてしまっているのだから。

 さて、何を注文しようかと開いたイルゼは困惑した。

 どれもこれも知らない料理ばかり。

 中には知っているものもあるが、あんな思いをして探したのに何処でも食べれるヴルストとザワークラウドを注文するのも気が乗らない。なにか安くて親しみがあり、それでいて目新しいモノがないか。

 そんな“冒険したいものの安全第一で”とのイルゼの要望を叶える料理に目を止める。

 

 ――スパゲッティ。

 パスタに様々なソースを絡めて食べるエルディアでも一般的な料理。

 ただソースによっては材料費で高値になるのだが、この店はどれも安くあまり変わらない。

 勿論知らないものもあるが、ペペロンチーノ(アーリオ・オリオ・ペペロンチーノ)やカルボナーラ、ボロネーゼなど覚えのあるスパゲッティにホッと安堵を覚える。

 一番のおすすめは“ミートソース”と記載されており、肉のソースなら予想しやすい上におすすめと銘打ってあるからには外れと言う事は無いだろう。

 イルゼは店員に注文を済ませ、今の事を書き留めたら店内の見渡す。

 若者から老人まで楽し気に食事をしている光景に平穏を感じて穏やかな心持ちになる。

 少し騒がしくしている訓練兵の少年少女の会話に耳を傾けながら時間を潰していると、店員が料理をもってやってきた。

 

 「お待たせしました。ミートソースのスパゲッティです。この粉チーズはご自由にお使いください」

 「え、あ、はい」

 

 皿の大半を占める細いパスタ麺の上にひき肉や茄子が混じった赤いソースが装われていた。

 値段と比較してこの量は些か多すぎないかと疑問を抱きながらもフォークを手に取って一口食べてみる。

 美味しい。

 赤いソースからボロネーゼの改良か何かかと思ったら別ものだった。

 まずワインを主体にしたソースではなく、このミートソースはトマトとひき肉を主体にしたソースでトマトの酸味とひき肉から溢れ出た旨味が調和し、さっぱりとしながらも肉の旨味を生かした素晴らしいものであった。

 それとソースと一緒だった茄子とトマトの相性が抜群過ぎて、茄子とソースだけでも一品出来るのではと思えるほど美味い。

 ソースも素晴らしいが麺も素晴らしい。

 普通なら茹でただけの麺がバターと一緒に炒められたのだろう。

 食感は程よく固く、バターの風味がしつこ過ぎない程度に合わさり、ソースと絡む事でコクをつぎ足す。

 これは当たりメニューだ。

 今度からここで食事をするようにしよう。

 とは言っても調査兵団の本部や宿舎から遠いのでたまになるだろうけど、足を運ぶだけの価値がある。

 量が結構あると想っていたが想像以上にお腹が空いてしまっていたようだ。

 少し悩ましいが値段と相談しておかわりを注文することにする。

 自然と頬が緩み、口元がソースで赤らみ始める。

 思わずぺろりと半分ほど食べてしまったが、店員が勧めてきた粉チーズを忘れるところだった。

 ミートソースのスパゲッティと一緒に渡された筒状の入れ物を手に取り、蓋を開けて口をスパゲッティに向けて振ると本当に細かい粒状のチーズが粉雪のように降り注ぐ。

 麺に絡めて含むとチーズの風味が酸味を柔らかくしマイルドな味わいに変えた。

 チーズとミートソースの相性は茄子とトマト同様に良い。

 もう少し掛けてみよう。

 あ…ちょっと振っただけなのにすごく多く出た。

 掛け過ぎな気がするがこれはこれでチーズの味が前面に出て、癖のある味わい。

 悪くない。

 寧ろ良い。

 これはフォークが進む。

 自分でも驚くような速度で食べきってしまったイルゼはおかわりはまだかなと顔を上げると丁度持って来られるところで、待ち切れないと顔に出ていたのか店員が少し急ぎ足で近づいたのには恥ずかしさを覚えた。

 二皿目を受け取り、最初っから粉チーズをかけて食べ始めたイルゼは、鐘の音を耳にして振り返って思いっきり咽た。

 扉を開けて入って来たのは調査兵団エルヴィン・スミス団長であった。

 まさかの団長の登場に驚き咽たイルゼは胸を叩きながら水で流し込む。

 窮地を脱すると息を整えつつ、団長へと視線を向ける。

 昼時になって客が増えており、どうやら相席になるようだ。

 

 ………人が多すぎて気付かなかったがあの席に座っているのウォール教のニック司祭ではないか?

 カウンターからでも見える巨大なチーズタルトを満面の笑みを浮かべて食べている。

 調査兵団とウォール教…。

 犬猿の仲である両者が同じテーブルで食事をする。

 絶対にありえないでしょう!!

 言い争いが始まるに決まっている。

 それも他の人も巻き込む様な形になると容易に想像できる。

 

 巻き込まれては大変だと焦るイルゼはさらにある人物を見つけてしまった。

 新たに入店したお客が同じテーブル席へと連れていかれているのだが、どう見てもリーブス商会のディモ・リーブス会長と息子のフレーゲル・リーブスだった。

 何あのかなりの発言力をもったテーブル席は…。

 それより客が混雑し始めて気付かなかったが店内にちらほらと見覚えのある顔がいくつもある事に今更ながら気付いた。

 

 ミケ分隊にハンジ分隊長を除いたハンジ分隊、元調査兵団団長の姿まである。

 なんだこの店は?

 路地裏にひっそり佇んだ店にしては客に大物が混じり過ぎているのだが。

 思わぬ人物達と店を比較していたイルゼは予想通りに言い争うが勃発した事に頭を悩ました。

 ただその言い争いの内容が「この豪華なチキンライスが一番なのは明白だ」「何を言うか!この我らを護りし壁の如く雄大さを秘めたチーズタルトこそ至高よ!」「馬鹿をいうなよ。食事処ナオ特製のタルタルソースをかけたフライが絶品なのは常識だろう」などと自分が注文した料理こそ一番美味いと言い争っているのだ。

 しかも一つのテーブルから議論は店内全域に広がり、そこら中で言い争いが勃発し始めた。

 危うくミートソースのスパゲッティが一番ですと言いかけた瞬間に、店内は一気に静けさが支配した。

 

 「テメェら、黙って飯も食えねぇのか?」

 

 調査兵団最強の兵士。

 リヴァイ兵士長のひと睨みは店内の騒ぎを収めるには充分すぎた。

 ため息をつきながら空いている席を探すリヴァイに総司が一言を告げた。

 

 「すみません。今席がいっぱいでして少し待っていて貰っても宜しいですか?」

 「……なに?」

 

 リヴァイは今まで脳を酷使して提出する報告書を書き上げあげていたので糖分が欲しくて仕方なかった。それと空腹感もあったので待たされるという事に絶望すら感じられる表情を浮かべる。

 そして何処か空いていないかと店内を見渡したのだが、元々眼つきの悪いリヴァイは機嫌が悪くなって自然にきつくなり、飢えた肉食獣が獲物を探すような瞳となっていた。

 意図して見た訳ではないが、目が合ったと思い込んだイルゼは震え上がり、大慌ててスパゲッティを掻き込んで店を後にした。

 慌て過ぎてその場にメモ帳を置いて行ったことに気付かないまま…。

  

 

 

 

 

 

 「今日は面白い客が居たな」

 「面白い客?」

 

 店仕舞いをした食事処ナオではいつも通りのデザートの試食をしようと、アニとユミルに加えてイザベルとファーランも座って待っていた。

 以前は店で暮らしているアニとユミルだけだったのだが、試食の話をイザベルが耳にした為に最近は仕事終わりのデザート試食に参加する為と、女の子に夜道を歩かせる訳にはいかないという事で空き部屋を借りて寝泊まりしている。

 住んでいるという訳でなく、あくまで寝る場所を提供して貰っている形なので休日はファーランと暮らしている家に帰っている。

 待つ間、暇なのでファーランが話題を振る。

 総司に作り方を習っているアニは知っているため興味は無いが、ユミルとイザベルは興味有り気に反応を示した。

 

 「どんな客だったんだ?」

 「それが入店してから終始メモ帳に書き続けてんだよ」

 「敵情視察かなにかか?」

 「そんな感じは無かったな。というかそうだったらもう少し隠れてやるだろ」

 

 言われて総司も具合を確かめながら思い出していた。

 昼時少し手前に訪れたお客でリーブス会長やスミスさん、司祭さんと相席して貰ったお客さんで、結構表情に出る女性で分かり易くスパゲッティを気に入ってくれていたっけ。

 

 「食事中も食べながら物凄いスピードで書いてたっけ」

 「なんか気になるなぁ」

 「確かに」

 「……そのメモ帳ならあるよ」

 

 トレーに色とりどりな一口タルトを乗せたアニが呟いた一言に気になり始めた三名が振り返る。

 イザベルだけは発言よりもアニが運んでいる一口タルトに意識が向いているが…。

 あれだけ必死に書き、手に持ち続けたのにどうして忘れたかなぁなんて話しながら笑い合う。

 忘れ物を保管している戸棚に視線を向けると持ち主に忘れ去られたメモ帳が鎮座している。

 

 「なら見てみるか?」

 「駄目ですよ。勝手に見たら」

 

 本当に見そうなユミルとファーランに総司が釘を刺しておく。

 

 「見てもバレないって」

 「バレるバレないではありません。そういうされたら嫌なことはしない」

 「えー…」

 「それ以上言うのであればこれはお預けですね――――連帯責任で全員」

 「なぁ――――ッ!!」

 「解った。絶対に見ない」

 「宜しい」

 

 さすがのファーランもイザベルの悲壮感漂う驚きからの怒りを込めながら涙目での睨みにはばつが悪そうに発言を撤回した。

 満足そうに笑みを浮かべた総司は皆の前に一口タルトを置く。

 種類はチョコレート、クリームチーズ、ブルーベリー、ストロベリー、ピーチと種類が豊富で、お持ち帰り用も兼ねたデザートとして提供しようと試作したのだ。

 出来れば後三種類ほど増やしたいのだがそれは追々考える事に。

 四人が様々な反応を見せながら食べる中、総司はふとリヴァイに頼まれた事を思い出す。

 

 「そういえば明日なんですがね。お客様が来ます」

 「―――ん?明日って休みだろ」

 「はい、そうなんですけどね。なんでも平日に来たら絶対に他の客に迷惑をかける奴との事で休みに開けてくれないかと」

 「勿論断っ―――ってないのかい」

 「いえ、断ったら自分達の制止を聞かずに突入するだろうと言われれば仕方ないではないですか」

 「仕方ないって言いながら笑ってる」

 「休みでも料理が出来んのが嬉しいんだろうね」

 

 指摘とアニの冷たい視線を受けて咳き込み、にやけた顔を元に戻す。

 

 「と言う事なので明日は店を開けますが、休みなので皆さんは休日通りに過ごしてください。昼食を食べに来たいと言うのであれば作りますよ」

 

 アニは休みなのに働くという総司に「ちゃんと休みなよ…」と諦め交じりの睨みを向けるが、諦めるほかないのだろうとため息を吐いて食べに来るとだけ伝えた。




●現在公開可能な情報
 
・食事処ナオの悩み
 最近常連客が増えてきたのは嬉しいのだが、人手が足りなくなってきている。
 フロアではなく料理人の方がである。
 現在は総司が同時に三品から時間が掛かるものなら五品を調理していても手一杯。
 アニが料理を覚え始めているので最悪フロアか厨房に一人雇いたいところだ。
 一応新たに求人募集のポスターを張っている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31食 中華②

 研究開発を主に行っている第四分隊メンバ―は、休日に開けて貰った食事処ナオに訪れていた。

 同じ分隊の仲間であるニファが奇行――コホン、探求心の塊のような第四分隊長のハンジ・ゾエに壁外調査時に渡された食事処ナオの弁当を見られた事が原因だ。

 食事処ナオはエルディアでは知られていない料理や食材、調理機具を扱う飲食店。

 そこの料理を目にしただけでなく口にしたハンジ分隊長が興味を惹かれない訳が無かった…。

 いずれははバレるだろうから時を見て話す……という未来の自分に丸投げしていたツケが回って来たのだろう。

 店内に入るや否や子供のようにはしゃぎまわり、矢継ぎ早に総司に質問をマーレ軍の機関銃のように放つ様子に頭痛すら覚える。

 休日に開けて貰っただけでも迷惑をかけているのに、さらに上乗せするとは本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 しかも来る筈だったリヴァイ兵士長はエルヴィン団長に呼び出されてここに来れないときた。

 唯一にして絶対のハンジへの抑止力を失い、もしもの時は力尽くでも押さえ付ける覚悟で第四分隊の面々は着ていたのだが、目の前で起こった事柄に感嘆を漏らす。

 矢継ぎ早な質問に対して穏やかに対応していた総司であるが、厨房に無理に踏み込もうとしたハンジに対して様子を伺っていたアニが投げ飛ばして組み伏せている。

 あまりの技術に目を見張るものがある。

 それに一般人ではなく訓練を受けた調査兵を組み伏せたという技術はかなりのものだ。

 

 「お客様、厨房に無断で入り込まれるのは困ります」

 「あはは…、以後気を付けまぁす」

 

 今後、食事処ナオに訪れる際はあの子(アニ)が働いている時にすれば問題はないかも。

 後で勤務表を教えて貰えないか聞いてみよう。

 対処前提に物事を考えている時点で問題が発生しているのだが、そのあたりに考えが及ばない辺り一般常識が麻痺しているモブリットは生暖かい目でハンジを眺めるのであった。

 

 

 

 

 

 拘束を解かれたハンジは服が汚れた事や組み伏せられた事に一切気に留めず、メニュー表や店に置いてあるあらゆるものへ意識を向けていた。

 厨房にある機械に興味津々であるが、これ以上怒らして叩き出されると聞くことも出来なくなるし、リヴァイに後で何をされるか分からないからね。今は少し(・・)抑えてモブリット達が美味し過ぎるという料理に舌鼓を打つことにしよう。

 それにしても本当に知らない料理がいっぱいだね。

 

 「ねぇ、モブリット。どれがおすすめなのかな?」

 「私達が勧めるのは中華料理ですね。みんなで分けるのでそれで良いですか?」

 「あぁ、それで頼むよ」

 

 ニファがこれが良いと口を出しながらモブリットが注文する品を見繕う。

 途中ビールと言う酒を勧められるが、どういったものなのかと判断するにあたってアルコールを摂取して脳の活動を低下させたくないので断り厨房の様子を眺める。

 気になる品々もあるがとりあえずソレらは今は置いとくとして、今は調理する様子が見えている事に注目していた。

 注文を受けた総司はテキパキと調理を始め、その様子は客席から丸見えだ。

 味などを模写されないように隠したりする店や、作っておいた料理を焼いたり炙ったりして注文を受けてから作るという手間を惜しんだりする所も存在する。

 けれどこの店は隠すことなく調理する光景を見せるばかりか、目の前で調理する事で発生する香りや音でさらなる空腹感と食欲を駆り立てる。

 これは味次第ではあの件(・・・)を頼んでみるのも良いかも知れないとニヤリと微笑む。

 そんなこんな考え込んでいると料理が出来上がり、到着と同時にモブリットが小皿に分けて行く。

 

 「へぇ~、本当に変わった料理ばかりだねぇ」

 

 見た事もない料理に目を爛々と輝かせて、人数分の皿に分けるモブリットに待ち遠しいと視線で訴えかけると呆れたような視線を返され、四種類それぞれの料理を分けた小皿を差し出される。

 受け取るとそれまで漂っていた香りが余計に近くなった為に濃くなった食欲の湧く匂いに空腹感が刺激される。

 空腹感に誘われるままに勢い任せに食べようとした自分を諫め、じっくりと味わおうとレンゲをとる。

 

 まずはこの海老シュウマイから行こう。

 海老はニファの弁当に入っていたエビチリから知っているし、またあの海老の食感を味わいたいと思っていたのだ。

 ちなみにニファが追加した料理はこれである。

 ひょいっとひとつ口に放り込み薄皮に詰め込まれた肉をムニムニと変わった食感を噛み締めていると、乗っていたエビのぷりぷりとした食感が躍り出す。

 肉の旨味にエビの淡白な味わいが混ざり合う。

 いや、肉の味より海老の味の方が濃く感じ、主役は私だ!と主張してくる。

 食感も口当たりも優しく食べやすい。

 

 「このエビを使った料理も美味しいね」

 「ですよね!この食感がなんとも言えなくて」

 

 本当に美味しそうに食べながらニファの言葉に同意する。

 川海老と種類が違うと聞いたが今度調査、もしくは調べてみるのも良いかも知れないな。

 今後の詳細な予定は後で考えるとして、次の料理を確かめるとしよう。

 

 次はとろりとした半透明なタレが掛かったこんもりとしたオムレツ……いや、米の上にタレの掛かったまだ半熟を残した卵を掛けた料理――天津飯。

 白いご飯の上にとろりとしたタレ(あん)と卵が掛かった天津飯をレンゲですくってぱくりと噛み締める。

 とろりと滑らかなあんに半熟卵が混ざり合い、米を包み込みだけでなく味を浸透させてゆく。

 上にちょこんと乗ったグリーンピースは色合いだけでなく、青臭さが良い感じだ。

 塩気と甘味を共存させ優し気な味わいにお腹も心も妙な落ち着きをもたらす。

 

 落ち着いた事で思考回路が緩やかになりそうになったところに喝を入れ、残りの二種類の料理を確かめようと三つ目の皿を手前に寄せる。

 ひとつ持ち上げるとよほど柔らかいのかレンゲより飛び出している部分がくたりと垂れ下がる麻婆茄子。

 興味津々にそのまま口に放り込む。

 茄子はとろりと舌で切れるほど柔らかく、つぶつぶとしながらも豚のひき肉はしっかりとした歯ごたえ。

 とろりと絡まるソースはピリッと辛いがそれがアクセントとなり、食欲を引き立てる。

 これはモブリット達が酒を注文するのも納得だ。

 頭を働かす事を考慮しなければ私も注文する所だった。

 誘惑を跳ね除け、水を飲んで口に残る後味を流せば四種類目の皿へとレンゲを動かす。

 

 見た目は食べた三種類のように単色に寄ったものではなく、赤・緑・黄と三色の細切りにしやピーマンや肉で色合い豊かな青椒肉絲。

 牛ももの細切りは細長くとも噛み応え充分で、噛めば噛むほど肉の旨味が溢れる。 

 ピーマンの苦みが美味しい。

 たけのこも細切りでコリコリとした食感が堪らない。

 ソースは香ばしいごま油の香りに濃い貝の旨味たっぷり。

 これは米とも酒とも合うだろうなと思いつつ一通り味わったハンジはコップの水を飲み干し、一息ついたと思ったらがっつくように食べ始めた。

 味の確認は終了した。

 ならば今度は普通に料理を楽しもう。

 パクパクと口の中へと料理が消えていき、皿にはタレが残っているだけとなったハンジは物足りなさにメニュー表を開く。

 他の面々はビールを頼んで幾分か膨れているが、注文しなかった分だけまだ余裕があるのだ。

 けれどまた何を頼めば良いのかという問題が発生する。

 モブリットに聞こうかと思ったところで、料理人である総司に聞くのが一番ではないかと至ったのだ。

 

 「ねぇ、この中華でおすすめって何かな?」

 

 この何気ない言葉に総司とハンジを除く全員が凍り付いた。

 中華で総司が進める物などアレしかない。

 理解したナオが転がっていた台から飛び降りて店外に避難する。

 総司が答える前に何か他の物をと考えた一同より先に総司の口が動いた。

 

 「私のお勧めは麻婆豆腐ですかね」

 

 この店で三大料理と称される料理の一角“麻婆豆腐”。

 三大料理は決して良い意味で呼ばれているのではなく、客にとっては悪い意味で呼ばれている総称。

 中でも麻婆豆腐は実害をもたらせた料理で、総司が作る麻婆豆腐は非常に辛いのだ。いや、非情に辛いのだ。

 一口食せば口の中が辛さでやられ、ちょっと辛い物は平気と口にする者はたった一口でKOされる品物…。

 これは総司よりも彼の辛い物好きの父親が原因で、客には出せないが家ならばと辛い物好きには美味しい(・・・・・・・・・・・)麻婆豆腐を作っていたのだ。幼い頃よりそれが麻婆豆腐だと思っていたので店で提供するものも自然とそうなってしまった。

 不幸なことにそれが異常であることは、普通の麻婆豆腐を食べたことの無いエルディアでは指摘する人が居ない事であろうか…。

 

 「その麻婆というのはどんな料理なのかな?」

 「えーと、香辛料を使ったタレでこの豆腐を煮た…少々(・・)辛味の有る料理ですかね」

 「トウフ?」

 「あぁ、ここら辺では馴染は無かったですね。これが豆腐と言って豆から作った食材です」

 

 注文してしまったハンジを気遣ってどうやって他の料理に意識を持って行かせようかと悩んでいる面々の前で、総司がハンジの探求心に燃料を投下してしまった。

 純白の四角いものが豆から出来たと聞いてハンジは案の定強い関心を持った。

 

 「これが豆を使ったものなの!?興味沸いてきたね」

 「分隊長…それは…」

 「なら麻婆豆腐を一つ注文しようか」

 「ありがとうございます」

 

 止めようと思うも確実に逆効果にしかならないだろうと第四分隊面々は頭を抱えながらも、好奇心は猫をも殺すという言葉を分隊長に教えれる機会なのではと妙な感情に包まれていた。

 そんな想いを全く気付いていないハンジは調理する光景を眺める。

 取っ手に対して大きく丸みのある鍋(中華鍋)に油を撒き、豚のひき肉を炒め始めた。

 じっくりと肉に火が通り白くなって焦げ目が付くまで炒めたら急に総司の動きが変わった。

 丁寧に落ち着いた感じでいつもなら調理しているのだが、火が通ると豆板醤や甜麺醤、花椒などの調味料に豆腐や長ネギなどの具材を投入しながらゴンゴンと鍋とコンロがぶつかる音がするほど力強く鍋を動かし、お玉を忙しなく動かしてかき混ぜる。

 

 「おぉ~、豪快だねぇ」

 「分隊長、身を乗り出し過ぎです。火傷しますよ」

 「大丈夫、大丈夫」

 

 期待からか目を爛々に輝かせるハンジにモブリットはこの先どうなるかを考えて頭を痛める。

 出来上がった麻婆豆腐を皿に盛ると、ハンジの目の前に置く。

 

 「お待たせしました。麻婆豆腐です」 

 

 目の前に置かれた麻婆豆腐に興味津々なのはハンジだけで、他は視界に入れた瞬間から若干引いている。

 底の深い皿に盛られた赤黒い液体に浮かぶ真っ白な豆腐に長ネギ、牛のミンチが姿を覗かせ、あたかも美味しそうに客を誘っているが、モブリット達は理解している。その誘いは悪魔の誘いだと…。

 

 「これが麻婆豆腐。真っ赤だねぇ。まずは味を確かめよう。では早速頂きますっと」

 

 止める間もなく一口分すくい、ハムっと加え込んだ。

 この後の反応を予測している総司以外の面々は耳を塞ぎ、視線だけはぴたりと動きを停止したハンジへと向ける。

 時が制止したようにレンゲを口に突っ込んだまま動かなくなったハンジの手が、肩が、身体が震え始め、顔に汗が浮かび始める。

 

 「かっっっらぁあああああああああい!!」

 

 外まで響く叫び声を何とか耐え凌いだ面々は予想通りの光景にため息を漏らす。

 顔は俯いて表情を伺う事は出来ないが、机に付いた両拳が力強く握らり震える事から耐え忍んでいると推測される。

 舌や脳を麻痺させるのではと思うほどの辛さに苛まれているのは事実で、モブリット達の考えは半分は(・・・)正解だった。

 

 「お水ですよ。飲めますか?」

 

 気遣ってモブリットが水が入ったコップを差し出すと、ゆっくりとハンジは手を伸ばした。

 ただ伸ばしたのはフリーな左手ではなく、レンゲを握り締めたままの右腕だ。

 伸ばされた右腕は麻婆豆腐に真っ直ぐ進み、また一口分すくうと口へと運んでいった。

 見ていたから麻婆豆腐を食べたのは分かっているが、驚きと予想外過ぎた事から思考が停止する。

 それでもいつも予想外なことに巻き込まれて耐性が一番高いモブリットが真っ先に我に返って声を挙げる。

 

 「何してんですか分隊長!!」

 

 解っている。

 モブリットの叫びに同意しながらもハンジは舌に残る感覚を頼りに沸き起こる探求心を止める事は出来ない。

 この麻婆豆腐は辛い。いや、辛いなんて生易しいモノではない。痛いのだ。食べると舌が焼けるようで口内に痛みが発生する。しかもアツアツなために辛さが倍増しているようで口の中で溜めておくとじわじわと痛みが増す。

 ゴクリと飲み込むと辛さと熱さから喉を通り過ぎて行くのが鮮明に伝わり、身体が一気に内部から熱せられる。

 強い刺激で味覚や脳が麻痺したかと思えば過ぎれば逆に鮮明に働き出し、最初と違った後味が口内を広がっていた。

 

 豚のひき肉と刻まれた長ネギの強い旨味。

 辛味がアクセントとなり、入っていた香辛料が香り出す。

 じわりと強く残る後味が痛みを知った筈の麻婆豆腐を強く欲する。

 あの猛烈な痛みや辛さをまた味わってでも食べたくて仕方がない。

 二口目を含んでゆっくりと噛み締めると豆腐の柔らかく、滑らかな舌触りが灼熱のように感じる口内で踊り、喉をつるりと心地よい喉越しを残しながら通り過ぎてゆく。

 

