魔女のヒーローアカデミア (陽紅)
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MP0 ドロップアウトの裏側で

Q.前に書いてたヒロアカは?
A.オリ主の個性が劇場版の敵の個性とダダ被りでしたので。削除済みです。すみません。



 

 

 

 

 初夏。太陽の日差しが日に日に強くなり、だんだんと夏らしく強く容赦なくなり出した頃。

 少しばかりフライング気味なセミの独唱をBGMに、二人は冷房の効いた広い教室で向かい合っていた。

 

 

「えっと……すみません。聞こえなかったわけでも理解できなかったわけでも無いんですが……その、確認のためにもう一度言ってもらえませんか?」

 

「お前らしくも無い──と、言いたいところだが、流石にこの件は雄英高校(俺たち)側が不合理かつ不誠実だからな」

 

 

 一息。

 

 

「早乙女 天魔。本日現時刻を持って1年次課程を途中終了。来年度の新入生に合わせて()()()、1年次課程を再開する」

 

 

 言い切り、そしてニヒルに笑う。

 

 

「まあ……早い話が『留年』だな」

 

 

 

 ──〇〇年度入学、1年A組の完全解散が決定した瞬間だった。

 

 

 


 

 

「まぁ……退学にならなかっただけマシ、と考えるべきなのでしょうかねぇ、ここは」

 

 

 一学期終業式。

 これから夏休みだぜヒャッホウ! という気分であるはずのその日に一人、教室で深いため息をついていた。

 

 

 

 ……四月の入学は、ぴったり二十人。

 

 ──たった三ヶ月で、その全員がいなくなってしまった。

 

 

 自己紹介をして、名前は覚えた──だが、たった、それだけだ。

 

 男子14名女子6名は互いの趣味を教えあうことも、それを切っ掛けにどこかへ遊びに行くこともなく、その繋がりは途絶えてしまった。

 連絡先も当然知らない。全員別の高校へ滞りなく編入を終えた、と担任の教師に伝えられたが、それ以降は全くわからなかった。

 

 ……友、と呼べる関係では無いだろう。精々が知り合い程度だ。

 

 

「さて……と」

 

 

 最後なのだから、と念入りに行った教室の掃除も終わった。

 異形系個性の生徒のために設計された超バリアフリーな教室は広かったが、最後の三週間は一人だったので特に汚れてもいなかったので、一人で掃除しても特に時間はかからなかった。

 

 留年は決まったが、新一年生としてスタートするまであと八ヶ月もある。その間は自由登校となり、さらには自主学習・自主訓練が主になるとのこと。……今年度中この教室が使われることは殆どないだろう。

 

 

「流石に、一人でこの広い教室にいたら、絶対心病んじゃいますよねぇ」

 

 

 呟いた言葉は小さかったが、やけに響いた。……軽い冗談だったようだが割とガチになりそうである。独り言は禁止にしたほうがいいだろう。

 

 

(そういえば……夏季休講の課題もないんでしたっけ……?)

 

 

 担任のアングラ系ヒーローの説明では二学期三学期の中間試験や期末試験もないらしい。再スタートまで八ヶ月あるが、逆に言えば八ヶ月間は完全にフリーということだ。

 

 加え、今日から夏休み。

 

 

 ──なんの予定もない、240日間。

 

 

 

 

 

「ん? あれ、これってある意味で見たらとってもお得なんじゃ……?」

 

 

 

 何をしましょうかねぇ、と考えたところで思考が加速する。

 

 高校一年で留年、というのは世間体はあまりよろしくないだろう。ドロップアウト、つまりは落第者だからだ。

 

 

 だが、その高校は、ただの学校ではない。

 

 数多くの有名ヒーローたちを世に送り出した天下の名門、『雄英高校』なのだ。

 

 

 広大な敷地を、そしてそこに備えられた最新鋭の設備を、わずか三年で使い倒すことは不可能に近い。しかも、通常の高校生としての授業も並行して行わなければならないのだ。

 

 

 

 ──早乙女 天魔の頭に、天啓が落ちる。……天繋がりではないはずだ。多分きっと。

 

 

 

「なるほど。これがいわゆる、修行パートってやつですね……!」

 

 

 

 にわか知識でしかないマンガ用語を自信満々に言い放ち、その天啓に逆らうことなく実行に移すために職員室へと走──ろうとして思いとどまり、競歩で向かった。

 

 

 

***

 

 

 

「HaHaHa! 見掛けによらず中々にAggressiveでPositiveなやつだな!」

 

「ホントにねぇ。学校側の都合で留年言い渡された直後よ? ……早乙女さん。あ、君だっけ? どっち?」

 

 

「うるさいぞ山田」

「本名はらめぇ!」

「ミッドナイト先生、『君』です。本人もあれでかなり気にしていることらしいんで、目の前で言うのは止めてやってくださいよ。軽く鬱になりますから」

 

 

 ところ変わって、そして幾許かの時間をおいて、職員室。

 

 纏わり付いてくる同僚、プレゼントマイクを捕縛布で流れるように拘束・沈黙させ、同じく同僚で先輩でもあるミッドナイトに軽く注意する。

 

 手元にある今しがた作成・申請されたばかりの書類を軽くまとめているのは、イレイザーヘッドだ。

 

 個性派揃いの雄英教員でも、『教師に見えない』ことではダントツとも言われている。

 髪はボサボサで無精髭。黒の上下に薄汚れた布を幾重にも首に巻いている姿は、初見の生徒にも不審者として通報されるレベルだったりする。

 アングラ系ヒーロー(アンダーグラウンド:メディア公開を嫌うヒーロー)であるため、世間知名度が低いのもその要因だろう。

 

 

「でも、流石に丸々一クラスが無くなるとは思わなかったわ。……まあ、イレイザーが彼らを除籍にした理由も分からなくもないけど」

 

「オレも授業中だけど『あ、これダメだわ』って思ったZE! だからあんまり気にすんなよMy Friend♪」

 

「別に気にしてない。あと、同情ならいりませんよ。見込みがないからこそ早めに区切らせる。再スタートは早ければ早いほどいい。

 ……まあ、早乙女には悪いことをした、と思わなくもないですが」

 

 

 敬語と遠慮なしの交互が地味に面倒だ、とイレイザーヘッドこと相澤消太は思う。ミッドナイトは教師歴も先達だし僅かだが年上だから敬語は必要だし、だが高校から同期であるプレゼントマイクに敬語は使いたくなかった。

 

 不合理だ、と渋面。

 

 

 そして、早乙女 天魔──彼に関しては、『時期が悪かった』としか言えない。教師が抱く感想として絶対に褒められたことではないが、今年の新入生……殊、一年A組のメンバーは不出来が過ぎた。

 

 高校一年生……齢わずか15の少年少女に求めすぎるのは酷だ、と言われるかもしれない。だが、ヒーローという職業はそれだけのものを要求されるのだ。

 

 

 本人の『素質』。

 努力を苦としても、やり遂げられる『精神力』。

 そして何よりも、絶対に何があっても揺らがない『確固たる原点』。

 

 

 この三つのうち一つでもあれば、並みのヒーローにはなれるだろう。だが、彼ら彼女らにはそれがあまりにも希薄すぎた。

 

 

 

「……それでも、あいつをここで腐らせるには、あまりにも惜しすぎる」

 

「「…………」」

 

 

 そして、見込みがないとした19人の中であって、『素晴らしい逸材』と相澤が教師人生の中で最大の太鼓判を押した唯一の生徒……それが早乙女 天魔という少年だった。

 

 

 ……本来(まずありえないことではあるが)一人を残して全員が除籍となったなら、その残った一人は同学年の別クラスに移籍するのが普通である。なにせ、その残った一人には何の落ち度もないのだから。

 

 普通では留年にならないのに留年になった……つまり、普通ではない何かしらがあった、ということである。

 

 

 

(二年間二割減俸……安いもんだろ)

 

 

 隠すまでもなくぶっちゃけると、ことの犯人は担任であるイレイザーヘッドである。

 

 三ヶ月という短い期間ながら、彼は早乙女の可能性を見出した。そして、自分が受け持つことになった来年度の一年A組に『留年生』という形で組み込ませるために動いたのだ。

 

 見出した可能性を、教師として、自分が教え導きたいがために。

 

 

 ……もちろん、葛藤が無かった訳ではない。思春期の中の一年を足踏みさせることに躊躇いは当然あったし、どう言い繕っても当人についた『留年』という履歴はずっと消えないまま残る。

 

 そして、実を言えば、その葛藤はつい先ほどまで胸中に溜まっていた。

 

 

 

 過去形だ……マフラーのように巻いた捕縛布の中で、相澤はニヤリと笑う。

 

 

 分厚いとまではいかないが、それなりに厚みのある紙の束。その全てが、夏季休講中の雄英高校にある訓練設備などの使用申請書や、各教員、並びにサポート科への開発要請の書類だ。

 

 

(『高く飛ぶためには深くしゃがむことが必要』……だが、流石に行動が早すぎるだろ、早乙女)

 

 

 とりあえず申請できるものを手当たり次第に、という形で出された書類共。よく見れば一番早い使用申請で明日の午前中だ。相澤がここで温めていても意味はない。

 関係各所に渡して合理的に進めるために、一番先頭に生徒の詳細なプロフィールを載せている。

 

 出身中学を始めとした、住所や来歴、備考という個人情報のオンパレードの中で、乾きがちな目がその項目を強く意識した。

 

 

 

 

 早乙女 天魔

 

 個性『魔女』

 

 魔女っぽいことができる!

 

 

 

「……ん? あれ? おいイレイザー。俺の書いたウィッチボーイの個性紹介のやつ……おーい」

 

 

 ※1 複合型、かつ完全人型にも関わらず異形系個性。『魔法』という超常黎明期以前のサブカルチャーのような事象を行使できる。

(例:火や水を球体に圧縮し放つ『ボール系』、土や氷を地面からせり上げる『ウォール系』など多種多様。箒を用いた飛行も可能)

 

 ※2 『魔性の女』という意味でも魔女。当人曰く、「個性が発現したら容姿が激変した」とのこと。(これにより異形型個性に指定)

 諸事情により幼少時の写真等がないので比較は出来ないが、女性的に非常に優れた容姿である。長い黒髪は切っても一晩で元に戻るとのこと。

 

 なお、この事で幼少時相当苦労した模様。触れるべからず。

 

 

 ※3『不幸集中体質』《最重要》要検証──検証終了。

雄英高校ヒーロー科教員相澤、校長根津、ほか校外プロヒーロー三名による連名調書作成済

 

 『魔女=不吉の象徴』という非現実的な要素の再現。

 およそ半径一キロメートルの災難が自分に集中してしまう。(本人曰く『個性の制御で相当縮んだ』とのこと)

 一日分の小さく些細な不幸が、寄り集まって大きくなる。回数は最大で一日四回。日によっては危険度の高い事故等に巻き込まれる。

 皮肉にも、これの対処を続けた事で当人の判断力、対応力等が極めて高水準かつ、異常なレベルに至っている。

 

 (不幸例:就寝中、家屋に突っ込む軌道で暴走した大型トラックをふと起きて止めた)

   コメント:根津「ホントだよ! 信じてマジで! 嘘じゃないさ! いやアレホントどうなってるのマジで!?」

 

 

「根津校長のキャラが崩壊している件」

 

「……注目すべきところはそこじゃないぞ山田」

 

「だから本名はらめぇ! って……コイツで個性よりも注目すべきところってーー……あ"?

 

 

 

 

 

 『 特殊養護施設院『月見園』出身。 』

 

 

 職員室に備えられたアナログ時計の秒針が、音を立てること約10回。

 

 

「つ、月見園て……おいおいおいおい! 待て、マジかよおい! ここの出身者をこっちの都合で留年させちまったのかお前!?」

 

「ああ……どー説明したもんかなー。我らが御後輩には」

 

「あ、あー……そっか。彼女の……うっわぁ……御愁傷様、イレイザー。貴方、来年迎えられるかしら……」

 

 




読了ありがとうございました!


Q.境ホラは?
A.原作が鈍器すぎて息抜きしたいんです。書店ハシゴしても一発で見つかる分厚いノベルが見つからないんです……。


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MP1 入試試験の裏側で

ハーメルンの機能が色々追加されているようなので試験的に取り入れてみました。


 

 

 きんぐくりむぞん!

 

 ……マイク先生。いきなり『読め!』って言われましたから読みましたけど、これなんですか? 王紅……果物の銘柄かなにかですか?

 

 

 あと、なんでそんなにボロボロなんですか? え……リカバリーガール待ち? 今相澤先生が見てもらってるって……喧嘩でもしたんですか?

 

 

 

***

 

 

 

 ――八ヶ月。

 その時間が長いか短いかは人それぞれ異なるだろうが、濃密な内容を熟せば、基本あっという間に過ぎ去っていくだろう。

 

 一月一月を思い返す度に、遠い目と乾いた笑みを浮かべるほどの時間が、果たして『濃密』程度で済ませて良いのかどうかは定かではないが。

 

 

 

 

 

 

「一週間後の入試試験に参加……? え、私そこからやり直さなきゃいけないんですか?」

 

「ああ、違う違う。参加とは言っても受験生としてじゃあないよ。今のアンタが受験生に紛れ込んだら、本来の合格者が根こそぎ落ちちまうじゃないかい」

 

 

 言い方が酷い……と肩を落とすのは、最近雄英高校でもちょっとした話題になっている準生徒であった。

 

 美しい漆黒の髪は長く、後頭部に拳大の団子を作りながら太腿の半ばまで届いている。風に揺れればサラサラと靡き、櫛を通しても決して止まることはないだろう。

 黒曜の瞳は憂いと潤みを湛え、長い睫毛は艶めかしく。そして肌はきめ細かく、それこそ誰もが手を伸ばし触れたがるだろう。

 

 

 『美』を求める女たちが望むモノが、完璧な形で調和していた。

 

 

 ――『生まれる性別絶対に間違えてる』

 ――『男の娘の超進化系』

 ――『唯一勝てるのは胸の大きさ』

 ――『総受(意味深)』

 

 

 などなどなど。それを聞くたびに膝と手を突いて見事な『orz』を体現し、しかし不屈の魂で立ち上がってきた強者である。

 ……ならばせめて男らしい身体つきを、と結構ハードな筋力トレーニングを敢行し……クビレがより艶めかしくなっただけで再び『orz』。ミッドナイトが女として嫉妬すればいいのか教師として慰めればいいのか切実に悩んでいたのは余談でいいだろう。

 

 

「あの寝袋ミノムシや他の教師じゃなくて『保健医』のアタシがこの話持ってきたんだ。大体わかるだろう?」

 

「ええ、まあ……負傷した受験生の治療、ですよね? でもリカバリーガールがいるなら、それこそ必要なさそうな……」

 

 

 尤もな指摘に、しかしリカバリーガールは首を横に振る。

 

 

「実技試験に関しては雄英も可能な限りの対策はしてるけどね、やっぱり戦闘前提の試験さ――完全な対策は土台無理って話だよ。

 それに、受験生にとっちゃ今後の人生を決める大きな分岐点だ。大体毎年、しなくていい無茶やしちゃいけない無理をしちまう学生が数十から数百……ってね」

 

 

 そう言われ、昨年のことを思い出す。骨折やら裂傷やら、数十人が決して浅くはない怪我をしていた。

 

 

「そこで、アンタの出番さ」

 

 

 倍率300倍は伊達ではない。ヒーロー科は2クラス、約40席。単純計算でその一席を12000人が狙うのだ。競争は熾烈を極めるだろう。

 特に筆記試験で手応えのなかった者は、余計我武者羅に高評価を得ようと無茶をするのだとリカバリーガールはため息を零す。

 

 

「アンタには、受験生の中に紛れ込んでもらって『そういう無茶』をする生徒のサポートをしてほしいんだよ。

 試験終了後にはアタシも勿論出張るけど、流石にもう歳だから、あの無駄に広い試験会場は走り回れんさね。その点、アンタは空飛んだり瓦礫持ち上げたり色々できるだろう? 搬送ロボや救助ロボが行って戻ってくるより、ずっと手取り早い」

 

 

 歯に衣着せぬ物言いに苦笑を浮かべる天魔を見ながら、リカバリーガールはこの一年を思い返していた。

 

 

 留年判定を受け、高校内の色々な施設に入り浸り、様々な教師たちにマンツーマンでしごかれる毎日。

 少年が面白いように成長していくので教師共が加減を忘れ、割とガチな大怪我をしてリカバリーガールの元へ緊急搬送されてきたのは……いまから大体半年くらい前だったか。

 

 その時に回復魔法という個性応用が発動され、割とガチな大怪我から軽い大怪我にランクダウン。見事リカバリーガールも特別講師に名を連ねることになったのだ。

 

 

 ……全ヒーロー科教員(校長含む)を校門前に正座させて、二時間ほど説教したのはまだ記憶に新しい。それ以降『雄英の影の首領(ドン)』と要らぬ二つ名がついてしまったのは余談だろう。

 

 

 

(しかしまあ……難儀な個性さね)

 

 

 中国で発現した『全身が光る赤ん坊』。それを発端に世界へ瞬く間に広がった超常の力。それはここ日本でも例外ではなく、長い月日の中で多様な個性が報告されている。現在に至っては全人口の八割弱がなんらかの個性を持っているほどだ。

 

 その中で、リカバリーガールはおばあちゃんと言ってもおかしくない年齢であり、さらに『治癒』という個性から、普通の者よりもずっと多くの人と関わってきた。

 

 

 地形を軽く変えるような強力な個性から、そよ風を起こすのが精一杯な個性。体に動物や昆虫、神話上の生物の特徴を発現させる個性などなど、一つ一つ思い出していては数週間はかかるだろうくらいには関わってきた。

 

 

 そのリカバリーガールが、重いため息をついてしまうほど『難儀な個性』。

 

 そんな個性の持ち主が、この隣を歩くどう見ても傾国の美女にしか見えない少年なのだ。

 

 

「……?」

 

 

 だと言うのに、当の本人は平然けろりと日々を過ごしている。

 

 

 

 ……だからこそ、余計に気にかけてしまうのだろう。

 

 彼の人生が、あまりにも熾烈極まりないものだったが故に。

 

 

 

 万能な強個性。それを殺して有り余るデメリットとでもいうべき不幸集中体質。

 

 ……生みの親は愛する我が子を守ろうと……する素振りも見せずに海外へ失踪した。

 

 その後数年間、日本中の孤児院を転々としている。長くても半月――短ければ、わずか三日で移らされていたという記録が残っている。

 「200を超えてから数えてませんよ」と本人は軽く笑っていたが、聞いた側は苦笑すらできなかった。

 

 さらに、強個性とその美しい容姿も相まって、人攫いや人身売買の組織に狙われたことも一度や二度ではない。

 

 

 

(よく擦れもしないで、これだけ真っ直ぐに育ったもんだよ)

 

 

 

 ――16歳。

 

 多感な時期で、反抗期になっていてもなんらおかしくはない年齢だ。

 

 しかも、親に捨てられ、社会からも爪弾き同然の仕打ちを受けて、大人たちの理不尽な悪意に晒されてきたのだ。にも関わらず、それでもなおヒーローを目指そうとしている。

 

 

 ……基本お人好しなヒーローが教員になっているのである。親身になりまくるのも、まあ致し方ないだろう。

 

 

 

 

 

 ……その上、と。顔色を若干青くしながら数年前を思い出す。

 

 多くのプロヒーロー、及び業界関係者を卒業生にもつ名門、雄英高校。世界的に有名な現No1ヒーロー、オールマイトの母校でもある。

 

 その輝かしい歴史の中で真逆――『最たる悪童』と呼ばれた、一人の女生徒。

 

 

 現役プロヒーロー『クリムゾンローズ』

 

 『薔薇』を個性としながら、硝煙と紫煙と血の匂いをばら撒くヒーロー界随一の戦争屋。「個性を大っぴらに使えるから」という理由でプロヒーローの資格を取り、フリーのヒーローとして敵を蹴散らすアングラ系ヒーローだ。

 

 そんな彼女の古巣であり、そして卒業後の支配下である『月見園』の出身者。

 

 一般では受け入れられない孤児を一手に引き取る孤児院、と言えば聞こえはいいかもしれないが、彼女が在学中に巻き起こした騒動を知るリカバリーガールがそれを鵜呑みにできるわけがない。

 

 

「……どうしてそんな人生でこんなマトモに育ったのかねぇ」

 

「……どうしていきなり人生否定されたんですかねぇ」

 

 

 シミジミ語る老婆にシミジミ返す魔女。リカバリーガールの呟きはいきなりだが、もう何度ものことなのでいいかげん慣れていた。原因もわかっている上に納得もしている。

 

 『上の兄姉がヤンチャやりまくってた学校に弟妹が入って微妙な空気』の重症版である。教員も基本的に雄英高校のOBやOGなので、ある意味で他人事じゃあないのだ。

 

 

 

「――とりあえず、入試試験の参加に関しては了解しました。あ、コスチュームとかの使用は?」

 

「使えるわけがないだろう。受験生に紛れ込むんだよ? どこにサポート会社が本気で作ったコスチュームを持ち込んでくる受験生がいるってんだい」

 

 

 ですよねー、と軽く返し、しかし思考を早める。

 

 猶予は一週間……頑張れば間に合う、と結論を出した天魔は、今日のノルマに向かうのであった。

 

 

 

 


 

 

 

「hahahahaha! 私がー……っ、畏まりつつ来た!

 

 あ……失礼しました。私、新年度から教鞭をとる事になりました、オールマイトと申します。教育者として至らぬ点ばかりでしょうが、精一杯勤めたいと思いますので、御指導御鞭撻のほどをよろしくお願いいたします」

 

 

 そしてやってきた試験当日。受験生が筆記試験会場で神経を尖らせている中で、ヒーロー科教師陣は最終準備を終えてその時を静かに待つ――

 

 

 

 

「……あ、あの、すみません。私は先生じゃなくて、生徒です」

 

「……え?」

 

 

 ……はずだった。

 

 

 身長220cmの筋肉の巨人が、腰を九十度近く曲げて礼。

 

 その先にいたのは、近代的なサブカルチャーのそれではなく、古来の伝承に描かれていそうな重厚な黒のローブを纏った早乙女 天魔であった。

 

 

「……オールマイト? 君、僕の話を聞いてなかったのかい? 説明したよね、『試験中に治療関係で協力してもらう生徒がいるよ!』って。彼がその早乙女 天魔くんだよ」

 

「す、すみません! いえ、勿論聞いていましたし覚えてもいましたが、その、随分大人びていたもので、若手の先生かと! ん……彼? いや、彼女ではないのですか……?」

 

 

 

 ――ドサッ。

 

 

 

「ああっ、さ、早乙女が鬱に!」

「気を確かに! 自分をしっかり持つんだ早乙女君!」

 

「……No1ヒーローに、女子扱い……? つまり、女子として、全国認定されちゃった……? ふふ、ふふふ、あはは……」

 

「マズイゾ重症ダ! リカバリーガール! リカバリーガールハドコダ!?」

 

「オールマイト! この子を女の子扱いはガチでNGなのよ!? はい、リピートアフターミー! 『早乙女天魔は男の娘』!」

「い、イエス、マム! 早乙女天魔は男の子!」

 

 

「なあイレイザー……ミッドナイトの言い方にそこはかとない違和感を感じんのは俺だけかYO?」

 

「気にすんな。気のせいだ。……初対面で紹介無し、しかもあの格好なら誰でも間違えるだろ」

 

 

 ちなみに、彼がコスチューム作成の際に要望書に書いたのは『露出は最低限・体のラインが出ないように』だけ。

 

 後は、3Dスキャンで測った大まかな体型と顔写真だけ。デザイナーはその難題に逆にやる気を滾らせた。そして、そのデザイナーは大の少女漫画愛好家であったのだ。

 あとはもうお分かりだろう。性別をガン無視したデザインは、見事に『少女漫画に出てきそうな麗しき黒の魔女』を作り上げたのである。

 

 体のラインを隠すための豊富な布量は、しかし高い位置にある腰の上で幾重にも巻かれたベルトがクビレを作り、全身の細さとしなやかさを見るものに妄想させる。

 肌色が見えるのは広い袖の中からギリギリ見える指先と、首から上で、要望はしっかりと守られているが……チラリと見えた鎖骨に親指を立てたミッドナイト曰く『敢えて見せない事で逆にエロスが溢れている』とのこと。デキる女の上級テクニックらしい。それを聞いて天魔はまた鬱った。

 

 

(……これが見た目だけだったなら、要望を密に書いて交換すればいい話なんだろうけどな)

 

 

 残念ながらその黒魔女のローブ、見た目以上に性能がいいのだ。

 

 対◯◯な耐久性の糸を幾重にも幾重にも複雑に編み込んだ布は、デザイナーの個性と屈指の織布技術で滑らかな上質な絹を思わせるほどの手触りと上品さを実現した。

 性能に比例して製作費がとんでもねぇことになったが、幸か不幸か、デザイナーが所属する会社の社長も少女漫画愛好家だったのでゴーサインが発令。一着で最上級のお着物が購入できるヒーローコスチュームが完成したのである。

 

 

(……値段聞いた後の早乙女の回避能力が格段に上がったからな。一概に不合理とも言えん)

 

 

 「早乙女天魔は男の子っ!」「早乙女天魔は男の子! Hey!」と手を叩きながらコールし始めた教師一同を白い目で見つつ、ノリ出したマイクの背中に一撃を入れる。

 

 

「暴力反対ぃ!」

 

「そろそろ実技試験の説明だろうが。お前はさっさと会場行け。

 ――早乙女も『認めろ』とは言わないが、もういい加減慣れろ。個性に『女』が付く異形系である以上、外見で女性と判断されるのはしょうがねぇだろうが」

 

「不意打ちは、まだちょっとキツイです……」

 

「『Plus Ultra』だ。乗り越えろ。あと、お前もそろそろ準備しておけ。

 ――オールマイト。実技試験は相当慌ただしくなります。数百人いる受験生一人一人の行動を精査していくわけですから。……和気藹々は、試験終了後にお願いします」

 

「は、はいっすみませんでした!」

 

 

 ズバズバと気持ちがいいほどに言葉のメスが切り込まれ、場に程よい緊張感が出てくる。

 

 そして相澤はチラリと視線を根津に送り……察した校長は満足そうに頷いた。

 

 

「それじゃあ皆、各自持ち場についてくれ! 未来のヒーローたちを、しっかりと見極めようじゃないか!」

 

 

 

 

 

 

 

「ところでイレイザー。早乙女くんだけど、コスチュームは良かったのかしら」

 

「本人曰く、『まず問題ない』そうです。一週間もありましたから、何かしら()()したんでしょう。あいつは不確かなことなら言いませんから、問題はないはずです」

 

(つまり……とくに確認しないで許可したってことよね? 教師と生徒の揺らがぬ信頼関係……っ! こういうのもいいわ好み!)




読了ありがとうございました!


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MP1.5 実技試験の直前で

短い上に進行なし。説明回!


 『魔女とはなにか』

 

 

 

 自分の個性『魔女』を自分なりに理解しようとした時に、殊更難解だったのが『自分がどの解釈の魔女なのか』という点。

 

 

 ぱっと思いつくイメージでは

 

『黒いローブと、黒いフードor先の曲がったトンガリ帽子』

『箒に乗って空を飛ぶ』

『呪文を唱えて魔法を使う』

 

 という、なんとも頼りない先入観。女性である要素がなくて『魔法使い』でも通用しそうな感じがして余計に『なんで女の一文字組み込ンジャッタノ……?』と鬱になりそうだったので調べました。

 

 そしたらまあ……調べれば調べるほど出てくる出てくる。多いんですよねえ、魔女『的ななにか』。

 

 

 魔女の前に何かしらの『色』がついたり、『ッ子』と後ろについたり、前後に分けて間に『法少』になったり。ああ、メカメカしいあれこれを付けて砲撃ぶっ放すジャンルもありましたね。

 

 お姫様関係では毒林檎を作った鷲鼻の老婆や、カボチャの馬車とガラスの靴の製作者。

 

 パン屋さんで宅急便や、異界で神様相手の湯屋経営者も有名どころですかね。

 

 

 悪い魔女も良い魔女も、盛り沢山でした。

 

 なので好きなように解釈して、良い魔女になりましょう。なるべくヒラヒラしてない系で。

 

 

 調べていく過程で、魔女の歴史にも触れました。

 その起源を調べた時には出てきたのは『超自然的な力を、儀式を用いて行使する』という定義文献。悪魔と契約した女ともありましたね。

 

 魔法陣はまだいいですけど……小動物の死体とか人間の頭蓋とか心臓とか、準備段階で犯罪者(ヴィラン)じゃないですかやだー。

 

 そして、魔女の歴史を語る上で外せないのは、中世あたりのヨーロッパで行われた『魔女狩り』。男女問わず多くの方が犠牲になったようですが、一説には異教徒狩りの建前だとかなんとか。

 

 

 ……ええ。絶対に良い魔女になりましょう。火炙りとかダメです。カボチャのリムジンと超強化ガラスの靴を作れるようにならなくちゃ……!(本気)

 

 

 

 

 では次のお題。

 

 『魔法とは』――なんですが……正直、色々な個性が溢れまくった現代社会で魔法とか言われましても……と、考えていました。

 

 実際 『炎を操る』とか『体を巨大化』や『植物の操作』って、無個性の人から見たら魔法でしかないでしょう?

 

 

 これもぱっと思いつくイメージでは

 

 

『某有名ゲームの多様手段』

『某有名映画の詠唱ありきの多様手段』

『etc』

 

 

 くらいで……ええ、途中で投げましたよ。多過ぎるんですよ、魔法のイメージ。

 

 それでも個性が発現して、容姿が激変したその時から……自分の中に不思議な力を感じました。ああ、これがMPとか魔力なんだなーって。

 

 

 

 

 ……その不思議な力を、どう使えばイインダロー……?

 

 

 

 

 『自分の取扱説明書』をあれほど切望した瞬間はありませんでした。今でも若干欲しいです。

 

 ゲームのようにコントローラーがある訳でもなく、自分の考えたオリジナル呪文とか、唱えた瞬間黒歴史登録待った無しですよ。

 

 親居なくなるとか施設たらい回しとか気にしてる場合じゃねぇんですよ日に4回の不幸乗り切るのに必死なんですよ大型トラック突っ込んでくるのが軽いって言ったら相澤先生にドン引きされました解せませんそろそろ隕石とか来そうでうわこれが田中くんの言ってたフラグってやつですねわかります

 

 ――話が微妙に逸れてしまいました。あ、元気にしてますか田中くん。貴方が教えてくれたゲームとか漫画の知識は本当に助かってます。

 

 

 

 

(命がけ、でしたからねぇ)

 

 

 毎日待った無しでやってくる不幸。四の五の言ってる暇はなくて。

 

 それ以上に自分の不幸で、周りに迷惑をかけるわけにはいかなくて。

 

 

 『止まれ』というイメージで、止めたいものへ物凄い突風が向かい風として。

 『止まれ』というイメージで、止めたいものの運動エネルギーが真逆に働いて。

 『止まれ』というイメージで、止めたいものの周囲の空気を完全に固定した。

 

 

 思考を早く、イメージを詳細綿密に。より少ない力で、最大の効率を。

 

 科学と化学と数学を叩き込んで。物理と定理と方程式を刻み込んで。

 

 

「《エアムーブ》」

 

 周りの空気を操作し固定。ゆったりしたコスチュームは、シルエットだけなら動きやすそうな形に。

 

 そこに――

 

 

「《イリュージョン》」

 

 

  光の屈折率を変化させる。見た目の質感が変わり、市販の安っぽい黒ジャージにしか見えないでしょう。触ったりしなければまずバレないはずです。

 

 

「……よし、成功ですね。一週間の即席なら、これで十分でしょう」

 

 

 改良の余地多数。試験終了後に要考察、と。

 

 

 ……ああ、すみません。『魔法とは』でしたね。

 

 

 A『自分の中の不思議なエネルギー』をB『イメージ』に流してAB『現象にする』。

 

 ABを大きくしたいなら、AかBの値を大きくする。でもAには『一度に使える量』とそもそもの『限界容量』があるので、基本的にはB……イメージが重要となるわけです。

 

 

 

 だから『できない』と、一瞬でも思ってしまったら、何もできなくなる儚い力。

 

 

 故に、敢えて言いましょう。私の個性は『魔女』。魔法を使う女。

 

 

 

 ――『できない事は、あんまり無い』

 

 

 

 ……本当に、なんで女性の要素組み込んじゃったんですかねぇ……?

 

 

 

***

 

 

「……あのレベルで服を隠せるなら、顔もそれらしく見せられるだろあいつ」

 

「あ、指摘しちゃダメよイレイザー。『どう見てもクールビューティーなのにちょっと天然な男の娘』とか超希少なんだからね!?」

 

「不合理極まりねぇなおい……」

 

 

***

 

 

 

『――オーケイ受験リスナー! 本日は俺のご機嫌なライブへようこそ! エブリバディセーイッ? 』

 

(……失敗したぁ……!)

 

 

 何やらご機嫌なDJの声が聞こえるが、残念ながら今の天魔はそれどころではない。

 

 プレゼントマイクによる、これから行われる実技試験の説明。いくらサポートとして参加するとは言え天魔は学生。情報漏洩やら機密保持のため、試験の詳細は一切知らされていなかった。

 

 『去年の反省点()()は活かせるようになってる()()()』とは不満そうな相澤の言である。

 

 ……内容を知るためには、当然天魔も説明会に参加する必要がある。受験生全員が未だそれぞれの学生服のままである会場に、一人準備万端のジャージ姿で現れてしまったのだ。

 説明が始まるまで、視線が一気に集中したのは言うまでもない。いまでもそこかしこからチラチラと視線が向けられているのである。

 

 

 ――な、なんやあの美人さん。一人だけ画風が他と違うんやけど……!

 ――そのファスナーをあと10センチでいいから下ろせよおらぁ! 下はスパッツだ絶対にぃ!

 ――こんだけ視線向けられてるのに態度変わんないとか、超ロックじゃん。ま、まあトータルで完敗だけど、胸なら……!

 ――雄英女子レベル高ぇと思ってたらボスがいやがった!

 

 

(もうやだおうち帰るぅ……)

 

 

『(ウッハ、目立ってんなぁ早乙女w)……結構なお手前のシヴィー! だが気にせず実技試験の説明していくぜ! まあ手っ取り早く手元の資料を見な!』

 

 

 すでに、というよりも大半の受験生がそれを確認していたのだろう。紙をめくる音は殆どしなかった。

 

 

『リスナーたちにやってもらうのはぁー……デデン! ヴィランロボを相手にした戦闘試験! 市街地を想定したフィールドに、三種類のヴィランロボが徘徊している。それぞれポイントがあり、撃破したポイントが多かった上位者が合格となるって寸法だ!』

 

(ん……あれ? これ去年と同じですね。三種類なのにシルエットが四つあるところも……ということは、今年もあの大きいのが出るんですか)

 

 

 1〜3の有ポイント。数字が大きいと強く、逆に1なら個性なしでもなんとか撃破できるレベル。

 

 

 そして、0ポイント。相手をするだけ無意味なイレギュラー。マイク的通称『ドッスン』。

 ――の説明が、メガネの受験生に指摘されて行われる。

 

 

 ……目の前の席から飛び上がるように起立&挙手されて、ちょっとビックリしたのは内緒。

 何やら呟いていたらしい注意された暗い緑色の髪の受験生と一緒に心拍を抑えつつ、天魔は去年との差異を探した。

 

 

『試験中は基本的に()()()()()()()。だが、他のリスナーへの明確な攻撃は一発アウト! ヒーロー目指してんだから当然だな! 建物への被害は減点になるから要注意だぜー!?

 説明は以上! 各自、自前の運動着に着替え指定された試験会場に移動しろよ! そして最後に……!』

 

 

 

 気のせい……ではないだろう。ニヤリと笑ったプレゼントマイクのサングラス越しの視線を、天魔は感じた。

 

 

『――挑み行く君達へ。先人の言葉と、我が雄英の『校則』を贈ろう』

 

 

 

 

かの英雄、ナポレオン=ボナパルトは言った!

 

 

 声が、叩きつけられる。

 

 

 ――『真の英雄』とは、人生の『不幸』を乗り越えていく者だと!

 

 芯へ、心の底へと。強く、強く。

 

 

  さあ、難題を超えろ! 夢をその手に掴む第一歩が、今日この時だ!

 

 血が巡り、熱を持つ。

 

 

 

 

 Plus Ultra(さらに向こうへ)』――それでは、諸君…… !

 

 

 息を呑む。体が浮き、自然と前へ傾いた。

 

 

 

 

 ――良い受難を――!

 

 

 

***

 

 

「……結局、去年との違いってなんなんでしょう……?」

 

「え? 俺の魂込めたエールだけど」

 

「……え?」

 

 




読了ありがとうございました!


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MP2 どこかの施設と、試験開始のその場所で

オリキャラ(イメージ元あり)登場します。


 

 

 ゆらり、と火を点けたばかりのタバコから、一筋の紫煙が登る。

 

 副流煙と呼ばれるそれは、しかしすぐに吐き出された主流煙に飲み込まれてしまった。

 

 

「あーあ……クッソつまんねぇなぁ……」

 

 

 気怠そうに、やる気なさそうに呟かれたのは、少し低い若い女の声だ。

 癖の強い金髪の色合いは少し不自然で、染髪料か何かで染めているのは誰が見ても明らかだろう。

 

 薄くなっていく紫色の煙を見つめる瞳は、髪と同じく金色。しかし、こちらは深く綺麗な色合いの虹彩から天然物だとわかるだろう。ーー残念ながら、胡乱げ極まりない状態なので果てなく淀んでいるが。

 

 

 ……その部屋の扉が、建てつけか年代か、とにかく軋みを上げて開いた。

 

 

「……タバコは止めんが、せめて真っ昼間から酒はやめろ」

 

「うるせぇ黙れ。やめさせたきゃ厄介ごと百や二百、持って来やがれってんだ」

 

 

 入ってきて早々呆れたような注意をしたのも女だった。こちらも若いが、達観がいき過ぎて老練な声をしている。

 間をおかず黙らせ、金髪は瓶から直接酒を呷る。酒臭い息をブハッと吐き出し、またタバコを吸って紫煙を吐き出し……。

 

 不摂生極まりない生活習慣の縮図を体現していた。

 

 

「……これで世間じゃプロヒーローの一人だというのだから、世の中間違ってるな」

 

「はっ、ライセンス剥奪されてねぇんだから別にいいだろ? なんなら『返上しますぅ』って委員会に送ってみるか?」

 

 

 返答はため息。

 ……返上したところで、彼女の場合はすぐさま再交付されるだろう。それだけの実力と実績が彼女にはある。

 

 ソファーに寝転がる金髪は、燃えるように赤いレディーススーツを盛大に着崩している。平均を軽く超える胸を支える黒い布が僅かに見えるほどにだらしが無い。

 

 

 注意を諦めたもう一人の女は、向かいのソファーにドカリと腰を下ろした。白いワイシャツに黒のスラックスーーだが、ワイシャツのボタンは上下ともになかなか深い位置まで開けられて、金髪同様に豊かな肢体を晒している。

 だというのに、こちらも色気に繋がらない。どこか排他的な……アウトローな雰囲気が強かった。

 

 

「おい、それアタシのタバコだろうが」

 

「それを言うなら、その酒は私が買ったものだ」

 

 

 金髪沈黙。道理で美味い訳だという言葉を飲み込み、知らん顔を貫いた。

 

 やれやれ、と言葉では勝ったものの金銭的な損得では負けた女は、苦笑を浮かべてタバコに火を点け、煙を吐き出す。

 

 タバコの先の鈍い橙色。自分の髪と同じ色を眺めながら、呟いた。

 

 

「ーー確か、今日だったか」

 

「あ? 何がだよ? 今日は依頼も何も入ってーー」

 

「雄英の入学試験」

 

 

 答えた途端、一気に空気が重くなる。気のせいだろうが、昇る二筋の紫煙が僅かに揺れた。

 

 

「……。あー、ああ、そうか。ふーん……」

 

 

 ニタリ、と。タバコを噛む口が弧を描いた。

 

 意外にも白い歯を見せ笑う様は、金髪の世間の上位に軽く食い込む容姿も相俟って、さぞ映えることだろう。

 

 

 ーー金眼を闘志と苛立ちに爛々と輝かせ、咥えたタバコの食い千切らんばかりに噛み締められた口元が無ければ、の話だが。

 

 

「はあ……もう半年以上も前のことだろ? もういい大人なんだ。いい加減に区切りを付けろ」

 

「うるせぇ黙れぶっ飛ばすぞ。こちとら一分一秒も我慢できねぇってのにあの野郎、一年だぞ? 一年も延長とかマジでふざけてやがる。延長料金ふんだくるぞあのホームレス擬き!」

 

「……年齢も、キャリアも向こうが先輩だ。ここではいいが言葉には気をつけておけ。あと、 もう前に盛大にぶっ飛ばしただろうが」

 

 

 相手の苦手分野を徹底的に押し付けた上での()()()。それは、八つ当たりと憂さ晴らし以上の何事でもない、生産性と将来性のカケラもない戦闘訓練だった。

 

 ……大きな舌打ちを一つ。怒りが再燃したが、手打ちとしてしまったため向ける矛先がない。眼光が鋭く血走るが、それだけだ。

 

 

「……おい。天魔から連絡は?」

「ん? ああ、週一の定期連絡くらいだな。便りがないのはなんとやら、ってな。……なんだ? 心配か?」

 

「はぁ? 何言ってやがる。

 

 

 ()()()()()()()()()()? アイツはアタシの可愛い可愛い弟分で、アタシの将来設計の根幹なんだぜ?」

 

 

 

 笑う。笑う。

 

 獰猛に可憐に。夢見る乙女のように、しかし獲物を前にした獅子のように。

 

 

「アイツの近くにいるだけで毎日が厄介事のオンパレードなんだぜ? 気を抜いて酒飲む暇なんかない……! ああ、さいっこうじゃねぇか!

 

 ーーしかも男なのに男臭くない!」

 

 

 片腕を動かした反動だけで、寝ている体をソファーに座らせた金髪。気分が高揚しているのだろうか、瞳は潤み頬に朱がのった。

 

 また始まった、と対面に座る女は、苦笑を浮かべながら一吹かし。

 

 

 

 ……金髪の名は、野咲 紅華。かの雄英高校のOGにして、最たる悪童とまで呼ばれた元・超問題児である。

 

 現在はヒーロー名『クリムゾンローズ(赫薔薇)』で登録・活動する現役プロヒーローだ。

 個性はヒーロー名の由来となった『薔薇』。主に制圧専用の銃火器と肉弾戦で敵を蹂躙することで有名な超戦闘系ヒーローだ。

 

 薔薇の個性持ちなのに薔薇の香りが大嫌いであり、自身から常に湧き立つそれをタバコと硝煙で打ち消している。

 個性が花であるからかどうか定かではないが、嗅覚が常人よりもはるかに優れており、何よりも異性の体臭が薔薇の香りと同様に大の苦手。

 

 

 そしてなにより……生粋のトラブルメイカーにして生来の戦闘狂。

 

 

 まだ24という年齢ながら蹂躙した敵の数は数知れず。高笑いとともにこの上なく楽しそうに蹂躙する様からついた二つ名も数知れない。(クレイジーローズ、ブラッドローズ等)

 

 メディア露出を忌避するため知名度は低いが、知る人ぞ知るというヒーローである。

 特に組織立った敵連中には要警戒ヒーローにリストアップされ、No1ヒーロー『オールマイト』とは違う意味で犯罪抑制に一役買っている。

 

 

 そんな彼女が数年前……プロデビュー直後に拾った、一人の少年。

 

 敵組織に拉致され、研究材料か被験体か、はたまた下劣な欲望の捌け口か。その直前にいた、後先のない子供。

 

 

 ーー鉄格子の向こうから見上げてきた、鎖と枷で雁字搦めにされた弱いはずの存在は、しかし何一つ諦めていない強い信念をその黒曜の瞳に宿していて。

 

 

 

 

 『欲しい』と、人に対して、あまり向けてはよろしく無い感情が溢れた。

 

 

 

 

(あと三年……いや、仮免だけなら今年で取れんだろ。雄英の教員共にタイマンで扱かれたってんなら、天魔ならまず確実にやれる。内容が変わってねぇなら、職場体験とインターンで引き込めるが)

 

「それじゃあ遅ぇな……今のうちから仕掛けるか? 他所の連中が目ぇ付ける前に、アタシのモンだって印でも付けとくべきか」

 

「鏡を見てこい敵顔。あと発言も色々と(アウト)だ。それに……『私たちの』だ。勝手に独占するなよ紅華。

 アイツの成長を待ってるのは、何もお前だけじゃないんだ」

 

 

 タバコを咥えながら、ニヤリと笑う橙色の髪の女。

 

 ……彼女の来歴は紅華とほぼ同じである。同年齢の雄英のOG、現役プロ。強いて言うならば彼女のクラスメートであり、委員長と問題児として在学中は睨み合い殴り合った仲だ。

 

 彼女の名は人成 橙子。人形を作り操る個性『ドールマスター』。

 

 同名でヒーロー登録しているが、コスチュームやサポートツールの開発を主な活動としているため、ヒーローとしてはほぼ無名である。

 ……ヒーロー科をトップクラスの成績で卒業しながら、なんの躊躇いもなく別の道に邁進する。紅華とは方向性は違うが、彼女もある意味で雄英の問題児であった。

 

 

 

 ニヤリとニタリ……敢えて言うが、どちらもヒーローが浮かべて良い笑みではないのは確かだ。

 

 二人とも顔も体型も優れているだけあって、悪の女幹部感が半端ではない。

 

 

 

 

 

 二度三度と言葉の応酬が続き、そして酒盛りが始まり……卒業した弟分をどうするか、という話題で盛大に盛り上がるのだった。

 

 

 

***

 

 

Q.ちなみに模擬戦の内容って?

 

A.俺が『周囲に遮蔽物の一切ない拓けた場所で30m距離開けた状態で開始』。マイクが『市街地で自由スタート』だ。

 苦手どころか致命的な悪条件を容赦なく突きつけて来る辺り合理的なんだが……流石に、ミニガン(強化BB弾。痛い)と対物ライフル(ペイント弾。かなり痛い)をドヤ顔で構えた瞬間は俺も引いたぞ。

 

 

Q. あ、それならまだ優しいほうですね

 

A.……は?

 

 

***

 

 

 

 ブルリ。

 

「うぅ……やっぱり、まだ少し寒いですね」

 

 

 少し強めに吹いた風に身を竦ませる。春が近いとはいえ、コートと防寒具がまだ必要な季節だ。高性能なコスチューム(現在ジャージ外見)だが、防寒防暑性能はほとんど無いので正直かなり寒い。

 しかしそれは彼だけのようで……試験開始を緊張した面持ちで待っている受験生たちは寒さどころではないようだ。

 

 

 その中で、一際ガチガチに緊張している生徒がいた。

 

 

「さっきの緑髪君……?」

 

 

 試験内容を聞いてブツブツ呟きだしてメガネ君に注意されていた少年だ。キョロキョロと見知らぬ場に放り出された小動物のように落ち着きがない。

 

 あれでは転ぶ。そうでなくとも、きっと無理をしてしまうだろう。

 

 

 ーー私の役目は『試験中の陰からサポート』でしたっけ。

 

 

 試験開始前は、まあ、自由時間だと思われる。

 

 

 

「……緊張しすぎですよ?」

 

「ひっ!? は、はイ! すみませんっ!」

 

 

 音速で振り返って高速で直角腰曲げ謝罪。注目集めるなぁと苦笑しながら、つい最近同じような礼をされたような気がする。

 

 

 ーーしゃ、喋った……!?

 ーー想像よりちょい低いけど……イイっ!

 ーー意外と気さくだと……ッ

 

 

「(あれぇ? 原因私っぽいですね)……いえ、こっちこそいきなり声かけてしまってすみません。でも凄い緊張してたみたいなのでつい……」

 

 

 ごめんなさいね、と伝える様に苦笑する。

 

 ……クセ毛の元が、真っ赤になった。癖っ毛を葉とするなら幹が染まった感じだ。

 

 

「では、少しありきたりですが、上を見てください」

 

「う、うぇ!? は、はい!」

 

 

 ビシッ(気を付け)バッ!(顔を真上に)。

 

 どこの軍隊の上官と新兵だよ、というツッコミはやめてあげてほしい。

 

 今まで女子とろくに会話をして来なかった少年が、超で絶が付きそうな年上系美女(しかし男)に親しげに声をかけられているのだ。

 

 

「(この子さらに緊張してませんか……?)空を見て、雲を見てください。それを意識したら目を閉じて、大きく深呼吸です」

 

 

 それを聞いて、天魔が何をしようとしてるのか理解したのだろう。言われた通りに、自分を落ち着ける様に呼吸を深く、大きく。

 

 

「『心身統一』」

 

 

 個性発動。イメージは『荒れて落ち着きのない水面』、それを『さざ波一つない鏡面のような水面』にし、それを『心と結び付ける』。

 

 天魔が翳した右手がほんのり暖色系の光に包まれる。それが深呼吸する彼の体に移り、その全身を一瞬包んだ。

 ーー混乱を落ち着かせ、過度な緊張を和らげる魔法だ。敵被害・自然災害に巻き込まれた市民を落ち着かせるために天魔が考案したものである。

 

 

「……え? これ、今なにを……?」

 

 

 ガチガチだった体は自然体へ。挙動不審だった行動は、本人がそもそも小心者気質だったのか大して変わっていないが、それでも随分マシになったほうだろう。

 

 

「ふふ。緊張は解けましたか?」

 

「今のは明らかに普通じゃない落ち着き方だった。目を閉じていたからわからなかったけど全身を何かが包むのも感じたし……個性? 「あのー?」

 だとしたら一体どんな? 精神を落ち着けるのか感情をコントロールできるのか、前者でも後者でもどちらにしろ凄いぞ。「もしもーし?」

 避難誘導には冷静さは何より重要だし、感情をコントロールできたらヴィランの沈静化だってできるかもしれない……あ、あの!」

 

 

『はいスタートぉ!』

「あ」

 

 

 ガパァ! と豪快に、幅だけで10mはありそうな金属の門が開く。

 

 天魔と、天魔に対し何かを聞こうとしていた彼を含めた百名を超える受験生が頭上に『?』を浮かべながら、扉の向こうに広がる市街地を見ていた。

 

 

『スタートだスタート! 丁寧に位置についてーなんて言わないぜ!? ヒーローはいつ何時でも咄嗟に行動できなきゃな! さあ走れ走れ! 賽はとっくに投げられてるぜリスナー共!』

 

 

 試験官であるマイクの声を聞いて我に返った受験生たちが一気に市街地へ流れ込む。

 

 

 数秒としない内に、その場に残されたのは二人だけとなった。

 

 

「あ、わ、しまった出遅れた!? あの、すみません! 僕も行きます! あと、本当にありがとうございましたー!」

 

「(律儀ですねー)ええ。行ってらっしゃい。気を付けてくださいね?」

 

 

 遅れを取り戻そうと猛然と走り出し、しかし即座に急停止。振り返って深々と頭を下げてお礼を言って、再び駆け出した。

 

 その様子を微笑ましそうに見つめ、手をヒラヒラと振って送り出す。その姿は『素直で元気な愛息子を送り出す母親』以外のなにものでもなかった。

 

 

 

『あー、んんっ、そこの『黒髪の受験リスナー』、お前もスタートしろよー』

 

「あっ」

 

 

 彼のスタートは、受験生の誰かが一番乗りで有ポイントロボを撃破したのと、同じタイミングだったそうな。

 

 

***

 

 

「……実家のお母さん思い出したわ」

 

『はは、実は僕も』

 

「私モダナ。……(カノ)……イヤ、(カレ)トハ、似テモ似ツカナイノダガ」

 

「ハハ! 実は僕もさ!」

「「「いや校長のは絶対嘘だ」」」

 

 

 

 




読了ありがとうございました !


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MP3 実技試験はドタバタで

書き終えてからの全消。

……久々のやらかしでしたのでダメージが大きかったデス。


 

「やべぇ! ビルの外壁が崩れたぞぉ!?」

 

「はいはい、っと」

 

 

 

「ちょ、ロボ吹き飛ばし過――きゃあ!?」

 

「ほいほい、っと」

 

 

 

「そんな個性をこんな密集地で使うなぁぁああ! あ、ちょ、待っ……!」

 

「よいしょ、っと」

 

 

 

「いやぁあああ!! 母ちゃんゴ◯ブリぃぃいい!」

 

「すりっぱ、っと」

 

 

 

「――……!」

 

「……」

 

 

 

「」

 

「」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さすがにこれいそがしすぎじゃありませんか?」

 

 

 

 

 

 2メートルほどの黒い棒のようなものに腰掛けて空を飛び、上品な装飾を施されたタクトを構える姿は、正しく童話に登場する麗しき魔女そのものだった。

 

 ……残念ながら度重なる急行案件で疲労が溜まりに溜まり……声に力なく、某動画投稿サイトに出現するゆっくり喋る何某のよう。その背中もどこか煤けたように見えた。

 

 

 飛んでいる高度は、ビルの高さのおよそ二倍。そこから一望できる市街地フィールドの彼方此方で、乱闘でもしているのかという騒音が今でも聞こえる。

 試験も中盤を過ぎており……ラストスパートでポイントを稼ぎに奔走しているのだろう。

 

 

(大袈裟だと思っていたんですが……リカバリーガールが正しかったようですね)

 

 

 無理して無茶をする受験生。だが、当人たちは無茶をしている自覚は殆どないのだろう。

 なにせ、受験生のほぼ全員が、周りを全く見られていないのだから。

 

 ――現代社会において、個性の公的使用は原則全面的に禁止されている。小中学校で最低限の個性制御こそ練習するが、言ってしまえばそれだけなのだ。

 特殊な家系でもない限り、屋外・広い場所で個性を使う機会などまず無いと言っていい。そして当然、実戦を意識して個性を使った経験など皆無なのだ。

 

 

 そんな受験生が全体の九割を超えている。阿鼻叫喚の世紀末一歩手前の群雄割拠。もう訳がわからない。

 天魔も、去年一般入試で雄英を受けて合格しているので、この光景を見ているはずなのだが ……「ここまで凄かったかなぁ?」と首を傾げていた。

 

 

 

 

 『意図的に他の受験生を妨害したら一発退場(アウト)』……最初の四字が無ければ、もう試験は終わっていたんじゃないかと思えるほどの状況であった。

 

 それに――ごく少数ではあるが、『偶然妨害してしまった』回数がやたらと多い受験生もいる。

 

 

 

 

(……まあ、その辺は先生方が判断することですか)

 

 

 気分やら機嫌は当然良くないが、合格の是非を決めるのは自分ではないと割り切る。

 

 それに、たとえ合格できたとしても、待っているのは更に厳しい先生方の『査定』だ。特に天魔はその前例を目の前で見ていたので、ある意味で信頼をしている。

 

 

 

 

「さて、と。私もおつとめおつとめっと。

 

 ん?」

 

 

 見付けたのは、眼下。

 

 ビルとビルの間に走る、迷路のような路地の先。『チンピラが集まりそうな犯罪誘発環境』として再現された行き止まりで、二人の女子が複数のヴィランロボに追い詰められていた。

 

 どこかカエルを連想させる少女は足を怪我しているのか、右足を引きずっている。その彼女の前に、耳朶がコードのように伸びている少女が庇うように立っていた。

 

 ジリジリと距離を詰められて、もう後がない。

 

 

 

「けろ……もういいわ。貴女だけでも逃げてちょうだい。このままだと、二人とも不合格になっちゃうわよ」

 

「できるわけないでしょ。その怪我だってウチのせいなんだし……それに、ここで怪我人見捨てて逃げるとか、ヒーローどころか人としても恥ずかしいって……!」

 

 

 

 ……状況を見る限り、どちらも戦闘性の低い個性なのだろう。逃げ場もなく、多勢に無勢。しかも一人は怪我人だ。

 どう見ても、最悪。切り抜けられる要素がどこにも存在しない。

 

 

 

 

 だというのに、自分よりも、相手を気遣い逃げろと言った。

 

 だというのに、決して逃げず、己を貫き強がって見せた。

 

 

 

 

 そんな二人に、しかし神様は微笑まない。

 

 

 そんな二人に、だからこそ。

 

 ――魔女が優しく嬉しそうに。そして、なによりも慈愛に満ちた笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 手にしたタクトを簪のように髪に差し、腰掛けた黒い棒を巧みに操り姿勢制御。

 

 流星のように一気に急降下した魔女は、隕石のように……覚悟を決めた二人と、飛びかかるヴィランロボの丁度中間に着弾した。

 

 

 いきなりの乱入に目を瞬かせる二人にニコリと笑みを向け――

 

 

「――『金属整形(アイアンメイク)捕縛網(バインドネット)』」

 

 

 ――背後から飛びかかってくる、八体ものヴィランロボを、見ることはおろか振り返る事すらなく拘束し、無力化した。

 

 

 

「け、けろぉ……?」

 

「へ? いや、はい……?」

 

 

 突然の状況変化に理解ついていけず呆然とする二人だったが、カエル少女はすぐに思考を再開した。

 

 

 

***

 

 

 

(この人……確か、説明会の会場で目立ってたとても綺麗な人だわ。空を飛んで来たように見えたけど……一体どんな個性かしら。それにロボットも簡単に拘束していたようだし。

 

 

 ――いえ、それよりも)

 

 

 

 候補は色々と上がるが、いずれにせよ強個性であることに変わりはないだろう。

 

 ……そんなこと、よりも。

 

 

 いきなり現れた相手に対し、蛙吹 梅雨が彼女に感じたのは、強い違和感だった。

 

 

 

(なんで私、こんなにリラックスしているのかしら……? )

 

 

 

 右足首に走る鋭い痛み。将来を左右するだろう試験の真っ只中。すでに解決済みのようだが、危機的状況。

 

 まだ挙げようと思えばいくつかあるが、どれもリラックスできる状況ではないことを示すだろう。

 

 

 なのに梅雨は、疲れきってお風呂に入って、ベッドに身を投げ出した時のような――頑張って頑張り抜いてやり遂げたことを、両親に褒められて頭を撫でられている時のような……そんな、不思議な心地よさに包まれていた。

 

 

「さて、と。怪我は大丈夫ですか?」

 

「へ……あ、はい! いや、ウチは大丈夫なんですけど……その、こっちの子がウチを庇って……」

 

 

 右足の怪我。走るどころか歩くことも結構難しい。体重がかかるだけでズキンとした痛みが走り、何もしなくてもジクジクと痛む。酷い捻挫か、悪ければ靭帯を痛めているかもしれない。

 撃破されたロボが吹き飛んできて、 気づいたときには手遅れ。梅雨がとっさに飛び出し彼女を突き飛ばして、建物とロボットに右足が挟まれてしまった……というのがことのあらましだった。

 

 

 説明をしているうちに、声はどんどん沈んでいく。先ほどまでは切羽詰まっていて理解が追いついていなかったようだが、落ち着いて理解をしていくうちに『自分のせいで』という

思いが強くなってしまったのだろう。

 

 

 何度も言うが、今は雄英高校ヒーロー科、入試実技試験の真っ最中だ。将来の夢を叶えるための第一歩といっても過言では無い。

 それを自分の不注意のせいで、自分以外の誰かの夢の邪魔をしてしまった。

 

 

 ……下唇をかみしめる彼女の表情には、色濃い罪悪感が滲んでいる。

 

 

 

「けろ。それは違うわ」

 

「いや、でもさ……!」

 

「確かに、この怪我は貴女を助けたことが原因よ。それは間違いないわ。でも、私は『自分も無傷で貴女を助ける自信があった』から行動したの。けど、貴女を突き飛ばすことに集中しすぎて上手く跳べなかった。私の油断や慢心も、少なからず原因であるはずよ?」

 

 

 それに、と。足の痛みからか、どこかぎこちないが笑みを浮かべる。ちゃんと笑えてるかしら、と不安になるが、それでも精一杯の笑顔を浮かべた。

 

 

「さっきはああ言ったけれど、私、実は全然諦めてないの。……試験はまだ終わってないし、合否通知も貰ってないわ。なら、まだチャンスは絶対あるはずよ」

 

 

 それは、信念とも、矜持とも呼べる何か。

 

 プロヒーローたちからしたら、相手にも、それどころか見向きもされないかもしれない、未熟なものかもしれないが。

 

 

 

「『絶対に諦めない』……プロのヒーローだって、怪我をしたまま戦ったり救助活動したりするわ。なら、これくらいの怪我で諦めてたら、ヒーローなんて絶対なれないもの」

 

 

 

***

 

 

 

「……! ……っ!」

 

「ミッドナイト先生。自分の好みだからって机をバンバン叩かないでください。

 あとマイクとその他。採点の終わったやつを引っ張りだして再採点しようとするな。公平性に欠けるだろうが」

 

「ギックゥ!? い、いやでもよ? ちょっぴっと加算するくらいいいじゃん? ほ、ほら、足怪我してるみたいだし!」

 

「――本音は?」

 

「健気にはにかむカエル少女が可愛いです」

 

「私情だらけでいいわけねぇだろ。それに、そもそも加算はいらねぇよ。――今からあの馬鹿が、加算しまくるだろうからな」

 

 

 

***

 

 

 ――灰かぶり姫に登場するあの魔女(※諸説あり)は、一体どんな気持ちでエラ(シンデレラ)に『零時を越えても残るガラスの靴』と『舞踏会へ向かうカボチャの馬車』を用意したのだろうか。

 

 

 義理の母姉に虐げられながらも健気に生きる少女への同情か。

 

 それとも、ただ偶然通りかかっただけの、魔女の気まぐれか。

 

 

 絵本の中の物語では終始主人公を中心にして進行するため、その魔女が『どうして』というのも、『その後どうしたのか』も描かれることは基本的にない。

 

 だからこれは、個人的な妄想で、そうあってほしいという願望だ。

 

 

(彼女はきっと、見てみたかったんですね)

 

 

 灰かぶりの少女ではなく、美しいティアラを載せたお姫様を。

 

 届かない憧れを思って浮かべる悲しそうな顔ではなく、憧れのままになった心からの笑顔を。

 

 

 

 ……つまり、何が言いたいのかというと。

 

 

 

 

 ――早乙女 天魔。『陰から手助け』の範囲ギリギリの超お節介します!

 

 

 

 ……いいぞやれやれー! という知ってるヒーロー科教員数名分の声が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。

 

 ……ほどほどにしとけよ。という、同じく知ってるヒーロー科担任の苦笑が聞こえたような気がする。……ちょっと、気に留めておこう。

 

 

「『癒しの風(ヒールウインド)』」

 

 

 言霊とイメージ。淡い若草色の風が天魔を中心にして微かに渦を巻き、長い黒髪がサラリと揺らす。そしてその風は二人を包むように移動し、彼女たちを包むようにまた渦を成した。

 

 二人はいきなりの事に驚いているようだが、なにをする前に風はすぐに収まる。

 

 

「なにいまの……風? なんか気持ちい、じゃなくて、あれだったけど」

 

「け、けろ。……けろ?  痛くない? それに……」

 

 

 大きな変化は、カエル少女の右足の怪我。

 

 靭帯損傷一歩手前の捻挫と、放置してはいけない程の浅くない裂傷が、何もなかったように消えている。運動着の裾が血で汚れているので、余計に違和感が強かった。

 

 

 ……小さな変化は、二人の全身に。

 

 実技試験で動き続け、さらに怪我や庇ったりで蓄積していた疲労感がきれいさっぱりなくなっていた。

 

 

 そして――

 

 

 

 

 

「ちょ、今何をって……きえ、た?」

 

 

 目を離し、意識を背けたほんの一瞬。

 

 魔女はその存在の痕跡のすべてを消して、いなくなっていた。

 

 

 それでも残るのは、拘束された状態で無理に動こうとした所為で、機動系に致命的なダメージを負った、最後の一撃待ちのヴィランロボ八体と……それを仲良く分け合って自らのポイントにして、ラストスパートをかける二人だけだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「あ、きたきた。おーい! 『私』ー!」

「こっちですよー!」

 

「おや、私が三番手ですか。結構時間かかったので終わりの方かと思っていたんですけど……あ、二人のほうはどうでしたか?」

 

「「ははは、そりゃあもう大変でしたよー」」

 

「ですよねー」

 

 

 同じ容姿に同じ声。和気藹々と言葉を交わす三人は、所謂一卵性何生児というやつではなく、元は一人の存在だった。

 

 手っ取り早く説明すると天魔の魔法である。実技試験はいくつかのグループによって行われるので、その数に合わせて彼は魔法で分身を作ったのだ。

 ……『やってみたら何かできた』と十数人の異口同音で宣って相澤を呆れさせたのは、まあ、余談である。

 

 

「それと、どうです? 分身の検証結果は」

 

「んー。まだ二人分の擦り合わせですが、まず思考の鈍化・身体能力の低下とかはありませんでしたね。その代わり」

「魔法行使が大分制限されます。私の方でそこそこ強い治癒を使おうとしたら、かなりギリギリでした」

 

「……『MP的なものが分身の数だけ等分される』って感じですか。思考のリンクとかあったら便利なんですけど、この分だと無さそうですね。

 分身した後の記憶とか……あれ? この状況で怪我をした場合ってどうなるんでしょう……?」

 

「「……とりあえず保留にしません?」」

 

 

 

 

「〜♪ あれ? 皆ここに集まってる感じですか?」

 

「まあ成り行きで。それよりお疲れ様です『私』」

「それにしても随分ご機嫌ですね? なにかいいことでもあったのですか?」

 

「フフ。ええ、とっても。是非合格していてほしいと思える人が二人もいました」

 

「「「おー♪」」」

 

 

 

 

「ただ、いま……です」

 

「「「「おかえりなさ――どうしたんですか『私』!? ボロボロじゃないですか!?」」」」

 

「いえ、その…… 巻き込まれたというか巻き添えを食らわされたというか。はは……。試験終了直後に特大の爆破に巻き込まれまして」

 

「「「「……お疲れ様でした。本当に」」」」

 

 

 

 一人、二人と増えていき、分身全員が揃い……

 

 『ところでこれ、どうやったら元に戻るんですかね……?』とひとりが零したつぶやきに、暫く顔を青くする魔女たちがいたりいなかったり。




読了ありがとうございました!

……梅雨ちゃん、かあいいですよねぇ……


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MP4 誤解が歪んでそのままで

見た目的には同性だけどちゃんと異性恋愛。
見た目的には異性恋愛だけど実は同性恋愛。

これタグ増やすべきデスカネ?(血迷)


 

 

 雄英高校。無数にある施設の中、その本棟のある一室からゾンビさながらのうめき声が聞こえてくる。

 

 その一室とは所謂『保健室』であり、うめき声の発生源はいくつかあるベッドからだった。

 

 

「便利で強そうなこと出来ると思ったらデメリット……アンタの個性って、ホントに所々で難儀だねぇ」

 

「ぶっつけ本番でやるからだ。これに懲りたら、少しは自重しろ」

 

「わ、わかりましあぅううう……」

 

 

 後頭部に氷枕。額にはどデカイ氷嚢が乗せられ――大きすぎて氷嚢がヘルメットのようになっていた。

 このゾンビこそ、先ほどまで行われていた実技試験で相当活躍した留年生、早乙女 天魔である。

 

 

「この子の治癒魔法で頭痛は治せるはずなんだけど……頭痛でイメージが阻害されて魔法自体が使えない、と。弱点発見かねこりゃ」

 

「これが弱点なら俺はむしろ羨ましいですね。表面化するのは自分の不注意のみ……わかったか。早乙女」

 

「わ、わかりましたってばあああああ……」

 

 

 問題だったのは『分身』。十数人に分かれた彼は試験終了後なんとか一人に戻り……そのまま、頭を抱えて倒れたのだ。

 

 原因は、十数人分の三十分間の記憶が、一気に流れ込んできたことによる脳のオーバーヒート。分身している間に魔法使用回数は多いと一人数十回。イメージした記憶も当然残っているため、脳への負荷が凄まじいものになったらしい。

 

 ……回復系の魔法はイメージも難しく(失敗したら怖いので念入りにしているらしい)、分身状態で乱発したために現在この状況になったようだ。

 

 とりあえず命に別状はなし、知恵熱の重症版というだけで、一日寝れば回復するとのリカバリーガールのお墨付きを貰い、相澤は保健室を後にした。

 

 

 

 

「はあ……ったく、いらん心配を――」

「素直じゃないね相澤くん!」

 

 

 突然至近距離から声をかけられた相澤の肩がビクリと跳ねる。発声源は手を伸ばせば届く距離。横、というよりも下に近い急角度から。

 

 

「……何度も言いますが、気配を殺して近づかないでください。根津校長」

 

「やあ! 今日も毛並みのキューティクルは万全な校長先生さ!

 ……早乙女くんが倒れたって聞いたけど、その様子だと問題ないみたいだね」

 

「はい。ですが、『いろいろできるようになった』ってのも考えものです。やってみたら出来たを検証せずに実践するなんて、不合理どころか危険ですらある。

 ……まあその辺は、今回の件でアイツも身に染みたでしょうが」

 

 

 回復したら念の為一応釘を刺しておこうと決める。

 

 そして――もうすぐ一年か、と相澤は内心で呟いた。

 

 

 天魔が雄英に入学し、学校側の都合で留年とされ、八ヶ月。

 あと二、三週間せずに、新年度が始まる。

 

 

「――校長。改めて早乙女の件、ありがとうございました」

 

「お礼を言われるような事は何一つしていないさ! いや、むしろボクが……雄英高校が君にお礼と謝罪をしなければいけないよ」

 

 

 

 長い廊下を2人は並んで歩く。交わすその声はかなり小さく、二人の距離でもギリギリ聞き取れるレベルだ。

 

 

「先に提案したのは俺です。だから、どちらも必要はありませんよ」

 

「ボク個人分だけは、できれば受け取ってほしいんだけどね。

 ……彼の個性は確かに万能かつ強力だ。万能性だけなら、雄英高校創立から顧みても、最上位だろう。

 

 だけど、あのデメリットが大き過ぎるよ」

 

 

 何かを思い出したのか、根津はブルリと身を震わせ、少し逆立った毛を撫で付けた。

 

 

「『一日四回の不幸』――小さなものなら問題はない。でも、個性を使わないとどうしようもない事故や害意に対して、公的な個性の使用が禁じられている現代社会では、彼はあまりにも無力だ。

 ――身を守るために個性を使って、それが『個性の無断使用』で犯罪者扱いなんて、いくらなんでも酷過ぎる」

 

 

 根津が体験した大型トラックが突っ込んでくる件を後々天魔に聞いたら、『慣れました』と軽く返ってきた。

 

 ……慣れるほどによくあることなのか、それとも、その程度と思えるほどに大きなモノに晒されてきたのか。

 

 そんなことが、日に四度もあるのかと。

 

 

 

 その事実を前に、根津は一人の教育者として、早乙女 天魔という一人の生徒を守らねばと奮起した。

 

 幸いにも、雄英高校の敷地内であれば個性の使用はできるし、周囲の不幸を集めるという習性も最小限に抑えられる。

 

 在学中に彼をヒーローとして育て、公的な使用ができるようになれば――と、自らの個性『ハイスペック』を用いた綿密なプランを立てていき……

 

 

 

 『圧倒的に時間が足りない』という、現実の壁に阻まれてしまった。

 

 

 

 ヒーロー科は、言ってしまえば職業系の専門校である。だが、当然一般高校生としての勉学も学ばなければならない。最新の設備があったとしても、それを使う時間が無ければ意味がない。

 

 

 当然『他のヒーロー科の学生も同じ条件じゃないか』と反論されるだろう。三年という時間は等しく平等であり、その間に多くの生徒が仮免や本免に受かって取っているではないか、と。

 

 

 

 だが――ここで、天魔の個性の万能性が『アダ』となってしまう。

 

 出来ることが多い、それは事実だろう。だが、出来るようになった全てを持ち腐れさせることなく熟させることは、大変難しい上に時間がかかるのだ。

 

 一つのことを十進めるには、純粋に十という労力で済むだろう。だが、十のことを十進めるには、百という労力が必要になってくる。

 

 

 ――三年間。学業と並行しての片手間では、仮免も難しいだろう、と。

 

 

 

「でも流石に、一学期の期末試験を前に十九人を除籍しちゃうとは思わなかったのさ!」

 

「彼らにはヒーローとして見出せるものがなかったもので」

 

 

 

 そんな折、一人を残して全員の除籍処分をしたという報告。しかも、それをした担任が残った一人をマンツーマンで教授したいという嘆願。

 

 根津はこれを聞いて、すぐに閃いた。

 

 

「……今からでも、早乙女くんに言った方がいいんじゃないかい? 彼の留年を決めたのは、相澤くんじゃなくてボクだという事を」

 

「今更ですよ。それに、校長が、というよりも、教師の一人である俺が、の方が雄英高校の社会的なダメージが少ないでしょう。それに減俸の件も、正直嘆願が通れば半額は覚悟してたんですが、少なく済んで拍子抜けたくらいです」

 

 

 

 と、少し皮肉げに笑う相澤に苦笑を返す。

 

 留年してしまったことで生まれる時間。学業との並行ではなく、純粋に個性を高め磨ける黄金の八ヶ月。それを最新の設備と、名門校のヒーロー教師陣営による最大限のバックアップが支え導いた。

 

 

 その集大成が、先の実技試験だ。

 

 

 危なげなく空を翔けて現場に急行。状況に応じた魔法を、彼は瞬時に判断・行使できるようになった。最後の最後で欠点こそ残したもの、改善すれば、あの分身も凄まじい武器になることは間違いない。

 

 

 

「彼の今後が楽しみだね。相澤くん」

 

「……まあ、否定はしませんよ」

 

 

 本当に素直じゃないなぁと、改めて苦笑を浮かべる校長先生だった。

 

 

 

 

***

 

 

「さあ! 急いで戻ろうか! 実技試験の集計がまだ全然終わってないからね!」

 

「……集計に使ってる会議室からもゾンビみたいな声が聞こえるんですが」

 

「一万人超えてるからね! オールマイトも巻き込んで今夜は徹夜さ!」

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 雄英高校の入試試験が終わって数日。僕は多分……いや、確実に落ちているだろう。

 

 筆記試験の自己採点は十分合格圏内に入っていたけど、問題は実技試験。取れたポイントは、0。

 最後の最後で発動したワンフォーオールで殴り飛ばした大型のヴィランロボは妨害用の0ポイントだから……多分、そういうことだと思う。

 

 試験の後、オールマイトからの連絡は途絶えたまま。あまりの不甲斐なさに「見放されたのかも」と過ったけど、不思議と不安はなかった。

 

 

「――すごい、人だったな」

 

 

 ヒーローに憧れてから、ずっと書き続けたヒーローノート。そこに、新しい一ページが出来た。

 ヒーロー名のところは空白で、姿絵もまだで……というか殆ど空白なんだけど……そのページは、予約みたいな感じで残すつもりなんだ。

 

 

 実技試験の直前。ガチガチに緊張していた僕は、彼女のなんらかの個性で緊張を解してもらえた。今思い返すと、一滴からどこまでも広がっていく波紋。そんなイメージが脳裏に焼き付いてる。

 

 そして次は、試験終了直後。

 ……跳び上がった反動で両足を、殴り付けた反動で右腕を、もうグシャグシャって言っていいくらいボキボキにして、1ポイントも取れなかったことに呆然としている僕の側にフワリと降りてきて……両足右腕をあっという間に治してしまった。

 

 

「――雄英高校の保健の先生にリカバリーガールが就いてるって聞いたことはあるけどかなりの高齢だから絶対違うというより同じ受験生だもんなでもあの治癒力は体験したからこそわかるけど凄いの一言で済ませていいレベルじゃない同い年であれだけの個性を冷静に使えるなんてよっぽど訓練をしたに違いないあれでも待てよあの人空を飛んで来たよねだとしたら『高い治癒能力』と『飛行能力』がある?一体どんな個性なんだろういずれにしても凄い個性だ――……」

 

 

 

 

 

――しばらくお待ちください――

 

 

 

 

 何故か気が付いたら30分くらい経ってた。

 

 しかも、開いたノートの左側……姿絵を描くはずのページには絵が描かれている。

 

 ――あの時俯く僕に、あの人が見せてくれた笑顔で……。

 

 

 

 ――悔しいかもしれません。歯痒いかもしれません。でも今は、胸を張って誇ってください。

 ――助けた貴方がそれだと、貴方の行動で助かった女の子が悲しんでしまいますよ?

 

 

 

 頭部の前面が大きく凹み、衝撃で頭部全体に歪みや亀裂が走っている0ポイントロボの成れの果て。

 

 

 でも、僕の成果はそれだけじゃない。

 

 未熟で、誰よりも遅れていて、全然追いつけないけれど……一人の女の子を、助けることができたんだって。

 

 

 ――格好良かったですよ。貴方はこの場の――いえ、今日ここに集まった誰よりも、ヒーローでした。

 

 

 

「あの人の名前……聞いておけばよかったかな」

 

 

 

 右手を見る。俯く僕に差し伸べられた手は――何だっけ……あ、そう、白魚のようで。でも触ると小さな細かい傷がいっぱいで。

 

 雄英高校に落ちてしまったことは……その、とてもショックだけど。ヒーローへの道が閉ざされたわけじゃない。

 憧れ続けたオールマイトに『ヒーローになれる』と認めて貰えた。偉大なヒーローの後継として、ワンフォーオールという大きな力を預けてもらえた。

 

 

 なら、こんな所で諦めるわけにはいかない。

 

 誰もが認める最高のヒーローになりたい……いや、なるんだ。誰もが認める、最高のヒーローに。

 

 

 そしてできれば……あの人が僕にしてくれたように、誰かに手を差し伸べられる、優しいヒーローに。

 

 

 

 

 ――緑谷 出久がそんな覚悟を決めて。その覚悟を、良い意味で無駄にしてくれる郵便物が届いたのは、その一時間後だったそうな。

 




読了ありがとうございました!

ーー爆弾セット!


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MP5 前途多難はここからで

 

 

 天魔がバファ◯ンを神と崇めかけた雄英高校入試試験から、早いもので三週間。

 

 

「ーー制服の新調、なんとか間に合いましたね」

 

 

 ベッドの上で唸る天魔を眺めていたリカバリーガールが、ふと思ったことがキッカケだ。留年という特殊状況で、天魔は健康診断こそしていたが身体測定のようなことは一度もしていない。

 

 十代半ば。成長期真っ盛りであり、見た目に反映されないとは言っても天魔は常日頃から体を鍛えているのだ。……一年でどれだけ成長したのだろうか、と気になるのは、養護教諭としてしょうがない事だろう。

 

 

 

 計測の結果、リカバリーガール曰く、ぴったり10cm身長が伸びていたらしい。入学時は170に届くかどうかくらいだったはずなので、現在は大体180cmくらいだろう。

 

 

「ふふ、ふふふ♪」

 

 

 魔女は、真新しい制服(※男子制服)に袖を通し、学生が一人暮らしするにはかなり豪華な賃貸の部屋で歓喜に震えていた。

 

 ……去年の入学時、業者が本気(ガチ)で勘違いしてスカートが手元に届いた記憶は、スカートと共に闇の彼方に葬った。

 

 ズボンである。男子制服である。そして、そしてなによりも……!

 

 

 

「180cm。 1 8 0 c m ! 」

 

 

 

 『この子頭大丈夫?』と思われるかもしれないが、安心してほしい。良い感じにズレているままだ。

 

 魔女という異形系個性の発現で、外見が魔性の女となった天魔は、当然初見で(初見以降も)女性扱いされることがほとんどだ。だからこそ『身長が高くなった』というだけで『女性扱いが減るかもしれない……!』と淡い希望を抱いているのだ。

 

 

 

 

 ーーまあ、現実はそんなに甘くない。

 

 

 脚スラァで腰タカァで腹ホッソォなモデル体型は不変不動。日頃から綿密なカロリーコントロールと体型維持のトレーニングをしている女性モデルが聞いたら、重く発狂し兼ねないレベルの黄金比を、特に意識せず保っているのだ羨ましい。

 

 男子制服を着ているにも関わらず、男子ではなくパンツルックな美女がゴール。ーーもうあきらめたら? と誰か彼に伝えてあげてほしい。もれなくメッセンジャーには打ち拉がれて涙目上目遣いで『嘘ですよね……?』と縋ってくる天魔くんが付いてくる。

 

 

 

 そんなことはつゆ知らず。ルンルンと♪が付きそうな様子で制服に着替え、身嗜みチェック。

 

 

(今日は入学式と簡単なガイダンスだけですから、特になにもないはず……帰りに、お夕飯の買い物も済ませちゃいましょうか)

 

 

 最寄りのスーパーの情報を思い出し、曜日ごとにやっている特売を確認ーー残念そうにため息を吐いたので、今日は何もなかったのだろう。

 

 教材の一切入っていない鞄は軽く、しかし何気に嵩張る。ので。

 

 

「『収納(ストレージ)』」

 

 

 しまう。

 

 あらゆるゲームなどで大活躍している、いわゆる『アイテムボックス』というものだ。

 

 友人である田中くんに教わったサブカルチャーで知った時、天魔は目を輝かせて『これが出来たらお買い物の時すごい楽ですね!』と、正しいのにどこかズレた感動感想を述べたそうな。

 田中くんも田中くんで『マジ主婦の鑑ww ですが早乙女氏! お会計の後でしないとヴィラン待った無しでゴザルぞ!』と乗っていたので似た者同士なのだろう。

 

 

 そして、『夕飯の買い物を楽にする』という一念で、結構どころかかなり凄いこの魔法は二週間ほどで完成。時間経過有り・生き物不可・容量限界あり、と制限はいくつかあるが、それでも天魔の使う魔法の中でいろいろと上位のものに仕上がっている。

 

 

 ……ヒーロー活動としての利用方法を試行錯誤し出したのは、完成から数年後のつい最近。呆れた顔で災害時の救援物資の運搬やらを指摘した担任がいなければ、未だに思い付かなかった可能性があったりする。

 

 

 

「よし。新学期! 気合い入れていきましょう!」

 

 

 

 

 ーー元気よく出発し、そして五分後。

 

 スマホが無いことに気付いて、若干恥ずかしそうに帰宅。そして、収納した鞄に入れていたことを思い出し、入れた気合いが全損したのは余談である。

 

 

 

***

 

 

 

 通い慣れた……訳ではないが、月に一度は掃除に来ていた廊下を歩く。道中で迷っていた新入生に道を教えてあげたりしながら、特に問題はなくーー。

 

 

 

「机に足を掛けるのはやめないか! 雄英の先輩たちや机の製作者の方々に失礼だろう!?」

 

(……その机を先日掃除したばかりの人間がここにいますよー)

 

「あ゛あ゛!? んだテメェ文句あんのか!? どこ中だこの端役!」

 

 

 言い争う声のどちらにも聞き覚えある。特にヤンキー認定まったなしなダミ声の男声は、その爆発とともによく覚えていた。

 

 ーー合格できたんですねぇ……。と、扉の前で結構失礼な、しかし納得の得られるだろう感想を抱く。

 

 今まさに扉を開けようとしていた手は、ピタリと固まっていた。

 

 

(わぁー、どうしましょう。すっごい帰りたくなっちゃいました)

 

「……あ、あの!」

 

 

 必死に現実と戦っている中、いきなり来た真横からの声に、ビクゥッ! と肩と言わず全身を跳ねさせる。

 ……きゃあ系の悲鳴が出掛けたが、そこはなんとか気合いで飲み込んだ。

 

 そして、その声にはこれまた聞き覚えがあり、ドキドキと心拍を跳ねあげた心臓を落ち着かせながらそちらを向けば、これまたまた見覚えのある少年がいた。

 

 どこのグループかは忘れたが、最後に0ポイントの巨大ヴィランロボを殴り飛ばして、両足片腕に大怪我を負った少年だ。本人は完全に落ちたと当時は思っていたようだが……。

 

 

「貴方は……! よかった、合格できたんですねっ?」

 

「は、はい! それで、その、試験の時は怪我を治して貰って、それに、えと、緊張とかも収めてもらったり……色々と、本当に色々とっ、ありがとうございました……!」

 

 

 深く、頭が腰よりも下ではなかろうかと思えるほどに、深く頭を下げる。少し涙声に聞こえたが、きっと気の所為だろう。

 

 ーー「大したことはしていない」と返そうと思ったが、この感謝は受け取らねば失礼だろう。

 

 

「……どういたしまして。それと、頭をあげてください。今日からクラスメイトなんですから、まずやることがあるでしょう?」

 

 

 差し出した右手。あの時は立ち上がるように、引く者と引かれる者で上下があったが、今回は違う。

 

 

「私は早乙女 天魔です。……これから、よろしくお願いします」

 

 

 クラスメイト……友人として。そんな意図を正しく理解したようで、目尻に涙を浮かべながら右手を合わせた。

 

 

「っ、僕は緑谷 出久です! こちらこそ、よろしくお願いします!」

 

 

 握手して、お互いに笑う。出久のほうはすぐに顔を真っ赤にしていたが、まあお約束だろう。

 

 そこにもう一人。一件の当事者である少女が加わる。試験の時に出久が助けた娘で、説明会から天魔を注視していた一人だ。

 

 元気印と言わんばかりのテンションの高さで、身振り手振りで0ポイントロボをぶっ飛ばした時の出久や、試験中に見たフィールドを飛び回っていた天魔を凄い凄かったと褒め称えている。

 

 

 そして、三人で教室に入り、すでに揃っていたクラスメイト十八名全員の視線が三人……正確には天魔に集中する。

 

 

 

 喜ぶような「あっ!」が数人分。

 

 驚くような「あ!?」も数人分。

 

 ……威嚇するような「あ゛!?」は、一人分。

 

 

 「あー……」と、忘れてたと続きそうなのは、ご本人。

 

 

 二人ほど何事だ? と周りを窺い、後ろの二人も怪訝そうで。

 

 

 

 

「……なに、ヘンテコなコントしてるんだお前らは」

 

 

 一体いつからいたのか。教卓と黒板の間に、雄英高校名物『寝袋(ミノムシ)教師』がミノムシ状態のまま立っていた。

 咥えていたゼリー飲料を一気に飲み干して完食し、寝袋の中から腕を、そして一着の雄英ジャージを取り出す。

 

 

「ーーまあいい。静かにさせる手間が省けた。

 

 俺は相澤 消太。君らの担任ね。今から全員に体操服配るから、それに着替えてグラウンドに集合。早乙女は女子に更衣室の場所を教えてやれ」

 

「え、あ、はい。私ですか? 構いませんが……その、私、今日体操着持ってきて無いんですけど。

 というか先生、またそんなゼリーだけで食事を済ませてるんですか? 食事はちゃんとしてくださいとあれほど……」

 

「安心しろ。コッチで新しいのを用意してある。……別にいいだろゼリー。手っ取り早いんだ。あとナチュラルマザーやめろ。んじゃ、一時解散」

 

 

 もぞもぞと動いた直後、寝袋から足が生えて普通に移動を開始する。

 それを扉が閉まるまで見送った一同は、しょうがない人だなぁと苦笑を浮かべる天魔に視線を戻した。

 

 

 

 

「……あ、あの、早乙女さん、でよろしいのでしょうか? これは、どうしたら……」

 

「とりあえず、言われた通り着替えてグラウンドに行きましょうか。相澤先生は時間にうるさい方ですから、できる限り迅速に。男子の皆さんはここで、女子の皆さんは今から更衣室に案内しますので、付いて来てください」

 

 

 それぞれ指定された席の横にかけられた紙袋を取り、天魔は眼鏡をかけたーー見るからに優等生な男子に教室の戸締りとグラウンドの場所を手短に伝えた。

 

 更衣室は男女であるのだがここは置いておく。

 

 

 

 更衣室の場所は遠くはないがのんびり歩いていける距離でも無いので、駆け足だ。

 

 

「あ、あの早乙女さん!? 色々お聞きたいのですが!」

 

「け、けろ、私もよ!」

 

「後にしましょう! 相澤先生は本当に時間にうるさいんです!」

 

 

「駆け足!? ちょ、待っ、あんな先生がおるん!?」

 

「とうとうツッコミが無かった! 『制服が浮いてる』って誰かツッコンでよー!」

 

「雄英高校は先生も結構フリーダムです! それじゃあ更衣室はここですので、皆さんも急いでくださいね!」

 

 

 じゃ、と言って駆け足ではない疾走で廊下をかけていく。自分も早く着替えなければならないからだ。

 

 

 

「いや、え? 更衣室ここじゃないの……?」

 

 

 女子更衣室と書かれたプレートを見て、着替えず入ることもなく走り去った天魔を見て、本気で疑問符を浮かべる女子一同だった。

 

 

 

***

 

 

「……あのさ、あんまりこういう詮索したくないんだけど……早乙女ってもしかして、その、体に見られたくない怪我とかそういうの、あるんじゃないかな? 下ズボンだったし、あの急ぎ方って、ちょっと普通じゃないよね」

 

「ですわね……はっ!? 先生と面識がありそうだったのも、まさかその関係で……?」

 

「けろ。……それが事実だとしたら、私の足の怪我を治しにきてくれたのも……自分と重ねちゃったのかも」

 

 

 

「あれ……? なんでしょう、いま凄く嫌な予感が」

 

 

 

***

 

 

 

「体力テストぉ!?」

 

「いや、フツー入学式とか、ガイダンスじゃないんすか!?」

 

 

 いつもよりどこか静かな雄英高校。その中で唯一騒がしいだろうグラウンドから私、早乙女 天魔がお届けします。

 

 男子の皆さんが相澤先生に質問? していますが、この先生なら「入学式の時間が勿体無い」と言ってやりかねません。ってかやってます。

 

 

 

(なんで早乙女(お前)の周りに女子が集中してんだ?)