 「死ぬほど辛いけど、めちゃくちゃ美味いぜぇえええええ!!けどやっぱ辛ぇええええ!!」

 「分隊長、喰い急ぎ過ぎです!」

 

 心配する周りを無視してもう一口、また一口とパクリパクリと食していく。

 顔から大粒の汗が垂れ、汗で湿気たシャツがぺたりと肌にくっ付き、微妙に湯気が立っているようにも伺える。

 辛いけど美味くてもう手が止まらない。

 否!手を止めたらそこで痛さと辛さに臆して食べれなくなる気がする。

 だから手を止める訳にはいかないのだ。

 最後は掻き込むようにして食べきったハンジは身体に溜まった熱気を放出するように息は吐く。

 

 「だ、大丈夫ですか分隊長…」

 「いや、あはは…。ここは凄いね。噂通り…いんや、噂以上だよ」

 

 腹も満たされたが、彼女の好奇心はまだ満たされていない。

 聞くべき事、調べるべき事は多くある。

 捻るだけで火が付く仕掛けに、回すだけで出て来る水。冷気すら放出する食糧庫。

 今度は好奇心を満たさせてもらおうと総司へ視線を向ける。

 

 「あ!そうだ。渡すものがあったんですよ」

 「ん、何かな?これは…」

 「えっと折り畳み式のテントです」

 「テント!?このサイズでかい」

 「まぁ、それは家族用のやつですけどね」

 

 総司は折り畳み式のテントを奥より出すと他にも折り畳み式のテーブルに椅子、寝袋にクーラーボックスなどを次々と渡して行く。

 進撃の世界にはまだない技術を用いた道具の数々にハンジの好奇心は注がれ一人ぶつぶつと呟き出した。

 

 「どうしたんですかこれらは?」

 「アッカーマンさん…いえ、リヴァイさんに頼まれたんですよ。何か面白そうな道具があったらハンジに譲ってくれないかって。調査兵団の方々は外で活動することがあるとの事でお古ですが父のキャンプ道具を持って来たんですよ」

 「良いんですか?貰っても」

 

 どう見ても調査兵団には無い技術を何処からか持って来た総司に疑問と本当に良いのかと許可を確認する。

 

 「構いませんよ。父も新しいの買ってこれらを処分するのに困ってましたから。寧ろ貰ってくれた方が助かります」

 

 あっけからんと答えられ、知らない技術から活動が知られない中央憲兵、もしくはマーレなど他国の関係者などと疑ったのが馬鹿らしく思えた。

 ……なんて気楽に想っている場合でないのをモブリットは肩に手を置かれるまで気付かなかった。

 振り返ると気持ち悪い笑みを浮かべ、今にも涎が零れそうなぐらい興奮しているハンジの顔が…。

 

 「さぁ!今日は帰ってこれらを調べ尽くすよ!!」

 「あの分隊長…今日は休日では…」

 「うん、そうだね。存分に調べ尽くせるね!」

 

 …駄目だ。もう探求心に突き動かされてこちらの意図を全く理解していない。

 さっとニファ達に視線を向けるがそっと背けられてしまった。

 こいつら私を見捨てる気だと理解すると同時に首根っこを掴まれ引き摺られる。

 

 「さぁ、行くよモブリット!」

 「分隊長!貴方に良心はありますかああああああぁ」

 

 遠退いて行くモブリットの叫びにニファ達は見送り、ハンジとモブリットの分の支払いも含めて済ませて帰っていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おまけ【麻婆豆腐が恐れられた日】

 

 その日はいつもと変わらない一日の筈だった。

 いつも通りに客からの注文を取り、出来上がった料理を運ぶ。

 本当に変わらぬ一日……それが変わったのは昼頃だ。

 食事時である昼飯時を過ぎてひと段落した頃、人も少なくなった事で総司が賄いを口にしていた。

 涼し気に笑みを浮かべながらパクパクと食べている料理が気になった。

 赤黒いタレ(麻婆)白いナニか(豆腐)が浮かんでいる。

 首を傾げながら問いかける。

 

 「それナニ?」

 「―――ん、これですか?これは麻婆豆腐っていう料理ですよ。メニューには中華の欄にあった筈ですが」

 

 メニュー表を思い出して確かにそんな一覧があったのを思い出した。 

 あの辺りの料理を頼む客は少なくて(モブリット達のみ)、知る機会が少なすぎるのだ。かと言って自ら注文するもの引けて、いつも通りのチーズハンバーグなどを頼んでしまう。

 鍋に見るとまだ残っているようだ。

 

 「それアタシも食べていいかい?」

 「構いませんよ。ただ少し(・・)辛いですよ」

 「平気。辛いの苦手でもないし」

 

 許可も取れたという事で鍋に残っていた麻婆豆腐を皿に盛って、同じくレンゲを手に取って一口すくって、何気なく含んだ。

 

 「―――――ッ!?」

 

 ナニコレ!?

 辛い!

 熱い!

 痛い!

 咄嗟に吐き出しそうになったのをグッと堪えて、無理やりに飲み込む。

 

 「どうしました?」

 

 酷く顔を歪ませたアニに涼し気な笑みを浮かべて問いかけて来る総司をギロっと睨む。

 何が少しかと食って掛かるが、これぐらいが麻婆豆腐の普通ではと返され戸惑う。

 口に合わなかったと勘違い(・・・)した総司は謝罪に、別のものを作ると申し出て、口内に強く残る辛味を薄めるべくデザート系を注文するもひりひりとした感触が残るのであった。

 

 そして一連の光景を目撃してしまった客はあのアニ(・・・・)が顔を歪めたことに麻婆豆腐に恐怖し、興味が湧いて面白がった客が他の客に勧めて恐怖は広がっていった…。




●現在公開可能な情報

・残りの三大料理
 一つはこの回にて登場した激辛麻婆豆腐。
 残る二つは“刺身を用いた料理”と“うな重”である。
 
 刺身…生魚は当たる(食中毒)可能性が高く、養殖場などから遠いので腐り易い。
 その点から客が恐れて注文しない。

 エルディアでの鰻と言えばヨーロッパの料理と同じでゼリーでよせるかぶつ切りで蒸すしかない。
 小骨が多く、美味しいという認識がない上に“うな重”は食事処ナオでは高額メニューなので誰も注文しないのだ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32食 カルビ丼とタコ料理

 ニコロという料理人が居る。

 彼はマーレで育ち、料理の腕にはそれなりの自信を持っていた。

 軍の調理員として炊事場に立って料理を振舞っているが、皆満足そうに食べてくれていたし、同じ調理員からの評価も上々。

 最前線近くで料理を作る日々を過ごし、いつかは自分自身の店を持つのが夢である。

 そんなある日、軍から若手で料理経験のある者を探しているという話が出た。

 詳細な内容は受けた者のみに説明するが、危険な任務であることは確かだという話だったが、俺はそれに志願した。

 その分、支給される額は大きく、店を持つ夢を叶える準備金が欲しい身としては跳び付かずにはいられない。

 志願すると“エルディア内のとある飲食店にマーレの技術力を超える電化製品が置いてあり、何処の国の者かを言動や料理から調べて欲しい”と説明を受け、エルディア国に潜入する日までエルディア内部の一般常識を数日で叩き込まれた。

 こうして俺はとある飲食店―――食事処ナオで働くことに。

 正直、エルディア人に飯を作ることだって嫌だった。でも、それが任務と言われたら仕方がない。

 愛想笑いだって浮かべてやるさ。

 (へりくだ)った態度だってとってやる。

 けれど自分より下手な料理人の下につくのはご免被る。

 働いて行けばそのうち腕前ははっきりとするだろうけど、出来れば早めに知りたいところ。

 なので俺はマーレよりある食材を持ち込み、試す事にしたのだ。

 採用試験を合格すると珍しい食材を持ち込んだんでどうですかと勧め、マーレより持って来た壺の蓋を開けた。

 壺の中より無数の吸盤が付いた奇怪な触手がぬらりとテカりながら入口へと伸びる。

 ギョッとその光景を目の当たりにした店員が膠着したり(ファーランとユミル)、驚きの余りに椅子の後ろに隠れたり(イザベル)する様子に思わず吹き出しそうになるのをグッと我慢して全体が現れるのを待つ。

 八本の触手が入り口付近にしっかりと巻き付き、奥より丸っこい頭にぎょろりとした瞳を付けた生物が姿を現す。

 その姿から“悪魔”と称されたり、食べる以前に触れる事すら禁忌にしていされている民族がいるという。

 海に生息するタコ…。

 タコならば生きたまま運べて鮮度も保たせれるばかりか、知らない生物ゆえに純粋に料理人の発想力や腕前を試せるだろう。

 ニヤリと内心にやけつつ、総司の反応を待っていると予想外の返答と反応が返って来た。

 

 ―――立派なタコですね。

 

 思わずその返答に呆気に取られてしまった。

 内陸部にあるエルディアでタコを知っている人間はいない。

 それは潜入に当たって知らされたエルディアの常識から理解していた。なのに目の前の男はあっさりと驚く様子もなく言い当てたのだ。

 調理出来るという事で昼の賄いにでもと言う話が出たが、周りの反応を考慮して胃には悪いが夜食として出す事に。

 内心本当に作れるのかと疑いの目を向けながらも、その日は業務内容を教えて貰ったり、どういう感じなのかを軽く手伝いながら知る事だけで終えた。

 

 そしてようやく最後の客が帰り、タコ料理が披露されることに。

 相変わらず朝間に見たタコが使われた事に恐々している店員達だったが、アニと言うフロア担当の女性だけが呆れた反応を見せた。

 気になる反応ではあったが、今は目の前のタコ料理だ。

 

 トレイの上に乗せられて出されたのはタコを使ったご飯に汁物に和え物、それと揚げ物か。

 どれも知らない料理ばかりで興味がそそられる。

 そそられると言っても別段期待はしていない。

 エルディア人(※日本人です)が作った料理なんてどうせ大した事などないのだから。

 

 皆が様子を伺っている中でニコロが和え物―――タコときゅうりの酢の物にフォークを伸ばした。

 一口含むとそこには甘くも酸っぱい酸味が広がる。

 酸味と言ってもキツイことはなく、程よく寧ろ優しい感じだ。

 その正体が“酢”だと理解しても何の酢かが解らない。

 バルサミコ酢とは別物だ。

 甘味は砂糖…それも雑味がないことからマーレに近い水準の砂糖。

 タコの旨味もあるだろうけど、それを取り除いて別の旨味を感じ取る。

 噛めばタコのムニムニとした弾力の食感と、瑞々しいきゅうりのポリポリと小気味のいい歯応えが妙に楽しい。

 しかも甘酢にタコときゅうりの味わいが足されて深みを増すと来た。

 なんだコレ!?

 パッと見はちんけな料理にしか見えなかったのに、こうも奥深さを持っている逸品だったとは。

 それにこの甘酸っぱさは強すぎないところから疲れた身体には最適な料理と言って過言ではないだろう。

 甘さが疲れた身体を癒やし、程よい酸味が食欲が薄まる疲労時にでも食べ易くする。

 

 まさか最初からこうも美味い料理を出してくるとは…。

 エルディアの料理人恐るべし…。

 それにしてもこうも解らないとは……料理人としてまだまだ知識不足という事実に羞恥心さえ覚えてしまう。

 

 料理人としての意地で意固地になることなく、ニコロは料理人ゆえに知りたくなった。 

 一旦タコときゅうりの酢の物の小皿を置き、汁椀(タコのスープ)を手にする。

 このスープはなんだ?

 透明なスープに一口サイズに刻んだタコとネギが浮かんだだけ。

 一見したらタコとネギで出汁を取ったスープに見えるが、先ほどの酢の物でそんな単純な料理が出て来るとは到底思えない。

 今度は油断などせずに最初っから本気で味わう。

 まずはスープからとスプーンで一口飲み込むと、目を見開いて驚きを露わにする。

 美味いのは予想していたがこのまろやかな旨味たっぷりのスープはなんだ?

 身体に沁み込んでいくようにスーと広がる落ち着いたスープ(かつおとこんぶの出汁)にタコの旨味が引き出され、ネギの食感と香りが良いアクセントとなる。

 美味しい食べ物と言うのは調味料で味さえつければ結構簡単に出来るものだが、食材の味を生かしつつ調和を生み出すというのは非常に難しい。

 それもこの味わいからは自分にない繊細さを感じる。

 

 ならこのご飯(タコ飯)はどうだと一口放り込む。 

 おぉ、タコの旨味が米に移っていて、米だけでもタコらしさを味わえる。

 タコもタコで噛めばまだまだ旨味を残し、米と一緒に噛み締めればさらに濃いタコの旨味が生まれる。

 米もふんわり炊かれ、呑み込めば胃にほどよく溜まる。

 このタコ飯にもスープで味わったあのまろやかな旨味(かつおとこんぶの出汁)があるのだが、何か深みのあるコクと塩気のあるナニカ(醤油)も混じっており、スープの時より好戦的に仕上げられているようだ。

 けれども決してでしゃばって来ることはない。

 主役はタコと米と弁えて、裏方に徹しているという感じだ。

 

 そして気にはなっていたタコを揚げた料理(タコの唐揚げ)

 揚げ物と言えば衣で覆われたフライだが、この揚げ物はタコの形状がはっきりわかるほどの薄い衣で揚げている。

 試した事のなかったタコの調理法に恐る恐る口へ運んだ。

 ゆっくりと噛み締めたタコの唐揚げから知っている旨味ではなく、甘味がじゃわりと一気に口内へと拡散した。

 加熱した事で身が柔らかくなり、旨味にしっとりとした甘みが加算されている。

 しかも薄い衣はサクッと、中はふわっとしながらも弾力を残す。

 この性質の異なる食感が心地よい。

 

 あぁ…完敗だ。

 料理人として技術でも知識でも完全敗北を喫した。

 けれど可笑しなことに不快感は一切ない。

 なにせこれほど腕の良い料理人に出会えたのだ。

 任務を熟さねばならないが、終わるまではこの人の下で働く。で、あれば彼を超えて一流の料理人となるべくしっかりと技術を盗まねば。

 まず手始めにこのタコの料理をよく味わって鮮明に記憶に残さねば。

 ニコロの食べっぷりに興味を惹かれたのかイザベルたちも手を付け始め、最終的には追加で揚げたタコの唐揚げの争奪戦が行われるほど、皆がタコを気に入り味わっていた。

 

 

 

 

 

 新入りニコロが入ってから一週間。

 厨房の様子が変わったと最近よく実感するようになった。

 午後シフトのユミルはカウンター席に座り、昼食を食べようと注文しながら厨房を眺める。

 人が増えて狭くなったように見えるというのもあるが、厨房の回る速度がかなり上がって客の待ち時間が短縮された。

 調理は相変わらず総司一人で行っているが下準備などを行える人が居るだけでも違うものだ。

 総司が働き過ぎて倒れないか心配していたアニとしては良い事なんだと思う。…いや、“暇な時間=料理研究ができる”という公式が生まれそうだから見張らなくてはいけなくなりそうだからそうでもないのか?

 なんにしても料理経験のあるニコロ、それとフロア担当も一人増えた(・・・・・・)事で料理を習っていたアニも入って厨房は完全ではないが前よりはスムーズに回っている。 

 

 ただ人が入って効率が上がった以外にも変わった事がある。

 それは目の前に出された昼食として注文したサバの味噌煮(サバミソ)定食。

 湯気が立ち昇る大盛のご飯に味噌汁、漬物に奈良漬け。

 そして主役のサバミソが三品並ぶ。

 

 …そう、三品並んでいるのだ。

 大きさは通常のサイズより小さく、三つを足せば通常の1.3倍になるかなというぐらい。

 総司は何事も無いように調理を続け、アニとニコロも手を動かすものの気になるのかちらちらと視線を向けて来る。

 正直鬱陶しく感じるが、一週間も同じ視線を受ければ慣れたくはなかったが慣れてしまった。

 

 まず右端のを一口。

 味噌の味が濃い事から分量を若干多く入れたな。

 サバの味と共存どころか跳ね除けている節がある。

 それと煮込む時間が早かったのか奥まで味が染み切っていない。

 これはニコロの作ったものだろう。

 味噌に慣れてない事とどうも早く料理を仕上げようとする癖(最前線での調理なので量と速度重視の為)があるのかタイミングが早い時が多々あるのだ。

 

 真ん中のは箸を入れた瞬間にアニと解った。

 火を少しばかり通し過ぎて、妙な硬さが箸から伝わって来る。

 これでは舌の上で自然と解れないのでインパクトが薄い。

 まぁ、硬い分噛めば噛むほど味が染み出てくるのだけど、好みとしては脂身を感じられる方がサバミソって感じで好きだ。

 けど味噌の煮汁と浸み込み具合はかなり良い。 

 

 最後に左端のに箸を伸ばす。

 サバの身は柔らかく、味噌の煮汁はとろりと滑らか。

 味噌の味を出しつつもサバと共存し合っている。

 舌の上でサバの脂身が浸み込んだ煮汁と共にふわりと広がる。

 あぁ、これは絶対総司のだ。

 店に逃げ込んできたときの思い出が脳内に蘇る。

 

 結果を告げる前に辛抱貯まらず米を二口食べ、一息ついたユミルはアニとニコロを見ながら口を開く。

 

 「右からニコロ、アニ、総司。――で、どっちと聞かれれば硬いけど味を調え、染み込ませているアニの方」

 「クソッ、負けた!!」

 「―――フッ」

 

 本気で悔しそうに呟くニコロに対して、アニはどや顔を浮かべて見下ろす。

 料理人として早さを基礎と習ってきたニコロ。

 総司の料理に親しみ、呑み込みの速いアニ。

 料理人の意地(ニコロ)負けん気の強さ(アニ)…。

 そりゃあ、ぶつかり合うよ。

 二人共今日の勝敗と伝えた感想を各々のノートに記し、勝敗を引き摺ることなく仕事に戻って行く

 仕事に熱心なのか、それともただ競いたいだけなのか。

 店の端で総司が作った猫用の食事を食べているナオと同様に呆れた視線を向けながら、日課となりつつある料理勝負に付きあわされたユミルは黙々とニコロとアニのサバミソを平らげ、総司のサバミソでしめるのであった。

 

 

 

 

 

 

 食事処ナオにはマーレから潜入している者が働いている。

 戦士隊で随一の格闘能力を誇るアニ。

 調理員としてマーレ軍に従軍しているニコロ。

 そして新たにフロア担当として雇用されたマルセル・ガリアード。

 マルセル・ガリアードは戦士隊でも高い運動能力と統率力を持つ戦士で、周りからの信頼は厚く“頼れる兄貴分”と認識されている。

 彼が食事処ナオで働くことになったのは、この店にあるマーレの技術力を超えた家電製品を調査する為だ。

 アニが住み込みでその調査を行っていたがどうにも進捗せず、増援として送られたのだ。

 この任務は危険が伴う。

 どうもここは調査兵団なども訪れる店らしく、バレたら一巻の終わりだろう。

 捕虜として国際法に則って扱われれば良い方で、情報を引き出すために拷問された挙句に見せしめで殺される事だって考えられる。

 万が一にも見つかった時のことを考えたら他に潜入している戦士隊員との接触は避けなければいけないし、他愛のない会話からボロが出ないように注意しなければならない。

 特にここには戦士隊のアニも働いているので余計に気を付けなければ…。

 

 戦士隊の情報を知らされてないニコロは料理内容から店主の総司の出身国を探っているようだが、マーレにもある料理以外は未知の料理らしく難航していると遠回しに報告が回ってきた。 

 まだニコロが入って一週間と短い期間であるがこれは予想外の答えである。

 ジーク戦士長がタコの持ち込みを許可したのは総司がたこを知っているかどうかと、料理人であるニコロなら調理した料理からより詳しい情報を得て、地域を絞る事が可能と踏んだったというのにまさかの空振り。

 この事実を含んで直属の上司である戦士長も成果を得たいところであるだろうけど、ここは長期の潜入任務を視野に入れないと駄目だろう。

 正直ここにある機器は違い過ぎてどうしてこの大きさでこの出力を得ているのか理解できない。

 それどころか何処から電気を引っ張って来ているのかすら不明なのだ。

 自分の力の不足が情けなくて仕方がなく、無事に帰還出来ても弟や家族に合わせる顔がない。

 

 「賄い出来ましたよ」

 「あー、先に食べておいで。俺は後で良いから」

 「はい!」

 

 言われたまま先に賄いを食べようとカウンター席に腰かける。

 トレイにはマーレになかったミソを使った味噌汁というスープと、ピクルスとは違う大根の漬物(沢庵)の。そして今日の賄いの主役である大きな器にホカホカご飯が装われ、上にはじゅわりと肉の脂を漏らすタレ付けされたカルビ肉を乗せたカルビ丼。

 漂ってくる匂いだけで涎が零れそうだ。

 

 「いただきます」

 

 店主の故郷ではこう言って食材となった命や関わった人たちに感謝するのだという。

 相手のことを知るのならこういう習慣も知った方が良いだろう。

 だから見様見真似だが両手を合わせて感謝の言葉を呟く。

 習慣をと言うのであれば本当なら箸を使うべきなのだが、まだ練習不足なので素直にフォークを使おう。

 まずは味噌汁に手を伸ばす。

 フォークで味噌汁を軽くひと混ぜして口を付ける。

 かつおと昆布のまろやかな旨味を含んだ出汁に味噌の独特な風味と塩気が合わさった味噌汁が口内を濡らし、喉を通って胃へと向かって流れて行く。

 温かなスープである味噌汁は身体を巡って、腸や胃を緩やかに動かしてこれから本格的に働く準備をさせる。

 具材はわかめに豆腐に白ネギ。

 今度は具材をフォークですくって口へと運ぶ。

 薄くてもクニクニとした妙な食感のわかめにスープに溶け出さずに強い旨味と甘味を残した白ネギ、しっとりと柔らかく喉越しの良い豆腐。

 ゆっくりと味わいながら食べて、味噌汁をまた一口飲む。

 ほぅ…と吐息を漏らし、本命に移ろうと味噌汁の入った汁椀を置く。 

 

 フォークも味噌汁の水気に触れさせて米がくっ付き難くし、身体もフォークも準備万端なのを確認して満を持して主役に挑む。

 手始めに上に鎮座するカルビ肉の一つを口へと運び込む。

 柔らかくも肉らしい歯応えを感じながら噛み締めると、甘味の強いカルビの旨味と脂が濃厚な甘辛いタレと共に口内を完全に支配する。

 怒涛の猛攻に手が勝手に動き、米を掻き込み始める。

 これは非情に相性が良すぎて手が止まらない。

 頬が膨れ上がるほど掻き込み、もぐもぐと咀嚼してゴクリと呑み込む。

 

 はぁ~、幸せだなぁ…。

 この一杯で仕事の疲れが吹き飛ぶと言っても過言ではない。

 エルディア人を収容している区画の一つであるレベリオ収容所出身であるマルセルも、戦士隊に入隊して食糧事情は多少なりとも改善されたが、これほど美味い物を口にした事があっただろうか。

 もし叶うならこれを弟に食べさせてやりたい。

 …いや、その前に謝るのが先だな。

 

 弟のポルコは戦士隊に入隊しようと必死に訓練に励んでいた。

 俺は弟を戦場に送りたくないばかりに上官の前で貶めたり、ガリアード家の男児二人が出征する訳には行かないと言ったり、逆に戦士隊の成績がドベだったライナーを持ち上げたりして印象操作を行ったのだ。

 ライナーにもだが本当に悪い事をしてしまった。

 思い起こした罪悪感に溜め息を漏らす。

 沈んだ気分と口内を変えるべく沢庵を齧る。

 ポリポリと心地よい歯応えと音を立てて、さっぱりとした大根の旨味と浸み込んだとした甘味が染み渡る。

 口が落ち着いたところで再び味噌汁に口を付ける。

 そしてまたカルビ丼にがっつく。

 

 こうしているだけで本当に幸せでいっぱいになる。

 夢の様な話ではあるが、いつか自分達の素性を気にせずにライナーとポルコを誘って三人で食事を楽しみたいものだな。

 そう願いながらマルセルはカルビ丼を味わうのであった。

 

 後にマルセルは客として訪れたライナーと遭遇し、胸のつっかえであった出来事を謝る事が出来たのであった。




●現在公開可能な情報

・戦士隊の現状況
 戦士隊には六名所属しており、エルディア内部に全員潜入している。
 ジーク  :戦士隊の隊長
 ピーク  :マーレとの伝令及び裏工作
 ライナー :調査兵団に入団しての諜報活動狙い
 ベルトルト:調査兵団に入団しての諜報活動狙い
 アニ   :食事処ナオでの調査活動
 マルセル :食事処ナオでの調査活動

 ピークを除いたメンバーは食事処ナオの常連or関係者となってしまっている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33食 焼き鳥

 夜風が吹き抜け、温くもあるが寒くも感じる風に吹かれながらも暗い路地裏を一人歩く。

 少し後悔しながらハンネスはため息を漏らす。

 彼は壁の補修や点検を行う駐屯兵団の部隊長を務めるベテランであり、グリシャ・イェーガーに流行り病に患った妻を助けて貰った事からイェーガー家とは縁が出来、エレン達とも長年の付き合いとなっている。

 今日は訓練兵団を卒業するって聞いたんで祝ってやろうと飯を食いに行こうと誘ったのだが、何でもお気に入りの店で色々と問題を起こして行き辛いのでもう少し落ち着いてからと言われたのだ。

 何をしたのかは聞かなかったが、エレンのなんとも言えない表情から相当な事を仕出かしたのだろう。

 兎も角、祝いはまた今度となったが逆にエレンの行きつけの店と言うのが気になり、そちらを聞いてみれば訓練兵団の教官(キース)が美味しい酒がいっぱいあると言っていたらしく、それならば行ってみるかと赴いたのだ。

 しかしながら今日は仕事が想像以上に遅くまで掛かってしまって辺りは暗く、エレンが言っていた目印のほとんどが判別つかなくなってしまった。

 裏路地と言う事は解かっていたがこう暗くては探しようがない。

 身体も冷えて来たので酒を飲んで温めたいところではあるが、もう時間が時間だけに店も閉まって知るだろう。

 今日は諦めて帰るかと考え始めた矢先、路地の角から灯りが照らしているのが見えた。

 もしかしてと期待を込めながら角を曲がると、一軒だけ灯りが漏れている建物がある。

 暗くて良く見えないが看板もあるし、ここだろうと当たりを付けて扉を開く。 

 小さな鐘の音が響き、外と違って心地よく暖かな空気が肌を撫でる。

 

 店内は昼間のように明るく、はっきりと店の様子を確認できる。

 時刻も時刻だったために店員たちがテーブル席で何やらデザートの類を食べており、突然の来店に驚いていた。

 

 「あー…もしかしてもう店仕舞いだったかな?」

 

 探すのに手間取って思っていた以上に時間がかかっていた事から閉店していてもおかしくはない。

 不味ったなと思いながらも淡い期待感を浮かべながら聞いてみる。 

 

 「まだ空いてますよ。どうぞカウンター席へ」

 

 やんわりと答えた総司はハンネスをカウンター席に促す。

 オーダーストップには時間が早かったものの、もうこの時間帯なら来ないだろうと試食を行っていたアニ達は慌てて戻ろうとするが総司が制止をかけてそのまま続けさせる。

 カウンターにハンネスが腰かけるとメニュー表におしぼり、水を出して厨房へと戻る。

 周りで店員にスタンバられるよりは料理人との一対一の方が落ち着ける。

 来たときとは打って変わって逆に良い頃合いに来たかなと考えながら、メニュー表をペラリと捲る。

 エレンから聞いていた通りにメニューのほとんどは知らないものばかりだった。

 そう言えば日によってはその日だけ提供するメニューがボードに書かれて居たりすると言っていたのを思い出して店内を見渡す。

 すると深緑色のボードに“焼き鳥”と書かれて立て掛けてあったのでアレだろうと書かれた内容を見つめる。

 素直に名前の通りなら焼いた鳥だが、値段から丸焼きと言う事は無いだろう。

 安いとは聞いていたが明らかに安すぎる。

 どちらかと言えばメインの料理より一品物の値段に近い。

 色々と種類もあって楽しめそうだし七種類の焼き鳥セットいうのにするか。

 

 「すみません。あのボードの焼き鳥セットってのを一つ。それと何か合うお酒を」

 「一気に飲みますか?それともゆるりと?」

 「あー、ゆっくりと飲みたいですかね」

 「なら日本酒などどうでしょうか」

 

 そう言われてもニホンシュという酒を知らないので何とも言い辛いと思っていると、大きな瓶を取り出してコップに中身を注ぐ。トクトクトクと心地の良い音を立てて注がれたコップを差し出して試飲にと渡された。

 見た目は無色透明で水が入っているようだ。

 酒と言われなければ気付かないだろう。

 勧められるまま口を付ける。

 まるで果物のようなフルーティな香りに透き通るような爽やかな味わいが広がり、アルコールによる軽く喉を焼くような感覚が通り過ぎる。

 ほのかな甘みに後味の爽やかさ。

 これは飲みやすい。

 

 「これは旨い酒だな」

 「お気に召して頂いたようで何よりです」

 「酒はこのニホンシュで頼むよ」

 「畏まりました」

 

 コップに注がれた日本酒に口を付けながら眺めていると肉が刺さった串を焼き始めた。

 鉄製の網目の上で焼かれる肉は、熱せられてふつりふつりと中に蓄積されていた脂が浮き出て、表面を伝って下へと流れてはぽつりと垂れる。

 眺めていたハンネスは一滴が垂れる度に勿体ないと眉を顰めた。

 なにせ一般流通している鶏肉とは卵を産まなくなった老いた鶏と決まっている。

 となるとあれだけ脂を流してしまっては食感がぼそぼそとし、硬くなっていく一方。

 これは外れかなと落胆の色を出さぬようにしながら日本酒を少し含む。

 それにしてもこの漂う鳥の焼ける香り…堪らん。

 匂いだけでも酒が進みそうだがそこは堪えて待ち続ける。

 

 「お待たせしました。焼き鳥のセットです。タレもありますので良ければお使いください。あ!二度付けは厳禁ですので」

 

 待ちに待った焼き鳥セットが目の前に置かれ、そのうちの皮が一切ついていない鶏肉(もも肉)を刺した串を手にとった。

 硬くなっているよな…。

 安いとは言っても残す訳にもいかず、ぱくりと串に刺したまま齧りついて驚愕した。

 柔らかいのだ。

 脂が落ちたにしてはとかではない。

 明らかに市場に出ている物より柔らかいのだ。

 驚きより再度確認しようと齧りついてしっかりと味わう。

 余分な脂が落ちた事でさっぱりとし、奥に残った脂によってしっとりと柔らかく、たっぷりの鳥の旨味が広がる。食感もだが

味わいも優しく強すぎない。

 塩気も上手く調節され、強い塩気ではなく鳥の味わいに合わせるように引き立て役に徹している。

 しっかりと味わってから飲み込み、後味が残る中に日本酒を流し込んで「ほぅ…」と吐息を漏らす。

 

 この“もも”という鶏肉と“ニホンシュ”という酒。

 何とも言えない相性の良さに食が…酒が進む。

 齧りついてはチビリと酒を飲んで笑みを零す。

 

 一本目を食べきると二本目を手にする。

 ボードに書かれている順番通りなら“ネギマ”という焼き鳥らしいが、どうなんだろうか…。

 先のもも肉ともも肉の間に白ネギが交互に差し込まれている。

 肉ばかりでは偏るからせめて野菜も一緒に食えという形式的な奴か。

 何気なく齧りつくと分厚いネギより汁が溢れ出た。

 熱で甘みが増したネギの汁がだ。

 鶏肉の旨味にネギの風味が混じり、味に深みが増して行く。

 おぉ、これは美味い。

 病み付きになりそうだ。

 またももとねぎを一緒に串より齧りついたまま外し、噛み締めては酒を流し込む。

 もも同様にあっと言う間に食べきり、ねぎまが刺さっていた串を皿に置く。

 

 ボードに並んでいた“かわ”とはなんだろうと思っていたけれども、まさか鳥の皮だけが刺さっているとは思いもしなかった。

 皮だけ剥ぐのも皮だけ串に刺すのもどれだけ手間のかかる事だろうか。

 大変だったろうなぁと思いつつもどのようなものなのかが楽しみで笑みを浮かべながら齧る。

 くにくにとした強い弾力を味わいながら笑みを零した。

 焼かれて脂が落ちてはいるものの皮自体に含まれる脂の量は身の比ではなく、噛み締めた瞬間に口の中に濃厚な鳥の旨味を含んだ脂が広がった。しかもこの皮は“もも”や“ねぎま”と違って塩気を若干強くしている為、濃い鳥の旨味に加えて塩が主張してくるのだ。

 この旨味と塩気の猛攻に堪らず酒を煽る。

 強く残る後味が日本酒によって流され、胃の中で落ち着く。

 

 「これは美味いな。もう焼き鳥セット一皿とニホンシュのおかわり。それと一気に飲める酒があったらそれも欲しいんだが」

 「畏まりました。一気に飲めるという事でビールでどうでしょう」

 「アンタに任せるよ」

 

 これは絶対一皿では足りないと察したハンネスはおかわりと総司任せに酒を注文して四本目を手に取る。

 今度は“ぼんじり”とかいう小さく丸っこい肉だ。

 真っ白い事からしっかりと焼いた肉と何と無しに想いながら噛み締めると、自身の思い違いに愕然とした。

 とてつもなく柔らかいのだ。

 皮ほどではないが弾力があり、肉らしい食感も同居している。さらに中からが脂が溢れ出してくる。

 なんだこれは?

 思考を働かせるよりも先に手と口が動き、ぼんじりと一杯目の日本酒が口の中へと消え去っていく。

 ここに来て自らの過ちを悔やむ。

 この焼き鳥と日本酒の相性は抜群だ。

 しかしながら初めてこの味と出会って興奮状態に陥った今の自分が落ち着いて食すなど不可能。

 ゆっくりと相手するには知らなさ過ぎた。

 日本酒と出会えたことは間違いではない。タイミングが悪かった。

 一気に飲み干すには日本酒は上品すぎ、この興奮し切った自分に合わないのだ。

 端っから飲みやすく、喉越しの良い酒があればと聞いていればよかった…。

 

 悔やみながら五本目の“つくね”の串を手に取る。

 つくねは他の串と異なり丸く練られた肉が刺さっており、明らかな練り物だ。

 だからと言って落胆することはない。

 四本もそうだったが全部自分を驚かせてくれる素晴らしいものばかり。

 ならばこれもそうだろうと期待を込めて噛み締める。

 しっかり練られて詰まっていながらもしっとりとした噛み応え。

 脂が溢れてくることはなかったが、落ち着いた鳥の味わいが急ぎ足だった心に安心感を与えてくれる。

 そして噛み締めるとコリコリと心地よい歯応えが伝わって来る。

 ソレが(軟骨)何なのかは分からない。

 特に鶏肉以外の味わいがする訳でもない。

 けどこの歯応えが妙に楽しい。

 ようやく落ち着けたハンネスはおかわりで出された二杯目の日本酒に口を付け、またつくねに齧りつく。

 

 “もも”に“ねぎま”に“かわ”に“ぼんじり”に“つくね”と五本食べきって、七種類あった焼き鳥セットは残りは二種類となった。

 今までの五品を思い返して残りも二品も美味いんだろうなとは…思う……いや、思いたい…。

 六本目は味の想像どころかこれが何なのかさえ理解できない品物なのだ。

 形は小舟のようで色は薄茶色。

 見た感じ脂身でも肉でもない。

 そもそもこれは食べものなのかと疑問すら浮かべてしまう。

 ボードによれば“やげん”とか言うのだが…。

 思わず食べるのを躊躇ってしまう。

 けれどこうして眺めていては冷めるばかり。

 食べずに残すのもアレだし、食べて駄目ならばその時に残せば良いかと恐る恐る先っぽに齧りついた。

 コリっとした歯応え。

 つくねを食べていた時にあった食感。

 このやげんと言うのはあのコリコリ感の正体かと思いながら今度はガブリと大口開けて齧りつく。

 奥歯でかみ砕けば大きい分だけ歯応えも大きく、奥底に沁み込んでいた鳥の味わいが染み出してくる。

 柔らかくも、硬すぎもしないこの触感は中々癖になる。

 塩気も利いている事からまた酒が進む。

 

 そして最後の焼き鳥はボードによれば“豚バラ”と書かれている。

 焼き“()”なのに“()”バラとは如何に…。

 疑念をもたらす一品ではあるが悩んでいても仕方がない。

 四角く切られた豚バラに食らいつく。

 見た時にはっきりと肉の部分と白い脂身の部分が半々に解かれていると想ってはいた。

 だいたいの味の想像は出来ていたが、この触感は予想外過ぎる。

 脂身の方が肉より硬いのだ。

 無論脂身であるから柔らかいのは間違いない。しかしこの脂身はさくりさくりと噛み切れるのだ。冷めて脂が固まっている訳ではなく、噛み切れば温かいので中より濃厚な豚の旨味が脂と一緒に押し寄せて来る。

 脂身を硬いと思ったのは脂身と比較した肉の方にも原因があった。

 肉が焼いた時に硬くなり過ぎないように手を加えているので、非常に肉の部分が柔らかく仕上がっているのだ。

 だから脂身が少し固い事と肉が柔らかい事でより硬く感じてしまったのだ。

 勿論良い意味でだ。

 もう我慢ならんとばかりに食らいついたハンネスはまだまだあった二杯目の日本酒と共に食べきり、味に満足すると同時に量的に物足りなさを感じる。

 そこにおかわりした焼き鳥セットと飲みやすい酒――“ビール”が差し出される。

 では早速と齧りつこうとしたハンネスはふと手を止める。

 そう言えば総司が「タレもありますので良ければお使いください」と言っていたのを思い出したのだ。

 タレと言われた円柱形の入れ物に注がれていた微妙に湯気を放つ茶色のタレ。

 

 何もつけなくても美味しかったけれども、物は試しとタレに付けたももをガブリと噛み締めた。

 ももの味わいに加えて、甘めのタレが味覚と食欲を刺激する。

 滑らかな甘みと深いコクを持ったタレが、とろりと纏わりついて離してはくれない。

 目を見開きつつ思わずビールを流し込むと、透き通るような苦みと味わいに加えて初めて体験する喉越しに驚き、その美味さゆえに一気に飲み干してしまった。

 焼き鳥とビール…。

 この相性は焼き鳥と日本酒との相性に劣らない程良いものだ。

 しかも今はまた興奮状態に陥っている。

 状況を踏まえると今回はビールの方に軍配が上がってしまう。

 

 「ビールのおかわりを!一杯と言わず二杯頼みます」

 

 次回はお前を存分に楽しむから今回は許してくれと空になった日本酒の入っていたコップを見つめたハンネスは、店仕舞いするギリギリまで焼き鳥とビールを楽しむのであった。




●現在公開可能な情報

・特別メニュー
 時たまに行われる限定メニュー。
 食材や料理に難がある場合に使用される。
 例えば短時間で出来上がらないカレーライスや焼き鳥のように煙を発生させるものなど。
 特別メニューはメニュー表ではなく値段と一緒にボードに書き込まれる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34食 ソイミートのハンバーグ

 予約投稿していたのですが気に入らず書き直していたら遅くなりました。すみません…。


 エルディアでは毎年各兵団合同での“活動報告会”と言う一種の催し物を開催する。

 名の通りに各兵団のこれまでの活動記録や活動内容、そして去年から今年に得た新たな戦果などを一般市民に説明するものである。

 この会には一般市民に知ってもらう以外にも先輩達に説明を受けながら所属したばかりの新兵達が主だって調べたり準備したりするので、入団した兵団がどういうものなのか。どう言った事をしてきたのかと言う事実と歴史を詳しく知る勉強会にもなっているのだ。

 活動報告会は講演会のように時間を決めて壇上から説明するのではなく、時間に囚われない展示会方式となっており、当然ながら時間に囚われない為に昼や夕方に赴く人も当然ながら居る。

 人が自由に集まるのであればそこは商人にとっては商いの場となり、いつの間にか活動報告会では露店が出店するようになった。そうなって来ると兵団一財政難の調査兵団が乗り出すのは当然の結果だったろう。

 調査兵団が露店をするのならと他の兵団も負けずと出店し、これを面白がった貴族が王に話をして一番稼いだところには賞金が出されるという制度を作ったのだ。

 売上勝負の賞金と言ってもかなりの額で、一番それに喰いついたのは調査兵団―――ではなく憲兵団だった。

 この活動報告会は兵団の活動報告をメインに行うのだから商人達より兵団を優先すべきだと露店出店場所を兵団が有利に確保できるルールを作り、憲兵団は露店で通常の半額以下で肉料理を販売。

 元々憲兵団は資金が豊富で多少ちょろまかしたところでバレない事から不正が絶えない兵団でもあり、肉を半額にしたところで痛手は少ない。その上で賞金が手に入れば埋め合わせどころかプラスになるのでその分を担当していた上官達がぽっぽ内々するのだというが新兵達や国民の大半は知らない。

 

 調査兵団団長のエルヴィン・スミスは負け続けている状況もそうだが、資金面に難があるのでその賞金を手にしたいと常々思っていた。

 しかしながら入団するのは訓練兵団を卒業した兵士であって料理人ではない。

 もう諦めるしかないかと肩を竦ませていたのだが、今年はそう気を落す事はないと強く思っている。

 

 最近時間さえ作れれば赴いている食事処ナオ。

 他の店では味わえない料理の数々。

 値段も安くて美味しい。

 路地裏にさえなければ今頃王都辺りに出店も夢ではなかったろう。

 

 店主であり料理人の飯田 総司という青年は料理の知識は豊富で向上心があり(料理に関してのみ)、お人好しとまで行くのかは知らないが結構融通や気を利かせてくれる。

 彼と言う料理人の協力を得られれば今年は優勝も夢ではない。

 そう思い立ったエルヴィンは開店直後の食事処ナオに駆けこんで交渉を行っていた。

 急に行動に移したために説明不足のまま跳び出したので後でリヴァイにこってり絞られるだろうがそれは今考えるべき事ではない。

 話を聞きながら何やら調理を始めた総司に頭を下げながら頼み込む。

 

 「身勝手な話だとは思う。だが…それでも引き受けてはくれないだろうか?」

 

 総司には食事処ナオでの生活があり、それを熟しながら活動報告会の手伝いをしてくれというのだから良い返事を期待する方が難しい。

 一応新人団員が主だってやるので総司がすることは調理関係の技能と知識を教える事と、提供する品を考えて貰う事。つまり講師とオブサーバーの役割。

 果たして受けてくれるのか…。

 彼の人柄に賭けるしかない。 

 

 「構いませんよ」

 

 即答だった。

 あまりの即決に「本当に?」と目を大きく見開いて見つめてしまった。

 その様子を伺っていたアニは呆れてため息を漏らす。

 

 「また安請け合いを…」

 「良いではないですか。こういうのもまた面白そうですし」

 「諦めろってアニ。総司はこういう奴だって」

 

 逆に楽し気に笑うユミルにアニはもひとつため息を漏らす。

 

 「ありがとう。早速この話を兵団の方にも…」

 「今試作品を作ってまして、朝食に一つ如何ですか?」

 

 そう言われて調査兵団本部へ戻ろうした足を止める。

 確かに急いでここに来たために朝食もまだだ。

 気にしなければ気付かないというのに、一度気付けば気になって仕方がない。

 ここは素直に頂くことにする。

 試作品と言うからには店に並ぶ新メニューなのだろうと思っていると、目の前に置かれたのはハンバーグであった。

 先ほどから練ったり焼いたりしていたのはこれだったのだなと不思議そうに眺める。

 見た目的にはデミグラスやトマトソースなどではなくタルタルソースが掛かっている以外ではそう変わったようには見えない。そもそもタルタルソースとハンバーグの組み合わせ自体が初めてなのだが。

 眺めているとぐぅ~と腹の音が鳴り、空腹感が早く食べようと急かしてくる。

 兎も角食べてみれば分かるだろうとナイフとフォークを手に取り、ハンバーグを切り分ける。

 食事処ナオのハンバーグは基本柔らかいのだが、このハンバーグはそれ以上に柔らかい。

 ナイフを走らせればスーと簡単に切れる。

 ただいつもなら切ったところから肉汁が溢れ出すところなのだが垂れだす事も無かった。

 脂身の少ないヘルシーな感じに仕上げたハンバーグと言う事か。

 斬り分けた一口分をハンバーグにタルタルソースを乗せて、口の中に入れてゆっくりと咀嚼する。

 やはり総司が作っただけあって美味しい。

 そして自分の想像を超える予想外な品ものであった。

 噛み締めれば脂身が少なくあっさりとした肉厚なハンバーグに、濃厚なタルタルソースが絡まって口内に広がる。

 ハンバーグのソースはデミグラスやトマトソースだと決め込んでいたのだがタルタルソースとも合うのだなと新たな美味しい発見に頬が緩む。

 そう思いながら何度も噛み締めるとコリコリとした歯ごたえがハンバーグから伝わって来る。

 断面を見たところで小さく刻まれて混ぜられているので、何がこの触感をもたらしているのか解らないが、これはこれで面白い。

 何よりあっさりとしたハンバーグにタルタルソースのシャキシャキとした歯ごたえの酸味の利いた玉葱(酢玉葱)が非情にさっぱりして食べやすい。

 ハンバーグは重量もあるが、それ以上に肉で構成される以上は脂が多い。

 食べれば食べるほど脂が回って気持ち悪くなるだろう。

 だが、これは量を考えなければ何個でも食べられてしまう。

 その前に財布の中身が悲鳴を挙げるのは間違いない。

 試食と言う事を忘れてがっつり食べ始めようとしたエルヴィンはギリギリのところで耐えて、先の事を口にすることにした。

 

 「とても美味しいです。さっぱりしていていくらでも食べられそうです」

 「ありがとうございます」

 「それにしても良い肉を使っているのですね。これだけの重量感があってもまったく脂っこくならないとは」

 

 思った事、感じた事をそのまま述べた。

 試作品と言う事は感想を述べた方が想ったゆえにだ。

 なのに総司はその言葉を聞くとなにやら可笑しそうに笑った。

 変なことを言っただろうかと首を捻っていると何やら野菜類が入った籠を取り出して来た。

 中には大豆にジャガイモ、玉葱にハーブ類、キノコ(エノキ)などの野菜類とタルタルソースの詰まった小瓶が入っている。

 一体何なのだろうかと思っていると総司が微笑ながら答えた。

 

 「これらがそのハンバーグの材料なのですよ」

 「――――なにッ!?」

 

 言われても信じられなかった。

 食感はしっとりと柔らかかったが肉らしき食感は確かに存在した。けれど籠を何度覗き込もうと肉は無く、あるのは野菜類ばかり。

 

 「大豆などを使って肉らしさを出すソイミートのハンバーグです」

 「これが豆で出来ているのか」

 「エノキやジャガイモも入っていますが一番は大豆ですね」

 

 感心しながらもう一度食べるが肉のハンバーグとなんら遜色がない。

 これであの材料だとすれば調査兵団でも手が出る資金で済みそうだし、寧ろ利益で黒字は見込めると商人として素人でも理解出来る。

 もう勝ったなと確信したエルヴィンはさらに話を進める。

 最終的に調理担当は平日は兵団本部で昼食と夕食の下拵えを行い、休日に総司による講習と実地を受けることになった。

 食事処ナオの従業員もバイトと出店を出す権利をくれるならと参加を表明。

 これは明日から忙しくなるぞ。

 とりあえずこの試作品の事を良く知る為に自分が食べて理解せねば。

 話を進めながらおかわりし続けたエルヴィンは、殺気を漂わせるリヴァイが迎えに来るまでソイミートのハンバーグを楽しむのであった。

 

 

 

 

 

 

 エルヴィン・スミスが訪れて数日後。

 調査兵団はトロスト区の一軒の建物を借りて、そこで活動報告会に向けての調理実習や講義を行う用意を整えた。

 勿論調理だけでは回らないので接客担当の育成も必要であり、小遣い稼ぎで参加したイザベルとファーランとマルセル(実際は情報収集)が担当している。

 ……ただ実質イザベルとファーランの二人が教え、ユミルはクリスタ専属であるのだが、アレには関わらない方が良いだろう。邪魔したら殺すぞと言わんばかりの眼光でユミルが睨んで来るし。

 ともあれ調理担当の自分には関係ないかとニコロは思う。

 このバイトは八時から始まり、二時間講習を行ったら二時間実習して休憩を挟んで午後も同様の時間割が待っている。

 講習は総司が行うのでその間ニコロは厨房に一人。

 まぁ、一人だからと言って暇している訳ではないのだが。

 実習で作るメニュー作りを考えないといけないのだ。

 午前午後の後半に実習が入れられたのは技術を学ぶのもあるが、新人団員の昼食夕食を作る為でもあって、限られた食材で満足いく料理を作りながら技術を叩き込まなければならない。

 それも総司とアニの助けも無しで。

 本日総司は活動報告会の事でリーブス商会に相談しに行くので実習は俺任せ。

 食事処ナオで同じく調理担当であるアニはバイトに参加せず、総司が働き過ぎないようにと個人的に監視するという事で総司について回っている。

 つまり今日だけとは言え一人で調理担当の訓練兵団の面倒を見なければならないのだ。

 なんでエルディア人の為にこうも苦労しなければならないのだと大きなため息を吐き出しながら、お金の為だと気合を入れ直しす。

 

 正直他の店と比べて食事処ナオの給金は良いのだが、料理研究を自主的にしているニコロとしては金はいくらあっても足りない。そもそもエルディアは物価が高く、品質の悪くてもマーレで普通に売っている品より高いのだ。

 普段使う日用品のランクを落してもたかが知れ、結局満足に料理するだけの(ほぼ毎日している)お金にはならない。

 少しでも早くあの総司に追い付くんだと日々料理研究に取り組んでいるニコロにしてみれば今回のバイトは渡りに船である。

 それに安宿を取って一人暮らししているので色々と入用なのだ。

 最初はまだ空き部屋がありますから使いますかと申し出があったのだが、料理研究にかまけていたらアニに「休め」と投げ飛ばされると聞いて速攻で断った。

 

 「なにか作るんですか?」

 