 

(すみません。それ私が聞きたいです)

 

 

 相澤先生の訝しげな視線がちょっと痛い。囲まれてるというか……こう、集合ポイントにされてるというか。出来れば男子側に行きたいんですが……あれぇ? なんか優しいというか心配そうな目で見られてますよ?

 

 

「(まあ、邪魔にならないならいいか)ヒーローを目指す者にそんな悠長なことをしてる時間はないよ。一分一秒を惜しんで先に進むくらいが丁度いい。

 放課後にマックで駄弁ったりする高校生活をご所望なら、残念だったな」

 

 

 

 

 ーーゴクリ、と何人分か聞こえ、盗み見れば顔を引き攣らせているのが何人もいた。

 

 勿論、相澤なりの煽りだが、少なくない本心が混じっていた。『それくらいの覚悟で臨んで欲しい』と言うことだろう。

 

 ちなみに、月一くらいのペースでマイクに引き摺られるように放課後マックで駄弁っている担任を天魔は知っているが……まあ、敢えて指摘することはないだろう。

 

 

「いまから君らにやってもらうのは、中学でもやったことのある一般的な体力テストだ。ただ、『個性使用有り』のだけどね」

 

「個性使用、有り……?」

 

 

 全国の小中学校で行われる身体能力テスト。生徒の筋力・持久力・瞬発力などの数値を計測し、男女ごとの学年平均値を算出するために主に行われる。

 当然、個性使用などすれば平均もなにも無いので個性無しで行うのが通常だ。

 

 

「まあ、説明は面倒だから実際にやってみようか。入試トップの爆豪。円に入ってボール(コレ)投げろ。個性込みの全力でな」

 

「……。本気で良いんだよな?」

 

「円から出なけりゃなんでもいい。ほら、はよ」

 

 

 

「チッ……んじゃあ、軽ぅく……

 

 

 

 

 

 

 ーー死に晒せぇ!!」

 

 

 

 

 ーー爆★破ーー

 

 

(((((……死に晒せ?)))))

 

(……。あの、今チラッて私のこと見ましたよ彼。え? 気のせいですよね? こっちに向かって首掻っ切るジェスチャーしてますけど、そういうルーティンなんですよね? ね?)

 

 

 投擲と爆破、さらには爆風によって速く高く飛んでいくボールは一気に飛んでいき……。

 

 

 

「はい結果、754m。とまあ、こういうことだ。各種目で、各人の個性を上手く使って最大値を出せばいい。簡単だろ?」

 

 

 およそ人が投げたとは思えない飛距離に、一同は今起きた色々を一先ず脇に置いて色めき立つ。

 

 『面白そう』『楽しそう』と声が上がり……相澤は不機嫌そうに顔をしかめるが、すぐに何かを思い付いたのか、ニヤリと笑った。

 

 

「ああ、ちなみに。測定で成績最下位は除籍処分にするから、そのつもりで気張れよ。面白そうだ楽しそうだ、気持ちが軽すぎる。そんな軽さで三年間耐えられるとは思わないんでな。合理的に間引かせてもらうよ」

 

 

 

(……あ、これ相澤先生本気ですね)

 

 

 

「改めて。ようこそ、雄英高校ヒーロー科へ。『自由な校風』が売り文句の我が校だが、それはなにも生徒たちだけに限らない。我々先生側もまた然り」

 

 

 

 冗談だろう、と沈黙する新1ーAの面々だが、遊びのカケラもない相澤の顔に沈黙を絶句に変えていく。

 

 

「ーーさあ、最初の試練だ。Plus Ultraの精神で、見事乗り越えて見せろよ、有精卵ども」

 

 

***

 

 

 

「……いや、流石に『更に向こうへ』行き過ぎじゃねぇの? イレイザー」

 

「そうね。ほら見なさいよマイク。壇上に上がった校長が『まじかー』ってなってるわ」

 

「どっちかってと『うわー』か『あちゃー』じゃない?」

 

 

 流石に、二十一名(1クラス)分の空席を無視することは出来なかったらしい。

 




読了ありがとうございました!

爆豪くんの飛距離が伸びていますが 、気のせいです。決して、空を飛ぶ誰かさん対策で遠距離攻撃の手段とか模索してないです。多分。


次回はほぼダイジェストの様になるかもしれません。


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MP6 最高のヒーローが刻んだ一歩目

(:・ω・)→アンケート内容結果

       (:。ω。)
       ↙︎
アンケート内容(下書き)


……4の記載間違えましたorz




ー50m走ー

 

 

 飛行に用いる黒い棒を虚空から(実際には『収納』から)取り出し、それを見た一同が静かにザワザワと騒めく。

 

 棒を宙に浮かせ、それに腰掛け……またざわりとするが気にすることなく、ブレーキを踏みつつアクセルをベタ踏みにする感じで、スタートの合図で急加速。

 

 

『早乙女 天魔。記録! 1.56秒!』

 

 

「はやっ!?」

「く、この種目で負けてしまうとは……! しかし、やはり飛行能力も……一体どんな個性なんだ彼女は」

「……チッ」

 

 

「んー、距離が短くて最高速まで行きませんでしたね」

 

 

 

 

ー立ち幅飛びー

 

 

 

「早乙女、次からその飛行無しでやれ。それと、出来れば種目ごとに別々なことでやってみろ」

 

「先生、私だけ難易度がやけに上がってませんか?いえ、まあ出来ますけど……」

 

((出来るんだ……))

 

「そして何事もなく空中走り出したぞ……え? マジでなに?」

 

 

 

 

『記録、62m!』

 

 

「ふう、あそこで風に煽られてなければ……もう少しいけましたかね」

 

「チッ!」

 

 

 

ー握力ー

 

 

「ここは、こう」

 

 

『記録! 測定不能!』

 

 

「……いや、勝手に動いてね?」

 

「早乙女……せめて計器を握れ。なに測ってんだお前は」

 

「あっ」

 

 

 

ー持久走ー

 

 

「それ、バイクですよね? 先ほどから色々と作られていたみたいですけど……」

 

「ええ! 私の個性は『創造』。作りたい物の素材や構造が分かれば、何でも造ることが出来ますのよ! ところで早乙女さんは……その、それは、どうやっているんですの? 普通に立っている様にしか見えないのですけれど……」

 

「? 普通に立ってるだけですよ?」

 

 

『記録! 同着一位!』

 

 

 

ー反復横跳びー

 

 

「きゃあ!?」

 

 

「自分の髪の毛踏んでコケた!?」

「……ごめん。今私すっごいキュンとしてもうた……大人っぽいのにあのギャップは反則やろぉ……!」

 

「けろ……大丈夫かしら。……私も気をつけた方がいいわね」

 

「あ、タイムアップ」

 

 

『記録! クラス最下位!』

 

 

 

 

ー上体起こしー

 

 

「あの、足をちゃんと抑えてもらえませんか? 動いちゃうと、その、やりづらいんですけど……」

 

「……やっぱ無理だ! 誰か代わってくれよ! なんか、その、変な気分になってくる!」

 

「オイラに代われ尻尾野郎! 合法的に触れプゲッ……」

 

「けろ。私がやるわ。先生、再測定でも大丈夫かしら」

 

「……。はあー、わかった。だがさっさとやれよ」

 

 

『記録! ちょっと遠慮してクラス13位!』

 

 

 

ー長座体前屈ー

 

 

「「「「普通に柔らかいのか」」」」

 

「え?」

 

 

『記録! クラス5位!』

 

 

 

 

***

 

 

 

 そして、最終種目――ボール投げ。

 

 これまでの各種目によるテストが準備運動代わりになり、さらにはある程度の『要領』がわかってきたのか、一同は一定以上の好成績を収めていく。

 

 だが、一人。明らかに顔色を悪くしていく男子生徒がいた。

 

 

「……緑谷さん。大丈夫――じゃあなさそうですね」

 

「あ、さ、早乙女さん。えと……その……」

 

 

 総合最下位は除籍、と相澤の言葉が重くのしかかってきているのだろう。天魔はクラス全員のテスト結果を見てきたが、各々不得意分野での成績は芳しくなくとも、得意分野では補って余りある成績を叩き出している。

 

 そして現状、最下位は緑谷 出久となっていた。

 

 

(……あの0ポイントロボを殴り飛ばせる筋力はたしかに壮絶……ですが、壮絶すぎて体が耐えられない)

 

 

 実際に治療した天魔だからこそわかる。

 

 上腕から指先に至るまでの全ての骨が折れ、筋肉はズタズタになっていた。その激痛は想像を絶するものだろう。使うのを躊躇うのは当然だし、使うにしても最も活かせる種目でなければ意味がない。

 

 

 だからこそ、ここまで……最後のこのボール投げまで抑えてきたのだろう。

 

 圧倒されていく敗北感を背負いながら。夢が潰えてしまうかもしれない不安を抱えながら。

 

 

 それでも諦めず、一つ一つを全力で。

 

 

 

「……個性使用後の反動は、私が即座に治します」

 

「早乙女さん……?」

 

「だから、貴方は全力で『結果を出すことだけ』に集中してください」

 

 

 反動による負傷は確かに重傷だが、分身していない――魔法行使に制限のない今の天魔であれば、瞬間的な完治も可能だ。

 

 

 

「――次、早乙女。用意しろ」

 

「わかりました。それじゃ、行ってきますね」

 

 

 

 ……拳を強く握る出久を後に、天魔はどこか呆れたような目をしている相澤から差し出されたボールを受け取る。

 

 だが、相澤はボールを軽く握って、すぐには渡そうとしなかった。

 

 

「……とやかくは言わんが、あまりお節介を焼きすぎるなよ。『お前がいるから大丈夫』なんて思い込まれたら、それこそ目も当てられないぞ」

 

「はは……まあ、初日くらいは大目に見てください。なぜか、背中を押してあげたくなるんですよ」

 

 

「……『魔女の後押し』――か。そう思わせるだけのモノがアイツにあったのか。

 

 なら、俺もアイツを見させてもらう。判断基準は……お前の次の一投次第だがな」

 

 

 遠回し的に『本気でやれ』ということだろう

 

 

「……わかりました」

 

 

 

 ボールを受け取り、円の中央へ。

 

 すぐには投げず、それどころか振り向いて、『今度は何をするのか』と周りに近付いていた一同と、計測のために近くにいた相澤を見た。

 

 

「あ、もう少し離れてください。特に、後ろにいると危ないですよ?」

 

 

 

 

 

 

「今度はなにすんのかね、あの子……あの人?」

 

「未だに個性が全っ然わかんねぇもんな!」

 

「――ちっ! どうせ器用貧乏だろ! さっさと終わらせろやクソロン毛女!」

 

「暴言が過ぎるぞ君! しかも女性の髪に対しての侮辱はいけない!」

 

「なんか文句あんのかクソ眼鏡! それよりも……おいクソデクぅ! んでテメェがここにいんだごらぁ!?」

 

 

 

「――なにあれ、感じ悪ぅー……あれでホントにヒーロー科なの?」

 

「今回の体力……いえ、もう個性テストですわね。その成績はかなり上位な方のようですけれど……」

 

「あんなに綺麗な髪をクソ扱いとか許すまじ! すっごいいい匂いしたよ! しかもサラッサラでツヤッツヤなの! 私もあんな髪にしたい!」

 

「いやアンタ透明だからショートかロングかもわからないじゃん。……っていうか匂い? まじ?」

 

「ち、ちなみにどんな感じやった? お高い系のやつなんかな?」

 

「ウェルカム、よおーこそー、ジャパンっへーっ♪」

 

 

「「「ツ◯キ!?」」」

「知らないメーカーですわ……どちらのブランドですの?」

 

「けろ。そろそろ静かにした方がいいわ。先生が凄い目で睨んできてるわよ」

 

 

 

 両手で口をふさいで恐る恐る担任を見る。言葉通り充血した目が鋭くこちらを向いていた。一同は注意が来るかと思ったが、その視線はすぐに外れる。

 

 外れて向けられた視線の先には測定者……早乙女という生徒が、ボールを前に突き出して立っていた。

 

 

(……何する気だ、あいつ)

 

 

 大凡『物を投げる』という姿勢ではないことは確かだ。予備動作かなにかかと思って見ていたが、そのまま振りかぶることもせずにボールを手放してしまう。

 

 ――落ちる、と思われたボールは、しかし重力に逆らって其処に浮かび続けた。

 

 

 その光景に、遠巻きに見ていた生徒の視線は別の人物に集中する。

 それは、このボール投げでクラス一位の記録……『(無限)』を叩き出した少女だ。

 

 彼女と同じことを!? と眼鏡が騒ぐが、場を満たす雰囲気からして違う。

 

 

 その証拠に、耳鳴りの時に聞くような甲高い音が鳴り始めた。

 

 気のせいか? と思える大きさはすぐに超えた。次第に大きくなるその音を例えるなら、飛行場の滑走路で大型のジェット機が近いだろう。

 

 ……そんな音が、ボールから聞こえて来る。

 

 

 次に、長い黒髪が風に揺れる。揺れ続ける。どんどん強くなり、まるで台風の日に外出して、風を真っ向から受けているように。

 

 

 

 最後に、前に突き出したままにしていた手を、三十度ほど上方へ角度修正。ボールも連動した。

 

 

 

 そして――砲弾でも着弾したような衝撃波が投者の背後に突き抜け、ボールは長い残像を残しながら直線軌道で空の彼方に消えていった。

 

 

 

「……。あ。き、記録は!?」

 

「グ、グラウンド越えていったぞ!?」

 

 

 担任の手にある端末に映る数字が凄まじい勢いで跳ね上がっていく。メートルはとっくに計測範囲として役に立っておらず、二桁、三桁と……どんどん勢いを上げていき――四桁に到達しようとしたとき、赤くerrorと点滅した。

 

 

「……測定不能。おそらく落ちる前に、燃え尽きたな」

 

「……。あの、先生。マジで、彼女どんな個性なんですか?」

 

「雑談は後。次の奴、準備しろ。あと……爆豪。次にあからさまな恐喝やら暴言やら吐いたら、成績に関わらず問答無用で除籍にするからそのつもりでいろ」

 

 

「なん……!? くっ、ちぃっ!」

 

 

 無理やり言葉を飲み込み、苦し紛れに舌打ちをする爆豪に、「あ、言おうとしたなこいつ」と一同は心を一つにしたそうな。

 

 

 

 

「さて……と」

 

 

 魔女の次。出席番号順で、筋肉質の男子生徒が結構な量の砂糖を流し込むように飲むのを横目に、相澤は出久に向かう。

 

 現時点で成績は最下位。どれも個性使用無しで計測した場合の平均範囲だ。

 ――諦めることなく、全力かつ真剣に挑む姿は教師としては好ましいものだが、それに結果を伴わければ意味がない。

 

 

 所謂崖っぷち。後がないはずのその生徒は――

 

 

 

「……なんだ、存外良い顔してるじゃないか」

 

 

 

 魔女の目利きか……と呟き、一言くらいならアドバイスしてやるか、と。

 

 少し硬いが、しかし笑顔を浮かべている生徒の元に足を向けた。

 

 

 

***

 

 

 

『緑谷。お前の個性の件は、試験の時に見ている。――早乙女に治療されたこともな』

 

 

『ヒーローはな、ヴィランを倒して終わりじゃないんだ。そも、一対一なんて好条件、滅多にない。……お前は『一発殴って足手まといに(動けなく)なるヒーロー』で満足か?』

 

 

 

『その握り締めた拳を忘れるなよ――試験の時のあの結果、plus ultra(上書き)してみせろ』

 

 

 

 試験の時の状況を、現実に置き換えて考えて見る。

 

 無数のヴィランが町中で暴れまわる。自分がやったことは、リーダー格の一人を撃破しただけ。そしてあとは、ただの要救助者だ。

 

 ――現実だったなら、残存しているヴィランの対処をしなくちゃいけない。それに、市街地だから当然一般市民もいる。逃げ遅れた人の避難や、怪我をして動けない人の救助だって必要だ。

 

 

 ボロボロの僕を治療してくれたあの一回分の力で、どれだけの人が助けられるだろう。

 

 

 

「あの……早乙女さん。その、さっきの治療の件ですけど……いりません。でも、見ていてもらっていいですか?」

 

「緑谷さん? ですが……」

 

 

「お願いします」

 

 

 じっと見つめられる。試されているわけじゃないんだろうけど、逸らしちゃいけないと思って、強く見返した。

 

 

 

「――わかりました」

 

 

 目を閉じながら微笑んで、一歩後ろへ下がる。

 

 

「……健闘を、心から祈ります。だから、頑張ってくださいね」

 

 

 すれ違いざま、小さく聴こえたその声に……円に向かう足が速くなったのは、まあ、しょうがない事だろう。

 

 

 

 

 渡されたボールを握る。強度の高いゴム質の、握りやすいボールだ。

 

 

(……強がったけど、ワン・フォー・オールの制御は全然できない。圧倒的な力は出せるけど、先生の言うように一回だけ。投げて腕がボロボロになれば、普段通り動けるわけがない)

 

 

 個性を使えば足手まといの出来上がり。個性を使わずとも最下位で除籍。

 

 ボールを強く握る。男子平均程度の握力しかなかった出久のそれでは、全体どころか指さえ押し込めることが――……。

 

 

 

「……あっ!」

 

 

 カチリと頭の中で、完成する音。

 

 五本の指で握り締めていたボールを握り直す。投球フォームを初心者ながら意識すれば、滑り止めの利いたゴムボールに指はしっかりとかかった。

 

 

(あとは、タイミング……)

 

 

 

 

 ――いいかい緑谷少年! 『力』を使う時のコツはね、こう、ケツの穴をギュっと締めて、こう叫ぶんだ!

 

 

 

 

 上腕を通り、肘を通り、前腕も通って、掌へ。さらにそこから、人差し指と中指に全ての力を一気に集める。

 

 激痛が来る。先端は神経が集中しているらしい。だからどうした? そんなもの、歯を食いしばって耐えればいい!

 

 

 

『――SMASHッ!!』

 

 

 

 投じられたボールは、高い角度でカッ飛んでいく。100mはすぐに超えた。500mを超えても衰えず、しかし落下を開始。

 

 それを成しただろう二本の指は、どす黒い紫色に変色しているが、構うものかと拳を握る。

 

 

 

「先生……!」

 

 

 

 『記録! ――827m!』

 

 

 

「まだ、動けます……!」

 

 

 

「で、でた! ヒーローらしい結果!」

 

「クラスでも上位陣に食い込むぞ! しかし、あの指は……やはり個性を使うととてつもない反動がくるのか」

 

 

 視界が激痛で赤く明滅する。苦鳴をあげそうになったが、歯をグッと食いしばって、口角をグイッと上げることで飲み込んだ。

 

 

 

 ――誰よりもスタートで遅れている。だから、誰よりも努力しようと思った。それは正しくて、きっと、間違ってはいないのだろう。

 

 ――でも、それ以上に。誰よりも劣るからこそ、少しずつでも前に進む結果を、僕は残していかなくちゃいけないんだ。

 

 

 

 ……出久が好成績を出したことで、クラスの幾人かが顔色を変える。

 

 純粋に結果を喜ぶ者。状況次第では順位逆転されると今更ながらに焦る者。そして、担任から打たれた釘がなければいますぐ爆撃しかねない怒りを滲ませる者。

 

 

 多くの感情を揺さぶりながら、体力テスト(もはや個性把握テスト)は終了した。

 

 

 

 




読了ありがとうございました。

アンケートにご参加していただいた方には大変に、大変に申し訳ないのですが、表現の致命的なミスがあったため再アンケートさせていただきます……!


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MP7 最高のヒーローが刻んじゃった一歩目

 

 Q.個性把握テストの時に何やったの?

 

 

立ち幅跳び → 透明な足場的な物を作って走った

 

握力  → 念力に近い何か。重ね掛けして握る部分を無理やり引き合わせた

 

持久走 → 足の裏の摩擦を消して、さらに体勢が崩れないように遠心力を無効化したり色々固定。

 

反復横跳び・上体起こし → やれないこともないが確実に気持ち悪くなりそうなので未使用

 

長座体前屈は『体の柔軟性測るのに必要ですか?』ということで未使用

 

 

ボール投げ

 

 ボールを空間に固定 → ジャイロ回転(常時加速)を設定 → ボールと掌の間の空間に空気を超圧縮 → 自分の防御用の風壁展開 → 角度調整 → 圧縮した空気を爆発させて発射

 

 ジャイロ回転をし過ぎた空気摩擦で発熱し、強度が落ちたボール内の空気が膨張したことで破裂。

 

 

 

 ***

 

 

 

「はい、体力テスト終了。じゃあ感想とかは置いといて、早速結果発表な」

 

 

 特にタメを作ることなく相澤が淡々と端末を操作し、空中に画面を投影する。

 

 半数以上が慌てて自分の名を探し、慌てなかった者も上から何番目かを見て頷いたり納得したり歯軋りしたりと、また別の意味で落ち着きはなかった。

 

 

 ……その順位表の、一番下。

 

 

「…………」

 

 『緑谷 出久』の名前を見つけた彼は、それをしばらく見つめ……違和感に気付く。

 

 一番下にあるのは自分の名前だ。それに間違いはない。だが、その横にある数字は『20』ーー21人いるはずのクラスにも関わらず、だ。

 

 

 そして、慌てて『その名前』を探す。上位にいるはずの名前だが、上にはない。一つ二つ足を引っ張った種目があったので下位なのかと探したがーーやはりその名前はなかった。

 

 まだろくに自己紹介もしていないが、唯一相澤が全員の前で指名したから、その名前は全員が知っている。色々見せつけたことで印象に残ったのも要因だろう。

 

 

 視線は順位表から……そこに名前のない早乙女 天魔に集中した。

 

 

『最下位は除籍』

 

『21名なのに20位までしかいない』

 

 

 倍率300倍を超えてきたのは伊達ではないのか、全員が早々にその可能性にたどり着いていた。

 好意的に見ていた女子六人は悲しそうだったり呆然としていたり。男子も男子で実技試験から見ている者もいるわけで、しかもすごい美人なので少なくないショックを受けているようだ。

 

 ーー冷静な少数は、あの成績で? と疑問を持ち、苦笑を浮かべているだけの本人と、この場においての絶対者である相澤を交互に見る。

 

 

 

「ちなみに、最下位除籍は嘘だ。君らを追い込んでやる気にさせるための『合理的虚偽』」

 

「「……はぁ!?」」

 

 

「虚偽ってつまり、嘘ってことですか!? メッチャ頑張ったのにぃ!」

「騙されたぁ……!」

 

「当たり前でしょう……初日に除籍なんてあり得ませんわ」

 

 

 どうだろうな、と。何人かは苦笑する。少なくとも、言った瞬間の鋭い眼光は嘘を言っているようには見えなかったからだ。

 

 

「静かに。ーーまあ、結果嘘ではあるが、少なくとも冗談ではなく本気では言っていたよ。やる気云々もそうだが、『入学初日にテストで、しかも最下位は除籍』という状況を、君らは理不尽極まりないと感じたはずだ。

 ……だがな、こんな低レベルの理不尽なんぞ、プロヒーローになれば日常茶飯事。よくあることだぞ」

 

 

 

「『ボロボロになってやっと捕縛したヴィランに増援』は常識。『要救助者の下に駆け付けたら他のヒーローが先にたどり着いていた』事もしょっちゅう。

 ーー『必死の努力が社会に正当に評価されない』ことなんざ……今この瞬間にも起きていることだ」

 

 

 

 淡々と、淡々と。それは見てきたことか、或いは自ら経験してきたことか。

 

 生々しく語られる『憧れの職業』の裏側に、不満を見せていた生徒一同の顔は真剣なものになっていた。

 

 

雄英教師(俺たち)は三年間、君らにあらゆる理不尽を投げつける。君らが将来プロになり理不尽に飲み込まれても、膝を屈することなく乗り越えられるように。

 

 だから、気張れよ。有精卵共」

 

 

 一瞬の間。そして、約二十名の強い返事を聞き、相澤は捕縛布の奥で微かに笑みを浮かべた。

 

 

 

「けろ……先生。除籍のお話が嘘だというのはわかったわ。でも、その順位表に早乙女ちゃんの名前が無いのはなんでかしら?」

 

「それは……まあ、丁度いいから紹介しておくか。 ーー早乙女、前へ出ろ」

 

 

 相澤の横に並ぶ。どこか不安そうになって見てくる何人かに、大丈夫と笑顔を返すのを忘れない。

 

 

「早乙女は君らとは少し状況が異なる生徒でな。本来なら一年ではなく、今の二年に在籍しているはずの生徒だ」

 

「二年に在籍しているはず? あれ、それってつまり……」

 

「ああ、留年だ。先に言っておくが、留年の原因はこいつの学業不振や成績不良じゃない。……あまり多くを語れないが、留年の非は雄英側にあり、寧ろこいつが全面的に被害を被った形だ」

 

 

 相澤の説明に、クラスでも一足先に団結を見せていた女子陣が表情を硬くする。

 

 ……体操服の下にあるはずのない怪我を想像し、『実技中の事故』やら『留年せざるを得ないほどの大怪我』にバージョンアップしていた。

 

 

 そしてこれは一同に言えるが、年上、と聞いてどこか納得している節もある。

 

 

「留年という結果だけ見て、コイツを劣等生扱いをする生徒はいないとは思うがーー言っておくと。実力、その他諸々を考慮しても、現雄英高校でも上位に入る実力者だ。

 順位表に名前がない理由も、早い話が『テストするまでもなく大体把握している』からだ。本来なら参加する意味も言ってしまえば無いんだが……まあ、一人だけ見学させるのも変だろ?」

 

 

 やる気を出させるために嘘まで吐いたのに、そのやる気を削ぐ要因は減らしたかったとのこと。

 

 

 

「本日はこれで解散。着替えてからは教室で自己紹介するなり、好きにしていいぞ。明日から普通に授業があるから、そのつもりでな」

 

 

 

 ***

 

 

 

「……で。物陰に隠れて、何やってんですかオールマイトさん。あとそれ、本気で隠れる気があるんですか?」

 

「あ、ああ。いや、そのー……ちょ、ちょっと相澤くんの授業が気になってネ! ほ、ほらっ私、明日の午後に実技演習入ってるじゃない? ちょっとでも参考にできたらなぁ! って」

 

「ーー『室内対人戦、かつ当日でくじ引きでチームを決める』でしたか。それなら正直、大怪我や危険行為に注意を払うくらいしかできません。あとは、生徒同士に評価をさせて自主発展性を促すくらいです。

 

 で、本音は?」

 

「いや、その……聞いた話だと、相澤くん、去年一クラス解散させたらしいじゃない? ちょっと心配な子がいてさ。大丈夫かなって」

 

「(山田か。あとで縛る)その『心配な子』というのが誰かは聞きませんが、あんまり一人の生徒に個人で入れ込み過ぎるのは……あー、まあ、生徒たちに気付かれない程度にしてくださいよ」

 

「それはもちろんさ! ……でも、よかったのかい? 早乙女くんの個性とか性別とか、丸投げしてるみたいだけど」

 

「まあ、本人たっての希望ですからね……女性扱いに慣れることも含めて、『自分で説明をしていく』と」

 

 

 

***

 

 

 

 

 場所は変わって、A組教室。

 解散、と言われたもののもちろんそのまま解散するわけがなく、着替え終わった数人は現状でクラス一のイレギュラーである天魔を囲むように群がっていた。

 

 

「とりあえず!」

 

「まずなによりも!」

 

「第一に!」

 

 

 

「「「一体どんな個性なんですか!?」」」

 

 

 

 なお、性別を(勘違いしたまま)考慮してか、女子六人が囲みの前列にいる。

 

 どうでも良さそうに帰り支度をしている赤と白のツートンカラーが目立つ男子。そして、ヤクザでもビビりそうな睨みを見せる爆破死に晒せ男子は関心がなさそうな振りをしつつ情報を得ようとしている。

 ……それ以外は関心があるが積極的になれず離れて様子見、という具合だ。

 

 

「飛行能力と治癒、しかも今日のテストでもすごい色々なことができていた。テスト一位の人も凄いけど彼女は『物を作る』個性で説明ができるのに対して、早乙女さんの場合その前提が一切ないし、どれをとっても関連性が見えてこない。個性をここまで見ていて予想が一つも立てられないなんて……! でも逆に考えたらヒーローとして知名度が上がってもそれだけ『ヴィランに対応されにくい』ってことだ。これはとんでもないアドバンテージになるぞ……!」

 

「今日で一番イキイキしてないかい!?」

 

 

 

 そしてそのノートはいつの間に出したんだ……? とツッコミを入れておく。

 

 そして、ノートにペンでガリガリと記入していく出久に、そこになにやらカクカクした動きでツッコムメガネ……と。

 

 

 ーー天魔は、初めてこの教室が、賑やかになっていることが何よりも嬉しかった。

 

 

「ふふ……あ、すみません。えっと、私の個性ですか? 『魔女』ですけど」

 

 

「「「「さらっと答えた!?」」」」

 

 

 イベント的に焦らしたりクイズっぽくしたり云々。場の空気的なノリが欲しかった数名は不完全燃焼のようだが、答えられたその答えに、キョトンと呆ける

 

 

「って、魔女? 魔女ってあの……童話とかお伽話に出てくる感じの?」

 

「童話もお伽話も=な気がしますが、概ねそんな感じの魔女です。あ、出来れば毒林檎系の魔女は除外してくださいね?」

 

 

 あれじゃあヴィランですので、と苦笑する本人に、集まった者は理解をするよりもまず納得をする。

 

 

「で、では、先ほどのテストは魔女の個性をお使いに?」

 

「ですね。えっと……あの、そろそろ簡単な自己紹介くらいしませんか?」

 

 

 

 とりあえず名前と、出身中学。今いる面々だけでも。

 

 

 

 

「ーー魔女の、魔法?」

 

「想像以上にすっごいファンタジーなのが来たね……」

 

「けろ。でも、それなら全部説明がつくわ。棒に乗って空を飛んだり、怪我を治したり、今日の色々なことも……あの黒い棒が魔女の箒みたいな感じかしら。

 

 ねえ、早乙女ちゃん。一つ、言い忘れていたことがあるの」

 

 

 ーーちゃん付けに軽く戦慄している天魔の手を、梅雨がすっと取る。両手を添えて、真っ直ぐ見上げた。

 

 

「ありがとう。試験の時、助けてくれて。……おかげで、私は夢を諦めずにすんだわ」

 

「あっ それなら、ウチもかな。あの時早乙女が助けてくれなかったら、結構ポイント的に拙かったかもだし……だから、その、アリガト」

 

 

 梅雨に続き、どこか照れ臭そうに語るのは耳郎 響香。その二人にキュンときている男子が三人ほどーーいるが放置でいいだろう。

 

 なぜなら。

 

 

 

 

  「ーーふふ、はい。どういたしまして」

 

 

 

 ーーあ、かわいい。を軽く塗り替えてしまう魔性の女がここにいるからである。

 

 二人の少女の頭を優しく撫でるその姿は、正しく『とびきり綺麗で優しいお姉さん』そのもの。そしてそれは、新男子高校生の好みを全無視して内角低めのストライクゾーンを豪速球で撃ち抜いてしまった。

 ゴハッ、と見えない血を吐き出し、これから赤くなると確信した顔を必死に逸らし……それでもチラチラと視線を向ける純情男子達。

 

 

 その破壊力は女子達にも及ぶ。むしろ男子より近くにいたからかダメージがデカイ。

 

 芦戸 三奈と葉隠 透は蹲って床を殴って必死にナニカを発散し、リアルお姉様や……! と意味不明な言葉を呟いた麗日はテンション高めに手をバタバタとさせ、リアルにお嬢様である八百万 百は、唯一愛読している少女漫画のワンシーンを生で見られた事に感動しーー

 

 そして、近距離からさらに踏み込んだ、ゼロ距離地帯。頭を撫でられて微笑みを向けられている二人はーーなんと思考を止めていた。

 

 

 『魔女』の力の一端……『魔性の女』。

 

 性別を無視した全方位無差別魅了攻撃が、ある意味で一番危険なのかもしれない。

 

 

 

 なお……数秒ほど経っても瞬きすらしない二人に流石に違和感を覚え、目の前で手を振ったり額に手を当てて熱を測ったり。

 大丈夫ですかっ? と、少しオロオロし始めた辺りで二人が我に返ったのを見てホッとして。

 

 

 

「はぁ、はぁ……っ! と、年上属性で母性キャラとお姉様キャラの両立だとぉ? 加えて小動物属性まで揃えてやがるなんて……! 胸はねぇけどそれ以外がパーフェクト! オイラの高校生活勝ち組決定じゃねぇかよぉでゅへっへっへ」

 

「……息荒いぞ大丈夫か? 病院いくか? 110番するか?」

 

「それは警察……否、この邪な気配、それが正しき判断か。……しかし、魔女とは……道理で我が魂が揺さぶられるわけだ」

 

 

 

 

「あ、そうだ、お礼なら僕も! ……結局、怪我の治療してもらっちゃって、あれだけ大見得切ったのに……」

 

「あはは、いや、治療しなかったら入学早々リカバリーガールにお説教されちゃいますよ?

 

 

 

 

 

 

 ーー私が」

 

 

 

 

 

 『なんで治さなかったんだい?』

 

 『外傷系の治療法は叩き込んださね?』

 

 『放置したら感染症云々大事になるだろう?』

 

 

 

 というお説教が、淡々と。正座二時間は確実だろう。

 

 普段は優しいお婆ちゃんだが、治療が絡むと途端に厳しくなるのだ。

 

 

 ……リカバリーガールの個性は『治癒』。唇で吸い付くことで肉体を活性化させ、自然治癒力を爆発的に上昇させることで治療を行う。故に、怪我が大きければ大きいほど体力の損耗が激しくなりーー最悪、患者が治療に耐えきれないので治療ができない、という場合もありうるのだ。

 

 

 だが、天魔の治療は魔法である。消費するのは、彼のMPのような精神エネルギーのみ。患者が軽傷だろうが瀕死だろうが、全力で治療を行えるのである。

 

 『二代目』を仕込むつもりで叩き込んでる最中さ、とリカバリーガールは公然と語っている。

 

 

 その甲斐もあってか……複雑骨折・内出血もろもろで紫色になっていた二本の指は、今では何事もなかったように肌色である。入試試験の時と同様……痛みどころか、違和感のカケラもない完璧な治療が施されていた。

 

 

(……怪我を治す、魔法。これだけ凄いならもしかして、オールマイトの怪我も治せるんじゃ……!?)

 

 

 ヒーローとして活動する時の筋骨隆々とした姿からは想像もできないほど痩せ細ってしまった現No.1ヒーローを思い出し、出久は強い希望を抱いた。

 

 ……凄惨な傷跡、呼吸器半壊と胃の全摘。五年前に負った負傷だが、もしかしたら。

 

 

 聞いてみたい。可能性があるのかどうかだけでも。でも、事が事だけに大っぴらに聞ける内容じゃない。

 

 他の人に知られる可能性は極限まで下げなければと考えて、閃くまでもなく思い至った。

 

 

 

 

 

 

「さ、早乙女さん!

 

 

 

 

 

 ーー僕と、連絡先を交換してください!」

 

 

 

 

 

 

 ……発想は、良かった。言葉の選択も、まあ固いが、問題はない。

 

 

 ……深く頭を下げ、手を、握手を求めるように前へ出すその姿勢が、大変拙かった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 ーー でーんーわーが、来たー! でーんーわーが、来たー!

 

 

「あれ、緑谷少年から? なんだろう……。はい、もしもし? どうかしたのかい?」

 

『……あ、オール、マイト? 僕です。ちょっと、お話があり、まして……』

 

「ねえ大丈夫? 声死んでるよ君」

 

『だいじょうぶです、大丈夫。そのちょっと手違いというか自爆と、いうか……それよりも! その、オールマイトの怪我が、もしかしたらですけど、良くなるかもしれなくて』

 

「!? ……詳しく、聞かせてもらえるかい?」

 

 

 

ー*ー

 

 

 

 ーーtururururu……

 

 

「……早乙女か。どうした?」

 

『すみません……その、お願いしたいことが、あるんですが……』

 

「おい大丈夫か? 声死んでるぞお前」

 

『ははは、だいじょ……ばないです。なんか、普通に女子だと思われていたみたいで、若干、その、告白ーーとまではいかないんですけど、それに近い感じのを……性別を説明する間もなく皆がヒートアップしてしまって』

 

「……待て。流石に管轄外だ。今ミッドナイト先生に代わる」

 

 

 




読了ありがとうございました!


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MP7.5 性別誤解はここまでで

 コトコト煮込まれるおしゃれなお鍋から、美味しそうな、どこか優しく懐かしい甘塩(あまじょ)っぱい香りが換気扇を通って、近隣のお宅へ無意識で無慈悲な飯テロを行う。

 コンセプト上一人暮らしが多い集合住宅で流れるその香りは、嗅いだ独り身に強い望郷の念を例外なく抱かせ、財布片手にコンビニへと向かわせた。

 

 

「ふぅ……さて、どうしましょうか」

 

 

 その鍋の中身を、火で焦げ付かないように、柔らかくなった野菜が崩れないように、ゆっくり木べらでかき回す。

 飯テロリスト、早乙女 天魔。彼が吐き出した溜め息と言葉には、結構な重量があった。

 

 

(女子の皆さんが『告白だー!』って騒いでましたけど、連絡先を交換しただけですし。ええ、友達ですから普通にしますよね連絡先の交換。あの後皆さんともしましたし)

 

 

 「結果出たら教えてね!」と芦戸・葉隠・麗日の三人からの要求。……結果って何のだ。

 

 

 救援を求めて担任に連絡を入れると、なぜか管轄外とのことでミッドナイトへスマホごとパス。状況を説明すると、スマホ越しに『くはぁっ!』という謎のうめき声。

 

 一分ほど何かに葛藤した後、状況の『解決』へ向けた作戦を考え出してくれた。

 

 

 まず

 

 

① 『行動を起こしてしまった緑谷 出久少年に性別を公開。及び作戦内容の通達』

(そもそも隠してませんと反論したいが飲み込んだ)

 

② 『まともに入学式イベントをやっていないことを活かし、相澤に軽く挨拶させ、クラスの男女人数を明確に言わせる』

(根津校長が相澤を呼んでいる、と通話越しに聞こえた)

 

③ 『おそらくあるだろう『嘘だっ!』なあれこれは、制服のあれこれを筆頭に淡々と説明。勘違いしたほうが悪いんだし?』

(嘘だ、の所だけ声がなぜか数人分聞こえた)

 

④ 『緑谷少年はあえて平然とさせ、「初めから知ってました」風に。連絡先の件は、外見でどうしても緊張してしまってと照れ気味に(←ここ重要)

 

@ 『もし万が一、証拠を見せろと言われた場合。顔を赤くして『さ、流石にちょっと恥ずかしいです』と照れ気味に(←ここちょう重要)

 

 

 結果、『天魔の性別はみんなの勘違い』&『緑谷少年は間違えて男性に告白した訳じゃない』という一石二鳥となる。

 

 

 だが、その大前提として。

 

 

 

「……わ、私から、連絡をしないと、いけないんですよ、ね」

 

 

 机の上に置いた、自身の黒いスマホをチラリと見る。今日だけでアドレス登録数が結構増えて嬉しいはずなのに、どこか距離を置きたいと思ってしまう。

 

 

(……万が一、いえいえ億が一くらいの確率で、大変失礼ですけど緑谷さんが、その、私に恋ごっ……そ、そういう感情を抱いている場合、ど、どうしたらいいんでしょう?)

 

 

 180cm近い身長で男子制服を着ているんだから、男と思ってほしかったーーという、天魔の淡い希望は木っ端微塵に砕かれていた。今朝の浮かれていた自分に攻撃系魔法を連打したい。

 

 

 

 なお。

 

 

 現実逃避のために向かった逃避先が、趣味の料理であることも。

 

 作り始めた料理が、男性が思う『女性に得意であって欲しい料理』の上位殿堂入りしているだろう肉ジャガであることも。

 

 そのために身につけた黄色いエプロンが、すっげぇ似合ってもはや若奥様にしか見えないことも。

 

 

 

 ……身長180cmの件で『自分もちょっとは男らしくなったはず』と思い込んでいる魔女は、なに一つとして違和感を得ていなかった。

 

 

 

 ──肉ジャガが完成し、あとは火を止めて冷ますだけとなり……どこか、最後の戦いに挑むような気概でエプロンをパージ。綺麗に畳んで定位置にしまい、スマホへと向かった。

 

 

(……まず、私が男であることを説明して……いえ、その前に性別をどっちと思ってるか聞くべきでしょうか)

 

 

 全く往生際の悪い魔女である。

 

 

 ……時間を確認。午後八時過ぎ。

 夕食はおそらく終わっているだろうし、当然寝ていることもないだろう。電話をかけても問題ないはずだ。多分。

 

 アドレスから『み』を選んで、個人を選択。あとはコールするだけ……となって深呼吸。

 

 

 頭の中で会話をシミュレート。大丈夫。日に四度襲いかかってくる不幸に比べたら何の問題もない。私なら出来る大丈夫自分を信じて──いざ!

 

 

 

 

 ──ちなみに……『今まさに電話をかけようとした相手から、狙ったようなタイミングで電話が来た』という経験はないだろうか?

 

 これが案外結構ビックリするので手に持ったスマホをお手玉してしまったり、話そうとした内容が空の彼方へ吹っ飛んでしまったりと、何気に被害が大きくなる。

 

 

 ……さて、もうお分かりだろう。

 

 

 

 

「へえ!? きゃ、やっ、ちょっ!?」

 

 

 

 オルゴール調の着信音と振動に驚いて手放し、取ろうとしてお手玉。二回目、三回目で確保できず、それどころか強く弾いてしまう。

 

 

 放物線の先は……キッチンの水場。さらに悪いことに、着地ではなく着水コースだ。

 

 

「──え、待っ、そっちはダメ! ふ、『浮遊』!」

 

 

 洗い物を付けていた水に向かったスマホに魔法をかけて、飛びついて両手でしっかりと確保。

 

 バクバクと今更ながらに早鐘を打ち始める心臓。そして、筆舌につくしがたい妙な高揚感に思わず叫んだり笑い出しそうになるのを必死に堪えた。

 

 

 まあ……のんびりしたオルゴールの音がBGMだったせいか、緊張感など欠片すらないのだが。

 

 

 そして、電話がかかって来ているんだーーと思い出して、画面をスライドさせて通話状態にしてから、ふと思う。

 

 

 

 

 

 ──はて、なんで緑谷 出久()から電話がかかってくるんでしょう?

 

 

 

 

『も、もももしもし!? さっささ早乙女さんでしゅか!? あああああの、僕、みっ、みどりやです! けど!』

 

 

 

 ガッチガチに緊張した、上擦りまくった声は、耳を当てていたら軽く痛くなっただろう音量。

 

 ……顔が真っ赤になっているだろうことは容易に想像できた。

 

 

(あ……あれ? これ、もしかしたら、ちょっと、真面目にまずい感じですか……?)

 

 

 

 ──実際の所は、出久が女子と碌に会話したこともない絶滅危惧種レベルの純情ボーイなだけである。女子との電話、というだけで緊張しているだけだ。

 

 だが当然、天魔がそんなことを知っているはずがない。

 

 長年の誤解からくる経験と、女子たちの反応。そして、連絡先を聞いて来た時の出久の行動が絶妙に絡み合って、最悪のヴィジョンが脳裏に、明確に浮かんだ。

 

 

 

 深呼吸。

 

 

 

 

 どうして、と嘆きはある。後悔も、世界や神に対する理不尽に対する怒りもある。

 

 

 それら全てを、今は飲み込み……

 

 

 

「──……。こんばんは、緑谷さん。丁度、私も掛けようとしていたんですよ」

 

 

 

 

  覚悟──完了。

 

 

 

 

『ふぇ!? そ、そうなんですか!? あ、あのちなみに、どんなご用件で……?』

 

「いえ、ちょっとしたお願いをしたくて。……それよりも、緑谷さんの用件を──先に聞いてもいいですか……?」

 

 

 無意識なのだろうか、ゴゴゴゴゴ、と魔法として形になる前のエネルギー的なモノが、空間を重く、粘り気のある異質なものへと変貌させていく。

 

 ──瞳からハイライトが消え、無風の室内で長い黒髪がザワザワと揺れ唸った。

 

 

 

『えっと、その……

 

 

 

 

 

 早乙女さんの個性の件で、ちょっと聞きたいことがあって……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……おや?

 

 ごごご……と音が消え、髪がストンと重力に従う。

 

 

 

 

 

「私の個性……ですか?」

 

『は、はい! その、入試の時と、今日のテストの後に僕にかけてくれた治療、魔女の魔法なんですよね? あれって、どれくらいの重傷まで治療ができるんで──……?

 ……あれ、早乙女さん? もしもし?』

 

 

 

 

 

 

 

「神は、いました……! 神は、ここにいました……!」

 

 

 

 

 両膝を突き、スマホを抱きしめるように手を組む姿は、そこが何故『十字架の前』ではなく、そして何故『修道女の衣装を纏っていないのか』と疑問に思ってしまうほどの堂々たる祈りの姿勢だった。

 

 魔女的な意味では、神様とはどちらかというと対極にいそうな気もするが、この際気にしてはいけない。

 

 

『(な、なんか啓示が降りてらっしゃるぅ!?)』

 

 

 

 

──しばらくお待ちください──

 

 

 

 

「──ふう。失礼しました。治療の魔法の強さ、ですね。ちなみに『何故それを?』とお伺いしても?」

 

『あ、はい! その……僕の、知り合いの──返しきれない恩がある、大切な人なんですけど……数年前に、大怪我をしてしまって……』

 

「その人の治療ができないか……と?」

 

『はい……』

 

 

 

 もう一度、深呼吸。意識を変える。

 

 声は沈痛なもの。電話の向こうの彼が、泣きそうなほどに顔を歪ませているのが容易く想像出来るほどだ。

 

 

 

 ──思考を回す。深く、ゆっくりと。

 

 

 数年前ということは、現代医学や、リカバリーガールを始めとする医療系の個性持ちにはすでに当たっているだろう。

 ならば、あくまでも予測だが……望まれているのは怪我の治療、というよりも、『治療後の後遺症をなんとかしたい』のではないだろうか。

 

 

「……内容が内容ですので、生半可な事を言って緑谷さんとその人を期待をさせるわけにはいきません。今は『その人の状態を直接診てみないとわからない』としか、私には答えられません。

 ですが、もし治療を行えるのなら、私の持てる全てを尽くします。その為にもまずは──個性の使用許可や医療関係機関へ連絡など……色々と段階を踏まなければなりませんけど」

 

『あ、それなら多分大丈夫です! その人、えっと、今は雄英高校の関係者ですから!』

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「はい。じゃあ明日のお昼休みに。診察くらいなら五分もかかりませんので」

 

『わかりました! あの、ところで早乙女さん。早乙女さんが僕に電話をかけようとしてたって、さっき……その、お願いって?』

 

「──その前に、緑谷さん。率直に答えてください」

 

 

 

 

 

 

 私って、男か女か……どっちに見えますか……?

 

 

 

 

ー*ー

 

 

 

 

「……そうか、引き受けてくれたんだね。私のほうも、リカバリーガールや相澤君、校長先生への連絡は終わっているから問題はないと思うよ。

 

 ……ところで、緑谷少年? 君の声が先ほどにも増してデッドゾーン越しに聞こえるんだけど、マジ大丈夫?」

 

『……その、早乙女さんは、早乙女君だそうです。……自分でも何言ってるのかわからないんですけど、音子さんでもアイアンマンでもなくて、制服のズボンは男装とか怪我を隠すわけじゃなくて、ズボン穿いてることが正しくて──多分みんな誤解してるだろうから、手伝って欲しいことがあるそうで……はは』

 

 

 

(く、クリティカルヒットしちゃってるぅ!? いやでもわかるよ! 私も最初本気で間違えちゃったし、今でも若干信じられないしネ!

 あーでも、少年の場合、色々と助けてもらったみたいだから……恋愛感情に近いものを感じていてもおかしくはない……オゥ、シット! よりにもよって一番苦手なジャンルが来ちゃった!)

 

 

「えー、あー、その……緑谷少年。君は、彼が、早乙女少年が皆を騙そうとしていたり、嘘をついていた、と思うのかい?」

 

『それはありません! だって……!』

 

「じゃ、じゃあ、それでいいじゃないか。──彼は君を助け、支え、癒してくれた。それは事実であり、そして彼の本心からなんだと思う。そこに、男性か女性か、なんて関係があるのかい?」

 

『……!』

 

 

 

(お、おお? これは結構いい感じじゃない? よっし! この勢いのまま突っ走ろう!)

 

 

性別なんて関係ないさ! ──大事なのは、『彼が君に対して何をしてくれたのか』。それを受けて、『君が彼に対してどうしていきたいのか』だと思うよ」

 

『性別なんて関係ない……僕が、早乙女さんに……』

 

 

「助けてくれた彼が、助けて欲しいと手を伸ばして来た。

 

 ……答えは、決まってるだろ? ヒーロー」

 

 

 

***

 

 

 

 翌日。高校生活二日目。

 

 

 

「──連絡事項は以上だ。

 

 ……さて、今日から本格的に君らの高校生として生活が始まるわけだが、同時にヒーローの卵としてのスタートでもある。よく学び、よく鍛え、あらゆる経験を自分のモノにしていって欲しい。

 男子十五名、女子六名の計二十一名。友でありライバルであるクラス一同の切磋琢磨を期待している」

 

 

 

 作戦の第二段階、男女比の明言。先生の言葉に身を引き締めていた一同が、しかし気のせいレベルだが、しかし確かに強調された人数の件で、大半の生徒が首を傾げた。

 

 

「あの、先生? 今の人数やと男子多くて女子少ない気がするんですけど……」

 

「(疑問を持ってるのは……緑谷以外の全員か)間違っていない。時折例外はあるが、このクラスでは男女でちゃんと制服は分かれてるだろうが」

 

 

 何を言ってるんだ? という表情を努めて、質問して来た麗日を見る。

 

 

 雄英高校の頭髪や服装に関する校則は、多様な個性の関係上、個性発現以前と比べれば相当に緩い。

 髪の色や長さは自由だし、制服の改造も個性次第では一発許可。着崩しも度を越さなければ許可される。

 

 

 ──尤も。校則にはそもそも、『性別に応じた制服を着用しろ』なんて項目はないのだが。

 

 

 全員の視線が、どう見ても『男子制服を着ている女子』である天魔に集中する。

 

 ……両目ガン開きで、ちょっとどころじゃなくかなり怖い。

 

 

 

 

「あー……次の授業が始まる前までには静かになってろよ。じゃ、解散」

 

 

 相澤、合理的撤退。

 

 ……どこか救援を求めるような視線が台風の目から来たが、知らん振りした。

 

 

 唖然・呆然とする一同。予想に反して静まり返るが、なぜだろうか。際限なく膨らみ続ける風船のような危うさがあり、放置すれば爆発するだろうと予感させた。

 

 

 

「え、えっと。あれー? もしかしてみんな、早乙女さんが女子だと思ってタノ?」

 

 

 『最早爆発は免れない』

 

 ならば、大規模から中規模くらいは被害を減じてみせる。と、一日だけ早く事実を知った出久が行動に出た。

 棒読み・声裏返り・役者大根でなんとも頼りないが……状況を動かす要因くらいにはなれたようである。

 

 

 

「──おいデクゥッ! テメェ最初っから知ってやがったのかコラあぁん!? ふざけんじゃ、ふざけんじゃねぇぞこのクソナードがぁ!」

 

「ちょっ、ちょっと待ってなんでかっちゃんがそんなにマジギレしてるの!? っていうか何に対してキレてるの!?」

 

 

 爆発は本当に免れなかった。天魔唯一の援軍は羅刹のような顔のヴィラ……爆豪に捕まり早々に退場。

 

 

 以下、収拾が付かないのでダイジェストでお送りします。

 

 

 

「いや! いやいや! だって、ええと──……ほらぁ!

 

「けろ、落ち着いてお茶子ちゃん。言語が麻痺してるわよ。

 でも、早乙女ちゃん。疑うようでごめんなさい。本当に、男の子なのかしら……? とても綺麗だから、ちょっと信じがたいというか」

 

「ハハ……大丈夫です。慣れてますから。個性発現してから性別そのままで、容姿だけが激変しちゃったんですよ」

 

 

 

 

「じゃ、じゃあ『アレ』も付いてんのかよ!? し、信じない! オイラは絶対信じないからな!?」

 

「……金的された男性を見たら、思わず内股になりますよね……?」

 

「「「「「……あ、男だ」」」」」

 

 

 

「生徒手帳にも、男性とありますわ」

(残念ですわ……お姉様とお呼びしたかったですのに)

 

「……マジっぽいね。ごめん早乙女。昨日更衣室でさ、ズボン穿いてたり女子更衣室使わなかったりするのを、傷とか隠すためなんじゃないかって、それで勘違い加速させちゃったかも」

(そっか男かー。ウチは男と胸の大きさ競って、ちょっと勝ってる事に安堵しちゃったのかー……ハハハ)

 

 

「でも違和感ないよね絶対。更衣室もそうだけど、女子のほうにいても不思議じゃないっていうか……むしろ男子の方に入ろうとしたら止めるね、絶対」

 

 

 

「……この髪とこのお肌で男子? ──異議有り! 有罪(ギルティ)! 被告人は速やかに現在使用しているシャンプー・コンディショナー・ボディソープ諸々を教えなさい! ……教えてくださいお願いします!!」

 

「とりあえず顔をムニムニするのやめてくださいね? まあ……見ての通り、私は髪がかなり長いので、洗うと髪を乾かすのに凄い手間がかかるんです。だから、お風呂にそもそも入らないんですよ。体を綺麗にできる魔法とか、いろいろ有りますので、それで──……? あ、あの、目が怖いですよー……?」

 

 

 

 

「Hey! やって来たぜ高校初授業! 教科はEnglish! お届けするのはこ・の・俺、プレゼント・マイ……

 ──あ、すみません。部屋間違えました」

 

「マイク先生! 合ってます! 合ってますから!」

 

「天魔ちゃんが『美容魔法』を使ってくれると聞いて!」

 

「言ってないから帰ってくださいミッドナイト先生!」

 

 

 

 

 ──充血した眼をさらに血走らせて鋭くした担任がやってくるまで、あと三分少々。

 

 早乙女 天魔の、短くも長い孤独な激闘が始まった。

 

 

 

 

【おまけ】

 

 

「言い忘れてました。芦戸さん。更衣室もトイレも、別に止めなくていいですよ?」

 

「ごめんごめん。もちろん止めないよ? ただ、やっぱりその……ねぇ?」

 

「? トイレも更衣室も、私使いませんから。トイレなんてもう十年くらい使ってませんし」

 

「ごめん何言ってるのかちょっとわからない」

 

 




読了ありがとうございました!


次回はちょっとシリアス多めになるかと思います。


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MP8 ほんの一時の休息を

注意:オールマイトの怪我に関してかなりの独自解釈があります。


 

 

 雄英高校の誇る施設の中の一つに、全校生徒の八割を収容できる大食堂がある。プロヒーローである『クックヒーロー』ランチラッシュが、名店に劣らぬ食事を格安で提供してくれるとだけあって、平日昼時の混雑は凄まじいものがあった。

 

 

 

「いやー、でもびっくりしたわ。早乙女さんがまさか男子やったなんて……いまでもちょい信じられへんもん」

 

「ぼっ──俺も驚いたよ。しかし、そうだと思って見れば確かに所々男性的でもあるな!」

 

「けろ。……ちなみに飯田ちゃん。その『男性的な所々』って具体的にはどこかしら」

「すまない。嘘を吐いた。身長と体の起伏くらいしか思い浮かばない」

 

「「謝罪が早いなおい」」

 

 

 名店の美味に舌鼓を打ちながら、クラスで大体固まっている一年A組の生徒たちの話題は、もちろん早乙女 天魔という生徒についてだ。

 

 事情ありきの留年生で、絶世の美女な容姿で実は男子で、個性がとんでもねぇ反則(女子談)な、もう話題しかないクラスメート。

 用事があるとのことで現在この場にいないが──いないからこそ、失礼だとは思いながら話題にしやすいのだろう。

 

 

「……ねえ切島ー。率直に聞くけどさ、男子は早乙女のこと、男子扱いできそうー?」

 

「あー、いますぐに、って言われると無理だなぁ。時間をかければもしかして、って感じだ」

 

 

 同じ中学の出身である芦戸が切島に問うが、その返事は名前に反して切れ味が鈍い。時間をかけても『もしかして』レベルなのは何故? と女子陣の数人が視線で続きを促した。

 

 

 

 

「いや、だってよぅ……外見はもうしょうがねぇけどさ。早乙女の言葉遣いとか動きとか、もう全部が女子じゃねぇ?」

 

「「「あー……」」」

 

 

 賛同するように頷く男子と、その言葉に納得してしまう女子。

 授業中もそうだが、数回の休み時間でのやり取りを思い出しても、男性的なあれこれが一切無いのだ。

 

 

「俺は申し訳ないけど、トイレと更衣室は使わないって聞いて、ちょっとホッとしたよ。意識するなっていうのは、流石に無理だって」

 

「……!(コクコク)」

 

「切島の言う通り、同性扱いをいますぐにしろ、というのは無理だ。ならばと言って、女性扱いしない、というのが、どういうことなのかもイマイチな……」

 

「どう見ても年上のお姉さんだもんな! いま『実はドッキリでした!』って看板出されても納得できるぜ俺は」

 

 

 気まずそうに心中吐露する尾白に続き、口田と障子が続く。上鳴が笑って言えば、少なく無いメンバーが周りをちらりと窺った。

 

 

「……で、さ。……爆豪はあれ、どうしたんだ? なんか、ずっと機嫌悪そうだけど」

 

「ウチらが聞きたいっての。……まさかとは思うけど……早乙女に惚れてたとか」

 

 

 

「おい聞こえてるぞクソ髪にクソ耳」

 

 

 人を殺せる目。これは実際何人か殺してる目。そんな眼光でジロリと睨んでくるヒーロー志望。

 

 凄まじ過ぎる暴言アダ名に一同が唖然とする中、爆豪は激辛カレーの上に更に唐辛子パウダーを掛けた味覚の暴力をガツガツと食べていく。

 

 

 

 

(クソが……!)

 

 

 最初に言っておくが、彼の『これ』は、おおよそ恋愛感情と呼べるものではない。

 

 爆豪と天魔の初対面は、クラスの大半と同じく入試の実技試験。だが出久たちのように、救助されたわけでも、況してや、治療を施されたというわけでも無い。

 

 

 上昇志向──いや、もはや頂点志向と言っていいほどトップを望む爆豪は、入試の実技試験など、気にも留めない通過点と考えていた。

 実際、同じブロックに振り分けられた受験生を端役やら踏み台と決めつけ、『爆破してはいけない動く障害物』レベルの認識しかしていなかった。

 

 

 ただ一人。

 

 ……早乙女 天魔を除いて。

 

 

 黒い棒に腰掛けるように座り、鋭い速度で飛翔する女。モブ・端役と括らせることを躊躇わせる美しい容姿に一瞬呆然とし……すれ違い見送った先で、目を見開いた。

 

 落ちてくる無数の瓦礫。その落下地点にいるのは、腰の抜けた数名の受験生。

 女は更に加速。爆破による加速で、瞬時速度には自信を持っていた爆豪を軽く抜き去る速度で、瓦礫よりも早く落下地点に到達。

 

 そしておもむろに片手を上に挙げ、掌を天にかざし──

 

 

 衝撃。

 

 その掌から何かが弾け、それが無数の瓦礫を小石レベルに粉砕し、さらには吹き飛ばしたのだ。

 

 

 結果だけ見れば、爆豪も同じことができるだろう。だが、ノータイムでは無理だ。数秒の溜めがいる上、周りへの被害も相当出るだろう。

 

 

 それを、何事もなく。

 

 

 ──プライドの塊である彼が、認めざるを得なかった。それだけでも認められないというのに、相手はなんと女なのだ。

 

 『女に負けた』……それが、何よりも許せなかった。

 

 

 実技試験が終わって、猛る感情のまま白黒付けようと挑みかかるが、結果は最初の不意打ちの爆煙がギリギリ掠っただけ。追いかけようとしても空中は相手のフィールドであり、楽々と逃げられてしまって不完全燃焼。

 

 

 試験後……『決着は雄英で付ける』と、相手の合格を無意識に確信していたことにも立腹。幼馴染で同じ中学のモサモサ緑頭のことなど、もはや忘我の彼方だ。

 

 

 そして、いざ入学してみれば……自分が(大変遺憾ながら)認めた女が、忘我の彼方に居た幼馴染と仲良さげに話している。

 腹が立った。

 

 続く個性把握テストでは、空を自由に飛ぶ女に対して空中戦用にいくつか考え出した個性応用を見せつけるが、意識すらされていない。それどころか、またデクの方に寄って行く。

 腹が立った。

 

 

 最後のボール投げに至っては、ただ呆然とすげぇと思わされてしまい──また、腹が立った。

 

 

 担任から留年生だの、その上、雄英ヒーロー科でも上位だの。プライドが再び揺さぶられたが……爆豪の顔は、それはそれは血に飢えた、獰猛な獣のような笑みを浮かべていた。

 

 

 

 ──越えるべき壁は高い方がいい。なにせ、ぶっ壊し甲斐がある。

 

 

 

 そんな信念を定めた翌日に、実は男だったという暴露。しかも、木偶の坊の代名詞たる幼馴染はそれに気づいていたという。

 

 自分が見抜けなかったことを、淡々と格下のナードが気づいていた、それが何よりも、何をおいても、気に入らない。

 

 

「はっ……男だろうが女だろうが、関係ねぇだろ。ぶっ潰して俺が上にいく。ただそんだけだ」

 

 

 言葉にする。

 

 その通りなのに、それでいいはずなのに。イライラは落ち着く気配を一向に見せなかった。

 

 

 

 この場にいない、早乙女 天魔。そして緑谷 出久。

 

 その事実を振り払うように、爆豪はカレーにさらなる赤い山を作り上げた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 『オールマイトの事務所の事務員』

 

 『オールマイトとは母方の従兄弟で親戚』

 

 

 『五年前にヴィランとの戦闘に巻き込まれて重傷を負い、オールマイトが罪悪感を覚えてしまっているようでなんとかしたい』

 

 

 

 ──以上の三点が、オールマイトこと八木 俊典が一晩で考えたシナリオだった。探せばいろいろと粗は出てくるだろうが、一先ずはこれで問題ないだろう。

 

 緑谷の紹介と、互いの自己紹介。そして上記の説明を終えて……所謂本当の姿(トゥルーフォーム)となっているオールマイトは、仮眠室の寝台の上で横になっていた。

 

 

 ……剥き出しにした、脇腹の傷。生々しい手術痕が腹部全体や胸部にまで広がり、肌の色さえ変色している。

 

 そこに、触れないように手を翳して、目を閉じて集中している天魔がいた。

 

 

(……なんというか、不思議な気分だ。早乙女少年はまだ学生なのに、なんだかリカバリーガールや本職のドクターに診てもらってる気分だよ)

 

 

 咄嗟にオールマイトと呼んでしまう可能性が高いため席を外してもらった緑谷が、最後までオロオロハラハラとずっと落ち着きがなかったからこそ、余計にそう感じるのだろう。

 子供の頃の一歳の差は大きいんだなぁ、と、どこかズレた感想を抱きながら、オールマイト改め、八木 俊典は天井を眺めた。

 

 

 しばらくして翳していた手を離し、吐息を一つ挟んで、天魔は緊張を解く。

 

 

「──怪我による胃の全摘。そして、肺を始めとした呼吸器官の半壊。……そこから連鎖するように、内臓の殆どに相当な負荷が掛かってますね」

 

「正解だよ。けど、えーと……連鎖、というと?」

 

「まず、胃の全摘に伴って──慢性的な極度の食欲不振と、他の消化器官の消化不全。それによる栄養失調から、肝臓や腎臓にも影響が出ています。そして、呼吸器の半壊で軽度の低酸素症になって疲労を上手く回復できないようです。それに、睡眠不足もかなり。

 

 あの……失礼ですが、なんで入院していないんですか……?」

 

 

 ──診断結果は、本人が思っている以上に深刻だったらしい。

 

 かなり深刻そうな顔で、今にも119番通報しそうな天魔が、よりそう思わせた。

 

 

「た、担当の医師からはちゃんと許可はもらっているんだよ! それにほら、薬も処方されているから、それでなんとか。

 

 それで……その、治せそうかい?」

 

 

 

 藁にも縋る……そんな声を聞いて。

 

 

 しかし天魔は、ゆっくりと首を横に振った。

 

 

 

「……申し訳ありませんが、お力には成れません。怪我を負った直後ならまだなんとかできたかも知れませんが……負傷した臓器を治療するならまだしも、摘出した臓器を丸ごと作ることは、できません。

 なにより、時間が経ち過ぎています。すでに八木さんの体が『今の状態が本来のものだ』と、認識している可能性がとても高いんです。仮に新しい臓器を移植したとしても……適合せず、かなりの確率で合併症を引き起こす可能性があります」

 

 

 その回答を聞き、オールマイトは……静かに目を閉じた。

 

 治療不可……その事実にショックは、ない。

 

 

(──わかっていた、ことじゃないか。勿論、もしかしたら、と考えなかったわけではないが……それでも、覚悟はしていたはずだ。

 自分が落ち込むよりも、悲嘆に暮れるよりもまず先に、世話と手間と──私のせいで要らない無力感を背負わせてしまった生徒を思うべきだろう。緑谷少年にもかな。彼は特に、自分を責めやすいから)

 

 

 

 目を閉じたまま、まず感謝を告げようとして──「ですが」と続けた天魔の言葉に、目を開いた。

 

 

 

「抜本的な治療はできませんが……怪我から連鎖している諸々の症状は、大きく改善できると思います」

 

「えと、それ、は……つまり?」

 

 

「説明するよりも、実際にやってみましょうか。『知覚誤認』『生体強化』」

 

 

 離した手を、もう一度翳す。

 言霊に連なって柔らかな赤い光が手に灯り、その光が横になっているオールマイトの全身を薄く包んだ。

 

 光はすぐに、体の内側に浸透していくように消え……不思議な静寂が仮眠室に広がる。

 

 

 

「さ、早乙女少年? 今のは……っ!?」

 

 

 

 勢いよく体を起こし、腹部を抑える。

 

 明確な違和感。だがしかし、かつては……負傷する前はそれが正常だった、その感覚。

 

 

 

「え、うそだろう……?

 

 

 

 ──お腹、空い、た?」

 

 

 

 それは『空腹感』。本来、胃が空っぽになった時に脳に生理信号が送られ、食事を取ろうとする欲求である。

 ……胃を全摘してから、約五年。オールマイトが失い、忘れかけていた感覚だった。

 

 

「催眠療法を魔法で再現しました。その空腹感はおよそ20分ほど持続し、『ごちそうさま』のキーワードでそこから少しずつ満腹感へ変わります。

 さらに、残った消化器官の消化性能と吸収性能を強化しました。胃による第一消化がなくても、よほど暴飲暴食しない限り問題はないはずです。こちらはおよそ六時間ほどで効果が切れます」

 

 

 天魔の説明を、どこか呆然とした面持ちで聞き入るオールマイト。

 

 彼の言い方が余りにも何気ないので別段特別なことなど何もないように聞こえるが……とんでもない。現代医学で同じことをやろうとしたら、一体いくつの薬を重服用しなければならないのか。さらにその副作用にも苦しんだことだろう。

 

 個性でならばできるかもしれないが……果たして、ここまで狙ったような効果と時間を出せる者がどれだけいるだろうか。

 

 

 ──説明を終えた天魔は、おもむろに空間に手を突っ込み……手頃だが、そこそこの大きさの包みを取り出す。

 

 

 

 

 包みを外し、蓋を取れば……そこには、なんてことはない。

 

 なんの変哲も無い、一般家庭で作られていそうな……普通の、お弁当だった。

 

 

「……っ(ゴクリ)」

 

 

 ──なのに、目が離せなかった。普通の……手の込んだ、美味しそうな手作りお弁当を前に、オールマイトは口の中を唾液で満たしていく。

 

 

「いまから食堂は少し難しいので、『こんなこともあろうかと』! ……ふふ。あ、すみません。実はこれ、一回言ってみたかったんですよ」

 

(……やっぱりこの子、女の子にしか見えないよなぁ)

 

 

 『照れてはにかむ綺麗なお姉さん(黒髪超ロング)』で想像していただければドンピシャである。お弁当だけかと思いきや、いそいそと汁物やデザートなのかカットされた果物を用意しているではないか。

 

 

「さあ、お召し上がり下さい。拙い自作で申し訳ありませんが」

 

「あ、いや……これだけ作れれば十分以上じゃないかな。でも、その、いいのかい? これ、ひょっとして君の分じゃ……」

 

 

「細かいことを気にしちゃいけません」

 

 

 

 

(……あ、これ逆らっちゃいけないやつだ)

 

 

 

 経験則だ。自分がヒーローとして活動している時に意識して浮かべている笑顔とは、違うベクトルの強さを持った笑み。……かつて自分がやらかしたとき、恩師や相棒が浮かべていた笑顔に近い。

 

 ──座ったままでよかった、と心から思う。思い出したらちょっと足がガクブルしてきた。

 

 

 用意された箸を取り、少し迷って、卵焼きを選ぶ。食べて噛めば、ほんのり甘く、柔らかい卵の味。次はご飯。卵の余韻が残っているうちに、一口……いや二口。

 

 

「──っ」

 

 

 次はきっとオカズのメインだろう鷄の唐揚げ。しっとりジュウシーな鶏肉に、しっかりと付いた下味が、米を寄越せと凄まじく訴えてくる。

 

 

 

 箸は……止まらなかった。

 

 味の染みた肉じゃが。彩のプチトマト。

 

 汁物は味噌汁。インスタントじゃない、出汁からしっかり整えた味噌の風味が、豆腐と柔らかく煮られたキャベツと人参によく染みている。

 

 

 

 

 

「あっ……!」

 

 

 無我夢中、という勢いで食べることに没頭していたオールマイトが、自分の眼からいきなり溢れ出した涙に箸を止めた。

 

 咄嗟に拭う。ゴミが目に……と言い訳を言おうとして、しかし涙は止め処なく、大粒に。

 

 

 

「ご、ごめんね! みっともない所っ、見せちゃって……いい歳したおじさんが、ほんとに……!」

 

 

 止めようとするが、止まらない。拭えど拭えど意味がなく……掌で覆い隠すしかなかった。隠れていない口元は、込み上げてくる何かを押さえ込むように強く噛み締められている。

 

 

 

「大丈夫です。……ちっとも、みっともなくなんてないですよ。何を隠そう、私も似たような経験がありますから」

 

 

 ──期間は半年で、食べたものは『おもゆ※お粥のさらに薄いもの』でしたけど。

 

 

 オールマイトの記憶の隅に残っていた、天魔の来歴。誘拐拉致監禁をコースメニューで周回した彼にして、おそらく最悪だっただろう半年。

 ……強化し続けた消化器官が、排泄を不要とするまで完全消化・完全吸収をするようになった──ならざるを得なかった、半年。

 

 

 

「『食事に喜びを感じる』──それは、正しく生きている証拠です。みっともなくなんて、ありません。絶対に」

 

 

 

 涙腺は完全に決壊した。だが、それでも箸を動かし、ご飯粒一つ残すものかと食べる。

 

 

 そして数分と経たずに、『ごちそうさま』が唱えられ、懐かしき満腹感にただ浸った。

 

 

 

 

 

「……ありがとう。早乙女少年。お弁当、本当に……本当に美味しかったよ」

 

「はい♪ お粗末様でした。──ところで八木さん、午後のご予定は?」

 

「え、午後かい? 午後は君たちの授業……の見学ゥ! ほっ、ほら、あれだよ! オールマイトってなんだかんだ教師デヴューしたばっかりじゃない!? 身内としてはちょっと心配でねHAHAHA!」

 

「では、下準備もあるとすると……あと二十分くらいですか。それでは、改善の第二段階です。

 

 『休息圧縮』」

 

 

 なにを……と問おうとするが、強い眠気に襲われてそれどころではない。座ったままでフラフラと危なっかしく船を漕ぎ、眠気に抗おうとする前に、天魔の手でソファーに寝かし付けられた。

 

 

「こ、れ……は、なん、だい?」

 

「『短時間睡眠での疲労回復』を限界まで突き詰めた魔法です。二十分後に自然に目が醒めるようにしましたので……二度寝しちゃだめですよ?」

 

 

 

 ──それ、プロヒーロー全員が欲しいやつじゃないか。

 

 

「はは……君、本当──凄い、ね。二度寝、かぁ。自信、ないなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、ランチラッシュ先生にお願いして、オニギリだけでも作らせてもらいましょうか。

 

 その前に、『空圧操作』と念のため『警報泡』をかけて、と。……それでは良い夢を」

 

 

 

《おまけ》

 

 

「やあ! 早乙女くん! 八木くんの治療は……その様子だとできなかったようだね。改善が大成功という塩梅かな?」

 

「もう驚きませんけど、本当に見ていたように正解ですね、校長先生。あ、オニギリ食べますか?

 それにしても……オールマイトの親戚っていうだけあって、スーツの趣味も似てるんですね。黄色のストライプ(縦縞)柄なんて、そうそう見ないですよ」

 

「はは、あははは! うん! そうだネ! ……一つもらえるかい? できれば抱えてくれるとなお良し。ちょっと癒しが欲しくなっちゃった」

 

 

 




読了ありがとうございました!


半年以上食事が点滴で、おもゆで大泣きしました。

なお、当作ではオールマイトの日常吐血はさせません。
基本は原作通りですが、英雄へ何気ない幸せが、魔女によってもたらされます。


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MP9 実技は真面目に

「いやぁ早乙女くんって、本っ当に反則だよね!」

 

「Oh……いきなりどうしたんだ根津校長! 確かに早乙女リスナーがいろいろ反則染みてるのは否定しないけ──……あれ? なんか心なしか、毛並み良くなってないすか?」

 

「わかる? わかっちゃうかいこのキューティクル!? いやーブラッシングもしてもらっちゃったよ! 

 ……やべぇよあれ、マジ天国だわ

 

「……あっれ? 校長ってこんなキャラだったっけ」

 

 

「コホン。まあ、ちょっとキャラが変わっちゃってもしょうがないのさ!

 うん……『個性の関係性』を舐めてたよ。もしかしたら私、早乙女くんに逆らえないかもしれない」

 

 

***

 

 

 お昼休みの終わり。春先の麗らかな陽気と満腹感が合わさって、なんとも眠気を誘う時間帯だが、そこに集まる二十名は、欠伸の一つも……それどころか、眠気を欠片ほども感じていなかった。

 

 

 欠伸の代わりの、生唾を飲み込み。

 

 眠気を淘汰して、知らず高くなっていく鼓動を抑え。

 

 

 

──……ドドドドドド。

 

──はーっはっはっは!

 

 

 

──「オールマイト先生! 授業中です! 静かにっ! あと廊下を走らないでください! 貴方は注意する側でしょうが!」

 

──「す、すみませんっ」

 

 

 

 

 

「…………むぅ」

 

「? どうかしましたか? 障子さん」

 

「早乙女か……いや、なんでもない。なんでも……」

 

 

 

 障子は口元のマスクを、特に乱れてもいないのに直す。

 

 ……これは、胸中にしまっておこう。後ろの席に座る耳郎も呻いているが、それだけだ。彼女が黙るなら自分も黙るべきだろう。

 

 

 

 

「私が────! 普通にドアから静かに来た!」※小声

 

 

 そして、大袈裟な動作のくせにやたらと静かにやって来たのは、平和の象徴。No1ヒーロー、オールマイトだ。

 

 

「うぉおすげぇ! マジでオールマイト来たぁ!!」

 

「しかもあれ、シルバーエイジのヒーローコス!? やべ、俺生で初めて見た! しゃ、写メ撮っても良いかな……!?」

 

 

「早乙女さんとは別のベクトルで画風が違う……!」

 

「少女漫画とアメコミが奇跡のコラボだね! ……交互に見ると余計に差が凄い!」

 

 

「HAHAHA! 興奮するのはわかるけど、少年少女たちよ! 今は授業中! 他のクラスに迷惑だから静かにしようね!」

 

 

 

「「んん……っ!」」

 

 

 天魔の後ろに座る二人が同時に苦しそうな咳払いをするが、憧れのトップヒーローを前にした興奮で誰も気付いていない。

 ……唯一気付いて心配したどこかの魔女が、二人の机の上に喉飴を二、三個魔法を使って出現させたりしたが、まあ余談で良いだろう。

 

 

「コホン──さあ! ヒーロー科一年、記念すべき最初の実技のお時間だ! 気になるその内容は、これ!」

 

 

 バチン! と豪快に鳴らした指を合図に、デカデカと表示される『BATTLE!』の単語。

 

 

 

「そう、戦闘訓練! そして今回の授業にはぁ──!」

 

 

 オールマイトは手元の、リモコンか何かを教室の窓側の壁に向けて操作する。僅かな機械音の後、そこから一から二十一のナンバリングされたケースが迫り出してきた 。

 

 

「君達が入学前に申請した『ヒーローコスチューム』! これを着て行ってもらう!」

 

 

 注意された手前、叫び出すことはしない。だが、その溢れんばかりの熱量をオールマイトはしっかりと感じ、笑顔を深める。

 

 

「──君達はまだヒーローじゃあない! ヒーローになるための第一歩を踏み出したに過ぎない!

 

 だけど、憧れてしょうがないよな!? いてもたってもいられないよな!? だったらまずは形から! 夢に描いた姿になって、より一層実感しようぜ!」

 

 

 

 

 『自分は今、夢に向かって突き進んでいるんだ』と!

 

 

 

 

「各自、コスチュームに着替えてグラウンドβに集合!

 

 ──さあ、気合い入れろよ有精卵供!」

 

 

 

 

***

 

 

 

「──それで、なんで私より先に早乙女少年が訓練場に着いてるのかな……? 廊下、走ってないよね?」

 

「はは、大丈夫ですよ。空を飛びながら着替えましたから。

 

 この黒衣、普通に着るともの凄い時間がかかるんです。ベルトとか無駄──結構多くて……だから『換装(コスチューム・チェンジ)』という瞬間着替えの魔法を作りまして」

 

「え、何それ素直に羨ましい! 日本というか、世界中のプロヒーローが欲しい魔法だよそれ!」

 

「ちなみに換装パターンは幾つかありまして、部分的に変わって行く『少女アニメ式』と、一定のポーズ後に変身する『ライダー式』。そして、特になにもない『瞬時換装』です。

 

 ……いや、大変でしたよ。ミッドナイト先生とマイク先生を筆頭にした先生たちの大討論が五時間くらい続きまして……何十回も制服とコスチュームを着替えまして……」

 

 

 白熱したのは主に二つの派閥だが、それぞれ先生方の推しがあり、その推しの数だけ派生。その画像を見ながらあーでもないこーでもない。……ミッドナイトが女性が少ないことを不利に感じて、普通科の女先生方を巻き込んでさらにヒートアップ。

 ……怪我の功名ではないが、魔法考案の参考になるものを多く見られたので、結果的には良かったが、『光の線』や『モザイク』を真剣に議題にするのはやめてほしい。『謎の光で隠しながら全裸のシルエットを』とか……いえ出来ましたけど。

 

 

「HAHA……うん。プロ入りしたら、あれだね。ファンサービスには困らないよ、きっと」

 

 

 オールマイトはどこか遠い目をしている天魔にいまいちズレた慰めをして、そのコスチューム姿を改めて見る。

 着づらい、というゆったりとした黒衣と、長さ二メートルほどの黒い棒を携える姿は中々堂に入っており、新人特有の『コスチュームに着られてる感』は殆どない。

 

 

 

 

 

 ……全員が揃うのにはまだ少し時間がかかるだろう。そう判断したオールマイトは、昼休みの件を話すことにした。

 

 

「──早乙女少年。君には、どれだけ感謝してもしたりないよ」

 

「それは……八木さんの事、でしょうか」

 

「ああ。その、お昼休みの終わりに彼に会ってね。……あんなに生き生きした姿を見たのは、本当に久しぶりなんだ。

 

 ……だから、本当にありがとう」

 

 

 頬はこけて目は窪み……やせ衰えて血色の悪い姿は、骸骨やらゾンビと見紛うばかりの姿だった。

 

 それが──たった一食の食事と、ほんの二十分の眠りで、劇的に変わった。

 

 

 流石に肉付きは変わらないが、顔色は明らかに良くなっていたのだ。それに、ずっと抱えていた空虚感も消え失せ、外見からは想像もできないほど活力が湧き上がっていた。

 

 

 

「──すみませんが、その感謝は()()受け取れそうにありません。

 

 私ができたのは、その場しのぎに過ぎません。あのレベルの内臓強化は一日一度が限界ですし、『魔法をあらかじめかけておく』なんてこともまだ出来ませんから、毎日かける必要がありますから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………え"?  ちょ、ちょっと待って。ま、毎日やってくれるの?」

 

「むしろ、毎日やらないでどうするんですか? 食事と睡眠ですよ?

 あ、それで忘れてました。授業の後──放課後でいいので、八木さんの連絡先を教えてもらえますか? 学校がある日は食堂で済みますが、学校がお休みの日は八木さんに連絡取れないと困りますので」

 

お休みの日まで!? え、いや、気持ちは嬉しいけど──さ、流石に大変でしょ……? 無理はしないでいいからね?」

 

 

 オールマイトは愕然とする。今後、余裕がある時でいいからまたお願い出来ないかな? という希望的観測をしていたところなのに、その希望をはるかに上回る好条件が相手から提示──いや、もう決定事項とされていたのだから当然だろう。

 

 

 

「はは、言うほど大変でもないですよ。今日ので八木さんの体の状態は大体把握できましたし、魔法自体は十秒もあればかける事ができます。食事の用意もランチラッシュ先生にお話ししたら快諾していただけましたので、特に問題はありません。

 休日はどうしても外食か私が用意したものになっちゃいますけど、普段から自炊してますので、一人分も二人分も、あんまり変わりませんし」

 

 

 行動が早い。どうやら、自分が呑気に寝ていた間に計画は煮詰められていたようだ。

 

 それに、と。気のせいではなく、明らかに声のトーンが落ちた言葉が続く。

 

 

 

「……今後、出来るだけ早く、魔法自体の改善か、別のアプローチからの魔法を作ってみます。

 

 ……それまでは、ごめんなさい。八木さんには、我慢していただくしかありません」

 

 

 

 本当に悔しそうに、本当に申し訳なさそうに……そんなことまで言っている。

 

 

 

(……どこが、魔女なんだよ。こんなに優しいこの子の、一体どこが、魔女だって言うんだよ)

 

 

 

 そこまでしてもらうのは流石に……! という遠慮の感情がある。

 だが、それと同じくらいに、ここまで本気で考えてくれているなんて……! という喜びに近い感動があった。

 

 ──ちょっと込み上げてくるものを感じて、咄嗟に空を仰いだほどに。

 

 

 

 

 オールマイトが言葉を失っている中、やがて天魔が手を高く伸ばして、左右へ動かす。

 

 何事かと天魔が見ている先を見れば、二十名。真新しいコスチュームに着られた生徒たちが、駆け足で向かって来ているところだった。

 

 

 授業が始まる。今は、自分のことは後回しにするしかなかった。

 

 

 

「おーい早乙女さーん! ……黒いね!」

 

「感想小学生かよ。いや確かに黒いけど……それいったら常闇だって黒いだろ」

 

「……我が眷属。いや、違う……だが、これが運命と言うのならば、是非もなし」

 

 

「や、八百万は露出がすげぇからエロいのに、なんであんな……! 違う……っオイラはノーマルオイラはノーマルオイラはノーマルオイラはオイラはノ、ノマっ、ノマ……!」

 

「うわぁ、うわぁ……! オールマイトのシルバーエイジが見られるなんて……ヤング・ブロンズエイジから改良を重ねられ、今に続くゴールデンエイジのコスチュームの原型になったとされている伝説的なコスチューム……!」

 

「……緑谷ちゃん。いきなりブツブツ言い出さないで? ちょっと怖いわ。……早乙女ちゃんは……けろ。けろけろ」

 

 

 

「皆静かに! もう授業は始まっているんだぞ!?」

 

 

 

 

「……あ、ありがとう。飯田少年。コホン! みんないいな! 格好いいぜ! それじゃあ授業を始めよう! さて、これから何をするかだが」

 

(今は切り替えよう。後で必ず話し合うとして……私は、教師なのだから)

 

 

 

 

 

 

〜カンペ音読中〜

 

 

 

 屋内対人戦。二人一組のチームでヒーロー役とヴィラン役になり、それぞれの勝利条件を満たせば勝ち。

 

 ヒーローはヴィラン二人を捕獲テープで確保するか、ヴィランが仕掛けた核爆弾に触ることで勝利。

 ヴィランはヒーロー二人を戦闘不能にするか、核爆弾を制限時間守り抜けば勝利。

 

 両者とも、戦場となる建物への被害を最小限に抑えること。一定を超えるとその時点で判定負け。戦闘訓練であるが、明らかな危険行為であると監督官(オールマイト)が判断した場合、そこで強制中止。

 

 ヒーロー側はスタートの合図から五分後に行動が出来る。ヴィラン側はその五分間、直接攻撃以外のあらゆる行動が可能。

 

 なお、人数の関係上一組だけ三人になるが、その組は他のチームより判定が少し厳しくなる。

 

 

 

 

 

(最後の人数分けの件って、まず間違いなく私が留年しちゃったせいですよねぇ)

 

 

 ──フィールドとなるビルの地下、そこにモニタールームに集まった十七名の生徒と一人の教員は、一組目の開始を待っている。

 30はあるモニターに映し出された、ビル各所の様子。

 

 

 一同は、その内二つのモニターに映る、言い争う二人と相談する二人を眺めていた。

 

 

「──水と油、ですね。爆豪さんと飯田さんは」

 

「けろ。どっちが油でどっちが水か、多分満場一致で決まるわね」

 

 

 ……火を点けたらよく燃えそうだ。というより爆発するだろう。誰とは言わないが。

 

 対して、ビルの外で相談しているのは緑谷・麗日ペア。誰かが『緑茶』と呟いていたのを聞いてしまってからそれが離れない。チームワークにポイントがあったとしたら、すでに圧倒的大差が生じているだろう。

 

 

「現場に行ってみたら『他のヒーローも来てる』なんてことはしょっちゅうだからね。だから、私たちは常に臨時チームを組む事も想定していないといけない。

 ……場合によっては、自分の個性が足を引っ張ってしまう可能性だって十分にあるんだ。ヒーロー側ヴィラン側、どちらに割り当てられてもそれを考慮し、各チームで作戦を考えてごらん」

 

 

 チラチラとカンペを見ながらの説明だが、内容は正論であり納得が出来る。惜しむらくは、四人が配置に着く前に言わなかったことだろうか。

 

 

 天魔は画面の一つ、その向こうにいる、緊張した面持ちの緑谷を見る。

 

 筋力増強系の個性……その増強倍率が高過ぎて脳がリミッターを掛けていた為、一年前まで無個性として生活していたらしい。

 個性発動で強大な力を発揮するが、その代償として身体が壊れてしまう。諸刃の剣という言葉がこれほど当て嵌まる個性もそうないだろう。

 

 

 彼の課題は──個性に慣れる云々の話ではない。まず何よりも、己が個性への理解だ。

 

 

(今日の放課後にでも、一度誘ってみましょうか……)

 

 

 

 

 

「──ちゃん。早乙女ちゃん? 大丈夫?」

 

 

 その声は、かなり至近……というより目の前から聞こえた。

 

 身長差から、下から見上げる様に覗き込んでくる。顔と顔の距離が20センチも離れていない至近距離に緑色のコスチュームを着ている蛙吹 梅雨がいた。

 

 

「っ!? あ、ご、ごめんなさい蛙吹さん。ちょっと考え事してました……なんでしょうか?」

 

「けろ。ちょっとお話しようと思ったの。……オールマイト先生が言っていたから作戦会議を……したほうがいいんでしょうけれど、聞いて欲しいことがあるの。

 その、とてもおかしいことだから、変な子だって思われるかもしれないのだけれど……」

 

 

 モジモジと指を彷徨わせ、キョロキョロと視線を落ち着きなく。コスチュームのデザインとして顔に描かれたペイントの下を、ほんのり赤くして。

 

 ──芦戸・葉隠の乙女センサーが一気に振り切れる。モニターの向こうではヒーロー側が行動開始し、爆豪がチーム無視の単独行動を取っているが、見てすらいなかった。

 

 

「私……貴方を見ていたり、貴方の側にいると、とても不思議な気分になるの。それは決して嫌じゃなくて、むしろ温かいというか、気持ちい──えっと、ホッとするというか。上手く言葉にできないのだけれど……」

 

 

 好意であることに間違いない。だが、それがどのタイプの好意なのかが、梅雨にはわからなかった。

 幼い頃からヒーローに憧れて努力をしていたから色恋沙汰なんて気配もなかったし、むしろ、カエルという個性で男子からは遠巻きにされていた節すらあった。

 

 入試の時には、両親に守られているような安心感があったのだが、昨日から状況が少し変わってきている。

 頭を撫でられてから妙に落ち着かず、昨夜なんてまともに寝れていないのだ。表情にこそ出ていないが、ちょっと気を抜くと顔が緩みそうになる。

 

 

「こんなこと初めてだから……どうしたらいいのか、ちょっとわからなくて……」

 

 

 

 ──爆発音。それとほぼ同じタイミングで、天魔は片手で額を抑え、「やっちまった」とばかりに小さく呻く。

 

 緑谷の告白騒動やら天魔の性別公開やら、八木氏の治療やらで慌ただしくてすっかり失念していた。

 

 

(これは、もう完全に魔女の個性に、惹かれちゃってますよね……)

 

 

 ここで余談だが、世界に数多ある『魔女が登場する物語』。その中で、魔女は何かしらの動物や昆虫を相棒にしていることが多い。

 使い魔(ファミリア)と称されるその特殊な動物たちは、主人であるその魔女のために自らの全てを捧げて従い、使役されるのだ。

 

 だからだろうか、天魔もそれらの動物たちに大変好かれやすい体質をしている。そのレベルは、猫カフェに行こうものなら他の客から凄まじい嫉妬を向けられるほどだ。(担任Aの証言)

 

 

 

 ……そしてそれは、動物だけに留まらず、その個性を発現している者も同様である。

 

 

 

 根津校長は、個性は『ハイスペック』であるが、そもそもがネズミ。この影響を強く受けている。よく『生徒は皆平等……!』と自分に言い聞かせている姿が目撃されているらしい。たまに撫でられたりブラッシングされてご満悦になっている、という噂もちらほら。

 

 

 

 そして──蛙吹 梅雨の個性は『カエル』。

 

 

 魔女の使い魔と言えば? と聞かれれば、真っ先に候補に挙がる黒猫やカラスと言った有名どころには及ばないものの……それでも、数多の作品の中で、静かに魔女に寄り添ったパートナーだ。

 

 

 

 

 ……一難去って、また一難。

 

 

 ドキドキワクワク(若干ハラハラ)して遠巻きに眺めている女子たちの視線を感じながら、天魔は苦笑を浮かべた。

 

 

「え、えっと……と、とりあえず、今は授業に集中しましょう……?

 

 ──あの、オールマイト先生? なんで貴方まで一緒に『えー?』って顔してるんですか」

 

 

 

***

 

 

 

「いまいちわかんないんすけど、具体的かつ簡潔に言うと、どんな感じだったり?」

 

「『スライム が 仲間になりたそうにこちらを見ている !』 がエンカウント直後に出るのさ! 『いいえ』を選択しても戦闘にならないよ! 残念そうに何度も振り返りながら帰っていくのさ!」

 ……もう、仲間にしてくれないのなら、いっそ仲間(教師)にしちゃえばいいんじゃないかな。かな?

 

「Oh...…そいつは結構なお点前のシヴィー……ってあれ、イレイザーどした? なんでお前が凹んで……なに? もしかしてお前、早乙女リスナーの状況を自分に置き換えて猫相手に想像しちゃった感じぃ!? ってんなわけ……?

 

 ……あ、うん。ごめん」

 

 

 




『梅雨ちゃん が 仲間になりたそうにこちらを見ている!』

『仲間にしますか?』



読了ありがとうございました!


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MP10 やってるその、裏側で

 

 ──笑顔には力がある。

 

 人々の不安を消し飛ばし、『もう大丈夫』と心から思わせるためには、圧倒的なパワーもそうだが……何よりも、力強い笑顔が必要なのだと、私は思う。

 

 どんなピンチも逆境も、笑って解決する。私の信念が、そうであるように。

 

 

 

「……はい、一先ずの応急処置はこれで終わりました。この授業の終わりに治癒を掛けますので、それまでは痛み止めだけで辛抱してください。

 

 

 くれぐれも 安静に していて くださいね……?

 

「は、はひ! わかりましタァ!」

 

 

 

 聖母の微笑み。写真に収めて飾れば、それだけでそんな題名の絵画として飾れそうな絵面だが……写真では決して伝わらない現場の空気が、それはもう凄まじいことになっていた。

 

 

 笑っている。口角が緩やかに上がる弧を描き、目尻は下がる表情は笑顔に違いないだろう。

 

 ……だが、その背後に幻視するのは、聖母でも女神でもなく……あれはどう見ても、間違いなく怒髪天の鬼子母神だった。

 

 

(あ、あの微笑みは、間違いなく『一周まわった後の笑み』……か、彼はまだ16.7歳だよね!? なんであの方々と同じ笑みを!?)

 

 

 うん十年前。オールマイトがまだ我武者羅だったヤング時代。その頃は色々と無茶したり無鉄砲だったりしたわけだが、余りにも度がすぎるオールマイトに『あの方々が』見せたのが、今の天魔が浮かべているような、とても優しげな笑顔だった。

 

 

 脳裏を過ぎる、もう走馬灯じゃねぇのそれっていうレベルのトラウマたち。

 

 ……そのランキング上位にある記憶は、必ずあの笑顔の後に来るのだ。

 

 

 生まれたての草食動物の様に足がガクブルしそうになったが、『生徒の前』と『平和の象徴としての信念』を駆使してなんとか抑え込み、授業を続行させる。

 

 

 

 ──爆豪・飯田ペアと緑谷・麗日ペアの対戦が終わり、次の対戦カードがスタートして、ヒーローが動けない五分の待機時間。

 

 天魔は一学期開始二日目にして、すでに恒例のようになっている緑谷の治療を行なっていた。

 

 

 尤も。それは、魔法を用いた治療ではなく……包帯や軟膏・ガーゼなど用いた一般的な治療だ。

 

 

 

 至近距離で爆破を防いだことによる左腕の火傷と、個性発動による右腕の骨折。地下にあるモニタールームに運ばれて来た際、その負傷の生々しさに生徒たちは息を呑んだ。

 

 そして、それを見て即座に魔法による治療を施そうとした天魔だが、それに待ったをかけた人物がいた。

 

 

 雄英高校の裏のボス──ではなく、雄英高校の医療管理を一手に引き受けるヒーロー、リカバリーガールである。

 

 なんでも、1ーA担任である相澤から『個性制御が甘く、自爆しかねない生徒がいるので万が一のため控えていてほしい』と頼まれたとのこと。

 『あの子(天魔)がいるだろう』と返せばしばし沈黙し、『……新任教師であるオールマイトさんでは万が一がありそうなので』と滲ませるように返され、オールマイトが時折見せるポンコツ具合を思い出して納得。

 

 

 

 そんな感じで、別所からこの訓練を見ていたリカバリーガールが天魔を止め、一言。

 

 

 

 『緊急手当の手本になるんじゃないかい?』

 

 

 

 災害や事故、事件に携わるのがヒーロー。……ゼロを目指すのが最大目標であるが、それでも、後手に回らざるを得ないため、どうしても被害者・負傷者が出てしまう。

 

 

 医療施設に迅速に搬送することが求められるが、現場での初期治療が生死を分けることが十分にある。

 もちろんヒーロー科の授業で緊急治療の座学・実技はあるが……実践に勝るものはないと判断したらしい。

 

 

 外傷治療の百戦錬磨たるリカバリーガールが緑谷の怪我の状態を見て問題ないと提案し、雄英高校で彼女の教えを最も受けている天魔がその提案に噛み付いた──のだが、当事者である緑谷がそれを了承してしまったのである。

 

 

 本人と監督者(リカバリーガール)が認めてしまった以上は覆しようがなく……そうして、痛覚麻痺と意識を保つための魔法を使うことを譲歩として、臨時の緊急治療の課外授業が始まったのである。

 

 

 

 一つ一つを丁寧に、しかし迅速に。注意点や基礎知識……さらには、治療のための道具が尽きてしまった場合の代用品の例えなどを、自らが学んだことを呟きながら進めていき、ものの数分で初期治療は完了。

 

 周りで真剣に見ていたが、完璧に理解できた者はきっといないだろう。今すぐに『実際やってみろ』と言われても無理難題だ。……だがそれでも、『実際に目にした』という経験は何物にも代え難い財産になるはずである。

 

 

 対戦後……少し離れた場所で茫然自失──とまではいかないが、俯いてどこか意気消沈していた爆豪も、他の面々からは少し離れてこそいたが治療の手際を食い入るように見ていた。

 

 緑谷の負傷。その左腕の火傷は、彼が負わせたものだ。

 

 

(『思うところがある』よりも『やっと気付いた』……そう、思いたいですね)

 

 

 訓練の内容は、八百万が散々に扱き下ろした。絶対の自信を持つ彼が、格下(爆豪目線)である緑谷に気圧され、敗北したのだ。

 その心境は、筆舌に尽くし難いものがあるだろう。

 

 

「さて。今回、鎮痛と鎮静を魔法で省略しましたが、まず痛みで暴れると思ってください。治療の際には周囲に居合わせたヒーロー、最悪は──無事だった一般の方に協力を頼んで抑え付けてもらうことも考えないといけません。

 最後に、最も大切なことですが……治療にばかり目が行って、現状の安全確保を怠らないように。『ここならば安全に、確実に治療できる』レベルの安全確保が最優先です。こんなところでしょうか。何か質問はありますか?」

 

「──れ、連続でびっくりし過ぎて気が付いたら治療が終わってた件」

 

「お、おう、すげぇな……っつか、一個上ってだけでここまで差があるのかよ。包帯ってあんなに早く綺麗に巻けるもんなのか?」

 

(虚空から多様な道具を取り出していたのは、そういった魔導なのだろう。くぅっ……! 空間魔法か!)

 

 

「HAHAHA! 純粋に経験の為せる技だね! ……正直、私もちょっと驚いてるんだけど。早乙女少年? 君、魔法で治療できるのにどうしてそんな治療技術のレベル高いんだい?」

 

「いえ、逆ですよ。魔法で治療できるようにするために、一般の治療を覚えたんです。私の魔法は良くも悪くもイメージが重要でして……『結果』を鮮明にイメージすることが何よりも重要なんですが、同じくらいに『過程』も大切なんです。

 

 ……ところで、あの、オールマイト先生? もう五分くらい軽く経ってますけど、大丈夫ですか?」

 

 

 HAHA……はっ!? と、慌てて時計を確認。配置についてから既に七分が経過している。

 

 モニターを見れば、三人が……一人は透明なので多分四人だろうが、それぞれ首を傾げたりボーッとしていたり。

 

 

「そ、それでは、ヒーローチーム! 行動開始!」

 

 

 

 

 ──世界が凍ったのは、その直後だった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 ……吐き出す息が白く、歯がカチカチと音を鳴らす。

 春だった季節が本来一方通行である順番を無視し、真冬のような凍える寒さが地下室内を満たしていた。

 

 否、地下にあるモニタールームだけではない。

 

 

 ──ビル全体が、完全に凍結していた。

 

 

「び、ビルごととっとと凍結ささささせることで、相手のこっ行動を封じるとは、へっくち! やることがすごいな轟少年!」

 

 

 ──「さみぃ! 上半身ほぼ裸なんだけど俺!?」

 ──「の、のんびり階段登ってんじゃねぇよぉ!? マイペースか!?」

 

 

(……階段も凍結しているから、思うように急げないんじゃ……?)

 

 

 核爆弾はビルの最上階。ヴィラン役の尾白・葉隠ペアがいるのも最上階。どちらを確保しようにも、一番上まで登らなければ勝利条件が達成できない。

 幸いにも障子が事前に核と二人の場所を知らせていたため、一部屋一部屋確認して──という最悪は回避できたようだが……。

 

 

 見渡せば、およそ三人。放置しては拙い生徒がいる。

 

 

 まず、怪我人である緑谷。出血はしていないので急を要するわけではないが、それでも大怪我だ。低温下に放置していいわけがない。

 

 続いて、八百万。彼女は純粋に……薄着過ぎる。殆ど水着のようなヒーローコスチュームに耐寒性能などあるわけもなく──個性を使用して暖を取ろうか、後に控える訓練のために温存すべきか悩んでいるようだ。

 

 

 そして。

 

 

 

「……け、けろぉ……」

 

 

 個性『カエル』の梅雨。冬眠する動物系個性のため、寒さは天敵とさえ言えるほどの弱点だ。……必死に耐えているようだが、本能には抗えないらしい。四つん這いになりながらも天魔の足元になんとかたどり着いて丸くなってしまった。

 

 ──なお余談だが、カエルは大抵の場合土の中で冬眠する。それは、地中の方が外気よりも温度が高く、越冬をしやすいのと、身動きが取れない冬眠中、冬眠しない肉食動物から身を守るためだとされている。

 

 つまり……すでに彼女の中では天魔の側が『本能レベルの安全地帯』と認識されるまでになっているらしい。

 閑話休題。

 

 

 

「……こちらでなんとかしないと拙いですか」

 

 

 ……現状に有用な魔法をピックアップ。そして、現状では使えない魔法をドロップオフ。

 

 地下室であることを考えると『炎で暖を』は致命的だ。空調設備は当然あるだろうが、機能してるかどうかが少し怪しい。酸欠はまだしも一酸化炭素中毒は危険がすぎる。

 

 

 一番楽な方法が使えない上に、縛りが中々に多い。

 

 

 

「……致し方ありませんね。八百万さん、緑谷さんの近くに来てくれますか?」

 

 

 腕を摩り足をすり合わせながら八百万が首を傾げるが、たった二日とはいえ天魔の人柄とその力の程は理解しているので反論はしない。むしろ、どうにかできるのだろうと若干喜色が浮かんでいる。

 

 天魔も天魔で丸くなった梅雨を抱え、基点に定めた緑谷の下へ向かう。そして、ひと塊りになっている三人を前にして──

 

 

「よいしょ」

 

 

 

 脱いだ。

 

 

 

 本人曰く『すげぇ『着/脱ぎ』づらい』という黒衣。……いつ、ウエストに何重にも巻かれたベルトを緩め、無数にある留め具を外していたのかさだかではないが、多分魔法だろう。

 

 

 

 

 

 

「ええぇえええくぁwせdrftgyふじこlpっっ!!!!???」

 

「きゃぁああああああああっっ!!!???」

 

 

 

 

 一拍ほどの間を置き、フル・オープン。その内側にいた二人の凄まじい悲鳴(梅雨は冬眠中のため静かだ)が上がる。

 どちらの意味でかは敢えて問うまいが、八百万は咄嗟に手で顔を覆っている。……チラチラと指に隙間が出来ているのはきっと気のせいだ。

 

 

 

「ななな、何やっとんの早乙女さぁん!? 男子もおるのにいきなり脱いだらあかんよ!」

 

「ちょ、男子! こっち見んなぁ! 緑谷も目閉じろよなにガン見して……うっわ、目を開けたまま気絶してる」

 

 

「あの、一応訂正しておきますね? ──言うべき人の性別と、言葉にした性別が逆転してます。緑谷さん、貴方なんで気絶してるんですか……」

 

 

 何やら物凄く女扱いされていることにげんなりしながら、脱いだ黒衣で三人を覆い隠すように包む。

 

 なお、念のためお伝えしておくがローブの下にもしっかりと着ている。余裕たっぷりでゆったりとしたデザインのローブとは真逆の、上半身のボディラインが浮き彫りになるデザインだが、肌の露出という点ではほとんど脱ぐ前と変わっていない。

 

 

 

「ちょっとの間、我慢してくださいね……『ヒートドーム』」

 

 

 四人の中心……正確には、天魔を中心に、半径にして1メートルほどの温かい熱を孕んだ空間が形成される。黒衣の外側にもそれは及んだが、冷たい外気に晒されてすぐ霧散し──防寒・防熱性能に優れた魔女の黒衣が断熱材の役割を果たし、内側の熱を保った。

 

 

 

 

「……あっ、温かい。それに、いい香りも……人を落ち着かせる魔法ですの? 素晴らしいですわね」

 

「…………。あ、はは、そっ、そう、ですか?」

 

 

 スンスンと鼻を鳴らして、温もりとは別件でほっこりしている八百万に、天魔は何も言えず顔を逸らす。

 天魔が使ったのは純粋に空間を温めるだけの魔法だ。そして、匂いというものは温度が高い方がよく香る。さらにそして、彼女たちが包まれているのは──

 

 

 

「あ、あの、早乙女さん? お顔が真っ赤ですけれど、大丈夫ですか? も、もしかして。先ほどの魔法に何かデメリットが!?」

 

「いえ、そういうのは特に、はい。

 

 あの、オールマイト先生? もう切り上げてもいいと思うんですけど……ほら、葉隠さん素足ですし、凍傷とか……あのぅ」

 

 

 

 ──体感温度とは別件で、どこかほっこりした笑顔の一同から衆人環視される謎状況は、元凶たる轟が核に触れるまで続いたそうな。

 

 

 

***

 

 

 

「えっと、八百万さんだっけ。ちょっといい? ……さっきの、どんな匂いだった?」

 

「耳郎さん、でよろしかったでしょうか。ええと、どんな、と言われると言葉にし辛いのですけれど……そうですわね、とても懐かしいと言えばいいのでしょうか? 嗅いだことがあるような、無いような……とてもホッとするんです」

 

「何それ、やばい。すごい気になる」

 

「(ホットにホッと、地味にダジャレってるんは……うん、言わんとこ)懐かしい上にホッとする、かぁ……蛙吹さんか緑谷くんが起きとったらなぁ」

 

 

 

「……はっ!? 早乙女さん!? ──……って、アレ?」

 

「HAHAHA! おはよう緑谷少年! そしてナイスタイミング。早乙女少年ならもうスタンバイしてるぜ!

 

 早乙女・蛙吹ペアがヴィラン側! そして上鳴・芦戸・青山トリオがヒーロー側だ!

 数の上では三対二! よってヒーロー側はちょっと厳しめに採点する……つもり、なんだけど。

 

 ねぇみんな……あのさ、私だけかな? むしろ『優しく採点してあげなきゃ』って強く思ってるんだけど。どうしたらいいだろう…?」

 

 

 

 




読了ありがとうございました!


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MP11 考える魔女

「……///////////

 

「あの……蛙吹さん。寒さはもう大丈夫ですか?」

 

「大丈夫よ? ええ。大丈夫。寒いどころかちょっと暑いくらいよ? だからお願い、ちょっとだけ、放って置いて……///////////

 

 

 訓練の場となったビルの最上階。核の置かれた部屋に、梅雨と天魔はいた。移動時、未だ冬眠状態だった梅雨をここまで運び……目が覚めたと思ったら、いきなり部屋の隅っこで蹲ってしまったのだ。

 個性ゆえか、女子の平均より少し大きな掌で顔を覆い隠し、外界との接触を全力で拒んでいる。

 

 

 

(……わ、私ったら寝ぼけてるとはいえ、なんてことをしてしまったの……!?)

 

 

 地下から最上階の核が設置されている部屋まで。梅雨の体温的なことを考慮したのか、天魔が縦抱き(子供の抱え方の一つ)に近い形で彼女を搬送したのだが……実は、地下を出た辺りから梅雨の意識は薄っすらとだがあった。

 

 目覚めこそしたが、いい感じの温もりと落ち着く匂いのダブルコンボで完全な覚醒に至らず、むしろ心地良い微睡みの中で……。

 

 

 

 めっちゃ、クンクンスリスリしていた。

 

 

 

「〜っ……けろぉ///////

 

 

 

 真っ赤になっているだろう顔を隠すべく、頭を抱えるようにして膝に押し付ける。

 

 

 ……恥ずかしい。それはもう、滅茶苦茶に恥ずかしい。

 

 なぜよりにもよって天魔の首元にグリグリと頭を擦り付けてる時に完全覚醒してしまったのか。温まったはずなのに頭の中がフリーズ。そして一気に沸騰した。

 

 ……ここに来るまでの無意識下で、自分が『どれだけ』のことを『どれほど』やってしまったのか。……想像もしたくないが、事実としては知っておかねばならないだろう。もしかしてモニターされている映像は録画されていたりするのだろうか。

 

 

(私、変な子だって思われてないかしら……)

 

 

 その上、その直前くらいにも結構変なことを聞いてしまっている。──梅雨としては思ったままを告げたつもりだが、周りの反応を見れば……まあ、恋愛事のそれだろう。

 

 

 『どうしよう、どうしたら』と、そんな考えばかりが頭の中をグルグル回る。授業に集中しないと、と冷静な部分もあるにはあるが、だからこそ、余計に混乱してしまう。

 

 

 

 ……恥ずかしい、よりも。

 

 変な子、と思われて嫌われてしまったのではないか? という焦りの方が強いことにも気付けない程に

 

 

 

 

 

 

 そんな梅雨の頭に……ポンと、手が置かれた。

 

 

 蹲る梅雨が少し見上げれば──そこには案の定、中腰になって梅雨の頭に手を伸ばしている天魔がいた。

 ……揃えた膝に片手を乗せて支えにする中腰姿勢が、容姿だけではなく性格も相まって大変よく似合っている。黄色のエプロンでも着せたら、どこの幼稚園・保育園でも即採用クラスの若い保母さんだろう。

 

 

「──大丈夫。その、これまでのことなら、蛙吹さんは何も悪くありません。

 

 ……むしろ、この件に関しては全て私が悪いんです。まだ皆さんに教えていない、魔女()の個性の、特性──いえ副作用と言えば良いのでしょうか……」

 

 

 苦笑をわずかに浮かべ、すぐに真剣な顔へ。

 

 

「……後で必ず、説明します。だから、今は訓練に集中しましょう?

 

 私のせいで蛙吹さんに低い採点を付けられてしまうなんて絶対に嫌ですし……そんなこと、絶対にさせませんから」

 

 

 そう言って、頭に乗せていた手を離して、そのまま下へと少し下げる。

 

 差し出されるように向けられたその手を取れば、華奢な体からは想像できない力強さで引っ張り上げられた。

 

 

「けろ。わかったわ。それと……ごめんなさい。みっともないところ見せちゃったわ。

 

 ──早乙女ちゃん。『絶対にさせない』って凄い自信だけど、何か作戦があるのかしら」

 

 

 

 その問いかけに、魔女は静かに微笑みを浮かべる。

 

 それは、目の前にいる梅雨を始め……モニター越しに見る一同にもゾクリと変な感覚をさせるほど──妖艶な笑みだった。

 

 

 

***

 

 

 

「作戦会議、はっじめっるよー♪」

 

「「YEaaaaAH!」」

『YEAaaaaaaaAH!!』

 

 

 ビルの外。ノリで掲げた拳をそのままに、三人は大音量を伴った衝撃波が天へと登っていくの目を瞬かせながら見送った。

 

 

「……。コホン、何かいまマイク先生っぽい絶叫が遠くから聞こえた気がしたけど、華麗にスルーして」

『コイツはシヴィィイイイイイ!! ……ぎゃあ!?

 

 

 沈黙。──誰に、とは敢えて言及しないが、恐らく狩られたのだろう。

 

 仕切り直しと言わんばかりに咳払いを一つ。

 

 

「……スルーして! 作戦会議始めるけど……どうしよっか?」

 

「作戦会議っつうか、まず何よりも、最大の障害について話し合わなきゃだろ。ぶっちゃけ、『早乙女をどうするか』じゃね?」

 

「No problem☆ ボクのネビルレーザーで華麗に一撃さ☆」

 

 

 そしてこちら、芦戸・上鳴・青山組。今回の戦闘訓練における唯一のトリオチームである。その様子は巫山戯てこそいないが、緊張感はほぼ皆無と言えるだろう。

 

 それが、三人という数の利からくる余裕なのか、それとも三人のもともとの性格なのかはわからないが、モニター越しのオールマイトが苦笑していることを考えれば、宜しい事ではないことは確かだ。

 

 そんな様子のまま一分、二分とあーでもないこーでもないと議論を続けるが、実になりそうな案は一つとしてない。

 

 開始までの時間が迫る中、上鳴が絞り出すように『一番簡単な作戦』を口にし、それが採用となってしまった。

 

 

 

「『三人がかりで早乙女をどうにかする!』もうこれっきゃねぇぜ。……弱音吐きたくねぇけど、一人で戦って勝てる気がこれっぽっちもわかねぇもん。

 つーか、早乙女が反則すぎだろ。なんだよ魔法って」

 

「オッケー! なにが出来るのか、正直わかんないもんね。頭も良さそうだし」

 

 

 三人は、天魔への警戒を高めていく。その警戒は確かに正しく、その一点に関してはオールマイトも……それどころか、相澤でさえ認めただろう。

 

 

 だが、彼らの警戒を認めこそすれ……決して、及第点を出さないだろう。

 

 

 

『──ヒーローチーム、スタート!』

 

 

「よっし! 行くよ! 早乙女に当たって砕けるつもりで──」

 

 

 

 

 

   

「──けろ。私がいることも忘れないでほしいわ」

 

 

 

 

 

 突撃だー、という芦戸の言葉は続かず……拳を高く突き出した姿勢のまま、油が切れたブリキ人形のようにギギギ、と振り返り、そちらを見た。

 

 

 

 今越えたばかりの、出入り口の真上。その壁と天井の境の角に張り付き、灰色の布で体を隠していた梅雨が、無防備な三人へとある物を投げつけた。

 

 ソフトボール大のそれは誰に当たるよりも先に大きく()()()、三人を飲み込むように覆いかぶさった。

 

 

 

「なんっ、だぁ!?「あす、蛙吹さん!? え、いつの間に!? ちょ、上鳴動かないでよー「ふ☆ 二人とも☆ ボクの上で暴れないでっ☆」

 

 

 三位一体。いや、三人一塊。ジタバタともがく三人の前に降り立ち、梅雨は自分が成した結果に、気のせいレベルのうっすらとした笑みを浮かべた。

 

 

 

「けろ。あんまり動かないほうがいいわよ? 網が絡まりすぎると、手足の血管が圧迫されたり、最悪首がしまって窒息死とかもあるみたいだから」

 

 

 

 ピタリと止まる三人。

 恐る恐る、目の前にカエル座りする梅雨を見上げた。

 

 

「……けろ。色々聞きたそうな顔ね? 『いつから隠れてたのか』っていうのは『ほんの二、三分前から』よ。早乙女ちゃんが静かになる魔法と、カムフラージュとしてこの布を貸してくれたの。

 ちなみに、その網も早乙女ちゃんが作ってくれたのよ。本人も名前を忘れてしまったみたいだけれど、頑丈性に特化した特殊繊維らしいわ。増強系の個性で思いっきり引っ張りでもしない限り、まず切れないそうよ?

 

 そして……」

 

 

 ヒーロースーツの腰にあるポーチから、掌に収まる大きさの石を取り出し、三人の目の前に放り投げる。

 

 なにこれ? と三人が問う間も無く、梅雨はカエルの跳躍力で一気に離れてしまった。

 

 

 呆気に取られること数秒。訓練中だということを思い出し、芦戸が酸を使って一気に網を溶かそう……として、密着している二人から上がった悲鳴で出来ず。一本一本を溶かし、一分程かけてやっと三人は自由になった。

 

 嫌な予感がする。……それでも立ち止まっているわけにもいかず、ヒーロー達はヴィランを追って駆け出した。

 

 

 

 

***

 

 

 

 そして、場所は移ってモニタールーム。

 無数にあるモニターに映し出される光景をひとしきり眺めたNo1ヒーローは、苦笑を浮かべて、小さく呟いた。

 

 

「……前回もワンサイドゲームだったけど……こっちもこっちで、また凄いね」

 

 

 早乙女天魔は数あるモニターの一つ…… 最上階にある一室から、一歩も動いていない。

 ヴィラン側で動き回っているのは梅雨だけだ。そして、それを必死に追い掛けるヒーロートリオ。生徒達はそちらに熱中しており、天魔への注意を払っている者は殆どいない。

 

 

 

 

「……一方的、じゃねぇか」

 

 

 そう呟いたのは、果たして誰だったか。だが、この状況をこの上なく、的確に表現している。

 

 追い詰められているヴィランは余裕そうで、確実に上へ上へと追い詰めているはずのヒーローは……三人の誰を見ても疲弊しきっていた。

 

 

 勝利条件にないからこそ訓練は続いてるが、ヒーロー側はすでに最初の網に捕らわれた時点で詰みの状態だった。開始数秒の電撃決着である。

 

 

 ……三人は、恐らく気付きもしていないだろう。

 

 もしこれが訓練ではなく実戦で、あの時投げられた石ころが……例えば、手榴弾の類であった場合──勝負は最悪の形で決していたことを。

 

 

 

 そして、そこから始まったのは、多数の罠を使った蛙吹 梅雨の独壇場だ。

 

 

 

 カエルという個性。高い跳躍力と、壁すらも足場にできる機動力。最大で20メートルは伸びるという舌……その全てを十全に用いた罠とのコンボで、追いかけているはずのヒーロートリオをどんどん追い込んでいく。

 

 

(蛙吹少女の冷静な判断力は素晴らしい。だが──)

 

 

 例えば階段。段を一つとして踏むことなく越えて待機。階段にまた罠があるのかと警戒して三人が注意深く足元を確認……しているところを、天井に設置した落下系トラップを舌で発動させ、三人の頭上にトリモチのような粘着玉が降り注ぐ。

 

 例えば廊下。床一面に撒かれた油のような液体で走ることが出来ない三人を尻目に、壁から壁へ跳ぶことで突破。そこに再びポーチから使い捨てのライターを取り出し、慎重に地面に立てる。余裕で着火できるだろう時間をその場で待って、また上階を目指して走り出した。

 

 

 

 そんな感じの攻防が、もう五回は超えているだろう。

 

 『次はどんなトラップが』と警戒してしまい、ヒーロー側の速度はどんどん落ちていく。さらには警戒しまくりな三人にフェイントを仕掛けることでプレッシャーも与え、梅雨は面白いように時間を稼いでいった。

 

 

 先に行った二回の訓練とは別の意味でレベルが高い内容に、殆どの生徒の視線はその四人に釘付けだ。ヒーロー側を応援する生徒や、梅雨の行動や罠のあれこれを真剣に考察したりする生徒がいて──。

 

 

 そして、その殆どに含まれていない生徒が、二人いる。

 

 ……鋭い目で天魔を見定めるように見る轟焦凍と、悔しそうに歯を食いしばりながら天魔を睨む爆豪勝己だ。

 

 

 最上階の一室にただ突っ立ったままの天魔だが──……決してサボっているわけではない。

 すでにお察しかとは思われるが、梅雨が作動させている罠の全ては天魔が魔法を使って用意したものだ。

 

 普通に作れば数十分は掛かるか、そもそも一人では到底作ることすらできないような罠の数々を二、三分の間に作り上げたのだ。彼のサボタージュを叫ぶ者はここにはいないだろう。

 

 

 ……むしろ、為すべきことを為し、梅雨を信じて泰然と待ち構えているように見える。

 

 

 

 

「はっ。クソが……全部、あのクソ男女の掌の上ってことかよ。舐めやがって……!」 

 

 

 『男女だと最終的に女ではなかろうか』──という、どこかズレた感想はさておいて。

 

 初戦以降どこか消沈していた爆豪が、静かに、だがしかし獰猛な笑みを浮かべていた。それにびくりと反応する緑谷も、倣って天魔が映るモニターを見上げる。

 

 

(──だが、なによりも。早乙女少年の戦術眼と引き出しの多さだ。このレベルじゃあ、彼は教える側だね。しかし、建物内で実際によくヴィランが使ってくる罠をいくらかグレードダウンして実践するなんて……)

 

 

 ……留年決定後の8ヶ月。その期間、多くのプロヒーローである教師たちが、彼に知識と技術を叩き込んだという。実際に誰が名を連ねてるのかオールマイトは知る由も無いが……この訓練では少なくとも二人のヒーローの姿が脳裏にチラついていた。

 

 

 

 

 そして、天魔は終ぞ動くことなく。ヒーローチームは最上階にすらたどり着くことなく。

 

 

 終始梅雨一人が三人を翻弄し続け、タイムアップを迎えた。

 

 

 

 


 

 

 

 

「はいお疲れ様! 早速講評を始めようと思うんだけど……ぶっちゃけヴィランチームにこそハンデつけた方が良かった……?」

 

「「「…………」」」

 

「HAHAHA! ……返事する体力も気力も無いね。まあ、最後にあんなの見せられちゃったらね、うん。よく頑張った!」

 

 

 タイムアップの宣言を受け、トラップ三昧からやっと解放された三人は『せめて天魔に文句を言ってやろう』とヤケクソ気味に最上階まで上がり……。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()を見て、絶句。

 

 モニター越しに見た、確保対象である大人よりもでかい核爆弾がどこにも無く、問い質せば『二階の隅部屋に移した』という天魔の言葉に崩れ落ちた。

 

 

 

「さて、心苦しいけどヒーローチーム! 減点ポイントいっぱいあるからちゃんと聞いてね!

 

 まず、『警戒心ゼロでヴィラン拠点に突撃しちゃったこと』『目の届く範囲で逃げる蛙吹少女に誘導されちゃったこと』!

 逃げたら追いかけたくなるのはわかるけど、ヴィランのアジトなんだから当然ヒーローや警察に対しての罠があって当然! 周囲警戒がおざなりだったぞ! チームに索敵に適したヒーローがいなけりゃ自分達でやらないとな!

 

 さらに、二回の前例で『核爆弾が最上階にあるという先入観を持っちゃったこと』だね。あとは、『数の理を活かせなかった』のも減点ポイントかな?」

 

 

 指折り数えて早四つ。すっかりしょぼくれた三人の顔を見て、オールマイトは笑う。

 

 

「でも、うん。ガッツはあった! 最後の最後まで決して諦めずに蛙吹少女を追い掛け続けたそのガッツは素晴らしかった! 今日いっぱいやっちゃった失敗を忘れず、一つ一つ改善していこうな!」

 

「「「〜っ、はい!」」」

 

 

(逆に言うと『それ以外の良いところは一つもなかった』ってことだよね?)

(葉隠さん、しー。上鳴たちがそれでいいんだから、言わないでおこう。……っていうか、それを言ったら俺たちなんてガッツすら見せられず負けてるからね?)

 

 

 

「うん! 良い返事だ!

 

 さて、お次はヴィランチーム……なん、だけど」

 

 

 

「…………」※メッチャニコニコ

「けろけろ……////

 

(すっごい素敵な笑顔(ドヤ顔)してるね早乙女少年)

 

 

 ……恐らく人生で初だろう。見ていてこんなにも心がホッコリするドヤ顔を見るのは。……あんまりにも純粋すぎるせいか、なんかキラキラしたものまで浮いているように見える。

 

 そして、そのキラドヤ顔を浮かべる天魔が、後ろからその両肩に手を置いてそっと前に押しているのが梅雨である。──ちょっと恥ずかしがっているのがまた愛らしい。

 

 

「コホン! まずは今回のMVP、蛙吹少女からだ!」

 

 

 ──天魔、小さくガッツポーズ。

 

 

「何よりも、狭い屋内にも関わらず個性を活かしきった素晴らしい機動力だ! 今回はヴィランとしてだったが、ヒーローの立場でも十分な武器になるね! そして、冷静な判断力。即席のチームかつ、急遽作られた罠をほぼ完璧に活かしきっていてとってもグッドだ!」

 

 

「開始前のは〜まあ、女の子だし不意打ちだしで、ぶっちゃけ蛙吹少女のマイナス評価ではないね! 早乙女少年の考えた作戦もただ聞いてただ実行、じゃなくてちゃんと意見も言えてたから、問題はなし!

 ……こう言う時、本当は減点ポイントを教えて改善点を伝えるべきなんだろうけど、ゴメン。先生思いつかないんだ」

 

 

 高評価も高評価。個性で一気に蹂躙した轟とはまた別の……いわゆるテクニカルな面で最優秀である。

 再び小さくガッツポーズをする天魔に苦笑する。……喜んでいるところに水を差すようで心苦しいが、しかし言わなきゃなぁ、と咳払いをした。

 

 

「そして、早乙女少年は、えー、そのなんだ。

 

 

 

 

 ──ゴメン。君だけ、評価外だよ」

 

 

 

 オールマイトの予想外の言葉に、天魔を除いた全員が静まり返る。そして天魔だけは、その評価を聞いてニッコリと笑った。

 

 マイナス点やプラス点がどうのこうの、という、そんな程度の低い話ではないらしい。

 

 

「先生! それは一体どういうことでしょうか!? 早乙女君は訓練中こそ微動だにしていませんが、開始前に建物内に設置したトラップが勝敗の重要な要素になったと愚考いたします!」

 

「その通りだ飯田少年! その通りなんだよ!

 

 実際、あの量のトラップをあの精度で、かつ短時間で配備するなんて、プロでもほんの一握りいれば……いるかなぁ?

 ……しかも早乙女少年。君、『考えられるルートごと』に罠をしかけたでしょ?」

 

「はい、頑張りました♪」

 

「頑張りすぎだよ!? 君だけやってることが高校生レベルじゃないの! これ一年生の最初の実技だからね!? しかもその笑顔! わかっててやったね!?」

 

 

 返事はない。その代わりに、輝かんばかりの笑顔が何よりの返事となった。

 

 

「まったくもう──『評価しようがない』って意味で評価外だよ。悪い意味じゃなくて、ね。とりあえずそんなわけで……えっと、何か質問のある子はいるかな?」

 

 

「はい! 早乙女さんに質問ですわ。……どうして早乙女さんは最上階に残ったのですか? 常識的に考えて、核爆弾の近くで守ってたほうがより勝率は高かったと思うのですけれど……」

 

「はい、勝つことに拘るなら八百万さんが正解なのでしょうが、私も『男』ですから──……あの、『そう言えばそうだった』って顔をシンクロさせないでくださいね?

 

 コホン。女の子一人に危ない役をやらせておいて、自分は安全な場所で待っている、なんて格好悪いじゃないですか。

 それに、今回の訓練の設定上、ヴィラン側は離脱も考慮しないといけません。最上階なら合流は簡単ですし、万が一上ってくる蛙吹さんに何かあったらすぐに駆けつけられますし」

 

 

 その必要はありませんでしたが、と、目の前にある梅雨の頭を軽く撫でる。撫でられた側はケロケロと喉を鳴らして気持ち良さそうだ。自分に何かあるのが万が一の可能性である、と信頼されていることも上機嫌の理由だろう。

 

 

「私の中の流れとしては、

 

『蛙吹さんと合流』

『上ってきたヒーロー三人を行動不能にする』

『拠点から空を飛んで離脱』

『核爆弾の起爆タイマー起動』

 

 ちなみに、直線でしか動けませんが、数分もあれば核爆弾の被害範囲から十分に離脱可能です。

 まあ、その前にタイムアップになってしまいましたけど」

 

「さらっと完全犯罪じゃないか。しかもヴィラン側だけ無事で核爆発とか、世界史に載るレベルの大惨事だね」

 

 

 

 オールマイトが考案した設定に現実味を加味し、さらに発展させた形だ。

 

 一定時間核爆弾を守れば勝ち、でもその後は? 後続のヒーローや周囲を包囲する警察への対処は? などなど。出てくる天魔の大量の後付け設定。

 

 ……流石に考えすぎではないか、と思われるだろう。実際、上鳴や切島は小さく呟いていたし、全員の顔には同様の感想がありありと浮かんでいる。

 

 

 

「あはは、昔から考えすぎってよく言われます。……でもまあ、身に染み付いちゃった癖、ということで」

 

 

 そう言って苦笑する。

 

 『考えすぎ』──表現を少し変えるだけで慎重と良い様にも、臆病と悪い様にも捉えられるのその癖。ヒーロー界でもそれはかなり古くからある議題であり、未だに答えは出ていない。

 彼がいずれヒーローになれば、この優秀さだ。長年続く議題に、大きな波紋を作る一石を投じるだろう。だが……。

 

 

 

(早乙女少年のそれは、なんかちょっと違う気がするんだよなぁ……)

 

 

 説明は難しく、ほとんど直感でしかないのだが。

 

 自分の訓練が終わり、真っ先に緑谷に詰め寄って純少年にアタフタさせている魔女の後ろ姿を眺めながら、『考えるよりまず体が動く派』の筆頭ヒーローは首を捻るのだった。

 

 

 そして、残り二組目の訓練は大きな山場は特になく、各々の個性の得意と幾らかの改善点を残して終了した。

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました!


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MP12 先達の特権

 建物を丸ごと凍結させ、内容的にはほぼ瞬殺してみせた紅白野郎。

 

 

「…………」

 

 

 体からあらゆる物を創り出し、どう見ても足手まといなチビを相棒にしながらも余裕で凌ぎ切った露出女。

 

 

「………………」

 

 

 

 そして……今の今までずっと俺の後ろにいて、うざってぇあだ名で呼んでいた──……クソ雑魚野郎。

 

 

 

「…………ッ!」

 

 

 

 『あのまま戦っていたら勝ったのは俺だ』──なんて、アホみてぇな言い訳なんざいらねぇ。

 

 そもそも、あのクソナードと『戦いになってる』時点でありえねぇんだ。あっちゃ、いけねぇんだ。

 

 

 だってのに。

 

 だっていうのに、そのクソナード野郎の策にまんまと乗せられて、結果負けたのはどこのどいつだ……!?

 

 

 

「はっ。ざまぁねぇな。

 

 

 

 なあ、クソ野郎……!」

 

 

 ……手を伸ばせば相手も同じように動く。掌が重なり──互いが互いを握り潰そうとしているかのように力を込めた。

 

 

 

 爆豪 勝己は目の前にいるクソ野郎……鏡の中の爆豪勝己を、そのまま爆破して消し殺したくて堪らなかった。

 

 

 勝って当然の雑魚に負け、端役だと思っていた連中にも圧倒された。

 

 『勝てねぇ』と、ほんの一瞬でも思ってしまった事実に、体がバラバラになってしまいそうなほどの怒りが、体の奥底から際限なく溢れかえってくる。

 

 

(んなクソみてぇな気分なはずだろうがよ……)

 

 

 

 

 

「なに、『笑って』やがんだよ、てめぇは……!」

 

 

 

 

 ──最悪なはずなのに、最低なはずなのに。

 

 爆豪 勝己が浮かべるのは、凄い笑顔だった。

 

 

 ただでさえ鋭い目付きはさらに鋭く、剥き出しにした犬歯は今にも噛みつきそうなほど獰猛で……ヒーローどころか一般人としてもやっちゃいけない類の笑顔である。

 

 凄い、というよりも凄まじいが適切だろう。

 

 

 

 ──敗北し、圧倒された直後に見た、別の意味での蹂躙劇。

 

 数の差を物ともしないその一方的な攻防は、終始、蛙吹 梅雨一人によって行われ、そのまま勝利した。

 

 

 もちろん、彼女の優秀さも勝因だろう。だが、それも飯田が指摘したように相棒である早乙女 天魔が罠を備えたからこそだ。

 蛙吹が他の誰がペアとなったとしても、あのような完全試合にはならないだろうと断言できるし、誰もが出来ないと口を揃えることだろう。

 

 

 そして、エゲツない罠の数々と最上階で泰然として待つ姿に、全員が思ったに違いない。

 

 

 『全ては、魔女の掌の上』──と。

 

 

 

 ……ただ、一人。途中であることに気付いた、爆豪 勝己を除いて。

 

 

 

 

「『手を出すまでもねぇ』ってか?  はっ、ずいぶん上から見やがるじゃねぇか」

 

 

 もしも天魔が単独であったなら……あの三人はおそらく、建物に入ることすら出来なかっただろう。

 

 その証拠に、天魔は()()()()()()()に一切手をつけなかった。それは、万が一パートナーである梅雨が突破されたとしても問題なく制圧することができる……その絶対の自信の表れではないか。

 

 

 

「……おもしれェ……!」

 

 

 

 純粋に、強いと感じた。

 

 認めたくないが、凄いとさえ思った。

 

 

 個性が優れているのもあるが、もともと優れていた訳ではないだろう。あれは、劣らぬように優れるようにと……努力と研鑽によって養い培われた代物だ。

 天才肌かつ才能に溢れた爆豪とは正しく正反対。にも関わらず、たった一年の時間でここまで差が明白に付いている。

 

 

(『更に、向こうへ』……はっ! 上等じゃねぇか。超えてやるよ。てめぇも、オールマイトも!

 

 そうすりゃ、俺が、No.1だ!)

 

 

 

 ──それは『挑戦者の気概』。

 

 

 これまで彼が対峙したのは同年代か、年下だからと舐めてかかってくる巫山戯た年長者だけ。それはある意味で幸運であり、それ以上に不幸でしかなかった。

 

 ……ライバルさえいなかった彼が出会ったのは、すでに前にいるに関わらず、こちらのことなんぞ気にもとめずに前へ前へと進んでいる相手。

 

 

 

 ──年齢差は僅かに1。ならば、超えられぬ訳がない。

 

 

 

「『一年以内』だ……!

 

 それまでに、『完膚なきまでにあのクソ男女を超えてやる』……!」

 

 

 

 無論、その一年の内に相手が先へ進むことも考慮している。

 

 その上で『超える』と誓うのだ、他の誰にでもない、己自身に。

 

 

 その為にも──……。

 

 

 

 

 

「おっ! いたいた。おーい爆ご……うおぁ!? ど、どうしたお前!? これからどこにカチコミに行く気だよ!?」

「あ"あ"? ……ンの用だクソ髪」

 

「そのアダ名固定させる気か!? いや、その……これから皆でさっきの実技の反省会やろうって思ってよ! お前もどうかなって」

「あ"あ"!? んなもん──……」

 

 

 その、為にも。

 

 

「や、やっぱそういうのは余計な感じか!? 無理にとは言わねぇけ──」

 

 

 

 

 

「おい」

 

 

 

 ……あのクソ男女は、来るんだろうな。

 

 

 

***

 

 

 

「……え? 爆豪さんの改善点ですか? あの、その前に──反省会なのにさっきから私が皆さんの改善点を指摘してるだけな気がするんですけど……それでいい? さっさと吐けって……。

 えと、これと言って特にありません。強いて言うなら『感情的にならない』と『少しだけ慎重に』ですかね」

 

「……あ? それだけかコラ。他にはねぇのか」

 

「はい、ありません。そして、今から詳細を話すので、流れる様に掴んだ胸ぐらを離しましょう。

 ──コホン。爆破という個性を上手く使ってあの狭い室内で縦横無尽に動けてましたし、予備動作ほぼ無しでも攻撃力は十分。感情的になっていたみたいですが、最後のあの籠手を使った爆破以外で建物の被害はほぼゼロ。……あれだけの細かい制御を無意識でしてるんですか?」

 

 

 特に意識はしていなかった爆豪が無言で肯定し、指摘した天魔が苦笑する。……爆豪の個性がド派手なため盲点となっていたのか、一同はそこで初めてそういえば、と認識を改める。

 

 そして次いで、想像する。

 ……もし自分の相手が爆豪だった場合、自分たちに何ができたのだろうか、と。

 

 

「緑谷さんと麗日さんには失礼ですが……冷静な爆豪さんが相手だったら、十回やったら十回とも負けていたと思いますよ? 緑谷さんの最後の一撃も、正直かなり分の悪い賭けでしたし……一歩間違えれば、麗日さんや核爆弾に直撃していた可能性もありました」

 

「い、言われてみればそうやね……勝てたー、って喜んでられへんやん」

「うう、課題が山積みだ……僕はそもそも個性が使いこなせてないから特に……」

 

 

 机に突っ伏すようにして落ち込む二人に、また苦笑する。

 

 そして、おそらく、この反省会で人一倍悩んでいるのは緑谷だろう。なにせ大前提である個性の使用が覚束ないのだ。一度使えば複雑骨折確定の自爆な上に、威力が強すぎて人間に当たろうものなら……最悪、命を奪いかねない。

 

 

(どうしよう。練習するにしても一回やるごとに骨折してたら体が持たないし、そもそも場所は? 屋内だと今日の訓練のときみたいに大穴を空けてしまうかもしれないからそれなりに広い場所が必要だ。独学でやれるだろうか……いっそ、オールマイトに監督をお願いして……ダメだ、下手に近付いて怪しまれる。ワンフォーオールの秘密もあるし……)

 

 

 課題が山積みだが、それに付随する問題も、また山積みだった。

 

 

 

 

「──緑谷さん、一つ提案があるんですが」

 

 

 頭上から降ってきた声に、突っ伏していた顔を上げる。

 

 

「個性の訓練。もしかしたら、なんとかなるかもしれま──」

「本当ですか!?」

 

 

 いきなりの大声に、教室に残っていた全員の視線が集中する。やはりというべきか、そこには天魔がいた。

 ……かなり勢いよく喰いついてきた緑谷に驚いたのか、身を竦ませた姿勢で静止している。

 

 

 視線を受け、姿勢を正して咳払いを一つ。……恥ずかしさからか、ほんのり顔が赤いが、気にしてはいけない。

 

 

 

「──まず場所ですが。事前に申請しておけば、放課後や土曜日に学校の一部施設を使用できるんですよ。まあ、放課後は夕方5時半までですし、土曜日は3時までかつ当番になっている先生の許可が必要です。また、ほかの申請者と重なった場合は抽選になってしまいますが」

 

 

 天魔がこの一年間で、一番お世話になった雄英の制度だろう。申請回数でもおそらくここ十年で最多を誇り、その最多申請を受理した担任がその書類枚数に呆れかえるほどだ。

 申請書類の記入時の注意事項は当然として、天魔は膨大な敷地内に多様に用意された無数の施設をほぼ完全に把握している。『こんな訓練がしたい』と天魔に告げれば、きっと最適な施設を紹介してくれるだろう。

 

 

 ……また、あまりにも天魔の提出した申請件数が多過ぎて、最終受理先の根津校長が

 

 『利用する生徒がいなかったら一声かけてくれるだけでいいのさ! ほら見てこの書類タワー! 全部君の申請書類──(以下略』

 

 という例外措置まで作ったほどだ。

 

 

 もちろん、後片付けやら報告やら、相当数の前例があるからこその特別措置であり、裏を返せばそれだけ天魔が教師陣に信頼されている証拠である。

 

 

「そんな制度が……いや、むしろあって当然か。雄英高校はヒーロー育成の名門……自発鍛錬に最適な施設を遊ばせておくわけがない」

「ってことは、申請さえすれば今日の市街地みたいな所も使えるんかな?」

 

「大きな施設は競争が激しいですし、相応にしっかりした申請理由や訓練内容を提出しないといけませんけどね? 細かい内容はまた追々で説明しますけど」

 

 

 飯田と麗日のつぶやきにもしっかり答え、緑谷に向き直る。

 

 訓練の場所、という問題はこれで一先ず解決。そして──

 

 

「そして、緑谷さんが個性を使った際に負う負傷ですが……私の治療魔法の訓練題材にさせてもらいます」

 

「訓練、題材……?」

「けろ。……必要なのかしら。緑谷ちゃんほどじゃないけれど、私も入試の時に足の怪我を治してもらったわ。もう十分プロの現場で通用するレベルだと思うのだけれど」

 

 

 梅雨の言葉に一同は緑谷を──正確には彼の腕を見る。一時間ほど前まで粉砕骨折と火傷が確かにあったはずだが、今では跡形もなく綺麗さっぱりだ。

 

 

「治すこと自体はちょっと自信があるんですけどね? その……力を込め過ぎると言いますか……『5で治せる負傷』を『20も30もかけて治してる』んです。そのロスを少なくできれば、ほかに回せる余力が生まれると思うんですよ」

 

 

 魔女の個性。その一つであり、最大の特徴とも言える魔法。天魔の感覚ゆえに明確な数値化こそできないものの、ゲームなどでいうところの『MP』が存在している。

 ほかの魔法であれば天魔がいうロスは殆どないのだが……彼の性格なのだろう。治療関係の魔法になると一気にロスが増えるらしい。

 

 

「なるほどぉ……『ケ○ル』で全快できんのに『ケア○ガ』使っちまってる感じか? だとすると、確かにちょっともったいねぇな」

 

「「今の瀬呂の説明でわかった!」」

 

 

「早乙女さんの説明だけで分かると思うのですけれど……。あの? 耳郎さん、表情が優れないようですけれど……?」

 

「な、なんでもない。うん。なんでも……(い、言えない……瀬呂の例えの方で納得したとか……!)」

 

 

 

 なお、瀬呂の例えで納得した二人は上鳴と峰田だけである──閑話休題。

 

 

 

 

「話が少し逸れちゃいましたけど、概ねそんな感じでして……どうでしょうか?」

 

「や、やります! むしろ、お願いします!」

 

 

 勢いよく立ち上がり、机に頭突きをしかねない深さで頭を下げる。

 

 課題に挑むために生じた目下の問題が、即座に全て解決してしまった。

 

 

 

 

 

 あとは、自分自身が全力で頑張るだけ……そう自覚して、緑谷は静かに決意を固める。

 

 

 ……入試試験から始まって、一体何度、天魔に助けてもらったのだろう。怪我の治療もそうだが、背中を押されたり導かれたり、オールマイトのことでさえ頼ってしまった。

 

 

(……絶対に、無駄にできない……!)

 

 

 ──顔を上げた緑谷の強い意志を宿した目に、魔女は静かに笑みを浮かべた。

 

 

 

***

 

 

 

「──どうでした? 初めての授業は」

 

「あ、相澤くん。……うん、とても難しくて、とても大変だったよ。今思い返しても、かなり粗だらけでさ。君にも気をつけろって言われたのに緑谷少年が結構な怪我をしてしまったし、その治療も早乙女少年に任せきりになっちゃったし。

 ……人にモノを教えるって、こんなに大変なことなんだね……改めて実感させられた気分だよ」

 

「……と言う割には、随分と良い顔してるじゃないですか」

 

「ハハ、わかるかい? 実はさっき、爆豪少年を励まそうと思って教室まで行ったんだけど、いらないお世話だったみたいでね。

 ……生徒たちの『我武者羅に前へ進める若さ』って言うのかな。それが少し眩しくてさ。──私も、ヒーローとして負けてられないなって思ったよ」

 

「そこは嘘でも『教師として』と言って欲しかったですね。同僚兼教師先達としては」

 

「──あ!? ご、ごめんっ! も、もちろん教師としても超頑張るよ!?」

 

 

「ええ、お願いします。

 

 それじゃあその宣言どおり。この書類の手続き、お願いします」

 

 

「しょ、書類の手続き? わ、私にできるかな? あんまり難しいのは──……? あれ? これ、早乙女少年と緑谷少年の名前が書いてあるけど」

 

「雄英高校内にある施設の使用申請書です。日付が明日のなので、出来れば今日中にお願いします。

 ……『我武者羅に前へ進む』のは、確かに若い生徒たちの特権です。が、その向かってる先が『意味のあるモノになるのかどうか』はわかりません。だからこそ、『意味あるものに少しでも近付ける』のが、俺たち教員の仕事で……俺たち先生の使命です」

 

 

「…………」

 

「──合理的じゃないな。無駄に語り過ぎました。それじゃあ、それの手続き済ませて根津校長に認可してもらってください。早乙女が記入してるなら、基本生徒にさせる手直しはないはずですんで」

 

「わわ、待って待って! 初めてだからちゃんと教えてくれないかい!? 早乙女少年に不備がないなら余計に失敗できないから! ねぇ、相澤くん!」

 

 

 




読了ありがとうございました!


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MP13 嵐の前はのんびりと

 ──お前は、どんなヒーローになりたい?

 

 

 それは、休憩の合間。

 疲労で倒れるように座り込んでいるとき……渡されたスポーツドリンクで喉を潤していると、隣にいる元担任兼未来担任が、顔を合わせることなく呟いた。

 

 ……トリッキーな動き。留年が決定してからほぼ1ヶ月間、ほとんどマンツーマンで訓練してきて、やっと目で追えるようになった男は、しかし息一つ乱していない。

 

 

 ──昨今、多くのヒーローが世に出て競うように活躍している。戦闘に特化したヒーローや救助に特化したヒーロー。最近じゃあ、そのどちらでもない多様な方向に尖ったヒーローも出てきた。

 

 

 

 萎んだゼリー飲料の容器を口に咥えたまま、上下に揺する。口調は淡々としているが、その言葉には……隠しきれていない『熱』があった。

 

 

 ──お前の個性は万能性が高い。いずれは、あらゆる状況で高水準の活躍ができるヒーローになるだろう。……だが、特化して極めた連中には、どうしても劣らざるを得ない。

 

 

 一つ例として挙げたのは、水難事故。

 

 魔法を用いれば水中での活動もそこそこ問題なく行えるだろうが、現在では水難を専門にしているヒーローたちがすでに各地に複数存在している。経験も十分で、後方支援も十分熟しているだろう。

 

 

 そしてそれは、火災現場、山岳救助、潜入捜査。敵との戦闘でも、言えること。

 

 

 『何でもできる』のは、確かに大きな強みかもしれない。

 

 だが、一歩間違え……なくとも、ただの器用貧乏になりかねない綱渡りな個性だと。

 

 

 

 ──『どんなヒーローになるか』。お前の場合、それを決めるのに早すぎるということはない。だから……

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ンぅ

 

 

 ……あどけなくも、どこか艶めかしい微かな呻き声。そんな声がベッドの上から聞こえてしまえば、純な少年少女は顔を真っ赤に染めるだろう。

 

 薄っすらと開けられた目は──普段の、穏やかながらも知性と理性を合わせもったそれではない。やや垂れ目気味な寝ぼけ眼は胡乱げで……これまた純な少年少女には目に毒だろう。

 

 

 ゆっくり起こした上半身を、癖一つない絹糸のような黒髪がスルリと流れていく。

 寝癖だけではない。魔女の個性が一切を認めないかのように、寝起きの際にあるだろう無様は一つもなく……完成した寝起きを作り上げていた。

 

 

 

(フフ、懐かしい……って言っても、まだそんなに昔でもないのですけど……)

 

 

 途中で目覚めてしまったが、見ていた夢の続きを思い出してクスリと笑う。

 

 担任の『キョトンとした顔』を見たのは、今の所、あれが最初で最後だ。考えておくように促そうとしたら、明確な答えを即答されたのだから当然だろう。

 

 

 ……思い出し笑いを一段落させ、そしてついでに、自分が目指すモノも再認識して──

 

 

 

「さあ。今日も一日頑張りましょうか」

 

 

 そう決意も新たに、台所へ向かう。

 

 ヒーローは体が資本。つまり、しっかりとした食事が重要なのだ。

 

 

 

 なお余談だが……白いパジャマの上からお気に入りの黄色いエプロンをつけた若奥様に扮した飯テロリストが、毎朝ルンルンとご機嫌に朝ごはんの支度(飯テロ)をするせいで、どこかのマンションでは朝食摂取率がここ一年で爆上がりしているそうな。

 

 

 

 

***

 

 

 

「すみません! 雄英高校の生徒さんですよね!? No.1ヒーロー、オールマイトが今年度から雄英高校で教師として勤務されている件について一言お願いします!」

 

 

 

 雄英高校、校門。登下校の時間帯はもちろんだが、今朝はいつにも増して人口密度が高かった。マイクを持つ者とカメラを持つ者のコンビ(稀にそこに+α)が群がる様に集まっている。

 

 もうお分かりだろうが、マスコミだ。昨年度も月に2・3回、数人が来る程度の頻度でやって来ていたのだが……オールマイト効果なのだろう。適当に数えただけでも数十人は軽くいた。

 

 

 人垣の外側から、どもりまくっている緑色の髪と、若干意味不明な四字熟語を返している茶髪を発見。他にも数名、聞き覚えのある声が聞こえる。

 何人かは突破できた様だが、律儀にも足を止めてしまった数人が包囲されてしまう。

 

 

 時間にはまだ余裕がある……だが、あの包囲網を突破できるかどうかはわからない。

 

 

 ……天魔はスマホをタップし、連絡先一覧で結構な割合で一番上にいるだろう担任の番号を選択した。

 

 

 

『……早乙女か。朝からどうした?』

 

「おはようございます、相澤先生。今学校の校門付近にいるのですが……かなり大勢のマスコミの方々がお見えの様でして」

 

『そうらしいな。今、警備システムを起動しているところだ。当然アポ無しの連中だから、わざわざ対応する必要はないぞ』

 

「いえそれが……すでに緑谷さんや麗日さんとほかに何人か、完全包囲レベルで囲まれてしまいまして。……オールマイト先生の話が目的みたいですから、確実にヒーロー科の皆さんを狙ってますね」

 

 

 少しの間の沈黙。額をおさえて唸る担任がやすやすと想像できてしまう。

 

 ……今度クッキーでも作って差し入れしましょうか、とこっそり計画を立てるだけの時間を経て(実際は2秒もかかっていない)、相澤の深い溜息が聞こえた。

 

 

『はぁ……アポ取りゃしっかりと対応するって言ってんだけどな。これだからメディアは嫌いなんだ。

 ……わかった。念のため俺も向かう。可能な範囲でいいから捕まった生徒の救出を頼む』

 

 

 そのアポを取るための手続きで一週間以上掛かることもあるのだが、生徒のプライバシーやら何やらでマスコミ各社も精査が必要なのだから致し方ないだろう。

 

 了解しました、と短く返し、気合を入れる。

 

 

 寄ってくる数名を愛想笑いで回避した経験こそあるが、数十人の中に突撃は初めてだ。その上で級友を救わねばならないのだから、なかなかにハードなミッションだろう。

 

 

 

「いざ……!」

 

 

 

 

 《以下ダイジェスト》

 

 

 ──すみません! 通してください! 通ります! 通りますから! ……緑谷さん確保!

 ──さ、早乙女さん!? ちょ、待ってくださ、あの、腕組、うわぁ!?

 

 

 ──はっ!? カメラ回して! あの凄い子撮っておいて! デヴュー後に使えるわ! ちょっとそこのカメラマン邪魔!

 

 

 ──麗日さん確保……! 女の子がカメラの前でマッチョアピールなんてしちゃいけません……!

 ──ごめん母ちゃ……ふ、ふぉぉおお!? 抱き、抱きとめ……って腰細ぉ!? コルセット、え、ないん! ? うっそやろおい!?

 ──ひゃん!? あ、ちょ、うらりゃかさっ、脇腹はダメ……っ

 

 

 ──マイクも回して早く! 何やってんの!?

 

 

『校内放送ジャァァアアアック! Hey! 呼んだかマスコミリスナー! 生徒の艶ボイスは録音()らせねーZE!』

 

 

 ──く、飯田さん! 丁寧な応対はそこまでにして! もう直ぐ門が閉まりますから! 

 ──何!? それはいかんな! それではマスコミの皆様! 時間が押している様なのでこれで失礼します!

 

 

 ──前途ー?

 ──……門、しまっちゃいますよ?

 ──あ、うん。はい……

 

 

 ──ふえ、ふええ……早乙女くん、私も連れてってぇ……

 ──え、もしかしてミッドナイト先生?

 ──ヒーローコス着てないとOFFになるそうなんです。性格がほとんど真逆に……はい、香山先生、ついて来てくださいね。

 ──う、うん!

 

 

 

 

 

 ダイジェスト終了。そして雄英バリア、起動。

 

 ……雄英高校の巨大な正門を完全に閉ざす特殊合金製の門戸である。開放時は地下に埋まっており、有事には勢いよく迫り上がって部外者を完全にシャットアウトする。

 

 

 『オールマイトが殴っても大丈夫!』という謎のキャッチコピーを聞いた新米金髪教師が、小さく「……デトロイトならいけるもん」と言っていたとかいないとか。

 

 

 

「……ったく、情報の秘匿だって非難する前に、プライバシー侵害を気にして欲しいもんだ。

 朝っぱらから悪いな早乙女。で、ミッドナイト先生は?」

 

「全力疾走で走っていかれました。多分、更衣室だと思います」

 

 

 ピンヒールであそこまで早く走れる女性も早々いないだろう。……よもやこんなところでヒーローらしい運動能力の高さを見ることになるとは思いもしなかった。

 

 

「相変わらずオンオフ激しいなあの人は……それで、その……今にも世界を呪いそうな麗日と、魂が抜けてる緑谷はどうした?」

 

 

 ──負けた。ちゃう、数字的に勝って……勝っちゃだめやん。うおお……!

 

 ──……///////(腕を組んだ際に肘が天魔の胸に当たってしまいオーバーヒート)

 

 

「……そっと、しておいてあげてください。ええ、はい。私も含めて

 

 

 ……ウエストで女子に大ダメージを与えてしまったことにか、それとも、女子扱いがいまだに抜けないことにか。流れる様にorz体勢になった天魔も合わせて、三者三様で中々にエゲツないダメージを受けていた。

 落ち込む三人をどうにかしようと、飯田が盛大に空回りしているのがなんとも言えない。

 

 

 どうしようかこの状況、とポリポリと頭を掻きつつ思考し……吐息を一つ。

 

 

 

「……ホームルーム、遅れるなよ?」

 

「相澤先生! 諦めないでください! それは完全に放置では!?」

 

 

 

 ──相澤消太はクールに去った。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「……と、言うことがありまして」

 

「はは……な、なんかごめんね? 私の──っ身内! 私の身内が迷惑かけちゃったみたいでさ! ホントゴメンね!」

 

 

 ホームルームどころか午前授業を飛び越えて、お昼休み。

 飢えに飢えた育ち盛り共が我先にと押しかける大食堂の一角で、金髪の骸骨と男装の魔女が隣り合って座っていた。

 

 もうお分かりだろうが、金髪の骸骨はオールマイト……真実の姿という事でトゥルーフォームと称した八木 俊典。もう一人は男装とわざわざ分ける必要の無い男子生徒、早乙女 天魔である。

 

 食事前……ランチラッシュが「座って待ってて! 腕によりをかけて作るから!」というので、教員用の卓で待っているのだ。

 

 

 ──クックヒーロー、ランチラッシュ。彼は雄英の教師でこそないが、オールマイトの怪我やその後遺症を知っている一人だ。

 また、セメントスと同様オールマイトのファンであり、そのことから長年の『オールマイトに料理を振る舞う』という夢を抱き、そして怪我の後遺症の件で諦めていたのだが……天魔に八木(オールマイト)への食事提供の話を持ちかけられた事で、長年の夢が今叶おうとしているのだ。

 

 ──閑話休題。

 

 

 

「まさか。迷惑だなんて思っていませんよ。

 それに……ヒーローとして活躍すれば、良かれ悪かれマスコミの方には騒がれます。将来そうなった時の対応の練習だと思えば、良い経験ですよ……まあ、前提条件でプロヒーローになり、かつ活躍できる様になってないといけませんけど」

 

 

 そう言って、天魔は苦笑を浮かべる。彼の言葉や表情に嘘や世辞は感じられない。それが本心からなのだと理解できた。

 

 

「……そう言って貰えると助かるよ。それじゃあ、マスコミ対応の先輩としてアドバイスだ。『招集がかかっていますので』って言えば、基本大体は引いてくれるんだ。ヒーロー活動は公務だから、それを妨害しちゃうと度合いによっては公務執行妨害(犯罪)になってしまうからね」

 

 

 

 ──それ、プロヒーローにならないと使えませんよね?

 

 ──あ……。そっか、学生だと……遅刻、くらいじゃ通してくれそうにないなぁ

 

 

 まだもうちょっとかかるかな? と調理場のほうをチラリと見た八木は、聞き辛いことを聞くために、静かに深呼吸する。

 

 

 

 

「あのさ……早乙女少年。彼──オールマイトの授業は、どうだった? 私もカメラ越しには見ていたんだけど、その、やっぱり身内だからか、色眼鏡で見ちゃってね。どうにも、私の所見が正確なモノとは思えなくてさ。

 

 キミから見て、どうだったかな?」

 

 

 ……身内どころか御本人なのだが、そこは気にしない。

 

 

「どう、と言われましても……私が言えるのは生徒側の意見でしかありませんよ?」

 

「いや、むしろそれが聞きたいんだ! 授業を受けてみて、どうだったのか。生徒側の率直な意見が聞きたくて! どうか!」

 

 

 

 少し離れた教員卓でスーツを着た白いネズミが頭を抱えていたのだが、丁度天魔達の死角となる位置にいたので気づかれることもなく。

 

 昨日の戦闘訓練の内容を思い出し、純粋に思ったことをまとめ……言葉を選ぶ。

 

 

 

「その……カンペの丸読みは、ちょっと、驚きました」

 

「うっ、そ、それはたしかに……うん」 1Hit!

 

 

「あと、戦闘訓練中の人から意識を逸らしてしまうのも少し危ないかな、と。複数同時にやっているのなら難しいですが、一組ずつの戦闘訓練でなら十分できますよね」

 

「がはっ」 2Hit!

 

 

「これは生徒の視点ではありませんが……訓練場になったビルですけど、緑谷さんの組で若干倒壊の可能性があったり、轟さんの組で全体凍結とか……施設管理科の職員の方に連絡しましたか――?」

 

「……oh、先生以前の問題だねソレ。報連相必須な社会人としてアウトだねソレ……そうだよね、普通に考えたら修理修繕いるもんね!」 3Hit!

 

 

 ……天魔の三連撃が見事に決まり、テーブルに突っ伏す八木ことオールマイト。

 カンペは自覚していたが、二発目がボディへと見事に決まり……三発目がフィニッシュブローとなりノックアウト。……非公式だが、オールマイトを倒した人レコードにノミネートされた。

 

 

(うう、教員を疎かにしていたつもりはないんだけど……ヒーロー活動に意識を割きすぎた。もっと腰を据えて、ああでも……緑谷少年の育成だってあるのに)

 

 

 昨日の相澤との会話では無いが、とっさに『ヒーローとして』と言ってしまうあたり、まだヒーローに重きがあるのだろう。

 

 今日も教師としては非番なのだが、食事と休息のためにこうして雄英に来ている。……その道中に5件ほどヴィラン捕縛などのヒーロー活動を行っており、速報のニューストピックスにも掲載されていた。

 

 

 ヒーローとしてのオールマイト。

 教師としてのオールマイト。

 

 そして、ワンフォーオールの継承者として……次代である緑谷 出久を育てなければならないオールマイト。

 

 

 二足草鞋どころか、まさかの三足草鞋である。ただでさえ『人に教える』ということが苦手だというのに……。

 

 

 それでも、やり遂げなければならない。

 

 ヒーローとしても、教師としても、師匠としても。全てを十全にこなさなければならないのだ。

 

 

 

 

「あ、あの、列挙した私が言っても説得力ないとは思うんですけど……オールマイト先生はまだ一年目、なんですよね? それも教育実習も教員課程も修めた訳でも、ですから──……あれ?」

 

 

 

 食堂に現れた時のルンルン気分。からの、急降下な八木の落ち込みっぷり流石に罪悪感があるのだろう。それらしいフォローをしようとして、自分の言葉に疑問を抱く。

 

 

「あの……ふと思ったのですが、なんで『補佐役の先生』がいらっしゃらないんですか?」

 

「……え"っ?」

 

「失礼な言い方をしてしまいますが、オールマイト先生は新米教師、な訳ですよね? ヒーロー免許に教育権が付随しているとしても、いくらなんでもいきなり一人で授業をさせるのは、どうなんでしょう……?」

 

「いやそれは──……あれ? どう……なんだろう?」

 

 

 

 二人揃って「あれぇ?」と仲良く首を傾げるその姿は――側から見れば、似てない親子か年の離れた友人か。

 

 

 

「待たせちゃってごめんね! ランチラッシュ特製『満漢全席・ライトバージョン』お待ちどうさま!」

 

 

 

 大きめな四人掛けの卓に、所狭しと並べられた皿。店に行けば五桁は確実にかかる食事を前に二人は目をパチパチと瞬かせ、さらにアイコンタクトを交わし、一先ずの疑問を放置。周囲にいたヒーロー教員に緊急招集をかけた。

 

 

 

***

 

 

 

「イレイザー、ちょっといいか? クラス委員の件なんだが……む?」

 

「ああ、ブラドか。今朝決まった。うちのクラスは委員長が緑谷で副が八百万……どうした?」

 

「いや、お前がゼリー飲料以外の物を口にしているのを久々に見た気がしてな。どうした、そのおにぎり」

 

「……うちのクラスのナチュラルマザーが、『作り過ぎた』らしい」

 

 

 

 

「……三つも?」

 

「三つも」

 

 

 

「「…………」」

 

 

「まあ、だが美味そうだな。俺にも一つ──「おい待てこれは俺のだ」……いや個性使ってまで睨むなよ……しかし、あれだな。委員長は早乙女だと思っていたんだがな」

 

「あいつは投票が始まる前に辞退したよ。……まあ、今回の理由は去年と違ってある程度まともだったから認めたが」

 

 

 

 

 ──『すみません。放課後はあまり残れないんです。

 

 スーパーのセールを逃してしまうかもしれないので……!

 

 

 

「ふざけてるのかと思ったら、マジだったからな……親がいないから仕送りなんかも当然無い。あの孤児院もなんだかんだで余裕がないからな」

 

「思い出した。結構な苦学生なんだよな……早乙女は」

 

 

 

 

***

 

 

 

「ごめん早乙女くん! お昼休みちょっとバイトしていかない!?」

 

「満漢全席なんて作ってるから……報酬はなんでしょう?」

 

「卵2パックに各種調味料、お米とパン各種に、満漢全席全作るときに余ったいいトコの肉類全部で計5キロ!」

 

「──料理長(シェフ)、人手は何人いりますか? 魔法使わなければ八人余裕ですよ?」

 

 

 

「……校長先生! 早乙女くん食堂にくれませんか? 割とガチで」

 

「ふふふ! ダメなのさ!」

 

 




読了ありがとうございました!


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MP14 嵐は静かに、確実に

Q.女性扱いは嫌なのにナチュラルマザーはいいの?

A.『女子扱いされる男子』と『女子力の高い男子』くらいの差が本人にはある模様です。
  超意訳:まんざらでもない


 

 

 

「オーダー入りまーす。日替わりの定食3、麺2。丼のカツダク(カツ丼汁だく)親子ネギ抜き(親子丼ネギ抜き)。洋ビーフシラ大(ビーフシチューライスセット、ライス大盛り)、中華炒飯セットサラダ!」

 

「「「「「はーい!」」」」」

 

 

 

 「ご飯の追加は?」

 「もう蒸らしてあります。いつでもいけますよ」

 

 「洗い終わった食器、ここに置いておきますね」

 

 「あ、ビーフシチュー残り半分でーす。このペースなら十分足りるかと」

 

 「「野菜切り終わりました」」

  「私はこのままサラダ盛り付けに入ります」

  「それじゃあ私はデザートの盛り付けを」

 

 

 

「……校長先生ぇえ! もうほんと、早乙女くん食堂にくださいよぉ! 半年くらい前からずっとプリーズコール出してるんですけど!? 一人で本当に数人分とかっ……! お昼休みの半分だけでもっ、僕の給料から彼のバイト代天引きいいですからぁ!!

 あ、ちょ、もしもし!? また通話状態で机に置いてスルーしてるでしょう!? 今日という今日は負けませんからね!? マイク先生に発声練習見てもらったんですから!」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「……すまない。早乙女くんが六人いるように見えるんだが、これは俺のメガネの度が合っていないからだろうか……?」

 

「大丈夫や、ウチも六人に見えるもん。いや、エプロンと三角巾が似合いすぎやろ反則やねあれは。一人くらい、お持ち帰りしてもばれへんのとちゃう?

 

 ……あれ、行ける? 行けるかなこれ」

 

「む!? ダメだぞ麗日くん! その例えだと早乙女くんをまるで物のように言ってしまっている! 彼は意思ある人なのだから、ちゃんと本人の意思を確認したまえ!」

 

 

 カクカクと謎の動きを見せる飯田。言っていることは正論なのだが、根本的に間違っているのに気付いていない。……違う、そうじゃない。そうじゃないのだ、飯田少年。

 

 

 

(……あー、でも今言うたら、おかずをタッパーに入れて渡されそうやなぁ)

 

 

 しかもランチラッシュにバレないように、無理を言う子に呆れるように苦笑して、それでも、人差し指を口に添えて『内緒ですよ?』と微笑みながら。

 

 

「ぐはっ」

 

「麗日くん!?」

 

 

 ……想像したらキュンと来て萌えた。なんという破壊力。

 そして、恐らく女の子として浮かべちゃまずい感じの顔になっていると思うので、両腕を使って隠しておく。

 

 

「あの六人に分身したのも魔法の個性なんだろうか。以前『分身』の個性があるって聞いたことがあるけどそれに近いのかな? どちらにせよ六人全員がそれぞれの思考で動いてるってことは実質的に増えた分だけ人手が増えるってわけで、広範囲の災害救助なんかで人海戦術に頼らざるを得ない状況ならとてつもない有用性がある。クラスの殆どの人が早乙女さんの事を入学試験で知っていたのはこれが理由か。だとしたらあの分身している状態でも魔法が使えてたわけだから、つまり……」

 

「けろ……緑谷ちゃん。絵面がとっても犯罪チックだから、早乙女ちゃんを見ながらブツブツ言うのはやめたほうがいいわよ。あと、真顔でお持ち帰り発言したお茶子ちゃんも、ちょっと危ないと思うわ」

 

「い、いややなぁ! 梅雨ちゃん、冗談やって……冗談に……」

 

 

 ……1ーAの緑茶飯with梅雨ちゃんが、それぞれ食事を摂りながら調理場の向こうで和気藹々と動き回る同じ顔の六人を眺める。六人が入ってから明らかに待ち渋滞の流れが早くなっており、時折ランチラッシュが思い出したように調理場にある内線電話から何処かへ電話をかけていた。

 

 なお、性別的には、本来お茶子の方こそお持ち帰りされるはずなのだが──……お持ち帰られて、普通にご飯とかお風呂とか、甲斐甲斐しくお世話される自分しか想像できない。

 

 雄英入学に伴って一人暮らしを始めたのだが、まだ15歳の女の子。やはりちょっと寂しいわけで……ただいまーと言ったら、おかえりなさいと。

 

 

 

「……うん」

 

「お茶子ちゃん? お願いだから『決まってるでしょ』って続きを言ってほしいわ。……とりあえず全員深呼吸しましょう? テンションがおかしいわ」

 

 

 

 吸ってー。

 

 吐いてー。

 

 

 

「うん。ごめん。落ち着いた。でも……凄いよね、早乙女さん。やっぱり早乙女さんの方が向いてると思うんだけどなぁ、委員長。少なくとも僕なんかよりはずっと」

 

 

 半分ほど減ったカツ丼を見下ろし、自嘲気味に言うのは緑谷だ。

 

 今日の朝のホームルームで学級委員長を決めるとなった時、少なくない人数が左から二番目の最前列……つまりは、早乙女 天魔に視線を向けた。

 

 唯一の年上であることも少なからずあるだろうが、入学試験・個性テスト・戦闘訓練と僅か三つではあるが、クラス一同に頼り甲斐があり、かつ信用に足る人物だと思わせるには十分な実績があった。

 なお、誰も気付かなかったが、担任の相澤も一瞬だがチラリと視線を送っていた。担任としても、天魔が学級長になることが一番の安牌と思っていたのだろう。

 

 

 しかし、そんな周囲の視線を感じた魔女は、少し困ったような苦笑を浮かべて、『自分はできない』と宣言したのだ。

 

 

 

 曰く、『表立つのが苦手だから、裏方に徹したい』……との、こと。

 

 ……それを聞いた相澤が僅かにだが眼を見開き、次いで呆れるように苦笑して、それを認めた。

 そして、天魔を除いた二十名から飯田提案による投票によって委員長決めが行われ──……晴れて、三票を得た緑谷が委員長となった次第である。

 

 

「自分をそう卑下するものではないぞ緑谷くん! 早乙女くんが辞退した中ではあるが、クラスの投票で最多票を獲得した事に変わりはないのだからな!」

 

(い、言えない! 実はあがり症で人前でまともに喋れないとか……!)

 

 

 頭を抱えそうになるが、すべては後の祭り。

 

 正しく委員長と言わんばかりの飯田や、冷静さや視野の広さなどではA組トップクラスの梅雨を前にして、自分が相応しいなど思える筈もなく。

 

 

 

 ──どうしよう、という小さな呟きは、食堂どころか雄英高校全体にけたたましく響いた警報に掻き消されてしまった。

 

 そして矢継ぎ早に異常を伝え避難を促す放送と、優秀ゆえに一斉に動き出した生徒たちの大混雑に紛れ……持ち手を失った事で床に落ちたお玉や幾つかの調理器具の音は、誰にも聞かれることはなく。

 

 

 一気に六人もの助っ人が『消えてしまった』事に気付いたのは、調理場の主人ただ一人だけであった。

 

 

 

 

***

 

 

 

〜数分前〜

 

 

「い、やあ! ほんとッ、重いです、ねぇ!」

 

「全く、です! 一体、何キロくら……あ、ちょっと止まって! 指、指食い込んで! いたたたっ!?」

 

 

 青いポリバケツ。市販のもので一番大きいサイズのそれを、二人掛かりでやっとこさ運ぶ。容量にして120Lが収まるそれは、しかしその容量を遥かに超える重量を二人に課していた。

 

 ……道中、『赤い顔』で『息絶え絶え』で『薄っすら汗を滲ませる』……青いバケツさえ無ければ、もうどう足掻いても年齢制限待ったなしの光景に出くわした男子生徒や女子生徒たちが若干前屈みになったり口と鼻を抑えて興奮を抑えていたりしたが勿論閑話休題である。

 

 幸いな事にバケツを運ぶ事に必死な魔女は気付いていなかった。

 

 

 

「「なんで生ゴミって、一定を超えると一気に重くなるんでしょうか……」」

 

 

 片や涙目で手をプラプラと振り、片や荒れた息を戻そうとして。元が同じ存在故か、タイミングも何もかも一致させる愚痴をポツリ。

 軽く休憩をしよう、とアイコンタクトすら交わさず同時に提案し、同時に了承する。

 

 

「……自分が本体なら、分身の私たちに面倒を押し付けて、もっと楽をすればいいでしょうに」

 

 

 息を落ち着けた方が、指に息を吹きかけている自分を見る。

 

 ――魔法を使えばいいのになぁ、と思うが、かつての頭痛(トラウマ)を思い出して言葉を引っ込めた。自滅拷問はもう勘弁である。

 

 

「……答えなくても、貴方も私ならわかるでしょうに」

 

 

 

 魔女の魔法……というよりも、日本人故か忍者のあれこれを真っ先に想像してしまう『分身魔法』。

 

 入学試験で使用して壮絶な頭痛に苛まれた記憶はまだ新しいが、それでも、改善点やらどうしようもない欠点はおおよそ分かってきたので、すでに普通に使う分には問題ない。

 

 ……今の所、お昼の食堂の援護の際くらいにしか使われないことに、どこかの担任は、乾いた目でどこか遠いところを見ていたとか。

 

 

 

 

「「言い出しっぺが一番きついのをやるべき、ただし(私達)に限る」」

 

 

 

 二人が零したため息も苦笑も、同時だった。

 

 分身を解除すればその記憶は本体に統合される。だが、分身魔法で生み出された天魔にも本人としての自我があるのだ。

 もちろん自分が分身体であるという認識こそするが……いきなり現れて面倒な仕事を押し付けられるのは、いくら自分同士でも気分が悪いだろう。だからこそ、本体である天魔が一番の面倒ごとを背負うのだ。

 

 

 ちなみに、どの天魔が本体か分身体なのかの見分け方は、本人曰く『禁則事項です☆(資料提供・演技指導:香山 睡)』とのこと。

 

 

 ……時間にして一分と経っていないだろうが、休憩終了。

 

 さあ行きましょう、と再びバケツの取っ手を同時に握り……。

 

 

 

 

 

 

 

「「む……?」」

 

 

 

 

 

 

 

 その警鐘を搔き鳴らしたのは、天魔の第六感だった。日に四度の不幸を察知するべく鍛えられたその感覚を疑うことなく――バケツを挟んだ左右の並びから、前後へ。

 立ち位置を変えた二人の天魔は、それぞれの役目を果たすべく動きだす。

 

 

 

 数メートル先にある、建物の角。

 

 そこから曲がって来たのは……一人の、不健康そうに痩せた男だった。

 

 

 くすんだ白髪。

 顔を……いや、上半身のいたるところを()()()()、模造品だと思いたい生々しい人の手の装飾品。

 

 そして、声に反応して天魔に気付き……指の間から覗く澱み切った、その眼。

 

 

 

「……失礼ですが、ここは雄英高校の敷地内です。誤って入ってしまわれたようですが、不法侵入ですのでそのまま──」

 

「──おい、なんでここに『見回り』がいんだよ……?」

 

 

 天魔を見ている。見ているが、存在を認めていない。あえて表現するならこれが正しいだろう。

 

 明らかに部外者である不審人物に、動くな、と暗に警告をしようとした天魔に対し、まともな応答をせず、それどころか面倒臭そうに……うざったそうに前に出た天魔を睨みつけ、空を仰ぐ。

 

 

「攻略情報と違うじゃん。なに、この時間には誰も通らないんじゃないのかよ。あー、あーあー、見つかってんじゃんかよ。ゲームオーバー? まだ始まってすらねぇってのに」

 

 

 ブツブツと呟き、ガリガリと首や頭を掻き毟り、苛だたしげに地面を蹴り……。

 

 ピタリと止まって──ギョロリと、視線が戻った。

 

 

 

 

「あれだ。報告される前に消しちゃえばいいじゃん」

 

 

 

 その白髪の男が天魔に鋭く踏み込んだのは──狙ったのか偶然か、鳴り響いた警報と同時だった。

 

 

 刹那、男の手が一気に天魔へと迫り、その顔を掴むように触れる。驚愕に目を見開く天魔を嘲笑うように五指が触れ……頭部から崩れ、上半身が砕けた。

 

 

「はい、ミッションコンプ……は? ──がっ!?」

 

「『分身解除』!」

 

 

 

 『前に出た分身体』がダメージ超過で消失し、その直後。

 

 『後ろに下がった本体』が、バケツの蓋をフリスビーの様に投げつつ、さらに大きく後ろに跳んで、分身魔法そのものを解除した。

 

 

 ……残るはずの下半身が幻のように消え失せたこと、殺したはずの奴がしかし目の前いること、などなどで呆然とした男の腹部にバケツの蓋が綺麗にめり込んだことを確認し、食堂に残した六人から、現在食堂も警報によってパニックになっている事を知る。

 

 踏み込んできたタイミング的に考えても、目の前の侵入者がなんらかの形で関与しているのは間違いないだろう。

 

 

 そして、消失したことで分身体からフィードバックされた客観的な情報も確認し──僅かに顔を顰めた。

 

 

 

(手で触れた物体を破壊する個性……! 殺人に躊躇いがない上に嗜虐嗜好ですか!)

 

 

 

 その思考及び行動は、路地裏で燻るチンピラのような社会不適合者ではなく……完全に、悪に染まり切っている(ヴィラン)のそれだ。

 

 ここまで侵入されているにも関わらず、警報のタイミングが明らかにおかしい事など、疑問はいくつか残るが……。

 

 

「くそ……! 雑魚の見回りキャラの分際で!」

 

「『エアボム』!」

 

 

 明らかに激怒しつつ、低姿勢のままかなりのスピードで迫る白髪の男に対し、分身を解除したことで使用可能になった魔法を向ける。

 

 掌から生じたのは、空気を圧縮して一気に膨張させる無火気性の爆発だ。そのものに殺傷能力はほぼなく、純粋に吹き飛ばすことくらいしかできないのだが……『非異形系個性かつ近接攻撃しか手段のない相手』にとっては天敵レベルの魔法と言えるだろう。

 

 案の定、男の体は軽く飛ばされる。意外にも身体能力は高いのか、空中で一転して着地を無難に決めた。

 

 

「ああ……くそ、んだよ今の……個性か? じゃあ最初に消したのはなんだ。幻? 実体のある幻? なんだよそれ、反則じゃね? 何が見回りの雑魚キャラだよ。くそくそくそ……っ!」

 

 

 再びブツブツガリガリ……と、首を掻き毟り不満を露わにする。それはまるで、自分の思い通りに物事が進まないことに苛立つ子供のように異常な行動で、掻きすぎた首から血が滲んでも手を止めない姿は、戦闘中でもなければ顔を顰めて腰の引けてしまいそうな光景だ。

 

 

 

 

 ──戦闘中でも、なければ。

 

 

 

 日に四度ある不幸や、吸い寄せられるように向けられる悪意。其れ等の難事を乗り越えるために、天魔は『即座に意識を切り替えられる』ようになっている。

 

 ……遠距離攻撃手段が山ほどある魔女の前で、晒したその隙は、致命的だった。

 

 

 

「『エアバレット/……」

 

 

 

 『エアボム』同様、周囲の空気が圧縮していくが、その量は圧倒的に少ない。それもそのはずで、爆発もしなければ威力も精々『平均的な成人男性が割と本気で打つ素人正拳』くらいでしかない。

 

 

 ──相手は近接特化。身体能力は平均以上。距離はすでに十分。

 

 故に必要なのは……

 

 

 

「──()()()()()()』」

 

 

 

 弾幕だ。

 

 

 

 無色透明──不可視の、拳大の弾丸。

 

 それが、一つ二つ……十、二十と、瞬く間に数を増やして行く。

 

 

 目には見えない攻撃予兆だが、男にも直感のような本能があったのだろう。『ヤバイ』と判断し撤退しようとしたようだが……遅すぎた。

 

 

 

「ごえ……っ!?」

 

 

 ズンっと、捻り上げてくる鳩尾への一撃。

 

 正確に狙ったのはその一発だけで、あとは大まかな狙いだけ付けて撃ちまくる。

 

 

「なんっ、ぎゃ!? がっ、くそっ、なめやがっ」

 

(……最低でも時間稼ぎ。気絶させるか、拘束して捕縛を── むっ?)