 食材を確認していたニコロは声の聞こえた方向に顔を向ける。

 そこには爛々と瞳を輝かせて期待を胸にするサシャ・ブラウスという店でも何度か見かけた常連の姿があった。

 調査兵団にはエレン・イェーガーなどの常連が入団しており、彼らによると調理を任せたら出来上がり次第食べるだろうし、フロア担当にして料理を運ばせたら客には絶対届かないと言われた要注意人物。

 新人と言う事で関わらなければいけないが関わらせてはいけない問題児。

 それでも総司は当日に必要と言っていたので邪険にはしないが、正直にウロチョロされては目障りだ。

 見張りも居るのでニコロはさっと視線を戻して作業を続ける。

 

 ニコロがサシャから視線を外すと、サシャは小分けしてあった食材の方に歩き出そうとすると唸り声を耳にしてを立ち止まる。

 サシャの背後には勝手に食材を盗まないように監視役を任されたナオがジト目でサシャを睨みつけていた。

 すでに手の甲には引っ掻き傷が出来ており、監視役としての任を全うしている。

 これにはさすがのサシャも諦めるしかなく、テーブル席に腰かけて眺める事にしたようだ。

 

 さて、 新人に基礎を叩き込む為に使う食材は教材兼調査兵団員の昼食なので、材料は調査兵団が買い込んだ限られた食材。

 あまり凝ったものは出来ないし、初日なので基礎を実践させ無ければならない。

 そもそもまだ総司がメニュー決めの段階なので本番の練習が出来ない。

 食材を確認したが材料には人参や南瓜などもあるが大半がジャガイモに豆が山ほど。

 基礎を教えるには皮むきに切り方を実践させたいが何にしたら良い物か。

 

 「これでは野菜スープとパンですかね」

 

 眺めるしか出来ないサシャが遠目ながら食材を眺めて呟いた。

 そう言われてニコロはムッとしながら頭を働かす。

 正直自分でもそう思った。もしくは野菜炒めが真っ先に浮かんださ。

 けども諦め交じりにそう決めつけられては、その考えを否定したくなるというもの。

 頭を捻って考えているとこの間の料理が頭の中に浮かんだ。

 作り方は側で見ていたし、それなりに材料は揃っている。

 香辛料系やハーブなどが無いのは諦めるしかないが、その代わりにソースで誤魔化せば何とかなるか。

 

 「馬鹿抜かすなよ。ハンバーグ作ってやるよ」

 「え?野菜しかないですよ」

 「良いから黙って待ってろ」

 

 決まれば早速試しに一食分作ってみる事にする。

 日持ちを考えて乾燥された大豆なのでまずは水で戻す事から始める。

 少しばかり時間がかかるのでこの間に野菜の皮むきをして、玉ねぎは細かく微塵切りに、南瓜は皮を剥いで薄切りに、ジャガイモは蒸し始める。

 作業してはどう教えるかを考え、基本的な流れをボードに書き込んでいく。

 素人である彼ら・彼女らでも分かり易いように。

 作業中にはエルディア人やマーレ人がどうのこうのという感情は無く、一人の料理人として作業に没頭していた。

 そうこうしていると水で戻った豆を今度は蒸し、代わりに蒸しあがったジャガイモを潰していく。

 このジャガイモと豆を潰してハンバーグのタネにするのだ。

 ハーブがあれば香りも付けられるんだがなぁと無い物強請りしながら苦笑いを浮かべる。

 数十分と言う時間が過ぎて豆の蒸す作業も終了し、潰してからジャガイモに塩と薄力粉を混ぜてタネを作り、上下をしっかりと焼く。その間にトマトを煮込んでトマトベースのソースを作る。

 食感はハンバーグに近いが香辛料やハーブがないのでどうしても味は豆やジャガイモに寄ってしまうので隠す目的もあるが、芋とも豆ともトマトの相性は良いという理由もある。

 最後に出来上がったトマトソースに大豆とジャガイモのハンバーグのタネを入れて煮詰めて完成。

 

 こうして大豆とジャガイモ(ソイミート)のハンバーグのトマトソース煮をメインに南瓜のスープ、あとは何の手も加えていない市販の硬いボソボソとしたパンの昼食が出来上がり、とりあえず完成した一人分をトレイの上に置いて試食をしよう。

 

 「ナイフとフォークは確か――」

 「ぐあぁぁぁうまあぁぁいぃ!!」

 

 食べる為にナイフとフォークを取ろうと背を向けた瞬間、雄叫びとも悲鳴とも取れる声に驚いて肩をびくりと振るわしながら振り返ると、調理中には姿を一切見せなかったサシャがそこに居り、まさかの手掴みで試食しようとしていたソイミートのハンバーグを喰らっていた。

 口元はトマトソースで真っ赤に染め、目からは滝のような涙を流しながら。

 

 「ニコロさん!貴方は天才です!!」

 

 色々言いたい事はあった。

 だけどなんて言えば良いのか…。

 社交辞令とかそう言うのではなく、純粋に心から発せられた一言が心に染みた。 

 

 「き、汚ぇ食い方しやがって……ったく」

 

 本当に汚い。

 野良犬が残飯に齧りつくように貪り食う様に本来ならドン引きだ。

 けどあんな美味い美味いと言葉と顔と汚いがソースの一滴まで舐め取る勢いを見ていたら嬉しくも感じる。

 エルディア人の癖に…。

 

 そう呟きながら妙にポカポカとした温かい気持ちになったニコロは微笑ながら実地の準備を続けるのである。




●現在公開可能な情報

・活動報告会での役割
 ・料理人
  ・エレン・イェーガー
  ・ライナー・ブラウン
  ・ベルトルト・フーバー
  ・ヒストリア・レンズ

 ・フロア担当
  ・ミカサ・アッカーマン
  ・クリスタ・レンズ
  ・アルミン・アルレルト
  ・ミーナ・カロライナ

 ・特別枠
  ・サシャ・ブラウス


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35食 ナポリタン焼きそばとバター炒め

 活動報告会の準備を始めて二週間。

 素人集団だった調理班はそれなりに育ち、エレンを始めとした一部は総司に認められメニューを開示されて調理を行うまでに至った。そうなると各自で役割が決まり出し、あとは当日まで技術を磨くのみ。

 講義や実習がある日以外は展示物の制作もあるので掛かりっきりと言う訳にはいかないが、順調に準備は整いつつある。

 休日であるが五回目の講義が行われる予定だった今日は、数名を除いて急遽中止となって休みとなった。理由は露店で着用する制服が完成したので試着して欲しいので、時間や都合によりこの日では無いといけないとの事だ。

 そう言う訳でエレン達常連メンバーは食事処ナオに訪れていた。

 常連メンバーだけなのはこれ以上増やして混雑するのは嫌だなと言う団長に兵長を含めた調査兵団常連全員の総意で知っているものだけとなった結果だ。

 

 「本当にこれでいいのかよ」

 

 着方を間違っている不安はない。

 自分に似合っていないという感情でもない。

 エレンは渡された衣装を着てまず思ったのが場違いという印象だ。

 上から下まで真っ白のスーツ。

 これで調理を行えば確実に汚れが付着して目立つ。担当している料理に赤いソースを使うから猶更。

 

 「着ましたけど」

 

 首を傾げながら個室より出てきたエレンは制服の制作者である飯田 総司の従妹である飯田 彩華に試着した事を告げる。

 なんでも彼女は総司の依頼で制服の制作をしたらしく、元々個人で衣装制作(趣味のコスプレ制作)していた事と安く生地も入手出来る伝手(向こうの生地)があるとか。

 

 「やっぱり元が良いから似合うねぇ」

 

 褒めてくれるのは嬉しいが、なんとも妙な感じだ。

 微妙に総司さんのような雰囲気がありながら、言動から感情を表しやすい表情などまったく似ていない。本当に同じ血筋なのかと疑ってしまう違和感。

 それは皆が感じ取っていることなのであえて言いはしないが。

 

 「馬子にも衣装ってやつじゃないのか?」

 「うるせぇ男女」

 「喧嘩しちゃだめだよ。本番前に服を駄目にしたら自腹の出費が待ってんだよ」

 

 売り言葉に買い言葉。

 ユミルの一言に反応して返したら、懐に響く一言を叩きつけられて黙るしかなかった。

 普通より安いとは聞いたけどスーツ一着を容易に支払う程懐は豊かではない。

 当然ながら食事処ナオは休みだがここで暮らしているユミルとアニは居り、ユミルはファーラン達と共に露店をやるらしいので調査兵団とは違う制服を試着していた。

 燕の尻尾を思わせる燕尾服にスラっとしたズボン、懐中時計や白手袋を着用している姿は貴族達が雇っている執事のようだ。

 何故男装させられているかと言うとファーランも含めて似合いそうだったのと、ピンクや黄色の鮮やかでフリフリレールで飾ったドレスや身体のラインがはっきりし太ももから足が覗くように側面が開いたスカートが特徴的なチャイナドレスを見せたところ、初めて出会ったにも関わらずにアニが着れるかと投げ飛ばしたのが原因なんだと。

 総司が見ていたらなんて言っていたか気になるが、リーブス商会やエルヴィン団長との打ち合わせがあって出掛けているので見れないのが残念でならない。

 

 「なんだか着慣れないね」

 「そうか?中々似合っていると思うがな」

 

 そんなこんなしているとライナーとベルトルトが出てきた。

 二人は俺と同じ調理担当……の筈なのだが制服が違うのだが!

 コックコートにコック帽、エプロンなど如何にもシェフらしい格好となっている。しかも長袖タイプのコックコードは調査兵団のジャケットを模しており、背中には自由の翼が描かれていた。

 

 「ヒストリアが着ると華やかに見えるな」

 「そう。ありがとう」

 

 ヒストリアが試着している女性用の制服は男性用とほとんど変わりないが、腰に巻いているエプロンが足首辺りまであるロングタイプから膝より上までのショートタイプへと変更されているぐらい。

 内心バクバクと心臓を高鳴らせながら表情には出さなかったライナーの言葉にヒストリアは微笑む。

 向けられた微笑を真正面から受け止め、結婚しよと想いを脳内で抱いているとライナーを押しのけてユミルがヒストリアに近づく。

 

 「いやぁ、ヒストリアは本当に何を着ても映えるな」

 「男装しているユミル、カッコイイね」

 「そうだろ」

 

 褒めに行ったのに逆に褒められて上機嫌なユミルにアニは何してるんだかと眺めるが、それ以上に試着したは良いが彩華より寿司を受け取るや否や店内の端っこでゆっくりと味わいながら笑みを浮かべているファーランは如何なものか…。

 

 「お待たせ」

 「どうかな…似合ってるかな?」

 

 今度はミーナとクリスタのフロア組だなと振り返った矢先、ユミルとライナーは目を見開いたまま時が止まったかのように膠着した。

 フロア組の制服も調査兵団の制服を模していたが厨房組と違って簡素ながらもふりふりのレースや花飾りなどで装飾されており、その上で動き易さを求めたメイド服となっていた。

 特に目を引いたのが短めのスカートに二―ソックスによって隠されていない太ももだろうか。

 ハッと我に返った二人は感想を述べる前に彩華に一言申す。

 

 「絶対領域は今でも健在だね」

 「おい!さすがに露出させ過ぎではないのか?」

 「こいつの言うとおりだ。クリスタの生足をそう易々晒すなんて」

 「そう言うんならクリスタちゃんの太ももガン見するの止めてから良いなよ」

 

 目はクリスタ、言葉は彩華に向けた二人は言われてからようやく目を合わせて抗議。

 しかしながら一番注視していた二名を例にメイド服の客引きの意味合いを唱えられてあっさり撃沈。

 

 「にしてもそれ寒そうだな」

 「まぁ、冬場は寒そうだけど別に大丈夫でしょ。それよりエレンは何か言う事ないの?」

 「なにが?」

 「…これだからエレンは。ミカサにはそういう風にしちゃだめだからね」

 「はぁ!?なんでミカサが出てくんだよ」

 

 ミーナに呆れられたエレンは意味が分からないようだが、その場に居た全員が満場一致でエレンの鈍感さにため息を漏らす。

 

 「ちょっと!これどういう事!?」

 

 ようやく出てきたアルミンの衣装(・・)に皆が注目し、何名かが目を輝かした。

 黒いウサ耳がついたカチューシャ。

 胸元や肩や背中を露出させ、腰のあたりにウサギの尻尾を模した毛玉がある上着。

 ひらひらとした黄色いスカート。

 ヒールのある黄色い靴に黒の網タイツ。

 女性ものと言わんばかりの衣装に口火を切ったのは目を輝かせたクリスタだった。

 

 「アルミン可愛い!」

 「そう言われても嬉しくないよ!?」

 「似合っているわね」

 「似合ってるな」

 「うん、似合ってるよ」

 「いやいや、似合ってないって!」

 

 クリスタを筆頭にヒストリアにライナーにベルトルトがアルミンを褒めるがアルミンは慌てて否定。

 幼馴染のエレンと言えば助け舟を出す訳でも褒める訳でもなくただ「否定する割にはちゃんと着るんだな」と思いながら眺めていた。

 恥ずかしがりながら視線を彩華に向けるアルミンだが…。

 

 「写真見た時から一番似合うと思って」

 

 自信満々に発せられた言葉にバッサリ。

 周りの評価も相まって認めざる得なく、アルミンは苦笑いを浮かべるしかなかった。

 その前に一つ聞きたいのだがフロア担当の制服ってアレなのか。それともアルミンだけなのか。

 これをハッキリさせなければ露店は大変なことになりそうだなとエレンは思う。

 

 「ところでお前だけ違わないか?」

 「あぁ、俺もずっと思ってたんだよそれ」

 

 ライナーの一言で自身の服装を再確認する。

 食事処ナオの従業員メンバーは執事をイメージした制服で、アルミンを除く調査兵団メンバーはメイドやらコックの制服を調査兵団様にアレンジした物。なのに俺だけ何故か純白のスーツ。ただでさえ浮いているというのにさらに目立ってしまっている。

 何か意図があるのだけど視線を向けても何故かニヤつくばかり。

 

 「あ、あの!」

 

 不意に届いた声にミカサが出てきていない事を思い出しながら振り向くと、開いた扉より頭だけ覗かしているミカサの姿があった。それも顔を赤らめて恥ずかしそうに。

 サイズが合わなかったのか、着方が分からなかったのか。

 どちらにしても男性のエレンはどうしようもない。

 理解が及ばず寄ろうとしたエレンをアルミンとクリスタが止める羽目になり、その間に彩華が楽しそうな笑みを浮かべて通り過ぎて行く。

 助けが来たと言わんばかりの安堵の表情も束の間、ミカサは彩華に背を押されて急激に焦り始める。

 

 「待って!」

 「隠れちゃってどうしたのかな?さぁさぁ」

 「お、押さないで!……あ」

 

 背中を押されてミカサが姿を晒し、クリスタの時のように歓声が漏れる事もエレンの時のように首を傾げる事もなかったが、その場の全員が息を呑んで見惚れた。

 ふわりと柔らかく、過度な装飾は一切ない清楚感漂う純白のドレス。

 シワも染みも一切見られなず、細部に至るまで無駄はない仕上がり。

 思わずエレンも見惚れ、はっきりと認識したミカサの頬がさらに赤らむ。

 

 「こういう時に言う言葉があるんじゃない?」

 

 いつの間にか横に立った彩華に肘でちょんちょんと突かれながら言われた一言に眉を潜めた。

 なんで俺がと口走りそうになった口に軽く人差し指を当てられて黙らされる。

 

 「誰でも良い訳じゃないの。彼女は君に言われたがってる。君はあの姿の彼女を見てどう思ったの」

 

 いつものエレンなら噛みついていただろう。

 ぎゃんぎゃんと吠える様に叫びながら抗議の言葉を並べていただろう。

 けど、先ほどと異なり優し気な眼差しを浮かべながら微笑む彩華に、エレンは面食らっていつもの調子が出ずに真剣に考え込む。

 

 「ほら、素直に言ってあげて。男の子でしょ」

 

 トンと背中を押されて一歩前に出たエレンは一瞬よろめいたがすぐさま体勢を立て直し、ミカサの前で立ち止まってしまった。

 目と目が合い、なんとも気まずい空気が流れる。

 どういえば良いのか悩みながら、照れ臭くなり頬を掻きながらそっぽを向く。

 

 「に、似合ってるぞ。その…綺麗だ……」

 「……うん…ありがとう」

 

 ポツリポツリと漏れる言葉にミカサもエレンも耳まで真っ赤に染め上げ、先の表情は何処に行ったのやら彩華はニヤケながら写真を一枚撮った。

 各々違う表情を浮かべながら見守る中でエレンは、心の中で巻き上がる今までに感じたことの無い感情に戸惑っていた。

 

 

 

 

 

 

 嬉恥ずかしい思いをしたミカサは着替えを終えて店内に戻る。

 戻るとほとんどが席に付いて厨房の方へ視線を向けており、同じく視線を向けると食事処ナオのエプロンを借り、昼食を作るエレンの姿があった。

 フロア組であるミカサは露店で提供する料理がどんなものか知らない。いや、フロア組というよりも総司が合格を出した厨房組の一部しか知らされていない。

 今回提供する料理は利権が絡んでいる。

 総司が調査兵団から依頼されて作った料理はタルタルソースの時と同じくこのエルディアには存在しなかったもので、調査兵団は新たな財源確保のために販売することを考えた。しかしながら戦闘技術においては最強の彼ら彼女らでも、商いとなると素人である。そこで総司が仲介してリーブス商会を巻き込む事に。会長のディモ・リーブスは総司の話に乗り、調査兵団が特許を取得してリーブス商会が売り上げの何割かを調査兵団に収める代わりに販売権を貰う契約を交わした。

 この件の発端である総司が特許の取得をするべきだろうと話が上がったのだが、自分が考えたものではないので断ろうと取得は辞退して調査兵団に丸投げした。それではいけないとディモ・リーブスとエルヴィン・スミス両名の説得の結果、開発したとしてそれなりのお金を強引に渡され、渡された総司はそのお金をどうするべきかと頭を悩ましているとか…。

 話が逸れたてしまったが料理から素材まで一切の公表を特許申請中の今は情報の漏洩を恐れ、報告会で調理を任される人物以外の公表は控えているのだ。

 

 けれども調理する側としては自分達以外の反応が欲しく、ならばと情報を漏らさない事を条件に試着メンバーに食べて貰う事となり、エレンを中心とする調理班が準備を行っているところである。

 慣れた手つきでライナー、ベルトルト、ヒストリアが玉ねぎをくし切りに、人参とピーマンを細切りにしてゆく。

 エレンはと言うとコンロと言う簡単に火を起こす機器の上に鉄板を置き熱し始め、鉄ヘラと今回の料理の為に造られたトマトを多めに擦り下ろしたニンニクに林檎に生姜に玉葱に人参、セロリや香辛料を入れて煮た特製ソース(ケチャップとウスターソースを混ぜた物)などを用意していた。

 その中に見慣れない麺が混ざっていた事に気が付いた。

 くねくねと捻じれ柔らかそうなことからパスタと違って茹でる訳でもなさそうな変わった麺。

 

 「エレン。その麺はなに?」

 「あぁ、なんでもヤキソバっていうリーブス商会に特注で作って貰った麺らしい」

 

 わざわざ作って貰ったという事は何か理由があるんだろうなと思っていると、エレンの隣にもう一個鉄板を用意していた彩華も料理を始めた。

 彩華が厨房に立ったことでファーランの瞳が輝く。

 

 「あー、先に行っておくけど寿司ではないよ」

 「――――ッ!?」

 

 がっくりと肩を落とし落胆している様子に逆に寿司という食べ物が何なのか気になるところではあるが、調理に入るので後でも良いかと聞きはしない。

 もし聞き忘れたとしても後で総司さんに聞けばいい訳だしね。

 

 「生魚嫌いな子が多いって聞いてたからこっちを用意したのさ」

 

 取り出したのはイカにタコにホタテにほうれん草にコーン(トウモロコシ)と言った海の幸と野菜類。

 ここにニコロが居たら海鮮類に反応していただろう。

 本日アニを除くマーレ組従業員は休みである。

 元々は休みに講義などを充てていたが、今日は試着会と言う事で休日となったのだ。

 だったらとマルセルは借りてる宿屋で身体を休め、ニコロもマルセルとは別の格安の宿で料理研究を行うと店には来ていないのだ。

 あと、ただ飯が食べられると聞けば必ず来る筈の特別枠のサシャが居ないのは、ニコロが休日などに料理研究をすると聞き、試食要員はいりませんかとそちらに行ったためだ。今頃はニコロが作った料理にがっつり喰いついている頃合いだろう。

 本人は男性の家に挙がる事を然程意識していないようだったが、ミーナにしてみれば良い話題を見つけたと言わんばかりにどうだったかを聞くのを楽しみにしている。勿論両方からである。

 

 「なにを作るの?」

 「文字通りバター炒めを」

 

 食事処ナオでもあまり使わない知らない食材(海鮮系食材)に反応したアニが問うが困ったように苦笑いを返し、頬をポリポリと掻きながら申し訳なさそうに返す。

 

 「総兄みたいに凝り固まった料理馬鹿じゃないから簡単な物をちょっとね。楽して美味しいのが一番って考えだからさ。無論寿司職人だから寿司に関しては本気だけど」

 

 そう言って彩華はぼとりとバターを鉄板の上に落す。

 じゅわじゅわと固まっていたバターが溶けだして鉄板を濡らしながら、バターの香りを店内に放っていく。

 溶けだしている間にイカにタコを一口大に、ほうれん草はざく切りに切り分ける。

 バターの上にホタテ、イカ、タコの海鮮類を放り込んで炒め、バターを絡める様に混ぜながら塩コショウを振るう。

 そこにコーンとほうれん草を入れてしんなりする程度に熱し、タラリと醤油を垂らして軽く混ぜる。

 バターに焦げた醤油の香りが混ざってなんとも言えない香ばしさが漂う。

 

 彩華のバター炒めに空腹感を刺激されている中でエレンも調理を開始し、鉄板にオリーブオイルを引いて玉葱、人参にピーマンの順番にしんなりとするまで炒め始める。

 熱が通ったところで焼きそば麺を入れ解し、特製ソースを惜しみなく掛ける。後は混ぜるだけなのだがエレンは鉄ヘラを使って腕を大きく動かして、大仰な動作で混ぜ始めた。

 調理の実習を開始してエレンがよく腕を痛めていたのを知っていたミカサは表情を歪める。

 あれだけ無駄な動作をしていては腕が痛むのは道理。

 見ていられなくなったミカサはエレンに言うべきだと思う。

 

 「エレン。貴方の混ぜ方は無駄が多すぎる。それでは腕を痛める」

 「良いんだよこれで」

 

 いつものように反発される覚悟で口にしただけにこの自信満々に答えられた事に面食らった。

 ニカリと笑ったエレンはそのままの動作で混ぜ続ける。

 するとふわりと空腹感を誘う香りが広がった事に気付いて、自信満々に答えられた意味を知った。

 ソースが熱せられた鉄板に触れる事で湯気となり、大きくエレンが混ぜる事で湯気が風の流れで周りに香りと共に吐き散らされ、それを嗅いだ人間はソースの香ばしくもトマトを連想させる匂いに興味をそそられて振り向く。

 昼食時などに露店でこれをやられれば周囲の人間は足を止めるだろう。

 

 「ほい、出来たぞ」

 

 出来上がって皿に盛り分けられた料理をクリスタにミーナ、ミサカのフロア組が配っていく。

 二種類の料理が並び、全員が席に付く。

 

 「そういえばこの料理ってなんていうんだ?」

 「これか。ナポリタン焼きそばっていうらしいぞ」

 「ねぇ、冷めないうちに食べましょうよ」

 「それもそうだな」

 

 ナポリタン…。

 焼きそば同様聞きなれない名前だ。

 総司さんは色々な料理を知っているなぁと想いながらミサカはフォークでエレンが作ったナポリタン焼きそばを巻取って口へと運ぶ。

 含むとべっとりと濃厚で甘味の有るトマトの風味に深いコクのソースと硬さは感じずもっちりと柔らかい焼きそば麺の食感に襲われる。

 何処か子供っぽさを感じる味わいだけども妙に癖になる。

 しんなりとした玉葱を噛み締めれば甘味が滲み、ピーマンが苦みを放って複雑な味わいをもたらす。

 ゴクリと一口目を呑み込んで美味しいと言葉を漏らし、二口目を巻き取って運ぶ。

 始めた時もそうだったが、この捻じれた麺がソースを良く絡まるのでしっかりとソースを味わう事が出来る。

 エレンが作ったという事もあってより美味しく感じ、ナポリタン焼きそばばかり食べてバター炒めに手を付けてなかったことを思い出して彩華のバター炒めを頬張る。

 イカやタコの強い弾力のある歯応えに噛めばほろりと解けながら噛み締めれば旨味が溢れるホタテ、しんなりと柔らかいほうれん草に噛めばプチリと潰れて甘味が弾け出すコーン。

 単体でも美味いのが解かる食材達がバターがしっかり浸み込んで香ばしさと塩気をもたらす。

 バターで炒めただけだというのにこの美味しさは何なのだろう。

 パクパク食べ、再びエレンのナポリタン焼きそばを食べる。

 塩気が強かった分、ナポリタンの甘さがより強く感じてこの組み合わせは悪くないと思う。

 

 「うまっ!」

 「本当に美味しいよエレン」

 

 皆がエレンや彩華が作った料理を食べては感想を口にする。

 美味しそうに食べては笑みを零す様子を目にしたエレンは微笑を浮かべながら軽く顔を伏せた。

 

 「どうしたのエレン?」 

 

 嬉しくなかったのだろうかと思い聞いてみるとなんとも困った表情を浮かべられた。

 言葉にし辛いのかし難いのか解らない。

 ただ待つしかないミカサの視線を受け、エレンは重くなった口をようよう開いた。

 

 「…いや、なんていうか。こういうのも良いなって思ってさ」

 

 何処か照れたようで嬉しそうにエレンはそう語った。

 その笑みを見ているとポカポカと胸の辺りが温かくなる。

 感じた幸せと一緒にナポリタン焼きそばを噛み締め、ミカサはこんな日が続けばいいなと思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 食事処ナオより帰路についた彩華は少し考えていた。

 総兄よりコスプレ制作を受けた時は驚いたものだ。

 いつも寿司の出来を見て貰っているのと、総兄から頼られる事自体少ないので嬉しくて二つ返事で受けたけど、今思い返すと変な依頼である。

 スリーサイズに各部の寸法を手書きで書いた資料に総兄が撮った写真で作り、本人と合うのは難しいので極力避けてくれと言われた。

 資料として渡された彼らの制服と言う茶色いジャケットはどう見ても普段着ではなくコスプレの類。

 それも普通に完成度は高いことは見てみれば分かる。

 腕の良い作り手が居るのに何故私に頼んだのか。

 どうしてコスプレイヤーらしき外国人少年・少女達とそういう趣味の無い総兄が仲良くなったか。

 考えれば考えるほど疑問が出て来る。

 ………が…。

 

 「ま、良いか」

 

 出てきた疑問を面倒臭く思ってどうでも良いかと一言でばっさり切り捨て、彩華は帰って残っている数着を仕上げてしまおうと帰るのだ。




・食事処ナオに飾られた写真
 
 飯田 総司の従妹である飯田 彩華によって数枚の写真が撮られ、現像された数枚が食事処ナオの店内に張られた。
 試着に参加した全員が並んだ集合写真。
 フロア担当と厨房担当に解かれた担当別。
 ユミルとクリスタの執事とメイドのツーショット。
 アルミンのバニー姿を中心に集まった女性陣。
 それと純白のドレスにスーツ姿と言うミカサとエレンの一枚。

 余談であるが最後の一枚を目撃したとある憲兵団新人が白目をむいて気絶した。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36食 ホルモンうどんとバーガー

 空は晴天。

 雲一つない空から太陽の光が温かく降り注ぐ。

 まさに野外日和。

 活動報告会当日となり、早朝から準備に入った各兵団は引っ切り無しに大忙し。

 テントや簡易小屋などは前日に準備を終え、今は食材の運び込みや展示物の展示、さらに予想されるポイ捨てを減らすためにいたる所へゴミ箱の設置などが行われている。

 エレン達新人調査兵団露店班も食材を運び込み、機材の設置を急いで行っていた。

 というのも総司の提案で露店を二つ設置するので、食材も含めて種類と量が多いのだ。

 一つはエレンが班長を務めナポリタン焼きそばなどの麺類を提供する屋台的なもので、もう一つはライナーが班長を務めるお持ち帰り専門の出店小屋。

 総司曰く、昼時などの食事時には人が多くなり飲食スペースは埋まり、そう言った時は回転効率の高いお持ち帰りの店が売り上げを勝ち取れるとの事で二店となったのだ。

 

 それと調査兵団の露店スペースの斜め向かいにはリーブス商会より出店された小さな店が出来、そこでは料理で使われるナポリタンソースやウスターソースの瓶詰や焼きそば麺などの麺類の袋詰めを販売するらしい。

 入り口からの位置から進行方向を考えると調査兵団の露店スペースの後になり、ここで料理を気に入った客がそのまま買ってくれることを期待しているのだろう。

 さすが商売人だなぁと感心する。

 

 苦笑いを浮かべながら用意が済み、エレンは調理担当用の制服を着用する。

 今回は純白のスーツではなく試着でライナーが来たのと同じ調査兵団仕様のコックコート姿だ。

 勿論ミカサもフロア担当の調査兵団仕様のメイド服である。

 

 「なんでボクだけ!?」

 

 予想通りの叫び声はスルーする。

 どうせ振り返ればウサギを模した女装姿のアルミンが居るだろうから。

 着替えが終わって集まり、サシャとアルミン以外は彩華制作の制服に身を包んでいた。

 女性陣は可愛らしい制服に、男性陣はカッコいい制服に喜び士気は上々。

 

 「良し。優勝狙って売って売って売りまくろう」

 

 エレンがそう叫ぶと批判の声は全くなく、全員が「おー!!」と声を合わせて叫び返した。

 やる気十分の調査兵団露店班は習った事を全部出し切ろうと活動報告会に挑むのである。

 

 

 

 

 

 

 昼食時にしては少し早い時間帯にとある一団が周囲を眺めながら歩いていた。

 一人を除いて兵団の制服であるジャケットを羽織っているものの、描かれた紋章には(訓練兵団)薔薇(駐屯兵団)一角獣(憲兵団)(調査兵団)も描かれてない。

 彼ら・彼女らは総統直轄の兵である。

 そんな者らが団体で周囲を警戒するようにしているという事はその中央には重要な人物が居る。

 三つの兵団を統括するダリス・ザックレー総統。

 

 彼は活動報告会の様子を見るのと同時に露店の審査委員長を任せられているので、こうして立場上護衛付きで出歩いているのだ。

 とは言っても彼は露店を眺めるだけで何かを購入することはない。

 毎年同様にギトギトした芋の揚げ物に煮豆などの露店ばかり。

 憲兵団の多少安い肉も恒例で代わり映えしない。

 気になると言えば駐屯兵団のビアホールぐらいだが、昼間っから堂々と総統が酒をかっ喰らう訳にもいかない。

 そう言った訳で毎年通り遠目ながら眺めているだけ。

 もしも食事処ナオが出張営業でもしていたら周りの目も気にせずに行くがな。

 

 あり得ないなと浮かんだ考えを軽く笑う。

 ふと、鼻孔を何かの匂いが擽った。

 美味しそうとかいう感想よりも先に知っている匂いに戸惑う。

 足を止めた事で護衛をしている兵が立ち止まってどうされましたかと問うが、そんなことを気にしている場合ではない。

 匂いの発生源に向かって歩き出し、慌てて兵もそれに合わせて移動を開始した。

 この匂いは間違いなくアレだとザックレーは確信する。

 人を使って肉屋を巡らせたが扱ってないと言われたあの肉。

 

 匂いの発生源である露店の前で再び足を止めたザックレーは看板を見つめる。

 そこは調査兵団の露店スペースで看板にはデカデカと“ナポリタン焼きそば”なる見知らぬメニューが描かれており、気にはなったが今見るべきはそこではない。

 何種類か手書きで料理の絵が描かれてある中で、探していた食材を使っている料理を発見した。

 

 焼きそばよりも太く茶色い麺の上に純白の塊のようなものが描かれている。

 料理名は“ホルモンうどん”。

 食事処ナオで注文する焼肉セットにもあるホルモンを使ったメニュー。

 どれだけ肉屋に問い合わさせてもホルモンなんて物はありませんと言われ、食事処ナオ以外で口にすることは叶わないと思っていたが…。

 今も漂う香りにごくりと生唾を飲み、露店スペースへ入り込んでいく。

 まだ昼食前と言う事もありそこそこ空いていたが、他の露店に比べては多い方だ。

 原因はあの調理法にあると見た。

 調理者が大きく料理をかき混ぜる事によって周囲に匂いが拡散し、虫が樹液に群がる様に客が引き寄せられたのだろう。

 儂もその一人なので効果のほどは絶大だ。

 空いていた席に腰かけるとスッと調査兵団にも似たメイド服を着た少女が歩み寄ってきた。

 

 「こちらメニューです」

 

 言い方に動作、雰囲気に食事処ナオに似通ったものを感じながら、ザックレーは差し出されたメニュー表の受け取りを拒否した。

 

 「もう注文は決まっている。ホルモンうどんを一つにレモン水を貰おうか」

 「畏まりました。ホルモンうどん一つにレモン水一つですね」

 

 看板を見た時から決めていた。

 一瞬レモンサワーかと見間違えたが、ホルモンゆえに脂っこいだろうからレモン系のさっぱりとした飲み物が良いなと注文したのだ。

 メイド服の少女は注文を調理していたエレンに伝えた。

 この時エレンは心臓が口から飛び出るほど驚いていた。

 なにせナポリタン焼きそばを作り終えて顔を上げると、席に三つの兵団を仕切っているザックレー総統がいるのだから。

 驚きながらも注文を受けるや否や大きく深呼吸し、調理に集中する。

 客が誰であろうとすることは変わらない。

 そう総司に教わったのだから。

 

 エレンの気持ちなど露ほども興味のないザックレーは調理する様子を眺めていた。

 熱された鉄板にホルモンがぼとぼとと落される。

 じゅわ~とホルモンが焼け始めると同時に香りが放たれ胃袋を刺激する。

 鉄ヘラで移動させられるたびに濃厚な旨味を持っているであろう溢れ出た脂が鉄板を潤す。

 これが人目が無くて鉄板が冷めていたならば、無心で鉄板の上で踊る脂を舐め取って米をかっ喰らっているところだ。

 ホルモンがある程度火が通るとネギやキャベツが加えられて炒められる。

 しんなりと柔らかくなった頃合いにうどんが投入され、鶏がらスープに下ろしにんにく、ウスターソースを掛けて大仰に混ぜあわせる。

 今すぐ食べたいというのにこうして匂いを立てて空腹感を煽るとは…。

 お預け状態の上に匂いだけ嗅がされている現状にザックレーは耐える。否、耐えねばならない。この後の至福の時を思い描いて。

 ソースがしっかりとうどんに絡み、色が茶色く染まった事で調理は終了して木皿に盛りつけられる。

 

 「はい、ホルモンうどんお待ち」

 

 出来上がったホルモンうどんがメイド服の少女の手によって運ばれてきた。

 だがここが外だという事を忘れてはならない。

 立場がある以上それなりの振る舞いが必要。

 内心がっつきたいのを押さえて冷静かつゆとりのある態度を取り繕う。

 

 「ホルモンうどんとレモン水をお持ちしました」

 「うむ、ありがとう。では早速頂こう」

 

 一緒に運ばれたフォークを手に取り、待ちに待ったホルモンを口にする。

 噛み切れないふにふにと柔らかな食感を噛み締めれば噛み締めるほどに濃厚な脂が口内を潤わし、香ばしくしょっぱさと優しい甘みのあるソースが焼肉のたれとは違う味を演出する。

 これはこれで堪らないな。

 レモンの香りと酸味を含んだ水を含みさっぱりとさせる。

 次はソース色に染まるうどんをフォークに絡ませて口に運ぶ。

 含んだ瞬間に感嘆の声を漏らした。

 パスタより太く、フォークで持ち上げた時にふにゃりと曲がったので柔らかい麺と思ってしまったがそうではない。

 確かにパスタの様な硬さは無かったがしっかりとしたコシがある。

 それにソースの味わいもあるがホルモンの脂がべっとりとこびり付いており、唇や口内にもねっとりと付着する。他では味わえない食感に味わいがどうにも癖になる。

 

 先ほどまで振る舞いを気にしていた筈なのに、ザックレーは勢いに任せてがっついていた。

 唇は脂が付いてリップグロスを塗ったかのようにテカり、視線はホルモンうどんに釘付け。

 護衛の兵士も護衛しながらゴクリと生唾を呑み込み眺める。

 体面を気にすることなく食べる総統にそれを警護している兵士達。

 異様な光景が目に留まった客が足を止め、そこに調理の過程で発生した匂いが逃がすまいと空腹感を刺激して客を絡め獲る。

 未だ昼食時には早いというのに調査兵団の露店エリアは大盛況となり、列が出来るほどの客入りを記録した。

 火付けの一つであるザックレーはそんな事は気にせず、ホルモンうどんをもう一皿と気になったナポリタン焼きそばを注文するのであった。

 

 

 

 

 

 

 昼食時真っただ中。

 何処の店も人だかりが出来、それなりの賑わいを見せていた。

 飲食スペースのある露店はほとんどが埋まり、お持ち帰りを基本とする屋台形式の露店は列が出来ている。

 道を行く人々は何処かで美味しいものでも食べようかと空いている露店を探し回るがもう時間が時間だけにそんな都合の良い店はない。

 そんな人々の中を食べながら歩き回っている少女が居た。

 もぐもぐと咀嚼し、ゴクリと口の中の物を呑み込むと手にしていた料理に齧りつく。

 空腹感から彷徨う方々から見たら羨ましい限りであろう。

 

 周囲からそんな視線を集める少女――調査兵団所属サシャ・ブラウスは気にせずに食べ歩きを続ける。

 決してこれはサボっている訳ではなく、総司が指示した立派な仕事だ。

 こうして食べ歩くことでエルディアでは見慣れないバーガーを見せ、美味しそうに食べるサシャが表情で相手にそれを伝える。

 要はさくらを使った宣伝である。

 ただバレないように普段着で店の宣伝になるようなものは手にしているソイミートハンバーグを使ったバーガーぐらいしかない。

 

 正直サシャにとってはどういう意図なのかなどは割とどうでも良い。

 なにせ決められたルートを予定された時間で歩きながらゆっくり食べていれば、次のバーガーを奢って貰えるのだから。

 食べながら歩いていると駐屯兵団のスペースいっぱいに天幕を張ったビアガーデンらしきものが視界に移る。そこでは調査兵団みたく危険は少なく、かつ安定した職場である駐屯兵団に所属したフランツ・ケフカとハンナ・ディアマントの姿があり、ペアルックのエプロンを着て料理を運んでいた。

 

 「それ、美味しそうだね」

 

 声を掛けられて振り返ると私服姿のナナバが立っており、手にしていたバーガーを指差していた。

 今回の活動報告会の優勝を逃がすまいと団長の指示でベテラン勢の一部がこういったサクラとして動いている。

 先ほどはモブリットと出会ったのだが、演技に緊張したのかほぼ棒読みだったのは面白かったなぁ。

 

 「これでしたら向こうの―――」

 

 指示されていたようにわざとらしくない程度で居ながらも周りの人にしっかりと聞こえる音量で、方向を指で示しながら何処の露店でこれが幾らしたのかを伝える。

 予定通りに返答されたナナバは礼を言ってそちらへと歩いて行く。

 すると彼女を道案内に数名の腹をすかせた人が動き出す。

 

 はむっとまた齧り、サシャは歩き続ける。

 次のバーガーを食べる為に。

 

 

 

 

 

 

 ジャン・キルシュタインは苛立っていた。

 マルコ・ボットとコニー・スプリンガーと共に憲兵団に入団し、他の兵団と同じく活動報告会の準備を行ってきた。

 やる気のない先輩たち曰く、安く肉売ってれば客もたくさん入って一位取れるからと簡単に言っていたのに、当日は閑古鳥が鳴くほどではないが客入りは悪い。

 

 「客来ねぇな」

 「そ、そうだね」

 

 暇そうに呟くコニーに困ったようにマルコが答える。

 正直空気は最悪だ。

 不真面目でさぼり気味の先輩達を見て、それで良いんだと見習ってしまった新人も多く士気は低い。さらにだらだらとする者まで現れて、頑張ろうと気合のある奴はジャンが知る限りでは、マルコと別の訓練兵団所属だったマルロ・フロイデンベルクぐらいだろう。

 他と言えばヒッチ・ドリスという少女のように仕事をさぼって露店を見て回っているか、なぁなぁで作業をしている者ばかり。

 大きくため息を漏らしながらやってられるかと内心飽き飽きしていたジャンは出入り口へと向かう。

 

 「おい、ジャン。何処に行くんだ」

 「ちょっと他の店の様子を見て来る。なぁに心配すんな。サボりじゃねぇよ。すぐ戻るってマルロにも言っといてくれ」

 

 そう言うとジャンは他の露店の視察と言う名目の気分転換に出掛け、ぶらりぶらりと見て回る。

 何処も彼処も似たような感じで盛況ほどではないが普通に客が入っていた。

 こうして見て回ったがどうして憲兵団の肉類に客が喰いつかないのかが分からない。

 他でもっと肉を安売りしているのならまだしもそんな店は今のところ見ていない。というか肉を販売している店が見当たらないと言った方が正しいか。

 歩き回っていると調査兵団の露店スペース近くまで来ており、ついでにあの死に急ぎ野郎(エレン)を揶揄ってやろうと脚を向け、ジャンは驚愕した。

 調査兵団の露店スペースは大盛況。

 テーブル席は全席埋まっており、何処からか持って来た簡易な木箱を椅子とテーブル代わりに代用した席にまで人が腰かけていた。憲兵団と違う光景に驚き、目的の人物を見つけても揶揄う事すら躊躇われる。

 エレンは調理を担当していて、次々と訪れる客の注文に対応しようと必死に鉄ヘラを振るっていた。 

 メイド服の様な制服を着たミカサやクリスタ、何故か女装しているアルミンなどが引っ切り無しにスペースを動き回り、席が空けば急いで片付けを行い、客が座れば対応に追われていた。

 看板を見れば見知らぬ料理が並び、そばを歩けば漂う匂いが空腹感を誘い、可愛らしい制服を着た女性陣に目を奪われる。

 ………特にミカサのメイド姿は輝いて見える。

 何もかもにおいて憲兵団の露店組を上回っている。

 これでは勝ち目はない…。

 

 露店スペースを見渡しているとエレンが調理している露店をもう一つ掘っ立て小屋みたいな物が建っているのに気付いた。

 何だろうと視線を向けるとそこでも何かを売っているらしい。

 忙しそうにライナーが対応している。奥にはヒストリアやベルトルトが居るようだがそちらも結構忙しそうに動いている。

 どうもその小屋の方はお持ち帰り品を売っているらしく、列が出来ても客の流れが速い

 敵情視察として食べてみるのもありかと小屋の方の列に並ぶ。

 さすがにあの埋まりきった席を待っている行列に並ぶ勇気はなかった。

 どんどんと並んでいた客が品を受け取り減っていき、早々と自分の順番が回ってきた。

 

 「らっしゃい――ってジャンか。なんだ?敵情視察にでも来たか」

 「そんなところだ。こっちはやたらと盛況じゃねぇか」

 「まぁ、心強い助っ人がいてな」

 「助っ人?」

 「すまんが客が詰まっているんでな。出来れば注文をして欲しいんだが」

 

 気にはなったがこのままここで話すのは憚られる。

 とりあえず注文しようと小屋の上部に付けられた看板に目を向け、おすすめセットと書かれた“バーガーとラッシー”を注文することにした。

 

 「おすすめセットで頼むよ」

 「おう。おすすめセット一つ入りました」

 

 後ろの調理班にも聞こえるように声を掛け、返事が返ってくると同時にライナーも調理を始める。

 注文を受けたライナーは先に焼いて保管されていたハンバーグ(ソイミート)を鉄板で焼き始めた。

 値段の割に分厚いハンバーグに目を見張る。

 

 「おいおい、このサイズで採算取れんのかよ」

 「普通に考えたらそうだよな。けど問題ないんだなこれが」

 

 意味が解らない。

 どう見ても採算度外視にしか見えないし…。

 悩みながら調理工程をジッと眺める。

 ハンバーグを鉄板で熱している間に、上下に切り分けられた丸いパンが折り畳み出来るフライパンに納められる。納めると折り畳んでパンをプレスし、じゅ~と焼ける音と香ばしい匂いがふわりと漂う。

 頃合いを見たライナーが畳んだフライパンを開き、パンを取り出して近くで待機していたヒストリアに渡す。

 片方には千切りキャベツを敷き、もう一方にはタルタルソースにピクルスを乗せる。

 そうして返されたキャベツが敷かれたパンに温まったハンバーグを乗せ、タルタルソースが塗られたパンで挟む。

 バーガーが出来上がる間に奥ではベルトルトが、決まってから作られ始めた自家製ヨーグルトに牛乳に蜂蜜、最後にリヴァイ兵長が育てたレモンを使ったレモン汁を混ぜたラッシーを紙コップに入れて用意していた。

 ライナーがバーガーを包み紙で包み、後ろよりラッシーの入った紙コップが置かれる。

 

 「お待たせしました。おすすめセットです」

 

 代金を払って包み紙に包まれたバーガーとラッシーの入った紙コップを受け取り、ジャンは次の客に譲って露店スペースより出る。

 持ったまま戻ろうとしていたが、ふと何度か食べ歩きしていたサシャを目撃したことを思い返し、あいつが食っていたのはこれだったのではないかと思い至る。

 包み紙に包まれているから少し開ければ手を汚さずに食べれるし、歩きながらも支障はない。

 歩きながら包みを少しだけ開けたバーガーに齧り付く。

 脂っこく無くしつこくないハンバーグの味わい。

 カリっと焼き揚げられて香ばしいパン。

 ハンバーグの熱で多少しんなりしながらもシャキシャキのキャベツの歯応え。

 濃厚なタルタルソースの味わいとさっぱりとしたピクルス。

 全てがその一口に凝縮され、なんとも言えぬ調和を持って口の中で爆発的な美味さを発揮する。

 

 「うっま!」

 

 思わず出した大声に自身が驚いて周囲を見渡すと、ジャン以上に驚いた通行人の視線が向けられていた。

 人目を無視するようにバーガーを齧り、素知らぬ顔でその場を離れようと歩き続ける。

 パクパクと食べているとさすがに水分が欲しくなり、一緒に注文したラッシーなる飲み物を含んだ。

 酸味を持ちながらミルクの優しさとほのかな甘さ、レモンのさっぱりとした酸味が広がり、とろりと滑らかでありながらもすっきりとした喉越し。

 今まで体験したことの無い飲み物にジャンは目を見張る。

 これは美味い。それもこのバーガーと一緒に食べればまた違う味わいになって面白い。

 とろりと滑らかだから無意識に一気飲みすることも無いだろう。

 ゆっくりバーガーを味わいながら飲める。

 かぶり付いては飲むといった行為を繰り返したジャンは、憲兵団の露店スペースに辿り着く前に食い切ってしまう。

 これは調査の為だ。

 自分だけでなく他の人の意見も聞いた方が良いだろう。

 決して美味し過ぎておかわりしたいけど気まずいからあいつらの分も買おうってんじゃない。

 

 自身に強く言い聞かせながらジャンは足を止め、再び調査兵団の露店スペースに向かうのである。




●現在公開可能な情報
 
・活動報告会にて出店したリーブス商会の商品
 
 袋詰めにされたうどん麺に焼きそば麺。
 瓶詰のナポリタンソースに特製ウスターソース。
 明日以降はリーブス商会全店舗で販売が開始され、瓶を持参すればソースの量だけで瓶代は代金より引かれる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第37食 ミルクレープとガトーショコラ

 戦士隊に所属しているピークはベンチに腰かけて、ぼんやりと眺めていた。

 潜入して各兵団の表立った事柄と言えども情報を知る場である活動報告会に毎年参加し、ほとんど変わり映えのしない情報に飽き飽きしながらここでの職務を終わらせて休憩していた。

 一応戦士隊の任務には諜報活動があるので間違っていないのだが、本命の侵攻作戦の支援は何時になる事やら。

 正直早く任務を終えてマーレに帰還したい。

 敵地と言う事もあるが娯楽も食事も質が悪く、金ばかり高いこの国は居辛い。

 けれど侵攻作戦はジーク戦士長からの報告で延期され、次回は何時頃どころか予定すら決まっていない。

 報告にあった飲食店の異常性は資料より理解したつもりだが、自身の目や肌身で体験した訳ではないので本当の意味では理解できていない。ゆえに何故あれ程戦士長が執着しているのか理解し辛い所だ。

 一度ぐらい確かめに訪れても良いかも知れないな。

 

 「ナァーオゥ」

 

 猫の鳴き声に振り返れば黒猫が一匹ちょこんと座っていた。

 何処からか紛れて来たのだろう。

 ぽけーと眺めているとトテトテと近づくとベンチに飛び乗り、同じようにこちらを見つめて来る。

 普通なら撫でたりするのだろうけど、ピークは四つん這いになって猫に視線を合わせる。

 気怠そうな発言が目立つが状況を冷静に分析し、高い判断力を有しているのだが少し変わっており、何故かは分かってないが四つん這いの方がしっくりくると廊下をそのまま移動していたりする。

 大抵誰かに見られて眉を顰められてきたが、今日もその例から洩れなかったようだ。

 

 「…なにしてんだ?」

 

 声を掛けられた方向には戦士長の命令でとある飲食店に潜入しているマルセルの姿があり、四つん這いになって猫と見つめ合っている様子に怪訝な表情を浮かべている。

 別段見られたからと言って恥ずかしいと思う事もない。

 眉一つ動かさず答えようとしたが、その前にマルセルの格好の方が気になった。

 まるで貴族に仕える執事のような装束。

 飲食店で着るものでは決してないだろう。

 

 「そっちこそ何をしているの?」

 「小遣い稼ぎに露店やってんだ。休憩時間終わったから今から戻るとこだけどな」

 「ふぅん…覗きに行こうかな」

 

 ちょっとした興味だった。

 戦士長達が執着しているのも気になるところだし、昼食を口にせずに居たのでちょうどいい。

 報告では安く美味しいというエルディアでは珍しい店という。

 