 

 

 無数のうちの一発が当たり、大きく体勢が崩れたことで数発が外れた。偶然生まれたその空白に、男は慌てて『手近にあった障害物』に隠れる。

 一先ず弾幕が途切れたことに安堵するが……自分が隠れたその障害物を確認して、男の目が一気に血走っていった。

 

 

 ──最初の風圧爆破でも吹き飛ばない重量があった……生ゴミ満載のポリバケツ。ダメ元で数発ほど打ち込んでみるが、バケツはビクともしない。

 

 

(バレット系の欠点は『発射位置を大きく変えられない』……なら)

 

 

 

 

 虚空から黒棒を取り出し、空中からの制圧で──……と戦略を変えようとした時、男が吠えた。

 

 

 

 

「くそ、くそくそくそぉおあ、黒霧ぃ!! さっさとゲート出せ!!」

 

(増援……っ)

 

 

 

 『単独犯の可能性は低い』とは考えていた。弾幕を維持しつつ、周囲の地形を記憶から思い出し、そのクロギリ、という増援が現れるだろう場所を確認して……

 

 バケツに隠れた男の後ろから……黒い靄が、なんの予兆もなく現れた。そのまま靄が大きくなり……男の体を飲み込んで行く。

 

 

「……顔は、覚えた。次に会った時はその小綺麗な顔をグチャグチャにしてやるぞくそ女……!」

 

 

 そんな言葉を残して、全身を包んだ靄が小さくなり……そして、靄が完全に消えると、男の姿も跡形もなく消え去っていた。

 

 

 

「…………」

 

 

 周囲を警戒する。食堂の方からまだ騒ぎが聞こえるが、次第に静まっているので問題はないだろう。

 そのまま神経を尖らせること、数秒。完全に脅威がさったと判断するまで警戒を続け、ホッと一息ついて、緊張を解いていく。

 

 

 

「逃げられてしまいましたか……しかし、ゲート転移系の個性ですか。相当希少だと聞いていますが、それがヴィランに……」

 

 

 その辺に転がっていたバケツの蓋を回収し、元に戻す。幸いにもバケツの中身は二重の袋に閉じ込められているので、飛び散らかしたりはしていなかった。

 

 

 

 時間にすれば、一分ほどの短い攻防。

 

 

 

「何事もなく……いくわけ、ないですよね」

 

 

 戦闘などなかったかのように静まり返るその場に、魔女の不景気を隠せない呟きが、嫌に響いた。

 




読了ありがとうございました!


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MP14.5 双方の水面下

 ──振り上げた手が、拳を作る。

 

 『死んでいたかもしれない』という、明確な危険。結果だけみれば無傷だが、一歩間違えれば……そんな最悪を想像してしまい、『なぜすぐに連絡をしなかった』と憤りが先行する。

 

 ……その時、自分は群がるマスコミ相手に、無難な時間稼ぎをしていたというのに。

 

 

 

(……()()を見りゃ、そんな暇がなかったことなんて……一目瞭然だろうが)

 

 

 

 ──拳が開かれ、躊躇いの後……手刀を作る。

 

 独断による戦闘行為。ヒーロー免許はおろか、仮免ですら持っていない一生徒の行動としては、決して褒められたものではない……それどころか、世間に露見すればヒーローとしての未来が危ぶまれる可能性だって有り得るのだ。

 

 ……『もっと後先を考えろ』という叱責の言葉は……すぐに閉じた口の中に押し止められた。

 

 

 

(……もし、あそこで時間を稼いでいなければ。そして、ヴィランを撃退できていなかったら……)

 

 

 近くにあったのは、大勢の生徒がいた大食堂。しかも、当時は混乱の真っ只中。

 

 見つかっただけで容赦なく殺しにかかるような危険人物である。もしあの時、食堂に辿り着かれていたら……雄英高校開校史上、最悪の大惨事になっていただろう。

 

 

 

 ……深呼吸。

 

 目の前には……両目をキツく閉じて、首を縮めている天魔がいる。

 避ける素振りも、驚いている様子もなく──叱責を承知で、あの行動を取ったのだろう。

 

 

 

「な、なあ。イレイザー……? その……」

 

「……。ああ、わかってる」

 

 

 

 同期兼同僚の、珍しく声量を抑えた声に溜め息を返す。

 

 力んでいた手刀から力を抜き……身構えている生徒の頭に、少し強めに()()()

 

 

 乗せた瞬間にビクリと肩が跳ねるが、予想していたものとは違ったのだろう。目を恐る恐る開けて、キョトンとして目を瞬かせている。

 

 

 

「……本当は、色々と注意したいんだが、な」

 

 

 だが。

 

 

「……よくやった。上出来だ、早乙女」

 

 

 

 

 

 

 『マスコミ侵入騒動』──表立ってはそう世間に公表し、雄英はその事実を実質的に隠蔽した。

 

 

 ……強固な城壁のような壁を跡形もなく粉々にし、マスコミの侵入を促した者がいる。

 

 ヒーロー育成の名門にして、平和の象徴たるオールマイトが勤務する雄英高校を相手に、だ。

 

 

 考えなしの大胆不敵か、それとも、大いなる悪意の尖兵か。

 

 

 どちらにせよ、してやられた事に変わりはない。

 

 今後の対策を立てるべく、根津校長の号令の下、急遽緊急会議を開いた教員たちの元に、驚くべき一報が飛び込んだ。

 

 

 

 『侵入したヴィランと思しき人物と交戦しました』──と。

 

 交戦したご本人、早乙女 天魔から。

 

 

 そして会議の場に呼び出され、状況を『説明』し……冒頭の相澤の行動へと繋がるのである。

 

 椅子を倒すような勢いで立ち上がり、普段以上に感情を殺した顔で天魔に迫る相澤のらしくない行動に呆然とし……そして、その結果にホッと息をついた一同は、改めて『それ』を眺めた。

 

 

 

「……シカシ、百聞ハ一見二如カズ、トハ言ウガ……」

 

「一見にしたことを一見として伝られるって、何気に凄い便利ね」

 

 

 会議場の中央。多くの教員の視線が集中するそこには、天魔が先ほど交戦したばかりの白髪の男がいた。

 時間が止まっているかのように微動だにしないその男は、消え失せる際に向けた殺意を迸らせる目付きで、誰もいない虚空を睨んでいる。

 

 

 もちろん、あのヴィラン本人ではない。『自分の記憶を立体映像として投影する魔法』──見たままを、見たままに。口頭での説明では限界があると感じた天魔が即席で作ったものだ。

 

 あくまでも記憶であるため、時間が経てば経つほど投影される虚像は朧げになっていくという欠点があるが……十代の記憶力が一時間もせずに朧げになるわけがない。

 

 人相こそ顔を覆い隠す手でわからないが……少なくとも外見的な特徴は周知できるだろう。それで満足しない魔女は、会敵から撤退後までの一連の流れをそのまま投影してみせた。

 

 

 

 生徒の上半身が崩壊する様子は……いかに分身体と言えど、教師たちの気分を最悪にするには十分だったようだ。

 そして、そんな最悪な気分故だろう。その後の戦闘におけるヴィランの一挙手一投足を、全員が前のめりになるようにして観察し、長年の経験から弱点や最適な対応などを思慮する。

 

 

「五指で触れれば発動するタイプか……確か、今年の一年にも同じ条件の子がいたな」

 

「ああ。俺のクラスだ。麗日と違ってコイツは応用力という点では皆無だが……逆に、触れることさえできれば防御無視かつ、触れた場所によっては即死だ。早乙女の取った『近付かせず一方的に制圧』が最適解だろう」

 

「問題は……この転移系ね。クロギリ、ってのはコードネームかしら。警報がこのヴィランじゃなくてマスコミにだけ反応したのは、転移系の個性で敷地内に直接侵入してきたから……頭が痛いわね。向こうは奇襲し放題じゃない」

 

 

 投影された映像を何度か見るが、映るのは黒い靄だけ。つまり、遠隔での発動も可能だと言うこと。ミッドナイトの言う通り、その気になれば今この瞬間でさえ、ヴィランは攻め込んで来れるだろう。

 

 さてどうするか……と言うところで、根津校長は立ち上がり、一同の注目を集める。

 

 

 

「さて、皆も理解できたと思うが、現状はかなり厄介な状況だ……でも、ありがとう早乙女くん。君のおかげで、ボクらは『敵を知る事ができた』。だから、ここからはボクらの仕事なのさ」

 

 

 そう言って、にっこりと笑う。

 

 ──()を知り己を知れば百戦殆うからず。その言葉を現実のものとするために、雄英の最高責任者はその個性を全力で行使した。

 

 

「…………よし。まず、各先生。昼休み後、生徒たちへの説明はマスコミが侵入したことだけを伝えてほしい。ヴィランが侵入したことは絶対に知られないように。今まで通り、平常通りを心がけてほしいのさ。

 もちろん、早乙女君もね。他言無用でお願いするよ」

 

 ――生徒たちに知られれば、まず混乱は避けられないだろう。ヒーロー科の生徒ならまだしも、全生徒の八割以上は普通科やサポート科・経営科だ。その混乱の対処に人員を割いては、それこそヴィランに付け入る隙を与えるようなものである。

 

 

「それと同時進行で、()()()()()()()()()()()()()()()()

 ……ただ『敷地内に侵入する』だけでマスコミまで利用したとは思えない。施設やセキュリティになにかしらの細工か、生徒たちの個人情報が盗まれていないかなど、徹底的にだ」

 

 

 ――そして、必ず次がくる。それも、恐らく一週間以内に。

 

 今回は下見であり、実際に侵入できるかのテストなのでは……とも思ったが、天魔が交戦したヴィランの発言で『これは準備なのだ』と確信した。

 相手方に転移がいる以上、侵入を防ぐことは確実に不可能。ならば、目的を確定することでカウンタートラップをかけるしかない。

 

 

「セキュリティの強化、および防犯面の強化はボクが主導して行う。……パワーローダー先生とセメントス先生は、ボクの補佐に入ってくれるかい?」

 

 ――どこか恐竜と重機を合体させたようなコスチュームの男と、比喩抜きで全身が角張った男が頷く。

 

 続いて、天魔が提供したヴィランの情報を警察の一部に渡し、水面下にて捜査を依頼、などなど。

 

 

 その様子は正しく『矢継早』。いくつもの指示をおよそ一息のうちに伝えているのに、急いでいるように全く見えないから不思議である。

 

 

「……最後に、セキュリティの強化が終わるまで、各先生には授業以外の時間に敷地内の警邏をお願いすることになる。夜間も含めてね……かなりハードなスケジュールになってしまうけど、ボクもできる限りセキュリティ強化を急ぐから、なんとか耐えてほしい。

 

 ここが正念場だ。ヒーロー社会の象徴の一つである雄英高校が、ヴィランに良い様にされるわけにはいかない。頑張ってくれ、ヒーロー」

 

 

 根津は淡々と言っているが――その内容の濃さに、天魔は思わず冷や汗を浮かべた。

 

 そして同時に、生唾を飲む。

 明らかに過酷すぎる要望に、しかし教師全員が、当然だとばかりの表情を浮かべているのだから。

 

 

 

  ――これが、ヒーローの現場……!

 

 

 

 戦慄にも、感動にも近い感情。去年の夏からこの場にいる何人もの教師たちに師事を受けていたからだろうか、その光景には、中々に()()ものがあった。

 

 

 

 

 

 

「あ、早乙女くん! そんなわけだから、しばらくは放課後の自主訓練は禁止なのさ!」

 

「……あの、校長先生? 状況が状況ですから理解も納得もできるんですけど、もっとこう、言い方とか伝え方とか……色々と台無しなのですけれど……」

 

 

 

 

―*―

 

 

 

 

「……さて、残ってもらってすまないね。手短に話すけど……」

 

「――早乙女のこと、ですね」

 

 

 相澤とも根津とも……吐いたため息は、途方もなく重かった。

 

 

「話が早くて助かるのさ……。

 

 ヴィランは、なんらかの目的があって雄英に侵入してきたのだろうけど……侵入した先で『もう一つの目的』を作ってしまった。ボクらからしたら、作らせてしまった、だろうか」

 

「あの殺害予告ですね。本人は割と平気そうでしたが……正直、あのヴィランの殺意は本物でした。教師ですら、虚像とわかっていても何人か身構えてましたから」

 

「私もちょっと毛が逆立ったのさ。

 ――真面目な話、こんな事があった直後に、何事もない、なんて楽観視はできないんだ。特に彼は、その個性体質故に悪意を寄せやすい。今回のことだって、無関係と言えないかも知れない。不幸中の幸いは、彼の詳細情報がまだ知られていない、ってことくらいだ」

 

 

 

 

 

「雄英のついでか、雄英に合わせてか。

 

 

 ……それとも」

 

 

 

***

 

 

 

 薄暗い一室。集客なんて微塵にも考えていない怪しげなバーは、案の定無人であり……訂正――無人だった。

 

 真っ黒い靄が突然湧き出し、そこから躓いたような危うさで一人の男が現れる。黒い靄は揺らぎながら形を整え……洋服を着込んだ靄が平然と立っていた。

 

 

 

「……くそっ! あのクソ女、よくも……っ! おい黒霧! もう一度ゲート出せっ、あの女の面バラバラにしてやる!」

 

「落ち着いてください、死柄木弔。これ以上現段階で騒ぎを起こしますと、貴方が立てた計画に致命的な支障が出る可能性が……」

 

「良いからやれ! それともお前から粉々にされたいのか!?」

 

 

 ――その様子に、黒霧は内心で大きくため息を零す。……駄々を捏ね、思い通りに行かなければ癇癪をおこす子供。それを成人を迎えている男がやるのだ。見苦しいことこの上なく、子供と違ってなまじ実行できる力があるため始末が悪い。

 

 

 どう宥めたものか……そう思案しだした黒霧に、思わぬ助っ人が現れる。

 

 

 

 

『――どうしたんだい? 随分荒れているじゃないか、死柄木弔。大切な仲間に、そういう言葉を向けちゃいけないよ』

 

 

 

 

 その声は、店にあるレトロなテレビから聞こえてきた。電源を入れた覚えはないが……映像はなく、音声だけが届いてくる。

 

 ……ただの声にも関わらず、聞いているだけで底無し沼を目の前にしているような怖気が背筋を走った。

 

 

「先生……っ! 情報が違うぞ! 情報さえ正しかったら俺は……あんな奴がいるとわかっていたらもっと……っ」

 

 

 上手くやれた、こんなはずじゃなかった、と言葉に出てくるのはそれの類。声の主はただBGMとして聞き流し、思案する。

 

 

(あんな奴? 弔と黒霧には雄英高校に所属しているヒーローは全員伝えているはずだが……クソ女ということは、女性だろう。在籍している女ヒーローは数えるほどにもいなかったはずだけど……)

 

 

 瑣末なことだ――そう断じれない自分に首を傾げるが、今は大切な生徒に意識を向ける。

 

 

『――情報通りではないイレギュラー、それはあって当然だよ死柄木弔。あらゆる可能性を考慮し、万全を期さなければいけない。それが組織のトップというものさ。

 

 さあ、早速復習の時間だ。

 

 『君の存在が露見し、君の計画も読まれている可能性がある』……このまま進めては失敗は目に見えているね。この状況、君はどうする?』

 

 

 伝えるだけ伝えて、音声だけを伝えてきたテレビの電源がひとりでに落ちる。

 

 相変わらず底知れぬ自身のボスに背筋を冷やしつつ、黒霧は静かになった死柄木弔に視線を向けた。

 

 ……忙しなく眼球を動かし首をガリガリと掻き毟る様は、その様相もあって大変不気味だが……それが彼の集中している時の癖だと知っている。

 

 

 

 しばらくその状態が続き、そして……。

 

 

「……おい、黒霧」

 

「――はい。なんでしょうか、死柄木弔」

 

 

 

「時間ギリギリまで兵士を集めろ。最悪、小突いたら暴れるような小物でもいい。方法云々は一切任せる。とにかく数だ」

 

「数で攻める、と?」

 

「とーぜん。昔からあるだろ? 『数の暴力』ってさ。俺の存在が知られてようが、計画が読まれてようが……それくらいじゃ意味がない、って感じにすりゃいいんだ。

 ゴミみたいな日陰者なんて、文字通り掃いて捨てるほどいる。それをぜーんぶ、平和の象徴様に綺麗にしてもらおうぜ」

 

 

 

 

 そして――ゴミ掃除で疲れたあの象徴様を。

 

 

 

「こっちの秘密兵器で潰す。ほらな? 平和の象徴(オールマイト)殺し』達成だ」

 

 

 

 笑う、笑う。

 

 愉快に、不気味に。

 

 

 悪意はすぐそこまで、やってきていた。

 

 




読了ありがとうございました!


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MP15 嵐、来たる

 

 

 広大な敷地を誇る雄英高校。しかし、広大すぎるが故に徒歩での移動では時間があまりにもかかり過ぎるため、敷地内には無数の大型バスが用意されている。

 

 ……といっても、経費削減のため型落ちした国営のバスを安く買い取ったり、廃車寸前のものを引き取ってサポート科の生徒・教員によって修理修繕(たまに魔改造)したものを再利用しているのだが。

 

 

 

「「はあ……」」

 

 

 そんな、生徒のために用意された車両の中で。

 

 生徒が吐き出したため息は二人分。ものの見事に重なった。

 

 

「早乙女ちゃん、最近ため息が多いわね。なにか悩み事かしら」

 

「……蛙吹さん。私もそうですが、飯田さんも今ため息してましたからね?」

 

「ああいや、俺は些細なことだ。……学級委員長として動こうとして、盛大に空回っただけだからな。バスがこういうタイプだったとは……!

 それよりも! 蛙吹くんのいう通りだ! この数日、ため息が多いぞ早乙女くん! 悩みがあるならば、俺でよければ幾らでも聞くぞ!」

 

「けろ。二人とも、梅雨ちゃんと呼んで?」

 

 

 両の手刀をカクカクと……ヒーローコスチュームが騎士調のロボであるせいだろうか、これがたまに聞くロボットダンスですか、と見当違いな感想を抱いていたりする。

 

 ──『マスコミ侵入事件』の直後、何故か緑谷が委員長を辞退し、その上で飯田を委員長に推した。聞けば、あの大混乱の食堂を鎮静化させた云々……本人たちが納得しているようなので、天魔には意見も文句も無いのだが。

 

 

 ……ため息の理由が何かしらの悩みではないため、心配そうに見てくる梅雨と意気込んでいる飯田に苦笑を返した。

 

 

「私も、飯田さんと同じですよ。空回りしちゃって……緑谷さんの個性訓練、先生方に掛け合ってみたんですけど、まだ暫くできそうにないんですよね。あれだけ偉そうに言っておきながら……」

 

 

 再び、はぁ、と物憂げなため息。……片手を頬に添える無意識な仕草が、なんとも色っぽかった。

 

 そして、そこまで大きな声ではないが、そこまで広くないバスの中。それほど離れていない位置に座っていた緑谷にも、その言葉とため息は当然聞こえた。

 

 

「あ、あの、早乙女さん。そんなに気にしなくても……! 訓練が出来なくなったのは早乙女さんのせいじゃ無いんですし、っていうか『個性を使うイメージのアドバイス』だけで今の僕には十分有難いくらいで……!」

 

 

 申し訳ない、と思う反面、そこまで考えてもらえて嬉しいとも思う。顔色が青くなったり赤くなったりと忙しい所は違うが……やはり、師弟はどこかで似てくるものなのだろう。感想がオールマイトとそっくりであった。

 

 

「けろ。そういえばそんなお話していたわね。……その緑谷ちゃんの個性だけど、掛け声のせいもあるのだろうけれど、なんだかオールマイトに似てる気がするわ。超パワーとか」

 

 

 

 ──若干前のめりになっていた緑谷が、なぜか切島の個性『硬化』を体現する。ビシリ、という効果音まで聞こえそうだ。

 

 ……いきなり深過ぎるところにぶっ刺さった梅雨の指摘に、脳が肉体の操作を投げ出して思考に集中しているのだろう。

 

 

「いやいや、緑谷とオールマイトは似て否なるもんだぜ? 超パワーは確かに近ぇかもしんねぇけど、緑谷は使うたびに腕なり指なりボロボロになっちまってるし。

 正直……見てて辛ぇから『あんまり使うな』って言いてぇけど、使わねぇと練習にも訓練にもなんねぇしなぁ。かと言って、じゃあどうするってわけだけど……ぬぅ」

 

 

 そう言って、唸りながら本気で悩む彼は、周囲のクラスメートたちが向ける好感の視線に気付いていないのだろう。長らく無個性ゆえに差別を受けていた緑谷なんて、硬化が解けて若干涙目だ。

 

 

 

「けっ、デクはデクらしく無様晒して這いつくばってろクソナードが」

 

「いや空気読め爆豪! クソを下水で煮込んだ性格を何もここでブッパする必要なくね!?」

 

「んだコラのそのボキャブラはクソ電気! ブチ殺晒されてぇか!?」

 

「『ブチ殺晒す』って何!? お前本当にヒーロー科のヒーロー志望!?」

 

 

 

 車内後方でギャーという悲鳴が上がるが、特に問題はなさそうなので放置一択。一人被害に遭っている上鳴には内心で合掌を送った。

 

 

 

「ええと、今切島さんの言った『じゃあどうする?』の答えは一応出ていまして──それが『出力の調整』なんです。現状、緑谷さんはオン/オフの切り替えしかできていませんので……

 

『個性の反動で身体が損傷しない程度』かつ『その状況に必要なパワー』

 

 この二つを考慮した出力の調整が、今の緑谷さんの最優先課題になります」

 

 

 天魔が左右の手で指を一本ずつ伸ばし、それを合わせるようにピースサインを作る。

 

 ……やってから気付いたのだろう。慌ててすぐにやめたが、少しはずかしいのか顔がわずかに赤い。

 

 

「一つ目はわかるんやけど、二つ目はどういう事なん……? あと、車内のお客様の中にカメラ、もしくはカメラ機能付きの何かしらをお持ちの方はおらへんでしょうか? ……おらん? おらんの? マジで?」

 

 

 

 天魔の言葉にいまいちピンとこないのは、お茶子と他数名……主に個性の性質上オンかオフしかない面々だ。なお後半はがっつりと無視してほしい。

 

 緑谷に伝えた時にも同様の質問をされたことを思い出しながら、(真顔を意識してから)お茶子の疑問に答える。

 

 

「すごく簡単に例えるなら『落ちてくる瓦礫』と『生身のヴィラン』……ヒーローならば、どちらもどうにかしないといけませんが、瓦礫ならまだしも、ビルを半壊できるような威力を人に向けたらダメですよね? ってことです。

 

 

 えっと──あの、爆豪さん? ダメですからね? 本当にどうしようもない不慮の事故だったとしても、ヴィランの方が亡くなられたら居合わせたヒーローは厳密に審査されて、最悪相応の期間で活動停止とかの処分を受ける可能性がありますからね?」

 

「う、うるせぇわボケが! ん、んな常識知ってんに決まってんだろうが舐めんなやゴラァ!?」

 

「待ってぇ! 今の爆豪ヒートアップさせないでぇ!? 襟首掴んでる手がバチバチいってんのぉぉ! 誰か助け……って誰もいねぇ!?」

 

 

 すでに二人の席に近かった面々は避難を完了していた。天魔にガチな心配を向けられたせいか、ボルテージが上がって細かい破裂から本領の爆発になろうとして……いたのだが、その細かい破裂すらも突然止まり、当事者たちも何事か、と。

 

 

 

 視線を前に向ければ──ザワリと逆立ち波打つ黒髪と、鷹の如く鋭い眼光が。

 

 

「オイ。爆豪、上鳴。……ちょっと騒ぎすぎだ。大人しく座ってろ」

 

「っ、ちっ」「あの、俺完全巻き添えなんすけど……? あ、はい、すんません」

 

 

 

「あと、もうそろそろ到着するから全員用意しておけ。……再度言うが、これから行うのは実践式の救助訓練だ。先日行った戦闘訓練とは全く別物で、救助活動は人命に直接関与してくる。こればかりは得意不得意関係なしに、全員余すことなく自分の糧にするように」

 

 

 程よく緩んだ空気を、さらに程よく引き締める。窓から雄英でも最大クラスの巨大さを誇るドームが見えてきた。

 

 

 

―*―

 

 

 

「で、早乙女。お前、緑谷にどんなアドバイスしたんだ」

 

「『電子レンジに卵をそのまま入れちゃいけませんよ』っていうのと……そうですね、『お水は大切に』ってアドバイスです。……まさか、身体強化系の個性のイメージで電化製品が出てくるとは思いませんでした」

 

「……いや、どっち聞いても台所でしか聞かないような会話だぞ? 個性についてのアドバイスだよな?」

 

 

 

―*―

 

 

 

「外から見てもわかってたけどやっぱでけぇ!」

 

「ドームの中にさらに建物とか! USJみたいっ! まあ私USJ行ったことないけど!」

 

 

 

「はい、芦戸さんそれ正解です」

 

 

 驚きやら感嘆やらで興奮を隠せない一同が、正解って何が? と首を傾げる。

 

 その答えは天魔ではなく──ゆっくりと歩いてきた、その人からきた。

 

 

 どこか連想させる……なんてレベルではなく、どこからどうみても宇宙服である『ヒーローコスチューム』は、数多くいるヒーローの中でも、スペースヒーロー・13号──日本中探してもこの人だけだろう。

 

 

 

『ようこそ! 1年A組の皆さん! ここは雄英高校でも最大の『災害救助訓練専用施設』、その名も』

 

 

 

 嘘の()

 

 災害や()

 

 事故ルーム()

 

 

 

『通称、『USJ』へ!』

 

 

 

 

「「「それでいいのか雄英高校!?」」」

 

 

 

「なあ早乙女……真面目に、大丈夫なのか?」

 

「ふふ、奇遇ですね、障子さん。丁度一年前に私も同じことを聞きました。

 それで、真面目に返答しますと……まあ、大丈夫だと思いますよ? 所詮はイニシャルが三つ並んだだけですからね。『ユニバーサル』から始まるほうを完全にコピーしちゃうと偉い人たちが偉い人たちや怖い人たちにお呼び出しされちゃいますけど……」

 

 

 苦笑。ここだけではなく、似たようなのがまだいくつかあるので、その都度リアクションがあるのだろう。

 なお、一年生で『大丈夫なのか?』と不安になり、二年になると『ルームじゃなくてドームじゃね?』と疑問を抱くようになり、三年に至ると最早何も感じなくなるという。

 

 名前に若干ふざけはあるが、その内実は相当なものである。火災現場、土砂災害、水難事故、山岳救助などなど、あらゆる救助現場を完璧に再現した設備は、正しくヒーローを育成するために用意されたものだ。……建築費用など、正直考えたくもないレベルである。

 

 

 

(……おい、13号。オールマイトはどうした? 今日は俺とお前、それにあの人の三人で見る予定だったはずだが)

 

(先輩。それが、また通勤中にヒーロー活動しちゃったみたいで。本人は大丈夫だと言っているみたいなんですが、『訓練中にマッスルフォームを維持できるかわからないから』と校長先生が)

 

(……新米教師のために補佐が二人(俺とお前)がついて、なのにその肝心の新米教師の本人が欠勤って……どういう不合理だこれ)

 

 

 USJに着いて早々、相澤が頭痛を抑えるように手を額に当てる。

 

 何やら手違いでもあったのか、彼にしては意外と長く数秒ほど唸り、しょうがないと切り替えて、13号の肩をポンと叩く。

 

 

 最優先は、もちろん生徒達の授業だ。……幸いというかなんというか、今回の訓練に最適な教師がそもそもいるので授業自体にはなんら問題はない。

 

 

 

 

 

 

 

『コホン。さて! 早速救助訓練を始める……その前に。みなさんにお伝えしたいことが一つ。あ、いや、二つ? 三つ四つ……』

 

 

 増えていた数字が不意に止まる。……コスチュームゆえに視線はおろか、表情さえ伺えない13号だが、その視線を、天魔ははっきりと感じた。

 

 

 

『──あるんですが、早乙女くんには以前伝えたし、君自身もうすでに重々承知しているだろうけれど……もう一度、聞いてくれるかい?』

 

「一度と言わず、何度でも、聞かせてください。それだけ大切なことですし……それにこれは13号先生だからこそ『深く響く言葉』ですから」

 

『―──……はは、うん。ありがとう』

 

 

 良い子だなぁ、とか、先輩ずるいなぁ、なんて感想を、内心でちょっと思いながら。

 

 では、と呼吸を一つ。

 

 

『一年A組の皆さん。君たちはここ、雄英高校のヒーロー科に入学しました。多くのライバルたちがいる中で狭き門を通り抜けてきた君たちは、現時点でも一般の人たちより遥かに優れた実力を持っています。そしてそれは発展途上であり、雄英高校を卒業するころには、さらに高みへと登っていることでしょう』

 

 

 その言葉に、二十名全員が──温度差云々の違いはあれど──例外なく笑みを浮かべる。

 

 入学のために相当に努力し、その努力が実った結果だ。褒められて悪い気がするはずがない。

 

 

『ですが。どうか、忘れないでください。君たちの持つその優れた力──個性は、使い方をほんの少しでも間違えてしまえば、容易に人を傷付け、最悪……『その命を奪って有り余る』ほどの脅威を秘めていることを』

 

 

 

 それは──錯覚であることに間違いはないだろう。

 しかし、13号が放ったその言葉は、明確な重量を持って弱冠15歳の少年少女たちの肩にのし掛かった。

 

 

『わかりやすい例えがこの僕です。僕の個性は『ブラックホール』……あらゆるものを吸い取り、塵に変えることができます。その個性を活かして主に災害現場など、人命救助をメインに活動をしていますが……この個性(チカラ)を人に直接向ければ、大勢の命を短時間で奪うことができます』

 

 

 指先を向けて、個性を発動するだけ。それだけで、最低射程数十メートルだ。この場で唯一それに抗える者がいるとすれば、おそらく相澤だけだろう。空中を高速で移動できる術を持つ天魔でも、ギリギリ逃げられるか否かだ。

 

 

『これからの三年間。君たちは心身と個性を鍛え、強くなっていくことでしょう。ですが同時に、自分たちの持つ『力の怖さ』を忘れないでください。

 

 そして、その上で──』

 

 

 

 伝えたい。危険な個性だからこそ、かつて孤独であった自分の経験を。

 

 誇りたい。それでも腐らず……何度挫折しても、この道を違えず歩んできた自分を。

 

 

 教えたい。『誰でも誰かを救える、ヒーローになれるんだよ』と、自らをその確固たる証拠として。

 

 

 

『一つでもいい、欠片でもいい。ここで学んでいってください。誰かを守る術を、誰かを助ける術を。そして、誰かを救う術を。ここで学んだそれらは、君たちがいずれヒーローとなった時、黄金以上に光り輝く財産に変わります。

 いつか来る未来で、守れた笑顔。助けられた命。救えた未来を。どうか、今の君たちが掴み取ってください。

 

 ──以上! うるさい先輩からのお節介助言、ご静聴ありがとうございました!』

 

 

 最後の一礼を見届けた一同は、13号の話の途中から溜まりに溜まった心の熱を盛大に爆発させた。それは拍手であり、雄叫びである。

 

 例外は熱意を燃やして爛々と目を光らせる爆豪と、静かに目を閉じて余韻に浸る天魔と相澤くらいだろう。

 

 

 

 生徒たちの意気は高い。このまま訓練に移れば、身の入った有意義な時間になるだろう。そう判断した相澤が、号令のために声をあげる。

 

 

 

「それじゃあ気合も入ったところで、各グループに……」

 

 

 

 

 その言葉は……唐突に前を通過した黒い魔女に遮られる。

 

 

 『嫌な予感』というものを、誰もが一度は経験したことがあるはずだ。

 

 科学的根拠を始め、明確な証明など一切できないそれを信じるか否かは、その者のそれまで人生での『的中精度』や『経験』によるだろう。

 

 ならば……。

 

 

「相澤先生、13号先生。救助訓練は……後日になりそうです」

 

 

 

 年間にして約1000件以上。その的中精度、百発百中(むしろ外れてほしい)を誇る彼の、迷うことない断言に向けられる信頼性は、一体如何程のものだろうか。

 

 

 

「……警戒を! ヴィランです!」

 

 

 プロヒーローがその言葉に臨戦態勢になった直後。一同の前方にある広場を、真っ黒な霧が覆い尽くした。

 

 

 




読了ありがとうございました!


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MP16 未来への一歩

  

 

「さて、オールマイト。

 

 

 ──何か言い残すことはあるかい?

 

 

 部屋に入り、着席を促され、そのまま流れるようにお茶を出され……開口一発目で根津から遺言を聞かれたオールマイト(ver.トゥルー)は、出された茶に口をつけることなく、流れるように座ったばかりのソファーから床に膝を落とした。

 

 

 

 

「……大変、申し訳ありませんでした……!」

 

 

 

 落とした膝は自然と正座となり、そのまま美しいジャパニーズ・DOGEZA──じゃなく土下座を行い、渾身の謝罪を述べて──……から、思考を始める。

 

 

(うーん。私、なにをやらかしたんだろう?)

 

 

 げに恐ろしきはそのポーカーフェイスだ。その表情たるや、今にも首を括るか腹でも割いて詫びを入れかねない悲壮感やら決死感を相手に抱かせるだろう。

 

 

 その裏側で、とりあえず記憶を辿り、思いつくものを上げていく。

 

 

 

 まず、大前提。

 

 『受け持つはずの授業に出ていない』──いない、のだが……これは偏に、根津校長に止められたからだ。

 

 道中ヒーロー活動をしてきたものの、午後の授業の時間にはちょっとギリギリだけど十分間に合っていたし、間に合った時間でいろいろと指摘されたことを生かすために何度もマニュアルを読んでいた。

 

 そして、よぉしいくぞ! というタイミングで根津がひょっこり現れて『活動限界』を理由に待ったをかけたのだ。

 

 

(まだ結構、余裕があるんだけどなぁ……?)

 

 

 しかも実習の内容は救助訓練。基本的に何事もなければ、教師はただ見ているだけだ。だから十分に授業中は維持できると思っていたのだが……根津がなにやら活動時間を計測(計算?)していたらしく、実際あと二十分も保たないとのこと。

 

 オールマイト自身はまだだいぶ余裕があるにも関わらずそう言われたので、内心で大いに首を傾げていたのだが……根津に強く止められた上に、彼が言うならば間違いないだろうと折れたのだ。

 

 

 じゃあなんだろう、とチラリと根津を見る。その小さな体から、なんか見えちゃいけない、赤黒いオーラみたいなものが幻視できた。

 

 

(うん、オコだね。それも激──……あっれ、本当に私、なにやらかしたんだろう?)

 

 

 身に覚えが、本気でない。

 

 ……ひょっとしたら、自分が知らない内にやらかしているのかもしれないが、流石に遺言を聞かれるレベルでのやらかしが、本当に思い浮かばなかった。

 

 他の誰かなら誰か違う人との勘違い……とかあるのだろうが、根津校長に限ってそんな凡ミスはないだろう。

 

 

「ふふふ、ダメじゃないかオールマイト。理由もわからないのに謝罪なんてしたら、相手を逆に怒らせるだけだぜ?」

 

(うわぁーい、心読まれてるぅ……)

「も、申し訳ありません。出来ればその、私がなにをやらかしてしまったのか、お教えいただけないでしょうか……?」

 

 

 

 ……まず深い、それは深ーい、ため息が聞こえた。

 

 小柄な体からあふれ出ていたオーラが、一旦、鳴りを潜める。

 

 

「……そりゃあね? ボクも実際大変だと思うよ。『平和の象徴としてのヒーロー活動』そして、『雄英高校の教師としての労働』……いきなりの二足草鞋で慣れていないが故の苦労や心労もあるんだろう。それでも最近は教師の方にも注力して、いろいろと勉強したり他の先生に相談したりしてるのも聞いているよ」

 

「…………」

 

 

 

 けどさぁ……!

 

 

 

「君ねぇ……! 教師として、生徒との約束くらいは守ろうよ……しかもこの件に関しては君が一方的に迷惑をかけてる立場なんだからさぁ……!!」

 

 

 

 

 

 

 『生徒との約束』

 

 『一方的に迷惑』

 

 

 ハッとする……それだけ聞けば、オールマイトも流石に気付いたようだ。

 

 

「ま、まさか……早乙女少年……ですか?」

 

 

 

 オーラ・全☆開

 

 

 

「『食事は誰かと一緒に食べた方が美味しいですから』って、それはもうメチャクチャ健気に君のことを待ってたんだよ!? 時間になっても来ない、連絡も付かない君を心配してわざわざボクのところにまで来て……! 結局一口も食べなかった食事を申し訳なさそうにランチラッシュに返して……っ落ち着け、落ち着くんだボク。生徒は平等生徒は平等生徒はあああああああ……

 

 

 

 なお、その健気さにやられた教員は根津だけではなく、確認できただけでも数名いる。

 

 息を荒くしてハグしようとダイブしたところを取り押さえられた18禁ヒーローや、雄英の外にまで響いただろうボイスを両腕で必死に押さえつけたラジオDJ。醜態を晒すまいと自らセメントの中に沈んだ者などが筆頭だ。

 

 

 オールマイトが慌ててスマホを確認すると、確かに三件ほど天魔からの着信履歴がある。記憶を辿れば、タイミング悪くヴィランの捕縛や交通事故の対応をしていた時間だ。ヒーロー活動中で気づけなかったのだろう。

 

 

 

 片や罪悪感で、片や教育者としてのいろんな葛藤で、それぞれ頭を抱えて呻くという意味不明な謎空間が形成される。

 

 

 

 ──それを打ち破るように。

 

 ……それを、あざ笑うかのように。

 

 

 

 新しく導入された警備システムの警報が、雄英高校()()に鳴り響いた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 前方にある広場に突如として黒い靄が湧き出し、そして埋め尽くしていく。

 

 そこから間を置かず、一人二人と……剣呑な、荒々しい雰囲気を纏う者達が続々と靄の中から姿を現した。

 

 

 一桁はあっという間に二桁へ、そして、A組の人数も軽く超えて……瞬く間に、誰もいなかったはずの広場は埋め尽くされてしまった。

 

 やがて、50を軽く超えた人数を吐き出した黒い靄は範囲を狭めていき──最後に二人、一団の中央最後尾に現して、完全に消えた。

 

 

 

 距離はある。視線など、感じるはずもないのに。

 

 

 ──ゾクリ……と。

 

 誰かの背筋が、怖気に震えた。

 

 

 

「な、なんだよあれ。まさか、また『もう始まってる』パターンか……?」

 

「うるせぇぞクソ髪。センコー達の様子見てわかれやボケが。……つーか、あのクソ男女が答え言ってたろうがボケが」

 

 

 切島の上擦った声に、流れる様に毒塗れの言葉を返すのは爆豪。

 

 苦々しい顔はそのままギリ……と奥歯が軋むほどに、強く噛み締める。そして、睨みつける様な鋭い目で見た先には……()()の背中があった。

 

 

(クソ……!)

 

 

 教員も含めた誰よりも早く悪意を察知し、そして、当然の如く戦列にいるその姿に……爆豪は明確な差を感じてしまった。

 

 

 

『外見特徴、完全に一致……先日早乙女君が撃退したヴィランで間違いなさそうですね。しかし、この数は……』

 

「先日は偵察、今回が本命なんだろう。13号、生徒達を引率して出入り口付近まで後退、そこで防御陣形だ。その後の指揮は任せる」

 

『後退……? 校舎まで避難した方がいいんじゃないですか?』

 

「そうしたいのは山々なんだがな……あの靄が完全に消えた。連中の中に黒靄の個性がいないだろう。恐らく、俺の……個性(抹消)を警戒してるんだろうな。USJの外に出られると俺の目が届かん。

 生徒達を人質に取られでもしたら、それこそ拙い」

 

 

 

 相澤は首に掛けていたゴーグルを目に、そして、首に幾重にも巻いていた捕縛布を伸ばし、指に挟む。

 

 ……教師から、ヒーローへ。その意識を切り替えた。

 

 

 

「俺が突っ込んで時間を稼ぐ。生徒達を頼むぞ、13号」

 

「……まっ、待って下さい相澤先生! あの人数を相手に一人で時間稼ぎなんて無理です! ただでさえイレイザーヘッドは市街地での戦闘や奇襲が主だって……」

 

 

 緊張のせいだろうか、緑谷の声はどこか悲鳴のように高く、微かに震えてすらいた。

 

 その声に、相澤は苦笑を浮かべる。自身をアングラと分析しているイレイザーヘッドは、ヒーローとしての世間認知度は極めて低い。にも関わらずよく調べている……ヒーローオタクは伊達ではないようだ。だが──

 

 

「──減点だ、緑谷。ヴィランの目の前で味方の弱点を堂々と叫ぶな。あと、よく覚えておけ。『ヒーローは一芸だけじゃ務まらん』。「苦手だからできません」なんて甘ったれた考えは捨てろ。

 

 それにな……」

 

 

 

 相澤はそういって隣……13号とは逆位置にいる生徒に視線を向ける。

 

 自分と同じく、いや、自分以上に──『黒』を纏う、その姿を。

 

 

 

 

「……()()()()? 早乙女」

 

 

 

「もちろん。

 ……ふふ、よかったです。実は、勇んで前に出たのに『お前も下がれ』って言われたら、ちょっと格好悪いなぁって考えていたところでした」

 

 

 

 声に緊張感はない。それどころか笑みを浮かべて、冗談すら交えている。

 

 姿勢も自然体だ。気負いも力みもない。だがしっかりと、意識の切り替えは行われていた。

 

 

 

 

「……確か、『オーダー』。だったか?」

 

「セリフはまだ草案段階ですけどね? ですが──『オフコース(かしこまりました)』」

 

 

 

 相澤の言葉に、天魔はどこか芝居掛かったような仕草とともに、恭しく、僅かに首肯する。

 

 ……さながらそれは──いや、正しくそれは、『願いを聞き届けた魔女』そのものであった。

 

 

 

 その返答に満足そうに笑い──駆ける。鋭く、低く……獲物を狩る黒豹のような疾走で、イレイザーヘッドはヴィランの群れへと突貫した。

 

 

 瞬く間に離れていくその背中に、教え子たちの不安やら心配やらの視線が向けられる中、掌を向けるのは魔女だ。

 

 

 

 

 

「『オーダーメイド・フルサポート(貴方の為の全力支援)』──ターゲット『イレイザーヘッド(相澤先生)!』

 

 

 

 

***

 

 

 

──デュフフフ、いいれぇしゅっ、いいですかサオトョメ氏……

 

──もう。慣れない笑い方なんてするから……舌思いっきり噛みましたけど、大丈夫ですか? 

 

──ん"ん"っ、いいですか早乙女氏。攻撃魔法と回復魔法は以前お話しした通りでござるが、今回は少々難しいですぞ。その魔法は『補助魔法』と言いまして、お味方に対して『戦況を有利に進められるように』多様なサポートを施すのです。

 攻撃力を上げるために筋力強化、防御力を上げるために皮膚の硬化など、分野はそれぞれ多岐に渡りましてな。『誰にどれとどれが必要か?』や『効果時間の残りを把握して切れ目なく援護し続ける』と、かなりテクニカル分野となりますぞ。

 

──? その人に必要な援護を全部まとめて、状況が終わるまでかけちゃいけないんですか?

 

 

 

──……。

 

  え、ちょっと、それは、あれ? ──あれぇ?

 

 

 

 

***

 

 

 

「……んだよこれ、早くも計画ご破産? オールマイトいないじゃん。対象討伐でクリアなのにそもそもその対象いないとか、ふざけんなよおい」

 

 

 

 ガリガリと首を掻き毟る異様な男は、ギョロリと隣にただ立つ大男を見上げる。

 

 

 ……異常なまでに発達した筋肉と、頭部には剥き出しの脳味噌。感情はおろか意思さえほとんどない『人形(オモチャ)』。この計画のために寄せ集めたチンピラ全員を合わせても、足元にも届かない最強戦力。

 

 

「さてどうする……って、考える間もなく始められてるし。すごいなぁ、不利な戦場でも迷わず突っ込んでくるとか、カッコいいなぁ。さっすがヒーロー。

 

 ──ただのバカだろ。調べてあるっての。個性消すチート野郎には、個性じゃない遠距離武器。ただの運動神経の良いオッサンにすればいい」

 

 

 

 嘲笑いながら、手配した兵隊たちに予め伝えていた指示を出す。

 

 嗜虐的な笑みを浮かべた連中は、大まかな狙いをつけるだけでいい『ばら撒くタイプ』の銃火器を構え、銃口を向け──

 

 

 

 

 

「は……?」

 

 

 しかし銃声は、一つとして響かなかった。

 

 代わりとばかりに響いたのは、破砕音と打撃音と……手駒たちの汚い悲鳴だけ。

 

 

 鋭く駆けてくるイレイザーヘッドが突然消えた……そう錯覚してしまうほどの急激な超加速で距離を詰め、銃器を持った連中を打ち飛ばしたのだ。しかも、ご丁寧に全ての武器を破壊して。

 

 個性『抹消』──視認した相手の個性を使用できなくする個性。個性ありきの社会では反則級の代物だが、逆を言ってしまえば個性を消すだけだ。身体能力は常人の域を出ず、戦闘能力は決して高いとは言えない──……

 

 

「……どこがだよっ、くそ! お前ら囲め! そいつはイレイザーヘッドじゃない! 個性で畳み掛けろ!」

 

「お、おう! ──って、なんで個性がっ、ぎゃぁ!?」

 

 

 

「残念、俺は間違いなくイレイザーヘッドだよ。……だがまぁ、そう判断してもおかしくはないか」

 

 

 

 ──淡々と。

 逆立つ黒髪が怪しく揺れ、黄色いゴーグルの向こうから、赤い眼光が仄かに鬼火のような光を見せている。

 

 ……苛烈に。

 捕縛布が伸びる。個性が使えずに棒立ちになった――最早『マト』でしかないヴィランたちを容易く拘束し、五、六人を一塊にして別の一団に叩きつけた。

 

 

 銃器組と合わせ、二十強。ヴィラン勢は早くも脱落者を出し、数の利で勝ち誇っていたヴィラン勢を動揺させるには、十分すぎる戦果だった。

 

 

 

 

 

(前の時よりもムラが少ない……もう俺個人に関しちゃあ、十分現場で使えるな)

 

 

 片足で飛び上がり、大柄の異形型ヴィランを蹴り飛ばす。体重差で軽く五倍はあるだろうが、十数メートル飛んで、飛んだ先で数名を巻き込んだ。……発動型の個性を相手に、胴体頭部への本気の打撃は控えた方がいいだろう。

 

 相手もただやられるだけではない。無闇矢鱈に攻めず、事前情報にあったイレイザーヘッドの個性が切れるまで若干距離をおいて囲み出した。

 

 ──だが、目を閉じることで解除される抹消の効果は……事前情報の時間を大幅に超えてもなお、揺らぐ気配すらない。

 

 

(……『どんなヒーローになりたいか』──俺がこの問い掛けをすること自体、あんまりないんだが、な……)

 

 

 『高校卒業後、即プロ』……それが基本である各高校ヒーロー科において、三年間の早い段階で将来の明確なビジョンを決めさせるのは当然のことだった。尤も、個性の関係で大凡の方向性はどの生徒も大体は決まっているのだが、それをより鮮明かつ具体的なものにし、それに必要なことを教え学ばせていく。

 

 相澤にとって、回数的に珍しいその問い掛け。それもあってか、『即答』されたのは初めての経験であり、しかもその答えすらも全く予想できず、思わず呆気にとられてしまったのも、教師人生で初めてのことだった。

 

 

 

 ……そして、その答えの第一歩として創られた魔法。それこそが、現在相澤に施されている『オーダーメイド・フルサポート(貴方の為の全力支援)』である。

 

 

 基本は身体能力系の大幅な強化──とは言っても、肉体の負荷を考慮すればその系統個性の下位クラスでしか発揮できない。人並外れた身体制御ができる相澤でなければ、むしろ極端に上がったスペックに振り回されかねないだろう。

 

 

 だが、身体能力強化(それ)はあくまでも付属効果に過ぎない。この魔法のなによりも凄まじいのは、個性関係で生じるデメリットの軽減ないし無効化だ。

 

 相澤の場合であれば……強化魔法継続中は、例え数時間でも『瞬きが必要なくなる』。

 

 

 

「……ああ、本当に」

 

 

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 教師になる前に出会っていたら、きっと今頃はきっと……いや、確実に、自分はヒーローとして現場の最前線にいただろう。

 相棒として、黒衣の魔女と肩を並べて。──まあ尤も、おそらく引く手数多だろうから、自分のとこに来てくれたかどうか少々怪しいが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『──先生。実は『どんなヒーローになりたいか(それ)』、もう決めてあるんです』

 

 

 浮かべた笑顔は、その美女めいた外見に反し、少年のように無邪気なものだった。

 

 

 

 

 『()()()()()守り支えるヒーローに、私はなります』

 

 

 

 

 ──おかしいと思いますか? 矛盾してるって、思いますか?

 

 ふふ……だから、ですよ?

 




読了ありがとうございました!
ギリ生きてます……!


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MP17 魔女ノ弱点

 

 

 

──『あの子に弱点があるのか』って? ……そりゃあ有るさ。いくら万能性が高いって言っても、使ってるのは人間さね。むしろ、挙げようと思えばいくらでも出てくるよ。でも一個ずつ指摘してやんなよ? そうしないと、指摘された弱点を一気になんとかしようとして無理しちまうからね。

 

 

──まあ、本人もいくつか同時に気付いたりしてるから、その点は担任が上手いこと塩梅見て調整するさ。ただ、『どうしようもない弱点』ってのが、いくつかあってねぇ。無理しなきゃいいんだが。

 

 

──どういうのかって? そうさねぇ……例えるなら『両手でペン持って左右で違う文章書きながら、口頭で数学問題を解いていく』

 

──……。そう嫌な顔すんじゃないよ。今、あの子が本気になって克服しようとしてる事なんだ。アンタも教師なら、ちっとは案考えてやんな。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「つ、強ぇ……! 相澤先生超強ぇ! すげぇよ、ヴィラン吹き飛びまくりじゃねぇか!」

 

 

 ──興奮冷めやらぬ……むしろ現在進行形でヒートアップ中の切島が、その光景を見て一同の心情をほぼ代弁した。若干語彙が乏しいのは致し方ないだろう。

 

 

 『悪意ある数の暴力に対し一人立ち向かい 、圧倒する』

 

 ヒーロー目指す少年少女たちとって、それは目指した夢の一つの完成形だ。画面越しではないその光景を目の当たりにして、興奮しないわけがない。

 

 

「──本当に凄いいや凄すぎるいくらイレイザーヘッドがアングラ系ヒーローだったとしてもあんなに強かったらもっと有名になっていたはずだしそもそも個性を鑑みればあの身体能力の高さは異常だということはつまりやっぱり早乙女さんが使った魔法なのだろうけどだとしたら──……」

 

「うるせえキメェんだよクソデク。ワンブレスでブツブツすんなブッ殺すぞ」

 

 

 という幼馴染の遣り取りの最中も、その視線は外されなかった。

 

 

『……さあみんな! 先輩が時間を稼いでいるうちに、ボクたちも移動しますよ!』

 

「え、でも先生。これ時間稼ぎ必要なくないですか? なんかもう、相澤先生一人で片付きそうっすけど……」

 

 

 瀬呂の返しに、しかし13号は答えない。生徒たちはその表情すらも見えないが……それで良かったのかもしれない。

 

 

 確かに状況はこちらが圧倒的に有利だ。相澤自身の戦闘力もさることながら、それを後押しする天魔の強化が凄まじい。

 

 時間を稼ぐどころか、このまま全員倒してしまうのではないか? と思えるほどのペースだ。

 

 

 

 ──だが。

 

 

(……先輩、明らかに急いでますね。それに……)

 

 

 空間転移の個性を持つヴィランの行方がわからない現状、それを封じることができるのは『抹消』の個性を持つ相澤だけだ。ならば、最初の予定通りに余力を残しながら時間を稼ぎつつ、全体に注意を払い他のヴィランの足止めをする──のが、ベストであった。

 

 しかし、相澤はそのベストを早々に捨てた。いや、捨てざるをえなかったのだろう。

 

 イレイザーヘッドとして長年培ったヒーローとしての勘が、その脅威を前に『急がなければならない』と警鐘を連打したのだ。

 

 

 ──13号とて経験豊富なプロヒーローであるが、主な活動が災害などの救助現場であるため、戦闘経験やら戦闘能力は他のヒーロー科教員と比べると、どうしても一歩二歩劣ってしまう。

 

 故に、彼()が感じた、第六感的なナニカを得ることができなかった。

 

 

 だが。

 

 相澤に強化魔法をかけながら、天魔は瞬き一つせずにその一人を警戒している。

 

 天魔に強化魔法を施されながら、相澤は幾度となくその個性を一人に向けて、何度も発動させている。

 

 

 

 その先を辿れば……脳みそ剥き出しの黒い大男。先程から一切動かないその姿からは、人間どころか動物的な雰囲気も感じられない。

 幾度となく抹消の個性を受けながら、何一つとして変化がない──これが、どれだけ異常なことなのか。

 

 

(転移個性も不安要素だけれど、あの大男の脅威がそれ以上ということ。早乙女くんの強化を受けている先輩が焦るほどに……?)

 

 

 冷静に分析するが、すべてが仮説。ならば、とにかく生徒たちを少しでもヴィランから遠ざけるべきだ、と。

 

 

 

『!?』

 

 

 13号の右足……否、両足が()()()。踏ん張ろうとした足が空を踏み抜き、ただでさえ機動性の悪いコスチュームのせいで体勢が完全に崩れる。

 

 

(何が……!?)

 

「──まあそう焦らずに。どうか、ゆっくりと……これから始まるショーを、皆さんで楽しんでいってください」

 

 

 崩されたバランス。完全に沈んだ両足。そして、後ろ……まるで相澤の視線から隠れるように13号の体を障害物に、足元から黒靄が吹き出していた。

 

 

「遅ればせながら名乗りを。我ら『ヴィラン連合』。現代社会に異を唱える者共です。そんな我らがこの度催すショーの演目名は──」

 

 

 

 

 

 

 

 ──『平和の象徴(オールマイト)の最期』──

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

「「!?」」

 

 

 二人はその異常を、片や気配で、もう片や自身に及んでいる強化の僅かな揺らぎで、即座に察知した。

 

 

「っ、ダメです、13号先生!!」

 

 

 天魔の悲鳴の様な静止はしかし届かず。なんとか反撃しようと個性を発動させた13号の背中が、背後に現れた黒靄へと塵になって吸い込まれた。

 

 

「なん、で……!?」

 

「おお、危ない危ない。『ブラックホール』……どんな物質でも塵にして吸い込んでしまうんでしたね。

 広範囲無差別なので一見強力な個性に見えますが──『スーツの指先を開いて発動させる』なんてわかりやすい挙動のお陰で、対処はさほど難しくないのですよ。奇襲さえできれば、これこのとおり。どうやら私の個性の方が強かったようですね」

 

 

 指先に転移空間を作り、そして本人の背後に出口を作る。それだけでブラックホール封じの完成だ。

 13号も咄嗟に個性の発動を止めるが、それも遅い。コスチュームの背面は消失し、そこから皮膚と肉が深くはないが広範囲に削られた背中が覗く。致命傷とまではいかないだろうが……出血量からして放置していい負傷でないことは確かだ。

 

 

 

「さて、次は……」

 

 

 視線が向けられる。恐らく、初めてだろう『自身に向けられる害意と殺意』に多数が息を呑み込み、身を固く構えるその中から、二人の生徒が飛び出した。

 

 

「舐めんじゃねぇぞクソヴィランが! 次はてめぇ自身だクソモヤ! 瞬殺してやらぁ!」

 

「13号先生から離れやがれぇ!」

 

 

 爆豪の掌の爆発による加速から、同じく爆発による攻撃を。その爆豪と同時に飛び出し、数瞬遅れて全身を硬化させた切島が体当たりを、それぞれ黒靄に叩き込む。

 

 

「っ!?」

「なん、だこりゃあ!?」

 

「爆豪、切島ぁ!」

 

 

 しかし、手応えがない。それどころか、ズプズプと沼に落ちたかのように自分の体が沈んでいった。

 

 

「ふふ、危ない危ない……流石は名門ヒーロー校。一年生とはいえ、優秀な人材がいるようですね。ですが──所詮は卵。丁度イレイザーヘッドへの『対策』が欲しかったところでして。

 

 おっと……いいんですか? イレイザーヘッド。今私の個性を消したら、この二人の体は真っ二つになってしまいますが」

 

「っ!?」

 

 

 

 その言葉で、自分たちが『人質』になってしまったことを察した二人がなんとか抜け出そうと足掻くが──黒靄はその体を離すことはない。

 

 それどころか……。

 

 

 

「きゃあ!?」

「な、ウチらも!?」

「けろっ!?」

 

 

 悲鳴は女子だけだが、驚いて声が出ない男子も数名。半数以上の生徒の足元に黒靄が出現し、その体を飲み込んでいく。

 

 

「フフフ、人質は数名いれば事足りる。有能な金の卵、侮ることなどいたしません……優秀だからこそ、散らして殺す。──戦力分散は、戦略の基本でしょう?」

 

 

 勿体ぶるような言葉の終わりと合わせるように、靄に飲み込まれた生徒たちが消える。

 そして、最早ここに用はないとばかりに、当人も黒靄の中へと消えていった。

 

 

 ほんの少し前まで優勢だった……優勢だと思っていた状況が一気に逆転され、残された生徒たちの背筋に強い悪寒が走る。

 

 

 

「──ちっ、遅いぞ黒霧! なにモタモタしてた!」

 

「……申し訳ありません死柄木 弔。なにせ雄英高校は敷地が広すぎまして……ですが、計画通り。数十名の雑兵をばら撒いてきました。最低でも他のプロヒーローたちが来るまで、一時間は稼げるでしょう」

 

 

 『USJ(ここ)だけじゃない』──その事実が、力なく倒れた13号の姿に合わせて生徒たちにさらに重くのしかかる。

 

 最低でも一時間、雄英高校からの助けが来ない。しかも目の前には、プロヒーローを奇襲とはいえ易々と倒せるヴィランがいる。

 

 

 

「……しかし、オールマイトが不在とは。なにかありましたか? イレイザーヘッド」

 

「……。さあな、本人に聞いてくれ。それよりも……生徒たちをどこへやった」

 

「さあ? ご本人たちに聞いてみては如何ですか? もっとも──……『生きて再会ができたら』の話ですが」

 

 

 逆転し、圧倒的な優位を得たからだろう。『死柄木 弔』と『黒霧』が愉悦を滲ませた会話に興じ、少なくなったヴィランメンバーもニタニタと嗜虐的な笑みを残った麗日たちに向ける。

 

 

 

 

「──ああ、そうさせてもらうよ。……すまん早乙女。そっちは()()()

 

 

 相澤……イレイザーヘッドがため息とともに、覚悟を決める。

 

 

 

    ──かしこまりました。

 

 

 

 

 

 何故、挟み撃つようにゲートを開いた自分の背後から、声が聞こえるのか。

 

 何故、『手の届く』よりも内側の至近から、声が聞こえてくるのか。

 

 

 

  何故、何故。何故。

 

 

 

 自身の背面、その全域に生じた激痛と衝撃。遅れて三半規管が伝えてくる『吹き飛んでいる』という情報。

 

 痛みでチカつく視界に捉えたのは……黒い棒と白い指揮棒(タクト)を構えて、『姿を滲ませるように現れた黒い魔女』。いつ移動したのか、本気でわからなかった。これは──

 

 

 

「馬鹿、な……まさか、私と同じ個性を!?」

 

「いえ? 姿を消して気配を殺して不意打ちしただけです。ああ、個性を使えませんので着地……気をつけないとまずいですよ?」

 

 

 

 やってきた重力と、内臓が浮かび上がるいやな感覚に、冷や汗がドバッと出た。

 

 

 

 

***

 

 

 

 ゼロ距離で発動した空気の爆弾。以前手の……黒霧が言うには死柄木 弔に対して使用したそれよりも指向性をかなり限定したことで数倍近い威力になった風の暴力で、成人男性を高く遠く吹っ飛ばす。

 

 

 

 

(というか、この襲撃も私の不幸だったり……いえ、悔やむのは後にしましょう。それよりも……)

 

 

 吹き飛んでいくのを確認し、残心もそこそこにうつ伏せに倒れる13号に駆け寄る。

 

 ……傷はそこまで深くはないが、とにかく範囲が広い。そして、ブラックホールによる吸引でかなりの血液も失っている。

 まず何よりも止血が最優先。その上で、傷の治療をするべきなのだが……

 

 

(これは、止血と併せて増血もしないと拙いですね──感染症が怖いから、外気に触れた血液は戻せない。時間があれば分離できますが……)

 

「さ、早乙女さん、先生……13号先生大丈夫なん……!?」

 

 

 気付けば、黒霧のワープから逃れた麗日たちが近くに集まっている。障子、砂藤、飯田、瀬呂たち男子は顔に焦りを滲ませながらも、ヴィランへの壁にならんと立ち塞がり、二人残った女子の麗日と芦戸は何かできないかと天魔の側にいた。

 

 六人は皆、不安そうだ。

 ……当然だろう。いくらヒーローを目指しているとはいえ、まだ15・6歳。ほんの一月前まで中学生だったのだ。取り乱していないだけで十分過ぎる。

 

 安心させるために嘘を言えればいいのだが……残念ながら、今の天魔にはその嘘を真実(ほんとう)に捻じ曲げられるだけの力はない。

 

 

 

「──正直、かなり危険です。集中して治療に当たれば安全域まで持っていけますが……それでも、最低でも一分は掛かります」

 

 

 なお『治療に一分かかる』のではない。失血量と出血量を計算して、おおよそ一分以内に最低限の処置を完了しなければ重篤な後遺症が残るか、最悪命に関わる可能性があった。

 さらに背面全体に傷があるので、下手に移動させればそれだけ危険だ。

 

 

(『治療は安全を確立できてから』──自分で言っておいて、自分ができてないですねこれ)

 

 

 内心でそう苦笑しながらも、天魔は凄まじい速度で処置を進めていく。

 二代目リカバリーガールとして初代が仕込んでいると豪語するだけあり、損傷した血管の大半はほとんど塞がりつつあった。

 

 問題は増血だが……さて。

 

 

 

「……指示をくれ、早乙女くん! 申し訳ないが、今の僕らでは君の役に立てない。だからせめて、君の足手まといにならないように!」

 

 

 一番前に立つ飯田から、伝播するように次々と声が上がる。

 

 

 

 

 ……その姿に、天魔は純粋に『凄い』と、思わず治療魔法の制御を乱しかねないほどに驚いた。

 

 一年前。自分と、今はいなくなってしまったかつてのクラスメイト達は……果たして彼ら彼女らのように、恐れ焦りながらも、決然と立つことが出来ただろうか。

 

 

 ──深呼吸を一つ。

 

 怯えている。しかし、立ち向かおうとしている。そんな意識と視線を、しっかりと感じた。

 

 

「では……まず飯田さん。今すぐに校舎へ向かってください。ヒーロー科の先生達、出来れば根津先生に『本命はここだ』と伝えてください。今なら相澤先生の個性であのヴィランも転移は使えないので、USJからの脱出は容易なはずです。……先ほどの言葉が正しければ、雄英高校全体にヴィランが散っています……一番危険な役割ですが、お願いします」

 

「わ、わかった! 待っていてくれ、必ず先生方を連れて戻ってくる!」

 

 

 一息。出入り口へと駆けていく飯田の背を見送り、視線を戻す。

 

 

「次に……障子さん。この場から見える範囲、聞こえる範囲で構いません。他の場所に転移された他の皆さんを探してください。

 瀬呂さん砂藤さん、芦戸さんは前方のヴィランの警戒を。麗日さんは先生の治療が終わり次第、先生を個性で浮かせてください。そのまま皆さんはUSJから脱出を」

 

「わかっ……ちょ、ちょっと待って、早乙女はどうすんの!?」

 

「私は残ります。残って足止めをしないと、本気で拙いヴィランが一人……ああ、もう、13号先生ダイエットでもしてたんですか……!」

 

 

 血液が増えない。増えてはいるが、想定よりも遅い。栄養が足りないのだ。

 

 一分。急ぐ、急げ。もっと早く増えろ……!

 

 

 

 焦るが、冷静に。乱さぬように、繊細に。

 

 だが、もうすぐ一分。というところで……。

 

 

 

 

    ──グシャリ。

 

 

 と、そんな……『肉と骨を力任せに潰したような異音』の後に……明らかに13号よりも重傷であるイレイザーヘッドが、まるで、水切り石のように──地面を跳ねて飛んできた。

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました!



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MP18 それでもなお

 

 

 

「あんのクソ靄がぁ!」

 

「お、落ち着け爆豪ぉ! 爆破すんなってほら見ろお前のせいで火事起きて……いや、なんかおかし──あ、ここまだUSJか!? 火災現場的なやつか!?」

 

「うるせぇぞクソ髪! わかりきった事いちいち抜かすな! さっさと雑魚どもぶっ殺してあのクソ靄共もブッ殺ぉす!!」

 

 

「……あれ、ここに飛んでくんの雄英の生徒って話だよな。あれ、どう見てもヴィラン(こっち)側じゃね……?」

 

「あ"あ"!? んだこら文句あんのかクソカスチンピラヴィランが! 群れてねぇとなんにもできねぇクソどもがいい気になってんじゃねぇぞおらぁ!」

 

「「「お前ほんとにヒーロー科なの!?」」」

 

「……。あ、やっべぇ。今ちょっとヴィランと意見合っちまった」

 

 

 

 

─*─

 

 

 

「ここは、岩場……いや、山かな?」

 

「上を見てください耳郎さん。あのドーム状の屋根、おそらくまだUSJの中ですわ。戦力分散……そしてこの後考えられるとしたら……」

 

 

「ちょお、待った! いま掠った! 何で俺一人……ああああ!! よかった味方いたしかも女子二人!」

 

「……おーけー、状況最悪なのは理解できたわ。頼れるのは八百万さんだけってことか」

 

「辛辣ぅ!? いや、俺も頼っ……いや、まあ、うん」

 

 

 

─*─

 

 

 

「俺は一人か。……見た感じ、山崩れ……土砂崩れか? まあいい。で、お前らが俺の相手ってことでいいんだな?」

 

 

(……私もいるよ! って言い出せない雰囲気だコレ。どうしよ)

 

 

 

─*─

 

 

 

「嵐……災害再現の場か? ここに飛ばされたのは、俺と口田だけか」

 

『オレモイルゼ!』

 

「……。!?」

 

「ふん。招かれざる客か……どうやらやるしかないようだ。行くぞダークシャドウ!」

 

 

 

─*─

 

 

 

「くそ、一人一人はそこまで大したことないけど数が多い……! 他の皆も一人だとしたら、結構キツイんじゃないのかこれ」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そして、水難災害。

 

 巨大な湖の中、一隻のクルーザーがポツンと浮いている。恐らくは、『エンジントラブルで航行不能になった船』というシチュエーションなのだろう。

 

 

「……ここに飛ばされたのは、僕と峰田くんと、つ、ツユチャンの三人みたいダネ」

 

「自分のペースでいいわよ緑谷ちゃん。……他の皆も心配だけど、まず私たちが自分たちのこの状況をどうにかしないといけないみたいね」

 

「ど、どうにかって……いや、ここは助けを待つべきだろ! 少し待ってりゃ、ほら、校舎の先生も気付くだろうし!」

 

 

 峰田が焦りながら言った言葉に、しかし二人は表情を固くする。

 ……希望的観測が過ぎる。確かにそうなってほしいが、現状そうならない場合の可能性の方が高い。助けを待つにしても、最低限この状況を打破しなければならないだろう。

 

 

「けろ。私もそうなってほしいけど、正直期待できないわ。私たちを狙っているあのヴィランたちが、その『少し』を待ってくれるとは思えないもの」

 

(出来れば、早乙女さんの教えてくれたイメージでワンフォーオールがどれくらい扱えるのか。一回でいいから試しておきたかった……!

 

  でも、やるしかない……この土壇場で、最低限の制御を……!)

 

 

 

 船の周り……水中に潜むヴィランを警戒しながら、出久は思い出していた。

 

 個性を使うときのイメージ。本来、個性は幼少時に発現するため、理屈や原理の一切を無視して感覚で個性を使用する。鳥が飛ぶ際に浮力やら空気抵抗や羽の構造などを意識することがないように、『こうすれば使える』と感覚で覚えるのだ。

 

 

 だが、出久はその前提条件からして違う。

 

 

 だからこそ、『電子レンジで生卵を割れないように温める』という、いろいろとツッコミどころのあるイメージをしてしまった。

 尤も、提供元である某No1ヒーローも『ケツの穴をギュッと──以下略』という、何言ってんのアンタ? なイメージなので、ある意味で師弟揃って似た者同士なのだが。

 

 

 

 ──いいですか? まず、基本的に卵を電子レンジに入れちゃいけません。爆発します。そして庫内に凄い卵の臭いがこびり付いて大変なことになります。絶対にやめてください。お願いしますから。

 

 

 人差し指を立てつつ、苦笑とともにそんな注意。やたらと真面目(遠い目でも可)に言っていたので、恐らく被害を受けたことがあるのだろう。

 

 

 そして、そのまま連れて行かれたのは……校内の、どこにでもある水場。

 

 そこで小さな……それこそ、手のひらに収まるくらいに小さなガラスの器を渡されて……『この器が貴方です』と。

 

 

 

(水の勢いが、個性──ワンフォーオールの力。そして、脆いガラスの小さな器が、僕の許容限界……!)

 

 

 全開にされた蛇口から勢いよく放出された水は、器に溜まるどころか盛大に跳ねて周りを水浸しにし……そして、勢いに負けて手から転がった器は、床に落ちて、あっけなく割れてしまった。

 天魔がサッと水を乾かして何事もなく、器も直して元通り──正しく、今の出久の現状を再現していた。

 

 

 

 目から鱗とはまさにこのこと。そのイメージはストンと出久の中に収まり、急速にイメージを固めて行く。

 

 

 器を大きく、頑丈にしていくのは……一朝一夕では難しい。だが、水道の蛇口を捻るのは簡単だ。少なくとも、レンジの電圧や時間で卵が爆発しないギリギリを求めるよりは、ずっと遥かに。

 

 何度も出したり止めたりを延々と、それこそ十分以上繰り返した出久を『流石に水が勿体無い』と天魔が止めたのは余談として。

 

 

(イメージするんだ……大きな、巨大な蛇口を、それを少しずつ解放して……小さな器をゆっくり満せ……!)

 

 

 

 ぶっつけ本番。本当なら褒められたことではないのだろうが……。

 

 

「けろ。……緑谷ちゃん、それ……!」

 

「お、おいおい、いきなり暴発させる気かよ! 待てって早まんな──あれ?」

 

 

 

 時間をかけて集中しなければならない。

 

 一瞬でも緩めたら暴発しそうになる。

 

 

 それだけやって、やっと──右腕の肘から先の一部でしかないが……。

 

 

「……でき、た……!」

 

 

 淡く光り、時折緑色の静電気のようなものが走る力の具現。

 

 強大かつ圧倒的な力の、極々わずかな片鱗だが……それでも、ぶっつけ本番で得たそれは、出久にとって大きな大きな一歩であった。

 

 

 

「(これなら……!)峰田くん! 蛙吹さん! 僕に考えがある! 二人の力貸してほしいんだ!」

 

 

 

***

 

 

 

「っ!」

 

 

 

 咄嗟。あともう少しで処置が終わる13号を跨ぎ、跳んでくる体に向かってこちらからも跳ぶ。

 

 ……一目で受け身が取れる状態じゃないと分かった上に、もう一度地面をバウンドしようものなら、それだけで命を落としてしまうとわかったからだ。

 

 

 ──受け止める。成人男性一人分。意識のない肉体は、重量の数値以上の重さでのし掛かった。

 

 

 

「相澤先生!」

 

 

 右腕は全壊。手首・肘・肩……あと少しの衝撃で、どこからでも捥げてしまいそうだ。そして、恐らく右腕で庇っただろう顔の右側も輪郭がおかしい。頭蓋は当然として、脳へのダメージも十分に考えられる。

 

 ──迅速かつ、適切な処置をしなければならない。

 

 

 それを成しただろう元凶は……無造作に振り抜いただろう腕をそのままに、無感動・無表情な目をこちらに向けている。腕には無残に破れた捕縛布が巻き付いている。【抹消】を受けていたことを考えれば……『個性無しで肉体強化個性持ちを上回る膂力を持っている』ということだろう。

 

 ──迅速かつ、的確な対応をしなければならない。

 

 

 

 一人で両立は不可能。しかし、自分以外に処置も対応もできそうにない。

 

 躊躇は……なかった。

 

 

「……『分身』」

 

 

 天魔の体が、二つに分かれる。相澤を受け止めた天魔が、新しく現れた自身の分身体にその身を預けた。

 

 

「──行きます」

『……わかりました。こっちは、任せてください。』

 

 

 分身体の方が両手に淡い緑色の光を灯し、意識のない相澤の頭部に集中させる。

 

 それを確認し、本体である天魔は前へと飛んだ。

 

 

「……早乙女が二人、この前飯田たちが言っていた分身か。それより……!」

 

 

 障子が周囲を触腕の先端に作った目で索敵しながら……自身の目で相澤を見る。横になっている体は、意識はおろか、呼吸さえ怪しかった。

 

 嫌な予感が、体の奥の方でゾッと、冷たい重りとなって体を苛む。

 

 

『……大丈夫。心臓は動いています。傷は派手ですが出血も少ないですし……流石というか、ギリギリのところで打点をずらして脳へのダメージを逃してます。その代わり、頭蓋骨がかなり複雑化しちゃってますけど』

 

 

 冗談のような言葉を、汗の滲む真剣な顔で告げる。脳は無事だが、眼球まわりの頭蓋がバラバラだ。視神経もろもろの治療がギリギリ間に合うかどうかだ。相澤の個性は見ることで発動するので眼球や視力に後遺症が残れば、ヒーロー生命が断たれてしまう。

 

 

『──指示を、変えます。相澤先生の応急手当てが終わり次第、麗日さんは私以外の全員に個性を使ってください。瀬呂さんはテープで全員を固定。私が飛んで牽引、ここから一気に離脱します』

 

「ほ、ほかのみんなは!? まだ、USJに残ってるかもしれないんだよね……?」

 

『無事を祈るしかありません。……残念ながら、一番危険なのが私たちです。あの黒靄も、大男も、それに手沢山もですか。一人一人がプロの方々がチームで対応するレベルです。

 ヴィラン連合──でしたか。彼らの目的がオールマイト先生の殺害だとしたら……私たちが人質になるような状況は、絶対に避けなければいけません』

 

 

 

 ……だから、どうか。

 

 頑張ってください、私。 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

(強化魔法による『筋力』『骨格』『表皮』の強化……)

 

 

 肉体的な強化。その強化倍率は、他者に施すソレとは比較しようもないほどに高く──それぞれが個性で特化できる砂藤や切島を軽々と越えていくだろう。短時間であれば現役ヒーローのランキング上位陣に食い込むことも可能だ。

 

 

(でも、それだけじゃ……足りませんね)

 

 

 空を駆けていく。速度はさらにさらにと上がっていき、彼我の距離は瞬く間に埋まっていく。……その中で、天魔は自身の手札の不足感を抱かざるを得なかった。

 

 

 相澤の負傷──あれはおそらく『一撃で負わされたモノ』だろう。現に、防御に使った右腕と狙われた顔面右側以外にほとんど負傷が見られなかった。

 彼ほどのヒーローが油断していたとは思えず、それどころか警戒すらしていたはずだ。

 

 ならば……。

 

 

(『意識を超えた速度で接近して攻撃された』……あの巨体で、速度技量特化の相澤先生を。考えたくもないですが)

 

 

 

 反射神経、動体視力……思考速度。さらには状況に応じて最適解を選択できる瞬間判断能力など、天魔と相澤では経験差に比例した、かなりの差がある。それをどうにか補えなければ、いくら身体能力を強化したところで相澤の二の舞になることは、火を見るよりも明らかだ。

 

 

 

 ──そして、天魔にはそれを補う手段が──……

 

 

 

 

 

 

 

(……あるん、ですよねぇ)

 

 

 

 

 それも、思い付きではない。ぶっつけ本番でもない。

 

 練習として何度かこなし、十分な成果も効果も出している。現状における最適解だと胸を張って言える。言える、のだが……問題は──分身状態で行ったことがないのだ。

 

 

 というよりも……入試試験以降、分身状態で魔法を使ったことがないのである。

 

 もはやトラウマと言っていいレベルの忌避感。唯一の救いは分身を解くまであの頭痛は来ないので、戦闘中に痛みで戦えなくなることはないのだが……それも大した気休めにしかならないだろう。

 

 

 

「……それでも、やるしかない」

 

 

 

 込み上げそうになる何かを気合いで押し込め、牽制の魔法。

 

 地面が隆起し、巨大な岩の槍が巨体へ突き進む。

 

 膨れ上がった筋肉が迎撃し、岩槍は呆気なく破壊されるが……細工により広く砂塵が生じた。

 

 

 

「──『全力強化/全項目(エンチャント・フルバースト)』」

 

 

 

 筋力・骨格・表皮。

 

 内臓耐久性・血管強度・呼吸器性能。

 

 

 現在天魔が行える、肉体の限界ギリギリ一歩手前の強化。三日は筋肉痛で苦しむだろう。頭痛も合わせれば億劫なことこの上ない。

 

 そして、その強化を()()とし──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──『時限加速(タイムアルター)』/『二倍加速(ダブルアクセル)』……ッ!」

 

 

 

 世界から色が消える。

 

 黒白の濃淡で縁取られた視界の中で……黒き魔女は、音速へ迫った。

 

 

 




読了ありがとうございました!


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MP19 プリーズ・ピース

 

 

 

 炎。高熱で焼くのでは無く、低温燃焼による酸欠を狙う。頭部を起点に覆うような球状の炎膜を作った。

 

 ──目の前に飛ぶ虫を払うような、無造作な腕の一振りで払われる。

 ……反撃で振り下ろされた拳を、紙一重で躱す。

 

 

 水。膨大な水で包み込めば、浮力で体は宙に浮く。さらに複雑な水流で掻き乱せば、力がどれだけ強くても、十分に活きないだろう。

 

 ──拳と拳を、自壊を構わずぶつけ合わせた衝撃で水を弾かれた。

 ……指を組み合わせ、振り下ろされた合拳。大地を広く砕く剛撃。直撃こそしなかったが、余波でだいぶ飛ばされた。

 

 

 風。吹き飛ばされながら研ぎ澄まし、カマイタチ。コンクリートを軽く断てる斬撃で、追撃に走る巨躯の四肢の腱を断つべく。

 

 ──紙一枚の斬線。切り裂き目的を成したが、数秒も経たずに完治された。

 ……追撃は止まらず、接近を許し……一発が必殺の威力を持つ連打が降り注ぐ。躱す。受け流す。掠る。受ける。反動で飛び、込み上げる胃液を必死に抑えて距離を取った。

 

 

 雷。生物である以上、生体電気が狂えば多少動きは鈍るはず。雷速を持って殺到する数十の槍は、回避不能の必殺技相応。

 

 ──直撃。されど微動だにせず。痛痒を与えられたかどうかすら怪しい。首を傾げられた。

 ……加速した思考ゆえか、やたらと低く聞こえる高笑いが外野から来たが、無視した。

 

 

 

 鋼。とっておき。収納している二十本の黒棒、剛性と延性に優れるが鉄の数倍の比重の特殊合金。それを球状に形成し、時速250kmで変幻自在に飛び回る砲弾として放つ。

 

 肉を抉り、関節を砕き……衝撃で巨体を空中に浮かして、そのまま浮かし続ける。わかりやすく言えば『空中ハメ技コンボ』。継続できれば、治療と避難の時間を十分稼げるだろう。

 

 

 

 ──加速された……思考ゆえか。やたらと低く聞こえる嘲笑が外野から来て……空中に浮かせ続けていた巨体が、黒い靄に覆われる。

 ……黒弾が殺到するが、手応えがない。それどころか、操作有効範囲外へ飛ばされたのだろう。反応が消えてしまった。

 

 黒靄中から落ちてきた巨体はいたるところが抉れ、ひしゃげているが……しかし、泡立つような音を立てて、元に戻っていき……数秒で、何事もなかったかのようになった。

 

 

 

 

 戦闘を開始し……時間にして──わずか、四十五秒。

 

 その短時間の攻防で汗は滝のように流れ、長時間呼吸を忘れていたかのように、息は荒れに荒れた。

 

 

 必死に呼吸を整えるなかで……早乙女 天魔は自身のやらかしたいくつかの不出来に唇を噛む。

 

 

 

(個性なしで特化個性持ちなみの身体能力だけじゃなく──痛覚が、ない。その上、私の治療魔法を使った時並みの、回復……超再生ですか)

 

 

 痛覚もそうだが、おそらく『生物的な本能』も相当に希薄なのだろう。炎に包まれて、水に覆われて、体を切り裂かれてもほとんど無反応。耐える様子も振り払う様子もなく……本当に『なんとも思っていない』のだ。

 

 さらに。

 

 

(二倍加速でも追い付けないとか……流石に堪えますね)

 

 

 連撃は本当にゾッとした。加速された思考、動体視力、身体操作を以ってしても、数発持ち堪えるのが精一杯とか勘弁してほしい。

 そして、その後は『相手が攻撃の手を止めてくれた』からこそ反撃できたが、それも無駄となった。

 

 

 ……パチパチと、やる気の無い拍手が一人分響く。

 

 

「いやぁ、凄ぉい凄ぉい。この前よりも全然手数多いじゃん。色々出来るとか……マジチートだな。天然の脳無かよ。イレイザーヘッドがワンパンでダウンしたのに、ちゃんと戦いになってんじゃん」

 

「……事前に入手した教員のデータに該当するものはありませんでした。つまり、彼女は学生ということですか。金の卵の中でも一際際立っている。むしろ、既に若鳥と言えますか──いやはや、末恐ろしい」

 

「え……マジかよ、あれで高校生? 最近の子供はスゴイんだな。大人として自信なくしちゃうぜ……まあ、逆に将来ゆーぼーなら、ここで摘んどくか。ヴィラン的な思考でさ」

 

 

 顔は殆ど隠れているが、言葉と弓形に歪んだ目元で嘲笑っているのがわかる。

 

 

 

 天魔は大きく大きく息を吸い、止める。そして、時限加速のタイムリミット……一分を迎えた。

 

 

「……ふー。そういえば、()対一でしたね。そちらの転移の方を忘れていました」

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 悪意、無し。

 

 挑発する気、無し。

 

 本心純度、100%

 

 

 さらに言えば……死柄木 弔の煽りは時限加速中であったため、殆ど聞き取れていなかった。

 

 なお、念のためお知らせするが、死柄木 弔が天魔の眼中にないわけでは無い。むしろ彼の触れただけで必殺となる個性には細心の注意を払っていた。

 だが、結局のところ触れられなければ問題ない上に、数日前に完全攻略しているのである。故に、現状この場においての危険対象から外されたのだ。

 

 

 そして当然、そんな詳細を知っているわけがなく。自分の煽りを聞き取れていなかった事実を、知るよしもない死柄木 弔にしてみれば……存在そのものをガン無視されたようにしか見えないのだ。

 

 

 

 ──ガリ

 

 

「し、死柄木 弔……?」

 

 

 ──ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ

 

 

 

 爪を立て、首を掻く。元からガサガサだった皮膚は簡単に裂け、血が滲むが……構うことなく掻き毟る。

 

 

 そして、視界の中で、仕切り直しだと言わんばかりに身構えた天魔が……思わずだろう、本当に一瞬だが、チラリと背後を見た。

 

 

 前回も見た魔女の分身。

 そこに固まるようにして集まる、人質用に残した子供たち。

 

 そして、魔女に手を翳され、淡く柔らかい光に包まれているイレイザーヘッド。

 

 

 

(──……。ああ、ああなんだ、そういうことか)

 

 

 遠距離攻撃が出来るのに、空も飛べるのに。なぜ、態々飛んできて接近戦に持ち込んできたのか。

 

 

 

 ああ、すごいなぁ、ほんとうにすごいなぁ。

 

 もうりっぱなヒーローじゃないか。すごいすごい。

 

 

 

「──脳無。後ろのガキどもから殺れ」

 

 

 

 

 ──ほんとうにすごく、きもちわるい。

 

 

 

 

***

 

 

 

(あと、少し……!)

 

 

 分身した数だけMPは等分され、また強度の高い魔法は使えなくなる。その制限は本体・分身体関わらず枷となり、その枷が相澤の治療を大いに妨げていた。

 

 ……それでも、眼球と視神経の治療と、眼球周辺の頭蓋の骨折処置が完了しているのは流石と言えるだろう。あと数秒もあれば、相澤を運び出せる状態まで持っていけるはずだ。

 

 

「さっ、早乙女さんっ!」

 

 

 そんな中、すぐ近くで上がった悲鳴。しかも自分の名前ががっつり含まれている切羽詰まった悲鳴に、分身体の天魔はそれを見た。

 

 

 

 まず、かなり無理矢理な姿勢で飛んでくる自分の本体。

 

 目立った負傷はないが、時限加速で相当な体力を使っているだろう。それに、MPの残量ももうかなり少ないはずだ。

 ──相澤の強化から13号の治療……そこから、分身で半分に割って、自身の総強化と時限加速・魔法攻撃の連続使用だ。訓練でもここまで酷使したことはないので、正直あと何をどれだけできるのか、使い切った後どうなるのか……全く未知の領域である。

 

 

 そして……

 

 

 こちらを見て、加速を始めた黒い巨躯がいた。 

 

 

 

(……いくら慣れてるとはいっても、流石にちょっと厄日がすぎませんか……!?)

 

 

 

 目標を変えた。変えられた? とにかく……初速は天魔の方が早かったので、彼が皆に合流するほうがわずかに早いだろう。先日の一件で自分を狙ってくると思ったのだが……。

 

 

(最善手は……)

 

 

 『分身体(自分)が特攻して時間を稼ぐ』──却下。一撃でも受ければこの身は消える。そうすれば本体が行動不能になり、他の皆が危ない。

 

 『全員を無理矢理引っ張って撤退』──却下。先生二人の治療はギリギリ終わっているので耐えられるだろうが、本体と二人がかりでも全員を連れては速度が出ない。

 

 『全員で戦う』──却下。嬲り殺される。下策中の下策。

 

 

 

 

 

 

『ああ、もう──……

 

 

 

 そんな決意に満ちた顔、しないでくださいよ……!』

 

 

 

 

 逃げられない。戦えない。なら、どうするか。

 

 

 簡単だ。

 

 

 

 

 ──『   』ば、いい。

 

 

 

 

 前へ出る数歩。手を伸ばしてくる本体。

 

 ガッチリと手を組み、自らを軸に回転とブレーキを無理矢理かける。

 

 着地と同時に本体と分身が肩をならべ……さながら、遮る壁のようにお茶子たちの前に立った。

 

 

 

 

 

 

「『時限加速(タイムアルター)……ッ!』」

 

 

 

 

 

 心臓が軋む。全身が軋む。……本能が警鐘をかき鳴らした。

 

 

 

 

 

  ──『「三倍加速(トリプルアクセル)!!」』──

 

 

 

 ……構うものかと、その一歩を踏み出した。

 

 

 

 

***

 

 

 

 ……振りかぶる大きな拳が迫る。本命の狙いは、状況の推移に混乱するしかできないお茶子たちだ。魔女はその前に立つ障害物に過ぎず、邪魔だから壊す、その程度の認識だろう。

 

 

 その拳は──振り切る前に止められた。衝撃が自分の体を叩くが、目の前の障害物は壊れていない。

 

 

 

 

《……?》

 

 

 

 

 一発は、すぐに連打へ。それは本来ならば『平和の象徴』と打ちあっただろう連打。周囲に何人も寄せ付けぬ暴風を生み出したその攻撃を──魔女は、完璧に封殺した。

 

 

 打ち出される拳を、止める様に掌を出す。

 もちろんそれだけでは止められないので一工夫。……相手の拳よりやや大きい、湾曲した障壁を、拳と掌がぶつかる瞬間に超短時間展開する。

 

 激突の衝撃は湾曲した障壁によって流され、敢えて『硬く脆く』作られた障壁は、完全に振り切る前の、威力が最大になっていない一撃を止めるとガラスの様に呆気なく割れていく。

 

 

 あとは、それを連続で。ただひたすら、繰り返す。

 

 毎秒数十発という密度に食らいつく。刻一刻とゼロに近づいていく自分の中の力の源に焦燥しながら、それでも必死に耐える。

 

 

 視界から色彩が消え、音が消えて耳鳴りだけがドンドン強くなっていった。

 

 

 振り返る。障子と砂藤がそれぞれ相澤と13号を担いで、なんとか離れようとしている。そして瀬呂が焦りながらも、へたり込んだ女子の腕を引っ張るが、今にも泣き出してしまいそうな二人を見ると……腰が抜けたか、足に力がはいらないのか。

 

 

 

 

「くそ、さっさと潰せ脳無っ何を遊んでやがる! お前は『対平和の象徴(オールマイト)』用に作られたんだろうが! そんなガキになに手間取ってんだ!?」

 

 

 脳無側に突き抜けた衝撃波をもろに受けたのか、地面に這いつくばるように耐えている死柄木と、体の靄を盛大に散らしている黒霧。

 

 

(……あれほどの実力者が、ただの生徒? 末恐ろしいなんてものじゃない……ここで確実に潰さなければ。計画の本筋は叶いませんが、あの生徒と教師二人を殺せれば十分な成果でしょう。ほかの生徒も殺せていれば、ヒーロー社会への楔としても十分でしょうし)

 

 

 オールマイトを殺すために今回の計画を立てたわけだが、結果としては、今この場にオールマイトがいなくてよかったのかもしれない。

 ……所詮は子供と侮って、相手方の戦力を過小評価していた。

 

 

 

 そして、その過小評価は……現在進行形でし続けている。

 

 なにせ『もう終わった』と──そう、思っているのだから。

 

 

 

─*─

 

 

  ──必殺技でござるか? ううむ、拙者といたしましては、実はこれ、あんまり胸熱案件ではないのでござるよ。いや、だって『当たれば必ず殺す技』でござろう? 漢字的にも感じ的にも? ヒーローとしては『それ大丈夫でござるかぁ?』と常々思ってる次第でしてハイ。

 

  ──そ・こ・で! ここで拙者が敢えて推すのは『禁手(きんじて)』!! ヴィランの人命とか建物被害とか一切合切を全無視した超火力魔法! でござる。

 

  ──あいや、基本的に絶対使わない、使ってたまるか! って精神でござるよ? ……でもこう、早乙女氏の四回不幸見てるとなんか頻繁に使いそーな……。うーん。

 

  ──どちらにせよ『出来ない』のと『出来るけど使わない』ではスポーンとムーン! ……あ、あの、冷静なツッコミはダメでござるよ? 早乙女氏のツッコミというかマジ顔訂正って結構な恥ずかしダメージを刻んできやがりますので、それが最近ちょっと快感にゲフンゲフンゲッフォオエっ。

 

 

 

  ──別に、拙者はヒーロー目指してるわけではござらんし、見ず知らずの他人のために命を賭けることなんて出来んでござる。でも、早乙女氏は違うでござろう? 故に、()()()()()での『必殺技』が必要だと……拙者は思うてござる。もうあとがない、どうしようもない、けどなんとかしたい──という時に、用いてくだされ。

 

 

  ──だいじょーぶ! 多分世間とかケーサツとかピーチクパーチクなるでしょうが 、拙者は早乙女氏の、まあ、絶対の味方ですゆえ! ……あの、薔薇姉様? ちょーっとその手に持ったボイレコ的な機器をおよこしやがれください? ……おいこら待てBBA!