 「だったらこの先の広場でやってるから」

 「店では声を掛けないようにするね」

 「…あぁ、そうだな」

 

 言わんとしている事を察してマルセルはちらりと周囲を確認して、歩き出してしまった。

 ここは敵地エルディアで、自分達はマーレより潜入している身。 

 危険は常に伴い、下手をすれば捕縛されることだってあり得る。

 もしマルセルが疑われていた場合、今まで接点の無かった人物と接触したならば仲間として疑われる。

 最悪芋づる式に潜入した戦士隊全員が捕まるなんて事もあり得る

 先を行くマルセルをギリギリ視認できる距離を保ちながら、観察対象である食事処ナオの露店へと向かう。

 露店は広場にオープンカフェのように開かれており、店員が全員執事服を着て仕事に励み、厨房にはニコロ…ではなくユミルが立っており、慣れた手つきでミルクレープを作り上げていた。

 どうやらケーキ屋のようだがエルディアでケーキを作ればマーレの倍以上の値段がしそうなものだがと不安を胸に空いていた席に腰かける。

 昼時を過ぎておやつ時が近いのに空いていたのは、高いのではと同様の思いがあったからに違いない。けれど、テーブルに置かれていたメニュー表を目にしてそれは誤りだと理解した。

 安い。

 勿論マーレより高いがエルディア基準で考えると安すぎるぐらいだ。

 驚きを表情に出さずに涼しい顔で眺めていると珈琲の文字に目を見開く。

 

 予想では食事処ナオの店主も自分達と同じ潜入している他国の者と考えていたのだが、珈琲などエルディアでは絶対に手にはいらない品を堂々と売るなど自ら他国の人間と公表しているようなもの。愚かとしか言いようがない。

 …いや、逆にエルディア人が知らない為に問題にならないのか。

 賢いなと思いながらとりあえず珈琲とおすすめのミルクレープ(作り慣れている)を注文する。

 すでにミルクレープは作り置きされており、カップに珈琲が注がれると早々に運ばれてきた。

 

 届いたミルクレープを見て柄に無く声を挙げそうになった。

 幾重にも積み重なったクレープ生地の間には惜しげなくホイップクリームと艶やかな苺が閉じ込められ、華やかな彩が目を引いた。

 美しい見た目に珈琲から漂う香りに食欲が刺激され、ピークはフォークを手に取る。

 フォークで切り分けるとナイフで切ったかのようにスーと上層から下まで真っ直ぐ切れ、何重にも重なった層は崩れもしなかった。切り分けたミルクレープにフォークを突き刺して口へと運ぶ。

 ふんわりとしたクリームが濃厚なコクと甘さを持ち、口内に触れると溶け広がる。

 久しぶりの甘味に脳が震える。

 ただクリームは糖分と油分が多く、ミルクレープのようにかなりの量を持っていると満腹よりも先に気持ち悪さでダウンする人が必ずいる。

 けれどこのミルクレープは甘さよりも酸味の強い苺を挟んでいる事でさっぱりして食べやすい。

 寧ろ苺の甘酸っぱさとクリームの強い甘さが混ざって良い塩梅だ。

 クレープ生地も薄いながらもちもちとした食感が伝わって来る。

 エルディアに潜入して口にすることの無かったこういう甘味に味覚だけでなく心が躍る。

 二口目を含んだあたりで砂糖とミルクを入れず珈琲に口を付ける。

 一応マーレより物資を幾らかは持ち込んでいるが贅沢は出来ない。

 珈琲は出立前に粉にした安物のインスタントで、保存状態の悪かったものは湿気が激しかったりする。

 味も香りも落ちてもはや珈琲モドキとしか呼べないものばかり口にしていたが、ここの珈琲は比べ物にならない程に美味しかった。

 久方ぶりというのもあるだろうがそれだけではなく、この珈琲自体が非常に良い物なのだろう。

 麦の焦げたような香ばしい香りが漂い、口にすれば深いコクに濃い苦みと渋みが口内に溢れる。

 砂糖やミルクを入れても良いかも知れないが、酸味が少なく飲みやすい上にミルクレープの後味が残っているので必要ない。

 

 「ふぅ…美味しい」

 

 本当に久しぶりだ。

 物価が高く、粗悪な物が多いこの地にてこれほど上等な物に出会うのは奇跡と言っても良い。

 他の客の様子を見るに、幾人かはどこの店か尋ねるようだがやんわりと煙に巻いて答えないようにしている。

 もし立場が彼らと同じであれば同様に尋ねていた確信がある。

 ピークはマルセルとニコロで店の名前も場所も解かっているので、悠々と食事の続きを楽しむ。

 

 これほどの珈琲をこんな安値で提供する辺り、戦士長の言う通り気になるところである。

 エルディア内部、しかも調査兵団が壁外調査時に使用するトロスト区に運び込むなどよほどのコネか伝手を持っている組織・国家なのだろう。

 気になるどころではないか。

 危険視しても良いぐらいだ。

 しかし相手の正体も解からないまま喧嘩を売るようなことはしないし、立場上出来ない。 

 気長に正体をマルセルかアニ、もしくはニコロが明かすのを待つとしよう。

 

 ミルクレープ1ピースに珈琲一杯を食すのにそれほどの時間は掛からなかった。

 ゆっくりと味わったとて会話を楽しんだりと“ながら”で食べていた訳ではないので十分ほどで完食した。

 名残惜しいがさっさと離れるとしよう。

 会計を済ませようと立ち上がろうとしたピークは自分の行動に首を傾げた。

 

 ―――立とうとしているのに何故メニュー表を手にしているのか?

 

 ……別にお腹いっぱいに満たそうとは思っていない。

 ケーキでお腹を満たせば後でお腹周りが大変なことになるのは目に見えている。が、ケーキ二つ食べたところで満腹になるほど胃が小さい訳ではない。

 もう一品頼んでも財布的にも問題ない。

 メニュー表にザっと目を通して次の注文を決めると、通りかかった店員に注文を伝える。

 

 「すみません。このガトーショコラと珈琲をもう一杯頂けるかしら?」

 「畏まりました。少々お待ちください」

 

 ケーキ類は全部作り置きされていたのかショーケースより取り出され、またも珈琲をカップに入れるとすぐさま持って来てくれた。

 注文してすぐに届くというのは待ち時間が少なくて客として嬉しい限りだ。

 クリームなど一切見当たらないガトーショコラ。

 濃いチョコレートの色は黒く、掛けられた粉砂糖はまるで雪が降り注いだように綺麗だった。

 本当にここの料理は見た目も良い。

 先のミルクレープもあって味に期待せずにはいられない。

 スッとフォークで一口分を切り取り、はむっと含んだ。

 含めば真っ先に上に掛かっていた粉砂糖がふわりと溶けて柔らかな甘みを広げる。

 優しく包む様なしっとりとした食感に、先に広がった甘さに引き立てられる濃厚なチョコレートの味わいにこのほろ苦さ…。

 思わず頬が緩んでしまう。

 食べ物でこれほどの幸せを感じる。

 今度はミルクと砂糖を少量ながら入れた珈琲を飲む。

 ただでさえ飲み易かった珈琲になめらかさが追加され、砂糖が苦みとコクを持つガトーショコラに調和をもたらす。

 ほぅ…と息をつきながら久方ぶりの幸せを噛み締めれるデザートに喜びを抱く。

 

 今度店の方に出向いてみようかな。

 ゆったりとした午後を楽しみ、今後の予定に食事処ナオを組み込んだピークは、再びガトーショコラと珈琲を注文するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おまけ ~迷子~

 

 今日はお母さんとお祭りに行く。

 本当は活動報告会という名前らしいけど外に露店が並ぶのだ。

 到着して早々色んなお店が並んでいる光景に心が躍る。

 いろんなお店を見てみようとはしゃいで居たら、あっさりとお母さんとはぐれてしまった。

 どうしよう…。

 辺りを見渡しても周りは大人ばかりで子供の私の視界は塞がれて遠くまで見通す事は出来ない。

 探そうとしても大人の人にぶつかって思うように進めない。

 道端へ除け、何も出来ない事から泣きながらその場に蹲る。

 お母さん…お父さん…何処?

 

 「大丈夫?」

 

 ふと、声を掛けられ見上げると赤いマフラーを巻いたお姉さんがこちらを見下ろしていた。

 優しい音色の声が不安仕切っていた心に染みる。

 思わず自分の置かれた状況を離すと大きく頷き、手を差し出された。

 

 「私も探してあげる」

 

 握った差し出された手は力強く温かかった。

 このお姉さんから離れまいとぎゅっと握り締めて歩く。

 とてもとても心強く、先ほどの不安感など無かったかのようだ。

 歩きながらお母さんや私の名前、特徴などを教えて探し回る。

 けどお姉さんは探しているのはお母さんだけでなく、他の誰かも探しているようだった。

 

 「おう、ミカサ」

 

 首を傾げていると声が掛けられて振り返ると酒瓶を傾けてグラスに注いでいるおじさんがそこに居た。

 お姉さんの知り合いらしく、困り顔をしながら近づいて行く。

 

 「ハンネスさん。昼間っからお酒を…」 

 「良いんだよ。駐屯兵団の売り上げに貢献してるんだから」

 

 グビリとグラスを煽って一気に飲み干すと、私の方に指を刺して問いかける。

 

 「それよりその子どうした」

 「迷子」

 

 それだけ聞いたおじさんはグラスを机に置き、目線を合わせようと屈んで笑みを浮かべた。

 私はそんなおじさんに対して怪訝な顔をする。

 

 「酒臭い…」

 

 鼻をつまんでそう言うとおじさんはがっくりと肩を落とした。

 悪かったなと後頭部を掻きながら立ち上がるとお姉さんと言葉を交わす。

 私が教えた情報を聞くと肩を竦めながらやれやれと呟き、店の奥へと進んで会計を済ませて戻ってきた。

 

 「探して来てやるよ。お前さんらはここで待ってろ」

 「でも…」

 「行き違いになってお前さんらを探し回るのも手間だしな」

 

 少し酒が回って足元がふらついているが、ぶつかることなく人ごみに紛れて行った。

 頼りなさそうな感じだったけどとても面倒見の良い人みたいだ。

 言われたまま席に腰かけて待つことにするが、お姉さんは寡黙なのか向かい合ったまま沈黙が過ぎる。

 私はただやる事が無くお姉さんを眺めていると何処か居心地が悪かったのか焦る様に話しかけてきた。

 言葉足らずだけど凄く気遣って会話してくれるお姉さんの優しさがとても嬉しい。

 お姉さんの言葉に合わせて会話を楽しんでいるとぴたりとお姉さんの言葉が途切れ、ちょうど横を通りかかった金髪のお姉さんと目が合っていた。

 何処か声の掛けずらい雰囲気を纏った金髪のお姉さんは眉を潜めてこちらを眺める。

 

 「アンタ、それどうしたの?」

 

 掻い摘んで説明を受けると興味なさそうな生返事を返し、私とお姉さんを眺めて小さくため息を吐いた。

 

 「探すの手伝ってあげようか?」

 

 思いもよらない言葉だったのかお姉さんも驚いていた。

 

 「良いの?」

 「こっちも人探ししていたからそのついで」

 

 どうやらこのお姉さんも探すのを手伝ってくれるらしい。

 印象と違って優しい人なのかな?

 ありがとうと口にすると微笑みながら頭を撫でてくれた。

 再び歩き出そうとした金髪のお姉さんをマフラーのお姉さんが止めた。

 

 「所で誰を探しているの?」

 「……総司を」

 

 最後の一言に強い怒りを感じてマフラーのお姉さんにしがみ付く。

 なんだかこの人怖い…。

 震えながら見送るとお姉さんが料理を注文してくれて、お腹が空いていた分それはとても美味しかった。

 お母さんと食べる約束だったので後で謝らないと。

 そう想いながら食べ終えると 遠くからお母さんの声が聞こえような気がして、顔を上げて周囲を見渡す。

 行儀は悪いが椅子の上に立って見渡すと先の酒臭いおじさんと金髪のお姉さんに連れられて、お母さんとお父さんが安堵した表情を浮かべながら駆け寄ってきた。

 私も両親の元へと駆けだし抱き着いた。

 涙と声が溢れ出してお母さんとお父さんが宥める為と、確認するように少し痛いぐらいに抱き締める。

 

 マフラーのお姉さんを中心に皆が微笑ましい目で眺めながら笑みを零す。

 ようやく落ち着いた私を両親は離し、探してくれた皆に頭を下げて礼を言った。

 

 「お姉ちゃんありがとう!」

 

 今度はしっかりとお母さんの手に握りながらマフラーのお姉さんに礼を口にすると、お姉さんは誇らしげに左手を後腰に、右手を心臓部に当てて礼に答えてくれた。

 私は決してこの人を、この日のことを決して忘れないだろう。

 

 彼女―――ルイーゼは母親より手を離して、ミカサの見様見真似で“心臓を捧げる”ポーズを取った。




●現在公開可能な情報
 
・食事処ナオのデザート担当

 料理人が増えた食事処ナオであるが、デザート類においては総司に次いでユミルが一番である。
 クリスタのクレープ作りと練習時に習得したミルクレープ、ヒストリアのパフェ作りなどでスキルを挙げ、今では総司のデザート研究にて覚えて大概のものは作れる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第38食 お好み焼きと生姜焼き

 なんとも閉塞感の漂う世界なのだろう。

 物理的に巨大な壁によって囲まれ、権力者の思うがままに左右される不安定で不条理な私達が生きている世界。

 こんな狭苦しい世界で一生を過ごさねばならないのか。

 考えるだけで反吐が出る。

 胸の内に渦巻く感情を吐き出すようにトラウテ・カーフェンは大きな溜め息を漏らす。

 

 彼女は中央憲兵に所属する兵士だ。

 名前に“憲兵”と付いているが一般の憲兵団とは異なり、憲兵団の団長に命令権がないばかりか活動内容も知らされていない。その活動内容には拷問や暗殺、拉致監禁などなどとてもじゃないが表に出せないものばかり。

 憲兵団が王を護る盾であるなら、中央憲兵は国家を影ながら護る剣である。

 彼ら・彼女らに命令を下せるのは王、もしくは王近くに仕える貴族達。

 一般人以上にこの国の腐敗や裏事情を嫌でも知ってしまう。

 元々閉塞感を抱いていたカーフェンはさらに失望し、夢も希望も抱く事無く任務に従事し、対人立体機動兵器を取り扱う実働部隊の副隊長を任命されるまでに上り詰めたが、最早それになんら感情を抱くことも無かった。

 

 そこで転機は得た。

 自分の死んだような人生に希望を抱かせてくれた実働部隊の隊長。それと権力にしがみ付く貴族連中ではなく隊長に従っている同志諸君。

 今は彼らと共に夢を共有し得た事に充実すら感じている。

 仕事内容的には代わり映えはしないが心持が大きく異なって、日々が以前に比べて明るく見える。

 その事に関して隊長に恩義を感じている所でもある。

 

 まぁ、色々と癖のある人物ではあるが…。

 

 そんな彼女は今日、活動報告会に姿を現していた。

 先も書いたように彼女達は活動内容を公表できないので発表側ではない。

 ただの息抜きとして一般客に紛れて参加しているのだ。

 ふらりと歩きながら美味しそうな料理があれば食べようかなと言う散歩程度の気分転換。

 毎年ほとんど変わり映えしない事から然程期待はしていなかったが、今年は中々気になる店があった。

 調査兵団の露店だ。

 見た事も聞いた事もない料理を数種類販売しており、しかもすぐ近くに露店を構えたリーブス商会がその食材を売るという協力体制でだ。

 これではさすがの憲兵団の露店も客を逃して閑古鳥が鳴いていたよ。

 

 空腹も多少あった事から調査兵団の露店に惹かれはしたが寄る事はなかった。

 調査兵団の露店は人が多すぎて食べるには待つしかなくそれが面倒に思えた為だ。

 他にも広場にて安くケーキを扱っていた珍しい店もあったが、どうにも自分のキャラに合っていないと思って入り難かったので却下した。

 好みとしては客入りがほどほどで、ラフな格好で酔っても咎められるような気持にならないような店。

 そして今日は二件見てしまった為に、食べ慣れた料理以外を口にしたいという気持ちが強い。

 

 無いよ。そんな条件に合った店なんて…。

 

 澄ました顔でここから離れようとした矢先、妙な匂いが届いた。

 嗅いだことの無い香ばしい香り。

 スンスンと匂いの元を嗅ぎ取っておおよその方向を見つめる。

 露店が集中しているスペースから最も離れ、周りに他の露店がないスペースに一軒だけポツリと露店が建っている。

 

 その店は食事処ナオ店主の総司がユミル達にも内緒でエルヴィンに頼んで用意して貰った露店だ。

 ちなみに今日は家でゆっくりするよと嘘を言い、露店を行うユミル達と活動報告会を見て来ると言ったアニを見送ってここに来たのだ。

 ………忘れ物に気付いて戻ったアニに速攻でバレている事をまだ総司は知らない…。

 

 かなり会場より離れている事から客入りはほどほどで、提供しているのは鉄板で焼いた料理をその場で提供すると言ったラフな感じがある。

 先の嗅ぎなれない匂いの事もあるしここにしようかとカーフェンは空いていた席に座った。

 いらっしゃいと挨拶をされるとメニュー表と水の入ったコップを差し出される。

 まだ頼んでいないと口にするとサービスだと答えられて驚く。

 こんなに澄んだ水がただで提供される。しかも置いてあるピッチャーからおかわり自由となれば値段の心配をするのは間違っていないだろう。

 が、そんな心配事は無用のようで料理の値段は一般的より安いぐらいだ。

 この値段で提供できるなら中央あたりで店を構えれば大行列は間違いなしだったろう。

 

 メニューを開けば聞いたことの無い料理名がでかでかと書かれていた。

 

 “お好み焼き”

 

 名前を見たところでまったく料理が想像できない。

 下に“シーフード”やら“チーズ玉”などが並べられているが種類を書かれたところで元のお好み焼きが分からなければ手が出し難い。

 一応“豚玉”がおすすめと書いてあることからとりあえずそれにすることにする。

 さっさと注文を済ますと目の前で焼くらしく、早速材料を手にした総司が軽く鉄板をタオルで拭いて作り始める。

 鉄板の上にとろりとした液体をお玉で垂らし、底で円を描くように薄く広げていく。

 ジュワ~と焼ける音を立てて液体から生地へと焼き固まり、大量の千切りキャベツにネギに紅ショウガを乗せる。

 生地に対して千切りキャベツが山のようになっていて多すぎるのではと眺めていると、熱が加わって水気が出てふにゃりと柔らかくなったキャベツは当初の多さの三分の一ほどの厚みに縮んでいった。

 客が食べていた形に近づいたなと思った矢先、キャベツの上に豚バラ肉を一枚ずつ並べたのだ。

 まさか生肉で食べていた訳ではないだろうに。

 眉を潜めながら眺めていると総司が両側より生地の下へ鉄ヘラを刺し込むとジッと見定める。

 まるで狩人が獲物を狙う様に……。

 タイミングを見計らってヘラに力が入り、持ち上がった料理が宙で一回転して上下が入れ替わり、何事も無かったように鉄板に戻った。

 見ていたカーフェンは目を見開いてその技術に感心し、遠巻きに見ていた客は歓声を挙げる。

 少し上から鉄ヘラで押し付けて底になった豚バラの焼ける音と香ばしい匂いが伝わってきた。

 空腹感が強まってきた頃に上になった生地にソースを塗りたくり、木の皮のようなナニカ(かつお節)緑色の粉(青のり)振り掛ける。さらにその上に網目のように白い液体(マヨネーズ)を垂らす。

 

 「お待たせしました」

 「あ、あぁ…」

 

 差し出された楕円状のお好み焼きに戸惑う。

 調理するさまを眺めていた訳だが全くもって味の予想がつかない。

 さらにフォークやナイフではなく、ひっくり返したのよりは小さめな鉄ヘラが置かれた事で困惑する。

 すでに総司は別の客の注文を受けて焼き始めて聞くタイミングを逃してしまった。

 カーフェンはさり気なく視線を動かして周囲を観察する。

 周りの客達はヘラでガシガシと切り分けて、ヘラに乗せて齧り付いていた。

 ああやって食べるのかと理解し、同様に切り分ける。

 鉄ヘラの先は刃物のように切れ味があるものではない。よって切り分け方は先端を刺し込んで前後や左右に動かして鉄板と鉄ヘラ先で擦切る感じだ。

 ふと、鉄板に傷がつくのではと擦った辺りを見るが鉄板が普通のものより硬いのか、鉄ヘラの方が弱いのかそれほど目立つ傷はついていなかった。

 これなら心置きなく擦り切れるなとヘラを動かす。

 切り取ったお好み焼きをヘラに乗せて、口元まで運ぶとはむっっと齧り付く。

 含んだ瞬間に濃厚で滑らかなマヨネーズに甘辛くも香ばしいお好みソースの濃い味わいが広がってきた。

 噛み締めればしんなりとしながらもシャキシャキとした食感の千切りキャベツにさっぱりとした酸味が良い味を出している紅ショウガ、カリッと焼き上がった豚バラが正直に濃すぎると思ったソース類の味が程よく絡まる。

 これは美味しい。

 味もさることながら食感も良い。

 特にねっとりとしながら柔らかくもっちりとした生地の食感は今まで体験した事がない。

 クレープの生地ともホットケーキの生地ともまったく異なる食感が癖になる。

 最悪この生地とソースだけでも満腹になるまで食べれるだろう。

 そして上のかつお節の味もだが青のりと共に鼻孔をくすぐる香りがなんとも言えない。

 

 一口分を食べきると次の分を求めて擦り切ってヘラに乗せて齧り付く。

 ハフハフと齧り付いて熱せられた口内を冷やそうな温まった空気をお好み焼きと入れ違いに吐き出す。

 よく噛み締んで味わい、ゴクリと飲み込むと一口目も相まって熱せられた身体に冷えた水を流しいれて冷やす。

 ひと息吐き出してまた次を擦りきり口へと運ぶ。

 周りでは水ではなくキンキンに冷えたビールを飲んで声を漏らしていたりする。

 ここが外でなければと悔やんで仕方がないが、今は目の前にお好み焼きを味わう事だけに専念しよう。

 

 何度もヘラが往復し、半分以上を口にしたカーフェンはそこまで冷めない事に気付いた。

 熱せられた鉄板より熱がお好み焼きより逃げても移り、口に運ぶ最中も鉄ヘラに熱は移ってそこからも熱を得る。

 この冷めにくい工夫というか食べ方はいいな。

 

 「ふぅ…美味しかった」

 

 温かいうちに食べきったカーフェンは満足げにコップに注いだ冷えた水に口を付け、何と無しに周りを眺める。

 自分が食べたお好み焼き以外にも種類があり、リーブス商会の露店で売られていた焼きそばが入った物やとろ~りと熱で蕩けているチーズが乗せられている物もある。

 他にもお好み焼き以外にも一品ものとして目の前で生魚を軽く焼いたり、肉を焼いたりもしていた。

 値段と料理の質があってないような気がするのだが…。

 

 珍しい料理にこの味わい。

 予想であるが他にも色々と美味しい料理があるのだろう。

 もしかしたらあの隊長(・・・・)も満足できるのではないか?

 ふと思ってしまった以上確かめずにはいられない。

 他の客の料理を作って手隙になった総司に声を掛ける。

 

 「すまない」

 「はい、追加の注文でしょうか?」

 

 ここでカーフェンは迷った。

 メニューを注文するのも良いが、ここにある品の大半が名前だけで把握し辛い物である。

 隊長が喜びそうな品が無かった以上、それに近いナニカを探すのは至難の業だろう。

 少し悩んだ結果、そのまま聞く方が早いだろうとメニュー表を閉じて注文する。

 

 「肉料理を一つ頼む。出来れば変わった味付けのものが良い」

 

 注文と言うよりリクエストのような言葉に悩む様な仕草を見せる。

 断られるかと思いきやすぐさま頷いて返して来た。

 

 「変わった味付け……メニューにないものでも?」

 「構わない」

 

 早速と言わんばかりに動く総司にカーフェンは感心する。

 どんなものが出来上がるのかは分からないが、短時間でここにある食材のみで方針を決めて動いた行動力と決断力は優れていると思ったからだ。ただ結果()が伴っていなければ意味は無いが…。

 そんな考えを向けられているとは知らない総司は冷蔵庫より持って来ていた調味料と生姜を取り出した。

 肉を焼く前にタレ作りを始めようと、生姜の皮を剥いて擦り下ろす。

 多めに擦り下ろすとボウルに移し、醤油、みりん、日本酒、蜂蜜、そして手早くする為に片栗粉も加える。

 タレが出来たところで鉄板を濡れタオルで拭き、油を敷いてお好み焼きでも使っていた豚バラ肉を軽く炒める。

 完全には火は通さず、表面が薄っすら白くなり始める程度で片栗粉で多少とろみの付いたタレを掛け、鉄ヘラでザっと混ぜると半円状の蓋を被せて蒸す。

 その間に皿を取り出してお好み焼きにも使っていた千切りキャベツを敷き(・・)、火が通った豚バラ肉をタレごと乗せて行く。

 

 「お待たせしました。簡易ですが生姜焼きです」

 

 聞きなれない料理名以上に独特かつ食欲を擽る香りに惹きつけられ、お好み焼きで半分ほど満たされた胃が鳴き始める。

 恥ずかしさから若干頬を染めながら、受け取って目の前に置く。

 さらに強くなった香りに再び腹の虫が鳴き出しそうになったので、鳴き出す前にフォークで刺して口にする。

 

 初めての味わいだった。

 生姜の風味がガツンと広がるが濃過ぎず、はちみつのまろやかで優しい甘さや醤油のコクのある塩気が混ざり、生姜の風味を殺さず生かした味に仕上がっていた。

 タレだけでも非常に美味しいのに今回使われたのは豚バラ肉。

 噛み締めれば食感は柔らかで熱が入り過ぎてパサつくところはなく、脂と一緒に豚の濃厚な旨味が溢れ出る。

 二つの味わいが合わさって一口食べるともう一口と食欲を刺激してくるのだ。

 こんな料理があったとはと驚くが味付けの生姜でさっぱりするが豚バラの濃厚な脂がそれ以上にまとわりつく。

 あまり食べ過ぎては脂でダウンしてしまうかも知れない。

 一緒に乗せられていたキャベツで口直しをしようと一口含む。

 

 …美味い。

 シャキシャキと歯応えの良いキャベツに生姜焼きのタレが掛かり、そこいらのドレッシング以上に合っていた。

 草食動物になったかのように無心でタレの付いたキャベツを食べ続ける。

 タレとキャベツでこれだけ美味しいのだ。

 なら生姜焼きと一緒に食べたのならどうなるのだ?

 ふと浮かんだ考えに即座に手が動き、豚バラ肉でキャベツを巻いて口へと運んだ。

 ガツンと広がる生姜メインのタレに濃厚な豚バラ肉の旨味、そして脂っぽさをすっきりとさせながら良い歯応えを与えて来るキャベツ。

 美味過ぎる。

 キャベツと豚バラの…否、生姜焼きの相性は抜群だ。

 

 「これは本当に美味しいですね」

 「お気に召して頂けたようでなによりです」

 「しかし簡易と言ったな?」

 

 一旦手を止めて総司を見つめる。

 総司は若干俯きながら困ったような表情を浮かべる。

 

 「えぇ、本当なら玉葱や付けて味を染み込ませたり、肉を柔らかくさせたりするのですが、生憎と時間も無かったので」

 

 非常に申し訳なさそうに言われ、カーフェンの期待はさらに膨らんだ。

 簡易でこれだけ美味いのだ。

 ちゃんと作った場合にはどれほど美味しくなるというのか…。

 食べているというのに期待から食欲が刺激される。

 

 「聞きたい事があるのだが―――」

 

 表情は凛として涼やかに。

 雰囲気は熱意で周囲を燃やさんが如くに猛る。

 そんなカーフェンに気圧された総司は店の場所などを話した。 

  

 次の楽しみに心を躍らせ、生姜焼きを食べきって腹も満たされたカーフェンは何処か嬉しそうに帰路についた。

 ………隊長の気に入りそうな料理があるかを聞くをの忘れて…。




●現在公開可能な情報

・お好み焼きについて
 活動報告会の後にある客が食べに来たのだが、材料はまだしも鉄板の用意や掛かりっきりになるので通常メニューでなく、お好み焼きの日(鉄板焼きの日)を設ける事に。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

間食01 クリスマス

 ちょっと早めのクリスマス回です。


 「温かいわねエレン君」

 「あの…ちょっと止めてくれません…」

 

 厚着はしているとは言え寒さが肌を刺してくる冬の寒空の下を、エレン・イェーガーは歩いていた。

 けれどそれほど寒くはない。

 何故なら人肌で温められているからだ。

 後ろから人形を抱きしめる様にダイナ・フリッツが手を回してくる。

 嫌がるも正直に暖かいのと裏路地と言う事で人目が少ないのでとりあえずされるがままで抵抗はしない。

 あと、いつものマフラーにブクブクの厚着をしまくっても寒そうにしているミカサ・アッカーマンに無言で右腕に抱き着かれているのも理由の一つである。

 

 先頭を進むグリシャ・イェーガーにフェイ・イェーガーは振り返り、後ろのカルラ・イェーガーとジーク・イェーガーはこちらを見つめて微笑む。

 

 今日はイェーガー家総出(・・)の外食である。

 父であるグリシャがダイナと結婚して蒸発し、母カルラと結婚した事を知ってからイェーガー家は荒れた。

 いや、主に被害者だったダイナやカルラよりそれを知ったキース教官が怖い事怖い事。

 話を聞いたキース教官が父さんを殴りつけに来たと聞いた時には本当に驚いたよ。

 …ハンネスさんはあんな美人とも結婚してたのか――と、酒のつまみ程度に笑っていたが、こっちは笑い事ではない。

 

 一度はカルラも離婚を考えたが自身の年齢から就職も難しい。

 開拓地なら人手が足りないので雇って貰えるかも知れないが、それもそれで年齢的に身体が付いて行かないだろうとの事。

 なので別居もせずにグリシャと同じ家で今も暮らしている。

 ただ二人暮らしではなく、ダイナもグリシャの妹のフェイとも暮らしているらしいのだ。

 ダイナとカルラは出会った際に何故か仲良くなり、フェイの提案で一緒に住まう事が決定したとか。

 ちなみにジークはグリシャを許せない+仕事の事情(諜報活動)もあるので一人暮らしとなっている。

 

 エレンがカルラから聞いた話なのだが、フェイはお兄ちゃん子でダイナとカルラの事で怒っているものの甘えれなかった事もあってグリシャにべったりらしい。

 まぁ、フェイが緩和剤となってあの家は上手く回っている。

 そして何故か俺は顔を合わせる度にダイナとフェイの玩具にされるのだ。

 一度どうしてそんなに構うのかと聞いてみたら、まだ幼くて可愛らしいからと…。

 

 「すまないなエレン。母さんの好きにされて」

 「だったら助けて下さいよ」

 

 母違いの兄であるジークが苦笑いを浮かべつつ話し掛けてきたので、救援要請を求めてみるも無残に笑ってごまかされた。

 諦める様にため息を漏らしているとキラキラと綺麗な灯りが視界に映る。

 食事処ナオの外装にカラフルな灯りが灯って、緩やかに点灯してまるで満点の星々を眺めているようだ。

 

 「おぉ…見ろよミカサ!」

 「凄く、綺麗」

 「だな」

 

 少し興奮気味にミカサに声を掛け、ミカサも見惚れて消えそうな声で返す。

 

 今日は“くりすます”。

 総司さんの故郷ではちょっとしたお祭り騒ぎとなる行事。

 詳しくは説明してくれなかったけど、大体家族や恋人と過ごしてチキン料理や“くりすます”ケーキを食べたり、家族の年長者や“さんたくろぉうす”なるお爺さんが良い子にプレゼント配るんだとか。

 それにちなんで食事処ナオでは“くりすます”限定のメニューを提供する。

 ハンネスよりその話を聞いた家族で過ごす日というのであればと、グリシャが皆を誘って訪れているのだ。

 

 彩られた食事処ナオのイルミネーションに全員が見惚れて一、二分ほど足を止めていたがさすがに寒く、グリシャがおもむろに扉を開けた。

 扉を開けるとふわりと温かな風が肌を撫でる。

 もはや気にも止めていなかったけど、この暖かさはどうやって調節しているのだろうか。

 ふと、掘り起こされた疑問は「ま、なんでもいっか」と投げやりな答えの元、再び奥深くへ潜り込んで行った。

 店内に入ると寒い中訪れた客でそれなりに埋まっている。

 席は何処かなと眺めようとすると手の空いていたファーランが歩み寄って来た。

 

 「いらっしゃいませ」

 「予約していたグリシャだが」

 「はい。こちらにどうぞ」

 

 案内された席は大人数で座れるように机がくっ付けられ、白いテーブルクロスが掛けられていた。

 真ん中には見事な装飾が施されたキャンドルフォルダー(蝋燭置き)が配置され、蝋燭より温かな灯りが照らしてる。

 それぞれが名前のプレートが置かれた席に座ると、元々時間指定をした予約だったので早速料理が運ばれてきた。

 並んだ料理にエレンはゴクリと生唾を飲んだ。

 こんもりと膨らんだパイ生地に包まれているパイシチュー。

 瑞々しく新鮮そうな野菜やまだ柔らかそうな玉子などに白いドレッシングが掛かっているシーザーサラダ。

 パンやご飯が置かれるところには菓子パンでもあるシュトーレン。

 そして中央に居座るはクリスマスメニューの主役であろう大きな骨付きの鶏もも肉。

 さらにさらにデザートとして丸太を模したようなケーキ“ブッシュ・ド・ノエル”まである。

 豪華すぎる夕食にごくりと喉が鳴る。

 

 料理の他に一つずつワイングラスが置かれており、総司が一つずつ注いでいく。

 ワイングラスに飲み物が注がれていくがエレンとミカサの二人は未成年。

 ホットワインと言う訳にはいかないのでグレープソーダでワインの気分だけでも味わう。

 短い時間とは言えお預けを喰らったエレンの腹の虫が鳴き、皆がクスリと笑みを零す。

 

 「では、頂こう」

 

 グリシャの一言をきっかけに料理に手を付ける。

 まずは目が釘付けになってしまったローストチキンからだ。

 骨を持って齧り付こうとも思ったが、さすがに行儀が悪いと出しそうになった手を止め、父さんや母さんのようにナイフとフォークで切り分けて口へと運ぶ。

 味付けは食事処ナオでしか味わえない“ショウユ”を使っているらしくコクのある塩気を主軸に甘味や主張し過ぎないとはいえガツンと来るガーリックなどの食欲を刺激するタレが鶏肉に沁みており、鶏肉の旨味も加わって美味過ぎる。

 しかも外はパリパリで中はふんわりジューシー。

 味も食感も量も大満足だ。

 なによりこれだけの量の肉を食べるは何年ぶりになる事やら。

 あまりの美味さと嬉しさに頬が緩む。

 もう一口、もう一口と続けて食べ、そろそろ飲み物が欲しいなとワイングラスへ手を伸ばす。 

 シュワッと炭酸が癖のある刺激を喉に与え、濃く甘い葡萄風味のジュースが胃へと流れてゆく。

 寒い夜に冷たい飲み物は身体が冷えすぎてきついが、この温かな店内ではキツイことはなくひんやりとして心地よい。

 しかも炭酸と冷たさで口の中がさっぱりする。

 ワイングラスを置いてまたローストチキンをパクパクと食べたところで、次の料理にも手を出そうとナイフとフォークを置いてスプーンを手に取る。

 

 次に食べようと思ったのはパイシチューだ。

 スプーンをゆっくりと突き刺すとサクリと香ばしい音が鳴り、空いた裂け目よりホカホカと温かな湯気が立ち昇る。

 円を描くようにスプーンを動かし、パイ生地の一部を落すと真っ赤で温かなビーフシチューが姿を現す。

 落ちたパイ生地もろともビーフシチューをすくいあげて口に含む。

 サクサクとしたパイ生地の食感にとろりと濃厚なビーフシチューの味が広がる。

 味もそうだがこんな寒い日にはこう温かな料理は身体が喜ぶ。

 もう一口含むと具の牛肉が入っており、小さいながらも噛み応え十分。

 ポカポカと温まりながらパイシチューを堪能する。

 口の中が濃厚なビーフシチュー一色に染まって来たので、そろそろさっぱりさせようとシーザーサラダにフォークを伸ばす。

 レタスに刺した瞬間に伝わってきた食感から歯応えが連想出来、楽しみにしながら頬張る。

 やはり思った通りシャキシャキとした瑞々しいレタスの食感。

 それにカリッカリに焼かれた刻まれたベーコンにザクザクとしたクルトンも加わり、噛み締める度に心地よい音が美味さと共に鳴り出す。

 何より濃厚なチーズの味わいのドレッシングが堪らない。

 さて、そのまま二口目をいくのも良いが玉子にも手を出そう。

 中央に陣取った玉子にスーッとフォークの先で切り口を入れると、そこを中心にトロトロな半熟の黄身が溢れ、周囲の野菜に零れ落ちてゆく。

 黄身の掛かったレタスを刺して口へと運ぶ。

 先ほども味わった濃厚チーズのドレッシングの味わい歯応えの良いレタスにベーコンにクルトン、そして新たに加わった半熟黄身のとろりと滑らかでまろやかな味わい。

 野菜なんてあんまり好きではないけど、これなら腹いっぱいになるまで食べれる。

 しかしまだローストキチンもパイシチューもあるのだ。

 そちらも食べなければとあっちこっちをナイフやフォーク、スプーンが行ったり来たりを繰り返す。

 

 おっと、シュトーレンをまだ食べてなかった。

 一切れを手に取ってがぶりと齧り付く。

 口に入れた瞬間、上に振り掛けられていたきめ細やかな粉砂糖の上品で優し気な甘さが溶けだす。

 噛み締めれば少しパサつく生地の食感とアーモンドの風味と乾燥させることで増したドライフルーツの甘味が溢れる。

 甘いのにしつこ過ぎない。

 これは毎日食べても飽きないだろう。

 はむはむっとあっと言う間に一切れ食べきる。

 あれもこれもどれも美味しい料理達に手はまったく止まる気配はない。

 豪華な食事は瞬く間に胃の中へと納められ、残るは僅かな食べかすとそれを乗せた皿だけとなってしまった。

 

 さて、デザートのブッシュ・ド・ノエルを食べるとしよう。

 各自に配られている十センチほどのブッシュ・ド・ノエルをフォークで一口分切り取る。

 ふわりと柔らかなクリームの食感を感じ、期待を込めて大口を開けてパクリと含んだ。

 美味しい。

 …美味しいのだがこれは食べきれるのだろうかと不安が過る。

 腹が満たされたという理由ではない。

 外側も内側も濃厚なチョコレートクリームが惜しげなく使われており、一口しただけでも相当な甘さが押し寄せて来る。

 腹に収まったとしても甘さでダウンしそうだと思いつつ、二口目を口にすると考えが一変した。

 さっぱりとした酸味が濃厚な甘さに中和し、足され続けるであろう甘ったるさが一気に緩和される。

 一体何が…と疑問を抱いて切り口を眺めると内部のチョコレートクリームの間にイチゴが挟まっていた事に気付いた。

 あぁ、これなら食べきれる。

 飲み干したワイングラスにグレープソーダが注がれ、一口を呑み込むとグレープソーダを流し込む。

 予想外にケーキとグレープソーダの相性も非常に良い。

 

 これは止まらないとブッシュ・ド・ノエルを食べては、グレープソーダを流す工程がもはや作業のように往復する。

 アレだけ食べたというのに食べる速度は落ちる事無く平らげ満足気に息を漏らす。

 

 「美味しかったね」

 「あぁ、本当に美味かった」

 

 少し食べ過ぎた感はあるが大満足なので気にもならない。

 隣のミカサと微笑合っていると、その様子を見たジークがニヤリと笑う。

 

 「そういえば知っているかな。クリスマスというのは恋人同士で過ごす日でもあるらしい」

 「あぁ、総司さんが言ってたな」

 「だから来年はミカサちゃんと二人で行くといい」

 「――ッ!?なななな、なに言ってんですか!」

 「ご予約承りました」

 「総司さんまで!?」

 

 ジークの揶揄いに乗っかった総司の追加の攻撃も決まり、エレンとミカサは顔を真っ赤に染め上げる。

 暖房要らずの二人を周囲は微笑んで穏やかに眺める。

 

 こうしてイェーガー家の初クリスマスの食事会は幕を閉じて行くのであった。




●現在公開可能な情報

・“クリスマス”
 こちらでのクリスマスの意味が通じないので無難に総司が答え、結果リーブス商会の手によってエルディア全土に伝わる事になる。
 クリスマスは家族や恋人同士で過ごし、お祝いに大きなチキン料理とクリスマスケーキを食べ、子供にプレゼントを配る日。
 ならばそれを大々的に伝え、浸透させることでケーキに鶏肉におもちゃの売り上げを伸ばそうと画策されたのだ。
 日本で言うところのバレンタインデーの始まりに似ている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第39食  トマトスープ煮

 活動報告会は夕方ごろに終了した。

 夜遅くまで開催することは可能ではあるが、展示物を見る為には暗闇を照らす灯りが必要で、灯りを使用するとなれば油か蝋燭が必須である。毎秒消費される事で出費は増え、火を使う事で火事に気を付けて人員を割く。

 収入があるのであれば話は別なのだが、活動報告会のメインである展示系は基本無料で大きな出費はあっても大きな収入はない。なので三兵団は真っ暗になる前に切り上げるのだ。

 同時に活動報告会を見に来ていた人が激減し、売り上げが落ちるという事で露店をしていた者達の中には店仕舞いする所も出てくる。無論材料を売りきろうとする者や夕食に食べにくる客を狙う者も居るので、そのまま続けるか店仕舞いするかは各露店の判断に任されている。

 客も露店も帰る者が続出し、続けるか否かで公平性が保てないという事で売り上げ結果発表は開始してから夕刻までとなって、活動報告会終了時に行われる流れとなっている。

 今年の売り上げランキング一位だったのは毎年優勝している憲兵団ではなく、食事処ナオの協力を経て圧倒的な差をつけた調査兵団が初の優勝を決め、表彰台の上では露店班代表としてエレン・イェーガーが審査委員長を務めているダリス・ザックレーより小さなトロフィーと賞品の目録が渡されていた。

 結果発表を眺める観客たちにサクラとして紛れていた調査兵団の団員が拍手喝采で祝う。

 

 協力した食事処ナオの店主である飯田 総司も本来ならばその場に居て、我が身の事のように喜んで喝采を送っていたところだろう。しかしながら彼はその輪の中には居らず、露店にて調理を行っていた。

 熱せられた寸胴鍋にオリーブオイルを垂らしてサイコロ状にカットしたステーキ肉を炒める。

 焼き色が表面に付き始めた頃にくし切りにした玉葱を入れてしんなりするまで炒め、水にナポリタンソース(リーブス商会で販売中のソース)に細かく刻んだトマト、乱切りに切ったジャガイモと人参、追加でみじん切りにした玉葱を投入してじっくりと煮込む。

 ローリエなどがあれば良いのになと思いながら、小皿に少しばかりお玉で注いで味見しバターと塩、牛乳を加えてゆっくりとかき混ぜる。

 さっぱりとしたトマトに鼻孔を擽る豊かな香りが湯気と共に周囲に広がり、夜になって寒く感じた通行人が食欲を誘う香りと温かな湯気に釣られてふらりふらりと寄って来た。

 お玉でまた小皿に注いで味見すると納得できたのか大きく頷く。

 

 「出来ましたよ」

 

 皿に具材と共に盛り付けると受け取ったジャンが試食し、「うんまっ!!」と大声で率直な感想を漏らしていた。

 俺も俺もとコニーが皿とスプーンを取って試食し、同様の反応を示す。

 その様子に総司は微笑を浮かべる。

 

 活動報告会では鉄板焼きの露店を開いていた総司は、アニ達に内緒で露店をしていたことがバレない内(※バレて捜索されてます)に帰ろうと終了と同時に持ち込んだ冷蔵庫と小型発電機を台車に詰んで押していた。

 その道中に憲兵団の露店があり、常連のジャン達が怒られている様子が視界に入ったのだ。

 悪いと思ったがどうしたのだろうと聞き耳を立てていたら、今回優勝を逃した事と売り上げが芳しくなかった事で指導を担当していた先輩方に怒られている様子。

 それだけなら部外者が関わるべきではないと立ち去っただろう。

 しかし先輩方の怒りはその結果が原因ではない。

 客入りが悪かったことでステーキ肉が売れ残り、廃棄するにも保存用にするにも人手と場所を探す事で今までになかった手間が増えた事と、売り上げを失敬して豪遊する気満々で、それが出来ないと知って怒っているのだ。

 その上、今から(夕刻)売れ残った肉を売って元値だけでも回収しろと無理難題を突き付けていた。

 さすがに放置する訳にもいかないが、正論を並べて解決する問題ではない。

 なので残った肉を原価に少し色を付けて買い取り、自分が売り切ってしまおうと交渉したのだ。

 ジャン達はまさかの助け舟に心底喜び、先輩方はそれならばと場所と器材も貸し出して元値との差分を持って夜の街へと消えて行った。

 

 そして総司は一人何とか露店をしようかと思っていると「助けて貰って知らぬ顔をするというのは出来ない」と真面目なマルコとマルロ、罪悪感交じりのジャンとコニーが無償で手伝うと言い、さすがに無償というのは気が引けるのでバイト代を出すので手伝って貰う事に。

 こうして急遽総司と憲兵団新兵との露店が出来上がったのだ。

 

 「本当に助かりましたよ総司さん」

 「それは良かったよ。私は助からないだろうけどね…」

 「それってどういう……あ…」

 

 何処か諦めた様子に疑問符を浮かべたジャンとコニーは総司の視線を辿り、出入り口にて睨みを利かせているアニを見つけてしまった。

 引き攣った微笑を浮かべながらお玉の持ち手をジャンに差し出す。

 

 「すみませんが火加減見ていてもらっても?」

 「……その…頑張ってくださいね」

 

 悲壮感の混じった応援を受け、手を怪我しないように受け身だけはしっかりしようと投げられるのを覚悟でアニの元へ行く。

 アニは腕を組みながらジト目で見つめ、ユミルは困ったような表情を浮かべて少しばかり離れた場所に腰かけていた。

 近づいていつ投げられるかなとびくびくしていたが、見つめられるだけで一向に投げられない。

 静寂だけが三人を包み、居ても経ってもいられなくなった総司が口を開く。

 

 「あの…怒ってますよね」

 

 恐る恐る問いかけてみれば大きなため息一つ。

 しかしアニが怒って投げ飛ばす事はなかった。

 

 「怒っているよ。まったく…アンタが自分の身体を大事にしないから」

 

 悲しくも優しい眼差しを向けられて、怒って説教されると思っていた総司は面食らっていた。

 

 「料理好きなのは分かるけどもっと自身を大事にしな。体調を崩してアンタの料理が食べれないと知ったら客もがっかりするだろうからさ」 

 「客が…か。ならアニは総司のチーハンでなくても良いんだ」

 「誰もそんな事は言ってない。私だって食べれなかったらガッカリする」

 「だってさ」

 

 ニヒヒと楽し気に笑うユミルに何処か恥ずかし気なアニを見つめ、ほんわかと温かな気持ちが押し寄せて来る。

 いつも申し訳ないと思いながらも料理をしたいという欲求に負けていたが、これは本気で考えないといけないな。

 

 「おい!」

 

 固い決意を心の中で誓っていると急に大声をかけられて驚き、振り返ると何処か怒った様子のディモ・リーブスが立っていた。

 視界に入れると肩で風を切りながら大足で寄ってくる。

 リーブス会長に怒られる心当たりの無かった総司はキョトンと抜けた表情を晒す。

 詰め寄る様にやってきたリーブスは大声を上げた。

 

 「何故こんな儲かりそうな事を儂に言わん」

 「はい?」

 「ナポリタンソースを使っているだろうアレは?」

 

 指さす方向にはトマトスープ煮の鍋と使ったナポリタンソースが入っていた瓶、いつの間にか出来ていた行列があり、リーブス会長の言わんとしている事を察した。

 調査兵団の露店でかなりの両ソースの売り上げがあったことは聞き及んでいる。

 ならばここでも売る為の店舗を構えればまた儲けれると考えたのだろう。

 

 「こっちから提供できるレシピが一つではナポリタンソースもすぐに売り上げは低迷すると踏んで、新たに簡単に家庭でも出来るメニューを考えて貰おうと思っていたんだ。トマト煮…いや、あのトマトソース煮なら肉を抜けば簡単に出来るだろう」

 「えぇ、他にも材料を減らせば簡単になりますよ」

 「なにぃ!?早く言わんか!早速ナポリタンソースを作らせて持ってこさせる。いや、兎も角先に契約の話だ」

 

 有無を言わさぬリーブス会長は総司を引っ張って奥で話を始めた。

 眺めていたアニもユミルもその様子と寸胴鍋一つではあっと言う間にすっからかんになると踏んで苦笑いを浮かべる。

 

 「どうするのさうちの(食事処ナオ)見習い料理人としては?」

 「放置していたら客は待ちぼうけ。手伝うしかないよ」

 「だったら休日手当を後で貰わないと」

 

 まったくもって仕方がないと諦めながらも微笑む二人は、話し合いに割り込んで作り方を聞いてトマトスープ煮の追加調理を始め、総司が話し合いから戻って来るまでその場を持たしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 露店が並ぶ通りで大きなため息をつく。

 不機嫌そうにズカズカと歩くために邪魔にならない程度に切られた短めの銀髪が揺れ、眼鏡の下の鋭い瞳がギラリと光る。

 彼女は駐屯兵団内で最も優秀な兵士が集められた精鋭班に所属するリコ・ブレチェンスカ。

 元々リヴァイほどではないが眼つきは悪い方で、知らない人物が見たら不機嫌そうに見られることが多いが、今日は本気で不機嫌であるので知り合いの駐屯兵ですら近寄りがたい存在となっていた。

 