 

 

─*─

 

 

 ……障壁の質を変える。硬く脆くから、柔らかく粘り強いものへ。角度を変え、捻るようにして受け流す。

 そこに生じた、刹那よりも短い空白へ分身が跳ぶ。打つために引かれる拳に自分を巻き込ませれば、勢いよく背後へ回れる。

 

 

 そして、虚空から大きな布を取り出し……脳無の顔を覆い、視界を奪った。

 

 

 

『解禁/直結』

 

 

 

 禁手。絶対に使わないようにと、だけど、いざという時には使えるようにあらゆる状況を想定した。

 

 経験はないが……万が一、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ……燃料として焚べるそれは、MPではない。MP(それ)を感じられるならHP(こっち)もあるのでは、と助言から得た着想だ。

 

 

 

 合わせた両手から溢れ出すのは、ただただ純粋な破壊力の塊。そこから迸るスパークが地面を焼いて抉るが、ただの余波で生じたものだと、見ている誰が信じようか。

 

 

 歯を食いしばり、一歩。

 

 暴れる腕を掻い潜り、禁じた一撃を解き放つ。

 

 

 

 

────(未だ名もなき)────(私の必殺技)

 

 

 

 

 極光。

 

 そして、轟音。

 

 

 直撃した脳無が両腕で防御姿勢をとるが、その両腕を瞬く間に削り崩していく。

 堪えるように踏ん張る両足は、長い二本の線を地面に刻み、あっという間に死柄木と黒霧の立つ場所まで押し込んでいった。

 

 

 

「っ、お、おい黒霧! 何やってんだ早くゲートだせ! ここから離れるぞ!」

 

「了解しま……、っ!? そんな、開かない? まさか……!」

 

 

 

 ──「にが、すかよ……」

 

 

 途切れそうになる意識と、歪みそうになる焦点を合わせ、意地でも抹消を行うのは……プロヒーローであり、教師であるイレイザーヘッドだ。

 

 障子に支えられながらだが……それでも、この土壇場で役目を果たした。

 

 

(生徒が、頑張ってんだ。……なら、俺だって頑張んなきゃいかんだろうが……!)

 

「〜っ、この、くそ、くそ! チートどもが。俺が、こんなっ! 耐えろ脳無!」

 

 

 

 凄まじい破壊を生んだ両腕はすでに無い。……あと少しと振り絞るが、それももう限界が近い。強すぎる威力に天魔自身も押され、掲げた手は今にも屈しそうだ。

 

 

 ……それを後ろから。天魔の体を支えるように、いくつかの手が伸びてきた。

 

 

 

「──悪い。本当に悪い! 俺ら、なんもできねぇ役立たずでよ! でも、でも後少しだ、踏ん張れ早乙女!」

 

 

 腕を瀬呂が。そして、衝撃で飛ばされそうな体を、麗日と芦戸が足に抱きつくようにして支える。先生を担ぐ砂藤と障子もすぐ後ろで、女子二人を覆い守るように位置取っていた。

 

 

 

 そして全てを出し切り、やがて光が、完全に消える。……砂塵の向こう。上半身の前側を完全に削られ、頭部の側面も大きく削られている脳無がいた。

 

 電源が切れたように動かないその巨体に、誰もが勝敗は決したものと判断し、歓喜と憤怒の表情をそれぞれ浮かべ──

 

 

 

 

 

 

 

 

『っ!?  まだです、逃げて!』

 

 

 真っ先に気付いたのはヴィランの誰でもなく、背中に張り付き視界を奪っていた天魔の分身体だ。

 本当ならば自分ごと貫かせるつもりだったのだが……皮肉にも頑強すぎる脳無の体が盾となり、無傷とは言えないもののギリギリのところで無事だったのだ。

 

 

 その盾となった巨体から……聞いたことのある泡立つような音が、ボコボコと。

 

 

 

 むき出しになった腹筋と胸筋が蠢き伸びていき、形を整え黒い外皮で覆う。

 

 両肩から白い骨が嫌な音を立てて延長していき、肩周辺の筋肉が無理矢理伸びて、上腕筋、前腕筋と……わずか数秒のうちに。

 

 最後に頭──ギザギザした歯は生え揃い、半ば潰れていた眼球も何事もなかったように元に戻ってしまった。

 

 

 

 

 決意も努力も、その何もかもを、全否定するかのように。

 

 

 

 

「は、ははっ! そう、そうだよな。先生が作ったオモチャが、そう簡単に壊れるわけない! やれ脳無っこのゲーム、俺たちの勝ちだ!」

 

 

 命令に対し、脳無は変わらぬ速度で走り出す。

 

 打つ手は、もうない。完全に無い。すぐ近くで息を呑むいくつかの音が聞こえ……せめて、直撃だけでも回避させようと届く範囲を抱きかかえ、身をよじる。

 大した差にはならないかもしれないが、それでも、守らなければ、と。

 

 

 

 

 ……だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    ──パシン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と……予想よりも、ずっとずっと呆気ない音が、聞こえた。

 

 それになにより、いつまで経っても痛みどころか、巨大な拳が当たった感覚さえない。

 

 

 

 そして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……本当に」

 

 

 

 

 

 気付けば……自分たちのすぐそばに、大きな大きな……大きすぎる存在がいた。

 

 

 

 

「本当によく、頑張った……! あとは任せて、ゆっくり休みなさい」

 

 

 

 

 

 ──もう、大丈夫。……なぜって?

 

 

 

 

 

 

──私が来たッ!!」

 

 

 

 

 

 最強のヒーローにして、日本における『平和の象徴』。

 

 

 ──オールマイトが、そこにいた。

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました! 



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MP20 オフコース!

 

 

 

 『空気が変わる』

 

 

 ──慣れ親しんだその感覚に、オールマイトは一先ずの安堵を得た。

 

 平和の象徴として人々には安心を、ヴィランには脅威をそれぞれ齎す。ヒーローとしての日々の活動ももちろんあるだろうが……『そういう存在』になることで、彼は日本という経済大国で、それは多くの犯罪を抑制してきた。

 

 

 ……自分の姿を見た生徒たちの表情から、絶望が消えた。

 

 第一段階としては、これで十分だろう。

 

 

(しかし……凄い力だ。私が今まで相手をしてきたヴィランの中でも、これほどのは早々いない。っていうかこれ、私並みか?)

 

 

 左手で受け止めた拳から、並々ならない巨大な力を感じる。プロヒーロー……それも、ランキング上位陣が複数人で掛かるような相手であることに間違いはない。

 オールマイトにとっても、ここ数年で一番の脅威だろう。

 

 ──割り込む直前、僅かにだが13号と相澤を見た。両者ともに負傷が見られたが……状況を考えるともっと重傷だったはずだ。にも関わらず、経験則から見て『命に別状はない』と断言できるレベルまで治療が行われている。

 

 

(誰が……って、考えるまでもなく決まってるよなぁ。凌いだんだ。彼が……早乙女少年が、たった一人で──最後まで諦めることなく……!)

 

 

 

 天魔の顔を狙っただろう一撃を、力で無理矢理押し上げる。体格上どちらもやや屈み気味だったが、まっすぐ立てる高さにまで引き上げた。

 止めた一撃の重さは、人の命を奪うには十分なほど。それを再確認して……思わず握力にも力が入ってしまって、相手の拳から乾いた音が断続的に聞こえたが──まあ些細なことだろう。

 

 

 ……凄い子だと、会ったその日から思っていた。自分の半分にも満たない年齢の少年だが、もうプロのヒーローとして十分にやっていけるだろうと確信できるほどに。

 

 だが、それでも……まだ認識が甘かった。

 

 

 プロヒーロー二人が脱落し、その治療をしながら……守らなきゃいけない年下の同級生を励ましながら。No1ヒーローが戦慄するヴィランを相手に、時間を稼ぐ。

 

 

 

 いつ来るかわからない。

 

 もしかしたら……来ないかもしれない助けを、ただただ信じて。

 

 

 

 ──右の拳を握る。硬く、強く……筋肉が膨れ上がり、スーツやワイシャツの縫い目が破れ出すが、構うものか。

 

 

 

「……『DETROIT』……ッ」

 

 

 踏み込み、腰を入れる。

 

 そして、今にも爆発しそうな感情を、迷うことなく爆発させた。

 

 

 

「──『SMASH』!」

 

 

 

 渾身の一撃。反射だろう防御が間に挟まれるが、知ったことかとその上から捩じ伏せる。

 

 轟音が着弾し、自分より大きく重い巨体を、重力を無視して水平にぶっ飛ばした。

 

 

「「は……?」」

 

 

 地面を跳ね、呆然とする死柄木と黒霧の間をまた跳ね──水切り石のように水面を数回跳ねて、湖の向こう岸の結構な範囲を崩壊させて、巨体はやっと止まる。

 

 

 

 「──おおおおい、今なんかデカイのが吹き飛んでいったぞ!? なんだあれ、なんだよあれ!」

 「うっせぇぞクソ髪! いちいち状況説明すんなその口縫い付けるぞ!?」

 

 「……。なんだ、お前らか。……危ねぇ、危うく氷漬けにするとこだった」

 「おいコラ待てやクソ紅白! テメェそりゃどういう意味だコラあ"あ"!? やれるもんならやってみろや爆破したるわぁ!」

 

 「けろ。あの声は爆豪ちゃんね。元気そう……っ! 早乙女ちゃん!?」

 「オールマイトがいる! けど、せ、先生たちも倒れてるぞ! 緑谷、これ様子見とかじゃなくて合流した方がいいって!」

 「う、うん……!」

 

 

(い、今の"デトロイトスマッシュ"? だけど……威力が前に見せてもらったのと桁違いだ。オールマイトは衰えているって言ってたのに……?)

 

 

 

「…………」

 

 

 方々からやってくるのは各所に散らされた生徒たちの声だろう。特に怪我らしい怪我もない様子に一安心……いや、そうするのはまだ早いだろう。

 安心(それ)は全員の無事が確認できたらだ。

 

 

 そのためにも戦わなければならないのだが……オールマイトはたった今ヴィランを殴り飛ばしたばかりの、己の右拳を見る。

 

 ……出久が感じた違和感は、本人であるオールマイトも薄々感じてはいた。

 

 ワンフォーオールを出久に譲渡してから、目に見えて短くなった活動時間──そして、笑顔の裏で必死に隠していた、如実に落ちて焦りを覚えていた出力。

 それが、当の本人が困惑してしまうほどに、かなり改善されているのだ。

 

 

 ……根津校長に活動限界について指摘され、違和感に首を傾げた先頃。

 根津が計算違いをしたのではない。実際に『先日までならば』、高校に到着した時点でとっくに活動限界だった。

 

 つまり、この数日の間──改善されている原因が何かと考えれば……それは、一つしか思い浮かばない。

 

 

「ハハ……本当に、どんなお礼をしたらいいんだろう……」

 

 

 『ヒーローは身体が資本』──正しくその通りだった。

 

 そして、その身体を作るのは『食事』であり、身体を整えるのは『睡眠』である。

 それらの事でここ数日での変化となれば、もう一つ……というか、一人しかいない。

 

 

(──うん。土下座しよう。誠心誠意、お昼の約束を違えちゃってすみませんって。あとお詫びとお礼で、美味しいお店とか、色々諸々)

 

 

 

 だが、その前に。

 

 

 終わらせよう、この騒動を。

 一刻も早く、全力を以って。

 

 

 

 

「──オールマイ、ト……先生」

 

 

 そのためにも……の一歩を踏み出そうとして、後ろから聞こえた微かな声に止められる。

 

 呼吸は荒く、顔色は青白く……目もどこか虚ろで焦点が合っていない。すぐに安全なところへ運ばなければならない様子の天魔が、最後の力を振り絞るように、告げる。

 

 

「あの、脳無というヴィラン……ですが。個性無しで、強個性以上──の身体能力があります……加えて、おそらく──打撃がほとんど効果がない上に、痛覚も……かなり薄いようです。

 さらに厄介なことに、四肢の、欠損も──数秒で()()()()()レベルの、再生能力もあります」

 

 

 耐えるように唇を噛み、続ける。

 

 

「そし、て……憶測、ですが。あの白髪のヴィランの命令で、行動しているように思えました。逆に言えば『命令がなければ動かない』可能性が、あります」

 

 

 

 何度も止まり、声のほとんどが掠れてはいたが……それは、彼が自らの攻防の中で得た、ヴィランの詳細な情報だった。

 

 

 ──それを聞いたオールマイトは、現場であることも忘れて、戦闘中であることすらも本気で忘れて、ポカンと呆けた。

 

 

 

 

 『もう大丈夫』

 

 『私が来た』

 

 

 もうオールマイトの代名詞と言っていいほどになったこのセリフ。多くの市民を安堵させ、そして、多くのヒーローを安心させたことだろう。『彼が来たからもう大丈夫』と、意図した言葉の意味通りに。

 

 そして、ヒーローたちは今まで自分が相手をしていたヴィランとの戦闘を譲り、そのまま市民の避難誘導を始めるのだ。

 

 

 

 間違いじゃ……ない。なに一つ、彼らは間違っていない。

 

 オールマイトが強過ぎたという事実もある。このことで彼らを責めることは、誰にも出来はしないだろうが。

 

 ……『自分が得た程度の情報なんかなくったって、オールマイトなら大丈夫だ』と。

 

 

 

(……初めて、じゃないかな? ああ、いや、多分初めてだ。そうか、うん。こんな感じ……なのか)

 

 

 

 胸の奥に──炎が、灯った。

 

 

 『託された』のだ。

 

 

 

「……ありがとう、早乙女少年。君の『最高の援護』、確かに受け取ったぜ! 

 

 だから──あとは任せて。もう休むんだ」

 

 

 握りしめた右の拳で、己の胸を強く叩く。そして会心の笑みを浮かべれば、天魔も苦しそうな表情の中に微かな笑みを返してくれた。

 そして、それを皮切りにしたように一気に顔色は悪くなる。呼吸もか細くなり、抱き抱えていた女子たちが慌て出した。……伝えるべきことを伝えるまでは、と必死に消滅を抑えていた分身体が、とうとう限界を迎えたのだろう。

 

 

「……皆、三人を連れて下がってくれ。もうすぐ、他の先生方が応援に来てくれるはずだ」

 

「オールマイト! で、でも、早乙女さんの情報が正しいなら、少しでも手が多い方がいいんじゃ……僕らだってなにか出来るはずです!」

 

「だからこそ、だよ緑谷少年。……相澤くんと13号は大丈夫そうだが、早乙女少年は絶対安静だ。少しでも、彼の守りを厚くしたい。

 ──『助けられてばっかりじゃ、悔しいだろ? ヒーロー』」

 

 

 初戦闘、初勝利。さらに、初めて個性を暴発せずに使えた興奮が残っているのだろう。慎重な出久らしからぬ発言をやんわりと諭す。

 

 

 ザバリ──という音が聞こえ、前を向けば……特に負傷の見られない脳無が湖から這い上がっているところだった。

 

 

 打撃が効きづらい、痛覚が無い、再生能力がズバ抜けている。

 

 どうやら……天魔の情報通りらしい。

 

 

 

「それにね……」

 

 

 前へ進みながら、上着を脱ぎ捨てる。

 

 ネクタイを引きちぎり、ワイシャツの袖も深く捲り……気炎を吐いた。

 

 

 

「不謹慎だけど、不思議とね。私今、絶好調なんだ。負ける気が、これっぽっちもしないのさ……!」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 『素のパワーでオールマイト並み』

 

 『その上、【ショック吸収】の個性だ。彼は基本……というか殆ど打撃技しか使わないからね。これで十分だろう』

 

 『──けど、念には念を。合わせて、【超再生】の個性も付けておこう』

 

 

 『殴られても殆ど効かない上に、その僅かに効いた攻撃も即座に再生できる。しかも攻撃力は自分と同じ……君がよく使う言葉で言うなら、『チート』っていうやつだね』

 

 

 

 『……不安かい? なら、とっておきの情報だ。彼はもう衰えている。弱くなっていると言ってもいい。そろそろ彼もいい歳だ。引退させてあげようじゃないか』

 

 

 

 

 

「どこがだよ……!

 

 

 なあ! あの化け物のどこが、弱ってるってんだ!」

 

 

 殴り合う? ああ、確かにその表現で間違っていない。だが、それでは誤解を招きかねないので正解ではない。

 

 初撃。脳無が標的に突撃するのに対し、オールマイトは生徒たちに被害を出さないために同じく突撃。小細工なしの右ストレート同士がぶつかり合い──脳無だけがその衝撃に『たたらを踏んだ』。

 

 次撃。オールマイトはさらに一歩、地面に蜘蛛の巣状の亀裂を走らせる踏み込みで、捻りこむような左。脳無がその機械染みた超反射で同様に左を放つが……紙一重で躱され、オールマイトの左拳が顔面に直撃。

 

 

 三、四、五……と、もはや説明する意味はないだろう。

 

 

 殴り合ってはいるが……どう見ても、どう判断しても、脳無が一方的に押されていた。

 

 

 ──ショック吸収があるから、超回復があるから、辛うじて殴り()()()いるに過ぎない。

 

 

「早乙女少年の情報通り! すっごい打たれ強いなぁ! ここまで耐えられたのは久しぶりだ! パワーも凄い。私並みだ!」

 

 

 だけど。

 

 

「──ただ我武者羅に打つだけの攻撃だから()()()()()! せっかくのパワーが台無しだぞ!」

 

 

 連打。ここでも打ち合いになるが、オールマイトの攻撃が胴体やら顔面やらに吸い込まれるように炸裂するのに対し、脳無の放つ連打は外されるか掠るばかりで有効打は一つとして無い。

 

 

 

 

「は、早過ぎて何してんのか全然見えねぇ!? で、でもこれ、オールマイトが押してんのか!?」

 

(パワーもそうだけど、ただ無闇矢鱈に打ってるんじゃない……技術だ。『拳を打つ動作』の中に、回避と受け流しを組み込んでるんだ……! で、でも……)

 

 

 

「ハッハッハ!  ……『私らしく無い』ってぇ? ああ、()()()()()()()! だけどここで怪我したら──笑顔が曇っちゃいそうな子が、いそうでねぇ!!」

 

 

 

 踏み込む。強く、さらに強く。

 

 徹底的に打ち込み、姿勢を盛大に崩した。すぐに立て直されるだろうが、その僅かな時間で十分だ。

 

 

 振りかぶる右。上から叩き付けるよう軌道を描くその(かいな)は、天候すら吹き飛ばす暴風を宿していた。

 

 

 

「──『TEXAS』!!」

 

 

 直撃。巨体が地面へと叩きつけられ、そして反動で僅かに弾んだその隙間に、地面を擦過するほどの低さから、打ち上げるような左が来た。

 

 

 

「──『FLOoooRIDA』!!!」

 

 

 高く、高く天へ。何も無ければ雲を超えていただろうが、ドームの天井に直撃してめり込むことで止まる。 体勢を立て直し、愚直にまた突撃しようとすれば……すでに飛び上がり、両腕をクロスさせているオールマイトが目の前にいた。

 

 

 

「──『CARO、LINA』!!!!」

 

 

 天井に巨大な十字を刻み、蹴る足場を失った脳無は体勢を崩したまま重力に捉われる。どうしようもない……そんな状態でも視界にオールマイトを捉え続けたのは、彼なりに役目を果たそうとした気概なのだろうか。

 尤も……視界にいるオールマイトの姿は、凄まじい回転をしているため、まともに容姿を確認できなかったのだが。

 

 

「──『CALIFORNIA』ァッ!!!!」

 

 

 

 着弾。もう比喩が隕石の直撃としか例えようの無いその中で、ついに脳無が限界を迎える。限界とはいっても、十秒とない行動停滞だろうが……彼には十分すぎる猶予だ。

 

 

 

 

 

 

「理不尽な悪意。……怖かっただろう」

 

 

「何もできず見ていることしかできなかった。……悔しかっただろうっ」

 

 

 

 

「それでもなお……『更に向こう』へ進む、未来のヒーロー達へ! この一撃を送ろう……!」

 

 

 

 

 ──受け継がれて来た、その灯火。

 

 そこに新しく胸に灯された、新しき炎をそこに焚べて。より一層の輝きを放ち、眩いばかりに行く先を照らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『SMASH OF』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那、静寂。

 

 そして──。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『Plus ULTRA』!!!!」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「…………黒霧。撤退だ」

 

「──はっ、あ、いえ! しかし脳無が!」

 

「……面白いこと言うなお前。なに? アレ見てもう一回言ってみろよ、同じこと」

 

 

 瞬きした記憶は……ない。怒涛の必殺ラッシュに圧倒され、最後の一撃に至っては気付けば脳無が消えていて、爆発音でやっとドームの天井を突き破ってはるか彼方までぶっ飛ばされたのだと理解した。

 

 

「情報が間違いだらけだ。弱ってるはずの化け物はピンピンしてるし、馬鹿げたチート生徒はいるし……! なんだこの糞ゲー……俺は悪くない。帰って先生に報告──っが!?」

 

 

 

 右肩に激痛。焼ごてでも当てられたような熱が貫通し、堪らず倒れこむ死柄木。倒れ切る前に、続けて三発。両足と左上腕を『撃ち抜かれた』。

 

 

「……狙撃!? くっ……!」

 

 

「──すまない。随分待たせてしまったね。でも、敷地内に散らばったヴィランは全員捕縛済み、USJ内に分散された生徒たちも全員保護済みさ」

 

 

 銃口から硝煙を昇らせるガンマン……スナイプを筆頭に、雄英高校に在籍する全ヒーローが集結する。その側に、息を切らし汗に塗れた飯田が、その光景に歯を食い縛っていた。

 

 

 地面に乱雑に倒れるチンピラと未だに健在のチンピラに顔を顰め、生徒たちに支えられた二人の同僚に目を見開き……。

 

 生徒たちに守られ、弱り切った一人の生徒を見て……その表情を消した。

 

 

 

「……ああ、本当に自分自身に腹が立つのさ。『これで大丈夫』だなんて、よく思えたものだよ。徹底的に見直さないと。でも、その前に……終わらせようか。この一件を」

 

 

 

 合図は、ない。

 

 

 幻影のように現れた分身が高速で駆け抜け蹴り抜き、鉄爪が掘り上げた穴に叩き込む。

 

 大音量に耳を塞ぎ、それが終わったと一息付けば強烈な眠気に抗えず昏睡していく。

 

 猟犬が駆け抜けて軒並み吹き飛ばし、血の鞭がそれらを縛り上げていく。

 

 人質を取ろうとすれば、すでにコンクリートが壁を成していた。

 

 

 

「黒、霧! さっさとワープしろ! 急げ! ……次だ! いいか社会のクズ! 次こそお前を殺してやる! あのチート女もだ! 纏めて粉々にしてや──」

 

 

 

 そんな怨嗟のような声の下に個性による攻撃が殺到する。殺到したが……主犯格二人は、影も形もなく消え失せていた。

 

 

 

 少しずつ消えていく緊張感に、張り詰めていたものが解けたのか。へたり込み、座り込む生徒たち。

 大きな安堵の吐息を最後に……雄英高校始まって以来の大事件は、静かに幕を下ろした。

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました!

オリジナルスマッシュで『フロリダ』を出しました。

昇拳→空へ打ち上げる→スペースシャトル
という感じで候補を絞りました。既存であればご指摘ください。


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MPーー USJ Epilogue

《本文の前に》

最近、メッセージやご感想などで、

『現実的に考えてこうなるのはおかしい』
『物理・科学的にこんな現象はありえない』

という旨のご指摘が増えて参りました。

私自身それらの知識は高校生で止まっておりますので、浅学無学を晒すようで大変お恥ずかしいのですが……。


『パンチ一発で天候を変える』
『触っただけで重力無視』
『何もないところから発火・凍結』etc.etc.

と、そもそもこれが日常の世界です。

あまり難しく考えず、お読みいただければ幸いです。




 

 

 

 か細い呼吸。今にも止まってまうんやないかって、不安で胸がキュウってなった。

 

 青白い顔。綺麗な肌で羨ましかった。でも……だからこそ、余計に血の気がないのがようわかる。

 

 冷たい体。まるで真冬の……雪ん中に埋まっとったんやないか思うほど、冷え切ってもうて。

 

 

 

「……っ」

 

「……大丈夫? お茶子ちゃん」

 

「あ……梅雨、ちゃん」

 

 

 

 オールマイトがヴィランの主力を倒し、主犯格が逃げ出し。捨て駒のように残されたヴィランたちも早々に対処され、もう放課後の遅い時間帯。

 

 終わって状況を再確認してみれば……雄英高校全体で捕縛されたヴィランが百名を軽く超える大事件であった。

 

 しかもマスコミにも襲撃直前にヴィラン側から情報がリークされたらしく、校門付近にはマスコミ車両がごった返しとなり、警察の到着を盛大に遅らせた原因となったらしい。

 

 ──それを知った根津が、水底を彷彿とさせる笑みを浮かべたのだが、幸いにも誰も見ていなかったそうな。

 

 

「……けろ。先生たちは二人とも問題ないって、さっき連絡があったみたい。リカバリーガール先生の個性で治療して、二・三日で快復するそうよ」

 

「うん。早乙女さん、すごいがんばっとったもん……」

 

 

 

 

 お茶子はそれを、目の前で見ていた。

 

 

 13号を治療するところも、分身して相澤を治療するところも。

 

 そして、時間を稼ごうとして──でも、それすらもできそうになくて……覚悟を決めた、あの時の顔も。

 

 

 

 ……お茶子はそれを、ただ、見ていることしかできなかった。

 

 

 

(オールマイトが来てくれる前の、あのすごいやつ……あれ、多分やけど──あかんやつや。使(つこ)うたら、絶対あかんやつやったんや)

 

 

 あの時、何かしなくてはと焦り……気付けば瀬呂に続くように、芦戸と共に飛び付いていた。A組でも体格とパワーに優れる砂藤と障子がすぐ後ろで支えてくれたが……それでも吹き飛んでしまいそうな余波に、必死で耐えた。正直あの行動に意味があったかどうかはわからないが……。

 

 

 そして、あの場で一番天魔に触れている部分が大きかったからだろうか。

 

 ──撃ち続ける天魔の体から、どんどん熱と力が失われていくのを、文字通り肌で感じた。

 

 

 

 今すぐ止めさせたい。止めさせてあげたい。……なのに、できなかった。

 

 それ以上の手段を麗日お茶子は持っておらず、思い付くことさえできなかったのだから。

 

 

 

 でも、それでもダメで──もうダメだと絶望してしまったとき、また天魔に庇われた。

 

 

 

 結果的にはオールマイトが来てくれたから大丈夫だった。しかし、もし彼が間に合っていなければ……あの場にいた全員が危なかっただろう。その中でも、確実に天魔は死んでいたはずだ。

 

 

 結果として助かったものの……『結果良ければ全て良し』などと開き直れるほど、今回の一件は軽くない。

 

 

 

 

「……ねえ、梅雨ちゃん」

 

「けろ、なにかしら?」

 

 

 

 

 

「──強うなるには、どうしたらええんやろ」

 

 

 

 

 

 ヒーローになる。それまでの過程を楽観視していたわけじゃあない。雄英高校に入って、勉強も実技も、相当以上に頑張らないといけないという覚悟はあった。

 

 だが、今日目の当たりにした……してしまった、プロの世界。

 

 

 そこで活躍するだろう自分の未来を、お茶子はわずかにでも想像することができなかった。

 

 

 

「難しい問題ね。……とっても難しくて」

 

 

 梅雨は、お茶子が言葉にしなかった部分を含めて、その真意を察した。

 

 ──『早乙女 天魔』を助けられるくらい。そうでなくとも、肩を並べるくらいに、強くなりたい。

 

 

「そして……とっても残酷な、問題だわ」

 

 

 実技試験でペアを組んだ梅雨だからこそ、その目標が、どれだけ難しいことなのかがよくわかる。

 

 正直、『どんな状況』になれば『自分が助ける側』になれるのかさえ、皆目見当が付かないのだ。

 

 

 跳躍力? 高速で空を飛べる。

 舌が伸びる? その気になれば制圧弾幕を張れる。

 水中で活動できる? わからないが……思いつきでなんとかしてしまいそうだ。

 

 

 

「うっわぁ、梅雨ちゃんでそれやと私なんかもうボロッカスやん」

 

「けろ。でも……」

「うん。でも……」

 

 

「「あきらめたくない」」

 

 

 ニコッとお日様のように、けろけろと喉を鳴らすように、お茶子と梅雨はそれぞれ笑う。

 

 

 

「まぁ、あきらめはしないんやけど……でも、どういう努力したらええんかなぁ。ただ我武者羅にやってもダメやろうし……うーん」

 

「けろ。そうね……『先生たちに相談する』っていうのが一番確実なのだけれど」

 

 

 そう言って梅雨がふと思い出したのは、一人の少年だ。

 

 個性発現が遅く、使えば超威力でも自爆してしまっていた彼だったが……水難再現の場でいきなり個性制御を成功させた。

 ……今まさに話題となっている魔女の、ほんの少しの助言を受けただけで。

 

 

「……」

 

 

 それに合わせて、その彼に放課後の訓練を提案していたことも思い出して。

 

 にっこりと笑うまで、さして時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あとな、梅雨ちゃん。あ、あんな? その、すっごい変なこと、聞くんやけど……」

 

「けろ? なにかしら」

 

 

 躊躇い、戸惑い……意を決して。ほんの少し、頬を朱に染めて。

 

 

 

 

 

 ──早乙女さんに触ってる時、その……変なカンジ、せんかった……?

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 ──「俺は後でいい。先に早乙女……生徒たちの保護を頼む」

 

 左腕全体が複雑骨折しているにも関わらず、強く言い放った相澤に、プレゼントマイクは苦笑を返す。そして……なるべく傷に触らないようにして彼を肩に担いだ。

 

 ──「おう、言われなくてもお前で最後だぜイレイザーヘッド。……生徒(リスナー)たち全員の保護も終わってるし、早乙女リスナーも現在絶賛搬送中だ。──だからいくぞ。ここで無理して、元気になったナチュラルマザーにお説教されたくねぇだろ?」

 

 

 ──「確かに、な。……すまん。あとを頼む」

 

 ──「おう、頼まれた。……おつかれさん」

 

 

 出口から差し込む逆光。それに二人のシルエットが浮かび──

 

 

「……有りね! アラサー男の友情も、これはこれでイイわね! 青春だわ!」

 

「うん。そうだね。教師陣の仲が良いのは私もうれしいことさ! でもちょっと自重してね! 欲しいのは敵方の情報なのさ! っていうか操作もなにもしてないのになんでドンピシャでこの場面が出てきたんだい!?」

 

 

 

 

 ──閑話休題(仕切り直します)──

 

 

 

 ……セキュリティ強化の一環で増設された監視カメラ。異常を通達する警報類は軒並み電波障害で無効化されていたが、USJ内に設置された監視カメラは問題なく作動しており、そこから少しでも情報を引き出せないかと教師たちが集まっていた。

 

 

 

「主犯格は、やはりこの三人と見て間違いないだろうな。二人には逃げられたがあの黒い……脳無、だったか。身柄は警察に預けたが、大丈夫なのか? オールマイト並みのパワーだと聞いたが」

 

「ソレナラバ警察カラ連絡ガアッタ。暴レル様子ハナイソウダガ、逆ニ、何ノ反応モ無イラシイ。黙秘云々ノ話デハナイ以上、情報ヲ得ルノハ難シイダロウ」

 

 

「『命令が無ければ動かない』……これも早乙女少年の情報通りというわけか。……ところで早乙女少年ですが、本当に大丈夫なのでしょうか? 先ほどリカバリーガールから『問題ない』とは聞きましたが……」

 

「ベッドの上で元気にゾンビみたいに呻いてるさね。以前と同じなら、朝まで寝れないだろうが、そんくらいさ。

 ……ただ、ちと気になるのが……『入試の時のレベルで済んでる』ってことさ。明らかに前よりも無理をしてるし、あの子の分身が消えた後なんか、正直画面越しでも命の危険レベルの消耗に見えたんだがね」

 

 

 リカバリーガールのその返答に、トゥルーフォーム状態のオールマイトが苦虫を噛み潰したように顔を歪める。

 『最初からあの場にいたならば』と……そんな『if(もしも)』を、思わずにはいられなかったのだろう。

 

 

「……『無理をしないで』って言いたいけど、今回は確実に『無理をせざるを得なかった』パターンね。相手はNo1ヒーローが全力で戦ってやっとどうにかなる相手……イレイザーや13号を悪くいうわけじゃないけど、プロ二人がやられてしまったあの状況下で、あの子は最善の行動を取り続けてたわ」

 

「だな! それに早乙女リスナーが筆頭だが、他のリスナーたちも頑張ってくれたZE! USJ各所に分散された後、殆どのリスナー達が俺たちが行く前にヴィランとの戦闘を終わらせてたしな! 今年の一年は一味違うぜ!」

 

 

 

「生徒達の頑張り。そしてオールマイトのおかげで、今回のヴィランによる襲撃の被害は最小限に抑えられた。それを踏まえても──……本当に申し訳ない。今回の件の責任は、全て私にある。先んじてオールマイトを止めてしまったことも、ヴィランの行動を読みきれなかったことについても、ね」

 

「根津校長! それはッ、私も自身で半信半疑だったことですし、報告を怠った私にも非はあります! それに、彼らは明らかに私個人を狙って……」

 

「まあ聞いてくれ。確かにヴィラン連合と名乗るあの集団は君を狙っていた。でもね、『(オールマイト)が弱っている』という情報を()()()()()行動を起こしたんだ。

 ──これがどういうことか、わかるかい?」

 

「教えた? ……では、この主犯格の背後に何者かがいる、と?」

 

「ああ。それも、相当大きな力を持つ組織だろう。あの脳無というヴィラン、死柄木 弔という主犯格の言葉を鵜呑みにすれば、対オールマイト用に作られたらしい……俄かに信じがたいけれど、複数の個性を持つような存在を連中は人工的に生み出せるということさ。

 

 あの一体だけだと思いたい。だけど、最悪を想定したなら──」

 

 

 

 根津の言葉に、一同に緊張が走る。

 

 オールマイトが全力で相手をするようなヴィランが、複数体いるとしたら? それを、工場のように延々と生産できるとしたら……?

 

 

 

「……話を戻すのさ。

 

 今回の一件の全責任は私にある。この一件の責任を追求されたら、校長職を辞するつもりだ。だけど……この一件は氷山の一角に過ぎない。『もう大丈夫だ』と、全員が安心できるようになるまで、私に雄英高校の校長をやらせてほしいんだ」

 

 

 部屋の中を沈黙が覆う。しかし嫌な気配は欠片にもなく、全員が根津の校長継続を望んでいた。

 そもそも『もう大丈夫だ』となったとしても、誰も辞任なんて認めないはしないだろう。

 

 

 

「──ありがとう。

 

 さて、それじゃあ、皆覚悟してくれよ。なんせ、もうすぐ特大のイベントがやって来るんだからね!」

 

 

 

 げっ。と顔を歪める満場一致。教師陣はより一層結束を固くしたそうな。

 

 

 

 

***

 

 

「■■■■■■───…………」

 

 

 地獄の底から湧いて来る呪詛のような呻き声は、既に文字として表現できないレベルのものと成り果てていた。

 

 ベッドの上で悶えるゾンビは、魔女から一時的にジョブチェンジしている早乙女 天魔である。分身時の魔法使用による反動による頭痛が、今まさにピークを迎えていた。

 

 

 後悔はない。反省もしない。だって、あの時あれ以上の最善はなかったのだから。だからこの痛みも甘んじて……甘んじ、て──……。

 

 

「■■■、■■……」

 

 

 

 無理ですイヤ待ってホント誰か助けてくださいお願いしますってバファ■ン効いてませんズキンズキンって止まる気配が…………っ。

 

 いっそ気絶できれば楽なのだろうが……気絶したところですぐに痛みで目が覚める。故に、耐えるしかない。

 

 

 

 そして、一時間、二時間と時間が過ぎていき……やっと、インフルエンザや大風邪なみの頭痛に落ち着いていき、考える余裕が生まれる。

 

 時刻は日付が変わって、草木も眠る丑三つ刻。

 

 やはり……前回よりも、落ち着くのが圧倒的に早い。

 

 

 

「嗚呼、本当……最悪ですね」

 

 

 シンと静まり返る室内に、大きな大きなため息とともに零したそれは、嫌悪。自分自身へ……さらに的を絞れば、己の『個性(魔女)』へ向けた、生理的嫌悪だ。

 

 

 ──個性が発現した当初。それが何がなんだかわからず、何もかもが手探りだった。

 

 朝起きて身支度の鏡前に立ち、激変した己の容姿に思考停止からの悲鳴。今よりずっと高かった声は、どう聞いても女の子。『女の子になっちゃた』と焦ったが、変化は容姿だけで性別は無事だった。

 

 ……それから、天魔にとっての暗黒時代の始まりである。誘拐やら監禁やら、力のない美しい子供に向けられる、ありとあらゆる悪意のオンパレード。

 

 だが、皮肉なことに──『日に四度の不幸』が天魔をギリギリのところで救っていた。

 

 

 犯罪に遭遇する、でまず一回。

 

 そして残った三回。そこで大体、犯罪者の家やらアジトやらに不幸が突っ込んできて騒ぎとなり、ヒーローや警察がやってきて犯罪者が御用。早ければ即日、遅くても大体三日と掛からずに解放なり脱出なりしていた記憶がある。

 

 

 ──その時既に、両親も……身元引き受け人になってくれそうな親族も、周りにはいなかった。

 

 

 『誰にも頼れない』

 

 そして

 

 『誰をも巻き込むわけにはいかない』

 

 

 そして、小学校に入る前の年齢で、早乙女 天魔は子供であることをやめた。

 

 

 日頃から感覚を研ぎ澄まし、なにが起きても即座に対応できるように。

 

 周りに迷惑をかけないように、なにが起きても即座に事態を収束させられるように。

 

 

 小学校はほとんど通っていない。

 施設を転々とするたびに転校したし、まだ個性制御も全くできていない状態だったので、子供が密集する学校に近寄ることすら躊躇った。──それ故に平日の昼間から出歩いているせいで誘拐なりの可能性が激増したのだが、子供が巻き込まれるよりは断然良いだろう。

 

 

 そして中学。二次性徴を迎えた天魔の、魔女としての妖しさがある意味ピークだった時期。

 そこで初めて半年という長期監禁が成功(?)し、現在の養護施設『月見園』に引き取られ、初めての友達もできてようやく落ち着いた……のだが、一年二年は殆ど学校へ行っていない。

 

 幸いなことに勉強はもともと地頭が良かったし、勉学で頼りになる姉のスパルタ教育で叩き込まれたので、雄英高校の受験にも特に問題はなかった。

 

 そして雄英に入り……恩師とも言える先生方に恵まれ、結果として留年してしまったが、素敵な級友たちもたくさんできた。

 

 やっと。やっと……。

 

 

 

 ……そう思った、矢先。

 

 

 

 

 ──また、『魔女の個性』が、牙を剥いた。

 

 

 不幸は良い。いや良くはないが、命でもなんでもかけて振り払おう。その為の力は付けた。今回の件で新しい課題が見つかったので、なんとかなるだろう。

 

 

 最悪なのは……。

 

 

 

()()()()。……なるほど、そこで【ソレ】をぶん投げてきますか」

 

 

 

 懸念はずっとあった。サブカルチャーの師である田中くんに色々と教授された時から、魔女という存在を調べていた時から。

 

 

 

 

 ──MPの回復方法は、一体なんなんだろう。

 

 

 

 基本的に休んでいれば少しずつ回復していく感覚があり、その速度は体調の快悪に比例した。睡眠を取れば大体全快し、いままでならそれで丁度トントンだったのだが。

 

 

 

「ああ……っ、ほんとうに、最悪です……!」

 

 

 

 

 

  ──『魔女の夜宴(サバト)』──

 

 

 

 

 

 魔女狩りの歴史よりも、真っ先に目を逸らした『魔女の伝承』の一つ。文献の違いによる見解の違いがある為諸説あるが、今回の件で自分に対応する『魔女の夜宴(サバト)』に、おおよその見当がついた。

 

 

 魔力が枯渇、もしくはそれに近い状態に陥るか……今回やった、内包する生命力を大幅に削られた時に発動するのだろう。

 

 

「『接触した異性から吸収する』……ギリギリまで濁して、これくらいですか。ただでさえ蛙吹さんの事があるのに……」

 

 

 どの程度の接触でどれだけ吸収するのか。また、吸収した相手にどんな影響を与えてしまうのか。

 

 

 

 そして……おそらくあの時。声をかけ、手を握ってくれたのはお茶子だろう。

 

 その彼女から流れてくる『ナニカ』の、甘く、苦く……蕩けるような──

 

 

 

「……黙りなさい」

 

 

 

 ねじ伏せる。踏みにじる。徹底的に、完膚なきまで。

 

 普段の天魔からは絶対に想像できない声は、極寒の冷気を湛え……言霊となって天魔の内の何かを凍て付かせた。

 

 

 

「──……」

 

 

 深呼吸。やがて浮かんできた苦笑は、いつも通りではあるが……疲れ果てていた。

 

 

「まだ足りませんね……もっと、もっと頑張らないと……」

 

 

 そう誓い……魔女は静かに、眠りについた。

 

 




読了ありがとうございました!


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MP21 高く翔ぶために 上

 

 

 ──USJ襲撃事件の二日後。一日の臨時休校を挟み、特ダネだとばかりに群がるマスコミのディフェンスラインを突破した一年A組の面々。一人、また一人と登校してきては自分たちが経験したプロヒーローの世界の感想を語り合っていたのだが……時間が経つにつれ、少しずつ不安そうな雰囲気に包まれていった。

 

 もう数分とせずに朝のホームルームが始まるのだが……現在、登校してきているのは二十名。

 

 未だ一名、登校してきていないのである。

 

 

「……早乙女、まだ来ないね」

 

「です、わね。一昨日の時点で『大丈夫だ』と先生方はおっしゃっていましたけれど……」

 

 

 後ろから聞こえてきた女子二人の会話を聞いて、障子は目の前にある空席を意識する。

 

 ──立った時の身長はなかなかに高く、背の順ではクラスでも後ろの方なのだが……後ろの席から見る体格はとても華奢で、肩幅もあまり広いとは言えない。さらに座高の低さも相まって、障子はその背中を小さく感じた。

 

 

(だが、あの時……あの背中は、とても大きかった。俺の方が、ずっとずっと体格が良いはずなのに)

 

 

 空席の右隣──尾白もなにか思うところがあるのか、たまに左を見て、そして時計を見てを繰り返している。

 

 ……あの時、自分は頼ることしかできなかった。最後こそ後ろから支えたが……それさえも、果たして意味があったかどうかさえわからない。

 

 ヒーローを志す者としては……かなり情けなく、とてつもなく歯痒い結果である。

 

 

 

「……『怖くとも、悔しくとも、それでもなお、前へ』か」

 

「その言葉、たしかオールマイト、だっけ。俺は聞けなかったんだけど……」

 

「ああ。かなり響いた──流石に、支えることしかできなかったのは、悔しいからな」

 

 

 先生たちに大丈夫だとは言われたが……正直、一昨日の状態を見た者としては、到底そうは思えなかった。外傷こそほとんどなかったが、あの襲撃で一番の重症者は間違いなく彼だろう。

 

 

 

 

(……あのようなことの、()を望む、わけではないが)

 

 

 次こそは。──何もできずに終わるのは、もう御免だ。

 

 そう誓い、拳を固く握り締めた時……ガラリと音を立てて、扉が開いた。

 

 

 開いた扉は後方……つまり、先生ではない。

 

 

 

「ふう、良かった。まだ相澤先生は来て「「「「早乙女さん!!」」」」にゃああ!?

 

 

 ──……。一瞬だけ。本当に一瞬だけ、早乙女の頭と腰に黒い猫耳と尻尾が見えた気がした。あれだ、猫がビックリした時に跳ねた感じの。普通に似合ってゲフンゴホン! ……俺はどうやら疲れているらしい。なんだ、尾白。お前もか? 目頭を押さえて唸ってるが。

 

 

 

 

 ……予鈴ギリギリで駆け込んできた天魔に突撃したクラスメイトたち。クラスのほぼ半数以上が参加し、先鋒の面々は飛び付き押し倒す勢いだ。というか押し倒されていた。

 

 

 

「うおぉおお! 早乙女無事だぁああ!! ごめんね"アタジ何にも"でぎなくっでぇぇぇええ!!」

「ふおぉお! ふ、ふぉおおお!(泣)」

 

「早乙女くん! 君、本当に大丈夫なのかい!? 一昨日のあの状態は……くっ、きつかったらすぐに言ってくれたまえ! 保健室まで俺が全力で!!」

「ほ、本当に大丈夫なんですか!? ──個性の使い過ぎ(オーバーユース)は軽度なら問題ないけどたまに個性が暴発する要因になるって聞くし、だとしたら早乙女さんの場合はやっぱりこの前に言っていたMP的な何かの総量を超えてしまったんだろうかそもそも」

 

 

 矢継ぎ早に告げられる言葉は多く、しかしどれもが天魔の身を案じ、無事だったことを喜ぶものばかり。飛びつかれた時こそびっくりしていたようだが、状況を理解してからはにっこりと──それこそ、背景に百花繚乱とばかりに花が咲く様が幻視できるほどに、穏やかな笑みを浮かべた。

 

 

「ふふ……ありがとう……はい、無事です。ご心配おかけしました」

 

 

 

 それを見て、教室の空気が……止まった。

 

 絶世やら傾国などの装飾が付きそうな魔性の美女(注:男子)が浮かべた心からの笑みは……弱冠15歳の少年少女には少しレベルが高かったらしい。

 

 惚ける芦戸と麗日の涙を拭いて頭を撫でて、鼻を擤ませて。他に集まった面々にも、一言二言告げて、時間を示唆して着席を促していく。

 

 そして自身も席へ座り……障子の前に、最近少し見慣れてきた背中があった。

 

 

 

「はあ……」

 

 

 ……しかも、いきなり深いため息込みで。

 

 

「──気を付けて、いたのに……変な悲鳴を……! 『にゃあ』ってなんですか『にゃあ』って……!」

 

 

 その慟哭を聞いた葉隠が腕を突き出している。……透明なので断定はできないが……間違いなくサムズアップしているのだろう。確実に追い打ちになるのでやめてあげてほしい(いいぞもっとやれ)

 

 

 

「──おはよう。全員揃ってるな。先日は……」

 

 

 その直後、HRのためにやってきた相澤。顔と腕の負傷はそれぞれ天魔とリカバリーガールによって完璧に治療されているため、襲撃前となんら変化はない。

 そのことに安堵している生徒たちからの視線にも特に反応を示さず……連絡事項を告げようとして、肘突き指組みの懺悔スタイルの天魔に思わず言葉を止めた。

 

 ……体調は問題ないと連絡は受けているので別の何かだろう。そして、どこかほっこりしている教室内の雰囲気で大体察する。

 

 

「……一昨日は、だいぶイレギュラーな案件だったが、まあ、全員無事で俺もホッとしているよ」

 

 

((((……サラッとスルーした!))))

((((現在進行形で一名全然無事じゃないけど))))

 

 

 そんなツッコミが視線で殺到するが、これも淡々とスルー。

 

 

「だが、まだ気を抜くなよ? なぜなら、既に次の戦いは始まっているからだ……!」

 

 

 そして、ほっこりと充満していた雰囲気は、相澤の発する剣呑な気配によって一蹴される。襲撃の折に相澤が見せたプロヒーロー(イレイザーヘッド)としての一面がまだ尾を引いているのか、全員が「まさかまたヴィランが……!?」と緊張を強いられた。

 

 その相澤が、重い呼吸を一つ挟み──

 

 

 

()()()()()が迫っている……!!」

 

 

 

 一瞬の間。

 

 ……長年の経験と長年の危機察知能力から、相澤と天魔がすかさず耳を塞ぐ。

 

 

 

「「「「「一大イベントキタァアアア!!!」」」」」

 

 

 

 ─*─

 

 

 

「わわっ、なんだい今の声……?」

 

「あー、そういえばオールマイトは初めてっしたね。雄英名物『イベントハウリング』! 主に一年のヒーロー科が年間行事の通達の際に返す()()()()()()だZE!」

 

「んー……言葉の揃い、タイミング、声量……全部がここ数年でもダントツね! これは期待できるわ!」

 

「そ、そういうのもあるんだね……でも、他のクラスから苦情とか」

 

「むしろリアクションしないほうがダメ出しされるわよ? 特にヒーロー科ならなおさら『雄英体育祭に気合が入れられない』なんて、もうヒーロー目指してないって公言してるようなもんじゃない」

 

「年に一度、世間へ堂々と自分をアピールできる大舞台! ここで活躍すればするほど、将来の道が拓けると言っても過言じゃあないっ! ……なのに去年なんて、そりゃあ静かなものだったぜ。結果も散々でやる気も皆無……あれから一気に加速したもんなぁ、相澤の除籍率」

 

「……なるほど。本気だからこそ、ってことか。……ん? あれ? じゃあ逆に、残った早乙女少年は凄いやる気だったって事かい? 彼がそういうリアクション取るなんて、あんまり想像できないんだけど……」

 

 

 

「「あの子(アイツ)は別枠。色んな意味で完全に」」

 

 

 

─*─

 

 

 

 そして、お昼休み。

 

 

「コー……ホー……コー……ホー」

 

 

「……あの、蛙吹さん? 麗日さん、どうかしたんですか? なんか、『暗黒面に落ちた黒い仮面の某卿』みたいな呼吸してますけど……」

 

「けろ。梅雨ちゃんと呼んでほしいわ。

 ……えっと、一昨日の件で『これから頑張る』って気合いを入れていたけれど……そこに雄英体育祭って起爆剤が投下されちゃった感じかしら。というか、早乙女ちゃんもそういうの知ってるのね? 何ていうか、ちょっと意外だわ」

 

「あはは……僕も蛙吹さんに同意、かな? あのシリーズ、どちらかというと早乙女さんと対極のジャンルだからね」

 

「む? 俺はあの作品はSFファンタジーだと思っていたんだが……」

 

「まあ、人並みには……魔法の可能性探しで色々なジャンルを見(せられ)ましたからねぇ」

 

 

 ちなみに()()を感じることはできなかった。他の方向性から似たようなことを出来るようにはなったが。

 

 何はともあれ、雄英体育祭を頑張る、というのはヒーローを目指すものならば当然のことなのだが……お茶子のそれは頑張る以上に、なにやら『頑張ならなきゃいけない』という鬼気迫るものがある。

 

 

「……飯田さんや緑谷さんのように、『ヒーローになりたい強い理由がある』ということでしょうか」

 

 

 『オールマイトのようなヒーローに』

 

 『インゲニウム()のようなヒーローに』

 

 

 二人が隠すことなく堂々と宣言した目標は、クラスの大半が知っている。明確にして確固たる目標は、これから努力していく上で重要なものとなるだろう。出久の場合は大言壮語とわずかに笑われたが、その笑いは本人の本気の表情の前にすぐに消えた。

 

 漠然にしか目標を定めていなかった面々にとって、それは眩しく、同時に微かな焦りを募らせるものだった。

 

 

 

 ……その二人に例えられたお茶子の肩が、ビクリとわずかに跳ねる。図星だったらしく、呼吸も元に戻っていた。

 

 

「あ、や、確かに目標はあるっちゃああるんやけど、その、デクくんたちみたいに大きな目標とかそういうんやないよ!? 二人に比べたら私のなんてちっこいし、しょうもないしで……」

 

 

 そして、肉球の付いた指先をちょんちょんと突き合わせながら、ボソボソとお茶子は自分がヒーローを目指した原点(オリジン)を語る。

 

 

 

 両親が建設業を営んでおり、昔からあまり業績が良くないこと。

 

 そんな中、お茶子に『無重力』という個性が発現し、それで両親を手伝えると思い、それをすぐに伝えたこと。

 

 どう考えても楽になる上に業績も上がることがわかっているのに……それでも、両親はお茶子が最初に抱いた夢……『ヒーローになる』という夢を追いかけることを望んだこと。

 

 苦しい生活を切り詰めて、こうして自分を雄英に通わせてくれたこと。

 

 

 

 

 だから──麗日 お茶子は……お金のためにヒーローを目指す。

 

 父ちゃんと母ちゃんに──いままでたくさん苦労してきた、大好きな両親に、少しでも楽をさせてあげたいから。

 

 

 

 そう告げて、顔を上げた瞬間──お茶子は、あったかくて、すっげぇ良い匂いがする何かに包まれていた。

 

 

 自分が抱きしめられていて、抱きしめているのが天魔で、ブラボーブラボーと高い位置で拍手しているのが飯田で、感動して震えているのが出久で、梅雨も天魔に続くように抱きしめていた。

 

 ……数秒ほど状況が理解できず混乱していたお茶子だが、すぐ真上から声が来た。

 

 

 

「──もう。どこが小さいんですか。どこが、仕様もないって言うんですか。……私が聞いたことのある理由の中で、一番素敵で、一番綺麗な理由ですよ?」

 

「けろ。早乙女ちゃんの言う通りよお茶子ちゃん。他の人と自分を比べて卑下なんてしたら、絶対にダメ。だって私、今こんなにも感動しているんだもの」

 

 

 

 そう言ってまた少しギュッとしてから、肩を押して距離を置く。なお肩は離さず、しっかりと掴んだまま。

 

 

 

「──本当は、相澤先生からは『他の生徒への過剰な肩入れはできる限り控えろ』って言われてたんですが……」

 

 

 ──かなり贔屓になるかも知れないが、天魔は色々と凄い。現時点ですでに『プロでも十二分に通用する』と教師たちに太鼓判を押されているのだ。

 

 だが、そんな現時点でさえ、彼は未だ()()()()

 

 だからこそ相澤は敢えて強い言葉で突き離し、『他の生徒たちよりもまず自分を高めろ』と言いたかったのだろう。……そもそも、生徒たちを教え導いていくのは自分たち教師の役目なのだから、と。

 

 

 

「──これ、もう無理です。私、全力で肩入れしちゃいますね!」

 

 

 ……どこかで、深い深ーいため息が吐かれた気がしたが、きっと、気のせいだろう。

 

 そのまま、お茶子の肩を押しながら『ルンルン♪』と効果音が付きそうな足取りで食堂まで進み……目撃した全生徒をほっこりさせたのは余談である。

 

 

 

─*─

 

 

「ウチの生徒が健気過ぎて辛い……! やっぱり奨学金制度作ろう! 緊急会議だ!」

 

「ふざけてないで仕事してください校長」

 

「ふぐ、うぐ……っ、まさか麗日少女があんな……! 相澤くん! 私も、私にもなにかできないかな!?」

 

「それを考える前に貴方は早乙女のとこに行って飯食ってきてください。あと謝罪するって駆け出してなに戻って来てんですか」

 

「それを言うならアンタも飯行きなイレイザーヘッド。あの子から聞いたよ。アンタと13号の治療、食事による栄養が足りなくて、必要以上に力を使ったってね! なんであの子が食事関係にうるさいと思ってんだい! いくら医者が頑張ってもね、患者が不摂生したら元も子もないんだよ!」

 

「……はい、昼飯行って来ます」

 

 

 

 ──その後。担任と校長、保険医と新米教師が、なにやら半数以上集まった一年A組のメンバーとお昼を一緒にしたそうな。

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました!


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MP22 高く翔ぶ為に  下

原作でなにやらすっごいPlus ultraがおきてかなり動揺しております。

『なんでもあり』でも、さすがにこの展開は読めませんでした……


 

 

 

「はい♪ というわけでやって参りました『雄英高校第27個性訓練場』! ちなみに隣は第15で逆隣は第8です。良い加減整理し直した方がいいんじゃないかと思っているんですが、長年の増改築の繰り返しと、時折いる高火力の個性の方が『ヒャッハー』して訓練場が吹っ飛んだりして欠番だったり修理中だったりで、整理する暇がないそうです!」

 

「あ、あの……早乙女さん?」

 

「私も慣れるまで結構かかりました! 訓練場の使用申請をして場所指定されて、いざ行こうと思ったら迷子になるんです。何回かたどり着けずに利用時間過ぎちゃいました。校内案内板には番号振られてませんから、皆さんもその辺は注意してくださいね♪」

 

 

 一般的な小中学校にある体育館と同程度の広さの空間。地面は板張りではなく、コンクリートが打ちっ放しとなっている。そのせいで転べば結構痛そうで、さらに慣れない内に動きまわれば足首や膝に中々な負担がかかるだろう。

 

 

 いつもより若干テンション高めな魔女──早乙女 天魔(雄英ジャージver)は、そんな説明と注意事項を一通り済まし……『目の前の五人のメンバー』を嬉しそうに眺める。

 

 

 ……自分が訓練場を使う場合は基本的に一人か、もしくは相澤とのマンツーマンだ。そこに時折手の空いている(空けた)他のヒーロー教員が加わることはあるが、それでも三人なので極めて少人数である。

 個性の関係上、個人で広い空間も使わなければならない時もあり……わかってはいるのだが、その寂寥感に押しつぶされそうになったりするのだ。

 

 

 

 だからこそ、『誰かと一緒に訓練できる』というこの状況が、とても嬉しかった。

 

 

 

「さて──それでは、以前からお話していた通り、緑谷さんの個性訓練を始めたいと思います」

 

 

「は、はい! よろしくお願いします!」

 

「まず色々と説明を──していく、前に」

 

 

 やや緊張気味の緑谷に苦笑し、その苦笑のまま、視線を横へ。

 

 そこには、二人と同じように体操服に着替えた、梅雨・お茶子・常闇・百の四人がいた。

 

 

「えっと、その……参加する気満々の皆さんには大変申し訳ないんですが、設備を使えるのは私と緑谷さんだけですよ……?」

 

 

 天魔が事前に提出していた『施設使用申請書』。使用人数とその名前、そして主な訓練内容を明記し、その為に使用したい施設を第三候補まで希望する。

 

 天魔が言ったように、今回施設を利用できるのは申請書に名前のある二人だけである。それ以外の飛び入り参加は原則認められず、無理を通そうとすれば申請無効の上に注意される可能性すらあるのだ。

 

 学生からすると『融通が利かない』と嫌気が差すかもしれないだろうが……自主性と安全性を考慮した結果である。

 

 

「けろ、大丈夫よ。最初から見学のつもり。着替えたのは、制服のままだと二人の気がそれちゃうと思ったの」

 

「うむ。我らは見学だ──賢しき魔女の采配……闇に属するものとして、実に興味がある故に」

 

 

 そう返す梅雨と常闇。若干の落胆が見られるので、『もしかしたら』くらいには期待していたのだろう。それでも、見るだけでも十分に訓練になると判断したらしい。

 

 

「「…………////////」」

 

 

(麗日さんと八百万さんは……そっと、しておいてあげたほうがよさそうですね)

 

 

 反面──顔を赤くして目が泳ぎまくっている女子二人は、ガッツリとやる気だったようである。

 

 幸いにも集まった面々が『気遣いができる』or『見て見ぬ振りができる』生徒だけだったので、追い打ちはまず無いだろう。

 

 

 ちなみに。

 

 本日の昼休みに、天魔はお茶子に対して『全力肩入れ宣言』しているわけだが、流石にその日の放課後からいきなり開始できるわけがなく、さらにはお茶子に対して『個性の詳細を聞いてから始めますので』としっかり伝えている。

 

 

(『ちょっと我を忘れるくらい嬉しかった』っていうのなら、嬉しいですね)

 

 

 

 さて、と呼吸を一つ置いて、意識を切り替える。

 

 訓練場に来る途中で聞いた、緑谷からの『朗報』の意味を再度吟味する。もし、それが事実ならば──……。

 

 

 

「それじゃあ緑谷さん。もう一度確認のためお聞きますが……『個性の制御に成功した』んですね?」

 

「あ、は、はい! 一昨日の襲撃の時に……たった一回だけなんですけど、それでも意識して制御できました! その、早乙女さんが教えてくれたイメージが凄い嵌って……」

 

「けろ。それなら私も一緒にいたわ。凄い威力だったけど、特に怪我はしてなかったわね」

 

 

 湖面をぶん殴り、弾け飛んだ大量の水が一気に元に戻ろうとする。そこに峰田のモギモギを投下し、水中特化のヴィランたちを一網打尽にした──とのこと。梅雨の話にはなかったが、彼女の跳躍力で離脱できるからこその力技だろう。

 それを聞いた天魔は、若干の()()に思考を回す。

 

 

「ふむ……」

 

(一番厄介な問題は突破できましたが、だからこそ、ちょっと面倒ですね)

 

 

 それは、優先順位の問題だ。

 

 緑谷の場合は、兎に角『個性を使うことに慣れる』ことが最優先だった。個性の発現が入試前後という話なので実質半年も経っておらず、強大な力の制御が出来ずに暴発して自壊する──が、彼の問題点だった。

 故に、当初の計画としては天魔による魔法の治療と痛覚の鈍化を用い、とにかく個性を使うことを体に覚えさせるつもりだった。

 

 だが、彼は火事場の土壇場でそれを一発成功()()()()()()()。慎重に慎重に、体ではなく頭で制御し、使えるようになってしまった。

 

 

「んー……」

 

 

 もちろん、それは悪いことではない。むしろあの状況で成功させたことは、彼がヒーローとして『持っている』証拠と言えるだろう。

 

 

「──すみません。ちょっと……三分ほどください」

 

「へ? あ、はい。どう……ぞ!?」

 

 

 緑谷の返事の途中で、天魔が六人に増える。そして顔を付き合わせるように円を組み、身振り手振りを交えた会議を始めた。

 

 

「……。なんと言うか、異様──な光景だな。魔女裁判ならぬ、魔女会議か」

 

「全員が早乙女さんであるのに、話し合う意味があるのでしょうか……いえ、意味がないことをする方ではないのでしょうけれど」

 

「こう、自分の中の天使と悪魔が喧嘩する感じ? のリアル版のゴージャスバージョンやね」

 

 

「そういえばこの前も食堂で分身していたけどその時も一人一人が別々の作業していたし言葉を交わしてやり取りもしていたっていうことは思考はそれぞれ独立している?だとしたら冗談でも比喩でもなく『一人で多角的な考察』ができるってことだしかも元々が一人だから方向性や目的は絶対にぶれないししかも前は八人まで分身していたはずだからまだ余裕があるってことでつまり『現場で求められる高度な判断』も行動しながら冷静に対処できるってことで」

 

「けろ。ねぇ緑谷ちゃん。あなた今そのノートどこから出したの? あとどこでもいいから呼吸を挟んだ方がいいわ。顔が青くなってきてるから」

 

 

 

 急遽開催された六天魔会議は白熱……することもなく、しかし交わされる言葉が尽きて止まることもなく。意見を出し合い、考察を重ね、少しずつまとまり、形を明確にしていく。

 

 そして、全員が同時に頷き、会議は終了。分身を解除しようとしているのか、五人の天魔が手を振ったりして別れを告げ──

 

 

 

 

「あ、そうだ」

 

「「「「「どうしました? 私」」」」」

 

(息ぴったり合い過ぎや……っ)

 

 

 一人の天魔──おそらく本体と思われる天魔──が、ポンと手を叩く。それに応じた五人に、なにやらツボったお茶子が噴いた。

 

 

「このまま残って、麗日さんの訓練の方向性とか決めちゃいませんか? 放課後せっかく残ってもらったのに見学だけっていうのは勿体無いですし、それに、ほかの皆さんにもアドバイスくらいはできるかもしれません」

 

 

 どうでしょう? と尋ねる本体に対し、五人の天魔も同じように手をポンと叩き……

 

 

 

「「「「「ナイスアイデア♪」」」」」

 

 

 

  〜特別強化プログラム〜

 

 

「それじゃあ、緑谷さん。本当ならこの放課後の訓練は『個性の制御』が目的だったのですが、それができてしまったみたいなので、次の段階に進みます」

 

「まず目下の目標としては──『個性使用の速度を上げる』……です」

 

 

「聞いた感じだと『器が壊れないように慎重に水を出す』ことで制御が出来たようですが、正直五〜十秒はちょっとかかり過ぎです。特に、緑谷さんの現在の戦闘スタイルは格闘戦──その間棒立ちになるのは致命的です」

 

 

「目標は大きく『一秒を切る』──いや、そんな絶望的な顔しないでください。むしろ、本当なら個性を使う際にタイムラグなんてそもそも無いんですよ? 爆豪さんしかり、切島さんしかり。『使おうと思った瞬間には使えてる』んですから」

 

 

「はい♪ それじゃあ絶望的な顔がやる気に満ちたところで……とにかく『個性を発動させる』をなるべく時短を意識してやっていきましょう」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「…………」ソワソワオロオロ

 

 

 訓練場の出入口。大きな扉に隠れるようにして覗き込むのは、『隠密行動が絶対に向いていない』ことでもNo1なトップヒーロー、オールマイトその人である。

 明らかに挙動不審で訓練場の中をチラチラと覗き込む姿は、市街であれば通報一歩手前の怪しさ抜群だった。

 

 

(な、なるほど。個性の制御が上手くいった反面、制御のための時間がかかるのか。それを意識じゃなくて感覚レベルで制御するために……それに、今までの緑谷少年の場合『個性を使う=自爆』だったから、内心でどこかストッパーとか緊張とかしちゃってたかも……! 早乙女少年の治癒魔法なら万が一にも対応ができるもんね!)

 

 

 驚き七割感心三割で天魔の説明を聞く。そして、次の光景を見て……驚きが十割を占めた。

 

 

 緑谷が意識しているのは、おそらく利き手である右腕だろう。左手を右の手首に添え、集中しているのが見て取れる。

 そして数秒ほどして、右腕の肩から先に薄らと緑色のスパークが走り、個性……【ワンフォーオール】が発動した。緑谷の表情は集中しているようだが苦痛は見られず、制御の成功を裏付けている。

 

 思わずガッツポーズを──しようとしたその矢先。右腕は抑えられたまま何もせず……光は消え、元に戻ってしまった

 

 

(え、あれ? 打た、ない……? え?)

 

 

 ──「あ、あの……言われた通りにしましたけど……これってなにか意味があるんですか?」

 

 ──「ふふ、もちろん意味はありますよ。

 まず、今の方法なら『いつでもどこでも練習ができる』という事……その確認ができました。緑谷さんの場合、発動速度ももちろんですが……同時に『個性に慣れる』こともかなり重要です。高校内と自宅、あと、本当はいけませんが、人目の付いていない場所でも訓練ができるようになりました」

 

 

 細心に細心を重ねた注意が必要ですが、と付け加えて。

 

 

 

(そ、そこまで考えて……? あれ? 『まず』──?)

 

 ──「そ、そこまで考えて……? あれ? 『まず』──?」

 

 

 師弟の脳内とセリフが見事に一致し、「まじかよ」という表情すら一致させて──どこか、小悪魔めいた微笑を浮かべる魔女を見た。

 

 

 ──「次……の次くらいですか。その段階での必要条件みたいなものがあったんですが……一緒に確認させてもらいました。さ、時間もあまりないので、続けましょうか」

 

 

 

 そして──腕を光らせては消してを何度か。そして、実際に数度ほど打って、制御がちゃんとできているのかどうか。さらに、緑谷が編み出したデラウェア……指で弾く時にも制御できているのか、などなど。

 

 時折制御が甘くなって失敗し、顔が苦痛に歪むが、その表情も五秒以上続く事はない。

 

 

 

 無駄なく、無理なく。

 

 飽きなく、焦りなく。

 

 止まる事なく、順調そのもの。

 

 

 

 

 

「す、すご……っていうか、これ……もしかしなくても、私がやるより綿密で正確なベスト育成プラン組んでないかい早乙女少年」

 

 

 『名選手が名監督になるとは限らない』

 

 ……残酷な話だが、この喩えが恐ろしいほどに当てはまるのがオールマイトなのである。擬音と感覚に支配された表現のオンパレードではどうしようもなかった。

 さらに、本人が経験した特訓が『地獄の特訓。血反吐風味』かそれと似たり寄ったりの苦行だったので、『適度適切な鍛錬』というものを経験していないのもマイナスに働いている。

 

 

 

 『自分がやるよりも……』──そこに物悲しさや遣る瀬無さがない……と言えば嘘だが、それを理由に緑谷 出久の成長を妨げては本末転倒である。彼にとって、それだけ『後継者の育成』は重要案件なのだ。

 

 

 

「……本当に、師弟揃って迷惑かけっぱなしだなぁ……」

 

 

 苦笑する。

 

 先日の、お昼の約束をすっぽかしてしまった事の謝罪も、『心配しました』というちょっとの苦言と『何事もなくてよかったです』の殆どの安堵で済まされてしまった。

 諸々のお礼についても、あれやこれやと考えるが……情けないことに、どうしても金銭が絡む即物的なものしか出てこなくて、正直なにをどうすればいいのかわからなくなってしまった。

 

 苦し紛れに直接聞いてみれば、『後遺症を完全になんとかできるようになったら考えます』と……確実に健康的になっているはずなのに、思わず頭を抱えてしまった。

 

 

(いっそのこと財産の半分とか、っていうかもう全額いっちゃう? だって内臓摘出の後遺症なんだから実質一生ものだし、もう大きな出費なんてほとんどないし、身内だっていないんだし)

 

 

 そんな荒唐無稽な案を、十分以上本気で考えてしまうくらい、本気で悩んでいた。

 

 

 

 

「……ほんと、どうしたらいいんだろ」

 

 

 

 

 

 ──ええ、全くです。本当に、どうしたらいいんでしょうかね。この新米教師は──!!

 

 

 

 地獄の底から発せられたような声が聞こえ、そして終わるより先に、捕縛布ミノムシ・オールマイト風が完成する。一切の抵抗ができずにゴロンと横に倒れたそのミノムシを、まるで忍者のように天井から降ってきた相澤が、絶対零度の視線で見下していた。

 

 

 

「……生徒がやるべきことをやっている中で、『教師としてやるべき仕事を放置している教師がいる』らしいんですが……その辺どう思いますか。オールマイト()()

 

「い、いや、これは! その……HAHAHA! 相澤君、すごいね! 私全然気付かなかっイダダダごめ、すみませっ!」

 

「……『今日中に』ってお願いしていた仕事は?」

 

「え、えっとぉ……は、半分……?」

 

 

 ……一応──もう、全面的にオールマイトが悪いのだが、一応だけ弁護しておこう。有罪は免れないが、執行猶予やら情状酌量の余地が……ある、かも。

 

 

 クラス担当ではないオールマイトは、当然担任である相澤よりも早く放課後を迎える。その時間を利用して頼まれていた仕事をやっていたのだが……放課後になって訓練場の鍵を取りに来た天魔と緑谷を偶然見かけてしまったのだ。

 半分ほど終わっていたので小休止も兼ねて……という言い訳もして、ストーキング開始。訓練場と職員室が離れていたこともあり……抜け時を見失ってしまったのである。

 

 

 ……生徒の、完全下校時刻に近い時間になるまで。

 

 

 

「……はあ……で、どうでした? 生徒たちは」

 

「……あ、うん。……正直、ちょっと舐めてたよ。『生徒の自主性』って、そんなレベルじゃないよね、あれは」

 

「でしょうね。まあ、アイツが殊更に特殊なんですよ。

 

 魔女の魔法と一言に言いますが、実質、早乙女は複数の個性を持っているのとなんら変わりません。言うなれば『魔法を思いついた瞬間に個性が発現している』ようなもんです。それを十日足らずで実用レベルに持ってくるんですから……」

 

「弱点を見つけるのが早く、かつ、その改善点なんかもすぐ思い浮かぶ、と……」

 

 

 吐息を一つ。相澤が向けた視線の先には、緑谷以外の四人が熱心に天魔の分身のアドバイスを聞き入り、八百万が創造した紙とペンで必死にメモを取っている光景だ。

 

 特に、全力肩入れすると決めたお茶子と、ペンが動くたび、紙の枚数が増えるたび顔を輝かせていく八百万。……この二人はおそらく化けるだろう。

 

 

 

「……さて、生徒が頑張ってるんですからオールマイトも仕事はしてください。 ……っていうか、なんでマッスルフォーム(その姿)なんですか。重くて引きずれないんですけど」

 

「その前に引きずらないでね! いや、反省はしてるヨ? ……その、早乙女少年のお陰で活動限界が延長されたんだけど、実際にどんなもんなのか確認しようかなって。あ、そうだ! 体重もちょっと戻ったんだぜ!」

 

「ちっ。引きずれないなら転がすか……」

 

「あ、わかった! 相澤君いまかなり怒ってるな!? いや怒らせた原因は私だけど! あれ……? ちょっとまって、こっちって確か階段……っ」

 

 

 

 ──転がったか否か。それは、ご想像にお任せします。

 

 

 

 

 

 

 ─おまけ─

 

 

「あら、オールマイト。物件探し? ……ってこれ全部新築の庭付き一戸建て!? うっわ、これなんか軽く億飛んでる……流石はNo1ヒーロー、お金持ってるわねぇ……」

 

「あ、これ? 私じゃなくて早乙女少年のお礼にどうかなって……やっぱり土地付きの方がいいかな?」

 

 

「……全員集合! オールマイトがご乱心よ!」

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました!

次回、雄英体育祭まで一気にとびます。


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MP23 繋ぎのお話

 

 

 

『いやー、今年もやってきましたねこの時期が! 私もう今から楽しみで楽しみで!』

 

『貴方そのセリフ、去年のちょうど今頃も言ってましたよねぇ。っていうか毎年?』

 

『そりゃあ意図的にやってますもん。この十年、一語一句テンションすら違えずに……!』

 

 

『『来るぜ雄英体育さ──

 

 

 

 

 スピーカー越しの芸能人の声。そして、薄暗い店内をそれなりに明るくしていた映像の光源が、消える。

 

 リモコンを操作して電源を落とした……のではない。テレビ画面の中央から、一気に『崩壊』したのだ。

 

 ……粉々となった残骸と、かろうじて残った電源コードからの漏電による喧しい音が、そこにテレビがあったのだという唯一の名残となり……バーカウンターの奥から深いため息が聞こえた。

 

 

「死柄木 弔……あまり、店の物に当たるのは止めてほしいのですが」

 

「──ならお前が()()なるか?」

 

 

 

 血走った目は狂気に濁っている。ここで言い返せば、間違いなく彼は自分に飛びかかって来るだろう……そう判断した黒霧は、沈黙を選びグラス磨きを再開する。

 

 

「クソ……俺たちが襲撃してすぐさまこれかよ。どいつもこいつも脳味噌お花畑なんじゃねぇの?」

 

 

 雄英……その言葉を聞くだけで頭が沸騰する。

 そして、苛立ちのままに動いたことで両腕両足にできた真新しい四つの傷から鋭く強い痛みが走り──また苛立つという悪循環。

 

 ……USJ襲撃に失敗してからというもの……死柄木 弔は荒れに荒れていた。

 

 

 途中まではうまく行っていた。

 雄英高校のセキュリティを突破し、十分な時間を稼いだ。

 

 しかし、集めた兵隊たちが弱すぎた。

 その上、ヒーロー教師の実力が直前に入手したものと全然違った。

 何より、切り札であるはずの最高戦力がガキ相手にもたついた。

 

 そもそも……弱っているはずのオールマイト(ラスボス)は健在だった。

 

 

 

 何故失敗したのか、怒りに狂いそうになりながらも思考する。そして結論が出るその度に、オールマイトと同じくらいに一人の顔が浮かぶのだ。

 

 

「やっぱり、あのチート女だ。あいつが殆どの起点になってやがる……!」

 

 

 食い縛った奥歯がギシリと軋む。

 

 事前情報通りの教員配置だとするのならば、普通に考えて学生だろう。……学生にも関わらず、二人の教員に勝るような活躍をし、脳無を相手に時間を稼いでみせた実力の高さははっきり言って異常だ。

 事前に潜入したときも煮え湯を飲まされた。あの時殺しておけばと思うが、逆に手も足も出なかったことを思い出しまた苛立つ。

 

 

 そんな死柄木 弔の様子を見ながら、自らも同じように吹き飛ばされ、嫌な汗をかかされた黒霧も、彼の表現に内心で同意する。

 

 

(チート……ゲーム用語で、違法改造でしたか。なるほど。確かに当て嵌まる)

 

 

 炎やら水やら雷やら風やら、終いには分身もして、さらには命に関わる重傷すら治療できる。

 

 

 

(行いに一貫性が無さ過ぎる。それこそ……)

 

 

 

 『ふふ……随分荒れているようだね、死柄木 弔』

 

 

 ──かの存在が作り上げた、かの兵器のように。

 

 

 ……拭いていたグラスを落とさなかった自分を、思いっきり褒めてあげたい。それに、今までずっとテレビの映像と音声を使っていたものとばかり思っていたのだが……どういう原理か、声は変わらず聞こえてきた。

 

 

「先生……!」

 

 『……まずは落ち着くんだ。言っただろう? 失敗を悔やみ続けても意味がない。悔やむのはソコソコに、次に思考を向けるんだ。まずは傷の治療だよ。癒え切らないまま無理をすれば、あとあと後悔するからね』

 

 

 穏やかな低音。内容も、それこそ心理カウンセラーが用いるような言葉が並ぶ。

 

 

 『──あれから少し、ボクの方でも調べて見たんだ。君たちが言っていたその『起点となった生徒』が少し気になってね。ただ……どれだけ調べても、今年の新入生にそういう子が見当たらないんだ。有能そうな子はいるにはいたけど、脳無の相手を出来るとは思えない。

 今そっちにデータを送るから、君たちも確認をしてくれないかい?』

 

 

 二人の持つ携帯端末がそれぞれの着信を告げる。

 言われた通り確認すれば……そこには男女二十名の名前と個性、そして、おそらく中学生の時と思われる顔写真が載っていた。

 

 

 『……最低限の情報しかないのは目を瞑ってくれよ? なにせ、君たちの襲撃以降デジタル・アナログの両面で雄英のセキュリティが相当に強化されてしまってね。急ぎでは、その程度が限界だったんだ。

 

 さて、君たちの襲撃したクラスの女子は六人なんだけど……聞いた内容に近しい事が出来る可能性があるのが……『創造』という個性を持った子だね。『物質の構成を理解していればなんでも作れる』──だったかな? 彼女は推薦枠で入った秀才だけど……所詮は『学生レベルの秀才』だ。脳無や君たちを翻弄出来るとは思えないんだ。念のため全員を調べて……』

 

 

 

「……ない」

 

 

 『……うん?』

 

 

「先生──あの女は、この中にいない」

 

「……私も同意見です。ですが、ここに載っている全員もいました。ですが、見間違いでは」

 

 

 音声が途絶えるが、わずかなノイズがあるのでまだ繋がっているのだろう。その沈黙はおよそ十秒ほど続き、小さな笑い声が聞こえてきた。

 

 

 『く……ふふ、盲点──いや、固定観念かな? だとしても上手く隠されていた。これが偶然? だとしたらそれこそ……ふふ、ふふふ』

 

 

 それが、その楽しげな……心底から愉快だと思っているような笑い声が、一体どれほど異常なモノか。

 死柄木と黒霧が思わずお互いに視線を交わし合い、伺い合う。どちらも経験がない上にこんな状況の対処法なんて知るはずもなく、ただ黙って聞いていることしかできなかった。

 

 またややあって咳払いをし、しかし弾んだ調子を抑えられない声で、男は続けた。

 

 

 『いやごめん、すまないね。件の彼女だけど、随分な『イレギュラー』みたいだ。ここまで情報が手に入らないなんて、ちょっと驚いたよ』

 

 

 でも。

 

 

 『しかし、聞けば聞くほど興味深い。そして、有用だ。どんな個性なんだろう、気になるねとても』

 

「そんなこと言ってる場合かよ先生……! 俺は──」

 

 『逆に考えるんだ死柄木 弔。……脳無と競った戦闘力はもちろんだけど、『強力な治療能力』を持っている彼女をヴィラン(こちら)側に引き込めれば、どうなると思う?』

 

 

 諭され、論じられ……不意に、今まで興じてきたゲームの数々を思い出す。

 

 ──優秀な回復役(ヒーラー)は、盤石な攻略の、重要な要だ。

 

 

 

「……勝算はあるのか」

 

 『今はまだ何も断言できないね。ただ……それだけの能力を持っているなら、さぞ今の世の中には抑圧されているんじゃないかな? 如何にヒーロー志望とはいえ、未熟な十代だ。力に溺れ酔ってしまう可能性は十分にあると思うよ?』

 

 

 もしだめだったなら……という言葉は、誰も言わない。一番穏便なやり方を言っただけで、『穏便じゃないやり方』など、それこそ腐る程あるのだ。

 

 死柄木 弔は想像する。辛酸を舐めさせられた相手だが、なるほど、確かに強くて有能だ。手駒にできるならば、それに越したことはないだろう。

 

 

 ──あの美しい黒を己に跪かせる光景を想像すれば……今までの苛立ちは、嘘のように静まっていた。

 

 

 

 

─*─

 

 

 

「っ……!?」

 

 

「早乙女? どうした? 今めっちゃ『キュピーンッ!』って効果音が合ってる感じだったけど」

 

「いけないっ……

 

 

 

 今日はスーパーの大安売りの日でした

 

「「「主婦かよ!? (いや似合ってるけど!)」」」

 

「お、大安売り!? どこ!? どこなんそのスーパー!? 目玉商品なんなん!?」

 

「今日は卵1パック15円です♪ お一人様1パックまでですが……あと基本的に全ての食品系商品が半額切ります。ここから(全力で)走れば十五分くらいですね。HR終了と同時に駆け出せば十分間に合いますけど……行きますか?」

 

「お願いします!」「けろ。私もいいかしら」「……すまんが俺も頼めるか?」

 

 

 

「……。えっと、早乙女少年? なんかランチラッシュが君に向かってキレッキレなジェスチャーしてるんだけど」

 

「え? あ、本当ですね。何々……『五名求む。報酬は卵業務用パック、お米20kg、他希望品提供の用意あり』──」

 

 

 

「「「「「かしこまりました!」」」」」

 

 

「……早くも、分身を見ても驚かなくなってきた件」

 

 

 

「「「「「……っていうか誰よこの人」」」」」

 

「け、結構今更だね君たち!? えっと、私は──」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ──雄英体育祭。

 

 たかが『一高校の体育行事』と侮るなかれ。超常が日常になった現代においては、かつて四年に一度行われていた国際的祭典に代わる世界的な行事となっているのだ。

 

 観客動員数は数万人を超えるとも言われており、正しく全世界が注目する一大イベントなのである。

 

 

 

(す、すごい……集まった人の熱気が、控え室(ここ)まで届いてるみたいだ……!)

 

 

 緊張によって早くなる鼓動を意識しながら、緑谷 出久は感慨に耽る。

 今まではただ、『画面越しに見ている』だけの、手も届かない遥か遠い場所。それがいまや、その場所に手どころか全身で挑もうとしている。

 

 ……鼓動が早くなる原因は、緊張だけではないかもしれない。

 

 

 

 

 ──緑谷少年。……本当のことを言うとね、私は雄英高校に来るの、実はちょっと消極的だったんだ。

 

 ──後継として君を見出せたから良かったけど、もし、この力を託せる者がいなかったらどうしようって不安だったんだ……あの頃は日々衰えを実感してたから、余計に焦っていたよ。

 

 

 

 ──でも、今は心の底から、雄英に来て良かったって思えるよ。早乙女少年に助けてもらえたことは勿論そうだけど……『次の世代』がちゃんと私たちの後ろにいてくれているんだ。って、実感できたんだ。

 

 

 

 師は、拳を握る。そして、笑った。

 

 一年A組だけではない。まだ短い期間だが、それでも二年生三年生と、直向きに前へ前へと進む若き未来のヒーローたちの姿を、彼は見てきた。

 

 

 世間にひた隠しにする真なる姿だが……その細い体には滾るような覇気が溢れていて、浮かべた笑顔も、また力強い。

 

 

 

 ──私はまだ平和の象徴として立ち続ける。でもね、それでもいつかは限界が来るんだ。早乙女少年のお陰で大分余裕が出来たけど、そもそも私だってもう若くない。

 だからこそ、新しいその次の世代のなかで、君に一際輝いてほしいんだ! 私の代で私がそうしたように。『緑谷 出久(キミ)が来た!』ってことを、世界に鮮烈に刻み付けてくれ!

 

 

 

 ドクン、ドクンと強くなっていく鼓動。深呼吸をすれば、全身に熱が回っていった。

 

 体はまだ硬い。だが、口端がわずかに、しかししっかりと上がっているその顔を見て──隠そうともしない苛立ちを舌打ちに乗せた爆豪と、先制を告げようとした轟が黙る。

 

 

 

 周りは関係ない、ただただ全力で……一位を獲りに行く。

 

 

 

 そんな三人の気迫に釣られたのか、控え室にいる二十人の雰囲気はどこかピリピリとした剣呑なモノを孕んでいく。誰も言葉を発しない空間を払拭するように、最後の一人が扉を開けて現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん、そろそろ時間ですよ。今日は日頃の訓練の成果を出し切って、全力で頑張ってくださいね! 私もしっかりと()()()()()()()()()()()♪」

 

 

 

 雄英高校の指定体操服。その上に、『特別臨時広報部』とデカデカと刺繍された帯をタスキのようにかけ、これまたテレビ局のカメラマンが使いそうな肩に担ぐような巨大なカメラを携えた──

 

 

 

 

 

「「「「「………どういうことなの?」」」」」

 

 

 

 早乙女 天魔が……堂々と『体育祭不参加』を体で表現しながら、そこにいた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 ──あの、オールマイト。その……もし、僕がワンフォーオールを受け継いでなかった場合って……その、やっぱり……。

 

 ──君は本当に時たまスンゴイネガティブになるよね。……でも、その予想は大外れだぜ。確かに彼は凄いよ。正直、推薦でプロの資格が取れるのなら、私は真っ先に彼を推薦するし、大勢のプロヒーローに連名してくれるように頼みにいくだろう。でも……彼には、彼にだけは、ワンフォーオールを渡さない。

 

 

 

 絶対に……『渡しちゃいけない』って、思うんだ。

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました!


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MP24 開会式

※ 今回、スマホ等で閲覧すると相澤先生・山田先生のやりとりで違和感のある部分がございます。


 

 

 

「カメラ、全機確認」

 

「一番、問題なし」「二番、大丈夫です」【〜中略〜】「十番、OKです」

 

「十一番も異常無し。了解です。全機オンラインを確認。続いてインカムのテストを、各自本体からの──」

 

 

 

「話聞けやゴラァ!?」

 

 

 ついに……ではなくともブチキレた爆豪による爆破。会場へ向かう狭い通路の中なので、かなり危険だ。

 それを物ともしない総勢十一人の天魔による一糸乱れぬ回避行動は、中々に見応えがあったそうな。

 

 

「「「「「ちょ、 危ないですよ爆豪さん! いくら雄英高校の備品とはいえ、このカメラも結構高価(たか)いんですよ!?」」」」」

 

「ンなこと知るかこのクソ男女! てめえ何トチ狂った行動してんだあ"あ"ん!? つか心配なのはカメラだけか!? いい度胸だテメェ!