 夕刻間際に本日の仕事を済ませて手隙になった事もあったので、様子見がてら立ち寄ったのだ。

 リコは展示班新兵達を様子を眺め、終了時刻になったのでついでだからと片付けを手伝って少しばかりだが交流を深めた。

 露店班には同精鋭班のミタビ・ヤルナッハが様子見に行ったが少し不安だったのか、精鋭班指揮官のイアン・ディートリッヒも付いて行ったので問題はないと踏んでいた。

 なのにミタビはハンネスに誘われるまま酒を飲み、イアンも渋々ながら付き合わされていた。いや、ハンネスだけではミタビもさすがに飲まなかっただろうが、その場には駐屯兵団司令官で南方領土の最高責任者のドット・ピクシス司令も居て、飲んでいた事からそちらからの誘いもあって飲み始めたのだろう。

 まだ職務時間内だというのに…。

 司令よりリコにも誘いが来るがまだ仕事時間内だからと断ってその場を立ち去った。

 

 まったくと呆れてため息ばかりが漏れる。

 探すのに手間取ったがピクシス司令が居るならばと駐屯兵団参謀の一人であるアンカ・ラインベルガーに伝えておいたので、近いうちに叱責される事だろう。

 彼女は信頼厚き女性参謀で、ピクシス司令の部下の一人であるが居眠りしていた司令の頭を叩いて起こすなど、真正面から強く注意の出来る人物なので後は彼女に任せておけばいいだろう。

 就業時間も過ぎたので帰ろうかと帰路につこうとする最中、温かな湯気と共に美味しそうな匂いが漂ってきた。

 何の匂いだろうと振り向くとそこには具沢山のスープを提供している露店があった。

 遠目でも分かるように値段が掲げられており、露店だから多少高いけれども手が出せないほどではない。

 時刻は夕食時で歩き回り、夜になって冷え込んできた事もあって今日の夕食はアレにするかと列に並ぶ。

 

 毎年の様子からは珍しく活動報告会終了後にしては結構並んでいる事に料理に対する期待感が膨らんでいく。 

 ゆっくりながらも段々と進んでいき、最前列に来るとトマトスープ煮を注がれた器を受け取り、代金を支払って空いている席へと腰かける。

 席に向かう途中もそうだったが嗅いだ時以上に濃厚なトマトを主とした複雑な香りに嗅覚と空腹が刺激される。

 小さいながらもお腹が鳴った事に恥ずかしく周囲を見渡すが、誰も気にした様子もないことにホッと安堵する。

 

 まずはスープを味わおうと口に含む。

 含んだ瞬間トマトスープの味わいが広がり、ソース類に野菜、バターなどより漏れ出した深い旨味が伝わって来る。

 しかも牛乳でコクが出て喉越しはなめらか。

 味が良いのは勿論だが、夜になって寒くなってきたこの時分に暖かなスープというのはありがたい。

 身体の中から温まっていく。

 

 寒さと言うのはどうしても体の動きを鈍らせてしまう。

 熱すぎてもまた然り。

 最初は寒かった身体は温かなスープで温まり、夜風がそんな身体を冷まそうとするものだから自然と温めようと身体が動く動く。

 見苦しくならない程度にスプーンが皿と口を往復する。

 ゴロゴロとした食べ応えの有りそうな野菜を口にすれば、人参はすんなりと噛み切れるほど柔らかく、ジャガイモはほろりと解れた。そして噛めば中まで浸み込んだスープの味わいがそれぞれの野菜の味と混ざって現れる。

 くし切りの玉葱に至ってはとろりと柔らか過ぎて噛まずにつるりと飲み込んで、もはや喉越しを楽しんでいるような気がする。

 主役であろうサイコロ状の牛肉は焼き過ぎず、煮込んだ事で硬くなり過ぎずに程よい硬さと柔らかさを両立していて美味しい。

 見た目通りに食べ応え十分で徐々に腹も満たされ始め、先ほどの苛立ちは雪が溶ける様に消え去っていく。

 下から野菜をすくいあげて口に入れると底にあっただけに熱く、熱量が口の中に籠ってハフハフと熱気を外気と入れ替えながら味わい飲み込んだ。

 息を吐き出すと若干白んだ吐息がふわりと周囲に溶けて行った。

 

 美味しいトマトスープ煮に舌鼓を打っていたリコは、何処の店が出店したのだろうかと店名を探すも何処にもなく、店員または料理人に直接聞こうかと思った矢先にある看板を見つけた。

 それには簡易なレシピが書かれていた。

 ただ慌てて書かれたのか多少文字は乱れていたものの読めないほどではない。

 デカデカとリーブス商会新商品のナポリタンソースと書かれていた事から、この露店はその商品を知らしめるために設けたものだろうと判断してレシピをざっと覚える。

 凝った調理法も乗っていたが素人でも簡単に出来る簡易レシピもあったので、帰りにでもナポリタンソースを買って今度の休みにでも作ってみようかと思いながら、皿に残ったトマトスープ煮を食べきるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おまけ 

 

 ナオは調理をする総司にアニ、ユミルを眺めて大きな欠伸を漏らした。

 食事処ナオであるならば自分のスペースが存在する。しかしここは急遽用意した露店。

 場所は用意されてないし、野良猫が飲食スペースでうろつくことを嫌う者もいるので遠目で見守るに留める。

 否、留めていたと言うべきだ。

 

 「ぅわあ~、ねこちゃ~ん」

 

 目の前に猫なで声でにやけ切った少女が寄って来たことでそちらに意識が集中してしまっている。

 少女の名はヒッチ・ドリス。

 憲兵団新兵で露店班の一人だが、総司が後は何とかすると決まって早々にその場から離れ、帰ろうかとしていたところでユミルに付いてきたナオを見つけてこうして寄って来たのだ。

 普段の彼女を知っている者が見れば唖然と言うか変な目で見ること間違いなしだったろう。

 いつもやる気が微塵も感じられない態度に人を小ばかにしたような言葉を放つ。

 それがふやけたような笑顔を浮かべ、服が汚れる事を気にも止めずに地面に転がり、甘える様な声色で猫に話しかけているのだから…。

 

 「ほれほれ」

 

 まったくこっちが相手にしてないのに何処からか拾ってきた猫じゃらしを左右に振り続ける。

 正直相手にするのは面倒だ。

 けど無視するにしても鬱陶し過ぎる。

 どうするべきかと悩んだナオは猫じゃらしを避け、面倒臭げに近づいて頬にぴとっと肉球を押し当てる。

 

 「肉球柔らかぁ」

 

 押し当てた肉球に頬擦りしながらさらに破顔した表情になんとも言えない感情を浮かべ、死んだ魚の様な目で相手をしてやるのであった…。 




●現在公開可能な情報
 
・リーブス商会提供レシピ
 現在焼きそばナポリタンにトマトスープ煮。
 ウスターは揚げ物やステーキソースなどを総司が提供。
 まだレシピを増やそうと総司に頼んだり、商会所属の料理人に新たなレシピの考案を命じている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

間食02 年越し蕎麦

 年末年始は嫌な記憶しかなかった。

 施設に居た時は寒くなって食糧が不足しひもじい思いをし、木の根でも何でも口に出来るモノはなんでも口にした。

 引き取られた教会では高価そうな服装の人達が押し寄せ、ただひたすら姿勢を正して長々しい挨拶という名の長話に何日も付き合わされた。

 逃亡していた頃は兎に角寒くて何処か温かい所に居たかったが、そういう場所は目当てを付けられて探られるので逆に寒い方へ寒い方へ身を隠して何度凍死しそうになった事か…。

 

 だからユミルは食事処ナオに来て初めての年末年始はちょっと楽しみだった。

 年末は29日から連休にするとの事で、今年最後の営業日である28日は食い納めだと意気込んだ常連客が集中し、今年一番の大忙しとなった。

 それさえ乗り越えれば一月三日までは休みなので当分はゆっくり出来る。と、言ってもそれは食事処ナオの仕事であり、年始に向けてやるべき事は多い。

 まず食事処ナオの店舗部分の大掃除。

 普段は掃除出来ていない換気扇や冷蔵庫の裏など隅々まで汚れを落とし、それが済むと各自の部屋から共有スペースのへと掃除は及んだ。

 総司は総司で年始の“オセチ”なる料理の買い出しや下準備やらで掛かりっきり。

 やる事は多かったが三日と日があったので、ノルマを決めてその日その日の分を済ませて行ったからそれほど大変という訳ではなかった。

 そしてようやく12月31日夕刻までに大掃除と用意した年始の飾りつけを終え、夕食を済ませて“こたつ”という暖房器具を満喫している今に至る。

 

 このこたつというのはこの寒い季節に快適過ぎる。

 大きめの机の天板と脚の間にゆとりのある布団。

 これだけだと布を掛けたただの机だけど、天板の下に熱源を設置することで内部に暖かな熱が籠るのだ。

 どうやってその熱を生み出しているのかは分からなかったけど、心地良いんだからなんだっていいさ。

 なんだって謎を解き明かしてやると息巻いていたマルセルは、心地よさに打ち負かされて仰向けで眠りこけている。

 こたつに敗北したのはマルセルだけではない。

 ファーランは動く回数を減らそうと数十冊の小説を手の届く範囲において読み続け、イザベラは机に突っ伏して寝ているのか起きているのか解らない。アニはハムハムと机の上に籠ごと置かれたみかんを食べて、ナオは顔以外をコタツの中に入れて寝息を立てている。

 残る総司とニコロは厨房にて何やら作っている。

 最後の食事である夕食が少なかったことから夜食でも作っているのだろうかと思っていると、総司とニコロがおぼんに丼や料理を乗せて、台所から居間へとやってきた。

 運ばれてきた丼には蕎麦に温かい透き通った茶色いスープが注がれ、その上には大きな海老の天ぷらが二本にふっくらとした黄金色の油揚げに白ネギが乗せられていた。

 夕食がいつもに比べて少ないと思っていたら温かな蕎麦を出すつもりだったのかぁ…………でもなんで?

 疑問符を浮かべていたらサバミソも運ばれてきた。

 アニにはチーズハンバーグ、マルセルにはミニカルビ丼、ファーランにはミニ海鮮丼が置かれ、総司の料理はなんでも美味いというイザベラは久しぶりにピザが食べたいとリクエストして小さめのピザが、ニコロはこの蕎麦と言う料理を研究も兼ねてしっかりと味わうとの事で他より大きめの丼に両多めで温かな蕎麦のみとなっている。

 

 「さぁ、年越しそばを食べましょう」

 「年越しにそばって?」

 

 先に浮かんだ疑問も含めて口にすると、一瞬ポカーンと呆けた顔をしたが総司はエルディアの文化に無い事を理解して問われた意味に納得する。

 

 「えっと確か蕎麦は麺類で切れやすい事からその一年の災厄を断ち切るとか、細長く伸ばした麺だから健康長寿を願ってとかで、大晦日に食べる蕎麦をそういうのですよ」

 

 そういう風習もあるんだなと生返事をしていると、イザベルがまだかなまだかなと待ったを掛けられた犬のように様子を伺っていたので、思わず吹き出してしまった。

 総司もそんなイザベルに気付いてクスリと笑う。

 

 「蕎麦も伸びてしまいますね。では、頂きましょう」

 

 合わせて「頂きます」と感謝の念を口にしてそれぞれ食べ始める。

 サバミソに手を出したい所であったが総司が言ったように、スープに浸かった麺類と言うのは吸ってすぐに伸びてしまう。伸びてしまっては美味しい料理も美味しさが半減以上してしまう。

 もう慣れた箸を使って蕎麦を摘まみ、ふぅふぅと息を吹きかけて温度を多少下げると音を立てて啜る。

 音を立てて食べるのは行儀が悪いが勢いよく啜る事で蕎麦の風味が際立つ。

 うどんとも焼きそばとも違う蕎麦独特の風味を味わい、丼を口へと運んでこんぶとカツオの旨味たっぷりの優しいスープに頬が緩み、こたつの外的温かさではなく中から温められて自然に息を吐いた。

 ずるずるっと蕎麦を啜りながら上に乗った具にも箸を伸ばす。

 外はスープを吸っていながらもサクッとした衣に中は淡白でぷりっぷりな海老の食感を楽しみ、ふわっと柔らかく甘い汁の浸み込んだ油揚げに舌が喜ぶ。

 それにぶつ切りの様な白ネギを噛み締めればザクリとした歯ごたえと、中からしっとりと優しい旨味と甘味が広がる。予想外な美味さに驚きが隠せない。

 蕎麦を食べながら上の具を挟み挟み食べて、丼の中が順調に減っていく。

 半分以下になったところでサバミソを食べてない事にハッと気付いて今度はそちらに箸を向ける。

 多少冷めていたが柔らかさは変わらず箸ですんなりと切れた。

 一口分を口へと運んで食べる前から頬を緩めながら含む。

 蕩ける様な脂身に味噌タレがふわりと広がる。

 食べる度にこの店に跳び込んだあの日を思い出す。

 あの日にこの店に跳び込まなければ、店主が総司でなければ、ナオが何気なく庇ってくれなければ自分はここには居なかった。それどころか捕まって殺された可能性だってある。

 懐かしく、感謝の念をしみじみと思い出してしみじみとした感傷に浸ってしまった。

 柄でもないと考えを追い出し、サバミソを一口放り込み、蕎麦を勢いよく啜る。

 食べきって満足気にいっぱいになったお腹を撫でているとゴーン、ゴーンと鈍く響き渡る鐘の音が聞こえてきた。

 何の音だろうと耳を澄ますが表からではなく建物の裏の方から聞こえる気がする。

 

 「除夜の鐘の音ですね。もう年が明けましたか」

 

 総司のその“ジョヤノカネ”というものは何だろうと疑問が浮かぶも、それを聞くことはなかった。

 ただただ年が明けたのならば今年はどのような年になるのだろうか。

 幸多き年だったら良いなぁ…。

 

 そう想いを馳せながらユミルは満腹感とこたつの居心地の良さから眠りに落ちるのであった。




 今年の投稿はこれで最後となります。
 新しい年が幸多き年でありますように。

 では、良いお年を。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

間食03 お雑煮と変わったおせち

 明けましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願いいたします。
 
 少々急いで書いて投降した為に、文字数は間食2同様少なめになっています。


 一月一日。

 新しい年を迎えての初日。

 貴族や大きな権力を持っている者達は王都へ赴いて王への挨拶を行ったり、新年を祝ってという名目でパーティを開いたりして大忙し。

 各家庭では新たな一年の始まりとしていつもより豪華な食事を食べ、年末年始の休みをゆるりと過ごす。

 豪華と言っても未だに食糧難と物価の高騰は続いているので、保存が効いて手が届くものが一般的となっている。

 例えば煮豆と巨大なヴルスト、チーズに家族用の巨大なパンなどなど。

 イェーガー家も例に漏れずにそんな感じで新年を祝おうとしていた(・・・・)

 

 「よいしょっと!」

 「――はい」

 

 振り上げた木製のハンマー()思いっきり振り下ろす。

 先には凹みのある木製の台座()があり、凹みには“オモチ”なる食べ物があって、交代交代でついている。

 ホカホカと湯気を立てている熱いモチをついて振り上げると、すかさずミカサが濡らした手でモチをくるりと動かす。

 それを何度か繰り返す。

 周囲を囲むように見ている人達は興味を持って見守る。

 

 エレン達はリーブス商会が持っている倉庫に集まっていた。

 新年を迎えての初日。

 総司とリーブス会長が企画した新年を祝う常連客のみ集めた食事会。

 倉庫という周囲を気にしない場所に常連客のみの参加というあたり、これ以上人が増えて混雑するのを会長も避けたいとみた。

 そんな事を考えながら数度ついて次の人と後退する。

 

 餅つきなる風習もモチという料理も知らないエルディアでは、興味深く面白そうと自分も付かせてもらいたいと列が出来てしまっている。

 小さな店舗の常連客が集まっているといってもかなりの人数が集まっており、見渡せば調査兵団エルヴィン団長やウォール教ニック司祭などの大物も詰め寄せていた。

 アンタらは新年を迎えて色々出席しなければならない立場ではないのかと疑問が過るが、ハンジ分隊長は置いておいてリヴァイ兵長やミケ分隊、分隊長を除いたハンジ分隊の面々が気にせずに楽しんでいる様子から問題はないのだろうけど…。

 実際は王以外にも貴族や権力者などのパーティに誘われ、立場的にも断れずに面倒臭くても表面に出さずに嫌々参加せざるを得なかった。しかし今回は“トロスト区の大手であるリーブス商会よりの招待”という大義名分を得て幾つかのパーティを断って参加したので、気楽に楽しんでいるのだった。

 

 出来たオモチは即座に調理されて振舞われる。

 調理といっても凝ったものではない。

 手の平ぐらいのサイズに切り分けて用意された数種類のタレや粉を塗すぐらいだ。

 初めて食べたオモチはふんわりと柔らかくも弾力と伸縮性を持ち、噛み締めればほのかな甘さがあった。

 深いコクと塩気のある食事処ナオでしか口にすることの無い醤油に純粋な甘さを持った砂糖を混ぜただけの砂糖醤油。

 木粉のような見た目のきな粉は振り掛けただけで、独特の香ばしさと優しい甘さが素朴な味わいを生み出す。

 それとまったく見た事もない“あんこ(餡子)”というクリームのようでずっしりとした重みがあり、しっとりとなめらかで上品で強い甘さ。

 どれも味わったけどどれもオモチに非常に合って美味しかった。

 

 「なぁ、ミカサは何が美味かった?」

 「…んー…お雑煮かな」

 「確かにアレは違った美味さがあったよな」

 

 総司さんの故郷でお正月に食べられると聞いたお雑煮。

 オモチを入れた器に酒、醤油、スルメやほうれん草を含んだ出汁の心落ち着く優しい味わいのスープを掛け、文字が書かれた(松竹梅)かまぼこと言う舌触りの良い練り物を乗せた料理。

 

 美味しかったけどもアイツは食い過ぎだろ…。

 

 呆れた視線を向けた先には雑煮を食べ過ぎて動けなくなったベルトルトの姿があった。

 周囲には一緒に回っていたライナーにヒストリアにクリスタ、アルミン達がおり、呆れや心配を向けている。

 それほど雑煮好きになったんだなと思っているエレンは気付かない。

 器にもちを入れてつゆを掛け、具材を乗せて配っているのがアニだからと言う事に…。

 

 ちなみに活動報告会で女装させられて以来、アルミンはクリスタに誘われることが多くなり(ほぼ着せ替え人形的な扱い)、今日もクリスタに誘われて回っている。そして目撃されたユミルに睨まれている。

 

 「相も変わらずだな」

 「エレン。今度はあっちのを食べてみよう」

 「そうだな」

 

 ミカサに誘われるままオモチから離れて奥のスペースに進む。

 オモチ料理だけでも美味しかったけど、それだけではなくいろんな料理が用意されている。

 総司さんの故郷ではお節料理と言うらしいが縁起の良い物を保存の効く形で調理し、主婦または主夫が年始に料理をせずに休める様にと三段の箱(お重)詰めるらしいが、ここではアレンジを加えてビュッフェ方式で置かれている。

 最奥で調理している総司さんに視線を向け、忙しそうだったことから頭をぺこりと下げて挨拶し、後で声を掛けて今は食事を楽しもうと皿を持って料理の並ぶテーブル前に並ぶ。

 

 置いてあるトングやお玉を使って料理を次々に乗せていき、少し離れたところに移動すると食べ始める。

 塩の効いた淡白ながらしっかりとした味の鯛に、薄くスライスされた昆布を巻いて置いた事で旨味が移っている鯛の塩焼き。

 苦みと香ばしさが混じった甘さを持った栗と、栗を包む頬が蕩けそうなほど甘い薩摩芋の餡の栗きんとん。

 フニフニと柔らかく、噛み締めればしっとりと柔らかい淡白な味わいの紅白かまぼこ。

 幾重にも薄い卵が巻かれて外はふわりと軽く、中はとろりと半熟で塩で引き締めた甘さの綺麗な黄金色の卵焼き。

 シャキシャキとした歯応えを持ち、酸味と甘味が口をさっぱりとさせる紅白なます。

 鶏肉に里芋、こんにゃくに人参、たけのこなどを一緒に醤油・みりん・酒で煮た落ち着きがあり具材の味を引き立てている筑前煮。

 薄いスライスした蓮根を油で揚げて、塩を振るったポテトチップスに似ていたが食感は断然こちらの方が強いレンコンチップス。

 甘くコクのあるタレに脂身の乗っている鰤に大根を煮て、金冠の皮を擦り下ろしたものを乗せて柑橘系の香りを立たせ、さっぱりとさせている鰤大根。

 外はカリッと中はプリっとした食感の小エビを天ぷらに、塩か汁に付けて食べる小エビの天ぷら。

 

 どれもこれも美味しくて頬を緩む。

 ミカサなんかは栗きんとんを気に入ったのか、皿の半分が埋まっていた。

 

 「やっぱり美味いよなぁ」

 「新年早々良い物を食べた」

 

 周囲も同じように食べる度に頬を緩める人が多く、エレンはミカサを連れてまた料理を取りに動く。

 無くならないと思いつつ焦る様に足が料理の元へ急ぐのであった。

 

 ここに集まった常連客の面々は新年最初の総司の料理に舌鼓を打ち、皆満足そうにお腹も心も満たしていった。

 ただレンコンチップスや小エビの天ぷらを筆頭にアレンジされたお節料理は、酒との相性も良いので大人たちは酒を飲み始めて見る見るうちに宴会騒ぎに。

 落ち着きがなく騒がしい食事会となってしまったが、その騒ぎすら楽しく羽目を外して心から楽しんだのだった。




●現在公開可能な情報
 
・アレンジされた御節
 当初はそのまま出そうとしていたのだけど、昆布はひとによって好き嫌いが分かれるので鯛の塩焼きと合わせる事にした。
 同時にそれならばと海老を小エビの天ぷらにし、鰤の照り焼きに大根を加えて鰤大根にしたり毎年入れていたお節料理以外を出す事にしたのだ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第40食 リーブスのポテトチップスとナポリタン

 ぼんやりとした意識と視界の中で調理を行う。

 元々料理に不慣れな事と今週の仕事の疲れが溜まっていた事も相まって手付きがたどたどしい。

 こういう時は昼過ぎまで寝て休みたいところだけど意識に反して腹は正直に空腹を訴えかけてくる。寝ようとしても空腹感とお腹の音で叩き起こされ、外食しようと思うも疲れから面倒臭いと断念。

 そこで一昨日買ったもので料理をしようと思いついたのだ。

 乾いた薪を竈にくべて火を強め、調理台の上に置いたフライパンを温める。

 不格好になった玉葱のくし切りをしんなりするまで炒め、リーブス商会の新商品である“焼きそば”を混ぜ、最後に同じく新商品の“ナポリタンソース”をドバっと勢いよく入れて軽く煮詰める。

 クツクツと真っ赤なソースに気泡が浮かび、小さくはじけた。

 疲れからくる眠気で目は垂れており、出来上がるまでただ眺める。

 そろそろかなとフォークで一口食べると焼きそば麺にトマトの酸味に複数の旨味に甘味が絡まり口の中に広がる。

 麺の硬さはちょっと硬いぐらいだったが、料理下手な自分にしては上出来だろう。

 皿に盛りつけてテーブルに運ぶかとも考えたけど、面倒くさくてそのままの状態で立ち食いを敢行する。

 ゆっくりと作業のようにフライパンと口を何度もフォークを往復させ、含んではもっもっと咀嚼を繰り返す。

 

 美味い…。

 こんなに手軽で美味しいものが出来るとは独り身からしたら有難いばかりだ。

 けどなにか足りない…。 

 半分ほど食べきったところでイルゼ・ラングナーは愛用のメモ帳を取り出して、作ったナポリタン焼きそばの工程と評価、感想を素早く書き込んでいく。

 書き込みながら物足りなさからある考えが何度も脳内を過る。

 調査兵団所属で私を含めた食事処ナオの常連となった人たちは総司さんが露店に協力した事を知っているので、食事処ナオではちゃんとしたものが食べれるのではと…。

 面倒臭さと探求心&食欲がせめぎ合い、残り半分を食べきる間に結局探求心が勝ってしまった。

 どうしようもない自分の性分にため息を漏らしつつ、寝間着から普段着――――いや、衣装ケースより出すのも億劫なのですぐ着れる様に出してあった調査兵団の制服に袖を通す。

 ちょっと寒いかなと兵団用のマントを羽織り、鏡を見て髪型をチェックして家を出る。

 勿論戸締りはしっかりとしてから。

 

 早速行こうと思うが食事処ナオはトロスト区にあり、調査兵団の宿舎からは非常に遠いのだ。

 歩いていけない訳ではないが時間と労力の消費が大きい。

 疲れた身体での長距離移動はご免被りたいので背に腹は代えられないと出費を覚悟してハンサムキャブ(馬車のタクシーまたは辻馬車)を利用することを決める。

 急に足が重たくなったような気がするが構わず進む。

 そうしてもうすぐ乗り場に到着しようという時に足がぴたりと止まってしまった。

 これは今更利用するのを渋った為ではない。

 食欲をそそる香りが鼻孔を擽った為である。

 振り向くと最近各地で目に留まるリーブス商会の露店があった。

 リーブス商会は食事処ナオと関りを持ってから色々なレシピや新製品の契約を結び、活動報告会後には飲食店やソース専門販売店、移動式の屋台で大きく儲けている。

 イルゼの視界に留まった店もその一つで、大通りに面して多くの通勤客が利用することを見越して朝早くから開けているお持ち帰り専門の店であった。

 先ほど食べたばかりだが匂いを嗅いでしまえば妙に小腹が空いてしまう。

 出費は抑えたいと思いながら