 

 

 天魔の胸ぐらを掴もう……にも、どれが本体かわからない。

 

 そんな爆豪の発言に対して、しかし『なにを言っているのかわからない』とばかりに首を傾げ、天魔同士でアイコンタクトを取り合うが、やはりわからないので首を傾げ続けた。

 

 話が進まないと判断した切島が、おそらく爆豪が……そして全員が聞きたいだろうことを代表して問う。

 

 

「落ち着けって爆豪! えっと早乙女? お前、体育祭参加しない、ってことなのか。その格好」

 

「あ、そういう話ですか。ええ、選手としては参加しません。よほどのことがない限り、私は裏方に徹するつもりです」

 

「そんな……相澤先生も仰っていたではありませんか! 一年に一回しかないチャンスだと、それを棒に──……いえ、もしや、なにか理由がお有りなのですか?」

 

 

 不参加の何故、を問おうと百が詰める。緑谷同様、個性訓練においてアドバイスを貰い、手助けしてもらった恩を感じているのもあるが……純粋に彼の将来を案じての行動だ。

 雄英体育祭は全国規模、直接にしろ映像中継にしろ、見ない者は殆どいないと言っても過言ではない一大イベントである。それは当然現役のプロヒーローも同じであり、むしろプロだからこそ真剣に観戦するのだ。優秀であれば卒業時、その生徒をサイドキックとして迎えようと争奪戦が巻き起こる。その時の本腰具合の殆どが、在学中の体育祭で決まるのだ。

 

 

 その一回を不参加。体調不良というわけでもないのならば、理由があるはずだ……と。

 

 

 ──そこまで考えて、思い至る。

 

 

 高校の備品だというカメラを担ぎ、明らかに用意された『特別臨時広報部』という帯……何より、『自分勝手に動くような人ではない』という人物考察から。

 

 

 相澤……いや、雄英高校側は、すでに天魔の行動を認めているのだろう。むしろ……。

 

 

「──とりあえず、私たち。カメラで各入場門まで移動して下さい。A組の入場は私が撮りますから」

 

「はい、了解です」×10

 

 

 虚空からいつもの黒棒を取り出し、十人の魔女は通路を飛翔していく。残った、恐らく本体だろう天魔も、黒棒を取り出していた。

 

 

 

「……勿論、相澤先生や根津校長先生たちは知っています。これでも結構話し合ったんですよ? ……お互い、結構譲らず平行線でしたから」

 

 

 

 通路を進みながら語る──先生側の悩みは、大きかった。

 

 

 まず、『早乙女 天魔は留年生である』という点。

 

 本人に一切不備が無いとはいえ、その『経歴』が世間で快く思われることはほとんどないだろう。それが全世界に中継される体育祭の中で公開されるのは、余り良い選択とは思えない。定員20名なのに21名いることを指摘されれば、情報の公開はまず避けられないだろう。

 

 

 次いで、『どの学年で出ても何かしらの不公平が生じる』という点。

 

 天魔が在籍しているのは一年生だが、当然その実力は既に一年生の枠内にはない。雄英高校に入学して未だ二月と経っていない緑谷たちと、雄英高校がほぼ総力でバックアップした八ヶ月という黄金の期間を過ごした天魔では、どうしたって公平になるはずがないのだ。

 だからと言って、本来の二年生の部に参加すればいいのでは、という簡単な話でもない……三年生の部では逆に()()()()()()

 

 

 上記の二点。そして先立って起きた襲撃事件で明らかに天魔個人が敵視されたことを考慮すれば、天魔は体育祭に参加しないほうがいいのだが……それでは逆に、『全生徒に平等にある自己アピールの機会』が、天魔だけ失われることになってしまう。

 さらにプロヒーローたちには一年生の時のデータを各自で保管するだろうから、二年生三年生になった時、『あの生徒は誰だ!』と騒がれるだろう。そこから不要な憶測をされるのもあまりよろしくない。

 

 

 

 

 なお、夏休み前に留年したのなら、()()()()()()に出ているのではないか? ──という当然の疑問だが……答えは、『出ていない』だ。

 

 天魔の万能性が極めて高い個性『魔女』の唯一のデメリット。『一日四度の不幸』だが、その詳細は『周囲の不幸を集めて四度に振り分けられる』のである。……十万人規模の人間が集まる場所でかき集められる不幸の大きさは、猛スピードで突っ込んでくるトラックの比ではないだろう。

 

 尤も、体育祭の時点で数名の除籍処分が出ていたため、天魔一人の欠席は全く目立つことがなかったのだが。

 

 

 

 だからこそ、根津たち教師陣は悩みに悩んだ。やっと巡ってきた活躍の機会を奪いたくない。しかし、不要なレッテルを貼らせたくも無いし、生徒たちに平等にしなければならない。

 

 

 悩みに悩んだが……しかし結論が出せず。結局、体育祭二日前にして本人に『どうしたいか』と聞かなければならなかったのだ。

 

 

 

 

 

「そ、それで、カメラ……?」

 

「はい♪ 私は空を自由に飛べますし、このカメラならドローンよりもずっと鮮明に皆さんの活躍を撮れますよ。

 ──それに、本音を言うと、私、あんまり目立ちたく無いんですよ」

 

 

 そういう天魔の表情には僅かに影があったが……先頭を進んでいたお陰で、誰にも見られることはなかった。

 

 

「ヒーロー志望なのに?」

 

「ヒーロー志望なのに、です。──魔女はコッソリ影ながら、ってことで」

 

 

 ヒーロー志望なのに目立ちたがらない。ある意味特殊だが、そもそも担任がアングラ系だ。特殊なだけでおかしくはない。

 

 ──違和感は拭えないが、本人が良しとして、さらに雄英としても認めているなら緑谷たちが何を言っても今更だろう。

 やがて、通路も終わりが見え、差し込む逆光に目を細めていく。

 

 

 地面にできた光の境を目前に天魔が立ち止まり、耳のインカムに触れた。

 

 

 

「──こちら、『ウィッチマザー』。A組スタンバイ。HQのコールを待ちます。over」

 

『こちらHQ! ……く、くっはぁ、一回でいいからこーいうノリやってみたかったんだYO! 感謝するぜ『ウィッチマザー』!』

                \山田はらめぇ!/

『ふざけてないでさっさと進めろ山田。  ……早乙女も、態々馬鹿に付き合ってやらなくていいぞ。──はあ、over』

 

 

 インカムの音声が周囲設定なのか、HQ……放送席にいるプレゼントマイクとイレイザーヘッドの声が聞こえてくる。

 そのやりとりを見て、後ろの少なくない人数の男子が目を輝かせた。

 

 

 

「ウィッチマザー、魔女の母……か。十人の魔女を『子』とするなら、安易ながら今の早乙女に相応しき通り名だ」

 

「いや、本当に平行線でしたよ。ウィッチは割とすぐに決まったんですけど、その後の『ボス』とか『アルファ』とか、もう日付跨いで議論が白熱しちゃって」

 

「「「「「平行線(はなし)の内容そっちかよ!?」」」」」

 

 

 一同の揃ったツッコミを受けて、魔女は笑う。

 

 ──どこかピリついていた雰囲気は、もう、どこにもなかった。

 

 

「ふふ……さて、程よく緊張も解れましたか?

 

 ……では、たった一年ですが、お兄さんから皆さんにアドバイスです」

 

 

 

 

 

 失敗してもいい。──失敗を恐れてなにもしないよりは、ずっと。

 

 敗北してもいい。──挑むことから逃げ出してしまうよりは、ずっと。

 

 立ち止まったっていい。──進むことを諦め、後ろへ下がってしまうよりは、ずっと。

 

 

 

 

 ──『さあ、お待ちかねだろマスメディアども! なんだかんだ言って、お前らのお目当はこいつらだろぉ!?』

 

 

 

 背筋を伸ばし、胸を張り、ゆらぐことなく進み行け。未だ若き、未来の英雄たちよ。

 

 

 

 

 ──『本物の悪意と対峙し、しかし決然と立ち向かった期待の新星ッ!

 

 

    ── 一年、A組だろぉおおおお!?』

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 大歓声が鼓膜を震わせる。その音量は押し潰してくるかのような圧力さえ持っていて、ゲートの一つから進んできた20名に容赦なく降り注いだ。

 

 ──が。

 

 

 

「……へぇ」「おいおい」「あれが期待の、ね。なるほど」

 

 

 気圧される者はなく、浮き足立つ者も、またなく。

 

 獰猛な笑みを浮かべる者。凛とした表情でただ進む者。一様に顔はそれぞれだが、足取りも姿勢も、なに一つ揺らいでいないのだ。

 

 

 期待の新星が、期待通りの……いや期待以上だったのだろう。歓声の爆発は、さらに威力を上げて降り注いだ。

 

 

 

『Yahaa! 天地揺るがすこの大歓声! オレも負けてられねぇZE! 続いて同じくヒーロー科、一年B組の入場だ!』

 

 

 

 

 

『そして普通科C、D、E組! サポート科F、G、H組! 経営科I、J、K組も入場ぉ!! ……おっとぉ、扱いが雑? 対応に差がある? って?

 

 ──有って当然! むしろ無きゃおかしい! 不満があるならのし上がれ! 不当と憤るなら上がってこい!

 我が雄英高校は開校当初から弱肉強食の実力主義! 下克上等の年次編入システムが健在だ!

 

 『Plus ULTRA(更に向こうへ)!』 世界を変えたきゃ自分で変えろ! 来年はどうなってるか、誰にもわからねぇんだからな!』

 

 

 

 熱い。熱過ぎるとさえ言えるマイクパフォーマンスは、その熱を持って会場の温度差を払拭した。

 

 

 

 そして、放送室に解説役として半ば強制的に連れて来られた相澤は、耳に栓をして忌々しそうに隣を睨んでいる。……睨むだけで、止めはしない。その言葉が間違っていないからだ。

 

 そのまま、視線を横から前……会場の、上空へ向ける。目を凝らし、カメラを担いでそこら中を飛び回っているはずの教え子を探す。

 

 探すのだが──十一人いるはずのその姿を、見つけることができなかった。カメラからの映像はちゃんとモニターに映されているので、撮っていることは間違いないのだが。

 

 

 

「……おい、早乙女。お前まさか分身状態で個性を……ッ」

 

『──大丈夫です。姿は隠してますが、『魔法は使ってません』。……まあその……また新しい分野が、開拓されてしまいましたけど』

 

 

 

 それを聞いたマイクと相澤が、座っていた椅子の背凭れに体重をかける。高校からの付き合いだからだろうか、片手で額を抑えるような仕草が見事にシンクロしていた。

 

 

「……まあ、無理してないなら、いい。──over」

 

「HAHA、諦めやがった。……いや、気持ちはすっげーわかるけどよ。なにをどうしてんのか、見当もつかねぇな」

 

「見当もつかんが……ちょっとは自粛してほしいもんだ。服やら装備やらも纏めて隠せるとか、もう完全に葉隠の上位互換じゃねぇか」

 

 

 目立たないために空を飛んで撮影係になったのだが、よくよく考えれば、同じ顔が複数人もいて空を飛びまわっていたら普通は目立つだろう。競技が始まれば観客は選手に意識を向けるだろうが、現場で活動するプロヒーローがその特異性に食いつくのは火を見るより明らかだ。

 

 

『こちら『スリーププリンセス』。もう開会式始めちゃっていいかしら? HQ』

 

 

 ──こう、眠れる森の美女的に!

 

 と、何やら興奮して自分で考案した自分のコール名をやたら推していた美術教師がいたなぁと思い出す。あと、そのコール名が満場一致で却下されたことも。

 

 

 却下された理由が、学生がマザーなのにいい歳した大人がお姫様ってどうよ、というなんとも無慈悲なものだった。

 

 

 

「……こちらHQ、開会式を始めてくれ。『ナイトクィーン』 over」

 

『overさせないわよ!? そのコール名可愛くないじゃない! 天魔ちゃんがウィッチなんだから、合わせた方がいいでしょ!?』

 

「その童話、確か魔女は悪役でしょう。早乙女が悪役になるので却下です。over」

 

「つか自分のヒーロー名の半分使ってんのにディスり過ぎんのもアレだろ。over」

 

 

 ──18禁ヒーロー『ミッドナイト』。早乙女 天魔という魔女に関わってきたからか、少女時代に抱いたヒーローとは別の憧れを思い出しているのだろう。そういうことにしておこう。

 

 

「よし、こちらHQ! 開会式と選手宣誓の撮影は『マザー』に任せ、ほかの十名は第一種目の指定撮影ポイント向かってくれ! over!」

 

『『ウィッチマザー』、了解です。over ……選手宣誓。あ、爆豪さんでしたか』

 

 

 

 

 

『せんせー。一位は俺がなる。だから精々二位を争い合ってろ雑魚モブども』

 

 

 

 歓声に負けない、二百人を超える選手一同からの大ブーイング。それを物ともせず、というか見向きもせず、カメラに向かって首を掻っ切るジェスチャーを向ける。

 当然設置された巨大モニターにドアップでそれが映し出されるのだが……十中八九、カメラを意識してはいないだろう。それを担いでいるだろう、見えないはずの魔女に向けてだ。

 

 

 マイクと相澤が先ほどと同じように額に手を当て、片や仰け反り、片や背を丸める。

 

 

「……どーしよ。今の爆豪見て『ある女』が脳裏を過ぎったんだけど」

 

「奇遇だな、俺もだよ。……やべぇな、今回の早乙女の件、誰もアイツらに連絡してないだろ」

 

「……や、やばくね? 俺やだよ? もう長距離からの狙撃連射とかやだよ?」

 

 

 

 ──硝煙とタバコ。そして、それに隠された微かな薔薇の香り。雄英高校の長い歴史の中で最たる問題児と言われた男嫌いの戦争女。

 

 

『私の位置、なんでわかったんでしょうか……あ、HQ。紅華姉さんたちのことでしたら、昨日私から連絡入れてるので大丈夫ですよ?』

 

 

 審判であるミッドナイトが、第一種目が『障害物走』であることを宣告した同時刻。放送席では静かなガッツポーズと盛大な歓声がこっそりと上がっていた。

 

 

 

 

 ─おまけ─

 

 

 

「……おい紅華。お前倉庫からなに引っ張り出し……」

 

 

 『アンチマテリアルライフル』ガチャガチャ

 

 『M134(ミニガン)』ガチャガチャ

 

 

「……ん? おー、ちょっとOHANASIにな」

 

「どこの国に攻め込むつもりだお前は。……せめて実弾はやめろ。軟性ゴム弾にしておけ」

 

「えー。……じゃあグレネードは?」

 

「スタンまで」

 

「ちっ……!」

 

 

 

 ──話は聞いたが、『納得した』とは言っていない。

 




読了ありがとうございました!


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MP25 しょうがいぶつそう

注意 【本編とは一切関係がありません】


現在、世界中で新型コロナウイルスが猛威を振るっております。

どうか、
『できる限りの対策』を。

どうかどうか 、
『最大限の注意と危機感』を。


皆様がこの窮地を平穏無事に越せますことを、心よりお祈り申し上げます。



 

 

 

 障害物走。その競技名を聞いてまず思い浮かべるのは、校庭のトラック内に設置された、平均台や網、ズタ袋などが一般的だろう。純粋な足の速さもそうだが、全体的な運動神経が求められる競技である。

 

 

 『一般的な』障害走であれば、の話だが。

 

 

 

 

(220人が一斉にスタートする時点で、もう一般的じゃないですよねぇ)

 

 

 ──眼下、スタート地点に犇めく同級生たちをカメラに収めながら、天魔は内心裏方でよかったと呟く。生徒たちは少しでも良い位置を得ようとするので、ゲート周辺では正直圧死者が出るのではないかという密集率だ。満員電車などの比ではない。

 

 そして、カメラを前から後ろへ動かして順に写していき……一塊の最後尾よりも、僅かに余裕を置いてスタートを待つ選手たちを写した。

 

 

 念入りにストレッチをする者、リラックスしてスタートの合図を待つ者と様々だが、この時点ですでに優劣が付けられつつある。

  ……なお、ヒーロー科の大半がここにいる。つまりはA組の面々もそこにいるというわけで──そのことが嬉しいような誇らしいような、どこか、自慢したいような。

 

 

 

(スタート前から勝負はもう始まっている。そして、障害物走の障害は、コース上にあるギミックも勿論そうですが……)

 

 

 そして、主審であるミッドナイトから──スタートの合図が、下された。

 

 そのゲートが開いた直後……後方から、生徒たちが犇めく狭いトンネルの地面を、強烈な冷気が真っ先に駆け抜けた。

 

 

「……悪ぃな。篩に掛けさせてもらうぜ」

 

 

 冷気はすぐに氷となる。足首あたりまで凍りつき動けない生徒たち頭上を飛び出したのは、左右で赤と白に分けられた特徴的な髪の男子生徒だ。

 

 

 

 轟 焦凍。今期入学の一年生の中で、推薦入試を果たした一人である。狭き門たる雄英ヒーロー科……その中でも、さらに狭いたった四席を勝ち取った実力者だ。

 

 

(──強力なライバル。それが、なによりも警戒しなきゃいけない障害ですよ?)

 

 

 開いたばかりのゲートを一人悠々と越え、おまけとばかりに巨大な氷の壁を作り上げる。その轟を写したあと、天魔はすぐに氷壁へとカメラを向けた。

 

 氷とはいえ、厚さは軽く1メートルを超える。砕くことは勿論、削ることさえも並大抵の力では不可能なはずだ。

 

 

 

「──『スマッシュ』!」

 

 

 一声、そして、一撃。それだけで、轟が作った氷壁は粉々に砕かれ、陽光が反射してダイヤモンドダストが生じる。

 

 

「あんまり、見くびらないでよ轟くん……こんな篩なら、なんの障害にもならないぞ……!」

 

 

 氷壁粉砕しただろう右腕に異常はなく、また破壊の直後に駆け出す様子から、すでに自爆のデメリットは超えていると考えていいだろう。たった二週間……成長速度は、おそらく今年の一年でトップクラスだ。

 

 そして、緑谷が開いた突破口から、続々とA組のメンバーがそれぞれの方法で飛び出してくる。

 

 

 

「やると思ったよ『開幕ブッパ』! 二度も同じ手かかるか!」

 

「上等だこのクソ紅白! 篩ごとテメェを爆破してやらぁ! つかでしゃばってんじゃねぇぞクソナード!」

 

「緑谷サンキュ、助かった! ──『初っ端で躓く』なんて格好悪いとこ、見せられないからね!」

 

 

 

 『何よりの障害は、強力なライバル』……それは例外なく、選手全員に共通することだった。推薦入学の轟もそれに変わりはない。

 

 

 スタートから白熱した駆け引きに観客は再度爆発する。それを聞きながら、天魔はインカムを操作した。

 

 

 

「こちら『ウィッチマザー』、第一関門担当スタンバイ! おそらく、『開幕ぶっぱ』が予想されます! over!」

 

『了──……? 『開幕ぶっぱ』ってなんですか? over』×4

 

 

「……。各自で解釈してください! over!」

 

 

『……本体、まさかあなた。over』

『さては聞いたばかりの言葉を使いましたね? over』

『昔それで田中くんに散々からかわれて大変だったじゃないですか……over』

『あ、早くも先頭きましたよ。轟さんで……ああ、なるほど。これが『開幕ぶっぱ』 over』

 

 

『『『『……っていうかコレ、安全措置は大丈夫なんですか? 今、切島さんと金属個性っぽい方が潰されましたけど……。over』』』』

 

「…………。

 

 よし、現場判断です。四番、五番カメラ担当は自己判断で『あ、これはダメ』と思ったら全力で救助を。普通に考えて数トンある機械に潰されたら異形系個性の人でもない限り普通に大怪我しちゃいます! ……あと、流石にもうoverいいですよね?」

 

『『了解! そして賛成です!』』

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「……安全措置だって、イレイザー。なんか知ってる?」

 

「むしろなんでお前が知らねぇんだよ。……当然、しっかりとされている。ロボ全体のシステムを『過剰な攻撃はなし』に、小型は大型が崩れた際に割り込んで隙間作るよう設定されている。さらに大型のはデカイだけで動きは入試の時よりもずっと鈍くなってるくらいだ。難易度的には入試よりずっと『優しい』んだぞ」

 

 それにな。

 

「『あの程度の障害』に怖気付いて尻込みするようなら、ヒーロー科には入れねぇよ。開会でお前が言ってたろうが。『世界を変えたきゃ自分で変え ……おい、待てマイク。お前なに放送のスイッチ入れてんだ」

 

「──と! いう訳で観客リスナー! 雄英体育祭は安全措置を徹底しておりまーす! ……ちょ、待てイレイザー! 首! スピーカーに入り込んで一本首にかかって……! だって俺が言うよかお前が言った方が説得力とかいろいろ、ちょ待て、あっ……」

 

 

 

 

***

 

 

 

 はい、皆さんこんにちは。いいお天気ですね。実に体育祭日和です。早乙女天魔が分身の……えっと、何番目かはわかりませんが、とりあえずカメラ七番機を担当しています。

 

 大きくて重いカメラが肩に食い込んでちょっと痛いですが……ここは我慢。皆さんの勇姿を収めないといけませんからね! 責任重大です。

 

 

 

 

 

「そういえば、本体……じゃなかったウィッチマザーは?」

 

「本日三度目の不幸を攻略中です。なんでも、『撮影のために低空飛行していた時に偶然大型のロボが数体重なって倒れてきた』みたいで」

 

「えっと、一つ目が崩れてきた建設現場の足場(二階建て一軒家)、二つ目が落ちてきた植木鉢……でしたっけ。やはり人が密集していると不幸の『強度』が跳ね上がりますね」

 

 

 二つ目の障害物……いや、障害『地形』。軽く底が見えない巨大な穴に、 無数の石柱が生えていて、その間をロープが張られている。マイク曰く『ザ・フォール』とのこと。……掘るのもそうだが、埋め立てもとても大変そうだ。

 

 ここは先程の『ロボ・インフェルノ』と違い、激しい動きがほとんど無いので定点カメラで十分なため、天魔たちは比較的暇らしい。

 

 

「現在一位は轟さん。二位は結構集団になって……そろそろ、爆豪さんが温まってくる頃合いですかね?」

 

「……ヒーロー科はほぼ全員順調。あとは、多分サポート科の女の子と……ほら、この前偵察やら宣戦布告と言ってきた紫髪の」

 

「たしか普通科の方でしたよね。……すごく、睡眠補助の魔法をかけてあげたくなったのを覚えてます」

 

 

 あと体もちょっと細かったですよね、食事はちゃんと──云々。

 食事といえば、今日の八木さんのお昼はなににしましょうか──云々。

 今度煮物の味付け、新しく挑戦してみませんか? 少しピリ辛系で──云々。

 

 

 

 ──選手も魔女も、特筆するようなあれこれはあまりなし。

 

 

 

 

***

 

 

 

(ここまでは順調……! かっちゃんも先頭の轟くんに向かって行ったから、一位のタイムはどちらにしろ遅くなる。順位的にもタイム的にも、このままゴールしても十分第二種目に進める安全圏には食い込んでるはず!)

 

 

 肝の冷える綱渡りを突破し、最後の障害である地雷ゾーン(マイク曰く『怒りのアフガン』)に突入。個性で空を飛べる爆豪に有利と思いきや、左右の森の中から高精度狙撃されるという徹底ぶり。

 ──目を凝らし、神経を尖らせて進む。そのため、走る速度はどうしても遅くなるだろう。

 

 緑谷の現在の順位はおそらく十位前後。スタート直後に轟が行った篩でヒーロー科以外のクラスの殆どが出遅れたため、抜かし抜かれても今の順位から大きな誤差はないはずだ……と冷静に分析を行う。個性であるワンフォオールも氷を砕いた後、ロボ相手に一度使っただけで殆ど使用していない。体力も温存している。

 

 

 

 

 ……順位は、十分安全圏。

 

 だが、鮮烈に自らを世間に刻みつけるなら……仕掛けるべきは、ここしか無い。

 

 

 

「……っ」

 

 

 地面に所狭しと埋められている地雷。派手に爆発するが威力は低いとのこと。──かなり矛盾しているような気がするが『痛くはないけど盛大に吹き飛ぶ』と考えればいい。

 

 天魔との訓練で発動時間こそ相当に短縮できたが、まだ連発はできない。最低でも三十秒ほどのインターバルを置かなければ、今出せる自壊しない威力を発揮できないし、最悪制御ミスで自滅だ。

 ──だが、裏を返せば……両腕で一発ずつ。両足も含めれば、()()()()()()()()()()使()()()()()()()()ということである。

 

 

 

 そして最後に……ゴールであるスタジアムまで、完全に一直線。ラストスパートには、もってこいの状況である。

 

 

 

 

「いける、かな……いや、違う……!」

 

 

 ……思いついた策。上手くいけば一気にトップに躍り出るが、行程の一つでも失敗すれば安全圏からすらも転落しかねない。そして言ってしまえば、ここで無理をする必要性はほぼ皆無なのだ。第二、そして例年通りなら第三まである種目で巻き返せば十分優勝を狙えるだろう。

 

 

 そう考えて──なお、緑谷は加速した。彼がいた集団の全員が減速していく中で、緑谷だけが全力の短距離走のように加速したのだ。

 

 ここで一気に、三位集団から三位に繰り上がる。そして、地雷原ギリギリのところで、大きく強く踏み込んだ。

 

 

(行けるかどうかじゃない……『行くんだ』!)

 

 

 発動は右足。

 太腿と脹脛を意識し、膝と足首に限界まで力を込める。

 

 ……経験は、ある。

 入試で一人の少女を救うために、ビルよりも高く跳んだ。今回はもっと楽だ。横へとただまっすぐ跳べばいいだけなのだから。

 

 

(教えてもらった。助けてもらった……! 迷惑もかけた! なんのメリットも義務もないのに、入学試験の時からずっとだ!! だから僕は……! 自分に出せる最高の結果を、出し続けなきゃいけないんだ!)

 

 

 

 

 

 だって目指すのは──彼を継ぐ、最高のヒーローなのだから。

 

 

 

 

 

「いっ、けぇぇぇえええええ!!」

 

 

 

 跳ぶ。地雷ギリギリで踏み込んだため、爆発は起きずに姿勢は安定した。相当な距離をぶっ飛んでいくが……高度と飛距離が全く足らず、落下地点は地雷原の三分の一に届くかどうかだ。

 

 『ヤケになったか』と後続が見上げる中で、緑谷は再び力を、今度は腕に纏う。

 

 

 

利き腕(右腕)は残しておく……! 精度はいらない、むしろ、ブレて広範囲に広がったほうが好都合!)

 

 

 姿勢を前に崩す。頭が下に回り、顔は後ろを向いた。

 

 狙うのは真下から後方の広範囲。後続に道を作ることになるが、その時自分がゴールしているなら問題はないだろう。

 

 

「──スマッシュ!」

 

 

 真下の地雷が複数起爆し、体は爆風によって再び空中へ。そして、殆ど間を置かずに後ろが連鎖爆発し、馬鹿げた推進力を得た。

 

 再び前へ跳ぶ。高度・加速ともに申し分ないが、それでも三分の二を超えた程度。だが──

 

 

「──はっ、今更何しに来やがったクソデクぅ!?」

 

「ちっ、爆豪の次はお前か……!」

 

 

 地雷原故に速度は落ちているが、それでも十分走っているという速度を出しつつ、並走する相手と攻防を繰り広げる──

 

 

 

 二人のトップに、ついに追いついた……!

 

 

 

(かっちゃん、轟君……!)

 

 

 やはり凄い。付け焼き刃な自分とは比べようもないほどに、長い努力と類稀なる才能が合わさった実力者だ。

 

 

 轟が緑谷の急加速の原因を理解し、右……氷結で地面の広範囲を地雷ごと凍結させる。

 爆豪はそれを察知し、さらに緑谷が落ちてくるだろう場所を予測して彼を脅威から除外。放とうとした爆撃の対象を轟へと向けた。

 

 流石に判断が早い。だが……『甘かった』。

 

 

 残していた右腕。力はすでに込めてある。狙うは、自分を無視して競い合う、二人の間の地面。

 

 氷に覆われる直前に、明らかに『ここにあるぜ!』と主張しているのを確認した。

 

 

 

(今度は精度……! 一点集中で『貫くように』!)

 

 

 

 放つ。氷は容易く砕かれ、それを確認した二人が、本来の緑谷の一撃の範囲を脳裏に浮かべて反射的に左右へと跳び……。

 

 

 ──貫通した衝撃により起爆した地雷の大爆発で、さらに吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

『──喜べ観客リスナー! 嬉しいだろマスコミリスナー! ご希望ご待望の胸熱展開が来たぜぇ!?』

 

 

『怒涛の追い上げ! ラストスパートでド派手に決めたその男! 一体、誰が想像できただろう! 注目集まるライバルたちを見事追い抜き、このスタジアムに最初に戻ってきたのはァ…!!!』

 

 

 

 

『緑谷 出久だぁぁあああああ!!!』

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 〜緑谷少年が仕掛けた頃の魔女部隊〜

 

 

「っ!? まって、緑谷さんが仕掛けます! 地雷原前! 先行し……跳んだ!? そんな、脚はまだ受け身が不十分だからと……きゃあ!?」

 

「私ぃ!? 無事ですか!?「カメラは死守……!」ナイスファイトです! カバーに入りま──……あっ」

 

 

 

「わー……最後の方の地雷だから、爆発も大きいですね……また一人巻き込まれ……うん? あ、あの、もしかして二度目の爆発に巻き込まれたのって、まさか本体だったり……しちゃったりします?」

 

 

「「「「…………。over」」」」

 

 

 

 




読了ありがとうございました!


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MP26 騎馬戦!

後書きにて天魔のイメージラフ画をお乗せします。興味がない・見たくないという方がいらっしゃいましたら、ご注意ください。


 

 

 

 攻撃を受けた──そう錯覚してしまうほどの、衝撃すら伴った大音量。……自分だけに降り注ぐ大歓声に、緑谷 出久は昂ぶりを抑えきれなかった。

 

 十五年。無個性として脇役(モブ)であり、その他大勢の一人として俯いて歩き続けた人生の中で──それは、生まれて初めて齎された大歓声だった。

 

 

「っ……!」

 

 

 歯を食いしばる。

 まだだ。まだ、泣くな──そう言い聞かせて、こみ上げた熱を必死に落ち着かせていると、自分のゴールから十秒とおかずに二人が駆け抜けてきた。

 

 それは見誤ってしまった自身への苛立ちか、不甲斐なさへの怒りか……爆豪は元より、轟すらも正直ヒーローとしては望ましいとは思えない相貌で緑谷を睨んでいる。

 

 

 

『トップに続くように二位と三位がほぼ同時にフィニーッシュ! ちょっと際どいからカメラ判定だ!』

 

「あ"あ"!? どこに目ぇ付けてんだ!? どっからどう見ても俺が競り勝ってただろうが!?」

 

『顔!? 顔怖いから! これ全国放送されてんだぜ爆発ボーイ! ……ナイスなカメラワークに感謝しとけYO!』

 

 

 スタジアムの巨大モニターを始め、お茶の間にお届けされる映像が不自然な動きで爆豪を外す。さらにはカメラマイクもギリギリで切られた為、大歓声の中で爆豪の声は殆ど掻き消されただろう。

 

 

(早乙女さん、ナイスフォロー……!)

 

 

 モニターに映る映像からおおよその位置を判断して探してみるが、そこにカメラを構えているだろう魔女の姿はない。クラスメイトで『透明』の個性を持つ葉隠以上の隠遁技術だ。

 

 画面が変わってラストスパートをかける他の生徒たちが映り……近距離から撮られた迫力ある映像に観客は大満足だろう。

 その『迫力ある映像を近距離で撮影している誰か』のことなど、知りもしないで。

 

 

 

 一番すごい人が、一番すごいはずの人が……誰にも知られずにいる。

 

 

 ……それが少しだけ。

 

 

 本当に少しだけ、悔しかった。

 

 

 

***

 

 

 

「……よし、これで本日のお役目終了です。この後の進行は全部スタジアムで行うって話ですから、素人カメラマンは不要でしょう。やることがあるとしたら、怪我をした人の治療くらいですか」

 

 

 最後の爆発からも死守したカメラを無事に返却し、二つの意味で肩の荷が下りた開放感に安堵する。……分身たちとも健闘を讃え合うハイタッチを交わしてから解除して、一人になった天魔は、さてどこに行こうかと考えた。

 

 

 生徒用の観客席──は、ヒーロー科全員が無事に障害物走を突破した為、一人だけポツンといる羽目になる。……かなり目立つ上に、流石にちょっと寂しいので遠慮したい。

 

 一般客側は当然ダメ。体操服で大いに目立つ。ならば着替えてしまえばいい、という話だが……皆が頑張っているのに一人だけ早々に終わった気分になるのもまた寂しい。

 

 

「……んー」

 

 

 人目に付かないならば控え室だろう。確か、そこまで大きくはないがモニターもあったはず。だが……やはり、見られるなら皆の活躍は直接見たいし、直接声援を送りたい。時間的にももうすぐ第二種目が始まるはずなので、少しばかり焦る。

 

 

 

 ……そんな時だ。耳に、少し前から聞き慣れ出した、小さなノイズ音が聞こえたのは。

 

 カメラマンをやっていた時に支給されていたインカムだ。本体である天魔だけが最後の最後で爆発に巻き込まれていたこともあり、ゴタゴタの中ですっかり存在を忘れていた。

 

 

 

『──ィッチマザーッ! 応答せよウィッチマザー! こちらHQ! ……頼むから返事してくれぇ!』

 

 

 ……咄嗟に音量を下げて耳へのダメージを最小限に抑える。声の主はプレゼントマイク──元から落ち着きのない人ではあるが、今回はさらに輪を掛けて慌ただしい。

 

 

「……はい、こちらウィッチマザー。ところであの、そろそろこのコードネームやめませんか? なんていうか、このまま私のヒーローネームで定着しちゃいそうなんですけど……」

 

『細けぇこと気にすんな! ……あ、でもそうなったらイレイザーに続いて二度目だな

 教師生徒二代続けて名付け親が俺っていうのもちょっと感慨深ぁりゃあ!?』

 

『気にするな早乙女。……それよりも、お前今どこにいる? まだスタジアムの中か』

 

 

 マイクに代わり相澤──ちょっとどころじゃ済まない痛そうな音が聞こえたが、まあ気のせいだろう。うめき声も気のせいだろう。

 

 

「いえ、もうスタジアムの外です……っていっても、殆ど目の前って距離ですが。あの……何か、ありましたか?」

 

 

 緊急事態、というほど相澤の声は切迫していない。むしろ、どこか面倒臭そうな雰囲気も聞こえてくる声から感じられる。

 

 ──内心で、『もしや使ったカメラに故障が……!?』と不安になったが、どうやらそうでもないらしい。

 

 

 ため息が一つ。

 

 

 

『時間がないから……単刀直入に言うぞ。

 

 

 

 

 ──お前、次の競技に出ろ』

 

 

 

 

 

 

 ……混乱は、さほどしなかった。

 

 皮肉にも毎日襲いかかる四度の不幸によって、意識を切り替る速さもだいぶ鍛えられているらしい。

 

 

 その上、疑いもしない。無駄で無意味なら、相澤は自身の判断でそもそも天魔への連絡すら止めるだろう。

 

 つまり、いろいろな事情や過程、思惑もバッサリ切って──『そうしたほうが合理的だ』と相澤が判断したのだろう。

 

 

 ……疑いはしないが……それでも、苦味の強い苦笑は禁じ得なかった。

 

 

 

「──……えっと、事情を聞いてもいいですか?」

 

『ああ。当然だ。お前には聞く権利があるし、俺たちには伝える義務がある……だがまあ、こちらには向かってくれ。さっきも言ったが真面目に時間がない。なるべく急ぎで頼む。説明は道中でしてやる』

 

 

 足を止め、人ごみの中を器用にUターン。途中で警備に呼ばれたプロヒーローがたこ焼きを頬張っている横を通り……今日の八木の昼食は敢えて屋台ものを提案してみようか。

 

 

 

『……まず、第二種目が騎馬戦なのは知っているな?』

 

 

 即席でも瞬時に最適なチームを組めるか、または、限られた手段でどこまで足掻けるかを競う……だったか。

 障害物走をクリアした上位四十数名が、それぞれ順位ごとにポイントを割り振られ、組んだ騎馬でポイントが合算。それを取り合い、最終的にポイントが多い上位が最終種目に進出……そんな感じの内容を『非参加だから』という理由で前もって聞いたことを思い出す。

 

 ……一位通過が一千万ポイントと聞いて、聞き直した記憶もまだ新しい。

 

 

『で……その障害物走、最下位で突破したのが青山だったんだが……最後の最後、ラストスパートで限界を超えて個性を使っちまってな』

 

 

 そこでいきなり出たのはクラスメイトの名前。……おおよその事情を大体把握したからか、早歩きは駆け足に変わる。

 

 

 青山 優雅。A組出席番号一番の、どこをどう見てもフランスとかそっちの出身だろうと思える外見の少年。個性はネビルレーザーと言い、腹部からビームを放てるのだが……。

 

 ──限界を超えると、お腹がだいぶやばい感じで痛くなるらしい。実習の直後は高頻度でトイレに駆け込んでるのを見たことがあるし、都度毎に変わる訓練場で一番近いトイレを予め教えているのも天魔だからだ。

 彼の腹痛(デメリット)もいずれは魔法で軽減できればいいのだが、現状、腹痛の原因を精査できないので何もできない。

 

 

 

『あいつ自身がもっと早めに申告してくれれば、此方としてもなにかしら手は打てたんだが……本人は最後まで出場しようとしたみたいでな。チーム決めの制限時間ギリギリまで堪えたようだが……明らかに顔が青くなってリカバリーガールがドクターストップを掛けた。なんでも『病院搬送三歩手前だった』らしい』

 

 

 

 青山のリタイヤによる、代理……いや、この場合は穴埋めだろうか。しかし、だとしたらいくつか疑問が残る。

 

 

 まず単純に、最下位の次位……つまり、惜しくも第二種目出場を逃した生徒を繰り上げてしまえばいいのではなかろうか、という疑問。

 

 

『イテテ……脇腹に肘はキツイぜマイフレンド。んで、早乙女リスナーの疑問も尤もなんだが……その『最下位の次候補』のリスナーが五人もいるんだなこれが。

 ……いや、信じて? うん。信じられないだろうけど。俺も正直信じられないけど!』

 

 

 

 分身一人の記憶を辿れば、確かに最下位争いは接戦も接戦だった。それにわずかに競り勝ったのが個性限界を超えてしまった青山であり、その候補五名は画像判定を用いても『完全同着』だったそうな。

 

 ……ならば、公平にジャンケンなどでいいのでは? と思うが、それをするにも状況があまり良くないのだという。

 

 

『あー、そのぉ、今騎馬を組めてないのが二人いてな? どっちも女の子なんだYO……それも、二人とも騎馬戦に不向きっていうかなんていうか……』

 

『ついでに、候補五人の内訳は、サポート科三人、普通科と経営科に一人。サポート科は自作アイテムを殆ど使い切ってほぼ手ぶら……個性も運動能力も五人全員が、言い方は悪いが騎馬戦に活かせるものじゃない』

 

 

 常識的に考えて騎馬戦は普通四人。最低でも三人が必要である。……異形系個性で体躯に優れたものならば二人でもできるだろうが、今は置いておこう。

 

 その『今組めていない二人の女の子』が、身体能力的にか個性的にかはわからないが、騎馬戦に向いていないという。そこに大差ない一人が加わっても、正直戦力としては絶望的だろう。

 

 

 ……組み終わっているどこかのチームを分ければとも思うが、青山のリタイヤはシンキングタイム終了直前。どのチームだって本気で勝つために今のチームを組んだはずだ。それなのに崩されてしまっては、溜まったものではない。

 

 

 

「──それで私、というわけですか」

 

 

 そうだ、と短い肯定。

 

 そこで通信は切れると思ったが、まだ繋がっていた。

 

 

 

 ……長い通路を駆け抜ける。急ぐために風を足に纏わせ、速度を乗せた。

 

 

 

 

 

 

 

『……正直に言うとな。お前がこれからの体育祭は裏方に回ると言った時……俺も含めてだが、先生方は全員ギリギリまで納得しなかったんだ』

 

 

 一歩十メートル。迫る角で探知系の魔法を使い安全を確認し、空気中の水分を氷結させてレールを作り、そこに乗って減速どころかさらに加速して角を曲がった。

 

 

『俺たちは教師だ。生徒にはできる限り平等に接しなければならん。……だが、俺たちは同時にヒーローであり──何よりも人間だ。感情移入もするし……少しくらい、私情込みの肩入れだってしたくもなる』

 

 

 相澤が最多だが、今も相澤の隣にいるだろうマイクだって中々の頻度で、留年した天魔の訓練に顏を出している。

 

 ミッドナイトも、ブラドキングも、スナイプも、セメントスも、13号も。そのほか多くのヒーロー教員が、担当学年の壁なんか知ったこっちゃねぇとばかりに参加し、天魔に経験談込みの実践訓練を課してくるのだ。

 

 

 

 境遇に同情した。それもある。

 

 将来を心配した。それもある。

 

 向上心に奮えた。それもある。

 

 

 

 だが、それよりもなによりも、『見たい』と思ってしまった。

 

 『誰かの力になりたい』と自ら縁の下に行こうとする魔女が……光り輝く太陽の下、その純黒の勇姿を見せつける、その光景を。

 

 

 

 その、最たる舞台。そして、まるでそのために用意されたような状況が、偶然にも転がって来たのだ。

 

 

 

 

『らしくないイレイザーに続いて俺だッ! さらにお前のHEARTに火をつけてやる!

 

 残った二人の女子たちだがな、たった二人でもやる気満々だったZE! 『例え不利でも、例え勝ち筋がカケラもなくっても、諦める理由にはならないから!』ってよ! 

 

 

 ──Are You Ready!?(準備はいいかぁ!?)

 

 

 

 ……魔法を使う。

 

 師たちに着けられた火は瞬く間に大炎となり……魔女の辞書から『自重』の言葉を添削してしまった。

 

 

 

***

 

 

 

「……ヒーローを守り支えるヒーロー、か」

 

「ンー? そりゃ確か、早乙女の目標だっけか。Haha、なんともアイツらしいじゃねぇか。──他の誰かさんなら呆れちまうが、早乙女の目標って言うんなら、オレは思いっきり頷けるZE」

 

「ふん。難儀な目標だ。果てしない上に、険しいこともこの上ない。それをわかっててやろうとしてるんだ。……アイツが個人でヒーロー活動する方が、ずっと結果を出せる。全くもって合理的じゃない」

 

 

「あーはいはい。この超合理的主義者め。それをわかってて全力で教師してるツンデレアラサーティーチャーどこのどなたでぶべらぁ!? だから! 肘は止めろって脇腹に!」

 

 

 

 




読了ありがとうございました!


※横向きです……

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MP27 騎馬戦! 2

 

 

 ──さて。

 

 活気溢れる体育祭から少しばかり離れて、どこかの魔女の、あれこれをほんのりと語るとしよう。

 

 

 これまでをご覧になられた諸兄の皆々様は、彼じょ──げふんげふん、彼が高校に入るまでまともな学生生活を送っていないことはある程度はご存知かと思われる。(高校も結構まともじゃないという指摘はこの際無視する方向で)

 

 小学校は全体的に、中学校もほぼ大半が、個性のデメリットに振り回されるか、犯罪に巻き込まれるかして潰れている。

 そんな状態なのだから、当然学校行事にもまともに参加したことがない。今回の体育祭で裏方に回ることを早々に快諾したのも、『それらの行事に対して思い入れが極端に薄い』という理由が少なからず存在しているのである。

 

 

 運動会・体育祭という行事も、それに例を外れない。

 

 

 知識としては知っているが、選手として参加するのは冗談抜きで初めてなのである。であれば当然……その行事でしか行われない競技の経験などあるはずもなく。

 

 『騎馬戦』という競技も簡単な知識しかない。しかも、『二、三人で組んだ馬役に一人が乗って、動き回ってぶつかりあってハチマキを取り合う』──いっそ清々しいまでに見たままをそのままだ。

 

 どういう風に組むのか、どういうところを気をつけるべきなのか、というのを知らない。まあ、ぶっちゃけてしまえば知っていてもいなくてもそこまで問題はないのだが……『知らない』という事実は変わらないのだ。

 

 

 そして……知らないからこそ、補おうとして『想像』する。

 

 ぶつかり合ってハチマキを奪い合う。……個性込みなら、もうそれはスポーツを超えた戦闘に近いだろう。下手をすれば大怪我だって十分にありえる。(一瞬クラスメイトのボンバーが強く脳裏に浮かんだのは内緒である)

 

 

 ──そんな競技に、女の子二人が残されているという。しかも、どちらも騎馬戦には向いていないらしい。

 

 

 

 さて……もう、お分かりだろう。

 

 

 

 魔女による、

 

 全力全開の、

 

 

 ──超お節介が、やってくる。

 

 

 

***

 

 

 

「「…………」」

 

 

 本件の当事者……あまり良くない言い方ではあるが、騎馬戦にて『余ってしまった二人』である、一年B組ヒーロー科の小大 唯と小森 希乃子は、それをどこか呆然と見ていた。

 

 

「「「………………」」」

 

 

 違った。すぐそばに居た審判ミッドナイトも呆然としていた。

 

 ……『無生物の大きさを変えられる個性』と、『多種多様なキノコの胞子を飛ばし、そのキノコを生やす個性』。

 片や『アイテム使用禁止』というルールが、片や『事前準備がないと味方も巻き込みかねない』という欠点が、今回の騎馬戦において、凄まじい枷となってしまったのである。

 

 本人たちもそれを理解していたからだろうか、友人であるB組のメンバーといえど積極的に組みに行けず……結果、こうして二人が残ってしまった。

 

 

 どちらも身体能力が特筆して優れているわけでもない。どのチームと比べても絶望的な戦力差があるわけだが……二人は諦めることだけはしなかった。したくなかった。

 

 

 そんな感じで、たとえ二人でも、と決意を示したところ……まあ、それに思いっきり感化されちゃったのが我らが十八禁ヒーロー・ミッドナイト先生である。

 残酷な現実を突きつけられようと、諦めない。諦めたくないとするその姿勢に、放送コードに引っかかりそうなほどゾクゾクと恍惚していた。

 

 

 最下位繰り上げもダメ。

 どこかのチームをバラすのもダメ。

 

 そして、ワガママを言っていいなら……二人が()()()()()()()()()()ハンデを補って、かつトップポインター達と十分渡り合えるようにしてあげたい。

 

 

 

 ……この三つの条件をクリアーし、かつ、いますぐに来てくれる。そんな生徒。

 

 

 

 ──カモーンッ! 天魔ちゃん!

 

 

 結構早めに候補に上がっていたし、あの子しかいない! という思いもあった。

 他の教員よりも生徒達と精神的な距離が近い彼女にとって、妹や弟とまではいかないが、可愛い甥っ子姪っ子くらいには近いと勝手にだが思っている。……天魔の『美容魔法』(命名:香山 睡)にはたまにお世話になってます本当にありがとう。

 

 

 だから、通信機越しにマイク&イレイザーからの天魔参加の一報は純粋に嬉しかったし、この……本当に偶然だろうかと思われる状況にも、ドクターストップのかかった青山には悪いが感謝したいくらいだった。

 

 

 

 だが。

 

 

 

「……なに、あれ」

 

 

 

 天魔の、『たまに予想の斜め上と言いつつ90度の直上を突き抜けていく』のを、できればちょっと、控えてほしい。

 

 

 

─*─

 

 

 ──クフ、クフフフ。

 

 ──……。あ、すみません。今回は拙者、ガチのマジでノータッチでござるので。そんな、『またお前変な入れ知恵したろ!』みたいなお目目はメッ! でござるぞ!?

 

 ──いやだって、拙者が最近早乙女氏に入れ知恵したのは『分身を相手に抱きつかせてから自爆させてはどうか』というもので……あ、ちょ! 待って肘と膝はそっちには曲がらな……っ! ちょっと想像してみて! ほらババアたちも満更でもないででででで

 

 

 

─*─

 

 

 

 ──タカラッ、タカラッという独特の、間隔が極端に短い連続した足音。そこから連想できる『ある動物』を想像し、出て来た姿に納得しかけて……すぐさま眼を見開いた。

 

 

 

 『蹄の音から、おそらくは馬だろう』と。

 

 否。

 ゲートから現れ、凄まじい速度で疾走する姿を見て訂正する。

 

 

 『上半身は人間、下半身は馬。なるほどケンタウルスの個性か』と

 

 ──更に、否。

 減速せずそのまま舞台へ飛び上がる馬体を捉えたカメラが、美しく艶やかな黒毛の馬体と、『六本の逞しい脚』を映し出す。

 

 

 『……なんだ、あれ。なんの個性だ……?』と。

 

 大半の観客が、大半の生徒が、その姿に疑問を浮かべた。

 

 

 

 ケンタウルス。個性が発現する以前であれば、それは、神話上の生物であった幻獣だ。

 

 だが、それは当然馬と同じ『四本脚』である。『六本脚の馬』など……。

 

 

 

 

──「ま、まさか……『スレイプニル』……?」

 

 

 

 ……その手の話題に詳しい誰かが、ポツリと呟いた可能性。それは不思議と広がり、会場全体へ広がっていった。

 

 スレイプニルとは『一角馬(ユニコーン)』『二角馬(バイコーン)』『天馬(ペガサス)』と同じく、馬を主体とした『空想上の動物』である。

 

 【 ※ 脚の本数は八本であったり四本であったりと諸説あり 】

 

 

 

 上半身は人間、下半身はスレイプニルという、ケンタウルスの亜種のような風体に静まり返っていた場内だが、次第に上半身……人間の部分に注意が向いてまた騒ぎ出した。

 

 

「て、天魔ちゃん……その、すごいわね」

 

 

 下半身が馬体になっているためか、天魔の頭の位置が2メートルを軽く超えている。見上げるようにして問いかけたミッドナイトは、思わず生唾を飲み込んだ。

 

 

(な、なに、この子……いつもより)

 

「フフ、お披露目ってことで()()()()はしゃいじゃいました♪」

 

 

 魔女。魔性の女。

 

 普段から女性的に綺麗だと思っていたが今日は……今は、レベルが違う。

 

 

 

 『傾城傾国』が、そこにいた。

 

 

 魔女の意識は、すでに自分が組むだろう二人に向いている。……その二人が無反応かつ呼吸すら止めていることにアタフタとし始めたその姿を見て、ほんの少しだけ冷静になって観察した。

 

 見つけたのは──小さな違和感。

 

 

 

(……。髪?)

 

 

 長い黒髪。普段なら後頭部の上で拳二つ分の大きなお団子を作って、なお脹脛まで届く純黒の美髪が……お団子が拳一つ分に小さくなって、その分長く流されている。

 

 普段との差は、たったそれだけ。下半身が馬になっているという指摘はもちろんだが、顔の造形が変わったわけではない。だというのに、雰囲気がまるで違う。

 

 

 

(だ、大丈夫かしら、これ……)

 

 

 色々と。本当に色々と、不安になったミッドナイトであった。

 

 

 

 ***

 

 

「なんか飛び入りでスンゴイ人来ましたね!」

 

「……え? 発目さん感想そんだけなん?」

 

「? むしろ他になにかありますか? それよりちゃんと私のドッ可愛いベイビーたちの使い方覚えてくれましたか!? 緑谷さんがちゃんと使ってくれないと私のドッッ可愛いベイビーたちが大企業に見てもらえないんですからね!?」

 

 

 

「Hey...イレイザー。これさ……」

「なにも言うな」

 

「俺らもしかして、ちょっと、焚き付けすぎた?」

「……わかってるから、なにも言うな」

 

「あとさ、ただの馬じゃないのって……」

「……普通の騎馬戦なら馬役は三人、人間三人なら脚は六本。どうせ『馬は自分だけやる』って意思表示だろ」

「あの外見で結構フェミニストだからなぁ……むしろフェミニストの対象だろうにどう見ても」

 

『HQ! 応答願うのさ! ちょっと一年生の部でとんでもない状況になってるらしいじゃないか! ──体育祭が終わったらOHANASHIしようね! 二時間コース(延長可)を予約しておくのさ!』

 

 

 

***

 

 

 

「……爆豪さん。人の背中でバチバチ小さいボンバーすんのやめろ。痛くねぇけど怖ぇから」

「あとそのヴィランの親玉顔止めて。……あの、マジでちょっと、怖いから」

「どーする? 縛っとく? 俺のテープで縛っとく? 多分多方面から褒められると思うんだ」

 

「黙れ処すぞ」

 

「「「一番処されそうな奴が言うな!」」」

 

 

 爆豪チーム。切島を前騎馬に、左右を芦戸と瀬呂が付いている。攻撃力を爆豪が一手に引き受け、防御力と奇策にも対応できるチームとなっていた。……なお、現在は若干チーム内分裂が起きそうであるが、恐怖統治によりなんとかなりそうである。

 

 

 上がりきった口角を隠そうともせず、爛々と輝く騎手の眼光は、まっすぐ二人の女子を騎手とした魔女を捉えていた。

 

 ……一年以内に超える。そう己に誓った。この体育祭がその最初のチャンスだと思っていたのに、当人が不参加という巫山戯た状況だ。しかも障害物走で緑谷に先を行かれて、フラストレーションのメーターは振り切れていた。

 

 

「──はっ、面白くなってきたじゃねぇか、なあオイ……!」

 

 

 ──違うメーターも、たった今振り切れた様である。

 

 

「そ、そっか。まあ、やる気になった様でなによりだぜ! んで、どうすんだ? 緑谷の一千万は当然として、やっぱ早乙女のチームにも攻めてく感じか?」

 

 

 早乙女は強い。今現在、戦って勝てる見込みはほぼゼロだが、それでも諦めるつもりは毛頭なかった。

 

 ポイント云々を無視して、爆豪が早乙女に執着しているのは明らかである。勝てる勝てないではなく挑むか否か……そう問いかけて、返ってきたのは強い舌打ちだった。

 

 

「──オイクソ髪ぃ。今すぐそのクソだせぇセリフ撤回しろ。じゃねぇと──テメェがほざく『漢』ってのが、クソ以下の存在に成り下がんぞ」

 

 

 溢れ出すは、烈火の如き闘争心。そして、それ以上に、圧倒的に巨大な──プライドの塊だ。

 

 

「意味がねぇ、カケラもねぇ。女二人のサポートしてるあのクソ男女に挑んで、テメェは『勝ち負け関係なく挑んだ』とほざいて満足するつもりか、あ"あ"?」

 

 

 切島に言っている──そのはずだ。なのにその言葉は、不思議と下へとは向けられていなかった。

 

 言葉はまるで、自らへ突き立てる様に、強く深く、刻まれていく。

 

 

一対一(サシ)以外に興味はねぇんだよ……! それ以外で挑もうが勝とうが、()()()()()()()()()()()()()……!」

 

 

 ……誰がどう見ても、どう判断しても、揺るぎない絶対的な勝利。ならば、チーム戦など以ての外だ。

 

 お互いが万全を期し、お互いが気兼ねなくあり、お互いがなんの憂いもない。望むはそんな勝負のみ。

 

 

 

 ──その勝負にこそ、必ず()つと()に誓う。

 

 

 

「……っ、ああ! 悪い! 撤回だ撤回! 漢らしくねぇよな! ははっ、全くもって漢らしくねぇ……!! いいっぜぇ燃えてきたぁ!」

 

 

 騎手と先頭が燃え上がり、燃え上がったが故に思わず込められた切島の握力に顔を若干しかめながら、左右馬の二人は苦笑を浮かべる。

 

 

「あー、やだやだ。熱苦しさが倍増しちまったよ。クールな瀬呂くんは、どうもついて行けませんねぇ……っ」

 

「そんな瀬呂くんにこう言ってあげよう、鏡見てみ? 似た様な顔がそこにあるから。……はぁ。熱苦しい熱血やろー三人に囲まれた美少女な私こそアレだよ。えっと……ほらアレ」

 

 

 

 ……なんだかんだ、似た者同士が組んだチームの様である。

 

 

 

 そして、各騎馬がついに組み上がる。

 

 

 

 

 

「まあ、何はともあれ! これで全騎揃ったわ!

 

 

 それじゃあお待ちかねの第二種目、騎馬戦!」

 

 

 

 

 

 ──始め!

 

 

 




読了ありがとうございました!

騎馬戦の組み分けですが、原作と違いB組で行われた二人騎馬がありません。
また、都合上若干の入れ替えが生じていますが、ご了承ください。


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MP28 騎馬戦!  3

 

 

「トランス○ォーム!」

「メタモル○ォーゼ!」

 

 

「トランス○ォームッ!!」

「メタモル○ォーゼッ!!」

 

 

「…………」

「…………」

 

 

「「──上等だ、表出ろ!!!」」

 

 

 

「……早乙女氏ぃ、だからあれほど魔法名は明確にと……! BBA達が無駄に拗らせるでしょいい加減にしてっ! っていうか真昼間から酒飲んで何この駄目人間ズ。

 

 ──あ、ちなみに拙者は『ファンタジーレイド』って感じの造語推しで。BBAとは違うのだよBBAとは。主に若──おっと、両肩がミシミシと何かに掴まれているでござるぞ? ハッ!? これはまさか『妖怪:事実を言われた酒飲みばばババイダダダ──」

 

 

 

***

 

 

 

「……?」

(なんでしょう。今、あんまり緊急感のない悲鳴が……気のせいでしょうか)

 

 

「えーっと、なんか勢いで始まっちゃいましたけど……軽く自己紹介しておきましょうか。

 初めまして。急遽助っ人にお呼ばれしたA組の早乙女 天魔です。個性は『魔女』で、今の姿は魔法で変身してる感じになります」

 

「おー……! 魔女! 魔法!! ──あ、えと、ノコは……じゃなかった私は小森 希乃子。個性は『キノコ』で、胞子を飛ばして、どこにでもキノコを生やせるノコ。ただ、ばら撒いちゃうと味方も巻き込んじゃうかもだから、今回は……」

「ん」 訳:小大 唯……個性は『サイズ』。物を大きくしたり小さくしたりできる。生物には作用しないから、物を持ち込めないこの騎馬戦じゃ不利。ごめん。

 

「小森さんに小大さんですね。よろしくお願いします。『キノコ』と『サイズ』ですか……。

 ──ところで小森さんの生やしたキノコって、食用のキノコだったりしますか? それを小大さんの個性で大きくしたら、個人的に、とぉってもすっごい嬉しい個性相性に……

 

「ん」

「あ、食べられるキノコもあるけど三時間で消えてしまうんですか? ……そう、ですか。ちょっと残念です。あ、すみません小森さん。勝手に──……小森さん? どうかしましたか?」

「ん?」

 

「え、あれ、だって今唯ちゃん……あれれ? え? おかしいのノコなのこれ? あれぇ……?」

 

 

 

─*─

 

 

 

 ミッドナイトによる開始宣言の直後、各騎馬の反応は二つに別れた。

 

 

「で、デクくんどないす──」

「作戦を少し変更! 逃げの一手は変わらない! でも……っ発目さん、確か発目さんの個性って『ズーム』で、対象をある程度ロックオンできるって言ってたよね!?」

 

 

 『早乙女 天魔』という存在を、脅威とするか否か。

 

 脅威と見たのは、彼と組んだことのある梅雨や、模擬戦とはいえ相手をした上鳴たち。そして、USJの一件でその背を見ていた砂藤たちだ。戦わず、相対しない。接近自体もできる限り回避しよう、という方針。

 逆に、天魔をそもそも知らないB組の全員と、最初から相手にしないと決めた爆豪や状況に応じては対処するとした轟らは、魔女を脅威から外している。

 

 

 ──その中で緑谷チームは、当然前者。さらに言えば、もっとも強く脅威と感じているチームである。

 

 お茶子の窺うような声を強い声で遮り、指示を飛ばした。

 

 

「フフフよく覚えてますね緑谷さん! おっしゃる通り、私の『ズーム』は5km以内なら余裕です! ロックオンも、視界に入っている状態ならある程度高速で動いても追えますよ!」

 

「なら発目さんは個性込みで、早乙女さんのチームを全力で警戒して! 違和感や動きを感じたらなんでもいいからすぐに報告! アイテムやほかの細かい指示は全部こっちでするから!」

 

「緑谷、その対応。やはり、現状で最大警戒すべきは……」

 

 

 前騎馬になった常闇が、ダークシャドウによる全域警戒を行いながら、冷や汗を一筋作る。その目は真っ直ぐ、黒き神馬と一体化した魔女へ向けられていた。

 

 

(く。一体、なんだ……この感覚は。無条件で、早乙女に跪きたくなる……!)

 

 

 常闇にとって真に恐ろしいのは、天魔から滲む魔女としてのナニカだ。

 心を強く持っていないと根刮ぎ持っていかれそうになる。肩に置かれた緑谷の手の握力が、危機感によって僅かに強くなっていなければ、正直ちょっと危なかった。

 

 ……低いポイント故だろうか、競技が始まったというのに体を捻るようにして横を向いて、のんびりと馬体の背に乗る二人と会話している魔女を見る。

 

 

「うん……警戒すべきは間違いなく、早乙女さんのチームだよ。何をしてくるのか全然読めない。全然読めないのに、やばいくらいに強いってことだけはわかる……!

 もしハチマキを取られたとしても、ほかの騎馬からなら取り返せる可能性は十分あるんだ。なのに、その相手が早乙女さんになると、カケラの可能性も見出せない──ッ」

 

 

 下半身が馬──正確にはスレイプニルらしいが──だからといって、『空を飛べない』という確証はない。実際個性測定の立ち幅跳びでは、空中を何気なく走っていたのだ。

 そうでなくとも、障害物走の時に見せた透明化を使われてしまえば、索敵能力の低い緑谷チームに見つけ出す手段は無い。

 

 絶対に取られてはならない。なのに──

 

 

(や、やっべぇ……本気で、冗談抜きで、これはヤバイ……!)

 

 

 

 なにがヤバイか。

 

 

 まず、どの騎馬もそのポイントの低さからわざわざ天魔たちの騎馬を狙いはしないだろう。取れても150Pと、正直旨味がほとんど無い──つまりマークされず、ほとんどフリーな状態で動き回れるのだ。仮にもし奪われても態々慌てて取り返す必要もない。ほかの騎馬から高いポイントを奪えば済むのだから、精神的な余裕もあるだろう。

 

 さらに、天魔個人のスペックの高さ……もそうだが、『あのチームとしての総合力が未知数』なところにある。

 以前の実習で梅雨と組んだ際には裏方に徹したが──今回は違う。全面的に天魔本人も動くだろう。……プロであるイレイザーヘッド(相澤)が認めたサポート技能は、絶対に軽視できない要素だ。

 

 

 そして何より、天魔はそれほど望んでいないだろうが……彼以外の二人の女子の、この体育祭における進退がかかっているのだ。かなり、本気になるだろう。

 

 

 

 そう……本気で、狙ってくるはずだ。

 

 

 

 

 一千万ポイント。取れば勝利が確定する、緑谷たちのハチマキを。

 

 

 

 

「あ、緑谷さん! 動きがありましたよ!」

「早速!? いや、でも当然か! みんな警戒を!」

 

「……あ、いえ、その早乙女さんが、じゃなくて、()()()()、です! 騎馬が一組、ドッ偉い速度で突撃していきました! っていうかあれ、先頭の人が暴走してる感じですね!」

 

「──……。

 

 んふぇ?」

 

 

 

 なんか変な声が出た。テレビ中継されていないことを心から願いたい。

 

 さて、発目が言った言葉の意味がわからず、もう直接見た方が早いと判断してそちらを見れば……。

 

 

 

 『ぽ、ポニー! ポニーちょっとまってお願いだから落ち着ちゅ、待って待って勢い怖いコレ待って!』

 『止め、止まっ、立ち上がりの瞬間になんでダッシュ!? あれ作戦は!?』

 『姿勢が低い。これは腰にウラメシいダメージが来──……あっ

 

 

 『──見ィつけまシタ! マぁイ、ディスティニーッ♪

 

 

 四者四様に叫びながら天魔の騎馬へ向かい、猛烈な速度で突撃……というより今まさに体当たりをかました騎馬が、確かに一組。遠目から見えるメンバーの誰一人に見覚えがないので、おそらくB組のメンバーで組まれた騎馬だろう。

 

 騎手の女子の混乱しきった顔と、後ろ二人の転ばないように必死に足を動かす様子から……なるほど、確かに先頭の人が暴走しているらしい。

 

 

 ……見たけど、わからなかった。百聞は一見にしかずという諺も、存外状況によりけりなのだろう。

 

 

「う、うわーすごいなさおとめさんあのタックルうけてもへいきそうだー」

「緑谷! 戻ってこい緑谷ぁ! 戦うのだ! 現実からは逃げられん……!」

 

 

 結構な速度+四人分の重量でぶつかったにも関わらず、六本足の馬体はほんのちょっと揺れた程度だった。……あの馬体には、見た目通りの重量とパワーがあるのだろう。その上無茶苦茶な体勢で突っ込んできた四人を無自覚に支えてすらいる。

 

 衝撃による騎馬崩しは効果なし。……そんな情報が得られただけでも良しとしよう。

 

 

 何をどうやっているのかさっぱりとわからない上に、何がどうなっているのかもさっぱりだけれど──だからこそ『魔女』という個性の、さらに言えば『魔法』という力の底知れなさを改めて実感した。

 

 

 

 『──て、敵襲ノコ! ……ってあれ、セツナちゃんのチームノコ?』

 『とりあえずハチマキを守ってください! 今は私の方で迎撃を……迎撃──あの、すみません。迎撃しても大丈夫ですか?』

 『うんセツナちゃんのチームだよーでも敵襲じゃないよー。襲う気ゼロだからキノコブッパも迎撃もやめてねー……うん、言いたいことはわかるから、その『襲う気ないなら体当たりすんな』って目も出来ればやめてね? はは、いや、ほんとごめん。こっちも結構混乱してるから。ってなわけでちょっとポニー! アンタ一体なに考えて……』

 

 

 騎手は黒髪の……どこか飄々とした雰囲気の女子。右騎馬は赤みかかった茶髪のサイドポニー女子と、左騎馬には白い髪で片目を隠して──かなり辛そうに腰を引かせている女子。

 そして、一件の原因となっただろう前騎馬は……。

 

 

 『あのあの! お名前伺っテェもイィデスか!? ワタシ、角取 ポニー、言いマス!』

 『あ、はい。私は早乙女 天魔です。……あ、あれ? これもしかして、また私やらかしちゃった感じですか……?』

 

 

 頬を赤くして目をキラキラさせて、もう『魔女タウルス以外眼中にありません!』と体現している、頭部から大きな二本の捻角を伸ばす……どこか発音に癖のある女子。

 

 

 ……とりあえず、体当たりしたのは女子だけで組まれた騎馬のようだ。

 

 

 

 

「おいコラデクぅ! ハチマキ寄越せやオラぁ!!」

 

「かっちゃん!? やっべ忘れて……あ」

 

「ははっ、いい度胸だ爆殺してやるよクソナァドぉ……!」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

「……。なあマイク。俺、教員席戻っていいか?」

 

「逃すわけねぇだろこんな面白──……楽しそうな状況で! ほら解説解説!」

 

「言い直すんならせめて意味を変えろよ。……ほら見ろ、主審がもう審判そっちのけで身悶えしてんじゃねぇか……」

 

 

 

***

 

 

 

「その、と、とってもとぉってもクールでビューティなお毛並みデェス! ボディソープ、なに使ってるでぃすか!?」

「あー、お話の前に、後ろの方の治療しましょうね。……腰はちょっと、ええ。放置や楽観視すると真面目に危ないので」

 

 

「? うしろ?

 

 ……れ、れいこー!? どうし、誰にヤラレタデェスか!?」

 

 

 

「「……犯人は、現在被害者から冗談抜きの怨めしそうな目で見られている方デス」」

「Why……?」

 

 

 取蔭 切奈と拳藤 一佳の、若干感情が欠如した視線を受けてもなお首を傾げる角取 ポニー。

 

 そんな三人の様子に苦笑しながらもパカパカと蹄を鳴らして後ろに回り、プルプルと震えている柳 レイ子の腰部に軽く手をかざして意識を集中する。

 

 

 ──集中したら、何故か険しい顔をした雄英高校の保険医(裏の権力者)の姿が脳裏に浮かんだので、いつも以上に真剣に診た。

 

 

 

 なお……競技中にお前らは一体なにをやっているのか、と思われるだろう。

 

 だが競技場の外──具体的には救護テントから叩きつけられた謎のプレッシャー(治療の邪魔すんじゃないよ)に、選手はおろか、観客の誰も口を挟むことができなかった。

 

 尤も、特大の爆発やら乱立する氷の隆起やら、さらにそれらを迎撃するような衝撃波やらが目立っていたので、天魔たちがあまり目立たなかった、というのもあるのだろうが。

 

 

(…………今さらっと流しそうになったけど、治療ってなに? ご本人集中してそうだから小森、ほらアンサー)

(ノコ。個性が『魔女』で、魔法が使えるって言ってたノコ。今の馬……馬? も魔法で変身してるって。っていうか、ポニーちゃんもしかして、もしかするノコ? その──女ノコ同士の……えっと/////////)

 

 

 天魔を見て、ポニーを見て──それを二度ほど繰り返す。特に初見である天魔を念入りに観察して……一同が『コレはしょうがない』と納得し、むしろ見惚れてしまった。

 

 

 

「──……。はい、もう大丈夫です。所謂『ぎっくり腰』でしたね。競技もそのまま出られますよ。ですが、違和感が出てきたらすぐ教えてください」

 

「ど、どうも。……凄い、本当に治っちゃった」

 

 

 本当に痛かったのだろう。

 

 顔が青く、額にはわずかに脂汗が浮かんでいたのが……もうすっかり顔色も戻っている。騎馬を組んでいる状態なので手で触れることはできないが、足踏みしたり軽く跳ねたりして確認して、問題ないと判断したようだ。

 

 よかったよかった、と優しく笑う天魔(ver.傾城傾国)は、その笑顔のままくるりと後ろを向き……。

 

 

 

「──自己紹介、し直しますね? 私は、早乙女 天魔と言います。はい。ご覧の通り、男子です」

 

 

「「「「はは。いやいや、そんなご冗談を」」」」

「ん? ……んん」

 

 

 そんなリアクションである。

 

 ……想像はしていたし、心のどこかで諦めてもいた。むしろこれは悪化しているのではなかろうか。今まで一笑の下で冗談と断じられることなどなかったというのに。

 

 『態々伝えなくてもわかってくれるだろう』──という細やかかつ何よりの願望は、もう捨てるべきなのだろうと──

 

 

 

「oh? わかってるですよ? とてーもクールビューティなボーイでぇす! こんなキレーな人、ワタシ初めて見ま──? ミンナ、どうしたデスカ?」

 

 

 

 

 ──えっ、早乙女少年が!?

 ──うっそだろおい……!

 ──コレハ……ヒト波乱来ルゾ

 ──学校公開で食堂も一般公開とかマジ早乙女くん案件なんですけ……え!?

 

 

 ──早乙女(くん)(少年)が初見で男子扱いされた、だと……!?

 

 

 なにやら戦慄している教員席はスルーでいいだろう。

 

 ……個性発現後の人生に於いて、おそらく初めてだろう『初見で男子と判断された』ことに、誰よりも天魔が呆然としている。だがポニーの言葉を理解して、満面の笑みを──

 

 

 

「見ればわかりまぁす! とてーもキレーなホースボディでぇす! わたしの、グランパとグランマ、ケンタウルゥス♪ ボーイとガール間違えるなんてアリエマセンン!」

 

 

 ──浮かべるほど、彼の人生は彼に優しくはない。

 

 

 満面の笑みを形作る前に表情のテンションは急降下し、そのまま深いため息を一つ。

 

 下げて、上がったと思ったら、また下がる。……地味に、心にダメージが残るコンボだ。

 

 

 

「……とりあえず今は競技中ですから、そちらに集中しましょうか。私たちだけですよ? 現状こんなに呑気なの」

 

 

 なお、暴走したのはポニーだけである。ちらっと拳藤から聞こえた作戦というのも気になるが、さっさと仕切り直すとしよう。

 

 

「それじゃあ、お互い頑張りましょうね」

「「「へ? あ、はい」」」

「あ、あとで! あとでお話ししまショウ! エスケープはダメですヨ!?」

 

 

 そのまま何事もなかったかのようのB組の騎馬と離れ、蹄を鳴らし、加速する。

 

 

 ──「え、マジで男? いや、でも流石にあれは……」

 ──「……っ!? 切奈、あんたハチマキは!?」

 ──「ハチマキ? ……あああああ!? やられた!」

 

 

「あ、そうだ小森さん。『コレ』首にかけておいてください」

「──の、ノコ? え、これまさかセツナちゃんたちのハチマキ!? いつの間に!?」

 

 

「ふふ、 まあ治療費と慰謝料ってことで。さー、しっかり掴まってくださいね! 逃げますよー!」

 

 

 




読了ありがとうございました!


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MP29 騎馬戦! 4

 

 

「くっ、すぐに取り返……うわ速っ!?」

 

「馬の姿は伊達じゃないってことか。普通に走っても追いつけそうにない……なら──みんな! あのハチマキは諦めて他の騎馬からポイントを狙うよ! クラスもこの際無視! 正直、物間の提案を聞いてる余裕なくなった!

 ……あとポニー! アンタはちょっと本気で反省! これは個人戦じゃないんだよ!?」

 

「あい……本当に、ソーリーです」

 

「……。よし許す! さあ切り替えていくよ!」

 

 

「「「おう!」」」

 

 

(うん、持ち直せた! まだ十分巻き返せる!

 

 ……にしても、ちょっと信じられないけど本当に男子だったっぽいな……騎馬戦終わったら謝りに行かないと)

 

 

 

 

***

 

 

 

 タカラッ、タカラッと軽快な音で颯爽と駆け抜ける。何組かは増えたポイントを目当てに狙おうとしたようだが、追いつくことがまず出来ないので早々に諦めていた。

 

 

「……ん」

「ええ、そうですね。一応、防御とか囲まれた時の対処とか色々考えていたんですが……このまま走ってるだけである程度は大丈夫そうです」

 

「もうツッコまないノコ。……でも、大丈夫ノコ? 今かなり速く走ってるけど、ずっと走ってるとやっぱり疲れるノコ。──あんまり、無理はしてほしくないノコよ」

 

 

 頭に元々のポイントである『150』の、そして、首に先ほど取陰チームから奪取した『210』のポイントをつけている小森が、どこか心配そうに問いかける。小大は感情があまり表情に出ないようだが、それでも彼女からの気遣うような視線を背中に感じた。

 

 

「……ふふ、大丈夫ですよ。お二人とも軽いですし、この速度なら小一時間くらい余裕で走れそうです」

 

 

 

 ……乗馬の経験なんてあるはずもなく、小森の両手はしっかりと天魔の肩に掴まっている。小大はその小森の肩に手を置いて、連なるようにしてバランスを取っていた。

 

 鞍やら(あぶみ)(乗馬の際に足を乗せる馬具)がないので、所謂『裸馬』である。乗馬の経験がある者でも裸馬に騎乗するのは相当難しいので、乗馬初体験の二人がバランスを取ることに必死になるのも仕方のないだろう。

 

 

 

 ──言葉と視線と、行動。

 そこまで深い意味はない。……嫌な言い方になるが、良識のあるものならば『当然の言動』だ。迷惑をかけたのだから、助けてもらったのだから、そして、それが競技中ずっとなのだから。

 

 

 それでも。

 

 そうと理解していても……魔女は、まるで自分が『必要とされている』ようで──。

 

 

 

 より一層、魔女の本気度(やる気)が上がっていった。

 

 

 

 

 ──思考を回す。

 

 

 ……今は走り続けるのも有りだが、問題は『足を止めること』に特化した個性を持つ者が少なからずいるということ。

 今はその者達を避けて走っているが、()()()()()()()可能性がある以上、避け続けるのは難しくなってくるだろう。

 

 その上、二人を次の種目に進ませるためにはポイントが必要だ……逃げ続ける中でさっきのような好機がまたあると考えるのは、あまりに楽観が過ぎる。ある程度こちらから攻めていく必要があるだろう。

 

 

(ですが、お二人の個性を考えると……)

 

 

 

 

 ──できるの、ならば。

 

 背に乗る二人を主役にしたい。自分は『ほんの少し舞台を整えるだけ』の脇役に徹したい。

 

 だが、この騎馬戦という舞台……小大に至っては体育祭のルールそのものが、個性を完封してくる現状を考えると、それは少しばかり難しい。

 

 

 

 ──ならば。

 

 

 

「……小森さん、小大さん。ちょっと、お願いがあるんですが」

 

 

「ノコ?」

「ん?」

 

 

 

 

 

「──私の、『勝利の女神』になってくれませんか?」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

「もう。ほんっと、もう……ねえ、そろそろ誰かあの子に教えてあげてくれない? 自分が『絶世』系の単語が付く『異性同性ガン無視のマジでやばい魔性属性』を持ってるんだ、って。

 しかもなによ今のセリフぅ。『振り返りながら蠱惑笑み浮かべて』とか、誰から教わったのよその必殺コンボぉ。──あ、ちゃんとカメラ外した? お茶の間に届けたらやばいわよ今の」

 

『安心しろよミッドナイト! カメラマンは優秀だ! 現在進行形で放送禁止な身悶えをしている審判も、ちゃあんと外してるZE! ……って、聞いてねぇなありゃ』

 

「でも個人的な要望を言・う・な・らっ! あのセリフなら『後ろから優しく抱きしめながら耳元でそっと呟く』がイチオシね! いまの傾城傾国天魔ちゃんに言われたら……私、ワタシッ! ンア!

 

『おいカメラ止めろ』

 

 

 

***

 

 

 

「けろ。……来るみたい。二人とも警戒して」

「くっ、予想より少し早いな」

「そう? 私は開始直後からだと思っていたわ。……峰田ちゃん?」

「……ど、どうしよう。おいら、さっきの早乙女のとこに見て、あそこに飛び込みてぇって()()考えてた……! 性別的には『早乙女のハーレム状態だった』のにだ! つまりおいらは……おいらは……!」

 

「「…………手遅れ()」」

 

 

 

「っ、緑谷さん!」

「爆豪!」

「……。上鳴さん、早乙女さんの警戒はどうしましたの?」

「え? ……あ、やべ!」

 

「この状況で来られたらきついんだけどなぁ……!」

「余所見たぁ余裕だなクソナード!? つか邪魔すんじゃねぇよ半分野郎!」

「……そりゃ、こっちのセリフだ(……人選、間違ったか?)」

 

 

 

 

 競技場の雰囲気が、たった一騎の行動によって変わる。それはとても些細な変化であったが……ピリピリとした緊張感が張り詰め出していた。

 

 

「おい物間! なんか、小森たちに動きが……っつか、こっち来てるぜ!」

「ふーん。拳藤たちから奪ったばかりで、随分性急だね……身内の二人には悪いけど、お情け出場のA組は早速ご退場いただこうかなぁ!」

 

 

 A組の騎馬……その中でも、激しやすい上に高ポイントを所持している爆豪の騎馬を狙っていたのだが、開始早々に三つ巴の(しかも全部がA組高ポイント)激戦をおっ始めてしまう。

 

 『B組一丸でA組を下す』──という彼、物間の作戦の下に行動していた騎馬たちは、その三騎の攻防のあまりの激しさに尻込みし……終わるまで別の騎馬を狙おうか、と僅かに足踏みしていたところだった。

 

 

「──というわけで、任せたよ鉄哲ゥ!」

 

 

「俺か!? でも考えりゃ拳藤たちの敵討ちか! っしゃあ行くぜぇ!」

「『乗せられるの早すぎ』ってのと『お前がいかねぇのかよ』ってツッコミは……いいや、面倒だし」

「しっかり言ってるけどな……なんか、嫌な予感するから注意だけしてくれよ」

「言われずとも、油断慢心は致しま──っ鉄哲さん!」

 

 

 ──鋭く走った女子の声、その声の質を理解して咄嗟に警戒を高めるが……それは、致命的に遅かった。

 

 

 『まだ少しある』という距離は、走り方を変えた幻馬によって一瞬で詰められた。

 『攻撃手段に乏しい』という先入観は、騎手である鉄哲に叩き込まれた『黒く長い棒状の何か』への反応を遅らせた。

 

 鉄哲の個性『スティール』。発動こそすれば鉄の硬度を発揮するが……発動できなければ平均よりちょっと頑丈な男子高校生に過ぎない。バシンという痛そうな重い音は、鉄ではなく肉に叩きつけられた証拠だ。

 

 

「ぐあ……!」

「鉄哲!?」

 

「っ、守りま──」

「ま、待て! 今ツル出したらダメだっは、あああ!?」

 

 

 即座に反応できたのは骨抜。『柔化』の個性で周囲の足場を崩すも、僅かに間に合わず跳躍を許す。自分の騎馬を巻き込みこそしなかったが……身動きが取れなくなってしまった。

 

 塩崎の判断もまた早い。

 確実に来るだろう二撃目を予測し、そしてハチマキは取らせないと『ツル』……イバラをドーム状に展開するが、それが悪手だった。

 

 上から落ちて来た『巨大な布』。それの繊維にイバラの棘が絡まり、そのまま鉄哲らの騎馬に覆い被さってしまった。

 とっさにイバラを払おうとすれば、男子の誰かに引っかかった部分が引っ張られて騎馬ごとバランスを崩してしまう。

 

 

 ──当事者にも関わらず若干客観的に状況を見ていた泡瀬は、その巨大な布に見覚えがあった。見覚えがあったというか……今も自分が、サイズこそ違うが同じ物を着ているからだ。

 

 

(……え、ちょっと待て。じゃあ脱いだの? ……女の子が!?)

 

 

 ──ちょっとだけ、ほんとうにちょっとだけ──鼻呼吸に比率が寄ったのは、彼の名誉のために内緒にしておこう。どうせ、真実を知るまでそう時間はかからないのだから。

 

 

 

 

「ノコノコ♪ 作戦だぁい成功♪ 早乙女さん! 高ポイントハチマキ、ゲットノコ!」

 

「おかえりなさい、小森さん! 小大さんもナイスアシストです! それじゃあ一旦離脱しますよ!」

「ん!」

 

 

 そして布……『小大の個性で巨人サイズになったジャージの上着』の中から、いつの間に侵入していたのだろうか、ひょっこりと顔を出した小森を天魔たちが回収してポイントゲット。

 ……ほんの数秒の攻防は、天魔たちが奇襲から圧倒する形で終わった。

 

 

 

「……審判! 鉄哲を殴ったアレ、反則じゃないのかい!? ヒーロー科が『アイテムを持ち込んで』るじゃないか! いいのかなぁ!? 特別参加な上に、特別許可とか、幾ら何でも贔屓が過ぎるんじゃありませんかぁ!?」

 

『ウフフ、いい噛みつき方! 反抗期な青春もいいわね! 

 答えるけどセーフアウト云々の前に、審議すら必要ないわ! だって『ジャージの上』と──『髪の毛』よ?』

 

 

 

 高速で駆け、離脱していく天魔の右手。

 色故に若干わかりにくいが、目を凝らしてみれば……確かに紐状のものが数十本ほど、編みこまれるようにして一本の太い縄になっていた。

 ……髪にしてはやたらと太過ぎると思ったが、それを変えられる個性があのチームにはいるのだ。

 

 

 もちろん、ただの毛髪のサイズを大きくしたところで、武器になるはずがない。

 

 

 生半可な刃物では、傷付けることさえ難しい魔女の髪。

 ……ただの毛髪とは、何もかもが比較にならないだろう。

 

 

 

「ちょ。物間ぁっ、いやこの際誰でもいいから! 助けっ、小森のやつ置き土産に中で胞子ばら撒きていきやがった!」

「白くてデカイキノコ……毒があるやつはさすがに使わないと思うけど、いやでも小森なら痺れるくらいのなら十分あり得るし……しかし、これ、結構重い……!」

「ああああ私の髪が……」

 

 

 巨大化したジャージが盛り上っていく。見れば、四人の体から大量の白いキノコが元気に成長していく……物間は己の失策を認め、ため息をついた。

 

 

 『勝つために』『A組に一泡吹かせるために』だから、『妥協なく戦力を集中させよう』とクラスメイトたちに提案したのは物間だ。その結果、十中八九小森と小大があぶれるだろうと予測もした。

 

 

「……その結果が、アレを呼んじゃった、と」

 

 

 

 

 再びため息を一つこぼす。再びどうするかと思考を加速させるその片隅で思う──反則はなかったけど、アレの存在自体が反則じゃないか、と。

 

 

 

 

***

 

 

 

「あら──ニオウシメジですね。あれ」

 

 

 チラリと見た鉄哲たちの惨──現状を見た天魔が、彼らが引っこ抜こうとしている巨大なキノコを見て、あるキノコの名前をポツリと呟いた。

 

 

「ノコ!? せ、正解ノコ! 『大きい』『重い』『毒がない』って言ったらあのキノコノコ! よくわかったノコね!」

 

 

 『無名でこそないが一般知名度は低い』──そんなキノコの名を一発で言い当てた天魔に、キノコ大好きな小森はテンションを上げる。

 ……ジャージを脱いだことで露わになった天魔の肩(※黒のランニングシャツ着用)にドキドキしていたことなど、一瞬で忘我の彼方だ。

 

 

「ちょっと前に大物が一株丸ごと送られてきたことがあったんですよ。……キノコ料理のレパートリーを一気に増やしてくれた、思い出の食材です」

 

 

 生食は禁止、老成すると異臭を発する……という二点だけ注意すれば、非常に美味な上に使い勝手の良いキノコである。

 

 ただ、デカイ。ちょっと尋常じゃないくらいに大きいのだ。

 

 一株で10kgを超えることも珍しくなく、公式記録では100kg近い重量を叩き出したことがある『仁王占地(ニオウシメジ)』。無数のキノコが合流して一つの株となるので、本来は絶対にあり得ないのだろうが……人体に生えた場合、その行動阻害力は抜群だろう。

 

 

 ちなみに、どんな料理かと聞かれ。

 ゴロッとサイコロ状にしてシチュー。細くカットしてパスタの具。丸ごと炭火で焼いて醤油をかけたら、住まいのマンションで(めし)テロを起こした。

 

 そんなことを話していたら、背後からゴクリというかジュルリという音が聞こえた気がしないでもないが、いまはどうしようもないので気にしないでおこう。

 

 

 ──閑話休題。

 

 

 

(これで現在のポイントはおよそ1000……安全圏、とはまだちょっと言えませんね)

 

 

 所持していた初期ポイントは150。そこから拳藤らの210と、鉄哲らの705を加え、保有ポイントは一気に増えた。

 

 ──例年通りならば、次の第三種目は個人戦だ。そして、確実にトーナメント形式が取られるはずである。

 シード枠はなく、さらに第二種目で残った人数が42名なのを考慮すれば、先に進めるのは16名と見てまず間違いないだろう。

 

 実質四組の騎馬が次に進めることになる。現在でこそポイント合計は二位だが、状況によっては四位にギリギリアウト、というところだろう。

 

 

(せめて、あと500pは最低でも欲しいところですが……)

 

 

 

 確実に突破するならば緑谷の持つ一千万を狙うべきなのだろう。だが逆に、天魔は最初から『一千万だけは絶対に狙わない』と決めていた。

 

 

 

 熾烈な争奪戦は容易に予想できる上に、取ったら取ったで全騎馬から狙われる。自分一人なら取るのも逃げ切るのもどうにでもなるだろうが、二人はおそらく耐えられないだろう。

 

 その上、二人を世間にアピールする必要がある。そのためには、『天魔本人が騎馬の主力』となりその上で『二人の的確なサポートを受けた』──という形が望ましい。

 魔女の個性の万能性を考えれば、基本的にどんなサポートも必要ない……のだが、幸いにして天魔の個性は『ケンタウロスの亜種』と観客たちには思われている。攻撃系や補助系の魔法を使わず目立たなけれ──……。

 

 

 

「……あ」

 

 

 

治  使  が

癒  っ  っ

魔  て  つ

法  ま  り

   し  と

   た   

 

 

「…………」

 

 

 開幕当初。しかも、結構目立っていた中で、思いっきり魔法を使って治療を行っていたことを思い出す。

 

 ──作戦を思いつく前の出来事だからどうしようもない上に、治療を行ったことになんの後悔も反省もないのだが、こう……なんとも筆舌にし難い恥ずかしさがあった。

 

 

(あー、まあ、どうにかなるでしょう。どうあれ、私は第三種目は棄権するつもりですし。お二人さえ進めればいいわけですから)

 

 

 さっさと切り替えて、想定した安全圏と思われるポイントを取りに行くため、競技場に設営された巨大モニターを見る。

 騎馬戦開始から数分、すでに自分たちのようにポイントの奪い合いが発生し、所持ポイントも相応に変化しているからだ。各騎馬が今、どれだけのポイントを持っているか知る必要がある。

 

 ……理想は、一本で500に近いポイント。それを取り、そのまま速度を上げて逃げ切る。その上で三つ巴の一千万の行方に注意しながら……。

 

 

 

 

 

 

 

「………………え?」

 

 

 

 ゼロの数字が、並ぶ。

 

 そして。

 

 

 ()()()での最下位が、ずらりと映し出された。

 

 

 そして、緑谷しか狙っていない爆豪・轟のすぐ上に自分の順位があり……その緑谷と自分の間。

 

 ()()()()が、その1300近いポイントと共に、そのチーム名を映していた。

 

 

 

 蹄の音が、やけに聞こえる。ポイントの争奪戦が繰り広げられているはずなのに。

 

 意識して離れていたはずなのに。一千万を巡る三つ巴の激闘の音が、やけに聞こえる。

 

 

 

(なにが……)

 

 

 

 

 

『……おーい、そこの……ケンタウルス、でいいのか? まあいいや。そこの女子チーム』

 

 

 

 

 

 

 ……反応し、反論した記憶はある。

 

 だが、そこからの記憶が……試合が終って、審判であるミッドナイトに触れられるまで、完全に飛んでいた。

 

 

 

 慌てて後ろを確認する。そこには……まさに『心ここにあらず』といった小森と小大が座っていて……。

 

 ──小森の首にも額にも、ハチマキは一本もなかった。

 

 

 

 




読了ありがとうございました!


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MP30 魔女が折れた日

……もしくは、吹っ切れて諦めた日。



 

 

 

「……ッソが!」

「ちっ……!」

 

 

「で、デクくん……? い、いま終了て……!」

 

「はぁ、はぁっ、うん……! すっごいギリギリだったけど……でも!」

 

 

 激戦を終え、三騎12名全員がそれぞれ肩で息をしている状況。

 視界に入る二人の騎手の額には、スタート時に割り振られた『665』と『615』のハチマキがそれぞれあり……自身の額にも、ハチマキの締め付けが変わらずにあった。

 

 

「一千万! 守り、きった……!」

 

 

 何度も何度も危機があって、綱渡りどころか紐渡りみたいな賭けもしたが……その結果。

 

 緑谷を騎手とした麗日、常闇、発目の四名は、騎馬戦一位突破という快挙を成し遂げた。

 

 

 

「「いやっ、たぁあああああああ!」」

 

「皆で掴んだ勝利……否、栄光だ」

『マア、一番活躍シタノハオレダケドナ!』

 

「本当に……本当にギリギリだった……!

 発目さんの開発したアイテムがどれか一つでもなかったらやばかったし麗日さんにも無理を強いちゃってなんどもキャパオーバーしかけたし常闇くんのダークシャドウがいる実質五人騎馬じゃなかったらできなかった作戦だし逃げの一手じゃなくて守りの一手だよねこれ最初にかっちゃんに捕まったのが拙かったいやそれを考えたら最初に早乙女さんに意識を割きすぎたんだそれ以外にも──」

 

「デクくん、ブレスいれよ。呼吸や。いまノンブレスブツブツやったら真面目に命に関わってまう」

「ここまで来るともはや一芸だな……」

「作ったベイビーたちがお役に立てたようでなによりです! まさか私も体育祭で使おうと思っていたベイビーたちが八割も出せるとは思ってもみませんでした!

 

 あ、見てください! 結果が出ましたよ! 当然私たちが一位ですがっ!」

 

 

 

 発目が指差した巨大モニターに、王冠のマークと緑谷たち四人の顔が映し出される。

 

 それを見て、より一層胸に込み上げるものがあって……泣きそうになったのは、内緒だ。

 

 

 続く二位。三つ巴の騎馬戦が激しかった上に、轟が何度も作り上げた氷が壁になったこともあって、他のチームの情報がほとんど入ってこなかった。

 それでも、わかる。十中八九、彼がいるとしたらここだと。

 

 

 

「「「……だれ?」」」

 

 

 なのに……知らない三人の名前と、A組の尾白の名前があった。そして、なによりもそのポイントだ。合計で2000近いポイントを獲得している。

 

 三位に爆豪、四位に轟と続き……惜しくも進出を逃した五位には、天魔のチームに最初に突撃した拳藤チームが、390のポイントでランクインしている。

 

 

 そして……残りの全チームが六位。全チームが、0ポイント。その中に天魔の騎馬もあり……。

 

 

 

 第二種目騎馬戦、一位通過。

 

 ……その喜びが、あっという間に沈んでいった。

 

 

 

─*─

 

 

 

「えっ、と……あ、八木さーん!」

 

 

 ガリガリの細身・2メートル超えの長身・金髪という結構目立つ容姿の人物は、人混みの中でも割と簡単に見つけることができた。

 

 ──ヤギ? 山羊? と周囲にいた幾人かが振り返り、人の名前かと理解して振り戻る。さらにその中の何人かが呼んだほうの天魔を見て、あれ馬じゃないと首を傾げていた。

 

 

「おーい──早乙女しょうねーん!」

 

 

 ……周囲にいた全員が、振り返って首を傾げた。そして、ああ聞き間違いだな、と呟き、納得&確信して、それまでの行動を再開していく。

 

 

 

 

「…………」

 

「……早乙女少年。生きて。お願いだから生きて。君いますっごい目が虚ろだから。虚無が在るから目の奥に。紐とか刃物とか持ってたら預かるからすぐに出しなさい。……持ってない? ほんと? 信じるよ?」

 

「あハは、イヤですネぇ。ワタシもぉさすがに慣れましたYO?」

 

「(うわーこれやっべ)ほ、ほら! 買いに行こう! ね! う、うわー私、出店なんて久しぶりだなー!」

 

 

 

 

 〜出店買い物中〜

 

 

 

 若干虚ろな目をした『雄英の女学生』を『金髪の不審者』が連れ歩いてる──という報告があったりなかったり揉み消されたりしている中、十数店を二人は無事に回っていた。

 

 

「あの、結構な量買いましたけど……やっぱり私も半分出しま──」

「出さないで! 本当にお願い! もうすでにボロッカスになってると思うけど、私の大人のあれこれのためにもここは私に払わせてくださいお願いします……!」

 

 

 かなり本気で頭を下げる。ボロッカスになっている大人のあれこれをかなぐり捨てたふつくしい直角の礼に、天魔は取り出そうとした財布をしまった。

 ……この分はお弁当のグレードアップで返そう、という謎の決意と共に。

 

 八木の両手、そこそこ大きな袋に詰められた、『日本のお祭りの出店といえば!』という品々。

 

 ……栄養バランスなんて知ったこっちゃねぇと言わんばかりの内容に、目の据わった天魔が収納魔法からエプロンを取り出そうとして、それを八木が宥めたのはつい先ほどである。

 

 

「あ……ちなみにさ、さっきはなにを作ろうとしたんだい?」

「玄米と山菜の混ぜご飯で作ったオニギリを」

 

 

 即答だった。そして……止めたのを、ちょっと後悔した。

 

 

「あ、焼きオニギリでもいいかもしれませんね。お味噌とお醤油に良いのがありますから、香りもソースとかに負けませんよ?」

 

 

 そしてまさかのスグサマグレードアップ。止めたことをかなり後悔した。それこそ。過去に戻れるなら止めた自分のほうこそ止めてやりたいレベルで。

 ……ガッツリ系も大好きだが、おじさんの体は無意識に健康に良さそうな食事を欲してしまうのである。

 

 

「……どうしよう。正しいことをしたはずなのに、早くもちょっと後悔し始めてるよ」

「はは。じゃあ、今度のお弁当で作ってきますね」

 

 

 ……両手の袋がなかったら、かなり真面目にガッツポーズくらいしていたかもしれない。

 

 それくらいに、しっかりと天魔に胃袋を掴まれていた。

 

 

(まあ、掴まれる胃袋ないんだけどネ! ……。うん。これは止めよう……自虐ネタになっちゃうね。それも全然笑えないタイプの、空気が凍っちゃうやつだ)

 

 

 気を取り直して。

 

 

 USJの襲撃から二週間と少し。それから毎日欠かさず、天魔による食事と睡眠の改善を施された八木──オールマイトは、それはもう劇的に改善していった。

 

 マッスルフォームの状態では衰えてきたパワーがだいぶ改善され、感覚的には全盛期と最低期の間くらいまで戻りつつある。活動時間はもっと顕著で、出久に個性を譲渡した頃には三時間を切っていたはずなのに、今ではなんと倍の六時間だ。

 

 トゥルーフォームの状態も、まだだいぶ痩せているが……少なくとも『骸骨』というイメージはかなり薄れてきている。以前は事あるごとに吐血していたのが、それもなくなった。

 

 

 

(……本当に、足を向けて寝れないよなぁ)

 

 

 『一食とはいえ普通に食事ができる』

 『穏やかに眠ることができる』

 

 それだけでも込み上げてくるくらいに嬉しいのに、目の前の魔女はその状況にこれっぽっちも満足していなかった。

 

 改良と改善の模索。手を変え視点を変え、少しでもよくなるようにと。

 

 ……『天魔から相談を受けた』というリカバリーガールからこっそりと教えられ……軽く泣いたのは、まだ記憶に新しい。

 

 

 

 二人はそのまま食堂……が超満員だったため仮設の休憩所まで赴く。八木へ魔法を施し、どこか懐かしい味に舌鼓を打った。

 

 

 

「その──さっきの騎馬戦、残念だったね」

 

「あー。はは……お恥ずかしい。彼──心操さんでしたか? 完璧にしてやられました。

 小森さんと小大さんには後で謝らないといけませんね……最終的に、私が足を引っ張る形になっちゃいましたし」

 

 

 

 浮かんだ苦笑には、負けたことに対するあれこれは微塵にもなく。

 

 何よりも、組んだ二人への申し訳なさが強かった。

 

 

 

 だからだろう。『女子扱い』……天魔は今回の件で、もう、本気で諦めようかと考え始めている。

 

 なにせ『女子チーム』と心操に呼ばれ、それに真っ先に反論した天魔が騎馬の中で最初に行動不能になってしまったからだ。

 

 

 ……天魔が固まり、続けて小大。最後に、いきなりの事態に混乱してしまった小森、と順次記憶が飛んで……気付いたら競技が終わったいた。

 小森曰く『返事をしたら固まっちゃったノコ』とのこと。

 

 加えて、一人騎馬をしたことも完全に裏目に出てしまった。

 

 

 

「慰めになるかどうかはわからないけど……私もね、結構長い事ヒーロー業界に関わっているけど……あそこまで強力な『初見殺し』は、ちょっと見たことがないよ。事前情報がなければ、わ──オールマイトでも、対処は無理なんじゃないかな」

 

 

 心操 人使。個性『洗脳』

 

 声をかけ、返事を返してしまえば条件クリア。洗脳は一度に一人、かつ軽い衝撃で覚めるようだが……人数制限や時間制限は現在のところ未知数である。

 

 

 八木から見ても、それは異様な光景だった。三騎馬は激闘を繰り広げる中で、残りの騎馬は一騎を除いて固まって動かないのだ。しかもそれを、ヒーロー科の生徒ではなく、まぐれで第一種目を突破したと思われていた普通科の生徒が一人で作り上げたのだから、なおのこと。

 

 

 ……一般の観客は、それをつまらないと判断しただろう。心無い者であれば『ヴィラン向けの個性だ』と罵るかもしれない。

 

 

 だが、未来のサイドキックを下見に来たプロヒーローたちは違う。

 『言葉で受け答えするだけで相手を無効化できる個性』を目の当たりにし、その真価をすぐに見出した。

 

 例えば、人質を盾にするヴィラン。一か八かの手段も、万が一の犠牲も無くなるだろう。

 例えば、裏社会に潜むヴィラン組織。洗脳の強度にもよるが、長年探したアジトが一発で発見できるかもしれない。

 

 例えば、例えばと……ベテランであればあるほど、歯痒い思いをしていればいるほど、彼の評価を上げていく。

 

 

「ふふ、オールマイト先生でも無理じゃあ仕方ありませんね。なら、ヴィラン側に同様の個性の方がいないことを祈りましょうか。

 ……あれ? これ、真面目に冗談じゃ済まない……?」

 

 

 割りとガチ。

 

 情報がなかった場合、ソロのヒーローは本気で手立てがない。コンビか、少なくともサイドキックと二人以上で行動する、くらいの対策しか思いつかなかった。

 

 

「君の魔法でも無理そう?」

 

「……イメージが全くできないので、今はなんとも言えませんね……っと?」

 

 

 天魔のジャージポケットからのんびりしたオルゴールの音色。スマホを取り出してみれば、『八百万さん』からの着信。

 

 「なんだろう?」という疑問が浮かんだが、すぐに「聞けばわかるだろう」と判断し、八木に断りを入れてから通話をタップする。

 

 

 

 ……それが、おそらく天魔の人生で『一番忘れられないスマホ操作』になることを、彼はまだ知らない。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

『レディースンエーンドジェエエエントウメェエエエン!! しっかりお昼して来たかぁ!? 我が校の食を司るクックヒーロー『ランチラッシュ』にぃ、悲鳴上げさせて来たかー!?

 ……え? 本当に悲鳴あげてた?

 

 ──……尊い犠牲にッ敬意を評し! さあ、いくぜ午後の部ぅ!』

 

 

『おい、勝手に犠牲にする(殺す)な。

 ……えー、始める前に、雄英高校ひいてはランチラッシュからのお知らせです。

 『雄英OB、OGの皆。食堂を懐かしがってくれるの嬉しいけど『大人の経済力を行使した食い溜め』をやってくれた全員は漏れなく今後出禁にする』──とのこと。

 裏付けの取れた562名の卒業生は、以降学校行事による公開中でも食堂は利用できません。真面目に反省してください

 

 

 観客席の至る所で絶望に打ちひしがれる大勢を無視。そのまま、午後の部の最初に行われる自由参加のオリエンテーションに移ろうとして……。

 

 

『それでは、あー、午後の部のオリエンテーションを──そのー……』

 

 

 

 歯切れ悪く言い淀むマイク。その隣で、一年A組の担任 相澤 消太先生は、眉間を強く揉んだ。

 

 正直触れたくない。できるならこのままスルーしたいが……無理だろう、これは。

 

 

 

『……なに、やってんだ? おまえら』

 

 

 眼下、オリエンテーションに出場するために会場入りしている生徒たちの中で、一際目立っている女子生徒たち。深い青に白いラインが入ったジャージではなく……その中にあって、やたらと映えるのは鮮やかなオレンジ色。

 

 

『ま、まさかのチアガール・コスプレー! HA、HAHA! あれか、観客へのサービスか! うん! かわいいZE!』

 

 

 腋出しヘソ出し、スカート丈はかなり短く……衣装と肌面積の比率が大変なことになっている。親御さんが見たら『うちの娘に何着せてんだ!』と苦情が来そうな露出度だ。

 

 

「あ、あの……相澤先生! 午後の部の最初に、ヒーロー科女子によるクラス対抗の応援合戦があると……!」

 

 

 ──チアガールコスの作成者である八百万が、顔を青くしながらも問う。……本当は入場してからとっくに気付いているのが、『ある事情』によって藁にも縋りたいのだろう。

 

 

『……答えてやるが、なんだそれ?』

 

「──っ騙しましたわね上鳴さん峰田さん!?」

 

 

 

 悲鳴のような糾弾を向けられるが、その犯人たちは作戦成功! とばかりにハイタッチ……しようとした上鳴が、膝をつき両手を天へ突き上げる峰田に目を瞬かせていた。

 

 

 

「上鳴ぃ、聞いてくれ上鳴ぃ! オイラの、オイラのリトル峰田が!」

「いや聞きたくねぇよ峰田のリトル峰田のことなんか。つかどうしたお前ガチ泣きしてるじゃねぇか!?」

 

 

 呼吸。

 

 

「オイラのリトル峰田が、早乙女に反応してねぇんだ! つまり、つまりっ、オイラは正常だったんだぁああ!!」

『午後の部・オリエンテーションスタァアアアトォオオオオ!!? ゲッホ』

 

 魂の叫び。相当に力を込めたのか、声に関する個性を持つプレゼント・マイクにも迫る声量がスタジアムに響き渡る──のを、とっさの判断でオリエンテーション開始を宣言したプレゼント・マイクにかき消された。

 

 

 

 

 

 だが、現場でしっかりそれを聞いた……『七人』のチアガールの中で。

 

 

 一番背が高く。

 

 一番髪が長く。

 

 

 そして一番、スレンダーな体型のチアガール──早乙女 天魔が膝を突き、崩れ落ちた。

 

 

 ……なお、登場から相当な数のカメラにフラッシュが焚かれていた1-A女子だが、天魔もそこに違和感なく入っている。それどころか……いや、もはや皆までは語るまい 。

 

 

 

「……ふふ、ふふふ」

 

 

 無意識に座っただけなのに女の子座り(アヒル座りとも呼称)になっている。そして当然のように……違和感さんは、お仕事を放棄していた。

 

 

「……全国、中継。女装姿、堂々公開」

 

 

 チアガールたちに向けられる無数のカメラ。そして、この状況を作り上げた二人の青少年への男性観客たちの賞賛の歓声。

 

 その中で。

 

 

「──終り、ましたね。ええ、これで、なにもかも」

 

 

 目を閉じ、静かに一筋の涙を流す。その姿はまるで、長い長い戦いを終えた戦士のように──……は、残念ながら見えなかった。

 

 どこをどう見ても、『チアガールの大会で全力を出し切って、惜しくも一歩及ばなかった美女』である。

 唯一の救い……かどうかは定かではないが、天魔だけスカートの下に膝上くらいまであるスパッツのようなインナーをつけている。まあ、それがグッとくる方々もいるらしいが。

 

 

 

「し、しっかり早乙女さん! でもこれだけは言わせて! すっごい今更やけどなんで了承したん!? いやほんまにすっごい今更なんやけど!」

(さ、さっきからチラチラ見える(うなじ)とか鎖骨がアカン……! 直視できへんっ)

 

「いやぁその……もう、諦めちゃおうかな、って。了承する前っていうか、提案される前から衣装作られて差し出されてましたし。返答する間も無く他のみなさんに更衣室まで押されましたし……だから、だから……」

 

 

 ちなみに、天魔を更衣室まで押し込んだのは三人。

 お祭りだからハッチャケたい酸性少女と透明少女、そして、チアガールが恥ずかしいから一人でも道連れを増やしたかったイヤホン少女である。

 

 無重力少女とカエル少女は、着替え終わって更衣室を出たらすでに七人目がいた状態なので、非はないはずだ。

 

 

(同じ色白系だけど、くっ、肌質が完全に負けてる……!)

(む、ムダ毛がどこにもないんだけどぉ)

(……ねえ、線は? 結構背中丸めてるんだから出るでしょお腹に線が! お昼後だよしかも!?)

((自分だって線ないじゃん透明なん……ああ、なるほど))

(ちょ、今何をなるほどしたの!? ……無いからね!? お腹に横線なんてできないからね! ……でき、てないよね?)

 

 

「けろ。……被害者も加害者もダメージが大きいわね。黒幕の峰田ちゃんが一人勝ちだわ」

 

「あはは……私、これでも結構努力してきたんですよ? ハードな加重トレーニングしたりプロテインを多く摂ったり。実は地声もちょっと高かったから、魔法で喉を整形して違和感のないレベルまで低くしたり」

 

 

 服を買いに店に行っても、店員からは確実に「レディースはあちらですよ?」からの「彼氏さんへのプレゼントですか?」のコンボで声をかけられる──などなど。

 どこか疲れ果てたような様子とは裏腹に、出てくるわ出てくるわ、堰を切ったような勢いで重ねてきた努力とそれが水泡に消えた結末たち。

 

 

「でも、これで……おかげで、ええ。諦めが付きましたよ。

 

 嗚呼でもこれ、流石にちょっとやりすぎましたかねぇ。将来色々やばそうです。ヒーローデビューはまあ……なんとかできるとして、結婚とかそのあたり、ははっ」

 

 

 

 

「けろ……大丈夫よ早乙女ちゃん。貴方、絶対引く手数多だから。それも男女年齢問わず」

 

「うん、むしろ争奪戦起きるんやない? ……結構血みどろな……」

 

「……。

 

 え? あ、あの、すみません、お二人がなにを言ってるのかわからないです。あと目がすごい怖……あのぉ……?」

 

 

 

 

***

 

 

<NGシーン>

 

 

「はは、引く手数多、ですか。……なら蛙吹さんか麗日さん、もらってくれますか?」

 

「「「「「ぃ喜んでぇぇええええ!!」」」」」

 

「あ"あ"!? 引っ込めや観客(モブ)どもぉ!! 聞かれたんはウチやけぇそこで指咥えて見とけやぁ!」

 

「お茶子ちゃん。爆豪ちゃんになってるわよ? あと、けろ。私も忘れないでほしいわ?」

 

 

 

<NGシーン その2>

 

 

「……」ガタッ

「……」ガシッ

 

「「……ッ」」グググググ……

 

 

 




読了ありがとうございました!

そして……おそらく、想像してなかった人は、多分いないと思います。


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MP31 …魔女狩りの計…

 

 

「ありゃ、一佳? さっき『ちょっと用事があるから』って言ってなかった? もう済んだの?」

「あーいや、まだ済んではいないんだけど。あれは……どっちなの?」

「なにが……?」

 

「あ、でも大丈夫。可愛くて綺麗だった。これは本当」

「だからなにが?」

 

 

─*─

 

 

『雄英体育祭閉会式終了まで正座』

 

 罰則対象者:葉隠 透、耳郎 響香

 担任コメント:イベントだからと言ってはしゃぎすぎです。個人の尊厳を踏みにじったことを理解し、反省しましょう。

 

 

『個人種目にて敗退したのち、上記罰則に参加』

 

 罰則対象者:芦戸 三奈

 担任コメント:第三種目敗退後、上記同文。なお、体育祭優勝した場合は反省文を一週間以内に提出すること。

 

 

『被害者である早乙女 天魔に誠心誠意謝罪』

 

 罰則対象者: 八百万 百

 担任コメント:騙される奴が悪い……とまでは言いませんが、状況を的確に判断し、かつ情報を集めてさえいればこの一件は回避できたはずです。罰則対象の女子の中では一番軽い罰則ですが、『自分が始点である』ということを忘れないように。

 

 

 

 

 

 

『三ヶ月間、座学授業中正座』

『校内清掃活動従事』

『反省文の提出』

  +体育祭中上記三罰則

 

 罰則対象者:上鳴 電気、峰田 実

 担任コメント:

退学処分じゃないだけありがたく思え

 

 

 

─*─

 

 

 

 一年生各クラスの観戦席。その一年A組に割り振られた場所の、後方に設けられたわずかなスペースにて、正座で座る数名の男女がいた。

 現在、競技場でオリエンテーション競技の借り物競走が白熱しているのだが、打って変わって、そこは嫌な静けさに包まれていた。

 

 

「……男二人の罰則がやたらと重過ぎる気が。ちょ、ちょっとふざけただけじゃん。退学じゃないだけって……なぁ?」

 

「──と、犯人の一人はこのように供述しており、反省の色は薄い模様です。以上、現場の瀬呂くんでした」

「瀬呂くんやめてそれ結構ガチに聞こえるから」

 

 

 左から順に峰田、上鳴。その男子二人から少し間をおいて、未だチアガール状態の芦戸、葉隠、耳郎、八百万が並んで正座している。

 ……上鳴と芦戸、そして八百万は罰則内容からするとまだ条件外、もしくは正座免除なのだが……罪悪感からか、自主的に正座を始めていた。(上鳴は女子二人の自主性を見てからちょっと悩んでから)

 

 

 そんな一同の前で、空想カメラに向かって空想マイクを使い、空想スタジオへの中継を終えた瀬呂は、上鳴の様子にため息を一つ吐いて、彼の前でしゃがんだ。

 

 

「……ガチに聞こえるんじゃなくて、ガチなの。峰田もだぞ? お前らさ、早乙女が女子扱いされんの、結構マジで嫌がってたの知ってるだろ。

 

 そりゃあオレだって、たまに本気で『あれ早乙女ってどっちだっけ』って悩むけどさ……でも、本人が嫌がってることやらせちゃあダメだろー? もしもトラウマがある系だったらどうすんの? しかも全国放送だから取り返しつかねぇし……普通に、絶交クラスのやつだぞこれ?」

 

「い、いや絶交クラスって……」

 

 

 そんな大袈裟な──と苦笑しようとして、苦笑しようとしたのが自分だけな事に気付いて、頬を引きつらせた。

 

 女子は瀬呂の言葉にビクリと肩を揺らしてから俯き、峰田は顔を青くして震えている。

 

 

 

「が、ガチでヤバイ、やつ……?」

 

「ガチガチでやばいやつだと瀬呂くんは個人的に思います。……正直オレ、『わー女子のチア衣装可愛いー』って思う前に、腹立ったもん」

 

 

 

 ──いや、まあ可愛かったけどさ、と。内心で付け加え、上鳴の……いや、全員の反応を待つ。

 

 

 ──応えてくれよ、と。

 ……これまた、内心で思いながら。

 

 

 

「……バカかよ。正座で反省するよりも先に、やらなきゃいけない事あるじゃん……ッ!」

 

(お)

 

 

 勢いよく立ち上がり、真っ先に駆け出していくのは耳郎だ。それに間を置かず、芦戸と葉隠、八百万が追走。男二人もほとんど同じタイミングで駆け出そうとしたようだが……正座で足が痺れたらしく、盛大に転んでいた。

 

 

「……ふぅ。これでまあ、とりあえずは大丈夫だろ」

 

「お、おう……しかし、なんつーか、ちょっと意外だ。瀬呂って案外熱い奴だったんだな」

 

 

 席に座り、場の成り行きをハラハラしながら見守っていた砂藤が一仕事終えた感じの瀬呂に言う。

 

 それに対して瀬呂は肩をすくめ、苦笑を浮かべた。

 

 

「いやいやぁ、瀬呂くんはクールキャラだから。熱血は切島とかに任せるよ。

 

 

 折角さ……こんなにいいメンバーなんだ。空気がギスギスすんのは、嫌だろ?」

 

 

 バカをやるのも、盛り上げるのも、行き過ぎた時に冷ますのも、きっと自分じゃない。かと言って蚊帳の外は寂しいし、なによりも詰まらない。

 

 

(『良い感じになった空気を保つ』のが俺の性分なんだけどなぁ……まあ、今日はしょうがないっしょ)

 

 

 駆け出してから少しして……ちょっと離れたところから聞こえてくる悲鳴。

 

 そして、悲鳴の直後に「見るな男どもぉ!」という、なんとも頼もしい叫びと打撃音。そこから始まるもろもろをBGMに。

 

 

 ──瀬呂 範太は、短い昼寝を楽しむことにした。

 

 

 

 

「ん……あれ? これ早乙女。結局は女子扱いされてないか?」

 

「アレはネタ。みんなで楽しめるからおーけー」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 自由参加のオリエンテーションが終わり、セメントスがその個性で巨大な正方形の舞台を作り上げて行く傍で、その予定外は進行していた。

 

 第三種目はトーナメント形式の個人戦。純粋な戦闘力が競われるとあってか、観客の期待も否応無く高まっていった。そして、ミッドナイトが抽選によるトーナメント表の発表を行おうとした、まさにその直前。

 ──なんと、三人が同時に『辞退』を宣言したのだ。

 

 

 騎馬戦で二位通過を果たした心操チームの、心操を除くヒーロー科の尾白、庄田、鱗の三名である。

 

 

 

「バカなことをしてるって自覚はあるよ。たった3回しかないチャンスだってことも。……でも……! それでも俺は、他力本願で掴んだチャンスなんて受け入れられないんだ!」

 

 

 汚したくないプライドか、それとも、絶対に譲れぬ信念なのか。

 

 正々堂々たる三人の言葉と在り方はヒーローとして好ましいものであり、辞退そのものは観客たちに受け入れられたが……ここで困ったのは先生方だ。

 

 

 

 『だから、ソレ、もっと早く言ってよ』──と。

 

 

 

 いや、わかるのだ。

 

 三人とも大いに葛藤し、ギリギリまで悩みに悩み抜いた末の決断なのだろう。

 

 

 だが、障害物走と騎馬戦の間でのA組青山の前例があるせいで、どうしても、そう思わずにはいられなかった。

 

 なにせトーナメントはもう組んでしまっているのだ。試合の疲労やらの公平性のためシード枠など作れるはずもないので、すぐに三名分の空きを埋めなければならない。

 

 

 単純に騎馬戦の順位で繰り上げるならば、五位の拳藤チームなのだが……四人の中で一人だけ進めないというのもこれまた決まりが悪い。

 

 致し方ないが、拳藤チーム内の話し合いか、最悪ジャンケンで決めてもらうしかない……と、そんな雰囲気の中で。

 

 

 

「すいません。順位繰り上げの件なんですけど……その、私たちがその繰り上げを辞退する代わりに、他のチームを推薦してもいいでしょうか?」

 

 

 という、拳藤の発言。

 

 ……ここらへんから、昨年『留年した生徒』と『留年させた先生』の胸中に、どことなく嫌な予感が湧き始めていた。

 

 

 拳藤はさらに、推薦したいチームは二つあると言い、三名の空き枠を二と一に分け、その二チームの代表を第三種目トーナメントに進ませてほしいとも提案。

 

 

 二名の方の枠は、B組で構成された鉄徹チーム。指名された瞬間に鉄徹と塩崎がそれぞれ骨喰と泡瀬の二人に推され、トーナメント進出が決定。

 

 

 

 そして、残る一名枠が……もう、お察しだろう。天魔のいるチームが推薦された。

 

 なんでも『借りがあるから、それをここで返そうと思った』とのこと。

 ……おそらく、角取が暴走した際に柳が腰を傷め、それを天魔が治療した事を言っているのだろう。

 

 

 ──ここらへんから、昨年『留年〜中略〜の胸中に、どことなく湧き始めていた嫌な予感が、次第に強くなっていった。

 

 

 だが、まだチームとして推薦されただけだ。拳藤たちの視線が明らかに一人に集中している気がするが、気にしたら負けである。

 小森か小大。ルールを考えれば小大は圧倒的に不利だから今回は……と瞬時に考え、早速行動を起こそうとし──。

 

 

 なのに……両肩をポンと──左右で大きさの違う手で叩かれ、出鼻を挫かれた。

 

 

「ノコたちのチームからは早乙女さんノコ。……正直、騎馬戦も頼りっきりだったし、差し置いて進むなんてできないノコよ」

「ん」

 

 

 ここでようやく、天魔は一連の状況が『打ち合わせ通り』なのだ、と理解した。

 

 おそらくB組の拳藤。彼女の主導だろう。不機嫌そうにしながら、しかし口を挟まない物間を見ればわかりやすい。B組全員も納得済みという顔だ。おそらく、三人が辞退する旨を予め聞き、根回しのために動いたのだろう。

 

 

(こ、この流れで辞退するのは……)

 

 

 無理だ。

 

 辞退した尾白が、『自分の代わりに天魔が出る』とわかってから、沈んだ表情の中に明るいものが出てきている。ほかのA組の面々も納得した顔をしており……爆豪にいたっては戦意が昂り過ぎているのか、さっきから掌から小規模な爆発が止まっていなかった。

 

 

 場の雰囲気が、完全に天魔のトーナメント進出に固まっている。

 

 

 一縷の望みを懸けてミッドナイトや相澤に視線を送るが、どちらもバレないように首を横に振ることしかできず。

 

 

 

 ……必死に作った笑顔で、天魔は第三種目進出の切符を受け取った。

 

 

 

***

 

 

 

「……なあ、これ。ちょっと、やばくねぇか?」

 

「ちょっとどころで済めばいいが……な」

 

 

 

 思いがけない事の連続。しかも、全てが悪い方悪い方へと向かっているような……そんな錯覚さえ覚えてしまうほどに。

 

 相澤たちが天魔を騎馬戦に参加させたのは、あくまで『助っ人』としてだ。勝てば二人を進ませて、天魔自身は助っ人であることを理由に辞退することができる。彼の敗退には少なからず驚いたが……強力な初見殺しが相手ではしょうがないだろう。

 

 

 ここで、問題が起きた。

 

 

 助っ人であるにも関わらず、さらには、騎馬戦で敗退しているにも関わらず……チームの二人を差し置いて第三種目へ進出する。第一種目で敗退した他科の生徒たちはもちろん、観戦に来ている父兄たちだって『依怙贔屓』だと憤るだろう。

 

 不幸中の幸いは、トーナメントへは生徒たちの自主性により、ほぼ満場一致で進出が決まったことくらいか。尤も……それも、どこまでこの状況に対してのプラスになってくれるかどうか。

 

 

 ため息が出る。

 

 遣る瀬無いのは、『全員が悪意ではなく、限りなく善意に近い感情で行動した結果』だということだ。

 

 

 尾白達にしろ、拳藤たちにしろ、小森達にしろ。A組なんて、天魔の実力を知っているからこそ、むしろ『進んで当然』みたいな雰囲気を出していた。

 ……こんなことならば、先の襲撃でヴィランが天魔を強く意識している可能性があることを暴露し、生徒達と共有するべきだったと悔やむが、もう後の祭りだ。

 

 

(世間の評価は現状すでにマイナス。挽回の手段は少なく、さらにどれもが難しい……綱渡りもいいところだ。だが……)

 

 

 手にした端末から、公式・非公式を問わず、リアルタイムで更新されていく掲示板を確認する。……そこに並ぶ文字列を見て、相澤は舌打ちを抑えることができなかった。

 依怙贔屓だなんだという文句はまだ良い方で、酷いものでは『金で買った』だの『体を売って勝ち取った』だの。言いたい放題の書きたい放題だ。マスコミたちが動く原動力にもなるので腹立たしい。

 

 

「外野がうるさいなら、実力で黙らせればいい……。依怙贔屓ではなく、『強過ぎるから高校側が当初早乙女の体育祭出場を止めていた』とすれば、十分挽回はできるはずだ」

 

「『そんな無茶な!』って言いてぇけど……出来そうだな早乙女なら。いや出来るな確実に」

 

 

 隣のマイクの発言に、内心で同意しておく。しかし──

 

 

(……『何事もなければ』……今はそれを、祈るしかねぇ)

 

 

 

 ──祈るなど、非合理的だ。そんな暇があるなら、少しでも思考し、行動を起こし、結果をその手に手繰り寄せるべきだ。

 

 しかし今回ばかりは、流石にどうしようもない。

 

 

 

 

 ──相澤たちは気付くことが出来なかった。リアルタイムで更新される各所の書き込みが、『一つの意思の下に』少しずつ、巧妙に誘導されていることに。

 

 

 

 

 

 ──魔女を縛れ。

 ──魔女を追い立てよ。

 

 かつて史実に記された、無実の者を極刑にせし『魔女狩り』が如く。

 




読了ありがとうございました!


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MP32 ここから

 

 

「ふん──下らん茶番だ」

 

 

 眼下にて繰り広げられた『友情ごっこ』を、男は下らないと切り捨てた。

 全身で『炎』を体現していながらも、男の見下す視線と吐き出された言葉には、一切の温度を宿していない。

 

 

 最初に辞退した三人にも。

 

 自身の繰り上げを他者に譲った少女たちにも。

 

 

 そして、自分からチャンスを掴む権利を放棄した、他の連中にも。

 

 最早──なんの興味を関心も、向けてはいなかった。

 

 

 ……いや、訂正しよう。騎馬戦で二位通過した組の騎手にはそれなりに関心があった。唯一の手札を晒しすぎたので、相手が余程の馬鹿でもない限りトーナメントでは早々に敗退するだろうが……『世間に己をアピールする』という点においては、現段階では一人勝ちに近い状況だろう。

 

 惜しむらくは彼がヒーロー科でないことだが……それも、彼に『芽』があるのなら、今後ヒーロー科に編入してくるだろう。

 

 

「……まあいい。どの生徒も最低限、研磨剤くらいにはなってくれるだろう。焦凍も一体なにを遊んでいるのか。全く……」

 

 

 轟 炎司……これほど名が体を表す男も早々いないだろう。轟くが如き炎を司る者。苗字から分かるように、轟 焦凍の実父である。

 

 そして、それよりもなによりも、世間に認知される肩書きと名前が彼にはあった。

 

 

 No2ヒーロー『エンデヴァー』

 

 日本でもトップ()()()の、ヒーローの一人である。

 

 

 雄英はUSJ襲撃直後に体育祭を行うに当たり、現役のプロヒーローをかき集めて警備体制を敷いた。

 本人も雄英の卒業生であり、しかも息子が通い、さらには襲撃事件の当事者ともあって、エンデヴァーには真っ先に警備の依頼が届けられ、それを了承。

 

 警備の合間に息子の成長を見守る父親……と表現すれば美談にもなるのだろうが、彼は苛立たしげな雰囲気を隠そうともしていなかった。

 

 

 

「……なにをしている」

 

 

 ──トップになれる。なれるだけの実力を持っている。なのになぜ、お前はそんなところにいる。

 

 

「お前は俺の、最高傑作なんだぞ……!」

 

 

 その呟きは、大衆の騒めきの中に消えていった。

 

 そして 、ゴタゴタの茶番の末、やっと表示されたトーナメント表。息子の出る試合を確認し、順当に行けば誰と対戦するかも予想し……その中で、ふと息子ではない名前に目を止めた。

 

 

 ──皆が放棄したチャンスを得た……この体育祭の中で、おそらく悪い意味で目立ち始めた生徒の、その名前。

 

 

「ふん……」

 

 

 気に留めたのは一瞬で、その足はすでに自身に割り振られた警備のポイントへ向かっている。他のヒーローたちが気を利かせたのか、どの時間帯でも競技場が見える位置だ。

 

 ……本当に一瞬だった。それ故に、『順当に行けば、自分の息子と準決勝で戦うだろう』と──そう確信していたことも、すぐに忘れてしまったのだった。

 

 

 

***

 

 

 

『くっ、ぷふ、まあなんだ、そんなに気にすんなよ天魔! あれだ! ちゃんと似合ってたぜチアコス! 今度生で見せてくれよ!』

 

「──今度、『食べたもの全部が生のピーマンの味と食感になる魔法』をかけてあげますね」

 

『すみません調子に乗りました許してください』

 

 

 肉を食べてもピーマン、魚を食べてもピーマン、米を食べてもピーマン。野菜ももちろんピーマン。

 朝昼晩、オヤツも夜食もピーマン尽くし。

 

 

『じ、地獄じゃねぇか……! おいやめろよ!? マジでやめろよ!?』

 

「飲み物は許してあげますよ? ……それで、なんですか? 急に電話なんて。クラスの人の試合が始まるから、ちょっと時間がないんですが」

 

『いや、やめてくれよ? ピーマンはダメだぞ姉さん泣くぞ? 公衆の面前でお前のズボンに縋り付いて恥も外聞もなく大泣きすっからな?』

 

 

 

 それはいやだなぁ、と苦笑を浮かべていると……コホン、というわざとらしい咳払いが一つ届く。

 

 

 

 

『──()、打っといてやろうか?』

 

 

 

 

 『なにに対して』なのか。そして『どんな手段』なのか、それを一切言わない。

 

 

 だが天魔は、それを聞かなくともなんとなくわかってしまった。

 

 ……天魔が頼めば、天魔が願えば。この人はきっと、様々に対してのあらゆる手段を、打てるだけ乱れ打つだろうから。

 

 

「……そう、ですね」

 

 

 ……自身を快く思わない感情が、色々な所から自分へと向けられている事を天魔とて察している。

 

 そう思われて当然だと自分で思うし、本心を言ってしまえば今からでも辞退したいくらいだ。

 

 

 ──だが。

 

 

 

「……いえ、やっぱりいいです。これ以上ややこしくしてしまうと、それこそ先生たちの胃に穴が開いちゃいそうですし。それに……」

 

『それに?』

 

 

 浮かべたのは、笑みだ。

 そして、もしもその場に……彼を知る誰かがいたら、きっと驚く事だろう。

 

 普段はしない、おそらく相当にレアだろう──不敵な笑みを浮かべる魔女が、そこにいた。

 

 

 

「『誰がどう見ても、納得する結果を出して捩じ伏せます』……そっちの方が、遥かに手っ取り早いですよね。そう思いませんか? 『クリムゾンローズ』」

 

 

 スマホ越しに聞こえる、息を呑んだときに生じる独特の沈黙。この後の展開を予想して、耳を少し離しておく。

 

 ゆっくりと数秒の間を置いて、通話先は大爆発した。

 

 

『くは、ハハ 、あっははははははッ! そうだ、そうだよなぁ! アタシとしたことが忘れてたぜ! いいなそれ、さいっこうにアタシ好みのやり方だ! うるせぇ奴は結果で黙らせる! 面と向かって文句を言う度胸もねぇ奴はすっこんでろってなぁ!』

 

 

 私、そこまで言ってませんよー? とツッコミを入れたいが、向こうの勢いが強すぎる。今は何を言っても届かないだろう。

 

 そうしてひとしきり上機嫌に笑い、それが落ち着いてきた頃──通話先の雰囲気が、あまり良くないものに変わったことを察する。

 ああ懐かしい。『狩られる側』の本能に、ビビッときた。

 

 

「あ、あのっ、そろそろ試合が始まりますのでこの辺で──」

 

『はぁー……あー、だめだやべぇ。卒業までーとか十八まではーって決めてたのによぉ。もー無理。もう我慢できねぇわ。おい天魔、()()()()()()()()から、お前ちょっとそこで待ってろ』

 

「攫……はい? あの、もしもし? 紅華姉さん? もしもっ……」

 

 

 ブツリ、ツーツーツー。

 

 ……画面を見れば、通話終了の表示。直前になにやらヒーローが絶対に言っちゃいけない単語が聞こえた。……聞こえた気がした、と濁したいが、残念ながらしっかりと聞こえてしまった。

 

 

(……と、橙子姉さんがなんとかしてくれるでしょう。きっと)

 

 

 もう一人の比較的常識人な方の姉に丸投げし、スマホをしまおうとして、メッセージアプリから『ババア乱心wwwたすてけ』と通知がくる。 …どうやら親友も近くにいるらしい。(たすけての打ち間違いか、それともネタに走ったのか)

 

 

 ──ここは任せました。私は先に行きます。

 ──ちょwww早乙女氏wwあの名台詞を改悪とは腕を上げてござるなww おけ試合頑張っ、早乙女氏の貞操は拙者が守りゅww

 

 

 

 二人だけで暴走した姉を抑えきれるだろうか、と一抹の不安をスマホと一緒にしまい……会場から上がった大歓声に慌てる。

 

 

 トーナメントの第一試合は、緑谷と心操の試合だ。片や個性の訓練に付き合い、片や、無意識の内に伸びていた自分の鼻を折ってくれた相手である。

 

 急いで席へと走る最中、歓声はその音量を徐々に下げ、戸惑うような騒めきになっていく。その予想外の状況に速度を上げた。

 

 

 クラス席へと駆け込めば、切島を始めとした面々が身を乗り出すようにして緑谷へと必死に声を上げている。『目を覚ませ』『しっかりしろ』など、明らかに劣勢な状況の時に送るタイプの声援だった。

 

 

 

「これは……あ、耳郎さん!」

 

 

 『体育祭中正座』という罰則を受けて、しかし同級生の試合を見ることで得るものもあるだろう。試合を観戦するために椅子の上で正座をしている耳郎に問う。

 心操の個性を鑑みれば、あの歓声の中で、おそらく彼女だけが掻き消されただろう試合内容を、正確に()()()()()()()()はずだから。

 

 

「早乙女! アンタどこ行ってたのさ! 今緑谷が……!」

 

「いえ、ちょっと電話を。それよりも──どうして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()んですか……?」

 

 

 二人が立っている場所は舞台の中央から大きくズレている。状況的に緑谷が心操を場外へ押し出そうとしたのだろう。そこで二人は棒立ちに……いや、緑谷が動きを止めていた。

 

 心操は騎馬戦で手札を晒し過ぎた。余程のことがない限り、ほとんどの生徒がある程度の対策を取れるはずである。

 それは緑谷とて同様だ──それどころか、データ分析に秀でる彼ならば、ある程度ではない確実な対策も考えていたはずである。にも関わらず、その結果は覆されていた。

 

 

(……緑谷さんの最善手は『開始直後に有無を言わせず衝撃波で場外に吹き飛ばす』……なのに、それをしなかった。騎馬戦での疲労が予想以上だったのか、それとも先を見据えて敢えて温存したのか……)

 

 

 諸々を知るためにも、耳郎に何故、と聞いたのだが……まず返ってきたのは、言葉ではなく悔しそうに歪んだ耳郎の顔だった。

 

 

「……早乙女のこと、言ったんだよ。あいつ」

 

「私のこと……?」

 

 

 最初は、チャンスを不意にした尾白たちのことを言っていたらしいが、それは緑谷も堪えたという。若干反論しそうになった様だが、ある程度予想していたので大丈夫だったようだ。

 そして、神経を逆なでする様な言葉が幾つか続き……最後の一押しで緑谷の勝ち、というその中で、彼は天魔の事を言ったらしい。

 

 彼がどんなことをどのように言ったのか……それは耳郎が口を噤んでしまったのでわからなかったが──その内容に思わず反論してしまい、緑谷は心操の個性に捕らわれたそうだ。

 

 

 ……その説明の合間にも、緑谷は踵を返して心操を押し進めた道を、そして自分が来た道を戻っていく。A組から焦りの滲む声援がより強くなっていくが、聞こえてないかの様に一歩一歩と場外へ近づいていった。

 

 当然、天魔とて心穏やかではない。親しい友人である上に、耳郎の言葉が事実ならば、悪く言ってしまえば『天魔の所為で心操の個性にかかった』と言えなくもないのだ。

 

 

 

 だが。

 

 

 

「……勝負有り。奇跡でも起こらない限り、逆転はない」

 

 

 ──なのに、何故?

 

 

 

(貴方が、そんなに苦しそうな顔をしているんですか? 心操さん)

 

 

 

 異常な行動を取る緑谷が目立っているせいか、会場の殆どが彼の表情に気付いていない。

 苦く、重く……とてもではないが、勝利に王手をかけた者が浮かべる表情とは思えなかった。

 

 その表情のまま、心操が視線を移す。偶然か否か定かではないが……明らかにある場所を見ようとしたその視線が、心操を見ていた天魔と交じった。

 

 

 表情はさらに強く歪む。そして、後数歩で場外、という位置まで緑谷が進み──その左手が不自然に跳ね、コンクリートの舞台に衝撃を叩きつけた。

 

 

『「……は?」』

 

 

 数人、いや十数人以上におよぶ者達の異口同音。それは洗脳の個性のかかった者達と、何より本人である心操が、その光景に本気で呆けた。

 ……内出血により紫色に変色した指は、きっと相当に痛むだろう。 天魔との訓練によって最近はほとんどなかったが、緑谷の個性が暴発した証拠だ。

 

 だが、それよりも、なによりも……。

 

 ()()()()。虚ろだった目に光が戻り、無表情だった顔に気迫が戻る。緩慢に歩くだけだった全身にも再び熱が走り──呆然とする心操へ向かって、再び駆け出した。

 

 

(まさか……自力で洗脳状態を解除した……?)

 

 

 どうやって? その疑問を考える間も無く状況は進んで行く。呆然としていた心操だが、ギリギリのところで我に返り……突進して来る緑谷に対して身構えることができた。

 

 ……尤も、身構えることができただけだ。組み合って仕舞えば、地力の差でじわじわと押されて行く。心操が勝利を確信せず、油断なく中央付近まで戻っていればまだ時間稼ぎもできただろうが──。

 

 

 どよめいていた会場は一転、再び歓声が湧き上がる。心操の個性があらかた周知されていたこともあり、『勝負はあった』と誰もが思っていたからだ。 未来のヒーローを見に来た観客たちが、逆転劇に熱くならないわけがない。

 

 

 ……その大歓声を前に、一人の少年の慟哭など呆気なく掻き消され、飲み込まれる。

 

 

 

 ──「……っ、土壇場で大逆転とか、そうまでして『自分は持ってます』アピールしたいのかよ!?」

 

 ──「…………っ」

 

 ──「いいよなぁ!? お誂え向きの個性を持ってる奴らは! 『憧れを真っ直ぐ追いかけられて』よぉ! ……なあ、なんとか、言えよ……っ!」

 

 

 足掻く。腰も体重も入っていない拳を打ち付けるが、それでも止まらない。むしろ、殴り慣れていない心操の方が拳の痛みに顔を歪め、気を逸らしてしまった。

 

 

 そこに生まれた、ほんの僅かな隙。緑谷の腕が心操ではなく、二人の間の地面に向けられて大きく空ぶる。

 

 自壊しない強度は衝撃と暴風を生み──……身構えることのできなかった華奢な心操を、軽く場外まで吹き飛ばした。

 

 

 

 ─*─

 

 

 

 芝生の上に大の字になって落ちる。受け身は取っていないし、そもそも咄嗟に受け身を取れるほど達者でもないが……幸いなことに飛ばされた先の芝生が衝撃の大半を吸収してくれたようだ。

 

 落ちてから数秒して、審判であるミッドナイトの勝敗宣言と、それに応じた歓声が鼓膜を震わせる。

 

 

 大きく、大きく呼吸。

 

 

「負けた、か……ま、当然だよな」

 

 

 その事実をただ受け止めて、そして、受け入れた。

 

 受け入れることは容易かった。なにせ、簡単な対策さえしてしまえば、自分の個性は途端に無力になる。手の内を晒しまくり、かつ十分に対策を立てる時間を置いた直後の試合で、効果を発揮するとは思っていなかったからだ。

 

 

 ……それでも、込み上げてくるものがある。溢れそうになるそれを、溢れさせてたまるかと意地で押さえ込んだ。

 

 

 緑谷がなぜ()()()()()はわからない。わからないが……。

 

 

()()()をそれだけ強く慕ってる、いや、想ってるのかね……)

 

 

 苦笑を浮かべる。

 

 

 思い出すのは、雄英の入試実技試験だ。

 

 ──緑谷と心操は同じ入試試験の実技会場にいて、そして、同じ人に助けられた。

 

 

 なのに、向こうは手を差し伸べられて言葉を送られた。そして、こっちはその他大勢のうちの一人だ ……やっぱり『もっている奴』はずるい。

 

 自分のことで精一杯な中で、ただ一人、あの美しい魔女だけが皆の為に文字通り飛び回っていた。自分ではどうしようもない危機に颯爽と翔け付け、あっさりと解決。そして何を言うこともなく、ただよかったと微笑みを浮かべて、また次へ。感謝を、お礼を言う暇もなかった。

 

 

(……憧れるな、ってのが無理な話だろ)

 

 

 ──酷い話だ。

 

 実技試験が戦闘重視、かつロボットが相手と言うことで、心操は自分の圧倒的不利に絶望し、諦めた。なのにその直後、理想のヒーローに出会ってしまったのだから。

 

 

 

 空を見上げる。いま、誰よりも低い位置にある視点から見上げる空は、どこまでも遠い。

 

 だが……ここからだ。そう、思えた。

 

 

 まだ折れていない。ならば、ここからまた、歩き出せばいい。

 

 

 

「まずは……そうだな。あの人に謝ろう。土下座でもなんでもして謝って、それから、体を鍛えて……」

 

 

 あの日抱いた『原点』は、未だ色褪せることなく、鮮明にこの胸にあるのだから。

 

 

 

 

【おまけ】

 

 

 

「あの、心操君。その──君も、やっぱり……」

 

「……なんだよ勝ち組。負け組を笑いに来たのかよ。……くそ。ああそうだよ。惚れて悪いか。お前だってそうだ──」

 

「……早乙女君は、男だよ」

 

「ろ……──ふへ?」

 

 

 

 




読了ありがとうございました。


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MP33 魔女からの試練『茨姫』

 

 

「お、帰って来たな普通科の星! 試合内容あれだけどよく頑張っ……? あれ、心操どうした? なんか、燃え尽きて真っ白になってるけど」

 

「──……ああ、うん。まあ……試合に負けたからな。燃え尽きもするだろ。悪い、しばらくそっと、して、おいて──くれ」

 

「……お、おう。無理すんなよ……?」

 

 

 

「……落ち着け。落ち着くんだ人使。緑谷が嘘をついている可能性も十分にある。いや確かに凄いスレンダーだとは思ったけどそれはそれで全然問題ないっていうか、あれでもう完成しちゃってるというかあの人の魅力の本質はそういう外見的なところじゃないっていうか」

「心操? 今のあんた控えめに言ってもかなり危ないわよ? 大丈夫? ヒーロー呼ぶ?」

 

 

 

 

***

 

 

 

「た、ただい──うわぁ!?」

 

「み・ど・り・やぁ! おまっ、お前、ヒヤヒヤさせやがってこの野郎! でもよく持ちこたえた! ナイスガッツだぜ!!」

「デクくんお疲れ様ぁ! ほんま、もう、あれやったね! うん!!」

「麗日ってコーフンすると語彙がとっても残念になるんだねー。でもよく堪えたよ!」

 

 

 本当にギリギリのところで勝利した緑谷がクラス席に戻ると、その彼へ向かって切島を筆頭にした面々が殺到する。直ぐに始まる第二試合に出る瀬呂と轟がいないが、一同の視線はやはり緑谷へと集まっていた。

 

 

「はっ、弱点も対処法も分かり切ってる相手に苦戦するとか、マジでありえねぇだろうがクソナードが」

「……なあ知ってるか緑谷。お前があいつの個性にかかった時にさ、爆豪がめっちゃ悔しそうな顔し──おっけぇ、黙る。黙るから正座中の足への攻めはだめだぎゃー!?」

 

 

「ははは……まあ、初戦突破おめでとう。……でも、どうやったんだ? 心操の個性──『洗脳』だっけ? あれ、解けるまで完全に意識なくなるのに……」

 

 

 爆豪の容赦のない足への蹴りに、上鳴が悲鳴をあげる。それに苦笑しながら尾白が問うた。騎馬戦中ずっと洗脳状態だった彼だからこそ、あの個性の恐ろしさを身に染みてわかっているのだろう。

 

 そして、この場にいるトーナメント非出場者は……全員が心操にハチマキを取られている。『洗脳の個性にかからないための攻略法』は誰もが思いついたが……『かかったあとの対処法』は誰一人として思いついていなかった。

 

 

「それ、は……実は僕もあんまりわからないんだ。なんか、気付いたら解けた……みたいな?」

「あ"あ"? ……んだそりゃ。てめぇマジでまぐれ勝ちかよ、使えねぇ」

 

 

 流石の爆豪も心操の個性に対する事前対処法は考えられても、事後攻略はまだ見出せていないらしい。

 ヒントにもならないとすぐに切り捨て、意識を次の試合へと向けた。

 

 

 

 ……嘘は、言っていない。

 緑谷自身、訳がわからないことがあの時、起きたのだから。

 

 洗脳下というあの特殊な状態の中。まるで、夢幻のように見えた無数の『光たち』。

 そして、気付けば指が個性を暴発させ、洗脳状態から抜け出したのだ。

 

 

(確証は、何もない。でも……もしかしたらだけど……)

 

 

 色の違う光──その数は、八つ。

 

 それぞれが強い意志のようなものを放っていた……つまり、八人。

 

 

 

 一人が力を培い、その力を一人に託し──また力を培い、その次へ。

 平和を願う意志と、義勇の信念と共に受け継がれて来た『唯一つの個性(オリジナル・ワン)』。

 

 それは、聖火のように人から人へと受け継がれ……そして、緑谷 出久がオールマイトから受け取った『力の結晶(ワンフォーオール)』。

 

 

 

「……もっと、頑張らないと」

 

 

 内出血により変色した人差し指。握り締めると、当然鋭い痛みを伝えてくる。……個性の暴発の証のようなその負傷は、『まだまだ未熟だ』と現実を突きつけられているようだった。

 

 

 

「ええ──頑張るのはいいですけど、とりあえず指の治療をしましょうね? というか握らないでくださいね? そもそも、なんで真っ直ぐリカバリーガール先生のところに行ってないんですか……!」

 

 

 スマホの通話を切りながら、天魔が群がる切島たちを掻き分けて緑谷の下へ突撃する。……直前まで話していたのは天魔の医療関係の師匠だ。『アタシん所に来なきゃいけない不良な負傷生徒がどっかでほっつき歩いてるよ』とのこと。

 

 

 ……声は静かで穏やかだったが、アレは相当におキレになられていた。

 

 怪我の放置は、状態の悪化やら後遺症の重症化に直結するのだ。ヒーローを目指しているとはいえ、まだ十代の未来ある若者……医療関係者として、無理をしがちな体育祭はその準備期間中も含めて、日頃以上に神経を尖らせているのだろう。

 

 

 ──そして、その気質は……弟子の天魔にも少なからず受け継がれている。

 

 

「ささささ早乙女しゃん!? ちょ! ちか、近ぃっ」

「近いじゃなくて治療です! ほら、暴れないで──『分析診断(アナライズ)』」

 

 

 いきなりゼロ距離に攻め込まれ、思わず身を引いて逃げようとした緑谷だが……その程度の抵抗など無意味とばかりに完璧に魔女に抑えつけられる。

 

 ……リカバリーガールについていく形で現場医療に携わった時、『痛みで暴れる患者を全身で抑え付けながら治療する』という……現状ではちょっと無駄な体術までも行使していた。

 

 

(ま、まつ毛長ぇ! ……違う! そうじゃない──あ。いい匂、ってそうでもなくて! あ、ちょ、まっ……!)

 

 

「……人指し指の骨は例外なく骨折、関節も歪んでます。放置すると最悪握れなくなりますね。普通に病院かリカバリーガール先生の案件で……? 聞いてますか緑谷さん」

「…………」

 

 

「けろけろ、器用ね緑谷ちゃん。立ったまま気絶してるわ」

 

「まあ、当然でしょうね。相当な激痛ですよこれ。無理をしすぎです。アドレナリンの分泌が止まって一気に痛みが来──?

 

 

 あのー、皆さん? なんでそんなほっこり笑って……え?」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 気分は西部劇。意識するのは、拳銃を用いた『早撃ち勝負』。

 

 開始直後に勝負をかけ、そこで決める。

 ……遮蔽物・障害物のない舞台の上で瀬呂が轟に勝つためには、それ以外の手段がなかった。

 

 トーナメントが発表され、自分の初戦の相手が轟であると判明してから──ずっと、

瀬呂はイメージを続けていた。

 

 個性の差は圧倒的で、逆立ちしても瀬呂は轟に勝てないだろう。クラスの友人たちも言葉にこそしなかったが……口ほどにモノを言う視線が、自分に大きな同情を向けていた。

 

 

 

 ……だからだろうか。ちょっと、火が付いた。

 

 その予想を覆してやろう、度肝をぬいてやろうと。

 

 

 

 求められるのは速度。さらに開始直後の……一瞬あるかどうかの不意を突く。

 

 先ずは足をテープで縛る、動かす前と後で踏ん張らせないためだ。

 

 

(そんで……)

 

 

 本命。足を縛られたことで僅かにバランスを崩した轟の上半身を拘束。そして振り子のように遠心力で場外まで飛ばす。

 

 轟は抵抗のために足を地面に押し付けるが、縛られているため踏ん張れない。会場が大きくどよめき、瀬呂は勝利を確信した。

 

 

 

 

 

 

(──こうなった、と)

 

 

 一気に下がった外気温。そして、それ以上に体を凍てつかせる冷気が……瀬呂の両手足を完全に封印している。テープの射出口がある肘は当然として、足は太腿のかなり上の方までしっかりとだ。

 

 戦闘続行不可能。そんな瀬呂に対し……場外ラインギリギリのところに生やした氷柱にて踏みとどまった轟。誰がどう見ても勝敗は明らかだろう。

 

 

「にしても、これは……」

 

 

 競技の舞台どころか、観客席のギリギリまで迫り……更にはスタジアムの屋根を超えるほどの、巨大な氷の塊。

 

 

「いや……流石にやり過ぎだろ ……」

 

 

 オーバーキルにも程がある。あまりにオーバー過ぎたためか、これ観客席とかに被害でてないよな? と心配すらできるほどだ。

 

 やがて会場から聞こえてくる歓声はなく……むしろ、瀬呂に向けられたもの悲しげな『どんまいコール』が、なんとも哀愁を誘った。

 

 

***

 

 

 

「あ、お帰りなさい瀬呂さん。残念でした……惜しかったですね」

 

「──……(キュン)」

 

 

 肩を落とし、ため息を吐き……『トボトボ』という擬音がこの上なく似合いそうな足取りで帰還した瀬呂へ届けられた第一声。

 

 

 「どんまい」ではなく、「相手が強過ぎたからしょうがない」という雰囲気の、同情的なお疲れ様──でもない。

 

 

 ……天魔にくっついて丸くなり、今にも冬眠し(眠り)そうな蛙吹や、何故か壁際で正座のまま伸びている峰田。さらには、その近くで綺麗な『orz』っている緑谷やら。

 色々とツッコミどころが満載なクラス席ではあるが、瀬呂は正直それどころではなかった。

 

 ほんの十秒も掛からずに終わってしまったが、自分は本気で戦っていたのだと……筆舌に表しようのない感情が、冷えた体に熱さを焚べた。

 

 

 

 

 かけられた言葉に返事すらせず、顔にいくつものシワを作り、何かを堪えるように足早にすれ違っていく。

 

 その背中に首を傾げていれば、前の席に座っていた障子が複製腕に目と口を作り、こちらへと向けていた。

 

「すまない早乙女。今の『惜しかった』というのは……?」

 

「先ほどの試合ですよ? 『場外へ動かす方向が左右逆だったら』……あとは、そうですね──『動かす際に地面を擦らないようにしていたら』、瀬呂さんが勝っていた可能性は十分にあります。実際、あの攻め方でもあと数秒あれば轟さんも場外でしたでしょうし。

 

 ……尤も、轟さんも『瀬呂さんが速攻を仕掛けてくる』と予想くらいはしていたはずですけれど」

 

「なるほど……そう言われれば確かに。轟の氷の威力の高さで、瀬呂の戦術的な面が見えていなかったのか……強くなるのもそうだが、相応に目も養わなければ」

 

 

「切島ぁ! お願い俺のこと一発ぶん殴ってぇ!」

「は!? いきなりどうしたよ瀬呂!? 訳もなくダチ殴るとか、嫌だぞ俺ァ!」

「頼む! 『間違った道に進もうとしてるダチを救うため』的な感じで! 早く! じゃないと手遅れに……!」

「お、おう! わかった! ……歯ぁ、食い縛れぇ!」

「え? 別に硬化はいらな──ぶべらぁ!?」

 

 

 

 ……痛そうな音が少し遠くから聞こえたが、障子は努めて無視した。

 

 そして、背後に座る魔女には奇跡的にも聞こえていなかったらしい。今もうつらうつらとしている蛙吹の頭を、穏やかな笑みを浮かべながら撫でている。

 

 少し離れた場所から、麗日に瓜二つレベルでそっくりな女子が、苦しそうに胸を押さえながら二つ折りタイプの携帯電話で写真を撮りまくっている。連写機能をフル活用しているらしく、カシャカシャという音がやたらとうるさいのだが……これまた幸いにも後ろに座る魔女には……以下同文。

 

 

 

 

「──さて、と。会場の整備も終わったみたいですし、私もそろそろ行って来ますね」

 

「む。そうか、次は早乙女の試合だったか。……頑張れ、とはいらない声援かもしれないが」

 

「いえいえ、頑張りますよ。……それに丁度、頑張る理由が増えちゃったところですし」

 

 

 轟の作り上げた巨大な氷壁。クラス席の目の前まで迫るそれの発する冷気で、クラス席は随分と冷えた。障子らには特に問題はないが、かつての屋内戦闘訓練の時のように、影響をもろに受けたのが蛙吹だ。

 

 寒くなってくる=冬眠の準備をする というカエルの習性をそのままに、安全地帯(天魔の側)へと来て丸くなったのである。

 

 

 そして……魔法で温めようとする天魔を、しかし蛙吹本人が止めた。

 

 

 『試合の、前よ。私のせいで、消耗なんて、させ、たくないわ。……頑張って、ね、早乙女ちゃん』

 

 

 ──ちなみに。この言葉で、試合前に怪我の治療で魔法を使わせてしまった緑谷が崩れ落ちたわけである。

 なお、蛙吹のその健気な姿に萌え落とされた女子たちが、天魔が出撃した後に人肌暖房を行うべくスタンバイしているので問題はない。

 

 最後にもう一度蛙吹の頭を撫でて廊下へと進んでいく天魔を見送り、会場に大きく表示されたトーナメント表を見上げた。

 

 

(相手は……あれは、B組の女子、だったか)

 

 

 植物の蔓のような緑髪の女子──くらいの認識しか障子にはできない。天魔と同じく、繰り上げによってトーナメントに進んだ少女だった、という追加情報も今思い出した。

 

 ……彼女の実力に関してはなんとも言えない。体型は華奢で、純粋な腕力ならば障子の圧勝だろう。

 だが、個性やその練度によっては腕力の強さなどなんの役にも立たない事を障子は理解している。

 

 

 

「それでも……早乙女が苦戦する姿を想像すらできないのだがな」

 

 

 比べるのは失礼だし、間違っているのだろう。

 だが、そうとわかっていても……脳無より彼女が強いということは、ありえないだろうから。

 

 

 

 

 

 

『Yaーha! 氷の撤去終了! 舞台も整ったところで、行くぜトーナメント第三試合! 前の二試合と打って変わって今回は華々しいぞ! 『B組から現れた刺客』! 塩崎 茨! VS 『一年最大のダークホース』! 早乙女 天魔!』

 

 

 巨大な氷が溶ければ当然大量の水が残る。それをセメントスが舞台を再構築するという力技で整え、第三試合。

 

 

 ……第一試合は物珍しさこそあったが、しかし派手さのない地味な試合内容で……続く第二試合は派手さこそあったが、あっという間の試合内容だった。

 

 観客たちもそろそろ見応えのある試合を望んでいるのか、観客席の雰囲気に熱がこもり始める。

 

 

「──物言いを失礼いたします。『B組から現れた刺客』とは、どういう意味なのでしょうか? 私は友人の後押しを受けこの場にいます。刺客という言葉ではあまりにも……」

 

『え、えと、そういう意味で言ったんじゃなくて……』

 

「では何故刺客と? 確かに私たちB組は、私を含めたった二人しかこのトーナメントに残れませんでした。ですが、決して脇役に甘んじるつもりはなく、送り出してくれた皆のためにも全力を尽くす覚悟です。それを刺客と例えられるのは──」

 

 

 塩崎は真剣だ。というよりも、冗談云々が通じ辛い真面目な女子なのだろう。

 

 『A組にはいない感じの人ですね』と、どこか他人事のように苦笑を浮かべる。去年から世話になっている天魔としてはマイクを弁護したいが、どこからどう見てもマイクの表現が悪いのでどうしようもない。

 

 

『ご、ゴメンて! いや、ほんとすみませっ、ぎゃあ!?』

『──すまない塩崎。あとでこのバカには正式に謝罪をさせる。だが、今は切り替えて目の前の試合に集中してほしい』

 

「……わかりました」

 

 

 おそらくは肘だろう。割とガチな感じで噎せ込んでいる音が実況されるが、相澤が放送の電源を落としたのか、急に静かになった。

 

 

「……ふう。さあ気を取り直して!

 

 正々堂々、ヒーローを目指すものとして!

 全身全霊、この場に立つ資格を得た者として! 

 

 悔いの残らぬように戦いなさい! ──第三試合……始めッ!!」

 

 

 

 ……ミッドナイトが同僚の失態を拭おうと熱い激励を乗せた合図に、観客の歓声が爆発する。

 

 

 

 

 だが、それも……まるで津波のように押し寄せる茨蔓の濁流に飲み込まれたことで、尻すぼみになっていった。

 

 

 




読了ありがとうございました!


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MP34 試練という名の『お節介』

 

 ──いきなり現れたその『オブジェ』を見て、即座にかつ最適な例えをあげられる者が、果たしてその会場にどれだけいるだろうか。

 

 直径にして優に5メートルはあるだろう『蔓の球体』。そして、それを持ち上げ支える『蔓の台座』……色彩やら材質やらをまるっと無視すれば、球技系種目のトロフィーに見えなくもない。もしくは、やや歪な森林地帯だらけの地球儀だろうか。

 

 もっともどちらにせよ、前述にした通り人が掲げられる大きさでは無いのだが。

 

 

 ……緑の津波は、一人の魔女をあっという間に呑み込んだ。そして、そのまま荒々しくうねり上がって『今の形』へと相成ったのだ。

 

 

 ──開始の合図の余韻がまだ若干残っている。審判であるミッドナイトは開始早々またか、と頬を引き攣らせていた。

 

 

『え、ええと。コホン。じ、実況を再開──しようと思ったら急展開だぁー! いきなり塩崎の大技が炸裂ッ! あれか、開幕ブッパが最近流行ってんのか!?

 いや、つーか、これ……早乙女無事かぁ!?』

 

 

 そこへ、やや遅れるようにマイクの実況が響く。それを聞きながら……当事者である塩崎 茨は、どこかやり遂げたような、難関を超えた後のような達成感のある表情を浮かべていた。

 ──チラリと、塩崎は審判であるミッドナイトを見る。「勝敗の宣言はまだか」と、問いかけるように。

 

 

 そして、その視線を受けたミッドナイトだが……実は少しばかり困っていた。

 

 

 球体状になった蔓の中央に天魔がいると思われるのだが、当然ミッドナイトは彼の状態を見ることはできない。つまり、勝敗の判定をしたくてもできないのだ。

 

 先の試合である轟・瀬呂の対戦では、瀬呂の行動不能が誰の目で見ても明らか(会場中からドンマイコールを含め)だったが、中で何が起きているのかわからない以上、安易に勝敗の判定ができない。

 

 ……ルール上では『場外』か『気絶、もしくは審判が戦闘不能と判断』で勝敗が決まる。故に、蔓に覆い隠されている状態では正直ジャッジが難しいのだ。塩崎が球体部を移動させて場外まで転がしてくれれば話は早いのだが、それを審判が要求するわけにもいかない。

 

 

 

(んー、どうしようかしら。それっぽくテンカウントでも……って、あら?)

 

 

 ── サンッ ──

 

 

 悩む最中……唐突に聞こえた、なにやら小気味の良い音。耳を澄ませなければ聞き取れないほど静かに、しかし不思議と会場中に響くという矛盾した音が、蔓で作られたオブジェから鳴る。

 

 何事かと注視して見れば……球体の頂点から台座に至るまで、まるで『定規を当てて引いたような直線』が、一本走っていた。

 

 

「……?」

 

(約五秒、ってとこかしら。あの子にしては随分と長考だこと……こうなると、塩崎さんは詰めを誤っちゃったわね。あのまま場外へ動かしてれば『ルール上で勝てた可能性があったかもしれない』わ。でも……)

 

 

 製作者である塩崎が首を傾げ、警戒を強める──……よりも早く、再び同じ音が聞こえ、今度は球体を横に……地球儀でいうところの、赤道の線が刻まれた。

 

 

 

 それを皮切りに、サンッ、サンッ、と。

 

 サンッサンッサンッ……と。音が鳴る度に線が増え、その間隔は短くなっていく。

 

 

「ま、まさか……!?」

 

 

 やがて、音と線が30を超えると、音と線引きは唐突に止まり……異様な静けさが、場を支配した。

 

 

 そして──

 

 

 

 ──ヴォンッ!

 

 

 

 空気を揺らす独特の異音と共にバラバラに()()()()()()茨蔓は、さらにその中心から弾き飛ばされる。

 

 その状況を成しただろう天魔に、負傷どころか着衣に乱れすらない。まるで、そもそも攻撃などされなかったかのような様子で、平然とそこに降り立った。

 

 

「んー……物は試しとやってみましたが、やっぱりこれ、結構消費が激しいですね……要改善ですね」

 

「……っ」

 

 

 塩崎は自身の勘違いと失策──そして、突き付けられた事実に、息を呑み唇を噛んだ。

 

 

 

 初見。天魔は騎馬戦で六本脚のケンタウルス(?)の姿をしていた。しかし、ここには二本足──人間の姿で普通に出てきたことから、天魔を『変身系の個性かなにかなのだろう』と彼女は予測した。

 

 ……そう予測して、だからこそ変身する暇を与えないために開始直後の全力攻撃を行ったのが……。

 

 

 注視するのは彼の両手。揃えられたその指先から、唸りあげるような音と共に伸びるのは光の剣だ。状況から考えれば、蔓の束縛を斬り裂いたのはあの光の剣で間違いないだろう。

 

 ……所詮は植物ではあるが、それでも塩崎は自分の()の強度には多少の自信があった。生半可な刃物であれば、傷はあっても容易く切断はされないだろうとさえ。

 だが、複雑に絡み合った状態にも関わらず、切断してなお形状を維持できるほどの斬れ味で切断されてしまったのだ。拘束系の手札は全て無意味になったと見て間違いはないだろう。

 

 

 ──しかも、それほどの力を『試してみた』と、軽く言う。

 

 

 ……塩崎は知る由もないだろうが、先のUSJで()()を経た天魔は、ある程度決まっていた方向性を再度見直している。

 それこそ、イメージこそできたものの『効率が悪い』と試行段階にすら届かなかった攻勢魔法を持ち出すほどに。

 

 

『大量の蔓の拘束から早乙女、無傷で脱出ぅ! し、しかもあれは、まさかのライト◯イバー!? 早乙女はジェ◯イの騎士だったのかぁー!? あ、後でよく見せて!』

『公私混同してんじゃねぇよ。……あー、早乙女。わざわざ出し方をアレっぽく変えんな。やり易いやり方で──』

 

「「「「「うおぉおおおおお!!!」」」」」

 

『──……。好きにやれ。以上だ』

 

 

 

 マイクの実況に呼応するように、呆然としていた観客席から歓声が爆発した。

 

 ……有名な某SF映画のファンもこの場に少なからずにいるのだろうが、それ以上に塩崎が見せた速攻と、それを無傷で切り抜けた天魔。どちらも一般人からすれば考えられないレベルだ。

 未来のヒーローたちの見応えのある戦いを求めて観客たちのご希望に、やっと叶う者が現れたのだと興奮は否応なしに高まっていく。

 

 

 ──だが、興奮のボルテージを上げていく観客席に対し、舞台上の二人は開幕から立ち位置すら変えず、どこか静かだった。

 

 

 

「……一体、なんの個性なのですか?」

 

「『相対したヴィランが、正直に自分の手の内を晒してくれると思いますか?』と返しておきましょうか。

 というより、B組の小森さんと小大さんにはお伝えしているんですが……お二人から聞かなかったんですか?」

 

「彼女たちは確かに大切な友人です。ですが、この体育祭ではライバルでもあります。……その二人に『仲間の情報を教えろ』などと、卑劣な謀は致しません。勝負は常に正々堂々。それがヒーローを目指す者の責務です」

 

 

 しかし、こんな事なら聞いておけばよかった──と、そんな後悔が一瞬過ぎるが、頭を振って追い払う。そんな後悔は、自らが掲げる正義の信条の否定に他ならない。

 

 相手の個性が未知数である以上、下手に踏み込むのは危険と判断したのだろう。塩崎は大量の蔓を即座に動かせるように展開し、守りに入る。

 ──相手の出方を待つ、完全なカウンター狙いの構えだ。

 

 物量に優れ、さらには自在性にも優れた彼女の個性を考えれば攻めあぐねるか、最低でも時間をかけて慎重になるのだろう。その時間で相手の個性を探り、突破口を──……

 

 

「『──』、──」

 

 

 耳で聞き取れない小さな呟き。直後、強い風でも受けたように長い黒髪が揺れ……

 

 

 

「それじゃあ、攻守交代です。今度は、私から行かせてもらいますね?」

 

 

 気負いの欠片も無い、あまりにも軽い言葉。踏み込みで生じたその音とは裏腹に、強風を伴った魔女が塩崎へと突貫する。

 

 

「(速い……!?)──ですが!」

 

 

 確かに速いが、対応できない速度ではない。真正面から来るのなら、むしろ対処は容易いだろう。

 

 蔓の先端は鋭く、金属にこそ劣るだろうがコンクリートの舞台を貫けるのはすでに実演済みだ。それを、横にした剣山のように天魔へと殺到させる。

 

 

(あの光の剣は私の蔓を容易く切れる。それでも……ッ)

 

 

 物量には勝てないだろう。

 

 そして、今度は押し出して、確実に場外へ、と。

 

 

 自ら緑色で埋めた視界──その向こうで、ヴォン、という音が連続で唸りながら、()へと登っていく。

 

 

 

 釣られて見上げれば、相変わらず無傷な対戦相手が剣山の壁を超えて、そこにいた。

 

 

 

***

 

 

 

「うわぁ……」

 

 

 そう呟いたのは、果たして誰だったのだろうか。その呟きを耳にしながら、もしかしたら拳藤は自分が呟いたのかもしれない、と思える程度には、同じ意見を感じていた。

 

 ──目の前で起きている級友と、ヒーロー科他クラスの生徒の対戦。それを見た、率直な感想である。

 

 

「……ねえ、一佳。これって……」

 

 

 隣からきた、苦笑を隠しきれない取蔭の声に、同じく苦笑を返す。

 

 

「うん。これもう、試合じゃあないよなぁ……」

 

 

 

 眼下。普段は個性を使用する際に祈るように組んでいた手を必死に振り翳し、指運にて()()()()の蔓の操作を行う塩崎と、その必死の視線が見つめる先で……『おい重力仕事しろよ』な立体的機動力を見せる早乙女がいた。

 

 

 蔓の動きは攻防を重ねるごとに、僅かに……だが確実に早く、正確になっていく。

 それを紙一重で回避・攻略し、その度に何か塩崎に伝え──早乙女は攻め方をさらに変えていった。

 

 

 大きく派手に動き回っている早乙女に対して、塩崎はさながら固定砲台のように動かない。だが、肩で大きく息をしているのは塩崎の方だ。これではまるで……。

 

 

 

「『試合じゃなくて、もう個人訓練だ』──か?」

 

「ブラド先生!」

 

「うむ。一応来てみたが、全員真剣に試合を見ているようだな! 見て学ぶことも成長への大きな一歩だ! 鉄哲は自分の試合に集中することも忘れるなよ!」

「押忍! っすけどブラド先生! 相手のアイツなんなんすか!? こう、真面目にやってるのはちゃんとわかるんすけど、なんか……こう、こう!」

 

 

 言いたいことがあるのに言葉にならない。そんなもどかしさに地団駄を踏む鉄哲に苦笑を浮かべ、ブラドは概ね同意している様子の生徒たちを見渡してから舞台を見た。

 

 

 

(あれは……魔女の本能、とでもいうべきなのか)

 

 

 少年を、英雄へ。

 

 少女を、お姫様へ。

 

 

 微笑みながら導いていく、それは、絵本の中の素敵な魔女のように。

 

 

 本人の生来のお節介気質も相まってか、天魔は試合を早々に思考の向こうに追いやって塩崎の弱点を徹底的に突き、改善を促していく。

 状況だけ見たら白熱した試合に見えなくもない上に、両者とも極めて真面目にやっているので観客達の歓声も殆ど途切れなかった。

 

 ……この試合、穿った捉え方をすれば『下に見られている』と思いかねない塩崎だが、表情を見る限りそんな風でもなさそうである。それもそれで些か問題はあるのだが……。

 

 

「まあ……その辺りは担任のイレイザーに任せよう。うむ。別段、問題があっても実害があるわけじゃあないしな。むしろ、塩崎にはこの上なく有意義な時間のはずだ。正々堂々を自分に強い()()()意識も、これを機に変わってくれるかもしれんしな」

 

 

 

 なお……『一つ一つ、一歩一歩を確実に』という、どちらかと言えば相澤よりも自分寄りの教え方に近いことにちょっと気分が良くなったのは、生徒たちには内緒である。

 

 

 

 

***

 

 

 

 ─放送オフ─

 

 

「…………ねぇなーにー? あの変態機動。早乙女はジェ◯イじゃなくて飛天する御剣な剣士だった?」

「そもそもアイツはジェ◯イですらねぇだろ。……それに、『直接戦闘に向かない個性持ちのヒーロー』なら、あの程度の動きができなきゃ話にならん。むしろ、まだまだ無駄が多いな」

 

「判断基準がおかしいからな? でもおっけぇ。今の発言で誰が犯人かわかったぜ! お前が早乙女に教えたんだろイレイザー!?」

「教えてない。飛行禁止の制限かけて、市街地での追跡訓練を半年やったら……まあ密度にもよるが、あれくらいはできるようになるだろ」

 

「それってつまり、『現役のプロヒーロー』が『自分の得意なフィールド』で『相手にハンデ背負わせて』扱き上げたってことだよな?

 

 ──イレイザー? おいこっち見ろイレイザー。寝たふりとか古典的過ぎるだろマイフレンド! 吐け! お前、絶対他にもなんか早乙女に叩き込んでるだろ!?」

 

「ノーコメント。っつうか、アイツに関しちゃ、俺だけじゃねぇだろ」

 

 

 言葉の応酬が始まり、そのままヒートアップ。誰にも知られず、実況席でプロヒーロー同士の非公式な試合のゴングが鳴った。

 

 その一方で、十五分という試合時間の末に、塩崎が個性の使用限界でミッドナイトにギブアップを申告する。

 天魔の勝利宣言が行われ──疲労と脱水症状でふらついた彼女を抱きとめ、何を思ったのかそのまま横抱きに抱えて、天魔は舞台を降りていった。

 

 

 レベルの高い攻防に満足したのだろう観客たちの歓声。……試合後の、天魔のスポーツマンシップに準ずる行動も良い方向に評価されたのだろう。少なくない数の拍手も所々で起きている。

 

 スポーツマンシップである。……時折、白い花の名前が聞こえた気がしたが、気のせいである。絶対に。

 

 

 

 ──試合前のマイナスイメージは、まあ、ある程度払拭できたようだな。

 

 

 非公式ゴングの直後速攻で個性を抹消。捕縛布で実況者をミイラ巻きにしつつ、A組担任はこっそりと安堵のため息を零すのであった。

 

 

 

 

***

 

 

 

「あー、と。まあ、その、なんだ。おつかれ、茨。残念だっ……たね?」

「…………」

 

「あれは……うん。『アリ』ノコね」

「…………」

 

 

  隣の小森が、なんかジュルリというかゴクリというか、そんな感じのリアクションをする。

 

 ……なにが有りなのかと聞きたいが、絶対に聞かない。そう決意させるほどに彼女の雰囲気は怪しすぎた。

 

 

「…………/////」

 

 

 そして、つい先ほど。早乙女──ブラド先生に聞いたら本当に男──に横抱き、っていうかお姫様抱っこされて運ばれてきた当事者である茨。

 ……両手で顔を覆い隠してはいるけど 耳とか首とかが隠せてないから、そこを見れば分かる。この子今真っ赤だわ。

 

 

(いやでもまぁ……しょうがない、のかなぁ?)

 

 

 試合終了後にふらついた時に足を軽く痛めた……らしい。

 

 ……らしいと言うのも、治療はすでに終わっているからだ。早乙女曰く『問題はないけど、念のため今日は激しい動きは出来るだけ避けるようにしてください』とのこと。

 騎馬戦の時にも腰を痛めたレイ子が治してもらってたから信用はできるけど……。

 

 

 

「──茨? 一緒に、行ってあげるからさ。あとで、謝りに行こう? な?」

 

「……い、いえ。拳藤さんのお手を煩わせるわけにはいきません。これは……これは私の失態なのですから、私自身で……うぅ////」

 

 

 手を顔から外して返事をするけど、すぐに思い出しちゃったのか、再び覆い隠す。……まあ、気持ちは分からなくもない、かなぁ。

 

 

 いや、ね? 早乙女の去り際にさ、茨が思いっきり言っちゃったんだよ。

 

 

 

 

 ──ありがとうございました、お姉様。  ……って。

 

 

 

 

 

 初めて見たよ、あんなに綺麗な『orz』。クリティカルヒットしてたね、あれは。

 

 さらにブラドキング先生に早乙女の性別を訂正された茨が沸騰。お嬢様……この場合カトリック系っていうの? 女子中学出身だから、うん。

 

 

 ……だめだ。本人達には悪いけどにニヤつくの止まんない……!

 

 

 

──おまけ──

 

Q.なんでお姫様抱っこ?

 

A.「女性を運ぶ時は基本横抱きが男らしさの第一歩(でござるぞ)!」と中学時代の友達に……え、もしかして違うですか?

 

Q.……うん、大丈夫。間違っとらんよ? うん。グッジョブ。

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました!


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MP35 フォローしきれない魔女

生存報告も合わせてお送りします。



 

 

「女性に対して言っていい言葉ではないと思う……! だが、だがそれでも言わせてくれ!

 

 

 ──僕はキミが嫌いだぁぁっ!」

 

 

 

 

 

 舞台の上で渾身のシャウトを決めた飯田を、1-Aの級友たちはそれぞれ遠い目や苦笑を浮かべて眺めていた。

 

 『ヒーロー科なのにサポートアイテムフル装備ナンデ?』という登場時の疑問をそのままに試合開始。

 『試合が終始某通販番組化してるのナンデ?』と試合中の疑問に繋がり……全てのベイビー(自作の発明品)を紹介しきった対戦相手の発目 明は、満足感溢れる笑みを浮かべて、なんの躊躇いもなく場外へ降りていき、そのまま退場。

 

 ……どこか投げやりなミッドナイトによって勝敗が宣言され、今現在に至る。

 

 

 前試合の茨・早乙女の試合が白熱したものだったこともあってか、観客席の温度差が凄まじく。拍手していいのかわからず数秒ほど間をおいて、パラパラとした疎な拍手が上がった。

 

 

「……なんと言うか、『試合には勝ったがなんか色々と負けた』と言う感じだな」

「真面目な飯田には色々と受け入れ難いだろうな、尚の事。でー、えっと次は……上鳴と芦戸、か。同じクラス同士だと、ちょっと応援がしづらいな……」

 

「応援する間も無くドンマイされた俺に地味ぃなダメージが来るなそれ。──まあ。真面目な話、どっちが勝つと思うよ? 俺的に上鳴かなぁって思うんだけど。放電して速攻! みたいな」

 

「オイラは芦戸だ! あいつ運動神経すげぇからな! ……いやでも待て、上鳴の電撃受けて服が破けることを考慮すれば……!」

 

 

 そこで『ハッ』と劇画タッチに顔を変形させる一部の思春期ボーイズに、女子たちは超低温の視線を向ける。

 

 それでも、やはりヒーロー科としては気になるのだろう、『どちらが勝つか、若しくは有利か』の考察を語り合った。

 

 

 ──その中にあって二人だけ……全く別のことを考えている者がいた。

 

 

 

「やっぱり早乙女さんの引き出しの多さは群を抜くレベルだわかってはいたけど基本的に『不利な状況がない』下手したら器用貧乏に成りかねないのに早乙女さんはその場その場で最適解を『作り出すことができる』でもあの動きはどう見ても一朝一夕で出来るようなものじゃあない何かしらの魔法で身体能力を強化しているんだとしても『強化された身体に振り回されてない』ってことはつまり──」

 

「ノンブレスブツブツ止めろって言ってんだろが。酸欠のまま息の根止めんぞクソナード」

 

 

 爆豪は前に座る緑のモジャモジャ頭に軽く蹴りを入れつつ、だが、と舌打ちを打つ。

 

 

(デクの言う通り──確かに、あの男女野郎の引き出しの多さは異常だ。しかも、ただむやみやたらに多いわけじゃねぇ……しまってあるモンの殆どが、かなり有用ときていやがる)

 

 

 横目に、その魔女の姿を捉える。その本人は先ほどの通販番組じみた試合内容を思い返しているのか、柔らかい苦笑を浮かべて何やら耳郎たちと話していた。

 ちなみに……『お姉様』呼びされたダメージはもう回復しているらしい。すでに全国放送でチア姿を晒しているだけあって、もう些細なダメージにしか感じられないのだろう。順調に麻痺し始めていた。

 

 

(留年っつー、ある意味最悪のレッテルを貼り付けられて得た、極上のレベ上げ期間……あの担任はくだらねぇ世辞をいうタイプじゃねぇから──間違いなく、現時点で雄英トップクラスの実力者)

 

 

 ──思い返されるのは、まだ記憶に新しいUSJ襲撃事件。

 

 爆豪は切島と共に転移させられたので、直接その目で見たわけではないのだが……聞いた話では、あのオールマイトが全力で戦ったヴィランを相手に真っ正面から挑み、時間を稼ぎきったのだという。

 

 それも……負傷した二人のプロヒーローの治療をしながら、その場にいたクラスメイトたちを守りながら、だ。

 

 

(…………俺には、()()()()

 

 

 ギリ、と強く奥歯を噛みしめる。

 一対一ならば時間を稼ぐくらいはできただろうが、治療と護衛をやりながらでは無理だ。

 

 再び自分の中に燃料が投下されたのを意識しながら、トーナメントの組分けを見上げる。

 

 

 

 ──順当に勝ち進めば……挑める。

 

 それも、最高の舞台で。

 

 

 

 

「……はっ、面白ぇ……っ!」

 

「あのさ、かっちゃん? 人の頭蹴っておいて面白いとか酷くない……?」

 

「うるせぇだあってろクソナードぉ……!」

 

「……うん、なんか御機嫌だねかっちゃん」

 

 

 行動と話の流れが全く理解できない二人のやり取りであるが、「そういえば幼馴染だったなこいつら」と理解はできないが周りの一同は納得はできた。

 

 

 

***

 

 

 

「ふむ。発目 明さん……あとでご挨拶に行くべきでしょうか」

 

「つぅ、あ……ん、挨拶て、どう、して?」

「くっ、そ、そうですわ……! しょ、正直に申し上げます、と、今のぉ、飯田さんっとの試合、も!」

 

 

 天魔の右側に座る耳郎と八百万が彼の呟きに応じるが……彼女たちの顔は赤く、必死に耐えているその様は、その切なげな声も相まって健全な少年に非常によろしくないナニカがあった。

 

 

 ──まあぶっちゃければ、正座で足が痺れてきついだけである。椅子の上でやっているから、尚更に。

 

 

「あの、大丈夫ですか……?」

 

「大丈夫です、わ。これしきのこと……! ワタクシ達がっ、早乙女さんにしてしまった、し、仕打ちに比べれば!」

(ごめん、ウチそろそろ泣きそう……!)

 

 

 震えながら強がる八百万と、ちょっと真面目にヤバそうな耳郎を見て、流石に居た堪れなくなったのだろう。天魔は席を立ってスマホを取り出す。

 

 ……試合は、まだ始まらない。上鳴も芦戸も舞台に上がる前に、やたらと入念に足メインの準備運動をしているからだ。

 

 

『──どうした? 早乙女』

 

「早乙女さん!? 何を──ああぁ……っ」

「ちょ、やおもぉみゃあぁぁあ!!!」

 

 

 僅かなコールの後に聞こえたのは、担任である相澤の声だ。

 

 ……天魔の性格から彼が何をするつもりなのか察した八百万が、咄嗟に手を伸ばしてバランスを崩し、隣の耳郎を巻き込んで決壊。

 椅子から落ちることこそしなかったが、あまり年頃の女の子がしてはいけない格好で震えている。……その光景をベストポジションで見ようとした峰田が正座のままやけに機敏に動き、蛙吹の舌ビンタで沈黙した。

 

 

 

「……まあ、その、聞こえた通りでして。これ、私のほうが罪悪感諸々が酷いので、そろそろ放免ではだめでしょうか……?」

 

『はぁ──どこかのタイミングで言ってくるとは思っていたが……これまた随分と早かったな? まだ、トーナメントの一巡目が終わってねぇぞ』

 

 

 苦笑を滲ませた、大きなため息が聞こえる。天魔にスマホを操作させ、その場にいる全員に聞こえるようにさせた。

 

 咳払いが一つ。

 

 

『──まだ学生だから、こういう行事に浮かれちまうのはしょうがない。だが、『超えてはいけない線』ってものが、世の中にはたくさんある。それは学生だろうと大人だろうと関係はない。

 ……今回の件は、まあ、被害者の早乙女も強く拒まなかった事と、なにより本人が許してるから大目に見るが……しっかりと反省し、教訓にして、以後このようなことが無いようにしろ。いいな?』

 

「「「は、はい!」」」

 

 

 八百万と耳郎、そして、葉隠の声が合わさる。流れ的には、今試合目前の芦戸も対象なのだろう。

 

 

 

『──ああ、ちなみにだが、放免は()()()()だ。峰田と上鳴は継続して罰則内容に従事するように。早乙女を含め全員、甘やかすなよ』

 

「えぇー!? なんでっすか先生! 今のいい話だなぁ的な流れでオイラたちも……!」

 

『…………いい話の流れで、さらにお前らだけ課題を追加してやろうか? 首謀者』

 

 

 声だけでここまで人の背筋を凍てつかせる人も早々いないだろう。

 

 何一つ反論することなく即座に天魔のスマホに向かって五体投地礼を見せる峰田に、いく度目かのため息を一つ零して通話は切れる。

 そして、タイミングを合わせたように観客席から歓声が上がり、選手二人が舞台に上がったことを確認した。

 

 

「うぅ……し、痺れが……で、でもこれで集中して試合を見れますわ!」

 

「同、意。これまでの試合がウチらにはあんまり参考になりそうにないってのが、まあ、唯一の救いかな。って言っても、次も微妙だけど。

 それで、早乙女。さっき言ってた、サポート科の子に挨拶ってどういうこと? ……もしかして、あーいうのが好み、とか?」

 

「確かに可愛いらしい方でしたし、こう、『放っておいたらまずい……!』的な意味で庇護欲は掻き立てられますが──純粋に、発目さんは現時点で『一番優秀なサポート科の生徒』ですよね? ヒーロー科としては、面識くらい作っておいて損はないと思いますよ?」

 

 

 耳郎の言葉の後半から周囲のクラスメートの視線が一気に集中するが、当の本人は特に恥じらう様子もなく個人に対する所感を言って、続くサポート科として見た言葉もいたって真面目だった。

 

 確かに、今回の体育祭で目立ったサポート科は彼女だけである。障害物走しかり、騎馬戦しかり……結果をしっかりと残しているのは確かだ。

 

 

「【『得意を強くすること』『苦手を補うこと』そして何よりも『一人でも多く助けられるように』──それを多くのヒーローに提供するのが自分たちの役目だ】──サポート科の先生の金言です。私の使っているこの黒棒の素材も、その先生がわざわざ探し出して海外の会社から特注してくれたものなんですよ?」

 

 

 そう言って、いつものように虚空から身長よりもやや長い黒い棒を取り出す。

 鉄の数倍重いが、剛性と延性に優れた特殊合金。腐食にも強く、さらには天魔の魔法で形状も自在なため、なかなかに反則じみた性能を誇っているサポートアイテムだ。

 

 

 尤も、それを提供した『重機と恐竜』を連想させるサポート科ヒーロー教員は、少し不満気であったという。

 

 基本的に魔法という反則じみた万能手段を持つ天魔は、殆どサポートアイテムを必要としない。必要なのはどちらかというと魔法開発に転用できそうな知識や発想力の類なので、そう言った意味では天魔はサポート科泣かせの生徒と言えるだろう。

 

 ちょっと特殊な金属を渡しただけ……では、いろいろと矜持に触れているらしく、仕事の合間を見つけてはいろいろと試行錯誤しているらしい。

 

 

 

「なるほど……なぁ。うーん、でもなぁ……」

 

 

「「「さっきの飯田(くん/さん)とのやり取りを見たあとだと、ちょっと……」」」

 

「──まあその、サポート科の人全員がそうとは限りません、よ?」

 

 

 『メカニックとして優秀なほど変な人が多い』……昨年度のサポート科工房棟の爆破件数が3桁に迫る、という事実にはそっと蓋をし、天魔は言葉を濁すことにした。

 

 

 区切りは良くないが会話が途切れ……そこにミッドナイトの声が通る。流石に準備運動に時間をかけ過ぎだと判断したのだろう。

 

 まだ一歩毎に変顔を浮かべる二人が舞台に上がり……。

 

 

「あびゃぁああぁっ!?」

「ぎゃっゔぇええいっ!?」

 

 

 ……開始の合図とともに、情けない二人の悲鳴が上がることになった。

 

 

 

***

 

 

 

「りょ、両者半ば自滅な感じでノックダウーン!! いや、まあ……うん。はい、解説のイレイザー! なんかコメント!」

 

「……空が、青いな」

 

「──イレイザー。辛いのはわかる。分かるけど解説して! 戦うんだ現実と!」

 

 

 

「……解説も何も、見たまんまだろ。二人とも動き回りたくねぇから開幕ブッパを選択。動かない放出個性持ちなら当然、個性同士がぶつかり合う。

 ──芦戸は酸を止めればいいものを、放出を続けて酸、まあ液体か。そこから通電。上鳴は上鳴で、飛んでくる大量の酸を押し返そうとさらに放電してキャパオーバー」

 

 これ、正座させた俺のせいになるんだろうか──と眉間を揉む。トーナメント出場生徒には試合敗退後と通知したのだが、合理的ではない選択をしたのは当の二人だ。

 

 相澤に非はない。無いだろうが……モヤりとする何かが胸中にあるのもまた事実だ。

 

 

「現実って残酷なのね!

 そんな訳でこの試合の決着は、一試合挟んで二人が気が付いたら行うZE!

 今んとこブッパか不思議系ばっかだから、そろそろ手に汗握るやつ頼むぜリスナーぁ!」

 

「そういう振りは止──……いや」

 

 

 トーナメント表を見る。そこには今の試合と同様、自分の受け持つクラスに在席する、二人の名前があった。

 

 そして、思い出す。

 

 

 「自分の事を頼ってくれた」と嬉しそうに。

 

 「という訳でこの施設を使わせてください」と、仕事を増やしてくれた、魔女の笑顔を。

 

 




読了ありがとうございました。

若干ダイジェストみたいになってしまいました……


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MP36 魔女に導かれた者 前

 

 目を閉じる。呼吸をゆっくりと深く吸い、長く静かに吐き出して止める。……そうすることで少しだけ大きく聞こえるようになった、自分の心臓の音に集中する。

 

 ドクン、ドクンと脈打つそれは、大きくも穏やかだ。緊張はあるが過度ではなく、全身を程よい熱が満たしている。

 ──自身のコンディションが良好であることに、()は口角を僅かに上げた。

 

 

「……調子はどうだ? ダークシャドウ」

『わかりきったこと聞くなヨ! いつでも行けるゼ、踏影!』

 

 

 己が内に潜む、一生の相棒。いつも通りの調子と威勢のいい声に頷きを返し、ゆっくりと目を開けた。

 ……壁越しに聞こえてくる音。少し聞き取りづらいが、どうやら前の試合は早々に決着が付いたらしい。もしかしたらと、早めに控え室に入っていてよかった。

 

 

 再び深呼吸。

 

 思い出す──それは声だ。

 どこまでも(たお)やかで、底知れずに穏やかで……当時は何が嬉しかったのか定かではないが、どこか弾んでいた声が、紡いだ言葉。

 

 

 【──まず、常闇さん。貴方の個性は非常に特殊です。……私も先生方や専門家の方にこそ劣りますが、多種多様な個性を知っていると自負しています……ですが、正直貴方の個性──ダークシャドウ(この子)は、分類すらも難しいレベルで特殊と言えるでしょう】

 

 

 意思があり、思考を持ち、言葉を操る。それは最早一つの命だと。

 

 形はあれど制限は広く、痛覚はあれど傷つくことはなく、消耗はあれど消費することはない。

 

 

 これは最早、一つの個性の到達点だと。

 

 

 ……諸手を挙げた賞賛を受けて、かなり真面目に自分の顔が黒い羽毛で覆われていてよかったと安堵した。そうでなければ、おそらく真っ赤になっていたであろうから。

 

 

「……個性を発現──いや、お前と共に在って十年を経たというのに、俺は未だ、お前を正しく理解できていなかったんだな」

『気にすんなヨ! ッテイウカ、オレだってよくわかってなかったんだからナ! こっからだコッカラ!』

 

 

 光と相性が悪く、晴れの日中は弱体化する。かといって闇が深ければ、強くはなるが同時に凶暴性が現れ暴走の危険がある。前者はまだしも後者はヒーローとして致命的だ。だからこそ、『ダークシャドウの制御』が自分の主な課題だと思っていたのだが……。

 

 

 

 

 ──自分の浅慮に、反吐が出る。

 

 

 

 自分の個性だが、しかし相棒だ。

 

 根源は一つであるが、一心同体ではないのだ。

 

 

 制御するのではない。支配するのでもない。『共に強くなる』──それが、己が、己達が歩むべき道なのだと。

 

 

 

 ダークシャドウを個性ではなく、一つの生命として。

 

 共に学び、共に鍛え、共に試行錯誤し、共に挑み……そして──共に勝つ

 

 

 

 

 

 

 

 ──時間だ。

 

 

 

「──行くぞ、ダークシャドウ」

「あいヨ!」

 

 

 道は、示された。

 

 黒き魔女の導きにより、確固たると思える道が。

 

 

 

 ならば、あとは突き進むだけだ。自分と、相棒の二人で。

 

 

 登場口から舞台へと進む。降り注いでくる歓声は、おそらく自分に向けてではないだろう。

 『倍率三百倍。ただでさえ狭い門だというのに、彼女はたった四人しかいない推薦入学者である』……と紹介された彼女へ向けてだ──そう考えてしまうのは、少し卑屈が過ぎるだろうか。

 

 

 だが、関係はない。もし仮にそうだとしても、どうでもいい。

 魔女に教え、導かれたのはほんの僅かな時間だが──その僅かな時間にも意味があったのだと、証明するために行くのだから。

 

 

 

 

(まあ尤も──それは、向こうにも言えることか)

 

 

 

 ……黒き魔女に導かれた者。それは、自分だけではない。

 

 

 入学当初から見れば、最たる伸び代を見せた緑谷 出久。

 伸び代の先は未だ見えず、どこまで強くなるのか想像も付かない。

 

 夢への原動力を語り、魔女から全力肩入れ宣言を得た麗日 お茶子。

 体育祭準備期間中はずっと魔女の下で学び鍛えていた彼女も、恐らく相当な飛躍を遂げている。

 

 

 そして──。

 

 

『さぁ! さあさあ! ぶっちゃけるとオレが結構楽しみにしてる対戦カードがついに始まるZE! ってなわけで早速紹介しよう!』

 

 

 スピーカー越しに聞こえる大きな深呼吸……隣に座る相澤は、慣れた様子で両耳を塞いでいた。

 

 

 

『本年度推薦入学者の一人! 構造を理解できるなら生物以外の万物を造り出せる才媛! 八百万 百!

 

 VS!

 

 影に生き影を往く者!  COOLさでは学年トップクラスのこの男! 常闇 踏影!』

 

 

 先んじてリングに立つ自分に、反対側の入場口から進み、相対する位置で止まるクラスメート。

 ……本来であれば、対極にいるような自分とは接点などなく、あまり関わり合いになるようなことは無いだろうと思っていだのだが──今回、偶然にも一つの共通点が出来た。

 

 

 

 『魔女にこれまでの価値観を塗り替えられた者』として。

 

 

 

 

 表情を窺う。

 

 嗚呼……良かった。あれこれと意識していたのは、どうやら自分だけではなかったらしい。

 

 

 

 ほぼ時間を同じくして、二人の口角が少し上がる。

 苦笑というのも同じで、「まさか一回戦で当たることになるとは思ってもみなかった」……という感想も、きっと同じだろう。

 

 

 

「……念のため聞いておくが、足の痺れは?」

 

「──『全力を尽くせるように』と、先程()()()をかけていただきました。衣装のお詫びとこれまでのお礼とで、後日私が出せる限りの八百万家全力のおもてなしを計画中ですわ」

 

 

 

 この発言にどこかの魔女男子の背筋にゾクリと嫌な予感が走ったが余談である。『今日のノルマ(不幸)』はもう終わっていると楽観しなければ、後日訪れるだろうアレコレを回避できたであろうに……閑話休題。

 

 

「二人とも、準備はいいわね!

 

 それじゃあ──試合開始!!」

 

 

 

 直後。先制攻撃として速攻をしかけたのは、二人の個性を知る者の大半が予想した通り、常闇の黒影だった。

 空を翔けることのできる黒影の速度は相当な上、相手にしてみたら遠距離から近接攻撃をしかけられるという厄介さ。

 

 教員、そして試合をある程度予想していた生徒および観客たちは『八百万の防戦一方』や『八百万が反撃のチャンスを掴めるか否か』の凡そ二択に別れていた。

 

 

(……?)

 

 

 常闇は、「黒影に任せきりで棒立ちはよくない」という反省から、最初の位置から横へと動いている。より正確な判断と指示を出すには、相手とダークシャドウを視界に収める必要があった。

 

 ──黒影の攻撃。それに対して衝撃を殺そうと同じ方向へと跳び、さらには、作り出したナニカで高い金属音を響かせて防御した八百万。

 

 

(なんだ、アレは……?)

 

 

 陽の光を反射しつつ攻撃を防いだのは、磨かれたばかりのような鉄色。それが、八百万の肘から先を覆っている。

 防具ならば籠手・ガントレットと呼ばれる腕の鎧だろうが、随分と機械的だった。

 

 

 視線の先で、八百万がその腕を常闇へ向けて振る。一度腰溜めに引いてから突き出すそれは、回避直後で姿勢こそ崩れているが正拳突きの動きだ。

 しかし、当然届くはずがない。緑谷のように強力な衝撃が放てるならまだしも──と分析する常闇は銃声を聞き、拳の先端から発射炎を見た。

 

 

 ──咄嗟に、体が右へ飛ぶ。意識していたからこそ、彼は飛べた。

 

 その刹那の直後、彼がいた場所を高速の何かが通過し、そのまま飛んで壁へと当たる。

 ……壁に傷こそつけなかったが、当たれば、相当な痛撃となるだろう音を鳴らして。

 

 

 

(……早乙女。お前は一体、八百万になにを──!?)

 

 

 思考する間も無く、同じものを装備する逆の腕が突き出されるのが見え……冷や汗が、吹き出した。

 

 

 

***

 

 

 

 外した。

 

 最後とは言わないが、しかし、最大のチャンスであっただろう初撃。

 ……それを外してしまったことに歯を強く噛むが、それでも、一週間の練習が上手くいったことに、八百万はほんのり高揚した。

 

 

 

 『攻防一体型装具・試作37号』……36回の失敗を重ね、『なんとか実戦に使える』レベルになったのは、実は昨日の夜だったりする。

 

 

 両腕の肘から先。無骨なそれはとても洗練されているとは言い難いが、だからこそ重厚そうな見た目は高い防御力を連想させる。──単発式の銃と手甲を合体させた、八百万のオリジナルだ。

 

 

「はあっ!」

 

 

 突き出した右腕を戻しながら、同時に左腕を打ち出す。素人に毛の生えたような拙い拳は、しかし達人級の威力を飛ばした。

 

 

「くぅ!?」

 

 

 ギリギリ、だが今度は服にだが掠った。精密射撃こそ向かないが、この距離ならば十分に狙える。

 

 

『踏影っ!?』

「っ、戻るなダークシャドウ! お前はそのまま、八百万を攻め立てろ!」

 

 

 薙ぎ払いにくる、鉤爪のような影腕に、手甲を揃えて受け止める。威力の高さに全身が軋むが、とっさに払われた方向に飛ぶ事で事なきを得た。

 

 ──何度も受けては拙いですわね……回避か、最悪でも受け流さなければ……!

 

 

 やはり強い。その上に速い。長引けば長引くほど、不利になるのは八百万だろう。

 

 

(でも、戦える……!)

 

 

 手甲の一部をスライドさせ、装甲の内部に収まっている銃身と肌を隔てていた板をずらす。何度も失敗して計量した黒色火薬と硬質ゴムの弾丸を創り、再びスライドさせて銃身と肌を隔てる。

 ──これが、リロード。

 

 『創造』という、世界的に見ても稀少な個性を持ち、誤差を精密機器にしか測定できないレベルで突き詰めた八百万 百が装備して初めて、『防具』だけではなく『武器』としても使える装具となるのだ。

 

 

 

 

 その様子を見て、その『回りくどさ』の意味を理解して……それを伝えた魔女と、その魔女に教えを施した担任は、ニコリとニヤリ、それぞれの笑顔を浮かべた。

 

 

『Heyイレイザー! そんな意味ありげなニヤリ笑いしてねぇで、解説頼むZE!  ほら

アピールポイント! 常闇は事前情報でわかるんだけど、あれ、八百万の武器……武器か? とにかくアレなんだ!? つーか割と真面目に欲しいんだけど!? ……ろ、6桁で買えるかな? 7桁でも左端が1なら頑張るんだけど』

 

『はあ……まず、八百万の個性は『創造』。

 創り出す物を分子レベルで理解し、構造を熟知していないと宝の持ち腐れになる個性だ。それを実戦レベルで使えている時点で、彼女の優秀さはご理解いただけるだろう』

 

 

 一息。

 

 

『──だが、『何でも作り出せる』ってのは、時と場合によってはより危険な状況を作り上げちまう。武器として銃器や刃物を作り上げたとして、戦闘中にそれらが弾かれて落としてしまったとして……目の前に落ちてきたそれを、要救助者が使用してしまう。可能性はかなり低いと思うが……ゼロじゃあない。最近は大きな事案は聞かないが、数十年前に、航空機で数百人が犠牲になった事件が実際にあったんだ。

 ……人質を盾にされたヒーローが解除した武装を、犯人の一瞬の隙を突こうとした乗客が、誤った使い方をしちまってな』

 

 

 事実、その事件以降、ヒーローの持つサポートアイテム……特に、直接武器になりそうな品の規制や民間への意識通達が一気に強くなったのだが、それでも、類似の案件が完全になくなることはなかった。

 八百万は、それを踏襲する可能性が大いにあった。むしろ、他のサポートアイテムを使用するヒーロー達よりも遥かに高いだろう。なにせ、作り上げた武器は極論無個性でも使用出来るものが殆どなのだ。

 

 

 ……いままでは、だが。

 

 

(武装を作る際は細心の注意を、と余裕が出てきた二年あたりで伝えようと思っていたんだが……ったく。教師の仕事を取らないでほしいもんだ。しかも、身につけるべきは多いが、進む先が八百万の理想形じゃねぇか。

 ──アイツを教師にしようって校長の暴走も、かなり現実味が……)

 

 

 少し、真面目に考えてみる。

 

 まず地頭が良い。個性の鍛錬に集中するために、高校で学ぶべき必修の五教科を彼はすでに修了している。……根津が一年の分を終わらせればいいんじゃない? と伝えたつもりが、三年分終わらせてきて、試しにテストしたネズミが高笑いしていた。思えばあの頃から魔女先生をゴリ押しし始めた気がしないでもない。

 そして、なによりも万能性の高い個性故に、生徒達一人一人の千差万別とも言える個性に向き合えるだろう。しかも、分身を使えば、教師一人の現状よりも濃密に生徒たちへ対応出来る。

 

 

(──選択肢の、一つだ。今は、それだけでいい)

 

 

 

『……この場にいるサポートアイテムを用いる全ヒーロー、及び関係者諸兄。彼女を、そしてこの試合をよく見ておく事を勧める』

 

 

 再び一息。しかし、今回は少し多めに息を吸った。

 

 

『──原点(オリジン)だ。将来飛躍していくかもしれない未来のヒーローの、原点たる始めの一歩。それを、見れるかもしれないぞ? そして焦ってくれ。優秀な後輩に追い越されないようにな』

 

『Oh! ツンデレのツンが多すぎるイレイザーの高評価! コイツはマジだブボハッ!? おま、ちょ、今のレバーは本気だったろ!? 紙一重でズレたからよか……あ、はい。すみません。調子乗りました、反省してます。

 あ、そ、そうだ! 八百万の高評価はわかったけど、ほら、担任的には常闇の方のアピールも!』

 

 

 二、三……いや、五、六発の打撃音と悲鳴(ノイズ)がスピーカーから聞こえた。

 

 

『あー……先ほどこのバカが、この試合を楽しみにしている対戦カードの一つと言ったが……教師としては全ての試合を楽しみにしているよ。だが、ヒーローとしては……『この二人の対戦が一番楽しみだった』──それが答えだ。おら、試合を見ろ試合を。ミッドナイト先生もちゃんと審判してください』

 

 

 

 ……『三十路男』『ツンデレ』『意外とアリね!』というキーワードとともに、かなり稀少なアングラヒーローの写真がネット界隈で出回ったりしたが、ここでは余談としておこう。被害は同僚のDJ教師に集中するだけだろうから。

 

 

 

*オマケ*

 

 

 

「ケロ。早乙女ちゃんのキラキラガッツポーズね。しかも二連続だわ」

「梅雨ちゃん? なんかちょっと不機嫌?」

「……ごめんなさいね。多分、嫉妬よ。ケロ──私だけだったのに、なんて、ちょっと思ってるわ。羨ましいのもあるわね。早乙女ちゃんに教えられたのは五人いたのに、私だけトーナメントに出れてないの。だから、来年はもっと頑張るわ」

 

 

 

*ヨダン*

 

 

「先生! 私、ちょっと彼女と……あれ? 名前なんでしたっけ? ……。まあいいや! とりあえずちょっと彼女とおはなししてきますね! もうインスピレーションがドッパドパと出てきてるんです!」

 

「止まれ発目ぇえええええ!!! 今試合中だからぁ! あとお前、絶対話すだけで終わらせる気ないだろ! その手に持ったレンチとスパナとドライバーはなんだ!? ちょ、速、誰かそのバカを止めろぉ!」

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました!


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MP37 魔女に導かれた者 後

 

 

 

「……ふ、ふふ……ぐふう。げ、現役のプロヒーローを押さえ込めとか、パンピーオタクに無理難題をおっしゃられ……おや? このオッパイ殿は……」

 

『出せやゴラ!! 解けやオラァ!! お前らタダじゃすまさね……おい待て! 電気消すな! 橙子だろ! 暗闇はダメだっつってんだろいつも! な、なぁおい! 聞こえてんだろ? ……おいマジでやめろって! なあ! わかった! わかったから! もう暴れないから! グスッ、なあってばぁ!』

 

「……この音声を録音すれば、薔薇姉殿にもファンが付きそうでござるなぁ……」

「それでファンが付いても3日で全員いなくなる。……アレの弱点を知って、記憶を保っているのはお前とアタシくらいさ。なんせ、天魔にすら隠し通してるくらいだ」

「MJD?」

「(天魔にだけは、かもしれないがな)……本人いわく、『女の意地』だとさ。格好悪いと思われたくないんだろ」

 

 

 遠く隔てて『出してよぉ……ごめんってばぁ』と弱々しい、幼女のような声が聞こえるが……騙されてはいけない。ここで情けを見せれば、扉を開けた瞬間に『薔薇色の弾丸雨(Rose of Rain)』という名の、彼女が現在所有している全銃器のフルバーストが降り注ぐのだ。

 

 

「で、この娘がどうかしたのか?」

「いやー、あのオッパイ殿の武器なのですが……最近早乙女氏にお貸ししたアニメに酷似したものがありましてな? それでただ単純に気になっただけござるよ。拙者、ボインは守備範囲外でござるので。ツルペタこそ至上にして至高。ただしロリコン、てめぇはダメだ……!」

 

 

 なにかの扉を開いたような容貌と、背後霊的な何かを幻視させる立ち姿になったオタクを視界の外に物理的に飛ばし、人形使いは画面の向こうで激戦を繰り広げる二人の生徒を見る。

 

 

「……まだまだ荒すぎるな。これからの鍛錬次第で光るか腐るか。まあ……光る物が出てきたら、名前くらいは覚えてやるさ」

 

「あ、ちなみに女子は八百万 百で男子は常闇 踏影とぷぎゃあ!? ちょ、拙者は踏まれて喜ぶ特殊性癖はないでござるぞ!? っていうかなんで!? ……言ってる側からストンピングしようとすんなBBA!」

 

 

 踏み付けから逃れようと足の下で足掻いている物体に、気持ちさらに力を込めて汚い悲鳴を上げさせる。

 

 それをBGMに、画面の向こうで白熱し始めた戦いをもう一度眺めた。

 

 

 

(まあ、女の方に切り札が無ければ、男の方の勝ちだな……)

 

 

 技術は拙い。殴り合いなど、きっとしたことがないのだろう。

 体力が無い。本人は隠しているつもりだろうが、疲労も濃く息も荒い。

 

 何より、使う物の練度がダメだ。付け焼刃にも程がある。手甲・脚甲を使った武術を、銃を用いた武術を、彼女は恐らく知っていないのかもしれない。

 

 優勢は常闇。食らいついているのが八百万である。

 

 

 

 だが……逆に言えば、起死回生の切り札、それがあれば女──八百万の方が勝つ。

 

 ……覚える気はまだ無いというのに、覚えてしまった。

 

 

 

「……八百万が勝たなかったら、お前、紅華のところに放り入れるからな」

「MJD? ……え、マジでなんで!? 死亡フラグってか死亡確定案件ですよねそれ!? 拙者別になにもしてないでショ!? ってだからグリグリすんなBBA!」

 

 

 

 

***

 

 

 

 どこか遠くの孤児院で、若干アブノーマルな光景を作り上げている現役の女ヒーローがあげた欠点を、当人は試合前から自覚していた。

 

 以前まで、自分はどちらかと言えば遠距離型……近付かれる前に物量で押し切るのが理想だ、と常々思っていた。個性である創造は確かにあらゆる物を創り上げることができるが、それだって結構な集中力が必要なのだ。ゆえに、近接戦闘で学んだのは防御に重点を置いた棒術くらいなものだ。

 

 

「ふっ……!」

『痛イ!』

「だが、狙いが荒くなってきている……! もう少しだダークシャドウ!」

 

 

 弾丸をダークシャドウと常闇に撃ち込む。ゼロ距離にいるダークシャドウには当たるが、10メートル以上離れている常闇には難なく躱されてしまった。彼に当てるためには、八百万が近付く必要があるのだが、それをダークシャドウが許さない。仮に数歩近付けても、フリーな常闇は簡単に距離を開けることができる。

 

 ……誰がどう見ても、ジリ貧だ。そう時間をかけずに、疲労で八百万が動けなくなるだろう。この状況を打開するためには、確かに一発逆転の切り札が必要だった。

 

 

 

(切り札は、ある……ありますのに……! 誤算──いえ、こんな基本的な事を忘れるなんて……っ)

 

 

 切り札は、ある。二つの手順を成功させる必要があるが、それでも、常闇とダークシャドウを追い詰める切り札が。しかし……。

 

 

(……なんて迂闊っ、重量の考慮を怠るなんて!)

 

 

 両手の──仮に手甲銃と呼称するが、これが、なかなかに重いのだ。

 

 片方で3.75kg。(弾丸と火薬は含まれていない)一般的なアサルトライフルがおよそ4kg(※)として、それを両手に括り付けて使っているようなものだ。しかも、普通の銃なら両腕と全身で射撃の反動を抑えるのに対し、彼女の場合は片腕である。その上で強力な攻撃の防御にも腕を使っているため……疲労が加速度的に蓄積して当然だった。

  (※ 素人調べにつき、多少の誤差はご了承ください)

 

 

(タイミングを待つ? それとも、一か八かの賭けに……!?)

 

 

 長くは持たない、そう判断した直後だった。

 

 

 常闇とダークシャドウ、そして八百万の立ち位置。常闇とは距離はあるが、二人の間に八百万が入る形。

 そして、ダークシャドウの攻撃。『やりすぎないように』と無意識に手加減しているからか、威力はあっても単調になりやすい。……待っていたのは、横へ大振りの薙ぎ払い。

 

 

(来ましたわっ)

 

 

 両腕でなければ受け流すこともできなかった一撃を、片腕の手甲で受け、全神経を集中させて受け流す。肘や肩に激痛が走り、衝撃が全身を巡るが──

 

 

「……ここっ!」

 

 

 飛ぶ。自身の脚力にダークシャドウの攻撃を合わせ、反対方向……目を見開いた、常闇へ──!

 

 残した片腕は、自由に動く。それは、すぐにでも撃ち出せる様に構えに入っていた。

 

 

 

(……ここで、俺を狙う……? 決定打としてはまだ──否、違うッ八百万の狙いは……!)

「ダークシャドウ! 気を付けろ!」

 

『ワカッテル! ()()はやらせねぇゾ!』

「ち、違うダークシャドウ! 八百万の狙いは……!」

 

 

 意思の疎通……いや、この場合はダークシャドウの経験の浅さだろう。それが、浮き彫りになり、かつ致命的なものになった。

 

 八百万は飛びながら、視線を常闇へと向けたまま……構えたまま肘を真っ直ぐ伸ばし、胸を反らす。すると当然その拳は後ろへ、背後に迫るダークシャドウへと向けられた。

 

 

 呆然としたダークシャドウの表情(真ん丸になった目くらいでしか判断できないが)。そして、おそらく間の抜けた声を発したのだろうが……その声は、特大の()()()にかき消されてしまった。

 

 

 

  「あ、あれってもしかしてかっつあ!? ちょ、かっちゃん! 頭蹴らないでよぉ!」

 

  「うるせぇぞ足置きナード。……はっ、いい度胸してんじゃねぇかポニテ女ぁ……!」

 

 

 

 弾丸は出ない。ただ大量の火薬を起爆させただけ。爆音が響き、閃光がダークシャドウを弱らせ……そして衝撃が、ダークシャドウと八百万を吹き飛ばした。

 

 知っている者が見れば、それは『爆速ターボ』という、とある少年の移動手段の模倣だとわかるだろう。

 

 

「ヅッ!? ぅっ、あああ!!」

 

 

 細い肩へ経験したことのない衝撃が襲いかかる。異音とともに激痛が走り、目に涙が浮かぶが……今まで上げたこともない裂帛と、抱いたこともない気合いでねじ伏せた。

 

 

 加速。

 

 ──自分の脚力と、ダークシャドウの攻撃で飛んだ体。さらに爆発で弾丸のように常闇へと迫り、何を挟む間も無く、再び爆発と共に着弾した。

 

 

 

『りょ、両者激突ー! 白熱したバトルから一転、八百万が一気に攻めたぁ!! せ、攻めたけどこれ、二人とも大丈夫か!?』

 

『──いい判断だ。八百万は正直ジリ貧だった。あの武装の発想は良かったが、実戦で使うにはまだ練度が浅い。戦闘力で劣っている以上、八百万が常闇に勝つためには、どこかで賭けに出る必要があったが……』

 

 

 実況が叫び、解説が言葉の最後を呑み込む。会場全体が固唾を呑んで見守る中、爆炎と砂塵が晴れていき……倒れる常闇の喉元に拳、銃口を突きつけている八百万が現れた。

 

 

 どよめきが走る──八百万の左腕が、ダラリと下がっていた。外れているか……加速に用いた爆発の威力も考えれば、折れていてもおかしくはない。

 激痛に顔を歪めながらも……しかし突きつけた拳は、震えてすらいなかった。

 

 

 

 

 

「……随分と、危険なマネをしたな。あれだけの爆発、自分を巻き込んでいてもおかしくはなかっただろう」

 

「っ、危険は、ありましたが、十分対策はしましたわ。爆発の直前に、体の背面に大量の水分を創りましたし、それに、このジャージの下は、耐爆繊維ですの、よ?」

 

 

 八百万は満身創痍だ。常闇も最後にダメージを受けたが、ボロボロの彼女と比べれば軽傷ですらない。

 ……戦いを続けようと思えば、十分可能である。審判による勝敗宣言もされてなければ、場外に出たわけでもない。戦闘続行しても問題はないのだが──……それはあまりにも、無粋が過ぎる。

 

 

 

 

「……見事。俺の負け──……いや、お前の勝ちだ。八百万」

 

『──常闇くんギブアップ! よって勝者、八百万さん!!』

 

 

 ミッドナイトのどこか急いだような勝敗宣言に大歓声が炸裂する。両者の健闘もそうだが、なにより可憐な少女が見せた、勝利への信念に触発されたのだろう。

 

 だが、八百万はそれに答える余裕がない。緊張状態から解放された反動か、肩から来る激痛に顔を歪め、そのまま後ろに崩れていった。

 その体を、丁度戻ってきたダークシャドウが受け止める。痛むだろう肩に触らないように、しかし硬い地面に降ろさないように……オロオロとどこへ運べば良いのかと周囲を見渡していた。

 

 

(お互い、課題は多いようだな。今回は我らの負けだが──次は、勝たせてもらうぞ)

 

 

 悔しさも次への熱もある。……だがまずは、ダークシャドウと共に、勝者である少女を医務室まで運ぶとしよう。リカバリーガールがいるはずだが、きっと、心配性の魔女に道中で出会(でくわ)すはずだ。

 

 

 

『YaaaHaaa! Please more Clap Your Hands(さらなる盛大な拍手を)!! 熱く! 若く! しかし清廉に! 我が校の自慢の生徒たちへ、盛大な喝采を! なんかもう決勝戦ばりに盛り上がっちゃったぜ、俺!』

 

『……まあ、荒削りながらいい試合だったよ。これからも、大いに切磋琢磨してくれ』

 

 

 

***

 

 

 

「──さて、と。悪いがマイク、少し席を外すぞ」

 

「ん? そりゃあ構わねぇけど……なんかあったか?」

 

 

 トイレか、とも思ったが……わざわざ放送のスイッチを切った上、半強制連行してきたマイクに断りを入れるだろうかと、思い直す。

 

 問われた本人は、長い付き合いであるマイクですら数える程しか見たことがない、稀に見る柔らかい方の苦笑を浮かべていた。

 

 

「『教師の役割』を果たしにいくだけだ。こればっかりは、流石にアイツに持っていかれるのは御免だからな」

 

 

 

***

 

 

 

 常闇は予想していた。救護室までの道中のどこかで天魔が待機しているだろう、と。

 

 

(間違ってはいなかったが、まさか、入場口の影で待っていたとは……)

 

 

 これは推測だが、恐らく勝敗宣言の時点で駆けつけたかったのだろう。しかし、流石に自重したらしい。

 

 ダークシャドウに抱え方を変えさせ、そのまま何やら光を翳して診断……結果、骨にヒビが三つほどあったらしい。結構重傷だった。

 

 

「早乙女、大丈夫なのか? 八百万は……」

 

「怪我の治療は大丈夫なのですが……この場合、怪我の処置が問題です。リカバリーガールに治療してもらえば、この怪我ですと相当消耗してしまいます。今の八百万さんの疲労度と考慮すると、次の試合は正直厳しいでしょうね」

 

 

 それは……と常闇は口をつぐむ。彼女は自分に勝ったのだから、行けるところまで勝ち進んでほしいという思いがある。

 

 そして、その問題もものともしない解決方法がある。──あるのに、それを八百万が拒んでいるのだ。

 

 

 

「──だから、私に治療させてもらえませんか? というかさせて下さい今すぐに!」

「で、ですからこれは私自身のミスですのでっ! いっ!? リカバリーガール先生の治療を受けて乗り越えるべきで、つあ……!」

 

 

 これである。

 

 ……きっと、お互いに譲れない意地があるのだろうが、ひどく不毛であった。

 

 

「アタシとしても、天魔(この子)の治療を受けることを進めるよ。医療知識と経験こそ年の功でアタシがまだ勝ってるが、それ以外はこの子にもう完敗さ。ただでさえアンタの個性は作るのに脂質を消費するんだ。消耗は避けるべきだと思うんだがね?」

 

「で、ですが……!」

 

 

 養護教諭であるリカバリーガールに諭されても、それでもなお粘る。現状第三者である常闇も流石に我が過ぎると内心で顔を顰めるが……他の生徒ならまだしも、八百万がこうも頑なになるだろうか。何よりも、頑なになる理由さえ彼女は語ろうとしない。

 

 

 

 

「──……はあ、やっぱりな」

「む、相澤先生。何故ここに……」

 

「担当しているクラスの生徒から怪我人が出たんだ。普通は来るだろ? 常闇、ここはいいから席に戻れ。

 ……お前の課題は、お前自身のフィジカル増強とダークシャドウの経験だ。それを高めるだけで大きく前に進める。対応力の幅を広げるためにも、励めよ?」

「(ここは任せろ、ということか)──御意」

 

 

 常闇を見送り、扉が閉まるのを見届け……相澤は二対一で話し合う中へ割り込んでいく。

 

 合理主義者の相澤が来た。痛みを我慢しながらも、その事実に顔を俯かせる。だが……。

 

 

 

 

 

「──お願いします、リカバリーガール。()()()()()で、八百万の治療をしてやってください」

 

 

 

 

 その相澤が腰から深く、リカバリーガールへと頭を下げた。

 

 

「「相澤先生!?」」

 

「……らしくないね。イレイザーヘッド。合理主義者のアンタが、随分と非合理的じゃないさ。

 

 アタシに『最適な治療があるのにそれをするな』……と言うのかい?」

 

 

 空気が変わる。いや、重くなる。それを成しているのがリカバリーガールであり、それに抗っているのが相澤だ。

 ……体を強張らせた八百万が肩を抑えたの見て、その空気はすぐに霧散したが、非難するような視線はそのまま担任へと向けられ続けている。天魔の何故、という視線もそこに含まれていた。

 

 

「非合理的であることも、二人の信念・信条を踏みにじる頼みであることも重々承知しています。ですが、いまはこれこそが、今の八百万には必要なことです。

 ……彼女は早乙女の言葉で新しい道を見つけ、進み出しました。本来ならば『どこまでやれるのか』とその背を押すため万全のバックアップを施すべきなのでしょうが……今はまだ、その時ではないと俺は思います。彼女が早乙女の治療を望んだなら何も言いませんが、そうでないのなら、今だけは彼女の要望通りにしてもらえないでしょうか」

 

 

 

 二人に口を挟ませずそこまで言い切り、相澤は頭を上げ、今度は八百万を見た。

 

 

「ここまで言ったが……正直、俺も『さっさと早乙女の治療を受けろ馬鹿』と、頭に一発入れてやりたいくらいだが……意地が、あるんだろ?」

 

「は、はい!」

 

「なら、相当な不利を覚悟しろ。リカバリーガールの個性による骨の治療は、かなり体力が持っていかれる。十中八九、二回戦敗退……最悪出ることも難しい。それでもいいんだな?」

 

「……はい。それでも、ですわ」

 

 

 揺るがない。揺るがせない。それを理解した深いため息。それは、リカバリーガールのものだ。

 

 

 

「はあ……しょうがないね。わかった。アタシがやろう。これ以上問答して、痛みを我慢させるのもかわいそうさね。天魔もいいね? 患者の意思が最優先さ。

 ──ただ、今回だけだよ? そして、忘れないどくれ。アンタらがやったことはね、医療に携わる者全員の努力を馬鹿にしてる行為だってことを。さ、治療しようかね上着を脱いで、背中をこっちに向けとくれ」

 

「は、はい!」

 

 

 

「おい待て八百万! 俺がいるのに脱ぎ出すな……!」

「『達』が抜けてます相澤先生! ワザとで……あ、あれ? ワザとじゃない? あの、扉閉めないでください私がまだ出てませ……!」

 

 

 おもむろにジャージの上を脱ぎ、そのまま下の体操服まで躊躇いなく脱ごうとする八百万に、慌てて男たちはバタバタと救護室を出ていく。

 

 

(あの子が拗ねるから言わないが、やっぱり違和感があるねぇ。難儀な子だよ、ホント……おや?)

 

 

 服をたくし上げ、細いウエスト周りを晒した状態で停止している八百万。ポカンとしているが、痛みで止まっているわけではなさそうだが。

 

 

「あの……リカバリーガール先生? 何故早乙女さんまで……?」

「不憫な子だよホント。アンタ、本人の前で言うんじゃないよ? 絶対言うんじゃないよ? 振りじゃないからね? おばあちゃんとの約束だよ?

 あと乙女がおいそれと脱ぐんじゃないよ。お嫁に行けなくなったらどうすんだい!」

 

「お嫁……はっ、そ、そういえば私早乙女さんに公衆の面前であんな辱めを……こ、これは、私が責任を取って早乙女さんを娶るべきでは……!」

 

「娶るな。性別考え……うん? あれ、合っとる?

 ──え? 嫁さん候補がここで出てくんの? こんな形で出てくんの? いやアタシも孫みたいに思って「ひ孫見たいねぇ」ってズレた事思ったこたぁあるよ確かに。……行けるかいこれ? 可能性出てきた?」

 

 

 

 きっかり、三十秒。

 

 患者も医者も、治療そっちのけで血迷っていたそうな。

 

 

 

***

 

 

 

──ズガガガガ!!

 

「か、掠ったぁ! 壁貫通してきた流れ弾掠ったでござるよいまぁ!? っていうか今のは『薔薇色の弾丸雨(Rose of Rain)』!? なんで必殺技ブッパしてんのあのプロヒーロー!?」

 

「…………」

 

「あ、あれ? こっちもこっちで決戦兵装の『終幕の人形姉妹(ラストダンス・ドールズ)』を四姉妹全員出していらっしゃる? え? これ拙者一人で止めるの ? 一人で軽く軍隊相手にできるBBAを二人同時に? SNMG(それ何て無理ゲー)?」

 

「「あ"あ"?」」

 

「──よし。上手く殺意がこちらに向いたでござるぞ。次回『田中君、死す!』乞うご期待!

 

 

 ……さて。これ、どこに逃げ込めば助かるのでござろう。警察署とか近くにあったっけ……」

 

 

 

 




読了ありがとうございました!

八百万さんの武装ですが、『RWBY』というアニメの武器をイメージしています。現在は試作段階ですが、ゆくゆくは……という感じです。感想欄で正解された方がいらっしゃったのでここでご紹介させていただきました。今後も八百万さん経由で色々出てくるかもしれません。


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MP38 一欠片の可能性

 

 

 

「……『納得できない』って顔してるな」

「──……。すみ、ません。こればかりは、流石に……」

 

 

 隣を少し遅れて歩く天魔を横目に見る。苦笑を浮かべようとしたのだろうが失敗してしまったようで、なんとも筆舌しづらい表情をしていた。

 無理もねぇか、と思いながら視線を前へと戻し……相澤は言葉を続ける。

 

 

「──いや、それでいい。絶対に納得するな。今回に限っては、議論の余地なく全面的にお前と婆さんが正しく、俺と八百万が間違っているんだからな」

 

 

 一息。

 

 

「本来なら、小言やら説教やら……俺は八百万に色々と言わなきゃいけないんだろう。

 『後に続かない自爆紛いの切り札』に『練度の低い技術をいきなり実戦投入』。それだけじゃない。最後に常闇に銃口を突きつけてたが……あの怪我じゃ、まともに撃てていたかどうかも怪しいと思うんだが……どうだった?」

 

 

 八百万の怪我の詳細を把握している天魔に問う。骨にヒビが入っていたらしいが、軽いヒビなら結構動ける場合がある。指やらを複雑骨折しても動き回る緑谷が良い(医療関係者からは悪いだろうが)例だろう。

 結果を思い出しながら、併せてあの武装が弾丸を撃ち出す際の反動や当時の体勢などを考慮して考察する。

 

 

「ギリギリ、本当にギリギリですが──撃てた、と思います。

 

 ですが同時に、確実に八百万さん自身のトドメにもなっていました。……最悪、三つのヒビが連鎖して、かなり複雑な骨折をしていたかもしれません」

 

 

 あの時撃っていれば、ギブアップではなく常闇の戦闘不能での決着になっていただろう。

 だがその代償として、八百万の負傷は大きくなり……リカバリーガールの治療を受ければ、ほぼ確実に次の試合には挑めない状態になっていたに違いない。

 

 

「婆さんの治癒とお前の魔法。『現状どっちが上か』──はこの際置いておくが……『今の八百万がどちらの治療を受けるべきか』と聞かれたら……間違いなくお前の治療魔法だろう。

 婆さんの治癒は怪我をした本人の体力を消耗するが、お前の場合はお前の……MPだったか? それの消耗だけだ。それに、消耗の度合いも桁違いに違う」

 

 

 本当に非合理的極まりない、と言葉が出掛けたが飲み込む。──今からでも、天魔を連れてUターンしてやろうかと行動にしかけたが、これも抑えこんだ。

 

 

 

「あの、相澤先生……」

 

「ん?」

 

「その……何故、先生と八百万さんは、私の魔法による治療を止めたんですか? 八百万さんに至っては、かなり頑なに拒まれていましたが……」

 

 

(……コイツ、もしかして、『最適な治療を受けないことを理解・納得ができない』っていうよりは、むしろ、『八百万に治療を拒まれたこと』がショックなのか……?)

 

 

 

 ──『子煩悩な母親が、子供にいきなりやってきた反抗期で冷たく遇らわれて、涙目でオロオロとしている』様子を、母役:天魔、子役:八百万で想像してしまった相澤は、頭を振ってその光景を追い出す。

 

 ……合理的じゃない行動の反動だろう。きっとそうに違いない。

 

 

「あー、さっきも言ったと思うが、多分『意地』だ。

 あの負傷は、八百万自身の『未熟の証』だ。お前の治療じゃ、それを完全に近いレベルで()しちまう。……体育祭が終わってからならまだしも、体育祭()には消したくなかったんだろ。意地じゃなければ、ケジメ、と言ってもいいかもしれん」

 

「……それが原因で、次の試合で相当不利になったとしても?」

 

 

 

「その不利が原因で、早々にみっともなく負けたとしても──だ」

 

 

 

 

 嗚呼──本当に、合理的じゃない。

 

 そう内心で苦笑しながら。だが、それが今の彼女にとって、最も必要なことだと相澤は確信していた。

 

 

(俺にこんな合理的じゃないことをさせたんだ。……しっかり、進んでくれよ?)

 

 

 

 ─*─

 

 

「そうと決まれば、まずはお父様とお母様に連絡をしませんと! あとは、式場の予約とお客様への招待状と、ええと、ええと、あとは何が必要でしょうかリカバリーガール先生!」

「まずは冷静になりな! 年齢とか学生とか、もっと色々大切なもんがあんだろうよ!」

 

「!? そ、そうでしたわ、私ったら大切なことを……最短でも九月の終わり( ヤオモモ9/23誕)くらいまで待たないと……! はっ、ウエディングドレスと白無垢、早乙女さんはどちらがお似合いになるでしょうか!?」

「そりゃあんたの歳だろう!  男は18からさね! ……うん? あの子は一年留年してるからどの道最短だと学生……ちょっと待ちな。あんたあの子に何着せる気だい!? どっちもあんたが着るもん──?

 あ、こりゃダメだ。アドレナリン出過ぎでブレーキ壊れとるね」

 

「だめですわ!  まず何よりも、私がプロヒーローになりませんと! 八百万家の財力ではなく私自身の収入で養えるようになってから……」

 

 

治癒(ちゅ)ぅぅぅぅううううう!!!」

 

「はうあ!?」

 

 

 

***

 

 

 

 

 ゴガインッ、という異音。

 

 開幕と同時に響いた、長く耳に残るような聞き慣れないその音に、耳郎は顔を顰めながら緩く耳を塞いだ。

 同類の音が再び──今度は連続でかき鳴らされる。音質的には不協和音に近いだろう。個性の関係上聴覚が一般人よりずっと優れている彼女には、この試合は少し厳しいのかもしれない。

 

 

「ここまで個性が被ってる試合っていうのも、結構珍しいんじゃないか?」

「二人とも防御系の個性なのに()()()()()()()()だもんなー。おーい緑谷ぁ! A組の個性博士的には、この試合どう見るんだ?」

 

 

 砂藤に瀬呂が続き、そのまま緑谷へ渡す。

 え、僕? という顔のままキョトンとしていると、自分にこの場にいるA組全員の視線が集まっていることに慌てた。

 

 

「え、えっと……僕なんかの意見でいいの……?」

「自己評価低すぎない? 少なくとも、爆豪に聞くよりは参考になるだろ」

 

「ざっけんなコラ! 誰がこんなクソナードに負けるかドンマイ醤油面がぁ!」

 

 

 爆豪 の 暴言 !

 瀬呂 の メンタル に エゲツないダメージ !

 瀬呂 は 『心の記憶(魔)』 の効果により ギリギリのところで踏みとどまった!

 

 

「おっ、耐え切った」

「──たった一人でも、理解してくれる人がいる。それが結構大切なことなんダゼ。じゃあそう言うならば爆豪クン、わかりやすい解説をお願いします」

 

 

「はっ、両方くたばれ」

「「「「うん、知ってた」」」」

「ってことで、緑谷頼むわ」

 

 

 爆発と怒号が断続的に聞こえるが気にしない。大半のメンバーが爆豪の扱いに早くも慣れ始めていた。

 

 

「ははは……そう、だね。瀬呂くんの言う通り、切島くんも相手のB組……鉄哲くんも防御系の個性だ。『硬化』と『スティール』……相手は体を金属──鉄、個性名的には鋼かな。それに変えられる個性。防御力の優劣はちょっとわからないけど現状は同じとして……攻撃手段も打撃のみ。硬い拳は十分武器になるけどそれも同じ。あえて差があるとしたら腕力だけど、それでも決定的な差にはまずならない」

 

 

 ステージのど真ん中。そこで、まるで『一歩でも退いたら負け』という新ルールでも加えられたようなゼロ距離で、拳を打ち合う二人の男。上半身のジャージはすでに破れて布切れになり、中のシャツもほとんど同じような状態だ。

 

 

「でも服が破れているのは主に切島くんの個性が原因かな実際に破れているのは二人の()()()()()()が起きている上半身だけだし前に見せてもらったけど可動部である関節以外にも鋭利な棘みたいになっていたしだとしたら切島くんは戦い方を変えるだけで『硬さで殴る』以外のことが色々とできるようになる問題は鋭利になっている部分がどの程度まで意識して変えられるのかだもし仮に細かく全体に均一に出来るなら鮫肌みたいになって硬いだけじゃなく素手で殴ったほうに傷を負わせることもできるしあと──」

 

 

 

「服がっ、破れる……!? き、切島ぁ!! なんでそんなむさ苦しい奴相手にしてんだよぉ!? 脱がすなら女──足への攻撃はやめてくぎゃああああああ!!!」

 

 

 悪が滅ぼされ、その絶叫で我に返った緑谷は、後ろで用意されたカカト落としを逃れることができた。

 

 

「(ありがとう峰田くん。君の犠牲は忘れないよ)えぇっと、そうだね後は……二人とも尾白くんみたいな武術をやってる感じじゃない。だから、勝負の決め手になる要素があるとしたら『個性の発動限界』か──」

 

 

 

 会場のどよめきに、緑谷は解説を止める。どうやら顔にイイ一撃が当たって、互いに大きく仰け反ったようだ。そこから……負けるものかとゼロ距離を、さらに一歩踏み込む。

 

 すれ違うように、鏡写しのように繰り出した渾身の拳は、互いの顎を綺麗に捉えていた。

 

 

 この試合で一番の怪音。それを最後に、あれだけ激しかった打ち合いはピタリと止まり──二人は倒れる。

 

 

 

「──『脳震盪』。防御系の個性は、基本的に表面だけのことが多いんだ。もしそうじゃなくても、生き物なら脳を揺らされたら気絶してしまう。

 どっちがそれを先にできるか、が勝負の鍵になると思ったんだけど……」

 

 

 それも、二人揃って前のめり。互いの健闘を讃え合うように支え合い……立ったまま気絶する。

 

 

 ──引き分け。

 そう告げる審判のジャッジをかき消し、男たちの大歓声が轟いたそうな。

 

 

 

 

 

 

「…………ちっ」

 

 

 舌打ち。母親から幾度となくやめろと頭をド突かれ、それを開戦の合図に、幾度となく戦争を繰り広げたそれを、盛大に打つ。

 

 両方くたばれ──つまりは、相打ち。自分が予想したとおりの結果だ。周りは何やらナードの言葉を重視したようで気に入らないが、この際はどうでもいい。

 

 

「だから避けんなクソナード」

「なにが『だから』なのかっちゃん!? むしろ避けたのいまのが初めてだからね!?」

 

 

 生意気な。

 

 なおも喚くモジャモジャ緑から視線を外し、今まさにタンカで運ばれていく同級生を見る。二人が目を覚ましてから改めて再戦するらしい。なおも続く盛大な拍手をもって見送られていた。

 

 

「はっ。情けねぇなおい」

「い、いやいや爆豪! お前試合ちゃんと見てなかったのかよ!? そりゃあもう一歩も引かないステゴロガチバトルで──」

「うるせぇぞクソ雑魚スタンガン。逆立ち正座して死ね」

「言葉が本当に暴力になってるぞお前! ……ん、あれ? 正、座……?」

 

 

 友を弁護しようとした罰則違反者を即座に切り捨てる。切り捨てられた彼はなにかを思い出したのか、面白いように顔を青くしていった。そんな黄色を緑色と同様に無視し、ため息。

 

 

(一歩も引かねぇ? んなもん当たり前だろうが。テメェの個性じゃ、進まねぇと意味がねぇんだよ。仮にも──)

 

 

 ──この俺の馬やったやつが、情けねぇ様さらしてんじゃねぇよ。

 

 

 そんな馬鹿げた思考を浮かべた自分にもう一度舌打ちを鳴らし……さらに振り払うように立ち上がる。この後は、トーナメントの一番下、その最後の試合。

 

 爆豪の出場()る 、試合だ。

 

 

 相手は女。名前は……まだ覚えていない。初めて視界に入ったのは、入学最初の実技授業の時だ。

 

 ──緑谷(デク)に負けた、という人生初の苦渋を一気飲みさせられたアレを思い出すと今でも掌がバチバチと賑やかになるが……まあいい。

 

 確か、指先で触ったモノを無重力状態にできるだけの没個性だったはずだ。あと丸顔。関西系の方言も使っていたようないないような……丸顔だったことは間違いない。

 

 

(態々、覚える意味はねぇ。意味は、ねぇんだが……)

 

 

 ──口角が徐々に、しかし確実に釣り上がっていく。元から鋭かった目はさらに鋭く、さながら獲物狙う猛禽類の様に。

 

 

 

 

 常闇。八百万。そして……緑谷。

 

 常闇は未だ意識だけの変革に過ぎないが──後の二人は、目を疑う様な進歩を遂げた。特に、デク・ナードと蔑んでいた最後の一人に至っては進化とすら言っていい。USJ事件も前までは、自爆しかできなかった個性にも関わらず、現状では体育祭で総合一位を維持し続けるまでに至っているのだ。

 

 

 

 

()()()()()……!」

 

 

 

 十中の十(100%)、勝つのは自分だ。苦戦はなく、危なげすらなく勝てる。

 

 触られたらアウトなら、触らせなければいい。機動力は余裕で圧倒できる上に、攻撃範囲でも雲泥の差があるのだ。

 もし仮に、万が一触れられて無重力になったとしても──爆豪はそもそも爆破で飛べる。負け筋をみつけろ、というのが難しい。

 

 

 

 ……だが、もしも。

 

 

 あの三人と同様の……もしかしたら、あの三人を超える様な進化を、相手が遂げていたなら?

 

 

 

 もちろん可能性は、低い。非常にと付けていいほどに、低い。

 

 

 八百万の様に個性を創意工夫できる余地がほとんど無く、また緑谷の様に先が見えないほどの伸び代があるわけでもない。

 常闇の様な、そもそも戦闘に優れている個性ですらない。本人のフィジカルを鍛えたとしても一週間ではタカが知れているし、武術を身につけたとしても一朝一夕の付け焼き刃……むしろ邪魔になるだろう。

 

 

 それでも、『だがもしも』という言葉が、ある人物と共に脳裏に浮かぶ。

 

 

 

 黒い長髪の、黒い衣装の──底知れぬ微笑みを浮かべている、それは、一人の魔女。

 

 爆豪 勝己が生まれて初めて……オールマイト(No1ヒーロー)以外に、『超えるべき相手』と認めた存在。

 

 

 

 

 ……体育祭には参加しないと笑う姿に、ふざけるなと殴りかかりたかった。

 

 欠員やらの偶然と教師陣の入れ込みで第二種目からの出場が決まった時には、笑みすら浮かべた。

 

 初見殺しの普通科はこの際は置いておくとして……繰り上げ進出を、騎馬を組んだB組の女子二人から譲られ第三種目へと進み──。

 

 

 

 そして、互いに順当に勝ち進めば、決勝の舞台で戦うことができる。

 

 

 ──昇がるな、というのが無理な話である。

 

 

 

 

 

 

「…………。み、緑谷。おい緑谷! あれ、爆豪……いや、むしろこの場合アレの相手をする麗日、大丈夫なのかよ!? ヒーローどころか、もう人として浮かべていいレベルの笑顔じゃねぇってあれ! 夜道で出会ったら上も下も決壊する自信あるよ俺!」

 

「うわぁ、かっちゃんすっごい楽しそう……幼稚園のころから変わってないなぁ」

 

「「「幼稚園のころからあの顏してたの!?」」」

 

 

 

 

 

 *おまけ*

 

 

「う、麗日の上も下も決壊……? じゅるり……っ」

 

「「「「「成敗!!」」」」」

 

「ヒーローどころか人としてダメなのがここにもいるんだけど……いや、ベクトルは違うけど峰田(コレ)と一緒にするのは、流石に爆豪がかわいそうかなぁ……」

 

 

 




読了ありがとうございました!

 切島くvs鉄哲はほとんど原作通りです。


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MP39 それは心に秘めるものとし

病床からの生存報告を交えた投稿をさせていただきます。




 

 

 はぁぁ──……と、肺の中の空気を全て吐き出す様な、深い吐息。

 

 都会のど真ん中。かつ、夕暮れにはまだ遠い昼間だというのに薄暗いそこは、所謂アウトローと呼ばれる者たちの縄張り()()()

 

 

 そう……過去形、である。それも、たった今、過去形になったのだ。

 

 

 違法なクスリを自慢げに使い悦に浸る者も、先日犯した犯罪行為を自慢げに誇る様に仲間に語る者も、これから起こす犯罪の拙い作戦を拙く練り上げ下衆な笑みを浮かべていた者も──。

 

 皆、等しく例外なく死んだ。──否、殺されていた。血の海としか表現できない凄惨な現場に倒れる、十数名の遺体は、さながら赤い海に点々浮かぶ島の様であった。

 

 

「……社会のクズが……多すぎる。

 

 なぜだ? ヒーロー飽和社会と言われ始めて、何年経った? 少し歩けばヒーローの事務所がある場所で、その事務所が密集している都会の中心で、なぜこれだけのクズどもが我が物顔でのさばっている?」

 

 

 

 確認する。己の意思を。信念を。成すべき使命を。

 

 

 今一度。いや、幾度でも。何度でも。果たすまで。やり遂げるまで。

 

 

 

「……『偽物』だからだ。紛い物ばかりだからだ。取り戻さなければ……英雄を。真なる英雄を──犯罪の抑止たる存在を。平和の象徴たるオールマイトのような」

 

 

 

 不意に視線を動かす。そこには、この中の死体のどれかの持ち物であろう携帯テレビがあり、荒い画像とノイズだらけの音を発していた。一方的な戦闘で電波でも乱れていたのだろうか、少しずつ、映像も音も鮮明になっていく。

 

 

 画面越しにも感じられる熱気。音量はそれほど上げていなかったのだろうが、大きな歓声として頭が勝手に認識した。

 

 

「嗚呼、もう──そんな時期か……」

 

 

 男が全身に帯びていた狂気が、わずかに霧散する。

 ……画面の向こうを懐かしむような、それでいて、永遠に届かなくなってしまった憧憬に縋るような──そんな眼を向けた。

 

 ほんの数秒、再び狂気を纏い直した男は、もうここに用はないと血の海を歩き出し……ふと足を止める。

 

 

「そう、いえば……」

 

 

 

 思い出したのは、ある『情報』。

 

 あのオールマイトが、母校である雄英高校に教師として就任したという。

 やれ引退だ、やれ後継者探しだと、だんだんと下火になりつつあるが、未だに根も葉もない憶測が飛び交っている。

 

 

 だが──もし、育てているのだとしたら。

 

 

 

「次代の、英雄……本物か、否か」

 

 

 その小型テレビを踏み砕く。なにかを断ち切るように、決意を新たにするかのように。

 

 そして、再び静寂が訪れる──ことは、残念ながらなかった。

 

 

 

「……ちっ」

 

 

 

 まだ遠いが複数の慌ただしい足音。いかに拝金主義の偽物とは言え、職務には忠実らしい。反響する音はいくつかの組に別れて、こちらを包囲するように広がりながら接近している。……一人、やたら足が速いのがいるらしい。接敵まで十数秒もないだろう。

 

 

 

「良い判断だ──教科書通りの、な」

 

 

 

 粛清を。我が身がどれだけ穢れようと。どれだけの罪を重ねようと。

 

 粛清を。粛清を。粛清を。

 

 

 

 

 

 全ては、正しき英雄を取り戻すまで。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 ごめんなさい。

 

 

 

 

 「まず先に、伝えなければならない事があります」 そう前置きされて、天魔から麗日に告げられたのは、誠心誠意からの謝罪だった。

 

 ……真剣に聞かなければ、と身構えた直後だったから、目をパチパチとさせて変な声を出してしまったのが非常に恥ずかしい。聞かれていなかったか、若しくは忘れてくれていることを切実に願う。

 

 

 

 なんで謝るのか、何に対しての謝罪なのかと問えば、いくつかの現状と、それによって生じる、一つの不義理。

 

 

 まずは一つ目、『雄英体育祭のルール』。

 

 

 第一・第二種目は毎年変わるのでなんとも言えないが、最終種目は確実に一対一のトーナメントになる。

 そのトーナメントのルールによる枷が、実は個人によってかなり重さに差が出るのだと魔女は語った。

 

(『試合開始前の個性使用は禁止』 聞いた時はみんな同じやー、って思ってたけど……全然違う。前に使う必要がそもそもない人と、使えば有利になる人じゃ結構な雲泥や。ヒーロー科は道具類(サポートアイテム)を使えんってのも……()()私には事実上の枷やしなぁ)

 

 最たる例は、先の試合で勝利を収めた八百万だろう。彼女が試合前から個性を使用できれば、完全フル装備・かつ脂質補給を終わった状態で試合に臨めるだろう。

 

 

 

 そして二つ目、『麗日 お茶子の個性』。

 

 

 制御さえなんとかできれば即時戦力の向上につながる訳でもなく、創意工夫で新たな道が開ける訳でもない。

 

 触れることさえできれば無重力状態にして無力化……と言えば強く聞こえるのだが、逆に触れることができなければ、無個性の一般人と対して変わらないのだ。トーナメントまで進む生徒が、そう易々と接近を許してくれるとも思えない。

 

 

(相手が遠距離攻撃の手段持ってたらアウト。相手に機動力で負けてたらアウト。相手に格闘技術で負けてたらアウト。

 うっわー、爆豪くん相手やとスリーアウトやんこれ……)

 

 

 

 

 ──最後に、三つ目。なによりも……『時間』だ。

 

 個性強化で伸ばせるだろう重量限界と負荷による吐き気は、少しずつ、それこそ何か月という長い時間をかけて伸ばし改善していくものだ。

 ならば近接戦闘を鍛えるか、と言っても、筋力増強や武術を習得するには、こちらも最低で数ヶ月は時間を要するだろう。

 

 

 

(こればっかりはもーどーしよーもないなぁ……お手上げや)

 

 

 

 たはは、とどこか力の抜けた苦笑を浮かべる。

 相手は一年でもトップクラスの実力者。遥か格上の相手だ。個性相性も最悪と来ている。苦笑も致し方ないだろう。

 

 

 

 ──でも。

 

 

(でも……いややなぁ。うん。いやや)

 

 

 

 ──USJの敵襲撃事件から、雄英体育祭に向けた鍛錬期間。

 

 麗日 お茶子は……緑谷 出久よりも、八百万 百よりも、常闇 踏影よりも──彼に多くの時間を()()()()()

 分身による個人レッスンのような鍛錬時間は大きく変わらないが、『彼女の個性でなにができるか』を、魔女はずっと模索し続けた。

 

 

 模索したら、いくつもあった。いくつも出て来た。

 

 自分の個性なのだからお茶子の方が詳しいはずなのに、『言われてみれば』や『気付かなかった』のあれやこれやが、1日1個以上。それはもう、ポンポンと。

 

 

 その中には『お茶子がこれから目指すヒーローの完成形』に至るだろう光明さえ、いくつかあったほどだ。

 

 

 

 ──なのに、それなのに……魔女は謝る。

 

 お茶子からすれば、両手をとってピョンピョン飛び跳ねながら感謝したいくらいなのに、魔女はいまにも泣きそうなほどに顔を歪めながら、謝ってくるのだ。

 

 

 全力で肩入れすると宣言しておきながら、お茶子が活躍したいと気炎を登らせた体育祭では、有効と思える献策が何一つできない……と。

 

 そう、全てを告げて──ごめんなさい、と。

 

 

 

 ──白状、しよう。

 

 嬉しかった。

 

 嬉しくないわけがない。家族以外で、ここまで自分のことを親身に、そして真剣に考えてくれた人がいただろうか? 今思い出してもちょっとウルッときてしまうくらいに、嬉しかったのだ。

 

 

 

 正直言えば、まだ、少し怖い。

 

 なんせ相手はあの爆発さん太郎ことミスターダイナマイトだ。まず容赦や手加減は確実に無いだろう。

 

 だが、それがどうした。むしろ手加減なんかしたら引っ叩いてやる。怪我やら痛いのが怖くてヒーローなんか目指せない。

 

 

 

 

 ──それに、あの黒いのと戦っていた魔女はもっともっと苦しくて、辛かったはずなのだ。

 

 

 

 

(せや。あんな思い、もう二度とごめんやもん)

 

 

 あの日……お茶子は何もできず、ただ守られるままに守られていた。

 冷たくなっていく体に、ただただ慌てて、恐怖することしかできなった。

 

 

 ──強くなりたいと思った。必要かどうかもわからない支えではなく、隣に立てるようになりたいと……心の底から、願ったのだ。

 

 

 あの日からわずかながら、しかし確実に前へ進んでいるはずなのに……知れば知るほど、遠く感じた距離がさらに伸びていくのだ。

 

 

 ──その遠さに、麗日 お茶子はため息を零す。

 

 しかしすぐに上を向き……満面の笑顔を浮かべた。

 

 

「上等やん……!」

 

 

 

 

 パン! と頬を両手で挟むように強めに叩く。

 

 相手は格上。たとえどれだけ不利でも、勝ち目なんか殆ど無くっても……何もしないで、何もしないままで……諦めるわけには、いかない。

 

 

 勢いよく立ち上がり──控え室を後にした。

 

 

 できることをやろう。やれることを、全てやろう。

 

 ほんの少しでも……周りからしたら、みっともない悪足掻きにしか見えないことでも、勝つことを、前に進むことを──諦めないために。

 

 

 

***

 

 

 

『ヘイリスナー! とりあえず二人の硬派ボーイがまだ目覚まさないから、次に進ませてもらうぜ! 

 1年A組、『ヒーローとしてその言動はどうよ?』な爆裂ボーイこと爆豪 勝己! 

 

 VS!

 

 同じく1年A組! ──ごめん贔屓する! 俺こっち応援したい! 無重力ガールこと麗日 お茶子!』

 

『贔屓してんじゃねぇよ実況者』

 

『執拗な脇腹への肘はらめぇ!?』

 

 

 

 目つきの悪いヤンキーと純朴そうな女子。応援云々の前にお巡りさんorヒーロー案件な気がしないでもない。

 

 だが、二人は──これから戦うのだ。互いの信念と矜持を賭けて。

 

 

 

「──おい丸顔。一応、聞いておいてやる。怪我したくねぇならとっとと棄権しろ」

 

「丸顔やめて、って何度も言ってるやん爆発さん太郎。そっちこそ、開会宣誓に言ってた一位、いつになったらとるんかなぁ? みんな、そろそろ楽しみしとるかもよ?」

 

 

 ──ピキリ。

 

 という音はもちろん幻聴だ。しかし、そうと断言できないほどに爆豪の眼は釣り上がり、獰猛な笑みが犬歯を覗かせる。

 

 

「はっ……言うじゃねぇか没個性が。上等だ。そこまで言うなら、手加減も遠慮もいらねぇよなぁ……!」

 

 

 バチバチと、彼の掌から小規模な爆発が連続して生じる。少しずつ規模が大きくなっていくそれは、高まっていく彼の怒りのボルテージを現しているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

「い、いや流石にちょっとやばくねぇか……? 男女差別な発言はしたくねぇけど、それでもよ──」

 

「──大丈夫だよ、瀬呂くん。かっちゃんは本気でやるけど、皆が心配してるような一線は超えないよ。絶対に」

 

 

 爆豪から発せられる不穏な気配に、クラスメートの多くが心配を抱く。一様に案ずるのは麗日のことだが、それを真っ先に緑谷が強く否定した。

 

 

「かっちゃんは、もう見ての通り超乱暴で超喧嘩っ早いけど、何気に将来のこととか、かなり真面目に考えてるんだ。

 そんなかっちゃんが『試合とはいえ女の子に大怪我させた』とか『一生残る傷を付けた』とか、そういうマイナス要素を受け入れる訳がない」

 

 

 だから。

 

 

「ギリギリのラインまで威力を抑えた爆破で戦うはずだよ。その……女の子だから、ふ、服が破れたりするのも、多分ない……と思うけど」

 

 

 強い言葉は、恥ずかしさから弱くなり──舌打ちしたブドウに女子からのコンボ制裁が決まったが無視した。

 

 無視して、緑谷は言葉を止める。

 

 

 ギリギリのラインまで抑えられた爆破……それは逆に言えば──『耐えようと思えば耐えられる威力で、倒れるまで攻撃される』というわけである。

 

 

 十中八九、一方的な試合になるだろう。それを確信し、緑谷は下っ腹に力を入れて覚悟を決める。なにかあっても、この試合を最後まで見届ける、そんな覚悟を。

 

 

「……今の緑谷の説明で微妙に安心はできたりできなかったりだけどよ……その、なんだ? 爆豪が意外と慎重というか」

 

「けろ。そうね、緑谷ちゃんの言葉が正しいなら、結構みみっちいわね、爆豪ちゃん。怪我させたくない理由がお茶子ちゃんじゃなくて爆豪ちゃん自身の将来のためとか、ちょっとどうかと思うわ」

 

「梅雨ちゃぁん、必死に濁そうと頑張った俺の努力ぅ……」

 

 

 そんなやり取りをしていると……爆豪が凄まじい形相でA組クラス席を睨みつける。メインは緑谷で、殺意すら込められているのではないかと思えるほどだ。──聞こえたというのだろうか。この距離とこの歓声の中で。

 

 

 

(別の覚悟も、しておこう……!)

 

 

 

 ミッドナイトの試合開始の宣言を聞きながら、もう一度腹をくくる。

 

 

 

 

 ──だからだろうか。

 

 この場にいるA組メンバーの中で唯一、緑谷だけが、開始直後の大爆発に動じることがなかった。

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました。


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MP40 今はただ、未来へ進め

 

 自らが成した結果を見る。

 

 試合前に行った()()()()()()()()()()()()は、本来であればスロースターターである爆豪に、開始直後の特大爆破(トップギア)を可能にさせた。

 

 爆豪の立つ位置から、対向のステージ端まで覆い尽くすような大爆発。その余波である爆煙は観客席にまで余裕で届き、試合開始直後に観客があげたであろう歓声を、彼は強制的に止めてしまった。

 

 

 

『も、最早恒例となりつつある開幕ブッパァッ!? 爆豪の特大爆破が開始早々炸裂ぅ!! つか……あの、いやこれ、真面目にヤバくね? 麗日大丈夫かぁ!?』

 

『…………』

 

 

 やかましい実況と押し黙る解説を聞き流しながら、爆豪は予断なく前を睨む。

 

 

 ──問題ねぇわ。()は外した。

 

 

 前ではなく、左右に大きく開くように突き出した掌。そこから生じた爆発は確かに大きいが、真正面に直接的な威力はそれほどない。

 精々が『女子一人を場外まで吹き飛ばす程度』だ。

 

 

(場外に落ちりゃあすぐにわかるはずだが……審判の宣言が無ぇ。つまり、丸顔が今のを耐えたってことだ)

 

 

 ニヤリ、と口角が獰猛に上がる。

 

 幸か不幸か、いまは無風。爆煙はまだ散らず、前方の視界は最悪だ。皮肉にも爆豪自身が奇襲に良い条件を作ってしまった形になる。

 

 ……警戒して後ろに退くのが最善手なのだろうが、敢えて爆豪はその場に留まり警戒した。

 

 

 

 

 

「──解除ッ」

 

 

 長く感じた数秒後、彼女の声は真っ正面から来た。

 

 爆煙を纏うようにたなびかせながら駆けてくる。指先を全て合わせている構えは、彼女が個性を解く時のモーションだ。

 

 

 『なに』を無重力にしていたのか? 爆豪が駆けてくる麗日の姿を見て理解したのとほぼ同時に、その答えが落ちてきた。

 

 

 

 ──びちゃり、という独特の衝撃と息苦しさ、頭部の圧迫感。

 

 そして、一気に真っ暗になった視界。

 

 

(はっ、しょうもねぇ小細工を……!)

 

 

 落ちてきたのは『水を大量に含んだジャージの上着』だ。恐らく、試合開始前に水浴びでもしてきたのだろう。

 彼女の特徴的なふんわりとした髪は変化がなかったので、余程近くから見なければ早々にバレることはないはずだ。

 

 ──最初の爆破に耐えられたのもこれで説明がつく。全身が濡れている状態で踞れば、耐えられる可能性は十分にある。

 

 

 爆破という高火力の個性を持つ爆豪に、麗日が唯一できる『ルールを破らない事前準備』だろう。

 

 

 

 視界を封じられた爆豪は、麗日の次の手を予想する。

 

 本音を言えばすぐさまこの不快なジャージを剥ぎ捨てたいが、それで手を使ってしまえば明らかな隙となる。

 

 

(真正面から来たのは明らかに罠……さらに丸顔ができる小細工があるとすりゃあ──)

 

 

 音。右。

 

 至近距離。

 

 

 ほぼ条件反射で、爆豪は右側の広範囲を爆撃した。

 

 

(ちぃっ……威力の調整が思った以上に面倒くせぇ! しかも普通に爆破するよりも負担が若干……!?)

 

 

 最初の爆破は麗日の位置がわかっていたから、範囲にさえ注意すれば問題なかった。だが、今回は違う。音から判断した大雑把な位置しか割り出せなかったのだ。

 

 『大怪我をさせずに倒す』──距離が近くなるほどに、その難易度は大きく跳ね上がった。

 

 

 

『ふ、再びの大爆撃が炸裂ぅ! 爆豪、女の子相手にも容赦なし!!

 爆煙で見えねぇけど麗日は無事かぁ!? っていうか、これ、生きてるかぁ!?』

 

 

 ──殺してねぇわ、ブッコロすぞクソDJぇ……!

 と、爆豪の水面下の努力をガン無視するマイクの実況に怒りを内燃させつつ、いい加減邪魔になった麗日の上ジャージを左手で払い捨てる。

 

 勝敗はいまだ宣告されていない。ならば、まだ試合は続いている。油断も慢心もするべきではない。

 

 ……そう、右を向きながら意識を改めようとして。

 

 

 

 

 

「ありがとぅな……本気で、警戒してくれて……!」

 

 

 音……否、声。ずっと近い、もはや零距離。

 

 ──それすらも否!

 

 

(ん、だと……?)

 

 

 腹部に感じる微かな、それこそ()()()()()()()程度の圧迫感。

 それは、攻撃とはとても思えないか弱いものだが──

 

 

 

「触れたで……爆豪くん!」

 

 

 

 煤に汚れた、しかし力強い笑顔を目の前に、爆豪は星の引力を見失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 ──その光景を、彼は、一人で見ていた。

 

 途中で解説役として放送席へ戻った担任を見送り……しかしクラス席へ戻ることなく、会場にいくつかある観客席側の出入り口の一つから、その光景を一人で見ていた。

 

 

 ……爆豪が無重力という()()を得て、もう、十分は経っただろうか。

 

 爆音と歓声は、爆音と野次に代わり──静かに激怒した担任の一喝で、爆音だけになっていた。

 

 

 

 そして、その爆音も……もう止んでいる。

 

 

 

 数万人という人口密度にも関わらずシンと静まり返った会場に──彼女の倒れる音だけが、広く響いた。

 

 

『──。麗日さん、戦闘不能! よって、爆豪くんの勝利……!』

 

 

 審判であるミッドナイトの宣言がされても静寂は変わらない。搬送ロボの担架に麗日が乗せられた時……その静寂を割るように、数人の、強く大きな拍手が鳴った。

 

 

 それは、自分のクラスであるA組──固唾を飲んで無事を祈っていた蛙吹や緑谷、そして、共に励んだ常闇や八百万たちであった。

 

 その数人を見て、呆然としていた他のクラスの面々も我に帰って拍手に加わり、そこから会場全体に伝播し、万雷と比喩されるレベルになるまで数秒とかからなかった。

 

 

 搬送されていく麗日を、爆豪と同様に最後まで見届け──彼は歩き出す。

 

 健闘を讃え、感動のままに今尚拍手を続けるクラスメートたちがいる会場ではなく……

 

 

 ゲートを通り、見えなくなるギリギリで……両眼を覆うように顔に腕を抑えつけた、煤だらけの少女の下へと。

 

 

 

 ──今は、そっとしておいてあげるべきではないでしょうか?

 

 と、自分の中の冷静な部分がそう告げてくる。

 

 

 ……それが正しいと。そうするべきだと思うのに……歩みから、速歩きへ。そして、速歩きから駆け足へと。

 

 進む足を速めることを、天魔は止めることができなかった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「っ、たっはー……やっぱ負けてしまったー……」

 

 

 

 ──わかりきっていた結果だけど、それでも悔しい。

 

 ……控え室の椅子に座り、仰け反るようにして、お茶子は天井を仰ぐ。

 

 

 

 搬送ロボットの担架に運ばれたお茶子は、なぜか救護室ではなく、控え室へと来ていた。

 

 試合が終わってアドレナリン分泌による減痛作用が切れてきたのだろう、体中のいろんなところからジクジクとした痛みが、少しずつ強くなっていく。

 

 

 特に足、爆豪の意識を横へ向けるために靴を脱いで投げ捨てたので……ボロボロの靴下を脱ぐのがかなり怖かったりする。

 

 

 

 

(でも、まだや。まだ、救護室には行きたくない)

 

 

 リカバリーガールの個性を用いた治療。その効果は凄まじいものだが、同時に本人の体力を酷く消耗してしまう。

 なので、体力ほぼゼロかつ疲労マックスな今のお茶子では、まともな治療を受けることができないのだ。

 よしんば受けたとしても、明日まで死んだように眠ってしまうだろう。この後に行われる試合を見逃すのは、かなりもったいない。

 

 ならば、天魔に治療魔法を頼むべきなのだろうが──今は、まだ一人でいたいのだ。

 

 

 

 

 コンコン。

 

 

──『麗日さん、早乙女です。入っても、いいでしょうか?』

 

「ふぁい!? あ、はい! どうぞ!」

 

 

 聞こえ、答えて、思考が僅かに止まる。

 

 

(いや『どーぞ』やないて! い、いまの格好はあかんやろこれぇ!?)

 

 

 ボロボロのジャージに、擦り切れまくったタンクトップ。さらに、顔も体も煤だらけだ。

 爆発の焼けた臭いやら汗の臭いで大変やべぇ。乙女として色々が色々と大変にやべぇ。

 

 

(しゃ、シャワー! そもそもここに無いしそんな時間もない! 制汗スプレー! ……そんなオシャレアイテム生まれてこの方使ったことないわこんにゃろー!!

 ぬあー! せめて水タオルで身体を拭うくらいしておくべきやったぁぁああ!!!)

 

 

 後悔するがもう遅い。ガチャリという扉の音は、無情にもなってしまったのだから。

 

 

「失礼します。

 ──では治療しますね? すぐにしますから。はい」

 

「ふえ? あ、はい。お願いします」

 

 

 なぜだろうか。

 

 彼の治療に対する並々ならない熱意は知っているが、今はどこか、強迫観念じみた凄みがある。

 

 

 

─*─

 

 

 

「治療はいらねぇぜ早乙女! でもありがとな心配してくれて!」

「俺もいらねぇ! 聞いた話じゃ前の試合の女子も、不利になるのを承知で受けなかったらしいじゃねぇか! くぅぅぅ熱いぜ! なあ切島! そんなの聞いちまったらよう!」

「おうともよ鉄哲!」

 

「「漢である俺たちが、治療受けるわけにはいかねぇよなあ!」」

 

 

 

「……ああ、もしもし根津かい? 『体育祭終わったら面ァ出せ』ってイレイザーヘッドとブラドキングに言っといておくれ。意地もわかるがね、その意地を通すのに医療従事者の誇りってもんを踏みにじってることをしっっっっかり叩き込まんとならんわ」

 

 

─*─

 

 

 なんてやりとりがあったことなど、当然お茶子が知る由もなく……必然的に顔が近くなり、真剣な顔で治療に取りかかる彼に、少しドキリとしていた。

 

 小さい呟きの後、そっと翳した掌に、柔らかな緑色の光が仄かに灯る。その光がお茶子の体に移り、爽やかな風を僅かに感じたかと思えば──全身にあったジンジンとした痛みが、スーッと消えていく。

 

 

「……大きな怪我はありませんでした。骨や筋も異常無し。数こそ多いですが、普通に治療しても全治二週間かからない打ち身と切り傷・擦過傷、といったところですね。……よかった」

 

「あはは……ごめんなぁ、心配させて。でもあの性格と個性でこの程度──かぁ。そんだけの実力差があったってことなんかなぁ」

 

 

 ──加減をされていた、のだろう。幾度となく爆破をされたが、一発として直撃はなかった。

 怪我の全てがお茶子が吹き飛ばされ、受け身を取れなかったが故の負傷か、飛んできたコンクリート片によるものだ。

 

 

「っ……」

 

 

 痛みが無くなって気が緩んでしまったのか、鼻の奥が、ツンとする。

 そのまますぐに目頭が熱くなったが──それだけは、奥歯が砕けてしまうんじゃないかと思うほど、歯を食いしばって耐えた。

 

 

 

 

 ……耐えようと、した……けど。

 

 

 

「っ、ぐっ、ぅう……!」

 

 

 

 

 

 ヒーローを夢見て、両親にも応援されて頑張ってきた……それでも努力する中で『触れた相手を無重力状態にする個性』という貧弱な個性でなれるのかと不安になった時もあった。

 雄英高校に入学こそできたものの、周りのみんなの凄い個性に圧倒され、置いていかれぬよう頑張らねばと、人知れず気合を入れ直した。

 

 

 ──先頃のUSJ襲撃では本物の(ヴィラン)に恐怖し……自分の無力を突きつけられながら、それでも、命をかけて守ってくれた黒き魔女に少しでも追いつきたいと決意して。

 

 

 

 ……色んな未来()を、いくつも探してきてくれた。

 

 毎日毎日、放課後遅くまで、鍛錬に付き合ってくれた。

 

 教えを乞いにいった四人の中で、誰よりも誰よりも時間をかけてもらって……もらったその結果が、これだ。

 

 

 

 手加減をされて、女の子として気遣われて──負けた。

 

 

 

 それが情けなくって、悔しくって……申し訳なかった。

 

 

 

 

「……ごめんなぁ。私、早乙女、さんに迷惑っ、いっぱいかけて、いっぱい、いっぱい助けてもらったのに、なんにも、なんもできなかった……!」

 

 

 目元を拭う。二度、三度と繰り返すが、それは一向に止まらない。

 ……それがまた情けなくって、止まらなくなる悪循環。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──痛かった、ですよね」

 

 その声は、どこまでも優しい温もりに溢れていた。

 頷くことで返す。

 

 

「──怖かったですよね」

 

 その声は優しくて温かいのに、揺るぎなく強かった。

 頷くことで、返す。

 

 

 

「でも貴女は、逃げなかった。退かなかった。諦めなかった。

 ……一度も、一歩も。一瞬たりとも」

 

 

 

 声は続ける。息を飲んだ音は、あえて聞こえなかったことにしたようだ。

 

 

 

 恐怖を抱きながらも、逃げず、退かず、諦らめず──

 

 負けるとわかっていながらも、逃げず、退かず、諦らめず──

 

 

 ──なお前へと進んだ、進もうとしたその決意は。その覚悟は。その信念は。

 

 

 なによりも、光り輝くものなのだから。

 

 

 だから。

 

 

 

 

 

 

 

「……だから、誇ってください。麗日 お茶子さん。

 

 

 ──私は貴女を、誇りに思います」

 

 

 

 

 

 

「……っ」

 

 

 滲みまくった視界で、魔女を見る。椅子に座る自分に視線を合わせるために膝を突いていた彼の顔は、少し低い位置にあって。

 

 

 優しくて、温かくて、それでいていつも浮かべている柔らかい笑顔がそこにあって。

 

 ……ずるいなぁ。

 

 

 

「いま"、そんな事言うどか、反則やろお"ぉ……!」 

 

 

 

 もう知らんとばかりに、我慢を止めた。

 

 泣いたまま飛びつき、天魔の胸に頭突きするようにしてしがみつく。

 

 

 

「ふぐっ、あ、あんの爆発三太郎ぉ……! 景気良くボンボンボンボン人のこと爆発しよってぇ! こっちはっ、女の子やぞお!? もうちょい躊躇とがしてよあのボンバーヘッドぉ!!」

 

「ふふ、はいはい。でも、それでも?」

 

「真剣にだだがっでぐれでありがどぉ……!」

 

 

 押さえつけた不満や愚痴を吐き出すが、それらも含めて優しく抱き締められ、頭を撫でられる。

 

 涙の量が増えた。天魔の胸に顔を押し付けているから見えこそしないが、年頃の女の子が見せていい顔をしていないのは明らかだ。

 

 

 だから、見ない。

 

 そこから数分間、お茶子は泣き続け、頭をよしよしされ続けた。

 

 

 

 

 

【おまけ】

 

 

「ぐすっ……あんな、早乙女さん。早乙女さんて女の子扱いされるの、すっごく嫌がるやん?」

 

「……まあ、その、慣れて喜ぶようにはなりたくない、とは思ってますよ?」

 

 

 唐突な話題に首を傾げるが、一応答える。ちなみに、チアガールコスプレの傷はまだ完治していない。

 それがなにか? と聞くと──何故か天魔の腰に回された腕の締付けが、少しだけ強くなった。

 

 

「──あんな? 女子に対してこーいうハグを、なんの躊躇いも違和感もなく出来る男子って、そうそういないと思うんよ」

「…………え?」

 

 

 胸に押し付けられて、撫でていた頭が、ぐりんと上を向く。泣いていたのか目元が少し赤いが、笑顔を浮かべて、笑顔……を。

 

 

 ニタァ、という笑顔も、年頃の女の子が見られていい顔ではないのではなかろうか。

 

 ……天魔がお茶子の肩を掴むのと、お茶子が天魔への拘束力をさらに強めるのは、ほぼ同時のことだった。

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました!


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